2015年7月30日その日は、星の良く見える静かな夜だった。
福岡の伊吹葵は散歩がてらに護国神社の境内にいた。
「今日は星が良く見えるな。はぁ、棗と一緒に見たかったな」
葵は幼馴染を思う。
葵の幼馴染である古波蔵棗は、現在沖縄にある祖父の家へ帰省している。
「それにしても、今日は何も起こらないな」
ここひと月ほど毎日毎日何かしらの災害が起こっていたのだ。
葵が、本殿まえにたどり着くと、見上げていた空に違和感が生じる。
「ん?なんだ?あれ?」
先ほどまで空できれいに輝いていた星が不気味にうごめき始めたのだ。
そのうごめく星々を見つめていると、それは少しづつ近づいてきていた。
―そして、絶望が落ちてくる。―
星に見えていたものの一つが葵の目の前に落ちる。
そして、葵が危機を感じ逃げようとする前に体当たりで本殿の中まで吹き飛ばされる。
「…ぐぅぅ…、棗…」
あまりの衝撃に薄れそうになる意識の中で幼馴染を思う。
そして、倒れ伏した状態から手を伸ばすと、本殿に飛ばされた時に出てきたのであろう刀があった。
葵は藁にも縋る感覚でその刀を握ると、身体に力が戻りかつ力が湧き出してきた。
「これ…は…」
立ち上がった葵は、本殿から出ると、さっき目の前にいたものを探す。
すると、境内の真ん中に一体だけいた。
葵は本殿の端で踏み切るとその敵まで肉薄し、身体に染み付いた動きで流れるように刀を振り下ろす。
すると、斬られたものは一刀で消え失せる。
葵はそれを確認すると、境内を駆け外へと出る。
―そこは、地獄であった―
境内には一体しかいなかった敵が、一歩外に出ると無数に沸いていた。
道路のそこここに血だまりができていた。
「うそ…でしょ…?」
そこで葵の意識は沸騰する。
「あああああああああ!」
そして周囲の敵を切り払う。
葵は生き残った人々をなぜか敵が入れないらしい護国神社に集めていった。
3年後、襲来してきた敵はバーテックスと名付けられ、護国神社に祀られている英霊によって福岡は結界で覆われバーテックスから守られていた。
勇者として覚醒した葵は福岡を守るただ一人の勇者として福岡城に拠点が造られそこに通っていた。
「もう3年もたつのか…」
襲来された後すぐは福岡市全体が結界の中だったのだが、一人では守り切れず現在は中央区と城南区のみの広さに縮小してしまっている。
人口も50万人から30万人まで減少してしまっていた。
「じゃ、今日も通信するか」
福岡以外にも沖縄と四国がバーテックスから守られている土地で、特に四国が安定していることが分かっている。
葵は、福岡城に建てられた庁舎の通信室へ向かう。
「伊吹君、ちょっといいかな?」
すると、途中の通路で声をかけられる。
「どうしました?岩本さん」
岩本と呼ばれた厳つい大男が答える。
「ああ、バーテックスが四国に攻撃しだした」
「な!?」
3年前から補佐をしてくれている信用できる人間からもたらされた情報に耳を疑う。
「四国は大丈夫なのか?」
その問いに岩本は軽く答える。
「大丈夫大丈夫損害はなさそうだ」
その言葉に葵は少し安心する。
「分かった。これから沖縄と通信するからなにかあったらその後で」
それに頷き岩本はどこかへと向かう。
それを見守ると、葵は通信室の戸を開けて中に入る。
葵は通信室に入ると通信機を起動する。
数秒後沖縄と繋がる。
そのまた数秒後応答が来る。
『こちら沖縄』
「や、久しぶり棗」
通信の相手は幼馴染の棗だった。
3年前の襲来の日沖縄にいた棗は沖縄で神威の宿ったヌンチャクに勇者に選ばれていた。
「そっちはどう?」
『またちょっと範囲が狭くなった』
「そうか、ならそろそろ四国に移動する計画を練らないとね」
ふたりは、沖縄と福岡を放棄し四国に逃げる計画をたてていた。
『分かった。敵が少なくなってきたら決行で』
「ああ、でもそろそろ時間が少なくなってきてるから早めにやろう」
そう言って通信を切る。
その後は、小規模な襲撃に対処したりと忙しく過ごしていた。
そして、バーテックスは2019年3月まで少なくなることはなかった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
移花
西暦2019年3月、四国勇者によってバーテックスは数を減らし、動きも沈静化していた。
そこで、福岡の伊吹葵と沖縄の古波蔵棗は行動を開始する。
まず、棗は沖縄で生き延びていた千人を率いて福岡へと向かう。
3日かけて福岡に入り棗は葵と合流する。
「棗!」
葵は、3年ぶりに会った幼馴染を抱きしめる。
「葵…久しぶり」
二人は離れると、真面目な話に戻る。
「沖縄の人に1日休んでもらって、そのあと出発しよう」
その後の打ち合わせで、福岡の人間3000と沖縄の人間1000が一緒に行動し、葵が四国に先行して住民の移送の援助を求める手はずになった。
打ち合わせに参加していた岩本と棗の祖父の光圀が沖縄と福岡の移民団を指揮することになり、解散した。
翌日、移民団は大濠公園に集まり、4000人のうちの女性、子ども、お年寄りをバスやトラックに乗せて移動を開始した。
船を使うことができないため、中国地方周りで進んでいく。
2日目、移民団が半分ほど進んだころ葵は四国に着き、大社と呼ばれる組織に援助を頼んでいた。
しかし、四国勇者は遠征に行っており当分は戻ってこれないと言われ、ルートを記した紙を預けた。
「ここの勇者が戻ってきたら渡してください」
そう言うと葵は移民団の護衛に行くため四国周辺の壁を越えて道を戻る。
3日目の朝残り4分の一の場所で葵が移民団と合流した。
しかし、移動の間に移民団は一度襲撃を受け、撃退したものの、死者が出ていた。
その後移民団が10キロ程進んだところで近畿方面から5つの人影が近づいてきていた。
葵たち移民団が福岡を出る前日、四国勇者たちは遠征に出発し、3日目には諏訪大社までたどり着いていた。
四国勇者たちは、そこに残っていた白鳥歌野の残した鍬などをを使い、種を植え、休んでいた。
次の朝、四国勇者たちが起きると遠征に通信役としてついてきていた上里ひなたが勇者たちに告げる。
「皆さん、神託で沖縄と福岡で生き延びていた人たちが四国へ向かっているみたいです!」
その言葉を受け、勇者のリーダーである乃木若葉がすぐに日程を決める。
「分かった。このあとは急いで戻りその人たちの援護に向かう」
そして、勇者たちはすぐに諏訪大社を発ち、出せる最大のスピードで移民団のもとへと向かった。
しばらくして、ひなたの先導で移民団のもとへ進むと、大きな人の集団を見つけた。
「いたぞ!あそこだ!」
近づいていくと、その集団から2つの人影が飛び出してきた。
近づいてくる5つの人影に気づいた葵と棗は、その人影のもとへと向かった。
その2つのグループは向かい合った状態で止まる。
そして、話ができそうだと判断した葵が口を開く。
「君たちはもしかして四国の勇者?」
その質問に背の高い刀を携えた少女が答える。
「その通りだ。そちらこそ沖縄と福岡の勇者なのか?」
男である葵を見て困惑気味に尋ねる。
「そうだよ、それより今は四国内にこの人たちを入れないと」
後ろで隊列を組んで進んでいる移民団を見ながら言う。
「何人か護衛をおねがいしていいかな?」
「分かった。ならば4人を置いていこう。私は先に戻って手続きをしておく。」
そう言うと若葉はひなたを抱えて飛び去っていった。
その後、小規模な襲撃などを撃退しつつ進む。
そして瀬戸大橋までくると、若葉が待っていた。
「この先が四国だ。この中に入ればもう安心だ」
移民団は壁の中に入り、大社で必要な手続きを済ませ、香川に住むことになった。
ここからはちゃんとのわゆに沿っていきます。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
仲間
『勇者様と巫女様による調査の結果、諏訪地域の無事が確認され、福岡、及び沖縄から無事だった人々が避難をしてきています。これによって諏訪地域以外にも人類が生存している可能性が高まっており…』
葵と棗は、四国の勇者である乃木若葉、土居球子、伊予島杏、高嶋友奈、郡千景及び巫女の上里ひなたと食堂にいた。
食堂のテレビから流れるそんないい報告に、葵と棗以外は顔をしかめる。
「相変わらず嘘ばっかりだ、せっかくのうどんが不味くなる」
その様子に、葵が尋ねる。
「この報道って嘘なのか?」
「ああ、君たちが避難してきたってこと以外は嘘。諏訪が落ちたから四国にもバーテックスが攻めてくるようになったんだ」
「人々の士気を下げないために情報を操作する。戦争ではよくあるけど…」
葵は、自身に力を与えた英霊の警告を受け取っていた。
「みんな、うどんが伸びちゃうよ、ニュースばっかり見てたら!よーし、伸びるくらいだったらわたしがタマちゃんの肉うどんを食べちゃう!」
そういうと、友奈は球子の肉うどんを一口かっさらう。
「あっ!友奈お前肉まで食べやがったな!こうなったら友奈のキツネをいただく!」
「ああー!一枚しか入ってないのにー!」
友奈と球子の争いをみて、葵は若葉たちに尋ねる。
「いつもこんな感じなのか?」
「いつもはこんな感じではないんですけど…。もう、タマっち先輩!子供みたいなケンカしないでください」
「むぅ…」
杏に注意され、球子は素直にやめる。
「友奈さんもお行儀が悪いですよ」
「はぁい」
ひなたに言われて、友奈もやめる。
勇者たちの様子を見て、葵と棗は誰がどんなポジションなのかを把握する。
(高嶋と土居がムードメーカーってとこか)
さっきまでの暗い空気が消え、和やかな空気にかわる。
そんな一同を見回して、友奈が明るい口調で話す。
「あのさ!大赦の人たちが流してるニュースは、今は嘘だけど、私達が本当にすればいいんだよ。バーテックスを全部やっつけて、世界を取り戻して!」
「そうだな、高嶋の言う通りだぞ」
葵は友奈の意見に同調し、さっさとうどんを平らげる。
「うん、ここのうどん固すぎないか?」
その発言に、香川組の面々が反応する。
「うどんは普通こんなものでしょ!?」
その反応に葵は面食らう。
「逆にどんな固さを想像してたの!?」
「い、いや、こしなんてなくてやわーいのがうどんでしょ!?」
福岡と香川のうどん論争が始まる。
「なにそれ!?そんなのうどんじゃないですよ!?」
「いやいや、ここのうどんなんて口の中ケガするよ!」
論争がヒートアップするにつれて、人数の少ない福岡が劣勢になる。
「福岡のはいつまでも食べ続けられるんだぞ!」
「なにそれ詳しく!」
そんな言葉に友奈と球子の食い意地はり組が反応する。
「どういうことなんです?」
「あー、福岡で有名なうどん屋すっごい伸びやすくて人によっては食べてる間にどんどん増えるんだよ」
「それなら出汁がなくなったら大丈夫なんじゃ…」
「甘いな、出汁がなくなったころを見計らって店員さんがつぎ足すんだよ」
その事実に香川組は愕然とする。
「…ごちそうさま…」
そんな葵たちをしり目に、千景は席を立ち、食堂を出ていった。
「じゃあ棗、午後は、部屋の確認に行こう」
「うん…」
早々に食べ終わっていたふたりは、うどん論争を打ち切り食堂から出た。
翌日、葵と棗は、中学三年として、丸亀城の教室にいた。
「じゃ、改めて伊吹葵だ、福岡から来た。よろしく」
「古波蔵棗…沖縄から来た。よろしく…」
転校生らしく自己紹介をすると、若葉から一つの提案をされる。
「「「バトルロイヤル?」」」
若葉が提案したのは、丸亀城全域を舞台としたバトルロイヤルと王様ゲームを混ぜたようなものだった。
「レクリエーションと言いつつ模擬戦なのが若葉ちゃんらしいです」
と、ひなたは苦笑する。
「そして、切り札以外だったら何をしてもいいというルールだ」
若葉が愛刀を握りしめながら言う。
しかし、ひなたに却下され、模擬戦用の武器を使うことになった。
そこで、球子が葵と棗に尋ねる。
「そういえば、二人は武器は何を使ってるんだ?」
「僕は野太刀、まあ、長めの刀だよ」
「ヌンチャク…」
その質問に二人は答える。
「じゃあ、二人のも用意してもらおう」
「ああ、大丈夫大丈夫、僕は持ってるから」
そして、許可がとれ、棗の武器もでき、開催されることになった。
翌日の午後、戦いが始まった。
ひなたは天守閣、その最上階から丸亀城全体を見渡す。
丸亀城三の丸―
杏球子ペアと葵棗ペアがぶつかっていた。
杏球子ペアは球子が二人を抑え、杏が狙う。しかし、杏の放った矢は、棗のヌンチャクに全てはじかれてしまう。
球子も、葵の縦横無尽に繰り出される斬撃に押され、捌ききるのが難しくなってくる。
そしてついに、葵の斬撃で球子の盾がはじかれ、敗北が確定する。
「勝負あり、だね」
「だー、負けた負けた!強いな、二人とも!」
刀を首筋に突きつけられた球子は負けを認める。
そして、葵と棗は本丸へと向かう。
丸亀城本丸―
葵と棗が本丸につくと、若葉が一人立っていた。
「やあ、乃木さん、そろそろ勝負しようか、三人で!」
「そうだな、二人まとめてかかってこい!」
そして、先に葵が鋭く攻撃を仕掛ける。
しかし、若葉の抜刀に阻まれる。
その隙を逃さず、棗が葵に攻撃する。
しかし、葵は体制をいれかえ、野太刀の長い刀身で受け止める。
そして葵が若葉に蹴りを入れて離れる。
「やるな、伊吹さん!」
「そっちもね、乃木さん」
その後、棗と葵が同時に若葉に仕掛けるが、棗は切り伏せられる。
それによって、葵と若葉の勝負になるが、手数は若葉、一撃の重さは葵に軍配が上がる。
しかし、最後は若葉の体力が持たず、葵が紙一重で勝利した。
そして、第一回のバトルロイヤルは伊吹葵の勝利で幕を閉じた。
明日の西暦ガチャ回すかなあ?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
卒業
週末、勇者とひなたは街に繰り出していた。
「で、葵さん連れてって欲しいところとかあります?」
「いや、地理に慣れてなくてどこに何があるか分からないから、街を案内して?あ、でも大きい書店なんかを教えてくれると嬉しいかな」
先日のバトルロイヤルの優勝特典で葵は街の案内を頼んでいた。
「なら昼を摂った後だな。書店は杏に任せよう」
「分かりました。任せてください!」
葵の提案に若葉が答え、杏に任せる。
任された杏は少し胸を張って意気込む。
恐らく読書好きが増えて嬉しいのだろう。
「そうか、なら後でおすすめを教えてもらおうかな」
葵が杏に笑いかけて頼む。
そして、四国に最近来た二人が良く食べるので、がっつり食べられる骨付き鳥の店に来ていた。
そこで、やはり若葉と球子が自身の陣営を増やそうと口論になる。
しかし、葵も棗もどちらも好きだと答える。
そしておおむね満足して店から出た。
八人はその後近くのショッピングモールへと向かった。
そこでは、棗の服を葵以外の皆で選んでいた。
葵が店の外の通路で待っていると、若葉が一人で店から出てくる。
「ん?どうした?」
「いや、皆が葵さんも服を選んできて、あとで披露しようと言い出してな。私はその伝令と言うわけだ」
「そうか、正直ファッションセンスに関しては自信皆無なんだが…」
「そうか、なら誰か一緒に行こうか?」
それを受けて若葉が提案するが、葵は断る。
「そうか、なら後で合流しよう」
「了解」
話が終わると、葵は男性向けの洋服店に向かった。
数分後、葵は下は濃紺のジーパンに赤いシューズ、そして上は黒と白のTシャツに薄手でカーキ色のパーカーという動きやすい格好になっていた。
服装が決まり、他の服を物色していると、若葉から呼び出しの電話がかかって来た。
『葵さん、決まりました?』
「ああ、決まったよ、どこに行けばいい?」
『じゃあ、さっきの店の前に来てくれるか?』
「分かった。すぐにいくよ」
葵はそう言って電話を切ると指定された店に向かう。
店の近くに着くと、棗以外の六人が通路に出ており、球子が手を大きく振って葵を呼んでいた。
「おーい、葵ー!」
葵はそれに答えるように胸の前で小さく手を振って皆に近づく。
すると、葵の格好に思い思いの感想を述べる。
その感想をまとめると、ほとんどが動きやすそうと言っていた。
「まあ、似合っているしいいんじゃないですか?」
そう、ひなたがフォローする。
「それより棗さんを見てびっくりしないでくださいよ?」
そう釘をさされる。
「じゃあ、棗さん出てきていいですよー」
「ちょっと恥ずかしいのだが…」
ひなたが呼ぶと、そう言いながら棗が出てくる。
その瞬間、葵は硬直する。
(え?なにこれ?印象全然違うんだけど!?可愛い可愛い可愛い可愛い!)
葵は思考の中で発狂していた。
棗は、青っぽい白の膝上丈のワンピースを着ており、いつもの動きやすい服の時と違っていた。
「葵、どう…?」
葵は、その棗の声に我に返る。
「あ、ああ、すごくいいと思うよ。すごい可愛い」
「ありがとう…」
葵のその言葉に棗は顔を赤くし、うつむく。
そんな二人の様子に周りにいた六人はニヤニヤと見守っている。
「じゃ、次は本屋にいこう?」
いたたまれなくなったのか葵がそう提案する。
「そうですね、そろそろ行きましょうか」
その提案に杏が同調する。
その後、杏のおすすめの書店に寄り、丸亀城にある寮に戻った。
寮に戻り、解散しようとすると、杏が全員を呼び止める。
「あの、ちょっといいですか?」
すると、千景、棗、葵以外の五人が、三人に一人づつ一枚の紙を差し出す。
「卒業証書です。お三方は年齢的には中学校卒業なので形式だけでもと思って」
「まあ、教室は変らないんだけどな」
三人は、そんな行事があることすら忘れていたが、受け取り礼を言う。
「皆、まだ会ってそんなに経ってないのにありがとう」
「ありがとう…」
「あり、がとう…」
そして、手作りの卒業証書の授与を終えると、皆寮の部屋に帰っていった。
ファッションの描写が少ないのはご容赦ください。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
約束
みんなで買い物に行き、手作りの卒業証書をもらって少し経った四月の夜、葵は寮に割り当てられた自室で思考にふけっていた。
(聞いた話だと、精霊を使ったのは若葉が一回、千景が一回、友奈が一回。そして球子が二回。杏は使っていない。精霊を使った後は病院で検査すると、疲労が溜まっていると診断される。ただ、二回使った球子は何かしらの違和感があると言う…。皆が使った精霊は一目連、七人御崎、輪入道、源義経…。全てが悪霊としての側面を持つ…)
この葵の思考は、杏も同じタイミングで考えていた。
(ただ、僕の精霊はむしろそれを倒す逸話のある精霊…これは加護を与えている神の違い…?)
そして、葵が精霊について考察していると、部屋の戸が開き棗が入ってくる。
葵はそれに気づくと、棗を迎え入れる。
「棗、とりあえずその辺に座っといて」
葵はベッドを指差す。
棗は、その通りにベッドに腰掛ける。
その様子を見て、葵は調べもののために立ちあげていたノートPCをシャットダウンし、棗に問いかける。
「で、棗どうしたの?」
「ちょっと、話したくなって…」
「そういえばここに来てからもまだそんなにしゃべってなかったな」
福岡に棗が来た時に再開して以来忙しく、まともに話す時間が取れていなかったのを思い出す。
「改めて、これからもよろしく!それと、ここは福岡じゃないけどお帰り」
その言葉に、棗は無言で葵を抱きしめる。
「…ただいま…」
葵は、棗を抱きとめると、棗の頭をやさしい手つきで撫でる。
そして、葵は一つのことを宣言し決意する。
「棗、僕はもう絶対に君と離れない。そして、君に何かあったら絶対に助けよう」
それを聞いて、棗も返す。
「…私も、葵が困っていたら絶対に助ける。なにがあっても…」
そうして、二人の関係はこの日を境に少し変わった。
その日はその後、これまでの思い出話に花を咲かせた。
翌日、葵と棗の二人は手を繋いで教室に向かう。
教室に着くと、全員がそろっていた。
「あ、葵くん棗さんおはよー!」
友奈が気づき、二人に声をかける。
すると、友奈が目ざとく二人が手をつなぎ、雰囲気が変わっていることに気づく。
「え!?二人ともそういう関係だったの!?」
友奈がそう言った事で、他の面々も気づく。
そして、恋愛小説が好きな杏のめが輝き始める。
「そうだけど、そっとしといて」
その反応に不安になった葵は先にくぎを刺しておく。
「「はーい」」
納得したのかは分からないが、色々と聞こうとしていた二人は引き下がる。
その雰囲気に耐えられなくなったのか、球子が杏と計画していたお花見を提案する。
「楽しそう!やろうやろう!」
「ええ、いいですね。丸亀城にいてお花見をしない選択肢はありません」
友奈とひなたがその提案に賛成する。
その様子を見て、葵と棗は顔を見合わせると、葵が口を開く。
「えっと、この丸亀城の桜ってどんな感じなんだ?」
その質問にすごい勢いで食いついてくる。
「丸亀城は桜の名所って言われてるんだよ!」
「そ、そうなのか。じゃあ、一度見てみたいな」
と、葵も賛成をする。
「…でも、いつバーテックスが来るか分からない状態なのよ…そんな緩んだことで、いいのかしら…?」
千景が水を差すように言う。
そこで友奈が千景の両頬をつまみ、強制的にその顔を緩ませる。
「ひょ、はかひまふぁん…」
「ぐんちゃん、息抜きも大事なんだよ!それに、私はぐんちゃんとお花見したいな」
そして、友奈は手を放す。
「まあ、高嶋さんがそういうなら…」
千景も根負けして頷く。
「よーしじゃあ、次の戦いが終わったらみんなでお花見だ!俄然やる気が出てきたぞー!」
球子が勢いよく手を振り上げ、皆の士気が上がる。
そして、杏は窓の外を見て城の周りの桜を眺める。
「早くお花見できるといいなあ」
その日の夕方、図ったかのようにそれぞれのスマホから樹海化を知らせる警報音が流れた。
今作の棗さんは地元から離れて暮らして、幼馴染とも会えていなかった設定なのでやっと安心できたという設定です。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
変化
お待たせしました!
葵たち勇者が花見の約束を交わした日の夕方、葵たち七人の勇者のスマホが樹海化を知らせる警報音を響かせた。
数度の出撃で樹海化の瞬間を何度も感じているが、葵はどうにも違和感がぬぐえず身震いする。
戦装束をまとった勇者が集まり、迎撃に備える。
葵たち勇者が立っている比較的内地寄りの場所からでも壁の外にいるバーテックスの大群が見えていた。
すると、球子がつぶやく。
「なんだよ、今までにない事態とか言ってた割には大したことないじゃん」
この数日前、ひなたが新しく神託を賜っていた。
―次の襲来で今までにない事態が起こる―と、、、
球子はおそらく、今までにない事態は今までにないほどの量の敵が攻めてくると解釈していたのだろう。
実際、壁の外に見えているバーテックスの量は、これまでよりも多いが、しかし十分の一ほど増えた程度のように見えていた。
球子がそう言って肩の力を抜くと、そこに若葉が注意を投げかける。
「油断するなよ、球子。確かにあまり多いという感じは受けないが、それでもこれまでより多いんだ」
「分かってるよ、でもこっちも二人増えたんだし大丈夫でしょ」
若葉へ葵と棗のほうを見て返答する。
その言葉を合図に、勇者はそれぞれの武器を構える。
若葉は鞘付きの太刀を。
友奈は手甲を。
千景は身の丈ほどもある大鎌を。
球子は腕にワイヤーでつながれた旋刃盤を。
杏は片手で扱える大きさのボウガンを。
棗はヌンチャクを。
葵は頭から膝ほどの長さの野太刀を。
それぞれが臨戦態勢に入るが、杏が全体に声をかける。
「あの!皆さん!」
杏の声に六人の勇者が振り向くと、杏が一つの提案をする。
「今回は切り札はなしにしましょう」
それに千景が真っ先に反応する。
「それは、どうして?」
「元々大社からもあまり使わないように言われていましたし、本当に危険かもしれませんから」
勇者の面々はそれにうなづき、各個人の持ち場に広がる。
七人は、防衛のための陣を敷いた。
後方に杏、棗、千景の三人が待機し、他の四人が前方に展開し、杏が全体を見ながら指示を出し、前衛で疲れが見えだした人から順に交代させていく。
戦闘が始まり、星屑と呼ばれる一番弱いバーテックスを半分ほど消したところで、バーテックスに異変が現れだした。
それは、未だに後方にいた星屑が集合し、合体を始めたのだ。
これまでは、融合を始めようとするものがいたら、杏が狙撃していたのだが、杏の有効射程外で融合を始められ、一体の進化体が完成する。
そして、杏は狙撃をその進化体に集中せざるを得ず、一際おおきな進化体が三体生まれてしまう。
それを見た球子が切り札を使おうとするが、杏が制止する。
杏が宿すのは雪女郎。
雪と氷の具現化であり死の象徴である。
「行きます!」
杏が合図し、ボウガンを上に向けると、周囲が凍り始める。
勇者たちは寒い程度で済んでいたが、バーテックスはそうはいかない。
星屑はほとんどが凍り付き、地面に落ちた衝撃で粉々になっていく。
しかし、大型の三体はところどころに霜がつくだけで、ほとんどダメージが入っていない。
それに気づいた葵たちは星屑を早々に倒し大型の三体に集中攻撃を加えようと動き出す。
すみません、サブタイ変更しました!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
防戦
大学入ってからなかなかまとまった時間が取れなかった、、、
ということで、リハビリ込みの回ですが、よろしくお願いします!
いち早く星屑を片付けた葵は、杏が仕留めきれなかったバーテックスのもとへ急行する。
杏は、精霊を宿し、威力が格段に上がったはずの攻撃がほとんど通用しなかったことで行動を停止してしまっていた。
その杏に向かって出現した三体の大型バーテックスのうち弓のような形をしたものが巨大な矢を発射する。
その矢は杏の隣にいた球子が受け止め、杏は姉のように信頼している球子が目の前に来たことで思考を再開する。
その頃、周りのバーテックスをすべて片付けた葵、若葉、棗、友奈、千景は固まって移動している大型のバーテックス三体のもとへ向かっていた。
「若葉!これまでにこんな大型は出現していたか!?」
「いや、していない!おそらくこれがひなたの言っていたこれまでにない事態だろう!」
「分かった、皆!精霊を使おう!杏の精霊が効かなかった以上通常の攻撃では効かないはずだ!」
葵の提案に勇者たちは一も二もなくうなずく。
そして勇者たちは一人ひとり精霊を憑依させていく。
若葉は源義経を、
友奈は一目連を、
千景は七人御崎を、
葵は源頼光を、
棗は水虎を、
葵と棗は新しく手に入れた力を実感する。
「これはすごいな、身体能力がさらに跳ね上がっている」
しかし、葵は精霊を憑依させる感覚に言い知れぬ違和感を感じ取る。
(これは、、、なんだ?憑依している精霊以外のナニカの気配を感じる、、、まぁいい、今はあの敵に集中する)
そして、各々のリーチに入ると精霊の能力に応じて攻撃を始める。
若葉は自身がついていける最高速まで加速し、三体の大型のバーテックスの内大きな針を持つものに対してすれ違いざまに一閃し、友奈と千景はハサミを持つものに対して嵐のような連撃と、7人同時の多重攻撃を加える。
しかし、どの攻撃も表面を裂いたり、罅を入れる程度に留まり、すぐさま再生されていく。
「この攻撃でもこれか、、、!」
「ぐんちゃん!もしかしたら連撃じゃダメなのかも!」
「そうね、、、ただ、私の多重攻撃でも効果があまり無かったから、、、」
各々の中で1番強いであろう攻撃があまり効かないことに驚きつつも、少しでも体力を削る為に絶えず攻撃を加える。
それを尻目に、葵と棗は弓のような形のバーテックスに接近し、攻撃を開始する。
「ぜぁっ!!」
葵は、野太刀の長い刀身と身体全体を使った遠心力の最大限までかかった斬撃をバーテックスに対して浴びせ、棗もこれまた最大まで遠心力のかかった一撃を仕掛け、一撃の威力を上げる。
その2人の攻撃は、若葉達の攻撃のどれよりもバーテックスに対して大きなダメージを与える。
「若葉!高嶋!郡!連続で攻撃するよりも一撃を重く、鋭くしろ!それならある程度ダメージは与えられるはずだ!」
葵の助言に、3人もできる限り一撃を重くして攻撃するが、しっかりとしたダメージを与えることができるものの、少しづつ再生していく。
葵と棗は弓のようなバーテックスに対して苛烈な攻撃を仕掛けていたが、弓のようなバーテックスが1本の巨大な矢を溜め始める。
それに気づいた棗が、他の勇者に対して警告を発する。
「皆、大きな一撃がくる。備えて」
その数秒後、弓のバーテックスが、貯めていた矢を未だ体勢が整っていない杏と球子に向かって放出した。
これからは1週間に1回どちらかを1話以上更新できるように頑張ります!
読んでくれてる人が居るかは分かりませんが、またよろしくお願いします!!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
狂華
「させない!」
弓形のバーテックスが巨大な矢を球子達に向けて射出した直後、まだ体勢が整わない球子達に気づいた棗が、矢に横から攻撃し、矢の軌道を逸らそうとする。
しかし、矢の質量と威力故に逸らし切る事ができない。
「球子!」
逸らしきれないと判断し、棗は球子に警告を発する。
その言葉で迫り来る巨大な矢に気づいた球子は、棗の攻撃で多少逸れた角度に対して沿うように斜めに盾を構え、衝撃を受け流そうとする。
しかし、衝撃を受け流すことができず、うでの骨が砕ける。その、あまりの痛みに意識を失いそうになるが、痛みで意識が覚醒する。
球子が、矢を受けた後腕を抱えうずくまったのを見て、杏が焦った声で球子を呼ぶ。
「タマっち先輩!?」
杏の声に気づいた友奈が、球子の左腕を見て激昂する。球子の左腕は全体的に肉が裂け、血まみれになっていた。
激昂した友奈は、大社からも禁止されていた精霊をその身に宿す。
「来い!『酒呑童子』!!!」
新たな精霊を宿したことで、友奈の手甲は物々しく巨大化し、額には角を模した装甲が追加される。
友奈は、球子を傷つけた元凶である弓型バーテックスに向かい、全力で殴りつける。すると、他の攻撃では直ぐに再生したバーテックスの再生スピードが目に見えて落ち、大きな半球形に陥没する。
それを確認することも無く、友奈は叫びながらありったけの力で連続で殴りつけ、ついにはバーテックスを消滅させた。
「あれが、『酒呑童子』、、、」
その友奈の力に、それを見た面々は頼もしさを感じるのと同時に恐怖を覚える。
一体のバーテックスを消滅させた友奈は、次のバーテックスの元へ向かう。
向かったのはハサミのようなものを持ったバーテックスだ。このバーテックスは反射板を持っており、友奈が『一目連』を宿し攻撃した際には、ほぼ全ての攻撃をはじき返していた。
しかし、『酒呑童子』を宿した友奈の拳は、今度は一撃で反射板を破壊し、本体に肉薄する。
その後、本体を攻撃しようとすると間に割り込んでくる反射板をすべて破壊し、本体を攻撃する。すると、たった数発でバーテックスは消滅した。
「あと一体は!?」
友奈は、まだ仕留めていないはずの巨大な針を持ったバーテックスを探すが視界のどこにも見当たらず、首をかしげる。
「ラストは消したよ」
友奈が声のした方を見ると、葵と棗が立っていた。
「え?バーテックスに傷を与えられていなかったはずじゃぁ、、、」
「そんなことより今は球子だろ、樹海化が解けたらすぐに病院に連れていく準備をしないとだろ」
友奈たちは、少々納得できないながらもさすがに、仲間の負傷を無視することは出来ず、動きだす。
「あとで何があったか教えるから、と言っても俺も詳しいことはほとんど分からないんだけどな」
その後すぐ、樹海化が解け、勇者装束のまま、勇者たちは球子を病院に送り届けた。
次話はほぼ説明回?の予定です。
ただ、まだあまり大きく原作から改変してないので、原作を読んでいる方は多分きっとあぁ、と思うことと思います。
目次 感想へのリンク しおりを挟む