魔神が 歩みだす 日 (歩暗之一人)
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魔神が 歩みだす 日

 

 

肩にかかる荷物の重みを少し煩わしく思いながら、むき出しの荒れた大地を歩く。

元来体力には自信はないが、この体は一年の眠りから目覚めて間もないため、輪をかけて疲労感を強く感じる。

傍らを歩む身軽な連れは、数歩先を行き、振り返りながら言う。

「もう音を上げるのか?私はお前を連れて回る間中ずっとこの細腕で旅を続けてきたというのに」

「そういうな。これから先、俺が荷物を持つ時間のほうが遥かに長いだろう。それにお前は結局荷物に振り回されてよくこけていたじゃないか」

「な、お前、覚えているのか」

「体は動いていたんだ。見聞きしたものは記憶に残っている。ずいぶんと優しくしてくれてたじゃないか。声色だってだいぶ」

「よせルルーシュ、それ以上は聞きたくない」

少し顔を赤らめながら顔をそむけるC.C.を見て、やはり変わったのだと感じた。

俺も、彼女も。全てをやり切って、ギアスという名の呪いを、願いに変えて、同じ視点に立ってお互いを見ることが出来る今、互いの在り方も、関係性も、以前とは少し変わったのだろう。今俺たちの間にあるのはしがらみではなく、共犯者としての契約でもない。あの時交わした、たった一つの約束。俺はそのために甦り、こうして歩き出した。

「まぁそうむくれるな。それに今の俺はL.L.だ。」

生まれなおした俺の、新しい名前。C.C.の隣を歩むための、ゼロとは違う記号。

「そうだったな。精々筋肉をつけて、そのもやしみたいな体をマシにしてくれ、L.L.」

「はいはい、お姫様」

そこまで話して、この不老不死の体は肉体改造というか、成長をするのだろうか、という疑問が頭をよぎった。まあいい。これから先、時間はいくらでもある。

彼女の隣を歩む永い道のりの中で、徐々に息切れしなくなっていけば、体力は自然とついているということだ。

たとえ体は変わっても、変わらないものがある限り、俺たちはどこまでもいける。

行き詰まりに絶望したあのコクピットの中でのC.C.の叱咤と涙を思い出す。

俺はいつもの俺のままで、あり続けていいのだと。

「なにを一人で笑っているんだ?」

「ん?今俺は笑っていたか?」

「ああ。こぼれるようにな」

「そうか」

「で、何を考えていたんだ?」

「ふむ、そうだな。今までお前を泣かせた分は、笑わせてやらないと、とな」

「ふっ、そんなことをまじめに考えていたのか。それに、それじゃノルマにもならないな」

「ああ。わかっている。最期まで、お前に笑顔をくれてやるとも」

「ずいぶんな自信だな。私にギアスは効かないぞ」

「違うな。間違っているぞ。このギアスだけはお前にかかる。それに」

「それに?」

「約束だからな」

過去をやり直すのでも、ただ今日を積み重ねるのでもなく、より良い明日を求めて。

―――たとえどれだけ時間がかかろうとも、人は幸せを求め続けるから。

かつてシュナイゼルに向けた言葉を反芻する。

 

未来永劫続く果てしない悪路も、C.C.と二人なら、一歩ずつ、歩みを進めていける。

 

計算するまでもなく、そう信じられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よかった。ルルーシュはちゃんと歩き出した。

ずっと孤独を抱えていたけど、今は違う。

素敵なめぐりあわせがたくさん、ほんとにたくさんあって、今の道がある。

これから先も、きっと楽しいことばかりではないかもしれない。

でも、今日より悪くなるかもしれない明日を、より良い明日にしていく力があると、ルルーシュはすでに証明しているもの。

 

ナナリーとルルーシュを、このCの世界から送り返せて、ほんとによかった。

あの二人がいてくれれば、世界はきっとよくなる。

お姉さまも、スザクも、幸せになれる。

 

これで私の心残りはなくなった。

さよならみんな。

さよならスザク。私の騎士。

 

きっとまた、会いましょうね。

 

 



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Re;2

おぼろげになっていく視界。

遠のいていく声。

 

最期の力を振り絞って、傍らにいてくれるナナリーに感謝を伝える。

もう、言葉をうまく発せているのかも定かじゃない。

 

すごいな、ユフィは。

最期のあの時、君はギアスに抗いながら自分自身の言葉を紡いでいた。

 

ずっと謝りたかった。君に嘘をついたこと。君を守れなかったこと。

 

遂には何も見えなくなり、弱々しくなっていく自身の鼓動だけが世界の全てになった。

 

最期に一目、ルルーシュに会いたかったけど、どうやら間に合わないみたいだ。

もうすぐ会えるよ。ユフィ――――

 

 

 

―――風の音が聞こえる。

瞼越しに、陽の光が感じられる。

あの世、というのがあるのかは知らないけれど、Cの世界があることを、僕は知っている。死者の願い、想いが流れ着くあの世界に、僕も来たのだろうか。

 

それにしては、身体が重い。瞼を開くのも一苦労で、精一杯の力で持ち上げる。

死者の世界で目覚めるというより、生にしがみつく肉体に無理やり起こされたみたいだ。

呼吸さえ辛く、動かずとも痛みが身体を駆け巡る。

 

「おはよう、スザク。いや、ゼロ」

 

さっきまであんなに重く感じられた瞼が、自然と見開かれる。

風の音の発生源は病室の窓から入る陽気に揺れるカーテンで、

声の方の発生源はその窓辺に寄り掛かる、僕の友達だった。

 

あぁ。ジルクスタンを思い出す。

あの時も、僕は重傷で身体は重く、君は窓辺で同じように語りかけてくれた。

 

「変わらないな、君は。」

「長い間、ゼロという役目ご苦労だった。今ここで、その重責と、生きろというギアスから解放しよう」

そう言って、君は何かを操作したようだけど、僕にはもうよく見えない。

それから後、君が何かを言っていたようだけど、僕にはもうよく聞こえない。

でも、君がなんて言ってるのかは、なんとなくわかるんだ。

 

僕も君に、言いたいことが、たくさんあるんだ。

良い思い出も、嫌な思い出も、モザイクのカケラみたいに頭に浮かんでいく。

 

 

「ルル  シュ   ありが と        」

 

 

 

 

――ギアスにかかった証である虹彩の赤い光が明滅し、スザクにかけられた生きろというギアスが解かれたことを示した。瞼をゆっくりと閉じながら、最期の言葉を弱々しく口にする。その声は微かで、うまく聞き取れなかったが、何と言ったかはわかる。

ありきたりで、それゆえ真っすぐに、想いのこもった言葉。

 

人として当たり前の寿命を全うした、俺の唯一の友達の姿を前に、自然とこみあげてくる感情が頬を伝う。じわじわと、押し寄せてくる哀しみの波が大きくなる。

溢れ出る涙が、重力に囚われて滴っていく。

 

病室のドアが開いて、廊下で待っていたC.C.が歩み寄ってきた。

 

「いつか、この日が来るとはわかっていたが、やはり――」

C.C.は何も言わずに、そっと俺の頭を抱きかかえ引き寄せた。

ユフィを喪ったあの日と、同じように。

 

 

病室は、情けなくすすり泣く俺の声と、風の音に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら、今度こそ僕は、あの世界に別れを告げたらしい。

体は軽く、重力さえ感じない。

 

遠くから、僕の名前を呼ぶ、優しい声がした。

やっと、会えた。

君に、話したいことが、伝えたいことが、本当に本当に、たくさんあるんだ。

 

何から話そうか。時間はきっと、たっぷりある。

一番伝えたいことさえ、後回しでもいいかな。

たった今、ルルーシュが会いに来てくれたんだ。

いつものままの、彼らしい見送りだったよ。尊大で大げさで。

うん、君なら笑ってくれると思った。

 

それからね、ユフィ――――――――

 



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せめて 温もりとともに

ゼロの上着を着てた姉上についての妄想


 

 

乾いた大地に、乾いた風。

潤いとは無縁の荒んだ国土。その外縁部に位置するこの村は、

今だけは、我々黒の騎士団の歓声で賑わいを見せている。

紅月カレンの一声で結団式が催されることとなり、その準備が行われている最中だ。

 

扇から部隊の詳細を聞いたルルーシュは、そのままこちらに向かって真っすぐ歩いてきた。

「姉上、少々お時間をいただいても」

「ああ。私もお前に話がある」

 

皆が宴の支度をする喧騒から少し離れたところで、ルルーシュが口を開く

「作戦への協力、感謝します。条件をクリアするには、姉上の協力が必要不可欠でした」

「先刻宣言した通りだ。ナナリーのために、我らは動く」

「ええ。それで構いません。俺は赦されようとも、赦されるとも考えていない」

「勿論、赦すことなどありえない。お前が如何なる覚悟をもって世界を壊し、創造したとしても、この感情が消え失せることは決してない」

 

そうだ。ルルーシュが、どれほど稀有な奇跡を起こしたとしても、そのために必要な多くの犠牲を払ったことに変わりはない。そしてその悲劇の中に、最愛の妹は斃れた。それがたとえ、ルルーシュが意図したものではないとしても。

 

「だからこそ、感謝を」

 

真っすぐに私の瞳を捉えるその双眸は、以前の禍々しさを備えてはいなかった。

ゼロの仮面を脱ぎ去り、ルルーシュという個人の純粋な想いが愚直に響いてくる。

 

傾いできた夕日に目を移し、口を開く。

 

「なぁルルーシュ、覚えているか。昔ユフィが語り、そして実現しようとした世界のことを」

「それは、ナナリーの夢でもありましたから」

「他人に優しくなれる世界、平和と思いやりの溢れる日常。私はな、ユフィと、ユフィが語るその夢が好きだった。今でも。でも、心のどこかで、それは叶わない幻想だと諦めていた。この世は絶えず戦火を内包し、強者が生き残るシステムが敷かれているのだと。だがな、この一年、お前が造り上げたこの世界は確かに、あの子が望んだ世界だったよ。ずっと思っていた。ユフィにこの景色を見せてやりたいと。ユフィに――」

 

溢れる感情が抑えきれずに、熱くなる目頭を押さえる。

一息ついて、言葉を紡ぐ。

 

「だから、私からも礼を言う。ありがとう。あの子の願いを叶えてくれて」

 

我が弟は心底驚嘆したように、目を見開いた。

悪逆の限りを成し、世界に爪痕を刻んだ男に、感謝しているものがいるとは微塵も考えていなかったようだ。

 

「日も落ちてきた。冷えてきたし、そろそろ宴も始まる頃だろう。皆のところへ戻ろう」

振り向いて数歩歩いたところで、背中がわずかな温もりに包まれた。

「たしかに、その恰好では体が冷えてしまいます。作戦まで、体調は万全でお願いしますよ、姉上」

そういって、立ちすくむ私の横を追い抜いていく。

「まさか私が、この衣装を身にまとう日がくるとはな」

自嘲気味な笑みとともに、そんな言葉をこぼす。

 

―ユフィ。お前のいない世界を生きる孤独さえ、ユフィの遺した優しさが癒してくれるよ。

 

羽織ったマントの裾を掴み、歩みを進める。

温もりを感じられる、この世界で。

 



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泥 の 匂い

OPのトラックでルルが倒れてクッションにボフってなるとことか、食事のシーンでドアがしっかり固定されたりしていたのを見てC.C.も苦労したんだろうなって。



 

トラックを転がし、舗装もままならない道を往く。

常に小刻みに振動する車内を、ひと際大きな揺れが襲った。

悪路にうんざりしながら、ハンドルを安定させる。

「ぅあっ!」

荷台から大声がして、反射的にミラーを覗く。

先ほどまで座り込んでいたルルーシュの姿が死角に隠れて見えなくなっていた。

トラックを減速させて路肩に停めてエンジンを切り、急いで荷台へ回る。

「大丈夫か!?ルルーシュ」

「ぅぅっ」

揺れにまかせて倒れこんでしまったらしいルルーシュの元へ駆け寄る。

額を打ち付けたようで、血が滲み出ていた。

「すぐ手当てしてやるからな。他に怪我はないか?」

救急箱を開けながら声をかける。

今後揺れが激しい道を走るときは横に布団かクッションを敷いておかなければ。

傷口を消毒すると、また大声を出して暴れはじめる。

「大丈夫だ。すぐ済むから、じっとしていろ、な?」

幼児をあやすようになだめ、言い聞かせる。

絆創膏を貼って、落ち着くまで抱きしめる。

「もう大丈夫だぞルルーシュ。すぐに痛くなくなるからな」

 

 

そうしているうちに時間が経ってしまい、日も落ちてきた。

空模様も怪しく、雨が降り出してもおかしくない。

今日中に門のある場所へたどり着ける予定だったが、手前の街で宿をとることになりそうだ。

 

数時間の運転を経て、目的の小さな街へたどり着いた。

治安もさほどいいとは言えない雰囲気を感じたが、長時間の運転とルルーシュの世話で疲労感は拭えない。ちゃんとしたベッドで睡眠をとりたくて仕方がない。

ルルーシュとともに夕食を取り、入浴を済ませて寝かしつける。

そのころには、自分の方も睡魔に抗えず泥のように眠っていた。

 

――明日こそは、ルルーシュを。

そう呟いて、微睡みの淵から堕ちていく。

 

 

 

 

ふと、夜更けに目が覚めた。

窓を叩く雨音がじわじわと輪郭を伴ってくる。

重い瞼をゆっくり開き、肌寒さを感じて布団を手繰り寄せる。

嫌に軽いその手ごたえと、焦点があってきた視界が、急激に意識を覚醒させた。

「ルルーシュ!」

ベッドの上にも、部屋の中にもいない。

見回すと、入り口のドアが半開きになっていた。

 

弾かれたように飛び起き、上着もとらずに走りだす。

「ルルーシュ!どこだ!?」

 

よりによって治安の悪そうなこの町でルルーシュを見失ってしまうとは。

建物の間、路地裏や往来、橋の下、川のほとり、あちこち探しまわるが、ルルーシュの姿はない。

土砂降りほどではないが、雨も降り続けている。

 

こんなことなら、入り口を紐で縛るなりして固定しておくべきだった。

そんな後悔とともに、嫌な想像が脳裏をよぎる。

変な奴に絡まれたり、暴力を振るわれていないか。どこかでこけて大けがしていないか。心配と不安で、胸が詰まりそうになる。

 

息も上がってきた。不本意だが、警察の手を借りるべきか。面倒なことになるが、ルルーシュを失ってしまっては元も子もない。ひとまず連絡を――

 

そう考えた瞬間に、視界の端に目的の人影を捉えた。

道端の花壇の前にしゃがみこんで、何かを見つめているようだった。

 

大きく息をついて、急いで駆け寄る。

「ルルーシュ!」

首だけこちらへ向けて、生気のない視線を寄越すその顔は、間違いなくルルーシュだった。

「何をやってたんだこんなところで。早く宿に戻るぞ」

「ん」

ルルーシュが、泥にまみれた手を突き出してくる。

その手には、一輪の花が握られていた。

「これは―――」

 

今のルルーシュに、以前の人格はない。

だが、当たり前に身についた常識や習慣はある程度残っている。

ストローは使えるし、万華鏡を回してみることだってできる。

だがしかし、他人に花を贈る、ということがあるだろうか。

いや、考えても仕方がない。

私が勝手に、送られたことにしよう。

 

「ありがとう、ルルーシュ」

 

だから、その生気のない表情が、ほんの少し笑顔を浮かべたように見えたのも、私の気のせいなのかもしれない。

 

それでもいい。お前がいつか、私との約束を果たしてくれる時が来ることを信じて、私はこの絶望の旅路を往くのだ。

自信たっぷりに、尊大に、不敵な笑みを浮かべて、人を、世界を欺いてきた、誰よりも真っすぐに明日を求めたお前が帰ってくるその日まで。

 

「さあ、帰ろう。ルルーシュ」

薄氷の上を歩き続けるような不安も、暗闇の中を進む孤独も、その積み重ねが、明日を造ると、私は知っているから。

 

泥だらけの手を取って、歩き始める。

いつか、ルルーシュの方から手を差し伸べてくる日が来ると信じて。

 



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真 母 衣 波

「まほろば」 素晴らしい場所 住みやすい場所 の意


最愛の妹からの言葉は、甘い猛毒のようだった。

その言葉を素直に受け取って、これからを歩んでいけたなら、それはどれほど――

 

ああ、いけない。これは欲だ。

ギアスのように抗いがたいこの願いを、俺は無下にせねばならない。

この優しさを受け入れる資格を、俺は持ち合わせていない。

 

ナナリーの為だけではない。俺は明日を望む多くの人々の為に、鎮魂歌を捧げた。

この現の世界において、俺は虚像でしかない。

一時的に世界と交わっただけの、泡沫の夢幻。

 

俺が壊し、創造したこの世界が皆にとってのまほろばであったとしても、

造り手である俺はその中に居場所を求めてはいけない。

それにナナリーは、俺がいなくても立派に生きていける。

俺の存在は、むしろ邪魔になるだけだ。

 

「ナナリー、よく聞いてくれ。確かに俺たちは同罪だ。しかも俺たちが背負っているのはとてもじゃないが、償いきれるような罪じゃない。」

 

今にも泣きだしそうな潤んだ瞳で、真っすぐに俺の瞳をのぞき込むナナリーの瞳を見て、感じてしまった。

ナナリーはもう、俺が何を伝えようとしているのかわかっているのだと。

それでも、伝えなければならない。

 

「だが、俺が背負えるのは俺の罪だけだ。他人の罪を背負ったり、分かち合うことは、難しいんだ。痛みは奪われてはいけない。抱えたまま、より良い明日を求めて積み重ねていかなきゃいけない。お前はならもう、わかるだろ?」

 

「それでも私は、お兄様と一緒の明日が」

「それともう一つ。俺の真意に気づけなかったと言ってたが、あれはナナリーの罪なんかじゃない。知ってるだろ、お前の兄は嘘つきなんだ」

 

ずっと、ナナリーだけには嘘をつかずに生きてきた。

でも結局、俺はゼロレクイエムの為にナナリーを欺き、ギアスをかけた。

 

「だからナナリー、自分を責めすぎるな。俺の願いはただ一つ。これからもお前がこの平和な世界で幸せに生きていくことだ。俺はその為に、世界を壊すと決めたのだから」

 

少しうつむいて、ひざの上のこぶしを固く握りしめたナナリーは、ゆっくりと顔をあげて訪ねてきた。

 

「お兄様は、これからどうするのですか?」

 

これから。自分のこれからに思いを馳せて、少し笑ってしまった。

 

「約束が残っているんだ、俺には。」

 

彼女の願いと、俺の想いと、あの時の約束。

そうだ。今日という日は終着点であり出発点。これから始まるのだ。

悪態をつきながら、笑顔を交わす日々が。

 

「ルルーシュいいの?C.C.もう行っちゃったみたいだけど」

入り口から顔を覗かせながら、カレンが間延びした声で告げた。

「何!?あのわがまま女め、自分勝手にもほどがあるぞ」

ナナリーに向き直って、言葉を選ぶ。

「ナナリーすまない。すぐ行かなければならなくなった。でもこれで最期じゃない。俺はずっとお前のことを想ってるし、何かあればすぐ駆けつける。どんなことでも、困ったことがあれば助けを求めるんだ。必ず帰ってくるから。それから――」

 

ナナリーが可愛らしい笑い声をあげるのを聞いて、言葉を紡ぐのを止める。

 

「はい。いってらっしゃいませ、お兄様」

 

何度もみた、優しい笑顔がそこにはあった。

 

「ああ、いってくる」

 

握っていた手を放し、ついていた膝を床から離し、急いで部屋をでる。

すれ違いざまにスザクに声をかける。

「スザク、ナナリーのこと」

「ああ、任せて。もう二度と、危険な目には遭わせないよ」

「頼んだぞ」

 

少ない会話で、互いにすれ違う。

言葉がなくても、伝わるもの、相手が伝えたいものがわかる。

 

 

そのまま現世を後にするように、駆け出す。

同じく虚の世界に生きる、この世でただ一人の愛する人の元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はきっと、わがままな女の子なんでしょうね。

同罪だとか言葉を並べて、結局はお兄様と一緒にいたかっただけ。

それだけで良かったのに、今となってはそれだけが許されない。

 

それに、お兄様のあんな笑顔を見てしまったらもう何も言えなかった。

私の目が見えていたころも、見えなかった間も、あんな笑顔をしたのは、ユフィ姉さまといたころだけだったもの。

 

「ナナリー」

「大丈夫です、スザクさん。私ずっと、どこか孤独だったんだと思います。

でも、今はもう大丈夫です。この世界は、お兄様のいない世界じゃなくなった。

この空の下のどこかで、お兄様もC.C.さんも歩んでいらっしゃるんです。こんなに素敵な気持ちになれて私、今とっても――」

 

涙が頬を伝うのを感じながら、心の底からの笑顔を浮かべる。

 

今日からはもう、お兄様のいない明日は来ない。

私もやっと、明日を生きていたいと、本当に思えるようになりそうです。お兄様。

 



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心残り の 空

あの幻想のような景色の下で、世界でただ一人不安を抱えた少女の、永い人生の中でのほんの僅かな、しかし最大の苦悩の物語。


 

奇跡の明日を享受する人々が、一斉に空を見上げる。

明日への期待と不安を内包する世界中の人々が、その感情の多くを一時忘却の彼方に押しやって、自然現象としては稀有で、あまりにも美しい星の瞬きの数々に見惚れている。

私の周囲にいるものは殊更に騒ぎ立てている。

勝利の美酒を味わいながら、その余韻を彩る最高の名画を目にしたように。

 

だが、この流星が何を意味しているのか、真の意味を悟るものはこの世界中できっと私だけだろう。人々を魅了するその流星群は、決してそれを見た者の願いなど受け付けない。

それそのものが誰かの願い――命を賭して叶えたかった想いの、それでも叶わなかった心残りなのだから。

私は確かに伝えた。心を残すなよと。シャムナもそれを覚悟したうえで、あの場に残ることを選んだ。最愛の弟が命を落とし、それを見届けることをだ。

しかし、現実には、別れの哀しみに耐え切れずにあの場に澱のように溜まっていた心残りたちが世界に降り注いでいる。

幾度も弟を看取り、その度に己の命を費やすことで甦らせてきた彼女が、遂に迎えてしまった真実の離別に耐え切れなかったのだ。いずれ死ぬと、もう救えないと理解したにも関わらず。

どれだけ固い決意でも、どれほど理性を働かせても、その時が来れば、それは風前の灯火にさえ劣る僅かな抵抗力しか持たない。それを、この鮮やかな夜明けの星々が物語っている。

 

胸に手を当て、己に問いかける。

お前はどうだ――

ギアスによって、人々から愛され続けた時もあった。永い時間の中で人々は自分を置いていくばかりだった。何度も何度も殺され、必要とあらば殺してきた。

 

私にとって命は、流れの中でいずれ消える泡のようなものだ。

だが、あいつを同じように定義していられるだろうか。

朝も夜も焦がれて、暗闇をかき分けて、やっと手にしたその命を。

この際だ。自分にくらい正直になろう。

愛してほしい。愛していたい。

でも、愛されれば愛してしまう。愛してしまえば、執着してしまう。

いずれ来る別れの哀しみに、私は耐えられるだろうか。

あいつに愛されない自分に、私は耐えられるだろうか。

詰みだ。私はあいつといると、チェックメイトをかけられてしまう。

 

私にはあいつしかいないが、あいつにはみんながいる。

この時間にはまだ、あいつを必要とする人々がたくさんいる。

 

 

流れ落ちる願いのカケラも、もう少なくなってきた。

荷物をまとめて、このまま立ち去ろう。

また以前と同じになるだけだ。この先の長い時間が、この感情さえ過去のものにしてくれる。そんな時もあったさと。

 

 

周囲が落ち着いてきたころを見計らって、荷物を外に持ち出す。

誰にも見られないように、避難民の中に混ざりでもしよう。

ギアスのカケラについても、調査しなくては―――

足を踏み出したところで、荷物を引っ張られて思わずよろける。

心臓の鼓動が跳ね上がった。

考えないようにしていた薄く淡い期待が心の表層に浮上し、そして振り返ったその光景に、一気に落胆した。

「忘れ物」

そういってカレンは私のお気に入りのチーズくん人形を差し出してきた。

少し言葉を交わして、そそくさと逃げるように立ち去る。

あれだけ悩んで、結局期待している自分に少し恥ずかしくなった。

そして同時に、これでいいのだと確信する。

私のこの感情は、私が思うよりも強いらしい。

シャーリーも言っていた。

「想いの力、か」

シャムナがそうだったように、きっと私もその絶望には耐えられない。

一筋の光さえあれば、どんな暗闇でも歩いてこられた。

でも、本当に先がない真の暗黒を前にして、歩いていけるだろうか。

 

遠ざけてしまう。一人になりたくないのに。

また先延ばしにしてしまう。

 

それでも、この不安は拭えない。

自分のわがままを、これ以上続ける勇気がない。

 

 

「おーい!C.C.!」

 

 

遠くから、情けなく息切れしながら近づいてくる声が聞こえた。

思わず足が止まる。

今度こそ、突き放さなくては。

人形を抱きかかえる腕に力を籠める。

なるべく険しい表情で。威圧的な声で。

 

心の鎧を、仮面を纏って。

この想いが、溢れてしまわぬように。

 



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リ ザ レ ク シ ョ ン

過去作を編集、結合して、新規作品も間に挿入しました。劇場三部作的な。総集編だけじゃなくって新規カットもありますよ的な。


――Cの世界のルールなんてわからない

ルルーシュがそう口にしていたことを思い出す。

強敵を破り、ナナリーを救いだした今、あとは君が目覚めるだけなのに。

「まるで眠り姫だ」

友達の綺麗な寝顔を見つめ、つい口から零れたその言葉が、本当にならないようにと願う。

ナナリーが救われたから、もうこの世界から旅立ってしまったのか。

それとも、ナナリーを救う代償を払ってきたが故なのか。

Cの世界のことなんて本当に分からない。

不安がないと言ったら嘘になる。でも、心配はしていない。

僕たち二人ならできないことはないはずだ。

 

しばらくすると、外にいる人たちの喧騒が少し静まって、一斉に感嘆の声をあげるようなどよめきが伝わってきた。

何があったのかとふと窓の外に目をやると、夜明けから少し経ったうっすらと星々が見える青空に無数の流星が尾を引いていた。戸口をまたいで外に出る。広がる視界を埋め尽くすそれは明らかに自然現象としては歪で、しかし幻想的だった。その光景に、手を合わせて彼の目覚めを祈る。

星々に、願いを込めて。

 

「お兄様!」

 

部屋の中からナナリーの声が聞こえた。

自然と口角が上がるのを抑えられず、屋内に駆け込んだ。

この世界で出会った最高の友達に、この素晴らしい景色のことを伝えるために。

 

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奇跡の明日を享受する人々が、一斉に空を見上げる。

明日への期待と不安を内包する世界中の人々が、その感情の多くを一時忘却の彼方に押しやって、自然現象としては稀有で、あまりにも美しい星の瞬きの数々に見惚れている。

私の周囲にいるものは殊更に騒ぎ立てている。

勝利の美酒を味わいながら、その余韻を彩る最高の名画を目にしたように。

 

だが、この流星が何を意味しているのか、真の意味を悟るものはこの世界中できっと私だけだろう。人々を魅了するその流星群は、決してそれを見た者の願いなど受け付けない。

それそのものが誰かの願い――命を賭して叶えたかった想いの、それでも叶わなかった心残りなのだから。

私は確かに伝えた。心を残すなよと。シャムナもそれを覚悟したうえで、あの場に残ることを選んだ。最愛の弟が命を落とし、それを見届けることをだ。

しかし、現実には、別れの哀しみに耐え切れずにあの場に澱のように溜まっていた心残りたちが世界に降り注いでいる。

幾度も弟を看取り、その度に己の命を費やすことで甦らせてきた彼女が、遂に迎えてしまった真実の離別に耐え切れなかったのだ。いずれ死ぬと、もう救えないと理解したにも関わらず。

どれだけ固い決意でも、どれほど理性を働かせても、その時が来れば、それは風前の灯火にさえ劣る僅かな抵抗力しか持たない。それを、この鮮やかな夜明けの星々が物語っている。

 

胸に手を当て、己に問いかける。

お前はどうだ――

ギアスによって、人々から愛され続けた時もあった。永い時間の中で人々は自分を置いていくばかりだった。何度も何度も殺され、必要とあらば殺してきた。

 

私にとって命は、流れの中でいずれ消える泡のようなものだ。

だが、あいつを同じように定義していられるだろうか。

朝も夜も焦がれて、暗闇をかき分けて、やっと手にしたその命を。

この際だ。自分にくらい正直になろう。

愛してほしい。愛していたい。

でも、愛されれば愛してしまう。愛してしまえば、執着してしまう。

いずれ来る別れの哀しみに、私は耐えられるだろうか。

あいつに愛されない自分に、私は耐えられるだろうか。

詰みだ。私はあいつといると、チェックメイトをかけられてしまう。

 

私にはあいつしかいないが、あいつにはみんながいる。

この時間にはまだ、あいつを必要とする人々がたくさんいる。

 

 

流れ落ちる願いのカケラも、もう少なくなってきた。

荷物をまとめて、このまま立ち去ろう。

また以前と同じになるだけだ。この先の長い時間が、この感情さえ過去のものにしてくれる。そんな時もあったさと。

 

周囲が落ち着いてきたころを見計らって、荷物を外に持ち出す。

誰にも見られないように、避難民の中に混ざりでもしよう。

ギアスのカケラについても、調査しなくては―――

足を踏み出したところで、荷物を引っ張られて思わずよろける。

心臓の鼓動が跳ね上がった。

考えないようにしていた薄く淡い期待が心の表層に浮上し、そして振り返ったその光景に、一気に落胆した。

「忘れ物」

そういってカレンは私のお気に入りのチーズくん人形を差し出してきた。

少し言葉を交わして、そそくさと逃げるように立ち去る。

あれだけ悩んで、結局期待している自分に少し恥ずかしくなった。

そして同時に、これでいいのだと確信する。

私のこの感情は、私が思うよりも強いらしい。

シャーリーも言っていた。

「想いの力、か」

シャムナがそうだったように、きっと私もその絶望には耐えられない。

一筋の光さえあれば、どんな暗闇でも歩いてこられた。

でも、本当に先がない真の暗黒を前にして、歩いていけるだろうか。

 

遠ざけてしまう。一人になりたくないのに。

また先延ばしにしてしまう。

 

それでも、この不安は拭えない。

自分のわがままを、これ以上続ける勇気がない。

 

 

 

「おーい!C.C.!」

 

 

遠くから、情けなく息切れしながら近づいてくる声が聞こえた。

思わず足が止まる。

今度こそ、突き放さなくては。

人形を抱きかかえる腕に力を籠める。

なるべく険しい表情で。威圧的な声で。

 

心の鎧を、仮面を纏って。

この想いが、溢れてしまわぬように。

 

---------------------------------------------------------------------

 

 

最愛の妹からの言葉は、甘い猛毒のようだった。

その言葉を素直に受け取って、これからを歩んでいけたなら、それはどれほど――

 

ああ、いけない。これは欲だ。

ギアスのように抗いがたいこの願いを、俺は無下にせねばならない。

この優しさを受け入れる資格を、俺は持ち合わせていない。

 

ナナリーの為だけではない。俺は明日を望む多くの人々の為に、鎮魂歌を捧げた。

この現の世界において、俺は虚像でしかない。

一時的に世界と交わっただけの、泡沫の夢幻。

 

俺が壊し、創造したこの世界が皆にとってのまほろばであったとしても、

造り手である俺はその中に居場所を求めてはいけない。

それにナナリーは、俺がいなくても立派に生きていける。

俺の存在は、むしろ邪魔になるだけだ。

 

「ナナリー、よく聞いてくれ。確かに俺たちは同罪だ。しかも俺たちが背負っているのはとてもじゃないが、償いきれるような罪じゃない。」

 

今にも泣きだしそうな潤んだ瞳で、真っすぐに俺の瞳をのぞき込むナナリーの瞳を見て、感じてしまった。

ナナリーはもう、俺が何を伝えようとしているのかわかっているのだと。

それでも、伝えなければならない。

 

「だが、俺が背負えるのは俺の罪だけだ。他人の罪を背負ったり、分かち合うことは、難しいんだ。痛みは奪われてはいけない。抱えたまま、より良い明日を求めて積み重ねていかなきゃいけない。お前はならもう、わかるだろ?」

 

「それでも私は、お兄様と一緒の明日が」

「それともう一つ。俺の真意に気づけなかったと言ってたが、あれはナナリーの罪なんかじゃない。知ってるだろ、お前の兄は嘘つきなんだ」

 

ずっと、ナナリーだけには嘘をつかずに生きてきた。

でも結局、俺はゼロレクイエムの為にナナリーを欺き、ギアスをかけた。

 

「だからナナリー、自分を責めすぎるな。俺の願いはただ一つ。これからもお前がこの平和な世界で幸せに生きていくことだ。俺はその為に、世界を壊すと決めたのだから」

 

少しうつむいて、ひざの上のこぶしを固く握りしめたナナリーは、ゆっくりと顔をあげて訪ねてきた。

 

「お兄様は、これからどうするのですか?」

 

これから。自分のこれからに思いを馳せて、少し笑ってしまった。

 

「約束が残っているんだ、俺には。」

 

彼女の願いと、俺の想いと、あの時の約束。

そうだ。今日という日は終着点であり出発点。これから始まるのだ。

悪態をつきながら、笑顔を交わす日々が。

 

「ルルーシュいいの?C.C.もう行っちゃったみたいだけど」

入り口から顔を覗かせながら、カレンが間延びした声で告げた。

「何!?あのわがまま女め、自分勝手にもほどがあるぞ」

ナナリーに向き直って、言葉を選ぶ。

「ナナリーすまない。すぐ行かなければならなくなった。でもこれで最期じゃない。俺はずっとお前のことを想ってるし、何かあればすぐ駆けつける。どんなことでも、困ったことがあれば助けを求めるんだ。必ず帰ってくるから。それから――」

 

ナナリーが可愛らしい笑い声をあげるのを聞いて、言葉を紡ぐのを止める。

 

「はい。いってらっしゃいませ、お兄様」

 

何度もみた、優しい笑顔がそこにはあった。

 

「ああ、いってくる」

 

握っていた手を放し、ついていた膝を床から離し、急いで部屋をでる。

すれ違いざまにスザクに声をかける。

「スザク、ナナリーのこと」

「ああ、任せて。もう二度と、危険な目には遭わせないよ」

「頼んだぞ」

 

少ない会話で、互いにすれ違う。

言葉がなくても、伝わるもの、相手が伝えたいものがわかる。

 

 

そのまま現世を後にするように、駆け出す。

この世でただ一人、同じく虚の世界に生きる、愛する人のもとへ。

 

 

---------------------------------------------------------------------

 

私はきっと、わがままな女の子なんでしょうね。

同罪だなんて言葉を並べて、結局はお兄様と一緒にいたかっただけ。

それだけで良かったのに、今となってはそれだけが許されない。

 

それに、お兄様のあんな笑顔を見てしまったらもう何も言えなかった。

私の目が見えていたころも、見えなかった間も、あんな笑顔をしたのは、ユフィ姉さまといた頃だけだったもの。

 

「ナナリー」

「大丈夫です、スザクさん。私ずっと、どこか孤独だったんだと思います。

でも、今はもう大丈夫です。この世界は、お兄様のいない世界じゃなくなった。

この空の下のどこかで、お兄様もC.C.さんも歩んでいらっしゃるんです。こんなに素敵な気持ちになれて私、今とっても――」

 

涙が頬を伝うのを感じながら、心の底からの笑顔を浮かべる。

 

今日からはもう、お兄様のいない明日は来ない。

私もやっと、明日を生きていたいと、本当に思えるようになりそうです。お兄様。

 

---------------------------------------------------------------------

 

―何が正しいかは歴史が決める

どこかで聞いたような言葉を口にしておきながら、己の人生を、歴史を振り返る。

日本人として立ち上がり、黒の騎士団として蹶起し、ブリタニアの手先として恩人に牙をむき、敗れ、訪れた平和をただ享受した。

ゼロやカレンとは違って、俺には特別な才能も、人を導く器量もない。

隣で酒瓶を煽る玉城のような、溢れる気概やエネルギーもない。

この壮大な物語の中で、俺の立ち位置はきっと、俺じゃない誰かでもよかっただろう。

でも、俺はこの時代に、その場に居合わせた。

自ら選び、抗いながら生き抜いてきた。

おかげで、素敵な仲間と、愛する女性に出会えた。

この巡りあわせに感謝するとともに、今ある平和のために散っていった仲間たちの想いを背負って生きていかなければならない。いや、そうしたい。

だからこそ俺はこれからも、俺じゃなくったって構わないと言われても、平和のために力を尽くそうと心から思える。

俺の最大の後悔は、「もう終わったことだ」という彼の一言が終止符となって、その面持ちを変えた。なくなったわけじゃない。ただ、痛みを背負ったままより良い明日を目指していいのだと、改めて認識した。

俺は死なない。愛する家族とともに、明日も生きていく。

遠目に見える難民にも、願わくば、より良い明日が訪れますように。

 

「おい、あれC.C.じゃないか?」

空になった瓶を乱暴に地面に置いた玉城が指をさしながら言う。

その先に、難民の列に向かって一人でとぼとぼと歩く緑髪の少女が見えた。

「たしかにC.C.だ。一人でいってしまうのか」

結局、あまり会話もしないまま別れてしまうことになったが、彼女がゼロにとって大切な人なのは察しがついた。黒の騎士団のころから噂は絶えなかったし、本人も強いて否定するようではなかった。背中に背負った荷物を見て、いくら不老不死とはいえ女性の一人旅は大変だろうと心配になったところで、弱々しく走る青年が視界の端に映った。

青年の声が届いたらしい彼女はゆっくりと振り返る。

さすがに声まで届いてこないが、身振りからして口論しているようだ。

「あーあー、ゼロの奴、さては女と喧嘩したなぁ?こりゃ珍しいもん見たぜ」

笑いながら膝を叩く玉城を横目に、二人のやり取りを静かに見守る。

二人はひとしきり言い合いを続けた後、急に静かになった。

雲が流れ、晴れ間が広がると、青年は彼女の荷物を背負い、手を差し伸べた。

彼女はその手を取って、二人は人の流れの中に消えていった。

隣では玉城がまたもや一人で騒ぎ立てているが、俺は内心ほっとしていた。

人の理を外れた彼らにも、自分と同じ、人を愛する感情が確かにあると感じられたから。

「帰るぞ玉城」

酔っぱらいの肩を叩いて、一緒にみんなのところへ向かう。

帰ろう。信頼できる仲間たちとともに、愛する人が待つ、奇跡のような日常へ。

 

 

---------------------------------------------------------------------

 

 

肩にかかる荷物の重みを少し煩わしく思いながら、むき出しの荒れた大地を歩く。

元来体力には自信はないが、この体は一年の眠りから目覚めて間もないため、輪をかけて疲労感を強く感じる。

傍らを歩む身軽な連れは、数歩先を行き、振り返りながら言う。

「もう音を上げるのか?私はお前を連れて回る間中ずっとこの細腕で旅を続けてきたというのに」

「そういうな。これから先、俺が荷物を持つ時間のほうが遥かに長いだろう。それにお前は結局荷物に振り回されてよくこけていたじゃないか」

「な、お前、覚えているのか」

「体は動いていたんだ。見聞きしたものは記憶に残っている。ずいぶんと優しくしてくれてたじゃないか。声色だってだいぶ」

「よせルルーシュ、それ以上は聞きたくない」

少し顔を赤らめながら顔をそむけるC.C.を見て、やはり変わったのだと感じた。

俺も、彼女も。全てをやり切って、ギアスという名の呪いを、願いに変えて、同じ視点に立ってお互いを見ることが出来る今、互いの在り方も、関係性も、以前とは少し変わったのだろう。今俺たちの間にあるのはしがらみではなく、共犯者としての契約でもない。あの時交わした、たった一つの約束。俺はそのために甦り、こうして歩き出した。

「まぁそうむくれるな。それに今の俺はL.L.だ。」

生まれなおした俺の、新しい名前。C.C.の隣を歩むための、ゼロとは違う記号。

「そうだったな。精々筋肉をつけて、そのもやしみたいな体をマシにしてくれ、L.L.」

「はいはい、お姫様」

そこまで話して、この不老不死の体は肉体改造というか、成長をするのだろうか、という疑問が頭をよぎった。まあいい。これから先、時間はいくらでもある。

彼女の隣を歩む永い道のりの中で、徐々に息切れしなくなっていけば、体力は自然とついているということだ。

たとえ体は変わっても、変わらないものがある限り、俺たちはどこまでもいける。

行き詰まりに絶望したあのコクピットの中でのC.C.の叱咤と涙を思い出す。

俺はいつもの俺のままで、あり続けていいのだと。

「なにを一人で笑っているんだ?」

「ん?今俺は笑っていたか?」

「ああ。こぼれるようにな」

「そうか」

「で、何を考えていたんだ?」

「ふむ、そうだな。今までお前を泣かせた分は、笑わせてやらないと、とな」

「ふっ、そんなことをまじめに考えていたのか。それに、それじゃノルマにもならないな」

「ああ。わかっている。最期まで、お前に笑顔をくれてやるとも」

「ずいぶんな自信だな。私にギアスは効かないぞ」

「違うな。間違っているぞ。このギアスだけはお前にかかる。それに」

「それに?」

「約束だからな」

過去をやり直すのでも、ただ今日を積み重ねるのでもなく、より良い明日を求めて。

―――たとえどれだけ時間がかかろうとも、人は幸せを求め続けるから。

かつてシュナイゼルに向けた言葉を反芻する。

 

未来永劫続く果てしない悪路も、C.C.と二人なら、一歩ずつ、歩みを進めていける。

 

計算するまでもなく、そう信じられる。

 

 

 

 

 

 




ギアス用ついったーアカウントもありますのでご興味あれば。
ID:ucAmOYD2uiAiHxx


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光 和

世界は激変の渦中にあった。

歴史は動き、人々の生活は明日から一変するだろう。敵も味方も関係なく、世間は上へ下への大騒ぎだ。だがしかし、夜の帳が落ち、主を喪った魔神の住処は対照的に闇の中にあった。静謐な空気に包まれた廊下に自分の足音だけが嫌に響くのを聞きながら、目的の部屋へと歩みを進める。まるで自分の体ではないかのような重苦しさが全身に呪いのように重くのしかかる。一歩一歩が重く、指先は震えを抑えられずにいた。

これから僕は、一人で背負わなければならない。

ルルーシュと二人で実行した計画の結果と、これからの世界に対する責任を。

その為に、彼女に奮起してもらう必要がある。

僕らが望んだ奇蹟の明日を迎えるために、ナナリーに表舞台に立ってもらい、優しい世界を実現しなくてはいけない。

最愛の兄を喪ったばかりの、絶望の最中にあったとしても。

 

皇帝直轄領とされたこの日本の皇居の窓からは、未だフレイヤの爪痕から復興が完了していない都市部の凄惨な姿がありありと窺える。

スクラップアンドビルド。

破壊と再生。

世界さえも変えてしまう覚悟は、その前段階としてそれまでの基盤をゼロに帰すことを求める。僕の役目は、世界の終わりに生まれた光を紡いで、拡げていくことだ。

その立役者は、悪逆皇帝を討ったゼロと、その悪逆皇帝に虐げられた悲劇の皇女。

これがルルーシュのシナリオだった。

 

目的の部屋――今朝ルルーシュが最期の朝を迎えた一室の前に辿り着く。

深呼吸をして、ノックを二回。

予想はしていたが返事はなく、セキュリティコードを入力して勝手に扉を開ける。

部屋は照明もついておらず、真っ暗だった。

廊下から差し込む光で、かろうじてナナリーがそこにいることを把握する。

「失礼します。ナナリー皇女殿下」

ゼロの仮面越しに、ナナリーに声をかける。

あくまで自分はゼロ。ルルーシュとの約束を守り、枢木スザクとしての生は世界に捧げた身だ。それが、たとえナナリーに嘘をつくことになっ―

「そんなよそよそしい態度は止めてください、スザクさん」

 

息をのむ。正体がバレたからじゃない。その声があまりにも掠れていたから。

仮面を取って、素顔を晒す。

これから僕が口にすることは、あまりに空虚で、無意味で、ともすればナナリーをひどく傷つけ、怒らせるかもしれない。それでも、口にせずにはいられなかった。

「ごめんね、ナナリー」

俯く彼女の横顔は、髪に隠れてよく見えない。

でも、その掠れ切った声と、涙で滲んでいるスカートが、この数時間彼女がどうしていたかを物語っていた。

「謝らないでください、スザクさん。私、全てわかっていますから。お二人が、何を成そうとしていたのか」

そうか。ナナリー君は―――

「それでも、僕は―――僕がルルーシュを死なせたことに、変わりはないから」

その言葉を聞いて、ナナリーの肩が震えた。

ナナリーの様子を見るに、これからの話をするのはやはりまだ無理みたいだ。

「今日は出直すよ。でもねナナリー、涙が枯れたら約束してほしい。笑顔で過ごす日々を迎える勇気を持つって。明日が来るのを恐れないでほしいんだ」

それは、ルルーシュの願い。

悲しい出来事も、辛い経験も、なかったことにはしてはいけない。

日が昇れば、今日より悪い明日が待っているかもしれない。

それでも、より良い明日を、幸せを求め続けて生きていく。

ルル―シュが居ない明日を生きていく勇気を、笑顔を浮かべられる優しさを、ナナリーに持ち続けてほしい。あまりにも傲慢な僕の願いを、ルルーシュの願いにのせて伝える。

 

髪の隙間から、ナナリーの頬を伝う涙が煌めいた。

すすり泣く声を背に、部屋を後にすべく、踵を返す。

「スザクさん」

弱々しく、しかし確かに耳朶を震わせたその声が、一呼吸おいて言葉を紡ぐ。

「お兄様は、私が知らない所にいたお兄様は、幸せでしたか」

息がつまって、涙が溢れそうになった。

この兄妹は、いつだってお互いを愛している。それなのに――

「そうだね、実際のところはわからない。僕がはっきり言えるのは、今のナナリーと同じように、ルルーシュはずっとナナリーのことを想ってた、そのことだけは間違いないよ。きっと、最期まで。」

少し振り向けば、大粒の涙を湛えるナナリーの瞳が見えた。ルルーシュと同じ紫水晶の瞳が。

「ルルーシュが言ってたんだ。ナナリーの笑顔の意味は、せめてもの感謝の気持ちだって。ナナリーが願うのは、他人に優しくなれる世界だって。ルルーシュはずっと、ナナリーのことを考えて決断を下していた。だから、ルルーシュが幸せだったかどうかはわからいけど、後悔だけはなかったはずだよ。強いて言えば、これからの世界をナナリーが幸せに生きていくことが、ルルーシュの願いだ」

 

そう言い残して、僕は部屋を後にした。

 

 

 

数日後、ナナリーと僕は扇首相をはじめとする合衆国首脳陣との会談の席に臨んだ。

会談の内容の一つに、皇歴を廃した後の新しい暦の決議が含まれていたが、その案の中にはナナリーが日本語を調べて提案した名前があった。

 

「光和」

 

世界の終わりで生まれた「光」をもって

平「和」という奇跡が続きますようにという

やさしい願いが込められた名前は、後に正式な暦として採用され、

《奇蹟の明日》の名とともに歴史に刻まれることとなる。

 




平成最後の日に乗っかって書きました。ゼロレク数時間後の時間軸です。


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誓  い

場内に響き渡る、割れんばかりの喝采を浴びて歩みを進める。

傍らには、相変わらずの漆黒に染め上げられたスーツを纏った仮面の騎士。純白のドレスに包まれた私とは正反対で、コントラストが何だかおかしく思えてきます。腕を組んで歩くスザクさんも緊張しているのか、足運びがいつもと違って、余計にそう感じます。

どうしても今日この日この時を自分の足で歩きたかった私は、ニーナさんにお願いして自律歩行補助の為の装身具を作成してもらい、お陰であの事件以来初めて、自分の力で歩いています。

ヴァージンロードを進みながら、その両脇の座席に座る皆さんの暖かい拍手と祝福の言葉を噛み締める。

その多くは、私自身ではなくて、お兄様が紡いでくれた縁。お兄様の創り上げた、優しい世界がそこに凝縮されたようで、それだけでとても嬉しくて、涙が出てしまいそうです。

行く手に待っているのは、私の旦那様。平凡な出会いをして、ただ互いに惹かれあって、明日を一緒に歩いていきたいと思った、素敵な人。

外見はスザクさんに似ていますが、内面はお兄様に近しいところが多いかも知れません。私に一途すぎるところとか、繊細で傷つきやすいところとか。

でも、お二人とは全然違うところもあって、私が彼を愛したのは2人の影を見たからというわけでは決してなくて。正直で明るい性格は自然と、私や周りの人を幸せにしてくれるのです。

もうすぐ壇上に上がるという所までやってきて、ほんの少しだけ、表面には出さないまま落胆してしまいました。

場内の皆さんのお声に応えながら視線を走らせてみたものの、お兄様の姿が何処にも見えなかったから。

事情はあれど、今日の日のことはスザクさんから知らされているはずなので、もしかしたらお会い出来るかもと期待していたのですが、どうやらその期待は外れてしまったようです。

遂にその短い旅路は終わりを迎え、新しい門出を宣誓する時がやって来ました。

牧師様の役割を快くひきうけて頂いたシュナイゼル兄様の案内で、ゼロの仮面を被ったスザクさんが組んでいた腕を解いて、私を正面に見据え、少しの間膠着していらっしゃいました。

「ゼロ?」

その問いかけに、お顔を耳元に近づけたゼロは、一言。

「結婚おめでとう、ナナリー」

目を見開き、呼吸が止まり、今度は私の方が膠着してしまいました。

だってその声は間違いなくーーー

ゼロはマントを翻し、最前列の空席に腰を下ろしました。

その隣には黒いドレスに身を包む、艶やかな緑色の長髪の女性が佇んでいて、さらにその隣には変装と言うにはお粗末なサングラスをかけたスザクさんが満面の笑みで拍手をしてくださっていました。

そしてその女性の左手の薬指には、確かに指輪が嵌っています。ゼロは手袋をしていますが、きっと、そうなのでしょう。

緊張とはまた違う理由で、胸の鼓動が高鳴ったのがハッキリと感じられ、私は最高の笑顔で一礼し、踵を返します。

シュナイゼル兄様がお決まりの言葉を述べる間、向かい合った彼が小声で呟く。「ナナリー、月並みで悪いけど、今日の君の笑顔は今までのどんな時より眩しく見えるよ」

「ええ、私今、人生で1番幸せですから」

本当にありふれた、でも嘘偽りのない言葉を重ねる。

指輪を嵌めた薬指が、少し強く熱を帯びたように感じる。

「では、誓いの口付けを」

お兄様、私はまだ、たくさんの人の支えがなくては1人で満足に歩くことも出来ません。でも、この人となら、どんなに険しい道でもその歩みを止めることなく進むことが出来ます。

より良い明日を、幸せを求めて。

お兄様もスザクさんも、そして愛する人のいる明日を。




ナナリーが望む時、ルルーシュは必ずそこに居る。


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誓 い  side L.L.

前話の前日譚です。急にゼロ衣装を強奪されたスザクはレンタル用のスーツを借りるという発想がなかったのでルルーシュが戻るまでパン一だったりしたら面白いですね


「――――そういうことだから、着いたら連絡して。それじゃ」

「ああ、ありがとうスザク」

感謝を述べて、通話を切る。

腰かけたソファの背もたれに体重を預け、右手で額を抑え、鼻から長く息を吸い、体中の感情を排出するようにため息を吐き出す。

それを聞いていたC.C.が、スザクとの話の内容を察して言葉を投げてくる。

「そうか、遂に決まったんだな、ナナリーの結婚」

「ああ。式の日取りと場所もな。人目に触れないように、VIP席に案内してくれるそうだが」

「なんだ、不満か?行くなとは言わないが、そんな場所でお前の顔が見られれば、そっくりさんでは済まないぞ」

そのとおりだ。今の俺はL.L.だが、世界中の人々にとっては悪逆皇帝ルルーシュだ。旧知の仲であっても家族であっても、ルルーシュであることに変わりはない。L.L.という名前は、俺の誓いを込めた、魔神と魔女の間だけで交わされる名前なのだから。

ナナリーの晴れ舞台を一番近くで祝いたいが、俺の顔を見られただけでも結婚式は台無しだ。たとえ離れた席からであっても、その場にいられるだけで良しとするべきなのだが―

「フッ、俺は奇跡を起こす男だぞ。必要なものさえそろえば、条件はクリアされる。ところでお前、さっきから何をしている?」

旅を続けるうちに増えていった荷物の中を、先ほどから何かを探すようにしている連れの背中に声をかける。

「んー?お前と違って私は有名人じゃないからな。せっかくの祝いの席にちょうどいいのが――あ、あった」

そういってC.C.が引っ張り出した黒いドレスを一瞥して、ナナリーの結婚とは別の問題が脳裏をよぎる。

「C.C.、それは何かほかに、羽織るものとかあるのか?」

「いや、これだけだが?」

「なんというかその、オープンすぎないか?」

オフショルダーで首元から胸元にかけて肌が露出するようなデザインが、それを着た時にいささか煽情的に過ぎるのでは、という心配をそのまま言葉にできず、少し濁してそっけなく伝える。

条件をクリアするためには、俺はC.C.と一時的に離れる必要がある。友人の結婚式やパーティで自分の相手を探す輩も少なくないと聞くし―

「なんだ、心配か?」

少し楽しそうに笑みを浮かべた魔女が言う。

「ジェラシーを感じてくれるのは良いが、安心しろ。ここは見えるようにしておくから」

そういって左手を翳し、その薬指にはめられた指輪をちらつかせる。

俺の指にも等しく輝くその証を。

「それで、お前のプランに必要なものとは?」

「ああ、まずは―――――」

 

*****************

 

 

目的の部屋の前に立ち、ノックを二回。

部屋の前には“新郎控室”の文字。

久しぶりに袖を通したゼロの衣装の感覚を懐かしみながら、仮面越しに声をかける。

「私だ。ゼロだ」

スザクからこの衣装とナナリーの隣を歩む役割をもらい受けることで、条件はクリアされた。あとは式が始まるまでの間に、ナナリーが選んだ男を見ておきたかった。

ナナリーが選んだのだから、心配はしていない。

L.L.として歩み始めた俺には、たとえ相手に不満があってもとやかく言う資格はない。

それでも、兄として。

「ゼロ?!ど、どうぞ」

緊張が漏れ出ているような声音で返事が返ってくる。

不安と期待を胸に、開かれたドアから室内に入る。

真っ白な衣装に身を包む青年は、いかにも人が好さそうな雰囲気を纏っていた。

再開したころのスザクに近しい雰囲気だ。見た目もどこか似ている風だ。聞けばブリタニアと日本人のハーフだとか。カレンと同じだ。しかし、決定的に違ったのは彼の両親が身分の差を超えて愛し合い、そしてその愛を惜しみなく彼自身に注いでいたという点だ。

「どうしたんですか?ゼロ。式の段取りの確認なら先日済ませたはずですが」

「いや、少し君と話をしたいと思ってねロジェロ君」

「話、ですか」

「知っての通りナナリーは両親も、兄も失っていてね。皇族にも頼れる親類は確かにいるが、ゼロレクイエム以来連れ添ってきた私としては家族も同然だ。つまり、彼女にとって数少ない親密な間柄の者といえる。ナナリーの今は亡き愛する家族の代わりに、君にいくつか質問しておきたくてね」

「結婚式当日の朝になって新郎の品定め、というわけですか」

「不服かい」

「いえ、とんでもないです。僕にとっても、ナナリーの真の意味での家族の方々がすでに他界してらっしゃるのは悲しいことでしたから。こうしてナナリーのことを真剣に考えてくださる方がちゃんといるのはうれしいです」

俺が何をしに来たかを告げると、肝が据わったように目の色が変わった。

緊張をしているのは確かだが、状況に流されるだけのおどおどした奴というわけではなさそうだ。

「それで質問というのは」

「二つだ。一つ目は、彼の兄の事。悪逆皇帝ルルーシュについて。ナナリーとともに歩むことで、きっとその影が行く手に落ちることがあるだろう。それについて君はどう思う」

俺の気がかりは、俺の悪名がナナリーの幸せに影を落とすのではないかということ。何かのきっかけで、それがナナリーの重荷になってしまわないか。もちろん俺個人としてはそんなものに囚われずに生きていてほしい。しかし、本人がどう思おうと、世間がどう捉えるかは別だ。だから、聞いておく必要があった。

「俺は―――正直、背負いきれない罪を成した人だと、恨めしく思ったこともありました。ナナリーはそれを自分で背負って生きていくことを選んだ。なんて重責なのだろうと。でも、ナナリーがルルーシュさんの話をするときは決まって笑顔なんです。眩しいくらいに。決して笑顔ばかりではないけれど、それでもナナリーがどれだけルルーシュさんを愛していて、そしてルルーシュさんがどれだけナナリーを愛していたのか、なんとなくわかってしまうくらいに、ナナリーは幸せそうにルルーシュさんとの思い出を聞かせてくれました。それで気づいたんです。世界にどのように名を刻んだ人であっても、今ここにいるナナリーを守り抜き、形作ってきた重要な人だったんだって。だからこれから先僕がそのことを疎ましく思うことはないし、そのことで他人から心無い言葉を投げかけられても、ナナリーの傍を決して離れないと、覚悟しています」

「なるほど、よくわかった。では次の質問だ。月並みだが、あえて問おう。君はこの先ナナリーを必ず幸せにすると、誓うか」

間髪入れずに、青年は応えた。

「僕に誓えるのはナナリーを絶対に幸せにすることではなくて、その為の歩みを止めないことです。今日という日を一日ずつ、ナナリーの為に全力で生きていくことです。そうして明日に手を伸ばし続けて、ナナリーの隣に寄り添っていたい。それが僕の答えです」

「明日は今日より悪くなるかもしれない」

かつてシュナイゼルから出た言葉を、あえて彼にぶつける。

「それでも、どれだけ時間がかかっても、僕は幸せを求めつづけます。その幸せを、ナナリーと分け合って生きていきたい。心の底からそう思えるから」

 

ああ、この青年は真っすぐだ。取り繕わず、正直で、前向きだ。

俺やスザクに似ていても決定的に違う点、親からの愛を受け続けた彼は、愛されることを知っている。俺が無我夢中でナナリーにそうしたのとも、俺が今C.C.とともに手探りで見つけようとしているものとも違う。

愛されて育まれたこの感性は、俺から見ても、好ましいものだとわかる。

 

「ありがとう、ロジェロ君。もう聞くべきことはない。ナナリーを、よろしく頼む」

「はい!」

元気のいい返事を背に、部屋を後にする。

これで憂いは晴れた。

式の開始までもう少しある。更衣室に置き去りにしてきたスザクはそろそろレンタル用のスーツに着替えたころだろうか。式の段取りの再確認でもして時間を潰そう。

 

心が浮足立つのがわかる。

不安は薄れ、期待は膨らんでいく。

何人かのスタッフが行き交う廊下で小さく独り言ちる。

「我が最愛の妹の未来に、幸多からんことを」

 



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約 束 Ⅰ

お祭り便乗失礼します。
魔神の復活までの幕間を夢想したSS
想い出をなぞり続ける間に、ルルーシュも素直になれたんじゃないかなって。


名前を呼ばれた。

ここはもう、名前なんてものは意味を持たないのに。

肉体という器から解放され、世界とも神ともいえる無形の集合体に漂う意識。

それが今の俺だ。

確固たる輪郭を失い、徐々に自分という存在がこの空間に溶けていくのが解かる。

無数の意識が流れていくCの世界は、今はその行きつく先が塞き止められてその多くが滞留している。生前よく見たファンタジーのように、死後もその人の形を保って天国で死に別れた家族と暮らしているなんて光景はココにはない。自分の存在さえ不確かで、そこら中に人の意識が溢れていることがわかっても、それを実際に数えることも、個を判別することもできない。ぼんやりとした人の群れが無作為に漂流し、自分もまたその一部なのだという認識があるだけだ。もうどれだけの間漂ったのかさえ定かではない。ただ、いくつか仮説を立てられるだけの発見はあった。俺のように個を維持していられるのには限りがあるということ。そしてその為には現世への強い未練、心残りが必要だという仮説だ。

死に別れた家族や恋人、やり残した使命、果たせなかった約束。

そういったものが「自分」という意識を形作るカギとなっているのだろう。

五感を失った意識は、思い出に縋ることで自分を思い起こしている。

だが、次第にそれは薄れる。

そして純粋な感情の熱量にまで輪郭がぼやけた時、それは個であることを忘れて、より大きな集合無意識の流れの中に溶け堕ちていく。

そこまで思い至った時に、俺は気づいた。

世界に対する責任を果たしたゼロレクイエム。その顛末を見るまでもなく、世界は平和に向かったと確信している。しかし、それでも心残りはあるのだと。

最愛の妹、最優の友、そして――彼女との約束。

俺は世界を壊し、世界を創造した。

だが、その結末と引き換えに一つの約束を反故にしたままその生を終えてしまった。

笑顔をくれてやるといったはずの彼女は、また一人だけの永劫の旅路を歩む羽目になった。俺が添い遂げる覚悟を決めるまでに、あらゆる段取りが整ってしまった。ゼロの仮面を用いて成したことへの責任を果たすばかりで、一個人としての、ただのルルーシュ・ランペルージとしての足跡を蔑ろにしてしまった。だが、俺が俺個人の都合を優先できるほど、ゼロの爪痕は優しいものではなかった。多くの生命を、尊厳を、理を歪めたゼロの行いは、俺の命と引き換えに鎮魂歌を捧げることで世界をより良い明日へ導くことでしか償えない。いや、それでさえ不足していると言われれば、それを認めなくてはならない。大切な誰かを失う哀しみを、俺は知っているから。

それでも、あのゼロレクイエムが、俺が世界に提示した回答だった。俺の持ちうるすべてを掛けた贖いだった。許しを請うわけではなくて、ただ行動と結果の責任をとり、戦略目標を達成しただけ。俺はその結末を見届けられなくても、全ては計算通りに運ぶと確信している。

ただ、それと同じくらい、悲しげな顔をして終わらぬ生を揺蕩う彼女の姿も頭から離れない。

俺が隣にいて、笑顔をくれてやると誓った彼女が、再び孤独を生きる様がありありと浮かぶ。いつか、俺と同じように考えてくれる誰かと出会い、彼女を笑顔にしてくれるだろうか。愛されたいという心の奥底にある願いを、叶えてくれるだろうか。俺以外の誰かが。

 

俺ではない誰かと並び立つC.C.を夢想する。

俺ではない誰かと微笑みを交わすC.C.を思い描く。

 

自分のやり残したことを見ず知らずの他人に求めるなど、生前であれば俺のプライドが許さなかっただろう。何たる体たらくかと己を叱咤し、条件をクリアするために何としてでも知略を練っただろう。だが俺は最早死人。いずれ世界の集合無意識に溶けて消える運命で、現世に何かしらの影響を与えることさえも不可能だ。恥も外聞もかなぐり捨てて、祈ることしかできない。君だけは笑っていてほしいと。だというのに、俺はその情景を、C.C.が俺以外の誰かと幸せに過ごす風景をうまく想像できないでいる。それは、俺のプライドだけが原因ではないということの裏返しだった。この感情を抱いたことはなかったが、俺はその名前を知っている。

嫉妬だ。

本当は、俺が与えたかった、笑顔を、愛を。

それはもう、C.C.が望んだからではなかった。

俺がそうしたいと望んだ、俺自身の願いだから。

 

ナナリーのために世界を変えたように、C.C.の旅路を隣で歩む者になりたい。

それが俺の願いであり、心残りなのだ。

 

 

思念が渦巻くだけの際限ない空間に漂流するだけの時間。

いつまでも眠れずにただ来ない夜明けを待つばかりの退屈で変化のない空白そのもの。

そんな終わらない夜に、声が聞こえた。

俺の名前を呼ぶ、彼女の声が。

「ルルーシュ!」

Cの世界に、C.C.が来ている。

声の方へ意識を向ければ、そこには確かにC.C.がいて、手を伸ばす先には―――俺の肉体が現れていた。

死んだはずの自分の肉体が、まるで生きているようにそこにあった。

想定外の状況に戸惑うが、あれは間違いなく俺の肉体だ。ならば理由が、そして目的があるはずだ。肉体の方をよく観察すれば、本能的な反射を繰り返しているだけのように見える。弱々しい悲鳴など上げて――これ以上は見ていたくないが、そういうわけにもいかない。これはC.C.の記憶喪失の時と似ているが、それとも少し違うようだ。別の人格というわけではなく、人としての精神を宿していない空っぽの器のようだ。そんな状態の肉体をC.C.がわざわざ連れてきたのだとすれば、その目的として考えられるものは―

思考を重ねる間にも、俺の肉体の周囲にはこの世界で溶け落ちるのを待つばかりだった意識たちが群がっていた。俺の推測はやはり正しいようだ。あの器に収まることが出来れば、受肉を果たし現世へと帰れるのだろう。俺の肉体に他人の意識が適合するのかは知らないが、母マリアンヌのギアスは人の心を渡るギアスだった。他人の体に意識を入れ込むこと自体は不可能ではないという前例がある。

全ての輪郭が溶けて個の識別さえ曖昧なこの世界で、確かなカタチと鮮やかな色彩を持つ異物はよく目立つ。まだ完全に集合無意識に溶けていない心残りたちが次々と俺の肉体へと押し寄せていく。俺も早くあの体へ帰らなければならない。

だが――遠い。

ここからではどうあっても、俺がたどり着くより先に肉体は飲みこまれてしまう。

C.C.は俺の名前を叫び手を伸ばしたが、それも届かず。次の瞬間には立ち消えていた。おそらく現世へと帰ったのだろう。意識でしかない今の俺は、C.C.の名を呼ぶことさえできない。

俺も他の意識たちをかき分けるようにもがき進むが、見えるのは様々な心残りに押しつぶされて、その隙間から何かを求めるように伸ばされた肉体の右手だけだった。

 

終わった。間に合わなかった。

ここに至るまで、C.C.が、もしかすると他のみんなも、どれほどの苦労を重ねたのか想像すらできない。それでも、状況を考慮すればこれは苦悩の果てにたどり着いた一縷の望みだったはずだ。それが今、無残な結果に終わろうとしている。

必死で前へと進もうとするが、飲み込まれていく右手はもう活力さえ失っている。

突然訪れた奇蹟と、それが崩壊した絶望にうちひしがれる。

 

 

その時、ギアスが発動した。

 

 

俺のではない。今の俺はギアスを使おうともしていないし、この状態で使えるのか試したことすらない。そして俺の肉体には意識がない。能力を発動させることは不可能だろう。

そしてなによりこのギアスは、その能力で俺の体を中心として周囲の他者の動きを止めている。これは偽りの時を生きていた頃の、しかし俺を真の兄と慕ってくれた弟のギアスだ。ギアス能力が肉体に宿るのか精神に宿るのか、そんなことは考えたこともなかった。だがギアスを願いだと、その人間の心残りなのだと考えれば、そんなに不可思議なことでもないのかもしれない。そして集合無意識にギアスが有効なことは、俺が生前に実証済みだ。つまり、今俺の肉体の傍にはロロが、偽りの中で得た本当の弟がいる。もしかしたらずっと傍にいたのかもしれないが、この世界ではそれさえわからない。

だがこれでは俺も体に近づけない。ロロのギアスは範囲内の相手に無条件で効力を発揮し、対象を選択することはできない。ギアスが発動されている間俺の体は無事だろうが、この状況も解決できない。すると、まるで人込みの中から引っ張り出されたように俺の肉体が出てきた。勢いに流されるまま漂流し、意識たちが停滞するギアス範囲内でふわふわと浮遊している。しかし、とても俺の手が届く距離ではなかった。何かないか。あの器に触れる方法は。

何としても、俺は帰らなければならない。

一度は諦めかけた、C.C.との旅路を歩むために。

彼女との約束を、俺の願いを果たすために。

懸命に手を伸ばす。満足に進むこともできないまま、運命に抗うように。

 

俺は、彼女の隣で、一緒に―――

 

虚しく空を切るばかりだった俺の掌が、何かを捉えた。いや、捉えられた。

それはこの空間に同じように漂っていた「誰か」の手で、俺はその温もりに懐かしさを覚えた。それがいつか触れた、優しさという人の心の熱だと確信した。

俺が息をのんでいる間に、その手は力を込めて俺を引っ張ると、立ち位置を入れ替えるように俺を俺の体の方へと押し出した。

言いたいことが、謝りたいことが山ほどあった。だが今の俺は、どうしてもたどり着きたい場所がある。守りたいもの全てをこの手に抱くことはできない。何かを得ようとするならば、それ以外の何かを犠牲にすることなど世の常だ。しかし、ただ無情に切り捨てるわけでも、無かったことにするわけでもない。罪も、行動の結果も、全て背負ってそれでも明日を求めていく。俺はそう決めたから。

ただ浮遊するばかりの俺の肉体が徐々に近づいてくる。

宇宙遊泳のようなこの短くも永い道程の途中、「彼女」の他にもいくつもの願いが俺の背中を押してくれた。これまで巡り合った想いが繋がっていくように。その温もりは、諦観に沈みかけていた俺の心に揺ぎない火を灯した。声を発することもできないこの世界で、だが確かに伝わると信じて俺は心で呟く。

 

―――ありがとう

 

想い出をなぞるばかりだった終わらない夜を超えて、日の出を迎えるために、俺はもう一度、明日へと手を伸ばした。

 



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約 束 Ⅱ

前作に引き続き復活幕間妄想



 

 

―――名前を呼んだ。

全てが終わるその瞬間に、僅かで虚しい希望をのせて。

 

それでも、やはりこの世界は私を突き放した。

私の果てしなく永い人生で、本当に欲しかったものがたった今、指の間から零れ落ちた。

 

ずっと死んでいた私の生きる理由。

経験という積み重ねを人生という道程にしてくれる存在。

モノクロの世界で漂う魔女に色彩をくれた魔王。

 

 

奴隷として家畜以下の扱いをされ、ギアスで偽りの情愛に抱かれ、唐突に終わりのない牢獄に囚われた、私という足跡。

決して人間らしいとは言えない私の孤独に終止符を打ったその道行にもう一度寄り添いたくて、私は歩んできた。

 

でも、もう無理だ。

ルルーシュという暗闇を歩むための道標だった灯は消えてしまった。

もうこの足は、前に進むことはできない。

ルルーシュは自分に憎しみを集めてその生を終えることで、自分がいなくなった後の世界が明日に踏み出せるように計画し演出した。自分が居なくても進めるように。

だがこの世界で私だけが、ルルーシュがいないことで明日へ進めなくなってしまった。

これはあいつの望むところではない。

あいつが居なくても、私は経験という積み重ねを終えて生きていくべきだった。

 

でも実際のところは、私は心残りに囚われた。

ルルーシュにもう一度会えるかもしれないという可能性が、私が自由に明日を生きる可能性を殺した。

いや、違うな。結局のところ私はルルーシュを求めている。これは素直になれない私の言い訳に過ぎない。

 

両手で掬った水を零さないようにずっと歩き続けるような旅だった。

常に気を張って、ルルーシュの器だけが残った虚を引き連れて世界を周った。

 

それも全て、ルルーシュとの再会というたった一つの望みがあったからこそ。

それが潰えた今、操り人形を手繰る糸が千切れたように手足はただ重力のなすがままに沈む。銃で撃たれた痛みさえ遠のくほどの絶望が重くのしかかる。

ただ指の隙間から零れ落ちた、もう戻ることのない希望を想い、一筋の涙が頬をつたう。

 

「ここまでか」

 

死ぬことのないこの体では縁のないと思っていた走馬灯を見た。

あの尊大で自信に満ち溢れた不敵な笑みを―

あの傲慢で不遜な心地よい悪態の応酬を―

あの眼差しを、声を、温もりと優しさを―

やはり、私には人間らしい人生など来ないということか。

それともルルーシュを求めたこの僅かな旅路こそが私の人生だったとでもいうのか。

どちらにせよ、それもここで終わりを迎えるということなのだろう。

 

諦観に沈み、全てを投げ出したその時、耳朶を震わせる懐かしい声が私の胸に響いた。

 

       

 

**************

 

 

 

緩慢に、しかし着実に、肉の感覚が脳に伝わる。

想い出だけをなぞっていた意識だけの世界に浮遊しているのとは比べ物にならない。

鼻孔を擽る土と砂と水の匂い。

衣服とこすれあう肌の感触。

己が地面に立っているという重力の枷。

眼球に刺さる光の刺激によって脳に映し出される世界。

ヒトの体とは、ただそこにいるだけでこんなにも多くの情報を受容し、処理しているのだというある種の感動さえ覚えた。

そしてCの世界から帰還した俺を包んでいた、高貴な濃紫に染まった粒子が飛散する。

まるで粉雪のように。

 

眼前には複数の銃創からその拘束服を血で染め上げたまま仰向けに伏せたC.C.。

その奥にC.C.を撃ったと思しき細身の兵士とその部下らしき男が二人。装備から見るに軍人だろう。兵装から見てブリタニアの軍人ではないし、人相も中東地域の人種と見受けられる特徴が複数ある。さらにその奥には捕縛された咲世子とロイド。咲世子はすでにこちらに気づいたように目を見開いている。周囲の環境からして人口の多い都市部ではない。俺を呼び戻すのに遺されたシステムを使用していることからも僻地の遺跡内部といったところか。俺を呼び戻すために無茶をしたようだな。

 

――全く、何たる体たらくか。

せめてお前だけは笑っていてくれと願っていたのに、俺のために血を流しているとは。

こんな事態を引き起こしてしまった自分の不甲斐なさに腹が立つ。

俺の心残りは、まんまと的中していた。

どこぞの誰かとでも笑顔で居てくれたならそれで良かったのに。

しかし、どこかでやはり、安心もしていた。

この一瞬だけでも言いたい事と聞きたいことが無数に湧き上がるのを、言葉にしないまま推しとどめる。

俺をこの世界に押し上げてくれた、背中を押してくれた人々に誓って、俺はこの再臨を悔いなく歩まなければならない。今度こそ、心残りを残さないために。

 

「ここまでか」

 

C.C.が力なく呟く。

ああ、思い出した。

いや、思い出を認識した、というべきか。

この体が俺という精神を失ったまま虚ろに生存していた間の記憶を自分のものとして理解した。これもまた、目を背けたくなるほどに醜いものだった。だがそんな俺でさえ、C.C.は守ってくれた。導き、守護し、手を引いてくれていた。

ああ、俺は護られていた。こんなにも優しく、温かく。

だがその旅路がC.C.にとってどれほど苛烈で孤独だったかを、同時に悟った。

俺はこの想いに報いることが出来るだろうか。

いや、果たしてみせる。あの約束を。

全ては行動の結果で示される。ならば、俺たちの明日は“これから”だ。

ここはまだ出発点に過ぎない。

 

だからこそ、俺の復活の言葉は、やはりこれがふさわしいだろう。

 

「違うな、間違っているぞ」

 



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崩落 の ステータス

例の事件に心折れそうなんですけどジェレミアさんに勇気を貰ったありがとう忠義の騎士。


なんて理不尽なのだろう、この世界は。

 

吹きすさぶ風にふわりと舞う羽のように、

数万の言葉が連なる小説のページがめくられるように、

熟れた果実が重力にひかれて地に落ちるように、

あまりにも容易く命が、尊厳が、価値あるなにかが喪われていく。

諸人の手に余る異能の力で、社会的に抹殺され失墜した私が言うのだから間違いない。

ある日突然、ギアスという名の呪いによって私の地位と名誉は崩落した。

おまけにオレンジという忌名を背負うこととなり、私の人生は何一つ未来が見えない暗闇の中に飲み込まれた。

何の予兆も、予感もなかった。

今日も明日も、変わらぬ日常がそこにあると信じて疑わず、あのような醜態をさらす己の姿をこそ信じられなかった。

だが、それが私の、既に刻まれた人生だ。

どんな悲劇も、悲惨な事件も、すでに起きた事実を書き換えることなど不可能だ。

 

どんなに高潔な意思を持っていようが、堕落した人生を送っていようが関係ない。

ギアスという超常の力が介入しなくとも、日常というのは脆く崩れ去る可能性を孕んでいる。

 

しかしながら一方で、崩落した世界の地の底まで落ちた人間が這い上がってくるのは至難の業である。ギアスに翻弄されながらも、今こうして主君に忠を尽くし、安寧の日々を送る私が言うのだから、これもやはり間違いない。

 

折れた心身を奮い立たせ、己を鼓舞し、自ら立ち上がることの出来る人間などそうはいない。私とてそうだ。だからこそ、必要なものがある。

それは人によって異なるが、敢えて言うならば光だ。

暗闇を進む道標。火に寄せられる虫のように、自然とその歩みを促す光明。

私の場合は、それが私を奈落の底に突き落とした張本人だったわけだが。

 

何が光になるかなどわからない。

その光に出会えるかどうかさえ定かではない。

それどころか、更なる転落さえありうるのが人の世の理不尽たる所以だ。

 

それでも、我が主はおっしゃるだろう。

より良い明日を求めて、と。

 

その歩みに応えることこそ、我が忠誠の証。

日常が崩落の可能性と隣り合わせであるように、

どんな惨状に晒されようと立ち上がる可能性もまた、確かにそこにあるのだ。

そしてその時、人は確かに得難い何かを得る。

 

この先、ジェレミア・ゴットバルトが膝を折るのは仕える主の御前をおいて他にない。

これもやはり間違いなどではなかったと誇れるように、胸に秘めた得難い何かをもってして、今日も私は忠を尽くす。

 

喪ったものを嘆くことは罪ではない。

生まれたであろう価値を想うことも無為ではない。

後悔も憤怒も、正しく人の感情だ。

理不尽に怒り狂うことが、哀れに落涙することが、他人からどう見られても構わない。

 

抗うことの出来ない圧倒的な力に醜い姿を晒しても、人間は立って歩き、前へ進むことが出来る。そんな綺麗事の体現者がこの私、ジェレミア・ゴットバルトなのだから。

 



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蜃 気 楼

どちらかというとテレビ版解釈よりの、生まれ変わってそんな幸せをつかんでほしいなっていう。


 

最初に聞こえたのは、笑い声。

いたずらを仕掛ける幼い子供が、堪えきれずに漏らしてしまったような微かな笑い声だった。次第に意識が覚醒し、瞼越しに朝日が差すのがわかったが、そのまま寝たふりをする。

「お父様、ぐっすり眠ってるね」

「ああエリス。今のうちに急いで準備を済ませよう」

もはや聞きなれた心地よい声たちが、何やら俺の寝台の周りでいそいそと準備しているようだ。何の準備をしているのかは、実は見当がついている。だから俺は、この愛らしい作戦の戦略目的が最大限の効果を発揮したと思わせるために、まだ寝ていなければならない。

そう、今日は12月5日。

「お兄様!準備できました!」

「よし、じゃあ起こすぞ」

世間では何の変哲もない日常でも、我が家では事情が違う。

「お父様、おはようございます」

「父さん、起きて!ほらはやく!」

先ほどと打って変わって、今度ははっきりと俺に聞こえるように溌溂とした声で俺を呼ぶ二人に応えて、瞼を持ち上げて状態を起こす。さも今この声で目を覚まさしたように緩慢な動作で。

「おはよう、レイ、エリス」

愛する我が子に朝の挨拶を告げると、ほぼ同時に控えめなクラッカーの音が二つ。

「父さん」「お父様」

「「お誕生日おめでとう」」

純真無垢な笑顔と、優しさが溢れる祝いの言葉。

壁には手作りの装飾と、ハッピーバースデーを形作る風船アート。

二人の真心がこもった準備に、目を見開く。

 

あぁ、満たされるというのはこういう感情を言うのだろう。

何度目かのバースデーサプライズ。でも、何度目でもこの気持ちは風化しないし、いつも俺をこれ以上ないほど幸せにしてくれる。言葉にするのも憚られるほどに。胸の奥から身体の先端まで温もりが染み込む様に広がっていくこの現象をただ噛みしめていたいと、それだけを願う。

「ありがとう、二人とも。すごいじゃないか!去年よりももっと綺麗だ」

嘘偽りのない素直な言葉に、レイとエリスは顔を見合わせて『作戦成功!』と言わんばかりの屈託のない笑みを交わした。

「さあ父さん!早く下に降りよう!母さんも待ってるよ」

「わかったわかった。顔を洗っていくから先にいっていなさい」

元気よく返事をして部屋を出ていく子供たちに続いて廊下に出る。階段を下りて洗面所に向かい、顔を洗う。トウキョウ租界のごくありふれた一軒家。それが今の我が家だ。広すぎず、かといって窮屈でもない、本当に一般的な家庭。リビングに向かうと香ばしい香りと調理の音が俺を迎えた。部屋に入ると同時に、頬に柔らかい刺激が走る。不意を突かれたことに内心驚きながらそちらを向くと、その犯人は少し顔を赤らめながら満面の笑みでこう告げた。

「おはようルル!お誕生日おめでとう!」

「おはようシャーリー。今年はみんなしてサプライズの連続だな」

「今年はあの子たちも飾り付け作るのがんばってたから、私も何かしてみようかなっておも」

意趣返し、と言わんばかりに話している途中のシャーリーの唇を塞ぐ。

後手に回ったものの俺のサプライズも成功したようで、シャーリーは目を見開いて頬の朱色をもう少し強めた。

「もらってばかりじゃ悪いからな」

そういって子供たちが待つテーブルに向かう。

「もー!朝ごはんもうすぐ出来るからね」

仕返しされたのに、やっぱり嬉しそうなのを隠し切れないままシャーリーはキッチンに入った。

子供たちと談笑しているうちに朝食を持ってきたシャーリーも食卓について、家族四人で朝食をとる。飾り付けの準備の話とか、実は今朝レイが少し寝坊してエリスが起こしたとか、今日はどこに出かけたいかとか、笑顔と言葉を交えながら。

朝食を食べ終えて、後片付けをする。

「レイとエリスは出かける準備をしてきなさい。シャーリーも、あとは俺がやっておくから」

「わかった。じゃあお願いね、ルル」

子供たちとシャーリーが部屋を後にして少しして朝食の片づけが終える。

俺も身支度をしないと――

「ルルーシュ」

脊髄に電流が走ったかのような衝撃が走る。

今の声は、そう、聞き覚えのある、誰の声だったか。

誰かが俺を、呼んでいる。

声に誘われるように、玄関へ向かう。

靴を履こうとして、すでに自分が靴を履いていることに気づく。

靴だけではない。先ほどまで着ていた寝間着が、漆黒のマントとコスチュームに変わっている。

俺は――そうか、俺が―――

玄関のドアノブに手をかけると、背後から消え入りそうなか細い声が、しかし明瞭に耳朶を振るわせる声が投げかけられた。

 

「いっちゃうの?ルル」

 

息をのむ。ドアノブにかけた手がまるで凍り付いたように停止する。

これは幻だ。俺が心のどこかで望んでしまった未来だ。こうして暮らす明日が俺にもあったなら、それはどんなに。どんなに――

 

深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

思い出せ、決意を。

思い出せ、お前の行動を。その結果を。

 

ゆっくりと振り向いた先には、夢想することしか叶わなかった優しい世界。

俺にとってその象徴は、君だった。

「すまない、シャーリー」

それだけ伝えると、シャーリーはいつも見せてくれた笑顔に一筋の涙を零しながら、震える声で、絞り出すようにその一言を贈ってくれた。

「いってらっしゃい」

 

その一言が、凍えた俺を溶かしてくれた。

ドアノブをひねり、俺は《そこ》を後にした。

 

 

窓から差し込む日差しが、瞼越しに感じられる。

もう眠ったままのふりをする必要はない。

そう、今日はゼロレクイエムを為す最後の日。

世間では何の変哲もない日常でも、今日からは『明日』に向けて世界中が手を取り合う。

最後の日に見たあの夢が俺にとっては掴むことの叶わない蜃気楼だったとしても、

明日を生きる皆にとってはきっと、当たり前に迎える日常になるはずだから。

 

俺を呼んだあの声の主である魔女を置き去りにするのは心残りだが、どうかそんな魔女にとっても、より良い明日が来るように祈って。

どうか彼女にも、笑顔になれる夢の続きを。

 



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白 夜

蜃 気 楼 とは別解釈のゼロレク前夜
ひどい顔がどんな顔なのかは想像にお任せします。


 

窓の外から差し込む夕日が傾いで、室内を美しい茜色から夕闇へと染め上げていく。

次第に陽は落ち、地表を照らすは人々が暮らす街の明かりに移ろいゆく。

それをただ、眺めていた。

これが、俺が目にする最後の夕焼け。俺が暮らしてきた街並みとこの風景は、明日俺がこの世を去ってからも続いていく。だが、それを認識する俺という主体が居なくなるのだから、俺にとってこの世界は最後の夜を迎えたともいえる。

その明日がどんな風に、それだけ続いていくのか、もう知る由はない。

世界の行く末など、それこそ不老不死にでもならなければ、誰にもわからない。

それでも俺は、明日を望んだ。

数多の死の責任を取るため、愛する人々の安寧を願って、なんて綺麗事は実際のところ口実に過ぎないのかもしれない。ただ自分がそう望んだから、そうあってほしいと願ったから。そのための悪逆皇帝。そのための、ゼロレクイエムだ。

 

らしくない、といえばそうかもしれない。

明日の計画の為の準備は既に整った。計算と演出、情報の根回しと把握、奇跡を迎える条件は既にクリアされた。だから特にやることもなく、地表から遠く離れたこの皇室から世界を眺めていた。考え事はいつものことだが、少しセンチメンタルに酔っているかのようだ。薄々は分かっている。その感情が、確かに胸の内に燻っていることを。

明日、俺は死ぬ。

その単純な恐怖を鎮めきれずにいるのだ。

計画に不安などない。自分がいない世界で明日を求める人々の想いの力も、今の俺は疑わずに信じることが出来る。それでも、これまで多くの死を見てきた自分が、遂にそちら側に立つのだと思うと、怖れが首をもたげる。

撃たれる覚悟は出来ている。だがそれは、怖れを感じないわけではない。

 

いつの間にか夕日は完全に地平線の向こう側へと沈み、俺は静寂に包まれる昏い部屋で一人、ベッドに腰を鎮めた。

もし全てが終わった後で、俺の魂のようなものがCの世界に向かうのなら、そこで会えるだろうか。殺してしまった人々、守れなかった人々、そして明日より続く後の世界で死を迎えた人々に。それも、悪くないかもしれない。

次から次へと頭をめぐる考え事で、無為に時間を消費していくらか経った頃に、背後で部屋の扉が開いた。ギアスをかけた兵士たちにはここに近寄らないように指示を出している。つまり来客の正体はこの建物において唯一ギアスの効かない、わがままな共犯者だ。

 

「なんだ、照明もつけずに。起きているんだろう?」

「ノックぐらいしたらどうだ。相変わらず自分勝手な女だ」

「そうさ、私はC.C.だからな」

C.C.は真っすぐベッドに歩み寄ってきて、俺と背中合わせになるように腰を下ろした。

仰け反って、こちらに体重をかけてくる。まるで日本での決戦前夜のように。

「慰めに来たとでも?今の俺には、不安も迷いもない」

「ああ、だが恐怖はある」

あっさりと、否定しようのない事実を口にする。

「別に、慰めに来たわけではないさ。お前のその感情は、私がはるか昔に忘れてしまったものだ。共感してやることは出来ない」

ああ、そうだろうとも。お前は死にたくても死ねなくて、死の恐怖から最も遠いところに存在している。それはこれから先も、未来永劫続く苦悩の道程。だからこそ、俺はお前との約束を果たしたかった。それが今の俺にとって、唯一の心残りでもある。

「C.C.――俺は」「謝る必要はない」

約束のことを切り出そうとして、その先を塞がれてしまう。

「私はお前にいろんなものを貰ったよ。おかげで私も、経験という積み重ねは止めようと、そう思えるようになった。ここに来たのは、そうだな。少し永い別れになるから、その前に共犯者の顔でも見ておこうかと思っただけだ。ただこうして少し談笑して、小気味良い軽口を叩きあって、旅に出る前の思い出を少しばかり増やそうか、とな」

「フッ、本当にお前はどこまでもわがままな女だよ」

自然と笑みがこぼれる。胸の奥の恐怖も鳴りを潜めた。

完全に消え去ったわけではない。それでも、俺の心には窓を開け放ったように安らぎともいえる心地よい風が吹いた。

「いいだろう。世界をその手に収めた皇帝の最後の夜をくれてやる」

「ああ、精々私を楽しませてくれ、ラストエンペラー殿」

 

そのまま俺たちは背中合わせのまま、他愛無い話を続けた。

不思議なほどすらすらと言葉が紡がれていく心地よさの中に揺蕩うように。

 

気づけば朝陽が顔を覗かせるほどに時が流れ、そこで会話は途絶えた。

永遠のように感じられる、しかし実際には一分にも満たない沈黙を破り、重い腰を上げる。

「そろそろ、行かなくては」

「ああ。主役が遅刻するわけにもいかないだろう。私のことは気にするな」

互いに立ち上がり、C.C.が部屋を訪れてから初めて顔を向かい合わせた。

 

「ふん、ひどい顔だぞ、魔女」

「お前こそ。しっかり映像に残るんだからきちんとおめかしすることだな、魔王」

 

互いに見つめあって、最後の最後まで悪態をついて、少し微笑む。

 

「さようなら、C.C.」

「ああ、さようなら、ルルーシュ」

 

俺は振り返り、部屋を後にした。

真っ暗な部屋で過ごしたのに、陽の光がずっとそこにあったかのような最後の夜を胸に秘めて、明日を迎えるために。

 



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無意識 から の 使者

復活本編少し前のお話


目が覚めると、私は水槽の中にいた。

気味の悪いオレンジ色の液体で満たされた、実験動物を収めておく哀れな容器だ。

視界はぼやけていて、外の様子は明瞭には見えない。

しかし私はその景色に見覚えがあった。

薄暗い室内と複雑な機器の数々。ガラス越しにこちらをのぞき込む白衣の男たち。

それは私がルルーシュに出会う前、軍に囚われていた時の好ましくない思い出の風景によく似ていた。

ここはどこだ。ルルーシュはどうなった?まさか響団の生き残りに捕まってしまったのだろうか。私を捕えてこのような扱いをしているとなればギアスを知る者の仕業と考えるべきだろう。一刻も早くここを抜け出して、ルルーシュとともに逃げなければ。追手が本気になる前に、最期の門に辿り着かなければならない。

「おい、上からの連絡だ。サンプルを移送する手配が整ったらしい。明日の午後に迎えが来る」

すぐそこで機材と向かい合っていた男たちの会話が聞こえてくる。

チャンスだ。そのタイミングでここを離れよう。既に皇帝のバックアップもなく、組織は黒の騎士団によって壊滅。彼らも細々と生き残っているだけの残党だ。望みはある。

 

 

案の定、移送の際も武装した護衛などは現れなかった。移送の際に触れてきた奴を皮切りにショックイメージを見せ、唯一もっていた簡素な拳銃を奪い取って場を制圧する。ただ一人気絶させずに残しておいた白衣の男にその銃口を突きつけ問いただす。

「ルルーシュは、私と一緒にいた若い男はどうした?」

「し、知らないっ!助けてくれ!」

それ以上何も聞き出せず、私はその場を飛び出した。

大がかりな施設というわけでもなく、残りの数部屋を見て回るのにさして時間もかからなかったが、ルルーシュの姿はどこにも見当たらなかった。

既に別の場所に移された記録もない。ジルクスタンへ向かう旅路の途中で寝込みを襲われたのだと仮定して、私だけを攫って捨て置かれた可能性もある。万が一殺されるようなことがあっても、コードを引き継いだ体は無事なはずだ。

これ以上の手がかりは得られそうにない。ここを脱出して最後に泊まった町まで向かい、地道に捜索すべきだろうか。まずは現在地を特定しなくては。

周囲を警戒しつつ、廊下を進む。この施設は地下に隠されているらしく、窓なども一切なかった。地表へと続く階段を見つけ、一気に駆け上がり扉を開いた。

外に出ると同時に、一帯に響き渡るような爆発音が響いた。

同時に強烈な光が拡散する。

「なん、だ、これは」

思わず口を突いて出る驚嘆の台詞。

空を見上げるとそこには満点の星空。周囲は最後に見た旅の風景とは一転して人口の多い都会の街並みが広がっている。

強烈な光と爆音の正体は、星々に負けないほどの輝きを放つ打ち上げ花火だった。

 

いったいどこまで連れてこられたのかと嫌な汗が噴き出るほどの焦燥に駆られた。ルルーシュの下へ向かうまでどれほどかかるか――

そこでふと、その街並みにも見覚えがあることに気づく。人通りが多いところへ向かい、さらにそのまま走って記憶を頼りにある場所へと向かう。次々と打ちあがっていた花火が終わるころに目当ての場所へたどり着く。そこには見慣れた学び舎があった。アッシュフォード学園。予感は確信に変わる。ここはトウキョウ租界だ。つまり大陸から日本にまで移動してしまったことになる。

絶望的だった。最期の望みである門まであと少しというところで、よもやこんな事が起こるとは。踵を返し、港を目指す。飛行機は使えない。船で海を渡る方法を考えなくては。

どんなに絶望的でも、ルルーシュを取り戻せる可能性がわずかでもあれば、私は――

 

先ほどのものと比べて、ずいぶん控えめな音と光が夜空に咲いた。

振り返ると、学園の屋上で花火を楽しんでいる数人の学生たちが見える。

その光景を見て、歩みが止まった。

少しばかり距離があるが、はっきりとわかる。

そして全てを悟って、全身から一気に力が抜けた。

これは夢だ。

だってあそこにいるのは、私が知っている、もう学園には居ないはずの生徒たち。

存在しえない、思い出と妄想の具現だった。

 

虚脱感に襲われた足を引きずるように踏み出し、学園の敷地内を進む。

校舎に入り、階段を上り、屋上の入り口までたどり着き、扉を開けずに背を向けて座り込む。

ああ、間違いない。扉一枚隔てた先で花火を楽しんでいるのは、ルルーシュ達生徒会メンバーとナナリーだ。

『みんなで花火をする』

叶わなかった約束を果たし、幸せなひと時を過ごしている。

そして私は悟った。これは私とルルーシュが出会わなかった世界。

私は囚われの身のままで、ルルーシュはギアスも知らずに生きている世界だと。

 

手を伸ばせば届くところに、ルルーシュがいる。

私と契約を結ばない代わりに、友人や家族との幸せを手にしたルルーシュが。

 

ふと考える。もし時が戻せたとして、私はそれでも、ルルーシュにギアスを与えるだろうか。

以前ルルーシュは後悔はないと、ギアスがなくともいずれはブリタニアを壊すつもりだったと言った。それでも、こうして得られたはずの幸せを取りこぼしたのは紛れもない事実だ。より多くの哀しみを生んだことも。

答えはわからない。そもそもこんな仮定は無意味だ。

それでも、現実での虚ろなルルーシュの姿を思い出して、私は迷う。

 

涙が溢れそうになるのをこらえて、立ち上がる。

迷ったところで、こんな夢を見たところで、現実は変わらない。

そうだ、変わらない。私には、約束があるから。

 

後ろ髪を引かれる想いで、自分への問いの明確な答えを出せないまま階段を数段降りたところで、背後の扉が開く音がした。

「まて、どこへ行く?」

内心でため息をつく。全くこの男は夢の中でも間が悪いのか、と。

「行先か?当てならある。だからお前は待っていればいい」

相手からすれば、脈絡もない言葉だろう。会話は成立しない。

だからこれは、私の宣言だ。

「必ず迎えに行く。お前と私が後悔なんて微塵もしないほどの明日が、きっとあるから」

振り返ってそう告げると、ルルーシュはいつもの、ガキ臭くて尊大で、私が愛した笑顔を静かに湛えていた。

次第に私の意識は溶け落ちて、つかの間の世界は終わりを告げた。

 

 

*****

 

 

目が覚めると、そこは眠りにつく前と同じ景色が広がっていた。

傍らには、寝息を立てるルルーシュが横たわっている。

 

頭を撫で、男とは思えないほど流麗な髪に指をとおす。

「必ず、迎えいに行く」

夢の中の宣言を、もう一度口にする。

ルルーシュが目覚める前に、朝食の支度をしよう。

今日はいよいよジルクスタンへ入国する。

薄氷の上を歩くような険しい旅も、そこが終点。

あんな夢を見てしまうほどには、私も不安を抱えているということか。

 

それでも、最期の希望へ向けて、もう少しだけ歩こう。

この幼子のような弱々しい手を引いて、約束を果たすために。

 



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キュウシュウ 防衛線

オリジナル要素強め 復活数年後 最後ちょっぴりルルC
反響があれば続くかも?


 

「もうここはダメだ!撤退を―」

「戦線がもたないぞ。食い破られる!」

「駆動系が死んだ!動けない!誰か!誰かっ!」

 

飛び交う怒号。折り重なる悲鳴。混乱する戦況。

誰がどう見ても、私たちの敗北は疑いようもなかった。

崩れ往く街並みと燃え盛る戦火。

次から次へと湧いて出る無人KMF。

上がる息。額を伝う汗。残量僅かなエナジーフィラー。

 

周囲を徐々に囲まれ始め、私が落とされるのも時間の問題だった。

ごめんなさい、カレンさん。私もここまでかもしれない。

圧倒的な物量差と減り続ける味方。

どうあがいても覆せない状況が、私の乗るKMFに突き付けられる銃口という分かりやすい現実になってモニターに映し出される。

多分気のせいだけれど、平和が去っていく足音が聞こえた。

 

 

――開戦28時間前

 

ハシュベスの戸惑い以降、世界には争いの火種が広がった。

2年続いた奇蹟の明日は終わりを告げて、様々な思想や政治的な背景から散発的な抗争や紛争、テロが起こり始めた。世界は小さな火種と、それを吹き消して回る黒の騎士団とのもぐらたたきのような情勢になってもうすぐ5年が経つだろうか。

終わらない闘いの日々に身を投じていると、平和だったあの日々に帰りたくてたまらなくなる。それでも今の世の中は悪逆皇帝ルルーシュに統一される以前の世界よりも、まだ戦火は少ないほうなのよ、とカレンさんは言っていた。

紅月カレン。悪逆皇帝を討ち果たした伝説の英雄ゼロが率いる黒の騎士団のエースパイロットで、今は一線を退いて後進の育成に励んでいる。私もカレンさんに手ほどきを受けた一人だ。彼女のような人になりたいと憧れて、私の今あると言っても過言ではない。まあ少し、人に教える才能はなかったようで、くらいついていくのは死に物狂いだった。天性の才能というのはああゆうものなんだろうか。

「ま~や!」

後ろから聞きなれた声が私の名前を呼ぶ声がして、次の瞬間には両手でがっちり抱き着かれてしまった。

「ちょ、あぶないよアーネット。ジュース零れちゃう」

「なーにぼーっとしてたの?」

「カレンさんのこと考えてた」

「うげ、あんたまたそれ?確かにカレン教官は色んな意味で凄かったけど、あんた好きすぎるでしょ」

彼女はアーネット。私と同じ黒の騎士団のKMFパイロットで、カレンさんに一緒に習った、いわゆる同期の友達。

「だって、私の目標で」

「憧れだから、でしょ?はいはい聞き飽きた―」

「自分から聞いてきたくせに」

 

私たちは同期というだけでなく、歳も近くて、卒業後の配属先が同じ日本エリアだったということもあって今も一緒の寮で暮らしている。今日はオフで、共用スペースでのんびりテレビを眺めていたところだった。朝9時スタートの毎週欠かさず見ている『かわいいペット大集合!ハプニング映像集!!』、みたいなほっこりする番組を見ていた、まさにその時だった。映像が突然切り替わり、ニュース速報が入る。画面には忙しない様子のスタジオと金髪で美人で利発そうな女性キャスターが映った。たしかお天気お姉さんで有名な人だったか。しかし今は緊張感の漂う面持ちのまま、良く聞こえる凛とした声で話し出した。

「速報です。ただいまネオ・ブリタニアを名乗るテロリストから犯行声明がネットに公開され、その宣言通り、旧中華連邦の都市3つが壊滅状態となってしまいました。繰り返します――」

 

目を見開き、鼓動が跳ねる。

「アーネット」

「わかってる、急ごう」

 

休日はここまで。中華連邦は日本からそう遠くない。襲撃された3都市のうち一つは日本海側にある大都市だった。私たちは急ぎ身支度をして指令室へと向かった。

 

 

――開戦20時間前

 

先のテロが発生してから数時間のうちに、黒の騎士団内部では情報共有と対抗策の立案がされていた。1時間後には私たちはトウキョウ租界からキュウシュウ防衛線に参加するために出立する予定になっていた。そう、やつらテロリストはここ、日本エリアへの侵攻を声明で発表したのだ。伝えられた情報を整理してみる。

ネオ・ブリタニアを名乗るテロリストのリーダーは豪奢な皇帝服に身を包んだ青年だった。その見た目やしぐさから、悪逆皇帝ルルーシュを模倣、崇拝しているのが見て取れた。実はこういった輩は少なくない。悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは世界の破壊者としてその汚名を歴史に刻んだ。しかし、その圧倒的なカリスマ性と行動力、世界を手にした知略と眉目秀麗な容姿からある種の信仰を作り出してしまった。その行いに心酔する者や模倣犯は後を絶たず、巷ではそういった犯罪者たちをルルーシュチルドレンなどと呼んでいるそうだ。

たしかに、無理からぬ話ではある。あれほどの傑物は人の歴史においてもそうそうお目にかかれるものではない。人々を魅了する資質と、従える才能に溢れていた。

今回のテロリストもそうした類のものだ、というのが上の判断だ。

最悪なのは、そこに大量の資金と技術力が合わさってしまったこと。

やつらはAIによる自動操縦技術を用いて、ナイトメアフレームの無人機化に成功。

疲れ知らずで判断や操縦も正確なキリングマシーンを大量に保有していらしい。

並のパイロットでは歯が立たず、対抗手段は遠距離からの狙撃が最も有効との予測がたてられた。私は近接戦よりも狙撃のセンスがいい、というのはカレンさんからの言葉だけど、今回の作戦では役に立てそうだ。

 

「まや!出る前に狙撃仕様の兵装のことで確認だって、整備班から電話だよ」

「わかった、今行く」

 

キュウシュウ沿岸部に位置する防衛拠点まで数時間。テロリストの好き勝手にはさせない。日本を、カレンさんの故郷を、守ってみせる。

 

 

――開戦10分前

 

キュウシュウまでの移動で睡眠をとり、そこから現地の守備隊の指揮下に入った私たちは警戒を続けていた。無人機の軍団ということは兵士の士気や休息などを考慮せず、補給と運搬さえできればいつでも最大戦力を投入可能であるということ。ユーラシアの大地を荒らしたその足ですぐさま海を渡ってくる可能性は十分にあった。

が、その警戒の目は思わぬものを見つける。

それは護衛艦とさえ距離を空けて浮遊する敵の旗艦だった。指令室のやり取りが通信に流れてくる。

「レーダーに感あり、機影照合、光学センサー補足、モニターに出します。これは、ブリタニア帝国フロート艦、アヴァロンです」

「なんだと?」

 

モニターに映し出されたそれは、確かにデータにあるアヴァロンの機影にそっくりだった。ここまで徹底して模倣するとなると、テロリストのリーダーは相当こじらせているに違いない。

 

直後、オープンチャンネルで敵のリーダーからの通信が届く。

「ごきげんよう。黒の騎士団の諸君。私はネオ・ブリタニア帝国皇帝、ジーベック・ユィ・ブリタニアである。諸君には既にご理解いただいてると思うが、私は亡き皇帝ルルーシュ様の跡を継ぐもの。その力は中華連邦の件でよく味わっていただいたと思う。私は彼のように、この世界を再び一人の人間のもと、一色に染め上げたいと考えている。だからこそ、日本をターゲットとして選ばせていただいた。理由はもちろん、おわかりだろう。日本こそ皇帝ルルーシュの決戦の場。私は逆に、そこから世界を収める第一歩を踏み出したい。そのために中華連邦の土地も壊滅だけして占領はしなかった。しかし、私の力を示しておかなければ君たち黒の騎士団は本気で私を止めにかかってこないだろう?そのためのデモンストレーションだったというわけだ。さあ諸君!このネオ・ブリタニア皇帝の侵攻に抗って見せてくれたまえ!」

 

なんともまあ自分勝手によく吠える。だが、テロリストとはこういう人種だ。他人を踏みにじるエゴの塊。

 

でも、この時私たちはすでに敵の策に嵌っていた。

大げさな演出によって目を引き付け、その間にことを為す。そういう意味では戦法さえルルーシュじみていると言えたのかもしれない

 

「レーダーに感あり!敵ナイトメアに上陸されました!」

「馬鹿な!敵の旗艦は遥か彼方の海上だぞ!周囲の艦影からもナイトメアが発信した様子など」

「海底です!無人ナイトメアフレームの大群が、海底を歩いてきました!」

 

技術は発展し、ナイトメアのフロート装備も標準化されたこのご時世に、海底を、徒歩で。合わせてリーダーによるオープンチャンネルの演説による陽動。

私たちは狙撃という有効手段を塞がれながら奇襲を受けるという最悪の形で、開戦を迎えた。

 

 

 

――開戦3時間後

 

そこはもう、地獄と呼ぶのも生ぬるい戦場だった。

「もうここはダメだ!撤退を―」

「戦線がもたないぞ。食い破られる!」

「駆動系が死んだ!動けない!誰か!誰かっ!」

 

飛び交う怒号。折り重なる悲鳴。混乱する戦況。

誰がどう見ても、私たちの敗北は疑いようもなかった。

 

沿岸部での奇襲を受け、私たちは防衛ラインを下げつつ応戦。

しかし敵の勢いは止まらず都市部まで侵攻を許してしまった。

住民の避難は事前に行われたが、街並みは悉く崩壊していく。

残弾もエナジーも残りわずか。

集中力が切れたわずかな隙に、三機編成の敵機に囲まれた。

モニターに映る、敵ナイトメアの銃口。逃げ場はない。

こんなところで――

 

ごめんなさい、カレンさん。

 

諦めに心が折れた時、空から鮮やかな緑光の雨が降り注いだ。

三機の無人ナイトメアフレームは瞬時に行動不能に陥り、沈黙した。

 

空を見上げると、先ほどと同じ色の閃光が戦闘空域を縦横無尽に閃いて、あとから遅れて敵が爆散していく。

あれは――ジルクスタンの紛争以来、黒の騎士団の窮地に現れる白金のナイトメア。

かつてナイトオブゼロの称号を掲げたある騎士が駆った、最強の機体――ランスロット。

敵陣の中央で瞬くその翼は、誰にも追いつけないほどに速く、戦況は一変した。

 

だがしかし、都市部に上陸した敵部隊はじわじわと攻めてきている。こちらの対処も急がなければならない。部隊を再編制し、戦線を立て直さなくては。まずは味方と合流を―

 

「西口だ」

突然、内部用の通信回線に指示が流れる。だが、聞きなれない声だ。ここの守備部隊の人間でもない。

「線路を利用して、西口方面まで移動しろ」

「誰?なぜこのコードで通信を」

「誰でもいい。勝ちたければ私を信じろ」

「勝つ?」

護るのでさえ精一杯の、それすら危ういこの状況で、勝つ?

謎の声は、私たち残存部隊に次々と指示を出してきた。

それと同時に敵の情報を送信され、私たちはその声を信じるかどうかの判断を下す前に、その指示が的確であることを受け入れざるを得なかった。生き残るために、護るために。

そのあとはまるで魔法にかかったか、奇蹟が起きたかのようだった。

敵機を次々に撃破し、戦線は回復。損害も少なく、まるで未来予知できているかのようなワンサイドゲームが繰り広げられた。

そうして都市部を制圧するころには、敵の本体はそのほとんどがランスロットに沈められていた。

 

「おい」

「はい!」

謎の声からの通信に思わず上ずった返事をしてしまう。

「狙撃仕様の兵装を装備しているな。ちょうど敵旗艦がランスロットに追われて逃げ込んでくるからフロートを狙撃して不時着させろ。ポイントはC2だ。」

「呼んだか?」「茶化すなよ。もうすぐ終わるから。わかったな?あとは任せるぞ」

「ちょ、ちょっとまっ――」

なんだか通信機の向こう側で、恐らく女性、の声と会話したと思ったら、一方的な指示を残して交信は切られた。

 

指示されたポイントに向かうと、教えられたとおりに敵の旗艦のアヴァロンもどきが流れてきていた。フロートシステムを狙撃し、海上に不時着させたところでこの戦闘は終わりを迎えた。

 

 

――終戦後

 

「まや!よかった無事だったのね!」

「アーネット!」

拠点に帰還すると、先に帰投していたアーネットと無事再開できた。

 

「ねえきいた?あの変な声の指示」

「やっぱりそっちにもあったのね。でもあのおかげで私生き延びることが出来たわ。ホントに感謝よ」

そのとおりだ。謎の声とランスロット、二人の英雄が居なければ、今頃私たちは戦死し、被害はさらに大きく拡大していただろう。

 

「もっと強くならなくちゃ」

「憧れのカレン教官みたいに?」

「それは、そうなれればいいけど、でも、どういう風にでも構わない。今日思い知ったでしょ?強さの在り方は一つじゃない。きっと私だけの」

「はいはーい、そゆのは後にして、まずはやすもーよー。ほんっとに疲れちゃった」

 

アーネットに背中を押されながらシャワー室へ向かう。

うん。このことはまたカレンさんに相談しよう。

 

無傷、とはいかなかったけれど、何とか守り切った街を背に、今日のことを心に刻んだ。

 

 

 

************

 

 

「やっと終わったか?」

「ああ、これで少しはすっきりする」

 

通信機をおきながらC.C.の問いかけに返事をする。

日本を襲うというのもそうだが、俺の模倣犯などと言われては捨て置けない。

「しかし無人機とはな。時代は進んでいるんだな」

「とはいえ、機械故に人間よりも行動は読みやすい。何といっても間違えないからな。常に最適解で行動するし、命欲しさに撤退もしない。あとは行動パターンさえ読めれば、な。」

とはいえ、今後AIが進化すると同時に柔軟な対応をしてくるようになれば明らかな脅威となるだろう。スザクに報告しておくべきかもしれないな。

「それにしてもあの模倣犯、傑作だったな」

「まったくだ。俺はあんなに中二病臭い恰好や発言はしていなかったのに、見ていて痛々しいほどだったな」

「え?」

「ん?」

 

一拍間をおいて、C.C.は盛大に笑いだした。

「おいなんだ、何がおかしい」

笑いをひきつったまま、息も絶え絶えといった様子でC.C.がしゃべる。

「今のは皮肉じゃないぞ...クッ...あはは...本当にお前そっくりだったから傑作だと言ったんだ。まさか自覚がないとはな」

「なっ あんなに変じゃなかっただろう、俺は」

「はいはい、そういうことにしといてやるよ。ほら、旅の続きだ。行くぞ」

「おい待て!この性悪女め。いつまで笑っているつもりだ」

 

こうして俺たち二人の旅は、時折何かと交じり合いながら、今日も続いていく。

今日も、明日も。

 



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微睡みの 白き 騎士

復活のルルスザ再会場面妄想
殴るたび喜びと生きてる実感が増す系スザク


僕の手には、忘れられない感触がいくつか残っている。

一つは、空から降ってきた女の子を抱きとめた時の柔らかい感触。

一つは、世界を掌中に収めた親友を突き穿った時の柔らかい感触。

 

ふわふわと天にも昇るような柔らかさと、ぐちゃっと臓腑を貫いた柔らかさ。

全く違う感触なのに、どちらも確かに柔らかかった。

そしてどちらも、もうこの世には存在しない。

 

そう、思っていた。

 

「おはようゼロ。いや、枢木スザク」

朦朧とする意識の中に、水面に落ちたしずくが拡げる波紋のように響いてくる声があった。

その声に誘われるように体を起こし、窓辺を見やる。

そこには、あの日殺した友達がいた。

 

掠れた声で、友の名を呼ぶ。拷問で痛めつけられた身体は軋んでうまく動いてはくれなかったけど、そこにあるはずの痛みはどこかへ置き去りにしたかのようだった。確かめてみろと言われ、震える指で彼の頬に触れる。

柔らかい、生きた人間の肉の感触が、確かにそこにはあった。

 

喪ったはずの尊いものに思いがけず巡り合った歓喜が湧き上がる。

その直後、彼の物言いが僕の中の憤怒を呼び覚ました。それは瞬時に膨れ上がって、気づけば僕は振り上げた拳を先ほどなぞった彼の頬にめり込ませていた。

情動に身を委ね、力の限り殴打し、罵声を浴びせた。

心は確かに激情に震えているのに、それが全てではなかった。

拳を振り抜くたびに、肉を纏った骨の感触が伝わってくる。

彼の口元から散った血液が、生命の温もりを伝えてくる。

爛爛と輝く眼差しが記憶の中のそれと変わらずそこにあることが、彼が帰ってきたのだと思い出がささやいてくるようだった。

 

彼を殴れば殴るほどに、生きているのだと実感する。

ルルーシュが、そこにいるのだと。

 

途中でC.C.が止めに入って、僕の意識はそこで途切れた。

再び微睡みの中に落ちた後、僕は幾許かの間懐かしい匂いに寄り添っていた。

すぐ傍で聞こえていたのはキーボードを叩く音と、聞きなれた友の口から零れた一言だった。

 

「全く。変わらないな、お前は」

 

それは、以前のルルーシュからは聞いたことがないほどに柔らかい声音で、僕の耳にすっと溶け込んでしまった。

僕の手に残った柔らかさには、正直に言えば拭い去りたいものだってあった。忘れるべきじゃないと分かっていても、できれば忘れてしまいたいと思えるような。

でも耳に残ったこの感触はとても心地よくて、僕の孤独を癒してくれる唯一の音色のようだった。

同時に、目が覚めたら全てが夢で、僕はまだ拷問部屋で磔にされているのかもしれないと思うと寂しさと不安が襲い掛かってくる。

だから僕は、夢と現実の狭間を揺蕩いながら祈った。

この柔らかい声色が、泡沫の偽りではありませんようにと。

 



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囚われ の 処刑台

ゼロレクイエム ナナリー視点


 

私は、小さい世界の住人でした。

立つことも歩くこともできず、世界という舞台は瞼という名の幕が下りたまま。

音や声は聞こえるけれど、私が干渉できるのは手の届く範囲だけ。

それでも、私は幸せでした。

その小さな世界には、私を愛してくれる人がいて、優しさで満たされていたから。

 

でもそれは結局ひとりよがりのわがままで、束縛と依存と言われてしまえば否定はできませんでした。

 

幕が上がった舞台が私に見せたのは人殺しとなった兄と、どれだけ手を伸ばしても届かないその背中。

世界が広がる代償に、それまでの小さな世界の幸せが喪われてしまったのかと思うと、出来れば時を巻き戻して、こんな取引は無かったことにしてしまいたいと願わずにはいられません。

 

私はあのクラブハウスでの日々がたまらなく愛おしく、ずっと続いてくれたのならそれで良かった。お兄様が居て、生徒会の皆さんが、咲世子さんが、スザクさんが居てくださったのなら、それ以上に望むものなど何もなかった。本当に、それだけで良かったのに。

 

それでも現実は、私の手の届かないところで進み続ける。

人殺しの覚悟も、お兄様との決別も、全ては水泡に帰すかのように私の願いは悉く打ち砕かれた。お兄様は悪逆皇帝として世界を手中に収め、人々は恐怖に震える生活を強いられる毎日を送っています。

私が何とかしなくては。

募るばかりの焦燥感が身を焦がすように熱を持つ。

私が何をできるのか。

鎖につながれた今の私は、結局小さな世界にいたころと何も変わらない。

いや、それ以上に無力で、何一つ為しえないのだという事実を突きつけられる。

 

ダモクレスでの再会以降、お兄様は一度も私と顔を合わせることはありませんでした。

世界統一を祝福するという名目の式典が行われる今日も、私に一瞥もくれないまま王座に腰を下ろしました。

 

そこにいるのが見える。

でも、決して手は届かない。

冷ややかな鉄の感触を伝えてくる拘束具がなかったとしても、私はそこに行けない。

私に出来ることは、失意の底で蹲ることだけ。

それでも私は、この命がある限りはお兄様を止めなければなりません。

もうあの日々に戻れなくても、これ以上お兄様を恨み、憎む人が増えないように。

何もできなくても、お兄様がいる限り、私は何度でも――

 

唐突に、周囲にどよめきが起こりました。

進行していた車両は軒並み停止し、ざわめきは波紋のように伝播していきます。

少し遅れて響いてきたのはいくつかの発砲音。

何が起きたのかをうかがい知る前に、それは私の目の前に舞い降りました。

漆黒のマントを翻す仮面の男、ゼロ。

思わず悲鳴を上げて仰け反る私の前にいたのはほんの一瞬で、瞬きする間に彼はお兄様のもとへ跳んでいきました。

「痴れ者が!」

お兄様がそう叫んだのは聞こえました。でもそれ以上のことは伺い知ることができず、まるで世界から音が消え去ったように時が流れていきます。

ゼロが何かを引き抜くように脇へよけると、ゼロの後姿に重なっていたお兄様がゆっくりとこちらに歩み出て、膝を折り、倒れ、滑るように落ちてきました。

私の目の前で横たわるお兄様は、純白の皇帝服を鮮血で染め上げ、眼は焦点を見失い、呼吸は浅く、指先一つも動かないままでした。

「お兄様?」

弱々しい声が喉から絞り出されるように発せられる。

世界という舞台が見せるあまりに唐突な演出が受け入れられず、観客席でただ茫然としている傍観者のようにあっけにとられ、微塵も動かないその手に自分の手を重ねる。

そうして私は知ってしまいました。これが真に舞台上の演出であり、計算された奇蹟の序章なのだと。こっそり舞台裏を覗き見て、脚本家の用意した台本を読んでしまうように。

 

同時に私は、その想いと自らの過ちを悟りました。

早鐘を打つ鼓動、伝えたい言葉、湧き上がる感情、残された時間。

本当に無力で、この手も、言葉も、想いも、届かないものばかりで。

それでも今、絶対に届けたい、伝えたい言葉があるから。

 

「お兄様 愛しています」

 

必死で叫んだその一言が届いたのかも分からないまま、お兄様は人生の幕を下ろしました。

 

 

私は、結局のところお兄様のことしか考えてはいませんでした。

他のどんな理由も後付けで、お兄様さえいれば私はそれでよかった。

私がまだ小さな世界にいたころ、お兄様も同じように、私のことを大切に想ってくださっていたと信じています。でも今のお兄様は、それだけではなかったのです。世界がお兄様を変え、お兄様が世界を変えた。これまで奪ってきた数多の命への鎮魂と、これからの世界を生きる命への祝福。そのために、命を捧げるほどに。

 

周囲が歓声に沸く中、私だけがしゃがれた声で泣き叫ぶ。

かき消されてしまいそうな不協和音はとても歌とは呼べなくとも。

これが私の鎮魂歌。

もう本当に、どうやっても届かない所へ逝ってしまった最愛のお兄様へ捧ぐ、どうしようもない哀しみでいっぱいの、願いの歌。

 

 

 



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魔神 と 歩む 日々

復活一周年!作品内のちょうど一年後に、訳あってジルクスタンに舞い戻った二人。


照りつける陽光に潤いを奪われた乾いた大地に、二人分の足跡が轍のように並んでいる。

一年前のあの日は、寄る辺を求める難民に紛れるようにここを後にしたが、今日は私たち二人だけがその思い出をなぞる様に入国した。

「着いたぞC.C.。一年ぶりのジルクスタンだ」

小高い丘を踏破し、眼下にはナナリー奪還作戦の拠点となった国境沿いの小さな村落が見えた。ナナリーを救いたいという思いと、仮面を脱いだルルーシュの願いによって集った戦士たちの一夜の思い出が刻まれた土地。そしてルルーシュが、ゼロとして復活した場所。

「あれからちょうど一年か。あっという間だったな」

「そうか?私にとっては、長い一年だった」

私の言葉が意外だったのか、ルルーシュは驚いたようにこちらを見つめた。

常人の何倍もの時間を生きてきたお前が、そんな風に感じるのかと言わんばかりの表情をしながら。

「私も意外だよ、こんな感覚を覚えるなんて。不老不死になって長らく、過去と未来は同じくらい曖昧で、時の流れは残酷なほど私を置いていくばかりだった。変わり映えのしない経験。死という終わりのない積み重ねの連続。Cの世界でも話をしただろう。限りある命だから人生なんだと。そうして死を望んでいた私に、お前がくれたんだ、笑顔を」

「だが実際には、約束だけ残して俺はお前を置いていった」

「そうさ。やはりお前は稀代の詐欺師だよ。でも私は、その約束を本気にした」

言葉にはしないが、私にとって本当に永かったのはこの一年ではない。そこから始まった門を巡る五里霧中の道程。ルルーシュを取り戻すための旅こそが、私の経験したどんな時間よりも永く、辛く、終わりの見えない不安の日々だった。

「ああ。お前のおかげで、俺は帰ってくることが出来た。その約束を果たす機会を、もう一度手に入れた。二度と手放さない。」

繋いだ手が、少しだけ強く握られる。

この一年で私たちの関係が劇的に変わったということはない。むしろ変わらなかったからこそ、私はたくさんの笑顔を貰った。二人を取り巻く環境から闘争は鳴りを潜め、お互い少しだけ素直になって、自然と手を繋ぐようになった。いつもというわけではない。その必要があるときに、どちらともなく自然と手を伸ばすことに抵抗がなくなった、という程度のものだ。あとはいつもと変わらない悪態と軽口の小気味良い応酬。

ギアスの欠片を探す私たちの一年間の旅は、おおよそそうした平和な日々だった。

それが、ここで始まった。情けない声で私の名を呼びながら走ってきたルルーシュが、息切れしながら私に声をかけたここから。

「なあC.C.、前から聞きたかったんだが、なぜ俺をL.L.と呼ばない?人前では使い分けてるが、どこで誰が聞いてるか分からないだろ。それとも、L.L.というのはやはりその」

「違う。そう言ってくれたことは嬉しかったよ。だがな、私とお前が出会ったとき、私はC.C.でお前はルルーシュだった。私が必死に取り戻したのは、ルルーシュだ。私に人生をもう一度始めたいと思わせてくれたのはルルーシュ、お前なんだよ。だから私は、お前を呼ぶときはこの名前が良い。それだけのことだ」

これも言葉にはしないが、そう――私が愛したのは、L.L.じゃなくてルルーシュなんだ。

これを素直に口に出すには、まだ少し覚悟が足りない。カレンにあんなことを言っておきながら、私はこんな日常が続くことを、明日が来ることを待ち望み、それに甘えている。

ルルーシュはそうか、と一言だけ口にすると、私の手を引いて歩き出した。

 

この国を訪れたのは感傷に浸るためではない。集めたギアスの欠片をCの世界に返すため、私たちは再び門を構成する技術が必要になった。今の私たちは相変わらずCの世界に自在にアクセスは出来ない。散った欠片を回収するか、あるいはそれを他者に授けるかの二択だ。乱れてしまったCの世界の理を元に戻すためには、シャムナの技術が必要なのだ。

 

あの日からちょうど一年。振り返ればたくさんの思い出が浮かび上がり、モザイクのように脳内でひしめき合っている。そのカケラは、きっとこれからも増えていく。

ルルーシュと二人で歩む日々が、いつか私に、私の気持ちを素直に言葉にできる勇気をくれることを祈って。私は今日も、一年前より少し歩幅の乱れと額に流す汗が少なくなった高慢なもやし男の隣を歩く。

きっと、明日も。その先の未来も、ずっと。



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