オメガJ召喚 (二等市民)
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接触、動乱へ

 西暦20XX年某日、夜。

 日本、埼玉のどこか 第4技術研究所内防衛研修所

 

コードネーム“オメガ”駐屯地

 

 居室のベッドに横になりながら、オメガ7こと小松は同室の平岡に話しかける。

 

「なんか今日の訓練、GPSの調子悪かったな」

「米軍が作戦行動中かもしれないってよ」

「米軍? なんか関係あるのか」

 小松の疑問に、平岡は頭をかきながら答える。

 

「ほら、今日来た空自の江須原。あいつが言うには、米軍が作戦する時に周辺のGPSの精度を落とすんだって」

「ふーん、迷惑な話だな」

 

 小松と平岡がそんな会話を交わしていると、不意に部屋のドアが開かれ、同じチームの田中が血相変えて入って来た。

 

「ちょっと、小松さん。ボクのパソコンいじりました?」

「なんだよ田中。ワールドオブタンクス(WoT)やらせてもらっただけじゃないか」

「やっぱり! サーバーにアクセスできなくなってますよ」

「おい田中、なんでもヒトのせいに────」

 

 その瞬間、部屋の中にいた小松達3人の視界が、いや、日本全体が白い光に包まれた。

 

 

 そして、日本は別の惑星へと転移する。

 

 

 

 X日後、日本 東京都、防衛省。

 

 多数ある会議室のうちの1つで、統合幕僚長の斎藤三弥は部下からの報告を待っていた。

 

(燃料の備蓄は1年も保たない。食料はまだマシだが、農耕車両も運送トラックも漁船も化石燃料を燃やして動く。石油資源を確保できなければ日本はジリ貧、終わりだ)

 

 Pipopo……

 電話が鳴り、祈るような気持ちで斎藤は受話器を取る。

 

「頼む、良い報せであってくれ……。私だ」

 

 斎藤が受け取った報告は正しく吉報だった。

 

『日本より南西約1,000kmに陸地を認める。多数の家屋、船舶を哨戒機の乗員が視認、撮影に成功』

 

 そして、あまり嬉しくない報せも。

 

『なお、人を乗せたドラゴンによる邀撃をうけた』

 

 兎にも角にも、斎藤は防衛大臣と首相へ報告を上げ、政府はただちに調査と、可能ならば接触し会談を行うために外交官の派遣を決めた。

 

 中央暦1639年1月24日のことだった。

 

 

 この後、常に無い迅速な対応で日本政府は接触したロデニウス大陸の現地国家、クワ・トイネ公国と国交を樹立する。

 日本は転移危機を脱すべく大地の女神の祝福を受けているクワ・トイネ公国から農産物の輸入を開始。また、隣国のクイラ王国は地下資源の宝庫であり、石油採掘権を取得して油田開発を行うことになる。

 それに伴い、農産物と石油の対価として両国のインフラ整備に着手。

 

 文化交流も盛んになり、東京では和服を着たエルフが茶道を学んだり、スーツ姿のドワーフが街を歩くなどの姿が見られるようになった。

 すべては順調かに思われた────

 

 

 中央暦1639年3月12日

 

 斎藤は小林陸将からロデニウス大陸に派遣した情報局員の報告を確認していた。

 

「小林陸将、佐藤二佐はロウリアに?」

「はい。クワ・トイネから陸路で入っております」

 

 小林陸将はオメガの上司で、斎藤とともにオメガ設立に深く関わった人物。佐藤二佐は情報収集(と、個人的な利益追求)で危険地帯にも突っ込んでいく優秀な調査部別室所属の人間だ。

 その佐藤からの報告をまとめた書類を斎藤は読み進める。

 

「クワ・トイネの隣国、ロウリア王国は国境付近に兵力を移動させているらしい。君はどう思う、始まると思うかね」

「兵員の招集は終わっているようですね。部隊編成と展開が完了すれば始まります」

「というと、あと一月ほどか」

 

 

 ロデニウス大陸

 クワ・トイネ公国 港湾のある経済都市マイハーク近郊

 

 日本からの政府開発援助により拡大と発展の最中にあるマイハークの市街から離れた一画、日本の企業が買い取った原野に複数の天幕が張られていた。

 

 その中でも一際目立つ大型天幕。100人は入れそうな天幕にオメガ所属の隊員が集まっている。

 

「傾注!」

 

 指揮官の梅本二佐が状況の説明を行う。

 

「ここ、ロデニウス大陸には3つの国がある。クワ・トイネとクイラの両国は東部にあって日本の友好国だ。この2ヶ国に圧力をかけているのが大陸西部を制したロウリア王国で────」

 

 ロウリア王国は獣人やエルフ、ドワーフを亜人と見下し排斥しようとしており、クワ・トイネとクイラとは緊張状態にある。

 未だ戦争状態ではないが、いつ開戦してもおかしくない。

 ロウリア=クイラ間には山岳地帯があり、クイラの獣人山岳猟兵連隊の存在もあって難攻不落。そのためロウリア王国はクワ・トイネ方面から侵攻すると予想される。

 侵攻が開始されたなら魔法通信という連絡手段によりすぐさま通達されるが、それは軍や政府の話であって民間レベルまで情報が行き渡るには時間がかかる。ましてや日本は当事者ではない。

 

「邦人が戦闘に巻き込まれないように、クワ・トイネとロウリアの国境付近の動きを交代で監視、報告するのが今回の任務だ。各班ごとにヘリで移動する。出発は21:30」

 

 

「監視かよ。俺らの仕事じゃねーじゃん」

「小松さん」

「給料分仕事しようぜ」

 

 ぼやく小松を宥めながら、田中と平岡もあまり乗り気ではない。

 それもそうだ。事前に得た情報によると、ロウリア王国が動員する戦力は航空兵力としてワイバーン300乃至500、洋上に3,000隻の船舶、騎兵歩兵約30万。

 航空兵力と機動性の高い騎兵の存在がまずい。一応、対策はあるのだが。

 

「携SAM運用員の江須原だ。よろしく」

「おう、頼む。田中、ミニミとM72な。末次、携SAM一緒に持ってやれ」

 

 空自から派遣された江須原が携帯式の地対空誘導弾射手として同行する。これでワイバーンも撃ち落とせる。とは言っても限界がある。

 

「ミサイルは2発だけか」

高価(たか)いし、重いからね」

 

 発射筒や発射器といったウエポンラウンドは14kgほどだが、コンテナを含めた総重量は50kgに達する。徒歩機動ではあまり数を持ち運べない。

 

 田中は軽機関銃とM72ロケットランチャーを用意しながら、江須原の背負っている銃に目を付ける。

 

「江須原さん、それってM1100ですか?」

「ああ。新型の12ゲージグレネードを試験運用するんだ」

「へぇ」

 

 レミントンM1100。セミオートショットガンで、使用弾は12ゲージ。グリーンベレーでも使用されていた実績のある散弾銃。江須原のは折り畳み銃床のショートバレルバージョン。

 

「暗くなるまで……田中、パソコン出せよ」

「ゲームなら出来ませんよ。ネット繋がってませんし」

「チェ。平岡、AVでも観るか」

「寝とこうぜ」

 

 

 

 ロウリア王国 王都ジン・ハーク

 

 都を囲む城壁に複数ある門、そのうちの1つをくぐり商人の荷馬車が列をなして街に入る。

 やがて馬車列が大きな倉庫前に止まると、身なりの良い商人らしき男と左頬に傷痕のある男、貧相な男の3人が1台の馬車から降りたった。

 

「サトーさん、おかげで助かったよ。あなたは私の商会の恩人ね」

「そいつはどうも。見返りに期待させてもらいましょう」

「もちろんね。コレ、伯爵への紹介状よ。伯爵は貴族や官吏より商人に近いお人柄ね。きっとあなたを無下に扱うことはしないね」

 

 商会長から紹介状を受け取り、頬に傷痕のある男──調査部別室所属、佐藤大輔二佐はジン・ハークの街へと足を踏み入れる。

 

「スゲー、カオスの世界だ」

 

 佐藤が小型カメラで撮影した街には、やる気無さげに巡回する兵士、武器を帯びた傭兵と思しき集団、萎びた野菜を叩き売る露店商、鎖で繋がれたエルフの娼婦、埃っぽい汚い服を着た人人、人。

 あまり長居したくはならない光景を撮影し、佐藤は後ろを振り返る。

 

「中村! あれ?」

 

 ついてきているはずの部下、中村の姿が見えなかった。

 

「どこだあの野郎。あ、いた!」

 

 なぜか中村は街を囲む壁のそば、特に身なりの汚い浮浪者や物乞い、宿に泊まる金すら無い貧乏出稼ぎ労働者がたむろする場所に座り込んでいた。

 

「お前、何やってんだ」

「なんか心が安らいじゃって」

 

 ヘラヘラ笑う中村に、佐藤は呆れながら近づく。

 

「オメーはアジアに南米、アフリカときてロウリアでもなじむな。学も教養も波長が第三世界モードなんだな」

「自分は立派な日本の一員です。日本人です」

「セリフだけ一丁前だな、中村。最近の日本はオメェーみてえなスカスカ脳みそが多いんだよ」

 

 キリッとした表情で答えた中村を、佐藤はボロカスにけなす。

 

「ボーっとしていると日本もロウリアみてぇになっちまうぞ。これから始まるのは資源戦争だ。いや、もう始まっているか」

 

 佐藤は中村をギロリと見下す。

 

「このロウリアは小資源国で選民思想にかぶれてる。貧困の連鎖を断ち切るために自分達の国を自分達で良くしよう、なんて考えず、持ってるヤツから奪ってよし、なんて思考だ。わかるか? 自己チューの中村がここにはイッパイいるんだ」

 

 中村は怒りでぷるぷる震えながら、何も言い返せず視線を落とした。

 

 

 

 荒涼とした土地に囲まれたジン・ハークでも緑豊かな区画はある。貴族の居住する区画がそうで、バパン・ヤキソ伯爵邸も庭に豊かな芝生と涼しげな影を作る木立が存在した。

 

「いい庭ですな」

「異国の方に褒められると嬉しいですな」

 

 伯爵邸の応接室にて、佐藤と中村は“商人貴族”バパンと会うことに成功し、取り引きを持ちかけていた。

 バパンは佐藤が手土産として差し出した品々を手に取って感嘆する。

 

「上白糖、ですか。この白さは素晴らしい」

 

 クワ・トイネ産の砂糖は精製されていても茶味がかっているのだが、佐藤が持ち込んだ上白糖は純白と言ってよい白さだった。

 

(食い物の、しかも味に直接関わらない色にこだわる余裕と、この白さを実現する技術がある。日本はただの蛮族ではない)

 

 蛮族というと、半裸で、串に刺した肉を焼いて齧り、味付けはせいぜい塩。というのは世界が違っても共通の認識のようだ。

 バパンから見て佐藤は暴虐の気配を漂わせているが、知性と教養は持ち合わせている。

 

「それで、チョバ・コナナ商会長の話だとあなた方は戦士らしいが、どういった商売を?」

「色々ですな。我が日本国はロウリア王国と国交がなく、今はクワ・トイネ経由で荷を運んでいます」

「なるほど」

 

 つまりロウリアに直接荷を降ろせるように後ろ盾が欲しくなり、自分のところに来たのだな。バパンはそう考えたが、佐藤の次の一言で思考が吹き飛んでしまう。

 

「伯爵。あなた個人に、あなたのお嬢様のために、お菓子作りの材料や道具も持って来ましょう。買いには行けませんでしょうし、商人を呼び付けるにも信用できる人間は限られているでしょうからな」

「────‼︎」

 

 壁際で気配を殺していた家令が動こうとするのを、バパンは止める。

 

「待て! 動いてはならん!」

 

 ほう、と佐藤は感心して声をもらした。バパンの目は中村の構えたスペクターサブマシンガンに向けられていたのだ。

 

「伯爵はコレが何かお分かりで」

「私は、パーパルディアで最新の兵科、フリントロックガナーを見たことがある。その構えと同じだ」

「なるほど」

 

 それは良い情報だと頷きながら、佐藤は中村に銃を下ろさせる。

 

「さて、伯爵。我々は貴方に軍へと働きかけていただきたいのですよ」

「軍に? クワ・トイネへの侵攻なら、私に止める権限など……」

「いえ、違いますよ」

 

 佐藤はニヤリと笑う。

 

「参加兵力を増すように働きかけていただきたい」

「なんだと?」

 

 バパンは目の前の佐藤が何を考えているのか理解できなかった。

 日本と友好関係にあるクワ・トイネ。そこに侵攻する兵力を増して、どんな利益が日本にあるのか?

 

「少なくとも、この場にいる誰も損はしませんよ。ロウリアが勝てば無駄飯食いの軍を遠くにやれるし、あなた方も僻地へ行けば暮らしやすくなる。辛勝であれば、軍勢を強化するよう進言した貴方の発言力は強まる。クワ・トイネ側が勝った場合も含め、全ての場合で我々の間にはパイプができる」

「ううむ」

「それに」

「それに?」

 

 凶暴な、狩の獲物を前にした猛獣のような笑顔を浮かべて佐藤は言う。

 

「ロウリアが敗北すれば、大敗であれば大敗であるほど亜人殲滅を掲げているロウリア王の権威は弱まる。動員した軍勢が散れば、あとは金とコネを持つ者が権力を握れるというわけです」

 

 それはまさに悪魔の囁きだった。

 バパンは、積極的に明確な裏切り行為を働くわけではないのだからと自分に言い聞かせながら、悪魔の企みに乗った。

 

 

 

 佐藤と中村が去った伯爵邸。

 伯爵は応接間で独り座っていた。そこに、ドアをノックして誰かが入って来る。

 

「お父様、お客様はお帰りに?」

「ああ。スダーチェ、お前に良い物を買ったぞ」

 

 バパンの娘、スダーチェは上白糖に目を輝かせる。そんな娘の耳をバパンは見つめていた。

 スダーチェの耳はエルフのように尖っている。祖母がエルフだったのだ。

 某将軍がエルフに生ませた娘、その娘をエルフとの子とは知らされずにバパンは娶り、やがて生まれたのがスダーチェだった。

 エルフの特徴を色濃く受け継いだスダーチェを、バパンは愛し、エルフの特徴をどうにか隠して育てた。しかしどこから漏れたのか、あの佐藤に知られてしまった。

 

「いや、良い機会かもしれんな」

「お父様?」

 

 バパンはスダーチェに何も答えず、考えに耽るのだった。

 

 

 

 

 中央暦1639年3月22日

 

 この日、ロウリア王国王都ジン・ハークの王城で行われた御前会議にて、ロウリア王国、国王ハーク・ロウリア34世は軍にクワ・トイネへの侵攻命令を発した。

 当初の計画より増強された総兵力50万という大軍が動き、軍船4,800隻にワイバーン500騎を投入する、文明圏外国家としては史上最大の作戦が発令される。

 

 ロウリア王が演説を行い、主だった将がそれぞれの任務を遂行するために行動を開始する。

 

 その中の1人、ロウリア王国Bクラス将軍パンドールは有能だが勝てない将軍として有名だった。

 と、いうのも彼の任地はクイラとの国境となっている山岳地帯からロウリアとクワ・トイネにまたがる大森林で、敵は精強な獣人山岳猟兵。勝てるはずがないどころかクイラ山岳猟兵に山岳地帯を抜かれて大森林を奪われてもおかしくないのだ。

 大勝利に値する現状維持。逆に言えばなんの成果も得ていない将軍。

 

 そんなパンドールがクワ・トイネ侵攻部隊の先遣隊指揮官を拝命した。

 

「将軍。先遣隊指揮官任命おめでとうございます」

 

 王城の廊下を足早に進むパンドールに、先遣隊次席指揮官アデムが話しかける。

 アデムは元々流れ者の騎士であり、ロウリア王国が領地拡大のためにロデニウス大陸西部諸国を統合した際に活躍して騎士に任じられた。その活躍はパンドールの耳にも届いていたが、その武威以上に占領地での残忍な振る舞いがよく語られている。

 

「ありがとう、騎士アデム。部隊の統率、指揮の補佐をよろしくお願いする」

「了解いたしました」

 

 アデムはパンドールに一礼すると王城内にある自らの部屋へと帰って行く。その姿が見えなくなってから、パンドールは吐き捨てるように呟く。

 

「あのようなケダモノを、陛下はなぜ重用するのか」

 

 パンドールは嫌な気分を振り払うように頭を振って、半ば駆け足になりその場を離れた。

 



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ロデニウスに昇る朝日子
ギムの悲劇


 神は戦争の始まりを告げるために凶作をもたらす──フランスのことわざ


 

中央暦1639年4月11日午前──ロウリア=クワ・トイネ国境付近

 

 小高い丘の中腹。そこに目を凝らすとわずかだが色が変わっている場所がある。

 そこ、つまりは擬装網を被せた壕の中で、小松達の班は何度目かの監視勤務についていた。

 

「オメガ5、国境線付近に異常無し」

《了解。いい話があるぞ。クワ・トイネ軍に増援の予定無し。オワリ!》

「くそ!」

 

 オメガ5、河原二曹は無線機を外して悪態をつく。そんな様子を見ながら江須原(オメガ104)小松(オメガ7)に話しかける。

 

「オメガ5って射撃強化選手かなんかじゃなかった? 朝雲新聞で見た覚えあるぞ」

「オリンピック候補だってよ。なんでオメガに来たか知らねェけどさ」

 

 色々な人間が様々な理由でオメガにやって来る。

 

「まさか異世界に来ちまうなんて思わなかったよな」

「ホントそれな」

 

 

 

 国境のロウリア王国側、東方討伐軍 先遣隊本陣からは炊事の煙が多数上り、万単位の将兵が活動していることは誰の目にも明らかだ。

 クワ・トイネ公国外務部は幾度となく国境から兵を引くよう魔法通信で連絡を行なっていたが、ロウリア側は全て無視している。

 

 戦争することは、すでに決定しているのだ。

 

「明日、ギムを落とすぞ」

 

 国境から約20kmにある街、ギムを最初の目標と定めたパンドールの指揮下には、長年付き従う精兵100の他に歩兵2万、重装歩兵5,000、騎兵2,000、軽騎兵1,000、工兵1,500、魔導師350、竜騎兵150が配属されている。この竜騎兵とはワイバーン騎乗兵のことだ。

 数の上では歩兵が多いが、竜騎兵は10騎いれば数千の歩兵を足止め出来る空の覇者である。それが150騎もいる。

 

 パンドールは複雑な表情で部隊を見つめていた。

 ワイバーンは高価な兵器である。ロウリア王国の国力では、本来なら国全てをかき集めても200騎そろえるのがやっとなはずだ。

 しかし、今回は対クワ・トイネ公国戦に、500騎のワイバーンが参加している。

 これは第三文明圏、フィルアデス大陸の列強国、パーパルディア皇国からの軍事支援があったとされている。

 実際に行われた支援の規模や内容は不明であるが、パーパルディアは何の見返りも無しに支援をするような国ではない。

 パンドールは祖国が将来的には返さなくてはならない巨大な借りに気分が暗くなる。

 とはいえ先遣隊に150騎のワイバーン。この過剰とも言える戦力は戦場に限定すれば明るい材料になる。

 

「ギムでの戦利品はいかがしましょうか?」

 

 どうにか気持ちを浮上させつつあったパンドールに副将のアデムが話しかける。アデムもまた、パンドールの気分を陰鬱にさせている原因のひとつだった。

 

「副将アデムよ、戦利品についてはお前に任せる。ただし、老若婦女子は現に抵抗する者以外は傷つけてはならん」

 

 パンドールは対クイラの非正規戦の経験から、獣人の怖さをよく知っていた。とくに女子供は彼らにとって最大の宝であり、なんとしてでも守る面目である。それに手を出してしまうととんでもない復讐を受けることになる。

 ギムの街には猛将と音に聞こえた獣人の騎士モイジと、彼が率いる騎士団が駐留していることを考えての指示だった。

 また、占領地の統治ということを考えると、王国の一部となる土地であれば一指揮官が好き放題荒らして良いはずもないという考えもある。

 

「お優しいことですな。ヒヒヒ」

 

 アデムはパンドールの考えを知ってか知らずか、一礼すると離れていく。

 

「ふん、弱者をいたぶることしか知らないケダモノめ」

 

「臆病者の日和った年寄りめ。さっさと引退するがいい」

 

 パンドールはアデムに聴こえないように、アデムはパンドールに聴こえないように吐き捨てた。

 と、そんなアデムに近寄る人影がある。

 フードで顔を隠しながらなおいやらしい笑みが透けて見える胡散臭いその人物は、アデムに対して礼を取る。

 

「アデム殿、この度は先遣隊副将という要職への就任、おめでとうございます」

「白々しいですねぇ」

「しかしアデム殿が次席ではなく総指揮官であれば、我らが支援した飛竜もより活躍できるでしょうに」

 

 ローブの人物は大仰な動作で書簡を取り出し、アデムへと手渡す。

 

「これは?」

「ロウリア王陛下に書いていただきました。どうか武勲を立てて下さいまし」

 

 書簡を広げ、内容と署名を確認したアデムはニンマリと笑みを深めた。

 

「ありがたく使わせてもらいますよ。ひひひ」

 

 ローブの人物はアデムともに上機嫌そうに笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 中央暦1639年4月12日早朝

 クワ・トイネ公国、西部方面騎士団駐屯地

 

 VuOOOーu

 

 国境線に不気味な雄叫びが響き、それはギム防衛のため国境近くに築かれた防御陣地にまで届く。

 

「ロウリア軍の鬨の声(ウォークライ)です、モイジ団長……」

「ついに来るかッ」

 

 クワ・トイネ公国、西部方面騎士団を率いるモイジは焦燥感にかられていた。

 誰も経験したことのない大合戦を前に兵は浮き足立っている。

 早期に兵力を集結させるとロウリア軍をいたずらに刺激するという懸念から兵の招集は遅れ、数的差は圧倒的。

 騎士団はギムの街を守るためにベストを尽くし、事前に出来る備えは行なっていたが、市民の一部はギムから疎開を開始している。

 クワ・トイネ公国政府も、市民に対し疎開を促し始めたが、それはいささか遅過ぎた。

 

 

 

中央暦1639年4月12日午前

 

 国境線にかかっていた霧は日が昇ると徐々に消え、それを待っていたかのようにロウリア王国軍はクワ・トイネ公国へ侵攻を開始した。

 

 クワ・トイネ公国の国境監視哨に詰めていた警備中隊はすぐに狼煙を上げ、魔法通信で情報を伝達する。

 

「ロウリア軍が越境中! 師団規模、歩兵主力!」

「ロウリアのやつら、歌ってやがるぞ」

 

 少しでも時間を稼ぐため、ちっぽけな砦の胸壁で弓を構える兵士達。だが、そこに影がさした。

 

「警報! ワイバーン! ワイバーン!」

 BAOM!

 ワイバーンの火炎弾により、監視哨はあっという間に無力化された。

 

 崩れ落ちた監視哨を踏み付け、ドラムロールとともにロウリアの歩兵が進む。

 

「閣下、前方にクワ・トイネ騎士団の防御陣地です。迂回しますか?」

「そうだな……。いや、攻め落とそう」

 ギム前面に存在するモイジ達の陣地を迂回するべきか考えるパンドールだが、後方を遮断される可能性を潰しておくことにする。

 

「大した規模の砦ではない! 竜騎士隊を先頭に総掛かりで粉砕する!」

「承知!」

 

 パンドールの指令が各部隊に伝達され、まずはロウリアの竜騎士隊第一次攻撃隊75騎がクワ・トイネ西部方面騎士団に襲いかかる。

 

 

 

 一方、クワ・トイネ側。ロウリア軍前進開始の報を受けたモイジは迎撃命令を出していた。

 

「第一、第二飛竜隊は全騎上がり、敵ワイバーンにあたれ! 騎兵は陣地正面に展開しろ! 長槍歩兵隊は騎兵に随伴、重装歩兵は防御態勢、弓隊は防壁に上がれ!」

 

 整然と並んだ騎兵隊の後方で飛竜が舞い上がる。全力出撃のワイバーン24騎が高度を上げていく。

 やがて、ロウリア王国の方向の空に黒い点が大量に現れた。その数に、クワ・トイネの兵士は驚愕する。

 

「なんだ、このバカげた数の飛竜は……⁉︎」

「我が国の有する飛竜の総数を超えていないか⁉︎」

 

 ロウリア王国東方討伐軍先遣隊 竜騎士第一次攻撃隊の75騎が真っ直ぐ突撃してくるのを見て、モイジすら狼狽えた。

 

「ありえんッ、敵の指揮官は正気か⁉︎」

 

 驚愕に目を見開いたモイジのもとに伝令兵が駆け寄る。

 

「団長、飛竜隊が突撃します」

 クワ・トイネの飛竜部隊は、勇猛果敢にロウリア側の飛竜へ突っ込んでいった。

 

「飛竜を討てるは飛竜のみ! 竜騎士(ドラグーン)の誇りにかけて、いくばくかは道連れにしてみせる! 全騎、吶喊ン!」

 

Fuuuurrrah────!

 

 クワ・トイネのワイバーンは高高度から逆落としをかけて火炎弾を撃ち下ろす。ロウリアの竜騎士4騎が直撃を受けて墜落し、外れた火炎弾も侵攻する地上部隊に被害を与える。

 しかし上手くいったのはその一撃だけだった。

 乱戦になると数以上に質の違いでロウリアの竜騎士がクワ・トイネの飛竜隊を圧倒し、わずか数分でクワ・トイネの飛竜隊は全滅した。

 

 空を我が物としたロウリアの竜騎士を阻む者はもういない。クワ・トイネの防御陣地に火炎弾が降り注ぐ。

 地上部隊に指示を出していたモイジの背後で櫓が炎上し倒壊する。

 

「畜生!」

 

「ワァァァァ!」

 火達磨になった兵が断末魔を上げながらのたうち回る。

 

「畜生! 畜生!」

 モイジはツーハンデッドソードを握りしめて駆け出した。

 

 

 

 中央暦1639年4月12日、午後

 クワ・トイネの西部方面騎士団は四散し、守るべきギムの街はロウリアの手に落ちた。

 食料は徴発され、ロウリアの兵士は金目のものや女を漁りに家々に押し入る。

 アデムは街の中心部にある広場に佇み、兵達の様子をいやらしい笑みを浮かべながら眺めていた。

 そこに後ろ手に縄をかけられたモイジが連れて来られる。

 

「クワ・トイネ西部方面騎士団、団長モイジを捕えました」

「酷いもんです。こいつひとりに10名もっていかれました」

 ロウリア兵がモイジを地面に蹴倒し、唾を吐きかける。

 

「お待ちしてました。猛将モイジ、その名は私の耳にも届いていますよ」

 モイジは馴れ馴れしく話しかけたアデムを睨み返すだけだった。その殺意を気にした風でもなく、アデムは兵に命じる。

 

「モイジの妻と娘を連れて来なさい」

「ハッ」

「待て! 何をする気だ!」

 

 一瞬で、戦士からただの夫あるいは父親になったモイジの姿に、アデムは笑みを深くする。

 

「私は、いかなる略奪もとがめはしないのですよ」

 傍に積まれた物資から、高価そうな指輪を手に取りアデムは嘯く。

 

「美しい金品は働きに報いる報奨となり、強姦は兵の士気を維持するのにおあつらえ向きですし、ね?」

「やめろ! 妻と娘は関係ない!」

「そんな寂しいことは言わないでくださいよ」

 ロウリア兵がゲラゲラ笑い、モイジの妻と娘が入れられた檻が運ばれて来た。

 

「お父さん‼︎」

「あなた……」

 兵がモイジの妻を檻から引きずり出し、服を剥ぎにかかる。

 

「やめろぉぉッ!」

 

 

 

「貴様らッ! 何をしておる、やめんかッ!」

 

 良いところで邪魔が入ったとアデムは舌打ちした。

 本隊を引き連れて前進しているはずのパンドールと部下が現れたのだ。

 

「これは、閣下。潰走したクワ・トイネ軍を始末しに行かれたはずでは?」

「そちらは東部諸侯団に任せた。して、騎士アデムよ。誰の命令で、何の権限をもっての蛮行だ⁉︎ すぐにやめさせろ!」

「私の権限で物資の調達をしております。亜人に与する畜生どもです。なぜやめさせる必要があるので?」

 

 悪びれないアデムに、パンドールは鬼のような形相になり詰め寄って言った。

 

「なぜ、だと? いいか、よく聞け! お前より優れた兵士だからだ! ロウリアの面汚しめ!」

 

 パンドールは近くにいた兵士に向かって命じる。

 

「騎士アデムを拘束しろ! さっさとせんか!」

 

 しかし、兵はニヤニヤと笑いパンドール達を取り囲む。

 

「なんだ、貴様ら」

「閣下。残念ながら国王陛下は閣下より閣下の言う面汚しの方を必要とされているみたいですよ」

 アデムは昨日フードの人物から渡された書簡を広げて見せた。そこには、パンドールを罷免してアデムを指揮官にするという辞令が記されていたのだ。

 

「ば、かな」

「拘束されるのはあなたですよ、パンドール()()。抵抗しても良いですよ? 反逆者になりたければ、ですが。ひひひ!」

 

 パンドールとその側近は縄を打たれ、直率の100名も武装解除され集められる。

 そしてパンドールと側近、モイジと娘は同じ檻に入れられた。

 

「いやぁ、今日は良い日です。コイツらは亜人奴隷と一緒に本国へ送ってしまいましょう」

 

 アデムの言葉に、パンドールは本国なら話の通じる人間もいるのでまだ望みはあると考えていた。しかし、アデムはパンドール達を生かしておくつもりはない。

 近くにいた小部隊の指揮官を呼び、小声で命令する。

 

「いいですか、あの連中は途中で始末なさい。山賊にでもやられたとすればよろしい」

「ハッ! 了解しました!」

 

 命令された指揮官が離れたところで、別の指揮官がアデムに話しかける。

 

「将軍さま、ヘッへ、亜人どもを送っちまう前にちょいと味見してもよろしいでがんすか?」

「そうですねぇ」

 アデムは少し考える仕草をし、剣を抜き放った。

 

 HUN!

「はれ?」

 指揮官の首が薄笑いを貼り付けたまま飛び、身体が倒れる。それを見下したまま、アデムは剣を拭う。

 

「私の部下に、亜人と交わおうなどとする汚物はいりません。そこの君、このゴミは我が軍の戦死者とは別の場所に埋めなさい」

「は、はいィ!」

 

 拘束した獣人とエルフ、ドワーフは縄で繋がれ、パンドールやモイジの入れられた檻が馬車に乗せられる。そうして移送準備が行われる最中、数十人の人間が広場に連れてこられ一例に並べられた。

 彼らの姿を見たモイジの表情が凍り付く。誰も彼も見知った顔。それもそのはず、クワ・トイネ西部方面騎士団の団員家族達だった。モイジの妻も先頭に立たされる。

 

「さて、戦闘直後に出発というのも酷でしょう? ゆっくり休んでから出発しなさい」

 アデムはモイジとパンドールに向けてそう言うと、配下の兵に向き直り命令を下す。

 

「この者達は、人間なのに亜人と交わった者達です。見せしめとしてなるべく惨たらしく殺しなさい」

 

 アデムの恐怖の命令はすぐさま実行された。

 そして、死んだ者はロウリア王国へ向かう道に並べられ、ロウリア王国へ送られる者達は死者の上を歩くように強いられた。

 

 

 

 

「落ち着いたみたいだな」

「ああ。やられたみたい」

 

 小松と平岡、そして田中と江須原の4人はギム付近まで出向いて偵察していた。

 

「オメガ7よりオメガ5。ギムは陥落」

《5より7、了解。新たな命令がある。そちらに向かう》

「7、了解」

 

 通信を終えた小松はベレー帽を脱いで頭をガシガシとかきながら平岡に話しかける。

 

「なんか、こっち来るってよ。俺たちまた面倒くさいことやらされるぜ」

「仕事だろ、仕事。稼がないと風俗行けないぞ」

 

 2時間ほど後、河原と末次が合流して命令を伝える。

 

「情報収集のために捕虜を確保し、可能ならギムに潜入しろとの命令だ」

「ほらまた俺たち貧乏籤だ」

「小松」

「だってよォ」

 

 捕虜を確保しろと簡単に言うが、その辺りにいる下っ端を捕まえても持っている情報はタカが知れている。かといって部隊指揮官を生け捕りにするのは容易ではない。

 と、周辺警戒をしていた江須原が無線で報告を入れる。

 

《オメガ104より。大人数が街から出たぞ。捕虜の移送みたいだ》

「5より104、護衛はどれくらいついてる?」

《100人くらい。騎兵に歩兵と、馬車が見える》

 

 全員で隊列が見える位置に移動し、確認する。

 

「ちょっと数が多いな」

「待ち伏せしよう。野営しそうなトコでメシ時に襲撃しようぜ」

「小松、勝手に決めるな。俺が班長だぞ」

 

 ぱっぱと簡単に作戦を決める小松を見て、江須原は感心しながら田中に話かける。

 

「陸さんのノリはすごいな。付いてけそうにないよ」

「すぐに慣れますって」

 

 

 

 数珠繋ぎにされたギムの住民の列は非常にゆっくりとしか進めないらしく、上空にワイバーンの騎影もないのでオメガチームは容易く先回りできた。

 日没が近づく中、江須原は小松に話しかける。

 

「なあ、日が暮れたら道標や陸標は見えなくなるけど、距離って歩数で測るしかないのか?」

「そうだよ。千歩ごとにポケットに小石を入れたり、ロープに結び目を結んで数えたりとか。距離と方角は大事だ」

「参ったな、絶対忘れちまうよ」

「忘れんなよな。ヘタしたらみんな死んじゃうぞ」

 

 小松は荷物から小さい箱のような物を取り出し、江須原に見せた。

 

「前はGPSがあったんだけどな。さっさと衛星打ち上げて欲しいよ」

 GPSの表示器には何も映っていない。

 

 

 

《オメガ20、来ました》

《オメガ104、準備よし》

 

 ギムから10kmほど離れた地点にある宿営地らしき場所で、日没前にロウリアの隊列は野営の準備を始めた。

 オメガは残照が消えるのを待って襲撃を始める。

 

「よし、行くぞって、コラ」

 

 班長の河原が支持を出す前に小松は駆け出していた。

 火が焚かれている広場の縁、暗がりの背の高い草むらから様子を窺う。

 

「歩哨も立てていない。完全に油断しているな」

「小松、一人で行くなよ」

 平岡が追い付いて隣に並び、さらに末次と河原が追い付く。

 

「末次。お前は89式だから最初は撃つな。俺たちがまず一撃かける」

 末次以外の3人はMP5SD6かサプレッサー付きMP5K-PDWで減音されている。

 軽機関銃手の田中とショットガン装備の江須原は側面に回り込んでいた。

 

 宿営地では100人ほどのロウリア兵が武器を手に、一箇所に固まって外側ではなく内側に向かって立っている。

 

「あいつら何やってんだ?」

「さあ?」

 どうでもいいかと考え、小松は銃を構えた。

 

「始めるぞ」

 

 SHCOCOCOM! SHCOCOCOM!

「ギャァ!」「グェ!」

 くぐもった発射音とともに悲鳴が響く。

 

「なんだ、何が起きてる⁉︎」

 SHCOCOM! SHCOCOCOM!

「ヒィィ!」

「魔女のバァサンの呪いだ! 逃げろ!」

 

 何人かの兵士が逃げ出すが、そちらには田中と江須原が待ち構えていた。

 

「田中、江須原、行ったぞ」

《了解》

 KTOWKTOWKTOWKTOW! BANG BANG!

 逃げようとした兵士がなぎ倒され、ロウリア兵はパニックに陥った。

 

「撃ちまくれ!」

 BABANG BABABABANG!

 末次も撃ち始め、数秒後には立っているロウリア兵は居なくなっていた。

 

「オメガ7クリア!」

「オメガ8クリア!」

「オメガ104クリア。……なぁ、皆殺しにしちまったんじゃないか?」

 

 インカムからHERHERと荒い息を響かせつつ、江須原が捕虜の確保をすっかり忘れていたことを指摘する。

 しかし、そのウッカリは小松達が確認のために宿営地に進入してみると杞憂だったことがすぐに分かった。

 縛られた兵士が何十人と転がされていたのだ。

 

 

 

 パンドールは死を覚悟していた。

 街道脇に整備されている宿営地で、野営準備中に檻から引き出されて地面に座らされたのだ。

 部下達も同様に集められ、周囲をロウリア兵が取り囲む。ギムでの惨状を見ていた彼らは、アデムへの恐怖から味方に刃を向けることすらいとわなかった。

 引きつった笑みを浮かべた兵士がパンドールの前に立ち、白刃が振り上げられたその時────。

 

 SHCOCOCOM! SHCOCOM!

 アデムの配下となったロウリア兵がバタバタと倒れ、やがて暗がりから何者かが現れた。

 

「なんだ、生きてんじゃん」

「ロウリア兵か? 仲間割れでもしてたのかな」

「ヘリを呼ぶぞ」

「獣人たちを解放しましょうか」

「捕虜に手を出させないように気をつけろ」

 

 得体の知れない風態の男達がモイジ達を解放してまわり、それがある程度済むとパンドール達を囲むように立った。

 

「もうすぐヘリが来る。それまで大人しくしてろよ。お前達も」

 

 顔に十字の戦化粧をした男がパンドールと、モイジ達ギムの住民に告げる。おそらくあの男が指揮官なのだろう。他の1人が何やら文句を言っていたが、意に介さない風だ。

 

 しばらくして、空から風が強く吹き下ろしたかと思うと巨大な何かがいくつも舞い降りた。

 その何かが口を開けると、中から人が出てきた。驚いたことに、ソレは空を飛ぶ乗り物だったのだ。

 縛られたまま、パンドール達はその中へと押し込まれていく。

 

「コイツらのザマはなんだい?」

「元々縛られてた。逃亡兵かなんかだろう」

 

 屈辱的な扱いだが、もはや抵抗も抗議もする気力が無く、ただ流されるパンドール。その視界に、指揮官らしき男に縋り付くモイジの姿が映った。

 

「頼む! 妻の仇を討たせてくれッ!」

「俺に言われても知らんよ。じゃあな」

 にべもなく断り離れる男。

 

 金糸で縫われた花と、白地に赤い太陽の印章がやけにはっきりと輝いていた。

 



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唐突な挨拶

 

 中央暦1639年4月12日午後 日本 東京 世田谷近辺

 

 クワ・トイネへ対する支援について、自衛隊派遣反対派の国会議員があちこちに電話をかけていた。

 

「世論になんとしても訴えんといかんよ。総理は自衛隊の操り人形だよ。これはもう軍政だよ、クーデターさ」

 そのやり取りの後ろで、議員の秘書と黒い背広姿の男達が押し問答をしていた。

 

「困ります、先生はただいま……」

「どきたまえ、公務執行妨害だぞ」

 

 秘書を押し退けて室内に踏み込んだ男達に、議員は怒りの声を上げる。

 

「なんだ君達は。無礼じゃないか! 僕は国民の代表だよ」

「失礼します。本庁の公安です」

 公安の男は手帳を見せながら宣言する。

「先生の身柄を保護します。つまり、外出禁止です」

 

 

 

 

 中央暦1639年4月13日午前

 

 小松、平岡、田中、江須原の4人はロウリア兵の装束を身に着けてギムの街へ向かって歩いていた。

 

「剣と槍だとなんか落ち着かないな」

「拳銃だけだとちょっとな」

「タマをどっかに落としたみたいに落ちつかない」

 

 銃を隠している雑嚢をもてあそびながら、江須原は言う。

 

「人ってあんな簡単に死ぬんだな。なんだか怖くなったよ。小松は怖くないのか?」

「……怖かったよ。初めての戦闘はショックが20もあった。次はそれが半分の10に、その次はまた半分に……。だんだん感じなくなる。もう聞くなよ」

 

 4人は黙々とギムに向かう。

 

 ロウリア軍主力はすでに前進し、ギムの街には大した兵力は存在していなかった。

 守備隊を置かなかったのか、それとも守備隊すら街に留まりたくなかったのか。

 

「どこも死体ばっかりだ」

「ひどいな。田中、全部撮れよ」

 

 ギムの街の其処彼処に放火、強姦、略奪の痕跡が残り、市街地の各ブロックには区長や官憲の死体が吊るされ、死者の飛び出た眼球が見下ろしていた。

 

「人間のやることじゃない」

「ロウリア軍にとって、エルフやドワーフ、獣人は人間じゃない、亜人だ。亜人と仲良くする人間も人間じゃない」

「狂ってる」

 

 小松達は惨状を記録してギムの街を出た。

 

 

 小松達の記録した映像と報告はすぐさま日本に送られ、一部の出版社などにリークされた。その結果、日本はクワ・トイネ公国の民を救う大義名分を手に入れ、日本の国内世論もそれを後押しすることになる。

 

 自衛隊派遣反対派の政治家もこうなると身の振り方を考えなければならなくなった。

 

「先生、もう国民の多くは自衛隊の派遣を願っています。それに農産物や原油の輸入にも影響が出ると経済界からの評が……」

「わかっておる。むぅう」

 

 

 

 中央暦1639年4月22日 クワ・トイネ公国 政治部会 会場〈蓮の庭園〉

 

 名前の通り蓮の浮かぶ庭園。その中央に置かれている円卓に着いた首相カナタ以下6名の参加者の顔は一様に暗い。

 

「現在、ギム以西はロウリア勢力圏となっております。ロウリア軍の作戦兵力は50万にのぼり、食料は現地徴発しているために兵站を気にせず全てを戦闘に投入しています」

 

 軍務卿が冷や汗をかきながら説明する現状は控え目に言って絶望的だ。

 

「海軍に関しましては、マイハークを攻撃目標として4,000隻超の大船団を出撃させたとの情報があります」

「4,000隻超……バカな────」

「もれ聞くところによりますと、ロウリア王国はパーパルディア皇国から支援を受けているとか」

 

 会場の誰もが息を呑み、情報を頭の中で整理する。しかし、どう足掻いても、冷静に分析すればするほど打つ手が無いのが理解できる。

 

 静寂に包まれる蓮の庭園。

 その時、外務卿が手を挙げて発言の許可を得る。

 

「首相、外務局からもひとつよろしいか」

「まだあるのか……。これ以上のなにがあるというのか」

「ぬか喜びになってはいけないと黙っていましたが、実は日本国から通知がありましてな。今しがた局員が対応を────」

「日本国が⁉︎ 内容はッ」

「ここに、はぁ、はぁ、ここにあります‼︎」

 

 カナタが食い気味に言って立ち上がるのとほぼ同時に、息を切らせた外務局員ヤゴウが菊の紋章が印された文書を抱えながら庭園に駆け込んだ。

 

「おお、読み上げよ‼︎」

「はい! 

 ────日本国政府は、クワ・トイネの都市ギムで発生した武装勢力による非人道的な行為を見過ごす事はできない。クワ・トイネ政府には武装勢力への徹底した対策を要望するとともに、日本国は武装勢力排除のため、貴国の要請があれば自衛隊を派遣する用意がある────

 以上で全文です!」

 

 内容に首を傾げながら外務卿が発言する。

 

「武装勢力⁉︎ 非人道的行為⁉︎ これは戦争ですぞ。日本国はいったい何を言っているのか」

「ふむん。ヤゴウ、意訳できますか?」

「はい。おまかせください」

 

 カナタに指示され、ヤゴウはその場にいる全員にわかるように説明をする。

 

「日本国は憲法で国家間における紛争を解決する手段としての武力を禁じているので、ロウリア王国を()()()()と定義することで受動的な派兵を促しているのです」

 

 この場合、クワ・トイネ公国にとって重要なのは日本国の信条ではない。

 

「つまり、日本国は()()()()()()と言っています」

 

 ヤゴウの言葉に会場がざわつく。

 

「巨大船が来るのか⁉︎」

「鉄竜とかいうやつも……」

「凄いらしいな」

 

 絶望的な状況に、一条の光明が差した。

 カナタは決断する。

 

「もはや猶予はありません。ただちにロウリア……もとい()()()()()()の要請を‼︎」

 

 

 

中央暦1639年4月25日 マイハーク港

 

 クワ・トイネ公国海軍第2艦隊はロウリア王国の船団出港の報を受けて所属艦を集結させていた。

 

「壮観な眺めだな」

 第2艦隊司令官パンカーレは海を眺めながら呟く。

 ややニヒルな笑みが浮かぶのは、彼我の戦力差を理解しているからだろう。

 索具の点検や糧秣、武具の搬入を行なっている艦隊は総数50隻。ロウリアの船団の80分の1。

 

「まあ、1隻の船に対し同時に80隻が接舷できるわけでもなし。……とは言ってもなぁ」

 圧倒的な物量を前にどうしようもない気持ちがこみ上げる。そのまま弱音を吐いてしまいそうになるパンカーレだが、副官のブルーアイがやって来るのに気づいて口を閉じた。

 

「提督、海軍本部から魔伝が届いています」

「ほう。内容は?」

「はっ! 本日夕刻、日本国の護衛艦8隻が援軍としてマイハーク沖に到着する。彼らは我が軍より先にロウリア艦隊に攻撃を行うため、観戦武官1名を日本艦隊の旗艦に搭乗させるように指令する……とのことです」

「8隻? 80か800の間違いではないのか?」

「間違いではありません」

 

 パンカーレは葉巻を取り出して火を点けた。

 

「いったいなんのつもりだ? 8隻しか来ないなら、その艦隊も同行する観戦武官も死にに行くようなものではないか」

 

 しばしの沈黙の後、ブルーアイが口を開く。

 

「私が行きます」

「しかし……」

「艦隊の剣術大会では私が1位でした。他の誰よりも生き残る確率が高いのは私です」

 

 ブルーアイに真っ直ぐ見つめられ、パンカーレは考え込む。

 ブルーアイは優秀で観戦武官として送り出すのに不足は無い。そしてエルフだ。マイハークが失陥してしまえばロウリアに狩られるだけだ。

 

「すまない。……頼んだ」

「はっ!」

 

 

 

 その日の夕刻。

 マイハーク海軍基地に日本国海上自衛隊の掃海輸送ヘリコプター、MCH-101が飛来した。

 ブルーアイと、見送りに来た艦隊幕僚は見慣れない飛行物体を見上げながら別れの言葉を交わす。

 

「迎えに来たようです」

「ヘリコプターというそうだが、なんとも珍妙な(なり)よの」

 

 幕僚はブルーアイに向き直って言葉を繋ぐ。

 

「本当に行くのじゃな……」

「はい」

 

 迷いのないブルーアイの返事に、幕僚は拳を握り締める。

 

「パンカーレも海軍本部も、日本国も大バカ者じゃ。8対4,000じゃぞ⁉︎ 明らかに死地とわかる場所に部下を送るなどッ」

「あの()()()のことです、なにか勝算があってのことかもしれません。それに────」

「それに、なんじゃ?」

 

 着地したヘリに向かって歩き出し、ブルーアイは真っ直ぐ前を向いて言う。

 

「弱い我々に味方してくれた船であるからこそ、命を賭し乗船する価値があると思っています」

「お主もバカじゃわい」

 

 

 VAHU! VAHU! VAHU!

 ヘリの前では自衛官が待っており、ブルーアイが近づくと敬礼を送ってきた。

 

「こんにちは! 日本国海上自衛隊です! 観戦武官1名様、お迎えにまいりました!」

「よ、ろしく、お願いします」

 

 回転翼の生み出す風に吹き飛ばされそうになりながら、ブルーアイはどうにか答礼した。

 

「このッ、暴風は、止まぬのですか⁉︎」

「中に入ってしまえば大丈夫ですので、ご辛抱ください!」

HU-! HU-!

 ブルーアイを乗せたヘリが離陸し、沖にいる護衛艦に向かっていく。その姿を幕僚が最敬礼で見送っていた。

 

 

 

 SPLOSH-!

 しばらく飛行すると、眼下に巨大な船が現れた。

 艦番号183 DDHいずも

 クワ・トイネとの初接触時に派遣された艦であり、自衛隊で最大の護衛艦である。

 ブルーアイは窓に顔をへばり付けるようにしながら「いずも」を観察する。

 

「デカイ、砦が浮いているようなものじゃないか……。城が8つ……と、考えればとてつもない戦力ではあるが────勝てる⁉︎ のか……?」

 

 着艦したヘリから降りたブルーアイは艦内に案内され、船の中とは思えない明るさと全体が鉄でできていることに戸惑いながら艦橋にいる艦長のもとに通される。

 

「ようこそ、『いずも』へ。艦長の山本です」

「クワ・トイネ公国海軍第2艦隊、観戦武官のブルーアイです」

 山本とブルーアイは挙手の敬礼を交わす。

 

「この度の援軍、感謝します」

「ギムで亡くなったかたがたに、哀悼の意を捧げます」

 山本は帽子を脱ぎ、深く頭を下げる。艦橋内にいた人員も黙祷した。

 

 

 山本はブルーアイに艦橋から見える艦隊の各艦を簡単に紹介した後、作戦概要を伝える。

 

「現在、クワ・トイネは武装勢力(ロウリア)により海と陸2方面からの脅威にさらされていますが、自衛隊は第一にマイハークの安全を確保するために護衛隊群8艦で対応します」

「あの、ひとつよろしいですか」

 

 ブルーアイは最大の懸念事項を確認する。

 

「失礼を承知でおたずねします。ロウリ……武装勢力の船数はご存知でしょうか」

 その質問に山本は、全く気負ったところもなく微笑を浮かべて答える。

 

「はい。我々は数、位置ともに把握しています。貴殿の安全を保証いたします。ご安心を」

 ほれぼれするほど自信有り気に言い切った山本に、ブルーアイは不思議な安心感を覚えるのだった。

 

 

 

 中央暦1639年4月26日 ロデニウス大陸北沿岸

 

 海を埋め尽くすような大船団が西から東へと向かう。まるで島が動いているかのような光景だ。

 

「いい景色だ。美しい」

 潮焼けした嗄れた声が響く。

 豊かな髭に確かな知性を感じさせる瞳。ロウリア王国東方討伐海軍海将 シャークンは自信に満ちた様子で自らの艦隊を見つめていた。

 

「クワ・トイネよ、空前絶後の我が船団におののくがいい」

 

 6年もの期間と、パーパルディア皇国からの軍事援助を受けて完成した大艦隊。これだけの大艦隊に対抗する手立ては、ロデニウス大陸には無い。

 ひょっとしたらパーパルディア皇国でさえ制圧できるかもしれないという考えがシャークンの頭をよぎる。

 一瞬、シャークンの瞳に野心の炎が燃え、そして消えた。その眼が船団のある1隻に向く。

 その船にはパーパルディア皇国の観戦武官が乗っている。

 パーパルディア皇国を含めた列強が保有する砲艦という物の存在を思い出し、列強国に挑むのはやはり危険だと、理性が野心を鎮火させる。

 

 と、考え込んでいたシャークンに兵の1人が報告に来る。

 

「提督! 東の空から何か来ます!」

「む⁉︎ ワイバーンか……いや違う‼︎」

 

 HUMHUMHUM-

 生き物には見えない何かがシャークンの頭上に現れた。

 

 

 

 警告のために飛ぶMCH-101の機内。

 副操縦士は機長でもある正操縦士に疑問をぶつける。

 

「佐竹一尉……。()()()()が警告を受け入れるとはとても思えません。我々が納得するためのお題目、いや、アリバイに過ぎないんじゃないですか」

「林原一曹。そいつをなくしたら、俺たちはどうなる」

 

 気まずくなりながらも、ヘリのクルーは与えられた任務を遂行する。

 

 

 

 シャークンが上空を見上げていると、ソレは大音量で喚き始めた。

 

《こちらは日本国海上自衛隊。武装勢力へ警告する。ここはクワ・トイネの領海である。直ちに回頭せよ》

「日本国だと⁉︎」

 兵がざわつき、手の早い者は弓に矢をつがえて上空に向けている。

 

《繰り返す。直ちに回頭せよ。従わぬ場合、貴船に対し攻撃を加える》

 

 ついに矢が放たれるが虚しく空を切る。

 

 やがてそれは東へと飛び去って行ったが、見張り員が妙な物を発見していた。

 

「なんだありゃ? 島が動いて……」

 

 その見張りは帆船しか見た事がなかったので、それが艦艇だとは最初気付かなかった。

 

「提督! 巨大な船が向かって来ます!」

「なに⁉︎」

 

 その船はシャークンの長い海軍人生で見た中でも巨大で、見たことが無いほど高速で船団に接近してきた。

 

《こちらは日本国海上自衛隊、護衛艦みょうこう。こちらに従い回頭せよ。従わぬ場合、貴艦隊に対し発砲する》

「うぉぉッ、なんて大きさの船だッ! 蛮族の新興国家ではなかったのか⁉︎」

 

 ロウリア船の倍以上の速度で駆け抜ける護衛艦に度肝を抜かれるシャークンだが────。

 

「しかしッ、たった1隻でなにができるというのだ‼︎ 我ら4,800隻の大船団だぞッ!」

 大音声で自らと周囲の水夫を叱咤したシャークンは命令を出す。

 

「面舵! 針路80度! 敵船と同航戦、距離200につけよ‼︎」

「80度ヨーソロー!」

 

 シャークンの座乗する旗艦が信号旗を掲げ、船団がのろのろと変針していく。

 

「ヨーソロ、80度!」

「提督、敵船までの距離二ィ点〇〇!」

「よし!」

 

 各船に備え付けられたバリスタに矢が装填され、水兵は弓を構えると火種のそばに集まる。

 

「撃て────ッ‼︎」

 WHIZZ!

 号令一下、放たれた数百の矢弾が護衛艦に襲いかかる。普通の船なら炎上は必至の状況なのだが────

 KAN! KAKON!

 ────硬い音を立てて矢は弾かれ海へ落ちる。

 

「ッ‼︎ 刺さらぬ! 燃えぬ! まさか鉄で覆われているのかッ」

 

 水兵の放つ火矢が次々と飛ぶが、なんの効果も無いようにシャークンの目には映った。

 それなのに、護衛艦はなぜか船団から離れ始める。

 

「提督‼︎ 敵船が逃げ出しました‼︎」

「ひゃっはぁ!」

「うおぉ! 見たかデカブツ!」

 手を打って喜ぶ水兵たち。しかしそんな彼らをよそに、シャークンの頭脳は異様に冷めていた。

 

「逃げた……だと? なんだ……? 猛烈に嫌な予感がするッ」

 

 シャークンは決して無能な指揮官ではなかった。この予感は当たっていたのだから。

 

 

 

 護衛艦 みょうこう CIC

 

 ロウリアの船団から3kmほど離れて火矢の射程外に出た「みょうこう」は再び同航となる針路に変針していた。

 

 CICで指揮を執る艦長は艦にダメージが無いことを確認した後、旗艦であるいずもに報告を上げる。

 

「護衛艦『みょうこう』、武装勢力より攻撃を受けた。損害は軽微。反撃する」

《“いずも”了解。未知の魔法に注意せよ。武運を祈る》

「『みょうこう』了解」

 

 アリバイ工作かもしれないが、これで自衛隊は大手を振って武装勢力(ロウリア)と対決できる状況となった。

 みょうこうの艦長は自嘲気味に呟く。

 

「超音速のミサイルすら撃墜する、この『みょうこう』の初めてが、帆船のお相手とはな」

 

 バカな話だが、そもそも異世界に転移したという事態からして馬鹿げた話だった。

 気を取り直して艦長は命令する。

 

「対水上戦闘! CIC指示の目標、127mm攻撃始め!」

 

 UEEEE……N

 前甲板の主砲塔が旋回し、砲身が敵艦に向けられる。

 

「撃ち方始め!」

「うちぃーかた始めー!」

 

DOM!

 

 

 

 シャークンは護衛艦が同航になる針路をとった時から注視していたため、その異変に気付いていた。

 

「何か動いているぞ、あの構造物はなんだ? 何かしようとしているかもしれんぞ。全艦に注意するよう伝えろ」

 

 シャークンが周囲の艦に注意を促すように命じたその時。

 

DOM! SH─BAGOM!

 護衛艦の構造物が小爆発したように見えた。その直後に船団の最前方を航行していた艦が爆発、火炎を吹き上げながら船体が真っ二つに割れる。

 

「なんだッ、なにが起こった⁉︎」

「分かりません! 火矢用の油にしては、燃焼が激し過ぎます!」

「まさかッ」

 

 シャークンは直感的に攻撃を受けたのだと理解した。先程、護衛艦は『発砲する』と警告を行った。つまりアレは砲だ。しかし、彼の知識にあるパーパルディア皇国の砲熕兵器より射程も威力も大きい。

 

「魔導兵器か⁉︎」

 

 古の魔導帝国が使用し、ミリシアル帝国が用いている高性能兵器がなぜ────?

 シャークンは沈みゆく僚艦を前に愕然とした。

 

 

 

 

 護衛艦 みょうこうCIC

 戦術ディスプレイを前に、難しい表情をしている艦長にCDS長が話しかける。

 

「これで驚いて引いてくれればよいのですが……」

「そう願いたいものだ……」

 

 そう言いながら、引かないだろうという予感がしていた。

 ディスプレイ上はただの光点だが、相手も人間だ。無用の殺傷は避けたかった。こちらの戦力の一部を見せ、勝てないと理解させて引き返させる。

 平和ボケと言われても仕方ないが、彼らは帰ってくれることを願っていた。

 

 ロウリアの大船団と護衛艦、双方が奇妙な沈黙状態となった。




MFC第1巻分、完!
続きは2巻発売後(未定

ヤゴウ「あったよ! 外交文書が‼︎」
カナタ「でかした‼︎」
 ──ってコラ画像、誰か作ってくれないかな。

パンカーレ×ブルーアイ? ブルーアイを最初、イーネと同じく女性だと思っていたのは私だけじゃないはず。
 なんだ男か。 ──仕方ないから漫画版でブルーアイを見送りに来てるオッさんを、のじゃロリエルフのつもりで執筆。
 あとどうでもいいけどパンカーレをパンカレーだと思ってた。
 もう一つ、中央『歴』なのか中央『暦』なのか。


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ロデニウス沖海戦

 

 シャークンの頭上、船のマストに登った見張り員は高価な装備である望遠鏡を覗いて護衛艦を観察していた。

 

「巨大船は沈黙!」

「甲板上に兵員の姿は見えません!」

 

 報告を受けたシャークンは、少ない情報から相手の能力を推察する。

 

「なるほど。あれほどの威力、そうそう連射はできないようだな……」

 

 みょうこうが2発目を撃ってこない理由を、そういう仕様のためか、なんらかの不具合が発生したのだろうと考えるシャークン。

 敢えて撃たないのだ、というのが真実だが、そんなことは思いもよらない。

 

(もしかすると、古の魔導帝国の遺物を発掘でもしたのかもしれない)

 

 そうであれば、1度しか撃てないのを知らず、単艦で突進してきたのも頷ける。

 しかし、魔導を使えなくてもあの巨体が鉄で覆われているとなると、体当たりされるだけでロウリアの船は沈んでしまう。速力も差があって避けることは難しいだろう。

 

「ふ。しかしいくら高速とは言っても船という()()()でのこと……。通信士、ワイバーンによる支援を要請しろ」

 

 そう、いくら速い船とはいえワイバーンの方がはるかに速い。

 シャークンは隷下の船に指令を飛ばす。

 

「船団減速! ワイバーンの航空支援と同時に、一気にたたみかけるぞ」

「縮帆! 行き足落とせー!」

 

 慌ただしくなる甲板上で、シャークンはニヤリと笑う。

 

「ワイバーンの炎弾で蒸し焼きにして、鉄船はいただいてやるわ」

 

 

 

 

 ロウリア王国 ワイバーン本陣

 

 艦隊からの通信が伝令により竜騎士隊指揮官に伝えられる。

 

「東方討伐艦隊より支援要請です! 敵主力艦隊と思われる船と交戦中。敵船は巨大であり、魔導兵器を有する!」

「ほう、魔導兵器を持つ敵主力か。……よろしい。出撃可能な250騎、全てを出そう」

「全騎ですか? 王都防衛に穴が開きます」

 

 指揮官の決定に対して参謀が反対意見を言うが、指揮官は笑いながら言う。

 

「こちらが攻めているのだぞ? 誰が王都を脅かすというのだ。それに、戦力の逐次投入はするべきではない」

「承知いたしました」

 

 指令を受けた竜騎士達が胸甲とヘルムを身に付け、鞍を着けられたワイバーンに騎乗する。

 

「第17竜騎士隊、前へ!」

 

「第17竜騎士隊、離陸を許可する」

「竜騎士隊全力出撃ッ‼︎」

 

 赤と緑の旗が振られ、ワイバーンは続々と離陸していった。

 

「ユーリー、我々の空だな」

「気を抜くなよアンドレイ。まだ勝ったわけじゃないぞ」

「同じさ。敵影なし、下方に我が国のワイバーン。第20の連中だ」

 

 ワイバーン250騎。これだけいれば竜騎士隊だけでロデニウス大陸を統一できる。ロウリア王国の竜騎士の誰一人としてそれを疑う者はいなかった。

 

 

 

 護衛艦「みょうこう」のCICではすでにそれを察知していた。

 レーダースコープ上に多数のシンボルが表示され、その数は200を超えている。

 

「目標探知! 210度52マイル!」

「モード3、4とも応答なし」

 

 ロウリア王国のワイバーンと思われるシンボルを、艦長はじっと見つめた。

 

「……了解。その目標、敵機に指定」

 

 ワイバーンの火炎弾は油脂焼夷弾(ナパーム)と同程度の威力があると日本では検証されている。

 

「生半可な攻撃では、こちらの生命が危険に晒される、か。 ────対空戦闘! CIC指示の目標!」

「対空戦闘!」

「前甲板垂直発射システム、アサイン」

「デジグ2! 発射用ォ意! 艦対空ミサイル発射!」

 

 ──VuAOOo-!

 自動化されたシステムが脅威度を自動で判定し、対空ミサイルが発射されていく。

 ロウリア側の人員もそれを目撃していた。

 

「敵船、爆発! 火炎が見えます‼︎」

「いや、違う……」

 シャークンは噴煙の中から鏃のような何かが天空へと飛翔するのに気付いた。しかしそれが何を意味するのかまでは理解していなかった。

 

 

 

 竜騎士隊に悲劇が訪れる。

 BAOM!

 空中で何かが炸裂したかと思うと、突撃態勢を取るために号令をかけていた空中指揮官の声が聞こえなくなる。

 

「ユーリー! 何が起きたッ⁉︎」

「アンドレイッ、急降下だ、降下‼︎」

 

 空中に次々と花が咲く。死の花束だ。

 チタン製の装甲やタービンブレードを破壊するためのミサイルは、竜騎士の胸甲を容易く貫き、ワイバーンの厚い外皮を切り裂いた。

 短時間で竜騎士隊は50騎にまで数を減らす。

 

 

 

「5マイル、機数50。まっすぐ突っ込んで来る!」

「127ミリで対処‼︎」

 みょうこうの砲塔が旋回し、連続して砲声が響く。

 対空用の砲は遺憾無く能力を発揮し、1分で30発発砲して47騎を仕留めた。

 

 

 

「うあああ⁉︎」

 たった3騎残った竜騎士はひたすら進む。

 騎士の誇りだとか、仲間の敵討ちなどというのは頭に無い。ただわけが分からず、理解できない事態に思考停止に陥り、事前に受けた命令通りに動くことしか出来ないのだ。

 ワイバーンが火炎弾を打ち出すために口を大きく開いて攻撃体勢を取ったその時、起動した20ミリバルカンファランクスが彼らの姿を捉える。

 そして、恐怖も怒りも何もかも、肉体もワイバーンごと20ミリ砲弾により擂り潰された。

 

 

 

 シャークン率いる4,800隻の大船団は静寂に包まれる。誰も何も言えず、舷側にあたる波の音が単調に繰り返す。

 ワイバーン250騎という破格の戦力が、たった1隻の船に殲滅されたのだ。海面に落着した竜騎士だったモノを見て、シャークンは悪い夢なのではないかと現実逃避してしまう。

 

「我々はいったい何を敵に回してしまったのだ……」

 

 シャークンの本能が早く逃げろと警鐘を鳴らすが、ここで逃げるわけにはいかないと踏みとどまる。

 

「ここで退けば、より困難な状況で相対せねばならなくなるだろう。ガレー船団にオールを構えさせよ!」

 

 目の前で見た自分達でさえ、起こった現実を受け入れることができていないのだ。報告を上げても誰も信じず、敵船の脅威度を低く見積もってしまうだろう。

 

「ここで、最大の戦力を結集している今この場で倒してしまわねば────‼︎」

 

 シャークンにより突撃が命ぜられ、船団の全てが護衛艦に殺到する。犠牲を払おうとも、敵を倒して勝利しようという攻撃精神が発露された。

 しかし、船団が動き始めたタイミングでマスト上の見張り員が悲鳴のような報告をあげる。

 

「て、敵ッ! 提督‼︎ 水平線上に敵増援‼︎」

「なっ」

 

 新たに「いずも」を含む7隻が戦場に到着した。

 

 

 

「武装船団に撤退の意思無し」

「了解。……これ以上の人死には避けたかったが、叶わぬ願いか」

 

 BAM! BAM!

 ──SHA! SHA! SHAA! SHA!

 BAOM! DOM! ZUVO!

 

 ロデニウス大陸の海戦は主に、弓矢の撃ち合いから接舷しての水兵の斬り込みによって敵を制圧するというものだ。

 交戦距離はせいぜい数百mの帆船に対し、護衛艦の砲撃は射程外からの一方的な殺戮劇となった。

 さらに、対不審船用の12.7ミリM2重機関銃による射撃と、いずもから発艦した陸上自衛隊の攻撃ヘリが戦闘に加わり、戦闘海面は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。

 

 

 

「助けて‼︎」

「船が‼︎ 船体が裂けるッ‼︎」

 

 シャークンの下にはもはや報告といえるものは来ない。悲鳴と助けを求める声ばかりが増えていく。

 

「……だめか。どうあっても勝てる相手ではない」

 

 至近弾による水飛沫を全身に浴びながら、シャークンは悲壮感に満ちた様子で佇む。

 

 敵がいくら強大であろうが戦うのが軍人の責務とはいえ、このままでは部下の命をいたずらに失うだけだ。しかし、降伏してもどのような扱いを受けるか分からない。かといって逃げ帰れば無能の烙印を押されて処刑されてしまうだろう。

 国家への義理、己の名誉、部下の生命。それらを秤にかけたシャークンは、部下の生命を取る。

 

「通信士、全軍退却令を出せ」

「はッ」

 

 魔法通信と旗旒信号により撤退命令が伝わると、ロウリアの船団は我先にと回頭を始める。

 シャークンの座乗艦も回頭しようとした矢先に127ミリ砲弾が直撃。船体は一瞬で破断し、シャークンも含めた多数の乗員が海に投げ出された。

 

 

 

 水上目標が反転し逃げ出すのを見て、各護衛艦は攻撃を止める。陸自のヘリも追撃は行わず「いずも」に帰投、入れ代わりに汎用ヘリが飛び立つ。

 

 ブルーアイは艦橋の窓越しに戦闘の推移を見守っていたのだが、全く実感が湧かず山本艦長に訊ねる。

 

「あの、海戦は終わったのでしょうか?」

「はい。武装船団は撤退しました。合戦準備用具収め、つまり戦闘終了し、現在は救助作業に移行中です」

 

 山本の言葉にブルーアイの顔が曇る。

 

「救助、とのことですが、海上自衛隊の損害は……」

「ありません」

「え」

 

 被害無し、という山本にブルーアイの目が点になる。あれだけの戦力を前に被害無しとは。それに、被害が無いのなら何を救助するというのか。

 

「あの、ではいったい何の救助を?」

「武装勢力の人命救助をしています」

 

 護衛艦から降ろされた内火艇やヘリによりロウリアの兵士達が救助されていく。

 波間に漂う船体の破片や救助された怪我人の呻き声が届き、ブルーアイはようやく実感が湧いてくるのだった。

 

 

 

 パーパルディア皇国の観戦武官を乗せた船は運良く撤退に成功していた。

 パーパルディア皇国国家戦略局に所属するヴァルハルは震えながら戦闘の詳細をまとめている。彼の任務は、ロウリアがクワ・トイネをどのように滅ぼすのかを記録することだった。

 4,000隻を超す大船団がバリスタと斬り込みという蛮族に相応しい戦法で運用されたらどうなるか、という個人的な興味もあって楽しい任務だとヴァルハルは感じていたのだ。

 

 ところが、事態は予想外の展開を見せた。

 

 風を起こして船を増速させる「風神の涙」を使用している様子が無い、というか帆が無い巨大船が超遠距離で船を1発で粉砕する砲撃を放ち、命中させる。そしてワイバーンすら撃墜する。

 

 大砲を運用する国が文明圏外にある、というだけで驚きだが、それが3kmも離れて命中させる性能となると信じ難い。ワイバーンを撃墜するとなるともう完全に冗談だろう。

 しかし、事実なのだ。

 ヴァルハルは皇国の将来のために、新たな脅威「日本国」の護衛艦の情報を魔伝により本国に報告した。

 

 

 

 ロウリア王国 ワイバーン本陣

 

 大戦果を引っさげて帰還する竜騎士とワイバーンを迎えるため、料理人のマルイダはハムを切っていた。そこに上司のバイエ・ノーレンが話しかける。

 

「マルイダ、あんまり肉ばかり食わせるなよ? 竜騎士が太ったらワイバーンが可哀想だ」

「しかし調理長、今日は戦勝祝いになるでしょうから少しくらい良いのでは?」

「その少しが積み重なってデブになるんだぞ」

 と、言っているノーレンも熟成させておいた牛肉の塊を保冷魔法庫から取り出して来て切り分けている。

 大半が無駄になるとは思わず、料理人達は竜騎士達の為の料理を作り続ける。

 

 

 竜騎士隊の指揮官は何度も呼びかけたが、出撃した250騎からの応答は無い。なぜ、連絡が付かないのか。

 3時間が経過し、焦燥に駆られた司令部では偵察を出そうという方向になった時に、海軍から通信がきた。

 

 艦隊は敗北。竜騎士隊全滅。

 

「ありえない」

 報告を受けたロウリア王国の将軍、パタジンは震える声で言った。

 

 ロデニウス大陸ではワイバーンは最強の生物だ。しかし、貴重な種でもあり、数がなかなかそろえられない。

 ロウリア王国の500騎というのは、海軍の4,800隻の大船団もそうだがロデニウス大陸征服を前提にパーパルディア皇国からの援助を得て、6年かけてようやくこの数に達したものだ。

 圧倒的戦力であり、500騎の竜騎士と4,800隻の大船団、どちらか片方だけでもロデニウス大陸を征服できるだろう。

 

 そして、飛び立った精鋭250騎と4,800隻の大船団はクワ・トイネを圧倒して歴史に残る大戦果を挙げて帰ってくるはずだった。

 しかし、現実は竜騎士隊が全滅し、船団は潰走した。

 まさか、敵は伝説の神龍バハムートでも使役しているのだろうか?

 ロウリア王になんと報告したらいいのか、パタジンには解らない。

 

「……先遣隊へ連絡。竜騎士隊の半数を本陣に帰投させよ」

 

 

 

 

 中央暦1639年4月30日 クワ・トイネ公国 政治部会

 

 観戦武官として海上自衛隊に同行したブルーアイは、政治部会で直接の報告を求められて蓮の庭園へとやって来ていた。

 

「────以上が、ロデニウス大陸北沿岸海戦の報告です」

 

 ブルーアイが口頭での報告を終え、用意された席に座る。

 円卓に着いた政治部会メンバーの手元には、ある程度の戦闘経過と戦果の記載された資料が配布されている。

 大戦果を挙げて味方が勝利した、にしては重苦しい沈黙が辺りを支配する。

 

「では、なにかね? 日本国は8隻ぽっちの艦隊でロウリア艦隊4,000に挑み、1,000隻以上を沈めて撃退。さらにワイバーン多数を航空兵力無しで撃ち落とし、被害は無かったというのかね? 怪我人すら無かったと」

「いえ、火矢を受けましたので、甲板の塗装が剥げていました。それから、救助作業をしている時に少人数ですが怪我人が出ました」

「それを被害無しというのだ‼︎」

 

 信じられない。誰かがそう呟く。それは政治部会全員の意見だった。

 ブルーアイの報告を信用していないわけではないが、あまりにも常識からかけ離れているのだ。なにしろ当のブルーアイですら信じられない戦闘結果なのだ。

 

「リンスイ殿、彼らは必要最低限の戦力しか保有していないのではなかったのか? それに、海戦で爆裂魔法のようなモノを使用したと報告にあったが、日本は魔法が存在しないはずでは?」

 

 出席者の一人が怯えを含んだ声音で訊き、外務卿のリンスイも困り顔で答える。

 

「日本国の言い分では、あれで彼らの元いた世界での仮想敵国に1週間だけ持久できる程度の戦力であるらしい。1対1で戦えばなす術なく蹂躙されるだろう国が4つあり、うち2つは海を挟んで隣国だったと。魔法については……」

 

「海戦で使用された魔法様のモノについては私から」

 ブルーアイが回答を引き継ぐ。

 

「あくまでアレは()()()()()()であり、兵器のようです。科学という技術で発展したバリスタや弓の延長にある存在とのことです」

「分かったような、分からんような」

「理解できたとして、対抗できる物でもなさそうだな」

 

 強力な味方が現れてロウリアの侵攻を挫いたことを喜ぶべきなのかもしれないが、その味方があまりにも強力でしかも得体が知れなさ過ぎる。

 政治部会はある種の恐怖に支配されかかっていた。

 

 話の流れを変えるため、首相のカナタが発言する。

 

「いずれにせよ、海からの侵攻は防げた。ロウリア海軍は少数相手に大損害を受けたのだから、しばらくは警戒して引きこもるだろう。軍務卿、陸の方はどうなっている?」

 

 話を振られた軍務卿はカナタの意図を察して明るめの報告をする。

 

「現在ロウリア王国は、ギムの周辺に陣地構築中です。海からの侵攻が失敗に終わったため、ギムの守りを固めてから再度進出してくるものと思われます。電撃作戦は無くなったと見ていいでしょう」

 軍務卿は諜報部と西部防衛隊からの報告書を読みながら答え、続いて大陸共通言語で書かれた書類を取り出す。

「日本の動向ですが、城塞都市エジェイの東側のダイダル平野に3km四方の土地を貸し出しを求めてきております」

 

 書類は貸し出しの申請書で、外務卿と軍務卿の署名はすでにされており、残るは首相のサインだけとなっている。

 

「エジェイの東……? 陣地でも構築するつもりなのか?」

「そのようですね」

「あそこは作物の実りもない平野だな……よし。外務卿、ペンを。この申請書を返す時に陣地構築の許可証を発行せよ。無期限で好きに使ってくれとな」

 

 カナタの指示にはわずかな反発もあったが、日本の力なくしてロウリアの撃退は不可能だと誰もが理解している。ここで日本の機嫌を損ねたらクワ・トイネに未来は無い。下手をすると日本まで敵に回してしまう。

 後日、日本は借り受けた地区に飛行場を建設する。

 

 

 

ロウリア王国 王都 ジン・ハーク ハーク城

 

 ロウリア王国34代国王、ハーク・ロウリア34世はパタジンからの報告に激怒した。

 

「ワイバーンも艦隊も敗れ、敵に損害は全く無しだと⁉︎ なぜそのような結果になったのだ⁉︎」

「海軍からの報告があまりに荒唐無稽なため、現在調査中でございます」

 

 パタジンは撤退してきた海軍からの要領を得ない報告を簡潔にまとめていたのだが、出来上がった報告書のあまりの内容に再調査を命じていた。

 それには当然時間がかかり、王にはまともな報告を出来ない。

 

「パタジンよ、ギムを簡単に陥せたために弛んでいるのではないか?」

「そのようなことはございません。……ところで陛下」

「なんだ?」

 

 ギムのことが出たので、パタジンは王に気にかかっていた事項を質問する。

 

「パンドールを罷免なさったとのことですが、いったい何故でしょうか?」

「パンドールか。彼奴は亜人に対し、手ぬる過ぎる。そなたも煙たがっておったではないか」

「それは、はい」

 

 まだ若いパタジンからすると、パンドールは目の上のたんこぶだった。しかし、大兵力を展開出来ないクイラとの国境山岳地帯で獣人山岳猟兵と対等に渡り合うパンドールに対し、深い尊敬の念も抱いていた。

 もし、ロデニウス西方戦役にパンドールが参加していたなら、自分とパンドールの立ち位置は逆だっただろうとパタジンは思っている。

 そのパタジンの前で、ロウリア王はパンドールをくさした。

 

「パンドールごときを罷免したからといって、大勢に影響はない。現に、陸の主力はエジェイ付近まで前進している」

「ははっ‼︎ 陸上部隊だけでも公国を陥落させることは容易にございましょう。陛下におかれましては戦勝報告を大いにご期待くだされ」

「うむ。パタジンよ、此度の戦はそなたにかかっている。不甲斐ない海軍の轍を踏まぬように頼むぞ」

「ははっ‼︎ ありがたき幸せ‼︎」

 

 質がものを言う海と空では敗北した。しかし陸は数がものを言う。陸戦ならばなんとでもなる。

 自らにそう言い聞かせながら、王は眠れない夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 第三文明圏 フィルアデス大陸

 

 銃声が幾度も響き、倒れる男達。その中でまだ息のある者に対して白刃が振り下ろされる。

 

「レミール様! 反乱首謀者の処刑、終わりました‼︎」

 

 列強国パーパルディア皇国の将校が、処刑を眉ひとつ動かさずに見ていた皇女レミールに報告する。

 

「御苦労。首謀者の死体は遺族に返してやれ」

「かかります‼︎」

「ああ、待て」

 

 すぐに命令を伝えようと離れる将校をレミールは呼び止める。

 

「反乱原因は確かに『生活の困窮』と『統治機構による異常な搾取』なのだな?」

「尋問によるとそうであります‼︎」

「わかった。もういい、呼び止めてすまなかった。行け」

「はっ‼︎ 失礼します‼︎」

 

 将校が駆け足で立ち去り、1人佇むレミール。そこに侍女が歩み寄る。

 

「レミール様」

「うむ。戻ったか」

 

 レミールは侍女を連れて処刑場を離れ、馬車に乗り込む。

 馬車内で侍女の入れた茶を飲み、レミールはようやく一息ついた。

 

「やれやれ、統治機構にも困ったものだ。属領とはいえ、皇国の庇護下にある者をいたずらに苦しめるとは。……やはり改革が必要だ」

「レミール様は最近そればかりでございますね」

「他の話題でもあるのか?」

「国家戦略局」

 

 侍女が口にした単語に、レミールの目が細められる。

 

「情報源はメイド同士の井戸端会議か?」

「はい。ロデニウス大陸での工作はあまり芳しくないようでございます」

「躓いたか。戦略局の間抜けには良い薬になるだろう。しかし、いったい何に躓いた?」

「レミール様は日本国という島国をご存知でしょうか」

「いや、知らない」

 

 侍女はレミールに対し、日本国の噂を話して聞かせる。

 曰く、ワイバーンより速く高く飛べる鉄竜を使役している。

 船を一撃で砕く魔導を撃ち出す巨大船を有する。

 空から布を背負った人を降らせる。

 

「なかなか愉快な国のようだな」

「付け加えると、転移国家を自称しています」

「……」

 

 全く信じずに冷笑を浮かべるレミールに、侍女は朗らかな笑みで応える。

 

「外務局職員の家にいる子と話をしておきましょうか?」

「そうしてくれ」

 



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太陽と星と、魔王の伝承

 

 ギムの東方30km。小松達オメガチームはエジェイ方面へ侵攻したロウリア王国軍の動向を見張るために展開していた。

 

「思ったんだけどさ」

「なんだよ小松」

 

 前方を警戒しつつ進む平岡と江須原に小松が話しかける。

 

「ロウリアがロデニウスを制覇して何か問題があるのか? 交渉相手がクワ・トイネからロウリアになるだけじゃん」

「小松。日本はロウリアと国交ないから交渉自体できないぞ」

「それだけじゃない」

 

 小松に対して答えた平岡。それに江須原が付け加える。

 

「ロウリアの背後にはパーパルディア皇国って大国がいる。この国は覇権主義で、属国に資源や食料を差し出させてるんだ。ロウリアがロデニウスを統一しても、パーパルディアに全部持っていかれちまうだろうさ」

 

 日本に分けるパイは無いのだ。

 

「へぇ、江須原くわしいじゃん」

「バッドカルマからの受け売りだよ」

 

 バッドカルマとは佐藤と中村のコードネームだ。

 

「……あの人らどうやって情報得てるんだろうな」

「あまり詮索するな。消されるぞ」

「マジかよ。怖ェ」

 

 江須原が大袈裟に怖がってみせ、小松と平岡が笑う。まるでピクニックのようだった。

 

 

「小松、なんか見えるぞ」

「止まれ」

 

 江須原が前方を指差し、小松は前方を注視し、平岡は後続の河原と末次に注意喚起する。

 オメガの前方、見通しの良い草原を多数の人間が歩いていた。

 

「ロウリア兵か?」

「いや、女子供が多い。避難民じゃないか? 近くに村か町は?」

 

 双眼鏡で観察する江須原の言葉に、河原が地図を取り出す。

 道路や鉄道を建設するために測量士が制作した地図には付近の地形の他に村や町、個人が所有している土地が記入されている。

 

「西に村があるぞ。名前は、エルフの村だ」

 

 ギムからエジェイへの街道からは外れており、ギムからそんなに離れてもいないため、わざわざこの村に泊まる旅人もいない。そんな名も無き村。

 外部との交流が少なかったので、ギムの惨状が伝わらず避難が遅れていたのだ。

 

「まずいな」

 

 避難民の後方に土煙が立つ。戦車やコンボイは存在しないので、残るは────

 

「騎兵だ。騎兵隊なんて初めて見たから規模は分からんけど、10や20じゃきかないぞ」

「やべぇな。応援要請しようぜ」

「小松、勝手に仕切るな」

 

 オメガの任務は邦人保護と偵察だが、ロデニウス大陸での日本の影響力を強める行動は推奨されていた。つまり、クワ・トイネ公国に恩を売るべく、オメガは行動する。

 

 

 

 村人たちが荒い息を吐きながら怯えた様子で東へ向かう。ロウリアの侵略軍から逃れようと、名も無き小さなエルフの村の住人約200名が生死をかけた自主疎開を敢行していた。

 付近にクワ・トイネ軍の姿はすでになく、ここはロウリア勢力圏。丈の短い草原が広がり、空は快晴。つまり、ロウリア軍に発見されたら逃れる術は無い。まず間違いなく皆殺しにされてしまう。

 心地よいそよ風を受けて鳥は歌い、野生の牛が草を食む、生を謳歌する動物たち。その横を通って、人間だけが死の淵を歩いている。

 

 エルフの少年が妹の手を引いて歩いていた。

 少年の名はパルン。妹はアーシャ。母は病気で早くに他界し、父は予備役招集を受けて軍務に就くため、ある朝家を出て行った。

 パルンの脳裏に、父の笑顔が焼き付いている。

 

『パルンよ、アーシャを頼んだぞ。お兄ちゃんなんだからな』

 

 パルンの目尻に涙が溜まる。父ともう会えないかもしれないという不安が込み上げてくるのを必死に歯をくいしばって耐え、涙がこぼれないよう上を向く。

 

(しっかりしろ、僕‼︎ 僕がアーシャを守らなきゃ、僕しかいないんだから‼︎)

 全てを託された少年は、妹を絶対に守ると誓った。

 

 

 クワ・トイネ公国軍の基地まであと25km。短いようで、荷物を抱えた集団には長すぎる距離。

 いつ襲われるか分からないストレスから疲労が溜まった村人たちの歩みは遅く、パルンは焦りを募らせる。

 

 集団の後方では若者たちが警戒にあたっているが、軍に招集されなかった人数は10人と、かなり少ない。

 その中の1人が叫ぶ。

 

「ロウリアの騎馬隊だ‼︎」

 

 パルンが振り返ると、300人ほどのロウリアの騎兵が土埃を巻き上げながら迫っていた。エルフを亜人と見下し殲滅しようとするロウリア王国、その軍隊だ。

 村人たちは悲鳴を上げて走り始めた。しかし、騎兵の足から逃れられるはずもなく、脅威はどんどん近づく。

 

 

 

 

 ロウリア王国ホーク騎士団所属、第15騎馬隊隊長“赤目のジョーヴ”は、目の前の獲物に舌舐めずりした。

 

「見〜〜つけた」

 

 200名くらいの女子供と老人を中心としたエルフの集団だ。距離はあるが遮蔽物はなく、速歩で20分もあれば余裕で追いつけるだろう。

 ギムではおあずけを食らってしまった。猫耳の亜人を嬲ってやろうとしたが、亜人嫌いで潔癖症と言えるアデムが目を光らせていて、別のを探していたら出遅れたのだ。

 アデムの目が無い草原で見つけた獲物。ジョーヴの身体をどす黒い歓喜が駆け巡る。

 

 ロウリア王国東部諸侯団所属の中でも精鋭と言われ、一騎当千を謳われるホーク騎士団。その中の第15騎馬隊は、荒くれ者の集まりだ。

 山賊、海賊がロウリア王国拡大期に活躍し、爵位を賜って貴族となった者たち。

 隊長のジョーヴは、その中でも特に残虐な性格だった。彼は部下でさえも気に入らなければ戦場で殺し、戦死扱いにする。

 

「そろそろ狩るか……。おい! あの亜人どもを皆殺しにするぞ‼︎ 突進‼︎」

「ホ──ァッ‼︎」

「ひゃっはぁ────ッッ‼︎」

 

 第15騎馬隊は鬨の声を上げながらエルフの集団に向かって速度を上げた。長閑な風景が広がっていた平野に、野蛮な奇声と馬の駆ける音が響く。

 

 

 パルンはアーシャの手を引いて懸命に走る。

 

「大丈夫、お兄ちゃんが必ず守ってやるからな! 心配するなよ!」

「うん」

 

 パルンは恐怖を押し殺して気丈に振る舞う。相手が自分達を本気で殺しにくる悪魔の集団だと理解していたが、守ると決めた妹に不安を与えるわけにはいかない。

 

(こわい! こわい‼︎ 僕たちが何か悪いことをしたのか? 神様は助けてくれないのか? なんとかしなきゃ! なんとか……せめて、アーシャだけでも守らなきゃ!)

 

 死が迫る中、パルンは優しく温かかった母が聞かせてくれたお話を、村の古老が語り継いできた伝承を思い出していた。

 

 

 ────遠い昔、北の大陸に魔王が現れた。

 魔王は強大な配下を従えてフィルアデス大陸に侵略し、多くの集落が瞬く間に消えていった。

 エルフ、人間、獣人たちは、個々の力では魔王軍に対抗することができず、各種族は手を取り合って『種族間連合』という組織を作り、各々の長所を生かして魔王軍に立ち向かった。しかし魔王軍は強力で、種族間連合は敗北を重ねて歴戦の戦士達は散っていった。

 戦う者が減り、多くのものが魔王軍に殺された。フィルアデス大陸の大半は魔王軍の手に落ち、彼らは海を越えてロデニウス大陸に侵攻する。

 種族間連合は後退を重ね、やがてエルフの聖地、エルフの神が住む神森まで追い詰められた。

 魔王軍は、魔力が高く厄介な存在と認識していたエルフの殲滅のため、神森に攻撃を仕掛ける。

 エルフの神である緑の神は我が子同然の種族を守るため、自分たちの創造主であり最高神でもある太陽神に祈りを捧げた。太陽神は緑の神の祈りに応え、使者をこの世に遣わした。

 太陽神の使者たちは、空を飛ぶ神の船や鋼鉄の地竜に乗って現れ、雷鳴のような轟きとともに大地を焼く強大な魔導をもって、魔族を焼き払った。

 主力を失った魔王軍は神森より撤退するが、太陽神の使者たちはロデニウス大陸中の魔族を駆逐。さらにはフィルアデス大陸を支配していた魔王軍をも討ち滅ぼした。

 エルフ、人間、獣人たちは救われ、この世界に広がっていった。

 エルフたちは助けてもらったお礼に、金銀財宝を太陽神の使者たちに渡そうとしたが、彼らは決して受け取らずに、神の船に乗って去っていった。

 

 しかし、数多くあった神の船の一つは故障し、この地に残された。

 その神の船は、今では失われた古代魔法の時空遅延式保管魔法をかけられ、クワ・トイネ公国内の聖地リーン・ノウの森の祠の中に大切に保管されている。

 

 

(お母さんも、隣のおじいちゃんも、本当にあった話だって言ってた……)

 パルンは、走りながら祈る。

(神様、神様‼︎ 緑の神様‼︎ 太陽の神様‼︎ 初めてのお願いです、助けて下さい……‼︎ 僕は生贄になってもいい。どうか、妹だけでも助けたいんです‼︎ 神様、僕たちを殺そうとしているロウリア軍の魔の手から、僕たちを救い出して下さい‼︎)

 

 パルンの必死の祈りは届かなかったのか、無情にも何も起きない。

 猛然とロウリア兵が迫る。

 

「ホ────ァッ‼︎」

「しっかり逃げろや‼︎ あっさり殺しちまうぞぉ‼︎」

 

 野蛮な声も聞こえるようになってきた。まだ見渡す限り草原で、逃げ切ることは不可能だと悟る。

 村人の武器は狩猟用の短弓と農機具のみ。戦って勝てる見込みなど無く、諦めてへたり込む者も出てきた。

 距離は300mも無い。誰もが諦めた。

 

 パルンは、天を向いて叫ぶ。

 

「カミサマァァァ────ッッ‼︎ 助けてぇぇぇぇ‼︎」

 

 丈の短い草原から、何者かが立ち上がった。

 

 

 

 

 獲物との距離は300mを切った。彼らの顔は恐怖に引きつり、必死に逃げている。突撃に備えて槍の穂先を下げる。

 いい女も混じって逃げている。ギムでのおあずけ分、楽しませてもらおう。

 敵にとっては悲劇の未来を想像し、ジョーヴの顔がにやける。

 

「突撃ィィィ──────‼︎」

「フゥゥラァァ────‼︎」

 

 騎馬隊は馬の速度をさらに上げ、大量の土埃を撒き散らして疾駆する。

 

「隊長! 何か妙な物が‼︎」

 不意に、隊で一番目端の利く部下が叫んだ。

 

「なんだありゃ?」

 

 獲物の集団の横に、薄汚れた人影が起き上がった。その人影は丸太のような物を担いでいる。

 

 BAHUM! SHEEEE──

 丸太から何かが飛び出し、真っ直ぐ飛んでくる。

 ────速い!

 ジョーヴは本能的に危険を察知し、手綱を引いて回避しながら叫ぶ。

 

「避けろぉぉぉぉぉ‼︎」

 

 ホーク騎士団第15騎馬隊に、避ける間も無く光の矢が突き刺さった。

 

 

 

 

「田中ぁ! 撃ちまくれ‼︎」

 M72ロケットランチャーを投げ捨てた小松がMP5に持ち替えながら叫ぶ。

 

KTOWKTOWKTOW BAM! BAM! BABABAM!

 田中のミニミが騎兵を薙ぎ倒し、江須原の12ゲージグレネードが敵を粉砕し、末次の89式が的確に撃ち抜く。

 

SHCOCOM!  SHPOPOPOPOM

「小松、当たってないぞ」

「くそ!」

 

 小松と平岡の射撃は普段より当たらない。

 

「騎兵なんて撃ったことねェって」

「調子狂うよな」

 

 数々の戦場に投入されたオメガチームだが、相手は歩兵が主だ。小松は戦車を撃破した経験もあるが、それは正規の軍隊ではなくテロリストが拠点で持ち出してきたもので、随伴歩兵もなく単独だった。

 人より大きく、動きも速い騎兵を相手にするといつもの感覚では距離と速度を見誤る上、拳銃弾使用のMP5ではいささか分が悪い。

 

 と、騎兵の一部が突進してきた。

 

「手榴弾!」

 DOM! BAOM!

「あっ‼︎」

 BOM!

 吹き飛ぶ騎兵と爆炎を突き抜け、火の玉が飛び出して田中に当たる。

 

「わぁぁ!」

「田中!」

 

 倒れた田中に河原が駆け寄り、ほっとした顔を小松に向けた。

 

「当たったのは軽機*1だ。田中は軽傷」

「このバカ! 心配させやがって」

 

 しかし、空気が弛んだのも一瞬のことだった。

 

「敵の攻撃が止んだ?」

「逃げたんじゃないか」

 

 後退するように見えたロウリアの騎兵はオメガから1kmほどの距離をとって集まり、横隊を作った。

 

「江須原、あれって逃げようとしてる……ってことはないよな」

「突撃態勢だ。密集してくるぞ」

 

 鐙が触れ合うような密集隊形を取り、ロウリアの騎兵が前進を始める。徐々に速度を増していくその軍勢は、たった6人のオメガでは止めようのない衝突力を持っている。

 巨大な塊が押し潰そうと向かってくる。

 馬蹄が草を踏み折り土塊を捲き上げ、鐙がぶつかり合って鳴る音まで聞こえていた。

 

「畜生ども、来い! 地獄に送ってやる!」

「怖ェ、小便漏らしそうだ」

「僕は少し漏らしましたよ」

「汚ねェな、こっち来んな」

「酷い」

 

 まだ200人は残っている敵騎兵を前に自棄(ヤケ)を起こしかけのオメガ。しかしそこに福音が訪れる。

 

《こちらサイドワインダー。オメガチーム、頭を下げろ》

「えっ、誰だって?」

 ──QWWAAOOOM!──

 爆音が轟き、振り向いた江須原が叫ぶ。

 

「やべーぞA-10だ‼︎ 伏せろッ⁉︎」

 

VUOOOM!

CHUNK! BAM! BAM! BAM!

 

 

 

 パルンは夢を見ているようだった。

 天に向かって叫んだ直後、彼の左右から草むらの色をした人影が現れて光の矢を撃ち出した。

 ロウリア騎馬隊の足元に光の矢は突き刺さり、直後に耳を劈く轟音と衝撃波が周囲を薙ぎ払った。

 

「わぁぁぁあ‼︎」

「ギャーッ⁉︎」

 

 大地が噴火したかのように土が飛び散り、爆発の範囲外にいたロウリア兵も馬ごと転倒する。

 収まらぬ神の怒りのごとく、草むら色の人影は持っている杖から雷鳴を響かせ、その度にロウリア兵が倒れた。

 そして、距離をとって体勢を立て直した騎馬隊に空から舞い降りた怪鳥がブレスを吐く。すると、隊列は爆煙に包まれて氷が溶けて無くなるように消えていった。

 

「ろ、ロウリア兵が消えた⁉︎」

「な、なんだアレは⁉︎ 新種のワイバーンか⁉︎」

 

 誰かが叫ぶ。

 ロウリア兵は恐れ慄き隊列が完全に乱れる。そして騎兵が散り散りになる前に、再び怪鳥のブレスが襲った。

 大地が一瞬で耕されるほどの威力があり、その衝撃に巻き込まれた騎兵は馬もろとも血煙となって消えた。

 

 

 

 

 ──CHUNK! CHUEEENK! zip zip! zip!

 弾片が頬を掠め、ジョーヴは空を見上げながら馬首を返して逃げを打つ。

 

「ちくしょう‼︎ みんな逃げろ! 逃げるんだッ‼︎」

 

 自分たちの理解できない脅威が空から降ってくる。奇妙な音を立てて飛ぶ怪物が咆哮を上げるたびに、仲間が粉々になった。

 敵は空、反撃手段はない。

 

「あんなの相手に出来るか‼︎」

 

 ジョーヴとまだ無事な部下達は陣地方向に逃げようとするが──

 

「あわびゅ」

 

 ホーク騎士団第15騎馬隊は、30mmガトリング砲アヴェンジャーから放たれた砲弾の炸裂で全員が死亡した。

 

 

 

 

「これじゃ虐殺だ……」

 

 あまりに一方的な状況に江須原が呻く。その肩に小松は手を置いた。

 

「互角の戦いだとか苦戦なんてしたくもねェよ。やらなきゃ俺達も、エルフ連中も死んでる」

「それはそうだけどよ……でもよ──」

 

 江須原はそのまま何も言わず座り込んだ。

 

 

 HUM HUM HUM HUM

 戦闘ヘリを護衛に引き連れた輸送ヘリ『CH-47 チヌーク』が到着し、自衛官が村人たちを機内に案内する。

 オメガは村人たちとは別で、CH-53スーパースタリオンに乗り込もうとした時、村人の列からパルンが飛び出して走り寄った。

 

「助けてくれてありがとう‼︎ 緑の、太陽の使者様!」

 

 ヘリの音に負けないように声を張り上げるパルンに、小松は軽く手を上げて言う。

 

「忘れろ。俺たちは存在しない」

 

 

 

 

 

 中央暦1639年7月19日

 

 ロウリア王国 東方征伐軍東部諸侯団 司令部

 

 ロウリア軍陣内に、ロデニウス北沿岸部海戦によるロウリア王国海軍4,800隻の大船団の一方的敗北と撤退による動揺は見られない。それもそのはず。海軍の敗北は士気低下を招くとされ、箝口令が敷かれている。

 何も知らされていない東方征伐軍先遣隊はギムの町近傍に本陣を構え、東部諸侯団を先頭に本格的な進軍を開始した。

 

 ホーク騎士団は東部諸侯団に属し、偵察のために多方面に騎馬隊を派遣。そのうち、ギムから東へ偵察に出た第15騎馬隊の約300名が消息を絶った。

 魔導師によると、ワイバーンや大威力の魔力行使は一切探知されていない。にもかかわらず、1人も帰ってこない。

 大軍に包囲殲滅された可能性もあるが、騎馬という機動力に優れた部隊が殲滅されるとは、どうにも考えられなかった。

 

「何かがおかしい。我々は本当にクワ・トイネの亜人と戦っているのだろうか……。ワッシューナ、君の意見を聞こう」

 

 東部諸侯団の取りまとめ役、ジューンフィルア伯爵が魔導師ワッシューナに発言を求めた。その周りでは各諸侯が耳を傾けている。

 

「魔力監視哨の探知器には反応がなく、ワイバーン等の高魔力生物の存在や高威力魔法の使用はなかったものと思われます。つまり、魔導師の管轄外の話となりますが……」

 

 自分の専門分野ではないと言いつつ、ワッシューナはポツリポツリと話を続ける。

 

「私自身、信じてはいませんし……、まさかとは思うのですが……」

「もったいつけるな。今は情報が欲しいし、時間も惜しい」

「では……。最近、魔導師の間で流れた噂なのですが、その噂の内容というのがまあ、現実離れしておりますので、話半分に聞いていただきたく存じます」

「前置きが長いぞ、ワッシューナ」

 

 ジューンフィルアに急かされ、ワッシューナは深々とため息をついて語り始める。

 

「海軍の東方征伐艦隊、その大船団が3割を失い敗北。支援に向かったワイバーン250騎も殲滅され、マイハーク侵攻作戦は失敗に終わったと……」

「な、なんだって⁉︎」

「海軍が、ワイバーンが殲滅された⁉︎」

「どういうことだ、ワッシューナ!」

 

 情報を全く得られていなかった諸侯たちに衝撃が走る。

 

「いや────待て待て。海軍の大船団が敗北したというのはともかく、ワイバーンの殲滅は無理だろう。一部とはいえパーパルディアの竜騎士を借り受けているのだぞ。質でも量でも、たかがクワ・トイネに遅れを取るか?」

 

 あまりにも現実離れした話で、ジューンフィルアは信じることができない。彼も伯爵という立場で数々の戦場に立ってきた。クワ・トイネの国力ではロウリア艦隊を凌駕する戦力を用意することはできないとわかっている。

 ましてや空中を自在に飛び回るワイバーン250騎を殲滅など、数と質の両方で圧倒したとしてもほぼ不可能だ。

 

 そんなジューンフィルアに、ワッシューナは噂話の詳しい内容を伝える。

 

「それが、相手はクワ・トイネではないというのです。ギムの粛清後に参戦してきたという、日本国が相手だったと。彼らの操る船は、轟音とともに船を1撃で沈める魔導を連続で放ち、ワイバーンに対しては追尾する光の槍を使って粉々に吹き飛ばしたとのことで。魔導師級が千人束になっても作り出せないような威力だったにも関わらず、魔力探知器には反応がなかったと。魔導学校の同期生から聞いた話ではありますが……」

 

 あまりの内容に、よくある戦場伝説の類か、それとも本当なのかと一同は考え込む。

 先遣隊のワイバーン150騎のうち、半数が本陣へ引き上げさせられた。急に減らされて誰もが疑問に思っていたが、話が事実で本陣防衛用に再配置したと考えれば納得できる。

 

 東部諸侯団の将を悩ませる要素がもう一つある。先遣隊主将となったアデムが発行した指令書が、届けられた。

 

東部諸侯団へ告ぐ

 東部諸侯団は城塞都市エジェイの西3km地点に前進し、陣を構え、エジェイに威力偵察を実施せよ。その後、本隊合流をもってエジェイ攻略作戦を開始する。

 

 指令書を読んだジューンフィルアは胃痛を覚えた。

 城塞都市エジェイは対ロウリア王国戦を睨んでクワ・トイネ公国が作り出した都市で、公国では珍しく街を城壁で囲むなど防御を固めてある。ワイバーンも多数駐留して、その戦力はギムとは次元が違う。

 威力偵察の実施とあるが、要は東部諸侯団に血を流させ城塞都市の弱点を探し、本隊がそこを抉るということで、割りを食うのは諸侯団だ。

 しかも、ホーク騎士団第15騎馬隊が消息不明となったのは進撃路上。つまり、エジェイに行く途中には高速移動できる騎馬隊を1人も逃さずに殲滅できるほど強力な敵か、撤退を諦めざるを得なくさせるほど厄介な存在がいる。

 

 しかし、アデムの命令に背けば自分が殺されるのはもちろんのこと、家族や家臣もただでは済まない。それだけは避けなければならない。

 

 ロウリア王国東部諸侯団約2万は、東へと進み始めた。

 

 

*1
軽機:軽機関銃




Q──在日米軍が本国からの命令無しに動いていいの?
A──非公式です。公式には米軍はロデニウス大陸にいません。あと、米本土が核攻撃されたりした場合に備えて、指揮命令系統消滅時には現場の判断である程度の行動をするようになってるんじゃないですかね。私は軍人じゃないんで詳しく知りませんが。

「思ったんだけどさ」
「“考えた”んだけど、じゃないのが小松らしいよな」
「うるせぇよ。田中、なに笑ってんだ」


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火炎王の宴

 

 中央暦1639年7月19日 クワ・トイネ公国 城塞都市エジェイ東方5km

 ──日本国自衛隊クワ・トイネ公国ダイタル基地

 

 プレハブ隊舎が並び、さらに本格的な庁舎が建設中の基地にオメガチームの姿があった。

 

「おー、すげぇじゃん。テント生活とおさらばだ」

「食堂と大浴場もあるぜ。やっぱ日本だよな」

「水洗便所もな。クソションベンの入ったポリタンクを持って歩くのは疲れるよ」

「ははは。風呂入ってメシにしよう」

 

 拠点はマイハークからロデニウス大陸の中央部にあるエジェイ近郊に移動し、自衛隊は陸上戦力を集結させつつある。

 施設隊や整備中隊などが先行し、マイハークに陸揚げされた戦車や自走砲、牽引砲がトレーラーなどによって続々と到着する中、オメガチームは束の間の休息をとる。

 

 風呂に入ってさっぱりし、食堂に向かった小松は感嘆の声を上げる。

 

「エアコン効いてるな」

「金かかってる。さすが親方日の丸」

「メシも美味そうだ」

 

 食堂では様々なメニューが提供されていた。ラーメンや牛丼、パスタや和風の定食まである。

 

「獣人が作ったおでんも美味いな」

「現地雇用か」

「いや、俺たちが助けた連中みたいだぜ。なんかすごく頭下げられたよ」

 

 ギムの街に住んでいた獣人やエルフ達はロウリアへ送られる途中、オメガチームにより救出された。その大半がエジェイの自衛隊基地に保護されている。

 

「行く宛の無い人間ばっかりらしい。まあ、農民ってあんまり移動しないもんだ」

「先祖代々同じ土地か。遠くにコネがあっても無一文で頼られちゃたまんないよな」

 

 ギムでの活動はクワ・トイネへの自衛隊派遣決定前なので公には出来ないのだが、インターネットもなく、マスコミや口煩い役人も危険な前線には来ないので問題ない。

 

 

 

 ────城塞都市エジェイ

 

 拡大政策をとるロウリア王国との衝突を予想したクワ・トイネ公国が首都への侵攻ルート上に築いたこの都市は、高く堅固な城壁を持ち、万一城壁を突破された場合も立ち並ぶ家屋が第二第三の防壁となり、他にも様々な機構が町中のあらゆる場所にある。

 城内には泉があり、食糧の備蓄量も膨大と、兵糧攻めも不可能。

 駐留兵力はクワ・トイネ公国西部方面師団3万人。ワイバーン50騎を含むクワ・トイネ公国の主力である。

 

 西部方面師団を束ねる将軍ノウは、ロウリアの進攻をこの城塞都市エジェイで跳ね返せると自信を持っていた。

 防壁の高さは最大25mもあり地上部隊の侵入を防ぎ、対空用に訓練を積んだ精鋭ワイバーンが空からの攻撃に対処する。

 完璧な防備。どれだけ大軍だろうと、この都市を陥落させることはできない。

 

「ノウ将軍、日本国陸上自衛隊の方々が来られました」

「来たか……お通ししろ」

 

 ノウは正直、自国に土足で乗り込んで来た日本軍が気に入らなかった。とは言え、日本()の領空侵犯に対してクワ・トイネ公国は対処出来ず、鵜呑みにする馬鹿はいないがたった8隻の日本艦隊はロウリア王国の4,000隻超の大艦隊を撃退した。

 艦隊戦については情報操作されているのだろうが、その情報操作が完全であるあたり、日本は敵対したら厄介な相手だとノウは理解していた。

 

(なるべく何もさせず、戦果も被害も無く帰らせるのが無難だな)

 

 ノウは、陸上自衛隊第7師団の主要幹部と情報交換をし、後方支援を確約させ自衛隊側の観測要員をエジェイに置くことを認める。

 

 さらに、西部方面騎士団の生き残りが戦列に復帰することが伝えられた。

 

 

 ────日本国自衛隊ダイタル基地 クワ・トイネ公国救援本部

 

 陸上自衛隊第7師団の師団長 大内田和樹陸将と幹部は、先ほど行われたエジェイでの会談について話をしていた。

 

「ノウ将軍はなかなか()()()()()()御人だな」

「歩兵主体のクワ・トイネ軍が城塞の防御力を頼んで敵の攻撃を受け止め、我々の特科支援で敵侵攻部隊を粉砕する。合理的です」

「問題は敵航空兵力と、友軍への誤射ですね」

「それから敵の攻城兵器も。……あるなら、ですが」

「空自に支援を要請しよう。それから、攻撃範囲内への事前警告だ」

 

 多少の勘違いもあるが、彼らは間もなく訪れる脅威に対し、着実に準備を進める。

 

「乱戦になる前に片付けたいが、そうはうまくいかないだろう。観測班の安全確保のために……そうだな、統幕長の部隊を同行させよう」

「オメガですね」

 

 

 

「オメガチーム集合!」

「チェ。またかよ」

 

 のんびりと過ごしていた小松たちが作戦室に集合するとプロジェクターにエジェイ周辺の航空写真が映され、梅本2佐が任務説明を始める。

 

「城塞都市エジェイに観測班を置く。その護衛と────」

「エジェイって飲み屋あるかな。田中の奢りで行こうぜ」

「外出できるかどうかもわかんないですよ」

「作戦中だ。多分ムリだよ」

「────オッ、オッ、お前達、話を聞かんか!」

 

 

 

 

 ────中央暦1639年7月22日 城塞都市エジェイ西方

 ロウリア王国東方征伐軍 先遣隊 東部諸侯団

 

 約2万のロウリア兵がエジェイの西門を望む位置にたどり着いた。行軍中は特に問題は起きず、ジューンフィルアはホッとして一息つく。

 ギムを出てから嫌な予感がつきまとい、それは今も変わらないがとりあえず進撃は成功したのだ。

 

「ワッシューナ、ここで野営して威力偵察を実施するぞ」

「ここならば、エジェイからの魔法は届きません」

 

 東部諸侯団はエジェイの西約5kmに陣を置き、1週間かけて威力偵察を行う。

 

 

 

 ──数日後の夜

 エジェイの歓楽街に私服姿のオメガチームがいた。

 

「田中よォ、3万貸してくれよ」

「エエッ⁉︎ 小松さん、先にこないだの5万を返してくださいよ」

「1万でいいから、なッ? ……あ、江須原だ」

「よう。買い出しか?」

 

 干し肉や乾燥野菜を詰めた麻袋を持った江須原が小松と田中に合流する。

 

「飲み屋を探してんだよ。可愛いコがいるトコな」

「そうか。雑貨屋のドワーフは、8番街に可愛い獣人のいる店があるって言ってたぞ。あんまり参考にならんかもだが」

「いいじゃん、行こうぜ。田中の奢りな」

「奢りませんよォ」

 

 ──Wooou────

 

 灯りも少なく薄暗い通りを賑やかに歩いていると、不意に多数の大声が聴こえた。

 

「なんだ、今の?」

「敵襲か……?」

 

 それはロウリアの夜襲だった。と、言っても本格的な攻撃ではなく、騎兵が城外から大声で威嚇して去っていくだけなのだが。

 それだけなのだが、実戦経験のないクワ・トイネ軍部隊にはかなりのストレスとなった。

 

 

 

 数日後。

 ノウは焦り始めていた。

 ロウリア王国軍の先遣隊約2万がエジェイの西方に陣を敷き、夜毎にハラスメント攻撃をしてくるのだ。

 夜中に300騎ほどの騎馬が接近し、弓を射たり大声を上げて帰って行く。こちらも騎兵で打って出れば追い散らせるだろうが、夜に見通しの効かない中では伏兵の危険がある。深追いすれば損害が出る。深追いしなければただ振り回されて疲れてしまう。

 

 敵陣をワイバーンにより強襲することも考えたが、ワイバーンは夜飛べない上に、着陸時を敵ワイバーンに狙われたら終わりだ。つまり、切り札の飛竜隊も安易に動かせない。

 この戦いは、先に手札を切った方が負ける。

 

 しかし、先に動いた方が負けると分かっていても、兵は夜も昼も神経を尖らせて疲れ、士気も規律も乱れ始めていた。

 このままでは敵本隊来襲まで兵がもたない。

 

「おのれ、ロウリアめ、卑怯な戦い方をしおって。いっそ打って出るべきか……」

 

 2万相手なら勝てるだろうが、無視できない被害を受ける。ロウリア軍本隊がやって来る前に戦力をすり減らすことになり、それは避けたかった。

 

 ──KOM! KOM!

 司令室で苛立ちを募らせるノウの思考をノックの音が中断させ、伝令兵が入室する。

 

「入ります。日本軍から連絡であります」

「読め!」

「はっ! ────エジェイ西側5km付近に布陣する軍は、ロウリア軍を名乗る武装勢力で間違いないか? 武装勢力であるなら支援攻撃を行ってよろしいか? また、攻撃にクワ・トイネ兵を巻き込まないよう、敵陣外周から2km以内の範囲に友軍がいないか確認したい────とのことであります」

 

 ノウは現状を打破出来そうな日本側の連絡に、少なからず感謝した。気にくわない相手だが、数で勝る敵に果敢に立ち向かおうとする姿勢にも好感を抱いた。

 そんな胸中はおくびにも出さず、居丈高な態度を取ってみせる。

 

「やれやれ。その勇気は評価するが、それで被害を受けた場合は日本国とクワ・トイネとの不和に繋がるのだがな。まあいい、日本軍がどんな戦いをするか、見てみるというのも一興だろう。支援攻撃を許可すると伝えろ。危なくなったらさっさと逃げろ、ともな」

「はっ‼︎」

 

 ノウの返答は、速やかに伝えられた。

 

 

 

 

 晴れて澄み渡る青空の下、ジューンフィルアは小高い丘に登って深呼吸した。

 空気がうまい。

 朝は肌寒く空気は乾燥しているものの、朝食には温かいスープが支給され、兵の体調は問題ない。

 部隊は士気旺盛で、交代で夜間威嚇に向かう以外は夜しっかり寝ており、疲れも見られない。

 対する敵はエジェイに引きこもり、密偵によると50騎近く保有しているはずのワイバーンを飛ばすことすらしない。

 

「こちらのワイバーンを警戒しているのだろうな……。竜騎士隊が遥か後方だと知ったらどう思うかな」

 

 ワイバーンは半数が本陣に引き上げられたため、東部諸侯団は上空支援無しで進軍していたのだ。

 本隊到着まで気付かれなければ、ワイバーンの上空支援も受けられるし、圧倒的兵力でエジェイを落とせる。

 ジューンフィルアはそう思っていた。

 

 

 東の空に、黒い点が現れる。

 何か、空気を叩くような音が響いてきた。

 

 HU-! HU-! HU-! HU-!

 奇妙な音を立てて何かが飛来する。

 

「何だアレは?」

 

 ジューンフィルアが見上げた先には、上部に高速回転する風車のようなモノを乗せた箱型の物体が飛んでいる。

 

「おい! なんだアレはッ⁉︎」

「飛竜か? 敵襲じゃないのか?」

 

 朝の訓練を終えて休んでいた兵士も、何事かと空を見上げて騒ぎ出す。

 

「戦闘配置! 戦闘配置!」

 

 太鼓の音が鳴り響き、兵たちが慌ただしく準備を始める頭上にソレはやって来た。

 野営地上空の弓矢が届かない高空に停止したそれは、胴体の扉を開いて白い何かを撒いた。ヒラヒラと舞い落ちたものを拾った兵士の1人が、ジューンフィルアのもとにやってくる。

 

「伯爵様、このようなモノが」

「紙か、コレは」

 

 それは貴族であるジューンフィルアでさえ滅多に目にしない真っ白で上質な紙だった。

 紙面には大陸共通言語で簡潔な文章が書かれていた。

 

 

警告する

 2時間以内に陣地を撤収し、この地から退却を開始せよ。さもなくば、貴軍を攻撃する。

日本国陸上自衛隊第7師団 師団長 陸将 大内田和樹

 

 

 ゾクリ、とジューンフィルアの背中に悪寒が走る。

 

「日本国……。なんだ、この猛烈な嫌な予感は……」

 

 頭上の物体は飛び去り、兵は徐々に落ち着きを取り戻しつつある。そんな中、ジューンフィルアは正体不明の感覚に戸惑っていた。

 

 

 

 突如現れた敵空中戦力に、東部諸侯団は対応を巡って2つに割れた。

 ワイバーンの支援が現状では得られない以上、一度後退するべきだという意見。それに対し、後退して敵に後ろを見せたら一方的に撃たれてしまう。こうなったら城塞に取り付いて攻勢に出るべきだという意見。

 

 双方の意見を聞き、ジューンフィルアは隊を分けることを東部諸侯団の面々に告げる。

 

「伯爵。何を考えておられる?」

「ふむ、先程の敵騎がどうにも気になる。私は様子を見るために一度退こうと思う」

「臆病風に吹かれたか⁉︎」

 

 諸侯の1人が言い、他の者からも厳しい視線がジューンフィルアに向けられる。

 

「そんなことでは指揮を預けられませんな」

「まったくだ。だから、指揮を執るのを辞めて足手まといは下がろうというのだ」

「ムッ」

 

 ジューンフィルアは、怖気付いた自分は役に立たないので引っ込んでいようと言ったのだ。

 

「臆病風に吹かれた者と、勇敢な者とでは協同して作戦にあたるなどできまい。他にも足手まといがいるなら、私が預かるが?」

「ふん。好きになされば良かろう」

 

 結局、ジューンフィルアと家臣、他の諸侯から若干の計1,000名程が陣を出て後退を始めた。

 

「本隊が到着したら、アデム将軍に報告しますぞ」

「構わないとも」

 

 ジューンフィルアは自分の感覚を信じて陣を捨てた。ワッシューナもそれに従い、馬に揺られていく。

 その姿を見送り、暫定指揮官となった男爵は撒かれたビラを取り出した。

 

「ふん。カンが多少鋭いといって、ただの臆病者ではないか。こんなハッタリに乗せられおって」

 

 ビラを破り捨てる男爵に、雑兵が話しかける。

 

「ああ〜、勿体ないですのぅ。あのぅ、あの紙にはなんと書かれていたんで?」

「2時間以内に退却しなければ攻撃する、だとよ! まったく律儀な敵だ!」

「はぁ……? 2、時間って何ですか?」

「そこからか」

 

 男爵は人的資源の質の悪さに天を仰いだ。

 

 

 

 ──日本国自衛隊ダイタル基地

 

 ヘリコプターがロウリア王国軍東部諸侯団に撤退を促すビラを撒いてからすでに2時間30分が経過している。

 

「敵に動きはないか?」

 

 大内田陸将は部下に問う。

 

「オメガからの連絡では、一部が陣を捨て撤退しています。しかし、大半は戦闘態勢を整えつつあります。戦意あり。また、クワ・トイネの人員が陣内に囚われているような状況は確認出来ないとの報告です」

「ノウ将軍に確認したところ、付近に友軍は存在しません」

 

 大内田は目を瞑る。心の中で、何も知らずに逝くであろう兵士たちに祈りを捧げる。

 

「そうか……仕方がない、他にやりようもない。攻撃を許可する」

 

 

 特科陣地には多連装ロケットシステムと155mm自走りゅう弾砲が多数並び、発射指示を待っている。

 

「なあ、エジェイに来てる連中ってギムの虐殺と関係ないらしいぜ」

「ハァ? マジかよ」

 

 自走りゅう弾砲の操作員が駄弁っている。

 実際、東部諸侯団はギム陥落直後にクワ・トイネ公国軍追撃に移ったので全体的にはギムの悲劇とは無関係だ。

 しかし上から下まで統率できていたわけではなく、第15騎馬隊のようにギム市内に入り掠奪に参加した者もいた。

 だが、敵軍団の動きならともかく、そんな小部隊の動きまで日本側は把握していない。

 

「本当に撃っていいのかな?」

「……命令だし、警告もした。退却しないのは連中の勝手さ。俺たちが気に病むことじゃないさ」

「うん。でも俺、誰かの命を奪うのを躊躇しない、気に病まない、なんて人間にはなりたくないよ」

「ああ。そうだな……」

 

《ラウス1号より各車。攻撃開始》

 

QUWAM! QUWAN! QUWAM! QUWAOM! QUWAM!

BAM! BAM! QUWAOOM!

 轟音と共に爆炎が舞い、発射装置からロケット弾が射出され光の尾を引いて空に消えていく。さらに155mm榴弾砲が火を吹いた。

 

 

 

 ジューンフィルアの脳に痺れとも何らかの閃きとも言える感覚が走る。波のない湖面に雨粒が落ち、波紋が広がり、やがていくつもの波紋により湖面が波打つような感覚。

 

「なんだ、この感覚はッ⁉︎ これはいったい?」

 

 背筋が冷たくなっていく感覚に、ジューンフィルアは思わず振り返る。怪訝そうな顔をするワッシューナや心配そうな家臣の顔が見え、そのさらに先にエジェイに向かう味方の軍勢が見えた。そして────。

 

「なんだッ⁉︎ アレは‼︎」

 

 ジューンフィルアは見た。数多の光が味方軍勢に降り注ぐのを。

 

 

 SH-! SH-! SHA! SHA! SHAA!

SH-! HUWAM DOM! ZUVO-! ZUVO! BTHOOM! BUH-KOOM! DOM!

 

 整然と並んでいた隊列の真ん中が爆発し、僅かに遅れて轟音が平野に響き渡る。

 

「何なんだッ⁉︎ 何が起きているッ⁉︎」

「おおお、なんという、なんという……」

 

 慄くジューンフィルアやワッシューナの見ている先で、陣に残ったロウリア軍東部諸侯団は恐慌状態になっていた。

 兵士たちは四方八方に逃げ惑うが、そこに巨大な矢が降り注ぎ炸裂する。空中で爆発が起き、数十騎の騎士がちぎり飛ばされる。

 瞬く間に大量の人間が文字通り消えた。

 

「バ、バカなぁッッ⁉︎」

 

 ジューンフィルアは現実離れした光景を前に、ただ茫然と立ち尽くす。

 

 

 

 

 ノウは望遠鏡を手に固まっていた。

 彼は城塞都市エジェイにある城のテラスから望遠鏡を使って、戦場の視察をしていたのだ。周囲には作戦参謀や魔導師の姿もある。

 

「なんだ? 敵陣で何が起きている?」

「敵が消滅していく……」

 

 まるで火山の噴火のような爆炎。それが収まった場所では敵兵が消えていた。

 

「まさか、日本軍の攻撃では?」

 

 参謀の言葉に、ノウは顔をひきつらせる。

 敵の整った隊列を見るに、練度の高い精鋭揃いだったはずだ。それがどうだ? 練度など一笑に付すかのように、まるで蟻に火炎魔法を浴びせたように、文字通り消滅する。

 狭い範囲ではなく、広い範囲で展開していた敵が、人生を武に捧げて長い年月をかけて鍛え上げてきたであろう強敵たちが、その武技を発揮することなく一方的に虫けらのように殺される。

 そこにあるのは、華やかな戦いや騎士道ではなく、ただただ効率的に殺戮される哀れな敵の姿。

 

「我々は、何かとんでもないものを味方に引き込んだのではないか……?」

 

 ノウたちは、日本国との絶望的なまでの戦力差を深く心に刻む。

 城塞都市エジェイの住民たちも、轟音を聞きつけて城壁に登り、ただ唖然としてその光景を眺めた。

 

 

 

 ジューンフィルアは打ちひしがれていた。

 付き合いのあった騎士、気にくわない男爵、野心をギラつかせていた兵士────全てが、虚しくなるほど、あっさりと消えていた。

 

「所領へ帰るぞ」

 

 そう言って馬に跨るジューンフィルアに、付いてきていた諸侯の1人が言う。

 

「本隊に合流しなくて良いのですか? 勝手に所領に帰って、アデム将軍に知られたら……」

 

「あんな怪物と対峙して、王国に勝ち目など……無い」

 

 馬を進め始めたジューンフィルアに、誰も反論せずに退却を開始した。

 

「さっさと帰るんだ。クワ・トイネに留まるロウリア兵は、既に死んだ者と、これから死ぬ者だけだ」

 

 

 

 

 ──同日夜 クワ・トイネ公国政治部会

 

 軍務卿の要請により緊急会合が開かれていた。

 

「……以上が、城塞都市エジェイでの戦いの報告であります」

 

 政治部会の場が静まり返り、次いでヒラの議員たちの間でザワザワと好き勝手に議論が始まった。

 

「基地から攻撃しただと? どうやって?」

「報告書では、使用兵器『MLRS』とあるが、ロケットとはいったい……?」

「信じられんな。古代魔法帝国の御伽噺でもあるまいに」

 

 ざわめきがやや収まるのを待ち、首相カナタが手を挙げて会場を静まらせた。

 

「今から配る資料を見てほしい」

 

 日本から安く輸入した、上質な紙が議員に配布される。

 

(ロウリア……首都鎮圧計画書⁉︎)

 

「日本は我が国から発進した鉄龍で、ロウリアの首都の一部を強襲し、ロウリア王を大量殺人罪で逮捕したいと提案してきている。あくまで相手は武装勢力、ロウリア王はその首領という位置付けで逮捕する方針らしい。併せてエジェイとギムの間に展開するロウリア王国クワトイネ征伐隊と、ギムの西側を国境から我が国内を東へ進軍する本隊に対し、鉄龍と地上部隊を投入して攻撃したいとのことだ。敵主力がギムを拠点にしているため、攻撃が成功すれば我が国も軍を送り、ギムを奪還したいと思う」

 

 思わぬ議題の飛躍に、議員たちは顔を見合わせた。あまりに信じられない事態が連続して起こり、一周回って逆に冷静になった頭で、国と自分たちの得になりそうな策を練る議員たち。

 

「別にいいんじゃないか? 我々にとっては得しかないし」

「いや、他国の地上軍が侵攻するのは……」

「しかし、このままでは我が国は滅ぶ……今回は日本に頼るしかないのではないか?」

「敵の首都……うまくいくとは思えないがのう」

「しかし、うまくいけば今回の戦争が終わる……。日本国が勝手に戦うのであれば問題なかろうよ」

「正直、ついていけん」

 

 政治部会では、全会一致で日本軍の国内及びロウリア領での陸、海、空全域における戦闘の許可を議決した。



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レイド・オン・ギム

 

 ────ロウリア王国東方征伐軍 先遣隊本陣

 

 ギムの郊外に建てられた領主館で、将軍となったアデムが通信兵を怒鳴りつけていた。

 

「東部諸侯団と連絡がつかなくなって丸一日! 丸一日ですよッ! どうなっているんですッ⁉︎」

「も、申し訳ありません! 魔導師が魔信を送っておりますが、返事がありません」

 

 昨日から東部諸侯団が連絡を絶っている。最後の通信は『敵空中戦力による接触を受く。ワイバーンにあらず』という報告だった。

 なにか得体の知れない怪物が現れたのかもしれないが、2万の兵を有する諸侯団が戦況報告や救援要請を送る前に全滅するなんてことは考えられない。

 アデムは上空支援ついでの偵察として、ワイバーン12騎をエジェイに向けて放っていた。

 

「竜騎士による偵察はどうなっているのです?」

「間もなくエジェイ上空に達します」

 

 

 竜騎士の1人と連絡を取っていた通信兵の顔が曇る。

 

「騎士ムーラ、何が起きた?」

《うわぁぁッ⁉︎ 導力火炎弾が────ついてくるッ‼︎ ち、ちくしょ》

 BZZzz……

 

 アデムと通信隊指揮官の前で、次々と竜騎士との通信途絶が報告される。

 

「こ、これは……」

「どうなっているのですかッ⁉︎」

 

 竜騎士による偵察隊全てとの通信が途絶え、アデムは怒りに任せて通信隊や参謀を怒鳴りつけた。

 

「じょ、情報が少な過ぎます、すぐに調査を……」

「具体的にどのように調査するのか!」

「すでに騎兵を出して現場を見に行かせています。それから、竜騎士隊から再び偵察騎を抽出します」

「忌々しい亜人どもがぁぁあああ‼︎」

 

 もし、アデムが将軍として先遣隊を率いる立場でなければ、何か適当な理由をつけてギムから離脱していただろう。しかし、パンドールを追い落とし先遣隊の大将となってしまった以上、前線に留まらなければならない。

 

「ええいっ、クソッ!」

 

 苛立ちを抑えることができず、アデムは肩を怒らせて領主館を出た。

 

 上空には多数のワイバーンが編隊を組んで警戒飛行をしている。一騎当千の竜たちの隊列、その雄姿はどのような敵が現れても打ち倒せると思わせるほどの威容があり、兵の心を落ち着かせる。

 ────だが……。

 

 FOMM!

 

「ああッ⁉︎」

 

 ギム上空を飛行していたワイバーンの数騎が、突如として煙に包まれてバラバラに引き裂かれる。続けて8騎、見えない何かが当たったように見え、同様に爆炎に飲まれた。

 

「なっ、何だ⁉︎ 何が起こったッ⁉︎」

 

 やがて、東の空から黒い点が6つ、音もなく近づいてくる。

 羽ばたかない6騎から煌めく光弾が2発ずつ放たれた。光弾は超高速で飛行し、回避しようとしたワイバーンを追尾して突き刺さる。

 12騎が弾け、血と肉片をばら撒きながら落ちていく。

 

「うばぁぁあ、うわぁーッ⁉︎」

「バカな……バカなぁ!」

 

 空の王者と思われていたワイバーンが、羽虫のように撃ち落とされる。ギム周辺の陣地に居た兵は頭上で起きた惨劇に恐怖し、地面にへたり込んでしまう。

 

 ワイバーンを撃ち落とした()()は凄まじい速度でギム上空を通過する。後部から炎を2本吐きながら、一瞬で通り過ぎる灰色の物体。直後にギムの街全体を揺るがすような爆音がこだまし、ロウリア王国軍に恐怖を植え付ける。

 

「なんだ⁉︎ 空が震えてるのか⁉︎」

「ば、バケモノだぁ!」

 

 しかし更なる恐怖が彼らを襲う。

 またもや東から、今度は音を置き去りにするような高速ではなく、轟音と共に鉄竜が飛来した。

 

 赤い口にゾロリと並ぶ牙。鋭い目のある頭の上に風除けのドームを被った騎士が乗っている。

 ソレが翼を翻し、ギム周辺の防御陣地を睨みつけた。

 

 

 

 

「サイドワインダー、先攻する。思いやり予算を払い過ぎてないことを教えてやるか」

 

 VUOOO──!

 アヴェンジャーの咆哮が響き渡り、土塁の上で、陣幕の陰で、家屋の中で、あるいは震え、あるいは武器を構えて、そこに存在したあらゆる物が粉々に砕けていく。

 わずか1秒の射撃で、防御陣地にいたロウリア兵の士気は完全に消え失せた。

 

 てんでバラバラに逃げようと、隠れようとしたロウリア兵に再度の攻撃が加えられる。防御陣地には大穴が開き、防衛ラインはズタズタになった。

 

 

 

 陸上自衛隊第7師団とクワ・トイネ公国軍は夜明け前にエジェイを発ち、ようやくギムへと到着する。

 

「こちら東3、東3。目標1に到着。攻撃中止、攻撃中止」

《サイドワインダー。上空で待機(ホールド)する》

 

 トレーラーで輸送された戦車、騎兵、戦闘車が並び、ギムへ向けて前進を開始する。

 

「突っ込めェ‼︎ 突撃! 突撃ッ!」

「うぉぉお‼︎」

ウワァーーー!

 

【挿絵表示】

 

 普通科と離れないように前進する10式戦車を追い抜いてクワ・トイネの騎兵が疾駆し、次いで獣人騎士がロウリア軍陣地に殺到した。

 陣地にどうにか踏み止まっていたロウリア兵が騎士の長槍で貫かれ、馬蹄で踏み砕かれ、獣人騎士に八つ裂きにされる。

 

「ダメだ、逃げろぉ!」

「逃げるな‼︎ 戦え──グェ!」

 

 クワ・トイネ公国西部方面騎士団の生き残り、団長モイジ以下12名は鬼神のように暴れ回る。

 踏み止まって応戦しようとした騎士を馬から引きずり下ろして殺し、逃げ出した歩兵を追いかけてその背に刃を振り下ろして斬り殺す。

 

「ギムを取り返すぞ‼︎ つづけッ!」

「オオ────ッ‼︎」

 

 モイジは陣地を突破してギムの街を目指した。

 

 

 

 

「逃げなければ、逃げなければ……」

 

 アデムは馬を駆り、ギムの街から逃げ出した。その顔には怯えの色が見える。

 

(どうしてこうなった、一体なぜ────ッ⁉︎)

 

 zip!

 馬が倒れ、アデムは地面に転がる。

 起き上がろうとした瞬間、()()が飛来して左手首の肉を抉る。

 

「あああ⁉︎ 痛い〜!」

 

 手首の次は足、そして太腿、腹に何かが撃ち込まれる。

 

「た、助けて、たす……ゴフ!」

 

 

 

 芋虫のように這うことしかできなくなった偉そうな騎士をスナイパーライフルのスコープに捉えながら、中村は笑った。

 

「プフフ、痛いか? 痛いよな? その痛みが生の証だ。へへへ」

 

POSH! POSH!

 

 サディスティックな快感に酔い、景気良く撃つ中村の背後に佐藤が立つ。

 

「中村、なにやってんだ」

「ゲ」

 

 銃を置いた中村は真面目くさって答える。

 

「自分は敵指揮官らしき者の逃走を阻止しました」

「馬鹿野郎! テメーなめてんのか‼︎」

 

 佐藤が中村の胸ぐらを掴み、容赦なく殴り付ける!

BLAM! BTHUNK!

 

「敵指揮官は殺さず、できれば無傷で捕らえろっつっただろ! 誰を相手に降伏交渉するんだ? ったく、これだから学も教養もネー奴は」

 

「ちくしょういつか殺してやる」

 

 

 

《白樺一番──バッドカルマ。敵指揮官を確保した》

「白樺受信! 師団長、バッドカルマが敵指揮官を捕えました」

「よくやった、いいぞ。降伏勧告を行え。人命と弾薬は有限だからな」

 

 第7師団は前進を停止。クワ・トイネ公国軍もこれに倣い、大内田陸将はギムの街に残っているロウリア兵に投降を呼びかけた。

 

 

 

「モイジ団長、気が付きましたか」

「うぐッ、失神していたのか……。みんな無事か?」

 

 敵の騎士と魔導師の混成部隊と乱戦になり、頭を強打され気絶していたモイジが意識を取り戻した。

 周りに集まっていた西部方面騎士団の生き残り達は笑顔を見せる。

 

「いい知らせです。友軍部隊が敵指揮官を……あのアデムのクソ野郎を捕虜にしました。今は残ってる敵部隊に降伏勧告中です」

「なに!」

 

 モイジは怒りを浮かべながら駆け出した。後から追いすがる団員を置き去りに、近くで待機していた西部方面師団の兵に駆け寄る。

 

「おい! 何をしてる、さっさと攻撃しろ! ギムを取り返すんだ!」

「ハッ! しかし、停止命令が出ていまして────」

「馬鹿野郎! 今すぐ殺されたいか!」

「わっ、わかりました‼︎」

 

 獣人であるモイジに大剣を振り上げて威嚇され、西部方面師団の一部が前進を開始する。

 

「団長、停戦命令です」

「それは日本軍の話だろう。我々はクワ・トイネ軍だ」

 

 モイジを追いかけてきた西部方面騎士団の生き残りが止めようとしたが、モイジは聞かなかった。

 

 

 

「ノウ将軍! 西部方面騎士団が命令を無視して前進しています!」

「なに⁉︎ あの馬鹿者共、日本軍が見ているのだぞ⁉︎」

 

 ノウの命令を無視し、モイジ達はギムの市街へと突入した。

 

「残敵を掃討しろ!」

 

 もはや戦意を喪失し、武器を捨てて投降したロウリア兵を跪かせて首を切り、屋内に隠れていたロウリア兵を引きずり出して軒に吊るし、抵抗したロウリア兵を叩き斬る。

 

「いいぞ、皆殺しだ!」

 

 一軒の商店が、街の通りを駆け抜けるモイジの目に止まる。ロデニウスではまだ珍しいショーウィンドウがある服飾店だ。

 ガラスで作られたショーウィンドウは割れ、展示されていた流行りのドレスは掠奪されていた。しかし、モイジはそこに在りし日の幻影を見た。

 

 ──なぁに? もうこの子がお嫁にいく時の心配をしているの? もう、あなたったら──

 ──わたし、お父さんのお嫁さんになる!──

 

 妻と娘と、幸せだった日に、確かにここで交わされた会話。

 モイジはふらふらと店に近寄り、商店内で動いている人影に気付き剣を構えた。

 その人物は凶相を浮かべ、大剣を構えてモイジを睨みつける。

 

「鏡か……」

 

 それは姿見に映されたモイジ自身だ。

 

「うわぁぁぁぁあ‼︎」

 

 KKRRUUASSKK!

 姿見を叩き割り、無意味に剣を振り回すモイジ。

 疲れ切り動きを止めたところに、四方から足音が近づいた。

 

「動くな。武器を捨てろ」

「……お前か」

 

 HER、HER

 肩で息をするモイジに、小松たちは銃口を向ける。

 

「オレはロウリア兵じゃない。クワ・トイネの騎士だ」

「知ってるさ。命令違反したってこともな。つまりお前は騎士じゃない、ただの人殺しだ」

 

 スルリと、モイジの手から剣が落ちた。

 

 

 

 竜騎士ムーラはエジェイからギムへ逃げ帰っていた。追尾してくる導力火炎弾を放つ敵騎に見つからないように、超低空を飛行する。

 彼は全身に疲労を感じながら、敵は何者なのか考える。

 

(クワ・トイネ公国に何が起きたんだ? 神か悪魔でも味方したのか……まさか、古の魔法帝国が……? 伝承にある復活の刻でもきたのだろうか)

 

 それは知らない者はいないと言われる()()()

 

 ────神に弓引きし魔法帝国、太古の魔法帝国、古の魔導帝国。いくつもの別名を持つ、かつて世界を統べた帝国。その名も『ラヴァーナル帝国』は、絶大な魔力と高度な知識を持つ国民で構成され、超高度文明により他の種族を支配した。

 人間や亜人はもちろん、竜人族ですら敵わないほどの力を持ち、上位種として多種族を家畜扱いしたと伝えられている。

 彼の帝国はその発達しすぎた文明ゆえに、傲慢にも神に弓引いた。

 神々の怒りは凄まじく、ラヴァーナル帝国の存在したラティストア大陸に星を落下させ懲罰を与えんとした。

 星の落下を防げないと判断した帝国は、ラティストア大陸全域に結界を張り、大陸ごと時を超越する魔法を発動、未来に転移した。

『世界に我ら復活せし時、世界は再び我らにひれ伏す』と記載された不壊(ふえ)の石版を残し……。

 

 ラティストア大陸の外れにいたために転移から取り残された少数の魔法帝国人を、人間は数で圧倒、吸収、絶滅させた。そうして成立したのが中央世界、神聖ミリシアル帝国である。

 ゆえにミリシアル帝国は、古の魔法帝国の復活を恐れていると言われている────

 

 

 物思いにふけるムーラは、それに気付くのが遅れた。

 

GYAU! GYUON……

「どうした? ……あッ!」

 

 相棒のワイバーンが情けない悲鳴を上げ、気が付いた時には後方に凶悪な面相の飛竜が2騎飛んでいたのだ。

 

 

 

《ベック、空対空スコアにトカゲを加えるか?》

「非公式だ、スコアにならないよ。強制着陸させてやろう」

 

 公式記録には残っていないが、2機のA-10がロウリア王国竜騎士隊のワイバーンを強制着陸させて、クワ・トイネ公国内のロウリア勢力は消滅した。

 

 ギムの街で戦闘の後処理と投降したロウリア兵の武装解除が行われている時、ジューンフィルアたち東部諸侯団の残余が北へ迂回してロウリア王国へ逃げ戻った。

 ギムの失陥と僅かに逃げ戻った兵から伝わる惨状。これらは物資の欠乏と士気の喪失を招き、東方征伐軍は崩壊。戦線は一気にロウリア=クワ・トイネ国境まで後退し、戦争は新たな局面を迎える。

 

 

 

 

 ──中央暦1639年8月22日 日本国自衛隊ダイタル基地 陸上自衛隊第7師団

 

 ギム奪還から1ヶ月近くが経過し、やや気の抜けた感のあるクワ・トイネ派遣部隊。

 師団長の大内田陸将も気が弛んでいるように見られるが、彼の場合は元からのほほんとした人柄で、むしろ派遣以前に比べたらかなり野性味が出てきたと部下から評判だ。

 

 さて、その大内田は再びロウリア王国へと潜入したバッドカルマと連絡を取っていた。

 

《ギムから工業都市ビーズルを経由してジン・ハークに至る街道はロウリア王国軍が警備しています。それと、ビーズルにはけっこうな規模の守備隊が。警戒の真っ只中を進撃すると激戦になるでしょうな》

「やはり、北部の丘陵地帯を通行した方が人死には減らせるか」

《王国北東部の領主とは交渉して、話が上手く運べば味方に引き込めます》

「東部諸侯団の生き残りか。……いいだろう。ある程度は我々の実力を開示しても構わない」

《承知しました。オメガが間も無く到着しますので、これで失礼します》

 

 バッドカルマ、佐藤との通信を終えた大内田は非常に疲れを感じていた。

 

「はぁ……胃が痛い。若い女の子と美味しいスパゲッティでも食べに行きたいもんだ……」

 

 部下と敵、そして戦闘に巻き込まれる一般人が流す血の量は、自衛隊のとる行動で、はっきり言って大内田の決断次第で多寡が決まる。

 慎重に慎重を重ねて、大内田は幕僚とともに作戦計画を練っていく。

 

 

 

 

 ──中央暦1639年8月29日 ロウリア王国 ジン・ハーク北の港付近

 

 薄汚い身なりの男たちがたむろしているが、ガラの悪い人間も、港湾労働者が集まって騒ぐことも珍しいことではないので誰も気に止めない。

 誰にも警戒されず、梅本2佐は任務について説明を始める。

 

「傾注! 対ロウリア作戦は最終局面に入った。王都強襲作戦の陽動として、F-2が港湾に停泊しているロウリア軍船舶を攻撃する」

 

 ロウリア王の身柄確保を目的としている日本国は、まず港を航空機で攻撃し、迎撃に出て来たワイバーンを撃滅。その後にジン・ハーク前面に第7師団が展開して敵の注意を引き付けておき、夜間にヘリボーンで王城を急襲する。

 

「港にはロウリア船籍以外の船も停泊している。現在のところ、パーパルディア皇国とシウス王国の商船を確認している。これを攻撃してしまうと国際問題に発展しかねない。上空からでは識別困難なので、地上から識別して攻撃隊を誘導する必要がある」

 

「めんどくせぇな」

 

 地べたに胡座をかいていた小松が愚痴をこぼす。

 

「紛争当事国の港に停泊してんだからさ、巻き添えくっても仕方ネーよな」

「ロウリアは国じゃないぞ。あくまで武装勢力だ」

「ああ、そうだっけな」

「つっても、パー皇とシウス王国とも国交ないよな」

「まとめて吹っ飛ばして、最初からいなかったことにしちまやいいんじゃないか?」

 

「お、お前たち……」

 

 ベラベラ喋り始める隊員達に対する怒りでどうにかなりそうになりながら、梅本2佐は説明を続けた。

 

 

 

 

 ──中央暦1639年8月31日 ロウリア王国 王都ジン・ハーク北側港

 

 ジン・ハークから北へ43kmにある港には、3,000隻を超える軍船が並んでいる。帆船とはいえ戦船がこれだけ並ぶと、その威容は凄まじいものがある。

 しかし、その大艦隊の指揮官である海将ホエイルはひどく心細気に港を眺めていた。

 

「どうやればあの化け物の群れに勝てる……?」

 

 ホエイルはロデニウス沖で行われた海戦を思い出す。

 

(いや、あれは海戦などと言えない。ただの殺戮だった)

 

 自分たちの攻撃がまったく届かない遠距離で、一方的に船を沈められる屈辱。まるで虎と産まれたばかりの仔鹿が戦ったかのような、あまりにも無残な敗北だった。

 ホエイルの指揮下には3,000隻の軍船と人員10万人余が残存しているにもかかわらず、日本国に戦って勝てる気がしないでいた。

 

 海面を見つめながら思考を巡らせていたホエイルだが、何か妙な感覚がして視線を上げた。

 

「何だ?」

 

 空気が震えている。何かが、轟音とともに飛んで来た。

 

BUH-FOOM!

 港に並んでいた軍船数隻が猛烈な音と閃光を発して爆発。木っ端微塵に吹き飛んだ軍船の破片と、運悪くその船で作業していた船員の肉体が飛び散る。

 その凄惨な光景は一ヶ所ではなく、港のあちこちで生じた。

 

「いったい何が起こっている‼︎」

 

 ホエイルはたまらず叫んだ。

 

 ある者は肩に木片が突き刺さり、苦悶の表情を浮かべて呻き声をあげる。

 

「ひぃ……血ィ‼︎ 痛てぇ、痛てぇよぉお!」

 

 ある者は続発する被害に狼狽する。

 

「ヒィィ! こわいよオカアチャン!」

 

 次の瞬間、上空を何かがとんでもない速度で通過し、さらに猛烈な爆風が港で吹き荒れる。

 ワイバーンよりも遥かに高速で通過したそれは上空で旋回し、停泊している軍船に再び爆発の雨を浴びせていく。ロウリア兵は船を避難させることもできず、被害が拡大するのを見ていることしかできない。

 

 ────KAN! KAN! KAN! KAN!

 誰かが襲撃を知らせる鐘を鳴らし、ようやくホエイルは義務を思い出す。

 

「消火だ! 消火を急げ‼︎ 王都防衛本部に救援要請しろ!」

 

 ホエイルの指示を受け、水夫たちが無事な船や設備を守るべく慌ただしく動き始めた。

 

 

 

 

 ロウリア王国の王都防衛本部は海軍からの救援要請にすぐさま応じ、王都防衛の任に就いている竜騎士団に緊急発進を指示した。

 海軍の救援に向かう第1竜騎士団、王都上空の警戒にあたる第2竜騎士団と第3竜騎士団。200騎近いワイバーンが空を舞う。その大編隊は勇壮そのものだった。

 

 そして、大編隊ゆえに遠距離から探知されていた。

 

 ダイタル基地から飛び立ったF-2とA-10が武装勢力の港を攻撃する中、『みょうこう』のシステムが経空脅威が迫っていることを表示する。その動きから、港への救援と王都の上空警戒のワイバーンと判断された。

 統合戦術情報伝達システムが各艦、各機のディスプレイに目標情報を伝達し、F-15J改が対処に向かう。

 

 対艦攻撃を行うF-2と同じくダイタル基地から発進したF-15J改は20機。彼らの任務は、港湾を攻撃したことで出撃してくるであろう迎撃機を撃滅し、ジン・ハーク上空の航空優勢を確保することだ。

 作戦通りに現れた敵機に対し、イーグルドライバーは迅速的確に攻撃を行う。

 

「チャーリーエンジェル、FOX!」

 

 BAHUM! SHHH-

 20機のF-15J改から放たれた中距離空対空誘導弾はマッハ4以上の高速で空を走る。

 

 

 

 音すら置き去りにした誘導弾は至短時間で竜騎士団に着弾。何が起きたかすら分からないうちにワイバーンは大半が撃墜された。

 

 港への攻撃を地上から誘導していたオメガチームは、頭上のワイバーンが粗方片付けられたのを確認して移動を開始する。

 

「ジン・ハークまで何キロだ?」

「だいたい43kmだ。直線でな」

「チェ」

 

 オメガチームはヘリボーンを支援するため、王都ジン・ハークに先行するのだ。

 

「急げよ。艦砲射撃に巻き込まれるぞ」

 

 沖合いでは、護衛艦群が白波を蹴立てながら接近しつつあった。

 

 



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王国の落日

 国を建つるには千年の歳月も足らず。それを地に倒すには一瞬にして足らん ────バイロン


 

 ────ロウリア王国 王都ジン・ハーク上空

 

 緊急発進命令を受けて飛び立った第2竜騎士団と第3竜騎士団は、王都上空を警戒するため大きく円を描くように飛行していた。100騎を超えるワイバーンの編隊飛行は壮観で、王都の民や城壁外の陣地から見上げる兵から歓声が上がる。

 

 地上に手を振る竜騎士や、得意げにして悠々と飛ぶ竜騎士の中で、必死に辺りを警戒する竜騎士がいる。

 東方征伐軍の竜騎士隊を率いていたアルデバラン。彼は、配置転換により第2竜騎士団に異動していた。

 クワ・トイネの前線から帰って来た彼を待っていたのは同僚からの歓迎ではなく、騎士もワイバーンもいない薄暗い兵舎だった。

 

(アンドレイ、ユーリー、ポポフ……。アイツらが撃墜されたとは思いたくないが────)

 

 東方征伐軍の竜騎士隊は解隊により他部隊に異動したのだが、その数は150騎ほど。開戦時には500騎いたのだから、単純に考えて300騎以上が討ち取られていることになる。

 とてもじゃないが悠長に構えていられる状況ではない。しかしそんなアルデバランの心配を余所に、周りの竜騎士は遊覧飛行を楽しんでいる。

 

「おい、お前たち、任務に集中しろ」

「新米隊長、うるせぇんだよ」

 

 アルデバランから注意を受けた竜騎士が悪態を吐いたその時、遠くで何かが光ったように見えた。

 目の良い何人かが視界内の異物に気付き、そちらに監視の眼を向ける。

 

「何だ?」

 

BAKOM!

 白い点が見えたと認識した瞬間、すでにそれが目の前に迫っていた。

 飛竜と人だったモノがバラバラになり、地上へと落ちていく。

 

「知覚範囲外からの攻撃ッ! 降下して躱せッ‼︎」

 

 アルデバランは低空に舞い降りながら指示を出す。指示より早く動いていた竜騎士が引き起こしに失敗して王都外周防壁の近くに突っ込んでしまうのが見えたが、それ以外の者がついてこない。

 

「高空は丸見えだ! 的だぞ、逃げろッ!」

 

 匍匐飛行するアルデバランの頭上で、ワイバーンが次々と爆散する。竜騎士の、ワイバーンの断末魔がこだまし、赤黒い雨が王都に降り注ぐ。

 

 QUWAOOO-!

 超高速で飛び込んできた何かが光弾を放ち、残った竜騎士の命を刈り取る。竜騎士団を壊滅させた『それ』は、王都全てを震わせる雷鳴のような音を轟かせながら急上昇し、空の彼方へ消えた。

 

 

 

「うわぁぁぁぁっ‼︎ 何だ‼︎ 何が起こってる‼︎」

「いやぁぁぁぁ‼︎」

 

 異常事態に混乱する王都。その街並みをテラスから眺めていたバパンは、来客用の長椅子に腰掛けて葉巻を吸う佐藤に向き直る。

 

「私の心は、後悔の念でいっぱいですよ」

「ほう? 我々の提案に乗って、祖国を裏切ったから彼らが死んだと?」

「違いますとも」

 

 バパンは力なく頭を振り、佐藤の対面に座って茶を飲む。

 

「裏切り者と、売国奴と罵られようと、あなた方日本国と事を構えるべきではなかった。1ヵ月あれば、政治的工作はいくつもできた……。本当に裏切って国を売って、そうすれば彼らはあんな死に方をせずにすんだ」

「そして国王派と融和派で国が割れ、泥沼の内戦となるわけですな」

「それは……」

「西部の旧諸国域と東部諸侯、パンドール将軍と近しい人間は融和派になるでしょうが、ロウリア国民の多くは亜人を見下し、国王を支持する。民衆を敵に回す覚悟がお有りで?」

 

 バパンは答えることができなかった。

 この王都上空での一方的殺戮(デモンストレーション)は、王都に住む民の目を覚まさせるために必要なのだと頭では理解した。

 

「しかしせめて……悔やみ、彼らのために祈ることは許してもらえるだろうか?」

「私はそれを許す、許せないと言える立場にありませんよ」

「そうだったか。しかし、私にはあなた方が、神か悪魔、超越者に思えてしまう」

 

 バパンのストレートな表現に、佐藤は不敵な笑みを浮かべた。

 

「我々はただの日本人(太陽神の使者)ですよ」

 

 

 

 ジン・ハークを囲む三重の防壁。その一番内側の側防塔*1のいくつかに主席魔導師ヤミレイ率いる王宮魔導師100人が駆け上る。

 上空にはすでに味方騎の姿はなく、敵だけが超高速で飛び回る。

 

「ゼェ、ゼェ、おのっ、好き勝手……ゼェ、ハァ、皆の者、王宮魔導師の腕を見せるぞ‼︎」

 

 塔の上に展開した魔導師が杖を構えて呪文を詠唱し、杖の先端に炎の弾が形成される。

 

「くらえい‼︎」

 

 ヤミレイの鋭い一撃を合図に、ワイバーンの導力火炎弾に匹敵するほどの火球が上空に向けて放たれる。しかし、あまりに弾速が遅く、1発たりとも当たることはなかった。

 

 

 

 

 ──同時刻、王都ジン・ハーク北の港

 

 海将ホエイルは絶句していた。

 海軍の救援要請に応えて駆けつけた第1竜騎士団は、わずか数分で全て撃墜された。

 見たことのない形状、見たことのない速度で飛行する敵騎が圧倒的な力で味方をねじ伏せる。

 ホエイルは自らの無力さと、日本国へ対する怒りで頭が真っ白になった。

 そこに、顔面蒼白の部下が慌てた様子で報告を上げる。

 

「提督ッ、日本です! 日本の艦船ですッ‼︎」

 

 港の沖合に小島のような船が現れる。

 

「──あいつかぁ‼︎」

 

 ホエイルは前回の戦闘から、遠距離でも相手の攻撃が届くことを理解していた。軍船も良い的でしかない。

 

「ボートだ! ボートで移乗攻撃を仕掛ける!」

 

 100艘ほどの手漕ぎボートが港から日本艦へ向かう。

 果たしてホエイル率いる部隊はすぐに発見され、猛烈な砲撃にさらされた。

 日本国に一矢報いんと果敢に立ち向かった海将ホエイルだが、何ら戦果を挙げることなくあの世に旅立った。

 

 

 

 

 ────夕刻 王都ジン・ハーク

 

 ハーク城内で軍幹部が集まり会議をしていた。

 竜騎士団はわずかな生き残りと、非番で遠出していた者を残して壊滅した。海軍本部も破壊され、王都防衛騎士団の将軍パタジンは頭を悩ませる。

 軍部の会議は紛糾し、工業都市ビーズルで日本の陸上兵力の強さを測り、王都防衛に役立てるという国土を放棄する案まで検討された。

 実際、ロウリア王国はそこまで追い詰められていた。

 パタジンはすがる思いで臨席したパーパルディア皇国の使者に援軍を要請するが、冷たく突き放されてしまった。

 

 

 城下にある街の中、繁華街にある酒場『竜の酒』では氷室で冷やされたビールと香辛料の効いた肉料理を楽しむ酔っ払いの姿がある。

 いつもと同じ賑やかさに見えるが、交わされる会話はいつもと違ってほぼ1つの話題だった。

 

「それにしても、今日のアレは何だったんだ? 俺は港の近くにいたんだが、死ぬかと思ったよ」

「シウスやパーパルディアの船は無傷だったらしい。ロウリアの船だけが狙われた……。ロウリア王国は一体何をした? 神の怒りにでも触れたのか?」

 

 商人らしき男たちの会話に、軍人然とした男が混じる。

 

「神とか、そんなわけないだろう。あれは兵器だ。とんでもない速さだが、飛行機械の類じゃないか」

「飛行機械? まさかムーが攻めてきたのか⁉︎」

「いや。国章と状況から見れば、日本国という新興国のものらしい」

「バカな⁉︎ 日本とは、北東海域にある群島国家ではないのか!」

 

 近くのテーブルで盃を傾けながら話を聞いていた冒険者達が笑う。

 

「まさか魔帝の遺跡でも掘り当てたとか? 俺の冒険者魂がうずくぜぇ! アヒャヒャヒャ!」

「依頼料さえ出してくれたら、あたしらが日本まで行って調べてきてやるよ」

「いや、あんな所にある国が、我が国より強いとは……」

 

 酔っ払いどもの話は夜遅くまで続く。

 

 

 

 

 ──王都ジン・ハークでパタジンがハーク・ロウリア34世に報告を上げ、下町で酔っ払いがクダを巻いている頃。

 北部の丘陵地帯に蠢く影があった。

 

「ジューンフィルア伯爵、彼らが来ます」

「分かった。兵たちに、くれぐれも手を出すなと厳命せよ」

 

 東部諸侯団の生き残り、ジューンフィルアは日本国自衛隊の先導をしていた。

 

 DoRRRRR……

 重く、腹の底に響く音を立てて日本の鉄車が何台も通り過ぎて行く。

 強大で、重厚な存在感を放つソレが通った後の地面には、帯状の跡が深々と残されていた。

 ジューンフィルアの脳裏に、剣と槍で突撃する騎馬隊が鉄車からの攻撃で薙ぎ倒される光景が浮かぶ。

 

「恐ろしいですな」

「ああ。アレも、アレを運用できる日本という国もな」

 

 

 

 

 ────中央暦1639年9月1日 早朝

   ロウリア王国 王都ジン・ハーク 城壁監視塔

 

 監視員マルパネウスは仮眠室から出て、王都を守る三重防壁の最も外側にある城壁の、北側の塔に向かっていた。

 

「あー、眠い。こんな暗くっちゃ監視なんて意味ないっての」

 

 緊急体制が敷かれた王都防衛騎士団では、城壁監視塔に24時間態勢で監視員を増員した。

 しかし日も昇らない時間は真っ暗で何も見えない。

 東の地平線が白み始めると、小高い丘の上にある王城と、城下の街並みは見えるが、監視するべき城壁外は霧に包まれている。

 城壁外にはロウリア軍の駐屯地があるのだが、兵舎の屋根すら見えない。

 

「おっと、急がないとな」

 

 交代時間が迫り、彼は小走りで塔の上に急ぐ。

 塔の上に着いて視界の悪さを愚痴る先輩と交代すると、周りをぐるりと見回した。東側と北側は敵部隊の接近が予想されるので気が抜けない。

 日が徐々に昇り、霧で潤いを帯びた空気がそよ風で流され始めた。

 

「……ん?」

 

 一瞬だけ緑色の何かが見え、マルパネウスはそちらに意識を集中した。

 

 

 

 陸上自衛隊第7師団は、特科連隊を除き、ジン・ハーク北側城壁から約4kmの位置に展開していた。

 

「バッドカルマですか?」

「そうだ。第7師団か!」

 

 ジン・ハークに潜入していた佐藤が第7師団を出迎える。

 

「7師71戦連本管通信*2の松本2曹です。調査部の佐藤3佐ですか?」

「そうだ。敵根拠地へようこそ」

「強襲は今夜です。予定通り。この先の家屋は現住住居ではありませんか」

「あれか! 兵舎だよ。ここから城壁の内側までは武装勢力だけだ」

 

 佐藤はジン・ハークの方を指差して言う。

 

「オメガは既に城壁内だ。作戦が失敗したら袋のネズミになる。ヘリが王都内に落とされたらSATが酷いことになる。陽動は派手にやってくれ」

「分かりました!」

 

 あくまで武装勢力の排除なので、城壁外に兵舎や馬房があるのは自衛隊にとって幸運だった。一般人へ被害を与える可能性が低くなるからだ。

 

 簡単な打ち合わせの後、戦車が前進を開始する。

 

「紫電1より全車。攻撃する。────前進!」

 

VuOOOOM!

BAM-BAKOM!

 エンジンが唸りを上げ、120mm砲が放った砲弾が兵舎を粉砕する。

VuOOOOO-M!

 戦車隊は馬防柵を踏み潰して前進、ロウリア軍の駐屯地内に侵入した。

 

「すごいぞ、全周目標だ。偶数番号車、右へ。奇数番号車、左へ砲撃!」

 

BAM! BAM! BAM! BAO-!

 飛び起きたロウリア兵が吹き飛ばされ、建物が燃え上がる。霧も暗さも、暗視装置を備えた戦車の前には何の障害にもならなかった。

 

 

 DOMM……DOM!

 砲声は王都ジン・ハーク全域に轟き、王都に住む民は命の危機を感じて飛び起きた。緊急事態を告げる鐘の音が遅れて王都中に鳴り響き、町中に人々が溢れて瞬く間に喧騒に包まれる。

 

 

 

 パタジンは爆発音で飛び起きて大慌てで寝間着から軍服に着替え、王から授けられた鎧を持ってくるように側仕えに命じて作戦室に飛び込んだ。

 

「状況報告!」

「はっ! 夜明け頃、第17監視塔の監視員が平地に展開する敵軍を発見いたしました。王都外の駐屯地は霧により敵の接近に気付くことが出来ず、奇襲を受け壊滅状態です」

 

 若手の軍幹部がパタジンに報告をしていると、魔力通信士が声を上げる。

 

「緊急! 第17監視塔崩壊!」

「なっ⁉︎ 城壁はどうなった‼︎」

「第1城壁は……監視塔付近が崩れ落ちたとのこと!」

 

 城壁に穴が開いたことを知り、パタジンは唇を噛む。

 

「……現在投入可能な戦力は?」

「歩兵は非常招集中で、警備中隊だけです。騎兵なら、即応騎兵400騎が常時待機しています」

「機動力の高い騎兵が投入できるなら助かる。騎兵400騎は直ちに出陣し、敵を撹乱、城壁に開いた穴に敵を近づけるな! とは言ってもたった400騎だ、無理はするな。軍師は城壁の上から戦いを目に焼き付けろ! 敵の対応を見て弱点を探れ‼︎」

「ははっ‼︎」

 

 

 

 命令を受けた第32騎士団が悲壮な覚悟を決めて出撃しつつある時、料理人のマルイダは料理長のノーレンからお使いを頼まれていた。

 

「いいか、マルイダ。このまま王都の近くに敵が居座ったら、食糧が入ってこなくなる。コナナ商会に行って、塩と小麦の在庫量を聞いてきてくれ」

「はい、分かりました!」

 

 城の裏手にある通用門。警備をしている門兵に声をかけ、門から出て街へと駆けて行くマルイダ。

 その後ろ姿を見送った2人の門兵に、息を切らして走ってきたノーレンが話しかける。

 

「ぜぇ、ぜっ。ま、マルイダはもう行ってしまったかい?」

「おう、ついさっきだよ。なんか忘れ物か?」

「ああ。竜の酒に支払いがあってね」

「そっか。なら俺が行ってきてやろうか」

「え? いいのかい?」

 

 悪いなぁと言いながら、金の入った袋を門兵に渡すノーレン。

 

「今度また、何か作って持ってくるよ」

「へへっ、頼むぜ!」

 

 機嫌良く歩いて行く門兵を見送り、ノーレンはもう1人の門兵に言う。

 

「1人で警備に立ってても退屈だろ? 俺が見てるから、タバコでも吸ってきたらどうだい?」

「あー、頼めるか? 実はさっきから吸いたくってよう」

「なはは。何かあったら叫ぶから、聞こえる場所にいてくれな?」

 

 もう1人の門兵も、嬉しそうに持ち場を離れていく。

 

「ふふふ」

 

 ノーレンは日頃から門の警備に差し入れをしたり、話しかけて5分10分立哨を代わってやったりして信頼関係を築いていたのだ。

 そのノーレンが合図すると、城に近い路地から斑模様の服を着た男達が通用門に駆け込む。

 

「入って左、50m先を右。ワイバーンの飼料庫だ。今日はもう誰も入らないよ」

「了解」

 

 男達の1人と短く言葉を交わし、ノーレンの仕事は終わった。

 

「さて、次の職場を探さないとなぁ」

 

 料理人のフリをしているクワ・トイネ公国の送り込んだスパイは、門兵が戻って来るまで警備しているフリを続ける。

 

 

 

 スパイの手引きによりオメガチームはハーク城内に潜入した。

 

「しばらくは待機か」

「外の様子が分からないと不安だな……」

「しっ! 誰か来るぞ」

 

 ──ZAC! ZAC! ZAC! ZAC!

 足音とともに、ガチャガチャと鎧の擦れる音が近づく。

 オメガの面々は銃を構える。小松はいつものMP5ではなくM4を持って来ていた。

 王城配置の敵兵は金属鎧に盾、魔法による防御力強化を行うと見られ、5.56mmNATO弾を使用するM4カービンが選択された。

 だが、末次は使い慣れた89式を選び、江須原はやはりM1100だ。

 

「行ったか」

「ああ……」

 足音はワイバーンの飼料庫の近くを通り過ぎ、そのまま遠ざかって行った。オメガチームは緊張を弛める。

 

「なあ江須原、そいつは何だ?」

 

 小松が江須原の顔を指差して訊ねる。江須原は目の穴だけが開いた金属製の黒いマスクを被っていた。

 

「コレか? 防弾マスクだよ。45口径までなら弾ける」

「息苦しくないか? それに蒸れるだろ」

「息苦しいし蒸れるし、視界も狭くなるよ」

 

 どうしてそんなモノを好き好んで装着しているのだろうか。

 

「だけど、着けてると撃つ時に気が楽なんだ」

「そっか……」

 

 

 

 

 昼頃。即応騎兵を撃退されたロウリア王国王都防衛部隊は、重装歩兵を密集隊形で前進させたが機関銃の弾幕の前に1人を除いて全員が戦死。戦い方を切り替えて散開して人海戦術を取った。

 竜騎士団の生き残り、アルデバランと新米竜騎士ターナケインはなるべく目立たないようにひっそりと飛び立つ。

 

《いいかターナケイン、低く飛べ。妙なヤツが出て来たぞ》

「分かりました!」

 

 散開したロウリア兵に対処しようと飛来した陸上自衛隊の攻撃ヘリ10機に対し、2騎の竜騎士は匍匐飛行で接近する。

 

 アルデバランとターナケイン、そしてワイバーンたちは本能的に敵より高く飛ぶのは危険だと感じており、地を這うように飛んで下方から忍び寄り、射程距離に入り次第敵の頭を押さえ、導力火炎弾を撃つ。

 

「今だッ!」

 

 2人の竜騎士は編隊から少し離れた1騎に狙いを定めると、相棒のワイバーンを上昇させ攻撃を仕掛ける。

 

《貰った!》

 

 敵騎の頭を押さえ、アルデバランの駆るワイバーンが火球を吐き出す。

 命中確実。そう思われた奇襲の1撃目だが、攻撃ヘリの巧みな機動で躱された。しかし、その回避される可能性すら織り込み済みだ。

 

「化け物どもめ‼︎ コイツを喰らえ‼︎」

 

 回避行動で体勢を崩した敵騎にターナケイン騎の導力火炎弾が直撃する。鼻先に着弾した火球が派手に炎を撒き散らす。

 

「やったァ‼︎ 命中! 命中!」

 

 ターナケインは敵騎撃墜を確信して喜ぶが、そこにアルデバランの声が響く。

 

《ターナケイン、下だ‼︎ 魔光弾がくる‼︎ 回避しろ‼︎》

 

 地上の敵魔導師が放った誘導魔光弾。煙の尾を引くモノと引かないモノが複数、ターナケインとワイバーンに迫る。

 

「ダメだ、振り切れない! 助けてくれ!」

 

 急旋回で躱そうとするが、光弾は向きを変えて追尾する。咄嗟に助けを求めてしまった。

 

《──待ってろ、ターナケイン》

「え?」

 

 アルデバランの乗騎がターナケインたちと光弾の間に割って入った。

ZUMM!

 光弾に貫かれ、アルデバランとワイバーンは千々に引き裂かれる。

 

「うわぁぁぁ! アルデバラン隊長──‼︎」

 

 地上からも攻撃される危険性、頼れる上官を失った悲しみ、たった1人残った孤独感。ターナケインの()()()が縮み上がり、手綱を握る手がガチガチに固まる。

 しかしそれでも、逃げる事はしない。

 

「よくも隊長を‼︎ みんなを‼︎」

 

 復讐に燃えるターナケインは相棒を限界まで加速させる。幸運なことに敵騎はアルデバラン騎の爆発に気を取られているのか、ターナケインも撃ち落とせたと思っているのか、明後日の方向に顔を向けている。

 ターナケインは絶好の機会だと判断し、すでに発射準備に入っていた導力火炎弾の発射を指示する。

 

「発射ぁぁぁ‼︎」

 

 ワイバーンが火球を吐いた。回避も間に合わない必中の軌道だと、ターナケインは勝利を確信して目を凝らす。

 

「な……何ッ⁉︎」

 

 同時に敵騎から放たれたブレスが火球を貫き、そのまま連続してターナケインの乗騎に着弾。ワイバーンの厚い表皮が何箇所も穴を開けられて血飛沫を撒く。

 ターナケイン自身には運良く当たらなかったが、相棒がもはや助からないことは明らかだった。

 

「ちくしょう……ちくしょう……‼︎」

 

 飛竜の高度が下がる。落ち行く彼は上空に視線を向け、敵騎の土手っ腹に導力火炎弾が着弾するのを見た。

 

「相討ち……か」

 

 飛行魔法が切れたのか落下速度が急激に増し、地面が近づく。相棒は最後の力を振り絞り、ターナケインだけは死なせまいと翼を広げて羽ばたいた。しかし力は残っておらず、荒涼とした大地に派手に叩きつけられる。ワイバーンの墜落に土煙が上がり、命綱が千切れたターナケインは地面を転がった。

 

「ぐえっ‼︎ く、くそっ……体が動かない……」

 

 竜騎士団が束になっても敵わなかった相手の、種類は違えど1騎を協同撃墜し、1騎と相討ちに持ち込んだのだ。大戦果だ。それで溜飲を下げるしかないと上空を見上げた彼は、我が目を疑った。

 

「う、嘘だろ⁉︎」

 

 倒したと思った敵が、僅かに白煙を引きながらも空を飛び、味方の兵にブレスを放っている。慌てて数を数えてみるも、10騎全て揃っている。

 ターナケインは絶望に打ちひしがれる。

 

「なんて敵だ……これでは勝てる見込みがない……」

 

 彼はまだ無事だった魔力通信器で、見たままを防衛騎士団司令部に報告した。

 

 

 

 ロウリア王国の王都防衛隊、その重装歩兵の最後の1人となったスワウロは、古の魔法帝国で作られたと伝わる盾を構えて前進を続けていた。

 重装歩兵の仲間はことごとく倒れたが、ご先祖様が大枚はたいて買った盾のおかげで生き残っている。そして、友軍もなんとか敵との距離を詰めている。

 このまま行けば敵に手が届く。そう思って次の一歩を踏み出すスワウロだが、踏みしめるはずの地面が無かった。

 

「あっ⁉︎」

 

 乾燥した大地の、涸れ川か何かにスワウロは転落し、しかしそれは不運ではなく幸運だった。

 次の瞬間、辺りを猛烈な爆発が覆いつくす。火山の噴火を思わせる、広範囲にわたって連続する爆発。その範囲にいた兵士は薙ぎ払われ、土煙が晴れると壊滅的な被害を受けた惨状が露わになる。

 

 

「撤退‼︎ 退け、退けー!」

 

 日本国陸上自衛隊第7師団の特科連隊の支援射撃は、ロウリア王国王都防衛隊に恐怖と絶望を植え付けた。

 身動きの取れないスワウロは、溝の底で友軍の退却令を聞いて絶望した。

 

*1
城壁に取り付いた敵を左右から射撃するための矢狭間等をもつ塔

*2
第7師団第71戦車連隊本部管理中隊通信



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明け空告げる

 

 ────中央暦1639年9月1日 夜

 ロウリア王国 王都ジン・ハーク

 

 太陽が地平に沈み、空が暗い赤に染まる。

 残照が消える前に、城壁の上では松明が焚かれる。辺りが闇に包まれる頃、赤々と揺れる松明の炎が悲嘆に暮れる兵たちの顔を照らしていた。

 

 総力を挙げた王都防衛隊の突撃は、敵に手が届かない位置で粉砕された。撤退命令が即座に出されなければ、確実に部隊消失していただろう。

 兵の中には、敵のあまりの強大さに恐怖して泣き出す者、負傷の痛みに呻く者が多数いる。

 

「うぅッ、なんで俺は軍人なんかになっちまったんだ……」

 

「とどめを……とどめをくれぇ〜」

 

「俺は病気なんだ! 家に帰してくれ……!」

 

「おい、なんか言えよ! くそ、コイツも死んだ!」

 

 ロウリア王国の従軍治癒魔導師プシロキベは、助手のケイと共に広場に並べられた負傷兵の治療にあたる。

 

「ダメだ、鎧が肉に食い込んでいて脱がせられない。傷も矢傷に似ているが深過ぎる。こんな傷、初めてだ」

「先生、私は何をすれば?」

「……ケイ、医術師の学ぶべき事はここにはない。君はもう休みなさい。後の処理は私がする」

 

 銃創や弾片による傷はプシロキベも初めて見る物で、当然ながら治療ノウハウは無い。

 鎖帷子が肉体の中に入り込んでいたり、変形した板金鎧を脱がせることも難しい。

 苦しむ兵にしてやれることは、慈悲の一撃をくれてやることだけだった。

 

 

 

 将軍パタジンは緊急作戦室で軍師や軍幹部を集めて会議を行う。

 王都の外にいる敵は日本軍だと考えられる。

 ビーズルや西方配置部隊からの救援は大急ぎで準備を整えているが、到着まで時間がかかる。それまで時間を稼がなければならない。そして、味方が到着しても昼間の戦闘の繰り返しになるだけという懸念がある。

 

「奴らに、日本軍に打撃を与える方法は無いのか? 救援が来ても、攻撃が届く距離まで近づくことができなければ、話にならぬ」

 

 パタジンの言葉に居並ぶ軍幹部は黙り込む。

 

「将軍、私が行きます」

 

 細い吊り目で、キツネのような顔の防衛騎士団第3騎兵大隊長カルシオが手を挙げる。

 パタジンの右腕とも称され、知将と名高い彼が率いる2千騎は即応力が高く、南の城門を守っていたので被害も受けていない。

 

「策はあるのか?」

 

 パタジンが心配気味に尋ねた。

 カルシオは多大な功績を挙げてきた男で、パタジン自身も何度も助けられてきた。むざむざ失いたくない戦友なのだ。

 

「いかに強き兵でも休みは必要なもの。夜は休んでいるでしょう。我々の兵は夜目がききます」

「夜襲か」

「はい。暗闇に紛れて奴らを奇襲し、機動力を生かして敵に打撃を与え、離脱いたします」

「ふむ……」

 

 パタジンは考え込み、首を横に振る。

 

「将軍?」

「ダメだ、カルシオ。奴らは昨日の日没まではいなかったのに、今朝には布陣を終えていた。そして、霧の中でも同士討ちなどせず王都外部駐屯地を蹂躙し、見えない位置から防衛隊に魔導を正確に撃ち込んだ。闇夜、霧中、遠方を見る術があると考えた方がいい」

 

 夜間戦闘力でも明らかに負けているとパタジンは推測した。

 

「しかし、隙ができるとしたら大勝に浮かれている今夜しかございません」

「いや、逆に夜襲を誘って罠にかけるくらいするかもしれん」

「ですがそれでは────‼︎」

 

 意見が交わされる中、伝令が作戦室にやって来る。

 

「治癒魔導師、プシロキベ様が相談したい事があると……」

「む、そうか。入室を許可する」

 

 負傷兵の血に染まった術衣を着たままのプシロキベは、入室早々にパタジンへ状況を告げた。

 

「苦しんでいる彼らの命を繋ぎ止める手立てはもう無い。我々の手で慈悲を与えるか、敵の慈悲に縋るか、だ」

「プシロキベ殿、それは────」

「ふん、町医者風情が」

 

 ヤミレイが毒吐(どくつ)くのを、参謀が宥めている。王宮主席魔導師にして攻撃魔導の権威、ヤミレイはプシロキベとは仲が悪い。

 

「ふん。飛竜や火矢で代用できる魔導にしがみつく大道芸人が何か言ったか」

「なにを‼︎」

「お2人ともおやめ下さい‼︎」

 

 掴み合いのケンカが始まりそうになり、パタジンとカルシオは協力して2人の偉大な魔導師を引き離す。

 パタジンは、やはりカルシオは失ってはならない戦友だという思いを深める。

 

「それで、プシロキベ殿。敵の慈悲に縋るとは?」

「決まっている。敵はあの攻撃による負傷を治癒する術を持っているやもしれん。私は負傷兵と共に敵に降る」

「なッ⁉︎」

「そんなことが許されると⁉︎」

 

 ざわつく参謀や軍幹部を、プシロキベは睨みつける。

 

「では苦しむ兵が治療もされずに放置され、その光景を見た者達が勇敢に戦うと?」

「ぐっ」

 

 沈黙が場を満たした。

 

 

 

 

「よろしかったのですか?」

 

 王城のバルコニーから外を……プシロキベが向かっているだろう敵陣の方向を眺めているパタジンの背に、カルシオが尋ねた。

 腕の良い治癒魔導師が敵に降るのは、とんでもない痛手である。しかし、傷病兵を治療すらできずに死なせるのは士気に響く。

 

「これから救援到着まで籠城しようというのだ。負傷兵を死なせて士気が下がるよりは、敵に降らせた方が食糧の消費も抑えられるのでマシだろう」

「はい。……それにしても、治療の対価として亜人奴隷を差し出すとは。よくあの人数を集めましたね」

「うむ。魔力量の多いエルフに治癒系魔法を覚えさせ、力の強い獣人は外科手術の際に患者を抑えつける……道具として確保していたのだと言ってはいたがな」

 

 介添えとしてプシロキベが集めてきた亜人は傷病兵280名余に対して300名ほど。そのうち100名はプシロキベが囲っていた亜人だった。

 彼は、去り際にパタジンに言った。

 

『私とヤミレイ殿の仲が悪いのを見ても分かるように、王国は全員が全員同じ考えや価値観を持っているわけではない。王陛下の意に沿わない行いをする者も多い』

 

 暗に、王命に背いて亜人を匿っている者がいるという忠告をしたのだ。

 

「もっと早くに、話をしているべきだったか」

「将軍……ん?」

 

 Piiiiii──

 微かな音が聞こえたような気がした。

 

 

 プシロキベ達は傷病兵を連れて投降することを魔法通信で通知し、ゆっくりと自衛隊陣地へと進む。

 王都防衛隊を動揺させないように、松明など持たない闇夜の行進はひどく遅い。

 敵陣まで2kmほどの位置まで来たその時、風切り音が聞こえた。

 

 PAM!

 突如、漆黒の闇が真昼のように晴れ渡る。

 闇に紛れていた負傷兵と亜人、約600名は突然出現したいくつもの太陽によって王都城壁上からでも目視できるほどはっきり照らし出された。

 

「なんだ⁉︎ まさか、太陽を作り出したのか⁉︎」

 

 太陽を作り出す魔法など聞いたことがない。プシロキベは眩む目を必死に凝らして明かりの元を見上げる。

 

「なんと美しい──zip!──ぐッ‼︎」

 

 事前に通報し、エルフや獣人を連れた自分達を、クワ・トイネに味方して参戦した日本国は攻撃しないだろうという可能性に賭けたプシロキベ。

 しかし日本国自衛隊は魔法通信機器を保有しておらず、彼らを夜襲を仕掛けに来た魔導師と誤認して射撃を開始した。

 

 

 

 

 パタジンとカルシオは唖然として闇夜に現れた太陽を見上げた。

 

「将軍、アレはいったい……」

「何という敵だ」

 

 2人が敵の異常性を再認識したとき、轟音が鳴り響いて城門から大きな煙が上がる。

 ZUMM! GOMM!

 

「くそっ‼︎ 今度はなんだ‼︎」

 

 吼えるパタジンに、息を切らして走ってきた魔力通信士が報告する。

 

「将軍! 敵の攻撃です! 北側城壁の、第1、第2、第3正面城門が破壊されました‼︎」

「じょ、城門が全て破壊されただとぉ⁉︎」

 

 パタジンの声が裏返る。敵は今夜の内に全てを決着させるつもりなのだ。

 

「すぐに城門周辺に兵を集結させよ‼︎ カルシオ、前線指揮を頼む! 日本軍が雪崩れ込んでくる可能性があるぞ‼︎」

「分かりました‼︎ ただちに向かいます!」

 

 カルシオは兵を引き連れて北側城門に向かう。

 パタジンは他の部隊にも北側城門に兵を集めるように命令を下した。

 

 

 

 ──1時間後 王都ジン・ハーク

 

 戦車の120mm滑腔砲から放たれた砲弾は3重城壁の城門を貫通し、登り坂となっている王都中央道路に深々と穴を開けた。

 穴を穿たれた門扉は派手な音を立てて倒れてしまい門の役割を果たせず、穴を塞ぐためにかき集められた兵が戦々恐々としながら守備についている。

 

 その光景を俯瞰している者達がいた。

 

「陽動は成功したようだな。ロウ……武装勢力の大半は、第7師団に釘付けだ」

 

 漆黒の闇の中、王都上空を第1空挺団と警視庁警備部警備第一課の特殊部隊SATを乗せたCH-47とUH-60が飛翔する。

 

 VAHU! VAHU! VAHU!

 王城上空に侵入した自衛隊ヘリは轟音と猛烈なダウンウォッシュを振りまく。

 降下地点に定められた王宮広場上空まで移動したヘリはホバリングし、城内警備にあたっていた近衛隊にドアガンの射撃を浴びせた。

 

 

 

 ──TATAM! PAPAPAPAM!──

 城内に残っていた魔導師たちも、敵の侵入に気付いて移動を開始していた。銃声の鳴る方へ向かう者。ヘリを攻撃しようと広場や高所へ向かう者。

 主席魔導師のヤミレイは見張り塔に登り、最上階の窓から王宮広場を見下ろした。

 広場には風車を2つ乗せた船のような物が居座り、口から人を吐き出している。

 

「なんと面妖な!」

 

 空を飛ぶ船。まるで神話に出てくる神の舟ではないかと驚愕しつつ、窓から杖の先端を突き出して呪文の詠唱を始めたヤミレイだが、殺気に気付いて魔法の防壁を展開する。

 ──BAM! zip zip CHUEEENK!

 防壁に小さな礫がいくつも当たり、部屋の中を跳ね回る。

 

「むおッ‼︎ 今のはいったい────⁉︎」

 

BAOM!

 次の瞬間、窓から飛び込んだ12ゲージグレネードの爆炎がヤミレイの視界を真っ赤に染めた。

 

 

 

「こちら104、高いところは黙らせたぞ」

「オメガ18。テラスも制圧した」

 

 ヘリを攻撃するために展開した魔導師はオメガの働きにより排除された。

 

「ロケットで吹き飛ばしたら楽なのに」

「塔が崩れたら周囲に被害が出るだろ。こちら18。7、どうだ?」

 

 

 オメガ7こと小松は少々苦戦していた。

 城内は入り組んだ構造になっていて、要所要所に隔壁が設けられており、そこを守る兵は勇敢で精強だ。

 

「ウォォッ!」

「うるせェ!」

 

SHVOVOVO!

 装飾された柱の影から剣を腰だめに構えた兵士が飛び出したが、小松にあっけなく射殺される。

 

「この先はなんだ?」

「黒塗りエリアだよ。何があるか不明だ」

「チェ。俺たちばっかり厄介なトコに突っ込まされるんだからよォ」

 

 間取りが不明な区画で、武器を持っていなくても火球や氷の槍を飛ばしてくる敵と戦わなくてはならない。

 

「田中、ドアを吹っ飛ばせ」

「了解」

 

PAM! ──BAOM!

 区画を仕切る扉を破壊し、いざ進もうとすると、廊下の先から火の玉が飛んでくる。

 

「あぶねェ‼︎」

 

 VO-!

 柱の影に身を隠して魔法を避けた小松に対し、敵魔導師が叫ぶ。

 

「お前たち何なんだ⁉︎ 魔帝軍か‼︎」

「うるせェ、黙って死ね!」

 

 小松、そして後ろから平岡が廊下の先に手榴弾を投げる。爆発。呻き声が微かに聞こえる廊下の先に小松達は進む。

 ローブを着た魔導師が数名、血塗れになって倒れ伏していた。

 

「ざまぁみろ。空挺の連中、さっさと終わらせてくれねぇかな」

「SATも一緒だからササットってか?」

「つまんねーぞ」

 

 

 

 

 ハーク城4階、王の間で警護に就く近衛隊隊長ランドのもとに、侵入してきた敵歩兵の鬼神のごとき強さが報告され続けていた。周囲にはランド直属の第零近衛隊と、魔力通信士数人、それから非戦闘員のメイドが2人控えている。

 

 王の間に設置した作業台の上には魔力通信器が数台並び、矢継ぎ早に入ってくる内容を読み上げていた。

 最初は内容を理解する前に淡々と読み上げていた彼らだが、徐々に報告の数が減り、状況を理解する時間ができてしまうと声色に怯えが混じり始める。

 

「第2、第3と通信途絶。全滅した模様です」

「魔導師隊と連絡が取れません」

「第1近衛隊が謁見の間の前で接敵します」

 

 謁見の間を突破されたら、次はこの王の間、そして王が避難している緊急控え室しかない。

 

「この進軍速度では援軍は間に合わぬな……」

 

 ヘリの降着後すぐ、ランドはパタジンに援軍を要請したが、北側城門に移動した兵を戻すには時間が足りない。

 

「そうですな。いかに時間を稼ぐかでしょう」

「第1近衛隊は全滅した模様。謁見の間は敵の制圧下に入りました」

 

 精鋭第1近衛隊でさえも、あっさりとやられてしまった。このままでは時間稼ぎすら出来ないと考えたランドは、非常手段を採る。

 

「第零近衛隊は柱の影に身を潜めろ! 私が指示するまで姿を出すな‼︎ 私が敵と話をする‼︎」

 

 ランドはパタジンが送ったはずの援軍到着まで、どうにかして時間稼ぎを試みる。

 王の間は広く、謁見の間から続く扉を正面にして、左右に人を3人くらい隠すほどの大きな柱が立ち並ぶ。

 

「押すなよ、はみ出しちゃうよ」

「こっちだって危ねェんだ」

 

 第零近衛隊全員がどうにか姿を隠し、影でバレないように灯火を最低限だけ残して消していく。

 

「念には念を、か。おい!」

 

 ランドは待機していたメイド2人を呼びつけ、謁見の間と王の間を繋ぐ扉から5mほどの位置に並んで立つように指示する。

 メイド2人に拒否できるはずもなく、恐怖に震えながらもランドの指示に従った。

 

 やがて、謁見の間から王の間に続く扉がゆっくりと開かれた。僅かに開いた扉から、王の間の様子を窺っているだろう敵に、ランドは話しかける。

 

「やあ皆さん、よくぞいらっしゃいました。近衛隊の隊長を務めております、ランドと申します。……私の話を聞いていただけませんか?」

 

 しかし、それに対する返答はなかった。

 代わりに、カランコロンと音を立ててランドの足元に何かが放り込まれる。

 

「筒?」

 

 手紙か文書を中に入れる竜騎士の通信筒にも似たソレを、ランドは注視してしまった。

 ──FOMM!

VOMM!

 強烈な閃光と轟音により、ランドとメイド、柱の影に隠れていた第零近衛隊は敵の姿を見る前に無力化された。

 

 

 

 

 ────王の控室

 

 ハーク・ロウリア34世は震えていた。

 

 服従と言っていいほどの屈辱的な条件を飲んで受けることができた列強の支援。そして6年もの歳月をかけて列強式教育で育て上げたロデニウス大陸を統一するための軍隊。

 資材も国力のギリギリまで投じ、数十年先まで借金をしてようやく作った軍で、念には念を入れ、石橋を叩いて渡るかのごとく軍事力に差をつけた。

 圧倒的勝利で勝つはずだったが、日本とかいうデタラメな強さを持つ国の参戦により、育て上げた軍のほとんどを失った。

 

 当初、国交を結ぶために訪れた日本の使者を、丁重に扱えば良かった。もっとあの国を調べておくべきだった。

 北東海域の新興国家? ワイバーンのいない辺境国? 蛮族の寄せ集め? とんでもない。

 列強国パーパルディアから借り受けた竜騎士が手もなく捻られる、軍事超大国ではないか!

 こちらの軍は壊滅的被害を受けているのに、相手は、日本人は1人も死んでいない。

 とてつもない戦力比だ。文明圏の列強国を相手にしても、ここまで酷い結果にはならないだろう。

 悔やんでも、悔やみきれない。

 

 敵は、もうそこまで来ている。

 王都上空を我が物顔で、羽虫のような物体が飛びまわっている。

 ワイバーン部隊も全滅し、もう、どうしようもない。

 

 TATATAM……TATATAM……KTOWKTOWKTOW……

 

 連続した聞きなれない音が、乾いた音が城の中で聞こえる。

 近衛兵の悲鳴が聞こえる。

 

 BAKO──!

 

 扉を蹴破って、緑色の斑模様の奇妙な軍勢が雪崩れ込んでくる。

 その中に、紺色の服を基調とした兵が混じっていた。

 手には魔法の杖のような物を持ち、剣は帯びていない。どうやら全員魔術師のようだ。

 王の脳裏に、古の魔法帝国軍────魔帝軍の御伽噺が浮かぶ。

 

「ま、まさか……古の魔法帝国か⁉︎」

 

 恐怖に震えながら尋ねたハーク・ロウリア34世に、紺色の服の1人が歩み寄る。

 

「魔法帝国というのは存じ上げませんが……。日本国警視庁の青木といいます。ハーク・ロウリア34世ですね? あなたはクワ・トイネ公国のギムにおいて、大量殺戮を指示した罪で逮捕状が出ています。逮捕状は別の者が持っており、今ここには無いので緊急執行しますね。後で見せます」

 

 ロウリア王の両手に手錠がかけられた。

 

 

 

 

 ────第三文明圏近郊 シオス王国

 

 フィルアデス大陸の南方、ロデニウス大陸の北、両大陸の中間にある文明圏外国家の島国、シオス王国は貿易で栄えている。

 その王城に緊急の報せがもたらされた。

 

「大変です‼︎ 大変です王様‼︎」

「何事じゃ、そんなに息を切らして」

 

 謁見の間に文官が息を切らして転がり込み、その礼式を無視した行動から、王はなんらかの緊急事態が起きたのだと判断した。

 

「我が国最大の貿易相手国、ロウリア王国が、負けました‼︎ ロウリア王は虜囚の身となったものと‼︎」

「……は?」

 

 呆けたような声を出した国王に、文官が再度告げる。

 

「ですから、ロウリア王国が負けたのです‼︎」

「バカな! あれだけの戦力を持ったロウリアがか? パーパルディアからの支援まであったはずじゃ!」

 

 この数年は、シオス王もロデニウス大陸の成り行きを気にして注視していた。勢いを増すロウリア王国に対し、クワ・トイネ公国とクイラ王国では対抗出来ないのは第三国から見ても明らかだったのだ。

 

「それが、日本国の介入によってロウリア王国は手も足も出ず敗北したと、現地の外交官が申しております」

「日本国じゃと? そんな国は知らんぞ」

「どうやら新興国家らしいのですが、外交官によるととんでもない力を持っているようです。商人と、クワ・トイネ公国からの情報では、列強並みの国とか‼︎ 王様、すぐに使節を派遣し、国交の樹立を視野に入れた調査をするべきです‼︎」

 

 興奮した様子で語る文官に、シオス王は落ち着くように言う。

 

「冷静になるのじゃ。もしもパーパルディアのような国じゃったなら、薮蛇になる可能性があるぞ」

「それはそうですが……。最大の貿易相手国のロウリア王国が日本国に敗れました。どのみち、日本国とは接触せねばなりません」

「わかった。とにかく情報収集からじゃ。クワ・トイネにも人を()れ」

「承知いたしました」

 

(友好的な国だとよいのじゃが……)

 シオス王は、日本国への対応についてしばらく頭を悩ませることになる。

 

 

 

 

 ────パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 一国の姫君が住むには少々寂しい印象を受ける屋敷。その一室で、皇女レミールは侍女を傍らに控えさせ、美しい鉱石を見ていた。

 魔力を通すと、魔石は淡く輝いて澄んだ音を響かせる。

 

「いい音色だろう?」

「はい。いい品なのですか?」

「ふふっ。アルタラス産の高純度魔石塊、かなりの値打ちがある。国家戦略局、文明圏外国担当部の南方担当課長、イノスの家が売りに出した魔石だ。よほど金に困っているようだ」

「はー、なるほど。ロデニウスでの工作は資金回収の目処すら立たないのですね」

 

 侍女はエプロンのポケットから数枚の紙を取り出してレミールに渡す。

 

「妹にゴミ漁りをさせてしまいました。これはそのものではなく写しです」

「筆跡も真似たものか?」

「そこまではしておりません」

「そうか。ふむ……」

 

 そのゴミ──ヴァルハルの報告書──の内容を読み、レミールはこめかみに手を当てる。

 

「こんな国が本当に存在するのか? 我が国の工業都市デュロの目と鼻の先に?」

「転移国家というのが真なら真、嘘なら偽報でしょう」

「そうだな、そこが根本だ」

「第3外務局の職員によると、窓口にそれらしき集団が来ていたそうです。どこに宿泊しているかはすぐ調べられますが、呼び出しますか?」

「……いや、会ったところで私のような世間知らずの小娘では、海千山千の外交官の相手になるまい。情報だけ集めておくように頼む」

「承知致しました」

 

 侍女は深々とお辞儀をして退出する。

 レミールは皇国の優位性を崩しかねない強国の出現に、頭を悩ませる。

 

 

 

 

 ────ロウリア王国 王都ジン・ハーク

 

 援軍を連れて引き返して来たカルシオに敗北を告げたパタジンは、夜が明けると日本軍の陣地に向けて出発した。

 王から下賜された鎧も剣も、全て作戦室に置いて来た。王はもう居ないのだ。

 パタジンは、降伏交渉の為に重くなる足をどうにか動かして前へ進む。

 

 

「意識はあるか! 怪我は⁉︎ 無い? よーし、じゃあ帰った帰った! 次‼︎」

「佐渡先生! 血液増量剤が届きました!」

「魔力が尽きる前に休憩所へ行け! 処置室で倒れるな!」

 

 重装歩兵のスワウロは、白地に赤い十字の描かれた天幕から追い出されて歩き出した。

 武器も取り上げられておらず、不思議な気持ちで彼は自宅に向かう。

 

 陸上自衛隊第7師団の包帯所では医官と治癒魔導師やエルフが、投降したロウリア兵の治療にあたっている。

 自衛隊はプシロキベ達に対して誤射したが、すぐに気付いて射撃中止したために被害は少数の怪我人だけで済んでいた。

 

「私も治療に……」

「先生は寝ていて下さい! お腹に穴が開いてるんですから!」

 

 敵陣で治療を受けている味方兵士の姿を見て、そして頭上に翻る日の丸を見上げ、スワウロは負けた事を実感するのだった。

 

 

 

 

 ────数日後 クワ・トイネ公国 政治部会

 

「────というわけで、ハーク・ロウリア34世は日本国に捕らえられました。ロウリア王国は王を失ったことで不満分子を押さえきれず、国内問題を押さえることに全力を挙げています。現在は国外へ派兵する余裕もなく、日本国自衛隊が一部で治安維持活動を行なっています。国境付近にすらロウリア王国軍はいません。クワ・トイネ公国とクイラ王国は救われました」

 

 場がどよめく。当初は日本国の国力を疑問視していた議員たちは沈黙し、大多数が親日家となった瞬間だった。

 

「ロウリア王国の残存兵力は?」

「元々の人口が多いため、まだ40万人以上残っていますが、これは各諸侯が出し合った総兵力ですので、各諸侯が対立を始め、領地の治安維持もしなければならないため、この兵力が国外に向くことは現状ではありません。本戦いでのロウリア王国軍の被害は、竜騎士団がほぼ全滅し、騎兵、歩兵も多数の戦死者を出しています。海軍につきましては、軍船がほぼ壊滅していますが、水夫や水兵は9万人近く残っています。……兵数では圧倒的ですが、ロウリア王国軍は日本軍に対してトラウマを抱えた模様で、同盟国である我が国を再び侵略する意欲は今のところないようです。諸侯のいくつかは関係改善の書面を送ってきております。それから……民間人の死者はゼロです」

 

 軍務卿が長い報告を終える。

 首相のカナタが手を挙げ、ゆっくりと発言を始める。

 

「いずれにせよ、我が国は助かった。これは喜ぶべきことである。日本国とは、友好関係を続けたいものだ」

 

 クワ・トイネ公国への攻撃から始まったロデニウス大陸の戦争は、日本国の介入により終結を迎えた。

 

 

 

 

 ────日本国 東京都 防衛省

 

 統合幕僚長、斎藤三弥は佐藤から報告を受けていた。

 

「……それで、護衛艦が何か掴んだって?」

「はい。『みょうこう』が傍受した電波情報の表があります」

 

 佐藤は複数日に渡る図表を出した。

 

「米軍と我が国以外に、ジン・ハークから電波を発信していた者がいます。それも、定期的なものと我々の行動の直後と、です」

「北の方でも電波を受信しているな。周波数は違うが、波形は同じか」

「つまりこの誰かさんは、我々の行動を監視し、何か中継装置を使って遠方に伝えていたわけです」

「何かあるぞ。もっと情報を集めんとな」

 

 オメガの活動はまだ終わらない

 




なぜ、ロウリア王国を完全占領しないの?
 ──占領地を維持できるだけの数が自衛隊にはないから。

 ──ついでに、クワ・トイネ公国とクイラ王国、ロウリア王国の三ヶ国がまとまった場合、ロウリア王国人が最も数が多い。そうすると、『長年の亜人差別が抜け切っていない』『日本に恨みを持つ』者達が多数派を占めることになってしまう。民主主義という多数決で、日本に対し輸出制限を議決とかされると非常に困るのだ。
 だから、日本としてはロウリアはクワ・トイネ公国やクイラ王国を脅かす存在であって欲しい。

 と、いうわけで本作の日本は治安対策名目でロウリア共和国への軍事支援を行っていきます。

オリキャラ紹介
「プシロキベ」と「ケイ」
 ──医者ということで、スーパードクターK→ドクターケー→ドクタケ、ケー、→毒茸で検索したら出てきた「プシロキベなんちゃら」と「ケイ」に。
 初期の案ではプシロキベ以下投降しようとした全員が原作通り殲滅され、師の報復に燃えたケイが医療技術の習得名目で日本に入国。後に東京でテロを起こし、居合わせたイーネとミーリを巻き込んでオメガがいつも通り東京でドンパチ派手にやらかす……予定でした。
 パ皇やグ帝に魔帝まで控えてるのに、首都東京で大規模テロとその掃討戦なんかやっとられんわ! っというわけでボツになりました。

 そのうちイーネとミーリ、ルミエスとリルセイド、スダーチェとケイの女子会回とかやりたい。


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閑話:時空法規違反

過去は捨てることはできない。現在は止めることができない。しかし、未来は決めることができる。──小野田寛郎


 

 ────遥か未来 

 

 有機コーティングされたクラシカルな廊下を抜け、マニー少年はおじさんの研究室を訪れた。

 

「おじさん! おじさん!」

「なんだいマニー、また宿題のレポートかい?」

「そうなんだ。地球歴史の宿題なんだけど、21世紀初頭の極東アマゾネス文化と機械兵器の変革を調べたいんだ」

 

 甥っ子の頼みに、頭の半分を機械化しているおじさんは渋い顔をする。

 

「マニー、おじさんはもう歴史に干渉するのはやめたんだ。タイムパトロールに捕まってしまう」

「別に歴史を操作する必要は無いんだよ。見るだけだから、おじさん、頼むよ」

「うーむ。見るだけなら、見るだけだぞ?」

 

 

 

 

 ────西暦20XX年

 

 日本国はある日、その世界で大東洋と呼ばれる海に転移した。

 どこから見て東なのか? 三大文明圏から見て東側である。

 

 日本からすぐ西、対馬からだいたい500kmにはガハラ神国とフェン王国という島国がある。そのさらに西にフィルアデス大陸があり、第三文明圏と呼ばれている。

 フィルアデス大陸の北東には、暗黒大陸──グラメウス大陸──と呼ばれる魔物だらけの陸地が存在している。

 

 

「違うよっ、おじさん。あと300年くらい後さ」

「位相がズレたな。待ってろ」

 

 

 フィルアデス大陸の西、日本から1万kmほどの位置に第一文明圏、いわゆる中央世界があり、世界最強の呼び名も高い神聖ミリシアル帝国や竜人族国家エモール国などの強大国が多数存在する。

 

 

「出たぞ、位相が合った。改造人種による砂漠緑化キャンペーンだ」

「全然違うよ。わかってないなァ、パワーユニットはレシプロエンジンからタービンへの過渡期だよ」

「そうか、違うのか」

 

 

 第三、第一ときて第ニ文明圏は更に西、日本から約2万kmを隔てたムー大陸が第二文明圏である。

 このムー大陸、嘘か真か1万2千年前に異世界から転移したらしく、かつては高度な文明が栄えていたが、日本とは違い転移後の混乱を収拾することができず文明は崩壊。石器時代からやり直し、どうにかこうにか地球でいう20世紀初頭のレベルまできたのであった。

 

 

「これじゃないのかい?」

「うーん、もうちょっと後だよ」

 

 

 

 

 さて、日本は転移危機に際し食料とエネルギー資源を確保しようと動いた。幸運なことにクワ・トイネ公国とクイラ王国という友好的な国家と接触し、資源を輸入することに成功する。

 しかし、物資の輸送を行う船舶や国内の農林水産分野の関係者は、物と同時に環境整備を行うことを求めていた。

 すなわち、通信環境と気象情報の取得である。そして、それには人工衛星の打ち上げが必要不可欠であった。

 日本はロウリア王国との戦争中に、複数の人工衛星を打ち上げている。そして、そのうちのいくつかは表向きの運用目的以外に対応する能力を与えられていた。

 

 そうした人工衛星の1基が、その陸地を捉えた。

 

 ムー大陸からさらに5千km。日本から西へ2万8千kmを隔てた彼方。島というには大きく、大陸と呼ぶには小さな陸地が存在していた。

 

 

 ──グラ・バルカス帝国 通称『第八帝国』

 

 海に浮かぶ鋼鉄の艨艟を目にして、おじさんは驚く。

 

「あれは……木星の海を泳ぐリヴァイアサンかい」

「わかってないな。20世紀中期の戦略級兵器で、戦艦っていうんだ」

 

 マニーは情報端末を取り出してノートを取る。

 

「2次元的な運動を組み合わせて擬似的3次元戦闘が可能なんだ。化石燃料を使うボイラー・タービン機関を持っているんだよ。あの長いパイプが主兵装の大砲さ」

「おじさんだって知ってるぞ。イソロクという探検家が初めて空を飛んで、世界一周最短記録を打ち立てたんだ」

「禁酒法を提案したってことも忘れちゃだめだよ」

「そうそう! 電子ゲームを作ったのも彼だ。それから、あの名言も……エート、なんだっけな」

「『ゲームは1日1時間』だよ、あの中を見せてよ!」

 

 

 ────グラ・バルカス帝国 本国艦隊 第52地方隊 旗艦『メイサ』

 

 オリオン級戦艦『メイサ』を、海軍本部からの書類を携えた大佐が訪れた。第52地方隊──通称、イシュタム──の艦隊司令メイナードは青白い不健康そうな顔に愛想笑いを浮かべて大佐を作戦室に迎える。艦隊司令部の主要幹部達もメイナードの周りに集合していた。

 

「海軍本部からの通達とは珍しいですね。それで、いったいどのような……」

「実は我が国と同じ転移国家らしき国の存在が判明したのだが、その国の情報を分析するために広く意見を聞くことになり────ん? 何か?」

 

 大佐はメイナード達が固まっているのに気付く。イシュタムの幹部が皆一様に、大佐に剣呑な視線を向けているように見えた。

 しかし実際のところは、空間位相が捻れた結果、壁に投影されたおじさんとマニーの歪んだ像に驚いていたのだが。

 

「なんだコイツは⁉︎」

「うぉぉおオラ‼︎」

「衛兵‼︎ 衛兵ッ‼︎」

 

 BUNT! RAKK! SKRUTCH!

 イシュタムの幹部達に筆箱やインク壺、灰皿、椅子を投げ付けられ、おじさんとマニーは慌てて退散する。

 

「消えた⁉︎」

「今のは何だったんだ?」

「大佐、無事か‼︎」

 

 奇妙な影を撃退したメイナードは、床に伏せていた大佐を助け起こした。しかし……。

 

「この腐れ脳みそのゲスどもめ‼︎ 前線でくたばっちまえ‼︎」

 

BLAM!

 立ち上がった大佐はメイナードを殴り付ける。彼の軍服はインクやタバコの灰、壊れた椅子の破片で汚れていた。

 そう、大佐は自分がイシュタムに攻撃されたと勘違いしてしまったのだ。

 

「違う‼︎ 誤解だ‼︎」

「うるさい! このことは報告してやるぞ!」

 

 

 

 

 ──数時間後 グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 海軍本部

 

 華美にならない程度に装飾され、要所を鉄筋コンクリートで堅められた美しくも剛健な建物。その奥深くに位置する会議室では、複数の将官が参加する海軍の方針を固める為の会議が行われていた。

 

「……で、第52地方隊の主要幹部陣が錯乱したという事件だが」

「転移という異常事態が起きているのです。精神的に負荷がかかっていたのでしょう」

「うむ、となると必要なのは罰より休養だな」

 

 イシュタムの人員は特に処罰されず、休暇を与えられる運びとなった。

 

 グラ・バルカス帝国は元の世界、ユグドにおいて、ケイン神王国という国家と戦争状態にあった。その戦局を決定的に勝利に傾けようと、陸海軍の総力を挙げた大作戦を決行するために本国に戦力を集結させたタイミングでこの世界へと転移したため、戦力は十分にある。

 しかし、植民地を失ってしまったため、四方八方へ艦艇を派遣して資源を得ようとしている状況にある。

 そんな状況にあっては人間性に問題があっても、経験豊富な海軍士官を大量にクビにするのはデメリットが大きいと判断されたのだ。

 

 また、イシュタムは素行不良な軍人の掃き溜めのような艦隊であり、そこをクビにされたロクデナシが社会に解き放たれた場合、あまりよろしくない影響を社会に与えることが予想された。

 ついでに言ってしまうと、その素行不良な軍人の中には、箔付けの為に軍に身を置いている政財界の要人のドラ息子が複数人存在していることも少なからず影響している。

 

 

「……まあ、連中のことはいいだろう。それより例の国だ」

 

 海軍本部の高級参謀が話を前に進めるように促し、情報部の士官が報告を始める。

 

「ロデニウス大陸で確認された日本国の兵装ですが、1万t級の重巡洋艦及び5千t級の巡洋艦、さらに空母も保有しているという情報があります。ただ、各巡洋艦に搭載されている砲は80から130mm程度の単装砲で、空母の艦載機はすべて回転翼機とのことです。陸軍に関しては、大口径カノン砲を自走化して運用しているのと、機関銃を車載して配備していることを確認しています」

「固定翼機の情報は?」

「ジン・ハーク上空での制空戦闘において確認されています。こちらがその情報です」

 

 情報部の士官は、現地スタッフから得られた情報と、それを元にした日本機のスペック表を取り出して配る。

 

「速度400kt⁉︎」

「ジェットエンジン? 対空ロケット弾……近接信管使用と思われる……だと……!」

 

 目撃された日本機は()()()()()()()()ワイバーンの3倍ほどの速度で飛行し、ロケット弾を使用していた。

 その速力とロケット弾の項に、将帥の目が引き寄せられる。

 

「これは本当に、いや、推測とはいえかなり正確な数値なのだろう⁉︎」

 

 自軍の航空機を凌駕しているように見える数値に慌てる参謀。しかし、別の参謀は涼しい顔をしている。

 情報部の士官は、そういえばこの参謀は砲術畑の人だったかと思いながら答える。

 

「閣下、この数値はかなり正確な推測です。ですがご安心下さい。日本軍の航空機は弱点だらけです」

「弱点?」

「はい。まず速力ですが、ジェットエンジンを使用していると思われます。この高速を発揮するジェットエンジンという物は燃費が悪く、加速も悪く、タービン翼は高温の排気にさらされますのですぐ壊れます。稼働率は劣悪で、現に目撃された日本機は20機ほどと、少数です」

「おお」

「次に主兵装と思われる対空ロケット弾ですが、威力は確かに高いでしょう、ですがそれだけです。近接信管を作る技術は認めなければなりませんが、我が国はロケット弾より小さくて弾速も速い砲弾に組み込んで運用しているのです。日本国の技術は我が国より一段劣ります」

「おお! なるほど!」

 

 グラ・バルカス帝国の軍部、少なくとも海軍は日本に対し『一部は突出した物があるが、恐れるに足りず』と、判断を下した。

 

 しかし彼らは知らない。

 日本の兵器は砲弾もロケット弾も『よく飛ぶ』『よく当たる』ということを────。

 

 

 

 日本に対する興味を失った会議参加者達は、次の話題に移る。

 

「レイフォルについてだが」

 

 レイフォル────列強国として世界に知られていたムー大陸の国家であったが、グラ・バルカス帝国の戦艦『グレードアトラスター』の艦砲射撃により首都レイフォリアが壊滅的被害を受け皇帝も死亡。無条件降伏してグラ・バルカス帝国レイフォル州となっている。

 

 

 話が前後してしまうが事のあらましを説明する。

 グラ・バルカス帝国は転移によって植民地からの資源供給を失い、国家の命脈を保つ為に必死の努力を行なった。

 武力に物を言わせて奪うべきだという強硬意見もあったが、穏当な手段で資源を得ようという穏健派が議会を掌握した。穏健派の皇族自らが特別顧問として外交団を編成して動いていたので皇帝以外には止められなかった。

 

 その穏健派の皇族ハイラスは、第二文明圏各国との国交樹立を目指してレイフォルに赴いたのだが、まずレイフォルの保護国であるパガンダ王国に話を通すようにと告げられてパガンダ王国へ向かった。そして悲劇が起きた。

 

 パガンダ王国は文明圏の西端にある島国である。この国の国民は西方を文明圏外地と考えており、王族も例外ではない。

 パガンダ王国の王族で外交長のドグラスは、過大な要求をグラ・バルカス外交使節団に突き付け、それに対して抗議したハイラスを不敬罪で処刑したのだ。

 

 皇族を処刑された。しかも不敬罪──グラ・バルカスの皇族がパガンダ王族を敬わないのは罪だということ──でと耳にした皇帝の怒りは凄まじく、数日後にはパガンダは艦砲射撃と空襲により崩壊。

 この一件により穏健派は気勢を落とし、強硬派が多数派となった。

 グラ・バルカス帝国の怒りはパガンダ王国の宗主国であるレイフォルにも向けられ、短期間のうちにレイフォルは征服された。

 

 

 

「降伏後に攻撃してくるような品性下劣な連中です。寛容は必要ないでしょう」

「どちらが上か、しっかりと教育してやらなければな」

「列強と言っても大したことない。他の国も同じでしょう」

「初めから武力でゴリ押ししておれば、ハイラス殿下も失わなかったものを」

「この世界全体に帝国の威光を届かせることで、殿下の無念を晴らそう」

 

 皮肉なことに、穏健派のハイラスを祭り上げることによって強硬派は勢いを増した。

 ハイラスという若者が死んだことで、この世界の平和な未来も死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────中央暦1629年5月13日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント 皇宮パラディス城

 

 国力増強を急ぐパーパルディア皇国は近隣国へ派兵していた。そんな中、戦闘による被害に皇国首脳部は頭を悩ませている。

 会議室の円卓には国の重役が顔を揃え、次の戦争に向けて話し合う。

 第1から第3までの外務局長、外務局監査室2年目のレミール。そして皇国軍最高司令官、統治機構長など、錚々たる面々が居並び、上座には即位して間もない皇帝ルディアスの姿もある。

 

「エドリン国は属領となることを拒否しました。よって、武力制圧する必要があります」

 

 第2外務局長の報告に、まだ少女といっていい年頃であるレミールが尋ねる。

 

「エドリンに侵攻するとして、皇国軍と相手側の被害予測はどれほどになるのですか?」

「彼我の戦力を比較しますと、我が方の被害は1千人以下に抑えられるでしょう。一方エドリン側の死者は、兵と民合わせておそらく3万人以上に上ると推定しています」

 

 その答えにレミールは考え込む。

 皇国の被害は敵に比べれば少ないが戦後補償も馬鹿にならない。それに打ち滅ぼすべき敵とはいえ3万人の人的資源の喪失。

 これでは国力増強どころか、荒れ果てた土地しか手に入らず、支配領域の拡大により軍は分散配置され弱体化してしまうのではないか。

 

 何か別の手立ては無いかと考え、レミールは発言する。

 

「小さな、たとえば数百人規模の町か村を1つ落とすだけなら、被害はどうなりますか?」

「はっ。我が国の被害はおそらく多くて数人、敵側は数十人といったところではないでしょうか」

 

「そうですか……ではエドリンの村を1つ落とし、王に降伏を迫る。聞き入れられなければ、村人を1人残らず惨殺していくのはどうですか? うまくいけば流す血が少なくて済むのでは」

 

 それを聞いて皇帝ルディアスは、笑みを浮かべて大きく頷く。

 

「なるほど、見事だレミール────」

 

 ルディアスに褒められたレミールは嬉しくなり笑顔を向けた。しかし、そこで奇妙な事が起きる。

 

 ルディアスの口は半開きのまま固まり、第2外務局長は座りかけの不自然な姿勢で動きを止め、周囲の将軍も身じろぎひとつしない。

 

「えっ? えッ⁉︎ いったい何なの?」

 

 異常事態に慌てるレミールの背後に、何者かが現れる。

 

「おじさん、だいじょうぶ?」

「イタタ。しまった、慌てて時空間跳躍をしたからおかしな場所に出た」

 

 イシュタムの幹部陣から攻撃された2人が、偶然にもこの場にタイムスリップして来たのだ。

 そんなことはつゆ知らないレミールは突然現れた2人に驚愕する。

 

「あ、あなた達は誰⁉︎ どうやってここに‼︎」

「おじさんです。時間を止めて……空間跳躍しました」

 

 その言葉にレミールは衝撃を受けた。レミールのおじさんといえばルディアスの父、先代皇帝だ。しっかりと顔を見た事は無いが、なんとなく似てる気もする。

 

「お、おじ上様でしたか、しかし何故……まさか!」

 

 レミールは盛大に誤解した。

 死去した先代皇帝が神となり、時を止めてレミールに天啓を与えに来たのだと、かなり都合よく誤解したのだ。

 おじさんが頭の横で手をクルクル回しているのに気付かず、レミールは訊く。

 

「おじ上様、私は恐怖による支配を最も流れる血が少なくなる手段と考えましたが、違うのでしょうか」

「なんか誤解しているようだな……」

「おじさん、適当に話を合わせてあげたら?」

そうだな。よし、ちょっと調べてみよう」

 

 おじさんは端末を操作し、映像を表示した。

 

「恐怖支配は失敗するよ。21世紀のイデオロギー戦争、そして24世紀の人種戦争がそれを証明している」

「こ、これは……!」

 

 飛び交うレーザー、歩行戦車、パワーアーマー。未来の戦争を垣間見、レミールは絶句する。

 

「いいかい、レミール。人は恐い相手に対しては消滅を願う。恐怖による支配は敵しか作らない、誰も彼もが君に悪感情を抱くぞ。見せしめは恨みを買う。1人を殺せば10人の恨みを買うだろう。恐怖や恨みは毒だ、必ず国を蝕む」

 

 遥か未来の戦争を見せられ、神に等しい存在に語りかけられ、レミールは自身が道を誤っていた事を悟る。

 周りの停止している人々を見れば、将軍は薄気味悪そうな目をレミールに向け、第2外務局長は呆れたような顔をしており、ルディアスの目は笑っていなかった。

 

「おじ上様、私は今からでもやり直せるのでしょうか?」

「ああ、大丈夫だとも。何事も自信を持て。ただし慎重に進め。未来は開かれる」

 

 ──WAPP!

 

 適当にあしらわれたとは知らず、時空間跳躍で消える2人を感謝して見送ったレミール。

 時間が再び流れ出し、ルディアスの口が言葉を紡ぐ。

 

「────より効率的で民の苦しみも少ないな」

「あ! お待ち下さい!」

「む?」

 

 レミールはルディアスの言葉を遮ってしまった自分に驚きつつ、発言する。

 

「申し訳ありません。恐怖を撒く支配では、将来に禍根を残すということに思い至りませんでした。ここは別の方法を採用していただきたく」

「別の方法とは何だ?」

「それは」

 

 ルディアスの機嫌が急降下している。それに気付いてレミールは慌てて案を考える。

 

「け、経済的に依存させ、締め付けるというのはどうでしょうか」

 

 

 この後、エドリン王国にはパーパルディア皇国から高品質な工業製品が大量に輸出される。ある物は直接、ある物は第三国経由で。

 しばらく後、パーパルディア皇国はエドリン王国内に工場建設を持ちかけた。エドリン王国政府は反対したが、パーパルディア製品が国民に深く浸透し、自国生産でさらに安く手に入ると考えた民から猛反発を受けてしまった。

 数年後、エドリン王国はすっかりパーパルディア資本に染まっていた。もはや王より商人が力を持っている。

 

 パーパルディア皇国は硬軟織り交ぜて影響力を強めていった。ゆっくりじわじわと、しかし着実に。

 

 

 

 ────エドリン王国への工作開始直後 レミール邸

 

 レミールは中庭で紅茶を飲みながら考えに耽る。

 経済的に支配するというのは時間はかかるが誰も死なないし、攻略失敗したからといって弱味になる事もない。その場の思いつきにしては良い案だと、自画自賛していた。

 カップが空になったので、ベルを鳴らして侍女を呼ぶ。

 お茶のお代わりを持って来た侍女は、レミールに話しかけた。

 

「そういえばレミール様。ロデニウス大陸の動向はお聞きになられました?」

「いや、文明圏外国家は新設の第3外務局の担当だからな……。よほどのことがない限り話も聞かない。何かあったのか?」

「人間種至上主義のロウリア王国が、また隣国に戦争を仕掛けたらしいですよ」

「そうか」

 

 人間種至上主義に正面戦争。なんとも愚かしいことだと考えながら、レミールは相槌を打つ。

 

「しかも、ある街で大量虐殺を行ったらしいです。老若男女関係なく……やはり文明圏外国家は蛮族ですね、なんて恐ろしいことを」

「ふむ。……そうだな」

 

 身震いする侍女の姿を見て、レミールは納得した。

 蛮族が大量虐殺を行った。ならば、パーパルディアが見せしめの虐殺を行った場合、蛮族と同レベルと言われてしまう。

 たしかに、結果として死ぬ人数が減るかもしれない。恐怖で支配すれば、ロウリア王国へ歯向かう他国が減るかもしれない。それが人々の悲劇を少なくする手段なのかもしれない。

 だが、他国が虐殺をしたと聞いた瞬間に、レミールは野蛮だと感じたのだ。

 ミリシアルやムーのように、先進国と心から讃えられたいのならば、そんな野蛮な事はしてはいけないと頭に浮かんだのだ。

 

 そんなレミールの内心を知ることなく、侍女は続ける。

 

「あんな恐ろしいことを平気で実行できるなんて……まったく蛮族の頭の中は理解できません。育ちも考え方も中身も、本当に野蛮人です。文明圏外国家とはいえ、王族や上層部はきらびやかな服を着ているのでしょうけど、いくら外見を良くしても、中身が野蛮では服が可哀想ですわ。まったく……汚らわしい!」

 

 侍女はロウリア王国を非難しているのだが、レミールは段々と過去の自分が非難されているような気分になってきた。

 恥ずかしく思うと同時に、おじ上様の降臨はまさに天祐だったと更に拗らせるレミール。

 この際なので、過去の自分の考えについて侍女に尋ねてみる。

 

「しかし、虐殺したことで全体の被害が減るやもしれんぞ? それについてはどう考える?」

「確かに、そうかもしれません。全体的に死ぬ人は減るのかもしれません。でも、そんなことを考えつく人は、同じ人間とは思えません。人の皮を被った悪魔です……1人残らず殺されるということは、自分の番が回って来るのを待つということですよ。惨たらしく殺すということは、その人の魂に恐怖を植え付けるということ。あんなことを思いついた人は、人の気持ちになって物事を考えることができないのではないかと」

 

 なるほどな、とレミールは頷いた。

 悪魔ならば討ち滅ぼすべき人類の敵であり、排斥されて当然だ。野蛮な行動をしていたならば、そのうち団結した周辺国に攻め寄せられてしまっただろう。

 あるいは、恨みを忘れずに伏せていた属領が反乱を起こして皇国を乗っ取るか。

 それに、人の気持ちになるという事も重要かもしれない。パールネウス共和国の成立も、そして共和国が倒れ、パーパルディア皇国が成立したのも指導者層と民の乖離、つまり相互の理解不足に原因があるとされている。

 

「……やはり私は正しい────いや、今の私が正しいかどうかは分からないな。過去の私が間違えていたことは確かだが」

「レミール様?」

「神ならざる人の身だ。未来のことなど分からないからな」

 

 だが未来を垣間見はした。

 レミールは自信を持って自らの正義に従って、しかし慎重にその手腕を振るい続けた。

 

 中央暦1639年、パーパルディア皇国は50余国を従え、経済的に支配下に置いた国は20を数える、第三文明圏唯一の列強国となっていた。

 




この辺のキャラがわからん! という人は小林先生の名作「狼の砲声」を読もう‼︎
 ──コロコロアニキ連載、劇画ガールズ&パンツァーにも出演してますよ! (コロコロアニキ2019年春号)


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道は六百八十里
望まぬ紛争


 

 日本の対馬から西へ約500kmの位置に、南北150km、東西60kmの、勾玉のような形の島が2つ太極図のようにして並んでいる。

 

 東側の島はガハラ神国といい、神通力と呼ばれる不思議な術で風竜12騎を味方につけている。

 風竜は数こそ少ないが、ワイバーンの改良品種ワイバーンロードを遥かに超える空戦能力を誇る。その風竜が味方しているガハラ神国には、列強国ですら一目置いていた。

 

 そして西側、こちらはフェン王国。この世界には珍しく、魔法がない。機械文明でもない。

 フェン王国の国民は必修教育として剣を学ぶ。剣に生き、剣に死ぬ。

 フェン王国の王は剣王と呼ばれる。強い剣士は尊敬され、逆に剣が使えない者、弱い者は半人前扱いされるのだ。

 

 そのフェン王国に危機が迫っていた。

 

 パーパルディア皇国が皇帝ルディアスの国土拡大計画により、フェン王国の南部、南北20km、東西20kmの範囲を献上するように求めてきたのだ。

 

 パーパルディア皇国外務局側の考えはこうだ。そこは森林地帯で、皇国としては「国土を得た」という実績が残り、フェン王国としても使用していない森林地帯を差し出してパーパルディア皇国に忠誠を誓うことで、皇国から技術供与を得て準文明国家の仲間入りが出来る。さらに皇国の同盟国という箔が付き、周囲からの侵略の可能性が激減するという良いことずくめだ。

 しかし、フェン王国の剣王シハンはこの提案を断った。第2案としてパーパルディア皇国側が示した同地区を498年間租借する案も、丁重に断り、ならばと提示したレミール・プラン、つまり租借ではなく通常の賃貸契約すら断った。

 

 この案件を担当した皇国の第3外務局は「列強国の顔を潰された」と判断し、局長カイオスの命により、懲罰行動のために皇国監察軍東洋艦隊の派遣を決定する。

 

 この危機は、森林地帯に対する認識が両国間で全く違っていたことによって引き起こされた。

 大陸国のパーパルディア皇国では、森林は危険な獣や魔物が潜む場所で、切り拓いて農地などにするのが当たり前だった。いわば征服するべき敵地なのだ。

 しかし島国であるフェン王国では、森林は木を育み、木は家屋や船の材料となり、木ノ実は重要な栄養源であり、森に住む獣は貴重なタンパク源となる。ガハラ神国の風竜が居るためか、大型魔獣も生息していない。森林は保護するべき聖地なのだ。

 

 互いの文化をもっと理解していたならば、まったく別の解決法を模索したかもしれない。しかし、今更の話でしかない。すでに賽は投げられた。

 

 

 

 

 ────中央暦1639年9月2日

 

 そんな状況にあるとは知らず、日本国外務省の一団が隣国であるフェン王国と国交を結ぶために、フェン王国の首都アマノキを訪れた。

 

 生活水準は低く、国民は貧しい。しかしどこか和の雰囲気が漂っていて、精神性の発達は高く、誰もが礼儀正しい。そんな印象を、日本の外交官たちはフェン王国から受けた。

 フェン王国の剣王シハンと直接会う機会を得て、日本国外務省の一団は和風建築に思える王城の一室に案内される。

 

「剣王が入られます」

 

 側近が襖を開け、立ち上がって礼をする日本の外交官の前に剣王が姿を現わす。

 

「そなたたちが日本国の使者か」

 

 着流しの和装で飾らず、低くよく通る声は威厳と落ち着きを感じさせる。

 日本の外交官で剣道七段を有する島田は、剣王の所作を見て達人の域を大きく超えていることを感じ取った。

 

「はい。貴国と国交を結びたく、参りました。ご挨拶として、我が国の品をご覧下さい」

 

 剣王と側近の前には、様々な日本の「物」が並ぶ。日本刀、着物、真珠のネックレス、扇、運動靴……。

 剣王シハンは日本刀を手に取り、鞘から抜き放った。

 

「ほう……これは良い剣だ。貴国にも優秀な鍛冶師がおられるようですな」

 

 王というより、1人の剣士としての顔を見せるシハンに、側近が苦笑いしながら他の品物を検分する。

 

「ほぉ、着物も見事ですな」

「この履き物も軽くて動きやすいですぞ」

 

 剣王と側近は日本の品々を見て、群島の集落が寄り集まってできた新興国で作れる品物ではないと見抜く。

 事前にクワ・トイネ公国やクイラ王国、ガハラ神国から情報を得ていたものの、未だに転移国家だということまでは信じきることができていない。しかしこれだけの品々を用意してまで嘘をつく理由もない。

 

(自国を強大に見せるためだとしても、我が国に対してそこまでする必要は無いだろうしな)

 

 日本をある程度は信じる気になったシハンは、大陸共通言語で書かれた文書を確認し、日本からの通商条約締結における提示条件と書類に間違いがないか、口頭でも確認していった。

 

「失礼ながら、私はあなた方の国、日本を良く知らない」

 

 確認を終えたシハンは口調を緩め、日本の外交官に話しかける。

 

「日本からの提案、これはあなた方の言う事が本当ならば、すさまじい国力を持つ国と対等な関係が築けるし、夢としか思えない技術も手に入る。我が国としては申し分ない」

「それでは────」

 

 外務省職員の顔が明るくなる。

 それを遮り、剣王はあくまで穏やかに話を続ける。

 

「しかし、国ごとの転移や海どころか空中に浮かぶ鉄船といった事象や技術は、とても信じられない気分だ」

「それは、我が国に使者を派遣していただければ事実であることを御理解いただけると、確信しております」

「いや、我が目で見て確かめたい」

 

 剣王シハンの言葉の意味を外交官の島田が訊ねる。

 

「と、言われますと?」

「貴国には、自衛組織としての水軍があり、護衛隊群というのが4つあると聞いた。」

「はい。海上自衛隊という組織があります」

「その護衛隊群のうち、1つでも親善訪問として我が国に派遣してくれぬか? 今年は我が国の水軍から廃船が4隻出る。それを敵に見立てて攻撃してみてほしい。要は、力が見たいのだ」

 

 日本側の一同は面食らった。

 地球においては他国の軍が国交も無い国に軍を派遣するというのは、威嚇行動である。

 普通は嫌がるどころか武力を背景に侵略する意図があるとすら思われる行動なのだが、この国は「力を見せろ」という。しかも、首都アマノキの沖に持ってこいと。

 異世界で、しかも武の国のようだから、そんな外交手段もアリなのかと考えてそのまま報告を送る外務省職員。

 そして、近日中に訓練も兼ねて、護衛隊群が派遣される事が決定した。

 

 

 

 

 ────中央暦1639年9月17日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 周辺国から吸い上げた富で潤う、まさに列強の名に相応しい都、エストシラント。

 レミールは書類の山となった執務室から抜け出すと、侍女と護衛を引き連れ、都市計画局の特別顧問としての視察という名目で街を徒歩で散策する。

 馬車を使わないのは、美容と健康のために歩くのが良いと評判だからだ。気分転換にもなる。

 息抜きが仕事を兼ねるというのは末期的だが、立場上余暇活動する時間が取れないのは仕方ない。仕方ないのだが……。

 

「どうして男というのは下半身優先なのだ。属領からの陳情の大半が税や公共投資関連ではなく、臣民統治機構の兵による乱暴狼藉を訴えているものだぞ? 規律に縛られて動けない無能も問題だが、軍規も守れない猿を臣民の血税で飼う余裕など無いというのに……私に対する嫌がらせなのか」

 

 街並みは横に広がる限界が来ており、近年は上に高くなっている。その高層建造物群すら積み上がった書類に見えてしまい、レミールは愚痴を吐く。

 臣民統治機構が握り潰した書類を()()()を使って回収し、属領統治の実態を把握する。その内容はうら若き乙女(いつかルディアスに嫁ぐ日のために純潔を守ってきた)レミールにとり、非常にショッキングな事実を多分に含んでいたのだ。

 

「これでは蛮族と何も変わらない……男というモノがそもそも野蛮なのかしら? でもルディアス様は違うはず。となると人間がそもそも野蛮なのか? でも、ルディアス様は違うはずよね。 ──おい、お前。どう思う?」

「うェッ⁉︎ じ、自分はただの護衛でありますので、お答えできる立場にありません‼︎」

 

 ブツブツ言っていたレミールに急に話を向けられ、ビックリした護衛の兵がしどろもどろに受け答えをする。

 

「……チッ‼︎」

 

 レミールは舌打ちをすると歩き出した。

 美しい街並みの中には浮浪者や物乞いは見当たらない。清掃夫や冒険者協会の御用聞き、あるいは属領での労働力として連れて行かれるからだ。

 おそらくそうして就職したのであろう掃除夫が路を掃いている。レミールの侍女はそこに小走りで行き、二言三言会話して戻って来た。

 

「レミール様。フェン王国軍祭に関する情報の裏が取れました」

「相変わらず謎の人脈だな」

「レミール様の人脈だと、お思い下さい」

「そうか。助かる、ありがとう。第三外務局の局長カイオスはどこにいる?」

「この時間ならコナナ商会です」

「よし、向かうぞ」

 

 意気軒昂。颯爽と歩くレミールは貴人然としている。しかし、その後方に付き従う護衛はうんざりした表情をしていた。

 

 

 ──コナナ商会エストシラント店

 

「これは……」

 

 改装を終えたばかりのコナナ商会は、よく見られる木板やレンガではなく、第三文明圏ではまだまだ高価な透明なガラスの一枚板で店舗正面を覆っていた。

 店舗の中で紅茶を飲みケーキに舌鼓を打つ人や、売られている雑貨を手に取る様子が外から見える。

 レミールが素晴らしい宣伝効果だと感心していると、店から出てきた壮年の男が話しかける。

 

「コナナ商会パーパルディア、部長のマルトバ=コナナでございます。レミール様、本日は足をお運びいただき誠にありがとうございます」

「うむ。いやすまないが、今日は店を見に来たのではないのだ。ここに第三外務局のカイオス局長が来ているはずだ」

「カイオス様でしたら、ケーキコーナーにいらっしゃいます。どうぞこちらへ」

 

 マルトバに連れられて店内に足を進めるレミールは、ふと、気になったことを訊ねる。

 

「このガラスは……どこの工房に作らせたのだ? 高かっただろう?」

「これは父、チョバ=コナナの仲介により購入いたしました、日本製でございます。輸送費用の方が高くなりまして……いやはや、今後はガラス製品につきましては商売が難しくなりそうです」

 

 マルトバの言にレミールは衝撃を受けた。

 

 

 クワ・トイネ公国から輸入した砂糖と蜂蜜をふんだんに使って作られた菓子の売り場。そこに口髭をたくわえた渋い男が真剣な表情で佇んでいる。

 

「うーん、ラズベリーもいいし……ラムレーズンも……」

「第三外務局のカイオス局長だな?」

「あ、どうも。……チョコミンツ……いや、やっぱりヘイゼルナッツ‼︎」

「おいこら」

 

 レミールは、自分よりもケーキのトッピング選びを優先するカイオスにドスの効いた声をかけた。

 

「ッ⁉︎ れ、レミール様‼︎」

「そうだ。……うん? お前とは初対面ではなかったか」

「何度か、ご尊顔を拝したことはあります」

「そうか。話があるのだが、時間はあるか?」

 

 店内の飲食スペースを見やるレミールに、カイオスは申し訳なさそうに言う。

 

「いえ、部下にケーキを買って行ってやろうと思っていまして」

「なるほど。では、半分出してやるから早く買うがいい」

 

 大慌てでケーキを選んだカイオスは、店の小間使いに第三外務局へ持って行くように頼んでからレミールに用件を聞く。

 

「レミール様、私に何かご用でしょうか?」

「ああ。フェン王国について聞きたいことがあるのだが、とりあえず店を出るぞ。護衛を外に待たせているからな」

 

 カイオスは、店の前で雑談しているレミールの護衛に目を向ける。店内から丸見えなのを知っているだろうにダラけている姿は、あまり質の良い兵士には見えない。

 

(まあ、レミール様の出自からすればそうなるか)

 

 半ば営業妨害となっていた護衛を引き連れ、外務局へと向かう道すがら、レミールがカイオスに話を振る。

 

「フェン王国の軍祭に合わせて監察軍を派遣するそうだな」

「はい。フェン王国に対する懲罰行動を行います」

「そうか。それに関して私は止める立場にない」

 

 皇国監察軍に懲罰行動を命じる権限は、第三外務局長にある。これは皇帝ルディアスから与えられた権限で、カイオスの決定に異を唱えるのはルディアスの判断を疑うことになる。

 

「ときにカイオス。軍祭に日本国という新興国が招かれているのを知っているか?」

「日本……ああ、最近ウロチョロしている国ですね」

「そうだ。出来るなら、フェンに懲罰を与える前に軍祭に参加して日本国に接触し、情報を得て欲しいのだ」

「それは難しいですな」

 

 フェン王国に対する懲罰行動は見せしめの意味もあるのだ。強烈な印象を軍祭参加国に与えるには、やはり奇襲が効果的と考えられる。

 わざわざ軍祭に参加して兵を派遣していることを曝露する必要はない。

 

「戦いにも、効果的な演出というものがありますので」

「そうだな。しかし日本国という得体の知れない国、そういったイレギュラーの存在を頭の片隅にでも置いておいてくれ」

「は……承知致しました」

 

 この時カイオスは、日本国というよりも、たかが文明圏外国家に興味を持つレミールを奇異に思っていた。日本に対しては皇女レミールに取り入る道具になるかもしれない、程度の認識だった。

 

 

 

 カイオスと別れたレミールは邸宅に着くなり、真っ先に湯浴みしに浴場へ直行する。

 文明水準の低い国では湯浴みの習慣はなく、多くは水を浴びて済ませ、中には体を拭くだけの国もあるという。彼女は不潔な人間が嫌いなので、そんなイメージのある文明圏外人──蛮族が生理的に嫌いだった。

 湯浴みが終わると、侍女が用意したナイトガウンを着て自室に戻り、ベッドに横になる。

 

「ふぅ……今日も疲れたな。まぁいい、こうして皇国のために働いていれば、いつかきっと……」

 

 気が抜けると、疲れのあまり意識が飛んだ。

 

 

 

 

 ────中央暦1639年9月25日 午前

 

 フェン王国 首都アマノキ

 

 フェン王国が5年に一度開催する軍祭。招きに応じて参加しているのは文明圏外国家ばかりだが、ガハラ神国の風竜による編隊飛行や各国の武官による演武、装備品展示などが行われて、かなり見応えのある催しと言える。

 特に、今回はロウリア王国を打ち破った日本国の軍船が参加しており、注目を集めていた。

 

 金属でできた巨大船が、フェン王国が用意した標的船に対して展示射撃を開始する。

 

 ──DOMM……DOMM……DOMM……DOMM……

 

  

 

 アマノキから少し離れた砂浜で、護衛艦の砲声をバックに佐藤は昼食の準備をしていた。

 ビーチパラソルに折畳式テーブル。ワインとチーズソースのチキンサラダ。デッキチェアに座った佐藤が海岸に乗り上げた漁船に向かって声をかける。

 

「まだ直らんのか、中村!」

「まだ、もうちょっとです」

 

 バッドカルマの2人は、今度はパーパルディア皇国に潜入しようとしてフィルアデス大陸に向かっていた。しかし、ロウリアから帰ってわずか3週間では準備不足だったのか、チャーターした漁船のエンジンが故障し、フェン王国で擱座したのだ。

 

 ナプキンを膝にかけ、佐藤がボヤく。

 

「これだよ学がねェ奴は。おまけに教養もない。お前の親父、地元で金バッチだってな。親も親なら子も子だよ」

「うるせェぞ。準備不足だって言ってるのに出発したのはテメェだろ。自分で直してみろ」

 

 甲板に出て来た中村が、佐藤に聴こえないように小声で吐き捨てたその瞬間、巨大な影が真上を通過する。

 

BA-!

 ロウリア王国のワイバーンより大柄な飛竜が巻き起こした風でビーチパラソルやテーブルはひっくり返され、中村は吹っ飛び佐藤は砂を思い切り被った。

 

「無礼者! まて! またんかコラ! 降りて来い!」

 

 砂まみれで叫ぶ佐藤を無視して、飛竜は飛び去る。

 

 

 その飛竜──パーパルディア皇国監察軍東洋艦隊所属のワイバーンロード部隊20騎は、フェン王国に懲罰を喰らわせるために、首都アマノキ上空に来ていた。

 軍祭に招かれている文明圏外国の武官達の前で……いや、皇国に楯突いた国の祭事に参加した彼らも巻き込んで攻撃することで、皇国に逆らった愚かな国の末路はどうなるか知らしめ、皇国に服従しない国に関わるだけでも攻撃対象と見なされることを自覚させ、孤立状態を作るのだ。

 

 ……ただ、パーパルディアの誇るワイバーンロードでも、アマノキ上空を飛行しているガハラ神国の風竜は恐ろしい。

 風竜が皇国のワイバーンロードを見ると、ワイバーンロードは怖い人に睨まれた気の弱い人のように、風竜から目を逸らす。

 隊長の竜騎士は苦々しく思いながら、後続の隊員たちに魔法通信器で指示する。

 

《ガハラの民には構うな。フェン王城と、そうだな……あの目立つ白い船に攻撃を加えろ‼︎》

 

 軍祭で賑わうアマノキの上空でワイバーンロードは二手に分かれ、一方がフェン王国王城へ向けて急降下を始めた。

 

 何も知らない王城の奉公人たちが空を見上げて歓声を上げる。

 

「ワイバーンの大編隊だ! いいぞ‼︎」

「少し速すぎないか? 何処の国だ?」

 

 誰かが疑問を口にした時、急降下していた飛竜が口を開け、口内に火球を形成する。

 

「伏せろ!」

 

 次の瞬間、10騎のワイバーンが放った火球が王城の天守や楼閣に着弾し、木製の王城が炎上する。

 

 

 二手に別れたワイバーンロード部隊のもう一方の10騎は、直下約500m付近に停泊中の海上保安庁の巡視艇『いなさ』に向かい、導力火炎弾を放出した。

 

 

 ──巡視艇いなさ

 

 事前情報の無い未確認機が軍祭会場に多数接近中との通報を自衛隊から受けていた巡視艇『いなさ』は、エンジンを始動し、上空の監視を強化していた。

 

「不明機が我が方へ発砲‼︎」

 

「エンジン出力最大! 回避せよ‼︎」

 

 いなさは、機関出力を最大にし回避行動を始めた。

 いなさの後方で、白いウェーキに火炎弾が次々と着弾する。

 

 BOM!

 九つの火炎弾は回避したが、至近弾となった1発が水蒸気爆発を起こし、いなさの船体を揺さぶる。

 

「被害報告!」

「船体後部、被弾炎上中!」

 

 水蒸気爆発を起こした火炎弾は、揺れだけにとどまらず燃焼物質を撒き散らして火災を発生させていた。

 

「クソッタレ! 消火活動を実施しつつ、最大船速へ! 回避行動続行! 上空の監視を厳とせよ! 正当防衛射撃用意!」

 

 管制盤から操作された対不審船用の20mm機関砲が上空を向く。対空用の装備ではないが、原型は航空機用のM61『バルカン』砲だ。自己の生命と仲間を守るため、持てる武器を上空へ向ける。

 

「正当防衛射撃を実施せよ!」

 

 射手は赤外線画像モニタを睨み、ジョイスティックを操作して上空を飛ぶワイバーンにレチクルを合わせ、発射ボタンを押す。

 

VOVOVOVOVO-!

 曳光弾が空中に線を走らせ、いなさの放った弾は1騎に命中した。ワイバーンロードは血飛沫を撒き散らし、上空で苦しそうに身を(よじ)って墜落する。

 飛竜は海面に落下したが、竜騎士は愛騎の身体がクッションとなり死ななかった。

 

 海上自衛隊の各護衛艦は、いなさが攻撃された時点で敵への反撃を決定していた。

 護衛艦の主砲が上空に展開する「敵」へ向く。

 各護衛艦で的が重ならないように、システムが自動で目標を振り分ける。

 射撃方位盤が目標を捕捉し、射撃管制システムにより導き出された位置に主砲の砲身が向く。

 次の瞬間、各護衛艦の主砲が咆哮し、上空にいたワイバーンロードは瞬く間にすべて撃墜された。

 

 

 

 剣王シハンと側近たち、軍祭に参加していた各国の武官たち、アマノキにいたすべての目撃者たちは、信じられない事態を目にして開いた口が塞がらなかった。

 1騎を墜とすだけでも至難の業とされるワイバーンロード、それが20騎もほぼ一瞬でバラバラに消し飛んだ。

 フェン王国が戦闘態勢にあるワイバーンロードを仕留めようと思ったら、1騎に対して武士団1個大隊でも不足している。

 硬く、矢を通さない鱗を持つワイバーンロードと戦う場合、大型弩級を直撃させるか、フェン王国に伝わる伝説の剛弓『雷上動(ベルセルク・アロー)』を使うしか無いが、その弓は重すぎて使えるものが国に3名しかいない。

 つまり、ワイバーンロードは入念な準備をしてどうにか1騎落とせるという存在なのだ。

 

 それを日本軍はいとも容易く、叩かれて動けなくなったハエをチリ紙で包んで捨てるかのように、自軍にはほとんど被害を出さず、列強の精鋭ワイバーンロードを20騎も叩き落してしまった。

 しかも、日本の白い船は、軍ではなく、警察的な役割を果たす『武力を削った』船らしい。

 

 剣王シハンは燃え盛る自分の城を眺めながら、壮絶な笑みを浮かべた。

 ワイバーンロードは、おそらく自分たち、フェン王国への懲罰的攻撃に来ていたのだろう。

 日本をこの紛争に巻き込めたのは、天運ではなかろうか。

 歴史が動く、世界が変わる予感がしていた。

 

 

 

 上空では、ワイバーンロードが撃墜される瞬間を特等席で見ていたガハラ神国の風竜騎士団長スサノウと風竜が感嘆の声を上げていた。

 

『すごいものだな、あの船は……。あの船は人間にとっては不可視の光をトカゲに浴びせ、船の砲はそこから反射する光の方向を向き、トカゲどもの飛行する未来位置に向かって撃っている……あの船は、見た目以上の技術の塊だな』

「そ……そうなのか? そんなにすごいのか?」

『古の魔法帝国の伝承にある、対空魔船みたいなものだろう』

「げッ⁉︎ そんなにすごいのか……。帰ったら報告書が大変だな」

 

 

 

 

 パーパルディア皇国、皇国監査軍東洋艦隊所属の竜騎士レクマイアは、海を漂っていた。

 フェン王国に懲罰を与えるなど、簡単な仕事だと思っていた。栄えある列強パーパルディア皇国のワイバーンロード部隊にかかれば、フェンのような蛮族の国など、一捻りだ。

 軍祭などという、各国武官や船まで招いての祭りが行われているのであれば、蛮族どもにパーパルディアの力を再認識させる機会にもなる。そう考えていた。

 パーパルディアに反目する国の祭りに参加していると、痛い目を見るということを解らせるために、フェン王国のものではないが特に目立つ白い船を狙った。

 しかし、その船は必中距離で放った導力火炎弾のほとんどを、信じられない加速でかわし、猛烈な光弾を放ってきた。

 その光は矢をも跳ね返すワイバーンロードの硬い鱗を引き裂き、相棒に大きな傷を負わせた。

 自分は海へ落下し、海上から上空を見上げていると、仲間たちはさらなる悲劇に見舞われていた。

 仲間たちは灰色の巨大船から放たれた砲撃によって、木っ端微塵に消し飛んだ。

 大砲が空を飛ぶ物に当たるという理解しがたい現実。この世で自分たちの敵となりうる存在は列強しか無いと思っていたレクマイアだが、自分たちを簡単に撃ち落とした相手に興味を持った。

 彼はしばらく海に浮いていたが、自分が攻撃した白い船に浮き輪を投げられ救助された。

 

 

 

 

 ────皇国監察軍東洋艦隊

 

「竜騎士隊との通信が途絶しました」

「なん……だと……⁉︎」

 

 戦列艦の船尾楼に衝撃が走る。

 

「いったい何があった……」

 

 不可解な事態に、提督ポクトアールは嘆きたくなった。

 第三文明圏に、ワイバーンロードを超える航空戦力は存在しない。文明圏内国家は皇国から輸出されたワイバーンロードが最強の座に君臨し、文明圏外国家ではワイバーンが最強の存在となっている。

 ポクトアールは嫌な予感に任務を放棄したくなる。しかし、これは第3外務局長カイオスの命である。国家の威信がかかっており、実行しない訳にはいかなかった。

 皇国監査軍東洋艦隊の戦列艦22隻は、文明圏外国の武官達の前でフェン王国へ懲罰を加え、さらにワイバーンロードを撃墜した皇国にたてつく者を滅するため、風神の涙を使用して帆を目一杯張り、最大戦速で東へ向かった。

 



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列強国の影

 

 ──中央暦1639年9月25日 フェン王国 首都アマノキ

 

 日本国外務省職員の島田は、人と飛竜がバラバラになって海面上に落下していく様子を眺めて、しばらくはこの近くで獲れた魚は食べないようにしよう、などと考えて現実逃避を図っていた。

 

「いや待て、まだ何とかなる。正当防衛だ、1発なら誤射だ」

 

 海上保安庁の巡視艇は撃たれたから撃ち返しただけであり、海上自衛隊の護衛艦は射撃展示中の不幸な事故だ。そんな通るワケのない言い訳を組み立てている最中の島田に、他国の武官が声をかける。

 

「やぁやぁ、日本国の外交官殿! 貴国の軍船は凄まじいですなぁ‼︎ まさか空を飛ぶ飛竜を1発で撃ち落としてしまうとは‼︎」

「あの、あれはたまたまで……誤射といいますか、不幸な事故といいますか」

「ぬわははは! ご謙遜を! 8隻が8隻とも飛竜を一発必中で撃墜して、偶然はあり得ませぬぞ! いやはや素晴らしい‼︎」

「おお! この方が日本国の外交官か⁉︎」

 

 日本の外交官がこの場にいると気付いた各国の武官や、アマノキの住民が集まって口々に日本国の武威を讃える。

 その輪の中心で、島田は頭を抱えた。

 

 ふと、このまま日本の武力を誇示して各国と国交交渉を進めてしまおうか、などという考えが頭をよぎる島田だが、それよりも事態の悪化を防がねばと考えて情報収集を開始する。

 

「あの、さっきの飛竜はどこの国のものでしょうか?」

「鞍に付いていた旗を見るに、パーパルディア皇国のワイバーン……大きさと速度からするとワイバーンロードでしょうな。まさか、知らずに戦ったので?」

「ええ。本当に、今のは不幸な事故でして」

「なんと‼︎ 事前の準備も無しに、突発的な戦闘で列強のワイバーンロードを撃墜できるとは‼︎」

 

 島田の言葉に文明圏外国の武官や外交官が大袈裟なくらい驚き、次いで感嘆の声を上げる。

 

「パーパルディアはおそらく、多数の国から参加者を招いている軍祭に合わせて、フェン王国に懲罰を与えようとしたのでしょうな」

「しかも、我らも巻き込んで。フェン王国と仲良くしようとする国も気に食わないということか」

「きっとそうでしょう。あの国の第3外務局はそういう(さか)しいところがありますから」

「ところが、ぶわははは‼︎ ここにおられる日本国の方々の活躍で皇国の飛竜は返り討ち! 我らは無傷で皇国は赤っ恥をかき、ああ愉快愉快‼︎」

 

 彼らの言葉に、フェン王国がパーパルディア皇国による攻撃を受けたこと自体への驚きが無いことに気付き、島田は愕然とする。

 フェン王国が攻撃されるであろうことは、日本以外の国は予想していたのだ。ただ、それがいつになるかは分からなかっただけで。

 

(嵌められた────‼︎)

 

 剣王シハンはこの事態を予測していたのだろう。日本を巻き込み、協力を得るために情報をわざと明かさなかったに違いない。

 恨み言を言いたくなる島田だが、彼は外交官である。剣王へ対する呪咀は飲み込み、情報収集がお粗末だったのだと自らの運命を呪う。

 

 ところが、危難は去ったわけではなかった。

 海上保安庁の職員が慌てた様子で島田に近づく。

 

「通して下さい、ちょっと通して! 島田さん‼︎ 大変、大変てす!」

 

 武官や外交官を押し退けた職員は、海上自衛隊の護衛艦からの火急の知らせを持ってきた。

 

「護衛艦のレーダーがフェン王国の西方110マイルに速力15ktで東進する艦隊を探知しました! 8時間後にはここに来ます!」

 

 事態は切迫していた。

 夕方からフェン王国と日本国の国交樹立を目指す会議を開催する予定だったが、日本国外務省はフェン王国外交部署に即時の会談を求め、フェン王国側はこの要請に応じた。

 

 

 

 王城は被害を受けたため、城下町の高級料亭を貸し切りにして会談が行われる。

 用意された部屋に派手さや豪華さはないが、国賓を饗応(きょうおう)する場所として使われてきた一室で、趣きがあり居心地のいい座敷である。

 茶が出されてしばらくすると、フェン王国の武将マグレブがやって来た。

 

「日本のみなさま、今回は我がフェン王国を不意打ちしてきた襲撃者を、真に見事な武技で退治していただいたことに、まずは謝意を申し上げます」

「いえ、我々は貴国を守ったのではありません。我が国の艦艇に攻撃が及んだので、正当防衛をしただけです」

 

 深々と頭を下げたマグレブに対し、島田は事実を都合良く受け取るなと牽制した。その言葉に焦ったのか、マグレブは話を進めようとする。

 

「我が国が助かったのは事実ですので、謝意は示させていただきます。では、早速ですが国交樹立の事前協議を……実務者協議の準備をしたいのですが……」

 

 フェン王国は、日本を味方に引き入れたくてたまらないようである。

 これには島田も苛立ちを隠せなかった。

 

「貴国はもう戦争状態にあるのではないですか? 状況が変わりましたので、我々の権限だけでは現時点で国交交渉が出来ません。貴国の状況と事態の重大性を考えると、一度帰国して内容を詰めてから、再度ご連絡いたしたいと思います」

 

 島田も含め、外務省職員はパーパルディア艦隊が到着する前に、一刻も早く引き上げたかったのだ。

 

「承知いたしました。良い返事を期待しています。ただ一つ、これだけは心に留めおいて下さい。あなた方があっさりと片付けた飛竜部隊は、第三文明圏の列強国、パーパルディア皇国の監察軍所属です。我が国はパーパルディアから土地を献上せよと一方的に要求され、それを拒否しました。それだけで襲って来たような国です」

 

 島田が生唾を飲む。パーパルディア皇国については他の外務省職員が接触を図っているが、反応は芳しくないらしいと聞いていた。

 マグレブは淡々と続ける。

 

「過去に、我々のようにパーパルディアに懲罰的攻撃を加えられた国がありました。その国は不意打ちで竜騎士を狙い、殺しました。その報復としてパーパルディア皇国に攻め滅ぼされた後、反抗的な者はすべて処刑され、その他の全ての国民は奴隷として、各国に売られていきました。王族は親戚縁者すべて皆殺しとなり、王城前で串刺しにされ晒されました。パーパルディア皇国に限った話ではありません。列強というのは、強いプライドを持った国だということを、お忘れなきように」

 

 ぞっとするような話を聞いた後、外務省の一団は港に向かった。

 

 

 フェン王国の首都アマノキの港には、安宅船に似たフェン王国の水軍船の他、文明圏外国の帆船が並んでいる。大小様々な船が整然と停泊している景色は、なかなかに壮観な眺めだった。

 しかし、その場に日本の護衛艦の姿は無い。

 文明圏外国家の港は水深が浅いことが多く、アマノキの港も護衛艦が入港できるほどの水深がないので、外務省職員の送迎は海上保安庁の巡視艇『いなさ』が行う。

 ヘリを使用すれば移動は早いが、首都上空を飛行すると相手国を刺激したり、航空機を見せるのは時期尚早であると判断されたため、移動は船である。

 

 巡視艇『いなさ』はアマノキの桟橋に停泊し、外務省の一団が戻って来るのを待っていた。

 港では、人々が目を輝かせ、こちらに手を振っている。

 

「とーちゃん、あの白い船がさっきの悪い奴らをやっつけてくれたんだよね」

「そうさ! あの光弾の嵐、すごかっただろう!」

「うん! すごかった!」

「おーーい!」

 

 満面の笑みで海上保安庁の職員に手をふるフェン王国の人々。いなさの乗員たちは少し硬い笑顔で手を振り返す。

 これほどまでに好意的な視線を受けたのは、初めての経験だった。しかし、巡視艇は護衛艦からの情報により撤収することを決めていた。

 好意を向けて来る相手を、民間人を見捨てて逃げ去ることに唇を噛む『いなさ』の乗員たち。

 ──しかし事態は彼らの知らない、目の届かない水面下で動いていた。

 

 

 

「マズイことになったな……」

 

 佐藤は漁船に積み込んだ無線器で海上自衛隊の交信を傍受し、状況を正確に把握していた。

 及び腰な日本国は他国の諍いに首を突っ込もうとはしないだろう。海上自衛隊と海上保安庁は撤収するに違いない。

 となると、佐藤と中村はフェン王国に取り残されてしまう。この場にいないことになっている2人は、巡視艇に保護を求めるわけにもいかない。

 装備を持ち込んではいるが、大軍を相手に戦えるほどではない。22隻もの艦隊を相手に戦うことはできない。

 

 ではどうするか。悩んだのは一瞬だった。

 佐藤は中村を呼び寄せる。

 

「中村、巡視艇の出港を妨害しろ。手段は任せる」

「エェッ⁉︎ 僕がですか……?」

「他にいねぇだろ。それとも俺にやれってか?」

「い、いいえ」

 

 佐藤に睨まれた中村は、漁網を持ってすごすごと海へ向かった。

 

 

 

 

 外務省の一団は焦りを隠そうともせず『いなさ』へと駆け込んだ。海上保安庁の職員も事態を認識しており、すぐに出港しようとしたのだが……。

 

「船長! スクリューに何か巻き込んでいます‼︎」

 

 甲板上で出港前の点検をしていた乗員が、船尾付近に沈んでいる網に気付いて報告。このまま機関を運転させるとプロペラやシャフトが破損する可能性があり、『いなさ』のブリッジは緊迫した空気に包まれた。

 いつまでたっても船が動き出さないことに不安を感じた外務省職員が、ブリッジまでやって来る。

 

「どうしたんだ? なぜ出航しない⁉︎」

「スクリューが漁網を巻き込んでいるようです。このままでは危険ですから、網を外します」

「網を外すって、どれくらいの時間かかるんだ」

「さぁ……。潜水作業で確認し、5分10分か、それとも1時間かかるか……」

「そんな悠長な! 網なんて切ってしまえばすぐに取れるだろう‼︎」

「漁網は民有財産ですよ。切ったりなんかして、賠償を求められたらどうするんです」

 

 海上保安庁職員に言われ、外務省職員は必死に方策を考える。

 

「自衛隊に曳航してもらうことは出来ないのか?」

「港の水深が浅くて無理です」

「じゃあ、ボートで迎えにきてもらって、船だけ残していけば……」

「新世界技術流出防止法にかかります」

「では、いなさを撃沈してしまえば……」

「あ? ウチの船をどうするって?」

「いや、なんでもないです、はい」

 

 まだ時間的に余裕があるのでダイバーを潜らせ網を外す作業を行いつつ、護衛艦でパーパルディア艦隊を足止めするように指示を出して欲しいと政府に求めることにする。

 

「本省に問い合わせる」

 

 外務省への報告と支援要請をすることになった島田は、力なく言った。

 

 

 外務省から報告を受けた日本国政府は、フェン王国西側沖へ護衛艦を派遣することを決定した。

 パーパルディア皇国艦隊とフェン王国が衝突する前に、話し合いが出来ないかを試す。

 戦闘は回避したいが、新世界においてはある程度の積極的外交も必要との判断から、今回の行動の命は下された。

 ──というのは表向きの理由で、本当はバッドカルマが統幕長の斎藤を介して何人かの議員に()()()()()をしたからだ。

 

 中村の細工により動けなくなった『いなさ』と、『いなさ』を守るために沖へと向かう護衛艦を眺めながら、佐藤は言う。

 

「中村、ホントにお前はどうしようもないな。自分が助かるために同胞を巻き込みやがった」

 

(お前がやらせたんだろうが! クソデブ‼︎)

 いつか殺そう。そう決意を新たにして、中村は拳を固く握り締めた。

 

 

 

 

 ──同時刻 フェン王国西方

 

 フェン王国王宮直轄水軍の精鋭13隻は、パーパルディア皇国との関係悪化から戦争の可能性があるとして、王国西側約150km付近の海域を警戒していた。

 軍船は木製で、効率の悪そうな帆を張って進む。機動戦闘が必要な場合は、船から突き出たオールを全力で漕ぐ。

 上甲板には、槍のように巨大な矢を放つ大型弩弓が片舷に3機ずつ設置されている他、火矢を防ぐための木製盾が等間隔に整然と置かれ、その影に火矢に使う油壺が配置されている。

 13隻の水軍を束ねる旗艦は、他の船に比べて一回り大きく、船首に艦隊で唯一の大砲を積んでいた。

 水軍武将クシラは大砲の横に立ち、西方向の水平線を睨む。

 

「クシラ様、パーパルディア皇国は来ますかね……」

「先ほどワイバーンロードが東へ……我が国に向かって飛んでいった。必ず来る!」

 

 不安そうな面持ちで話しかけた副官は、列強相手に戦うのだということに恐怖し、顔が引きつって笑いながら泣いているような表情になっていた。

 

「……勝てるおつもりですか?」

「列強相手だからと、負けるために戦うか? 我が兵はかなりの精鋭揃いだ。それに、新兵器もある」

 

 クシラは傍らにある大砲を叩く。

 

「文明圏でのみ使用されている魔道兵器だ! 球形の鉄の弾を1km近くも飛ばして船にぶつけ、破孔を開けて沈める。これほどの兵器を船に積んだんだ!」

「確かに、すごい破壊力でした」

 

 副官は魔導兵器の試射に同席した際に見た威力を思い出した。

 

「列強国の軍とはいえ、監察軍は二線級部隊だ。我が軍の練度は奴等を遥かに上回る。心配いらん」

 

 クシラは力強く言う。しかしそれは強がりだ。部下の前で不安は口に出来ないが、クシラは戦列艦と呼ばれる船ごと破壊出来る超兵器が列強には存在することを知っていた。

 フェン王国の兵士は、ひたすら自らの武技を磨くことを求められる。敵国の情報を知る必要があるのは指揮官だけで、多くの兵は大砲という物の存在すら知らない。

 

 クシラは考える。おそらく戦列艦とは、このフェン王国最強の船、旗艦『剣神』のように、文明圏に存在する大砲と呼ばれる魔道兵器を船に積んだものだろう。

 しかも、その剣神と同等の船が、列強では普通に存在すると考えられる。

 どうすれば勝てるのか。クシラの頭脳は列強パーパルディア皇国との戦闘に備え、フル回転を始める。

 

「水平線上に帆柱(マスト)確認! 数22‼︎」

 

 安宅船にはない檣楼で見張りをしていた兵士が大声で報告する。

 

「ついに来たか‼︎」

 

 甲板の高さからでも水平線に艦影が見えてくる。

 望遠鏡を通して見れば、その艦はクシラたちの乗る水軍の船に比べ、遥かに大きく流麗な姿をしていた。

 美しさと機能性を兼ね備えたマストに風の魔法で吹き付けられる風を受け、フェン王国式の船より速い速度で船は進む。

 水平線から徐々に大きくなっていく敵艦隊は、フェン王国水軍武将クシラから見ても優雅であり、美しく、力強い。

 各艦の乱れない動きから、錬度も高いように思えた。

 

「難敵だな……。帆柱を解体、投棄‼︎」

 

 帆を畳み、大木を何本も組み合わせて作られている帆柱を分解して海に捨てる。少しでも軽くするためだ。

 乗員が慌ただしく動き回り、その作業をしている間にも、双方の距離はどんどん近づく。

 

「合戦準備‼︎ くそ、思ったより敵の船脚が速い!」

 

 クシラの想定する船速よりも速く艦隊は近づいてくる。

 

「くっ! 各艦へ『我に続航せよ』『単縦陣』『突撃』信号旗揚げよ‼︎」

 

(頼むぞ……)

 クシラは旗艦『剣神』の船首に1門だけ設置された魔導砲に願いを込めた。

 

 

 

 

「艦影確認。あの旗はフェン王国水軍です」

 

 皇国監査軍東洋艦隊のポクトアール提督は報告を受け、幹部陣と情報を共有し、整理するために艦隊参謀と艦長に話しかける。

 

「フェン王国の艦隊か。ワイバーンロード部隊の通信が途絶しているということは、だ……、なんらかの新兵器を持っているのかもしれないな。君らはどう考える?」

「ワイバーンロード部隊の通信途絶、ですか。蛮国に殲滅されるよりは、どこかでサボタージュしているという方がまだ可能性がありますが……まぁ、海の上では何が起きるかわからないものです」

「通常ならば有り得ない事態です。それが起きた以上、フェン王国に何か隠し球があると見るべきかと。最初から全力でいくべきです」

「やはりそう思うか……よろしい」

 

 ポクトアールは船尾楼から声を張り上げる。

 

「相手を蛮族と侮ってはいかん! 列強艦隊を相手にする意気込みで、最大の注意を払って全力で叩き潰すぞ‼︎」

 

 艦隊は速力を上げ、フェン王国水軍へ向かう。

 

「敵艦隊、(マスト)を投棄しています! 単縦陣で突っ込んで来る‼︎」

「必死だな。劣勢な兵力で向かってくるほど馬鹿なら、公平な機会を与えてやるわけにはいかない。……さて、何を隠している?」

 

 見張りからの報告を聞き、ポクトアールは舌舐めずりする。

 

「カモにはチャンスを与えてやらない。艦隊各艦へ、回頭用意!」

 

 

 

 フェン王国水軍武将クシラは、敵との距離が縮まるにつれ緊張が増し、額に汗を滲ませていた。

 

「間もなく敵との距離が2kmに接近します」

「あと1kmで敵の砲の射程に入るか……櫂を用意‼︎ 最大船速‼︎」

 

 各船両舷からオールが突き出され、太鼓のリズムに合わせて漕がれ始める。

 フェン王国水軍13隻が限界まで速度を上げた時、パーパルディアの艦隊に動きがあった。

 

「敵船が旋回しました!」

 

 敵の艦隊が一斉に回頭し、フェン王国水軍に横腹を晒した。

 

「何をする気だ⁉︎」

 

 クシラは敵船の不可思議な動きに警戒を強める。

 不意に敵船から多数の白煙が上がり、敵艦隊が煙に包まれる。

 

 ──BOM! DODOM! BAGOM!

 

「ま、まさか‼︎ 魔導砲⁉︎ そんな馬鹿な!」

 

 クシラは狼狽し、思わず叫んでいた。文明圏で使用されている魔導砲は、射程距離が1kmだったはずなのだ。現在、敵との距離は2km、まだ倍もの距離がある。

 しかも、こちらは『剣神』の船首に1門だけ魔導砲を設置しているが、敵は1艦あたりに比較にならないほどの数の魔導砲を搭載している。

 

 HUWAM──!

 ZUVO! ZABOOM!

 

 砲弾が海上に落下し、水柱が林立する。

 

(く……当たるなよ‼︎)

 水軍武将クシラは神に祈る。

 しかし神は無慈悲だった。

 

ZUMM……BUH-FOOOOM!

 後方から響いた耳朶を打つ轟音に振り返ると、旗艦『剣神』の後方を航行していた船が業火に焼かれていた。

 直撃した砲弾が炸裂し、甲板上に置かれていた火矢を放つための油壺をなぎ倒し、撒き散らされた油に引火したのだ。

 フェン王国の精鋭部隊が燃えてしまう。鍛え抜かれた肉体、訓練に訓練を重ね、地獄のような鍛練により得られた剣術を発揮する事無く船上で焼かれ、転げまわる兵士たち。

 

「なんということだッ‼︎」

 

 クシラの想像もしていなかった地獄。

 砲弾が次々とフェン王国水軍の軍船に着弾し、多数の船が炎上してゆく。

 

「牽制しなければ‼︎ いや、せめて一矢報いなければッ‼︎ 魔導砲、放てッ‼︎」

 

 旗艦『剣神』の船首に設置されている魔導砲が、轟音と共に球形砲弾を放つ。

 次の瞬間、敵砲が放った砲弾が旗艦『剣神』に着弾し、大爆発を引き起こす。

 甲板が砕かれ、兵がなぎ倒された。

 

「これが……列強かぁッ‼︎」

 

 砲艦の数、1艦あたりの砲数の差、砲の射程距離や威力、そして艦の船速。どれもが桁違いであり、クシラは力の差を思い知る。

 これほどの差とは思わなかった。列強とは、文明圏内での国の規模が違うだけで、そこまで技術的な差があるとは思っていなかった。

 しかし、現実は違った。技術において、列強は文明圏国家の中で突出しているのだ。

 これでは、敵が1艦だったとしても勝てない。

 クシラの意識は、燃え盛る旗艦『剣神』の弾薬室への引火と共に、永遠に失われた。

 

 

 

「フェン王国水軍の艦は13隻、すべて撃沈しました。我が方の損失ゼロ、人員装備異常なし」

「ふむん? 考えすぎだったか」

 

 用心したポクトアールは、伝説に謳われる丁字戦法をとり射程ギリギリで砲撃を開始した。しかし、終わって見れば無駄に慎重になり過ぎていたように思える。

 

「敵はやはり蛮族でしたね。大砲を1発だけ撃ってきましたが、艦隊の遥か手前に着弾していますし、炸裂もしていません。おそらく文明圏国家で使用されている、我が国からしたら旧式の砲です」

 

 艦長の報告を聞きながら、ポクトアールは考え込む。

 海戦の結果は予想通り。しかしそうなると、ワイバーンロード部隊はいったいどうしたのか? どうにも腑に落ちない。

 

「……水軍ではないのなら、アマノキに何かあるのか? 進路をフェン王国首都、アマノキへとれ‼︎」

 

 艦隊はさらなる敵を求めて──ポクトアールの抱いた違和感の正体を求めて東へ向かった。

 



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皇国のプライド

 

 ──中央暦1639年9月25日 フェン王国西方約100kmの海上

 

 パーパルディア皇国 皇国監査軍東洋艦隊

 日はだいぶ西に傾き、柔らかな日差しが海面に反射する。ヒンヤリとした海風が戦闘の興奮を冷ますように艦隊を包み込む。

 

「なんだ?」

 

 東の海を睨んでいた提督ポクトアールは、水平線に何かが見えた気がして望遠鏡を構えた。同時に、頭上の見張員が声を上げる。

 

「艦影と思われるものを発見! こちらに接近してきます」

 

「大きいな。先程のフェン王国水軍とは明らかに違う……。総員、戦闘配置‼︎」

 

 城郭の一部を切り取ったような、灰色の物体が海上を動いている。船と思われるが、常識から考えると規格外の大きさだ。その船は、急速に接近してきた。

 

「速い! まさか、我が方の船速を凌駕している⁉︎」

 

 正体不明の巨大船はパーパルディア艦隊に接近すると回頭し、並走しながらなおも近づく。その数は1隻のみ。

 

「提督、どういたしますか?」

 

 副官に問われたポクトアールは、第3外務局のカイオス局長から事前に受けた命令とちょっとした注意喚起を思い出す。

 軍祭の最中にあるフェン王国で各国から招かれた武官や外交官の前での懲罰的攻撃により、文明圏外の蛮族に恐怖を植え付けることと、障害となる関係国の軍は全て排除するよう命じられている。

 そして、シオス王国経由で入ってきたロデニウス大陸の情報と、皇女レミールが直々に言われたという『日本国というイレギュラーに気をつけよ』という言葉。

 

 ポクトアールは日本国という国名は初めて聞いた。

 艦隊に並走する灰色の巨大船も、見たことも聞いたこともない大きさと形状で、そのマストに翻る赤と白の旗もまた、初めて見たものだった。

 日本国と灰色の巨大船は関係があると考えるのが自然だろう。

 しかし気をつけろと言われても、何をどうしろと言うのか? ポクトアールに出来ることは、命令に基づき油断せずに任務を遂行することだけだ。

 

「アマノキへ向かうことを優先する。不明艦に対しては監視を強化。砲戦用意、まだ手は出すな」

「了解!」

 

 灰色の巨大船は砲身の長い大砲を装備しているが、その数はたったの1門。フェン王国水軍と同様に文明圏から技術支援を受けているのだろう。しかし、ただの文明圏国家が製造した大砲の有効射程は1kmしかなく、しかも炸裂しない球形砲弾なのに対し、列強国の大砲は射程2km以上で、炸裂するので威力でも勝るのだ。

 さらに皇国側は30門級以上の戦列艦で構成された艦隊であり、大半が50門級戦列艦、中には80門級戦列艦もいる。

 勝てない訳がない。と、ポクトアールは考えた。

 

 

 巨大船は並走しながら徐々に距離を詰めてくる。

 

「抗議信号を送れ!」

「はっ!」

 

 艦長の令により通信員が魔信を発信し、信号員が信号旗を揚げて『それ以上近づくな』と伝えるが、巨大船は無視する。

 だいぶ近づいた巨大船は帆を張らず、水夫の姿もなく、不気味な怪物のように思えた。

 

「提督! これ以上の接近を許しますと、長射程の有利を失います! 攻撃しましょう‼︎」

「ふむ……」

 

 艦長に意見具申されたポクトアールは考え込む。巨大船にはたった1門の砲しか見当たらないが、ついでに言うと帆も見当たらない。どうにも、第三文明圏の影響下にある国家の船とは思えない。

 ひょっとしてムーやミリシアルの関係国の船ではないか。そう考えたポクトアールは慎重な姿勢を示す。

 

「まずは威嚇射撃だ。こちらの力を教えてやろう」

「……はッ‼︎」

 

 巨大船との距離は2kmを切っていた。

 

「射程圏内だ。手前海面を狙え!」

 

 巨大船──日本国の護衛艦みょうこう──側に面した砲の1門に、魔法陣が展開した。監察軍は2線級戦力といわれるが、搭載されている砲は皇国最新鋭の砲撃術式内蔵型砲台だ。

 魔導師が魔導点火した魔術媒体が爆発し、推進力を得た砲弾が火炎と爆音と共に砲口から飛び出した。

 

 BAOM!

 フェン王国水軍を赤子の手を捻るようにあっさり葬った、斉射すればあらゆる敵船を撃破すると信じられている砲は、ただ1発とはいえ驚異的な威力を開放して海面に水柱を上げた。

 

 『みょうこう』側も弾道計算により威嚇であることは理解していた。しかし、危険が全く無いわけではないので、パーパルディア艦の射程外へと一時離脱する。

 その加速性能は第三文明圏の常識を超えており、ポクトアールは驚愕した。

 

「なんだ⁉︎ あの加速はいったい……?」

「敵船、魔導砲の射程圏外に離脱します、速い‼︎」

 

 驚いているのはポクトアールだけでは無く、

艦長達も驚愕の表情で巨大船を見ていた。

 彼らの見ている先で、巨大船の構造物の一部がピカピカと光り出す。

 

「何でしょうか?」

「信号か? こちらからの通信を無視したクセに、舐めおって」

 

 フェン王国の首都アマノキへ向かう艦隊から3.5kmほどの距離を置いて並走する巨大船。

 ポクトアールは、ただ並走するだけなら無視すれば良いと思い、捨て置くことにした。

 しかし、しばらくすると巨大船の備砲が動き始める。

 

DOMM-!

 ZABOOOOM!

 砲煙が吐き出され、監察軍艦隊の前方に彼らの魔導砲のものより巨大な水柱が上がる。

 

「て、敵艦発砲──ッ‼︎」

「なんという威力! しかも、この距離で届いた⁉︎」

 

 その砲撃は皇国監察軍東洋艦隊の度肝をぬいた。

 自分達の最大船速を上回る船速、超長射程の砲。今のはおそらく威嚇射撃だ。

 ポクトアールは皇国の力を見せつけたつもりが、立場が逆転している。このままではアウトレンジ攻撃に晒されるだろう。

 

 とはいえ、第3外務局局長カイオスの命は絶対である。

 列強に所属する艦隊が戦わずして逃げ帰るということは、皇国の尊厳を傷つけることに他ならない。敵前逃亡は極刑か、よくて懲罰部隊送りとなる。

 ポクトアールは無駄と知りつつ巨大船に向けて進路変更を命じた。

 艦隊が舳先を揃えて加速に入った、次の瞬間。

 

 ──DOMM!

 巨大船が再び火を噴く。

 ──BAGO-!

 艦隊最前列を航行していた戦列艦『パオス』のメインマスト下部が、雷のような破砕音とともに吹き飛ぶ。飛び散った破片に打たれた水兵が倒れ、折れたマストが甲板に足を突いた後めきめきと音を立てて傾斜し、他のマストを巻き込んで帆を引き裂きながら倒れる。

 

「パオス、マストが折れ航行不能‼︎」

「くっ、正確な射撃だな。だが、こちらにはまだ21隻もいるのだ!」

 

 航行不能となったパオスを置いて、他の艦が巨大船に向かっていく。

 ──DOMM!

 洋上に再度、砲声が轟く。

 今度は戦列艦『ガリアス』のマストが折れ、パオスの状況を再現するように倒れていく。

 

「そ、そんな馬鹿な‼︎」

 

 大砲はそうそう当たるものではない。海の上では常に波を受けて船は揺れる。自分も相手も揺れている。しかも揺れは一定ではない。角度は常に変化し、1度のズレが1千m先では20m近いズレになる。

 大砲は狙って当てられるものではない。だから“数撃てば当たる”という設計思想に基づく戦列艦が誕生したのだ。そしてついには100門級戦列艦などという船体構造の限界に達する化け物までもが生み出された。その100門級戦列艦でさえ、敵艦を撃破するには苦労する。

 そんな当たり前の常識を、巨大船はあっさり破ってくる。

 

 ──DOMM!

 さらに発砲音が響き、戦列艦『マミズ』のマストが折れる。

 ──DOMM!

 戦列艦『クマシロ』のマストが折れる。

 巨大船は揺れる艦のマストを狙って当てている。しかも、ありえないほど次弾装填が速い。

 攻撃は続く。正確無比な砲撃に対し、列強パーパルディア皇国の監察軍が手も足も出ない。

 艦隊の半数近くがマストを折られ、絶望感に打ちのめされるポクトアール。夢なら早く覚めてくれと願う彼を後目に、巨大船は遠ざかる。

 

「こちらを沈める気はない、ということか……」

 

 ポクトアールは意を決する。

 

「撤収だ。航行不能艦を曳航し、引き上げる。作戦は失敗だ」

 

 相手の目的は足止めだろうと思われるが、このまま進めば気が変わる可能性もある。そうでなくても、艦隊全てが航行不能に陥って漂流することになってしまう。

 

「竜母を連れて来ていればな……」

 

 フェン王国は航空戦力を保有しておらず、軍祭参加国もパーパルディア皇国相手に立ち向かって来ることは無いだろうと判断され、今回の編成に竜母は組み込まれなかったのだ。

 ワイバーンロードの上空支援があれば、違う結果になっていたかもしれない。あの正確無比な砲撃も、飛んでいるものはさすがに落とせまい。

 ポクトアールは、眼前の船がワイバーンロード部隊を殲滅したことには気付かないまま、引き揚げて行った。

 

 

 

 日本国とパーパルディア皇国の初の艦隊戦は、日本の圧勝で終わった。

 後の世に『フェン沖海戦』と語り継がれるこの海戦では、パーパルディアの艦隊に重傷者が出たものの死者は出ておらず、世界史上唯一死者を出さずに勝敗を決した海戦となった。

 

 

 フェン沖海戦の結果がもたらしたのは、軍事的な影響というよりも政治的、経済的な効果だった。

 

 フェン王国の軍祭に参加していた文明圏外の国々の武官たちや外交官たちは、自分たちの常識とかけ離れた力を持つ灰色の巨大船に恐怖を覚えると共に、味方に引き入れる事は出来ないかを考えた。

 もしかしたら、パーパルディア皇国を遥かに超える力をあの船の国は持っているのかもしれない。

 フェン王国の軍際に来たのであれば、フェン王国とは友好関係にあるという事であり、文明圏外国家である可能性が高い。フェン王国と良好な関係を築き、あの船の国と仲良くなれば、祖国がパーパルディア皇国の属国となる事態を防げるかもしれない。

 国民を奴隷として差し出したり、領土の献上をせずにすむかもしれない……。

 

 フェン王国がパーパルディア皇国の領土租借案を蹴った時は、フェンが焼き尽くされるのではないかと思われた。しかしあの船の国と友好関係にあるのであれば、フェンが強気に出るのも理解できる。

 

 フェン沖海戦後、日本にやってくる木造帆走船が増えた。とにかく日本と接触しようとした文明圏外国家が使節団を派遣したのだ。

 数ヶ国が使節を派遣したことと、その使節団が日本の文物を持ち帰って周辺国へ伝えたことにより、国交樹立を求めて日本を訪れる各国の外交使節団は急激に増えた。

 文明圏外国、いわゆる蛮国と蔑まれる国々の人々だが、彼らはいずれも礼儀正しく理性的で、概ね国交を結ぶことに支障はなかった。

 

 日本は短期間に22ヶ国と国交を結び、やがて通商が始まった。

 

 

 

 

 ────中央暦1639年9月3()1()日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 外務局内にある外務監査室の会議室にて。第3外務局局長カイオスは顔面蒼白になりながら、皇女レミールに事の次第を報告していた。

 

「……事前に御言葉を頂きながら、このような結果となりました。現在は()に関する情報収集中であります」

 

 外務局監査室所属でもあるレミールの機嫌を損ねてしまえば、カイオスの首など容易く飛んでしまう。

 想像力豊かな狂人が錯乱して書いたとしか思えないフェン沖海戦の報告書を読み上げながら、カイオスは自分の首が物理的に飛ばされる光景を幻視した。

 しかし、意外なことにレミールはカイオスを怒鳴りつけたり叱責したりはしなかった。逆に、労いの言葉をかける。

 

「御苦労だった。カイオス、これからも日本国と思しき国の情報があれば逐一報告を頼む。それから、ポクトアール提督の部下にも見舞金を出さねばな」

「……は?」

「どうした。何を驚いている?」

「いえ。この報告を、信じられるのですか?」

「その報告単体であればまったく信じなかっただろうな。だが……」

 

 レミールは侍女に持たせていた鞄からいくつかの資料を取り出させ、カイオスに渡す。

 

「私は事前に情報を得ていた。今回の件でその資料の裏付けが取れた。もはや、日本国の実力については疑いない」

「これは……‼︎」

 

 ヴァルハルの報告書を始めとした、パーパルディア皇国で入手できる日本国に関するあらゆる情報が資料に記載されていた。

 その内容を読み進めるうちに、カイオスの頭に血が上っていく。

 

(この情報を事前に得られていれば、もっと上手くやれた‼︎ この情報の裏付けを取るために、監察軍は……いや、私は捨て駒にされたのか⁉︎)

 

 怒りに震えるカイオス。その胸中を見透かすように、レミールは言う。

 

「私とて、フェン沖海戦で監察軍が敗れるまで半信半疑だったのだ。その資料を事前に得たとして、カイオスよ、その内容を信じて作戦計画を変更したか?」

「……いいえ。信じられないでしょう。今ですら信じ切れておりません」

「うむ。それで納得してもらうほか無い。さすがに私が『すまぬ、許せよ』と言って頭を下げるわけにはいかない」

 

 そう言って顎を引くようにして軽く頭を下げたレミールに驚愕し、カイオスは怒りを飲み込んだ。

 

 侍女が淹れた紅茶で喉の渇きを癒しつつ、話は今後の日本への対応へと移る。

 

「レミール様。今後の日本国への対応ですが、外3*1には荷が重いかもしれません。外1*2の担当としてはいかがでしょうか?」

「いや、日本国に関する情報はあまり広めたくない。我が国の基盤を揺るがしかねない。それに外1はあくまで列強国担当だ。外1が日本国への応対をすれば日本からの心証は良くなるかもしれないが、日本が情報通り超列強というべき国ならば、列強扱いされたからといって喜びはするまい」

「そうでしょうか」

「むしろ嫌がるかもしれんぞ? 新興国が列強並みに扱われるとなると、他の列強国……どことは言わんが自分が世界の中心だと考えている国は面白くないだろう」

「やっかまれるということですね。では、やはり第3外務局が担当しますが、ここは私が直接対応したいと思います」

「ああ。カイオスよ、お前には期待しているぞ」

「はッ‼︎」

 

 

 

 ──しかしその頃、パーパルディア皇国第3外務局の窓口では……。

 

「申し訳ないですが、本日、課長と会う事はできません」

 

 日本国外務省の委託を受けた国際派弁護士の篠原は、約束したパーパルディア皇国外務局の課長との会議のためやってきたが、窓口で再度足止めをくらう。

 

「えェッ、困りますよォ。今日の約束だったじゃないですか」

 

 抗議する篠原に対し、外務局窓口担当の職員ライタは淡々と対応する。

 

「ちょっと込み入った事情が発生いたしまして、文明圏外の新興国と会議をしている状況ではないのです。予定は未定です。また1ヶ月以上後に連絡を下さい」

 

 日本が原因で第3外務局は忙しくなっていたのだが、篠原とライタ双方ともそんな事は知らない。

 篠原はこの日も重要人物とは面会できず、トボトボと帰っていった。

 

 

 

 ──中央暦1639年10月18日 パーパルディア皇国 第3外務局 

 

「なんだと⁉︎ 今年は奴隷の差出が出来ないだと⁉︎」

 

 外務局職員が、トーパ王国大使を怒鳴りつける。

 トーパ王国は第三文明圏北部に位置する、文明圏国家である。最高気温は27度ほどだが、冬の平均最低気温はマイナス40度にもなる厳寒地だ。

 強大な魔物が闊歩するグラメウス大陸に蓋をする位置にあり、人間の定住地としては重要な拠点となっている。もちろんパーパルディアの外務局員もそんなことは分かっているが、そのことは一時的に忘れて強硬姿勢を見せていた。

 トーパ王国の大使は冷や汗を流しながらも断固として答える。

 

「我が国の民を、奴隷として貴国に差し出すのはもうやめとうございます」

「ふん! では、各種技術供与の提供を、トーパだけ停止させるぞ‼︎ トーパ国内のパーパルディア資本企業も引き上げる‼︎」

 

 皇国は、各種技術供与を文明圏外の国々に少しずつ行っていた。

 皇国が開発した技術を少しずつ属国や周辺国へ提供し、各国は国力が増す。だが、提供される技術の内容は皇国が決定する。つまり各国の発展速度は皇国が調整し、パワーバランスを好きにいじることが皇国には可能なのだ。

 さらに、工具や釘などの製品はパーパルディアの企業が現地で生産して売っているが、反発した国からその工場を引き上げてしまえば工業が立ち行かなくなる。

 これで完全に国際競争から取り残され、周辺国から切り取られるのを待つのみとなるはず────なのだが。

 トーパ王国の大使はいやらしい薄ら笑いを浮かべる。

 

「ならば、我々は奴隷を差し出さない。皇国は我が国への各種技術供与を停止する、企業も引き揚げる。それで結構でしょう」

 

 今までのトーパ王国からは考えられない強気な態度で大使は話を続ける。

 

「金や技術など、人民の幸せには代えられません。パーパルディアの資本も、必要な時代は終わりました」

「ほう? ならば今後は武具、生活用品、ありとあらゆるものは自分たちで調達するんだな。後から泣きついてきても知らんぞ」

 

 外務局員の突き放すような言い方に、大使は臆することなく言い返す。

 

「我々は、あの日本と国交を結んでいるのですよ」

 

 フッと笑い、大使は締めくくった。

 

 

 

 ──外務局 食堂

 昼の休憩中、職員たちは食事をしながら雑談していた。その顔を見ると疲れている者が多い。

 

「最近、蛮国がやけに反抗的と思わね?」

「確かに、ここ1ヶ月くらいは特にそう感じる」

「ああ。以前なら全ての要件をのんでいたのに、昨日は『我々は、あのニホン国と国交を結んでいる!』と、強気に言われたぞ。たかがシオス王国ごときに」

「おいおい‼︎ 俺もトーパ王国大使から、似たような事を言われた。トーパなんて、技術も金もいらないとまで言っていた。日本と国交があるからと。日本って知っているか?」

「知らんぞな」

「俺も」

「私も知らない」

「あっ!!!」

 

 窓口担当者のライタが驚いたような声を出し、食堂の喧騒がピタリと止んだ。

 彼は食堂の全員の視線を浴び、ハッとする。気まずい思いを食事の残りと一緒に飲み込み、これから色々と報告書が必要になってくる事を覚悟した。

 

*1
第3外務局の略称

*2
同第1外務局



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アルタラス事変

 

 ──

 日本国とパーパルディア皇国がすれ違いを続け、きちんとした会談を行う機会を作ることができず、外務省の委託を受けた篠原弁護士が公費でダラダラと過ごしている時、ある国が滅亡の危機に瀕していた。

 

 

 ──中央暦1639年11月5日 アルタラス王国 王都ル・ブリアス

 

 フィルアデス大陸の南側に位置する文明圏から少し外れた島国、アルタラス王国。人口1500万人を抱え、文明圏外の国としては、国力も人口も規格外の規模を誇る。

 温暖な気候であるため年中過ごしやすく、その風土に育てられた国民気質は穏和で、それを反映したのか王都にある建築物は円を基調としており、建物が全般的に丸みを帯びている。

 この国はパーパルディアからの技術導入を受けた魔石鉱山の開発により栄える資源輸出国で、人口50万人の王都ル・ブリアスは人々の活気にあふれている。

 その人々の活気とは裏腹に、王城において頭をかかえる人物が1人。

 

 国王ターラ14世。彼は王として、そして父親として苦渋に満ちた表情をしていた。

 

「これは……正気か?」

 

 ターラ14世は手元にある文書を読み返しては顔をしかめる。その文書はパーパルディア皇国からの要請文で、毎年送られてくるものだが、要請とは名ばかりの実質命令書である。

 しかも今回はとんでもない内容が書かれていた。

 

○アルタラス王国は魔石採掘場シルウトラス鉱山をパーパルディア皇国に献上すること。

○アルタラス王国王女ルミエスを奴隷としてパーパルディア皇国へ差し出すこと。

 

 以上2点を2週間以内に実行することを要請する。

 そして、最後に次の一文が追記されていた。

『出来れば武力を使用したくないものだ』

 

「ありえぬな……」

 

 パーパルディア皇国は前皇帝が崩御した後、現皇帝ルディアスが即位した。

 若き皇帝ルディアスは国土の拡大、国力増強を掲げ、各国に領土の献上を迫っていると聞く。しかし、割譲地は皇国の技術と資本なくしては開発困難な場所であったり、条件的に双方に利がある場合が多い。

 

(しかし、今回は我がアルタラスに全く利が無いではないか──‼︎)

 

 シルウトラス鉱山はアルタラス王国最大の魔石鉱山であり、国の経済を支える中核である。その魔石埋蔵量は世界でも5本の指に入るほどの大鉱山である。

 これを失うと、アルタラス王国の国力は大きく落ちる。

 さらに、王女の奴隷化。これは明らかにアルタラス王国を怒らせるための挑発である。初めから戦争に持ち込もうとしているようにしか見えない。

 

(しかし何故だ……? これまでも屈辱的な要請ではあったが、長期的に見れば利益になったり、我慢すれば飲める内容ではあった。だから表面上は友好的な関係を保っていたはずだったのに、いきなり手の平を返すかのようなこの要求……意味がわからない)

 

 ターラ14世は、王都ル・ブリアスにあるパーパルディア皇国第3外務局アルタラス出張所に出向き、真意を問う事とした。

 

 

 

 パーパルディア皇国第3外務局アルタラス出張所

 

 アルタラス風の丸っこく穏やかで親しみやすい建物──悪く言えば威厳がない──とは違い、皇国風の優雅で細部までこだわって作られた──悪く言えば神経質な──造りの建物であり、国力の強大さが感じられる。

 ターラ14世は外交官を供にして、職員に案内されて館内を歩いていく。

 国王が直接乗り込んで来たというのに、館内は大きな混乱も見られなかった。

 

「待っていたぞ、ターラ14世!」

 

 案内された大使公室にて。パーパルディア皇国第3外務局アルタラス担当大使のブリガスは椅子に座り、足を組んだまま一国の王を呼び捨てにする。

 一方の王は立ったままであり、大使の座る他に椅子は用意されていない。元々は来客用の椅子やテーブルがあったのだろうが、撤去されたのか床が僅かに変色していた。

 

(なんと無礼な……)

 

 非礼には非礼を返す。国王ターラ14世に目線で促され、アルタラス王国の外交官は挨拶を飛ばして話を始める。

 

「あの文書の真意を伺いに参りました」

「真意? 書いてある内容以上のことは無いが?」

「シルウトラスは我が国最大の鉱山です」

「それが何か? 他にも鉱山はあるだろう。それとも何か? え? 皇帝ルディアス様の御意思に逆らうというのか?」

「とんでもございません、逆らうなど……。しかし、これは何とかなりませんか?」

「ならん‼︎」

 

 声を荒げるブリガス。もう理性的な話し合いは無理だと感じ、ターラ14世が外交官を下がらせ前に出る。

 

「では我が娘、ルミエスの事ですが、何故このような事を?」

「ああ、あれか。ルミエスはなかなかの上玉だろう? 俺が味見をするためだ」

「は?」

 

 信じられない回答に、ターラ14世も外交官も、揃って間抜け面を晒す。

 

「俺が味を見てやろうというのだ。まあ、飽きたら淫所に売り払うがな」

「……それも、ルディアス様の御意思なのですか?」

「ああ⁉︎ なんだその反抗的な態度は! 皇国の大使である俺の意思は即ちルディアス様の御意思だろう‼︎ 蛮族風情が、誰に向かって物を言っていると思っているのだ!」

 

 込み上げてくる怒りを抑えることができず、ターラ14世は無言で後ろを向く。

 

「おい! 話は終わってないぞ‼︎」

 

 外交官はブリガスの言葉を無視して大使公室の扉を開け、王の退室を促した。

 その間もブリガスは王の背に罵声を浴びせ続ける。

 

「俺様を無視するなよ、蛮族の王よ」

 

 国王は立ち去り、外交官も後ろ手で扉を閉めた。

 

 

 ──王都ル・ブリアス 王の居城アテノール城

 

 王の間にターラ14世の咆哮が響く。

 

「あの馬鹿大使を皇国へ送り返せ‼︎ 要請文も断る、国交を断ずるとはっきり書いてあの馬鹿に持たせてやれ! パーパルディア皇国の我が国での資産も凍結しろ!」

「はっ!」

 

 怒りの収まらない国王は官僚を集め、次々と指示を出す。

 すでに要請文の内容と大使の態度を聞いていた政務官たちも、王と同じように激怒していた。王室への忠義に厚い彼らは、列強相手でも断固として戦うという意思を示す。

 

「軍を召集し、王都の守りを固めろ! 予備役も全員招集だ‼︎ 監査軍が来るぞ‼︎ パーパルディア皇国に我が国の誇りを見せ付けてやれ!」

 

 屈辱的な条件を飲んでいては、王国の未来はない。ルミエスを差し出せば一時は凌げるかもしれないが、皇国はより過酷な要求をしてくるだろうし、人気がある王女を奴隷として差し出したとあれば、王家は国民からの支持を失う。

 皇国に呑み込まれるのを防ぎ、国民の支持を失わないようにするには、攻め来る皇国監査軍に痛撃を加えて早期講和に持ち込むしかない。

 

 アルタラス王国は中間貿易と鉱物の輸出で得た富があるため、軍の装備は文明圏の国々と肩を並べる質があり、錬度も高く士気旺盛だ。

 列強パーパルディア皇国ではあっても比較的旧式装備の監査軍相手ならば、少しは戦えるだろう。

 国王は夕焼けに赤く染まる王都の街並みを眺めながら、来るべき皇国戦に決意を固めるのであった。

 

 

 

 ──中央暦1639年11月12日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント 技術開発本部合同庁舎 講堂

 

 レミールは軍主催の新技術発表会に参加していた。

 

「────このように、軽空気を利用する飛行船艦であれば飛竜以上の積載能力を確保できます。……悪天候に弱いのが難ですが、ワイバーンも同様ですし、高々度飛行をしますので問題にはなりません。小型の50m級飛行船を使用した実験でも、6,000mまで安全に上昇できています。酸欠対策も、風神の涙を用いてキャビンを与圧します」

 

 ムーの飛行機械に対抗するべく提案された新兵器開発案の数々。

 予算を得ようとする技官たちは眼をギラギラさせ、自分たちの計画をアピールする。その中でも特に力が入っているのが“飛行船艦計画”だ。

 風神の涙とヘリウムガスを使用し、最大上昇限度8,500m。速力こそ20ktと低速だが、ムーの飛行機械を上回る滞空時間と積載能力を確保できると予想される。

 その最大の特徴は『船艦』であること。つまり、ある程度装甲化され、砲兵装を持ち、低空ではワイバーンの母艦機能すら備える。

 研究部会では『パル・キマイラ』計画と呼ばれていた。

 

 船体の構造材を輸入に頼らなければならないなど色々と問題があるが、レミールはこの計画を推進しようとしていた。

 そこに、侍女が慌てた様子で駆け寄り耳打ちをする。

 

「なんだと?」

「皇帝陛下はすでにアルタラスへの宣戦布告を……」

「性急すぎる……。今はカイオスの報告中なのだな?」

 

 急用ができたと言って席を立つレミール。

 最大の後ろ盾となるはずの皇族が場を離れてしまうことに技官は慌てるが、引き止めることはできるはずもなく、捨てられた仔犬のような表情を浮かべてレミールを見送るのだった。

 

 

 

 エストシラントの北部に位置する皇帝ルディアスの住まうパラディス城。

 皇国は第三文明圏において唯一の列強であるその威を示すため、柱の1本1本まで繊細な彫刻を施されており、見る者を圧倒する。

 この世の天国を思わせる、丹精込めて手入れされた木々の緑豊かな庭。

 宮殿の内装は豪華絢爛で、飾られている絵画や彫刻はもちろんのこと、扉の取っ手や鋲にまでも精緻な細工を施されている。

 この皇宮を訪れた各国の大使や国王は、例外なく驚嘆のあまり声を失う。

 皇都エストシラントは間違いなく東の文明圏、第三文明圏で最も繁栄した都市だろう。そして、パラディス城はその都市に君臨する者に相応しい壮麗さを誇っている。

 

 その皇宮の玉座の間において、27歳という若さとは思えない威厳を放つ若き皇帝ルディアスに対し、レミールはアルタラス侵攻について意見を述べていた。

 

「此の度のアルタラス王国の件は、大使ブリガスが勝手に付け加えた文言が発端です。ここは皇国の手落ちを認め、正式に謝罪し、要請を撤回した上で話し合い、しかる後に宣戦するべきだと考えます」

 

 レミールはアルタラス王国への要請文中にある『王女ルミエスを奴隷として差し出すように』という文言は、大使ブリガスが勝手に書き加えた物だと突き止めていた。

 皇国が豊かになる、そのおこぼれで私腹を肥やすのならば許せる。しかし。ブリガスは私欲を満たすために皇国の威光を笠に着ていて、このままでは皇国は憎まれ恨まれるだけで、なんの得もない。

 

 レミールは必死に今の流れでは皇国に利は薄く、義も無い事を説くが、皇帝ルディアスと皇軍の伝令係の反応は冷ややかだった。

 

「レミールよ。私が任命した大使が、自ら判断して行動したのが不満か?」

「はっ! いいえ‼︎ ルディアス様、私は皇国の品位を落とすような発言を許すべきではないと思い……」

「それがアルタラス併呑のために必要だとブリガスが判断した、ただそれだけのこと。それとも、アルタラスを支配することに反対するつもりか、レミール?」

「いいえ。しかし、ルディアス様」

 

 レミールはその場に跪いた。

 

「自らの娘が汚され淫所に売られるなど……。愛する我が皇国臣民が同じ目にあったなら、ルディアス様もターラ14世と同じようにお怒りになるはずです。ここはどうか、アルタラスの民の視点に立って、また第三国からこの件を見た時に皇国の評判がどうなるかをお考えいただけませんでしょうか」

 

 頭を下げるレミールに対し、ルディアスは冷たい視線を向ける。

 

「レミール……お前の考えは分かった。しかし、アルタラスを取るのは決定事項だ。攻める相手に対して謝罪するなど有り得ぬ。第三国などという国も存在しない。この世界にあるのは、すでに支配下にある国か、これから支配する国だけだ」

 

 残忍な笑みを浮かべ、ルディアスが告げる。

 

「レミールよ、お前はしばらく謹慎しておれ」

「はっ!」

 

 レミールは裏切られたという思いでいっぱいになった。

 自らの意見が容れられなかったからではない。皇帝に意見した者が謹慎処分になったからだ。

 皇国のためには皇帝に対して面と向かって反対意見を言える者も必要だと、ルディアスもイエスマンばかり周りに置くような人物ではないと信じていた。だが、そうではなかった。

 

 

 登城禁止を言いつけられたレミールはパラディス城の廊下をトボトボと歩く。と、その前方に1組の男女が立つ。

 第1外務局局長エルトと、第3外務局局長カイオス。その珍しい組み合わせを前に、レミールは立ち止まった。

 

「珍しいな、お前たちが一緒にいるとは。お前たち2人は仲が悪いと思っていた」

 

 かつて、カイオスとエルトは第1外務局の課長と課長補佐だった。壮年のカイオスは、外務局の人事刷新の際に年若い女性であるエルトが自分を押し退けて第1外務局局長の座に就いたことを不満に思っている、という話は公然の秘密だった。

 当人たちもその話を承知しており、互いに顔を見合わせて苦笑する。

 

「思うところはありますが、エルト殿の能力は確かですので……。最近になって仲良くした方が得だと割り切りました」

「私の方は特に嫌ってはいませんでしたので」

「そうか。仲良きことは美しき、かな」

 

 レミールにとって、エルトは皇国の未来を担う逸材であると同時に臣民統治機構のやり方に眉をひそめる仲間……同志と言って良い相手だった。カイオスは俗物だが、人をまとめるのが上手くどこか憎めず、分を弁えており、得難い人材だと思っている。

 

 そのカイオスにルディアスを重ね、レミールは毒を吐く。

 

「御自分がただ気持ち良くなられたいだけならば、執務室をお出になり、売春宿にでも行かれたらいかがか?」

「れ、レミール様、何を……?」

「八つ当たりだ。すまんな」

 

 ルディアスに言えなかった言葉を吐き出したレミールは、次はエルトに言う。

 

「エルト、私ではルディアス様を止められなかった」

「いえ、おそらく誰にも止められなかったのでしょう」

 

 エルトは外交の場で小耳に挟んだルミエスの才に注目し、出来れば皇国に招きたいと考えていたのだ。そして、今回の件では同じ女性としてレミールと共にルミエスに同情していた。

 

 ブリガスの上司に当たるカイオスに居心地の悪さを感じさせながら、エルトとレミールはルミエスの幸運を祈った。

 

 

 

 

 ────中央暦1639年11月18日 アルタラス王国 王都 ル・ブリアス 王城アテノール城

 

 まさか敵の皇女に幸運を祈られているなどとは知らない王女ルミエスは、父王ターラ14世に呼び出され王の間に来ていた。

 

「お父様、ルミエスが参りました」

「おお、我が愛しの娘、ルミエス。今、手配を行った。船に乗り早急に王都から逃げるのだ」

 

 ターラ14世はルミエスに駆け寄り、彼女を抱きしめると焦りを滲ませながらそう言った。

 

「何故ですか?」

「パーパルディア皇国が我が国に宣戦を布告してきた……この意味が解るな? 監査軍ではなく、本国の皇軍が来る。質も数も圧倒的な差がある相手だ」

 

 ルミエスは王の言葉に顔色を失った。

 彼女は若年だが聡く、王族として外交の場にも出ていた。各国大使や外交官から聞く列強の正規軍の強さはよく理解していた。アルタラス王国が彼らと矛を交えたならどうなるかも、そして、戦後処理で敗戦国の王族がどう扱われるのかも……。

 それらを理解した上で、国と民を愛する王女は逃げる事を拒否する。

 

「民を見捨て、王女のみ逃げるなど……。民あっての王家ではありませんか、皆に示しがつきません」

「国力差を考えれば、我が国は負ける。王族は皆処刑だ。ルミエスよ、お主が捕らえられたなら、死より辛い運命が待っている。いいから、逃げるのだ。民もきっとわかってくれる」

 

 ルミエスは理解した。父は、王として国と民を守るため戦うのではなく、ルミエス1人を逃すために死のうとしているのだ、と。

 

「お父様……」

「私は、国王としては、暗愚極まるのだろうな。自分の娘だけ逃がして……。しかし、1人の父親として、私と妻が生きた証である娘には助かってほしいのだよ。ルミエス、お父さんの言うことを聞きなさい」

 

 ターラ14世は優しい顔で諭す。そこに王の威厳は無いが、父として断固譲らぬという決意があった。

 

「わ……わかりました……」

「リルセイドを連れて行くとよい、あの娘は良い騎士だ。南海海流に乗れば、ロデニウス大陸にたどり着くだろう。もしも可能なら、ロウリア王国に打ち勝ったという日本国に保護をしてもらえ。噂によれば、日本には優しい民族が住むそうだ。……では、達者でな」

「……お父様も、どうかお元気で」

 

 涙ながらに王の間を後にした王女ルミエスは、この日の夜のうちに騎士数十名と従卒、従者を連れて偽装商船に乗り、王国を発った。

 

 

 

 

 ────中央暦1639年11月24日 アルタラス王国北東70海里

 

 抜けるような空。遠くに南国らしい積乱雲が広がり、風はほとんど無い。凪いだ海面に海鳥が浮かび、のんびりと羽を休めている。

 そんな穏やかな海を、多数の船が白い航跡を引き、南西方向に向かっている。

 

 パーパルディア皇国 皇軍 324隻。

 100門級戦列艦を含む砲艦211隻、竜母12隻にワイバーンロード240騎。地竜、馬、陸軍を運ぶ揚陸艦101隻。

 中央世界を基準として東側に位置する第三文明圏において、他の追従を許さないほどの圧倒的戦力。

 皇軍はアルタラス王国を滅するため、主力の全力出撃を行なったのだ。

 

 旗艦『シラント』の船尾楼で、将軍シウスは海を眺めていた。

 冷血、無慈悲な戦術家。それが部下たちのシウスに対する評価だった。

 

「間もなくアルタラス王国軍のワイバーンの飛行圏内に入ります」

 

 チャートを担当していた航海士から報告があがる。

 

「まだ来ぬか……。対空魔振感知器に反応が出たら竜母から100騎を発艦、迎撃に向かわせよ」

 

 将軍は、対空魔振感知器、いわゆる魔素を利用して飛行するワイバーンを視覚範囲外で発見するために開発された対空レーダーに反応があれば、ワイバーンロードを迎撃に向かわせるように指示を出す。

 ワイバーンロードは、各竜母に20騎ずつ配備されている。

 アルタラス王国海軍は、すでに水平線上に目視できる距離まで迫っている。しかし、まだ距離があるため、戦闘まではまだ時間がある。

 敵に竜母は無く、地上基地から洋上にワイバーンを飛ばしてくるだろう。

 

 最小の被害で最大の効果を。シウスは決して敵を侮る事無く、洋上をにらみつけた。

 

 

 アルタラス王国海軍は、地上基地から来援するワイバーンの戦闘行動半径の中に皇国船団が入るのを待って戦闘を開始した。

 

「間もなく我が艦隊も戦闘に入る‼︎ 総員第1種戦闘配備! いいか、肝に命じろ‼︎ 王国の興廃この一戦にあり‼︎ 各自奮闘努力せよ‼︎」

 

 アルタラス王国海軍、海軍長ボルドの号令下、海戦の火蓋が切られる。

 

 アルタラス王国竜騎士団、騎士長ザラム率いる竜騎士団120騎は、北東方向に展開するパーパルディア皇国船団に一撃を加えるため、対空魔振感知器に引っかからないように低空で、編隊を組んで戦域に進入した。

 

「たとえ国滅ぶ事となっても、横暴な列強に一撃を‼︎」

「アルタラス万歳‼︎ 万歳‼︎」

 

 おそらく生きて帰れぬと分かっている竜騎士は、必死に叫び自らを奮い立たせている。狂乱の中、ザラムは魔通信に向かって指示を出し続けた。

 やがて────

 

「タァーッリホォ────ッ‼︎」

「な、なんて数だぁ」

 

 パーパルディア皇国の艦隊が目に入る。見たことのない大艦隊に、王国竜騎士120騎より多い敵艦に呑まれぬよう、ザラムは声を張り上げる。

 

「敵は多いぞ、的を外すのに苦労してしまうな!」

「違いない!」

「だっはっは!」

「さて……指示どおり、散開‼︎ 各個撃破を徹底せよ‼︎ 後は士長の指示に従え‼︎」

 

 アルタラス王国竜騎士団は散開して、パーパルディア皇艦隊へ向かっていく。しかし、直掩騎が見当たらない。

 ザラムは気付いた。

 

「上から来るぞ! 気を付けろ‼︎」

『後方上空! 太陽の中に敵騎‼︎』

 

 低空飛行が仇となった。積乱雲の陰に隠れて有利な位置に迫る敵騎を見落としたのだ。

 皇国のワイバーンが太陽を背にして突っ込み、導力火炎弾をアルタラス王国竜騎士に放つ。一航過で120騎中60騎以上が撃墜されてしまった。

 

「畜生‼︎」

 

 アルタラス王国の竜騎士団とパーパルディア皇国ワイバーンロード部隊では速度差がありすぎて、全く追いつけない。上昇限度も違うらしく、アルタラス王国軍竜騎士団は高空から一撃離脱をかけられ、ザラムも炎に焼かれ墜落。

 アルタラス王国竜騎士団は、戦闘開始から30分ほどで全滅した。

 

 

 

 上空支援の無くなったアルタラス艦隊に対し、パーパルディア艦隊は2kmまで接近。砲戦を開始した。

 アルタラス艦隊は風神の涙と爆裂魔法を組み込んだ『風神の矢』という武器を使用して一矢報いたが、それだけだった。

 炸裂する砲弾と長射程の砲。風神の矢すら弾き返す対魔弾鉄鋼式装甲。アルタラス海軍艦をはるかに上回る船脚。

 あらゆる面で優るパーパルディア戦列艦の前に、アルタラス王国戦列艦は全滅。アルタラス王国海軍長ボルドは艦隊と運命を共にした。

 

 

 第3文明圏最強の国、列強パーパルディア皇国軍は、アルタラス王国海軍を撃破し、アルタラス王国の王都ル・ブリアスを落とすため、揚陸地点のあるル・ブリアスの北約40km地点へ向かった。

 

 

 ──アルタラス王国 ル・ブリアス 北約40km地点

 

 海岸と荒野が広がるこの場所は、人が隠れる場所は何処にもなく、井戸を掘れば塩水が湧き、植物は育たず。魔石鉱山も無いため、人々に放棄されている。

 しかし、海岸線は広く、パーパルディア皇国からすると揚陸するには適していた。

 パーパルディア皇国軍は入念なワイバーンロードの上空偵察の後、さしたる苦労も無く同場所に海岸堡を確保、野営陣地を構築した。

 

 一方のアルタラス王国軍は国王ターラ14世自らが出陣し、ル・ブリアスの北方10kmに陣を展開した。兵数約2万。

 アルタラス王国軍は、王都北方約40km地点に海岸堡を築いたパーパルディア皇国軍陸戦部隊約3,000の撃滅を企図している。

 敵3,000に対し2万。通常であれば圧倒的な戦力差となる。圧倒的な戦力差の前では、少々の戦術の差など大した影響は無い。しかも、遮蔽物の少ない荒野に敵は布陣している。

 相手が通常国であれば、勝ったも同然と言えるだろう。

 しかし、相手はこの世界に5カ国しかいない列強である。

 

「今回は勝つだろうが、油断は出来ないな……」

 

 アルタラス王国、国王ターラ14世は重い石を飲み込んだような気分になりながら出陣の支度をする。

 アルタラス王国海軍はすでに無く、敵に上陸を許してしまった。魔通信が途切れるまでの内容を精査した結果、さしたる損害も与えられずに全滅してしまったようだ。

 王国のために必死に戦い、散っていった兵たちのために、王は祈りを捧げる。

 家族もいただろう。親がいた者、子がいた者、婚約者がいた者もいただろう。皆、生きて帰りたかったに違いない。

 しかし、彼らは王国のために殉じた。

 王は思う。忠勇な兵士達に報いるためにも、今回の敵を必ずや退け、残されたの家族のために何かしてやらなければ。

 

 列強を敵に回したため、味方してくる国はない。

 王は民と国とを全て背負い、戦場へと向かう。

 

 

 

 

 ────中央暦1639年11月27日午前 王都ル・ブリアスの北約20km ルバイル平野

 

 パーパルディア皇国軍は海岸線沿いを南下、侵攻を開始した。

 ワイバーンロードによる前方偵察によってアルタラス王国軍の態勢を把握し、堂々と前進していく。

 行軍隊列の前方に『リントヴルム*1』と呼ばれる像の2倍近くの大きさの竜が32頭配置されている。パーパルディア皇国にしか住まないと言われる、4足の地竜である。

 皇国の拡大期は、この地竜を操ることによって訪れた。機動力ではワイバーンに遠く及ばないが、矢はもちろん、バリスタさえも通さない硬い鱗を持つ地竜の登場により、皇国の陸軍は他国を圧倒し始める。

 皇国がエルフを祖とする第三文明圏の頂点に登り、列強と呼ばれるようになったのはこの地竜の運用があってこそだ。

 パーパルディア皇国は地竜の他に、車輪付き砲架に搭載した炸裂式砲弾を装填する馬匹牽引砲も配備している。

 歩兵にはフリントロック式のマスケット銃が支給され、球形の弾を放つ。

 最新装備で固めた精鋭3,000名だ。

 

 

 草1本生えていないルバイル平野。高低差はなく、遠くまで見渡せるこの荒野でアルタラス王国軍2万とパーパルディア皇国軍陸戦隊3,000が約2km離れて向きあう。

 国王ターラ14世は必勝の信念を持って宝剣を抜き放ち、前方へ向けて吼える。

 

「パーパルディア皇国はもはや国に非ず‼︎ 他者を飲み込み破滅を撒き散らす怪物と化しておる‼︎ 全軍突撃‼︎ 皇国の伸びすぎた鼻をへし折ってやれ‼︎」

 

 国王の咆哮とともに雄叫びが上がり、土煙があがり、アルタラス王国の槍、弓を持った騎兵隊が先陣をきる。

 その時だった。

 

SHWO SHWO QWAK!

DOM! BAOM!

 アルタラス王国側の陣で爆発が起こる。パーパルディア砲兵が先手を打ったのだ。

 

「まさか、魔導砲か‼︎ 固定砲や船のみではなく、人が運べるまでに軽量小型化したというのか⁉︎」

 

 着弾地点近くにいた兵がダース単位で消えていく。

 しかし、爆発の間を縫うようにアルタラス王国兵は皇軍に向かって進む。

 それを阻むように、ワイバーンロードによる上空からの導力火炎弾の嵐が吹き荒れた。

 度重なる爆発と火炎弾に多数の兵を失いながら、アルタラス王国軍は前進を続ける。

 

「止まるな‼︎ 突っ走れ‼︎」

 

 ──前へ‼︎ ひたすら前へ‼︎

 止まれば死ぬ。退がれば国が滅びる。

 導力火炎弾によって焼かれる兵。しかし面制圧は出来ないため、弾の当たった箇所の兵が倒れるのみである。

 

「ウオォォォォォォォ‼︎」

「アルタラス万歳‼︎」

 

 凄まじい土煙を上げて前進そるアルタラス王国軍の前方には、横一列にならんだ地竜の姿が見える。

 大きい。しかし、その数はたったの32頭、竜と竜の間の間隔も50m近くあり、間を抜ければ問題なさそうだ。

 

「数で圧倒している‼︎ 押し倒せ‼︎」

 

 騎兵は弓を持ち、地竜に狙いをつける。

 ──WWHIIP!

 矢は風を切り、地竜に向かい飛んでいく。しかし

 KAM! KIM!

 当たった矢のすべては、地竜の鱗に当たり硬質な音とともに跳ね返された。

 

「ちっ‼︎ デカブツに構うな‼︎ 間を抜け、後方の敵に突っ込むぞ! いけぇぇぇぇぇぇ‼︎」

 

 アルタラス王国の騎兵指揮官は、リントヴルムを知ってはいたが実物を見たことは無く、その戦い方も知らなかった。ワイバーンと同程度の攻撃力と見積もり、突撃を敢行する。

 その時、横1列に並んだ地竜の口内が光し始める。

 

「導力火炎弾か‼︎」

 

 それは火炎弾ではなかった。

 横1列に等間隔に並んだ地竜は、射程距離は短いが面制圧が可能な導力火炎放射を行なった。

 火炎は口から拡散し、広範囲に地面と敵を焼く。地竜は首を振りながら、攻撃範囲をさらに広げる。

 勢いをつけていたアルタラス王国騎兵隊は地竜の火炎放射の中に突っ込む形となった。

 

「ギャーッ‼︎」

「ワァァアアー‼︎」

 

 火だるまとなって転げまわる兵と馬。そこに後続が突っ込み、酸鼻をきわめる。

 火炎の制圧範囲が広すぎるため、アルタラス王国軍は一時進軍を停止し、逆に地竜は少しづつ進みながら、首を振って火炎をばら撒き続ける。

 その火炎放射のタイミングを見計らい、間を抜けたアルタラス騎兵が300騎ほどいた。

 

「抜けたぞッ‼︎」

「皇国軍め、ブッ殺してやぁぁある‼︎」

 

 アルタラス騎兵はパーパルディア皇国軍に迫る。槍の穂先が敵に届くかに見えた、その瞬間。

PAM! PAPAPAPAM! PAM! PAM!

 パーパルディア陸戦部隊の陣から、白い煙が上がる。その煙が消えもしないうちに、アルタラス騎兵たちがバタバタ倒れる。

 

「な、何が起こった!」

 

 PAPAM! PAPAPAM!

 さらなる攻撃。地竜の間を抜けた騎兵たちは、皇国銃兵隊が持つマスケット銃の一斉射撃により全滅した。

 アルタラス王国軍の前進は完全に停止する。

 そしてそこにさらなる悲劇が起こる。

 王国軍陣地の中で、猛烈な爆発が連続して起こったのだ。

 

「まさか‼︎」

 

 王は海の方角を見る。

 パーパルディア皇国の戦列艦が陸戦隊の支援のため、アルタラス王国軍に艦砲射撃を行っていた。戦場は海岸線から1kmも離れていないのだ。

 浅瀬を避ければ射程外になるとアルタラス王国側は考えていたが、パーパルディア皇国の魔導砲は王国で使用しているモノより射程距離がはるかに長大だったのだ。

 100門級戦列艦を含む砲艦100隻による艦砲射撃は、アルタラス王国軍の展開する陣地に砲弾の雨を降らせる。パーパルディア皇国側は、これを計算して戦場を選んでいたというわけだ。

 恐慌状態に陥り、アルタラス王国軍は総崩れとなった。

 

 ターラ14世は退却中にワイバーンロードの火炎弾を受け戦死、アルタラス王国は3日でパーパルディア皇国の手に落ちる事となる。

 

 

 

 ──アテノール城

 入城したシウス将軍は戦後処理に取り掛かる。

 

「王家の関係者は全員逮捕する。初回逮捕者は1万5千人だ……となると、とてもではないが処刑も投獄もしてられんな。王家の一族だけ身柄を拘束し、あとは放置する」

「よろしいので?」

 

 陸戦隊長バフラムが、シウスに疑義を唱える。

 

「ルディアス陛下は王族は皆殺しにして晒せと……処刑もしないなどとは」

「現場の判断だ。『それが統治に必要だと判断した』のだ。ブリガスが許されて我々が許されない道理はないだろう」

「はあ……」

「それに」

 

 シウスは冷酷ではあったが、人でなしではなかった。

 

「死人を見すぎたな。私ともあろうものが……戦うのが嫌になってきた」

 

 アルタラスの民は労働力として生き長らえることとなる。

 そして、王族は処刑されず幽閉され、民衆へ対する人質として機能することになった。

 

*1
全体的に丸い体躯、胴から伸びた首の先に亀のように三角の頭を持ち、尾はトカゲの尻尾を短くしたようなもの。パーパルディア国旗(書籍2巻表紙)に描かれているのがそうだといわれているが、国旗の地竜は尾が長い



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ロウリア始末記

 

 ──中央暦1639年 9月某日 日本国

 

 防衛省の談話室にて。自衛隊制服組トップの統幕長、斎藤三弥は小林陸将と伊東2佐と共に休憩していた。

 

「ようやくロウリア軍が片付いたと思ったが、地域の安定はまだまだ先だ。……タバコ持ってたら1本くれないか」

「統幕長、禁煙はどうしたんです?」

「肺ガンの心配より、ストレスをどうにかする方が先だ。ロデニウスの後始末はどうなってる?」

 

 斎藤に尋ねられ、伊東が資料を見ながら答えていく。

 

「東部諸侯は自衛隊と連携して上手く治めていますが、西方は混乱しています。分離独立の動きがあるとか」

「独立したいというのなら、昔の国境線を復活させてやれ。だが、武力に訴えるようならロウリア軍に鎮圧させろ」

 

 日本にはロウリアを滅ぼす意思はない。むしろ、日本がクワ・トイネ公国とクイラ王国に対する影響力を維持するためには、ロウリア王国のような分かりやすい脅威が存在した方が都合がいい。

 戦後処理が進みつつあるが、クワ・トイネ公国からロウリア王国に対して過剰な要求が行われないように日本が睨みを利かせる予定である。……もっとも、睨みを利かせるまでもなく、クワ・トイネ公国側は『戦ったのも勝ったのも日本国である』と考えて謝罪と賠償、補償金以上の要求は出さなかったが。

 

 ハーク・ロウリア34世についても、直接的に虐殺を指示した事実は無かったので、幽閉するだけに留まり、王位の剥奪すらされていない。

 100万近い軍勢を整備し、その軍を使い軍事道路を全国に張り巡らせ、開拓をさせ、軍にパーパルディア式教育を施して一兵卒まで簡単な読み書き計算が出来るようにし、国家への帰属心を芽生えさせた。こうして見ると、ロウリア王は日本の政治家よりよほどマトモな政治家ではないか。殺すには惜しい。

 それに、王を処刑するとロウリア王国がどんな行動に出るか予想がつかない。

 よって、王は王のまま生かされている。

 

 

 では、戦争犯罪の責任を取るべき人物──前線指揮官でありギムの悲劇を引き起こした張本人はというと……。

 

「アデムというロウリア軍の指揮官ですが、遺伝子レベルで他の人類と異なる点があるそうです」

 

 捕虜となったアデムはすぐに治療を受けることになったが、血液型の概念すらないのでまずはサンプルを採取していた。そして、治療の最中に異常が明らかになっていく。

 

「治療にあたった医官が過去の治療痕を発見し、全身を調べた結果、頭部に切開手術の傷跡を確認しました。現地の医療魔導師協力のもと調査しましたが、ロデニウス大陸どころか第三文明圏では不可能な施術レベルです」

 

 調査に協力した現地人、プシロキベは魔導的にも異常があると指摘していた。

 魔法による導力波や魔素の振れとは違う()()()()()()を、アデムが放っているというのだ。

 

「何らかの波動って何だ?」

「分かりません。我々の科学でも、ロデニウスの魔法でも定義不可能です」

「……貴重なサンプルを殺すことはできない、か」

「はい」

 

 虐殺の責任を取らせるべき相手が、高度な医療技術を持つ未知の文明の存在を示唆している。これでは処刑できない。

 

 

 では、アデムの上官だったパンドールはどうか?

 ダイタル基地にて捕虜ではなく客人扱いを受けているパンドールだが、ロウリア王国が敗戦し、アデムが行なったギムでの虐殺の責任を取らされるかも知れないと噂になった。王の勅命で罷免されたとはいえ、部下の暴走は罷免が公表される前に始まっていたからだ。

 理不尽な話に同情する大内田がパンドールの下を訪れたが──

『部下の行為の責任は全て指揮官である私の責任だ。貴官に同情してもらうつもりは毛頭ない』

 ──と、言い切った。

 これには大内田もハッとさせられた。

 指揮官かくあるべしと感じ入った大内田は、パンドールを死なせまいと行動を起こす。

 また、かつてパンドールに散々煮え湯を飲まされたクイラ王国からもパンドールの助命嘆願書が日本に送られてきた。

 ドワーフや獣人は、敵であっても強く偉大な存在には敬意を表するのだ。

 

 まさか海軍のシャークンに虐殺の責任を取らせるワケにもいかず、結局は賠償を上乗せさせることとなる。

 

 

 その結果、ロウリア王国は財政難に陥ってしまい多数の軍人が解雇される。

 治安機関としての軍の縮小と、職にあぶれた元軍人の存在による治安悪化は簡単に予測できた。

 日本はロウリアの破滅を願ってはいない。しかし、ロウリア王国内で紛争が起きてロウリア人が何万人か死のうが『悲惨だね』の一言で終わる話ではある。

 ……ではあるが、政情不安なロウリアから難民や野盗、テロリストがクワ・トイネに侵入してクワ・トイネまで不安定になるのは困る。

 なので、日本国は縮小したロウリア王国軍でも治安を維持することができるよう、ある程度の装備品を供与することにした。

 

 転移により輸出先が消滅した自動車と狩猟用小火器、航空機を供与し、その整備工場と付属施設を設置。さらにメーカーの人員警護を理由に警察と自衛隊の駐留を認めさせた。

 この動き(特に自衛隊の海外展開拡大)に野党は反発しようとしたが、在庫を少しでも捌きつつ社員の安全を確保したい自動車メーカーに睨まれては反対できるはずもなかった。

 また、クワ・トイネ公国とクイラ王国にもロウリア王国贔屓だと反発する者がいたが、ロウリア王国に進出するのが整備修理工場のみで、クワ・トイネ公国とクイラ王国へは自動車や艦船、航空機の生産拠点そのものを整備する予定だと発表されると反発は消えた。

 

 

 

 さて、戦後処理は敗戦国側だけでなく、戦勝国となったクワ・トイネ公国内でも行われた。

 

 戦死者の埋葬と遺族への通知。見舞金の支給。

 避難民の帰還や新たな居住地への転居。

 武功を挙げた者への叙勲。

 

 そして、軍規に違反した者への処罰。

 

 

 ──城塞都市エジェイ

 非常招集されていた軍人は郷里に帰り、エジェイに逃げ込んでいた難民もそれぞれの村に戻るか新天地へ向かうかしたため、一時期ほどの騒がしさはない。

 街中は市民が賑やかに暮らしているのだが、市街を見下ろす位置にある城までは喧騒は届かず、城内は落ち着いていた。

 その静かな廊下を、重装の騎士に左右を固められたモイジが歩いている。

 武器を取り上げられ手錠を付けられたモイジは、第3法廷と書かれた部屋へと通され、部屋の中央にある台の上に立たされる。

 部屋では正装を身に纏った騎士や将軍がモイジに相対していた。

 

「被告人、モイジ」

 

 勲章をいくつか増やしたノウ将軍が口を開く。

 

「被告人の罪は3つ。一つ、停止命令を無視しての前進、服従義務の放棄。一つ、部下と友軍を命令違反に巻き込んだ、脅迫、扇動、越権行為。そして日本国から告訴された、娘を放置して復讐に走った、保護責任者遺棄。以上3つの罪で有罪である」

 

 判決文を聞くモイジは悲しそうな表情を浮かべた。特に、娘を置き去りにしたことを罪だと指摘された瞬間には、うなだれていた。

 

「本法廷は、被告人に対して無期限強制労働を言い渡す」

 

 

 

 

 ────日本国自衛隊ダイタル基地

 

 正門前道路には日本からロウリアへ供与される車両と、武器弾薬を満載したトラックが列をなしている。

 その車列の護衛に駆り出されたオメガチームは、ボロい中型トラックの荷台から基地内を眺めていた。

 

「獣人って可愛いですよね」

 

 見送りに来た獣人に手を振られ、手を振り返しながら田中が言う。

 

「やめとけよ、獣人はおっかないんだ。あいつら降伏した敵の皮を剥ぐんだぜ」

「そうだぞ田中。浮気がバレて八つ裂きにされる」

「ちょ、なんで浮気する前提なんですか」

「田中だからだよ」

 

 田中が小松と平岡にからかわれていると、運転席に座る江須原が窓から顔を出して声をかける。

 

「みんな楽しそうだな。運転代わってくれないか?」

「いやだよ。俺、中型免許ねぇもん」

「くっそ、手当も付かないのに免許取るんじゃなかった」

「ははは」

 

 

 

 エジェイに避難していたエルフの兄妹、パルンとアーシャはクワ・トイネ公国政府の保護を受けつつ、荷馬車の御者見習いをして生活していた。

 そしてこの日、ダイタル基地に小麦粉を運ぶ馬車を引いて基地内に足を踏み入れた。

 

「わぁ……‼︎」

「すごい! 太陽神の使者様の鉄車があんなに‼︎」

 

 ずらっと並ぶ自動車の群れに感嘆するアーシャとパルン。2人の様子を微笑ましく見ていた荷馬車のオーナーは、警衛所の受付に見学の許可を取って2人に見ていてよいと伝える。

 パルンはアーシャと手を繋ぎ、車列の近くへ向かった。

 

 ピカピカと光を反射する真新しい鉄車に、無骨な荷台を持つ大型鉄車。

 周りで見物していた獣人──ギムに住んでいた獣人から、ロウリア王国に山賊退治に向かうらしいと聞いたパルンは目を輝かせる。

 

(やっぱり太陽神の使者様たちはすごい! この前まで戦っていた敵国を助けるために行くだなんて‼︎)

 

 ロウリア王国の政府と軍に恨みはあっても、ロウリア王国に住み暮らす一般の人々に罪は無い。……とは言っても、頭では分かっていたとしても、もっと色々あるはずなのだが、そこは日本国への信頼というか盲信というか、ロウリアへ対する思い以上に日本国がやる事への賛美が上回っているのだ。

 一部のクワ・トイネ公国人は、日本の狂信者となっていたと言って良い。

 

 目をキラキラさせて車列を眺めていたパルンの袖を、アーシャが引っ張った。

 

「お兄ちゃん、あのお姉ちゃん……」

「うん?」

 

 そちらに目をやると、獣人の少女が複雑な面持ちで車列を見つめていた。

 ──お父さん……──

 少女の口が動き、瞳から涙が零れる。

 パルンは放っておけず、少女の方へと歩き出していた。

 

 

 モイジはノウ将軍と日本国の計らいにより、騎士身分のままである。平服に帯剣を許されている彼は、乗せられたバスの車窓から外を見ている。

 

「声をかけなくて良かったんですか? 少しなら時間は有りますが」

「いいんだ。父親として、オレが出来ることは黙って離れることだけだ」

 

 護送の騎士に喋りかけられたモイジは、窓から視線を外す。視界の隅で、娘にエルフの少年が話しかけていた。

 

「手紙などは検閲しますが、届けることができます。騎士としての給金は……」

「娘に渡してくれ」

「分かりました。……御武運を」

 

 護送の騎士はここまでである。

 モイジは独り、護送のバスに揺られてロウリア王国へと向かうことになる。

 

『発車します。ご注意下さい』

 

 車列が動き始めると、モイジは顔を伏せて目を瞑った。座り心地の良いフンワリと柔らかく温かなシートに、僅かな振動。しばらくするとモイジは寝息をたて始めた。

 

 

 

 

 ──中央暦1639年10月 ロウリア王国 王都ジン・ハーク

 

 若き将軍パタジンと、その右腕と名高いカルシオは治安部隊からの報告書類を見て溜息をつく。

 

 莫大な戦後賠償金を捻出するために軍を縮小した。そのせいで軍人と、軍人相手に商売をしていた数多くの人間が職を失った。

 武力により抑え込んでいた西部旧諸国域は叛乱を起こし、元軍人を中心とした暴動が各地で起きた────はずだった。

 

 

 再独立ついでに弱体化したロウリア王国から領土を掠め取ってやろうと、昔の国境を踏み越えて前進した旧諸国の軍隊。

 当然、兵たちは獣欲に従い領土以外のモノも奪うつもりで前進していた。そんな彼らの前に日本国の鉄竜が飛来し、警告を行なった。

 

《我々は日本国自衛隊である‼︎ 西部諸国の勇士に告げる‼︎ 貴君らの祖国の独立は保証されている‼︎ ただちに矛を収めて帰国されたい‼︎ それ以上の前進は地域の平和を脅かす行為であり、認められない‼︎》

 

 鉄竜に驚き逃げ出す者が大半だったが、一部の者は前進を続けた。その者達の前方に鉄竜は光の矢を放ち、炎の壁を出現させたのだ。

 

《再度警告する‼︎ ただちに引き返せ‼︎》

 

 ワイバーンを遥かに凌駕する火力を前に前進企図を砕かれた軍団は引き返し、領土拡大どころか再独立の気運すら萎んでしまったらしい。西部諸国域からは弁解の書簡が届けられ、これまで通りロウリア王国の統治下に収まるので攻撃しないで欲しいと嘆願すらされた。

 

 

 ロウリア王国内では治安部隊が駆け回っている。

 復職したパンドールが『TOYOTA』という浮彫(レリーフ)を施された鉄車を駆り、隊を率いて西へ東へ走り回り、軍人崩れの破落戸(ゴロツキ)がいると聞くと説得して開拓村に世話してやり、野盗が出ると聞けば寝ぐらを突き止めて襲撃した。

 

 

VVRROOOM

 城の窓から見える空には、導入されたばかりの飛行機械が編隊を組んで飛んでいる。

 訓練機といわれていたはずのソレですら、ワイバーンより速く、高い空を自由に飛んでいた。

 戦闘機と呼ばれる飛行機械はより強力で、攻撃的な武器を多数搭載するのだという。

 

 

 パタジンは、日本軍による攻撃を受けた日にハーク・ロウリア34世と行った会話を思い出した。

 

『パタジンよ。もし、列強パーパルディア皇国が今回のように港と王都上空に侵攻したとして、今回ほどの被害になると思うか?』

『恐れながら陛下、列強国は別格でございます。かの国が今回の相手であれば、魔導戦列艦とワイバーンロードの攻撃により、おそらく今回の数倍の被害を受けていたでしょう』

 

 今思い返せば勘違いも甚だしい。

 日本国がポンとくれた機械や武器は、パーパルディアを超えるどころかムーやミリシアルの兵器すら凌駕するのではないだろうかと思える。

 しかもそれが最先端の技術を使用した軍用ではなく、一般流通用であったり、整備拠点が無い地域で運用するための簡易版という名の劣化版だという。

 もし、日本国が本気でロウリア王国を攻めていたなら、港と王都どころか国全体が焦土と化していたに違いない。

 

 そして、パタジンの胃を痛めつけているのが、その『ポンとくれた』武器が日本人に向けられないか監視するために、日本国自衛隊がロウリア王国に駐屯するということだ。

 

「カルシオ、私に代わり大将軍になりたいと思わないか?」

「思いません。ミミネル大将軍かヤミレイ様に頼まれては?」

「ミミネル閣下は老齢を理由にして半ば引退。ヤミレイ殿は負傷を理由に楽隠居をしておられる」

 

 ロウリア王の下で国の舵取りをしていた2人は、もはやトップに立って国を引っ張っていく気概を失っていた。

 

「では、シャークン閣下かパンドール閣下に」

「シャークン閣下は海軍の再建に忙しく、パンドール閣下は日本式教練の普及と治安活動で忙しい」

 

 シャークンは海軍の再建と、日本と協議しつつの海洋法や航海ルール策定に追われている。

 パンドールは自衛隊から銃器の扱いと、銃に対応した戦術を教わっていて忙しい。

 パタジンに代わる者はいないのだ。

 

 そこに伝令がメモを手にやって来た。

 

「プシロキベ様から報告です。日本国から、治癒魔導師の留学受け入れは可能という返答を受けたそうです。300人程度の受け入れを考えていると……」

「300人⁉︎」

 

 パタジンは叫んだ。そんなに治癒魔導師を外国に送り出しては、王国の医療が崩壊する。

 

「カルシオ、ゼロを1つ削って発表を……」

「いけません。あの日本国ですから、すでに300人受け入れる態勢を整えているかもしれません。そこに30人しか送らなかったら、日本の顔を潰します」

「うぐっ、どうしたら……」

 

 ロウリア王国の安定はまだまだ遠い。

 

 

 

 

 ──中央暦1639年10月下旬 ロウリア王国西部

 

 かつての独立国を周っていた日本の外務省職員が2人、武装した男たちに拉致され廃村に連れて行かれた。

 廃村の広場の真ん中で身包み剥がされ、縛られて殴られる職員。

 

「俺たちは、日本国外務省職員だ‼︎」

「知ってるぞ。お前たち日本人は金持ちだ。それに軍が縮小したのも、俺がクビになった原因だってこともな」

 

 野盗の中に混じっていた、騎士然とした鎧を纏った男が嘯く。

 

「お前たちを人質に日本軍を誘き寄せてやる」

「お頭、欲しいのは金だよ」

「金持ちから奪うのは楽しいぞ」

「ははははは!」

 

 野盗に身をやつした騎士と軍人崩れ。統制が取れており、場数も踏んでいるため地方領主の私兵では手に余る存在だった。

 しかし場数を踏んでいるとは言っても彼らは西方駐留部隊所属で、新時代の戦争には触れていなかった。

 もし、東方征伐軍にいたのなら解雇で済んだことを神に感謝し、畑でも耕して暮らしていただろう。

 

「ウグッ⁉︎」

 

 広場の外側からくぐもった呻き声が聞こえ、血の匂いが漂った。

 野盗たちは下卑た笑いを引っ込めて得物を抜いて身構える。そこに、強烈な光が浴びせられた。

 

「な、なんだ⁉︎」

《こちらはロウリア王国軍である! 武器を捨て投降せよ‼︎》

 

 忍び寄った音の静かなハイブリッドカーがヘッドライトを点灯し、野盗の目を眩ませる。

 オメガとパンドール配下の兵団が辺りを包囲していた。

 

「畜生、囲まれた‼︎」

「お頭、人質を──オゴッ⁉︎」

 

 外務省職員に近寄ろうとした男が頭を撃ち抜かれて倒れる。

 頭目の元騎士は、観念したかのように剣を構えていた右手を下ろし……左手で魔石を投じた。

 

「逃げろ‼︎」

 

 魔石から煙幕が生じて辺りを包み込む。

 

「逃すな‼︎」

「撃つな‼︎ 人質の確保が先だ‼︎」

 

 混乱して同士討ちを恐れている間に広場から逃げようとする野盗たち。しかし仲間内でもっとも脚の速い男が、煙幕を抜けた瞬間に真っ二つにされた。

 

「なっ⁉︎」

「お、お前ッ、クワ・トイネの猛将モイジ‼︎」

 

 モイジが獣人特有の感覚の鋭さを活かして先回りし、大剣を振るったのだ。

 

「ウォォオ‼︎」

「ギギャッ!」

 

 獣人騎士に、ただの軍人崩れが勝てるわけがない。野盗たちは2人3人と叩き切られていく。

 

「ひッ、ヒィ⁉︎」

 

 頭目は薄れてきた煙幕の中を別方向へ向かう。その先に、鎧を身に付けず薄汚い緑色の服を着た男がサーベルを手に立ち塞がる。

 

「どけぇェェ‼︎」

 

 獣人騎士と斬り合うよりはマシ。鎧を着ていないから雑兵だろう。そんなことを考えながら斬りかかった頭目は、奇妙な浮遊感を味わった。そして、不思議な光景を目にする。

 首の無い誰かの身体が地面に倒れ込む光景を不思議に思ったのを最後に、頭目の意識は永遠に途絶えた。

 

 

「池田1尉、ご無事ですか?」

「ああ。何ともないよ」

 

 事もなさげに刀を鞘に納める空挺団の池田を見て、オメガチームも感嘆する。

 

「俺たちも白兵戦の訓練しないとな」

「えー?」

 

 その傍らで、諦めて投降した野盗が縛り上げられていた。

 

 周囲の捜索も終わり、明け始めた空の下でパンドールは兵士から報告を受ける。

 

「将軍。殺害確認戦果18、捕虜は7名です。また、周辺捜索で行方不明になっていた行商人一家と見られる5人の遺体を発見しました」

「分かった」

 

 パンドールは冷たい眼で拘束された野盗を見た。目の合った野盗が吠える。

 

「俺たちは悪くねぇぞ‼︎ 悪いのは死んだ連中、敗けた連中だ! 弱いのが悪いんだ‼︎」

 

 その男はかつて軍人だった。男の属していた軍団は常に勝ち、1度も負けたことがなかった。しかし国は敗け、軍団は解散し、男は職を失った。

 

「俺たちは負けちゃいねぇ! お前たちが東方で負けたのが悪いんだ‼︎ 弱っちい負け犬から俺たちが奪って、どこが悪い‼︎」

「全部だ」

 

 パンドールは日本国と戦わずに済んだ幸運を理解しない男の首を刎ね、話を終わらせた。どうせ死刑なのだ。

 

 残りの捕虜は調書作成のために殺さない。今はまだ、だが。

 パンドールはトヨタのピックアップに乗り込み深く息を吸って吐いた。

 

(日本国の転移があと50年早ければ、ロウリア王国も私も、今の男の運命も違っていただろうな)

 

 下らない感傷を手向けに、部隊は現場を後にするのだった。

 




勝手な個人設定 ──原作とは無関係です
 そもそも、ロウリア王国で行われていたのは亜人排斥ではなくヒト種保護政策だった。これは、荒涼なロウリアの大地では『身体能力に優れた獣人』『魔法適性の高いエルフ』『頑健な肉体を持ち地中生活に耐えられるドワーフ』に対して『身体能力は並』『魔法適性も高くなく』『脆弱な肉体で地表生活せねば健康を損なう』というヒトを保護する政策だった。
 それがいつの間にか変質し、保護政策が優遇政策と名前を変え、亜人を見下すようになり、ハーク・ロウリア32世の時代には亜人殱滅を掲げるまでに狂ってしまった。
 パンドールの思考では、日本国の技術が50年早く伝わっていたなら、ヒトは身体能力や魔力に頼らず多種族と肩を並べられ、保護も優遇も必要無く、亜人差別に向かうことも無かった。

 ────あくまで本作中のみでの設定です。


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アルタラスの残照

 ──中央暦1639年11月27日 ロデニウス大陸北方洋上

 

 ロウリア王国の竜騎士、アンドレイとユーリーはそれぞれ訓練用の単発機を操縦して洋上航法の訓練をしていた。

 

《ユーリー、どうしてこの機体には武器がついていないんだろうな?》

「飛行訓練用の入門機だからだって説明を受けただろう、アンドレイ。飛べるようになるための機体であって、戦闘用じゃないんだ」

《ああ、そうだったな。より強力な戦闘用飛行機械、か……。楽しみだ》

 

 アンドレイとユーリーはロデニウス沖海戦において、海上自衛隊の護衛艦みょうこうの対空射撃で撃墜されていた。

 最初のミサイル攻撃を受けた際に低空へ降下したことと、直撃ではなく至近弾で撃ち落とされたために2人の命は助かったのだ。……相棒のワイバーンは助からなかったが。

 

《なあユーリー、そろそろ戦闘機動をしたくならないか? 腕が鈍る》

「やめろアンドレイ。通信はモニターされてるんだぞ。この前の王都上空飛行で叱責されたばかりだ。次は叱責じゃすまない」

 

 自衛隊はロウリアの訓練を監視し、いざという時の救助あるいは始末のために待機している。

 

 ロウリア竜騎士隊の単独飛行は、訓練期間から考えるとタイミングがかなり早い。

 これは、もともとワイバーンに跨っての戦闘を経験していたことによる。

 高度1,000mを時速200km以上、吹きさらしで命綱1本を頼りに飛ぶ。しかもワイバーンの機嫌を計りながら。

 ワイバーンは生き物で、しかもある程度の知能がある。

 竜騎士との相性によってはまともに言うことを聞かなかったりするし、体調によっては高く飛ぶのを嫌がったりすることもある。

 

 アンドレイのような竜騎士にとって密閉風防を持ち動かしたいように動かせる飛行機は、計器類の見方を覚えて失速に注意すればワイバーンよりはるかに楽な乗り物だった。

 

 ワイバーンが好きなユーリーは少し寂しいという思いはあったが、やはり扱い易さでは飛行機の方が上だと認めている。

 

 洋上のポイントで翼を翻し、アンドレイとユーリーは帰路に着いた。海岸線が見えて来ると、目標に設定した地形や村落を探すのだが……。

 

「アンドレイ、河口近くの村から煙が上がってるのが見えるか?」

《ああ、見えてる。火事だ》

 

 それはただの火事ではなかった。海岸にはボートが乗り上げ、沖合に母船らしき数隻の帆船が見える。海賊による放火だった。

 

《陸軍は何をやってるんだ⁉︎》

「海賊の相手は海軍の領分だ。海軍の再建はまだ先だ」

 

 

 ロウリア王国は日本国からの支援により安定しつつある。しかし、ロウリアの外となると話は別だ。

 ロウリア海軍は日本国自衛隊が派手にぶちのめしてしまったため戦争中には多数の戦死者を出し、戦後には多数の依願退職者を出した。そのために予算不足による海軍の縮小はスムーズに進んだが、その分航路の安全が脅かされている。

 

 

 

 ──王都ジン・ハーク近郊 日本国自衛隊ロウリア王国派遣部隊駐屯地

 

 軍縮により解散したロウリア王国陸軍部隊の宿舎を利用した駐屯地。オメガチームはそこで暇を持て余していた。

 訓練後、与えられた部屋ですることもなく引きこもる小松、平岡、江須原たち。

 

「クワ・トイネは良かったよな。メシは美味いし電気はあるし……、ここじゃ電気が無いからDVDも見れねェもん」

 

 簡易ベッドに寝転んで愚痴を言う小松に、平岡が同調する。

 

「だな。街に出ても文字が読めないから買い物にも困るし、観光するところも無い」

「平岡、こんなところで何買うんだよ」

 

 そういえば、と江須原が話に加わる。

 

「ロウリアの連中が、竜の酒って飲み屋が安くて美味しいって言ってたな。冷えたビールを飲めるらしい」

「へぇ、いいじゃん」

 

 ちょうどその時、開け放たれたままの入り口から田中が部屋に入ってきた。

 

「田中、今日の晩飯はおまえの奢りで飲み屋な」

「何言ってんですか、出動ですよ」

「……」

「……やれやれ、転属願いを出したくなった」

 

 

 

 

 ──VROOOOM

 オメガチームは数機のMV-22オスプレイに搭乗し、北へ向かって飛び立つ。

 

「どこに行くんだ?」

「海岸線を越えたぜ」

 

「傾注‼︎ ロウリア王国政府から要請があった。我々は海賊を追跡し、拉致された一般人を救出する」

 

 梅本が状況説明を行う。

 

「海岸付近の村落を襲った海賊は5隻。うち1隻に一般人20名ほどが捕らえられている……洋上で移し替えしていなければ」

「海保の仕事だ」

「海保の巡視船、しきしまが急行中だ。しかし警備シフトの都合で立ち入り検査隊などは出せない」

 

 海上保安庁は、ロデニウス大陸近海の調査と警備任務が加わったことと、日本周辺に国交樹立を求めてやってくる文明圏外国の船が増えたため、オーバーワークが続いている。

 しきしま1隻を向かわせるのもかなりの無理をしていた。乗っている人員も、航行に必要な最低限の人員でシフトを回しており、他の船舶に乗り込んで制圧する余裕は無い。

 

 

 

 

 ロデニウス北方の群島海域を、1隻の帆船が進む。

 透き通るような青い空の下、穏やかな風に波は立たず、木々の茂る小島を背景に進む帆船は美しい絵画のように思えた。

 しかしそれも外から眺めればこそ。

 その船──アルタラス王国の偽装商船タルコス号の船上には悲壮感が漂っていた。

 

 パーパルディア皇国の影響圏から脱したとは言えない位置で、食料は足りず、祖国の情報も入らず、乗組員の心には不安と焦燥感が募っていく。

 

 アルタラス王国上級騎士リルセイドは、タルコス号の上甲板で海を眺めていた。

 

「陛下……姫様……」

 

 人間味があり、決して驕らず、民とともにあろうとした王と王女がリルセイドは大好きだった。

 魔法通信の到達範囲外で情勢を知る術はないが、戦争の結果は分かりきっている。

 リルセイドは、王が全てを捨ててでも守ろうとした王女ルミエスを、命に代えても守り抜くと決意する。

 

「ん⁉︎」

 

 そこに突然、群島の影から船が3隻、姿を現わす。帆には砂時計とドクロが描かれ、甲板には作業に不必要なほど多数の人員。

 

「ッ……! 海賊船か‼︎」

 

 リルセイドが戦闘準備の声を上げようとしたその時──

 

「後方より、パーパルディアのフリゲート接近しまぁーす‼︎」

 

 マスト上の見張りが声を上げた。

 

 

 

 ロウリア王国北方に位置する名も無き群島。その周辺を根城とするルーフル海賊団は、最近は獲物が少ないのでやむなく集落を襲撃した。その帰り、偵察のために2隻を分離して略奪品を積んだ3隻は先に帰ることにする。

 そして、ルーフル率いる3隻の海賊船は、思いがけない獲物と遭遇して襲い掛かった。

 

「お頭! あの後ろの船! アレぁパーパルディアの船ですぜ‼︎」

 

 列強の船が護衛についている商船を襲うことに尻込みする部下に、ルーフルは声を張り上げて喝を入れる。

 

「パーパルディアがなんだ! あれだけ離れてちゃ護衛の役にはたたねェ‼︎ サクっとヤッてずらかりゃいいんだ‼︎」

 

 最近、ロウリア王国は日本国との戦いに負けて国力が落ち、商船の航行が少なくなっていたため、この機を逃す手はない。

 

「野郎ども! 行きがけの駄賃だ! 今夜はご馳走といこうぜぇ‼︎」

『オオォォ────』

 

 海賊たちは威勢よく声を上げ、船を増速させた。

 

 

 

 

 パーパルディア皇国 24門フリゲート 私掠船『パルム』

 

 王家所有の半軍船タルコス号とは逆に、個人が所有する皇帝認可の海賊船、それがパルムという船だ。

 その甲板上で、亜麻色の髪の女が望遠鏡を覗いている。

 

「お嬢、奴さん方お取込み中みたいですが、どうしやす?」

「アルタラス王家お雇いの船乗りが、どれほどのものかお手並み拝見といこう。あと、お嬢はよせ。頭領と呼べ」

「アイ、マム」

 

 からかうような敬礼をする悪人面の古参水兵に対してため息を吐き、家業を継いだばかりの新米艦長ジャネットは周囲をぐるりと見回した。

 アルタラス船籍の船を捕獲し、積荷を押収したり、他国へ亡命しようとするアルタラス政府関係者をパーパルディア皇国に連行して報奨金を得る。それがパルムの仕事だ。

 今追いかけている船は、情報通りならアルタラス王家が所有する商船だが、やはり普通の商船とは様子が違うとジャネットは感じた。

 見れば、海賊船3隻を相手にして一歩も引かず、寄せ付けず立ち回れている。

 

「思ったよりデカい獲物かもしれないな……。砲戦用意‼︎」

 

 ジャネットが戦闘に介入することを決めたその時、魔法通信担当の魔導師が上甲板に姿を見せた。

 

「お嬢! 日本国海上保安庁を名乗る者が、航行目的を問うてきとります」

「なに⁉︎ いったいどこから……ワイバーンか!」

 

 付近に船影は見えない。ジャネットはワイバーンの哨戒に引っかかったのだと思い、空を見上げて騎影を探す。

 果たしてそこに騎影はあったが、ワイバーンとは似ても似つかない姿をしていた。

 

 

 

 

 日本国海上保安庁最大の巡視船『しきしま』は、海賊取り締まりのためにロウリア王国北部キルコーズ地区沖合を巡回中、要請を受けて海賊の拠点があると思われる海域に急行した。

 対水上レーダーが幾つかの船らしき目標を捕捉し、しきしま船長の瀬戸は状況確認のためにヘリコプターの派遣を行うことにした。

 そして、ヘリコプターから3隻の海賊船と襲われている商船、少し離れた位置にパーパルディア船籍の砲艦の存在を報告される。

 

 瀬戸はパーパルディア船の火力では捕らえられた一般人ごと海賊船を沈めかねないと考え、ただちに状況に介入することを決定した。

 新装備の魔法通信機器*1を用いてパーパルディア船にコンタクトを取り、民間人救出のために砲撃を控えるように要請を入れる。

 

《こちら、パルム。手出し無用とはどういうことか? ロウリア王国領海内での貴官の権限は何か?》

「こちら『しきしま』。本艦はロウリア王国政府からの要請に基づいて海賊を追尾中。海賊船内に民間人が捕らえられているという情報があり、現在は制圧部隊の準備中なり。そちらの武装は救出作戦に不向きと判断する」

《パルムよりしきしま。本艦にも白兵戦装備はある》

 

 この時、しきしまはタルコス号を襲う海賊船とパルムの間に割って入るようにして現場に突入していた。

 泡を食った海賊船が『しきしま』を脅威と感じて殺到する中、瀬戸はパルムへと返信する。

 

「手出し無用。制圧部隊が到着した」

 

 かくして、主役が遅れて登場する。

 

 

「あれ全部が海賊船か?」

「違うぞ、3隻だけだ。残り2隻はどこに行った」

 

 高速で海賊船の真上に進出したオスプレイが翼のティルトを変更し、オメガチームの降下準備に入る。

 ラペリング降下の用意をしながら、小松は周りに声をかけた。

 

「モイジ、船内への斬り込み頼む。江須原、さっきからずっと黙ってるけどどうした?」

「ああ……。俺、降下なんてしたことないんだ……」

「ホントかよ」

 

 開け放たれた後部ハッチの前で、小松は少し考えた。

 

「しょうがねぇ、江須原の降下は最後な。お手本見せてやるからよく見とけ」

 

 一番大型の海賊船が『しきしま』の35mm機関砲によりメインマストを折られて航行不能に陥る。

 ゆっくり接近してくるオスプレイに対し、まだ戦意を保っていた海賊が矢を射るが、河原が正確に撃ち返してすぐに沈黙した。

 

「行け行け行け!」

 

 残っているマストに触れない高さからロープが垂らされ、オメガチームが降下を開始すると残った海賊たちは我先に船内へと逃げ込んだ。

 

「おい、籠城戦だ」

「爆破するか?」

「バカ、危ねぇよ」

 

 まだオスプレイの機上で様子を見ていた小松は、江須原の肩に手をポンと置く。

 

「江須原。お前の降下は最後って言ったけど、マスターキー(ショットガン)が必要だからあれは取り消しな」

 

 そう言って、小松は江須原の肩を押した。

 

「お前、最後って言ったじゃあアアァァー⁉︎」

 

 江須原は悲鳴を上げながらもなんとか甲板の上に降り立った。

 

 

「テメェ小松、後で覚えてろよ?」

「いいからさっさとドアを開けろよ」

 

BAM! BAM! BAM!

 江須原が蝶番と鍵穴を撃つと、モイジが扉を蹴破り船内に突入する。

 

「扉が破られたぞ!」

「ちくしょう! 野郎ども、腹ァ括れ‼︎」

 

 ナイフや剣を抜いた海賊に、モイジはショートソードを手に斬りかかった。

 

「うぉぉオオ‼︎」

「なんだ、コイツは⁉︎」

「強ぇぞ、退がれ!」

「ギャー‼︎」

 

 荒事を生業としているとはいえ、弱者から奪うのが主な海賊が真っ向勝負で騎士に敵うはずもなく、モイジの前に立った海賊はすぐに斬り伏せられていく。

 

「モイジ、そのまま進め! オメガ5の班は各部屋を制圧!」

「了解! 行くぞ」

 

 梅本の指示で班ごとに分かれて進んでいく。

 無人の通路を抜け、もぬけの殻の部屋をいくつか調べた後、小松がドアを開けた部屋に女が寝ていた。

 その女はシーツを胸まで引き上げ、怯えながら懇願する。

 

「お願い、殺さないで!」

「こんにちは、お嬢さん。何もしないよ、俺たちは────」

 

 怯える女を安心させようと、小松は銃口を下げながら話しかけた。

 次の瞬間、女はシーツを跳ね上げる。露わになる肉付きの良い白い裸体と、手に握られた短剣。

 とっさに対処できず固まる小松に、短剣が突き刺さる寸前、

BAM!

 江須原が女を撃ち、小松を救った。

 

 

 

 ルーフルがモイジに斬り倒されると海賊は戦意を喪失。船倉に押し込められていた村人を救出し、オメガチームの目的は果たされた。

 

 再び乗り込んだオスプレイの機内で、小松が江須原に礼を言う。

 

「助かったぜ、江須原。ありがとう」

「ああ、いいってことよ」

「……それで、大丈夫か?」

「何がだ?」

 

 首を傾げる江須原に、小松が問う。

 

「女を撃ったから、ショックを受けたんじゃないか?」

「ああ、うん……。まあな」

 

 江須原は装着している防弾マスクを撫でながら答える。

 

防弾マスク(コイツ)を着けてる時は、江須原(オレ)じゃなくてオメガ104がやったことって思うことにした」

「そっか。……まあ、割り切れてるならいいや」

 

 オメガチームと救出した村人を乗せたオスプレイは帰途に着こうとしたが、通信が入り仕事が増える。

 

「しきしまより要請あり。女性1名、救命措置を要する。毒物による中毒症状」

「これより本機は『しきしま』からの要請により傷病者移送を行う」

 

 状況説明と救援要請のために『しきしま』に赴いたアルタラス王国王女ルミエスは、戦闘中に腕を掠めた矢に塗られていた毒により昏倒。瀬戸の咄嗟の判断によりクワ・トイネ公国自衛隊ダイタル基地の自衛隊病院に搬送された。

 しかしすぐに一国の王女という素性が明らかになり、万が一のことがあってはならないと、外務省の権限で日本国内の大病院に搬送される運びとなった。

 

 

 

 傍観を決め込んでいたジャネットは望遠鏡を置き、遠ざかるオスプレイを見送る。

 

「ここまで来た甲斐があったな」

「甲斐はともかく、赤字ですけどね」

 

 主計を任せている水兵にジト目で見られながら、ジャネットは言う。

 

「勢力図が変わるぞ。パーパルディアの国際的地位は相対的に低下するだろう。俺たちも、身の振り方を考えないといけないな」

 

 最前線に身を置く者達は、世界が変わりつつあることを感じていた。

 

 

 

 

 ────日本国 防衛省

 

 とある一室で、斎藤と小林が話をしていた。

 

「アルタラスの王族を保護したことについては、情報の統制はできているのか?」

「外務省は箝口令を敷きました。他国に漏れてはいません」

「そうか」

 

 外交や政治的な判断は置いて、斎藤はアルタラスの位置を確認する。

 ロデニウス大陸とフィルアデス大陸を結ぶ最短航路上にあるシオス王国の西隣にある島国で、日本からすると中央世界、第一文明圏へと向かう航路に蓋をできる位置となる。

 

「西へ向かうなら、是非とも取りたい位置にあるな」

「今はパーパルディア皇国の制圧下です。状況の見極めが難しいことになっております」

「そうか……。しばらく静観するしかないな」

 

 現時点では介入するメリットが無い、そのように斎藤は判断した。

 

 

 

 

 ──中央暦1639年12月1日 日本国 東京

 

 長い眠りから目覚めたルミエスは、眠っている間に流していた涙を拭いながら見慣れぬ天井を見上げた。

 白い、無機質な印象を受ける部屋のベッドで、ルミエスは寝ていた。

 

(ここは……何処だろう?)

 

 しばらくそうしていると部屋の扉が開き、看護師とともにリルセイドが部屋に入って来た。

 

「リルセイド?」

「姫様‼︎ 意識が戻られたのですね、良かった‼︎」

 

 ルミエスはベッドの横まで跳んで来たリルセイドに気圧されながら、安堵の表情を浮かべるこの忠勇なる騎士が、目の下に薄っすらと隈を作っていることに気づく。

 

「……リルセイド、苦労させたみたいですね」

「いいえ、姫様。苦労などとは!」

「ところで、ここは何処なのですか?」

「ここは日本国にある病院でございます。姫様はサソリ毒を受けておられたのですよ」

 

 ルミエスはリルセイドから状況説明を受ける。

 タルコス号に乗り込んだ者は全員大事なく、船自体もクワ・トイネ公国で保管されている。

 ルミエスの身分は日本国政府に伝わっている。

 当面は日本国政府が生活を支援するが、条件として救助されたアルタラス王国民は日本国政府の監視下に置かれる。

 

 ルミエスは一時瞠目し、決断した。

 

「日本国の温情に感謝しましょう。リルセイド、よくぞ話をまとめてくれました」

「はっ!」

 

 列強パーパルディアとの火種になりかねない自分たちを匿ってくれるという日本国政府に対し、国外退去もあり得ると心配していたルミエスは感謝する。

 リルセイドが上手く交渉したのだと勘違いしていたが、本当は日本側の外務省の職員が尽力したからだった。

 

 会話中、患者が意識を取り戻したという報せを受けた医師がやってきた。診察の結果、3日間だけ様子を見てから退院することが決まった。

 

 ──そして3日後。

 

 外務省の女性職員が用意したブラウスとセーター、フリルがあしらわれたスカートに着替えたルミエスは、パンツスーツ姿のリルセイドにエスコートされ退院する。

 案内の外務省職員に導かれて外に出たルミエスは、想像の範囲外にある光景に息を呑んだ。

 

 遠くには天を衝かんとばかりにそびえる高層建築物が建ち並び、振り返れば入院していた病院はまるで大国の王城のような建物だった。

 空を見上げると、羽ばたかない巨大な鳥が轟音を響かせて飛んでいた。まるで世界が違う。

 

「すごいですね……リルセイド?」

「え? あっ、はい」

 

 先程からボンヤリしている騎士に声をかければ、顔を赤くして慌てていた。

 

「申し訳ありません、姫様。目を奪われておりました」

「ええ。本当に凄まじい国ですね」

 

 ルミエスは日本の街並みに目を奪われ、リルセイドはそんなルミエスに見惚れていたのだが、ルミエスはリルセイドも日本の文明の発達具合に驚いているのだと思っていた。

 

 ルミエスはこの日、様々な場所に案内された。

 東京スカイツリーの展望台から望む街並みの説明を受け、東京駅で電車の概要を聞き、移動の車中で自動車の構造を質問する。

 ルミエスは見るもの触るもの1つ1つに興味を示し、驚き、日本国の国力を実感していた。

 

(もし、日本国の支援を受けられるなら、祖国を救えるかもしれない……)

 

 そんな思いがルミエスの心に宿る。

 

 

 

 その日の夜、ルミエスとリルセイドは東京都の郊外にある、外務省が用意した一軒家に身を落ち着けた。そこにはルミエス達の保護のために奔走した外務省職員の中井が待っていて、これから生活の世話をしてくれる家政婦を紹介された後、日本側が得ているアルタラスの状況説明を受ける。

 

「現在、主にシオス王国から得た情報ですが……アルタラス王国は敗戦し、パーパルディア皇国の属州となったようです」

 

 予想していたこととはいえ、中井から聞かされた情報はルミエスの心を抉った。

 愛すべき祖国は列強に侵略され、踏みにじられていた。生き残った王族や重臣は捕らえられ、王国民の反抗心を削ぐ枷となっている。

 

(なんとかしなければ……しかし……)

 

 祖国の状況に自分の無力さを痛感するルミエス。

 情勢の確認が終わると、ルミエスは割り当てられた自室に行き、ドアに鍵をかけた。その瞳に涙が光る。

 

「お父様……ッ‼︎」

 

 分かりきっていたことだったが、父の死を確かな事実として聞かされたルミエスは、その夜は1人、自室に籠って泣き続けたのだった。

 

*1
魔法技術の無い日本では、魔法を使った通信機器に余計な機能 ──例えば位置情報の発信や盗聴機能──が追加されていたとしても気付くことが出来ず、現行の電波法などで定義することも出来ていないので自衛隊ではもちろん、一般でも国内使用が認められていない。しかし、外務省と各国の駐日大使館、海外派遣された警察機構は現地からの通報で動くために魔法通信機器を取得している。



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北へ。

 

 ──中央暦1639年12月5日

 

 後世の歴史家が『激動の1639年』『歴史が一千年分動いた』と語る1639年にあって、最後の激震が世界を駆け抜けた。

 

《魔王、復活す》

 

 魔物の闊歩するグラメウス大陸。そこに幅100m、長さ40kmの地峡部で繋がるトーパ王国。人類世界と魔境あるいは暗黒大陸とを隔てる『世界の扉』を守護する国家からの報せはすぐさま各国の首脳に伝えられた。

 しかし、その報に触れてすぐに何らかのアクションを起こした国家はほとんど無かった。なぜなら、トーパ王国も含めたほぼ全ての国家が神話時代の勇者より現代の騎士団の方が強いと考えており、トーパ王国の騎士団長に至っては──

 

「武器の技術、戦術、戦略のどれをとっても(神話時代に比べて)高度化しており、人類の強さは昔と比較にならない。我が国のみの戦力で十分対応可能である」

 

 ──と、考えていた。

 

 永きに亘りフィルアデス大陸への魔物の侵入を防いできた『人類の守護国』という誇りがあっての言葉だが、その思い上がりの代償をすぐに支払わなければならなくなる。

 

 トーパ王国は12月7日にパーパルディア皇国に、そして翌8日に日本国に援軍要請を行ったのだが、その8日中に『世界の扉』後方の城塞都市トルメスに魔王軍が侵攻。

 トルメス北部のミナイサ地区の門をあっさりと破壊して都市内部に侵入、その日のうちにミナイサ地区は失陥。

 トルメス市民は、まさか1日で門を破られるとは思っておらず、ミナイサ地区には多くの住民が取り残されていた。

 トーパ王国軍は数次にわたる救出作戦を行うが、魔王の従えるブルーオーガとレッドオーガの前に騎士の死体を積み上げるだけに終わった。

 

 

 

 ──中央暦1639年12月6日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 魔王復活という情報はすぐさま皇帝ルディアスへと報告され、若き皇帝はすぐさま援軍を送る指示を出した。

 

「駐トーパ大使館付の警備中隊に出撃命令を出すのだ。トーパ王国付近に皇国軍はどれほどいる?」

「トーパからの資本引き上げのため、輸送艦3隻と戦列艦4隻、陸軍の輸送隊と増強連隊2,000がトーパにいます」

 

 幸運というべきか? トーパから引き揚げると決めた工場の生産設備の撤収とプールしてある製品を輸送するため、皇国陸軍部隊が展開している。

 しかも、トーパに技術力を見せ付けるために最新式の小銃を装備した“ライフル連隊”に、馬匹牽引砲装備の近衛砲兵を付随させた増強連隊という強力な戦力だ。

 

「よろしい。ではただちに機動展開命令を出すのだ。そして──」

 

 ルディアスは令を下す。

 

「──対魔王部隊の指揮官に、レミールを指名する」

 

 

 

 パーパルディア皇国軍令部、参謀長のアルデは命令を困惑と共に受け入れた。

 魔王討伐部隊の指揮官として、皇女レミールをトーパ王国へ派遣するというのだ。その移動手段として試験中の飛行船を用いるのだが、最大速力20ktと鈍足のため、ワイバーンによる牽引を行う。

 トーパ王国は極寒の地なため、ワイバーンには特殊な保温魔法を発生させる装備を背負わせなければならないので、搭乗する竜騎士は負荷軽減のために小柄で軽量な者が選抜された。

 

「しかし、ここまでしてレミール様を出陣させなければならないものなのか?」

 

 竜騎士の選抜、移動経路の選定、物資の確保、飛行船を管理している技術開発部門との調整……。様々な作業を部下に割り振ったり自らこなしながら、アルデは疑問符を浮かべた。

 ルディアスの人を見る目は確かだとアルデは思っている。そのルディアスがレミールを指名した以上は適任なのだろうが。

 

 

 ──中央暦1639年12月7日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント 第3外務局

 魔王討伐部隊の派遣要請のために第3外務局を訪れたトーパ王国大使は、窓口で担当者との面会を申し込んだ。

 先日、啖呵を切ってしまったため気を重くするトーパ王国大使の前に、担当官が現れる。

 

「やっと来た……いや、別に来るのを待っていたわけじゃない」

「は、先日は失礼をいたしました」

「先日のことはいい。今日は魔王についてと聞いているが?」

「はい。神話に残る伝説の魔王が復活いたしました。貴国から小隊規模でも構いませんので、討伐部隊の派遣をお願いしたいのですが……」

「ふむ。すでに皇国部隊の出兵は決定している」

「……え?」

 

 驚くトーパ王国大使に、担当官は告げる。

 

「勘違いするな。別に貴国のために兵を動かしているのではない。人間を食う化け物を、のさばらせておくわけにはいかないからだ」

「は、はぁ。ありがとうございます……」

「うむ、存分に感謝しておけ」

 

 トーパ王国の大使は混乱しつつも、皇国から援軍を引き出せたことを本国へ報告する。

 

 

 

 ()()トーパへの援軍を率いることになるレミールは登城禁止のため、エストシラント北にある皇都防衛隊の陸軍基地で同行する竜騎士たちと顔を合わせていた。

 

「開発実験団独立竜騎士第2飛行隊、ブランです!」

「同じくアラウダです!」

 

 年若い、まだ少女と呼んで良い年齢の竜騎士が名乗る。

 育成に時間がかかる竜騎士はある程度の年齢でないと半人前だと考えて良い。

 開発実験団の竜騎士は新装備の試験を行い、その記録を録るための観測機材を乗せて飛ぶために軽量小柄な者が配属されている。さらに、後方でもあるから女性が優先して回された。

 

(騎士? 子供ではないか……)

 

 そんなレミールの考えを読んだのか、ブランが口を開く。

 

「私は18、アラウダは17歳ですが、実戦はすでに経験しています」

「……戦う力はあるというわけか」

「はッ‼︎」

 

 実際のところ、年齢も経験も意味はない。命令がある以上、どれだけ不安があろうと任務を遂行しなければならないというのはベテランだろうとルーキーだろうと変わらない。

 そして、ベテランだろうとルーキーだろうと1人は1人、生は生、死は死だ。

 

 レミールは少女兵達が迎えるだろう死を憂う気持ちを抑え込み、柔らかく微笑んで言う。

 

「私は戦う力を持たない。貴官らを頼りにしているぞ」

「はいッ‼︎」

 

 

 

 ──中央暦1639年12月8日

 

 皇都防衛隊基地に飛行船が到着し、物資積み込みと共にワイバーンによる曳航の訓練が行われている。

 

「ミラとクバイ、トレノは良い感じだな」

「竜騎士養成校から優秀な学生を送ってもらいましたので。実戦経験はありませんが」

 

 ワイバーン用滑走路で行われている訓練を指揮所で見守るレミールの隣に、副官ポジションに収まったブランが並ぶ。

 そして、もう1人の竜騎士はというと。

 

《うわわわわ⁉︎ 風に流されるぅ‼︎》

 

「……アラウダは、本当に実戦経験があるのか?」

「あいつは、お調子者でヤル時はヤルやつなんすよ……じゃない、ですよ」

 

 移動は飛行船を3騎で曳航、2騎が先行し5騎が上空警戒、2騎が後方より追従という隊形に決まった。

 

「1日の移動は3時間。準備に3日、トーパへの移動に5日、地上部隊と合流して打ち合わせに2日。戦闘参加は10日後ですかね」

「そうなる。……ところで、トーパの気温だとワイバーンは飛行不能に陥るが、お前たちは白兵戦ができるのか?」

 

 トーパは冬季の最低気温がマイナス40°Cという極寒の地なため、ワイバーンの運用が不可能な地域だ。

 ブランたちは、トーパ国内に入った後はワイバーンを降りて通常の騎士としてレミールの近衛になる手はずとなっている。

 

「私は剣や槍も扱いますよ。まぁ、1番は擲弾ですね」

 

 そういうと、ブランはボールを投げる動作をして見せる。

 

「擲弾兵? 女子が擲弾兵になったとは聞いた事がない」

「正式にはなってなくて、戦場にいると色々やらざるを得ないってだけっす」

 

 徐々に砕けた口調になるブラン。レミールはそれを咎めもせずに話を続ける。

 そこに、伝令が駆け寄った。

 

「伝令ッ‼︎ トーパ王国の城塞都市に魔王軍が侵攻! 市内に被害が出ているとのことです‼︎」

 

 予想外の電撃戦に、パーパルディア皇国の魔王討伐部隊は計画の変更を強いられた。

 

 

 

 ──中央暦1639年12月10日

 

 パーパルディア皇国の魔王討伐部隊、竜騎士12騎と飛行船1隻は北へ向けて進発した。

 

「ウチらまだ訓練足りてないと思うけど」

「1日の実戦は半年の訓練に優るってさ」

「……除隊したくなるよ。したくない?」

 

 新米にすらなりきれない竜騎士の卵たちがさえずる。

 不安しかない中、レミールは飛行船のキャビンで乗員と打ち合わせをしていた。

 

「当初の予定ではベルンゲンにて停泊し、翌日にトルメス南方で皇国地上部隊と合流する予定でありましたが、事態は逼迫しております。直接トルメスへ向かい、地上部隊と連絡します」

「地上部隊はすでにトルメスへ向かっているのだな?」

「はい。積雪により砲兵が遅れていますが、歩兵と騎兵は12日には戦闘に参加します」

 

 レミール達は14日にトルメスに到着する予定であるから、地上部隊は指揮官不在のまま戦闘に突入する。

 

「お飾りの指揮官とは思うが、あまり気分の良いものではないな」

「では、急ぎますか?」

「いや、竜騎士の消耗が激しくなる。我慢するとも」

 

 飛行船は時速180kmほどで北へ向かう。

 

 

 

 

 ──中央暦1639年12月14日 トーパ王国 城塞都市トルメス

 

 郊外に着陸した飛行船から降りたレミールは、すぐさまトルメス城へ……ではなく皇軍の指揮所がある教会へ向かった。

 

「レミール様、教会はミナイサ地区に近すぎます。危険っすよ」

「指揮官が指揮所に入らなければ士気が下がる。そうなると余計に危うくなる。違うか?」

 

 ブランに止められながら、レミールは戦場に足を踏み入れる。

 

 

 ──一方、日本国自衛隊は12日にトーパ王国特別派遣部隊を編成。15日に出発し、先遣小隊が19日にはトルメスに到着予定となっていた。

 

 陸上自衛隊の派遣部隊が海自輸送艦に乗り日本海の波に揺られている頃、パーパルディア皇国の近衛砲兵隊もトルメスに到着した。

 

「臼砲をそこに据えろ、弾薬はこっちだ。伝令の通路を塞ぐな」

「観測班は城門に上がれ。前進部隊との通信も確保しろ」

 

 トーパ王国軍からの要請を受け、レミールはただちに攻撃を指示し、砲兵は休む間も無く砲撃準備を行う。

 トーパ王国軍とパーパルディア皇国軍は魔王討伐という目的こそ同じだが、協調したりということはなかった。

 

「なんだか睨まれてますよね」

「下手に協力しようとしない方が楽かも」

「私らは助けに来てやったんだっていうのに」

「向こうはそう思ってないってことっしょ」

 

 レミールの近衛となった竜騎士も攻撃に参加する。小柄な女の子の姿は戦場に不釣り合いだが、兵の士気は上がった。

 

「行くぞぉォォ‼︎ 皇国陸軍は────‼︎」

『地上最強ォォォ──ッ‼︎』

 

 皇国軍地上部隊は女神に良いところを見せようと、意気高らかにミナイサ地区に進出する。

 通用門から出撃した歩兵部隊は、遭遇した魔獣を射殺しながら城門前まで移動する。

 ライフル銃は球形弾使用の銃より遥かに高精度高威力で、ゴブリンはもちろんオーガにすら有効だった。

 

「前進しろッ‼︎ 広場まで走れッ‼︎」

「うぉぉっ、地上最強ッ‼︎」

 

 トルメス城の城門からミナイサ地区の広場までは一直線に約1.5kmの大通りが走り、その先に多くの人が捕らえられている大講堂がある。

 砲兵の支援を受けながら、パーパルディア歩兵は広場を目指して走る。しかし、その進路上にレッドオーガが立ちはだかる。

 

「レッドオーガだッ! 注意しろッ‼︎」

「オーガはオーガだろ? 撃ち殺せ!」

「デカいから当てやすいぜ! 撃てーッ‼︎」

 

PAPAPAM! PAPAPAPA!

 銃声が轟き、ゴブリンやオーガが打ち倒されていく。しかし、レッドオーガは手傷を負いはしても倒れる様子は無い。

 

 ──ゴラァァァ‼︎──

「なんてこった、奴は不死身か」

 

 レッドオーガが腕を振り回しパーパルディア皇国軍歩兵に迫る。

 前列の兵は装填中のため後方の兵が射撃しようとするが、そこに横合いから魔物が襲いかかる。

 

「ギャギャ!」

「ゴブリンだ! 左右の道から魔物が来るぞ!」

「トーパの奴らは何をやってる⁉︎」

 

 この作戦において、トーパ王国軍騎士長、魔王討伐隊隊長のアジズとレミールは互いの感情的に協同は不可能という結論に至り、隊をそれぞれ動かすことにした。

 正面からパーパルディアが。裏道を抜けて側面からは地理を把握しているトーパ王国軍が進撃する……はずだった。

 しかし小道に入ったトーパ騎士たちは魔物により各個撃破され、早い段階で作戦は崩壊していたのだ。

 

「側面に敵!」

「畜生、囲まれるぞ‼︎」

「逃げなきゃ殺される!」

 

 側面からの攻撃により後方と分断されかねない最前方では兵がパニックに陥りかけていた。

 

「隊長! 後退しましょう! このままじゃ魔物のエサです‼︎」

「バカを言うな。この状況で後退命令を出したら、逃げる兵士が後方も巻き込んでパニックを助長する。方陣組め!」

 

 歩兵隊長はその場に留まり応戦する覚悟を決める。

 前方からはレッドオーガの率いる魔物。左右の路地からゴブリンやトロールが姿を現し、この数相手では生きて帰れないだろうと兵は諦めを抱いた。

 その窮地を救ったのは砲兵だった。

 

DOM!

 砲声が響き、レッドオーガがたたらを踏む。左右の路地に撃ち込まれた砲弾が炸裂し、側面を脅かしていた魔物が家屋ごと吹き飛んだ。

 

「近衛砲兵、セナルモンなのだ! 皇女の命により来たのだ‼︎」

 

 BAM! DOAM!

 レミールは後方からの支援を行うはずだった砲兵を牽引砲と共に前に出し、歩兵より前へ出すという暴挙とも言える手段で側面を脅かす魔物を粉砕した。

 

「砲兵か! 助かった‼︎」

「これで勝てる‼︎」

 

 湧き上がる歩兵部隊指揮官達に対して、セナルモンは首を横に振る。

 

「大砲の発射速度と照準速度では、()()への直撃はそう得られないのだ」

 

 セナルモンの視線の先では、砲弾の直撃を受けたはずのレッドオーガがふらつきながらも立ち、皇国軍を睨みつけている。

 

「くっ、砲列を敷けば──」

「そうはいかぬよ」

「⁉︎」

 

 いつの間にか、大通りの上空に黒い影が浮かんでいた。

 漆黒の翼を生やした、白い布を纏った人型の異形が声を響かせる。

 

「我は魔王様の側近、マラストラス。人類よ、まずは挨拶といこう」

 

 マラストラスと名乗った異形の手から、黒い火球が打ち出される。

 

BO-!

 地上に着弾した火球はドス黒い炎を撒き散らし、その炎は粘性を持っていた。

 

「ワァァァ‼︎」

「火を消せ! 火薬に引火する⁉︎」

「消えねぇ、消えねェよ畜生!」

 

 砲兵が混乱する様子を満足げに眺めるマラストラス。奴は散発的な銃撃を避けると、空中で手を組んで考え始めた。

 

(ふむ、あの大砲の威力は脅威だな。歩兵の携行武器も、何発も当てられると危険か。……上空から少し減らしておくか)

 

 

 

 レミールの近衛騎士、獣人のクバイとトレノ、ミラの3人は大砲に駆け寄ると消火作業をしていた砲兵に問う。

 

「この大砲であの怪物を撃てないの⁉︎」

「無茶です‼︎ こいつは野戦平射砲で、仰角が足りません!」

「……じゃあ、あの瓦礫の上に乗り上げさせれば!」

 

 戦闘の余波により破壊された家屋の残骸を指差すミラに、砲兵が悲鳴を上げる。

 

「冗談でしょ⁉︎ あんな傾斜地で砲を撃ったら、反動でひっくり返る! 命中なんかするはず無い! むしろ撃つ奴が危ない‼︎」

「だったら、私たちが砲身に乗って重しになるわよ!」

「はぁぁぁ⁉︎」

 

 正気じゃない。そう思いながらも砲兵は数人がかりで砲を押し、瓦礫に乗り上げさせた。

 不安定な砲にブドウ弾*1が装填され、3人は不安定な砲身の上に乗ってバランスを取る。

 

「お嬢さんがた、撃つぞ‼︎」

「どうなっても知らんぞ」

 

DOM!

 

 マラストラスがパーパルディアの軍勢に向けてさらに火球を打ち出そうとしたその時、横から多数の弾丸が飛来してその体勢を崩す。

 数個の弾丸が肉を削ぎ、ドス黒い魔獣の血をまき散らした。

 その様子を見たクバイとトレノが歓声を上げる。

 

「やった⁉︎」

「やっぱり皇国は最強だよ!」

 

 しかし喜びも束の間。

 

「おのれ小癪な人間がぁぁアァァァ!」

 

 深傷を負いながらもマラストラスが吼える。

 

「マズいよ、むちゃくちゃ怒ってる」

「逃げろ‼︎ 早く‼︎ 速くッ」

 

 叫ぶミラの頭上に、魔人の両手から煉獄の炎がほとばしった。

 

「おのれ、人間めぇ……よくも……」

 

 マラストラスの傷は深く、これ以上の戦闘は不可能と考えたのか退いていく。魔物の攻勢は弱まり、これ幸いとパーパルディア皇国軍も後退した。

 

 

 

 パーパルディア皇国軍部隊が指揮所を置いている教会前に、収容できた戦死者の遺体が並べられる。その中に、胸甲に刻まれた紋章でかろうじて識別できるミラとクバイ、トレノの焼け焦げた死体もあった。

 

 皇国こそ最強である。自分たちは常に奪う側である。 ──心の底ではそう信じていたレミールはこの光景にショックを受けていた。

 

「苦しんだだろうか。私を……恨んでいるか?」

「レミール様、この子たちを義務から解放しましょう」

 

 遺体を仮埋葬所へと運ぼうとするブランに、レミールは言う。

 

「皇国に連れて帰りたい。ミラはまだ17、クバイとトレノはまだ16歳だ。こんな北の果てで死ぬために生まれてきたんじゃない……」

「……レミール様。たしかに、ここで死ぬために生まれたんじゃないっすけど」

 

 ブランとアラウダが悲しそうに言う。

 

「それはみんながみんなそうなんす。でも、兵士として戦って、ここで死んだんっす」

「全員を連れて帰れない以上は、特別扱いは作っちゃダメです」

 

 この日、魔王討伐部隊は1,000を超える魔物を屠った。しかし作戦目標は達成できず、多数の兵員を失った。

 

 数日間に渡り戦闘は続けられたものの、ブルーオーガとレッドオーガ、そしてマラストラスの前に全て撃退された。

 

 

 

 ──そして、運命の12月19日。

 

 

DORRRRR……

 腹に響く重低音を撒き散らし、日本国自衛隊の車輌がトルメスに到着した。

 新たな部隊の出現を察知したマラストラスは、人類側の指揮官が集まる会議を襲撃し、人類側の混乱を狙ったが……。

 

「伏せろッ!」

「撃て‼︎」

 

PAPAPAM! PAPAPAM!

 

 日本国自衛隊は歩兵4人でマラストラスを討ち取ってしまった。

 

 

「なんなのだ……これは……」

 

 レミールは目の前で起きた事態に理解が追いつかない。

 巨大で高性能な艦船なら理解できる。巨大で強力な飛行機械ならまだ理解できる。

 しかし、歩兵が携帯できる武器で、これほどまでに隔絶した性能は理解が出来ない。

 

(日本国……。皇国の地位を脅かすどころではない。皇国は体制を改善し、彼の国に対抗できる戦略と編成装備を採らない限り、必ず落伍する)

 

 レミールは日本国の力の一端を目にすることになり、日本への対応をワンランク引き上げる。しかしそれが幸運だったかどうか……。

 

*1
散弾の通称。粒弾が房に実った葡萄のように見えたことから




本当は2話か3話かかけたかったけど流しました。

ミラ:レミールのファン。兎耳赤髪の獣人。
クバイ:狐耳釣り目の姉御肌。
トレノ:糸目アスリート系。


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それぞれの戦場

 

 ────かつて、フィルアデス大陸にはパールネウス共和国という国家が存在していた。

 国民主権、国民公会、開かれた政治……。共和国政府は完成された政治システムのはずだった。

 しかし、長い安定は議員の世襲化と官僚の汚職がはびこる事態を招いた。大衆への人気取りのために政策は二転三転し、外交方針もコロコロ変わる国家を他国は信用せず、議論のための会議を続けるばかりでなんら有効策を採れない議会に国民は失望した。

 

 そして無血革命により誕生したのがパーパルディア皇国である。

 

 皇帝という絶対君主による意思決定。教育と兵役義務による強国化。

 国家は安定した。しかし、初代皇帝と側近達は懸念を抱いていた。

 

 ──次代の皇帝、それに続く後の世の皇帝は常に賢人か?

 ──皇帝は常に間違わない完全無欠の為政者か?

 ──皇帝は常に国家国民の為を思う聖人か?

 

 否、否、否。

 残忍かつ政治的視点が欠如した暗愚が皇帝の座に就く可能性は否定できない。

 次は無血革命とはいくまい。皇帝が廃されると、国は再び乱れることになる。皇帝は側近達と協力して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()体制を構築する。

 側近達は官僚の登用制度を見直し、有能な者が重用される仕組みを作った。皇帝が誤った判断を下そうとした場合、それを正しい方向に導くことができるように。

 

 そして皇帝は……皇帝が過ちを犯した際に、皇帝の代わりに責を負う生贄を用意した。

 

 

 

 ある時、属領で重税による生活苦を理由とした反乱が発生し、鎮圧に時間がかかってしまった。

 皇国政府は、玉璽を偽造し勝手に税を徴収したことと、反乱軍に皇軍の情報を流したとして傍流の皇族一家を処刑した。

 皇国民の多くは、反乱が起きたのも鎮圧に時間がかかったのもその者達のせいだと納得し、一族といえど果断に処罰する皇帝を信頼した。

 

 

 

 

 幼き日のルディアスにとり、レミールは哀れな子供だった。

 両親は謂れなき咎を背負って断頭台へと登り、その交換条件として次期皇帝の婚約者となった童女。

 何も理解していないレミールは、ルディアスに憐憫の情を抱かせた。

 

 戴冠間もないルディアスにとり、レミールは哀れな女だった。

 そのように教育したとはいえ、傲慢で暴走がちな性格は周りを見て判断することを知らず。切り捨てても惜しくは無い、その程度の価値しかない婚約者。

 どの程度までの、どのような失策なら、レミールの処刑で穴埋めできるかをルディアスは考えていた。

 

 しかし、レミールはある会議の最中に一瞬で変わった。

 

 ルディアスの人を見る目は確かである。そのルディアスが見誤った。

 あまりの変わり様に、得体の知れない怪物がレミールに成り代わったのではないのかとさえルディアスは考えている。

 

 いまやルディアスにとり、レミールは脅威となった。

 レミールは軍人や技術者、商人からの人気がある。武力と経済力を握りつつあるのだ。ルディアスはレミールを妃とすることで、彼女の派閥を取り込めるなら良しと考えていたが、最近は意見の隔たりが大きくなってきている。

 

 

 皇都エストシラント。朝焼けに染まり金色に輝く街並みをパラディス城のテラスから見下ろし、ルディアスは呟く。

 

「レミール……よ……。お前は、いつでも余の後ろについてくればよかったのだ。余より先を歩いてはいけなかったのだ、お前は」

 

 魔王討伐。伝承に残されている通りなら、討伐部隊は負けはしないが甚大な被害を受けるだろう。そうなれば指揮官であるレミールの求心力は落ちる。

 伝承より魔王が弱ければ、魔王討伐を成功させたレミールを妃に迎えれば良い。

 

「そうなれば、2人で世界の中心に座るのも良かろう。しかし、そうならなければ、レミール……」

 

 

 ────中央暦1639年12月12日

 この日おこなわれた帝前会議にて、皇帝ルディアスはロウリア王国に独断で出資、支援していた国家戦略局文明圏外国担当部、南方担当課長イノスと、その部下で係長のパルソを追及。

 独断で動き損害を出した2人には温情を与えつつ、日本を潜在的敵対国と指定。アルデに対しフェン王国討滅と、対日戦準備を命じる。

 

 第1外務局長エルトの調査により、日本国は軍事費に国家予算の5%程度しか当てていないことが判明し、質はともかく大した規模の軍隊は保有していないと判断された。

 エルトが得られた情報から導き出した答えは正しくはあった。しかし、使用兵器に数百年の技術的隔たりがあるという事実には気付かなかった。

 情報としては、日本国がパーパルディア皇国より先進的な兵器を使用したという話はあった。しかし、エルトは最も重要な『日本国は転移国家である』という事実を掴んでいなかった。

 そのため、日本をこの世界の常識に当てはめ、そんな高度な技術を文明圏外の新興国が持っているはずがないと判断してしまった。

 

 

 

 

 ──中央暦1639年12月20日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント 第3外務局

 

 窓口勤務員のライタはいつものように仕事をしている。

 文明圏外国と一口にいっても、その文明度はピンからキリまである。クワ・トイネのように中世レベルの国もあるが、中には日本の縄文時代のような文明レベルの国もある。

 政治とか国際交流という概念が芽生え始めたばかりの国の相手をするのは本当に疲れるらしく、彼はこの1年でゲッソリと痩せてしまっていた。

 

 ライタは日本国の使者への対応をおざなりにしていたが、悪気があったわけではない。単に、数多くの蛮国の一つと思っていたのと、課長が出張中で判断を仰げなかったからだ。

 責任は課長にあるのだが、ライタが日本の使者を窓口であしらい、組織の連絡網に乗せていなかったのは事実だ。

 ライタが情報を回さずにいるうちに第3外務局直轄の皇国監査軍と日本の軍がぶつかってしまい、いつものように勝てば全く問題にならなかったのだが、あろうことか監査軍が敗北してしまった。

 この件で、皇帝は激怒している。

 

「ああ、くそ。なんで俺だけこんな貧乏くじを引かなければならないんだ……」

 

 その後は報告書の嵐であった。彼は、今までは出世願望があったが、今回の1件で消し飛んでしまった。

 

「ああ……ちくしょう」

 

 ライタが頭を抱えて落ち込んでいると、窓口に見覚えのある人物が尋ねてくる。

 

「こんにちは、日本国の者です。何度も申し訳ありませんが、課長様のご予定はその後どうなりましたでしょうか?」

 

 間の抜けた声が響く。ライタが顔を上げると、そこには自分の出世の道を絶った日本という国の使者が立っていた。

 前回、1か月以上後に来るようにと言ったので、今頃になって顔を出してきたようだ。

 今回は3人で来たらしく、眼鏡をかけた端正な顔立ちの男と、くたびれた様子の中年男が同行している。

 

(ああ、チクショウメ──! 何で俺の窓口に来やがるんだ、こいつらは⁉︎ 隣の窓口も空いているだろう‼︎ こんな時に俺の窓口に来やがって……俺を報告書の嵐で潰す気か? 過労死させる気か? 大っ嫌いだバーカ‼︎)

 

 ライタは叫びたくなったが、ぐっと飲み込む。相手が相手だけに、今回はすぐに上司に報告することにした。

 

「しばらくお待ち下さい、確認してまいります」

 

 第3外務局の威信を地に落とした相手だけに、上司はその上司へ、さらに上層部へと迅速な報告が行われた。

 

 日本国の使者がベンチに座って待つこと30分。

 

「お待たせしました。第3外務局長カイオスが対応いたします。どうぞこちらへ」

 

 ライタの言葉に、日本国の使者は顔を見合わせる。

 いきなり局長との会談。これは完全に想定外だ。

 他の国々の使者で、同じように待たされている者たちは驚愕の表情で日本の使者を見つめる。

 普通は絶対にありえない措置だった。局長が直接対応するなど、列強国同士でしか有り得ない。

 しかし一部の国々──すでに日本と国交を結んだり、日本のことを話には聴いている国の使者達は、やはり日本は列強にすら一目置かれているのだと微妙に勘違いした。

 

 

 

 

 日本から来た3人の使者は、窓口のある建物から一度外に出て、別館に案内される。

 別館は白を基調とした建物で、柱の1本1本に繊細な彫刻が刻まれている。天井には金で出来た彫刻が施され、国力を誇示していた。

 文明圏外国家の外交担当がここを訪れたならば、威圧され、恐れをなしたかもしれない。

 しかし日本人はそんな様子もなく、待合室で雑談する。

 

「ここはなんだか、ヴェネツィアを観光した時の……城の名前は忘れましたけど、そこの待合室に似ています」

「ああ、私もそこには行った事があります。ええと、名前なんだったかな?」

 

 篠原弁護士と眼鏡の優男がそんな話をし、もう1人はどこかボンヤリした様子で黙って座っていると、待合室にライタが入ってくる。

 

「局長カイオスの準備が整いました、どうぞこちらへ」

 

 ライタの後について廊下を歩く。ライタは緊張か警戒からか一言も喋らず、大理石の床を革靴の底が叩く音だけが響いた。

 2度ほど曲がり、重厚な扉の前に着く。

 

KOM! KOM! KOM! KOM!

 ──どうぞ──

 ライタが彫物の施されたドアノッカーをたたくと、扉の向こうから声が届いた。

 

「失礼します。どうぞ、こちらへ」

 

 ライタが先に入り、日本からの使者を招き入れる。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 部屋の中には、数人の男が長机を前に、並んで座っていた。

 ライタが日本の使者に声をかける。

 

「ここで所属と官姓名を申告して下さい」

「あ……はい」

 

 男たちに相対する位置に置かれた椅子の前を示され、自分達は立たされたままだということに釈然としない気持ちを抱えながらも、眼鏡を掛けた優男風の日本国の外務省職員がライタに言われるがまま自己紹介を始めた。

 

「日本国、外務省職員の朝田です。こちらは私を補佐してくださる篠原弁護士と、警察庁の村松警部です」

 

 眼鏡をかけた、いわゆるイケメンの朝田が品よく一礼する。続けてポッチャリとしているが自信に満ち溢れた篠原と、くたびれた中年の村松が礼をする。

 朝田は外務省の職員という外交の専門家で、れっきとした外交官だ。

 しかし他の2人は少々、いやかなり()()だ。

 篠原は国際派弁護士……と言えば聞こえはいいが、オーバーステイした売春婦の弁護や密輸品を真っ当な品物に見せかけたり、汚い金を綺麗な金にする(マネーロンダリング)など、裏社会に関わっており金に意地汚い。ついでに言うと、元自衛官の債務者を“オメガ”に勧誘したりもしている。

 村松は公安の人間で、表向きは不法滞在者の逮捕を主にしているが、裏では始末したことが漏れると国益を損なう人物を秘密裏に処理している。

 

 ダーティーな日本人。この場において、直接的に手を下して人を殺した、死なせた数では日本側が圧倒的に多いのだが、そんなことはつゆ知らずパーパルディア皇国側の最高位にある男、カイオスが口を開く。

 

「どうぞかけて下さい」

 

 カイオスが声をかけ、朝田たちは席につく。

 

(なんだか、会談というよりも面接みたいだな)

 

 パーパルディア皇国の面子も自己紹介を始める。

 

○第3外務局長 カイオス

○東部担当部長 タール

○東部島国担当課長 バルコ

○北東部島国担当係長 ニコルス

○群島担当主任 メンソル

 肩書きで判断すると、上から下まで勢ぞろいだ。

 第3外務局長カイオスが口を開く。

 

「貴方たちが日本国の使者か……。最近貴国は有名ですな。して、今回は何用で皇国に来られたのだ?」

「はい。6ヵ月前から、こちらの篠原を国交樹立のために派遣しておりましたが、ご都合が合わなかったようですので、まずは現状の確認に伺わせていただきました。私たちは、不幸な行き違いから衝突してしまいました。よって、その関係修復と国交樹立の可能性の模索のため、私が本国から派遣された次第です」

 

 朝田の申告を聞いた東部島国担当課長バルコが、急に立ち上がる。

 

「ってやんでぇっ⁉︎ 不幸な行き違いたぁどういう了見でぃっ⁉︎ 監査軍に攻撃を仕掛けておいて、何事も無かったみてぇな口の利き方しやがって! 落とし前を付けなきゃ話なんてできねぇッ‼︎」

 

 バルコはいつも文明圏外国家の使者に対して行うのと同じ口調で日本人を恫喝する。

 しかし、朝田は怯まない。

 

「いいえ、先に攻撃してきたのはあなた方です。我々は降りかかる火の粉を払ったに過ぎません」

 

「言ってくれる! 栄えある皇国監査軍を火の粉たぁ、テメェ、舐めてくれるな‼︎」

 

 バルコの目は怒りで血走っている。

 カイオスは(誰だよコイツを課長にしたのは)と呆れながら手で制し、座らせる。

 

「なるほど、関係修復ですか」

 

 局長カイオスは考え込む

 

「ふむん。私はもとより、このパーパルディア皇国の者は、貴方たち日本の事は良く知らない。まずは貴国がどういった国なのか、教えていただきたい。我々と国交を結ぶに値する国なのか、私は知りたいですな」

 

 穏和な態度のカイオスに、朝田はようやく態度を和らげた。

 

「ペーパーしかありませんが、資料を用意いたしました。写真付きで我が国の概要を、簡単にですが紹介させていただきます」

 

 篠原はパーパルディア皇国の各人に資料を配布する。

 その資料は大陸共通語で書かれており、丁寧で知的な内容だった。

 ──ただし、その内容はパーパルディア皇国側の知識からするといささか荒唐無稽なものだったが。

 

「なん……だと……?」

 

 東部担当部長タールが顔を上げる。

 国土面積は大した事無く、中規模国家程度である。しかし、人口が1億2千万人と、皇国の7千万人よりも多い。

 文明圏外国家でも、ロウリア王国のように、人口だけは多い国もあるので、この人口に対して特別に驚いた訳では無い。問題はその位置で、皇国の東端から1,000kmと離れていない。

 こんなにも人口の多い国がこれほどまでに近くにあったのに、今まで気がつかなかったのはおかしい。

 さらに資料を読み進めると、ある記述に目が止まった。

 

「国ごと転移だと⁉︎」

 

 タールのみならず、全員が信じなかった。

 

 ロウリア王国とクワ・トイネ公国との戦争の少し前、中央暦1639年1月に国ごとこの世界に転移してきたと記載してある。

 突然の転移であれば、皇国がこれまでの歴史上一度も認知していなかった事実につじつまが合う。

 しかし、ムーの神話や、古の魔法帝国の未来への国家転移の神話以外に、国ごとの転移など聞いたことが無い。

 第3外務局側からすると、日本側がたわごとを言っているようにしか聞こえない。

 

「馬っ鹿馬鹿しい。そんな、国ごと転移などあるわけがない‼︎ おまえたちは皇国をからかっているのか?」

 

 タールが声を荒げるが、予想通りの展開というふうに朝田は落ち着いていた。

 

「転移については、我が国でも原因が解っておりません。全力で調査中です」

 

 日本側の説明が一通り終わる。

 

「御納得いただけないだろうことは予想しておりました。そこで、我が国ではパーパルディア皇国にも特使を一度日本に派遣していただきたいと考えています。パーパルディア皇国大使の目で現実の日本を感じていただきたいのです」

 

 今回の皇国への配布資料には、日本の軍事力や技術、車の台数や、首都の圧倒的な写真は載せていない。差し障りの無い位置情報や人口、特産物等の情報が記載してあるだけだ。

 フェン王国に派遣された島田が『皇国は危険でプライドが高い国』と聞いた通り報告したので、皇国の自尊心を傷付けるような技術的優位性については、日本から伝えるよりも大使から、自国民から伝わった方が効果的との判断がなされた。

 特使の派遣すら行わないような国であれば、正常な国家関係が築ける訳も無く、このような判断に至った。

 

 しかし、皇国上層部の高慢さは日本の想定を超えていた。

 タールが嘲るように笑い出す。

 

「はっはっは‼︎ 面白い()()()()()だ! 小説家になろうという気はないか? 文化部門に紹介状を書いてやってもいいぞ。……はん! 第三文明圏最強の国であり、世界五列強に名を連ねるパーパルディア皇国が、文明圏外の蛮族に使者を送るだと⁉︎ 少し質の高い軍を持っているようだが、お前たちが戦ったのは旧式装備の軍だ‼︎ 本軍の装備と規模であれば、貴様らなぞ一捻りだ!」

 

 カイオスは「タールよ、お前もか」と頭を抱える。

 

「(事実だけど! 自分の管轄下の武力を旧式って言うなよ‼︎ 言い方ってもんがあるだろ⁉︎ 第3外務局が舐められてるのはお前達が原因だよ‼︎)

おい、言い過ぎだ。日本との関係は、皇帝の御意思も入っている事を忘れるな」

 

「は……はっ‼︎」

 

 タールは慌てて口を噤む。

 

 カイオスは悟りを開いたような穏やかな表情になり、改めて朝田たちに問いかける。

 

「ところで日本の方々よ、我が国には文明圏内と文明圏外に大小の差はあるが、20ほどの属国があるが、日本は何カ国属国をお持ちか?」

「属国……日本国は属国を持ちません」

 一瞬、ゾッコクを属国と理解できず、朝田はキョトンとしてから答えた。

 

「にょほほほほほ……」

「クックックッ」

「ぬふふふふ」

 

 パーパルディア皇国の面子が笑い始める。

 

「こらこら、日本の方々に失礼だぞ。属国を1カ国も持っていないからといって、そんなに笑うものではない。ここは外交交渉の場だぞ」

 

 カイオスが(人事権さえあればコイツらみんなクビにできるのに……)と、考えながら皆をたしなめる。

 

「失礼。ところで、皇国から日本への人員派遣については、2ヶ月ほど待っていただけますか? こちらも色々と内部事情がありますので。2ヶ月後にまた第3外務局へお越しください。宿はこちらで手配しましょう」

「はい、わかりました」

 

「ふ……では、2ヵ月後が楽しみですな」

 

 カイオスは半ば引きつったように笑う。

 日本のパーパルディア皇国との最初の会談は終了した。

 

 

 会談後。

 第3外務局局長の執務室に戻ったカイオスが疲れた様子で執務机に向かうと、メイドが好物のケーキと紅茶を置く。

 

「レミール様に連絡を入れますか?」

「いや……」

 

 カイオスはメイド……皇都で留守を託されたレミールお気に入りの侍女……の質問に首を横に振る。

 

「レミール様はルディアス陛下から距離を置かれている。日本はルディアス様の怒りを買っている。日本の使者と会談したその日に、レミール様に連絡を取るのは危険だ」

「私がそんな不手際をすると?」

「その自信が、いつか君の足をすくうよ」

 

 そう言いつつカイオスは思う。

 皇国は足をすくわれるどころか、第三文明圏最強とか列強という地盤すら破壊されかねないのだと。

 

 

 

 ──ちょうどその頃、トーパ王国の城塞都市トルメスでは────

 

「砲撃開始‼︎」

 

BAM! BAM! BAOM!

SHA! SHAA! SHA!

BAKOM! ZUVO! BAGOM!

 

「砲を定位置へ! 装填急げ‼︎」

「目標前に同じ‼︎」

 

 ミナイサ地区の大通り左右の建物を近衛砲兵隊が砲撃で粉砕し、パーパルディア皇国陸軍部隊が前進準備をしていた。

 

「中隊ごとに前進。左右の連絡を密にせよ」

 

 皇国陸軍ライフル連隊は、日本国自衛隊の装備を真似て、天幕用の杭や引き揚げ予定だった皇国工業製品から造船用の釘やクサビを加工してスパイク型銃剣を作り*1、重いサーベルなどの近接武器をぶら下げる必要から解放されていた。

 

「2人1組だ! 進めぇッ‼︎」

 

 レミールは皇国国旗を背後に掲げ、トルメス城の城門上に立つ。

 

「レミール様、ここは危ないっす」

「……マラストラスは死んだ。ここを直接狙える者がいるものか」

「分かりませんよ。魔王とか、強力な魔法を放つかも」

「なら、どこにいても危険なのは同じだろう。ならば、私がここに立つことで士気の高揚することを期待する」

 

 レミールは危険を冒して戦線近くに立つ。

 その瞳は相対する魔王軍ではなく、見えない所を進んでいるはずの日本国自衛隊に向けられていた。

 

「武器の技術で負けたとて、戦意でまで負けてなるものか」

 

 トーパ王国、パーパルディア皇国、日本国の合同によるミナイサ地区生存者救出作戦が決行される。

 

*1
普通の都市ならともかく、城塞都市トルメスは魔物の侵攻を跳ね除けるため、また長期間戦うために兵器工廠などが多数あり、熟練の職人を多数抱えていたので彼らを徹夜させて製造した



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急転

いやぁ、魔王は強敵でしたね


 

 中央暦1639年12月20日 トーパ王国 城塞都市トルメス ミナイサ地区

 

 ミナイサ地区で飯屋を営んでいたエルフのエレイは、恐怖に震えていた。

 

(怖い……怖い……誰か、誰か助けて……)

 

 魔王軍に捕らえられたミナイサ地区の住民は、大講堂や議場、学校など、いくつかの建物に集められている。

 いざとなれば簡易的な砦として、立て籠もれるシェルターとして設計された建築物群は、今現在は檻として機能していた。

 

 エレイが押し込まれた大講堂も、出入り口は魔物が交代で監視していて、窓は人が通れるほどの大きさはなく、逃げ道は無い。

 そして、逃げ場の無い檻から出された人間の行き先は魔物の胃袋だ。

 毎日何人かが連れて行かれる。今も、エレイの目の前で幼馴染のメニアが連れて行かれようとしている。

 

「いやァァ‼︎ 助けてぇェ!」

「クソッ! バケモノめッ、娘を放せ‼︎」

 

 メニアの両親は娘を食わせまいと必死に抵抗するが、3人揃って取り押さえられてしまう。

 

「ゲッゲッゲ。あと何人か美味そうなのを見繕うか……」

「若い柔らかそうな肉は……と」

 

 給仕担当の魔物が品定めする。どうか自分は選ばれませんよいにと他の人々が身体を縮こまらせて祈っていると、遠くから雷鳴のような音が響いた。

 パーパルディアの砲撃。これで少しは魔物たちの意識が逸れてくれれば……。エレイはそう願うが、逆の方向へと作用してしまう。

 

「おい、また人間の攻撃だぞ」

「のんびり選んでる暇は無いな」

「仕方ない。おばえとおばえ、それとおばえ、来い」

 

 魔物が近くにいたエレイの右手を掴んだ。

 

「いや、いやぁぁ────‼︎ 神様、誰かッ、助けてぇぇ────‼︎」

「ゴラ、暴れんな」

 

 魔物がエレイを押さえつけようとした、その時だった。

 

BAMM!

 それまでとは全く違う爆発音が響いた。

 

 

 

 前進するパーパルディア皇国軍歩兵部隊を粉砕するべくのしのしと歩くレッドオーガ。

 

「うまく釣り出せたぞ」

 

 日本国、陸上自衛隊の城島分隊は89式戦闘装甲車とともに砲撃音に紛れて裏通りを前進。生き残りの住民が多数捕らえられていると思われる大講堂からオーガが十分に離れたところで、派手に咆哮する。

 

「ブチまけろ‼︎ 撃てッ‼︎」

「撃ちまぁす‼︎」

 

BABABABABAM!

 35mm砲弾がレッドオーガと周囲の魔物を引き千切り、弾けさせ消滅させた。

 

 

 城島分隊がレッドオーガを撃破すると同時に、陸上自衛隊の犬神分隊とトーパ王国軍別働隊が秘密通路を通って大講堂の裏庭にある井戸から飛び出し、突入を敢行する。

 

「GO! GO! GO!」

 

PAPAPAM! PAPAPAM!

 監視についていたゴブリンロードを射殺し、生存者を救出。

 魔物に連れて行かれそうなところを幼馴染の傭兵ガイに助け出されたエレイは胸をときめかせ────直後に憧れの騎士モアに声をかけられてすぐさま鎮火していた。

 

 

 その後、自衛隊を中心に魔物の()()が行われ、ブルーオーガすら葬ってしまった。

 

 

 そしてあくる日の12月21日

 

「次は普通の人間に生まれてこいよ……Adieu!」

 

BAOM!

 戦車の砲撃が魔王を貫いた。

 呆気ない幕切れ……。しかし、魔王は最期に不吉な予言を残した。

 

「よく聞け、下等種どもよ! 近いうちに魔帝様の国が復活なさる‼︎ お前ら下等種の世界は間もなく終わりを告げるだろう‼︎」

 

 

 神話に登場する魔王は日本国の兵により討ち取られた。魔王軍は潰走し、この日の出来事はトーパ王国の歴史書に大きく記されることになる。

 

 ──その夜。

 ある国の者は魔王や日本に関する情報をまとめて帰国準備を急ぎ、またある者は酒場で弔いの盃を傾け、ある者は戦勝の酒を飲んでいた。酒食に関しては全てトーパ王国の国王の振舞いということで、都市全体がお祭り騒ぎとなっている。

 

 トルメス城では日本人を中心に人だかりができ、自衛隊を率いている百田二等陸尉はうんざりしながらも、にこやかに同じ話を繰り返していた。

 

 そんな様子を少し離れた場所から見ているパーパルディア皇国の面々。

 かつてはパーパルディア皇国が会話の中心にいた。しかし今は傍に追いやられている。

 

「ちぇー。あたしたちだって頑張ったのに」

「まあ、日本軍(あんなの)と比べちゃあね」

「我々は結局、日本軍の引き立て役だったのである」

 

 不満顔を隠そうともしないアラウダを宥めるブランとセナルモン。

 その横でレミールは会話に聞き耳を立てていた。

 

「ふん、なるほどな」

 

 “遠耳”の魔法が込められたイヤリングを外すレミールに、ブランが話しかける。

 

「レミール様。何か分かったんすか?」

「ああ。日本国はどうやら、軍の展開能力に問題を抱えているようだ。政治的にか、物理的にかは分からないが」

 

 聴こえてくる会話の中には、日本国は12月8日にはトーパ王国からの援軍要請を受けていたことや、断片的にだが艦艇や車両の輸送力も混ざっていた。その断片を繋ぎ合わせると、大凡の輸送力も推測できた。

 つまり、レミールは日本国自衛隊の到着が皇国より後になった理由は、政治的な問題によると分かっていた。

 分かっていながら、物理的な問題かもしれないと濁した。

 

(……ミラ、クバイ、トレノ……陸軍兵や近衛砲兵たち……トーパの民と騎士……。日本国の体制が皇国と同様なら、いったいどれだけの者が死なずに済んだだろう……?)

 

 レミールは自衛隊には感謝していた。称賛の言葉を送ってもいいし、隊員一人一人を抱き締め、軍旗にキスしてもいいとすら思っている。

 しかし日本国という国家はダメだ。パールネウス共和国と同じ衆愚政治に陥っているとしか思えない。

 

 レミールは考える。どうにかして、自衛隊を、あるいは自衛隊の装備の一部でも日本国からかすめ取れないかと。

 

 

 

 同じ頃、トルメス城下町の宿屋では第一文明圏の列強国、世界最強の国と名高い神聖ミリシアル帝国の情報官ライドルカが荷物をまとめていた。

 

「早く本国に報告しなければ……!」

 

 古の魔法帝国の遺産の1つとされる魔王。その情報収集のために派遣されたライドルカだが、魔王が倒されたので報告の比重は魔王を倒した日本に傾いている。さらに、魔王の言い残した言葉もある。

 急ぎ、トーパ王国の首都ベルンゲンにある神聖ミリシアル帝国大使館に向かわねば……。

 

 出立しようと宿屋の主人にチェックアウト手続きを申し込むライドルカだが、宿屋の主人は渋い顔をした。

 

「お客さん、もう日も暮れてるし今から出るのは無理だよ」

「急がなきゃならないんだ」

「定期馬車の最終便はとっくに出てるし、このお祭り騒ぎじゃねぇ」

 

 馬車の御者もどんちゃん騒ぎに加わっている。冬場のトーパで夜間に徒歩で長距離移動は自殺行為だ。仕方なくもう一泊することにするライドルカ。

 こうなったらタダ酒を飲もうと決め込んでカウンター席に座るライドルカの耳に、魔法ラジオから『世界のニュース』が流れ込んできた。

 

《速報です! トーパ王国は、パーパルディア皇国と日本国の支援を受けて魔王討伐に成功したと発表しました‼︎》

《パーパルディアはさすがの列強といったところですね。しかしもう一国の日本国とは、どういった国なんでしょうか?》

《日本国については情報が少ないですが、実は列強第二位のムーが日本国と通商条約を締結したと数日前に発表しまして────》

 

 ライドルカはエールを吹き出した。

 

 

 

 

ムー、日本国と通商条約締結!

 

 日本の外交官がムーを公式に訪問したのは、中央暦1639年10月6日のことだった。

 ムーは地球からの転移国家であり、かつて日本列島に存在したヤムートという国家と友好関係にあったことが判明すると、日本側はムーに親近感を抱いた。

 また、異世界に転移してから1万年以上の長きに渡る努力により、ほぼ独力で前弩級戦艦を建造できる技術を確立するに至ったことに敬意を持った。

 

 ムー側は、日本国には敵対する意思はなく、先進的な技術を持つとみられる*1日本国との国交締結を早い時期に決定。

 およそ2ヶ月後のこの時期に、通商条約への調印を終えたのだ。

 

 

 

 世界のニュースは魔法通信が受信できる国と地域で重要な情報源となっている。

 パーパルディア皇国の皇都エストシラントにおいても、世界のニュースは多くの人が聴いていた。

 

「まずい……」

 

 パーパルディア皇国第1外務局局長エルトは、残業中にそのニュースを耳にした。

 文明圏外国としては異様な技術を持つ日本が、世界五列強の第2位であるムーと深く結びついたら国力は跳ね上がり、軍事力も強化されるだろう。

 

「ムーにより日本が強化される前に攻めなければ、皇国は手痛い被害を受けてしまう」

 

 エルトはそう考えて対日戦準備を急ぐように進言するのだが……日本がムーより劣るという前提は間違いだった。

 その間違いを修正できるかもしれない情報はすぐそこに存在していた。

 朝田たちが持ってきた日本国の紹介資料。それがカイオスのはからいで第1外務局にも回されていたのだ。

 しかし、第3外務局を見下している第1外務局員が『外3案件など見る価値無し』としてさっさと捨ててしまう。

 

 エルトの進言により、フェン王国を討ち亡ぼすとともに、日本国侵攻の橋頭堡を築く作戦は予定を前倒しして実行されることとなる。

 

 

 

 

 ──中央暦1640年1月3日

 パーパルディア皇国 皇都エストシラント レミール邸

 

 魔王討伐部隊は各地で歓待を受けながら堂々とパーパルディア皇国へと凱旋した────が、エストシラントの中央通りを行進し、凱旋門を潜って勝利の塔を仰ぎ見る栄誉は与えられなかった。

 

 魔王討伐に参加した皇国陸軍ライフル連隊と近衛砲兵隊は、フェン討滅部隊派遣により戦力を抽出するデュロ防衛隊に穴埋めのため編入される。

 レミールの側仕えとなったブランとアラウダら竜騎士も、飛行船とともにエストシラントに戻った直後に辞令が出され、デュロへと向かっていた。

 

「なぜだ! なぜ、ルディアス様はお会い下さらないのだ‼︎」

 

 苛立ち、枕やクッションを投げるレミール。その様子を静かに見守る侍女は心の内で『壊れない物を選んで投げているあたり、まだまだ冷静であられますね』などと不敬なことを考えている。

 

 やがて、疲れたらしいレミールは肩で息をしながら侍女に問う。

 

HER HER……デュロの、討滅部隊の動きはどうか?」

「編成と物資の補給に手間取っているようです。一部諸外国から資源が入って来なくなった影響が見られます」

「……なるほど、侵攻は早くとも来月か。ならば────」

 

 ──時間に余裕があるうちに、日本国の使者に接触しておこう。

 

 

 レミールは悪人ではないが聖人でもない。

 パーパルディア皇国民にとっては善人ではある。しかし、フェン王国の民や見ず知らずの外国人が億人死のうと心を痛めることはない。

 レミールにとり、フェン王国は祖国に挑戦する身の程知らずの二等国家であり、日本国は竜騎士の仇である。

 

 フェン王国や日本国からすれば理不尽な話と言える。

 だが、フェン王国民も日本人も、自国民が他国で殺害されたと聞いたなら、自国民に非があったとしても「なにも殺さなくたっていいじゃないか」くらいの擁護はするだろう。

 

 レミールは言ってしまえば普通の人間であり、ただそれだけの人物だった。

 

 

 レミールにはいくつかの誤算があった。

 まず第一に、国軍(自衛隊)ですら海外へ出すのを渋る日本国が、皇国に目を付けられているという危険があるフェン王国とは大規模な人の行き来を許しはしないはずだという推測。

 しかしすでにこの時期、日本はフェン王国にデジタル通信用アンテナ塔を建設する準備として、発電所を建設し始めていた。当然、技師や警備員、文書の翻訳家などがフェン王国に滞在し、そういった人達の家族などが少しずつだが観光のためにフェン王国に渡航していた。

 

 そして第二に、フェン討滅部隊はデュロから出撃するという情報。

 実はこの時、デュロの部隊を再編成したのでは時間がかかり過ぎてしまい、日本国とムーの結び付きが強くなることを恐れたエルトとアルデは相談し、他の方面から戦力を移動させていた。

 アルタラス王国を蹂躙したパーパルディア皇国皇軍が出撃していたのだ。

 

 

 

 

 ──中央暦1640年1月10日

 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 コナナ商会エストシラント店

 

 カイオスに呼び出された朝田と篠原、村松の3人は指定された店の前に立って驚いていた。

 

「はぁー、こんな小洒落たカフェがあるんですねぇ」

「紅茶の香りがしますね。若い子が好きそうな店だ」

「……ふうん? あのガラス、日本語表記のシールが貼ってありますね」

 

 三者三様の感想を抱きながら店内に入る日本人勢。

 その様子を、レミールは店の奥に設けられたテラス席に座って眺めていた。その手には日本語/大陸共通語辞典と六法全書、訪日外国人向けの簡易法律集がある。

 

(ふ、ふふふ。漢字とやらと難しい言い回しのせいで1割も理解していない上に、寝不足になってしまったが……見せ札としては申し分ない! さぁ来い‼︎)

 

 レミールは目の下のクマを隠すキツめの化粧に不気味な薄笑いを浮かべる。

 カイオスはそんなレミールのそばに立ち心配半分気味悪さ半分に見つつ、日本人3人組を手招きする。

 朝田たちは周りを物珍しそうに眺めながら席に近寄る。

 

 朝田が自己紹介すると席に座るよう促され、全員が席に着くとまず最初にカイオスが口を開いた。

 

「朝田殿、こちらのお方は皇女レミール様。外務局監査室所属でもあらせられる」

「カイオス、間に入らずともよい。私が直接に朝田とやらと話す。お前が全権代表の朝田か」

 

 レミールの態度は高圧的で、とても初対面の、しかも他国の外交官に向けてよいものではない。しかし、非公式な場であるし同じテーブルに着いているので、朝田はそんなものかと思って受け流す……。なにより、パーパルディア皇国人の他者を見下すそんな態度に慣れてしまっていたというのもあるが。

 

「日本国外務省の朝田です。全権ではなくただの使節です。急なご用件ということですが、どのような内容でしょうか?」

 

 朝田の質問に、レミールは不敵に笑う。

 

「ふ。お前たちが関係修復のために派遣されて来たと聞いたもので、な。皇国との関係を良き物とするためにお前たちが何をするべきか教えてやろう」

 

 レミールは辞典をテーブルの上に置き、挟めていた紙を取り出して広げる。

 

「フェン王国軍祭における皇軍への攻撃を謝罪し、弁償すること。そして、関わった日本軍人と使用兵器の引き渡し。以上を要求する」

「なっ⁉︎ レミール様それはッ」

「黙っていろカイオス」

 

 驚きの声を上げたカイオスを黙らせ、レミールは朝田の眼を見つめる。

 

(要求するだけならタダだ。さあ、どう出る?)

 

 朝田の方は想定していたのか、たいして驚きもせずに答える。

 

「その要求は飲めません」

「ほう? 皇軍を一方的に攻撃しておきながら、謝罪も賠償もしないつもりか」

「一方的に攻撃したのはそちらです」

 

 あくまで冷静に話す朝田に、篠原が援護を加えるべく口を開く。

 

「先に攻撃したのはパーパルディア皇国の竜騎士です。警告もありませんでした。これは軍祭参加国と、身柄を確保した竜騎士の証言からも明らかです。彼は殺す気で攻撃したと、殺意を認める趣旨の発言をしています」

 

 堂々と話す篠原。さすがは弁護士と言いたいところだが、レミールは冷めた目を向けた。

 

「誰がお前の発言を許可した? 私は朝田代表と話しているのだ」

 

 篠原は口を半開きにして固まった。

 レミールの狙いはこうだ。外交官としてはまだ若い30代前半に見える朝田は、補佐を2人もつけられていることからも経験が足りていないに違いない。

 ならば、補佐の者達から切り離してしまえばどうにかなるのではないか。

 

 弁護士という肩書きからして厄介そうな篠原を黙らせることに成功したレミールは、喜色と安堵を押し隠しながら朝田に問いかける。

 

「さて、朝田よ。一方的な攻撃を受けたという日本軍にはどれほどの被害が出たのだ?」

「……軍ではなく、自衛隊です。自衛隊に被害はありません。被害を、攻撃を受けたのは海上保安庁の巡視船です」

「カイジョーホアンチョーのジュンシセン? それは自衛隊とは別組織なのか?」

「海上保安庁は海の警察機構です」

「ふむん……」

 

 レミールは考え込む素振りを見せ、テーブルの上に置いていた本を撫でる。そこでようやく、朝田はその本が六法全書だと気付いた。

 

「警察機構……。つまり、捜査権と逮捕権を持っているのだな?」

「そう、です」

「……被害を受けたと言っていたが、どれほどの被害を受けたのだ?」

「巡視船の甲板が焦げたと聞いています」

「ほう、()()()()()()()だな。人的被害は無かったということなのだろう?」

「はい。我が国の人員には被害無しと聞き及んでいます」

 

 矢継ぎ早に質問され、朝田は篠原と村松に助言を求めたかったが、先程のレミールの言葉から“助言を受けるのも悪印象を与えてしまう”と考えて答えた。……答えてしまった。

 

 レミールが歪んだ笑みを浮かべる。

 

「なんということだ! 日本国の捜査機関は犯罪者をろくな捜査もせずいきなり殺害するのか! 国家権力による私刑が認められているとは……なんと恐ろしい国だ⁉︎」

「え、ちょ────」

「事前に第三国経由で聞いた話と違うな! 他の国にも教えてやらねば!」

「ち、違います‼︎ なぜそうなるんですか‼︎」

 

 朝田が叫ぶように言うと、レミールは不敵に笑う。

 

「ほっほっほっ。私がお前たちの国について調べていないと思うのか? お前たちはロウリアで竜騎士団と相対し、打ち破っている。ワイバーンの火炎弾の威力は把握していたはずだ」

 

 レミールが手を打つと、いつの間にかそばに控えていた侍女が資料をテーブルの上に置く。

 

「火炎弾では鉄の装甲板に対して、表面を焦がすだけで貫徹はできない……知らぬはずあるまい。安全な場所から一方的に相手を殲滅する、さぞ楽しかったろうな?」

 

 侍女が持って来たのは2ヶ月程前に発行された日本の新聞の切り抜きだった。その紙面には大きく『フェン沖海戦の指揮官が更迭人事‼︎』という見出しが躍っている。

 

「こ、これ……は……」

「竜騎士1人を捕らえた? 本当は全員を無傷で捕らえることも出来たのではないか? 不手際があったのではないか。違うか? 対応に不手際があったから、そうして指揮官を更迭した。違うか?」

「…………」

 

 朝田の頬を冷や汗が伝う。

 しばし沈黙した朝田は、どうにか声を搾り出す。

 

「調査して、事実を、情報を皇国と共有したいと考えます……」

「信用ならんな」

 

 朝田が搾り出した言葉を、レミールはピシャリと跳ね除ける。

 

「お前たちの主観が混じる調査など信用できるものか。我が国で調査を行う。関係者と使用兵器の引き渡し要求は調査のためだ」

 

 国交も無く、信用の無い国同士なのだから『調査』など信用できない。それは日本と皇国どちらともに言える。

 

「持ち帰って、本国に報告して指示を仰ぎます」

 

 朝田はどうにか答えを吐き出すが、それは先送りにしただけだった。

 

 

 

 

「してやられましたね」

 

 帰宅するというレミールと、見送りのためにカイオスが席を離れたテラス席で篠原が唸るように言う。

 日本側の面々は苦り切った顔をしていた。

 舐めていた。プライドは高いが所詮は井の中の蛙だと、皇国を侮っていたかもしれない。

 

「しかし我が国内の人事をうまく突いてきましたね」

「参りますね。懲罰人事だと、日本政府が失策を認めているのだと受けとめられるとは……」

 

 冷めてしまった上等な紅茶を呷り、朝田は嘆息する。

 そこに、カイオスが戻ってきた。

 

「皆さま、申し訳ない。呼び立てておきながらあのような事を……。私では皇族方をお止めできないので」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 穏やかな顔をする朝田に、カイオスは罪悪感を覚えながらレミールとの会話を思い出す。

 

『よいか、カイオス。一方的に被害を受けている現状では、日本国と対等の関係を結ぶなど民は納得しない』

『はっ。レミール様の見立てでは、日本国は皇国と同等以上の国なのですね?』

『同等どころか……彼の国と対等の立場を得られるという奇跡を神に感謝しなければならない、そのような国だ』

『それほどの……』

『しかし、悪いことをして目上から怒られた時に、自分に非があると分かっていても、怒られるのは気分の良いものではない』

 

 日本に非はない。しかし、なんらかの譲歩を日本から引き出さなければ皇国と日本国の関係は悪い方へ向かう。

 

『飴と鞭だ。カイオス、私が高圧的に出て日本を責める。お前は……泣き落としでもなんでもいい、とにかく日本側に()()()()()()()()()()のだ』

 

 普通、譲歩を引き出したいのならば圧力をかけるのだが……。

 

(日本国が皇国の国力を知っている以上、圧力をかけて得られるのは譲歩ではなく怒り。……レミール様は日本側からの悪感情をお一人で引き受けられるおつもりか?)

 

 

 カイオスは自分の役割を果たすべく、再び席に着いた。

 

「日本国に非がないことは分かっているのですが、やはり民の感情的には皇国側がやられっぱなしというのは……。このまま国交を結んでも、すぐに関係悪化する事態となるでしょう」

「国民からの支持は大事ですからね」

 

 カイオスの言葉に朝田は相槌を打つ。

 朝田はレミールに対して盗っ人猛々しいと思うと同時に、海上保安庁と海上自衛隊の能力なら殲滅以外の選択肢もあったかもしれないと思い始めていた。

 実際の現場では命のやり取りだったのだが、現場から離れた場所で見直すと、一方的にちょっとやり過ぎだったように感じてしまう。

 

「しかし、関係者や艦艇の引き渡しは無理な話です」

「ええ、わかっております。ですから、どこか落とし所を見つけなければならない」

 

 カイオスは朝田と相談を始める。

 本来なら、襲撃して撃退されたパーパルディア皇国がフェン王国や日本国に謝罪しなければならないのだが、カイオスはしれっと『お互い様』にしてしまった。

 

 カイオスと朝田たちは、皇国民……というよりレミールを納得させられるような意見を懸命に考える。

 

 

 

 

 ──その頃

 フィルアデス大陸南東 フェン王国

 

 日本国外務省はフェン王国を戦時体制ではないと判断して、ひとまず国交締結していた。

 様々な思惑があって色々な人や物が日本からフェンへと流入しつつある。フェンに入った物の多くはフェン国内で消費されるが、複数の人と物がフィルアデス大陸に渡った。

 

「退屈だな……。平岡、交代まであと何分だ?」

「1時間45分」

「チェ! 10分しかたってねぇよ」

 

 フェンのニシノミヤコ近くにある発電所建設現場に、オメガチームの姿があった。

 防衛省は外務省と異なる見解を示していたのだ。

 

*1
ムーの技術レベルは地球の第一次世界大戦頃の水準



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開戦!

 

 ──旧アルタラス王国

 

 ル・ブリアスの目抜き通りをパーパルディア皇国の騎士が巡回していた。

 馬上に揺られる一角獣の角を持つ女性騎士が、前を行く獣耳を持つピンクブロンドの小柄な騎士に話しかける。

 

「ショコランさん。ブランさんからのお手紙には……」

「ユーリィが聞きたいのはアラウダのことでしょ? 元気にやってるってさ」

 

 この2人、ショコランはブランの双子の姉(体格的にはブランは歳相応の見た目だが、ショコランは13〜14歳に見えるので見た目は姉妹が逆に見える)で、ユーリィはアラウダと竜騎士養成校の同期の竜騎士である。

 

「負傷して後方に配置換えされた2人が竜騎士として活躍して、前線にとどまった私たちがワイバーンに乗れないのは皮肉ですね」

 

 ユーリィが呟く。

 竜騎士は戦場の花形とはよく言ったもので、逆に言えば竜騎士は戦さ場を離れると持て余し気味となる。

 占領下のアルタラスで必要なのは小回りの効く歩兵や機動力がある軽騎兵で、運用コストの高い竜騎士は20騎ほどしか駐留していない。

 ショコランとユーリィはキャリア構成の観点から警備隊の騎兵に編入されていた。

 

「卑下はよしたまえ、ユーリィ君。地上での経験は必ず役に立つ。我々は誇りを持って職務に励もうではないか────うん?」

 

 ショコランの耳がピコピコと反応し、その顔に厳しい表情を浮かべた。

 

 

 

 

「やめて下さい‼︎ 娘が何をしたというのですか‼︎」

「バカモン、捜査機密だ! 取り調べで嫌疑が晴れれば解放してやる!」

 

 商店の並ぶ通りで、皇国式の制服を着た男が数人、1人の少女を捕らえていた。

 男たちは皇国の臣民統治機構に所属する上等警備兵だ。そのうちの一番年上の警備兵に少女の父親が縋り付く。

 

「し、しかし……理由もなくいきなり逮捕なんて! 若くて美人な女ばかり連れて行くではありませんか!」

「理由は有るが機密である! ……自分の娘を若くて美人とは、親の贔屓目が過ぎやせんか? 少しは謙虚さを学べ。おい、教育してやれ」

 

 警備兵達が父親を警棒で殴りつける。それでも諦めない父親は、滅多打ちされながらも必死に縋り付いていたが、やがて倒れ伏してしまう。

 

「いやぁ‼︎ お父さん‼︎ ──もうやめてぇェッ‼︎」

 

 血塗れにされた父親の姿に泣き叫ぶ娘。

 そこに、ショコランとユーリィが駆け付ける。

 

「やめろ‼︎ 何の真似だ!」

「皇軍の騎士か? 我々は臣民統治機構の警備隊だ。善良な市民を反政府組織の暴虐から守っている」

「皇国の恥だ! うせろウジ虫め!」

 

 事態を察したユーリィが騎兵用の短小銃を警備兵に向けて怒鳴り、ショコランも馬上から冷たい目で見下ろす。

 警棒しか持たされていない警備兵は銃を突きつけられて引き下がるしかない。

 

「くそっ! 覚えてろ貴様ら。報告してやるぞ」

「皇軍第6竜騎士団第8中隊、ユーリィ上等兵だ」

「私はショコラン伍長だ。忘れるなよ、豚のケツ!」

 

 少女は解放され、父親は駆け付けた従軍治癒術師の治療により事なきを得た。

 

 

 この直後、アルタラスに駐留する皇軍と、臣民統治機構の間で小競り合いが発生。重軽傷者多数を出して問題が表面化する。

 この時、シウス将軍はフェン王国へ向かう船上にあり、後任の占領軍司令リージャック中将はル・ブリアスに到着していなかった。臣民統治機構側も責任者であるアルタラス統治庁長官のシュサクがエストシラントにいたため、指揮官と責任者が不在となっていた。

 もともと、血と汗を流して領土を拡大あるいは防衛してきた軍からすると、後から占領地に乗り込んできて好き勝手に振る舞う統治機構は鼻持ちならない存在だったのだ。

 指揮官不在の状況で、皇軍の不満が暴発したこの事件は、すぐさま本国へ伝えられた。

 

 

 

 ──中央暦1640年1月10日

 レミール邸 エストシラント パーパルディア皇国

 

「シウスがアルタラスに居ないだとッ⁉︎」

 

 書斎で軍の開発局からの書類に目を通していたレミールだが、侍女からの報せを聞き書類を投げ出して慌てふためいた。

 

「どこに向かったかわからないのか⁉︎」

「私掠船が、シオス王国の近海で北東へ向かう艦隊を目撃しています。あと5日ほどでフェン王国に到着するかと」

「フェ、フェンか〜」

 

 レミールはホッと息を吐き出した。

 これで「沖縄に向かいました」などと言われていたら、パラディス城に乗り込んでルディアスに直談判するところだった。

 登城禁止の身で皇帝に直談判などしたら追放処分にされるかもしれないが、日本に攻め入るなど裸で神龍に挑むようなものであり、それに比べたらだいぶだいぶマシだ。

 

「フェンか……。フェン……は確か、日本と国交を結んでいるのだったな」

「はい。コナナ商会によりますと、政府間はともかく民間交流は────」

 

 侍女の説明を聞きながらレミールは必死に脳細胞を働かせる。

 

 フェン王国を落とせば、パーパルディア皇国は『日本海』に拠点を得られる。

 日本海軍は高性能な艦を持っているが、その数は200隻乃至300隻で、常時戦闘可能な数は100隻ほどだろう。皇国海軍300隻が自由に行動したならば、壊滅させられる前に日本本土に打撃を与えられるはずだ。

 ──そのような事態をチラつかせて、日本側に譲歩を迫る──

 と、そこまで考えてレミールはハッとした。

 

「逆だ」

「レミール様?」

「戦列艦の分散襲撃は日本国の対応力をこえる……だが、だが! 今、艦隊はフェン王国攻略のために集結している‼︎」

 

 これは罠だ。日本国の仕掛けたものか、神の企てか悪魔の意思か分からないが、皇国の水上戦力と揚陸作戦能力を持つ軍団が一網打尽にされる危機だ。

 

 逆に日本からすると、将来的に衝突する可能性の高い皇国の戦力を削ぐ良い機会だ。ついでにフェン王国に恩を売り、日本の拠点とすることでデュロの部隊に睨みを効かせることができる。

 

「まずいぞ。日本国に介入の口実を与えてしまえば……破滅への道だ」

 

 当然、皇国は躍起になってフェン再侵攻を計画するだろう。そうなれば泥沼になるか、日本の重い腰が上がる。

 トルメスの再現だ。ただし、撃ち倒されるのはゴブリンやオーガではなく、皇国の兵や民となる。

 

 そこまで想像して、レミールはフラフラと立ち上がった。その顔色は酷く悪い。

 

「気分が悪い……戻しそうだ……ウプ」

「レミール様ッ、無理はなさらずお休み下さい!」

 

 レミールは寝込んでしまい、誰にとっても貴重な時間を無駄にした。

 

 

 

 

 ──中央暦1640年1月12日 デュロ東方海域

 

 戦列艦の修理を終え、訓練航海中の皇国監察軍東洋艦隊に特命が下された。

 

「フェンへの宣戦布告文書、ですか」

《そうだ》

 

 通信機器の前に立つポクトアール提督は、奇妙な命令に首を傾げる。

 文明圏外国へ正式に宣戦布告する、だけならまだしも開戦までまだ日があるのだ。これでは奇襲も電撃的な侵攻も出来なくなってしまう。

 

《提督、これはフェン王国へ対する行動ではないのだよ》

「ああ、日本国に対してですか」

《そういうことだ》

 

 事前に、戦争になるから第三国の人間を避難させるように通告し、日本人が戦闘に巻き込まれるのを防ぐのが目的だ。

 

「損な役回りでありますな」

《君の昇進は約束しよう。勲章も》

「年金付きのでお願いします。部下の分も」

 

 

 艦隊の竜母からワイバーンが飛び立ち、フェン王国へと向かう。

 パーパルディア皇国はフェン王国に対し、正式に宣戦布告し、戦争状態となった。

 だが、これはレミールの独断による指示でカイオスが下した命令であり、パーパルディア皇国政府と討滅部隊は『奇襲』を前提としていた。

 

 さらに、フェン王国でも宣戦布告されたという事実は公表されなかった。

 日本国の力を当てにしているフェン王国側が、早期に公表すると日本は人員を引き上げてしまって巻き込めないと考え、握りつぶしていたのだ。

 

 ワイバーンの飛来に気付いた駐フェン大使の島田はフェン王国に問い合わせたが、マグレブの回答は「これまでの対応を謝罪し奴隷をよこせという書簡を持って来ただけです」というものだった。

 

 全てが、空回りしていた。

 

 

 

 

 ──中央暦1640年1月16日 フェン王国 ニシノミヤコ

 

 フェン王国軍は連日慌ただしく移動し、現地にいる日本人も異常を感じ取っていた。

 フェン王国軍の兵は海岸に穴を掘り、城下町に武器を運び込んでいるが、何が起きているのかと尋ねても「訓練です」の一点張りだ。

 

 日本とフェン、パーパルディアを行き来していた佐藤は、この時期にたまたまフェンに居た。

 チャーターした漁船に積み込まれた無線器を操作し、佐藤は斎藤と連絡を取る。

 

「フェンは臨戦態勢です。訓練にしては、休憩時間にしっかり休みすぎています」

《休憩中も自己鍛錬に走る連中がしっかり休むということは、やはり戦争か》

 

 海上自衛隊の試験艦『あすか』が電波中継任務中*1に艦隊を探知しており、幕僚会議ではパーパルディアによるフェンへの本格侵攻と捉えていた。

 

《外務省の馬鹿どもは、まだ武力衝突は起きないと思っているようだ》

「ナンセンスですな。自分たちが皇国を危険だと報告しておいて……」

《だが、馬鹿から外交の主導権を奪う機会だ。最低でも、自衛隊が外交に口を挟めるようにはなる》

「軍人が“戦う外交官”であった時代に逆戻りですか」

《残念ながら、この世界はそういう世界らしい》

 

 

 ──同日 日本国 東京都 首相官邸 総理執務室

 

 自衛隊はフェン王国へ不明艦が接近していることを政府に報告したが、表立った行動は取らないでいる。

 フェン王国に滞在している日本人の安全確保は外務省の管轄であるとして、情報の伝達だけを行なった。

 日本政府の閣僚は慌てた。

 

「現地の事業は経産省の主導だ」

「邦人保護は現地大使館の責務だ!」

「まだ戦争になると決まったわけでは……」

「明らかに侵攻を企図した艦隊だぞ!」

「在留邦人の救出は可能なのか? 事が起きてから計画を練っても遅いぞ」

「またアマノキを襲うのか、それとも港湾都市のニシノミヤコに向かうのか、それが分からないことにはな」

「とにかく現地には退去を命じなければ」

「しかし、フェンから全面的に撤退するのは……」

 

 言ってしまうと、邦人を守るだけなら可能だ。しかし、フェン王国にはすでに少なくない金額を投資しており、建設途中の発電施設など、手放すには惜しい物もある。

 

 

 

 

 ──中央暦1640年1月17日 フェン王国 ニシノミヤコ

 

 未だに『紛争当事国ではないから』という理由で、紛争が起きた場合に居合わせた自国民は保護されると思っている平和ボケした閣僚を他所に、斎藤はオメガに戦闘準備を命じていた。

 オメガチームは隠匿していた武器を手に、渋る工事関係者やその家族をダンプカーの荷台やマイクロバスに押し込める。

 

 ダンプカーの荷台に子供を引っ張り上げていた小松に、女が噛み付く。

 

「ちょっと、鉄板むき出しで汚いし狭いし……こんなところに何時間も座ってろって言うの⁉︎」

「うるせーな、戦場から遠ざかれんだから贅沢言うなよ」

「戦場って、私たちただの一般人よ?」

 

 戦争なんて関係ないとでも言いたげな女に、小松は呆れ顔をする。

 

「一般人だ女子供だって弾が避けて飛ぶわけないだろ。戦闘地域にいたら戦闘参加と一緒だ」

「そんな……」

「分かったらおとなしく運ばれろよ」

 

 荷台から飛び降りた小松に、女が叫ぶ。

 

「ちょっと! あなたはどうするのよ⁉︎」

「決まってるだろ、戦闘に参加するのさ」

 

 水平線の先に、芥子粒のような黒い点が多数見え始めていた。

 

 小松は木立の中に偽装された指揮所に向かい、装具を身に付けながら待機していた平岡たちに話しかける。

 

「パンパース帝国が来たぜ」

「ぱん?」

「小松さん、違いますよ」

「パーパルディア皇国な。パが2つってところしか合ってねぇ」

「ああ、それそれ」

 

 小松も、弾薬や着替えの入ったリュックを用意して背負った。

 

「でもよ、パー……パ皇がここを素通りしてアマノキに行かなくて良かったよな」

「パ皇に一番近いのがここだからな」

 

 大部隊が揚陸するならアマノキかニシノミヤコだろうと分析されていたが、どちらで上陸作戦が行われるにしてももう一方は艦砲射撃や海上封鎖される恐れがあったので、とにかく沿岸部からは退避して夜間にヘリで救出する手筈になっていた。

 しかし、衛星と水上艦艇のレーダーにより全戦力がニシノミヤコに集中していると判明し、海上自衛隊の輸送艦をアマノキに呼んで邦人を保護するというふうに変更されたのだ。

 

「輸送艦か。民間の船でもいいんじゃないか?」

「民間の客船は危ない所に来たがらないだろ」

 

 小松の言葉に江須原が答える。

 

「タンカーや貨物船はロデニウスやムーに振り分けてるし、日本-フェン間のフェリーも、この状況じゃ運航中止だな」

「ムーなんかより近場を、足元を固めろってんだ」

「おいおい、小松の口から足元を固めるなんて言葉が出たぞ。明日は雨が降る」

「おい江須原────‼︎」

 

DOMM! BAOM!

 

ZUZUU…M

 

 砲弾の雨がニシノミヤコの港に、海岸線に降り注ぐ。

 

 将軍シウスは、フェン王国の海岸線を望遠鏡で確認しながら部下の報告を受ける。

 

「偵察騎からの通信によりますと、内陸側にあるニシ城と港地区の詰所にフェンの軍旗が集中しています」

「ニシノミヤコ郊外に大規模な建築物があり、ムーの自動車らしき物がそこから東へ遁走中です」

「ふむ。例のニホンという国の施設か、あるいはムーの施設だな。そこには手を出すな。まずは海岸堡を確保し、市街と城を制圧する」

 

 いくら格下とはいえ、さすがに港に船をつけるのを黙って見てはいないだろう。

 ニシノミヤコには広大な砂浜があり、パーパルディア皇国軍はそちらに小舟で兵を上陸させる。

 

 

「いい天気だ。海水浴日和だな」

「ああ。戦争はこうでなくちゃな」

 

 皇国軍歩兵部隊の分隊長アルマは、上陸用の小舟から余裕の表情で海岸を眺めていた。

 戦列艦の砲撃により敵の拠点は潰され、上空には皇国のワイバーンが飛び、脅威は全く存在しない。

 

「楽な仕事だなぁ」

「なぜそう思う?」

「大隊長殿っ」

 

 気を緩めるアルマに、口髭をはやした上官が尋ねた。

 

「はい、大隊長殿。我が方の砲撃によりフェン王国の水際陣地は壊滅です。マスケットは奴らの剣より遥かに優れた武器ですし……」

「アホぬかせ! 銃砲でカタがつくなら、お前の腰にぶら下げてるサーベルはなんだ? そもそも歩兵が上陸する必要も無いだろう」

 

 大隊長は海岸線を睨みつける。

 

「いいか、奴らの剣法には『後の先』というものがある。待ち構えてるんだ。……奴らはシブといんだ。靴についた犬のクソみたいにな」

 

 

 大隊長はそう言うが、皇軍全体はアルマのように「楽な仕事」だと思っている。

 小舟が砂浜に接岸し、約1千人の銃兵が上陸を開始する。抵抗は見られず、皇軍は少し散開して海岸に降り立った。

 アルマは砂浜のところどころの色が違うことに気づいた。

 

「ん? なんだ?」

 

 不用意に近寄った、その瞬間。

──ZAC!

 

「キィィェェエー!」

 

 雄叫びを上げ、砂の下から剣を構えた兵士が飛び出してくる。その数200人余り。

 

「フェン王国兵‼︎」

「伏兵だ!」

 

 裂帛の気合いと共に振り下ろされる白刃を、アルマは銃で受けた。

 

「ちくしょう、この!」

 

 敵味方が入り乱れる状況。楽に勝てると思っていたアルマの分隊は孤立していた。

 

「誰か! 大隊長、支援を────」

 

 アルマは絶句した。助けを求めて辺りを見回すと、部隊の大半が後退している。

 しっかりと組まれた陣形の奥に、大隊長が眼を冷酷に光らせていた。

 

HUN!

 

「な、げっ、かぁ……っ‼︎」

 

 胴を切り裂かれ、アルマは血飛沫を散らしながら崩れ落ちる。

 

 大隊長は突出していた分隊が全滅すると、なんの障害も無く命令を下した。

 

「射撃用ー意、撃て!」

 

PAPAPAM! PAPAPA!

 

 フェン王国兵は奇襲により多数の皇軍兵士を討ち取ったが、態勢を整えた皇軍の銃撃により全滅。

 皇軍の大隊長はフェン王国兵の潜んでいた穴を検分し、笑みを浮かべた。

 

「こうまで侮り難い敵か!」

 

 意表を突かれ、まだ混乱している部隊に大隊長は発破をかける。

 

「諸君! キツネ狩りの続きをするぞ!」

 

 

 

 ニシ城の城主、ゴダンは籠城を決意して兵を城に後退させた。ニシ城は艦砲の射程外なので数ヶ月は保つだろうとフェン王国側は考えていたのだが、皇軍砲兵の野戦砲と臼砲がその思惑を城門ごと打ち砕いた。

 

 城下町では伏撃を行なったフェン王国武士団が、接敵前進中の皇軍歩兵戦列に掃射され壊乱した。

 ──そんな状況の中、奇妙な一団がパーパルディア皇国軍の前に立ちはだかった。

 

「戦争反対! 戦争やめろ!」

「僕たちはただの一般市民だぞ! 拘束を解け! 国際人道法を守れ!」

 

 皇国の陸将ベルトランは、両手を後ろ手に縛られて目の前に引き摺られてきた男たちを見て困惑した。

 

「なんだ、このアホヅラの団体は」

「日本人だと言っています。前進の邪魔をしましたので拘束しました」

「それと、別口でもう1人捕らえています」

 

 裸に剥かれ、より強固に縛られた殴打痕のある男がベルトランの前に転がされた。

 

「酷いもんです。こいつひとりに10名持っていかれました。……こいつの持っていた連発式の銃で!」

「なんだと⁉︎」

 

 ベルトランと幕僚は驚愕の面持ちでその男を見た。

 

「ヒィィ! 助けて、何でも言う! 協力する! 僕は日本のスパイです!」

 

 貧弱そうなその男……中村はあっさりと自白し(ゲロっ)た。

 

 

 

 

「アホどもめ」

 

 ギリスーツを纏った佐藤は草むらの中に伏せて対物ライフルを構える。

 

 平和ボケした馬鹿は切り捨ててさっさと引き上げるはずだったオメガチームだが、事情が変わった。

 電力会社か、警備会社にいる自衛隊OBからオメガがフェンに展開していることが総務大臣に漏れたらしい。

 

 ──決して日本国民を……1人たりとも敵の手によって死なせてはならぬ‼︎ 国難のこの時、今こそ団結すべき時である!──

 

 総務大臣から直接このように言われては、斎藤統幕長は計画変更せざるを得ない。

 

「まぁ、いいか」

 

 弱肉強食、強さこそ正義のこの世界で、暴力の後ろ盾がない外務省がいかに無能かを示す良い機会だ。

 ついでに、一昨日に色街に出かけてから行方不明になっている中村陸曹も捜索すればいい。

 

 対物ライフルのスコープには、皇国のリントヴルムが捉えられている。

 

《こちらオメガ5。全員準備よし》

「よし。バッドカルマより各員、始めろ」

 

PONK! PONK! BAHUN!

 KTOWKTOWKTOW! BANG!

 

 迫撃砲、ロケットランチャー、軽機関銃、対物ライフルが射撃開始し、それを陽動として救出班が前進する。

*1
無線の電波中継装置を甲板上に設置し、ムーやカルアミークとそこへ向かう船舶や航空機の通信を確保する任務。……すでに人工衛星が打ち上げられているので、実際には密輸や密入国の監視、非常時の救助活動が主。



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日本国の意思、皇女様の意志


【挿絵表示】

 腹を立てちゃいけない。怒るのは、びくつくのと同じくらいまずい。 ──アーネスト・ヘミングウェイ


 

 ──パーパルディア皇国 エストシラント 高級宿『ハルディン』

 

 昨日の夜に受信した外務省の文書を読み、朝田は困り切った表情をしていた。

 

「参ったなぁ、侵攻を中止するように働きかけろって言われても困るよ」

 

 外務省の指示は、フェン王国に滞在する日本人の安全確保のため、パーパルディア皇国による武力侵攻を中止するように交渉せよというものだった。

 現状、無理な話である。

 

 朝田が交渉している相手は外務局で、フェンに侵攻しているのは皇帝ルディアスの勅命を受けた軍だ。つまり、侵攻を止めたいなら、朝田は外務局に話をして皇帝に奏上してもらい、皇帝から軍部に作戦中止を命じてもらうしかない。

 どう考えても無理。時間的にも無理。

 そう考えた朝田の脳裏に、皇女レミールの顔が思い浮かんだ。

 皇族の権威と、外務局監査室の権限を持つ、頼めばやってくれそうな人物……。

 

(無理だ無理だ、絶対無理だ!)

 

 どんな対価を要求されるかわからない。朝田は頭を左右に振って脳裏からレミールを追い出す。

 と、そこに村松がホテルのボーイから届けられた来た手紙を持って来る。

 

「外務局から手紙ですってよ。……呼び出し状?」

 

 その手紙には、レミール直筆で第3外務局の別館にすぐ来るようにと書かれていた。

 朝田と篠原もその文面を確認し、すぐに準備を始める。

 

「この状況で紛争当事国の皇族から呼び出しか……穏やかじゃないな」

「文面からして、ロクな話じゃなさそうですね」

 

 朝田と篠原が不安を抱きつつスーツに着替えて身だしなみを整える横で、村松は靴下だけ履き替えた。

 

 ホテルを出た3人は、ホテルが用意した馬車に乗って外務局に向かう。

 石畳の段差と木製の車輪、板バネ、木製ベンチシートに布と綿で出来たクッションによる絶妙な打撃が現代日本人の尻と腰を痛めつける。

 

(サスペンションの技術は売れるな……というか売ろう)

 

 

 

 朝田たちが「短時間なら立ってたほうが疲れないんじゃないの、コレ」「いや、安全面で座っていないとダメなのでは?」などと馬車の乗り心地についてダメ出ししている時、外務局別館の一室ではレミールが頭を抱えていた。

 

「どうして! こうなったのだ‼︎」

 

 露見してしまえばルディアスから切り捨てられること間違いなしな「勝手に宣戦布告」までしたというのに、日本人はフェン王国に留まっていた。しかも、数人が皇軍の前に立ち塞がったので拘束してしまった。

 

「前世で私が何かしたとでもいうのか*1。それとも魔女の呪いか」

 

 益体も無いことを独り言ちながら、レミールは考える。

 

(しかしなぜ日本国はそこまでフェンに肩入れするのだ? フェンに、フェン王国自身や皇国が気付いていない価値があるということか? ならば、フェンを占領してしまえば交渉の余地は残る……か?)

 

 誰にとっても不幸なことに、レミールは疲れきっていた。

 慕っていたルディアスに突き放され、寒冷地で配下の兵の死を目の当たりにし、皇国の優位性があっさり崩され……。

 そして、レミールからすると日本からの国交交渉は、日本国召喚の読者で小林源文ファンにわかりやすく例えるなら、1941年の5月(独ソ戦勃発直前)に大日本帝国に対してソ連かアメリカが「軍事同盟組もうぜ!」と言ってくるようなものだ。まるで意味がわからんぞ。裏が無いわけが無い!

 ──一般人にわかりやすく例えると、大企業が中堅企業に技術提携や資本提携を対等な条件で申し込んできたようなものだ。特許か何かを狙っているに違いない。

 

 被害妄想に取り憑かれた馬鹿。と、レミールを断じるのはまだ早い。パーパルディア皇国本国は製造業加工業が主な産業なので、考え無しに日本と国交を結んでしまうと皇国の製品が日本製に駆逐されて経済が崩壊する危険が確かにあったからだ。

 まあ、レミールはそこまで考えていないのだが。

 

 自らが作り上げた恐ろしい日本国像にすくみ上ったレミールは、勝手に自滅しつつある。

 

「あぁ……最初からルディアス様に日本国との国交樹立を奏上していれば……だめだ、余計悲惨な未来しか見えない。せめてエルトを引き込んでおくべきだったか」

 

 ルディアスは夢想家だ。少々現実が見えていないところがある。レミールは、自分がそこを支えて差し上げるのだと以前は考えていたのだが、最近は心が離れつつある。

 ムーやミリシアルすら支配下に置くことをルディアスは望んでいるが、レミールからすると夢物語だ。技術力の差は歴然としており、自分達の代はもとより孫の代でも追いつけるか怪しい。

 ひょっとしたらルディアスも分かっていて虚勢を張っているのかもしれないが、どうであれそんなルディアスが日本国の技術力を知ったならば、どのような手段を用いてでも我が物としようとしたに違いない。

 

「しかしそれでは皇国が日本の民から恨みを買う……。そうならないようにするには……」

 

 悪役が必要だ。

 日本国側に譲歩を迫り日本国の民から憎まれ、皇国側に譲歩させ皇国民から弱腰と罵られる。

 ──外交分野にある程度の裁量権を持ち、不平不満を黙らせる権威があり、そして……()()()()()()()()()()()ことで両国民のガス抜きになり、排除後には外交問題の一つや二つ有耶無耶になるくらいには混乱が起きる地位の高い人物。そんな都合の良い人物が。

 当てはまる人物にレミールは心当たりがある。

 

「……まさかルディアス様、そこまでお考えでしたか?」

 

 この日のために自分は泳がされていたのかとレミールが納得した時、折良く日本国の使者が到着した。

 

 

 

 朝田たちが通された部屋には、どこか憂いを帯びた表情をしたレミールが椅子に腰掛けて待っていた。

 見下ろす形になった朝田は、数瞬だけだがレミールの胸の谷間に目を奪われ、自己嫌悪に陥りながらも口を開く。

 

「本日はどういったご用件でしょうか」

「ああ……。今日はお前たちに見せなければならないものがあってな」

「はあ、見せなければならない、ですか?」

 

 レミールは侍女に目で合図し、その侍女が鈴を鳴らす。すると、扉が開かれ使用人数人がかりでオルガンのような装置が部屋に運びこまれた。

 装置の上には縦20cm、横30cmほどの水晶板が取り付けられており、そこに日本の古い町並みのような景色が映し出されている。

 

「これは魔石を用いる魔導通信機器で、音声だけでなく映像まで見えるようにした先進魔導技術の結晶だ。魔力式の映像付き通信機を実用化しているのは、神聖ミリシアル帝国と我が国くらいのものだ」

 

 レミールは得意げに言う。

 なにしろ、魔帝の遺産を解析してコピーを作れる神聖ミリシアル帝国に対し、パーパルディア皇国は駐パーパルディア皇国ミリシアル大使館で使用されているのを見学しただけで再現したのだ。純粋な開発力では皇国が優っているとすら言える。

 

 だが、朝田は間の抜けた「はぁ……」という生返事をするだけだった。

 

 その興味無さげな朝田の顔が驚愕に凍り付く。

 

「なっ────」

 

 ゆっくりと動いていた映像は、懐かしさを感じる街並みから焼け落ちた城門に変わり、それを背景に縄で縛られた10人ほどの集団が映し出されていた。

 

《タスケテ、タスケテ》

 

 1人だけ別に並べられ、殴られ、縛られた男が助けを求めている。

 その顔つきは朝田のよく知る人種で、篠原や村松は仕事で関わりのある人物のものだった。

 

「に……日本人を‼︎」

「あれ、佐藤さんトコの兵隊じゃ……」

「……ですよねぇ?」

 

 朝田とは別方向に驚いている2人に気付かず、レミールは告げる。

 

「この者たちはフェン王国ニシノミヤコにおいて皇軍の前進を妨害した。お前たちの()()()()()で、身柄を解放してやってもよいぞ?」

「卑怯です、彼らはフェン王国に仕事で赴任したり、観光で訪れていただけだ! 何の罪もない人々を……人道に反する行為だ‼︎ 即時解放を要求────」

《ふざけんな! 進軍を妨害しておいて罪がないわけないだろう!》

《こいつは連発式の銃で武装していたぞ! スパイだという自白もある! オラ、鳴け!》BLAM!

《ヒィ! ボクは日本のスパイです! 許して!》

「────なぁ⁉︎」

 

 激昂していた朝田だが、殴られている男が銃で武装していたという言葉に血の気が失せる。

 そして、それはレミールも同様だった。

 

(なんで日本国のスパイが⁉︎ 自白? ……粘れ! 自白さえしなければ民間人扱いで解放できたというのに……これでは軍部の手前、解放できぬ! いっそ死ね! 自死しておれ!)

 

 レミールの考えでは、捕らえた日本人は日本国への交渉材料にし、日本側が交渉に難色を示したならばすぐにカイオスを侍女が呼び、カイオスがレミールを宥めすかして日本人を解放させるというシナリオだった。

 しかし、スパイと自白した者を解放はできない。

 

 魔導通信機を使用して皇軍の回線に割り込み、現地部隊に勝手な指示を出しているだけでも立場が危ういというのに、処刑が妥当なスパイを解放するなどとなれば、国家反逆罪で極刑は免れない。しかもレミールだけでなく加担した者達にも累が及ぶ。

 

 レミールは「早く来てくれカイオス!」と、叫びたくなるのを我慢して考える。

 

(スパイの解放は無理だ。しかし、処刑となると確実に朝田たちは怒る、つまり日本国からの恨みを買う。しかし、処刑しなければそれはそれはそれで軍部からの信頼を失くす……。くそ! あのスパイが捕まったりせず、死んでおれば! ……ん? 捕まる? そうか! 日本国に捕まっている竜騎士の身柄と交換すればいいのか! 捕虜交換なら軍部を説得可能だ!)

 

 レミールは喜色を隠しながら鷹揚に語る。

 

「さて、現場の兵はああ言っている。……私は軍の指揮権は持っていないし、介入できる権限もない。だが、皇族の権威をもって要請すれば、あの者達の身柄を保護することはできる」

 

 魔導通信機の画面を見つめていた朝田の顔が、レミールの方を向く。

 

「……が、皇族が権威を笠に軍事に介入する、これはよろしくない。よろしくないことを私にさせ、軍に納得させる材料を、日本国は用意できるのか?」

「それは……」

 

 場の誰もが朝田とレミールのやり取りを見守る。

 

 そして、誰も見ていない画面の向こう。フェンで事態が動いていた。

 

 

《ギャァ!》《グェ!》zip!zip!

《な、なんだ⁉︎》

《て、敵襲ゥ、敵し──》ZUVO-!

 

「な、何が起こった……?」

 

 画面の向こうで、皇軍兵士が右往左往し倒れていく。

 爆炎、飛び散る肉片。地球での紛争地帯でよく見られた光景が徐々に近付く。画面の端から現れた人影が銃を撃ち、日本人を拘束していた皇軍兵士が射殺されていく。

 

《東京急行だ、助けに来たぞ》

《自衛隊? 僕は自衛隊も反対だ!》

《先生、ここはおとなしく従いましょう》

《オラ中村ァ! いつまで寝てんだ!》

《ヒィィ!》

 ──Bzzzz……

 

 フェン王国に設置された魔導通信機が破壊されたのだろう。画面が真っ黒になり、音声も途絶えた。

 

「自衛隊……?」

「ああああああ────ッ‼︎」

 

 展開に頭の追いつかない朝田が呆け、レミールが頭を掻き毟るようにしてくずおれる。

 

(なんということ! 敵対してしまった! 自衛隊と! 皇軍が‼︎ みんな死ぬ! 死んでしまう! いや、まだだ────‼︎)

 

 レミールは立ち上がり、警護の兵士に命ずる。

 

「この者たちを拘束せよ!」

「は……? ハッ!」

 

 レミールは最悪の決断をしてしまった。すなわち、目の前の3人の日本人を捕らえて拘束して情報が周囲に漏れないようにし、3人の身柄をエサに日本国と交渉しようと目論んだのだ。

 

「なッ⁉︎ 我々は外交使節だぞ‼︎」

 

 朝田が抗議するが、レミールの護衛兵3人と、外務局の警備兵2人、計5人が日本側の3人を拘束しようとする。

 後ずさる朝田と篠原。2人を庇うように村松が前に出て、しゃがみ込んだ。

 一瞬、村松が皇国に(ひざまず)いたのかと朝田も兵らも思ったが、その手に銃が握られているのを見て緊張が走る。

 

「動かないでもらおう」

 

 警告する村松を無視し、侍女がレミールの前に移動し、兵は散開した。

 一斉にかかれば、誰かは撃たれるが他の者は無傷で済む。そのように考えた彼らは迂闊すぎた。先程、フェンとの通信で連発銃を見たばかりだというのに、その存在をすっかり忘れているのだから。

 

BANG! BANG! BANG! BANG! BANG! BANG!

「グワ!」

「アギャァァ‼︎」

 

 腕や脚を次々と撃ち抜かれ無力化される兵士。

 村松はうずくまった兵士たちからレミールの方へ銃口を動かす。

 

「我々の安全確保のため、一緒に来ていただこう」

 

 侍女がナイフを抜こうとするのをレミールは止めた。

 ここで撃たれておくべきかとも考えるが、皇族を傷付けられたとなっては皇国も後に引けなくなってしまう。

 レミールは侍女を押し退けて銃口の前に身を晒す。

 

「……いいだろう。村松といったか? 私は自ら判断し、自らの意志で同行する。脅されたからではない」

「なるほど。御配慮痛み入ります。さ、朝田さん、篠原さん、行きますよ」

「なんで、なんでこんなことに」

「ああ〜、やっちゃったよ。依頼報酬ちゃんと払ってもらえるのかなぁ?」

 

 愕然としている朝田と、報酬の心配をする篠原を促し、村松はレミールを先に歩かせて部屋から退出した。

 

 

 

 

 銃声が聞こえ、カイオスは慌てて控室から飛び出した。

 会談の行われている部屋に向かう途中、日本国の使節を引き連れているレミールと行き合う。

 

「レミール様! 先ほど銃声が」

「大事無い……が、医者を呼べ。そうだ、カイオス。日本国に大使を派遣する話があったな?」

「はい。それがなにか?」

 

 それは日本側のいる場でして良い話だろうかと、カイオスは疑問に思うが。

 

「私が行くことにした」

「は?」

「私が行く。私の意志で、だ。見送りは不要だ。……言っている意味が分かるな?」

「は、ハイッ!」

 

 カイオスは道を開け頭を下げる。

 これは誘拐だ。しかし、穏便に済ませるために、レミールは自分の意志で行くのだと言っていることにカイオスは気付いていた。

 

(何かが起きたのだ! しかしいったい何が? 情報が足りない! フェンでいったい何が起きた⁉︎)

 

 カイオスは会談の行われていた部屋へと急ぐ。

 

 

 

 ──パーパルディア皇国 エストシラント 海軍本部 桟橋

 

 皇国海軍の総司令官、バルスは懐かしい船を見て顔を綻ばせる。

 

「私が荷役人足のガキで、いつも腹を空かせた時分に、君のお父上に食事を奢ってもらったのだよ」

 

 ────空きっ腹に目を回していたバルスに腹一杯になる食事を与え、その海賊の男は豪快に笑っていた。

 

『奢りじゃねぇ、出世払いだぜ坊主!』

『たらふく食ってでっかくなれよ! 痩せガキにメシを食わせてやれるくらいの大きさにな!』

『それが海の男の粋ってもんだ!』

『海の男は紳士でなきゃあな! ガッハッハ!』

 

「いや、出世払いは奢りではないのか」

「はぁ、それで閣下? パルムに何の用で?」

「いや、恩人の娘さんを見かけたから、挨拶をとね」

「……父は父、オレはオレだ」

 

 私掠船パルムのジャネット船長の釣れない返事に肩を落としながら、バルスは昔を懐かしむ。

 

 ──推薦を受けて海軍兵学校に入り、明るい青春時代を過ごした。

 

『シルガイア! 上陸だぜ! 陸だ! 遊びだ! 新鮮な野菜と肉に卵! それから紅茶! 出会いが待ってるぜ!』

『バルス……おれ、金無い』

『俺も無ェよ! なぁに、士官候補生の制服を着て行きゃ、お姉さんの方からお茶に誘ってくれるさ!』

『ホントかなぁ?』

 

 

「……我ながら、よくまあ海軍総司令官にまでなったものだ」

「閣下のおおらかで優しい人柄が評価されたのでしょう」

「ほう!」

「ボンヤリしているとも言えますが」

「……ほう」

 

 フォローしているのか追い討ちをかけているのか分からないジャネットとの会話を楽しんでいたバルスだが、桟橋に向かって来る人物に気付いて怪訝そうな表情になる。

 

「あれはレミール皇女?」

「一緒にいるのは外国人か?」

 

 都市計画局にも籍を置いているレミールは、たまに外国から招いた建築家や芸術家を連れて街を歩いていた。しかし、ここは海軍の施設であり、護衛も連れていないのは不自然だ。

 

 不審がるバルスを他所に、レミールは近くにいた士官に何かを命じ、そのまま桟橋近くで寛ぐ。

 

「ジャネット殿、申し訳ないが私は職務に戻らせていただく」

「ええ。オレも物資の積載が終わったらお暇しますよ」

 

 バルスはゆっくりとレミールたちに近寄る。

 

「レミール様。海軍総司令官を拝命しております、バルスでございます」

「うむ。バルス司令官、少々場を借りるぞ」

「ハッ!」

 

 挨拶に返事はするがフイと顔を背けるレミールに、バルスは「話しかけるな」という意思を感じた。

 しかし、指揮官として臣下として、何をしているか問わなければならない。

 

「失礼ながらレミール様、こちらで何をなさっておられるのですか?」

「ああ。……外遊することとなったのでな、彼らの呼ぶ『乗り物』で出立するのだが、呼ぶのに最適な場所がここなのだ」

「はあ、外遊ですか?」

 

 海軍総司令官であるバルスは、当然ながら国事行為や皇族の方々の動向についての情報も知らされる立場にある。しかし、レミールが外遊するなどという話は聞いていない。

 それに、外遊する皇女に付き人も護衛も居らず、外国人3人だけが付き添っているのもおかしい。

 さらに、海に目を向けても見えるのはパーパルディア海軍の戦列艦や商船ばかりで、すぐに入港して来そうな船は見えない。桟橋で何時間も待つつもりだろうか?

 

 まさかワイバーンや大型火喰い鳥かと思うが、ワイバーンは人一人乗せるのがやっとなので貴人の迎えには向かない。そして両者とも、飛び立つには桟橋の長さでは足りない。

 そう思って上空を見上げたバルスは、高空から舞い降りてくる影に気付いた。

 

「……鯨?」

 

 

 海軍からの連絡により空中回廊(コリドー)を開けた竜騎士、海軍司令部の要員、たまたま居合わせた商船や各船舶の乗組員たちの前に、その巨体が高速で*2滑り降りてくる。

 

「なんだありゃ⁉︎」

「飛行機械だ! 海に落ちるぞ!」

「事故だ‼︎ 応急隊上甲板‼︎ 短艇降ろせ!」

 

 慌ただしく行動を始める彼らの予想を裏切り、それは静かに海面に降り、バルスたちのいる桟橋に向かってくる。

 

「は?」

 

 空飛ぶ鯨のような、翼を持つ船が、小型艦の陸揚げ用スロープを上ってくる。その光景を目にしたバルスは間の抜けた声を出した。

 そんなバルスを愉快そうに見て、レミールは外国人を引き連れて歩き出す。

 

「ではな、バルス。達者でな」

「アッハイ」

 

 バルスは見送ることしかできなかった。

 

「船が空を飛んで、陸まで上がって来た……」

 

 飛び去っていくソレを見ながら、誰も彼もが夢を見ているのかと思っていた。

 ──ついでに言うと、座礁事故と衝突事故が5件発生した。

 

 

 

 

 ──シオス王国に海上自衛隊のUS-2飛行艇が派遣されたのは、航続距離と洋上で船舶から給油可能なことを買われてのことで、派遣理由の一つはパーパルディア皇国の大使を迎えるためだった。

 

 護衛艦を派遣した場合、戦列艦と比較した皇国のプライドをへし折ってしまうかもしれず、かといって帆走船では、逃げなければならない事態に陥った場合に速力に不安があった。

 そこで、パーパルディア皇国が保有しておらず、ムーの採用している飛行機械とは似ているが直接比較が難しい水上機を派遣することが決定された。

 

 派遣理由の一つ(オプション)には

朝田たち使節の緊急回収が含まれており、非常時に備えて距離が近いシオス王国に間借りしていた。

 

 保険としてエストシラント近海にNavy SEALs 1個分隊を乗せた米原潜が待機していたのだが、彼らに頼らずに済んだのは日本国とパーパルディア皇国双方にとって幸いだった。

 

 

 

 こうしてレミールは機上の人となり、US-2は洋上で補給艦からの給油を受けて岩国へと帰還する。

 

 そして────

 

 

 

 

「おのれ! レミールゥゥ!」

 

 レミール出奔。この知らせを聞いたルディアスは激怒した。

 同時に入ってきたフェン王国での、反撃による被害報告。その報告にチラつく日本国の介入。そして最近のレミールの動向。

 ルディアスの中で全てが繋がった。

 

「そうか、そうか。つまり、レミールよ、貴様はそういう奴だったのだな」

 

 レミールが裏切っていた。日本と繋がっていたのだとルディアスは理解した。

 

 玉座の間には怒りの矛先を向けられてはたまらないと、武官や文官が身を縮こまらせていた。

 その中の1人、アルデに対してルディアスは命じる。

 

「フェン王国を万全の態勢で攻略し、しかるのちに日本国を殲滅せよ。手始めにフェン王国にいる日本人を皆殺しにするのだ」

「は! ……しかし、彼の国はムーと──」

「余は命じたぞ!」

「は、ハハッ!」

 

 パーパルディア皇国は日本国との戦争に向けてひた走ることになる。

 

 

 

 

 ────フェン王国 アマノキ

 

 不寝番以外は寝静まった夜中。マグレブは屋敷の庭を眺めながら盃を傾けていた。

 ニシノミヤコが占領されたが、日本国の兵らしき者達が皇国軍に攻撃を加え、被害を与えたらしい。この報せを受けて、祝いの酒を飲んでいるのだ。

 

「賭けに勝った、か」

 

 そう呟いたマグレブの視界に、庭先に、何かが侵入した。

 

「────ッ‼︎」

PUSH!

 そばに置いた刀に伸ばした左手の親指が千切れ飛んだ。

 

「ガッ! あああ‼︎」

「騒ぐな。家族を巻き込みたくはないだろう」

 

 うつ伏せに倒れたマグレブの頭上から、佐藤が話しかける。

 

「やってくれたじゃないか。日本を、日本人を巻き添えにするのがフェン王国の総意か」

「ぐっ、ウウウ……」

「答えろよ。わざわざ訊いてやってるんだぜ」

 

 マグレブは首を捻って佐藤を睨みながら答える。

 

「巻き添えにしようなどと、考えておらん!」

「よく言うぜ。宣戦布告されたのを黙っていただろ」

「それは、私の独断だ」

「ほう?」

 

 んなワケねーだろと疑う佐藤に対し、マグレブは言う。

 

「王は、日本国と対等の関係を結べることを喜んでいらしたが、私からすると対等の関係こそ不平等よ。国力に見合った関係が必要なのだ」

 

 マグレブの言葉に、佐藤はニヤリと笑って続きを促す。

 

「この世は弱肉強食、ならば、弱小国が必要とするのは強国による庇護。対等の関係では、自国の問題は自国で解決せねばならない。それでは我が国は滅びる。我が国は弱い。対等ではない、支配者と被支配者の関係でも、日本国による庇護を受けねば皇国に滅ぼされてしまう」

「普通に助けを求めるという発想は無いのかい」

「救援を差し向ける前に、日本人を引き上げるだろう。その間に我が国民がどれだけ死ぬ?」

「たしかにそうだな」

 

 日本人がその場にいるのといないのとでは、展開速度が変わるのは確かだ。

 

「だが、それが悪いとは言わせねぇ。自国民優先はアンタもしてるんだからな」

「分かっているとも……」

 

 佐藤はマグレブから照準を外すと、ゆっくり遠ざかる。

 

「私を殺さないのか?」

「今はな。事が済んだら、ツケを払ってもらう」

 

 複数の気配が、闇へ消えていった。

 死刑宣告を受けたマグレブは、ボンヤリと闇を見つめていた。

 

*1
前世は知らないが原作では侵略した先での虐殺指示、フェン王国での日本人観光客虐殺を直接命令、日本へ対する殲滅戦を進言する、などなどやらかしている。

*2
もちろんパーパルディア皇国側の基準での高速




魔導通信機
 ──通信機なんだから受像と受信だけでなく送信もしてるよねって。原作では朝田さんの激昂を聞きながら助けてもらえず虐殺されたって考えると……うわぁ。
 
日本人脱出
 ──ワイバーンによる追撃戦書き忘れた。文量が多くなり過ぎるからいいや。補給のために着艦してたり、地上部隊が混乱していて同士討ちの危険があったからワイバーンは出さなかったってことでひとつおさめてください。

マグレブ
 ──次話に回してもうちょい痛めつける予定だったけど区切りが悪いし、どうせ痛めつけるならオッサンより可愛い女の子の方がゲフンゲフン。

US-2
 ──カワサキか……いや新明和工業か。飛行船と飛行艇は出したかってん。あとUP兵器と阻塞気球とパンジャンドラムと空中戦艦……はパル・キマイラがあるか。空中空母は出せそうっていうか出す。


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調査

 ───ここではない何処か──

 

 イオニア式の柱が規則的に立ち並ぶ、どこまでも続く白い空間。そこに、重厚な椅子に座り葉巻を吸いながら書類をめくる中年男がいた。

 

「全く、同族同士で殺し合い、隷属を強い、理解もなく……なんて野蛮なんだ」

 

 すぐ近くの机で仕事をしていたサラリーマン風の男が、パソコンを操作する手を止めて口を開く。

 

「ボス、場数を踏んだとはいえ6日間で天地創造をするのは、やはり手抜きが過ぎるのでは」

 

「なんだと、わしの仕事にまたケチをつけるのか! おまえは左遷してやる」

 

 怒る男の隣りに、美しい女神が現れて訴えかける。

 

父なる神(ミスターゴッド)、あの者は罪を犯しましたが、それは我々に楯突いた者に生を弄ばれた結果です。その運命が刑死だけとは、あまりにも非情ですわ。選択の余地位は与えませんと」

 

「よし、いいだろう。わしも太っ腹だ。それでは創造と進化の仕事を続けよう」

 

 神と呼ばれた男は葉巻を灰皿に置き、書類に判を押して決裁した。

 

 

 

 ──日本 東京都

 

 冬空に浮かぶ分厚い雲を貫いて、柔らかな日差しが降り注ぐ。

 とある病院の中庭に、温かな光に包まれながらアニマルセラピーの犬猫と戯れる1人の男がいた。

 

「信じられませんね。彼が大量虐殺の主犯だなんて」

「金正日も、フセインも、自分の一族には優しかったさ」

 

 警視庁と公安の捜査員はその男──アデム──に事情聴取を行うために病院を訪れていた。

 ギムでの虐殺についてのみではなく、捜査はアデムの生い立ちにまで遡って行われる。

 

 

 

 窓には鉄格子がはめられ、扉は鋼鉄製の外鍵付きという病室で主治医立ち会いの元、アデムに対する聴取は始まった。

 

「私は……魔獣使いの一族に生まれた……。祖父母と、両親。歳の離れた兄がいた」

 

(違う……そうじゃない……)

 

「一族は、住んでいた集落を獣人に襲われて……逃げる私たちを、奴らは────」

 

(そうではない……)

 

(思い出すのだ……!)

(自分自身を‼︎)

 

 

「私はッ‼︎  私は!」

 

「錯乱している! 鎮静剤だ‼︎」

 

 主治医が聴取中止を宣言し、看護師がアデムを抑えつける。

 

「やれやれ、これでは捜査も進まないな」

「報告書をせっつかれてるんですけどね」

 

 そんな言葉を吐く捜査員に、主治医はムッとした顔で言う。

 

「今からは治療を行う。医療関係者以外は早く出て行きなさい!」

 

 

 

 

 アデムがギムの悲劇を引き起こした背景の解明はなかなか進まなかったが、アデムの魔獣を使役する能力の解明は着実に進んでいる。

 日本の医者と科学者、ロデニウスの魔法使いが協力しあい、魔王の体組織サンプルが手に入った影響も大きい。

 

 この日もミーティングが行われ、脳外科医の天馬賢三はアデムの頭部CTについて説明していた。

 アデムの頭部には、一辺が5cmほどの薄い金属板が埋め込まれていた。板は細かい紋様が刻まれており、まるで曼陀羅か魔法陣のようにも見える。

 

「幼児期に埋め込むとして、生存率は0.1%未満……。成人ならまず重篤な障害、おそらく死んでしまいます」

 

 日本に来訪し、この会議にも参加していたロウリア王国の治癒魔導師プシロキべは、アデムの頭部CTとMRI画像を見せられて驚愕した。

 

「これは、魔法陣ではない……」

 

 奇跡的なバランスの上に成り立っている、神秘的な代物だとプシロキべは判断した。

 

「そもそも、他者の意識を操るというのは魔法ではない」

 

 魔法というのは、火炎を打ち出したり風を起こしたりできる。これは大気を操ったり、魔力を燃焼させている物だ。

 回復魔法は、魔力により代謝を活発にしたり、毒素を分解するものだ。

 

 魔法は物体に干渉することはできるが、精神には干渉できないとされている*1

 

 アデムのように、意志を持つ魔獣という生き物を使役するのは、魔法ではない。

 

「もはや魔法の域ではない。神の領域に踏み込んでいる……。神の、御業……? まさか……」

「プシロキべさん?」

 

 喋りながらどんどん青ざめていくプシロキべに、医療スタッフが問いかける。

 

「どうしたんですか? 顔色が悪いですよ」

「この施術に心当たりが?」

 

 問われたプシロキべは、有り得ないと思いつつも頷いた。

 

「かつて、神の領域に至り……神に弓を引いたという彼の帝国……。古の魔法帝国ならば、どれほどの屍を積み上げようと気にせず、魔帝ならば、この金属板も製造可能かと思う」

 

 むしろ、他の国がこんな狂気じみたことを実行可能だとは思いたくはない。

 

「彼の一族は南にあるアニュンリール皇国の出だったと聞いたが……」

 

 

 

 

 ──  

 

 アデムは夢を見ていた。

 夢の中で、アデムは巨大な黒い鳥の三本の脚に踏まれ、黒い鳥はアデムを掴んだまま空を飛んだ。

 

「放しなさいッ! 放せ……あああ、放す前にまず地面に降りなさい!」

 

 たいていの魔獣や獣ならばアデムの命令に従うはずなのに、その鳥は無視して飛び続ける。

 やがて、何も無かった眼下に広大な大地が広がった。

 

「この景色は、まさか」

 

 アデムは、その大地に見えた池と川、特徴的な岩山に見覚えがあった。

 かつてアデムが魔獣使いの一族に生まれ、祖父母と両親、歳の離れた兄とともに暮らしていた土地だ。

 

《矮小なる者よ、それは違うぞ》

 

 初めて、鳥がアデムに語りかけた。

 

「お前はなんなんです⁉︎  人を虫ケラみたいに扱って、後悔しますよ!」

《定命の者よ、自らの内にある真実に目を向けよ》

「何を言って……」

《奪われし者よ、恐れるなかれ》

 

 鳥は急降下し、地面が近づく。

 

「ヒッ!」

 

 あわや墜落と思ったアデムは情けなく悲鳴を上げるが、鳥は地上数mで静止した。

 

「なんなんですかお前はぁ……」

 

 1羽と半泣きになっている1人。そこに何かが近づいて来る。

 アデムには分からない物体だが、ムーやミリシアル、日本の人間が見たならば輸送用トラックだと思っただろうソレの横に並ぶようにして、鳥は再び動き始めた。

 

 トラックの運転席は窓が開けられており、運転手と助手の会話が聴こえてくる。

 

「にしても、4年か5年に1件成功するかどうかってのが、今年は2件か」

「まあ、今年は実験台が多かったらしいしな。500体だっけ?」

「例年なら200くらいか。成功率0.1パーセントって考えると、意外と高いな」

「宝くじ買おうっとはならないねぇ。半端な数字だよ」

 

 しばらくすると、トラックは小さな集落の中に入って行き、止まった。何ごとかと人々が家屋から出てくる。

 

「ここは……‼︎」

 

 その集落はアデムの故郷だった。

 

「私は夢を見ているのだな」

 

 懐かしい人々、懐かしい故郷の景色にアデムは泣きそうになるが、妙なことに気づく。

 見知った懐かしい顔が並んでいるのに、アデムがいないのだ。

 その時、トラックから降りた運転手と助手──今気付いたが、背中に羽がある──がペンのような物を掲げ、住民の視線を集めるとペンの先から強力な光が発せられた。

 

 アデムは眩しく感じただけだったが、集落の住民たちはどういうわけか呆然として棒立ちになる。

 立ちすくむ人々を他所に、運転手と助手はトラックの荷台から大きな箱を下ろす。箱の蓋が開かれると、中には幼い子供が2人入っていた。

 

「コイツはどこに配置するんだ?」

「そいつはここだ。そっちのはあそこに」

「名前はっと……前の時にズールまで使ってるから、アーだな」

「アー、アデル……アデン……アデムでいいか」

「こっちは?」

「アイリスにしとこう」

 

 運転手と助手は箱から出したアデムとアイリスを連れ、住民たちの中に入っていくと、それぞれ別の家族に2人を引き渡す。

 

「ほら、お前らの家族だぜ。ちゃんと育てろよ」

「今回の戸籍調査は終了。協力ありがとう!」

 

 幼子2人を加えた住民たちは、虚な眼をしたまま家々に戻っていく。

 理解が追いつかないアデムは、震える声で鳥に尋ねる。

 

「いったいなんなんですか、クォレはァ? 私はいったい、何を見ているんですか」

《ここは大地の記憶を用いて補完した其方(そなた)の記憶世界である。小さき者よ、お前の記憶は偽りの、作られたものである》

「嘘だッ!」

《嘘か真実かを決めるのは、喪いし者、お前ではない。すでに起きた事なのだ》

 

 鳥からは騙そうとしている意思を感じられず、アデムは言葉を失った。

 生まれ故郷だと思っていた土地が、家族だと思っていた人々が、違っていた。

 

 アイデンティティを見失なったアデム。そんな彼にお構い無しに周りの景色は目まぐるしく変わる。

 早送りのような世界で、アデムは親兄弟や友人に囲まれて成長していく過去の自分を見つめていた。

 

 定点カメラの映像を早送りしていたような光景が突然に等速になった。

 何事かと周りを見ると、再びトラックがやって来る。今度は荷台に巨大なコンテナを載せていた。

 

 

 

「いやーしかし、制御する側だけじゃなくて制御される側にも()()を埋め込むなんて、逆転の発想だね」

「これでヒトや亜人も操れるとは言っていたけど……。操作対象を捕まえて手術する必要があるってのはナンだな」

 

 トラックを集落の近くに止め、運転手と助手が荷台に積まれたコンテナの扉を開くと、コンテナから虚な眼をした獣人やエルフがゾロゾロと出て来る。その額には、宝石らしき物が埋め込められていた。

 

「さあ、命令だ。あの集落にいる下等種を殺せ」

 

 運転手が命令すると、獣人たちは眼をギラつかせながら集落へ走って行った。やがて、あちこちから悲鳴が上がる。

 

「……下等種でも悲鳴は上げるんだな」

「やめろよメシが不味くなる。終わったらさっさと引き上げようぜ」

 

 運転手と助手は、制御装置の試験と旧方式の制御装置の廃棄を兼ねて亜人を操作してアデムの集落を襲わせたのだ。

 

 

 アデムは必死に走っていた。

 家がエルフの魔法で燃やされ、飛び出した両親が獣人に噛み殺された。森へ逃げろと叫び、兄は剣を手に獣人へ立ち向かっていった。

 一緒に逃げている従姉妹のアイリスが木の根につまずいて転んでしまい、足首を捻ったらしい彼女を背負ってアデムはひた走る。

 

Whizz!

 風切り音と共に、軽い衝撃を2回感じた。

 

「ア、デム……」

 

 ゴボゴボという音に背後を見れば、背負ったアイリスが血を吐いている。

 

「アイリス‼︎  なんで⁉︎」

 

 背後から射たれた矢が、アイリスの背に突き刺さっていた。アデムは彼女の身体が盾となり無傷だったのだ。

 

「アデム、生きて……」

「嫌だ、アイリス、アイリスぅぅ‼︎」

 

 アイリスを抱き抱え、アデムは獣人が追って来ているだろう方を睨む。しかし奇妙なことにそれ以上の攻撃は無かった。

 運転手が下した命令は「集落にいる下等種」の殺害。アデムたちは集落からだいぶ離れたので、対象外とみなされたのだろう。

 

「亜人ども……僕を見逃したのか……」

 

 冷たくなっていくアイリスをそっと地面に下ろし、アデムはゆっくり立ち上がる。

 

「よくも、よくも……後悔させてやるッ! 僕を見逃したことをッ‼︎  生まれたことを後悔させてやるッ! 皆殺しにしてやるぞ、亜人どもッ‼︎」

 

 全てを失ったアデムは、泥水を啜り、汚辱に耐えながら生き延び、やがてロデニウスに渡りロウリア王国で騎士となった。

 

 

 

 

 捜査員はこれまでと全く違う証言に戸惑いながら、なぜか疑う気になれずにいた。

 とにもかくにも、アデムの一族の暮らしていたというアニュンリール皇国について警戒するべきだと考えて防衛省に協力を要請した。

 

 

 

 

 ──その頃 ロデニウス大陸 クワ・トイネ公国 リーン・ノウの森

 

 日本国政府の派遣した歴史文化研究チームが、ハイエルフの案内により聖地と呼ばれる森の奥を訪れていた。

 エルフが永く守り続けてきた神器が眠る地に訪れた日本人一行は驚愕した。

 

「何で! ゼロ戦ナンデ⁉︎」

「こっちにあるのはユンカースのスツーカ⁉︎  あれは……フォッケウルフ!」

「驚いたな……ドイツのタイガー戦車じゃないか。あれ? この戦車、漢字が書いてある?」

 

 その場所は、中央に“サモトラケのニケ”が鎮座し、周囲に様々な機材が置かれていたのだ。その全てに、日の丸がついている。

 

「なんなんだ、これは……」

 

 研究チームは混乱しつつも、調査を開始する。

 

 

 

 

 ──数日後

 日本国 防衛省 会議室

 

 斎藤はクワ・トイネから輸入された葉巻を渋い顔をしながら吸い、小林陸将に問いかける。

 

「警察庁からの協力依頼についてはどうなっている? 協力依頼というより情報提供みたいだな」

「南方にあるアニュンリール皇国についてです。調べてみましたら、とんでもない国です」

 

 小林は数枚の資料を並べる。

 

「アニュンリール皇国は鎖国状態で、ブシュカパ・ラタンという島でのみ他国とのやり取りをしているのですが──これが、外務省職員が撮影したブシュカパ・ラタンの画像です」

 

 文明圏外の、南国らしい木と草で造られた家屋の写真に、外務省職員の報告が添付されている資料。小林はその資料をさっさと退けて、別の資料を置く。

 

「こちらが、偵察衛星の撮影した本島……ブランシェル大陸の様子です」

「これは……ミリシアル帝国やムー並に発展してるじゃないか」

 

 そこには、ド級艦らしき戦艦や都市部の夜景が写されていた。

 

「情報収集をしたいところですが、鎖国状態な上に、有翼人という背中に翼のある人種による単一民族国家ですので、外部からの潜入はほぼ不可能です」

「秘密主義か。嫌な国だな」

 

 

 斎藤は葉巻を灰皿に押しつけると、他の話題を出す。

 

「第二次大戦中の戦闘機や戦車がクワ・トイネで見つかったそうだな」

「はい。ドイツ製の機材にも日の丸がついていますが、どうやら旧陸軍が購入したもののようです」

 

 日本陸軍では航空審査部がフォッケウルフやスツーカを極少数だけだが運用していた。

 しかし、それでは説明がつかない物もある。

 

「タイガー戦車も購入していますが、輸送ができずにドイツが東部戦線に投入したはずです」

「それに、大戦中の装備が1万年前の神話に登場するのも辻褄が合わない」

 

 そう。史実では無いはずのものが存在し、時間の流れもおかしいのだ。

 

 しかし考えても仕方がないので、斎藤はそれらの発見による影響について考え始める。

 

「第二次世界大戦中の兵器がロデニウスに存在するとなると」

「統幕長、すでに三菱や住友が輸出規制の緩和を国会に働きかけています」

「……ずいぶん動きが早いな」

 

 これまで、日本はロデニウス大陸にインフラを輸出してきたが、それだけでは先細りとなるのは明白だった。

 それに鉄道や船舶の製造は特需景気となっていたが、車両は海外輸出がほぼ全滅、航空機に至っては民間航路が消滅したため壊滅的という状態にある。

 そんな中、ロデニウスという文明圏外でレシプロ機の存在が確認された。

 

 既に持っているんだから売ってもいいだろう。

 文明圏外でレシプロ機を販売するなら、文明国相手にはジェット機を販売しても良いのでは?

 

 事業計画とか企業どころか業界が消滅しかねない民用航空機メーカーと航空各社は、なりふり構っていられなかったのだ。

 

 

「それで脅威が増しても困るが」

「短期的に見れば規制緩和はプラスですからな。百害あって一利なしなら分かりやすいですが、五十一の害と四十九の利、しかも四十九の利がすぐさま手に入るとなると判断も鈍るでしょう」

 

 斎藤は財界に好き勝手されないように、官房長官にアポを取るべく席を立った。

 

 会議室を出て廊下を歩く斎藤は、ふと1枚のポスターに目を止める。

 

「航空祭か」

 

 築城基地航空祭のポスターが貼られていた。

 在日米軍機やクワ・トイネのワイバーンの展示飛行も行われることが大きく書かれている。

 

(こんな情勢では中止するべきか……。うん? そういえば、去年はあの状況でよくまあ開催できたものだな)

 

 転移直後でお先真っ暗だった去年ですら開催したのだから、今年も開催しても大丈夫だろう。そんないつもの斎藤統幕長らしからぬ判断をしていることに本人はおろか小林も気付かなかった。

 

「築城で思い出したが、佐世保に英海軍と仏海軍の駆逐艦がいたな」

「ええ。対北の制裁監視で派遣された艦艇が」

「在日米軍以外にも協力を要請する状況があるかもしれない。各国の戦力把握と、協力要請する場合の見返りを用意しないとな」

 

 

 いわゆる在日米軍(日本配備の米軍戦力)以外に、訓練中や移動中だった米軍、国連安保理決議に基づく経済制裁対象の監視のために派遣された各国艦艇や航空機が日本国内に存在している。

 米軍はお馴染みのA-10の他、自衛隊の水陸両用兵団の教官役として招かれていた特殊部隊、CIAなど。

 イギリスやカナダ、フランスはフリゲート艦や哨戒機を日本国内に置いていた。

 

 また、変わり種として──

 

 

 ──東京 晴海埠頭

 

 重厚な鉄の塊が貨物船から降ろされた。

 

Vo-VUOOOOM!

 

「スゲェ……」

 

 何重にもなった群集がカメラやスマートホンを向け、ソレを撮影する。

 

「あ! いたいた。センセ、うちの原稿!」

「バカヤロー、取材中だぞ! 黙ってろカス!」

 

 漫画家の男が編集者に罵声を浴びせながら撮影しているのは戦車だ。

 

T-34-85と3号突撃砲

 ゲーム(WoT)アニメ(ガルパン)のコラボキャンペーンに合わせてロシアとフィンランドから動態保存されていたT-34と3号突撃砲が運ばれていたのだ。

 銃砲弾こそ積んでいないが、砲も銃も発砲可能な個体ばかりだったため、陸揚げ許可が降りずに交渉している最中に転移してしまったのだ。

 

 トレーラーまで自走する戦車と突撃砲に、複数の熱い視線が注がれていた。

 

 あるいは戦争劇画の巨匠。

 あるいは同程度の車輌を製造し輸出しようと企むメーカー。

 そして機甲戦力を欲するロウリアのパンドール。

 技術を得ようと欲するムーのマイラス。

 

 

 世界は急激に変わりつつある。

 その変化は決して良い方だけでなく、より混沌としたものだった。

*1
雷系統の魔法を極めたならば、電撃により脳の電気信号をいじって洗脳したりは()()()()可能




ちょっと文章に納得がいってませんが投稿。


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誰も彼も狼狽

 戦争を抑止する最も確かな道は、戦争を恐れないことである──ジョージ・ランドルフ


 

 ──日本国 東京都 外務省

 

「柳田先輩!」

 

 廊下を足早に歩く外務省職員の柳田を、後輩職員の久坂田が呼び止めた。

 

「どうかしたかい、タクミちゃん」

「変なところで区切らないで下さい。私は草鹿拓海じゃなくて、久坂田、久美、です。……じゃなくてですね!」

「まあまあ、落ち着いて」

 

 誰のせいでと呟きながら、久坂田は用件を思い出した。

 

「朝田先輩がパーパルディアの皇女を拐っ、えーと、皇女の外遊に付き添う形で帰国するという話ですが」

「あー、あれね。困った話だよ、今からホテルの手配をしなきゃいけない」

 

 柳田は、ハーク・ロウリア34世を思い出し、「やっぱり大浴場を貸切にできるようにした方がいいんだろうかな?」などと言う。

 一方、久坂田は朝田の心配をする。

 

「朝田先輩、大丈夫でしょうか?」

「そういえば、クミちゃんは朝田クンの大学の後輩だっけ。まあ、そういう私は2人の大先輩だけど」

 

 柳田、朝田、久坂田は同じ大学出身なので、互いを気にかけていた。だから、朝田の立場を心配した久坂田は柳田に声をかけたのだ。

 

「……朝田クンの人事考課だけどね、良く言うと頑固、悪く言うと独善的。他人の立場を慮る事をせず、異文化を積極的に理解しようという意欲が不足、だってさ」

「それって……」

「外交官としてはダメダメだね。だから、彼は今まで裏方だった。役立たずの兵でも権限の無い伝令くらいはできる、ってね」

 

 これまで各省庁との連絡役をしていた朝田は、パーパルディア皇国とのやりとりでやらかした。フェン王国でのこともあり、外務省全体の評価がどん底にある。

 

「でも、このピンチはチャンスかもしれない」

 

 柳田は腰を曲げて床近くに手を伸ばし、そこから一気に引き上げる。

 

「うまく“列強パーパルディア”にクサビを打ち込んだと見れば、うまく事態の幕引きができれば、大逆転のウルトラCだ」

 

 パーパルディアと友好関係を築くか、列強の座から引きずり下ろして日本が取って代わることになれば、外務省の手柄にできる可能性がある。

 

「できるでしょうか?」

「難しいよ。だからウルトラCなのさ」

 

 柳田は久坂田の問いに対してニヒルな笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 ──同じ頃 防衛省では……

 

 斎藤は海上幕僚長からの報告を受けている。

 

「フェン王国から承諾されましたので、ヘリによる邦人救出を行いました。ニシノミヤコ近傍から救出した邦人は『おおすみ』に収容完了しております」

 

 オメガの働きにより日本人の血が流されることは無かった(中村を除く)。

 

「救出された中で、ストレスによる幻覚症状を訴えている方たちは隔離してあります」

「ご苦労。幻覚が見えている者は、医者に診てもらって診断書を書いて貰わないとな」

「はっ」

 

 幻覚、つまりフェン王国に存在しないはずの日本国自衛隊*1がパーパルディア皇国の軍隊と衝突した、などという妄言を垂れ流しにする人物は、精神科医に診てもらい『この人物の証言はまったくあてにならない』という診断を下してもらうのだ。

 

 そして、日本国自衛隊らしき兵力がフェン王国に存在しないということは、オメガチームはただの邦人であり、いまだに救出されていないということになる。

 

「さて、まだ行方不明の邦人が40人ほどいるわけだが」

「築城基地航空祭に合わせて、6空団と2空団は築城に航空機を派遣しています。米軍も三沢から機材を派遣しました」

 

 航空幕僚長が報告すると、陸上幕僚長も便乗する。

 

「第一師団と第四師団から災害対応訓練の名目で部隊の抽出と移動準備はしております。空自と海自による支援があれば、いつでも進出できます」

 

 パーパルディアの艦隊がフェンに接近していることが判明した時から、自衛隊は迎え撃つ準備を進めていたのだ。

 

「Twitterとホームページにも“訓練”の予定は書いてあるんだろうな? 最初から戦争するつもりで準備していた、などとマスコミに騒がれたら面倒だ」

「マスコミ対策は万全です。部隊の移動は広報でも告知済みです」

「よし、いいだろう。邦人の捜索と救出作業開始だ」

 

 

 

 

  ──山口県岩国市

 

 スロープを登ったUS-2から村松のエスコートを受けて日本に降り立ったレミールは、鼻につく油臭さとエンジンの残響に辟易しながら訊ねる。

 

「ここが日本の首都か?」

「いえ、ここは……地元民には悪いですが田舎ですよ。少々お待ち下さい」

 

 疲れているのか、それともそういう演技なのか分からないが、村松はヘロッと挙手の敬礼をしながら近くにいた自衛隊幹部に近寄って行った。

 遠巻きに見ている隊員達の好奇の視線に居心地の悪さを感じたレミールは、傍らにいた──こちらは本当に疲れている様子の──ゲッソリしている朝田と篠原に声をかける。

 

「あそこの、あの黄色い鉄車は何なのだ?」

「あれはフォークリフトです。荷役用の車両です。そして、荷物を引き出されているのはC-2……米海軍の機体です」

「べい海軍?」

「在日アメリカ軍ですね。その輸送機です。ちなみに、航空自衛隊にもC-2輸送機はありまして──」

 

 レミールの問いにペラペラと喋る篠原。金と女が好きな悪徳弁護士のよく回る舌を、朝田は止めもせず、むしろレミールと一緒に説明を聞いていた。

 

「あれが三菱F-2で、この写真は川崎OH-1。あそこの隊員が持っている小銃は豊和工業の89式で、幹部の持っているのはミネベアの9ミリけん銃ですね」

「三菱や川崎というのは」

「製造した企業です」

「ふむん? 国営の造兵廠で造っているのではないのだな……」

 

 

 しばらくして、海上自衛隊の一尉が迎えの車に案内するためにやって来て、一行は移動を始める。

 基地のゲートまで簡単な説明を受けながら歩く一行を、何台かの車が追い抜いて行く。

 

「軍の車輌を兵に貸し出しているのか?」

「はい? いいえ、あれは隊員の私有車です」

 

 レミールの質問に、一尉はギリギリ節度を守って答えられた。

 そして、その答えはレミールに衝撃を与えた。

 

「そ、そんな……。だって、私の手に入れた資料では、自衛隊に1人1台も車は無かったはず……」

「自衛隊装備は確かに、お言葉の通りですが、民生品は広く普及しております」

「乗用車で、確か6,000万台くらいが走っていますね」

 

 朝田が日本国を他国に説明するために覚えていた知識をひけらかすと、レミールは絶句してしまった。

 日本に並々ならぬ興味を持っていたレミールが、どうして自動車の台数を聞いて驚愕しているのか。

 

 レミールは侍女を通してコナナ商会に依頼して、日本国の情報を得ていた。

 コナナ商会の営業担当であり情報収集担当でもある人物は中々優秀で、欲しい情報の中から“日本人であっても調べようとするモノ”“外国人がとりあえず知りたいと思うモノ”を調べ、“どうしてそんな事を調べているのか”と、疑問を抱かれそうな事柄については手を付けなかった。

 

 結果、レミールは自衛隊の車輌保有数はある程度正確に把握していたし、値段が高い事も把握していたが、一般車両の保有状況は知らなかった。

 レミールの想定した日本は、ムー(明治〜大正レベル)より少し発展している、昭和前半の生活水準だったのだ。

 

 

 

 レミールは基地ゲートの外に待っていたハイヤーに乗り込み、その乗り心地に驚き、着いた駅で初めて見る電車に「排煙が無い⁉︎」と驚き、トンネルを通るたびにびくついて朝田や村松にしがみついて篠原に複雑な顔をさせ、乗り換えた新幹線の速さに目を白黒させる。

 

 

(やべー。マジ美人が同じ車両に乗ってる)

(呟いとこ。あ、いいねついてる)

 

 乗客の何人かがスマートフォンをいじっているのに気付き、レミールは朝田に問う。

 

「あれは何だ?」

「スマホですね。携帯型通信端末です」

「べ、便利なものが普及しているのだな……」

 

 レミールは、US-2のクルーが使っていた無線機を思い出しながら

 ──なんで軍用通信機器より小型の、しかも総天然色の映像を見られる機械が一般に普及しているのだ! おかしいだろ! ──と、胸の中で大荒れに荒れていた。

 

 

 

 

 ──夜 東京都 某ホテル

 

 広々とした浴場、その大理石で作られた浴槽にレミールは浸かっていた。

 

「入ってから訊ねるのもおかしいかもしれないが、これは薬湯か?」

「天然のアルカリ泉でございます。関節痛や内臓疾患、肌荒れに効能が認められております」

 

 世話役兼監視役の女性官吏を側に控えさせながら、レミールは入浴を済ませる。

 

「失礼いたします」

「え? ──ああ」

 

 世話役が服の着付けを手伝うと、レミールは戸惑いポツリと漏らす。

 

「着付けを誰かに手伝ってもらうなど、何年振りだろうか」

「は?」

「……なんでもない。部屋に戻ったら髪を整える。香油を用意してもらえるか」

「このホテルにはエステもございますが、いかがですか?」

「いや。部屋で1人、ゆっくりしたいのだ」

 

 

 レミールが部屋に入ってしばらくすると、椿油の瓶が届いた。

 世話役も部屋から外させたレミールは、髪飾りを手に取って装飾の一部を引っ張る。すると、髪飾りから長さ8センチ程の針が現れ、魔力を流すと刃渡り30センチ余りの魔力刃を形成した。

 

「魔封じの結界は張られていないな」

 

 レミールは魔力刃を消すと、椿油を針にしっかり塗布しながら考察を始める。

 

(まさか日本国がここまで発展しているとはな。しかも自動車は一般に広く普及しているとは……)

 

 パーパルディア皇国でも、皇族の移動用に自動車をミリシアルかムーから購入しようという動きはあったのだが、自動車そのものの値段はもちろんランニングコストが高く断念されていた。

 

(しかし何故だ? このホテルも普段は一般人の客が利用しているというし、なぜこんなにも高度な技術で作られた物品が一般庶民にも買えるのだ?)

 

 その時、レミールのピンク色がかった灰色の脳細胞に電流が走った。

 

 ──あれはシウスがアルタラスに居ないという報告を受けた日。その直前に開発実験団の技官から報告を受けた時のこと……──。

 

 

『レミール様、日本国式連発銃の開発ですが、やはり現段階では不可能とお答えする他ありません』

『なぜだ?』

『レミール様がトーパで回収なされたこの真鍮の筒、コレは薬莢と呼ばれる部品です。日本国の銃は、薬莢に火薬と弾丸を詰めています。これはつまり、装弾済みのマスケットをこのサイズに収めているようなものなのです』

『そんな大それた技術だったのか……』

『それにこの5.56という数字、これは100分の1ミリ単位の精度で弾丸と薬莢を作っているという事を示唆します。そしてそれは、銃もその精度の部品で構成されているということです』

 

 パーパルディアのマスケットは、製造場所やロットによって銃身の径や弾丸の大きさが僅かに違う。大きく作られてしまった銃身に小さく出来てしまった弾丸を込めると、隙間ができてうまく発射されない。逆に、小さな銃身に大きな弾丸が割り振られると、弾が込められないことまである。

 

 日本国との技術格差をレミールは思い知らされていた。

 

 

 ──つまり。

 

「100分の1ミリの精度で物を、弾丸のような消耗品を作れるのなら、自動車の部品もそうだろう。全く同じものを大量に製造して価格を抑えているのだな」

 

(それに、軍需物資を企業が製造していると言っていたな)

 

 国軍の制式採用を製造しているとなれば、企業も箔がつく。その地位を得ようと必死に競争するはずだ。そして、その技術の転用で庶民向けの製品も質が向上する。

 庶民の生活が向上すれば、軍需より分母が大きい民需に重きを置いて企業は製品を開発し、売り捌く。

 

(軍事技術が牽引していた技術開発を、民間が追い抜く……皇国はおろかムーですら至っていないそこに、日本国は到達しているのか!)

 

 

 ──KOM!

 

 思索をノックの音が途切れさせ、レミールは髪飾りを卓の上に置く。

 

「……どうぞ」

 

 ドアを開いて入って来たのは朝田だった。

 

「居心地はどうですか?」

「この景色だけでも万金に値するな。眠るには明るすぎるが」

 

 窓の外の夜景をバックに寛ぐレミールに見惚れてしまいそうになり、朝田は咳払いをして本題を切り出す。

 

「ゴホン! えー、パーパルディア皇国から、ムー大使館を通して要求が届きました。貴女の身柄を引き渡すように要求しています。応じなければ、懲罰を加えると。一応、書簡を持って来ましたが……」

「ご苦労。書簡はこちらに貰う」

 

 朝田はレミールに書簡を手渡すと、素早く卓に置かれた髪飾りを取り上げた。

 

「貴様ッ!」

「このホテルの警備は万全です。武器は必要ありませんよ。コンシェルジュも優秀ですので、この髪飾りは手入れをしてお返しします」

「……母様の形見だ。必ず返せ」

「……ええ。必ず」

 

 

 

 ──ホテルの一室で、久坂田は他の女性職員と一緒にモニターを監視していた。そこに朝田と篠原がやって来る。

 

「どうだ?」

「まだカメラには気付いてないようです……ってか先輩、女性の部屋なんですからちゃんとノックして、そんなズカズカ入って来ないで下さい。あと、髭はちゃんと剃って、ズボンもヨレヨレですし──」

 

 

 

 

 ──リーム王国 王都ヒルキガ セルコ城

 

 朝田が小言を言われながらレミールを監視していた頃、第三文明圏リーム王国では、国王バンクスに呼び出された宰相アブゼーメが王の執務室に来ていた。

 

「陛下」

「おお、宰相よ、よく来てくれた。早速だが、確かそちはパーパルディア皇国の皇帝ルディアスと皇女レミールの家庭教師をしていた時期があったな」

「はい。ルディアス様の戴冠からしばらくして、家庭教師として雇われておりました」

「うむ」

 

 このアブゼーメなる人物、生国はガハラ神国で、幼少時から文武に優れ、青年期にはフィルアデス大陸の諸国を漫遊していた。

 ルディアスはアブゼーメの評判を聞き、パーパルディア皇国初代皇帝がガハラの民に世話になったこともあり、雇い入れたのだ。

 

「ルディアス様は私の思想を否定されましたが」

「先商政治富国強兵だったか?」

「はい」

 

 アブゼーメの思想は『個人の武は個人の商才に負け、個人の商才は集団の武に負ける。国を建て守るには武が必要だが、国を発展させ武を支えるには商業が絶対に必要となる』というもので、早い話が『軍事より商業に資金を投じるべき』というものだ。

 

「レミール皇女はこの考えを基に熱心に勉強なさったものですが……。陛下、パーパルディアで何かあったのですか?」

「うむ、実はな」

 

 パーパルディア皇国政府は、皇女レミールが日本国に皇国の情報を流していたことと、日本国がレミールを(かどわ)かしたという情報を第三文明圏の各国政府に流した。

 そして、パーパルディア皇国は日本国に対し事実上の最後通牒を突きつけたということをバンクスはアブゼーメに告げた。

 

「……なるほど」

 

 アブゼーメは皇国の狙いを予想する。

 情報を流していたということでレミールの求心力を低下させ、皇女を拐かしたということで日本国を非難し、宣戦布告までいくのだろう。そしてその報に触れた第三文明圏の各国首脳はどう動くか?

 パーパルディア皇国側の国は日本国に宣戦布告するだろう。日本寄りの国であっても、日本側に立って戦うことはないだろう。せいぜい中立を宣言するくらいか。

 

「皇国は日本国を孤立させるつもりですな。そして、日本国を占領し技術を奪ってフィルアデス大陸統一に乗り出すのでしょう」

「それで、我が国はどうすればよいのか?」

 

 国王の下問にアブゼーメはしばらく考えてから答える。

 

「賭けに出るべきです。このままパーパルディア皇国をのさばらせれば、リーム王国はいずれ呑み込まれてしまいます」

 

 

 

 

 ──中央暦1640年1月21日 フェン王国 日本大使館

 

 フェン王国に日本の大使として赴任した島田だが、この日に最悪な指令を受ける。

 

《島田君。君は自衛隊派遣の調整をフェン王国政府と行うように。それが大使としての最後の仕事となる》

「は! では、私は異動でしょうか?」

《いいや。フェン王国大使館は領事館に変更となる。君はそのまま領事だ》

 

 これは事実上の降格人事だった。

 日本国政府はフェン王国政府を信用に値せずと判断し、大使館を領事館に落とし、さらにフェン王国の企みを見抜けず楽観的な判断をし続けた島田を見せしめのために領事に落としたのだ。

 

「ああ……くそ‼︎  なんで俺だけこんな貧乏くじを引かなきゃならないんだ‼︎  ちくしょう……」

 

 島田は悲嘆に暮れて沈んだ。

 

 

 フェン王国の首都アマノキの海岸に、LCAC──いわゆるホバークラフトが乗り上げて陸上自衛隊の揚陸作業を行う。

 パーパルディア皇国監察軍を撃退した日本の陸軍を一目見ようと、フェン王国の人々が海岸近くに集まっている。

 普通科のトラックに乗った隊員たちは、緊張感の無い様子に肩の力を抜いた。

 

「エルフも獣人もいないぞ。ほんとに異世界かよ」

「残念、ここは群馬だ」

「群馬に海はねーよ」

「じゃ、島根だ」

 

 馬鹿なことを言い合う班員を、中年の班長が嗜める。

 

「お前たち真面目にやれ。俺はお前達と一緒に戦争なんかしたくないぞ。お前達は最低だ」

 

 しかし、班員はまともに取り合わなかった。

 

「ひでぇな、班長」

「俺達の班長は住宅ローンと娘の受験で大変なんだ」

「八つ当たりじゃん。俺は結婚しないぞ」

「班長! こんど娘さん紹介してくださいよ!」

 

(畜生、退職しとくんだった……)

 

 この班長もまた、沈んでいた。

 

 

 

 

 ニシノミヤコ パーパルディア皇国皇軍 フェン討滅部隊作戦本部

 

 レミールの反逆という情報を得たシウス将軍は、陸将ベルトランと共に今後の作戦計画を練った。

 

「日本はムーによる支援を受けているに違いない。機械車の機動力は脅威だ」

「しかし閣下、あれは平地でしかまともに機動できないはずです。鉄製とはいえ魔導砲で撃破可能とも聞いております」

 

 自動車についてはパーパルディアでも研究をしていたので、ある程度は弱点の推測ができる。

 

「燃料や部品の供給拠点が必要となるはずです。軍祭時点では日本はフェンに拠点を得ていませんでしたし、ここの拠点らしき建物も未完成でした」

 

 ベルトランはニシノミヤコ郊外の日本国拠点(実際は建築中の発電所と電波塔だが)を思い出しつつ進言する。

 

「連中の拠点はアマノキにあり、その他は小規模な“ガソリンスタンド”と呼ばれる給油基地か、建築中でしょう。ここは短期決戦こそ執るべき軍略かと」

「ベルトラン陸将、私もまったく同じ意見だ」

 

 皇国軍陸戦隊はハナからフェン王国を問題とせず、日本側の態勢が整わないうちに襲撃しようとニシノミヤコから進発する。

 

 しかしこの動きはニシノミヤコを監視していたオメガチームと偵察衛星により日本側に筒抜けになっていた。

 

 

 リンドヴルムを先頭に、牽引砲を分散配置した隊列は山岳地帯を迂回するように森林地帯を通る街道を進む。

 上空にはワイバーンが飛び、万全の態勢を敷いた皇軍は無敵に思われた。

 

 

 

 ──中央暦1640年1月22日

 

 沈む夕日に照らされ赤黒いシルエットとなってそびえるフェンの山々を南西に見ながら、ベルトランは野営準備を部下に命じる。

 

 天幕が張られ糧食の配給や警備割が伝達される中、かすかに悲鳴が聴こえてくる。

 

「ようし捕まえたぜ! ガキがてこずらせやがって!」

「チビだが顔はまあいいな。あっちの方はどうか……」

 

 野営地の近くにあった集落を略奪しようとした皇軍兵士たち。その背後にベルトランが擲弾兵を引き連れて現れる。

 

「おい」

「あ? ──BLAM──ぶべ!」

 

 略奪に関わっていた兵数人が拘束され、首に縄をかけられる。

 

「規則にも命令にも違反しているぞ、鳥頭共」

 

 シウスがベルトランに指示したのは、速やかに前進し戦列艦の支援下で戦闘に入れる状況を作ることと戦後統治のために、なるべく街道付近の集落には手を出さないことだった。

 だから、ベルトランはわざわざ天幕を張らせたのだ。何も気にしないなら集落から住民を追い出して建物を接収している。

 

「見せしめが要るな。銃殺だ」

 

 夜の集落に銃声が轟く。

 

 KTOWKTOWKTOWKTOW ──!

 PAPAPAM!

 

「何ごとだ!」

 

 明らかに自軍の銃声とは違う響きに、ベルトランがうろたえる。

 

「夜襲です! 野営地が銃撃されています!」

「くっ、日本軍か‼︎ 応戦しろ!」

 

 ただちに兵が隊列を組み応戦態勢を整える。しかし、その頃には銃声は止んでいた。

 

「……来ない?」

「逃げた、のかなぁ」

「捜索隊を編成しろ、巡回を強化だ」

 

 皇軍陸戦隊は周囲の警戒を強めるが、想定している火器の射程が倍以上も違うためまったく意味がなかった。

 

 

 ──翌朝

 

「捜索隊は戦死12、行方不明27です。閣下」

「なんたることだ」

 

 警戒のために配置していた歩哨と、襲撃者を追った部隊は多数の死者を出していた。野営地を引き払う前に報告を受けたベルトランは、姿の見えない敵に恐怖心を抱く。

 

「前進だ。急ぎここを離れる」

 

 食事もそこそこに慌ただしく出発する兵士たち。

 

「チッ、クソくらいゆっくりさせてくれよ」

「いくらなんでも急ぎ過ぎだよな」

「小便で100メートル、大便で800メートル行軍から遅れる……」

「っておまえ! 歩きながらすんなよ!」

 

 用を足すために隊列を離れて茂みに入る兵がチラホラいるが……。

 

「あ〜、スッキリ──POSH!──ベ‼︎」

「お、おい! 撃たれたぞ!」

「ウワァ! どこだ⁉︎」

 

 PAPAM! PAM!

 

「撃つな! 俺は味方だ!」

 

 銃撃を受けた兵士と隊列を離れていた兵との間で同士討ちが発生した。

 

「くそ! くそ! 敵を追うぞ!」

 

 頭に血が昇ってしまった小隊が街道を外れて追撃するが、彼らには悲惨な運命が待っていた。

 

「小隊長! こっちに何かあります!」

「うん? 日本軍の遺留品か」

 

 彼らは三脚に平べったい箱が付いたような物を発見し、近寄っていく。そして

 

BAKOM!

 

「ぎゃあああ!」

「ウワァァァ‼︎」

 

 数百のベアリング弾により、小隊全員が死傷した。

 

 

「閣下、またトラップです」

 

 報告を受けたベルトランは陸戦策士のヨウシと相談する。

 

「ヨウシ、お前はどう見る?」

「はっ。少数による待ち伏せと罠、これは時間稼ぎです。我々の前進を少しでも遅らせたいのでありましょう」

「逆に言えば、さっさと前進すれば敵の態勢は整っておらず、我らの勝ちは揺るがぬ」

「はい……ゴトク平野に出れば、周りも開けていますし奇襲は不可能。正面から当たって我が陸戦部隊に勝てる軍は第三文明圏に存在しません」

 

 ヨウシは自信満々だがボソボソとした口調で、ベルトランは逆に不安になってしまいそうだった。

 

 

 

 やがて、パーパルディア皇国皇軍陸戦隊の先鋒、リントヴルム部隊はゴトク平野に到達する。

 そこには、地上に自衛隊の塹壕と、上空にF-15戦闘機が待ち構えていた。

 

 

《MAGAS16は給油中。対空ミッションにSKULL23がアサインされた》

「23ラジャ。なんだってGUNだけで対空ミッションなんかしなくちゃならないんだ」

《ロウリアで撃ち過ぎたんだ。文句は財務省に》

 

 編隊を維持したままのF-15戦闘機が2機、皇軍陸戦隊の上空を飛行するワイバーンロードに向かい降下する。

 

 ──HER HER──

 レティクルの中に竜騎士を収めたパイロットは、荒い息を吐きながら機銃を撃つ。

 

VuUU ──!

 接近する機影に気付いた竜騎士だが、彼らの常識とは速度と射程があまりに違い過ぎたため、何のアクションも取れずに撃墜された。

 

「やった、2機堕とした……2人殺した……」

 

 

 

*1
他国に勝手に兵力を展開することを、侵略という。日本は侵略なんてしない。だから、日本国自衛隊の地上兵力はフェン王国に存在していない



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虎穴

 

 

 話は少し遡る。

 

 ──中央暦1640年1月18日 クワ・トイネ公国 大東洋諸国会議

 

 第三文明圏の文明圏外国家が参加して臨時に開かれる会議で、国家間の会議しては珍しく腹を割って語り合うことが多い大東洋諸国会議。

 しかし今回は臨時というより緊急で、代表として参加した各国の駐クワ・トイネ大使はひどく緊張していた。

 

「ただいまより緊急の大東洋諸国会議を開催します。本日の会議はパーパルディア皇国が日本国に対する非難声明を発表したことについて、各国の認識と、対応の協議の必要から召集されました。参加国の紹介は省略させていただきます」

 

 進行役のクワ・トイネ公国政府の役人が開催を宣言した。

 当事者の一方であるパーパルディア皇国はこの会議に参加していないが、日本国は駐クワ・トイネ大使の田中が参加している。

 田中は、集中する視線に気圧されながらも平静を装って進行役の言葉を聴いていた。

 

「パーパルディア皇国の発表は次の通りです」

 

 

皇国は第三文明圏各国に宣告する

 卑劣にして悪逆なる日本国は、我が国の皇女レミールを拐かし、その肉体を汚し、精神を弄び、皇国を侵す尖兵に仕立て上げた。

 

皇国は日本国に以下のことを要求する。

 ──日本国は皇女レミールを速やかに皇国へ帰国させること

 ──日本国は皇国へ対し、騒乱の謝罪と賠償を行うこと

 ──日本国は、以上二つの事項について皇国時間1640年1月23日0時までに行動開始し、皇国に通知すること

 1640年1月23日0時までに日本国の行動が開始されなかった場合、皇国は日本国へ対して懲罰行動を開始する。

 1640年1月18日 パーパルディア皇国第一外務局

 

 

 進行役がパーパルディア皇国の発表を読み終えると、すぐさまマオ王国大使が手を挙げた。

 

「マオ王国代表です。我が国としては、当事国の片方が不在の場……いや、当事国の片方だけが参加している会議は公平性の観点から開催意義を疑問に思います」

 

 田中は真っ当な意見だと思って聴いていたが、トーパ王国代表が手を挙げて反論する。

 

「トーパ王国代表です。この場に皇国は不在ですが、皇国から利を得ている国の代表も参加しています。皇国を罵る会議になるか、日本国を吊し上げる会議になるかはまだ分からない。そういった点で公平性は確保されていると考えます」

 

 冗談混じりの発言に空気が少し緩んだところで田中は手を挙げ、発言するために立ち上がった。

 

「日本国代表です。今回はお騒がせして申し訳ありません。……しかし、日本国の立場から言わせていただきますが、これは全くの言いがかりです。レミール皇女はご自分のご意志で日本国に外遊なされたのであり、皇国の要求は我が国の技術や知識資産を狙った言いがかりです」

 

 

 パーパルディア皇国については、各国上層部はよく理解していた。

 言いがかりをつけて侵略するのはよくあることで、アルタラスでの出来事は記憶に新しい。

 皇帝が失策すると、皇族に責任を負わせて処刑する、というのも各国の高級官僚なら知っている。

 会議参加国の大半は日本とレミールに同情的だった。

 特にレミールは、両親が無実の罪で処刑されたことは公然の秘密であり、最近はルディアスから疎まれているために外遊してほとぼりを冷まそうとしたことが侵略の口実にされようとしていると日本側が説明したので、より憐憫の情を向けられた。

 

 

 第三文明圏において、パーパルディア皇国皇帝ルディアスの手腕に対する評価は高い。しかし人物となると評判は悪い。

 一方、レミールは国内政治はともかく外交、貿易で評判は良く、美女なのもあり人気がある。

 ルディアスがパーパルディア1強による支配を目指して各国から収奪しているのに対し、レミールはパーパルディアが牽引して第三文明圏全体を富ませることを目指しているからだ。

 

 会議中に喉を潤し舌を湿らせるために振る舞われた果実酒を飲みながら、シオス王国大使がペラペラと喋る。

 

「──で、当時の家庭教師現リーム王国宰相アブゼーメ殿が何を学びなさるかと問うたらしいのよ。そしたらルディ公様は『万国を支配するに足る知恵を学びたい』って答えたんですって! 日本の、えーと、えーっと、なんだったかしら?」

「中二病ですか?」

「そうよ! それそれ‼︎  可愛らしいじゃないの‼︎  ところがレミちゃん様はなんだか長ったらしく答えたらしいわよ?」

 

 ──曰く

『支配は恐怖と恨みを生み、恐怖と恨みは国を蝕む毒となる、そう教えを授けてくれたお方がいた。私は皇国が憎まれ恨まれ滅亡を願われるような国であって欲しくない。皇国が他国からも尊敬され、永久の繁栄を願われるような国になるにはどうすべきか教えていただきたい』

 

「子供らしくないわぁ、可愛くないわねぇ」

「は、はぁ」

 

 しな垂れかかってくるシオス王国代表の酒臭い吐息に辟易しながら、田中は情報を集める。

 

 マオ王国はパーパルディア贔屓だが、これはレミールの施策が関係していた。

 エドリン王国への工作開始当初は、資源を輸入して加工した物品を輸出していたパーパルディアだが、それでは輸出相手国の経済が崩壊するとすぐに気付いた。ルディアスはそれを利用して攻め込むことを考えたが、レミールは違った。

 資源輸出国にパーパルディア皇国の工場を建設し、現地人を大量に雇うことで軋轢を回避したのだ。

 また、識字率の低い文明圏外国に進出する際は、傷痍軍人や皇国で就職失敗した者、政争に敗れた者などを教育して教師役として付随させた。

 一部の皇国人は文明圏外の人間をあからさまに見下したが、文明圏国家の国民が文明圏外を蛮族扱いするのはこの世界では当たり前のことなので問題にすらならなかった。

 

 マオ王国もそういった国の一つで、国庫の現金収入が増えて識字率も上昇したことからパーパルディア皇国への感情は悪くない。

 他の国々も、皇国資本の工場建設を受け入れれば関税率が下げられたり、商人がエストシラントで商売する際に優遇措置をされたりするので「レミールが皇帝なら良かった」という声まで聞こえてくる。

 

 

「そりゃ、トーパみたいに奴隷を差し出している国もあるわよー。でも、トーパはトーパで悪どいのよ?」

「そうなんですか」

「……」

 

 田中がトーパ代表を見ると、トーパ代表は杯を煽って顔を隠してしまう。

 

「あの……?」

「ンフフ、トーパはね〜ェ、冬季の餓死者や凍死者のうち何割かを奴隷として献上した数に書き加えてるのよ」

「えぇ⁉︎」

 

 例えば、皇国がトーパに「奴隷200人寄越せ」と要求すると、トーパは300人用意する。ただし、300人中生きているのは100人ほどで、あとは厳しい冬の間に死亡した死体なのだ。それどころか死体すら無い場合もある。

 皇国側が激怒しそうなものだが、トーパ王国に派遣される皇国の役人は、トーパという北の果てに飛ばされて来るような人間なので基本的にやる気がない。なので書類に

「奴隷は取り決め通りの数を確保したが、輸送中に死亡する者多数。北方辺境の環境は厳し過ぎる」

 ──などと書いて

「現地出身の奴隷ですら凍え死ぬ環境は皇国人である私には厳しすぎる。早期の交代をお願いします」

 ──といったふうにして本国帰参の理由にしようとするのだった。

 

 

「つまりねェ、私たちの国も国民の不満の矛先を逸らすのに皇国を利用しているのよね」

「……なるほど」

「皇国から利益を得ている国、国は利益を得ていなくても甘い汁を吸っている商人が多い国、皇国製品への国民からの信頼……皇国を相手にすると面倒くさいわよ〜?」

 

 フィルアデス大陸の国々がパーパルディア皇国の脅威に対して連合を組むでもなく、皇国の横暴を他の列強に訴え出ることもなかったのは、やはりそういった理由からなのだと田中は納得した。

 

 

 

 

 ──日本国 東京都 総理官邸

 

 田中と周囲の会話は盗聴器によりクワ・トイネの日本大使館に伝わり、必要な情報はすぐさま纏められて日本に送られていた。

 

「ふーむ。やはりこの、ルディアスというのが最大のガンだな」

 

 報告を受けていた総理が危うい発言をする。

 

「彼をどうにかしないと、絶対に平和は訪れないぞ」

「しかし総理、現状でこちらから宣戦布告するわけにはいきませんよ」

「首相、統幕長の斉藤君が来ました」

 

 呼び出された斉藤が入室し、席に着くと総理が質問する。

 

「統幕長としての、あなたの忌憚のない意見を聞きたい。……日本は戦争に巻き込まれるのかね」

 

 総理は緊張しながら質問したのだが、斎藤にとっては当たり前の事実確認でしかなかった。

 

「首相、もう巻き込まれております。フェン王国軍祭以降、日本は紛争当事国です。フェンと日本の間に安全保障条約は結ばれていませんが、日本国が直接的な脅威を受けています」

「しかし斎藤君、パーパルディア皇国の武器は中世か、せいぜいが近代レベルなのだろう? 技術レベルが違い過ぎて、戦争と呼べるのかね」

 

 日本国内では、対ロウリア戦を『虐殺』と騒ぎ立てる勢力も存在している。これ以上、一方的な戦いは次の選挙に影響すると総理は考えた。

 

「兵器の技術は問題ではありません。直接脅威を取り除くことが最重要問題です、首相」

「しかし、そういう重要案件は私の一存では不可能だ」

「首相、おっしゃりたい事は充分にわかります、民主国家ですから。……しかし、今や本当の危機管理能力が試される時です。我が国の主権と安全保障が脅かされております」

「……わかった」

 

 総理はようやく方針を固めた。

 

「自衛隊に出動命令を。しかしこれは戦争のための派兵ではない。あくまで地域の安定と、我が国の平和と安全を守るための派遣だ」

 

 自衛隊の派遣目的は直接的な脅威の排除。ということは目標はパーパルディア皇国の外征能力を粉砕することになる。

 

「斎藤君。自衛隊の能力で、日本への攻撃が可能な敵戦力を撃滅することができるかね」

「可能です。しかしそれだけでは不十分です」

 

 斎藤は防衛大臣の問いに答えて加える。

 

「敵の現有戦力を撃破しても、後方策源地が健在ならば戦力を立て直し再攻撃を図るはずです。そうなれば紛争は長期化し、大東洋圏経済への悪影響が出てしまいます。事態の早期解決のためには、敵本国への打撃が必要です」

「それはちょっと待った」

 

 財務大臣が斎藤に待ったをかけた。

 

「自衛隊のフィルアデス大陸派遣は無理だ。ロデニウスみたいに好意的な土地に間借りするならともかく、敵前上陸することになる。金がかかりすぎるし、危険も大きい。財務大臣としても、政府の一閣僚としても賛成できん」

「敵本国への打撃に関しては外務省と公安外事部が工作をしています。成功すれば自衛隊は極少数の派遣ですみます」

 

 

 

 

 ──日本国 東京都 某ホテル レストラン

 

 クワ・トイネの女性騎士にして公爵令嬢、イーネは気まずい空気を味わっていた。

 8人がけのテーブルに着いたイーネの目の前には、美味しそうなケーキが数種類。隣の席にはロウリア王国の伯爵令嬢スダーチェが居り、そのさらに隣にスダーチェの父であるヤキソ伯爵が座っている。

 別にロウリア王国の貴族との同席が気まずいのではない。

 

 イーネの向かい側には、たまたま居合わせた『留学生』ルミエスとリルセイドが並んで座っている。そして、一つ席を空けてもう1人。……その人物が問題だった。

 

 

 3週間の日本滞在。その短い期間にたまたま再会した大内田()()と、奇跡的に非番が重なって一緒に出かけて舞い上がってしまったイーネ。

 次の非番は大内田の休みとは重ならなかったので、()()()()の別れ際に大内田から渡された【スイーツ30%割引券】を手に、同行していた騎士団の受付嬢ミーリ(猫耳獣人)を外出に誘ったのだが……。

『幸せ太れ! わっきゅー!』

 という罵声(?)を投げられ、配下の騎士にはニヤニヤと笑われ、1人で送り出されてしまった。

 

 しょうがないので1人で出来るだけ楽しもうと、割引券が使える店舗を調べてその中でも特に『可愛い女の子に人気!』という店を訪ねたイーネ。

 大人気という割に空いていたそのホテルのレストランには、先客がいた。

 

 

 

 お菓子作りが趣味のスダーチェは、ロウリア王国と日本国のパイプ役となった父、バパン・ヤキソと共に日本を訪れていた。

 まるで別世界のような──実際に別世界から来た国だった──日本に驚き、感動したスダーチェはその日、有名なパティシエとショコラティエがいるというレストランにやって来た。

 するとそこに、陳列棚を前に悩んでいる2人組がいたのだ。

 

「姫様、やはり食べたい物全てを頼むのは……」

「う、わかっています。お金はやはり大切ですもの」

「いいえ姫様。心配なのはその、金銭ではなくなんといいますか」

 

 その2人を見たバパンが驚いて声を上げた。

 

「ルミエス殿下⁉︎  アルタラスのルミエス殿下では⁉︎」

 

 父の言葉にスダーチェは慌てて貴人に対する礼を取った。

 父とアルタラスの姫君が色々とやり取りをするのを頭を下げたまま聴いていると、たまたま通りかかったらしい黒髪の女性が騎士の礼をして話に加わった。

 

 そして話がまとまったと思えば何故か全員でテーブルを囲む事になり、準文明国の姫君と隣国の公爵令嬢と同席するという事態に頭が真っ白になっているスダーチェに、さらなる試練が降りかかる。

 

 スダーチェですら顔と名前は知っている、列強パーパルディア皇国の皇女レミールが現れたのだ。

 

 

 

 

 公安外事部の村松はホテルのロビーに降り、ボーイから新聞を受け取って広げると口を開く。

 

「どうしてこうなった?」

「関係者の範囲指定が曖昧でした」

 

 このホテルの警備は外務省と公安が手配していた。

 当然、一般人は近寄らせないように警備していたが、宿泊している人物が人物で状況が状況なので『関係者以外は近寄らせない』という指示はあっても、なんの関係者かは具体的にレミールのことは出せず「異世界の政治家や貴族関係」としか伝達されていなかった。

 

 そこに、知る人は知っているVIPのルミエスとリルセイド、ロウリア王国の駐日大使的な立場にあるバパン、大内田陸将と懇意にしているクワ・トイネの公爵令嬢イーネが立て続けに現れたのだ。

 何らかの集会だと考えた警備担当は、その集会の警備をさせられるのだと勘違いしてルミエスらを素通りさせてしまった。

 

 村松はあまりの馬鹿具合に眩暈がする思いだったが、なんとか冷静さを保つ。

 

「それで、何を言い合っているんだ?」

「王族としての責務がどうこうと言っています」

 

 

 ルミエスとレミールは静かに言い争っている。

 ルミエスがパーパルディア皇国に対する()()()を言い、それに腹を立てたレミールはターラ14世を「肉親だけ逃すなど、国王としては失格」と詰る。

 頭にきたルミエスは「あなたは愛を知らない、誰からも愛されたことの無い可哀想なヒト」だとレミールを見下した。

 

「……私が愛された事がないだと? 可哀想だと?」

「そうではないですか。今も、皇国の出した要求は、貴女の安全より事態を有利に運ぶ事を選んでいます」

 

 ルミエスの言葉に、レミールはクツクツと引きつるような笑い方をする。

 

「何をいうかと思えば。皇族が身命を国家臣民のために利用される、これは当たり前のことでないか」

「……貴女個人はそれで良いのですか」

「個人だと? 皇族も王族も、個人ではない。自身より国民(くにたみ)を思い、国家の未来を優先するのが当然だろう⁉︎」

「やはり貴女は可哀想なヒトです」

「王族としての責務より、個人の情を優先する、そんなお前たち親子の国民が可哀想だ」

「私たち親子は国民から慕われております」

「我が皇国民も陛下や皇族を敬い慕っている」

 

 

 酷いやり取りだ。イーネはそう思った。

 ルミエスの護衛騎士リルセイドは「さすが姫様」などと言って感動しているが、イーネはどちらかというとレミールの意見に寄っている。

 (おおやけ)の立場を得ている人間は、その立場に相応しい振る舞いを求められる。王なら王として、王女なら王女として、公爵令嬢なら公爵令嬢として生き、そして死ななくてはならない。

 しかしそう考えるイーネの頭に、温和な笑みを浮かべる大内田の顔が浮かぶと共に、胸にチクリと痛みが走った。

 

 

 スダーチェは緊張してあまり話をわかっていないが、貴族としての責任を果たしつつ、自分の幸せも追いかけるのが理想なのではないかと思う。

 しかしそれが見果てぬ夢(理想)なのだということは理解しているし、まさか皇女と王女にモノを言える立場でもないので、ひたすらに縮こまり嵐が過ぎ去るのを待っている。

 

(神様、緑の神様、どうかお助け下さい。私はまだ死にたくありません。お父様と私をお救い下さい)

 

 

「どうも、初めまして。私は日本国外務省の朝田と申します」

 

 ──エルフのクォーターであるスダーチェの祈りが届いたのか、空気を読まない朝田がその場に乱入した。

 

 

 朝田は警備のボンクラ加減に一周回って笑いながら場に登場する。

 薄く笑いながら皇女や王女に礼をする姿は堂々としており、皇国の皇族と対等な立場として振る舞っているように見えた。

 

「レミール様、そろそろお部屋にお戻り下さい。本日は少々制限が厳しい所にお連れします」

 

 それだけ告げて離れようとした朝田だが、途中で思い出したように振り返る。

 

「高貴な方々のお心を(やすん)ずる、国民を守る、両方やらなくてはいけないのが宮仕えの辛いところですが……。まあ、民を見捨てたり誰かに責任をなすりつけたりする事態にならないのが1番でしょう」

「そんなことは分かっている!」

 

 レミールがイライラを爆発させ、ルミエスも偉そうに何を言っているんだと思って朝田を睨んだ。

 この場にいるリルセイドを除いた全員の気持ちが一致する。

 

 ──そりゃあ、お前の国(日本国)ならそんな理想も実現可能だろうよ‼︎──

 

 言いたくても言えない言葉を飲み込んだ5人に奇妙な連帯感が生まれた。

 しばらくして頭が冷えたレミールは、朝田が憎まれ役になって場を預かったのだと考え、ルミエスに頭を下げる。

 

「申し訳なかった。皇国のやりようは褒められたことではない。恨まれて当然だ」

「えっと、それは」

 

 ルミエスは当惑した。

 ここで謝罪を受け入れてしまえば、これで戦争の賠償や謝罪は終わったとされるのではないかと思ったからだ。それに気付いたレミールが言葉を付け足す。

 

「権限も何も無い、私の、ただの謝罪ですまないがどうか受け入れて欲しい」

「あ、はい」

 

 他人の胸中を慮り、謝罪するレミール皇女に困惑を深めながら、ルミエスは謝罪を受け入れるのだった。

 

 

 

 

 ──中央暦1640年1月18日 夜 日本 東京某所

 

 その敷地内に入ったレミールは驚愕した。

 

(なんだコレは……この国は魔法が無いのでは無かったのか⁉︎)

 

 それは魔法ではなく呪術の類だったが、薄くエルフの血を引き皇族でもあるレミールは防御魔法の一種、いわゆる結界として理解した。

 

 ソコは各国大使が赴任する際に必ず参内する場所であるから、他国の大使も魔法が無い筈の日本に魔法らしき技術があることに気付きそうなものだが……。

 実は日本国に駐在する各国の大使は魔法が使えない人物ばかりなのだ。

 なぜなら、日本には対魔法防御技術が全く無い。探知も事前察知も防御も出来ない魔法を使う人物が、いと貴き御方 ──つまりは天皇陛下 ──に接近するとなると、日本側は警戒せざるを得ない。

 無用な警戒心を抱かれて日本側からの心証を悪くするのを避けたい各国が忖度したのだ。

 

 

 談話室に通されたレミールは、その部屋の簡素さに虚を突かれる。

 

(……装飾の無い、たいして広くもない部屋だ。だが、無限の空間に感じる‼︎)

 

 エストシラントのパラディス城は広く豪奢な装飾で埋め尽くされたダンスホールがあったが、そこよりも広々と感じられた。

 

(そ……そうか……室内に一切無駄がないからだ……。あらゆる風情が溶け込んで……、眼がとっかかる場所を失い「空」を見るかのようになっている……‼︎)

 

 レミールは日本人の精神性に触れ、そして大多数の日本人の心の拠り所ともいえる存在と面会することになる。

 

 

 

 

 ──中央暦1640年1月19日 東京 防衛省

 

 仮想敵国への対策を考える担当官たちは、急にパーパルディア皇国を相手にした戦争をシミュレートするよう言われて資料をひっくり返していた。

 

「戦列艦の能力ってどうなんだ⁉︎」

「15ノット出せるみたいです! 砲の資料は? 帆走補給艦の資料なんてアーカイブに無い‼︎」

「調査部が戦列艦は調べてるが、補給態勢は情報が無い。……おい、このワイバーンの新種ってヤツ、パラメータの設定が分かんないぞ」

 

 転移から1年。いまだに隣国の軍備と軍制がよく分かっていなかったので、彼らは非常に苦労している。

 

「予備役はどれだけ居るんだ? 動員にかかる期間は? 軍艦の建造期間は?」

「分かりません、全て不明です」

「くそったれ、下手したら敵は想定の倍も出てくるかもしれんぞ」

 

 敵の総数が不明なため、彼らはミサイルは温存する方向に舵を切った。

 

「砲熕兵器でも圧倒できますよ」

「場合によっては重砲の弾薬も制限だ」

「えっ。……まあ、苦労するのは僕じゃないからいいですけど」

 




話が冗長になったのであちこち端折りました

細かいエピソードは好き勝手書けると早い。
ストーリーラインが決まっていないとエタる。
日本国召喚は細かいエピソードの想像しがいがある良い原作です。


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亢竜有悔

武装神姫のゲーム企画が再始動と聞いておかしなテンションで書いてますから文章もおかしいかもしれません、というかおかしい。


 

 ──中央暦1640年1月19日 夜 日本国 東京都

 

 久坂田達、女性職員が隠しカメラでレミールの部屋を監視している。

 

「お姫様、朝からずっと本を読んでいますが……。よかったのでしょうかね? 近代史を読ませてしまって」

「あれらの本はこの世界の国々に日本を知ってもらうために製作された本です。技術開発史は載っていても、技術の中身は記載されていません」

 

 モニターに映るレミールは、日本政府が異世界の国々に日本を知ってもらうために作成した分厚い本を熱心に読んでいる。

 

「それに、アレを贈答したのはお上です。お上のすることを止められるはずもありませんよ」

 

 

 

 レミールは資料を一通り読み終えた。

 

(大政奉還、明治維新、日清日露の戦争。……第一次世界大戦、そして太平洋戦争……)

 

「これは……啓示だ……。私の二十余年の人生は、すべて……これを知るためにあった!」

 

 BGM代わりのテレビではニュースが流れている。

 

『ロシア大使館は北方四島のロシア国民に対する人道支援を日本政府に要請し、日本政府はこれを受け入れる動きを見せています』

『北方領土の元住民たちは、返還交渉に有利な材料となると政府の動きを歓迎しています』

『一部ではロシア本国が存在しない間に武力による奪還を目指すべきだという意見もありますが、北方四島の住民だった鈴谷さんはこう語ります』

『孤立無援の彼らを攻撃するならソ連軍と同じことだ。彼らを助けてこそ日本人らしいのではないか。戦争はとっくに終わった。領土を奪い合い、憎しみ合う時代は過ぎている』

 

『日本政府は国内で生活している地球世界の外国出身者の生活支援について、新しいガイドラインを発表しました』

『言葉の壁はなくなりましたが、未だに文化や宗教といったことから隔たりを感じる人も多くいます』

『こうした中、スウェーデン大使館とドイツ大使館は、資料を元に第二次世界大戦中に使用された工作機械を再現し、クイラに輸出する計画を発表しました』

『在留外国人は……特にEU圏の出身者は日本政府による保護をうけながらも、自立する道を模索しています』

 

 

 ニュースを見るともなく見ながら、地球という世界は理性的な世界だったのだなとレミールは思う。

 そして、その理性は数多の戦争、宗教/政治闘争の結果得られたパワーバランスに基づくものだと。

 

「日本国は、今は国内の安定化のために大東洋圏に進出している段階だが、次の段階は第三文明圏全体の『持続可能な発展』のために動くようになる」

 

 先進技術により生産された物品を売りたい日本国に対し、地域の発展速度をコントロールしたいパーパルディア皇国。両者は絶対に相容れない。

 

 ──どちらかが、滅びなければならない。

 

「国敗れて山河あり、か」

 

 レミールは資料に記載されたいくつかの文言を心のメモに書き込んだ。

 

 

 

 

 決意を胸に朝田を呼び出したレミールは、東京の煌びやかな夜景を背にして鷹揚に告げる。

 

「日本国がフィルアデス大陸に新秩序を打ち立てたいというのならば、私は協力してやってもよい」

「……分かりました。上司に連絡します」

 

 朝田は頭を下げて感謝を表しながら、内心「上から目線の嫌なヤツだ」と思っていた。そして、そんな朝田の態度にレミールも「不快感を隠そうともしない。バカかコイツは」と思っていた。

 

 

 

 ──中央暦1640年1月22日 フェン王国 ゴトク平野

 

 陸上自衛隊の隊員が壕を掘っている。

 

「こんなとこまで来て穴掘りかよ」

「でもよ、本当の戦争だぜ」

「穴掘りだったら東京でもできるよ。……腹減ったな、メシはまだか」

「今、茹でてるってさ。穴を掘り終わる頃にはできる」

「茹でるって、メニューは?」

「レトルトのパック飯」

 

 

 熱々のパウチを切って開封し、箸もスプーンも使わず中身を押し出して齧る。

 

「ナポリタンにピラフ。こりゃまた懐かしいな」

「班長もピラフとか食ってたんだ」

「娘さんの弁当とかじゃねーの」

 

 和気藹々と、訓練の延長のような空気だったが、日が暮れて静かになると状況が変わってくる。

 

POPOM……POM-

 

「銃声だ、かなり遠いぞ」

「小隊長と先任は集合!」

 

 空気が澄み、騒音も無いので遠方の銃声がゴトク平野にまで届いた。想定された範囲内だが、最速で移動しているらしい敵に、自衛隊側はやや浮き足立つ。

 指揮所から散った各級指揮官がそれぞれの部署に命令を伝達する。

 

「山田一曹、君の班はあそこの壕が守備範囲だ」

「わっ、わかりました。自分も、自分の部下も実戦経験はありません」

「俺もだよ、やけくそさ。早く配置について警戒しろ。敵はまだ遠いから、力み過ぎないようにな」

 

 結局、夜間に見える範囲まで接近する敵影は無かったが、隊員の多くは寝不足で23日の朝を迎えた。

 

 

 ──中央暦1640年1月23日

 

 徐々に近づいている戦闘騒音に、隊員の顔が強張っていく。

 

「あの銃声は何だ……? 前進阻止に失敗してるってことじゃないのか?」

「阻止砲火じゃなくて嫌がらせ攻撃だろ。ゲリラだよ、市民ゲリラ」

「市民が銃火器で武装してんのかよ」

「おい、ギャオスだぜ」

 

 上空にワイバーンが姿を現し、地竜を先頭にした皇国軍陸戦隊がゴトク平野に進入して来る。

 

「小隊長、敵は横隊を作ってます。引きつけますか?」

「引きつける必要は無いが、攻撃は合図があるまで待て」

 

 QUWAOOOー…

 F-15が上空に進入し、ワイバーンが機関砲の餌食になる。

 

「汚ねぇ花火だ」

「ハハハ……」

「アレが合図だ。攻撃開始する」

 

 

 皇軍陸戦隊尖兵大隊はリントヴルム隊に続いてゴトク平野に入り、突撃隊形に移行しようとしていた。

 

「前方に日本軍らしき勢力の陣地です」

「穴か。卑怯な戦法*1を取る連中には相応しい陣地だな」

「あのみすぼらしい穴倉を、彼奴等の墓穴にしてやれェ!」

 

 気炎を上げる陸戦隊の指揮官たち。しかしその時、上空に飛来した何かが支援のワイバーンロードを撃墜した。

 

「は?」

 WAAOOOoo……──

 

 ()()()命があった竜騎士が地面に望まぬ帰還を果たし、ズタズタに引き裂かれたワイバーンロードの肉片が降り注ぐ。

 そして、84ミリ無反動砲と機関銃による射撃がリントヴルムに集中した。

 肉を抉られ、弾け飛び、倒れ伏すリントヴルム。そうして肉壁を失った兵士が、次の標的となった。

 

「地竜がやられたぁ⁉︎」

「て、敵陣からの銃撃!」

「馬鹿なッ⁉︎ 距離500は有るぞ‼︎」

「この威力はなん──ゲベ!」

 

 尖兵大隊長は地に伏せてやり過ごしたが、地竜部隊や軽騎兵隊の指揮官は騎乗して目立っていたために12.7ミリの集中射撃を受けて奇怪なオブジェに成り果てた。

 

「な、何なんだ、何だこれは」

「大隊長!」

「ムーの支援どころか、ムーの軍隊そのものじゃないか!」

「大隊長‼︎  後退しましょう‼︎」

 

 部下の言葉に正気に戻った大隊長はやってきた街道の方を見るが、前進しようとする後続部隊と逃げようとする者とで大混乱になっている。

 ならば街道を外れた森の方はと目を向けるが、狙撃手がいるらしく、目立つ服装の皇軍兵士は次々と撃ち殺され、森の奥からも連続した発砲音が聞こえる。

 

「後退は論外だ、このまま這いずって敵の側方を突く!」

「りょ、了解しましたッ!」

 

 

 

「おい。あそこ、混乱が少ない」

「了解。ポイントC-5、F-7。カンフル注射、1本ずつだ」

 

PONK! PONK!

Piiii──……

 

「なん────BAOM!

「だ、大隊長が!」

 

 兵を集めていた尖兵大隊のど真ん中と、混乱している街道出口に迫撃砲弾が直撃した。

 

「いいぞ! 連発撃て! 吹っ飛ばせ!」

 

 迫撃砲弾が降り注ぎ、カラフルな服装の皇国軍兵士達が爆殺され、破片が紙吹雪のように巻き散らされる。その光景を見て、自衛隊側の戦闘団長、天野2佐がゲラゲラと笑った。

 

「ハハハ! 人がゴミのようだ!」

「やべェな、団長はハイになってやがる」

「シッ! ばか、聞こえるぞ」

 

 

 

 陸戦隊を率いるベルトランは、自分がゴトク平野に到着する前に轟いた爆発音に顔をしかめた。

 

「前衛の大隊め、先走ったな」

「うん? 妙ですな」

 

 異変に気付いたヨウシが進言する。

 

「ベルトラン様。あれは明らかに魔導砲の爆発音ですが、我が砲兵の布陣はまだです」

「む? そう言えばそうだな」

 

 違和感に首を傾げる2人。するとそこに、ボロボロになった軽騎兵が駆けて来る。

 

「で、伝令──ッ‼︎ 地竜隊、尖兵隊全滅!」

「なにぃッ⁉︎」

「どういうことだ‼︎」

「敵の陣から ──CHUEEENK!──ガッ!」

「ひッ」

「伏せろ!」

 

KTOWKTOWKTOWKTOWKTOW!

 

 伝令が報告を行おうとするが、そこを左右からの銃撃が襲った。

 

「畜生! どこだ!」

「森の中だ、伏兵だ‼︎」

「砲兵! 左右の森を撃て!」

 

 ベルトランは牽引式魔導砲を街道上で展開させようとするが、砲兵の動きに気付いた日本側はすぐさま火力を集中した。

 

HUWAN──ZUVO-! BAOM!

「ワァッ‼︎」

 

 無反動砲の射撃を受けた砲が弾け、飛び火により弾薬が誘爆して火炎を撒き散らす。

 

「ギャアアア‼︎」

「治癒術師、治癒術師はまだか」

「消火だ、消火が先だ」

 

「やつら森の中に魔導砲を据えてやがるのか!」

「閣下、突撃班を森に突入させましょう! 敵陣には、竜母にワイバーンの増援要請を!」

 

 ベルトランにヨウシが進言する。しかし竜母には、山が邪魔で魔信が通じない。

 

「我々を支援するための戦列艦が沖合にいるはずです! 中継を頼めばよいのです!」

「よし、それでいこう。通信士! 銃兵長! ここへ‼︎」

 

 

 指名された銃兵長は多数の戦闘に参加したベテランだったが、彼の顔はひきつれ、蒼ざめていた。

 鬱蒼と茂る森の中ではマスケットの利点を活かし難い。

 

「2列縦隊。姿勢を低くしろ。先頭の2人、銃を置け。サーベルを使うんだ」

「……ひでぇ」

 

 銃兵、軽騎兵、砲兵など近くにいた30人ほどの兵で編成された突撃班は、下草の中を這うようにして進む。

 

 ──HER HER──

「蛮族め、好き勝手やったツケを払わせて……」kom!

 

 木の影から延びた銃の筒先が、先頭を行く兵士の頭に押し当てられた。

 

「蛮族じゃない、俺は日本人だ」

 

PAPAM! PAPAPAM!

 這いつくばった兵士を一方的に射殺した佐藤がカービンを片手に姿を見せると、皇国軽騎兵がサーベルを抜いて斬りかかった。

 

「ワオォ!」

「いいぞ、興奮してきたぞ」

 

PAPAPAPAM!

 言葉と裏腹に、佐藤は斬撃を冷静に躱すと零距離で軽騎兵の胸甲を撃ち抜く。そしてそのまま軽騎兵の身体を盾に、逃げようとする突撃班の残余に銃撃を浴びせながら雄叫びをあげる。

 

「ウォォッ! 中村! お前に分かるか、生きるってことが、エエッ!」

「ヒィッ!」

 

 中村のものとも、皇軍兵士のものともつかない短い悲鳴が上がる。

 皇軍隊列からの応射に構わず、突撃班の死体を飛び越えて佐藤は進む。

 

「俺について来い! 行くぞ兵隊‼︎ 俺が──戦争を教えてやる‼︎」

「ヒィィ、お母ヂャン!」

 

 銃弾の飛び交う中を、ミニミを抱えて言われた通り後に続く中村は素直なのか忠実なのか、それともただの馬鹿なのか。

 ──zip zip CHUENK!

 派手に弾をばら撒きながら突進するバッドカルマ(佐藤と中村)に、射撃が集中する。

 

「これが生きるって事だ!」

「ヒィィィ!」

 

 

 

「近づけるな! 砲兵、射撃を集中しろォ‼︎」

 

BAM! BAOM!

 皇軍陸戦隊は必死に防御したが、街道上に細長く伸びた隊列はあちこちで寸断され、組織的な抵抗は不可能となっていた。

 戦術も何もあったもんじゃない。ヨウシは顔を土気色にして泡を吹き、ベルトランは恐怖と怒りと緊張で過呼吸になりながら叫ぶ。

 

「通信士! 竜母とはまだ連絡がつかんのか!」

「ダメです、竜母艦隊は混乱していて……え?」

「どうしたのだ⁉︎」

「支援艦隊、敵艦と交戦中の模様! すでに航行不能艦多数!」

「んなっ!」

 

 ベルトランは慌てて南の方を見た。

 木々が生い茂り何も見えなかったが、この時点で海上自衛隊の護衛艦「すずつき」により支援艦隊の砲艦は船尾楼やマストを破壊されて漂流中だった。

 

「動くな!」

 

 街道の左右の森から出てきたオメガチームがベルトランたちに銃を突きつける。

 

「くそぅ、ムーの覗き見野郎め。こんな蛮族に武器を供与しやがって」

 

 悪態を吐きながら、ベルトランは両手を上げた。

 

 

 

 

 

《撃ち方ヤメ》

 

 パーパルディア皇国砲艦の旗竿から旗を降ろして必死に手を振る水兵の姿を認め、すずつきの艦長は射撃止めを命じた。

 観戦武官として乗艦していたムーの技術士官マイラスと、同じく海軍士官のラッサンは、自国の兵器より遥かに高性能な日本国の砲に度肝を抜かれていた。

 

「帆走艦とはいえ、20隻を1隻で……」

 

 マイラスは日本の技術力を羨むと同時に、こんな超高度技術の塊がゴロゴロしている地球世界に、それが必要とされる地球世界の戦闘に恐ろしさを感じるのだった。

 

 

 

 そして、竜母は──

 

 ──ゴトク平野の戦闘開始直前 ニシノミヤコ沖合約300km  

 

 

《Liger-01よりASCOTへ、高度が低過ぎるぞ》

「神田、言われてるぞ」

「わーってらい」

 

 高度150mを、F-15の8機編隊が飛んでいる。

 先頭のF-15DJには飛行群司令自らがパイロットととして搭乗していた。

 

「本気でやるのか?」

「あたりきシャカリキコンコンチキってな。冗談でこんなことするかよ」

 

 本来、対艦攻撃のF-2が居るはずなのだが、なぜか制空任務のF-15がポジションを奪ってここにいる。それは群司令の独断だった。

 

「抜かずの剣こそ平和の誇り*2つったか。だが、抜いたからってそのまま振り下ろさなきゃならないって法は無い。刃を返して峰打ちする技術だって有らぁな」

 

 操縦桿を握る手に力が入った。

 

「俺たちは戦技を磨いてきたが、それは敵に優越して一方的に殺すためじゃない。自衛隊(オレたち)F-15(イーグル)なら、殺して排除する以外の選択肢も取れるはずだ。そう信じてる」

「甘ちゃんだな、やっぱりお前にはオレみたいや冷静なナビが必要だよ」

「付き合わせてすまねぇな」

「オレはただのナビだからな、群司令様に従いますよ。……辞表は2人で書こうぜ」

 

 群司令機を先頭に、編隊は速度を上げていく。

 

「アフターバーナー! 500(feet)まで降下!」

「おーおー、燃料計の針が踊ってら」

 

QUWAOOO──……

 

 

 ──パーパルディア皇国皇軍竜母艦隊

 

 ワイバーンロードを搭載、発着艦を行うために戦列艦より2回りほど大きな竜母。それが20隻も複縦陣*3で航行していた。

 外周を航行する護衛の戦列艦も合わせて40隻程の艦隊を眺め、艦隊副司令官アルモスはウットリとしていた。

 

「圧倒的ではないか、我が軍は……」

 

 特に、最新鋭の『ミール』は美しかった。

 魔法金属を外装材に使用した対魔弾鉄鋼式装甲に覆われた船体は黒く輝き、大きさも船足(ふなあし)も最大。

 木造船としては地球でも存在しない巨体だ。必要あるかどうかは別として、パーパルディアの木造船建造技術は非常に優れていた。

 

 アルモスがミールに見惚れていると、慌てた様子の竜騎士長が甲板に上がってきた。

 

「報告! 哨戒騎が接近する敵機を発見しました!」

「ほう? 我が艦隊に挑む馬鹿がいるとは!」

 

 アルモスは皇国が文明圏外国に劣るなどと思いもしなかった。哨戒騎のいる20km先からノロノロと接近するワイバーンの姿を想像しながら望遠鏡を用意し、見せ物のつもりで空中戦が行われるだろう方向に向けた。

 しかし、アルモスの視野に映ったのは、船もいないのに海面に立つウェーキと、その直上空中を迫り来る何か。そしてその後方に取り残されているワイバーンロードらしき黒い点だった。

 

「なんだアレは……」

 

 みるみるうちに大きくなる物体に不気味さを感じて望遠鏡から目を離すアルモス。すると、ソレはすでに水平線までの距離の半分くらいまで近寄っていた。

 

「は、速い‼︎  ──いかん‼︎」

 

 ミール以下の各艦は未だ発艦作業中で、まともに戦える状態にない。

 歯噛みするアルモス。大慌てで発艦しようとする竜騎士。ごった返し騒がしい甲板と裏腹に、空は異様なほど静かだった。

 

 騎影が通り過ぎた。

 羽ばたく音すらしなかった。

 

 

 

「ぐはッ⁉︎  な、なにが‼︎」

 

 気が付くと、アルモスは甲板に仰向けで寝ていた。背中の痛みに呻きながら身体を起こすと、甲板が傾いている。

 見れば、マストが折れて倒れている。自身の乗艦だけではない。ミールも、他の船もマストがへし折られて傾斜している。

 

 上甲板にいた竜騎士はマストの下敷きになり、甲板から転がり落ち、あちこちから助けを求める声がする。

 

「副司令! ご無事でしたか!」

「竜騎士長! 何が起きた! どんな攻撃だ⁉︎  私は何分寝ていた⁉︎」

「敵襲から5分と経っておりません! 敵は、ただ真上を通り過ぎただけであります!」

 

 アルモスは固まった。通り過ぎただけとは何だ? この惨状はどういうことだ? しかしその質問を投げかける前に竜騎士長が甲板上に伏せながら言う。

 

「また来ました! 伏せてくださいッ!」

「ぬおッ‼︎」

 

QUWAOOOOOOOOO

 アルモスは見た。

 艦隊上空へ侵攻する敵騎を阻止しようとした竜騎士が、何かに弾かれるようにして墜落するのを。

 マストを折られなかった戦列艦が、恐ろしい力で押されたようにして転覆するのを。

 

「空が震えている……」

「アレは……アレは神龍なのか……?」

 

 竜母艦隊は攻撃を受けることなく作戦能力を喪失した。

 

 

 

 ニシノミヤコ沖に遊弋しているパーパルディア皇国艦隊。

 その旗艦、120門級戦列艦「パール」の甲板上で将軍シウスは西の方を見ていた。

 

 竜母艦隊から敵発見の報告があった。その直後に轟音を響かせながら奇妙な飛行物体が襲来し、ただ飛んでいるだけでワイバーンロードを墜落させた。

 それから後、竜母艦隊からは航行不能の報告と救難要請が発信されているが、敵との交戦状況については要領を得ない。

 また、陸戦部隊を支援する手筈の戦列艦隊20隻とも通信が途絶している。

 本国へ緊急信を送ったが、何かの間違いなのではないかとシウス自身も思っていた。

 

「まさか……全滅した、とか……」

 

 魔導通信機器の故障より先に全滅という言葉が出て、シウスは自分で驚いた。

 

(ヤバい! なにか! ヤバいぜ‼︎)

 

 不安要因を合理的に説明できず、シウスの額に汗が流れる。

 そこに、見張り員から報告が上がる。

 

『不明艦16! 130度、1万8千!』

「──来たか‼︎  総員、戦闘配置‼︎」

「合戦準備! 艦内警戒閉鎖!」

 

 艦隊は『風神の涙』を最大使用にし、帆を張り波を裂きながら進む。

 慌ただしく上甲板を行き来する人員。その中の1人にシウスは声をかける。

 

「そこの候補生」

「はっ、はい! 将軍!」

「ブーツはやめて短靴と長靴下を履け。赤いスカーフも取れ」

「はい……?」

「理由を教えてやる。ブーツごと足を砕かれた時、軍医に靴を脱がす手間をかけさせるし、お前も地獄を見るからだ。赤いスカーフは出血量を誤認させる。スカーフやネクタイは白か青にするんだ」

「すっ、すぐに! すぐに替えてきます!」

 

 素直な返事に気を良くしながら、シウスはパールのダルダ艦長と共に船尾楼上に上った。

 

「素直で行動も早い。あの若いのは良い士官になるだろう」

「生き残れば、ですね」

「死なせないように我々が努力しないとな。……ダルダ君、勝てると思うか?」

「我が方は183隻もいます。日本艦がいくら優秀でも、たった16隻では()()()性能差は焼石に水というものです」

「焼け石に水……そういえば蒸気機関というのがあったな」

 

 シウスは望遠鏡を使って向かってくる日本艦隊を注視する。

 日本の艦はフィシャヌス級より大きそうだ。ムーの戦艦に採用されている回転砲塔らしき構造物が前甲板に1あり、帆がないのもムーの機械動力艦と同じだ。

 

 思った以上にムーは日本国に肩入れしているようだ。シウスがそう思っていると、日本艦隊の先頭にいる艦の砲口が光った。

 

『敵艦発砲──‼︎  距離、1万2千‼︎』

「何のつもりだ?」

「号砲か何かでしょうか」

 

 届くはずのない砲撃に、シウスとダルダは日本軍の意図を測りかねた。しかし、突如としてニシノミヤコに停泊していた揚陸艦が爆発し、大きく炎を上げる。

 

「あ……?」

『敵艦連続発砲‼︎』

 

 ニシノミヤコの仮設基地が、停泊中の揚陸艦が次々と被弾炎上していく。シウスとダルダはあまりに現実離れした光景を目の当たりにし、思考が停止していた。

 

「砲撃……本当に敵艦からの砲撃なのか……? 艦隊を飛び越えての砲撃だと?」

「まさか……。上空からの攻撃では?」

「いや、騎影は無い」

 

 砲撃を中断した日本艦隊は変針し、皇国艦隊から6kmの距離を保っている。その速力は風神の涙を使用している戦列艦より遥かに速い。

 シウスは一笑に付した観察軍の報告書を思い出し、自分たちを歯牙にもかけない敵を前に何十年ぶりかの死の恐怖に震えた。

 

 と、その時だった。通信士が慌てた様子で艦内から出てきて報告する。

 

「通信です! 敵艦隊から通信です!」

「なんだ、降伏勧告か?」

「はっ! いいえ! とにかくお聞きください!」

 

 小型魔信機から勧告と言うにも一方的な言葉が流れていた。

 

 

《──戦うのをやめよ。私はパーパルディア皇国皇女、レミールである。フェン王国に展開する皇国軍に命ずる、戦うのをやめよ──》

 

*1
第三文明圏の戦争では大時代的な会戦が主で、地域によっては「何月何日何処でにこれこれの兵力を以て戦おう」という取り決めをする事前会合まで行われていた

*2
“ファントム無頼”より

*3
2列の縦隊




実際には、F-18がマッハ2で高度60mくらいを飛んで、衝撃波はガラスを割る程度の威力らしいです。
まあ、F-18とF-15とは形が違いますし、元ネタのファントム無頼では掘っ立て小屋を粉砕したり吹き流しをへし折ったりしてますので、この作中世界ではソニックブームで船のマストは折れるということです。

艦隊を全滅させない理由
 原作ではベルトランはインガオホーですが、オメガが虐殺を防いだせいでパ皇に対する憎悪が作中日本では薄いです。
 ぶっちゃけた話、私の好みです。敵味方問わず正規軍による虐殺を書きたくないという。
 オメガチームは自衛隊じゃないらしいので、敵を容赦なく殺しますけど。


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千里を走る

 ──中央暦1640年1月24日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 ルディアスは激怒した。必ず、かの造反無道のレミールを始末しなければならぬと決意した。

 ルディアスには人の心がわからぬ。ルディアスは、皇国の皇帝である。上に立ち、(かしず)かれて暮らしてきた。けれども人の長所短所を見抜き適所に配置することは、人一倍に得意であった。

 

 

 24日の未明、ルディアスは臣下のルパーサに起こされた。

 

「陛下! ルディアス様! 世界のニュースをお聞き下さい!」

「何事だ……」

 

 ルディアスが起きて寝台から降りて、ガウンを羽織り魔法ラジオのスイッチを入れると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

 

《──今、私は皇国政府の意向に反する行動をとっている。しかし、これは私が皇国を裏切ったことを意味するのか? 否‼︎ 皇国を裏切っているのは、皇国政府そのものである‼︎》

 

「この声……レミール‼︎」

 

《皇国政府に蔓延る汚職……皇帝陛下から賜った職権を自身の力と過誤し、皇国臣民に奉仕する立場でありながら自らの欲望を主人とし、義務を放擲している奸臣……。皇国からの、陛下と臣民からの信頼を裏切った! この者たちこそ討ち果たすべき邪悪である!》

 

 ルディアスは自らが再び見誤っていたことを悟った。

 ルディアスを、皇国臣民を愛しているレミールは皇国に敵対などしないと読んでいたのだ。しかし……。

 

《皇国臣民よ、諸君らが愛してくれたパーパルディア皇国は、他国からの尊敬を得られていない‼︎  なぜだ⁉︎》

《一部の奸臣が、皇国を牛耳っているからだ! 奸臣どもは、自分たちこそが人類の支配権を有すると増長し、新たな時代を、文化を否定する。搾取し、破壊を撒き散らす悪魔、これこそが他国から見た皇国の姿なのだ!》

 

 

 レミールは皇国を、ルディアスを攻撃していない。皇国の一部体制を批判している。

 皇国を敵に回さずに、皇国の政府を崩壊させるつもりなのだ!

 

「こうまで侮り難い敵か!」

 

 ルディアスは、第三文明圏への宣告でレミールを皇女として扱っていたことを後悔した。

 新興国でありながら高い技術力を持ち、飛躍しようとしている日本国。その評判に『列強国の皇族を拐かした』という泥を塗り付け、国際的非難を集中させるためだったのだが……。

 

「これでは皇国政府こそ批判されてしまう!」

 

 レミールを最初から反逆者、裏切り者として手配していたならば、日本国への非難も『よくあるスパイ活動』程度だっただろうが、問題は皇国内に収まっていただろう。

 しかし、皇女レミールが皇国政府を批判したとなると、他の列強がレミールを担ぎ上げて新政府を立ち上げる可能性が出てくる。

 今さらレミールを反逆者として手配しても遅い。

 

《皇国臣民よ、諸君は搾取され、迫害される属国の状況を対岸の火と見ているのではないか? 残念ながら、属領はもうロクに人も資源も残っていない》

《奸臣どもの眼はすでに皇国内に向けられている。一般市民や下級官吏が、最初に搾取される立場に落ちることとなるだろう。列強国、先進国パーパルディアは形骸化した。敢えて言おう、残滓(カス)であると!》

《臣民よ! 今なら間に合う! 今こそ革新の時だ! 立てよ、臣民よ! 悪逆なる奸臣を除き、皇国の理念を取り戻すのだ!》

 

 

「ぐおぉぉおあ、おのれ、レミィぃルぅぅー‼︎」

 

 ルディアスはレミールの演説に対抗する文章を組み立てようと考え始めるが、まだ終わっていなかった。

 

《続きまして、アルタラス王国の王女ルミエス殿下の……》

「な、なんだとー‼︎」

 

 

 

 フェン王国へと侵攻したパーパルディア皇国皇軍は、皇女レミールの下知に従って戦闘を停止した。

 皇族に弓を引くわけにもいかぬ……。シウスは自ら魔信を使い、状況報告を行った。

 

《シウス将軍! レミール様がそこに居るのか? ならば、すぐに身柄を確保するのだ!》

「馬鹿モン! 捕虜はこの俺だ!」

 

 実際には停戦だったが、シウスは全く勝ち目のない相手を前にさっさと両手を上げていた。

 

 

 

 ──フェン王国の状況が分かってくると、皇国政府首脳陣は緊急会議を招集する。

 会議室には軍の高官や外務局の幹部が居並ぶが、その入り口でカイオスは警護の兵に止められた。

 

「カイオス様。本会議の参加者名簿にお名前がございません」

「なぜだ? 私は文明圏外国を担当する部門の責任者だぞ」

「……発言権無しで良ければ出席を許可すると、陛下からの御指示です」

「──ッ‼︎ 分かった」

 

 カイオスは理解した。ルディアスはレミールの派閥を潰すつもりなのだと。

 

 

 

 会議では、すでに広く報じられているフェン王国での戦闘停止について論じられた。

 

「まさかレミール様が皇国を裏切ったとは」

「アルタラスの王族まで出てきている。シウス将軍は何をしていたのか!」

「しかし、シウス将軍は権威に屈する男ではないぞ? ましてやフェン討伐は陛下の御下命だ」

「シウス将軍の報告、これが本当なら日本国はムー並の国となるが……」

 

 外務局の責任者としてエルトが、軍の責任者としてアルデが立ち上がり意見を述べる。

 

「外務局には、日本国は転移国家である、という情報が入っています」

「しかしこれは欺瞞であると考えられます。おそらくは、ムーが裏で糸を引いていると……」

 

 エルトの説明に続ける形で、アルデが考えを説明する。

 

「高い技術力を持つ国家が突然に現れた場合、普通は他国からの支援によるものです。日本国の場合、科学技術に基づく文明を持っており、明らかにムーの影響を受けています」

 

 しかし、ムーはダンマリを決め込んでいる。

 

「ムーは無関係を装いつつ、日本国に自国と同じ転移国家を名乗らせています。つまり、暗に察しろという意味でしょう」

 

 アルデに対し、ルディアスが問う。

 

「では、ムーの狙いは何だ?」

「おそらくは第三文明圏の切り取り。そしてゆくゆくは、東西から第一文明圏を締め上げるつもりかと」

「ふむん、つまり何か、ムーにとり、我が第三文明圏は踏み台だと?」

「はい」

 

 ギリリ、とルディアスが歯を食いしばる。

 

「おのれ舐めおって! アルデ‼︎ 全力をもって日本国を殲滅せよ! 全てを破壊し、ムーに第三文明圏の力を見せつけるのだ!」

「はっ‼︎」

 

 

 

 

 ──その頃、パーパルディア皇国領アルタラス島 ル・ブリアス

 

 かつての王城、アテノール城に設置された総督府。その総督執務室に機嫌良さそうな男が座っている。

 

「ルミエスめ……生きていたのか」

 

 男の名はソーチョリ。ルミエスの従兄弟であり、皇国のアルタラス総督であり、売国奴である。

 

 ソーチョリの父はターラ14世の腹違いの兄であり、側室の子だったために王位につけなかった。

 外交面と産業振興に尽力したソーチョリの父だったが、鉱山開発にパーパルディア(皇国に滅ぼされた国からの亡命者も含む)からの技術導入を企画した後、皇国からの干渉増大を恐れてカウンターパートとして中央世界やムーに鉱山開発の資金援助や魔石の輸出を打信したが交渉に失敗してしまう。

 その結果、アルタラスはパーパルディアの“都合の良いサイフ”扱いされるようになってしまったのだ。

 

 さて、王弟たる父のそんな失策もあってかソーチョリはかなり不真面目に生きてきた。

 そんなソーチョリにも野望はあり、それは『良いオンナを抱きたい』というものだった。すなわち、ルミエスとレミールを狙っていたのだ。

 

 ソーチョリは事態を楽しんでいる。

 魔信ラジオから流れる世界のニュースでは、レミールが皇国政府を批判し、ルミエスがアルタラス正統政府を宣言している。つまり、欲した女2人が揃ってパーパルディア皇国と皇国領アルタラスの敵に回っている。

 

「ふっふ。うだつのあがらねぇ妾腹の傍流にやっと巡って来た幸運か、それとも破滅の罠か」

 

 ソーチョリは舌舐めずりしてニヤけた。

 

 

 その日の午後にはソーチョリはアテノール城正門前広場に設けられた演台に立っていた。

 

『ルミエスのアルタラス正統政府など、なんの正当性があるというのか⁉︎  兵が、父が、息子が、兄弟が、恋人が皇国を相手に戦い、血を流していた時、ルミエスはどこにいた? 逃げていた!』

 

 広場に集まった民衆からは、ボンクラ王子が何か言ってるぞ、とか、売国奴め、という声が聞こえてくる。

 

『確かに私は皇国による支配を受け入れ、国を売ったと罵倒されても仕方ない。しかし国家など、国家体制などジャケットと同じだ。暑くなれば脱ぐ、寒くなれば着込む。大事なのはジャケットに包まれる人だ。……私は、アルタラスの文化と、そこに住み暮らしている人々を愛している』

 

 ソーチョリは言葉を切り、民衆を見渡す。

 

『ルミエスはどうだろうか? もちろん、国民を愛しているだろう。……しかし、()()()()()()()()()()に逃げて正統を宣言などすれば、皇国がアルタラスに残された人々にどのような仕打ちをするか考えなかったのか?』

 

 民衆がざわつく。それまでは『バカが何か言ってる』という雰囲気だったのが、今は『何かマズい事態を告げようとしているのか?』というふうに変わっていた。

 

『安全な場所から見ていては分からないこともある。皇国の刃は日本国にいるルミエスには届いていないが、ここ、アルタラスの民の喉元に突き付けられている。ルミエスはアルタラス王国の正統を守るために、民の命を危険に晒している! そんな人物を認めるわけにはいかない』

 

 ソーチョリは嫌々という顔を作り、本題を言う。

 

『皇国への忠誠をあらわすため、我々は兵1,200人と軍船30隻の皇軍編入を行う』

 

 表向きはブリガスからの要求で肉盾を用意した感じだが、実際にはソーチョリが主導した。

 これは勝ち馬に乗り役に立つアピールをし、ルミエスやレミールの身柄が確保された時におこぼれにあずかりたいという理由もあったが、ルミエスの宣言に怒った皇国側が人質になっている王族や重臣を虐殺する可能性があったため、媚を売る意味合いが強かった。

 

 一部のアルタラス人は、残された自分たちが報復にどんな仕打ちを受けるか考えずに正統政府など宣言したルミエスからは心が離れてしまう。

 

 

 元アルタラス王国の軍長ライアルは、状況を苦々しく思いながら雌伏の時を過ごす。

 

「くそ。ソーチョリ王子め」

「女が絡むと頭の回転が上がる方ですからね」

「シウスの仕込みもあるだろう。……こうなったら、やむを得まい」

 

 皇国の支配に抵抗するライアル達元アルタラス王国兵にとり、パーパルディアの傀儡と化してはいてもソーチョリは主家の人間だった。

 しかし、ソーチョリは皇国に自ら与した。

 ライアルは静かに時を待つ。

 

 

 

 

 ──中央暦1640年1月29日 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 ルディアスにより職権停止されたカイオスは街を散策している。

 

(さて、どうしようか)

 

 ルディアスはレミール派の人物を懐柔するか追放しようとしており、カイオスも最悪縛り首になるだろう。

 ツテを頼りに他国へ逃げることもカイオスは考えるが、使えるツテというのはカイオスが皇国の第三外務局局長という旨みのある立場にいたから使えたもので、皇帝ルディアスに睨まれたカイオスという個人の面倒を見てくれるようなお人好しはなかなかいない。……いるにはいるが、そんな好人物を巻き込むのは心苦しいし、ルディアスの監視対象になっているだろうから頼って逃げるのは自殺行為だ。

 

 いまさらツテも頼らず裸一貫で見知らぬ土地でやり直そうと思えるほど、カイオスは若くない。

 

 気を紛らわそうと歩いていたカイオスは、無意識のうちに菓子店に来ていた。

 店の表に貼られたポスターに新登場のメニューが大きく描かれている。

 

「やあ、新作だな‼︎ ……でもチョコレートケーキかァ……」

 

 ここのチョコケーキは粉っぽいんだよなとボヤくカイオスの隣に、身なりの良い男が並んだ。

 

「うまそうですね」

「いやいや、ここのチョコレートはちょっとね……」

 

 そう言って隣に立つ男の方を見たカイオスはギョっとした。男の手に握られた拳銃の銃口がカイオスに向けられていたのだ。

 

「カイオスさん、話がある。悪い話じゃない」

「ケーキの話……じゃ、ないよね」

 

 

 コナナ商会エストシラント店の奥にある事務所へ連れて行かれたカイオスは困惑する。

 事務所には商会に関係無さそうな男達が数人おり、見たことのない機械と、よく分からない黒い板が用意されていた。

 

 その板から妙な音がしたかと思うと、像を結んだ。

 

「レミール様ッ‼︎」

『久しぶりだな、カイオス』

 

 そこに映ったのは、健康そうなレミールの姿だった。

 

『皇国は日本国に対し焦土作戦に出るらしいが?』

「私は会議から締め出されていますから詳しい内容はわかりかねますが、殲滅戦を指示されたと聞いております」

 

 第三文明圏の全力で挑めば、ムーが本格介入する前に日本国を滅ぼすことは可能だと判断したのだろうが……。

 

 コナナ商会のマルトバが口を挟む。

 

「日本国を見誤っていることはさて置き、第三文明圏を文化や言語で細かく分けると500余の勢力に分けられます。そのうち313勢力は明確に日本側です。消極的な日本支持が28。すでに過半数です」

「……対日本でまとまることすら出来ない状況とは。皇国はどうすれば」

『カイオス、もうこうなっては皇国はどうにもならない』

 

 レミールは覚悟を決めた様子で言う。

 

『皇国と協力国で、日本国と日本側に立つ国に対抗するのは、徒らに被害を拡大するだけだ』

 

 皇国につく国ということは、将来的にパーパルディアを助けてくれる国ということだ。

 このまま戦ったならば、皇国と皇国に好意的な国が消耗し敗北し、日本国と日本側についた皇国に恨みを持つ国が勝利し国力を増すことになる。その結果、皇国民がどうなるかは想像に難くない。

 自業自得とは言えど、これまで皇国がやってきたことのツケを民に支払わせるのは、レミールにもある皇族のプライドが許さない。

 

『被害を極限し、()()()()()()()を守る。我々が働きかけて皇国政府を国民から切り離し、各国の敵をパーパルディア皇国全体から皇国政府のみに切り替えさせる』

 

 そのための演説だ。

 

「政府と国民で国を2つに割り、国民側は日本国を解放者として呼び込むと? 臣民を脅しつけ、政府と民は別だと、皇国民も日本側に付けさせると。しかしそれは……」

『各国が皇国に宣戦する前に、やるしかない。クーデターを』

「くうでたぁ……」

 

 ──冗談じゃない!

 カイオスは叫びたかった。

 

「でもそれって失敗したら死……。それに私は……体制側、権力者だし……」

 

 クーデターが成功したとして、カイオスも旧体制派として処刑される可能性がある。なにせ第三外務局は文明圏外国に対し高圧的に接してきた。その局長なのだ。

 

 ──しかしこのままでは皇国臣民全てと心中……。

 

『皇国は風前の灯だ。少しはいいことをするのだ。皇国を、民を守れ。私とお前の人脈を活用し、自分も含めた最大数を救え』

「わ、分かりました……」

 

 カイオスは敵も多いが、それ以上に味方も作ってきた。コネを駆使してクーデターの首謀者として新体制で要職に就けば、処刑を回避するぐらいはできるだろう。

 それに────。

 

 レミールとカイオスのやり取りを聞いていた佐藤は拳銃の安全装置をかけた。

 

 もし、カイオスが断ったなら、生かして返すことは出来なかった。口を封じて顔と指を潰した死体を川に流すことになっていた。

 

 カイオスには選択肢など用意されていなかったのだ。

 

 

 

 

 ──ロデニウス大陸 ロウリア王国 王都ジン・ハーク 酒場「竜の酒」

 

 混乱を望まない日本国が介入したことにより国としてまとまっているロウリア。

 王家は象徴となり、諸侯は日本国の顔色を伺い戦々恐々としている。そんな中、商人を始めとした平民と隠れていた亜人や解放奴隷たちが春を謳歌していた。

 

「とりあえずビール!」

『とりあえずビール‼︎』

 

 間違って伝わった乾杯の音頭とともにビールを飲み干す冒険者達の輪には以前はフードで隠していた耳を曝け出した獣人の姿があり、他のテーブルではドワーフの職人が役人と水道工事の打ち合わせという名の接待を受けている。

 

 そして、商人たちはカウンター席で情報交換がてら世間話しをしていた。

 

「聴いたか? 例のラジオ」

「ああ。パーパルディアの、内乱状態と日本への殲滅戦宣言だろ? 馬鹿ですね〜」

「アルタラスも2つに割れたらしいぜ。正統政府と皇国総督府の対立だってな。魔石市場がしばらく荒れそうだ」

「日本の製品なら魔石は使わないよ。クイラで取れる『黒い水』を使うらしい」

「ますます日本製が普及するな」

 

 酔っ払いどもは皆、日本の勝利を疑いもしない。

 いや、この後の日本の大躍進による激震からどうやって利益を得ようかと考えている。

 

 そこに、最近皇国で流行りだという縞々の服を着た小太りの男が絡む。

 

「お前たちは何を言っているんだ。皇女を抱き込んだか知らんが、日本国など皇国が本気になれば一捻りだ」

 

 かなり酔っ払っているらしい男だが、先ほどから美味い美味いと呑んでいるのが日本で作られたウイスキーだと気付いていないのだろうか。

 冒険者が嘲りながら訊ねる。

 

「あんたさァ、日本軍のジン・ハーク攻撃のときはどこに居たん?」

「皇国さ。ワシは皇国のある商会の部長だ。レミール派閥の商会を取り潰すため……」

「いや、何しに来たとか訊いてないわよ」

「話にならないじゃん。黙って呑んでな」

 

 皇国の商人は赤い顔を更に赤くする。

 

「パーパルディアは列強だぞ! ワイバーンロードの性能はお前たちも知らんだろう? 更に新型のオーバーロード種の能力は圧巻で、まるで神話の存在なんだ、それが! 文明圏外国にとっては恐ろしい敵でも、所詮は同じ文明圏外国家。列強たる皇国が蛮族に負けるわけがないことくらい、この世界じゃあ常識なんだよ! ハーッハッハッハッ‼︎」

「おっさん……日本国が超列強ともいえる力を持っていることくらい、大東洋圏じゃあ常識なんだよ!」

「皇国の人間は列強の序列なんてものを気にする無頼の輩だ。現実が見えてない」

「幸せな夢でも見てな」

「なんだと、貴様等ッ‼︎」

 

 初めはただの世間話だったが、結局は酔っ払い同士の乱闘に発展した。

 

 そんな『竜の酒』の片隅に……。

 

「どぼじでワラシの送った情報をだれも信じでぐでないのぉぉ…」

 

 泣きながら酒瓶を抱え込む女がいた。

 

「潜水艦さえ寄越してくれれば、写真も、拾ったロケット弾の破片も、頑張って掘り起こした自走砲の弾*1も、薬莢も送れるのにぃぃ! おウチ帰りたいよぅ……」

 

 ──グラ・バルカス帝国のエージェントは誰も分からないであろう母国語で愚痴を言ってストレス発散をしていた。

 しかし、謎の力による翻訳で全て周りに筒抜けだった。まあ、周りは内容の大半は理解できず、なんか可愛いけど頭おかしい娘がいる、と遠巻きにしていたのだ。

 

「ひぃーん、帰りたいー! ……マスター、おかわり!

「アッハイ」

 

 もし、潜入のために必死に覚えた共通語で喋っているのが無意味だと知ったら……。

 慈愛溢れる神々は、この哀れな子羊をそっとしておいてやるのだった。

*1
自走砲ではなく90式戦車が城門を撃ち抜いた砲弾




〜その時歴史がうごめいた アルタラスの売国奴「ソーチョリ」〜
〜その時歴史がうごめいた グラ・バルカスの女スパイ「キズナ」〜
 と、短編でやろうと考えていましたが書く気力が足りず、さらに今話が短いので編入しました。


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前座

アズレンでリシュリュー実装に浮かれていたら、漫画版日本国召喚が更新延期されたので気を紛らわせるために投稿。



 

 中央暦1640年2月は表面上は静かに始まった。

 1月終わりの1週間はレミールとパーパルディア政府との非難の応酬が繰り広げられ、30日には日本国がパーパルディア皇国に対する個別的自衛権の発動を発表したが血は流れず、この嵐の前の静けさは「奇妙な戦争」を思わせた。

 

 

 ──中央暦1640年2月4日 パーパルディア皇国 工業都市デュロ

 

 皇国の東部に位置し、フィルアデス大陸の北東部との海運の中心として栄える大都市であり、その重要性から軍の拠点が置かれたことにより軍需品を中心とした工業が発展している。

 港に隣接する沿岸部に工場が立ち並び、西に市街地が、北と南には軍の基地が存在して守りを固めていた。

 

 その北側の基地がレミール支持を表明する部隊に制圧されてしまったのだ。

 この叛乱の中心には近衛砲兵とライフル連隊がおり、指揮官のセナルモンが魔信で声明を発表した。

 

「我々は皇国を破滅の運命から救うべく、レミール様を支持するものである!」

 

 この報せを受けた皇国政府の首脳陣は恐慌をきたしかけた。

 セナルモンが率いているのは近衛砲兵隊で、セナルモンも近衛なのだ。近衛とは言うまでもないが皇帝の身辺警護を担う選りすぐりの精兵で、その忠誠心はシウスやアルデのような将軍や重臣より強いとされている。

 セナルモンたちはトーパで魔王へ対処をした後、エストシラントに帰還させることすらされずデュロに留め置かれていた。冷遇されていたといってもいい。しかし、その程度で揺らぐ忠誠心なら、近衛兵にはなれない。

 

 その近衛がレミールに付いた。

 

 

 報告を受けた第一外務局局長エルトは皇軍総参謀長のアルデに面会した。

 

「どうもおかしい……。近衛まで皇国政府を裏切るだなんて、日本国にそこまでの能力があるということでしょうか」

「しかし、ムーの支援があったとして、皇国に勝てるほどの大規模な戦力投入をしているとは考えにくいでしょう?」

 

 アルデは日本国とムーについて集まった情報を吟味し、ムーの軍隊が大挙して押し寄せてくるような事態にはならないと判断する。

 

「ロデニウスでの戦争やフェンでの衝突から考えると、ラ・カサミ級の戦艦が日本に派遣されている可能性が高い……。しかし、大艦隊が派遣されていたなら、ムーから大東洋圏に到着するまでに必ずどこかで目撃されているはず」

 

 フィルアデス大陸の西方には皇国海軍の艦隊や皇国籍の商船が航行し、ラ・カサミ級が寄港して補給を受けられる文明国には皇国の大使館があり、常に情報を収集しているのだ。

 

「でも、ムーの艦隊が通過したという情報はどこからも入っていない」

「ということは、こっそりと行動できる程度の戦力しか、ムーは派遣していないことになる。ちがいますか?」

「しかしそれでは、レミール様やシウス将軍、デュロの叛乱部隊の行動の説明がつかなくなります」

「うーん……」

 

 エルトやアルデには傲りや油断はあったが、それだけが彼らの眼を曇らせていたわけではない。

 人を見る目は確かな皇帝ルディアスに才を見出されたという自負はもちろんあるし、常識的で(異世界基準ではあるが)良識的な人間なため、転移国家などという戯言を信じられないでいるからだ。

 

 ムーは確かに転移国家だが、それを全面的に信じている国はムー以外にはない。

 なぜなら、ムー大陸が出現した海域には元から島があり、そこにムー大陸がめり込む形で転移した。そのためムーは1万2千年前に『突如として大陸国家が出現した』とは記録されず、ムー大陸で1万2千年前に成立した国家というふうにしか認識されていない。

 

 日本国も同様で、元は群島があった海域に出現してしまったせいで、文明圏外の群島国家がムーの支援を受けて躍進し、ムーに(なら)って転移国家を名乗っているという()()()()解釈が導き出されていた。

 

 

「こほん。話がずれましたね」

「ええ。今は日本国の正体を追うより、デュロの反乱軍を鎮圧しなければ」

 

 アルデは渋い顔をしながら言う。

 

「周辺国からの朝貢が減少して、軍の作戦行動に支障が出ています。リームが国境に部隊を展開しているという情報もあり、北東部配置の隊から部隊を引き抜いての鎮定軍派遣は無理です」

 

 第三文明圏の各国が日本国に擦り寄り、皇国との付き合いを見直したことによる損失はボディーブローのようにジワジワと効いてきている。

 エルトは貿易に関する資料を思い出して溜め息を吐く。

 

「以前と変わらず取り引きがある国は、だいたいがレミール様の息がかかったものですね」

 

 皇国が輸入に頼っている物品の多くは、皮肉にも政府に反対しているレミールの管轄だった国からの輸入でどうにか賄われている。

 

 アルデは脱線だと分かっても考え込んでしまう。

 

(レミール様が自らの派閥を使えば、皇国は2つに割れて内乱となっていただろう。ムーの支援を受けて内乱を起こしてもいいのだし……。なぜ、わざわざ日本国という蛮国を挟んだ? 何か……見落としているのか?)

 

 アルデは「ひょっとして鍵は日本国なのでは?」と思い始めていたが、考えがまとまる前に伝令がやって来た。

 

 

「参謀長、開発実験団から連絡です」

「御苦労。ようやくか」

 

 切り札とも言える新兵器の数がある程度揃ったという報告だった。

 

 

 

 ──エストシラント郊外 開発実験団

 

 開発実験団にはいくつもの開発チームがあり、互いに競争しつつ、情報を共有して切磋琢磨しながら様々な兵器を開発している。

 

「ようは、逆転の発想です」

 

 連発銃の開発主任は薄い胸を張り、クマの酷い眼をギラギラさせながら語る。

 

「国宝のヨンヨンシキキヘイジュウやムーの機関銃が使用する金属薬莢弾は0.1ミリ単位の工作精度ですが、皇国でそれを作ろうとしますと、コストが跳ね上がり、時間もかかりますので必要な弾薬量の確保が難しくなります。では、工作精度の限界による弾薬のばらつきが許容範囲の中に収まるような弾丸の大きさに設定しますと、2〜3cmとなり、これを連発式にすると、とてもじゃないですが人間が扱える大きさにはなりません。反動もキツくなります。反動を押さえ込むには重くしなければなりませんが、牽引砲並みの大きさになってしまいます」

 

 一息に喋り、ヘナヘナと萎れたかと思うと、主任は大きく息を吸って再び胸を張り語る。

 

「そこで私は考えた! 薬室内に弾薬を収めるのではなく、薬室を飛ばせば機構を簡略化して軽量化も可能だと!」

 

 主任は倉庫に並べられた新兵器の前で大きく手を広げ、叫んだ。

 

ファウスト・パトローネ!(鉄拳弾薬) 

 

 マスケットの銃身を弾体に流用し安定翼を付け、推進薬と炸薬を詰めて飛翔体とし、安定翼を通す部分だけ切り欠いた直径4センチ余の筒に装填。それを5本束ねた連発式ロケットランチャーがそこにあった。

 

「安定翼の形状とか、後方噴流対処とか、ちょーっと(こな)れてないですが……(当たれば)距離800でワイバーンを殺せますよ!」

「素晴らしい!」

 

 説明を受けたアルデと、アルデに付いてきたエルトは皇国の勝利を確信した。

 この新兵器で、不遜な日本国と蛮族に味方する反乱軍に懲罰を喰らわせてやる。そう意気込む。

 

「これなら、この大火力を竜騎士に装備させれば、現状で動かせる規模の部隊でもデュロを鎮定できる」

 

 反乱軍を鎮圧したら、反乱軍の生き残りと協力者は懲罰部隊に編成して国境線に送ってしまおう。そして、空いたポストに自分の身内を付けよう。

 アルデはデュロ鎮定後の事を既に考え始めていた。

 

 

 鉄拳弾薬の初期生産数は100丁ほど。

 皇国の各地から竜騎士が引き抜かれてデュロに飛んだ。その中には、アルタラスに駐留していたショコランとユーリィの姿もあった。

 

「アラウダ……なんで反乱なんか……」

「ユーリィ……」

「あっ! すいません、ショコランさんの方がツラいですよね」

「別に気を使わなくていいよ」

 

 皇軍の反乱鎮定軍はデュロを目指して集結していた。

 ショコランの妹のブランと、ユーリィの同期のアラウダは反乱軍に参加している。

 反乱に参加した兵の身内や同期は鎮定軍に組み込まれることで、身の潔白を示すのだ。

 

 

 

 

 ──ロデニウス大陸 ロウリア王国 ジン・ハーク近郊 ワイバーン本陣跡地

 

 日本国の方策により安定を取り戻したロデニウス大陸では、さまざまな事態が進行中だった。

 それはともかく、かつて竜騎士の本拠地があり、現在は自衛隊が借り上げている施設にある会議場に元竜騎士*1たちが集められていた。

 

「ユーリーさん、アンドレイさん、お久しぶりです」

「英雄殿のお越しか」

「久しぶりだな、ターナケイン」

 

 集まった中には、パイロットとしての教育を受けている者や、軍を退いた者もいる。

 

「ムーラは来てない、か」

「あいつには家庭があるからな」

 

 日本国の捕虜になったアンドレイとユーリー、ムーラ。ムーラは軍に残らず、不動産屋に再就職していた。

 

「説明を聞くだけで日当を貰えるんだから、来ればいいのにな」

「アンドレイ。ムーラにはムーラの事情があるんだろうさ」

 

 かつての仲間との再会を楽しみにしていたアンドレイは不満そうだが、いやにムーラにこだわるなとターナケインは不思議に思う。

 

「いやなに、次にヤツの子供が生まれたら、俺が名付け親になるって約束があるんだ」

「酒の席で無理矢理取り付けた約束だけどな」

 

 

 元竜騎士たちが旧交を温めていると、会議場に少し疲労の色が見えるカルシオが姿を現す。

 

「みな、よく集まってくれた。これから君たちへの要請を伝える。要請を聞いた後で断ってくれても構わないし、その場合でも日当は出る。……まず最初に言っておくと、これは日本案件だ」

 

 竜騎士たちは多少ザワつきながらカルシオの話を聞く。

 

「さて……、良い報せと悪い報せがある。まずは良い方。君たちはワイバーンロードに乗れる」

 

 途端、パイロットとしての教育を受けている者達からブーイングが上がる。カルシオはそれを無視して続けた。

 

「悪い報せは、初陣はパーパルディアとの戦いになるということだ」

 

 列強国との戦争。予想外の話に動揺が広がるが────

 

「日本軍よか弱い相手に、日本軍のバックアップを受けて()()()ってわけだ」

「ワイバーン同士なら、五分以上の戦いができる、な」

「面白いじゃないか!」

 

 桁が違う日本国自衛隊を相手に敗北……それも一方的な「戦いにすらなっていない」敗北したことにより、地に落ちたロウリア竜騎士の名声と誇り。

 竜騎士たちは名誉を挽回し、祖国が健在であると知らしめるために、手綱を取る。

 

 

 

 今のところ、ロウリア王国は安定している。

 これは日本国政府がクワ・トイネ公国とクイラ王国を説得し、両国が食糧や物資をロウリア政府を相手に輸出しているからだ。

 ロウリア王国が崩壊すれば、難民が流入し、賊と化した軍、野心を持つ諸侯がロデニウス大陸を荒らしまわるという日本側の予測から、クワ・トイネとクイラは渋々ながらもロウリアに協力している。

 ──クワ・トイネ公国はギムの虐殺を忘れていないが、現代の地球世界のように交通や通信技術が発達していなかったため、人の移動が限られていたクワ・トイネ公国の大半の国民にとり、ギムの虐殺は所詮は他人事だった。

 やがては記憶から記録になり、日本国の参戦理由の一つという文言が添えられるだけになる。──

 

 ロデニウス大陸の三国にとって重要なのは、日本国との友好関係を維持すること、日本国から敵意を向けられないことで、そのためにロウリアは竜騎士だって差し出すし、クワ・トイネは食料と土地を明け渡すことも出来る。

 クイラ王国は毒でしか無かった黒い水を有効利用できる技術を持ち込み、金まで払ってくれる日本国との関係に「うちの国だけ得しかしてなくてなんかすまないねェ」と、大東洋圏会議で漏らしていたが……。

 

 

 

 日本へ対する畏怖で成り立つロデニウスの平和。それを知ってか知らずか、駐クワ・トイネ大使の田中はダイタル平原基地から離陸する輸送機を見送った。

 

「ロウリアの竜騎士が我が国の領土から日本の飛行機械で飛び立つ……。以前なら考えられませんでした」

「ヤゴウさん」

 

 田中に声をかけたクワ・トイネの外交官のヤゴウは自嘲気味に言う。

 

「無力さを嘆きながら滅びるよりは、恨みや怒りを呑み込んで、隣人として付き合って生きる方がいいのでしょうね」

「個人の感情と、国家間の付き合いは別ですから……。ロウリア軍の蛮行と、ロウリア人の一人一人が善人か悪人かというのも、別の話です」

「田中さん、あなたはそれで割り切れているんですか?」

 

 ヤゴウの問いに、今度は田中が自嘲する。

 

「割り切れませんね。ですから最近は、胃薬とサンドバッグが生活に欠かせません」

「宮仕えって嫌ですね」

「だからって投げ出すわけにもいきませんしね」

 

 そのうち休みを取ろう。田中は決意を固めた。

 

 

 ──日本国が自衛隊を大規模動員せずにロウリア兵をつかうのには理由がある。

 ロデニウス大陸に駐留する陸上自衛隊第7師団から、自殺者が出たからだ。

 敵を殺すことは躊躇なくできた自衛官だが、ストレスがなかったわけではない。そして、戦後にロウリア王国の治安維持に従事した隊員たちが目にした光景が、彼らの精神に被害を与えた。

 

 爆発痕の残る荒地を這い回り、焼けた肉片のこびり付いた兜を大事そうに抱え上げる未亡人。破壊された門の傍に立ち、帰って来ない息子を待ち続ける母。教会の前に置き去りにされる子供達。

 

 自衛隊には「責務の完遂」と「任務の完了」、「目標達成」や「作戦成功」はあっても「勝利」という言葉はない。自衛隊が行うのは自衛行為であって戦争ではない。戦争ではないから勝利は無い。

 勝利の栄光に酔うこともできない素面(シラフ)の隊員たちは、自らの行いに恐怖した。

 

 統幕長の斎藤は、戦闘と戦後処理で投入する部隊を分けることを考えたが、自衛官の数が全く足りていなかった。

 隊員の増加と、メンタルケアのための心理療法士の増員などは決定されたが、決定したからとすぐに増えるはずもない。

 そこで止む無く、かつてのPKOのように「戦闘は他国に任せて」「自衛隊は戦闘地域に行かない」という方向になったのだ。

 

 

 

 

 ロウリアの竜騎士を乗せた輸送機は那覇を経由して築城まで行き、そこからはヘリとオスプレイが竜騎士を運んだ。

 

 フェン王国のニシノミヤコの沖合に停泊していた元皇国艦隊にロウリアの人員が降り立つ。

 

 もう驚くことをやめたシウスが、ヘリコプターやオスプレイを見上げて呻いた。

 

「あんな物があるのか……。兵員の輸送と上空支援が同時にできる……アレが有れば……。羨ましい」

 

 戦闘停止直後には日本国を蛮族の国と侮っている者が大半だった皇軍艦隊だが、日本側が用意した復興支援の船団がニシノミヤコに入っていくのを見てから意識が急変した。

 遠目に見ても全長百メートルを超す貨物船が何十隻と出入りし、巨大な起重機船が物資の積み下ろしや瓦礫の撤去をしている。

 さらに、クワ・トイネ産の野菜と果物、冷凍肉を積んだ船が皇軍艦隊にまで食糧を提供していた。

 

 皇軍側の士官たちは器の違いというものをまざまざと見せつけられたのだ。

 

 新鮮なリンゴを幾つか抱えた若い士官がシウスに近付く。

 

「将軍、リンゴはいかがです?」

「いただこう。こんな匂いの良いリンゴが、艦上で食べられるなんてな」

 

 赤い、真っ赤なリンゴだった。まるで伝承にある太陽神の遣いの御印のようだとシウスは思った。

 

「もし、日本国が()()であるなら……エストシラントの()()()()について知らせるべきか? いや、それとも既に知っているか?」

 

 

 ──かつて、太陽神の使者が「万が一、魔王軍が後方に浸透した場合に備えておく」として残していった兵器があった。

 

 ロデニウス大陸では、故障した零式艦上戦闘機の他、予備部品も無く陸上機のフォッケウルフとスツーカ。後に人員は多座の機体で回収され、機材は置き去りにされた。

 

 そしてフィルアデス大陸では────。

 

 時間遅延魔法をかけられ、ゴーレムに守られた()()は太陽神の使者達の上陸地点から移動を繰り返し、いつからかエストシラントに安置され、その上に城が建てられ、街が広がっていった。

 今となっては覚えている者も無く、皇帝と一部の臣下にしか伝えられていないエストシラントの守護神。

 ──フランスから帝国陸軍が購入した、戦後忽然と姿を消した存在が、皇城地下に眠っている。

 

 

*1
東方征伐軍の生き残りで西方に配属換えされた者や、シャークンが率いていた4,000隻超の大艦隊に輸送(竜母が無いので“お客さん”だった。マイハーク到着までに飛竜隊の波状攻撃を受けたら大損害を受けていたのではなかろうか)されていて捕虜となったり逃げ帰ったりした竜騎士




これ以上更新を長引かせるとエタったかと思われそうなので更新。
もう少しお話を膨らませられるはずだったけど、ヤゴウと田中大使の誘い受けとか、ブルーアイとパンカーレの艦隊夜戦演習とかいう汚いネタしか思い浮かびませんでした。
……俺は普通だったのに……日本国召喚(主に漫画版のキャラデザ)のせいで今大変なんだから……なんとかしてくれよ……

ところで話は変わりますが、2年近く寄り添った指揮官が姉をべた褒めして拗ねるジャン・バールとか私は見たいんですが、誰か書いてくれませんかね。


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D-day

今日は漫画版日本国召喚の更新予定日でしたね
というわけで投稿


 

 ──デュロ防衛部隊司令部

 

 デュロには2つの陸軍基地がある。皇国の要衝を防衛するための大規模基地で、工業地域を挟んで南基地と北基地があり、南基地司令の方が序列は上だ。

 どうして南基地の方が上かというと、皇都エストシラントに僅かながら近いからだ。

 防衛部隊司令部も南基地に存在する。

 

 叛乱部隊の制圧した北基地とは睨み合いが続いているが、大規模な衝突はいまだ起きておらず、司令部の要員は緊張を緩めていた。

 

「北基地の連中、何をしたいんだろうな」

「援軍でも待ってるんじゃないか」

「援軍! 皇国にケンカを売る奴が他にまだいるのか⁉︎」

「分からんぜ。世界は広いし……なんだ?」

 

BEEP!BEEP!

 警報音が鳴り響き、通信兵が慌ただしく駆ける。

 

「緊急! 南方より不明騎多数接近中!」

「哨戒騎に警報出せ! 邀撃騎を上げろ!」

「海軍と通信を確保しろ! 皇都とのラインもだ!」

『海軍、東部警備区防空警報発令されました』

《東部防衛区域、防空警報【赤】発令。防空態勢【即時待機】発令。デュロ基地、空襲警報発令》

 

 

 デュロにある乾ドック……伝承によると、太陽神の使者の巨大船を整備するために作られたという巨大ドック……それに隣接する施設からヘリウムを注入された阻塞気球がいくつも浮き上がる。

 

「急げ! 敵は待ってくれんぞ!」

「主任! 試製パル・キマイラの防備は⁉︎」

「……あの巨体では、隠せんし守れん。祈るしかない」

 

 

「全作業中止! 艤装も擬装も止め! 工員はただちに避難しろ!」

 

 巨大な飛行船艦である仮称パル・キマイラだけでなく、船台上にある多数の艦船がそのまま放置された。

 道具も放り出して避難する船大工の頭上を、デュロ防衛隊のワイバーンが駆け抜けて行く。

 

「頼むぞ……港が破壊されたら明日の飯にも困っちまうんだ」

 

 

 

 デュロに押し寄せるワイバーンロードの群れ。その中にはロウリア竜騎士だけでなく、クワ・トイネ公国とクイラ王国の飛竜隊の姿もあった。皆、識別のためのオレンジ帯を飛竜の首に巻いている。

 

 ターナケインは緊張しつつも、飛竜隊との同道に安堵した。

 

「……ふぅ」

《ターナケイン、どうかしたか?》

「あ、いえその……」

 

 溜め息をユーリーに聞かれて、ターナケインは理由を話す。

 

ロウリア竜騎士団(われわれ)だけだったら捨て駒にされるのかもと思いましたが、日本国の友好国の飛竜隊も一緒なので、日本国の援護は期待して良さそうだなと……」

《ハハッ! それは良い。たが、援護を受ける前提なのは後ろ向き過ぎるな》

「すみません。でも、やっぱりジン・ハークでのことを思い出すと自信が……」

 

 忘れがちだが、ターナケインは初陣で味方が壊滅し、上官も相棒も犠牲にしながら敵騎を1騎も落とせなかったのだ。

 竜騎士として戦って勝った経験の無い彼が自信を喪失するのも当然と言えた。

 ユーリーと、話を聞いていたアンドレイは仕方がないことだと肩を竦める。

 

《ターナケイン、俺たちは飛行機械の訓練に慣れてしまってワイバーンの扱いに不安がある。今日はお前のバックアップに徹する》

《アンドレイと俺が後ろに付いててやるから、安心しろ》

「あ、ありがとうございます。安心して飛びます」

 

 

 デュロ南東の海域で、ワイバーンロード同士の衝突が起きようとしていた頃────

 

 デュロ防衛隊の魔導戦列艦隊は未だに泊地から出られずにいた。

 

「どうするべきか」

 

 100門級戦列艦『ムーライト』のサクシード艦長は魔導通信機の前で思い悩んでいる。

 レミールがデュロの商業ギルドを通じ、艦隊に叛乱軍への参加を要請したのだ。

 

 サクシードは長くデュロに住み暮らしてきた。フェン王国軍祭を襲撃しようとした監察軍のポクトアールからも話は聞いているし、現場からの報告を全く取り合わないエストシラント側に対する不信感を持っている。

 

 デュロは工業都市であり軍事要塞であり、貿易港でもある。そのため艦隊の幹部たちは日本国の出現以降の()()を肌で感じていた。

 文明圏外国の態度は硬化したというより侮蔑や無関心に変化した。街中の商店に並ぶ品物は少なく、貧相になった。街を行く人々の顔は陰が差し、兵を見る目に不安が混じるようになった。

 凋落、あるいは崩壊の気配を感じ取ったのだ。

 

「商人はすでに彼方側、か」

「艦長、こちらでしたか」

 

 叩き上げの副長がサクシードに報告する。

 

「南方40海里でワイバーンロードの空中戦が始まりました。我々もそろそろ身の振り方を考えませんと」

「分かった。……旗を用意する。白旗のな」

 

 デュロの魔導戦列艦隊は『通信不調』を示す符丁を発信した後、沈黙した。

 

 

 

 後方にユーリーを、後上方にアンドレイを引き連れたターナケインは前方に敵騎を視認した。

 

「敵騎竜発見! 真正面10マイル!」

《了解。3分もせずに戦闘だ。神様にお祈りはすませたか? 身代金の計算はOK?》

《下は海か、そうでなくても敵地だ。落とされるなよ》

《こういう時、なんて言うんだっけ?》

あの娘はダンスの誘いに乗ってきた(Come on baby rock 'n' roll)

《ああ、それそれ》

《通信を私語に使うな》

 

 敵編隊が真っ直ぐに向かって来ることから、すでに発見されていると味方は判断。上昇下降及び変針は的を大きくし、攻撃手段も失うため、このまま直進する。

 

《距離1,000──なんだ?》

 

 徐々に速度を増しながら接近。距離1マイルを切り、火炎弾の準備に入った時に、敵に動きがあった。

 

SHA──SHA-SHA!

 

《誘導魔光弾!》

《嘘だろ!》

 

 泡を喰って散開した味方の中に、魔光弾が飛び込んで炸裂。編隊がバラバラになった状態で火炎弾の撃ち合いに突入する。

 

 

 ターナケインは股間を濡らしながらも、すれ違った敵騎を観察していた。

 

「手持ちの魔光弾発射機だ……でも、すれ違い様には撃ってこなかった。それに、第2射もない。味方の被害は……?」

《みんな落ち着け! 全然当たっちゃいない! 見せかけだけの魔光弾だ!》

 

 誰かが魔信で叫ぶ。その通りだった。

 

 残念なことに、『鉄拳弾薬』は地上での試射ほどの命中精度は出せなかった。

 それはそうだろう。器具に固定して行われた試射に対し、実戦は羽ばたくたびに大きく上下するワイバーンの背に乗って、騎手が手に持って構えて撃っているのだから。

 しかも戦闘機動中は自分も相手も動く。低速なロケット弾では命中する道理もない。

 

 しかし、ワイバーンが巻き起こす風や機動の遠心力で予期せぬ軌道で飛んだ“鉄拳”は、何発かの(自軍騎も含めた)まぐれ当たりと、直進性の低さから『誘導弾なのではないか?』という勘違いを発生させた。

 

 

 

 時を同じくして、デュロの上空でも戦闘が始まっていた。

 

「アラウダ! 大人しく投降しろバカ!」

「ユーリィ、パーパルディアを救うには、このままじゃいけないんだよ」

「国を乱しておいて救う? アンタは騙されてるんだ」

「騙されるほど、情勢が見えないほどバカじゃないよ、アタシは!」

「それは私がバカってことか⁉︎」

 

 デュロ上空では、阻塞気球に制限された空をワイバーンロードが駆け、たまに発射される鉄拳が空を切る。

 的を外したロケットや火炎弾が家屋を焦がし、流れ弾により燃え上がる気球が市街に落ちて火災を広げた。

 

「なんでこんなところでアタシたちが!」

「お前が悪い! お前たちが悪い‼︎」

「わからず屋‼︎」

 

 

 

 洋上での空中戦も、徐々にデュロへと近づく。しかしそれは、攻め手が優勢というよりは引き込まれているように思える。

 

 アンドレイの背後を取った敵騎を落とし、自分の後ろを狙ってきた敵機をユーリィに追い払ってもらったターナケインは辺りを見回した。

 

「被害は……」

《ほとんど落ちちゃいない。……落としてもいないが……》

 

 それでも敵が引いている。あからさまに怪しい。

 

 デュロ上空は阻塞気球で動きが限定され、あちこちで上がる黒煙により視界も悪い。

 

《潮時だ。日本軍に打電……》

《こちらブッキー。偵察する》

 

 編隊長が日本側へ支援要請をしようとすると、血気盛んな一部が飛び出して行く。

 

《ブッキー隊、戻れ! 無用なリスクだ!》

《編隊長がどう思おうが、無用かどうかは俺が判断することにするよ》

《俺たちがフィルアデス一番乗りだ‼︎》

 

 手柄や名誉に目が眩んだブッキー隊は、気球の隙間をすり抜けてデュロ上空に到達。そして……

 

BAHU! BAHU! 

GEBOBOBOBOBO!-zipzip!

 

《アワバ! オレ──》

 

 下方からの鉄拳と光の雨により、瞬く間に撃墜された。

 

《クソが! 日本軍に支援を要請する》

 

 

 

 支援要請を受けた日本国自衛隊のF-2はすぐにデュロ上空に到達した。しかし、攻撃には問題があった。

 

「ドラゴンのアトラクションにアドバルーン、打ち上げ花火……。テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるな〜」

 

 テンションだだ下りにしか見えない顔でパイロットが言うのも仕方ない。

 敵の対空火器の配置は不明。市街地への被害は極力抑えなければならない。ミサイルは無し。

 

「注文多いんだよ。地球爆発しろ……あ、ココ地球じゃねーや」

『1,000feetより下に降りるな。万が一ベイルアウトする場合は洋上に出てからにしろ。運が良ければ潜水艦が拾ってくれる』

「ラジャ」

 

 F-2の編隊は翼を翻し戦場に舞い降りた。

 

 

 

zipzipzip!

 

「うわ!」

「クソ! 空自か」

 

 潜水艦からゴムボートで上陸していたオメガチームは、デュロの工業地帯を流れる川に架かる橋の近くにいた。

 

「爆破準備よし」

「よし、爆破」

 

BAGOM! BOM!

 

 空中戦開始からしばらくして、デュロ南基地から敵部隊が出撃。これの前進阻止のために公共橋*1を落としたのだ。

 

「オメガ5、爆破成功。……は? はい、分かりました」

 

 橋の爆破を報告していたオメガ5の河原が渋い顔をする。

 

「おい、また残業か」

「たまには早上がりさせて欲しいよな」

 

 ウンザリした顔でいう班員に、河原は告げる。

 

「仕事の追加だ。対空火器を探して潰す」

「チェ。使い減りしないと思ってんのか」

「小松、大人しく従おうぜ。ボーナスの査定が良くなるかもよ」

「江須原、この仕事は歩合制じゃねーんだぜ?」

 

 

 

 

「まだか? まだ充填できんのか?」

「まだです。終わったら言いますと何回言えば御理解いただけますかね?」

「……聞いたら、少しは早く終わらないかなー、と」

「ひとに聞いて充填速度が上がるなら、私ゃ百遍は主任に聞いてますよ」

 

 

 デュロの工業地区にある公園。そこに水晶板や魔導圧計がついた鉄製の巨大な筐体が6つ並ぶ。

 開発実験団のミリシアル製対空魔光砲の解析班はデュロ防衛に引っ張り出されていた。

 密輸された対空魔光砲の魔力は1回の交戦で尽きてしまい、なかなか再充填が進まない。

 

「学者さん、俺たちはいつまで案山子をやってればいいのかね?」

 

 護衛につけられた銃兵の小隊長が暇そうに言い、解析班の班長ハルカスは焦る。

 

「情報ではすぐに終わるはずなんだ、すぐに。何がいけないんだ? 魔石の純度か? 部品の精度か?」

「……そのへんの話は後からしてくれ」

 

 小隊長が公園の外周に向かおうと歩き出したその時、公園の外から連続した射撃音が響いた。

 

BRATATATATATA!

 

「て、敵襲──‼︎」

「遮蔽物に隠れろ!」

 

 公園内に配置された石像の台座を盾にした小隊長だが、次の瞬間に5.56mm弾に頭を貫かれていた。

 

PA──M……

 

「末次やるじゃん」

「89式は扱い易いですよ」

「弾は同じなんだし、M4でも狙撃できねーかな」

 

 オメガチームが掃討しながら対空魔光砲に近寄ると、ハルカス達は手を上げながら姿を現した。

 

「我々は兵士じゃない。撃つな、魔石が爆発する」

「そうか、危なかったか……」

 

「おいパーパルディア野郎(パープリン)、コイツはあと何基ある?」

「コレは輸入品だ。非正規のな。コレ一台だけだ」

 

 

 ハルカスたちの吐いた情報により、対空火器の配置──日本基準で脅威足り得るものは、ほぼ存在しなかった──が判明した。

 

 デュロ南基地に対し、日本国自衛隊は新型パイロン装備のP-3Cによる爆撃を行う。

 後にBP-3Cと呼ばれる機体の初陣を前に、事前に上陸していた宣伝班が魔信をジャックする。

 

「レミール様、こちらへ」

「分かった。──よし!」

 

 レミールは息を大きく吸う。その胸は豊満であった。そして、決意を込めて言う。

 

「フィルアデスよ、私は帰ってきた!」

 

 

 

《デュロ市民の方々、聴いて貰いたい。私は皇女レミールである。日本国の手助けと、協力者の手引きによって、私はここにいる。

私はこの場を借りて、パーパルディアの遺志を継ぐものとして語りたい。もちろん、反逆者としてではなく、皇女としてである。

皇国の理念は、現在の皇国政府のやりようのように、欲望に根差したものではない》

《このデュロでさえ不景気に飲み込まれようとしている。それほどに皇国は疲れきっている。いや、第三文明圏全体が、皇国の凋落に引きづられつつある。今、誰もがこの状況をどうにかしたいと考えている。

ならば自分の欲求を果たす為だけに、皇国に寄生虫のようにへばりついていて、良い訳がない》

《しかし皇国政府の走狗はこのような時に戦闘を仕掛けてくる。聞こえるだろう、この破壊の音が。

我々は確かに攻撃をしかけた。しかしそれは、海の上でだ。彼らは我々を市街地上空に引き摺り込み、本来なら守るべき市民の頭上に火炎弾を降らせ、魔光弾を撃ち込んだ。

皇国臣民を守る竜騎士にも関わらず、臣民の生活を破壊しようとしている》

 

 

 皇国政府の軍には大儀も信念も無いと詰るレミールの頭上遙か。ワイバーンロード同士の空中戦を「レベルの低い戦い」と見下ろしながら、P-3Cの8機編隊がデュロ南基地上空へと進入した。

 

 

 

 デュロ南基地。

 通信兵のグステンは通信文を暗号化したり、悲鳴のような通信を聞きながら震えていた。

 

《ガウス隊長! 高空に敵が‼︎》

《昇れない! 竜が失神しちまう!》

《ああッ! 火がッ──‼︎  母さん‼︎》

VVVRRROOOO……

 《精神面だけでなく、能力的にも信頼するに値しない。もはや──》

「グステン! 逃げろ‼︎」

 

 同僚に肩を掴まれ、振り返ったグステンは青い顔で笑った。

 

「どこにどうやって?」

 

VVVRRROOOOM

 

 窓の外には、巨大な飛行機械が雲を引きながら高空を行く姿が見え、黒い何かが投下される。

ZUVO-! ZUVO-! ZUVO-! 

ZUVO-!

BAOM! BAOM! BAKOM!

 

 デュロ南基地は猛烈な爆発に包まれ、焼き尽くされた。

 所属する人員の大半が出撃していたため、人的被害は驚くほど少なかったが、補給廠が焼け落ち、地域住民の感情も悪化していたために皇国軍の大半は降伏した。

 

「一体何が起こっているんだ⁉︎」

「古の魔法帝国が復活したんじゃ……」

 

 市街地から眺めていたデュロの住民がパニックを起こしていると、彼らの上にヒラヒラと紙が舞い落ちる。

 

「なんだ、コレ?」

「なになに──今回の爆撃により被害を受けた方々は、日本国政府からの補償が受けられます──? 日本国‼︎」

「まさかあれは日本国だったのか‼︎」

 

 レミールはデュロ基地で自由フィルアデス軍「FFF」とフィルアデス義勇軍「FBF」の旗揚げを宣言。パーパルディア皇国政府との対決への支援を各国に呼びかける。

 

 

 

 

 ──エストシラント

 デュロ陥落。この報せに動揺したパルーサはルディアスに謁見した。

 

「ルディアス様。カノン様にお願いすることはできないのでしょうか」

「パルーサよ。カノン様の移動には、レールが必要なのだ。ムーの機関車のようにな」

「なんと……」

 

 呻くパルーサを置き去りに、ルディアスは皇帝の他は数名しか通行を許されない通路をいく。

 

 螺旋階段を下に下にと降りた先、特殊な扉が内側へと開いてルディアスを招き入れる。

 扉の先には、兵馬俑を彷彿とさせる光景が広がっていた。

 

 人を模した土人形。しかしただの人形ではなく、魔導ゴーレムの一種だ。それが数百体も並ぶ奥に、巨大な物体が鎮座している。

 

『久しいなルディアス。即位礼以来か』

「はい、カノン様。お久しぶりでございます」

『何やら問題が起きているようだが?』

 

 率直に切り込んで来る相手に、ルディアスは頭を下げて頼む。

 

「カノン様、どうかお力をお貸しください。皇国に危機が迫っております」

 

 その瞬間、ルディアスは何か巨大な気配に包まれたような感覚に陥った。

 

『ルディアスよ。我もそれなりに事情は把握しておる。……分かっているのか?』

 

 その言葉に、若き皇帝は諦観を抱きつつ答える。

 

「相手は日本国……。転移国家を名乗り、公式書簡に使われた菊の紋様と、艦旗から、カノン様の祖国でもある太陽神の使者の国そのものと考えられます……!」

 

 俯きながらのその言に、カノンと呼ばれた存在はやや呆れを滲ませながら言う。

 

()()()()()()()での質問ではなかったのだがな。まあいい。祖国か……。しかしルディアスよ』

「はい」

『その祖国に我は金で買われた身でな。生まれた国は違うのよ。日本国というシンプルな名乗りでもないしな。それに何より──』

 

 なんとなく、ソレは周囲のゴーレムを眺めているように感じられた。

 

『我が受けた最後の命令……いや、我を残すことによって願われたのは、この地に住み暮らす人々を守ることなのだ』

「で、では!」

『微力だが、力を尽くそう』

 

 この言葉にルディアスは喜んだが、後に悔やむこととなる。

 

 

 

*1
パーパルディアの道路や橋には、政府の作った公共道路/橋、領主や地主が作った個人道路/橋、商業組合等が作ったギルド道路/橋がある。個人橋やギルド橋は軍隊の通行に制限があるため、また、落とすとギルドを敵に回すため落とさないで確保する手筈になっている。



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あっ、軽い人々

漫画版に合わせて24日に投稿しようかと思ったけど早めに投稿。




 

 ──日本国

 テレビでは番組司会者や有識者がフィルアデス大陸での武力衝突について話している。

 

『フェン王国で行方不明になってしまった邦人ですが、デュロとエストシラントで見たという情報が出て来たとありますが、これはどういうことなんでしょうか?』

『これはですね、皇国はなんと奴隷制度が存在するんですね。おそらくフェンで拘束された日本人は奴隷にされてしまったのではないかと』

『でも皇国では合法なんですよね? いきなり武力行使、しかも爆撃なんて酷すぎじゃありませんか?』

『それを拉致された方や、ご家族の前で言えますか?』

『交渉して身柄を返してもらうという手段も……』

『残念ですが、外務省は今年1月、パーパルディアに国交交渉に向かった担当官が、銃を突きつけられて拘束されそうになり逃げ帰ったと発表しています』

 

 日本国民の多くは、既に対話でどうこうできる時期は過ぎたと考えていた。

 自衛隊の派遣は邦人救出が目的だが、そのまま駐留した理由については、軍閥の暴走による治安悪化を懸念したレミールが要請した、というシナリオになっている。

 

 カメラが切り替わり、コメンテーター達を背景にキャスターが手元のプリントを読み上げる。

 

『ロデニウスに続き、新世界で再びの自衛隊海外展開です』

『しかし実は、ロデニウス大陸での変事と、フィルアデス大陸のパーパルディア皇国……意外な繋がりがありました』

 

 何か所か隠されている説明用ボードが画面に映され、時系列に沿いながらキャスターが隠してある部分を開いていく。

 

『このように、内政に力を入れていたハーク・ロウリア34世に接近し、戦力を貸し与えて侵略戦争に誘導したのが……こちら!』

 

 【パーパルディア皇国国家戦略局】

 

『また新しい組織が出てきましたね。ちょっと省庁多すぎません?』

『先生のおっしゃる通り。パーパルディア皇国は各局の利権が複雑に絡み合い、しかも独自の武力を持っているらしいのです。外務局……日本で言う外務省ですら艦隊を保有しているくらいです』

『砲艦外交ですか』

『怖いですねぇ』

 

 ボードが新しく出され、ルディアス皇帝を中心としたフィルアデス大陸周辺の状況図が提示される。

 

『パーパルディア皇国の国家戦略局が暴走した結果、ロデニウス大陸で悲劇が起きたんですね』

『国家戦略局だけでなく、様々な部署が武力を背景に暴走しています。まるで太平洋戦争前の旧日本軍みたいですね』

『この一連の流れは、関東軍の暴走により勃発した満洲事変を思い起こされますね』

 

 

 

 

 ──防衛省 小会議室

 

 情報収集中のテレビ音声をBGMに、斎藤たちは会議をしていた。

 

「……じゃあ、ミリシアル製の対空砲はF-2を撃墜できるのか」

「可能不可能で言うなら可能です。VADSみたいな物です」

 

 デュロ攻撃作戦は成功したが、自衛隊幹部は大きな問題に直面した。

 

【敵に狙われていても分からない】

 

 日本側は色々な機器をデュロに持ち込んでいたが、ブッキー隊のワイバーンが撃たれるまで対空魔光砲の存在に気付いていなかったのだ。

 

 F-2などはいわゆる自己防御システムを搭載している。レーザー照準を受けたら警報を鳴らし、レーダー波を検知したりミサイルが接近したらチャフやフレアを自動で撒いたりする。

 

 ところが、赤外線でもレーダーでもレーザーでも可視画像でも無いあらたな照準/探知方式の情報が確認される。

 デュロで回収された対空魔光砲と、その技術者から得られた『魔力を探知するレーダーがある』という証言。これは目標の発する魔力を探知するパッシブ式のものだ。

 しかし、その技術者は魔法帝国では存在していたらしい、ミリシアル帝国が開発中のアクティブ式魔力レーダーの情報を日本側に伝えた。

 

 断片的な情報だが、日本側は大きな衝撃を受けた。検知できない魔力による照準。チャフもフレアも効果が無く、そもそも狙われていることに気付けない。

 

「これはマズいな」

「魔力に関する研究は、各省庁や研究機関、大学と連携して進められています」

「ミリシアルや古代魔法帝国と戦争するつもりは無いが……。対抗手段の用意を急いでくれ」

「はい!」

 

 技官が気合いを入れて返事をしたが……。

 

 魔帝のレーダーが魔力をそのまま飛ばすのではなく、電波に変換して発振する、ごくごく普通に地球の技術で対抗できるモノだと判明するのは、この数年後のことになる。

 

 

「デュロ制圧は順調かな」

「FBF(フィルアデス・ボランティア・フォース)の参加受け付け中です。レミール皇女は思ったより柔軟ですね」

 

 

 

 ──パーパルディア皇国 デュロ南基地

 

 ワイバーン滑走路や竜舎、司令部は爆撃で破壊され、兵舎は制圧されている。

 残るは将校・貴族クラブのみ。

 

「降伏せよ!」

 

PAM! PAM! zip!  CHUEEENK!

 

 降伏を呼びかけていたセナルモンの周辺に、返事代わりの鉛玉が撃ち込まれる。

 

「やむを得ん。突撃班前へ!」

「支援砲撃の着弾後に突撃する!」

 

 

 オメガチームも混ざった部隊が最後の敵拠点にジワジワとにじり寄る。それを後方からリーム王国軍の騎士たちが観察していた。

 

「連発銃? なんだありゃあ、石壁を貫通したぞ」

「閉所に銃で突入? マジかよ」

 

 迫撃砲と軽機関銃の支援下で、散弾銃装備のロウリアSATが将校クラブに突入する。その光景に居合わせた他国軍は驚愕していた。

 

 レミールはリームのリバル大将軍が顔を青くするのを見て、うまくいった事を確信する。

 

「日本国以外の、他国の軍勢を呼び込むよう進言された時は、何を馬鹿なと思ったが」

 

 FBFは日本国外務省の柳田の発案だ。レミールは当初、リームやマオの軍勢を引き入れることに難色を示したが、説得された。

 

『日本国の実力はまだ知られていません。ムーと関係が深いとはいえ、ポッと出の新興国にパーパルディアが敗北する……その後はどうなるでしょう?』

 

 皇国は恨まれている。

 日本国が世界の警察をしようとしない以上、リームのような国はここぞとばかりに皇国に攻め込み、属領は蜂起するだろう。

 そして、日本国が皇国の完全破壊を目論まない以上、戦力が半端に残っている皇国は拮抗できてしまう。

 動乱は長期化し、若者は動員され、働き手を失った農村は崩壊し、商人は逃げ出す。再建にはどれだけの歳月がかかるのか。

 

我が国(日本国)としても、混乱が続くことは望みません。そこで、多数の国から兵を呼び、その目の前で日本国自衛隊が実力を見せつけてアピールするのです』

『なるほど……派遣されるのはそれなりの地位にある実力者ばかりだろうし、彼らの口から日本の凄さを喧伝させるのだな』

 

F演習作戦。

 ようは富士総合演習をフィルアデスでやる。標的は実目標で、反撃したり逃走したりもする。

 

「……同胞が標的扱いされるのは気に食わないが、この期に及んで幻想に縋り付く連中を切り捨てねば、パーパルディアに未来はない」

 

 皇国としては、日本以外には負けないという警告を出せる。日本は実力を周知できる。素晴らしい話だ。

 

 銃声が止み、ブランがレミールに近寄って報告する。

 

「レミール様、将校クラブの制圧完了したっす」

「ああ、わかった。……投降者はいたか?」

「……いいえ」

「そうか。……救えない連中でも、その忠誠と自尊心は見上げたものだ」

 

 レミールは嘆息し空を仰いだ。

 

 

 

 

 ──アルタラス島 アテノール城

 

 ソーチョリはまだ余裕ぶっている。

 知らぬが仏とはよく言ったもので、ソーチョリはデュロ失陥の原因はシオスたち皇国の将兵がレミールに付いたからだと思っていた。

 

 2つに割れた皇国の国力は低下する。ならば、アルタラスの価値は高くなる。

 

「ふふ、ふ。上手く乗り越えてしまえば、パーパルディアに次ぐ位置に……いや、帝位簒奪すら可能か?」

 

 小市民的な幸福を尊び、華々しく散るより泥をすすってでも生き延びることを目的としていたソーチョリだが、欲に目が眩み日本国を測り損ねていた。

 

 

 

 ──日本国 富士演習場

 

 即応集団、空挺団、果ては空自の基地警備教導隊、さらに警察SATや海保SSTが参加して市街戦の訓練をしている。

 そのすぐ真上をAH-64アパッチが侵攻する。

 

『俺は最高だ‼︎  俺は──最高なんだ‼︎』

 

 30ミリチェーンガンから吐き出された砲弾が着弾し、火焔が石を積んで作られた模擬のアテノール城を舐めるように這い回って一部を崩壊させた。

 

 

「ヘリの進出が早過ぎるな」

「地上兵力の進軍速度が遅いんですよ」

 

 アルタラスに対し、日本側は旧アルタラス王国の重臣や王族の身柄を確保し、アルタラス島のパーパルディア皇国勢力を撃滅する準備を進めている。

 デュロと違い、アルタラスは皇国首都に直接攻撃できる位置にあり、日本からムーに向かう航路を塞げる位置でもあるので、後々のことを考えて自衛隊を公式に上陸させるのだ。

 

「後藤班長、調子はどうか?」

「連隊長!」

 

 ヘリを眺めていた後藤は16式機動戦闘車で近寄ってきた連隊長に敬礼しつつ答える。

 

「こいつはまともな軍事行動とは言えません。組織の枠組み以前に、無線機すら不足して各隊の連絡は不充分。空自や警察の()()は長期間の戦闘を想定していません」

「……上の連中の頭が悪いのは今に始まったことじゃない。交代要員を乗せたチヌークをいつでも呼び出せるようにはしておこう」

「お願いします。それと、弾薬の管理を強化すべきです」

「分かっている。中隊単位で調整中だ」

 

 自衛隊は誘導弾を主に各種弾薬の備蓄量を増やす方針となったが、弾薬の保管場所と管理する人員について防衛省では全く決められておらず、部隊長に丸投げ状態になってしまっていた。

 

 ──メーカーに金を払ったら、生産ラインから出て来たミサイルや砲弾が現場まで勝手に歩いてくると思っているのか? ──

 とは、補給担当者のよく言う愚痴の一つだった。

 

 

 

 

 ──グラ・バルカス帝国本土 情報局

 

 各地へと散った諜報員や現地協力者からもたらされた情報をまとめ、多方向から検証して信頼性をランク付けして報告する作業の中、別枠に分けられている情報があった。

 俗に『ハイラス殿下の置き土産』と呼ばれる人員からの報告書だ。

 穏健派の皇族だったハイラスが、異世界に転移してから早い時期に放った密偵や情報局員。今現在は非主流派の人間による報告だ。

 

「大型飛行艇に4発重爆、ねぇ」

 

 パーパルディアで目撃されたUS-2とBP-3Cについての報告書を読みながら、局長アルネウスは考える。

 飛行艇の設計には優れた技術力が必要となる。そして設計を設計者のセンスでなんとかしたとしても、腐食対策などで運用には難題が多い。

 

「日本国……人を送り込むには遠過ぎるな」

 

 第三文明圏に送り込まれた人員は、ハイラスの意を受けて手配した者ばかりで慎重派や穏健派ばかりとなっている。しかも彼ら彼女らの移動は潜水艦による長期航海で、その後は長期潜入調査と、かなり負担がかかっている。正直にいうと、主義や精神疲労を考えると情報の信頼性に難がある。

 

「まあ、エンジンを4つ積んだ飛行機というだけならそんな脅威でもないか」

 

 アルネウスは窓の無い部屋の天井を見上げてはるか上空のことを思い浮かべた。

 

 

 

 上空35,000フィート

 

 巨大な三角形が高速で飛行している。

 超重爆撃機『グティマウン』。6つの4翅プロペラをそれぞれ1,500馬力エンジン3基で駆動させる18発機。

 18基のエンジンと長大な距離を飛行するための燃料タンク。長時間の飛行中にエンジンを点検するための通路。これらを翼の中に収めようとした結果、通常の形態では離陸すら出来なかったため、機体全体を翼型にした全翼機だ。

 

 地球人にわかりやすく言うと、YB-35を牽引式にして翼端を下方にひん曲げた形をしている。

 

 そのグティマウンの30機が堂々と編隊を組んで飛行する。巨体が一糸乱れず隊形を維持して飛ぶ様は、練度の高さを示していた。

 

 その編隊の最後尾を飛ぶ機体のコクピットで、欠伸を噛み殺して茶を飲んだ機長が副機長に声をかけかる。

 

「しかし副機長、この電熱服は余計だな。温かくって眠くなってしまう」

「平和ですからね。与圧キャビンが被弾した場合に備えてという話ですが、この高度まで上がってくるのはグティマウン以外ありえませんから過剰な装備かもしれません」

「まあ、離着陸時を狙われるかもしれんしな。……翼内を歩く機関士には恨まれてしまうか」

 

 さすがに長時間の使用ができて携帯できる小型バッテリーは実用化されておらず、エンジンの点検をするために歩き回る機関士は厚手の飛行服を重ね着したりしていた。

 

「将来的には、もっと軽量小型バッテリーを使った電熱服ができますよ。それか、無点検で星を一周するような飛行機が出てきます」

「夢のある話だなぁ。そんな飛行機で、爆弾じゃなくて旅客輸送とか、飛んで行った先でも喜ばれる仕事をしたかったなぁ」

「機長は爆撃がお嫌いですか?」

「デカい飛行機は好きさ。それに任務を選り好みはしない。軍人だからな」

 

 怪訝そうな目を向ける副機長に、機長は言う。

 

「自分が爆撃した街を占領後に検分したら、誰だって市街地への空襲なんて嫌になるさ」

「ではなぜこの部隊に?」

 

 グティマウンは50機ほどが軍に納入され、今なお製造が続けられているが、その全てがグラ・バルカス帝国の特殊殲滅作戦部 超重爆撃連隊という物騒な名称の部隊に配備されている。

 

「仕事だからだよ。適性と実績を考慮されて、俺はこの部隊に配属された」

 

 なるほど、と副機長は頷く。

 

「どんなお考えを持っていようと、機長は優秀な爆撃機乗り(ボマー)なのですね」

「好むと好まざるに関わらず、な」

 

 グティマウンの編隊は巨体をゆっくりと旋回させる。誰の手も届かない高空を、戦闘機より速く飛ぶ彼らは、好き嫌いを語る余裕があった。

 

 

 

 

 ──  日本国 首都 東京 防衛省

 

 防衛省が運用する偵察衛星は、数は少ないながらもしっかりと役目を果たしている。脅威を察知するために、監視するために今日も20秒おきに3回撮影される写真を送信してくる。

 日本国が転移した惑星は地球に比べてとても大きく、一周するのに地球の倍以上は時間がかかり、現時点の運用基数では特定の場所を常時監視等することは不可能なもので、各国の地理や、基地の撮影を行い、活動状況を分析するのが精一杯だった。

 

 人工衛星の撮影した画像を解析していた横田は、ある写真を見て驚きの声を上げる。

 

「おい、堀山! コイツを見てくれ‼︎  どう思う?」

 

 他の写真を解析していた同僚の堀山は、見せられた写真を覗き込んだ。

 

「なんだコレは? 空飛ぶハンペン……いや、生八ツ橋か?」

 

 さいなら、さいなら、また明日。と、古いCMの中で、夕焼け空を黒い三角3機編隊が飛んで行くのを思い出した堀山に、横田は告げる。

 

「グラ・バルカスの飛行機みたいなんだが、高度1万メートルを、時速500キロ以上で飛行してるんだ。しかも大きさは、幅が60メートルはある!」

「そいつは、すごく……大きいな」

 

 写真を手に取ってまじまじと眺めながら、堀山は感嘆した。

 

「全翼機かなぁ。設計、難しかっただろうに。グラ・バルカス帝国には、ノースロップやホルテンとか、ポルシェみたいな変態がいるのかもしれないな」

「全翼機や電動戦車ならいいけど、フォン・ブラウンやアインシュタインがいたらヤバいぜ」

 

 防衛省は画像からグラ・バルカス帝国の脅威度を引き上げることとなった。

 とは言っても、自前の財布の中身にも使える兵隊にも限りがあるので、友好国のサイフをあてにするのだが。

 

 

 

 ──クイラ王国 砂漠地帯

 

 砂埃を巻き上げながら、鋼鉄の獣が砂の海を征く。

 

「新たな轍は砂塵に刻まれる、か」

 

 幅広の履帯が大地に傷をつけ、細長い砲を備えた砲塔が目標に指向する。

 

「目標砲塔正面の敵火点、距離600。弾種榴弾」

「装填よし」

「照準よし」

()()()()‼︎」

 

BAM!

 

 

 火点に見立てた掘立小屋が吹き飛び、破片が飛び散るのを見たクイラ王国とクワ・トイネ公国、そしてロウリア王国の関係者は拍手した。

 

「すごいですな、あのテイ34改というのは」

「先程の3号突撃砲も、安定していましたがな」

「おっ、今度は飛行機械が来ましたよ」

 

 特徴的な額縁のようなデザインの飛行機が上空に現れ、堅陣を模擬した土塁にロケットを連続で打ち込んで飛び去る。

 

『おおお──』

「本当にアレを、アレらを製造する技術を我々に売って頂けるのですか!」

 

 クイラ王国の軍務卿の問いに、日本国の担当者はニッコリ微笑み返した。

 

「もちろんです。我々は友好国同士、互いの技術力を高めることは、この世界により良い影響を与えるでしょうから」

 

 実際には、日本在住の外国人が自国の旧式兵器をクイラで生産し、それの改設計に日本が口を出し、金はロデニウス大陸の国家が払う。

 日本は兵器を輸出しないという建前を守り、在留外国人は金が手に入り、ロデニウスの国々は兵器と技術が手に入るのだ。

 

 ちなみに、日本が口を出したのは──

 

 T-34-85と3号突撃砲の砲を海上自衛隊の76ミリ砲と弾薬を共通化することと、航空機は将来的にジェット機を購入してもらえるよう、機種転換が容易な機材を選ぶことだった。

 

 戦車に関しては、T-34の試作砲塔が2つ割れたが1ヵ月で完成した。

 しかし航空機は第二次世界大戦レベルの技術で製造可能な機体となると、実機が日本にはほとんど無いので少々難航した。

 

 幸か不幸かスウェーデン大使館と日本の航空機マニアがサーブJ21の3Dデータを持っていたため、サーブJ21を製造することが早々に決まったが、将来的にジェット機を導入するということから原型はサーブJ21ではなく、ジェット機のサーブJ21R*1となった。

 レシプロ機を再設計してジェット機化したものを再びレシプロ機化して将来的にはまたまたジェット機化するというなんとも回りくどいやり方だ。

 

 製造そのものの技術は制限されているが、設計や工程管理に現代の技術を用いてより高性能な兵器を作り出すことも可能なはずなのだが、日本国はそれをしなかった。

 

 一説には、政財界に影響力を持つ第二次世界大戦の兵器マニアの老人が「どうせなら当時の武器兵器を再現しよう」とか言って、第二次世界大戦中の艦船を擬人化したゲームやらが流行っていたこともあり、新規設計ではなく当時の兵器の再現や外観再現となったと言われているが、真偽は不明となっている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

*1
J21とJ21Rは、単純にエンジンを載せ換えたというわけではなく、機体の50%は再設計された




兵器の開発速度とかどうなんだろう?
誰かクラウドファンディングで「第二次世界大戦中の兵器を蘇らせよう」とかやって実際に製造してくれたら参考にできるのに。


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アルタラスの払暁

色々詰め込んだら長くなりました


 

 ──パーパルディア皇国  皇都エストシラント

 

 デュロ失陥による混乱は多少見られるが、それは商人や一部の軍人に限られている。大多数の市民は、皇国がこれからも第三文明圏に君臨することを疑いもせずに生きていた。

 

 パラディス城の会議室では、軍や省庁の高級幹部がルディアスに報告している。

 

「……では、デュロが落ちたからといって心配することはないのだな?」

「はっ。その通りでございます」

 

 参謀長であるアルデが全般の説明をする。

 

「デュロは、物流の拠点であり製造拠点でもあります。しかし、戦力的には皇軍全体の1割にも満たない数でしかありませんでした」

「デュロには戦列艦の建造所などもあるが?」

 

 反乱軍がデュロで戦力を整えたらどうするのかとルディアスが訊くと、アルデはなんということはないと余裕をもって答える。

 

「デュロ配備の部隊とシウス将軍の配下、それを掻き集めたとしても皇軍からすれば圧倒的少数です。戦列艦の数が最も均衡に近いですが、それですら皇軍の680隻に対してあちらは200隻未満です。皇国全体の武装船を合わせたなら、一千隻を軽く超えます」

 

 皇国全体で1年に40隻の戦列艦を進水させており、そのうち10隻がデュロの建造所で建造されている。率にして25%は多いが、既に就役している艦全体の数が違い過ぎる。

 しかも、エストシラント近海だけで300を越す戦列艦が遊弋しているので、皇都の守りは完璧だと思われた。

 

 次に、外務局のエルトが報告する。

 

「ムー大使に公式に質問状を送り、公式な返答としてムーの戦力が第三文明圏及び大東洋圏に存在しないことを確認しました」

 

 皇国と日本国の戦いに、公式にムーは関与を否定。これはパーパルディア側にとって朗報だった。

 日本国がただの蛮国ならよし。もし、ムーが関与している証拠を掴めれば、ムーを糾弾してなんらかの賠償を引き出せる。

 日本国がムーから武器を輸入して、勝手に戦っているのならムーを糾弾はできないが、マリン以前の飛行機械と装甲艦なら、ワイバーンオーバーロードと戦列艦の連携で対応可能だ。

 

 ルディアスは日本国が強国だと認識しているが、その判断材料は1万年以上前の伝説と、僅かに残された資料……それもレミールが収集した資料の断片……のみなため、かなりバイアスがかかっていた。

 

「敵は強力だが、その数は少ない。これまでは油断と、レミールの裏切りによる動揺があったが、もはや油断は無く、裏切るような者は追放された。真の戦いはこれからだ。余は勝利を望む」

 

 ルディアスに対し、アルデは最敬礼しつつ答える。

 

「必ず、勝利を報告いたします」

 

 武官らがアルデに続き敬礼するのを、ルディアスは満足そうに見つめた。

 

 

 

 エストシラント市内のコナナ商会では、今日もカイオスがレミールと通話していた。

 

「──と、いった具合に首脳陣の考えは大して変わっておりません」

『エルトですらソレか? ……まあ、好都合ではあるか。外務局はどうか?』

「外務局は特には……ああ、ブリガスが臣民統治機構に出向し、アルタラスへ赴任いたしました。人材交流とかなんとかで」

 

 提出された書類にサインするのが主な仕事と化したカイオスだが、この件に関しては統治機構との調整を行う必要があった。

 

 ブリガス……言わずと知れた駐アルタラス大使だった男。ルミエスの奴隷化をアルタラスに要求し、激怒したターラ14世により強制送還された人物が、臣民統治機構に出向した。その狙いは、アルタラスに舞い戻ること。

 

 ブリガスは皇国によるアルタラス侵攻の口実作りのために無理難題をターラ14世に突き付けた。その認識は半分正解で半分間違いだ。

 ブリガスの要求は、私利私欲を満たす為のものだった。皇国による侵攻の口実作りは、この男にとってついででしかない。

 

 さて、アルタラスから送還される船上で、ブリガスはふと気付いた。

 

(あれ? アルタラスが併合されたら、俺様はまた蛮国に赴任しなきゃならないのか?)

 

 ブリガスはアルタラスで人脈を築いてきた。互いに甘い汁を吸い、享楽に耽り、同じ趣味(悪事)を語り合うことのできる仲間がいた。

 だがそれは、アルタラス人がブリガスの振るえる権力を理解する文明を持ち、差し出せる金品を保有している準文明国だったからだ。

 そのアルタラスが皇国に併合されてしまったなら、外国ではないのだから大使館は不用となり、外務局所属のブリガスはアルタラスと縁が切れてしまう。

 

 ブリガスも、そう都合よく貨幣経済が浸透していて、女も食い物も洗練されている国に赴任できるかどうか分からない。

 いや、文明が未発達な蛮国に赴任するなら、教育してやればいいだけだ。むしろ、アルタラス側から国交断絶を言わせた褒美にと、第二外務局や第一外務局に異動してムーやミリシアル、その関係国に赴任させられたらたまらない。

 ムーやミリシアルの影響下にある国では、当然ながらブリガスの()()は問題になってしまう。

 

 そこでブリガスは思い付いた。

 外国へ派遣される外務局ではなく、属領に派遣される臣民統治機構に出向すればいい、と。

 

「俺様って頭いいな!」

 

 皇国に帰還したブリガスは、すぐさま根回しを開始して臣民統治機構のアルタラス派遣組に潜り込もうとしたのだった。

 

 

 

 人材交流プログラムはルディアスが思い付き、しっかり形にしたのはレミールだった。

 ルディアスとの綺麗な思い出を汚された気分になりながらも、レミールは良い情報だと考える。

 

『よし。アルタラスにいる皇国臣民のために、ブリガスには犠牲になってもらおう』

「あれでも一応、私の部下なのですが……」

 

 どうにもならない仕方ないと、カイオスは溜め息をついた。

 

 

 ──アルタラス島 ル・ブリアス

 

 かつて、王国騎士団を率いていた軍長ライアルは重要施設を見て回っていた。

 ルミエスがアルタラス正統政府を宣言し、その政府による王国解放を信じて蜂起の準備を進めているのだ。

 

 そのライアルが、元王室警護官の老夫婦が住む住宅を訪れる。見かけは普通の家だが、実はこの地下には秘密のブンカーがある。王国騎士団の秘密のサイフを支えていた隠し鉱山の跡で、王族にさえ知られていない秘密基地だ。

 

 地下へと降りたライアルは作戦室へ入り、先に集まっていた他のメンバーから報告を受ける。

 

「パーパルディアの軍隊と統治機構の対立は深刻です。小競り合いによって住居や店舗への被害も出ています」

 

 アルタラスに進駐した皇国軍と臣民統治機構は対立を深めていた。

 皇国軍がアルタラス支配のために送り込んだのは二線級部隊──属領出身者や属国人との混血2世3世を主体とした部隊──や、臣民統治機構の人員と対立関係にある指揮官が率いる部隊だった。

 これはレミールやエルトによる仕込みだったのだが、予想通り皇国軍は臣民統治機構のやること全てにケチをつけ、アルタラスの民に味方した。

 心情的に気にくわない統治機構に一撃を喰らわせ、アルタラスの民に飴を与える。この目論見は上手くいき、“善きパーパルディア人”による支配をアルタラスの民は受け入れ始めている。

 

 しかし、それはライアル達にとり凄く困った事態だった。

 

「被害は皇国人同士の諍いによるものだ……そうだな?」

「はい。そのようになっています」

 

 ライアル達は小競り合いの際に存在しない負傷者をでっち上げ、家屋に火を放つなどして混乱を助長して回っていた。

 パーパルディア人による支配が受け入れられるような事態は困るのだ。パーパルディア人は、全て迷惑な存在でなくてはならない。

 

「死んだパーパルディア人だけが、善いパーパルディア人だ」

 

 そう嘯いたライアルに、部下の1人が報告する。

 

「隊長、良い報せです。ロデニウス大陸の三ヶ国が皇国と断交しました。まあ、元から相手にされてなかったみたいですが……。それと、ロデニウス大陸とシオス王国を経由して、魔信が届きました」

「魔信? 発信元と内容は?」

「日本からです。内容はこちらに控えてあります」

 

 ライアルは部下から渡された通信内容の記載された紙に目を通す。そこには、こう記されていた。

 

『明けない夜はなく、日はまた東方より昇る。苦しみの闇を払うように、太陽はより強く輝くだろう。良運はタスの日に訪れる』

 

「タスの日か!」

 

 これは、アルタラス王国史に残る防衛戦争において、奇跡的な勝利によって侵略軍を撃退した英雄が詠んだ詩だと伝わっている。

 そしてタスの日とは、初代アルタラス王の誕生日で、英雄が詩を詠んだ日から1週間後だった。

 

「1週間だ! 1週間以内に全ての準備を完了するぞ!」

「はい‼︎」

 

 ライアル達は目立たないように構成員を各拠点に派遣し、連絡を伝えていく。

 

 

 

 ──アテノール城

 

 ソーチョリは部下に命じて酒や女を手配していた。

 

「いいか、商人には番頭以上の者に挨拶にこさせろ。ブリガスをおだてて持ち上げさせるんだ。1秒でも長く()()()()()()()()、その分だけ女が泣く時間が短くなる。酒は飲みやすくて酔いやすいのを用意するんだ」

「酔わせて……やりますか?」

 

 側近の1人が首を掻き切る動作をするのを見て、ソーチョリは苦笑する。

 

「やらないよ。ブリガス1人なら好都合な事故死もあり得たが、カストとかいう総督府附の官僚も赴任するらしいし」

「それは……着任後すぐに2人そろって事故死はまずいですね」

 

 ルミエスからはエロガッパと思われ、王国騎士であるはずのリルセイドの殺すリストに載せられているソーチョリだが、彼は彼なりに民のことを考え、脅威を取り除こうとしてはいたのだ。

 

 

 

 ──日本国 東京都 国会

 

 自衛隊の部隊がデュロ以外の方面へ向かい、複数の機関が人員を投入していることは、部内からのリークや貨物船による艦艇の目撃によりすぐさま日本国内に知れ渡った。

 

「総理! 自衛隊の派遣拡大は過剰な防衛、地域の安定を乱す行為ではありませんか⁉︎ 戦争の拡大はやめるべきです!」

「えー、アルタラス島は魔石の産地であり、ロデニウス事変に投入されたワイバーンの飼育、あー……と、滑走路等設備にアルタラス産の魔石が使用されたと考えられており、パーパルディア皇国がロデニウス事変へ関与したことの証拠を確保するために、アルタラスの魔石鉱山を制圧し、えーその、魔石の産出記録等文書、魔石そのものを確保して組成を調べるなどをし、パーパルディアの責任を明らかにする必要があると考えております」

 

 野党席から野次が飛ぶ。

 

「総理! 責任を取らせるためには戦争も辞さないということですか‼︎」

「すでに戦争状態です。責任の所在を明らかにし、公平に裁かれ、責任を取るべき者が、取るべき形で責任を取ることが、平和への最短ルートだと確信しております」

 

 国会で無意味な問答が行われている間に、自衛隊主導によるアルタラス解放作戦が開始されようとしていた。

 

 

 

 ──アルタラス島 ル・ブリアス近郊 パーパルディア皇国軍基地

 

 通信室で近海を哨戒中の艦隊から送られてきた定時連絡の処理をしていた通信兵。その中の1人が首を傾げる。

 

「おや?」

「どうかしたか」

 

 通信兵の1人が妙な声を上げたのに気付き、直長が声をかける。

 

「哨戒部隊がムーの新兵器でも発見したか?」

「はっ。いえ、妙に通信の通りが良かったものですから……」

「ふむん?」

 

 アルタラス産の質が良い魔石を湯水のように使えるからか、魔信の性能が上がりでもしたかと直長は思った。

 しかし、実際は違った。

 

 

《異常無し了解。引き続き哨戒任務にあたれ》

「了解。通信終わり。……ふう」

「お疲れ。連中、ぜんぜん気が付いてなかったな」

「艦隊が救難信号も出せずに殲滅されるなんて、考えもしないんだろう」

 

 アメリカ海軍の揚陸艦『ワスプ』の指揮所に置かれた魔信機器。その前に座る米兵が嘲笑う。

 アルタラスに駐留する皇国軍の通信相手は、彼らの哨戒艦隊ではなかった。

 パーパルディアの哨戒艦隊は数日間の追尾と通信解析により、発信タイミングや発話のデータが揃ったと判断され、海兵隊所属の攻撃ヘリコプター“コブラ”の20mm砲で蜂の巣にされ海の藻屑だ。

 

「GO、No-GOの判断はそろそろか」

「雲は少しあるけど、波は穏やかだから決行されるだろうな」

 

 ワスプの周囲には、アルタラス解放作戦の開始を待つ輸送船が多数航行している。

 輸送船は日本の転移時に一緒に転移してしまった貨客船や貨物船、ロデニウス大陸の軍船など雑多な種類で、乗っているのもロウリアやクワ・トイネの騎士団やクイラの猟兵だったり、大東洋圏の冒険者や傭兵まで居る。

 彼らに共通しているのは、日本国の要請により参戦したことと、パーパルディアの部隊をアルタラスから叩き出すという目的。そして、日本国とは違い一切の事前警告も戦闘後の救助作業もなく、小規模とはいえ列強パーパルディアの艦隊を文字通り皆殺しにした米軍部隊へ対する畏怖だった*1

 

 

 

 

 アルタラス島を朝焼けが照らす。

 夜間立哨についていたオクトバは眠い目を擦りながら見張り台に登る。そこには同僚のシワースが魔写をイーゼルに配置して顔料を捏ねていた。

 

「シワース、何してんだ?」

「なんだオクトバか。見て分からないか? 白黒の魔写に色を塗ってんだよ」

 

 これが高く売れるんだ。そう言ってシワースは筆を用意する。

 

「朝日に照らされる戦列艦は人気のモチーフだぜ。1枚100パソの魔写に20から50パソ分の顔料を使って色塗って、最低でも250パソ、この魔写なら500パソ。土産物として人気さ」

「へえ。街も船も海も朝焼けで染まってるから『黄金の稲穂色』に塗ればいいのか。それなら楽だもんな」

「へっへ。顔料をあれこれ揃えずに済んで、しかも売れやすいんだから、ほんと良いモチーフだぜ」

 

 シワースが景色とパレットを見比べながら筆を魔写に寄せた瞬間、停泊していた100門級戦列艦スパールが爆ぜる。

 

「えっ⁉︎」

「なんだ、事故か‼︎」

 

 オクトバは即座に見張り台に設置されている非常事態を報せるベルを鳴らす。だが、爆発したのはスパールだけではなかった。港に停泊していた戦列艦が、次々に爆沈していく。

 

「何がどうなってるんだ……」

「お、おい! オクトバ、海だ、海を見ろ‼︎」

「なっ、う、海が‼︎」

 

 シワースに言われてオクトバが沖合に目を向けると、先程まで薄暗かった海に無数の船影が蠢いていた。

 見慣れた帆船の姿もあるが、距離感を狂わされそうな巨大船の姿も見える。その全てが、昇り続ける朝日に照らされた黄金の海に、逆光で影絵のように浮かび上がりながらル・ブリアスの港を目指して向かってくる。

 オクトバは泡を食いながら魔信で指揮所を呼び出す。

 

「見張り台より指揮所! 敵の攻撃だ! 大規模な侵攻部隊が見える! 海が3分に敵が7分、海が3分に敵が7分だ!」

《こちら指揮所、当直士官だ。見張り所は現状を正確に報告せよ。哨戒艦隊から異常報告は無い》

「馬鹿野郎! 外に出て海を見ろ‼︎」

 

 ──HUWAM! HUWAM!

 ZUVO-BAOM!

 連続して爆発が起き、竜舎が吹き飛び、砲台へと走っていた分隊がバラバラにされ、指揮所のある庁舎が崩れ落ちる。

 

 ──HU-HU-HU──

 

「なんだアレ……飛行機械か……?」

 

 沖合いに浮かぶ巨大船から飛来した飛行機械が港に近づく。

 ソレは出港しようと必死にもがくアルタラス人船員の乗る軍船の上空に静止した。

 

「なんだ、なんなんだ‼︎  空中に静止してるぞ──‼︎」

 

 VuOOO──‼︎

 ほんの僅か、魔獣の咆哮のような音が響いたかのように聞こえた。オクトバたちの見ている前で軍船のマストが撃ち抜かれ、甲板上にいた船員が挽肉にされる。

 

「あ、ああ……」

「オクトバ、逃げないと……」

 

 その声が聞こえたとでもいうのか、ソレは見張り台の方を向いた。

 

 

 ──ル・ブリアス アテノール城

 アルタラスに舞い戻って連日連夜贅を凝らした歓待を受けていたブリガス。夜がようやく明け切ったというような時間に起こされた彼は、不機嫌さを隠そうともせず廊下をドスドス音を立てて歩く。

 

 ブリガスが城の大会議室に行くと、そこにはソーチョリと側近数名、そしてリージャックが待っていた。

 

「どういうことですかな、リージャック中将。蛮族の上陸を許したと?」

「どうやらそのようです。確認できた旗印は、ロウリアのランド近衛兵団、ジューンフィルア領軍。クワ・トイネの西部方面騎士団、エジェイ騎士団。クイラの風の旅団、その他傭兵団多数」

「なんということだ! 蛮族め! こちらには人質がいるというのに!」

「それなのですが……」

 

 リージャックは前線からの報告により、敵が日本軍やアルタラスの反乱部隊ではないことを伝える。

 ──本当は自衛隊や警視庁の警官隊や公安外事課が上陸しているが、騎士団や傭兵団と違い旗印を掲げたりしていない上、米海兵隊のヘリコプターが先陣を切ったため「星のマークの不明勢力」という扱いだった。

 

 

「では、人質としてあるアルタラスの旧臣や王族は……」

「今、攻めて来ている敵に対しては、ただのカカシですな」

 

 リージャックの言葉に、ブリガスは呻く。

 

 そんなブリガスを放置して、リージャックはお飾りではあるが総督のソーチョリに具申する。

 

「総督。もはや監獄に居る王家関係者や家臣は価値がありません。監獄と市街地にある屯所からも戦力を引き上げ、この城の防備を固めましょう。じきに郊外の基地からワイバーンが来ます。蛮族の攻勢はそこで終わりです」

「うん、それでいこう。よろしく取り計らってくれ」

 

 ソーチョリはワイバーン・ロードと皇国陸軍が敵を撃退できると思っていた。

 

 

 

 ──ル・ブリアスの港

 

 攻撃側は撃沈した敵船が邪魔で接岸できないという、よく考えたら当たり前のことで上陸に手間取り、それが結果的に良い方向に作用していた。

 

「市街地の敵拠点はもぬけの空です」

「監獄も守備兵力が置かれていません。王家関係者と重臣方を保護しました。損害は皆無」

「どうやら皇国軍はアテノール城で籠城しようとしているみたいです」

 

 それなりに被害を受けるだろうと予想された市街地での戦闘が無く、敵が一ヶ所に固まっている状況に肩透かしを食らったような、幸運なような、複雑な心境になる日本国側の指揮官たち。

 

「まあ、しちめんどくさい市街戦をやらずに済んだのは僥倖だ。アテノール城を包囲して、降伏勧告だ」

 

 ワスプ艦上から汎用ヘリが飛び立ち、アテノール城上空へと向かう。

 

 

 アテノール城では、情報収集のために走り回っていたカストが会議室に駆け込んでいた。

 

「ブリガス様、一大事です! 飛行機械が城の真上を飛び回り、ブリガス様とソーチョリの身柄を要求しております!」

「なんだと‼︎」

「監獄からアルタラスの王族が連れ出され、味方のワイバーンは姿も無く、ここは包囲されつつあります! 早く逃げなくては!」

 

 ブリガスは青筋を立てながらリージャックを怒鳴る。

 

「中将! どういうことか⁉︎  敵はなんなんだ‼︎  味方基地からの救援はいつ来るんだ‼︎」

「来ませんよ」

「……は? お、俺様をバカにしているのかッ‼︎」

 

 怒鳴られているリージャックだが、薄っすらと笑みすら浮かべてル・ブリアスの地図上に配置された駒を動かす。

 

「なるほど、素晴らしい展開速度。機動展開能力が、火力投射量が桁違いだ。さすが日本国、さすがレミール皇女殿下が見込まれた国」

「中将ッ! きっ、貴様、その物言いは……ッ‼︎」

 

 レミール派かコイツ! ブリガスとカストはリージャックの裏切りにようやく気付いた。

 

「皇女殿下が最も恐れたのは、元凶たる貴方がたが手の届かない所に逃げてしまったり、雲隠れしてしまうことでした。そうなれば、誰にとっても厄介なことになってしまう」

「この、裏切り者めぇェ──‼︎」

「皇女殿下に捧げた忠誠に、なんら恥じるところはない」

 

 ブリガスとカストは護身用に持っていた短銃を抜いてリージャックに向ける。

PAM! PAM!

 血飛沫が飛び、こんな時に仲間割れだなんて勘弁してくれよと呆れながら傍観していたソーチョリの足元を汚した。

 

「このっ、クソッ、このビチグソがぁァァ‼︎  こんなところで終わってたまるか! 脱出だ! ソーチョリ!」

「あ、ああ」

「何をボサっとしとる! 蛮族の城でも脱出用の秘密通路くらいあるだろう⁈  案内しろ!」

 

 

 

 護衛兵を呼び、ソーチョリはブリガスとカストを連れて隠し通路へ向かう。

 

「短い夢だったなぁ」

 

 ソーチョリが呟く。

 万事うまく運べば文明国に、パーパルディアとも対等になれるチャンスだった。しかしそれはもう夢と消えた。

 

「ソーチョリ様。日本語で『人の夢』と書いて『儚い』と読むらしいですよ」

「なんでそんなことを──」

 

 呟きを拾ったらしい警護兵に顔を向けたソーチョリは、兵が剣の柄に手をかけているのを見て息を呑む。

 その剣はアルタラス王国の、王宮警護官の装備だと気付いたのだ。

 

「ちょ、おまっ」

「御覚悟を!」

 

 警護兵に扮していた旧アルタラス兵達は、逃げようとするブリガスとカストの手足を切りつけ、ソーチョリに致命の刃を振り下ろした。

 

 

 

「仲間割れのおかげで被害が出ずに済んだな」

 

 ソーチョリには顔が割れているため隠れていたライアルが合流し、ブリガスとカストを拘束すると皇国軍に戦闘停止を命じるように言う。そして、血溜まりに突っ伏すソーチョリに声をかける。

 

「ソーチョリ様。貴方様とは長い付き合いでした」

「……すぐに、お前もこちらに来るさ」

 

 まだ意識を保っていたソーチョリは、どうにか仰向けになりヘラヘラと笑う。血塗れの壮絶な笑みだった。

 

「ライアル……担ぐ相手を間違えたな……。ルミエスには、お前は……お前たち騎士は不用だ」

「何を仰るか」

「ルミエスは女だ。ルミエスが側に置いているのは、リルセイドだ……。それに、見ろ」

 

 窓の外、黒煙を上げる港の方へとソーチョリは顔を向ける。

 

「まさか、あんな化け物を味方に付けるとは……それほどの女だったとはな。……ライアル。お前たち騎士は、リルセイドと、日本国と比べて、信頼、武威、その他の何らかの要素で優っている面があるか?」

「……何を馬鹿なことを」

 

 ライアルは波立つ胸中を押し隠し、答える。

 

「我々の経験と献身は、リルセイドや日本国に劣りません。仮に劣るとしても、ルミエス様は我々を放逐したりなどされますまい」

「フッ。献身か、モノは言いよう……だな」

 

 ソーチョリは嘲笑を顔に貼り付けたまま死んだ。

 

 

 

 アテノール城のバルコニーに、アルタラス王国の国旗がはためく。

 

「見ろ! 旗が‼︎」

「総督府が……陥ちた⁉︎」

 

 パーパルディア人は絶望感に震え

 

「やったぞー‼︎」

「解放の日だ! アルタラス万歳!」

「アルタラス万歳‼︎  ルミエス様万歳!」

「万歳……万歳! 万歳──‼︎」

 

 アルタラス人の多くは感動に打ち震えた。

 しかし、その一方で──。

 

「パーパルディアの手先をぶちのめせ!」

「やっちまえ!」

 

 ル・ブリアス各地で略奪行為が横行。特に、皇国人を相手にしていた商店が激しく攻撃され、死傷者すら出る事態となった。

 

「この名誉パーパルディア人め!」

「吊るせ! 吊るせ!」

「ガキはひん剝いちまえ!」

「やめてくれ! 娘は関係ない!」

「イャァ! お父さん!」

 

 運の悪いことに、いつぞやの親子が暴徒にリンチされそうになっていた。そこに、前進中の自衛隊がやって来る。

 

「お前ら、何やってる! やめろ!」

「ウルセー!」

「なんだテメーラ! アルタラスはアルタラス人のものだ! 誰の指図も受けるものか!」

 

 完全にヒートアップしている民衆は、自衛隊の威圧感の無さもあり聞く耳を持たない。

 

「不味いですよ、見て見ぬ振りもできませんし、かと言って現地の一般人とコトを構えてしまうのも……」

「分かってる。口先でどうにか丸め込まないと」

 

 自衛隊側の幹部がヒソヒソ話していると、アテノール城の方から商人らしき風体の男が駆けて来た。

 

「おいみんな! そんな小物はほっとけ! 城門前にブリガスが晒されてるぞ!」

「なんだって!」

「あの野郎が‼︎」

「急げ! 間に合わなくなっても知らんぞ!」

 

 民衆は一気に城門前へ走り出し、親子を保護した自衛隊に男が話しかける。

 

「いやー、危ないところでしたね」

「助かりました。しかしあなたは?」

「ああ失礼。私はコナナ商会アルタラス支店の番頭、アンゲパと申します」

「あー、現地協力企業の……」

「はい。ここからは私がご案内いたします」

 

 アンゲパからアルタラス王国の旧臣が城を制圧したと聞き、日本国側はだいたい片付いたとホッとした。

 しかし、城門前にたどり着いた自衛隊や警官隊は、晒されたブリガスとカストが石を投げられ散々甚振られ、死にそうになると回復魔法をかけられる様を目にし、パーパルディア人にもアルタラス人にも悍ましさを感じるのだった。

 

*1
観測機の赤外線カメラを用いて生存者を捜索したが、皇国哨戒艦隊の生存者は皆無だったというのが在日米軍の公式発表




 いまさらですが、ブリガスはweb版、カストは書籍版の駐アルタラス王国パーパルディア大使です。
 移動式檻に入れられて広場に晒され「国民が彼を好きにしてよい」……えげつないなぁ、ルミエス様。ルミエス様って意外とレミールと話が合うんじゃないですかね。

その他
タスの日の説明部分、原作書籍では「アルタラス王国史に残る侵略戦争において」ですが、アルタラス側が侵略したように受け取れる気がしたので分かりやすくするために「防衛戦争」に書き換えています。祖国防衛戦争。


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皇都大爆発 ぶっちぎりバト……

 

 ──アルタラス島

 

「帰ってきたのですね……」

 

 懐かしのアテノール城に戻ってきたルミエスは、地下にある低温倉庫に通される。そこには綺麗に整えられたソーチョリの遺体が安置されていた。その顔には笑みが浮かぶ。

 

「自分の運命? この国の行く先? 貴方は何を嘲笑し(わらっ)ているのでしょうね」

 

 

 日本国がこの島を攻めたのは、アルタラス王国のためなどではない。

 日本から第一文明圏やムーを筆頭とする第二文明圏へ向かうには、アルタラス島とフィルアデス大陸の間を抜けるのが最短ルートだということ。そして、鉱物資源を輸入する目的でムーが建設した飛行場が存在したからだ。

 

 当然、この飛行場の存在はパーパルディア皇国も把握している。日本国が大型飛行機械を使用しているという情報も皇国は掴んでおり、アルタラス島の失陥は皇国首脳陣に強い衝撃を与えた。

 

 

 

 ──パーパルディア皇国 皇都エストシラント パラディス城

 

 会議室で報告を受ける各局幹部の顔色は悪く、あるいは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「アルタラス再独立など」

「植民地に派遣されているレミール派が呼応して叛乱を起こしかねない。レミール派の総督を逮捕するべきだ。外務局監察軍もこの機会に解体したい」

「行動を起こす前にこちらから動いたら、それこそ寝返りの理由を与えてしまう!」

「世界のニュースを黙らせることはできんのか? 担当者に金を握らせるか女を充てがうかして……」

「連中は堅物だ。賄賂など逆効果だろうよ」

 

 魔導ラジオからは世界のニュースによりルミエスの即位が伝えられ、ルミエス女王によるパーパルディア植民地へ対する蜂起の呼びかけが放送されていた。

 

「内政干渉だ! テロ扇動だぞ! これが連中の言うジャーナリズムか!」

「都合の良い“報道の自由”さ。プロパガンダは我々もやるし、他人のことは言えんよ」

 

 久しぶりに会議に参加したカイオスが自嘲気味に言うと、他局の幹部が色々と意見を出し始める。

 

「ならばこちらも対抗してプロパガンダを行うべきだ」

「ルミエス女王の弱みを探るのか」

「アルタラスと、背後にいる日本国の非道を訴える。レミール……様を批判するのは我が皇国へのダメージになるな」

「そういえば、アルタラスの治安維持で元王国騎士団が不審な動きをしていたな」

 

 なんだかんだ言っても、優秀なのは優秀なんだよな、とカイオスは嘆息する。問題なのは、彼らの目が雲っているというか、日本国に対しては全盲に近いということだ。

 

「龍の鱗に触れた盲人が『食いでのある魚だ!』と言っているようなものだな」

 

 

 

 ──その頃、城の上層では

 

 

「おのれレミィィーィルゥッ! よくも、よくも裏切ったァ‼︎ だました……余を、余をよくもだましたアアアア‼︎ だましてくれたなアアアアア‼︎」

 

 ルディアスは私室で荒れ狂う。静かに控えていたルパーサは、侍女に冷たい水を持ってくるように言いつけるとそっと部屋を後にする。

 

「お労わしや、陛下」

 

 ルパーサが去り、侍女が用意した魔法で冷やされた水を飲み、ルディアスは一息つく。そうして侍女も下がらせると、1人静かに考える。

 

「余は……そうか」

 

 対アルタラス、対日本の考えをまとめようとしても、根底には両国ではなくレミールへの怒りがあることに気付いた。

 カノンの『わかっているのか?』『そういうことではないのだがな』という言葉を思い出す。

 

「カノン様は分かっておられたのだな。ルパーサも、か」

 

 ルディアスはレミールをいつか切り捨てる女と思っていた。しかし、世界の王という未来を思い描いた時に、隣にレミール以外の誰かがいるという未来を夢見たことはない。

 より正確に言うなら、どんな未来だろうと隣にレミールのいない世界を考えたことがなかった。その事に気付いてしまった。

 

 なぜ、アルタラスのルミエスでも日本国でもなく、裏切り者のシウス将軍や近衛砲兵セナルモンでもなく、レミールただ1人に怒りが向くのか。

 ルディアスは気付いてしまった。自分の想いを理解してしまったのだ。

 

 ルディアスはレミールを心の底から信じきっていたのだ。自分(ルディアス)には嘘をつかず、裏切らず、ルディアスと皇国のことを考え我が身を省みない。そんな女だと信じていた。

 それは愛と呼ぶには歪だった。崇拝、信仰に近い、絶対的な信頼だった。

 

「レミールは、余の母になってくれるかもしれなかった」

 

 ルディアスは、自身とレミールとを振り返りそう結論づけた。しかし今さら本心に気付いたところでもう遅い。

 

 

 

 ──エストシラント 軍港 海軍司令部

 

 多数の戦列艦がひっきりなしに出入りし、魔石や食糧、武器弾薬を補給しては出港する。

 桟橋にはロープの切れ端や割れた壺の破片、木片が散らばり、掃除夫が拾い集めていた。

 

「ちょっとアンタ、邪魔よ!」

「あ! す、すみません」

 

 士官服を着た女性兵士の一団が掃除夫を押し退けて桟橋を通った。と、その中の1人が掃除夫に声をかける。

 

「ねえ。いま掃除したところで次々に船が補給に入ってくるんだから無駄じゃないかしら? 通行の邪魔になるからアナタはどっか行ったらどう?」

「いや〜。荷役人夫から、足元にゴミがあると危ないからその都度ゴミは拾って欲しいと言われまして」

「ふーん、そう……」

「ヴィクトリアー! 何やってるの、置いていくわよ!」

 

 ヴィクトリアと呼ばれた女士官は船に向かい歩き出し……すぐに振り向くと、ゴミを拾うためにしゃがんでいた掃除夫に近寄り──

 

「せりゃ!」

SMASH!

「ワア!」-PLOP‼︎

 

 ──なんと掃除夫を海に蹴落としてしまった。

 

「ちょっとヴィカ! 何やってるのよ!」

「ヒトが親切で助言してるのに聞かないからよ」

 

 

「ブハッ、ゲホッ」

 

 桟橋になんとかよじ登る掃除夫。そこに商人風の服を着た男が駆け寄る。

 

「大丈夫ですか、()()()()()()()

「ぐ、大事ない。大事ないが、バルスに士官の人品について話をしないとな……」

 

 この掃除夫はシルガイアという海軍軍人で、海軍総司令官バルスと同期の提督だった。

 提督といっても、書類上は指揮下に艦船どころか人員も無い。『無貌の艦隊』と呼ばれる諜報、防諜機関を率いている。

 

 商人風の服を着ている部下が差し出したタオルで顔を拭い、シルガイアは訊ねる。

 

「新情報は?」

「レミール様の屋敷から、暖炉の灰を回収しました。やはり日本国は太陽神の使者の国で間違い無さそうです」

「そうか、やはりな」

 

 太陽神の使者に関する資料は虫食いだらけだが、フィルアデス大陸各地に残る伝承から、太陽神の使者は魔王との戦いを『最新鋭装備』の『精鋭部隊』による『総力戦』と呼んでいたことが分かっている。

 

 そして、太陽神の使者らが歌っていたという軍歌から、彼らの国は陸上兵力は常備20万余*1、水軍と合わせても常備兵力は30万に届かない程度と判明している。

 使用していた天の浮船と伝わる飛行機械の数も、約200騎と語られている。

 これら全てが、日本国について調べた報告資料と合致していた。

 

 

「トーパで回収した日本国の金属製薬莢は、1万2千年前の太陽神の使者が使っていた遺物と何ら変わらないものだったようだ」

「では、彼らは1万年以上も停滞を?」

「いや。我々にとっては1万年前でも、異世界でどれほどの時間が経ったかは分からん」

 

 シルガイアは、日本国と自分達とでは経過した時間が違うのではないかと推察していた。それは正しい。しかし────。

 

「太陽神の使者と伝説の勇者が倒しきれなかった魔王を、今回は皇国が協力することで倒せた。つまり、皇国の力が優っているのだ」

「確かに! フェンやアルタラスでの敗北は、裏切りや内紛があったからこそです。皇国の本土防衛なら負けは有り得ません!」

 

 シルガイアは強がりを本気に取る部下を内心で見下し、冷めた目に気付かれないように視線を遠くに向ける。

 

「情報が欲しいな。レミール様は、どうして日本国の資料を焼き捨てたりしたのやら」

「ルディアス様との仲が悪化して、ヒステリックになっていたとメイドは言っていました」

「ヒステリックに? 人間らしいところがあったのだな」

 

 

 

 

 ──デュロ 港湾施設

 

 かつて魔法で造られたという、巨大な、とてもとても巨大な船渠があった。その巨大船渠を占領する特殊艦艇の下を歩く一団がいる。

 レミールとその護衛。そして日本人の集団だ。

 

「くしゅん! ……誰ぞ、私の噂をしているらしい」

「いやいや、風邪っすよ。肩から胸元まで晒してるんすから」

「ちょちょちょ、ブラン! 皇女様に向かって……‼︎」

 

 船渠の底を歩くレミールは、護衛のブランと、ブランを嗜めるユーリィに手をフラフラと振る。

 

「砕けた口調でよい。()()()喋ればよい。私は、この口調が私らしいからこのように話しているまでのこと」

「は、はあ。承知いたしました……?」

 

 渋々従うユーリィを後目にレミールはズンズンと進み、船渠の最奥に向かう。

 

「これだ。私も直接目にするのは初めてだ」

「これが……」

「なんなんスか、これ?」

 

 そこにあったのは、パーパルディア皇国の人間には読めない文字が刻まれた石碑だった。

 カメラを構えた日本人と、白手袋を嵌めた日本人がゆっくりと石碑に近寄る。

 

「だいぶ風化しているが……読める、読めるぞ」

「達筆ですねぇ。なんて書いてあるんでしょ」

「空母……土佐……入渠記念……昭和ひろ……(ひろ)うじゃなくて(じゅう)か……」

「土佐なんて空母ありましたっけ」

 

 記念碑には聞いたこともない艦名が刻まれていた。

 

 

 

 

 ──日本国 東京都 防衛省

 

 会議室にて。斎藤は集約された情報が記された報告書を読み、近くにいた幹部自衛官に話しかける。

 

「三津木君。戦後にGHQが戦艦陸奥を探し回っていたという話を聞いたことがあるかね?」

「聞いたことはありますが、作り話ですね。海底調査すればすぐ見つかりますから」

「だが、火のないところに煙は立たない」

 

 斎藤は旧日本軍が──正確に言うならば迂闊な一兵士が──書き残した日記と、古い米海軍潜水艦の報告書を書類棚から取り出す。

 

「1943年3月20日頃、日本近海で連装砲塔5基を備えた戦艦2隻と、赤城と加賀に瓜二つな空母を含む艦隊が目撃されている」

「戦場伝説ですか」

「そう思っていたよ。与太話だと」

 

 だが状況は変わった。

 

「“妄言”。そう切り捨てられた証言しか残っておらず、屑鉄として消えた艦隊……それが確かに存在していた証拠が、こちらの世界に残されていた」

「かつての太陽神の使者たちは元の世界に帰還した。……では、統幕長は我々も地球に帰還できるとお考えですね?」

「そのつもりでいた方がいい」

 

 斎藤はタバコを咥えて火をつける。禁煙を破ってしまった罪悪感は、もはや煙の重さほども感じなくなっていた。

 

「太陽神の使者としてこちらに来た日本軍部隊は、こちらの世界で2年ほど戦った。そして、地球に帰還した時、地球でも2年が経過していたそうだ」

「こちらの世界では太陽神の使者は1万2千年も前のことだそうですが」

「時間の流れが一定ではないのか……。こちらの世界に地球人が存在している間は、時間の流れが地球とリンクするのかもしれない」

 

 どうであれ、帰還できる、できてしまう可能性を視野に入れなければならない。

 三津木は旧日本海軍“東遣艦隊覚書”と書かれた資料を斎藤から渡され読み始める。

 

「事前のお告げ……黒い渦への進入……今回の日本に発生した事態とは状況が違いすぎますね」

「艦隊1つと日本全域*2だから別の事象かもしれない。しかし、少なくともこの世界と地球を繋ぐことができる、そういう存在がいる」

 

 斎藤は深く煙を吸うと、まだ長いタバコを灰皿に押し付けながら煙を吐き出して言う。

 

「アメリカと中国の戦争ど真ん中に帰還なんてことにならなきゃいいが……」

 

 三津木は、いっそ大戦争が起きて主要国が壊滅していた方が楽だと思ったが、さすがに言葉にはしなかった。

 

 

 

 

 ──パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 各局の豪奢な建物や庭園が続く庁舎地区に、ムー大使館はある。駐パーパルディア大使ムーゲは、大使館職員の大半をパーパルディア皇国から他国へ脱出させ、最低限の人員で業務を回している。

 

 ムー大使館に食料品や日用品を納品している皇国の商会はこの動きを不思議に思い、独自に情報を集めていた。一商会の動きは他の商会にも伝わり、徐々にエストラントにも不安が広がっていった。

 

「なあ、ムーが大使館を引き上げようとしてるらしいぞ」

「ムー人が国外脱出してるって聞いたが、何が起きてるんだ?」

「それが日本国の攻撃が迫っているからとか」

「バカな。いくら外征艦隊が降っていても、連中は蛮族の集まりじゃないか」

「それが、ムーはそう思っていないらしい。レミール様も……」

「しッ! 裏切り者の名前を出すな! 逮捕されるぞ‼︎」

 

「みんな不安がってる。なんとかしなくっちゃならない」

「なんとかって、何をすればいいか分からないじゃないか」

「政府は、ルディアス様はいったい何をなさっているんだ」

「エストシラントは安全なのか? ムーに倣って疎開するべきじゃ……」

 

 

 

「まずいな」

 

 皇国海軍総司令官バルスは、皇国臣民の安寧を願っていた。蛮族により国が脅かされ、民が不安がっている。この事態をどうにかしなければならない。

 

「艦隊集合を行うぞ。魔写を新聞に載せ、皇国魔導戦列艦の勇姿を見せて不安を払拭するんだ」

 

 アルタラス奪回のために戦力を集結させようとしていた皇国軍だが、そこに大規模な観閲式が催されることになり計画が少し遅延した。

 

 バルスから艦隊集合の提案をされた参謀総長アルデは、陸軍部隊にも観閲式を行わせることを指示。その威容を内外に示すことで巻き返しを図る。

 皇国臣民は皇都防衛隊の陸軍基地で行われた観閲行進と、エストシラント沖で行われた艦隊集合を目にして圧倒的な皇国軍の規模に安心感を与えられた。

 

 しかし、目敏い者達は招待客の席にあるはずの各国大使の姿が疎らなことに気付き、逆に不安の度合いを深めることになる。

 

 また、余計な時間をかけてしまったため、日本側に時間を与える結果となってしまった。

 

 

 

 ──エストシラント 港湾地区

 

 煉瓦造の瀟洒な建物の前に、佐藤と中村の姿がある。

 

「ここが私掠船の持ち主の拠点だ」

「ハァ、しり……?」

「私掠船ってのは国家公認の海賊だ。国に上納金を払って活動する海賊のことだ。無知なお前に教えてやってんだ、ありがたく思え」

(クソ。いつか殺してやる)

 

 パーパルディア皇国は正規軍以外にも傭兵や私掠船が存在しており、それらの把握できていない勢力は戦後に混乱を引き起こしかねない。

 日本としては地域を安定させ経済活動を活発にしたいので、大規模な傭兵団や私掠船団を率いる人物に交渉を持ちかけているのだ。

 

 私掠船パルムのジャネット艦長は船団の顔役をしている父に呼ばれ、日本国への対応を相談されていた。

 

「もはや皇国は落ち目だ。親父、日本国に立ち向かうのは無理だ。オレたちが生き残るには、日本国に従うほかない」

 

 ジャネットは“白い悪魔”という異名を持つ日本国の艦を直に目にしている。自分達の艦、皇国の艦と比して日本国の艦が優れていることを良く理解している。

 ジャネットの父、ジャンは諦観を抱きながら深いため息をつく。

 

「ジャネット、船団の頭領はお前だ。後は頼んだぞ」

 

 皇国の洋上警戒網の一部を担う私掠船団は、日本側につくことを決定した。

 

 

 

 

 ──中央暦1640年3月16日 アルタラス王国 王都ル・ブリアス郊外

 

 ムーにより建設され、ルバイル空港と命名された飛行場は日本により拡充され、今や4発の大型機すら運用できるようになっている。

 多数の戦闘機と爆装型に改良されたP-3C……仮称BP-3Cが飛び立つ。

 シオス王国のゴーマ空港基地からもBP-3Cが飛び立ち、合流した大編隊の数は70機にもなった。

 

 翼下に増設されたパイロンに暗緑色の爆弾を装備したBP-3Cは、遠回りになるにも関わらずル・ブリアス上空を経由してフィルアデス大陸へと向かう。

 

 1万feet以上を飛行する自衛隊機からは良く分からなかったが、アテノール城は3種類の旗で覆われていた。アルタラス国旗、日章旗、旭日旗の3つの旗が。

 城のあらゆる窓から旗竿が突き出され、全ての尖塔の先に急拵えの旗が掲揚され、テラスには儀仗兵が整列している。

 

 戴冠式を控えたルミエスが見上げる空に、無数の翼が舞う。陽光に照らされて輝く飛行機械の姿とエンジンの轟音は、アルタラスの民にとって闇を払う天使の祝福のように感じられた。

 

 

 

 海上自衛隊の護衛隊群がアルタラスから北へと向かっている。目指すはパーパルディア皇国の皇都エストシラントだ。

 

「艦長、友軍機は予定通り離陸したようです」

「了解。作戦に変更はないな」

「ええ、はい。誘導弾の節約を達してからは、司令部はダンマリですよ」

「……はぁ」

 

 今回、自衛隊はエストシラント近郊に存在する陸海両方の皇国軍基地を破壊する任務が与えられた。海軍については艦隊の撃滅もだ。

 一大決戦に臨む彼らはしかし、士気軒昴とはいかなかった。

 地球に帰還した際に弾薬不足に陥っていてはマズいと判断され、誘導弾の使用に制限が課されたからだ。

 

「DDとDDGは14隻。各砲の弾数は200発前後。全て撃ち切るわけにはいきませんから、まあ、半分残すとして1,400発が使用可能弾数ですか」

「1,000発、各艦70発も撃ったら危険域と思わないとな」

「もっと贅沢な戦争をしたいもんです」

「戦争なんてしないのが一番だ。する、しないを決めるのは俺たちではないというのが最悪だな」

「どうやるかすら決めさせてもらえないんですから、現場指揮官はパシリもいいとこですね」

 

 

 

 

 長い空の旅に、少し退屈を感じるパイロットは同乗者に声をかける。

 

「効果判定用のカメラポッドは異常無いか? マニュアル読んだか?」

「カメラ、モニター異常無し。故障しない限り使えるぜ」

「故障しても対応マニュアルあるじゃん」

「あるよ。でもよ、これフランス語で書いてあらぁ。俺、フランス語分からねぇよ」

「なんでフランス語なんだ」

「さあ? 国連軍仕様とかなんじゃね? 国連の公用語はフランス語らしいし。PKOとか参加したことないし分かんないけど」

「フランス語なんて、メルシーとかボンジュールとボンボヤージュ、トレビアン、ル・シルク・ド・ミニユイくらいしか知らんな」

「からくりサーカス? 広いし時間あるから漫画持ってくれば良かったかなぁ」

 

 あまりにも砕けた空気に、ついに機長が咳払いして嗜める。

 

「お前ら、俺が怒鳴り散らす前にもうちょい真面目にやれ」

「はい! ──しかし機長、なんと言いますか、こう、不安はないのですが、緊張と言いますか……」

「爆撃という畑違いの任務に思うところはある。訓練らしい訓練もなく水平爆撃で軍事施設だけを狙うという無茶振りに不満もある。しかし仕事だ。黙って実施しろ」

「了解です」

 

 圧倒的に有利と思われる自衛隊だが、実際には余裕は全くと言っていいほどなかった。しかし余裕がないにも関わらず、どこか楽観的な空気が漂っているのは油断と言うべきか、平和ボケと呼ぶべきだろうか。

 

「機長、空自です。F-15とF-2が追い抜いていきます」

「連中は露払いだ。目標まで400マイル」

 

 目標に近づくにつれ、機内は静かになっていく。

 

 通信機から航空自衛隊の交戦状況が伝えられ、F-15が空中哨戒騎を撃墜し、F-2が侵攻すると次はいよいよBP-3Cがフィルアデス大陸上空へと進む番になる。

 

「いよいよだ。覚悟はいいか?」

「口から心臓飛び出そうですが、大丈夫です」

 

 機長の問いかけに爆撃を担当する機上武器要員が引き攣った顔をしながら答えた。

 

*1
軍歌『歩兵の本領』より

*2
他国にありながら日本領扱いされる日本大使館等はこちらに転移していないが、各国の駐日大使館は転移してきている。また、領海外を航行していた自衛隊や海上保安庁の船舶や航空機が一緒に転移してきているため、少なくとも日本国の領土と排他的経済水域内の海水や海底、上空の物質まで含めて転移してきている。



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攻勢


 魔性の歴史といふものは人々の脳裡に幾千となく蜃気楼を現はす──米内光政


 ──焼け落ちたパラディス城。その瓦礫の上にレミールは立っていた。辺りには焦げ跡のついたパーパルディア国旗や、近衛兵の炭化した死体が転がっている。

 

「こんなはずではなかった……ッ⁉︎」

 

 フラフラと歩いていたレミールの足首を、炭化した腕が掴んでいた。柔軟性を失った表面が裂け、赤黒い筋組織を剥き出しにした胸甲騎兵らしき人物が口を開く。

 

「レミール様ァァ、どうじで、私は、皇国のために戦ったのにィィ」

「クバイ……か?」

 

 それはデュロで戦死したクバイだった。

 いつの間にか瓦礫の山のあちこちから、見覚えのある人影や、見知らぬ誰かが這い出してくる。

 

「皇国のためだと言って私たちを死なせておいて、皇国を滅ぼすおつもりですか」

 ──違う、私は

「あんたは、オレたちを反乱者と呼んで処刑した。あんたも死ななきゃあなぁ!」

 ──私は……

 

 

 

「私は何がしたかったんだろうな」

 

 夜明け前、天幕の中に置かれた簡易ベッドの上で目覚めたレミールは、涙を拭うと洗面器に入っていた冷水で顔を洗う。

 魔法瓶*1から白湯をカップに注いで飲む。

 

「……あの子の淹れてくれた紅茶が飲みたい」

 

 少なくとも、レミールは独りぼっちになりたかったわけではない。

 隣にルディアスがいて、お付きのメイドに紅茶を淹れてもらい。そこにエルトやカイオスが重要案件を持って来るが、すぐに片付けてみんなで茶飲み話でもする。そんな未来を夢見ていた。

 

 だが、そうはならなかった。

 パーパルディア皇国は滅びる。日本国とことを構えたことが直接の原因だが、日本国が転移して来なかったとしても近い将来ミリシアルに潰されていただろう。そのようにレミールは考えている。

 

「個人の情を捨てて自らの幸せを手放し、国家の未来も諦め国を滅ぼし……。最悪の組み合わせが最良の選択肢だとは……な」

 

 

 

 

 荒野に並ぶ天幕。そこから這い出た騎士や兵士が身支度を整え、国ごと、所属兵科ごとに整列していく。

 今日、国家や種族の枠組みを超えた種族間連合が再び結成されるのだ。

 

「リーム王国騎士団、総勢2457名! 参陣‼︎」

「ロウリア王国近衛兵団『ランド』、総勢118名、参陣!」

「メリディア伝導騎士団、257名、整列よし‼︎」

「マオ王国陸軍派遣部隊、340名、整列よし‼︎」

 

 煌びやかな騎士鎧、艶やかなサーコートに身を包み、輝く宝剣を提げた兵士たち。1万人近い彼らだが、主力は彼らではない。

 

ZA!

 顔を覆面で隠し、煌びやかさの欠片も無く、声も出さず敬礼だけをする集団。日本国から派遣された集成大隊こそが主力だった。

 

 整列した軍勢と向き合う形で立つレミールに、各指揮官が近づいて膝をつく。

 

「我々は第二次種族間連合を結成。レミール皇女殿下に大東洋圏連合軍司令へ就任していただき、総指揮権を委ねます」

 

 万に届きそうな兵の視線がレミールに集中する。

 レミールには戦う力は無い。財産も無い。しかし皇女だ。

 レミールには価値がある。皇国を相手に戦う大義を作り、皇国政府を転覆させ、かつ全てを継承することができる。

 

「全身全霊でお受けする」

 

 必要なのはレミールであってレミールの意思ではない。日本が書いた計画に沿う形でレミールは指示を出す。

 

「目標はアルーニ! 聖都を解放し、我々はパーパルディアを取り戻す! 私が、我々が真のパーパルディア人だ!」

 

 

 パーパルディア人によるパーパルディア解放。これを掲げてレミールは進軍を開始する。

 見目麗しい皇女が多数の国を味方につけて“解放”を宣言する様は、非常に絵になった。

 その進む先は無人の野を行くかのようで、万民は首を垂れてレミールの軍勢を街に迎え入れる。と、最後までうまくいけばよかったのだが、オチというかケチがつくことになる。

 

 さて、忘れがちだがルディアスは賢帝といえる人物だ。平民だろうと属領出身だろうと植民地人だろうと、奴隷であっても優秀なら取り立てる。そして、レミールもまたそれに倣った。

 外務局監査室で勤務していたレミールは、皇国軍の属国駐留部隊や属領、植民地へと派遣される部隊や総督の人事に口も手も出した。

 植民地人や蛮族であっても侮らず、優秀な人間なら取り込むことができる懐の深さを持つ人物を選定し、そして何より皇国への忠誠心が強い人物を選んでいたのだ。

 その結果、レミールの息がかかった総督たちは現地人と良い関係を築いていた。

 

 礼を失せず祖国への忠誠心が強い立派な人物が、裏切り者の皇女率いるリームみたいな蝙蝠国家や得体の知れない騎士団や胡散臭い傭兵軍を迎え撃つ、という事態に現地住民はどう見るだろうか。

 

 結論から言うと、ひどいことになった。

 街へ入れば住民からの投石、バリケード設置による前進妨害。街の外で野営すれば物資への放火や嫌がらせ。

 

 リーム軍や傭兵が怒りに任せて無実の住民をダース単位で巻き添えにした掃討戦を展開しなかったのは、単純に前に出たのが日本国の部隊と、日本により調教済みなロウリア王国ランド近衛兵団だったからだ。

 ご丁寧に国章も所属を示すワッペンや装飾も外した日本国の部隊は、慎重に素早く丁寧に抵抗運動を制圧する。

 

 フィルアデス大陸の各地からパーパルディア皇国の皇都エストシラントに向かう街道。多数の奴隷を、珍奇な品物を、デリケートな美術品や美酒佳肴を運ぶために整備された街道は、石畳で舗装されていた。

 

 大型馬車4台が並べる幅を持つ街道。その舗装路上を、白青で塗られた車輌が前進する。

 

「前方、暴徒多数。ガス銃による制圧を行う」

「放水車前へ」

 

 あちこちの街では後に、人を吹き飛ばし石壁に穴を穿つほどの水弾を吐き、吠え声で人を昏倒させる地龍の伝説や、毒の霧を吐き電撃を放つ魔杖を使う異装の魔法使いの伝説が生まれた。

 催涙ガスの使用や警官隊の投入は問題もあったが、相手は暴徒であり、トーパ王国やレミール派に警察組織の編成と運営を指導するために派遣したチームが人道的観点から鎮圧を支援したということでクリアーした。

 

 日本が手を出して問題になりそうな場面は、ロウリアの部隊や所属をボカした自衛隊や在日米軍が対応にあたる。

 それでも被害はゼロにならなかった。

 

 

 

 ──アルーニ近郊 サケトバ要塞

 聖都の前面にあり、古くから親しまれた要塞は防衛設備としては陳腐化しており、要塞指揮官カフェレオ・ブルマンは皇都へ訣別文を発信したのち、自らの首を差し出して投降するよう部下に命じて自刃した。

 

 レミールは要塞の城壁からアルーニの市街地を遠望し、監視役として張り付いている朝田に独白する。

 

「ブルマンは生粋の皇国貴族だが、異民族にも寛容な者だった。……退官したがっていたのを慰留し、ここに配置したのは私だ。私が、ブルマンにあのような最期を迎えさせたのだ」

 

 レミールは市民からの反発が予想される聖都を前に弱気になっていた。

 

「私が死なせた、殺したのだ。ブルマンだけではない。ここに至るまでに、何人死んだ? もうこれ以上は耐えられない!」

 

 胸壁を乗り越えて飛び降りようとするレミールだが、それを予想していた朝田が背後から羽交締めにして押さえ込む。

 

「何言ってんだ、あんたが始めたことだろ」

「離してくれ! 頼む。怖いんだ。私は自分が特別な人間だと、選ばれた人間だと思っていた。勘違いしていたんだ!」

「そうだ、あんたは選ばれたんだ。日本国に」

 

 朝田はレミールを睨みながら告げる。

 

「あんた自身も日本国の思惑に乗ることを選んだ。あんたが選んだ! あんたがやったんだ! あんただから皆んな着いてきた! 他の者にできたか? ここまでやれたか? この先できるか? 出来ない! ここであんたに退場されちゃ、困るんだよ!」

 

 朝田はレミールの顔を無理やり自分に向ける。

 

「あんたの苦しみなんか知るものか。日本国の思惑通り踊ってもらう。お飾りの、神輿になってもらう。あんたの意思なんて関係ない」

 

 怯えるような眼を朝田に向けていたレミールだが、俯くと肩を震わせた。

 

「朝田、お前は本当に馬鹿正直で演技が下手で、回りくどくて馬鹿で腹芸が苦手なのだな」

「はぁ? エリート、明治大卒のインテリゲンチャですけど!」

「日本国のせいにしろと、言い訳を、日本国に責任を押し付け、日本国を恨めと言うのだろう?」

「……」

 

 思惑を言い当てられて閉口した朝田に、顔を上げたレミールは言う。

 

「舐めるなよ。私は言い訳など、責任転嫁などしない。……さっきのは気の迷いだ。必ず、最後までやり遂げてやる」

 

 レミールは朝田を振り解くと、肩を怒らせながら要塞内へと戻っていく。

 

「中庭に指揮官を集めろ。私直々に激励する」

 

 すっかり調子を取り戻したかのように見えるレミールを見て、朝田はやれやれと呟いた。

 

 

 そのやり取りを篠原弁護士と公安の班員が物陰から見ていた。

 

「どう思います?」

「ストレスによる躁鬱でしょう。監視を何人かつけときましょう……おや?」

 

 なんとはなしに公安の班員が見上げた空に、ゴマ粒のような影が浮かんでいる。それはどんどんと大きくなり、サケトバ要塞の近くに降りた。

 

「あれはC-2? 空自の新型輸送機がなんでこんなところに?」

 

 

 

 

「オメガチーム! 要塞の外に集合!」

「チェ! 俺たちだけハブかよ」

 

 久しぶりに乗り物の中や野宿ではない睡眠が取れると思っていたオメガチームだが、不整地離着陸対応キットを組み込んだC-2に乗せられてしまう。

 ろくでもない事が起きたのだろうとチーム全員が思っていたが、予想を超える言葉が柿沼から告げられる。

 

「全員よく聞け。カイオス第3外務局長のクーデターを支援するはずのエストシラント揚陸部隊が撃退された。護衛艦による沿岸部攻撃は成功したが……作戦は失敗。我々オメガは、その穴埋めに向かう」

 

*1
魔石を組み込み魔法陣を刻んで保温効果を付与された日本製魔法具の試験品



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対空監視の意味)ないです

 ──皇都エストシラント

 

 600を超す戦列艦。千騎に近いワイバーンロードとワイバーンオーバーロード。2万人の陸軍部隊。皇都の空を侵犯(おか)そうとする不届き者を見張る監視気球部隊。これだけでも鉄壁と呼べるエストシラントだが、さらにワイバーンオーバーロードは鞍に固定して使う改良型の鉄拳弾薬を装備し、沿岸砲台には対艦多連装ロケット“チューブラヘルツ”が何基も設置された。

 

 その皇都の中心部、皇城の謁見の間にてルディアスは配下の陳情を聞いていた。

 

「ロケット! ロケットこそ至高! 陛下‼︎ ルディアス陛下! この酸化剤によりロケットは真空空間から水中まで対応可能なのです! 陛下! 水中を進むロケットが、これがムーやミリシアルの鋼鉄船の柔らかい下腹部を食い破れるのです! これのみが戦列艦で鋼鉄船に対抗し得る戦術です!」

「だから予算をつけろ、か。……ふん」

 

 ロケットフリークエルフ、略してロリエルフの開発主任に辟易しつつ、ルディアスは予算を承認する。

 天才ではあるのだ。ルディアスの、ムーやミリシアルをすら支配するという妄想を、ただの妄想ではなく万に一つの可能性にできる程度には。

 

「しかし間に合わんな」

「は?」

 

 バタバタという足音が響き、急使が謁見の間に駆け込む。

 

「(HER、HER、)緊急! 日本艦隊が現れました! 皇都の南方250km!」

 

 

 

 どこにでもいる仕事熱心なヤツが私掠船と外洋貿易船による早期警戒網に開けられた穴に気づいたのだ*1

 

「商船組合が皇国を裏切っている」

「海賊どもも何か企んでいるようだ」

「ふむん。皇国の洋上戦力を一本化する良い機会だ。私掠船と日本軍とをまとめて片付けてやろう」

 

 皇都エストシラントまで伸びる哨戒網に開いた穴を見つけた皇国海軍幹部は気炎を上げ、配下の魔導戦列艦を引き連れて日本艦隊の予想進撃路上へと向かう。

 

 

 皇国人は(というか第三文明圏人は)文明圏外から見ると傲慢だが、馬鹿でも無能でもない。むしろ、第一文明圏や第二文明圏という格上の国家群や、人間種が個人では太刀打ちできない魔獣の存在は、彼らを(したた)かで油断ならない挑戦者として育てていた。

 第三文明圏の雄、極東唯一の先進11ヵ国という立場に胡座をかいていた皇国は、日本国という対等以上の相手を前に今まさに覚醒しつつある。

 

 ──だからこそ、日本国は皇国を痛めつけて全力で叩き伏せる。

 

「皇国は日本人をして『技術力が無いだけで決断力と探究心に富む厄介極まりない敵。またとない機会だし、是非とも今のうちに滅ぼしておきたい』」(とある会合に参加した某国官僚の言)

 

 とはいえ、日本国側もパーパルディア皇国を下に見て油断していた。

 進路上に居座る艦隊30隻を、所詮は帆船だと考えてノコノコ接近したのだ。

 

 ──まあ、彼我の兵器技術の差を考えれば特に問題にもならないし、戦闘を避けて敵を迂回した場合には燃料を余計に消費するという心配もあった。弾が無くても逃げる事は出来るが、燃料が無ければ航行すら出来ない。

 

 こうして、エストシラント前哨戦と呼ばれる海戦が生起した。

 それは皇国軍最悪の1日の幕開けでもあった。

 

 

 

「水平線上にマスト多数!」

 

 30隻の魔導戦列艦を率いるラタトゥイエの元に見張りからの報告が次々と入る。

 

「チッ。ムーめ、新兵器の見本市のつもりか」

 

 ラタトゥイエは接近する日本艦隊の陣容と艦影に恐怖心を抱いた。しかしそれを表に出すことはせずに冷静に指示を出し、敵の能力を分析する。

 日本艦隊は上陸を目的とした帆走の輸送艦を中心に、魔導戦列艦と見たことの無い形状の灰色の船が周りを囲う大船団だ。

 

 

「ムー製の戦艦*2の数は20隻ほどと少ないが、後方に帆走輸送艦も見える……。こちらは戦力が足りない。敵艦の性能諸元を出来るかぎり明らかにすることを目的とする」

「言うは易しですな。あの速力から逃げるのは骨が折れそうですが」

 

 艦長が引き攣った笑みを浮かべながら言うと、ラタトゥイエはその肩を叩き言う。

 

「危ないからと言って脅威を素通りさせるか? 皇国海軍の、いや軍人としての矜持がある。艦隊が全滅してもただで通すわけにはいかん」

 

 残念ながら皇国艦隊はラタトゥイエの覚悟通りの運命を辿ることになってしまう。

 

「敵艦発砲ッ‼︎」

「平文でいい、報告を海軍本部と、どこでもいいから魔信で発信しろ」

 

 

 ──一方の日本艦隊、というより海上自衛隊と大東洋圏の輸送艦隊は、接敵したために多少の混乱はあったが特に問題はないと楽観的に見ていた。

 しかししばらくすると、自衛隊の幹部は渋い顔をし始める。

 護衛艦が何かするたびに敵艦隊から通信が送られていると、船団内の魔導通信機を備えた船から報告がきたのだ。

 

『日本艦の砲撃開始距離、1万2千メートル』

『発砲間隔、ほぼ無し。連発速度毎秒3発乃至4発』

『我被弾す。敵弾は魔導装甲を貫徹。破孔の大きさ15センチ』

『敵艦、戦闘速力20ノット以上と見られる』

 

「勝てないと見て自らを捨て石に情報収集か。同じことができる奴が自衛隊にどれだけいるやら」

「感心してないで早く黙らせないと危険では」

「無意味だよ。今さら情報を送って、彼らの大砲の射程が5倍になるわけが無い」

 

 事実、海上自衛隊幹部の言う通りだった。

 彼らが艦橋から燃え盛るラタトゥイエ座乗艦を眺めている頃、エストシラントの皇国海軍本部では海軍総司令官バルスと参謀達が頭を抱えていた。

 

「これほどの差があるとは──ッ!」

 

 皇国海軍の頭脳と呼ばれる参謀マータルだが、日本艦が予想外に強過ぎるためにまともな対抗手段を思い付けずにいる。

 

「日本艦は数が少ない、ということくらいしか付け入る隙がない……‼︎  数で押し包み、味方の屍を乗り越えるような下策しか対抗手段がない‼︎」

「マータルよ、とりあえず全艦隊に出撃命令を下し、竜騎士団に協力を要請すればよいか?」

「……そうですね、竜騎士との同時攻撃ならば……」

 

 バルスの言葉に深く考え込むマータルだが、どれほど考えたところで良い策は浮かばなかった。

 

 

 

 ──その頃、第3外務局局長カイオスの屋敷の応接間に、カイオスと皇国海軍将官の姿があった。

 

「お噂はかねがね聞いております、シルガイア提督。お会いできて光栄です」

 シルガイアはカイオスが差し出した右手を握り、印象に残りにくい顔に笑みを浮かべて言う。

「単刀直入に聞きますが、カイオス局長。あなたの部下が皇都を走り回っているのはどういった理由で? 政府に反対しているのですか?」

 

 カイオスは内心は恐々としつつも、表面上はにこやかな態度を崩さなかった。これでも海千山千の外務局長なのだ。

 

「私は外務局の責任ある立場ですからね。昨今の情勢から情報収集を強化する必要性があると考えたまでのこと」

「なるほど。近衛との接触もその一環であると?」

「ええ。武力と権威を備えた近衛には、外務局では手に入らなかった情報も手に入れられますから」

「……なるほど、なるほど」

 

 納得したのか、頷きながら握手を解くシルガイア。その目はいまだに疑わしそうにカイオスを見ている。

 

「レミール様の屋敷の庭で、書類を燃やした跡がありましてね。おそらく日本国の関連資料だと思うんですが、あなたの差し金かと」

「日本国の資料? そんなものがあるなら、軍部に高く売り付けますよ」

「でしょうね。……となるとやはり妙だな」

 

 ソファに腰を下ろしながら、カイオスも何かおかしいと感じていた。

 レミールには資料を破棄する時間なんてなかったはずだし、破棄する必要性も無い。と、すると誰が資料を燃やしたりなんてしたのか。

 

 ──そんなことを考えている時、屋敷のどこかから悲鳴が上がった。

 

「なんだ、今のは」

 

 カイオスがシルガイアに視線を送ると、シルガイアは『わたしは何もしていない』とばかりに両手を上げてふるふると振る。

 ややあって、執事が応接間のドアを叩いた。

 

「旦那様、一大事ですぞ! 空に! 空に!」

 

 

 ──パーパルディア皇国 皇都エストシラント 南方

 

 第18竜騎士団第2中隊のワイバーンオーバーロード20騎が、皇都エストシラントの南方空域を警戒飛行している。

 中隊長デリウスは、中隊1のベテラン騎士プカレートに魔信で話しかけた。

 

「もう少しあちらの方も哨戒しよう」

「そうですね」

 

 中隊長の指示により進路を変えたワイバーンオーバーロード編隊の一糸乱れぬ動きは、錬度の高さを伺わせる。

 

「中隊長殿、敵についてなのですが……」

「何だろうか?」

「数日前の通達文のとおりであれば、日本はムー国の飛行機械で戦いに来るでしょう。しかし、それにしては、これまでの戦いは一方的過ぎませんか? 中隊長の考えをお聞かせください」

 

 皇国上層部は日本の戦闘力を未だに理解しきれていなかった。

 

「たしかに、日本国は未知数というか、文明圏国家と比較しても格が違う。だがしかし、ムー以上の敵というのもな。そんなモノ、何が考え付く?」

「古の魔法帝国か、神聖ミリシアル帝国。まあ、日本がミリシアル並みだなんて無いでしょうね」

「ま、そうだろうな。ところで……」

 

「何だ、あれはッ‼︎」

 

 目の良い部下の一言で、会話は途切れる。

 各竜騎士は、何かを発見した竜騎士の指差す方向を注視した。透き通るような青い空に、あくつかの点が見える。

 綺麗な写真に落とされた汚れのような点が徐々に大きくなり、それが接近してくる飛行物体である事を認識する。

 

「は……速い! 回避セヨ!」

 

 常軌を逸した速度で竜騎士隊に向かってくる()()を見たデリウスの本能は危険信号を全力で鳴らす。

 散開した竜騎士隊、しかし()()は進行方向を変え、まるで意思を持っているかのように竜騎士へ喰らい付いた。

 

「なんなんだ、コイツは……‼︎」

 

 衝撃波をまとった()()……航空自衛隊のF-15から発射された99式空対空誘導弾20発は1発も外れる事無く、皇都エストシラント南方を警戒中のワイバーンオーバーロード20騎に命中した。

 

 BAKOM! BAM!

 

 皇都エストシラントにミサイルの炸裂音が轟く。

 

 肉体が引き裂かれ、声を発する間もなく絶命する竜騎士。生命は地球より重いだとか、そんな綺麗事を嘲笑うかのように、本当に笑ってしまうほど呆気なく20人とワイバーン20体は粉々になって皇都上空にぶち撒けられた。

 

 

 竜騎士の姿を追って、あるいは空対空ミサイルの炸裂音につられて上空を見上げた皇国臣民は、信じられない光景を目にする。

 

 列強パーパルディア皇国、そしてその中でも最強の皇都防衛軍、その最強のワイバーンが打ち砕かれ、雨のように降ってくる。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 皇都エストシラントの様々な場所から、その凄惨な光景に耐え切れなくなった女性の悲鳴が上がった。

 屋内にいて悲鳴を聞いた住民はざわつき、何が起きたのかと様々な建物の扉や窓を開く。

 彼らが上空を見上げた時、矢のような形の何かが10機、見た事も無い高速で上空を通過した。その物体からは、2本の炎が後方に向かい噴出している。

 直後、耳を覆いたくなるような轟音が鳴り響いた。

 

「何だよ……何だろ……」

 

 住民が恐怖に怯える中、F-15の爆音は、皇都エストシラントにこだまする。

 

 

*1
魔導通信の発信量、近海監視部隊による私掠船団の動向監視による

*2
もちろんムー製の戦艦ではなく日本製護衛艦



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