ぼっちが異世界から来るそうですよ? (おおもり)
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『YES!ウサギが呼びました!』
やはり比企谷八幡が箱庭に呼ばれるのはまちがっている。


『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』が『このライトノベルがすごい2014』総合第1位がうれしくて衝動的に書きました。
まだまだ未熟の身ですので、感想や間違いの指摘などありましたら遠慮なくお願いします。


 文化祭が終わり、比企谷八幡は今や市立総武学校で最も嫌われる人物となっていた。

 というのも、文化祭での実行委員の時の相模南への暴言を主として、学校で彼は『最低の人間』のレッテルを貼られていた。

 それによって、彼の周りからの評価はまさに地に落ちていた。(そもそも落ちるほどの評価があったかどうか疑問だが)

 そんな学校に行きづらい彼は、いつものように起きて制服に着替え、学校に行く前に愛する妹、比企谷小町の作る朝食を食べるためリビングへと降りていく。

 リビングでは、思った通り小町がちょうど、朝食を食べ終えていた。

 

「あ、お兄ちゃんおはよー」

 

「おう、おはようさん」

 

「ご飯そこにおいてあるから」

 

 そう言って、小町は鞄を取りに行くためか、リビングを出て行った。

 

「あっ、そうだ。お兄ちゃん宛に手紙来てたよ。テーブルの上にあるから」

 

 と、思ったら思い出したように戻ってきた小町の言葉に、手紙?と、八幡は手紙の差出人の心当たりを考える。

 だが、いくら考えてもぼっちの彼に心当たりなど思いつかない。

 

「小、中学の同級生は…ないな。総武高のやつでもわざわざ手紙じゃなくてもメールで済むし、塾とかの広告にしては封筒が立派すぎだな。…となると、また材木座あたりの病気か?」

 

 八幡は、中二病の同級生がまたパクリラノベの設定案でも適当に送りつけたのだろうとあたりをつけて、テーブルの上の封筒を手に取った。確かにそこには『比企谷八幡様へ』と書かれていた。

 八幡はその封筒を破って開けようとしたその時、

 

「お兄ちゃん、結局誰からの手紙だったの?」

 

 鞄を取ってきたのか、小町がちょうど横から覗き込んできていた。

 

「さあな、まだ見てないからわからん。どうせ材木座あたりの中二病だろ」

 

「もう、そんなこと言って、誰かからのラブレターとかだったらどうするのさ」

 

「俺にそんなモノは届かねえよ」

 

 中学時代の経験から、八幡はその可能性を考えてすらいなかった。

 だが、小町は彼に好意を寄せている異性を複数人知っているため、その可能性が絶対ないとは思わなかった。

 

「いや、お兄ちゃんは最近モテ期が来てるから、わからないよ!」

 

「来てねえよ。なに、その恥ずかしい妄想」

 

 そう言って、八幡は小町が見ている横で、内容が恋愛絡みでないことを見せるために、小町にも見えるように封筒を開いて手紙の内容を読む。

 

「えっと、『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能を試すことを望むならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの"箱庭"に来られたし』……なんだこりゃ?」

 

 後ろで一緒に呼んでいた小町に、内容の意味が分かるか訊こうとした時、いきなり二人の視界に開けた空が見えた。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「なっ!?」

 

「ちょっ!?」

 

 気づいた時には、二人は上空4000mほどの位置に投げ出されていた。

 いや、正確には二人だけじゃなく、他にも三人の男女が同じように上空に投げ出されていた。

 だが、八幡にはそんなことを気にする余裕はなかった。自分だけならともかく、妹の小町まで上空に放り出されているのだ。

 

「小町!!」

 

「お兄ちゃん!?」

 

 八幡はすぐさま、小町を引き寄せ、落下の衝撃から少しでも守ろうと抱きかかえた。

 しかし、それは杞憂に終わった。五人は真下にあった湖に不時着する。普通なら水面に激突してバラバラになって死ぬだろうが、それは幾重にもある緩衝材のような薄い水膜ために防がれた。

 

「おい、小町。無事か?」

 

「うん、こっちは大丈夫だよ。お兄ちゃんは?」

 

「こっちも大丈夫だ」

 

 二人は互いに無事を確認し、岸に上がろうとする。

 

「大丈夫?」

 

 すると、先ほど、二人同様に、空に投げ出されていた三人が先に岸に上がっていて、その内の一人、スリーブレスのジャケットを着た少女が手を差し出していた。

 

「悪いな。小町、先に上がれ」

 

 そう言って、八幡は少女に小町を引っ張ってもらい、その間に自分は自力で上がった。

 

 

 他の二人に合流すると、二人、金髪の学ランの少年と高飛車そうな少女はかなり不機嫌な様子だった。

 

「し、信じられないわ! まさか問答無用で引きずり込んだ挙句、空に放り出すなんて!」

 

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」

 

 どうやら、空中にいきなり放り出されたことに加え、水の中に落とされたことに相当腹を立てているらしい。

 

「にしても、こう濡れてると動きづらいですね。それにこのままじゃ、風邪ひいちゃうかも」

 

「ホントよ! この服お気に入りだったのに!」

 

 全員服を絞って水を出す。火がないから乾くのに時間がかかりそうだ。

 

「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」

 

「そうだけど、まずは『オマエ』って呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ。以後は気を付けて」 

 

 どうやら、自己紹介をする方向に話が進んでいるらしい。八幡としては、そういうのは苦手なので、どうしたものかと考えていた。

 

「それで、そこの猫を抱きかかえている貴方は?」

 

「……春日部耀。以下同文」

 

 どうやら、さっき手を貸してくれた少女は春日部という名前らしい。

 

 

「そう。よろしく春日部さん。それで野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」

 

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

(うわー、この二人見るからに問題児って感じだな。小町に悪影響がなきゃいいけど…)

 

 そうやって、八幡は傍観していると、三人の視線がこっちに、正確には小町に向いた。

 

「で、そこのチャーミングなあなたは?」

 

「あ、ありがとうございます。小町は比企谷小町です。で、こっちが兄の比企谷八幡です」

 

 そう小町が八幡を手で示すと、三人ともぎょっとしたような表情をした。

 

「お前、いつからそこにいやがった!?」

 

「全く気付かなかったわ」

 

「いつの間にか消えてたから、どこかに行ったかと思ってた」

 

 どうやら、三人とも八幡の存在に全く気付いていなかったらしい。道理で、自分に自己紹介が回ってこないどころか、誰もこっちに目もくれないわけだ。と、八幡は八幡でこういう扱いには雪ノ下雪乃などで慣れているため、普通に納得していた。

 

「一応、紹介に扱った比企谷八幡だ」

 

 自己紹介されて、三人は改めて八幡をまじまじ見つめる。

 

「な、なんだよ」

 

 八幡は八幡で、彼らの反応が新鮮なのか、戸惑っていた。

 

「ヤハハ。いや、どうやって俺達に気づかれないようにしてたのかと思ってな」

 

 十六夜の言葉に、他の二人も頷く。

 

「ええ、すぐ近くにいるのに全く気づけないなんて初めてだったのよ」

 

「私もまさか気づけないとは思わなかった」

 

「いえ、兄は元々存在感がすごくないんですよ」

 

 そう小町は説明したが、三人は納得がいかないようだった。

 

「で、呼び出されたいいけどなんで誰もいねぇんだよ。この状況だと招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねぇのか?」

 

「ええ、そうよね。何の説明もないままでは動きようがないもの」

 

「だったら、そこに隠れてるやつに聞けばいいんじゃないか?」

 

 そう言って、八幡は近くの茂みの方を指差した。

 

「なんだよ。おまえ気づいてたのか?」

 

「当たり前だ。あんだけ見られてたら嫌でも気づく。ぼっちってのは視線に敏感なんだよ」

 

「へえ、おまえおもしろいな」

 

「ていうか、おまえも気づいてたんだな」

 

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだったんだぜ? そっちの二人も気づいてたんだろ?」

 

「ええ、当然よ」

 

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

 

 四人が茂みの気配について話す中、小町だけはわからなかったが、兄のステルスと視線や気配を察知する能力の高さは知っていたので、兄を信じて黙っていることにする。

 すると、茂みからウサ耳の何かが―――

 

「ようし、出てこないんじゃ仕方がねえ」

 

 出てこようとした瞬間、逆廻十六夜が明らかに普通ではない脚力で跳躍した。そして女性のすぐ近くの地面が彼の跳び蹴りよって思いっきり抉れる。

 

 

「なにあれ?」

 

「コスプレ?」

 

「うわ、ウサ耳!? お兄ちゃん、ウサ耳だよ!?」

 

「いや、ツッコむとこ違うだろ」

 

 十六夜の攻撃を避けたウサ耳の少女に対する少女達の反応に、八幡は自然にツッコミを入れていた。

 

「違います、黒ウサギはコスプレなどでは――!?」

 

 黒ウサギと名乗った少女が抗弁しようとするも十六夜がまたも人並み外れた威力の蹴りをお見舞いし、それをバック転で回避する。どちらも超人レベルの技の応酬だ。

 

 そこに春日部耀が加わり猫のような動きで辺りをピョンピョン跳びまわる黒ウサギを追跡。八幡はこの中では一番まともそうかと思っていたが、この子も充分異常だということを認識した。

 

(あー、戸塚のいる世界に帰りてえなあ)

 

 あまりに人間離れした応酬に、八幡は元の世界のクラスメイトの事を考えて、現実逃避をしていた。

 すると、今度は飛鳥が一歩前に出た。

 

「鳥たちよ、彼女の動きを・・・・・・封じなさい・・・・・!」

 

 彼女の命令に従うかのように無数の鳥たちが黒ウサギを取り囲み動くのを阻止した。

 それによって、跳んでいた黒ウサギはいつまでも滞空していることはできずに地面に尻餅をついた。

 そして、三人にあえなく囲まれてしまう。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「――あ、あり得ないのですよ、学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに間違いないのデス」

 

「いいからさっさと話せ」

(え、なにこいつら。悪魔?)

 

 現在、黒ウサギは三人に寄ってたかって虐められている。ウサギ耳を引っ張られて半泣き状態の黒ウサギ。それでも何とか気を取り直したのか咳払いをして手を広げ高らかに宣言した。

 

「ようこそ、"箱庭の世界"へ! 我々は貴方がたにギフトを与えられた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせていただこうかと思いまして、この世界にご招待いたしました!」

 

「ギフトゲーム?」

 

「そうです! 既にお気づきかもしれませんが、貴方がたは皆、普通の人間ではありません!」

(そっかー普通の人間じゃないのか。とうとう人間扱いさえされなくなったか)

 

「ちょっと、そこの方はなぜいきなりヘコんでいるんですか!?」 

 

 八幡は、黒ウサギの言葉を普段の雪乃の言葉のような意味に曲解して勝手にヘコんでいた。

 

 

「気を取り直して、皆様の持つその特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその恩恵を駆使して、あるいは賭けて競いあうゲームのこと。この箱庭の世界はその為のステージとして造られたものなのですよ!」

(恩恵だと? 俺にはそんなものないと思うんだが…)

 

 生まれてこの方、親の英才教育による疑り深さや嘘を見抜く眼力、ぼっちであることによる存在感のなさと気配や視線に対する敏感さを除けば、そこら辺の人間と同じはずだと、自身に対して八幡はそう評した。

 そして、先ほどの黒ウサギとのやり取りから、十六夜と耀のギフトとやらはわからないが、飛鳥に関してはだいたい予想がついていた。

 

(たぶん、『相手を自分の命令に従わせる』ギフトだろうな。さっきの鳥達を従わせたことから、『動物を操るギフト』の可能性もあったが、それではあんな命令口調の必要もない。まあ、本人の性格の可能性もあるが。だが、そんな程度のものが神の与えるギフトのはずがない。となると必然的に対象は鳥だとか動物だとかに命令して操るのではなく、生物全般あるいは、それ以上を従わせられる能力ってことだろう)

 

「恩恵――つまり自分の力を賭けなければいけないの?」

 

「そうとは限りません。ゲームのチップは様々です。ギフト、金品、土地、利権、名誉、人間。賭けるチップの価値が高ければ高いほど、得られる賞品の価値も高くなるというものです。ですが当然、賞品を手に入れるためには"主催者ホスト"の提示した条件をクリアし、ゲームに勝利しなければなりません」

 

 八幡が飛鳥のギフトを考察している間にも飛鳥が黒ウサギへと質問をしていた。

 

「……"主権者ホスト"って何?」

 

 今度は耀が黒ウサギへと質問する。

 

「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏から、商店街のご主人まで。それに合わせてゲームのレベルも、命懸けの凶悪、難解なものから福引き的なものまで、多種多様に揃っているのでございますよ!」

(ホントに多種多様だな。いくらなんでも節操なさすぎだろ)

 

 

「話を聞いただけではわからないことも多いでしょう、なのでここで簡単なゲームをしませんか?」

 

『ゲーム?』と五人が首を捻ると、黒ウサギはどこからともなくトランプを取り出した。

 

「この世界にはコミュニティというものが存在します」

 

 トランプをシャッフルしながらも、黒ウサギは説明を続ける。

 

「この世界の住人は必ずどこかのコミュニティに所属しなければなりません。いえ、所属しなければ生きていくことさえ困難と言っても過言ではないのです!」

 

 力説する黒ウサギがパチンと指を鳴らすと、宙に突然カードテーブルが現れ、ドサリと地面に着地する。

 

「みなさんを黒ウサギの所属するコミュニティに入れてさしあげても構わないのですが、ギフトゲームに勝てないような人材では困るのです。ええ、まったく本当に困るのです、むしろお荷物・邪魔者・足手まといなのです!」

 

「じゃ、帰してくれ」

 

「え゛!?」

 

 黒ウサギの話を聞いて、八幡が即答すると、それがよっぽど予想外だったのか黒ウサギは変な声を出した。

 

(え、ちょ! 計算外です。ここでいきなり怖気づく方がこの問題児の中にいらっしゃるとは! 一応強いギフト持ちたちに手紙を出したからあの方もかなり強い……筈です。あんまりそうは見えませんが。むしろ、目が腐っていてすぐやられそうですが。でもここで帰してしまったら黒ウサギの計画がパーに……うーん)

 

 

変な声を出してしまった以外は平静を装っている黒ウサギも内心は冷や汗だらだらで心臓がバクバクなっている。ギフト持ちのほとんどはプライド高そうなやつら多いから煽っておけば乗ってくるだろうと考えていたから八幡の帰宅希望は予想外だった。現に他の四人の内、三人はとてもやる気になっていた。

 

「いや、ですけどあなたも相当すごいギフト持ってるはずですし、まずは試してみてはどうでしょう?」

 

「いや、めんどうだしそういうのいいんで。働きたくないんで」

 

「ええええええっ!?」

(働きたくないって、そんな理由なんですか!?)

 

 てっきり、元の世界の友人や恋人や家族のことを理由に帰りたいと言うと思っていたら、よもや『働きたくないから』などという斜め下の答えで帰りたがるとは思っていなかった。

 

「そうだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの“ギフト”が何か小町も気になるし、やってみようよ」

 

「いいよ。めんどくさいし」

 

「もう、そういう性格は変えなくちゃだめだよ!」

 

「えー、変えなくていいよ。ていうか変える気ないし。変えたくないし」

 

 それに…と、八幡は黒ウサギの方を見た。

 その瞬間、黒ウサギはその身が縮みあがる思いがした。

 彼の腐った目に見られたからではない。

 その瞳の奥に、まだ黒ウサギが意図的に隠していることを見透かし、そのことを責めているような色があったからだ。

「だが、しょうがない」

 

「へ?」

 

「かわいい妹の頼みだ。千葉の兄なら受けないわけにはいかん」

 

「ヤハハ。なんだ、おまえシスコンかよ?」

 

「当たり前だ。千葉の兄はみんなシスコンだ」

 

「いや、適当なこと言わないでよ。お兄ちゃん」

 

 どうやら、受けてくれる気になってくれたらしい八幡だが、黒ウサギはさっきの彼の視線の影響で少し動けなかった。

 しかし、箱庭の貴族たる黒ウサギがただの人間の眼光にビビッてなるものかと、自分を奮い立たせて、さっきシャッフルしたトランプを全て裏向きにしてカードテーブルの上に並べた。

 

「今回のギフトゲームでは、みなさまは初めてですので、特別に何も賭けていただかなくて結構です。強いて言うなら、みなさまにはみなさま自身の『プライド』を賭けていただきます。賞品は…そうですね。勝った方の言うことを神仏の眷属であるこの黒ウサギが一回だけ何でも聞くというのはどうでしょう?」

 

 その言葉に、八幡の体に電撃が走った。

(なんでも…だと。なんでもってまさか…なんでもか?)

 

「あっ、もちろんいやらしいことはダメですよ?」

 

 人知れず八幡のやる気が下がっていた。

 

 そして、そんな兄を妹が冷めた目で見ていた。

 

「このゴミいちゃんは…」

 

 ちなみに他の女性陣は、黒ウサギの発言で彼女の豊かな胸を注視していた十六夜を冷めた目で見ていた。

 

「別に冗談だよ。まぁいい、そのゲームに乗ってやる」

 

 全員を代表して十六夜が言った。

 

「では、ゲーム成立です!」

 

 そう言って、黒ウサギがまた指を鳴らすと、五人の手元に羊皮紙のようなものが現れて、こう書かれていた。

 

『ギフトゲーム名"スカウティング"

 

 プレイヤー一覧、逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀、比企谷八幡、比企谷小町。

 

 クリア条件、トランプ52枚の中から絵札を引く。

 

 ・引けるのはプレイヤー一人につき一回まで。

 ・トランプを引く時を除き、トランプに触れてはならない。

 

 敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 

  

                                  “サウザンドアイズ”』

「これは?」

 

「“契約書類”です。ホストマスターとプレイヤーの契約の書。そこにルールやクリア条件が記されています。ちなみに黒ウサギは“審判権限”という特権を持っていますから、ズルをしようとしても無駄ですよ。ウサギの耳と目は、箱庭の中枢と繋がっていますから」

 

「なるほど。じゃあ、ゲームの前にトランプに仕掛けがないか確認させてもらってもいいか?」

 

「はい。結構ですよ」

 

 十六夜が確認をとると、黒ウサギから許可が出たので、五人は各々トランプを手に取って確認する。

 十六夜はそれぞれを念入りに確認し、飛鳥は絵札のトランプをなぞり、耀は連れていた三毛猫に指をなめさせ、その指でトランプを擦っていた。

 一方、八幡と小町はというと…

 

「何の変哲もない普通のトランプだな」

 

「そうだね。別にイカサマができそうでもないし。で、お兄ちゃんの“ギフト”ならこのゲーム、クリアできそう?」

 

 小町の質問に、八幡は心中でNOと答えていた。

(そもそも俺は自分の“ギフト”ってのが何か俺自身ですら知らないんだぞ。そんなのでクリアできるわけがない。だが、それは“ギフト”を使ってこのギフトゲームに挑んだらの話だ)

 

 八幡は周囲を見渡し、十六夜に目を向ける。

(恐らくアイツも気づいてるだろうな。このゲームのルールの穴に)

 

 そして、八幡は次に黒ウサギの方を向いた。

 

「なあ、一応そのテーブルも調べさせてもらっていいか?」

 

「ええ、いくらでもどうぞ」

 

 黒ウサギの許可が出たので、八幡はカードテーブルに触る。

(しっかりした造りだが、思ったほどの重さじゃないな)

 

 確認を終えた八幡は、小町のところに戻っていった。すると、ちょうど四人がカードの確認を終わったところだった。

 カードを並び直し終えると、黒ウサギは五人をそれぞれ見て言った。

 

「それでは、最初はどなたからになさいますか?」

 

「じゃあ、俺からで」

 

 黒ウサギはやる気にあふれていた三人が最初に出てくると思っていたが、以外にも最初に名乗りを挙げたのは、先ほどからめんどうがっていた八幡だった。正直、黒ウサギはあそこまで面倒がる八幡がどう攻略するか見ものだと思っていた。

 小町も、兄の“ギフト”が見られるとわくわくしていた。

 飛鳥や耀も、面倒がっていた彼がどうクリアするか、期待半分で見ていた。

 しかし、十六夜だけはさっきの八幡の視線から、違う予想をしていた。

(さっきのアイツの視線…よっぽど注意してなきゃ気づけないモノだったが、アイツのあの視線からすると、俺と同じこと考えてやがったな)

 

 そう、彼らは知らない。

 小町は知っていたが忘れていた。

 

 比企谷八幡は、常に人の予想の斜め下をいくことを。

 

 そして、八幡は十六夜が予想した通りカードテーブルの淵を持つと…

 

「うおりゃあああああああ!!」

 

「ええええええええええ!?」

 

 思いっきり、カードテーブル上のトランプごとカードテーブルを倒した。

 当然のことながら、カードテーブル上のトランプは、地面に落ちてしまい、ほとんどが表になってしまっていた。

 

「じゃ、俺はこれで」

 

「ヤハハ。やるなぁ、おまえ」

 

「私はこれ」

 

「私はこれにさせてもらうわ」

 

「じゃあ、小町はこれ」

 

「えっ、ちょ、これは…」

 

 散らばったカードから、絵札を拾う五人に戸惑う黒ウサギに、十六夜が悪戯っぽい笑顔を向ける。

 

「別にコイツは何もルールに抵触してないはずだぜ、トランプには触れなかったしトランプを引いたのも全員一回だけだ」

 

「それは、そうですが…」

 

 反論しようとしたところで、黒ウサギの耳がピコピコ揺れ、がっくり項垂れる。

 

「箱庭の中枢からも、『有効である』との判定が下されました。みなさまクリアです」

 

「やった」

 

「うん」

 

「イエーイ」

 

 女性陣たちは、ハイタッチをして喜び合っていた。

 

 十六夜は八幡の方に笑顔で近づくと、

 

「よお、おまえなかなかやるじゃねえか。だが、こういう派手なのは俺の役目だぜ」

 

「そりゃ悪かったな。で、おまえだったらどうやってトランプをぶちまけたんだ」

 

「んなもん、テーブルぶっ叩けばいいだけだろ。おまえは俺を誰だと思ってんだ?」

 

「そうかよ」

 

どうやら、十六夜は自分の腕に相当自身があるらしい。

 

「ところで黒ウサギ」

 

「はい、なんでしょうか十六夜さん」

 

「早速言うことは聞いてもらうぜ」

 

 それを聞いて、黒ウサギがあわて始める。

 

「せ、性的なことはダメですよ!」

 

「それも魅力的じゃあるんだが、俺の訊きたいことはただ一つ、手紙に書いてあったことだけだ」

 

「なんですか?」

 

 十六夜は、何もかも見下すような視線で一言、

 

 

「この世界は………面白いか?」

 

 

「————―――」

 

 他の四人も無言で返事を待つ。

 彼らを呼んだ手紙にはこう書かれていた。

 

『己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』と。

 

 それに見合うだけの催し物があるのかどうかは彼らにとってとても重要なことだった。

 そして、十六夜の質問に黒ウサギは満面の笑みで答えた。

 

「―――Yes。『ギフトゲーム』は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保障いたします♪」

 

「じゃあ、俺からも質問いいか?」

 

「はい、なんでしょうか八幡さん」

 

 この時、先ほどの十六夜の質問で空気が明るくなり、黒ウサギは忘れていた。

 黒ウサギ自身が、八幡には自身が彼らに隠していることを見透かされているのではないかと、そう思うほどの眼光で彼から見られたことを。

 

「この質問には正直に答えてほしいんだが」

 

「ええ、当然でございます。黒ウサギはどんな質問でも正直に答えますよ」

 

「じゃあ、おまえが俺たちに対して隠していることと、この箱庭に連れてきた本当の理由を話してくれ」

 

「へ?」

 

 黒ウサギの笑顔と、六人の間の空気が凍った。




何故小町も呼んだか?
彼女がいないときっと八幡はやる気出さないだろうと思ったからです。
今のところ、雪ノ下も由比ヶ浜も登場させる気はありません。
次回はフォレス・ガロあたりまでだと思います。



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どうにも、逆廻十六夜は自由すぎる。

八幡の『ドキッ☆男だけの“世界の果て”珍道中!~ポロリはないよ~』が決定しました。
お楽しみいただければ幸いです。


「じゃあ、おまえが俺たちに対して隠していることと、この箱庭に連れてきた本当の理由を話してくれ」

 

「へ?」

 

 八幡の言葉にその場の空気が凍りつき、みんな何も言えなくなっていた。

 そんな空気を最初に破ったのは十六夜だった。

 十六夜は、呆れた様子で言った。

 

「おいおい、八幡。いくらなんでも言うタイミングが早すぎだろ」

 

「空気が読めなくて悪かったな。でも、俺は仲間に意図的な隠し事をするやつを信用できない」

 

 そう言う八幡から睨み付けられて、黒ウサギはビクッと、身を竦ませてしまう。

 そんな状況を見かねたのか、飛鳥と小町が食って掛かった。

 

「ちょっと、八幡君! いくらなんでもレディに対して失礼じゃないかしら?」

 

「そうだよ、お兄ちゃん! 黒ウサギさんに失礼だよ!」

 

「失礼っていうなら、俺達に意図的に隠し事をしてる黒ウサギの方じゃないのか?」

 

 そういう彼に、飛鳥は挑戦的な笑みを向ける。

 

「あら、そこまで言うなら、あなたは黒ウサギが何を私たちに隠しているのか、わかるのかしら?」

 

「ああ、概むね。まず、黒ウサギのコミュニティはかなりの人材不足なんだろうな。なぜなら、さっき『足手まといはいらない』といった後に俺が帰りたがったのを引き留めようとしたからだ。だが、黒ウサギは“審判権限”という特権を持つほどの実力者だ。それなら、所属するコミュニティだってそれなりの規模であるのが普通だ。なら、なぜ黒ウサギのコミュニティは人材不足になるほどの規模になっているのか。それは―――」

 

「ギフトゲームに負けて奪われたから。だろ?」

 

 八幡の言葉を奪って十六夜が答えた。

 

「ギフトゲームでは何を賭けてもいい。なら、コミュニティの人材やコミュニティそのものでも構わないはずだ」

 

 そこに、飛鳥が口を挟んだ。

 

「ちょと、待ちなさい二人とも。そんな大規模なギフトゲームなんてそうそうないでしょう?」

 

 その疑問には、黒ウサギが答えた。

 

「はい、確かに。どのギフトゲームも基本的にそうですが、賭けるものは両コミュニティの了解が必要です」

 

「だったら―――」

 

「それをさせない特権があるとしたら?」

 

「え?」

 

 黒ウサギの話を聞いて、「だったら、断るはずでしょう?』という言葉に先回りして八幡が答える。

 

「はい。黒ウサギのコミュニティは箱庭を襲う天災、“魔王”によってすべてを奪われました」

 

「ま…マオウ!? なんだよそれ、超カッコイイじゃねえか! 箱庭には魔王なんて素敵ネーミングで呼ばれてる奴がいるのか!?」

 

 十六夜の興奮した様子に、黒ウサギは苦笑しながら答える。

 

「恐らく、十六夜さんが思い描いている魔王とは差異があるかと思います。魔王は“主催者権限”を持つ修羅神仏で、挑まれたが最後誰も断ることができません」

 

「で、おまえたちはその魔王に勝負を挑まれて負けたってことか」

 

「なあ、すべて奪われたって言ったが、具体的には何を奪われたんだ?」

 

 八幡の質問に、黒ウサギは苦しそうにしながらも答えた。

 

「まず、コミュニティの“名”です。よって私たちはその他大勢を意味する“ノーネーム”という蔑称で呼ばれています。次にコミュニティのテリトリーを示す役割を持つ旗印もありません。とどめに、中核を成す仲間です。現在では、黒ウサギとジン坊ちゃんを除けば、同士のほとんだは10歳以下の子供ばかりです」

 

「ジン坊ちゃんってのは」

 

「現在のリーダーですが、まだ11歳です」

 

「でも、それなら黒ウサギさんがゲームに参加すればいいんじゃないですか? 特権があるってことは、強いってことでしょうし」

 

「いや、たぶんだが、特権の代償にゲームへの参加を制限されているんだろ」

 

「じゃあ、それを返上すればいい」

 

「いえ、黒ウサギの審判稼業はコミュニティの唯一の稼ぎなので」

 

「それも、難しい…か」

 

「だったら、新しくコミュニティを作ればいいんじゃないか?」

 

 十六夜の提案に、黒ウサギは目に涙を溜めて、震えるような声で言った。

 

「改名はすなわちコミュニティの完全崩壊を意味します。しかし、それではダメなんです! 私たちは…仲間が帰ってくる場所を守りたいんです! そのために異世界からの召喚という、最終手段に望みを掛けたのです……! 魔王のから、誇りと仲間を取り戻すため、コミュニティの西面のため、どうかあなたたちの力を我々に貸していただけないでしょうか……!」

 

 すべてを語り終えた黒ウサギは、ほとんど泣きながら五人の反応を待った。

 そんな彼女に、十六夜が話しかけた。

 

「なあ、黒ウサギ」

 

「なんでしょう?」

 

「いいな、それ」

 

「は?」

 

 十六夜の言葉の意味がわからず、黒ウサギは呆けてしまう。

 

「魔王から誇りと仲間を取り戻す。 なかなかロマンのある話じゃねえか」

 

「あの、十六夜さんはロマンのあるものが好きなんですか?」

 

「感動に素直に生きるのは、快楽主義者の基本だぜ」

 

「えっと、では」

 

「ああ、協力してやるよ」

 

 十六夜の言葉に笑顔になる黒ウサギを十六夜は手で制した。

 

「だが、あくまでそれは俺だけだ。他の奴はおまえがどうにかしろ」

 

 言われて黒ウサギは恐る恐る他の四人を見る。

 すると、飛鳥がまず口を開いた。

「私、久遠飛鳥は、裕福だった家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうるすべてを支払ってこの箱庭に来たのよ。もし、『小さな一地区を支配しているだけの組織の末端として迎え入れてやる』などと言われていたら、魅力を感じず断っていたでしょうけど―――」

 

 そこで飛鳥は言葉を切り、黒ウサギを見た。

 

「『コミュニティの仲間と誇りのために力を貸して欲しい』と、言うあなたのその言葉が本気なら、あなたのコミュニティに入ってもよくってよ?」

 

「はい! もちろん、本気です!」

 

 飛鳥の質問に迷いなく答えた黒ウサギに、飛鳥は微笑した。

 

「なら、私からは断る理由はないわ。春日部さんは?」

 

 と、飛鳥は次に耀に話を振った。

 

「私は別にどっちでも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだもの」

 

「じゃあ、私が立候補してもいいかしら?」

 

「あ、小町も小町も!」

 

「うん。二人は私の知ってる女の子とちょっと違うから大丈夫かも」

 

「さて、これで春日部さんはいいとして…小町さんはどうかしら?」

 

 飛鳥に次に話を振られた小町は少し困ったような顔をした。

 

「うーん。小町はお兄ちゃんについてきちゃっただけなので、お兄ちゃんがどうしても黒ウサギさんが信用できないっていうなら、小町は兄についてきます」

 

 その言葉で全員の視線が八幡に集まった。

 

「だ、そうだけど八幡君。あなたはどう?」

 

 飛鳥から話を振られた八幡は、面倒くさそうにため息をついて、黒ウサギを見た。

 

「なあ、黒ウサギ。別に入っても構わないが、一つ条件があるが構わないか?」

 

「その条件によりますが、なんでしょう?」

 

「いや、そっちからしたら大したことないんだが、さっきも本人が言った通り小町は俺についてきちまっただけだから“ギフト”を持っていない。だから、おまえのコミュニティが小町に危険が及ばないように守ってくれるってんなら入っても構わない」

 

 黒ウサギは、一体どんな条件を出されるか戦々恐々していただけに、八幡の条件がまさか『黒ウサギのコミュニティが妹の身の安全を保障すること』が条件だとは夢にも思わなかった。

 

「Yes! 小町さんの身の安全は黒ウサギが“箱庭の貴族”の名にかけて保障いたします!」

 

「なら、俺も黒ウサギのコミュニティに入る」

 

 こうして、全員が“ノーネーム”に入ることが決定した。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「よし。世界の果てを見に行こう」

 

「よし、じゃねえよ。何がよしなんだよ」

 

 現在、六人は黒ウサギの所属するコミュニティ”ノーネーム”のリーダー『ジン』と彼女が待ち合わせしている場所に向かっていた。

 そんな中、十六夜が唐突に『世界の果てを見に行こう』と言い出していた。

 

「別に行くなら勝手に行ってもらえるかしら?」

 

「私も今はいい」

 

「小町もやめておきたいですねえ」

 

「何だ何だ? いくらなんでもノリが悪すぎだろ女性陣。まあ、いいや。それじゃあ、俺達だけで行こうぜ、八幡」

 

「え、ちょ、俺は別に――――」

 

 断る間もなく、八幡は十六夜に首根っこを掴まれて、そのまま連れて行かれた。

 小町は、兄が連れて行かれるのを見送りながら飛鳥と耀に向き直り言った。

 

「あの、どうしましょう?」

 

「別に、聞かれたわけでもないし、黒ウサギには言わなくていいでしょう」

 

「うん。それに面倒くさいし」

 

「…それもそうですね」

 

 女性陣は冷たくいい、また黒ウサギについていき始めた。

 

 

 

          ♦

 

 

 

二人は“世界の果て”に向かった一時間半後

 

 

「ジン坊ちゃん!」

 

街中の噴水の近くにいた少年に、黒ウサギは声をかけた。

 

「お帰り黒ウサギ。そちらの女性三人が?」

 

 まさか、召喚されたのが全員女性だと思っておらず、ジンが訊いた。

 

「Yes。 こちらの五人が……ってあれ?」

 

 そこで初めて黒ウサギは、十六夜と八幡がいないことに気が付いた。

 

「あの、後の二人は? 全身から“俺問題児!”ってオーラを放ってる殿方とぬぼーっとした目つきの悪い殿方が…」

 

「ああ、十六夜君なら『よし。世界の果てを見に行こう』って言って駆け出して行ったわよ」

 

「お兄ちゃんはその十六夜さんに首根っこ掴まれて連れてかれました」

 

「なんで止めてくれなかったんですか!」

 

「止める間もなく走り出して行っちゃったので…」

 

「どうして黒ウサギに一言言ってくれなかったんですか!?」

 

『だって、聞かれなかったし』

 

 声を揃えて言う、問題児たちの女性陣に、黒ウサギはガックリと、膝をついた。

 それを傍で聞いていたジンは、慌てたように言う。

 

「それって、大変じゃないですか!? “世界の果て”には、野放しにされている幻獣や精霊がいるんですよ!」

 

「幻獣に…精霊?」

 

 飛鳥たちの疑問にジンが答えた。

 

「ギフトを持った獣や、特定の属性を司るギフトと霊格を持ったものを指す言葉で、特に“世界の果て”付近には、強力なギフトをもったものもいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ちできません」

 

 そんな風に言われても、問題児たちはどこ吹く風と楽観的だった。

 

「あら、それは残念ね。彼らはきっともう…」

 

「ゲーム参加前にゲームオーバー? …斬新」

 

「『次は強くてニューゲームが俺を待ってるぜ!』とかだったらいいですけどね…」

 

「冗談を言っている場合では、ありません」

 

 そう言うジンの後ろで、黒ウサギは『もう限界だ』とばかりに震えていた。

 

「…ジン坊ちゃん。申し訳ありませんがお三方のご案内をお任せしてもよろしいでしょうか? 黒ウサギは、問題児たちを捕まえに参ります」

 

 そう言う黒ウサギの黒い髪とウサ耳が、淡い緋色へと変貌した。

 そして、全力で跳躍した黒ウサギは、あっという間に四人の視界から消え去っていた。

 

「黒ウサギさんってあんなにすごかったんですねえ」

 

 小町は意外そうに感心した。

 

「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属ですから、力もそうですが、様々なギフトや特殊な権限も持ち合わせた貴種なんです。彼女ならよっぽどのことがなければ大丈夫でしょう」

 

 その言葉を聞き、飛鳥たちは安心したように言う。

 

「じゃあ、箱庭を少し案内してもらえないかしら?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 そうして、四人は少し街を歩くことにした。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 黒ウサギが十六夜、八幡の不在に気づく十分前

 

 

 十六夜に首根っこを掴まれつつ、八幡はどうにかして逃げられないかと諦めて、五分で諦めた。『押してダメなら諦めろ』が、彼の身上なのだ。十六夜は言って聞くような人間ではない。なら、あきらめた方が楽だろう。と、考えたのだ。

 すると、十六夜に方から話しかけてきた。

 

「おい、八幡」

 

「なんだよ、逆廻」

 

「…十六夜で構わねえよ」

 

「なんだよ十六夜」

 

「おまえ、黒ウサギにあいつのコミュニティのことを問い詰めたのは空気を読まなかったって言うよりも、妹の安全と黒ウサギのことを考えてだろ?」

 

 言われた八幡は、十六夜に顔を見られないように、そっとそっぽを向いた。

 

「別に黒ウサギがあの段階で信用できなかったのも本当だ」

 

「確かに、それも嘘じゃないんだろうが、だからこそ妹と一緒に入るなら力のあるやつがいて、信用できる場所がいい。力って意味じゃ“審判権限”を持つ黒ウサギは十分すぎるぐらい十分だ。だからこそ、信用を確かめるためにあんな約束をさせたんだろ?」

 

「………」

 

 八幡はそっぽを向いたまま何も言わなかった。

 

「しかも、ああやっておまえが黒ウサギを悪く言えば、女性陣のお前に対する心象は悪くなるが後になって黒ウサギのコミュニティの現状が知られて一悶着あるよりはずっといい」

 

 十六夜の言葉を、やはり八幡はだまって聞いていた。

 

「だが、あんまりやると身を滅ぼすぜ」

 

 十六夜の言葉は、八幡に文化祭のことを思い出させた。だが、八幡はそのことを思い出し、微かに笑みを浮かべた。

 

「別にそこら辺の奴が何を言ってても俺には関係ねえよ。ただ、一人でも自分をわかってくれる奴がいるなら…」

 

 八幡はそこで言葉を切った。

 十六夜も口を挟まず、次の八幡の言葉を待った。

 そして、八幡は口を開く。

 

「それはそれで幸せなんじゃねえの?」

 

 十六夜は八幡の言葉に、少し笑みを浮かべた。

 

「そうかよ」

 

 ただ、短くそう言った。

 そんな彼の脳裏には、元の世界の、かつての義理の母親の顔が思い出された。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 黒ウサギが十六夜、八幡に追いつく、三十分前

 

 

「おい、待て小僧ども」

 

 十六夜が八幡を引きずって、“世界の果て”に向かう途中、彼らは知らないが、『トリトニスの滝』の主である水神に呼び止められた。

 

「なんだよ、でっかい蛇だな。“世界の果て”にはこんなもんまでいやがるのかよ」

 

 心底楽しそうに、十六夜は言った。

 そんな十六夜に、水神は不快そうに言う。

 

「不愉快な小僧どもだ。人間がこんなところに何の用だ? なんなら、私のギフトゲームで貴様らの力を試してやろうか?」

 

「へえ、安い挑発をありがとよ」

 

「ふん、人間に礼など言われても嬉しくもないわ。それよりも、やるなら試練を選べ」

 

「はっ! 冗談。なに人を試す気になってんだ? まずは、俺がおまえを試してやるよ!!」

 

 あっという間に戦闘に入った十六夜と水神にほっとかれ、八幡はとりあえず一人と一柱から離れることにする。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 黒ウサギが十六夜に追いつく二十分前

 

 

 十六夜たちから離れた八幡は、どうしたものかと思いながら、森の一本道を歩いていた。

 

「さて、どうやって暇をつぶすか…そうだ。スマホがあった…って壊れてやがる」

 

 どうやら、ポケットのスマホは箱庭に来た時に湖に落ちた際に、壊れてしまったらしい。

 

「これじゃ、小町のも壊れてるだろうな。連絡取れねえじゃん」

 

(そういや、雪ノ下や由比ヶ浜は何やってんだろ。というか、戸塚に会えないとか…! 材木座? あんなのどうでもいい!)

 と、元の世界の知り合いのことを考えながらスマホを片手で弄びながら歩いていると…

 

「ちょいと、そこの若者よ」

 

 少し大きな岩に腰かけた、小柄な肌の色の黒い老人に声を掛けられた。

 八幡が老人の方を見ると、老人は人の良さそうな笑みを浮かべた。

 

「こんなところに、お主のような若者がなぜいるのじゃ?」

 

「知り合いが“世界の果て”を見たいと言い出してな」

 

「ほう。変わった知り合いがいるようじゃな。して、君の知り合いはどこじゃ?」

 

「滝のとこででっかい蛇と遊んでる」

 

「滝のでかい蛇? それはトリトニスの滝の主か?」

 

「いや、知ねえよ」

 

「あれは水神じゃ。見たところお主は人間のようじゃが、連れは神格か何かか?」

 

「さあな。人間だと思うが、普通の人間じゃないかもな」

 

 適当に八幡が言うと、老人は少し笑って言った。

 

「人間なんぞ水神の相手にもならんわい」

 

 にしてもと、老人は続ける。

 

「じゃが、お主の知り合いならもしかしたらがあるかものう」

 

 老人の言葉に八幡は眉を顰めた。

 

「どういう意味だ?」

 

「どういう意味も何も、お主はさっきからわしに対しての警戒心を全く解いておらぬ上に、こっちの真意を探ろうとまでしておる。そんなお主がただものなわけがなかろう。どこぞのコミュニティの参謀か?」

 

「お生憎様。ほんの数時間前に来たばかりだよ」

 

「じゃったら、お主のコミュニティは将来が楽しみじゃの」

 

 そう言って、老人は心底嬉しそうに笑った。

 

「で、なんで俺に声なんかかけたんだ。ただ珍しかったから、だけじゃないだろ?」

 

「なに、ちと頼みごとをしようと思っての」

 

 老人の言葉に、八幡は怪訝な顔をする。

 

「頼みごと?」

 

「そうじゃ。実は、この先に行った洞窟に住む精霊どもに物を盗まれての」

 

「盗まれたってどういうことだ?」

 

「わしは用事で知り合いの鍛冶屋のところへ行って、帰る途中でな。洞窟の入り口のところで泣いとる子供がおったから声をかけたんじゃが…」

 

「そいつが精霊で、持ってるものを盗まれたと?」

 

「そうじゃ」

 

「取り返せないのか?」

 

 老人は沈痛の面持ちで首を横に振った。

 

「ここらならともかく、洞窟内はこの年じゃよく見えなくての」

 

 なるほど、八幡の見立てでは、かなり強そうなこの老人も寄る年には勝てないということか、と八幡は考えた。

 

「で、俺が行って取ってきてくれって?」

 

「そうじゃ。もちろん、礼はするぞ」

 

「へえ、何をくれるんだ?」

 

「これじゃよ」

 

 老人が取り出したのは、きれいなネックレスだった。

 

「これはわしが昔造ったものでな。今日行ってきたのはわしの友人の弟子のところなんじゃよ」

 

 八幡は、自分はいらないが、小町にあげたら喜ぶだろうと思った。

 

「わかった。この先の洞窟でいいんだな?」

 

「ああ。健闘を祈る」

 

 八幡が言われた通り歩いていくと、確かに洞窟があった。

 

「ここか。けっこう奥までありそうだな」

 

 その洞窟は、少なくとも数百メートルは続いていそうな距離で、かなり暗いが、全く見えないというほどではなかった。

 

「しょうがねえ。行くか」

 

 八幡は、とりあえず洞窟内に入ることにする。

 

 すると、洞窟に入って五メートルほどで、いきなり出入り口が岩のようなもので塞がれた。

「なっ!?」

 

そこで、ようやく八幡は自分の迂闊さに気がついた。

(しまった! あのじいさんはここに俺を誘い出すためのわなだったのか!)

 

 八幡が歯噛みしていると、洞窟内の壁に、炎の灯った“契約書類”が現れた。

 

『ギフトゲーム名"運命の審判"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 洞窟内の『盗まれた者』を取り戻す。

 

 ・プレイヤーは洞窟内で、小ゲームを挑まれた場合、断ることはできない。参加を拒否し続けた場合は失格とみなす。

 ・プレイヤーが敗北した場合、プレイヤーが現在持っている中で、最も大切なもの(プレイヤーの命を除く)が失われる。

 ・隠されたルールを破った場合も同様に失格とする。

 

 敗北条件 降参か失格、またはプレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合。(死亡も失格とみなす。)

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 

  

                                  “フェアリーテール”』

 

 “契約書類”を見て、八幡は軽くため息をつく。

(なるほどな。つまり、強制的にギフトゲームに参加せざるを得ない状況を作り出したわけか。しかも、さっきの爺さんは恐らく審判がいた場合の布石)

 

 そう。このゲームの勝利条件は老人の頼んだ『盗まれた物』と同じだろう。

 

だから、さっきの老人の頼みを受けたことでギフトゲームが成立したのだろう。

 

「だが、この『・プレイヤーが敗北した場合、プレイヤーが現在持っている中で、最も大切なもの(プレイヤーの命を除く)が失われる。』ってなんだ?」

 

 現在、八幡が持っているものは壊れたスマホぐらいだ。

 

「とすると、こっちに損はあまりないわけだ」

 

 ただ、問題は、と八幡は敗北条件を見る。

 

「死亡も敗北条件ってありかよ」

 

 そう、つまりこのギフトゲームはプレイヤーの死が少なくとも起こり得るのだ。

 

「それに『隠されたルール』ってなんだよ」

 

 考えるには、あまりに情報が少なすぎた。

 

「ま、進むしかないな」

 

 八幡はとりあえず、奥まで言って目的のものを手に入れることにした。

 

「あれ?」

 

 歩き出そうとしたところで、八幡は“契約書類”の下に、もう一枚、羊皮紙のようなものがあった。

 手に取ってみると、羊皮紙にはこう書かれていた。

 

『昔々あるところに、一人の若者がいました。

 

 若者は、ある時自分の畑で働いていると、小柄で肌の黒いおじいさんがやってきたいいました。

 

「ごめんください。食べ物を恵んでください。おなかが減って死にそうなんです」

 

 若者は男に自分の昼ご飯をあげました。

 

 すると、男はお礼にと、きれいな赤、黄色、白、黒の石がはまったお守りをくれました。

 

 そのお守りがとてもきれいだったので、欲にかられた若者は男に「もっとよこせ」と言い、男が「もうない」と言うと、怒って男を殺してしまいました。

 

 若者は怖くなって男を埋めてしまいました。

 

 ある夜、若者のところに、小柄な黒い髪の男が現れました。

 

 男は若者に向かって言いました。

 

「お前は私の友達を殺した。だから、私がお前を殺す。しかし、今は殺さない。おまえを殺すのはおまえが幸せの絶頂にいるとき、おまえの命よりも大事なものを奪って殺してやる」

 

 男はそう言って、出ていきました。

 

 若者は、その日からいいことが続きました。

 

 時がたち、若者は村で一番の大金持ちになり、四人の美しい娘に囲まれて、と手もしあわせでした。

 

 しかし、ある日、娘たちがそろって姿を消しました。

 

 若者は慌てて娘を探しましたが、どこにもいません。

 

 そこへ、あの男が現れました。

 

「娘を返して欲しくば、この先の洞窟へ来い。そこでお前の審判が下される」

 

 そう言って男は姿を消した。

 

 若者はすぐに洞窟へ行き、奥へと進んでいった。

 

 洞窟の奥の部屋には、若者の娘たちがいました。

 

 しかし、変わり果てた娘たちの姿に、若者は驚いた。

 

 娘たちはすでに、人間ではなくなっていた。

 

 そこに男が現れた。

 

「ここで貴様の審判を下す」

 

 すると、洞窟の奥の部屋の出入り口が塞がってしまった。

 

「これで、この洞窟から出られたら貴様を許してやる。それ以外の用途でナイフを使えば、貴様の負けだ。死んでもらう」

 

 そう言って、男は若者に赤、黄、白、黒の石のはまったナイフをそれぞれ渡した。

 

 若者は、まず黒い石のナイフを使ったが、壁は削れずに、余計に硬くなってしまった。

 

 次に、白い石のナイフを使った。しかし、それは壁にすーっと入ったが、泥をかき出すだけだった。

 次に、赤い石のナイフを使った。しかし、これも壁にすーっと入ったが、埃をかき出すだけだった。

 最後の黄の石のナイフは、火花を散らすだけだったので、使うのをやめた。

 

 結局、どのナイフを使っても出られず。若者は絶望した。

 

 そして、若者は持ていたナイフで男に切りかかった。

 

 すると、若者は死んでしまった。

 

 男は言った。

 

「審判は下った。 運命は貴様の『死』を選んだ」

 

 そして、男は若者の首元を見た。

 

「貴様が真に正しく、優しい者であれば、そうはならなかったであろう」

 

 そして、次に男は変わり果てた若者の娘たちを見た。

 

「哀れなものよ。こんな者せいで、このような姿へと成り果てるとは。せめて、貴様らを任せられる者が現れるまでそこでねむっているがよい」

 

 そして、男は今も待っています。

 

 彼女たちを任せられる者が来るのことを。

 

 正しく、優しき未来へと進める者が来るのことを。

                                            』 

「なんだこれ?」

 

 洞窟を歩きながら読む八幡は首をかしげた。

(恐らく、最初の文からして、何らかの『お話』のようなものだ。『隠されたルール』もここにある。だが…)

 

 八幡は、少し嫌な予感がしていた。

 このゲームを進めるうえで、大きな見落としがある気がしていた。

 

「おい、小僧」

 

 そんなふうに悩んでいる八幡に、誰かが声をかけた。

 何事かと思い、声のした方を見ると、小柄な黒髪の男がいた。

 

「ここはすでに『奥の間』なんだが、ゲームはしないのかい?」

 

「ギフトゲームなら今してるだろ?」

 

「そっちじゃなくて、小ゲームの方さ」

 

「小ゲーム」

 

「そう、クリアする上で、必ず受けるべき試練ってとこか」

 

「マラソンの中継地点みたいなもんか?」

 

「マラソンってのが何かは知らないが、中継地点ってのは惜しい言い方だ。正確には途中関門だな」

 

「で、その小ゲームに勝ったら何がもらえるんだ?」

 

「情報さ」

 

 その言葉に八幡は笑みを浮かべる。

 

「へえ、わざわざ問題の答えを教えてくれるのか?」

 

「いや、教えるつってもピンキリだな」

 

 だが、この少ない情報では、どうすればいいか若干迷うところだったので、提供されるなら助かるところだった。

 

「で、受けるのか」

 

「ルール上は受けなきゃ俺の負けなんだから受けるさ」

 

「いいだろう」

 

 そういって男はぱちんと指を鳴らすと、“契約書類”が現れた。

 

『ギフトゲーム名“沈黙の問答”

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 プレイヤーの出した問いに、ホストマスターが答えを言えなかった場合。

 

 ・プレイヤーはいかなる問いを出してもいい。

 ・ホストマスター側は、関係のない言葉を言って、『答え』とすることはできない。

 ・プレイヤーは問いを出す際に、ホストマスターに確認を取ること。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーの問いに答えを言えた場合。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 

  

                                  “フェアリーテール”』

 

 “契約書類”を読んだ八幡は、男に向き直った。

 

「なあ、これはゲームと関係ない質問なんだが、いいか?」

 

「構わねえぜ」

 

 八幡は珍しく神妙な顔で聞いた。

 

「俺は今回一体何を賭けさせられてるんだ?」

 

「“契約書類”にあった通り、大事なものさ」

 

「だったら、質問を変える。ここにある『大事なもの』は、『今ここにいない人間やもの』にも適用されるのか?」

 

「箱庭にあるもの、いる者であれば適用される」

 

 そういうことか、と八幡は歯噛みした。

(俺が賭けているのは、スマホじゃねえ。小町の方だ)

 

 八幡は、最初の“契約書類”の時点で違和感は感じていた。

 命を懸けるようなゲームの時点で、このゲームはかなり大規模なもののはずだ。だが、実際に人員を賭けるなら納得だ。

(しょうがない。適当にやろうかとも思ったが、小町の身がかかってるとなるとそうもいかないな)

 

「へえ、いい目になったな」

 

 先ほどからの、腐った目から打って変わって、かなり真剣な表情になった八幡に男は感心した。

 

「じゃあ、問いをするが、いいな」

 

「ああ、構わねえぜ」

 

 八幡は、意を決して問いを出す。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 八幡がなんかシリアスをやってる頃。

 

「ああ、もう! あの問題児様方はどこまで行っているのですか!?」

 

 黒ウサギが十六夜に追いつくまで後、十分。

 

                        




 さて、八幡は大変なことになってますね。
 八幡はこのギフトゲームをクリアできるのでしょうか。
 ちなみに、十六夜はこの間『トリトニスの滝』の水神・白雪姫をボコボコにしてます。
 次回は八幡のギフトゲーム終了までは行くと思います。…フォレス・ガロが遠い。


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何があっても、比企谷小町は兄を信じている。

 八幡はギフトゲームをクリアできるのか。
 その頃の女性陣たちは何をしていたのか。
そんな、題して『ドキッ☆男だけの“世界の果て”珍道中エピソード2~シスコンとブラコンは究極の愛~』
お楽しみいただければ幸いです。


 前回までのあらすじ

 

 八幡が十六夜に連れてかれる

      ↓

 十六夜が水神とバトルを始める。

      ↓

 八幡、老人に出会う

      ↓

 老人に頼まれて『盗まれたもの』を洞窟に取りに行くことになる。

      ↓

 実は、ギフトゲームでした。騙されちゃった。〈(・く)テヘッ☆

      ↓

 また、ギフトゲームを挑まれました。

      ↓

 負けたら小町が持ってかれることが発覚。

      ↓

 しょうがない。本気出すか←今ココ

 

 

 

          ♦

 

 

 

 八幡がギフトゲームを受ける五分前。

 

 

 

「どうでしょう、お嬢さん方。よろしければ私のコミュニティに黒ウサギ共々来ませんか?」

 問題児たちの女性陣は、ジンに案内される途中に立ち寄った喫茶店で、ガルドという男に、黒ウサギからすでに聞いていた、コミュニティの現状を話された上で、勧誘を受けていた。

 もうすでに知っていることを、延々と聞かされた女性陣たちは、辟易した顔で言った。

 

「結構よ。私たちはジン君のコミュニティで足りてるわ。というか、あなた話が少し長すぎるんじゃないかしら? なんで私たちがすでに知っていることを延々と自慢げに気に聞かされなければならないのかしら」

 

「同感。すごく退屈だった」

 

「ホントですよ。大人ならもっと簡潔に話をまとめてから来て下さい」

 

「なっ!?」

 

 誘いを断られた上に、ダメ出しまで受けて、ガルドはひどくプライドを傷つけられたようだった。

 だが、ジンにとってはそれ以上に重要なことがあった。

 

「ちょっと、待てくださいみなさん!? コミュニティの現状を知ってるってどういうことですか?」

 

「どうしてって言われれば…ねえ?」

 

 訊かれた飛鳥は困ったように耀と小町を見た。

 

「そのことなら、今絶賛“世界の果て”に行ってる十六夜さんと、それに連れてかれたうちの兄があっさり看破しました」

 

「それで黒ウサギが観念して、全部教えてくれた」

 

 それを聞いて、ジンはさらに驚いた。

 

「じゃあ、コミュニティの現状をわかってて入ってくれるんですか?」

 

「ええ、そのつもりよ」

 

「ちょっと待ってください」

 

 そのまま話を進めて行こうとする四人の話に、ガルドが口を挟む。

 

「お言葉ですが『黙りなさい』――—ッ!?」

 

 飛鳥の言葉に、ガルドは話そうとしている言葉を強制的に止められる。

 

「そういえば、あなたに訊き忘れていたことがあったのよ。あなた、さっきのつまらない話の中で言ってたわよね? 『この地域のコミュニティに“両者合意”で勝負を挑み勝利した』って。でも、そんなことはそうそうないと黒ウサギは言っていたわ。魔王の傘下のコミュニティの、魔王ではないあなたに、一体どうしてそんな大勝負が強制的に続けられたのかしら?」

 

 そこで、飛鳥は一息ついて言った。

 

『教えてくださる?』

 

 言われたガルドは、まるで自分の意志ではないかのように、とぎれとぎれではあるものの、真相を語りだした。

 相手のコミュニティの子供を人質にしていること。その子供たちをもう殺していること。洗いざらいすべて吐かされた。

 それらを聞いて、飛鳥は心底軽蔑したように言う。

 

「…外道ね。さすがは人外魔境の箱庭世界といったところかしら」

 

「彼のような悪党は箱庭でもそうそういません」

 

 飛鳥の言葉を、ジンが訂正するように言う。

 

「ジン君、この男を箱庭の法で裁くことはできるかしら?」

 

「難しいですね。裁く前にこの男が箱庭の外に出てしまえば、それまでです」

 

「そう、じゃあ…」

 

 ジンの言葉に飛鳥が何か言おうとすると、全員の目の前に、羊皮紙が現れた。

 

「これは!?」

 

「“契約書類”!? なんでここに!?」

 

 その“契約書類”にはこう書かれていた。

 

『ギフトゲーム名"運命の審判"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 洞窟内の『盗まれた者』を取り戻す。

 

 ・プレイヤーは洞窟内で、小ゲームを挑まれた場合、断ることはできない。参加を拒否し続けた場合は失格とみなす。

 ・プレイヤーが敗北した場合、プレイヤーが現在持っている中で、最も大切なもの(プレイヤーの命を除く)が失われる。

 ・隠されたルールを破った場合も同様に失格とする。

 

 敗北条件 降参か失格、またはプレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合。(死亡も失格とみなす。)

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 

  

                                  “フェアリーテール”』

 

 それをその場の全員が読み終えた時、“契約書類”はひも状になり、小町の首に絡みつき、首輪になった。

 

「ちょ、なんですかこれ!?」

 

「恐らく、先ほどの“契約書類”に記されていた、ギフトゲームに敗北した際の賞品にされたのでしょう」

 

「どういうこと?」

 

 ジンの言葉に耀が訊いた。

 

「先ほどの『敗北した際のプレイヤーが失う最も大切なもの』が小町さんだということです」

 

「そんな、お兄ちゃん。小町が一番大切だなんて…小町的に超ポイント高いよ!」

 

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ、小町さん!?」

 

「ジン、何とかならない?」

 

 訊かれたジンは、神妙な顔で首を横に振る。

 

「無理ですね。“契約書類”が巻きついた時点で、プレイヤーがクリアするしか方法はありません」

 

「そんな…」

 

「まあまあ、お兄ちゃんなら、きっと大丈夫ですよ!」

 

「なんでそんなに楽観的なのよ、あなたは!」

 

 飛鳥に言われて、それまでへらへらとしていた小町の顔は少し不安そうな顔になった。

 

「怖い…ですよ。怖くないわけ、ないじゃないですか」

 

 でも…と、小町が続けた。

 

「お兄ちゃんなら、きっとどうにかしてくれるって信じてますから!」

 

 それは、咲き誇る花のようにきれいな笑顔だった。

 

「小町さんは八幡君を信じているのね」

 

「はい! 捻くれてて、わかりにくくて優しいお兄ちゃんが、小町は大好きですから」

 

 そんな小町を見て、耀が苦笑して言った。

 

「もしかして、小町ってブラコン?」

 

 そんな耀の問いに、小町は悪戯っぽく笑った。

 

「知らないんですか? 妹は兄が大好きなんですよ?」

 

 その言葉に、女性陣は吹きだして笑い合っていた。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 一方その頃

 

 

「十六夜さん、見てください! こんなに大きな水樹の苗をもらいました!

これでもうコミュニティは水に困ることがありませんよ!」

 

 十六夜に追いついた黒ウサギは、十六夜が倒した水神がくれた水樹の苗に大はしゃぎしていた。

 しかし、十六夜は神妙な顔をしていた。

 

「なあ、黒ウサギ。おまえってここに来るまでに八幡の奴にあったか?」

 

「え、あの、一緒ではないのですか?」

 

「いや、俺とさっきの奴が戦ってる間にどっか行った」

 

 黒ウサギは、八幡がとばっちりを食らいたくなくて、避難をしたのだと容易に想像はついた。

 

「ですが、だったらどこに行ったのでしょう?」

 

「とりあえず、探そうぜ」

 

「それには及ばんよ」

 

いつの間にか、二人の後ろに立っていた肌の黒い小柄な老人が声をかけた。

 

「なんだ、爺さん。おまえ、八幡がどこにいるのか知ってるのか?」

 

「あの若者なら、今の我々のコミュニティとギフトゲームをしているよ。ついて来なさい」

 

 そう言って、老人は二人に“契約書類”を差し出して歩き出した。

 

『ギフトゲーム名"運命の審判"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 洞窟内の『盗まれた者』を取り戻す。

 

 ・プレイヤーは洞窟内で、小ゲームを挑まれた場合、断ることはできない。参加を拒否し続けた場合は失格とみなす。

 ・プレイヤーが敗北した場合、プレイヤーが現在持っている中で、最も大切なもの(プレイヤーの命を除く)が失われる。

 ・隠されたルールを破った場合も同様に失格とする。

 

 敗北条件 降参か失格、またはプレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合。(死亡も失格とみなす。)

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 

  

                                  “フェアリーテール”』

 

「なんですか!? このゲームは!?」

 

 ついていきながら、黒ウサギはゲームの内容に驚愕する。

 

「まずいな。このゲーム、賭けられてるのは恐らくアイツの妹だ」

 

「おや、お主は気づいたのかね? あの若者は『今持っているもの』と勘違いしているようじゃったが、そろそろ気づいておるじゃろう」

 

 そう言ったところで、新しく“契約書類”が現れた。

 

 

『ギフトゲーム名“沈黙の問答”

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 プレイヤーの出した問いに、ホストマスターが答えを言えなかった場合。

 

 ・プレイヤーはいかなる問いを出してもいい。

 ・ホストマスター側は、関係のない言葉を言って、『答え』とすることはできない。

 ・プレイヤーは問いを出す際に、ホストマスターに確認を取ること。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーの問いに答えを言えた場合。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 

  

                                  “フェアリーテール”』

 

「なんですか、この勝負は!?」

 

「こりゃ、ひでえな」

 

「おや、このゲームのいじわるさに気づいたのかね?」

 

「当然だ。このゲームの勝敗条件の『答えが言えた場合』ってのはつまり、ホストマスターの言う答えが『わからない』でもいいってことだ」

 

 そう。このゲームはホストマスター側が、答えを『言えない』ことが勝利条件であり、問いに関係のある答えならば、何を言ってもいい。たとえ、『わからない』が答えだとしてもだ。

 

「そんなのゲームとして不成立です!」

 

 怒ったように言う黒ウサギに、老人は静かに言い返す。

 

「では、箱庭の貴族殿。あなたが審判となり、箱庭の中枢に問えばよい。これらのゲームが不当か否かを」

 

「わかりました」

 

 黒ウサギが答えて目を閉じると、彼女のウサ耳がピコピコと揺れた。

 

「ダメです。箱庭の中枢からは『正当である』と」

 

 黒ウサギは知らなかった。老人がすでに布石として、八幡から言質を取っていたことを。

 

「にしても、解せないな。アイツはかなり疑り深いやつだったはずだが」

 

「確かに、最初はかなり警戒しとったよ。じゃが、元来お人よしなんじゃろうな。こっちが困っていると言ったらあっさり力を貸すと言ったぞ」

 

 それを聞いて、十六夜は歯噛みした。

(チッ! アイツの甘さがいきなり仇になったか…)

 

 十六夜がここに来る途中で八幡に言った、『あんまりやると身を滅ぼすぜ』という言葉が、いきなり現実になろうとしていた。

 

「おや、どうやら、そうそううまくはいかないようじゃな」

 

 老人が言ったのにつられて、黒ウサギと十六夜が見ると、二枚目の“契約書類”に浮かんでいた文字が変わった。

 

『 CONGRATULATION! GAME CLEAR!』

 

「やりました! 八幡さんが小ゲームをクリアしたみたいです!」

 

「みたいじゃな。じゃが、そう簡単にこのゲームはクリアできんぞ」 

 

 老人が立ち止ると、目の前に岩で塞がれた洞窟があった。

 

「なんなのですか、これは!?」

 

「これは脱出までがゲームじゃが、どこまで気づいておるかのう」

 

「いや、アイツならもう解けてるだろ」

 

「おや、お主はあの少年をずいぶんと買っているようじゃな」

 

「まあな。黒ウサギの隠し事を察知していたのは俺とアイツだけだったからな。ある程度は認めてるんだよ」

 

「ほう、そこまで言うなら、君はわかっているのかね?」

 

 訊かれた十六夜は、その顔に笑みを浮かべた。

 

「ヤハハハハ。当然だろ。だって俺なんだぜ」

 

「えっ!? 十六夜さんはわかったんですか!?」

 

「そりゃ、当然。いいか? このゲームの鍵は二枚目のほうだ」

 

「二枚目って…あの、よくわからない物語のことですか?」

 

「じゃあ、あの物語はどういう物語だ?」

 

「どういう?」

 

「物語の種類だよ」

 

「それは…寓話とかですか?」

 

「惜しいな。このコミュニティの名前は何かわかるか?」

 

「『フェアリーテール』…ですよね?」

 

「そうだ。『フェアリーテール』は英語で書くと『fairy tale』つまり、『おとぎ話』だ」

 

「『おとぎ話』って…だからどうだというんですか?」

 

「おとぎ話ってのは全国的に人づての民話が主になっていて、一種の教訓めいたものなんだよ。例えば、子供が夜更かししないように、夜更かしした子供が妖精や精霊の類に攫われる話とかな」

 

「つまり、この話にもなんらかの教訓があるんですか?」

 

「ああ、その前にこの話は、ヨーロッパの民間伝承によくあるパターンの話の一つだな。これは妖精の類に悪事を働いた人間が仲間の妖精の復讐を受けるパターンだ」

 

「なるほど。つまり、物語に出てくる小柄な男たちは妖精なわけですね。それで、このゲームのクリア条件の『盗まれたもの』って何なのでしょう?」

 

「ああ、そりゃ簡単だ。この物語で盗まれたのは何だ?」

 

「えっと……若者の娘さんたちですよね?」

 

「そうだ。それを助け出すのがこのゲームのクリア条件だ」

 

「なるほど。それで、教訓というのは?」

 

「教訓ってのは、一つがこのゲームの『隠されたルール』だ。『妖精・精霊を殺してならない』だ。これは、物語上の若者が妖精を殺したことで復讐を受け、殺そううとした時に亡くなったことからも明らかだ。もう一つは『優しく、正しい心を持つこと』だ。これは最初に若者が精霊からもらったお守りの使用条件だ。恐らく、脱出の際に必要なギフトか何かがあるんだろうな」

 

「では、物語に出てくる4種類ナイフはなんですか?」

 

「それも脱出のための道具だな。それぞれが四大元素の力を持ったギフトなんだよ。赤は『風』、黄は『火』、白は『水』、黒は『土』の属性のな。物語の内容からして、ギフトはそれぞれ『風』が『気化』、『火』が『プラズマ』、『水』が『液化』、『土』が『固体化』って感じだな。これは、たぶん四大元素のそれぞれの属性と同じ状態にするギフトなんだろうな。ここから推理すれば、若者が精霊からもらったお守りも同様に四大元素の力の加護のギフトだろうな」

 

 十六夜の話を聞いて、老人が感心して、拍手した。

 

「いやはや見事じゃ、少年。それだけの推理ができるなら、あの少年同様に将来が楽しみじゃな」

 

「そりゃ、どうも。だが、他人に値札をつけられるのはあまり好きじゃねえんだ」

 

「そいつはすまんの。じゃが、ここでは名前の売れとらん者は、まず名前を売るところから始めなければならんぞ。お主、あの若者と同じでこの箱庭に来たばかりじゃろ?」

 

「ああ、他にもあと三人ほどいるぜ」

 

「そやつらもお主らと同等か?」

 

「さあな。でも、俺に並べるとしたら、今はたぶんアンタのゲームを受けてる奴が状況によってはひょっとしたら、ってぐらいだな」

 

「そういえば、お主は先刻、水神殿と戦っておったな。その様子じゃと勝ったようじゃし。それになかなか知恵も回る。なるほど、言うだけのことはあるじゃろう。しかし、それでも届かないものも、この世にはあることを忘れるな」

 

 老人の言葉に、十六夜は肩を竦めた。

 

「ご忠告どうもありがとよ、爺さん」

 

 そうして、二人が話していると、黒ウサギの耳が微かに揺れた。

 

「十六夜さん!!」

 

「ようやくか」

 

 そう言って、二人が洞窟の方を見ると、洞窟を塞いでいた岩が、真っ二つに切れた。

 

「よう。十六夜と黒ウサギか」

 

 そして、洞窟から少し泥だらけになった八幡が、片手にナイフを持ち、腕に何かを抱えて出てきた。

 その腰には、三本のナイフがあり、首元には首飾りがかけられていた。

 

「どうやら、脱出はできたようじゃが、『盗まれたもの』は取り戻せたかな?」

 

 その質問に、八幡は腕の中のものを見せた。

 そこには、安心したように眠る三人のかわいらしい小人のようなものと一匹赤く燃えるオオサンショウウオのような生物だった。

 

「八幡さん、その精霊さんたちは?」

 

 黒ウサギが訊くと、十六夜は呆れたような顔をした。

 

「なんだよ黒ウサギ。そんなことにも気づいてなかったのか?」

 

「どういうことですか?」

 

「物語の中で『変わり果てた娘たち』ってあったろ?」

 

「えっ、じゃあ、あの精霊さんたちは…」

 

「妖精に攫われたことで、精霊となってしまった娘たちってわけだ」

 

「そういことじゃ。というわけで若者よ、これからはその子たちのことをよろしく頼むぞ」

 

『はっ?』

 

 嬉しそうに言う老人の言葉に、八幡と黒ウサギが『言ってる意味がわからない』という顔をした。

 

「なんだ八幡。そこまでは気づいてなかったのかよ。このギフトゲームの物語の最後で『男は今も待っている』ってあったろ?」

 

「確か、娘さんたちを任せられる人を…って、もしかして」

 

「そう。このギフトゲームはいわば親の身勝手で精霊に成り果て、親を失った娘たちを任せられる者を探すためのゲームだった、ってわけだ。よかったな八幡。いきなり四大精霊が味方になったぜ」

 

「味方…というか、形式上は隷属じゃの。後の事は任せるから、その子たちをよろしく頼むぞ」

 

「ちょっと、待て。そんなこと言われても困るんだが…」

 

 慌てたように言う八幡に、老人は諭すように言う。

 

「大丈夫じゃよ若者よ。お主はきっと、色んなことを裏切られてきたのじゃろうが、この子たちは大丈夫じゃ。根はいい子たちだからの」

 

「でも、俺は言うほどいい人間じゃないぜ」

 

 そう言う八幡に、老人は言う。

 

「それはないじゃろう。そこの二人が知っておるとおり、お主が首にかけとるお守りは優しき者にしか使えん。なのに、お主はあの子たちを抱えてこれたからの」

 

「ちょっと待て。アイツらにも何か仕掛けてあったのか?」

 

「ああ、心悪しきものが触ると一瞬で死ぬようになっとった。じゃが、お守りにはそれを打ち消す力がある」

 

「なんてことしてやがるんだよ」

 

「こうまでせんと、あの子たちを守れんでの。それで、本当に引き取ってもらえんか?」

 

「いや、俺は――――」

 

「受け取れよ、八幡」

 

 なお、断ろうとする八幡に十六夜が声をかけた。

 

「おまえは仕掛けられたゲームに勝ったんだ。なら、与えられたものを受け取るのは勝者の責任だぜ」

 

「そうですね。勝った以上は受け取ってください。八幡さん」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………わかったよ」

 

 十六夜と黒ウサギに言われて、散々迷って、八幡はようやく決断した。

 

「お主の決断に、我らコミュニティ一同、心より礼を言う」

 

 老人は八幡に深々と頭を下げた。

 

「それでは、心ばかりの礼がしたいので、少しそれを貸していただけぬか?」

 

 そう言って、八幡から四本のナイフを借りると、それらを押しつぶさんばかりの勢いで握る。すると、四本のナイフはぐにゃりと歪んだかと思うと、一本のナイフになっていた。

 

「この方が使いやすいじゃろ。そのお守りもお主にやろう。それと、約束のもな」

 

 そう言って、老人はナイフと一緒に八幡と約束していたネックレスを差し出す。

 

「いや、あー、えーと、わかった」

 

 八幡は断ろうとしたところで、さっきの二人の言葉を思い出し、結局受け取ることにする。

 

「あの子たちも含め、きっとお主の役に立つじゃろうから。あの子たちのことをよろしく頼む」

 

「大丈夫ですよ。もしもの時は、黒ウサギたちがお手伝いします」

 

「それは安心じゃ」

 

 黒ウサギの言葉に、老人は朗らかに笑う。

 

「それでは、そろそろ日も落ちそうですし、黒ウサギたちは帰りますね」

 

「ああ。若者よ、また気が向いたらその子たちを連れてきなさい。そちらの少年も、我々のギフトゲームを受けたければ来なさい」

 

「ああ、気が向いたらくるから、面白いゲーム用意しとけよ」

 

 十六夜は挑戦的に答え、八幡は何も答えずに街への道を歩いていく。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「どうだい爺さん。孫娘のようにかわいがってたあの子たちが他の男に持ってかれる気分は?」

 

 老人の後ろから、黒髪の小柄な男が現れ、尋ねる。

 

「わしは納得した上であの若者に託したからの。むしろ、誇らしい気分じゃよ。たとえあの若者があの子たち全員を娶っても構わんくらいじゃ。お主こそどうなんじゃ、妹のようにかわいがっとった子たちが他の男のものになった気分は」

 

「どんなに嫌でも、負けちまったからなあ。認めるしかねえさ」

 

「そういえば、あの小ゲームであの若者はどんな『問い』を出したんじゃ? やはり、セオリー通りのものか?」

 

 そう老人が訊くと、男は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「アイツ、とんでもなく食えない野郎だよ。アイツ、俺にこう言ってきやがったんだ」

 

 そこで男は少し間を開けてから言った。

 

「『もしも妹が兄にとって大切だと思うなら、そう思うなりのおまえの答え方をしろ』だとよ」

 

「……は?」

 

 老人は男が何を言っているのか、わからなかった。

 このギフトゲームのセオリーは、適当な問いを出して、『答えは首を振って答えろ』など、行動を制限してしまえばいいのだ。

 答えが『言えない』状態で答えさせる。故に『沈黙の問答』なのだ。

 しかし、八幡はあえてホストマスターの答え方に選択の余地を与えていた。

 

「して、若者はなぜそんな『問い』を出したか訊いたのか?」

 

「ああ。そしたら、アイツなんて言ったと思う?」

 

「皆目見当もつかんの」

 

「『俺は千葉の兄として当たり前のことを言ったんだが、違うのか?』だとよ」

 

 その言葉に老人はおかしそうに笑いながら言った。

 

「なるほど。妹への愛を当然というか。あの若者、ただの馬鹿か、それともとてつもない大器かどっちじゃろうな。次会うときが楽しみじゃわい。お主の父は、あの子たちの父親を殺した後にあの若者に出会えとったら、あの若者をどう評したかのう?」

 

「さあね。俺の親父はただ、友人だったあんたの兄貴の仇を討ったはいいが、関係ない娘たちを攫ったせいで精霊化させちまった責任を取りたがってただけだからな。あの子たちが幸せになれば、それでいいだろ」

 

「それなら、きっと大丈夫じゃよ。あの若者はきっと我々が待ち望んでいた者じゃ」

 

「だといいな」

 

 そうして、二人はいつの間にかいなくなっていた。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「ふう。やっと着いたな」

 

「いやあ、八幡のおかげで今日は楽しかったぜ」

 

「黒ウサギはお二方のせいで疲れたのですよ」

 

 やっと街についた三人は、ジンたちと合流すべく、街を歩くことにした。

 

「お、あれじゃねえか?」

 

「あ、そのようですね」

 

 すると、街に入って、少し歩いた喫茶店に四人はいた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 小町は、八幡を見ると、真っ先に駆け寄っていき、

 

「おお、小まグハァッッッ!?」

 

 思いっきりドロップキックをかました。

 

「妹を賭けるとか、何考えてるの!? 小町的に超ポイント低いよ!」

 

「いや、あれは騙されたんだ」

 

「あら、言い訳は男らしくないのではなくて?」

 

「同感」

 

 小町がギフトゲームの賞品にされたことに、女性陣はかなりキレていた。

 

「まあまあ、小町さん。八幡さんは本当に騙されていたわけですし、小町さんのためにがんばっていたんですから、許してあげてください」

 

 そうやって黒ウサギが事情を説明し、宥めて、八幡が謝り倒して、ようやく許してもらえた。

 ただ、小町は自分が賭けられたこと以上に、八幡が自分の命すら失いかねないゲームをしていたことに憤慨していた。

 その後、八幡がギフトゲームで勝った賞品として引き取った精霊たちが眠っているのを見て、女性陣たちが和んだところで、十六夜が飛鳥に訊いた。

 

「おい、お嬢様。さっきから気になってたんだが、その手に持ってるのは何だ?」

 

 訊かれて、ジンは困ったような顔をし、女性陣は得意そうな顔をした。

 そして、飛鳥が代表するように持っていた紙を黒ウサギたち三人に見せて言った。

 

「ギフトゲームをすることになったわよ」

 

「…はい? 飛鳥さん、今なんと?」

 

 飛鳥の言ってる意味がわからず、黒ウサギが訊く。

 

「もう一度言うわ。ギフトゲームをすることになったわよ」

 

 その言葉に、八幡は『どうやら面倒事はまだ続くのか』と嘆息し、十六夜は『また楽しくなってきた』と嬉しそうに笑った。

 そして、黒ウサギは――――

 

「いきなり何をやってるんですか、この問題児様方はああああああああ!?」

 

 当然のことながら叫んでいた。




さて、精霊の四姉妹はハーレム要員になるか、それともただのサポーターで終わるか。基本的にその場の気分と思いつきと人気で決まると思います。
さておき、この子たちの名前決めてないけど、どうしよう。特に、燃えるオオサンショウウオ『サラマンダ―』。コミュニティ的に難しい。小町に頑張って決めてもらうか? 由比ヶ浜がいれば変な名前つけられるのに。
そういえば、前書きのサブタイみたいなのは完全に悪ふざけの産物なので、ストーリーとは少ししか関係ありません。

次回は白夜叉あたりかなあ。…フォレス・ガロ打倒が遠い。ペルセウスが見えねえ。ですが、やっとヒッキーのギフトがわかるぞおおお!!
というわけで、次回『図らずも春日部耀は念願叶う』…または『黒ウサギに迫る白い変態の魔の手!~意外に強いぞステルスヒッキ―~』をお楽しみに。(サブタイは変更される恐れがあります。あらかじめご了承ください。)


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図らずも、春日部耀は念願叶う。

先日はPCトラブルの折、まちがって途中で投稿されてしまったため、皆様にはご迷惑をおかけしました。この場にて再度お詫びいたします。
では、『黒ウサギに迫る白い変態の魔の手!~意外に強いぞステルスヒッキ―~』お楽しみいただければ幸いです。


「いきなり何をやってるんですか、この問題児様方はああああああああ!?」

 

 勝手に“世界の果て”に行った十六夜と八幡を連れて戻って来てみると、今度は問題児たちの女性陣たちが問題を起こしていた。

 

「なんでちょっと目を離した隙に他コミュニティに喧嘩売ってるんですか!? しかもゲームの日取りは明日!? いったいどういうつもりなんですか!!」

 

 黒ウサギの剣幕に三人は項垂れて答えた。

 

『ムシャクシャしてやった。 今は反省しています』

 

「黙らっしゃい!」

 

 なお、怒る黒ウサギに、十六夜が仲裁に入る。

 

「見境なく喧嘩売ったわけじゃないんだから許してやれよ」

 

「ですが、リスクが高すぎます! この“契約書類”を見てください!」

 

 言われて、十六夜と八幡は“契約書類”を見る。

 

「“主催者が勝利した場合、参加者は主催者の罪を黙認する”…。人質も返さないってわけか」

 

 明らかにひどい内容であるにも関わらず、飛鳥たちは笑って言う。

 

「あら、でも賞品はリスキーなチップに見合うわよ」

 

「“参加者が勝利した場合、主催者は参加者の言及するすべての罪を認め、人質を無事返した後、コミュニティを解散し、箱庭の法の下で正しい裁きを受ける”か…」

 

「こう記されている以上、ゲームの決着がつくまで人質に危害が加わることはない」

 

 その言葉にジンが続ける。

 

「ガルドの悪事は時間をかければ立証できますが、その間に人質に何をされるかわかりませんからね。それに箱庭の外に逃げられてしまえば、それまでです。外は無法地帯ですし、箱庭の法は都市内でのみ有効なものですから」

 

「でも、“契約書類”による強制執行ならば、どれだけ逃げようとも、強力な“契約”でガルドを追いつめられる…ってこと」

 

 そんな、得意そうに言う飛鳥やジンを八幡は見つめて、少し考えて言った。

 

「おい、十六夜。黒ウサギが俺たちのこと散々問題児って言ってたけど、このリーダーも十分問題児だぞ。しかも、人の作戦に便乗してドヤ顔で語ってんだが…」

 

「いや、八幡。この御チビはまだ十一歳なんだ。こうやってはしゃぎたい年頃なんだよ。わかってやれよ」

 

「…そうだな。俺が悪かった」

 

 そう言って、二人は少し憐れむように、自分たちのコミュニティのリーダー見た。

 そんな二人に、黒ウサギが突っ込んだ。

 

「ちょっと、お二人とも! ジン坊ちゃんはこれでもすごいんですからね!」

 

「そうだな。これでもな」

 

「ああ、これでもな」

 

「ぐはあっ!!!?」

 

「ジン坊ちゃあああああん!?」

 

 十六夜と八幡は、これでもかと『これでも』を強調して連発し、ジンが精神ダメージに倒れた。

 

 

 数十分後、ようやく話が再開された。

 

「まあ、腹立たしいのは黒ウサギも同じです。“フォレス・ガロ”ぐらいなら十六夜さん一人で楽勝でしょうし」

 

「いや、俺は参加しないぞ」

 

「へ?」

 

 まさかの参加拒否に、黒ウサギが焦る。

 

「な、なんでなんですか十六夜さん!?」

 

「当たり前だろ? これはコイツらが売って、ヤツらが買った喧嘩だ。なのに、俺が手を出すのは無粋だろ」

 

「あら、わかってるじゃない。私は貴方なんて参加させるつもりなかったわ。もちろん八幡君もね」

 

「いや、俺は参加するぞ」

 

 『え?』っと一同が八幡を見る。

 

「いや、だってそうだろ。おまえらがアイツらとギフトゲームをするなら、小町が出る羽目になるかも知れないんだぜ。ギフトもないのにそんなことさせられねえよ。だったら、代理で誰か出るしかないだろ。で、十六夜は出ないとなると、俺が出るしかないだろ」

 

「なるほど。確かに、小町さんを出すわけにはいかないですからね。このギフトゲームは黒ウサギが審判を務めるつもりだったので、そのようにしておきますね」

 

 八幡の言葉に、黒ウサギは納得したように言った。

 

「それで、今日はコミュニティに帰る?」

 

「あ、ジン坊ちゃんは先にお帰り下さい。ギフトゲームが明日なら“サウザンドアイズ”に皆さんのギフト鑑定をお願いしないと」

 

 ジンの提案に黒ウサギが言った。

 

「“サウザンドアイズ”? コミュニティの名前か?」

 

 初めて聞く名前に十六夜が黒ウサギに訊く。

 

「“サウザンドアイズ”は特殊な“瞳”のギフトを持つ者たちの群体コミュニティで、箱庭の東西南北、上層下層、すべてに精通する超巨大コミュニティです。この近くにその支店があるんですよ」

 

「ギフトの鑑定というのは?」

 

「もちろんギフトの秘めたる力や起源などを鑑定することです。自分の力の正しい形を把握していた方が引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 

「それもそうだな」

 

「では、決まりです」

 

 そうして、六人はジンと別れ、“サウザンドアイズ”へと向かう。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 “サウザンドアイズ”に向かう途中、飛鳥が並木を見上げて言った。

 

「これは、桜の木…ではないわよね? 花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

 

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ」

 

「…? 今は秋だったと思う」

 

「小町もそう思います」

 

 二人(正確には三人だが、小町が答えたせいで八幡は言えなかった)が同じ意見だが、なぜかばらばらの意見が出てしまう。

 その理由を、黒ウサギが解説する。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのです。もといた時間軸以外にも歴史や文化・生態系など、ところどころ違う箇所があるはずですですよ」

 

「へえ? パラレルワールドってやつか?」

 

「正しくは立体交差平行世界論というものなんですが、この説明はまたの機会ということで…」

 

 そう言ったところで、黒ウサギがハッとした顔をする。

 見ると、店員が店の暖簾を下ろそうとしていた。

 

「ちょっ、待っ―――」

 

「待ったなしです、お客様。うちは時間外営業はやっていません」

 

 黒ウサギの静止の声は、閉店準備をしている店員に、にべもなく断られてしまう。

 

「なんて商売っ気のない店なのかしら」

 

「ま、まったくです! 閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」

言われて、店員はむっとする。

 

「…なるほど。“箱庭の貴族”であるウサギのお客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」

 

「俺達は“ノーネーム”ってコミュニティなんだが」

 

「では、どこの“ノーネーム”様でしょう。旗印を確認させていただいてもよろしいですか?」

 

 十六夜の言葉に店員が意地悪い質問をする。

 すると、八幡は心底鬱陶しそうにため息をついて言った。

 

「はあ、黒ウサギ。“サウザンドアイズ”ってこんなに程度の低い連中の集まりなのか?」

 

「…お客様。今、なんとおっしゃいましたか?」

 

 八幡の言葉に、黒ウサギが呆気にとられる中、店員が怒りを押し殺すように言った。

 

「だってそうだろ? 閉店五分前とはいえ、店に来た客にその態度はねえだろ。少なくとも、商業コミュニティを謳うなら、“ノーネーム”であることを理由に断るなんてもってのほかだし、大手ブランドの格を示すために断るにしても、ちゃんとした断り方も教えられないようじゃ、大したコミュニティじゃなさそうだな」

 

「…この、言わせておけば――――」

 

 八幡と店員の間に一触即発の空気が流れる。そこへ――――

 

「いぃぃぃぃぃやほおぉぉぉ! 久しぶりだ、黒ウサギィィィ!」

 

 ハイテンションなロリが黒ウサギに突っ込んできて、黒ウサギともども、川に落ちた。

 それを見た十六夜は店員の方を向き、

 

「……この店にはドッキリサービスがあるのか? なら俺も別バージョンで是非」

 

「ありません」

 

「なんなら有料でも」

 

「やりません」

 

 この間も黒ウサギとロリのやりとりは続く。

 

「白夜叉様!? なぜ貴女がこんな下層に!?」

 

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしたからに決まっておるだろうに! やっぱりウサギは触り心地が違うのう!」

 

「ちょ、ちょっと離れてください!」

 

 黒ウサギに押し飛ばされた白夜叉が十六夜の方に飛んでいく。

 

「てい」

 

「ギャッ!?」

 

 その白夜叉を十六夜が蹴り、白夜叉が小町の方に飛んでいく。

 

「おお! これまたかわいらしいおな「させるか!」ゴッ!?」

 

 そのまま小町に飛びつこうとした白夜叉を、八幡が川に再び蹴り飛ばした。

 

「飛んできた美少女を蹴るとは何様だ!」

 

「十六夜様だぜ、以後よろしく和装ロリ」

 

「千葉のお兄様の比企谷八幡だ。こっちはあまりよろしくするな。そして、小町に近づくな変態」

 

 文句を言う白夜叉に、不遜な態度の十六夜と、妹を襲う変態を素で警戒する八幡が言った。

 事態が収拾したのを見て、飛鳥と耀が近づいてきた。

 

「貴方はこの店の人?」

 

「おお、そうだとも。この“サウザンドアイズ”の幹部様の白夜叉様だよ、ご令嬢。お前たちが黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たということは―――ついに黒ウサギが私のペットに…」

 

「なりません!」

 

「まあいい、話があるなら店内で聞こう」

 

 白夜叉の言葉に、店員が焦ったように言う。

 

「よろしいのですか? 彼らは旗印も持たない“ノーネーム”のはず。既定では―――」

 

「身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ。それから、お主」

 

「なんでしょう」

 

「たとえ相手が“ノーネーム”とはいえ、礼を失すればコミュニティの格が疑われるのは当然。そのことを努々忘れるな」

 

「…わかりました」

 

 先ほどの八幡とのやりとりを見ていたのか、白夜叉は店員の接客態度を窘めた。

 

「まあ、そういうことだ。先ほどのこの者の非は私の方から詫びる。だから、許してやってくれんかの」

 

「別に、こっちは大して気にしてねえよ」

 

 白夜叉の謝罪に八幡はそっぽを向いて答えた。

(まっ、こっちは黒ウサギの知り合いが来るまでの時間稼ぎだったしな)

 

 そう。八幡は店員が断る理由が『“ノーネーム”であること』だとわかっていた。

 だが、それを黒ウサギが知らないはずがない。ならば、入れてくれる知り合いがいる、という予想を立てて、店から締め出される時間を稼ぐために挑発を行っていたのだが、先ほどの黒ウサギの様子ではそうではなかったらしいが、結局は白夜叉が店に入れてくれたので、よしとする。

 だが、少し気になることがあった。

(あの店員思ったより沸点低かったな…。雪ノ下かよ)

 

 八幡にとって意外だったのは、店員が思ったより簡単に挑発に乗ったことだ。

 そのことで、同じ部活の知り合いが思い浮かんだ。

(そういや、俺の挑発って大抵乗っかられるんだよなあ…。俺ってそんな腹立つ奴なのか?)

 

 人知れず軽くヘコむ八幡であったが、それ以上の懸念事項が彼にはあった。

(あの白ロリ…小町には触らせん!)

 

 そして、八幡は他の者に続き、決意も新たに店に入る。 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 六人が連れてこられたのは、店の奥の和室だった。

 

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 

 その後、軽く自己紹介をし直し、箱庭について『階層の構造はバームクーヘン的なもの』という結論に落ち着き、神格の話が出たあたりで、十六夜、飛鳥、耀が白夜叉に喧嘩を売り始めた。

 しかも、それに白夜叉の方も乗り気でいた。

 

「ほう。依頼しておきながら私にギフトゲームを挑むか。いいだろう。だが、おんしらが望むのは“挑戦”か? もしくは“決闘”か?」

 

 そう言った途端、七人のいた場所が、和室から広大な雪原に変貌した。

 

「おいおい、マジかよ…」

 

 全員の驚きを代表するかのように十六夜が言った。

 そんな彼らに白夜叉は言う。

「今一度問おうかの。私は“白き夜の魔王”―――太陽と白夜の星霊、白夜叉。おんしらが望むのは試練への“挑戦”か?

それとも対等な“決闘”か?」

 

 言われた彼らの中で、十六夜は驚愕しつつも、今彼らがいる場所を冷静に分析した。

(白い雪原。凍る湖畔。あれは…太陽?)

 

「…そうか。『白夜』と『夜叉』。あの太陽やこの土地は、オマエを表現しているってことだな。白夜叉」

 

 十六夜の言葉に、白夜叉はニッと笑う。

 

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原…。永遠に沈まぬ太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」

 

 白夜叉の言葉に、飛鳥が驚く。

 

「これだけの土地がただのゲーム盤…!? そんなデタラメな…」

 

「…して、おんしらの返答は…? “挑戦”であるならば手慰み程度に遊んでやろう。だが、しかし“決闘”を望むなら―――魔王として、命と誇りの限り戦おうではないか」

 

 その言葉に、十六夜も飛鳥も耀も、背筋が寒くなるのを感じる。

 

「まいった」

 

 三人の中で最初に声を発したのは十六夜だった。

 

「やられたよ。降参だ白夜叉。今回は黙って試されてやるよ。魔王様」

 

 十六夜の言葉に、白夜叉は笑った。

 

「くく、かわいい意地の貼り方もあったものじゃの。他の童たちも同じか?」

 

 白夜叉の言葉に、二人ともまだ先ほどの気迫に気圧されたままなのか、少し弱い語調で答える。

 

「…ええ、私も試されてあげてもいいわ」

 

「同じく」

 

「よし、ではさっきから話に加わってなかったそっちの二人はどうだ?」

 

 白夜叉は最初から我関せずと静観していた八幡と小町に訊いた。

 

「生憎、元よりお前とことを構える気はねえよ。勝てないし」

 

「小町はお兄ちゃんについてきただけなので、遠慮しときます」

 

 問題児たちが落ち着いたところで、黒ウサギが入ってくる。

 

「お互い相手を選んでください! それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前のことじゃないですか!」

 

 その言葉に、十六夜が驚愕する。

 

「なにっ!? じゃあ元・魔王様ってことか!?」

 

「はてさて、どうだったかな?」

 

 白夜叉が十六夜の言葉にとぼけて見せた直後、雪原の森のような場所から、『オォ――――ン!』という、獣の鳴き声のようなものが聞こえた。

 

「…なに、今の鳴き声。初めて聞いた」

 

 多くの動物と友好を結んでいる耀は、初めて聞く獣の咆哮に戸惑う。

 白夜叉はといえば、咆哮の主に心当たりがあるようで、少し考え込んだ。

 

「ふむ…あやつか。おんしらを試すには、うってつけかもしれんの。——―来い」

 

 白夜叉が呼ぶと、森から一体の獣が姿を現した。

 そして、その姿を見た耀の表情が驚愕に染まる。

 

「これは…、嘘…っ、ホンモノ!?」

 

「もちろんだとも。こやつこそ鳥の王にして、獣の王―――鷲獅子だ」

 

 鷲獅子が白夜叉の傍らへと降りると、白夜叉は手に持ったカードから“契約書類”をだす。

「さて、肝心の試練だがの…、こんなゲームはどうじゃ?」

 

 そう言って白夜叉が指を鳴らすと、“契約書類”が十六夜たちの前に現れる。

 

『ギフトゲーム名"鷲獅子の手綱"

 

 プレイヤー一覧 逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀、比企谷八幡

 

 クリア条件 グリフォンの背に乗り、湖畔を舞う。

 クリア方法 “力”“知恵”“勇気”いずれかでグリフォンに認められる。 

 

 敗北条件 降参、またはプレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 

                                  “サウザンドアイズ”』

 

「どう挑むか四人でよく話し合って――――」

 

 白夜叉が言う前に、耀が前に出る。

 

「私がやる」

 

 そんな耀に、彼女が連れていた三毛猫が心配そうに鳴く。

 

「自信があるようだがこれは結構な難物だぞ? 失敗すれば大けがではすまんが」

 

「大丈夫、問題ない」

 

 耀のその言葉に八幡が反応する。

 

「まずいな…」

 

 八幡の言葉に、さらに女性陣が反応する。

 

「何がまずいの、八幡君?」

 

「今、明らかに大丈夫じゃないフラグが建ったぞ」

 

「えっ!? 八幡さんのギフトってそんなこともわかるんですか?」

 

「いや、そうじゃなくて、お約束的な…」

 

「ああ、アレか」

 

「アレだね」

 

『えっ、どういうこと?』

 

八幡の言葉に、十六夜と小町は納得するも、黒ウサギは世界の違いから、飛鳥は時代の違いからか、よくわからないようだった。

 そうやって、外野が騒いでいるうちに耀とグリフォンの話が進む。

 

「では、娘よ。貴様は何を賭す?」

 

「命を賭けます」

 

 その耀の言葉に、また外野が反応する。

 

「うわ、ついに命を賭けるとか言っちゃってるんだが…死亡フラグだぞ」

 

「ああ、アイツ終わったな」

 

「どうしようね」

 

「ちょっと、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょう!?」

 

「そうですよ! 早くやめさせないと!」

 

 そう言って前に出ようとする黒ウサギを十六夜が制す。

 

「そいつは無粋だぜ。やめとけ」

 

それに…と、十六夜は付け加える。

 

「どうしてもって言うんなら、クリアさせる方向で適任がいるぜ」

 

 その言葉に黒ウサギは首を傾げる。

 

「誰のことですか?」

 

「コイツだよ」

 

 そう言って十六夜は八幡を指差す。

 

「たぶん、あの精霊の爺さんからもらったギフトがあればいけるはずだ」

 

「本当ですか!?」

 

 ああ。と、十六夜が答えるが、八幡自身は自分のギフトが何かよくわかっていないため、命を賭けるようなゲームはこりごりだと思っていた。

 そのため、言い訳してなんとか言い逃れようとする。

 

「いや、俺にはゲームを一日一時間以上すると死んでしまう病があるから、もう今日は―――」

 

 無理…と、言おうとしたところで、十六夜に首根っこを掴まれて…

 

「うおりゃあああああああああ!!」

 

「ぎゃあああああああああああ!?」

 

 今まさに飛び立とうというグリフォンの方に投げられる。

 

『ぬおっ!?』

 

「きゃっ!?」

 

 いきなり飛んできた八幡に、一人と一匹は驚き、グリフォンは少しバランスを崩すも、持ち直してその場で飛び続ける。

 

「…えっと、八幡大丈夫?」

 

「これが大丈夫に見えるか?」

 

 グリフォンにしがみつきながら、若干疲れたように八幡は言う。

 

「えっと、じゃあ、とりあえずこっちに」

 

 とりあえず、耀は安全のため八幡にも手綱を握らせた。しかし、そこで二人に思わぬ事態が起きた。

 

「……………近い…んだけど」

 

「…いや、俺に言われても…」

 

 そう。グリフォンが大きいといっても、手綱自体はそこまで長くはないため、二人で握ろうとすると、二人は体を密着させなければならなかった。

 さらに、二人とも基本的に友達がいなかったので、こういう時はどうすればいいのかわからない。

 耀は安全のため八幡に手綱を握らせたので離れろとは言えず、八幡は八幡で耀は美少女に分類されるほどのかわいらしい容姿のためドギマギしてしまい、離れようにも手綱がないと危ないので離れられないでいた。

 そして…

 

「おうおう、なんとも初々しいのう」

 

「ヤハハ。なんか面白そうなことになってるな」

 

「異世界に来ちゃって、お姉ちゃん候補どうしようかと思ったけど…これなら意外と早くどうにかなるかも! 小町的にポイント高いよ、お兄ちゃん!」

 

「いや、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」

 

「問題が解決どころか…むしろ、問題が悪化してるんですが…」

 

 他の問題児たちは大半が対岸の火事を見ているような心持で、有体にいって余裕綽々だった。

 そして、そんなふうに見られているとは二人は思ってもみない。

 

『もう、よいか』

 

「えっ、あっ、うん」

 

 慣れない状況に戸惑っている耀にグリフォンが問いかけ、戸惑っていたために冷静に考えられず、反射的に答えてしまった。

 

『では、いくぞ!』

 

「えっ、ちょ、待っ―――」

 

 グリフォンの言葉はわからないものの、雰囲気からゲームの再開を感じ取った八幡が止めようとするも、グリフォンは彼の静止の声を聞かずに飛び立つ。

 グリフォンが飛ぶのを再開した時、耀はグリフォンが空を踏みしめ、走っているのだと理解し、それに驚き、同時に感嘆する。

 すると、グリフォンが話しかけてきて、耀も自分がまだまだ余裕であることを言い挑発する。

 その一方で八幡は…

(あれ、どういうことだ?)

 

 耀と自分の状況の差に気づき、それに疑問を抱き始めていた。

(なんで俺は寒くないんだ? いや、それ以前に風をほとんど感じない?)

 

 そう。最初こそ寒かったものの、彼はグリフォンが耀に話しかけたあたりから、グリフォンが走っている間に生じる強烈な風と寒さをほとんど感じなくなっていた。

 そして、それをいち早く感じ取ったのは十六夜だった。

 

 

          ♦

 

 

 

「へえ、半分予想通りだったが…なるほどなあ」

 

「あの、十六夜さん。どうかしたんですか?」

 

「ああ。八幡のギフトは中々おもしろいやつだと思ってな」

 

「え…? じゃあ、十六夜さんは八幡さんのギフトが何かわかったんですか?」

 

 その言葉に他の女性陣も反応する。

 

「彼のギフトって一体何なの?」

 

「小町も知りたいです!」

 

 彼女たちの言葉に、十六夜はにっと笑うと八幡を指差して言う。

 

「まず、春日部と八幡の様子を見てどう思う?」

 

 その質問に、女性人たちはグリフォンに乗る二人を見る。

 

「なんていうか…密着してますね」

 

「八幡君の目つきがもう少しよくて、状況が違ったら恋人同士と言えないことはないわね」

 

「小町的にはアリですね!」

 

「いや、そういうことじゃねえよ。二人の状況の違いをよく見ろよ」

 

 そう言われて、女性陣は再度二人を見る。

 そして、そこで二人の明確な違いに気づく。

 

「八幡さんの様子が普段の状態と変わらな過ぎる?」

 

 そう。二人を比較すると、あまりに様子が違いすぎるのだ。

 耀の衣服や髪が空気中の水分で凍りつき、強烈な風に煽られているのに対し、八幡の方はまるで何かに守られているかのように、衣服も髪も平常通りで、風も髪の揺れ具合から大したことのないものだとわかる。

 

「でも、それってどういうことですか? 確かさっきまではお兄ちゃんも同じような感じだったと思いますけど…」

 

 二人が途中までは同じ状態だったため、当然の疑問として小町が質問する。

 

「それはたぶん、ギフトの発動条件か何かを満たしたんだろうな」

 

『発動条件?』

 

 そんなものがあるのかと、小町と飛鳥は白夜叉と黒ウサギを見る。

 

「確かに、条件付きのギフトもあるな。一般的にギフト所有者の格以上に強力なギフトかギフト所有者の気質によってそういうギフトになったかじゃの」

 

「なるほど。それで、八幡君のギフトの発動条件って何なの?」

 

「まあ、発動条件ってのは正確じゃないが…たぶんアイツのギフトは最初に俺たちがあった時に、黒ウサギの居場所に即座に気づいた俺たちが気づけなかったことと春日部とあのグリフォンが話し始めた時から八幡の様子が変わったことからして、十中八九『周りに自分を認識されないようにし、認識されていない間だけ他者のギフト及びギフトによる二次的影響の無力化をできる』ってところだろうな」

 

 それを聞いた白夜叉以外の女性陣が絶句する。

 

「…ちょっと、待ってください十六夜さん。てことは八幡さんのギフトはかなり強力なものではないですか?」

 

 認識されないようにした上で、その間だけ相手のギフトやそれによる二次的影響を無力化できる…ということは、実質的にギフトに対するアンチ能力であることと同義だということだ。

 それはギフトを持つ者からすれば、かなり脅威な的だろう。

 しかし、十六夜はその言葉に首を振る。

 

 

「確かに強力だが、弱点がないわけじゃない。まず、一つ目に『一定以上格が上の相手には通用しない』ってことだな。少なくとも白夜叉や滝の蛇には効いていないところからして、『神格クラスレベルにはほとんど効かない』と考えた方がいいな。二つ目に『一定以上の距離の一定数以上の人間に認識されているとギフトが解除される』ってところだな。だから、最初に比企谷の妹が俺達に八幡を紹介した時点から認識できるようになったんだろうな。あと、俺たちが最初の時点から認識できていることから、『ギフト発動前に意識されていると、効果がない』ってところか」

 

 十六夜の説明に、黒ウサギが恐る恐る言う。

 

「えっと、ってことはですよ。耀さんかあのグリフォンが再度八幡さんを認識したら…」

 

「まず、間違いなくギフトが解除されるな」

 

 その言葉に小町と飛鳥が顔を青くした。

 

「ちょっと、待って!? もし、いきなり解除されたら…」

 

「いきなり、超スピードの飛行による加重がかかるな」

 

 そんなことになれば、当然のことながら基本的身体能力が平均よりやや優れている程度の八幡では、すぐに落ちてしまうだろう。

 そうなれば、ただでは済まない。

 女性陣たちは心配そうにしているが、十六夜だけはある一つの可能性を考えていた。

(だが、アイツが持ってるアレか、あいつらが起きればいけるか?)

 そして、変化が起きた。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「しまっ―――!?」

 

 ゴールを目前にして飛行のスピードに耐え切れず、耀の手が滑り手綱から手を放してしまった。

 そして、そうなれば当然後ろに座っていた八幡にぶつかることになる。

 

「うおっ!? 大じょっ―――!?」

 

「あっ、ごめ――――!?」

 

 ぶつかった時はそこまで強い衝撃ではなかったため、二人とも油断していたが、耀が八幡に意識を向けた途端に、十六夜の仮説を証明するかのように八幡を守っていた力がなくなり、二人をぶつかった時の比ではない強い衝撃が襲う。

 

「くっ…!?」

 

 そして、その衝撃に耐え切れず、八幡も手綱から手を放してしまった。

 そうなれば当然、二人はグリフォンから落ちることになってしまう。

 

「くっ……」

 

 グリフォンから落ちそうになる中、必死に手を伸ばすも前に耀がいてうまく掴もうとできず、耀の手もあと少しのところで空を切ってしまう。

 そして、二人ともそのままグリフォンの上から落ちてしまう。

(くそっ…! これはシャレになんないぞ!)

 

 グリフォンから落ちる中八幡は打開策がないか考えるも、飛行のギフトを持たない八幡はそれが無理だと判断し、耀を見る。

 耀は顔こそ見えないが、自分同様に落ちているところからして、彼女も飛行はできないだろうと推理し、さらに焦りの色を濃くする。

(どうする…!? どうすればいい……!?)

 

『まったく…私たちの御主人様は世話が焼けるわねえ』

 

「え…?」

 

 全く聞きなれない言葉に八幡が一瞬目を見張る。

 そして、

 

 

 

          ♦

 

 

 

「春日部さん!! 八幡君!!」

 

「お兄ちゃん!! 春日部さん!!」

 

 二人がグリフォンから落ちたため、飛鳥と小町が二人の方へ走ろうとする。

 そんな二人を十六夜が制す。

 

「待て! まだ終わってない!」

 

 言われて二人が落ちている耀と八幡を見ると、一瞬八幡の落ちる速度が落ちたかと思うと、耀がまるで風を体に絡めて大気を踏みしめるかのようにして八幡の近くへ飛んでいき、八幡の首根っこを掴んだ。

 そして、そのまま耀は八幡を連れて、十六夜たちのところへ降り立った。

 

「やっぱりな。お前のギフトって他の生き物の特性を手に入れる類だったんだな」

 

「…違う。これは友達になった証」

 

 十六夜の言葉に耀がむっとした顔で言うが、八幡はむしろ耀の『友達の証』という言葉に反応した。

(『友達の証』に特性を手に入れる…ねえ。それじゃあ、むしろ―――)

 

 手懐けてサンプリングしてるみたいだなと八幡は思ったが、耀はそれを『友達の証』として信じて疑わず、大切にしているようなので、言わない方がいいだろうと判断した。

 その後も、耀のギフトの元となっている“生命の目録(ゲノム・ツリー)”について白夜叉と黒ウサギが分析していたが、疲れている八幡は聞く気になれなかった。

 そんな八幡を小町と飛鳥が心配する。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「もういやだ。働きたくない」

 

「ちょっと、小町さん。これ大丈夫なの?」

 

「いえ、大丈夫ですね。いつものお兄ちゃんです」

 

 疲れて普段の状態から輪にかけてやる気がなくなった八幡に、むしろ小町は『これなら大丈夫だ』と、飛鳥に太鼓判を押す。

 

「さて、クリアしたおんしらにはちょいと贅沢な代物だが…コミュニティ復興の前祝にはちょうどよかろう」

 

 そう言って、白夜叉が手を叩くと、十六夜、飛鳥、耀、八幡、小町の前にカードのようなものが現れた。

 

「あれ…小町にもですか?」

 

 自分は参加していないのにと、小町が首を捻る。

 

「おんしの兄ががんばったからの。そっちの娘がグリフォンからギフトをもらって、おんしの兄に何の見返りがないのではゲームとして不平等だからな。これはほんのおまけだ」

 

「ありがとうございます!」

 

「…で、それはいいが、これはなんだ?」

 

 ある意味全員が思っていたことを代表して十六夜が言った。

 

「それはギフトカードだ」

 

「お中元?」

 

「お歳暮?」

 

「お年玉?」

 

「誕生日?」

 

「ギフトカードなんてもらったことないから知らないな。ぼっちだから」

 

「みなさん違いますよ! というか、八幡さんは悲しい事実をさりげなく暴露しないでください!?」

 

 的外れなことを言う五人に黒ウサギがツッコむ。

 

「それはギフトを収納して好きな時に顕現できる超高価なアイテムなんですよ」

 

 ギフトカードは十六夜がコバルトブルー、飛鳥がワインレッド、耀がパールエメラルド、八幡がグレー、小町がイエローだった。

 カードを見ると、それぞれのギフト名があった。

 

『久遠飛鳥

 

 “威光(いこう)

 

            』

 

『春日部耀

 

 “生命の目録”

 “ノーフォーマー”

            』

 

『比企谷小町

 

 

            』

 

「やっぱり、小町はないですかあ…」

 

 半ばわかっていたこととはいえ、気落ちしたように小町が言う。

 それを見ていた八幡が思い出したように言う。

 

「ああ、そうだ。小町、これやる」

 

 そう言って八幡が渡したのは、ギフトゲームの商品の一つとして老人からもらったネックレスだった。

 

「…お兄ちゃん、何これ?」

 

「“世界の果て”でのギフトゲームの賞品の一つだな。まあ、女物だし俺が持っててもなんだからやるよ」

 

「いや、それなら他の人に…」

 

 小町が言いよどんだところで、十六夜が意地の悪い笑みを浮かべて言う。

 

「もらっとけよ。それ、そいつがあんたのためにとってきたんだからよ」

 

 小町は少し意外そうに自分の兄を見た。

 まさか、面倒くさがりの兄が自分の騙されたとはいえ、自分のプレゼントを手に入れるためにゲームをしていたとは思わなかったのだ。

 一方、八幡の方は十六夜にバラされて、決まりが悪そうな顔をした。

 

「ありがとう、お兄ちゃん! 小町大事にするね!」

 

「……おう」

 

 二人のやり取りを、他の問題児たちはとてもほほえましそうに見ていた。

 

『比企谷小町

 

 “防御符の首輪(ディフェンシブ・ネックレス)

                            』

 

「なるほど、防御符の一種だの」

 

「防御符…ってなんですか?」

 

「有体に言えばお守りのようなものだな。高位のものだと『結界』や『禍払』などもできたりするの」

 

 小町のネックレスを見た白夜叉が、小町に説明する。

 そんなことに興味がなさそうな十六夜が、八幡の方を向いた。

 

「それで、お前のギフトは何だったんだ?」

 

 言われて、八幡は自分のギフトカードを見る。

 

『比企谷八幡

 

 “不協和音(ディスコード)

 “エレメンタル・ダガー”

 “エレメンタル・アミュレット”

 “風精霊(シルフ)

 “火精霊(サラマンダ―)

 “水精霊(ウンディーネ)

 “土精霊(ノーム)

                   』

 

「ほう…。おんしのは複合型のギフトか」

 

「複合型って何?」

 

 白夜叉から聞く、新しい言葉に耀が訊いた。

 

「おんしらはガルドにゲームを挑むとき、奴が(ワ―タイガー)化しただろ? あやつは元々人・虎・悪魔から得た霊格の三種のギフトを持っていて、それを状況によって掛け合わせることで、人になったり、獣化したりできるというわけだ」

 

「つまり、複数のギフトを掛け合わせて使ったりする奴のギフトが『複合型』ってことか?」

 

 白夜叉の説明に十六夜が確認する。

 

「いかにも。その証拠にギフト名の横に『▶』の印があるだろう? これはこのギフトネームが複数のギフトを合わせた総称である証だ。そして、『複合型』の強みは掛け合わせることで、大したことのないギフトでも、その効果を何倍にも高められるという点だの」

 

 なるほど。と思いつつ八幡はギフトカードの『▶』のアイコンに触れる。

 

『比企谷八幡

 

 “不協和音▷

      

      “トリガーハッピー”

      “デプレッション”

      “ヒッキ―▷

          “ディテクティブヒッキ―”

          “ステルスヒッキ―”””

 “エレメンタル・ダガー”

 “エレメンタル・アミュレット”

 “風精霊(シルフ)

 “火精霊(サラマンダ―)

 “水精霊(ウンディーネ)

 “土精霊(ノーム)” 

                          』

 

「……なんというか、すごいですね」

 

「すごい数だね」

 

「混沌…」

 

「ていうか、お兄ちゃんってこんなにギフトがあったんだ……」

 

 ギフトカードに記されているギフトの数に、八幡自身がかなり驚いていた。

 飛鳥や耀のギフトは数が少ないながら、とんでもない能力だったが、逆に自分はこれだけの数のギフトを有しておきながら、それを全く自覚していないというのが自分でも信じられなかった。

 

「ん? おんし、何をそんなに驚いておる?」

 

「いや、こんだけギフトがあって今までどんなギフトか知らなかった自分に絶望してな……」

 

「ふむ……。ということは、おんしのギフトは恒常的に発動しているか、おんしが無意識で使っておるかだな」

 

「…今まで使ってないってことじゃないのか?」

 

「いや、自前のギフトが『複合型』として結びつくということは、それぞれが同じベクトルへ成長したということだ。ならば、少なからずおんしは決まった方向性でギフトを使っているというわけじゃ」

 

「っていってもなあ」

 

 正直、八幡としては“ステルスヒッキ―”ぐらいしか身に覚えがない。

 

「まあ、そのギフトカードなら鑑定せずとも、それを見れば大体の正体はわかる。だから、追々探っていくがよい」

 

「へえ? じゃあ、俺のはレアケースなわけだ」

 

 八幡に言う白夜叉に十六夜が言った。

 そして、言われた白夜叉はどういう意味かと、十六夜のギフトカードを見る。

 

『逆廻十六夜

 

 “正体不明(コード・アンノウン)

 “水樹”

                    』

 

 それを見た白夜叉は驚愕して震えるような声で言った。

「そんな馬鹿な。全知である“ラプラスの紙片”がエラーを起こすはずなど……」

 

 

 

          ♦

 

 

 

 現在、八幡は十六夜とコミュニティのリーダーであるジンともに、ノーネームの本拠の一室にいた。

 というのも、ノーネームに来て、魔王の残した爪痕を見て八幡以外の問題児たちが俄然やる気を出したのち、十六夜が手に入れた水樹で水源を確保したため女性陣が入浴しているところに、ガルドの支配下にあるコミュニティの刺客が十六夜に小石一つであしらわれ、そこにジンが駆けつけてきて、十六夜が支配されているコミュニティの面々に『ノーネームは打倒魔王を掲げるコミュニティだ!!」と宣言したので、今後どうするかの会議で、十六夜がジンを論破してコミュニティを発展させるための作戦を言った。ちなみに、八幡はガルドの刺客たちが来たのを察知し、十六夜が蹴散らすだろうと思って部屋で寝ていたら、十六夜に首根っこを掴まれて連れてこられたのだ。

 

「で、なんで俺を呼んだんだ」

 

「まあ、俺の作戦は明日のゲームに勝てなきゃどうにもなんねえからな。だから、」

 

 そこで言葉を切り、ジンと八幡を見つめて言った。

 

「明日負けたら、俺抜けるから」

 

「なぜそれを俺にも言う」

 

「お前は自分のギフトがどんなのか予想してないみたいだからな。俺なりの推測で確定してることだけ言わせてもらおうと思ってな」

 

 そして、十六夜はグリフォンのギフトゲームでの推測を八幡に話す。

 

「間違いなくそれ“ステルスヒッキ―”だな」

 

「どうでもいいんだが『ヒッキ―』ってお前のニックネームか?」

 

 『ヒッキ―』=『引きこもり』のイメージが世間一般にあるため、あまりセンスがいいとは言えない名称について十六夜が八幡に訊いた。

 

「ああ、クラスメイトがネーミングセンスなくてな」

 

 そう言って、八幡はクラスメイトの由比ヶ浜結衣を思い浮かべる。

(もしかしたら、アイツは心配するかもな。それか雪ノ下とゆるゆりしてるかか…)

 

「ともかく、数があるからにはある程度把握できるに越したことはないだろ?」

 

「お前ってアレか? 結構面倒見がいいとかそういう奴か?」

 

「何をいまさら。そうじゃなきゃ、こんなコミュニティに入ってわざわざ立て直しの作戦なんて立てたりしねえよ」

 

「そりゃそうか」

 

 二人はなぜかおかしくなって、同時に吹きだした。

 こうして、男性陣の夜は更けていく。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 翌日、ガルドとのギフトゲームの日となった。

 

「今回のゲームが舞台区画じゃなくて居住区画?」

 

 昨日の喫茶店の猫耳の店員からの情報に全員が首をかしげていた。

 

「しかもガルド一人でなんて…少し気になるわね」

 

「気になるっていうか、モロに罠だな。大方、久遠のギフトを無力化するための策かなんかだろうな」

 

 飛鳥のギフトは昨日の尋問で知られているため、それを防ぐためだと考えればつじつまは合う。

 

「とにかく、その居住区画に行ってみましょう」

 

 

 

          ♦

 

 

 

「いったい、なにが―――…」

 

 居住区画という場所に来てみれば、そこは植物の生い茂るジャングルのようだった。

 

「ガルドはジャングルに住んでいたのか?」

 

「それはないだろ。どんな趣味だよ」

 

「そうですね。ここはもっと普通だったはずです」

 

「あら?」

 

 男性陣たちが話していると、飛鳥が植物の蔦に羊皮紙――“契約書類”があるのを見つける。

 

『ギフトゲーム名"ハンティング"

 

 プレイヤー一覧 久遠飛鳥、春日部耀、比企谷八幡、ジン=ラッセル

 

 クリア条件 ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐。

 クリア方法 ゲーム内に配置された指定武具でのみ討伐可能。指定武具以外によって傷つけることは“契約”により不可能。 

 

 敗北条件 降参、またはプレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                                            』

 

「これはまずいです」

 

「あら、このゲームはそんなに危険なの?」

 

 『やられた』という顔をするジンに飛鳥がした質問に八幡が答える。

 

「危険というよりも、ルールが厄介なんだよ」

 

「厄介?」

 

「ああ。ルールでは指定武具以外で傷つけることは“契約”―――つまりルール上不可ってことだ。だから、おまえのギフトで従わせることも、春日部や俺、ジンが直接攻撃しても意味がないってことだ」

 

「それはどんな攻撃でもなの?」

 

 八幡の説明に飛鳥がジンに質問する。

 

「ルールである以上は、たとえ神格だろうと手が出せません」

 

「大丈夫です。最低でも何らかのヒントはあるはずです! でなければルール違反で“フォレス=ガロ”は反則負け! この黒ウサギがいる限り反則は許しません!」

 

 黒ウサギが力強く断言する。

 

「そこまで言うなら大丈夫ね。それじゃあ、行きましょう」

 

 そう言って、四人は“フォレス=ガロ”の居住区へと入っていく。

 

 

 

         ♦

 

 

 

「近くからは誰の匂いもしない。もしかしたらどこかの建物に潜んでいるのかも」

 

「みたいだな。誰の視線も感じない」

 

 周りに誰もいないことを耀と八幡が確認すると、飛鳥と耀とジンが八幡を見る。

 

「な、なんだよ」

 

 三人から注目されて、居心地悪そうに八幡が言うと、飛鳥がもしかして、と訊く。

 

「黒ウサギの時も言ってたけど、八幡君って人の視線に敏感な人なの?」

 

「ぼっちは普段人から見られないから、人の視線に敏感なんだよ。なんだったら視線や目線、仕草から相手の思考がある程度読めるまである」

 

「なにその無駄にすごい技能…」

 

 八幡が誇らしげに言うと、耀は感嘆半分、呆れ半分といった風情で返す。

 

「それじゃあ、ちょっと見てくる」

 

 そう言って、耀は近くの木の上に上り、一際大きい建物を見る。

 

「見つけた。この先の館!」

 

「さすがね。でも、まずは指定武具を見つけないとまともに戦うこともできないわ」

 

「わかってても行くしかないだろ」

 

「そうですね。もしかしたら、その館にあるのかもしれません」

 

 四人は周りを警戒しながら館に向うも、罠も奇襲もなく、すんなり館に到着した。

 

「どうやら、一階に指定武具はなさそうね」

 

「さっき二階に見えたよ」

 

「なるほど、待ち構えているというわけね。ジン君、貴方はここで待っていて。私たちが行ってくるわ」

 

「そんな、僕も―――!?」

 

 反論しようとするジンに、八幡が言った。

 

「俺達に何かあったら撤退するための退路が必要だから、おまえはここでそれを守っててくれ」

 

「そういうこと」

 

「…わかりました」

 

 そして、三人は二階に進んで行く。

 と、ものの数分で飛鳥が階段を駆け降りてきた。

 

「飛鳥さん!? どうしたんですか!?」

 

「逃げるわよ!」

 

 そう言って、飛鳥はジンの手を取る。

 

「でも、耀さんが――――」

 

『いいから逃げなさい!』

 

 飛鳥のギフトの効果で、ジンは通常では考えられないような力を発揮し、飛鳥を抱えて館を飛び出した。

 しばらくしたところで、飛鳥はジンにかけたギフトの効果を解いた。

 

「それで、結局何があったんですか?」

 

 飛鳥が言うには、最初に入った部屋に大きな虎がいて、焦って逃げてきたということらしい。

 そして、ジンが言うにはそれがガルドで、何者かによって『人』を成す部分のギフトを『鬼種』変質させられたのだろうということだった。

 二人が話していると、突風が起こる。

 

「きゃあっ!?」

 

 突風が止むと、二人の前に、耀と八幡がいた。しかし、

 

「なっ!?」

 

「ちょっと、春日部さん!? 八幡君、どうしたのそれ!?」

 

 二人の質問に耀が青ざめた顔で泣きそうになりながら答える。

 

「どうしよう飛鳥、ジン。私のせいで……八幡が死んじゃう」

 

 耀の傍らにいる八幡は、背中から大量の血を流して気を失っていた。




さて、八幡はなぜ重傷を負うに至ったのか。
そして、次回はボンボン坊ちゃんが出ます。終わったらいいな、一巻の分まで。
というわけで次回、『だからこそ、久遠飛鳥は立ち向かう。』をお楽しみに。


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だからこそ、久遠飛鳥は立ち向かう。

 小町が主人公の『ダンガンロンパ』と『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』のクロスオーバーを始めたので、よろしかったらそちらも見てください。
 にしても、…1巻終了が長い。
一応、次回で1巻終了…予定ですが、できたらいいな。
というわけで、『調子に乗ったボンボン坊ちゃんを倒せ~基本的に煽っていくスタイル、精神攻撃は基本~』お楽しみください。
 


 フォレス=ガロ居住区画で、飛鳥は耀から八幡が大怪我を負うに至った経緯を訊いた。

 耀が頻りに『自分のせいだ』と泣きながら言うので、宥めるのが一苦労だったが、それでも訊けた内容から、次のようなことがあったらしい。

 

 

 

          ♦

 

 

 

 耀は目の前の虎にどうすべきか悩んでいた。

 恐らく八幡がここにいると思うが、十六夜から聞いた八幡のギフトの効果で彼は気づかれない限り敵の攻撃を無力化できるので、大丈夫だろう。

 だが、気づかれてしまえば、恐らく彼では敵の攻撃には対処できないだろう。

 しかし、虎の後ろには十字架を象った長剣があった。

(…たぶん、あれがゲームクリアのための指定武具だ) 

 

 ならば何があっても手に入れなければならない。

 そう思うも、間にいる虎をどう抜けるべきか。

(いや、ここは私が虎と戦って引きつけている間に八幡に剣を取ってもらおう)

 

 場合によっては自分が取ればいいだろう。

 そう考えて、耀は臨戦態勢に入る。

 虎もそれを感じ取ったのか、臨戦態勢に入る。

 

「……ガルルルッ!」

 

 虎は低く唸り、耀へと跳びかかる。

 

(よしっ! この程度なら大丈夫だ)

 

 しかし、多くの動物の能力を持つ耀は難なく敵の攻撃を躱す。

 その後も、敵の攻撃は決定打になるものはおろか、耀に掠りもしなかった。

(よしっ! 後はこの隙に八幡が剣を取ってくれれば…)

 

 そう思って剣の方を見ると、先ほどの剣がなくなっていた。

(えっ!? なんで剣が…)

 

 気づかない内に剣が消えていることに動揺して、動きが鈍ってしまった。

 敵がそれを見逃すはずもなく、敵の攻撃はもう目前に迫っていた。

(…しまった!? これじゃあ、止めるのも間に合わない!!)

 

 そう思ってつい目を瞑った時、どんっと、誰かに押された。

 

「がっ!!!??」

 

「えっ…!?」

 

 来るはずの衝撃は来ず、代わりに聞こえた悲鳴に目を開けると、さっきまで耀がいた場所には血溜りができていて、一人の少年がそこに倒れていた。

 

「八幡っ!?」

 

 そこに倒れていたのは、紛れもなく先ほどから姿を消していた比企谷八幡だった。 

 彼に駆け寄ろうとした時、ガンッと何かを踏んだ音がした。

 

「これって…!?」

 

 何かと思って目を向ければ、それは指定武具の長剣だった。

 それを見て、耀はようやく長剣が消えていたのは姿を隠した八幡が持っていったからだと理解した。そして、彼が敵の攻撃から庇ってくれたことも、同時に理解した。

(私がそれに気付かなかったせいで八幡は…)

 

 とりあえず、彼を回収しなければと思い、剣を拾って彼を見ると、先ほどの虎が彼のすぐ近くに来ていた。

 そこで耀は恐ろしい考えに思い至る。

 そして、虎は耀の予想を裏付けるように前足を振り上げた。

 

「待って!! やめて!!」

 

 駆け寄ろうとするもすでに遅く、虎の攻撃は八幡に容赦なく振り下ろされ、彼は耀の元へ吹っ飛ばされる。

 

「くっ……!」

 

 耀は彼をできるだけ丁寧に受け止めるも、彼の出血は尋常じゃない量で、受け止められた程度の衝撃でもかなり血が流れてしまうほどの重症だった。

(どうしよう…。私のギフトじゃこの傷を治すことはできない)

 

 耀のギフトは『友達となった動物の能力を使えるギフト』だ。傷の治癒には全く役に立たない。

 どうすればいいか途方に暮れている耀の前に影が差す。

 先ほどの虎がとどめを刺すために近づいてきたのだ。

(くっ……! こうなったら…!)

 

 できるだけ早く敵を倒して、ここから脱出し、ジンたちに彼を診てもらわなければ。そう思った時、耀の周りに風が吹いた。

 

『まったく…。本当の手のかかる御主人様ね』

 

 とてもきれいな、澄んだ声が聞こえた。

 そして、一際大きな風が吹いたかと思うと、風が耀と八幡を包み込む。

 

「わっ!?」

 

 気が付くと、目の前には飛鳥とジンがいて、目の前に森が広がっていた。

 

「ちょっと、春日部さん!? 八幡君、どうしたのそれ!?」

 

 飛鳥が八幡を見て驚いたように言う。

 耀は仲間たちの元にいることに安堵し、同時に自分の声が震え、泣きそうになっているのを自覚しつつ何とか声を絞り出す。

 

「どうしよう飛鳥、ジン。私のせいで……八幡が死んじゃう」

 

 

 

          ♦

 

 

 

「どうしよう…私の…せいで、私のせいで…八幡が。これ…じゃあ、小町に…合わせる顔がない…」

 

 泣きながら自分を責め続ける耀を宥めつつ、飛鳥はジンの方を向く。

 

「どうジン君、助かりそう?」

 

 訊かれたジンは焦ったように言う。

 

「だめです! 出血もすごいですが、傷がかなり深いです! このままでは八幡さんが死んでしまいます! このギフトゲームは悔しいですが降参しましょう!」

 

「それはだ『それは困るわね』————!?」

 

 いきなり聞こえた声に三人が声のした頭上を見ると、そこには金髪の少女が浮いていた。

 年のころは恐らく八幡や十六夜と同じくらいだろうと思われ、目つきがややきついが、飛鳥でも見惚れるほどの美しさだった。

 

「そんなことされたら、私たちの御主人様の頑張りが無駄になるわ」

 

 そういう彼女に飛鳥は警戒しながら訊く。

 

「まず、名前を訊いてもよろしいかしら?」

 

「…ウィン。お爺様やお兄様たちにはそう呼ばれていたわ」

 

「わかったわウィン。それで、あなたはガルドの仲間なのかしら?」

 

 言われたウィンは不快そうな顔をした。

 

「冗談でもあんな低俗な輩の仲間と扱わないでほしいのだけれど…」

 

「…じゃあ、あなたは誰の味方なの?」

 

 自分たちのコミュニティにこんな人はいなかったはずだと、さっきまで泣いていた耀が不思議そうに尋ねると、ウィンはため息をついた。

 

「一応助けてあげたのにその質問はないでしょう。 まあ、初対面ってことになるから一応明言すると、私たちは御主人様の味方よ」

 

「御主人様?」

 

「あなたを庇って死にかけてるそこの目の腐っている男よ」

 

 そう言われて全員の視線が八幡に集まるも、彼はいまだ意識を失ったままだ。

 そこで、耀が何かを思い出したかのように、ハッとした表情をする。

 

「もしかして、あなた精霊の?」

 

 そこで、ウィンは顔に笑みを浮かべて言う。

 

「ご名答。私は彼、比企谷八幡の隷属させた四大精霊の姉妹の次女、風精霊(シルフ)のウィンよ」

 

 その言葉に全員目を丸くして、飛鳥が代表するように訊く。

 

「ちょっと、いいかしら」

 

「何?」

 

「あなたってもっと小さくなかった?」

 

 そう、彼女たちは一人一人が手乗りサイズくらいの大きさだったはずなのだ」

 

「ああ。あれは省エネモードね。力を使いすぎないようにセーブするためのものよ」

 

「じゃあ、今が全開モードってこと?」

 

「そうなるわね」

 

「で、あなたが八幡君と春日部さんをここに連れてきたの?」

 

「ええ、そうよ」

 

 そこで、耀が震えるように言った。

 

「だったら…、どうして最初から八幡を助けなかったの!?」

 

 それを聞いたウィンは、少し俯いていった。

 

「したわ」

 

「えっ!?」

 

「助けようとしたわよ。でも、御主人様の隠形のギフトは気づかれていない間は他人のギフトだけじゃなくて、自分のギフトの効果も無効化するのよ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 それを聞いて三人は愕然とした。

 自分のギフトすら無効化してしまうギフトなんて厄介以外の何物でもないからだ。

 

「正確には、『自分に対して効果を及ぼすギフトのみ無効化する』みたいね。他にも、『ギフトでない物理攻撃やギフトと関係ない物理現象は無効化できない』って弱点もあるみたい」

 

「でも、それだったら八幡のギフトの効果が切れてたから二回目の攻撃を受けるのは防げたんじゃ……」

 

「生憎、御主人様の意識がなくなった時に一時的にこっちも意識を持って行かれそうになったのよ。“エレメンタル・アミュレット”もそうだけど、こういうのってギフト所持者の意識がなかったりするとあまり効果を発揮できないのよ」

 

「…そうなんだ」

 

「…それで、これからどうするんですか?」

 

 空気が重いなか、ジンはウィンに訊く。

 

「降参がダメとなったら、今すぐにでも八幡さんの治療ができるギフトが必要ですが、あなたにはそれができるんですか?」

 

「できないわよ」

 

『えっ?』

 

 あまりにもあっさり言われたウィンの言葉に、三人は一瞬何を言われているのか理解できなかった。

 

「ちょっと待ってください!? じゃあ、誰が八幡さんを治療するんですか!?」

 

「この子よ」

 

『えっ?』

 

 ウィンが首根っこを掴んでいる、いつの間にか現れた少女に三人がきょとんとする。

 

「えっと…、誰?」

 

 全員が思っていたことを耀が訊く。

 

「私の妹よ。御爺様たちからはヒータと呼ばれているわ。私たち姉妹の三女で火精霊(サラマンダ―)よ」

 

 ヒータという少女は年のころは恐らく耀と同じくらいだろう。目つきは姉と違って柔らかく、やや癖のあるショートカットの赤髪がとても活発そうな印象を与えるが、イメージとは裏腹に引っ込み思案なのかビクビクしている。それがまた庇護欲をそそり、姉とは別のベクトルの美少女だった。

 ヒータは恐る恐るといった感じで姉に訊く。

 

「それで…お姉さま。私はご主人様を助ければいいの?」

 

 訊かれたウィンは優しい表情をヒータに向ける。

 

「そうよヒータ。今御主人様を助けられるのは貴方だけよ。だから、頑張って」

 

 言われたヒータは、気弱そうな顔に真剣な色が混じった。

 

「うん! がんばる!」

 

 そう言って、ヒータは俯せの八幡のそばに行くと、八幡の首にかかっている“エレメンタル・アミュレット”を手に取り、自分の額に近づけて念じるように目を瞑った。

 すると、“エレメンタル・アミュレット”にはまっているうちの黄色の石が輝き、いきなり八幡の背中の傷に火が付いた。

 

「八幡!?」

 

「八幡君!?」

 

 彼に駆け寄ろうとする耀と飛鳥をウィンが押し留める。

 

「大丈夫よ」

 

「大丈夫って…背中が燃えてるのよ!?」

 

「四大元素『火』の属性は『侵略』、『変化』の他に『再生』も象徴してるのよ。だから、あの火は御主人様の傷を『再生』で御主人様の自己治癒能力を向上させて治してるのよ」

 

 ウィンが二人に説明していると、ヒータが難しそうな顔をする。

 

「…これはダメかなぁ」

 

 ヒータの弱気な声に耀が反応する。

 

「ダメって…どういうこと!?」

 

「いや、治せないわけじゃないんだけど…傷がちょっと深すぎて完治は無理だと思う。たぶん少し跡が残っちゃう」

 

「そうなんだ…」

 

 『傷が残る』と言われて、耀は目に見えて沈んでしまう。

 

「大丈夫よ、春日部さん! 八幡君も小町さんもそんなに気にしないわよ」

 

「いや、そこは気にするでしょ。普通」

 

 飛鳥のフォローにならないフォローにウィンがツッコむ。

 

「まあ、いいわ。八幡君の怪我の心配をしなくていいなら、ここは貴方たちに任せるわ」

 

 そう言って飛鳥は指定武具の長剣を持って歩き出す。

 

「ちょっと飛鳥さん! どこに行くんですか!?」

 

「決まってるでしょ? ガルドを倒しに行くのよ」

 

「力…貸しましょうか?」

 

 ウィンが飛鳥に言うも、飛鳥は首を横に振る。

 

「いいえ。貴方たちは念のため八幡君をお願い」

 

 そう言って歩き出そうとした飛鳥の前に耀が立ちふさがる。

 

「私も行く。八幡が怪我をしたのは私のせいだから」

 

 そんな耀を見て、飛鳥は微笑んだ。

 

「わかったわ。じゃあ、一緒にガルドを倒しましょ」

 

「うん!!」

 

 

 

          ♦

 

 

 

 館内にいる虎――――ガルドは館の異変に気付いた。

 館に火がついて燃え始めていた。

 火はあっという間に館に広がっていく。

 ガルドは危険だと感じたのか、すぐに外へと飛び出す。

 しかし、外に出ると植物によって一本道ができていた。

 そこを走っていくと、彼の前に長剣を持つ一人の少女が立ちふさがった。

 それでも、ガルドは構うことなく少女に襲いかかった。

 しかし、少女―――飛鳥は毅然と叫ぶ。

 

『今よ!』

 

 そう叫んだ途端、周りの植物がガルドに襲い掛かり、彼を拘束する。

 

「今よ、春日部さん!」

 

 拘束されて動けないガルドの頭上に、近くの木から耀が飛び出す。

 

「はっ!」

 

 耀はガルドの頭に思い切りとび蹴りを食らわせる、それは“契約”上ダメージは与えられないが、その衝撃がガルドの脳を揺さぶった。

 ガルドは軽い脳震盪で動きが鈍くなる。

 そして、飛鳥はそこにすかさず指定武具の長剣をガルドの喉に深々と突き刺した。

 飛鳥は、ガルドをまっすぐ見据えて言う。

 

「知性があったら気が付けたはずなのにね。…けれど貴方、虎の姿の方が素敵だったわ」

 

 その言葉は、誰にも聞こえることはなかった。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「………ん、ここは、ノーネームの…」

 

 八幡が目を覚ますと、そこはノーネームにある八幡の自室だった。

(痛みは…ないってことは何かのギフトで治したか?)

 

「あ、お兄ちゃん起きた?」

 

 見ると、ベッド横の椅子に小町が座っていた。

 

「…ゲームは?」

 

 八幡が訊くと、小町はVサインをする。

 

「耀さんと飛鳥さんの活躍で、なんとノーネームの勝利でーす!」

 

「そっか…」

 

 八幡がまた寝ようかと考えていると、小町が顔を覗き込んでくる。

 

「なんだ小町。俺せっかくだからもっと寝たいんだけど」

 

 小町は少し言いづらそうにした後、兄の顔を見て言う。

 

「背中、傷跡残っちゃうって…」

 

 そこで、八幡は自分が虎に二回も背中を切り裂かれたのを思い出す。

 

「ま、まぁ、これでしばらく働かずに済むし、女子を助けてできた傷とか帰ったら材木座にでも自慢するわ」

 

 そう言って八幡はそっぽを向いて、元の世界の中二病の知り合いを思い出す。

 それを聞いて、小町は安心したような顔をする。

 

「耀さんにも言ってあげなよ。小町にすごい謝ってきたんだから」

 

 それに八幡は少し怪訝な顔をする。

 

「謝るって…何で?」

 

「いや、だってそれ、耀さん庇って負った傷だからって言ってたけど…」

 

 それを聞いて八幡は『なるほど』といった顔をする。

 

「いや、でもこれ俺が勝手にやって負った傷だもんなあ…。別に気にしなくていいんだが…。むしろ、材木座とか戸塚に自慢できるかもな」

 

 そう言って八幡は自分の天使を思い浮かべる。ナース服姿で。

(あれ、これ戸塚にすごい心配してもらえる気がする。八幡的にすごくポイント高い…ってやばいやばい。戸塚は天使だが男だ)

 

 八幡の内心に気づかず、彼の言葉に小町は目を輝かせる。

 

「お兄ちゃん! それ小町的にすごくポイント高いよ! 耀さんにも言ってあげなよ!」

 

 言われて、八幡は嫌そうな顔をする。

 

「えー、いいよ別に。メンドくさいし。小町から言っといて」

 

「女の子はそういうのは本人から直接言って欲しいものなんだよ! まったく、このゴミいちゃんは!」

 

「ゴミいちゃんはやめろ」

 

 言って八幡はため息をつくと、何か思い出したように、小町の方を向く。

 

「小町、ちょっといいか?」

 

「およ? 何、お兄ちゃん」

 

「いや、ちょっと、頼みたいことがあるんだけど…」

 

 

 

          ♦

 

 

 

「八幡君、起きたかしら」

 

「YES! 傷はヒータさんが治しましたから、もう目覚めてもいい頃です」

 

「でも、傷跡は残ってるんだよね…?」

 

 耀が二人に心配そうに訊く。

 

「だ、大丈夫よ春日部さん! 小町さんも気にしないでって言ってたんだし…」

 

「そうですよ、耀さん! 八幡さんはそういう性格じゃないそうですし!」

 

 二人は耀を元気づけようとするも、今まで人間の友達がいなかった耀は『自分のせいで友人が怪我をしてしまう』という初めての経験に不安にならずにいられなかった。

 

「とりあえず、八幡君の部屋に行きましょう!」

 

「…うん」

 

 とりあえず、八幡の部屋に行く方向で決定し、三人は八幡の部屋の前まで来る。

 そして、耀が部屋のドアを開けようとしたところで…

 

『えっと、お兄ちゃん…ここがいいの?』

 

『ああ、そこだ…』

 

『えっと、気持ち…いい?』

 

『ああ、すごく気持ちいい』

 

 中の二人の会話に固まってしまった。

 

「えっと、飛鳥、これって入っていいのかな?」

 

「いや、すごくダメな気がするんだけれど…えっと、二人って確か…実の兄妹よね?」

 

「YES。そう聞いてますけど…」

 

 二人の会話からいかがわしいやり取りを想像した三人は顔を赤くする。

 

「いや、さすがに兄妹ではダメでしょう!」

 

「そ、そうだよね! と、止めなくちゃ!」

 

「ちょ、待ってください耀さん!?」

 

 黒ウサギの制止の声を無視して耀がドアを開けると…

 

「…お前ら、なに人の部屋の前で騒いでたんだ?」

 

 小町に濡れタオルで背中を拭いてもらっている上半身裸の八幡がいた。

 

(((なんて紛らわしい!?)))

 

 三人の心がかつてなく一つになった瞬間だった。

 

「というか、八幡さんは小町さんに何をさせているのですか!?」

 

「いや、汗かいて気持ち悪かったんだが、一応怪我人だったわけだし風呂はどうだって話になって」

 

「それで体拭いてたらお兄ちゃんが背中に手が届かないからって、小町が拭いてあげてました」

 

「というか、八幡君は異性の前なのだから少しは隠しなさい!」

 

 赤い顔をした飛鳥に、いまだ上半身裸の八幡は少し考えると…

 

「キャー、クドオサンノエッチー」

 

 胸を隠すようにして、すごく棒読みで飛鳥に言った。

 

「…えっと、八幡さん? どういう意味で―――」

 

『ぶふっ!?』

 

 ネタが通じなかった黒ウサギと飛鳥はどう反応したらよいか考えあぐねていたが、逆に意味の分かる耀と小町がツボだったのか吹き出した。

 

「ちょっ…八幡、そのネタは…くっ、反則…」

 

「そう、だよ…くっ、お兄…ちゃん」

 

「えっと、そろそろいいかしら?」

 

 いまだ笑いをこらえようとしている耀と小町だったが、その雰囲気を壊すかのようにウィンが声をかけた。

 だが、彼女の省エネモードではない姿を始めてみる八幡はきょとんとしている。

 

「…誰だ?」

 

「初めまして御主人様、四大精霊の四姉妹が次女、風精霊(シルフ)のウィンでございます」

 

「……ドッキリ?」

 

「違います」

 

「………中二病?」

 

「違います」

 

「…………じゃあ、押し売―――」

 

「違います! ていうか私どれだけ信用ないんですか!?」

 

「いや、うちの教育方針は『美人とうまい話はまず疑え』なんで……」

 

「どんな教育方針ですか!? いや、一応“契約(ギアス)”で隷属してるのでギフトカードに名前あったはずなんですけど…」

 

「…………………………………………あ」

 

「なんですか、その反応!? 忘れてたんですか!? まさか、忘れてたんですか!?」

 

「いや、忘れてねえよ。ちょっと記憶から抜け落ちてただけで…」

 

「それ完全に忘れてるじゃないですかぁ!?」

 

 元々対人関係の記憶力が悪い八幡の、あまりの扱いにウィンのキャラが崩れていた。

 そこにヒータが現れた。

 

「…!? またか…」

 

「お姉さま、落ち着いて! 作ってるキャラがブレまくりだよ!」

 

「キャラ、作ってたんだ…」

 

 最初はちょっとクールな感じに出てきたウィンがキャラを作ってたことが判明し、女性陣はヒータが現れたことに驚いている八幡と二人の精霊の様子を女性陣は微妙な気持ちで見守ることになった。

 

「……なんだこの状況」

 

 そこへ、外でガルドのコミュニティの傘下に入れられていたコミュニティに旗印を返し終わったのか、十六夜とジンが来て、部屋の微妙な空気に十六夜が訪ねた。

 その後、説明に小一時間かかることとなった。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「独特? 俺のギフトが?」

 

 ある程度の自己紹介が終わったところで、ウィンは八幡に彼のギフトについて話を始めた。

 なんでも、彼女たちは一種の霊視能力があり、八幡に関すること限定でそれを行えるらしい。

 そして、それによって視た結果、彼のギフトの詳細がいくつか発覚することとなった。

 

「はい。御主人様のギフト…例えば複合ギフト“ヒッキ―”は基本的に『隠形(おんぎょう)』を基礎とするギフトですね。そもそも『ヒッキ―』とは『得体のしれないもの』を表す言葉ですので、本来の隠形のギフトにその名前が付いたことで効果が高まったのだと思われます。その中でも“ステルスヒッキ―”は隠形に特化…特に『目立たないこと』に重きが置かれているギフトです。対して、“ディテクティブヒッキ―”は一種の索敵能力ですね。基本的に周りを警戒するためのギフトかと…」

 

 そこで耀が疑問を持つ。

 

「なんで警戒ってわかるの?」

 

「へ? 索敵って警戒以外でするんですか?」

 

 小町の耀に対する疑問には十六夜が答えた。

 

「周囲への警戒以外の索敵の目的は対象の追跡や追撃、奇襲を仕掛けるために相手の位置を探ったりすることで使われるな」

 

「その通りです。ですが、御主人様の場合は一つはより目立たたないために、関わらずにすむようにしているのと、二つ目に他人を疑っているが故の自己防衛ですね」

 

「目立たたないために索敵?」

 

「はい。つまり、他人から距離を置くために、一定距離以上に近づかれたり注目されたりしたらいち早く気付くためって感じですね。そしてさらに、御主人様のギフトは大別して、能動的能力(アクティブスキル)受動的能力(パッシブスキル)があります」

 

「『アクティブ』と『パッシブ』ってどういうことなのですか?」

 

「えっと、簡単に言って自分から使う時と相手から攻撃を受けた場合などで能力の種類が若干変わるといった感じでしょうか。例えば、“ステルスヒッキ―”の『パッシブ』は皆さんや私がわかっている程度の能力ですが、『アクティブ』はその効果をさらに数段上げたものになるんですが、恐らく神格クラスでもその格にもよりますが、最低でも数秒ぐらいは通じるかと…。それとこれはもしかしたらなんですが…」

 

 言うのをためらっているウィンに八幡が言う。

 

「何だよ。別に俺のギフトなんてそう大したもんじゃねえだろ。」

 

「いえ、むしろこれからの使い方次第でこの効果を他人にも使えるかもしれないんです」

 

「つまり、俺のステルスを他の奴にも適用できるってことか?」

 

「はい。『アクティブ』の時だけですが…」

 

「それで、もう一つの方の『アクティブ』と『パッシブ』はどんなのなんだ?」

 

「“ディテクティブヒッキ―”の『パッシブ』は御主人様から半径数十メートルほどの射程で御主人様に視線…というか意識を向けている相手の探知で、『アクティブ』は射程圏内にいる者の探知と近くにいる者の心の裏側を読むことができます」

 

 そこで耀が首を傾げた。

 

「『心の裏側』って何?」

 

「そうですね…。例えば言葉には本音と建前がありますよね?」

 

 その言葉に十六夜は怪訝そうな顔をする。

 

「そりゃ、そうだろ。普通の奴にとって全部が全部いいたいことってわけじゃねえんだから」

 

「はい。ですが、御主人様のこのギフトは言葉の裏側に潜む心の本音…特に悪意や欺瞞などの負の感情を読むことができるんです」

 

「じゃあ、相手が喋らなければ使えないのか?」

 

「いえ、おそらくこれから使って慣れていけば、普通に心を読むことができるかと…」

 

 それを聞いた『ノーネーム』の面々は興味深そうに八幡を見た。

 

 八幡は他の面々から見られて居心地悪そうにしている。

 

「な…なんだよ」

 

「いえ、だって初めて見た時は『なんでこの存在感のない目つきの悪い男が小町さんのお兄さんなのかしら』って思ったけど、意外にすごいギフトで少し見直したわ」

 

「うん。存在感がないのが武器なのかと思ってた」

 

「ヤハハ。やっぱおもしろいな、オマエ」

 

「だから、おまえらの中の俺はなんなの?」

 

 問題児たちからのあまりの評価に八幡がぼやく。

 それに構わずウィンが話を続ける。

 

「あと、“トリガーハッピー”はここで使われたのが私たちが眠っている時のことでしたので、精々言霊の一種であることぐらいしか…」

 

 八幡は“トリガーハッピー”なんて物騒な名前のギフトを使ったことの身に覚えがないので、首を傾げるが、やはり思い当たらないので、もう一つのギフトについて訊く。

 

「もう一つの―――“デプレッション”の方はどうだ?」

 

 訊かれたウィンは『どう答えたものか』という顔をする。

 

「…実はこのギフトが一番難点でして、よくわからないんです」

 

 ウィンの言葉に再び十六夜が怪訝そうな顔をする。

 

「よくわからない?」

  

「はい。こちらも私たちが眠っている間に使われていたようですが、どうにもギフト自体が曖昧でよくわからないんです」

 

「ギフト自体が曖昧ってあるんですか?」

 

 小町が黒ウサギに訊くと、黒ウサギは難しい顔をする。

 

「それは恐らく、そのギフトそのものが主体になることがほとんどないものだと思われます。たぶんギフトを何らかの形で補助するものの類であるかと」

 

「なるほど、主体でないから存在としてあまり確立されていないというわけか…」

 

 八幡が未だ完全には解明されない自分のギフトにもやもやしていると、ウィンが何か思い出したような顔をした。

 

「そういえばですね、御主人様」

 

「何だよ?」

 

「“エレメンタル・アミュレット”が御主人様のギフトに合わせて変質(・・)したようです」

 

『…は?』

 

 ウィンの言葉に、黒ウサギとジンは言葉を失い間抜けな声が出る。

 

「具体的にはこのギフトもそれぞれの属性ごとに『パッシブ』と『アクティブ』の能力を持ちました。しかも、複数」

 

 ウィンのさらなる言葉に二人はさらに絶句する。

 どうにも、ギフトの変質はギフト所持者の成長によるので、それ自体は普通ではないが、新しく手に入れたギフトがたったの一日で変質する(・・・・・・・・・・・)というのは異常の速さらしい。

 そんなことに構わず、十六夜はウィンに尋ねた。

 

「で、今わかってる能力は?」

 

「今のところ私の司る『風』はパッシブは『攻撃や衝撃に対する防壁や緩衝』、アクティブが『気流の流れを操作することによる飛行や身体行動の補助』、ヒータの司る『火』のパッシブは『生体の治癒』、アクティブは『物体やエネルギーの状態や質の変化』ですね。あとは全属性共通の『属性能力』ですね。これはそれぞれの属性が象徴する能力の強化版なので、『パッシブ』にも『アクティブ』にも使えます。後はそれぞれの属性によって構成される物体を操る能力ですね」

 

「『土』と『水』は?」

 

 ウィンの話を聞いて、不思議そうに耀が訊く。

 

「姉さんはまだ起きてない末っ子の様子見で忙しくてまだ出れないから、今のところこれで戦わないとダメですね」

 

「…そうなんだ」

 

 兄弟姉妹のいない耀としては、今イチわかりかねるので微妙な反応だった。

 とりあえず、この話は終わりでいいだろうと八幡は考え、十六夜の方を向く。

 

「それで、結局お前は何しに来たんだ?」

 

「ヤハハ。こっちの要件が終わったからついでに見舞いに来てやったんだよ。まぁ、怪我自体は治ってるみたいだし、今日はゆっくり休んどけよ」

 

「ああ、そうする」

 

「じゃあ、俺はまだ御チビと話があるから行くわ」

 

 そして、十六夜とジンが出て行く。

 それに便乗するように飛鳥たちが顔を見合わせる。

 

「それじゃあ、私たちも行くわ」

 

「十六夜さんの言うとおり怪我が治っているとはいえ、念のため八幡さんは今日一日安静にしていてくださいね!」

 

「じゃあね、お兄ちゃん」

 

 そう言って、飛鳥と黒ウサギと小町が出ていく。

 

「……で、なんで春日部は残ってるんだ?」

 

 他の女子が出て行ったのに、耀だけが部屋に残っていた。

 訊かれた耀は、気まずそうにしたままに俯いている。

 

「えっと、その、私のせいで大怪我させて、ごめんなさい」

 

 恐る恐るといった感じで謝る耀に、謝られた八幡は少しため息をつくと言った。

 

「別に、怪我のことなら気にする必要ないぞ。俺が勝手にやったことだし、そもそも今回のは偶然だし、次同じことがあったら助けないかもしれない」

 

 その言葉に耀は顔を上げた。

 

「でも、八幡は私を助けてくれた。だから、私も何か「しなくていい」――え?」

 

 耀の言葉を遮って、八幡は少し申し訳なさそうに言う。

 

「悪いな、逆に変な気遣わせたみたいで。でも、さっきも言ったが、これは俺がかってにやってできた傷が残っただけだ。別にお前が負い目を感じる必要なんかない。……気にして優しくしてるなら―――」

 

 そこで八幡は言葉を切った。

 不思議に思った耀は再び彼の顔を見る。

 

「―――っ!?」

 

 そこから感じたのは、得体のしれない何か。

 少なくとも、自分では計り知れない感情。

 ただ一つ理解できたのは、その感情の矛先は、自分ではなく、言っている八幡自身に向いているということだけだった。

 そして、八幡は耀が彼の顔を見て、予想した通りの言葉を言う。

 

「そういうのはやめろ」

 

「……………」

 

 耀はもう何も言えなかった。

 きっと自分は彼を理解できていなかった。

 自分は彼を同じコミュニティの仲間として、初めてできた友達の一人として見ていた。

(でも、八幡にとって私は『友達』じゃ…ない?)

 

 それが、耀には悲しかった。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「…どうしてこうなった」

 

 八幡たちは現在サウザンドアイズの白夜叉の部屋にいた。

 あの話のあと、耀は悲しそうな顔をしたが、何も言わずすぐに出て言った。

 その後、八幡はすぐ眠りについたが、外の轟音で目が覚め、その少し後にこの場所に飛鳥たちに首根っこ掴まれて来たというわけだ。

 彼らの説明によると、レティシアという昔のコミュニティの仲間が賞品になるゲームが、高額買取者が出たため中止になり、それを話し合っているところに当のレティシア本人が来て、さらにそこに“ペルセウス”というコミュニティが彼女を連れ戻しに来たらしい。

 そして、現在その“ペルセウス”のリーダーのところへ話し合い(殴り込み)に行くということで、主力の八幡も連れて行くことになったらしい。

(にしても、何だこのリア充(笑)みたいなやつ)

 

 ノーネームの面々の前にいる青年―――ルイオスは有体に言って、チャラ男で屑野郎だった。

 ノーネームを襲撃しておきながら、あくまで自分たちは商品の奪還に言っただけだと主張し、あまつさえ、レティシアを返す見返りに黒ウサギの隷属を要求したのだった。

 しかし、それに激高した飛鳥がギフトで押さえつけるも、ルイオスはそれを跳ね除ける。

 

「図に乗るな、名無し風情が! こんなのが通用するのは格下までだ!!」

 

 そう言ってルイオスが鎌を出現させ、飛鳥を斬ろうとする。

 

「いや、その“名無し風情”にあんたは何やってんだよ…」

 

 冷静に八幡が言うと、全員が驚いたように目を見張る。

 特に、ルイオスは今の状況が理解できないとばかりに目を見張る。

 なぜなら、ルイオスの目の前に八幡が立っていて、ルイオスの首筋に八幡のギフト―――“エレメンタル・ダガー”が当てられていた。

 

「なっ…!? お前、いつの間に…!?」

 

 ルイオスや他のメンバーも感じているだろう疑問に、八幡は『えー』という顔をする。

 

「いや、普通に近づいただけなんだけど…」

 

「なっ…!?」

 

 ルイオスは信じられないという顔をする。

 それは当然の反応だった。曲がりなりにも、ルイオスは五桁のコミュニティ“ペルセウス”のリーダーなのだ。それなのに気づけなかったというのだ。

 全員がいまだ固まっている中、十六夜が何かに気付いたような顔をする。

 

「そうか…。お前、“ステルスヒッキ―”を『アクティブ』で使いやがったな…」

 

 “ステルスヒッキ―”の『アクティブ』―――それはウィンによれば、八幡が自発的にそのギフトを使うことで、神格クラスですら数秒程度だけとはいえ、騙すことができる(・・・・・・・・)

 

「この、“名無し”風情がぁ…!?」

 

 ルイオスは自分が格下と思い込んでいた相手に不意を突かれた羞恥と怒りで八幡を睨むも、八幡は不敵に笑って返す。

 

「はっ…! その『“名無し”風情』とやらに首取られそうになってんのはどこのコミュニティのリーダーだよ」

 

「くそっ…。コイツ…!」

 

「いや、まさか…。さっきからずっと偉そうにしてるリア充(笑)が、この程度だとは思わなかったぜ」

 

 八幡の言葉に、ルイオスはさらに表情を歪める。

 しかし、なおも八幡の言葉は続く。

 

「まっ、直接対決じゃ勝てないから(・・・・・・・・・・・)こっちに色々ふっかけようとしてたみたいだけどな」

 

 その言葉に、ルイオスが反応する。

 

「…お前、今なんて言った? 僕が直接対決じゃ、おまえたち“名無し”に勝てないっていうのか?」

 

 怒りに震えるルイオスを、八幡はなお嘲笑うかのように言う。

 

「だって、そうだろ? 今、俺が声をかけなきゃ、お前は死んでたんだぜ? それがなくても、十六夜の力を部下から聞いてれば、むしろ、やらない方が賢明だ。よかったな、これで『“名無し”風情との勝負で敗北が怖くてゲームを受けなかった』なんて言われなくて済むな」

 

 笑顔で言う八幡の言葉に、ルイオスは一瞬怒りが沸点に上りそうになるも、なんとか押しとどめる。

 

「ふっ…。 だとしても、お前のギフトや十六夜というやつのギフトが、次も通用すると思うのか?」

 

 気丈に言うルイオスに、その言葉を待っていたと言わんばかりの笑みを向ける。

 

「次? 次はないだろ? だって、敗北が怖いお前に受ける気がないんだからな(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)! 」

 

 そこでルイオスは自分の失策に気づく。

 自分はこの“名無し”の言葉に耳を傾けるべきではなかった。

 たとえ事実はどうあれ、自分は今、勝負を受けざるを得ない。

 ここで断れば、『“ノーネーム”相手の勝負をビビったコミュニティ』となる。

 本来なら、『相手に敗北した際の賞品(チップ)がないから断った』という言い訳がたつ。

 しかし、ルイオス自身が要求してしまったのだ。『黒ウサギ』、『箱庭の貴族』というなの賞品を自らが先に要求してしまった。

 つまり、相手を『勝負するに足る相手』と先に認めてしまっていた。

 だから、断れば本当に『ビビッて逃げただけ』というレッテルが貼られてしまう。

 大口をたたいた分、それが強固な接着剤となってだ。

 そうなれば、そんなコミュニティなど、『ノーネームとの勝負をビビッて逃げる(・・・・・・・)コミュニティ』など、信頼されるはずがない。

 ルイオスは、すでに八幡との勝負に負けていたのだ。

 それを悟り、ルイオスは憎々しげに八幡を睨みながら言った。

 

「いいだろう。勝負を受けてやる。だが、ギフトゲームは“ペルセウス”で最も難しいゲームだ!!」

 

 八幡は、なおも不敵に相手を見下すように嘲笑った。

 

「はっ!! どうせ大したことないんだろ? まっ、精々頑張れよ」

 

 ルイオスは『ふんっ…』と鼻を鳴らすと帰って行った。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「な、なにやってるんですかあああああ!? いきなり“ペルセウス”のリーダーに喧嘩を売るなんて!? 斬られたらどうするんですかあああああああ!?」

 

 ようやく場が収まった途端、黒ウサギが八幡に詰め寄る。

 その言葉に、八幡はちょっと考えて…

 

「テヘッ」

 

「こんのお馬鹿様はあああああああ!!!」

 

 そんな彼女を、十六夜が遮った。

 

「まぁ、そんなに興奮するなよ。こいつのおかげで、楽にゲームができるんだからよ」

 

「それはそうですが…」

 

 言いよどむ黒ウサギの横で、飛鳥も感心したように言う。

 

「確かに。私たちが何を言っても余裕綽々だったのに…。見事な挑発だったわね」

 

「あの、それについてなんですが…」

 

 と、どこからか現れたウィンが、手を上げながら言う。

 

「今のが御主人様の残り二つのギフト…“トリガーハッピー”と“デプレッション”の能力(ちから)みたいです」

 

 その言葉に、十六夜は目を細める。

 

「どういう意味だ?」

 

「えっと、つまりはですね…“トリガーハッピー”が、自分の言葉に相手がほぼ必ず乗ってくる、いわば『ほぼ確実に成功する挑発』のギフト、“デプレッション”が相手の思考を途中で止め、正しい判断をしにくくする『思考停止ないしは阻害』のギフトです。それで、先ほどはその二つを無意識で使って、相手にとって『ほぼ確実に乗らざるを得ないが、それに気づけない挑発』へと昇華されていました」

 

 それを聞いて、飛鳥が呆れる。

 

「なんていうか、普通だったら敵しか作らなそうなギフトね」

 

「ま、そのおかげで今回は助かったがな」

 

「…おい、おんし」

 

 とても明るい雰囲気になり始める中、白夜叉が険しい顔で八幡を見る。

 

「おんしのギフトは、使い方次第で容易に“魔王”になれるギフトだ。くれぐれも使い方を間違えるなよ?」

 

 それは白夜叉個人としてではなく、“階層支配者”としての彼女からの脅しのような響きだった。

 しかし、当の八幡は、

 

「しねえよ。そんなことしたら無駄に敵作るだけだろ」

 

「…そのことば、忘れるなよ」

 

「だ、大丈夫ですよ白夜叉様。八幡さんは働きたくないんですから! そんな忙殺されそうな“魔王”になんてなりませんよ!」

 

「いや、それはそれでどうなの?」

 

 

 

          ♦

 

 

 

 黒ウサギのフォローになってないフォローに飛鳥が疑問を投げかける中、彼女―――春日部耀は、ずっと八幡を見ていた。

 彼を注意深く見て、なんとなく察した。

 彼は、自分たちの誰に対しても『友達』という認識を持っていない。

 むしろ、『友達』という言葉を避け、壁を作っている。

 なのに、そんな彼が飛鳥を助けた。

 それによって黒ウサギも相手の要求に乗らなくてよくなった。

 レティシアを助ける算段も付いた。

 彼はギフトを駆使して、勝負の舞台を整えた―――かのように見える。

 しかし、それは結果論だ。

 なぜなら、彼はさっきウィンが言うまで、“トリガーハッピー”も“デプレッション”もどんなギフトか知らなかったのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 つまり、彼がやっていたのはただの(・・・)挑発だ。

 もし、彼がルイオスに斬りかかられていたら、彼はそれを防げていたのか、それは耀にはうかがい知ることができない。

 それでも彼は助けたのだ。『友達』ではない彼女たちを。

 耀は思った。『友達』でないなら、彼にとって自分たちは何か。

 耀は彼のことをちゃんと知りたいと思った。そして、

(今度こそちゃんと、『友達』になれたらいいな…)




終わらねえ…
さて、現在活動報告他にて、『ヒロインは誰がいいか』募集を行っています。
今のところ1位春日部耀 2位久遠飛鳥 3位オリキャラ となっています。
募集は原作2巻終了時点までぐらいまでにさせていただきたいと思いますので、みなさん奮ってご希望お願いします。
 というわけで次回、『一段落して、ノーネームはさらに上を目指す』または、『調子に乗ったボンボン坊ちゃんを倒せエピソード2~やっちゃおうか、アルゴール~』お楽しみに。


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一段落して、ノーネームはさらに上を目指す

 やっと、一巻が終わったああああああああ!!!
 ここまですごく長かった気がします。
というわけで、『調子に乗ったボンボン坊ちゃんを倒せエピソード2~やっちゃおうか、アルゴール~』
お楽しみいただければ幸いです



 決戦当日、ノーネームの主力である十六夜、八幡、耀、飛鳥、黒ウサギ、あと一応ジンが“ペルセウス”本拠前の舞台区画のゲームステージである宮殿前にいた。

 

「…あの、僕の扱いあんまりじゃないですか?」

 

「しょうがないだろ、お前の活躍ずっと後なんだから」

 

「原作の巻数的にはそんなにないがこの話の作者は量が多い割に進まないから、お前の活躍はかなり先だろうな…」

 

 かわいそうなものを見る目で問題児たちは自分たちのリーダーを見る。

 そんな感じにいつも通りの平常運転でいると、彼らの目の前に“契約書類”が現れる。

 

『ギフトゲーム名"FAIRYTALE in PERSEUS"

 

 プレイヤー一覧 逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀、比企谷八幡

 

 “ノーネーム”ゲームマスター

 ジン=ラッセル

 

 “ペルセウス”ゲームマスター

 ルイオス=ペルセウス

 

 クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒。 

 

 敗北条件 プレイヤー側のゲームマスターの降参・失格

 プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合

 

 舞台詳細・ルール

 

 ※ホスト側のゲームマスターは、宮殿の最奥から出てはならない。

 

 ※ホスト側の参加者は最奥に入ってはならない。

 

 ※プレイヤーたちは、ゲームマスターを除くホスト側の人間に姿を見られてはいけない(・・・・・・・・・・・)

 

 ※姿を見られたプレイヤーは失格となり、ゲームマスターへの挑戦資格を失う。

 

 ※失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけで、ゲームを続行することはできる。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

                                          』

 

 全員が“契約書類”を読み終え、十六夜がにやりと笑う。

 

「姿を見られたらルイオスに挑めない…。まさにペルセウスの暗殺(・・・・・・・・)だな」

 

「暗殺…ですか」

 

「暗殺ねえ」

 

「暗殺」

 

「暗殺なら…」

 

「おい、なんで俺を見てんだよ…」

 

 八幡以外の全員が『だって…なぁ?』という感じの顔をする。

 

「お前のギフトなら簡単に入って殺ってこられるだろ?」

 

「同感ね。貴方にはそれだけのギフトがあるんだから、早く殺りましょう?」

 

「うん。ルイオスなんて早く殺るべき…」

 

「いや、それいいのか? モロに殺人だぞ?」

 

「大丈夫です! これはギフトゲームですから! 倒すためにうっかり(・・・・)殺っちゃっても大丈夫なのです! 黒ウサギが保証します!」

 

 本人の与り知らないところで、ルイオスの命が危うくなっていた。

(これはやばいな…。特に女性陣は黒ウサギのこともあってかなりやばい。主にオーラが…)

 

 『これは断ったら自分が殺られる…!?』という戦慄を覚え、自分とルイオスの命を天秤に掛け…

 

「よしっ、極力殺る方向でいくか」

 

 ほぼノータイムでルイオスの死刑が決定した。やはり八幡も我が身がかわいかった。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「じゃあ、確実に殺るために役割3つに分担からするぞ」

 

「分担?」

 

「ああ。まずは、注目を集めて敵を欺く囮になる役。次に不可視の兜のギフトを回収する役。最後に、ルイオスと戦って倒す役だ」

 

「だったら、私が囮役ってところかしら?」

 

「…いいのか?」

 

 八幡が訊くと、飛鳥は肩を竦める。

 

「生憎、私のギフトはあいつには効かないみたいだし、あいつの相手は十六夜君たちに任せるわ」

 

「じゃあ、次の不可視の兜を回収するのは、春日部に任せる」

 

「うん。わかった」

 

「で、恐らくルイオスが持ってるだろうギフトの隷属させた元魔王・アルゴールは俺がやる」

 

 そこで飛鳥と耀が『あれっ?』という顔をする。

 

「八幡君はどうするの?」

 

 飛鳥の質問に、十六夜はにやりと笑い、八幡の肩に手を置いた。

 

「よし、八幡。お前には一番いい役(・・・・・)やるよ」

 

「悪い、俺ちょっと小町がちゃんと働いてるか不安だからちょっと帰るわ」

 

 身の危険を感じ、逃走しようとするも、問題児たちに首根っこを掴まれて失敗する。

 八幡の首根っこを掴みながら十六夜が笑う。

 

「ヤハハ。安心しろよ、八幡。お前にやってもらうのはすごく簡単なことだ」

 

「俺、人がそう言って簡単だったの見たことないんだけど…」

 

「大丈夫。問題ない」

 

「おい、やめろ。俺に大丈夫じゃないフラグが建っちゃうだろ」

 

「で、十六夜君。結局、八幡君は何をするの?」

 

「ああ、八幡がやるのは至って簡単だ。たぶんこいつがすごく得意なことだ」

 

「俺が…得意?」

(集団から孤立することか? 人間関係をリセットすることか? 昔の知り合いとか誰も連絡とってねえし。いや、違うな、これはデリートだった)

 

 色々考える八幡を指差し、十六夜は言う。

 

「向こうを思いっきり、引っ掻き回してこい」

 

「…………えー」

 

 

 

          ♦

 

 

 

「くっ…。まさか、“名無し”がここまでやるとは!?」

 

「水樹よ、まとめて吹き飛ばしなさい!」

 

 “ペルセウス”の宮殿の玄関口にて、飛鳥が水樹を使って“ペルセウス”の敵兵を蹴散らしていた。

 

「あの水樹にこんな使い方があったなんて…。ギフトを操るギフト…色々と使い道がありそうね。にしても、この私が囮役を買って出ているなんて…」

(…箱庭に来る以前の私だったら、こんな思いは絶対に経験できなかったでしょうね

 

「だから、いまはこの役に甘んじていてあげるわ。だって、張り合いのない世界は嫌いだったもの!」

 

 そういう飛鳥の笑顔はとても輝いていた。

 

「それにしても…」

 

 ふと、彼女は真顔になって、“ペルセウス”の方を見る。

 そこには―――

 

「ぐおっ!?」

 

「くっ!? どういうことだ、これは!?」

 

「くそっ!? 一体どこから…!?」

 

 水樹の初撃の水流を避けた“ペルセウス”の中でも実力者であろう者たちが、まるで見えない攻撃を受けているかのように、次々と倒されていく。

 八幡が“ステルスヒッキ―”を使って、全く敵に見つからずに攻撃を行っているのだ。

 しかも、全て死角からの不意打ちの上、急所を外してあるのがまた見事だった。

 

「まさに『引っ掻き回す』って感じね…。こっちも負けてられないわ」

 

 飛鳥がそう言うと、それを汲み取ったかのように、水樹の水流の勢いが増した。

 

「くっ…!? まさか“名無し”にこれほどの者がいたとは…。 だが、こんな派手な陽動だけでは我々を倒せるわけガッ…!?」

 

「残念。八幡と飛鳥だけじゃない」

 

 不可視の兜を使って身を潜めていた兵士を耀が後ろから攻撃して意識を奪う。

 

「これでまずは一つだな」

 

 そう言って、十六夜は気絶した敵の頭から不可視の兜を外す。

 それを陰で見ていたジンも周りに敵がいないのを確認して出てくる。

 

「はい。ですが、恐らくこの兜を持っているのは数人の精鋭だけでしょうから、見つからないよう注意が必要ですね…」

 

「だな。どうだ、春日部。周りに誰かいるか?」

 

 訊かれた耀は、注意深く周りを確認する。

 

「えっと…今のところは…特に誰も「おい、春日部―――」きゃあああああ!?」

 

「ぐふっ!?」

 

「…って八幡。何してるの?」

 

 いきなり声をかけられて驚いた耀が、声をかけてきた相手を殴り飛ばすと、それは十六夜に言われて敵陣を引っ掻き回しに行っていた八幡だった。

 

「十六夜に言われたやつが一通り終わったから合流しようと思ってきたら、お前らの近くにこいつがいたからとりあえず倒したんだが…」

 

 そう言って、八幡は何もないところを掴むと、まるで何かを外すような動作をする。

 十六夜たちが『こいつは何をやってるんだ?』という視線で八幡のを構わずに八幡が動作を続けると気絶した男が現れ、八幡の手には不可視の兜があった。

 それを見て、耀が驚いた顔をする。

 

「その人って…まさか…」

 

「“ペルセウス”の兵士…だな」

 

「でも、なんで…」

 

 自分にはわからなかったのか、そう思った。

 その疑問の答えは、十六夜が答えた。

 

「こいつがかぶってたのは本物の(・・・)“ハデスの兜”だったんだろうな。それなら完全に気配を消せるし、匂いも音も感じることはできないからな」

 

「それなら、八幡にはどうして相手の場所がわかったの?」

 

「それはギフトで索敵する際の手法の違いですね」

 

 耀の質問に、ウィンが現れ答える。

 

「春日部さんのギフト“生命の目録(ゲノム・ツリー)”は『仲良くなった動物(ともだち)の能力を行使できる』…でしたよね?」

 

「うん…」

 

「この場合、耀さんの索敵手段は“匂い”、“音”、“視認”という物理的なものになりますが、本物の“ハデスの兜”は『“匂い”、“音”、“視認”、“気配”を相手に完全に知覚できないようにさせる』というギフトなので耀さんは蝙蝠やイルカの“ソナー”でもない限りまずわかりません」

 

「それはさっきの十六夜の説明でなんとなくわかってたけど…。それじゃあ、なんで八幡にはわかったの?」

 

「御主人様の“ディテクティブヒッキ―索敵手段は“視認”、“気配”、特定の人間…特に自分に対する“視線”、“敵意”…というか“負の感情”を察知してますね。さっきの場合は私たちのコミュニティに向けられた“敵意”を“パッシブ”で感知したので、『引っ掻き回し』ついでに倒した、というところですね」

 

「“負の感情”って…そんな抽象的なのがわかるの?」

 

「はい。むしろ、御主人様のギフトの成長の根幹は他者に対する“不信感”ですからね。そういうのは敏感にキャッチできます」

 

 ウィンの話にその場の空気が少し気まずくなる。

 しかし、十六夜が『しょうがねえなあ…』というふうに沈黙を破る。

 

「んじゃ、とりあえず俺は御チビと宮殿の最奥に行くから、八幡は春日部と適当に暴れてから来い」

 

 その言葉に、ジンは『えっ?』っという顔をする。

 

「八幡さんは一緒に行かないんですか?」

 

 訊かれた十六夜はにやっと笑う。

 

「八幡が暴れてた時の“ペルセウス”の連中の反応…あれはどう考えても八幡のギフトのことを知らなかった。それはつまり、ルイオスが八幡のギフトのことを話してねえってことだ。たぶん、“ノーネーム”のメンバーに不意を突かれたなんて言いたくなかったんだろうな…。それに、不意を突かれてなお、『今度は大丈夫だ』って自信があったんだろうな。ま、そのせいでうまくいきすぎて歯ごたえがなさすぎるくらいだけどな」

 

「でも、それでなんで八幡さんは一緒に行かないんですか?」

 

「よく考えろよ御チビ。もし、隠形使えるやつの姿が見えなかったら、御チビだったらどう思う?」

 

 その質問にジンはハッっとする。

 

「…どこかに“ギフト”で姿を隠していると思う?」

 

「そうだ。けど、八幡の能力は最初から注目されてると効果がない(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「なるほど、だから最初に十六夜さんと僕が行くんですね。相手に『近くに敵がいるかもしれない』という疑心暗鬼を抱かせて、相手の気がそれている間に八幡さんが不意打ちで倒すんですね?」

 

「そういうことだ。ま、あのボンボン坊ちゃんは大したことなさそうだし、俺がそのままぶっ倒すかもしれねえけどな」

 

 そう言って十六夜はヤハハと笑う。

 

「十六夜、むしろぜひそうしてくれ。俺が働かなくて済むから」

 

「いや、もうちょっとがんばろうよ…」

 

 腐った目に期待の色をにじませながら言う八幡に、耀がツッコむ。

 

「じゃ、俺達は先に行くぜ」

 

「おう、行ってこい」

(そして、そのまま終わらせて来てくれ! 俺が働かなくていいように!)

 

 

 

          ♦

 

 

 

「…敵、来ないね」

 

「…そうだな」

 

 十六夜とジンが宮殿の最奥に行ってから十分ほどが経過したが、どうやら“ペルセウス”のメンバ-はジンたちがここまで来れると思ていなかったのか、はたまた飛鳥の陽動が功を奏しているのかは定かではないが、誰も来ないので二人は正直暇だった。

 お互い沈黙した間に、八幡は『まぁ、別に話さなきゃいけないわけでもないか…』と考え、特に取り留めもないことを考え始める。

 しかし、耀はそういう経験がないので、この沈黙をどうにかしようと考えるも、特にいい話題が思い浮かばない。

 それでも、意を決して口を開く。

 

「えっと…ごめんなさい」

 

「……は?」

 

 八幡は『なぜ謝られたのか理解できない』という顔をする。

 

「えっと、昨日…のことで」

 

「昨日…?」

 

 そこで八幡は耀が言ってるのは、昨日の八幡の部屋でのことだと思い至る。

 

「あー、いや、その、なんだ…昨日も言ったけど、それは俺が勝手にやって怪我しただし、お前個人に恩を売ったつもりもない。だから、お前は何一つきにすんな…」

 

「いや、その、そうじゃなくて…」

 

「…?」

 

 昨日のやりとり以外で何かあったのかと、八幡は記憶の中を探る。

 しかし、特に思い当たることはない。

 

「…何かあったか?」

 

 訊かれた耀は顔を赤くして、迷うようにもじもじする。

 

「ちょっと、訊きたいことがあるんだけど…」

 

「…なんだよ」

 

「…その、私のこと、どう思ってる?」

 

「ほう…」

 

 八幡は思った。

(並のぼっちなら、『あれ、こいつ俺のこと好きなんじゃね?」と、勘違いしてるところだが…俺は違う。訓練されたぼっちは勘違いなんかしない。これはあれだな、同じコミュニティのメンバー的にどう思うのか的な意味だな。…でも、どう思うも何も俺こいつのこと全然知らないんだけど)

 

 緊張して八幡の返答を待つ耀に八幡がいろいろ考えて出した答えは…

 

「さぁ…。俺も知らん」

 

「……………え? エ? E?」

 

 八幡の意外すぎる答えに、耀はしばらく彼の言葉の意味が理解できなかった。

 耀はそもそも、八幡と友達になるために『八幡が自分をどう思っているのか』について知ろうと思ったのだが、まさか聞かれた本人が自分のことなのに『知らない』と答えるとは、思ってもみなかった。

 

「…えっと、どうして?」

 

「いや、だって俺、おまえのこと知らないし…」

 

「知ら…ない?」

 

「だって、そうだろ? 俺とお前ら会ってまだ一か月もたってないんだぜ。それなのに何かわかるわけないだろ? わからないのにわかったふりをするなんて…ただの欺瞞だ」

 

 八幡は自然と最後の部分の語調が強くなる。

 耀は自分の声が少し震えているのを自覚する。

 

「じゃあ、八幡にとって、私って何?」

 

「…友達、ではないし…何だ? 知り合い?」

 

「―――――っ!?」

 

 耀にとって半ば予想通りの答えとはいえ、『友達』になりたいと思っていた相手からのその言葉は無慈悲で残酷なものだった。

 それでも、耀はちゃんと知った上で『友達』になりたいと願った。

 だからこそ、そのためには相手の言葉を受け止める『覚悟』がいると思った。

 

「じゃあ、他のみんなも八幡にとって知り合い?」

 

「まぁ、そうだな。…あ、いや、小町は違う」

 

「それは知ってる。じゃあ、なんで助けたの?」

 

 その質問に八幡は『またその話か…』と、ため息をつく。

 

「はぁ…。だから、それは俺が勝手に「私のだけじゃなくて…」…は?」

 

 八幡の言葉を訂正するように耀が言う。

 

「それだけじゃなくて、黒ウサギや飛鳥、今だってレティシアのために頑張ってる。ただの『知り合い』なら、なんでそんなに頑張るの?」

 

 言われた八幡はそっぽを向く。

 

「別に、ただそれが一番効率が良かったからそうしただけだ…」

 

「本当に?」

 

「あぁ。それによく考えてみろよ。そうでもなきゃ、面倒なことが嫌いな俺が自分からそんなことするわけねえだろ?」

 

「…今は、そういうことにしておく」

 

「ていうか、なんでそんなこと訊くんだよ?」

 

 訊かれた耀は八幡の顔をまっすぐ見つめる。

 

「私は友達を作りたくて箱庭に来た。だから、十六夜とも、黒ウサギとも、飛鳥とも、小町とも、八幡とも友達になりたい」

 

「友達、ねえ…それで?」

 

 どこか含みがあるような言い方で、八幡は耀に続きを促す。

 

「だけど、さっき言ったみたいに八幡は私のことを…私たちのことを『友達』だなんて思ってない。だから、そういうのも含めてちゃんと知って、八幡と『友達』になりたい」

 

 耀の言葉に、八幡は黙り込む。

(いや、どんだけ友達欲しいんだよ… 『友民党』の党首にでもなるの? いや、でも相手のことをちゃんと知ろうとしてるのはいいんだけど…)

 

「だから、私に八幡のことを教えて」

 

 そう言って、自分に一歩近づいてきた耀に八幡はため息交じりに答えようとする。

 

「…なぁ。お前って他「GYAAAAAAAAAAAA!!!!」―――っ!?」

 

 宮殿の最奥から上がった人間ではあり得ないであろう絶叫に二人は宮殿の奥の方を向く。

 すると、そちらの方向の上空に向けて白い光線が放たれていた。

 

「なっ、何だ、あれ!?」

 

 二人が愕然とすると、ウィンとヒータが現れる。

 

「御主人様! 恐らくあれが初代ペルセウスが倒したと言われている“アルゴールの悪魔”です! 初代が“魔王”だったものを隷属させたのでしょう。あの光は浴びると石化してしまいますので気をつけてください!」

 

「あの、石化は呪いだから、たぶん、私の『再生』じゃ、治せないから…」

 

 二人が注意を促した途端、それをあざ笑うかのように光線は二人の方へと傾いてくる。

 

「…くっ!? 春日部!」

 

「八幡!?」

 

 八幡はとっさに射線上の耀の前に出る。

 そんな彼の前に影ができる。

 

「そろそろ私も頑張ろうかしら…」

 

 そんな声が聞こえて、八幡と耀は閃光に包まれた。

 

 

 

          ♦

 

 

 

「おい、春日部。大丈夫か?」

 

「えっと…うん。大丈夫」

 

 『にしても』、と八幡は上を見上げる。

 

「何だ…これ?」

 

 今、八幡と耀は水で作られたドームの中にいた。

 

「…これって、水?」

 

「水…ってことは」

 

 八幡が自分の胸元を見ると、そこにある“エレメンタル・アミュレット”にはまっている四色の石の内、赤、黄、白色の石が光っていた。

 それを見て、耀もこれが八幡のギフトによるものだと理解する。

 

「これって…確か『赤』が『風』、『黄』が『火』、『白』が『水』の属性、だったよね?」

 

「ええ、その通りです」

 

『――――っ!?』

 

 声が聞こえた方向に二人が顔を向けると、そこには青髪の美少女がいた。腰まで届く長い髪に穏やかで大人びた顔立ちをしている。

 外見から年齢は八幡よりも少し上といったところだった。

 

「えっと、お前は「御姉様!」「お姉さま!」―――え?」

 

 いきなり現れた少女にウィンとヒータが抱き着いた。

 

「きゃっ!? 二人とも、まだゲーム中なんだからダメですよ」

 

 二人を離し、少女は八幡の方を向く。

 

「初めまして、御主人様(マスター)。貴方様の元に仕える四大精霊の姉妹が長女、水精霊(ウンディーネ)のエリアです。以後、よろしくお願い申し上げます」

 

「…ご丁寧にどうも。で、これは何だ?」

 

「私たち三人の能力を複合させて作った防御結界ですね。格は相手が格段に上ですが、私たち三人のギフトを効果的に使えば対抗できますので。私の『水』の霊格のギフトが持つ『循環』と『浄化』、ウィンの『風』の霊格のギフトが持つ『流動』、ヒータの『火』の霊格のギフトの持つ『変化』のギフトを組合わせることで、相手の攻撃を結界表面に永続的に滞留させて、その間に相手の石化の呪いを浄化した上で力を変質させ、この結界の力に変えます」

 

「なるほど…。欠点とかはあるのか?」

 

「はい。固定結界ですので、移動しながらの発動ができません。それと、この規模ですと効果範囲は御主人様を中心とした五メートルくらいになります」

 

「ふぅん…」

(この規模なら…か。だったら…)

 

 八幡は何か思いついたような顔をして、エリアの方を向く。

 

「なぁ、ちょっと、提案があるんだが…」

 

 

 

          ♦

 

 

 

「ここが最奥の間か…」

 

 現在、八幡はルイオスのいる最奥の間に入る扉の前にいた。

 耀は最奥の間に続く廊下で引き続き待機しているので、万が一入っていきなり気づかれる心配はない。

 

「さて、行くか」

 

 八幡は扉を開けて中に入ると、そこには…

 

「WRYYYYYYYYY!!!?」

 

「おいおい、どうした元魔王様!!! 派手に登場しといてこの程度かああああ!!!」

 

 十六夜が“アルゴールの悪魔”らしき怪物の光線を叩き割りながら、相手をボコボコにしていた。

 それを見た八幡はちょっと考えて…

 

「………………失礼しましたー」

 

 そっと、扉を閉じて出て行こうとする。

 そこにウィンが現れる。

 

「ちょっと、何やってるんですか、御主人様!?」

 

「いや、ここで俺がでたらなんか空気読めない奴だろ。いいとこどりしにきただけみたいだろ…」

 

「まぁ、いんじゃねえか、別に。俺は期待外れで飽きてきてたし」

 

「いや、そうは言ってもな…って十六夜!?」

 

 そこには、先ほどまでアルゴールをボコボコにしていた十六夜がいた。

 

「お前の精霊がお前に話してるのが見えたからこっちに来たんだよ」

 

 どうやら、ウィンが八幡に話しかけたことで“ステルスヒッキ―”が解けたらしい。

 

「いや、だからってお前…」

 

「貴様ら、そうやって余裕でいられるのも今だけだ! アルゴ――――――ル!!!」

 

「GYAAAAAAAAAA!!!!!」

 

 二人の会話に割って入ったルイオスの声に応えるようにアルゴールが叫び、石化の呪いの光線を八幡と十六夜の方に放ったかと思ったら……。

 

「………? なんであいつ、あんな見当違いの方向に…? もしかして…」

 

 疑問に思った十六夜が即座に思い付いたのか、八幡の方を見る。

 

「『風』の空気による屈折と『水』の光の反射、『火』の熱による光の屈折の三重のダミーだ」

 

「なるほどな…。それであんな見当違いの方向に…やっぱ、お前はおもしろいな」

 

「さて、この間に準備しとかないとな…」

 

「…準備? へぇ、また何かおもしろいことでもするのか?」

 

 十六夜の期待するかのような眼差しに、八幡はとびきり悪い笑顔を浮かべる。

 

「あぁ…。さっき思いついたやつだ」

 

 そう言って、八幡は意識を集中させる。

 すると、光の屈折と反射を利用した八幡の像が無数にできあがる。

 作った八幡は一息つく。

 

「ふぅ…。仕上げは上々。後は結果をご覧じろってところか…」

 

「な、何だこれは…!?」

 

 ルイオスは突然現れた無数の八幡に驚愕する。

 

「まさか、分身を作り出した…!? いや、前の時から考えて“幻覚”のギフトか…!?」

 

 八幡のギフトを勘違いしたルイオスは、アルゴールの方を向く。

 

「アルゴール! すべてを石に変えてやれ!!!」

 

「GYAAAAAAAAAA!!!!」

 

 ルイオスの命令に応えるようにアルゴールが無数の八幡の像に向けて光線を発射する。

 それを見て、八幡はにやりと笑う。

 

「今だ」

 

 そう短く言った途端、八幡の像はアルゴールの像へと変化する。

 

「まさか…これは、鏡か!? だが、アルゴールは“星霊”だぞ!? 鏡ごときでアルゴールの石化の呪いの光が防げるか!!」

 

 しかし、アルゴールを映す鏡はアルゴールの石化の光線を防ぐのでも、ましてや反射もさせなかった。

 鏡は光線が着弾すると、一瞬だけ光が止まり、光線がいくつかに分かれた上、向きを微妙に変えて別の鏡へと向かっていく。

 そのため、どんどん光の線は細くなっていく。

 しかし、それが延々と繰り返され、やがて光線は同じ所へと集まっていく。

 その集まった光は少しずつ太くなり、集まった光はアルゴールを囲む鏡へと集まっていく。

 そして、アルゴールの全方位から、アルゴール自身が放った攻撃がアルゴールを襲う。

 

「SYYYYAAAAHHH!?」

 

「アルゴール!?」

 

 光がすべてアルゴールに向けてはなたれ終わると、アルゴールは自身の能力によって、石化していた。

 その様子に、ルイオスはまたも愕然とする。

 

「馬鹿な…!? アルゴールほどの星霊が自分の能力で石化するなんて…」

 

 その疑問には八幡が答えた。

 

「確かに、そのままだったら無理だっただろうな。だから、こっちの精霊の“ギフト”を使ったんだよ」

 

「精霊の“ギフト”だと?」

 

「あぁ。屈折させたお前の星霊の光線を『変化』の属性で微妙に変質させて、こっちの精霊三体分の霊力と同化させて力を上乗せしてたんだよ」

 

「だから、アルゴールは石化したのか…」

 

 納得したルイオスを八幡は『さてと…』と言いながら見る。 

 

「この勝負、まだ続けるのか?」

 

「いや、こっちの負けでいい。元々乗り気じゃなかったんだ。あの吸血鬼は連れて行け」

 

「何言ってんだ、お前?」

 

「なに?」

 

 負けを認めたルイオスに対して十六夜が言った言葉に、ルイオスは『意味がわからない』という顔をする。

 

「どういう意味だ?」

 

 訊かれた十六夜はにやりと笑う。

 

「このままお前が本当に負けを認めたら、俺達はこのコミュニティの旗を貰うぜ」

 

「なにっ!? あの吸血鬼じゃないのか!?」

 

「当たり前だろ? ここを潰しちまえば、同じことだ。その次は、それを盾に即座にもう一戦申し込んで、名前をいただく。そうすりゃ、お前たちも“ノーネーム”だ。いや、それ以上に、箱庭で永遠に活動できなくさせてやるよ」

 

「やめろ! コミュニティが崩壊する…!」

 

「そうか、嫌か。そうだよな。だったら…」

 そこで十六夜は言葉を区切り、自分を指差した。

 

「来いよ、ペルセウス。全力で、命がけで、俺を楽しませろ」

 

 言われたルイオスは鎌を出現させ、構える。

 

「負けられない…負けてたまるか!」

 

 

 

          ♦

 

 

 

「で? こいつ、どうする?」

 

 その後、十六夜にボコられたルイオスの処遇について、ノーネームのメンバーは話し合っていた。

 

「死刑ね」

 

「…死刑」

 

「死…いえ、なんでもありませんよ?」

 

「女性陣に任せる」

 

「僕も同じ」

 

「じゃあ、死け「ちょっと、待て!」んだよ、ボンボン坊ちゃん…」

 

「いきなり『死刑』ってなんなんだ!?」

 

 訊かれたノーネームのメンバーの意見を代表するように八幡が言う。

 

「自業自得だな」

 

「おいっ!?」

 

 騒ぐルイオスを無視して、八幡が女性陣の方を向く。

 

「男子は全員が女子に任せる方向でいくが、一応女子組に決をとる。ルイオスは有罪か無罪か、どっちだ?」

 

「有罪ね」

 

「…有罪」

 

「有罪でございますね」

 

 女性陣の総意を聞いた八幡はルイオスの方を向いた。

 

「というわけだ。死ぬなよ?」

 

「ちょっと待て!? おい!? おいいいいいい!?」

 

 

 

『ルイオスくんがクロに決まりました。お仕置きを開始します』

 

※以降は音声のみでお楽しみください。

 

「待てっ!? お前ら、僕に何をする気だ!?」

 

「えい」

 

「ぐはっ!?」

 

「はっ!」

 

「がっ!?」

 

「では、黒ウサギも…」

 

「おい、待て!? なんだ、そのかなりデカい武器は!? そんなの喰らったら死ぬだろう!?」

 

「…とっとと死ねばいいのに」

 

「ええ、そうね。あなたのような下衆はここにいるべきではないわ」

 

「というわけですので…はあああああああ!!!」

 

「GYAAAAAAAA!!!??」

 

「…なぁ、十六夜」

 

「なんだ、八幡?」

 

「………やっぱ、女って怖いな」

 

「…………………」

 

 

 

          ♦

 

 

 

『じゃ、これからよろしくメイドさん』 

 

『はい?』

 

 ノーネームにレティシアが戻った…のはいいが、問題児三人の発案で、なぜか彼女がメイドのなることが決定した。

 

「ゲームで活躍したの私たち四人だけだものね」

 

「私も兜集めた…」

 

「俺はルイオスをボコッた」

 

 『で!』と、三人は静観を決め込んでいた八幡の方を向く。

 

「ゲームのお膳立てや相手の星霊まで倒したんだ。今回のMVPは間違いなくこいつだろ? というわけで、所有権は八幡、俺、お嬢様、春日部で2:1:1:1だな」

 

「何言っちゃってんでございますか、この人たち!!?」

 

 その様子を見ている八幡は彼らのやり取りを微笑ましそうに笑って見ているレティシアに目を向ける。

 

「なんかお前の今後について話してるけど、なんか言わなくていいのか?」

 

「………ふ、そうだな。今回の件で、私は皆に恩義を感じている。君たちが家政婦をしろというのなら、喜んでやろうじゃないか」

 

「…そっか」

 

 そんな二人の話を聞いていた黒ウサギが割って入ってくる。

 

「レっ、レティシア様!? 何を―――」

 

 そんな彼女を飛鳥が押しとどめる。

 

「ほらほら、もう決まったことなんだから。それより、歓迎会をしてくれるんでしょう?」

 

 言われた黒ウサギは気を取り直すように宣言する。

 

「えー、それでは…新たな同士を迎えた、“ノーネーム”の歓迎会を始めます!」

 

 こうして、各々料理を食べたり、歓談を始めたりする。

 

「だけど、どうして屋外の歓迎会なのかしら?」

 

「うん、私も思った」

 

 疑問を口にする飛鳥と耀の間に黒ウサギが入る。

 

「実は、皆さんに見せたいものがありまして。先日打倒した“ペルセウス”のコミュニティですが、一連の騒動の責任から、あの空から旗を降ろすことになりました」

 

 

 言われて、飛鳥や耀は意味が分からないという顔をする。

 

「空から…旗?」

 

「それってどういう…」

 

 一人、十六夜は『もしかして…』という顔をする。

 

「おい、黒ウサギ…まさか」

 

「それではみなさん、箱庭の大天幕にご注目ください!」

 

 言われて、全員が空を見上げると、それはとても見事な流星群だった。

 

「うわぁ、すごい…」

 

「綺麗…」

 

 飛鳥と耀は感嘆の声を上げる。

 そんな二人に黒ウサギは『してやったり』という笑みを浮かべる。

 

「どうですか、驚きました?」

 

 訊かれて飛鳥と耀は降参だとばかりに諸手を上げる。

 そして、十六夜が黒ウサギの横にたった。

 

「やられた…とおもっている。“世界の果て”といい…いろいろと馬鹿げたものを見てきたつもりだったが、まだ、これだけのショーが残ってたなんてな」

 

 十六夜の言葉に黒ウサギは笑顔を浮かべる。

 

「箱庭の面白さは保証済みですよ」

 

「ああ。おかげさまでいい個人的目標もできた」

 

 そう言って、十六夜は美しく輝く星空を指差した。

 

「あそこに俺達の旗を飾る。どうだ、面白そうだろ?」

 

 言われた黒ウサギは満面の笑顔を浮かべる。

 

「それは…とってもロマンがございます」

 

「だろ?」

 

「はい♪」

 

 

 

          ♦ 

 

 

 

「なんか普通に飯食ってるだけなのに、完全に最後空気だったな俺…。絶対読者も『あ、そういえばいたんだ?』って言ってるよ、これ」

 

 本日も、“ステルスヒッキ―”は絶好調。




 最後にヒッキ―のこと忘れてた人、感想に『あ、八幡いたんだ?』的なコメント待ってます。
 そりゃ、彼がみんなとわいわい会食やってるのって、あまりイメージに合わない気がしますし?本人いわく『陰で飯食ってるくらいしかやることない』ですね。
次回からはしばらく番外編オリジナルストーリーです。
次回は八幡の大好きなあるものを探しに行くお話です。


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番外編1 祭りまでの日常
それでも、比企谷八幡は求めている 前編


 みなさん、長らくお待たせして申し訳ありません。
 慣れない大学生活や私用で忙しかったのと、大学入学に伴って、新しくPCを買い替えたんですが、何度かマシントラブルで書いたデータがとんで時間がかかってしまいました。大学って意外にテスト多いんですね…知らなかった。
 今回は皆さんが予想した通り、千葉のコーヒーを求めたことから端を発する話です。


 それは、ボンボン坊ちゃん(笑)が率いるコミュニティ“ペルセウス”を打倒した数日後のことだった。

 

「…今、何て…言った?」

 

 戦慄する八幡に、黒ウサギは小首を傾げてついさっき言った事をもう一度言う。

 

「いえ、ですから、この箱庭世界にMAXコーヒーなるものは存在しませんよ?」

 

「なん…だと…!?」

 

 八幡は目の前が真っ暗になったような錯覚を覚える。

 

「マッカンのない世界なんて…千葉のない日本じゃねえか!?」

 

「八幡さんの中でそのコーヒーはかなりヒエラルキーが高いんですね…」

 

「当たり前だ。千葉のない日本なんて、日本じゃない」

 

「そこまでいいますか…」

 

 苦笑しつつ、黒ウサギは申し訳なさそうに言う。

 

「そもそも、この“ノーネーム”は子供たちばかりですから、コーヒーなんておいてませんよ?」

 

 その言葉に八幡はピクリと反応する。

 

「待て、この箱庭にもコーヒーはあるのか?」

 

「はい。それでしたら、主に南側で栽培してますよ」

 

 八幡は望みがまだあることに内心で歓喜する。

 

(よし、まだ希望はある。それならどこかで売っているはずだ…)

 

「あ、ですが、ほとんど東側では出回っていないいませんから、入手するのは難しいかと…」 

 

「な…に…!?」

 

「あ、ですが、白夜叉様なら持っているかもしれません」

 

「なるほど…。あそこは大型商業コミュニティだからな。当然、他地域のも扱ってるってわけか…」

 

「YES! そういうことです」

 

(白夜叉のところか…。頼めばなんとかしてくれるだろうが、何か吹っかけられる可能性がないわけじゃないしな…。場合によってはギフトゲームをさせられる可能性も…俺は諦めるしかないのか…!?いや、マッカンのために諦めるわけには…ハッ!そうだ、黒ウサギを差し出せばいけるか!?)

 

 思考がおかしな方向に行きかけていると、唐突に背後から声がする。

 

「ん…? おまえら、どうかしたのか?」

 

「ん? あぁ、十六夜とジンか」

 

 八幡が振り向くと、何冊か本を抱えた十六夜と眠そうなジンがいた。

 

「お二人はずっと書庫で本を読んでいたんですか?」

 

「それが御チビが眠いっていうからちょっと休憩にしようかと思ってな」

 

「だ、大丈夫ですか、坊ちゃん!?」

 

「うん。これも、これからは必要になることだからね…」

 

「その意気だぜ御チビ。で、八幡たちは何の話をしてたんだ?」

 

「白夜叉のところに行こうかと思ってな」

 

 八幡の言葉にジンは驚く。

 

「白夜叉様のところにですか!? 一体どうして…」

 

「マッカンのためだ」

 

「…は?」

 

 ジンは八幡が一瞬何をいっているのかわからずキョトンとする。

 

「もう…もう俺はマッカンのない生活には耐えられない!」

 

「えっと…マッカンとは?」

 

 ジンが十六夜をちらりと見ると、十六夜はため息交じりに解説する。

 

「マッカンってのは○カ・○ーライーストジャパンプロダクツが製造、○カ・○ーラカスタマーマーケティングが販売している缶コーヒーのことだ。正式名称は「ジョージア・マックスコーヒー」。愛称は『マッカン』『マッコー』とかが有名だな」

 

「つまり、八幡さんはそのコーヒーが飲みたいと?」

 

「あぁ。だけど、そもそもコーヒーが東側ではほとんど出回ってないらしいからな。あるとしたら…」

 

「白夜叉のところか」

 

「あぁ。頼むにしても、どんなギフトゲームを吹っ掛けられるかもわからないからな」

 

 十六夜は少し考えてから、にやりと笑う。

 

「おもしろそうだな。で、おまえは何をするつもりだ?」

 

 八幡が作戦を十六夜だけに聞こえるように言うと、十六夜はまた笑う。

 

「いいぜ、面白そうだし、乗ってやるよ。おい、黒ウサギ、お前も来い」

 

「え? あ、はい、わかりました」

 

 二人はお互いに悪い笑み浮かべて黒ウサギを引き連れて去っていく。一人取り残されたジンは三人が出ていった方を見てぼそりと呟く。

 

「あのお二人…何気に仲がいいですよねえ」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 八幡と十六夜と黒ウサギの三人はサウザンドアイズの支店に向かっていた。

 

「あの…白夜叉様のところに行くのはわかりましたが、なぜ黒ウサギも一緒に行かなければならないのでしょう?」

 

 黒ウサギは十六夜に首根っこを捕まれ、引きずられながら平然とする。

 

「ん? いや、条件にどんなゲームを吹っ掛けられるかわからないからな。一応、戦力は多いに越したことはねえだろ?」

 

「それはそうですが…。でしたら、耀さんや飛鳥さんも誘えばよかったのでは?」

 

「あいつらなら比企谷妹と一緒に遊びに行くって言ってたぞ」

 

「えっ!? く、黒ウサギはそんなこと聞いてないのですが!?」

 

 驚く黒ウサギに八幡はしゃがんで彼女の肩をポンッと手を置き。

 

「ようこそ、ぼっちの世界へ」

 

「ちょっ、勝手に黒ウサギを変な世界の住人にしないでください!?」

 

「ふっ…。小町達から誘われなかった時点ですでにお前もこっちの住人だ。お前がぼっちを変なもの扱いするということは、お前自身も変なものだということだ。…っていうか」

 

「はい。なんでしょう?」

 

「お前、いつまで引きずられてるんだよ…。なんか途中から逆にしっくりき始めてんだけど…」

 

 黒ウサギはハッとして、十六夜に抗議する。

 

「そうでした!? 十六夜さん、いい加減放してください!」

 

「あいよ。ほら」

 

 そう言って、十六夜は黒ウサギの首根っこを離し、今度は耳を掴む。

 

「イタタタタタタ!? なぜに今度は黒ウサギのステキ耳を掴んで引っ張るのですか!?」

 

「ヤハハハハ! 悪い悪い。掴みやすかったからよ」

 

「いや、掴みやすくて掴むもんでもないだろ」

 

 呆れる八幡に十六夜は笑いかける。

 

「でも、実際掴みやすいぞ。このウサ耳」

 

 そう言って、十六夜は黒ウサギのウサ耳撫でる。

 

「掴みやすいって何ですか!? 十六夜さん、触るならともかく先ほどのように掴むのはやめてください!」

 

 そうこうしているうちに“サウザンドアイズ”に八幡たちは到着する。しかし、入り口で八幡的には遭遇したくない人物が掃除をしていた。

 

「はぁ…。前から言ってますが、ウチは本来“ノーネーム”お断りなんですが…」

 

 女性店員は心底迷惑そうに八幡を見る。最初に“サウザンドアイズ”に来た時以来、八幡は彼女に蛇蠍のごとく嫌われていた。

 

「いや、今日は白夜叉にたのみたいことが「言っておきますが、店にはいれませんよ」…まだ、全部言ってねえだろ」

 

「そうですね、失礼しました。では、今回はどういったご用件でしょうか?」

 

「ちょっと、白夜叉に頼「お帰りください」…だから、早えよ。まだ、最後まで言ってねえだろ。

 

「いえ、“ノーネーム”からの用件ならともかく、あなたの用件は通したくありませんので」

 

「いや、おまえ、俺のこと嫌いすぎるだろ」

 

「そうですが…それがなにか?」

 

「……あ、でも、たしかに嫌われるのって最近じゃいつも通りだったわ。じゃあ、気にする必要ないじゃん」

 

「…はい?」

 

 八幡の反応が予想外だったのか、女性店員は目を白黒させる。

 

「え、ちょ、それは「よく来たの黒ウサギイイイイイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイイイヤッホオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」…って、白夜叉様!?」

 

 女性店員が八幡に何か言おうとしたところで、店から飛び出してきた白夜叉が黒ウサギに突貫し、またも二人は川へと落ちる。

 それを横目に八幡と十六夜はやっぱりかという顔をする。

 

「ここに黒ウサギを連れてくれば、白夜叉が絶対に出てくると踏んでいたが、思ったより飛んでったな…」

 

「いや、計算通りだ。これで俺たちは合法的に黒ウサギの濡れスケ姿を拝めるというわけだ」

 

「いやにきれいに川に落ちたかと思ってたけど、やっぱりお前か…」

 

「そりゃ、黒ウサギの濡れスケを拝みたいからな。黒ウサギを白夜叉が来たら、ちょうどよく川に落ちる位置に誘導した」

 

「なに、その才能の無駄遣い…。他に使い道あるだろ」

 

 楽しそうに話す十六夜に八幡が呆れていると、黒ウサギが猛ダッシュで川から二人のところへ向かってくる。

 

「こんのおバカ様方はああああああああああああああ!!! 何のために連れてきたかと思えば、こんなことのためだったのですかああああああああ!!!」

 

「「まぁ、半分は」」

 

 悪びれずに言う二人に黒ウサギは肩を落とす。

 

「お二人とも箱庭に馴染んでくれるのは嬉しいんですが、最近黒ウサギの扱いが雑になっていませんか?」

 

「いや、黒ウサギの反応が面白くて、ついな」

 

「『つい』じゃありませんよ! このおバカ様は!」

 

「まぁ、アレだ。そういうのも愛されてるってことなんじゃねえの? 俺はよく知らんけど…」

 

「ちょ、最後ので説得力が皆無なのですよ!?」

 

「というか、おんしら結局何しに来た…」

 

 呆れたような声に八幡が声のした方を見ると、完全に忘れ去られてほっとかれた白夜叉がずぶ濡れになって立っていた。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「つまり、『コーヒー』が欲しいので、それが手に入るギフトゲームあるいは仕事を紹介しろ、と?」

 

「まぁ、概ねそんなところだ」

 

「ふむ…。『コーヒー』ならうちでもとり扱っておるし、先日の件のこともあるし、どうにかしてやろう。代わりと言っては何だが、少し頼まれて欲しいことがあるのだが…」

 

「用件による」

 

「そうたいしたことではないよ。昔、うちの傘下のコミュニティが亡くなった同士のコレクションの扱いに困っておってな。今は一時的に“サウザンドアイズ”で預かっておるのだが、それを引き取ってもらいたい」

 

「『引き取る』ってことは、もらってもいいのか?」

 

「うむ。うちは商業コミュニティだからな。あくまで、取引の仲介や売買、ギフトゲームの紹介とギフトの鑑定が主なのだよ。だが、今回のはコミュニティたっての希望でな、『同士がコレクションしたギフトを売りにはだせない』とのことでな。引き取り手を探しておったのだが…」

 

「何かあったのですか?」

 

 不思議そうな顔で黒ウサギが尋ねる。

 

「破格の条件ゆえ、最初は引き取り手が後を絶たなかったが、どういうわけか皆しばらくすると引き取ったギフトを返しに来るのだ」

 

「ギフトになんか仕掛けでもあったのか?」

 

 訝しそうに十六夜の質問に白夜叉は首を振る。

 

「いや。一度、鑑定させたが、そのような仕掛けはされてないそうだ。大方、分不相応なギフトで扱いきれなかっただけだろうということになった。まぁ、おんしほどギフトを多量に持っているものなら、そう気にしなくてもよい」

 

 ここで、八幡はもう一度考える。

(おそらく、『昔』と言ったことから、“サウザンドアイズ”で預かってからけっこうな時間が経っている。だが、引き取り手が中々現れない。これは大手コミュニティとしては信用にかかわる問題だ。だから、できるだけ早く引き取り手を見つけなきゃいけないはずだ。つまり、これは体よく面倒事を押し付けようとしているわけだ。だが、 中古のギフトを引き取るだけで、こっちは『コーヒー』が手に入ると、ギフトに関してはよっぽどのものを使わなければ、まず、大丈夫。なら、デメリット要因は量だけか。でも、“ノーネーム”の倉庫はむしろ、ほとんど空に近いらしいから、よっぽどのことがなければいい。…よし、リスクとリターンの計算は完璧だ)

 

「それじゃあ、交渉成立だ」

 

「それでは、『コーヒー』の方は明日にでも持って行かせよう。モノはうちの倉庫に箱が置いてあるから適当に持って行くがよい」

 

「あいよ」

 

 こうして、一行は“サウザンドアイズ”の倉庫に向かうことになった。そして、白夜叉に案内された一行は、その倉庫の巨大さに驚愕することになる。

 

「思いのほかでかいな」

 

「当然だ。ここではギフトゲームの賞品になるものから一時的な預かりまで、幅広く取り扱っておるからの。では、開けるぞ」

 

 そう言って、白夜叉が倉庫の扉を開けると、広大な倉庫内にはあらゆる商品が整然と置かれていた。

 

「へぇ…意外と片付いてるな」

 

「まぁ…。白夜叉様は仕事に関してはしっかりしてますから」

 

「ってことは、他に関してはちゃらんぽらんってことか」

 

「まぁ、予想通りだな」

 

「おんしら…私に対して礼節欠きすぎではないか

 

 白夜叉の呟きを無視しつつ、倉庫の中に入った八幡はあたりを見渡す。

 

「それで、肝心のモノはどこにあるんだ?」

 

「それなら、そこにあるぞ」

 

 白夜叉の指す方を見ると、確かに段ボールほどの大きさの他のものに比べて新しい箱が置いてあった。

 

「思ったよりは大きくないな」

 

「まぁ、基本的に小物がほとんどだからの。それでは、頼むぞ」

 

 そう言って、白夜叉が出ていくと、八幡たち三人は箱を見る。

 

「たしかに、箱の大きさの割に小物が多いな」

 

「まぁ、一応いただいたのは八幡さんですし…どうするかはお任せします」

 

 そこで、八幡はふと疑問に思う。

 

「なぁ…これ俺が本拠まで持ってくの?」

 

「そりゃ、そうだろ。おまえのだし」

 

「マジか…」

 

 こうして、八幡は“サウザンドアイズ”支店から“ノーネーム”本拠まで箱を運ぶ破目になった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 その日の夜

 

 

 

 それなりに多くのギフトが入った箱は、八幡に使う気がないとはいえ、それでも使えるギフトがあるか選別するために、一旦彼の自室に持ち込まれることとなった。しかし、八幡は自室に置かれた箱を前に悩んでいた。

 

「さて、どれから見りゃいいんだ…?」

 

 八幡はこの箱庭に来て、ペルセウス戦後に“ノーネーム”本拠でしていたことといえば、書庫から数冊本を借りてきて読んでいただけだったため、ギフトに関しての知識がほとんどなかった。そのため、箱の中のものがどういった効果を持ったものか全くと言っていいほどわからなかった。

 とりあえず、いくつか取り出してみると、出てきたのは見た目が小奇麗な銅の手鏡や藁を中心に使わなくなったガラクタのようなもので出来たさ○ぼぼのような姿勢の人形が親亀子亀のように5段ほどに連なったものやひびの入った卵型の石の置物、紙製の割にかなり丈夫に作られた掌に収まるサイズの旗、棒に巻きつけられた糸、古ぼけたゴーグルと耳当て、駒のないチェス盤、端々が擦れたトランプ、木彫りの鳥など、どんなモノなのかよくわからないものばかりだった。

 八幡が箱の中の多くのモノに悪戦苦闘していると、八幡の部屋にメイド服姿のエリアが入ってくる。

 

「どうですか、マスター。何か役に立ちそうなギフトはありましたか?」

 

「いや、それ以前に知識がないから、全然わかんねえ」

 

 そうですか、と言いながら、エリアは少し考えるようなそぶりをする。

 

「では、後でウィンに来させましょうか。あの子ならマスターのギフトだけならある程度は鑑定できるでしょうから」

 

「そういや、そんなこともできたなアイツ」

 

「ところで、マスター。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

「…なんだよ?」

 

 エリアは怪訝そうな顔をする八幡の右腕の後を指さす。

 

「先ほどからマスターの腕についているその人形は新しいギフトか何かでしょうか?」

 

 言われて、八幡は自分の右腕を見る。すると、そこにはついさっき箱から取り出した藁とガラクタで出来た人形が八幡の腕にしがみついていた。

 

「…なにこれ、怖い」

 

「…ふむ。どうやら、敵意はないみたいですね。おそらく、マスターをギフト所有者として認めたのではないでしょうか?」

 

 確認のため、八幡がギフトカードを確認する。

 

「でも、何も変わってないぞ?」

 

「え…?」

 

 八幡がエリアにギフトカードを見せる。

 

 『比企谷八幡

 

 “不協和音▷

      

      “トリガーハッピー”

      “デプレッション”

      “ヒッキ―▷

          “ディテクティブヒッキ―”

          “ステルスヒッキ―”””

 “エレメンタル・ダガー”

 “エレメンタル・アミュレット”

 “風精霊(シルフ) ウィン”

 “火精霊(サラマンダ―) ヒータ”

 “水精霊(ウンディーネ) エリア”

 “土精霊(ノーム) アウス” 

                          』

 

 確かに、ギフトカードに四姉妹の名が表記された以外には、何も変わっていなかった。

 それを見て、エリアは八幡の方に向き直り、首を傾げる。

 

「これは…どういうことでしょう?」

 

「いや、俺に訊くなよ…。こういうのは、おまえの方が専門だろ」

 

「いえ、私たち姉妹において、基本的にギフト…特にマスターのギフトに関して詳しいのはウィンですから」

 

「んじゃ、明日にでも訊いてみるか」

 

「かしこまりました。では、私も本日は休ませていただきます」 

 

 エリアが部屋を出ていくと、八幡は人形を箱に戻し、ベッドに身を投げ出した。

 

「今日は疲れたな。とりあえず、明日は厨房かりるか…」

 

 そうして、目を閉じ、まどろみに落ちた八幡は気づかなかった。部屋の片隅…多くのギフトが入っている箱から微かな呟きが上がったことに。

 

『さて、今度の人はどうだろうなぁ…。あぁ…楽しみだなぁ、楽しみだなぁ。…あははは! あはははははははははははは!』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 次の日の朝

 

 

 

 八幡は朝食の後、“サウザンドアイズ”から『コーヒー』が届いたことをレティシアから教えてもらい、厨房に来ていた。

 

「いや、『コーヒー』は頼んだけどさ…多すぎじゃね? …っていうか、コーヒー豆じゃん、これ」

 

「あれだけの量を押し付けたからサービスしてくれるそうだ。それと、古いものだがよければ使ってくれ」

 

 そう言って、レティシアは八幡にコーヒーミル(コーヒーの豆を挽く道具)を渡す。

 

「あ、悪い。これ、どう使えばいいんだ?」

 

「主殿は使ったことがないのか?」

 

「最初から挽いてあるインスタントしか使ったことがない」

 

「ふむ…。では、使い方は別の機会にでも教えよう。では、豆は私が挽いておくから、主殿は他の材料を用意してくれ」

 

「…あいよ」

 

 レティシアがコーヒー豆を挽いている間、八幡はMAXコーヒーを作る上で必要な材料を並べる…っといっても大した量ではないため、すぐに終わってしまう。

 

「用意し終わったぞー」

 

「あぁ、わかっ…ちょっと、待ってくれ主殿。それは何だ?」

 

 八幡はレティシアが指さした材料を見る。

 

「何って…砂糖と練乳だけど」

 

「いや、あるのはいいんだ。それがどうして淹れる予定のコーヒーより多いんだ!?」

 

 八幡は「はぁ…」と軽くため息を吐く。

 

「いいか、MAXコーヒーの成分で最も多いのは練乳だ。あれは分類上は生豆換算で2.5g以上5g未満のコーヒー豆から抽出した コーヒー分を含むからコーヒー飲料になるが、飲料内の炭水化物…ぶっちゃけ糖分だが、100mlで10.2gというまさかの10%越えだ。MAXコーヒーはコーヒーと銘打ってるが俺にとってはコンデンスミルクだ」

 

「それはコーヒーとしてどうなんだ…。まぁ、主殿がそれでいいなら、別にかまわないが」

 

 八幡はレティシアが挽いたコーヒー豆を湯に溶かし、そこに練乳と砂糖を入れる。これで簡易的な疑似MAXコーヒーができる。

 八幡はそれをコップに移し、飲もうとしたところで、

 

「いい匂い…何か作ってるの?」

 

「ちょっと、春日部さん!?」

 

「ヤハハ! 春日部の鼻は本当にすげえな」

 

 鼻をひくつかせる耀とそれを追ってきたらしい飛鳥と十六夜が厨房に入ってきた。

 

「おまえら、どうしたんだよ?」

 

「厨房から甘い匂いがしたから」

 

「春日部さんと散歩してたら、いきなり春日部さんが厨房からいい匂いがするって言って、ふらふらと歩いていくのについてきたの」

 

「途中で二人を見つけて面白そうだったから」

 

 三者三様の答えに八幡は「はぁ…」と、ため息を吐く。

 

「…とりあえず、飲んでくか?」

 

「飲む!」

 

「見たことないわね…。ど、どんな味かしら?」

 

「まぁ、別に毒ってわけじゃねえし、飲んでみろよ」

 

 時代的に飲んだことのない飛鳥以外は普通に飲んだことがあるらしく、耀は目を輝かせて、十六夜は八幡自作のMAXコーヒーを興味深そうに飲む。

 

「…おいしい」

 

「甘すぎる気もするけど、おいしいわね」

 

「へぇ…ちゃんと、それっぽい味になってるんだな」

 

「当然だ。これは俺が実家で試行錯誤しつつ、作り続けた千葉ッシュコーヒー~マッカン風味~だからな」

 

「そういえば、前から気になってたんだけど、八幡の家って千葉にあるの?」

 

「そうだけど。それがどうかしたか」

 

 耀の質問に八幡が答えると、耀と飛鳥が微妙そうな顔をする。

 

「どうしたっていうか、八幡君のシャツが、その…」

 

「そうか? 俺は面白くっていいと思うぜ」

 

 言いよどむ飛鳥に、十六夜は楽しそうに笑う。

 どういうことかというと、箱庭世界に来た八幡と小町は別に制服でいる必要もないことに気づき、カッターシャツの下に来ているTシャツだったり、“ノーネーム”内にある男物の服を適当に小町に見繕ってもらい着ていたが、この日着ていたのは彼が“ノーネーム”の本拠内で見つけた、どうしてあったのかが謎な

『I♡千葉』とプリントされたTシャツだった。

 

「いえ、郷土愛を否定するつもりはないけど…ちょっと、独創的すぎるのではないかしら」

 

「ばっか、おまえ。郷土愛にあふれてるとか超人間出来てるじゃねえか」

 

「…さすがに、その理論はおかしいと思う」

 

「いや、考えてみろ。俺ほど千葉愛の深い人間もいないぞ」

 

「だからって…その服はどうなの?」

 

「それに、八幡ってこのシャツ以外にも服あったよね? 小町が選んでたの…なんでかパーカーばっかりだったけど」

 

 耀のさりげない疑問に八幡は「あー」という顔をする。

 

「それな、小町が言うには『お兄ちゃん、ただでさえ目が腐ってるんだから隠さないとモテないよ!』って…」

 

 八幡の説明に飛鳥の顔が若干引きつる。

 

「小町さん…意外に容赦ないわね。それにしても、今の口真似うまかったわね。意外な特技ね」

 

「他にも得意なやつがいるんだけどな。まぁ、知らんやつのをやっても意味ないからやらんけど」

 

 そこで、八幡はふと、雪ノ下雪乃のことを思い出す。

 

(そういや、アイツぐらいの天才やそれ以上の天才の雪ノ下さんとか、葉山とかがなんで呼ばれなかったんだ? 俺よりもアイツらの方がよっぽどすごいギフトがあったはずだ…)

 

「あぁ…それはですね」

 

「……ッ! …ってエリアかよ」

 

「マスター、そんな声も出ないほど驚かさないでください」

 

「いや、いきなり声かけられたら驚くだろ。…っていうか、人の思考をナチュラルに読むなよ」

 

「すみません、わかりやすかったものですから。恐らく、『自分より優れた人間は元の世界には他にいたのに…』といったところだと思いますがいかがでしょうか?」

 

「お前、エスパーか何かなの?」

 

「いえ、精霊です。それで、マスターの疑問に関してですが、マスターのギフトはマスターが思っている以上に強大です。マスターが思い浮かべた方たちは、それは素晴らしいギフトをお持ちなのでしょう。しかし…」

 

 そこで、エリアは言葉を切り、真っ直ぐに八幡を見据える。

 

「『私たちの』マスターには及びませんよ。それでは、私はまだ仕事がありますので」

 

 言うだけ言うと、エリアは足早に厨房から出ていく。残された八幡はどう反応すればいいか困っていた。

(落ち着け。これはアレだ、上司と部下的な顔を立てようとお世辞を言ってるだけだ。何も変な勘違いをするようなことじゃない)

 

「へぇ…よかったじゃねえか。すごく慕われてるみたいで」

 

「ええ、そうね。すごくいい雰囲気だったわよ」

 

「…おめでとう?」

 

 にやにやした顔で言う問題児三人に八幡は嫌そうな顔をする。

 

「いや、別に…あれはそういうんじゃないだろ…」

 

「ふむ…。別に他意はないにしても、あそこまで慕われているのは八幡自身の人徳なのだから、もっと誇っていいんじゃないのか?」

 

 レティシアの素直な賛辞に、しかし八幡は複雑そうな顔をする。

 

「………ホント…別に…そういうんじゃないんだけどな」

 

 ぽつりとつぶやくと、コップを机に置き、厨房から出ていく。

 

「あー、これはやっちまったか?」

 

「え…い、十六夜君。私たち、何か変なこといっちゃたかしら」

 

「からかいすぎたかな…」

 

「私も何か変なことを言っただろうか?」

 

 「しまった」という顔をする十六夜に、困惑する三人が訊いた。

 

「いや、おまえらがってわけじゃねえよ。こればっかはしょうがねえよ」

 

「……? どういうこと?」

 

「あいつ個人の問題ってことだ」

 

「十六夜君、それはどういう意味なの?」

 

 十六夜の要領を得ない説明に飛鳥と耀が頭に疑問符を浮かべる中、レティシアはわかったようで、難しそうな顔をする。

 

「なるほど。それなら、私たちには難しい問題だな…」

 

「それでも…どうにかできないのかな?」

 

 恐る恐る言う耀に、レティシアは微笑する。

 

「耀、八幡のことは私たちが力になれるかもしれない。しかし、それは『今』じゃない。これから、必要になった時に私たちが力を貸せばいい。私たちは同じコミュニティの同士なんだからな」

 

「そっか…そうだね」

 

 納得したように耀は頷く。そこで、飛鳥が何かを思い出したような顔をする。

 

「そういえば、昨日八幡君が白夜叉からもらったっていうギフトはどうなったの?」

 

「それなら、まだ見終わってないって言ってたな。そもそも、前知識がないから、暇なときにウィンに見てもらうってよ」

 

「そういえば、八幡君のギフト限定で簡易的な鑑定ができるんだったかしら?」

 

「ああ。そういや、昨日も今日もまだやってんの見てねえな。もしかすると、めんどくさくてさぼってるかもな」

 

 十六夜が冗談交じりに笑うと、女性陣は「あぁ、たしかに、それはありえる」と思い苦笑する。

 しかし、彼らの和やかな雰囲気は突如壊されることとなった。

 

「きゃああああああああああああああああああああ!!!」

 

 少女の悲鳴が、“ノーネーム”の本拠に響き渡った。

 

「…なっ!?」

 

「この声って!?」

 

「比企谷妹だ!」

 

「八幡の部屋の方からだったぞ!」

 

 十六夜たちが急いで八幡の部屋に向かうと、八幡の部屋の前で小町が腰が抜けたかのように呆然と座り込んでいた。

 そんな彼女に耀と飛鳥が駆け寄った。

 

「小町、いったい何があったの?」

 

「すごい悲鳴だったわよ、大丈夫!?」

 

「あ……あれ…」

 

 二人は、呆然とした様子の小町が指さした方を見る。

 そこには、ただ八幡が窓際に外を向いて立っているだけだった。

 

「えっと…八幡。何かあった?」

 

「いや、俺にもよくわからないんだが…」

 

「「「「……………!?」」」」

 

 振り向いた八幡に全員が驚きで言葉を失う。

 

「は、八幡君…どうしたの?」

 

「いや、どうしたって…何がだよ」

 

「おまえ…気づいてないのか?」

 

「…………?」

 

 呆然とする彼らに「意味が分からない」という表情をする八幡。

 その彼の眼は…………全く腐っていなかったのだ。




初めてのオリジナルストーリー。しかも、まだ前編…自分でも何やってんだと思いました…。次が後編になるといいんですが…。できるだけ、はやく書けるように頑張ります。


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それでも、比企谷八幡は求めている 中編

長くなってすみません。はい、見ての通り中編です。後編ではありません。
まだまだ続きます。自分でやってなんですが、2巻が遠い。



 小町が八幡の部屋を訪れる少し前、八幡は足早に廊下を歩いていた。

 この箱庭世界に来てから、エリアを始めとする彼女たち姉妹との関係…『主従』という今までにない関係が八幡に戸惑いを与えていた。そもそも、八幡は人の思考を読むことに関してはギフトも相まって“ノーネーム”内においてはずば抜けた能力を持っていたが、人を疑うがために、感情を理解し、読むことは苦手だった。だから、彼女たちが自分に対して好意的な理由がわからなかった。素質にしても、葉山隼人や雪ノ下陽乃と違い、自分にはリーダーシップなどがないと自覚しているが故に、彼女たちから慕われていることがなおさら理解できなかった。

 

「くっ…!?」

 

 部屋に入った途端、目に光が当たり、眩しさに思わず目を閉じる。少し顔をずらしてみると、昨日持ってきた箱に入っていた鏡がふとした拍子にずれでもしたのか、それが窓から差す日光を反射して、ちょうど扉から入ってきた人の顔に当たるようになっていた。

 

「はぁ…。一応、直しとくか」

 

 小町たち女性陣ならともかく、十六夜が勝手に入ってきたら、文句と一緒に一発ぐらいは飛んできそうなので、八幡は鏡を手に取り箱の奥に入れようとする。しかし、光が当たっていないはずなのに鏡が光を反射していることに気づく。同時に底知れない恐怖を覚え、反射的に鏡を部屋の隅に投げ出す。すると、鏡が反射していた光が集まり、人の形になっていく。そこにいたのは…

 

「よう、気分はどうだ?」

 

 不敵に笑う、目の腐っていない比企谷八幡自身だった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 再び現在

 

 

 

「つまり、俺の目が腐っていないから驚いたと…いや、ひどくね?」

 

「何言ってるのお兄ちゃん! 『目が腐ってる=お兄ちゃん』は常識でしょ!」

 

「いや、『何言ってんの』はおまえだよ。なんで『目が腐ってる』が俺の代名詞になってるんだよ」

 

「でも、一番わかりやすい特徴ではあったわよね」

 

「もう、アイデンティティとすら言えたな」

 

「……………これ、もう泣いていいだろ」

 

 小町たちのあんまりな言いように遠い目をする八幡。そこに、耀が近づく。

 

「…あなた、誰?」

 

 その言葉に、場の空気が凍る。

 

「おいおい、春日部。言うのが早いだろ。もうちょっと、イジりたかったのに」

 

 楽しそうに笑う十六夜に、耀がむっとした顔をする。

 

「でも、こういうのは早くはっきりさせないと」

 

「ちょ、ちょっと待って春日部さん!? 彼って、八幡君じゃないの!?」

 

「飛鳥、違う。たぶん、偽物だと思う。厨房にいた時に八幡から匂ってたコーヒーと砂糖の匂いが、この人からは全然しない」

 

 八幡(偽)は「へえ…」と、感心した様子で耀を見る。耀は八幡(偽)の声が変わったことに気が付く。

 

「なるほどぉ、匂いかぁ…。そういえば、君って五感が鋭いって設定だったけぇ。マズったなぁ…僕が真似できるのは見た目だけなんだもんなぁ」

 

「なんだ、思いのほかあっさり偽物って認めちまうんだな」

 

「まあね。無駄に悪あがきしたってしょうがないしねぇ」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 八幡(偽)が大声の方を向くと、小町が不安げな顔で八幡(偽)を見つめていた。

 

「あなたが偽物ってことは、お兄ちゃんはどこにいるんですか?」

 

「『彼がどこにいるのか?』かぁ…いい質問だねぇ。その答えは言ってしまえば『僕の世界』ってところかなぁ」

 

「お前の世界だと?」

 

 怪訝そうな顔をするレティシアに、八幡(偽)は嬉しそうに答える。

 

「そう、『僕の世界』さ。彼は今『僕の世界』で僕や僕の仲間の出した課題をこなしてるだろうねぇ」

 

 八幡(偽)は心底楽しそうに笑う。

 しかし、突如、部屋の中を突風が吹き、水流と火炎により八幡(偽)は部屋の壁に叩きつけられる。そして、彼の前にエリア、ウィン、ヒータの三人が現れる。

 

「貴様、私たちの主に何をした?」

 

「『何をしたか』かぁ。何もしてないよぉ…今はまだ。あぁ、それとだけど、僕に攻撃するのはやめておいたほうがいいよぉ。この子たちがいるからね」

 

 八幡(偽)が背中を見せると、そこには昨日エリアが見た人形たちがくっついていた。

 

「…人形? たしか、昨日マスターに付いていた…」

 

「そう、君たちのご主人様にくっついてたやつだねぇ。このギフトはその名も『ジャンク・スケアクロウ』といってねぇ。その能力は『この人形が付いてる人のダメージを人形の大きさに応じた割合だけ、人形の所有者が肩代わりすること』なんだよぉ」

 

「なっ……!?」

 

 八幡(偽)から明かされたギフトの能力にエリアたちは驚愕する。

 

「それじゃあ、今あなたに与えたダメージは…」

 

「そう、全部君たちのご主人様へのダメージになってたってわけぇ」

 

「くっ……!? き、貴様ぁ!」

 

 エリアたちは怒りに八幡(偽)を睨みつけるも、彼は嘲笑うようにエリアたちを指さす。

 

「あははははははははは! ざまあないねぇ! どうだい、今の気分は? 僕を攻撃した気になって、その実は大切なご主人様を攻撃してた感想はさぁ!!」

 

「『黙りなさい!』あなたの言葉は下品で聞くに堪えないわ。しばらく、余計なことは言わないでもらえるかしら? そして、『どうすれば比企谷君が戻ってくるのか、教えなさい』」

 

 飛鳥が“威光”によって、八幡(偽)を黙らせ、情報を引き出そうとする。

 しかし、八幡(偽)は不敵に笑う。

 

「なるほどぉ…いい選択じゃあないですかぁ。だけど、残念ながら僕にそのギフトは効かないよぉ。なぜなら、ここにいる僕は本体じゃない。本物の僕は『僕の世界』で彼が課題をこなすのを見ているからねぇ。あはははは! 残念でしたぁ! だけど、仲間想いの君たちに敬意を表して、彼が戻ってくる条件だけは教えてあげようかなぁ。条件はいたって単純、僕たちが出すギフトゲームのすべてを彼、『比企谷八幡』がクリアすることだよぉ」

 

「ってことは、俺らは八幡がギフトゲームをクリアするまで待ってなきゃいけないってわけか?」

 

 退屈そうに部屋の椅子に腰を下ろした十六夜の質問に八幡(偽)はニコリと微笑む。

 

「話が早くて助かるよぉ。ああ、そうだ。そこの妹ちゃん、安心していいよぉ。『僕の世界』で死ぬようなことは今回は設定してないから安心していいよ」

 

 八幡(偽)を警戒しつつも、小町は安堵したような表情を浮かべる。

 しかし、十六夜とレティシアはその言葉の言外の意味に気づいていた。『死ぬことはない』…つまり、それは『死にたいと思うほどの苦しみからも恐怖からも逃れることができない』ということを。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 八幡が目を開けると、そこは“ノーネーム”本拠における自分の部屋だった。

 

「くっそ…なんだったんだよ」

 

 立ち上がり、ふと部屋の内装に違和感を覚える。

(なんだ…何か、何かがおかしい)

 

 部屋を見回すと、机の上に見覚えのある羊皮紙が置かれているのに気付く。

 

「……嘘だと言ってよ、バーニィ」

 

 今まで、ギフトゲームで碌な目にあっていないため、思考が一瞬考えることを放棄しそうになる。しかし、何とか持ちこたえ、八幡は…ベッドに直行した。

 

「…よし、寝るか」

 

「寝るなああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「ぐはぁ…!?」

 

 背中に跳び蹴りをされ、八幡はベッドから落ちる。

 

「…なにすんだよ」

 

 落ちた時に打った腰を擦りながら、八幡は八幡(偽)を睨む。

 

「いや、こっちのセリフだよぉ! なんで、ここまでお膳立てしたのに、眠られなくっちゃいけないのさぁ!」

 

「いや、だって、めんどくさいし…」

 

「それでも、僕たちを引き取ったんだからさぁ! 義務ぐらいは果たしてくれよ!」

 

「はぁ…。で、あれを取ればいいのか?」

 

 げんなりしたように訊く八幡に、八幡(偽)は疲れたように頷く。

 

「うん。こっちもなんか気疲れしてきたからさぁ、とっとと終わらせてくれると嬉しいかなぁ。それに、みんな待ってるよぉ」

 

 促されて、八幡は心底めんどくさそうに羊皮紙―――“契約書類”を手に取り、ギフトゲームを確認する。

 

『ギフトゲーム名“所有者の資格"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 5つのリトルゲームにクリアする。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 ※最初から身につけているギフト及びギフトゲーム中に手に入れたギフトはギフトゲーム中に使用していいものとする。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。                                      』

 

 “契約書類”に目を通し、ルールを頭の中で整理するする。

(また、リトルゲームが複数出るパターンかよ…。文面から見るに、ギフトが何に由来するものか当てればいいのか? それに最後のルール…これは第三者の介入を防ぐためのものだ。『身につけている』となっている以上はエリアたちは入ってこれないってことだろうな。使えるのはナイフとアミュレットだけ…)

 

 そう考えながらギフトカードを取り出す。

 

「…何だ、これ?」

 

 八幡のグレーのギフトカードに見覚えのないギフトがあった。

 

「『ジャンク・スケアクロウ』…どういうことだ?」

 

 とりあえず、ギフトカードから出してみることにする。

 

「これ…あの時の人形だよな?」

 

 出てきたのは、昨夜八幡の腕にくっついていた人形の一番大きいものだった。

 

「……? どういう――――ッ!?」

 

 疑問に感じていると、いきなり体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 

「…ぐぁ…が…くっ」

 

 痛みで声がうまく出せず、自分の体を見ると…

 

「…んだよ……これ」

 

 体中に酷い大火傷と無数の切り傷があった。しかし、それも首元の“エレメンタル・アミュレット”の“火”の能力が自動で傷を再生させていく。

 

「へぇ…単純に“火”を操るだけじゃなく、“火”から連想される象徴を能力として使えるのかぁ。便利だねぇ…」

 

 感心したように八幡(偽)が笑う。

 

「おい。今のはなんだ?」

 

「外にいる君の仲間が君を助けるために僕を攻撃したんだよ。ま、それで君が怪我してりゃあ、世話ないけどね」

 

 心底楽しそうに言う八幡(偽)を八幡は無言で睨む。

 

「おお、怖い怖い。さて、それじゃあ、ゲームを始めよう」

 

 そう言って、八幡(偽)はパチンと指を鳴らす。

 

「うおっ!?」

 

 一瞬の浮遊感の後、開けた場所に出る。

 そこは、ヨーロッパの町中のようで、子供たちが遊んでいたり、本を読んでいる男がいたり、花屋のカートがあったり、野菜や魚や卵を売る市場と、のどかな風景が広がっていた。

 

「ここで何すれば…」

 

 言いかけたところで、空から“契約書類”が降ってくる。

 八幡はそれを手に取って確認する。

 

『ギフトゲーム名"Who is I?"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 『私』の正体を暴き、『私』を見つけること。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 バラの花輪だ 手をつなごうよ,

 ポケットに 花束さして,

 ハックション! ハックション!

 みいんな ころぼ。

 

 ○○○○・○○○○が塀に座った

 ○○○○・○○○○が落っこちた

 王様の馬と家来の全部がかかっても

 ハンプティを元に戻せなかった 

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

            』

 

 八幡は、安心したかのように頷く。

 

「なるほど、これなら簡単だな」

 

「おや、意外。だったら、さっさと見つけた方がいいんじゃないかなぁ。じゃないと………手遅れになっちゃうよぉ」

 

 にやりと笑った瞬間、八幡はいきなり眩暈と息苦しさを覚える。

 

「…ぐっ、がぁあ…ゴホッ!?」

 

 苦しさに咳をすると、手には大量の血が付く。苦しさに倒れるも、町の人間は誰も八幡を気に留めない。

 

「あぁ、そうだぁ。言い忘れてたけどさぁ、ここは現実を真似た空間だからぁ、僕がそういうふうに設定してないこの空間じゃ、誰も君を助けてなんてくれないよぉ」

 

 楽しそうに嘲笑う八幡(偽)の言葉はほとんど八幡には聞こえていなかった。八幡は這いずりながら、本を読んでいる男の方に向かい、彼から本を奪い取る。

 

「1つ目の…詩…は、『ペスト』の…症状…が出………て…から…死ぬま…での…一連…の歌だ……といわ………れ…ている…もの、だ。2つ目…は、卵を…意味…する……『ハンプティ・ダンプティ』の…詩…だ。そし…て、これ…が、載ってる…本は、この…『マザーグース』…だ」

 

『GAME CLEAR!

 以降、このギフトの所有権はプレイヤーにあるものします

 “マザーグース”                  』

 

 “契約書類”にギフトゲームをクリアしたことを知らせる文字が浮かび、本がギフト・カードに吸い寄せられるようにして、消える。

 

「いやぁ、お見事ぉ。ちなみにぃ、さっきあそこで本を取れてなかったらぁ、『ハンプティ・ダンプティ』の高所落下があったんだよねぇ」

 

 ふらつきながら、八幡は立ち上がる。

 

「その口ぶりとさっきの様子からして、このギフトの能力は『詩の解釈の再現』ってとこか?」

 

「そうだよぉ。さっきのはけっこうえぐい部類かなぁ。他にもぉ、バラバラにしたり、喰われたりするからねぇ」

 

 それにあたらなくてよかったと、内心で安堵していると、また、浮遊感がきて景色が変わった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 そこは殺風景な部屋で、机といすと机の上にトランプがワンセット置いてあるだけだった。

 

 八幡は先ほどの影響か、フラつきながらもトランプを手に取る。すると、また、“契約書類”が現れる。

 

『ギフトゲーム名"ナンバリング・カード"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 指定された5枚の札を当てること。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 最強の剣

 

 人の目には多すぎる最小の心

 

 最上の大富豪の持つ金

 

 王を崩せし、農民の革命

 

 4年に一度の道化

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

            』

 

「どうだい、わかったかい?」

 

 興味深そうに八幡(偽)が訊いてくる。

 

「……たぶんって程度には」

 

 そういって、八幡はスペードのエース、ハートの8、ダイヤの2、クラブの3とジョーカー2枚を選ぶ。

 

「おやぁ、わかってる割に6枚選ぶのかい?」

 

「『たぶん』って言ったろ。最後以外はわかってんだよ。トランプで最強って言ったら基本はエースだ。そして、『剣』、『武力』を表しているのが、『スペード』だったはずだ。で、『心』、『心臓』はハートが表すものの一つだ。それで、人間の脳が一目で捉えられる数量は『7』までだから、『7より大きい最小の値』の8。んで、次の二つは大富豪になぞらってるんだと思う。大富豪の最強は基本的に2で、トランプにおける『金』や『財力』はダイヤだ。で、さっきの理論でクラブが『農民』で最強の2に革命ができるのは3だから、まず、4枚は確定なんだよ。だけど、後の1枚は『道化』だからジョーカーなんだけど…2枚あるんだよなぁ」

 

「なるほどぉ、ジョーカーかエキストラジョーカーのどちらかまでは絞れたけどぉ、そこから先がわからないってわけかぁ。にしても、本当に意外だけどさぁ…よく知ってたよねぇ。人の話とか聞かなさそうで、実は聞いてたんだぁ」

 

「あぁ、昨日、白夜叉のところに行ったときに十六夜と黒ウサギが話してたんだよ。たしか…十六夜が『最初にやったトランプみたいなゲームはあるのか』的な話だったはずだ」

 

「まぁ…トランプはかなりメジャーだしぃ、簡易的なギフトゲームじゃ、割と使われやすいしねぇ」

 

「その時に、なんか季節がどうとか…言ってたはずなんだが…。くそっ、こんなことなら話半分に聞かずにちゃんと聞いとけばよかったな」

 

「残念だったねぇ。どうだい、今どんな気分だい? 自分の行動が仇になって苦戦するのはぁ」

 

「別に、どうとも思わねえよ。行動が裏目に出るなんていつも通りだよ」

 

「なるほどぉ…つまり、学習してないってわけだぁ!」

 

 八幡(偽)の言い方に少しイラッとするも、ゲームに集中するために無視する。

 そこで、ふと、八幡は一つ案を思いつく。

(いけるか? いや、賭けるしかない…)

 

「なあ、この2枚のジョーカーってどっちが強いんだ?」

 

「ん? そりゃあ、普通のジョーカーだよぉ。だから、ポーカーなんかじゃ同じ役でぇ、数字も一緒でぇ、ジョーカーを互いに使ってたら基本エキストラジョーカーの負けになるんだよぉ」

 

 八幡(偽)の説明に八幡は勝利を確信し、にやりと笑う。

 

「だったら、最後の一枚はこいつだ」

 

 八幡が選んだのは、白黒のジョーカー――エキストラジョーカーだった。

 

「ふぅん…。なんでそっちにしたのぉ?」

 

「4年に一度あるもので『この箱庭』でも存在しそうなものは『閏年』だろ。で、閏年は366日でトランプはジョーカーを含めて54枚。まず、トランプからジョーカーを除外して一枚を一周として換算すると、52×7で364日になる。で、ここにジョーカーを加えれば366日になる」

 

「だけどぉ、それじゃあ、どうしてエキストラジョーカーを選んだかわからないよぉ」

 

「さっき、お前自身が言っただろ?」

 

「言ったぁ? 僕が何を言ったっていうのさぁ…?」

 

 不快そうに言う八幡(偽)に八幡は答える。

 

「言ってただろ。『ジョーカーとエキストラジョーカーはジョーカーの方が強い』って…つまり、365日の最後はジョーカーが来るはずだから、366日目はエキストラジョーカーになる…だろ?」

 

 一拍遅れて、“契約書類”の文面が変わる。

 

『GAME CLEAR!

 以降、このギフトの所有権はプレイヤーにあるものします

 “リドル・ナンバーズカード”                  』

 

「…謎の数札っていえばいいのか?」

 

 八幡はギフト名に首を傾げる。

 

「たしかに『リドル』は『謎』とか『なぞなぞ』とかの側面が強いけどさぁ…こういう意味もあるんだよぉ、『不可解な』、『理解不能な』って意味がねぇ。まぁ、だからどうだってこともないけどさぁ」

 

 八幡(偽)の言葉の意図がわからず訝しんでいると、浮遊感がきて、また景色が変わる。

 そこは、深い森の中だった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「今度は森か…。で、次はいったい何をやらせる気だ?」

 

「大丈夫ぅ。すぐに来るさぁ、ほらぁ」

 

 八幡(偽)が指さすと、虚空に“契約書類”が出現する。

 

『ギフトゲーム名"Escape from hunter"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 30分間逃げ切る。または、ハンターの打倒。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

            』

 

 “契約書類”を読み終えた八幡は軽く頷くと、八幡(偽)の方を向く。

 

「………帰っていいか?」

 

「ダメェ」

 

「ですよねー」

 

「それじゃあ、スタートォ」

 

 八幡(偽)がゲーム開始を宣言した瞬間、八幡(偽)の姿が消え、八幡の右手の甲に『30:00』という数字が浮かび上がる。

 

(数字は制限時間か…。さて、どうやって逃げ切るか。俺の“ステルスヒッキーなら、見つかることはないと思だろうが…)

 

 瞬間、八幡の顔を音もなく何かが掠める。

 

「は…?」

 

 頬を触ってみると、手にに血が付いていた。

 

「……ッ!? やばっ」

 

 急いで、森の中を走る。

(くそっ…! もう見つかってたのかよ!?)

 

 八幡は焦っていた。しかし、それは見つかったことに対する焦りではない。

 

(“ステルスヒッキー”はそもそも相手が俺に意識を向けていたら意味がない。だから、見つかったのはいい。だけど、なんで俺は気づかなかった?)

 

 そう、敵が攻撃してくるのなら、八幡はその『敵意』を“ディテクティブヒッキー”が察知しているはずなのだ。

 そこで、八幡は思い出す。

 

(ここはあの俺の偽物の作った空間。つまり、『攻撃に自分の意思のない敵』を作り出だすこともできるか…)

 

 この仮定が正しければ、八幡には敵がどこにいるのかはわからないことになる。

 

「イタッ!?」

 

 打開策を考えていると、肩に鋭い痛みを感じる。

 

「くっ…!? またかよ。…あ」

 

 八幡は“エレメンタル・アミュレット”の“火”の能力で傷を治す。そして、水のドームを作る。彼は気づいたのだ。『逃げられないなら、無理に逃げなくてもいいじゃん』と。しかし、このドームはあくまで水で囲っているだけのドームなので、実際的には目くらましと飛んでくる攻撃の減速によるダメージの軽減程度のことしかできない。というのも、八幡は“ペルセウス”と戦った時のような複雑なものは作れないからだ。それは、彼が箱庭に来てすぐ気付いた致命的な弱点によるものだった。

 

「まぁ…これでまず大丈夫だろうし、適当に時間つぶすか」

 

 八幡はギフトカードから“マザーグース”を取り出し、その内容を読んでみる。

 

「……イタッ………イタッ…………イタッ…イタッ…イタタタタタタッ…イタッ…って遊んでるだろ、絶対」

 

 こうして、地味に嫌がらせのように攻撃が来るも、ドームで威力が弱まっているため、大した威力にもならず、できた傷も再生するため、八幡は最後まで敵の攻撃に対して無視を貫いた。

 右手の甲のカウントダウンが『00:00』と同時に、目の前に“契約書類”が現れる。

 

『GAME CLEAR!

 以降、このギフトの所有権はプレイヤーにあるものします

 “プリック・ヘッドホン”

 “ディスタント・ゴーグル”                  』

 

 ギフトカードから取り出してみると、それは古ぼけたゴーグルと耳当てだった。一応、つけてみようかと思い、耳当てを使おうとした瞬間、

 

「おい、次いくよぉ」

 

「なっ…!? くっ!?」

 

 いきなり八幡(偽)が現れ、突然の強烈な浮遊感に襲われた。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「…どういうつもりだよ」

 

「いやぁ、べっつにぃ。…ただぁ、なんとなくやっただけだよぉ」

 

 これまでと違う強烈な浮遊感にいきなり襲われた八幡はフラつきながらも八幡(偽)を睨む。それを八幡(偽)は、へらへらとした顔で受け流す。

 

「それよりぃ、これが4番目のゲームだよぉ」

 

 言われて、あたりを見ると、そこは白と黒のマスが交互に並んだ場所―――巨大なチェス盤の上だった。

 

「まさか、ここでチェスでもしろってのか?」

 

 八幡(偽)はにこっと笑い、上を見上げる。八幡(偽)につられて上を見ると、“契約書類”が現れ、手元に落ちてきた。

 

『ギフトゲーム名"The piece of battlefield"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 クリア条件 敵のキングの打倒。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

            』

 

「…つまり、チェスで勝てってことか」

 

「おやぁ、君はチェスをやったことがあるのかい? っと、これは愚問だったねぇ。せいぜい、がんばりなよぉ」

 

 八幡(偽)が虚空に消えると同時に、八幡の周りとそれに対するようにチェスの駒を模した兵士たちが配置される。

 

「駒の色は俺が白…ってことはこっちが先手か」

 

 一応、ルールは知っているものの、コンピュータ相手にしかやったことがないので、敵がどれくらいの手合いかもわからない。

 

「…ポーン、d2からd4へ」

 

 駒は八幡が命令した通りに動く。すると、敵のポーンがg7から2マス前へ移動する。

 

「ナイト、b1からc3へ」

 

 次に敵のポーンがf7から2マス前へ進む。

 八幡は頭にチェス盤を思い浮かべ、駒を進める。

 そして、中盤に差し掛かったところで、唐突に変化が起きた。

 それは、まさしく偶然だった。

 たまたま、八幡は自分自身――つまり、キングを進めた。ほんの1マス。歩いた時、解けていた靴紐を踏んでしまい、足がもつれて転んでしまう。

 

「あっぶねー…え?」

 

 八幡はそこで気づく。

 自分が元いたマスから『2マス』進んでいることに。

 呆然としていると、唐突に寒気を感じてその場から跳び、近くの駒の陰に隠れる。

 そこには、敵のナイトが剣を振り下ろしていた。

 見ると、後ろの敵も一斉に動き始めていた。

 そこで、ようやく気付く。

 

(まさか、これはチェスじゃねえのか!?)

 

 思い返せば、八幡(偽)も“契約書類”もこれがチェスであるとは一言もいっていなかった。

 

(くそっ! 勝手に勘違いしてたっ! こんな狭い戦場じゃ“ステルスヒッキー”も使えねえ。…こうなったら)

 

 八幡は隠れるのを諦め、敵のキングに向かって走る。

 当然、八幡を討ち取ろうと、槍や剣を構えてポーンやナイト、ビショップ、ルークが殺到する。しかし、その駒の動きを“ディテクティブヒッキー”で予測し、何とか避けていく。

 だが、八幡は忘れていた。そもそもこの局面の原因は何か。

 

「しまっ――!?」

 

 またも、足を靴紐に取られ、つんのめる。それを見逃すはずもなく、敵が一斉に押し寄せ、剣を振り上げる。

 敵の攻撃がやけに遅く感じるも、体勢を崩した彼には避けることはできない。

 

「なっ…!?」

 

 敵に斬られるかと思われた刹那、敵の攻撃を味方のポーンとナイトが防いでいた。

 彼らは八幡を一瞥すると。「早くいけ」とでも言うように敵のキングの方を示す。

 

「ありがとよ」

 

 ぼそっと、聞こえるかどうかの声で呟き、敵のキングに向かっていく。

 キングに向かっていく八幡に、敵の駒は群がってくるも、八幡の駒たちがそれを妨害し、敵キングへの道を作る。

 八幡は敵キングへと真っ直ぐ走る。

 敵キングは焦ったのか、慌てたように剣を振り下ろす。しかし、八幡は“ディテクティブヒッキー”によりなんなくそれをかわし、敵キングの胸にギフトカードから取り出していた“エレメンタル・ダガー”を突き立てる。

 刺された敵キングは崩れ落ちると同時にチリとなって消える。そして、それに伴い他の駒も次々と消えていく。

 八幡が振り返ると、自軍の駒たちが恭しくお辞儀をし、消えていった。

 

『GAME CLEAR!

 以降、このギフトの所有権はプレイヤーにあるものします

 “A war on the board”                 』

 

「ふぅ…疲れた。帰って寝たい」

 

 八幡はその場に座り込む。

 

「おやおやぁ。情けないことを言うじゃあないかぁ」

 

 虚空から八幡(偽)が現れる。

 

「次で最後なんだからさぁ、もうちょっとちゃんとしてくれるかなぁ」

 

 ため息交じりに八幡(偽)が言うと同時に、また強烈な浮遊感が八幡を襲った。

 次に移動したのは、一番最初の八幡の部屋だった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 最初の部屋に戻ってきた八幡はあることに気が付く。

 

「何かおかしいと思ったら、この部屋左右が反転してるな」

 

「うわっ、今更かよぉ…ないわぁ」

 

「その通りかもしんないけど、ひどくない?」

 

「いや、できたらぁ最初の時点で気づいて欲しかったかなぁ。まぁ、いいやぁ。それじゃあ、最後のゲームを始めようかぁ」

 

 手元に“契約書類”が現れる。

 

『ギフトゲーム名 "自分"

 

 プレイヤー一覧 比企谷八幡

 

 『自分』について正しく述べよ。

 

 クリア条件 ゲームマスターを納得させること。

 

 敗北条件 ホストマスターがプレイヤーが続行不可能と判断した場合。

 

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。 

            』

 

「はぁ…」

 

 八幡のため息に八幡(偽)は訝しむような顔をする。

 

「おやぁ、どうしたのかなぁ。もしかして、お手上げかい?」

 

「いや、別に。ところで、これって口頭で答えればいいのか?」

 

「そうだよぉ。僕に答えて、僕が納得すれば、君は晴れてゲームクリアだ」

 

「じゃあ、答えていいか?」

 

 八幡が訊くと、八幡(偽)はこれまでの飄々とした態度が一変する。

 

「へえ…もうわかったっていうのかい? じゃあ、答えてもらおうか。言っておくけど、僕が納得できなければ君の負けだ。地獄の苦しみを味あわせた後に、ここから追い出してやるよ」

 

「じゃあ、いいや」

 

「…おい」

 

 八幡(偽)から殺気が八幡に向けられる。

 

「いや、だって、おかしいだろ。無理やり連れてき解いて答えられなきゃ地獄の苦しみって、どんなヤクザだよ」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。記憶はちゃんと消すから。ちょっと、トラウマが残るだけだから」

 

「トラウマ残ってる時点で最悪じゃねえか」

 

「でも、答えなきゃ結局出れないよ」

 

「トラウマ植えつけられるよりマシだ」

 

「君の意志が尊重されるとでも?」

 

「ですよねー。だが、断る。絶対に答えない」

 

 意地でも答えようとしない八幡に対し、八幡(偽)は少し考えるそぶりをする。

 

「それじゃあ、交換条件を提示しようか」

 

「交換条件?」

 

「そ、君が勝ったら、ちょっとした話をしてあげよう」

 

「ちょっとした話? なに、戸塚が実は女だったとかって話か?」

 

「違うよ。『本物』についての話さ」

 

 八幡(偽)の言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ八幡の動きがピタリと止まる。

 

「…それは、本当か?」

 

「ああ、絶対だと約束しよう」

 

「…さっきの答えの続き、いいか?」

 

「いつでも」

 

 八幡はゆっくり口を開いた。

 

「『わからない』」




八幡だと思った? 残念、偽物でした!
さて、後編を期待していた方、すみません。今回は中編でした。
後編もできるだけ早く投稿できるようにがんばります。


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それでも、比企谷八幡は求めている 後編

みなさん、お待たせしました。やっと後篇です。
今回、八幡(偽)の名前がわかります。
そして、今回は皆さまにとって、あまり気分のいい話とはいえないかもれません。
要は、胸糞注意。


「『わからない』」

 

 八幡の答えに八幡(偽)はニヤリと笑う。

 

「へえ…そう答えるんだ。一応、理由を訊いてもいいかい? 適当に答えるのと理由があるのとじゃあ、わけが違うからさ」

 

 言われて、八幡は「ハッ!」と、馬鹿にするように言う。

 

「人間、「自分はこうだ」ってどれだけ言ったところで、その行動と言葉なんて簡単にすれ違う。言動が完全に一致する奴なんているわけないだろ。ライトノベルじゃねえんだから。だから、自分のことすらわかってないのに、そんな奴が他人に言う『自分』が『自分』なわけがない。よって、『自分』が存在したとしても、『自分』を理解することは誰にもできない……ってとこか?」

 

「いいねえ…その考え方は実に僕好みだ。まぁ、もっと言っちゃうとね、どれだけ『客観』だといったところで、その『客観』を作っているのは誰かの『主観』だ。『客観』とは別の視点の『主観』でしかない。故に、『正しく理解』なんてされるはずもない。常識だってそうだ。たとえば、『人間は飛べない』といくら言ったところで、それは『今』がそうだというわけで、永遠にというわけじゃない。生物の進化に『絶対』はない。今の『常識』が明日の『常識』であるなんてありえない。と、そんなところかな」

 

「で、ゲームクリアってことでいいのか?」

 

「うん。いい答えを出してもらえたからね」

 

 八幡(偽)はにっこり笑い。パチンと指を鳴らす。すると、“契約書類”の文面が変わる。

 

『GAME CLEAR!

 以降、このギフトの所有権はプレイヤーにあるものします

 “ミラー・アリス”                  』

 

『GAME ALL CLEAR!

 全リトルゲームがクリアされました。以降、箱の中のすべてのギフトの所有権はプレイヤーにあるものします

                                        』

 

「…やっと、終わったか」

 

「さて、それじゃあ、君にとっての本題に移ろうか」

 

 八幡(偽)は八幡を見据える。

 

「君…この世界に来てから、思いのほか『積極的』だよね。がルドの時といい、ペルセウスの時といい、元の世界の君の知り合いが見たら、『らしくない』って言われるんじゃない?」

 

 八幡はそっと、八幡(偽)から目をそらす。

 

「別に…そうなったつもりはねえよ」

 

「本当にそうかな」

 

 にこっと笑いかけてくる八幡(偽)に八幡は不快そうな顔をする。

 

「……何が言いたい」

 

「君は期待してるんじゃないかな? もしかしたら、ここにならあるかもしれないって。彼らならそうかもしれないって」

 

「…………」

 

「ま、この箱庭って世界のシステムとこのコミュニティの現状じゃ、そうなるのは一種の必然だろうけどね。今集まってるメンバーも人間関係においては色々ある奴も多いみたいだしね」

 

「…本当に何が言いたいんだよ」

 

 イラついたように言う八幡に八幡(偽)はニコニコした顔のまま答える。

 

「いやー、素晴らしいなと思ってさ。何も言わなくったって通じちゃって、何もしなくたって理解できて、何があっても壊れない『本物』。いや、本当に最高に至高に究極に極限に素晴らしいじゃないか」

 

 楽しそうに笑う八幡(偽)とは対照的に、八幡は八幡(偽)が言葉を紡ぐたびに心が冷えていくのを感じる。

 

「いやー、本当にいいね。最高だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなのあるか馬鹿野郎。夢見てんじゃねえよ。わかり合う? アホか、できるわけねえだろ、そんなもん。単にできてると思い込んで妥協してるだけだっつの。はっきり言ってやる。おまえの欲しいものも、目指すものも存在しない。そんなの、ただの幻想だ。あるように見えても、そんなのおまえがそうだと決めつけてるだけの偽物なんだよ。わかってんだろ? おまえだって。いつだって、期待して、裏切られて、失望して、自己嫌悪して、騙されて、戒めて、それでも治せなくてまた自己嫌悪してきたんだ。おまえが憧れた雪ノ下雪乃だって、やさしいと思ってる由比ヶ浜結衣だって、いいやつだと思い込んでる葉山隼人だって、かっこいいと思ってる平塚静だって、他の奴らもみんなみんな、それだけじゃないことくらい気づいてんだろ?」

 

 あざ笑うように言う八幡(偽)に八幡は体が震えるのを感じる。

 

「なんで、雪ノ下たちのことを知ってる」

 

 八幡(偽)は馬鹿にするように笑う。

 

「おいおい、君は僕の世界に入る時、僕が憑いている鏡を見ているだろう。鏡っていうのは不思議なものでさ、『真実』を映すものであり、『嘘』を映すものでもあるんだ。だから、君を真似る時に君の『記憶』を全て見せてもらったよ。いや、最ッ高だね、君。実に僕好みのヒールっぷりだ。そして、なかなかにロマンチストだ。だけど、はっきり言おう。『本物』なんてこの世に存在しない。『自分』も『他人』も理解できてない人間に、『本物』になるなんてことは不可能だ」

 

 足元が崩れて、空が落ちてくるような感覚。

 もしかしたら、これが絶望なのかもしれない。

 八幡は震える体を抑えるようにして、八幡(偽)を真正面から見据える。

 

「…お前の言う通り、そんなものは存在しないのかもしれない。『本物』なんてなくて、あるのは嘘に満ちた甘い果実かもしれない」

 

 「でも、」と八幡は震える声で続ける。

 

「そんなのはいらない。俺は苦くても、酸っぱくても、不味くても、独でしかなくって、食べるのが苦痛であっても、それでも…それでも俺は、『本物』が欲しい」

 

 目に涙を溜めて、しかし、八幡(偽)を真っ直ぐ見つめて言う八幡に、八幡(偽)はため息を吐く。

 

「そうかい。だったら、君のしたいようにすればいい。君には力がある。ここには、環境がある。探したいなら、見つけたいなら、気の済むまでそうすればいい」

 

 聞き分けのない子供に言うような優しげな声音で言うと、八幡(偽)が光に包まれ、その姿形が変わっていく。

 八幡(偽)がいた場所には、亜麻色の少しウェーブのかかった長い髪の美少女がいた。

 

「改めまして、この度よりあなたにお仕えさせていただく、鏡の精霊のアリスと申します。以後お見知りおきを」

 

「お、おう…」

 

 突然、態度を急変し、深く頭を下げるアリスに、八幡は戸惑ってしまう。しかし、彼女は頭を下げるだけに留まらず、ついには跪く。

 

「今までの非礼の数々、深くお詫びいたします。これより、我らはあなた様の物。その御意志の礎としていただければ、それ以上の幸福はありません」

 

「ちょ、待て」

 

 跪き、恭しい態度をとるアリスを八幡が制すると、アリスは顔を上げる。

 

「何でしょうか?」

 

「頼むから、その態度はやめてくれ。ただでさえ、あいつらがあんな態度なせいで慣れなくて精神的にキツイってのに」

 

「そうかい? だったら、僕は普段通りにさせてもらうよ」

 

 そういって、アリスは立ち上がると八幡を真っ直ぐ見据える。

 

「だけど、さっき言った事に嘘はない。これから、僕らは君の物だ。だから、君の求めるものを手にする手助けくらいはさせてくれ」

 

 真っ直ぐ自分を見て言うアリスに、八幡は照れくさくなって顔を逸らす。代わりに、右手を差し出す。

 

「…まぁ、なんだ、よろしく」

 

 差し出された手を、アリスはそっと掴んで引き寄せ、八幡の手の甲と指先にそっと口づける。

 

「なっ…!?」

 

 頬を赤くし、目を白黒させる八幡に、アリスは微笑む。

 

「これから、よろしく頼むよわが主」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「というわけで、新しくこのコミュニティに加入させてもらうアリスだ。よろしく頼むよ」

 

 鏡の世界から出てきた八幡とアリスは、コミュニティメンバーにアリスを紹介することになった。しかし、そこには大きな問題があった。

 

「マスター、私は反対です。こいつは信用できません」

 

「そうですね。私も御姉様に賛成です。この女はどうにも怪しいです」

 

「私も、この人は、危ないと、思います」

 

 エリアたちがアリスを睨めつける。

 そんな彼女たちに、アリスは平然とした様子で答える。

 

「信用できないって…ひどいな。同じ精霊同士、主のためにも仲良くしようよ。いや、君的には見せかけの仲良しこよしなんて、ごめんこうむるかな?」

 

 アリスが八幡に笑いかけると、小町も彼女に食って掛かる。

 

「そもそも、お兄ちゃんをひどい目にあわせたのに、信用できるわけないじゃないですか!」

 

「おいおい、『ひどいこと』とは心外だな。あれは、僕らを所有するうえでは、正当な権利の上に成り立つ『試練』なんだよ。そうだろ、月の兎?」

 

 いきなり、話題を振られた黒ウサギは、しどろもどろになりながら答える。

 

「そ、そうですね。今回のゲームには、まったくの不正がございませんでしたし、白夜叉様の方でも、鑑定の際に『呪い』などの罠の類ではないと明言されてます。それに、黒ウサギの独断で箱庭の中枢に訊いたところ、正当な所有者に対する試練であると箱庭の中枢からも審判が下っています」

 

 「つまり、」と、十六夜がまとめるように言う。

 

「こいつは、なんの不正もなく、正当にギフトゲームを行った。だから、結果的に八幡がどんな目に合おうが、それは八幡自身の自己責任ってわけだ」

 

「さすが、十六夜君。頭の回転が速い。おかげで、話が早くて助かるよ」

 

「ですが…!」

 

 エリアがなおも食い下がろうとすると、アリスはエリアたちをため息交じりに見つめる。

 

「はぁ…まったく、随分と僕だけを目の敵にするじゃないか。自分たちのことは棚に上げてさぁ。君たちのギフトゲームは比企谷小町の身柄や比企谷八幡の命を賭け皿に乗せてたんだよ。しかも、半ば騙すような形でだ。僕のゲームは仮想空間だから、現実じゃ精々戦闘不能程度だったし、死の危険もない。君たちが彼らにやらせたギフトゲームの方がよっぽどじゃないのかい?」

 

「………ッ!?」

 

 エリアたちは全員、不安と恐怖の混じった複雑そうな顔で八幡と小町を見て、目を逸らす。

 そんな彼らを、アリスはどこか憐れむように見つめる。

 

「ま、そこらへんは君たちの問題だから、僕が何か言うってのもおかしな話なんだろうけどね。まぁ、これから少しずつ仲良くなっていこうよ。それじゃあ、僕は適当に本拠内を歩いて見て回るよ。」

 

 そう言って、アリスはそっと部屋から出ていく。

 

「ふむ…。これから“ノーネーム”に所属するということは、彼女もメイドということでいいのか、八幡?」

 

「どうだろうな。そこら辺は本人に確認してくれ」

 

「そうだな。まだ近くにいるだろうから、私は彼女のところにいってくる」

 

「あ、レティシア様、それなら黒ウサギも一緒にも行きます。坊ちゃんや子供たちにも紹介した方がいいでしょうから」

 

「それじゃあ、黒ウサギ、捜すのを手伝ってくれ」

 

「YES! 了解しました」

 

 足早に出ていく二人に、残された八幡と十六夜は二人の行動の意図を即座に気づいていた。

 

((あいつら、気まずくなって逃げやがった…))

 

 十六夜は、「はぁ…」とため息を吐き、アリスの方を向く。

 

「とりあえず、このままじゃ埒が明かねえし、ここは一旦解散しようぜ」

 

 十六夜の提案に、比企谷兄妹が戦慄する。

 

((こっちに丸投げする気だ!?))

 

「そ、そうだね、そうしよっか。お腹が空いてきたし」

 

「そ、そうね。それじゃあ、私たちは食堂の方に行きましょうか!」

 

 耀と飛鳥もそそくさと部屋から出ていき、十六夜もそれについていくように出ていく。

 

「「「「「……………………………」」」」」

 

 残された五人は気まずさに何も言えなくなってしまう。

 

(おい、小町! 何とかしろよ! こういうのはお前の領分だろ!)

 

(ちょ、小町に言わないでよ! 小町的にポイント低いよ!)

 

「少し、よろしいでしょうか?」

 

 こそこそと言い合いをする二人に、エリアが声をかける。

 

「あの、小町様は食堂でご夕食を食べてきたらいかがでしょうか。マスターはお疲れでしょうから、一度湯浴みをしてきてはいかがでしょう」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「ふぅ…疲れた」

 

 あの後、思いのほか鏡中にいた時間は長かったようで、もう夜になっていたので、空気が気まずかったこともあり、エリアの提案を受け、一旦疲れを取るために“ノーネーム”の大浴場に入っていた。

 

「まさか、ギフトゲームで一日使うことになるとは思わなかった」

 

「おや、そうなのかい? だったら、これから覚悟した方がいいよこのコミュニティは魔王に挑むんだろ。魔王のギフトゲームは1ヵ月続くなんてざらにあるよ」

 

「うわっ、やりたくねえ」

 

「そこらへんは、しょうがないって割り切るしかないね」

 

「どうにかなんねえかな………ナンデイルンデショウカ?」

 

 いつの間にか、隣で自分と同じように湯に浸かっているアリスの方を努めてみないようにしつつ訊く。

 

「いやー、ほら、君に仕えているエリア先輩たちがもうお通夜みたいな雰囲気でさ。嫌な汗かいちゃったから十六夜君にお風呂場訊いたらここだっていうからさ」

 

「なんで教えちゃうんだよアイツ。おまえも男がいるのに入るなよ」

 

「ん、忘れたのかい? 十六夜君とかレティシアさんとか子供達とかは普通に混浴してるよ。ああ、そっか、君はしてない組だったけ」

 

「そういや、そうだった…」

 

 このコミュニティは大浴場がある代わりに、風呂場が一つしかないので、基本的に女、混浴、男のような内訳になっており、八幡は鉢合わせすると恥ずかしいのと気まずいので、速攻で入って速攻で出ていた。しかし、今回はかなり疲れていたために油断していた。

 

「…もう出るわ」

 

 立ち上がろうとすると、アリスに腕を掴まれる。

 

「疲れはちゃんと取っていきなよ。じゃないと、明日に響くよ。それに、もう少し話したいことがあるしね」

 

 八幡はしぶしぶ座りなおす。

 

「で、なんだよ話って」

 

「いや、さっきも言ったけど、僕は君をコピーする時、一緒に君の記憶もすべて見させてもらった」

 

「…すべてって、すべてですか?」

 

 恐る恐る訊く八幡にアリスはにやっと笑う。

 

「それはもしかして、『友達じゃ、ダメかな?』とか、『むしろ、蒸し暑いよね』とか、『それって、俺のこと?』とかのことかい?」

 

「殺すならいっそ殺せ。いや、誰か殺してくれ!」

 

 思い出(トラウマ)を刺激された八幡はその場から走り去ろうとする。

 

「いや、まだ話は終わってないから」

 

 そんな彼を、またも捕まえ座らせる。

 

「だから、君の見てきたもの、経験してきたことは全部知ってるんだけど、君の…いや、君たちのことについていくつか物申したくなったってだけだよ。ま、当事者でもないやつが何言ってんだ程度でいいから、聞いてもらえないかな?」

 

 八幡は何も言わず、その場に座ったままでいる。

 それを了承と取ったのか、アリスは口を開く。

 

「君がこの箱庭に来る前にいた世界で君が憧れた雪ノ下雪乃。彼女は、君が思う人間じゃないよ」

 

「…そんなの…言われなくてもわかってる」

 

 それは、八幡自身がよく分かってることだった。勝手に期待して、勝手に失望して、そんな自分に自己嫌悪した、忘れようもない夏休みのこと。

 しかし、八幡の物言いに、アリスは一瞬怪訝そうな顔をし、すぐに得心言ったかのような顔をする。

 

「ああ、ごめんごめん。勘違いさせたようだね。僕が言いたいのはそういうことじゃない。正確には彼女は『雪ノ下雪乃すら含めた』君たちが思うような人間じゃないってことだよ」

 

「どういう意味だ?」

 

「いろんな人が彼女を評してきたよね?

ある人は『正直すぎる故に傷つけることを厭わない』と。

またある人は『真剣でまじめな人間だ』と。

またある人は『どこか寂しげだ』と。

ある人は『優しくて往々にして正しい』と。

ある人は『とるに足らぬ』と。

ある人は『共にいて好きだ』と。

そして、君は彼女に憧れた。

『常に美しく、誠実で、嘘を吐かず、ともすれば余計なことさえ歯切れよく言ってのける。寄る辺がなくともその足で立ち続ける』…か、かっこいいねぇ…まるで英雄譚にでも出てきそうじゃないか。まさに、平成のジャンヌ・ダルクとでも呼べばいいのかなぁ…なんて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけねえだろ、バアカ。彼女は取るに足らないほどくだらないよ。雪ノ下雪乃は正しくもなければ優しくもないし、正直でもないし、一人で立ててもいない。彼女は間違いだらけだし、自分に甘くて他人に厳しいし、彼女の周りは寄る辺ばっかりで、その足元は泥の土台だよ。何より性質が悪いのは、彼女がそれにひどく無自覚なことだよ」

 

 冷淡に、冷酷にあったこともない人間を蔑むように言い捨てる彼女に、八幡は鏡の世界で感じた以上に心が冷えていくのを感じる。

 

「それは、ある意味じゃ、由比ヶ浜結衣にも、平塚静にもあてはまることだけれど…。でも、よかったね」

 

 いきなり、「よかったね」と言われるとは思ってなかったのか、八幡はわずかに驚いた顔をする。

 

「どういう意味だ」

 

「君がこの箱庭に呼ばれずに、あのまま、あの世界で過ごしていたら、遠くないうちに君たちは『破綻』していたよ。分かり合った気になって、結局許容できなくてね。あのままいけばきっと、彼女たちは『君のやり方だけ』を否定する。その依頼が最初から不可能ゲーに近いもので、それを無責任に自分たちが引き受けたことも、自分たちに対処法が思いつかなくて、任せたことすら忘れてね。それに、君たちは大きな勘違いをしているよ」

 

「勘違い?」

 

 八幡が訊き返すと、アリスが「ふっ…」と優しく笑う。

 

「君たちが依頼された依頼は必ずしも成功しなくてもいいってことだよ。たしかに、引き受けた以上はある程度の責任が付きまとう。だけど、頼んでいるのは相手の方なんだ。君たちはできないと思ったらいつだって断る権利があるんだよ。なんだったら、顧問の平塚静にでも投げてしまえばいい。」

 

 『依頼を達成できない』

 

 それは、今までも危惧されてきたことだ。しかし、奉仕部では誰も、『依頼を達成しなくてもいい』とは言わなかった。

 これは一体、どうしてだろうか。

 八幡が思考の沼に嵌り始めた時、不意に背中に柔らかい感触が当たる。

 アリスが八幡の体に後ろから腕を回しているのだ。

 

「おいおい、考えすぎるのは君の悪い癖だよ。ま、それが君のいいところでもあるんだろうけどさ」

 

「そ、それよりも、は、早く離れてくだひゃい」

 

 緊張した様子で八幡が言うと、アリスはにやにやし始める。

 

「主が従者に敬語を使うものじゃないよ。するなら、ちゃんと命令しなよ」

 

 からかうように耳元で囁くアリスに内心でビクビクしながら、八幡はアリスに命令する。

 

「とっとと、離れろ」

 

 アリスは、「まぁ、及第点かな」と呟く。

 

「了解。もしもの時は、すぐに指示を出してもらわないと困るからね。いちいちもたつかれたら面倒で仕方がないよ」

 

「…それ関係ないだろ」

 

「さあ、どうだろうね。ああ、そうだ。それから、僕からもう一つ」

 

「…なんだよ」

 

 ぶっきらぼうに言う八幡に、アリスはまたも耳元に顔を近づける。

 

「大丈夫。君は、きっと間違ってない。自意識過剰だろうと、自意識異常だろうと。僕らは君の味方だ。もしも、誰かが君を否定するのなら、僕らが君が正しいと証明して見せよう。誰かが君を『哀れ』だと下に見るのなら、僕らが君の強さを証明してみせよう。だって、君にはそれだけの力があって、それだけの力を僕らに見せてくれたんだから」

 

 まさか、アリスが自分をそこまで高く評価してくれているとは、思ってもみなかったため、八幡は呆然とする。

 

「それじゃあ、僕はそろそろ上がらせてもらうよ」

 

 アリスは立ち上がり、そのまま脱衣所まで歩いていく。

 彼女が出ていくまで、ずっと顔を逸らしていた八幡はぼそっと呟く。

 

「アイツ…体洗ってなくね?」

 

 アリスは脱衣所から顔を出し、八幡を半眼で睨む。

 

「精霊っていうのは、基本的に自分の最もイメージに合う自分だから、汚れることなんてほとんどないし、汚れてもリセットできるんだよ。それと、レディにそういうこと言うなよ」

 

「…聞こえてんのかよ」

 

「これでも、耳はいいからね」

 

 しばらく待つと、脱衣所から人の気配がなくなる。

 

「他のやつが来る前に出るか…」

 

 湯船から出て、脱衣所で素早く着替えると、八幡は自分の部屋へと向かう。

 自分の部屋に向かう途中、八幡はふと、思った。

 

(にしても、誰も入ってこなくてよかった。来たら絶対に誤解されて終わってた。主に俺の社会的地位が。まぁ、元々そんな高くないけど…)

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「で、これは一体どういうことだ?」

 

「小町に訊かないでよ。アリスさんに言われて部屋に来たらこうなってたんだから」

 

 現在、八幡の部屋には並んで、それは美しい土下座するメイド服の姉妹がいた。

 

「はぁ…説明してもらってもいいか?」

 

 彼女たちを代表するように、長女のエリアが顔を上げる。

 

「アリスの進言により、我々のギフトゲームでのことを改めて謝罪しようと参った次第です」

 

 どうやら、八幡が風呂に、小町が食事に行っている間に3人で話し合ったらしく、その話し合いの結果が土下座だったようだ。

 そんな彼女たちに呆れるように、八幡はため息を吐く。

 

「はぁ…別に、今更そんなこと謝られてもこっちが困る。俺ですら忘れてたことだし、小町はお前らが来たことを喜んでたしな。だから、別に気にしなくていい」

 

「で、ですが…!」

 

「ほ、ほら、お兄ちゃんも小町もいいって言ってるんですし、それでいいじゃないですか!」

 

「…わかりました」

 

 小町の言葉に、まだ少し納得がいっていないながらもエリアはしぶしぶ頷く。

 そして、エリアは恐る恐るといった感じで八幡を見る。

 

「あの…それでは、これからもお仕えしてよろしいんでしょうか?」

 

「あー、それは「ぜひ、お願いします! …小町的にはお姉ちゃん候補が増えて万々歳だし。候補は多いに越したことはないし」なんで俺、妹に発言キャンセルされなきゃいけないの? 新手のいじめかよ。まぁ、小町の方もいいって言ってるし、俺には元々拒否権なんてないからな。だから…その、なんだ」

 

 そこで、八幡は3人から顔を逸らし、アリスにそうしたように右手を差し出す。

 

「…よろしく頼む」

 

 エリアたちは驚きに目を見開き、自分たちから顔を逸らす八幡を見る。八幡の顔は逸らされているため、その表情を見ることはできなかった。しかし、彼に耳が赤くなっているのだけはたしかに見えた。

 エリアたちは、自分たちの胸に熱く込み上げてくるものを感じる。しかし、彼女たちはそれをこらえて八幡の手を握る。

 

「「「…………はい、かしこまりました!」」」

 

 震える声で、けれど、強く彼の手を握り、彼女たちは再び心に誓う。

 

『絶対に彼を守り、彼についていこう』と。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 八幡と小町が姉妹たちと和解した頃、アリスは扉のすぐ前でそのやり取りを聞いていた。

 

「はぁ…まったく。誰も彼も世話が焼けるなぁ。それと…盗み聞きは感心しないよ」

 

 呟くように言うと、廊下の曲がり角から十六夜、飛鳥、耀が出てきた。大方、耀がそのギフトによって優れた五感を活かし、部屋の中の様子を盗み聞いて、二人に話してるいたのだろう。

 

「なんだ、気づいてたのかよ」

 

「ちゃんと、隠れていたつもりだったのだけれど」

 

「音も出さないようにしてた」

 

「お生憎様、僕は鏡って性質上、自分の眼に映ってさえいれば、映っている範囲内の状況を十全に把握できるんだよ」

 

 アリスの言葉に、十六夜は感心したように、飛鳥と耀は驚いたような声を出す。

 

「へぇ…そりゃ、すげえじゃねえか」

 

「そんなすごいことができるなんて…」

 

「私より広範囲が索敵できるかもしれない」

 

「お褒めに預かりどうも、先輩方。一応、明日からは僕もメイドとして働くことになっているから、何か用件があったらその時に。ま、仲良くやっていこうじゃないか」

 

 アリスが手を出すと、十六夜は気軽に、飛鳥はおずおずと手を握った。しかし…

 

「おや、春日部さんは握手してくれないのかい?」

 

 耀は、手を出そうとして、アリスから八幡や十六夜とは別種の『得体の知れなさ』を感じて、手を握れずにいた。

 

「んー、あんまり僕なんかを警戒しなくてもいいと思うんだけどなぁ。それに…」

 

 一旦言葉を止めたアリスに、耀はまるで自分の心身が鷲掴みにされたかのような錯覚を覚える。

 

「君みたいに勘の鋭い人間は嫌いじゃないしね」

 

 にやりと笑っていうアリスに耀は背筋に薄ら寒いものを感じる。

 

「おいで、君にはちょっといいものを見せてあげよう」

 

 アリスは耀の手を取る。

 

「……………ッ!?」

 

 唐突の強烈な浮遊感に、耀はバランスを崩しそうになる。

 

「…なに、ここ?」

 

 そこはどこかの学校の教室だった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「ここはある人の記憶の中だよ」

 

「ある人の記憶…?」

 

 「誰の記憶…?」そう聞こうとして、耀は部屋に人がいることに気づく。

 

「わぁ…」

 

 そこにいたのは、長い黒髪の美少女だった。

 静かに手元の本を読んでいて、時折吹く風に髪が靡くさまは、一枚の絵画のようだった。

 そして、耀は彼女から八幡とどこか近いような印象を受けていた。

 

「おや…君、まさかそっちの気が…」

 

「ない! そういうのじゃない!」

 

 面白いものを見たような顔をするアリスに必死で否定していると、耀の耳がこの教室に近づいてくる人間の声を拾う。

 

『俺、教室に入ると死んでしまう病が』

 

『どこのながっぱな狙撃手だ。麦わら海賊団か』

 

(あれ? この声って…もしかして)

 

 聞き覚えのある声に、耀が教室の扉の方を見ると、その扉が開けられる。

 扉を開けたのは、白衣の女性だった。恐らく、この学校の教師なのだろう。

 そして、その女性の後ろにいたのは、

 

「…八幡?」

 

 そこにいたのは、箱庭世界に来たばかりのころに、八幡が着ていたブレザー姿の比企谷八幡だった。

 

(じゃあ、ここは…)

 

「八幡のいた世界?」

 

「その通り。正確には、ここは八幡の記憶によって構成された、彼の世界かな」

 

 アリスの説明を聞きながら、耀は八幡を見る。彼は少女に見惚れているようでぼーっとしていた。

 

「…むー」

 

 なにか気に入らないような、イライラした気分になる。

 

「お断りします。そこの男の下心に満ちた下卑た目を見ていると身の危険を感じます」

 

 少女が自分の身を守るように襟元を掻き合わせるような仕草に、八幡は「えー」と若干不満気な表情をする。

 話を聞いていると、あの少女は雪ノ下雪乃というらしい。

 そして、八幡はレポートでふざけたことを書いたため、この部での奉仕活動を命じられた、ということらしい。

 もう少し現状を把握するため、耀は八幡を見る。

 

「ガルルルルーッ!」

 

 彼は一体何をやっているのだろう。

 おそらく威嚇なのだろうが、威嚇をする意味も理由もわからない。さらに、雪ノ下雪乃は八幡の唸り声に対し、『ギロッ!』という擬音が似合いそうなほどの勢いで八幡を睨む。

 

「…キャイン」

 

 どうやら、力関係は彼女の方が強いらしい。

 本当に彼らは何をやっているのだろう。

 

「さて、ここで問題だ」

 

 耀が二人の様子を観察していると、アリスが唐突に話しかけてきた。

 

「ここは一体、何部でしょうか?」

 

 見ると、八幡も同じ問題を出されていた。

 耀は先ほどの教師のセリフを思い出し、口を開く。

 

「ボランティア部?」

 

「惜しいね。ここはね…ほら」

 

 アリスが示すと、雪ノ下雪乃が口を開く。

 

「持つものが持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。困っている人に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ」

 

 そこで雪ノ下雪乃は立ち上がり、八幡の方を向く。

 

「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」

 

 「さっき思いっきり『断る』って言ってなかった?」と、突っ込みそうになるのを、既の所で思いとどまる。

 

「平塚先生曰く優れた人間は哀れな者を救う義務がある、のだそうよ。頼まれた以上、責任は果たすわ。あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい」

 

「ぶっ…くくっ…あははははははは! あー、もう、最ッ高だなー! あはははは!」

 

 雪ノ下雪乃の言葉に大笑いし始めたアリスに耀はどうしていいかわからず、その場で雪ノ下雪乃とアリスを交互に見る。

 アリスは一頻り笑った後、耀の方を向く。

 

「あー、笑った、笑った。いやー、今のは滑稽この上なかったね」

 

 同意を求めるように言うアリスに、耀はどういうことかわからず、頭に疑問符を浮かべる。

 

「滑稽って…どういうこと?」

 

 アリスは未だ笑いが治まらないのか、若干、涙目になりながら雪ノ下雪乃を指さす。

 

「僕らのいる箱庭世界に君たちが呼び出されたことは、八幡の記憶から知っている。で、その箱庭に君たちを召喚した“ノーネーム”の黒ウサギやジンは優秀な人材を欲したはずだ。そして、君や十六夜、久遠飛鳥、そして、八幡が呼び出された。この意味がわかるかい?」

 

 問いかけるようにいうアリスの言葉を、頭の中で反芻させて、耀はある考えに行きつく。

 

「もしかして、この箱庭に呼ばれたってことが、八幡の方があの子より優秀だっていう証明になる?」

 

 耀の答えに、アリスはにやりと笑う。

 

「少なくとも、“ノーネーム”が求める人材としてはね。なのに、あの子ときたら、『あなたの問題を矯正してあげる』だって。あはははははは! まったく、上から目線も傲慢もここまできたら滑稽だよ!」

 

 耀は雪ノ下雪乃を見る。

 彼女はどう思うのだろう。

 八幡がいなくなったことを。

 悲しむのだろうか。喜ぶのだろうか。

 彼がいなくなった理由が、もしも、本当に彼が彼女より優れていたということならば、彼女は何を思い、何を想うのだろうか。

 

「本人が問題点を自覚していないせいです」

 

「…ッ!?」

 

 考え事をしていた耀は、雪ノ下雪乃の言葉に再び彼らの方を向いた。

 そこには、いつの間にか戻ってきていた教師と話す雪ノ下雪乃と八幡がいた。

 どうやら、彼に『問題』がありそれについて話しているようだった。

 

「あの……さっきから俺の更生だの変革だの改革だの少女革命だの好き勝手盛り上がってくれますけど、別に求めてないんすけど…」

 

 八幡の言葉を受け、教師は「ふむ…」と、少し考えるような様子を見せ、雪ノ下雪乃は「こいつ、何言ってるんだ?」とでも言うような様子で八幡を見る。

 

「……何を言っているの? あなたは変わらないと社会的に不味いレベルよ」

 

 雪ノ下雪乃は、あたかも自分が正論を言って、相手を説き伏せでもしているかのような様子で言う。

 

「傍から見ればあなたの人間性は余人に比べて著しく劣っていると思うのだけれど。そんな自分を変えたいと思わないの? 向上心が皆無なのかしら」

 

 雪ノ下雪乃の言葉に、耀は自分の中に言いようのない怒りがこみあげてくるのを感じる。

 自分の同士であり、自分をガルドから命がけで助けてくれた彼を『劣っている』と侮辱した彼女に対し、耀は今まで感じたことのないような怒りを感じていた。

 

「そうじゃねぇよ。……なんだ、その、変わるだの変われだの他人に俺の『自分』を語られたくないんだっつの。だいたい人に言われたくらいで変わる自分が『自分』なわけねぇだろ。そもそも自己というのはだな…「自分を客観視できていないだけでしょう」」

 

 雪ノ下雪乃は八幡の言葉を途中で遮り、その言葉を斬って捨てる。

 

「あなたのそれはただ逃げているだけ。変わらなければ前には進めないわ」

 

「…………ッ!」

 

 遂には、我慢できなくなり耀が雪ノ下雪乃の方へ駆け寄ろうとする。しかし、八幡は雪ノ下雪乃の言葉を「ハッ」と鼻で笑う。

 

「逃げて何が悪いんだよ。変われ変われってアホの一つ覚えみたいに言いやがって。じゃあ、お前はあれか、太陽に向かって『西日がきつくてみんな困っているから今日から東に沈みなさい』とか言うのか」

 

「詭弁だわ。論点をずらさないでちょうだい。だいたい、太陽が動いているのではなく地球が動いているのよ。地動説も知らないの?」

 

「例えに決まってんだろ! 詭弁っつーならお前のも詭弁だ。変わるなんてのは結局、現状から逃げるために変わるんだろうが。逃げてるのはどっちだよ。本当に逃げてないなら変わらないでそこで踏ん張んだよ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、雪ノ下雪乃の表情が怒りのそれに変わる。

 

「……それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」

 

 吐き出すように言われるその言葉に、耀は足を止め、複雑な気分になる。

 

「それじゃあ、戻ろうか」

 

 アリスが言うと、気づけば“ノーネーム”の本拠に戻っていた。

 

「か、春日部さん! 大丈夫!?」

 

 飛鳥が耀に駆け寄るが、耀は未だ先ほどの二人のやり取りのことを考えていた。

 耀は友達を作るためにこの箱庭世界に来た。自分は友達が欲しいと願い、その中で、自分を変えていかなければならないと思ったこともある。しかし、彼の世界での過去の彼は言った。

 

 『なんで過去の自分を肯定してやれない』と。

 

 その通りだ。過去の自分を否定して、自分を変えたところで意味はない。それは、過去の自分を形作った人たちすら否定する行為だ。

 過去の自分は間違っていたといって、そこから考えずに自分を変える。

 それがきっと、彼の言っていた『逃げる』ということだろう。

 ならば、自分はどうなのだろう。

 

「てい!」

 

「いたっ!?」

 

 耀が考え事をやめて周りを見ると、アリスが自分に手刀を入れていた。

 

「まったく、ほんとに世話が焼けるなぁ。久遠飛鳥さん、悪いけど、もう少し借りていくよ」

 

 アリスはそう言って、耀の手を引いていく。

 

「春日部さん、彼らの主張は基本的にどちらも正しい。だけど、比企谷八幡と雪ノ下雪乃では、比企谷八幡の方が圧倒的に正しいと僕は思う。だけど、君は君の答えを出さなきゃいけない。自分がどうとかじゃなく、自分はこうだという答えを」

 

 耀はアリスの言いたいことがあまりよく分かっている気がしなかった。代わりに、これだけは訊いておかなければと思っていたことを口にする。

 

「どうして、私に八幡の世界での八幡の過去を見せたの?」

 

 アリスは耀の顔を見ずに歩く速度を少しだけ落とした。

 

「それは、君が八幡を気にかけているからだよ。君は、彼らのやり取りに何を感じた」

 

 耀は先ほどの八幡と雪ノ下雪乃のやり取りを思い出す。

 どこか近くて、でも反対の思想を持つ二人。

 反目しあっているようで、どこか噛み合っていた二人。

 自分や飛鳥、十六夜や黒ウサギには見せないような表情や声音をしていた八幡と彼女。

 そんな二人を見て、耀はイライラしていた。

 胸が締め付けられるような複雑な感情を覚えた。

 

「ああ、そっか」

 

 耀はそこでどうして自分がイライラしていたのか理解する。

 

「私は…羨ましかったんだ」

 

 自分は羨ましかった。

 彼といがみ合いながらも、彼とちゃんと噛み合っている雪ノ下雪乃が。

 彼とまるで『友達』のように気の置けないやり取りをかわす彼女が、自分は羨ましかったのだ。

 

「…その答えを得て、君はどうしたいんだい?」

 

 自分がどうしたいか?

 そんなのはもう決まっていた。

 耀はアリスを真っ直ぐ見据える。

 

「私は、八幡のことをもっともっと知りたい。もっと知って…八幡の友達になりたい」

 

 耀の言葉に、アリスは「そうかい」と呟くと、耀の手を離す。

 

「じゃあ、ここからは自分でやってみなよ。あとは、君次第だ」

 

 耀は、飛鳥たちのところへ戻る。

 

「十六夜は?」

 

「今日はもう休むって。アリスとの話はどうだったの?」

 

「うん。すごく参考になった」

 

 そう言う耀に飛鳥は笑う。

 

「なんだか春日部さん、すごく楽しそうね」

 

「うん。頑張りたいことが見つかったから」

 

「そう。それじゃあ、私も応援するから、手伝えることがあったら言ってちょうだい。いつでも力を貸すわ」

 

「…うん」

 

 耀は自分の中に生まれた温かい気持ちを確かめるように胸に手を当てる。

 

(うん、大丈夫。きっと…大丈夫)

 

 自分に言い聞かせるように、自分に染み渡らせるように、繰り返す。

 まず、彼を知るために明日からどうしようか。

 そんなことを考えていると、自然と頬が緩む。

 ああ、明日が楽しみだ。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「…あれ、一応これって俺の話だよな。途中から趣旨変わってない? 絶対、また読者の人たち俺のこと忘れてるよ」

 

 本日も、ステルスヒッキーは絶好調です。




みなさん、終盤は八幡のこと忘れていませんでしたか?
さて、今回はいろんなキャラのいろんな考え方や関係が変わりました。主にアリスによって。
彼女は、これから物語が進んでいく上で、色々やってくれると思います。
いい意味でも、わるい意味でも。
ちなみに、アリスが笑う時はスーダンの狛枝凪斗みたいに笑ってます。
笑っているというか、嗤ってます。それはもう、狂ったかのように。
次回ですが、次回は耀が八幡をストーキングする話です。
題して、『春日部耀の比企谷八幡観察記』です。
それでは、次回もできるだけ早くかけるよう頑張ります。
感想、評価、ヒロインアンケートお願いします。


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やはり、春日部耀の努力はどこかおかしい

だいぶ遅くなってすみませんでした。
今回はちょっとおかしな日常回となっております。


「あ…飛鳥、止まって」

 

 短く呟くと、耀と飛鳥は物陰に隠れる。

 そして、物陰から少しだけ顔を出し、様子をうかがう。

 そんな彼女たちの視線の先には、周りを警戒して見回す八幡がいた。

 見て分かる通り、彼女たちは現在、八幡をストーキングしていた。

 その理由は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 その日、耀はエリアたち姉妹の部屋を訪れていた。

 

「はぁ…マスターのことを知りたい、ですか?」

 

「うん…」

 

 神妙に頷く耀にエリアは「そうですか…」と考える素振りを見せ、他の姉妹に耀に聞こえないよう精霊の力を使い話しかける。

 

(…どう思いますか?)

 

 エリアの問いかけに最初に答えたのはウィンだった。

 

(私は構いません。耀さんは多少周りを顧みないところがありますが、同じコミュニティの同士としても、私たちの主の同士としても、十分に信用できると思います)

 

(そう、ヒータは?)

 

(私も耀さんは信用できると思います)

 

(…いいでしょう)

 

「……?」

 

 互いに頷き合う姉妹たちに、何をやっているのかわからない耀は、首を傾げる。

 そんな彼女にエリアは真剣な面持ちで口を開く。

 

「マスターのことを話すのは構いません。ですが、なぜマスターのことを知りたいのでしょうか?」

 

「八幡とちゃんと友達になるため」

 

 真剣な顔で言う耀にエリアは不思議そうな顔をする。

 

「友達…ですか。ですが、マスターと耀さんは“ノーネーム”という同じコミュニティの同士です。その関係では不服だと?」

 

 エリアの問いに耀は首を横に振る。

 

「ううん、そういうわけじゃない。私はこの世界に友達を作りにきた。動物だけじゃなくて人間の。だから、私は同じコミュニティにいるからには、八幡とも友達になりたい。それに八幡は、『友達』にすごく強い想いがあるみたいだから…だからこそ、私は八幡と『友達』になりたいって思う。そのためには、まずは八幡のことをもっと知る必要があると思う。だから、八幡の近くにいるエリアたちの話が聞きたい」

 

 耀の話を聞いたエリアはしばらく黙ったまま耀を見て、僅かに頷く。

 

「……わかりました。そういうことでしたら、私たちに話せる限りで話しましょう」

 

 エリアの言葉に耀は安堵する。

 

「そっか、ありがとう」

 

「いえ、それで耀は、マスターの何について知りたいんですか?」

 

 耀は真剣な面持ちで少し間をあける。

 

「……………エリアたちは、八幡のこと…どう思ってる?」

 

「「「……え?」」」

 

 耀の言葉にエリアたちが固まる。

 

「すみません、耀さん。ちょっと待っていただけますか?」

 

「あ、うん」

 

 エリアたちは耀から少し離れると、また耀に聞こえないように精霊の力を使い相談する。

 

(これはどういう意味でしょう?)

 

(私にはわかりません。これが御主人様の言うところの『フラグ』というものでしょうか?)

 

(でも、さっき耀さん『友達』になりたいって言ってたよ?)

 

(どうでしょう…。本人が自覚していない、という可能性も否定できないですよ)

 

(私たちそういう経験ないしね…)

 

(とりあえず、当たり障りのないように確認して、その後様子見というのでどうでしょう?)

 

(それが妥当でしょうね)

 

(うん、私もそれでいいと思う)

 

 相談が終わり、エリアは神妙な面持ちで、念を押すように訊く。

 

「それは…マスターを人間的にどう思ってるかということですか?」

 

「え? …うん、そうだけど」

 

(((…セーフ!)))

 

 耀の答えに、エリアたち姉妹は内心で安堵する。

 

「…どうかした?」

 

「い、いえ!? な、なんでもありません! それよりも、マスターのことでしたね」

 

 訝しむ耀にエリアは誤魔化すように話を戻す。

 エリアは気を取り直すように、少し息を吐くと口を開いた。

 

「やはり、私たち姉妹にとっては『恩人』というのが、一番適切な表現でしょうね。マスターがいなければ、私たちはあの暗い洞窟で眠ったままでしたから…。それにマスターは素直ではありませんが、とてもお優しい方です。御爺様があの方に強要したギフトゲームのことも、先日お許ししてくれました。ですから、私たちは…あの方の支えになれたらと思っています」

 

「…そうなんだ」

 

 耀は彼女たちの想いが彼女たち自身の確固たる意志であることが感覚的にわかった。

 

「……むぅ」

 

 そして、耀は先日アリスに八幡の記憶を見せられた時と似たような感情を覚え、反射的に胸を抑える。

 

(………またか。やっぱり、羨ましいな)

 

 耀は、エリアたちと八幡という主従を少し羨ましく感じた。

 八幡は否定するであろうが、彼らの間には、とても強い繋がりがある。特に先日のアリスの一件から、エリアたち姉妹の八幡に対する忠誠心と信頼は前にも増して、並々ならぬものであった。

 そんな彼らのような確固とした関係を耀は求めていた。

 自分も八幡と『友達』として、そうなりたいと。

 そのためにも、耀は彼女たちの話をもっと聞きたいと思った。

 だからこそ、訊くべきことではないと思いつつも、つい嫌な言葉が口に出てしまった。

 

「でも、エリアたちって八幡に縛られてるんだよね?」

 

「……ッ!? ……そうですね。否定はしません」

 

 エリアは耀の言葉に動揺しつつも、否定はしなかった。なぜなら、それは一つの側面から見た真実だからだ。

 たしかに、結果的に八幡はエリアたち姉妹を彼女たちが眠っていた洞窟から解放した。だが、押し切られた形とはいえ、八幡はエリアたちという“ギフト”を所有していることになっている。

 つまり、ある側面からいえば、エリアたちは縛られる場所が洞窟から八幡に移っただけともいえるのだ。

 エリアは少し目を瞑ると、すぐに目を開きようを真っ直ぐ見据える。

 

「たしかに…私たち姉妹はマスターの所有物となったことで私たち自身のギフトには使用制限がかかりました。耀さんの思う通り、不便もあります。ですが…」

 

 エリアは言葉を切ると、ちらっとウィンとヒータの方を見て、再び耀の方へと向き直る。

 

「今は…その不便さも心地いいものですから」

 

「……そうなんだ」

 

 耀はどこか誇らしげに言うエリアや苦笑するウィン、恥ずかしげなヒータに先ほど感じた羨望の他に自身にもよくわからない、もやもやとした感情を感じていることに気づく。

 自分では、この感情が何なのか、どう表現したらいいのか、耀にはわからなかった。

 ただ、今の気分は耀自身にはあまりいいものではなかった。

 

「…耀さん、どうかされましたか? 顔色がよろしくないようですが…」

 

 耀の様子が変わったことを察したのか、エリアは心配そうな顔で耀を見る。

 

「……ッ! 大丈夫、何でもない。三人とも話してくれてありがとう」

 

 それだけ言うと、耀はすぐに踵を返し部屋を出ていった。

 残されたエリアたち姉妹は顔を見合わせる。

 

「私たち、耀さんに何か不快な思いをさせてしまったかしら?」

 

「いえ、たぶんないと思いますけど…。ねぇ、ヒータ?」

 

「うん。私もそう思う。でも、耀さん大丈夫かな?」

 

「一応、後でそれとなくレティシア様やアリスに訊いてみましょう」

 

「そうですね。それが妥当でしょう」

 

「じゃあ、まずは…」

 

 姉妹たちはお互いの顔を見合わせると口を揃える。

 

「「「自分の仕事をしましょう」」」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 エリアたち姉妹の部屋を後にした耀が次に訪ねたのは小町の部屋だった。

 

「兄のことですか?」

 

「…うん。小町から見た八幡でいいから、わかることを教えてほしい」

 

 耀の申し出に、小町は首を傾げる。

 

「兄のことを知りたいって…また、突然ですね。一体、どうし……も、もしかして!?」

 

 小町はハッとしたような顔をすると、考え込む素振りをする。

 

(前の時にフラグが建ってるような気はしてたけど、まさかこんなに早いなんて…やるな、お兄ちゃん)

 

 これはチャンスとばかりに、小町は意気込み始める。

 

「……え、こ、小町?」

 

 対して耀は、小町がいきなり機嫌を良くしたため、やや困惑気味になっていた。

 

「大丈夫です、耀さん! 小町に何でも聞いてください!」

 

「あ、ありがとう。それじゃあ、八幡と小町の元の世界ってどんなところ?」

 

「特に変わったところがないですね。ええっと…たしか、耀さんって私たちより未来の時代にいたんですよね?」

 

「うん、そのはず」

 

「だったら、技術的には違うところがあるでしょうけど…後は何が違うんでしょう?」

 

「…どうなんだろう」

 

 質問が漠然としすぎたため、小町と耀は揃って首を傾げる破目になってしまった。

 

「じゃあ、二人は休日は何してたの?」

 

「小町は受験生でしたから、基本は勉強ですね。兄は朝にスーパーヒーロータイムを見て…それで、プリキュア見て泣いてます」

 

「…そうなんだ」

 

(プリキュアって何だろう…?)

 

 幸いというべきか、不幸にもというべきか、耀はプリキュアを知らなかったので、ドン引きするようなことはなかった。そして、耀の疑問を解消しないまま、小町の話は続く。

 

「後は、読書したり、ゲームしたり、勉強したりですかね」

 

「……あれ? 友達と遊びに行ったりしないの?」

 

 耀の素朴な疑問に小町の顔が若干引きつる。

 

「いえ…兄に友達は基本いないですね。どっちかっていうと、約束するより、偶然会った知り合いとそのまま遊ぶとかのほうが多いらしいですし…」

 

「そうなんだ…。八幡の知り合いってどんな人たち?」

 

 小町は元の世界の八幡の知人を思い出しながら口に出す。

 

「そうですね、まずは、同じ部活の雪乃さんと結衣さん。後、同じクラスの戸塚さん。兄と仲のいい中二さん。小町の友達の大志君のお姉さんの川……川何とかさん。雪乃さんのお姉さんの陽乃さん。後は、部活の顧問の平塚先生ですかね」

 

 若干、名前の怪しい人物もいたが、思いつく限りを指折り数えていく。

 

「その友達じゃない人たちと普段どんなことしてるの?」

 

 耀の質問に、小町は少し困ったように苦笑する。

 

「雪乃さんや結衣さんはともかく、他の人と兄が何してるかはよく知りませんね」

 

「そうなの?」

 

「はい。小町の知ってる範囲内だと、戸塚さんや中二さんとはゲームセンターで遊んだり、ラーメンを一緒に食べたことがあって…あ、ラーメン食べに行ったっていうなら、平塚先生もそうですね」

 

「他の人たちとは遊びに行かなかったの?」

 

「陽乃さんや川何とかさんと遊んだっていうのは聞きませんね。あ…でも、川何とかさんは兄と塾が同じですね。それでも、遊びに行くとかはないみたいですけど…」

 

「後の二人は?」

 

「後の二人は…ちょっと特別ですね」

 

「……特別って?」

 

 耀が訊き返すと、小町は言うのを躊躇うような素振りを見せる。

 

(うーん。これは言っちゃっていいのかなぁ…。お兄ちゃんはこういうの話したがらないだろうし、適当にぼかしといたほうがいいかなぁ)

 

「えっとですね、雪乃さんと結衣さんは兄と同じ部活の人なんですけど…」

 

「奉仕部だっけ?」

 

「あ、そうです、そうです。…って、あれ? 耀さん、なんで知ってるんですか?」

 

「え? いや、その…(アリスから)教えてもらって…」

 

「え、そうなんですか? まさか、あの二人のことを(兄が)教えるなんて…」

 

 話の一部が食い違っているが、互いに重要な部分を省いたせいで、相手にそれが全く伝わっていなかった。

 

「ただ、(アリスからは)ボランティアみたいなことをしてる部に入ってるってことぐらいしか教えてもらってないんだ」

 

「なるほど…。そうですね…雪乃さんは親で言うと、教育ママタイプですかね。結衣さんは…良妻賢母タイプ? 小町的にはどっちもゆくゆくはお姉ちゃんにしたいかなぁ…」

 

「ごめん、小町。説明の意味が何一つ分からなかった…」

 

「あはは…すみません。まぁ…兄にとって、大切な人たちってことは確かです。それで、他に訊きたいことはありますか?」

 

「…そういえば、小町って箱庭に来るまで八幡のギフトを知らなかったんだよね?」

 

「ですね。思い当たる節自体はかなりあるんですけどね…」

 

 苦笑する小町の言葉に耀は少し驚く。

 

「そうなの?」

 

「まぁ、“ステルスヒッキー”とかは、兄が人目を避ける技術としてよく使っているらしいですから…」

 

「…そうなんだ」

 

 耀は少し考え込む。

 

(…うーん、イマイチ八幡のことがよくわからない。ただ、みんな素直じゃないって言ってる)

 

 どうやら、比企谷八幡が素直じゃないというのは、彼に近しい人間の共通認識らしい。

 

「それで耀さんは他にも誰かに兄のことを聞くんですか?」

 

 小町の質問に耀は頷く。

 

「うん。アリスにも少し訊いてみようと思って」

 

「それ、小町もついて行っていいですか?」

 

 いきなりの小町の申し出に耀はきょとんとする。

 

「え? 別にいいけど、どうして?」

 

「いやー、小町も他の人が兄をどう思ってるか知りたいですし…それに、小町がいた方が他の人にもきっと聞きやすいですよ? だから、ここからは小町にお任せあれー!」

 

「…あ、うん」

 

(……なんだろう、すごく不安だ)

 

 自信満々の小町に耀は言いようのない不安を感じながら、二人でアリスの元へと向かった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 耀と小町は本拠の中庭でアリスを見つける。

 

「おや、春日部さんに小町ちゃんじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」

 

 アリスは籠の中のシーツを干しながら、二人に訊く。

 

「もしかして、八幡のことで僕に何か聞きにきたのかい?」

 

「え? なんでわかったの?」

 

「お、当たりだった? これでも、勘はよくってね」

 

 得意げに笑いながら言うアリスに耀と小町は少し驚く。

 八幡とのギフトゲームの時や耀に八幡のことを吹き込んだ時とは、また別の顔を見せた彼女に二人は戸惑っていた。

 

「え、えっと、それでアリスさんの話を聞いてもいいですか?」

 

「ああ、ちょっと待ってもらえないかな。今、見ての通り仕事中だからさ」

 

「うん、いいよ」

 

「あ、小町も手伝いましょうか?」

 

「結構だよ。前は君やリリちゃんがやってたみたいだけど、今やこれはこのコミュニティでの僕の仕事だからね」

 

 言いながら、アリスは手早くシーツを慣れた手つきで手早く干すと、耀たちの方に向き直る。

 

「さて、君たちは僕らの主の八幡について話を聞きたいんだっけ? 何が知りたいんだい?」

 

「アリスって、八幡の過去を知ってるんだよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

 耀の質問にアリスは躊躇なく頷く。

 しかし、それに小町は驚く。

 

「なんでアリスさんが兄の過去を知ってるんですか!?」

 

「僕は鏡の精霊だからね。彼をコピる時に一緒に記憶を拝見させてもらったんだよ」

 

「じゃあ、アリスさんが小町達をコピーする時は小町達の記憶が見れるんですか?」

 

「いや、できないよ」

 

 あっさりと言うアリスに耀は訝しげな顔をする。

 

「できない? なんで?」

 

「たぶん、エリア先輩あたりから聞いてるとは思うけど、ギフトゲームで八幡と契約して彼のものになったことで、僕たちの能力には個人差はあれど制限がかかっていてね、残念だけど今の僕に八幡以外の人の記憶は基本的に覗けないんだよ」

 

「『基本的に』ってことは、例外もあるの」

 

 耀の質問にアリスは少し嬉しそうに微笑する。

 

「すぐに気づくなんて、目聡いね。その通りだよ。ただ、八幡以外の記憶を除くためにはいくつかの条件をクリアしなくっちゃいけないのさ」

 

「条件…ですか。それって何なんですか?」

 

「残念ながら、ここから先は企業秘密だよ」

 

 唇に人差し指を添える自然な仕草に、耀と小町は同性ながらアリスに女性的魅力を感じる。

 

「さて、他に質問はあるかな?」

 

「あ、じゃあ、小町から質問です! アリスさんって兄のことどう思ってます?」

 

「ん? どう思ってるかぁ…。そうだね、『トランプの3』とか、『黒い羊』かな。『ブラックスワン』はまだ微妙に違うだろうしね」

 

「…どういう意味?」

 

「ここから先は自分で考えなよ。じゃあ、悪いけど僕はそろそろ自分の仕事に戻るよ」

 

 そう言って、アリスは本拠内に向かって歩いて行った。

 残された二人は顔を見合わせる。

 

「アリスさんの言ってた意味って、どういうことでしょう?」

 

「『ブラックスワン』ならわかるんだけど…他の二つは私も知らない」

 

「じゃあ、その『ブラックスワン』についてだけでも教えてもらっていいですか?」

 

「いいよ。小町は白鳥って何色だと思う?」

 

 耀のいきなりの質問に小町は不思議そうな顔をする。

 

「何色って…普通は白ですよね?」

 

「うん、そうだよ。でも、オーストラリアには『黒鳥』っていう白鳥の仲間がいて、『黒い白鳥を捜すようなもの』っていう言葉があるほど、白鳥が白いっていうのが世界の常識だったから、17世紀末にこの黒鳥が見つかった時には鳥類学者の間に激震が走ったんだって」

 

「たしかに、それはすごい発見だと思うんですけど…激震っていうほどなんですか?」

 

 不思議そうに訊く小町に耀は静かに頷く。

 

「21世紀だったらそう思うかもだけど、白鳥が白いものだと思われている当時の世界の常識では、たとえ環境の変化で進化したとしても、白鳥が黒くなるなんて予想できなかったんだって。だから、生物の常識に長期的に縛られてると、急激な環境の変化で進化した生物の行動が予測できなくて、思いもよらない被害を受けることがあることを『ブラックスワンイベント』っていうんだって」

 

「…はぁ。それはすごい話だと思うんですけど、小町にはそれが兄とどういう関係があるのか全然わからないんですが…」

 

「私もそう思う。これが八幡とどう関係してくるんだろう…?」

 

 どういうことかと、二人は揃って首を捻る。

 そこで、小町が何か思いついたような顔をする。

 

「いっそ、お兄ちゃんの観察でもして、どういう意味か探ってみます? なんて「それだ!」…え?」

 

「そうだよ。八幡の行動を観察すれば何かわかるかも」

 

「いえ、あの、耀さん? 今のは冗談でして…」

 

「小町、私頑張ってみる!」

 

「え、あ、頑張ってください…? いや、待って……」

 

 耀を止めようとした小町は、そこで思いつく。

 

(いや、待てよ…これはさらにお兄ちゃんへのフラグを建てるチャンスじゃ…。これは小町的においしい展開!)

 

「いいですね! 小町もお供します!」

 

「うん!」

 

 そうして、二人は八幡を捜すべく走り出した。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 耀と小町は“ノーネーム”本拠内にある書庫の本棚の陰から、少し離れた位置にいる何かの本を読んでいる八幡を観察していた。

 

「どうですか、耀さ「小町、静かにして」…どうかしたんですか?」

 

 耀のただならぬ様子に小町は訝しむ。

 

「たぶん、今八幡は私たちに気づいてる」

 

「そうなんですか?」

 

「うん、たぶんだけど…。八幡がこっちにちらちら目線を送ってきてるし」

 

 言われて、小町も注意して八幡を見ると、八幡は本を本に目を落としながらも、周りに目線を送っていた。

 そして、周りに送っていた目線はどんどん見る範囲が狭まり、途中から耀と小町の方をちらちらと見始めた。

 

「ホントですね。でも、お兄ちゃんがいくら視線に敏感っていっても、さすがにこの距離じゃわからないと思うんですけど…」

 

「そういえば、八幡の索敵のギフトってどれくらいの範囲で使えるの?」

 

 耀の素朴な疑問に小町は首を傾げる。

 

「たしか、前にウィンさんが数十メートルくらいって言ってました」

 

 小町の言葉に耀は内心驚きながらも、『マズイ』と思っていた。

 

(…どうしよう。射程圏外のはずなのに、私も小町も完全に八幡のギフトの射程に入ってる。ここは退いた方がいい)

 

「小町、戻ろ」

 

「え? いいんですか?」

 

「うん。ここは出直した方がいいよ」

 

「…わかりました」

 

 小町は耀の判断に素直に頷き、二人は八幡に見つからないように、そっと書庫を抜け出した。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 書庫から出た耀と小町は小町の部屋に来ていた。

 

「耀さん、次はどうやってお兄ちゃんを尾行するんですか? 確実に30mくらい離れてたのに気づかれたってことは、前に聞いた射程よりも広くなってるってことでしょうし…」

 

「そこが問題なんだ。八幡のギフトの今の射程範囲がどれくらいかわからないと、尾行しててもすぐに気づかれるだろうし…」

 

 耀と小町は揃って首を捻る。

 

「八幡のギフトをどうすればやり過ごせるんだろう」

 

 そこで、小町がなにかを思いついたかのような顔をする。

 

「そうだ! 耀さん、こういう時はこういうことに頼りになりそうな人に頼りましょう!」

 

「…頼りになりそうな人?」

 

 小町は耀を連れてとある場所に行った。

 それは…逆廻十六夜の部屋だった。

 

「…つまり、八幡の観察をしたいが、アイツのギフトのせいで気づかれてうまく観察ができない。だから、俺にアイツのギフトの射程を調べるのを手伝えと、そういうことでいいか? 比企谷妹」

 

「概ね、あってます」

 

「くそがっ! めちゃくちゃ楽しそうじゃねえか!」

 

 事情を話すと、十六夜は嬉々として『比企谷八幡観察計画(仮称)』に参加した。

 

「でも、十六夜。どうやって八幡のギフトの射程を調べるの?」

 

「それなら、適役がこのコミュニティにいるだろ?」

 

「…適役?」

 

 十六夜は部屋を出ていくと、しばらくしてから、首を傾げる耀の前に黒ウサギを引っ張ってくる。文字通り黒ウサギの耳を引っ掴んで。

 

「ちょっ!? 十六夜さん!? 何度も言ってますが、黒ウサギのステキ耳を引っ張らないでください!」

 

「というわけで黒ウサギ、八幡の観察のためにお前が必要だ」

 

「無視ですか!? ていうか、何ですか八幡さんの観察って!?」

 

「あ、小町が説明します」

 

 それから、小町がしばらく事情を説明した。

 小町から説明を受けた黒ウサギはため息を吐く。

 

「なるほど、そういうことでしたか。たしかに、八幡さんは未だ私たちと若干距離をとろうとするところがありますし…。わかりました、そういうことでしたら、この不肖黒ウサギも協力させていただきます!」

 

 黒ウサギの話がまとまったため、小町が提案する。

 

「この面子で仲間はずれっていうのもなんですし、飛鳥さんも呼びましょうか」

 

「そうだね。せっかくだし、飛鳥も誘おっか」

 

「で、そのお嬢様はどこにいるんだ?」

 

「たしか、さっきお部屋にいたと思いますけど…」

 

「じゃあ、飛鳥さんの部屋行きましょうか」

 

 黒ウサギの言葉で、一同は飛鳥の部屋へと向かう。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「八幡君の観察? すごく楽しそうね!」

 

 部屋に来た耀たちから説明を受けた飛鳥は嬉々として参加に快諾した。

 

「で、肝心の作戦はどうするの十六夜君?」

 

「まず、春日部と比企谷妹と黒ウサギは、八幡の行動や反応からアイツが気づいてるかどうかを確認する。俺はお前らが調べたアイツの反応した距離を照らし合わせて、アイツのギフトの射程距離を見極める。お嬢様は他の奴が八幡に俺らのことを話さないように警戒しといてくれ」

 

「うん、わかった」

 

「OKです」

 

「黒ウサギも了解です」

 

「わかったわ、任せて」

 

 全員が了承したところで、作戦内容が決まる。

 

「黒ウサギ、八幡がどこいるかわかるか?」

 

「えっと、ちょっと待ってもらえますか」

 

 黒ウサギがウサ耳をピコピコ揺らす。

 

「恐らく、外ですね。こっちです」

 

 黒ウサギの先導で、一行は“ノーネーム”本拠の中庭の茂みに隠れる。

 八幡は彼らの100mほど先の休憩所となっている場所でチェスを指していた。一人で。

 その様子を見ていた黒ウサギは隣の十六夜に訊く。

 

「あの、十六夜さん。チェスって一人で出来るものでしたっけ?」

 

「一応、詰めチェスとかはあるぞ。ここにはそんな本なかったはずだけどな」

 

 十六夜の言葉に一同に沈黙が下りる。

 

「つまり、八幡君は一人二役でチェスをしてるって事?」

 

「…そういうことになるんじゃないかな」

 

「すみません、今すぐ黒ウサギが出ていってチェスの相手をしてきていいですか?」

 

 憐れみと同情の視線を八幡に向ける。

 しかし、次の瞬間に全員に緊張が走ることになった。

 彼らと最低でも100mは離れているはずの八幡が彼らの方を睨んだのだ。

 

「「「「「!!!??」」」」」

 

 睨まれた全員がその場で硬直する。

 その中で、硬直から一番最初に回復したのは十六夜だった。

 

「おい! 全員逃げるぞ!」

 

 その言葉に全員がハッとし、急いでその場から立ち去った。

 八幡を観察していた場所から、本拠内に戻った一行は、一旦呼吸を整えた。

 

「っぶねえ…。おい、比企谷妹、なんだよアレ。完全に別人じゃねえか」

 

「本当ですよ! まさか、この“箱庭の貴族”たる黒ウサギが気圧されるなんて…」

 

「まさか、箱庭の貴族(笑)が気圧されるなんてな」

 

「…十六夜さん、ちょっと含みがある気がするのですが」

 

「まさか、箱庭の貴族(爆)でも気圧されるなんて…」

 

「あの、飛鳥さん、逆にランクが下がってる気がするんですが」

 

「まさか、箱庭の貴族(失)が気圧されるなんて」

 

「(失)って何ですか!? 失笑されてるんですか!?」

 

「もういっそ、箱庭の貴族(恥)でいいんじゃねえか?」

 

「「「それだ!」」」

 

「『それだ!』じゃありません! この問題児様方!!」

 

 「まったく…」と、黒ウサギが息を吐くと、全員が神妙な面持ちになる。

 

「…さっきのだが、たぶん、八幡のギフトは視線だけじゃなく、自分に向けられる相手の感情からもギフトの精度や有効距離が変化するんだろうな。負の感情なのが前提なんだろうが、さっきの感じだと『憐れみ』とか『同情』とかはアイツがダントツで嫌いなんだろうな」

 

「なるほど…。だから、私たちの視線に気づいて睨んできたと…」

 

「そういえば、八幡は私達って気づいてたのかな?」

 

 耀の質問に、小町が首を横に振った。

 

「いえ、さっきの様子だと兄は反射的に睨んでしまっただけだと思います。誰かわかってたら腸煮えくり返ってても我慢してたでしょうし」

 

「まぁ、アイツの心情はともかくとしてだ。さすがに今日は退いた方がいいだろうな」

 

 十六夜の言葉に耀も頷く。

 

「うん。そうした方がいいと思う。今日はもう警戒されてるだろうし」

 

「じゃあ、ここで解散にしちゃいましょうか」

 

 そして、そのままその日の『八幡観察』は終了となった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 一方その頃、八幡は先ほど十六夜たちがいた場所から気配がなくなったのを感じると、再びチェスへと戻っていた。

 

「おや、八幡。何をしてるんだい?」

 

 声に顔を上げると、そこにはアリスが立っていた。

 

「なんだよ、お前もなんか用か?」

 

「おまえも? いや、僕はただ君がチェスをしてるのを見つけたから、お茶でもどうかと思ってね」

 

 そう言って、アリスは八幡がチェス盤を置いている机に紅茶の入ったティーカップとティーポットを置く。

 

「で、なんで一人でチェスなんかやってるんだい?」

 

「このチェス盤、チェス盤自体にも意思があるみたいだから、暇つぶしに適当にやってただけだよ」

 

「へぇ…。ねえ、ちょうどいいし、明日暇があったら僕とそれでチェスしないかい?」

 

「え…いやだ」

 

「まぁ、いいじゃないか。減るモノでもないだろう? じゃあ、明日は仕事がひと段落ついたらここに来るから、それまでここにいてくれよ」

 

 そう言って、アリスは本拠の方へと歩いて行った。

 残された八幡は置かれたティーカップに手を伸ばし、紅茶を飲む。

 

「…けっこう、うまいじゃねえか」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 翌日、八幡は昨日と同じ場所で一人チェスをしていた。

 十六夜たちは昨日いた茂みとは反対になる位置に、昨日とほぼ同じだけ八幡と距離を取った場所にいた。

 そして、十六夜の指示の元、彼らは作戦会議を行っていた。

 

「比企谷妹、お嬢様、少し八幡に話しかけてきてくれ」

 

「…別にいいですけど」

 

「できれば、先にお嬢様、比企谷妹の順で、出ていく場所は違う場所からにしろ。で、黒ウサギと春日部はこいつらと八幡の会話をよく聞いといてくれ」

 

「「「「…?」」」」

 

 女性陣はよくわからぬまま、十六夜の指示通りに動く。

 飛鳥が八幡に近づくのを十六夜たちは静かに見ている。

 飛鳥が八幡のいる場所から約50m地点で八幡は飛鳥の方に視線を向ける。

 

「お前も何か用か?」

 

「一人でチェスをしてたみたいだから、どんなものなのかと思って見に来たのよ」

 

「別に大したもんでもねーよ。このチェス盤のギフト、意志があるみたいだから暇つぶしに相手してもらってんだよ」

 

 そう言いながら、八幡は駒を動かす。

 

「私はチェスを知らないからわからないのだけれど、これってどっちが勝ってるの?」

 

「一応、俺だ。チェック」

 

「チェック?」

 

「将棋でいう『王手』ってことだ」

 

「ってことは、もうすぐ終わるの?」

 

「どうだろうな。…ゲッ!?」

 

 八幡の声に飛鳥が盤を見ると、八幡のチェックは躱され、今度は八幡のキングの方がチェックをかけられていた。

 八幡は少し考えると、また駒を進める。

 

「ふぅ…」

 

「…どうなったの?」

 

「…ん? 何とか凌げた」

 

 言いながら、八幡はまた駒を動かす。

 

「チェック」

 

 八幡が呟くと、敵側となっている駒が慌てたように震え、駒が一つ動く。

 八幡はそれを見ると、静かに駒を動かし事もなげに呟いた。

 

「チェックメイト」

 

「…えっと、勝ったの?」

 

「…まあな」

 

 少し疲れたように八幡はため息を吐く。

 

「にしても、遅いな」

 

「遅い? 何が遅いの?」

 

「ん? ああ、昨日アリスがチェスするから、今日はここにいろって言ってたんだけどな。全然来ねえ…ん?」

 

 そこまで言ったところで、八幡は唐突に顔を上げて飛鳥の後ろを見る。つられて飛鳥も後ろを振り返る。

 すると、彼らから約20mの地点に小町がいた。

 

「あらー、さすがおにいちゃん。ばれちゃったか…」

 

「小町さん!?」

 

 小町は苦笑しながら二人のところへ歩いてきた。

 

「お兄ちゃんほどじゃないけど、そこそこ目立たないようにしてる自信はあったんだけどなー」

 

「まぁ、技術としていいんじゃないか?」

 

「やっぱり、ギフトを持ってるお兄ちゃんには敵わないなぁ…」

 

 茂みから彼らの様子を見ながら、黒ウサギは怪訝そうな顔をする。

 

「あの…十六夜さん、何かわかりましたか?」

 

 隣の十六夜を見ると、十六夜は少し俯いて自分の考えていることを整理するように話し始める。

 

「八幡のギフト…相手の格好や行動の目立つ要素、知り合いかどうか。そういう様々な要素によっても射程距離や精密性が変わるんだろうな。身内の比企谷妹が20m、ある程度の知り合いだが、目立つ格好をしているお嬢様が50m、前に春日部達が観察した時に40m…とすると、知り合いに対する通常射程は40m前後ってところだろうな。それが仲が深まるごとに短くなるってところだろうな」

 

「なるほど…」

 

「お二人に八幡さんに近づくように言ったのは、これが狙いだったのですね」

 

「まあな。つっても、これはあくまで相手の方が八幡に意識を向け続けた場合だろうな。あいつにたまたま気づいただけのやつとかいきなり現れるやつは、場合によってはギフトの対象外になるはずだ」

 

「なるほど…。移動系のギフトなどにも弱いわけですね」

 

「こうやって考えると、八幡のギフトって穴が結構多い」

 

「そりゃあ、普通はギフト相手になんか想定しないだろうからな…ん? おう、二人とも、戻ってきたのか?」

 

 十六夜が顔を向けた方を見ると、飛鳥と小町が戻ってきていた。

 

「どう? 何かわかったかしら?」

 

「ああ、おおよその射程は40m。特定条件による射程の変動有り。ただし、距離が離れたり、アイツの意識が別に向いてたり、条件が悪かったりすると精密性は落ちるってところだろうな」

 

「なるほど…。ところで、十六夜さん。お二人が戻ってきてもよかったんですか?」

 

「むしろ好都合だ。比企谷妹、八幡はこの後アリスとあそこでチェスをするんだよな?」

 

「はい、そう言ってました」

 

「んじゃ、今日はもう少し見張ってるぞ。黒ウサギと春日部は誰かが近づいてきたらすぐに知らせろ」

 

「了解です」

 

「わかった」

 

 そして、十六夜たちは茂みの中で息を潜める。

 十六夜たちが息を潜めていると、八幡に近づく影があった。

 

「…やっときたのかよ」

 

 八幡は若干疲れた様子でアリスを見る。

 

「いや、思ったより仕事があってね。じゃ、やろっか」

 

 そう言って、八幡の対面にアリスは座り、チェス盤を見る。

 

「白と黒はどうするんだい?」

 

「勝手にしろよ。どっちでも勝てる気がしないしな」

 

「じゃあ、最初は先手をどうぞ」

 

「…どうも」

 

 二人はお互いに何を話すでもなく、無言で駒を進めていく。

 しばらく経ったところで、八幡が緊張を解くようにため息を吐きながら、駒を動かし宣言する。

 

「チェックメイト」

 

 それを見て、アリスは感嘆する。

 

「お見事。もう一戦いいかな?」

 

 アリスの提案に、八幡は嫌そうな顔をする。

 

「えー、もういいよ。正直もう部屋に戻りたいし」

 

「まぁ、いいじゃないか。どうせ、この後誰かと約束をしてるわけじゃないんだろう? それに、ちょっと気になることもあるしね」

 

 含みのあるような笑みを見せるアリスに、八幡はため息を吐く。

 

「はぁ…。わかったよ」

 

 再び、二人はお互い交互に駒を動かす。

 しばらく、先ほどの対局と同じように無言で二人は駒を進める。

 しかし、すぐに八幡の様子が変わる。そして、それに最初に気づいたのは十六夜とと耀と黒ウサギだった。

 

「…っ! 何か様子がおかしいな」

 

「…動揺してない?」

 

「何かあったんでしょうか?」

 

 三人の様子に、小町は感心したように言う。

 

「よくわかりますね。…結構離れてるのに」

 

 所戻って、八幡は先ほどの対局と打って変わって、かなり動揺していた。

 

(どういうことだ? どうしてこんな状態になってやがる!?)

 

 八幡はもう一度、現状を把握するために盤上を注視する。

 

(なんでポーンなんか守ってんだよ。しかも、キングそっちのけで…)

 

 先ほどの対局のように、あくまで通常の『相手のキングを討ち取る』というチェスなら、ある程度の思考を想定できた。

 しかし、今はアリスが一体何を意図してこんな手を指しているのか全く理解できなかった。

 たった一駒のポーンをプロモーションさせるでもなく、守るためだけにクイーンやナイトを捨て駒にする戦法に合理的な意図があるとは全く思えなかった。しかも、それでいてしっかりと八幡を追い詰めていた。

 そして、結果として八幡は…。

 

「チェックメイト。今度は僕の勝ちだね」

 

 皮肉なことに、決め手はアリスが最後までプロモーションさせずに守り切ったポーンだった。

 八幡は不敵に笑うアリスを苦々しげな顔で睨む。

 

「…どういうつもりだ?」

 

「いや、ただ気になったことがあったから試してみたんだけど、予想通りだったよ」

 

「予想通りって…結局、何が予想通りだったんだよ」

 

「さぁ、なんだろうね。それぐらい、自分で考えなよ。どうせ暇なんだからさ。ま、今の君じゃあ、絶対に気づかないだろうけどね」

 

 にやりと笑ってそう言うと、アリスは椅子から立ち上がり、本拠の方に戻っていった。

 

「……くそッ!」

 

 八幡は苛立ちながらギフトカードを取り出し、チェス盤を収納すると、彼も本拠に戻っていった。

 八幡が去った後、十六夜たちは隠れていた茂みで話し合う。

 

「さっき、アリスさんが言っていた意味って、どういうことなのでしょうか?」

 

 黒ウサギが他のメンバーに訊くも、全員が首を横に振る。

 

「さぁ…。小町にはよくわからなかったですね」

 

「私にもさっぱりだわ」

 

「…ごめん、わたしもよくわからない」

 

「さっきの局面がわかんねえことには、何にも言えねえな。アリスが戦術を変えてたのは明らかだけどな」

 

 このまま、話がアリスと八幡の対局の話になりそうなところで、小町が口を開く。

 

「まぁ、それはそれとして。小町は仕事があるので、もう協力出来ないかもです」

 

 申し訳なさそうに言う小町に、十六夜と黒ウサギは微妙そうな顔をする。

 

「俺もそろそろ御チビの勉強見てやんなきゃいけねえし。気にはなるが、降りるわ」

 

「黒ウサギもそろそろギフトゲーム関係の書類が溜まってきてるので、すみませんが抜けさせていただきます」

 

 ウサ耳を垂れさせ、申し訳なさそうに言う黒ウサギに、耀と飛鳥は気にした風もなく応じる。

 

「みんなそれぞれにコミュニティのためにやることがあるんだもの、しょうがないわよ」

 

「うん。後は私たちで頑張る」

 

「じゃあ、後はお二人にお任せします」

 

「じゃあ、今日はこれで解散だな」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 翌日、耀と飛鳥は小町が手を回して、日銭を稼ぎに“ノーネーム”本拠を追い出された八幡を尾行していた。

 

「あ…飛鳥、止まって」

 

「はぁ…またなの? さっきから警戒されてるせいで、中々近づけないわね」

 

 街中で八幡を尾行しながら観察していた二人だったが、先日の一件で八幡が少し周囲を警戒しているらしく、十六夜が分析した射程から中々近づけずにいた。

 どころか、八幡自身も尾行を振り切ろうとして、自発的にギフトを使っているのか、何度か見失いかけたほどだった。

 

「うん。でも、八幡が自分からギフトを使ってくれたおかげで、今のところ“ステルスヒッキー”と“ディテクティブヒッキー”の射程の間に入れてるみたい」

 

「そういえば、十六夜君の分析だと、“ディテクティブヒッキー”は基本的な射程は40mくらいなのよね」

 

「うん。けっこう広い分、精度は低くなっちゃうみたいだけどね」

 

 そのおかげで自分たちも見つからずにすんでいるが、仲間としては喜んでいいのか微妙なところである。

 しばらく、八幡から一定の距離を保っていると、耀はあることに気が付く。

 

「ねえ、飛鳥。なんか、八幡の方だけ人避けてない?」

 

「そういえばそうね。どうしてかしら?」

 

 そう、八幡が町中を歩いていると、ほとんどの相手が彼とぶつかりそうになると、彼の方から避けていた。

 

「まさか、八幡とすれ違ってる人が気づいていないのかな?」

 

 耀の考えに、飛鳥は「まさか…」と驚く。

 

「だって、目の前を通った人に気づかないなんて…そんなことありえないわ」

 

「でも、最初に八幡に会った時、小町が教えてくれるまで、私たちは八幡に気づけなかったよね?」

 

「そういえば、そうだったわね。だとすると、八幡君のギフトは相手に意識されてなければ、本人に使う気がなくても至近距離の相手にも気づかれないってこと?」

 

「そうなると思う」

 

 耀の説明に飛鳥は微妙そうな顔をする。

 

(人を支配できる私のギフトもいいものじゃないけど…。八幡君のギフトも色々と苦労がありそうね…)

 

 自分自身も“威光”のギフトに思うところがあるが故か、八幡に対し、同族意識めいたものを感じる。

 

「彼のギフトは…どうしてああいうものなのかしらね?」

 

「…わからない。でも、ウィンが言ってたよね。八幡のギフトは八幡の人への不信感だって」

 

「『不信感』…ね」

 

 耀と飛鳥の間を、なんとも微妙な空気が漂う。

 

「と、とりあえず、尾行を続けよう!」

 

「そ、そうね…って、春日部さん! 大変よ!」

 

「え…? あっ!?」

 

 飛鳥に言われて、耀が八幡のいた方を見ると、先ほどまでいた八幡の姿が消えてしまっていた。

 

「どこにいったのかしら?」

 

「…ダメだ、匂いが辿れない。たぶん、“ステルスヒッキー”のせいだ」

 

「急いで八幡君を捜さないと!」

 

 慌てて飛鳥が駆け出す。

 

「待って、飛鳥…ッ!?」

 

 それを追うように耀も駈け出そうとしたところで、何者かによって口をふさがれ羽交い絞めにされる。

 

(だ、誰ッ!? まさか、どこかのコミュニティ!?)

 

 混乱していると、刃物のようなものを当てられたようで、ひんやりとした感触が首筋を襲う。

 

「誰だ、お前ら。何のために尾行してやがる……って、なんだ春日部か」

 

「え…八幡!?」

 

 自分を羽交い絞めにしていた人間の声に驚いて振り向くと、それは先ほどまで自分たちが尾行していた比企谷八幡だった。

 

「どうして八幡が……あ」

 

 いきなり姿を消した八幡がなぜ現れたのか訊こうとして、耀は自分が八幡とかなり密着していることに気がつく。

 途端に、耀の顔に朱が差し、心臓が早鐘を打つ。

 

「ちょっ!? 八幡、離して!」

 

 八幡も、密着していることを嫌がられたと思ったのか、すぐに離れる。

 

「ん、悪い。で、なんで俺の尾行なんかしてたんだ?」

 

 少し呆れたように言う八幡に、耀は慌てて言い訳を考える。

 

「えっと、ほら、八幡ってみんなとあんまり仲良くしようとはしないから。だから、何かいい方法ないかと思って…」

 

「いや、それでストーキングとかねえよ。で、他に誰がやってたんだ?」

 

「えっと…小町、飛鳥、十六夜、黒ウサギが…」

 

 耀は一瞬言うべきか躊躇するも、つい言ってしまう。

 そんな彼女に八幡は呆れる。

 

「お前らな…。まぁ、いい。いきなりどこかの魔王のコミュニティに目をつけられてんのかと、ここのところ気が気じゃなかったけど。そういう噂もないみたいだしな」

 

「…噂?」

 

 耀が不思議に思って聞き返すと、八幡が話している人たちをさりげなく指さす。

 

「ああやって、何人かで話してる人とすれ違う時に、その内容をできるだけ聞いて情報収集するようにしてんだよ」

 

「…そうなんだ」

 

 耀は、まさかそんなことをしていたと思わず、普通に感心してしまう。

 

「ところで、小町に頼まれた出稼ぎもお前らが一緒になってやったってことでいいんだよな?」

 

「え? うん、そうだけど…」

 

「じゃあ、バレた以上、もう用件は終わったってことでいいんだよな?」

 

 耀は嬉々とする八幡に若干引き気味になるも、頷く。

 

「つまり、もう俺が出稼ぎをする必要もないわけだ。よし、帰ろう」

 

 八幡はこれ以上ないほどのいい顔で帰ろうとする。すると…

 

「あ、春日部さん! 気が付いたらいなくなってたから心配…って、八幡君!?」

 

 先に行っていた飛鳥が戻ってきたのか、彼女は八幡といる耀に驚く。

 

「ごめん、飛鳥。気づかれてたみたい」

 

「そう…。それじゃあ、しょうがないわね。今日は帰りましょうか」

 

 飛鳥は少し残念そうに言うと、八幡の方を向く。

 

「それで、八幡君はどうするの?」

 

「俺ももう帰る。今日のはこのためみたいだからな」

 

「そう。なら、せっかくだし、一緒に帰りましょう」

 

「いや、俺はちょっと、ほら、あれだし…」

 

 八幡がなんとか言い訳をして、しどろもどろになりながら断ろうとすると、飛鳥がため息を吐く。

 

「はぁ…。あのね、八幡君。今回の発端は、あなたがそうやって、みんなとあまり仲良くしようとしないからでしょう。一緒のコミュニティなんだから、一緒に帰るぐらいはいいでしょう?」

 

「……わかった」

 

 八幡はしぶしぶ頷くと、二人と少し距離を取りながら歩き出す。しかし…

 

「そういうのはなし」

 

「どうせ、十六夜君や黒ウサギとも一緒に出掛ける機会も増えるでしょうし、これぐらいは慣れておいてもいいのではなくて?」

 

 あっさりと二人も八幡のところまで下がってきて、結局並んで帰る破目になるのだった。

 そして、パッと見は美少女二人に挟まれてる八幡にギフトゲームを挑んだことにより、問題児二人に蹴散らされ、彼らがその日の路銀を大量に稼いだのはまた別の話。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「黒ウサギとジン、いるか?」

 

 夜、八幡はコミュニティに届く書類に目を通しているジンと黒ウサギの元を訪れていた。

 

「八幡さん、どうかしたんですか?」

 

「いや、今日街に行った時に気になる情報をいくつか耳に挟んだから伝えておこうと思ってな」

 

「気になる情報ですか?」

 

「ああ。北の方で近いうちに“火龍誕生祭”って祭りが行われるらしい。ギフトゲームもかなり開かれるらしいから、もしも、余裕があるなら、ギフトゲームで少しは稼ぎに行けるんじゃないか?」

 

 黒ウサギとジンは「なるほど」という顔をした。

 

「もう、そんな噂が立っているんですね」

 

「噂っていっても、ごく一部でだけどな。街でも噂してたのはごく少数だ。あいつらの耳に入るのも当分先だろうけど、行くのか」

 

 そこで、ジンは机からあるものを取り出す。

 

「手紙?」

 

「はい。白夜叉様からなのですが、その“火竜誕生祭”の招待状なんです」

 

「なら、ちょうどいいし、行って来い。留守は俺がいるから」

 

(その間は、アイツらに振り回されることもないだろうし)

 

 下心を隠しつつ、気遣うふりをして勧めると、ジンは難しそうな顔をする。

 

「それなんですが、ここから北側までは約980000㎞もあるんです。そこで、移動には“境界門(アストラルゲート)”が必要なんですが…」

 

「そこの使用料が馬鹿にならんって事か」

 

「そうなのです。黒ウサギなら、“箱庭の貴族”として、無料で使えるんですが…」

 

「他の奴だとかなりかかるってわけか………待てよ」

 

 そこで、八幡はふと、ある可能性に気が付く。

 

「白夜叉からの招待状って、もしかしてうちのコミュニティへの依頼なのか?」

 

「え? ……はい、その可能性はあると思いますけど。八幡さん、それがどうかしたんですか?」

 

「いや、もし何かの依頼だったら、事情を話せば交通費くらいは向こうが負担してくれるんじゃないか?」

 

「「…あ」」

 

 黒ウサギとジンが「その手があったか」という顔をする。

 

「なるほど。それなら、今度白夜叉様に訊いてみる必要がありそうですね」

 

「まぁ、それで交通費はなんとかなるとして、あの問題児たちにはいつ伝えるんだ?」

 

 八幡としても、危惧すべきはそこだった。

 あの問題児たちのことだ、祭りのことを聞けば、絶対に行くと言い出すだろう。

 

「それに関してなのですが、白夜叉様からの支援が受けられるかわからない以上、まだ言わない方がいいと思うんですが」

 

「ま、それが妥当だな」

 

「YES。では、このことはくれぐれもご内密にお願いします」

 

 後に、三人はこの判断を後悔することになるとは、この時はまだ、知る由もなかった。




さて、次回から本編2巻の部分になるわけですが、この話では主に八幡がひどい目に合う予定です。
次回はできるだけ早くかけるように頑張ります。
それでは、感想、評価、誤字の指摘などありましたらお願いします。


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あら、魔王襲来のお知らせ?
やはり、比企谷八幡の北側観光はまちがっている。


まず、すみません。
先日、『やはり超高校級の妹が希望ヶ峰学園に入学するのはまちがっている。』の方を更新すると書きましたが、こちらの方が思いのほか筆が乗ってしまいこちらが先になりました。
ようやく、2巻です。
今回は観光回です。


「どうしたの? 行くわよ」

 

「あいよ」

 

 現在、八幡は北側の祭り“火龍誕生祭”に来ていた。

 しかし、今彼といるのは、妹の小町でも、同じコミュニティ“ノーネーム”の同士でもなく、今日初めて会ったばかりの幼女だった。

 

「八幡、次はあれが食べたいわ」

 

 そう言って、露店を指さす。

 

「お前…さっきから俺に奢らせすぎじゃね?」

 

「別にいいでしょ、これぐらい」

 

「よくねえよ。人の金だろ」

 

 そう言いつつ、八幡は露店に行き、何某かの焼き菓子を買う。

 

「これ、見たことないけどうまいのか?」

 

「ええ。食べてみる?」

 

 そう言って、八幡から焼き菓子を受け取った幼女は、その焼き菓子を手で割り八幡に差し出す。

 

「ん、サンキュ」

 

 女性に対して警戒心の強い八幡だが、“ノーネーム”に子供が多いことや妹がいるだけに、幼女に対してキョドるようなこともなく受け取り、口に入れる。

 

「お、うまい」

 

 どうやら、その焼き菓子はクッキーに近い生地にキャラメルのようなものをかけたものらしい。

 ややしつこいくらいの甘さが口に広がるが、甘党の八幡にはちょうどよかった。

 

「それで、これから行くのって、どこのコミュニティの店なんだ? やっぱり、“サラマンドラ”か?」

 

「いいえ。今回はこの祭りに作品を出品してるコミュニティが出店してるお店に行くの」

 

「有名なのか、そこ?」

 

「ええ、かなり有名よ。北川にブランドを持ってるらしいし、一番有名な作品は、『ジャック・オー・ランタン』らしいわ」

 

 幼女の言葉に、八幡は眉を顰める。

 

「『ジャック・オー・ランタン』って…あのハロウィンのか?」

 

「そう。コミュニティ“ウィル・オ・ウィスプ”。それが今から私たちの行くコミュニティの名前よ」

 

 そう言って先導する幼女の後ろを歩きながら、八幡は目の前の名も知らぬ幼女について考える。

 

(コイツ…かなり強そうだから、とりあえず逆らわないようにしてるが、恐らくアリスたちの上位種っぽい感じがするな。ホントに何者だ、この斑ロリ(・・・)

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 問題児たちのストーカー騒動(小町発案)から、一週間たった日のことだった。 

 

「どうでしょう、八幡様?」

 

 狐耳の少女リリは、八幡の反応をドキドキしながら待っていた。

 

「うん、うまい。これなら、いけそうだな」

 

「本当ですか! やったー!」

 

 リリは諸手を挙げて大喜びする。

 何をしているかと言うと、先日、八幡がマッカンを飲んでいる時にリリが厨房に訪れ、八幡が飲んでいたのが気になったのか、飲ませて欲しいと頼まれた。八幡も特に断る理由もなかったため作って飲ませてあげたのだが、その際、マッカンの味をいたく気に入ったらしく、マッカンの作り方を八幡から教わった後、料理に応用できないかと、作る度に八幡のところへ持ってきていたのだ。

 

「にしても、リリはすごいな。この歳でここまで料理ができるなんてな…」

 

 そう言って、八幡はリリの頭を撫でる。

 

「…あっ。…えへへ」

 

 リリは、一瞬だけ体をピクリと反応させるも、すぐに気持ちよさそうに目を細める。

 すると、厨房に匂いを嗅ぎつけたのか耀が入ってくる。

 

「…いい匂い。何作ってる…二人とも、何やってるの?」

 

「あっ、耀様! 今八幡様からも合格をいただいたので、耀様も食べてみてください」

 

 そう言って、リリが差し出したお菓子を耀は一つ口に入れてみる。

 

「あ、おいしい。それにこの味って…マッカン?」

 

「はい。八幡様に作り方を教わったので、料理に活かせないかと思って、八幡様に味見してもらってたんです」

 

「へぇ…そうなんだ」

 

「よ、耀様!? そんなに一気に食べちゃダメですよ! 皆にも食べてもらうんですから!」

 

 途中からほぼ無心で食べている耀をリリが止める。

 

「そういえば、そっちのは?」

 

 そう言って耀が指さしたのは、作られたばかりと思われる朝食だった。

 

「飛鳥様がまだ起きていないので、持っていこうと思って」

 

 リリの言葉に八幡は眉を顰める。

 

「アイツって、俺より朝弱いのか?」

 

「起きるのは遅い方じゃないけど、朝はあんまり強くないって言ってた。八幡も朝結構弱いよね?」

 

「まあな。学校の遅刻も結構多かったしな。…っていうか、なんで知ってるんだよ。この間のストーキングといい、ちょっと努力の方向おかしいよ」

 

 八幡が戦慄して言うと、耀はきょとんとする。

 

「でも、この間のも小町の発案だったし、このことも小町が教えてくれたよ」

 

「マジかよ。人様に何教えてんの。うちの妹の情報管理甘すぎでしょ。お兄ちゃんちょっと不安なんだけど」

 

「え、えっと、それはともかく、今から飛鳥様のお部屋に行きますけど…どうします?」

 

 リリの提案に、耀は手を挙げる。

 

「あ、私行くよ。たぶん、飛鳥まだ起きるのつらいだろうし」

 

「じゃあ、俺は部屋に戻「ほら、八幡も行こっ!」…聞いてねえし」

 

 耀は八幡の手を取り、リリの後について飛鳥の部屋へ行く。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 飛鳥の部屋の前で、なかなか起きてこない飛鳥を起こすために、耀はドアを連続でノックをして安眠妨害をすることで飛鳥を叩き起こした。

 

「もう! 一度でいいから二度寝というものを体験してみたかったのに!」

 

「お嬢様にあるまじき発言」

 

「まぁ、二度寝って気分いいからな。特に学校をサボってする二度寝は最高」

 

「いや、それはどうなの?」

 

「でも、そのあと学校にすげえ行きづらいんだよなあ。特に教室に入った時の注目はなあ…」

 

「じゃあ、遅刻しなきゃいいのに」

 

 呆れるように言う耀に八幡は胸を張る。

 

「ばっか、お前。世の中には『重役出勤』って言葉があってだな。つまり、遅くに登校する俺は将来重役になることが約束されているんだよ」

 

「いや、あなた普段から働きたくないって言ってるでしょう」

 

「ていうか、その『重役』って皮肉だよ」

 

「くそっ…。こいつら無駄に頭がいい分通じねえ」

 

 呆れる飛鳥と耀に、賢い分厄介さがあることを知った八幡だった。

 そんな彼らの様子を見ていたリリは、パタパタと嬉しそうに尻尾を揺らす。

 

「みなさん、箱庭での生活を楽しんでいただけているようでよかったです」

 

 リリの言葉に八幡は僅かにピクリと反応するが、誰も気づかない。

 

「ええ、そうね。箱庭での体験はどれも新鮮でとても楽しいわ」

 

「うん。私も来てよかった」

 

 しかも、この空気である。

 八幡は手持無沙汰になり、ギフトカードを眺めることにする。

 ここのところ、アリスを始めとした、白夜叉からもらった(押し付けられたともいう)ギフトをいくつか調べ、安全そうなものだけ、箱とは別にして直接ギフトカードに入れていた。

 なので、使えるギフトがかなり増えたのだが、問題が起きていた。

 

『比企谷八幡

 

 “不協和音▷

      

      “トリガーハッピー”

      “デプレッション”

      “ヒッキ―▷

          “ディテクティブヒッキ―”

          “ステルスヒッキ―”””

 “エレメンタル・ダガー”

 “エレメンタル・アミュレット”

 “風精霊(シルフ)ウィン”

 “火精霊(サラマンダ―)ヒータ”

 “水精霊(ウンディーネ)エリア”

 “土精霊(ノーム)アウス”

 “ミラー・アリス”

 “ジャンク・スケアクロウ”

 “マザーグース”

 “リドル・ナンバーズカード”

 “プリック・ヘッドホン”

 “ディスタント・ゴーグル”

 “A war on the board”

 “不如帰”

 “バグ・サルタスション”

 “コーバート・ストリングス”

 “ジャイアントイーター”

 “シュレディンガー”

 “フラグ・フラッグス”

 “ブリストアー”

 “ギフト・ボックス”▶

 “???”

 

                          』

 

 自身でも、随分増えたと思うが、調べてみると、これらのギフトはかなりめんどくさいギフトだということがわかった。

 

(白夜叉のやつ…こんなもん押し付けやがって…)

 

「何これ? 前より増えてる…これが白夜叉からもらったギフト?」

 

「前よりもかなり増えてるわね…」

 

「うわー! 八幡様のギフト、いっぱいです!」

 

 ギフトカードを眺めていると、いつの間にか三人が八幡のギフトカードを覗き込んでいた。

 

「…確かに白夜叉からもらったギフトだけど、大したことないのも多いぞ」

 

「そうなの? この“ジャイアントイーター”って、いかにも強そうだけど…」

 

 飛鳥がギフトカードに記された内の一つを指さすと、八幡は微妙そうな顔をする。

 

「ああ…こいつはな…うん」

 

 言葉を濁す八幡に、耀と飛鳥は悪そうな顔をする。

 

「ねえ、八幡。これ、使ってみてもらっていい?」

 

「いや、これは…」

 

『八幡君、このギフトを使いな「キャハハハハ! 俺様をお呼びかい? かわいいかわいいガァアアアルズ!!」…え?」

 

 飛鳥が“威光”のギフトを使おうとすると、下卑た笑いと共に、八幡のギフトカードから幼児が書いたお化けをそのまま人形にしたかのようなパペットが出てきて、すっぽりと八幡の左手にはまる。

 

「俺様が、“ジャイアントイーター”様だ! にしても、旦那も隅に置けねえなぁ! 朝っぱらからこんな美少女、美幼女とご一緒たぁ、恐れ入るぜ! よっ! 色男! 憎いね憎いね! かぁっー! 羨ましいぜ! しっかし、朝たぁいえ、関係ねえ! とっとと、押し倒して、三人ともペロリと平らげちまいなぁ! もちろん、性的な意味でだぜ! キャハハハハハ!!」

 

 マシンガンのように浴びせられる下品な言葉の数々に、女性陣は皆一様にポカンとし、八幡は「はぁ…」とため息を吐いた。

 

「だから、出したくなかったんだけどな…」

 

「おいおい、いくらなんでもひどすぎねえかい、旦那? 箱ン中じゃ、誰とも喋れねえし、ようやくギフトカードに移動できたと思ったら、アリスの姉御もシュレの小僧もボードの奴等も『お前みたいな下品なのと話したくない』っていうしよ! 旦那だって知ってんだろ? 俺様がお喋り好きだっつーことはよ!」

 

「いや、知ってるけど口汚いのはホントだろ…」

 

「キャハハハハ! こりゃ、手厳しいぜ! んで、結局のところはどの娘が本命だ? 気の強そうな娘っ子もいいが、すましっ娘もなかなかそそるな。だが、未来の可能性って意味じゃあ、この狐耳のロリっ娘もいいなぁ! なぁ、おい! 旦那はどう思…」

 

 言葉の途中で、八幡は“ジャイアント・イーター”を左手から外す。

 すると、あれだけ、マシンガントークを繰り広げていたにもかかわらず、八幡が外した途端、先ほどのお喋りが嘘のように静かになる。

 “ジャイアントイーター”はジタバタと暴れるも、抵抗虚しくギフトカードに戻された。

 

「これでわかっただろ? 俺が出したくなかった理由」

 

 八幡がやや疲れたように言うと、飛鳥と耀も微妙そうな顔をする。

 

「ええ。嫌というほどわかったわ。たしかに、アレは出したくないわね」

 

「…うん。あれが強いギフトでも、出すのをためらいそう」

 

「で、でも、それだけのギフトを預けられるってことは、八幡様が白夜叉様から信用されてるってことですから、十分すごいですよ!」

 

 慌ててフォローするように言うリリに、八幡は首を横に振る。

 

「いや、単に厄介物押し付けられただけだろ」

 

「まぁ…どちらにせよ。ここ最近の日銭を稼ぐような小さいゲームじゃなくて、もっと大きなゲームじゃないと試せなさそうね」

 

「そうだね。そんな大きなギフトゲームがあればいいんだけどね」

 

 言いながら、飛鳥と耀はリリの二尾を抱きかかえ、モフり始める。

 

「ひゃ、ひゃああっ!? や、やめてください~」

 

 尻尾を触られるのは苦手なのか、リリは抵抗しようとするも、飛鳥と耀はリリの尻尾をモフって離さない。

 その時、リリの割烹着のような服のポケットから、手紙の封筒のようなものが落ちる。

 

(なっ!? アレは…)

 

 その封筒が何かいち早く気づいた八幡は、封筒を回収しようと試みるも、耀に先に回収されてしまう。

 

「何、この封筒? …ッ!? 飛鳥!」

 

「どうしたの、春日部さん? …これは!?」

 

(ああ、終わったな。…めんどくさいことになりそうだ)

 

 これから起こる騒動に自分も巻き込まれることを考え、辟易とする八幡だった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「黒ウサギのお姉ちゃ~ん! 大変なの!」

 

 リリは黒ウサギとレティシアのいる農園跡地に慌てて駆け込んだ。

 二人はただならぬリリの様子に驚く。

 

「ど、どうしたのですかリリ!?」

 

「こ、これ!」

 

 そう言って、リリは二人に手紙のようなものを二通渡す。

 まず、一通目。

 

『黒ウサギへ

 

 近日行われる箱庭の北と東の“階層支配者”による共同祭典“火龍誕生祭”に参加してきます。

 

 貴方もあとから必ず来ること。あとレティシアもね。

 

 私たちにこの祭りのことを秘密にしていた罰として、今日中に私たちを捕まえられなかった場合———五人ともコミュニティを脱退します。

 

 死ぬ気でで探してね♪

 

 なお、ジンくんは道案内に連れていきます。』

 

「な、なんなのですか、これは!? あ、あの問題児様方はあああああああああああ!!」

 

「落ち着け黒ウサギ。こっちも読め」

 

 レティシアがもう一通を見せる。

 

『たぶん、あいつらはすぐに白夜叉に頼る方法を思いつくだろうから、まずは“サウザンドアイズ”に来い。それで間に合わなかったら腹くくれ』

 

「これって、八幡さんですか?」

 

「恐らくな。にしても、間の悪い」

 

「全くです」

 

 というのも、“火龍誕生祭”のことに関する白夜叉との会談が今日だったのだ。

 

「たしかに、一度依頼を受けて向こうに行かれてしまったら元も子もない。すぐに追いかけるぞ! リリ、留守を頼む!」

 

「わ、わかりました!」

 

 リリが返事をすると、黒ウサギは髪が桜色に代わり、レティシアも姿が変わる。

 

「行くぞ、黒ウサギ!」

 

「はい! レティシア様!」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 一方、問題児たちはすでに“サウザンドアイズ”支店の白夜叉の私室に来ていた。

 

「ふむ…約束の時間より早くはないか?」

 

 白夜叉は少し不思議そうに八幡を見る。

 ここまで、文字通り首根っこ掴まれて引きずってこられたため、若干疲れた様子で八幡は答える。

 

「こいつらがここに来た時点で察してくれ」

 

「まぁ…時間については別に良い。ジン殿、結論として、路銀に関してはこちらで負担しよう」

 

 白夜叉の言葉に十六夜は「へぇ…」と、感心したように呟く。

 

「話す前から俺らが何を頼むか知っていた。しかも、八幡に訊いたってことは、お前も一口噛んでやがったな」

 

「あら、そうなの八幡君?」

 

「…私たちに教えてくれてもよかったのに」

 

「まったく、このごみいちゃんは」

 

 不満そうにする問題児たち(妹含む)に八幡は「でもなぁ…」と半眼で彼らを見る。

 

「そもそも、お前ら路銀が出るかどうかも不明な状態でも、招待状のこと知ったら、速攻で行こうとするだろ」

 

「「「当然」」」

 

「息ぴったりかよ…。うちのコミュニティにそんな余裕ねえんだから、わがまま言うんじゃありません」

 

「うわっ、お兄ちゃんめんどくさい」

 

「めんどくさいとか言うな。しっかりしてると言え。ていうか、おまえはこいつらの影響受けすぎだろ」

 

 比企谷兄妹を無視して、白夜叉は話を続ける。

 

「ともかく、路銀を負担する代わりに、おんしらには東の“階層支配者”として、受けて欲しい依頼がある」

 

「…依頼、ですか?」

 

「うむ。ところで、おんしらは“火龍誕生祭”についてどのくらい知っておる?」

 

 白夜叉の質問に答えたのは八幡だった。

 

「北の“階層支配者”が急病で世代交代したから、そのお披露目も兼ねた大祭で、主催はたしか…“サラマンドラ”ってコミュニティだったか?」

 

「その通りだ。よく知っておるな」

 

 感心したように白夜叉が言うと、褒められたのが照れくさいのか、八幡は顔を逸らす。

 

「噂で聞いた時に気になって、情報を集めただけだ」

 

「“サラマンドラ”となら、かつては交流がありました。それで、どなたが頭首に? サラ様ですか? マンドラ様ですか?」

 

 白夜叉は首を横に振った。

 

「いや、サンドラだ」

 

「サンドラが!? 彼女はまだ十一歳ですよ!」

 

「あら、ジンくんだって十一歳で私たちのコミュニティのリーダーじゃない」

 

「いや、コミュニティのリーダーうんぬんよりも、“階層支配者”が十一歳ってことが普通じゃないんだろ。で、大方それを良く思わないやつが北側にいるから、今回は東側と共同で開催ってことになったってところか?」

 

 八幡の推理に白夜叉は目を丸くする。

 

「ほう…おんし、中々に慧眼だの」

 

 今度は北側の現状に思うところでもあるのか、八幡は微妙そうな顔をする。

 

「まぁ…そこらへんには色々と事情が「ちょっと待て」何だいきなり」

 

 白夜叉が北側の現状について説明しようとすると、十六夜がそれを制する。

 

「それって、長くなるか?」

 

「こら、人を年寄り扱いするな。一時間くらいにまとめるつもりだ」

 

「いや、普通に長いですよ」

 

 心外そうな顔をする白夜叉に小町が突っ込むと、十六夜は少し慌て始める。

 

「とにかく、今すぐ北側に向かってくれ!」

 

「ん? 依頼内容は聞かぬのか?」

 

「構わねえ! そっちの方が面白い!」

 

「そっちの方が面白いか…なら仕方ないの!」

 

 にやりと笑った白夜叉がパンッと柏手を打つと、八幡は空気が変わったかのような錯覚を受ける。

 

「着いたぞ」

 

「「「「「「…ハ?」」」」」」

 

 八幡は後悔した。コイツのでたらめさを嘗めていた、と。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 “サウザンドアイズ”支店から外を見た“ノーネーム”の一同は、その街の様子に息をのんだ。

 基本的に農耕地が中心ののどかな村のような風情のある東側と打って変わって、北側は街灯やランプによって彩られたきらびやかな街だった。

 

「すごいわ! 白夜叉、あっちのガラスの回廊に行ってきていい?」

 

 瞳を輝かせて言う飛鳥に、白夜叉は苦笑する。

 

「構わんよ。続きは夜にでもしよう」

 

 白夜叉の気遣いに、問題児たち(+妹含む)が大手を振って街に繰り出そうとしたところで、八幡はただならぬ気配を感じる。

 

「ようぉぉぉやく、見つけたのですよ。問題児様方」

 

「チッ! もう追いついてきやがったのか! 逃げるぞ、お前ら!」

 

「ちょっと、十六夜君!?」

 

 十六夜は飛鳥を抱えると、一目散に逃げ出し、耀も小町を抱えてそれに倣おうとしたところで、黒ウサギに足を掴まれ、小町もろとも後方へと投げ飛ばされる。

 

「っと、危ねえ…」

 

 投げられた耀は白夜叉の方へと投げ飛ばされ、小町は八幡が受け止める。

 

「こら、黒ウサギ! おんし、最近いささか礼儀を欠いておらんか!」

 

「白夜叉様! 黒ウサギは十六夜さんと飛鳥さんをレティシア様と捕まえてきますので、耀さんたちをよろしくお願い致します!」

 

「おお…、がんばっての」

 

 黒ウサギの勢いに気圧され、白夜叉は頷く。

 “サウザンドアイズ”支店のある展望台からジャンプする黒ウサギ。

 黒ウサギと問題児たちの追いかけっこは、後半戦に突入するのだった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「ふふ。なるほどのう。おんし達らしい悪戯だ。しかし“脱退”とは穏やかではない。ちょいと悪質だとは思わなんだか?」

 

「それは………うん。少しだけ私も思った。だ、だけど、黒ウサギだって悪い。お金がないことを説明してくれれば、私達だってこんな強硬手段に出たりしないもの」

 

「普段の行いの差だろ。現に、俺はこの祭りの話したら普通に教えてくれたし」

 

 呆れるように言う八幡に、耀はむっとする。

 

「それは………そうだけど、それも含めて信用のない証拠」

 

「そりゃ、成果以上に問題起こしてるんだから当然だろ」

 

「うっ…」

 

 心当たりが大いにあるため、耀は言い返せなくなる。

 

「ていうか、問題はお前だ」

 

 そう言って、八幡は小町を指さす。

 

「え、小町…なんで?」

 

「いや、おまえ全部知ってて十六夜たちの側についただろ…」

 

「え…そうなの?」

 

 驚く耀に、小町はしばし黙考する。

 

「…面白そうだから、つい」

 

 小町の悪びれない態度に八幡はため息を吐く。

 

「はぁ…。なんつーか、だいぶ影響受けてるな」

 

「むっ…私たちのせいって事?」

 

 不機嫌そうにする耀に八幡は首を横に振る。

 

「いや、小町の自己責任だな。」

 

「あれ、意外だね。『おまえらのせいでー』とか言うと思ったのに」

 

「そりゃ、他人と関わったぐらいで変わるもんだからな。そんなもの、どうなったって変わってただろ。そんなのいちいち他人のせいにしてたらキリがねえよ。それより、この“火龍誕生祭”にうちのコミュニティが出れるのって、どんなのがあるんだ?」

 

「それなら、ちょうどよいのがあるぞ。特に耀とおんしに出てもらおうと思っておったのがな」

 

「あっ、俺はパスで」

 

「おい。話すら聞かんのか。まぁ、よい。耀の方はどうだ?」

 

「うん。私は出る。それで、どんなゲームなの?」

 

「“造物主たちの決闘”というゲームでな。作成者問わず、創作系ギフトの技術や美術を競い合うためのゲームだ。おんしのその“生命の目録”なら、その意味でも十分優れておるし、力試しにもなると思うが……」

 

「そうかな?」

 

「うむ。幸い、サポートも認められておるし、祭りを盛り上げるために一役買ってほしいのだ。勝者には、強力な恩恵も用意する」

 

 白夜叉の言葉に、耀がピクリと反応した。

 

「ねえ、白夜叉。その恩恵があれば、黒ウサギと仲直りできるかな?」

 

 不安げに訊く耀に、白夜叉は優しげに笑った。

 

「できるさ。おんしにそのつもりがあるならな」

 

「うん。頑張る」

 

 ギフトゲームに意気ごむ耀に、小町は八幡のいる方を向く。

 

「ねえ、お兄ちゃんもせっかくだから出てみたら…って、あれ、お兄ちゃんは?」

 

「え?」

 

 耀と小町が周りを見ると、いつの間にか八幡がいなくなっていた。

 

「あやつなら、さっき普通に出ていったぞ」

 

 白夜叉は扇子で外への襖を指す。

 

「あのゴミいちゃんは…。耀さん、行きますよ!」

 

「え、ちょっと、小町!」

 

 耀の手を引き、小町が出ていくと、白夜叉が二人が出ていった方とは別の方に目を向ける。

 

「それで、あの二人を欺いてまで私と二人っきりになろうとした理由を訊こうか」

 

 八幡はグレーのギフトカードを白夜叉に見せる。

 

「これについて訊きたいんだよ。ウィンに訊いてもよくわからなかったみたいだからな」

 

 白夜叉は八幡のギフトカードを覗きこむ。

 

『比企谷八幡

 

 “不協和音▷

      

      “トリガーハッピー”

      “デプレッション”

      “ヒッキ―▷

          “ディテクティブヒッキ―”

          “ステルスヒッキ―”””

 “エレメンタル・ダガー”

 “エレメンタル・アミュレット”

 “風精霊(シルフ)ウィン”

 “火精霊(サラマンダ―)ヒータ”

 “水精霊(ウンディーネ)エリア”

 “土精霊(ノーム)アウス”

 “ミラー・アリス”

 “ジャンク・スケアクロウ”

 “マザーグース”

 “リドル・ナンバーズカード”

 “プリック・ヘッドホン”

 “ディスタント・ゴーグル”

 “A war on the board”

 “不如帰”

 “バグ・サルタスション”

 “コーバート・ストリングス”

 “ジャイアントイーター”

 “シュレーディンガー”

 “フラグ・フラッグス”

 “ブリストアー”

 “ギフト・ボックス”▶

 “???”

 

                          』

 

「ふむ。この“???”で表示されているものか…。恐らく、これはギフトの萌芽だな」

 

「…萌芽? なんだそれ」

 

「まぁ、有体に言えば、ギフトになる前のギフトとでもいえばいいか。何かのきっかけがあれば、完全に目覚めるだろう。気にすることはない」

 

「きっかけ、か…」

 

(できたら目覚めてほしくない。面倒になりそうだから)

 

「ああ、それと…」

 

「わかっておる。あやつらには言わん。また、なにかあったら相談するがいい」

 

「悪いな。助かる」

 

「よいよい。せっかくだ。おんしも祭りを楽しんでこい。どうせ話は夜からだしの。なんだったら、妹にプレゼントの一つでも送ってやれ」

 

 白夜叉の言葉に八幡は珍しく、悪くないと思った。

 

(たしかに、ギフトが一つってのも不安だし。何かいいのがねえか探してみるか)

 

「そうしてみるわ。あー、その、なんつーか、ありがとうございました」

 

「かまわんよ。地域の者の相談に乗るのも“階層支配者”の務めだ」

 

「んじゃ、俺も行ってくる」

 

「うむ。存分に祭りを楽しんでくるといい」

 

 白夜叉に見送られ、八幡は“サウザンドアイズ”支店を後にした。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 街へと出たはいいものの、まったく土地勘のない始めてくる場所のため、どこに行けばいいのか迷っていた。

 

(つっても、どこに行ったもんか…。この街の地理には全く詳しくない。かつ、他人に聞いてもそれが地元の奴でなければ意味がない。とすると、警備している“サラマンドラ”の奴に聞くのが妥当か)

 

「なのに、周りにいないってどういうことだよ。警備ちゃんとやってるのか?」

 

「まったくね。ちゃんと警備する気があるのかしら」

 

「………は?」

 

 八幡はいつの間にか自分の横に立っていた、斑模様のスカートの幼女を見る。

 

「…………ッ!?」

 

 そして、その一瞬で悟る。『自分では絶対に勝てない』と。

 

「…? どうかしたの?」

 

 幼女が訊いてくるが、八幡は逃げるべきかおとなしくするべきかで悩んでいた。

 

(ここは逃げるべきか! いや、まだ敵かどうかも決まってないのに…いや、違う!)

 

 相手の敵意を“ディテクティブ・ヒッキー”で探った八幡は戦慄する。その殺意に。憎悪に。怨嗟に。

 かつてないほどの恐怖を感じた。

 これまで、自分が人から受けてきた自覚的、無自覚的問わない悪意のなんと微々たるものか。なんと矮小なものか。

 自分に向けられたのではない。しかし、その圧倒的な悪意に『逃げる』という思考さえ放棄した。

 八幡は確信する。この幼女は間違いなく神の格だと。

 だからこそ、自分の心を気取られてはいけない。

 大丈夫だ。それは自分が最も得意とするところ。問題はない。

 

「…誰だお前?」

 

 かなり失礼な物言いに、相手は嫌な顔一つしない。

 当然だ。むしろ、ここは下手に出る方が悪手。こっちが気づいていないふりをするならただの幼女として扱わなければならない。

 

「迷子か? なんなら警備の奴ぐらいは探すぞ」

 

「…結構失礼ね、あなた」

 

 「しょうがない」とでも言うように、幼女はため息を吐く。

 

「それで、あなたは道に迷ってるの?」

 

「…まぁ、それで合ってる」

 

「あなたはどこに行こうと思ってたの?」

 

「別に行きたい場所があったわけじゃねえよ。ちょっと、買い物しようと思って店を探してただけだ」

 

「店? それなら周りにたくさんあるじゃない」

 

 彼女の言う通り、出店なら周りにたくさんあるが、どれも飲食系であり、八幡が探している店ではない。

 

「ああ…えっと、そういうんじゃなくてだな。なんだ? 要はお守りとか、そういう気休めにでもなるようなものを探してんだよ」

 

 その言葉に、幼女は不思議そうな顔をする。

 

「お守り…? あなたには必要そうには見えないわ。そこそこ…六桁の中層ならある程度は通じると思うけど」

 

「いや、俺のじゃなくて妹のだ」

 

「妹? あなた、妹がいるの?」

 

 意外そうな顔をする幼女に八幡は頷く。

 

「2つ下のがな。まぁ、小賢しくて小憎たらしいが、可愛い妹だよ。うん、うちの妹超かわいい」

 

「…そう、どうでもいいわ。ねえ…」

 

「…なんだよ」

 

「一つだけ、いいコミュニティを知ってるわ。噂しか聞いたことないけど」

 

「噂だけかよ…。ま、他に行くとこもねえし、そこでいいか。と、その前にちょっといいか?」

 

「…何?」

 

「そこって、“ノーネーム”大丈夫か?」

 

 そこで、今度こそ幼女が驚いたように目を見開く。

 

「あなた…“ノーネーム”なの?」

 

「いや、見りゃわかんだろ。どこにも旗印付けてないんだから」

 

 八幡が箱庭で暮らすうちに気づいたことだが、コミュニティに所属する者は、通常は自分のコミュニティの旗印の入った何某かを身に着けている。

 しかし、コミュニティの名と旗印を奪われている自分たちにはそれがないのだ。

 

「…そう。ねえ、一つ提案があるんだけど」

 

「なんだ?」

 

「あなた、私のコミュニティに入らない」

 

「は?」

 

 まさか、勧誘してくるとは思わなかった。意外な申し出に、八幡は虚を突かれる形となった。

 

「どうかしら?」

 

「どうって…そもそも、勧誘してくる理由がわからん。ていうか、おまえコミュニティのリーダーなのかよ」

 

 ある意味納得だ。このかなり強そうな幼女なら、別にコミュニティのリーダーをやっていてもおかしくないだろう。

 

「…私がコミュニティのリーダーってことに驚かないのね」

 

 幼女の言葉に、八案はドキリとした。

 

「いや、うちのコミュニティのリーダーも新しく“サラマンドラ”リーダーになる奴も十一歳だからな。実力があるんなら普通じゃないのか?」

 

 これは我ながらいい返し方だと、八幡は考える。

 基本的に実力主義の箱庭なら、あくまで実力があることを悟っているのではなく、実力があるからリーダーをやっているんだろうと考えているように思わせることができる。

 

「…そうね。だからこそ、うちみたいな新興のコミュニティはいい人材が欲しいのよね」

 

 幼女のつぶやきに、八幡はある可能性に思い当たる。

 

「もしかして、人材の勧誘でこの祭りに来たのか?」

 

「ええ。この祭りにはたくさんの参加者がいるもの」

 

 黒ウサギやジンから聞いた話によると、この“火龍誕生祭”は芸術品や出店、ギフトゲームなどでのコミュニティの参加のほかに、観光目的で来るものも多く、自分のコミュニティをアピールすることで、人材を集めることもできるらしい。この幼女のコミュニティも、そのために来たのだろう。

 

「悪いけどパスさせてもらう。“ノーネーム”だが、今のコミュニティには世話になってるしな」

 

「…そう。まぁ、いいわ。また機会があるだろうし」

 

「…?」

 

「ところで、気休めでもいいからお守りになるようなものが欲しいのよね?」

 

「…まあな。それがなんだよ」

 

「いいわ。案内してあげる」

 

「は? おい」

 

 八幡が呼び止めようとするのも聞かず、幼女はスタスタと先に行ってしまう。

 

「くそっ!」

 

 仕方がないので、幼女の後についていくことにする。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 そして、現在へと至るわけだが、幼女は道中の露店で買い食いしまくっていた。主に八幡の金で。

 

「おい、まだ着かないのか?」

 

「もうすぐよ。ほら、あそこ」

 

 そう言って、幼女が指さす方を見れば、大きなカボチャをかぶり、ボロ布を纏った何かが店番をしていた。

 

「…あれがジャック・オー・ランタンか?」

 

「みたいね。旗印からして、あの店はウィル・オ・ウィスプのものだし、そうなんじゃないかしら」

 

 ぼっちの八幡にとっては、いきなり人外の店番に自分から話しかけるのはハードルが高かった。

 しかし、八幡の様子が不振だったのか、声をかけあぐねている様子を見かねたのか、カボチャ頭の方から話しかけてきた。

 

「ヤホホ! いらっしゃいませ。本日はどのような商品をお求めで?」

 

 見た目に似合わない紳士的かつ陽気な態度に八幡は驚く。

 

「えっと、お守りになるようなものって…ありますか?」

 

「お守りですか…それならばこちらはいいかかでしょう」

 

 カボチャ頭が持ってきたのは、中で炎が揺らめくガラスでできたペンダントだった。

 

「これは?」

 

「『コミュニティの子供が安全に帰ってこられるよう』にというコンセプトの元作られたものでして。道に迷った時に帰り道を示してくれたり、子供の居場所を知らせたり、子供に危険な場所を知らせる優れものですよ」

 

「ほう…でも、お高いんでしょう?」

 

「いえいえ、本日はせっかくの祭りです。稼ぎ時ではありますが、だからといって子供に与えるものを高値で売るなど、我ら“ウィル・オ・ウィスプ”の名折れであり、野暮というもの。よって、この値段でどうでしょう?」

 

 手元に示された値段に八幡は感心する。

 

(決して高すぎず、相手に買える値段でありながらある程度の儲けも出るようにしていやがる。…ここ、かなり商売がうまいな)

 

「わかった、買わせてもらう」

 

「ヤホホ! お買い上げありがとうございます!」

 

 会計を済ませると、八幡は“サウザンドアイズ”支店に戻るため、元来た道を戻っていく。

 

「そこの少年。ちょっといいかな?」

 

 不意に呼び止められて振り向くと、そこには上等な服を着た老人がいた。

 

「…なんすか?」

 

 以前、姉妹たちのことがあったため、警戒心を崩さないように話をする。

 

「なに、そう警戒しなくてもよい。ただ、君の店員との会話が聞こえてしまってね。贈り物は多い方がいいとは思わんかね?」

 

「…どういう意味だ」

 

「簡単だ。『うちの店の商品もどうか?』といっている」

 

 なるほど。つまり、この老人は一種の呼び込みをしており、ちょうどよく自分の店の製品を売りつけられる相手を見つけたということらしい。

 

「そういうのいいんで」

 

 さすがにどんなものを、どんな高値で売られるかわかったものではない以上、そうやすやすと買うことはできないので、断ろうとする。

 

「まあ、そう言わずに」

 

 どういうわけかこの老人、足運びが非常にうまく、なかなか逃げ出せない。

 

(…ッ!? ったく、今日は完全に厄日だな)

 

 苛立ち始める八幡に、老人は少し考える素振りを見せる。

 

「ふむ。では、少年。この商品を実際に使い、満足したら買ってもらう、というのはどうだろう?」

 

「…最終的に買ったとして、俺がそこまですることで、あんたにメリットがあるのか?」

 

 警戒する八幡に、老人はそっと笑う。

 

「なに、ただの職人の意地というものだ。『自分のコミュニティの商品の方が優れている』というな。だから、君が気に入ってくれれば、この商品を宣伝してくれないかな?」

 

 つまり、あくまで老人は自分の腕の方が上だと主張したいらしい。

 老人が差し出した商品は、きれいな指輪だった。

 よく見ると、指輪には笛を吹く鼠の意匠が施されていた。恐らく、これが老人のコミュニティの旗印なのだろう。

 

「ちなみに、こっちが気に入った場合の料金は?」

 

「一応、宣伝料分引いて、銀貨三枚もところを銀貨一枚でどうだろうか」

 

 多少割高だが、悪くない買い物だ。

 『宣伝』というのはめんどくさいが、そこらへんは“サウザンドアイズ”あたりに丸投げしよう。

 そう考え、八幡はどうするか決める。

 

「んじゃ、とりあえずはもらっとくぞ」

 

「ええ、くれぐれも悪用しないように」

 

 そう言うと、老人はスタスタと歩いていく。

 

「さて、俺も戻るか」

 

「買い物は終わった?」

 

 いつの間にか、先ほどの幼女が戻ってきていた。

 

「おい、斑ロリ。いきなりどっかに消えてんじゃねえよ。ぼっちが店員に不審な目で見られないように話すのがどれだけ難しいかわかってんの?」

 

 八幡がやや責めるように言うと、幼女は少し拗ねたようにそっぽを向く。

 

「仕方ないでしょ。あまり目立ちたくないのよ」

 

「は?」

 

 目立ちたくないというのは、八幡自身よくわかることだが、この幼女がそれを気にする理由がよくわからなかった。

 

「目立ちたくないって…何か悪いことでもあるのか?」

 

 幼女は八幡の質問にため息を吐く。

 

「はぁ…勧誘するってことは、『場合によっては他のコミュニニティから人材を引き抜く』ってことよ。その意味が分かる?」

 

 そこまで言われて、八幡もようやく理解した。

 確かに、今の“ノーネーム”がそうであるように、人材がコミュニティの盛衰に関わる一因である以上、自分のような“ノーネーム”所属の人間ならともかく、他のコミュニティがいる場では、あまり大ぴらに勧誘をするわけにはいかない。規模の大きいコミュニティの近くならなおさらだろう。

 

「あー、なんつーか、ここまで案内してくれてありがとな。俺は戻るわ」

 

 八幡が礼を言って歩き出そうとすると、ぼそりと僅かに幼女の声が聞こえた。

 

「こちらこそ。そこそこ楽しかったわ。またいずれ」

 

 八幡はまだ知らない。

 この日から八日後、思いもしない形でこの幼女と再会することになるとは。




というわけで、ただの観光回でした。
え、他のメンバー? 適当の観光してるんじゃないかな…。うん。八幡抜きで。
次回はお風呂回と耀のギフトゲームを予定しています。
ヒロインアンケートは現在も行っております。
いくつかのサイトにてアンケートを行っております現在の順位は1位 春日部耀 2位ペスト、精霊、アリス 5位 ウィラとなっております。ちなみに、春日部がすでに2位以下に3倍ほどの差をつけています
それでは、感想、評価、誤字の指摘などありましたらお願いします。


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こうして、盛り上がりの中、祭りは最高にフェスティバっている。

まず、すみません。
前回、一部で次は『やはり超高校級の妹が希望ヶ峰学園に入学するのはまちがっている。』の続きを登校するといいましたが、こちらの方が筆が乗ってしまいました。
 今回は主にお風呂回と春日部耀のギフトゲームです。


「…は? 久遠が襲われた? 誰に?」

 

 街から戻った八幡は、戻るなり舌打ちした女性店員の勧め(強要ともいう)で、“サウザンドアイズ”支店の露天風呂に入っていた。

 そこには、すでに十六夜とジンがおり、八幡は二人と今日の出来事の情報交換を行っていた。

 そして、そこで十六夜からレティシアへと同行人を変えた飛鳥が、単独行動中に襲われたことを教えられる。

 

「さあな。レティシアの話じゃ、鼠を操ってたらしいが、他にはさっぱりだとよ」

 

「操ってた? 久遠のギフトがあれば、どうにかなったんじゃないのか?」

 

 八幡の疑問に、十六夜はニヤリと笑う。

 

「それが、効かなかったらしいぜ」

 

「効かなかった? どういうことだ?」

 

「あのボンボン坊ちゃんの時と同じで、向こうの霊格の方が各上だったか、もしくはお嬢様と相性のいいギフトを相手が持っているかのどっちかだろうな」

 

「それで、相手は魔王かその仲間なのか?」

 

「たぶんな。ま、ただの祭りの『荒らし』って可能性もないわけじゃねえけどな!」

 

 本人的にはどっちでもいいのか、十六夜は心底楽しそうに笑う。

 

「で、八幡は今日はどこ行ってたんだよ。一人で観光か?」

 

「まあな。人材勧誘中の新興コミュニティの奴に案内してもらってな」

 

「そんなことあるのか、御チビ?」

 

 十六夜の質問にジンは頷く。

 

「はい。新興コミュニティの場合だと、目立つ以外にもそういう親切で名を売るコミュニティも存在します」

 

「でも、それだとトラブルになるだろ。やっぱり、ギフトゲームか?」

 

「いえ、個人での移籍は自由ですから、大きいところに目をつけられない程度に秘密裏にという程度です」

 

「そういや、あの斑ロリも大きいコミュニティの前だと隠れてたな」

 

「斑ロリ…?」

 

 八幡の言葉に十六夜が訝しげな顔をしたと思ったら、途端に面白がるような様子を見せる。

 

「おいおい、八幡。まさか、ロリとデートしてたのかよ」

 

 十六夜のからかいに、八幡は心底嫌そうな顔をする。

 

「だから、さっきも言ったが案内してもらっただけだ。あと、たぶん言うほど若くはない…と思う」

 

 明確に聞いたわけではないので、言葉の最後の方が弱くなる。

 

「にしても、白髪ロリに金髪ロリに遂には斑ロリってなると、ちょっと狙いすぎな気もするな」

 

「身も蓋もないな…」

 

 十六夜の言うことももっともなので、八幡も否定はできない。

 

「けど、合法ロリか違法ロリかはともかく、実際のところ、お前はどういうのが好みなんだよ」

 

「なんで俺のギフトといいお前といい、人の好みを聞きたがるんだよ…そういう、お前はどうなんだよ」

 

 八幡が呆れると、十六夜は少し考える素振りを見せる。

 

「そうだな…。やっぱ、タイプでいうなら断然黒ウサギだな。で、御チビはやっぱりアレか? サンドラっていうあの“サラマンドラ”の頭首様か?」

 

「な、なんでそうなるんですか!?」

 

 面白いぐらい顔が赤くなるジンに八幡もこのからかいに乗っかることにする。

 

「おいおい、マジかよリーダー。狙うんなら気をつけないと上の兄姉に消されるぞ」

 

「お、会ったことねえのに上の兄姉がシスコンってわかるのか?」

 

「まあな。上の兄姉ってのは、普通下の弟妹が可愛いもんだからな」

 

 誇らしげに言う八幡にジンはため息を吐く。

 

「はぁ…。お願いですから、マンドラ様の前でそういうことは言わないで下さいよ」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

「それ、『大丈夫じゃないフラグ』って、前に自分で言ってましたよね!?」

 

「ヤハハハハ! で、結局八幡は誰が好みなんだよ。俺らだけに言わせて自分は言わないってのはなしだぜ」

 

 「めんどくさい」と思いながら、八幡は一応考えてみる。

 

「……………いないな」

 

 八幡の答えに十六夜は興ざめしたかのような冷めた目を向ける。

 

「八幡、さすがにそれはないだろ。うちのコミュニティは見た目だけならかなりのものだろ?」

 

「いや、それはわかるけどさ。…俺、どっちかといえば年上の方が好みなんだけど」

 

「「あー」」

 

 どこか納得したような顔をする十六夜とジン。

 

「うちのコミュニティ、致命的にロリばっかだからな。そりゃ、好みの奴がいないわけだ」

 

 そう。“ノーネーム”のメンバーは、ほとんどが八幡より年下なのだ。また、年齢上は年上でも、精神的、肉体的に年上に見えないため、“ノーネーム”のメンバーは八幡の好みからは外れるのだ。

 ちなみに、八幡自身はほんわかお姉さん系が好みなのだが、これは妹がいる反動だろうと自己分析している。

 

「よくわかりませんけど…。八幡さんは明日の耀さんの出場するギフトゲームはどうしますか? 見に行きます?」

 

 そう言えばそんなものもあったなと、八幡は白夜叉と耀のやり取りを思い出す。

 

「小町が見に行くなら行く」

 

 迷いなく答える八幡に、ジンは苦笑する。

 

「…ブレませんねえ」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 その後も他愛のない会話をして風呂から上がった男性陣は、用意された来賓室にて、八幡がギフトカードに入れて保存していたMAXコーヒーを飲みながら、女性店員と歓談していた。

 

「にしても、このコーヒー地味に再現率高いな」

 

「ばっか、おまえ。ここまで再現するのにどれだけ大変だったと思ってんだよ」

 

「そういえば、レティシア様やリリとよく厨房にいるのを見かけますね」

 

「ああ。暇を見ては改良、研究してるからな」

 

 得意そうに言う八幡に女性店員は呆れた様子でため息を吐く。

 

「なぜ、そういう努力をもっとコミュニティのために使おうとは思わないんですか。あなた、他の三人とは違ってあまりギフトゲームには出てないでしょう」

 

「これでも、情報収集とかで働いてるんだけどな」

 

 八幡の言葉に女性店員は眉を顰める。

 

「情報収集? あなたがですか?」

 

 「まさか…」と、呟く女性店員に、十六夜が笑う。

 

「ヤハハ。それが八幡の“ステルスヒッキー”。これが中々に侮れなくってな。盗み聞きにちょうどいいんだぜ」

 

「盗み聞きとか嫌な言い方すんな。人間観察って言え」

 

「それもあまり褒められた趣味ではないでしょう…」

 

「ですが、おかげで十六夜さんたちが興味を持ちそうな情報を事前に調べておいてもらえる場合もあるので、僕らとしては多少は負担が減る分助かっています」

 

 苦笑するジンの肩に、女性店員は気遣わしげな態度で手を置く。

 

「…あなたたちも大変ですね」

 

「……はい」

 

「あら、そんなところで歓談中?」

 

 声の方に目を向けると、飛鳥、黒ウサギ、耀、小町、レティシア、白夜叉の六人が風呂から出てきていた。

 風呂上がりのためか、浴衣姿の六人からは湯気が立ち上り、なんとも扇情的だった。

 

「………おお? コレはなかなかいい眺めだ。八幡と御チビ様そう思わないか?」

 

「何言ってんだお前?」

 

「はい?」

 

「黒ウサギやお嬢様の薄い布の上からでもわかる二の腕から乳房にかけての豊かな発育は扇情的だが相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の春日部やレティシア、比企谷妹の髪から滴る水が鎖骨のラインをスゥッと流れ落ちる様は視線を自然につつましい胸の方へと誘導するのは確定的にあ

 

 スパァーンと、小気味良い音がしたかと思うと、どこからとりだしたのか、ウサ耳まで紅潮させた黒ウサギと耳まで紅潮した飛鳥が風呂桶を十六夜に向けて投げつけていた。

 

「変態しかいないのこのコミュニティは!?」

 

「白夜叉様も十六夜さんもみんなお馬鹿様ですッ!!」

 

「ま、まあ二人とも落ち着いて」

 

 慌ててレティシアが二人を宥める。

 我関せずという体で、興味なさそうにしている耀は八幡はどんな反応をしているか気になり、彼の方を見る。

 

「おい、十六夜。人の妹をエロい目で見てんじゃねえ。殺すぞ」

 

「うわぁ…お兄ちゃん。キモイなあ…」

 

 シスコン全開で当の妹からドン引きされていた。

 

「ふっ、わかるじゃねえか」

 

「お主もな」

 

 そして、その裏で同行の士を得たように握手する十六夜と白夜叉だった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 場所を白夜叉の私室に移した八幡たちをやや張りつめた空気が包んでいた。

 

「それではこれより、第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を」

 

「始めません」

 

「始めます」

 

「始めませんっ!」

 

 白夜叉の提案に悪乗りする十六夜。速攻で断じる黒ウサギ。

 そして、それを見ていた八幡はあることを思いつく。

 

「なら、逆に普段と違う清楚系の衣装でギャップを狙うっていうのは…」

 

「「それだ!!!」」

 

「『それだ』じゃありません! もう、魔王に関わる重要なお話かと思ったんですよ」

 

「いやいや、審判の話は本当だぞ。実は耀も出る明日のギフトゲームを、黒ウサギに依頼したいのだ」

 

「それはまた唐突でございますね」

 

「大方、どっかの二人が騒いだせいで、“月の兎”が来てることが噂にでもなってて、そのせいで明日のギフトゲームへの期待が高まり、いらんハードルが上がったってところだろ?」

 

 風呂で十六夜と黒ウサギの起こした騒ぎを聞いていて、そこから当たりを付けた八幡の推測に「…う」と、何も言い返せない黒ウサギ。

 

「その通りだ。ここまで噂になってしまうと出さないわけにはいかなくてな。当然、別途報酬も用意しよう」

 

「わかりました。そういうことなら、明日のギフトゲームの審判・進行役はこの黒ウサギが承ります」

 

「ふむ…。では、審判衣装はレースで編んだシースルーの黒いピスチェスカートを」

 

「着ません」

 

「着ます」

 

「断固着ませんッ!! あーもう、いい加減にしてください十六夜さん!」

 

「ねえ、白夜叉」

 

 騒ぐ三人に、それまで興味なさそうに黙っていた耀が口をはさむ。

 

「明日のギフトゲームで私が戦う相手ってどんなコミュニティ?」

 

「すまんが、主催者側としてそれは教えられん。教えてやれるのはコミュニティの名前までだ」

 

 白夜叉がパチンと指を鳴らすと、羊皮紙が空中に現れる。それに目を通した八幡は眉を顰める。

 

「…“ウィル・オ・ウィスプ”だと」

 

「知ってるのか八幡…って、そういやお前、昼間にそこで買い物したって言ってたな」

 

「ああ。なんつーか、商売上手って感じだったな」

 

「他に何かわかったことってある?」

 

 無意識に顔を近づけてくる耀に、八幡は顔が赤くなる。

 

「ちょ、春日部近い、近いって」

 

「え…あっ、ごめん」

 

 八幡に言われて耀本人も遅れて気付いたのか、慌てて離れる。

 そんな彼女の顔も心なしか赤い。

 それを努めて気にしないようにしながら、八幡は他に気になったことを思い出す。

 

「後は…店員がジャック・オー・ランタンだったことぐらい「ジャック・オー・ランタン!?」…うわっ!? んだよ、久遠。いきなり叫ぶなよ」

 

「だって、ジャック・オー・ランタンでしょう!? どんなのだったの!?」

 

 興奮したように喋る飛鳥に八幡があっけにとられていると、十六夜がさもおかしそうに笑いをこらえていた。

 

「いや、お嬢様って戦後間もない時代の出身だろ? だから、ハロウィンに興味があるんだとよ」

 

 十六夜の説明受けて、八幡はようやく得心いったというような顔をした。

 

「なるほどな。あのジャック・オー・ランタンは格好の割に紳士的だったぞ」

 

「そうなの。早く見てみたいわ。ねえ、八幡君。明日の春日部さんのギフトゲームが終わったら、みんなでそのお店に行きましょう!」

 

「え、いや…」

 

「ヤハハ。まあ、いいじゃねえかそれぐらい」

 

「…ったく、わかったよ。…ん?」

 

 しぶしぶ承諾した八幡は、肩に妙な重みを感じて隣を見る。

 

「……………ん」

 

 すると、小町が気持ちよさそうに眠っていた。

 

「…悪い。ちょっと、部屋まで運んでくる」

 

「わかりました。それじゃあ、小町さん、おやすみなさい」

 

「はぁい…黒ウサギさん」

 

 眠っている小町を負ぶって、八幡は部屋を出る。

 八幡が少しひんやりとする廊下を歩いていると、隣に気配が現れる。

 

「やあ、今日は大変だったね」

 

 どういうわけか、風呂上りっぽい浴衣姿のアリスが現れた。

 

「いろいろ聞きたいことはあるが、今日の奴…あの斑ロリについて、お前はどう思う?」

 

「そうだねえ…まず、間違いなく神霊クラスの霊格はあっただろうね。だけど、まだまだルーキーだ」

 

「ルーキーだと、なんでわかるんだ?」

 

「そりゃわかるよ。まあ、正面から相対しなけりゃよっぽどわからないだろうけど。あの子、自分の格の隠し方がイマイチやり慣れてない感じがしたしね。それでも、その場で敵対せずに済んだのは不幸中の幸いだったかな」

 

 アリスの話を聞き、八幡は最も気になっている部分について訊く。

 

「あの斑ロリは魔王なのか?」

 

「…可能性はある。今のところ、6,7割ぐらいかな。でも、ここには白夜叉もいるし、たぶん大丈夫だよ。問題は別のところにあるかな」

 

「別のところ?」

 

「君があの子に気に入られたことさ。もし、彼女が魔王だったら、君は狙われる事になるんじゃないかな」

 

「うわ…マジかよ」

 

「でも、今はそこまで気にしなくていい。それよりも、君自身気にしなきゃいけないことがあるんじゃないかな?」

 

「気にすること……?」

 

 少し複雑そうな顔をする八幡にアリスはにっこりと笑う。

 

「そう。君自身が少しずつ、この世界に馴染み、変わってきていることさ。前の君なら同性とはいえ、他人と恋バナなんてそうそうしなかったろうね。したところで、自分のことは言わなかったと思うけどね。適当にお茶を濁したりして……」

 

「もう、いいだろ」

 

 話を打ち切るように、八幡は先に歩き出した。

 しかし、アリスはそれに倣うように同じ速度で後ろからついてくる。

 

「別に悪いわけじゃないさ。ただ、君が将来、箱庭から元の世界に戻ろうとするなら、そこら辺をどうするのか、もっと考えた方がいいよ。それじゃあ、僕ももう休むね」

 

 そう言って、アリスの姿はスッと消えてしまう。

 

「元の世界……か」

 

 ここ最近は戻れるかどうかどころか、戻ることも考えていなかった。

 八幡は、負ぶさっている小町を見やると、ぼそりと呟く。

 

「どっちがいいんだろうな」

 

 当然、その質問に答えてくれる者などいなかった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 次の日、八幡は他メンバーと共に、耀のギフトゲームを見に来ていた。

 だが、八幡は今日ここに来たことを後悔していた。その理由は二つある。

 一つ目は…

 

『長らくお待たせいたしました! 火龍誕生祭のメインギフトゲーム“創造主の決闘”の決勝を始めたいと思います! 進行及び審判は“サウザンドアイズ”の専属ジャッジでお馴染み、黒ウサギがお勤めさせていただきます♪』

 

「うおおおおおおおおおおお月の兎が本当にきたあああああああああああああ!!」

 

「黒ウサギいいいいいいいい!お前に会うために此処まで来たぞおおおおおお!!」

 

「今日こそスカートの中を見てみせるぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 この割れんばかりの観客の歓声と祭り独特の悪ノリである。

 これを聞いた瞬間に八幡は思った。「やばい、超帰りたい」と。元々こういうものが苦手な八幡からすれば、こういう場は空気からして合わないのだ。

 しかし、それ以上の問題があった。

 

「それじゃあ、お兄ちゃん。しっかりやってきてね!」

 

 小町に言われ、八幡は深く深くため息を吐く。

 

「はぁ…。小町、本当にやらなきゃダメ?」

 

「ダメなのです。お兄ちゃん、こういう時ぐらいイイとこ見せてよ」

 

「小町、人間はみんな違うんだ。いいところも悪いところある。みんな違ってみんないい。だから、お兄ちゃん一人ぐらいダメでもいいんだ」

 

「いや、それそんなダメなせりふじゃないから。いいから行く!」

 

 小町に押し出されるようにして、八幡は歩いていく。

 一方、耀はジンに何かしらのアドバイスを受け、リングに向かい歩いていくところだった。

 黒ウサギの紹介と共にリングに上がった耀を待っていたのは、「耀の方が最初に紹介されたことが気に食わない」という相手側の挑発だった。

 相手が格下のコミュニティ“ノーネーム”の人間と見るや、馬鹿にして挑発する相手、アーシャなんとか(名前の後半は覚えられなかった)を睨むと同時に、もう一人の敵も睨みつける。

 そこにいたのは、昨日の店員だった。

 まさか、作品として出場してきてるとは思わなかった。

 おそらく、昨日の出店も作品たる彼の宣伝もあったのだろう。

 しかし、八幡にはそんなことどうでもよかった。今現在、彼の胸にあったのは、“失望”だった。

 少なくとも、昨日の接客や商売のうまさ、魔王かもしれぬ相手を警戒させられるほどのまだ見ぬ実力を少なからず評価していた。

 しかし、そんな彼が自身のコミュニティの同士と共に、こちらの同士を“ノーネーム”というだけで嘲笑っている。

 こんなの自分の身勝手な失望だとわかっていてもだ。

 

(気が変わった。この勝負、絶対に春日部に負けてもらっちゃ困る)

 

 「だから」と、八幡は密かに決める。

 『自分は春日部耀の応援を真剣にやる』と。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 ギフトゲームの内容は“アンダーウッドの迷路”という巨大な樹によってできた迷路の脱出。ルールも厄介なものだった。

 

『ギフトゲーム名〝アンダーウッドの迷路”

 ・勝利条件 一、プレイヤーが大樹の根の迷路より野外に出る。

       二、対戦プレイヤーのギフトを破壊。

       三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合。

 ・敗北条件 一、対戦プレイヤーが勝利条件を一つ満たした場合。

       二、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。 

                                』

 

 これに加え、参加者はサポートも含めて使用ギフトを一部制限されている。

 耀に関して言うなら、使うのが創作系ギフトである“生命の目録”のため、問題はないだろう。

 八幡は確認できる限り、迷路の様子を確認する。

 広大かつ複雑な構造の迷路を、耀は全く迷いなく進んでいく。

 彼女の一際鋭い感覚が、空気の流れを察知し、出口への当たりをつけていたからだ。

 これなら大丈夫かと思ったところで、八幡の脳裏に一瞬だけ妙な感覚が駆け抜ける。

 

『……降参』

 

「……ッ!?」

 

 八幡は相手の攻撃を匂いにより感知し、回避、防御する耀を見る。

 彼女の戦意は消えていない。しかし、このままいけば確実に負ける。そんな妙な確信があった。

 そして、変化は思いのほか早かった。

 

「本気でやっちゃって、ジャックさん!」

 

 アーシャが叫ぶと、後方をアーシャと並んで追ってきていたジャックの姿がフッと掻き消える。そして、その姿が急に耀の前に現れる。

 それに驚愕し、耀は思わず足を止める。

 これを好機とばかりに、ジャックは大きな白い手で耀を薙ぎ払おうとした。

 しかし、出来なかった。耀にではなく、ジャック同様、彼らには突然出現したように見える八幡の手によって。

 

「八幡……なんで!?」

 

「ヤホッ!?」

 

 八幡の出現に驚く二人に、八幡は不敵に笑う。

 

「言っとくが、反則を審判に問いただしても無駄だ。ギフトゲームは前提として、実力不足や知識不足を考慮しない。だから、お前らが俺に気づけなかった実力不足は考慮されない。そうだよな、審判?」

 

 いきなり話を振られた黒ウサギは、急いで箱庭の中枢の問い合わせる。

 

「YES! 比企谷八幡さんは春日部耀選手と同じ“ノーネーム”のメンバーであり、このギフトゲームにおいては補佐として扱われます。また、先ほどまで姿を隠すのに使っていたギフトも使用制限には抵触していないと判断されました」

 

 審判である黒ウサギの判断に、アーシャは歯噛みする。

 ジャックは、そんな彼女の様子を察したのか、彼女を一喝する。

 

「アーシャ! 悔しがる暇があるなら早くゴールへ。この二人は私が相手をします」

 

「待っ…ッ!?」

 

 追いかけようとする耀を、ジャックの持つランタンから噴き出た炎が邪魔をする。

 

「…春日部。俺に考えがあるんだが、お前に勝つ意志があるなら教えてやる。どうだ、聞くか?」

 

 八幡が訪ねると、耀は静かに頷く。

 八幡も、耀の真剣な表情から察し、指示を出す。

 

「少し時間がいる。しばらくは向こうの攻撃を避けるだけでいい。それと、出口ってどっちの方角かわかるか?」

 

 八幡の質問に、耀はどういうことかと考えるも、聞かれたとおりに、空気の流れから自分が感知した出口の方向を指さす。

 それに八幡は頷くと、ジャックの方を向く。

 ジャックはすでにアーシャに指示を出し終え、アーシャはどんどん先へ進んでいく。だが、八幡にとってはそちらのほうが好都合だった。

 そして、八幡はジャックに向けてにやりと笑う。

 

「よう、また会ったなジャックさん」

 

「いやはや、私もまたあなたに会うとは思っていませんでした。それで、私共の商品は気に入っていただけたでしょうか?」

 

「タイミングがつかめなくてまだ渡せてない。こう見えて、お兄ちゃんってのは大変なんだよ」

 

「ヤホホ! それはそれは。ですが、お客様とはいえ、今回は譲りませんよ」

 

「かまわねえよ。どうせ、あのアーシャってやつは大したことないみたいだしな」

 

 八幡が嘲笑うように言った言葉に、ジャックの雰囲気がやや剣呑なものに変わる。

 

「ほう……それは、どういう意味でしょうか?」

 

 まだ敬語は崩れないものの、その体から発される怒気に若干後悔しながら、八幡は言葉を続ける。

 

「だって、そうだろ? 春日部に足で追いつけず、ギフトも通じない。完全な力不足だ。その上、自分の作品でもなければ、自分が所持しているギフトですらない奴に頼って勝とうとしてるんだ。これを大したことない以外でどう言えっていうんだよ」

 

 ジャックは怒気の中にもやや疑念を持つ。

 

「どうして、私が彼女の作品でないと?」

 

「ばっか、おまえ。完全な力不足の奴がアンタを作れるなんて、そう思うと本気で思ってんのか? 大方、“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダーが作った不死身のジャック・オー・ランタンだろ?」

 

 ジャックは怒気の中に感心の色を含ませる。

 

「なるほど、そこまで看破していましたか。いかにも、私は我らがリーダー、ウィラ=ザ=イグニファトゥス製作の傑作ギフト、“ジャック・オー・ランタン”!!」

 

 高らかに宣言するジャックに、八幡は背中を冷や汗が流れるのを感じる。

 

(予想通りだが、不死のギフトってことは、やっぱり壊す方の勝利条件は満たせそうにないな)

 

 そして、次に服の中のギフトカードを探り、このギフトゲームでどこまで使えるかを再度確認する。

 

(“ギフト・ボックス”に入ってたギフトはアリス以外はほとんど使えるな。後はアミュレット、ダガーと元からある奴か……となると、やっぱりこのギフトゲームで使えるギフトの使用条件は『元から持っているギフトと創作系ギフトに限る』ってところか)

 

 この推測が当たっているなら、このギフトゲームは十分に正気のある戦いになる。

 そのために、八幡は不敵な笑みを浮かべてジャックを見る。

 

「あんたがすごいのは十分に分かった。でも、だからこそ、あのアーシャとかいう奴は大したことない。自分の不足をあんたに丸投げしたんだ」

 

 ジャックの怒気がみるみる上がっていくのに、冷や汗どころか今すぐ土下座して前言撤回したいところだが、まだ十分ではないだろう。

 

「こんな同士がこんな大きなギフトゲームに出てくるようじゃ、“ウィル・オ・ウィスプ”も大したことないなぁ」

 

 思い切り嘲るように、せせら笑うように、相手が絶対に乗ってくるように笑みを見せてやる。

 そして、“ブチリ”と、何かが決定的に終わったような音がしたと、そう認識した瞬間に八幡の体は壁に叩きつけられていた。

 

「ガハッ…!?」

 

「上等だクソガキ。そこまで言うからには、覚悟はできているんだろうな?」

 

 先ほどの紳士的な様子とは打って変わった、もうすでに怒気を隠そうとすらせず、体から炎熱を噴き上げるジャックに、八幡はただにやりと笑みを向ける。

 

「……やれるもんならやってみろよドテカボチャ。でも、足元救われて負けて大恥かいても知らねえぜ?」

 

 あくまでダメージを受けていることは全く気取られないように、八幡は余裕たっぷりに笑う。

 しかし、それすら気に障ったのか、ジャックの噴き上げる炎の勢いが増す。

 

「ならば、その身に味わえ!! “ウィル・オウィスプ”の炎を!!!!!!」

 

 ジャックは容赦なく、殺すつもりの一撃を、八幡に向けて放つ。

 それが全て、八幡の掌の内だと気づかずに。

 

「…かかったな」

 

「……ッ!?」

 

 ぐったりとした状態で壁にもたれていた八幡は、何かに引っ張られるようにその場から猛スピードで離れ、炎を回避する。

 そして、八幡が避けたことで、ジャックの放った炎は大樹の壁に当たり、その壁をことごとく粉砕する。そして、遂には大樹の中から外へと炎が噴き出す。

 

「のわあ!? ちょ、ジャックさん本気だしすぎ!!」

 

 ちょうど、ぶち破られた壁の何層か先にアーシャがいたのか、壊された壁から焦げ臭い煙が立ち上る中、声が聞こえる。

 八幡は、それで無事に炎が大樹をぶち破ったことを理解すると、耀に向けて叫ぶ。

 

「春日部、外まで走れ!!」

 

 八幡の言葉に、耀は八幡の作戦を理解し、ジャックが外まで開けた穴を一気に駆け抜ける。

 それを見て、ジャックも八幡の狙いに気づく。

 

「いけない!」

 

 瞬間移動ですぐに耀の行く手を塞ごうとする。

 

「やらせねえよ。仕事だ“ジャイアント・イーター”!!」

 

「オォォケェェェイ!! 呼ばれて飛び出で俺・登・場!! カボチャ頭をいただきまあぁぁす!!」

 

「ヤホ!?」

 

 八幡がギフトカードから取り出したパペットが、八幡の右手にはまったかと思うと、何倍にも肥大してジャックのカボチャ頭に噛みついたのだ。

 

「ゲップ! はい、ごっちそーさん!」

 

 意地汚くゲップをすると、ジャックの頭から口を話す。

 すると、ジャックは力なくフラフラとし、その場にしゃがみ込んでしまう。

 

「こ、このギフトは……」

 

「ああ。そのギフトゲームの間だけ、相手の霊格を奪うことができるギフトだよ。つっても、そもそも相手が『自分より圧倒的格上』でなきゃ使えないし、『一度のギフトゲーム中に同じ相手には三回までしか使えない』って条件があるけどな」

 

「ぐっ……」

 

 なおも這って追おうとするジャックに八幡は嘆息する。

 

「やめといた方がいいと思いますよ。もうそろそろ、決着もつくだろうしな」

 

 言われて諦めたのか、ジャックは「ふぅ…」と、息を吐く。

 

「一つ聞いてもよろしいですか?」

 

「……どうぞ」

 

「あなたの狙いは、『私に迷路を破壊させること』ですね」

 

 そう、今回八幡は勝つ上で、ルールの穴を突くことにしたのだ。

 このギフトゲームは、『迷路からの脱出』を勝利条件としている。しかし、その方法については一切問うていない。つまり、『迷路を破壊して外に出る』という方法であろうと、ルール上は何の問題もないのだ。

 しかし、ここで八幡は念には念を入れて保険を打つことにした。

 そのために、わざわざ耀に出口の方向を聞いたのだ。

 耀の優れた五感ならば、ほぼ間違いなく出口の方角はつかめているはず。そうなれば、後はその方向に向けて敵の攻撃を誘導し、壁を破壊させればいい。そうすれば、必然的に壊れた先が出口となる。

 しかも、破壊しているのは相手側であり、自分は攻撃を避けただけ。ルール違反を咎められるならば、まず相手側になるという。嫌らしいまでに計算しつくされた作戦だった。

 そして、道さえできれば、後はジャックを抑えるだけでギフトによって強化されている耀の独走状態を作り出すことができる。

 ジャックがそれに気づいたのは、すべて敵の術中に嵌りきったと理解した後。

 今回の敗因は、相手が“ノーネーム”であることと自身の不死性に、少なからず慢心を持ってしまっていたこと。そして、相手が徹底して弱者である自身の立ち位置を存分に活用し、強者であるこちらの自尊心を煽ってきたことによるもの。

 弱者だからこそ、相手は強者たるこちらを打倒し得たのだとすると、なんという皮肉か。

 ジャックは、フラフラとした足取りで八幡の方に歩み寄り、彼に向けてその大きい手を差し出す。

 

「お名前を聞いてもよろしいですか?」

 

「………“ノーネーム”所属、比企谷八幡」

 

「今回のギフトゲームでのゲームメイク、お見事でした八幡殿。このジャック、完敗です」

 

 ジャックは想いの限りの賞賛を込めて八幡の手を握る。

 そして、そんな二人の耳に、春日部耀の勝利を宣言する黒ウサギの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「言っとくけど、次に勝つのは私だからな!」

 

 アーシャは思い切り耀を指さすと、対抗意識むき出しで叫ぶ。

 そんな彼女に、耀は胸を張る。

 

「大丈夫。次もどうせ私が勝つ」

 

「なんだと!?」

 

 言い合う二人をジャックは優しげに見守り、隣にいる八幡に話しかける。

 

「あの子は、同世代の子に負けたことがない子でしたから。今回のギフトゲームはいい経験になったでしょう。まあ、それは私もですが。八幡殿、今回は本当にありがとうございました」

 

 完全に陽気で紳士的な………どころか、八幡に対していくらかの敬意を払うジャックに、八幡は少し気遅れしてしまう。

 

「別に礼を言われるようなことはしてないです。それよりも、すみませんでした。その、そっちのコミュニティのこと、いろいろ悪く言ったりして」

 

「いえ、それはお互い様です。ところで、もう一つお聞きしたいのですが」

 

「…なんすか」

 

「今回のギフトゲーム。元々、あなたが補佐をする予定はなかったのでは? 少なくとも、春日部嬢の中では」

 

「まあ、はい。今回のは、箱庭のギフトゲームの前提を利用した反則技でしたし」

 

「ですが、見たところ、あなたはこういうことに表だって出てきて目立とうとする人間には、どうしても見えなかったのですが」

 

「妹に言われたんですよ。こういう時、上の兄姉ってのは、妹に甘くなるものなんですよ」

 

 恥ずかしそうに目を逸らして言う八幡に、ジャックは先ほどのゲーム中の彼との違いにおかしくなってしまう。

 ジャックは今度は春日部に近づく。

 耀は自分に対抗心をむき出しにするアーシャに苦笑しながら、どこか寂しそうな顔をしていた。

 

「今回のゲーム、あなたはどう思いましたか?」

 

「……八幡には悪いけど、私は自分の力で勝ちたかった。でも、私ひとりじゃ、きっと勝てなかった」

 

 少し声を震わせる耀に、ジャックは優しげに言う。

 

「ギフトゲームにおいて、自身の力の不足というのは間々あることです。だからこそ、同士と共に協力するのです」

 

「でも、今回は八幡に任せっきりだった」

 

「いえ、そうとも言えません」

 

「……?」

 

 ジャックの言葉の真意がわからず、耀は首を傾げる。

 

「今回彼が行ったのは、邪魔である敵側補佐の私の排除と私を利用しての最短ルートの確保。蓋を開けてみれば、彼は終始貴女がアーシャに勝つためのお膳立てしかしておらず、アーシャには一切手出しをしませんでした。彼のギフトがあれば、いくらでもアーシャを足止めできたというのにです。それは一重に貴女が自力でアーシャに勝てると信じ、貴女が自力で勝ちたいという想いを彼なりに慮ってのことでしょう」

 

 そこで、耀は八幡の方を見る。

 彼は傷こそ治っているが、服はジャックに吹き飛ばされた際にボロボロになってしまっていた。

 八幡ならば、ギフトを使っていくらでも回避できただろうに、耀のことを思い、それをしなかったのだ。

 耀は自分の中に温かいモノが染み込んでいくような、そんな不思議な感覚を覚える。

 ジャックはそんな耀を優しげに見る。

 

「協調と一口でいっても、それらは多くの積み重ねによるものでしか実感できないものです。御若い貴女にはまだわからないでしょうけど………ああいや、どうにも説教臭い。カボチャだけに御節介な性分で! 貴女の様に物寂しい瞳の子供を見ると、一声掛けずにいられないのですよ」

 

 ヤホホ!と笑った後に、「ですが…」と、ジャックは続ける。

 

「貴女には貴女のことを想ってくれる同士がいます。ですから、どうか悲観しないでください」

 

「うん。ありがとう」

 

「いえいえ、こちらこそ、彼には多くを学ばせていただきました」

 

 再び、ヤホホ!と笑うと、ジャックはアーシャについていく。

 そして、耀はボロボロになった服を心配する八幡の方へと歩いていく。

 

「八幡!」

 

「この服どうすっかな。黒ウサギに頼んで別のを……って春日部か。えっと、その、悪かったな」

 

「え?」

 

 まさか、謝られるとは思わなかったため、耀は戸惑ってしまう。

 

「えっと、八幡。どういうこと?」

 

「いや、そのなんつーか、小町に言われたといえ、勝手にお前のギフトゲームにでしゃばるような真似しちまったから……」

 

 どうやら、彼は彼で勝手に耀の補佐役として出たことを気にしているらしい。

 

「ううん。八幡がいてくれたから私は勝てた。だから、ありがとう」

 

 まさか、お礼を言われるとは思わなかったのか、八幡は意外そうな顔をすると、照れているのか耀から顔を逸らす。

 その仕草を少し可愛いと感じつつも、耀もそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「まったく、あの男、相手の油断や驕りどころか、自身の弱さまで利用するとは、なんという横紙破りなゲームメイクを」

 

「まさか、迷路を破壊して攻略しようだなんて……」

 

「まぁ、兄は昔からそういうこと見つけるのは得意でしたから」

 

「ヤハハ! やっぱ、アイツはおもしろいな。ま、『白夜叉のゲーム盤は壊せない』って先入観も込みの作戦だったんだろうな。」

 

 まさか、“ノーネーム”が勝つとは思わず、戸惑う者もいる観客席では、感心したり、呆れたり、苦笑したり、楽しそうにしたりと、それぞれがそれぞれの反応をしていた。

 

「とても見ごたえのあるいいゲームでした!」

 

 サンドラも先ほどのゲームの興奮がまだ冷めないのか、とても楽しそうだった。

 そこで、十六夜は視界に映るモノにふと、顔を上げる。

 

「おい、あれはなんだ?」

 

「なに!?」

 

 十六夜の言葉に弾かれるように白夜叉が空を見上げると、空から黒い羊皮紙が無数に舞い落ちてきていた。

 そして、誰かが叫ぶ。

 

「魔王が………魔王が現れたぞオオオォォォォ!!!」

 

 遂に、魔王とのギフトゲームが始まる。




 みなさん、どうしました? 
 え? 話が違う? 女子のお風呂はどうした?
 そんなものありませんよ。たしかに、前回お風呂回とは言いましたが、お風呂回(in男湯)です。
 というわけで、次回から魔王とのギフトゲーム。
 魔王側も八幡の敵としてオリキャラが出ます。
 といっても、初の対魔王ギフトゲーム。八幡は活躍できるのか、そもそも戦闘になるのか。こうご期待!
 感想、評価、誤字訂正、ヒロインアンケート、よろしくお願いします。
 それでは、次回『比企谷八幡 死す』でお会いしましょう。


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こうして、比企谷八幡は殺される。

 はい、というわけで満を持して主人公が死にます。
 死ぬ死ぬ詐欺じゃないです。マジで死にます。
 いや、ここまで長かった。
 というわけで、『比企谷八幡 死す』お楽しみください。


「魔王が………魔王が現れたぞオオオォォォォ!!!」

 

 誰かが叫ぶ声や悲鳴を聞きながら、空から舞い落ちる“契約書類”に八幡は緊張で身を固くし、小町のいる観客席を見る。

 すると、十六夜が観客席から飛び出し、まるでおもちゃを見つけた子供のような顔をして敵がいると思われる方へ飛んでいく。

 八幡と耀は小町達のいる観客席へと急ぐ。

 二人が観客席へ向かっていると、突如、黒い霧のようなものが観客席から上がり、観客席に残っていた飛鳥、小町、サンドラ、マンドラが弾き出される。

 

「春日部!」

 

「うん!」

 

 八幡は耀に声を掛けると、自分は小町の方へと行き、小町を受け止める。

 飛鳥も耀によって受け止められ、サンドラはマンドラによって受体勢を立て直す。

 

「すみません。どういう状況か訊いてもいいですか?」

 

 八幡がマンドラに尋ねると、マンドラは苛立たしげに叫ぶ。

 

「どういう状況も何もない! 魔王が現れたばかりか、白夜叉様が封じられた!」

 

「白夜叉が!?」

 

 驚く耀に、八幡はできる限り冷静になるように努め、白夜叉の状況を分析する。

 

(魔王が現れて白夜叉が封じられたってことは、相手のギフトかギフトゲームに白夜叉を封じる何かがあるはず)

 

 そう考え、八幡は空から舞い落ちてくる無数の黒い“契約書類”の一枚を手に取り目を通す。

 

『ギフトゲーム名"The PIED PIPER of HAMELIN"

 

 プレイヤー一覧

 現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

 プレイヤー側

 ホスト指定ゲームマスター 太陽の運行者・星霊 白夜叉。

 

 ホストマスター側勝利条件

 全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

 プレイヤー側勝利条件

 一、ゲームマスターを打倒。

 二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

 “グリムグリモワール・ハーメルン”印

                                          』

 

「…どういうことだ?」

 

 少なくとも、ここには白夜叉自身や、それに纏わる何かを封印するような文面は見当たらない。

 

「こうなったら、白夜叉本人に直接心当たりがないか聞いてみるか」

 

「私たちも行くわ」

 

「私も」

 

 飛鳥と耀もついて来ようとする。

 

「一応、何人かで言った方がいいだろうな。けど、一般人の避難もしなきゃいけないとなると……サンドラ様」

 

「はい、何でしょう?」

 

「俺たちとジンは白夜叉の指示を聞いてきます。その間に、“サラマンドラ”の兵士たちとマンドラさんで一般人の避難誘導。黒ウサギとレティシアとサンドラ様で敵の足止めを頼みます。小町はすぐに避難だ」

 

 全員、八幡の作戦に異論がないのか、反論せずに頷く。

 八幡としては、ここで反論が来なかったのは意外だった。

 非常事態とはいえ、意地や見栄を張って前に出ようとしたり、こちらに無意味に反論するような輩もここにはいると思っていたからだ。

 

「わかりました。白夜叉様の方はお願いいたします」

 

「くれぐれも気を付けてくれ、主殿」

 

「では、行きましょう。マンドラ兄様もお願いします」

 

「わかっている!」

 

 そう言って、黒ウサギ、レティシア、サンドラ、マンドラはそれぞれ闘技場から出ていく。

 

「それじゃあ、私たちも行きましょう」

 

「……うん」

 

 飛鳥と耀が先導し、客席に向かう。

 

「あの……八幡さん」

 

 その途中で、ジンが声を掛けてくる。

 

「なんで僕も一緒にと?」

 

 どうやら、白夜叉の方に行くメンバーとして、自分が選ばれたのが意外だったらしい。

 

「おまえ、ずっと十六夜に付き合って何日も徹夜して勉強してるだろ?」

 

「え……は、はい」

 

「正直、言ったところで、俺たちだけじゃヒントすら掴めないかもしれん。だから、十六夜の次に知識のありそうなお前を選んだんだよ。だから……」

 

 八幡は言葉を置くと、正直にジンに思っていることを告げる。

 

「頼りにしてるぞ、リーダー」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 白夜叉の元に辿り着いた四人が目にしたのは、白夜叉を取り囲むように渦巻く黒い風だった。

 

「何、この風……!? 全然近づけない」

 

 どういうわけか、この風が壁の役割をしているらしく、出入りはできないようだった。

 

「おい、白夜叉。気分はどうだ?」

 

「最悪だな。見ていることしかできんのだからな。それよりも、誰かこのギフトゲームの“契約書類”を持っている者はおらぬか?」

 

「言うと思って、ちゃんと持ってきたぞ」

 

 八幡は白夜叉に見えるように“契約書類”を広げる。

 白夜叉は一通り目を通すと、真剣な眼差しで八幡たちを見る。

 

「よいかおんしら! 今から言う事を一字一句違えずに黒ウサギへ伝えるのだ! 間違えることは許さん! おんしらの不手際は、そのまま参加者の死に繋がるものと心得よ!」

 

 いつになく真剣な白夜叉の声に、八幡たちは状況がそれだけ切迫していることを悟る。

 八幡は、ちらりと“契約書類”を見る。

 

『※ゲーム参戦諸事項※

 ・現在、プレイヤー側ゲームマスターの参戦条件がクリアされていません。

 ゲームマスターの参戦を望む場合、参戦条件をクリアして下さい。

                                  』

 

(参戦条件……白夜叉だけをギフトゲームから締め出す方法。一体、この封印のカラクリはどこだ?)

 

「第一に、このゲームはルール作成段階で故意に説明不備を行っている可能性がある! これは一部の魔王が使う一手だ! 最悪の場合、このゲームはクリア方法が存在しない!」

 

「なっ……!?」

 

 絶句する飛鳥に、白夜叉はなおも言葉を続ける。

 

「第二に、この魔王は新興のコミュニティの可能性が高いことを伝えるのだ!」

 

「……新興のコミュニティ」

 

 白夜叉の言葉に、八幡は嫌な予感がした。

 

(やっぱり……あの斑ロリが魔王だったのか?)

 

「第三に、私を封印した方法は恐らく「はぁい、そこまでよ♪」……ッ!?」

 

 五人が声のした方を見ると、そこには白装束の女が三匹の火蜥蜴と二人の少年を連れていた。

 

「あら、本当に封じられてるじゃない♪ 最強のフロアマスターもそうなっちゃ形無しねえ!」

 

「おのれ………! そやつらに何をした!?」

 

「そんなの秘密に決まってるじゃない。如何に貴女の封印が成功したとしても、貴女に情報を与えるほど驕っちゃいないわ。………ところで、一体誰と話をしていたのかしら?」

 

 女が手に持っていたフルートを指揮棒のように振ると、彼女が伴っていた火蜥蜴と少年たちが襲い掛かってくる。

 

「くっ……!?」

 

「きゃあ!」

 

「あら? てっきり“サラマンドラ”の頭首様だと思ったのに」

 

 不思議そうに驚く女に、耀はグリフォンの能力で風をぶつける。

 

「きゃあ!?」

 

「みんな、今のうちに!」

 

 耀が飛鳥とジンを抱えて飛び上がろうとすると、あたりにフルートの音が響く。

 

「…え!? なんで……」

 

 どういうわけか、フルートの音を聞いていると、少しずつ力が抜けていく。耀はそのまま地面に膝をついてしまう。

 

「今のはグリフォンの風かしら。貴女、人間にしては変わっているわね。顔も中々端正で可愛いし………決めたわ。貴女は私の駒にしましょう!」

 

 そう言うと、女はまたフルートを吹き始める。

 すると、常人より優れた五感を持つ耀は同様に常人以上の効果を受けてしまうのか、完全に動きを封じられてしまった。

 

『ジンくん、八幡君………コミュニティの同士として、春日部さんを連れて逃げなさい!』

 

「……はい」

 

 そこで、飛鳥が“威光”によって指示を出し、その場から避難させた。

 

「………あらら? 貴女一人? お仲間は?」

 

「私に任せて先に逃げたわ。貴女程度の三流悪魔、私一人でも十分ですって」

 

「………ふぅん?」

 

 女は飛鳥を探るような目で見る。

 

「それは半分嘘ね。貴女の瞳は背負わされた人間の瞳じゃない。自ら背負った人間の瞳よ。………うん、すごく好みかも。あーもう、予想外にいい人材が転がってるじゃない! あっちこっち目移りしちゃうわねホント!」

 

 飛鳥は女が油断している隙に“威光”を使い叫ぶ。

 

『全員、そこを動くな!』

 

 その瞬間、彼女が操っている火蜥蜴たちや女が拘束される。

 飛鳥は、千載一遇のチャンスとばかりに、ギフトカードから十字剣を差し出し、相手の懐に飛び込む。

 

「……この!」

 

「なっ……!?」

 

 しかし、飛鳥の剣は敵に容易く弾かれる。

 

「驚いた……不意打ちとはいえ、数秒も拘束されるなんて。かなり奇妙な力を持ってるのね、貴女。出会い頭に悪魔を服従しようとするなんていい度胸してるじゃない♪」

 

 女は楽しそうに笑い、一瞬で飛鳥との距離を詰めると、壁にでも叩きつけてやろうと思い切り拳を振るった。

 しかし、その攻撃は間に入った八幡によって阻まれる。

 

「なに……!?」

 

「八幡君!?」

 

 先ほどの飛鳥の“威光”の命令には、今までと違い八幡も命令に含まれていた。それなのに、八幡はこの場から逃走していなかった。

 

「おい、久遠。コイツは俺が抑えるから、お前は今のうちに操られてた奴らをお前のギフトでどうにかしろ」

 

「……わかったわ」

 

 どうして八幡がここにいるのか。それを考えるのを後回しにし、飛鳥は周りを見渡し、叫ぼうとする。

 

「させると思う?」

 

 女は二人から距離をとると、持っていたフルートを吹き始める。

 すると、再び操られていた火蜥蜴や少年たちが襲ってくる。

 

「……ちっ!」

 

「……きゃあ!?」

 

 八幡は、飛鳥を抱えると彼らから距離を取った。

 

「ちょっと、どうしたの八幡君!?」

 

 八幡は冷や汗が流れるのを感じる。

 

「まずいぞ久遠。アイツら、操られてるせいで全く行動が読めねえ」

 

 その言葉に、飛鳥は顔色を変える。

 

「それじゃあ、どうするというの。まさか、逃げ出すつもりじゃないわよね?」

 

 飛鳥の性格上、こういう時に逃げようとしないのは、八幡の想定の内だった。

 故に、八幡は操られている面々を見据え、大きく息を吸い叫んだ。

 

「おいおい、まさかこのまま魔王に好き勝手させて、挙句の果てに“ノーネーム”風情を頼って助けてもらおうっていうのかよ! 自称誇り高い(笑)コミュニティの“サラマンドラ”の衛兵プラスその他大勢さんは! だとしたら、がっかりすぎるなあ! この“ノーネーム”にも劣る(恥)集団は!」

 

 “ブチリ”と、八幡がジャックをキレさせた時の音がした。

 

「「「「「誰が(恥)集団だ、このクソガキィィィィイイイイイイイイイイイ!!」」」」」

 

 操られていた全員が怒りで絶叫した。

 

「まさか、私のギフトを破ったっていうの!?」

 

 操られていた“サラマンドラ”の火蜥蜴たちを始めとする五人はものの見事に八幡の挑発に乗ったことで、相手のギフトの支配下から脱することに成功したのだ。

 しかも、操られていた者たちは完全に気が高ぶっており、フルートの演奏もとても耳に入りそうな状態ではなかった。

 八幡の予想では、感覚の鋭い耀が影響を強く受けたならば、音が耳に入らない状態ならば、敵のギフトの影響は受けないはずだった。

 しかし、女は余裕たっぷりに笑う。

 

「……やってくれたわね、貴方。お名前を聞いてもいいかしら?」

 

「生憎、知らない人に簡単に名前を教えちゃいけないって、親に言われてるんだわ」

 

「あら、そう。なら、後でじっくり教えてもらいましょうか」

 

 女は再びフルートを構える。

 そして、フルートの音色が響くと、先ほど正気に戻ったはずの少年二人が襲い掛かってきた。

 

「……ちっ!」

 

「残念だったわね。ハーメルンの笛吹は、子供を操るのが得意なのよ。それにしても、どうしてあなたには通じないのかしら。私はおろか、そこのお嬢ちゃんよりも霊格が低いっていうのに」

 

 不思議そうな顔をする女に皮肉を返す余裕は八幡にはなかった。少年二人の猛攻を“エレメンタル・ダガー”によって、なんとか避けつつ捌きつつ対応していた。

 

「さてと、私は貴女のお相手をしましょうか」

 

 女はゆっくりと飛鳥に歩み寄る。

 

「おいおい、こっちは総スルーかよ。そんなことしてると、足元掬われるぞ」

 

「あら、二人がかりだっていうのに余ゆ……きゃあッ!?」

 

 一瞬、飛鳥は何が起きたかよくわからなかった。

 簡単に言えば、目の前の敵が躓いて転んだだけなのだが、あまりにもタイミングが良すぎて驚いていた。

 

「今だ! エリア! ウィン! ヒータ! そいつのフルートを奪って集中攻撃だ!」

 

「「「了解!」」」

 

 虚空から現れた、精霊のエリア、ウィン、ヒータが転んだ女の手からフルートを奪おうとする。

 

「ところが、そうはいかないぜ、クソガキ!」

 

「なっ……!?」

 

「きゃあッ!?」

 

「なに……これ……」

 

 八幡と戦っていた少年の一人が投げた手枷のようなものは、すべて少年の腕にはまった手枷に繋がっており、それが彼女たちを拘束していた。

 

「勘弁してくださいよお、ラッテンの姉御。こっちだって、何度も操られたふりなんて面倒だっていうのに、スッ転んでゲームオーバーなんて、シャレにならんですよ」

 

「わかってるわよ!」

 

 少し恥ずかしそうにする、ラッテンというらしい女は再びフルートを構えなおす。

 

「……? どういうつもりだ。“サラマンドラ”の連中はとっくに逃げたし、そこの奴らもそっちの仲間と分かった以上、操る意味なんてないんじゃないのか?」

 

 訝しげな顔をする八幡に、ラッテンはさもおかしそうに笑う。

 

「『とっくに逃げた』? 本当にそう思っているのなら、とんだロマンチストね」

 

 ラッテンのフルートの音が響き渡ると、観客席からわらわらとこんなに残っていたのかというほど“サラマンドラ”の衛兵や他のコミュニティの人間と思われる者たちが出てきた。

 

「伏兵かよ。めんどくさい真似を……」

 

 そこで、八幡は異変に気付く。

 エリア、ウィン、ヒータが辛そうにしているのを見る。

 

「どうかしたのか?」

 

 エリアは息が切れながらも答える。

 

「申し訳、ありません。……恐らく、敵のギフトの影響かと。“契約”の繋がりが、不安定になっています」

 

「くそっ……!?」

 

 八幡は自分たちを取り囲む敵を見渡し、ギフトカードを取り出すと彼女たちをその中に戻す。

 手枷に繋がっていた相手が消えたことで、エリアたちを捕らえていた手枷はガシャンと地面に落ちた。

 

「さすがに、ギフトカードにまで影響は出せねえか……。おい、ニコ、お前も手伝え」

 

 少年が言うと、ニコと呼ばれたもう一人の少年、それも、手枷のついた少年よりも小さい、恐らくジンとそう変わらない年齢であろう少年は嫌そうな顔で応じる。

 

「はあ? エティエンヌさん、なぜ僕がそんなことをしなくちゃいけないんですか? と、普段ならそう言ってるところですが」

 

 そう言って、ニコは八幡を睨む。

 

「選ばれし僕のことを(笑)だの(恥)だの、言ってくれたあの少年には、罰を受けてもらいましょう」

 

 そう言って、ニコはどこからか身の丈以上の大きさの鎌を取り出した。

 

「そうですね。まず、その首でも頂きましょうか」

 

 ニコリと、爽やかな笑顔で、そんな物騒なことを言ってきた。

 

「ハハハ……。何それ、全く笑えねえ」

 

 完全にカラ元気だった。

 

「大丈夫ですよ。すぐに笑いしか出ないようにしてあげますから」

 

 ニコは鎌を振り上げると、ほとんど力任せに振り下ろす。

 

「ちっ……!」

 

 八幡は“エレメンタル・ダガー”を構えて防ごうとする。

 

「残念、そうはさせねえよ!」

 

 エティエンヌの投げた手枷が八幡の右腕を拘束した。その瞬間、

 

「……な!?」

 

 八幡の手から“エレメンタル・ダガー”がその手からギフトカードに勝手に戻ったのだ。

 そして、そうなれば必然的に、八幡を守るモノは何もない。

 八幡の体はニコの鎌によって袈裟がけにされた。

 

「……なん…だと!? くそっ!」

 

「おっと」

 

 八幡は咄嗟にニコを蹴り飛ばし何とか踏みとどまり、ギフトカードを見る。

 

『比企谷八幡

 

 “不協和音▷

      

      “トリガーハッピー”

      “デプレッション”

      “ヒッキ―▷

          “ディテクティブヒッキ―”

          “ステルスヒッキ―”””

 “エレメンタル・ダガー”(使用不可)

 “エレメンタル・アミュレット”(使用不可)

 “風精霊(シルフ)ウィン”(使用不可)

 “火精霊(サラマンダ―)ヒータ”(使用不可)

 “水精霊(ウンディーネ)エリア”(使用不可)

 “土精霊(ノーム)アウス”(使用不可)

 “ミラー・アリス”(使用不可)

 “ジャンク・スケアクロウ”(使用不可)

 “マザーグース”(使用不可)

 “リドル・ナンバーズカード”(使用不可)

 “プリック・ヘッドホン”(使用不可)

 “ディスタント・ゴーグル”(使用不可)

 “A war on the board”(使用不可)

 “不如帰”(使用不可)

 “バグ・サルタスション”(使用不可)

 “コーバート・ストリングス”(使用不可)

 “ジャイアントイーター”(使用不可)

 “シュレディンガー”(使用不可)

 “フラグ・フラッグス”(使用不可)

 “ブリストアー”(使用不可)

 “ギフト・ボックス”▶(使用不可)

 “???”

 

                          』

 

「何だよ……これ!?」

 

 驚愕する八幡に、エティエンヌは笑って、鎖によって繋がれている手枷を示す。

 

「これが俺の持つギフトの一つ。“エスクラヴラティニュー”だ。このギフトは拘束した相手の俺より霊格の低い相手からの干渉とそいつの自前のギフト以外の使用権を全て無効にするギフトだ。つっても、ギフトカードは対象外だから、そこにしまう事だけはできちまうがな。でも、お前のギフトはほとんど他人からのものらしいな。おかげで、一気に弱くなってやんの」

 

「………」

 

 心底楽しそうに笑うエティエンヌに言い返す余裕もないほど、八幡は焦っていた。

 幸いにも、手枷の鎖はどこまでも伸びるらしく、動きは制限されていない。それでも、今八幡が使えるのは、自前である五つのギフト。しかし、それも現在では逆効果でしかない“トリガーハッピー”と“デプレッション”。完全に効果のない“ステルスヒッキー”。何のギフトかもわからないもの。と、ここまでですでに四つが戦力的に『使えない』のだ。残る“ディテクティブヒッキー”に頼ろうにも、ここで問題が発生した。

 

「おいおい、どうしたよクソガキ! 動きがどんどん悪くなってるぜ!」

 

 先刻のギフトゲームのダメージが疲労として残っており、明らかに動きが落ちてきているのだ。よって、動きがいくら読めたとしても、体がそれに追いつききらないのである。

 そして、それ以上の問題があった。

 

「……痛ッ!?」

 

「おいおい、ホントにどうしたよ! 全然動きが読み切れてねえじゃねえか!」

 

 あからさまに楽しそうなエティエンヌを見て、八幡は確信する。

 

(くっそ! やっぱり、コイツら、俺を眼中に入れてねえ。そのせいで、“ディテクティブヒッキー”も全然使えねえ!)

 

 そう。敵はそもそも、比企谷八幡を敵として認識してすらいなかった。彼らにとって、比企谷八幡を殺すということは、悪意を向けるまでもない、文字通り『児戯』にも等しいことなのだ。

 故に、そこには何の負の感情も生まれない。

 そして、それは相手の負の感情から行動を読み取る“ディテクティブヒッキー”にとっては、致命的だった。

 疲労と普段の様に再生させられない傷から流れる血が、どんどん八幡の体力を奪っていく。

 それでも、ギリギリで次なる致命傷を避けられているのは、これまでの箱庭での経験によるものだった。

 しかし、それもすぐに終わりが来る。

 

「あ……が……!?」

 

 エティエンヌにばかり気を取られていた八幡は背中に感じた痛みと熱さで後ろを振り向く。

 

「すみませんが、そろそろ時間切れです」

 

 そこには、ニコが血の付いた鎌を振り下ろした状態で立っていた。

 その血が誰の血かは言うまでもない。

 それを認識すると同時に八幡の体から力が抜ける。

 

「生憎ですが、僕はこの程度で済ませるつもりはありませんよ」

 

 ニコが指をパチンと鳴らすと、周りを取り囲んで待機していた者たちが、一斉に槍や剣などの武器を八幡に突き立てた。

 

「……ぐ……!」

 

「おや、随分と耳障りな声ですね。黙らせましょうか」

 

 鎌を横凪に、八幡の首めがけて一閃。

 それだけで、八幡は崩れ落ちる。

 ニコはそれを見つめて不思議そうな顔をする。

 

「どういうことでしょう? 僕は首を切り落とすつもりだったのですが……」

 

 それの首からは未だ血が湯水が湧くかのごとく流れているものの、切断とまではいかず、三分の一程度を切るにとどまっていた。

 エティエンヌもそれに近づき、それを見るうちに顔がにやりと笑う。

 

「おい、ニコ。見てみろよ」

 

「うん? ……へえ。やるねえ」

 

 二人の見る先、それは口元だった。

 それの口元は、唇が奥歯によって血が出るほど強く噛みしめられていた。

 それは、恐怖からか咄嗟の意地かと言えば、二人にとっては後者だった。

 次いで、二人はそれのすでに光を映さない目を見る。

 

「まだ、全然目が死んでませんね。こんなに腐ってるのに」

 

「だな。これは、惜しいやつを殺っちまったなあ。お嬢なら気に入ったかもしんねえのに」

 

「二人とも終わった?」

 

 そんな二人の後ろから、飛鳥を抱えたラッテンが現れる。

 

「ええ。終わりましたよ、ラッテンさん」

 

「でも、こいつは惜しい人材でしたね。お嬢が気に入ったかもしれません」

 

「そう、それは残念。でも、まだまだ人材はたくさんいるから大丈夫よ♪」

 

「そっすね、それじゃあ……」

 

 そう言ったところで、雷鳴が轟き、黒ウサギの声が響く。

 

「“審判権限”の発動が受理されました! これよりギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELIN”は一時中断し、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください! 繰り返します――――――」

 

「あら、一時中断ね。私はこの子を置いたら行くわ。二人はどうする?」

 

 訊かれたエティエンヌはにやりと笑う。

 

「俺らは、これをちょっと利用して、敵さんらの揺さぶりを掛けさせていただきますよ。交渉が少しでも有利になるように……」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「ギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELIN”の審議決議、及び交渉を始めます」

 

 黒ウサギの厳かな声によって、審判決議が開始される。

 プレイヤー側は黒ウサギ、十六夜、ジン、サンドラ、マンドラが出席。

 ホストマスター側は八幡が会っていた斑ロリ、十六夜が戦ったヴェーザーという軍服男、ラッテン、ニコ、エティエンヌだった。

 まず、黒ウサギはペストたちの方に顔を向ける。

 

「まず“ホスト側”に問います此度のゲームですが……」

 

「不備はないわ」

 

 有無を言わせず、ペストはそう断じる。

 

「今回のゲームに不備・不正は一切ないわ。白夜叉の封印もゲームクリア条件の全て調えた上でのゲーム。審議を問われる謂れはないわ」

 

「受理してもよろしいので?黒ウサギのウサ耳は箱庭の中枢と繋がっております。嘘をついてもすぐわかってしまいますよ?」

 

 確認する黒ウサギに、ペストは不敵に笑う。

 

「ええ。そして、それを踏まえた上で言うけど私たちは今、無実の疑いでゲームを中断させられてるわ。貴女達は神聖なゲームに横槍を入れている。言ってることは分かるわよね?」

 

「不正が無かったら主催者側に有利な条件でゲームを再開しろと?」

 

「そうよ。新たにルールを加えるかどうかの交渉は後にしましょう」

 

 黒ウサギは確認するようにサンドラを見る。

 それにサンドラも頷く。

 

「……わかりました。黒ウサギ」

 

「はい」

 

 黒ウサギが耳を動かし、その場にしばし沈黙が続く。そして、黒ウサギ気まずそうに口を開く。

 

「箱庭も中枢からの回答が届きました。此度のゲームに不備・不正はありません。白夜叉様の封印も、正当な手段で造られたものです」

 

 さも、当たり前と言うように、ペストは余裕ありげに笑う。

 

「当然ね。じゃ、ルールは現状維持。問題は再開の日取りよ」

 

「日取り? 日を跨ぐと?」

 

 サンドラが意外な声を上げる。

 それも当然だ。解答時間が長引けば長引くほど、それは明らかにプレイヤー側に有利となる。

 

「再開の日取りは最長で何時頃になるの?」

 

「さ、最長ですか? ええと、今回の場合ですと一か月ぐらいでしょうか」

 

「じゃ、それで手を……」

 

「待ちな!」

 

「待ってください!」

 

 十六夜とジンがペストの言葉を遮る。

 ペストはそれが不快だといわんばかりに二人を白い目で見る。

 

「何、時間を与えてもらうのが不満?」

 

「いや、ありがたいぜ。だけど場合による。俺は後でいい。御チビ、先に言え」

 

「はい。主催者側に問います。貴女の両脇に居る男女は“ラッテン”と“ヴェーザー”だと聞きました。そして、もう一体が“(シュトロム)”だと。そして、貴女は、貴方は“黒死病(ペスト)”ではないですか?」

 

 その言葉に、サンドラはハッとする。

 

「そうか、だがらギフトネームが“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”!」

 

「ああ、間違いない。そうだろ魔王様?」

 

「……ええ。そうよ。御見事、よろしければ貴方の名前とコミュニティの名前を聞いても?」

 

「“ノーネーム”のジン=ラッセルです」

 

「“ノーネーム”……? もしかして、貴方のコミュニティに目の腐った男はいないかしら?」

 

 ペストの質問に、ペスト側の三人がビクッとするも、誰も気づかず、逆に“ノーネーム”の三人がきょとんとする。

 

「えっと、それってたぶん……八幡さんのことですよね?」

 

「……だと、思います」

 

「おいおい、まさかとは思ってたけど、マジかよ」

 

「どういうことだ?」

 

 戦慄している“ノーネーム”メンバーの反応を不思議に思ったのか、マンドラが訊く。

 

「別に大したことじゃないわ。私がここの下見をしている時に、気まぐれで一緒に回ったのがそこにいるジン=ラッセルのコミュニティの同士だったというだけよ」

 

「「……は!?」」

 

 サンドラとマンドラは一瞬ペストが何を言っているのかわからなかった。

 魔王が“ノーネーム”の人間と祭りを見て回った?

 それは一体何の冗談だ。

 

「……はぁ。いい加減、話を戻した方がいいんじゃねえのか?」

 

 ヴェーザーの言葉に、全員が気を取り直す。

 

「それじゃあ、話を戻させてもらうけど、貴方たちが私の正体に気づいたところでもう遅いわ。私たちはゲームの日取りを左右できるという言質を取っているうえ、参加者の一部にはすでに病原菌を潜伏させているわ。それも、無機物や悪魔でない限り発症する、呪いそのものを」

 

「ジャ、ジャッジマスター! 彼らは意図的にゲームの説明を伏せていた疑いがあります! もう一度審議を」

 

「駄目ですサンドラ様! ゲーム中断時に病原菌を潜伏させていたとしても、その説明責任を主催者側が負うことはありません。また彼らに有利な条件を押しつけられるだけです!」

 

 黒ウサギに言われ、サンドラは悔しそうに歯噛みする。

 

「此処にいる人たちが参加者側の主戦力と考えていいのかしら?」

 

「ああ、正しいと思うぜ」

 

 ペストの質問にヴェーザーが同意する。

 

「なら提案しやすいわ。皆さん、ここにいるメンバーと白夜叉、それと八幡だったかしら。それらが“グリムグリモワール・ハーメルン”の傘下に降るなら、他のコミュニティは見逃してあげるわよ?」

 

「なっ……」

 

「私は貴方達のことが気に入ったわ。サンドラは可愛いし。ジンは頭良いし」

 

「私が捕まえた赤いドレスの子もいい感じですよマスター♪」

 

「なら、その子も加えてゲームは手打ち。参加者全員の命と引き換えなら安い物でしょ」

 

「ああ、えっと、それなんですがお嬢……」

 

 ペスト側のエティエンヌが言いづらそうにする。

 

「実は、その……お嬢の気に入った八幡ってやつ。殺っちまったかもしんねえんですよ」

 

 それを聞くと、ペストはしばし黙り、「はぁ…そう」と、心底残念そうにため息を吐いた。

 

「これから面白くなりそうだから、期待してたのに……残念ね。それで、あの男の死体は?」

 

「それなら、見せしめに飾ってありますよ」

 

 そう言って、ニコは十六夜と黒ウサギの戦闘で壊され、白夜叉によって修理されたばかりのここ一帯で最も高い時計塔を指さした。

 全員がそちらに目を向ける。

 

「……そんな!?」

 

「八幡さん!?」

 

「……ちっ!」

 

「なんて惨いことを!?」

 

「……くっ!」

 

 その時計塔には、槍や刀剣でその胸や腹を貫かれた死体があった。

 その死体は、その傷以外にも胸や背中、首に致命傷と分かる傷を受け、そこからとめどなく流れた血によって、着ているパーカーもズボンも、果ては時計塔の外壁すら赤黒く染めらていた。

 それは、両手をそれぞれ一本の鎌によって時計塔の外壁に縫い付けられ、あたかも磔刑に処された罪人のような姿で絶命する比企谷八幡の惨殺死体であった。




 さて、主人公が死にました。
 というわけで、ちょっとした話をしましょう。
 みなさん、私はこの第二章を書く上で考えました。「はたして、比企谷八幡は何事もなくこの魔王の戦いを勝ち抜けるのか?」と。
 いや、無理だろ。日常系の主人公が異世界バトルの敵にそうそう勝ちまくれるわけないだろ。
 え? ボンボン坊ちゃん? それはだって、あのボンボンだし…。
 まぁ、というわけで、比企谷八幡君には死亡していただきました。
 そういうわけなので、主人公死亡に伴いシリーズ終了とさせていただきます。碌にヒロインも作れなくてすみませんでした。
 ってことで、次からは新しい『俺ガイル×○○○○○○○』の予告です。





          ♦





 人が次第に朽ちゆくように、国もいずれは滅びゆく…千年栄えた帝都すらも、今や腐敗し生き地獄。人の形の魑魅魍魎が、我が物顔で跋扈する…天が裁けぬその悪を、闇の中で始末する…我等全員、殺し屋稼業…。


 帝国において、殺し屋集団“ナイトレイド”といえば、その名を知らぬ者はいない。
 ある者は恐れと共に。
 ある者は畏れと共に。
 ある者は怨嗟と共に。
 ある者は希望と共に。
 その名を胸に刻む。
 しかし、革命軍に殺し屋集団がたった一つしか存在しないなど……そんなことがありえるだろうか。
 その答えは、否だ。
 “ナイトレイド”の他にも、確かに殺し屋集団は存在する。
 ただ、彼らが声高に名乗っていないが故に知られていないだけなのである。
 その組織は、帝都に潜む闇を打ち払うことを目的とし、いつかの未来という希望の光のために戦う。
光があれば影がある。故に、影があるなら確かに光は存在する。
ならば、自分たちは闇を打ち払う光を呼ぶ“影”であろうと。
その組織の名は……“(シャドウ)





          ♦
 というわけで、次回から『俺ガイル×アカメが斬る!』のクロスオーバーをやっていこうと思います。
 また応援していただければ幸いです。
























 というのは冗談です。まだ続きます。
 死んだ八幡はどうなったのか、次回『地獄編』開始!
 感想、評価、ヒロインアンケート、誤字訂正お待ちしております。


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そして、比企谷八幡は地獄に落ちる。

 今回のは結構猟奇的に書いたつもりなので、もしかしたら、R18かもしれません。
 閲覧には気を付けてください。
 大したことなかったらすみません。


 比企谷八幡死亡のその後

 

 

「……ん、あ……?」

 

 八幡は背中に感じるゴツゴツとした感触で目を覚ます。

 空は乾燥した血のように赤黒く濁っていた。

 そして、自分の顔を覗き込む角の生えた者たちがいた。

 

「あ! コイツ、ようやく目を覚ましたぞ!」

 

「誰か、司録(しろく)様か司命(しみょう)様をお呼びしろ!」

 

 朦朧とする意識で何とか起き上がり、八幡はあたりを見る。

 そこは川原だった。

 普通の川原と違うことと言えば、川原の各所に石によって積まれた小さな塔がちらほらと点在していることだった。

 そして、それ以上におかしいのは、自分の様子を見ていたらしい者たちの頭に例外なく角が一本か二本生えていた。

 箱庭でいうところの“鬼種”というものだろうか。ならば、レティシアの種族的な親戚だろうか。

 そう、ぼんやりとする頭で考えていると、先ほど走って行った鬼がもう一人、明らかに他の鬼より身分の高そうな上品な格好の男がやってきた。

 

「すみません。私は、司録という閻魔の補佐を務めている書記官です」

 

「……はあ」

 

 状況が呑み込めず、どう返事をしたものかわからない。

 

「比企谷八幡さん、率直に言いまして、貴方は箱庭での魔王襲撃の際に斬殺され、亡くなりました。つきましては、貴方を閻魔の元へお連れいたします」

 

「閻魔……っていうと、あの閻魔大王?」

 

「その閻魔です。そちらで貴方の判決をだし、今後どうするかを決定します」

 

「今後……?」

 

 八幡がよくわからずに首を捻っていると、司録は律儀にも説明してくれる。

 

「まず、箱庭から来た死者の場合、時として外界と箱庭での時間軸の違いから死ぬべき時ではない人間が来ます。その場合、最初の一回のみ、一時的に死者として扱い、無罪ならそのまま魂を体に返します。有罪でも、罪状によって煉獄、地獄と別れ、適切な償いを行った後に箱庭に戻します」

 

「えっと、ここの場合って、時間軸とかどうなるんですか?」

 

「そうですね、最大だと一昼夜が通常の人間界における64000年×64000年に相当します。さらに、重罪人の寿命はこの時間換算で64000年ほどですから、地獄に来た罪人は人間界換算で349京2413兆4400億年ほど、この地獄で罰を受けることになります。そして、その罰を受け切った後に適切な時間軸に転生することになります」

 

 とんでもなく気の遠くなるような話だった。

 一日が生きていたころの何倍もの長さがあるため仕方のないことだろう。

 

「すみません。急いでいますので、乗り物を使ってもよろしいですか?」

 

「乗り物……? いや、構わないんですけど……乗り物って?」

 

 八幡が訊くと、司録が手を挙げると、遠くに光が見える。

 しばらくすると、それが燃え盛る炎の光だと分かる。

 次に、それが車輪のようなものだとわかる。そして、それはリアカーのようなもので、それを猫が引いていることがわかった。

 

「…………何これ?」

 

「火車です。知りませんか? 日本だと、火車の正体は猫又であるという伝承が残っているはずですが」

 

「これ、乗れるんですか?」

 

 燃え盛る炎はとても熱そうだ。とても乗れるとは思えない。

 

「大丈夫です。この火車は彼岸と此岸や極楽と地獄などを行き来するのに使うモノですから」

 

 そう言って、司録はさっさと火車に乗り込んでしまう。

 仕方がないので、八幡も恐る恐る乗り込む。

 八幡が乗り込むと、火車は凄い勢いで走り出す。しかし、引いているのは猫なので、かなりシュールな光景だった。

 ただ、八幡にとって、最も重要な問題があった。

 

「……やべえ、現実に認識が付いていかない」

 

「……どうかしましたか?」

 

「いえ、何もないです」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 常に赤黒い曇天のため、時間の感覚が全然ない。

 

「着きました」

 

 言われて、周りを見ると、止まっている火車の前に巨大な門があった。

 

「……何これ?」

 

「ここは閻魔の法廷です。ここで一度、これまでのあなたの人生を裁き、無罪なら再び箱庭へ、そうでないならその罪を償っていただいてから箱庭へ戻っていただきます」

 

「……はぁ。ところで、さっきから何書いてるんですか?」

 

 八幡は司録の手元を指さし尋ねる。

 彼は先ほどの火車に乗っている間からずっと、何かを書いていた。

 

「ああ。これは、ただの報告書です。私の主な仕事は報告書の作成を行い司命に渡すことです」

 

「そういえば、さっきも誰かが言ってましたけど、その司命っていうのは?」

 

「私と同じ書記官で、閻魔のもう一人の補佐官です。私や具象神の製作した報告書を閻魔の前で読み上げるのが仕事です」

 

 八幡に解説しながら、司録は巨大な門を顔色一つ変えずに開ける。

 

「それでは、行きましょう」

 

 司録はにこりと笑うと、先導して歩き出す。

 八幡もそれについて歩いていく。

 建物内は意外にも、人と鬼が多くいた。

 

「いるのって……鬼だけじゃないんですね」

 

「ええ。判決待ちから極楽などの別界や海外からの方などいらっしゃる方は多岐に渡ります」

 

 そうして歩いていくと、再び巨大な扉の前で止まる。

 

「ここが閻魔のいる場所で、判決を言い渡す法廷です。それでは、心の準備はいいですか?」

 

 いいですかと言われても、どう答えたらいいのかわからない。

 

「では、行きますよ」

 

 八幡が答えないことに痺れを切らしたのか、司録は扉を開ける。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 そこはとても広い空間だった。

 それこそ、五〇〇人程度なら、ゆうに入ってしまいそうな広さだった。

 

「では、こちらへ」

 

 司録が先導し、八幡はそれについて歩いていく。

 そして、しばらく歩くと、巨大な影が見える。

 

「お連れしました、閻魔大王」

 

「……うむ」

 

 八幡はその巨大な姿と、その貫禄に息をのむ。

 

(おいおい、マジかよ。すげえ怖いんだけど。ていうか、帰りたいんだけど)

 

「被告、比企谷八幡、前へ」

 

 閻魔が言うと、八幡は言われたとおり前に出てしまう。

 

「それでは、同名、同生よ。この者のすべてを報告せよ」

 

 閻魔の声に呼応するように、八幡の両肩から小さい男と女が現れる。

 

「……なっ!?」

 

「大丈夫です。彼らは倶生神。男を同名、女を同生といい、貴方の一生の善行、悪行を記録する者たちです」

 

 司録が説明すると、まずは男の方が前に出る。

 

「この者、己が醜聞立つことを苦とせず、弱きものの力となりて、己が信念を貫き、その命を賭して狗を助ける善き者なり」

 

 次に女が前に出る。

 

「この者、和を憎みて和を乱し、他の想いを踏み、虚言にて尊属や他を惑わし、他の悲しみを共にせず、それを他に突き付け、聖なる者を殺意持ちて傷せしもそれを悔いぬ悪しき者なり」

 

 二人の言葉を八幡は全く理解できなかった。

 それを聞いていた閻魔は、次に司録を見る。

 

「汝が見たものをありのままに話せ」

 

「この者、好奇の心ややありしも、善行、悪行、彼岸にて共に行わず」

 

「承知した」

 

 閻魔はすべてを頷き、斜を向く。

 そこには、鏡があった。

 

「比企谷八幡、そこにあるのは“玻璃の鏡”というものだ。それを見るがいい」

 

 八幡が鏡を見ると、そこに映し出されたのは、かつての八幡だった。それも問題を起こした時や、総武校で周りから悪い噂を立てられる原因となったものばかりだった。

 そして、そこには自分が殺される原因となった戦いも映っていた。

 

「汝、ここに思うところはあるか?」

 

「……」

 

 恐らく、自分の行動に対して、『懺悔する気はあるか?』と、そう言っているのだろう。

 八幡は、思わず閻魔を睨みつけていた。

 ふざけるなよ、と。

 自分がしてきたことは、数少ない選択肢の中から常に最低ながらも最善だと信じて取った行動だ。

 それに対して、『懺悔する気があるか?』だと。

 八幡の答えは決まっていた。

 

「俺は間違ってない。世界が間違っている」

 

 ただ、真っ直ぐにそう言い放った。

 その時、ドクンと、八幡の中で何かが生まれた。

 そして、八幡のその言葉に、閻魔が笑いを噛みしめるような顔をする。

 

「……そうか、お前は世界が間違っているとぬかすか。いいだろう、ならば似合いの地の底へと落としてやろう。それでも、正気でいられたのならば、認めてやろう」

 

 閻魔はダンッ!と、目の前の机を叩く。

 

「比企谷八幡、判決を言い渡す。妄語、邪見、阿羅漢への傷害行為及び殺害未遂。以上の罪を以って、汝には『阿鼻地獄』を言い渡す!」

 

 言い渡された途端、足元から床の感覚が消えうせる。

 そして、ただどこまでもどこまでも落ちていく感覚があり、それに次第に熱さが加わり、地面に着くころには、八幡の肉体は燃え盛る炎で焼き尽くされていた。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 意識がなくなり、目が覚めた時、八幡は自分の感じている感覚が何なのかわからなかった。

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!?」

 

 痛い。

 熱い。

 苦しい。

 

 そんな感覚を感じているような気がする。

 感覚が判然としないのは、それを感じる神経すら焼かれているからだ。

 それなのに、苦痛であることだけは理解できてしまう。

 八幡はあるかどうかもわからない首を動かす。

 あたりは視界一面燃え盛る炎だった。

 だが、よく見ると、それだけではない。

 炎の中には、斧や金棒を持った鬼、火を吐く獣、見るからに危険そうな毒虫などが闊歩していた。

 その中の、斧を持った鬼が八幡に気づき、ゆっくりと近づいてくる。

 鬼は八幡の右足を掴むと、斧を振り下ろす。

 振り下ろされた斧によって、器用に小指だけが切断された。

 次に薬指、次に中指、次に人差し指、次に親指と、的確に一本一本を丁寧に切断すると、今度は左足を持ち、右足同様指を一本一本切り落としていく。

 左足が終わると、次に右手、その次は左手と、どんどん切られていく。

 八幡は痛みに声を上げるが喉が焼けて声が出ない。

 手が終わると足。

 足が終わると腕。

 腕が終わるると下半身。

 下半身が終わると腹から徐々に上半身が着られる。

 腹から胸。胸から首へと、斧が振り下ろされ切られていく。

 今度は首から頭が切られていく。

 だというのに、八幡は苦痛を感じるだけで意識が途切れない。

 頭も切り刻むと、鬼は切り刻んだ八幡の体の部品を集め、おもむろに取り出した金棒でグチャグチャに潰していく。

 体がグチャグチャト不快な音を立てミンチにされていく。

 しばらく金棒でかき混ぜた鬼は、金棒を大きく振り上げ、思い切り八幡の残骸にたたきつける。

 そこで、八幡の意識はようやく途絶えた。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 箱庭、火龍誕生祭会場。

 

 

 

 現在、白夜叉たちプレイヤー側と魔王たち主催者側は一週間の休戦期間の四日目となっていた。

 すでに何人かは黒死病を発病するも、薬がないため、大人しく寝かせることしかできなかった。

 そんな中、耀はギフトゲームの謎を解こうと思案しながら、ある人物の部屋へと向かっていた。

 

「……小町、入るよ」

 

 耀が部屋に入ると、そこには布団にくるまった小町がいた。

 目は泣き腫らしたせいか赤く充血し、目元には隈ができている。さらに、その目は普段の八幡以上に腐っていて焦点があっておらず、虚空を見つめるばかりだった。

 

「……お兄ちゃん。お兄ちゃん……なんで、なんでこうなっちゃったの? 小町的にすごくポイント低いよ。ねえ……お兄ちゃん。うう……」

 

 口を開けば、ブツブツと兄の名を呼び、誰も答えてくれないことにまた泣きそうになっている。

 それだけ、兄の惨殺死体は小町の心に深い傷を与えていた。

 しかし、それだけが理由ではなかった。

 死体を見た直後は狼狽していた彼女も、すぐに明るく振舞おうとした。だが、そんな彼女の気丈な振る舞いも3日目にして脆くも崩れ去った。

 それは、黒死病患者の見回りをしていた時のことだった。

 小町と耀の二人はこんな噂を聞いてしまった。

 

「おい、あの死体、一向に腐る気配がないらしい。気味が悪いぜ」

 

「マジかよ。じゃあ、あの噂って本当なのかもな」

 

「あの噂?」

 

「ああ。殺された奴、祭りの時に魔王と会ってて、黒死病はそいつに仕込まれてたらしい」

 

「それなら俺も聞いたよ。もしかしたら、アイツも魔王の一味なのかもな」

 

「だったら、あんな死体すぐに燃やしちまおうぜ」

 

「だったら、サンドラ様に進言してみるか」

 

「いや、マンドラ様の方がいいだろ。サンドラ様はまだ幼いし、嫌がるかもしれん」

 

 そんな会話を聞いてしまってから、小町は部屋に引きこもってしまった。

 耀や黒ウサギ、レティシアがどんなに慰めても部屋から出ようとはしなかった。

 当然だ。魔王から他のコミュニティを守るために戦った自分の兄が言われない侮辱を受けているのだ。

 そこに、扉をノックする音がして、部屋に入ってくるものがあった。

 

「小町譲、大丈夫ですか?」

 

「あー、えっと……。なんつーか、その、元気出せよな!」

 

 入ってきたのジャックとアーシャだった。

 二人は耀と八幡とギフトゲームで戦い、特にジャックの方は八幡の力を認めた直後のこともあってか、八幡の死をとても悼んでいた。

 

「すみません……まだ、出るのは難しいです」

 

 涙声で言う小町にジャックは首を振る。

 

「いえ、無理はなさらないでください。身内が一度とは言え亡くなられたのですから」

 

「……ん? ねえ、ジャック。『一度』って、どういうこと?」

 

 ジャックは八幡の死を『一度』と形容した。つまり、箱庭には『死』の概念が複数回行われる可能性が存在するのだ。

 

「……ご存じないのですか? 外界から箱庭に来た者が死んだ場合、それが特定条件に合う人間であり、最初の一度目に限り特定の条件をクリアさえすれば、箱庭に復活できるのです」

 

 ジャックの言葉に、小町は布団を撥ね飛ばすと、ジャックに掴みかかる。

 

「教えて! お兄ちゃんはどうすれば帰ってくるの!?」

 

「方法自体はいたって簡単です。ですが、未だこの方法で戻ってきたものはいません」

 

「その方法って?」

 

 耀が訊くと、ジャックは静かに答えた。

 

「生前における自身のすべての罪の清算。つまり、一度地獄に落ちて罪を償うことです」

 

「……地獄に、落ちる?」

 

「はい。正確には、自身の罪の有無を問い、なければすぐに戻ってこられますが、普通に生きていれば、大抵の者には多少の罪があります。問題なのは、地獄の刑罰は、最も軽くても1兆6653億1250万年間、延々と殺され続けることです」

 

「1兆6653億1250万年……」

 

 途方もない数字だ。

 これにより、耀はジャックの言わんとすることを理解した。

 

「戻ってきても、正気でいる可能性は……」

 

「……はい。絶望的です」

 

 重々しく告げるジャックに、耀の気持ちは暗く沈む。

 

「小町、その……え?」

 

 小町にどう声を掛けたらよいかと思い、小町の方を向いた耀は信じられないものを見た。

 

「……よかった」

 

 それは、小町の安堵する姿だった。

 小町のその反応に耀たち三人は絶句する。

 

「小町……なんで?」

 

「え? だって、お兄ちゃんが帰ってくるんですよ。よかったじゃないですか」

 

「……」

 

 そうして、嬉しそうに笑う小町に、三人は内心で戦慄しながらも、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 ここに来て、幾日が立ったのだろう。

 今日はどんな殺され方をしたのだろう。

 たしか、頭を潰されて死んだ。血を抜かれて死んだ。心臓に杭を打ち込まれて死んだ。首を絞められて死んだ。真っ二つに体を裂かれて死んだ。首を千切られて死んだ。内臓を掻き回されて死んだ。引き千切られた四肢で殴られて死んだ。炎に焼かれて死んだ。獣に食われて死んだ。毒虫に噛まれて、毒でのた打ち回りながら死んだ。獣に爪と牙で引き裂かれて死んだ。切り刻まれて死んだ。骨を砕かれて死んだ。手足の指を一本一本引き千切られ、口と鼻に詰められ呼吸ができなくなり死んだ。焼けた石を詰められて死んだ。殴られて死んだ。臓器を一つ一つ引きずり出されて死んだ。岩に体を叩きつけられて死んだ。針で体中を穴だらけにされて死んだ。巨大な擂り鉢で擂り潰されて死んだ。煮えたぎる大釜に放り込まれ、体中の血が沸騰しながら死んだ。岩と岩に潰されて死んだ。鋸で体をバラバラにされて死んだ。鋏で無理やり切られて死んだ。弓矢で射られて死んだ。焼けた鉄で殴られて死んだ。大蛇に呑まれて死んだ。頭に釘を打ちつけられて死んだ。毒虫に体を食い破られて死んだ。皮を剥がれて死んだ。鑢で体から血が滲まなくなるまで擦られて死んだ。握りつぶされて死んだ。足の骨を折られ、折った骨を胸に突き立てられて死んだ。沸騰した泥を喉から流し込まれて死んだ。鳥に啄まれて死んだ。両目に溶けた鉄を流し込まれた後、その鉄を溶かした大釜に叩き込まれて死んだ。体から炎が噴き出し死んだ。火車に引き摺り回されて死んだ。家族が惨殺される姿を見せつけられた後、炎に焼かれて死んだ。崖から棘の付いた焼けた鉄網に落とされ死んだ。痛みが生じた部分から塵になって死んだ。溶けた白蝋を喉から流し込まれて死んだ。男根を引き抜かれて死んだ。体を捻じられ死んだ。足先から脳天を串刺しにされ死んだ。体中に釘を打ち込まれて死んだ。死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだしんだシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダシンダ。

 

 自分は一体どれだけ死ぬのだろう。

 自分はいつまで正気を保っていられるだろう。

 いや、果たして自分は正気なのだろうか。

 いや、それこそどうでもいい。

 どうせ、助けなんて来ないのだから。

 求めたところで、来るのは理不尽な暴力だけだ。

 だから、自分は助けなど求めない。神の助けなどいらない。そんなものは知ったことか。

 願うな。

 想うな。

 強請るな。

 希うな。

 頼るな。

 屈するな。

 戯れるな。

 乞うな。

 期待するな。

 頼むな。

 請うな。

 欲するな。

 望むな。

 渇望するな。

 そんなことはするだけ無駄だ。

 そう考えていると、無性に腹が立ってきた。

 なんなんだあいつらは。

 殺すたびに怒った眼の奥に嘲笑を潜ませやがって。まるっきり楽しんでるじゃねえか。

 罪人を殺すのは罪じゃないとでも思っているのか。

 ほの暗い気持ちと共に、怒りが沸々と湧き上がってくる。

 ああ、もういっそ、ここの鬼どもを皆殺しにしてやろうか。

 幸い、ギフトカードは奪われていない。

 そうだ。そうしてしまおう。今までやられた分を、何倍にも返してやろう。

 そう思い、八幡が体を起こそうとすると、頭に声が響く。

 

(ヤメロ、今ハマダ……ソノ時デハナイ)

 

 まるで何かに抑えつけられたかのように体が動かない。

 

「……チッ! くそっ!」

 

 悪態をついていると、鬼の集団が自分の元に歩いてくる。

 何もできない自分の無力さが嫌になる。

 鬼たちは八幡を囲むようにすると、一斉に各々の武器を振り上げ、力の限り振り下ろした……はずだった。

 

「……え?」

 

 ある鬼は突風によって真っ二つに引き裂かれ、ある鬼は落石に押しつぶされ、残りの鬼たち蒼い炎に焼き尽くされた。

 そして、鬼たちがいなくなった場所に三人の人影があった。

 

「また会ったね。少年」

 

 一人は祭りの時に出会った老人だった。

 

「お~、主様~、久々に起きたんだけど、大丈夫~?」

 

 もう一人はセミロングの茶髪に、間延びした喋り方をする口調、ダルそうな目が特徴的な小町と同い年くらいの見た目の少女だった。

 

「ねえ……大丈夫?」

 

 そして、最後は花の蜜のように甘いベビーフェイスと、薄いウェーブを引いたツインテールの少女だった。

 その少女は八幡の顔を無表情ながらに、心配そうに覗き込んでいた。

 

「おまえらは……?」

 

 八幡が尋ねると、三人は顔を見合わせる。

 

「私はフルーフだ。少年」

 

「……ども~、アウスで~す」

 

「ウィラ。ウィラ=ザ=イグニファトゥス」

 

 八幡は最後に名乗った少女の名に違和感を覚える。

 

(ウィラ=ザ=イグニファトゥス? どこかで……)

 

 その時、今まで溜まっていた精神的な疲労により、八幡の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「……んん……あ?」

 

 八幡は、これまでと違う、心地よい感触に違和感を覚えて目を覚ます。

 

「あ、起きた~」

 

「……大丈夫?」

 

(……なん……だと)

 

 八幡は衝撃を受ける。

 なぜなら、自分を覗き込む彼女たちの胸で視界いっぱいになり、彼女たちの顔が見えなかったからだ。

 

(やはり、バストはバスツと呼ぶべきだな)

 

 いい顔でそんなことを八幡が考えていると、再び心配そうな声音で聞かれる。

 

「……意識、ちゃんとしてる?」

 

「あ、ああ。大丈夫だ、問題ない」

 

 八幡は起き上がると、あたりを見回す。

 自分を覗き込んでいた少女たちから離れたところには、祭りであった老人が微笑ましそうに自分たちを見ている。

 そこで、ふと気づく。

 ウィラが正座をしていたことに。

 つまり、自分は目が覚めるまで、彼女に膝枕をされていたことになる。

 

「―――――ッ!?」

 

 八幡は顔が熱くなり、ウィラから顔を逸らす。

 そこで彼の目に飛び込んできたのは、もう一人の少女だった。

 

「ども~、アウスで~す」

 

 のんびりと間延びした喋り方のアウスのある一部分に八幡は衝撃を受ける。

 

(これは……明らかに、由比ヶ浜よりあるだと!?)

 

 由比ヶ浜結衣もかなりのものを持っていたはずだが、このアウスのそれは服の上からですら、それ以上だとはっきりわかる大きさだった。

                         

「ん~? どうかした~?」

 

 不思議そうに聞くアウスからも顔を逸らして、八幡は老人――フルーフの方を向く。

 

「それで、貴方たちはどうして、俺を助けたんですか?」

 

 フルーフは、ウィラとアウスを見る。

 二人は、フルーフに話をするように目で促す。

 

「ふむ……。少年、私が君に渡したものを覚えているかね?」

 

 八幡は頷いて、しまっていた指輪を取り出す。

 

「その指輪は、精霊()の召喚とギフトの使用を行えるギフトなのだよ」

 

「……一応聞きますけど、貴方の正体って……」

 

「一言でいえば、『災害』の精霊といったところだな」

 

「……災害?」

 

 ウィラが首を傾げる。

 

「ハーメルンの町には、碑文に記された事件のほかにも、洪水、嵐、疫病などのさまざまな災害が数世紀によって襲った。それを人々は『ハーメルンの呪い』と恐れるようになった。そこで生まれたのが、『災害の精霊()』というわけだ」

 

「つまり、貴方も偽りのハーメルンってことですか?」

 

 八幡の質問に老人は首を横に振る。

 

「私はハーメルンの笛吹きと数世紀の呪いを畏れる対象とが、わかりやすく繋げられたいわば、『継ぎ接ぎのハーメルン』なのだよ」

 

 老人は自嘲するように笑った。

 

「要するに、私の場合は彼らの召喚に曳かれたことによって、召喚されたということだ」

 

「なるほど。アウスは?」

 

「私~? 私はお姉ちゃんたちがこっちじゃ動けないから~、私がそろそろ働かなきゃダメかなって~」

 

「そういや、こうして話すのって初めてだったな。なんで今まで出てこなかったんだ?」

 

「寝てた~」

 

「……マジで?」

 

「マジ~」

 

 八幡は「えへへ~」と照れるアウスに驚愕を禁じ得なかった。

 自分の主が殺されているのに、なお寝ていて、地獄に落ちている時にようやく起きてくる。

 

(こいつ、案外大物じゃね?)

 

 八幡は、次にウィラを見る。

 

「で、えっと、……イグニ……なんでしたっけ?」

 

「ウィラ=ザ=イグニファトゥス。ウィラでいい」

 

「たしか、“ウィル・オ・ウィスプ”……ジャックさんたちのコミュニティのリーダーですよね?」

 

 ウィラは頷く。

 

「なんで地獄(ここ)に?」

 

「貴女……私たちのコミュニティの店でガラスのペンダント、買ってない?」

 

 八幡は“ウィル・オ・ウィスプ”で買ったペンダントを取り出す。

 

「これのことですか?」

 

「うん。それが教えてくれた。理不尽な目に合ってる子供(・・)がいるって」

 

 さすが箱庭、とでもいうべきか。

 高校二年という、ともすれば、ある程度は大人として見られる自分が『子供』扱いされるのだ。

 このウィラも見た目通りの年齢ではないだろう。

 

「それで、どうして地獄に落ちた?」

 

「ああ、えっと、話すと長くなるんですけど……」

 

 八幡は、“ノーネーム”が“火龍誕生祭”に来てから、今までの経緯を正確に説明した。

 説明を聞いたウィラは、ぽつりと呟いた。

 

「……すごく、驚いた」

 

「あー、やっぱり、うちの奴等って普通じゃないんですね」

 

 “ノーネーム”の問題児たちの破天荒ぶりに驚き、呆れるのはある意味当然なのだろうと八幡が思っていると、ウィラは静かに首を横に振る。

 

「そうじゃない。私が驚いたのは三つ。一つ目は、貴方がジャックに勝てた事。二つ目は貴方が戦った敵が、『聖人』として扱われている事。そして、三つ目」

 

 そこで、ウィラは興味深そうに八幡の顔を覗き込む。

 

「なんで貴方は、地獄(ここ)で自分がされた、殺害方法を全て正確に把握し(・・・・・・・・・・・・・)正気でいられるの(・・・・・・・・)?」

 

 ウィラから見て、この比企谷八幡という男は、明らかに異常だった。

 ジャックどころか、アーシャよりも低い霊格。なのに、それを補って余りある知略を考え付く頭脳。

 危険な作戦も勝利のためならば、迷わず実行できる胆力。

 そして、地獄に落ちて、殺され続けてもなお、正気を保っていられた精神力。

 ウィラは、この比企谷八幡という少年にとても興味を引かれた。

 ゆえに、いつもの悪い癖が出た。

 

「……ッ!?」

 

 八幡の視界と脳裏に、一瞬だけ自分がウィラに殴られる場面が写る。

 

「いや、何しようとしてんだよ」

 

「……ッ!?」

 

 今度は、ウィラがビクッと驚いた様子を見せる。

 ウィラは恐る恐る懐からトンカチ状の鈍器を取り出す。

 

「なんでわかった?」

 

「いや、なんていうか見えた」

 

「見えた?」

 

 ウィラは首を傾げるが、八幡自身にもよくわからない。

 耀のギフトゲームあたりから、たびたび見る幻視。

 これは、一体何なのか。

 八幡が考えていると、フルーフが「ちょっといいだろうか」と、挙手をする。

 

「君の話を聞く限り、君がこの地獄の最下層に落ちる原因となった、『ニコ』という男は、自分の身分を『聖人』と偽っているはずだが、何か心当たりはあるのかね?」

 

「それなら、僕にあるよ」

 

 そう言って、八幡のギフトカードからアリスが出てくる。

 

「やあ、主殿。未だ正気のようで何よりだよ」

 

「……そいつはどうも。それで、アイツが使った方法って何なんだ?」

 

「いたって単純だよ。あの『ニコ』って男は、自分の名前を『聖人ニコラス』として偽ったんだよ。詳しくは僕もよくわからないけど、恐らく自分の名前が『ニコラス』と同名か近い名前であることを利用したんだろうね」

 

 アリスの説明にフルーフは難しい顔をする。

 

「なるほど。名前を利用して身分を偽るのは、箱庭では常套の手段。しかし、逆にそれさえ証明できれば、少年に対する誤審も証明できるだろう」

 

「証明できなくても、方法はないわけじゃない」

 

 二人の会話にウィラが口をはさむ。

 

「判決に文句があれば、自身の力で減刑をさせることもできる」

 

「……どうやって?」

 

 八幡が嫌な予感がしながら聞くと、ウィラ、フルーフ、アリス、アウスは「決まっているだろ」とでも言いたげに笑う。

 

「私たちがいたのは箱庭」

 

「となれば当然」

 

「現状に文句があるなら」

 

「ギフトゲームしか、ないよね~?」

 

「いや、でも、ほら、どんなギフトゲームかもわからないのにやるんじゃ、いくらなんでもリスクが大きすぎるんじゃ……」

 

「……大丈夫」

 

 どうにか、逃げる口実を捜そうとする八幡の肩をウィラがポンッと叩く。

 

「貴方は私が鍛える」

 

「……は?」

 

 ウィラの言っている意味が分からず、八幡は間の抜けた声しか出なかった。

 そんな八幡にアリスがにやりと笑いかける。

 

「よかったじゃないか。“北側最強”の異名をとっている実力者が師事させてくれるっていうんだ。弟子入りしても損じゃないだろ?」

 

「……弟子」

 

 ウィラは無表情ながらも、どこか嬉しそうにその言葉を噛みしめる。

 ウィラは、最初はあくまで可愛そうな子供を助けに来ただけだった。

 だが、この比企谷八幡からは、感じられるだけでも、かなりの天性の素質がある。

 ウィラは、この少年の素晴らしい才能(ギフト)を自分の手で育てたい欲求に駆られた。

 だからこそ、アリスのその言葉に喜びと興奮を覚え、そのままの欲求に従い八幡を指さす。

 

「貴方は、私の弟子にする」

 

 比企谷八幡 享年一七歳

 地獄にて、“ウィル・オ・ウィスプ”リーダー、ウィラ=ザ=イグニファトゥスの弟子となる。




 というわけで、八幡に師匠ができました。
 まあ、今のままじゃ、逆立ちしたって勝てませんし、どこかで指導する人が必要でしょうし。この地獄編は一種の修行パートです。
 さて、今回はどうだったでしょうか。比企谷兄妹の異常な感じを自分なりに書いたつもりなんですが。
 一応、あと3話前後ほどで地獄編は終わるつもりです。
 次回も頑張って書こうと思います。
 それでは、感想、評価、ヒロインアンケート、誤字訂正お待ちしております。


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そして、比企谷八幡は試練に挑む。

今回はいつもに比べてかなり短めです。
理由としましては、ぶっちゃけここで切らないと尻切れトンボになりそうだからです。


 地獄 アリスの異空間

 

 

 

「危ねッ! これは死ぬだろ!」

 

「大丈夫……死なないようにやってる」

 

「くっ……!?」

 

 八幡を、ウィラの召喚する蒼炎が襲う。

 

(空中は……回りこまれる。却下だ。左右は……避けきれない。却下。前後も同じく。となると……)

 

 八幡は、その場で身を低くする。

 蒼炎が八幡の周りを焼いていくが、八幡の体にはそれほどダメージを与えていない。

 八幡は、自分のはめている手袋に繋がっている糸を確認する。

 

(この反応からして動いてはいないか。でも、すぐに来るはず……なら、まずは……)

 

「ゲーム確定、大富豪」

 

 そう呟くと、八幡は懐のトランプからカードを五枚引く。

 そして、その中から『8』のカードを炎に向ける。

 

「8切り!」

 

 叫んだ瞬間、蒼炎は切り裂かれ、消えてしまう。

 

「よしっ。次は……」

 

 八幡は左腕にはめた腕輪にイメージを送る。

 そして、息を吐くとウィラめがけて走り出す。

 

「……甘い」

 

 ウィラは、八幡の背後に瞬間移動する。しかし、

 

「……ッ!?」

 

 

 瞬間移動した先に彼の姿はなかった。

 当の八幡は、すでにウィラの側方に移動しており、“エレメンタル・ダガー”を振り抜いた。

 

「……ッ!? マジかよ……」

 

 だが、不意打ちの攻撃をウィラは冷静に受け流して対処し、八幡の姿勢を崩す。

 

「……えい」

 

 ウィラは、そのまま持っていたハンマーで八幡の頭を叩く。

 

「はい。これで八幡の4億5771万8567敗目」

 

「……全く勝てねえとか、ムリゲーにもほどがあるんですが」

 

「でも、今日は一時間も頑張った」

 

「……たった一時間の間違いでは?」

 

「最初に比べたら十分。それに、呑み込みも早い」

 

 正直、八幡はこのウィラという少女を嘗めていた。

 ウィラは、“北側最強”と渾名されるだけあって、圧倒的な実力を持っていた。

 最初の頃は、一秒すら持たず一瞬で負けていた。

 というのも、いくら攻撃が読めようと、瞬間移動のできる相手――それも、圧倒的実力者が相手では、碌に攻撃を躱すことができないのだ。

 しばらく経って、ようやく攻撃を躱せるようになったのも、ウィラとの修行で、八幡自身の霊格が高まったことで、いくつかのギフトが変質したことと、ギフトの一部の使い方を変えたからだ。

 八幡は、ギフトカードを見る。

 

『比企谷八幡

 

 “トリガーハッピー”

 “デプレッション”

 “ステルスヒッキ―”

 “デッドエンド・アイ”

 “エレメンタル・ダガー”

 “エレメンタル・アミュレット”

 “風精霊(シルフ)ウィン”(使用不可)

 “火精霊(サラマンダ―)ヒータ”(使用不可)

 “水精霊(ウンディーネ)エリア”(使用不可)

 “土精霊(ノーム)アウス”

 “ミラー・アリス”

 “災厄精霊フルーフ”

 “ルタバガ”

 “ジャンク・スケアクロウ”

 “マザーグース”

 “リドル・ナンバーズカード”

 “プリック・ヘッドホン”

 “ディスタント・ゴーグル”

 “A war on the board”

 “不如帰”(使用不可)

 “バグ・サルタスション”

 “セトル・ストリングス”▷

           “コーバート・ストリングス”

           “ブリストアー”

 “ジャイアントイーター”

 “シュレディンガー”

 “フラグ・フラッグス”

 “テセウスの船”

 “魔弾”

 “ギフト・バッグ”▶

 “リセイノケモノ”

 

                          』

 

「やっぱ、多いと使い所がなあ……」

 

「そこは、慣れるしかない」

 

「……慣れるですか」

 

 ウィラの言葉を繰り返しながら、八幡は無意識に首に付いた新しいギフトに触れる。

 新しいギフト――“リセイノケモノ”は、首輪のギフトだった。

 一本の丈夫な革製の首輪で、鈍く輝く銀の虎の意匠が付いていた。

 修行中に何度か使ったため、これがどういうギフトかも、大体わかっている。

 ただ、八幡自身このギフトは自発的には、使いたくなかった。これに慣れたらある意味終わりだ。いや、これに関して言えば、もう終わっているのかもしれない。

 

「いつも言ってるけど、八幡の強みはギフトの多さと心理戦の強さ。後者は貴方なりに伸ばすしかない。だから、今はすべてのギフトを同時に使いこなせなきゃいけない」

 

 この師匠は本当に簡単に言ってくれる。

 どうにも、彼女は人の才能を過信する傾向がある。

 

「でも、師匠の課題はムリゲーだと思うんですが……」

 

「それでも、これから箱庭で生き残っていくなら必要だし、何より……」

 

 そこで、ウィラは一度言葉を切り、八幡に言い聞かせるように言った。

 

「大切なものを守るために必要」

 

「うっす……」

 

 八幡はウィラの言葉に静かに頷いた。

 

「じゃあ、もうちょっと頑張ろうハチハチ」

 

「すみません、ハチハチはやめてください」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「はあ!? ウィラ姐が比企谷八幡を弟子にした!?」

 

 病室に、アーシャの声が響きわたる。

 そんな彼女をジャックが諌める。

 

「こら、アーシャ。ここは病室なのだから、弁えなさい。ですが、まさか、ウィラまで彼に興味を持つとは……」

 

(恐らく、私が売ったペンダントの反応に引き寄せられたのでしょうが……奇妙な縁もあったものですね)

 

 まさか、自分が認めた相手が、そのまま自分のコミュニティのリーダーの弟子になるとは思わなかったので、ジャックはおかしくて内心で苦笑する。

 

「それで、修行の経過はどうですか?」

 

 ジャックが訊くと、その人物たち――いや、精霊たちはそれにどこか愛おしげに触れながら、微笑む。

 

「はい。アウスが言うには、ウィラ様曰く『ハチハチは戦う度に色んな作戦を思いつくから、育てがいがある』だそうです」

 

 師匠も弟子も出来がいいのか、双方の関係は良好らしい。

 

「それで、八幡殿の体の様子は?」

 

「大丈夫です。私たちの全てにかけて、我らが主の肉体は守ります」

 

 エリアが力強く言うと、他の二人も頷く。

 死んだ八幡の肉体が腐らなかった原因は、いたって単純で、彼女たちが自身の持てる力をすべて使い、八幡の肉体を保たせていたからだった。

 

「ですが、貴方たちの霊力は大丈夫なのですか?」

 

 心配するジャックに、彼女たちは嬉しそうに笑う。

 

「ここ最近マスターの霊格が急激に成長しているおかげで、むしろ絶好調です。今なら、あと500年やれと言われても、余裕でできそうです!」

 

 よっぽど、主の成長と健在(?)が嬉しいらしく、自信たっぷりに言うエリアにジャックは苦笑する。

 

「ヤホホ! それは、とても将来が楽しみですね」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「あー、キツかったー!」

 

 鬼の責苦(今日のノルマ)を終えた八幡は、僅かばかりの休憩を満喫していた。

 いくらウィラたちに助けられたとはいえ、鬼が大勢で攻めてくると、さすがに厄介なので、八幡は修行の合間を縫って、定期的に鬼に殺されに行っていた。

 また、それも修行の一環として、ウィラからは課題を与えられていた。

 それは、殺されている間、相手を観察し続けるというものだった。

 相手が一体どんな性格でどんな殺し方をするのか。

 それをつぶさに観察するのだ。

 以前は、これに意味を見いだせなかったが、理由ができ始めると途端に楽に感じるから人間というのは単純だ。

 

「いや、そう単純なことでもないんだよね。これって」

 

 八幡が伸びをしているとアリスが呟く。

 

「どういう意味だ?」

 

「君はどうにも、自分を過小評価しすぎる気があるけど、これって十分に異常なんだよ」

 

「…………異常」

 

「そう、異常。だって、普通だったら、どんなに有益な意味があったって、文字通り永遠に等しい地獄の苦しみを耐えろなんて言われてやるわけないし、やったとしたって正気でいられるわけがない」

 

 八幡はアリスの言葉に何も言えない。

 彼女の言う通り、八幡が実行しているのは通常の人間ではなし得ない異業だからだ。

 

「比企谷八幡、君はもう箱庭世界(こっち側)の住人だ」

 

「………………」

 

 八幡は何も答えず、ただ“リセイノケモノ”に強く、引き千切れてしまいそうなほど掴んでいたのだった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 

 修行を始めて何年が経っただろうかという時、ようやく修行が一区切りついた。

 

「たぶん、これぐらいなら十分に戦える」

 

「あの、どうも、ありがとうございました」

 

 八幡が頭を下げてお礼を言うと、ウィラはその肩をポンッと叩く。

 

「修行が終わりなんて、いつ言った?」

 

「…………え?」

 

 まるで意味が分からないという顔をする八幡に、ウィラは何でもないことのように言う。

 

「単に時間がないからもう終わりってだけ。これで簡単に誰にでも勝てるほど、箱庭は甘くない」

 

「……なるほど」

 

 言われてみれば、納得できる話だった。

 修羅神仏の箱庭たる“箱庭世界”で、それこそただの人間が何年かかけたところで到達できるほど、彼らの経験も才能も甘くはないだろう。

 

「また、機会があったら鍛える」

 

「さいですか」

 

「強くなったら、ストーカーの撃退をさせる」

 

「俺は防犯グッズですか……」

 

 力強く言うウィラに八幡は微妙そうな顔をする。

 そんな八幡に、ウィラは首を横に振る。

 

「あのストーカーは普通のストーカーじゃない」

 

「いや、ストーカーの時点で普通じゃないと思うんですけど」

 

「あのストーカーは段違い」

 

「……そうですか。まあ、受けた恩ぐらいは返すんで、何か力になれることがあったら言ってください」

 

「うん。期待してる」

 

「……うっす」

 

 さすがに野暮だと思い、「されても、どうにもできません」とは言えなかった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「閻魔様、大変です!脱獄者です!」

 

 獄卒が閻魔の元へと駆け込むと、閻魔は慌てた様子もなくその獄卒へと目を向ける。

 

「誰だ?」

 

「比企谷八幡です!」

 

 焦ったように言う獄卒に閻魔はにやりと笑う。

 

「ようやくか……」

 

「どうなさいますか?」

 

 冷静に尋ねる司録に閻魔は落ち着いた声で言う。

 

「何もしなくていい。したところで、並の者では相手にならんだろうからな。もし、ここに来たら、私の元に案内しろ」

 

「かしこまりました」

 

 司録は、閻魔に恭しく礼をすると、すぐに部屋を出ていった。しばらくして、司録に引き連れられた比企谷八幡がやってきた。

 

「……どういうつもりだ?」

 

 すんなり通されたことを怪しむ八幡に、閻魔は余裕をもって答える。

 

「お前の様子は司録から聞いている。お前が何者かの指導によって力をつけていることもな」

 

「知ってて放っておいたのかよ」

 

 ハチマンが怪訝そうな顔で尋ねると、閻魔はフンっと鼻を鳴らす。

 

「当然だ。たかが人間風情がそうやすやすとこの『閻魔王』を倒せると思っているのか?」

 

「はあ……。じゃあ、減刑の条件はあんたを倒す事か?」

 

「いや、違う」

 

「……どういうことだ?」

 

「私がお前に一つ試練を与えてやる」

 

「試練……ギフトゲームか?」

 

「そうだ。受けるか?」

 

 閻魔が訊くと、八幡は「はあ……」と、ため息を吐く。

 

「どうせ拒否権ないだろ……受ける」

 

「そうか。では、さらばだ」

 

「は?」

 

 閻魔の言葉に、八幡が間の抜けた声を出すと同時に、八幡の足元から床の感覚が消えた。

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 何年振りかの感覚を味わう暇もなく八幡は落ちていく。しかし、今回は前回ほど時間もかからず地面に到着する。

 

「っと、ここで何させるっていうんだよ」

 

 普通に着地した八幡は、周りを確認する。

 

「ん?」

 

 八幡が着地した場所にいたのは、七人の男女だった。見たところ、性別どころか年齢すらバラバラだった。

 とりあえず、何か言われるまで待つことにする。

 すると、見覚えのある鬼が後ろに獄卒と思われる鬼たちを引き連れて現れる。

 

「……確か、司録だったか?」

 

「はい。お久しぶりですね、比企谷八幡さん。今回のギフトゲームでは、私達がお相手させていただきます」

 

 八幡が「なるほど」と、納得すると、周りを見る。

 

「で、こいつらは?」

 

「貴方と同じで試練を受ける方々です」

 

「つまり、こいつらとギフトゲームに挑め、と?」

 

 八幡が訊くと、閻魔の声が響く。

 

「そういうことだ。それでは、これがお前たちに与えられる試練だ」

 

 全員の手元に契約書類が現れる。

 

『ギフトゲーム名“オニ退治"

 

 プレイヤー一覧

 比企谷八幡

 イラ・ルプス

 アシディア・オルソ

 ハーブギーリヒ・フックス

 久地縄(くちなわ)(りん)

 アロガン・リオン

 ルスト・ラミア

 ホッグ・グラットニー

 

 ホストマスター側

 司命

 司録

 水官

 鉄官

 鮮官

 土官

 天官

 

 ホストマスター側勝利条件

 全プレイヤーの死亡。

 プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 プレイヤー側勝利条件

 オニが七人打倒されること。

 

 備考

 罪を背負う覚悟のある者だけが生き残る。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

 “十王 閻魔王”印

                                          』

 

 閻魔は、玻璃の鏡から八幡を含む八人を見やると、不遜に言う。

 

「さあ、罪人共よ。この試練を超えてみろ」

 

「…………そうかよ。そういうことかよ」

 

 八幡は誰にも聞こえない程度の声で短く呟き、首輪の意匠をカチリと鳴らした。




 え? 修行編といいつつ修行風景がない? 君たち主人公が延々師匠にボコられ続けるだけの描写がみたいの?
 さて、次回は新たな仲間と共にギフトゲームに挑みます。彼らは一体何者なのでしょうか。ちなみに、今回のギフトゲームはかなりエグイ内容となっております。
 ヒントは『鬼ではなく、オニ』です。
 そんな次回、比企谷八幡の新しいギフトの能力も公開です。
 一応、地獄編は残り2話ぐらいの予定です。
 次回も頑張って書こうと思います。
 それでは、感想、評価、ヒロインアンケート、誤字訂正お待ちしております。


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地獄にて、彼ら彼女らは試される。

 前々から思っていましたが、なぜこうも自分は戦闘描写が苦手なのだろう。


『ギフトゲーム名“オニ退治"

 

 プレイヤー一覧

 比企谷八幡

 イラ・ルプス

 アシディア・オルソ

 ハーブギーリヒ・フックス

 久地縄(くちなわ)(りん)

 アロガン・リオン

 ルスト・ラミア

 ホッグ・グラットニー

 

 ホストマスター側

 司命

 司録

 水官

 鉄官

 鮮官

 土官

 天官

 

 ホストマスター側勝利条件

 全プレイヤーの死亡。

 プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 プレイヤー側勝利条件

 オニが七人打倒されること。

 

 備考

 罪を背負う覚悟のある者だけが生き残る。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

 “十王 閻魔王”印

                                          』

 

 八幡は“契約書類”を読んだ後、自分の首輪、“リセイノケモノ”の意匠を少しだけ回した。

 それは、カチリと小さな音を立てるだけだったが、今はそれで十分だった。

 そして、八幡は周りの男女――――味方となる彼らを見た。

 一人目のイラ・ルプスは、恐らく自分より1つ2つ年上に見える茶髪の少女だった。

 ほりの深い顔に不機嫌そうな表情を隠すことなく浮かべていた。

 二人目のアシディア・オルソは、中性的で男女の判断は難しいが、明らかに自分より2,3歳ほど年下に見える人物だった。

 三人目のハーブギーリヒ・フックスは、アシディアとは対照的に175㎝の自分よりも明らかに高身長で筋肉質の男だった。年齢も恐らく、二十歳をゆうに超えているだろう。

 四人目の久地縄悋は、黒髪でこの中では、八幡と同い年かつ々日本人と思われる少女だった。

 五人目のアロガン・リオンは、不遜な態度で腕を組み、周りを見下したような目で見ている男だった。

 六人目のルスト・ラミアは、シスターのような恰好をした八幡よりやや慎重は低めだが、恐らく年上と思われる女性で、人間らしからぬ妖艶な雰囲気があった。

 七人目のホッグ・グラットニーは、何かの果実をムシャムシャ食べている高身長の女性だった。

 

(思いの外濃い面子だな。ていうか、言葉通じるのか?)

 

 いくつか懸念事項のあった八幡は、司録の方を向く。

 すると、司録も自分の仲間に何事か伝え、八幡のところに歩いてくる。

 

「申し訳ありません、比企谷八幡さん。我々としましても、仕事に支障が出るのは避けたいので、ルールの細分化を行いたいのですが」

 

「……ルールの細分化?」

 

「はい。こちらとしましては、ハンデとして『プレイヤー側二人、ホストマスター側一人の二対一の形式による代表戦』と『代表者の戦闘中に非戦闘中の敵プレイヤーを攻撃してはならない』というルールです」

 

 八幡は少し考える素振りを見せる。

 相手側の申し出はもちろん八幡としてもありがたい。しかし、それによってこちらに何らかのデメリットを与えようとしている可能性もある。

 

「……ちなみに、『代表者の戦闘中に非戦闘中の敵プレイヤーを攻撃してはならない』っていうのは、攻撃した時点ですか、攻撃の意志を持った時点ですか?」

 

「そうですね……では、『攻撃の意志、あるいは意図を持って攻撃した場合』にしましょう。事故で何かあっても困りますし」

 

「……じゃあ、その旨を他のメンバーに伝えて相談してきてもいいですか? 全然知りませんし」

 

「構いませんよ。ですが、出来るだけ手短にお願いいたします」

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

(……どうしてこうなった)

 

 八幡は、そう呟きたい気分だった。

 運よく言葉は通じた。しかし、自分のチームから出た条件が、八幡にとって最悪の条件だった。

 

『全七戦すべてに比企谷八幡は出場しなければならない』

 

「……完全に敵扱いなんですけど……」

 

 大方、先ほどまでの向こうとのやり取りで、敵との内通を疑われているのだろう。

 

「それでは、八幡さん。これで確定とさせていただきます」

 

 司録は羽ペンを取出し、“契約書類”に何事かを書き込んだ。

 

「それは?」

 

 ハチマンが羽ペンを指さす。

 

「これは私のギフトで、“制限契約(リミテッド・ギアス)”というものです。相手の同意などの特定条件の本、新たなギフトゲームやルール追加を行うことができるギフトです」

 

 そう言ってる間に、ルールの追加が終わる。

 

『追加事項

 

・ホストマスター側とプレイヤー側の勝負は全七戦。ホストマスター側一人、プレイヤー側二人の代表戦によるものとする。

 

・比企谷八幡は七戦すべてに参加しなければならない。

 

・必ず、一人一回は参加するものとする。

 

・戦闘参加中の両陣営のプレイヤーは非戦闘中のプレイヤーに、敵意ある攻撃を行うことを禁じる。また、逆の場合も同様である。

                                           』

 

 八幡が読み終わり顔を上げた時、司録は全員に宣言するように言った。

 

「それでは、第一戦に出るものは前へ、それ以外の者は離れて観戦しましょう。判定は“契約書類”を通して箱庭の中枢に下していただきます」

 こうして、地獄のギフトゲームの第一戦が始まった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 イラ――イラ・ルプスは、当初比企谷八幡を疑いの眼差しで見ていた。

 七人だけだと思っていたら、いきなり追加された異分子。しかも、敵と当たり前のように会話する彼に、彼女は疑念を抱かずにはいられなかった。

 それは、他の六人も同様だったようで、比企谷八幡の全試合出場は満場一致で可決された。

 イラは、八幡と共に前に出る。しかし、八幡に任せる気はなかった。どころか、隙あらば八幡を殺してしまおうとすら思っていた。

 しかし――

 

『勝者 比企谷八幡 イラ・ルプス』

 

 いつの間にか勝利していた。

 そう形容するしかないほど、圧倒的な勝利だった。

 敵側で出てきたのは、筋骨隆々のたくましい鉄官という赤鬼だった。

 その鬼は、武器らしい武器は何一つ持っていなかった。

 どうやら、力が自慢らしいその鬼が、腕を振り上げ、八幡を押しつぶさんばかりの勢いで拳を振り下ろした。

 しかし、八幡は顔色一つ変えず、鬼が自分に向けて振るった拳を止め、逆に自身の拳でもって鬼を一撃のもとに捻じ伏せた。

 これには、両陣営ポカンとするしかなかった。

 周りのその様子に、八幡は戸惑いながらも口を開く。

 

「えっと、これでいいんだよな?」

 

 八幡のその問いに答えたのは、答えたのは、ハーブギリヒというドイツ人らしき男だった。

 

「あ……ああ! よくやったぜ!」

 

 一体何がよくやったのかわからないが、八幡はイラに戻るように促す。

 イラは、この比企谷八幡という少年にどう反応したものか、一瞬考えあぐねたが、結局まだ信用すべきでないと判断した。

 故に、八幡を睨みつけていった。

 

「図に乗るなよ。私はお前を信用しない」

 

「……そうですか」

 

「……くっ、貴様ぁ!」

 

 さも、興味のなさそうに答える八幡に怒りをあらわにしようとすると、その肩を二人の人間に掴まれる。

 

「ダメですよ。こんなところで仲間割れしちゃ」

 

「そうだぜ。こんな面白そうなやつ、殺しちまったらもったいないぜ」

 

 止めたのは、穏やかに微笑むルストと楽しそうに笑うハーブギーリヒだった。

 そして、ハーブギリヒは八幡に笑みを向けた。

 

「なあ、八幡。次は俺と出ようぜ」

 

「あ、まあ、いいですけど……」

 

「敬語なんか使うなよ、水臭えな」

 

 急に友好的になったハーブギリヒを訝しむような顔をする八幡を気にした様子もなく、ハーブギリヒは八幡を伴って前へ出る。

 

「で、次はどいつだ?」

 

 ハーブギリヒが挑発するように言うと、黄鬼が前に出てくる。

 しかし、その鬼は他の鬼たちに比べ、頭一つ分ほど小さい。

 

「おいおい、てめえみたいなチビ鬼が相手かよ」

 

「ハッ! 言ってろクソガキ。すぐにほえ面かかせてやる」

 

 そうやって言い合う二人の様子を、八幡はただ黙って見ていた。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

『第二戦 土官 対 比企谷八幡 ハーブギリヒ・フックス』

 

「なっ!?」

 

 勝負が始まった瞬間、鬼の姿が消えた。

 

「くそっ! あの小僧、いきなり消えるとか卑怯だろ!」

 

 叫ぶハーブギリヒに、八幡は何を焦っているのかわからない、といった様子で尋ねる。

 

「どうかしたのか?」

 

「どうしたもこうしたも、俺の能力は相手が見えないと意味がないんだよ」

 

(なるほど……。相手を視認することがこいつのギフトの発動条件か)

 

 しかし、相手が見えなくても、八幡には相手の能力が大体掴めていた。

 

「たぶん、幻惑や幻術の系統の鬼だな。騙す能力に特化してるんだろ」

 

 いいながら、八幡は“プリック・ヘッドホン”と“ディスタント・ゴーグル”をハーブギリヒに渡す。

 

「それ使えば大体の場所はわかるはずだから、しばらく敵を動かしてくれ」

 

 八幡の指示に、ハーブギリヒは一瞬のよくわからないといった顔をしたが、すぐにその顔に笑みを浮かべる。

 

「おまえが言うなら信じてやるよ(・・・・・・)!」

 

「…………」

 

 八幡はハーブギリヒの言葉に返答はしなかったものの、その瞳には複雑な色が揺れていた。

 ハーブギリヒはそれに気づくことなく、ヘッドホンとゴーグルを装着する。

 すると、先ほどまでわからなかったのが嘘のように、敵の行動が手に取るようにわかる。

 “プリック・ヘッドホン”と“ディスタント・ゴーグル”の能力。それは、耳と目それぞれの感覚の強化とその感覚への妨害の無効化だった。

 当然、そのギフトを使っているハーブギリヒには、敵の行動がまるわかりだった。

 

「はっ! こりゃいいや。そこだ!」

 

「くっ……!?」

 

 敵は大して身体能力の高くない鬼らしく、ハーブギリヒの攻撃を躱している間、八幡に構っている余裕はないらしい。

 八幡はその間に、両手にはめている“セトル・ストリングス”の糸を伸ばす。

 糸は無数に伸び、八幡もこれで十分かというところで糸を伸ばすのをやめる。

 そして、糸を引っ張る。

 その瞬間――

 

「あ?」

 

 ハーブギリヒと戦っていた鬼が現れ、その体から血が吹き出していた。

 伸ばしていた糸がカミソリの様に鬼の体を切ったからだ。

 鬼は急激な出血多量のショックでその場に倒れる。

 

『勝者 比企谷八幡 ハーブギリヒ・フックス』

 

「うしっ! やったな!」

 

 嬉しそうに、ハーブギリヒは八幡に向けて手を挙げて見せる。

 

「……ん、何?」

 

「何って、ほら、お前も手ぇ挙げろよ」

 

 言われたとおり、八幡も手を挙げる。

 すると、その手をハーブギリヒは叩き、ハイタッチをする。

 

「この調子で頼むぜ」

 

「……ああ」

 

 心底楽しそうに笑っているハーブギリヒとは対照的に、その顔に何の感情も出すことなく、八幡は司録達の方を見る。

 

「……それで、次は誰だ?」

 

 訊くと、青鬼が出てくる。

 

「……次は青鬼か。こっちのは……」

 

 八幡自陣側に目を向けると、ホッグが出てくる。

 ホッグは未だ、どこからか取り出しているのか、どこからともなく何かを出現させては口に運んでいた。

 

「……何食ってるんだ?」

 

「柘榴だ」

 

「……あ、そう」

 

 生臭い匂いのする無花果の果実を食べながら、ホッグは八幡の後ろについてくる。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

『第三戦 水官 対 比企谷八幡 ホッグ・グラットニー』

 

 戦闘が始まった瞬間、鬼は口から濃紫色の霧を吐く。

 

「……ぐっ……今度は邪鬼の毒霧かよ」

 

 邪鬼――病をばら撒く疫病の鬼で、毘沙門天に退治された鬼である。

 八幡はできるだけ霧を吸い込まないようにしながら、腕にはめてある“バグ・サルタスション”を確認する。

 

(ちゃんと、機能している。なら、大丈夫か)

 

 “バグ・サルタスション”の能力。

 それは、有体に行ってしまえば“生命の目録(ゲノム・ツリー)”の劣化版だった。

 一つは、より原始に近い生物――微生物、魚類、昆虫類、両生類、爬虫類などの能力を自身が使用できるようにする能力。

 二つ目は、あらゆる劣悪な環境に、使用者の体を強制的に(・・・・)の適応させる能力。

 このギフトが“生命の目録”より優れている点といえば、ある程度は知識で保管できるという点である。

 ただし、実際のサンプルのあるなしでは、性能にかなり差は出てしまう。

 とりあえず、今はそれを置いておいて、強制環境適応能力により、比企谷八幡の体は相手の毒霧をものともしていなかった。

 つまり、この鬼は八幡の相手にまるでならないのだ。

 

『勝者 比企谷八幡 ホッグ・グラットニー』

 

「すっげーな、八幡!」

 

 自陣側に戻ると、ハーブギリヒが飛びついてきて、八幡の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 八幡がそれを鬱陶しそうにしていると、ルストもよってきて笑いかける。

 

「意外に強いんですね」

 

「……別に」

 

 興味なさそうに言う八幡に、ルストは苦笑する。

 

「別に謙遜しなくてもいいのに」

 

「……そういうわけじゃない」

 

 本当になんとも思っていないかのように八幡が言うと、アロガンがつかつかと八幡に近づく。

 

「言っておくが、俺も貴様を認めていないぞ。貴様がいかに強くともだ」

 

「ああ、そうですか。別にいいです」

 

「ハッ! そう言っていられるのも今のうちだ。次は、俺が行く」

 

 言うと、アロガンはさっさと前に出ていった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

『第四戦 鮮官 対 比企谷八幡 アロガン・リオン

 

「おい、鬼。俺は比企谷八幡の助けなんぞいらん。とっととかかってこい」

 

「いいだろう。ならば、自分自身に殺されて死ね!」

 

 途端に、鬼が霞の様になって、アロガンに向かう。

 その様子に、八幡は呆れたように呟く。

 

「……邪鬼の次は人間に憑りつく縊鬼(いき)。よくもまあ、これだけ鬼のパターンが揃ってるもんだな」

 

 縊鬼――人に憑りつき、自殺させる悪鬼である。

 

『俺に憑り殺されて死ねえええええ!」

 

 アロガンに縊鬼が迫る。しかし――

 

「やめろ。『動くな』」

 

『ッ!?』

 

 アロガンが言った途端、縊鬼はまるで動きを封じられたかのようになる。

 

「……ああ、なるほど」

 

(久遠とは別系統の命令のギフトか)

 

 ウィラとの修行で、見るだけでもある程度感じられるようになった二人の霊格から察するに、霊格をある程度無視して命令ができるらしい。

 

「『元に戻れ』」

 

 アロガンが命令すると、鬼は霞のような靄から、鬼に姿を戻す。

 

「そのまま、『絶対に動くなよ』」

 

 アロガンはそう言うと、鬼を地面に引き摺り倒し馬乗りになった。

 そして、鬼に向けて拳を振り下ろす。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も殴り続ける。

 それも、ただ殴るのではなく、顔のどの部分を殴るのかを、ある程度変化をつけて、相手の反応を試しながらだ。

 

「おい、どうした鬼。まさか、この程度とは言わんのだろ? せっかく手加減をしてやっているのだ。早く反撃をするがいい。あれだけのことを言ったのだ。まだ、何かあるのだろう?」

 

 言いながら、その顔に狂喜の色を浮かべ、アロガンはただひたすら、相手が気絶しないように細心の注意を払いながら、ダメージだけを与えていた。

 

「……仕方ない」

 

 八幡は、軽く助走をつけると、馬乗りになられている鬼の頭部を、思い切り蹴った。

 当然、鬼は首がゴキリと嫌な音を立てて気絶した。

 

『勝者 比企谷八幡 アロガン・リオン』

 

「なぜ、あんな余計なことをした?」

 

 敵からも味方であるアロガンからも剣呑な視線を受けながら、八幡は彼の質問に平然と答える。

 

「……あんなの、時間の無駄だろ」

 

「時間の無駄だと? 俺の楽しみを邪魔するな」

 

「……知らねえよ」

 

 そっけなく言ったその言葉に、アロガンの怒気が高まる。

 しかし、二人の間のルストが入る。

 

「はいはい、そこまでにしましょう。比企谷さんは、まだこの後もあるんですから」

 

「おまえが俺に指図するな」

 

「いえいえ、そんなつもりはありませんよ。ですが、ここで彼がいなくなったら、私たちはこの試練(ゲーム)をクリアすることもできなくなりますよ」

 

「チッ!」

 

 舌打ちをし、アロガンは自陣側に戻って行った。

 八幡はそれを無視し、ルストを見る。

 

「……次は貴女ですか?」

 

「いえ、私は次にしようかしら。それよりも、この子をお願いします」

 

 そう言ってルストが前に出したのは、アシディアだった。

 ただ、この少女。

 

「……すぅ」

 

 最初の時点から、ほとんどずっと眠っていた。

 

「……これ、出してもいいのか?」

 

「大丈夫だと思うわよ。たぶん」

 

「……まぁ、いい」

 

 八幡はアシディアを背負うと、前へ出る。

 敵側は、次の鬼――天官が出てくる。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

『第五戦 天官 対 比企谷八幡 アシディア・オルソ』

 

(……とりあえず、下ろすか)

 

 アシディアを下ろした八幡は、鬼の方を見る。

 

「なんで攻撃しないんだ?」

 

「当然だ。鬼とはいえ、腐っても地獄の獄卒だ。罪人相手でも卑怯な真似はしない」

 

(……これはまた、随分といい奴が来たな)

 

 何の鬼か分析しようと、鬼を見るも、どうにも今までの鬼と違う気がする。

 

「来ないならば、こちらから行くぞ」

 

 鬼が言った瞬間、八幡は信じられないものを見た。

 

「……え?」

 

 自分の腕が片方、いつの間にか千切れていた。いや、正確には、いつの間にか鬼によって、千切られていた(・・・・・・・)

 

「……痛ッ」

 

「ふむ。最初からずっと涼しい顔をしていたからな。よもや、感覚がないのかと思ったが、そうでもないらしい」

 

「……そんな理由で千切るな」

 

 八幡は傷口を見る。傷口には、火の属性の“再生”の炎が揺らめいているが、治癒能力を上げるものである以上、完全再生は見込めない。

 

(……なら、アレを使うしかないか)

 

 八幡は、ギフトカードからあるモノを取り出した。

 それは、木彫りの腕だった。

 それを見た鬼は怪訝そうな顔をする。

 

「……そんなものを何に使う気だ?」

 

「ん? そんなのこうするにきまってるだろ」

 

「……ッ!?」

 

 鬼は、目の前の現象に驚愕して声を失っていた。

 なぜなら、八幡が傷口にあてた木彫りの腕が、そのまま八幡の腕に変わったからだ。

 

「……なんだそれは?」

 

「……“テセウスの船”って知ってるか?」

 

「『ある物体の全ての構成要素が置き換えられたとき、それは基本的に同一と言えるのかどうか』というパラドックスだったか?」

 

「……そう。そして、俺の持つ“テセウスの船”は、『おじいさんの古い斧』同様に、『いくら部品が変わろうとも同一である』という理論の側だ。それに則ったこのギフトの能力は、『自身が“欠損した部品と同一である”と認識したものを欠損部分の代替品として置き換える』っていう能力だ」

 

「つまり、“欠損補充”のギフトというわけか」

 

 だが、と鬼は考える。

 

(自身が欠損部位と同一と見做さなければならないということは、それだけ補充部品が精巧である必要があるという事。ならば、数もそうはないだろう)

 

「とすれば、予備がなくなるまで千切ればいいだけのことだ」

 

 先ほどと同じように、一瞬で腕を引き千切ろうと、踏み出した瞬間――

 

「な……に?」

 

 鬼の腕が落ちていた。いや、正確には、何らかの鋭利な刃物によるものなのか、綺麗に切断されていた。

 

「……土官の時に使っていた糸か?」

 

「……ああ。どれだけ鋭い武器を持っていても、それを使う部分さえなくせばいいだけだからな」

 

 鬼は、ため息を吐いて苦笑する。

 

「なるほど。これでは満足に戦えんな。降参だ」

 

『勝者 比企谷八幡 アシディア・オルソ』

 

「お疲れ様」

 

 八幡が再びアシディアを負ぶって自陣側に戻ると、ルストが笑顔で迎えてくれる。

 

「どうも。これ、頼んでもいいか?」

 

「そうしてあげたいんですけれど、たぶん私は次出た方がいいでしょうから」

 

「次……。そういえば、もう一人は?」

 

「あそこよ」

 

 ルストが指さした方を見ると、そこには皆よりやや離れた位置に悋がいた。

 

「あの子、まだあなた……というか、みんなを信用しきってないっていうか、少し嫌悪してる節があるみたいだから」

 

「……そうですか」

 

 本人が出たくないというなら、無理強いすることもないだろう。

 八幡は、ハーブギリヒの方を向く。

 

「……悪いけど、頼んでもいいか?」

 

「おう、いいぜ。とっとと、六勝目決めてこい」

 

「……はいはい」

 

 ハーブギリヒに適当に返し、八幡はルストを伴って前へ出る。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

『第六戦 司命 対 比企谷八幡 ルスト・ラミア』

 

「……は?」

 

「……え?」

 

 戦闘が始まった瞬間、八幡とルストは体から血を吹き出し倒れた。

 対して、司命の方は不思議そうな顔をする。

 

「おや? これぐらいなら避けられると思ったのですが……」

 

「……こんなの避けられるわけねえだろ」

 

 八幡が言うと、司命はふっと笑い、八幡にだけ聞こえるように言った。

 

「まさか、私が気づいていないとでも? あなたのそれぞれの相手に対する適切過ぎる対応……どこで手に入れたかは知りませんが、“予知のギフト”を持っているようですね」

 

「……“予知”ねぇ」

 

「“未来視”の方がよかったですか? どちらにせよ、そう言う厄介なギフトは使えないようにさせていただきます」

 

 司命が手を薙いだ瞬間、八幡の両目を見えない刃が切り裂いた。

 

「……がっ!?」

 

「これで、もう見えないでしょう。それに、目なら先ほどの様に治そうとすれば、一度眼球を取り出す必要があります。そうなれば、代替できない視神経を傷つけることになるので、そう簡単に直せないでしょう?」

 

 司命の言う通り、八幡の両目は見えない上に、治せなくなってしまった。

 しかし、八幡は司命の言うような、『目が見えなくなること』や『ギフトが使えないこと』を心配してはいなかった。

 

(痛みでショック死しなかっただけ、まだマシか(・・・・・)

 

 さらに言えば、司命が“予知・未来視のギフト”と推測した八幡のギフト“デッドエンド・アイ”は、そんな生易しい(・・・・)ギフトではない。

 しかし、それを知らない司命はとどめを刺そうと八幡に近づいた。

 

(さて、どうとどめを刺すか。念のためある程度距離を保つか、直接とどめを刺すか)

 

 司命はどうとどめを刺すか、それを想定した時に八幡が何をするかを考える。

 その時、司命の予想もしていなかったことが起きた。

 

「な……に……?」

 

「……残念だったな」

 

 倒れている八幡の目の前にいる司命の背後から、数人の八幡(・・・・・)が司命を襲撃していたのだ。

 司命はそのまま、倒れる。

 

「何故……何故他にいる?」

 

 司命が疑問を口にした時、背後から襲ってきた八幡たちの姿がすうっと消える。

 

(“シュレディンガー”。なんとかうまくいったみたいだな。)

 

 “シュレディンガー”――理論物理学者エルヴィン・シュレディンガーによって提唱された量子力学の基本である「コペンハーゲン解釈」への批判で、有体に行ってしまえば、『その理論が正しいと「死」と「生」すら複数の状態として成り立っちゃうんだけど、いくらなんでもメチャクチャじゃない?』というようなものなのだ。

 そして、このギフトは、それを“人間の可能性”に当てはめたのだ。

 このギフトは、『人間の可能性が無限だというなら、人間は無限の状態が重なっている』として、『相手が想定している可能性に対して、本体も含めたギフト使用者をそれぞれの総定数に合わせて増加させる』というギフトとして確立させたのだ。

 ただし、それゆえに、このギフトは増加した自分が『最終的にすべて別の行動をとらなければならない』、『増加した自分が負った傷は最終的にすべて本体に“結果”として収束される』、『増加したうちのどれか一人でも自分が“死亡”した場合、それを本体として“結果”が収束する』、『増加数に合わせて元々持っていたギフト以外はそれぞれに分配されてしまう』と、致命的な欠点を多く抱えている上、使用条件として『相手の想定を全て使用者が読んでいなければならない』という過酷な条件があるため、多用ができないのである。

 

「……とりあえず、この勝負は引き分けってことでいいのか?」

 

「ええ。私もそちらも動けませんし、それが落としどころでしょう」

 

 お互いに倒れたままの八幡と司命が相談していると、八幡の方に怪我をしているためか、かなりゆっくりとルストが近づいた。

 

「比企谷さん。まだ、決めるのは早いですよ?」

 

 ルストは目の見えない八幡を抱くように持ち上げる。

 

「……何する気だ?」

 

「こうする気です」

 

 そう言って、ルストは八幡の唇に自分の唇を合わせた。

 

「ちゅ、んちゅ、ぢゅ、ちゅ、んぷぁ」

 

 舐めるように、嘗めるように、舐るように、味わうようにルストは情熱的に八幡にキスをした。

 対する八幡は、何をするでもなくされるがままになっていた。

 その間に、ルストの行為は止まらず、口づけする箇所が首筋、耳、頬、額とどんどん増えていく。

 ルストが八幡の服に手を掛けたところで、八幡はルストの腕を掴む。

 

「……これが貴女のギフトですか?」

 

「さぁ、どうかしら。それよりも、続き、しません?」

 

「……お断りします」

 

「あら、残念」

 

 妖艶に笑うルストは八幡から体を離す。

 すると、いつの間にか八幡とルストの怪我が全快していた。

 その様子を見た司命がため息を吐く。

 

「はぁ……。どうやら、私の負けのようですね」

 

『勝者 比企谷八幡 ルスト・ラミア』

 

 自陣側に戻ると、ハーブギリヒが満面の笑みで迎える。

 

「すげえな八幡! さっきの増えるやつとか、驚いちまったぜ!」

 

 興奮したように言うハーブギリヒは、すぐににやりと笑う。

 

「で、どうだったよ。あんなに熱烈なキスをした感想は?」

 

「……別に、そういう意味のじゃないだろ。アレは」

 

「おうおう、余裕のあるやつは言う事が違うな」

 

 にやけた顔で言うハーブギリヒを放って、八幡は悋に近づく。

 

「……次、出られます?」

 

「……ん」

 

 久地縄悋は言葉少なに頷くと、立ち上がって前に出た。

 八幡もそれについていくと、すでに司録が出てきていた。

 

「……どうも」

 

「ええ、どうも。一応、こちらの面子もありますので、私一人ぐらいは勝たせていただきます」

 

 爽やかな笑顔で言ってはいるが、瞳の奥が全く笑っていない。明らかに本気で勝ちに来る目だった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

『最終戦 司録 対 比企谷八幡 久地縄悋』

 

「……がっ!?」

 

「……なに?」

 

 八幡と悋を手に握った金棒で殴ろうとしていた司録は、目の前の状況に困惑していた。

 なぜなら、開始早々に悋が味方であるはずの八幡を刺したからだ。

 悋はそのまま八幡を引き倒すと、そのまま馬乗りになり、八幡何度も刃物を突き立てる。

 

「羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい何でそんなにすごいのたくさん持ってるの? 私には何にもないのに。何であんたみたいな目の腐った奴がそんなすごいの持ってるの。ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい私も欲しいのにそういうすごいのねえ、そんなにあるなら私にもちょうだいよいいじゃない、それだけたくさんあればいらないのだってあるでしょ? ねえ、なんで何も言わないの? ダメなの? ねえ? ねえ? ねえ? ねえ? ねえ? ねえ? ねえってば!」

 

 一言一言言うたびに、悋は八幡に刃物を突き立てていく。

 

「ねえ、死んじゃったの? だったら、もらってもいいよね? ね? ね? ね?」

 

 先ほどの様子から一転して、満面の笑みで言う悋に、八幡は、ギフトカードからあるモノを取り出して悋に差し出す。

 

「何これ? ……弾丸?」

 

 八幡が取り出したのは、七つの銀の弾丸だった。

 

「くれるの?」

 

「……ああ、やる」

 

「ホント? やったー!」

 

 打って変わって、無邪気に喜ぶ悋を尻目に、体の傷が回復するまで待ってから、ふらふらと立ち上がる。

 そんな八幡を、司録は少し気遣うように言う。

 

「……降参しないんですか?」

 

「……しない」

 

「…………そうですか」

 

 比企谷八幡は治したとは、度重なる連戦の疲労と出血ですでにフラフラ。悋はこちらを意識してすらいない。

 戦況は、司録が圧倒的に有利だった。

 司録は、握った金棒に改めて力を込める。

 そして、思い切り目の前の八幡に向けて振り下ろした。

 

 

 

 

 

 ズパン

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 司録が金棒を振り下ろした瞬間、戦いを観戦していた司命たちホストマスター側の六人の首が飛んだ。

 司録は金棒を見る。そこには、八幡のギフト“セトル・ストリングス”の糸が巻き付いていた。それによって、司録は何が起きたかを悟る。

 

「貴方……まさか、今までの試合で彼らに糸を……」

 

「……正解だ。最初の戦いのときから、戦闘の度におまえのところのやつの一人一人の首にバレない程度に巻きつけておいたんだよ」

 

「……いや、でも、そんなことできないでしょう? 最初に決めたルールをお忘れですか? 『戦闘参加中の両陣営のプレイヤーは非戦闘中のプレイヤーに、敵意ある攻撃を行うことを禁じる。また、逆の場合も同様である。』という追加ルールを。これは私と貴方が決めたことでしょう」

 

「だからこそだ。このルールの穴は、『敵意がなければいくらでも仕掛けられること』と『味方にいくら攻撃しようとルールに抵触しないこと』なんだよ」

 

「……ッ!? そうか、だから、それぞれの戦闘中に……」

 

 戦闘中の攻撃ならば、そもそも勝負内でのこと。そして、後は最低限の注意さえしておけば、いちいち敵意など向けなくても司録という敵が自分で味方を殺してくれる。

 つまり……

 

「仲間を殺したのは……」

 

「……そう。あいつらを殺したのはお前だ。お前が殺した。俺はただ仕掛けただけだ。だから」

 

 そこで八幡は言葉を切ると、司録の目の前まで歩き、彼の顔を覗き込むように言った。

 

「……悪いのは全部お前だ」

 

「え? あ? え? え? 私は……私は……あ……う……あ……うぁ……うわぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 否定するための言葉はあるはずなのに、頭に何も浮かんでこない。

 浮かんでくるのは、途方もない罪悪感だけだった。

 涙があふれ、自身の手で喉元を貫いてしまいたい衝動に襲われる。

 しかし、それには至らなかった。

 

「……え?」

 

「貴方、うるさい。今、私すごく気分がいいんだから黙っててよ」

 

 悋の不機嫌そうな声を最後に、司録は自分が彼女に殺されたことを理解した。彼の意識はそのまま暗闇に沈んで、二度と戻ることはなかった。

 

『勝者 比企谷八幡 久地縄悋』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「ああ、えっと、お疲れ様?」

 

 戻った二人を、やや引きつった笑みでルストが迎えた。

 対して、ハーブギリヒは気にした風もなく八幡の肩を叩く。

 

「お疲れ、八幡! 祝杯やろうぜ祝杯!」

 

 その提案にアロガンも彼にしては珍しく乗ってくる。

 

「ほう。お前にしては中々いい意見じゃないか」

 

 終始、柘榴を食べているホッグはあまり関心がなさそうに言う。

 

「……食えればなんでもいい」

 

 その中で、いつの間に起きたのか、アシディアがぽつりと言う。

 

「そもそも、誰か食べ物持ってるの?」

 

 そこで、全員の目がホッグに向く。

 ホッグもそれに気づいたのか、柘榴を見る。

 

「……おまえら、柘榴だけで祝杯になるのか?」

 

「……まぁ、祝杯にそれはないな」

 

 ホッグの最もな意見に、イラも同意する。

 ルストは、あからさまに困ったような顔をする。

 

「あらあら、困ったわね。どうします、比企谷さん? ……あら、何してるんです?」

 

 全員がルストにつられて八幡を見ると、八幡はギフトカードから八本の筒型の容器を取り出して、それぞれに一本ずつ放り投げる。

 

「あの……これは?」

 

「……俺の自作したマッカン風コーヒー。乾杯ぐらいはできるだろ?」

 

「なるほど。それでは、音頭をお願いしますね」

 

 ここで変に抵抗しても意味のないことはわかりきっているので、八幡は珍しく素直に容器を掲げる。

 

「乾杯」

 

「「「「「「「乾杯ッ!」」」」」」」

 

 ちなみに、八幡の自作したMAXコーヒーの甘さは彼らにはあまり好評ではなかった。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「にしても、俺たち勝ったんだよな?」

 

 ハーブギリヒの言葉に、ルストが答える。

 

「そうだと思いますよ。私達全勝したわけですし」

 

「で、ここからどうすればいいんだ?」

 

「ルール上は勝っているはずですし、そのうちお呼びがかかるでしょう」

 

「……それはないぞ」

 

 八幡が静かに言った言葉に、全員が彼の方を向く。

 

「どういう意味ですか?」

 

「……どういう意味も何も、まだゲームは終わってないだろ?」

 

 八幡が言った瞬間、八幡以外の七人が体から血を吹き出して倒れる。何度も八幡が見せた“セトル・ストリングス”を使った攻撃だ。

 

「……“オニ”は“鬼”じゃなくて“隠”――つまり、“人ならざる者”を指す。それが転じて、“人でなし”。だから、このゲームの本当の勝利条件は『自分以外のメンバーを倒す事』なんだよ」

 

 その言葉に答える者はいない。だから、八幡は、この場を去ろうとする。

 しかし、何かに服を掴まれた感触に振り返ろうとして、頬に与えられた衝撃と共に吹き飛ばされる。

 ボロボロの体で起き上がったイラに殴られたからだ。

 彼女は明確な殺意と怒りの形相で八幡を睨む。

 

「お前の言いたいことも、お前の言い分もよく分かった。その上で言う。お前はここで死ね」

 

「まぁ、待てよ」

 

 イラが八幡を殺そうとすると、それをハーブギリヒが止める。

 

「……ここまで来て邪魔するつもりか?」

 

 ハーブギリヒをも睨むイラに、彼は今までと違った真剣な眼差しで言う。

 

「まさか。でも、許せないのは、俺もお前も他の奴も同じだ。だから、全員で殺すぞ」

 

 彼の言葉に同調するように、他の五人もゆっくりと起き上がり、八幡を見る。

 そんな彼らから、八幡は一度目を逸らし、そして、再び彼らを見る。

 

「……結局、こうなるのか」

 

 八幡は首の“リセイノケモノ”の意匠を弄り、再度カチリと鳴らす。

 そして、彼は戦いに挑む。

 たとえ、この戦いの結末が“悲劇(バッドエンド)”で終わることがわかりきっていたとしても。




 書いてて思いましたけど、キャラ濃いなぁ……。
 ちなみに、今回ので何となく察してるとは思いますが、八幡のギフトはまだ明かしてないギフトも今回のギフトも含め、ほとんどがハイリスクハイリターン設計です。なので、八幡の基本的な戦闘スタイルは短期決戦or精神攻撃が主戦法になっています。
 さて、次回。
 仲間との戦いとなってしまった八幡。
 果たして勝機はあるのか、彼らのギフトは一体何なのか。
 次回、地獄編最終回(予定)。
 それでは、感想、評価、ヒロインアンケート、誤字訂正お待ちしております。


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そして、比企谷八幡は罪を背負う。

 やっと、書き上がりました。4連休も合間をぬって書いてました。え? 5連休? 水曜日は普通に講義でしたよ。振り替え休日? ネエヨ、ソンナモノ。
 まぁ、今更気にしてもしょうがない。今回は基本が戦闘なので大変だった。
 とりあえず、地獄編はこれにて終了。次回は1,2話挟んで本編に戻ります。
 ではでは、どうぞお楽しみください。
 あ、ちなみに今回は今までで最高の文字数です。2万超えてます。


 ゆらりと立ち上がった七人を警戒しながら、八幡は“エレメンタル・ダガー”を抜く。

 

「ッ!?」

 

 しかし、気づいた時には、ホッグによって肩を抉られていた。

 

「いただきます。……んむ、けっこう美味しいな」

 

 もぐもぐとたっぷり咀嚼して飲み込んでから感想を述べるホッグから距離をとろうとすると、今度は背後からアロガンに飛び蹴りを喰らわされる。

 

「そう簡単に逃げられると思うなよ」

 

「……“シュレディンガー”発動!」

 

 吹き飛ばされながら、八幡は自身を七人に増加させる。

 

「……フルーフ!」

 

「了解した」

 

 八幡によって呼び出されたフルーフが嵐を巻き起こす。

 それによって、六人とそれぞれの八幡を遠く離れた場所へと吹き飛ばす。

 その場所には、八幡とフルーフ、悋だけが残された。

 悋は、八幡のギフトカードを見る。

 

「それ、くれない? そしたら、見逃してあげる」

 

「……そりゃ無理だ。これ、高級品らしいから、そう簡単に手に入らないんだよ」

 

「じゃあ、なおさら頂戴」

 

「……断る」

 

「じゃあ、死んで!」

 

 刃物を向けてくる悋を、八幡は難なく躱す。

 

「やっぱり避けるかぁ……。じゃあ、これで死んで」

 

 悋が何かをハチマンに向けて投げてくる。

 

 八幡はそれが何かを察し、すぐに“エレメンタル・アミュレット”の能力で炎と水、風と土で四重の壁を作る。しかし、その壁をすり抜けるかのように弾丸が数発命中する。

 

「……ッ!? 間に壁があっても当たるのかよ」

 

 幸い、土の属性の“硬化”で急所を直撃することだけは避けられた。

 

「あれ? 当たったはずなのにどうして生きてるのかな? もしかして、私に不良品渡したのかな? そうなのかな? だったら、やっぱり死ぬしかないよね? ね? ね?」

 

 全く周りが見えていない様子の悋が言い募るのを、八幡はいい加減辟易したといった様子で見る。

 

「……俺が言うのもなんだが、いい性格してるな」

 

「それはどうも」

 

 八幡の皮肉を気にした風もなく、悋は応じた。そんな彼女を観察しながら、八幡は思考を巡らせる。

 

(……まず、こいつには何を言っても無駄だろうな。だったら、アレを使ってくれるのを待つしかない。となると、あいつの琴線に触れるようなものが必要だな)

 

 八幡は、悋の様子に気を配りながら、彼女に聞いた。

 

「なんでそんなに人のギフトを欲しがるんだ。別に自分のがあればいいんじゃないのか?」

 

 八幡の言葉に、一瞬だけ悋はきょとんとした顔になり、すぐにどこか諦観を帯びたようになる。

 

「ないよ、そんなの」

 

「……なに?」

 

「私に“才能(ギフト)”なんて……そんなものない。だから、こうなったのに」

 

 途中から独り言のように言う彼女に、八幡は違和感を覚える。

 

「……こうなった?」

 

「私のお母さん、すごい人だったんだ。いつも色んな人に囲まれてて、みんなから頼りにされてて……本当にすごかったなぁ。お母さん、いつも言ってたんだ。『私のお友達はみんなすごいんだ』って。現にお母さんの周りには、みんなすごい人が集まってたの。なのに、娘の私にはなんにもなかったんだ」

 

 懐かしむように言う彼女は、どこか自嘲めいた響きがあった。

 八幡は、なんとなく察しながらも聞いた。

 

「……それで、おまえはどうしたんだ?」

 

「みんな殺したよ。どうしても、認めたくなくって……お母さんも、みんな、みんな」

 

 無意識にだろうか、固く手を握る彼女の言葉を聞いて、八幡は僅かに口を開いた。

 

「……だったら」

 

「……?」

 

「……おまえもその周りの関係も、きっとその程度のものだったんだろうな」

 

「……ッ!?」

 

 八幡の言葉に悋の瞳が揺れ、わなわなと体を震わせる。

 

「うあ……あ、あ、うわああああああっ!」

 

 悋は八幡から貰った“魔弾”の最後の一発を握りしめ、あらん限りの力を込めて彼に向けて放った。

 

放たれた必中の魔弾は、これまでとは比べ物にならない速さで八幡の脳天めがけて飛んでいく。

 しかし、八幡はそれを防ぐどころか、避ける素振りすらみせない。

 そして、悋の目に信じられないものが映った。

 “魔弾”が八幡の前で反転し、そのまま自分に向かってきたのだ。

 そして、“魔弾”はそのまま悋の脳天を貫いた。

 

「……え? なんで?」

 

「……“魔弾”は、七発中六発までは、使用者の意のままに命中する。だが、最後の一発だけは、撃たれる側が操れるんだよ(・・・・・・・・・・・・)

 

「……そんな。あなたは、そこまでして勝ちたいの?」

 

「勝ち負けはどうでもいい。……でも、戻らなきゃいけないからな」

 

 八幡は、悋の質問に迷わず答えた。そして、彼は俯いてぽつりと呟いた。

 

「……なんで、今の自分を肯定できないんだよ」

 

 その言葉に、悋は柔らかく微笑んだ。

 

「肯定かぁ……それができたら私、自分を好きになれたのかな? みんなを……お母さんを好きなままでいられたのかな?」

 

「さあな」

 

「……そっか。でも、死んでも戻りたいなんて、そう思えるものがあるのは、やっぱり……羨ま……しい…………な」

 

 悋は虚空へと手を伸ばす。しかし、その手は何かを掴む事もなく、最後はパタリと力なく地面に落ちたのだった。

 

「……くそッ」

 

 

 

『比企谷八幡 対 久地縄悋

 勝者 比企谷八幡      』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「……ぐ、がぁ……!?」

 

「あらあら、この程度で死んでもらっては困りますよ? お楽しみはこれからなんですから」

 

 ミシミシと体の軋む音を聞きながらも、八幡は動けずにいた。

 なぜなら、ルストによって締め付けられているからだ。ただし、締め付けられているといっても、彼女の使う何ら

かの道具によってではなく、彼女自身によるものだ。

 今の彼女は、全長は八幡の倍ほどもある半人半蛇の怪物だった。

 

「ラミアって知ってます? ゼウスと不倫をして彼の妻の怒りを買い、彼との間の子供を皆殺しにされた上に自身も半人半蛇に変えられた女。私はその子孫っていえば信じます?」

 

 ルストに言われた八幡は、“ノーネーム”本拠のモノも含め、かつて読んだ本の内容を頭の中で反芻する。

 

「……たしか、他にも不眠の呪いをかけられて、それを哀れに思ったゼウスから目を取られたが、子供のいる親が羨ましくて、子供を攫っては食っていたんだったか?」

 

「ええ。でも、ラミアは一度だけ人間に化けて偽名を名乗り、人間の男と結婚しました。結果は正体を見破られて泣く泣く彼のもとを去ることになったわけですけど。私はその時に生まれた子供の子孫です」

 

 八幡は、彼女の話を聞いて思考を巡らす。

 

(……今のは俺が知ってる話とは違うな。てことは、コイツは少なくとも俺の世界とは違う世界のラミアって事か)

 

 状況が分析できたところで、八幡の腕力では振り払えない。

 ならばと、八幡はルストに気づかれぬように気を払いながら、“バグ・サルタスション”の能力を発動し、蟻の怪力で拘束を解こうとする。しかし、そううまくはいかなかった。

 

「させるわけないでしょう」

 

「ぐあああああああああああああああああああああああ!?」

 

 バキバキ、メシリ、グシャリと、腕の骨が粉々に砕かれる音がする。

 

「あなたがなんらかの怪力の能力があることは、先ほどの一番最初の鬼との戦いで分かっていますから。悪いですが、潰させてもらいますよ」

 

 すると、より一層締め付ける力が強くなり、体が軋む。

 

「があああああああああああああああああああああああああッ!」

 

「うふふふ。いいですね、その悲鳴(こえ)。たまりません、これだけでイっちゃいそうです」

 

 恍惚とした表情で言うルストを八幡は見る。

 

「……最悪だな」

 

「ええ。ですが、先祖の呪いが尾を引いている上に、人を喰わなければ生きていけないんですよ。これぐらい許してくれてもいいでしょう」

 

「…………」

 

「そうですねえ、どうせですし、死ぬ前に存分に楽しみませんか?」

 

 誘惑するようにルストは怪しく笑うと、八幡は持ち上げる。

 八幡はそんな余裕綽々のルストを見ると、ぼそりといった。

 

「……ビッチが」

 

「ふーん。そういうことが言えるほどの気力がまだあるんですか、そうですか。では、こうしましょう」

 

 そう彼女が言った瞬間、八幡の右腕がブチリと食い千切られた。

 

「ぐあああああああああああああああッ!」

 

「痛いですか? 痛いですか? いいですね、いいですね。昔を思い出して濡れちゃいそうです。あの頃はよかったです。街から子供を食べるのに飽きたので、人間に化けて色んな人間と肌を重ねました。行為が終わってからの食事もよかったですが、あなたのように嫌がる相手の指を一本一本千切っては目の前で食べて、無理やり行為をさせるのも乙なものでした。死にかけているのに、本能には逆らえずに、どんどん良くなる血行で出血量も増えて、最後は痛みも感じないから快楽に染まった顔をしていて……ああ! 本当に素晴らしかったです!」

 

「…………」

 

 一方的に悦に入り、楽しそうに語るルストに八幡はただ無感情の瞳を向けるだけだった。

 そんな八幡に、ルストは業を煮やしたのか、もう一本腕を食い千切ってやろうかと身構える。

 しかし、その直前に八幡がおずおずと口を開いた。

 

「……なあ、その、なんだ。キスしないか?」

 

「……ええ、喜んで」

 

 内心、ルストは歓喜していた。

 ようやく堕ちた、と。

 久々の獲物だ。たっぷり、じっくり楽しもう。

 ルストは、持ち上げていた八幡に、今度は締め付けるんではなく、抱きしめるように体を巻き付かせ、慈しむようにキスをする。

 

「ん、ふん、ちゅむ……」

 

 優しく、優しく。壊れ物を扱うように、ゆっくりと優しく甘いキスをする。

 相手が自分に向くように。自分に靡く様に。自分に曳かれるように。自分に堕ちるように。自分に蕩けるように。

 

「ちゅ、んちゅ、ぢゅ、ちゅ、んぷぁ」

 

 しばらくすると、八幡の方からも積極的にキスを求めてくるようになる。

 もう、完全に堕ちた、とルストは確信した。

 ルストは八幡に合わせ、キスを優しく慈しむようなものから、荒々しく貪り合うそれへと移していく。

 まるで酩酊するように頭や四肢が痺れてくる。

 ルストは思う。この男は今までの男できっと一番なのだろう。だから、自分はこんなにも彼を求めているのだろう。だから、体がこんなにも疼くのだろう。

 全身が八幡を求めているかのように疼いて熱くなり、痛くすら感じる。

 今まで多くの男を抱いてきて、それなりに恋をしてきたつもりだが、もしかしたら、これが本当の恋なのかもしれない。

 現に、胸がこれまでにないほど、ドキドキしている。

 そろそろ次に移ろうと、八幡から唇を離そうとする。

 

「ちゅ、んちゅ、ぷはぁ、ちゅ、んぷぁ、ん、ちょ、待って、比企、ぷはぁ、谷、ちゅ、さん?」

 

 しかし、ルストが唇を離そうとしても、それを逃がさんと言わんばかりに八幡の顔が追いかけてきて、再び唇をふさぎ、情熱的なキスへと引き戻される。

 

(まぁ、こういうのも一興かしら)

 

 相手がせっかく積極的に求めてくるのだ。それに乗るのも悪くないだろう。そう思い、ルストは八幡の求めに応じるように、情熱的に口づけを交す。

 しかし、いつまでたってもこのままというのも芸がない。

 いい加減先に向かせようと八幡の肩に手を添える。

 

「…………あら?」

 

 ばたりと、ルストの体が力なく地面に倒れる。その拍子に、八幡への拘束も難なく解かれ、彼はややフラフラしながらも抜け出してしまう。

 

「どういうことですか?」

 

「……テトロドキシンって知ってるか?」

 

「毒か何かですか?」

 

「……主にフグの多くが持つ毒だ。種によってさまざまだが、多いものは血液内、皮膚の間、臓器の周り。体中に毒を持っている」

 

 八幡の説明に、ルストは苦笑する。

 

「そういうことですか。あなたは血液中にその毒を盛っていて、私があなたの腕を食い千切った時点でそれを服毒していたと。ですが、解せません。どうして、私とキスをしたんですか? 私の能力はわかっていたでしょう。私が自分を回復させるとは、考えなかったんですか?」

 

 八幡自身が体験したように、彼女の能力は自身の任意で性行為やそれに準ずる行為によって自身と対象を治癒させる能力だ。もしも、彼女が途中で感づいてしまえば、その場で回復され、殺されていてもおかしくない。

 

「……だからこそ、やった」

 

「え?」

 

 八幡の言葉に、一瞬彼が何を言っているのかわからなくなる。しかし、彼は何でもないことのように語る。

 

「……フグ毒は症状が出るまで最短で20分、最長で3時間かかる。致死時間が24時間以内っていっても、そんなに待つことはできないからな。症状が早く出るようにするためには、出来るだけ早く毒が回るようにしなきゃならない」

 

「だから、血行を良くするために、私をその気にさせて焦らして、できるだけ長引かせるようにした、ということですか?」

 

「ああ。それに、おまえの言い方からして、甚振った相手が行為に乗ってきたら、死ぬまでやるみたいだったからな。だったら、こっちが誘いに乗れば、能力を使われることはまずなくなる。で、最後に。これが最大の理由なんだが、症状が出てもおかしくない状態を作りたかったんだよ。テトロドキシンの初期症状は痺れ、眩暈、頭痛などの体の痛み。それが進行すると感覚障害や身体の弛緩が始まるんだよ」

 

 つまり、ルストが行為中に感じていたのは、行為による興奮からくるものではなく、彼から盛られた毒の症状だったのだ。

 それを理解し、ルストは体に残った僅かな力で体制を仰向けにする。そして、八幡の顔を見ると、どこか悲しそうな顔で苦笑する。

 

「……ひど……い(ひと)で…………すね」

 

 熱くなりすぎたせいか、思いの外毒が回っていたようで、言葉も満足に口にできなくなってきている。これは致命的だ。もう、自分の能力でも手遅れだろう。ならば……。

 

「……しまっ!?」

 

 ルストのどこにそんな力があったのか、八幡の足を尾で掴み、自分のところへ手繰り寄せる。

 不意を突いて回復するつもりかと身構えるも、八幡も決して軽くはない傷のため、満足に体が動かせない。やられる、と思い、覚悟をする。

 

「……ちゅ」

 

 しかし、彼女がしたのは、八幡の頬に今までのどれよりも優しいキスだった。

 

「……ラミアは。半人半……蛇の怪…………物。です……が、同時に、愛と……戦いの……神として……も祀られ……て、いま……す。だから、あな……たの、誰かと……の幸せ……と勝……利を祈ってます」

 

「……なんでそうなるんだよ」

 

 八幡が誰とも知らず問うように呟くと、ルストは頬に一筋の涙を流し、穏やかに微笑んだ。

 

「たし……かに、体の、熱さは……偽者かもしれま……せん。でも、この、胸の疼きと、熱さだけは……きっと嘘じゃ……ないですから。私だけのモノ。……本物だから」

 

 ルストは、再び八幡の顔に手を添え、彼の目を真っ直ぐに見据えて静かに言った。

 

「八幡さん、私は、貴方のことを好きになりました」

 

 それまでと違い、はっきりそう言って、今度は目を閉じて、八幡の唇にそっと口づけをする。

 それから彼女が再び目を開けることはなかった。

 

 

 

『比企谷八幡 対 ルスト・ラミア

 勝者 比企谷八幡       』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 八幡は、アシディアを前にどうしたものかと考えていた。

 現在、八幡は彼女に全く手も足も出ない状況だった。

 というのも、彼女の能力が問題だった。

 

「……“攻撃しない限り一切の危害を受けない”っていうのは、いくらなんでもチートすぎだろ」

 

 ぼやくと、それを聞いていたアシディアがあくび交じりに答える。

 

「ふわぁ……。それ、君が言える台詞? まぁ、私としては勝っても負けてもどっちでもいいんだけどね。それでも、殺されるのはごめんだよ」

 

 動くつもりはないと言わんばかりに、アシディアはそこに居座る。

 八幡は、そんな彼女を打倒する策として、“リドル・ナンバーズカード”を取り出す。

 

「……ゲーム確定、“大富豪”」

 

 大富豪、トランプゲームの中でも“ポーカー”、“ブラックジャック”、“ババ抜き”、“七並べ”、“神経衰弱”に並ぶ賭け事、娯楽、どちらでも扱えるトランプゲームの王道の一つといえるだろう。

 手札は人数に応じてキリのいい数字に分けるか、1セット全て均等に分けるかである。また、役とローカルルールの多さでも知られている。

 そして、この“リドル・ナンバーズカード”は『指定したゲーム形式に沿った効果をカードが得る』ギフトである。

 八幡は、山札をシャッフルすると、そのうちの半分を取り、それを確認する。

 

「こっちには配らないの?」

 

「……生憎、このギフトのルールが適用されるのは、使用プレイヤーだけなんだよ。後は、カードの役による」

 

 座ったまま質問したルストに答えた八幡は、たくさんあるカードの内から一枚選ぶ。

 

「……8切り」

 

 言った瞬間、見えない刃がアシディアを襲うも、アシディアは軽く後ろに下がっただけだった。

 

「どうやら、私にそのカードの能力は効かないようだね」

 

「……だったら、3枚同時ならどうだ?」

 

「なら、やればいい。やれるならの話だけどね(・・・・・・・・・・)

 

 八幡はアシディアの言葉に、内心舌打ちしたくなった。

 この“リドル・ナンバーズカード”の『大富豪』における欠点の一つ目。それは、『カードを1回使ったら、相手の攻撃などの行動が1回以上あるまでカードによる攻撃が行えないこと』なのだ。

 トランプゲームの多くの性質上、プレイヤーが交互にカードを使う。しかし、このカードの使用プレイヤーは一人であるため、相手の攻撃などの行動がカードの使用として置き換えられているのだ。

 

「思った通りか。なら、こっちもそろそろ仕掛けさせてもらうよ」

 

 アシディアは、今までからは考えられない速度で八幡に詰め寄り、彼の心臓を狙う。八幡はそれを咄嗟に左手で防ごうとする。

 それによって、彼女の手がカードの山札を掴んだ。

 その瞬間、カードの山札は四方八方へ飛び散った。

 

「……チッ」

 

 八幡は飛んだ内の一枚を取って舌打ちをする。

 そのカードがトランプではなく、全くの『白紙』になっていたからだ。

 八幡は後ろに跳んで距離をとる。

 

「……ギフトの能力を消したのか?」

 

「消したというのは、正確じゃないかな。正確には、力を放棄させたんだよ」

 

「……放棄?」

 

「考えてもみなよ、力があるっていうのは、とても面倒なんだよ。自称弱者たちが、こぞってあれやこれやと押し付けてくる。だったら、もういっそ、そういう面倒な力はなくなった方がよっぽどマシだよ」

 

「……結局は消失と大して変わらないわけだ」

 

「まあね。でも、この能力は仮に押し負けても弱体化ぐらいはさせられるし、私は君に触るだけで殺せるんだよ。命を放棄させることでね」

 

「……おまえは、何者だ?」

 

 八幡がしたのは当然の疑問だった。これほどまでの力を持った者が、ただの人間とは思えなかった。

 その質問に、アシディアは面倒そうな顔をせず、自嘲気味に薄く笑った。

 

「私はなんてことのない、ただの怠け者だよ。その力を認められて、祭り上げられて、言われるがままに助けて。そして、それに疲れて自分の殻に引きこもって全てを失わせた怠け者だよ」

 

 話はこれで終わりだと言わんばかりに、アシディアは再度、高速移動で八幡に近づき、彼を彼女の手が捉える。

 そして八幡はそれをあろうことか自身の手で受け止めたのだ。

 

「これで、終わりだ」

 

「……それはどうだろうな。8切り」

 

 そう八幡がアシディアの額にカードを3枚かざして呟いた瞬間、アシディアは一気に後方に吹っ飛ばされた。

 

「咄嗟に攻撃をやめてギリギリで防いだってわけか。なら、7渡し」

 

 すると、今度は4枚のカードがアシディアの手元に現れる。

 

「これは……全部2?」

 

 アシディアがその意味を測りかねていると、今度は八幡の方からゆっくりと近づいてきた。

 これは何かあると思い、またも防御に入る。

 すると、八幡は道化のカード、『ジョーカー』をアシディアに向ける。

 

「……ジョーカー」

 

 八幡が言った瞬間、パキンと何かが割れた音と喪失感がアシディアを襲う。

 

「くっ!」

 

 これはまずいと、今度は攻撃に移るも八幡はそれより速く2枚目の『ジョーカー』を向ける。

 

「……ジョーカー」

 

 またも、パキンという音と共に、先ほどと同様の感覚に襲われる。

 

「君は一体……私に何をしたんだ?」

 

「……ジョーカーは役の中で他の数字を補うカードや最強札として使える。今回はそっちの能力を攻撃を防ぐ時にジョーカーで受けて役としてコピーしたんだよ。さすが、最強の札だけあって、1回は耐えられたみたいだしな。さて、これで終わりだな」

 

 八幡は4枚の3のカードをアシディアに見せる。それにアシディアは得心いったというような顔をする。

 

「……なるほど。同じ数字が4枚以上で『革命』となり強弱が逆転する。それにより最弱の3が最強の札になるというわけか。皮肉だな……。かつて、英雄として祭り上げられ、悪魔と蔑まれた私が、よりにもよって最弱のカードで死ぬのか」

 

 でも、とアシディアは続け、微笑んだ。

 

「これで誰にも気兼ねせず、ゆっくり休める」

 

 言い終え、アシディアが目をつぶると同時に、八幡は呟いた。

 

「……革命返し」

 

 その呟きの後、そこには比企谷八幡と散乱した白紙のカード以外何もなかった。

 

 

 

『比企谷八幡 対 アシディア・オルソ

 勝者 比企谷八幡         』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「……くっ!」

 

 八幡は懐から取り出した、木製の針の様なものを投げる。

 

「温いな」

 

 それはアロガンによって難なく弾かれ、後方の樹に突き刺さる。

 比企谷八幡とアロガン・リオンの戦闘。単純な条件だけであれば、八幡が優勢だ。

 久遠飛鳥の“威光”が八幡に作用しなかったように、似た作用を及ぼすアロガンの能力も八幡には効果がなかったからだ。

 しかし、だからといって戦闘の全ての趨勢が決定づけられるわけではない。現に、アロガンは単純な身体能力による戦闘で八幡を押していた。

 

(……やっぱり、さっきの戦闘の時にもしかしたらとは思ってたが、かなり戦い慣れしてるな)

 

 生前がそういうものだったのか、アロガンの戦闘技術は八幡が自身のギフトに頼ってなお、防戦に回るしかないほど八幡との戦闘経験に開きがあった。

 ウィラと幾年も修行したが、アロガンにはそれ以上の密度の経験があることが八幡には理解できた。

 

(……だったら、利用できるか? 師匠に教わったアレが……)

 

「……なに?」

 

 アロガンは八幡に対して違和感を覚える。

 八幡から僅かに視線の外したとき、一瞬八幡を認識することができなくなったのだ。

 

(まさか、これもこいつの能力か? ……なら)

 

「『見失うな』」

 

「……マジか」

 

 すぐに気づいた八幡にアロガンは内心で感心する。

 

(……ほう。俺の能力の対象が自身にも適応できることに気付いたか)

 

 だが、自分とこの男の間には、決定的に経験の差がある。

 だから、この男の行動も簡単に読める。もう、見逃しはしない。

 

「なに!?」

 

 しかし、アロガンの攻撃は当たらなかった。防がれたのではなく、当たらなかったのだ。

 アロガンの攻撃は、八幡から僅かに逸れた位置を通り過ぎていた。

 

(……これはどういうことだ? さっきまでの攻防で感が鈍っていないのは明白。ならば、何かしたのか?)

 

 その後も、何度も攻撃するも、そのすべてが八幡から僅かに逸れた位置を通り過ぎていく。

 

(……攻撃がすべてギリギリで外れている? いや、外されているのか?)

 

 アロガンはそれまでの攻撃をやめ、八幡に問いかける。

 

「認識をずらしたのか?」

 

 その質問に八幡は何も答えない。だが、アロガンはその沈黙を肯定とみなす。

 

「……なるほど、先ほどから使っているこちらの認識から消える能力をあえて(・・・)中途半端な状態で発動することで、相手に認識できているという誤認識をさせることができる、というところか」

 

 八幡のギフトを使った応用技の種を暴き、不適に笑う。

 しかし、八幡はそれを意に返さず言った。

 

「……で? それがどうした?」

 

 八幡の言葉似、アロガンは無意識に笑みを溢す。

 

「……はっ! ほざけ! 『合わせろ』!」

 

 アロガンは自身に命令すると、八幡の懐に一気に飛び込む、八幡のギフトによってズレたタイミング分の修正をいれて、拳を叩き込もうとする。しかし、

 

「……なんだと!?」

 

 ズレた分のタイミングを修正しているはずの拳は、また、八幡からほんの僅かにズレてしまっていた。

 一瞬、どういうことか思考し、アロガンはある考えに行きつく。

 

「まさか、数段階で認識のズレを作っているのか……!?」

 

 八幡は、相手が中途半端な状態での“ステルスヒッキー”の発動に対して、その中途半端な状態の度合いを微調整し、何段階にもわけることで、相手の認識が実際の行動に必ずどこかでズレを作るように仕向けたのだ。しかも、この戦法は、熟練し、感覚が研ぎ澄まされ、正確になればなるほど、実際の動きとのズレに惑わされていくのだ。

 

「……くっ!」

 

 鋭い感覚故に、アロガンも八幡を全く捉えられずにいた。そして、そんな状況に次第に苛立ち始めた。

 

「ふざけるな! こんなもの……こんなもの認めてたまるか! 俺は……生まれでも、財力でも、闘いでも、何も負けたことはなかった……それを、あの無能ども! 『たとえ勝てても人を失えば負けも同じ』だと! 本物を知らない机の上のものしか見れん偽善者の癖をして……俺に任せておけばすべてうまくやってやるものを!」

 

 一体、彼が何に対してその苛立ちの矛先を向けているのか、八幡にそれを知る術はない。

 故に、 アロガンの話を無視して、“ステルスヒッキー”の制御に集中する。

 

「たとえ何人死のうとも、俺がいかに優れているか示すためには必要だろうが! 皆、俺が命じればその安い命を差し出すのだ! そんな安い命、いくら失われようとも、勝つためならば、ものの数ではないわ!」

 

「……そうかよ」

 

 アロガンの叫びに対する八幡の返答はそれだけだった。だからこそ、アロガンには、それが癪にさわった。

 

「嘗めるなぁぁぁぁあ!」

 

 絶叫すると、アロガンは八幡に対して、近すぎる位まで近寄り、深く踏み込んで攻撃しようとする。単純な理由だ。今までの攻撃がズレて届かないならズレても構わないほど近づけばいいだけなのだから。

 しかし、それは八幡にとって、理想的な展開だった。

 

「……跳ね上げろ、“ジャイアント·イーター”」

 

「ヒャァァァアアアッハァァァアアアア!  久々の出番に全俺様が大歓喜だぜぇぇええええ!」

 

 異様に高いテンションで現れた、子供が描いたおばけのようなデザインのパペットが八幡の右手で巨大化すると、アロガンをその大きな口で加え、空高く放り投げた。

 

「くっ!? こんなもの、受け身さえとれれば……ガッ!? なんだ……これは?」

 

 放り投げられ、受け身を取ろうとしたアロガンは、自信の体が枝だけでなく、木の葉によっても貫かれている事を理解して困惑する。そんな彼の様子を察したのか、八幡は説明する。

 

「それは『刀葉樹』っていう地獄に自生する罪人を罰するための樹だ。名前の通り葉っぱが刀みたいに鋭くなってるからそこに登らせて切り刻んだり、そこにぶん投げたりして使うんだよ」

 

 『使う』? 一体誰が? 問うまでもない。ここで罪人に罰を与える者など限られている。あの獄卒の鬼達だ。つまり、これは比企谷八幡が彼らにされて得た知識なのだろう。

 だが、そんなものがあるとして、そんなものがある場所に相手を放り投げることができるのだろうか。

 そこでアロガンは気付く。刀葉樹の幹に何か刺さっている。

 

(あれは……確か、奴が投げた……)

 

 それは、戦闘の途中で八幡が自分に向かって投げた木製の針だった。しかし、それは針というにはどこか違和感があった。

 

(針……いや、あれは『旗』か!)

 

 樹の幹に刺さっていたのは、丁度旗棒部分に旗部分が巻かれた小さな旗だった。

 

「……何だそれは?」

 

「……“フラグ·フラッグス”。元々は目的地や目印にしたい場所に刺すことでそこに向かえるようにするためのギフトだ」

 

(……なるほど、そういうことか。だから都合よく俺をここに落とすことができたのか)

 

 比企谷八幡が戦闘中に旗を投げたのは、攻撃でも牽制でもなく、勝負の決め手となるこの展開を狙ってのもの。自分が彼に攻撃を当てられない状況が長引けば、接近して勝負に出てくると読みきっていた。つまり、アロガンは完全に比企谷八幡の掌の上だった。

 アロガンは憎々しげに呻いて、何かを掴もうとするかのようにてをのばす。

 

「くそが……! これで、終わりだと言うのか。この、俺が。ふざ……けるな。俺は、俺自身を……証明するために……負けるわけには……」

 

 言いかけて、どこかへと伸ばされた彼の手は力尽きたようにダラリと下がり、そこからポタポタと血が滴り落ちていた。

 

 

 

『比企谷八幡 対 アロガン·リオン

 勝者 比企谷八幡        』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ」

 

「どうした、もう終わりか?」

 

 口の周りに血を滴らせたホッグが、肩や腕、脇腹など、至る所を抉られて血まみれになり、息切れをしている八幡に訊いた。

 八幡は答えるだけの余裕がないのか、無言で“エレメンタル・ダガー”を構える。その瞬間、ホッグの姿が消え、八幡の横を通り過ぎたかと思うと、八幡の太ももが抉られていた。

 

「……ぐあっ!?」

 

 八幡はさらなる出血に膝をついた。

 

「ふぅ、ようやく膝をついたか。いや、まさかここまでとは思わんかったよ。食っても食っても減りが悪いから、正直そろそろ食い飽きそうだぜ」

 

「人の体を霊格と一緒に散々食っといて、ひどい言い草だな」

 

 相手を食らう時、同時に相手の霊格を一定量奪う。それが彼女の能力だった。

 一撃一撃は決して重いとはいえない。しかし、一撃一撃が入るごとに虚脱感が蓄積し、動きが鈍っていく。逆に相手は奪った霊格の分だけ能力が上がっている。 状況は悪くなる一方だった。

 

「……人の肉なんて食うより、さっきみたいに柘榴食ってた方がまだうまいだろ?」

 

 呼吸を整える時間を稼ぐため、八幡が話を振ると、ホッグはあざ笑うように言う。

 

「生憎、アレは赤ん坊のおしゃぶりみたいなもんだよ。人肉っぽいの食ってなきゃ落ち着かないんだ。日本には、そういう話が合っただろ?」

 

「……知識程度には、な。ていうか、完全に依存症じゃねえか」

 

「だな。なんだったらお前も食べてみろよ。ハマるぜ、アレは。私はたまたま食べる物に困って、死体を食い始めたのが切っ掛けだが、空腹は最高のスパイスとはよく言ったもんだ。おかげで、人肉は今まで食った何よりもうまかった。ま、そのせいで離れられなくなったがな」

 

(……なるほど、そういうことか)

 

 おおよその彼女の能力の由来も見当がついた。

 八幡は、“エレメンタル・ダガー”を構えなおす。

 

「それじゃ、こんどはそいつをいただきますか!」

 

 また、ホッグの姿が掻き消える。

 八幡は意識を目に集中する。

 

『……ガッ!?』

 

『ほい、ごちそうさん』

 

 八幡の中に、ホッグに“エレメンタル・ダガー”ごと腕を食い千切られる映像が見える。

 

(……正面か!)

 

 八幡は“エレメンタル・ダガー”を思い切り正面に突き出す。

 

「甘いんだよ」

 

 ホッグは“エレメンタル・ダガー”を噛んで受け止めていた。そして、思い切り力を入れ、“エレメンタル・ダガー”を噛み砕く。

 ホッグは勝ち誇ったようににやりと笑う。

 

「これで終わりだな」

 

「……ああ。そうだな」

 

 言うと同時に、八幡は“エレメンタル・ダガー”をホッグの口の中に押し込んだ。

 

「むぐっ!?」

 

 ホッグは急なことに驚くも、すぐに口の中に入ってきた八幡の腕を噛み千切ろうとする。

 しかし、それよりも早く八幡はホッグの喉のさらに奥まで“エレメンタル・ダガー”を押し込んだ。

 

「……これで本当に終わりだな」

 

 “エレメンタル・ダガー”に装飾された石が光り、その瞬間にホッグの体が内側から本人の血と炎と旋風によって破られた。

 

「……な……に?」

 

 胸から下がズタズタになったホッグは、その場に力なく崩れ落ちた。

 

「なに……しやがった」

 

「……ただ、このダガーの残った力を出せるだけ出しただけだ」

 

 八幡が手元に目を向けると、その役目を終えたかのように、“エレメンタル·ダガー”の残りの刃はさらさらと風化した。

 

(……マズイな。どこかで代わりになるものを見つけないと……)

 

「……おい」

 

「……なんだよ? 一応、言っとくけど、もうおまえは助からないぞ」

 

「そんなこと、今さら気にしてねえよ。お前が持ってた飲み物、まだあるか?」

 

 どうするつもりかと、不思議に思いながらも、八幡はギフトカードからコーヒーを取り出して渡す。

 ホッグはそれを一口飲むと苦笑する。

 

「もう腹一杯だ。にしても、甘すぎだろ、これ」

 

 でも、まぁ、と彼女は続ける。

 

「最後に飲むのには、悪くないか……」

 

 

 

『比企谷八幡 対 ホッグ·グラットニー

勝者 比企谷八幡           』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 ハーブギリヒは、わかっていた。八幡に、彼なりの譲れない理由があることも。イラ以外は対して怒っていないことも。

 自分達が彼と戦うのは、自分達なりに彼の覚悟と決着を着けるためだ。

 ハーブギリヒは何となく察していた。彼の彼なりの不器用な想いも、これ(・・)に彼がどれほどの苦悩を内に秘めているか。

 昔からそうだった。自分は常に外側からモノを知ることができた。

 それは一重に、彼の天才的情報大量収集能力にあった。

 一を聞いて十を知るというが、ハーブギリヒにおいては、一を聞いて全を知るだった。

 ほんの僅かな所作でその人間がどんな人間かを見抜くことができた。

 比企谷八幡は賢い人間だ。

 短い時間で、相手を読み取っていく優れた観察眼と点と点を結び付け、独自の道をつけていく発想力。そして、少年らしからぬ疑り深さを持ち、合理的であればある程度の行為を容認できる柔軟さを持ち合わせている。しかし、同時に子供のような純情さと潔癖さと不器用な優しさも持っている。そして、決して腐りきらず、腐敗した幹や根の中に強い芯が通っている。

 これはさぞ生きづらいだろう。

 見ないものは無知ゆえに解さず、見るものはその姿と能力を半端に見ているがゆえに芯を汚すだろう。

 この男ほど『犠牲』という言葉で当てはめて憐れんで他人が悦に入るのにちょうどいい人間もそうそういまい。

 かわいそうだとは思わない。それこそ彼を貶めることになるだろう。

 なればこそ、自分は彼と正面から向き合って戦うべきなのだろう。

 だから、ハーブギリヒは命懸けで比企谷八幡に挑んだ。

 

「オラオラ、どうした八幡! 動きが鈍ってきてんぞ!」

 

「……うぜえ」

 

 ウィラの案で生み出した、ステルスヒッキーの応用技は、ハーブギリヒには通用していなかった。

 というのも、八幡が彼に渡したままのギフト、“プリック・ヘッドホン”と“ディスタント・ゴーグル”せいだった。視覚と聴覚を格段に強化するこの二つのギフトは、ハーブギリヒが持つ能力と最高に相性がよかったのだ。

 見える。見えすぎるほどに比企谷八幡の動きがよく見える。

 自分の感覚としては、変なズレのようなものを感じるが、それ以上に鋭敏な感覚がそのズレを凌駕する。

 だから、ハーブギリヒは八幡の“ステルスヒッキー”に一切引っかかることなく攻撃ができる。そして、単純な体格による身体能力の差でもって、八幡を追い詰めていた。

 

「どうしたよ八幡。まさか、この程度でネタ切れってわけじゃあねえだろ?」

 

 挑発するように言うハーブギリヒに言い返せればカッコいいのだろうが、八幡は別にそんなものを求めているわけではない。なので、黙って何かしらの策を考える。

 単純な問題として、八幡は攻め手が少ない。特に彼由来のギフトにおいて顕著だが、戦闘に応用はできても、特化させるには難しいギフトばかりなのだ。

 そのため、戦力が分散した状態で相手との相性が悪いと攻め手に詰まるのだ。

 しかし、だからこそ(・・・・・)、あの二つをハーブギリヒに渡したのだが。

 

「なっ……!?」

 

 一瞬、戸惑ったような声をハーブギリヒが上げる。

 八幡はすぐさま、ギフトカードの中からチェスの駒を数個取りだし、ハーブギリヒに投げつけた。

 すると、駒は人間大の大きさとなり、持っていた剣で一斉にハーブギリヒを刺した。

 

「ぐあっ!?」

 

 ハーブギリヒがやや苦しそうな呻き声を上げる。しかし、さっきと違い、彼には何が起こっているのか全くわからないだろう。なぜなら、それが“プリック・ヘッドホン”と“ディスタント・ゴーグル"の欠点(・・)だからだ。

 『30分以上継続使用された場合、強化した感覚器官の機能を15分間強制停止させる』という面倒な制約だ。実際には、使用時間の半分の休息でそれまでかかっていた負荷を回復できる分、一概に悪いとは言えないが、戦闘中に発動してしまえば、最悪という他ない。

 八幡は、そんなギフトの欠点を逆手にとり、ハーブギリヒに使わせ、これらのギフトの性能と彼自身の能力との好相性を印象付け、継続的に使用するように仕向け、後は欠点の能力が発動するまで全力で倒しにいけばいい。

 それで倒せれば御の字。倒せなければ、二つのギフトの能力で一瞬でも動揺してくれれば、その隙を突けばいいだけだった。

 ただ、咄嗟のことであったため、駒自体には単純な指示しか与えられなかった。そのため、すでに駒はただの駒の形に戻っていた。

 ハーブギリヒは、自分の傷を確認する。

 

(あー、こりゃダメだ。致命傷だな。……くっそ、惜しいなぁ)

 

 できることならば、もう少し比企谷八幡の行く末を見ていたかった。

 自分が生きている時も、このすぐれた能力ゆえに、もっと知りたい、と貪欲に願い。多くを知ろうとした。

 『好奇心は猫を殺す』とは、よく言ったものだ。知りたいと強欲になりすぎたが故に、自身は知識という神の禁忌に踏み込みすぎて死んだ。それでも、この知識欲は消えなかった。

 

(……バカは死んでも治らないって本当だな)

 

 どちらにせよ、自分は負けて死ぬのだ。ならば、やるべきことがあるだろう。

 ハーブギリヒは、完全な致命傷で、見えないながらもゆっくりと八幡に近づき、ヘッドホンとゴーグルを差し出す。八幡は一瞬迷ったものの、差し出されたそれらを受けとる。

 すると、ハーブギリヒは手をそっと八幡の頭の上に置き、彼の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「よくやったな。お疲れさん」

 

 そう言うと、彼は力なく倒れたのだった。

 

 

 

『比企谷八幡 対 ハーブギリヒ・フックス

 勝者 比企谷八幡           』

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおお!」

 

 イラは八幡に正面から突っ込んでいく。

 

「……させるかよ」

 

 八幡は、“セトル·ストリングス”を使い、イラの体の要所要所を糸で拘束する。さらに、無理に引き千切ろうとすると、大量出血するように出血量の多い部位に負荷がかかるようにする。

 動きを封じられたイラは、それでも八幡に飛び掛からんとする。そのため、身体のあちらこちらに糸が食い込んでいた。

 

「んぐぐぐぐぐ……!」

 

 しかし、それでもなお、イラは歯を食いしばって前に進もうとする。

 その様子に八幡は内心舌打ちをしたい気分だったが、それを無視してイラを拘束する糸を、より強固に彼女に絡ませた。

 

「……あー、もうやめといてもいんじゃないか?」

 

 八幡が言うと、イラは威圧するように言う。

 

「やめといてもいいんじゃないか ? ……ふざけるな。ここまでやっておいて、貴様が言えた義理か」

 

 そう言われると、返す言葉もない。だが、だからといって、こっちは諦めるわけにはいかない。だからこそイラの方に退いてもらいたいのだ。それに何より。

 

(……そろそろ時間がなくなってきたな)

 

 恐らく、他がかなりきつい状況なのだろう。どちらにせよ早く決着を着けなければならない。

 

「……やっぱり、無理、か」

 

「当たり前だろうがッ!」

 

 噛みつくようにいう彼女に、しょうがない、と八幡は糸に負荷をかける。しかし、それでもなお、彼女は八幡に向かって来ようとしていた。

 

「……もうやめろ。それ以上やったら致命傷になるぞ」

 

「だからどうした! 致命傷? そんなもの知ったことか! それ以上にここでやれなきゃ、私じゃないんだ(・・・・・・)!」

 

 叫ぶように言い、身体中に糸を食い込ませ、血を傷口と糸の間か滲ませながら進もうとする。そして、イラは続けた。

 

 

「それにな……こんな糸ごときで、渡すを止められると、思うなぁあああああああああ!」

 

 糸が急所を切り裂き、血を大量に流しながらも無理矢理糸を引き千切り、八幡を殺さんと突っ込む。イラにとっては幸いなことに、八幡は彼女が糸を引き千切った反動で体制が崩れていた。

 思いがけず訪れた好機に、イラは八幡の首を掻き切ろうとする。しかし、八幡もその攻撃に対し、ギフトカードから本を出して盾代わりにする。そのため、イラの攻撃は八幡を仕留めるには至らず、本を引き裂いて勢いが落ち、ギリギリで八幡の首に巻かれていたギフト、“リセイノケモノ”を引き千切るだけにとどまる。

 だから、イラは追撃のためにさらに一歩踏み込み、八幡の懐へと飛び込んだ。

 自分の残った体力では、これが最後の一撃になる。だからこそ、イラは確実に仕留めるために彼の懐に飛び込んだ。そして、彼を殺すために顔を上げ、彼の顔を見た。

 

「……ッ!?」

 

 その瞬間、イラの表情は一瞬硬直し、そのままバタリと倒れてしまった。

 

「……?」

 

 イラは大量出血でうまく動かない体を動かして、八幡を見る。

 鬼との戦いでほとんど変わらなかった彼の表情が困惑に満ちていた。

 

「ふふっ……」

 

 それがおかしくて、つい笑ってしまった。

 

「しょうがない。私の負けだ。だから、特別に許してやるよ」

 

 さっきとは違い穏やかに言う彼女に、八幡は困惑した顔のまま何か聞こうとするも、そこに一枚の羊皮紙が現れる。

 

『ギフトゲーム名“オニ退治"

 

 CLEAR PLAYER 比企谷八幡

               』

 

 彼がその羊皮紙を反射的に受け取った瞬間、彼の姿が消えてしまう。恐らく、あの気にくわない閻魔の元にでも飛ばされたのだろう。

 そこで、イラははたと気付く。

 

「そういえば、全然話してなかったな」

 

 敵かもしれないと疑っていたので当然だったが、もっと話をしてもよかったかもしれない、と今更ながらに思っていた。そして、先程を思い出す。

 彼を追撃しようとして顔を上げた時、彼は無意識に口を動かしてやめていた。きっと、その言葉が自分達への本心でありながら、侮辱になると感じていたからだろう。

 イラは、ダルい体を無理矢理動かして仰向けになり、彼が言おうとした言葉を口に出す。

 

「『悪い』か……」

 

 しかし、イラが彼を殺せなかった理由はそれだけではなかった。

 イラは、あの時の彼の顔を思い出して苦笑する。

 

「ったく、あんな泣きそうな顔されたら、怒るに怒れないだろ」

 

 生前、怒りやすいイラは、よく揉め事を起こした。しかし、それは常に誰かのためであった。それでも、『怒り』そのものが罪であるとされ、それによって人を傷つけることもまた罪とされるのだ。

 しかし、そんな彼女も憤ること全てに起こることができるわけではない。

 相手が謝れば許すし、反省していれば許す。そして、あんな罪悪感に満ちた顔をされて無視して業を煮やせるほど、イラは頑なではない。

 だからこそ、あの時、彼の顔から垣間見えた本心に、完全に気勢を削がれてしまった。あれが芝居なら大した役者だが、生憎あの男はそこまで器用にやれないだろう。

 遠のいていく意識に目を閉じながら、イラはほんの僅かに口を動かした。

 

「……さようなら、八幡」

 

 

 

『比企谷八幡 対 イラ・ルプス

 勝者 比企谷八幡      』

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

 目に映る景色は、いつだったかの閻魔のいた部屋だ。

 顔を動かして周りを確認したいが、“シュレディンガー”の効力が切れ、分かれていた体の傷が全て現在の自分に収束したため、立つことすら出来ずに倒れていた。

 そんな八幡を、閻魔は座りながら見下ろしていた。

 

「やはり、お前が生き残ったか」

 

 閻魔の言葉に、八幡の瞳に殺意の色が宿る。

 

「わかってたのか? お前の部下が殺されることも。あいつらを殺さなきゃいけなくなることも」

 

「当然だ。閻魔王の端くれとして、その程度もわからずにいてどうする」

 

 その言葉に、八幡は倒れたままでありながらも閻魔を睨み付ける。

 

「どうした、比企谷八幡。今日は妙に突っかかるな。イラついているのか。それとも」

 

 閻魔はそこで言葉を切ると、八幡を見てにやりと笑う。

 

「多くの者を『犠牲』にした罪悪感の八つ当たりか?」

 

 その瞬間、八幡の中の何かが決定的に弾けて目覚めた。

 

「うわあああああああああああああ!」

 

 その叫びは、まるで八幡の中で新しく目覚めた何かの産声であるかのように響いた。

 

「アウス!」

 

 八幡が呼ぶと、一瞬だけアウスが現れ、消える。

 すると、八幡の髪の色が黒から鮮やかな茶色に変化する。そして、八幡は閻魔に向かって飛びかかる。

 閻魔は、軽く殺してやろうと手を横なぎに振った。

 しかし、閻魔が彼を殺すことできなかった。なぜなら、一瞬早く蒼炎が八幡を燃やしたからだ。

 閻魔は、つまらなそうな視線を隠れていた人物に向ける。

 

「……この煉獄の炎……まったく、無粋だとは思わぬのか、ウィラ=ザ=イグニファトゥス?」

 

 白い目を向けられたウィラは、むしろ責めるように閻魔を見る。

 

「私の弟子を苛めないで」

 

 閻魔は、ほう、と面白そうなものを見る目で八幡を見る。

 

「なるほど。誰かが育てたにしても、人間にしては随分と様変わりしたと思ったが、お前が育てていたのか」

 

 閻魔は椅子から立ち上がると、ふうっ、と八幡に息を吹き掛ける。すると、八幡の体は完全に無傷の状態に戻った。

 

「……ん、あ、し、師匠?」

 

 まだ、寝ぼけたような状態の八幡の頭をウィラはそっと撫でる。

 

「ハチハチ、大丈夫?」

 

「いえ、ですからハチハチはやめてください」

 

 どこか疲れたような顔をする八幡にウィラはえい、と手刀を入れる。

 

「ハチハチの目的はアレを倒すことじゃなくて、箱庭に戻ることでしょ?」

 

 言われて、八幡は今さらながら、そういえば、と思い出す。

 ウィラは、八幡の頭をくしゃりと撫でる。

 

「もう少しだけ頑張って耐えて」

 

 そう言って、ウィラは再び八幡の頭をポンポンと撫でる。

 その様子を眺めていた閻魔は退屈そうに聞く。

 

「何だ、結局向かっては来んのか。つまらん」

 

 閻魔はスッと手を振る。すると、八幡の手元に羊皮紙が現れる。

 

『ギフトゲーム名“オニ退治"

 

 CLEAR PLAYER 比企谷八幡

               』

 

「さて、まずはゲームクリアしたプレイヤーに報酬を与えるとするか」

 

 閻魔が言うや、八幡のギフトカードが光る。

 

『比企谷八幡

 

 “トリガーハッピー”

 “デプレッション”

 “ステルスヒッキ―”

 “デッドエンド・アイ”

 “エレメンタル・ダガー”(破損により使用不可)

 “エレメンタル・アミュレット”

 “風精霊(ウィン)”(使用不可)

 “火精霊(サラマンダー)ヒータ”(使用不可)

 “水精霊(ウンディーネ)エリア”(使用不可)

 “土精霊(ノーム)アウス”

 “ミラー・アリス”

 “災厄精霊フルーフ”

 “ルタバガ”

 “ジャンク・スケアクロウ”

 “プリック・ヘッドホン”

 “ディスタント・ゴーグル”

 “A war on the board”

 “不如帰”(使用不可)

 “バグ・サルタスション”

 “セトル・ストリングス”▷

           “コーバート・ストリングス”

           “ブリストアー”

 “ジャイアントイーター”

 “シュレディンガー”

 “フラグ・フラッグス”

 “テセウスの船”

 “制限契約(リミテッド・ギアス)

 “刀葉樹”

 “ギフト・バッグ”▶

 “リセイノケモノ”(使用不可)

 “ジイシキノケモノ”(使用不可)

 

                          』

 

 彼らとの戦いで、決して少なくない量のギフトを失った中、新しくギフトが追加されていた。

 それは、司録が使っていたペンのギフト、“制限契約”とこの地獄に自生する“刀葉樹”という樹木だった。

 八幡は、それらはギフトカードから取り出して苦い顔をする。

 “制限契約”の方は万年筆のような形に変わっているだけなのでまだいい、問題は“刀葉樹”だ。ギフトカードから取り出されたそれには、葉にも幹にも、血がべっとりとついていた。

 それが誰の血かなど、八幡には言われるまでもないことだった。

 八幡はもう飛びかかるようなことこそ無かったが、殺意のこもった眼差しで閻魔を睨む。

 

「最悪だな」

 

「お前に言われるのであれば、こちらとしては最高だな」

 

 心のどこかで抑えようとは思うものの、どうにもうまくいかない。イラに“リセイノケモノ”を一度破壊された時から、どうにもうまく抑えが利かなくなっている。

 八幡は首に巻かれた首輪に触れる。

 

「……ん?」

 

 その感触に、どこか違和感を覚える。八幡はギフトカードから鏡を取りだし、首を見る。

 

「……はぁ」

 

 その首には、錆び付いた鈍く光る銀の虎の意匠の付いた革製の首輪に加え、それに絡み合う形で、錆び付き鈍く光る銀の牛の意匠の付いた革製の首輪が巻きついていた。

 そんなこと知ったことではないとばかりに、閻魔は勝手に話を再開する。

 

「さて、“刀葉樹”にはお前も散々世話になっただろうから、言わなくてもわかるだろう。“制限契約”はやや特殊な主催者権限(ホストマスター)なのだが使っていた者がいないのだし、お前にくれてやる」

 

 この閻魔から貰うというだけで、すでにいい気分ではないが、あくまでギフトゲームの正当な報酬として支払われる以上、貰っておくべきだろう。

 

「で、このギフトゲームにクリアした俺は無罪放免なのか?」

 

「そんなわけないだろう。お前が減刑したい条項が何であるかはわかっている。お前を殺した男の身分詐称だろう? だがな、それを差し引いてもまだお前には数千年ほど罰を受ける罪状がある。よって、お前への判決はこうだ。『聖人ニコラスを詐称する者を死亡させること』。それを以て、お前への罰則は次にお前が死んだ時にお前が行った地獄でその時までの現世での行いと比べて、再度是非を問うこととする」

 

 そう言うと、閻魔はスッと手を振る。すると、八幡の周りに6つの鳥居が現れる。

 一つは豪華絢爛な派手派手しい鳥居。一つはみすぼらしく今にも崩れ落ちそうな鳥居。一つは他に比べて巨大な鳥居。一つは小さく一人の人間が通るのもやっとな鳥居。一つは真新しい鳥居。一つは傷だらけで年期はあるが確りとした鳥居。

 

「好きに選べ。その内の一つがお前の現世だ」

 

 鳥居は隙間なく詰められており、向うからの声も遮られているため、ウィラの意見を聞くことはできない。

 そこで、八幡は違和感を覚えた。恐らく、これは六道輪廻だろう。この内、それぞれが天道、地獄道、修羅道、餓鬼道、畜生道、人間道の何れかに別れているのだろう。だが、何故六つ(・・)なのだ。

 

(これがもし、六道輪廻なら、アレがないのはおかしい)

 

「どうした、比企谷八幡。選ばないのか?」

 

 閻魔の問いかけに、八幡は答えようとして、答えに詰まった。

 どちらが正解なのだろう、と。

 自分の予想が正しければ、この内の一つは自分が箱庭世界において、ずっと願っていたものになる。ならば、それを選ばない理由はない。

 

(いや、でも小町が……)

 

「心配するな。人間道ならお前の妹もそちらに行けるよう取り計らってやろう」

 

 八幡の思考を読んだかのように閻魔は言った。

 

「どうした? 何を迷う必要がある。元々あいつらはお前とは何の関係もない。味方どころか最後は敵にすらなり、お前は奴らを皆殺しにしたのだ。義理立てする理由はないだろう? 彼の世界だってそうだろう? あちらでは、お前はもう故人なのだ。今さら何を悩む必要がある」

 

 八幡はどうすべきか考える。今までなら、持ちうる手札で最善を尽くしてきた。だが、今はその手札すらない。一体、自分は何時からこんなに弱くなった。……いや、違う、そうじゃない。何時から自分はこんなにも弱々しいと自覚(・・)してしまった。

 

「……くっそ」

 

 どうしても、止まってしまう。躊躇ってしまう。躊躇してしまう。

 自分は、どうすればいい? 誰か教えてくれ。

 

「八幡君!」

 

「……ッ!?」

 

 その声を、どれほど久々に聞いただろう。しかし、この凛とした強い意志を感じさせる声の主を、八幡は一人しか知らない。

 

「……久遠か?」

 

 無意識に下がっていた顔をあげると、目の前に木彫りの鳥が飛んでいた。

 これには八幡も見覚えがあった。これは、八幡自身の所持する“不如帰”というギフトだ。飛鳥は、これを使って話しているのだろう。彼女は、恐らくこっちの状況がわかっていないのか、一方的に捲し立てた。

 

「いい、八幡君? 私には今のあなたの状況はわからないわ。でも、私も小町さんも春日部さんも十六夜君も黒ウサギもジン君もレティシアもリリ達“ノーネーム”の子供達もみんなあなたが帰ってくるのを待ってるわ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)! だから、『絶対に帰ってきなさい』!」

 

 もしも、かつての比企谷八幡が今の自身を見たら、どう思うのだろう。偽物だと言うのだろうか。少なくとも、理由は与えられた。ならば、後は行動に移すだけだ。

 

「俺は、この鳥居のどれも選ばない。俺が今戻りたいのは、俺の世界じゃなくて、箱庭だ」

 

 力強く、八幡は宣言する。

 そして、その言葉を聞き閻魔はつまらなそうに息を吐く。

 

「このまま自分の世界に戻ってくれれば、十中八九また地獄行きだったところを。つまらん」

 

 鳥居がすっ、と消え、心配そうな顔をしたウィラが見える。

 閻魔は、そんな彼女に目を向ける。

 

「おい、古い箱庭に繋がる地獄門がある。それを開けてやるからとっとと貴様の不肖の弟子を連れていけ。時間もそいつが死んで五日ぐらいに合わせてやる。だからさっさと行け」

 

「言われなくても、こんなところすぐに出ていく。行くよ、ハチハチ」

 

 ウィラは八幡の手を引いて、連れ出していく。

 八幡は、ウィラに手を引かれながら、ずっと考えていた。

 これで正しかったのか(・・・・・・・・・・)、と。

 こんな思考は時間の無駄だとわかりつつも、それでも問い直さずにはいられない。

 

(……小町には謝らないといけないかもな)

 

 少なくとも、彼女達と仲のよい妹には、一言言っておくべきだろう。

 そんなことを延々考えている間に、いつの間にか古めかしい朱色の門の前に来ていた。

 ウィラは、そこで八幡の手を放して、彼の方を向く。

 

「私はここまで。今の魔王のギフトゲームのルールで私は入れないから。ここから先はハチハチだけで行って」

 

「わかりました。その……色々とありがとうございました」

 

 そのまま、門をくぐろうとすると、服の袖をちょん、と掴まれる。

 八幡が振り替えると、ウィラは心配そうに言った。

 

「……まだ、耐えて」

 

「…………うっす」

 

 すべて見透かしたような彼女の瞳とその言葉に、八幡は短くそう答えるだけで精一杯だった。

 しかし、ウィラは八幡のその答えに満足したのか、引き留めていた手を放す。

 

「それじゃあ、また」

 

「……はい。また……」

 

 そして、八幡は今度こそ門へと足を踏み入れた。




 宗教的な『罪』や『悪』は必ずしも一般的なものと同一になりえなません。そこは『そういうもの』と折り合いをつけるしかないのですが、そこら辺の線引きが難しいんですよね。
 さて、今回失ったギフトは“魔弾”、“リドル・ナンバーズカード”、“エレメンタル・ダガー”、“マザーグース”の4つです。これらは攻撃系のギフトなので主人公の攻撃力が激減してます。
 まぁ、あまり直接的に戦うというタイプの主人公ではないのですが。
 さて、今回発現した“ジイシキノケモノ”ですが、かなり強いギフトです。明言します。変則的ですがすごい強いです。
 次回は一応は前後編なしの一話の予定です。
箱庭に戻った八幡。しかし、度重なる戦闘による消耗で魔王のギフトゲームを前に精神が不安定になってしまっていた。
 そんな彼のためのために、使用不可となっている“リセイノケモノ”と“ジイシキノケモノ”を再度使えるようにするため、閻魔から受け取った主催者権限を使い、これらのギフトを使ったギフトゲームを提案するアリス。
 そして、そのギフトゲームで八幡が見るものとは……。
 的なのを大体考えています。
 できるだけ早くかけるよう頑張ります。
 感想、評価、ヒロインアンケート、誤字訂正お待ちしております。


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私の中の……

みなさん、お久しぶりです。
シルバーウィークはいかがお過ごしだったでしょうか。
私? 大学でしたが、何か?
何故大学は祝日登校があるのか……。
遅くなって申し訳ありませんでした。遅くなったわけはあとがきで語るとしましょうか。


 箱庭、某所

 

「……ん、ここは……箱庭か?」

 

 水の落ちる音とどこか肌寒い空気によって目が覚める。視界には、見覚えのない洞窟のゴツゴツとした岩壁が広がっている。

 

(知らない場所だな。箱庭じゃないのか……)

 

「思ったより、お寝坊だったわね」

 

 かけられた声に振り向くと、死んでから感覚的には、もう何年ぶりにもなる人物がそこにいた。

 

「……久遠、か?」

 

「久しぶりね、八幡君」

 

「お、おう、久し……ぶり? なぁ、久遠。お前の後ろにいるでかいやつ、何?」

 

 八幡が指差したのは、全体的に赤い配色の巨大な鉄人形だった。そして、飛鳥は八幡の言葉に心外そうな顔をする。

 

「『何』、だなんて、随分な言い方ね。私達の新しい同士だっていうのに」

 

 飛鳥の台詞に、八幡は一瞬頭が真っ白になる。

 

「なぁ、久遠。今、こいつが新しい同士って言ったのか?」

 

 八幡が尋ねると、飛鳥は誇らしそうに胸を張る。

 

「ええ、そうよ! 私達の新しい同士、“ディーン”よ!」

 

 そこまで言われて、八幡はようやく思考が追い付いてくる。

 

(ああ、そういうことか。つまり、ディーンは久遠の新しいギフトってわけか)

 

 自分が地獄に落ちている間に彼女に何があったのかは知らないが、どうやらここで何らかのギフトゲームに勝って手に入れたらしい。

 

「とりあえず、今の状況を聞いてもいいか?」

 

「それもそうね。私もここにいたら、いきなりエリアさん達が現れて、八幡君の持ってる鳥のギフトであなたを呼び戻してほしいってお願いされたの」

 

「あいつらに?」

 

 八幡が周りを見ると、いた。二人からやや距離をとった位置で、アウスが三人の姉にもみくちゃにされていた。

 

「お姉ちゃん達、久しぶり~」

 

「もう、アウス。起きてるんならちゃんと寝癖は直しなさい。女の子でしょ?」

 

 そう言って、エリアがアウスの髪を手すきし始める。アウスはそれをむず痒そうにする。

 

「う~、別にいいよぉ~」

 

 アウスが逃げようとすると、今度はウィンがアウスの肩をがっちり掴む。

 

「はいはい。すぐ終わるから、大人しくしていましょうね」

 

「は~な~し~て~よ~」

 

 それでもなお、ジタバタしようとするアウスにヒータがたしなめるように言う。

 

「でも、これからコミュニティのお屋敷で働くなら、身だしなみはちゃんとしないと」

 

 普段とは違い、やや強気のヒータや他の姉妹を見ながら、八幡はぼんやりとこの姉妹がちゃんとした姿で揃っているのは、そういえば初めてだったな、と考えていた。

 そんな彼の視線に気づいたのか、エリアは八幡の方に顔を向ける。

 

「申し訳ありません、御主人様(マスター)。この子ったら、昔からだらしなくて。やっぱり、ちょっと甘やかしすぎたかしら……」

 

 困ったように言いながらもどこか楽しそうなのは、久々に姉妹が全員揃っていることよるものなのだろう。懸命にはしゃぐまいとしているが、顔が先程からにやけっぱなしである。

 

「いや、別にそれは構わないんだが……」

 

 そこで気づく。自分の周りに光る何かが大量に漂っていることに。

 

「なぁ、これ何だ?」

 

「群体精霊っていうらしいんだけど、八幡君が来てからずっと貴方の周りを飛び回っているのよ。この子に訊いたら、八幡君の傍は居心地がいいんだそうよ」

 

 飛鳥が肩に乗っている地精を撫でる。

 八幡は気にしても仕方ないと思うことにし、これからどうするんだ、と聞こうとすると、それをアリスが後ろから抱きついて抑える。

 

「はいはい。病み上がり何だから焦らない焦らない。決戦は上の人達の交渉で二日後に決まったよ」

 

「それじゃあ、私達はそれまで待機ってことかしら?」

 

 飛鳥が聞くと、アリスは首を横に振る。

 

「いや、確かに本来であればそれがいいんだけど、やらなきゃいけないことがまだあるからね」

 

「やらなきゃいけないこと?」

 

 頭に疑問符を浮かべる飛鳥に、アリスは八幡を指差した。

 

「ちょっと、色々事情があってね。今の八幡は精神的にかなり不安定な状態なんだ。だから、それをどうにかするために、閻魔の試練で手に入れた“限定契約”を使ってギフトゲームを開催する。僕が媒介して八幡の深層心理を映せばいけるはず……。久遠さんは八幡のサポートを頼めるかな? 一応、先輩達もいるけど、サポートは多い方がいい」

 

「わかったわ。だけど、どういうゲームかはわかっているの?」

 

 飛鳥が聞くと、アリスは肩を竦める。

 

「正直、今の八幡の不安定な状態の精神状態じゃ、出たとこ勝負感が否めないね。僕じゃ把握は出来ても理解できない部分も多いし」

 

 つまり、どうなるかは蓋を開けてみなければわからない、というわけだ。

 アリスの不安を煽るようあ言葉を受けて、飛鳥は八幡を見る

 

「そんな状態で、八幡君は大丈夫なの?」

 

「基本的にその強さが武器みたいな所もあるからね。一応、まだもってはいるけど、このままだとさすがにまずいだろうね」

 

 そう、と言うと、飛鳥はアリスに向き直る。

 

「わかったわ。同じコミュニティの同士の危機。なら、喜んで手を貸すわ」

 

「それじゃあ、早速始めようか」

 

 パチンと、アリスが指を鳴らすと、全員の景色が暗転した。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

「……ここは」

 

 視界が暗転し、再び飛鳥が目を開けた時に見えたのは、迷路だった。

 恐らく、石材によって造られたであろうその自分の身の丈では絶対に越えられそうもない高く白い壁には、所々黒い色が混じっており、それが白い塗料で塗りつぶされている。

 何とも奇妙な迷路だ。

 飛鳥が周りを見回すと、八幡、エリア、ウィン、ヒータ、アウスも周りの様子を窺っていた。

 

「……あ、あれ」

 

 ヒータが何かを指差す。

 一同が彼女の指差した方向を見ると、そこには壁に貼り付けられた羊皮紙があった。

 

『ギフトゲーム名“私の中の……”

 

 プレイヤー一覧、比企谷八幡、久遠飛鳥、エリア、ウィン、ヒータ、アウス

 

 勝利条件 決着をつける。

 敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 

  

                             “ノーネーム” 比企谷八幡 印』

 

「これは、どういうことかしら?」

 

 “契約書類”を読み上げた飛鳥が、全員に問う。

 

「『決着をつける』ってことは、何かと戦うってことよね? でも、どうすれば決着がつくのかしら」

 

 飛鳥の疑問にエリアも同調する。

 

「そうですね。ここに書いてあることだけでは、いくらなんでも情報が少なすぎます。恐らく、この迷路内に手がかりになるものがあるはずです」

 

 とりあえずはと、ウィンはヒータを見る。

 

「ヒータ、御主人様の精神状態から、この“契約書類”の意図する部分の類推、できる?」

 

 聞かれたヒータは静かに頷いた。

 

「えっと、まずは『私の中の……』って部分。たぶん、これは『比企谷八幡(ごしゅじんさま)の心の中の』って意味の言い換えだと思う。だから、『決着をつける』っていうのは、精神的な意味合いで、『ご主人様の心の中にある何かとの決着』って意味だと思うんだけど、それがどういう決着かは、ご主人様しかわからないんじゃないかな」

 

「なるほど……。どう思いますか、御主人様……御主人様!?」

 

 焦ったような声を上げるウィンに振り返ると、そこでは八幡が苦しそうに踞っていた。

 

「八幡君、大丈夫なの!?」

 

 飛鳥が駆け寄ると、八幡は胸を抑え、荒い息で何かを堪えるようにしていた。

 

「はぁ……はぁ……。大……丈夫だ。早く、終わら……せるぞ」

 

 八幡は無理矢理立ち上がり、覚束無い足取りで進もうとする。

 しかし、背後からエリアが八幡の首に首刀を入れる。

 

「失礼します、マスター」

 

「……っ!?」

 

 首刀を入れられた八幡は意識を失い、その場にドサリと倒れる。

 エリアは八幡の介抱をしながら歯噛みする。

 

「迂闊でした。ここがマスターの精神世界であるなら、マスターのことをもっと慮るべきでした」

 

 エリアの言う意味がわからず、飛鳥は困惑する。

 

「えっと、エリア。どういうことなの? どうして八幡君を……」

 

「久遠様、よく考えてください。不特定多数の人間に自分の精神世界に入られるということは、自分の心の中を不特定多数の人間に覗かれるということです。それも、自分の目の前でそれをされるのです。辛くないわけがないでしょう」

 

 なるほど、彼女の言う通りだ。自分の目の前でこれだけの人数に自分の心を覗かれるのだ。それがたとえ仲間であったとしても、抵抗があって当然だ。

 

「それで、八幡君は大丈夫なの?」

 

「精神的なストレスによるものなので、あまり大丈夫とは言えませんね。如何にマスターの精神が強靭であっても、度重なる精神の負担は相当なものでしょうし。出来る限り急いでゲームをクリアしましょう。幸い、マスターが気絶しても敗北にはなっていないようですから、私が背負っていきましょう」

 

 そう言って、エリアは八幡を背負うと、再び飛鳥の方を向く。

 

「久遠様。ここがマスターの精神世界である以上、私達のギフトはあまり強い効力を発揮できない可能性があります。ですから、久遠さんに多く負担をかける形になるかもしれません」

 

 申し訳なさそうにするエリアに、飛鳥はにこりと笑う。

 

「いいわ。八幡君は私達の(・・・)同士だもの。むしろ、こういう時こそ助け合いましょう」

 

「……ありがとうございます」

 

 エリアと共に、妹達も礼をする。

 

「では、時間もありませんし、進みましょう」

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

 迷路を進み始めて、一行はこの迷路の奇妙な点に気づく。

 

「あれは何かしら?」

 

 飛鳥が不思議そうに呟く視線の先には、白い人影の様なものが、それぞれに思い思いの行動をとっていた。

 ある者は黒ずんだ迷路の壁を白く塗りつぶし、またある者は何かに怯え、またある者は何かに迷うような仕草で歩いていた。

 それらの人影の行動はバラバラであるものの、共通点もいくつかあった。

 一つは、その白い人影には、割合は違えど黒ずみがあること。もう一つは、その人影がとある人物に似ていること。

 その人物とは……。

 

「……八幡君、よね? あの人影の形って……」

 

 呆然とする飛鳥に、ウィンが考え込むような仕草をしながら言う。

 

「恐らく、御主人様を構成する一要素でしょう。ただ、あれが御主人様の中の何を指すかまではわかりかねます」

 

「そう。あれが、八幡君の……」

 

 飛鳥はどこか遠くの地にあるものを実際に見てみたら、自分が見聞きした知識と違っていたような気分だった。

 目の前の黒混じりの白い人影達は、何かに怯えたり焦ったり、飛鳥が今まで見てきた比企谷八幡という人物には、おおよそ結びつきようのないものであった。

 そんな思考に囚われていると、ズシンと、重い音が響く。

 

「……何の音?」

 

 そう言って顔を上げた飛鳥は、一定の感覚で響く重厚なその音が何かの足音だと気づいた。何故なら、顔を上げた時に見えた視界の先に、ちょうど迷路の壁と同じ大きさの牛人(ミノタウロス)が見えたからだ。

 飛鳥は、咄嗟にディーンを呼び出そうとギフトカードを取り出そうとする。しかし、それはアウスに腕を掴まれ、止められてしまう。

 

「ちょっと、何をするの!?」

 

 焦る飛鳥に、アウスはシーッと、口元に人差し指を立て、静かにするよう指示する。

 

「ちょっと~、静かに~。あれが何の能力を持ってるかわからないし~、心の均衡を護ってる存在の可能性もないわけじゃないし~、何よりここじゃ壁を壊しちゃうでしょ~?」

 

 アウスの間延びした喋り方は如何にも聞き手に危機感を抱かせにくいが、言うことは至極最もだ。

 あのミノタウロスがどういう存在かわからなければ、敵味方の判断すらできない。

 

「とりあえずは広いところに誘い込んで、様子見にディーンをけしかけてみる、というのはどうかしら?」

 

 飛鳥が提案すると、エリアが少し瞑目してから口を開く。

 

「そうですね。ここがマスターの精神世界であることを考えれば、それによって久遠様がこの迷宮、ないしはあのミノタウロスに敵として認識される可能性があるかもしれません。そうなると、このギフトゲームの攻略にも支障が出ます。なので、まずはこの中で一番速いウィンが様子を見て、攻撃してくるようならここまで誘導。私とヒータでウィンの支援をしながら足止め。アウスは久遠様の護衛。久遠様は陰からミノタウロスを観察してください」

 

「わかったわ。だけど、もしも貴女達が危ないと判断したら、ディーンを使わせてもらうわね」

 

「それで構いません。ですが、くれぐれも見つからないように注意してください」

 

 エリアに釘を刺され、飛鳥が無言で頷くと、エリアは八幡を飛鳥達に任せ、ウィンとヒータを伴って配置につく。

 広い道からウィンが先行してミノタウロスに近づき、エリアとヒータは少し離れた距離から追従する。ミノタウロスは、目的があるのかないのか、ただ重厚な足音を響かせながら、ゆっくりと歩いていた。

 

(これは少し、仕掛けてみる必要があるかしら……)

 

 ウィンは自身のギフトで風の刃を作り、ミノタウロスに向けて発射する。その瞬間、

 

『GEEEEEEYAAAAAAAAAaaaaaaaaa!』

 

「……え?」

 

 突如豹変したミノタウロスが、一瞬でウィンの懐に入り込んだ。

 

「――――――――――ッ!?」

 

「ウィンッ!?」

 

「ウィンを守りなさい、ディーン!」

 

「DEEEEEEEEeeeeeeEEEEEEEN!」

 

 飛鳥が呼び出したディーンが、ミノタウロスとウィン間に割って入り、如何にも破壊力のありそうなその拳を叩き込む。

 しかし、その拳はミノタウロスの持つ戦斧によってなんなく弾かれ、その勢いのままミノタウロスはディーンに戦斧による一撃を見舞った。

 

「ディーン!?」

 

「くっ……!? 久遠様、ディーンが足止めしている間に一旦逃げましょう! ギフトカードがあればすぐに呼び戻せますから、私達が安全な場所に一刻も早く退避しましょう」

 

「……わかったわ」

 

 エリアが八幡を、ウィンが飛鳥を背負い、ディーンがミノタウロスと戦っているその場から飛鳥達は逃走した。

 逃げる彼女らは、右ヘ左へと、しっちゃかめっちゃかに迷路を移動し、時に行き止まりに突き当たりながらも懸命に逃げた。

 そして、逃げた先にいたのは、虎だった。

 

「……綺麗」

 

 飛鳥は思わずそう口にしていた。

 気づけば他の者も逃げることを忘れ、その虎に見入っていた。

 魅入られていた。魅せられていた。そして、見惚れて、見蕩れてしまっていた。それ程、その虎は美しかった。

 白く艶やかな毛並みに鮮やかな黒い縞模様。

 一目で美しさと勇猛さを感じさせる佇まい。

 それは、さながら芸術品のようで、触れるに畏れ多く、殺すのは忍びなく、勿体なく思ってしまうものだった。

 完全に虎に意識を奪われた飛鳥達に対し、その虎はさして興味もなさそうに、あっさりと踵を返そうとする。

 

「ま、待って!」

 

 もっと見ていたくて、つい飛鳥は呼び止めようとしてしまう。

 しかし、虎は振り返ることもなく行ってしまった。

 

「一体何だったの?」

 

 呟いた飛鳥の言葉に答えられる者はいなかった。

 そして、逃走を再開した彼女達は、しばらく移動して、ようやく隠れられそうな場所を見つけた。

 

「……部屋、かしら?」

 

 それは恐らく、何らかの部屋があるだろう小さな建物が集まる扉群だった。

 

「どうなさいますか、久遠様。先程立ち止まってしまいましたし、また立ち止まっていれば、ディーンがどうなるかはわかりません。ですが、この扉が罠でないとも言えません」

 

 エリアが尋ねると、飛鳥は迷うことなく扉に手をかける。

 

「進みましょう。このままここにいても意味はないし、ゲームも解けないわ。今は、前進あるのみよ」

 

「かしこまりました」

 

 飛鳥が扉を押すと、その扉は重そうなわりに音もなくあっさり動いた。少なくとも、開けようとしていきなり何かが起きなかったことに内心安堵しながら、飛鳥は一気に扉を開いた。

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

「……ここは?」

 

 そこには大量の本と本棚があった。本棚に綺麗に収められた本もあれば、飛鳥の身長までうず高く積まれた本。開きっぱなしで机に置かれたり、乱雑に放っておかれた本もある。

 そして、そこでは白い人影達が本を読んでいた。

 

「ここは……御主人様の知識や人格形成、見識の拡大などに関わった場所、というところでしょうか」

 

 なるほど確かに、と飛鳥は納得する。知識=本、というのは、実にわかりやすい図式だ。明快といってすらいいのかもしれない。 

 

「なら、ここにあの怪物のことがわかるヒントがあるかもしれないわね手分けして探しましょう」

 

「そうですね。ですが、くれぐれも人影を刺激しないよう。どうやら彼らは、こちらが何もしなければ大人しいようですし。まずは、ディーンを戻しましょう」

 

 言われて、飛鳥はディーンをギフトカードに呼び戻すとちらと、白い人影を見る。

 こちらに全く無関心で、静かに本を読み続けている。

 こちらは、実に彼らしいと飛鳥は感じた。

 彼も本拠でよくこうやって静かに本を読んでいた。読んでいる本はまちまちだったが、乱読というわけではなく、文学書が多く、十六夜と違って学術書や専門書はほとんど読んでいる姿を見ていない。

 このあたりは彼の好みなのだろうか。

 飛鳥は、同士の今まで見えなかった一面に対し、それを勝手に見ることを申し訳なく思いながらも、わくわくしながら辺りを見回していた。

 

「十六夜君や春日部さんも来られれば良かったのに……」

 

「……お二人も、ですか?」

 

 エリアが聞くと、飛鳥は頷いた。

 

「私なんかよりも、二人の方がずっと彼に近いのだし……」

 

 それは今までずっと感じていた事だった。

 比企谷八幡と久遠飛鳥の距離は、逆廻十六夜や春日部耀よりも遠い。

 それも当然だ。

 無理矢理に彼を引っ張っていける十六夜のような行動力も、友達になろうと少しでも近づこうとする耀のような勇気も自分にはないのだ。ただ漫然と、誰かを間に隔てた交流しかしていないのだから。

 久遠飛鳥それでいいのだろうか。

 同士として。そんな関係でいいのだろうか。

 

「大丈夫です」

 

「……え?」

 

 エリアの呟きに、飛鳥は反応する。

 

「マスターはそのようなことを気になさる方ではありませんから。飛鳥様が気に病まれるようなことはありません」

 

 穏やかに微笑むエリアに飛鳥も自然と心がかるくなる。

 

「そうね。その通りだわ。それに、今はそんなことを考えている場合でもないものね」

 

 まずは、ゲームのクリアが先決。

 そう決めて、飛鳥は辺りを見回す。

 周りには、種々様々な本が存在する。大きさも装丁もバラバラだ。

 しかし、その中に目立つものを見つけた。

 その本は最初は埃まみれで、てっきり黒一色の本だと思った。だが、埃を払ってよく見ると、それは何かによって黒く塗りつぶされた本であることがわかった。本の中にあるタイトル部分も入念に黒く塗りつぶされており、まるで封じ込めようとでもしているかのような有り様だった。

 飛鳥は、本を開いてその本の内容を見る。

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

『第一の手記

 難しい。

 退屈だ。

 つまらない。

 なぜ自分はこのような本を読んでいるのだろう。

 別に賢しらぶるほど娯楽に飢えているわけでもないだろうに。

 他にも楽しいことなど山ほどあるだろうに

 …………やめろ。

 何だろう、これは。

 まるで自分のことではないか。

 今まで誰にも見せないように奥の奥に秘して秘して隠してきたものが暴かれていくような、己の本性を暴かれていくような不快感だ。

 やめろ。

 二度と覗くな』

 

『第二の手記

 驚いた。

 てっきり捨てたと思っていた。

 いや、そんなことはないだろう。

 これが本である以上、己の本棚にある以上、これは己がずっと秘してきた本性なのだから

 しかし、いつか自分はこれと向き合わねばならない

 己が何より秘して隠しておきたいこれと。

 今までずっと、見ないふりをして封じ込めていたけれど、いつかそれが出来なくなる時が来る

 その時自分は、どうなるのだろうか』

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

「何かしら、これ?」

 

 まるで、何かの形式に則るかのように書かれたそれに、飛鳥は頭に疑問符を浮かべる。

 

「何かの感想なのかしら。それにしても妙ね、この本。途中から紙も全部黒塗りだわ」

 

 飛鳥が読んだその本は、『第二の手記』と称されたその途中から、まるでその先がないかのように塗りつぶされており、あたかも黒い紙であるかのようだった。

 

「あの……」

 

「何かしら、ヒータ?」

 

 ヒータは飛鳥が読んでいた本を指差す。

 

「たぶん、それ。途中までしか読んでないんだと思う」

 

 ヒータの意見にウィンはなるほどと、頷いた。

 

「途中までしか読んでないからそもそも何も感じようがない。だから、途中で全部終わったみたいになっているのね。とすると、これは御主人様がこの本を途中まで読んだ上で感じ、想ったこと。文字通り感想って事ね。飛鳥様、他の本も読んでみましょう」

 

「ええ、そうね」

 

 飛鳥達は再び本の捜索を始める。しかし、どの本も当たり障りのない感想しか記述されていなかった。

 そこで、飛鳥はふと、ある本に目が向いた。

 いや、それは本と呼ぶには装丁があまりにも粗く、紙束と呼ぶべき代物だった。じかも、うず高く積まれた本の一番下にあり、磨り潰すように上に本が積まれていたためにすぐに気がつかなかった。

 飛鳥はそれを他の三人と協力して上の本をどけ、それを取り上げた。

 その時気づいた。その紙束には、厳重な鍵がかけられていた。

 まるで、何者の目にも触れさせないかのように。

 しかし、だからといって、見ないわけにはいかない。

 周りを見渡す。

 すると、何かに怯えているかのような白黒の人影が手に何かを握りしめているのがわかった。

 飛鳥はその人影に近づき、その手の中にあるモノを取ろうとする。

 すると、人影はビクリと反応し、よりいっそう強く怯え始めた。

 その人影は決して強くはないが、それでも確かな力で鍵を取られまいとする。

 

「悪いのだけれど、私たちにはこの鍵が必要なの。渡してくれないかしら?」

 

 飛鳥が訊ねると、人影は怯えた様子で首を横に振る。

 

『見たら、きっと変わる……』

 

 変わる、とは一体何のことか。飛鳥にはそれがわからない。ただ一つわかるのは、彼がその変化を恐れているということだ。

 飛鳥は人影に自分の手を重ねる。

 

「あまり私を見くびらないでもらえるかしら。私はあなたの一面を見たぐらいで変わるつもりはなくってよ」

 

 人影は少し意外そうな顔をした後、恐る恐る鍵を差し出す。

 

「ありがとう」

 

 お礼を言うと、飛鳥は鍵を本の鍵穴に差し込む。

 すると、カチリと音がして鍵が開く。

 そして、飛鳥はその粗い装丁の本を開いてそれに目を通す。

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

『ソレハオマエガイエタコトカ

 ソレヲオマエガイウノカ

 フザケルナ

 ジブンジシンノコトモナニモシナイクセニデキナイクセニ

 ヨケイナオセワダ

 ソノコトバヲオレニムケルノカ

 コロスゾ

 ニクイ

 ナニヲタニンゴトノヨウナカオヲシテイル

 ナゼミナイフリヲスル

 ソイツラノツミヲ

 ソノアサマシサヲ

 ソイツラハニクムベキテキダ

 ニンゲントシテノショウケイナドイラナイ

 スベテステサレ

 ソノリセイヲ

 スベテトキハナテ

 ニクメ

 ウラメ

 コロセ

 ナニヲマドウヒツヨウガアル

 ヒトトシテアツカワレヌノナラコチラガアツカウドウリナドナイ

 アラガウナ

 スベテユダネテイロ

 ソウスレバ

 スベテオワラセテヤロウ

 ナニモカモスベテ

 コワシツクソウ

 サァモウオノレノツミヲカゾエルジカンハオワリダ

 ツギハヤツラノツミヲカゾエルジカンダ

 ジカクシロオノレノケモノヲ

 トキハナテオノレノケモノヲ

 オソレルナ

 ソレラハスベテオマエノモトニアル』

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

「…………」

 

 飛鳥は本を静かに閉じた。

 しかし、内心では今すぐ悲鳴をあげて本を投げ捨てたい気分だった。

 それをしないのは、一重に人影と、彼とした約束があったからだ。

 それでも、内心では恐れる心を止めることができない。飛鳥はまるで心臓を握りつぶされているかのような気分だった。

 何なのだ、あれは。

 あの本の内容などどうでもいい。

 しかし、あの文章から滲み出ていた怒り、悲しみ、嘆き、贖罪し、断罪し、全てを壊さんとする負の感情が、その想いが全て彼のモノであると言うことが信じられなかった。

 だが、だからこそ恐れていたのだろう。

 自身の中にあるあのような本性を誰かに暴かれることを。

 そして、それによって何かが変わってしまうことを。

 ならば、だからこそ自分はあれを見ても変わってはいけない。変わるわけにはいかない。

 飛鳥は、気を落ち着けるために深呼吸をする。

 

「貸してくれてありがとう」

 

 鍵を渡すと、人影はどこか安心したような顔で飛鳥を見て、小さく言葉を発した。

 

『……ありがとう』

 

 その言葉に、飛鳥は微笑むとしゃがんで人影に目線を合わせる。

 

「どういたしまして」

 

「ん、うん、ここは……?」

 

 後ろでする声に振り返ると、横たえていた八幡が目を覚ましていた。

 飛鳥はすぐに八幡に駆け寄った。

 

「八幡君、大丈夫なの?」

 

「ああ、久遠か。一応、もう大丈夫そうだな」

 

「そう。よかったわ」

 

 飛鳥が安堵すると、八幡はそれでと、彼女に視線を向ける。

 

「ゲームはどこまで進んでいる?」

 

 飛鳥は、これまでの事の顛末と自分達なりの推測を八幡に話した。

 話を聞き終わった八幡は、いかにも憂鬱な様子で天井を仰ぐ。

 

「なるほど、そういうことか。あー、くっそ。面倒だな」

 

「どういうことなの、八幡君。貴方には、もうこのゲームのクリア方法がわかっているの?」

 

「大体だけどな。お前らの予想はほとんど正解だと思う。たぶん、このゲームの鍵になるのは、お前らが見たミノタウロスと虎だろうな」

 

「そういえば……、あのミノタウロスの能力って一体何なの?」

 

 飛鳥が訊くと、八幡は気まずそうに目を逸らす。

 

「あー、それは……とりあえず、早くこれを終わらせねえと魔王の方が終わっちまう」

 

 露骨に話を逸らそうとする八幡に、飛鳥は怪訝そうな顔をする。

 

「……どうかしたの、八幡君? ちょっと変よ」

 

「……悪いんだが、できたら何も聞かないでくれ」

 

 頭を下げる八幡に飛鳥は戸惑ってしまう。

 同じコミュニティの同士として、困っていることがあるならば手伝いたいが、こんなふうに頭を下げて頼まれてしまえば無理に聞き出すこともできない。

 

「それで、八幡君はこれからどうするつもりなのかしら?」

 

「とりあえず、あのミノタウロスを探す。虎の方は一旦無視していい。片方ならついでにやってもいいが、両方を同時に見つけたら撤退だな」

 

「撤退? 戦わないってこと?」

 

「ああ。あの虎は今回のゲームのクリアの要じゃあるが、直接ゲームの解答になる訳じゃないからな。時間がない以上は優先度は下げていく。それに両方は相手にしてられないから、両方が一緒にいたら撤退する方向でいく。で、今回のゲームのクリアに直接関わってくるのはミノタウロスの方だからあっちを探す。ウィン、出来るか?」

 

「かしこまりました。それでは、外に出ましょう」

 

 ウィンに促され、全員は部屋の外に出る。

 外に出ると、ウィンは目を閉じて耳を澄まして集中する。

 そして、しばらく経つと二つの方向を指差す。

 

「どうやら、それぞれ近い位置にいるようです。ミノタウロスは北北東、虎は東北東にいます。どうしますか?」

 

「とりあえず、虎を避けていける迂回ルートで進んでミノタウロスに近づく。それさえできれば後はすぐに終わる」

 

 八幡の指示に精霊達は無言で頷き、周りを警戒しながら先行する。

 しばらく北側から慎重に進んで行くと、ウィンが怪訝な表情で歩みを止め、八幡の方を向く。

 

「ご報告します。虎の反応が消えました」

 

「消えた? ……いなくなったとかか?」

 

「いえ、先程は対象が動いた際の空気の振動と流れから把握していたのですが、途中で消えてしまったんです」

 

「……動いていない訳じゃないのか?」

 

 ウィンは強く否定するように首を横に振った。

 

「ありえません。たとえ精神世界といえど、そこで生物として存在を決められたなら、動かなくても心臓の鼓動やそれに連なる微細な振動による空気の揺れが起きるはずです。恐らく、虎は自由に転移ができるのだと思われます」

 

「そうか……。となると、迂回は無駄だな。悪いんだが、今度は最短で頼む」

 

「かしこまりました」

 

 ウィンはお辞儀をすると、進路を変えて再び先行する。

 しばらく行くと、全員がゾクリと鳥肌が立つような感覚を覚える。

 

「チッ! こっちの方が先に来たか……」

 

 八幡が睨むと、睨んだ方向の壁の向こうから虎が壁を軽々と超えて現れた。

 虎は唸ることもなく、ただ静かに八幡を見据えた。

 八幡はどこか諦めと後悔を滲ませたような表情で虎に向かって歩き出す。

 

「ちょ、ちょっと、八幡君!」

 

 飛鳥はそれを止めようとするが、エリアがそれを制する。

 

「申し訳ありません、飛鳥様。ですが、今はマスターを信じてはいただけないでしょうか」

 

「……わかったわ」

 

 やや不安そうだが、渋々了承する。

 八幡は虎の傍に来ると、そっとその頭を撫でる。

 その手は微かに震え、額には汗が滲んでいた。しかし、虎を撫でると、どこか悲しそうに微笑み呟いた。

 

「……悪いな、お前みたいになれなくて」

 

「……GULULU」

 

 虎は短く唸ると、スゥーっとその姿を消し、霧状になって“リセイノケモノ”の意匠に入り込んでいく。

 虎が完全に消えてから、八幡は鏡で意匠を見る。

 そこには、虎の意匠が鮮やかな銀色で輝いていた。

 八幡はもう用はないとばかりに飛鳥達のところへ戻ってくる。

 

「悪い、待たせた。さっさと行くぞ」

 

 すぐに行こうとする八幡に飛鳥は戸惑いながら訊ねる。

 

「えっと……八幡君、どういうことなの? 結局、あの虎は何だったの?」

 

 一瞬、八幡の顔が引きつるがすぐに何でもないかのように見せかける。

 

「あ、いや、ほら、今はこのゲームのクリアが先だろ」

 

「……わかったわ。でも、後でちゃんと説明してもらうわよ」

 

 八幡は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「……わかった、説明する。ただ、条件がある」

 

「条件?」

 

「後で話を通しておくから、アリスの方から聞いてくれ。俺からは話せない」

 

 飛鳥は少し考える素振りを見せた後、ため息をついた。

 

「わかったわ。今はそれで納得しておくわ」

 

「ご主人様」

 

 二人の話が一区切りついたのを察したのか、ウィンが声をかける。

 

「それでは、当初の計画通りミノタウロスの方にむかいましょう」

 

 再度、ウィンがミノタウロスの位置を探る。

 すると、途端にウィンの表情に焦りが浮かぶ。

 

「ご主人様、ミノタウロスがすごい速さでここから遠ざかっています!」

 

「くっそ! やっぱりそうなったか……!」

 

「八幡君、やっぱりって……?」

 

「話は後だ。ウィン!」

 

「はい!」

 

 八幡の呼び掛けに答えたウィンの姿が消えると、八幡の髪の色が彼女と同じ緑がかった金色に変わる。

 

「エリア、こっちは任せる。いいか?」

 

 八幡が訊くと、エリアは少し驚いた表情見せ、すぐに穏やかに微笑むと己の主に優雅に礼をする。

 

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」

 

「……行ってくる」

 

 瞬間、八幡の姿は煙のように消え去ってしまった。

 

「い、今のは一体……」

 

「“憑依”です」

 

「憑依?」

 

 口で言われても、そちらの方面に明るくない飛鳥は頭に疑問符を浮かべる。

 

「本来は霊などに意識を乗っ取られる場合がほとんどですが、マスターは常人よりも精神が強い上に私達もあの方の体を乗っ取るつもりは毛頭ありませんので、意識を本人に持たせたまま人間の肉体を介することで精霊種である私達により確かな実体を持たせ、より強力な能力を行使できるようにしているんです」

 

「つまり、普段よりもずっと強くなれるってこと?」

 

「はい。ですが、体への負担があるので憑依できるのは一人までです」

 

 どうやら、少し見ない間に強力な力を得たのは自分だけではなかったらしい。

 

「それじゃあ、後は彼に任せて私達はゆっくりさせてもらいましょうか」

 

 元よりこれは彼の戦いだ。自分が決着を着けてしまうような無粋を飛鳥は持ち合わせていない。ならば、この後のペスト達との戦いに備えて温存でもしておくべきだろう。

 

「……早く終わらないかしら」

 

 しかし、彼女も“ノーネーム”の問題児の一角。退屈は嫌いなのである。

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

 一方、八幡はウィンを憑依させたことで風を操る能力を得て、高速でミノタウロスを追い、早くも追い付いていた。

 

「……GUAAAA」

 

 低く、警戒するように唸るミノタウロスを八幡はただ静かに見つめる。

 ミノタウロスはそんな八幡からジリジリと離れながらどこか怯えているような様子を見せる。

 そんなミノタウロスに八幡は一歩一歩近づいていく。

 

「GULUAAAAAaaaaaaaaaAAAAA!」

 

 近づく八幡を拒絶するように、ミノタウロスは己の戦斧を八幡目掛けて降り下ろす。しかし、八幡はそれを全く避けようとしない。ただ相手のするがままに任せる。

 

「……やっぱりか」

 

 降り下ろされた戦斧はすんでのところで止まっていた。ミノタウロス自身がそれを止めたからだ。

 八幡は戦斧を握るミノタウロスの手に触れる。

 

「今まで任せっきりで悪かったな。これからはお前も俺と一緒だからな」

 

 八幡が優しく言うと、ミノタウロスはどこか安心したようにその姿を薄くして消え去った。

 何かが自分の中に満ちていくのがわかる。そして、八幡の目の前に“契約書類(ギアスロール)”が現れる。

 

 

 

『GAME CLEAR

 “リセイノケモノ”

 “ジイシキノケモノ”

 以上のギフトが使用可能になりました』

 

 その内容を確認し終えた瞬間、八幡は光に包まれた。

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

「やぁ、お帰り」

 

 どうやら、ギフトゲームはちゃんとクリアできたらしい。

 アリスが八幡に着やすく声をかけてくる。

 

「……ん? おお。って、あ……れ?」

 

 アリスに返そうとするも、これまでの疲労のせいか体の力が抜けていく。

 

「おっと」

 

 倒れる八幡を、アリスが抱き留める。

 そして、どこからか敷物を出して敷くと、そこに八幡を寝かせて自分も座り、彼の頭を自分の膝に乗せる。

 

「……すごい手際ね。八幡君は大丈夫なの?」

 

 一連の流れを見ていた飛鳥が感嘆交じりに八幡を心配そうに見る。

 

「一応は大丈夫だよ。ただ、ここのところの精神的な疲労が一気に出たんだろうね。むこうじゃウィラがいたからまだもってたけど、さすがに限界だったみたいだね」

 

 アリスが言うと、飛鳥はやや不満げな顔をする。

 

「それは、私達では彼の信用を得られないと、そういうことかしら?」

 

「いや、そうは言わない。ただ、立場の違いがあるだけだよ」

 

「立場の違い?」

 

「そう。君達が目指すもの、在ろうとする関係は“同士”であり“友”という、あくまで“対等”な関係だ。だけどね、彼とウィラの関係は僕らの“主従”関係とは真逆の“師弟”関係だが、同種の“上下”関係であり、彼が下にあるからこそ、その相手に己を委ねることができるんだ」

 

 対等ではないからこその出来ること。それは考えたこともなかった。

 同士だから、友と思っているから、彼の負担をどうにかできたらと思ったが、対等でないからそれができると言われてしまえば、飛鳥にはどうしようもない。

 

「……なら、私は何をしたらいいかしら?」

 

 飛鳥の問いにアリスはしばし黙考して、

 

「何もしなくていいよ、今は。とりあえず、明日君が戦うべき敵と戦うために休む。今君がすべきことはそれだけだよ」

 

「……それもそうね。でも、まだ大事なことが残ってるわ」

 

 そこで一拍置き、アリスに尋ねる。

 

「結局、さっきのギフトゲームは何だったの?」

 

「……うん、そうだね。君は彼のために頑張って来れたし、それじゃあ、後はネタばらしの時間といこうか。まず一つ目、あの白虎とミノタウロスが何かわかったかい?」

 

 何か、と問われても精々彼の中にある彼の一部であるという程度にしか認識していなかったため、具体的に何だったのかと問われても答えられない。

 そのため、飛鳥は首を横にふる。

 

「まず、比企谷八幡の構成する中でも大きいものは“理性”と“自意識”なんだ。それがギフトとなったものが“リセイノケモノ”であり“ジイシキノケモノ”なんだ」

 

「自意識はともかく、理性なのに獣なの?」

 

 飛鳥の言わんとすることはわかる。

 理性とは獣性、本能などとはほぼ対極にあるといっていい。ならば、なぜ獣なのか。

 

「それはその二つが比企谷八幡の剥き出しの部分だからだよ」

 

「……剥き出し?」

 

「あの迷宮にしたってそうさ。複雑な精神構造を表す迷宮が基本的に白いのは彼の純粋さやそうあろうとする潔癖さによる塗り替えによるもの。黒い汚れはそれでもなお隠しきれない自身の負の部分に対するどす黒い自己嫌悪だよ」

 

「それじゃあ、あの人影達は……」

 

「比企谷八幡の持つあらゆる一面。基本的な喜怒哀楽に関する事はもちろん“悪意への怯え”、“どうにもならない現実への焦り”、“落胆される恐怖”、“期待に対する不安”、“幻想を否定しきれないことへの嫌悪”。そんなあらゆる要素が異常な自意識によって生まれ、彼の中に溜まり爆発しそうなのを彼は己の強大な理性によって表に出さないように努めているんだよ」

 

「……そんなこと」

 

 飛鳥は内心で絶句していた。

 彼が常人よりも理性的だとはなんとなく思っていた。

 しかし、己の抱える闇のほとんどを生み出しつつも押さえ込み、あまつさえギフトとなるような自意識と理性など、それは最早人間と言っていいのかすらわからなかった。

 

「……人間だよ。彼は正しく人間だ。ただ人に怯え、自分を見せられないだけの普通の人間だよ。そして、このゲームは彼が自分自身の異常を受け入れ“普通”を見つめるためのものなんだよ」

 

「普通を見つめる?」

 

「そう。彼の中では自分は下にあり、他人は上にあるという価値観が根付いている。それがただ当たり前であるかのように。だけど、自分自身の全てを受け入れ、自身の価値観の異常性を知ったことで彼は自身の持つ価値観と同時に普遍的価値観も同時に得ることになる。それは今まで輝いて見えていたものが色褪せることになるかもしれない」

 

 そこで一旦言葉を切ると、いつしか瞳に覚悟の色を光らせたアリスは語気を強くする。

 

「それでも、彼は現実を知るべきだ。己の持つものを。己の望む道を」

 

「……それは、貴女達全員の意志なの?」

 

「詳しく聞いた訳じゃないけど、少なくとも僕達は彼に幸せになってほしいと願っている。それだけは確かだよ」

 

「貴女達は、本当に彼のことを大切に想っているのね」

 

 飛鳥が優しく言うと、アリスは飛鳥が今まで見たことないほど嬉しそうに笑った。

 

「うん、想ってる。僕達の認めた自慢の主だからね。僕達は最期まで彼に尽くし続けるよ」

 

「そんなに想って貰えるなんて、彼は幸福者ね」

 

「それはどうも。おっと、話がそれたね。迷宮の中にいたミノタウロスは“自意識”、白虎は“理性”をそれぞれ象徴している。さて、ここで一つ訊こうか。獣と人間の精神性が出てくる文学って、何か思いつくかい?」

 

「……“山月記”?」

 

 恐る恐る飛鳥が答えると、アリスは正解、と笑った。

 読んだことこそないもののそのような作品がちょうど自分の時代で高い評価を得ていたという程度の知識だったが、どうやら当たっていたらしい。

 

「八幡の世界だと学校の教科書に載ってるみたいだね。さて、人間の精神は時として相反する獣によって例えられる。彼の白虎やミノタウロスのようにね。そして、彼がそれらの獣を己の精神でも重要な位置付けにあるそれらの象徴として選んだのにも理由がある。さて、飛鳥さん。まず簡単な問題としてミノタウロスと迷宮といえば?」

 

「確か、ギリシャ神話にそういう話があったのよね? ……もしかして」

 

「そう。ミノタウロスは精神という迷宮にいる化け物であり、そこに潜む者としての象徴なんだ。時に顔をだし、奥へと這いずっていく化け物のね」

 

「……じゃあ、虎は?」

 

「そうだな……話が変わるんだけど『一匹狼』の語源って知ってる?」

 

 アリスの質問に飛鳥は怪訝そうな顔をする。

 

「ごめんなさい、知らないわ」

 

「狼ってよく独り者の象徴だと思われがちだけど、あいつらって基本群れで行動するんだよ。それで老いたり怪我で足手まといになって群れから離れた奴をそう呼ぶんだよ」

 

「でも、それだとその狼はすぐに死んでしまうわ」

 

 そうでもないさ、とアリスは首をふる。

 

「その狼が出ていった群れのやつらが獲物を弱らせて誘導してその狼が捕まえられるようにしたり、直接食べ物を持っていってやったり。群れがそいつを生かすんだよ」

 

「それが虎であることとどう関係するっていうの?」

 

「虎は基本的に一匹なんだけどね。例外は繁殖期の子育てやお相手ぐらいなんだ。そして、虎は子供が成長したら自身の縄張りから追い出すんだ。たとえ親い者であろうとも敵に回す徹底的な“個”であり、集団に生かされるのではなく独りでなお生き続ける孤高の強さ。それは彼にとって一つの理想なんだよ。そして、理想だからこそ潔癖や純粋の象徴である“白”い色。そして、ミノタウロスは“理性”の象徴であり”理想”の象徴でもある白虎の対極。つまりは理想の対極だ。さて、理想の対極といえば?」

 

 理想の対極。それはいたって単純な問いだ。

 

「……現実?」

 

「その通り。つまり、ミノタウロスは“自意識”の象徴であり、比企谷八幡の“現実”の象徴でもあったのさ。強く気高い虎に憧れたはずが醜く虚勢を張る弱々しいミノタウロスに成り果てた自分自身へのそれぞれの想いがギフトという形で実を結んだと言うわけさ。“理性”は圧し殺してでも自分を隠して合理性を取れる術を覚え、“自意識”は周りを恐れるあまりやられる前に潰すことを覚えた。それか二つのギフトの正体だよ」

 

「どういうこと?」

 

「相手が向ける自身への敵意、悪意に応じて対応し、自動で相手に反撃する。それが“ジイシキノケモノ”の能力なのさ」

 

 それはかなり強力なギフトではないのだろうか。

 飛鳥は八幡に目を向ける。彼の周りを郡群体精霊達が居心地良さそうに漂っている。気に入られたのだろうか。

 そう思ったところで、と言っても、とアリスが付け加えるように言った。

 

「誰に対しても発動する訳じゃないんだ。今のところは“人類種”、“人類種と契約又は隷属関係のある人類種以外”、“人類種由来の人類種以外”に限定される。まぁ、理由として八幡の元の世界に人類種しかいなかったからだろうね。だから、このギフトはこの箱庭でより強力になる。例えば……」

 

 比企谷八幡が“魔王”になるとか。

 アリスがそう言った瞬間、飛鳥がアリスを睨みつける。

 

「それは、彼が私達を裏切るという意味かしら」

 

 怒る飛鳥にアリスは顔色一つ変えない。

 

「そう怒るなよ。ただの戯れ言だと思って聞き流してくれよ」

 

 全くもって笑えない冗談だった。

 仲間が自分達を裏切る想像など、笑えないにも程がある。それも、“ノーネーム”にとって因縁のある“魔王”を引き合いに出してくるとは、センスの欠片も感じられない。

 そこでアリスはでも、と続けた。

 

「“魔王”は称号であると同時に手段でもある。八幡は目的のためなら、清濁を併せ持つぐらいの合理性と矛盾性を持っているから、もしかしたらがあるかもしれない」

 

「……そしたら、貴方達はどうするのかしら?」

 

「当然、彼についていくさ。だけど、“魔王”は必ず滅びる運命にある。僕としてはできる限りそういう手段はとってほしくない。だから、君達にはぜひとも我が主がそうならないようにしてほしい」

 

「そんなこと、言われるまでもないわ」

 

「そう。じゃあ、お願いするよ。さて、明日は早いし、君もそろそろ寝たらどうだい?」

 

 就寝を促すアリスに飛鳥はちょっと待って、と戸惑ったようにアリスに訊く。

 

「……貴女、そのまま寝るの?」

 

 話している間はあまり気にしていなかったが、アリスはずっと疲れ切って倒れてしまった八幡を膝枕している状態なのだ。

 しかしアリスは気にした様子もなく、堂々としている。

 

「流石に従者である僕が主である彼をほっぽりだすわけにはいかないだろう。それに、彼は明日実質二人も相手どらなきゃいけないんだ。だったら、今は少しでも疲れが取れるように楽な姿勢にさせてあげるべきだろう。それに僕は精霊だからね。全く疲れないとは言わないけれど、君達よりかは丈夫だよ」

 

 妙に釈然としないがある程度筋は通っているように感じられるため、反論ができない。よくわからない敗北感のようなものを感じながらも、飛鳥は渋々床に入る。

 ご丁寧に、男女の関係にややうるさい飛鳥でも大丈夫なようアリスが敷いた敷物は十分すぎるほどの広さがあった。

 

「それじゃあ、おやすみ。明日は君も頑張ってね」

 

「……貴女こそ、八幡君をお願いね」

 

「かしこまりましたお嬢様」

 

 八幡の頭を膝にのせているため上半身だけだが、それでもアリスは十分に恭しく礼をした。

 それを見ると安心したように飛鳥は目を瞑った。

 

 

 

 

 

          ♦

 

 

 

 

 

 飛鳥の寝息が聞こえてくる。精霊の姉妹達もここ最近ずっと八幡の体を維持していたため、今は休息のため眠っている。起きているのはアリスだけだ。

 アリスが指を鳴らすと、彼女の手にあの迷宮にあった本の一冊が現れる。鍵がかかっていたあの本だ。

 その本にはすでに鍵はかかっておらず、アリスはパラパラと本を捲っていく。それをずっと繰り返していると、本に何かが浮かび上がっているのだ。

 浮かび上がったそれはぐにゃぐにゃとしており、詳しくは判別できないが何かの文字であることだけは察せられた。

 そもそも、アリスはずっと疑問に思っていた。

 八幡自身が最初から持っていたギフトはどう考えても()()()()()()()のだ。

 確かに彼の精神性は並々ならぬものだろう。しかし、たかが十代後半の人間が立てられる功績などたかが知れている。それこそ普通の天才程度で収まっているはずだ。

 ならば、その穴を埋めているものは一体何だ?

 いや、兆候はあったはずだ。

 不当な罪状であるにも関わらず重すぎる懲罰。

 まるで魔王になることを勧めているかのようなギフトの方向性。

 そして、元の世界において理解され得ない彼自身。

 ……まさか。一つの仮説が彼女の中に浮かび上がった。

 もしもそうであるならば、彼よりももっと前に繋がっているはずだ。いや、そんなことは今はどうでもいい。このままここにいればいずれ彼は……。

 

「いや、止そう。どうするかは八幡が決めることだ。」

 

 そうなったら、自分達はどうするか。その腹だけ決めていればいい。

 それよりも今は目の前の事に集中しなければならない。

 明日のために、アリスは眠りについた。

 明日はいよいよ因縁の戦いだ。

 しかし、その戦いは結局のところ何の達成感ももたらさず、何の幸福ももたらさないことは、この時はまだ誰も予想していなかった。




はい、みなさん。お楽しみいただけましたか?
まずは、ギフト“リセイノケモノ”、“ジイシキノケモノ”の能力解説です。

“リセイノケモノ”
 能力
 ギフト発動中あらゆる感情を無視できる。たとえどれだけ嫌悪する行動であろうとも、求める結果に対して合理的であれば迷わずにできるようになる。
 ただし、あくまで一時的に感情を封じ込めて無視しているだけ。
 また、洗脳や行動の強制などの効果を持つギフトの効果を無効化する。

“ジイシキノケモノ”
 能力
 “人類種”、“人類種と契約、隷属している人類種以外の種”、“人類種由来つまり元が人類種である人類種由来の種”を対象に発動できる。
 相手の自分に対して攻撃の意思を向けた場合、攻撃をしようとした場合、その攻撃に自動で対応した上で反撃する。
 対応速度、対応能力は相手が自身に向ける負の感情の総量により向上する。

 能力はストーリーが進むごとに順次、変化、追加されます。
 さて、今回なぜこんなにも投稿が遅れたかというと、そもそも地獄編に問題がありました。
 その問題とは、この地獄編事態が実は思いつきとドジの重なりでできた産物だったからです。
 そのため、なかなか先に進みませんでした。
 さて、次回はついに決戦です。
 恐らく、あと1~3話くらいで2巻が終わると思います。
 次回はできるだけ早く投稿できるように頑張ります。


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