鎌の勇者(仮)は殺人鬼【凍結】 (聖奈)
しおりを挟む

プロローグ

これ、R-15でやって大丈夫でしょうか…。
注意されたら、R-18にします。


某国・R。その国では連続殺人事件が多発していた。犠牲者の殆どが警察官や学生、裕福層だった。殺され方は様々…刺殺、窒息死、撲殺、首の骨が折れていたり、頭蓋骨が粉砕されていたり、バラバラにされていたりだ。

 

目撃情報は一応あり、黒いフード付きの防寒具を羽織っており、その下に学生服を着ていると言う奇妙な話だった。

 

しかし、そんなある日の真夜中再び犠牲者が現れた。

 

「オラッ!社会のゴミがッ!臭えんだよッ!」

 

「ぅぐッ…!や、やめ…」

 

「ゴミが喋んじゃあねぇよ!」

 

「あぐっ…」

 

「はははは!ゴミ掃除はいいよなぁ!ボランティアだから人は殴れるし!」

 

老いたホームレスに公園で高校生位の少年達が暴行を加えており笑っていた。

 

「うふふ。お兄さん達、随分シアワセそうに笑っているわね」

 

そんな彼らの前に黒いコートを羽織り学生服を着た紫色の髪の少女がニコニコと微笑みながら少年達に声をかけた。

 

「あ?」

 

「まあな。結構、スッキリするし」

 

「てか、この子可愛くね?」

 

「う…ぅ…」

 

少年達は話しかけてきた少女にそれぞれ反応し、ホームレスの老人は苦しそうに呻いている。

 

「ねぇ、もっと楽しくて気持ち良い事しない?」

 

少女は防寒着のボタンを外して学生服を露わにし制服のファスナーを摘み下げ始めて言った。

 

「マ、マジで…?」

 

「いくらだ…?」

 

「タダよ」

 

「よっしゃ!じゃあ、俺から!」

 

少年達は唾をゴクリと飲み、一人が自分が先にと言うと「しょーがねえなぁ」と二人は納得した。

 

「じゃ、じゃあ…まずは口から「喉までやってあげる♪」マジで!?た、頼む…」

 

少年が頼みそうになると少女は笑ってそう言い、少年は顔を赤らめる。

 

「えっ…?お゛ッ…!?ぐ…ッ…ぇ…か…ひゅ…」

 

次の瞬間、少女の右手に包丁が見え呆気に取られていると喉を少年は貫かれていた。そして、少年を刺した少女は包丁を引き抜き辺りに血が飛び散り二人の少年達にもかかった。

 

「ああぁ…っ…。気持ちいい…」

 

少女は恍惚とした表情を浮かべた。瞳は潤んでいて、頬は紅潮していた。少女は今、悦んでいる。

 

「テ、テメェッ!」

 

しばらく、阿然していた少年の一人が激昂し少女に殴りかかる。

 

「っ…。まだ足りないわッ…もっとぉ…っ!」

 

「がふっ…!があぁッ…!」

 

身体を横に逸らして少年の拳をかわすと、服の襟を掴んで引き寄せ反動を利用して腰へと包丁を突き刺した。

 

「んんんっ…!はぁ…いい感触…」

 

少女は包丁を引き抜くと身体を震わせる。

 

「な、なんで…気持ち良い事するっ…て…」

 

残った一人の少年は事切れた、二人の友人の死体を見て地面にへたり込み恐怖に震えながら必死に言葉を紡いだ。

 

「ええ…気持ち良い事ならしてるわ。もう少しでイきそうなのっ…付き合ってもらうから」

 

少年の言葉に少女は息を荒げ目を細めると少年の前に立ち答えるように言って包丁を逆手に持つ。

 

(え…。こいつ、まさか…!)

 

少年は足元に目をやると、彼女の太股に透明な液が伝って落ちていくのを見て絶句した。

 

「は、はは…」

 

「ふふ、うふふ…あははははははははッ…!」

 

少年は渇いた笑いを、少女は歓喜の笑い声をあげ、少年へと包丁を振り下ろした。

 

「げ、ふっ…!ぅご…っ…あが…ぁ…っ…!」

 

少女の顔や辺りに鮮血が飛び散る。

 

「んっ…はぁ…。ふんっ…!」

 

しかし、少年はまだ生き絶えていなかった為、再び包丁を振り下ろした。場所は頭だ。

 

「ぅえ゛ッ…あ…ぁ…」

 

そして、あっさりと少年は絶命した。

 

「んんん~~ッ…あああぁ…ッ…!!はぁ…はぁ…。気持ち良かったわ。お兄さん達」

 

少女は少年から包丁を抜き取り絶命したと分かった途端、身体を大きく痙攣させ少女本人も絶頂を迎えて息を切らした後、制服と防寒具を着直した。

 

「あら。大丈夫かしら?お爺さん」

服を着直していると、先程少年達に襲われていたホームレスの老人が視界に映ると少女は声をかけた。

 

「ひ、ひぃっ…!」

 

ホームレスの老人は少女が少年達を虐殺した現場を見て恐怖で震えながら一目散に逃げていった。

 

「何よ、つまらないわね」

 

逃げ惑う老人を見て楽しそうに笑うと少年達の亡骸を漁り始めた。

 

「結構持ってるわね。これなら、ホテルに泊まれそう♪」

 

彼らの衣服の中から財布を取り出し中身をチェックしてから嬉しそうに防寒具のポケットに入れその場を後にし、ホテルへ向かった。

 

 

そう、彼女は連続殺人事件の犯人だった。少女の名は、ミーシャ・フォスター。全てを失った浮浪者の少女であり、殺人に快感を見いだし、シアワセそうな人間を見ると殺人衝動に駆られる異常者だ。

彼女はありとあらゆる人間を葬ってきた。警官でも、SPを連れた金持ちでもだ。しかし、そんな彼女でも死ぬ事がある。

 

それは、二週間後の事ーーー

 

世界に悪魔が蘇り、少女が異世界に召還される事件が起きる。

 

「バ、バカなっ…。SP達は…」

 

シルクハットを被ったスーツを着た金持ちの男は後退りしながら壁際に追い込まれていた。

 

「うふふ。あの人達ならコンクリートのシミになってるわ」

 

ミーシャの頬や身体の至る場所は殴られたり掴まれたりして痣だらけだった。しかし、最終的にSP達を殺害し笑みを浮かべながら金持ちの男にジリジリと迫り、足元にあった彼のアタッシュケースを拾うと中を開けてお金をいくらか抜き取りポケットに入れてから、中から落ちた光るモノを拾った。

 

「あら?ステキなネックレスね」

 

「そ、それは闇市で…」

 

拾ったモノは純金で出来たリングがぶら下がったネックレスでリングの真ん中に目のような装飾が施されリングにも小さなトゲがぶら下がっている。

 

ミーシャは首にそれを掛けた。

 

「売ろうかしら。高く売れそうだし…いえ、気に入ったから私のモノにするわ」

 

「なっ…!がッ…!ぅ…ぇ…」

 

ネックレスを自分の物にすると宣言すると素早く迫り、金持ちの男の胸に包丁を突き刺し引き抜いた。

 

男の身体は後ろに崩れ落ち、ミーシャはその場を後にしようとした。

 

その瞬間ーーー

 

「ぁあ゛ッ…!は…?ぇ…ぅ…」

 

銃声と同時にミーシャの身体を弾丸が貫き、血が辺りに散らばり、ミーシャの腹部から大量に血が流れる。

 

「…連続殺人事件の犯人だな」

 

ミーシャを撃ったのは武装した軍服を着た男達だった。

 

「っ…まさか、ここまで…ッ…!が…ッ…あ゛…ぁ…」

 

ミーシャは包丁を握り応戦しようと距離を詰めようと駆けるが向こうは機関銃を装備しているので太刀打ち出来ず一瞬にして蜂の巣にされ地に伏した。

 

「終わりましたね」

 

「殺人鬼といってもこんなものか…」

 

武装した男達は話をしながらそっと近付き、死亡を確認しようとする。

 

(ここで終わりね…。私の人生。これでパパとママの所に行けるかしら…?無理ね。私が行くのは地獄だもの。それならそれで、閻魔や鬼を殺すのもよさそう…)

 

ミーシャは自分の身体が冷たくなっていき血が流れて力が抜けていくのを感じ、生を諦めた。

 

ここで連続殺人鬼、ミーシャ・フォースターは死んだーーー

 

 

 

…ハズだった。

 

『感謝するぞ…人間の小娘よ』

 

ミーシャの頭の中に声が響いた。

 

「か、はっ…!?」

 

ミーシャの掛けていたペンダントには血がべっとりと付着しており、リングにぶら下がっていたトゲが彼女の身体に突き刺さると、彼女の血を吸っていき、彼女を中心に黒い液体のようなナニカが広がっていき、徐々に身体が治っていく。

 

「な、なんだ…!?こいつ…っ…!」

 

「う、撃てッ…!!」

 

黒いモヤのようなモノが人の形を象っていき、ミーシャの姿へと変わった。男達はひたすら機関銃を連射するが弾は途中で止まり黒いモヤに吸い込まれていく。

 

「Sink Into Darkness(闇に沈め)!!」

 

どこからか声がしたと同時にミーシャを中心に広がっていた黒い液体がさらに広がっていき男達の足元を通過した。

 

「か、身体が沈んでいく…っ…!?」

 

「な、なんだ…これは…!?」

 

「うわあああああああぁぁッ!!!」

 

男達の身体は黒い液体の中に沈んでいき、数分後には白骨が浮かんでいた。

 

『ふぅ…美味しかったなぁ』

 

「あなた…は…?」

 

気付けば、身体は完治しているが突然の事に阿然として自分に瓜二つの姿をした何者に立ち上がるのを忘れて問う事しか出来なかった。

 

「ん?僕は悪魔さ。メフィスト…それが名だ。君には感謝しているよ。何かお礼をしてあげよう」

 

「お礼…?」

 

「そうさ。君はこの世界に居続けてもさっきのように殺されるのが関の山だろう?」

 

その言葉と馬鹿にするような物言いにミーシャは顔を少ししかめるが事実なので言い返せない。

 

「よし、決めた。君が楽しめそうな世界に送ってあげよう。そして、僕の力の一部をあげるよ」

 

「え…?」

 

「生き物を好きなだけ殺せる世界さ」

 

「乗ったわ」

 

好きなだけ生き物を殺せるという言葉に反応し、笑みを浮かべて頷いた。

 

「お礼は…」

 

「夢のツアーへの……」

 

「片道切符だよッ…!!」

 

次の瞬間、ミーシャの身体は黒い液体の中へと沈んでいった。

 

「えっ、ちょ…!?」

 

(まぁ、良いわ。少し疲れたし寝ましょう…)

 

自分の身体が沈んでいく事に驚いたが、すぐに慣れ目を閉じ意識を手放し眠りについた。

 

 




主人公の武器の没案

・刀…ラフタリアと錬の上位互換や下位互換になったりしかねないのと差別化の為。

・斧…強すぎるのともう斧の勇者何人か居る為。

・鋸(チェーンソー)…強すぎるし、戦闘映えしない為。

・札(トランプ)…技、スキルに個性が出ない為。

・籠手…強すぎる為。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

設定

クッソふざけた設定です


ミーシャ・フォスター

 

今作の主人公。某R連邦出身の少女。過去のある出来事が原因で浮浪者となり、その生活の中で両親を失い、殺人鬼になった。シアワセそうな人(ミーシャにとっての幸せな人の認識は世間とはズレている)を見ると殺人衝動を抑えられず人を殺そうとしてしまい、シアワセそうな人を殺す事に性○快感を感じるようになった。

境遇からか、ゲームの知識に疎い。その為、他の勇者(特に、練、樹、元康)の話を聞いて首を傾げる事もしばしば。嘘付きで気まぐれな性格をしており、大人ぶっている節がある。悪魔から、授けられた大鎌を最初は戸惑ったがすぐに使いこなした。

 

・容姿

 

琥珀色の瞳、整った顔立ち、肩まで伸ばした、カールのかかったスミレ色の髪。

 

身長:152cm

 

年齢:15歳位

 

・使用武器

 

カテゴリ:悪魔武器

 

特性:反発効果無し(パーティメンバーに配られる経験値は自分が得た経験値の半分)、専用武器以外の装備に触れると使えなくはないが与えたダメージの半分を受ける。大鎖鎌に変形化。それ以外は伝説武器と同じ。

 

強化方法:魔物や人間等の命を奪い、血や魂を吸収する。強化される量は殺した者の種族で差がある。1.人間 2.亜人 3.魔物の順。

 

魔人化:悪魔武器の真の力を解放し、一定時間、痛覚遮断・全攻撃に耐性・HPが徐々に回復・攻撃力増加の効果を得る。発動時は身体に刻印が浮かび上がり白目が黒、黒目が金になり、声にエコーがかかる。カースシリーズとの同時使用は不可。

 

スロウスサイズ:???

 

 

岩谷尚文

 

利害関係でミーシャと行動し、振り回される苦労人。心に余裕がない。

彼女を疎ましく思う事もあるが本音を言い合う事もあり、信頼関係は物語が進むにつれて築かれていく。

 

ラフタリア

 

亜人の少女。原作通り。

 

天木練

 

剣の勇者。心に余裕がない

 

川澄樹

 

弓の勇者。ミーシャからは馬鹿にされている。心に余裕がない

 

北村元康

 

槍の勇者。ですぞとか言わないし、やり直しもしない。ミーシャ曰く、「いい男だけどタイプじゃない」やり直し時空では、ミーシャの事は瞳孔ガン開きで喋る言葉が呪文のやべー奴に見えている。心に余裕がない

 

マイン

 

例のシーンで、ミーシャにシアワセそうな人認定され殺されかけた可哀想な人。それ以降、イキったり会うたびに命を狙われる。アリ呼ばわりされヒスる事もしばしば。頑張れマイン、生き延びろマイン、未来は君の手に!!

 

オルトクレイ=メルロマルク32世

 

国王。色んな登場人物達から軽んじられる人。

 




とりあえず、ラフタリアとフィーロとの絡みはかなりちゃんと書く予定。てか、書きたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一話 Vital

お待たせしました!


「ん、ん…」

 

ミーシャが目を覚ますと、ローブを来た男達がこちらを見ながら唖然としていた。

 

しかし、ミーシャは起きたばかりで少し寝ぼけており、しばらく放心している。

 

「なんなんだ…?」

 

声のした方へ目を向けると状況を理解していないであろう年上の男達が四人。

 

「あら、もう着いたのね」

 

その呟きと共に周りを見渡すと目に入ったのは石造りの壁だった。そして、下に視線を向けると魔法陣があり、祭壇にミーシャ達は立たされていた。

 

「重っ…」

 

肩にいつの間にか大鎌を担いでいて、重いので地面に置いた。

 

(包丁じゃないのね…)

 

人を殺す上で重量武器は機動力が活かせず使いにくいのでミーシャは落胆し、ため息をついた。

 

「ここは?」

 

どうなっているかのか気になったのか剣を持った少年がローブを着た男に尋ねる。

 

「勇者様方!どうかこの世界をお救いください!」

 

「ふぅん…」

 

「「「「は?」」」」

 

四人は異口同音、一人は違う反応で喋った。

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「色々と込み合った事情があります故、ご理解する言い方ですと、勇者様達を太古の儀式で召還させていただきました」

 

「召還…」

 

弓を持った少年が尋ねた事にローブの男が答えた。その直後に盾を持った男が考え込む。

 

「この世界は今、存亡の危機に陥っているのです。勇者様方、どうかお力をお貸しください」

 

ローブを着た男は深々とミーシャ達に頭を下げた。

 

「まぁ…話だけならーー」

 

「良いわよ♪」

 

「嫌だな」

 

「そうですね」

 

「元の世界に帰れるんだよな?話はそれからだ」

 

盾を持った男が話を聞こうとし喋る最中、他の四人が遮るように言った。

 

(こんな楽しそうな事、即引き受ければ良いのに…)

 

(はい?必死に頭下げてる奴になんて態度で答えるんだよコイツ等。話だけでも聞いてから結論を述べれば良いだろうに。かと言ってあの子はあの子で話を聞く前から二つ返事で引き受けるのもどうかと思うが…)

 

ミーシャが他の四人に呆れると同時に、盾を持った男が無言の眼力で三人を睨むと三人は盾を持った男へ視線を向けた。

 

(なんで半笑いなんだよ。ちょっと、テンション上がってるのが分かるぞ。あの子はちょっとどころじゃないが…。実は嬉しいんだろお前ら。気持ちは分かるが、話は聞いてやれよ)

 

「何、見てんのよ?」

 

盾を持った男は目線を向けていたせいか、ミーシャに絡まれてしまった。

 

「いや…」

 

「だったら、あんまりジロジロ見ないで頂戴。殺すわよ」

 

「あ、ああ…」

 

ミーシャの全身を舐め回すような視線と不敵な笑みを向けられ盾を持った男は目を逸らす。

 

(こ、これが噂のイキリオタクか…。しかも、ダークネススマイリングの使い手…リアルに出会すと想像以上の痛さだ…)

 

盾を持った男はイキリオタクだと思いミーシャにドン引きした。

 

「人の同意もなく突然呼び出した事に対する罪悪感はないのか?」

 

剣を持った少年はローブを着た男に剣を向けた。

 

「仮に、世界が平和になったらすぐに元の世界に戻されてはタダ働きですしね」

 

弓を持った少年も同意してロープの男達を睨みつける。

 

「こっちの意思をどれだけ汲み取ってくれるんだ?話しに寄っちゃ俺達が世界の敵に回るかもしれないから覚悟しとけよ?」

 

槍を持った男は不敵な笑みを浮かべてローブの男達に言った。

 

「武器があるってことは荒事なんでしょう?これ以上、焦らさないで。早く、暴れさせて頂戴…」

 

ミーシャは恍惚とした表情を浮かべて舌舐めずりをした。

 

(これは、あれだ。自分達の立場の確認と報酬に対する権利の主張だ。約一名、重度の厨二病患者が居るが…。どんだけたくましいんだよ…コイツ等。負けた気がしてきたぞ…)

 

盾を持った男が呆れたように四人を見て、すぐに目を逸らした。

 

「ま、まずは王様と謁見して頂きたい。報酬の相談はその場でお願いします」

 

ローブを着た男の代表が大きな扉を開けさせて道を示した。

 

「…仕方がないな」

 

「ですね」

 

「ま、どいつが相手でも話は変わらねえけどな」

 

「……♪」

 

そして、彼らはそう言いながらも着いて行き、暗い部屋を抜けて石造りの廊下を歩く。

 

「気持ちいい風だ…。なんか、海外旅行のパンフレットみたいだよな?」

 

盾を持った男が少し楽しそうに四人に声を掛けた。

 

「そうね。町並みも綺麗だし、これなら戦い以外も楽しめそうね。中々、見る目あるじゃない。お兄さん、心が豊かなのね」

 

ミーシャは中世ヨーロッパのような町並みを見て楽しそうに微笑み、そう言った。

 

「…!だよな、あそこの建物とか…」

 

(なんだ、変な奴かと思ったら結構普通の子なんだな)

 

盾を持った男が共感してもらえたのが嬉しかったのかそう思いながらミーシャに話を振ろうとする。

 

「もしかして、日本から出た事ないんですか?」

 

しかし、弓を持った少年が遮り馬鹿にするかのように言った。

 

「外の風からすると、地中海辺りと同じ気候だろ」

 

剣を持った少年が冷静にそう言うとミーシャは顔をしかめた。

 

「あらやだ。環境に恵まれすぎてると感覚が麻痺して、心が貧しくなっちゃうのね」

 

嫌味をたっぷり込めてミーシャは剣を持った少年と弓を持った少年に言って、機嫌を損ねたのか、そのまま廊下を歩いて先へ進んだ。

 

「はいはい。知識も語彙力も無くて、すいませんね」

 

盾を持った男はやれやれといった感じにミーシャと三人の後に続いた。

 

こうして、歩いて行くうちに謁見の間に彼らは辿りついた。

 

「ほう、こやつ等が古の四聖勇者か。しかし、鎌などあっただろうか…」

 

謁見の間の玉座に腰掛ける老人がミーシャ達を値踏みして呟いた。

 

(ゴミね。ゲロ以下の臭いがプンプンするわ)

 

今まで、悪人を山のように見てきたミーシャは王を値踏みしてそんな感情を抱いた。

 

臣下は何か王に耳打ちをしているが、その内容を知る術はミーシャ達にはない。

 

「ワシがこの国の王、オルトクレイ=メルロマルク32世だ。勇者達よ、顔を上げい」

 

「下げてないわよ」

 

「!?」

 

呆れたように言うミーシャの方へ驚いたように盾を持った男が見た。

 

「まあ…よい。さて、まずは説明せねばなるまい。この国、更にはこの世界は滅びへと向かいつつある」

 

話が進まないので王はスルーし、この世界の現状を説明した。

 

現在、この世界には週末の予言というものが存在している。いずれ世界を破滅へと導く波が訪れる。その波が振りまく災厄を退けなければ世界は滅びる…という話だ。

 

その予言の年が今年であり、予言通り、古から存在する龍刻の砂時計の砂が落ち出した。

 

古の砂時計は波を予測し、一ヶ月前から警告する。伝承によれば一つの波が終われば再び一ヶ月の猶予が与えられる。

 

しかし、愚かにもメルロマルクの住民は予言を蔑ろにし続けた。無論、予言の通り龍刻の砂時計がの砂が落ちきってしまったので災厄が舞い降りた。

次元の亀裂が、メルロマルクに発生し、凶悪な魔物が大量に亀裂から現れ国へと牙を剥いた。

 

その、当時は辛うじて国の騎士と冒険者で退治する事が出来たが、次に来る波は当然強力なものとなる。その為、このままでは災厄を阻止することは不可能だった。

 

国の重鎮達は伝承に乗っ取り、勇者召還を行った。

 

それがきっかけだったのである。

 

「話は分かったが、召還された俺達にタダ働きをしろと?」

 

「都合のいい話ですね」

 

「だな。自分勝手としか言いようがない。滅ぶんなら勝手に滅べばいいだろ。俺達にとってはどうでもいい。」

 

「確かに、助ける義理はないよな。タダ働きした挙げ句、平和になれば『さようなら』とかされたらたまったもんじゃないしな。というか帰れる手段があるのか聞きたいし、その辺どうなの?」

 

「私は報酬とかいいから、暴れたいわね」

 

勇者達はそれぞれ思った事を好き勝手に言った。

 

「ぐぬ……」

 

王は臣下に視線を送った。

 

「もちろん、勇者様方には存分な報酬を与えるつもりです」

 

その一言で、ミーシャ以外の勇者達はグッと握り拳をつくった。

 

「他にも援助金を用意しております。勇者様達には世界を守っていただきたく、そのための環境も整える所存です」

 

「へぇ…まぁ、約束してくれるなら良いけどさ」

 

「俺達を飼い慣らせると思うな。敵にならない限りは協力してやる」

 

「そうだな」

 

「ですね」

 

「まぁ、ありがたく貰っとくわ」

 

(なんでこいつ等は上から目線なんだよ。今、王国が敵に回ったら困るの俺達だぞ。まぁ、ここばかりはしっかりしなくちゃ、骨折り損のくたびれ儲けになりかねないから仕方がないのかもしれないが…)

 

盾を持った男は四人の他の勇者達の態度のデカさに呆れながら、その様子を眺めていた

 

「では勇者達よ。それぞれの名を聞こう」

 

王は勇者達に名前を尋ねた。

 

「俺の名は天木錬。年齢は16歳、高校生だ」

 

トップバッターは剣を持った少年であり、少年は前に出て自己紹介をした。顔の作りは端正で、身長は165cm。女装をすれば女に間違えるほどに顔の作りは良かった。髪はショートヘアーで若干、茶色が混ざっており、切れ長の瞳と白い肌をしている、細身の少年だ。

 

(綺麗な顔ね。この中なら、一番私のタイプだわ)

 

と、ミーシャは錬の顔を見てはそんな感想を内心抱いていた。

 

「じゃあ、次は俺か。俺の名は北村元康、年齢は21歳、大学生だ」

 

(いい男ね。でも、私のタイプじゃないわ)

 

槍を持った男、北村元康。外見は軽い感じの雰囲気を醸し出しており、錬に負けず整った容姿をしていた。髪型は後ろに纏めたポニーテール。しかし、彼は男性だ。それでも、今この場に居る人間の誰もが変だと指摘しない程に似合っていた。

 

「次は僕ですね。僕は川澄樹。年齢は17歳、高校生です」

 

(地味ね。悪くはないけど、私のタイプとは程遠いわ)

 

弓を持った少年、川澄樹。彼は大人しそうな少年だった。髪型は若干パーマが掛かったウェーブヘアー。

 

「次は俺だな、俺の名前は岩谷尚文。年齢は20歳、大学生だ」

 

(普通ね)

 

盾を持った男、尚文が自己紹介をすると王とミーシャは舐めるように彼を眺めた。

 

(全員、私の住んでた国の人じゃないみたい。極東の方かしら?)

 

「最後は私ね。私はミーシャ・フォスター。年齢は…15歳よ」

 

(良く見ると綺麗な子だな。白い肌と琥珀色の瞳、スミレ色の髪…人形のようだ。寒い地域の出身だろうか?)

 

ミーシャは最後が自分なので考え事をやめて、自己紹介をした。年齢を15歳と言ったが実際は覚えてないのでうろ覚えである。

 

「ふむ。レンにモトヤスにイツキにミーシャか」

 

「王様、俺俺!」

 

「ああすまんな、ナオフミ殿」

 

(わざとね…)

 

ミーシャは今の王の言動に元々、信用していなかったが不信感が増した。

 

「では皆、己がステータスを確認し、自らを客観視して貰おう」

 

「は?」

 

「えっと、どのようにして見るのでしょうか?」

 

樹が王におずおずと進言した。

 

 

「何だお前ら、この世界に来てすぐに気付かなかったのか?」

 

錬は情報に疎い連中だと呆れたように声を出した。

 

「視界の端にアイコンが無いか?」

 

「え?」

 

言われるまま、ミーシャ達は何処を見るわけでもなくぼんやりすると視界の端にマークが見えた。

 

「それに意識を集中させてみろ」

 

軽い音が鳴るとパソコンのブラウザのように視界に大きくアイコンが表示された。

 

 

 

ミーシャ・フォスター

 

職業 鎌の悪魔 Lv.1

 

装備 デスサイズ(悪魔武器)

 

異世界の服

 

スキル 無し

 

魔法 無し

 

このように様々な項目が表示されていて、それにミーシャは目を通していた。

 

(鎌の悪魔か…。とりあえず、勇者ということで通すとしましょう)

 

これに関しては、悪魔という単語は悪いイメージを持たれかねないのでそうしようとミーシャは考えていた。

 

「Lv.1…これは不安ですね」

 

「そうだな、これじゃまともに戦えるかも分からねぇ」

 

「というかなんだコレ」

 

「勇者殿の世界では存在しないので?これはステータス魔法というこの世界の者なら誰でも使える物ですが…」

 

「そうか?」

 

現実の肉体を数値化して見ることが出来ることに尚文は驚いていた。

 

(そもそも、魔法なんて概念自体無いわよ)

 

等と、無意味なツッコミを内心ミーシャは入れている事は誰も知る由も無かった。

 

「で、俺達はどうすれば良い?この値は不安だぞ」

 

「勇者様方にはこれから冒険の旅に出て、自らを磨き、伝説の武器を強化していただきたいのです」

 

「強化?この武器は最初から強いわけじゃないのか?」

 

「はい。伝承によりますと召喚された勇者様が伝説の武器を育て、強くしていくそうです」

 

「伝承か…その武器が武器として役に立つまで別の武器使えばいいんじゃね?」

 

元康が槍を回しながら意見をした。

 

「そこは後々、片付けてけば良いだろ。頼まれたならとにかく、俺達は自分磨きをするべきだよな」

 

「楽しそうじゃない♪」

 

異世界に勇者として召喚されるというシチュエーション、異世界に召喚され戦場という楽園を与えられるというシチュエーション。是が非でもやってみたいという思いが彼らの中で沸々と湧いていく。彼らは未知という魔力に魅せられ、興奮が冷めない状態だった。この場に居る五人は自らの武器に夢中になっていた。

 

「俺達五人でパーティーを組むのか?」

 

「お待ちください勇者様方」

 

「ん?」

 

ミーシャ達が冒険の旅に出ようとしていると大臣が進言した。

 

「勇者様方は別々に仲間を募り冒険に出る事となります」

 

「何故です?」

 

「伝承によると、伝説の武器はそれぞれ反発する性質を持っておりまして、勇者様達だけで行動いたしますと成長を阻害すると記載されております」

 

「本当かは分からないが、俺達が一緒に行動したら成長しないのか?」

 

すると、全員が武器の所に使い方やヘルプがついていたようでそれに気付き目で追った。

 

注意、伝説武器同士を所持した者同士で共闘する場合。反作用が発生します。なるべく別行動しましょう。

 

「本当みたいだな…」

 

注意、伝説武器とは反作用は起こりません。

 

「私の方はそうじゃないみたい。反作用は起こらないと書いてあったわ」

 

それぞれ、ゲームのような説明文を見ていくが全部読んでる暇は無いため分かった事だけを言った。

 

「マジで?」

 

元康がそれに驚いたように言った。

 

「マジよ」

 

「だが、人手が居るし仲間の募集はいるよな」

 

「ワシが仲間を用意しておくとしよう。なにぶん、今日は日も傾いておる。勇者殿、今日はゆっくりと休み、明日旅立つのが良いであろう。明日までに仲間となる逸材を集めておく」

 

「そう。じゃあ、私は一番少なかったパーティーに入るからよろしく」

 

「ありがとうございます」

 

「サンキュー」

 

 

それぞれ、感謝の言葉を述べその日は王が用意した来客部屋へ案内されミーシャ達は休むことになった。




・ミーシャの顔の好み順
錬>元康>尚文>樹


ミーシャの語尾にトランプマーク付けたいけど露骨過ぎるので我慢します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二話 Pray × Play

遅れて申し訳ございません。


来客室の豪華なベッドに座り、勇者達はそれぞれの武器を見つめながら説明に目を向けていた。外は日が沈んでおり、それだけ集中していたのだ。

 

(悪魔武器はメンテナンスが不要な万能武器。所有者のLvと武器に融合させる素材、殺した人間を始めとする生物によってウェポンブックが埋まっていく。殺すのにも大義名分が出来て良いわね…♡)

 

ミーシャは殺す事に口実が出来た事に喜びながらも説明を読み、ウェポンブックを開く。

 

(数は全部で十種類。なるほど…少ないけど、この中から使い分けろって事ね?面白そうじゃない…♪現状、使用可能なのは二種類…。そして、デスサイズと大鎖鎌の右下にLvの表記があるわ。数が少ない代わりにそれで補えということね)

 

表示されているアイコンは十種類と少なく、現在解禁されているのは二種類…デスサイズと大鎖鎌だ。

 

「なぁ、これってゲームっぽいよな」

 

尚文が周りにそう問いかけると、ヘルプを見るのに集中しているせいか、全員が空返事をして答えた。

 

「ってか、ゲームじゃね?俺は知ってるな、こんな感じのゲーム」

 

元康は尚文の問いに自慢げに言い放つ。

 

「え?」

 

「というか有名なオンラインゲームだろ。知らないのか?」

 

(おんらいん?ちょっと分からないわね…。どんなゲームなのかしら?)

 

「いや、俺も結構なオタクだけど知らないな…」

 

「お前知らねーのか?これはエメラルドオンラインってんだ」

 

「何だそれ。聞いたこともないんだが…」

 

「お前ホントにネトゲやったことあるのか?有名タイトルじゃねーか」

 

(ねとげ?)

 

「俺が知ってるのはオーディンオンラインとかファンタジームーンオンラインとかだ。有名じゃないか!」

 

「何だよそれ。初耳だぞ」

 

「え?」

 

「え?」

 

(いや、貴方達の言ってるワードの方が初耳なのだけれど…)

 

元康の言ったゲームの話に尚文は首を傾げ、ミーシャは二人の口から出る言葉に首を傾げていた。

 

「皆さん何を言ってるんですか?この世界はネットゲームではなくコンシューマーゲームの世界ですよ」

 

(こんしゅーまー?)

 

「違うだろ。VRMMOじゃないのか?」

 

(ぶ、ぶいあーる?全く分からないわ…)

 

「は?仮にネトゲの世界に入ったとして…クリックかコントローラーで操作するゲームだろ?」

 

(あ、そういうこと…ネトゲはネットゲームの略なのね)

 

元康の問いに錬と樹が首を傾げて会話に入ってきて、単語に首を傾げながらミーシャはネトゲの意味を自分で理解した。

 

「クリック?コントローラー?お前達、何そんな骨董品のゲームの話をしてるんだ?今時、ネットゲームと言えばVRMMOだろ?」

 

「VRMMO?バーチャルリアリティーMMOか?そんなSFの世界にしかないゲームなんて科学が追い付いてねえって。寝ぼけてんのか?」

 

「何だと?」

 

錬は寝ぼけてんのかと言う発言に少しイラっときたのか顔をしかめて食ってかかる。

 

(進んでるのねぇ…)

 

「なぁ、ミーシャちゃんはどんなゲームとか心当たりあるか?」

 

「私?生憎だけど、家が貧乏だったからゲームにはあまり詳しくなくてね。DMくらいならやった事あるわ」

 

「…そうか。なんかごめん…それにしてもDMか。懐かしいなぁ」

 

「別にいいわよ。でも、私を可哀想だなんて思わないでね。それなりに満足だったし」

 

「ああ。分かったよ」

 

「俺はやった事ないがな」

 

さっきから、黙ってるミーシャに元康は話を振るとミーシャの問いに地雷を踏んだかと思い謝罪し、錬はDMのゲームをプレイした事がなくそう言った。

 

「あの…皆さん。この世界はそれぞれなんて名前のゲームだと思ってるんですか?」

 

樹が軽く手を上げて一同に尋ねた。

 

 

「ブレイブスターオンライン」

 

「エメラルドオンライン」

 

「知らないな。ってか、ゲームの世界?」

 

「さぁ…?私も分からないわね」

 

「あ、ちなみに僕はディメンションウェーブというコンシューマーゲームの世界だと思ってます」

 

皆、それぞれが自分がどの世界だと思っているゲームの名前を告げた。

 

「待った!一旦、情報を整理しようぜ」

 

元康は額に手を当てて一同を宥める。

 

「錬、お前が言ってるVRMMOってのはそのままの意味で良いんだよな?」

 

「ああ」

 

「樹、尚文。お前らも意味は分かるよな?」

 

「SFのゲームで見た覚がありますね」

 

「ラノベとかで読んだ覚えがある」

 

「そうだな。俺も似たようなもんだよ。じゃあ、錬。お前のそのブレイブスターオンラインだったか…?それはVRMMOなのか?」

 

「ああ。俺がやりこんでいたVRMMOはブレイブスターオンラインという。この世界はそのシステムに酷似している」

 

錬は元康の問いに答えるその一方で首を傾げるミーシャにVRMMOの説明を簡単にしていた。

 

「それがホントなら、お前のいる世界に俺達が言ったような古いオンラインゲームはあるか?」

 

「これでもゲームの歴史には詳しい方と思ってるがお前達の言うゲームは聞いたことも無い。お前達の認識では有名なタイトルなんだろ?」

 

錬は首を横に振り、尚文や元康に尋ねると二人は頷いた。

 

「なら、一般常識の問題だ。今の首相の名前は言えるよな?」

 

「ええ」

 

全員が頷く。

 

「一斉に言うぞ」

 

尚文が唾を飲みーーー

 

「湯田正人」

 

「谷和原剛太郎」

 

「小高縁一」

 

「壱富士茂野」

 

「ジャパンの首相はよく、知らないけど…。私の国、R連邦の首相は…ドミグラ・メドべージェフって名前よ」

 

 

「「「「「…」」」」」

 

「そもそも、R連邦はどこなんだ。そんな国聞いたことが無いが…」

 

全員がお互いの言った首相の名前を聞いたことがなく、ミーシャの方の首相は聞いた事があるか元康が尋ねたが誰にも分からなかった。それどころか地名すらあるか分からなかった。そこから、全員が自分達の世界で有名なネット用語やページ、有名ゲームを尋ね合ったが、その中のどれもが分からないという結論に至ったのであった。

 

「どうやら、僕達は別々の世界から来たようですね」

 

「そうだな。間違っても同じ世界から来たとは思えない」

 

「という事は異世界の地球も存在する訳か」

 

「時代がバラバラの可能性も考えられたが、幾らなんでもここまで一致しないとなるとそうなる…」

 

「不思議ねぇ…♪にしても、R連邦が伝わらないなんてね。結構、大きい国なんだけど…」

 

ここにイカれたメンバー勢揃いである。

 

「このパターンだと、それぞれ別の理由で来た気がするのだが…」

 

「あまり無駄話をするのは好きではないが、情報の共有は必要か…」

 

錬は俺はクールだ誰が何を言おうとクールなんだと主張するように話し出した。

 

「俺は学校の下校中に、港を騒がす殺人事件に遭遇してしまってな」

 

(へえ…)

 

「ふむふむ」

 

「一緒に居た幼馴染みを助け、犯人を取り押さえた所までは覚えているんだが…そんな感じで気付けばこの世界に居た」

 

「カッコいー♡」

 

(いや、どう考えてもそんな事思ってないだろ…言い方が。しかも、得意気になってるし)

 

錬が脇腹を擦りながら事情を説明しているとミーシャが野次を飛ばし、それに錬の表情は得意気になり、それに尚文は呆れていた。

 

「じゃあ次は俺だな」

 

軽い感じで元康が自らを指差して話し出した。

 

「俺さ、ガールフレンドが多いんだよな」

 

「ああ、そうだろうな…」

 

尚文は恨めしそうに元康を見つめる。

 

「それでちょっと…な」

 

「二股三股でもして刺されでもしたか?」

 

錬が小馬鹿にするように尋ねると元康は何で分かったのと思いながら瞬きし頷いた。

 

「いやぁ…女の子って怖いね」

 

「ファーーック!!」

 

尚文は怒りを露にして中指を立てた。

 

「次は僕ですね。塾帰りに横断歩道を渡っていたら…突然ダンプカーが全力でカーブを曲がってきまして、その後は…」

 

「「「「…」」」」

 

樹が胸に手を当てて話し出すと、全員が轢かれたと察して哀れんだ目で樹を見る。

 

「次は私ね。私は機関銃で悪い者たちに蜂の巣にされて、気付いたらここに居たわ」

 

「大変だな…」

 

(一部、嘘だけど…♡)

 

ミーシャが前に出て話し出すと、樹と同じように哀れんだ目でミーシャを見て、元康に至っては慰めようとしていた。しかし、一部脚色を加えた話だが…。

 

「なぁ、この世界に来た時の話って絶対話さなきゃダメか?」

 

「そりゃ、皆話してるし」

 

「そうだよな。悪い。俺は図書館で不意に見覚えの無い本を読んでて気付いたらって感じだ」

 

「「「「…」」」」

 

元康、樹、錬は尚文に冷たい視線を向けていた。ミーシャは少し驚いたような視線を向けた後、少し考え込む様子を見せた。

 

(まさか、彼も…?)

 

ミーシャは自分と同じくオカルトアイテムが原因でこの世界に飛ばされたのかもしれないと考えた。

 

「でも…あの人盾だし…」

 

「やっぱ……所も?」

 

「ああ」

 

ヒソヒソと三人は尚文に聞こえないように内緒話をし始めた(※ミーシャは考え事してて話を聞いてない)。

 

「じゃ、じゃあみんな、この世界のルールっていうかシステムは割と熟知してるのか?」

 

「ああ」

 

「やりこんでたぞ」

 

「それなりにですけど」

 

「いえ…」

 

話題を逸らそうと尚文が四人に問いかけると、ミーシャ以外の三人がそう答えたので尚文は少し安堵した。

 

「な、なあ。これからこの世界で戦うために色々教えてくれないか?俺の世界には似たゲームは無かったんだ」

 

それでも、分からないことには変わらないので尚文は熟知している三人に尋ねる。すると、錬は冷たく元康と樹はとても優しい目で尚文を見つめた。

 

「まずよ、俺の知るエメラルドオンラインの話なんだが、シールダー……盾がメインの職業な」

 

「うん」

 

「最初は防御力が高くて良いんだけど、後半に行くに従って受けるダメージが馬鹿にならなくなってな…」

 

「うん…」

 

「高Lvは全然居ない負け組の職だ」

 

「Nooooooooooooooooooooooooooo!!」

 

聞きたくなかったと言わんばかりに尚文は絶望の雄叫びをあげた。

 

「アップデート!アップデートは無かったのか!?」

 

「いや、システム的にも人工的にも絶望的で、放置されてた。しかも廃止予定だったしなぁ…」

 

「転職は無いのか!?」

 

「その系列が死んでるというか…」

 

「別の系統職になれるネトゲじゃなかったな」

 

さらに、元康を問い詰めるが返ってくる答えは絶望的で尚文の顔は青ざめていく。

 

「お前らは!?」

 

「悪い…」

 

「同じく…」

 

尚文がすがるように錬と樹に目を向けると二人とも目を逸らして、そう言った。

 

「プークスクスッ♡かわいそー…♪」

 

ミーシャは他人の不幸は蜜の味と言わんばかりに口元を押さえて嗤った。

 

「やめろおおおおおおおおお!!」

 

尚文の渾身の叫びが響く。

 

「地形とかどうよ?」

 

「名前は違うがほぼ変わらない。これなら効率の良い魔物の分布も同じの可能性が高いな」

 

「武器ごとの狩場が多少異なるので同じ場所は行かないようにしましょう」

 

「そうだな、効率とかあるだろうし」

 

もはや、尚文の事は放っておいて皆話し合いをしていた。

 

「はは…大丈夫、せっかくの異世界なんだ。俺が弱くてもなんとかなる…」

 

ブツブツそうぼやく尚文を他の四人は可哀想な者を見るような目で見つめた。

 

「よーし!頑張るぞ!」

 

尚文は自らを奮い立たせようと己に活を入れた。

 

「勇者様、お食事の用意が出来ました」

 

「あら。これは恥ずかしいわね?尚文」

 

「うっせ」

 

「ああ。案内してくれ」

 

ミーシャが笑いを堪えながら、尚文を肘で小突くと尚文は目を逸らし、錬が部屋に来たメイドに頷いて案内を求め皆着いて行った。

 

皆が扉を開けて、案内のメイドに騎士団の食堂に招待された。ファンタジー映画のワンシーンのような城の中にある食堂で、テーブルにはバイキング形式で食べ物が置いてあった。

 

「皆様、好きな物をお召し上がりください」

 

(お、美味しそう。久々にこんな豪勢な料理を食べれるのね…!)

 

ミーシャはテーブルの食べ物を見て腹を鳴らし、表情を緩ませた。

 

「なんだ。騎士団の連中と同じ食事か」

 

錬が少し不服そうに呟く。

 

「いいえ。こちらにご用意した料理は勇者様方が食べ終わってからのご案内となります」

 

案内のメイドは首を横に振り、コックの方へ視線を向けた。

 

「ありがたく頂こう」

 

「ええ」

 

「だな」

 

「頂きます」

 

 

ミーシャ達は食事を堪能した。

 

しばらくして、食事を終えると部屋に戻り睡魔に襲われた。

 

(それにしても、ミーシャのやつ凄い食べっぷりだったな。そういえば、家が貧乏って言ってたな。ちゃんとした食事が摂れたなら何よりだ)

 

尚文は欠伸をしながらそんな事を考えていた。

 

「風呂とか無いのかな?」

 

「中世っぽい世界だしなぁ…行水の可能性が高いぜ」

 

「言わなきゃ用意してくれないと思う」

 

「まあ、一日位は大丈夫か」

 

「そうだろ。いや、ミーシャちゃんはそれで大丈夫か?もし、アレなら言いに行くけど…」

 

「別に大丈夫よ。それより、私は少し用があるから先寝ててもいいわ」

 

「そっか。俺達は眠いし、明日は冒険の始まりだしサッサと寝ちまうけど、早く戻って来いよ?夜更かししちゃダメだぞー」

 

「ええ」

 

元康の言葉にミーシャは頷いて一度部屋から出て行き、尚文達は就寝した。

 

 

ーーー

ーー

 

真夜中、謁見の間では会話が行われていた。その場に居たのはローブの男と王だった。

 

「盾の…は…疎く…」

 

「ふむ…そうか。では…」

 

謁見の間の近くの物陰に隠れてミーシャは聞き耳を立てていた。

 

話が終わったのかローブの男は謁見の間を後にして廊下を歩いていた。ミーシャはその後をつけた。

 

足音は全くなく、気配も絶っており、ローブの男は少しずつ近付いてくるミーシャに全く気付かなかった。

 

「さようならっ…♪」

 

ミーシャは鎌を両手で持ち、地面を強く踏み込みゴルフの要領で鎌を斜め上へと振り上げた。

 

「ゴフッ!?お゛…ッ…ぐ…な、なん…っ…がぁ…っ」

 

「んん…っ…。はぁ…ん…♡良い声で鳴くのね…♡」

 

鎌の刃はローブの男の横腹に突き刺さり辺りに血を撒き散らしながら壁へと叩き付けられ、引き抜かれるとローブの男はうつ伏せに倒れた。

 

「うふふっ…♡死んじゃえッ…♡」

 

「あ゛ッ…ぅ…ぁ…」

 

「んんんんんっ…♡はぁ…」

 

ミーシャは壁から鎌の刃を引き抜くと、鎌を頭上へ持ち上げローブの男の脳天に振り下ろした。ミーシャに返り血を浴びせた後、男は絶命し物言わぬ肉片となった。

 

「こうかしら?」

 

ヘルプに書いてあった通りに男の遺体に鎌の先端に付いた紫色の宝玉を当てると遺体と周りの血と魂は宝玉に吸収され、消滅した。

 

⇒Mischaはレベル3になった

 

ステータス画面にはそう表示されており、力がみなぎるのを感じてミーシャは笑みを浮かべた。

 

「人を殺すとこれだけ上がるのね。最高じゃない♡」

 

そのまま、ミーシャは身体の疼きを抑えながら部屋へと戻り、後に就寝した。

 

 




♡マークを解禁しました。

ミーシャがUNDERTALEの世界に行ったら絶対Gルート行きですな…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三話 殺人鬼、お小遣いを貰って悪女と買い物デート(仮)をする

待たせてしまい申し訳ありません…。

これは酷いタイトル詐欺。


翌朝、朝食を終えて王からの呼び出しが掛かるのをミーシャ達は待っていた。朝から騒ぐわけにはいかないのもあったが、ミーシャ達が一番苦労したのは時間を潰す事だった。

 

ここにはゲームは無いのでミーシャ以外の全員が退屈していた。錬は二度寝をし、尚文と元康と樹は数分毎に何か一言二言話すだけ、ミーシャはトランプタワーでも作って遊ぼうとしていたがトランプが無いので断念し、横になった錬の尻を眺めて恍惚とした表情を浮かべて目を細めていた。

 

そして、元の世界の時刻で十時過ぎ位になると呼び出しを受けた。ミーシャ達は待ってましたとばかりに期待に胸を踊らせ謁見の間に向かう。

 

「勇者様のご来場」

 

謁見の間の扉が開くと其処には様々な冒険者風の服装をした男女が十二人程集まっている。

 

(色んな身なりの奴が居るわね。どれどれ、80点、80点、70点、70点、50点、50点、50点、50点、40点、20点、20点、20点…。大丈夫かしら?カスが三人も居るなんて…)

 

ミーシャは値踏みするように十二人を見つめると、それぞれ感じ取った実力で偉そうに点数をつけていく。80点と評価されたのは、チャイナ服を着た女と金髪の短剣を二振り装備した男、70点と評価されたのは青い髪の魔導書を持った男とローブを着た斧を装備する大男の二人、50点と評価されたのは鎧を着た男と金髪の槍を装備した女と赤い髪のローブを着た魔法使いのような男と髭を生やした三十代の男、40点は赤髪の女一人、20点は踊り子の様な女と魔法使いの様な小柄な少女と中性的な女だった。

 

ミーシャ以外の四人が一礼すると、王は話を始めた。

 

「前日の件で勇者の同行者として共に進もうという者達を募った。どうやら皆の者も、同行したい勇者が居るようじゃ」

 

(なるほど、一人に付き三人…これなら均等は取れるけど…20点三人が一つのチームになんて入ったら地獄ね…♪)

 

ミーシャは三人の女達に視線を向ければ苦笑を浮かべる。

 

「未来の英雄達よ。仕えたい勇者と共に旅に出るのだ」

 

(は?正気かしら、この爺さん。冒険者達に格差ありすぎでしょ。まぁ…どこが少なくなるか次第だけど…♪ハズレに当たったらレベル上げに使うだけだし…♡)

 

ミーシャは昨晩殺した兵士の事を思い出し、恍惚とした表情を浮かべ次の殺戮はまだかまだかと楽しみになり舌舐めずりをした。

 

「…っ」

 

冒険者達(三人除く)はミーシャから発せられる殺気を感じ取ると身構えそうになるが平静を保ち、勇者達の後ろに列を作って並んだ。

 

結果は……

 

・錬、四人

・元康、四人

・樹、四人

・尚文、居なかったのでミーシャが列に並んで一人

 

だった。

 

「ちょっと、王様!」

 

「何よ。私じゃ不満ってワケ?」

 

「いや、違うけど!二人じゃ不安だろ!」

 

尚文が王にクレームを言おうとすると、ミーシャが茶化すように口を挟んだ。

 

「うむ…さすがにワシもこのような事になるとは思いもせんかった」

 

「人望がありませんな」

 

呆れ顔で大臣は言い、王は尚文のクレームに顔色変えずにそう言った。

 

「実は……」

 

ローブを着た男が王の前に現れ王に内緒話をした。

 

「ふむ、そんな噂が…」

 

「どうしたんです…?」

 

元康が微妙な顔をして尋ねた。

 

「勇者達の中で盾の勇者はこの世界の理に疎いとの噂が城内で囁かれているそうだ」

 

(なるほど、そういうコト…♡)

 

「はぁ!?」

 

王は淡々と尚文にそう告げた。

 

「昨日の雑談、盗み聞きされてたかもな…」

 

元康が尚文の脇を肘で小突くとヒソヒソと声を落として少し、不味そうに憶測を尚文に告げる。

 

「てか、錬!四人も居るなら分けてくれよ」

 

(白々しいわね。今、ここで尚文を黙らせるなんてわけないクセに…♡)

 

怯える羊のような目をして錬に同行したい冒険者達は錬の後ろに隠れる。そんな様子を見てミーシャは面白そうに笑みを浮かべた。

 

「俺はつるむのは嫌いだ。付いてこれない奴は置いてくぞ」

 

錬は突き放す口調で言ったが、冒険者達はそこから絶対に動くことは無い。

 

「元康、これ酷くないか!?」

 

「まあ…」

 

(元康、可哀想ね…。一番仲間がカスじゃない…)

 

元康の方へ並んだのは全員女だった。

 

「まさか、偏ってしまうとは…」

 

樹は困った顔をしながらも、慕う仲間達を拒絶出来ないでいた。

 

「均等に分けた方が良いんでしょうけど…無理矢理では士気に関わりそうです」

 

樹の言葉にその場に居る冒険者達は頷く。

 

「そうかしら?言う事聞くようになるまで調教すれば良いだけだと思うのだけれど…♡」

 

「えっ」

 

「例えば、反抗的な態度を一回執る毎に爪を剥がしたり…指の骨を一本ずつ折ったりとか…♡」

 

ミーシャは樹にそう返すと周りは完全に、ざわめき唖然し、顔を青くして勇者達の後ろに隠れてしまう。

 

「余計悪化したんだが…。とにかく、二人で旅立てってか!?」

 

(盾だぞ!いくら、勇者二人とはいえ、どっちもこの世界に疎いのにどうしろってんだ!)

 

「あ、勇者様、私は盾の勇者様と鎌の勇者様の下へ行っても良いですよ」

 

元康の仲間になりたがっていた女が片手を上げて立候補した。

 

「良いのか?」

 

「はい」

 

(彼女、私と似た匂いがするわね…)

 

新たに仲間が一人増え、喜ぶ尚文をよそに赤毛の女を見るとそう考えていた。

 

「他にナオフミ殿の下に行っても良い者はおらんか?」

 

王が尋ねるも、誰も手を上げなかった。

 

「仕方がない。ナオフミ殿とミーシャ殿はこれから気に入った仲間をスカウトして人員を補充せよ。月々の援助金を配布するが代価として他の勇者よりも今回の援助金を増やすとしよう」

 

「は、はい!」

 

王は嘆くように溜め息を吐き、言う。

 

「それでは支度金である。勇者達よ受け取るのだ」

 

ミーシャ達の前に五つの金袋が配られた。

 

「ナオフミ殿とミーシャ殿には銀貨800枚、他の勇者殿には600枚用意した。これで装備を整え、旅立つが良い」

 

「「「「は!」」」」

 

「ええ」

 

ミーシャを除いて、尚文達はそれぞれ敬礼して謁見を終える。

 

「えっと盾の勇者様、鎌の勇者様。私の名前はマイン=スフィアと申します。これからよろしくね」

 

「よ、よろしく」

 

「こちらこそ」

 

(こいつ、猫被るの上手いわね)

 

遠慮なく、マインは尚文とミーシャに気さくに話しかけて自己紹介をした。ミーシャには目線を合わせて話しかけてる事からミーシャはそう感じていた。

 

「じゃあ行こうか、マインさん、ミーシャ」

 

「はーい」

 

「ええ」

 

マインは元気に頷くと尚文とミーシャの後ろに続いた。

 

(本当に見事な町並みね。石造りの舗装された町並みに、家、そこに垂れ下がる看板。安全な町だったのなら、ああいう家の屋根で昼寝がしたいわ。あっ、美味しそうな匂いもするわね)

 

三人で歩きながらミーシャはそんな事を考えながら、近くの家の屋根を眺める。

 

「これからどうしますか?」

 

「まずは武器や防具が売ってる店に行きたいな、これだけ金があるなら良い装備が買えるだろうし」

 

「そうね。武器を買ってから、これからの行動を決めましょう」

 

「じゃあ、私が知っている良いお店に案内しますね」

 

マインがどうするかを尋ねると、尚文が提案するとそれにミーシャは賛成し、話が纏まったということでマインがスキップするような歩調で武器屋へと案内する。

 

城を出て十分くらい歩いた頃、大きな剣の看板を掲げた店の前でマインは足を止めた。

 

「ここがオススメの店です」

 

「おお…」

 

「中々、立派じゃない」

 

ミーシャと尚文は店の扉から店内を覗き見ると壁に武器が掛けられており、まさしく武器屋という面持ちに感心している。

 

「いらっしゃい」

 

店に入ると店主に元気良く話しかけられる。筋骨隆々の絵に書いたような武器屋の店主がカウンターに立っていた。

 

「へー…これが武器屋か」

 

「みたいね…♪」

 

「お、お客さん初めてか。当店に入るたぁ目の付け所が違うね」

 

「ええ、彼女に紹介されて」

 

尚文がマインを指差すと、マインは手を上げて軽く手を振る。

 

「ありがとうよ。お嬢ちゃん」

 

「いえいえ、この辺りだと親父さんの店って有名だし」

 

「嬉しいこと言ってくれるね。ところで、その変わった服装の彼氏と友達は何者だい?」

 

(いや、友達じゃないから。なれそうではあるけど…♡)

 

やはり、尚文とミーシャの服装は異世界の物のせいか服装は変わってるように見えるようだ。

 

「親父さんも分かるでしょう?」

 

「となるとアンタ達は勇者様か!すごいな」

 

まじまじと武器屋の親父は尚文とミーシャを凝視する。

 

「そっちの子はともかく、あまり頼りになりそうに無いな…」

 

「はっきり言いますね…」

 

「…♪」

 

武器屋の親父にはっきり言われてしまい、尚文はずっこけそうにならながら言う。

 

「良いものを装備しないと舐められるぞ」

 

「でしょうね…」

 

「見た所…はずれ?」

 

武器屋の親父は特に言葉を選ぶことなく、尚文を見てそう感想を述べた。それに、尚文は頬をピキとひきつらせた。

 

「盾の勇者である岩谷尚文と申します。今後も厄介になるかもしれないのでよろしくお願いします」

 

「鎌の勇者(仮)、ミーシャ・フォースターよ。尚文共々、よろしく」

 

武器屋の親父に尚文とミーシャはとりあえず、自己紹介をした。

 

「ナオフミにミーシャねぇ。まあお得意様になってくれるなら良い話だ。よろしくな!」

 

元気な人だと二人は思いながら武器屋の親父を見つめた。

 

「ねえ親父さん。何か良い装備無いかしら?」

 

マインが色目をしながら武器屋の親父に尋ねる。

 

「そうだな…予算はいくらだ?」

 

「そうねぇ…」

 

マインはミーシャと尚文を値踏みするように見た。

 

「銀貨250枚の範囲かしら」

 

「お?それくらいとなると、この辺か」

 

武器屋の親父はカウンターから乗り出し、店に飾られてる武器を数本、持って来た。

 

「あんちゃん、嬢ちゃん。得意な武器はあるかい?」

 

「ほう…短剣か短刀よ」

 

(危ない、危ない。包丁って言いかけたけど、武器として売ってるかは別問題よね…)

 

「え?俺は今のところ無いんですよ」

 

「嬢ちゃんにはこれと、あんちゃんの方は初心者でも扱いやすい剣辺りがオススメだね」

 

数本の剣と数本の短剣・短刀をカウンターに並べた。

 

「どれもブラッドクリーンコーティングが掛かってるからこの辺りがオススメだ」

 

「「ブラッドクリーン?」」

 

「血で切れ味が落ちないコーティングが掛かってるのよ」

 

「へぇ…♡」

 

「なるほど」

 

(血で切れ味が落ちないなんて、最高ね…♡嗚呼…これで早く誰かを殺したいわ…♡興奮しちゃうじゃないッ…♡)

 

マインの解説にミーシャは恍惚とした表情を浮かべ、息を荒げて短剣を見る。

 

「お、おい…。嬢ちゃん、大丈夫か?」

 

「大丈夫よ、大丈夫…♡はぁ…はぁ…♡」

 

「なら、良いんだけどよ」

 

(なんか、後ろから刺されそうで怖いんだけど…。大丈夫なの?この子…)

 

武器屋の親父は心配そうにミーシャに声を掛けるが首を横に振り大丈夫だと伝える横で、マインは内心ドン引きしていた。

 

「左から鉄、魔法鉄、魔法鋼鉄、銀鉄と高価になっていくが性能はお墨付きだ」

 

(これは使用している鉱石による硬度か?鉄のカテゴリー武器という感じか)

 

「まだ上の武器があるが、総予算銀貨250枚ならこの辺りだ」

 

武器屋の親父からの説明を尚文は聞き、最初の町の武器はあまり良い武器が揃っていないというゲームでのイメージを抱き、心配していたがその心配は杞憂に終わった。

 

「鉄の剣か…」

 

「銀鉄、私はこれで…」

 

尚文は剣の柄を握り締め、ミーシャは短剣の柄を握り締める。

 

「イッ!?」

 

「…ダメみたいね」

 

尚文の手から突然強い電撃を受けたかのように持っていた鉄の剣が弾かれて飛ぶ。ミーシャの方は視界に浮かび上がった文字を見て溜め息を吐いた。

 

「お?」

 

武器屋の親父とマインが不思議そうに尚文と剣を交互に見る。

 

「なんだ?」

 

尚文は落としてしまった剣を不思議に思いながら拾う。

 

「痛えッ!?」

 

尚文はいたずらかと疑い武器屋の親父を睨むが、武器屋の親父は首を横に振った。するはずも無いが尚文はマインに顔を向けた。

 

「突然弾かれたように見えたわよ?」

 

尚文はありえないとばかりに自分の掌を凝視した。

 

(『専用武器以外の武器に触れました。装備可能ですが、専用武器以外の武器で敵にダメージを与えると与えたダメージの半分を受けます』か…Lvが低い内にするとすぐにアイテムが尽きるし、死ぬわね…)

 

一方、ミーシャの方にもそういった尚文とは別に視界に浮かび上がった文字を見ていた。

 

「えっと、どうも俺はこの盾の所為で武器が持てないらしい」

 

苦笑を浮かべ、尚文は顔を上げた。

 

「どんな原理なんだ?少し見せてくれ」

 

尚文は武器屋の親父に盾を持つ手を向けて見させた。武器屋の親父が小声で何かを呟くと、盾に向かって小さい光の玉が飛んでいき弾けた。

 

「一見するとスモールシールドだが、おかしいな…」

 

「あ、分かります?」

 

「真ん中に核となる宝石があるだろ?ここに何か強力な力を感じる。鑑定の魔法で見てみたが…上手く見ることが出来なかった。呪いの類ならすぐに分かるんだが…。多分、嬢ちゃんの鎌も同じだろう」

 

見終わった親父は目線を尚文とミーシャに向けて髭を撫でる。

 

「面白いものを見せてもらったよ。防具でも買うかい?」

 

「お願いします」

 

「私も」

 

「銀貨250枚の範囲で武器防具を揃えさせるつもりだったが、そうなると鎧だな」

 

武器屋の親父は店に展示されている鎧をいくつか指差した。

 

「フルプレートは動きが鈍くなるから冒険者向きじゃあない。精々くさりかたびらが入門者向けだろ」

 

武器屋の親父にそう言われて、尚文とミーシャはくさりかたびらに手を伸ばす。

 

(『くさりかたびら 防御力アップ 斬撃耐性(小)』か…まぁ、こんなものね)

 

(剣の項目で出なかったのは装備出来ないからだな…)

 

二人はくさりかたびらの効果を見てはそんなことを思っていた。

 

「あれの値段はどれくらいなんですか?」

 

マインが武器屋の親父に尋ねる。

 

「おまけして銀貨120枚だな」

 

「買取だと?」

 

「ん?そうだな…新古品なら銀貨100枚ってとこだろう」

 

「どうしたの?」

 

「盾の勇者様と鎌の勇者様が成長して不必要になった場合の買取額を聞いていたんですよ」

 

(おかしな話ね。それなら、実際その時になってから考えるものだと思うんだけど)

 

尚文が尋ねるとマインはそう返して、それをミーシャは疑っていた。

 

「じゃあこれください」

 

「私の方は、銀鉄の短剣とくさりかたびらをもらうわ」

 

「まいど!ついでに中着をオマケしとくぜ」

 

尚文とミーシャはそれぞれ銀貨を支払い、くさりかたびらと短剣を手に入れた。

 

「ここで着てくかい?」

 

「はい」

 

「ええ」

 

「じゃあ、こっちだ」

 

それぞれ、別の更衣室に案内され、渡されたインナーとくさりかたびらに着替えた。

 

「あんちゃん、少しは見えるカッコになったな。似合ってるぜ、嬢ちゃん」

 

「ありがとうございます」

 

「そう?ありがとう♪」

 

武器屋の親父が二人に違うコメントをすると、尚文は褒め言葉なのか疑い、ミーシャは気を良くして嬉しそうに笑う。

 

「それでは、そろそろ戦いに行きましょう。勇者様」

 

「おう!」

 

「やっとね。楽しみだわ♡」

 

冒険者らしい格好になった尚文とミーシャは気持ち高らかにマインと共に店を出た。

 

それからミーシャ達は城門の方に歩いて、城門を潜り抜ける。

 

途中で、国の騎士が会釈をしたので尚文は元気良く返した。

 

こうして、彼らは最初の冒険へと旅立った。

 




本当はオレンジバルーンと戦ってから、例の事件まで書きたかったのですが…皆さんをこれ以上待たせるのもなぁと思い武器屋の話までにしました。

次はもっと、早く投稿出来るように頑張ります。


・おまけ

もしミーシャがSAOの世界に居たら→確実にレッドでラフィンコフィンのメンバー。アインクラッド編以降はキリト達を付け狙う。

ヒロアカの世界に居たら→ヴィランで連続殺人鬼。個性は「粘着液」。身体能力と個性と包丁を駆使して戦う。

ハイスクールD×D→駒王町で連続殺人鬼。人外に敵わず、死亡。

禁書→そもそも学園都市に入れない。もしかしたら、魔術師かも。

IS→連続殺人鬼。本筋には関われない。

ジョジョ→四部。杜王町に住む連続殺人鬼。最終的に主人公達にやられ、死亡。五部なら、暗殺チーム。後に死亡。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四話 魔物も泣き出す

遅れて申し訳ない…。あと、今回短め…。


ミーシャ達は城門を抜けると見渡す限りの草原が続いていた。一応石畳の道があるが一歩街道から外れると何処までも草原が続いているくらいに緑で覆いつくされている。

 

「では勇者様、この辺りに生息する弱い魔物を相手にウォーミングアップをしましょうか」

 

「そうね」

 

「そうだね。俺も戦闘は初体験なんだ。どれだけ戦えるか頑張ってみるよ」

 

「頑張ってくださいね」

 

「え?マインは戦ってくれないの?」

 

「私が戦う前に勇者様の実力を測りませんと」

 

「そ、そうだね…」

 

「ということは、尚文と私が交代で戦うってことでいいのかしら?」

 

「はい」

 

しばらく草原を三人で歩いていると、オレンジ色の球体が彼女達の視界に映った。

 

「勇者様、居ました。あそこに居るのはオレンジバルーン…弱い魔物ですが好戦的です」

 

(酷い名前だな。オレンジ色の風船だからオレンジバルーンか?)

 

(早速、現れたわね。どんな悲鳴で鳴いて、どんな色の血を撒き散らすか楽しみだわ…♡)

 

「ガアァッ!」

 

凶暴な声と二つの鋭い目が尚文達の姿を捉えると襲い掛かる。

 

「頑張って!勇者様!」

 

「おう!」

 

「私は後ろで待ってるわね」

 

(かっこいい所を見せてやる…!)

 

事前に打ち合わせで決めた通り、尚文が前に出て盾を右手に持ち鈍器の要領でオレンジバルーンに向けて拳を振るう。

 

しかし、オレンジバルーンはその場で跳ね返り、牙を剥いて尚文に噛み付いた。

 

「いッ!?」

 

硬い音が響いた。オレンジバルーンは尚文の腕に噛み付いているが効果が無いようだ。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」

 

尚文は某海洋博士のようにオレンジバルーンを殴り続けた。隣に何か居るような気がするが、尚文の思い込みである。

 

それから五分後。オレンジバルーンは軽快な音を立てて、弾けた。

 

(こいつ、硬いな…。)

 

「よく頑張りましたね。勇者様」

 

「もうちょっと、頑張りなさいよ」

 

(ミーシャ、この野郎…。マインは拍手してくれたけどなんかむなしい…)

 

二人の評価に尚文は肩を落とす。

 

その時、足音が聞こえてきた。尚文達が振り返ると錬と仲間達が小走りで走っていく様子が見えた。

 

(あ、錬の前にオレンジバルーンが三匹現れた。一撃!?攻撃力に差があるのか…)

 

「やるじゃない」

 

錬を見てミーシャが感心して、放心している尚文に何度もマインが手をかざす。

 

「大丈夫ですよ。勇者様には勇者様の戦い方があるんですから」

 

「ありがとう」

 

尚文はお礼を言ってから、戦利品のオレンジバルーンの残骸を拾う。すると、盾に近付けた残骸が淡い光となって吸い込まれた。

 

「これが伝説武器の力ですか」

 

「ああ。変化させるには一定の物を吸い込ませると良いみたいだ」

 

「なるほど」

 

「さっきの戦利品はどれくらいの値段で取引されてるの?」

 

「銅貨一枚行ったら良いくらいですね」

 

「何枚集まれば銀貨一枚なんだ?」

 

「銅貨の場合は百枚です」

 

二人が戦利品の話をしていると、ミーシャは暇そうに鎌を回す。

 

「じゃあ、次はミーシャか」

 

「頑張ってくださいね」

 

「やっとね。それじゃ、そろそろ狩るわね」

 

と、話しているとオレンジバルーンが五匹ミーシャ達の方へ近付いてきた。

 

「ガアァッ!!」

 

三匹のオレンジバルーンが同時にミーシャに襲い掛かると、ミーシャは身体を逸らして一匹一匹の攻撃をかわす。

 

「そーれっ!」

 

方向転換して、ミーシャの脚を噛もうとした一匹のオレンジバルーンの攻撃をバックステップでかわして爪先で地面を踏み込み空中で一回転し踵を振り下ろして一匹を踏み潰し破裂させた。同時に背後から噛み付こうとした二匹目に踵落としの時の踏み込みと共に右足を軸にし腰の回転と振り向く勢いを利用して右斜め上に鎌を振り上げた。二匹目はあっと言う間に破裂した。

 

「弱いわねぇ…♡」

 

三匹目が顔へと噛み付こうとすると、鎌の柄を前に突き出して口の中に勢いよく突っ込んで破裂させた。

 

「グルルッ…!」

 

「駄目よ、そんなんじゃ…♪」

 

残りの二匹は上空に跳ねて飛び上がり、急降下攻撃を仕掛けようとする。それに、対してミーシャは鎌を握り締め両手で持ち空中へと鎌を放り投げた。

 

投げた鎌は外れて、バルーンの攻撃がミーシャを襲うと思いきや空中で静止して回転し続ける鎌にバルーン二匹は引き寄せられ、そのまま破裂した。

 

ミーシャはたった今、スキルの一つ『ラウンドトリップ』を使ったのだ。効果は鎌を投擲して、ロックオンした場所で静止して回転し続け敵を引き寄せる効果だ。

 

「片付いたわ」

 

「あ、ああ…お疲れ」

 

(…本当に、俺達と同じ一般人なのか?流石に戦い慣れ過ぎてるような…)

 

「上出来です。鎌の勇者様」

 

「当然よ。それより、悲鳴も上げないし血も出ないからつまらなかったわ。もっと、そういう反応する魔物は居ないの?」

 

「えっと、先に進めばもっとそういう魔物は居ます」

 

尚文は唖然としながら労いの言葉を送り、マインはまさか、ミーシャからそんな不満を言われるとは思っておらず、困惑しながら言った。その間にもミーシャは鎌に戦利品を吸収させている。

 

「じゃあ、次はマインだね」

 

「まあ、そうなりますね」

 

「貴女も頑張るのよ」

 

と、言いつつオレンジバルーンが二匹尚文達に近付き襲い掛かってきた。

 

マインは腰から抜いた剣を構えて二振りし、オレンジバルーンを弾けさせた。

 

「貴女、なかなかやるわね」

 

「ありがとうございます」

 

(うわぁ…俺って弱すぎ…?)

 

尚文は口元を両手で隠して混乱していた。

 

「じゃあ、マインとミーシャが攻撃、俺が守るから行ける所まで行こう」

 

「そうね」

 

「はい」

 

マインとミーシャが二つ返事をした。

 

その後、日が傾く少し前まで草原を歩いて、遭遇するオレンジバルーンと色違いのイエローバルーンを狩る作業を続けるのだった。

 

「もう少し進めば少し強力な魔物が出てきますが、そろそろ日が暮れますね」

 

「うーん。もう少し戦っておきたいんだけどなぁ…」

 

「そうよ。もっと、殺させなさい」

 

「…今日は早めに帰って、もう一度武器屋を寄りましょうよ。私の装備品を買ったほうが明日には今日行くより先に行けますよ」

 

「そういえば、そうだね」

 

「しょうがないわね」

 

(変ね…)

 

ミーシャはゴネたがしばらくして仕方ないと思い渋々、了承を表向きにはしているが変だとマインを疑っていた。

 

 




実は一話書くまで、デビルメイクライ5購入したけどプレイするのは我慢してましたがこれでプレイ出来る!やったー!

とりあえず、ネロのモーションを勉強しないと…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五話 快楽のままに

遅れてすいません。

※注意

今回、結構ミーシャがキモいです


夕方、城下町に戻ったミーシャ達は武器屋へと再び顔を出した。

 

「お、盾のあんちゃんと鎌の嬢ちゃんじゃないか。他の勇者達も顔を出してたぜ」

 

儲けて嬉しいのか武器屋の親父はホクホク顔でミーシャ達を迎え入れた。

 

「そうだ。これって何処で買い取ってくれるんだ?」

 

オレンジバルーン風船を武器屋の親父に見せると親父は店の外へと指を差す。

 

「魔物の素材買取の店があるから、そこに持ち込めば大抵の物は買い取ってくれるぞ」

 

「ありがとう」

 

「で、次は何の用で来たんだ?」

 

「ああ…マイン。仲間の武器を買おうと思ってさ」

 

尚文がマインとミーシャに視線を向けるとマインは店内の装備を凝視しており、そのマインをミーシャが凝視していた。

 

「予算額は?」

 

武器屋の親父に尋ねられると尚文は金袋を開けて中身を確認する。手元に残っているのは銀貨680枚だった。

 

「マイン、どれくらいにしといた方が良い?」

 

「…」

 

マインはとても真面目そうに装備品を見比べていて、尚文の言葉は耳に入っていない。

 

(宿代がどれくらいかは分からないけど…一ヶ月の生活費は残しておかないと…)

 

「お連れさんの装備か…確かに良いものを着せた方が強くなれるだろうさ」

 

「はい」

 

(俺は攻撃力とは無縁だし、マインとミーシャに装備の代金を集中させる方が良さそうだな)

 

と、尚文は二人に視線を向けるとそう感じていた。

 

「割と値が張りそうだから雑談しながら今の内に値引きしてやる」

 

「面白いことを抜かす勇者様だ」

 

「八割引!」

 

「幾らなんでも酷すぎる!二割増!」

 

「増えてるじゃねーか!七割九分」

 

「商品を見せてねぇで値切る野郎には倍額でも惜しいぜ!」

 

「ふ、抜かせ!九割引!」

 

「チッ!二割一分増!」

 

「だから増やすな!十割引」

 

「それはタダってんだ勇者様!しょうがねえ五分引き」

 

「少ない!九割二分…」

 

ーーー

ーー

 

 

「勇者様、私はこのあたりが良いです」

 

「親父、これはどれくらいの品なんだ?六割引」

 

「おまけして銀貨480枚だ。これ以上は負けられねえ、五割九分だ」

 

 

 

それからしばらくして、マインはデザインが可愛らしい鎧と高そうな金属の使われた剣を持ってきた。

 

「マイン、もうちょっと妥協出来ないか?俺は宿代とか生活費がどれだけ掛かるか分からないんだ」

 

「そうね。私も分からないわ」

 

「大丈夫ですよ勇者様、私が強くなればそれだけ魔物を倒した時の戦利品でどうにか出来ます」

 

目を輝かせながら、マインは尚文の腕に胸を当ててねだる。

 

「しょ、しょうがないなぁ…」

 

尚文は錬や樹の事を考えると、200枚あれば一月生活するには十分だと考えて、了承しようとしていた。しかし、その時…

 

「…待ちなさい」

 

ミーシャの一言が尚文を引き留めた。

 

「え?」

 

「…」

 

「ど、どうしたんですか?鎌の勇者様」

 

尚文は首を傾げて武器屋の親父は興味深そうにミーシャを見つめて、マインは引き留められるとは思わず狼狽える。

 

「一つ確認するけど、マイン。貴女は冒険者…なのよね?」

 

「えぇ、はい」

 

ミーシャの質問に何を言ってるんだとばかりにマインは頷いた。

 

「お、おい…一体何だって言うんだ?」

 

「なら、自分で払いなさい」

 

「えっ!?」

 

ミーシャの言った言葉にマインは冷や汗を浮かべて、狼狽してしまう。

 

「どういう事なんだ?」

 

「冒険者なら、一文無しじゃないでしょう?それに強い装備をここで買うまで持ってないのは流石におかしい…♡じゃあ、今までは?ずっと、この周辺で魔物を倒して稼いでましたは無理がある。明日はオレンジバルーンの出てた草原の少し先に行くのに、もう強い武器が必要になるの?まだレベルの低い私達を連れてって問題がない場所なら、装備を変える必要は無いんじゃないの…?♪」

 

「それはですね…」

 

(やっぱり、何か隠してるわね。コイツ…)

 

ミーシャの指摘にマインは苦しくなったのか黙り込む。何か言い訳をしようと頭を回転させるが、そう簡単に思い付く筈もなく黙るしかなかった。

 

「もう、その辺で…」

 

尚文はミーシャを宥めるように言う。

 

「そうね…まぁ、買うならこっちね」

 

頷いてそう言って、マインに先程の剣よりも安そうだが草原で使っていた剣よりは強そうな剣を渡して、高そうな剣を取り上げると元の場所に戻した。

 

「親父さん、これならいくらかしら?」

 

「やるな、嬢ちゃん。さっきと同じ割引で290枚だ」

 

「よし、親父、頼んだ」

 

「Greatね」

 

「ありがとうございやした。まったく、とんでもねぇ勇者様達だ」

 

「ははっ、商売は割と好きなんでな」

 

尚文が銀貨を払うと、武器屋の親父はそれを受け取った。

 

「…っ」

 

その様子を見て、マインは顔を伏せて悔しそうに眉をひそめる。

 

「悪かったわね。でも、剣を買えなかった分の働きはちゃんとするから安心して頂戴…♡」

 

(なーんてね♡)

 

「こちらこそすみません。我が儘を言ってしまい…」

 

無論、ミーシャはそのような事を口では言ってはいるが特に悪いとは思っていない。

 

「マイン、悪い。同じパーティである以上は、ミーシャも納得させなきゃいけなくてさ…」

 

「いえ、私は大丈夫です。それより、買ってくださりありがとうございます」

 

顔を上げたマインは尚文の手にキスをした。

 

「また、来いよー」

 

武器屋の親父に見送られながら、三人は武器屋から出て町の宿屋に向かう。

 

「私はもう少し、遊んでから戻るわ」

 

「お気を付けて」

 

「夜までには戻って来いよ?」

 

宿屋の前でミーシャがそう言って尚文とマインに見送られながら草原へと引き返した。

 

 

 

しばらくして、草原に辿り着いてミーシャは何体かオレンジバルーンやイエローバルーンを倒し経験値を稼いでいた。

 

「そーれっ♡」

 

ミーシャが鎌を左斜め上に振り上げオレンジバルーンを二匹破裂させる。

 

(さて、もう少し奥に進もうかしら…♡)

 

ミーシャは奥へ奥へと進んで行き、その度に襲い掛かるバルーンを斬り捨てていく。

 

「そろそろ、殺せば悲鳴を上げたり血が出たりする奴出ないかしら?」

 

そんな事をしている内に、いつの間にか引き返した場所を越えていた。

 

「グルルルッ…」

 

「ようやくお出ましね…♡殺しがいがありそう…♡」

 

⇒Yama-oroshi Lv.??

 

ミーシャの近くに何処からか巨大な熊の姿をした魔物が現れた。

 

「さあっ、死になさい…ッ…♡」

 

ミーシャが鎌を両手で持ち空中へ飛び、右斜め下に振り下ろす。

 

「ッ、効いてない…!?」

 

「グガアアァッ…!」

 

ミーシャの一撃はあまり、効いていないようで着地したミーシャへと巨大な熊の姿を姿をした魔物は、その巨体からは考えられない速度でミーシャへと突進をした。

 

「ッッッ!!ぐっ、けぼッ、おぇ…!」

 

着地した隙を突かれて避けることは出来ず、鎌の持ち手で咄嗟にガードするが防ぎ切れず轟音が響き、数mも吹き飛ばされ何度も転がり血を吐き出し咳をする。

 

「はぁ…はぁ…。やるじゃない…♡」

 

全身へと激痛を感じながらも立ち上がり鎌をミーシャは構えた。

 

「オオオォッ…!」

 

再び、巨大な熊の姿をした魔物はミーシャへと次で殺そうと左腕を右へと薙ぐ。

 

「ふっ、そーれっ…♡」

 

「グ、ガアアアアァッ!!」

 

ジャンプしてかわすと同時に左腕を柄で突いて、さらに高く飛ぶとスキル・『円月陣』を発動し横薙ぎに鎌を振るい、巨大な熊の姿をした魔物の眼球を斬った。すると、巨大な熊の姿を姿をした魔物は目から血を流して視力を失い鳴き声を上げた。

 

「ッ、やっと出したわね…♡♡最高よぉ…ッ…♡」

 

巨大な熊の姿をした魔物の血を浴びて、顔に浴びた血を舌舐めずりをして頬を上気させ息を荒げて興奮し始める。

 

「グルアアァッ…!!」

 

「ッく…ん…ッ…♡」

 

(嗚呼、素晴らしい…♡)

 

目が見えなくなった影響で嗅覚と聴覚でミーシャを探し、腕を薙ぐが、鎌の持ち手で防ぐと吹き飛ばされるが両足に力を込めて踏み留まられ、そのまま一気にミーシャは巨大な熊の姿をした魔物へと距離を詰める。

 

「『大鎖鎌』」

 

ミーシャがそう口にすると、鎌は変形し、柄の部分に分銅が付き重量が増した。

 

「『乱弁天』ッ♡んんん…っ…♡あああぁ…っ…♡」

 

「グ、ガアアアアァッッ!!」

 

頭上で鎌を高速回転させ、鎖と大鎌による波状攻撃のスキルを発動させ巨大な熊の姿をした魔物は身体中を切り刻まれていき、血や臓器が辺り一面に飛び散っていく。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「ァ…」

 

巨大な熊の姿をした魔物の絶命と共にミーシャは絶頂を迎えた。ミーシャの太股からは透明な液が滴り、息を荒げたまま熊の亡骸と血、臓器を鎌に吸収していく。

 

⇒Mischaのレベルが_になった

⇒大鎖鎌のレベルが3になった

⇒デスサイズのレベルが4になった

 

「…♪」

 

レベルが大幅に上がった事に歓喜しながら、ミーシャは草原から街へと引き返した。時間が掛かりはしたものの、街に辿り着く事は一日以内に出来たようだ。

 

 

 

「ふぅ…」

 

(殺すのも良いけれど、殺し合い…命のやり取りも凄く楽しくて気持ち良いわね…♡)

 

宿屋の前に辿り着き、そんな事を入る前に考えていた。

 

「んっ、はぁ…っ…♡駄目ね…あの魔物のせいで、興奮してきちゃったわ…♡」

 

先程の事を思い出しては、ミーシャは恍惚とした表情を浮かべる。目は潤み、頬は上気して唾液が口から垂れた。

 

「鎮めなきゃ…っ…♡ん、ふぅ…♡ひっ、んん…っ…♡はぁ、うぅ…ッ…♡」

 

ミーシャは鎌を地面に落としてしまい、身体を掻き抱くように前屈みになる。スカートから透明な液が太股を伝い、地面に落ちていき、それを繰り返すうちに小さな水溜まりが出来る。

 

 

 

そして、数分が経ち……

 

「ふぅ…収まった…♪」

 

スッキリとした表情をして、宿屋に入った。事前に話は通されていたようで、店主に部屋を伝えられた。

 

その後、マインが宿屋と並列している酒場に居ると知らされ、酒場へと向かう。

 

 

「マイン、待たせたわね。尚文は?」

 

「盾の勇者様なら、お部屋に」

 

酒場に到着するとマインだけが居たので、ミーシャが尋ねると教えてくれた。

 

「鎌の勇者様もお食事いかがですか?まだありますよ」

 

「そうね。じゃあ、頂くわ」

 

マインが食事を勧めると、ミーシャは頷いてフォークを持ち食べ始める。

 

「鎌の勇者様。付いてますよ、ん」

 

「…っ。そういう事しなくていいから」

 

しばらく、食事をしていると、マインはミーシャの口元に指を当て、食べ滓を取り口に入れる。ミーシャはそれを見て頬が熱くなるのを感じて少し目を見開き逸らすとそう言う。

 

「良いんですよ、気にしなくても。ワインはいかがでしょう?」

 

「頂くわ…」

 

半目でマインを見つめながら、ワインを勧められるとミーシャはなんとか誤魔化そうと、頷いた。

 

「どうぞ」

 

「ええ…。ん、ん…」

 

ワインの入ったグラスを受け取ると、口を付けて飲み始めて顔をしかめる。

 

「…あんまり美味しくないわね、これ。ていうか、美味しいけど他の味が邪魔してるって言うか…」

 

「あはは。その内、慣れますよ」

 

「……」

 

子供扱いされてると思って少しムカついたからか、そのまま一気飲みして飲み干した。

 

「ごちそうさま。私はもう寝るわ。明日の事はその時聞くからよろしく」

 

「はい。おやすみなさい、鎌の勇者様」

 

ミーシャは酒場を後にして、部屋へと向かった。

 

 




次回は、就寝→過去→起床→騒ぎ→冤罪事件→etc…となります。

今回は少し反省点があります。それは、武器屋の下りが作者の代弁臭くなってしまった事。ミーシャを含め、私が書くオリ主は基本的に「作者=オリ主」ではないのでそこが自分的にイマイチでした。

まぁ、私がそうならないように出来なかったのがいかんのですけど。

てゆーか、ミーシャが私の自己投影と単純に思われたくないだけです。

あんな変態と同じだと思われるのはイヤダー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六話 殺人鬼は喪失の夢を見る

遅れてすみません


「まったく…」

 

部屋に戻ったミーシャは、まだマインにイラつきながらくさりかたびらを脱いで椅子に立てかけ、銀貨の入った袋を備え付けのテーブルに置いた。

 

(今日は色々あったわね。あの魔物と殺し合うのも楽しかったし、明日はどんなことがあるのかしら?楽しみね…。声が聞こえる…樹と元康?楽しそうね…混ざりたいわ。でも、眠くなってきたし寝るとしますか…)

 

と、明日の事を楽しみにしながらベッドに腰掛け横になりランプに手を伸ばして消した。

 

ーーー

ーー

 

 

 

「ママ!今日ね、学校のテストで100点取ったの!」

 

「あら、よく頑張ったわね。ミーシャ」

 

某R連邦のある街に幸せな何処にでも居る、家族が住んでいた。

 

「本当か!?よし、パパが明日遊園地に連れて行ってあげよう!」

 

「本当!?やったー!」

 

「それなら、お弁当作らなきゃね」

 

その一家は常に笑顔が絶えなかった。しかし、そんな幸せな生活は長く続かなかった。

 

ある日、父親の勤めていた会社が倒産した。父親は何とかしようと次の職を探していたが、営業しかしていなかった為、簡単には見つからなかった。母親も働き始めたが、急に夫が失業した事もあり、そんなに稼ぐことは出来ず借金をするしかない状況に陥ってしまった。

 

「パパ、あの人達なんでうちにある物持ってくの?」

 

「ごめんな、ミーシャ…あの人達は色々無くて困ってるんだ。だから、貸してあげてるんだ」

 

少女は、差し押さえられているということを理解しておらず父親に頭を撫でられていた。

 

 

 

「寒いけど、星綺麗だね」

 

「ごめんね、ミーシャ…。いえ、そうね…綺麗」

 

「ほら、パパの上着だよ。これを」

 

一家は落ちぶれ、路上で生活をしていた。公園で寝泊まりし、昼は缶を拾ってお金に換えたり、食事はそれで何か買ったりゴミ箱の中から漁った物を食べている。

 

勿論、そんな彼女達に社会は容赦をしなかった。主に、若者達は彼女達に憂さ晴らしやゲーム感覚で暴力の矛先を向けたのだ。

 

「臭せぇんだよ!オラッ!」

 

「グッ!?げほ、ぅ…」

 

「社会のゴミが!」

 

「ぅ、ぐ…ッ…!ミ、ー…シャ…」

 

「パパッ…!ママッ…!離して…!」

 

「うるせぇ!」

 

「あぐっ…」

 

(なんで、なんでッ…この人達はこんなに…)

 

(シアワセそうなのッ…!?暴力を振るって…!)

 

少女の父親と母親は十代後半くらいの子供達に暴行を受けた。少女も他の十代後半くらいの子供達に押さえられ、暴行を受けた。

 

「助けてッ…!誰か…ッ…!」

 

公園の近くの道をサラリーマンや裕福そうな人が通るが少女の助けを求める声を誰も相手にせず、嫌悪感を含んだ目で見ては通り過ぎて行く。

 

ーーー

ーー

 

 

数分が立ち、父親と母親は動かなくなった。お金が無いので病院に連れていく事は出来ず息絶えた。少年達は父親と母親が死んだのが分かると顔を青ざめさせて逃げ出す。

 

少女は自身も暴行を受けて意識が保てず、唖然とし二人の亡骸を眺めながら意識を失った。この時、少女は何もかも失った。

 

それから、彼女は一人で生きていく事になった。食事は近くのコンビニやスーパーで万引きをして暮らしている。そんな日が続いていると、ある日、見つけてしまった。父親と母親に暴行を振るった少年達の一人を。

 

そこから、少女の行動は速かった。近くにあったガラスの破片を手に取り走って少年に近寄り、彼の足を突き刺した。

 

「お゛ッ、ぐ…!は…?」

 

「……」

 

「が、痛てえぇ…ッ…!!あ゛あ゛あああああぁぁ…ッ…!!」

 

少年は刺された痛みに耐えられず、倒れて足を押さえている。少女は彼の足に突き刺したガラスの破片を抜き取り、痛みに少年は絶叫する。

 

「……」

 

「お、お前っ、あの汚いやつらの…!お、俺達が悪かった…許し…ぐぁ…ッ…!」

 

「……!」

 

少年が許しを乞うと、少女は少年に馬乗りになり近くに落ちていたレンガを拾い、彼の頭に振り下ろした。

 

「があ゛ぁ…っ…!へぶっ…!」

 

「た、助け…ッ…!うぎッ…!」

 

最早、少女の頭に容赦という物は一片も無かった。

 

彼にレンガを振り下ろす。

 

「あ゛が…ッ…!」

 

血が飛び散り、歯が何処かに飛ぶ。

 

「ぎぃ…ッ…!」

 

殴る。

 

「があぁ…ッ…!」

 

殴る。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁああああっ…!げふ…ッ!うぁ…ッ…!」

 

殴る。

 

殴る。

 

殴る。

 

殴る。

 

殴る。

 

ただひたすらに、骨が砕ける音がしても、彼の顔面が原型を保ってなくても構わずに殴り続けた。

 

「ぁ…」

 

「はぁ、はぁ…」

 

少年の顔はほとんど原型を留めておらず、もし、亡骸を通った人が見たらトラウマ物だろう。少女は息を切らして、殴り続けていた少年の亡骸を目にする。

 

「ぁ…っ…!はぁ、はっ…あ、ああああああぁぁ…ッ…!!」

 

(私が、殺したの…?なんで、こんな事…)

 

「お゛えええええぇ…ッ…!えッ、ぇ…」

 

少女は罪悪感や原型を留めていない死体を見たショック、様々な感情が混ざり、嘔吐した。今朝食べた物も、何もかも。

 

(ち、がう…っ…苦しい事じゃない…ッ…!こんな奴等…っ…!楽しい楽しい気持ちいい気持ちいい楽しい気持ちいい楽しい気持ちいい楽しい楽しい気持ちいい気持ちいい気持ちいい楽しい楽しい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい楽しい気持ちいい気持ちいい気持ちいい楽しい気持ちいい気持ちいい気持ちいい楽しい気持ちいい、シアワセソウナヒトコロスノキモチイイキモチイイタノシイタノシイタノシイキモチイイキモチイイ)

 

罪悪感や苦しい感情が少女の頭の中を駆け巡り、それから逃れようと身体が知っている快感と思い出の中に眠る感情を本来感じない状態で引き出し、自らに暗示を掛けていく。

 

「ぃひっ、ははっ…。あはははははははははははははっ!あははははははははっ!ナニコレ、スッゴイキモチイイッ…!うふふふふふふふふふふ!あははははははははっ!もうダメ、タノシイ!あはははははははっ!」

 

暗示を続けた少女は、壊れたように笑った。ただひたすらに。そして、この世に殺人鬼が産まれ落ちた。

 

ーーー

ーー

 

 

「…ッ…!はぁ、はぁ…。夢…?」

 

ミーシャは目を見開き飛び起きると、周囲を眺める。昨日就寝した、ベッドと部屋が目に映った。

 

(懐かしい夢を、見たわね…)

 

「っ、何ようるさいわね」

 

しばらく、寝起きでボーッとしていると近くの部屋を叩く音と尚文の声が聞こえて耳を塞いで顔をしかめる。

 

「ミーシャ、大変だ!俺達の金と俺の装備が!」

 

尚文が焦った様子で扉を開けて、ミーシャにそれを伝えた。

 

「ちょっと、朝は静かにして頂戴。枕荒らしにでもあったのね、ドンマイ♪こっちは無事よ」

 

「わ、悪い。でも、無事なら良かった。俺は良くないけど…」

 

尚文が枕荒らしに遭ったのが分かると口角を吊り上げ煽るように鎖かたびらと金袋を見せる。

 

「外からお客さんみたいね」

 

「あっ、騎士じゃないか」

 

外から騒がしい音がするとミーシャは窓の方へと視線を移し、尚文に伝えた。

 

「あなた達は城の騎士だったよな、ちょっと話を聞いてくれないか!」

 

廊下の方から近付いてきて尚文とミーシャの前に現れた。尚文は騎士の方を向いて懸命にアピールする。

 

「鎌の勇者様!ご無事ですか!?」

 

「え、ええ…」

 

「盾の勇者だな!鎌の勇者様に何もしてないだろうな?」

 

「そう、だけど…。何もしてねぇよ」

 

「王様から貴様に召集命令が下った。ご同行願おう」

 

「召集命令?それよりも俺、枕荒らしに遭ったんだ。犯人を…」

 

「さあ、着いて来い!」

 

騎士達は尚文の腕を掴むと半ば無理矢理連行し始めた。

 

「痛いって!話聞けよ!」

 

下着姿でも、お構い無しに騎士達は尚文を連行していく。

 

「おい、マイン早く…!」

 

「私も着いて行って良いかしら?」

 

「はい。大丈夫です」

 

ミーシャが尋ねると騎士は頷いて、馬車にミーシャと尚文を乗せると城へと連れて行かれた。

 

 




過去が途切れ途切れになっているのはミーシャが途切れ途切れで思い出してるからです。

実際の夢もこんな感じですよね。
細かい部分は皆さんのご想像にお任せします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七話 裏切り者のレクイエム

何と、今回は二話連続投稿ですぞ!


揺られながら、尚文はインナーのままミーシャと共に城の前まで連れて行かれ、騎士達は尚文を槍で拘束したまま謁見の間にまで案内した。

 

「マイン!」

 

その場には錬と元康に樹、その他の仲間達が集まっていた。そしてマインは尚文が声を掛けると元康の後ろに隠れて、尚文を睨んだ。

 

「ちょっと、どこ行ってたのよ?貴女が消えたせいで、尚文が来て二度寝し損ねたじゃない」

 

「鎌の勇者様っ…!酷いです、ぐす…心配もしていただけないなんてっ!私と二度寝、どっちが大事なんですか!」

 

「二度寝」

 

「……」

 

チーン…。

 

マインは嘘泣きをしながら尋ねるがミーシャに即答され白目を剥き黙り込む。

 

「何!?ミーシャちゃん、大丈夫だったのか!?」

 

「まぁ、別に何もなかったけど…♪」

 

「そうか、良かった…」

 

ミーシャの発言に元康が食い付き、尋ねるが首を横に振った。ミーシャはこの状況を見て何か面白そうだと口角を吊り上げ笑みを浮かべる。

 

「な、何だよ。その態度」

 

まるで尚文を悪人かのようにミーシャを覗く全員が睨んでいる。

 

「本当に身に覚えが無いのか?」

 

元康が仁王立ちで尚文に問い詰める。

 

「身に覚えってなんだよ。…って、あー!」

 

元康がくさりかたびらを着てるのを見て尚文は目を見開き、驚愕した。

 

「お前か!枕荒らしだったのは!」

 

「誰が枕荒らしだ!お前がまさかこんな外道だとは思わなかったぞ!」

 

「外道だって!?何のことだ?」

 

尚文の返答に謁見の間の空気は重くなり、裁判所のようだ。

 

「して、盾の勇者の罪状は?」

 

「罪状?何のことだ?」

 

「うぐ…ひぐ…盾の勇者様はお酒に酔った勢いで突然、私の部屋に入ってきて無理矢理押し倒してきて」

 

「は?」

 

「盾の勇者様は『まだ夜は明けてねえぜ』と言って私に迫り、無理矢理服を脱がそうとして」

 

「ぶふっ…ま、だ、夜、は、明、け、て、ね、え、ぜ、とかっ!プッ、うふふふっ。ね、ねぇ…マジで言ったの!?尚文っ」

 

「言ってねえよ」

 

元康の後ろに居たマインが泣きながら尚文を指差して弾劾する。そして、台詞回しがツボにハマったのかミーシャは笑いを堪えようとするが笑ってしまう。

 

「私、怖くなって…叫び声を上げながら命からがら部屋を出て元康様に助けを求めました」

 

「え?」

 

「ブフォっ!ぱんぱ~ん♡あんあ~ん♡盾の勇者様のおっきぃのぉ~♡って?うふふふっ♪」

 

マインがその事を話して、尚文が唖然としている間でもミーシャは面白がり腰をくねらせ媚びへつらうような声を出しわざとらしくふざける。

 

「ミーシャ殿、申し訳ないが静粛に願えるか?」

 

「はいはい。分かったわよ」

 

(それにしても…。ほんとにされたにせよ、オレンジバルーンを倒すのに時間が掛かる攻撃力しかない彼にまだ尚文よりレベルが断然高い彼女が、命からがらになって逃げるほど強姦されそうになんてなるのかしら?その場で取り押さえて終わりだと思うのだけれど…)

 

王が不愉快そうに顔を歪めて、ミーシャに言うとミーシャはつまらなさそうに従う。

 

「何言ってるんだ?昨日は飯を食い終わった後は部屋で寝てただけだぞ?」

 

「嘘吐きやがって、じゃあなんでマインは泣いてるんだよ」

 

「何故お前がマインを庇うんだ?というかそのくさりかたびらは何処で手に入れた」

 

「ああ、昨日、一人で飲んでるマインと酒場で会ってな。しばらく飲み交わしてると、マインが俺にプレゼントってこのくさりかたびらをくれたんだ」

 

「は?」

 

(ということは、私が寝た後かしら?私も混ざれば良かったわ…)

 

ミーシャは二人の話を聞いて、自分が寝た後かと思い少し後悔する。

 

「そうだ!王様!俺、枕荒らし、寝込みに全財産と盾以外の装備品を全部盗まれてしまいました!どうか犯人を捕まえてください」

 

「黙れ外道!」

 

尚文は王に進言するが王は尚文の進言を無視して言い放つ。

 

「嫌がる我が国民に性行為を強要するとは許されぬ蛮行、勇者でなければ即刻処刑だ!」

 

「だから誤解だって言ってるじゃないですか!俺はやってない!」

 

しかし、ミーシャ以外の全員が尚文は黒だと断定して話を進める。それに、尚文の血は下がっていくのを感じる。

 

さらに、追い討ちをかけるように尚文がマインに目を向けるとマインは誰にも見られていないと踏んだのか、マインは尚文に舌を出してあっかんべーをした。

 

それが、自身に災厄を後に招く事になるとも知らずに。

 

(っ…!シアワセそうな顔で笑うわね…♡嗚呼、殺したいわ…♡滅茶苦茶殺したいわッ…♡)

 

その様子はミーシャに見られており、ミーシャは恍惚とした表情を浮かべながら元康とマインの元にゆっくり歩いていく。

 

尚文は元康を睨み付け腹の奥かどす黒い感情が噴出する。

 

「お前、まさか支度金と装備が目当てで有らぬ罪を擦り付けたのか!」

 

元康を指差して、大きい音量で言葉を発する。

 

「ハッ、強姦魔が何を言ってやがる」

 

マインを尚文に見せないよう庇いながら被害者を救ったヒーローをアピールする。

 

「ふざけんな!どうせ最初から俺の金が目当てだったんだろ、仲間の装備を行き渡らせる為に打ち合わせしたんだ!」

 

尚文は元康とマインを糾弾した。

 

「異世界に来てまで仲間にそんな事をするとは…クズだな」

 

(怪しいが…とりあえずそう言っとこう。何か言っても不利だしな)

 

「そうですね。僕も同情の余地は無いと思います」

 

(女性に乱暴を働くなんて、許せませんね)

 

「いや、あんたら最初はこの世界どうでもいいみたいな事言ってなかったかしら?世界がどうなっても良いなら女一人レイ…むぐっ」

 

「シー…」

 

錬と樹は尚文を断罪するのに躊躇が無く、ミーシャに指摘されると錬がミーシャの口を抑え自らの唇に指を当て、そう言った。その後、ミーシャは振り払い再び元康とマインの元へ歩き出す。

 

「いいぜ、もうどうでもいい。さっさと俺を元の世界に返せば良いじゃないか?で、新しい盾の勇者でも召喚しろよ!」

 

「都合が悪くなったら逃げるのか?クズめ」

 

(まぁ、この世界に連れてこられた事に関しては国の落ち度だしな)

 

「そうですね。自分の責務をちゃんと果たさず、女性と関係を結ぼうだなんて…」

 

「帰れ帰れ!こんなことする奴を勇者仲間にしてられませんぞ!」

 

尚文は錬、樹、元康を殺す意思を込めて睨み付けた。

 

「さあ、さっさと元の世界に戻せ!」

 

すると、王は腕を組んで唸った。

 

「このような事をする勇者など即刻送還したい所だが、方法が無い。再召喚するには全ての勇者が死亡した時のみと研究者は語っている」

 

「………何……だと……」

 

「そんな…」

 

「う、嘘だろ…」

 

王から戻る術が無いと告げられると三人の勇者は狼狽える。

 

「このままじゃ帰れないだって!?何時まで掴んでんだ!オラッ!」

 

尚文は乱暴に騎士の拘束を剥がす。

 

「こら!抵抗するつもりか!?」

 

「暴れねえよ!」

 

騎士の一人が尚文を殴った。しかし、尚文には全く効いておらず、騎士は殴った腕を握り痛みを堪えている。

 

「で、王様。俺に対する罰は何だよ?」

 

「今は、波に対する対抗手段として存在しているから罪は無い。だが、お前の悪行は既に国民に知れ渡っている。それが罰だ。我が国で雇用職に就けると思うな」

 

「あーあー、ありがたいお言葉ですねー!」

 

「一ヶ月後の波には召集する。例え罪人でも貴様は盾の勇者なのだ。役目からは逃れられん!」

 

「分かってる!俺は弱いんでね、時間が惜しいんだよ!」

 

「ホラよ!これが欲しかったんだろ!」

 

尚文は最後に残った銀貨30枚を取り出して元康の顔面に投げつけた。

 

「うわっ!?何するんだ、お前!」

 

尚文は元康の罵倒を無視してそのまま城から出ていった。

 

「危ないッ!」

 

「え…?がッ…!?ごふっ…!」

 

元康が銀貨に怯んでいる間に、すぐ近くにミーシャが立っており、樹がマインに叫ぶが、間に合わずミーシャはマインへと鎌を振り下ろし腹部を突き刺した。辺りに鮮血が飛び散る。

 

「駄目じゃない…♡あんな、幸せそうな顔で笑ったら…♡私みたいなのが、んん…っ…♡寄ってきちゃうわ…♡」

 

「が、ふ…あ゛あぁ…ッ…!」

 

ミーシャが恍惚とした表情を浮かべながら鎌を引き抜き、さらに辺りに血が飛び散る。

 

「者ども、何をしておる!鎌の勇者が乱心だ!取り押さえろ!」

 

「は、はぁ…!」

 

「はぁ、はぁ…♡とどめよっ…♡んんぅ…っ…♡」

 

「や、やめろっ!」

 

ミーシャは鎌を振り上げ、一気に殺そうとするが兵隊達が周りを囲み、止めようとする。

 

「そぉれっ…♡♡」

 

「がッ…!」

 

「うあっ…!」

 

ミーシャが鎌を右に振り兵隊の首を跳ねた。

 

「ああぁ…♡最高っ…♡」

 

「くっ、駄目だ!もう、殺せ!うわああぁ…ッ…!!」

 

「うふあははははッ…♡」

 

一人の兵士が槍を突き出し、ミーシャを殺そうとするが持ち手で受け流され、蹴りをくらい、よろけているとそのまま首を斬り落とされた。

 

「どうするヨ?剣の勇者様?」

 

 

「…っ!行くぞ…関わらない方がいい」

 

(Lv.30だと!?不味い…!)

 

「分かたネ」

 

人間の生首を見てしまったせいか、錬は冷や汗をかき口許を抑えている。構えている仲間のチャイナ服を着た緑髪の女に尋ねられると、そう答えて、走り城から仲間と共に出ていった。

 

「くっ、俺達も!」

 

マインに杖を持った少女が傷口に魔法を掛け治しながら、元康がマインを抱えて錬達と同じように逃げる。

 

「これ、以上は!僕が…」

 

兵士達の亡骸や血を鎌の核である宝石に吸い込んでいく様を見て樹は震える手で弓を握り、ミーシャに向ける。

 

「何をする気かしら?」

 

弓を頭に撃たれると、首を横に倒して回避した。

 

「くっ…」

 

「行き先を間違ってるわよ?弱者は外へ…」

 

「ふざけるなあぁ…ッ…!」

 

ミーシャの言葉に激昂し、再び弓を撃とうとするとミーシャの姿はそこにはなかった。

 

「弱い正義はゴミ箱へ…♡」

 

「ごふっ!?がぁ…ッ…!!」

 

ミーシャは足元に居て、樹の腹部に膝蹴りを叩き込み右フックを鎌を担いだまま繰り出し、数m吹き飛ばした。

 

「くっ、弓の勇者様!」

 

吹き飛ばされながら、転がる樹を仲間の金髪の槍使いの女が受け止め、キャッチし樹を抱えながら仲間と共に城から出ていった。

 

「さぁ、どうするの?王様…♡自分の手札を見た後でも、勝負(コール)するかよく考えなさい…?♡」

 

「ぐ…。貴様ぁ…ッ…!」

 

 

王は兵士数人の死体とミーシャからの質問に悔しそうに顔を歪めて、ミーシャを睨んだ。

 

 




裏切り者

尚文を裏切ったマインと王達
王とマインを裏切ったミーシャ
尚文の件が冤罪だと知らない国民達を騙した王
保身で尚文を裏切った錬…etc


話は変わりますけど、グラスさんと対面したらミーシャ絶対興奮しますよね(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八話 Shield×Scythe

遅れてすいません。


例の事件が起きてから一週間が経った。尚文は城の近隣を拠点に活動をしている。しかし、尚文は二日目で尚文を探すミーシャに捕まり付き纏われていた。

 

「二日も探したのよ?酷いじゃない」

 

「何故、着いてくる…?それに、お前も噂で悪く言われてるが…」

 

「最初から、一番少ないパーティに入るって話だったでしょう。あの後、マインの事刺したの♡それで、王と揉めてね…」

 

ーーー

ーー

 

「ぐっ…。貴様ぁ…ッ…!」

 

王は兵士数人の死体とミーシャからの質問に悔しそうに顔を歪めて、ミーシャを睨んだ。

 

「うふふ♡そんな風に凄んでも、全然怖くないわよ?さぁ、どうするの?そうね…死んだ兵士の家族にはなんて言うのかしら?「勝てもしない、勇者と戦わせて死にましたぁ」とか?それとも、さらに兵士に特攻でもさせるの?うふふっ♪」

 

ミーシャは面白そうにクスクスと笑いながら言う。もはや、王の事を王とは思っておらず見下すような、王を軽んじるような態度だった。

 

「…だ」

 

「え?何、聞こえないわ」

 

「ぐぬ…!ぐ、が…ぐうぅ…ッ…!降参だ…もうどこにでも行くがいい…」

 

王は、ミーシャに兵を差し向けてもどうにもならない事を悟った。これ以上戦わせた所で勝つことは決して出来ないからだ。歯を食い縛り俯きながら言葉を紡ぐ

 

「懸命な判断ね。それじゃ、そうするわ。バイバイ、ゴミ山の大王様」

 

ミーシャは王の苦悩の末に出した答えを鼻で笑い、一言そう言って王に背を向けて城の出口へと歩いていった。

 

「ゴミ、だと…?このワシが…?貴様、貴様あああああァッ!!コケに、しおって…!おのれっ、おのれぇぇぇ…ッ…!!許さん、許さんぞ!鎌あああああああァッ!!!」

 

ミーシャの一言は王の自尊心をズタズタにするには充分だった。踏みにじるどころか、その上に唾を吹き、小便を掛けるレベルである。当然、上の娘より年下で下の娘と歳が近い位の少女にコケにされた屈辱に王はワナワナと震え、顔を怒りに歪め怒りのままに玉座の肘掛けを思い切り拳で叩き吠えた。

 

「……♡」

 

しかし、ミーシャは負け犬の遠吠えになど振り返らずに城から出て行った。何故なら、こういった相手は無視する事が一番効くからだ。

 

「うぐ、ぐぎっ…ぬうぅ…ッ…!ぬおおおおおおおおおぉッ…!!」

 

ミーシャに無視をされ怒りのままに王は叫ぶ。謁見の間に虚しく叫び声が響き渡る。その姿は、王の威厳も何もかも失われた負け犬そのものだった。

 

 

ーーー

ーー

 

「という事があったのよ。貴方にも見せたかったわ、あの王の悔しがる顔を。そこがちょっと残念だけど」

 

「そ、そうか。なんで、そんな事を?」

 

「マインがシアワセそうな顔をしてたから…♡嗚呼、次会った時は必ず殺したいわ…♡」

 

ミーシャは恍惚とした表情を浮かべて話すと尚文はドン引きした様子で後退りする。

 

「だが、寝首を掻いたりしないだろうな?」

 

「信用出来ない。かしら?」

 

「当たり前だ。信じられるのは自分だけだ」

 

「そうよね。私も貴方の事は信用してない♪貴方だけじゃない、錬達も、王も誰一人信用してないわ。それなら、お互いを利用しあえばイイ。そうでしょ?」

 

「そうだな。ただ、見ての通り俺は一文無しだ…利用出来る点なんて無いぞ」

 

「いいえ、貴方の頭が必要なの。暴力や恐喝だけじゃ、この世界は生き残れない。手を貸して頂戴」

 

(脅しや殺しは便利。でも、格上には通用しない。賢い生き方を彼から学ぶことにしましょう)

 

ミーシャはこめかみを人差し指でトントンとつつき、尚文に協力関係を持ち掛けた。

 

「いいだろう。その代わり、お前は俺が強くなるために協力する。そして、自分の面倒は自分でみろ。いいな?」

 

「勿論よ。同盟成立ね」

 

こうして、尚文とミーシャは協力関係となった。

 

その後、インナー姿の尚文とミーシャは二人で町を歩いており、武器屋の近くを通った。

 

「おい、盾のあんちゃん」

 

「あら、武器屋の親父さんじゃない。久しぶりね」

 

「あ?」

 

「おう、久しぶりだな。鎌の嬢ちゃん」

 

武器屋の親父が後ろから、尚文を呼び止めた。武器屋の前を通っていたのも理由だろう。

 

「少し、あんちゃんを借りてもいいか?」

 

「大丈夫よ。何があったかは知ってるから。続けて」

 

「悪いな」

 

武器屋の親父はミーシャの前で話す事ではないと、思ったのか向こうで尚文と話をする事を伝え、確認をとるがミーシャからその答えが返ってくると尚文の方へ向き直る。

 

「聞いたぜ、仲間を強姦しようとしたんだってな。一発殴らせろ」

 

「お前もか…」

 

尚文は怒りを露にして握り拳を作った彼がマインに見えてきたのか強く拳を握り睨み付けた。

 

「…お前」

 

「なんだよ、殴るんじゃないのか?」

 

親父は尚文の様子を見て何か感じたのか、握り拳を緩めて警戒を解く。

 

「やめておこう。よく考えりゃ、異性の嬢ちゃんが一緒に居る時点でそれは無いか」

 

「そうか、命拾いしたな」

 

「またね」

 

尚文はまだ苛立ちを隠しきれずに親父に背を向けて、ミーシャと共に城門を抜けて草原に行こうとする。

 

「ちょっと、待ちな」

 

「なんだよ?」

 

「そんな格好じゃ舐められるぜ。せめてもの餞別だ」

 

振り返ると小さな袋を投げ渡された。中を確認すると少し煤けたマントと麻で作られた服が入っていた。

 

「…幾らだ?」

 

「銅貨5枚って所だな。在庫処分品だ」

 

「…分かった。後で返しに来る。」

 

尚文は商売として受け取る事にした。

 

「ちゃんと帰って来いよ。俺は金だけは信じているんでな」

 

「あーはいはい」

 

「良かったわね。まだ、この世界は捨てたものじゃないわよ」

 

「…だな」

 

尚文はマントを羽織りながら、服を着て、草原へと出た。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!」

 

「умеумеумеумеумеумеумеумеуме!!」

 

「ーーумереть(死になさい)」

 

尚文は一匹、五分掛かりながら殴っていき噛み付かれてもダメージが無いので困らず一日中戦って、ある程度のバルーンを二人で分けて手に入れた。

 

尚文のレベルが2に上がり、オレンジスモールシールドとイエロースモールシールドの条件が解放されたようだ。

 

そして、念には念をで色々と仕込みや下調べを二人で行った。夕方頃になり尚文とミーシャは空腹を覚える。

 

渋々、城下町に戻り魔物の素材を買い取る商人の店に顔を出した。小太りの商人は尚文とミーシャの顔を見るなり笑みを浮かべる。

 

先客が色々な素材を売っていく。その中に二人が売るつもりでいるバルーン風船があった。

 

「そうですね…こちらの品は二個で銅貨1枚でどうでしょう?」

 

「頼む」

 

「ありがとうございました」

 

客が去ると次は尚文とミーシャの番だった。

 

「おう。魔物の素材を持ってきたんだが買い取ってくれ」

 

「ようこそいらっしゃいました」

 

商人は下卑た笑みを浮かべて、尚文に挨拶をする。

 

「そうですねぇ。バルーン風船ですねぇ、十個で銅貨1枚ではどうでしょうか?」

 

「さっきの奴には二個で銅貨1枚って言ってなかったか?」

 

「そうでしたかね?記憶にありませんが?何分、うちも商売でしてねぇ…」

 

等と言い訳を続けた。

 

「ふーん。じゃあさ」

 

「ぐ、な、何をーー」

 

「コイツも買い取ってくれよ。生きが良いからさ」

 

尚文がマントの下に隠れて噛み付いているオレンジバルーンを引き剥がして商人の鼻先に食いつかせる。

 

「ぎゃあああああああぁぁッ!!」

 

「あれは、さっきの…。中々、賢くて面白い事するのね♪」

 

「まあな」

 

尚文は転げ回る商人の顔に引っ付いてるバルーンを引き剥がしてやり、商人を足蹴にした。その横でミーシャは尚文の行動にご機嫌そうに口角を吊り上げ笑う。

 

「このままお前を草原まで引きずって、買い取って貰おうか?」

 

マントの下に隠していた五匹のバルーンを見せ付ける。

 

(噛み付かれても痛くも痒くもないのなら、引き剥がして誰かに引っ付ける。我ながら名案であり、こうして交渉の役に立っている。俺には攻撃力が無いから脅しは出来ない、隣に居るミーシャにやらせれば良いかもしれないが…コイツに俺がやるように言ったとして、その通りにするか怪しい。今はこの方法が一番良い)

 

「高額で買えとは言わんよ。だが、相場で買い取りしてもらわないと話にならないんでな」

 

「こんな事をして国がーー」

 

「底値更新するような値で冒険者に吹っ掛けた商人の末路はどうなんだ?」

 

「それに、兵士を呼んだところで死体の山が出来るだけよ?」

 

商人は信用が第一である。尚文やミーシャが相手ではなく、普通の冒険者にこのような真似をすれば殴られかねない。客が来なくなるオプション付きで。

 

「ぐ…」

 

睨み殺さんとばかりに恨みがましい目を向けていた商人だが、諦めたのか力を抜く。

 

「…分かりました」

 

「ああ、下手に吹っかけたりせず、俺のお得意様になってくれるのなら相場より少しなら差し引いても良い」

 

「正直な所だと断りたいのですが、買取品と金に罪はありません。良いでしょう」

 

諦めの悪い人間だと理解したのか、買取商はバルーンを相場より少しだけ少なめに買い取った。

 

「俺の噂を広めておけよ。ふざけたことを抜かす商人にはバルーンの刑、そいつに同じ事をしたなら斬首刑だ」

 

「……♪」

 

「はいはい。まったく、とんだ客だよコンチクショウ!」

 

こうして、売却は終わったーー

 

「そのとんだ客がもう一つ売却するわ。これよ」

 

ハズだった。

 

「こ、こりゃ…。ヤマオロシの…」

 

ミーシャは宝石の中から以前倒したレベル不明の熊の毛皮と爪を出して、買取商は驚いたように素材を見る。

 

そして、俯きと同時に下卑た笑みを再び浮かべた。

 

「ぎ、銀貨10枚でどうでしょうか?」

 

「…嘘ね」

 

「で、ですが…」

 

買取商の考えはこうだった。他の売った人間が居ないので次は騙せるのでは無いか。しかし、先程の行動のせいで上手くいかなかったのだ。

 

「はぁ…。それっ♡」

 

「ごふっ…!?がア゛アアアアァッ!!」

 

「さて、幾らかしら?」

 

「けほっ、うぐぅッ…」

 

「…おい」

 

「黙ってて」

 

ミーシャは鎌の柄で、買取商の肋骨へと刺突を繰り出し肋骨にヒビを入れたのだ。鈍い音が響き、買取商は仰向けに倒れて蹲る。尚文が流石に不味いと制止しようとするとそう言って尚文を止めた。

 

「さて、取引よ。ここにポーションがあるわ。数枚の為に命を失うか、ちゃんとした相場の金額を払って命を買うか…選びなさい?兵士を呼ぶような行動をすれば、貴方を殺して根こそぎ貰うけど」

 

「ぐ、ぉ…ヒュー…買い、ます…ッ…!金貨5枚で…」

 

「助かりたいからって…わざと、高い値段言ってない?それはそれで、殺すけど」

 

「い、え…これが相場で」

 

「そう。まいどあり…ポーションよ」

 

ミーシャの取引(笑)により、買取商は金貨5枚をもがきながら取り出しミーシャに渡すと交換でポーションを渡され受け取ると急いで開封し死に物狂いで飲む。

 

「尚文、こうやって命を買わせるやり方もあるわよ。ずっと、バルーンでの脅迫は通じるか分からないから参考にして頂戴」

 

「なるほどな。勉強になった」

 

「それじゃ、また来るわ」

 

「は、はい…」

 

買取商は青ざめた顔で必死に頷いた。

 

こうして今日の稼ぎを尚文達は手に入れ、その足で武器屋の親父に服とマントを払い、飯屋で晩飯を食べた。

 

尚文はその時、味がしないことに気が付いた。彼は味覚を理由は不明だが失ってしまったのだ。

 

ミーシャは尚文のような並外れた防御力は無いので、自腹で宿に泊まり尚文は草原で野宿をした。

 

次の日の朝、尚文はバルーンに噛み付かれた事にストレス発散で殴り割りをして、数分後にミーシャと合流をした。

 

それから、尚文は死に物狂いで戦わずとも金の稼ぎ方を覚えた。それは、草原に群生している薬草である。薬屋の卸問屋から売ってる薬草を見て覚え、買取している店を見つけるという方法だった。

 

後は草原で似た草を摘んでいると、盾が反応した。徐に採取した薬草を盾に吸わせる。

 

すると、リーフシールドの条件が解放された。採取技能を上げる効果のある盾だ。

 

尚文は、ヘルプの内容を再確認した。

 

『武器の変化と能力解放……武器の変化とは今、装備している伝説武器を別の形状へ変える事を指します。変え方は武器に手をかざし、心の中で変えたい武器名を思えば変化させることが出来ます。能力解放とはその武器を使用し、一定の熟練を積む事によって所持者に永続的な技能を授ける事です』

 

 

 

『装備ボーナス……装備ボーナスとはその武器に変化している間に使うことの出来る付与能力です。例えばエアストバッシュが装備ボーナスに付与されている武器を装備している間はエアストバッシュを使用する事が出来ます。攻撃3と付いている武器の場合は装備している武器に3の追加付与が付いている物です』

 

 

何処までもゲームの世界だと尚文はうんざりしながら、リーフシールドの装備ボーナスに興味を引かれていた。

 

採取技能1

 

今の尚文にとって、薬草を採取した時にボーナスがかかると思われる技能は願ったり叶ったりだった。

 

そして、作業のように草原を徘徊し袋に薬草を入れるだけでその日は終わった。

 

ちなみに、ミーシャは別行動で魔物を狩り続けている。

 

そして、尚文は城下町に戻り袋を片手に薬の買取をしてもらった。

 

「ほう…中々の品ですな。これを何処で?」

 

「城を出た草原だよ。知らないのか」

 

「ふむ…あそこでこれほどの品があるとは…もう少し質が悪いと思っていましたが…」

 

等と談笑をしながら買取をしてもらい、この日の収入は銀貨1枚と銅貨50枚だった。

 

「結構、稼げたじゃない。尚文」

 

「お前こそ」

 

ミーシャの方はバルーンを狩り続けては買取商に売ってを繰り返して、銅貨40枚を荒稼ぎした。

 

二人は酒場で食事をしていた。すると、何人か仲間にして欲しいと声をかけてくる輩が何人か居たが、尚文から見てガラの悪そうな人間が多いのでうんざりしている。

 

あの事件以降、何を食べても味がしなかった。酒場での料理を口にしても変わらない。酒場で注文をした料理を頬張りながら味覚の欠落を自覚する。

 

(尚文と一緒に何度か食事をしたけど、初日の食事の時以来少しも表情が変わらないわね。どうしたのかしら?尚文は景色や空気の話をした限りだと、彼は一般家庭のはず。変わった味の料理にもっと、一喜一憂しても良いと思うのだけれど。状況が状況だからって言ってしまえばそこまでだけど…)

 

「尚文、貴方この料理は美味しいと思う?」

 

「…急に何だ。藪から棒に…ああ、美味しいよ」

 

(あ、ちょっと眉ひそめた。うーん、変なのだけれど…どうしたものかしら)

 

尚文の食事の時の様子をミーシャは変だと思い尚文に尋ねる。しかし、尚文は正直に話す必要は無い上にミーシャの事もまだ警戒している為、そう答えた。

 

「そう…私も美味しいと思うわ。じゃあ、この料理はどんな味付けかしら?」

 

「…ホントに何なんだお前?塩味だ」

 

「ブッブー♪ハズレよ。これはちょっと甘めの味付け…照り焼きに似た感じ」

 

「……」

 

ミーシャの質問に答えたが墓穴を掘ってしまった為、尚文は顔をしかめた。もしかしたら、また同じように陥れられるかもしれない。どうしても、疑ってしまい警戒する。

 

「貴方、もしかして味覚がーー」

 

 

「盾の勇者様ー仲間にしてくださいよー?」

 

ミーシャが話をしようとすると、上から目線で酒場に居た男達が尚文に話しかけた。

 

 

「ーー失せなさい。今、話をしてる最中なの」

 

ミーシャは顔をしかめて、その男達へと苛立ちの隠せない声で言った。

 

「はい?」

 

「いや、いい。悪い…その話は後でな」

 

「分かったわ」

 

ミーシャは渋々、頷いて食器を机に置いた。

 

「じゃあ、先に契約内容の確認だ」

 

「はぁい」

 

ミーシャが引いた事で調子に乗った男は尚文にもふざけた口調で返事をする。

 

「まず雇用形態は完全出来高制、意味は分かるな」

 

「分かりませ~ん」

 

「…♡もういいわ。そんな事も分からない知能のこいつらが役に立つとは思えないのだけれど?♡」

 

「何だと?」

 

返事をした男は尚文を馬鹿にしたつもりが逆にミーシャに鼻で笑いながら馬鹿にされ、怒りに顔を歪めてミーシャに食ってかかるが尚文に宥められ話を続ける事になった。

 

「冒険で得た収入の中でお前等に分配する方式だ。例えば銀貨100枚の収入があった場合、俺が大本を取るので最低四割頂く、ミーシャが得た分は全てミーシャの分になるが。後はお前等の活躍によって分配するんだ。お前だけなら俺とお前で分ける。お前が見てるだけとかやらない。俺の裁量で渡す金額が変わる」

 

「なんだよそれ、あんたが全部独り占めも出来るって話じゃねえか!」

 

「ちゃんと活躍すれば分けるぞ。活躍出来たらな」

 

「そりゃそうよね…♪役立たずを雇うよりは私一人の方が使えるもの♡」

 

「じゃあその話で良いや、装備買って行こうぜ」

 

「自腹で買え。俺はお前に装備を買ってまで育てる義理は無い」

 

「ほんと使えないわね。コイツら」

 

「チッ…」

 

契約内容を飲んだが、装備を買うのを断られた上、ミーシャの口擊に顔をしかめて舌打ちをした。彼らは尚文に装備品を買わせて無意味に後ろに着いてこようとしていた。その上で、何処かでタイミングを見つけて逃亡して装備代を掠めるつもりだ。

 

「じゃあ、良いよ。金寄越せ」

 

「あ、こんな所にバルーンが!」

 

「いでー!いでーよ!」

 

酒場にバルーンが紛れ込み騒ぎになり、男達は逃げて行った。

 

「逃げるの禁止♡」

 

「おぐぁ…ッ…!ぐ…ぇ…ぉ…ッ…」

 

「がッ…!」

 

店を出た近くで、尚文と話をしている間に店から出て待機をしていたミーシャは彼らの姿を見ると大鎖鎌に鎌を変形させ、走っていた男達の一人の首を右薙ぎに鎌を振るって跳ね、辺りに血飛沫とゴトッと首が落ちる音が響く。もう一人の男は飛んで来た分銅に頭蓋を砕かれ死亡した。

 

「く、来るなッ…!うわああああぁッ…!!」

 

「うふふふふふっ♡あはははははッ…♡」

 

一人になった男は必死に逃げようとするがすぐに追い付かれて、首を跳ねられた。

 

その頃、尚文は食事代を置いて店を去っていた。その後、合流したミーシャからバルーンを受け取る。

 

そんな毎日で少しずつ金を貯めて、気が付けば二週間目に突入した。




王が早速小物化してますが、原作でもこんなんだったハズ…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九話 奴隷

遅れてすいません…。


二週間が経ち、手に入った金額は銀貨40枚だった。元康に投げつけた分と少しが集まった。なお、その時の事を一時の感情で何故そんなことをしてしまったのかとミーシャに数日前、おちょくられた模様。

 

尚文はミーシャと共に一度だけ森の方へ行った事があった。レッドバルーンという魔物を殴った時、缶を殴ったような衝撃を受けた。三十分近く殴っても一向に割れる気配が無く、ミーシャに任せて攻撃して貰い割れたということがあり、まだ早いと尚文は判断して森を去ったのだ。

 

尚文はまだ草原に居る程度の魔物しか戦うことが出来ない状態だった。二週間でレベルは5まで上がった。

 

「はぁ…」

 

腕に喰らい付いたままのレッドバルーンを殴るがダメージが通らずに溜め息を吐く。

 

攻撃力が足りない。足りないから魔物が倒せない。倒せないから経験値が稼げない。稼げないから攻撃力が足りない。このループに尚文は陥っている。それよりも、尚文が危惧している事が一つあった。

 

ミーシャの事だ。

 

現状、ミーシャは尚文に同行しているが彼女が飽きたり退屈した場合、同盟を切られる可能性がある。彼女は放浪癖があり、最終的には戻って来るが別行動が少なくなかった。利用価値が無いと判断されるのが一番危険な事なのだ。お互い利用しあっている状況を維持すること…それが尚文がしたい事だった。

 

酒場から草原に出るための裏路地を現在、二人で歩いていた。この日、二人にある少女との出会いが待っていた。

 

「お困りのようですな?」

 

「ん?」

 

「何かしら」

 

シルクハットに似た帽子、燕尾服を着た、妙な男が尚文とミーシャを裏路地で呼び止める。尚文からしたら、肥満体のサングラスを着けた変な紳士であり中世な世界観から逸脱しており、浮いた男なので無視することにした。

 

「人手が足りない」

 

その一言に尚文の足が止まる。

 

「魔物に勝てない」

 

「ぷっ…」

 

尚文は男の言葉にイラつき始め、ミーシャは男の言葉に笑いを堪える。

 

「そんなアナタにお話が」

 

「仲間の斡旋なら間に合ってるぞ?」

 

「面白そうね」

 

「おいコラ」

 

尚文は金にしか目が無い人間を養う余裕が無いので断ろうとし、ミーシャは食い付いた。

 

「仲間?いえいえ、私が提供するのはそんな不便な代物ではありませんよ」

 

「…じゃあ何だよ?」

 

「…♪」

 

ズイっとその男は尚文に擦り寄ると声を出す。

 

「お気になります?」

 

「ねっとりした声を出すな、息を吹き掛けるな、顔が近いんだよ、気色悪い」

 

「怪しいおじさん×尚文…♡良いわね…♡」

 

ミーシャは恍惚とした表情を浮かべた。

 

「おいやめろ」

 

「ふふふ、あなたは私が好きな目をしていますね。良いでしょう。お教えします!」

 

男はもったいぶり、ステッキを振り回しながら高らかにシャウトする。

 

「奴隷ですよ」

 

「奴隷?」

 

「ええ、奴隷です」

 

「へぇ…♪」

 

奴隷とは、人間でありながら所有の客体即ち所有物とされる者を言う。人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の所有物として扱われる人。所有者の全的支配に服し、労働を強制され、譲渡・売買の対象とされる者である。

 

「なんで俺が奴隷を欲していると?」

 

「裏切らない人材」

 

その一言に尚文は肩をピクリとさせた。

 

「奴隷には重度の呪いを施せるのですよ。主に逆らったら、それこそ命を代価にするような強力な呪いをね」

 

「ほう…」

 

「ほんと、狂ってるわね…良い感じに♡」

 

尚文にとっては図星だった。逆らえば死に、下手に人を利用しようと考えない人材はまさに尚文が欲しがっていた物だった。

 

尚文には攻撃力が欠けている。だから仲間が必要だ。しかし、仲間は裏切る為、金を掛ける訳にもいかない。ミーシャは現状、仲間だが金銭の発生する事は自分でやらせているが何時切られるか分かったものではない。

 

仲間はその為、増やせない。

 

しかし奴隷は裏切れない。裏切りは死を意味するからだ。

 

「どうです?」

 

「話を聞こうじゃないか」

 

「そうね」

 

奴隷商はニヤリと笑い、尚文に案内をするのであった。

 

 

 

 

 

裏路地を歩くことしばらく。この国の闇は二人が想像するよりも相当深かった。昼間だというのに日が当たらない道を進み、サーカスのテントのような小屋が路地の一角に現れる。

 

「こちらですよ勇者様方」

 

「へいへい」

 

奴隷商は不気味なステップで歩いていく。それから、奴隷商は尚文が予想した通りにサーカステントの中へ尚文とミーシャを案内した。

 

「さて、ここで一応尋ねておくが、もしも騙したら…」

 

「良くて港で有名なバルーン解放でドサクサに逃げる。悪くて港で有名な鎌で首狩りでしょう?」

 

奴隷商は笑顔を崩さずに言い放つ。

 

「勇者を奴隷として欲しいお客様はおりましたし、私も可能性の一つとして勇者様方にお近付きしましたが、考えを改めましたよ。はい」

 

「ん?」

 

「あなた方は良いお客になる素質をお持ちだ。良い意味でも悪い意味でも」

 

「ふーん…」

 

「どういう意味だ?」

 

「さてね。どういう意味でしょう」

 

会話をしているとサーカステントの中で厳重に区切られた扉が開く。

 

「ほう…」

 

「闇の匂いがプンプンするわね♡」

 

店内の照明は薄暗く、仄かに腐敗臭が立ち込めている。獣のような匂いも強く、あまり環境は良くないだろう。幾重にも檻が設置されていて、中には人型の影が蠢いている。

 

「さて、こちらが当店でオススメの奴隷です」

 

奴隷商が勧める檻に少しだけ近付いて中を確認する。

 

「グウウウ…ガアアァッ!!」

 

「人間じゃないぞ?」

 

(Lv.75…俺のLvよりも遥かに高いな)

 

「はぁ…はぁ…♡」

 

(100点ッ…♡嗚呼、駄目…お腹の奥が疼いて…♡)

 

檻の中には人間のような、皮膚に獣の毛皮を貼り付けて鋭い牙や爪を生やした様な生物、簡単に言えば狼男が唸り声を上げて暴れていた。尚文は、狼男のステータスを見て冷や汗をかき、ミーシャは恍惚とした表情を浮かべて息を荒げ身体を掻き抱いて興奮を鎮めようとする。

 

「獣人ですよ。一応、人の部類に入ります」

 

「んんっ…♡はぁ…ッ…うぅ…っ…ふうぅ…ッ…♡」

 

「獣人ね。つか、盛るな…落ち着け」

 

「っ、けほ…!お゛ぇ…ッ…!うぅ…!」

 

尚文は獣人と聞いてファンタジーではよく出てくる種類の人種を連想した。そして、背中に悪寒と本能的に危険を感じとりミーシャから少し距離を取る。少し離れた檻で殺気をもろに浴びた奴隷の少女が悪寒で体調を崩したのか、強く咳き込み檻の中で蹲って身体を掻き抱いた。

 

「俺は勇者で、この世界に疎いんでね。詳しく教えてくれないか?」

 

「私も知りたいわ」

 

他の勇者達のように尚文とミーシャは世界に詳しく無い。しかし、見覚えはあった。町を見ていると、時々、犬の耳をしている人種や猫の耳を生やした者を見かける事があった。

 

「メルロマルク王国は人間至上主義ですからな。亜人や獣人には住みづらい場所でしてね」

 

「ふーん…」

 

城下町で亜人、獣人を見かけるが確かに尚文やミーシャが見た限りでは旅の行商か冒険者崩れ程度しか見かけなかった。差別されており、まともな職には就けないという事だろう。

 

「で、その亜人と獣人とは何なんだ?」

 

「亜人とは人間に似た外見であるが、人とは異なる部位を持つ人種の総称。獣人とは亜人の獣度合いが強いものの呼び名です。はい」

 

「なるほど、カテゴリーでは同じという訳か」

 

「リアルであんなの見るの初めてだわ」

 

「ええ、そして亜人種は魔物に近いと思われている故にこの国では生活が困難、故に奴隷として扱われているのです」

 

何処の世界にも闇がある。話を聞いていてミーシャと尚文はそう思わざるを得なかった。

 

「そしてですね。奴隷には」

 

パチンと奴隷商が指を鳴らす。すると奴隷商の腕に魔方陣が浮かび上がり、檻の中に居る狼男の胸に刻まれている魔方陣が光り輝く。

 

「ガアアァッ!!」

 

狼男は胸を押さえて苦しみだし悶絶して転げ回った。もう一度、奴隷商がパチンと鳴らすと狼男の胸に輝く魔方陣は輝きが弱まり消える。

 

「このように指示一つで罰を与えることが可能なのですよ」

 

「なるほど、これを使えば死ぬまで殺し合う事も…♡」

 

「可能でございます」

 

「中々便利な魔法のようだな」

 

仰向けに倒れる狼男を見て尚文とミーシャは呟く。

 

「俺達も使えるのか?」

 

「ええ、何も指を鳴らさなくても条件を色々と設定できますよ。ステータス魔法に組み込むことも可能です」

 

「ふむ…」

 

「まあ、便利」

 

尚文は黙り込み考えるような仕草をする。

 

「一応、奴隷に刻む紋様にお客様の生体情報を覚えさせる儀式が必要でございますがね」

 

「奴隷の飼い主同士の命令の混濁が無いために、か?」

 

「物分かりが良くて何よりです」

 

奴隷商は不気味に笑う。

 

「まあ、良いだろう。コイツは幾らだ?」

 

「尚文、私も出すわよ。私もコイツ欲しい」

 

「そうだな。出し合おう」

 

「何分、戦闘において有能な部類ですからね…」

 

尚文はミーシャに建前上では、そう言ったが金銭において自分達の噂は絶えない。その為、下手に吹っ掛けても買う気は無かった。

 

「金貨15枚でどうでしょう」

 

「相場が良く分からないが…相当オマケしているんだろうな?」

 

「ぼったくろうとしてるなら…♡」

 

金貨1枚は銀貨100枚相当に匹敵する。王がバラで渡したのには理由があった。金貨は単位の大きさゆえ、両替に困る特色を持っている。城下町で売っている装備品は基本的に銀貨で買ったほうが店の方も対処が楽だ。

 

「もちろんでございます」

 

ミーシャが鎌を構え、尚文が凝視しても奴隷商は笑顔で対応する。

 

「買えないのを分かっていて一番高いのを見せているな?」

 

「なーんだ。買えないのね…萎えちゃった」

 

「はい。アナタ方はいずれお得意様になる方々、目を養っていただかなければこちらも困ります。下手な奴隷商に粗悪品を売られかねません」

 

どのみち怪しい奴だと二人は疑う。

 

「コロシアムで戦っていた奴隷なのでしたがね。足と腕を悪くしてしまいまして、処分された者を拾い上げたのですよ」

 

「は?弱いじゃない」

 

「いえいえ、それでも強さは健在ですよ。しっかり、治療すれば尚更…」

 

「へぇ」

 

「ふむ…」

 

尚文はそれを聞き、Lvに見合わないと感じた。

 

「さて、一番の商品は見てもらいました。お客様はどのような奴隷がお好みで?」

 

「安い奴でまだ壊れていないのが良いな」

 

「となると戦闘向きや肉体労働向きではなくなりますが?噂では…」

 

「俺はやっていない!」

 

「うふふ♪夜はまだ終わってないぜ?うふふっ」

 

「……歯ァ食い縛れ。そぉい!」

 

「ふぎゃっ!?」

 

尚文はミーシャの腰に手を回すと持ち上げ、ジャーマンを決めた。

 

「痛いじゃない」

 

「ったく…」

 

ミーシャは頭にたんこぶが出来、若干涙目になりながら尚文を避難する。

 

「ふふふ、私としてはどちらでも良いのです、ではどのような奴隷がお好みです?」

 

「変に家庭的でも困る。性奴隷なんて持っての他だ」

 

「ふむ…噂とは異なる様子ですね。勇者様」

 

「…俺はやってない」

 

「等と、供述しふぎゃっ!?」

 

尚文にとって今、必要なのは自らの代わりに敵を倒すことが出来、なおかつ裏切らない奴隷だ。

 

「性別は?」

 

「出来れば男がいいが問わない」

 

「ふむ…」

 

奴隷商は頬を掻く。

 

「些か愛玩用にも劣りますがよろしいので?」

 

「見た目を気にしてどうする」

 

「Lvも低いですよ?」

 

「戦力が欲しいなら育てる」

 

「…面白い返答ですな。人を信じておりませんのに」

 

「奴隷は人じゃないんだろ?物を育てるなら盾と変わらない。裏切らないなら育てるさ。お前も手伝ってくれるか?」

 

「ええ、勿論♪」

 

「これはしてやられましたな」

 

尚文の事が面白かったのか奴隷商は何やら笑いを堪えている。

 

「ではこちらです」

 

そのまま、檻がずっと続く小屋の中を歩かされること数分。騒がしい区域を抜けると、次はうるさい声が聞こえてくる。尚文とミーシャが檻に視線を向けると小汚い子供や老人の亜人が檻で暗い顔をしている。

 

「ドーン♪ガシャーンっ♪」

 

「ひっ」

 

「ーーやめろ」

 

「はぁーい」

 

案内中にミーシャが口で擬音を出しながら、檻を蹴ると中に居た子供や老人の亜人はびくりと震え蹲る。それを見て尚文は流石に不快だったのかミーシャを制止した。

 

そしてしばらく歩くと奴隷商は足を止める。

 

「ここが勇者様に提供できる最低ラインの奴隷ですな」

 

奴隷商が指差したのは三つの檻だった。一つ目は片腕が変な方向に曲がったウサギのような耳を生やした男。見た通りの年齢だと20歳前後。

 

二つ目はかなり痩せ細り、怯えた目で震えながら咳をする、犬にしては丸みを帯びた耳を生やし、妙に太い尻尾を生やした10歳くらいの少女。

 

三つ目は妙に殺気を放つ、目の逝ったリザードマン。

 

「左から遺伝病のラビット種、パニックと病を患ったラクーン種、雑種のリザードマンです」

 

「どれも問題を抱えてる奴ばかりか…」

 

「ご指名のボーダーを満たせる範囲だとここが限界ですな。これより低くなると、正直…」

 

奴隷商が奥の方へと目を向けると尚文とミーシャも視線を向ける。遠目からでも分かる死の匂い。葬式等で僅かに匂うそれよりも、濃度が濃い。あの先に充満する匂いに尚文は口元を抑える。腐敗臭もしてきていた、あの場所を直視してしまえば心に傷を負う事になる。本能が尚文に直視するなと警告していた。ミーシャは奥を見ては口角を吊り上げ笑みを浮かべていた。

 

「ちなみに値段は?」

 

「左から銀貨25枚、30枚、40枚となっております」

 

「…Lvは?」

 

「5、1、8ですね」

 

尚文は考える。即戦力を見れば混血のリザードマン、値段を見れば遺伝病か。ラビット種と呼ばれた男は片腕が使えなくても他の部位は問題がなさそうだと。

 

「そういえば、ここの奴隷はみんな静かだな」

 

「騒いだら罰を与えます故」

 

「なるほど」

 

「ちょっとー、何か喋りなさいよ」

 

聞いてないのか、げしげしと檻を蹴りながらミーシャはリザードマン達に喋るように迫る。

 

「やめろ」

 

「分かったわよ」

 

「この真ん中の奴はなんで安いんだ?」

 

ガリガリに痩せており、怯えている少女を見て尚文は尋ねた。ラクーン種、直訳はアライグマかタヌキ。

 

「ラクーン種という見た目が些か悪い種族ゆえ、これがフォックス種なら問題ありでも高値で取引されるのですが…

 

「ほう…」

 

「顔も基準以下でしかも夜間にパニックを起こします故、手を焼いてるのです」

 

「在庫処分の中でまともなのがこれか?」

 

「いやはや、痛いところを突きますな」

 

他の奴隷に比べて労働向きでは無い。Lvも一番低いと来れば尚文はやはり悩んでしまう。

 

「……♪」

 

「……」

 

ミーシャと尚文の二人とラクーン種の少女は目が合う。

 

(そうだ。コイツは女、あのクソ女と同じ性別なんだよな。あの女を奴隷にしたと思うなら良いかも知れないなぁ…。死んだら死んだで憂さも少しは晴れるだろうし…)

 

尚文は怯えるその目を見て、なんとも支配欲を刺激され尚文自身が負の感情に思考が支配されていく。

 

「なら、真ん中の奴隷を買うとしよう」

 

「ッ…♡尚文、今の貴方…凄く良いわよ…♡殺したい、今すぐ殺したいわ♡ねぇ、殺してもいいかしら?♡」

 

「駄目だ」

 

「チッ…」

 

「なんとも邪悪な笑みに私も大満足でございますよ」

 

奴隷商は檻の鍵を取り出してラクーン種の少女を檻から出して首輪に繋ぐ。

 

「ヒィ!?」

 

怯える少女を見て、尚文は満たされた気持ちになっていくのを感じていた。

 

マインがこのような顔をしている光景を想像すると何だか気持ちが良くなってくるのを尚文は感じる。

 

それから鎖で繋がれた少女を引きずって、元来た道を戻り、少し開けたサーカステント内の場所で奴隷商は人を呼び、インクの入った壺を持ってこさせた。

 

そして小皿にインクを移したと思うと尚文に向けて差し出した。

 

「さあ勇者様、少量の血をお分けください。そうすれば奴隷登録は終了し、この奴隷は勇者様の物です」

 

「なるほどね。主はどっちにする?」

 

「貴方で良いわ。尚文」

 

それを聞くと尚文は作業用のナイフを自らの指に軽く突き立てる。誰かに刃物を突きつけられると盾は反応するが自分の攻撃には意味が無い。そして戦闘での使用では無い場合、盾は反応しない。

 

血が滲むのを待ち、小皿にあるインクに数滴落とす。

 

奴隷商はインクを筆で吸い取り、少女が羽織っていた布を部下に引き剥がさせて、胸に刻まれている奴隷の文様に塗りたくる。

 

「っ、く…う゛ッ…あ゛あ゛ああああぁぁ…ッ…!!」

 

奴隷の文様は光り輝き、尚文のステータス魔法にアイコンが点灯する。

 

奴隷を獲得しました。

 

使役による条件指定を開示します。

 

色々と条件が載っている。

 

尚文は目を通し、寝込みに襲い掛かるや、主の命令を拒否するなどの違反をした場合、激痛で苦しむように設定する。ついでに同行者設定というアイコンが奴隷項目以外の所で目に入ったのでチェックを入れた。

 

「これでこの奴隷は勇者様の物です。では料金を」

 

「ああ」

 

尚文は奴隷商に銀貨31枚を渡す。

 

「1枚多いですよ」

 

「この手続きに対する手数料だ。搾り取るつもりだったんだろ?」

 

「なにそれせこい」

 

「…よくお分かりで」

 

先に払いましたという顔をすれば文句は言えまいと尚文は考えたのだ。

 

「まあ、良いでしょう。こちらも不良在庫の処分が出来ましたので」

 

「ちなみに、あの手続きはどれくらいなんだ?」

 

「ふふ、込みでの料金ですよ」

 

「どうだかな」

 

奴隷商が笑うので尚文は笑い返した。

 

「本当に食えないお方だ。ぞくぞくしてきましたよ」

 

「ではまたのご来店をお楽しみにしています」

 

「ああ」

 

尚文はよろよろと歩く奴隷に来るように命令してサーカステントを後にする。暗い面持ちで奴隷は尚文とミーシャの後を着いて来る。

 

「うふふ♪下衆の仲間入りおめでとう…♪」

 

「そりゃどうも。お前に言われる筋合いは無いけどな」

 

ミーシャが面白そうに笑いながら言うと尚文は相手にしても仕方ないといった感じに適当にあしらった。

 

「さて、お前の名前を聞いておこうか」

 

「……コホ…」

 

「なるほど、コホちゃんっていうのね」

 

「…!…」

 

顔を逸らして返答を拒否する。すると、ミーシャに言われた言葉を否定しようと首を横に振る。だが、その行動は不味かった。尚文の命令を拒否したので奴隷としての効果が発動する。

 

「う、ぐ…ッ…」

 

「ラ、ラフタリア…げほっ…コホ…!」

 

「そうか、ラフタリアか。行くぞ」

 

「えぐーい♡」

 

名前を言ったので楽になったラフタリアは呼吸を整える。そして、尚文はラフタリアの手を掴んで路地裏を進んだ。

 

「……」

 

ラフタリアは手を繋ぐ尚文を見上げながら歩いていく。




突然ですけど、盾の勇者の成り上がりで一本書きたい話の案が次々浮かんできて困ってます。

例えば…

その一、『砲の勇者』尚文のクラスメイトで幼馴染み(女)
その二、『刀の勇者』ダァーイとか有給ラッシュしちゃう尚文の双子の姉
その三、女王の座が欲しく手段を選ばないが世界や国の命運の為に前線で戦う鉈と太刀使いの非勇者、オルトクレイ家の長女。

とこんな感じのを書きたかったりします。この中なら、その三ですね。ただ、その三だけはオルトクレイ側の話なので原作をガッツリ読み込まないとキツそうなのが…。

でも、私は諦めませんぞ

とりあえず、いつか書きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十話 旗と懐かしの料理

遅れてすみません。


「お前ら…」

 

尚文とミーシャが武器屋に顔を出すと親父はラフタリアを連れた尚文とミーシャを見て絶句しながら声を紡いだ。尚文が欲しいのは戦う者…攻撃力だった。攻撃力だけなら、ミーシャでも良いが尚文がさらに求めた条件があった。

 

絶対に裏切らない戦う者だ。しかし、武器を買わさなければ話にならない。

 

「コイツが使えそうで銀貨6枚の範囲の武器をくれ」

 

「…はぁ」

 

武器屋の親父は溜息を吐いた。

 

「国が悪いのか、それともアンタが汚れちまったのか…まあいいや、銀貨6枚だな」

 

「国が悪いわけでも、尚文が汚れたわけでもないわ。これが人の本質よ。目的や欲の為ならどんな事だって出来る」

 

「嬢ちゃんの口からそんな言葉が出ちまうのも嘆かわしいけどな」

 

「内緒よ♡」

 

「後は在庫処分の服とマント、まだ残ってるか?」

 

「…良いよ。オマケしてやる」

 

武器屋の親父は嘆かわしいと感じながらも、ナイフを数本持ってきて尚文に見せる。

 

「銀貨6枚だとコレが範囲だな」

 

左から銅、青銅、鉄のナイフだ。グリップの範囲でも値段が変わるようで、尚文はラフタリアの手に何度もナイフを持ち比べさせ、一番持ちやすそうなナイフを選ぶ。

 

「これで良い」

 

ナイフを持たされ顔を青くするラフタリアは尚文と親父とミーシャに視線を送る。

 

「ほら、オマケの服とマントだ…」

 

親父はぶっきらぼうに尚文にオマケの品を渡して、更衣室へ案内させた。ナイフを没収した後、ラフタリアにオマケの品を持たせて行くように指示してよろよろと咳をしながらラフタリアは更衣室に入り、着替えた。

 

「めんどくさいから、ここで着替えさせればいいのに」

 

「良いわけあるか」

 

「良いじゃない、奴隷なんだし。それに尚文の槍はあの子に反応しちゃうのかしら?流石に罪深いわよ」

 

「するわけないだろ。くだらない事を言うな」

 

「うふふ。私が男だったらあの子の事犯してたわ」

 

「おっ前、ほんとクズだな」

 

「冗談よ」

 

等と、ミーシャと尚文が軽口を叩き合ってると着替え終わったラフタリアが更衣室から出てきた。

 

「まだ小汚いな…後で行水でもさせるか」

 

草原の近くには川が流れている。この国にも通る川とは上流から分岐した川であり、最近では尚文とミーシャの生息地域はそこにシフトしていた。

 

魚を釣れば食料に困らない為、二人は良い場所だと感じている。手掴みでも取れるくらいの魚が居て、フィッシュシールドという解放効果、釣り技能1という盾も既に取得している為、二人の生活は割と豊かである。

 

そして、おずおずと着替えを終えたラフタリアは尚文の方へと無言で駆けてくる。命令を無視すれば痛みを伴うことが分かっている。尚文はラフタリアの視線にまで腰を降ろして話しかけた。

 

「さて、ラフタリア、これがお前の武器だ。そして俺はお前に魔物と戦う事を強要する。分かるな?」

 

「……」

 

ラフタリアは怯える目を向けながら頷く。そうしなければ、苦しくなる。さらにそれを耐えて命令を拒否すれば後ろに立っているミーシャが何をしてくるかがまったく分からない。

 

「じゃあ、ナイフを渡すから…」

 

尚文はラフタリアにナイフを渡すと、マントの下で食いついているオレンジバルーンをラフタリアの前に見せて取り出した。

 

「これを刺して割れ」

 

「ひっ…!?」

 

尚文が魔物を隠していた事にラフタリアは驚き武器を落としそうになるくらい声を上げる。

 

「え…い、いや」

 

「命令だ。従え」

 

「い、いや」

 

ひたすらに首を振りラフタリアは拒否する。しかし、ラフタリアは命令を拒むと苦しむ魔法が掛けられている為、苦痛が身体へと走り出す。

 

「ぐ、うぅ…ッ…」

 

「ほら、刺さないと痛くなるのはお前だぞ」

 

「げほっ、こほ…ッ…!」

 

苦痛に顔を歪ませるラフタリアは震える手に力を込めて武器を握り締める。

 

「アンタ…」

 

その様子を武器屋の親父は絶句しながら見下ろしていた。ラフタリアはしっかりと攻撃の意志を持って、尚文に喰らいつくオレンジバルーンを後ろから突き刺した。

 

「…弱い。もっと力を入れろ!」

 

そう怒鳴った後、尚文はミーシャに目配せした。

 

「……♪」

 

「ッ…!?えいっ…!」

 

ミーシャは握り拳を作り、反対の手で包み込み指を鳴らす。突きが跳ね返されたのとミーシャの指の音を聞くとラフタリアの肩がビクリと震え、驚きながら勢いを込めてバルーンにもう一度突きを加えた。

 

大きな音を立ててバルーンは弾けた。

 

『EXP.1』

 

同行者が敵を倒したのを知らせるテロップが尚文とミーシャの視界に浮かび上がる。

 

(あのクソ女。俺と同行しているつもりも無ければシステム的なことをするつもりすら無かったという事か…!)

 

「よし、良くやった」

 

尚文はラフタリアの頭を撫でる。するとラフタリアは不思議そうな顔をして尚文に顔を向けた。

 

「じゃあ、次はこれだ」

 

尚文に一週間近く喰らいついている一番強いバルーン。レッドバルーンを掴み、先程と同じように見せ付ける。一週間、飲まず食わずで噛み付いているレッドバルーンは少し弱ってきている。おそらく、今のラフタリアの攻撃も耐えられないだろう。コクリと頷いたラフタリアは先程よりもしっかりした目でバルーンを後ろから突き刺す。

 

『EXP1 同行者EXP6』

 

と、アイコンが二人の目に入る。

 

「よし、どうやら戦えるようだな。行くとしよう」

 

「上出来よ」

 

「…コホ」

 

武器を腰にしまうように指示を出し、ラフタリアは素直に従う。

 

「あーあれだ。言わせてくれ」

 

「なんだ…?」

 

親父は尚文とミーシャを睨み付けて呼び止める。

 

「お前ら、絶対ろくな死に方しないぞ」

 

「お褒め与り光栄です」

 

「私は寿命以外じゃ、死なないわよ♪」

 

尚文は嫌味に嫌味で返し、ミーシャは薄ら笑いを浮かべてそう返した。

 

店を出た尚文はその足で草原の方へ向かう為、露店街を進む。ラフタリアは町並みをキョロキョロとしながら手を繋いで隣を歩く。その途中で屋台の匂いが鼻を刺激する。

 

尚文の所持銀貨はあと3枚。そんな中、尚文は小腹が空いてきたと感じていた。

 

ぐう…。

 

ラフタリアの方から空腹を意味する音が尚文とミーシャの耳に入る。

 

「あ…」

 

尚文が顔を向けると、ラフタリアは首を横に振り違うと主張する。

 

(何を我慢してるんだ?今は、ラフタリアが敵を仕留めてくれなければ俺の稼ぎにならない。腹が空いて力が出ないでは困る)

 

「今のは私よ、尚文。少しお腹が空いたわ。食事にしましょう」

 

「そうだな」

 

「……」

 

尚文達は手ごろな定食屋を探して店に入った。

 

「いらっしゃい…ませ!ぅ…」

 

ボロボロの格好なので店員は嫌な顔をしつつ、座る場所へと案内した。その途中、ラフタリアは別の席に座っている親子を眺めていた。そして子供が美味しそうに食べているお子様ランチのようなメニューを羨ましそうに見て指を咥える。

 

(アレが食べたいのか)

 

席に座った尚文達は、店員が去る前に注文する。

 

「えっと、俺はこの店で一番安いランチね。こいつには、あそこの席にいる子供が食べてるメニューで」

 

「!?」

 

「私もその子と同じメニューで」

 

ラフタリアは驚いた表情で尚文を見つめる。

 

「了解しました。銅貨…枚です」

 

「ほい」

 

「ほら」

 

ミーシャと尚文はそれぞれ、銀貨を渡してお釣りを貰った。ぼんやりとメニューが運ばれてくるのを待ちながら店内を見渡す。

 

 

 

 

尚文との方を見ながらヒソヒソと内緒話をする客が多い。

 

「なん、で?」

 

「ん?」

 

ラフタリアの声が聞こえ、尚文は視線を下げる。すると、ラフタリアは不思議そうな顔で尚文を見つめていた。

 

「お前が食いたいって顔をしてたからだろ。別のを食いたかったか?」

 

ラフタリアは首を横に振る。

 

(微妙にフケが飛ぶな)

 

「なん、で食べさせてくれるの?」

 

「だから言ってるだろ、お前が食べたいって顔しているからだ」

 

「でも…」

 

(何をそんなに意固地になっているのか)

 

「とにかく飯を食って栄養をつけろ。そんなガリガリじゃこの先、死ぬぞ」

 

尚文とラフタリアが話す横でミーシャは食器をカチャカチャ鳴らしている。

 

「お待たせしました」

 

しばらくして注文したメニューが運ばれてきた。尚文はラフタリアとミーシャの前にお子様ランチのような料理を置いて自分のベーコン定食のような料理に手を伸ばす。しかし、案の定味がしない。

 

(懐かしいわね、この料理…。昔、パパとママと食べに行ったっけ…)

 

「……」

 

ラフタリアはお子様ランチのような料理を凝視しながら固まっている。一方、ミーシャはお子様ランチのような料理を凝視しながら両親が健在だった頃を思い出して感傷に浸っていた。

 

「食べないのか?」

 

「…良いの?」

 

「はぁ…良いから食べろ」

 

尚文の命令にラフタリアの顔が少し歪む。

 

「うん」

 

恐る恐るラフタリアはお子様ランチのような料理に素手でかぶりつく。そのせいかヒソヒソ話が大きくなっていく。チキンライスのような主食の上にある旗をラフタリアは大事そうに握っている。

 

「なぁ、元の世界のと味は比べてみてどうだ?」

 

「そうね…食べれる環境じゃない時が長かったから、ぼんやりとしか覚えてないけど…。似てるけど違う味ね、美味しいけど」

 

(やっぱりそうか…)

 

一心不乱に食べるラフタリアを尻目に尚文がミーシャに質問し、それにミーシャは答えていた。会話もそこそこしながらこれからの方針を尚文は頭に浮かべた。




ラフタリアのフケ需要ありそう(ミ並キチ感)


オマケ:ワザップの裏技に騙され激昂する弓の勇者

「マインさん、あなたを詐欺罪と器物損壊罪で訴えます!理由はもちろんお分かりですね?あなたが元康さんと僕をこんなウラ技で騙し、セーブデータを破壊したからです!覚悟の準備をしておいて下さい。ちかいうちに訴えます。裁判も起こします。女王様にも問答無用できてもらいます。慰謝料の準備もしておいて下さい!貴方は犯罪者です!処刑される楽しみにしておいて下さい!いいですね!」

剣「データを消せって所で嘘って分かるわ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十一話 奴隷と指南

令和最初の投稿が四日後とは、遅れてすみません…。


ゲシッ、バキッ、ドゴッ、と鈍い音が路地裏に響き渡る。路地裏には様々な歳の男女が数人、血塗れで顔に痣を作り倒れていた。現在も誰かが血を流し、路地裏の壁に赤いシミを作る。

 

「あ、がッ…た…すけ…ぐぁ…ッ…!!」

 

「食事中にヒソヒソヒソヒソうるさいのよ。食事中はうるさくしちゃダメってママに教わらなかったのかしら?」

 

「げ、ふっ…がッ…!!や、め…」

 

路地裏で起きてたのは暴行だった。先に食事を終えたミーシャは尚文とラフタリアと待ち合わせの約束をして、ヒソヒソ話をしていた客数人を路地裏に拉致し暴行を振るっていたのだ。

 

「ちなみに私は教わってたけどね。これだから、教養の無い人は」

 

「ぁ…ご、ふっ…!」

 

面白そうに笑みを浮かべながら、言って暴行は止めずに殴る蹴るを繰り返す。

 

「ふぅ…。もう飽きたから死んでちょうだい」

 

「っ…!?い、やだ…死にたく…ッ…!」

 

「そーれっ♡」

 

もがく男にミーシャは容赦なく鎌を振り下ろした。

 

「お゛ッ…ぐ…あ゛…っ…」

 

「んんっ♡良いわね、この感触♡」

 

恍惚とした表情を浮かべながら腹を捌いた。辺りに血が飛び散る。鎌で斬られた男はあまり時間が掛からずに息絶えた。

 

「それじゃ、戻るとしましょうか…♡」

 

興奮が冷めないうちに路地裏にあった死体や血を鎌の柄に付いた核に吸い込みながら路地裏を出ていき、店の前に戻ると尚文達が待っていた。

 

「遅いぞ。何してた?」

 

「別に。遊んでただけよ♪待たせちゃったかしら?」

 

「い、いえ…私は…別に」

 

「そう。それじゃ、行きましょうか」

 

「ああ」

 

尚文が遅れた事を咎めると、はぐらかし、ミーシャがラフタリアに尋ねるとラフタリアは首を横に振った。

 

そして、尚文達は草原に出る。道中、ラフタリアは機嫌が良かったようで鼻歌を歌っていた。しかし、草原に出るや、怯えた目をして震え出してしまう。

 

「怯えるな、絶対に魔物からは守ってやるから」

 

尚文の言葉にラフタリアは首を傾げる。

 

「ほら、俺は雑魚に噛まれている位じゃ痛くも痒くも無いんだ」

 

尚文はマントの下に隠していたバルーンを数匹見せるとラフタリアはビクッと驚く。

 

「痛くない、の…?」

 

「全然」

 

「そう…」

 

「SMプレイ出来なさそうで、カワイソー♡」

 

「えす、えむ…?」

 

「くだらない事を言うんじゃあない」

 

「ふぎゃっ」

 

「行くぞ。それと、知らなくても良い事だ」

 

「う、うん…。コホ…ッ…!」

 

尚文はミーシャに盾でのチョップをおみまいした。その後、草原で薬草を摘みながら森の方へと向かった。

 

レッドバルーンが三匹、森の茂みから飛んでくる。尚文はラフタリアが噛まれないように注意しながらレッドバルーンを食いつかせた。

 

「ほら、さっきやったようにナイフで刺すんだ」

 

「頑張るのよー」

 

「…うん!」

 

幾分かやる気を出したラフタリアは勢い良くレッドバルーンを後ろから突き刺した。レッドバルーンを倒した瞬間にラフタリアのLvが2に上がった。

 

そして、尚文のステータス画面に『レッドスモールシールドの条件が解放されました』と表示される。尚文はそれを見ると即座に盾を変化させた。

 

一方、ミーシャのステータス画面には『鎖鎌が解放されました』と表示されるとミーシャも尚文と同じように武器を変化させると小振りな鎌に変化し柄に長い鎖が巻き付いており、先端の分銅と繋がっている。

 

すると、ラフタリアは目を丸くして盾と鎌を交互に見ていた。

 

「ご主人様達は…何なのですか?」

 

「勇者だよ。盾のな」

 

「同じく。鎌のね」

 

「勇者ってあの伝説の?でも、鎌って…」

 

「あー、増えたのよ」

 

「えっ」

 

「知ってるのか?」

 

ミーシャは適当にはぐらかして、ラフタリアはコクリと頷く。

 

「そうだ、俺は召喚された勇者。他に四人居る中で一番弱いけどな!」

 

尚文は手を爪が食い込む程握り、半ば八つ当たりの様な態度を取ってしまう。尚文の脳裏にはマインや王の顔が頭に浮かぶ。そのせいか、殺意が湧き尚文は顔をしかめた。ラフタリアが怯えた目を見せたので話すのを即座にやめた。

 

「とりあえず、今日はこの森で魔物を退治するのが仕事だ。俺が押さえるからお前は刺せ」

 

「うん…」

 

多少馴れてきたのか、ラフタリアは素直に頷いた。そうして、森の中を探索しながら出会う敵を尚文が矢面に立ち、ラフタリアに倒させる戦闘スタイルで進んでいく。ミーシャは二人の近くに居ない敵へ分銅と鎖や小振りの鎌をぶつけて倒していき、時折、コサックダンスとタップダンスを行った。

 

途中、バルーン以外の敵と初めて遭遇した。ルーマッシュと呼ばれる白い動くキノコだった。目付きが鋭く、大きさは人の頭くらいだ。試しに尚文は殴ったが、レッドバルーンと同じ手応えだった為、これもラフタリアに倒させた。

 

他にも色違いのブルーマッシュなる敵とグリーンマッシュが居た。その魔物達の素材を吸収し、『マッシュシールド』『ブルーマッシュシールド』『グリーンマッシュシールド』の条件を解放した。

 

その盾はステータスボーナスでは無く、どれも技能系のボーナスのようだった。調合は薬を卸す時に役に立ちそうだと尚文は思った。この日の内にラフタリアのLvが3に、尚文は5に上がった。ミーシャは特に上がらず、そのままだった。

 

夕方、草原を歩きつつ野宿する川辺に歩いていった。

 

「コホっ…げほ、ッ…!」

 

ラフタリアは文句を言わずに尚文に着いて行く。川辺に着いた尚文は、袋からタオルを取り出してラフタリアに渡し、薪を組み火を付けた。

 

「とりあえず行水してこい。凍えたら火で体を温めろよ」

 

「……うん」

 

ラフタリアは服を脱ぎ、川に入って行水を始めた。尚文はその間に釣りを始めて、夕飯の準備を始める。その間にもラフタリアにはちゃんと目を向けておく。この辺りにはバルーンが湧く為、注意しておくに越したことは無い。ミーシャに見張らせてはいるがそれでも用心しておくことは必要だ。

 

尚文は今日の収穫物に目を向ける。草原産の薬草、草原では生えていなかった薬草が大量。バルーン風船、各種マッシュはそれなりの量。解放した盾が四種。

 

効率は明らかに違った。奴隷を購入して正解だったと尚文は感じながら、調合に挑戦する。簡易レシピを尚文は呼び出すと其処には尚文の持っている薬草で作れる範囲の組み合わせが載っていた。

 

コツがいるかもしれないが、簡易レシピには載っていない為、ダメ元で川辺にある板のような岩と小石を使って擦り合わせて、薬草を売っている店の店主が調合していた組み合わせを見よう見まねで行った。

 

結果、ヒール丸薬が出来上がった。品質はやや悪いが傷の治療を早める丸薬で傷口に塗ることで効果を発揮する代物だ。

 

尚文の前にアイコンが浮かんで、成功を確認すると盾にはまだ吸わせずに知らない組み合わせにも挑戦し時々失敗して真っ黒になったりなど試行錯誤していった。

 

 

しばらく、経ち火が弾ける音が聞こえる。そこには行水を終えたラフタリアと見張っていたミーシャが焚き火で温まっていた。

 

「温まったか?」

 

「うん。コホ…」

 

「私もついでに済ましてきたわ」

 

ラフタリアが風邪っぽいと尚文は感じた。奴隷商も病持ちだと言っていた事を思い出すと品質がやや良い軽度な風邪に効果がある薬を取り出した。

 

「ほら、これを飲め」

 

「…苦いから、嫌…。うぐ…ッ…!ぁ…!」

 

ラフタリアは拒否しようとするが胸に手を当てて苦しむ。

 

「ほら」

 

「は、はい…」

 

(誰もが、通る道よね。薬が苦いから嫌だってのは。私もそんな時期があったわね…ママがゼリーを薬局で買ってくれたっけ。今?今は大丈夫よ。大人のレディですもの)

 

薬を震えながら受け取り嫌そうに顔をしかめて思い切り飲んだラフタリアを見て昔も自分もこうだったと懐かしく感じて微笑む。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「よしよし、良く飲んだな」

 

「これが平気になったら、大人のレディの仲間入りよ」

 

「ほ、ほんと…?」

 

(食いついてきたわね)

 

「ええ」

 

「そう言うお前は、苦い薬平気なのか?大人のレディ(笑)なのか?」

 

「……当たり前じゃない。それと(笑)付けるのやめなさい、しばくわよ」

 

「何だ今の間は…」

 

尚文が頭を撫でるとラフタリアは不思議そうな表情で尚文をぼんやりと見つめる。尚文が途中で尻尾の方へ目を移すと何をするのか察したのか、頬を染め、触らせないとばかりに尻尾を抱き締めて拒絶した。

 

「えい♡」

 

「ひっ…!?ん…!やめ…」

 

しかし、次の瞬間背後からミーシャが尻尾に手を伸ばしてツンとつついた。

 

「ツンツーンツーンツーン、尻尾ツンツーン♡」

 

「ぁ、っ…うぅ…ッ…」

 

「それ、俺の元居た世界で捕まった奴…。流石にそのネタは不味いだろ」

 

「え、そうなの?じゃあ、やめるわ」

 

ミーシャは尚文に注意されると指を離す。なお、反省はしてない模様。

 

 

ーーー

ーー

 

「ほら、晩御飯だ」

 

 

魚が焼けるのを待つこと数分、尚文は焼き上がった魚をラフタリアに渡して、調合作業に戻る。尚文は昔からこういった作業が好きだった。日が完全に落ちて、焚き火の明かりで調合を続ける。

 

魚を食べ終えたラフタリアはうつらうつらと眠そうに火を凝視している。

 

「寝てもいいぞ」

 

尚文の指示にラフタリアは首を何度も振る。その様子に尚文は放っておいても勝手に寝るだろうと思い背を向けた。

 

(そういえば、常備薬が少しは効果があったのか?先程から咳が出ていない)

 

尚文は少し安心しつつ、一頻り調合に挑戦し、あらかた出来る薬を調べた。その内の粗悪品になってしまった物は盾に吸わせて変化させる。

 

プチメディシンシールドの条件とプチポイズンシールドの条件が解放された。装備ボーナスは薬効果上昇と毒耐性(小)だ。

 

(どっちもリーフシールドとマッシュシールドから繋がる盾だ。薬効果上昇は良く分からない効果だな。俺自身が薬を使って効果があるのか、俺が作った薬の効果が上昇するのか。まあ、良い。今日は収穫が多くて助かったのは間違いないんだ…)

 

「いや…助けて…」

 

ラフタリアの震える声を聞き尚文は振り返ると、眠っているラフタリアがうなされており、その様子を隣でミーシャが眺めている。

 

「いやあああああああああああああああああああぁッ!!!」

 

尚文は耳が遠くなるのを感じた。しかし、彼の思考はすぐに危機感に染まる。声に釣られてバルーンが来るかもしれない。急いでラフタリアの近くに行き、口を塞ぐ。

 

「んんんッ!んんんんんッ!!」

 

それでも漏れる声量は大きく、奴隷商が問題ありと言っていた意味を悟る。

 

「落ち着け、落ち着くんだ」

 

尚文は夜泣きするラフタリアを抱え上げて、あやす。

 

「ーーさん。ーーさん」

 

ラフタリアはずっと涙を流して手を前に出して助けを求める。

 

「大丈夫……大丈夫だから」

 

頭を撫で、どうにかあやし続ける。

 

「泣くな。強くなるんだ」

 

「うう……」

 

泣き続けるラフタリアを尚文は抱き締める。

 

「ガアッ!!」

 

そこに声を聞き届けたバルーンが現れる。しかし、鎖分銅がバルーンに飛び、バルーンに命中し破裂した。

 

「さっきは助かったわ。子供の面倒なんて見た事無いからどうしていいか分からなかったし」

 

「どういたしまして。だが、さっきのでここは安全じゃなくなった。移動するぞ」

 

「そうね」

 

尚文はラフタリアを抱えて、ミーシャに道具を持たせ、その場を移動する事にした。

 

 

 

ーーー

ーー

 

先程の場所から、離れた場所に尚文達は移動して、そこで休むことにした。

 

「さっきの、随分慣れてたわね。元の世界で子供の面倒見てたの?」

 

「…弟が居るんだ。錬やお前と年の近い…いや、年で言えば樹の方が近いか」

 

「ふぅん…」

 

「それで、ガキの頃から泣いてた弟を慰めたりもした事がある。だから、すぐに対応出来たんだろうな」

 

「きっとそうね。私は一人っ子だったわ」

 

ミーシャは何気なく、尚文に尋ねる。その質問に尚文は懐かしむようにミーシャに語った。懐かしむといっても、この世界に来てからまだ一年も経っていない。しかし、尚文にとっては最後に弟と会った時の事さえかなり前の事に感じていた。

 

「だろうな。なんか、それっぽい」

 

「なによそれー」

 

(立ち振舞いとかな)

 

ミーシャは小馬鹿にされたように感じて、頬を膨らませ尚文に抗議する。

 

「そのままの意味だ。にしても、今、どうしてるんだろうな…」

 

「ま、いいけど。心配なの…?貴方、家族が大切なのね」

 

「そう、だな。心配じゃないと言えば嘘になる」

 

「そう。私も家族は大切よ」

 

(両親の事はあんまり言わないのね。まぁ、色々あるんでしょう)

 

「って、何故俺はこんな事お前に話してんだろうな」

 

「きっと、ホームシックなのよ貴方」

 

「そうでも無いと思うが…」

 

尚文は何時の間にか自分がミーシャに弟の話をしていた事に自分の事で呆れながら言い、ミーシャからホームシックと言われるがホームシックとは違う為、首を横に振った。

 

「……」

 

「な、何よ」

 

「悪い、少し…な」

 

「…そんな事したって何も出ないわよ?」

 

(絶対ホームシックよ、あんた)

 

「何か出てきても困るんだが。というか、お前そんな顔もするんだな」

 

思わず、尚文はミーシャの頭に手を置き髪をそっと撫でる。突然の行動にミーシャは少し驚き肩をビクっと震わせ戸惑う。自分達って、こんな関係性だったっけ?と。自身の頬が熱くなるのを感じる。

 

「ガアッ!!」

 

「グルルルル…ッ…!」

 

しばらく、ミーシャが硬直していると草むらからバルーンが数体現れた。

 

「ふぅ、ここまでだな」

 

「というか、私達にはこっちの方がお似合いかもね。ラフタリアに近付かないように戦えば良いのよね?」

 

「そりゃ、言えてる。だが、出来ないとか言わないよな?」

 

「まさか。誰に言ってるのかしら?」

 

「お前以外に居るか?」

 

「当たり前のこと、聞かないでくれる?」

 

「いちいち確認しないと、気が済まないんでな。悪く思うなよ」

 

「そーいう、男は嫌われるわよ」

 

「お前くらいだろ」

 

「ガアァッ!!」

 

お互いに指を差し合い、言い合いをしているとバルーンが二体、ミーシャと尚文に飛び掛かり噛みつこうとする。

 

「「邪魔だ(よ)」」

 

そこに尚文は拳を叩き込んで吹き飛ばし、ミーシャは小振りの鎌でバルーンを斬って割った。

 

「さて、言いたい事は沢山あるけど、朝まで踊りましょうか」

 

「ああ」

 

「Это слишком легко быть сумасшедшим(楽しすぎて狂いそう)!」

 

「何言ってるか分からねえよ」

 

尚文とミーシャは数体のバルーンに向かって走って行った。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

「朝か」

 

「楽しかったわ」

 

尚文にとっては大変な夜だった。群れで来たバルーンを割り終わった頃、ラフタリアの夜泣きは小さくなったが少しでも離れると大声で泣いてしまうのだ。

 

それがきっかけで、再びバルーンが沸いて眠る事が出来なかった。

 

「ん…」

 

「起きた、か…」

 

「ひっ!?」

 

尚文に抱き抱えられていた事に驚いてラフタリアは大きく目を見開く。

 

「はぁ……疲れた」

 

城門が開くまでまだ少し時間があり、その間に仮眠を取ろうと尚文は考えた。今日、行うのは昨日作った薬の買取額と摘んだ薬草の代金の差だ。薬にして売るよりも薬草の代金の方が高いのなら作る必要が無い。

 

「少し寝るから、朝飯は…魚の残りで良いか?」

 

コクリとラフタリアは頷いた。

 

「…お前は寝ないのか?」

 

「大丈夫よ。眠くないから」

 

「そうか…なら、悪いがラフタリアの事は頼んだ…。あんまり無理な事はさせるなよ…。おやすみ…」

 

「分かったわ」

 

(ラフタリアが何に怯えているかは分からないし聞くつもりもない。大方、親に身売りにされたショックか連れ去られたんだろうな。だとしても返す義理は無い。俺だって高い金を払って奴隷を購入したのだから。恨まれたっていい。俺も生きなくてはならない…元の世界に帰るための手段を探さなきゃいけないんだ…。しかし、あいつに任せて大丈夫だっただろうか…。く、もう限…界…)

 

 

尚文は目を開けているのも精一杯で意識を失うかのように眠りの世界に誘われた。

 

「さて、私は厳しいわよ。朝食が済んだら沢山教える事があるから来るのよ」

 

ミーシャによるラフタリアへのレクチャーが今始まろうとしていた。




言い忘れてたんですけど、錬と樹と元康の仲間はアニメ版の人達です。


オマケ

※ワザップの裏技に騙された槍の勇者
「テメー!このウラ技を投稿したって事は、俺達のセーブデータと俺の精神を破壊する覚悟があったって事だよな?」


※ワザップの裏技を疑う盾の勇者
「お前はこのウラ技実際にやってみたのかよ?」

※ワザップの裏技の投稿者を殺そうとする鎌の勇者
「これ書いた小学生君今から殺しに行ってあげるわ感謝して頂戴☆だから住所教えてくれるかしら(・>・・・・)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二話 回避と戦い

今回はプロローグ以来のオリジナル回です!


森の中の草原にて、ラフタリアとミーシャはお互いが向き合うように立っていた。

 

「さて、問題よ。これから先、敵が強くなった時に貴女が気を付けなければならないのは何かしら?」

 

「えっ…」

 

急にミーシャに質問されると、元々、あまりミーシャと話してない事もあり分からず固まってしまう。

 

「分からないって事で良いのよね?」

 

「……こほっ」

 

ラフタリアは肩を震わせて頷く。

 

「別に何もしないわよ。あくまで貴女の主人は尚文なんだし。答えは、攻撃は可能な限り避ける事よ」

 

「そう…」

 

「私達は尚文程の防御力は無いし、同じような事を真似すればいつか死ぬ。敵が強くなれば、当然抵抗もするし尚文が押さえている間に貴女が刺すという今までしていた戦法も出来なくなる。故に、貴女は自分で考えて行動して敵を倒さなければならない」

 

「うん」

 

「今から、私は貴女に攻撃をする。それを貴女が思い付く方法で回避なさい。」

 

「えっ!?む、無理…」

 

「安心しなさい。当たりそうになったら、寸止めしてあげるから」

 

「ひっ!あ、ぁ…」

 

ミーシャはラフタリアに一通り説明した後、顔へと右フックをして当たりそうになるとぴったり止める。ラフタリアは尻持ちをついて震える。

 

「…マンモーナね。まあ、その年ならしょうがないけど。さ、立った立った。身体を逸らしたりしゃがんだりするのよ」

 

「ご、ごめんなさい…。ま、まんも…?」

 

「何でもないわ。さ、次よ次。目は閉じちゃダメ、動きをよく見なさい」

 

ミーシャはラフタリアの手を掴むと立ち上がらせる。

「手か脚をよく見るのよ。どちらで攻撃してくるか」

 

「……!」

 

そう言って、ミーシャは右足を軸にして身体を捻り勢いの付いたハイキックをラフタリアのこめかみ目掛けて放つ。それをラフタリアはしゃがんでかわし、風を切る音に冷や汗を流す。

 

「今のは良いわよ。でもね…」

 

「ホッ…。えっ…?あ…」

 

ラフタリアは攻撃を上手くかわせたことに安堵するが、ミーシャが指差した方向を見るとミーシャはローキックの姿勢になっており、自身の右足の寸前で寸止めされてる事が分かると落胆する。

 

「大丈夫よ。敵が攻撃してくるのは一回とは限らないから、次はそこも頭に入れて頂戴。それと、今のは後ろに下がれば避けれたから、避け方にも気を付けて」

 

「は、はい…。こほっ」

 

「次は三回、一気にやるから」

 

そう宣言して、ミーシャは構える。

 

「……」

 

ラフタリアはミーシャが構えると手と脚を交互に見る。

 

「っ…!」

 

ミーシャは右フック、左ローキック、右膝で飛び膝蹴り、踏み込んでからのボディーブローを繰り出した。ラフタリアはそれぞれ、体勢を落とし、後ろにジャンプ、左に身体を逸らす、右に身体を逸らすなどの動きで全てかわした。

 

「よく避けたわね」

 

「今の、四回…」

 

ラフタリアは不機嫌そうに頬を膨らます。

 

「臨機応変にって事よ。事前に分かってたら意味ないでしょ?次はもっと速くしてもいいかも」

 

「えっ」

 

(い、今よりももっと!?)

 

ラフタリアにとっては充分に速いと感じる攻撃だった。しかし、ミーシャの発言に驚き目を見開く。

 

「こほ、こほっ!」

 

「と、いきたい所だけど休憩ね」

 

ラフタリアの咳が強くなってきたのでミーシャは休憩を言い渡した。

 

(この子、凄く良い…♡溢れる才能を感じるわっ…♡今すぐにでも…いえ、まだッ…♡熟れるまで…我慢ッ…♡)

 

ミーシャはその場に腰掛けるとラフタリアを見て恍惚とした表情を浮かべて身体を掻き抱き、息を荒げる。

 

「ひっ」

 

「ああ、ごめんなさい。これでは休憩にならないわね」

 

ラフタリアが怯えた声を出すとミーシャは目を逸らし、別の事を考える。

 

ーーー

ーー

 

『や、めろ…元康っ…』

 

元康は尚文の服に手を入れて、身体を撫で回す。彼の指の動きは随分と手慣れている。おそらく、元の世界でも同性との経験があるのだろう。

 

『お前、ホントにマインを襲ったのか?反応が随分…』

 

『うぐ、あぁ…ッ…!』

 

元康が手の動きは尚文の敏感な所を的確に捉えた。尚文の身体は痙攣し、背筋から快感が走る。

 

『身体は正直だな?尚文』

 

元康は尚文の衣服に手をかけーー

 

ーーー

ーー

 

「ユニバアアアアアアアァァスッ!!うふふ…うふふふ…」

 

ミーシャの妄想である。

 

「…!?」

 

(どうしよう…放っておいた方が良いのかな?)

 

ラフタリアは一人でにやけながら叫ぶミーシャへの対応に困っていた。そして、主である尚文がここに居ない事をほんの少し呪った。

 

数分後…

 

「筋トレよ。こういうフォームでやるの」

 

ラフタリアの隣で同じ体勢を取りながら、腕立てのやり方をミーシャは教える。

 

「い、ち…こほっ、にぃ…うぅッ…さ、んッ…うぐ…」

 

「別にしんどれば特別多くやる必要もないわ。回数を決めてやるとかね」

 

ラフタリアは咳き込みながらも腕立てを続ける、目標は十回だ。

 

「はぁ、はぁ…」

 

「頑張ったわね、少し休憩したら腕立てとは別のをやるわよ」

 

息を切らすラフタリアの髪を撫でながら、微笑みミーシャは言う。

 

そこから、腹筋、背筋、スクワットを同じ回数分こなすことになった。

 

 

ーーー

ーー

 

「周りの物を良く見るのよ。例えば、そこにある砂…これに投げつけるの」

 

「ガアアアァッ!!」

 

ミーシャが両手でバルーンに食い込む程の力を込めて固定し、ラフタリアに言う。

 

「うん。それっ」

 

「グギャッ!?」

 

「はぁ!」

 

ラフタリアが地面の砂を片手に掴むとバルーンに投げつけた。バルーンは視界を封じられたせいか混乱し、ミーシャが手を放すと身動き取れずバウンドするだけの所をラフタリアがナイフで突き刺して破裂させた。

 

「砂だけじゃなく、石とかも投げて何処かにぶつけた音で誘導する事が出来るから参考にして頂戴」

 

「…はい。こほっ」

 

「それじゃ、今日はここまでね」

 

ミーシャとラフタリアは訓練を終えて、尚文の元に戻った。

 

「まだ、寝てるわね」

 

「…っ。ぅ…」

 

「疲れたでしょう?寝ましょうか」

 

「……」

 

ふらつくラフタリアを支えながら木にもたれ、ラフタリアが自分にもたれるような体勢になる。

 

(おやすみなさい。私が起きているからせいぜい休むことね)

 

目を閉じ意識を手放したラフタリアの頭をそっと撫でながら、二人が起きるまで周囲を警戒した。

 

 




今回、タグ三つ追加しましたが神様転生と転生は原作に転生者が出てくるので着けました。ボーイズラブはミーシャの妄想で度々出てくるので着けました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十三話 罰という名の虐殺

※注意: 今回、ミーシャが子供を殺すシーンがあります。苦手な方はご注意。


日が上がった頃、もうラフタリアは起きており尚文が起きるのをミーシャと共に待っていた。数分後、尚文が起きてからはすぐに出発となる。

 

「城下町に行くの?こほっ…」

 

「ああ」

 

「楽しみねぇ」

 

「…無理させて無いだろうな?」

 

「させてないわよ。ちゃんと、休憩もさせてたし」

 

ラフタリアの咳がまた出てるのでミーシャに怪訝な表情を向けて言いながら、ラフタリアに無言で常備薬を渡す。するとラフタリアは渋い顔をしながら薬を飲む。

 

しばらく、歩いて薬屋に着いたので買取を申請する。

 

「ふむ…品質は悪くありませんね。勇者様は薬学に精通しているので?」

 

尚文とミーシャは店主にとって馴染みの客になっており、尚文は作った薬を渡して見てもらう。

 

「いや、昨日初めて作った。直接薬草を売るのとどっちが儲かる?」

 

「難しい塩梅ですな。小回りが効く薬草の方が使いやすいですが、薬も薬で助かる場合も多い」

 

ラフタリアを見て顔をしかめる薬屋だが、下手に足元を見たり嘘を吐くと見抜かれ、ミーシャと尚文に何をされるか分かった物ではないので素直に話す。

 

「最近は予言の影響で薬の売れ行きが良いので、今のところですが薬の買取額の方が高いですよ」

 

「ふむ…」

 

失敗した時のリスクと買取額、道具を揃えるとなるとどれだけの金額がするか想像がつかない。

 

「なあ、もう使わない道具は無いか?」

 

「…二週間、薬草を売りに来ている辺りで、言うと思いましたよ」

 

薬屋は笑っているのか分からない顔で尚文の返答を理解していた。今回は授業料という条件で薬草はタダ、薬は買取、中古の機材を譲ってもらった。乳鉢の他にも色々と道具を貰う。薬研、計量計、フラスコ、蒸留器などだ。

 

「あくまで倉庫に入っていた中古品です。いつ壊れるか分かりませんよ」

 

「初心者には良い道具だろ」

 

尚文はこれで調合に挑戦できる事を喜ばしく思いながら、薬屋から出るとバルーン風船の処分をどうするか考えていた。

 

買取商人にバルーン風船を買い取って貰う途中、横を通り過ぎる子供が目に入る。割れたバルーン風船を縫い合わせて風船がボールのような形で売られている。子供がバルーンをボールのように跳ねさせながら遊んでいる。

 

それをラフタリアは羨ましそうに見ていた。

 

「なあ、あれって」

 

「はい?」

 

買取商人に子供が持っているボールを指差して尋ねた。

 

「ええ、バルーン風船の利用先ですが」

 

「そうか。買取額から差し引いて一個分作ってくれないか?」

 

「まあ、よろしいですが」

 

買取商人は売却した物を受け取り売買金額を尚文に渡し、バルーン風船で作ったボールを後から渡した。

 

「ほら」

 

受け取ったボールを尚文はラフタリアに投げ渡した。ラフタリアはボールと尚文の顔を何度も交互に見て、目を丸くさせる。

 

「なんだ?いらないのか?」

 

「う、ううん」

 

ラフタリアは首を何度も振って嬉しそうに笑った。

 

(初めて笑ったな)

 

「甘いわねぇ…♪」

 

「うるさいぞ」

 

ミーシャが尚文を下から覗き込むようにしながら面白そうにからかうが、尚文は相手にしなかった。

 

「今日の分の仕事が終わったら、遊んで良いからな」

 

「うん!」

 

「うふふ、嬉しそうね。今度遊んであげるわ」

 

「ありがとう!」

 

(何か元気になって来たようだな。良い傾向だ。ラフタリアが元気になって得をするのは俺だからな。てか、なんかあいつにも懐いてないか?俺が寝ている間に何があった…)

 

それから尚文達は昨日の森まで歩いていき、採取と魔物退治を繰り返した。尚文の防御力で行ける範囲を拡張する。森を進んだ先には村があるが、マインが勧めた道は尚文にとって腹が立つ為却下された。

 

幸先は良く、色々な物が見つかり、余裕があったので山の近くまで範囲を伸ばしていく。

 

そんな尚文達の前に見慣れない卵のような生き物が現れた。生態的にバルーンの親戚のようだと尚文とミーシャは感じていた。

 

「初めて戦う魔物だ。俺とあいつで先行して様子を見る。大丈夫そうなら突くんだぞ」

 

「教えた事、忘れずにね」

 

「うん!」

 

尚文とミーシャは魔物に向かって走り、魔物も尚文とミーシャに気付いて牙を向く。

 

ミーシャはデスサイズを振り卵のような魔物を一気に三体割った。

 

「臭ッ!?」

 

ミーシャは中から飛び散った黄身の匂いに鼻を抑え悶えた。その頃、尚文は攻撃を受けたが痛くも痒くも無く羽交い締めにしてラフタリアが刺しやすいように構える。

 

「たあッ!」

 

昨日よりも勢いのある突きが魔物を貫いた。さらに、ラフタリアの横からもう一体飛び出して飛び掛かると後ろに飛んでかわし、横薙ぎにナイフを振り魔物を割った。

 

『エグッグ』

 

それが先程の敵の名だった。エグッグはミーシャの時と同じように砕け散り、中から黄身を飛び散らせる。

 

「っ!気持ち悪ッ!」

 

尚文は殻が売れるのかと思ったが詳細は分からない。匂いは腐っているので食べるのは無理だろう。

 

殻を盾と鎌を殻に吸わせる。

 

その直後、数匹現れたので手馴れたようにラフタリアが刺して倒していった。

 

エッグシールドの条件が解放された。装備ボーナスは調理1だった。

 

その後、色が違う魔物が次々と現れたので尚文達は狩り続けた。

 

ブルーエッグシールドとスカイエッグシールドが解放された。装備ボーナスは目利き1と初級料理レシピだ。

 

一度魔物を狩るのを止めて、見慣れぬ薬草とその他諸々を採取した。山に入りきるには少し日が暮れそうでラフタリアの装備にも不安が残っていたので引き返す事にした。

 

本日の収穫は……

 

尚文、LV.8

ラフタリア、LV.7

ミーシャ、LV.35

 

(くそ、何か追いつかれ始めた。倒してるのはラフタリアとあいつだから仕方がないが…)

 

「お腹空いた…」

 

「私も」

 

ラフタリアが困った顔で、ミーシャがそれをわざとらしく真似した顔で尚文に言う。

 

「そうだな、帰ったら飯にするか」

 

「え?ちょっと、私は無視?」

 

探索を切り上げて、尚文達は城下町へと引き返した。城下町に入ると調合で使えそうも無いエグッグの殻類を買い取って貰う。昼間に売った分と合わせると銀貨9枚となった。

 

(薬草と薬も良い感じに売れたし、今日は何を食うかな)

 

(尚文のヤツ、私の事無視なんかして…)

 

二人がそんな事を考えているとラフタリアが屋台を見て涎を垂らしていた。尚文に甘やかそうという気持ちはなかったが値段相応に働いている為、買う事にした。

 

「今日はそれにするか」

 

「え?良いの?」

 

「食べたいんだろ?」

 

「私も買うわ」

 

尚文の問いにラフタリアは頷く。

 

(素直になってきたな)

 

「げほっ…!」

 

ラフタリアは咳をしてしまった為、尚文から無言で常備薬を渡され飲んだ。その間に尚文は屋台で売っているマッシュポテトを固めて串に通したような食べ物を注文した。

 

「ほら、良く頑張ったな」

 

尚文が串を渡すと薬を飲み終えたラフタリアは嬉しそうに受け取り、頬張る。

 

「ありがとう!」

 

「お、おう…」

 

 

 

「私にもこれ頂戴」

 

「あいよ」

 

尚文達はもぐもぐと食べ歩きをしながら、安い宿を探して入った。

 

「今日はここに泊まるの?」

 

「ああ」

 

尚文達は宿の中に入る。店主は尚文とミーシャを見るなり、露骨に顔を歪ませるが、即座に営業スマイルで対応する。

 

「ちょっと連れが夜泣きするかもしれないが泊めてくれないか?」

 

半ば脅しと言わんばかりにマントの中に隠したバルーンを尚文はチラつかせ、ミーシャは鎌を突き付ける。

 

「そ、それは…」

 

「頼めるよな?出来る限り静かにさせる」

 

「は、はい」

 

この世界に来て、尚文はミーシャの影響もあるが脅迫は商売に必要な事だと学んだ。国民達は尚文を馬鹿にする対象にしているが、被害が出ても王に報告しきれないのだ(※ミーシャの殺人は除く)

 

尚文とミーシャは金を払い、一部屋借りて尚文達は荷物を降ろし、ラフタリアはボールを持って目を輝かせている。

 

「日が落ちきる前に帰って来いよ。後、なるべく宿の近くで遊べ」

 

「はーい!」

 

「私は少し散歩してくるわ」

 

「お前も日が落ちきる前に帰って来いよ」

 

「ええ」

 

(まったく、年相応の子供なんだな。亜人は軽蔑の対象らしいが、冒険者扱いなら其処まで問題も起こさないだろう)

 

窓から下でボール遊びをしているラフタリアを見つつ、尚文は調合の研究をする。

 

 

 

ーーー

ーー

 

(楽しそうね。本当に。一緒に遊びたいわ)

 

ミーシャはラフタリアがボール遊びをしているラフタリアを宿の屋根の上から見ていた。ミーシャが眺めから二十分が経つと、ラフタリアが子供に絡まれ始めた。

 

(さあ、どうするのかしら?)

 

ミーシャはラフタリアがどう対応するのか気になり静観する事にした。

 

ーーー

ーー

 

その頃、尚文も子供の大きな声を聞き取り外に目を向ける。

 

「亜人がなんで俺達の縄張りで遊んでんだ!」

 

子供達はラフタリアに向かって喧嘩腰で話しかけている。

 

(まったく、何処の世の中にもあんなガキは居るもんだな)

 

「コイツ、良い物持ってるぜ。よこせよ」

 

「え、あ、その……」

 

亜人の立場は低いというのをラフタリアは知っている。その為、変に逆らう気配は起きなかった。

 

「はぁ…」

 

尚文は部屋から出て、階段から降りた。

 

「寄越せって言ってるだろ!」

 

「い、いや…!」

 

(あ、あれ…?)

 

弱々しく拒否するラフタリアだが、子供達は暴力によって奪うつもりらしく集団で囲み、一人が奪おうと手を伸ばす。しかし、ラフタリアは違和感を覚えた。

 

「は?寄越せってんだよ!」

 

(遅い…。ミーシャさんと比べれば凄く遅い…)

 

無意識のうちにラフタリアは身体を横に逸らして手を避けていたのだ。しかし、ラフタリアが感じた違和感はそれではなかった。遅い、ただ遅く感じた。子供達の手の動きがとても遅かった。二方向、三方向と子供達は数人がかりでボールを奪おうと複数の方向から奪おうとするがラフタリアは素早く動き、最小限の動きで子供達の手を避ける。

 

「な、なんだ…こいつ…」

 

「くそっ、絶対奪うぞ…!」

 

子供達は数秒で何度も手をかわされて息を乱していた。

 

「ちょっと待て。クソガキ共」

 

「何だよ、おっさん」

 

(おっさんだと?まあいい、これでも二十歳何だが、この世界の成人年齢は知らない。おっさんかもしれんしな)

 

尚文はおっさんと言われた事に少し顔をしかめるが気にしても仕方ない事なのでスルーする。

 

「他人の物を寄越せとはどういう了見だ?」

 

「は?そのボールはアンタのじゃないだろ?」

 

「俺のだ。俺がこの子に貸し与えている。というか、俺のでないとしても人の物を取る事自体ダメだろ。ママから『泥棒はダメよ』って教わったろ?」

 

「何言ってんだおっさん」

 

子供達は頭に血が上って理性が働いていなかった。尚文は激怒(※言う程キレてません)した。必ず、かの人の物を奪おうとする邪智暴虐のクソガキ共に制裁を加えなければならぬと決意した。

 

「そうかそうか、じゃあとっておきのボールをあげよう。おじさんのきんのた…」

 

「逃げてッ…!」

 

尚文の態度にラフタリアがハッと相手の子供に逃げるように声を絞り出す。

 

しかし、子供達は尚文を舐めた目で見ていた。内心ほくそ笑みつつ腕に齧り付いているバルーンを取り出した。

 

「い、いでえっ!いでええぇッ…!あ゛あああぁぁ…ッ…!!」

 

子供達にバルーンを噛み付かせて即座に尚文は懐に収めた。

 

「さて、今のボールを本当に、君達にやろうか?」

 

「いてぇえええッ…!!」

 

「冗談じゃねえよっ!バーカ!!」

 

「死ねっ!アホッ!」

 

「知るか、クソガキッ!!」

 

逃げていく子供達に尚文は罵倒を吐いて宿に戻った。

 

「あ、あの…」

 

ラフタリアは尚文のマントを掴む。

 

「おい、そこにはバルーンが居るぞ」

 

ビクッと手を離して怯えるラフタリア。しかし、おずおずと顔を上げて笑う。

 

「ありがとう」

 

(何を言ってんだか。自分で避けてただろ)

 

「あ…」

 

尚文はくしゃくしゃとラフタリアの頭を撫でてから宿に戻った。

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

「くそっ、あのおっさんふざけやがって!」

 

「亜人も、許さねえ…父ちゃんに言いつけてやる!」

 

路地裏に少年達は逃げ込んでおり、自分達が無理矢理ラフタリアからボールを奪おうとした事を棚に上げて恨み言を吐いていた。

 

「だな!亜人のクセに…あのおっさんも兵士に…。は?あ゛ああぁ…ッ…!がッ、ヒッ…ぁ…ッ…!」

 

兵隊に言いつけようと企んでいた少年の一人の首に鎖が巻き付き、鎖は路地裏の家の煙突にも巻き付いており、少年のは宙吊りにされる。少年の首の鎖は絞まっていき圧迫していく。

 

「な、なんだ!?」

 

「あ、ぁ…」

 

「あ゛あ、ッ…がぁ…ッ…!!ぉ……」

 

二人の残った少年達は慌て始め、降ろそうとするがどうすれば良いか分からず慌ててると少年の首からゴキッと音が鳴り少年の腕はぶらんと垂れ下がり、物言わぬ死体となった。

 

「んんッ…♡あぁ…♡最高ぉ…♡そんな苦しそうな顔するのねぇ♡」

 

少年に巻き付いていた鎖はほどけて、死体は落下した。すると死んだ少年の頬を恍惚とした表情で舐めるミーシャが少年達の視界に映る。

 

「な、なんだよ…お前…!」

 

「うわあああああああああぁぁッ!!」

 

二人の少年の内、一人は顔を真っ青にして逃げ出し一人は足がすくんで動くことが出来なかった。

 

「うふふ♡逃がさない…♡そーれっ♡」

 

ミーシャは鎌をデスサイズに変形させると鎌を投げた。高速回転する鎌はあっさりと、逃げ出した少年に追い付いた。

 

「あ゛ッ…!!」

 

少年の胴体は、高速回転する鎌に両断され上半身がその場に落下し、辺りに血が飛び散る。

 

「ん、ふぅ…ッ…♡はぁ、うぅ…んッ…♡」

 

子供の上半身と下半身が別れた死体を見てミーシャは興奮しミーシャの足を伝って液が地面に落ち、身体を掻き抱き、背筋を駆け巡る快楽に悶える。

 

「え、何だ…これ…!?いやだっ、死にたくない…うわあああああぁ…っ…!」

 

ミーシャはスキル、『ラウンドトリップ』を使用しており、高速回転する鎌に最後の一人の少年の身体は引き寄せられる。少年は必死にもがきながら走って逃げようとする。

 

「嫌だっ、嫌だッ…!あ゛あ゛あああああああぁぁ…ッ…!」

 

少年の必死の抵抗も虚しく、吸い寄せる力は強く、彼の身体は完全に引き寄せられ切り刻まれ血の雨を路地裏の壁に降らしシミを作った。

 

「んん、ふぅッ…うぅ…ッ…ふぅーっ…ふぅーっ…♡」

 

ミーシャは疼く腹部の奥を押さえ、絶頂を感じながら興奮を少しずつ沈めていく。

 

「ふぅ…気持ち良かったわ♡さて…」

 

ミーシャは彼等の死体から首だけを切り落とし、周囲の血や他の身体は鎌に吸収した。生首の髪を掴んで街まで運ぶ。もう、辺りは暗くなっており誰も居なかった。

 

「こう、かしらね…♪」

 

ミーシャは懐から紙を取り出すと、この世界の言葉で紙に鎌に付着した血で文字を描いた。

 

「そろそろ帰ろうかしら。ああ、気持ち良かった♡」

 

生首を寝かして地面の上に置く。そして、持っていた短剣を紙に突き刺しては、鎌に付着した血を吸収してその場を後にした。

 

 

生首の側に、短剣で地面に縫い付けられた紙にはこの世界の言語でこう書かれていたーー

 

 

 

「   罰   」と。

 

 




やっぱ、盾の勇者の二次でマルティの早期退場は無理ですよね(笑)彼女居ないとストーリー進まないし。

脚本: マルティ=メルロマルク説


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十四話 騒ぎ

遅れてごめんなさい!猛暑でモチベーションが下がってました。

お詫びと言っては何ですが…ミーシャのイメージ画像をどうぞ。


【挿絵表示】



日も落ち、夜も更けた頃、妙にスッキリした顔でミーシャが戻ってきたと同時にラフタリアの腹が鳴った為、宿に荷物を置いて近くの店に入り夕飯を取った。

 

先程の食事は食前のおやつのようなものだった。ラフタリアには見知らぬ店なので、何が良いか分からなかった。

 

(まあ、財布の中はある程度潤ってるし、これからしばらく野宿の予定だ。多めに食べさせて…)

 

「ご主人様ー、私あれが食べたいです…♡」

 

「ああ、良い…「私じゃないです」って、お前か!払わん、自分で払え」

 

「ケチー」

 

尚文の耳にラフタリアの声が聞こえたと思い振り返るとミーシャだった。ラフタリアから自分じゃないと言われると尚文はハッとしながらミーシャを冷たい視線で見て断った。尚文に断られるとミーシャは拗ねてそっぽを向く。

 

「てか、お前…どうやって、瀬○さんの声を…。お前悠○さんだろ…」

 

「バカね、オリキャラに声なんて無いわよ。あと、声帯模写は得意よ」

 

「……」

 

ラフタリアは自分の声とほぼ同じ声を出した事に驚き小さく拍手をする。

 

「とりあえず、こういう悪戯は今後やめろ」

 

「分かったわ」

 

ミーシャは肩を竦めて頷く。

 

「えっと、デリアーセットを三人前とナボラータを頼む。…自分で払えよ」

 

「しょうがないわね…」

 

店員に注文した後に尚文はミーシャに釘を刺した。その後、あまり時間は掛からずにメニューが運ばれてきた。

 

「じゃあ食うぞ」

 

「うん」

 

ラフタリアは手掴みでもぐもぐと食べ始めた。10歳くらいと言うと育ち盛りであり尚文とミーシャの分までモノ欲しそうにしたので追加注文する。

 

「明日から野宿になるから多めに食べて良いぞ」

 

「はぁむぐ、んむ」

 

「Вкусно♪」

 

「とか言いながら、嫌いな野菜をラフタリアの皿に移すんじゃあない」

 

「…はぁい。それは、それとして食べる?」

 

「うん!ありがとう、ミーシャさん」

 

「うふふ♪私はお姉さんだからね」

 

あんたはママか!と口から出そうになった言葉を押さえて、分ける位なら良いでしょとラフタリアにおかずを分け与えると尚文は仕方ないなと肩を竦める。

 

尚文の方こそラフタリアに食べるか頷くかどっちかにしろの言いたかったが美味しそうに食べるので言わない事にした。それから、尚文は改めてラフタリアの問題点に付いて部屋に戻ってから処理する。

 

 

「髪がボサボサだな、少し整えるぞ」

 

「はい」

 

不安そうなラフタリアの頭に尚文は手を乗せる。

 

「大丈夫だ。変な髪型にはしない」

 

「したら、あんたの髪型坊主にするわよ」

 

「…やめろ」

 

尚文は坊主になった自分を想像すると身震いしてミーシャを睨んで言う。その後、ある程度手ぐしで解いてからナイフで無駄な毛を切り、長過ぎた髪を肩くらいで整えてから散髪を終えた。

 

尚文の目には前より見れる髪型になっており、多少は身なりがよく見えてるように感じた。ラフタリアは回りながら自身の変化に顔を綻ばせる。

 

「貴方、結構上手いのね」

 

「まあな…」

 

ミーシャがそう言うと素っ気なく答えてから毛を掃除し始めた。

 

 

しばらく経ち、ラフタリアがベッドに横になると尚文はブックを開いて確認する。ツリーとLVが足りないと出ている。

 

「ん?」

 

尚文はラフタリアが振り向くのに気付くと自分も振り向く。

 

「さて、そろそろ寝なさい」

 

「うん!」

 

ラフタリアが素直に返事をして、眠りにつく。ラフタリアの夜泣きが起きるまで尚文は調合する事にした。

 

 

 

尚文が調合を行うと栄養剤と治療薬が出来た。品質はそれぞれ、悪い→やや悪い やや悪い→普通だった。

 

「へー、それ結構効きそうね」

 

ミーシャが薬を調合する様子を横から見ており尚文に声を掛けて薬を見て言う。

 

「…お前も早く寝ろよ」

 

「だって、暇ですもの♪」

 

「勝手にしろ」

 

尚文は早く寝るように言っても聞かないだろうと判断してミーシャを無視して調合を続けた。

 

それから、栄養剤が六本出来上がり、その他の薬もある程度揃った。しかし、品質が良い物を作るのは難しく、良い物ばかりは作れなかった。

 

そこで、あまり良くない物は盾に吸わせた。

 

「お前も吸っとけよ」

 

「ええ、ありがたく貰うわ」

 

尚文はミーシャにもあまり良くない品質の薬を渡した。ミーシャはそれを受け取ると鎌に吸わせた。

 

『メディカルサイズ』が解放されました。

 

『カロリーシールド』の条件が解放されました。

 

『エナジーシールド』の条件が解放されました。

 

『エネルギーシールド』の条件が解放されました。

 

カロリーシールド

 

能力未解放…装備ボーナス、スタミナ上昇(小)

 

エナジーシールド

 

能力未解放…装備ボーナス、SP増加(小)

 

エネルギーシールド

 

能力未解放…装備ボーナス、スタミナ減退耐性(小)

 

メディカルサイズ

 

装備時、自分以外の攻撃した対象のHP回復(中)

 

尚文とミーシャはそれぞれ、出現した盾と鎌を確認する。

 

(スタミナってなんだ?体力の事か?調べる必要がありそうだな。後は薬草類だが、いい加減技能系の習得が増えすぎてくなぁ…)

 

「なによコレ。カスじゃない」

 

「どうした?」

 

ミーシャはメディカルサイズの効果を見た途端、不機嫌そうに顔をしかめる。それが気になり、尚文は尋ねる。

 

「この新しく出た『メディカルサイズ』っての、攻撃した対象を回復させるってやつなのよ」

 

「当たりじゃないか」

 

「攻撃出来ない鎌なんて鎌じゃないわ」

 

「何だその謎理論。とにかく、節約の時に使うって事で」

 

「分かったわ。必要な事なら…」

 

尚文はだったら俺にも攻撃能力寄越せやと思わずにいられなかったが、口には出さず呆れたように言い、ミーシャを納得させた。

 

「ん~…」

 

背伸びをして、そろそろ寝ようかと尚文が考えてるとパチッとラフタリアと目が合う。彼女は寝ており、夜泣きの前兆だ。

 

「キャーー」

 

咄嗟に尚文は口を抑えて叫びを消し、抱き抱えながら宥める。

 

(ふう、今日はどうにか抑えられた。このまま放そうとすると叫び出すんだよな…。しょうがないか、一緒に寝てやろう。アイツはまだ起きてるが、放っておいても勝手に寝るだろ…)

 

尚文はそう思いながら、ラフタリアの口を抑えたまま一緒に眠る。

 

 

 

 

翌日…

 

 

(なんか冷たい)

 

尚文は顔に日の光を感じて、目を開く。すると、一緒に寝ていたはずのラフタリアが部屋の隅で震えている。

 

「どうした?」

 

「ごめんなさい…」

 

必死に謝罪を繰り返すラフタリアに尚文は眉を寄せ、何故冷たいのか下を見て察した。

 

そう……ラフタリアはおねしょをしてしまっていたのだ。

 

尚文は溜め息を吐くとラフタリアの元へ行き、ラフタリアは頭を庇って丸まった。

 

「まったく…」

 

その手で震えるラフタリアの肩を撫でる。

 

「おねしょしたのなら仕方ないだろ。ほら、急いで洗うから脱げ」

 

「え…」

 

不思議そうな顔で尚文をラフタリアは見つめた。

 

「反省してる奴に鞭を打ってどうする。お前が反省してるなら怒らない」

 

尚文はそう言って、シーツを畳んで置いて店主に事情を説明しに行こうとする。

 

「尚文。ご苦労様ね、朝一にどうかしら?」

 

「おう、悪いな…」

 

ミーシャがテーブルに座りながら、ティーポットに入った液体をティーカップに注いで尚文に差し出す。尚文はティーカップを受け取り口を近付ける。

 

「ダ、ダメっ!」

 

「…?」

 

(相変わらず味がしないな…。…何だこの匂い?っ、この匂いには覚えがあるぞッ…!?そうだ、これは…ッ…!!アンモニアッ!)

 

「……♪」

 

ラフタリアの制止虚しく、尚文は一口飲んでしまった。しかし、すぐに飲むのをやめた。そして、自分が飲まされた物が何かすぐに理解し、怒りで頭が沸騰していく。

 

「…お前、どうやって淹れた?」

 

「さあ…?♪」

 

尚文の怒りを孕んだ声にラフタリアは肩を震わせる。

 

 

ーーー

ーー

 

尚文が起きる数分前、ラフタリアは顔を青ざめていた。

 

「…うぅ、どうしよう」

 

「あら、おはよう。どうしたの?」

 

「あ、おはようございます。ミーシャさん…実は…」

 

ミーシャは顔を青ざめていたラフタリアに挨拶をして、ラフタリアも挨拶を返して事情を聞かれると話した。

 

「ま、しちゃったモノはしょうがないわ。尚文も許してくれるんじゃない?」

 

「…う、うん」

 

ラフタリアは尚文が怒らないか心配だったが、ミーシャの口から出た言葉に少し安堵した。

 

「ん…」

 

(えっ!?この人何してるの…!?)

 

ミーシャは椅子に座りながら、スカートをたくしあげティーポットを中に近付ける。

 

ジョロロロ…

 

そんな音が部屋に響き、ラフタリアは彼女が何をしているか分かってしまい、ドン引きする。

 

 

ーーー

ーー

 

「てめえ…ふざけんなアアアアアアアァァッ!!」

 

尚文の怒号が部屋に響いて、それと同時にティーカップでミーシャを殴打した。それと同時にミーシャは椅子から崩れ落ちぶっ飛ぶ。ティーカップは割れておりラフタリアもしゃがみこむ。

 

「どうゆう神経してんだ!?アァッ!?」

 

視界が赤黒く染まり、ツリーが見えてる状態でプッツンした尚文はミーシャの腹に蹴りを入れる。

 

「ラ、フタリア…尚文はこの…位の事しないと怒らないから、おねしょぐらいで…あんまり…遠慮しないで、もっとフランク…に…。ガクッ…」

 

「ミーシャさーーん!」

 

「俺でチキンレースするなよ…。しかも、口で擬音言ってるし…」

 

怒りが収まった尚文は呆れて物も言えず、そうぼやく。

 

「ったく、今度こそ事情を説明してくるぞ…」

 

『アバ茶シールド』の条件が解放されました。

 

アバ茶シールド

 

能力未解放…装備ボーナス、PTメンバーの健康状態視認化。

 

(絶対解放しんぞ、こんなモン!アイツ、頭おかしいんじゃないのか…!?)

 

結局、その後ミーシャの渾身の謝罪に尚文は許して、部屋に飛び散ったミー茶は盾に吸わせて、店主に事情を説明してシーツの弁償をして、武器屋に予備の服を買いに走った。

 

ーーきて!起きてッ!

 

なんで、うちの子が…!

 

(何だ?ッ…!)

 

武器屋に向かう途中、女性と男性の大きな声がして尚文は視線を向ける。そこには子供の生首の隣に地面に短剣が刺さった紙が置かれており、それにすがり付いて泣き叫ぶ母親と唖然とする父親の姿があり、兵士達も沢山おり、尚文は手で口を押さえた。

 

(罰…?まさか…)

 

よく見れば、子供達には見覚えがあった。昨日ラフタリアのボールを奪おうとしていた子供達だった。そして、紙に書かれた字に尚文は驚く。

 

(あの出来事の事だとしたら、見ていたのは俺達だけ…。アイツ…)

 

後で問い詰めようと尚文は誓って、武器やへ行って服を買った。その後、シーツを井戸の水と洗濯板で染みを揉み荷物袋に詰める。草原を歩いてく最中に枝にくくりつけて乾かそうと考えた。

 

「さてと。お前、昨日散歩に行ってから何してた?」

 

(ここでこいつを刺激すればどうなるか、分からない…)

 

尚文は可能な限り、恐怖が態度に出ないように平常心を保ち、ミーシャに尋ねる。

 

「普通に散歩してただけよ。買い食いもしたし」

 

「そうか…」

 

(もし、こいつが平気で子供を殺すような奴ならラフタリアも危ない…。こいつがやったのか根拠や証拠はあまり、無いが…)

 

尚文は彼女の受け答えに怪しまれないように相槌を打ち、ミーシャを警戒する事を胸に誓った。

 

ぐう…

 

ラフタリアのお腹が鳴る。ラフタリアは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「そろそろ朝飯にするか」

 

(俺は食欲無いが…)

 

「うん…」

 

「そうね」

 

尚文の裾をラフタリアは掴んで付いていく。

 

「けほっ…!」

 

「……」

 

咳をするラフタリアに治療薬を入れた器をラフタリアに渡す。ラフタリアは定期的に薬が必要である。

 

匂いを嗅いで、渋い顔をするラフタリアだったが、飲もうと努力をする。

 

「うげ、苦い…」

 

「我慢しろ」

 

飲みきったラフタリアは今にも吐きそうなくらい青い顔をしていた。

 

「頑張ったわね。ほら、口直しよ」

 

ミーシャは何処からか水飴のような物をラフタリアに渡す。恐らく屋台で買ったのだろう。

 

「ありがとう、ミーシャさん」

 

(…本当にコイツは子供を殺す様な奴なのか?これから先、疑い続けるのも疲れる…。だが…まぁ、良い。必要最低限は疑っておけば良いだろ…)

 

尚文はラフタリアに菓子を微笑みながら渡す、ミーシャがそんな事をするのかと疑うのを躊躇してしまうが、一緒に行動する人間を疑い続けるのも疲れるので程ほどにしておこうと思った。

 

ちなみに調合した薬は良い値で売れた。品質が悪かったが枯渇気味だったようだ。

 

 

 

ーーー

ーー

 

「近頃、我が国で行方不明者が多発しております…。今日は子供の死体が…」

 

「うむ。早急に解決しなければ…」

 

(まさか、貴様の仕業か…?鎌…。だが、奴がやったと申告する者がおらず、証拠も無い。その上、原因が殺人だとは言いきれん。しかし、殺人であるのなら犯人は鎌でないにしろ、必ず捕らえねばならぬ。誰であれ、これ以上、この国で好き勝手はさせぬ…!何か理由があるならば、突き止めねば…!)

 

謁見の間では大臣と王は、最近起きている行方不明者が多発している事件について話をしていた。

 

「どうされますか…?」

 

「調査を続行せよ!もはや、これ以上、一人も行方不明者を出してはならん!」

 

「ハッ!早急にに指示を出します!」

 

王には何が原因かは分からない。しかし、これ以上の失踪者を出さない為に何をするべきかを考え、指示を出した。

 

 




今回絶対お気に入り減るし、低評価付く…。気にしてないませんけどね。

もはや、ミーシャの言動でチキンレースと化してる件



今回、オリキャラの声優さん及びCVネタが出ましたが苦手な方も居ると思います。該当する方は申し訳ありませんでした。

私は、そういうの含めて皆で楽しめればなぁと思ってます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十五話 仕返し

おまたせしました!


草原を抜けて、拠点を山へと移した。

 

その頃になるとラフタリアはミーシャの教えもあり、戦いに慣れて次々とバルーンを葬っていった。採取も順調に進んでいき魔物から得る経験値と副産物で荷物がかさばって来ていた。

 

その時、今まで無生物と思われる魔物ばかりを相手にしていた尚文達だったが、とうとう動物に似た魔物に出会った。

 

姿は一頭身の茶色のウサギであり、名はウサピル。

 

(変な名前だな)

 

「ぴょ!?」

 

ウサピルは尚文達を確認するや否や、跳躍して大きな前歯で尚文達に襲い掛かった。

 

「危ない!」

 

弱そうだと判断したのかラフタリアをターゲットにしている。その為、尚文がラフタリアを庇い前に出て攻撃を防ぐ。

 

「よし!突き刺せ」

 

「あ、あ…」

 

尚文がウサピルを押さえてラフタリアに指示をすると、ラフタリアは顔を青くし、震えて動く事が出来なくなった。

 

「…どうした?」

 

「い、生き物…血が出そう…」

 

狼狽えるラフタリアの言葉に何を伝えたいのか察する。

 

「…我慢しろ。これからもこんな敵と戦っていくんだ」

 

「で、でも…」

 

ウサピルは何度も尚文に噛み付きを繰り返している。

 

「…我慢しろ。そうじゃないと俺はお前の面倒を見切れない」

 

「そうよ。今まで私や尚文が貴女に施しを与えてたのだって、貴女がそれ相応の働きをしてたからよ。出来ないなら話は別…私が貴女を殺すわ。マンモーナも程々にしなさい」

 

(こいつ…)

 

「10秒以内よ。10、9、8、7、6ーー」

 

ラフタリアの背中に鎌の刃をミーシャは押し当てる。カウント毎にラフタリアの全身に恐怖が駆け巡っていき、震える手でナイフを握り駆け出す。

 

「ああああああああああああああああああぁぁぁッッ!!」

 

目が据わったラフタリアは子供にしては恐ろしい形相でウサピルの背中にナイフを突き刺した。しかし、一度では終わらずにただただ何度も突き刺し続けた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「あ…」

 

引き抜くと、事切れたウサピルが地に転がり血が吹き出る。その様子をラフタリアは目で追いながらナイフに付いた血を見て震えている。

 

顔色は蒼白になっており、尚文は見ているだけでいたたまれない気持ちになるが同情するわけにはいかなかった。これから先、尚文は同じ事を何百何千と繰り返さなければならなかったからだ。

 

「ぴょっ!!」

 

茂みからもう一匹、ウサピルが現れラフタリアに噛みつこうと跳躍する。

 

「あ……」

 

すかさずラフタリアとウサピルの間に尚文は入り攻撃を防いだ。

 

「……悪いな。本当なら俺やアイツがやらなきゃいけない事だ。だが、俺は守ることしか出来ない。だからお前やアイツにやらせるしか無いんだ」

 

「私が居るから貴女は何もしなくても良い訳でも無いわ。生きていたいなら戦うしかないのよ」

 

尚文はウサピルを腕に噛み付かせて言った。

 

「俺は強くならなきゃいけない。その為に手伝ってくれ…」

 

それが出来なければこの先、尚文に生きる道は無い。期限は迫っている。後一週間と数日で尚文達にとっては初めての災害の波に遭遇する事になる。今のままではミーシャは生き残れるかもしれないが尚文は生き残れない可能性が尚文の中では濃厚だった。

 

「…でも」

 

「一週間と少しした後、世界を脅かす波が訪れる」

 

「え!?」

 

「それまでの間に少しでも強くなりたいのが当面の目的だ」

 

ラフタリアは震えながら尚文の話を聞く。

 

「ぴょっ!!」

 

「ぴょ!!」

 

「ぴょっー!」

 

その頃、ミーシャに茂みから三匹のウサピルが噛み付こうと跳躍し襲い掛かった。

 

「そーれっ♡」

 

「びょっ!?」

 

「ギッ!?」

 

ミーシャは鎌でウサピルの顔を引き裂き、もう一匹を下から上に鎌を振るい両断し、辺りに血が飛び散り顔や服に付着する。

 

「んんっ♡この感触、久しぶりねぇ…♡あぁ、最高ッ♡」

 

口元に付着した血舌舐めずりして拭い、息を荒げて恍惚とした表情を浮かべる。

 

「うふふ♡あはははははッ♡」

 

さらに増えたウサピルの方へと突っ込んでいき、袈裟に逆袈裟に左薙ぎに右薙ぎに斬り上げ斬り下ろしと様々な方向に鎌を振るい何匹も鎌で分解していく。

 

「あの…災害と戦うの?」

 

「ああ、それが俺の役目なんだそうだ。やりたくてやっている訳じゃないけど…そういう意味ではお前と俺は似てるのかもしれない。強制させている俺が言えた義理ではないが…」

 

「……」

 

「だから、出来るなら俺にお前を手放させるような真似はさせないで欲しい…」

 

尚文にとって再び育て直すロスも然ることながら、あの檻にもう一度入れるのはあまり気分が良くなかった。しかし、今の尚文には金が無く、売らなければ新しい奴隷は買えない。

 

「……分かった。ご主人様、私…戦います…!」

 

蒼白だったラフタリアの顔色が徐々に血色が戻り、ゆっくりと頷きながら血塗れのナイフでウサピルの急所を一突きした。

 

先程の怯えた態度から一転し、決意に満ちた目をラフタリアはしていた。転がるウサピルを見て静かに目を瞑る。そして、前に出て解体しようとナイフを持ち替える。

 

「それは俺にやらせろ。お前にばかりさせるわけにはいかない」

 

「はい」

 

「こっちは終わったわよー♡」

 

ミーシャが戻って来たところで尚文は解体様のナイフを取り出し、ウサピルを解体した。生き物を捌くのは初めてだったが、この世界で生きる為には必要な手段だった。二匹を一通り解体した所で盾に吸わせた。

 

『ウサレザーシールド』と『ウサミートシールド』の条件が解放された。

 

ウサレザーシールド

 

能力未解放…装備ボーナス、敏捷3

 

ウサミートシールド

 

能力未解放…装備ボーナス、解体技能1

 

ウサミートシールドに変化させて尚文は立ち上がる。

 

「ご主人様、どうか私を見捨てないで…」

 

ラフタリアは高揚した表情で尚文に懇願する。ラフタリアはただただ、あの場所には戻りたくなかった。夜は叫び、病気持ちの彼女は下手をすれば死んでしまうだろう。

 

尚文はマインと重ねて死ぬ瞬間を嘲笑ってやりたいと思っていたが実益に合わない。

 

「役割をこなせば見捨てたりはしない」

 

尚文はマインと同じ性別の生き物であるラフタリアにはまだ死んでもらっては困ると思っていた。そんな考えが尚文の脳裏をぐるぐると回る。

 

「大丈夫よ。尚文が捨てたら私が新しいご主人様になってあげるから」

 

経験値が三人に入った。

 

「私はご主人様達の力になりたいです…」

 

それからラフタリアは見違えるほどにやる気を出して現れる魔物にミーシャと共に斬りかかった。一度、尚文が足止めする前に攻めようとしたので制止させたくらいだった。

 

(良い傾向だが、何故か…心を逆撫でするな…。俺のやっている事は決して褒められる事じゃない。全部私利私欲の為だ。だが…それでもしない訳にはいかない)

 

その日の晩は森の休憩に良さそうな広い場所で薪に火を点け、尚文達はキャンプをする事にした。採取した薬草で食べられそうな物とウサピルの肉を鍋で煮た料理を作った。鍋は何故か二つに分けられていたが。

 

残った肉を焚き火の傍で焼く。明日の夕方には一度町に戻る予定だが、魔物の肉が売れる確証はない。

 

尚文は食べられるか不安だったが目利きスキルにも食べられると出ているので、料理が終わった肉を一切れ試食して問題が無いのを確認する。尚文には味が分からなかったが。

 

(まあ、アイツに味見させればいいか。ただ、焼いただけで煮ただけだし、美味いかは知らんが…。料理スキルが発動して品質は普通からやや良いになっているから不味くは無いだろう。何はともあれ、アイツの反応が楽しみだな…。いや、駄目だ…まだ笑うな)

 

尚文は口角がつり上がるのを必死に堪える。

 

「ほら、食えよ」

 

出来上がった鍋と焼肉をラフタリアに食べさせる。

 

「あと、お前も…くく」

 

尚文は少し苦しそうに笑いを堪えながら、ミーシャにも一見同じ鍋と焼肉を渡す。

 

「お、美味しい!」

 

先程からお腹を鳴らして出来るのを待っていたラフタリアは、目を輝かせて美味しそうに食べ始めた。

 

今回の戦いで尚文のLVは10、ラフタリアも10に上がった。ミーシャは変わらず、35のままだ。

 

(ついに追い付かれたか…まぁ、しょうがない)

 

焚き火の明かりを元にして調合作業に入る前にミーシャへと尚文は視線を向ける。

 

「か、辛いわっ!な、尚文ッ!貴方、辛くしたわね!ひ、ひぃ…っ…!」

 

ミーシャは顔を真っ赤にしながら鍋と焼肉を食べており、火を吹きそうなくらい悶えている。

 

「いつかの仕返しだ。俺はお前と違ってばっちい事はしないからな」

 

「陰湿ねっ…あっ、ふ…んぐ…!」

 

尚文はミーシャが悶える姿を見ると思わず笑みを浮かべる。香辛料を買った甲斐があったと。

 

「ていうか、そんなに辛いの嫌なら食うのやめればいいんじゃないか?」

 

尚文は今の状況を弟を不良から脱却させた年に両親が開いてくれた誕生日パーティーより楽しいと感じていた。

 

「うぐっ、辛いけど美味しいから食べるのやめられないのよぉっ!」

 

涙目になりながらヒーヒー悶えているミーシャに尚文は勝利を確信した。

 

「フッ」

 

 

勝ったッ!鎌の勇者(仮)は殺人鬼 完!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と思っていたのかしら?」

 

無論、そんな展開になるハズもなくまだまだ続く。

 

賑やかな食事は終わり、尚文は焚き火の明かりを元にして調合作業に入る。今は少しでもお金を貯めて装備を充実させなければならない。知っている薬の中でももっとも高く売れる物を作る。

 

薬研で薬草を擦り合わせ、混ざった薬草を絞り、エキスをビーカーに移す。

 

『治療薬』が出来ました。

 

『栄養剤』が出来ました。

 

出来るレシピはもうあらかた試しており簡易レシピ1では限界が来ている。この二つは直感で作った奇跡の代物だ。

 

品質もやや悪い。

 

「…ケホ」

 

薬の効果が切れた様で、尚文は無言で治療薬を渡す。すると、ラフタリアは渋い顔をしながら飲み干す。

 

「交代で焚き火の番をするぞ、お前が先に寝て、そうだな…しばらくしたら起こすからアイツと一緒にするんだ。いいな?」

 

「分かりました」

 

尚文はラフタリアが素直に返事をした事に雲泥の差を感じる。

 

「おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ。そうだ、どうせ明日には売るんだ。毛皮を毛布にして寝ると良い」

 

料理中に燻してダニやノミの類を追い払った毛皮をラフタリアに渡した。少々小ぶりだが重ねておけば多少は暖かい。

 

「はい」

 

ラフタリアは毛皮を受け取ると匂いを嗅いで渋い顔をした。

 

「煙いか?」

 

「はい。とても煙いです」

 

「エグッグの中身と比べたらどうかしら?」

 

「こっちの方が良いです」

 

「だろうな」

 

「でも、暖かそうです」

 

ピタリと尚文の背に寄りかかるようにラフタリアは目を閉じる。

 

(まあ、良いか)

 

薬の調合作業を続け、ラフタリアが悲鳴を上げるであろう時間まで焚き火に薪をくべらせながら待つ。ミーシャは薬の調合作業の様子を邪魔にならない程度にじっと見ている。

 

(ふう…。こいつ、調合してる所なんて見てて面白いか?)

 

尚文はこの生活がいつまで続くか分からないまま、作業を続けていきラフタリアの方をちらりと見る。

 

「そろそろね」

 

「ああ」

 

三日目となると騒ぎ出す時間が分かってきてミーシャと尚文は夜泣きに備える。

 

「ん…」

 

ラフタリアは起き上がって目を擦る。

 

「悲鳴を上げなかったな」

 

「そうね…」

 

(そうか、俺を背にして暖まって寝ていたからな。トラウマだろうが、人肌を背にして寝ていれば大丈夫なのか…)

 

尚文とミーシャが小声で話をしていると空腹を示す音が鳴った。

 

「……お腹空いた」

 

(あんなに食べたのにもうお腹空いたのか)

 

「はいはい」

 

明日の朝用に残しておいた焼肉の残りをラフタリアに渡すとラフタリアは美味しそうに肉を頬張る。

 

「じゃあ、そろそろ俺は寝るから何かあったらそいつに頼れ。それでもダメなら俺を起こせ」

 

「うん!」

 

もぐもぐと肉を食べながらラフタリアは頷いた。

 

(まったく、元気になるのは良い傾向だが、食いしん坊になりそうだ)

 

尚文は肉を食べるラフタリアを見てそう思いながら目を閉じる。

 

「さて、私達の仕事は焚き火の番よ。何かあったら即座に行動するのよ」

 

「はい!」

 

ミーシャは木にもたれながらラフタリアに言い、ラフタリアはミーシャの近くに行き腰掛ける。

 

 

 

 

 

 




龍オンの新イベ大変過ぎる…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十六話 空腹

本当に遅れて申し訳ありません


仮眠を交代で行い、朝になった。昨日は疲れて眠ってしまったが、尚文はラフタリアがミーシャに何かされていないか心配になり、確認したが特に何かされていないと言われ安堵した。しかし、尚文はラフタリアを見て一つ疑問に思った。

 

(なんか、ふっくらしてね?)

 

気にしても仕方がないので、その場ではスルーした。その日の昼まで遭遇したウサピルを狩っていた。

 

「あっ!」

 

ラフタリアに渡していたナイフが折れてしまった。

 

「一応、短刀持ってるけど…使う?」

 

「いや、それはお前の武器だろ。後で買いに行く」

 

ミーシャは懐から銀鉄の短刀を取り出すとラフタリアに渡そうとするが尚文は首を横に振り断る。

 

「受け取れ」

 

仕方ないので作業用のナイフを渡し、尚文に噛み付いていた最後のウサピルにトドメを刺させた。

 

「ごめんなさい…」

 

「どんな物にも寿命はある。壊れてしまったなら仕方ない」

 

「やっぱ、伝説武器以外は不便ね」

 

尚文達は安物のナイフな事もあり、ろくに研磨もしていなかった。

 

「とりあえず、これくらいにして城下町に戻るぞ」

 

「はい」

 

「そうね」

 

大荷物となった袋をラフタリアとミーシャで分けて運ぶ。あれから、尚文とラフタリアはLVが11に上がった。その道中、何度か魔物に遭遇したがラフタリアとミーシャで撃退した。何度か魔物を作業用ナイフで刺したが、なんとかナイフは持ちこたえたようだ。

 

薬や物を売っていくうちに合計銀貨は70枚になった。

 

「どうしたものかな?」

 

「ナイフ?」

 

「娼婦?♡」

 

屋台でラフタリアに昼食を食べさせながら呟き、ミーシャの質問にチョップで返す。

 

(生活費は野宿すればどうにかなる。食費もウサピルとかを解体して肉にすれば良さそうだ。しばらくの間は篭れるな)

 

(尚文ってそういう事、興味ないのかしら?♡)

 

何処へ行けばいいのか尚文には検討も付かなかったが、買える限界の装備で経験値稼ぎもしたいと考えていた。

 

「…武器屋に行くか」

 

「うん」

 

ぐうと尚文の後ろから腹の音が響いた。

 

「お腹すいた」

 

「さっき食べたばかりだろ…」

 

「確か取っといたお肉が…」

 

(早く狩りに行かないと、このままでは食費に追われる…!)

 

ミーシャか焼肉の残りを渡すのを見て、尚文は食費の危機感を覚えつつ当初の予定通りに武器屋に向かった。

 

 

 

「という訳だ親父、銀貨65枚の範囲で良い武器と防具を寄越せ。作業用ナイフも込みで」

 

武器屋に到着して早速、尚文は武器屋の親父に要求した。

 

「まあ…安物を渡した俺も俺だが、ちゃんと手入れしろよ」

 

「そうよそうよー」

 

「親父、すまんな。ブラッドクリーンコーティングとやらが掛かっているつもりで使わせていた。つか、お前も手入れしなかっただろうが」

 

バルーン、マッシュ、エグッグは無機物に見える生き物であり、エグッグの液体は拭えば問題ないがウサピル辺りとなれば当然血が付着する。

 

それに加えて、手入れをしていなかったので劣化も早くなる。

 

「しかし、三日しか経ってないが血色が良くなったなぁ。少しふっくらしてきたんじゃないか?」

 

ラフタリアが微笑みながら頷く。

 

「お?表情も良いな」

 

「うん!」

 

(よし、そのまま値切れ)

 

(流石ね。レクチャーした甲斐があったわ♪)

 

この勇者達、ろくでなしである。

 

「親父、出来る限り武器を重点にして売ってくれ」

 

「アンタと嬢ちゃんは?」

 

「俺はいらん」

 

「私も」

 

「いらないの?」

 

ラフタリアが尚文とミーシャを見上げて尋ねる。

 

「お前には必要に見えたのか?」

 

「当たらなきゃ、良いじゃない。それに私が必要なら、貴女の方が必要になるけど?」

 

「うーん…」

 

納得しかねる表情でラフタリアは唸る。その手にはボールを大事そうに抱えていた。

 

「まあ、これも何かの縁だ。少しだけオマケしてやる」

 

「高いなら値切るまでだ」

 

「アンタには原価ギリギリにしてるよ。下手に吊り上げたらバルーンを押し付けられるか、嬢ちゃんに危害を加えられるんだろ?」

 

やはり、尚文とミーシャの悪評は噂になっていた。意図的に流させた訳だが。

 

「理不尽には理不尽で返してるだけだ」

 

お前らの方が理不尽だろと武器屋の親父は思ったが言わないことにした。

 

「…俺は困らんが、対策を取っても別の手段に訴えそうだよな。アンタは」

 

「良く分かってるじゃないか」

 

「見てれば分かる。勇者の中で一番商魂たくましいからな、アンタ」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

「さてと……」

 

親父はラフタリアを見ながら自分の顎を揉む。

 

「そろそろ嬢ちゃんにはナイフじゃなくて剣に挑戦させてみるか」

 

「大丈夫なのか?」

 

「やる気があるようだしな。短めの剣だから入門には良いだろう」

 

「ま、いつまでもナイフじゃやってけないしね」

 

 

武器屋の親父はガチャガチャと隅にあるコーナーを弄る。

 

「そうか」

 

「剣を使うの?」

 

「らしいな」

 

「ついでに使い方をレクチャーしてやる」

 

(親父さんも一応、心得があるのね。いつか殺り合ってみたいわ♡)

 

店の奥から皮でなめされた胸当てを持ってくる武器屋の親父を舌舐めずりしながらミーシャは眺める。

 

「鉄のショートソードと皮の胸当てだ。ちと古いが我慢してくれよ。サイズも合わせてやる」

 

武器屋の親父はラフタリアに剣を持たせ、皮の胸当てを布の服の上から着させる。

 

ぐうと再びラフタリアのお腹が鳴る。

 

「またか!」

 

「ちょっと、困ったわね…」

 

「おい、この子亜人だろ?子供で、Lv上げたら当たり前じゃないか」

 

尚文とミーシャは当然、異世界の事はほぼ分からない為首を傾げた。

 

「そうなのか…しょうがない。レクチャーしてもらってる間に買って来るから大人しくしていろよ。あと、お前も来い。話がある」

 

「はーい!」

 

「分かったわ」

 

尚文はミーシャに手招きすると、ミーシャも着いていく。

 

「行って来い、それまでには基本を教えといてやる」

 

武器屋の親父はガハハと笑って尚文とミーシャを見送る。

 

(まったく、Lvを上げる代償が空腹とは亜人は変な種族だ。ステータスも伸びていっているし、少しずつ強くなっているのが分かる。だが、食費が馬鹿にならない…)

 

「で、話ってのは?」

 

市場の方へと行きながら、尚文は食費に頭を悩ませる。

 

「昨日見た時は普通だったがあそこまでふっくらしてはいなかった。お前何かしたか?」

 

「そうね。実は…」

 

ーーー

ーー

 

ラフタリアとミーシャの二人で焚き火の番をしていた。

 

「ぴょっ!」

 

「うわっ!」

 

「あっ、ウサピルね」

 

近くにウサピルが通りかかる。勿論、こちらには気付いてないので放置するのが普通だろう。しかし、ここで見逃すミーシャではない。

 

「そーれっ♡」

 

「ぎっ!?」

 

ミーシャはデスサイズから鎖鎌に変形させると鎌を投げて、ウサピルの頭に突き刺して引っ張り殺害した。

 

「~♪」

 

鼻歌を歌いながらウサピルの亡骸を作業用のナイフで解体し、解体した肉を焚き火の側で焼く。

 

(美味しそう…)

 

(これで少しは足しになるわね♪どうよ?私も料理位出来るのよ?)

 

寝ている尚文の方をミーシャはドヤ顔で見て、勝利をかくしんしており、ラフタリアは焼いている肉を見てお腹を鳴らす。

 

 

~数分後~

 

「出来たわ!」

 

肉が焼き上がりミーシャは歓喜して、肉を手に取り品質を見る。

 

 

品質、や や 悪 い → 普  通

 

 

「…は?」

 

「ジュルリ…」

 

ミーシャは焼肉の品質に唖然とする。

 

(何よ。つまり私が尚文より料理が下手ってわけ!?確かに尚文は料理上手いけど!このクソシステム…殺してやろうかしら?)

 

「あ、あの…」

 

「ん?ああ、食べたいなら食べて良いわよ」

 

ミーシャはシステムの判定に内心キレながらも、ラフタリアに焼肉を差し出す。

 

「ん…」

 

「どうかしら?」

 

「美味しい」

 

(美味しいには美味しいけど尚文が作ったやつ程ではってところかしら)

 

ミーシャはラフタリアの表情と声から察してそう判断すると鎌を持って立ち上がる。

 

「何処行くの?ご主人様に焚き火の番を任されたんじゃ…」

 

「今の内に食料の確保に行ってくるわ」

 

(上等じゃない♡絶対に品質でやや良いを出してやるわ)

 

「えっ。ちょ…」

 

「止めないで頂戴。女の意地とプライドが懸かってるのよ!」

 

ラフタリアの制止も聞かずにミーシャは走ってウサピルを探しに行ってしまった。

 

 

 

~数分後~

 

いくつもの解体した肉を焚き火の側で焼いていた。出来上がった焼肉はいずれも品質は普通であり、ミーシャの苛立ちを高めていった。

 

ぐう…。

 

「…要る?」

 

「うん!」

 

ラフタリアのお腹の音を聞くと、恐る恐る尋ねてラフタリアが頷くと焼肉を差し出した。

 

(変わってるわね。尚文が作ったのより美味しいわけでもないのに)

 

美味しそうに食べるラフタリアをミーシャは不思議そうに眺める。

 

「……」

 

食べ終わったラフタリアはソワソワしながら、ミーシャの方をじっと見ている。

 

(もっと、欲しいってところかしら?どうする?)

 

→あげる

あげない

 

(まぁ、あげないのは可哀想よね)

 

「はいどうぞ」

 

「…!」

 

ミーシャは再び焼肉をラフタリアに渡す。それを受け取り、食べるラフタリア。

 

「もういっそ、全部あげるわ♪」

 

「本当!?」

 

品質が普通の料理を美味しそうに食べてもらえた事に気を良くしたのかラフタリアに取ってきた焼肉を次々と渡した。

 

 

 

ーーー

ーー

 

「という事があったのよ」

 

「…爺さん婆さんみたいな甘やかし方するなよ。どうするんだ、動けなくなったら。責任持って減量させるんだろうな?」

 

「そりゃもちろん。そこまで支障が出るなら流石にどうにかするわ」

 

尚文は頭が痛くなるのをこらえながら、ミーシャを咎めるが彼女は楽観的にそう返した。

 

「それなら良いが」

 

(こいつはいちいち余計な事しないと死ぬ病気か何かか?それはともかく、早く買って戻るか…)

 

尚文は安心出来ないなと思うが今は屋台で食べ物を買うのが最優先なので、不安を頭の片隅に置いて屋台で食べ物を買った。

 

「ホラよ」

 

「ありがとう!」

 

もぐもぐと食べながら剣を振る動きや回避を親父から熱心に習う。回避の動きはミーシャから教わったのでほぼ完璧だったが、ナイフと剣を持った状態では違うのか回避がミーシャから教わった動きはあまり上手くいかなかったので習い直す。

 

「おう、帰ってきたのか。この嬢ちゃん、筋が良いぞ。剣の振り方は友達がよく振るっていたのを見た事があるらしい」

 

尚文とミーシャは様になっているとそう感じていた。

 

「アンタはどうなんだ?」

 

「回避は見て覚えておく」

 

「私はもう人から教わる事はあまりないわね」

 

「まあ、お前らは今のタイプで合ってるようだし、下手にバランスを崩すと危ないか」

 

親父の武器講座が終わり、会計を済ます。すると親父は尚文に白い石の塊を渡した。

 

「何だ?」

 

「砥石しだ。今回の武器もコーティングが掛かってない。定期的にメンテナンスしないとあっという間に壊れるぞ」

 

「そうか…」

 

「あら、わざわざありがとう。親父さん」

 

「良いってことよ」

 

砥石を掴むと盾が反応したので、尚文は盾に吸わせた。

 

「お、おい!?」

 

砥石の盾の条件が解放されました。

 

(シールドと付かない初めての装備だ。まあ盾だが。鉱石系から派生する物が多いな…辛うじて近いエッグシールドとウサミートシールドからの複合で繋がっている。料理には包丁が欠かせないからか?防御力はエッグシールドに毛が生えた程度だな…。ウサピルの死体を解体せずに吸わせたウサピルシールドの方が高い)

 

砥石の盾

 

能力未解放……装備ボーナス、鉱石鑑定1

 

専用効果 自由研磨(8時間)消費大

 

(専用効果?)

 

尚文はヘルプを確認する。

 

 

 

『専用効果とはその武器である時のみ発揮する効果です。この効果は解放による能力付与のように覚えることの出来ないものなので、必要な場合はその武器に変化させましょう』

 

(あれか?ゲームとかで○○系に効果大みたいなタイプだろうか)

 

尚文は急いで盾を変化させる。

 

「おう!?何だそれは?」

 

「良い感触ね♪」

 

砥石の盾は形状はスモールシールドよりもやや大きい白い大きな石の盾だ。盾の上にいくつか穴があり、細い穴だったり太い穴だったり、紙が通りそうな穴だったり様々だった。それにミーシャは頬擦りをしている。

 

「おいアンタ!聞けよ」

 

(自動研磨(8時間)とは何だ?名称通りの効果なら多少期待は持てるが…)

 

「おい!」

 

「ん?何だ親父」

 

「一体何だその盾は!」

 

「前にも見ただろ、伝説の盾だ」

 

「聞いてねえし見てもねえよ」

 

「見たじゃないか、スモールシールドの時」

 

「は?どうして砥石になってるんだ?」

 

「砥石を吸わせたからだろ?」

 

「……」

 

「あと、お前はいつまでもそこに顔を擦り付けるな」

 

「ああん」

 

親父がダメだ会話が成立してないと言いたげな表情をしている。そして、砥石の盾に顔を擦り付けるミーシャの顔を押して引き剥がす。

 

「伝説の武器には不思議な力があるとは聞いたが、これがそれか」

 

「他の勇者から聞かなかったのか?」

 

「最近は見ねえよ。それに目の前で実践したのはアンタが初めてだ」

 

(本来であれば強大な敵が残り一週間少しと迫っている現状、情報は少しでも共有するべきだろうに。結局奴等は仲間同士にすら教えていない自分本位の秘密主義者という事か。少なくとも俺ならそんな奴は信用しない。まあ、見せる必要も無いのも事実だが。無駄の無い奴等だ)

 

(暇ね。もう一回ちょっかいでもかけようかしら?)

 

親父の話を聞いて、尚文は他の三人の勇者達に不信感を抱く(元々、信用してはいないが)

 

「で、何を悩んでいるんだ」

 

「ああ、自動研磨(8時間)消費大という効果があるらしくてな。字面から勝手に研磨してくれそうなんだが…」

 

尚文には何を消費するか分からないが、とりあえず何か分かるかも知れないので話した。

 

「処分品の武器をオマケしてやる。それで試せば良いだろ」

 

「ああ、感謝する」

 

親父が錆びた剣をカウンターから出して尚文の盾の溝に差し込んだ。

 

尚文の視界の隅のアイコンに『研磨中』と出ていた。そして、尚文の身体にも変化を及ばせていた。肩が重く感じるのだ。

 

尚文がアイコンを見ているとステータスにあるSPという項目が徐々に減っていく。

 

「さて、そろそろ行くか」

 

「やっとね。退屈そうで死にそうだったわ」

 

「行くの?」

 

「ああ」

 

8時間もここで待っている訳にもいかないので、ある程度様になった格好のラフタリアの頭を撫でて尚文達は武器屋を後にする。

 

当分の目標はLvを上げることと成長期で飢えているラフタリアに食べさせる物の食料の調達に決まった。

 

「あ、そうだ親父」

 

「まだ用があるのか?」

 

いい加減、うんざりとしている口調で親父は尚文を睨む。

 

「森を抜けた村の先にあるダンジョンと同等の魔物が、いる場所を知らないか」

 

安物の地図を開いて、マインに勧められたダンジョンのある方角を指差して尋ねる。

 

「森とは違う、街道の先にある村の方にも似たような魔物が居ると聞くぜ」

 

「そうか、じゃあそっちに行ってみるか」

 

「面白そうね♡今からでも、楽しみ…♡」

 

今は明日までにどれだけ盾を強化できるかといくら金を稼げるかに掛かっていた。

 

 

 

 




ぶっちゃけ、最近ミーシャのキチ成分足りないですよね…。そこが売りだというのに。


あと、先週の盾PTが武器屋の親父にした仕打ちが悪魔過ぎて笑いました。あのエピソードは今作でもやりたいです。

誰かRISEのサビBGMに、『悪女に騙された大学生、盾の勇者みたいになってしまう』あげてちょ(他力本願)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十七話 欲求不満

「めっちゃ、解放されたわね」

 

「まあな」

 

尚文の装備の条件がいくつか解放された。

 

ロープシールド

 

解放済み…装備ボーナス、スキル『エアストシールド』

 

ピキュピキュシールド

 

解放済み…装備ボーナス、初級武器修理技能1

 

ウッドシールド

 

解放済み…装備ボーナス、伐採技能1

 

バタフライシールド

 

解放済み…装備ボーナス、麻痺耐性(小)

 

パイプシールド

 

解放済み…装備ボーナス、スキル『シールドプリズン』

 

etc…

 

ギロチンサイズ

 

装備ボーナス…1%の確率で即死(即死以外は1ダメージ)

 

あれから一週間と一日が経ち、尚文達は武器屋の親父から聞いた通り村に向かった。

 

村の名はリユート村。彼らが拠点にするには良さそうな村であり、宿泊費は銀貨1枚。

 

買取商人も二日に一度は滞在し、薬屋はないが村人が薬を欲しているので城下町の薬屋よりも安目に売れば利益が得られるのは間違いない。

 

ちなみに尚文とミーシャの悪名は響き渡っており、村に来た当初、嫌がらせを受けたのでバルーンの刑とミーシャによる体罰に処した事が数回あった。

 

この周辺の魔物や薬草、その他鉱石から材木等を武器に吸わせた結果様々なスキルや技能を覚えたのだ。

 

「待てーッ!」

 

不利を悟って逃げる全身が針のような魔物、ヤマアラをラフタリアと一緒に尚文とミーシャは追いかける。

 

ラフタリアも順調にLvを上げ、尚文はLv20、ラフタリアはLv25、ミーシャはLv37になった。

 

尚文は未だに布の服で戦えている。しかし、一度ダメージを追った。防御力を過信して、弱い盾で戦っていたら痛みが走ったのだ。

 

今、追っているヤマアラの不意討ちを受けて怪我をした。

 

「ぐ、痛いな。久々の感覚だ」

 

「そうよね。ここから先は油断は禁物よ。HPはあとで回復してあげるから頑張って」

 

「ああ」

 

尚文は流血する傷口にヒール丸薬を塗りつけながら走る。この世界に来てから盾が保護してくれていた為、痛みを忘れていたのだ。

 

ミーシャのメディカルサイズは一度検証したが、HPを回復させる効果があってもあくまでそれだけで、傷や出血を治す効果はなかったので分けて使う必要があった。

 

「だから言ったじゃないですか。ナオフミ様もそろそろ装備を買うべきだと。ミーシャさんも気を付けてくださいね?」

 

「分かったわ」

 

「いや…弱い盾にしていたのが原因だ」

 

少し前から、ラフタリアは尚文の事をご主人様では無くナオフミ様と名前で呼ぶようになっていた。

 

(馴れてきたのは良いなのか悪いことなのか…。まぁ、良い)

 

尚文の盾は盾の形状をした全身を覆う装備のようで構えている必要ほぼ無い。盾の部分が一番硬く、盾の部分で防いだ場合の方がダメージは軽減出来ていた。

 

研石の盾の効果は、案の定自動で研磨するという効果だった。研磨時間は8時間であり、それよりも前に引き抜くと効果は無し。難点は使用中はSPを常時消費して回復しないという所だった。

 

「エアストシールド!」

 

初めて覚えたスキルで効果は射程5mくらいの範囲で盾を生み出すスキルだ。意識を集中して、出したい場所にイメージすると出現し効果時間が過ぎると消滅する。

 

(やれやれ…こっちもスキル使ってさっさと倒したいけど、足速いうえに的が小さいのよね。『ラウンドトリップ』でも良いけど、尚文とラフタリアの邪魔になるうえに向こうの方が恐らく速い…)

 

ヤマアラは尚文の出した盾に驚いてよろめく。しかし、即座に耐性を立て直して逃亡を再開する。

 

「シールドプリズンッ!」

 

射程6mくらいの範囲で盾で四方を囲む檻を作り出す。ヤマアラにターゲットを付けて発動させた。対象を守るスキルだが、中に入った者を拘束する効果がある。

 

「キー!」

 

逃げ場所の無くなったヤマアラはシールドプリズンの中で暴れ回る。どちらも効果時間は15秒。その間にミーシャとラフタリアはプリズンの至近距離まで近付き、消えると同時にミーシャは鎌を地面に突き刺し、ヤマアラを両手で掴んで押さえる。

 

「っ…!さ、やっちゃいなさい」

 

掌に針が突き刺さり、出血するし痛みが広がるが気にせずラフタリアの前に差し出す。

 

「はい!はぁッ!」

 

そのままラフタリアはヤマアラを剣で突き刺した。

 

「ギィッ!?」

 

「っ…」

 

「やりました!」

 

ミーシャは針を掌から引き抜き、針に覆われてない手足をラフタリアに渡して二人は戻ってきた。

 

「よし…」

 

EXP48

 

獲物は倒して武器に吸わせるだけでも変化するが、細かく分けた方が得だとここ一週間で尚文達は発見した。

 

早速、ヤマアラを解体して針と肉と皮、骨と分けた。これら全てが素材となるので馬鹿に出来ない。

 

盾と鎌に幾らか吸わせている。

 

尚文達はこの一週間で様々な事を発見した。骨系は複数の魔物の骨が必要で、皮系はステータスアップの装備効果があり、肉は料理系統だということを。

 

尚文は期待に胸を踊らせながら、針を盾に吸わせた。

 

アニマルニールドシールドの条件が解放されました

 

アニマルニールドシールド

 

未解放…装備ボーナス、攻撃力1

 

専用効果 針の盾(小)

 

(よし!攻撃力アップだ。専用効果の針の盾(小)がどういった物なのかは分からないが、攻撃的な盾のツリーを見つけることが出来た。防御力は、まあ鉱石系の盾よりも少し低いけど大丈夫だろう)

 

「どうです?」

 

「ああ、攻撃力が上がる盾みたいだ」

 

「良かったわね」

 

「やりましたね。所で防御力は?」

 

ラフタリアは尚文が怪我をする毎に怪訝な顔をする。

 

「程々かな」

 

「そうですか…あの、研磨をお願いしたいのですが…」

 

「分かった。そろそろ狩りを中断して村に戻るか」

 

「はい!」

 

盾を砥石の盾に変化させて、ラフタリアの剣を差し込んだ。

 

研磨中…

 

「そーれっ♡」

 

「うおっ!?」

 

尚文は背中に衝撃を感じてふらつき、振り向くとミーシャが鎌をメディカルサイズに変化させていた。たった今、メディカルサイズで斬られHPが回復したのだ。

 

「急にやるなよ…」

 

「それにしても、この鎌良いわね…斬る感触はそのままだし文句も言われないしで…♡」

 

「聞いてないな…。まぁ、良いか…」

 

ミーシャに抗議するが聞いていないので、この事で責め立てても無駄だと尚文は分かり放置する。

 

尚文達のレベルは上がっていき、手広く資金調達に一週間近く費やしたお陰で所持金は銀貨230枚にまでなった。

 

薬が程々に売れて、盾が付与してくれる技能系スキルのお陰で伐採や採掘などで手広く商売をしている為だ。

 

「さて、そろそろ城下町に戻ってラフタリアの装備を一新するか」

 

「そうね」

 

「…ナオフミ様?」

 

尚文とミーシャは城下町に戻ろうとした時だった。ラフタリアが背筋が凍りつくような笑顔で尚文に微笑みかけている。

 

「私の装備を買っていただけるのは非常にありがたいのですが、その前にご自身の格好を少々お考えください」

 

「なんか変か?」

 

「陰キャっぽいわね」

 

「ミーシャ…少し黙れ」

 

「冗談よぉ…♡」

 

「盾以外、村人と殆ど変わらないですよ」

 

「…必要無いからな。着替えがある程度で大丈夫だろ」

 

(はぁ…彼女の甘えたが無くなったのは良い事だけど…。最近、駄目ね…。物足りない…魔物じゃなくて人間を狩りたいわ…)

 

溜め息を吐くミーシャをよそに、ガシッとラフタリアが尚文の肩を掴んで満面の笑みで脅す。

 

「それで先ほどお怪我をなさったではありませんか」

 

「解放目的の弱い盾、だったしな…。まだ大丈夫だろ。それよりお前の武器を新調すればもっと良い場所へーー」

 

「ナオフミ様?戯れは程々にしませんと死んでしまいます」

 

「死…!?」

 

ラフタリアは予備の剣の柄を握り尚文を脅す。無論、奴隷の制限で尚文を傷付ける事は出来ない。

 

「…いい加減、ご自身の装備を見直す時です。期限が近付いてるのでしょう?」

 

「…ああ」

 

尚文は気付いた。あと、数日で災厄の波が訪れる可能性があった事を。

 

「なあに、忘れてたの?」

 

ミーシャは口角を僅かに吊り上げて尚文に尋ねる。

 

「そうだな…余裕が無かった」

 

(確かに、村人と大して差が無い格好では不安にもなる。目的と手段が擦り変わっていた…)

 

ミーシャに煽られても尚文は冷静に答えた。相手をしては負けなのだ。

 

「はぁ…」

 

尚文はもう少し攻撃力を上げていきたかったので、落胆した。

 

「ラフタリア、剣に手をかけるならたまには私と遊んで頂戴」

 

「駄目です。ミーシャさんとやったら、死んでしまいます」

 

「はぁ…。尚文の奴、余計な入れ知恵したわね…」

 

ミーシャはラフタリアに戦いを申し込んだら即答で断れた。こういった対応をラフタリアに仕組んだのは勿論、尚文。ラフタリアに教えた事は、戦いを申し込まれても相手にするなと。

 

「今は私よりもナオフミ様の装備を探しましょう」

 

「そうだな、とりあえず装備を買って、残った金でお前の武器を買えば良いか」

 

「はい」

 

とりあえず、尚文は同意するしかないと判断して城下町に向かう。

 

「馴れてきたとは聞こえが良いが、図々しくなってきたな…」

 

「そう…?甘えたが無くなっただけ良いと思うけど」

 

尚文はラフタリアに前を歩かせながら、小声でミーシャと相談をする。

 

「それはそれだ。いい加減に立場の違いを分からせてやりたいが、設定した禁即事項に違反しない強かさを最近身に付けている…」

 

「つまり?」

 

「…面倒な奴隷になってきた」

 

「なるほど」

 

尚文の小声の愚痴を聞くとミーシャはしばらく考えるような素振りを見せる。

 

「調教…する?」

 

「調教、だと…?まさか…」

 

尚文の脳裏に浮かんだのは、謁見の間で尚文の仲間がミーシャ一人しか居なかった際に彼女が言った言葉だった。

 

「反抗的な態度を取らないように、爪を一枚ずつ剥がすか、指を一本ずつへし折るのよ…♡」

 

「…やめておこう」

 

「ふーん。こういう時だけ他人のフリするってワケ?♪あんたもとっくに外道でしょうが♡」

 

「そうは言ってない。波が何時起きるか分からない状況で使い物にならなかったら不味いだろ」

 

勿論、尚文の今の小声での発言は当然嘘である。最もらしい理由を付けて納得させなければ勝手に調教と称した拷問をラフタリアに対して勝手に行う可能性があった。

 

「まぁ、それもそうね」

 

ミーシャは尚文の言葉を聞くと納得したようで尚文は安堵した。そして、自分にあって彼女に無い物を理解する。それは、ブレーキだ。

 

人間は何かしら悪事や人道に反した行動をする場合、『理性』や『良心』、『罪悪感』等の自らを戒める鎖がブレーキとして存在している。

 

例え、車のブレーキのように止まるまでに移動してしまう事があっても普通ならば必ず越えてはならない一線だけは越えないように人間は出来ている。しかし、ミーシャのように越えてはならない一線をあっさり越える人間もこの世には存在している。それに尚文は危機感を抱きざるを得なかった。

 

「ミーシャさん、ナオフミ様。何を話していたんですか?」

 

ラフタリアは不思議そうに二人の方を見て尋ねる。

 

「…ヒール付きのブーツが今いるのよ」

 

「ああ。ミーシャの奴が自分で買うつもりらしい」

 

「そうでしたか…」

 

(壊れたのかな…?)

 

(ラフタリアが大きくなってきて、目線が同じ位に迫ってきてる…。これはヒール付きのブーツ欲しいわ。手に入れないと…)

 

ラフタリアは壊れたのかと思い心配するが、実際は壊れたわけでもなく上記の理由で必要だっただけだ。

 

 




なんか、この作品盾の勇者による殺人鬼観察日記になりつつありますね…。

話の都合上、尚文の解放した盾の説明入れないと訳分からなくなるからなぁ…。

どうしよ…。


話は変わりますが、実は私、三勇者の事そんなに嫌いじゃないんですよね。本編元康も錬も樹も。特に元康は最初の元康お兄さんとか言ってた辺りが好きでして…。錬は所々人間臭い所、樹もこらしめ云々言ってる所とかも。

ちなみに好きだからと言って作品内での扱いが良くなる訳ではありませんけどね(※予定通り元康は後から、散々な目に遭います。錬と樹は元康よりは割りとマシ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十八話 蛮族の鎧

「盾のあんちゃん達じゃないか。一週間ぶりだな」

 

尚文達が城下町で行く所は商店街辺りしかない。そして、今は武器屋に立ち寄っており、武器屋の親父が声を掛けた。

 

「しばらく見ないうちに見違えたなぁ…別嬪さんに育ったじゃないか」

 

「でしょでしょ!」

 

「は?」

 

武器屋の親父はラフタリアの方を見てポカンと口を開けて言うと、ミーシャが自分の事のように自慢気に言い、尚文は何言ってんだと言いたげに呆れたように二人を見た。

 

「恰幅も良くなって…前来た時の痩せこけた姿とは大違いだ」

 

「太ったみたいな言い方しないでくださいよ」

 

「マシになったって事よ」

 

「そ、そうですか…」

 

ラフタリアはモジモジと手を捏ねて答えており、フォローするようにミーシャが肩を軽く叩く。

 

(…不愉快だな。あの女を連想する…)

 

尚文はマインの事を思い出したのか、顔をしかめた。

 

「ハハ、可愛く育ったじゃないか」

 

「育つ?まあ、Lvは上がったな」

 

一週間前、Lv10だったが今は25になった。その影響か、ラフタリアの身体的特徴には変化が現れている。

 

「ふむ…アンタは朴念仁になってきたな」

 

「厄介ね…」

 

「何を訳の分からん事を」

 

尚文はミーシャと武器屋の親父の言ってる事が分からずそう返した。

 

(そもそも見た目、10歳位の女の子が可愛いと思うのは誰だって同じだろうに…。まあここ最近肉ばかり食わせていたから少し太ってきたのかもしれないが…。とは言ってもミーシャの奴が、有言実行して鍛えてるから、そこまで太ってはないはず…)

 

ラフタリアが空腹を良く訴えるので、出会う魔物の肉を料理して食べさせていた。栄養バランスが崩れて脚気になる事も危惧して、断腸の思いで薬草を加えた物にしたりと工夫もした。

 

そのおかげか、ラフタリアは健康状態を維持できており、治療薬の効果もあって咳もしなくなった。

 

「ここ一週間、何していた?戦いだけかい?」

 

「宿の人にテーブルマナーを教えてもらいました。ナオフミ様とミーシャさんのように上品に食事がしたくて」

 

「順調のようだな」

 

ラフタリアの近況を聞いて、武器屋の親父の機嫌が良くなる。

 

(これなら良い装備を値切れるかもしれん。もっとおだてろ、ラフタリア)

 

(まーた、銭の事考えてる…)

 

尚文の顔色を見て察したミーシャは呆れたのか生暖かい視線を向けた。

 

「で、今日は何のようだ?」

 

「ああ、装備を買おうとな」

 

ラフタリアを指差して言うと、ラフタリアは不気味な笑顔で尚文の肩を掴む。

 

「今回はナオフミ様の防具を買おうと思いまして」

 

「分かってるよ。何をそんなムキになってるんだ?」

 

「ご自身の胸に手を当てて、お考えください」

 

「ん~……まあ、波に備えてだが?」

 

「アンタの本音が何で、嬢ちゃんが何を伝えたいかは俺にははっきり分かったがな…」

 

「あっ…鎌がもう一本出たわ」

 

ウェポンコピーが発動しました。

 

コモンウェポンブックが解放されました。

 

尚文達が装備について話し合ってる中、ミーシャは武器屋にある鎌に触れたとたんに鎌が同じ物に変化したことに驚いていた。

 

(ウェポンコピー…ね。今まで吸ってきた奴から出来た鎌も解放されたけど、性能はウェポンブックに乗ってるやつのが強いわね。おっと、鎌を戻さないと…。バレたら厄介ね)

 

ミーシャは店内をキョロキョロしては鎌をデスサイズに戻した。

 

「さて、じゃあアンタの防具で良いんだな。予算はどれくらいだ?」

 

「銀貨180枚の範囲でお願いします」

 

(それだと今の武器より良い物は買えないだろ…)

 

ラフタリアが勝手に値段を言うと尚文はイラつき顔をしかめる。

 

「そうだなぁ…その辺りでバランスの良い防具となるとくさりかたびらだな」

 

「私も着てるわね、それ」

 

「くさりかたびら…。っ…」

 

尚文はくさりかたびらと聞くとあの日の事を思い出して腹の底から怒りが噴出する。

 

「まあ、盾のアンちゃんがそこまで嫌ならしょうがないな」

 

「私の着てるヤツいる?」

 

「いらん」

 

事情を理解している武器屋の親父は鼻を掻きながら納得して、視線を別の防具へと向けた。

 

尚文はミーシャにあまり借りを作りたくないのかそれともくさりかたびら自体が嫌なのか定かでは無いが断った。

 

「となると、ちと厳しいかもしれないが鉄の鎧が妥当な範囲か?」

 

武器屋の親父は指差した防具に目を向ける。鉄で板金されたフルプレートの城などで置物として飾られている鎧がそこにあった。

 

尚文とミーシャの世界では、フルプレートメイルと呼ばれている代物で着るとロクに動けなくなったり、沼地で沈んで死者が出たと言われている。

 

「体力さえあればどうにかなるだろう。難点はエアウェイク加工されてない所だ」

 

(尚文って体力どの位、あるのかしら?普通の人よりはありそうだけど…)

 

「エアウェイク加工?」

 

「着用者の魔力を吸って重量を軽くさせる加工だ。効果は優秀だぞ」

 

「なるほどな」

 

「これは駄目そうね…」

 

この世界ではエアウェイク加工していない全身防具は動けない的のような物だった。武器屋の親父は体力があればどうにかなるとも言っていたが尚文にそこまでの体力は無い。

 

「重そうな部分を外せば安く、軽くなりそうだな…」

 

「アンちゃん。やっぱりその辺りを考えてたか」

 

「当たり前だろ」

 

「となると、鉄の胸当てを買った方が安いだろうよ。守れる範囲が狭いがな」

 

「…確かに防御力が必要だが、敏捷が下がっては話にならないからな…」

 

尚文はチラリとミーシャとラフタリアの方を見て思った。こいつらに着けたら弱体化しそうだなと。

 

「後は…素材を持って来ればオーダーメイドをしてやっても良いが…」

 

「良いな、そういうのは好きだぞ」

 

「私も好きよ!何を持ってくればいいの?」

 

「これだ」

 

武器屋の親父は材料名と完成予想図の書かれた羊皮紙を広げる。

 

「読めないな…」

 

「Что я читаю?」

 

どちらも、この世界の文字は読めなかったようで首を傾げる。

 

「そこの工房で安物の銅と鉄を購入、後はウサピルとヤマアラの皮、そしてピキュピキュの羽を持って来い」

 

「皮と羽はありますよ」

 

武器屋の親父は困ったような顔をして尚文とミーシャに説明した。すると、ラフタリアがニコニコしながら荷物袋に入れていた寝巻き用の皮と羽を取り出す。

 

「ちょっと、質が悪くなっているが使えるくらいの程度ではあるな」

 

「これで何が出来るんだ?」

 

「蛮族の鎧だ。性能はくさりかたびらとトントンだが、防御範囲と広くて寒さに強い」

 

「ほう…」

 

「良いじゃない。早速、素材を買いに行きましょう」

 

「そうだな。とりあえず引っ張るのやめろ」

 

ミーシャは自分達で用意した素材で装備が出来上がるのが楽しみなのか尚文のマントを引っ張る。

 

「追加オプションに骨をプラスすれば魔法効果も付くんだが、これは後からでも出来るから材料が集まったらまた来い」

 

「助かる。じゃあ鉄と銅を買って来るとするか」

 

「行きましょう!すぐに行きましょう」

 

「やっとね。私達の手で尚文の鎧を完成させるのよー!」

 

「オー!」

 

ラフタリアがミーシャに同調しながら、尚文の手を元気良く手を引っ張って買出しに行こうとする。

 

「どうした?」

 

「これでナオフミ様も一端の冒険者の格好になるのですよ。急がなくてどうするのです」

 

「まあ、そうだが…」

 

尚文は女子二人のテンションの高さに少し引きながら、手を引かれて金属工房に向かった。

 

 

数分後、金属工房へと到着して鉄と銅を購入した。武器屋の親父から話が行っており、サービスしてもらえた。

 

「いやー、結構安く売ってもらえたわね」

 

「ったく、それは良いが…おっさん共め。親父曰く、ラフタリアが話し通り可愛い子だとか何だとか…ニヤニヤしやがって。この世界はどんだけロリコンが居るんだ…」

 

「ん?」

 

「ロリ…何ですか?それ」

 

(あ、やべ…)

 

「あー、知らなくて良いのよ。貴女は」

 

「えー」

 

(何言ってるのかしら…。ラフタリアって、今はもうパッと見では10歳には見えないハズなんだけど…。あのおじさん達も私とラフタリアは同い年位に見てた…。まさか、貴方にはラフタリアが10歳に…?)

 

尚文は愚痴りながら肩を竦めて言う。しかし、ミーシャには不可解だった。何故なら、彼は金属工房のおじさん達がロリコンだと言っている。しかし、ラフタリアは今ではもう10歳だとは初見で分からない位には成長していたからだ。

 

故に怪訝な顔をする他なかった。

 

「ふぅ、戻ったわ」

 

「あっさりと材料が集まったな」

 

「アンちゃん達が頑張った結果だろ」

 

武器屋へと尚文達は戻り、親父に報告をした。

 

「まあ、それよりも親父の知り合いにロリコンが多い事について指摘したいんだが…」

 

「ほっ、ほっ」

 

「ロリコン?アンタ何を言っているんだ?」

 

「わぁ、凄いですね!」

 

「うふふ♪このくらい朝飯前よ♪」

 

尚文から言われた事にミーシャと同じ理由で怪訝とした顔をした。その脇で、ミーシャは鉄と銅でジャグリングするのをラフタリアに披露して拍手を受けている。

 

「ロリコンの意味が伝わってないのか?盾に翻訳機能があるはずだが…」

 

「いや、少女趣味の知り合いは居ないと思うが…」

 

「こんなのもいけるわよー♪」

 

「本当に凄いです!ミーシャさん」

 

「ラフタリアが可愛いからって安く売ってくれたぞ」

 

「アンちゃん…本当に分からないのか?」

 

「何が?」

 

尚文の様子に困惑する親父。その一方、ミーシャはボールをヘディングしながらジャグリングをさらに速くしていっていた。

 

「というか、いつまでも乱暴に扱うんじゃあない。早く親父に渡せ」

 

「しょうがないわね。はい。親父さん」

 

「おう」

 

ジャグリングをやめて、尚文に言われた通りに武器屋の親父に鉄と銅を渡す。

 

「それで、アンちゃん。あの嬢ちゃんがーー」

 

「親父さん。その話は良いですから」

 

武器屋の親父の話をラフタリアは首を横に振って、遮る。武器屋の親父は何か察したのかヤレヤレと言った感じで肩を竦めて視線を尚文に戻した。

 

「明日までには完成させておく、それまで待っていてくれ」

 

「早いな、最低でも二日以上は掛かると思ってたぞ」

 

「ま、普通ならそれくらい掛けるが、アンちゃんの場合急ぎなんだろ?」

 

「ああ。一応礼は言っとく」

 

「私からもお礼は言うわ。ありがとう」

 

「ははは、ケツが痒くなるな」

 

尚文とミーシャはお互いにらしくないと思いながらも武器屋の親父に感謝を伝えた。

 

「で、オーダーメイドの金額はいくらだ?」

 

「鋼と鉄の購入代金込みで130枚、これ以上は安く出来ねえよ」

 

「骨だったか?それを持って来れば良いんだな?」

 

「ああ、それ込みで130枚。これ以上は安く出来ねえよ」

 

「分かった。それで良い」

 

尚文は銀貨130枚取り出して親父に渡した。

 

 

「毎度」

 

「所で親父、銀貨90枚で買える範囲の武器も欲しいのだが」

 

「嬢ちゃんの武器だろ?」

 

「ああ」

 

一週間前に購入した剣と研磨が終了し、普通の剣を持っているがそれを下取りに出すことにした。

 

「ラフタリア」

 

「はい」

 

ラフタリアは腰から剣を出してカウンターに置いた。

 

「下取り込みで頼む。後、貰った剣も一緒だ」

 

「今回はちゃんと手入れをしてたみたいだな」

 

「俺の盾がな」

 

研磨の盾に寝る前に差し込んでおけば翌朝には大体手入れは終わる。切れ味もそこまで落ちる事は無かった。

 

「便利な盾だな。俺も欲しいぜ」

 

「変わりに武器が装備出来ないがな」

 

尚文は譲れるなら喜んで譲ってやりてえよとぼやく。

 

「それは困った部分だな」

 

笑う親父に尚文はイラっとしつつ、下取りを待つ。

 

「あの錆びた剣が見違えたな。さすが伝説の盾だ。これならそうだな…魔法鉄の剣くらいなら売ってやっても良い」

 

感心した様子で親父は錆びた剣を評価して言った。

 

「ブラッドクリーンコーティングは付与されてるんだよな?」

 

「ああ、オマケしてやるよ。アンちゃんが頑張っているのは俺には分かってるからな」

 

(気の良い親父だ。考えてみれば無一文になってからもこの親父は俺に色々恵んでくれたな)

 

「ありがとう…」

 

尚文は心から親父に感謝の言葉を述べた。

 

「アンタ。初めて会った時と同じ目をしたな、それで良い。良いものを見せてもらったよ」

 

親父は満足したようにラフタリアに魔法鉄の剣を手渡した。

 

「良い武器があればそれだけ強くはなれる。だが、それに見合う能力が無ければ武器が可哀想だ。でも、アンタ達なら満足に使いこなせるだろうよ。嬢ちゃん、頑張りな」

 

「はい!」

 

「良かったわね」

 

ラフタリアは瞳を輝かせて貰った剣を腰にある鞘に納めた。その様子を見てミーシャはラフタリアの頭を微笑んで撫でる。

 

「それじゃあ、明日、今くらいの時間に来てくれ」

 

「ああ」

 

「ありがとうございました!」

 

「良いってことよ」

 

「またね」

 

「おう」

 

こうして尚文達は武器屋を出るのだった。武器屋から出た後、昼を過ぎたので昼食をとろうか考えた。

 

尚文の所持金は銀貨10枚だ。ここ一週間で消えてしまったが尚文にとっては、あまり大きな問題でもなかった。

 

未来の投資だと思えば良いのだから。

 

「そうだ。前に来た時の店で飯にするか」

 

「良いのですか?」

 

「やったー」

 

「推定15歳児め…」

 

「だって嬉しいもの」

 

「またラフタリアが食べたがってたのを食べさせてやるぞ」

 

「やめてください!もう、私はそんな子供じゃありません!」

 

先程まで機嫌が良かったラフタリアが怒って頬を膨らませる。

 

「はいはい。本当は食べたいんだよな。分かった分かった」

 

「ナオフミ様、全然話を聞いてませんね…」

 

「良いんだよ。大人振るなよ。」

 

「子供を諭す優しい目で見透かしたつもりになってる!?いりませんからね!」

 

「お兄ちゃん、あちしもお子様ランチ食べた~い♪」

 

突如、ミーシャは高めの裏声を出し身体をくねらせる。その瞬間、ラフタリアと尚文は凍り付き白目を剥く。

 

「ナオフミ様…」

 

「…ああ」

 

「あんな年長にはなりたくないです…」

 

「心配するな。普通にしてたらならない」

 

「…酷いわね」

 

ラフタリアと尚文はドン引きしながら、店に入る。

 

「いらっしゃいませ」

 

今回は愛想の良い店員だなと尚文は思いながら、案内されたテーブルに座る。

 

「俺とコイツは一番安い定食。この子には旗の付いた子供用のランチを…」

 

「ナオフミ様!」

 

メニューを確認した店員が尚文とラフタリアを交互に見ながら困惑の表情を浮かべている。

 

「えっと、私も一番安い定食をお願いします」

 

「は、はい」

 

店員はラフタリアの提案に頷いて戻っていった。

 

「一体どうしたんだ?本当に嫌なのか?」

 

「ですから、もう十分なんですって」

 

「うー…む」

 

尚文はしょうがないなとラフタリアの言い分を聞く事にした。

 

「ここの一番安い定食は結構、美味しいのよ」

 

「本当ですか!?楽しみです」

 

コイツら元気だなぁと尚文は生暖かい目で見た。

 

 

 

 




さて、皆さん。アンケートにご協力頂きありがとうございました。

まず、皆さんの優しさが伝わってきてすごく嬉しかったのでこれからも皆さんを楽しませられるよう頑張ります。

クソに投票してくださった方もありがとうございます。中々、匿名でも言い辛い所を教えてくださりありがとうございました。

正直、どこの票に入れてくださった皆さん全員に感謝してます!



次回、地雷女登場につき、ミーシャが久々に暴れます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十九話 ミーシャ、大暴れ

遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした…。


翌日、尚文達は武器屋に顔を出した。

 

「お、アンちゃん達じゃないか」

 

「はぁい。出来たかしら?」

 

「おうよ!とっくに出来てるぜ」

 

親父はそう言うとカウンターの奥へと行った。

 

「どんなのが出てくるんだろうな?」

 

「私達で集めた素材で作ったのよ?きっと、良い物よ」

 

「だと良いんだが…」

 

ミーシャと尚文は武器屋の親父が戻ってくるのを待ちながらヒソヒソと話をしている。

 

「持ってきたぜ!」

 

親父はカウンターの奥から一着の鎧を持ってきた。粗野で乱暴そうな、野性的とも言える無骨な鎧がそこにあった。

 

襟の部分にはウールのように加工されたウサピルの皮が使われていて胸には金属板が張られている。

 

そして、金属で保護できない稼働部はヤマアラの皮で繋がれている。中にはヤマアラの皮を二重に張って中にピキュピキュの羽が詰められていた。

 

「…これを着るのか?」

 

「良いじゃない。カッコいいし」

 

尚文には抵抗があった。尚文は感じた、これは盗賊団のボスとかが着てそうな武器だと。蛮族の鎧の名前通り、自分が着ると世紀末の雑魚のような格好そうと思わずにはいられない。

 

「どうしたんだ?アンちゃん」

 

「いや、滅茶苦茶悪人っぽい鎧だなと思って」

 

「今更何言ってんだ、アンちゃん」

 

「そうよ。ここに居る全員、貴方を悪人だと思ってるわよ」

 

「えぇ…。確かに金銭を得る為に手段は選ぶつもりは無いが…」

 

誰も否定してくれなかった事にショックを受けながら、着る事に躊躇する。

 

「ナオフミ様ならきっと似合いますよ」

 

「ラフタリア…お前」

 

「とにかく着てみてくれよ」

 

「そうよ」

 

「…出来れば、着たくないがせっかく作った鎧だからしょうがない」

 

尚文は店の更衣室にいそいそと入って着替える。サイズを測ってないのにピッタリフィットする鎧に驚きで声が出なかった。

 

(流石は武器防具を扱う武器屋の親父が作っただけあるか。俺を目視でサイズを特定したのだろう)

 

更衣室から出て、ラフタリア達に披露する。

 

「…顔から野蛮さは感じないが目付きで乱暴者っぽい感じになったな」

 

「あ?それは俺の目付きが悪いとでも言いたいのか?」

 

「アンちゃんはやさぐれたっていうのが正しいかも知れねえな」

 

尚文は親父からの評価に溜め息を吐く。

 

「前みたいないかにも、陰キャって感じよりかは強そうになったと思うわ」

 

「やめろ。俺は陰キャじゃない…頭のワカメ引っこ抜くぞ」

 

「怖い怖い」

 

尚文が軽くバルーンをちらつかせるとミーシャは後退りした。

 

「ナオフミ様、似合っていてカッコいいですよ!」

 

笑顔で言うラフタリアに腹を立て尚文は睨み付ける。あまり調子に乗っている様なら一度痛い目にと。

 

(本心で言ってやがる)

 

どんな環境で育ったのか尚文は疑問に思うが、亜人だから自分とは美的センスが違うのかと判断した。

 

ステータスを確認すると確かにくさりかたびらと同等の防御力があり、むしろ少しだけ高かった。

 

尚文が親父に顔を向けるとウインクをされた。これはオマケの付与効果なのだろう。

 

「はぁ…ありがとう」

 

「良かったわね」

 

(この鎧カッコいいし、本当に親父さん様々ね)

 

ミーシャは親父の人の良さに感心していた。

 

「さて、これからどうしたとのか」

 

「そういや、城下町の雰囲気がピリピリしてますね…」

 

「面白そうじゃない」

 

「波が近いからだろうけど、何処で、何時起きるんだ…?」

 

「ん?アンちゃん達教わってないのか?」

 

「何をだ?」

 

ミーシャと尚文は何も聞かされなかったので、国への不信感が増した。この国の災害への対処は適当なんだなと内心毒づきながら親父の話に耳を傾ける。

 

「国が管理している時計台が広場の方へ行くと見えるだろ?」

 

「そういや、見えるな、城下町の端にそれっぽい建物」

 

「そこにあるのが龍刻の砂時計だ。勇者ってのは砂時計が落ちたとき、一緒に戦う仲間と共に厄災の波が起こった場所に飛ばされるらしい」

 

「へぇ…」

 

「まったく、あのゴミ山の王様…隠してたのね」

 

ミーシャと尚文は、ただただ、王達に呆れるしかなかった。

 

「何時ごろか分からないなら、見に行ってみれば良いんじゃないか?」

 

「そう、だな」

 

「ま、いきなり飛ばされたなら飛ばされたでスリルがあって良いと思うけど♪」

 

「お前が良くても、俺達は良くない」

 

何時何処に飛ばされるか分からないというのは尚文にはとても困るので安全を期す為に行く事にした。

 

「じゃあな、親父」

 

「またね」

 

「おうよ!」

 

親父に見送られながら、尚文達は時計台の方へ行った。

 

城下町の中でも高低の高い位置に存在する時計台は近くで見れば見るほどに大きな建物だった。

 

教会のような面持ちのドーム上の建物の上に時計台がある。

 

入場は自由なのか、門が開かれ、中から人が出入りしている。

 

受付らしきシスターの女が尚文とミーシャを見るなり怪訝な顔をした。顔を知っているのだろう。

 

「盾の勇者様と鎌の勇者様ですね」

 

「ああ、そろそろ期限だろうと様子を見に来た」

 

「同じく」

 

「ではこちらへ」

 

そう言ったシスターから案内されたのは教会の真ん中に安直された巨大な砂時計だった。

 

全長だけでも、推定7mある巨大砂時計は装飾が施されており、神々しいような印象を尚文達に与えた。

 

「…♡」

 

「ッ…」

 

尚文とミーシャは背筋への違和感を感じた。見ているだけで本能のどこかが刺激されるような感覚だ。

 

砂の色は赤く、サラサラと音を立てて落ちる砂に視線を向ける。落ちきるのはもうすぐだと尚文とミーシャには分かった。

 

盾と鎌から音が鳴り、盾と鎌から一本の光が龍刻の砂時計の真ん中にある宝石へと届いた。

 

すると、尚文とミーシャの視界の隅に時計が現れる。

 

20:12

 

しばらくして、目盛りが12から11に減る。正確な時刻はこうして分かるようになり、それに合わせて行動しなければならない。

 

(20時間か…となればやれることはあまりないな。精々、今日は草原で薬草摘みでもするのが精一杯だろう。回復薬の準備も必要か…)

 

(遅いわね…。早く始まらないかしら)

 

二人はそれぞれ別の事を思っていた。

 

「ん?そこに居るのは尚文……とミーシャちゃんか」

 

尚文にとって、聞きたくない声が奥の方から聞こえて来て顔をしかめる。そこには女の仲間を数人連れた、槍の勇者元康が警戒するように歩いていく。

 

尚文は気に入らないと思い、今すぐにでも殺してやりたかったが必死に抑えた。

 

「久しぶりね」

 

「あ、ああ。それより、お前も波に備えて来たのか?」

 

ミーシャが話し掛けると元康はビクッとしてマインの前に守るように立って、尚文に視線を向けて言う。

 

その視線はなんともいやらしく、蔑むような視線で尚文を上から下まで一瞥する。

 

「なんだお前、まだその程度の装備で戦っているのか?」

 

(なんだと?誰の所為だと思ってやがる。お前とお前の後ろにいるクソ女が原因だろうが)

 

尚文は拳を強く握り締め、歯を食い縛る。

 

元康は一ヶ月前とは雲泥の差がある、高Lvだと一目で分かる装備をしていた。

 

鉄とは違う、銀のような輝く鎧で身を固めて、その下には綺麗な新緑色の高価そうな付与効果がついてるであろう服を着ている。その鎧の間にくさりかたびらを着込んで、防御は絶対だと主張しているかのようだった。。

 

持っていた伝説の槍は最初に会った時の槍ではなく、何とも戦闘向きのデザインの矛へとなっていた。

 

「……」

 

尚文は喋るのも煩わしいのか、元康を無視して時計台を後にしようとする。

 

「何よ、モトヤス様が話し掛けているのよ!聞きなさいよ!」

 

と、尚文の殺意の根元である、マインが後ろから顔を覗かせる。これでもかと尚文は睨みつけるがマインは変わらず、尚文を挑発するように舌を出して馬鹿にする。

 

「あら、久しぶりね。マイン。調子に乗ってるようだけど殺され足りなかったのかしら?♡」

 

「ッ!?い、今のあんたなんて強くなったモトヤス様の敵じゃないわ!!」

 

「それならそれで楽しみね♡」

 

ミーシャに声を掛けられるとマインは身体をビクリと震わせて振り向き、冷や汗をかきながら挑発する。

 

「ナオフミ様、ミーシャ様?こちらの方は…?」

 

「……」

 

「紹介するわ。三度の飯より女好き!槍の勇者、北村元康!そして、元康のスタンド『ザ・ビッチ』よ」

 

「す、スタン…?」

 

ミーシャの紹介にラフたリアは意味が分からないといった感じに首を傾げる。

 

「おいおい、よしてくれよ!そんな不名誉な紹介は!」

 

「事実じゃない」

 

「そうよ!誰が『ザ・ビッチ』よ!」

 

「事実じゃない」

 

「違うわッ!!」

 

元康とマインがミーシャの紹介に抗議するが相手にされなかった。

 

「…行くぞ」

 

尚文は顔をしかめながら、ここを去る選択を決め歩きだそうとした。入口から樹と錬がやってきたのを見つけるまでは。

 

「チッ」

 

「あ、元康さんと……尚文さん」

 

樹は舌打ちした尚文を見るなり不愉快そうに顔を歪め、やがて平静を装って声を掛ける。

 

「……」

 

錬は無言で尚文達の方へと歩いていく。

 

「あの…」

 

「誰だその子。すっごく可愛いな」

 

元康はラフタリアを指差して言う。

 

(こいつ、女なら何でも良いのか?)

 

「初めまして、お嬢さん。俺は異世界から召喚されし四人の勇者の一人、北村元康といいます。以後お見知りおきを。ミーシャちゃんの紹介は捏造と嘘だから。本気にしないでね?ね?」

 

「は、はぁ…勇者様だったのですか」

 

おずおずとラフタリアは目が踊りながら頷く。

 

「あなたの名前はなんでしょう?」

 

「えっと…」

 

困ったようにラフタリアは尚文とミーシャに視線を向け、元康の方に視線を移す。

 

「ら、ラフタリアです。よろしくお願いします」

 

ラフタリアは尚文が不機嫌なのを察して冷や汗をかきながら答える。

 

(こいつも俺より元康の方へ行きたいとか思っているんだろう。また俺を嵌める気か?コイツらは…)

 

「貴女は本日、どのようなご用件でここに?貴女のような人が物騒な鎧と剣を持っているなんてどうしたというのです?」

 

「それは私がナオフミ様達と一緒に戦うからです」

 

「え?尚文の?」

 

元康が怪訝な目で尚文を睨みつける。

 

「お前、こんな可愛い子を何処で勧誘したんだよ」

 

元康が上から目線で尚文に話しかける。

 

「お前に話す必要は無い」

 

「てっきり一人で参戦すると思っていたのに……ラフタリアお嬢さんの優しさに甘えているんだな」

 

「おい…今のは」

 

「ん?あ、悪い…」

 

流石に危険な事だから、不謹慎だと言いたげに錬が元康を制する。

 

「勝手に妄想してろ」

 

尚文は腹立たしく思いながらも、錬と樹の方にある出入り口へと歩き出す。錬と樹は道を開けた。

 

「波で会いましょう」

 

「…死ぬなよ」

 

(俺はあの時…本当に正しかったのか?)

 

事務的でありきたりな返答をする樹と、気まずそうに言う錬に尚文は背を向ける。尚文が振り返るとラフタリアがオロオロとしながら周りをキョロキョロとしつつ尚文の方へ駆け寄る。

 

「行くぞ」

 

「あ、はい!ナオフミ様!」

 

「私はもうちょっとだけ、お喋りするわ」

 

「勝手にしろ。草原の方に行くから、早く戻って来いよ」

 

尚文が声を掛けた所、我に帰ったラフタリアは元気に返事をした。そして、ミーシャが元康達ともう少し話をすると言ったら、尚文は同意して時計台を後にし、草原へと向かう。

 

「さて、遊ぼうかしら♡」

 

ミーシャは気配を絶ちながら、ゆっくりと時計台へと引き返した。あの日、シアワセそうに笑った彼女を今度こそ殺す為に。

 

「何だよ、アイツ。女の子におんぶに抱っこかよ」

 

「今度は何をしでかすんでしょうね?」

 

「全くですよ!」

 

「……」

 

尚文の事を侮蔑するように悪態をつく元康、嫌悪感を露にしながら肩を竦める樹、樹に便乗するマイン、黙り込む錬が龍刻の砂時計の前に立っていた。

 

そんな中、彼等は気が付かなかった。ごく自然に、殺人鬼が紛れ込んでおり、マインの背後に立っていた。

 

「うふふっ♡そーれっ♡」

 

「あ゛ッ…!?は…?あ、あ…!あ゛あ゛ああぁぁ…ッ…!!」

 

ミーシャは躊躇なく鎌を振り下ろして左腕を切断した。徐々に、切断された左腕の断面へと痛みが走り始める。断面から血が溢れだし、出血する。

 

「っ、う…ッ…!」

 

切断された左腕は錬の足元に落ちて、錬は足元へと視線を落とす。そこには骨の断面と腕の肉がはっきりと見えてしまった。そう言った物を錬は現実世界で見た事がなく、顔を背けて出口へと走り出す。ただただ、それを見た途端に吐き気と頭痛に襲われ、その場から逃げ出した。

 

「な、なんて事をッ…!!」

 

「や、やめろ!!またマインを殺すつもりなのか!?」

 

樹は弓を構えて撃つが、動揺して手が震えて当たらず地面に矢が刺さる。元康に至ってはこの期に及んでまだ説得をしようとしている。

 

「んんッ♡そうよ、はぁ…だから大人しく見てなさい…?♡そーれっ♡あぁ…ッ…♡」

 

「ぎッ…!?い゛ッ…!?あぁッ…!!」

 

踞るマインに対して、ミーシャは容赦なく髪を掴み、顔へと膝蹴りを行った。口付近に命中して出血し、歯が何本か床に転がる。

 

そして、恍惚とした表情を浮かべ頬を上気させ、息を荒げながら鎌を振り下ろそうとする。

 

「く、くそッ!!流星ーー」

 

「スキルを使った瞬間に貴方を殺す。少しでもこっちに近付いても殺す」

 

「ッ…!!?ぐ…」

 

元康は異性であるミーシャに攻撃はしたくなかったが、このままではマインが殺されてしまうので、余裕が無くなり、スキル『流星槍』を使おうとする。しかし、次の瞬間に元康の身体に悪寒が走った。

 

ミーシャの発した殺気により、脳が恐怖を感じとり槍を落としてしまう。

 

「何をやってるんですか!?元康さん!マインさんが!!」

 

「足、が…動かない…」

 

元康はマインを助けようと近付こうとする。しかし、彼の足は動かなかった。ミーシャの殺気を浴びた元康の身体はこれ以上近付くなと警報を発して言う事を聞かなかった。

 

樹は弓を何度も撃つが、手が震えて目眩も起こり、照準が定まらずに撃つ事が出来ない。

 

「あぁッ…♡あっは…♡もっと、声上げなさいよッ…♡早く、早くッ!!♡」

 

「ぁ…」

 

出血が止まらずに、身体から力が抜け意識が遠のいていくマインに対して容赦なくミーシャは腹を蹴る。

 

「…そこまでです」

 

腹を蹴ってる最中、シスターがミーシャへと杖を向けて言い放った。

 

「何よ?邪魔しないで頂戴」

 

「これ以上、騒ぎを起こすのは控えてください。さもなくばここで、魔法を撃ち、対処します」

 

ミーシャは神経を研ぎ澄まし、辺りの気配を探る。すると、時計台の中には何人も杖を構えた者達が居た。

 

「しょうがないわね。やーめた」

 

気を失ったマインを元康の方へと蹴り飛ばして、教会の出口へと向かっていく。

 

「貴方達って情けないのね?女が殺されそうになってるのに恐怖に屈した、負け犬さん」

 

「ッ…」

 

「っ…!」

 

ミーシャは出口へ向かう最中に樹、元康とすれ違い、口角を吊り上げバカにするような口調で言った。

 

「ッ…」

 

元康は槍を強く握り締め、歯を食いしばりながら俯いた。その手は震えている。

 

「……クソッ!!」

 

ミーシャが時計台から出ていった後、樹は柱に拳を顔をしかめながら叩きつけた。

 

その後、元康の仲間の魔法使いが駆け付けて治癒魔法を掛けた為、マインは一命を取りとめた。

 

 

 

18:01

 

残り、18時間。ミーシャは草原の中で尚文達を探し回るついでにバルーンを倒しながら薬草摘みをした。

 

その後、手にいれた薬草を合流した尚文に渡して回復薬に調合してもらった。

 

その日の晩の事、宿の部屋で三人で休んでいるとラフタリアが申し訳なさそうに話しかける。

 

「ナオフミ様」

 

「…なんだ?」

 

「昼間、時計台に居た方々がナオフミ様達と同じ、勇者様なのですね」

 

「…ああ」

 

嫌な事を尚文は思い出して顔をしかめる。

 

「一体、何が…」

 

「言いたくない。知りたかったら酒場にでも顔を出して聞くか、ミーシャにでも聞くんだな」

 

(どうせ俺が本当の事を言ったって信じてくれないんだ。それはコイツだって同じだ)

 

尚文は内心、苛立ちながら悪態をつく。しかし、ラフタリアの他の人間とは違う点は奴隷という事だった。

 

尚文の命令に逆らったり、逃亡したり、拒むような態度を取れば呪いが降りかかる。

 

ラフタリアは尚文が何も話すつもりが無いというのを察して、これ以上聞く事はしなかった。

 

(それにしても…)

 

「ラフタリア」

 

「はい?」

 

ミーシャは部屋のベッドで寝息を立てながら、しばらくは起きないように眠っていた。今まで、目に深い隈があり、あまり眠っていていないことは、誰が見ても明白だった。

 

尚文はそれが気がかりでラフタリアに尋ねずにはいられなかった。

 

「コイツは、今までお前が知る限りでは…どの位寝ていた?」

 

ラフタリアとミーシャは一緒に焚き火の番をする事もあって、尚文は睡眠関係の事はラフタリアの方が知っているだろうと判断していた。

 

「…いえ、全く寝てません。それどころか私が起きている間には見たことがありません…」

 

「…そうか」

 

(まさか、コイツ…)

 

尚文はラフタリアからそれを聞くとまさかと邪地してしまいながらも、薬の調合を寝るまでの間、ずっとしていた。

 

 




ここで、新設定。

実はミーシャ、重度の睡眠障害持ちです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十話 純黒

遅れて申し訳ありません!


次元の波まで後、20分。それに備えて尚文とラフタリアは宿屋から発つ準備をしていた。

 

(何なのよ。尚文の奴、急に…)

 

なんて、ミーシャは思いながら今朝の出来事事を思い出していた。

 

 

 

ーーー

ーー

 

それは、今朝の事だった。

 

「お前、ずっと寝てなかったのか?」

 

「急に何?」

 

「いいから」

 

尚文はミーシャに寝ていなかった事を尋ねた。ラフタリアから昨夜話を聞いて気になったのだ。彼女は最初の夜は城、次の日の宿屋、昨夜の宿屋、そこではしっかり睡眠を取っていたのだ。

 

(おかしい。昨日、しっかり寝ていたのなら何故…?いや、待て。ラフタリアに話を聞いた通りなら、寝ていなかった場所には全て共通点がある)

 

しかし、ラフタリアの話が本当の事であるならば尚文にとっては尚更納得出来なかった。特に昼寝をしすぎたから眠れなかったなどの理由ではおそらくない。

 

「ええ。野宿の時はずっと寝ていないわ」

 

「何故だ」

 

「私はーー」

 

「外では寝れないのよ。寝ないんじゃなくて、寝れない」

 

尚文から理由を尋ねられると、ミーシャはそう答えた。

 

「どういう事だ?」

 

(やっぱりそうか。寝ていなかったのは全て野外だった…)

 

「寝ようとしても、体が言う事を聞いてくれないからずっと起きっぱなし。暇だから、筋トレもしてたわ」

 

薄笑いを浮かべつつ 説明するミーシャをじっと見つめながら、尚文はただ聞いていた。

 

(ま、呑気に外で寝てたら襲われる環境だったし。前の世界は)

 

「便利よねぇ。ラフタリアには言っておいて頂戴。もう無理して起きる必要もないって。私がずっと起きて見張りやっとくから」

 

「いや、波を退けたらお前の寝床について考える。今後どうするか」

 

クスクスと笑って言うミーシャに対して尚文は一蹴する。

 

「は?そんな事しなくて良いから。貴方達は波を退ける事だけ考えてれば良いのよ。私もその事だけ考えてるし」

 

ミーシャとしては、それを譲るわけにもいかず首を横に振って拒否する。

 

「ダメだ。モチベーションにも関わるし、倒れられても困る」

 

「はぁ…」

 

(お節介ねえ…)

 

 

 

ーーー

ーー

 

「まったく…」

 

「準備が出来た。行くぞ」

 

尚文とラフタリアは準備が出来たようで、もう宿屋の出口の近くに居て、ミーシャに声を掛ける。

 

「今、行くわ」

 

と、ミーシャは考え事をやめて答えた。そして、デスサイズを担ぎながら宿屋から尚文達と出た。

 

00:17

 

後、17分で次元の波が訪れる。城下町ではその事がすでに知れ渡っており、騎士隊と冒険者達が準備を整え出撃に備えていて、民間人は家に立て込もっていた。

 

勇者である尚文とミーシャは時間になれば砂時計により、波の発生地点へと飛ばされる。

 

それはパーティーメンバーにも適応されており、ラフタリアも共に飛ばされるだろう。

 

「あと少しで波だ。ラフタリア、ミーシャ」

 

「はい!」

 

「腕が鳴るわね♡」

 

戦意高揚しているのかラフタリアとミーシャは若干興奮気味で頷く。なお、ラフタリアとミーシャは違う興奮の仕方をしていた模様。ミーシャは舌舐めずりしながら、恍惚とした表情を浮かべているがラフタリアは断じてそうではない。

 

「ナオフミ様、ミーシャ様……ちょっと、お話しても良いでしょうか?」

 

「ん?別に良いが…」

 

「私も構わないわ。聞かせて頂戴、貴女の話を」

 

不安そうにラフタリアは尚文達に話す事の許可を求める。それに尚文とミーシャは迷うことなく頷く。

 

「はい。これから波と戦うと思って感慨深くなりまして」

 

(死亡フラグっぽい事でも呟くのか?死なれたら困るから守るが…。いや、ここはゲームでもなければ、本の世界でもない。現実なんだ。何よりもあのクソ勇者供があんなに良い装備をしていた。俺の防具で耐えられるかすら分からない。もしかしたら怪我をするかもしれない。怪我で済むならまだ良い。命を落とすかもしれない。そうなった時、この国の奴等は俺の死体を見てこう思うだろう。ーー犯罪者の末路と。やめよう、俺は誰の為でもない、俺の為に戦うんだ)

 

考えれば考える程、尚文の脳裏にはよからぬ事ばかりが浮かぶが、首を横に振り考えるのをやめる。

 

「実は私…最初の波が来た時の災害で奴隷になったんです」

 

「…そうか」

 

「でしょうね」

 

(ただ、平和に暮らしていて奴隷になったのなら、夜泣きの状態に説明がつかないしね)

 

尚文とミーシャはラフタリアから聞いた話に納得して頷く。

 

「私はこの国の辺境、海のある街から少し離れた農村部にある亜人の村で育ちました。この国ですから、裕福とは言えませんでしたけど」

 

ーーー

ーー

 

 

 

ラフタリアの話によると、両親は優しく、村の皆とも仲良く平和に過ごしていた。しかし、空が紅く染まり、骸骨兵が大量に災厄の波から溢れ出てきたのだ。

 

最初は骸骨兵は数こそ多かったが、近隣に居た冒険者達で対処出来ていた。しかし、獣や巨大な甲虫などが大量に溢れ返り、防衛戦は決壊。

 

それだけであればまだ良かった。現れた魔物を全滅させる度に、次に溢れ出る魔物のLvは上がっていくという最悪の事態が発生した。その為、当時Lvが低かった冒険者達は殆どが、戦死してしまった。

 

その果てに黒い三頭の頭を持つ犬のような魔物が現れ、人々はまるで無抵抗な草花のように蹂躙された。しかし、魔物達は逃亡を許さず、遊びのように見知った人々を殺して回ったのだ。

 

ラフタリアの両親も同様で、彼女達は逃げ、海の岸の上まで魔物達は追い続けた。逃げ切れないと悟ったラフタリアの両親は顔を見合せ、ラフタリアに微笑む。

 

そんな逃げられない状況だというのに、優しく、怯えるラフタリアの頭を撫でた。

 

「ラフタリア…これから、お前はきっと大変な状況になると思う。もしかしたら死んでしまうかもしれない」

 

「でもね。ラフタリア、それでも私達は、アナタに生きていて貰いたいの…だから、私達のワガママを許して」

 

両親が命を懸けて助けようとしているのは幼い彼女でも理解出来た。

 

「嫌ぁッ!お父さんッ!!お母さんッ!!」

 

二人は、ラフタリアに生きて欲しいと願いを込めて、崖から海へと突き飛ばした。ラフタリアは突き飛ばされ、海へ落ちた。その最中に、魔物達が両親に向かって襲い掛かるのを目撃してしまった。

 

水しぶきを立てて、ラフタリアは海へ落ち奇跡的に近くの浜に流れ着いた。気が付いた時、ラフタリアは体を起こして、両親を探すように崖へ足を運んだ。

 

既に波は国が出した冒険者と騎士団、第一王女とその第一王女率いる親衛隊により退けられ、魔物も辛うじて討伐されていた。

 

死骸の転がる荒野を歩く。その途中に目に入る死骸に吐き気を催しそうになりながら、必死に向かった。

 

そして、やっとの事で両親と別れた岸に辿り着いた。そこにはおびただしい血と肉の切れ端が転々と転がっていた。

 

「あ…あ…」

 

「あああああああああああああぁッ…!!!」

 

両親の死を理解した時、ラフタリアは何も考えることが出来なくなり、ただただ、慟哭をあげた。

 

しばらくして、生存していた村人達に両親を弔うのを手伝ってもらい、残った箇所だけでも埋葬した。

 

その後、村で生存者を探して回った。大人達は数十人、子供も何人かが生存していた。

 

特に仲の良かった友達の、リファナ、キール、ティオも必死になってラフタリアは大人達と探した。リファナとキールは見つかり、生存していたがティオだけ行方が分からなかった。死体も無ければ、遺留品も見つからない。ただ、逃げて生き延びている事を祈るしかない。

 

しばらくして、ラフタリアは生存した村人達へと復興を呼び掛け、ラフタリアに感化された村人達は復興へ取り掛かろうとした矢先、兵士達が村へと侵攻し、奴隷狩りが行われた。その際にラフタリアも皆と共に連れていかれたのだった。

 

その場所が、尚文とミーシャに出会ったサーカステントのような場所だ。

 

そこに収監されていたが、一言で言えば地獄だった。毎日誰かが購入され、戻ってくる。ラフタリアも当然、例外ではない。

 

最初は、召し使いにでもしようとしたのだろう。恰幅の良い貴族が彼女を買って、色々と教えようとした。この時には既に席が出るようになり、夜中寝ているとあの悪夢を見て絶叫する。

 

その所為で翌日にはテントに戻された。

 

次の買主も同じようにラフタリアに仕事を教えようとして次の日には同じ理由でテントに戻した。

 

尚文の前の買主が一番酷かった。買ったその日の晩に、彼女を鞭で打ち付けた。ラフタリア以外の亜人は返される事は無かった。

 

その買主は、亜人排斥派の貴族であり、亜人奴隷を拷問するのが趣味な小太りの男だった。ラフタリアが再び売られたのは、ラフタリアが日に日にうんともすんとも言わなくなったからだ。

 

そして、病に苦しみ、心が悪夢によって壊されかけ、何度目か忘れた頃に尚文に買われる事になった。

 

ーーー

ーー

 

「私は、ナオフミ様とミーシャ様に出会えて良かったと思っています」

 

(…この子も奪われたのね)

 

「…そうか」

 

「尚文は分かるけど…私も?ただのおかしいヤツに映ってると思ってたけど」

 

「だって、私に生きる術を教えてくださいました。ミーシャ様はちょっと変な人ですけど、それでも私に酷いことはしませんでしたから」

 

「…そうか」

 

「……」

 

(なによ、私は絶対に良い人間なんかじゃないのに。勘弁して欲しいわね)

 

尚文はラフタリアの話を半ば事務的に聞き流し、ミーシャは少し顔をしかめつつ、話を聞いた。

 

「そして、私にチャンスをくださいました。あの波に立ち向かうチャンスを」

 

「…そうか」

 

「だから、頑張ります」

 

「ああ…頑張れ」

 

「…後は、貴女次第よ。頑張りなさい」

 

尚文の対応にミーシャは尚文を一瞥するが、特に何か言うわけでもなく、ラフタリアの方を向き直すと一言だけラフタリアへと言葉を送った。

 

00:01

 

残り時間が、あと1分を切った。尚文は身構えて、転送に備える。

 

 

 

00:00

 

世界中に響く大きな音が木霊した。次の瞬間に、フッと景色が一瞬にして変わる。転送されたのだろう。

 

「空が……」

 

まるで空に大きな亀裂が生まれたかのようにヒビが入り、不気味なワインレッドに染まっている。

 

「ついに始まったのね…♡」

 

ミーシャは恍惚とした表情を浮かべては鎌を構えた。

 

「ここは……」

 

何処に飛ばされたのか辺りを確認していると、ダッと飛び出す影が4つ。元康達、三勇者と黒いローブを羽織り刀を持った小柄な少女だ。そして、三勇者を追う仲間達。

 

(あのクソ勇者共…と誰だ?まぁいい、何処へ向かってるんだ?アイツら…)

 

走っていく先を見ると亀裂の中から敵がうじゃうじゃと湧き出ている。

 

「リユート村付近です!」

 

ラフタリアが焦るように何処に飛ばされたか分析する。

 

「はぁ、はぁ…♡私は先に行ってるわね♪もう、我慢出来ないから…♡」

 

ミーシャは恍惚とした表情を浮かべて、息を荒げて、リユート村付近へと走り出した。

 

「お、おい!?」

 

「ここは農村部で、人がかなり住んでいますよ」

 

「もう避難は済んでーー」

 

ここで尚文は我に返った。何処で起こるか分からない厄災の波だ。避難など出来るハズが無い。

 

「ちょっと待てよ、お前等ッ!!」

 

尚文の制止を聞き入れず、三人の勇者とその一行、ローブの少女、ミーシャは波の根源である場所に駆け出していく。

 

「協調性ゼロ…」

 

尚文は思わず、眉間を押さえてこめかみに青筋を作ってしまった。

 

三勇者のした行動は照明弾のような光る何かを空に打ち上げるという行動だった。これは恐らく、騎士団に場所を知らせる為だろう。

 

 

「チッ!!ラフタリア!村へ急ぐぞ!」

 

「はい!」

 

(リユート村の奴等には色々と世話になった。波で死なれたらそれこそ寝覚めが悪い)

 

尚文とラフタリアは三勇者達とは別の方向に駆け出した。ミーシャの姿はもう見えないし、ローブの少女も三勇者とは別の方向へと向かったようだ。

 

 

 

 




オリキャラ、二名追加です。

今日から長期休暇とれたので更新頻度は高くする予定です。

所で、皆さん。更新頻度上げる為に一話一話をちょっとだけ、短くしようと思ってるんですけどどうでしょう?少し、一話一話書くのに時間掛かってしまってるので…。

アンケート置いときますね。



あと、盾の勇者の成り上がりの二次小説程、どうしてもアンチヘイト気味になってしまう作品はないと思います。というより、主人公の性格上なってしまうというか…。

無しにしたら、作者のストレス半端なさそう(笑)

原作キャラはラスボスとマイン含めて、全員好きですけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十一話 Enemy Territory

(さて、先に暴れようかしら♪でも、借りを貸したままなのは癪よねぇ)

 

先に村に着いたミーシャは辺りを見回す。そこには、駐在していた騎士と冒険者が辛うじて魔物達と戦っている。まだ、余裕があるのか何体か撃破出来ている。しかし、防衛線が決壊するのも時間の問題だろう。

 

「キャー!!」

 

逃げ惑う住民達に、巨大な蜂の姿をした魔物が防衛線を潜り抜けて女性へと襲い掛かった。

 

「しまった!?ぐっ…!」

 

一匹の魔物が通り過ぎた事に一人の冒険者が振り向き、追い掛けようとするが他の魔物に阻まれ、救助に行く事が出来ない。

 

「そぉれっ♡えいっ♡」

 

そこへ、ミーシャは鎌をデスサイズから鎖鎌へと変形させると分銅と鎖を投げると蜂のような魔物へと鎖と分銅が飛んでいき、絡み付くと引っ張りあげた。

 

すると、ミーシャの方へと引き寄せられた蜂のような魔物を鎌を逆手に持って右薙ぎに振るい、真っ二つにした。

 

「んんっ…♡はぁ…♡んー…この感触、最高ねえッ…♡」

 

鎌の刃を舌で舐め、魔物の体液を舐め取り恍惚とした表情を浮かべて舌舐めずりをする。

 

「勇者様…!?」

 

「さ、死にたくなければ早く逃げる事ね♪」

 

「は、はい!」

 

住民の女性はミーシャへと頭を下げては走り去って行った。

 

「『黒天大車輪』ッ!!」

 

女性を見送った後、防衛線を飛躍して飛び越えては、空中で鎖鎌からデスサイズへと変形させ、両手で持って構えるとスキルを発動した。

 

鎌を大振りで振るうとデスサイズは黒い光を帯び、エネルギー状の鎌の車輪を射出した。黒く輝く車輪は前進していき、二、三体貫通して倒した辺りで、車輪が渦へと変化してイナゴの姿をした魔物の群れを切り裂いていった。

 

「グギッ…!?」

 

「ギャァッ!?」

 

「おぉ、勇者様だ!」

 

「助かった!」

 

何体か魔物が屠られたのを見ては、冒険者達は歓声を上げて、騎士の数人が面白くなさそうに顔をしかめた。

 

「今のスキルは何回も撃てるわけじゃないし、時間をおかないともう一度は使えない。でも、広範囲攻撃は任せて頂戴。時間経過でSPは溜まって、もう一回撃てるから、貴方達も頑張りなさい。溜まったら、すぐ使って殲滅してあげるわ♪」

 

と、ミーシャは簡単に説明していき彼らに指示を出す。普段は攻撃範囲が広すぎて使いどころがあまり無いスキルだが、波の時はとても役に立つようだ。

 

「おおおーーーーッ!!」

 

「鎌の勇者様に続けーーッ!!」

 

「チッ、殺人鬼の分際で…」

 

冒険者達の士気が上がったが、一部の騎士は舌打ちして毒づく。

 

「うふふ、まだまだよぉっ♡はぁ…んっ♡」

 

カマキリの姿をした魔物がミーシャへと二振りの鎌で肉を削ごうと襲い掛かるも、ミーシャは持ち手で防いでは弾き返し、体制を崩した所を腰を落として両手で構えて、強く踏み込み、駆ける。そして、すれ違い様に胴体を切り裂く。

 

「もっと、掛かって来なさい?まだまだ足りないわ」

 

 

 

ーーー

ーー

 

尚文とラフタリアがしばらくして、村に着くと波から溢れ出る魔物が群がっている所だ。騎士達と冒険者がミーシャのスキルを撃つ時間を稼ぎつつ、ミーシャ本人も戦っている。

 

 

「お前、ボスの所に行ったんじゃ…」

 

「…この村に世話になったのは貴方達だけとでも?」

 

「ホント、お前だけは読めないな…。で、状況は?」

 

合流した、尚文はミーシャとお互い軽口を叩きながらもミーシャに状況を尋ねる。

 

「私は平気よ。でも、強力してもらってる冒険者や騎士には敵の数が多すぎて限界みたい」

 

「時間を稼いで、スキルで一掃して貰ってるのですが…。スキルのクールタイムを補えきれない数が…」

 

ミーシャと冒険者は戦いながら、状況を説明した。実際に数分前までは騎士と冒険者達とミーシャでスキルのクールタイムを稼いで、SPが溜まればスキルを放って殲滅していた。しかし、敵の数が増えていき、SPが溜まるまでに逃してしまった敵も居たようだ。

 

 

 

「そうか。ラフタリアは村民の避難誘導をしろ、ミーシャは引き続きコイツらの援護だ」

 

「了解よ」

 

「え、ナオフミ様は…?」

 

「俺は敵を惹き付ける!」

 

尚文は防衛線に駆け出し、イナゴのような魔物に向けて盾を使って殴りかかる。無論、金属を殴った音が響いてダメージはまるで入っていない。

 

しかし、注意を引く事自体は出来ていた。これまでラフタリアやミーシャとしていた事と何も変わらない。

 

「グギイィッ!!」

 

イナゴのような小さな魔物が郡を成して尚文へと襲い掛かる。他にハチ、グールと魔物の種類は決まっているようだ。

 

蛮族の鎧のお陰かそれとも盾の効果か、相変わらずダメージは受けない。

 

「ゆ、勇者様…?」

 

「ああ…お前等、俺が引き付けている間にさっさと体制を立て直せ!」

 

リユート村の住民達には顔馴染みが多い。無論、今の人物も尚文が知っている者だ。

 

「は、はい!」

 

これ幸いにと、深手を負っていない一部の騎士まで下がり、防衛線が複数の冒険者と残った騎士とミーシャ、尚文だけとなった。

 

「おい…」

 

尚文は半ば呆れつつ、倒そうと攻撃を仕掛けてくる魔物の針や牙、爪の攻撃を受け止めながら走り続ける。

 

「尚文、あとちょっとでスキルが撃てるわ…♡もうちょっとの辛抱よ…♡」

 

ミーシャも他の冒険者のフォローに精一杯で、尚文のサポートに手が回らない状況だった。楽しんでいるが。

 

(ったく、この世界の連中はどうしてこうも人任せなんだ?くそッ!!)

 

「た、助け…!!」

 

尚文達が世話になっていた宿屋の主人は後方で魔物に襲われそうになっている。魔物の爪が宿屋の主人を貫こうとする寸前で尚文は咄嗟に叫んだ。

 

「エアストシールドッ!!」

 

スキルを唱えて、宿屋の主人を守る盾を呼び出した。突然現れた盾に宿屋の主人は驚いていたが、尚文の方を向いた。

 

「早く、逃げろッ!」

 

「…あ、ありがとう」

 

腰が抜けていた主人は礼を言うと、家族と一緒にその場を去った。

 

「グギャァッ!?」

 

宿屋の主人を襲っていた魔物の後頭部へと鉄球が命中し、頭蓋骨が砕ける音が響いて魔物は倒れた。

 

「手が空いたから手伝うわよ!」

 

ミーシャの攻撃だった。鎌を大鎖鎌へと変形させ、鉄球と鎖を飛ばしたのだ。

 

「きゃああああああッ!!」

 

絵に描いたような絹を裂くような悲鳴。そこには逃げ遅れたらしき女性へと魔物が群を成して近付きつつある。尚文は射程圏内まで近付いて、

 

「シールドプリズンッ!」

 

女性を守る四方の盾を呼び出した。突然の盾の出現に魔物達はターゲットを尚文へと変更した。

 

「Die…」

 

尚文を追おうとする魔物の群れへ影が横切った。転移された際に三勇者達と真っ先に村へ走った、ローブを来た少女だった。彼女の武器である刀は抜刀されており、鞘へと素早く納刀した。

 

「グギッ…!?」

 

「ギャァ…ッ…!」

 

納刀した瞬間に彼女が、居合斬りをしながら通り過ぎた道へと真空の斬擊が発生し、魔物達は細切れになった。

 

「助かった…!」

 

「勘違いしないで。人間を助けたわけじゃない。魔物がそこに居ただけ」

 

尚文の礼の言葉に対して、少女は冷たく吐き捨てた。その瞬間に尚文を追っていないグールの群れが少女へと襲い掛かった。

 

「受けてみよ、荒ぶる炎の螺旋を」

 

少女が霞の構えを取ると刀身が炎と雷を纏う。

 

「『鬼炎斬』ッ!!」

 

膨大な量の炎を纏った刀から放たれる、回転斬りは斬擊を孕んだ炎の渦を発生させ、襲い掛かった魔物達は吹き飛ばされながら、切り裂かれ、炎の渦に焼かれ灰となった。

 

 

「ぐ…」

 

その頃、尚文は圧し掛かる魔物が多くなり体が重くなり、膝を着く。

 

(あいつら…♪)

 

「準備出来たわ!『一ノ型・風薙ぎ』ッ!!」

 

尚文の近くに行き、空中に飛んで、二本の浮遊する風を纏う鎌を出現させ薙ぎ払う動きをさせると尚文とミーシャを中心に竜巻が発生し、尚文に纏り付く魔物達は竜巻に吸い寄せられ空中でバラバラに切り刻まれていった。

 

しかし、竜巻が吹き飛ばしたのは魔物の群れだけではなかった。尚文へと降り注いだ火の雨もだ。尚文が目を見開いて、竜巻の外を見ると騎士団が到着し、魔法が使える者達が火の雨を放っていた。

 

火の雨は竜巻によって、着弾点が逸れ、辺りの魔物に命中して魔物達に引火して燃え盛っていく。真紅に燃え盛る防衛線の中、味方の誤射とはなんだろうかと腹を立たせた尚文は、その戦場から騎士団を睨み付けながら近付き、マントを靡かせる。

 

「おい…こっちには味方が居るんだぞ」

 

「…ぐあぁ…ッ」

 

防衛線で共に戦っていた冒険者の一人が肩を押さえて踞っていた。 尚文がその冒険者へと視線を向けると肩は火傷で焼け爛れている。恐らく、先程の攻撃に巻き込まれたのだろう。

 

「ふん、盾の勇者か…頑丈な奴だな」

 

騎士団の隊長らしき男が尚文を見るなり吐き捨てた。そこに飛び出すように剣を振りかぶる影。

 

鉄と鉄がぶつかり合い音を響かせながら、剣を男は抜いて鍔迫り合いになる。

 

「ナオフミ様に何をなさるのですかッ!?返答次第では許しませんよ!」

 

剣を振りかぶる影の正体はラフタリアだった。そのラフタリアは殺意を込めて言い放った。

 

「…人間風情が」

 

ローブの少女も巻き込まれそうになったのか、侮蔑の籠った声で言い放った。

 

「盾の勇者の仲間か?」

 

「ええ、私はナオフミ様の剣!無礼は許しません!」

 

「…私は違う。人間なんかとつるまない」

 

ラフタリアは激昂して、ローブの少女は不愉快そうしてそれぞれ答える。

 

「…亜人風情が騎士団に逆らうとでも言うつもりか?」

 

「守るべき民を蔑ろにして、味方であるはずのナオフミ様もろと魔法で焼き払うような輩は騎士であろうと許しませんッ!」

 

「人間のような下等生物風情が逆らう気?」

 

「五体満足なのだから良いじゃないか。貴様…!」

 

「良くありません!というか、さっきから貴女何なんですか!?人間人間って!貴女もナオフミ様に無礼を働く気ですかッ!!」

 

ギリギリと鍔迫り合いを続けるラフタリアと男は横から煽る、ローブの少女を睨み付ける。鍔迫り合いの状態のまま、ラフタリアとローブの少女を騎士達は囲む。

 

「…そいつ以外も嫌い。貴女こそ、亜人なのに人間に媚びなんて売って…」

 

なんて、舌打ちをしながら少女は刀に手をかけ抜刀しようとしていた。

 

「シールドプリズン」

 

「な、貴様ーー」

 

鍔迫り合いの相手を盾の牢獄へと閉じ込め、尚文は多勢に無勢を働こうとした騎士達を睨む。

 

「…敵は波から這いずる魔物だろう。履き違えるな」

 

「さっきから何を揉めてるかと思えば…。さっきのゴミみたいな威力の魔法降らせるのやめてもらって良いかしら?あんなの降らせたってサポートどころか邪魔なのよ」

 

尚文の叱責とミーシャの苦情に騎士団は分が悪いように顔を逸らした。

 

「犯罪者の勇者共が何をほざく」

 

「なら、俺達は移動するから、残りはお前達だけで相手をするか?」

 

「そうね、移動しましょう」

 

燃え盛る前線から出てきた者達が我が物顔で蠢き、最前線にいる尚文に襲い掛かった。それを耐えきった尚文に騎士達は青い顔をして、黙り込んだ。仮にも尚文は勇者であり、彼等だけで持つはずもない。

 

「ラフタリア、避難誘導は済んだか?」

 

「いえ…まだです。もう少し掛かると思います」

 

「そうか、じゃあ早く避難させておけ」

 

「ですが…」

 

「味方に魔法をぶっ放されたが、痛くも痒くもない。ただ…俺が手も足も出ないと舐めた態度を取っているのなら…」

 

ラフタリアの肩を叩きながら、騎士団を睨み付ける。

 

「…殺すぞ。どんな手段を使っても、最悪お前等を魔物の餌にして俺は逃げても良いんだぞ」

 

尚文の脅しが効いたのか、騎士団は息を呑んで魔法の詠唱を止める。

 

「さて、ラフタリア。戦いを始めるのは邪魔な奴等を逃がしてからだ。なに、敵は沢山居る。お前もそれで良いな?」

 

「は、はい!」

 

「ええ」

 

尚文の指示に従い、ラフタリアは村の方へ駆け出す。

 

「ラフ、タリア?」

 

そして、ローブの少女は長い前髪のせいか、外からは見えないが、前髪に隠れた目を見開いては驚いていて、直後に俯いた。

 

「え…?」

 

ラフタリアは一度足を止めて振り返る。不思議そうな表情をして。しかし、今は村民の避難誘導が先なので、何か引っ掛かりを覚えながらも村へと再び駆け出した。

 

「おい、お前も手伝え」

 

「っ…人間のクセに命令しないで」

 

尚文に協力を要請されるとそっぽを向く。しかし、刀に手を掛けている所を見ると戦ってはくれるようだ。

 

「くそ!犯罪者の勇者風情ーーうぐっ!?ぐあああ゛ああぁ…ッッ!!!!」

 

牢獄の効果時間が切れた途端に、尚文に怒鳴り付けた隊長と思われる男の両足が脛から、回転しながら飛んできた鎌に鈍い音を立てて切断された。

 

「アーラ不思議♪足が消えちゃった♡」

 

「ッ…!?お前何やってるッ!?」

 

等と言いながらブーメランのように戻ってきた鎌をキャッチしたミーシャに尚文は目を見開いて驚くとそう問い詰める。

 

「ぐ、おおおおぉッ…!!き、さま…っ…!」

 

「ダメじゃない。脅しじゃなくて有言実行しなくちゃ♡そーれっ…♡」

 

隊長と思われる男の顔を掴むとそのまま、尚文に攻撃をしている魔物達の近くへと放り投げた。

 

「ぐッ…!?何を、す…がっ!?ぐ、げふっ…!?」

 

他の騎士達は魔物の相手を少し遠い場所で戦っており、ここにはもう居ない。ローブを着た少女も今は魔物の群れと戦い始めた。尚文へと攻撃していた魔物は男の方を見るとそちらへ群がっていき、針や牙で攻撃し始める。

 

「お、おい!よせ!」

 

「た、助け…ぁがっ…!!ぎぁ…ッ…ごぁ…ッ…!!」

 

「は?なんでよ?♡」

 

尚文は制止しようとするがミーシャが尚文の腕を掴んだ為、助ける事が出来ない。

 

「な、んで…ッ…だと…?ごふっ…!!き、さま…それでも勇…ひぎッ…あがッ…ぐ…ぅ…ッ…!!」

 

「だって、勇者は民を助けるのは分かるわよ?でも、戦う力がある騎士を助ける理由なんてこれっぽちもないじゃない♡さ、死んだ死んだ♡」

 

「た、盾ええぇッ…!!助けろッ、私をーーー」

 

尚文に救いを求めるかのようにすがり付くが、尚文の攻撃力のステータスではミーシャの腕を振りほどくのは難しく、目を閉じて顔を逸らす。

 

「ぎぃ…ッ…ああああああああああぁぁ…ッ…!!!!」

 

「んんッ…♡はぁ…♡うっ、ふぅ…ッ…♡あぁ…っ、はぁ…ッ…♡」

 

隊長と思われる男は魔物の群れに体の隅々の肉を食いちぎられていき、断末魔がその場に響いた。その光景を目に焼き付けながら恍惚とした表情を浮かべて身体を掻き抱き、前屈みになる。スカートから透明な液が伝って地面に落ちる。

 

数分後、尚文は顔をしかめながら魔物を引き寄せて、ミーシャが鎌を振るって殺すということを繰り返していた。

 

「全く、気分が悪いッ…!」

 

「えー、貴女の言った事を有言実行しただけなのだけれど」

 

「しろと誰が言った!」

 

「それに、殺したのは魔物よ♪私知ーらない♡」

 

(コイツ…)

 

ゴブリン三体の首を鎌を背後から横薙ぎに振るって、首を跳ねながら、ミーシャは開き直る。

 

「…『次元斬』」

 

ローブの少女は腰を落として、居合の構えを取ると魔物の群れの座標の空間が歪んで、素早く三回、端から見れば納刀した状態のままに見える程の速度で抜刀するとその直後に球体のような形の防御無視の斬擊が三回発生しては魔物の群れを切り裂き、殲滅した。

 

「ナオフミ様ッ!村民の避難誘導が終わりました!」

 

ラフタリアが前線へと復帰し、尚文とミーシャの元へ向かう、行く手を阻む魔物へとすれ違い様に袈裟斬りを繰り出し、斬り捨てる。

 

「さて、もう一踏ん張りよ♡『黒天・大車輪』ッ!!」

 

ラフタリアと尚文達は合流してから、ミーシャは鎌を大振りに振るってスキルを発動する。黒く輝くエネルギー状の鎌の車輪を射出した。車輪は魔物を何体か巻き込んで、切り刻んで行き、途中で巨大な渦へと変化して群れをも巻き込んでは一気に切り裂いてバラバラにした。

 

そこから、尚文も攻撃に撃って出てこちら側が優勢になり始める。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

尚文達は騎士団の援護を利用しつつ戦い続けて、空の亀裂が収まったのは数時間も後の事だ。

 

「ま、こんな所だろ」

 

「そうだな、今回のボスは楽勝だったな」

 

「ええ、これなら次の波も余裕ですね」

 

波の最前線で戦っていた三勇者が今回のボスらしき、キメラの死体を前に雑談交じりに話し合いを続けている。

 

「ふぅ、お疲れ様」

 

「あ、ああ」

 

「そっちこそ、大変だったろ?錬の提案でさーー」

 

「……」

 

ミーシャが錬達へと労いの言葉と共に話し掛けると、錬はビクッとして返事をして、元康はフレンドリーに笑って返事を、樹は不愉快そうに顔をしかめて睨み付け無視とそれぞれ違う反応を示した。

 

(民間人の避難を冒険者と騎士団に任せて何を言ってやがる…。一ヶ月も経っているというのにゲーム気分の抜けない奴等だ)

 

注意するのも面倒な尚文は錬達を無視して、波を乗りきった事を安堵していた。空は何時ものような色に戻っており、やがて夕日に染まるだろう。

 

これで尚文が一ヶ月生き延びられる事が確定した。ダメージを受けなかったのは、波がまだ弱いからだろう。次がどうかは分からない。

 

(いずれ、俺が耐えられなくなった時…どうなるのか。アイツにラフタリアの事を任せても大丈夫か?)

 

自分に何かあった時、ラフタリアの事をミーシャに任せても大丈夫かと尚文は考えていた。

 

「よくやった、勇者諸君。今回の波を乗り越えた勇者一行に王様は宴の準備が出来ているとの事だ。そして、帰還した第一王女様が勇者諸君に挨拶がしたいとの事。報酬も与えるので来て欲しい」

 

王の使いがやって来ては尚文達へと伝言を伝えて跪く。尚文は本来は行きたくないが、金がないので引き上げる騎士と冒険者達に付き添い、一緒に付いていった。

 

(確か、支度金と同等の金銭を一定期間毎にくれるはずだ。銀貨500枚。今の俺には大金だな)

 

「尚文、今回のは楽しかったわね」

 

「お前の中ではそうなんだろう。お前の中ではな」

 

ミーシャがご機嫌そうに尚文にウザ絡みするが、尚文は適当にあしらう。

 

「あ、あの…」

 

リユート村の村民達は尚文とミーシャを見るなり、話し掛ける。

 

「ありがとうございました。あなた達が居なかったら、皆助かっていなかったと思います」

 

「ま、それほどでもぉ」

 

「なるようになっただろ」

 

「いいえ」

 

別の村民が尚文の返答を拒む。

 

「あなた達が居たから、私達はこうして生き残る事が出来たんです」

 

「そう思うなら勝手に思っていろ」

 

「「「はい!」」」

 

村の村民達は尚文とミーシャに頭を下げて帰っていった。

 

「良かったじゃない。私達以外でお礼を言われるのなんて久しぶりでしょ?」

 

「そうだな。だが、これで終わりじゃない。村の損耗は激しいからな、復興を考えると大変だろ」

 

「それもそうね」

 

命を助けて貰ったら礼を言うだけ、普段俺を蔑むくせにと内心悪態を吐きながらミーシャと話す。

 

「ナオフミ様、ミーシャ様」

 

長い戦いの末、泥と汗にまみれたラフタリアが笑顔で二人の元へ駆け寄る。

 

「やりましたね。皆感謝してますよ」

 

「そうだな」

 

「そうね」

 

「これで、私の様な方が増えなくて済みます。ナオフミ様とミーシャ様のお陰です」

 

「…ああ」

 

「……」

 

戦後の高揚からか、それとも自身の出身と重ねてなのか、ラフタリアは涙ぐんでいる。

 

「私も…頑張りまじた」

 

「ああ、お前は良く頑張ったな」

 

「ええ。貴女は私達なんかより、よっぽど勇者っぽいと思うわ」

 

尚文はラフタリアの頭を撫でて、ミーシャはラフタリアの手をそっと握る。ラフタリアは尚文の指示通りに正確に動いて、戦った。それは正しく評価しなくてはならないと二人は思った。

 

「そんな、わたしはまだまだですよ。でも、一杯化け物を倒しました」

 

「ああ、助かったよ」

 

「えへへ」

 

「でも、私の方が一杯倒したわよー♪」

 

「あー!ミーシャさん、なんでそこでマウント取るんですか!」

 

「負けたくないもーん」

 

なんて、騒ぐラフタリアとミーシャを喧しく思いながらも尚文は見守る。

 

「あっ!そういえば…」

 

「ん?どうした?」

 

「あの方はどちらに…」

 

「あの方?」

 

「もしかして、刀を持ったローブを着てた子かしら?」

 

「はい」

 

「そういえば、見ないな…」

 

「どっか、行ったわ。何?気になるの?」

 

ラフタリアは何故かローブの少女の事を気にしてるようで、尚文とミーシャはどうしたんだろうと首を傾げる。

 

「あの人、ナオフミ様の事を人間風情だとか無礼な事を…!文句が言いたいんです!」

 

プンスカと怒るラフタリアに尚文とミーシャはなんだそんな事かと拍子抜けした。

 

 

 

(宴か…どうなることやら。絶対ロクな事ないぞ…金は欲しいが)

 

と、尚文は顔をしかめて不快な思いをしつつ、皆で城へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 




さて、アンケを取った結果…

今のままで良いが圧倒的に多くて草生えました笑

しかし、どっちも採用します。交互に今まで通りと短くにを目標にやっていきます。

こればかりは、読みやすさとかペースとかは個人個人で違うので、どちらかにするわけにはいかないのでこうしました。




今回の原作キャラ死亡:騎士団の隊長と思われる男

死因:ミーシャによるお死置き


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十二話 宴

宴会の数分前ーー

 

「此度の波での健闘、見事であった。最初の波の時より、被害が小さく済んだのは貴殿らのお陰だ。尽力、感謝する」

 

謁見の間にて、灰色の髪を肩まで伸ばし、瞳の色は水色の、紫色のドレスの上に金色の鎧を装備し黒いマントを羽織った女性が腕を組み尚文達へと礼を言った。

 

「当然だ」

 

「ええ、大したことはありませんね」

 

「次もやってみせるぜ」

 

「そうね。一ヶ月後が楽しみだわ」

 

錬、樹、元康の返事に女性が一瞬、眉をひそめたのを尚文は見逃さなかった。恐らく、あまりにも上からな物言いに気分を害したのだろう。最も、尚文自身も女性に対して王族か…どうせ、クズ王と大差無いだろと思っている。

 

決して口には出さないが。

 

「それで、あんたは誰なんだ」

 

「そういえば…」

 

錬の疑問は全員が思っていた事だ。目の前に居る人物は誰なのかと。第一王女という身分なのは、王の使いから聞いている話なので全員分かっている事だ。

 

「申し遅れたな。私はこの国の第一王女、クローディア=メルロマルクだ。以後、お見知りおきを」

 

「俺は天木錬。よろしく頼む」

 

「川澄樹です。よろしくお願いします」

 

「次は俺か。俺は北村元康。よろしく」

 

「…岩谷尚文」

 

「ミーシャ・フォスターよ」

 

全員が自己紹介を終えると、一人ずつ、クローディア凝視した。それは値踏みするような目であり、尚文に不快感を与えた。

 

「レンにイツキにモトヤス、ナオフミ、ミーシャか。覚えたぞ。他所の波についてはお前達は気にしなくてもよい。私と親衛隊で対処する」

 

(あ、無視されなかった。良かったわね尚文)

 

(…そうだな)

 

クローディアに対して、無視されなかっただけマシかと尚文からの評価は少し上がったようだ。

 

「他所の、波?」

 

「ま、気にしなくても良いって言ってるんだし放っておこうぜ」

 

「そうですね」

 

尚文と錬が他所の波という言葉に怪訝な表情を浮かべる。何故なら、王からはそういった話は何も聞かなかったからだ。波が一ヶ所であるならば他所なんて言い方はしない。それなら、クローディアの口から出た他所はどうなったのか、自分達以外に勇者の存在は聞いていない。ただでは済まなかったのでは無いだろうか。

 

しかし、樹と元康の横槍で軽く流されてしまった。

 

「そうだ。この後は宴が父上によって行われるらしい。今日は戦いの事は忘れて羽根を伸ばすと良い」

 

(何処までこいつらは能天気なんだ。軽くスルーして良い話じゃないだろ)

 

(ま、興味はあるけど全部に対応なんて無理よね)

 

クローディアが宴の話題を出すと元康と樹、まだ納得行ってない様子の錬がはしゃいでいる。その様子に尚文は呆れ果てた。錬は頭では分かっていても、まだ高校生。宴などの祝い事には気分が上がってしまったのである。

 

 

 

そして、特にこれと言って尚文と錬の気にしていた事は解決される事はなく、城で宴が開かれる事となった。

 

 

「いやぁ、流石勇者だ。前回の被害とは雲泥の差にワシも驚きを隠せんぞ!」

 

陽も落ちて、夜になってから城で開かれた大規模な宴に王が高らかに宣言をした。前回の死傷者は尚文達には知る由もなかったが、今回の死傷者は一桁に収まる程度だったと王の口から伝わる事になった。

 

(あいつらが湧き出す魔物達を倒してはいたらしいし、全部が俺達の手柄とは思わない。だが、いずれこの程度では済まなくなるだろうな。砂時計によって転送される範囲が近かったから良かったものの、騎士団がすぐにここに来れない範囲で起こったらどうするつもりなんだ)

 

尚文はここに居る者達が会話をしたり、食事を楽しんだりして宴を楽しんでいるのを尻目に次の波で起こる事を危惧していた。

 

尚文はヘルプを呼び出し、確認をする。

 

『波での戦いについて:砂時計による召集時、事前に準備を行えば登録した人員を同時に転送することが可能です。』

 

(これは…。騎士団の連中も登録しておけば一緒に行けたんじゃないのか?あの態度だ。俺に登録されようなんて輩はまず、いないだろうが…。しかし、あいつらは使わなかったな。一体何故だ?知っているゲームなら手配していてもおかしくないはずだ)

 

「なーにやってんのよ」

 

尚文がヘルプを見ながら仕様について考えていると、皿を二つ持ったミーシャが近くにやって来た。

 

「お前か。ヘルプを見ててな…砂時計による召集時に事前に準備を行えば登録した人間を同時に転送できるらしい。だが、何故あいつらは使わなかったのかが分からん」

 

「どれどれ、スズッ…ズルズル…ない…んぐ、わね」

 

「…おい、行儀が悪いぞ」

 

ミーシャはパスタのような料理を啜りながら、ヘルプを呼び出して確認する。しかし、その項目はなかったようで麺をよく噛んでは飲み込んで、報告する。

 

「やっぱり、私達は仕様が違うかもしれないわね」

 

「…だろうな。仕様が同じだったなら、あいつらがヘマをしそうとはいえ一人ぐらいは気付いていたハズだ」

 

「そうよね、むぐ…んん」

 

「だから、行儀が悪いぞ。お前」

 

骨の付いた肉をかじりながら、喋るミーシャに尚文は眉をひそめて注意する。尚文は元の世界で昔こうだったのかもしれないとミーシャは思った。

 

「ご馳走ですね!」

 

尚文達が隅の方で適当に料理を食べていると、ラフタリアが普段は食べられない食べ物の山を見て、瞳を輝かせている。

 

「食いたければ食って良いぞ」

 

「はい!」

 

「これとか、美味しいわよー♪」

 

尚文はあまり良いものを食べさせてあげられなかったから、こんな時こそ好きな物を食べさせるべきだと考えて、ラフタリアに言った。ミーシャはミーシャで自分が美味しいと思った料理をラフタリアに勧めている。

 

「あ…でも、食べたら太っちゃう」

 

「まだ育ち盛りだろ」

 

「うー……」

 

「それに、太るのが心配ならトレーニングの量を増やしましょう。それならしんぱいないでしょ?そうね…今度はシステマでも教えてあげようかしら…」

 

「あ、それは程々にお願いします…」

 

「ほら、ちゃんと真面目にやってれば太らないから食べてきなさいな」

 

「わ、分かりました…」

 

しばらく、尚文&ミーシャvsラフタリアの意地の張り合いが続いたが、ラフタリアが先に折れてしょんぼりしながら皿に料理を盛り付けに行った。

 

しかし、ラフタリアの表情はすぐに幸せそうな笑顔に戻ったという。

 

「美味しいです、ナオフミ様」

 

「良かったな」

 

「はい」

 

ラフタリアは料理が美味しいようで夢中で食べている。

 

(宴とやらが面倒だな。報酬は何時貰えるんだ。こんなクズの集まり、見ているだけでも腹が立つ。よく考えると明日の可能性もあるな。無駄足だったか?いや、食費が浮くから良いか。本人は気にしてる様だがラフタリアは亜人で成長期だ。食費もバカにならない)

 

「タッパーとかあれば持ち帰れたのにな」

 

「そうよねー」

 

と、財政難に陥った事のある人と元の世界でリアルホームレスだった人は語る。異世界あるある『冷蔵庫があれば便利なのに』はよく話題にあがるだろう。

 

(後でコックにでも頼んで包んでもらおう。他にもあまりの食材を頂いて行くのも良い)

 

と、尚文が考えていると怒りの形相をした元康が人を掻き分けて尚文達の方へ向かってくる。

 

(まったく、一体なんだって言うんだ)

 

相手をするのも面倒だから避けようと人混みの方へ尚文は溜め息を吐いて、歩くと元康は尚文を睨み付けながら追ってくる。

 

「おいっ!尚文!」

 

「…なんだよ」

 

「あっ、布発見♪」

 

キザったらしく手袋を片側だけ外して尚文に投げつける。決闘を意味する奴だったかと尚文は首を傾げた。それと同時にミーシャは手袋を拾うと、先程骨の付いた肉を食べた際に手に油が付いたので手袋で拭き始めた。

 

「あっ!こら!それこれから、使うし、ブランド物…って、そうじゃない。決闘だ!」

 

「いきなり、何言ってんだ?お前」

 

「しょうがないわよ。ゲーム脳のあんぽんたんだから」

 

頭大丈夫かと尚文は思ったが、ミーシャが口を挟んで尚文の感じた事をそのまま代弁した。尚文にとって元康の印象は、勇者としての活動の資金を何の装備ボーナスもないブランド物の手袋に使うわ、助けるべき人を見捨ててボスに突撃するわで更に最悪になった。

 

「聞いたぞ!お前とミーシャちゃんと一緒に居るラフタリアちゃんは奴隷なんだってな!」

 

闘志を燃やして尚文を指差しながら糾弾する。

 

「へ?」

 

当の本人はご馳走を皿に盛って美味しそうに食事中だ。

 

「だからなんだ?」

 

「で?」

 

「『だからなんだ?』だと?お前、本気で言ってんのか!」

 

「ああ」

 

「取り立てて騒ぐような事かしら?それ?」

 

尚文とミーシャは何が悪いのか疑問で仕方なかった。自分達と一緒に戦ってくれるような者はいない。だからこそ、尚文は奴隷を買って使役している。

 

そもそもこの国は奴隷制度を禁止していない。

 

「騒ぐ事だ!」

 

「アイツは俺の奴隷だ。それがどうした?」

 

「人は…人を隷属させるもんじゃない!まして俺達、異世界人である勇者はそんな真似は許されないんだ!」

 

「何を今更…俺達の世界でも奴隷は居るだろうが」

 

「馬鹿馬鹿しい。ホントにお坊ちゃんなのね」

 

「槍の勇者」

 

尚文には元康の世界がどうかは分からない。しかし、人類の歴史に奴隷が存在しないというのはありえないということは言いきれた。そして、不愉快そうに声を掛けるクローディアに元康は頭に血が登っているのか気付いていない。

 

「許されない?お前の中ではそうなんだろうよ。お前の中ではな!」

 

「そうよ、そうよー」

 

尚文が首を横に振って元康へと反論し、ミーシャもそれに同調する。

 

「生憎ここは異世界だ。奴隷だって存在する。俺が使って何が悪い」

 

「き、さまぁ…ッ…!」

 

「無視するでない」

 

ギリッと元康は矛を構えて尚文に向ける。

 

「勝負だ!俺が勝ったらラフタリアちゃんを解放ーーぐっ!?」

 

元康は尚文に決闘を仕掛けようとするが胸ぐらを掴まれ違う方向を向かされた。それは怒りの形相を浮かべる第一王女・クローディアだった。

 

「貴様、祝いの席であるぞ。弁えぬか」

 

「しかし、尚文は奴隷をーーうおッ!?」

 

胸ぐらを掴まれた状態から、勢いよく離され元康は尻餅をつく。

 

「理由などどうでも良い。幾ら貴殿ら勇者が主役で地位があるといえ限度がある。いざこざを祝いの席で行うなら出て行け。こちらが、なんでも好き勝手を許すと思うな」

 

「……すまない。でも、こいつは…!」

 

「それに、この国では認められている事だ。王である父上の決めた事を外から来た者が間違いと申すか」

 

「いや、そういうわけじゃ…」

 

「プークスクス、怒られてやんのー」

 

苦言を呈されたにも、関わらず元康はまだ食い下がろうとする。そこに尚文とミーシャの追撃が火を吹いた。

 

「確かに祝いの席でこれはないな。こいつ、俺達の世界では成人から一年過ぎてるぞ」

 

「そうそう。確か21歳だったわね」

 

「そうだな。いくらなんでも、異世界に来てまで、祝いの席で騒ぎを起こすもんじゃないだろ。酔っ払いじゃあるまいし」

 

「なっ!?錬、お前まで…!」

 

なんと、尚文とミーシャだけではなく、錬すらも便乗して元康を追い詰めたのだ。

 

「それは真実か…?」

 

空いた口が塞がらないという表現が当てはまる様子で唖然としながらクローディアは樹へと尋ねた。

 

「…はい。僕達の世界で共通してるのは20歳が成人ですね」

 

樹も元康を庇うこともなく、クローディアの問いに答えた。

 

「…まさか。元の世界でも、たわけだったとは」

 

「ぷっ…くふ、ぶふっ…」

 

クローディアは呆れ果て、ミーシャは笑いを堪え、ラフタリアはただ料理を食べてるだけ、樹は知らん顔、錬は液晶目線でドヤ顔、尚文は真顔と混沌とした状況に陥っていた。

 

「……」

 

(くっ…!まさか、姉上が立ち塞がるとは…。考えろ、考えるのよ…盾とモトヤス様との決闘を成立させる方法をッ!亜人と盾を引き離す方法をッ!)

 

元康が恥をかいた事で顔を真っ赤にしてプルプル震えてるその一方、もう一人の王女は策を頭の中で考えていた。ただ、どうしたら尚文と元康を決闘を成立させ、尚文を陥れられるのか。

 

 

(ーー神よ、私に天啓を)

 

 




やめて!尚文達の口擊で元康が折れたら、話の進行速度とリンクしてる元康とマインの精神が燃え尽きちゃう!

お願い、負けないで!元康!あんたが今ここで折れたら、原作の大事なシーンはどうなっちゃうの? 策はまだ(マインの頭に)残ってる。ここを耐えれば、決闘してラフタリアを解放出来るんだから!

次回、「決闘成立」。デュエルスタンバイ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十三話 決闘成立

今回は短めです


追い詰められた、もう一人の王女と元康。元康は「仕方ないな」で済ます事が出来るだろうが、もう一人の王女はそうでなかった。なんとしても、尚文を陥れなくてはならない。

 

「モトヤス殿の話は聞かせてもらった」

 

人込みがモーゼのように割れて、王が現れた。

 

「父上…この下郎はどういたしましょう?祝いの席でいざこざを起こそうとしておりました。摘まみ出しましょうか?」

 

クローディアは王へと視線を向けると元康のマントを掴むとそう尋ねる。

 

「やめるのだ、クローディアよ。モトヤス殿、我が娘の無礼を許して頂きたい…」

 

「……」

 

しかし、王はあろうことかクローディアを咎めて元康に頭を下げたのだ。これにクローディアは少し驚きながらも眉をひそめる。

 

「あ、いや…俺が非常識な事したのは事実で…。クローディア王女は悪くないです。その、すみません」

 

しかし、ここは北村元康21歳…王に頭を下げられたが、自分がこの場に相応しくない行動をとったのは間違いないので立ち上がっては最初に王に、その次にクローディアへと頭を下げて謝罪した。

 

「…いえ、とんでもない。モトヤス殿のご慈悲、感謝します」

 

(…なにが勇者だ)

 

(不味い、このままでは決闘が有耶無耶に…)

 

その光景に、クローディアは顔をしかめては歯を食い縛り俯く。そして、もう一人の王女は何とか決闘を行わせる方法を考えるが考え付かないでいる。

 

「それはそうと…勇者とあろうものが奴隷を使っているとは……噂でしか聞いていなかったが、モトヤス殿が不服と言うのならワシが命ずる。決闘せよ!と、言いたい所だが宴の場でもある。よって、宴が終わってから行うものとする!」

 

(よし!!)

 

「知るか。さっさと波の報酬を寄越せ。そうすればこんな場所、俺の方から出てってやるよ」

 

「えー。私、まだ料理食べたりないんだけど」

 

「ごねるな。行くぞ」

 

王は決闘を宴の後に行うように命ずるが、尚文は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに料理を口にするミーシャの襟首を掴んでは引きずって城から出ようとする。その一方、もう一人の王女はガッツポーズをしては口角を吊り上げる。

 

「まったく、しょうがないわね。で、どういうつもりかしら?ゴミ山の大王様?♡」

 

「何の真似だ?」

 

王が溜息をすると指を鳴らす。そして、どこからか兵士達が現れると出口を塞いで、尚文とミーシャを取り囲む。それに対して、ミーシャはデスサイズを両手に持って構えると腰を落として、臨戦態勢に入った。

 

 

「モトヤス殿、条件はどうされる?」

 

「尚文が勝てば今まで通りに、ラフタリアちゃんを好きにすれば良い。俺が勝てばラフタリアちゃんを解放させる…だ」

 

「よかろう。この条件でーー」

 

「お待ちください。それはーー」

 

「クローディアよ、すまぬが口を挟まないでもらおう」

 

「…はい」

 

元康が好き勝手に条件を言い、王がそれを受け入れようとすると、クローディアは異を唱えると王が釘を刺した。渋々、クローディアは引き下がった。

 

「この国でワシの言う事は絶対!従わねば無理矢理にでも盾の勇者の奴隷を没収するまでだ」

 

「…チッ!」

 

奴隷に施してある呪いを解く方法などは、国の魔術師が知っていそうだと尚文は考えた。戦わなければラフタリアは尚文達のパーティーからいなくなるという事に繋がる。

 

(ふざけるな!やっとの事で使えるようになった奴隷だぞ。どれだけの時間と金銭を投資したと思っているんだ)

 

「ま、渋る必要もないでしょ。勝てば良いだけなんだから」

 

などと、尚文の不満とは裏腹にミーシャはにやりと不敵な笑みを浮かべて言う。

 

「何を言ってるんだ、負ければーー」

 

「誰が貴方一人で戦えって言ったの?私もやるわ」

 

「…却下する」

 

「それはちょっと…」

 

当然、王と元康はそれを嫌がる。攻撃手段の無い尚文はともかく、攻撃手段のあるミーシャであれば負ける可能性があるからだ。

 

「がっかりね。元康、貴方がそこまでチキン野郎だったなんてね…。勝てる相手としか喧嘩しないなんて…顔が良いだけに残念だわ」

 

「な…」

 

勿論、元から期待なんてしていない。演技である。しかし、ここでそれを言われてもミーシャとも戦う事を拒否すれば、自身はチキン野郎のレッテルを周りに張られる可能性が出てきた。それだけは避けなければならない、特にマインの前では。

 

「王様の方は、結局尚文vs元康が実現すれば良いだけでしょう?その後で私が元康と決闘するのは別に問題無いでしょう?ここで元康と私を戦わせないって事は、元康が私より弱いって思ってるんじゃないの?元康カワイソー♪」

 

「ぐぬ…」

 

これに関しても、王は元康の名誉が懸からなければ断固拒否し続けるだろう。その為、ミーシャはわざとらしく、元康の名誉が懸かる方向性へと持っていく。決闘を了承させるために。

 

「…許可しよう。モトヤス殿もそれでよいか?」

 

「ああ」

 

さすがにここまで煽られれば、元康も王も首を縦に振らざるを得なかった。引き下がれば、元康は『勝てる相手としか戦わない臆病者』と後ろ指を差される事を危惧してのことだ。

 

(…ひとまずは成功ね♡)

 

こうして、決闘は成立した。

 

 

ーーー

ーー

 

 

そして、宴が終わるまでに数時間が経ち、決闘が行われる直前になった。

 

「これは、一体…」

 

ラフタリアは食事に夢中で決闘を行う事になったのは知らないようだ。

 

「ラフタリアちゃん、君を尚文から解放する為に決闘をする事になったんだ」

 

「え?」

 

元康はラフタリアに何故、決闘を行う事になったかの説明をした。それも、王公認だという事も全てだ。

 

「勝負なんてする必要ありません!私はーーむぐっ!?ふむぅ…ッ…!?」

 

それを聞くとラフタリアは当然、王へと決闘の必要性はないと訴えようとするが騒がないように兵士に口に布を巻かれて黙らされた。

 

「本人が主の肩を持たねば、苦しむよう呪いを掛けられている可能性がある。奴隷の言う事は黙らさせてもらおう」

 

「…決闘には参加させられるんだよな」

 

「決闘の賞品を何故参加させねばならない?」

 

「な!お前ーー」

 

「やっぱりね。保険を掛けといて正解だったわ」

 

「では、城の庭で決闘を開催する!」

 

王は尚文の文句を遮って決闘をする場所を宣言した。尚文には攻撃力がない。誰がどう見ても、酷い出来レースである。

 

 

 

 

 




決闘期待してた方はすみません。でも、投稿してからすぐに書き始めるのでご安心を。

Q.決闘やるのはどっち?

A.尚文とミーシャ、どっちもやります。作者が個人的に元康ボコる描写より優先してでも、カットしたくないシーンがあるので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十四話 矛盾

前回から数時間も空いてしまってすみません。


尚文が結構善戦してます。

あと、ちょっとグロい表現ありです。


城の庭は今、決闘会場と化していた。辺りには松明かま焚かれ、宴を楽しんでいた者達が皆、勇者の戦いを楽しみにしている。しかし、決着がどう付くのかは周知の事実となっているのだ。

 

攻撃手段の無い尚文と、槍の勇者である元康の戦い。盾の勇者一行と槍の勇者一行の戦いではない。元康自身のプライドと尚文とミーシャの二人がかりではこちらがボロ負けする事を危惧しての事で、一対一となった。

 

結果は誰にでも想像できるだろう。現にこの手のお約束である賭博行為をする声がまったく聞こえない。城に居るのが貴族が多いというのもあるが、波で戦った冒険者も居る。

 

普通であれば賭博が行われないはずが無い。それは皆、結果が分かりきっているからだ。

 

錬や樹、ミーシャも城のテラスから尚文と元康の決闘を見守っていた。特に笑ってるわけでも、尚文が負けるのを楽しみにしているわけでもないが。

 

(クソ、どいつもこいつも俺から毟り取る事しか考えやがらない。波での戦いであっても俺に火の雨を降らす。世界中の全てが俺を嘲笑う敵にしか見えない。良いだろう、俺には敗北しか選択肢は無いのだろう。だが、タダで負けるつもりはない。見ていろ、元康。お前には抑えきれない程の恨みがある)

 

「では、これより槍の勇者と盾の勇者の決闘を開始する!勝敗の有無はトドメを刺す寸前まで追い詰めるか、敗北を認めること」

 

不服そうなクローディアが審判のもと、決闘は行われる。手首が上手く回るか試し、指を鳴らしつつ、尚文は構える。

 

「矛と盾がどっちが勝つか、なんて話があるが……今回は余裕だな」

 

元康は鼻に掛けた態度で尚文を蔑むように睨んでいる。

 

(ふざけやがって…)

 

「ではーー」

 

矛盾とは最強の矛と盾を売ろうとした商人にどちらが最強なんだと聞いた回りの者達から話が始まる。辻褄が合わない事を指す言葉である。

 

(矛盾という言葉自体が矛盾であると俺は思っている。そもそも、何を持って勝負が決するというのか。将棋と以後で勝負をするようなものだ。仮にそれでも勝負するなら持ち手はどうだ?矛の目的は相手を殺す武器。盾の目的は持ち手を守る防具。そもそも、用途が違う)

 

「勝負!」

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

「でりゃあああああああぁッ!!」

 

尚文はテレフォンパンチの構えをとりながら元康の方へと駆け寄り、元康も矛を構えながら走って、尚文に一突きを入れようと試みる。

 

距離が一気に近付いて、元康の槍の間合いに入った尚文に元康は勢いを付けて矛を前に突く。どこから来るか分かる攻撃への対処は簡単だ。

 

しかしーー

 

「『乱れ突き』ッ!!」

 

元康の矛が一瞬にして分裂し、複数に別れた矛は尚文へと飛んで行く。今の一撃はスキルである。

 

「ぐっ…!」

 

尚文の突進は止められない。盾で頭を守りながら走り抜ける。だが、これを完全に防ぎきるのは難しく、肩と脇腹を掠り尚文の身体へと痛みを与えた。掠り傷だが、勇者の一撃なだけあり耐えきる事は出来ない。

 

しかし、元康のスキルはそれで一度打ち切り、クールタイムに入ったようだ。

 

「喰らえ!」

 

それでも構わず、元康は尚文に向けて矛を放つ。槍、もしくは矛の弱点はその射程にある。中距離を得意とする長物の武器は射程の内側に来られると途端に扱いが難しくなる。

 

なお、これは槍の扱いにおいて元の世界では大学生だった素人の元康だからこその弱点だ。槍を達人のように使いこなす者であれば槍を地面に刺してポールにして蹴りを放ったり、柄で殴ったり矛で斬ったりなどの弱点を補う攻撃をしてくるので意味はない。

 

本来であれば、近付かれる前に敵を倒せば良い。しかし、盾の勇者である尚文は一撃では倒れない。尚文は紙一重で元康の突きを避けて、全体重を掛けて突進しては組み伏した。

 

そして、元康の顔面に拳を叩き込む…だけならばダメージを負わせる事は出来なかった。だが、尚文は親指を元康の舐めた目に突っ込んで、殴り抜けるッ!

 

「ぐ、があ゛ああああああぁッ…!!痛ぇっ、うあああああぁぁ…ッ…!!!」

 

元康はあまりの激痛に悶絶した。いくら尚文に攻撃力が無かったとしても、例えば元康の口の中に尚文が手を突っ込み、喉まで指を入れていけば当然吐き出そうとするように目などへの攻撃は通用するのだ。

 

無論、攻撃行動とみなされ弾かれるような痛みが身体に走るが、必死に耐える。

 

「っつ…!片方だけなら、バランス悪いよな?もう一個も持ってけッ!」

 

「や、やめろぉ…っ…!!!」

 

元康は血と涙を流しながら、暴れる。しかし、体重を掛けられているため簡単には尚文を押し退ける事は出来ない。尚文はもう一度、反対の腕で元康の顔を殴り付けた。当然、ダメージはない。

 

しかし、再び親指を反対の目に突っ込んでは殴り抜けた。

 

「ぎ、あ゛あ゛あああああああぁああ…ッ…!!!ぐ、あああッ…!!!き、さま…ッ…!!」

 

「がっ!?ぐ、ぅ…」

 

元康の両目からは出血しており、元の世界でも激痛は死ぬ間際に味わった事があるが、眼球に痛みを与えられたのは、これが初めてだった。痛みのあまりに転がり回り、尚文も禁止事項に接触した為、弾き飛ばされ元康から離れた。

 

(効いてる、効いてる♪)

 

城のテラスから決闘を眺めているミーシャはほくそ笑む。実は尚文のあの攻撃はミーシャの入れ知恵である。野営の時などに自分の目を触ったり、尚文に口の中に手を入れてもらったりなど、ステータスの影響度合いを確かめたりしていた。そこで、ミーシャが決闘前に閃いて教えたのだ。

 

 

「まだだ…!こいつはどうだ?」

 

尚文は素早く、起き上がるとマントの中からバルーンを取り出すと元康へと投げ付けた。バルーンは元康の身体や顔に噛み付く。

 

「『シールドプリズン』ッ!!」

 

「な、なんだ!?暗くっ!?いてっ!?なんなんだッ!?」

 

 

「な、なんでバルーンが!?」

 

観衆が悲鳴を上げても、お構い無しにスキルを発動して元康をバルーンと共に閉じ込めた。元康からすれば、血で視力が落ちている中、急に真っ暗になり、自分へと何者かが襲い掛かり噛み付いてる状況で、恐怖は計り知れない。

 

「うわああああぁッ!!?ここは何処だッ!?いてっ!?いてっ!?」

 

(ざまあみろ…)

 

シールドプリズンが解除されるまで元康はしばらく恐怖に苦しむ事になった。

 

「はぁ、はぁ…。ぐ、どこだ…!」

 

シールドプリズンが解除されると元康はがむしゃらに槍を視力が落ちた中、振り回してバルーンへ命中させて割った。そして、立ち上がると尚文を探す。しかし、視界はぼやけており、ぼんやりと見える程度だ。

 

「み、だれ…突き…」

 

「こっちだ、エアストシー…ぐぁ…っ…!?」

 

ぼんやりと見えた、緑色へとスキルを発動する。それは脱ぎ捨てられた尚文のマントで、マントへとスキルが命中して穴が空く。そのまま、エアストシールドで殴って倒そうとしたが、突然背後を強く押されよろめき元康の真横に倒れた。

 

何があったかよろめきながら、風が吹いたと思われる方角を見る。すると、そこにはマインの姿があった。マインが人混みに紛れて尚文に向けて手をかざしていたのだ。

 

風の魔法をマインは使ったようだ。ウイングブロウという拳大の空気の塊を当てる魔法だ。空気の塊故に見た目は透明、良く見なければ見えない。

 

(アイツ…!!)

 

(マルティ、貴様か)

 

尚文がマインを睨み付けるとしてやったりという笑みを浮かべ、舌を出し挑発をした。魔法を使った反則は当然、クローディアにはバレている。

 

「お前ッ…!!」

 

「そこまでだッ!!!場外からの支援による反ーー」

 

「続行せよッ!!!」

 

(なっ!?父上…!?)

 

真横に倒れた尚文へと視界が赤に染まったまま、尚文を探し出した元康が尚文の首筋へ矛を近付けようとした所をクローディアが反則負けを宣言しようとすると王の怒号にかき消され、元康にクローディアの声は聞こえず、尚文の首筋へと矛は当てられてしまった。

 

「はぁ、はぁ…尚文は、ここ…だよな…?俺の、勝ちだ!!」

 

厄災の波よりも辛そうな表情で元康は槍を掲げて宣言した。

 

その頃、城のテラスではーー

 

「錬さん」

 

「ああ」

 

「今のはどう見ても反則よね」

 

錬と樹、ミーシャにも気付かれており、三人は尚文達の元へ向かった。

 

「何が勝ちだ、卑怯者!」

 

一対一の決闘に横槍が入ったにも関わらず、平然と勝ちを宣言した元康を尚文は非難した。

 

「何の事を言ってやがる。お前が俺の力を抑えきれずに真横に倒れたのが敗因だろ!」

 

(…本気で言ってるのか?コイツ…。何が勇者だ何が勇者に奴隷は許されないだ。出来レースすら満足に全うできないクズが勇者を気取りやがって…)

 

「お前の仲間が決闘に水を差したんだよ!だから、俺はよろめいたんだ!」

 

「ハッ!嘘吐きが。負け犬の遠吠えか?」

 

「ちげえよ!卑怯者!」

 

尚文の言い分は無視して元康は勝ち誇った態度で見下す。

 

「盾の勇者の言う通り、場外からの支援があった。しかし、私はそこまでだと言ったハズだが…?何故矛を止めなかった?」

 

「何言ってるんだ。尚文の出任せだろ。それにそんなの聞こえなかったし」

 

審判を任されていたクローディアに矛を止めなかった事を咎められても、元康は認めずヘラヘラ笑って誤魔化した。もちろん、そんな事をすれば事態は悪化するのみだ。

 

現に錬と樹、ミーシャが降りてきた。当然、元康を歓迎するような雰囲気ではない。

 

「俺も見たぞ。マインのヤツが客席から風の魔法を使った所を」

 

「元康さん、クローディア王女がそこまでだと言った辺りまでは聞こえてましたよね?そこまでなら、王様は声はあげていませんでしたし」

 

「そうね。どう言い訳をするのかしら?♪」

 

錬と樹に詰め寄られると、元康はビクッとして「な、なんだよ」と後ずさりする。

 

「そんなこと言われたって、ホントに聞こえなかったぞ…王様の声で。それに俺は目悪くなってたからな…今だってお前らの顔もピンボケで見えてるし…」

 

「子供染みた言い訳だな、見苦しい。位置的にも無理があるぞ。盾の勇者は貴様の背後に居た。貴様のあのスキルは背後にも攻撃が届くのか?」

 

「…それは」

 

元康の言い分をばっさりとクローディアは切り捨てた。これにより、元康が意図的に試合を続行した可能性が濃厚になる。

 

「罪人の勇者の言い分など信じる必要は無い!槍の勇者よ!そなたの勝利だ!」

 

最初の言葉はおそらく、錬や樹、クローディアに向けられたものだろう。そして、王の宣言により民衆は何も言えなくなった。民衆も思う事はあったのか目が泳いで何かを言いたげにしている。しかし、王が断言してしまえば覆せる者は居ない。何をされるか分かったものではない。

 

「さすがですわ、モトヤス様!」

 

事の元凶であるマインが白々しく元康に駆け寄る。そして、城の魔法使いが元康だけに回復魔法を施し、怪我を治す。尚文には掛けるつもりもないようだ。

 

「ふむ、流石は我が娘、マルティの選んだ勇者だ」

 

と、王はマインの肩に手を乗せる。

 

「な、に…!?」

 

マインが王の娘と聞くと尚文は目を見開く。

 

「いやぁ…俺もあの時は驚いたよ」

 

「はい…異世界の為に立候補したんですよ♪」

 

(…そうか、そういう事だったのか。いくらなんでも被害者の証言だけで俺が犯罪者のレッテルを貼られるなんて変だと思っていた…。なるほど、お忍びの王女様がお気に入りの勇者の一番になる為に、勇者の中で一番劣る俺を生贄にして、金を騙し取り、その父親はバカ娘のワガママを寛容に許し、証拠をでっちあげて冤罪を被せる。そうして犯罪者から王女を救った勇者である元康は、お忍びの王女と結果的に仲良くなり、他の女性よりも関係が深まる)

 

(ここで最初の支度金が俺だけ多かったのも説明が行く。ミーシャは完全についでだっただろうが。つまり王女は良い装備を合法的に手に入れ、お気に入りの勇者である元康を優遇する。最初から他の冒険者よりも遥かに高価な装備を付けていたら、元康もおかしいと思って距離を置くはずだ。どこまで計算されているのかは、もはや本人に直接尋ねる他ないが、ここまでする奴等だ、絶対に証拠を残したりはしないはず。要するに、後に残るのは犯罪者で役立たずの盾の勇者と、王女を華麗に救った槍の勇者だけ…)

 

芋蔓式に出てくる推理。ダメージこそ受けなかったが、尚文をよろめかせる程高威力のウィングブロウを放てるのは、それだけ育ちが良い証拠に他ならない。つまりこの国の王女である偽らざる証だ。

 

(出来レースを開催した挙句、横槍の異議を無理矢理封殺したのは、そんな裏があった訳か。そりゃ、娘が決闘の邪魔をしたら、娘のお気に入りである元康を庇うよな…。だとすると元康が俺と決闘するのも最初から仕組まれていたと見るべきだ。なに、簡単だ。あの女好きの元康の耳元でこう囁くだけでいいーー)

 

『あの女の子は盾の勇者に無理矢理隷属させられている奴隷ですわ。今すぐ助けてあげてください』

 

と。未来の夫の評価と優しい自分を同時に手に入れる最大の機会だ。ここまでするマインがこのチャンスを見逃さないはずがない。最終的に元康がマインと結婚をすれば、犯罪者から奴隷の少女を救った英雄譚は完成する。

 

英雄の伝説は、悪が強大であればある程、英雄が際立つ。後々の人民には同じ力を持った悪人の勇者を倒した英雄と、その妻の名が永遠に語り継がれるという訳だ。

 

(クソッ!なんてクズな王とビッチな王女なんだ…!いや、待てよ…王女がビッチ……?このフレーズ、どこかで聞いた覚えがある。どこだ?一体どこでそんな話を聞いた?…思い出した。四聖武器書を読んだ時だ。あの本の王女はどの勇者にも色目を使うビッチだった…。仮にクソ勇者共と同じく、俺が図書館で読んだ四聖武器書がこの世界となんらかの関わりがあるのならば、王女がビッチである理由にも納得が行く…)

 

尚文の身体の底から沸騰するような怒りが全身を駆け巡る。盾から尚文は何かの鼓動を感じた。

 

カースシリーズ

 

ーーの盾の条件が解放されました。

 

心の底から溢れるドス黒い感情が盾を侵食して、視界が歪む。

 

「さあ、モトヤス殿、盾の勇者が使役していた奴隷が待っていますぞ」

 

(いや、まだ私との決闘残ってるじゃない。なに、もう終わりムード出してんのよ)

 

人垣が割れ、ラフタリアが国の魔法使いによって奴隷の呪いを、今まさに解かれようとしていた。魔法使いが持ってきた杯から液体が零れ、ラフタリアの胸に刻まれている奴隷紋に染み込む。

 

すると尚文の視界に映っていた奴隷のアイコンが明滅して消え去る。これで正式にラフタリアは尚文の奴隷ではなくなってしまった。

 

腹の底に蠢く、黒い感情が心を支配していくのを感じる。尚文の視界には黒い笑みを浮かべ、嘲笑する影しか見えなくなりつつあった。

 

「ラフタリア、貴女はどうするの?貴女は今、自由になった。剣を置いて民間人に戻るも良し、独立して冒険者になるも良し、元々不本意でやってたきた事よ。どんな選択をしても誰も貴女を責めはしない。選ぶのは貴女よ」

 

解放され自由の身となったラフタリア。そんな彼女にミーシャは声を掛ける。もう彼女は自由だ。出会った当時の事を思い出す。思えば、彼女は魔物を殺す事を躊躇っていた。血を見て泣いていた。しかし、もう彼女は無理に戦う必要はない。痛い思いもしなくて良いし、苦しい思いもしなくて良い。

 

「ミーシャさん、私はーー」

 

ラフタリアは肩を震わせて、尚文とミーシャを見る。ラフタリアはもう一人で生きていく事は出来るだろう。戦ってお金を稼ぐ事も出来る。だが、尚文はどうなるのだろうか。ミーシャが居るといえ、大変なのは間違いない。ラフタリア自身も離れたくはなかった。

 

「ラフタリアちゃん!」

 

そこに、元康がラフタリアの方へと駆け寄った。しかし、ラフタリアは涙を流しながら元康の頬を叩いた。ちなみに元康の視力は元に戻っている。

 

「は…?えっ…?」

 

「この、卑怯者!」

 

「え、ちょっと…?」

 

叩かれた元康は呆気に取られたような顔をする。

 

「卑怯な手を使う事も許せませんが、私が何時助けてくださいなんて頼みましたか!?」

 

「で、でもラフタリアちゃんはアイツに酷使されていたんだろ?」

 

「ナオフミ様は何時だって私に出来ない事はさせませんでした!私自身が嫌がった時だけ戦うように呪いを使っただけです!」

 

尚文の意識は薄く、何を言ってるかは良く聞こえていない。否、聞こえてはいる。しかし、最早誰の言葉も聞きたくはなかった。この場所から早く逃げたい。元の世界に帰りたい、それだけしか考えられなくなっていた。

 

「それがダメなんだろ!」

 

「ナオフミ様は魔物を倒す事が出来ないんです。なら誰かが倒すしかないじゃないですか!」

 

「ナオフミ様は今まで一度だって私を魔物の攻撃で怪我を負わせた事はありません!疲れたら休ませてくれます!」

 

「い、いや…アイツはそんな思いやりのあるような奴じゃ…」

 

「私は見てきたわ。全部本当よ」

 

「…貴方は小汚ない、病を患ったボロボロの奴隷に手を差し伸べたりしますか?」

 

「え?」

 

元康は頑なに否定し続ける。しかし、それに折れるラフタリアではない。そして、ラフタリアは感じた。「この人の言葉は薄っぺらい」と。

 

「ナオフミ様は私の為に様々な事をしてくださいました。食べたいと思った物を食べさせてくださいました。咳で苦しむ私に身を切る思いで貴重な薬を分け与えてくださいました。アナタにそれができますか?」

 

「で、できる!」

 

「なら、貴方の隣に私ではない奴隷がいるはずです!」

 

「あれれー?おかしいぞぉ~?居ないわねー?♪」

 

元康はラフタリアの指摘に黙り込む。それをミーシャはわざとらしく煽る。それに元康は歯を食い縛り俯く事しか出来ない。

 

「ミーシャさん。これが私の答えです」

 

「そう。だったら、ぶちまけちゃいなさい。貴女が尚文に思ってる事、全部」

 

「はい!」

 

ラフタリアはミーシャの方へと向くと真っ直ぐ目を見つめて伝えた。それをミーシャは小さく微笑みラフタリアの背を軽く叩き、背中を押す。

 

ラフタリアは尚文の元へと駆け寄る。

 

「く、来るなッ!」

 

ここは地獄。悪意で作り上げられた世界。この世界の人間全てが自分を蔑み、苦しむように責め立てる。触ればまた嫌な思いをする。と、尚文は拒絶した。

 

ラフタリアは尚文のそんな様子に再度、元康を睨み付ける。

 

「噂を聞きました。ナオフミ様が仲間に無理矢理関係を迫った、最低な勇者だという話を」

 

「あ、ああ。そいつは性犯罪者だ!君だって性奴隷にされていたんだから分かるだろう」

 

「なんでそうなるんですか!ナオフミ様は一度だって私に迫った事なんて無いんですからね!」

 

「…子供に性奴隷とか使わないでくれる?気持ち悪い」

 

「え?子供?」

 

そして、ラフタリアは尚文の手を掴んだ。

 

「は、放せッ!」

 

「ナオフミ様…私はどうしたら、アナタに信頼して頂けるのですか?」

 

「手を放せ!」

 

(世界中の人の全てが俺を謂れの無い罪で責め立てるんだ…どうせ、コイツだって)

 

「俺はやっていないッ…!」

 

激昂する尚文に何かが覆い被さる。

 

「どうか怒りを静めてくださいナオフミ様。どうか、貴方に信じていただく為に耳をお貸しください」

 

「…え?」

 

「逆らえない奴隷しか信じられませんか?なら、これから私達が出会ったあの場所に行って呪いを掛けてください」

 

「…嘘だ。そう言ってまた騙すつもりなんだッ!」

 

(なんだ?俺の心に無理矢理入って来る。この声はなんだ…!)

 

「私は何があろうとも、ナオフミ様を信じております」

 

「黙れッ!また、お前達は俺に罪を着せるつもりなんだ…!」

 

「…私は、ナオフミ様が噂のように誰かに関係を強要したとは思っていません。貴方はそんな事をするような人ではありません」

 

この世界に来て、初めて尚文が聞きたかった言葉が聞こえた。ふわりと視界を覆う黒い影が散っていくような気がした。人肌の優しさが伝わっていく。

 

「世界中の全てがナオフミ様がやったと責め立てようとも、私は違うと…何度だって、ナオフミ様はそんな事をやっていないと言います」

 

尚文が顔を上げるとそこには尚文の瞳に映っていた少女ではなく、17歳くらいの少女が居た。その顔立ちは何処と無くラフタリアを彷彿とさせる。汚れてくすんだ色をしていた髪が綺麗に整っており、カサカサだった皮膚は健康的な物に変わっている。

 

ガリガリで骨が見えていた様な身体もしっかりと肉が付いて、外見相応な、元気な姿。何よりも尚文を見つめる瞳が濁った、何もかもを諦めた色ではなく、強い意志が篭っている。

 

尚文にはこの少女が誰か分からなかった。

 

「ナオフミ様、これから私に呪いを掛けてもらいに行きましょう」

 

「誰だ…?」

 

「え?何を言っているんですか。私ですよ、ラフタリアです」

 

「いやいや、ラフタリアは幼い子供だろ?」

 

ラフタリアを自称する、尚文を信じた少女が困ったように首を傾げる。

 

「まったく、ナオフミ様は相変わらず私を子供扱いするんですね」

 

尚文には少女の声に聞き覚えがあった。確かにラフタリアの声だ。しかし、姿がまったく違う。

 

 

「ナオフミ様、その際だから言いますね」

 

「なんだ?」

 

「亜人はですね。幼い時にLvをあげると比例して肉体が最も効率の良いように急成長するんです」

 

「へ?」

 

「亜人は人間じゃない。魔物と同じだと断罪される理由がここにあるんです」

 

恥ずかしそうにラフタリアを名乗る女の子は続ける。

 

「確かに私は…その、精神的にはまだ子供ですけれど、体は殆ど大人になってしまいました」

 

そしてラフタリアはまた尚文を胸に顔を埋めさせて告げた。

 

「どうか、信じてください。私は、ナオフミ様が何も罪を措かしていないと確信しています。貴重な薬を分け与え、私の命を救い、生きる術と戦い方を教えてくださった偉大なる盾の勇者様…私は貴方の剣。例えどんな苦行の道であろうとも付き従います」

 

それは尚文がずっと、誰かに言ってもらいたかった言葉。ラフタリアが尚文と一緒に戦う事を誓ってから、ずっと良い続けてる言葉だ。

 

「どうか、信じられないのなら私を奴隷にでも何でもしてください。しがみ付いてだって絶対に付いていきますから」

 

「くっ…う…うぅ…」

 

この世界に来て、初めての優しい言葉に無意識に嗚咽が漏れる。泣いてはいけないと意識でどうにかしようとするも、涙が溢れて止まらない。

 

「う、ぐ…っ…!ううぅ…ッ…!」

 

ラフタリアに抱き付くような形で尚文は泣いた。ただただ泣いた。ラフタリアは何も言わない。ただ、黙って尚文を抱き締め続けていた。

 

 

 

「もう一度言う。先程の決闘…貴様の反則負けだ」

 

「はぁ!?」

 

「そうだな。お前が仮に知らなかったにしても、審判のストップを聞かなかった卑怯者なのは間違いない」

 

「言っておきますが、民衆に聞けば分かるなんて言わないでくださいね?王様が恐ろしくて彼らは何も言えませんので」

 

「そうなのか?」

 

元康は今、樹に言われたばかりにも関わらず観衆に視線を向ける。無論、皆顔を逸らす。

 

「でも、コイツは魔物を俺に…」

 

「攻撃力が無いんだ。それくらいは認めてやれよ」

 

まだ、食い下がろうとする元康に錬は呆れたように吐き捨てる。

 

「だけど、コイツ!俺の目をーー」

 

「唯一の攻撃手段なんでしょう。それくらいは許してあげましょうよ」

 

樹の提案に元康は不愉快ながらも、諦めたかのように肩の力を解く。

 

「今回の戦いはどうやらお前に非があるみたいだからな、諦めろ」

 

「チッ、後味が悪いな。ラフタリアちゃんが洗脳されている疑惑もあるんだぞ」

 

「あれを見て、まだそれを言えるなんて凄いですよ」

 

「そうだな」

 

まだ言ってるのかと言いたげに鬱陶しそうに錬と樹は吐き捨てる。

 

「…ちぇっ!面白くなーい」

 

「ふむ…非常に遺憾な結果だな」

 

(良かったわね。尚文)

 

 

と、マインと王は苛立ちながらもその場を立ち去ろうとする。そして、ミーシャは二人を見ては柔らかく微笑む。

 

「辛かったんですね。私は全然知りませんでした。これからは私にもその辛さを分けてください」

 

優しい、その声に尚文の意識は遠くなっていった。それから尚文はラフタリアを抱き締める形で寝入ってしまっていた。

 

誰かが信じてくれる。ただ、それだけでほんの少し尚文の心は軽くなった。

 

 

 

「あのー…」

 

 

「ん?どうしたんだい、ミーシャちゃん」

 

「なんだ?鎌め」

 

わざとらしく、言い辛そうな雰囲気を出しつつ元康と王へとミーシャは声を掛けた。それに対して元康はフレンドリーに、王は不機嫌そうに振り返る。

 

「もう、終わりムード出してるとこ悪いんだけどまだ私との試合残ってるわよ♡尚文の知恵を活かした戦い方見てたら、滾ってきちゃったわ…♡はぁ、はぁ…これ以上焦らさないで頂戴…ッ…♡」

 

恍惚とした表情を浮かべて息を荒げて、元康と王様にミーシャは告げた。

 

「…そうじゃった」

 

(えっ…俺まだ痛い思いしなきゃ、いかんの…!?)

 

王は素で忘れていたようで、元康は突然の死刑宣告に顔を真っ青にすることになった。

 

 

 




ミーシャvs元康、待ってくれてる読者さん…ほんとすいません。

頑張りすぎて眠くなっちゃいまして…。でも、引っ張った以上は良いクオリティにしてみせます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十五話 第2ラウンド

んー、ミーシャの性格のせいで戦闘映えしなかったなぁ。

遅れてすいません。


決闘の数分前ーー

 

「あの、私も見ていっても良いでしょうか?」

 

ラフタリアはミーシャへと尚文を抱えたまま尋ねる。どうやら、ミーシャの対人戦が見たいらしい。先程、元康にムカついていたのもあるそうだ。

 

「尚文寝てるし、側に居てあげなさいな。それに、R18指定よ。私の試合は」

 

「そうですか…分かりました。勝ってくださいね」

 

「誰に言ってるの?」

 

と、ラフタリアにもう暗いしと部屋に戻って寝るように言った。ラフタリアは応援している事を伝えて尚文を運び

、部屋に向かった。

 

(さて…そろそろね)

 

 

ーーー

ー」

 

 

そして、決闘を行う事になったミーシャと元康は城の庭で向かい合っていた。

 

辺りには松明が焚かれ、先程の決闘と同じ観客達が見ており、今回は賭博行為が行われている。鎌の勇者か槍の勇者…どちらが勝利するのかを。

 

「意外ね?貴方はてっきり、女とは戦えませんとかクソみたいな事言うかと思ったけど」

 

「そりゃ、チキン野郎とか言われたくないしな」

 

「言っとくけど、手加減とかしたら…観衆を何人か殺すわ。分かったら殺す気で来なさい♡」

 

「っ、ああ」

 

元康の矛を構える両手が震える。如何に元康とはいえ、観衆を人質に取られれば矜持は捨てるしかない。しかも、ミーシャが相手なら、尚更だ。

 

この場には錬と樹もいる。城のテラスから場外から妨害が無いか見張ってるのだろう。

 

(あの、王女がヤツ相手にイカサマなど仕掛けなければ良いが…)

 

(したら、今度は殺されますよ。本当に)

 

主に錬と樹が心配していたのはマインだが。

 

「それでは、これより鎌の勇者と槍の勇者の決闘を開始する!勝敗の有無はトドメを刺す寸前まで追い詰めるか、敗北を認めること」

 

先程と同様、クローディアが審判を引き受け二人にルールの説明をする。

 

決闘の報酬などはあらかじめ話し合い、決定している。それは、以下の通りだ。

 

・ミーシャが勝てば元康の資金からラフタリアに呪いを再び掛ける代金を支払れる。

・元康が勝てばミーシャが金貨数枚を元康に支払う。

 

「ではーー」

 

ミーシャは両手で鎌を腰を落として構える。元康は矛の切っ先をミーシャへと向けて構えた。

 

「勝負ッ!!」

 

「ッ…!そーれっ♪」

 

「なッ…!?」

 

(速いッ…!?間に合うか!?)

 

クローディアの合図と共に試合は始まった。元康はミーシャが間合いに入った瞬間に矛で一突きして様子見をしようとしていた。しかし、ミーシャは強く踏み込み残像を残す程の速さで元康に近付くと鎌を逆袈裟に振るう。

 

「ぐっ!?ぎぎ、うおぉ…ッ…!!」

 

(なんてパワーだ…本当にLvが近いのか!?)

 

元康は間一髪、槍の柄で受け止める事が出来た。しかし、鍔競り合いのような形になるがミーシャは鎌に体重を掛けて防御する元康の腕に負荷を掛けようとする。元康自身も負けるつもりはなく、腕と足に力を入れて踏ん張り、立ち上がろうとするが地面には亀裂が入り、足はどんどん地面に沈んでいく。

 

「貴方、こっち来てから身体は鍛えてるのかしら?♪」

 

「き、たえていない…ッ…!!ゲーム…だから、なッ…!!ううぅおおぉ…ッ…!!」

 

「話にならないわね♪あと、真下ががら空きよ?♪」

 

「ぐ、あっ…!?…ッ…あぁ…ッ…!!」

 

元康は自分の身体を支えるのに精一杯だが、ミーシャは余裕そうに恍惚とした表情を浮かべて舌舐めずりしながら、元康に尋ねた。しかし、元康の返答にミーシャはつまらなそうに鎌の刃を柄から放すと鎌の刃は地面に向けて柄で顎の先端を強く一突きした。尖っていなくても、それは充分なダメージとなり、脳が揺れてふらつきながら後ろに下がり距離を取る。

 

(今の一撃で腕が、痺れたってのか…っ…!?)

 

「ぐ、『乱れ突き』ッ!!」

 

元康は痺れる手で矛を可能な限り力を入れて、スキルを発動する。尚文との戦いでも使ったスキルであり矛が数多に別れて飛んできた。尚文は捨て身の手段で防いだ攻撃。それをミーシャはどう避けるのか。元康は乱れ突きを放っている間に時間経過による脳の揺れの回復を図る。

 

「これは、あのスキルね…♡」

 

「全部避けるか…!」

 

ミーシャは鎌をシックルと呼ばれる形状へと変化させ、逆手に持つと走り出す。身体を逸らしたり、体制を落としたり、左右への残像を伴う高速スウェイでかわすと元康へと飛び込むようにすれ違い様に斬り抜け攻撃をして横腹を大きく抉った。

 

「ぐぁ…ッ…!?っ…つ…ぅ…!」

 

「んん…♪はぁ…♪」

 

飛び込んだ後は回転しながら着地をしては鎌の刃に付いた血を舐め取る。

 

「うふふ…ッ…♪ふっ、ふっ、せいッ!」

 

「ぎッ…あ゛あぁッ!!!ぅぐッ…!!?か、は…」

 

そのまま、痛みに悶える元康へと距離を詰めると、鼻への右ストレート、左フックと同時の顔への斬擊、右ボディーブローを放つ。鼻への右ストレートで鼻が折れ、鼻血が出る。左フックと斬擊を同時に顔に受け、出血した。さらにボディーブローの威力が高く、血を吐きふらつく。尋常で無い激痛に元康は悶えそうになるが、ミーシャはその隙も付いて攻撃をしてくるだろうと元康は必死に耐える。

 

「喰らえ!」

 

「…ッ…♪『浮遊鎌・一式』『壱ノ型・風薙ぎ』ッ!!」

 

元康はスキルを打ち切って、クールタイムに入ったようで元康は矛で突きを放つ。しかし、それをミーシャはデスサイズへと鎌を元に戻して、浮遊する鎌を出現させ防いだ。そして、浮遊させた鎌に薙ぎ払う動きをさせるとミーシャを中心に竜巻が発生する。

 

「ぐ、ッ、あぁッ…!くっ…まだだ!」

 

「あっは…♪結構やるじゃない…♪」

 

元康は吹き飛ばされ、地面を転がる。そして、その時の勢いを利用してスライディングをしながら立ち上がり、ミーシャへと距離を詰めながら刺突を繰り出す。

 

ミーシャは鎌の柄で矛を受け止め滑らせてから、弾き返した。その反動と右足を軸にして回転しながら左切り上げを繰り出すも、元康は屈んで攻撃をかわした。

 

「真下にご注意よッ…♡」

 

「うおっ!?がッ、は…!」

 

かわされたが、攻撃の遠心力を利用して足払いを掛け、元康を転倒させる。倒れた所へと立ち上がり、鎌を振り下ろした。元康は想定外の攻撃に対応できず、腹部へと鎌の刃が突き刺さり腹部から血が吹き出し、口からも血を吐く。

 

「ぐ、あああああああああぁッ…!!!」

 

「深く刺したつもりはないんだけどねぇ…ガールフレンドから刺された傷でも疼いたかしら?♪」

 

元康は刃を引き抜かれ痛みにのたうち回っているのを見てはミーシャは顔に掛かった返り血を舌で舐めとり、元康を煽る。元康は久しぶりに物が身体に刺さる痛みを味わった。

 

何故なら、元康は異世界に来てから、不注意で身体を刃物で切った事も刺した事も無かったからだ。ましてや、モンスターが相手ならばダメージといったダメージを受けた事は無かった。尚文に目を抉られた時に痛みを思い出したが、刺される痛みは今回で思い出してしまい、錯乱する。

 

「ぐ、はぁ…はぁ…ッ…」

 

「もうちょっと、頑張りなさいよ。貴方」

 

元康は刺された箇所を押さえながら立ち上がる。地面には元康の腹部を伝って血がポタポタと流れ落ちる。

 

(鎌の勇者め。こやつが味方であれば…実に惜しい)

 

試合を見ながら、王はそんな事を考えていた。

 

「まさか、槍の勇者様が一方的に…」

 

「今まで、居たか…?鎌の勇者様って…」

 

客席もざわつき、貴族や冒険者がヒソヒソと話をする。先程まで元康とミーシャは互角な戦いをすると思っていた者は多かったのだ。

 

「冗談、きついって…」

 

「それじゃ、手札を明かすわ。エネルギーの鎌の車輪を飛ばして、任意のタイミングで渦に変化させる『黒天大車輪』、投げた鎌を回転しながら静止させ敵を吸引して切り裂く『ラウンドトリップ』、浮遊する鎌を出現させる『浮遊鎌・一式』、風を纏った薙ぎ払いで吹き飛ばす『壱ノ型・風薙』、攻撃力比例攻撃の『気鎌・攻爆』…これらが私の手の内よ」

 

まだ、立ち上がっている元康へとミーシャは薄ら笑いを浮かべて手の内を明かす。無論、ほんの一部に過ぎないが。

 

「随分、余裕…だな…。ミーシャちゃん」

 

「生憎、こういう試合では正々堂々やる主義でね…♡手の内は晒すわ♡最近、魔物の相手ばかりでたいくつしてたの、戦うなら読み合い騙し合う、知恵の働く人同士が一番よ♪貴方じゃ、正直燃えないけど…魔物よりは手強いから、もっと頑張って満足させて頂戴…♡」

 

(なんか飽きてきたわね…。本体の技量が…ね)

 

「…ッ…!」

 

(こ、ろされる…ッ…!!)

 

正直、元康は今すぐにでも降参したかった。だが、敗北を認めた後、どうなるだろうか?恐らく、誰も見ていない所で殺されるだろう。今の試合でもここまで圧倒的なら抵抗した所でたすかるだろうか?もう、金貨も銀貨もいらないから…ただ生きたい。死にたくない、それだけしか考えられなくなっていく。

 

「お、れの敗ーー」

 

「『黒天大車輪』ッ!!」

 

元康は敗北を宣言しようとした。しかし、それを遮るようにミーシャはスキル名を言い、鎌を大振りに振るう。鎌は黒い光を帯び、エネルギー状の鎌の車輪を射出した。黒く輝く車輪は前進していき、途中で渦となり元康へと迫っていく。

 

「『大風車』ッ!」

 

(クソ…もうどうにでもなれ…!!)

 

槍をバトンのように回してはスキルを発動して、竜巻を起こす。元康の起こした竜巻とミーシャが起こした渦がぶつかり合い、城の庭に暴風が吹き荒れ、砂塵が舞う。

 

(く、砂が…!何処だ…?ミーシャちゃんは…!)

 

「さーて、問題です♪槍の勇者の英雄譚はどんな結末で終わるでしょう?♪」

 

砂塵が舞い、視界が遮られる。そんな中、元康は辺りを見渡す。ミーシャの姿は何処だと。しかし、砂塵の中に人影が現れる。

 

(あそこか…!)

 

「はぁっ!!」

 

元康はその影をミーシャとみなして、突きを仕掛ける。しかし、影を貫いたかと思えば、そこにミーシャは居ない。

 

「何…!?だが、今…!」

 

「…悪者に仕立て上げた勇者をやっつけ、英雄扱いされていた偽りの英雄はーー」

 

(ば、バカな…!?何だ、これは…!)

 

元康は目を見開き驚愕した。何故なら、砂塵の中に影が複数現れたからからだ。後ろ、前、左右と様々な方向に現れていて動き回っている。

 

(あれはスキルか…?いや、それにしては武器には関係ない能力だ…。それなら…)

 

「『エイミングランサー』ッ!」

 

元康の視界にターゲットマークが複数の影へと表示される。そして、一つの影へと槍を投擲した。すると、槍は分裂してロックオンした影へと飛んでいき、突き刺さった。

 

(やった…のか?)

 

「本物の悪者に噛み砕かれ死にましたっ♪チャンチャン…♪『気鎌・功爆』」

 

「がふっ、あ゛ッ…!な、んで…?功、爆…?」

 

槍が命中した影は命中した途端に消滅した。元康は探した、槍が突き刺さったミーシャの姿を。しかし、次の瞬間…元康の背中を鎌の刃が貫いた。その直後、刃を引き抜かれ血を撒き散らしながら元康は膝を着いた。そして、恐怖した…ミーシャの宣言したスキルの名を聞いた途端に。

 

元康は思い出す、攻撃比例攻撃とミーシャが説明していたことを。自分のHPを確認する。HPはもう、半分を切っている。今のスキルで自分は死ぬのかもしれないという事実が脳裏に過り顔を青ざめる。

 

「槍の勇者の英雄譚はバッドエンドで終わりよ…♡」

 

(い、やだ…死にたくないッ…!!俺は…ッ、俺は…まだ…ッ…!!)

 

(く、このままでは盾を晒し者にした決闘が台無しに…!)

 

マインはこの状況に焦った。折角、元康に尚文を倒させ尚文から奴隷を取り上げ、晒し者にしたのにそれを台無しにされる事に。

 

「力の根源たる私がーーあぐっ!?あ゛あ゛ああぁ…ッ…!!」

 

「二度も同じ事を私がさせると思うか?愚妹よ」

 

マインは尚文に対して行った妨害を再び行おうとした。時間を稼げれば元康がバランスを崩したミーシャの首に矛を突き付ければ終わる為だ。余力があったとしても判定負けに追い込む事が出来る。

 

だが、しかし。二度も同じ事は許さないとクローディアの放った紫色の雷がマインに放たれ、命中し感電させた。マインはその場に痙攣しながらうつ伏せに倒れた。

 

「嘘よ♪」

 

「う、そ…?」

 

「ええ。攻撃比例攻撃なんて、インチキ染みたスキルあるわけないでしょ」

 

(防御比例攻撃ならあるけどね)

 

「正々堂々…って、言ってただろ…」

 

「本当の事しか言ってないとは限らないからね。嘘か真か、見破れるか見破れないか。そういう読み合いもまた一興よ♪」

 

ミーシャの発言は嘘だった。読み合い、化かし合いを楽しむためだ。元康は血の海に仰向けに倒れながら安堵した。自分は助かったのだと。

 

「はい。私の勝ち…♪」

 

元康の首筋へと鎌の刃を突き付けると、勝利を宣言する。

 

(ま、助かっただけ…良いか…。にしても、あれは一体…)

 

会場がざわめきと小さな拍手に包まれる。元康は先程は影が複数あったのがどうしても気になっていた。とは言っても、正解は殺意の投影である。元康の精神状態が死への恐怖に支配されていた事にくわえて、ミーシャのおぞましく、浴びた人間に寒気を感じさせ、おぞましいと思わせる程の殺気を諸に浴びた事で幻覚を見てしまっていたのだ。

 

「ゴミ王様ー、私の勝ちで良いって事よね」

 

「…左様。貴様の勝ちだ…」

 

「…♪」

 

ミーシャから馬鹿にするように馬鹿にされると王は歯を食い縛り、顔をしかめながら頷き、ミーシャの勝ちを宣告した。

 

「そこまで!勝者、鎌の勇者ッ!!」

 

「これで良いのよね?勇者を殺されるのは不味いから、殺すのはやめろって決闘前に貴女が言ったから、この程度に抑えたけど…」

 

「ああ、問題ない。決闘の報酬は明日、槍の勇者から支払われる」

 

「分かったわ。絶対に払わせてね」

 

「当然だ」

 

クローディアの宣言により、決闘は終わった。観衆もつられて城の中に戻っていく。不満気な者、試合が面白かったと満足した者、前の試合で王に異議を唱えられなかった事を後悔している者など、様々だ。

 

「…最悪ね。大丈夫ですか!?モトヤス様…!」

 

不愉快そうに小声で吐き捨てて、マインは白々しく、元康の元へと駆け寄った。

 

「元康ではなく、もし俺達がヤツと戦っていたら勝てると思うか?」

 

「恐らく、無理かと。ああいう人間に力があるのはタチが悪いですよ。本当に」

 

(そんなに怒らんでも…)

 

錬の問いに樹は不愉快そうに答える。以前、龍刻の砂時計前でコケにされたのを根に持っているのだろう。そんな樹の様子に錬は少し引いた。

 

「で、尚文達の部屋はどこかしら?」

 

「あっち」

 

「使用人が使っていない部屋がありまして、そちらに居るかと良ければ、ご案内します」

 

「そう。ありがとう。是非お願い」

 

尚文達がどこに居るのかを、クローディアに尋ねると適当に部屋のある方角を指差されたが、近くに居た兵士が代弁するかのように教えては案内してくれるそうなので着いていく事にした。

 

「あ、そうそう」

 

ミーシャは足を止めては、城の魔法使い達に囲まれて魔法を掛けられている元康の近くに行き、声を掛ける。

 

「な、なんだよ…」

 

元康は何かされるかと思い、ビクッとする。

 

「身体、鍛えるのよ?筋トレでも何でもやりなさい。ステータスに影響出るから。錬と樹にも教えてあげるのよ。もし…また戦う時に力負けしてつまらない戦いにしたら、次は殺すわよ♪それだけ、じゃ」

 

「えっ…?ちょ…」

 

それだけ、言い残してミーシャは兵士に着いていき、部屋へと向かった。

 




十三話、十四話に不適切な表現がされていたと指摘があったので修正しました。不愉快に感じた方は申し訳ありませんでした。




前書きで言ったミーシャの性格のせいっていうのは、戦うにおいて敵の欠損や骨折などの戦いに支障が出る行動しないということです。

元康さんとか片手だけでも、欠損したり骨折したら弱体化してしまいますし。両足もまた然り。


あと、遅れてすみません。作者がこの作品において、色々葛藤があったものでして。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十六話 味覚

少し停滞気味…


翌朝、前回と同じく10時頃に尚文達は謁見の間に通された。

 

(たく、配るのが翌日だったのならさっさと言えば良いものを…)

 

(…眠いわ。14時まで寝せてくれたら良かったのに)

 

元康達と顔を合わせるのが嫌な尚文と決闘の行われていた時間の影響で寝不足のミーシャはそれぞれ違う事を考えていた。

 

「では、今回の波までに対する報奨金と援助金を渡すとしよう」

 

王が顎を動かすと、ツカツカと金袋を持った側近が現れる。

 

「では、それぞれの勇者達に」

 

尚文の視線は金袋に向かう。

 

(確か、月々の援助金は最低でも銀貨500枚は確定しているはず。支度金だけ500枚では困る)

 

「やりましたね」

 

「ああ」

 

ラフタリアは尚文に向かって微笑む。

 

「次は何を買おうかしらね。やっぱり、パイの木がなる生る種?」

 

「買うかそんなもん」

 

「えー」

 

ミーシャは尚文に花屋で売っていた種を買おうか提案したが尚文に却下され拗ねる。

 

(とりあえず、ラフタリアの武器辺りが妥当か?それとも、この際だから良い装備を買うという選択もある。だが、そろそろ薬の調合で使う機材の新調もしたい所だしな…)

 

(んー…食費を節約出来たらと思ったんだけど♪どうしたものかしら…)

 

それぞれ、お金の使い道を考えていた所を渡された金袋の音に何を買うのか夢を広がらせていた。そして、手渡された金袋の中身を尚文とミーシャは確認する。

 

尚文の金袋には500枚、ミーシャの金袋には800枚入っていた。

 

「モトヤス殿には活躍と依頼達成による期待に合わせて4000枚」

 

(…は?)

 

(ま、こんなものかしら)

 

尚文は呆気に取られて元康の持つ、重そうな袋に目を奪われた。文句を言ったらそれこそ、何倍もの嫌味で返されそうなので黙っているが、拳に力が集まるのを感じる。

 

「次にレン殿、やはり波に対する活躍と我が依頼を達成してくれた報酬をプラスして銀貨3800枚」

 

(お前もか…)

 

冷静を装っている錬だが、元康に負けているのが気に入らないような顔つきで金袋を持っている。その上小声で、「王女のお気に入りだからか…」と毒づいている。

 

「そして、イツキ殿…貴殿の活躍は国に響いている。よく、あの困難な仕事を達成してくれた。銀貨3800枚だ」

 

樹に至ってはこの辺りが妥当でしょうと呟きつつ、元康へと羨ましそうな目を向けている。

 

(依頼って何だよ?)

 

「ふん、盾にはもう少し頑張ってもらわねばならんな。援助金だけだ。鎌は……盾より多めに渡したから、暴れるなよ」

 

「はいはい。言われなくても暴れないわよ♪」

 

(名前ですらない…誰が盾だ)

 

尚文は頭の血管が切れそうな苛立ちを感じている横でミーシャはクスクスと笑う。

 

「あの、王様」

 

ラフタリアが手を上げる。

 

「なんだ?亜人」

 

「…その、依頼とはなんですか?」

 

ラフタリアも察している。報酬が少ないことには目を瞑り、別の所から尋ねた。

 

「我が国で起こった問題を勇者殿に解決してもらっているのだ」

 

「……何故、ナオフミ様とミーシャ様は依頼を受けていないのですか?初耳なんですが…」

 

「フッ!盾に何が出来る。鎌に至っては問題を悪化させるだけだろう」

 

王が鼻で笑いながら言った発言に謁見の間が失笑に包まれる。尚文は怒りで暴れそうになるが堪える。すると、ラフタリアの方から拳を握り締める音が聞こえてきた事に尚文は気付いた。そして、怒りを押し殺していて震えている。

 

「ま、そうね。引き受けるなら、荒事に限るわ」

 

「いでででッ…!」

 

ミーシャは特に怒るわけでもなく元康の足を踏みつけている。

 

(…大丈夫だ。堪えきれる)

 

二人の様子を見て尚文はゆっくりと怒りを沈めていく。

 

「ま、全然活躍しなかったもんな」

 

「そうですね。波では見掛けませんでしたが何をしていたのですか?」

 

「足手纏いになるとは、勇者の風上に置けない奴だ」

 

三勇者の煽りに苛立ちも最高潮となり、嫌味だけでも言う事にした。

 

「民間人を見殺しにしてボスとだけ戦っていれば、そりゃ大活躍だろうさ。勇者様」

 

「ハッ!そんなのは騎士団に任せておけば良いんだよ」

 

「その騎士団がノロマだから問題なんだろ。あのままだったら何人の死人が出たことやら…ボスにしか目が行ってない奴にはそれが分からなかったんだな」

 

「三人一緒に戦ってたらレベルも上がらないのによくやるわね…♪というか、貴方達時間掛けすぎよ」

 

元康、樹、錬が騎士団の現団長の方を向く。副団長は申し訳なさそうに勇者達へ頭を下げた。以前の団長が波で戦死(表向きには)したらしく、副団長である彼がこれからは騎士団の団長を勤めるそうだ。

「だが、勇者に波の根源を対処してもらわねば被害が増大するのも事実。うぬぼれるな」

 

(この野郎…お前がそれを言うのか?城で踏ん反り返っていただけの分際で偉そうに。そもそも俺も勇者だが?)

 

「はいはい。じゃあ、俺達は色々と忙しいからな。金さえ貰ったらここには用がないんで行かせて貰うぞ」

 

「そうね」

 

ここでムキになっても意味は無いので、尚文はこの程度で立ち去るのが妥当だと判断した。

 

「待て。盾」

 

「なんだ。俺はアンタと違って暇じゃないんだ」

 

「お前は期待はずれもいい所だ。それが手切れ金だと思え」

 

つまり、これからの波の後の報酬として援助金は無いという事だろう。

 

「それは良かったですね、ナオフミ様、ミーシャさん」

 

「ええ、最高よ♪」

 

満面の笑みでラフタリアが答える。

 

「え?」

 

「もう、こんな無駄な場所に来る必要がなくなりました。無意味な時間の浪費に情熱を注ぐよりももっと必要な事に貴重な時間を割きましょう」

 

「あ…ああ」

 

尚文はラフタリアが頼りになってきている気がした。手を握られると怒りが静まっていくのを感じた。

 

 

「では王様、私達はおいとまさせていただきますね」

 

「あ、そうだ。元康、決闘の報酬の銀貨まだ受け取ってないわ。出しなさい」

 

と軽やかな歩調で尚文をリードする前に思い出したように元康に手を出して要求する。

 

「あ、ああ。これくらいだよな確か…」

 

「ええ。このくらいね。それじゃ…」

 

元康はこのまま忘れたままなら良かったのにと内心毒吐きながらミーシャに金袋を渡した。ミーシャはその場で枚数を数えて枚数はちゃんと、合っていたのでそのままラフタリアの元へ行った。

 

ラフタリアはもう片方の手でミーシャの手を握って軽やかな歩調、といってもすでに自分の方がもう身体は大きいので歩幅を合わせながら城を後にした。

 

「負け犬の遠吠えが」

 

「そうは言っても、その面子でこれ以上お喋りしてても面白い事なんて何一つないじゃない」

 

「ひでえ…」

 

「フッ…」

 

元康は尚文の後ろ姿にそう吐き捨てたが、ミーシャの言い返した言葉に落ち込んでしまった。そして、最終的に元康の貰った報奨金と援助金が自分達より下回ったのが満足か、錬と樹は機嫌が良くなり手を振って見送った。

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

しばらく経ち、元康達も旅に出た頃の謁見の間ーー

 

「父上、あのような事は今後お控えください」

 

「む…しかしだな、クローディア…」

 

王はクローディアから苦言を呈されると気まずそうに首を縦に振らなかった。

 

「合法的に認めている事が気紛れに変更されれば、民は反感を抱きます」

 

「むぅ…」

 

王はただ気まずそうに唸るばかりで決して分かったとも言わなかったし、首を縦に振る事も無かった。

 

「それでは、私はこれで。失礼しました」

 

「ああ」

 

「それと…騎士を、三勇教を信仰している者以外を数名お借りしたいのですが…」

 

「どうするのだ?」

 

「Lv上げへ。戦闘経験を積ませなければ波には通用しません」

 

「うむ。よろしく頼む」

 

「はい。それでは、今度こそ失礼します」

 

「気を付けてな」

 

しばらく会話をした後、王が顎を動かすと数名の騎士達が従うようにクローディアへと着いて行き、親衛隊数十名も同行する。

 

(父上…一体、どうしてしまわれたのだ。私が前の波から帰ってきてから、やけに様子がおかしい。盾の勇者と亜人が憎いのは知っている…私も盾の勇者と亜人は憎い。しかし、当代の盾の勇者であるあの者は別人だ。我々の都合とは関係ない者だ)

 

「クローディア王女…?あのーー」

 

親衛隊の髪が白い黒目が大きい褐色の男が声を掛けるも、クローディアは上の空で返事をしない。

 

(父上は最初の波以降、難しい顔をしてばかりだった。そして、勇者の居ない状況で親衛隊の者達も戦わせた。だから、せめて、父上と親衛隊の者達には…昨晩だけでも宴で羽を伸ばしてもらいたかった。なのに…残念だ。結局、父上も気分を害しただけで終わってしまった。皆、良くない雰囲気だったな…観戦していた者達も。あの決闘で誰が笑顔になったのだろうか…?)

 

「クエー!」

 

クローディアは荷車の前に着いたが、考え事をしてる為かフィロリアルの鳴き声にも気が付かない。そして、今はこれ以上前に行かないように襟をくわえられている。

 

(嗚呼、母上はどうしているのだろうか?他国を納得させる為に交渉をしていると聞いたが…。その一環で我々が他所の波へ対処する事も含まれている…。胃に穴が空いていないだろうか。事が一段落すれば、お茶会がしたいな。話したい事も沢山あるし…良い茶葉も手に入ったからな)

 

「クエェーッ…!!!」

 

「ぐおッ…!!?痛いではないか!?」

 

考え事に没頭していると、フィロリアルのくちばしが頭へと命中し、クローディアが痛がり抗議するとフィロリアルは羽で先程の親衛隊の男の方を差した。

 

「む、済まぬ。考え事をしていた。それより、リゾットよ。そろそろ出発だな」

 

「ええ。どうしましょうか?」

 

リゾットと呼ばれた、白い髪で黒目の大きい褐色の男は指示を仰ぐ。

 

「騎士のレベル上げは5人、波への対処…避難は10人、その10人と民間人を結界を張り、守るのが5人。沸いて出る魔物の対処は30人。そして、根源を討つのが私とリゾットと残りの全員だ」

 

「だそうだ。今回も誰一人欠ける事無く、波を退ける…良いか!!」

 

「「「「おおおおおおおおおおぉぉッ!!!」」」」

 

クローディアの指示を親衛隊の隊長であるリゾットという男が確認を取ると、親衛隊と騎士達は声を上げた。

 

「さて、フィロリアルは速い。振り落とされるで無いぞ?」

 

「「「はい!!」」」

 

騎士達は荷車の壁に寄り添いながら、酔わないようにと腹をくくった。

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

そして、城を出たラフタリア達はと言うとーー

 

「これは…ラフタリアが作ったのか?」

 

「はい!城の厨房で頂いた残り物をパンで挟んだだけですけど…」

 

「美味しそうね♪」

 

ラフタリアが作ったという物を尚文とミーシャは受け取っていた。

 

「んん、残り物にしては美味しいですよ!」

 

(でしょうね。残り物でも、あの金持ち共が食べてる物ですもの)

 

ラフタリアが食べるのを勧める中、ミーシャは王達の事を思い浮かべていた。

 

「…ぁ」

 

「…尚文様?」

 

「……っ!味がする…っ…美味い…」

 

尚文は誘われるまま、それを口に運んだ。口の中には知っているようで違う異世界の食材の味が広がる。それと同時に尚文の目には涙が浮かび、零れ落ちる。

 

今まで、ずっと失っていた味覚が元に戻ったのだ。

 

「これからは皆で美味しい物を沢山食べましょうね」

 

「ああ」

 

「…ほら、おかわりもあるわよ」

 

尚文はラフタリアの言葉に小さく笑顔を浮かべて頷く。そんな尚文にミーシャは自分の分のパンを半分に割り尚文に差し出す。

 

「…それは、お前の分だろ?良いのか?」

 

「良いに決まってるじゃない。私は今まで、貴方が味覚を感じれない横で美味しい物を沢山食べてきた。だったら、今度は貴方の番。それだけよ。だから、受け取って?」

 

「…すまない」

 

「……♪」

 

受け取った尚文を見てはミーシャは機嫌を良くして、鼻歌を口ずさむ。

 

(ナオフミ様…頑張りましょうね)

 

ラフタリアは尚文を見ると微笑み、口にする事は出来なかったがこれで良いと満足しながらも、もう一度呪いを掛けてもらって、尚文に着いていこうと決めた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十七話 呪いをもう一度

「これはこれは…勇者様。今日はどのような用事で?」

 

例のテントへと尚文達は顔を出した。すると、やはり奴隷商がもったいぶった礼儀の掛かるポーズで尚文達を出迎える。

 

「おや?」

 

奴隷商はラフタリアをマジマジと見つめて感心したように声を漏らす。

 

「驚きの変化ですな。まさかこんなにも上玉に育つとは」

 

と言いながら尚文の方を見ては肩を落としてしまう。

 

「……なんだ」

 

「もっと、私共や鎌の勇者様のような方かと思っていたのですが期待はずれでしたな」

 

どういう意味だと言いたかったが尚文は我慢する事にした。

 

「ちょっとー、この前居たリザードマン達居なくなってるんだけどー?」

 

奴隷商が尚文と話をしていると、檻の中を見学しているミーシャが不満そうに奴隷商を呼びつけては文句を言う。

 

「実は彼等は波が起きる前に来た、あるお客様に買われてしまいましてね。一気に居なくなりましたぞ」

 

「つまんないわねー。楽しみにしてたんだけど…♪」

 

「そう言われましても。私共にどうにか出来る問題でもありませんので」

 

「それもそうか」

 

ミーシャの文句へと楽しそうに笑いながらも話す奴隷商は前居た奴隷達はどうなったのかを答えた。

 

「生かさず殺さず、それでいて品質を上げるのが真なる奴隷使いだと答えてやる」

 

尚文はドスの利いた声で奴隷商に返答をした。

 

「お前の知る奴隷とは使い捨てるものなんだろうな」

 

「な、ナオフミ様?」

 

ラフタリアは上目遣いで様子の違う尚文を心配そうに見上げる。尚文は自分でも調子に乗っていると自覚はあった。しかし、今の彼には以前よりも少し余裕ができたので止まらない。

 

「…ふふふ、そうでしたか。私、ゾクゾクしてきましたよ」

 

奴隷商は尚文の答えが気に入ったのかこれでもかと笑みを浮かべる。

 

「して、この奴隷の査定ですな…ここまで上玉に育ったとなると、非処女だとして金貨7枚…で、どうでしょうか?」

 

「なるほど…非処女でも金貨7枚だなんて、結構高いのね♪」

 

「なんで売ることが既に決定しているんですか!それに私は処女です!ミーシャさんも、やめてくださいよ!」

 

「冗談よ。というか、貴女がなんで処女って言葉を知ってるかが疑問で仕方ないのだけれど…」

 

ラフタリアの言葉に面白そうに反応するミーシャ。その一方で奴隷商は驚きの声を発する。

 

「なんと!では、金貨15枚に致しましょう。本当に処女かどうか確かめてよろしいですかな?」

 

「ナオフミ様!」

 

(ラフタリアが金貨15枚だと?)

 

「15枚……」

 

金貨15枚はLv.75の狼男が買える金額だと尚文とミーシャは考えてしまった。しかし、それがラフタリアの逆鱗に触れて、鬼のような形相のラフタリアに二人は肩を握り締められた。

 

(毎日の筋トレを欠かさずやってるのか、強くなってるわね…力が♪)

 

ミシミシと音が自らの肩から鳴っているのをミーシャは感じると舌舐めずりをし、恍惚とした表情を浮かべる。

 

「ナオフミ様、ミーシャさん…お戯れは程々にしませんと怒りますよ」

 

「どうしたんだ?怖い顔をして」

 

「はぁ…はぁ…♡遊んでくれるのかしら…久しぶりに…っ…♪」

 

「遊びませんので、興奮しないでください。私が査定されているにも関わらず、全然擁護しないからです」

 

「余裕を見せないと舐められるからな」

 

「ちぇー」

 

尚文はその考えが脳裏に過ったのを見抜かれれば、見限られるかもしれないので誤魔化し、ミーシャは相手をしてもらえないのが分かると不貞腐れた。

 

「金貨15枚か…」

 

「高いわね…」

 

二人が小さく呟くとラフタリアの力は強くなる。

 

「痛い、痛いッ!」

 

「これは中々…♡」

 

ラフタリアの攻撃力は尚文の防御力を上回っており、尚文とミーシャの肩へと痛みを与えた。

 

「…このまま逃げてもよろしいでしょうか?」

 

「冗談だよ。お前は売らない」

 

「逃げられるものなら♪」

 

「……」

 

ラフタリアは冗談だと撤回した、二人を見ては呆れたように溜め息を吐く。

 

「まぁ、奴隷商。コイツは売らないと決めてるんだ」

 

「そうですか…非常に残念です。して、何の御用で?」

 

「ああ、お前は聞いていないか?城での騒ぎを」

 

尚文の問いに奴隷商はまたニヤリと笑う。

 

「存じておりますぞ。奴隷の呪いが解かれてしまったのですね」

 

「知ってるなら話は早いな…というか、何しに来たのか分かってるなら査定をするな」

 

尚文はラフタリアに愛想を尽かされそうになっていたというのにと内心毒づきながら吐き捨てる。

 

「あの王の妄言程度でこの国の奴隷制度はなくなりませんよ。ハイ」

 

「ん?貴族は奴隷を買わないんだろ?」

 

「いえ、そんな事はありませんよ。むしろ富裕層の方々こ方が多い位であります。使用用途は色々ありますからね、ハイ」

 

「あのクズ王、元康…槍の勇者の肩入れをしてあんな事を言ったら貴族が反感を抱いたりしないのか?いや、俺なら抱くぞ」

 

「随分嫌われたわね♪」

 

「お前もな」

 

そうなると滑稽でそうなればこの国も良くなると考えながら尚文は奴隷商とミーシャを見ては吐き捨てる。

 

「まあ、この国も一枚岩ではございません。そんな事をすれば手痛い目に遭うのは掲げた貴族です。ハイ」

 

「あのヒゲ親父が、そんなに権力を持っているのか?」

 

独裁国家なのかと尚文は思った。そして、十年持たないと確信した。いずれ反乱が起こって滅亡するだろうと。

 

(なんせクズ王が国を治めて、ビッチな王女が後継者…いや、ビッチじゃない方の王女が後継者になれば話は違うか…。だが、どの道あの王が足引っ張って滅びそうだな)

 

「それはですね。この国では王よりーー」

 

「ん?」

 

「あの…奴隷紋の話はどうなったのですか?」

 

「そういえばそうだったな」

 

「話はまた今度ね」

 

ラフタリアに言われて尚文は話が脱線している事に気付く。尚文としてはもう会わない王の事はどうでも良いと割り切れたが、ミーシャは大事な事を聞き逃してしまったのではないかと危惧したが、これ以上時間を消費しても仕方がないので話は次の機会に見送った。

 

「で、呪いを掛けてもらいに来た訳ですね。ハイ」

 

「ああ、出来るか?」

 

「何時でも出来ますよ」

 

パチンと奴隷商は指を鳴らすと奴隷認証をした時の壷を部下が持ってきた。ラフタリアは恥ずかしそうに胸当てを外して胸を露出させる。

 

(デカいわね…)

 

「ど、どうですか?」

 

「何が?」

 

ミーシャが内心、ラフタリアの胸を眺めてそんな感想を抱き、尚文は聞かれた意味がよく分からず首を傾げる。ラフタリアは尚文のそんな反応に溜息を吐く。

 

そして、以前やったように尚文の血が染み込んだインクをラフタリアの奴隷紋があった場所に塗りつけられた。

 

「紋様は破壊されていますが、修復も可能なのですよ」

 

「へー…」

 

消えていた紋様が浮かび上がり、ラフタリアの胸で輝き始める。

 

「くっ…ぅ…ッ…!」

 

やはり、以前のように痛みを感じるのか痛みを堪えている。そして、尚文の視界に奴隷のアイコンが復活する。命令や違約行為に対する該当項目にチェックをする。

 

尚文は前よりも少なめにしていた。ラフタリアは尚文に信じてもらう為に奴隷に戻った。それなら、自分も信じなければいけないと尚文は決めた。

 

「さて」

 

どうするかと考えていると不意に残ったインクのある皿が目に入り、触れると盾が反応をした。

 

「なあ、このインクを分けてもらえないか?その分の金は払う」

 

「ええ、良いですよ」

 

インクを入れた皿から盾に残ったインクを掛ける。すると、盾はインクを吸い込んだ。

 

「私も貰うわね」

 

「良いですよ」

 

ミーシャも便乗してはインクを鎌へと吸い込ませた。

 

奴隷使いの盾の条件が解放されました。

 

奴隷使いの盾llの条件が解放されました。

 

奴隷使いの盾

 

能力未解放……装備ボーナス、奴隷成長補正(小)

 

奴隷使いの盾ll

 

能力未解放……装備ボーナス、奴隷ステータス補正(小)

 

(奴隷使いの盾か…まあ、なんとなく頷ける結果だな)

 

ツリーは独自の物なのか新しく出現。元はスモールシールドから派生しているが、その分あまり強くない。だが、尚文にとっては魅力的な装備ボーナスだ。

 

一方、ミーシャはというとーー

 

呪いを吸収しました。ステータスに補正が加わります。と表示され、ステータスが上がっていた。

 

インクを少し流しただけで何故二つも開いたのか尚文はラフタリアの顔を見た。

 

「なんですか?」

 

尚文は髪の毛を盾に吸わせた事を思い出した。当時はラクーンシールドに目が行っていたが、こちらも満たしていないのかもしれない。

 

恐らく、奴隷使いの盾llがそれだったのかもしれない。

 

「ラフタリア、ちょっと血をくれないか?」

 

「どうしたのですか?」

 

「いや、少し実験してみたくなってな」

 

首を傾げつつ、特に文句を言うこともなく、ラフタリアは尚文がインクに血を入れた時と同じように指先にナイフを少しだけつけて血を滲ませ、尚文が差し出した盾に落とした。

 

奴隷使いの盾lllの条件が解放されました。

 

奴隷使いの盾lll

 

能力未解放……装備ボーナス、奴隷成長補正(中)

 

推理が当たったのが嬉しかったのか尚文は口角を吊り上げて笑う。

 

「ナオフミ様?なんか楽しそうですけど…」

 

「ああ、面白い盾が出てきたんでな」

 

「それはよかったですね」

 

尚文は盾を奴隷使いの盾に変えて解放を待つことにした。

 

「はい。メディカルサイズ」

 

「えっ…あ、鎌の刃に触れてるのに…傷が治りました。ありがとうございます」

 

「良いのよ」

 

ミーシャは鎌を緑に輝く、メディカルサイズへと変えるとラフタリアの手を掴み、メディカルサイズの刃へと指を触れさせた。その途端にラフタリアの指の傷は治っていった。

 

「ん…?」

 

ここでの用事も大半が済んだので帰ろうと思った尚文だが、テントの隅にあった卵の入った木箱に目が入った。あれはなんだろうと。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十八話 たまご

「ああ、あれは私共の表の商売道具ですな」

 

「お前等の表の仕事ってなんだよ」

 

「魔物商ですよ」

 

尚文が尋ねた質問へ奴隷商はテンション高く答えた。

 

「魔物?というとこの世界には魔物使いとかもいるのか」

 

「物分かりが良くて何より、勇者様はご存じないですか?」

 

「会った事はない気がするが…」

 

「私もね」

 

「ナオフミ様、ミーシャさん」

 

ラフタリアは手を上げた。

 

「どうした?」

 

「何かしら?」

 

「フィロリアルは魔物使いが育てた魔物ですよ」

 

聞いた事も無い魔物の名前に尚文もミーシャも首を傾げる。

 

「何だったかしら?そのフィロリアルってのは」

 

「聞いた事も無いな」

 

「町で馬の代わりに馬車を引いている鳥ですよ」

 

「ああ、あれか」

 

二人の脳裏にはチョコボに酷似した鳥の姿が過った。二人はこの世界独特の動物かと思っていたが魔物だった事に納得した。

 

「私の住んでいた村にも魔物育成を仕事にしている人がいましたよ。牧場に一杯、食肉用の魔物を育ててました」

 

「へー…」

 

(この世界に来てから食事が楽しみなのよね。肉も元の世界になかった物ばかりだし♪)

 

(あれか?この世界にとって牧場経営とかの類は魔物使いというカテゴリーに組み込まれているのかもしれない)

 

ラフタリアの説明を聞いて、二人は興味を示すがそれぞれ別の事を考えた。

 

「で、あの卵は?」

 

「魔物は卵からじゃないと人には懐きませんからねぇ。こうして卵を取引してるのですよ」

 

「そうなのか」

 

「既に育てられた魔物の方の檻は見ますか?」

 

「見るわ!」

 

欲しいのなら売る。奴隷商は商魂逞しいなと尚文は感心した。ミーシャは興味を持ったのか見ると頷く。

 

「悪いが今回は別にいい。他に用事もあるし」

 

「しょうがないわね。じゃ、また今度見に行きましょう」

 

「そうだな」

 

尚文は他に用事があったせいか断り、ミーシャも渋々承諾した。

 

「で、あの卵のある木箱の上に立て掛けてある看板は何だ?」

 

尚文とミーシャには読めない文字が書かれており、木箱には矢印がついていて、数字と思われる物が書いてある。

 

「銀貨100枚で一回挑戦、魔物の卵くじですよ!」

 

尚文とミーシャの所持金では中々に大金だ。二人で合わせて出せば何回か回せなくはないが、それをするなら他の使い道があるので悩ましいところだと感じていた。

 

「高価な魔物ですゆえ」

 

「一応、参考に聞くが、フィロリアルだっけ?それはお前の所じゃ平均幾らだ?」

 

「…成体で200枚からですかね。羽毛や品種などで左右されます。ハイ」

 

「いえいえ、あそこにあるのは他の卵も一緒でございます」

 

「なるほど…くじと言っていたからな」

 

ハズレもあれば当たりもある。ハズレを引けば目も当てられない。当たりを引けば元より高めだ。

 

「で、あの中には当たりが無いって所か」

 

「なんと!私達がそんな非道な商売をしていると勇者様はお思いで!?」

 

「違うのか?」

 

「私、商売にはプライドを持っております。虚言でお客様を騙すのは好きでありますが、売るものを詐称するのは嫌でございます」

 

「どっちも一緒でしょ」

 

(一瞬、お前が言うなって思ったのは内緒)

 

「騙すのは好きだけど、詐称は嫌いって…」

 

どんな理屈だよと尚文は呆れつつ考えて、ミーシャは尚文に便乗する。

 

「それで?当たりは何なんだ?」

 

「勇者様が分かりやすいように説明しますと騎竜でございますね」

 

騎竜と尚文とミーシャは聞くと、騎士団の将軍クラスが乗っていたドラゴンを連想した。

 

「馬みたいなドラゴン?」

 

「今回は飛行タイプです。人気があります故…貴族のお客様が挑戦していきますよ」

 

飛ぶドラゴンは夢があると感じて、尚文もミーシャもくじを引きたいという意欲が高まっていく。

 

「ナオフミ様?ミーシャさん?」

 

「相場ですと当たりを引いたら、金貨20枚相当に匹敵します」

 

「ちなみに確率は?その騎竜の卵の出る奴だけで良い」

 

「今回のくじで用意した卵は250個でございます。その中きら1個です」

 

250分の1。それを二人が理解すると、くじを引きたいという意欲は少し下がり、慎重になる。

 

「見た目や重さで分からないよう強い魔法を掛けております。ハズレを引く可能性を先に了承してもらってからの購入です」

 

「良い商売をしているな」

 

「ええ、当たった方にはちゃんと名前を教えてもらい、宣伝にも参加していただいております」

 

「ふむ、確率がな…」

 

「買うだけならまだしも…ね」

 

「十個お買い上げになると、必ず当たりの入っている、こちらの箱から一つ選べます。ハイ」

 

「さすがに騎竜とやらは入っていないのだろう?」

 

「ハイ。ですが、銀貨300枚相当の物は必ず当たります」

 

奴隷商の言葉に尚文は笑みを溢した。

 

(ん?待てよ。コレってコンプガチャじゃねえか)

 

「それじゃあ、1個…」

 

「おい、待てコラ」

 

特に何も考えずに卵を購入しようとしたミーシャを尚文は引き止める。

 

「なによ?」

 

「良いか。こういうのは大元が得をするように出来てるんだ。もう少し悩め…損してからじゃ遅い」

 

「言われてみれば…そうね。もう少し考えるわ」

 

あと少しで騙される所だったとミーシャを考え直させる事が出来たので、尚文は安堵する。

 

「うーむ…」

 

尚文にとっては勇者以外の仲間がラフタリアだけでは心もとなくなってくるかもしれないと危惧していた。奴隷を新しく買うのと魔物を買うのではどちらが得かを考える。

 

(新しく出た奴隷の盾を試してみるのも面白いかもしれない。ラフタリアはLvが上がっているから成長補正の恩恵が少し受けづらいし…)

 

しかし、ふと元康の顔が尚文の頭に浮かぶ。

 

(あいつ等、奴隷を解放しろとかうるさかったからな…ラフタリアの容姿が良いからかもしれないが…。それにラフタリアとだって面倒だなと感じた事は何度もある。そもそも、奴隷には装備を買わなければいけないから、金の無い俺には厳しい)

 

尚文は装備代の掛からない魔物が欲しくなった。

 

「よし、じゃあ試しに1個買わせて貰うか」

 

「おっ、買うのね?何が生まれるか楽しみじゃない♪」

 

「ありがとうございます!今回は奴隷の儀式込みでご提供させていただきます」

 

「太っ腹じゃないか。俺はそういうの好きだぞ」

 

「ナオフミ様!?」

 

「どうした?」

 

「魔物の卵を買うのですか?」

 

「ああ、勇者以外の仲間がラフタリアだけじゃ、この先の戦いが厳しくなるだろうと思ってな。奴隷を買うのは装備代を考えると高くつくし、一発魔物辺りでも育てて見るのも一興かとな」

 

「はぁ…でも、魔物も大変ですよ」

 

「それくらい分かってる。ラフタリアもペットくらいは欲しいだろ」

 

「…ドラゴンを狙っているのではないのですか?」

 

「最悪ウサピルでも問題は無い」

 

(小動物は嫌いではない。ネットゲームでもテイミングペットがあるじゃないか。あれと同じ感覚で、一種の清涼剤になってくれれば良い。何より奴隷と同じく命令できるのなら、俺よりは攻撃力があるはずだ)

 

金銭に余裕が少しあるせいか、財布の紐が緩んでいる自覚はあったが悪い投資では無いはずだと尚文は判断した。

 

何より奴隷に盾があるのなら、魔物にあっても不思議ではない。

 

「育てて売れば奴隷より心が痛まないしな」

 

「それもそうね。いくらで売れるのかしら♪」

 

「ああ、なるほど、そういう事ですか」

 

愛着は湧くが、尚文達には金銭が無いので我慢する他ない。

 

奴隷は人故に売る時が一番厳しかった。自らを慕う奴隷を売るとなると、尚文自身、自分が出来るかどうかが分からなかった。

 

その点、魔物には喋る口が無い。その為、どんなに懐いていようと、心が少し痛む程度で済む。その上、良い買主に巡りあえよ等の勝手な願望を押し付ける事も出来る。

 

「そういう斡旋もやってるだろ?」

 

「勇者様の考えの深さに私、ゾクゾクしますよ!ハイ!」

 

「私も結構、ゾクゾクしたわ…♪」

 

「やめろ、気持ち悪い」

 

奴隷商とミーシャのテンションは上昇しているが、それを尚文は気持ち悪がりながら、とりあえず沢山並んでいる卵を見る。

 

サーチとかを出来ないようにしてあるので適当に選ぶ事にした。

 

「じゃあ、これだな」

 

なんとなくの直感で、右側にある一個を選んで、取り出す。

 

「では、その卵の記されている印に血を落としてくださいませ」

 

言われるまま尚文は卵に塗られている紋様に血を塗りたくる。カッと赤く輝き、尚文の視界に魔物使役のアイコンが現れる。奴隷と同じく禁止事項を設定出来るようだ。

 

尚文は自分の指示を無視すると罰が下るように設定した。ラフタリアと比べると厳しめにチェックをする。所詮は魔物、こちらの言葉は理解できるのかが分からないからきつい方が良いと判断しての事だ。

 

奴隷商はニヤリと笑いながら孵化器らしき道具を開いている。尚文はその卵を孵化器に入れる。

 

「もしも孵化しなかったら違約金とかを請求しに来るからな」

 

「ハズレを掴まされたとしてタダでは転ばない勇者様に脱帽です!」

 

奴隷商の機嫌も最高潮に達している。

 

「口約束でも、本当に来るからな。白を切ったら乱暴な仲間と俺の奴隷が暴れだすぞ」

 

「騙したら暴れるわよ♪」

 

「私に何をさせるつもりですか!」

 

「心得ておりますとも!」

 

奴隷商はもうすっかり、ご機嫌である。

 

「何時頃孵るんだこれ?」

 

銀貨100枚を奴隷商に渡してから、尚文は尋ねた。

 

「孵化器に書いております」

 

「……」

 

「読めないわね…」

 

何か数字のような、この世界の文字が動いているが、尚文とミーシャには読む事が出来ない。

 

「ラフタリアは読めるか?」

 

「えっと、少しだけなら…明日位に数字がなくなりそうです」

 

「早いな。まあ良いが…」

 

「へー、早いなら良いじゃない。楽しみになってきたわ♪」

 

明日には何の魔物が孵化するか楽しみに二人はなっていた。

 

「勇者様のご来場、何時でもお待ちしております」

 

こうして、尚文達は卵を持ってテントを後にした。

 

 




あ、尚文が筋トレする話やるの忘れてました…。リユート村に居る時にやろうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十九話 お礼

最近投稿頻度遅めで、すいません。

もうすぐ長期休暇終わってしまいそうで…。

遊びたい欲が抑えられなかったです。


テントを後にした尚文達。これからどうするか。そう考えた所で波で余った回復薬を思い出した。念のために準備していたが、使わないので薬屋に売って金にしようと薬屋に向かう事にした。

 

「薬屋に行ってそれから武器屋だな」

 

「ナオフミ様、もう援助金は手に入らないのですから財布はきつく結んでいてくださいね。今回のような事はご自身の首を絞めます」

 

「分かっている」

 

「そうね」

 

「お前も賛成してただろ」

 

「今のところ、装備に困ってはおりません。必要になってから購入をお考えください」

 

「……」

 

ラフタリアの言っている事は理にかなっている。しかし、尚文達の持っている武器は他の勇者に比べれば安物だ。

 

(この際、より強い敵と戦う為に良い武器をラフタリアに持たせるのが得策だとおもうのだが…)

 

「それに武器を新調してからまだ数日ですよ?親父さんがどんな顔をするか考えてください」

 

「うーん…」

 

「……」

 

武器屋の親父には尚文達は色々とサービスをしてもらっている。下取りを込みでサービスをしてくれているのだから、今の所持金ではあまり差が出るとは思えないと尚文は判断した。

 

「分かった。今は貯金しておくとしよう」

 

「無一文になったら元も子もないしね」

 

「はい!」

 

ある程度、資金に余裕が出来てから買い揃えるのも悪い事ではないと今後の方針は決定された。

 

「じゃあ、薬屋に行くぞ」

 

宣言通りに薬屋へと尚文達が顔を出すと、店主が尚文の顔を見るなり、親しげに微笑む。

 

「何だ?どうした?」

 

何時もは渋い顔をしながら薬を買ってくれる店主が笑みを浮かべているのを見ては尚文は不気味に感じてしまい、戸惑いを見せる。

 

「いやね。アンタらが来たら礼を言っておこうと思ってね」

 

「は?」

 

尚文とラフタリア、ミーシャは首を傾げる。

 

「リユート村の親戚がアンタらに助けて貰ったと言いに来てね。出来れば力になってくれと言われてるんだ」

 

「ああ…なるほど」

 

「あの人達ね」

 

波が終わった時、リユート村の住民達は揃って尚文に礼を述べていた。その中に薬屋の親戚がいたらしい。

 

「だから今回はその礼に」

 

薬屋の店主は戸棚から一冊の本を取り出して尚文に渡した。

 

「なんだ?」

 

「お前さんが作ってくる初級の薬より高位のレシピを集めた中級のレシピの本だ。そろそろ挑戦するには良い頃合いだと思ってね」

 

「……」

 

尚文は徐に中級レシピの本を広げてみる。やや年季が入っているが、文字が書かれているのが分かる。

 

「か、感謝する。頑張ってみよう」

 

「ねえ、これ読ーー」

 

「むぐっ!?」

 

(馬鹿、余計な事を言うんじゃあないッ!)

 

(でも、読めないじゃないっ)

 

せっかくの好意だとお礼を言った尚文。しかし、その直後にミーシャが言語の事を指摘しようとしたので口を手で覆って塞ぐ。

 

「そう言って貰えて嬉しいよ」

 

人の善意に応えられないプレッシャーが尚文を刺激した。この世界の文字は読めないからと諦めていたが、覚えた方が良いのではないかと考えてしまう。

 

「魔法屋の奴も来いと言っておったぞ」

 

「魔法屋?」

 

「面白そうじゃない♪」

 

「ナオフミ様、魔法を覚える為の書物を扱っている店ですよ」

 

「ああ、なるほど」

 

「あそこ、本屋かと思ってたわ」

 

本屋だと尚文とミーシャが思っていた店は魔法屋だったようだ。しかし、水晶玉が店の奥にあった事を思い出した。

 

「何処の店だ?」

 

「表通りの大きな所だよ」

 

場所を教わると尚文とミーシャは城下町で一番大きい本屋を思い浮かべた。

 

「で、今日は何の用だ?」

 

「ああ、今回はーー」

 

回復薬を買い取ってもらう事にしたが、いつもより高く買い取ってくれた。そのお金で機材を新調して、言われた通り魔法屋に顔を出す。

 

「ああ、盾の勇者様と鎌の勇者様ね。うちの孫がお世話になりまして」

 

「はぁ…」

 

「どういたしまして♪」

 

尚文とミーシャには誰の事を言っているかは分からないがリユート村の住民という事だけは分かる。魔法屋は尚文達を丁重に出迎える。

 

魔法屋は小太りで、魔女のような衣装を着ている。

 

「で、俺達に何の用だ」

 

本屋だと思っていた魔法屋の店内を見渡す。年季の入った本が並んで、カウンターの奥には水晶が並んでいた。他には杖などが置いてあり、魔法を扱っているという雰囲気を尚文達は感じた。

 

「その前に、盾の勇者様と鎌の勇者様のお仲間は隣のお嬢ちゃんだけで良いのかい?」

 

「ん?ああ」

 

二人はラフタリアと顔を合わせてから頷く。

 

「じゃあ、ちょっと待ってておくれ」

 

魔法屋はそう言うとカウンターから水晶玉を持ち出して、何やら呪文を唱え始めた。

 

「よし、じゃあ盾の勇者様、水晶玉を覗いてみてくれるかい」

 

「あ、ああ」

 

一体なんだというんだと思いながらも尚文は水晶玉を覗き込む。光が見えたが、尚文には特に何か見えるわけでは無かった。

 

「そうだね…盾の勇者様は補助と回復の魔法に適正があるようだね」

 

「え?」

 

魔法の適正診断をしてくれていたことに尚文は言われて気付いた。

 

「次は鎌の勇者様ね」

 

「さて、何が使えるのかしら?」

 

ミーシャは胸を踊らせながら、水晶玉を覗き込む。

 

「鎌の勇者様は、雷と闇の魔法に適正が出ているね」

 

「ふーん。中々良いじゃない♪」

 

ミーシャは攻撃に使えそうな魔法に適正があると分かると嬉しそうに笑う。

 

「次は後ろのお嬢ちゃんね」

 

「あ、はい」

 

ミーシャと尚文が横に退くと今度はラフタリアが水晶玉を覗き込む。

 

「うーん。やっぱりラクーン種のお嬢ちゃんは光と闇の魔法の適正が出ているようね」

 

「やっぱりという事は常識なのか?」

 

「そうねぇ…光の屈折と闇のあやふやさを利用した幻を使う魔法が得意な種族だから」

 

ラクーン種はタヌキやアライグマ辺りに似ている。尚文とミーシャの世界の日本でもタヌキは人を化かす妖怪だと信じられていた。

 

「で、結局なんなんだ?」

 

「はい。これが魔法屋のおばちゃんが渡したかった物よ」

 

魔法屋が尚文達に渡したのは三冊の本だった。

 

「本当は水晶玉をあげたいのだけど、そうなるとおばちゃんの生活が大変でね」

 

「どういう意味だ?」

 

「盾の勇者様は知らないのかい?水晶玉に封じた魔法を解放すれば対応した魔法を一つ覚えられるんだよ」

 

(何?なら、文字が読めなくても魔法が使えるのか?)

 

「随分前に国が勇者様用に大量発注して、それなりの数を出荷したのだけど、盾の勇者様は知らないのかい?」

 

「知らないな」

 

(まったく、あの王様はつまらない事ばかりするわね…)

 

大方、自分達以外の勇者に後で渡していると尚文は考え、意図的な仲間外れに殺意が湧いた。

 

「魔法書はかなり大変だけど、真面目に取り組めば一月で10の魔法が覚えられるだろうね」

 

水晶玉は一つ、魔法書は大体一冊三つと尚文は考えたが読めないのでどれくらい覚えられるかは分からない。

 

「ごめんねぇ…」

 

「いえ、タダで魔法書を譲ってくださるだけで十分ですよ」

 

「そうよ。魔法書タダでくれるなんて聖人よ聖人」

 

ラフタリアとミーシャが微笑んで対応して、尚文も頷く。

 

「大体、どれくらいの魔法までが使えるんだ?」

 

「どれも初級の魔法だね。これより高位は…お金を出して買ってくれないかい」

 

「あ、ああ」

 

「やーね。まだ何も言ってないわよ?」

 

向こうも商売だ。身を切る思いで自分達に譲ってくれているので我儘は言えない。

 

「感謝する」

 

尚文は魔法屋から魔法書を受け取った。

 

 

 

「はぁ…」

 

「なーに溜め息吐いてんのよ!面白くなってきたじゃない!」

 

「あのな、俺はあんまり勉強好きじゃないんだよ」

 

「変わってるわね。何かを学ぶのは好きよ。出来ない事が出来るようになるの良くないかしら?」

 

「まさか、お前の口から学ぶのが好きなんて言葉が出てくるとはな…」

 

「なにそれ、失礼ね…」

 

尚文の気分は憂鬱だった。尚文本人は勉強が好きでは無かった。成績の低い自分達らどうしたら良いのかと。

 

(分かっている。この書物を必死に解読してレシピや魔法を覚えた方が良いという事くらい…。何だろうな、盾の中に異世界文字翻訳とか無いか…)

 

「あっ。貴方今、都合の良いスキルとか無いかななんて思ったでしょ?」

 

「…そうなんですか?ナオフミ様」

 

「…思ってるわけないだろ」

 

「あ、目逸らしましたね」

 

尚文は対応する盾を探す事と文字を覚えるのと、どちらに軍配が上がるか考えていたらミーシャだけでなく、ラフタリアにまで追及されて冷や汗をかく。

 

「一緒に魔法を覚えましょう」

 

ラフタリアはその様子を見て、ミーシャと尚文に元気よく言った。

 

「俺はこの世界の文字が読めないんだよ…」

 

「ええ、ですから一緒に覚えていきましょうよ」

 

「まあ…そうなるよな」

 

薬作りの合間に覚えておいて損は無いかと尚文は頷いた。

 

「うふふ。今回はいつもと違って私達が沢山質問する事になりそうね。よろしくね、ラフタリア先輩♪」

 

「先輩、私が先輩…。やりましょう!覚えましょう!文字を一緒に、一杯ッ!」

 

ミーシャがラフタリアを煽てるとラフタリアはやる気になったのか嬉しそうに瞳に炎を浮かべる。

 

(ヤバい、なんか変なスイッチ入ったんじゃあ…)

 

背後に炎が見える程のラフタリアの勢いに尚文は少し引きながらも避けられない道だと腹を括った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十話 回収

「そういえば、次の波は何時来るのでしょう?」

 

「ん?ああ、ちょっと待ってろ」

 

ラフタリアがふと気になって発した言葉を聞き、尚文は視界の隅にあるアイコンを弄っては、波の襲来時期を呼び出す。

 

後、45日と14時間。

 

「45日もあるぞ」

 

「ふぅん。ま、準備期間にしては長いんじゃない?」

 

「俺としては大助かりだが…」

 

「そうですね。私もそれだけあった方が助かります」

 

「私は早いとこやりたいんだけど」

 

時間が沢山あると分かるとミーシャはつまらないとゴネ始めた。

 

「よせよ。ゴネた所でどうにかなる事じゃないだろ」

 

「しょうがないわねー…」

 

尚文がウンザリしながら言うと、ミーシャはゴネるのをやめた。

 

(いや、まあ、二ヶ月分ではないけど…って良く考えたら事が起こってから俺達を召喚したんだったな、この国は。

となると期限は思いのほか多いのかもしれない。ラフタリアが奴隷になって俺に会うまでの日数とかも考えると自然な結果か。一月後とは…大きい範囲で言ったものだ)

 

「まあ、時間があれば良い事だが…」

 

しかし、その間に出来る事をしていくと考えると、少ないと言えるだろう。

 

「とりあえず、ここでの用事は済んだのか?」

 

「そうですね…奴隷紋の再登録と武器防具に薬の処分、そして本も貰いましたし、しばらくはありませんね」

 

「これで好きな事に専念出来るわね♪」

 

「ああ」

 

尚文はラフタリアに確認を取った。何か忘れ物をして戻るのはタイムロスになるからだ。

 

「よし、それなら飯にしてからLv上げに行くか」

 

「はい」

 

「どっちも楽しみね♪」

 

 

 

尚文は今日の朝食には驚く事になった。自分が作った料理はこんな味だったのかと。食事を美味しいと感じる事は活力を得る事に繋がる。

 

乳鉢の盾の条件が解放されました。

 

ビーカーの盾の条件が解放されました。

 

薬研の盾の条件が解放されました。

 

乳鉢の盾

 

能力未解放……装備ボーナス、新入り調合

 

ビーカーの盾

 

能力未解放……装備ボーナス、液体調合ボーナス

 

薬研の盾

 

能力未解放……装備ボーナス、採取技能2

 

食事を終えた尚文達はその足で城下町を後にして、リユート村の方へ行った。あの辺りから先の場所に手頃な魔物が生息しているからだ。尚文達は他の勇者が知っているような穴場の狩場は知らない。その為、この世界の住人から聞くか、自分達の足で探す他ない。

 

地図を広げて、手ごろな場所を見つけるというのも中々難しいが、それだけやり応えがあるとも言える。競っている訳では決してないが、他の勇者に遅れているのは若干悔しい(※尚文が)。しかし、知らない魔物と戦えば盾と鎌が成長するので良い話と言える。

 

割愛しているが、色々と盾と鎌が出現している。殆どが能力が上昇する物ばかりなので尚文にとって困り所だった。

 

防御力アップが多いのは盾だからだ。他に敏捷やスタミナ、魔力、SP…と攻撃以外のステータスは上がっている。そのおかげもあり、前回の波では殆ど無傷で済んでいた。逆にミーシャの方は防御力が上がりづらくなっていた。あくまで、装備による恩恵の範囲でのみの話だが。

 

そして、その道中ーー

 

「…そういえば波の敵は盾で吸えるのか?」

 

「確かに気になるわね」

 

尚文は疑問に思った。そのまま帰って来ていたので忘れていたが、波の魔物も盾に吸えるのかと。リユート村が見えてきた辺りで、波の魔物の死骸が転がっていた。

 

そして、尚文とミーシャは手当たり次第に波の魔物の死骸を武器に吸わせていった。

 

 

 

次元ノイナゴの盾の条件が解放されました。

 

次元ノ下級バチの盾の条件が解放されました。

 

次元ノ屍食鬼の盾の条件が解放されました。

 

次元ノイナゴの盾

 

 能力未解放……装備ボーナス、防御力6

 

 次元ノ下級バチの盾

 

 能力未解放……装備ボーナス、敏捷6

 

 次元ノ屍食鬼の盾

 

 能力未解放……装備ボーナス、所持物腐敗防止(小)

 

 

 

 ついでに分解して他の盾が出ないか挑戦したが、このシリーズでは満たせるものは殆ど無いようで一つしか解放できなかった。

 

 ビーニードルシールドの条件が解放されました。

 

 ビーニードルシールド

 

 能力未解放……装備ボーナス、攻撃力1

 

 専用効果 針の盾(小) ハチの毒(麻痺)

 

こんなものかと吸収を終えては歩いて行くと、キメラの死骸を村人達が撤去していた。

 

「よ」

 

「やっほー♪」

 

「あ、盾の勇者様と鎌の勇者様」

 

昨日今日の影響か、村人達は尚文とミーシャを見ると快く歓迎した。

 

「波のボスだったか、コイツは」

 

「何か違うわね」

 

「ああ…」

 

キメラの死骸を見て尚文とミーシャはポツリと零す。キメラと呼ばれているが、この世界の魔物とは何か違うような感覚を二人は感じた。しかし、何がどう違うかを具体的に説明する事は二人には出来なかった。

 

「恐ろしいですね…」

 

「…そうだな」

 

村人の声に尚文は同意した。他の勇者や騎士団が素材を剥いで行ったのか、原型こそ留めているが皮や肉がごっそりと切り取られている。

 

「俺達も少しもらって良いか?」

 

「どうぞ、処分に困っていた所ですから。何なら村で加工して装備にしますか?」

 

「そうは言っても、使える箇所残ってないじゃない。まあ、良いわ。貰ってくから」

 

キメラの死骸は皮は剥がされ、鎧などには出来ない。肉と骨…他は尻尾の蛇の部分くらいだった。頭の部分も切り取られて無くなっている。切り口を見る限り、三つ生えていたと思われる。

 

しかし、それを気にした所でどうにもならないのでラフタリアとミーシャと三人でキメラの死骸を分解してそれぞれ武器に吸わせた。

 

 

 

キメラミートシールドの条件が解放されました。

 

キメラボーンシールドの条件が解放されました。

 

キメラレザーシールドの条件が解放されました。

 

キメラヴァイパーシールドの条件が解放されました。

 

キメラミートシールド

 

能力未解放……装備ボーナス、料理品質向上

 

キメラボーンシールド

 

能力未解放……装備ボーナス、闇耐性(中)

 

 

 

キメラレザーシールド

 

能力未解放……装備ボーナス、防御力10

 

 

キメラヴァイパーシールド

 

能力未解放……装備ボーナス、スキル「チェンジシールド」 解毒調合向上 毒耐性(中)

 

専用効果 蛇の毒牙(中) フック

 

最後のキメラヴァイパーシールドには尚文が便利に感じたボーナスが付いており、防御力も高い。しかし、変化させるには必要レベルがかなり高く、キメラシリーズを開放しなくてはならない。

 

「残りはどうするんだ?」

 

村人に尚文は尋ねる。

 

「どうせ埋めるだけですので、ご自由にお願いします」

 

「そうだな…」

 

尚文はもったいないと思ったが、残った個所は肉と骨しかない。

 

「じゃ、出来る限り頂こう」

 

「え、ですがかなりの量になりますよ?」

 

「この村で預かってくれるだろ?」

 

「え? 盾の勇者様がそう言うのでしたら…」

 

「まあ、肉は干し肉にして、少し残してくれれば行商とか買いたい奴に売れば良い。復興費くらいにはなるだろ。波の大物の肉とでも言えば研究材料目的で買う奴もいるんじゃあないか?」

 

「確かにそれなら買う方もいらっしゃるかもしれません」

 

「じゃ、ある程度貰っちゃうわね♪」

 

村人も復興資金が欲しいらしく、尚文の提案を受け入れた。内臓などの腐りやすそうな部分を鎌と盾に吸わせて処分し、尚文達がリユート村にたどり着いた頃には日も落ちかけていた。

 

村は半壊していて、生き残った人たちは比較的破損が無かった家で纏まって生活している。尚文達は割と安全だった宿屋の一室を店主が空けてくれたお陰でその日はゆっくりと休むことが出来た。

 

「…復興の手伝いとかはしてやりたいが、人の事を考えている余裕は無いからな」

 

「そうですね。私達も得をして村の方々にも得になる事が出来れば良いのですが」

 

尚文とラフタリアはリユート村の村民達に助けてもらう事が多かった上に、食事と宿を無償で提供された事に後ろめたさを感じていた。

 

「あなた達もやれば良かったじゃない」

 

「馬鹿野郎。俺達は丸太を片手で運んで五往復を数分でやったり、木材を高く積み上げて走って届けたり、素早く瓦礫を取り除いたり出来るか」

 

「はい。私も鍛えてはいますがそこまでは流石に…」

 

「軟弱ねー。特に尚文♪」

 

「おいコラ」

 

ミーシャはキメラの死骸を処理した後、村で倒壊した建物の瓦礫を処理したり、家を建て直す為の丸太や木材を届けたりの手伝いをしていたのだ。

 

 

「よし、そろそろ文字の勉強をするか」

 

「そうね」

 

「頑張っちゃいますよー!」

 

数分後ーー

 

尚文達はそろそろ文字の勉強をする事にした。村民で読み書きが出来る者に文字を読む為の表を書いてもらった。分かりやすく言えば、あいうえお表で英語で言うとアルファベット表だ。後は少しだけ文字が読めるラフタリアにどの文字が尚文とミーシャの世界の文字で言う何に当たるかを発音してもらって、解読表に置き換える。

 

しかし、これに単語なども合わさるので解読は困難を要する事になる。だが、覚えておいて損はないので難しくても覚えるに越した事はないので薬を作る合間に文字を覚えようと二人は四苦八苦するのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十三話 孵化

遅れてすみません…


時刻は翌日の昼前。ラフタリアが昨日の夜更かしの所為で寝坊してしまった。そして、まだまだ覚えきれなかったのか魔法書片手に唸っている。

 

ちなみに尚文は薬草を煎じて薬にしていた。ミーシャは朝食を終えてからずっと筋トレを、『腕立て伏せ1000回、レッグドロップ1000回、プランク30分、サイドプランク30分…以降繰り返し』のペースで行っていた。

 

「お前行水してこいよ。汗臭いぞ…」

 

「分かってるわよ」

 

 

尚文が汗だくのミーシャに眉をひそめて言うと、ミーシャは言う通りに行水に行こうとする。その間に出かける準備を尚文はしようとしていた。

 

しかしーー

 

「あ、孵るみたいですよ」

 

「えっ!?私も見るわ!尚文、悪いけど行水は後よ!見逃したくないからね♪」

 

宿の部屋の窓辺に置いてあった昨日買った卵に亀裂が入っていたのをラフタリアが気付いた。生物の毛の様な、羽根の様な、柔らかい物体が隙間から覗いている。本格的に生まれるのが近いようだ。

 

「そうか。孵化したらさっさと行水行けよ」

 

「はいはい」

 

尚文自身も何が生まれるか気になっており、ヒビが入った卵を見に行く。ピキピキと卵の亀裂は広がり、パリンと音を立てて、中から魔物の赤ん坊が顔を出した。

 

「ピイ!」

 

ふわふわの羽毛、頭に卵の殻を乗せたピンク色のヒヨコみたいな魔物と尚文の視線が合う。

 

「ピイ!」

 

魔物は元気良く飛躍し、尚文の顔にぶつかった。尚文は痛みは感じなかったようだ。生まれたばかりだというのに元気が有り余っている。この場に居る全員に種族は分からなかったが、体調は良さそうなのでしっかり面倒を見れば元気に育つだろう。

 

「これは何の魔物だ?鳥系という事はピキュピキュか?」

 

ピキュピキュはあまり高く飛べないデフォルメされたコンドルのような魔物。その幼生体とかなら納得が行く姿をしている。成長すればバルーンなどと比べれば、俊敏で攻撃もクチバシがあるので期待はできる。

 

「うーん…私も魔物に詳しい訳じゃないですから」

 

「私もお手上げね」

 

「しょうがない。村の連中に聞くか」

 

魔物商の扱っている魔物なのだからそこまで危険な魔物ではないだろうし答えてくれるかもしれないと考えて、聞きに行く事に決めた。

 

尚文が魔物の雛に手を伸ばすと、雛は尚文の手に乗り、肩まで駆け上って跳躍して頭に腰を据える。

 

「ピイィ」

 

スリスリと尚文に頬ずりをしている。

 

「ふふ、ナオフミ様を親だと思っているんですよ」

 

「そうね」

 

「まあ刷り込みだろうがな」

 

事前に登録をしてあるので初めて見る動く相手が尚文だった為、親と思っているのかもしれない。卵の殻を片付けようとすると盾が反応した。尚文は盾に卵の殻を吸わせれば何の魔物か分かるかもしれないと思い、卵の殻を盾に吸わせた。

 

魔物使いの盾の条件が解放されました。

 

魔物の卵の盾の条件が解放されました。

 

魔物使いの盾

 

能力未解放…装備ボーナス、魔物成長補正(小)

 

魔物の卵の盾

 

能力未解放…装備ボーナス、料理技能2

 

(なんか違うっぽい盾になったわね)

 

尚文の予想とは異なる盾が出現した。しかし、便利そうだったので解放中だった奴隷使いの盾Ⅱから魔物使いの盾に変化させた。

 

「何か分かりましたか?」

 

「いや、別の盾が出て分からなかった」

 

結局、雛が何の魔物なのか分からずじまいだった。

 

「ふーん」

 

「さ、約束だ。行水行け」

 

「ちぇー…」

 

魔物の雛に構いたかったのか、不服そうにミーシャは行水に向かった。その後、尚文は復興中の村を歩きながら何処でレベルを上げるか考える。

 

(やはり妥当なラインは村の西部にある沼地辺りだろうか?前回は北西部の山を探索したから、手ごろな敵が居る場所を探したい)

 

「あ、盾の勇者様」

 

尚文が考え事をしていると、村人と鉢合わせた。

 

「おはよう」

 

「おはようございます」

 

ここには一週間程いたため、波で守ったこともあり顔なじみは多かった。

 

「おはようございます」

 

深々と頭を下げられてしまい、尚文は困惑した。

 

「ピイ!」

 

頭の雛が元気良く鳴く。

 

「おや?」

 

村人が尚文の上の雛に目を向ける。

 

「どうしたんですか?」

 

村人は雛を指差して尋ねた。

 

「魔物商から卵を買ってな」

 

「ああ、なるほど」

 

「ただ、中身が何か分からないくじ引きだった。この魔物が何か知らないか?」

 

尚文は雛が何の魔物かを村人に尋ねた。そして村人は雛をまじまじと見つめた。

 

「多分、フィロリアルの雛だと思いますよ?」

 

「…あの馬車を引く鳥か?」

 

その話が本当であれば原価よりも高いので得をした事になる。

 

「ええ、なんなら村の外れに牧場がありますので、見てもらえば良いかと」

 

「それなら行ってみるか」

 

尚文はラフタリアと一緒にその牧場を経営している村人の家に顔を出す。牧場は波の被害をかなり受けていたようで、飼育していた魔物が半分も死んでしまった。

 

「という訳なんだが…この魔物はフィロリアルであっているか?」

 

「そうですね。見た感じ、フィロリアルの雌ですねぇ」

 

雛を持ち、まじまじと鑑定しながら牧場主は言った。

 

「品種はよくある種類、フィロアリア種で、荷車を引かないと落ち着かない生態を持っています」

 

「…それは生き物としてどうなんだ?」

 

「何かおかしい所でも?」

 

(そういえば、この世界の奴らには当たり前だったな)

 

尚文は変だと思ったが、異世界と元の世界の常識を比べて変だと思い始めたらキリがないので、卵や巣などを守らないといけない物を、便利に運べる荷車のような何かを使って守る生態があるのだろうと無理矢理納得する事にした。

 

「ま、外れではなく割りと当たりって所か」

 

成体が200枚の魔物を100枚で買えたと考えれば得だと考えれば損ではないと尚文は判断して育てる事にした。

 

「そうね。見てたわよ~♪尚文ちゃーん♡」

 

「!?いつの間に…」

 

「あ、ミーシャさん。行水は済んだんですか?」

 

「ええ、さっきね。それより、酷いじゃない。仲間外れなんて」

 

「いや、偶然村人に会ってここを紹介されただけだ。他意はない」

 

「ふーん。まぁ、良いわ。次仲間外れにしたら死刑だから♡」

 

「ったく…」

 

尚文は急に背後に現れて好き勝手言うミーシャに溜息を吐いた。

 

「ピィ!」

 

フィロリアルの雛は尚文の頭の上で鳴いた。

 

「コイツは何を食うんだ?」

 

「今であれば、豆を煮溶かした物等の柔らかい物ですね。大きくなったら雑食ですから何でも食べますよ」

 

「なるほど、ありがとう」

 

(あの尚文が素直にお礼を…。これは良い傾向ね)

 

尚文が自分自身でも驚き、ミーシャが感心するほどあっさり礼を言えるようになっていた。

 

「で、名前はどうしますか?」

 

ラフタリアが雛を撫でながら聞いてくる。

 

「売るかもしれないペットに名前をつけるのか?こういうのは名前を付けると愛着湧いて売れなくと聞くが…」

 

「何にしようかしら…」

 

「…話聞いてたか?お前」

 

名前を考えるミーシャに尚文は突っ込みを入れる。

 

「ずっと雛ちゃんとかフィロリアルって呼ぶんですか?」

 

「……」

 

ラフタリアからそう指摘を受けると尚文は確かにめんどくさいと感じてばつが悪そうに考える。

 

「…そうだな、フィーロとでも呼ぶか」

 

「…安直ですね」

 

「うるさい」

 

「ピイ!」

 

名前をつけられたのを理解したのか雛は機嫌よく鳴いた。

 

「ねぇ、良い名前思いついたわ!ドナルド・ダッーー」

 

「フィ、フィーロって素晴らしい名前ですねっ!!」

 

「さすがラフタリアだ!この名前の良さが分かるとは!」

 

「ピィ!ピィ」

 

「た、盾の勇者様万歳!」

 

ミーシャはまだ名前を考えていたようであり、ミーシャが名前を言おうとするとラフタリア、尚文、フィーロ、牧場主がそれぞれ大声を出して遮った。

 

「ちょっと…名前考えたのに遮らないでよ」

 

「黙れ。株式会社Dの関係者の名前を出すんじゃあない。世界を滅ぼす気か?」

 

「ああ、そういう事。分かったわ」

 

ミーシャは遮られた事に不服そうに異議を唱えるが、尚文達に睨まれて察したのか名前の件は諦めた。

 

「ねぇ、私もこの子触っても言いかしら」

 

「良いぞ。そっとな」

 

「ええ」

 

ミーシャはフィーロを見ては尚文に尋ねる。この場でまだフィーロを触ってなかったのはミーシャだけだったからだ。そして、尚文から許可が出るとフィーロに頭へと手を伸ばしては割れ物を扱うかのようにそっと撫でた。

 

「ピィ」

 

フィーロは気持ちが良かったのか目を細めている。

 

「暖かいわね」

 

「そりゃそうだろ。産まれてからそんなに時間は立ってないし」

 

フィーロを撫で続けて、手に感じた体温に思わずそう呟いたミーシャに尚文は小さく笑うとそう返す。

 

「……」

 

「ピィ」

 

ミーシャはただただフィーロを撫でた。何も言葉を発する事なく。

 

(こんなイカれた世界に産まれたのよね。この子は)

 

ミーシャの脳裏に浮かんだのは、王やマイン…そしてこの世界に来て自分が殺した人間達の顔だった。

 

「…真っ当に生きられるのかしら。こんな世界でも」

 

「大丈夫だろ。何もこの世界に住んでるのはイカれた奴ばかりかっていうとそうでもない」

 

尚文はミーシャの頬へと手を伸ばして指で熱く湿った感触を感じながらも軽く撫でた。

 

「それもそうね。さて、ここでいつまでもゆっくりしてる訳もいかないし、お暇しようかしら」

 

「ピィ…」

 

「あっ。お腹空いたって言ってます」

 

尚文の言葉に薄ら笑いを浮かべるミーシャ、そしてお腹の音がフィーロのお腹から聞こえるとラフタリアはドヤ顔をして言う。

 

(何だこの魔物の言ってる事分かりますムーブは…)

 

「…ラフタリア。それは誰でも分かると思うぞ」

 

「え゛」

 

尚文から現実を突きつけられるとラフタリアはしょんぼりして黙り込んでしまった。

 

「あ、長居して悪かったな。そろそろ俺達は狩りに出掛ける準備をする」

 

「いえいえ。また、いつでもいらしてください」

 

「また、面白い魔物居たら見に行くわ♪」

 

 

礼を言った後、ミーシャ達はフィーロ用のエサと昼食を取ってから狩りに出掛けた。

 

 

 




改めて、遅れて申し訳ありませんでした。

実は体調を崩してしまいまして、安静にしてました。

身体がすごく怠かったし、食欲無かったです。

皆さんも暑い日で休みの日は部屋に籠りすぎ、クーラーでの涼みすぎ、寝ながらゲームのしすぎには気を付けて下さい。

もしかしたら夏バテかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十四話 狩り

「今日は何処へ行きますか?」

 

「ピイ?」

 

「私は尚文に任せるわ。何か良い所ある?」

 

「そうだな…どこが良い狩場なのかまだ知らないから適当な場所で稼ぐしかないだろ。いつも通りに行くぞ。それと、ミーシャ。お前は考える場面になると俺に丸投げするのはやめろ」

 

「えー…私考えるて行動するの苦手なのよ」

 

「じゃあ、俺が居ない時どうするんだ」

 

「まぁまぁ、人には得意不得意がありますから…」

 

(戦闘面は役に立つんだが…)

 

ミーシャが思考を放棄して尚文に丸投げし、それを尚文が冗談ではないとミーシャに苦言を呈すのをラフタリアがなだめる。そんな中、フィーロは尚文の頭の上でピイピイ鳴いていた。騒がしさに尚文は心地良さを感じていた。

 

 

「ラフタリア、そっち行ったわ!」

 

「はい!」

 

ミーシャが大鎖鎌で襲い掛かるヤマアラ三体を鎌の刃の部分で一気に両断し、尚文とフィーロに向かっていくウサピルを鉄球で押し潰した。そして、ミーシャの合図でラフタリアが尚文達を狙うヤマアラ一体を刺突で仕留めた。

 

その調子で狩りを続けていき、夕方に差し掛かった頃にはこの場に居た全員が異変に気が付いた。今日は思いのほか魔物との遭遇が多く、効率的に倒して回れた。武器や防具を新調したお陰で前来た時より楽に敵を倒せている。

 

今日の結果はーー

 

 

 

尚文 Lv.27

 

ラフタリア Lv.29

 

フィーロ Lv.15

 

ミーシャ Lv.52

 

 

 

 フィーロは碌に戦っていなかったにも関わらず経験値が入ってLvが急上昇していた。幼い亜人はLvが上がると肉体が急成長するとミーシャと尚文は知っているが、魔物も同じ理屈で育ちが早くなるそうだ。

 

しかし、フィーロの外見は目に見えて変化していた。小さなヒヨコみたいだったフィーロが今では両手で抱えて持っても重い程に大きく成長していた。丸く饅頭みたいな体形になっていた。そしてパラパラと羽根が生え変わり、色もピンクから桃色に変化している。

 

二人は羽根を吸ってみる。

 

魔物使いの盾Ⅱの条件が解放されました。

 

魔物使いの盾Ⅱ

 

能力未解放…装備ボーナス、魔物ステータス補正(小)

 

『聖水によるダメージカット』

 

それぞれ、恩恵を受ける事が出来た。

 

「ピヨ」

 

鳴き方まで変わっており、尚文は重いからと降ろした。すると、フィーロは自分でトコトコと歩き出した。

 

先ほどからフィーロから常時鳴り続けている音に尚文は身震いする。

 

多めにエサを買ってはいたが、とっくに底を付いてしまった。雑食と聞いていたので道端の野草とか牧草のような草を既に与えている。

 

「あの、ナオフミ様…ミーシャ様」

 

「分かってる。魔物って凄いな」

 

「よく食べるわね。何かあげたくなるわ」

 

「んもう!お前はまたそうやって、爺さん婆さんみたいな甘やかし方する!」

 

一日でこんなに成長し、これなら足代わりになると期待をするのは良いが、体だけが大きく精神が未熟な魔物になりそうだと危惧もしていた。その後、宿に戻った尚文は店主にフィーロを見せ、何処で寝かせれば良いか相談をした。すると宿の馬小屋に案内され、藁を巣の代わりにさせて寝かせる事になった。

 

「ん?ここにはキメラの肉と骨が置いてあるんだな」

 

「売れるのかしら?これ」

 

「さあな。ゲテモノにしか見えないが…」

 

キメラの肉など当然、尚文とミーシャの世界には存在しないので二人の目には怪しい物体に写った。

 

「とりあえず、加工しやすいように吊るして柔らかくなるのを待っているんです。あと、これは食用ではありませんね…」

 

「やっぱり、そうよね。どう見ても不味そうだし」

 

「そうだな」

 

などとボロクソに言う尚文とミーシャに店主は特に嫌な顔をせずに用途を二人の疑問に答えるかのように説明をしてくれた。

 

「それから干し肉にして、購入者を募ろうと思っております。今でも欲しい方には売っています。魔法に携わる方が数名来てますよ」

 

「良いんじゃないか?」

 

「売れるなんて意外ね。そっち(魔法)の事はよく分からないけど」

 

 

 

 

 結構大きなキメラだったのでまだ在庫はあったようだ。食用にするには厳しいが、研究資料に持っていくには多いのでこんなかんじなのだろうと尚文は考えた。

 

「ピヨ」

 

再び、フィーロのお腹の音が鳴る。村で追加のエサを貰って与えているが、あっという間に平らげてしまった。しかし、それでも足りなかったようでお腹の音は止む様子は全く無い。

 

骨と肉が軋む音が鳴り響く。まだ成長し続けるようだ。

 

「一日でここまで育てるなんて…かなりの無理をなさったのでは?」

 

そんなフィーロの様子を見て心配になったのか、店主が心配そうに尚文とミーシャの顔を見る。

 

「まだ、15なんだがな」

 

「へ?15?」

 

「そうそう。それにこの子には戦わせてないし」

 

 尚文とミーシャの答えに店主はフィーロを見て驚く。

 

「生後数日でここまで育つには20前後までレベルが必要だったと思うのですが、それに戦ってなくてとは…さすがは勇者様の力ですね」

 

(多分、成長補正よね)

 

ミーシャの考えた通り、成長補正の影響を及んでいた。ステータスを確認すれば、見るたびに変動していく。成長中の証だ。しかし、すぐにはまだ戦闘には出す事は出来ない。

 

「ピヨ!」

 

(立派に育てよ。金は掛かるが稼げば問題はない)

 

(こんな世界だけど、頑張るのよ)

 

元気に鳴いているフィーロにスクスクと育てと二人は願った。

 

そして、二人で交互にフィーロの頭を撫でて寝息を立てるのを確認すると尚文とミーシャはラフタリアが待つ部屋に戻る事にした。

 

「で、戻ったらどうする?枕投げでもやる?面白いわよ♪」

 

「やらん。ったく…お前は俺を何歳だと思ってるんだ」

 

「えっと、二十五歳…だったかしら?」

 

「違う。二十歳だ二十歳。元康より年上じゃないか、それだと」

 

「そういえば自己紹介の時言ってたわね。でも、精神年齢は貴方の方が上だと思うけど」

 

「お前のなかではそうなんだろう、お前の中ではな。で、やる事は部屋に戻って勉強だ。そして朝になったら筋トレをする。ステータスに影響があったんだよな確か。いつまでも攻撃力0の訳にもいかないし」

 

「あらそう。ええ、効果はあるわ。それじゃ、明日付き合うわ。楽しみね♪」

 

などと雑談をしながら部屋へと向かって行き、ラフタリアが待つ部屋へと着いた。

 

「今戻った。さて…やるか」

 

「うふふ、楽しみにしてるわ。明日」

 

と、尚文とミーシャはラフタリアの待つ部屋に入り三人で今夜は勉強をする事となった。

 

 

 




改めて考えると、投擲具何でもアリ過ぎますね…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十五話 フィーロと戯れる

※投稿頻度は長期休暇が終わったので元に戻ります


翌朝。

 

「…どうなってんだ。全然上がってないぞ、攻撃以外のステータスは上がっているが…」

 

「ここまで来ると可哀想ね…冗談抜きで」

 

尚文は汗を拭いながら顔をしかめて吐き捨てる。フィーロの様子を見に行く前に尚文は先に起きていたミーシャに筋トレを手伝ってもらっていた。

 

回数はラフタリアやミーシャがやっているよりは少ないが結果は出ていた。尚文はあまり運動をする方では無かったので大変だったが、ステータス画面を見て上がったHPの最大値や防御力、SP等のステータスを眺めていき達成感を味わっていた。

 

しかし、攻撃力は以前と全く変わっていなかった。その事実に尚文は絶望したのだ。

 

「笑いを堪えながら言うな。殺すぞ」

 

「いや、本当に可哀想に思ったから♪」

 

「♪を付けるな死ね」

 

「冷たいわねぇ…」

 

「だったら思っても無い事を言うな」

 

部屋を抜け出した際に起こさないように抜け出したので、ラフタリアはまだ寝ている。筋トレも一段落したので、予定通りにフィーロの様子を見に行く事にした。

 

空腹で餓死していないか心配でもあり、やることが無かった。薬草の採取をしていたが、薬の調合は昨日の内に終わっていた。ミーシャに調合を手伝ってもらおうとも考えたが、彼女には尚文と同じような装備ボーナスは無い為、尚文自身が調合した方が品質は良くなるので止めた。

 

「グア!」

 

ミーシャと尚文が雑談をしながら馬小屋に来ると野太い声が聞こえる。見れば、饅頭みたいだった体型が変わって足が長く伸びて首も長くなっていた。二人から見ての印象はダチョウのようだった。

 

二人の知る鳥類とは全く違う成長をしている。高さは尚文の胸位、ミーシャの頭位だ。まだ人を乗せる事は恐らく不可能だ。

 

ぐう

 

「お腹、減ってるみたいね」

 

「ああ。買ってきておいて正解だったな」

 

フィーロのお腹が鳴った。空腹なのだろう。こうなる事は尚文は知っていたので、筋トレ前に牧場からエサを買ってきていた。

少々、金銭の消費が増えていたが装備を買うよりは安い。一日でここまで育った事に二人は驚きを隠せなかった。

 

「お前、まだ生まれて一日経ってないぞ」

 

「グア!」

 

「あっ、ずるい。私も撫でるわ」

 

スリスリと自分に懐くフィーロに尚文は自然と笑みを零す。大きくなったら何をさせるか心が躍っている。

 

そして、またも羽根が生え変わっており、よく見ると白と桜のまだら色になっている。掃除がてらに羽根を武器に吸わせる。

 

魔物使いの盾Ⅲの条件が解放されました。

 

魔物使いの盾Ⅲ

 

能力未解放……装備ボーナス、成長補正(中)

 

 

「血じゃなくても良かったのか。それなら、ラフタリアの髪をもう一度切って吸わせてみるのも良いかも知れない」

 

「怪訝な顔されるんじゃないかしら♪で、匂いでも嗅ぎながら××でもするのかしら?そんなの、ラフタリアドン引きッ♪うふーふふっ…♪」

 

「…俺はお前の頭のおかしさにドン引きしてるがな」

 

髪の話を聞いては何か思い付いたかのようにからかってくるが尚文は相手にせずフィーロを撫でる。

 

 

フィーロはまだ生まれたばかりだが、元気に走りじゃれている。

 

「グア!」

 

「さて、遊ぶか。そーらっ」

 

尚文は木の枝を遠くに投げ、フィーロに拾わせて戻ってくる遊びをする。足は速く、枝が地面に落ちる前より早くキャッチして戻ってきた。

 

「グエ!」

 

「私もやるわ!そーれっ」

 

ミーシャも遊ぶ尚文とフィーロの姿を見ては自分も遊びたくなったのか近くに落ちていた木の枝を拾うと投げた。先程よりも遠くへ飛んでいった枝をフィーロは持ち前のスピードで追いかけてキャッチして戻ってきた。

 

「上出来よ!うふふ、これは期待大ね♪」

 

「そうだな。これからどれだけ稼げるか楽しみだ」

 

二人は爽やかな笑顔を浮かべながらフィーロを撫でた。なお、会話の内容は下衆の模様。

 

「む…ナオフミ様が今まで見せた事の無いさわやかな笑顔をしています」

ラフタリアが起きて尚文とミーシャを探しており、見つけた時の尚文の顔をみては不機嫌そうに呟く。

 

「どうした?」

 

「何でもありません」

 

「ラフタリア、アニマルセラピーを舐めちゃダメよ」

 

「え?あにま…何ですか?それ」

 

「貴女も今に分かるわ」

 

「グア、グア」

 

ラフタリアをくちばしで軽くつつくフィーロ。スキンシップを取っているのだろう。

 

「…しょうがないですね」

 

ラフタリアは笑みを浮かべてフィーロの顔を両手で撫でる。

 

「グアァ……」

 

(つまり、そういう事よ。ラフタリア)

 

フィーロは気持ち良さそうに目を細めて撫でたラフタリアに擦り寄った。

 

「さて、今日はどの辺りを探索しようか」

 

「そうですね…。フィーロのエサ代の節約の為に南の草原に行くのはどうでしょうか?」

 

「…そうだな」

 

「私もそれで良いわ」

 

南の草原には雑草が生い茂っており、薬草類も豊富だ。良い場所だとは尚文は思った。目下の目的は良い装備を揃える金銭なのでベストと言える。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

「グア!」

 

「はい!」

 

「ええ」

 

このような感じで気楽に草原へ行って、魔物と戦い、Lvも少し上がった。

 

尚文 Lv.29

 

ラフタリア Lv.31

 

フィーロ Lv.17

 

ミーシャ Lv.54

 

薬草の採取や、フィーロのエサとかを重点的に回っていたので今日の収穫はあまりない。色々と魔物を倒しては盾に吸い込んでいるが、中級調合レシピが出る盾は未だ見つかっていない。

 

その日の夕方。フィーロが立派なフィロリアルに成長した。

 

「早いなぁ…」

 

「デカイわね…」

 

宿屋の店主も牧場主も驚いていた。幾らなんでも早過ぎると。成長補正(小)と(中)が掛かっているからだろう。

 

「ラフタリアを買った時にインクに気付けばな…」

 

「あはは…」

 

「もしかしたら、貴女ももっと大きくなってマッチョになるかも」

 

「…それはちょっと嫌ですね」

 

ミーシャは筋骨隆々のラフタリアを思い浮かべては吹き出しつつ、言う。その発言にラフタリアも自分の筋骨隆々の自分を思い浮かべては引きつった笑みを浮かべる。

 

そして、再び骨が軋む音が響く。成長音だ。

 

「グア!」

 

もう、人を乗せられるくらいに成長したフィーロは尚文の前で座る。

 

「乗せてくれるのか?」

 

「グア!」

 

当たり前だというのかようにフィーロは鳴いて、背中に乗るよう頭を向ける。

 

「じゃあ失礼して」

 

「私も後で乗せてよ?」

 

「グア!」

 

尚文がフィーロに乗り、ミーシャが羨ましそうに言うとフィーロは良いよと言わんばかりに笑顔で頷く。

 

(手綱とか鞍とか付けてないけど大丈夫なのか?だが、乗れと言うのなら乗ってやるか。盾のおかげで頑丈だし。落ちても大丈夫だろう。乗り心地は…羽毛のお陰で悪くない。バランスさえちゃんと取れば問題なさそうだ)

 

「グア!」

 

フィーロは立ち上がる。

 

「うわ!」

 

尚文の視界がかなり高くなる。これがフィロリアルに乗って見える景色なのかと尚文は感心した。乗馬などはしたことが無いので知らなかったので感慨深いとも感じていた。

 

「グアアア!」

 

機嫌よく鳴くとフィーロは走り出した!

 

「お、おい!」

 

「な、ナオフミ様――」

 

「すごく速いわね♪」

 

フィーロの走る速度はとても速く、景色があっという間に後ろに通り過ぎていき、ラフタリアの声が一瞬で遠くなった。フィーロは試したかったのだろう。村を軽く一周すると、馬小屋の前で止まった。

 

そして座って、尚文を降ろした。

 

「大丈夫でしたか!って、いつの間に…」

 

「大丈夫じゃない?一周が終わるのと同時よ」

 

ラフタリアが心配そうに尚文に駆け寄り、ミーシャは既に尚文の隣に立っていた。

 

「あ、ああ。大丈夫だ。しかし速いな…」

 

大して疲れてもいない様子のフィーロは自らの羽の手入れを始めつつ、ミーシャへ乗るように頭を向ける。

 

「次は私の番ね!」

 

「グア!」

 

「さて、今日はこれくらいにして、部屋に戻るか…」

 

ガシっと部屋に戻ろうとした尚文の鎧の襟を誰かが掴む見るとフィーロがくちばしで尚文の襟を掴んでいた。

 

「どうした?」

 

「グアアア!」

 

泣いているような鳴き方で尚文を呼び止める。

 

「ん?」

 

尚文はお構い無しに立ち去ろうとすると、またも掴まれた。

 

「…なんだ」

 

「グアア!」

 

若干地団駄を踏むように不機嫌そうにフィーロは鳴いた。

 

「えっと、遊び足りない?」

 

ラフタリアが尋ねるとフィーロは首を振る。

 

「それなら、ミーシャに遊んで貰えば良いだろ」

 

尚文は少し溜め息を吐きながら顔をしかめる。しかし、フィーロは聞く耳を持たない。

 

「寂しい?」

 

コクリと頷いた。

 

「グアア!」

 

翼を広げてアピールを始める。

 

「とは言ってもな…」

 

尚文は考え込むように顎に指を当てて悩む。馬小屋で寝たくは無いし、大きな魔物を宿の部屋には連れて行けない、どうすればいいのかと。

 

「飽きるまで、ここで相手をしてあげましょうよ」

 

「そうよ。親と友達、どっちとも遊びたい心理じゃないかしら?」

 

「…まあ、良いか。それと、いつからお前はフィーロの友達になったとツッコミたい所だが」

 

「細かい事は良いのよ」

 

フィーロは体こそ大きいが生まれてまだ二日なので一匹、夜に馬小屋で放置するには早過ぎるかと納得して、その日は、ラフタリアと一緒に一緒に遊ぶミーシャとフィーロを見張りながら、この世界の文字の勉強を馬小屋でした。

 

フィーロはミーシャを乗せたまま、外に出て走り出した。

 

「…ほんと楽に文字が読めるようにならないものか」

 

そういう盾があるのなら早く見つかって欲しいと尚文は考える。

 

「またですか…。前もそういう事を言ってたじゃないですか。それに見つからないのですからしょうがないですよ。何でも伝説の盾に頼ってはナオフミ様の為になりません」

 

「……ラフタリア。言うようになったじゃないか」

 

「ええ、ですから一緒に、文字と魔法を覚えましょう」

 

尚文はラフタリアに注意されると尚文は楽ばかりしようとしてもしょうがないかと馬小屋で勉強を続けた。

 

「うふあはははッ!!走れ走れー!迷路の出口に向かってよーッ!!」

 

「グアア!グアア!」

 

(外がうるせえ…)

 

はしゃぐミーシャとフィーロの声が聞こえてきて、尚文は呆れたように溜め息を吐いた。

 

フィーロが満足して戻り眠った後、部屋に戻って尚文は新しく手に入った薬草で薬作りに挑戦した。結果はレシピの解読が出来ていないのでよろしくなかった。

 

 




次回、男の生命 元康、玉砕!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十六話 怠惰

遅れた上に意味不明な回で申し訳ありません…。DIEジェストです。


翌朝。

 

今日はラフタリアも早くに起き出したので、皆で一緒に馬小屋に顔を出す事になった。

 

「グア!」

 

尚文達が来るとフィーロは嬉しそうに声を出して駆け寄ってくる。

 

「もう、体は大人なのか?」

 

「でも、精神的には子供よね。多分」

 

「だよな」

 

心なしか昨日よりも頭一個分程、大きくなっていた。

 

「大体、この辺りが平均ですよね」

 

「そういえばそうだな」

 

今のフィーロは彼等が城下町や街道で見るフィロリアルの外見と殆ど変わらない姿をしており、色は白で、少し桜色が混じっている。

 

(綺麗な色合いね)

 

「今日は腹減ってないのか?」

 

「グア?」

 

「ふふ、大丈夫みたいね。お腹空いたらいつでも言うのよ?」

 

「グア♪」

 

フィーロは尚文の問いに首を傾げて鳴き、ミーシャから撫でられながら言われると頷いた。

 

(うん。もう成長期は抜けたみたいだな。相変わらず変な音が響いているが…。まあ良いか)

 

その後、ミーシャ達は朝食を食べ、これからどうするかを考えていた。

 

「グア……」

 

これからの事を考えている内に村の中を通っていく木製の荷車をフィーロは羨ましそうに見つめていた。

 

「…アレを引きたいのか?」

 

「そうかもしれませんね」

 

「あげても良いかも…」

 

「どうしたのですか、勇者様?」

 

尚文が荷車を指差してラフタリアとミーシャと雑談をしていると村の男は尋ねた。

 

「ああ、俺のフィロリアルが荷車を見ていたから、引きたいのかって話をしてたんだ」

 

「まあ、フィロリアルはそう言う習性がありますからね」

 

「それで、荷車を引かせてあげたくてね」

 

尚文とミーシャからそれを聞くと男は頷き、フィーロに目を向ける。

 

「今、この村の建物は修復中で人手が足りないんです。勇者様、何なら荷車を一つ分けるのを条件に手伝ってくれませんか?」

 

「悪い話じゃないな」

 

尚文はせっかく、そういう魔物が手に入ったのだから利用しない手はないと考えた。これが上手くいけば移動中は別の作業ができるようになるからだ。

 

「何をすれば良いんだ?」

 

「近くの森で材木を切っていますので、村に持ってきて欲しいのですよ」

 

「森か…」

 

「簡単ね」

 

男が場所と手伝いの内容を尚文とミーシャに伝えた。ちょうど彼等が行った事のない場所だった。

 

「帰りが遅くなるが良いか?」

 

「ええ」

 

「分かった。話を受けよう」

 

こうして尚文とミーシャは村人の厚意に乗って、荷車を一個譲ってもらった。車輪や物を載せる台の全てが木製で作られている。新品ではなく、少し古いようだ。

 

「グア♪」

 

自分用の荷車を用意され、フィーロは機嫌よく、荷車を引き始めた。ついでに手綱を村人は用意してくれたので、見た目は馬車のようだった。

 

「よし!今日は森へ出発だ!」

 

「おー!」

 

「はーい!」

 

「グアーーー!」

 

尚文が行く方向を指差すとフィーロは元気良く、荷車を引き出した。最初はゆっくり動かしている音だったが、徐々に車輪から大きな音を響いていき、昨日のように景色が高速で通り過ぎていく。

 

「ヒャハーッ!!」

 

「速い!速い!スピード落とせ!」

 

「グア……」

 

尚文が指示を出すとフィーロは不満そうに鳴きながらトコトコと歩く。

 

「う…なんか気持ち悪くなってきました…」

 

ラフタリアが乗り物酔いをしてしまい、ぐったりして荷車で横になる。

 

「大丈夫か?」

 

「ええ…でも、あんまり揺らさないで…」

 

「貧弱ねえ…」

 

「う、ぐ…すいません」

 

「おい。ラフタリアは乗り物酔いをする方だったか…」

 

「…みたいです。ナオフミ様とミーシャ様は大丈夫なのですか?」

 

「俺は酔った事無いんだよなぁ…」

 

「私も無いわね。というか、こんなんで酔ってたら自分のスピードで酔っちゃうわ」

 

尚文とミーシャは酒で酔う事と乗り物酔いとは無縁だ。尚文は小学生の頃、学校の遠足でバスに乗った際に、リュックに入れていた漫画とライトノベルを読んでいると隣の座席のクラスメイトが気持ち悪いと尚文の方を見ながら言って席替えをさせられた事があった。

 

その他、尚文が親戚に会いに行く為の約一日の船旅で家族全員が船酔いで倒れたりする中、船内で携帯ゲームをやっていた覚えがある。

 

ミーシャに至っては、路上生活をしていた際に店からくすねた火酒を瓶丸ごと二本飲んだが、酔う事は無かった。

 

「まあゆっくりとしていろ、フィーロと俺とミーシャで目的地まで運んでやるから」

 

「ま、なっちゃったものはしょうがないわよね」

 

「お言葉に甘えて休ませてもらいます…」

 

元気が無く苦しそうに言うラフタリアは荷車で横になっていた。しばらく、ゆっくりしていると尚文にとって遭いたくない奴と遭遇してしまった。

 

「ぶはっ!なんだアレ!はは、やべ、ツボにはまった。ぶふっ!!ははははッ!!」

 

元康は尚文を見るなり腹を抱えて笑い出した。その後ろのマインも一緒になって笑っている。

 

「いきなりなんだ。元康」

 

「ゴミ野郎…キモッ」

 

マインを連れた元康が街道で尚文達を見つけるなり、笑い出した。

 

「だ、だってよ!すっげえダサいじゃないか!」

 

「何が?」

 

「お前、行商でも始めたのか?金が無い奴は必死だな。鳥もダセェ!」

 

(っ…!金、がない…)

 

(む…行商か!それも悪い手じゃない。フィーロの能力次第では実現も可能だ。本格的に考えておこう…。しかし、こいつは本当に21なのか?それにしては言動が…)

 

尚文が元康を仕方なくといった形で適当に相手をしていると、元康の口から出た行商というワードに尚文は行商に興味を示して検討する事にした。

 

そして、ミーシャは元康の口にした金が無い奴は必死という言葉にビクリと肩を震わせた。

 

「ダッセェ!馬じゃなくて鳥だし、なんだよこの色、白にしては薄いピンクが混じっているし、純白だろ普通。しかもオッセー!」

 

「何が普通かは知らんが…」

 

「…可愛いじゃない」

 

「いや、どこが!?ダセェよ、ほんと!」

 

いい加減時間の無駄だと尚文は考え、無視してさっさと行くようにフィーロに言おうとすると、元康はフィーロを指差しながら近付いてくる。

 

その直後ーー

 

「グアアアア!」

 

フィーロが元康の股間へ強靭な足で蹴り上げた。笑っていた元康の顔が衝撃と激痛で歪みながら後方に5m程の距離を錐揉み回転しながら飛んでいった。

 

「ぐ、ガッ…!?ぎっ、あ゛あ゛あああぁああッ…!!!」

 

「キ、キャアアアアアアアアアア!?モトヤス様ッ!!」

 

そして、飛んでいった元康をいつの間にか荷車を降りていたミーシャが元康をキャッチして地面に叩きつけると同時に拳を元康の顔に叩き込んだ。鼻に強い一撃を食らったのか、鼻は折れ血が出ていた。

 

 

(アレは玉が潰れたな。爽快だな…これは。さすが俺の魔物だ。俺の代わりに復讐してくれた訳か。フィーロ、今夜は特別に美味い物を食わせてやるぞ。あ、ついでに鼻も折れてたな、ナイスだ。ミーシャ)

 

「グアアアアアアアア!」

 

バタバタと羽を羽ばたかせて、ミーシャを置き去りにしてる事に気付かず、フィーロはドタドタと走り出していく。そして、あっという間に元康達が見えなくなった。

 

「な、何かあったのですか?」

 

ぐったりしているラフタリアは顔を上げて尋ねる。

 

「いや、なんでもない」

 

「…その割には見たことも無い程晴れやかな顔をしてますよ」

 

ラフタリアに指摘されると尚文はいつもの表情へと戻した。

 

「うっ…!もっとゆっくり走ってください…!」

 

ラフタリアの声が耳に入らない程、尚文は晴れやかな気持ちでフィーロを走らせていった。

 

 

その後、ラフタリアは道中で嘔吐してしまい、森へ辿り着いた頃には限界を迎えていた。

 

「う…うう…」

 

青い顔をして唸るラフタリアに尚文は内心やりすぎたと反省する。

 

「すまん」

 

「グア…」

 

フィーロも同じように反省しており、申し訳なさそうに意気消沈している。

 

「だ、大丈夫です…よ」

 

「とてもそうは見えない。どこかで休めると良いんだが…」

 

「ところで、ミーシャさんは?」

 

「あっ」

 

「…あってなんですか。もしかして…」

 

「フィーロが怒って走ってしまったから、その時降りてたアイツは…」

 

「……」

 

「すぐ戻ってくるだろ…アイツは」

 

「えぇ…。迎えに行きましょうよ」

 

「…元康の所に戻りたくないんだが」

 

ラフタリアの指摘でミーシャを置き去りにしてしまった事に尚文は気付いたが、ダウンしたラフタリアをここに置いていく訳にもいかず、更に自分が元康の所に戻るのも嫌だったのでどうするか悩んでいた。

 

「あ、盾の勇者様ですね」

 

悩んでいると、森の近くの小屋から木こりらしき村人が出てきた。

 

「ああ、村の連中に頼まれてな。木材を貰いにきたんだが」

 

「あの、お連れの方は大丈夫ですか?」

 

「…大丈夫じゃないだろうな。休ませておきたいんだが良い場所はないか?」

 

「ではこちらに寝床があるので、寝かせておきましょう」

 

そう言うと木こりは小屋へ尚文を案内し、尚文はラフタリアの肩を持って運びベッドに寝かせる。

 

「フィーロが戦える範囲の敵を相手に軽く戦う程度にして、今日は荷物運びに従事するとしよう」

 

ラフタリアが乗り物に弱いので、しばらく慣れるまでは荷車で爆走するのはやめる事にした。

 

「という訳だ、申し訳ないが荷車に材木を載せておいてくれ。しばらくしたらもう一度来る」

 

「はい」

 

フィーロは荷車を外して小屋の外から、尚文の様子を眺めている。

 

「よし、行くぞ」

 

「グア!」

 

尚文はフィーロと軽く森の中を回る事にし、森の中に入って行った。

 

 

ーーー

ーー

 

「がっ、ぐ…!ぐぁあっ…!!」

 

その頃、ミーシャは元康に馬乗りになって拳を振るい続けていた。時折、鎌の柄で殴っている。

 

元康は何度も顔を強い力で殴られているせいか、顔は痣だらけで出血しており、歯も何本か抜けていた。

 

『臭せぇんだよ!オラッ!』

 

『社会のゴミが!』

 

『文無しは帰れ!』

 

『あそこの子と遊んじゃダメよ…』

 

ミーシャにはかつて自分達へと罵詈雑言を吐いた者達の顔が元康の顔と重なって見えた。

 

その顔が見える度に殴った。顔に血が飛ぼうが、苦しそうな声が聞こえようが関係なかった。

 

殴る。

 

「や、め…あが…ッ…!」

 

殴る。

 

殴る。

 

「ぁ…ぐ…」

 

殴る。

 

殴る。

 

「モ、トヤス…様…」

 

殴る。

 

ただひたすらに、骨が砕ける音がしても、元康が何も言わなくなってもお構い無しに殴り続けた。地面や顔には赤黒い血が付着しているが拭き取る事もない。

 

何も感じなかった。いつも他者をいたぶる時の快楽も楽しさも何もかもが。

 

(楽しくなきゃ疲れるわね…本当に)

 

「……」

 

マインは元康を置いて、ミーシャに背を向けて逃げようとした。

 

「逃げんじゃないわよ。白けるだろ」

 

「ひっ!離しなさい、この気違い…ッ…!!」

 

いつの間にかマインの前方にはミーシャが居て、腕を掴まれていた。そして、マインは手を振りほどこうとするが万力のような力…否、それ以上の力で握られ徐々に力が強くなり、骨が軋む。

 

「い゛ッ…!!!あ゛ッ…!!?」

 

「……」

 

「あ゛あ゛あ゛ああああぁああッ…!!!」

 

ミーシャは一気に手を握る強さを強めて腕をへし折った。あまりの激痛にマインは地面に転がり、のたうち回る。

 

「うるさい」

 

「が、ッ…ひゅ…っ…」

 

耳を塞ぎながらミーシャはのたうち回るマインの喉を踏みつけ力を加えた。呼吸器を塞がれ圧迫されたマインは酸素を求めてもがくがミーシャの足を退けるには至らない。

 

「か、は…!ぁ、っ…!ぁ…」

 

息が出来ず、顔が赤くなりマインの意識は遠退いていった。そして、飽きてきたのかミーシャは足を離した。

 

(なんで、こんなにつまらなくて疲れるのかしら…?)

 

意識を失ったマインを興味を失ったかのように眺めて、ミーシャは一人考えながらその場に座り込む。身体の底から何もする気が起きない程の倦怠感が全身を駆け巡っていく。

 

(何やってるのかしらね。暴れたって何も帰ってきやしないのに。あら、尚文達が居ないわ。愛想でも尽きたのかしら?)

 

ミーシャは周りを見渡すが尚文達の姿は無い。実際はただフィーロが怒って走り去ってしまっただけで、悪気があって置き去りにしたわけではないとミーシャは知る由もなかった。

 

ーーお困りのようだね。

 

「あなたは…あの悪魔?」

 

ーー如何にも。

 

そんな声がミーシャに聞こえた気がした。ほぼ無意識に鎌に視線を向け、声に耳を傾ける。

 

「何の用かしら?もう私に用なんてないと思うけど…」

 

ーーそうつれないことを言うものではないよ。君、モチベ下がってるだろ?

 

「ええ、まあ。今は自分の今後の身の振り方を考えてる所よ」

 

ーーおかしな事を言うね、君は。一人になったわけでもないだろう?

 

「何もおかしくないわよ。そろそろ、尚文にとっても手の切り所だったんじゃないかしら。何処に行ったかも分からないし。もうどうでもいいけど」

 

ミーシャは鎌に向かって話をしていた。そこに誰も居ないにも関わらず。

 

ーーまったく、仕方ないなぁ。君にここで投げ出されても困る。助けてあげるよ。

 

「もうどうにでも…。う゛っ!?」

 

 

悪魔の宣言と同時にドクンと心臓の鼓動が強まった。鎌から闇が生み出される感触をミーシャは覚えた。

 

鎌のツリーがミーシャの視界に浮かび上がる。そして、そのツリー画面が裏返り、赤黒い不気味な背景をした、もう一つのツリーが姿を現した。

 

(何なの…?コレは…)

 

 

カースシリーズ

 

怠惰の鎌

 

能力未解放…装備ボーナス、スキル「ヘルズゲイト」

 

専用効果 幻覚 生命力・気力吸収 攻撃感知 状態異常付与 忘却 思考誘導 無効効果貫通

 

シンジツヲミセヌ、ダラクノ鎌。

 

 

特別に説明文の書かれた鎌。

 

ーーそれを使えば、今の君の現状を解決できるよ。さあ、使ってごらん?

 

「…これを使えば」

 

ミーシャは悪魔の囁きを聞けば、自らの意思で感情に従って赴くままに虚しさから抜け出そうと手をかざした。

 

怠惰の鎌。

 

鎌から感情の流れが解放され、赤黒い光と共に鎌が変化する。そこには禍々しい煙を意識した装飾が施された赤黒い鎌があった。

 

「@※TM^/#`~:/GP殺LVIT…」

 

意識が飲み込まれて行く。諦めという感情がミーシャを支配していく。そして、この世界の力では無い全く法則の異なる異物の力により、バグを起こしながら辺りへと黒い霧が広げていった。

 

 

ーー

ーー

 

 

 

 

 

 

静かな森の中で尚文はフィーロと一緒に歩いて回る。

 

(森林浴とは言うけれど、なんとなく空気が澄んでいるような気がするな。そういえば、この世界に来てこんなゆっくりと景色を見て回るような真似をした覚えが無い。

原因はなんだ?あの元康が苦痛に歪む顔を見たら全てが吹き飛んでしまった)

 

(違う。ラフタリアが信じてくれたからだろうな。そのラフタリアが乗り物酔いでここにいない。なんとなく寂しいな。考えてみればまだ三週間くらいしか一緒にいないのに、もう当たり前のような関係になっているな。俺達…いや、アイツ…ミーシャもだな。色々、助けてもらった。やっぱり探しに行くか)

 

「乗り物酔いの薬があれば良いんだが…」

 

尚文は乗り物酔い用の薬を探しながら手近な薬草を探して採取していき、ミーシャは何処に行ったのかと辺りを見渡す。

 

「しかし、魔物が出ないな。それはそれでありがたいが…」

 

しばらく歩き続けているが、魔物の気配はしない。

 

「グア」

 

「ん?」

 

不意にフィーロの声が近くに聞こえ、振り向くとフィーロがウサピルを丁度口に入れる瞬間だった。しばらく、バリボリと噛み砕いた後、やがて飲み込んだ。

 

「グア!」

 

「……」

 

何事もなかったかのようにこちらに駆け寄って来るフィーロを見て尚文は嫌な音を聞き、嫌な光景を見てしまったと頭を抱えた。

 

EXP 34獲得。

 

気にすれば気分が悪くなってくるので尚文はスルーした。こうして数分、採取を繰り返し、木こりの小屋に戻ってくると、荷車には木材が満載されていた。

 

小屋に入ればラフタリアがぐったりとして寝ていた。

 

(困ったな。フィーロの最高速で走らせるとラフタリアが持たないか…。しばらく訓練が必要だな。ラフタリアが乗り物に馴れなければ移動中の作業が出来ない)

 

「しばらくは荷車に慣れる訓練が必要だな」

 

「う…うぇ」

 

尚文の言葉にラフタリアが顔を青くして呻く。

 

「あの、材木を乗せ終えましたが…」

 

「あ、ああ。じゃあ、一回村に届けに行くから彼女を頼めるか?」

 

「はい!盾の勇者様のお仲間なら何が何でもお守りします」

 

尚文は些か不安だったが、何もしないで待つのは我慢できないので出発する事にした。

 

「行って来る」

 

(よし、ミーシャを探しに行くか)

 

尚文は荷車に乗り、準備が出来ていたフィーロに出発の指示を出した。

 

「グアアア!」

 

元気な声を出してフィーロは走り出した。

 

 

 

ーーー

ーー

 

「こ、ここは…?私はさっきあの気違いに…」

 

マインは気が付けば町にただ一人ポツンと立っていた。周りを見渡しても町の住民が歩いているだけで元康は居ない。

 

(あの気違い…パパに言いつけてやるわ)

 

ミーシャから暴行を受けた事を思い出すとマインは怒りに顔を歪めて城へと歩き始めた。今回の事を王へと報告し、ミーシャと尚文の立場をさらに悪くする為に。

 

(何よ、コイツ…。汚いわね)

 

歩くマインの前に小汚ないローブを羽織った子供が立っていた。金色の長い前髪が見えている。マインは内心毒吐きながら通りすぎようとした。

 

「…のせいだ」

 

(はぁ?)

 

マインは後ろから聞こえた子供の声に思わず足を止め振り返る。

 

「あ゛が…ッ…!?は…?え…?ぉえ…」

 

「お前のせいだ…!」

 

子供は刀を手に持っており、振り向いた時には腹部を刺されていた。辺りに鮮血が飛び散り、マインは訳も分からないまま膝から崩れ落ちた。

 

「リファナを、父さんを、皆を返せええぇえッ!!!」

 

「ぐっ、がふっ…!!」

 

子供は刀を引き抜くと倒れたマインの背中へと再び突き刺した。その時に子供の子供の顔を隠すローブが取れて顔が露になる。子供の金色の髪はたてがみを思わせる程量が多く二つの耳が頭に付いていた。恐らくライオンの亜人だろう。

 

「死ねっ、死ねえぇッ!!返せッ、返せえぇっ!!」

 

「ぐ、ぉえっ、がはっ…!!」

 

(身体がっ、動かな…ッ…!!?)

 

少女は一心不乱にマインを何度も何度も刺し続ける。辺りを歩いていた町の住民は悲鳴をあげた。その声に兵士が駆け付ける。

 

「お前ッ!!何をしてるッ!?」

 

「離れろッ…!!」

 

「離せっ、離せええぇ…ッ…!!」

 

大量に血を流して倒れている、マインの横では亜人の少女が兵士に取り押さえられ訳の分からない事を泣きわめきながらもがいている。

 

(亜人ッ…!?こんな、ヤツに…!こんな、亜人風情にッ…!私は王女よっ!?こん、なつまらない事で…ッ…!!?身体が、うごかなっ…)

 

「は、やくたすけ…な、さい…っ…!わ゛だしを…っ…」

 

地面にマインを伝って血が流れて広がっていき、マインの身体は冷たくなっていく。マインは何とか声を絞り出して兵士に命令するが、少女の喚き声に掻き消されて聞こえなかったようだ。

 

(ぅ、ぐ……)

 

「マルティ王女が何か言っておられるぞっ!?」

 

「どうしたのです、マルティ王女!?マルティ王女!?」

 

兵士は必死に呼び掛けるも、もう手遅れでありマインは薄れていく意識の中、意識を手放した。

 

 

 

「…ハッ!?」

 

マインが目を覚ますと青い壁に囲まれて自分は寝ていた。しかも、移動しているようだ。

 

(さっき、私は死んだハズ…。でも、身体は…)

 

しかし、マインはここでは一切身動きを取る事は出来なかった。動かそうとしても目以外はどこも動かすことは出来ない。

 

「ふふ、食事の時間だぞ」

 

「姉、上…!?」

 

ある場所に辿り着くと移動が止まった。そして、クローディアの声がすると見上げるが天井が見えるだけだったし、マインの声にクローディアは反応しなかった。

 

「グア♪」

 

「…っ!?まさか…」

 

壁の向こうの真上からフィロリアルと目が合った。しかし、フィロリアルは人間を見ているような視線ではなかった。これがどういう事か瞬時にマインは理解し、恐怖を伴う寒気が全身を駆け巡った。

 

「ひっ!?」

 

「グアァ!」

 

「い゛ッ…!?あ゛あ゛あああぁあああッ!!!」

 

ガリガリ、ボリ、ゴクン。

 

フィロリアルはマインへとくちばしを振り下ろし生きたまま貪り、肉や骨を強靭な顎の力で噛み砕いていき飲み込んだ。

 

「早く大きくなって立派になるのだぞ」

 

「グア♪」

 

何故かフィロリアルもクローディアも人間を食べさせていないような、当たり前のような反応をしている。

 

当然だ。

 

彼女達にはマインは生肉に見えていたのだから。

 

 

 

「…!!?また…」

 

そして、再びマインは目覚めた。今度は何処かの街のようだ。

 

(ここは…フォーブレイ…?)

 

辺りを見渡せば、空には飛行船。地上には車と近代的な光景が広がっていた。

 

(こうなれば、タクト様とグリフィスに助けを…)

 

マインの行動は早速決定した。死のループから抜け出す為に自身がよく知る末席の王子と彼と一緒に居る少女へ助けを求めようと城へと向かおうとする。

 

しかしーー

 

「グアー!グアー!」

 

「ひぃっ!!?あっ!?」

 

「こ、こらっ!」

 

本来、この場に居るハズの無いフィロリアルがこちらを向いて鳴いており、先程身体を貪られた恐怖が残っているからか震えて、足が滑り後ろに転倒してしまった。飼い主と思われる中年の男がフィロリアルを叱り付ける。

 

(な、なんでここにコイツが…!)

 

「あ、危ないっ!!」

 

「えっ…?」

 

中年の男がマインに声を上げて注意を促した。マインが振り向くとーー

 

ププーッ!!

 

と、クラクションを鳴らしながら猛スピードで走る車がマインへと迫っていた。

 

何かを思考する暇もなく車に跳ねられ轟音を上げながら即死し、地面や壁の染みになった。

 

 

 

 

「ハッ!!?何なのよ、さっきから…!」

 

(私は何回死ぬの…っ…!?次は…ど、とこから…!?どのタイミングで…襲って…!?)

 

今度は何処かの村に居た。しかし、マインに辺りを見渡す余裕はなく疑心暗鬼になっていた。

 

「あの、大丈夫…ですか?」

 

座り込み恐怖するマインへとイタチの亜人と思われる少女が心配そうに駆け寄ってきた。

 

「ッ…!?来るなぁっ!!こっちに近付くなあああぁああ…ッ…!!!」

 

疑心暗鬼になったマインには自身に関わろうとする者は全て敵に見えた。その為、マインは走り出した。転びそうになっても、ただただ少女から逃げ切る為に。

 

「あっ!待って、お姉さん!そっちは…」

 

亜人の少女が注意しようとするも、マインは逃げるのに夢中で聞いていなかった。逃げた先は凶暴な魔物の巣だとも知らずに。

 

 

 

ーーー

ーー

 

「……」

 

「た、すけて…」

 

「や、めろ…ガチムチの、おっさんは…嫌、だ…」

 

街道には赤黒い鎌を持つミーシャが座っており、辺りには黒い霧に包まれている。マインと元康は近くに倒れており、魘されていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十七話 忘却

ごめんなさい。家具片付けたり、仕事が忙しくなったりで書く時間が確保出来なくて遅れてしまいました…。


(ミーシャのヤツ、何処にいる…?いくらなんでも小屋に来るのが遅い。普段ならすぐ見つけて来るハズなんだが…)

 

尚文はフィーロに荷車を引かせながら、ミーシャを探した。最初に森を探し回ったが見つからなかった。

 

(何だ…?この黒い霧は…。吸い込むのは不味い気がする)

 

尚文は思わず眉をひそめた。黒い霧が元康達と会った、街道の辺りの方角で立ち上っていた。

 

「フィーロ、あそこまで頼む」

 

「グア!」

 

尚文はフィーロに指示を出して、街道まで向かう。道中にも黒い霧が浮いており、その近くには走らないようにしていた。

 

(なん、だ…これは)

 

街道に近付くに連れて黒い霧の体積は増えていく。尚文は薄気味悪さを感じながら街道に徐々にフィーロと進んで行く。

 

「グ、ア…」

 

ミーシャと元康達が居た場所に近くなると、フィーロが苦しそうに呻き、その場に座り込んでしまった。

 

「ぐ…」

 

尚文も同じく身体から力が抜けていき、倒れそうになるが首を横に振り、意識を保とうとする。

 

(力が…!元康、とあいつも倒れているな…)

 

遂に尚文はミーシャを見つけ出す事に成功した。近くには元康とマインも倒れている。

 

「フィーロ、まだ動けるか…?」

 

「グア…っ」

 

尚文はフィーロに確認を取る。フィーロはふらつきながらも、返事をして動ける事を伝えた。

 

(さて、連れていくか…。持ち上げられるかは分からないが)

 

「グアっ!」

 

「ん?うおっ!?」

 

尚文はミーシャを連れ出そうと座る彼女に手を伸ばすが、地面から生えた黒い腕に掴まれ引きずり込まれていく。

 

「グアっ!グアっ!」

 

引きずり込まれていく尚文のマントをフィーロは必死に咥えて食い止めようとする。しかし、一緒に引きずり込まれてしまう。

 

「う、ぐ…」

 

「グ、ア…」

 

尚文とフィーロは引きずり込まれて、気を失った。

 

 

ーーー

ーー

 

 

「こ、こ…は」

 

「今更何の用かしら?尚文」

 

尚文は目を覚ました。まるで水中に居るような感覚に違和感を覚えるが、無視して今の状況を探ろうとする。その時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえて振り返る。

 

「決まってるだろ?お前を迎えに来た」

 

「置いてったくせに。もうどうでもいいけど」

 

「何を言ってるんだ。置いていってないぞ」

 

尚文はミーシャを迎えに来たと伝えたが、ミーシャは気だるげにそれを拒否して文句を言った。

 

「とぼけなくて良いから。もう戦力も整ったし、手を組むのも潮時じゃない?」

 

ミーシャは置いていかれたと分かった時に、本来は一時的に手を組んでただけだと思い出した。否、思い出してしまったのだ。

 

「だとしても、俺はお前と手を切る気はない」

 

「どうでもいいけど、一応聞いとくわ。なんで?」

 

「正直、お前と手を切りたいと思った事は何度かある」

 

「やっぱり」

 

尚文は騎士団長を死なせた時等の所業を思い出しながら、ミーシャに言う。子供を殺した疑惑があった時も手を切ろうと思った事があった。

 

「聞け。だが、ラフタリアやフィーロはお前と居たがってる。俺も助かってるからお前が必要だ」

 

「本当に?ただ利用しようって腹積もりじゃないの」

 

尚文の言葉にミーシャは疑ってかかり、薄ら笑いを浮かべて吐き捨てる。

 

(今更だが、こいつ結構面倒臭いな…)

 

「疑うのは結構だが、お互い様だと思うぞ。お前も最初はそのつもりだったんじゃないのか?」

 

「……」

 

「何か言えよ」

 

「はぁ…私もそうだったわよ」

 

尚文とミーシャはお互いを利用していた。しかし、最近は共に旅をするのが当たり前になっていた。どちらもそれを口にして伝える事はしない。

 

当然、相手もそうだとは限らし、どちらが一方的に当たり前になっていたと分かってしまえば付け込まれるからだ。

 

「やっぱりな。さて、俺はこれから先もお前を利用し、使い続ける。お前が俺の立場ならお前を切り捨てるか?」

 

「捨てないわ。戦闘員が三人なんて一人でも捨てるのはもったいない」

 

尚文の問いにミーシャはそう答える。尚文の様に自分が攻撃を出来ない立場で、代わりに攻撃が出来る者が三人も居れば、多少金銭が掛かっても捨てる選択肢は無い。

 

「お前はどうする?今、宣言した通りに俺はお前を利用し続ける。大人しく使われるだけか?」

 

「…だったら、私も貴方を利用してやるわよ。それでいつか使い潰す。ほんと、私が言って欲しい事をあんたは言ってくれるわね。どうでもよさも全部吹き飛んじゃった」

 

「それほどでもない。聞き捨てならない言葉が聞こえたが、そのくらい強気でいてもらわないと困る。ほら、行くぞ」

 

「ええ♪面白い度にしてもらうわよ」

 

「当たり前だ」

 

ミーシャは倦怠感から解放され尚文から差し出された手を掴むと、そのまま一緒に上へと昇っていった。

 

 

その頃ーーー

 

「グアッ、グアァッ!!」

 

「分かったわよぉっ!行くから引きずらないで」

 

フィーロ側のミーシャは言葉が通じないので、尚文との時とは違い、話し合いにならず、フィーロにつつかれたり引きずられたりしていて、強引に連れ出される形になっていた。

 

ーーー

ーー

 

街道ではすっかり、黒い霧は消え去りそこに倒れていた人達は全員ただ寝てるだけだった。

 

「ん、ここは戻ってきたのか…」

 

「グア…」

 

「ふあぁ、よく寝た…」

 

尚文は目を覚ますと、辺りを見渡す。黒い霧は綺麗さっぱり無くなっており、近くには元康とマインが倒れている。

 

「起きたか。迎えに来たぞ」

 

「何を言ってるの?確か村に材木を運ぶ途中だったし、迎えに来るも何も…」

 

「覚えてないのか?お前は…」

 

(って、こいつを探しに来たのは覚えてるんだが…。確か俺達も寝てしまったような…)

 

二人は先程、話をしていた事を覚えてはいない。ミーシャ自身は副作用により強制的に覚えていない状態になっている。

 

 

「ま、良いじゃない。何か気分がすっきりしたし♪早く村に届けましょ?」

 

「…ああ」

 

(まぁ、気にしても仕方ない事か…)

 

「う、重…身体に力が…」

 

ミーシャのその言葉に尚文は気にするのをやめて、目を覚ましたのフィーロの元へ行き、荷車に乗った。その途中でミーシャは鎌を持つ手に力が入らず、落としそうになるが何とか持ちこたえた。

 

「そーれっ♪」

 

「ぐっ!?おふっっ…!!!おおぉ…」

 

最期に元康の股間を蹴るのを忘れずに。

 

「さ、村までひとっ走りお願いね!」

 

「ま、俺達ならあの速度でも大丈夫か。速く走って良いぞ、フィーロ」

 

「グアっ♪」

 

尚文とミーシャの言葉に機嫌を良くした、フィーロは猛スピードで村へと出発した。

 

「ぐえっ!?ごふっ…痛たた…」

 

マインを轢き逃げするのを忘れずに。

 

「ってて、あれ?俺達、何してたっけ?ここで歩いてたハズなんだけど…。うぐっ、股間とケツが…」

 

「さぁ?う、身体の節々が…っ…!」

 

元康とマインも記憶を失っていた。

 

「キャアアアァッ!!?元康様、顔がッ…!」

 

「え?」

 

なお、記憶を失っていた為、元康の殴られ続けて腫れ上がった顔を見てマインは悲鳴を上げた模様。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十八話 巨大化

長くなって時間が掛かりそうなので分割します


帰り道では元康達とは遭遇せず、既に居なくなっていた。尚文とミーシャは怒り狂いながら自分達を探しているかと思ったが、杞憂だったようだ。

 

その後、ミーシャが何故か木材を運ぶのに力が入らずに少し時間が掛かったが、なんとか村で荷物を降ろし戻ってくるとラフタリアは元気になっていた。

 

「大丈夫だったか?」

 

「はい」

 

「は、はやいですね…」

 

木こりは尚文達が戻ってくるのが早くて驚いていた。

 

「そうか?少し遅れてしまったと思ってたが…。思いの外、コイツが健脚だったようだな」

 

「しんどい…」

 

尚文はフィーロを撫でながら木こりに答えた。

 

「グア!」

 

それに対して元気にフィーロは答えた。

 

(しかし、ミーシャの奴本当にどうした?荷物を運ぶのに随分重そうにしているな…。ん?これは…12:00と書かれてるな…)

 

尚文はステータス画面を開くと、ミーシャの名前の横にタイマーのようなものが表示されていた。

 

(正直、この盾は解放したくなかったが…)

 

ツリーから『アバ茶シールド』を解放するとミーシャの方を見る。すると、頭上に『筋力一定時間低下』と表示されている。

 

「お前、筋力一定時間低下のデバフ掛かってるぞ」

 

「本当?それは困ったわね…」

 

「ま、あまり無理はするなよ」

 

「ええ」

 

尚文はミーシャにデバフが掛かっている事を伝えると、アバ茶シールドから元の盾に戻した。

 

「さて、本格的に森を探索するか」

 

「はい!」

 

「無理のない程度に頑張るわ」

 

「帰りはゆっくり走れよ」

 

「グア!」

 

(なんだ?この音。成長は終わったはずだ。フィーロから聞こえて来るが…。変な病気じゃなければ良いが)

 

尚文はフィーロの身体から聞こえた音に心配しながらも、森を探索し始めた。

 

「く、ぬぬ…っ…!それっ…!」

 

「今だ!」

 

「はいっ!やぁっ!」

 

「グァ!」

 

ミーシャが尚文の背後から襲い掛かったダークヤマアラへと鎌を重そうに横薙ぎに振るって、両断し、尚文は二体のホワイトウサピルの攻撃を弾き返しながらラフタリアとフィーロに合図を出す。

 

合図に従い、ラフタリアは左切り上げを、フィーロは爪での攻撃を放ちホワイトウサピルを切り裂いた。

 

(今回の収穫は中々だったわ。ラフタリアの活躍もだけど、フィーロの動きや攻撃力は目を張るものがあるわね。正直、速さと一撃の強さはラフタリアに勝るわね。鍛えればもっと強くなるかも…♪)

 

尚文 Lv.29

 

ラフタリア Lv.32

 

フィーロ Lv.20

 

ミーシャ Lv.53

 

ホワイトウサピルシールドの条件が解放されました。

 

ダークヤマアラシールドの条件が解放されました。

 

ウサピルボーンシールドの条件が解放されました。

 

ヤマアラボーンシールドの条件が解放されました。

 

殺戮天使の欠片1/3(ミーシャのドロップ品)

 

ホワイトウサピルシールド

 

能力未解放…装備ボーナス、防御力2

 

ダークヤマアラシールド

 

能力未解放…装備ボーナス、俊敏2

 

ウサピルボーンシールド

 

能力未解放…装備ボーナス、スタミナ上昇(中)

 

ヤマアラボーンシールド

 

能力未解放……装備ボーナス、SP上昇(小)

 

ステータスアップ系がほとんどだ。もっと効率が良ければ性能の高い盾を装備すれば良いが、尚文は金も経験値も効率の良い場所を知らないので地道に能力を解放して盾全体の底上げをする他ない。

 

解放した能力の合計はどれだけか数が多さのせいで把握出来なくなっている。

 

オレンジスモールシールドなどの下級装備は解放してから一度も使っていないし、最低でも砥石の盾などの専用効果がある盾を必要な時に使っている程度だ。少なくとも今日見つけた四つは解放したらもう二度と使わないつもりで尚文は居た。

 

 

日が落ちだした頃、ゆっくりと歩かせて尚文達はリユート村へ戻ってきた。ラフタリアを荷車に慣れさせる為に必要だからだ。

 

途中何度か気持ちが悪くなったとラフタリアが申告して、休み休み、進む。結果、日がほとんど落ち切ってからの到着となる。

 

「…すみません」

 

「気にするなよ。徐々に慣れていけば良いさ」

 

「そうよ。のんびりするのもたまには悪くないし♪」

 

尚文とミーシャは不思議な位に酔うという事が無かったが、かと言って他人に根性が無いとか言う事は無い。なお、ミーシャは最初ラフタリアに言っていたが言わなくなった模様。

 

乗り物酔いというのは慣れれば大丈夫になると聞いたことがあったので、早くラフタリアには荷車に慣れてもらう為に試行錯誤する。

 

「グア!」

 

この時、異変は既に始まっていた。正確にはかなり前からとだが、尚文達は気付いていたが無視をしていた。

 

翌朝。尚文達は無視していた現実に直面し、皆で考え込む事になった。

 

「グアア!」

 

「お、大きくなってるわね…」

 

馬小屋に顔を出した時に既に変化は極まっていた。フィーロはフィロリアルの平均から逸脱して大きくなっていた。フィロリアルの平均身長は2m30cm前後であり、ダチョウの身長と殆ど同じだ。しかし、フィロリアルの方が骨格がガッシリとしていて、顔や首が大きい。

 

フィーロの身長は2m80cmに達していた。立ち上がると馬小屋の天井に頭が届いている。

 

「俺は本当にフィロリアルの卵を貰ったのか?別の何かを買ったのではないかと疑いたくなって来たぞ」

 

「ええ…私もそう思います」

 

「これで、仲間内で一番チビなのが私に…」

 

「フィーロがデカくなる前からだろ」

 

「グア!」

 

尚文達が話しているとフィーロが何かを飲み込んでいた。よく見ると、馬小屋に干していたキメラの肉が無くなっていた。牛二頭分程の肉が、見るも無残に消えていた。

 

今食べていた分が恐らく最後だろう。

 

「食欲が無くなったのかと思っていたが…」

 

「食べてたんですねー!」

 

「グアー!」

 

「「ハハハハハハハハ」」

 

「うふふふふふふふふ」

 

「笑い事じゃないな…」

 

「そうね。改めて考えると、もう一個卵を買ってなくて良かったわ…。絶対、どちらか面倒見切れなくなってた」

 

「ああ…」

 

ミーシャと尚文は只々、危惧した。このままだと、食費はどうなるのかと。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十九話 幼女

大変遅れて申し訳ありません。この時期、仕事が忙しすぎて…。


(さて、どうしたものか…。とりあえず、外見に関しては特別大きいんですとか今ならまだ誤魔化せるぞ…)

 

しかし、尚文の思惑とは逆に成長音が鳴り響いている。

 

「まだ音がしてるぞ…」

 

「まだ、大きくなるんじゃあ…」

 

成長音に尚文とミーシャは冷や汗を掻く。大きくなるのと比例して食べる量も増えるのではないかと。

 

「あの、もしかしてナオフミ様の盾の力でこんな成長をしているのではありませんか?」

 

「可能性は十分あるな。魔物使いの盾Ⅲにも成長補正(中)というボーナスはあった」

 

「なるほど、それであんなに大きく…家より大きくなるんじゃないかしら」

 

「な、ナオフミ様…確か奴隷の盾もありましたよね?」

 

「ああ、奴隷使いの盾という似たボーナスの付いている盾がある」

 

「……その、力は私に?」

 

「ああ、とっくに解放済みだ。ラフタリアも少しは影響を受けている」

 

「それで、こんなに成長したのね」

 

「いやああああああッ!」

 

ラフタリアは尚文から聞かされた言葉に叫びながら馬小屋から走り出した。

 

「ら、ラフタリア!?」

 

「最近、体が軽いなぁって思ってました。ナオフミ様の所為だったんですね!」

 

「お、落ち着け!」

 

「わ、私もフィーロな大きさになっちゃうんですか!?怖いですけど!」

 

「お前からは成長音がしないだろ」

 

「そ、そういえばそうでした。良かった…ほんとに良かった!」

 

ラフタリアはしばらく取り乱したが、尚文に宥められ、平静を取り戻した。

 

「奴隷使いの盾があれば、私もあんなに大きく…」

 

ミーシャはラフタリアへ視線を向けてごくりと片唾を飲む。主に胸に。

 

「なりますか?お揃いですね。それじゃ、これからは呼び捨てで…ミーシャって呼びますね」

 

「遠慮しとくわ。よくよく、考えてみれば奴隷になる方がデメリット大きかったわ。成長した貴女のスタイルの良さに釣られてしまったけど。それと、年下から呼び捨てにされるのは結構イラってくるからやめなさい」

 

「じょ、冗談ですよ。ミーシャさんも、良いと思いますよ!」

 

「嬉しい事言ってくれるじゃないの」

 

ミーシャとラフタリアが談笑している横で尚文はムキムキマッチョに育つラフタリアとミーシャを想像しながらフィーロへ視線を向けた。

 

「なんか失礼なこと考えてませんか?」

 

「同感。私も失礼な事考えられた気がするのよねー」

 

「…どうしたものか」

 

ラフタリアとミーシャに詰め寄られるが尚文はそれを無視して話を続行する。

 

「一度、あのテントに行って確認を取りますか?」

 

「そうだな。それが良い」

 

「決まりね。それじゃ、ついでに買い食いでもする?」

 

「良いですね。しましょう!」

 

「おいコラ。無駄遣いするんじゃない」

 

「ま、私の銀貨で奢るから大丈夫よ」

 

「それなら、いいが…」

 

尚文は意味も無く城下町に戻るのは嫌だっだが行くしかないので、荷車に乗る。

 

「グア!」

 

元気良く、荷車を引くフィーロと乗り物酔いと戦うラフタリアを心配しつつ、尚文達はリユート村を後にした。

 

途中、フィーロが飢えを訴えたのでエサをやったり、魔物と戦ったり、ミーシャが生えていたキノコを食べたりして腹痛を起こしたりしたので、城下町に着いたのは昼過ぎだった。

 

「おいおい…」

 

尚文が気が付くとフィーロの外見がまたも変わっていた。足と首が少しずつ短くなり、気がつけば短足胴長のフクロウのような体形に変化していた。

 

それでもなお、荷車を引くのが好きで楽しそうに荷車を引いている。引き方にも大きな変化が生まれており、前は綱で荷車と結んで引いていたが、今は手のような翼で器用に荷車の取っ手を掴んで引いている。

 

「クエ!」

 

鳴き方すらも変わり、色は真っ白になっていた。

 

「…体格かなり、変わっちゃいましたね」

 

「そうね。狭い所通れるかも心配になってきたわ」

 

ラフタリアとミーシャは一旦、荷車から降りてフィーロの身長を目視で測る。身長は2m30cmまで縮んでいたが、横幅が広がっており、遊園地のマスコットのように不自然に肥っていた。

 

「クエ?」

 

「なんでもないわ」

 

(フィーロは変化に気付いているのか?もはや何の生物か分からないんだが…)

 

尚文が心配してる間にも、奴隷商のサーカステントに到着した。そして、荷車から降りて奴隷商の元へ向かった。

 

「いやぁ…どうしたのかと思い、来てみれば驚きの言葉しかありませんね。ハイ」

 

奴隷商は冷や汗を何度も拭いながらフィーロをじっくりと観察している。

 

「クエ?」

 

今のフィーロは全体的に太くなり、フクロウのような魔物になっている。人懐っこいダチョウの面影は姿はほぼないと言ってもいい。

 

「正直に聞く。こいつはお前の所で買った卵が孵った魔物だが、本当にフィロリアルの卵を渡したんだろうな?」

 

「嘘吐いたら殺すって言ったわよね?」

 

「クエエエッ!!」

 

ミーシャが奴隷商の首に鎌の刃を向け、その後尚文が指を鳴らすとフィーロが今から襲い掛かると言わんばかりに威嚇する。

 

奴隷商は、焦り何度も書類のようなものを確認している。

 

「…おかしいですな。私共が提供したくじには勇者様が購入した卵は確かにフィロリアルの卵と記載されておりますが…」

 

「これが?」

 

「クエ!」

 

「とても、そうには見えないけど?やっぱり嘘?みじん切り確定ね」

 

「ミーシャ、ステイ」

 

尚文が大きなエサを投げるとフィーロは器用に口に放り込み食べた。その後、襲い掛かろうとするミーシャを尚文が制止する。

 

「えーっと…」

 

(ん?そういえば、さっきからフィーロの方から成長音がしなくなったような気がするな…やっと身体が大人になったという事なのか…?)

 

「しかし、まだ数日しか経っていないのにここまで育つとはさすが勇者様ですね。脱帽です」

 

「世辞でごまかすな。さっさと教えろ。俺に渡した卵が本当にフィロリアルなのかを」

 

「…最初からこの魔物はこの姿で?」

 

「いや…」

 

尚文は奴隷商にフィーロが生まれてから、今までの話をした。

 

「…途中まではちゃんとフィロリアルだったのですね?」

 

「ああ、間違いない」

 

「クエ?」

 

(お前の所為だろ)

 

フィーロが首を傾げながら、ポーズを決めると尚文は若干の苛立ちを覚えて、心の中で悪態を吐いた。

 

「クエ」

 

(…暑苦しいな)

 

スリスリと尚文にフィーロは全身を使って擦り寄る。かなり大きな翼で抱き付かれ、尚文にとってはフィーロ自身の体温が鳥ゆえに高いせいか熱さを感じていた。

 

「む…」

 

ラフタリアはその光景を見ると眉を寄せて尚文の手を取って握る。

 

「クエ?」

 

「この流れは…私もね」

 

ラフタリアとフィーロが見詰め合ってるとミーシャがフィーロの翼とラフタリアの片手をそっと握った。

 

「どうしたんだ、お前等?」

 

「いえ、なにも」

 

「クエクエ」

 

「えっ?かごめかごめやるんじゃないの?」

 

「かご…何ですか?それ」

 

ラフタリアとフィーロは首を振って意思表示をしている。その最中にミーシャの発言にラフタリアは首を傾げた。 

 

「かごめかごめっていうのはね、ジャパンの…」

 

「おい、冗談じゃないぞ。二十にもなってこの面子でかごめかごめするって、黒歴史確定だろ」

 

「尚文は嫌みたいね。しょうがない」

 

「…そうですね」

 

(嫌に決まってるだろ…残念そうな顔するなよ)

 

尚文が拒否してる間にも奴隷商は困っていて、書類と睨み合っていた。

 

「とりあえず、専門家を急遽呼んで調べさせますので預からせて貰ってもよろしいでしょうか?」

 

「構わないが、間違っても解体しないと分からないとか言って殺すなよ」

 

「クエ!?」

 

「分かっていますとも。しかし、専門家が来るのに少々お時間が必要なだけでありまして」

 

「…まあ、良い。任せたぞ。フィーロに何かあったら慰謝料を要求するだけだからな」

 

「クエエッ!?」

 

尚文の返答にフィーロが異議を申し立てるように羽ばたく。しかし、尚文はそれをスルーして奴隷商の部下がフィーロに首輪をつけて檻に連行する様子を眺めていた。尚文の視線から大人しくしてろよという意志がフィーロは感じ取り、素直に檻に入る。

 

「ねえ、前来た時に居た子達が何人か居なくなってるけど…」

 

「あの奴隷は先日ですねーー」

 

「おい、そろそろ行くぞ」

 

「はいはーい。また今度ね」

 

ミーシャは飽きたのか、奴隷達が閉じ込められている檻でウィンドウショッピングをしており、奴隷商から居なくなった奴隷達の行方を尋ねたが尚文がそろそろ宿に行くようなので、中断してミーシャは尚文の元へ向かった。

 

「明日には迎えに行く。それまでに答えを出しておけよ」

 

「フィーロ、良い子にしてるのよー」

 

尚文が念の為に釘を刺して、ミーシャはフィーロに釘を刺してラフタリアを連れて、そのままテントを出た。

 

「クエエエエエエッ!!」

 

フィーロの大声がテントを出てもまだ、聞こえて来ており尚文達は知らない顔を貫いた。その日の晩に宿に泊まっていると、突然尚文は宿の店主に呼び出された。

 

「あの…勇者様」

 

「どうした?ミーシャのヤツが迷惑でも掛けたか?」

 

「ひどくない?」

 

「いえ…鎌の勇者様は落ち着いてました。そうではなく、お客様がお見えになっています」

 

尚文の発言にミーシャが抗議しながら、二人でカウンターに顔を出すと、そこには見覚えの無い男が立っていた。

 

「何の用だ?」

 

「誰かしら」

 

「あの、私…魔物商の使いのものです」

 

男の正体は、魔物商もとい奴隷商の使いだった。。

 

「どうしたんだ?」

 

「実は、お預かりしている魔物をお返ししたく…」

 

「もう?」

 

「はぁ!?」

 

フィーロを預けて数時間。そこまで時間は経っていない…にも関わらず、返すとはどういう事だと尚文は怪訝な顔を浮かべて、ラフタリアとミーシャを連れてテントに行くと、フィーロの鳴き声が木霊していた。

 

「いやはや、夜分遅く申し訳ありません。ハイ」

 

尚文達が顔を出すと、くたびれた様子の奴隷商が尚文達を出迎える。

 

「どうした?明日まで預ける約束だったはずだが…」

 

「何かあったの?」

 

「そのつもりだったのですが、勇者様の魔物が些か困り物でして」

 

「クエエエエエエッ!!クエエエエエエッ!!」

 

フィーロはジタバタと暴れて、檻を壊そうとしていたが尚文達を見つけると大人しくなった。

 

「鉄の檻を三つ程破壊し…取り押さえようとした部下5名を治療院送り…使役していた魔物三匹が重傷を負いましたよ。ハイ」

 

「弁償はしないぞ」

 

「そうね。フィーロを大人しく出来ない貴方達が悪いんだし」

 

「こんな時でも金銭を第一に考える勇者様方に脱帽です。ハイ」

 

奴隷商から、経緯を聞いてもなお、尚文とミーシャは弁償を拒否した。

 

「で、何か分かったのか?」

 

「いえ…ただ、フィロリアルの王に似たような個体がいるという目撃報告があるのを発見しまして」

 

「王?」

 

「正確にはフィロリアルの群れにはそれを取り仕切る王がいるとの話です。冒険者の中でも有名な話です。ハイ」

 

 奴隷商は使える限りの情報網を用いて調べていたらしく、野生のフィロリアルには大きな群れが存在し、それを取り仕切る王がいると言う話だ。人前に滅多に現れないフィロリアルの主であり王がフィーロなのではないかという憶測だ。

 

「なるほどな」

 

魔物紋を解除して、盾に吸わせれば真相が分かる可能性があったが、それはフィーロを殺す事になる。羽根や血を吸わせても、尚文の魔物の為か、魔物使いの盾しか出てこない。ミーシャに吸わせるという手段もあったが、魔物の鎌しか出ない可能性が濃厚だった。

 

必要レベルとツリーが足りない事を、嘆かわしく思いながら、フィーロを見つめた。

 

「…クエ?」

 

敵対関係の相手であれば表示されるが、仲間の魔物はステータス魔法で種族名が表示される事は無い。

 

「で、なんて呼ばれているんだ?」

 

「フィロリアル・キング…もしくはクイーンと呼ばれております」

 

「フィーロは雌だからクイーンのようだな」

 

「ですな…ここまで勇者様に懐いていますので、この状態で売買に出されるのは困りますねえ」

 

(鳴いて暴れて、鉄の檻を三つ破壊だったか。凄まじいパワーだな。元より売る予定は無かったが…)

 

「…さま」

 

「ん?今、声が聞こえなかったか?」

 

「聞こえたわね」

 

「私もそのような声が聞こえた気がしますね、ハイ」

 

「あ、あの…っ」

 

ラフタリアが口元を押さえて、プルプルと震えながらフィーロの居る檻を指差した。それと同様に奴隷商の部下も唖然として指差していた。尚文とミーシャと奴隷商はどうしたのかと首を傾げつつ振り返った。

 

「ごしゅじんさまー」

 

そこには淡い光を残滓に、白い翼を持った少女が裸で檻の間から尚文に向けて手を伸ばしていた。

 

(は?)

 

尚文はその自分を呼ぶであろう声に頭が追い付かず、放心する。

 

「貴女…まさか。フィーロたんッ!!?フィーロたんなのねっ!?」

 

ミーシャは我に返ると、檻へとキャーっと黄色い声を上げながら檻へと抱き付いた。

 

(フィーロ…なのか?というか、元々頭のおかしい奴だと思ってたが更に頭がおかしくなったのか?ミーシャの奴。フィーロたんとか…)

 

檻に抱き付くミーシャを見て、尚文は呆れながらも少女がフィーロだと気付き始めた。

 

「今、出してあげるわ!フィーロたんっ!そこのあんた、何やってるの?早く鍵持ってきて出してあげなさい。フィーロたんが可哀想よ。嗚呼、可愛いわねえ」

 

「は、はい!只今!」

 

ミーシャは近くに居た、奴隷商の部下の尻を軽く蹴ると睨み付けながら鍵を開けるように催促して、鉄格子に頬擦りをしている。

 

「……」

 

当のフィーロはというと、急に豹変した仲間の年上の少女にドン引きしていた。

 

(ふ、ふふ。今日から私は最年少脱却…)

 

ラフタリアに至っては、混乱しながらもそんな事を考えていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十話 辻斬りと変身能力

遅れてすみません!


「親父!」

 

尚文は閉店している武器屋の扉を何度も叩いた。しばらくすると、やや不機嫌な武器屋の親父が渋々扉を開けた。

 

「急に何だ、盾のアンちゃん。もうとっくに店閉まいだぞ」

 

「そんな状況じゃねえ」

 

尚文はマントを羽織らせた少女の姿をしたフィーロを親父に見せた。

 

「アンちゃん。お気に入りの奴隷を買えたからって自慢しに来るなよ…」

 

「違うぞ…」

 

「良いでしょー♪」

 

(アンちゃんはともかく、鎌の嬢ちゃんは末期だな)

 

フィーロの姿を見ては案の定、親父は誤解して自慢するミーシャと弁解する尚文を呆れたような表情を眺める。

 

「ごしゅじんさま?どうしたのー?」

 

「お前は黙ってろ」

 

「やだー」

 

フィーロの変身後、奴隷商は俺を指差して驚き部下も驚いて言葉が出ないかったり、ラフタリアは絶句し、ミーシャに至ってはフィーロを可愛がりたいが為に、鉄格子を握り潰そうとしたりと、尚文の頭を悩ませるには十分だった。

 

そして、気付けば親父の店にフィーロを担いでやって来てしまった。

 

「へ、ヘックシュンっ!!」

 

フィーロがくしゃみと共に変身し、尚文が羽織わせていたマントが音が響くと同時に破れてしまった。一瞬にしてフィーロはフィロリアル・クイーン(仮)の姿になった。

 

「な…そういう事か」

 

親父も驚きながら、フィーロを見上げる。フィーロはまた人型に戻り、尚文の手を握った。フィーロの頭の上には辛うじて原型を留めていたマントが落ちてきた。

 

「おお、また裸に…♪眼福ね♪」

 

「気色の悪い事を言うんじゃあないッ!」

 

「ひどい」

 

ミーシャはマントが破れて露になった身体を見ては、頬を紅潮させてはニマニマと笑みを浮かべ、尚文は寒気を感じると同時に抗議した。

 

「それで…事情は分かったか?」

 

「あ、ああ」

 

親父は複雑そうに尚文を店内に案内した。

 

「で、俺に会いに来た理由はその子の装備か?」

 

「とにかく、防御力はいいから変身しても破れない服は無いか?」

 

尚文は無理だと断られるのは承知の上で親父に頼み込んだ。

 

「うふふ、それで露出が多めでエロチックなのを…」

 

「とりあえず、お前もう黙ってろ…」

 

「はいはい」

 

ミーシャが追加で注文しようとしたのを尚文は眉をひそめながら牽制した。

 

「というか、何故変身するんだ…」

 

「アンちゃん。少し落ち着け、な?」

 

今のフィーロの姿は、背中には名残である羽が生えており、金髪碧眼の少女だ。しかも、顔はかなり整っている(そもそも盾鎌一行に容姿が悪い者は一人もいない為、元の世界で四人で歩いてたら振り返られるレベル)。そして、年齢は10歳前後で成長前のラフタリアと同じくらいの背格好だ。

 

尚文が親父と話してる間に随分と古典的な腹の虫がフィーロのお腹から響く。

 

「ごしゅじんさまー、お腹空いた」

 

「私何か買ってくるわね」

 

「我慢しなさい、お前も甘やかすな」

 

「やだー」

 

「えー…空腹はよくないわよ」

 

フィーロは空腹からか床に転がり駄々をこねるも、尚文は武器屋に大量の食料を持ち込むわけにはいかないので却下した。

 

「…うちの晩飯を食うか?」

 

親父はその言葉と共に店の奥から鍋を持ってきてフィーロの前に差し出した。

 

「おい、親父やめとーー」

 

「いただきまーす!」

 

フィーロは親父から鍋を受け取ると中身を全部、口に流し込んだ。

 

「うーん、味はあんまりかなー」

 

フィーロは鍋を親父に返した。親父は唖然として尚文を見つめる。

 

「…すまん」

 

「…アンちゃん。後でなんか飯奢れよ」

 

尚文は反射的に気まずそうに謝った。

 

「親父さんにも、何か振る舞ってあげたら?尚文の料理美味しいし」

 

「お?なんだ、そうなのか?そいつは是非食ってみたいもんだな」

 

「すまん、今は悠長にしてる暇が無いから今回は奢るって事にしてくれ」

 

「そうか。まぁ、いつでも待ってるぜ」

 

ミーシャは尚文に料理を振る舞うように勧めるが、フィーロの服を調達しなければいけないので断り、後日作る事になった。

 

のちのおしながきである。

 

「服なら、変身技能持ちの亜人の服があったような気はするんだが…というか武器屋じゃなくて服屋に行けよ。アンちゃん」

 

「見知らぬ服屋に夜中に全裸の女の子を連れて行けと?しかも魔物に変わる女の子をだぞ?」

 

「…それもそうか、ちょっと待ってな」

 

確かに事案だなと親父は内心そう考えながら、ゴソゴソと奥で親父は商品を漁りに行った。

 

「サイズが合うかわからないのと、かなりのキワモノの服だからあんまり期待するなよ」

 

「分かっている」

 

しばらく経って、親父が出てきた。

 

「悪い。見た感じだと変身後のサイズに合う服がねえ」

 

「なん……だと……」

 

最後の砦だった親父からの宣告に尚文は恐怖と絶望を覚えた。何時、全裸になって自分に親しげに接してくるのか分からない幼女に服を着させられないという事と、最近良く見てもらえ始めた自身への評価が急降下するという事に。

 

「ごしゅじんさまー」

 

「…お前はもう変身するな」

 

「やだー」

 

「あらあら…♪」

 

魔物紋を使ったても、人間に変身する事を禁止にする項目は無いので強制は出来ない。

 

(く、まさか反抗期か?生まれて数日で反抗期も無いだろ…)

 

「だって、本当の姿だとごしゅじんさま、一緒に寝てくれないもん」

 

ギュウっとフィーロは俺の手を握り締めて満面の笑みを浮かべる。

 

「…なんで一緒に寝なきゃいけないんだ」

 

「寂しいんだもん」

 

「大丈夫よ、私が居るわ!フィーロたんっ!」

 

「ミーシャお姉ちゃんはまたこんどー…怖いし」

 

「よっし」

 

「なんていうか、アンちゃん。大変だな…」

 

尚文が頭を抱え、親父は同情を覚えた。そして、フィーロはミーシャの積極的なアタックを少し怖がり、小声で怖いしと言ったが聞こえなかったのかミーシャはガッツポーズをした。

 

(俺は子守しにこの世界に来たわけじゃないんだが…)

 

「そういえば、ラフタリアは何処だ?」

 

「あと数秒で来るわ」

 

「やっと追いつきました」

 

尚文がラフタリアが居ない事に気付くが、噂をすればなんとやら、ラフタリアが店の中にやってきた。

 

「いきなり走っていってしまうから、探したんですよ」

 

「ああ…悪い」

 

「私もつい…ね」

 

「あー。ラフタリアお姉ちゃん」

 

二人が謝罪する中、フィーロが元気に手を振る。

 

「ごしゅじんさまはあげないよ?」

 

「何を言っているんですか、この子は!」

 

「何を言ってるんだ。俺はお前等のものじゃないぞ。むしろお前等が俺の物だ」

 

「いいえ、どっちも私と尚文のものよ」

 

誰が誰のもの論争が巻き起こり、ヒートアップしそうになっていた。しかしーー

 

「まあ、とりあえずピッタリな服が無いか探しておくから今日は帰ってくれ」

 

「ああ、すまん」

 

「ごちそうさまー」

 

「また来るわ」

 

「まったく、アンちゃん達にはいつも驚かされるな」

 

「あ、奴隷…魔物商さんが呼んでました」

 

武器屋を後にして、尚文達はふらふらと宿の方へ歩いて行くがラフタリアが呼び止める。

 

「ん? 分かった」

 

テントに戻った尚文達を奴隷商は待っていたとばかりに出迎えた。

 

「いやぁ。驚きでしたね。ハイ」

 

「全くだ」

 

「フィロリアルの王が何故目撃証言が少ないか判明しました」

 

「分かったの?」

 

「はい。というか勇者様も理解していると思いますよ」

 

(なんだ?奴隷商の奴、もったいぶった言い方をしやがって)

 

「分かりませんか?」

 

「…だから言えよ」

 

「そうよ、ハッキリ言いなさいハッキリ」

 

奴隷商は尚文とミーシャに詰め寄られると、人型でボロボロになったマントを羽織っているフィーロを差した。

 

「フィロリアルの王は、高度な変身能力を持っているんですよ。ですから、同種のフィロリアルに化けて人目を掻い潜っていた。というのが私共の認識です」

 

(なるほど、一目でフィロリアルのボスである事を分からせない為、化けて隠れる習性を持って、その習性を利用して人型に変身したというワケか)

 

尚文は奴隷商から説明を受け、納得した。しかし、ミーシャは頭に疑問符を浮かべている。

 

「いやはや、研究が捗っていないフィロリアルの王をこの目にすることができるとは…勇者様の育成能力の高さに感服してますよ。ハイ」

 

「は?」

 

「ただのフィロリアルを女王にまで育て上げるには、どのような育て方をすれば女王になるのでしょうか?」

 

(こいつ、フィロリアルを王にする方法を俺から聞いて量産する気か?確かに珍しい魔物に分類されるだろうし、変身能力を持っているんだ。それでいて高く売れば大儲けってわけか)

 

「伝説の盾の力じゃないか?」

 

尚文は成長補正の力でここまで育ったのだろうと推理した。そうでもしないと、街などで見掛けるフィロリアルとの違いが説明できないからだ。

 

「そのようにうやむやにする勇者様に、ゾクゾクしてきましたよ私。どれくらい金銭を積めば教えてくれますかな?」

 

「そういう意味じゃない!」

 

「では、もう一匹フィロリアルを贈与するので、育ててみて――」

 

「良いの!?じゃあ、次は私が主人にーー」

 

「結構だ!あと、流されてるんじゃあない!金銭的に余裕無いだろうが!」

 

「そういえばそうだったわ。危ない危ない」

 

奴隷商の提案にミーシャは乗りそうになるが、尚文の指摘に踏みとどまった。尚文が居ないとダメかもしれない。

 

「…後は思いつく可能性と言うとアレだな」

 

「なんでございましょう」

 

「波で倒された魔物の肉をコイツは食っていた。だから、その影響を受けている可能性もある」

 

「ふむ…では、仕方ありませんね」

 

尚文は多少無理のある憶測を、奴隷商の奴は信じなかったが尚文が嫌がっているから仕方がないという態度で引き下がった。

 

「ですが、何時でもフィロリアルはお譲りしますので、気が向けばお試しください。ハイ」

 

「出来れば断りたいが…」

 

「もしも扱いやすい個体に育てたらお金は積みますよ」

 

「ふむ、余裕が出たら考えておこう」

 

尚文は自分からこの一言が出るとは思っていなかったが、自分が守銭奴かもしれないという事が確信に変わった。

 

「良かったな。その時はお前が飼い主だぞ」

 

「ほんとに!?楽しみだわ」

 

尚文が小さく笑って、ミーシャへと告げるとミーシャは喜んだ。

 

「お話は終わりました?」

 

「ああ」

 

「悪いけど、私はまだよ」

 

「分かりました、待ってますね。所でどうしましょう」

 

「なにが?」

 

ラフタリアの尚文とミーシャへの問いにフィーロが会話に入り込み、質問を返した。そして、ミーシャは奴隷商の元へと歩いて行った。

 

「あなたの処遇です」

 

「ごしゅじんさまと一緒にねる」

 

「させません!」

 

「ずるい!ラフタリアお姉ちゃんはごしゅじんさまを独り占めしてる!」

 

「してません!」

 

ラフタリアとフィーロは尚文の事で揉め始めた。尚文にとっては大した問題ではなかったので生暖かい目で眺める事にした。

 

「さて、フィーロは宿に備え付けられている馬小屋で寝るんだ。良いな」

 

「イヤ!」

 

尚文は面倒そうにフィーロに馬小屋で寝るように言い聞かせるが、当然フィーロは納得するはずがなく拒否されてしまった。

 

「ごしゅじんさまとねるのーーっ!!」

 

フィーロの子供が親と一緒に寝たい等と同じ類いの駄々に溜め息を吐いた。

 

「そうか、仕方ないな」

 

「ナオフミ様!?」

 

「ここで否定した所で、ワガママ言うんだ。だから、ある程度合わせてやらないとな」

 

「まあ…そうですけど」

 

尚文の言葉にラフタリアは不満そうに呟く。

 

「だが、絶対人前で裸になるな。絶対にだ」

 

「はーい!」

 

尚文はフィーロの返事に本当に分かっているのかと疑問を抱いたが、それを追及した所でとぼけられるのがオチなのは分かっていたので聞かなかった。そして、奴隷商とテントの中で何かを話しているミーシャへと視線を移した。

 

話の内容は出口の前からは聞こえない。

 

 

 

ーーー

ーー

 

「それで、前に聞きそびれた事なんだけど。誰にやられたのかしら?」

 

「…よく、お気付きで。さすが、鎌の勇者様ですな」

 

「だって、檻が新しいもの。変える必要があるほどボロボロじゃなかったでしょ」

 

ミーシャがしていた話は奴隷商と以前聞きそびれていた、居なくなった数人の奴隷の行方と誰に逃がされたかだ。

 

「ふむ。鎌の勇者様は辻斬りはご存知ですかな?」

 

「知らないわ。それに辻斬りというのは通り魔でしょ?それがこんな事をするのと何の関係が?あ、わたしじゃないわよ」

 

奴隷商はメルロマルクで起きている問題について知っているかを尋ねたがミーシャは知らないと答えた。ミーシャには何故、辻斬りというワードがここで出るのか分からなかった。何故なら、奴隷を逃がすという行動と辻斬りというワードが結び付かないからだ。

 

「ここ最近、奴隷を購入いただいたお客様が何人か深夜に何者かの襲撃を受けては奴隷を逃がされたそうです。ここもその被害に遭いましてね。本当に困ったものです。ハイ」

 

「なるほどね。で、そいつの特徴は?」

 

(面白そうじゃない…♪)

 

ミーシャは興味を抱いたのか、奴隷商へと舌舐めずりをしながら特徴を尋ねた。

 

「それが、二人組の犯行でしてね。どちらもローブを羽織っており、一人は魔法を…もう一人は刀を使っていました。ハイ。以前は第一王女様の親衛隊の皆様が駆け付けてくださったので、被害は最小限に収まりまして。あ、しかし、逃がされた奴隷はいずれも亜人でしたね」

 

「ふぅん」

 

(あの子かしら?)

 

ミーシャの脳裏に浮かんだのは前回の波の時に居たローブの少女だった。実際に彼女が犯人かは分からないが、刀を使う人間を彼女以外にこの世界でまだ見た事が無い為、連想するのも無理はない話だった。

 

「というかーー」

 

「ん?」

 

「なぁんで、そんな面白そうな話黙ってたのかしらあぁっ!」

 

「ぐえっ、勇者様…っ…骨がーーっ!教える程の事ではないかと、思いましてっ。お気を確かにっ」

 

ミーシャは奴隷商が黙っていた事にイラついたのか、奴隷商へとヘッドロックをかました。

 

「ま、良いわ。あ、情報ありがとうね。これで足りるかしら?」

 

「まいどあり。足りてますよ、勇者様。またのお越しを」

 

「また、来るわ」

 

ミーシャはヘッドロックを解くと、金袋から銀貨を50枚程取り出すと、奴隷商に渡して見送られながらテントから出ていった。

 

「お待たせー」

 

「遅かったな。何を話してた?」

 

「ただの世間話よぉ」

 

「…無断で飼うとかじゃなくて安心したぞ」

 

「そうですよ、金銭的に困るんですから」

 

(悪いわね。今回は私の獲物よ)

 

外で待っていた尚文達と合流し、何を話していたか追及されたが何とかはぐらかす事に成功した。

 

そして、宿屋に戻ると店主に追加の宿泊代を払って部屋に戻った。

 

(勉強や調合をする余裕は、フィーロが人型になった所為でなくなってしまったな…だが、時間を見つけないと)

 

「わ!柔らかい寝床ーっ!」

 

「おい、あんまり跳ねるんじゃない」

 

ベッドに乗って跳ねるフィーロに注意を促しつつ、今日は早めに寝る事にした。

 

「尚文、ちょっと私は外で遊ぶわね」

 

「なるべく早く戻れよ。天気悪いし」

 

「ええ。心配しなくてもすぐに帰るわ。あと、何があってもここから出ちゃダメよ。朝まで」

 

「何言ってるんだお前は」

 

「とにかく言ったからね。それじゃ」

 

「あ、おい」

 

尚文はどういう訳か理由を聞こうとするが、ミーシャは振り返らずに背を向けて部屋から出て行った。

 

「ちょっと、出るわ。一時間くらいしたら帰ってくるから」

 

「…お気を付けて」

 

ミーシャは店主に一言掛けて、見送られながら夜の街へと出た。空は曇り、小雨が降っている。

 

 

「降ってきたわね。ま、すぐ終わらせれば済む話よね」

 

雨が、髪を服を濡らしていく。冷たくも少し寒くも感じるが雨宿りはせずに、そのまま目的の店の近くへ歩いていく。奴隷商から何処の誰が奴隷を所有していたかは聞いていたので、後は少し離れた場所で待つだけだ。

 

「この辺りかしら」

 

ミーシャは店の近くの家の影に隠れながら、自らの気配を殺した。それも完璧なまでにだ。今は他者に視認されていないが、ここに誰かが居たのなら、ミーシャがこの場に居るのに居ないような錯覚を与えただろう。

 

一片も残さずに気配を消せば後はその場に腰を降ろして、事が起きるまで待つだけだ。店の住民がターゲットになってないなら無いで、ターゲットになるまで何日か張れば良い。

 

(さて、誰も来ないか…それとも)

 

ミーシャはただ待った。宿から出て少なくとも20分は経っている。ここからは店の様子は伺えない。

 

(…まだかしら。何だかムラってくるわね)

 

久しぶりに感じる感覚に、ミーシャは心地よさを感じていた。焦り、警戒心、見つかる事への危機感…全てに。

 

「うわあぁっ…!!?たす、むぐっ…!!」

 

「い゛ッ…あぁ…っ!!」

 

(ビンゴッ…♪)

 

目当ての店から突然、扉が開く音と共にすぐに中年の男の悲鳴と子供の呻く声がミーシャの耳に入った。

 

「大丈夫、だからね…」

 

中では杖を持ったローブの女が、亜人の子供に杯から液体をこぼして胸の奴隷紋に染み込ませ、呪いを解いていた。

 

そして、

 

「ま、待てっ!こいつは労働力…がぁ…ッ…!!」

 

「…クズが。本当に反吐が出る」

 

店主と思われる中年の男は杖を持った女に食って掛かるが、もう一人の刀を背中と腰に差している少女に峰で横腹を打たれ呻きながら気を失った。

 

「行こう。兵士が駆け付ける前に」

 

「うん」

 

杖を持った女が亜人の子供の手を握りながら、刀を持った少女へと声を掛け、刀を持った少女は頷いて店から出ようとした。

 

その時ーー

 

「駄目じゃない。こんな、楽しい事してちゃ…私みたいなのが、やってきちゃうわよぉッ…!!」

 

店の窓が割れると同時にミーシャが乗り込み、刀を持った少女へとデスサイズを首を狩る狙いで左薙ぎに振るった。

 

「…っ!ち…」

 

しかし、少女は腰の刀を少しだけ抜いて鎌の刃を滑らせて床へと受け流した。鎌の刃は振るった勢いをそのままに床へと深く突き刺さった。

 

「…あら」

 

「…今の内」

 

「うんっ」

 

ミーシャが鎌の刃を抜く前に杖を持った女は少女の合図と共に三人で店から出た。

 

 

「つれないわね…私も混ぜてっつってんのよぉっ!」

 

店から出て街へと出ると、ミーシャは既に鎌の刃を抜き終わっており、三人へと襲い掛かる。しかし、しばらく逃げるという選択を取っていた。雨で足場が悪くなっているので、追い付かれるのも時間の問題だろう。

 

「ふっ…!せいっ…!」

 

「…っ!?」

 

しかし、少女は立ち止まり手をかざした。ミーシャは鎌を袈裟に振るったが、何も無い場所に壁にぶつかったかのような手応えをミーシャは感じ、動きが止まる。

 

(今のは何…?見えない壁のような物に弾かれた…?)

 

違和感を覚えながらもミーシャは鎌を再び構えた。

 

「ティオ…!」

 

「…先に行って。鎌の勇者を始末してすぐに追い付く」

 

「分かった…!」

 

杖を持った女に名前を呼ばれると振り返らずにティオと呼ばれた少女は腰を落として居合いの構えを取る。その間にも杖を持った女は子供を連れて走り去った。

 

「やっと、遊んでくれるのね。辻斬りさん…♪」

 

「…邪魔をするなら殺す。早く消えて…人間」

 

「うふ、うふぅふッ…!良いわね、貴女…ッ…その殺意ッ…!さぁ、ヤりましょうっ!」

 

ミーシャは少女から感じる鋭くも寒気を覚える程の殺気に刺激され、恍惚の表情を浮かべた。

 

 




さて、とりあえずまだ鎌の勇者全然進んでないのに言う事じゃないですけど宣言します。

鎌の勇者終わったら、「刀の勇者の成り下がり」をやります!

乞うご期待!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十一話 One Eyed Löwe

遅れて申し訳ありません。

あけましておめでとうございます!

新年早々、出血大サービスです!


「……」

 

「…♪」

 

ミーシャと少女はお互い睨み合ったまま、しばらく間合いを取っていた。お互いの武器は振るってから避けられれば、隙が出来る為だ。

 

「っ…!」

 

しかし、先に動いたのは少女だった。居合の構えから踏み込んで、一気に距離を詰め抜刀。放たれたのは右切り上げだ。

 

(やるじゃない。速度も悪くないし…腕が痺れるわね♪)

 

弾丸の如き速度の居合を鎌の持ち手で受け止めては、唾競り合いになり、金属同士がぶつかり合う轟音は数秒遅れてから響く。

 

「ぐ…!」

 

「…ぅっ!んんっ♪」

 

ミーシャは刀身を持ち手で滑らせては弾き、少女の体勢を崩した直後に足を踏みつけ、もう片方の足で膝蹴りをお見舞いしようとしたが、鞘での殴打を鳩尾にくらい、お互いに距離を取って離れる。

 

「うふ、嗚呼…っ♪」

 

「……!」

 

次の瞬間に、二人の姿は消えていた。そして、金属のぶつかり合う音だけが鳴り響く。

 

常人が見えない速度の中、少女の袈裟斬りを受け流し、鎌の刃を回転を掛けた左切り上げ、それを後退してかわし、刀を両手で持ち、右薙ぎ、左切り上げ、袈裟斬りの連擊をミーシャは身体を逸らしてかわして背後に回っての後頭部へのエルボー、食らった少女は倒れそうになりながらも転がり受け身を取るなどの動きをしていた。

 

その間、経過した時間はたったの7秒。

 

「っ…!」

 

「ん、はぁ…♪良いわね、貴女。結構興奮してきたわ」

 

ミーシャは首を鳴らしながら息を荒げ、武器を鎖鎌へと変えると鎖を回す。

 

「…気持ち悪い」

 

「辛辣ねぇ」

 

少女は嫌そうに吐き捨てると、先程まで使っていた刀を回転させ納刀すると背中に差して、背中に差していた刀を腰に差し直し、腰を落として居合の構えを取る。

 

「…死ね」

 

次の瞬間にミーシャの目には少女の姿は映っていなかった。後ろを見ると少女は納刀をしていた。

 

「ぐ、っ…!?」

 

次の瞬間に少女がすれ違い様に通った道から斬擊が発生し、横腹から霧のように血が飛び散る。

 

「…動かないで」

 

「ッ…!!ぁ…」

 

その言葉と共に居合の構えを少女が取ると、ミーシャの立っている座標の空間が歪み無数の球体のような軌道の斬擊が発生し、身体に傷を付け血を降らせた。

 

(速度が上がった…?それにこれは、魔法…いえ、でも詠唱が無いから多分違う)

 

ミーシャは頭から流れる血を拭いながら、思考する。今行われた攻撃は何かと突然速度が上がったのは何故かを。

 

「っ!」

 

考えていると、上空に浅黄色に光る刀が数本ミーシャの方に刃が向いた状態で旋回している。しかし、ミーシャは旋回している刀を警戒しながらも少女への警戒は怠らない。

 

(来た!)

 

旋回している刀は一斉にミーシャの方向へと射出された。それをミーシャは上空へと飛んで回避した。

 

(あの子は…居ない!見落としたわね…)

 

上空で、周りを見渡して少女を探すが既に居なかった。

 

「っ…!ぐっ…!?」

 

そして、視界に少女が映った時にはもう刀は抜かれていた。少女の視界はスローモーションになっており、青い線が現れ、ミーシャの肩に四角い枠が表示され、その軌道にそって刀を振り下ろした。

 

ミーシャは痛みに顔をしかめる。しかし、右肩に違和感を感じた。鎖を持つ手を動かそうにも動かない。それもそのはず、ミーシャの右腕はたった今、肩から切り落とされたのだ。

 

落ちた腕はゴトッと音を立てながら地面に転がった。

 

「っ、あ゛あっ…!ぅらッ…!」

 

(痛いわね…でも、捕まえた♪)

 

神経が集中している箇所を斬られ、想像を絶する痛みに受け身が取れず仰向けに転倒した。斬られた箇所から骨の断面が露出し、大量の血が流れていく。しかし、痛みを耐えながら鎖を口に咥えて歯を食い縛ると思い切り引っ張りあげた。

 

「っ…!?」

 

腕を切り落とされた直前に、ミーシャはしっかりと少女の脚へ鎖を絡ませていた。

 

「そーれっ…♪」

 

「ぁ、ぐ…っ!?か、は…っ!う゛ぅ…ッ…!!」

 

引き寄せられた少女へと鎌の刃を向けると勢いのまま背中から横腹付近を貫いた。返り血が顔にかかるが舐め取ってはそのまま横腹を抉るように振り抜き、少女は激痛に苦悶の声をあげては転がり、よろめきながら立ち上がる。

 

「っ、貴女最高よ…♪はぁ、ん…♪」

 

「…っ、うぐ…」

 

ミーシャは出血で鎌を持つ手が脱力していくのを感じながら、称賛の言葉を送るが少女は余裕がないのか無視して刀の切っ先をミーシャへと向ける。

 

(さて、次はナニを見せてくれるのかしら?)

 

ミーシャは鎌をシックルへと変化させ様子を伺う。鎖鎌の鎖はいつの間にかほどかれている上、片腕では上手く扱えない。

 

「はあぁッ…!」

 

少女の刀が変化し、それを地面を抉りながら摩擦して発火し炎を纏った刀で斬り上げを放った。

 

(っ、炎…?刀にしては刀身が鋸みたいね…それに、この匂い…人や魔物の脂ね。それに、速度はさっきよりも遅い…一時的に速くなるナニかがあるのかしら?)

 

刀身は鋸のようにギザギザで斬ってきたであろう、人間や魔物の脂が発火しているのだろう。ミーシャは後ろへスウェイを行いかわすも、視界が発生し続けている火炎に遮られて前が見えなくなる。

 

「ッ…ぐ」

 

見えない視界から放たれた炎と袈裟斬りをシックルで受け止めるも、手を焼かれた事と両手が使える向こうの方が力が上で防ぎきれず弾くのが精一杯だった。

 

「…これで、終わりッ!」

 

「っ、ぐ…ぬッ…キツい、わね…っ」

 

さらに、上半身の身体のバネのみで放たれた強力な刺突を逆手に構えたシックルでガードするも、あまりの威力により手からシックルが離れそうになるが離すという事は死を意味するので必死に握り締めた。

 

「う、ぐ…っ」

 

「…っ、死ね」

 

少女は両手で刀を持ってシックルを押し込もうとする。彼女には両手があり、片手では押さえきれずに押されていく。

 

刺突の威力は横腹を抉られていた事もあり落ちていた事もあり、彼女の腕もあまり力が入らないのか震えている。シックルの刃はミーシャの心臓の方を向いている。

 

「っ、はぁッ…!」

 

「ご、ふっ…!?んん、良い感触…ね♪」

 

とうとう押し切られ、ミーシャは自らの鎌に心臓を貫かれた。口と心臓からとめどなく大量の血が流れたが、それでもなおミーシャは恍惚とした表情で少女を眺めては膝を突き倒れた。

 

(終わった。人間にしては中々やる方だった…)

 

少女はそう思いながらも、刀を回して鞘に納刀するとミーシャから背を向け歩いて立ち去ろうとした。

 

『魔人化の解放条件、悪魔武器で自らの心臓を貫くを満たしました。HPゲージの下に表示されているアイコンが三つ以上溜まっている時に使用可能です。魔人化中はすべてのステータスが上昇し、全攻撃に耐性が付き、HPが自動で回復します』

 

(…これは。面白そう…♪)

 

ミーシャはこの機能に興味を持ち、魔人化しますかという問いの選択肢のYESを選んだ。

 

(ん?腕がこっちに…なるほど、欠損した箇所も治るのね)

 

身体に刻印が浮かび上がり、目は黒目が金色になり白目が黒へと変化し、斬り落とされた腕が引き寄せられ元の場所にくっつき、斬られた傷も徐々に治っていった。

 

「黒天大車輪…ッ!!」

 

「ッ、ぐぁ…何故っ」

 

(心臓は貫いたハズ…!)

 

ミーシャは鎌をデスサイズに変化させ大振りに振るうとスキルを発動し黒く輝くエネルギー状の鎌の車輪を射出した。背中を向けていた少女の背中を抉ると同時に巨大な渦へと変化し吹き飛ばしたが、空中で回転しながら着地した。

 

「次はこっちの番よ。そーれっ♪」

 

「ぐ…っ!」

 

ミーシャは着地した所に踏み込み、残像を残す程の速度で近寄ると上がった速度と筋力から鎌を振り下ろして左肩から横腹にかけて切り裂き血を浴びる。

 

「このっ…!」

 

「そんなんじゃ、当たらないわよー♪」

 

「がッ…!!ぐ、ぅあっ…っ!」

 

少女は抜刀し、刀を振るうもすべての攻撃がステータスの上がったミーシャには当たらず鎌で身体を何度も裂かれていき鮮血が舞う。

 

「それで、終わり?楽しかったわよ、辻斬りちゃん♪」

 

斬像を残しながら動き回って、ミーシャは少女を煽る。そして、さらにもう一度デスサイズを振るったーー

 

が、

 

「ッ!!」

 

(何…?今のパワーは…)

 

「ぐるるるッ…!!ふうぅ…ッ…!!」

 

少女は鎌を振るったタイミングに合わせて、抜刀した刀をデスサイズへと叩き付けた。すると、轟音を立ててミーシャは長距離の後ろへと吹き飛ばされ腕の痺れに目を見開いた。

 

少女の片目は夜の闇の中で輝き、歯が鋭くなり、爪も伸びた。そして、獣のような唸り声がミーシャの耳に伝わった。

 

(良い、実に良いッ…♪さぁ、決着を着けましょうッ…♪)

 

「ッ、あ゛あああぁ…ッ!!」

 

ミーシャは強く地面に穴を空ける程の力で踏み込み、残像を残して距離を詰めデスサイズを首筋だけを狙って振るった。

 

そして、少女はその場から動かずに居合の構えを取ってミーシャの攻撃を待ちミーシャの攻撃を迎撃するように雄叫びを上げながら抜刀しては刀を振り抜いた。

 

 

 

 

「ぐっ、やる…じゃない…」

 

(また、見えない壁に…)

 

先に血を流したのはミーシャだった。脇腹から出血して、力無く膝を突いた。しかし、魔人化は発動中なのでその傷は癒えていく。

 

「ぅ、あ…」

 

少女の方は手をかざした箇所に見えない壁を出現させ、首筋への一撃は防いだものの、膝蹴りを横腹に受け膝を突いていた。

 

「さぁ、お互い死ぬまでーー」

 

「居たぞ、あそこだッ!!」

 

ミーシャはヨロヨロとふらつきながら立ち上がって、戦闘を継続しようとするも声がした。

 

10人以上の兵士達だ。騒ぎを聞き付けてここまで来たのだろう。戦い事態は行われていた時間はたったの4分だったが、轟音が鳴ったりしていたので報告があったのだろう。

 

「ちっ」

 

「あら、逃げるの?つれないわねぇ…」

 

少女は舌打ちをして、刀を十の字を描くように振るうとそこから空間の裂け目が歪んで開いた。そこは何処に繋がるかは分からない。

 

「…気も見えない人間が無闇に喧嘩を売ると寿命を縮める」

 

少女は一言それだけを言って裂け目に入って行った。すると、裂け目は閉じてしまい、その場にはミーシャしか居なくなった。

 

(その寿命の削り合いが面白いってのに…♪それに気って何の事かしら?)

 

ミーシャはそんな事をぼんやり考えながら、宿屋に向かおうと足を進めようとした。

 

その時ーー

 

「鎌の悪魔…ッ…!!」

 

「貴様かっ!辻斬りは…!」

 

「は?」

 

兵士はミーシャへと矛を向け臨戦態勢を取っていた。無論、前科があるので自業自得だが。

 

「止めときなさい。私は元康達と違って貴方達と敵対しても困らないのよ?」

 

「っ…!」

 

「ぐ…」

 

兵士達の身体に悪寒が走った。ミーシャに近付こうとするほど極寒の地に居るかのように身体が冷たくなっていく。これは、ミーシャの殺気への恐怖による物だった。

 

「ま、今日は機嫌が良いから…そのまま帰るわ。あ、そうそう…辻斬り私じゃないから♪んじゃ」

 

腰を抜かしてしまった兵士達の事は放っておいて、ミーシャはそのまま宿屋に戻って行った。

 

(服、結構…斬れたわね。…ごまかせるかしら?今はフィーロたんの服の方が大事なんだから隠さなきゃ)

 

「戻ったわよー。はい、銀貨」

 

「まいどあり」

 

ミーシャは宿屋に戻ると店主に銀貨を数枚渡しては、壁にもたれてその場に腰を落とした。

 

「あの、勇者様?」

 

「悪いけど、部屋に行く元気が無いからここで寝るわ。間違っても寝てる時に近付いちゃだめよ。無意識に何するか分かんないから」

 

「は、はぁ」

 

宿屋の店主の本音は、「知るか、さっさと部屋行けやボケ」だったが断れば何をされるか分からなかったので、そのままにする事となった。

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

 

「起きろ!コラっ!」

 

 

「やーん」

 

 

「な、なにをしているんですか!」

 

 

「おい、ラフタリア、助けろ!」

 

 

「起きなさいフィーロ!」

 

 

「むにゃむにゃ、ごしゅじんさまー」

 

 

「起きろ!」

 

 

「起きなさい!」

 

 

「ふう…朝から散々だ」

 

「んにゃ?」

 

 

朝からこの調子で揉めている尚文達。そして抱いていた尚文が居なくなったのを察知してフィーロが目を覚ます。フィーロは尚文とラフタリアが睨んでいるのに気付き、首を傾げた。

 

「どうしたの?」

 

「人型になれ」

 

「え、おきていきなりー?」

 

 

尚文はこの手だけは使うまいとしていたが、仕方がないので使う事にした。

 

尚文はステータス魔法から魔物のアイコンを選び、禁則事項に尚文の言う事は絶対という部分にチェックを入れた。

 

こうすればどんな物も従わざるを得ない。

 

 

「人型になれ!」

 

 

尚文の命令がフィーロに向って響く。

 

 

「えー…もうちょっと寝たいー」

 

 

尚文の命令に背いたとしてフィーロの腹部に魔物紋が浮かび上がった。

 

 

「え?」

 

「聞かないと苦しくなるぞ」

 

 

赤く輝く魔物紋がフィーロの体を侵食していくが、特に苦しそうな。様子は無い。

 

 

「やーん」

 

 

フィーロの翼から何か模様が浮かび上がり、魔物紋へ飛んでいく。しかし、スーッと音を立てて、魔物紋は沈黙した。

 

 

「は?」

 

 

尚文は魔物のアイコンを確認する。しかし、何故か禁則事項に設定した項目が外されている。

 

再度チェックを入れようとしたけれど、幾ら弄っても変わらない。

 

(くそっ!俺は魔物が命令を聞くから買ったんだぞ…奴隷商

め今すぐ貴様の所に行くからな。…待っていろ。というか、ミーシャの奴どこに…居た。全力で他人のフリをしたいな)

 

部屋を見渡すとミーシャは隅の方で寝ていた。そのミーシャを尚文は呆れるように眺めた。

 

 

 




設定にはあるけど空気だった魔人化くん、登場おめでとうやで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十二話 モンペ

大変遅れて申し訳ありません…。最近スランプ気味でして…書きたいように書けなかったり…。キレもちょっと落ちました…。


「なおふみー、まだ眠いんだけど…。あと、マントは別に…緑似合ってないし」

 

「黙れ。色々丸出しのまんま外に出るな。目立つだろ」

 

「私の勝手でしょ?」

 

「一緒に居て後ろ指差されるだろうが!」

 

「髪と顔ぐらい自分で出来るわよ」

 

「涎拭くのも寝癖整えるのもラフタリア任せだっただろ…」

 

「私は平気ですよ。人のをやってると上達しますし」

 

「しょーがないでしょ、14ちゃいでちゅもの♪」

 

「うわっ」

 

苛立っていた尚文と欠伸をするミーシャはテントに向かう道中に言い争っていた。ミーシャは尚文のマントを羽織らされ、ラフタリアは寝癖を整えたのを思い出しては得意気になっている。

 

昨晩の戦いで、愛用していた制服と下着が駄目になったので尚文から目立たないようにとマントを貸し出されていた。

 

ちなみに、服だけがボロボロで外傷が全く無かったので尚文からは不審に思われたそうな。

 

「奴隷商!」

 

「また、来たわよー」

 

尚文達は奴隷商のテントに乗り込むと尚文は我先にと奴隷商に詰め寄る。

 

「朝からどうしたというのです?勇者様」

 

「お前の所の魔物紋が不良品だったぞ。どういうことだ?返答しだいでは俺の危険な奴隷と魔物とキチガイがここで暴れる事になるが?」

 

「誰がキチガイよ」

 

「フィーロ、お腹空いたから後でー」

 

「…お前を朝飯にしてやろうか」

 

尚文はフィーロとミーシャの抗議に元々苛立って悪かった機嫌が更に悪化した。

 

「おや?それはどういう事ですかな?」

 

奴隷商はその話に興味津々の様子で尋ねてきたので、尚文は朝の出来事を説明した。あのの後はミーシャを叩き起こして身支度させ、フィーロを宥めて人間の姿にさせてからテントにやってきていたのだ。

 

ラフタリアに至ってはフィーロだけが変な事をしないか常時気を張っていれば、マシだったがミーシャもとなると労力が倍になり大変だった。

 

「どうやら、フィロリアル・クイーンには普通の魔物紋では拘束を解いてしまわれるようですね。ハイ」

 

「…?」

 

「高位の魔物は普通の魔物紋では縛れないんですよ。くじの景品である騎竜には特別な魔物紋を刻みますがね」

 

「つまりコイツには普通の魔物紋だと効かないってわけか…」

 

「ええ」

 

奴隷商は、新たな事実にやや興奮気味に手帳に今回の出来事を書き込んでいる。

 

「で、その特別な魔物紋は施してくれるのか?」

 

「いえ、それはサービスの適応外です。ハイ」

 

「さすがに安くはない金銭がかかりますので、サービスするには厳しい所です。こちらの被害も限界に近いですので」

 

「…だろうな」

 

如何に奴隷商であれ、これ以上のサービスはさすがにする事は出来ない。フィーロが暴れた被害を出させてしまったのだから仕方がないと尚文は割り切る事にした。

 

「いくらだ?」

 

「勇者様の将来に期待して、まけにまけて銀貨200枚でどうでしょう」

 

(高いわね)

 

「そこをーー」

 

「相場は安くて銀貨800枚ですぞ。私、勇者様には期待しておりますので嘘は吐いておりません」

 

(くっ…)

 

「私も出すわ。フィーロたんの今後の為だもの♪」

 

「…助かる」

 

尚文は精神的に多大なダメージを負いそうになるも、ミーシャが銀貨100枚を出した事で多少精神的ダメージは軽減され、遺憾ながらも奴隷商に銀貨100枚を渡した。

 

「…嘘だったら俺の危険な配下が貴様を血祭りにあげるからな」

 

「承知しておりますとも」

 

キョロキョロと辺りを見渡していたフィロリアル・クイーンの姿をしているフィーロの大きな翼をラフタリアが手を繋いで、連れて来る。

 

「そこでジッとしてろよ、フィーロ」

 

「なんでー?」

 

「ジッとしていたら後で良い物を食べさせてやる」

 

「ホント?」

 

「私も保証するわ。だから、良い子にしてるのよ?」

 

尚文とミーシャの言葉に目を輝かせたフィーロは奴隷商の指示する場所でジッと立っている。魔法を施すタイミングは今だと、尚文は奴隷商に目で合図を送った。

 

奴隷商もそれに頷き、顔の見えないローブを着た部下を12人程呼んでフィーロを取り囲んだ。そして薬品を地面に流し、フィーロに向かって全員が魔法を唱え始めた。床が光り輝くと、フィーロを中心に魔法陣が展開される。

 

「え、な、なに…」

 

フィーロは魔法陣に怯えて抵抗を試みるが、それも叶わず、魔方陣がフィーロに侵食した。

 

「い、いたあぁいッ…!!やめ、てえぇッ…!!」

 

魔物紋の更新に痛みを感じたフィーロが暴れだし、その度に魔法陣が揺らぐ。それに対して奴隷商の部下から驚愕の声が発せられた。

 

「念には念を、多めの人数で魔法拘束をさせておりますが…この重圧の中で動けるとは、将来が末恐ろしいですな。ハイ」

 

「やっぱりやめましょう!ここまで痛がるなんて可哀想よッ」

 

「って、おい…今になってゴネるんじゃあないッ!ラフタリア!」

 

「合点承知ッ!」

 

「コラーッ!フィーロたんが可哀想でしょうがっ!離しなさいッ!!」

 

「ちょっ、暴れないでくださいよ!暴れんなよ…暴れんなよ…」

 

この局面に来て、一人の奴隷商の部下に掴み掛かろうとしたミーシャを見ては尚文はラフタリアに指示を出し、指示を聞いたラフタリアはミーシャを羽交い締めにした。

 

ラフタリアはミーシャに毎日鍛えられ、筋トレを欠かさず行っていたのでラフタリアは力負けする事なく押さえる事が出来た。

 

とはいってもお互い本気ではないが。

 

ラフタリアがミーシャを押さえている間に、魔法陣はフィーロの腹部に完全に刻み込まれ、静かになった。

 

「終わりです。ハイ」

 

奴隷商の一言と共に、尚文の視界に前よりも高度な指示を与えられる魔物のアイコンが表示されていた。尚文は迷わず、自分の言う事は絶対とチェックを入れる。

 

「はぁ…はぁ…」

 

フィーロは肩で息をしながら尚文の方へと歩いていく。

 

「ごしゅじんさまひどい!すごく痛かった…」

 

「そうよ、そうよ!」

 

尚文は抗議されながらもフィーロに命令する。

 

「人型になれ」

 

「えー、痛かったからやだ!おいしいものちょうだい!」

 

痛い思いをした直後なので当然、素直に命令を聞く事は無く、食べ物をねだったフィーロの魔物紋が輝く。

 

「え、いや!何、やだやだ」

 

フィーロは魔物紋に魔法を飛ばすが、弾かれ呪いが発動した。

 

「いたいッ!いたいっ、いたいッ…!」

 

フィーロは魔物紋の痛みに悶絶して転がった。

 

「俺の言う事を聞かなければ、もっと痛くなるぞ」

 

「フィーロたーんッ!!」

 

「いたいっ、いたいッ!うう…っ」

 

嫌々ながらフィーロは人型に変身した。すると、魔物紋の輝きは収まった。

 

「今度はちゃんと発動したな。よくやったぞ、奴隷商」

 

「ええ、かなり強力な紋様なので、簡単には弄ることは出来ません。ハイ」

 

尚文は倒れているフィーロの前に出て告げる。

 

「お前で銀貨100枚、次にその魔物紋で200枚。合計銀貨300枚の損失だ。その分は俺の指示に従って返してもらうぞ」

 

「ご、ごしゅじんさまー…」

 

フィーロはよろよろと尚文に手を伸ばした。

 

尚文は良心が傷付きそうになるが、心を鬼にする。

 

「言う事を聞け」

 

「や、やー」

 

「そうか、どうしても俺の言う事が聞けないなら、アイツにお前を引き取ってもらう」

 

「…!?」

 

フィーロは、自分の立場が分かったのか恐怖に顔が歪ませる。その様子に奴隷商は、困ったとも嬉しそうとも取れる表情で尚文を眺める。

 

「いくらだ?」

 

「そうですねぇ…。珍しいので迷惑料込みとして金貨30枚出してでも購入したい所ですな。重度の魔物紋を刻んでいるのでもう暴れることも出来ないでしょうし、使い道には事欠かないかと。ハイ」

 

「いや、尚文が手放すなら私が買うから」

 

「…ほんと!?」

 

奴隷商の奴が値段を付けていると、ミーシャが割って入りフィーロを買うと宣言。その言葉にフィーロは目を輝かせてミーシャを見る。

 

(…こいつ、余計な事を)

 

尚文は奴隷商の手に渡ればフィーロの一生は終わると悟っていた。フィーロが希望を見出だした様子を見て次の一言で突き落とさなければならない事に消えたはず(※と、本人はそう思っている)の良心が活性化する。

 

「言っておくが、高い金を出す方に売るからな?奴隷商は金貨30枚出せるそうだが」

 

「……」

 

「ミーシャお姉ちゃん…?」

 

尚文の一言に黙り込んだミーシャをフィーロは心配そうに見る。一方、ミーシャは冷や汗をかいて目を逸らし愛想笑いを浮かべる。

 

「ごめんなさい、私には助けてあげられそうにないわ。フィーロたんっ」

 

「そ、んな…」

 

それを聞くと怯えた表情に戻ってはすがるように尚文を見上げる。そんな、フィーロの様子に尚文は良心が再び痛みそうになるが、フィーロの態度次第では本当にそうせざるを得ないので首を横に振って良心を振り払う。

 

「今度はお前が暴れても俺は迎えに来ないぞ…。苦い薬を飲まされて、体を弄り回された挙句死ぬんだろうな?」

 

「や、やああぁあッ…!!」

 

尚文の脅迫にフィーロは恐怖して大声で拒否した。

 

「ごしゅじんさまーフィーロを嫌いにならないでー…」

 

フィーロは尚文の足に縋って懇願をする。

 

(く…これは厳しいな…。だが、引くわけにはいかない…)

 

「俺の言う事を素直に聞くなら、な。これからはちゃんと聞くんだ。良いな?」

 

「う、うん!」

 

「よし、宿屋で寝る時は絶対に本当の姿になるな。これが最初の約束だ」

 

「うん!」

 

満面の笑みを浮かべるフィーロに数少ない(※と、本人は思っている)良心が疼いて、尚文はそれに従う事にした。

 

フィーロから視線を逸らすと奴隷商がこれでもかと言う程、楽しげな笑みを浮かべている。

 

「素晴らしい程の外道さに私、ゾクゾクしています。アナタこそ伝説の盾の勇者です!」

 

奴隷商は拍手をしながら尚文を賞賛した。褒められたいわけでは無かったので尚文は怪訝とした顔を浮かべるばかりだ。

 

ミーシャをすでに離していて、隣にいるラフタリアも微妙な顔で尚文を見つめる。

 

「ナオフミ様、さすがにあんまりではないでしょうか…」

 

「こうでもしないと言う事聞かないだろ。お前だって最初はそうだったろうが」

 

尚文の返答にまだ納得いかない様子ながら、ラフタリアは頷く。

 

「確かに、そうでしたね…」

 

「ワガママは許せる所と許してはいけない所がある。アイツの場合、言う事を聞かせられない事が分かれば従わなくなる。そうなれば掛かった金が水の泡だ」

 

尚文はラフタリアにコソコソとフィーロに聞こえないように声量を落として伝える。

 

「飴と鞭ですね分かります。ハイ」

 

「いつの間に近くに…気色悪いぞ。それに、奴隷商…お前には言っていない」

 

いつの間にか近くに立っていた奴隷商を見ては顔をしかめ、吐き捨てる。

 

「色々、迷惑を掛けたな」

 

「そう思うのでしたら是非、扱いやすいよう、私共が用意したフィロリアルの育成を――」

 

「さて、今日はまだ行かなければならない場所があるんだ。行かせてもらう」

 

「私共のペースに飲まれないようにしている勇者様の意志の強さに尊敬の念を抱きます。ハイ」

 

尚文は奴隷商に流されないようにスルーしながら、話を終えて全員でテントを後にした。

 

 

そして、テントを少し出た頃ーー

 

 

「少し話がある。来い。ラフタリア、フィーロを見ておいてくれ」

 

「はい。ごゆっくり」

 

「じゃ、よろしくー♪」

 

尚文はミーシャをテントの裏へと連れて行き、ミーシャはラフタリアとフィーロに薄ら笑いを浮かべて尚文に着いて行った。

 

「で、話って何よ?デートのお誘い?それとも、セーー」

 

「フィーロの事だ」

 

「フィーロたん?フィーロたんがどうかしたの?」

 

ミーシャは話の内容を茶化しながら尋ねるが、尚文は笑う事なく真っ直ぐと顔を見据えてはっきりと内容を答えた。

 

「アイツを甘やかすなとは言わない。だが、甘やかして良い時とそうでない時を間違えるな」

 

「何を言い出すと思えば。私も一から十まで甘やかしてる覚えはないけど」

 

「違う、そうじゃない。今回のような心を鬼にせざるを得ない状況でモンペを発揮するなって事だ」

 

「ああ、そういう事ね。確かに貴方は私と違って、いざとなれば力で無理矢理従えるって出来ないものね」

 

「そういう事だ」

 

「分かったわ。なるべく割り切るように善処はするから♪」

 

「分かれば良い。戻るぞ」

 

「ええ♪」

 

(本当に大丈夫か…?不安しか無いぞ…)

 

尚文は話を終えてラフタリア達の元へミーシャと戻るが、不安を払拭する事は出来なかった。

 

 

 

 




早い内に調子を戻せるように頑張ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十三話 服製作

フィーロに、尚文のマントを羽織らせて一同は武器屋に顔を出した。ちなみに、ミーシャはマントを脱いでフィーロに羽織らせ、奴隷商から余った服を買い取って着ている。

 

「お、アンちゃん達。待ってたぜ」

 

尚文達が来るのを待っていたと言わんばかりに親父は手を振り、歓迎した。

 

「あれから、何かあったか?」

 

「アクシデントなら、大歓迎よ」

 

「ああ。ちょっと待ってな。アクシデントは起きてないがな」

 

武器屋の親父は頷くと店を一度閉店して、尚文達を案内した。そして、魔法書をもらった魔法屋にたどり着いた。

 

「あらあら」

 

武器屋の親父と共に顔を出すと、魔法屋は朗らかに笑って出迎える。

 

「ちょっと、店の奥に来てくれるかい?」

 

「ああ。フィーロ、俺が許可するまで本当の姿になるなよ。ミーシャ、お前は迷惑掛けるなよ」

 

「「はーい」」

 

魔法屋の奥へと案内され、入るとそこは生活臭のする部屋と、作業場らしき部屋があった。ミーシャ達が案内された部屋は後者だ。天井がやや高く、3mくらいはある。

 

床には魔方陣が書かれ、真ん中には水晶が鎮座している。

 

「ごめんねぇ、作業中だからちょっと狭くて…」

 

「別に良いわ。それより、フィーロたんの服はここで売っているのかしら?」

 

「朝一で知り合いに尋ねてみたら、魔法屋のおばちゃんが良いものがあるって言うからよ」

 

「そうなのよ~」

 

魔法屋は水晶を外して、台座に古いデザインのミシンのような道具を乗せた。

 

「その子、本当に魔物なのかしら?」

 

「ああ、だから本当の姿に戻ると服が破けてしまう。フィーロ、元に戻れ」

 

ここでなら本当の姿に戻しても大丈夫だと判断した尚文はフィーロに指示を出した。

 

「うん」

 

尚文が指示を出すとフィーロは頷いて、マントを外すと元の姿に戻る。

 

「あらあら、まあまあ」

 

魔法屋はフィロリアル・クイーンの姿に戻ったフィーロを、驚きながら見上げている。

 

「これでいいの?」

 

(しかし、声はフィーロのままだからなんとも異様な光景だな。こんな生き物と会話が成立するというのもファンタジーの世界に来た時のお約束が…)

 

そんな事を考えながら、尚文はふと、ラフタリアの方へ目を向けた。

 

「なんですか?」

 

「いやーー」

 

「また、おっぱいデカくなったんじゃないか?」

 

「えっ」

 

「おっぱい!おっぱい!」

 

「……」

 

「おい、声帯模写やめろ」

 

「うふふ♪」

 

(ミーシャさん、イシカワさんもとい、男の人の声まで出せたんだ…)

 

尚文がなんでもない事を伝えようとすると、遮るように尚文とほぼ同じに聞こえる声で爆弾発言が投下された。それにラフタリアはギョッとした目で尚文を見るが、尚文は首を横に振り否定しミーシャを睨み付けて抗議する。

 

(そういえばラフタリアも亜人だ。異世界にロマンを感じていた頃なら大興奮の相手だったかもしれない。そういう意味では元康のあの反応も合点が行くな。今の俺からすれば最早過去の話だ)

 

冤罪が無ければ、異世界での生活を楽しめたのだろうかとラフタリアを見て尚文はそう考えた。

 

「じゃあ服を作るかしらね」

 

「作れるの?変身しても破れない服」

 

「そうねえ…厳密に言えば服と呼べるのか分からないけどね」

 

「どういうこと?」

 

「勇者様は私が何に見えるかしら?」

 

「魔法使い、かしらね」

 

「そうよ。だから変身という事には多少の知識があるのよ」

 

この世界の常識はミーシャも尚文も把握しきれていないが、二人の知るフィクションの魔法使いには動物に変身する者も居たので、ミーシャと尚文はそれを連想した。

 

「まあ、動物に変身するというのは大体、面倒な手順と多大な魔力、そしてリスクが伴うのだけどね。変身が解ける度に服を着るのは面倒でしょう?」

 

「確かに…」

 

魔法屋は裁縫用の木製の道具を弄りながら、尚文とミーシャにそれを教えた。魔法屋の使う道具はミーシャと尚文の世界でいうミシンに近い。

 

「自分の家で元に戻れるのなら良いけど、見知らぬ場所で変身が解けたらそれこそ大変よね」

 

「まあ、そうだよな」

 

尚文は主に服とかだと解釈して、全裸で歩いていたらそれこそ目立つと考えて頷く。

 

「だから変身しても大丈夫なようにそれ相応の服があるの、変身が解けると着ている便利な服がね」

 

「なるほど」

 

服の仕組みが分かると尚文は納得した

 

「魔物のカテゴリーに入ってしまったりする、亜人の一部にも伝わる技術なのよ。有名所だと吸血鬼のマントとか」

 

(へぇ、この世界にも居るのね。フィクションの存在みたいに強いのかしら♪あ、だめ…興奮してきた…♪)

 

吸血鬼、その存在が魔法屋の口から語られた時、ミーシャの脳裏にはシューティングゲームに登場する令嬢と人間賛歌に登場する時を止める大男がチラつき、あんな強さの吸血鬼が居るのかと思うと血が騒ぐのを抑える事が出来ずに恍惚とした表情を浮かべる。

 

「……」

 

「あ、コイツはこっちから何かしない限り放っておいて良いぞ。無害だから」

 

魔法屋は咄嗟に身構えるが、尚文の言葉に構えるのをやめて説明を続けようと口を開く。

 

「で、これがその服の材料を作ってくれる糸巻き機よ」

 

「どういう理屈で変身すると服になるんだ?」

 

「厳密に言えば服とは言いがたい物かしら、服に見えるようにする力が正確ね」

 

尚文は魔法屋の返答に首を傾げる。

 

「この道具は魔力を糸に変える道具なの。そして所持者が任意のタイミングで糸か、魔力に変えれる訳」

 

「分かりやすく言うと人型になった時、魔力を糸に変えれるようになるってことさ」

 

「ああ、そういう事か」

 

武器屋の親父の補足でようやく理解する事が出来た。これをすぐには理解出来ないのは尚文もミーシャも魔法がフィクションの存在である世界から来たからだろう。

 

とはいっても、人間の姿をしていない時は形の無い魔力となり、所持者の体の中で循環し、人型の時には形を成して服となる服は服とは言えないのかもしれない。

 

「それじゃ、フィーロちゃんかしら?この道具のハンドルをゆっくり回して」

 

「うん」

 

フィーロは糸巻き機のハンドルを回し始める。すぐに糸が出て魔法屋が糸巻き機の先にある回る棒に括り付ける。すると糸はそこに集まって糸巻きとなっていく。

 

「…なんか力が抜けるような感じがする」

 

「魔力を糸に変えているからね、疲れるのよ。だけどもうちょっと頑張って、服を作るにはまだ足りないから」

 

「うう…おもしろくなーい」

 

フィーロの内面が子供だからか本質的には子供だからだろうか、フィーロはつまらなそうにキョロキョロと糸巻き機を回しながら周りを見る。

 

「我慢しろ、それが終わったら約束は守ってやるから」

 

「ゴハン?おいしいの?」

 

「ああ」

 

「今日は手作りですか!?」

 

「そうなの!?」

 

「あ、ああ」

 

(なんでこいつら、そんなに楽しみなんだ…)

 

ご飯と聞いて尚文の料理か気になったラフタリアは反応して、尚文に尋ねて、ミーシャもそれに便乗した。その様子に尚文は呆れつつも頷く。

 

「じゃあがんばる!」

 

食事が楽しみになったフィーロが糸巻き機を回しだした。

 

「わぁ、がんばるわね」

 

魔法屋も驚きの速さとの事だ。

 

「親父、あんたとも約束があったな。この後は暇か?」

 

「昼過ぎまでは閉店だって店には書置きを残しておいたから、暇だ。アンちゃん、何か奢ってくれるのか?」

 

「そんな所だ。大きな鉄板を用意出来ないか?」

 

「ん?何に使うんだ?」

 

「料理に使うんだよ」

 

「手料理か?ちと、期待しているのとは違うんだが…」

 

「なんだよ」

 

親父のがっかりした表情…それは、肉を焼くだけの事に対してか、それとも異世界故に鉄板を使った料理の文化がないからか、尚文には知る由も無かった。

 

「まあ期待しておくか」

 

「ラフタリア、市場で炭と、適当に野菜、肉を買ってきてくれ、フィーロの食欲を考えて6人分くらいな」

 

「分かりました」

 

「私も行くわ。自腹でいくつか買ってくる」

 

銀貨を渡されたラフタリアに続く形でミーシャは買い物に向かった。

 

「ゴッハン~♪ゴッハン~♪」

 

フィーロも上機嫌で、糸巻き機がグルグルと回していく。

 

「そろそろ、良い頃合いね。回すのをやめて良いよ」

 

それからしばらくして、魔法屋が回すのをやめさせた。

 

「もっと回せば、ごはん増えるかな?」

 

「増えないから、もう回すな」

 

「は~い」

 

フィーロは魔物の姿に戻ると尚文の元へ駆け寄る。

 

「ごしゅじんさま~ごはんっ!」

 

「まだ、服が出来てないだろ」

 

「えー…」

 

尚文の宣告に残念そうにフィーロは声を出し、落胆した。どの道、ミーシャとラフタリアがまだ戻っていないので食事をする事は出来ない。

 

「店を出るときには人の姿に戻れよ」

 

「はーい」

 

「後はこれを布にして、服にすれば完成よ」

 

魔法屋は出来上がった糸を、尚文に見せる。

 

「布の方は機織をしてくれる店に頼めば何とかなる…か」

 

「それにはあてがある。付いてきな」

 

「じゃあ、お嬢ちゃんが戻ってきたらなんて伝えれば良いかしら?」

 

「城下町の出口にある門で待っていてくれと伝えてくれ」

 

「分かったわ」

 

武器屋の親父の勧めで、そのまま尚文達は魔法屋を後にした。

 




最近、知って驚いた事があるんですが、アニメのポケモンを見ていたらCMでコロコロコミックの宣伝されてたんですよ。

で、驚いた事っていうのは値段です。

今、600円なんですよ。実は。

私が小学生の頃は480円で買える値段だったのにです。

これ、子供の財布に優しく無さすぎるんじゃないかって思いました。はい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十四話 買い物も普通に出来んのかこいつは…by名無しの勇者I.Nさん

本当に遅れて申し訳ありませんでした!


ミーシャとラフタリアは市場へと買い物に来ていた。

 

「ふふ、貴女と二人きりは久しぶりね」

 

「ミーシャさん。確かにそうですね」

 

(ナオフミ様、ミーシャさんが暴走しても頑張って止めてみせますので…)

 

相槌を打つラフタリアにまさか内心そんな事を思われてるとは知る由も無く、ミーシャとラフタリアは脚を進める。

 

「さて、早速の女子二人のお出掛けよ。そんな時の話題といえばーー」

 

「どぅるるるるる~」

 

「口に出さなくても大丈夫ですよ…」

 

「良いから良いから♪私の世界では勿体ぶって盛り上げる時はこうしてたのよ」

 

「は、はぁ…」

 

ミーシャの長い前振りにラフタリアは押され気味に返事をしていく。なお、必ずウケるとは限らないので気を付けよう。

 

「ズバリ!誰が好きかよ!」

 

「えっ!?沢山居すぎて困りますよ…」

 

「えっ。それじゃあ、言ってみてちょうだい」

 

(まさか…ね)

 

ラフタリアに誰が好きか…つまり、好意を持っている相手は誰かの話題を振ったものの違う意味でとられたのではと危惧してはダメ元で聞いてみる事にした。

 

「お父さん、お母さん、サディナお姉さん、ナオフミ様、フィーロ、ミーシャさん、友達のリファナちゃんとキールくん、ティオちゃん…後はーー」

 

(やっぱりぃ!?まさか貴女そういうのに疎…いや、そういえばまだ子供だったわね…うん)

 

「もう大丈夫よ。全員言うのは大変でしょ?それに沢山大事な人が居るのは良い事よ」

 

案の定そういう事かとミーシャはこめかみを押さえては、冷や汗をかいて項垂れる。

 

「ミーシャさんはどうでしょうか?」

 

ラフタリアは自分も話したから次はと言いたげにミーシャの方を見ては尋ねた。

 

「私?ま、次は私の番よね。私はパパとママでしょー?あと、貴女と尚文とフィーロたん。あと、マインと王と元康、錬、樹ーー」

 

「えっ!?あの人達もなんですか!?」

 

ラフタリアは驚きを隠せなかった。ミーシャの好きな人の中に王やマイン、元康が入っている事に。そして、無自覚に眉をひそめてしまった。

 

「ま、そうね。だって退屈しない非日常を持ってきてくれるじゃない。その点では私の非日常を彩る一部だから好きよ。どったの?」

 

ミーシャは眉をひそめるラフタリアに気付いては首を傾げながら様子が変だと感じては背伸びをしながら顔を覗き込んで尋ねた。

 

「なんだか、ミーシャさんにとっての好きの度合いがあの人達と同じなのが…少し、嫌だなって。わがままでしょうか?すみません」

 

「……ああ、そういうこと♪」

 

ばつが悪そうに話すラフタリア。それを見てはミーシャは口角を吊り上げる。

 

「何よ~っ。随分可愛らしい事言うじゃないの!貴女やフィーロたんの方が好きの度合いは上に決まってるじゃない♪」

 

「わっ!?そ、そうですか」

 

ミーシャはテンションを上げて肩を抱いて抱き寄せては顔と肩を密着させる。ラフタリアはミーシャの返答に少し照れくさくなりつつも、嬉しそうに小さく口元へ笑みを浮かべて安堵した。そして、ミーシャはラフタリアの頭へと手を伸ばして撫でーー

 

「…悪いけど屈んでくれるかしら?」

 

「…はい」

 

れなかった。

 

「らっしゃーせー!」

 

「あ、着きましたね」

 

「まずは炭ね。どれ…」

 

炭が売られてる店に到着するとハゲ頭の店主が出迎えてくれた。ミーシャは店主を見た後に懐から紙を広げては眺める。

 

「何ですか?それ」

 

「ああ。これね。これは…まぁ、後で教えてあげるわ。おじさん、これくらい頂戴」

 

ミーシャはラフタリアからの質問を誤魔化しながら、店主へといくつかの炭を渡して金袋から銀貨を取り出しては炭の個数分の代金を渡した。

 

「まいどありー!」

 

「ありがとー♪」

 

ミーシャとラフタリアは炭を受け取ってから店主へと会釈をして次の目的地の八百屋へ向かう為に歩き出した。

 

「ミーシャさん、何だったんですか?先の紙…値段も把握してるようですし」

 

「さっきは教えそびれちゃったわね。あれはね、尚文と二人で頼んで武器屋の親父さんに作って貰ったのよ。この国の市場やお店の品の値段が書かれてるの。結構前まではぼったくられそうになったりしてたから」

 

「…大変だったんですね」

 

(ミーシャさんが居るから攻撃には困らないとはいえ、どれだけ大変だったんだろう…。ナオフミ様…)

 

ミーシャから紙の話を聞けば、出会った当初の尚文のしかめた顔を思い浮かべては悲しくなり、ラフタリアは気付けば右手で胸を押さえていた。

 

「やーねぇ。大丈夫よ、今は貴女が居るでしょ?しっかり支えてやるのよ」

 

「…はい!」

 

そんなラフタリアを見かねたのかミーシャは肩をポンポンと軽く叩いてから言った。ラフタリアは認められた気がして嬉しくなり笑顔で頷いた。

 

「さて、八百屋に着いたわね」

 

「いらっしゃいませ~」

 

「そうですね。これとか焼いたら美味しいんじゃないでしょうか?」

 

(緑の人参じゃない…。でも、以外と美味しいかもしれないわね)

 

ガリガリの若い眼鏡を掛けた女店主がプルプル震えながら客であるミーシャ達へ挨拶をして、ミーシャ達は軽く会釈をした後にどれが美味しいかを異世界の食べ物にあまり詳しくないので物色してはラフタリアに確認を取りながら選んでいく。

 

「これとかも良いんじゃないかしら?」

 

「あっ、これも焼くと美味しいですよ!」

 

次に選んだのは赤色のレタスっぽい野菜だ。

 

数分後ーー

 

「じゃ、これだけお願い」

 

「ありがとうございました~」

 

金袋から取り出した銀貨をミーシャは代金分店主へと渡した。そして、会計を終えた。買ったのは緑色の人参っぽい野菜と赤いレタスっぽい野菜、真っ黒な玉葱っぽい野菜など様々だ。

 

「最後は肉屋ね」

 

「早めに済ませてしまいましょう」

 

後は肉を六人分買って戻るだけだ。それが終われば尚文の作る美味しい昼食が待っている、そう思うと二人は垂れそうになる涎を拭った。

 

「…ラフタリア。最後は一人で買いに行ってみて?すぐ近くに隠れておくから」

 

「え?はい…では、行ってきますね」

 

ラフタリアはミーシャが急に言い出した事に首を傾げては肉屋へと歩いていく。そして、ミーシャは気配を絶った。それも完璧なまでにだ。周りの人間には見えているがそこには居ないような錯覚を覚えるだろう。

 

「らっしゃーせー!」

 

「これだけ、お願いします」

 

「じゃあ、これだけの値段ね…」

 

「ではーー」

 

ラフタリアは六人分の肉を店主に渡しては銀貨の入った金袋を懐から取り出す。しかし、その途端に店主の顔には悪意の籠った笑みが浮かぶ。

 

「はい、ストップ~♪貴方、一人分につき銀貨、50枚高くしてるわね?」

 

「…!?あ、あんたは…」

 

「やっぱり、そうでしたか…」

 

会計が終わる前にミーシャは気配を消すのをやめて、店主の前に現れた。そして、ミーシャから告げられた言葉にラフタリアは溜め息を吐いた。

 

「ラフタリア、貴女一人の時は大丈夫って思ったみたいよ?」

 

「何故、こんなことを…」

 

「な、何言ってんだ…!言い掛かりはよせよ…」

 

ミーシャとラフタリアはうんざりしたように言うと、店主は鎌の勇者と盾の勇者の仲間と自分なら、とぼけ続ければ周りが味方してくれると思っていた。しかしーー

 

「じゃあ、今この紙の情報教えてくれた人ラフタリアに連れて来させようかしら?♪」

 

「そ、その紙は…値段…!」

 

言い逃れ出来ないぞと言わんばかりにミーシャは例の紙を出して店主へと突き付けた。無論、証人が居るのならもう言い訳は出来ない。

 

「ぐっ!?」

 

(な、なんて力…だっ!離れ、んッ…!)

 

「さて、知ってるかしら?」

 

素早くミーシャは店主の手を掴むと机へと叩き付けて手を固定した。店主は振りほどこうとするが、ミーシャの力は強く振りほどくことは出来ない。

 

「人間の肉ってね、ウサピルの肉と味が似てるらしいわよ。けじめに小指を切って焼いて食べようかしら…コリコリしてて美味しそー♪」

 

(嘘だけどね♪)

 

「ひっ…や、やめ…」

 

「ダメよ…私を、嗚呼っ…その気にさせたんだものっ…ん…責任とって?♪」

 

ミーシャは息を吐く様に嘘を言い、恍惚とした表情を浮かべては鎌をシックルへ変化させると小指の上へ振り上げ振り下ろす動作を行おうとする。

 

 

「おい、兵士呼んだ方が良いんじゃ…」

 

「やめとけって…アイツ、確か城で何人か兵士殺したらしいぞ…」

 

「マジかよ…いや、でも王なら…」

 

「無理だって。城で暴れた時も止められなかったらしいし…」

 

近くを通り掛かった者も居たが、悪名を思い出しては兵士を呼ぶ事を躊躇してしまって通り過ぎていった。

 

「だ、だれかっ…助けて…ッ…!」

 

「喚いたって誰も助けてくれないわよ。じゃ、小指はもらうわ♪そーれっ」

 

「ヒッ…!!」

 

ミーシャは勢いよく、小指へとシックルを振り下ろした。しかしーー

 

「何よ?」

 

「やめてください。ミーシャさん」

 

ラフタリアがミーシャの手首を掴んで制止したのだ。ミーシャからの抵抗があるのか手は動き、ラフタリアも力を入れており、ミシミシと音が鳴る。

 

「舐められた、貴女の為にやってるんでしょーが」

 

「もう、十分ですから」

 

「ま、良いわ。貴女がそう言うなら」

 

ラフタリアが十分だと伝えればミーシャは振りほどいて店主から離れた。

 

「た、助かった…」

 

「また同じ事があれば、言いつけますので。ちゃんとした値段で売ってください」

 

「は、はい」

 

「あ、私もこれだけお願い」

 

「ま、まいどあり…」

 

元の値段通りの銀貨を渡すと肉の入った袋を持って、ラフタリアはミーシャを連れて退店した。

 

「この位で良いんですよ。あんな脅し方しなくても…」

 

「えー…つまんないじゃない」

 

「もう!まあ、もう何を言っても無駄みたいですからこれ以上言うのはやめておきますけど…それより、ミーシャさん」

 

「何かしら?」

 

「その、人の肉…食べた事あるんですか…?」

 

ラフタリアは顔を真っ青にしながらミーシャへと尋ねる。仮に本当だとしたら吐いてしまう自信がラフタリアにはあった。

 

「嘘に決まってるじゃない。いくら、お腹が空いてても食べないわよ」

 

「…良かった」

 

ミーシャの返答を聞けばラフタリアは安堵したのか溜め息を吐く。

 

 

「どちらにせよ、必要な物は買ったし、魔法屋に戻るわよ♪」

 

「はい」

 

ミーシャとラフタリアは買った物の入った袋を持っては魔法屋へと歩いて戻った。

 

 

ーーー

ーー

 

「なんか尚文達…今頃私と気の合いそうな人と話してる気がするわ」

 

「き、気のせいじゃないでしょうか」

 

魔法屋に戻ったは良いが、尚文と武器屋の親父、フィーロは居なかった。尚文の伝言によると城下町の出口にある門で待っていてくれとの事らしい。

 

「さて、もうちょっと時間もあるし…ラフタリア」

 

「何です?」

 

ミーシャは暇をもて余してただ待つだけではもったいないと考えては鎌を持ってラフタリアの方を見た。

 

「貴女も今までの戦いで、腕を上げたわけだし…遊びましょう?♪一旦外に出て」

 

「ちょっとだけですよ?」

 

「そうこなくちゃ♪」

 

こうして、ミーシャとラフタリアは草原の方へと出る為に門を通って城下町から出て行った。




しばらく投稿しないうちに志村けんさんも藤原啓二さんも亡くなってて、悲しいです。

ご冥福をお祈りします…


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。