純潔な女性<ひと>、満ち足りた心 (kwhr2069)
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果南side

始まりました。HBP第六弾。
長くなってもあれですし早速行きましょうか。

果南ちゃん、Happy Birthday!!


ハロー、カナン

 

あっオリヴィア、ハロー

 

久しぶりね、もうこっちでの生活には慣れたかしら?

 

ん~慣れた、と言いたいところなんだけどね...(笑)

 

確かに、なんだか少しやつれてる様にも見えるわ

 

実は、1週間前からまた座学がメインになっててね...

 

ハハ、それはカナンにとっては辛いでしょうね(笑)

 

その通りだよ...それでオリヴィアの方は?順調?

 

そうね、キツイ時もあるけど...なんとか頑張ってるわ

 

そっか

 

じゃあワタシ、そろそろ行くわね。カナンも頑張って

 

うん、声かけてくれてありがと

 

そんなの当たり前でしょ?(笑)時間あったらいつか、またウチに来てくれたって良いんだから

 

そうだね、私もまた遊びたいかも

 

きっとそれが良いわよ。…それじゃあね、バイバイ、カナン

 

うん。バイバイ

 

 去りゆく友人を見送り、手を振る。

 

 オリヴィアは、私がこの国に来て初めてできた現地の友達。

 

 初めて出会ったのは海辺にあるカフェ。

 私がその店に入った時、対応してくれたのがオリヴィアだった。

 すごくフレンドリーな応対で、私のたどたどしい英語にもしっかりと耳を傾けてくれた。

 

 ただ何よりも、彼女の金色の髪と緑翠色の瞳に強い既視感や懐かしさを感じた。

 

 色々な本を読むことが好きと言っていて、日本の漫画も以前いくつか読んだことがあり、そこから友達となるのに時間はかからなかった。

 同い年だという事も大きかったと思う。

 

 また、とある事情から私がこの国での滞在期間を延ばすことにした時。

 住むところや働き口も、オリヴィアにはとても世話になった。

 彼女と話すことで英語力も向上したという自信が持てるまでになったし、恩はとても返しきれない。

 

「さて、そろそろ私も学校に戻らないとね...」

 

 独り呟く。

 もうこの国に来て3年目だけど、一人の時はやっぱり日本語を話す。

 

 そこまで海外に染まってしまったら、きっと何かを失ってしまうような気がするから。

 

 その時、だった。

「...ん?」

 違和感を感じてポケットに手を当てると、スマホが震えている。

 

 母さんからの電話通知。

 これまで一度もなかった経験だけに、何となく心がざわつく。

 

 少し慌てながら、ランチをとっていたお店から出る。

 

「おっ...と...危ない危ない」

 

 机の上の食器に手提げのポーチが当たり、落ちそうになるところをなんとかキャッチ。

 会計を済ませて店を出ると、スマホの通知は止まっていた。

 

「…もしかして、大した用事じゃなかったのかな?」

 

 安堵の心から、そう言葉が零れる。

 ただ、無視したと思われるのもなんだし、こっちからかけ直すことに。

 

 コール音が鳴る。

 そして、電話が手に取られた音も。

 

「…あ、もしもし?果南です。さっき電話あったけど――」

 

 そう切り出した私の耳に入ってきた母の第一声は。

 

「…え?」

 

 とても予想外なもので。

 私は、握っていたスマホを手から滑り落とした。

 

*  *  *  *

 

 翌日。私は、日本に帰ってきていた。

 その目的は――。

 

 

「果南...」

 

 目的の場所に到着すると、入り口で母が待っていた。

 

「ただいま、母さん。それで...?」

 

 帰郷の挨拶に重ねて、尋ねる。

 母の顔が、曇る。

 

「…そっか。連れてってくれる?」

 

 表情から全てを察した私は、大きく息を吐いた後、問う。

 それに掠れたような声で大丈夫、と言った後、母は室内へと入っていく。

 

 そうして連れられた先。

 

 そこには、まるで眠っているかのようにしてベッドに横たわる、祖父の姿があった。

 

「…本当に、突然だったのよ」

 

 母が、途切れ途切れにそう話し始める。

 突然に発作が起きたこと。

 急いで病院に駆け込み、私に電話が入ったこと。

 その後...息を引き取ったこと。

 

 それらの話を、私は何故か落ち着いた気持ちで聞いていた。

 

「葬儀は明日から?」

 

「ええ、果南にも無理はさせられないなと思ったから」

 

「…そう」

 

「荷物とかあるでしょ?帰ってきていきなりだし、今日のところは...」

 

「うん。家、帰っとくよ。それと連絡ありがとね」

 

「そんな...」

 

 それじゃ、と一旦別れを告げ、私は病室を後にした。

 

*  *  *  *

 

「…久しぶりだな、ここも」

 

 私は、歩いていた。

 

「それにしても暑い...そういえばこっちは夏なのか、忘れちゃってたな」

 

 気候と、懐かしいはずの周りの景観に少し違和感を抱きつつ、私は家に向かう。

 よく来た道。いつも通っていた道。日課で走っていた道。

 全てが思い出だ。

 

 そして、ようやく目的地に辿り着く。

 

「…ただいま」

 

 家の扉を開け、そう呼びかける。

 出迎えは、いない。

 

「そりゃそっか、皆出払ってるよね」

 

 考えてみれば当たり前のことだ。

 かくいう私は...何をしていればいいのだろうか。

 

 そう考えを巡らせながら室内を歩いていると、一つのものに目が向く。

 

 そして、思い当たった。

 

「…久しぶりに、潜るかな」

 

*  *  *  *

 

 眼前に広がる、海、海、海。

 向こうで潜っていたのと繋がっている同じもののはずなのに、どこか懐かしさを感じる海。

 

 その全てを感じたくて、私は目を閉じた。

 

 

『おじーちゃん!すごいすごい、海だよ海!』

 

「…っ!?」

 

『わたし、海がこんなに大きいって知らなかった!どこまであるのかなあ?』

 

『うん!もっともっと、遠くの海も見てみたい!』

 

「………」

 

 聞こえてきたのは、懐かしい声だった。

 

 昔は、仕事に忙しい父の代わりに、よく一緒に潜ってくれた祖父。

 いつしか一人で潜るようになったけれど、潜る時にいつも思い出すのは祖父との事だった。

 

 

 視界が、滲む。

 

「(おかしいな...受け入れた、はずだったのに)」

 

 違う。

 逆だったのだろう。

 

 受け入れられていなかった。

 祖父の死が現実だと、受け入れることが出来なかったのだ。

 

 

「(あーダメダメ、海の中でこんなしんみりしてちゃ、おじいちゃんに笑われちゃう)」

 

 ふとそう思った私は、海から上がる。

 浜辺に目を向けると、人影がある事に気付いた。

 

「(ん?あの長髪は、もしかして...)」

 

 とある親友に似たその姿を見て、吸い寄せられるようにそちらへ。

 浅瀬に来て歩いて上がる。

 

「…違うじゃん」

 

 その人は、長く美しい青い髪をもった女性だった。

 見間違えるとは情けない。

 

 きっと、心の不安がそういう風に見させたのだろうか。

 

 

 目が合う。

 

「…突然人が現れたので驚きました」

 

 第一声ははきはきとした、力強いものだった。

 

「あ...少し潜ってて...驚かせてしまったのならすみません」

 

「いえ、お気になさらず。それとすみません、目元のそれは...?」

 

 言われ、ハッとする。

 

「え、いや、これは別に、何でもなくて...」

 

「…潜ってらしたんですもの、愚問でしたね。変なことをお尋ねしました」

 

 確かにそうだ。

 私はなぜ、こんな変な弁解をしているのだろうか。

 

「…っていや、そうじゃなくて、頭、あげて下さい」

 

 丁寧に頭を下げたその女性は、私よりもかなり大人びている印象。

 4つくらい上だろうか。

 

「それであなたは、どうしてこんなところに?」

 

 見たところ、フリーターとかでもなさそうだけど。

 

「…簡潔に言うと、ただの私用ということになりますか」

 

「はあ...」

 

 分かったような、分からないような。

 

「逆に貴方は、どのような理由で潜って?」

 

「それは...何となくです」

 

「ほら、理由なんてそういうものですよね?」

 

「…意地悪なんですね」

 

「たまに言われます」

 

 この感じ、少し苦手だ。

 こっちの言ってること全てを受け流されてる気がするから。

 

「実は...祖父が亡くなったんです」

 

 だから、言ってやった。

 

 どうだ、と。

 こんなことを言われるなんて思っていないだろうと、虚をつく言葉で出し抜こうと思った。

 




この時がやってきました...と、いうことで。
今回はかなまるうみの三人で展開していくことになります。
一か月以上にわたり展開するにあたって、今回はとりあえず花丸誕生日までの間に、あと2話挟もうと思っております。

ぜひ、最後まで見届けて頂けると嬉しいです。

…てか、勝手に果南ちゃんの祖父を〇してしまった件に関してはここで謝罪を。
すみませんでした。

それでは今回はこのあたりで。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回はおそらく来週日曜になるかと思います。そうなるといいなあと思ってます。

いやほんと、グダグダにならないよう注意して頑張りますので!


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私たちの海

盛大に遅れました。こちら第二話です。

明日はマルちゃんの誕生日なので、頑張って書き上げて投稿する心づもりです。
ちなみに展開自体は決まってますが、話を組み上げることにどれくらい時間かかるかな、という感じです。

いやホント、グダグダになっちゃってますけど頑張るので!!
ひとまず今話、よろしくお願いします!


 海辺に、二人の女性が並んでいる。

 

 黒を基調としたワンピースを着こんだ女性は、砂浜に立ち海を眺める。

 ダイビングスーツに身を包んだ女性は、そこにしゃがみ込みぽつぽつと言葉を紡いでいく。

 

 そうして彼女の口から語られたのは……。

 

*  *  *  *

 

 私は、浦の星を卒業後、一人外国へ渡った。

 厳密に言えば外国の大学に進学した親友も一人いたけど、国が違うから話は別。

 

 私が海を渡った理由。

 それは海外でダイバーの資格、すなわちダイビングライセンスを取得するため...というのは実は、要因としてはさほど大きくない。

 日本にもその資格を取得できる学校はあるし、海外の学校へ行く方がお金もかかる。

 

 それでも、両親を説得してまで海外進学を希望したその理由は、簡単に言うなら自立のため。

 私が愛するこの地元だけじゃなく、もっと他の海も見てみたいと思ったから。

 そして、これまで一緒に過ごしてきた親友たちと別れることで、自分をもっと成長させたい、と。

 ただ、その二人も地元を離れるという選択をすると聞いた時は驚いたけど。

 

 

 このことについて悩んでいた時、最後のひと押しをしてくれたのが、他ならぬ祖父だった。

 一言、広い海を味わってきなさい、と。

 

 あとで知ったのだけど、祖父も若い頃に海外でダイビングをやって、そこから本格的にお店を建てることにしたのだそうだ。

 

 そんなこんなで、色々なことが起こった後、私は高校を卒業。

 実際に通う学校に入学した。

 

 海外での学生生活、しかも単身女子での入学という事で、住まいは学校付属の寮。

 

 私が初めに直面したのは、英語でのコミュニケーション...ではない。

 単純に、季節の逆転という違いだった。

 

 渡航先を決めるときに候補に挙がったのは、二つの国。

 そのうち一つは、なんだかあの子を追いかけてるような感じがして、やめた。

 それで選んだ国は、時差こそほぼ無いけれど、季節は真逆な、自然あふれる国。

 

 実際に来てみて感じたのだが、本当に季節感が逆だというのは違和感だった。

 簡単に言うなら、タイムスリップをした気分。いやまあ、タイムスリップしたことなんてないけど。

 

 一方で英語でのコミュニケーションに関しては、特に問題なかった。

 それもこれも、”海外に行くならEnglishは必須デ~ス”なんて言って、ほぼ毎日英会話をさせられた親友のおかげなんだけど。

 

 結局のところ、私は助けられてばかり、支えられてばかりなのだ。

 

 そんな自分から脱却するためと、強い決意で飛び込んだ海外での経験の数々は、私にとっては新鮮なことだらけで。

 一年目は、それこそ何も考える暇などなく、怒涛のように過ぎ去っていった。

 毎日が学びの糧で、私自身成長していると感じることが出来た。

 現地の人たちとの新鮮な出会いも、私を成長させてくれた貴重な財産だ。

 

 二年目からは、少し心にゆとりも出てきて、自分の時間も増えた。

 まあ単純に、海外での暮らしに慣れたという事もあるのだろうけど。

 

 そこで私は、新たな事にも挑戦し始めた。

 それは、本格的な英語の勉強。

 

 実は、ダイビングライセンスの取得というのはそれほど期間をかけるものでもない。

 基本的に二年間で取得することが可能なのだ。

 そこで、その二年目をより有意義なものにするため、あえて自分を厳しい方へと追い込み、充実した海外でのキャンパスライフを試みたのだ。

 

 しかし、この決断が後に私を大きく苦しめることになる。

 

 今考えてみれば、当たり前なことだ。

 

 いくら慣れてきたとはいえ、あくまで自分がいるのは海外。

 当然ながら、不測の事態というものが起こりやすい環境なわけで。

 更に言うと、基本的に二年間で取得できるライセンスも、違うことを並行して学べばそれだけ大変にもなるし、余裕もなくなってしまう。

 

 そんなことも考えず学習意欲だけで突き進んでいた私は、後に痛い目を見ることになった。

 

 それが、大学生となって2年経った時の、7月頃の話。

 ダイビングライセンスも英語も座学メインの忙しい時期で、毎日勉強漬けだった。

 長期休暇に入っても、自習に追われる日々。

 

 そんな時。

 ふと頼りたくなって、夏季休暇に入っているであろう私の親友に、一本の電話をかけた。

 

 でもそれも、何でもないフリをして切った。

 

 元々は自立のために海外へ渡航したのに、結局頼っている自分に気付いたから。

 

 

 それから、なんとかしてダイビングライセンスも取得し、英語の学習も一段落つき。

 久々に帰郷した私。

 

 そこで待っていたのは、寂しい街だった。

 

 誰もいない。

 私が一緒に暮らした親友も。後輩も。

 

 そして同時に悟った。

 ”寂しい”という感情を抱いた私は、要するに何も成長できていなかったという事を。

 

 

 だから、本来なら資格を取ってからすぐに実家で父の仕事を手伝う予定だったところを無理やり延ばして、私は再び大学の二年間を過ごした国へと帰った。

 

 

 そして、今。

 祖父の死という形で地元に帰ってきた私だけど、その目に映る街は半年前と何も変わっていない。

 私は未だに何も変わることが出来ていないんだなと思い、少し悲しくなった。

 

*  *  *  *

 

 そうして語られた彼女の過去を、砂浜に立った女性はただひたすらに聞いていた。

 聞いているだけなのにどこか安心感のある彼女の佇まいに、過去を語る彼女の口は止まらなかった。

 

 止まらぬ口で彼女は尋ねた。

 あなたは何者なんですか、と。

 

 問われた彼女は少し考えた後、言った。

 単なる一人の心理カウンセラーですよ、と。

 

*  *  *  *

 

 祖父の葬儀は、慎ましく厳かな雰囲気で執り行われた。

 

 涙は出なかった。

 おそらく、昨日海で全部洗い流したからだろう。

 

 海と言えば、昨日浜辺で出会ったあの人は、どこへやら。

 今日は姿が見えない。

 

 いや、当然と言えば当然なんだけど。

 昨日話を聞いてくれて、心がすごく落ち着いたからそのお礼もしたかったのに、残念。

 

 ただ今になって思うと、昨日は本当にぶっちゃけた話をし過ぎてて正直恥ずかしさが残ってる。

 

 

 昨日語った過去の話と関連して、葬儀で一つ思い出したのが一人の後輩のこと。

 彼女は、こんな私を慕ってくれて、卒業して海外に行くという話をした時も、一番気にかけてくれた記憶がある。

 

 今頃彼女は何をしているのだろうか、と。

 会うはずもない後輩の事に想いを馳せながら、私は、祖父のいなくなった街と海を眺めていた。

 

 




ダイビングライセンスについては、調べた限りだと大学四年間で取得する代物ではなさそうだったので独自路線でこんな形に。
正式には違うのかもしれませんが、その辺りは目を瞑って頂けると有難いです。

…と、いうことで。
今から24時間以内にお会いできることを祈り、今日はひとまずここで。

では、ここまで読んでいただき、ありがとうございました!!


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花丸side

間に合いました…!
紆余曲折あり、一度は今日中の投稿を諦めもしましたが何とか踏ん張って書き上げました。

とはいえ長い前置きもアレなので、本編へ参りましょう。
短編第三話で、視点がこれまでからガラリと変わっています。宜しくどうぞ。

花丸ちゃん、Happy Birthday!!


 ここは、関東に位置する大学の、とある一つのキャンパス。

 

 この大学に一年前から通っている私は今、ある事情からキャンパス内を駆けまわっていた。

 

「国木田さん、そこに積まれてる箱もさっきと同じ場所に…」

 

「あ、マルちゃんお疲れ~なになにお手伝い?」

 

「ちょっとそこの人、ここの扉開けてくれる?今両手塞がってて」

 

 言われるがまま、私に対する呼びかけへの返事もそこそこに、手足をせわしなく動かす。

 とにかく忙しい。なにしろ大慌てで作業しているし。

 

 ただ、楽しさもある。

 こんな風に、色んな人たちと協力して何かを成し遂げようとすることは好きだ。

 それにこの仕事も、自ら希望して引き受けたもの。

 弱音なんて吐いていられない。

 

 

 そして。

「ありがと~助かったよ国木田さん」

 

「ということは、これで準備は完了...ですか?」

 

 私の問いかけに、グッと右手の親指を立てて応える。

 

 この人は大学の先輩で、年は二つ上。

 私が入学してきた時、一番最初にお世話になった先輩。

 右も左も分からない私に色々教えてくれたし、本が好きという共通点もあった。

 文芸部のようなサークルでも一緒に活動している。

 

 その反面、私と違ってアクティブなところもあるこの先輩は、大学の生協にも加入している。

 

 そして今日は、何を隠そうオープンキャンパスの日。

 この大学では高校の生徒たちが夏休みに入ったばかりの時期に開かれるのだが、先輩を始め多くのボランティアの人たちが、今日までもその準備に追われていた。

 

 それで私も、先輩と一緒ならという事で微力ながらお手伝いをすることにしたのだ。

 

 仕事自体はこれまでもやっていたけど、今日は実際に生徒たちが来る。

 その人数などの最終確認だったり、それに伴った案内板の設置であったり。

 時間ギリギリまでの作業で、なんとか無事に済ませることが出来たみたい。

 

 

「それじゃ...って、何してようか?」

 

 先輩が少し困った顔で問う。

 

 確かに、先輩はこれからも働くことにはなるが、私は準備までのお手伝い。

 居てもむしろ邪魔になるだけだ。

 

「ん~私は、来てる生徒さんたちの様子少し見てから、帰ろうかなと思いますけど」

 

「そうね。まあ、長居してもやることなくて暇だろうから...」

 

「はい」

 

「ありがとね、国木田さん。ホントに助かったよ」

 

「いえ...私もお手伝い出来て楽しかったですから」

 

「それなら良かった(笑)」

 

「ではまた、先輩」

 

「うん!ホントにありがと!

 今日はゆっくり身体休めてね~」

 

 そう言いながら先輩は、足早に立ち去っていった。

 恐らくこれから予定がある場所へ向かったのだろう。

 

 

 それでなにするか、何だけど…。

 先輩にはああ言ったものの、様子を見るってどんなだよと、自分にツッコミを入れる。

 

 大学にもう特に用はないので、とりあえず出口へ向かうことにする。

 

 するとそこで、三人組の女子が目に入る。

 何となく見ていると、昔のことを思い出した。

 

 

『ほら二人とも見て見て!』

 

『すごいおっきな建物ずら~!

 でも、こんなところに来年から通うなんて、マル不安になってきちゃった』

 

『確かに想像できないね...』

 

『…善子ちゃん?』

 

『ヨハネよ』

 

『はいはい。

 それで?どうしてそんなに縮こまって歩いてるずら?』

 

『何よ?別に...人の多さに怖気づいてるとかじゃないんだからね!?』

 

『………』

 

『なんとか言いなさいよ!』

 

『クスッ』

 

『あ!笑ったわねルビィ!』

 

『ごめん、でも...』

 

『でも、何よ?』

 

『なんか、ね?花丸ちゃん』

 

『うん。善子ちゃんのおかげで、不安が相殺された気がするずら』

 

『そうそう』

 

『……』

 

『どうしたずら?』

 

『バカにするなぁ~!』

 

『あはははっ』

 

 

 …あれは確か、三人で初めて関東の大学までオープンキャンパスを利用して行った時のことだ。

 懐かしい記憶に、思わず頬が緩む。

 

 その思い返しで、周りに目がいっていなかったからか。

 

ドンッ

「痛っ」

 

 影から出てきた人にぶつかってしまった。

 

「すみません!」

 

 咄嗟に謝る。

 

 頭を下げて数秒。

 返答がなく心配になって顔を上げる。

 

 すると目の前に、私の顔を見てポカンとしている女性が。

 

「あの...もしかして変なとこぶつかりましたか?」

 

 もしや記憶が飛んでいるのではと疑い尋ねる。

 いや待った。

 変なとこぶつかりましたか、はなんだか違う気がする。

 

 そう思って訂正しようとしたところ、

「国木田...花丸さん?」

 

 唐突に名前を呼ばれる。

 見知っている覚えがない私は困惑してしまった。

 

「えっと、あの...どこかでお会いしたことありますか?」

 

 そう尋ねると、

 

「それはこちらの台詞です...」

 と返され、すっかり何がなんだか分からない状態に。

 

「いや、名前...」

 

「ああそれは、そちらの名札で」

 

「あっ」

 

 すっかり失念していた。

 オープンキャンパス準備のボランティアに参加する際。

 誰が誰かが分かるように、とそれぞれが服に名札を付けることになっていた。

 それを使ってこの女性は私の名前を呼んだに違いない。当たり前のことだ。

 

「それで、どこかでお会いしたか...という話でしたが」

 

「いえ、それはもう忘れて下さい。

 単なる勘違いでしたので」

 

「そうですか...」

 

 ただ、言われてみると私も、何だか見覚えがあるような気がしてきた。

 

「…と、すみません。ぶつかっておいて。

 お怪我とか、ありませんか」

 

「はい、問題ないです。

 貴女の方こそどこか痛んだり…?」

 

「私も平気です、問題ありません」

 

「それなら良かった。

 大事な生徒を傷付けるところでした...失格ですね」

 

「生徒?」

 

「はい。お見受けするに、本校の学生さんでしょう?

 私はこんなですが、一応この大学に勤めているんですよ」

 

 !?

 私、やらかしちゃった…?

 

 でも、普通に考えてみればそうだ。

 校内にいる年上の方は、大抵は先生という立場の方に決まってる。

 

「すみません...私、知らなくって...」

 

「そんな。全然気にされなくていいですよ」

 

 …と、いうことはだ。

 私の抱いた既視感は、大学の中で見かけた事があったからなのだろうか。

 

 定かではないけれど、それが一番、可能性としては高い気がする。

 

「それで貴女は、どうしてこんな日に大学へ?

 もしかして生協の?」

 

「ええと、サークルの先輩が生協に入ってるんですが、今日はそのお手伝いで...」

 

「…人のために尽くせる、優しい方なのですね」

 

「そんな、優しいだなんて。言い過ぎです...」

 

「そうですか?

 自ら人のために働こうと思える人が、優しくないわけがないと思いますが」

 

「そうなんですかね?」

 

「そうですよ」

 

 何だろう。

 少し頑固な人なのかな。

 褒められることは嬉しくもあるけど、少し恥ずかしいかも。

 

 ちょっと照れくさくなって、歩き出す。

 

「それで手伝いも終わったので、帰るところだったんです」

 

「なるほど」

 

 そう言いながら、当然のようについてくる女性。

 

「先生の方はどのような用事だったんですか?

 やっぱりオープンキャンパス関係で?」

 

「まあ、そんな所です」

 

 やや曖昧に返される。

 何かあったのだろうか。

 

 でも、わざわざ私が踏み込んでいいような話じゃないかもしれないし。

 

 やや困った私は、失礼しますと断りを入れ、スマートフォンをポケットから取り出す。

 

 何となく、最寄り駅の時刻表を確認する。

 

 あまりこの時間帯に電車に乗ることはないから、ちょっと確認。

 まあ、本数は割とあるからそこまで待つ必要もないんだけど。

 

 …と、そこで。

 

 メッセージアプリに、母からの通知が二つ。

 気になって見てみると、そこには。

 

「えっ」

 

 驚くべき事が書かれていて、思わず手に持っているスマホを、私は二度見することになった。

 

 それは。

 

 

 私の高校の時の1人の先輩。

 果南ちゃん。

 

 その祖父が亡くなったという、訃報だった。

 




次話は、なんとか海未ちゃんの誕生日よりも前に…願わくば日曜くらいには投稿したいと思っています。
応援して下さると嬉しいです(笑)

それではひとまず、ここまでお読みいただきありがとうございました。


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百合の花、アザレアの花

はい。
またしても遅れやがりました。
誠に申し訳ない限りです。

ただ、あと二話分残っているので、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。


遅れちゃったけど。
海未ちゃん、Happy Birthday!!


 窓から見える景色が、瞬く間に移り変わる。

 都会の様相だったものは、今や自然味溢れる風景となった。

 故郷に帰っていっているということを感じる時だ。

 

 考えるのはもちろん、一人の先輩の事。

 

「果南ちゃん…」

 

 ついさっき、私のもとに届いたメール。

 果南ちゃんの祖父の訃報。

 

 私の実家はお寺だけど、その葬儀を執り行うということで、知り合いなんだし折角なら、と母が連絡を入れてくれたみたいだ。

 

 でも…。

 

 

「あの…」

 

 その時、隣に座った女性から声をかけられはっと我に返る。

 そこには、母からの連絡が入る前にふとしたきっかけで知り合った、園田先生が。

 

「本当にすみません!いきなりこんな無茶なお願い聞いてもらってしまって…」

 

「いえ…困っている子を助けるのが教師の仕事ですので、それは構いませんが」

 

 続けて、本当に私なんかで手を貸せることがあるのでしょうかと、疑問を呈する。

 

 当然のことだ。

 見ず知らずの学生から突然、力を貸してほしいので一緒に来て下さい、だもの。

 

 私自身、思い切った行動をとってしまったなと今更になって思ってしまってもいる。

 

 ただ、本当に何となく。なんとなくだけど。

 この方なら、何だか私...というか果南ちゃんに寄り添ってくれるような気がしたのだ。

 

「きっと先生になら...いや、先生だからこそ、出来ると思います」

 

「…そうなのですね、分かりました」

 

 私の根拠のない言い切りにもそう返答をくれ、やはり頼ってよかったと思えた。

 

*  *  *  *

 

 果南ちゃん。

 私の二つ年上の先輩で、高校卒業とともに沼津を離れ、海外の学校へ飛び立っていった。

 

 果南ちゃんとはAqoursで一緒に高校生活を過ごしていたわけだけど、それだけじゃない。

 私たちは、9人を3人ずつ3つのユニットに分けての活動も行っていた。

 

 その中で、私と果南ちゃん、そこにダイヤちゃんも加えた3人が、AZALEAだった。

 

 当時私は1年、二人は3年生。

 これがすなわち、何を意味するか。

 

 …そう。

 二人が卒業してしまえば、ユニットは自動的に消滅してしまうということだ。

 

 実際、卒業というものが間近に迫った時期、ユニットをどうするのかという話が上がった。

 例えば千歌ちゃん曜ちゃんルビィちゃんのCYaRonは、卒業後もメンバーが変わらないから特に問題が無かったりしたためだ。

 

 結果として、私たちAZELEAの名前だけがたった一年で消えることになった。

 

 私は、受け入れられなかった。

 Aqoursは、メンバーが変わっても残っていく。

 他のユニットも、形を変えながら残っていく。

 

 でも。

 私の、私たちのAZALEAだけが無くなった。無くなることになった。

 

 その悲しさを、どこに向ければいいのか分からない思いを、旅立つ先輩にぶつけたことがあった。

 

 その時に教えてもらったのだ。

 果南ちゃんが海外の学校へ進学することにした、そのきっかけを。

 そこで聞いた、果南ちゃんの祖父との記憶と思い出。

 

 母から訃報を聞いた時に、初めに思い当たったのがその話だった。

 

 きっと果南ちゃんは苦しんでいると、悲しんでいると思った。

 でも、私には、どんな言葉をかけるのが正しいかが分からない。

 

 今やほとんど会うこともなくなって、Aqoursも過去の話。

 そんな私が出来ることなんて無いんじゃないかと、そんなことまで考える。

 

 でも、何かをしたいと、そんな気持ちだけが膨らむ。

 

 そんな経緯があり、大学で出会った園田先生。

 なぜか助けてくれそうだと直感が告げたこの女性に頼ろうと、そう決めて、現在。

 

 私たちは、静岡へと向かっている。

 

*  *  *  *

 

「ふふっ」

 

 突然、笑い声がした。

 その主は勿論、私の隣に座った園田先生。

 

「あ、いえ、すみません...。

 ただ、想像していたのと違っていたので」

 

 想像...?

 

「これは触れていいか迷ったのですが...

 あなたは高校時代にスクールアイドル活動をしていましたよね?」

 

「えっ」

 

「3年前...でしょうか、確か、Aqoursというグループ名で」

 

「ど、どうして...」

 

 突然正体を知られているような感覚になり、驚きの声を上げてしまう。

 

 そして、その後に続けられた言葉に、私は更に驚くことになる。

 

「それは...私も同じだから、でしょうか」

 

 この瞬間。

 色々なことが、繋がった気がした。

 

「もしかしてあなたは...μ’sの園田海未さん、なんですか?」

 

「あら...ご存じだったのですね」

 

「ととと、とんでもないずら!まさか、μ’sの方とこんな形で...」

 

 驚きなんて、そんな生易しいものでは形容できないこの感情。

 

 それと同時に、何となく抱いていた既視感の正体も。

 μ’sの方なのであれば、確かに高校時代幾度となく目にしてきたし頭に残っているはずだ。

 

 また、頼れる気がすると感じた思いの正体も。

 園田海未さんの大人びた雰囲気と、信頼を集める素質、とでもいうのだろうか。

 それらはまさに、海未さんがμ’sであった頃を見て、私が感じたままのこと。

 

「あなたはどちらかと言えば大人しい印象を受けていたのですが、今のこの奔放な感じは...まるで凛のような」

 

「凛、と言うとあの、星空凛さんですか...」

 

「よく知っているのですね」

 

「それは、当然と言いますか...」

 

「当然?」

 

「はい。実は私は、とある雑誌で星空さんを見て、スクールアイドルになろうと決めたんです」

 

「そうなのですか、凛もそれを聞くと喜ぶことだと思います」

 

「今でも連絡は取り合ったり...?」

 

「μ’s全員で集まれる機会はそう多くないのですが…。

 私と凛、そこに希を加えた3人でなら、都合を合わせて会うことも多いですよ」

 

「東條希さん...ですよね?」

 

「…少し変な組み合わせと思っているのでしょう?学年もバラバラですし」

 

「あっいえ、決して変と思っているわけではなく...」

 

「基本的に知られてないと思いますが、実は私たちμ’sは、3人ずつ3つに分けたユニットでの活動も少しだけやっておりまして」

 

 えっ、と声が出る。

 まさか、私たちAqoursと同じようなスタイルをとっていただなんて。

 千歌ちゃん風に言うなら、奇跡だよ!ずら。

 

「私たち3人は、lily whiteと言うユニット名でした」

 

「リリーホワイト...」

 

「日本語風に言うなら、白ユリ、でしょうか」

 

 またしても驚きが体に刺さる。

 しかし今度は、えっという声ではなく、私は一つの呟きを漏らした。

 

「…アゼリア」

 

「はい?」

 

「私たちのユニット名です!

 私がAqoursだった頃二人の先輩と組んでたユニットがあって、それがAZALEAって言うんですけど、もともと花のアザレアから名前をとってて」

 

 今度は、海未さんがあら、という声を漏らした。

 

 そして目と目が合い、なんとなく笑いだす。

 

「すごいですね、こんなに偶然が重なり合うなんて」

 

「本当です...私は未だに、信じられていないんですが」

 

「ただこれで、あなたが私に助けを求めた理由も見当はつきました」

 

「あっ」

 

「わざわざ聞き出すつもりはありませんでしたので。

 自然な流れであなたのことを知れて、私も良かったと思っています」

 

「すみません!本当に無理なことを頼んでしまって」

 

「これも、年上の務めですよ。

 ご期待に沿えるかどうかは分かりませんが、きっと上手くいきます」

 

 そういう海未さんの表情は自信に満ち溢れていて。

 やっぱり私は、この人を頼ってよかったなと思えた。

 

*  *  *  *

 

 果南ちゃんの祖父の葬儀には、立ち会わなかった。

 

 悲しい表情をした先輩を見るのが、怖かったから。

 実際に会った時に、どんな顔でどんな言葉をかければいいのか、まだ見つけられていなかったから。

 

 でも、やっぱり。

 抑えきれない感情を胸に、私は()()()()を目指して家を飛び出した。

 




最終話は、海未視点のお話になります。
どうぞお楽しみに。(楽しめるかどうかは分からない)

それでは今回は短めに。このあたりで。
とにかく、なるべく早くに投稿します。
いやほんとに!結局グダっててすみません…頑張ります!


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