メモリーズコネクト!~プリンセス達の四方山話~ (上月 ネ子)
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第一部 プリンセスコネクト!Re:Diary
昼も夜も、輝きはキミの傍に


「プリンセスコネクト!Re:Dive」一周年おめでとうございます‼

新年明けてから現在までずっとやってますが、もうすでにPLvが70に到達しそうな位ハマってます。

中々初期★3のキャラが当たらないのは厳しいですが、それでも他のスマホゲーより母数が少なく、キャラを集めやすいのがまだ救いでしょうね。



さて記念すべき第一話のヒロインキャラは、プリコネRのメインヒロインの一人、アイコンにもなっている彼女です!


剣と魔法と魔物の溢れた大陸、アストライア。

人間(ヒューマン)、エルフ、魔族、獣人(ビースト)など、多種の人族が存在している。

その中でも、王都ランドソルは様々な人族が住んでおり、それぞれギルドを掲げ、長い時を移ろいながら生きている。

 

その中で、ある一つの小規模なギルドがあった。そのギルドの名は――【美食殿】。十代の若い男女四人で構成された、世界中の美食を食べ歩くことを名目としたギルドである。

 

メンバーの一人――ユウキ少年。

弱冠十六歳(たぶん)の普通の人間である――と、一般的な周りの人間はそう見えるだろう。しかしながら、この少年は壊滅的な記憶喪失であり、それが災いして何度か【自警団(カォン)】や【王宮騎士団(NIGHTMARE)】に逮捕されかけた事がある。

 

そんな彼の特筆すべき特徴、それは――女の人の知り合いが極めて多い、所謂主人公気質なところである。

 

 

 

 

 

ある日、ユウキはいつものように日銭を稼ぐために募集していた仕事をこなすべく、森の中に来ていた。今回の仕事内容は魔物討伐である。

今回の討伐対象である魔物は少々特殊であり、群生生物を討伐するよう依頼を受けている。

討伐対象は常に群れを成し、合わさって一体の大きな魔物へとカモフラージュする知能を持つ。そんな魔物が目に見えて増えているのを問題視し、依頼として発注したそうだ。

 

一体一体の戦力はとても低いので、うまく立ち回れば自分でも勝てる。そう考えたユウキは討伐に買って出て今に至るのだ。

 

……しかし、どういうことか討伐対象の魔物はいまだに見つからない。人間に姿を見せるときは必ず群れの状態で出てくると聞いたのに、それらしい姿すら見えない。

 

もっと森の奥の方にいるのだろうか。

 

もう少し踏み込んでみようと、ユウキは森の奥へと足を運ぶ。そんな時、何やら焦げるような臭いがユウキの鼻孔を擽った。

臭いを辿って茂みを掻き分けながら歩いていくと、少し開けた場所に出る。その中心にはゆらゆらと揺れるハニーブロンド――もとい、ユウキがよく知る少女の後ろ姿が。

 

 

 

> 何してるの、ペコさん。

 

 

 

「モグモグ……――っは! おや、ユウキくん? 森の中で会うとはまた偶然ですね。運命感じちゃいますね☆」

 

 

何かを頬張りながら、ニパーッと笑う少女。

彼女の名はペコリーヌ――ではなく、本名は別にある。これはユウキのガイド役兼従者を名乗る少女が、彼女の燃費の悪さにちなんでつけたあだ名なのだ。

ユウキはいまだにペコリーヌの本名を知らない。だが、いつか本人から明かしてくれる日が来ると信じ、追及はしないと決めているのだ。

 

それはさておき、ユウキに挨拶を投げ掛けながらも、傍らにある串を刺した何かの肉を頬張る彼女。よく見ると、その肉や焚き火の近くにおいてある何かの小山は、何処かで見たことがあるような。

 

 

 

> ねえ、そのネズミみたいなのって……。

 

 

 

「モグモグ……、んん、もしかしてユウキくんも食べたいんですか? 構いませんけど、この子、体が小さくて食べるのに少し一工夫が必要ですよ」

 

 

 

> そういうことではなく。それ、僕が探してた手配書の魔物なんだけど。

 

 

 

「ええ! そうだったんですか?」

 

 

こんなに小さくて可愛いのに、と彼女は魔物のなれの果ての山を見る。

小さくて可愛い、と彼女は言うが、その手で己の胃に放り込む事に一切の躊躇を感じられない。

 

 

「ど、どうしましょう……。私、ユウキくんのお仕事を奪っちゃいましたか?」

 

 

 

> 一体どうしてこんなことに?

 

 

 

「いつもの事ですよ。武者修行中に、大きな魔物が寄ってきたから、先手必勝で斬りかかるとこんな感じに……」

 

 

ペコリーヌは街の外に出ると、よく魔物に襲われるようだ。原因はよくわからないらしいが、襲ってきた魔物を返り討ちにして、自身の腹の足しにしているのだ。

今回の場合、斬りかかった大型の魔物はネズミ型の魔物の群体で、ダメージの拍子に何体か死んだことで、維持できず、小さなネズミの群れへと代わったそうだ。

それを一匹ずつ倒していくと、必然的にネズミの死骸の山が出来るわけで。

 

 

 

> 何匹倒したか覚えてる?

 

 

 

「えーっと、……もう50匹くらいは食べましたから、残りの数を数えていくと……」

 

 

死骸の山を掻き分けながら数えようとするペコリーヌを、流石にユウキは止める。数えたわけではないが、ユウキの目から見ても、その数はペコリーヌが胃に入れたネズミの数とほぼ同じだろうと思ったからだ。

約百匹討伐すれば、十分依頼完了のラインに到達するだろう。

 

その旨をペコリーヌに伝えたところ、

 

 

「そうなんですか。でも、結果的にユウキくんの仕事を奪っちゃいましたね……」

 

 

 

> こちらとしては助かった。お礼に報酬はペコさんにあげるよ。

 

 

 

「そ、それこそダメですっ! それはあなたが受けたお仕事なのに……」

 

 

と、ユウキの感謝を拒まれてしまう。

 

ここでユウキは思案する。

確かに、今回このネズミ魔物を討伐するのが仕事であったが、それを彼女が大多数討伐してしまった。討伐した過程はどうあれ、このままランドソルに戻れば依頼は完遂と見なされるだろう。

 

しかし、それではあまりにも不誠実ではないか。

自分は苦労せず、ペコリーヌの功績を横から奪っていくなど誉められた行動ではない。

 

彼女が納得し、かつ彼女にお礼が出来る方法とは――それをユウキは伝えるべく、今一度口を開いた。

 

 

 

 

 

「えっと、本当に良かったんですか? まさか奢って貰うなんて」

 

 

ランドソルに戻り、時刻は夕方。

ペコリーヌに出来る一番の感謝の表し方と言えば、やはり食事だと判断したユウキ。

 

 

 

> 我ながら安直だったかな……。

 

 

 

「いいえ、そんな事ないですよっ。とっても嬉しいです! でもここって確か、前に【美食殿】の皆と一緒に食べに来た場所ですよね?」

 

 

【美食殿】のギルドメンバーとは何度もランドソル中を食べ歩きしており、果ては街を出ることもしばしば。

そんな中、ユウキが選んだのは、ペコリーヌが絶品だと称賛したこのファミレスである。

 

一見ただのファミレスかと思うが、彼女の情報では特定の条件を満たすと注文した料理の量をワンランク上げることが出来るそうだ。

つまり、この飲食店は常連御用達とも言える。

 

 

「えへへ、あれからまた何度か来ているので量のランクはかなり上がっているんですよね~☆ …………んん?」

 

 

早速メニューに目を通したペコリーヌ。そんな彼女の目に映ったのは、とある企画。

 

 

「……ねえねえユウキくん。私、これに挑戦しても良いですか?」

 

 

彼女が指で示したそれを読むユウキ。

 

 

 

> …………限界チャレンジ?

 

 

 

読んだだけで嫌な予感を覚えたユウキだった。

内容としては、店の全メニューを食べきることが出来るかというシンプルなものだ。しかし、その全てが数ランク上の量で出されるという、本当に人間の胃袋の限界を訴えかけてきそうな企画である。

ペコリーヌの底無しの胃袋はユウキもよく知っているが、流石に厳しいのでは、と止めようとする。

 

 

「いいえ、私は挑戦しますよ! それに、全部食べきるとかなりレアな物が貰える見たいですし、狙っちゃいますよ~☆」

 

 

……不安になりながらも、ユウキは店員を呼んでペコリーヌが限界チャレンジに挑戦する事を伝える。

 

 

「こちら、先に料金をお支払いただく事になっておりますが、問題ありませんか?」

 

 

ユウキは頷き、チャレンジ料一万ルピを支払った。……今回の報酬の殆どが飛んだが、元々ペコリーヌへのお礼なので特に問題はないだろうと、ユウキは思った。

 

十数分後、自分達の座っているテーブルに、見ただけでお腹一杯になるほどの大量の料理が持ち運ばれた。

圧倒的な料理の存在感。出来立ての湯気。野次馬の視線。それら全てが五感への暴力になりかねない程のこの状況に対し、

 

 

「うわぁ~~~~っ! 絶景ですね、ヤバいですね☆」

 

 

ペコリーヌは、ただいつも通りにこれから味わう美食に興奮していた。

 

 

 

 

 

結論から言うと、ペコリーヌの圧勝であった。

ユウキとしては、あのネズミ魔物を一通り食べたあとの事なので、途中で根を上げるのでは、と心配した。

 

しかしこのペコリーヌ、まるで食べた料理をすぐにエネルギーに変換するように(・・・・・・・・・・・・・・・・)、際限なく己の胃に次々と飲み込んでいったのだ。

 

食べ終わったあと、彼女はこっそりとユウキに、

 

 

「……ちょっとだけ、ズルしちゃいました。美味しかったけど、申し訳ないですね……」

 

 

と眉を垂らして言っていたが、ユウキにはなんの事やらさっぱりである。

 

 

「――はいっ、ユウキくん! これ、あなたにあげますね‼」

 

 

店を出たあと、ペコリーヌはユウキの正面に立ち、ユウキの胸に手を伸ばした。そうしてゴソゴソと何かをし始めたので、たまらずユウキは声をかける。

 

 

 

> ペコさん?

 

 

 

「えーっと、こう付けるんですよね……? ……よし、付きました☆」

 

 

伸ばした手を戻し、彼女は再び笑顔を浮かべる。

一体何をされたのだろうか。ユウキは視線を下げ、左胸に見馴れないものが引っ掛かっていた。

 

 

「さっきの景品のブローチです。ナイトラズリ、っていう夜になると淡く光る変わった鉱石だそうですよ」

 

 

へえ、とユウキはそれに手を置く。

空はもう完全に陽が落ち、黄昏色から闇色へと変わっていく。今はまだ光を放っていないが、これからそうなるのだろう。

 

 

「この鉱石を大切な人に渡すことで、どんな場所にいても必ず帰ってくるという御守りになるそうなんです。でも、結構貴重な鉱石だから、こうして景品になってたんですね」

 

 

言いながら、彼女はユウキにもう一度近寄り、今度はぎゅっと抱き締める。

溢れるような豊乳を押し付けられ、女子特有の甘い臭いがユウキの鼻孔を擽る。世の男ならすぐ勘違いしそうなこの状況だが――そこはユウキ少年、彼女の顔が近づいた気恥ずかしさで少々照れるだけ。

 

ペコリーヌは彼の耳に口を近づけ、

 

 

「ユウキくんはよく無茶しますからね。コッコロちゃんやキャルちゃんもそうですが、私だってすごく心配するんですっ。でも、私たちはずぅっとあなたの傍にいる訳じゃないですからね」

 

 

今回のお仕事の件についても、と付け足される。

確かに、ペコリーヌと出会わなければ延々と魔物を探していただろう。もっと最悪な場合、自分があの大量の数を相手にしていたのだ。

元々そのつもりだったのに、本当に自分一人で勝てたのだろうか、と今更ながらに不安になった気持ちがユウキの中で生まれてくる。

それを見抜いたのか、彼女はクスリと笑う。

 

 

「だから、必ず無事で私たちの所に戻ってきてくださいね☆」

 

 

夜でも彼女の笑顔は輝いていた。




ペコリーヌ
「プリンセスコネクト!Re:Dive」で初登場したメインヒロインの一人。透き通るようなティアラ、青い長剣、腰まで伸びたハニーブロンド、溢れるような胸が特徴的。
常軌を逸脱した食欲と大食らいだが、生粋というわけでもない。まるで空になったエネルギーを大量に補給するかのようなそれには、何か理由があるようだが……。
性格は善良で誠実。しかしほんの少しだけ欲望が勝ったりすることもしばしば。今回のケースでは景品のブローチをユウキに渡すためにある裏技を使ったようだ。



ユウキ
「プリンセスコネクト!」「プリンセスコネクト!Re:Dive」の主人公。ある事件を切欠に、ほぼ全ての記憶と人格を喪う。
記憶喪失の彼は一般常識すら儘ならないため、ランドソルで仮住まいを始めてからは周りに誤解を幾度も与えてしまう。鍵となるのは、携えた謎の能力を持つ剣にありそうだが……。
記憶喪失となった彼は、所謂赤ん坊のような精神状態だ。しかし、根っこのお人好しな部分が幸か不幸か、千差万別な少女達との絆を結び、人格を再び形成していく事になる。



いやー、書いていて何が良いか、って主人公にデフォルトとはいえちゃんと名前があることですよね。この手のゲームってユーザー名が主人公の名前になったりして明確な名前が定められてなかったりと、ssを書く身としては中々動かしづらいイメージがあるのです。
下手に名前を勝手に付けると反感を買いそうで……(がんばれエリオちゃん日記から目を逸らす)
メインストーリーはまだまだ全然進んでないので、そちらも走りながらになりますがゆっくりと書いていきたいと思います‼


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導きに必要なキミとの距離

今回のお話は、物理的に一番主人公と距離が近いあの従者がメインです。


「主さま。わたくしコッコロは、あなたさまのガイド役であり、従者でございます」

 

 

山道の傍らにある少し寂れた屋敷――【サレンディア救護院】のギルドハウス。

ある一室でユウキはベッドの上で正座を作り、正面に立っている少女に頭を垂れている。……というより反省の念を示しているようだ。

毛先に癖のある銀髪。少し色白な肌。エルフ族を象徴する横に長い耳。

ユウキの意識が覚醒してから行動を共にするコッコロは、不満を隠そうともせずにユウキを咎めんとしていた。

 

 

「主さま、わたくしコッコロは、あなたさまのガイド役であり、従者でございます」

 

 

 

> どうして二回言ったの?

 

 

 

「どうやら主さまには、失礼ながらご理解いただけなかった様でしたので、念入りに強調しました」

 

 

言葉は申し訳なさそうにしているが、口調からして完全にディスっている。

言葉の意を汲めないユウキですらも、彼女が途徹もなく不機嫌であるというのが理解できるほどに。

 

 

 

> コッコロちゃんにはいつも助かっているよ?

 

 

 

「当然です。それがアメス様からのご宣託を受けたわたくしの役目ですので。…………しかし、ここ最近その役目が他の方に割りを食わされているのではないかと、わたくしの中で疑念が生まれました」

 

 

 

> …………?

 

 

 

流石にユウキもこれには首を傾げる。

つまりは、ユウキを導く役目を他の人がやっているという事なのだろうか?

 

 

「主さま、一昨日は何をされていましたか?」

 

 

 

> 一昨日? 剣の練習を実戦でやっていたかな。

 

 

 

「それはお一人でですか?」

 

 

 

> いいや、レイが一緒にいたけれど。

 

 

 

レイ――【トゥインクルウィッシュ】のギルドメンバーの一人。時折街に行っては彼女と会い、剣の指南を受けている。

ここ最近は実戦を交えて剣の練習を行っており、彼女には万一を備えて同行してもらっている。

 

 

「…………では、次の質問です。昨日は配達のお仕事をされていましたよね?」

 

 

コッコロの質問に対し、ユウキは素直に頷く。……コッコロの声と肩が僅かに震えていたのには、ユウキはちっとも気がつかなかった。

 

それよりも、ユウキはなぜコッコロが昨日の仕事内容を知っていたのだろうか頭に引っ掛かっていた。仕事に行ってくるとだけ断りを入れているが何をするかの具体的内容を話した覚えがないのだ。

 

……サレンちゃんやスズメちゃんには話したことがあるから、二人から聞いたのかな、とユウキは自問自答を終わらせた。

 

 

「どちらまで向かわれていたのですか?」

 

 

 

> エルフの森に配達に行った後、【牧場(エリザベスパーク)】に配達に行ったよ。あそこは往復で凄く時間がかかるから、いつも後回しにしちゃうんだ。

 

 

 

エルフの森への配達は、基本的に森の管理ギルド【フォレスティエ】が対応する。ギルドマスターのミサトとは配達の度に何度も顔を合わせるのだが、他の用事があるユウキを引き留めるような事はしない。

コッコロもそれはある程度理解しているので、後者の追及にかかったのだ。

 

 

「……存じております。ですがそれを加味しても、昨日は主さまのお帰りが遅かったのではないかと、わたくしは思っております」

 

 

昨日ユウキが救護院に戻ってきたのは陽が完全に落ちて少し経ってからの事だった。サレンに帰りが少し遅いと小言を言われていたのは、コッコロの記憶にも新しい。

 

それに対し、ユウキは少々遠慮がちに口を開いた。

 

 

 

> ……シオリちゃんが、オススメの本を紹介してくれて。仕事が終わったからお言葉に甘えました……。

 

 

 

シオリ――【自警団】から出向し、現在は【牧場】のメンバーとして常駐している少女。体が弱いため、常に【牧場】に住んでいる。たまにランドソルに降りてきては、本を買ってくる趣味があり、そのうちの一、二冊をユウキが借りて読んでいたのだ。

 

シオリは、最悪一日中部屋の中でずっといることもあるため、そのための気晴らしにも読書をしている。そんな彼女が読む本はどれも分厚く、まだ読み書きもたどたどしいユウキからすれば、一冊を読み終えるのにかなりの時間を要するほどだ。

 

…………さてここまで話すと、流石にユウキもコッコロの異変に気づく。頭を附せ、プルプルと分かりやすく震えている彼女は、最後の質問です、と口を開いた。

 

 

「今日、これから、どちらに向かわれるのですか?」

 

 

一語一語を強調して、コッコロは問いかける。

 

それに対し、ユウキは

 

 

 

> ……ミミちゃん達に勉強教えてあげるって誘われました。近々【ルーセント学院】で小テストがあるから、その対策に――

 

 

 

「――お誘いを受けたのですね?」

 

 

 

> …………はい。

 

 

 

【リトルリリカル】のギルドリーダー――ミミに小テストの話をすると、勉強を教えると誘われた。しかし、ユウキが現在通っている【ルーセント学院】のクラスには、ミサキのようなコッコロと同年代の子やスズナのようなユウキと同年代の人もいるため、ミミ達より少々学習内容のレベルが高い。

実際にテスト範囲をミミに見せたところ、涙目になった彼女は早急にキョウカを頼り、呆れ顔を浮かべられながらも、ユウキに協力することになった。

 

そこまで思い返すと、ユウキは急に顔が引っ張られる感覚に抗えず、体勢を崩しかける。顔を上げると、すぐ近くにコッコロの顔が。

 

 

「………………てですか」

 

 

 

> ……?

 

 

 

「どうしてまずわたくしを頼ってくれなかったのですか‼」

 

 

彼女の目には大粒の涙が浮かんでいた。しかし、なぜ泣きそうになっているのかが、ユウキには理解できない。

 

そのままコッコロはユウキをベッドへと押し倒し、雨霰のごとく口を開く。

 

 

「勉強ならわたくしが教えます! 読みたい本があるのならわたくしが買ってきます! 戦闘能力を身に付けたいのなら――わたくしの得物は槍ですが、立ち回りくらいなら教えられるはずです‼ そもそも主さまをお守りするのがわたくしの役目です、戦闘能力を身につける必要などありません! 勉強だってわたくしが教えますからわざわざ学院に通う必要などありません! 文字だってわたくしが教えます! 勉強も常識も戦闘も生活も記憶もお仕事も何もかもわたくしがお導きします‼ なのにどうしてわたくしを頼っていただけないのですか⁉ わたくしはそんなに頼りないですか⁉ ならばわたくしを罰してください、役に立たないこのコッコロを躾けてください、必要ないだなんて言わないでください‼ お願い、お願いだから……っ」

 

 

彼女はすがり付くようにユウキの胸に頭を埋め、ポロポロと涙を決壊させた。コッコロに、ユウキは何も言えなかった。

このまま時間が過ぎ去るかと思われたが、

 

 

「――ユウキさーん、出掛けるんでしたよね。どうかされましたか――ってええ⁉ な、何ですかこの状況は! 一体何があったんですか⁉」

 

 

中々降りてこないユウキの様子を見に来たスズメが、張り詰めた空気を断ち切ったのだった。

 

 

 

 

 

あの後、コッコロを宥めるのはスズメやアヤネ達に任せることになり、ユウキは約束通りミミ達のもとへと向かった。

その際出ていく前に、

 

 

「戻ったらちゃんとコッコロと話し合いなさい。明日までには仲直りすること。良いわね?」

 

 

サレンに軽く説教されたユウキだった。

 

 

 

その後、【サレンディア救護院】に戻ってきたユウキは、いち早くコッコロの部屋に向かい、もう一度話し合いたいとドアを叩く。

彼女は宥められた後、部屋から一切出てきていないらしい。

ユウキも呼び掛けてみるが、コッコロからの反応はない。

それでもユウキは諦めず、コッコロに呼び掛ける。

 

 

 

> もう一度、君と話し合いたい。

 

 

 

暫くの静寂の後、か細い声がドア越しに響く。

 

 

『……主さま』

 

 

コッコロはゆっくりと、言葉を続けた。

 

 

『スズメさまから注意を受けました……。従者たるもの、主の重荷にならないように、と』

 

 

スズメの目にも、コッコロの行き過ぎた献身は異常に見えていた様だ。同じく従者であるスズメは、ドジこそ多々あるものの、主であるサレンに迷惑が掛からないよう心がけているのだ。

故に、ユウキへ必要以上に世話をしようとするコッコロを見て、それ以上はユウキへの重荷になりかねない、と危機感を伝えたのだ。

 

コッコロは十一歳。他者との適切な距離を理解するにはまだ幼すぎる。しかし、アメスの宣託かあるいは何か別の衝動か、コッコロの行動理念は常に主のユウキを中心としている。

 

 

『わたくし、は……、主さまの頼れる存在でありたい、のです。……でも、あなたさまの、重荷になど、なりたくありません……っ』

 

 

 

> それは違うよ。

 

 

 

ユウキはいまだに人格の形成が未熟ではあるが、それでも、今こうしてユウキがここにいるのは、コッコロのおかげである、としっかりと理解できている。

ユウキを赤ちゃん、ペットと揶揄する者はいたが、それが何を意味するかはユウキが一番理解していた。

 

 

 

> 一番の重荷は、僕だった。コッコロちゃんじゃなくて、僕の方だよ。

 

 

 

「――それは違いますっ‼」

 

 

 

ドアが開き、ユウキの胸に素早くコッコロが飛び込んでくる。離さないように、逃がさないように彼を抱き締める。

 

 

「主さまが重荷であるなど、そう思うのはわたくしが未熟であるからです! わたくしが、あなたさまの……――⁉」

 

 

コッコロの言葉が止まったのは、ユウキが頭を撫でたからか。このままずっと撫でられそうな流れを察し、彼女は眉を少し吊り上げる。

 

 

「どうして頭を……。わたくしは、小さな子供じゃありませんっ」

 

 

 

> 僕だってそうだよ。……頭を撫でられるのは嫌じゃないけど。

 

 

 

彼はクスリと笑い、続ける。

 

 

 

> いつか記憶を全部取り戻して、今よりずっと強くなって、頭も良くなって。今度は君を、守ってみせる。コッコロちゃんに背負われるんじゃなくて、隣に立ちたいから。

 

 

 

「……わたくしだって、同じです。主さまに背負われて喜ぶほど、子供じゃありません」

 

 

数秒の間の後、二人は笑いあった。

 

 

 

 

 

余談だが、この一件の後一週間に一日だけ、「コッコロの日」なるものが設けられた。……設けたのはサレンだが。

 

サレンいわく、

 

 

「ちゃんと構ってあげないからこんなことが起きたのよ。大分大人びているけど、コッコロだってまだ子供なんだから。ちゃんと適切な距離を二人で学びなさい」

 

 

とのことである。

 

ちなみに、コッコロはこの事を知らない。

一週間に一日は必ず彼と一緒にいられるため、彼女の不満は少しずつ解消された。

 

 

 

しかし、コッコロがユウキとの適切な距離を学習し終えるのは遠い未来のお話である。




コッコロ
「プリンセスコネクト!Re:Dive」で初登場したメインヒロインの一人。ランドソルから遠く離れたエルフの森からユウキの従者として駆けつけた。
他の者からすれば、正体不明の存在「アメス」との交信を行っている。アメスから受けた宣託のままに、彼女はユウキの記憶探しを手伝う。
物静かで、世間知らずである。【サレンディア救護院】で仮住まいをする前はユウキと同じ部屋を借りて寝泊まりしたほどに。



コッコロの行き過ぎた献身は、キャラストーリーを見たときに「ん?」てなり、ヤンデレの風評を聞いたときに確信に変わりました。一体何が彼女をそうさせるのか……。
あと、これは持論ですが、コッコロもシズルもエリコも目のハイライト少ないんですよね……。そういうキャラデザなのかもしれないけど、この三人って、あっ……(察し)


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ストレイキャットはキミの影を歩く

今回のヒロインキャラは、恐らく本ゲームで一番闇が深いであろう、獣人の彼女です。

あと、今回は割りとネタバレ部分が多いです。


ランドソルの影を渡り歩く一人の少女がいる。

名はキャル。長い黒髪に白いメッシュ、猫の耳と尻尾が特徴の獣人だ。

彼女は王宮勤めの貴族の一人であるのだが、それを知るのはランドソルでもごく一部のみ。そんな彼女は王宮からある任務を受けているのだが――

 

 

「……う~ん? 今日はあいつ見かけないわね。まだランドソルに来てないのかしら?」

 

 

彼女は気配遮断とステルスの魔法を同時にかけて、ある人物を影から探す。しかしどうやら、今日はすんなりと見つからないようだ。

 

 

「どうしよ……。あいつ気配感じないから、探すのも一苦労なのよね~。全く、人の気も知らないで……!」

 

 

八つ当たりなのだが、キャル本人には一切その自覚はない。

そのまま彼女は影を歩くようにこっそりとランドソル内を移動し、ある人物を探す。

十数分後、ようやく彼女は目的の人物を捕捉することに成功した。

 

 

「やっと見つけた! ユウキったら今日は噴水広場の所に居たのね。……誰かと待ち合わせかしら?」

 

 

追及したいところだったが、キャルは一歩踏みとどまった。

実は彼女、こうして気配を殺しながらユウキの動向を監視しているのだが、その都度彼に気づかれている。たまには気づかれずに尾行したい、と考えた彼女は、できる限り遠くから――少なくとも気づかれてもすぐには駆けつけられない距離を保ってユウキの監視を始める。

 

 

「いざとなれば遠視の魔法を使えばいいしね♪ あたしったら天才ね!」

 

 

複数の魔法を同時に使うのはかなりの負担が掛かるのだが、この時の彼女は気づいていない。

キャルは早速、ユウキの動向を監視しているのだが、早速動きを確認できた。

 

 

「……誰か来たわね。あれは…………――ユイ?」

 

 

この距離からでも分かりやすい、明るいピンク髪の少女――ユイ。【トゥインクルウィッシュ】のギルドメンバーの一人で、初めてユウキと接触した時にも、彼女がユウキの近くにいた。

キャルの目から見ても、あの二人の関係には並々ならぬ雰囲気を感じるが……。

 

 

「ユイって、誰がどう見ても……アレよねえ。一体何が理由なのかしら、あたしにもさっぱりだわ」

 

 

ユイのユウキに対するベクトルの名前は――残念ながら今回では明言を控えておく。……もっとも、分かりやすすぎるので明言するまでもないが。

ちなみに、キャルもほんの少しベクトルが向きかけていることの自覚がない。

 

さて、ユウキとユイのやり取りを遠くから見ているキャル。

 

 

「ん~、何話してるのか気になるけど、これ以上の魔法の重ねがけは、最悪ユイに気づかれかねないわね」

 

 

魔法使いのユイは、当然魔法の気配に長けている。

唐突にユイの顔が赤くなったり、それに対してユウキが首をかしげたり、興味に事欠かないが。

 

 

「……あら、ようやく動きが見えるわ。どこか移動するのかしら? ……んん?」

 

 

噴水広場を離れ、どこかに向かおうとする二人を――というか、ユウキを捕捉した何者かが声をかけてくる。当然、二人は足を止め声の主を確認するが――

 

 

「え、えええええぇぇぇぇぇぇぇっ⁉」

 

 

「声でか過ぎでしょ……。ここまで聞こえたわよ……。っていうか、あのピンク髪の娘って……」

 

 

キャルも女の子なので、彼女が何者かは知っている。

黒い角の魔族――モデル雑誌の表紙に写っているのを何度も見たことがある。そんな彼女は有名モデルのスズナ。

ランドソルでも有名人の一人である彼女が、ピンポイントでユウキと知り合いだということに、ユイは大声をあげて驚いたのだ。

 

 

「……ご愁傷さまね、ユイ。二人っきりになれたと思った途端にこれだからね」

 

 

ユイの心中を察するキャル。

 

それはそれとして、どうやらキャルもあまり面白く感じていなさそうだった。

 

 

「……あいつ、あんな有名人と知り合いだったのね」

 

 

 

 

 

その後、スズナと知り合ったユイは、折角だからとスズナの同行を認める。

恐らく、ユイがユウキを誘ったのだろうが、スズナまで連れて何処へ行こうというのか。キャルは興味の方向をユイの方へ少しシフトチェンジした。

 

 

「……ん、この方向ってエステレラ街道? 街の外に出るの? 不味いわね、街の外に出ると遮蔽物が少ないから見つかるリスクが……」

 

 

そんな不安をよそにユウキはまた何者かと接触していた。

有名モデルのスズナと知り合いだったのだ。最早誰が知り合いだろうとそう簡単には驚かないつもりだったが、

 

 

「ハア⁉」

 

 

今度はキャルも大声を張り上げて驚くことになった。

 

次に出会ったのはアイドルギルド【カルミナ】のリーダーであるノゾミ。言わずと知れたアイドルだ。

 

 

「まさか過ぎるでしょ……! なんなのあいつ⁉ どうなってんの⁉」

 

 

キャルも何に怒っているのか解らないが、腹を立てずにはいられないようだ。

 

 

「今度はアイドルと知り合いかぁ……。…………」

 

 

 

 

 

そのままノゾミを加え、四人になる。主にスズナとノゾミのせいだが、街の角だというのに視線の集まりが凄まじい。

 

 

「ユイ、大丈夫かしら……」

 

 

既に監視どころではなく、キャルもユイを心配していた。それどころか今度は誰と出会うのか気になっていた。

そして、案の定次の接触が起こる。今度は誰か、キャルは目を凝らすと、

 

 

「げっ、あの女ってたしか……!」

 

 

褐色の肌をある程度露出させた獣人の少女。キャルにとってはできる限り接触したくない者の一人――【自警団】のカオリだ。

キャルとカオリは直接的な因縁はない。しかし、以前に【王宮騎士団】が【自警団】に対してちょっかいをかけたことがあるのだ。それも【自警団】に責任が問われるよう、【王宮騎士団】の自作自演として。

キャルの立場は【王宮騎士団】寄りなので、出来れば【自警団】の人間とは接触したくないのである。

 

それはともかく、カオリはユウキを見つけると、人懐っこい犬のようにユウキと距離を詰め、それを見た三人は驚き、困惑し、距離を置くよう諭す。

端から見れば修羅場であった。

 

 

「………………………」

 

 

 

 

 

「心広すぎでしょ、ユイ……」

 

 

カオリの同行も認めたユイは、先導するように前を歩き街道へと向かっていく。……心なしか空元気のようにも見えなくもない。

 

それはそれとして、キャルにはどうして街の外に出るのか、いまいち理由が把握できていない。

やはり聴覚レベルを上げる魔法をかけるべきだったか。そんな後悔が心中で渦巻くなか、ユウキ一行はエステレラ街道に出る。少し歩くと、何やら目立った大きな黒い影が。

 

 

「……ってあれ魔物じゃない‼ あんなデカいのがどうして……⁉」

 

 

そこで、キャルはユイの思惑がやっと理解できた。ユイは最初からこれを目的としてユウキと共に街道に向かったのだ。スズナ達の同行を認めたのも、恐らくこれが理由だろう。

 

 

「……でも、あんなの五人で勝てるの? せめてもう一人くらい――」

 

 

無意識に、彼女は杖を手にした。

最悪、自分が駆けつければ。そう衝動が生まれる。

しかし――それは全く接点のない人間に、ユウキを監視しているという疑念を植えかねない事になる。

それだけが、彼女の手足に迷いを造らせた。

 

どうすれば……、と彼女は辺りを見渡して、ふと空を見上げた。

何かいるのだ。しかも鳥ではない。魔物でもない。何かピンク色の――と、そこまで把握してキャルはようやく遠視の魔法を使用した。

 

 

「………………あれって、エルフ?」

 

 

エルフの少女はまるで空をベッドにしているかのように眠っていた。が、それもつかの間。彼女は体を起き上がらせた――と同時に重力に従って落下した。

 

 

「ちょ、こんな高さから落ちたら――‼」

 

 

確実に肉塊になる。

流石にこればかりは見て見ぬふりは出来ない。そう思った彼女は、重力落下を緩やかにする魔法を彼女にかけた。

 

 

「…………ッ!」

 

 

そして、それがキャルの限界だった。

魔力切れを起こし、眩暈が起こる。

キャルは結末を確認せずに、ユウキに見つからないよう、街へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「……はあ、……はあ、……はあ」

 

 

息を切らしながら、彼女はランドソルの路地裏に隠れる。少なくとも、誰かに見つかることは無いだろう。

 

 

「結局今日の監視もマトモに出来なかったわね。……でも」

 

 

ある程度の収穫はあった。

それはユウキの顔の広さ。他のギルドメンバーや、有名人までもが彼と知り合いだった。

 

 

「ただの、普通の男の子だと思ってたんだけどなぁ……。だから、あたしも……」

 

 

まるで、住んでいる世界が違うようだった。

キャルは少しずつ、彼との距離が離れていくような、そんな乖離が彼女の中で膨らんでいった。

 

 

「帰ろ……。……はあ、もう疲れた。動くのも面倒くさいくらい」

 

 

 

> なら、手を貸そうか?

 

 

 

「あら、ありがとうユウキ。………………ユウキ⁉」

 

 

疲労も忘れて立ち上がり、目の前の声の主――ユウキから距離を取る。

魔力切れを起こしたから、当然自分にかけていた魔法もなくなっている。つまり、こうして見つかることも現実的なのだが。

 

 

「……あたしに何か用? 疲れてるのよ、早く帰りたいんだけど?」

 

 

 

> ハツネちゃんを助けてくれてありがとう。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

> ハツネちゃん、自分に突然魔法をかけられたって言ってた。そんな事が出来るの、キャルちゃんしか思い浮かばなかったから。

 

 

 

ハツネ――あの時、キャルが助けた少女だろうか。

どうしてあんな場所にいたのか、キャルにとっては不明の極みだが、ハツネはキャルが魔法をかけたのだと気づいていたのだ。

 

 

「な、何よそれ……。……あたしは、そんな……っ‼」

 

 

いつからだろうか。

自分がこんなに捻くれたのは。

他者からの感謝の言葉が、こんなにも心を痛くするのは。

 

キャルはユウキの顔をまともに見られず、そのまま路地裏の闇へと走り去ってしまった。

 

 

 

いつまで続くか分からない。

楽しいだなんて思ったことはない。

だがそれが彼女の役目だから。

それを彼女は選べないから。

 

だから、キャルは明日も影を歩く。




キャル
「プリンセスコネクト!Re:Dive」で初登場したメインヒロインの一人。猫の獣人で、数多の魔法を使いこなす謎多き少女。
訳あってユウキの監視をしている。が、いつも彼に気づかれては監視を失敗するような、ちょっとポンコツなところがある。
基本的に打算的な性格だが根っからの悪人というわけではない。【美食殿】のメンバーになったのも、何かの思惑があるが、ギルド活動を純粋に楽しんでいる。



これにてメインヒロインは何とか書ききりました。
キャルは私の主力の一人なので結構思い入れがあるのです。
……メインストーリーでは完全に敵側ですが。
彼女は必ず報われるだろう、そう信じてストーリーを走り付けます。

余談ですが、今回のお話はユイ視点もあります。次回辺り、それを投稿できれば、と考えています。


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キミと成果、二つを追う彼女が得るものは?

半月くらい経ってて草も生えない。
本当は二週間くらい前に投稿したかったのですが、長くなりすぎたので書き直しました。

とにもかくにも、今回は恋が中々進展しない不憫な彼女がメインです。
「ストレイキャットはキミの影を歩く」を先に読んでおくことを推奨します。


「……はあはあ、騎士クン! 遅れちゃってごめんね‼」

 

 

 

> 集合時間にはまだ早いから大丈夫だよ。

 

 

 

待ち合わせに指定した場所で、ユイはユウキと出会う。

今日は、あらかじめ日時を指定し、ユイの特訓に彼が付き合ってもらうよう約束をした日だ。しかし、今日のために入念に準備を整えた結果、遅刻ギリギリの時間にやって来るはめになったユイだった。

 

ユイはユウキと共に早速エステレラ街道へ向けて歩き出し、今日の目的を頭の中で再確認する。

現在エステレラ街道には通常より強力な魔物が確認されている。今回はそれを相手に、ユイの魔法の威力を高める特訓を行うことに決めた。

 

 

(これを機に少しでも自分に自信を持たないと……!)

 

 

引っ込みがちなところのあるユイは戦闘に関しても中々その実力を発揮しづらい。過去に特訓に付き合ってもらったユウキが、それを原因に怪我をしたこともあり、ユイにとってはコンプレックスの一つである。

 

 

(少しでも、騎士クンに頼れるところを見せなきゃ……!)

 

 

ユイはユウキからすれば印象が薄い少女なのでは、と感じている――そんなことはないのだが――ため、そろそろ良いところを見せたいという気持ちもある。

 

 

「騎士クン、今日の修行は確実に成功させてみせるから――」

 

 

「あっれー、ヒデサイじゃん! オフの日に会えるとか超わろー!」

 

 

 

> あれ、スズナちゃんだ。

 

 

 

今日は頼りにしてね、というユイの言葉の続きは、第三者の声によって掻き消された。というか、ユイはユウキの発言内容に気をとられ、一瞬思考がフリーズする。

 

そして、

 

 

「え、スズナちゃんってファッションモデルの……。……え、ええ、えええええぇぇぇぇぇぇぇっ⁉」

 

「うわぁ、なになに⁉」

 

 

絶叫した。

 

 

 

 

 

「――でね、もう騒がしくって全然撮影になんなくてさぁ。リテイクいっぱい出されちゃってまじおこぷんだったの! ヒデサイも、今度うちの仕事見に来るときは気を付けてね、野次馬に厳しくなるっぽいから」

 

 

 

> そうなんだ。また見てみたかったから、ちょっと残念かも。

 

 

 

スズナとユウキは世間話をしながら隣同士で歩いている。人通りの少ない道を歩きたい、というスズナの願いを叶えるべく少々回り道をするユイだが、彼女は二人の話が気になってそれどころではない。

 

そもそもなぜスズナが付いてきているのか。

結論から言うと、ユイが一緒に特訓しよう、と誘ったからだが。

ユイは現在【トゥインクルウィッシュ】のギルドメンバーとして日々人助けをしている。当然荒事に巻き込まれかける事があるので、ある程度の実力は身に付けておかねばならない。

 

そんな時、ヒヨリやレイがいなかったら。スズナのように、今日初めて出会った人と連携を取らなければならなかったら。そう思うと、ユイとしては彼女の同行を拒む理由は無くなった。……もっとも、ユウキの知り合いという彼女を邪険に扱うほどの図々しさを、最初から持っていないだけとも言えるが。

 

 

「…………あれ?」

 

 

人通りの少ない道を選びつつ、少し開けた場所に出ると、何やら人だかりが。……かと思うと、少しずつ人混みは散開していき、中心から掻き分けるように誰かがこちらへとやって来る。

 

 

「――はーい、すみません! これから私他の用事がありますから、それでは! ……ふう。疲れた――あれ?」

 

 

広場から離れ、小道に入ってくるところで、ユイ達とばったりとあったこの少女。少女を何処かで見たことあるような、とユイが怪訝な表情をしていると、

 

 

「ああ! ユウキくん、ベストタイミングだよ‼ ねえねえ、これから何処か行くの? だったら私も連れていってくれないかな?」

 

 

 

> ……だそうだけど、どうするユイ? ノゾミも連れていく?

 

 

 

ノゾミ。偶然にも、アイドルギルド【カルミナ】のセンターアイドルがそうだったような……。

そこまで頭が働いたユイは、

 

 

「わ、わあああああああああぁぁぁぁぁぁっ‼」

 

「え、ええ⁉ ちょっとどうしたの!」

 

 

また絶叫した。

 

 

 

 

 

「――……へえ、ユイちゃんと特訓かぁ。二人っていつも街の外に出て特訓してるの?」

 

「いつもって訳じゃ、ないよ。騎士クンの都合が合えば、付き合ってもらおうかな、って。……私一人じゃ不安だから……」

 

「へえ~。じゃあユイユイとヒデサイって結構仲良いんだね? 普通そういうのってギルメンに頼むもんじゃん? 二人は違うギルドに入ってるんしょ?」

 

「言われてみれば……。それに、ユウキくんのこと"騎士クン"って呼んでたけど、それって渾名?」

 

「あ、うちもそれ思った! ねえねえ、"騎士クン"ってなに発祥? 騎士系男子ってこと? わろ~!」

 

 

ユイは完全に違う業界の人種と話しているのでいっぱいいっぱいになっている。

ただでさえスズナとノゾミに視線が集まっているのだ。人通りが少ない道を選んでいるというのに、だ。さらには、こちらの事情を根掘り葉掘り尋問されているような気がして落ち着きを保てない。

 

それに、彼女としても、ユウキとノゾミの関係が気になりそれどころではない。

そういえば騎士クンってノゾミちゃんのこと呼び捨てにしてたよね、とか、ユウキが呼び捨てにする人物が【トゥインクルウィッシュ】の自分達以外にいたっけ、とかいつもの(恋愛脳)がフル稼働している。

 

居心地の悪さから次第に足早になり、早く街道に出ようと焦る気持ちが募り始めたところで、横から誰かに声を掛けられる。

 

 

「そこの四人、ストップよー! 今街道は強い魔物がいるから街の外に出るのはおすすめしないさー?」

 

 

露出の多い格好をした褐色の獣人。彼女はこちらを一通り視認したあと、ハッと目を見開いた。

 

 

「ってんん? 見たことあると思えば、ユウキだったさー。街道に何か用事さー?」

 

 

> やあ、カオリさん。ちょっと街道で特訓をね。

 

 

「特訓⁉ 止めといた方がいいよー? 結構大きな強い魔物が出たから、今からギルドハウスに報告に戻るところだったからさー」

 

「……えっと、騎士クン。この人は知り合い?」

 

 

ユイはユウキから、カオリが【自警団】のギルドメンバーの一人だと説明を受ける。

親友のマコトが所属しているギルドなので、ユイとしてもその名前には馴染みがある。そういえば躍りが好きなメンバーがいるって聞いたような、とユイが考えていると、

 

 

「ねえ、大きな魔物ってそんなにオニやばなの?」

 

「さっきまで様子を見てたんだけど、街道周辺にはあの魔物以外一体も見当たらなかったさー。多分、あいつを恐れて移動したんだと思うさー」

 

「……思ったんだけど、唐突にそんな強い魔物が現れるものなの? 何か兆候とかは……」

 

「んー……、流石に私からは何とも言えないさー。生態系とかに詳しいわけでもないしねー」

 

 

こんな感じで、真面目な話が始まっていたので、すかさずユイが口を開く。

 

 

「あ、あの! だったら私達が討伐します!」

 

「ええ⁉」

 

「私達で討伐すれば、街道から脅威が去るはずです! 【トゥインクルウィッシュ】のギルド方針に賭けて、私は戦います!」

 

「ゆ、ユイちゃん……」

 

 

カオリはしばし思案の表情を浮かべる。そこに畳み掛けるように、ユウキが口を開いた。

 

 

 

> カオリさんも協力してほしい。来てくれたら、これで五人。十分挑みに行ける戦力だと思う。

 

 

 

ユウキには他と比べて単純な戦闘能力は劣る。しかし、仲間を強化する能力は他の追随を許さない唯一の個性である。

カオリとノゾミが敵を足止めしつつ、ユイが前衛の二人をサポートし、スズナの一撃で確実に仕留める。ユウキの考えた討伐プランはこの場の全員を納得させるには十分だった。

 

 

「――なるほどー。わかったさー! スピードには自信があるから、ユウキ達の役に立つよー。よろしくさー♪」

 

「こちらこそ――って⁉ か、カオリちゃん⁉」

 

 

カオリはニパーっとした笑顔を浮かべながら、まるで人懐っこい子犬のようにユウキと距離を詰める。当然、他の三人は気が気でなく。

 

 

「ちょっと! ち、近すぎじゃないかな⁉」

 

「そ、そうだねー。カオリンって大胆だね~」

 

「あ、あわわわわわわわ…………」

 

「んー、別にユウキが相手なら特に嫌じゃないかなー。ユウキはどうなのー?」

 

 

ユウキは苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

陣形を整えながらエステレラ街道に出るユイ達一行。そして、異常はすぐに目についた。

 

 

「あれが……!」

 

 

遠くからでもはっきりと見える、大きな影。気を散らすように咆哮を放ったり、大きな掻き爪を意味もなく振り回している。

 

 

 

> 大きいな……。二足歩行の猛獣型魔物か……。

 

 

 

ユウキが呟いた内容に、一同息を飲む。しかし、このまま尻込みしてはいられない。プラン通りに、カオリとノゾミが一歩前に出たところで、

 

 

 

> …………あれ?

 

 

 

新たな異変が発生した。

 

ユウキはふと見上げると、途端に目を見開いた。そして、一目散に、見上げた方角に走り始めた。

 

 

「ええ! ゆ、ユウキくん⁉ ちょっとどうしたの――」

 

「う、うわわわわあああぁぁぁぁっ⁉ ど、どうなってるの~~~~~~~⁉」

 

「――‼ 今、何か人の声が聞こえたさー! ユウキが走っていった方向さー!」

 

 

五感に優れた獣人のカオリは、微かな少女の声に気づく。

残った全員がカオリにつられてその方向を見ると、空から何かピンク色の何かが降ってくる。

 

 

「ちょ、あれってもしかして人間じゃない⁉ 超オニやばなんですけど⁉」

 

「…………! だめ、騎士クン――!」

 

 

ユイは気づいた。落ちてくる人に向かう無防備なユウキに、狙いを定めた魔物が近づいてくる。

ユウキは、それに気づいているかもしれない。だが、彼は足を止める素振りを見せない。

 

ユイはすかさず走りだし、魔物に対して杖を向ける。込めるのは、ありったけの魔力と強い意志。

 

 

「騎士クンには、近づかせない――‼」

 

 

渾身のフラワーショット。ユイは気づかなかったが、今までで一番高威力の魔法を叩き出した。その結果、魔物は大きくのけ反り、仰向けに倒れた。

 

 

「皆、今のうちに騎士クンのところへ!」

 

 

この時、ユイはユウキと合流したあと、形成を立て直して魔物の討伐を再開しようと考えていた。しかし、それはあくまでそれだけの準備をする猶予が与えられていた場合に限る。

 

魔物の行動基準は至極単純。弱いものを屠り食らいつく。しかし、敵意を実害で示されたとき、当然そちらに怒りの矛先は向く。

 

 

――グオオオオオオッ‼

 

「――……ぁ……っ⁉」

 

「ユイ、危ない‼」

 

 

カオリの叫びも時既に遅し。魔物は明確にユイを狙い、先程攻撃された腹いせだと言わんばかりにもの凄いスピードで向かってくる。

カオリの撹乱も、ノゾミの防衛も、スズナの一矢も間に合わない。

 

 

(騎士クン…………ッ‼)

 

 

「――こらー! この悪い子め~!」

 

 

突如、魔物は横に吹っ飛ばされ、しばらく動かなくなる。

今のは、いったい何なのか?

すぐさまそちらを振り返ると、

 

 

「……って、ええ⁉」

 

 

ピンク髪のエルフがユウキに担がれた状態で杖を構えている。あれはいわゆる『お姫さま抱っこ』というやつだ。

 

 

「きらーん☆ バッチリ決まったよ!」

 

 

 

> 油断しないでハツネちゃん。ユイ、ここから一気に畳み掛けるよ!

 

 

 

「え、ええっと、うん‼」

 

 

 

こうして、新たにハツネを加えた六人で攻守の主導権を握り、魔物は討伐された。

 

……結局ユイの特訓は魔物討伐によってなあなあになってしまったが、ギルド方針の本分を果たせた、と考えているユイだった。

 

 

 

それはそれとして、時間は進みスズナ、ノゾミ、カオリは解散し、ユイ、ユウキ、ハツネは先程の顛末について話していた。

 

 

「……えへへ、ユウキくんにはまた助けられちゃったね」

 

「またってことは、前にも?」

 

「ちょっと特異体質でね~? あんまり詳しくは話せないんだけど、今回みたいなのが前にもあって、ユウキくんには一晩中付き合わせちゃったというか……」

 

 

いきなり空から降ってくるような事象が過去にもあったというのか、という思考が思わず口に出かかり、ユイは力強く口をつぐんだ。

 

だが、ハツネは首をかしげながら口を開く。

 

 

「でも、今日はなんか変だったなぁ。自分に魔法が掛けられた感覚がしたし……。急に落下が緩やかになったんだよ?」

 

「え……?」

 

 

 

> ………………………。

 

 

 

ハツネの疑問に対してユウキが終始無言だったのがユイにとって気がかりだったが、「明日はシオリンのところに会いに行くから眠っちゃう前に森に帰るね」とハツネは帰っていった。

もし、魔法をかけた本人を見かけたら代わりにお礼を言ってほしい、との伝言つきで。

 

そうして、残ったのはユイとユウキ。図らずも、当初の予定通り二人きりになった。……もっとも、空はもう赤みを帯びているが。

しかし今回のユイはめげない。ここでユイはユウキに一つの提案をする。

 

 

「……ねえ、騎士クン。お腹空いてない? 結局今日は特訓らしい特訓は出来なかったし、付き合わせたお詫びとして、家でご馳走したいな~、なん、て…………」

 

 

我ながら強引だ、とユイは思わず顔が赤くなる。しかし、理には叶っているのでは、と淡い期待が胸のうちに広がるが、

 

 

 

> ごめんね、それは次の機会にさせて。……ちょっとこれから用事が出来ちゃったから。

 

 

 

と、帰っていった。

 

 

「……うぅ」

 

 

また全然進展がなかった。しかも、ライバルが沢山いる事が発覚した。

今日彼女が得たものは、恋のライバルの情報のみ。果たして、恋する少女が報われる日はいつなのか。

 

彼女らを見届ける天は、ただ苦笑いしていた。




ユイ
前作「プリンセスコネクト!」でのメインヒロイン。癒しの魔法が得意な魔法使い。白とピンクを貴重としたドレスと花の杖が特徴的である。
【トゥインクルウィッシュ】のギルドメンバーの一人。表向きのギルド方針は人助けだが、本当の目的はソルの塔の頂上を目指すことである。
押しが弱く、自分に自信がない。夢の中で何度もユウキに助けてもらったシーンを見て、実際にユウキと出会ってから、ユウキに対してある感情が芽生えた。



圧倒的メインヒロインの風格を持つのに、中々報われない。稀有な一例ですね。ちなみに、新春ユイは私の主力の一人です。現在オリジナルの方もチマチマと育成中……。


それはさておき、遅くなり大変申し訳ありませんでした。ここに来て急に忙しくなり始めたので、書き直すのも中々時間がとれませんでした。
ちなみに今回は試験的に沢山のヒロインキャラをゲストとして登場させましたが、これが中々動かしづらく、文字数が多くなる原因の一つでした。
お陰でクオリティが途徹もなく酷いと思いますので、次回からはもっと改善していきたいと思います。


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お人好しな子猫はキミと怪異を惹き付ける

気が付いたらもう二周年目前で草枯れる……。

リアルが忙しく、ssを書くモチベーションも出ず、最悪な年でしたが、年も開けたので心機一転。第一部も完結しましたし、久々に書いていきますよー!

今回は底抜けに優しい子猫なあのヒロインがメインのお話です。


夜も更ける丑三つ時。

ランドソルでは突然誰かの絶叫が響き渡るという怪異が噂となっていた。

声量はかなり大きく、他の地区にまではっきりと聞こえるくらいのもので、それが余計に怪異として恐怖の対象となっていた。

 

 

「という訳で、騎士くん! わたし達でこの事件を解決しよう!」

 

 

キャットグローブでガッツポーズを作る猫耳の少女――ヒヨリは、この怪異によってランドソルの住民が困っていると知り、早速解決に乗り出すことにした。

 

 

 

> そうは言うけど、原因は何か分かってるの?

 

 

 

「……んー、ちょっと聞き込みしたんだけどね。【王宮騎士団】が調査しても、大声を出す人なんて何処にもいなかったんだって。だからみんな、お化けの仕業なんじゃ、って口を合わせて言うんだ」

 

 

お化け――プリン好きのあの子を思い出すが、ユウキは首を振り改めて考える。

大声を出す人間がいないのにも関わらず、何処からか声がする。

……確かに霊的な何かを疑うのも無理はない。

 

 

 

> 仮に本当にお化けの仕業だとして、僕達に出来ることってあるの?

 

 

 

「それは…………」

 

 

表情を曇らせてヒヨリは俯く。

彼女は底抜けに優しいところがあるが突発的に行動するところがあり、よくレイに諌められる事がある。

しかし自分にできないと解っていても諦められないのがこのヒヨリという少女である。

 

 

「ねえ騎士くん、何かお化けを成仏させられる方法とかあるのかな?」

 

 

 

>……一応、あると思う。

 

 

 

「ほ、本当にっ⁉」

 

 

一瞬で顔色を変え、ユウキに詰め寄ってくる。

ユウキの脳裏に浮かんだのは、物静かな少女と頭蓋骨(ドクロ)な幽霊の姿だった。

 

 

 

 

 

「――なるほど、それで霊媒師である私たちのところへ訪ねに来たわけですね」

 

「こ、この人がお化けとかをなんとかできる専門家さんなの?」

 

 

お辞儀をする少女――シノブは肯定する。

 

 

「ヒヨリさんがお話ししてくれた事件については私たちも聞いています。今夜にでも調べにいくつもりだったんです」

 

『ふん、小僧も相変わらずでしゃばりな奴だ。俺が何かをしなくてもその内本当に痛い目を見るかもな』

 

 

相も変わらずユウキに対して隠そうともしない悪感情を露にしながら頭蓋骨の幽霊――シノブの父親はユウキを睨み付ける。

 

 

「もう、お父さんったら。……でもヒヨリさん。あなたも予想している通り、これはお化け――正確には地縛霊が起こしている事件なんです」

 

「じ、じばくれい?」

 

『地縛霊ってのはな、よほど生前での強い後悔や願いがなければその場に縛られることのない、つまりはそれだけ危険な幽霊なんだ。悪いことは言わねえ。ヒヨリちゃんは首を突っ込むべきじゃねえ』

 

「そ、そんな……」

 

 

ドクロ親父はやんわりとヒヨリを拒絶する。

シノブ達は今回の事件は一般人にはかなり危険なものであり、霊感に耐性のないものがあの声を聴き続ければ何が起きるか分からないと主張する。

 

 

「で、でも‼ 生前での後悔や願いってことは、それが叶えられなかったから困ってるんですよね⁉ だったらわたしもその手伝いがしたいんです‼」

 

『う~ん、……シノブお前からもなにか言ってやってくれ』

 

「……お父さんからは何か言ってくれないの?」

 

『こんな良くできた子に頭ごなしに言うのは気が引けてなぁ。……そうだ小僧、お前の友達なんだろ? お前が止めろ!』

 

 

 

> ヒヨリはこう言い出したら止まらないよ。

 

 

 

『この役立たずが‼』

 

 

結局、シノブの護衛役として同行が認められ、例の声が聞こえる時間に件の現場へと足を運ぶことになった。

 

 

 

 

 

現場には人の気配はなく、微かにおどろおどろしい気配が肌にまとわりつく。

霊的な事件であると改めて感じてしまう。

 

 

「気を付けてください。……います」

 

「え、ええ⁉ ほ、本当に……?」

 

 

話を聞いただけでは現実味がなかったのか、獣人であるヒヨリはこの空気に誰よりも敏感であったためユウキの後ろで微かに震えていた。

そしてシノブの指を指した方向を見ると、往来の中心で何かがくるくると回っているのを視認できたとき、これが正真正銘の霊的な事件であるとようやく認識した。

 

 

「ほ、本当だ。体もちょっと薄暗い……。お化けって本当にいるんだ……」

 

「お父さん!」

 

『おう、とっとと終わらせてやるよ!』

 

 

シノブとドクロ親父に霊力が集中し、徐霊の準備にかかる。

しかし、相手がこちらに気づいたとき、地縛霊は妙な行動をとった。

くるくると回る動きがピタリと止まり、こちらに体を向けたかと思った刹那、

 

 

「…………⁉ なにか来る‼」

 

 

ヒヨリの直感は正しかった。

気づいたときには、現場には既に沢山の幽霊がユウキ達を取り囲んでいた。

 

 

「……⁉ ど、どういうこと⁉ これだけの数の霊、気づかないわけがないのに!」

 

『あいつが呼び寄せたんだ! 除霊する必要のないくらいの微弱な霊を沢山な!』

 

 

全員は武器を構え、地縛霊へとたどり着くために霊の大群を退かせる。

ユウキとヒヨリには霊への対抗策はないがシノブ達に寄り付かないように両側に立ち、霊達を牽制していく。

 

 

『く、それにしてもふざけた動きだぜ……。踊るようにこっちの動きをのらりくらりと、おちょくってんのかこいつら‼』

 

「こんな動きをする霊なんて初めてみました……。二人とも、気を付けてください! おそらく地縛霊が操っている霊達です。地縛霊と同じ力を使ってくるかもしれません‼」

 

「……踊るように?」

 

 

ヒヨリは疑問に思いながらも、何とか一行は霊をいなしながら地縛霊の前へとたどり着く。

待ち受けていたように地縛霊は不可解な動きを見せる。くるくると回ったり、意図の読めないポーズをとったりと。

 

 

「はあぁッ‼」

 

 

シノブが霊力を伴った攻撃を放つが、地縛霊には効いていないのか攻撃が弾かれる。

 

 

「く、やっぱりもう少し霊力を込めないと……」

 

『だがそんな悠長な事をする余裕はないぞ! 後ろから霊共が近寄ってくるし……』

 

 

これだけ距離を詰めたのに相手に時間を与えてはまたさっきのように囲まれるかもしれない。

ここはユウキの力を借りて一気に決めよう。そうシノブは振り返ろうとして――

 

 

「ヒヨリさん……?」

 

 

自分達の一歩前に出たヒヨリに首をかしげた。

 

 

『ダメだ、ヒヨリちゃん‼ それ以上は危険だ‼』

 

「ううん、多分大丈夫だよ」

 

「え…………」

 

 

二人の疑問を置き去りにして、ヒヨリは屈託のない笑顔で話す。

 

 

「ねえ幽霊さん。さっきの躍り、もう一回見せてくれる?」

 

 

 

 

 

結論から言うと、地縛霊は満足して成仏していった。

地縛霊は生前は有名なダンサーだったようで、ひとしきり歌って踊ってを繰り返した後、観衆であるヒヨリ達が最後まで見ていてくれたことが何より嬉しかったようだ。

 

 

『……しっかし、蓋を開けてみりゃ下らねえ事件だったな。真面目にやって損したぜ』

 

「もう、お父さん! 事件の解決の立役者はヒヨリさんなんだから、そんなこと言ったら彼女に失礼だよ」

 

 

ヒヨリは地縛霊が満足して成仏したことがとても嬉しそうにしていたため、騒ぎや規模のわりには原因が少々下らない事に思うところがあったドクロ親父出会った。

 

 

『ヒヨリちゃんねぇ、今時の若いもんにしては良くできたいい娘だったな。数年後が楽しみだ。…………』

 

「お父さん、どうしたの?」

 

 

唐突に沈黙した事にシノブは首をかしげる。

 

 

『いや、改めて小僧がけしからん奴だと思っただけだ』

 

「まだそんなこと言ってるの? 確かに、わたしも思うところがあったけど……、お父さんのは単なる僻みでしょ?」

 

『……まあ、否定はせん。だが、今回は割りと真面目な話だ』

 

 

ドクロ親父は帰っていったヒヨリ達を遠目で見やる。

 

 

『実はさっき、別れる前にこっそりヒヨリちゃんを占ったんだ。もし良い結果だったら手伝ってくれたお礼にそれとなく教えるつもりだったんだが……』

 

「良くない結果だったってこと?」

 

『良いとか悪いとか、そんな単純な内容じゃなかったぞ。なんだありゃ……』

 

 

以前、シノブがユウキを占ったことを思い出しながら話す。

ユウキには後にも先にも女難の相が色濃く出ていた。彼の因果には、様々な女性との出会いが強く関係していた。

それを前提としてヒヨリの占い結果を思い出すとあまりにも歪なのだ。

ヒヨリの因果は、過去、現在、そして未来にかけてユウキの因果に関わっている。

現在と未来は理解できるが、過去から現在にかけて因果の交わりは無いのに、なぜかこの二人の過去には深く交わっている因果を確認した。

ユウキが記憶喪失だという事を加味しても、あの二人は昔からの顔馴染みだという雰囲気はなかった。

 

 

『あんな因果の交わり、普通はあり得ねえ。あの二人、いったい何者だ?』

 

 

その問いに答えられるものは誰もいない。




ヒヨリ
前作「プリンセスコネクト!」にでのメインヒロインの一人。黄色い猫の獣人の少女。かつて彼女とユウキの出会いが物語の始まりの鍵となる。
ギルド【トゥインクルウィッシュ】のギルドマスターで表向きのギルド方針「人助け」を考案した本人である。しかしそんな彼女にもソルの搭を昇る理由がある。
困った人を見捨てることが出来ない、天性のお人好しな性格。自分達が努力すれば、世界中の人達が幸せになれると信じて疑わない。



久々のss投稿でまた人がいなくなってるかもですが、二周年も近いですし、おそらく今月中旬に第二部が実装されるでしょうからトゥインクルウィッシュの三人も本格的に参戦するでしょう。
それと前作本編では主人公に一番最初に出会ったのはユイではなくヒヨリなんですよね。改めて確認するとちょっと意外というか。あと「騎士くん」呼びもヒヨリが元祖ですし、ヒヨリからユイに伝わって「騎士クン」になるんですね。例外なのはツムギの「騎士さん」くらいですかね。

さて、次回は二周年前までには必ず投稿する予定です。美食殿からトゥインクルウィッシュときたので、次は彼女を予定しております。


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キミの手はどちらを取る?

さて予告通り、今回は自己研鑽に全力を注ぐ彼女がメインのお話です。

次回以降は私の独断と偏見でヒロインをフォーカスを当てていきます。


ランドソル周域にあるとある湖畔。

木々に囲まれ小動物の鳴き声が小さくさえずるこの場所に一組の男女がいた。

 

 

「ふふ、キミも随分と手際が良くなったじゃないか。もしかして、私が誘わない日も自分でやっていたりするのかい?」

 

 

 

> そうだね。ご飯の調達に、ちょっとだけ。

 

 

 

湖畔に釣糸を垂らす魔族の少女――レイと続けて釣竿を振りかぶるユウキ。

今日はこの二人は湖畔に来て釣りをすることになった。

というのも、とある筋からこの湖畔にはかなり大きな魚影が確認されたとの事で、ならば釣り上げてみよう、とレイの一声で足を運ぶことになった。

 

 

「そうなのか。ならどれくらい上達したのか私がこの目で見極めるとしようか」

 

 

 

> お、お手柔らかにお願いします。

 

 

 

「それはキミ次第という奴だ、ふふ」

 

 

 

> でも、こんな湖にそんな大きな魚がいるなら、すぐに見つかりそうだけれど……。

 

 

 

「さて、巣穴にいるのかそもそもその情報が嘘なのか……。後者を考えても仕方がない。釣り人はいつだって釣糸を垂らすところから始まる」

 

 

しかし釣りを始めてから数時間、釣果は芳しくないものだった。

 

 

 

> つ、釣れない!

 

 

 

「小魚一匹引っ掛からないとは……。まあこんな日もあるかもしれないが……」

 

 

 

> もしかして、湖の底にいて、水面に上がってこないとか?

 

 

 

「可能性はあるね。日光を嫌って他の魚より深いところを泳ぐのもいる。だが、そういう魚はこんな湖にではなく、大抵は海にいるものさ」

 

 

もしかすれば例の主もその手の魚かもしれない。

ならば一度出直そうか、とレイ達が腰をあげたとき、湖の中心部から泡がブクブクと沸き上がる。

 

 

「……! なにか来るぞ!」

 

 

すかさず二人は剣を抜いて構えるが、そこから出てきたのは――

 

 

「――ぷはあっ! うう、やっぱり『王家の装備』を着けてないと長く潜れそうにないですね……」

 

「なっ! キミは……」

 

 

 

> あれ、ペコさん? いつの間に?

 

 

 

「ん、あれ? ユウキくん? それに、そっちにいるのはレイさんでしたっけ? 二人とも奇遇ですね☆」

 

 

水面から顔を出したのは、日光を受けてよりキラキラと輝く濡れたハニーブロンドのペコリーヌだった。

ペコリーヌはこちらに泳いで近づいてきて、

 

 

「もしかして二人も湖畔の主を求めてきたんですか?」

 

「その話、ペコリーヌも聞いたんだね。しかし素潜りとは、中々豪快なことをする」

 

「んー、でも時間の無駄だったかもしれませんね。奥の方に巣穴っぽいものがあって、日が傾かないと出てこないですねあれは」

 

「断言するね。いったいどうして?」

 

「だってその魚影を見たって話したのは私ですよ」

 

「なにっ?」

 

「バイト先の店長に世間話として教えたんですが、どうやら噂になるくらいには広まったみたいですね」

 

 

目撃者が自分達の知己だったことで噂の信憑性が上昇したレイ達。

ここからペコリーヌにも協力してもらい、湖畔の主に挑むことになった。

 

 

「それで、ですね~…………」

 

 

 

> ? どうしたのペコさん?

 

 

 

「キミは早く席をはずしたまえ! 彼女が着替えられないだろう‼」

 

 

多少のアクシデントはユウキの日常茶飯事である。

 

 

 

 

 

日が傾き、湖の水面が黒くなっていく頃、ユウキ達三人は改めて釣竿を振りかぶる。

 

 

「それにしても、こうして誰かと釣りをするなんて思いませんでしたね。ユウキくんなんて前に手掴みで魚を捕ろうとしてましたし」

 

 

 

> ああ、そんなこともあったね。

 

 

 

「そんなこともあったね、じゃないだろう。キミは私と出会う前は何をしていたんだい?」

 

「まあまあ。記憶喪失だそうですし、釣りというのが分からないのも仕方ないですよ」

 

 

そんな他愛もない話をしながら釣糸を垂らすこと数十分。

変化が起きたのは――ユウキだった。

 

 

「! キミ、糸が引いているぞ‼」

 

 

 

> くっ――ッ‼

 

 

 

釣竿を持っていかれないように全身で抗う。しかし糸は切れないだけでこのままでは釣り上げることも難しい。

 

 

「ユウキくん、大丈夫ですか⁉」

 

 

 

> 無理、かも……っ。踏ん張ってるのが限界!

 

 

 

「分かりました、なら――!」

 

「……? 何を……」

 

 

ペコリーヌは立ち上がり、長剣を腰から抜いて力を溜める。

そして振り上げて、

 

 

「やああぁぁぁぁッ‼」

 

 

長剣を水面に叩きつけた。

 

 

「なあっ――⁉」

 

 

レイの驚愕をよそに、ペコリーヌの強撃を受けた水面は割れたように二つに分かれ、湖畔の主と思われる巨大な何かが姿を表した。

驚いたそれは体が跳ね上がり、その反動を活かしてユウキは思い切り陸に引き上げた。

 

引き上げたそれはビチビチと何度か跳ねたあと、立ち上がった。

 

 

「こいつ、魔物だったのか!」

 

 

顔と胴体は間違いなく魚のそれだが、ヒレの代わりに両腕が生え、屈強な二本足で立ち上がる魚と形容して良いのか疑問が残る姿の魔物は、釣り上げられたのがご立腹なのかその場で地団駄を踏む。

 

 

「中々の強敵と見るが……」

 

「ユウキくん!」

 

 

 

> 分かってる!

 

 

 

ユウキは剣を構え、強化の力を使う。

ペコリーヌは前に出て魔物の振りかぶった拳を剣で受け止め、弾き返す。

その隙に――

 

 

「切り伏せる――スラッシュストームッ‼」

 

 

がら空きになった懐に雨霰のごとくレイの剣閃が命中し、魔物は絶命した。

 

 

 

 

 

「……あ、あの、本当にそれを食べるのかい?」

 

「そうですけど? さっき力を使ってお腹ペコペコなんですよぉ~」

 

「いや、キミの空腹事情を尋ねたのではなく……」

 

「あっもしかしてレイさんもお腹すきましたか? だったら三人で分けましょうか☆」

 

「い、いや私は遠慮しておこう!あらかじめ用意していた軽食もあるからな、うん」

 

 

貴族の出であるレイにとって魔物を食すなど空前絶後な話である。

しかもユウキも混ざって焼いた魚の魔物を食べようとしているのを見て軽く眩暈がする。

 

 

「……そういえば、キミ達【美食殿】は世界中を食べ歩くことをモットーとしているのだったか。魔物も範疇だったとは……」

 

「魔物はキチンと調理すればどんな魔物でも美味しく食べられますよ! 獣系から鳥系、今回のように魚系やゼラチナ系、後は虫系とか」

 

「ぜ、ゼラチナに……む、虫⁉」

 

 

虫への抵抗感は無いが、それを食すとなると話は変わってくる。

ここにいないギルドメンバー二人が聴けば卒倒するような話だ。

 

 

「ゆ、ユウキはよく食べていられるね。普通そういうのは敬遠しそうだが」

 

 

 

> 慣れたから。

 

 

 

「そ、そうか……」

 

 

あまりに含蓄のある短い言葉に二の句が告げられないレイだった。

 

 

(しかし……)

 

 

魔物の肉を美味しそうに頬張るペコリーヌとユウキを見て、レイは心の中に何かが燻っているのを自覚した。

本来ユウキは【美食殿】の一員であり、この風景が正しいものであるというのは分かる。

分かるのだが……。

 

 

(一体何なんだろうか、この釈然としない気持ちは……)

 

 

心の中にぽっかりと穴が開いたような虚無感。しかしまるで大切なものを奪われたような気持ちになるのは的外れである。

にもかかわらず、そう思わずにはいられない。

ユウキの居場所は――

 

 

「ふう…………」

 

 

そこまで考えてレイは首を振った。

 

 

 

> どうしたの、レイ?

 

 

 

「……いや、何でもないよ」

 

 

レイは居心地が悪くなり、一足先にその場を退散することにした。

 

 

「……全く、私はこんなにも卑しい女だっただろうか」

 

 

ユウキがペコリーヌと――いやレイやユイ、ヒヨリ以外の誰かと楽しそうにしているのが気に入らなかった。

どうしてこんな感情が芽生えるのかは分からない。

 

ただ、彼の隣に自分達がいないこと。

それがあまりにも不自然に思ったのは何故か。

 

 

「………………………」

 

 

叶うのなら。

ユウキはレイの手を、取ってくれるのか。




レイ
前作「プリンセスコネクト!」でのメインヒロインの一人。青髪と黒い角が特徴的で、細身の片手剣でスピードを用いて強力な攻撃を放つ。
ギルド【トゥインクルウィッシュ】のメンバーの一人で、最初はギルドに所属することは否定的だったが、ヒヨリやユイとの出会いを経て考えが変わりつつある。
元々は貴族の一人娘だったが、貴族社会を目にしたことでこれからの人生に絶望し家出をする。自分一人だけでも生きていけることを証明すべく自己研鑽に励む。

思ったより早く筆が進んだので投稿できました。
次回は誰にするかな……。現時点で未定ですが、試しにアンケート機能を使うのも手かもしれませんね。


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大人になりたい彼女と大人になりきれないキミ

どうも、ハッピーバレンタイン!

気づけばもう二周年ですね。
アンケートに則り、大人になりたいツンデレなあの少女がメインのお話です。


キョウカという少女はとても真面目な子どもである。

学校での成績もとても優秀で、模範的な素行で周りからの信頼も厚い。

だが、型にはまった考えが揺るがず時折融通の利かない言動や行動を取ることもある。

全ては正しい大人になるための適切な手順であると本人は考えているようだが……。

 

だがそれは一日でも早く大人になりたいというキョウカなりの願いでもあり、そうさせる原因たる人物が最近彼女の心を掻き乱す。……当の彼が自覚ゼロというのは最早ご愛嬌。

 

そんなキョウカの最近の悩み。それは――

 

 

 

 

 

「あっ、あの人は……」

 

 

ある日エルフの森を散歩しているキョウカが偶然見つけたのは、保育園の先生をしているミサトと一緒に木の実を摘んでいるユウキの姿だった。

 

 

「そういえば、ミサト先生の保育園でお世話になってるって……」

 

 

事情はいまいち把握できていないが、記憶喪失のユウキをミサトが保育園へ迎え入れたとかなんとか。

仮にもキョウカより年上なのに、どうして保育園に通うことになるのか。

 

 

「だいたい、あの人はわたしたちが色々と教えているのに……」

 

 

リトルリリカルではミミの提案でユウキに絵や勉強を教えているのに、今更ミサトから何を教わるつもりなのか。

大人なのに恥ずかしくないのか。

 

 

「…………っ」

 

 

何よりも、キョウカよりずっと大人のミサトに世話になっているのが納得できない。

どうしてそう思うのか考えようとして止め、別の事を考えようと頭を振っていると、木の実採取を終えた二人がキョウカの方へと歩いているのに気付き、キョウカは慌てる。

木の影に隠れるように立って二人の事を見ていたキョウカは端から見れば完全にへんたいふしんしゃである。今すぐ逃げようと踵を返して走り出すが、木の根に躓き盛大に転んでしまった。

当然、近くまで迫っていたのでその音が届くわけで。

 

 

「……あらあら、キョウカちゃん。大丈夫かしら?」

 

 

 

> もしかして転けたの?

 

 

 

「~~~~~~っ!」

 

 

普段は超がつくほど鈍いくせに、こんな時だけ察しが良いユウキ。キョウカは真っ赤になって体を丸めてしまう。

 

 

「あらあら、もしかしてどこか痛むの? 大変だわ、すぐに治療しないと」

 

 

「えっ、いえ別にそういう訳じゃ……」

 

 

「ひとまず回復魔法をかけて、ガーゼとかは保育園へ戻ってからにして――」

 

 

キョウカの主張を意に介さず、彼女に回復魔法を施すミサト。ばつの悪い顔をしながら、隣に立つユウキに助けを求めて見つめるも、

 

 

 

> 悪化してからじゃ大変になるよ?

 

 

 

と、含蓄のある言葉に嗜められるのだった。

 

 

 

 

 

あれよあれよと、キョウカは保育園へ連れてこられ、布団に寝かせられる事になった。

別に本当に怪我をしたわけではないので、まるで仮病を使っているみたいでキョウカは良心が痛む。

ミサトに一声かけてから出ていこうと、保育園を歩き回ると、何やら誰かの声がキョウカの耳に届く。

 

 

「あ…………」

 

 

声がする部屋を覗くと、絵本を開いて読み聞かせるように話すユウキの姿と、うとうとと布団に寝転がる小さな子ども達がいた。

子ども達が寝付いたのを見てユウキは絵本を閉じ、音を立てずに立ち上がると、部屋を覗いていたキョウカと目が合う。

 

 

 

> キョウカちゃんも読みたいの?

 

 

 

「そんなわけないじゃないですか……」

 

 

キョウカはもう絵本を読んで喜ぶような年ではない。

静かに抗議しながら疑問を口にする。

 

 

「いつもこういうことを?」

 

 

 

> ミサト先生が忙しいときは、こうやって手伝ってるよ。

 

 

 

「……そうですか」

 

 

キョウカの中では子ども達と一緒にミサトに読み聞かせられて喜んでいる彼の姿が思い浮かんだが、存外大人らしい事をしていたのだと感心する。

 

 

 

> ミサト先生が教えてくれてね。お陰で絵本を読み聞かせられるようになったんだよ。

 

 

 

「自慢気に言うことじゃないですよ……」

 

 

 

> 今度【リトルリリカル】の皆にもしてあげるよ。

 

 

 

「だから必要ないですっ」

 

 

大きな声で抗議してしまって、口を押さえる。ユウキとアイコンタクトで部屋の外に出て会話を続ける。

 

 

「それにしてもその絵本、持ってきちゃいましたけど、良いんですか?」

 

 

キョウカはいまだユウキに持ち運ばれている絵本を指して質問する。

 

 

 

> 元々保育園にあったものじゃないから……。

 

 

 

「え? じゃあそれは……」

 

 

 

>【サレンディア救護院】から借りてきた。

 

 

 

「ああ……」

 

 

あの優しくて大人っぽいエルフの女性を思い出す。キョウカも彼女と同じエルフである以上、サレンの様なしっかりした大人になりたい、と感じる一方、そういえばこの人はあのお姉さんと同じ場所で暮らしているんだったっけ、とまたしても納得のいかない気持ちが沸き上がる。

思えば救護院の子ども達とも仲が良く、彼女がママなんて呼ばれているんだから、ユウキはどんな立場に見られているんだろう、と考えて想像に難くない。

 

 

「ユウキさんってミサト先生やサレンさんみたいな人がいいんですね……」

 

 

 

> はい?

 

 

 

「…………って、わたし何を……⁉」

 

 

気づけば思ったことが口から出ていた。だが何故だか訂正する気があまり起きない。

ユウキと仲の良い年下の女の子は、知っている限りでは自分たち【リトルリリカル】や救護院の子ども達、後は彼といつも一緒にいるというコッコロくらい。少なくともキョウカは彼から大人の女性扱いを受けたことはない。

対して、ミサトやサレン、ユウキが所属している【美食殿】とやらにも彼と同年代の女性がいるらしい。ミサトは彼に世話を焼いているし、サレンは一緒に暮らしている。同じギルドなら仲が悪いわけがない。

 

 

「なんだかずるいです、大人の女性ばかりと仲良しで……」

 

 

結局はこれがキョウカの本音だった。自分はまだ八歳。今のユウキと同い年になるには十年くらいは必要である。

しかし、十年なんて経てば彼だって特定の女性と結婚しているかもしれない。ユウキには仲のよい同年代以上の女性の知り合いがたくさんいる。

何年経っても追い付ける気がしない。

 

 

「ずるいです、ずるいです…………っ」

 

 

 

> 良くわからないけど、僕は全然大人になれていないから、皆に迷惑かけてばっかりだよ。

 

 

 

「え…………」

 

 

 

> だから、時々思うんだよね。僕よりずっとしっかりしてるキョウカちゃんが羨ましいって。

 

 

 

「……こ、子どものわたしを羨ましがるなんて、おかしいです!」

 

 

 

> それでも、大人になりきれない僕は、そう思うよ。

 

 

 

「大人に、なりきれない……」

 

 

記憶喪失が根深い彼の言葉は、まだ子どものキョウカにも重く感じられた。

…………キョウカは、魔が差してこんな言葉が出てしまった。

 

 

「……だったら。だったら、わたしと一緒に、大人になる努力をしませんか?」

 

 

 

> キョウカちゃんと?

 

 

 

「わたしだって今すぐにでも大人になりたいです。でも、わたしはまだ子どもです。だから、せめてユウキさんと一緒に大人になりたいですっ」

 

 

――約束してくれますか?

 

 

 

 

 

 

 

「うう…………」

 

 

思い返して、キョウカはとんでもなく恥ずかしい約束をしたのでないかと、顔が真っ赤になる。

ユウキはあまり良く解ってなさそうな顔で頷いたが、それが余計に彼女の羞恥心を逆撫でする。

 

 

 

> 大丈夫?

 

 

 

「今はほっといてください……」

 

 

誰のせいでこうなったのか。

流石に八つ当たりだろうか、と行き場のない怒りが心の宙を舞う。

空気を変えるべく、キョウカは話題を絞り出す。

 

 

「さ、参考までに聞きたいんですけど、あなたの知り合いに、わたし以外にしっかりした年下の女の子はいるんですか?」

 

 

 

> いるよ。コッコロちゃんとかがそうだけど。

 

 

 

「何度かその名前を聞いたことがありますが、わたしより少し年上なんですよね。どんな人なんですか?」

 

 

ユウキはコッコロについて語り出す。

手料理がいつも美味しい。炊事洗濯はユウキの分までしてくれる。お金のやりくりができる。抱き枕にすると温かい。エトセトラエトセトラ……。

以上の事が、一緒に暮らしている上での日常茶飯事となっている。

 

 

「年下の女の子に何をやらせてるんですか、このへんたいふしんしゃさん~~~~~っ‼」

 

 

コスモブルーフラッシュがユウキに炸裂した。




キョウカ
前作「プリンセスコネクト!」から続けて登場している小さな女の子。水や氷の魔法を駆使して強力な攻撃を放つのが彼女の十八番である。
学校で習った知識が彼女の思考の型になり、ユウキの奇天烈な行動や言動をよく誤解してしまい、「へんたいふしんしゃさん」等と揶揄する。
真面目で友達思いな性格で甘いお菓子には目がない。自分が子どもっぽいと思うところがあり、一日でも早くユウキと同じくらいの大人になりたいと願っている。



という訳で、ギリギリ間に合いました(?)。アンケートに則りキョウカちゃんです。ハロキョはいません(泣)
ちょっとチョロいところが何度か目につくんですよね。そこがまた子どもっぽいと感じる要素の一つなんですが。
さて、次回なんですがアンケート結果に準じて次はマコトをメインにしようかとか思ってたんですが、ちょっと別の子を思い付いたので、独断でそちらを優先したいと思います。マコトはその後にでも。

それではプリンセスコネクト!Re:Dive二周年おめでとうございます‼


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キミの隣に立つヒロインの敷居は高い

気がつけば前回からまた一ヶ月以上経っていた。
何をいっているか分からないと(ry

さて、今回は私の独断と偏見で、前回のキョウカを参考にした、大人のレディを目指すとあるヒロインがメインのお話です。


ランドソルのとある学校――【ルーセント学院】。

学力の低迷が原因で現在は廃校の危機に陥っている。そんな崖っぷちのとあるクラスに、いつものようにユウキ少年は足繁く通っている。

元々ユウキはこの学園に在校していたわけではない。新任教師のイオが彼を見つけ、ユウキの記憶喪失を少しでも改善するべく急遽転入生として迎え入れる事が決まった。

そして、クラスメイトのミサキやスズナを始めとして、廃校を撤廃するべく今日も今日とで勉学に励む。

 

そんなある日の昼休み。

午前の授業が終わり、各々は昼食を摂るべく様々な行動に移す。ユウキは机の上にいつものように弁当箱を取り出すと、またまたいつものように彼に女の子が集まる。

一人はスズナ。おそらくランドソルの女子なら知らない人などいないくらいには有名なモデルである。

もう一人はミサキ。自らを大人のレディと称して度々トラブルを起こす少女である。

スズナはユウキの開かれた弁当を見て、ハイテンションでユウキに尋ねる。

 

 

「わぁ、ヒデサイの弁当って超キレイだよね~‼」

 

「……そうね、バランスがいい、って言うのかしら」

 

 

スズナの言葉に興味を示したミサキも弁当の中身を除き混む。そのあと自身の弁当を見つめてぽろりと言葉をこぼす。

 

 

「ユウキの弁当っていっつも丁寧よね。アンタが用意してるの?」

 

 

 

> いや、コッコロちゃんが用意してくれるよ。

 

 

 

「……コッコロ? 誰よそいつ」

 

 

ユウキは何と言って説明するべきか少し思案する。

ユウキはいつもその場の思い付きで斜め上な言動や行動をするため、ワンテンポ置いて冷静な思考をすることを最近身につけた。

その結果、

 

 

 

> ミサキちゃんと同い年の女の子だよ。

 

 

 

案の定、斜め上な言動でこの後のトラブルまでの一連が確約される事となった。

 

 

 

 

 

ミサキは焦燥した。

自身の弁当はいつも母親に用意してもらっているが、中身のクオリティは多少の波がある。しかし、ユウキの弁当をいつも用意しているというコッコロは毎日あのバランスがよく、見た目がよく、味付けも良い弁当を用意しているのだと思うと、一度お目にかからないと気が済まない。それが同い年の少女となると尚更である。

 

自身が大人のレディの一端であると信じて疑わないミサキはユウキに無理を言ってコッコロに会わせてもらうこととなった。

そして放課後、ユウキが所属するというギルド【美食殿】のギルドハウスに案内してもらうことになった。

 

 

「へえ、ここがギルドハウス……」

 

 

ユウキに案内してもらったギルドハウスの外観はあまり豪華そうには見えない。が、三階建てくらいか、規模としてはそれなりに大きく見える。

 

 

「というか、今さらだけどこういうのって部外者が来ても大丈夫なの?」

 

 

 

> 問題ないらしいよ。ペコさんも友達を連れてきても良いって言ってたし。

 

 

 

ペコさんとやらはギルドリーダーだと説明を受けて、扉を開くユウキに続くミサキ。

覗き込むようにギルドハウスを一通り見渡していると、

 

 

「…………、……んん?」

 

 

もさもさとスナック菓子を頬張る、黒い猫耳の少女と目があった。

 

 

「ユウキ、誰よそのチビ?」

 

「なっ、誰がチビよ‼」

 

 

思わず声を荒げたミサキ。

それをよそにユウキはミサキを簡潔に紹介する。

 

 

「へえ、コロ助から簡単に聞いてたけど、そいつが件の学校のクラスメイトね」

 

「な、なによ」

 

「いや、コイツには色んな女の子の知り合いがいるのは知ってたけど、こんな子どもまでとはね」

 

「子どもじゃないわよ! アタシは立派な大人のレディなんだから‼」

 

「大人のレディ? どこを見て?」

 

 

胡乱げな目でミサキを睨み付ける彼女は呆れたような声で呟く。

 

 

「……どこをどう見ても子どもじゃない。【リトルリリカル】だっけ? あの子どもの集まりと良い勝負でしょ」

 

「なあっ……、だ、黙って聞いてれば、いったり何様のつもりよ! アンタなんてクラスの生意気な男子と大差無いじゃない!」

 

「はいはいそうですか。どうせあたしは性根がひねくれてるわよ」

 

 

何の痛痒も感じない様に、彼女はミサキから目を離した。その対応がさらにミサキの感情を逆撫でする。

 

 

「き、きぃぃぃぃっ‼ な、なんなのよこいつ! ちょっとユウキ、アンタのギルドメンバーってこんなのしかいないの⁉」

 

 

 

> キャルちゃんは良い子だよ。

 

 

 

「ちょっと、余計なこと言うな! ぶっ殺すわよ!」

 

 

さっきまで冷めた態度をとっていたキャルは頬を少し赤く染めてユウキに過剰反応する。

 

 

「だいたいそいつ、何のために連れてきたの? もしかして仕事の依頼?」

 

 

 

> コッコロちゃんに会いたいって言って。ところで他の二人は?

 

 

 

「ペコリーヌならまだバイトでしょ。コロ助は、そろそろ買い物から帰ってくるんじゃない?」

 

「…………ねえ、さっきから聞いてるんだけど、コロ助って誰のこと?」

 

「……そういえば、コロ助に会いたいって言ったっけ? アンタ、あいつに何の用よ?」

 

「あ、アンタには関係ないし! というかそのコロ助がコッコロの事なんだ……」

 

 

 

> いつも弁当を作ってくれるコッコロちゃんに興味があるんだって。

 

 

 

「へえ、なるほどねぇ」

 

 

ニヤニヤと見つめられてミサキの羞恥心が上昇する。

 

 

「だから、アンタには関係ないって言ったでしょ! あたしはあくまで大人のレディとしていいライバルになりそうなそのコッコロってやつに一言挨拶したいだけよ」

 

「こ、コロ助が大人のレディ? ぷぷっ……!」

 

「……な、なんで今笑われたの?」

 

 

突然吹き出したキャルにミサキは困惑が隠せない。

刹那、後ろの扉が開いた音がして、そちらに視線を向けると、

 

 

「キャルさま、ただいま戻りました。……おや、主さま。ギルドハウスに来ていらしたのですね」

 

 

買い物袋を片手間に、てくてくとユウキに駆け寄る銀髪エルフの少女。ユウキを視界にいれた瞬間に、表情に花が咲いた様に見えた。

 

 

「ああ、お帰りコロ助。突然だけど、アンタにお客さんよ」

 

「はい? わたくしに、お客人ですか?」

 

 

コッコロはキャルが指す方向に顔を向けると、ユウキの傍にいるミサキをようやく目視した。

 

 

「こちらの方は……、また主さまのお知り合いですね?」

 

 

 

> ミサキちゃんだよ。前に話したと思うけど。

 

 

 

「ミサキさま……――ああ、【ルーセント学院】の。お初にお目にかかります。わたくし、ユウキさまの従者を務めます、コッコロと申します」

 

「え、あ、ど、どうも……」

 

 

抑揚の少なく、かつ無駄のないお辞儀を受けてミサキは思わずたじろぐ。そんなミサキを見てキャルは軽く笑ってから、

 

 

「そいつ、コロ助を大人のレディとして参考にしたいんだってさ」

 

「ちょ、ちょっと! 変なこと言わないでくれる⁉ あたし、そんな事一言も喋ってないわよ‼」

 

「わたくしが、大人のレディ、ですか?」

 

 

こくり、とコッコロは小さく首を傾げる。動作が一々人形を想起させる振る舞いにミサキは自分とは違うなにかを感じてしまう。

 

 

「……失礼ながら、大人のレディとはペコリーヌさまのような方を指すのではないでしょうか?」

 

「あいつが大人のレディなのは見た目だけでしょ? 口を開けばお腹すいた~とか、魔物料理~とかばっかりじゃない」

 

「ですが、時折わたくしたちにはない高貴な気品というものが感じられます。おそらく一挙手一投足全てが洗練されているあの振る舞いこそが、大人のレディというものなのではないでしょうか?」

 

「……どうかしらね」

 

 

目の前で大人のレディの何たるかを談義している二人を前に、ミサキは口を出せずにいた。

だが、黙って聞いていると一つ聞き捨てならない言葉がちらほらと出てくる。

 

 

「……ねえ、そのペコリーヌってどんな人?」

 

 

 

> ペコさん? ペコさんは――

 

 

 

「――おいっす~☆ ただいま戻りましたー!」

 

 

バタン、と勢いよく扉が開き、ハイテンションで中に入ってきたハニーブロンドの少女。

 

 

「お帰りなさいませ、ペコリーヌさま」

 

「こ、この人が……⁉」

 

 

コッコロの挨拶に、ミサキはもう一度ペコリーヌを見やる。

綺麗なハニーブロンドに、お姫様みたいな水晶のティアラ。綺麗な顔立ちに、イオと良い勝負が出来るスタイルのよさ。

 

 

「おや、こちらの女の子はお客さんですか?」

 

「え、えっと……」

 

 

ただこちらに近づいただけで、自分にはない上品さが醸し出される。一挙手一投足の洗練された大人の雰囲気にミサキは飲まれてしまう。

 

 

「――へえ、ユウキくんのお友達ですか。ちっちゃくて、細くて、お人形さんみたいですね、かぁわいぃ~☆」

 

「あ、あの……」

 

「抱きしめてもいいですか?」

 

「ええ⁉」

 

 

急に両腕を広げてとんでもない提案をしてくるペコリーヌ。

もしこのままその身を受け入れてしまえば、イオに負けず劣らずなその果実に――

 

 

「き――」

 

「き?」

 

「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」

 

 

窒息させられる。

確信したミサキは全速力でギルドハウスを走り去った。

 

 

 

 

 

翌日。

ミサキは前日の事を振り替えってある一つの結論が出た。

それは――

 

 

「ちょ、ちょっとミサキちゃん? それ以上後ろから押されたら、ユウキ君にぶつかっちゃうわ!」

 

「だ、ダメ! 今はイオちゃんで対抗しないと勝てないの!」

 

「だ、だからなんの話なの~??」

 

 

イオを呼び出したミサキは、ユウキに一時的にイオをあてがうことであの面子に対抗することを考えた。

思い返せば、【美食殿】の面々は皆レベルが高い。あのペコリーヌを筆頭に、同い年にも関わらず大人びたコッコロや、見てくれならあのキャルだって高レベルだ。

 

故にイオで対抗する。

 

 

「ユウキも! 今に見てなさいよ!」

 

 

 

> な、何が?

 

 

 

「決まってるでしょ! 絶対に、絶対にイオちゃんやあのペコリーヌって人よりすごい大人のレディになるんだから!」

 

 

――絶対になるんだからあぁぁぁぁっ‼

 

 

その宣言は、校舎内に行き届いたという。




ミサキ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、大人のレディになることを夢見る少女。「デモネス・アイ」という生ける杖が彼女のトレードマークである。
自らを大人のレディと称し、周りの子ども達と足並みを揃えることを嫌う節がある。よく背伸びをした行動や言動が原因で何度もトラブルを起こしてしまう。
実際は実年齢と遜色のない精神年齢を持ち、自身の気持ちと願望が著しく食い違い、癇癪を起こしてしまう事がある。友達思いなので根っこは良い子である。



という訳で、前回のキョウカと同じく一日でも早く大人になることを願うミサキでした。この子の設定をあらかじめ確認したとき、一つだけ思ったのは、「この子ホントにコッコロと同年代なのか?」ということですね。
まあキャラストーリー見る限り、コッコロが歪なのでしょうけども。

さて、次回は当初の予定に則って、以前に集計したアンケートを参照し、マコトを予定しています。
次回もお楽しみに!


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女心が解らないキミは常に誰かを後悔させている

???「ごめん、ユイ……!」

これホント草。

冗談はともかく、幼馴染の恋路をホントに応援してるのか分からないあのヒロインが今回のメインのお話です。


「はあ⁉ 全然相手にされなかっただぁ⁉」

 

 

マコトの私室内に彼女の声が響く。

一通り話し終えたユイはブルーな空気を背負って顔を俯かせている。

 

ユイは幼馴染のマコトに呼び出され、もはや日課のようにユウキとの関係が進展したかを話すことになっている。

今回は、以前ユイが街道に出て特訓をしようとしていたあの日の出来事をつまびらかに話すと、案の定マコトは頭を抱えて嘆く。

 

 

「ま、マコトちゃん、私は別に相手にされなかった訳じゃ――」

 

「二人っきりじゃない上にお礼も受け取ってくれなかったんだろ? そんなの碌に相手にされなかったも同然じゃねえか‼」

 

 

さらにはユイの恋敵がかなりの強敵だという情報が対価として獲得したというおまけ付き。

カオリから事前に聞いていたが、自分も同行して牽制するべきだったか、とマコトは僅かばかりに後悔する。

 

しかし、とマコトは思考を切り替える。

ユイがここまでブルーになっている原因は――

 

 

「……よし、分かった。ここはあたしも一肌脱いでやるよ」

 

「え……」

 

「前々から気になってたんだよな、競争相手がどんだけいるのか。だから、ちょちょいと調べてきてやるよ!」

 

「で、でも悪いよマコトちゃん。そんな事――」

 

「甘ったれんな‼」

 

「…………‼」

 

 

ユイとしては気遣ったつもりだが、マコトはあえてそれを無慈悲に切り捨てる。

 

 

「ユイ、前々から思ってたんだが、お前は本当にその気持ちをユウキに伝える気があるのか?」

 

「そ、それは……っ」

 

「もし、遊び半分で恋愛ごっこしてるならここらで降りさせてもらうぜ。生半可な気持ちでぶつかる奴を応援できるほど、あたしは優しくねえぞ」

 

「………………………」

 

 

きつく言い過ぎたか、とマコトは若干後悔しかける。

しかし、マコトにはユウキを好きな女の子が一人心当たりがあった。

それは【自警団】のリーダー、マホである。彼女はユウキを「王子はん」と、明らかに特別な呼称を使っている。

事実確認をしたことはないが、可能性は考慮した方がいい。

マホには世話になっている以上、ユイのために諦めて欲しいとは口が裂けても言えない。

 

 

「…………わ、私はっ――」

 

 

その後の言葉を聴いて、マコトはにいっ、と笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

――私はっ、騎士クンが大好き! 諦めたくないよ‼

 

 

マコトはこの言葉を聴けただけで十分満足している。後は親友として援護射撃と情報収集をするだけである。

とはいえ、人間関係の調査などマコトの専門外である。

そこで調査を十八番とする彼女を頼ったのだが、

 

 

「……そんな個人的すぎる事に探偵の力を借りないで欲しいな」

 

 

と、一蹴されてしまった。

 

 

「仕方ねえ、自力で調べるしかねえか……」

 

 

とはいえ、何から調べればいいのかマコトには分からない。例のアイドルや読モでも調べればいいのか? だがあの二人は有名人だし調べることも一筋縄ではいかなさそうだが。

かといって不特定多数の中からユウキを好きな女の子をピンポイントで調べるなど不可能である。

 

 

「…………あー! 駄目だ、こういうのはあたしの性に合わねえよ!」

 

 

考えが纏まらず、最終的にマコトがとった行動は――

 

 

「――ひとまず腹ごしらえするか」

 

 

最近開店したファーストフード店とやらに足を運ぶことにした。

 

そのファーストフード店はチープな味だが安くて美味しいことをモットーとしているらしい。マコトとしては丁寧に調理されたものを好むが、たまにはこういうのもいいだろうと考えている。

 

 

「――きゃっ⁉」

 

「うおっと! すんません、大丈夫か?」

 

「いえいえ、あたしも不注意だったわ……ってあら?」

 

 

店に入ろうとして、同じタイミングで逆から人がやって来てぶつかりかける。

マコトはその人物をよく見ると、

 

 

「あれ、あんた確か救護院の……」

 

「確か、【自警団】の……」

 

 

プラチナブロンドを揺らす少女――【王宮騎士団】襲撃事件で世話になったサレンであった。

 

 

 

 

 

「いやー、驚いたぜ。あんたみたいな貴族のお嬢さんがこんな所に来るなんてな」

 

「別にあたしの実家は裕福って訳じゃないわ。商談が上手くいっているだけよ」

 

「それにしたって、もうちょっと上品?な食べ物をいつも食ってるイメージがあってさ……」

 

「そうでもないわよ? 料理はスズメに任せっきりだし。あの子よくドジを踏むから出来合いの物で済ませることもあるわよ」

 

 

苦笑を浮かべながらサレンは語る。

 

 

「それに、こういうチープな味わいの方が食べたくなるときがあるのよね~」

 

「へえ、そこまで解るクチとはね」

 

 

意外だと、口にはしないがマコトは呟く。

……ふと、マコトはサレンを見ていると頭の中で何か引っ掛かりを感じた。

何か目の前の少女に訊かなければならないことがあるはずだ。

だがそれは何だ?

 

そうして考えていると、

 

 

 

> お待ちどうさまです。コロッケバーガーセットと、デミグラスハンバーガーセットです。

 

 

「ああ、どうも…………って」

 

「……って、アンタ何してるの?」

 

 

商品を持ってきた店員の顔をふと見ると、それは二人がよく知る人物――言わずと知れたユウキ少年だった。

 

ユウキは珍しい組み合わせだなぁ、と目を丸くしているとすかさずサレンから突っ込みが入る。

 

 

「アンタ、もしかしてここでバイトしてるの?」

 

 

 

> 忙しいけど経験になるから。

 

 

 

「あたしが言いたいのはそれじゃないの。ユウキ、アンタまたバイト増やしたのね。働かざる者食うべからずとは言ったけど、あんまり忙しくしてるとコッコロが心配するわよ?」

 

 

 

> それをサレンちゃんが言うんだ? いつもスズメちゃんが心配してるけど。

 

 

 

まるでそれが日常茶飯事のように目の前で繰り広げられたやり取りを見て絶句していたマコトの脳裏に、ある一つの真実が過る。

 

 

――この二人、仲が良すぎじゃねえか?

 

 

そう思ったマコトはすでに口を開いていた。

 

 

「……おい、ここで駄弁ってて良いのかよ? バイト中なんだろ?」

 

 

ユウキはハッとして、サレンに謝罪したあとカウンターの方へと戻っていった。

 

 

「……悪いな、楽しそうに話してたところに水差して」

 

「い、いやいや。別に楽しかった訳じゃないわよ?」

 

 

水を差された事への言及が無いことでマコトはほぼ確信した。

 

 

「随分と仲が良いんだな」

 

「ま、まあね。救護院で一緒に暮らしてるし、多少は仲良くなるわよ、うん」

 

「……ああ、そういやそんな話もあったな」

 

 

【王宮騎士団】襲撃事件。

【プリンセスナイト】が傘下ギルド――【サレンディア救護院】の運営メンバーの一人であるスズメを始め、ユウキやコッコロといった完全な部外者も巻き込んだ大きな事件だった。

ユウキはサレンと知り合っていたのも相まって、巻き込んでしまったお詫びとして救護院で二人を保護することになった。

 

 

「……ん、ちょっと待ってくれ」

 

 

今しがた、聞き捨てならない言葉がサレンから出てきたと感じたマコトは会話を巻き戻す。

 

 

「一緒に暮らしてる?」

 

「え? ええ、そうよ。救護院の運営も手伝ってくれてるし、自分達の生活費は自力で稼いでるし、もはや【サレンディア救護院】の準ギルドメンバーみたいなものね。救護院の皆は家族だから、あの二人だってもうあたしにとって家族のようなものよ」

 

 

だからさっきのやり取りはあんなに自然だったのか。

マコトは頭を抱えた。

先程の二人のやり取りは、いい意味で気安かった。まるでマコトとユイのように。

しかしそれが異性となるとまた話は変わってくる。それに、サレンの先程の慌てた取り繕いからしてほぼほぼ黒である。

 

 

「なあ」

 

「何かしら」

 

「その、ユウキの事なんだが――」

 

 

――好きなのか?

口から出掛けた言葉を、マコトはなんとか飲み込んだ。

 

 

「――……ユウキって、救護院だとどんな感じなんだ? ちょっと気になってさ」

 

「……そうね。子ども達からは完全にペット扱いね。何でも言うことを鵜呑みにするから見てて面白いんでしょう」

 

「へー、そうなんだ……」

 

 

何故か聞けなかった。

己にここまで度胸がなかったとは思わなかったと、内心ではかなり困惑している。

 

ただ、こんなことなら訊くんじゃなかった。そう感じているこの後悔は、一体何に対する後悔なのだろうか。

 

その答えは、今のマコトには導き出せない。

 

 

 

 

 

「……アンタって本当に女泣かせよね」

 

 

 

> 急に何の話?

 

 

 

「マコトさんだっけ? 彼女とはどういう関係なのかしら」

 

 

その日の夜、二人で軽食を食べていると不意にサレンからそんな質問が飛んで来る。

 

 

 

> マコトちゃんは何度もお世話になってる友達だよ。

 

 

 

「言い切ったわね……」

 

 

何故か呆れられたユウキ。

 

 

「アンタが今度勉強しなきゃいけないのは女心かしらね」

 

 

 

> 女心? 【ルーセント学院】で教えてもらえるかな?

 

 

 

「それ絶対に言うんじゃないわよ。正気を疑われるわよ」

 

 

知らないことを教えて欲しいだけなのになぜ止められるのか。

ユウキには一生理解できそうにない。

 

 

「……でもまあ、ユウキは今のところはそのままでいいと思うわよ。無理に難しいことを覚えても空回りするだけだわ」

 

 

 

> そうなの?

 

 

 

「ええ――」

 

 

――マコトさんの気持ちに気づかれたらあたし、後悔しそうだし。

 

 

ぼそり、と呟かれた言葉はユウキの耳に届くことはなかった。




マコト
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する獣人の少女。狼の牙のような刃の大剣を振り回し、獣人特有の獰猛さで敵を叩き砕く。
ユイとは幼馴染。種族こそ違うが、二人は相談に乗ったり助け合ったりと確かな絆を持つ。ちなみに最近はユイの恋愛事情の聞き手になることが多い。
本人は自身をがさつで女らしくないと思い込んでいるが、料理やお菓子作りが得意。また、妹がいるためかかなり面倒見も良い。



という訳で、ユイの幼馴染マコトでした。水マコはいません(半ギレ)
ごめユイとか散々な事を言われてますが、マコトはユウキへの感情をおそらく深い親愛だと現時点では思い込んでいるように見えます(キャラスト参照)
が、どういった心境の変化か、ユウキにデレ始めているという。☆6実装が楽しみですねぇ(ゲス顔)



さて、次回はアンケート結果に則りツムギを予定しています。
そして、次回辺りでまたアンケートを行う予定です。その際はご協力お願い致します。


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キミへの想いは言葉で誤魔化せない

さて、プリコネアニメも四話も放送して、少しずつ新規勢が増えてきた頃でしょう。

今回はアニメOPにも出てきた、アマノジャクハートなツンデレアイドルがメインのお話です。


アイドルギルド【カルミナ】のメンバーの一人、ツムギ。

彼女はアイドルとして活動するその傍ら、個人経営の仕立て屋を開いている。

 

そんなツムギの店に、ある日二人の男女が訪れた。

 

 

「オーダーメイド、ですか?」

 

「ああ。もしかして駄目だったかな?」

 

「いえいえ、そんなこと無いですよ! レイ様のお願いならどんなことでも受け付けますよ! 受け付けます、けど……」

 

 

ツムギは、当然の権利のようにレイの隣に立つボロボロになったユウキを一瞥する。

 

事情を聴いてみると、レイとユウキの二人はランドソルの外に出て剣の鍛練をしていたらしい。……この時点でツムギとしては一言もの申したい気分だったが、グッと飲み込んで聞き手に徹する。

だが、突如として魔物からの攻撃に遭い、レイを庇ったユウキは軽傷で済んだものの、見ての通りボロボロになってしまった。

 

服装や剣以外の装備はレイがお詫びとして買い揃えたそうだが、マントだけは彼に似合ったものが見つからず、レイが選択した行動はユウキにピッタリなマントを一から作ってもらうことだった。

 

 

「騎士さん、レイ様に装備を用意してもらったとか図々しいんですけど、何様ですか?」

 

「待て待て、ユウキに庇ってもらえなければどうなっていたか分からなかったんだ。これは当然の礼儀だ」

 

「むう…………」

 

 

それを言われるとツムギとしては弱い。

しかし、このままレイの言うとおりにするのは、何故だか癪に障った。

 

 

「私的には、騎士さんにマントなんて似合わないと思うんですけど」

 

「そうかな? あまり派手さの無いあのマントは騎士らしい風格が出ていたと思うんだけど」

 

「そもそも騎士さんが騎士らしい風格があるということに突っ込みたいんですけど……」

 

 

……薄々感じてはいたが、ツムギとレイのファッションセンスはあまり噛み合っていない。ツムギがダサいと感じているものを、レイは渋味を感じているようだ。

 

しかし、レイのオーダーを受けると言った以上、ツムギにユウキのマントを繕わない理由はなかった。

 

 

 

 

 

翌日、ツムギはユウキを呼び出し、新調した服装や装備を身につけてマントのデザインを考えることにした。

引き受けた以上、ダサいものを作るわけにはいかない。

 

しかし、

 

 

 

> ツムギちゃん、大丈夫?

 

 

 

「はっきり言って全然大丈夫じゃないです……」

 

 

ツムギはユウキにマントはあまり似合わないと思っていたために、インスピレーションが全く刺激されない。

ユウキはあまり騎士らしくないのだ。

ランドソルにおいて、騎士といえば【王宮騎士団】の兵士を想起させる。

彼らはマントなんて身に付けていない。身に付けたとしても普段ユウキが身に付けていたあのロングマントでは邪魔になるだけである。

 

ツムギはふと彼の顔を見やる。

そもそも、彼に騎士っぽい武骨な格好なんてミスマッチである。どれだけ格式張った礼服や鎧を身に付けたところで、滲み出るカリスマの無さや、そのうえ少しふにゃけた表情が台無しだ。

確かに今まで何度も世話になったし自分の仕事やアイドル活動を献身的に手伝ってくれたその優しさはまるでおとぎ話に出てくるヒロインに颯爽と駆けつける――

 

 

「~~~~~~~~~っ‼」

 

 

いつの間にか思考がコーディネートではなく、ユウキについてのモノローグに変わっていたため、顔をブンブンと振り冷静さを取り戻す。

 

 

「ひ、一先ず、騎士さんにはあまり暖色系は似合わないことが分かりました‼ ほら、行きますよ!」

 

 

 

> 行くって何処に?

 

 

 

「原料集めに決まってるでしょう。ほら、騎士さんも準備してください!」

 

 

幸い、ツムギの顔色が真っ赤になっていたことをユウキが指摘することはなかった。

 

 

 

 

 

ランドソル近郊の森にやって来たツムギとユウキ。

ここでは色染めの原料になる木の実や植物があるため、ツムギは度々ユウキを護衛役として呼びつけて、幾つか収穫している。

 

 

「……いつの間にか、騎士さんを連れ出すのが当然みたいになってるなぁ……」

 

 

 

> 何か言った?

 

 

 

「ただの独り言です。……今回はこの植物を採取しますよ」

 

 

ツムギはユウキに採取する写真を見せる。

インディゴスライトと言って、水に漬け込んで出てきた灰汁が濃い青色の染料になる。

写真を受け取ったユウキは早速キョロキョロと辺りを見渡しては、歩き出して探そうとするが、

 

 

「ちょっと! 一人で勝手に行かないでください! 何のための護衛役ですか⁉」

 

 

ツムギの糸によって拘束され、そのまま引っ張られて採取場所へと移動することになった。

 

採取場所にはインディゴスライトが生えているが、その数はあまり多くない。

 

 

「騎士さん、こういう数の少ない植物は全部とっては駄目なんですよ。知ってますか?」

 

 

 

> どうして?

 

 

 

「全部とったら無くなってしまうからですよ。今後も採取できるように、幾つかは絶対に残さないといけないんです」

 

 

へえ、と感心するユウキ。

本当に分かっているのだろうか心配になったツムギは、まずひとつ摘み取る。

 

 

「ほら騎士さんも。二つもあれば十分ですから、出来るだけ大きいのを探してください」

 

 

頷いてユウキは、この中で一番大きなインディゴスライトを見つけるべく、草花を掻き分けて渡された写真に合致する植物を探す。

すると、一際大きなインディゴスライトを発見する。

ためらいもせず、ユウキはそれに手を伸ばして、きゅっ、と上に引っこ抜くと、

 

 

――ア――――――――――ッ‼

 

 

耳を裂くような絶叫が響き渡り、驚いたユウキはそのまま後ろに倒れてしまう。

 

 

「……な、何ですか今の声! ……って騎士さん、その手に握ってるのは……」

 

 

ツムギはユウキの手に握られてある植物――に擬態した魔物のマンドレイクを見て驚く。

マンドレイクとは回りの草花に頭部の葉を擬態させて地面に潜り、自身を引き抜いた相手に絶叫を浴びせることで弱体化させるという、危険な魔物である。

 

 

「まさかこんな所にいるなんて……。騎士さん立てますか?」

 

 

ツムギはユウキに声をかけるが、ユウキはそれに反応して立ち上がろうともがくが、一向に立ち上がれない。

 

 

 

> 体が動かない……。

 

 

 

「マンドレイクの声を至近距離で聴いたからですね。マンドレイクの声は聞いた相手を死に至らしめるとか言う、いわくつきの植物型魔物ですから」

 

 

ユウキはびくりと体が跳ねてさらにもがくが一向に立ち上がれる兆しが見えない。

ツムギはその滑稽な姿に軽く吹き出して、気分をよくしながらユウキに駆け寄ろうとする。

 

 

「まったく世話が焼けますね。そのままじっとしててください、マンドレイクを拘束した後で助けますから――」

 

 

だが、それは叶わなかった。

がさがさとツムギ達の周囲から草木を掻き分ける音が響く。

 

茂みから顔を出したそれらは、ユウキを中心にして円を作り、二人を包囲していた。

 

 

「い、いつの間に――⁉」

 

 

ツムギは狼狽するが、魔物達の視線を追ってみると、それは全てユウキに収束している。

そこで少し冷静になり、魔物達は先程のマンドレイクの絶叫で集まったのでは、と結論が出た。

 

 

 

> ツムギちゃん、逃げて!

 

 

 

「なっ⁉ 何言ってるんですか‼」

 

 

だが、底抜けのお人好しはそれに気づいてないのか、あるいは気づいた上での事か、ツムギに逃走を呼び掛ける。

 

 

「この魔物たちはあなたを狙ってるんですよ! 死ぬ気ですか⁉」

 

 

 

> ツムギちゃんに何かあったら、レイやノゾミ達が悲しむから。

 

 

 

「…………ッ」

 

 

本気で言ってるのだろう。

その淀みの無い堂々とした発言に一瞬怯んだツムギは、歯軋り一つ立てて、

 

 

「……そうやってレイ様も、当然のように庇ったんですね」

 

 

ぼそりと、呟いた。

 

そして、ツムギは両腕を伸ばして、糸を伸ばしながら大声で宣言する。

 

 

「後でたっぷりと言いたいことがありますので、そのままじっとしててくださいねッ‼」

 

 

その日、ユウキが見たツムギは、ユウキの強化が無いにも関わらず魔物をなぎ倒すその姿は、今までで一番強かった。

 

 

 

 

 

その後、動けない自身を囮にしてツムギを逃がそうとしたユウキは、激昂した彼女に罵詈雑言の雨霰を浴びせられ、糸でぐるぐる巻きにされてランドソルまで引き摺られた。

 

なお目的のインディゴスライトだが、ユウキが握っていたマンドレイクの頭部の葉を切り落として使用することができ、問題なく色染めに取りかかることができた。

 

後日――

 

 

「――これは……」

 

 

ユウキのマントが完成したと聞いて、ユウキに同行したレイは、彼の背になびく深青色のマントを見てため息をつく。

 

 

「この黒に近い青……、良いね。ユウキの控えめな騎士の誉れを体現しているようだ」

 

「騎士の誉れ、ですか……」

 

 

己の命を平然と天秤にかけて仲間を守ろうとする、その底抜けで残酷なお人好し具合を騎士の誉れというのならそうなのだろう。

ツムギは声に出さなかったが、そう思った。

 

 

「……ん、ツムギ、この模様は何?」

 

「え? ああ、それですか」

 

 

レイはユウキのマントの中心部にある謎の円形の模様を指差す。

円をベースとして、花びらのような模様が弧の内部に描かれ、中心から十字方向に剣の先のような軌跡が弧の外側に伸びている、不可思議な模様だ。

 

 

「ほら、騎士さんがあの、仲間を強化する力の模様ですよ。剣からそんな感じの模様が浮かんでませんでしたか?」

 

「………………………」

 

 

唖然とするレイ。

珍しい顔が見られた、と若干喜んだツムギだが、そんな顔を向けられる理由が彼女には分からない。

 

 

「……ユウキの事を、よく見てるんだね」

 

「へ」

 

「私は言われるまで気がつかなかったよ。私もまだまだ目の付け所が甘いな」

 

 

その声音には、若干の嫉妬が混じっているように感じられた。

 

 

「ちがっ、違いますからねレイ様! 私、騎士さんの事なんて全然見てませんから‼ 私はレイ様一筋ですからね‼ ……騎士さんも何ポカンとしてるんですか! 勘違いしないでくださいね‼ 騎士さんの個性がそれくらいしか浮かばなかっただけなんですから‼ 絶ッ対に勘違いしないでくださいね――――ッ‼」

 

 

今日もツムギのアマノジャクハートは絶好調である。




ツムギ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、裁縫用の糸を駆使して戦う少女。アイドルギルド【カルミナ】のメンバーとして歌って踊って戦う。
ファッションにうるさく、自作の服を売って仕立て屋を経営している。また、その才能をいかして、【カルミナ】のライブでもパフォーマンス等もツムギが考えている。
レイの過激的なファンであり、ユウキがレイと仲の良い男だと知ったときに彼を目の敵にするようになるが、アイドル活動として背中を押してくれた彼に恩を感じている。



どうも皆さま、約一ヶ月ぶりです。
予定通りツムギのお話を書くことが出来ました。
あんなに心変わりが分かりやすいツンデレキャラも今日日見かけませんが、同時に自分のスタンスも貫いているツムギのキャラは個人的にもとても好きです。

次にアンケートですが、アンケートの結果が反映されるのはクルミのお話の後になります。つまり、

次回アオイ予定→クルミ予定→アンケート結果一位キャラ予定

ということになりますので、それを踏まえた上で、アンケートにご協力をお願い致します。


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誤解を振り撒くのはキミの特権じゃない

「……ユウキさん、なかなかイカしたマントを身に付けているね。普段より凛々しさが数段上がってるかな」

 

 

ランドソルを散歩している途中、偶然出会った人物――ユキに呼び止められ、他愛もない世間話をしていると、ふとユキはユウキのマントに目を留めた。

 

 

「新しく買ったのかな? 前のとは色もちょっと違うし、こんな模様も無かったよね」

 

 

マントには何かの魔方陣のような、剣に関係しているような模様が大きく描かれている。

それに大いに興味を持ったユキは良いことを思い付いたように口を開く。

 

 

「中々センスのあるマントだよね。きっと製造者も一流なんだろう。まさしくボクのような美しい人を美しく彩るのに相応しい人材に違いない」

 

 

また始まった、とユウキは呆れた表情を見せるが、ユキは気づいていない。

 

 

「という訳でユウキさん、ボクにそのお店を紹介してくれないかな?」

 

 

 

> ええー……。

 

 

 

正直遠慮したいというのがユウキの本音であった。

ユキのこのテンションは確実に彼女が苦手とするタイプなので会わせるのがとても忍びない。

 

 

「何さその反応。職人って言うのはね、その才能をボクのような恵まれた存在に力を注ぐ事でより飛躍するんだよ。きっとその職人だってボクを一目見れば喜んで腕を振るってくれるに違いないよ」

 

 

 

> いや、それは無いと思う。

 

 

 

「即答⁉ ちょっと、いくらなんでも失礼だよそれ!」

 

 

ユウキはその理由を口にした。

 

 

 

> だってツムギちゃん、君に興味湧かないと思うよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――へえ、ここがツムギさんのお店か。外装はこじんまりとしているけど、まあ職人の実力は外面だけじゃ解らないし」

 

 

気分よくツムギの仕立て屋に興味を示すユキをよそに、ユウキは心の中でツムギに謝り続ける。

 

ユウキはユキの性格が少々苦手である。自己評価が高過ぎて、自分本意な考えで周りを振り回す行動がいくつか思い浮かぶ。

汗臭くなるからとバイトをサボり、美の追求と言ってギルドの備品を売り払ったルピで気球を買ったりと、中々のトラブルメイカーである。

 

そして今、ユウキのマントが【カルミナ】のツムギ直々の手製だと知って、こうしてツムギの店に足を運びに来たのである。

 

 

「しっかし、流石はユウキさんだね。【カルミナ】のアイドルにまで顔が利くとは。世界で一番可愛くて美しいボクでもその顔の広さだけはキミに及ばないかもね」

 

 

こうしてユキが他人を手放しで誉めているのも珍しいのである。何故ならユキは基本的に自分にしか興味がないから。

 

そんなユキとツムギが波長が合う筈もない、と記憶喪失ながらに確信しているユウキ。

 

 

「ちょっとユウキさん、いつまで突っ立ってるの? 早く中に入ろうよ。ボクの白玉のような肌が焼けちゃうよ」

 

 

観念してユウキは店のドアを開き、つい先日訪ねたばかりのツムギに挨拶をする。

 

 

「いらっしゃいませー! ……ってなんだ騎士さんかぁ。いったい何の用です? 冷やかしなら――」

 

 

冷やかしならぐるぐる巻きにして外に放り出しますよ。

ツムギの言葉は最後まで言えなかった。

 

 

「やあ、初めましてツムギさん。ボクは世界で一番可愛くて美しいユキだよ。早速で悪いんだけど、ボクをキミのセンスでコーディネートしてもらえるかな」

 

 

まったく悪気のない見る人が見れば確実に振り返りそうな笑顔を見せて、ユキは注文する。

が、当のツムギはゆっくりとユウキに顔を向けて、

 

 

「…………騎士さん?」

 

 

 

> はい?

 

 

 

ユウキを拘束し、カウンターの奥へと一緒に引っ込んだ。

ユウキをぐるぐる巻きにしたままツムギは強張った笑顔で尋ねる。

 

 

「いいご身分ですねぇ。私がわざわざ繕ってあげたマントを見せびらかして、その上デートですか。しかもよりにもよって私の店をデートプランに組み込むなんて、いい度胸してますねぇ」

 

 

何故だか若干、いやかなりキレているツムギにユウキは首を傾げるしかない。

 

 

「レイ様から前に聞いたことありますけど、本当に女の子の知り合いが多いんですね。……で、何処の誰なんですあのユキさんって人は?」

 

 

 

> ち、違います。

 

 

 

「はあ? 何が違うんですか?」

 

 

 

>ユキは男です。

 

 

 

「………………………はあ?!」

 

 

ツムギは女性のスリーサイズを一目見ただけで見抜くことが出来る。

故にユキの体格を人目見れば男女の区別がつくのでは、とユウキは考えていたのだが……。

 

 

「……え、いやでも、確かに女の子にしてはちょっと胸回りがしっかりしていたような……」

 

「――ちょっと! いつまで客を待たせるの⁉ 早くキミの作った洋服を見たいんだけど!」

 

「……え、あ、はい! 少々お待ち下さい……」

 

 

釈然としない気持ちでツムギはユウキの拘束を解き、カウンターに戻ってきてもう一度ユキの体格を確認する。

 

 

「えっと、ユキさんでしたか? 確認ですけど、本当に男の人……なんですか?」

 

「へえ! 分かるんだ! 初対面でボクを男だと気づいたのはツムギさんが初めてかもね~♪」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 

途端にツムギの目には自尊心の高い面倒くさい男に見え始めるのだが、それを打ち消すようなユキの容姿が輝いて見える。

 

 

「えっと、それなら男性ものの服を用意した方が良いですかね?」

 

「ふふ、ボクの美しさを引き立てるのに男物の服装なんて役不足だよ。ボクの美貌は性別を超越するんだからね!」

 

「はあ…………」

 

 

思わずツムギはユウキを睨み付けた。なんて面倒くさい客を連れてきたのだろう、と。

予想通りの反応にユウキは畏縮するしかない。

 

 

「……え、えっとそれでは幾つか見繕わせて頂きますが、サイズの方は如何しますか。希望されるなら、少し緩めにできますが」

 

「え、どうして?」

 

「だって、ユキさん少し胸回りががっしりしてますよね。そのままにしておくと息苦しくなりますよ?」

 

 

それを聞いてユキは目を見開いた。そして次に自分の胸に手を当てて、

 

 

「分かるの?」

 

「はい。男性でもある程度のサイズは見れば分かりますから」

 

「凄い‼ と言うことは女性だと完璧に分かるんだね! だったら今度モニカさん達連れてこようかな。ボクと同じギルドメンバーなんだから、もう少しファッションに頓着してほしいからね」

 

 

もう来ないでくれ、なんて口が裂けても言えないツムギであった。

 

 

 

 

 

「――はあ、もっとお金があればもう少し買ってたんだけどなぁ」

 

 

ドレスを数着買って早々に店を出た二人。

ユキは服が入った袋を見ながら恨めしそうに呟く。

 

 

「ユウキさんもどうしてお金を出してくれなかったの? キミが出してくれたらもう一着買えたのに」

 

 

 

> ごめん。

 

 

 

普段のユウキであればお金を出していただろう。

しかし、試着中何度も些細ないちゃもんを繰り返してはツムギを振り回し、段々とユウキを睨み付ける顔が険しくなっていたので、買い物を続けるよりも早く帰る事が得策だと判断した。

 

なお余談だが、後日ユキは【ヴァイスフリューゲル】の面々を連れてツムギの仕立て屋にやって来るのだが、ニノンの暴走とクウカの妄想が店内を支配し、その日は客足が少なくなったことにツムギがキレて、ユウキにまで飛び火することになる事を先に伝えておこう。

 

 

「まあいいけどね。色の好みとか色々注文したけど、それはそれとして全部クオリティが高かったし」

 

 

 

> あんまりツムギちゃんを振り回すのは悪いと思うけど。

 

 

 

「何を言ってるのさ。ボクの美しさを磨くその行為の前ではどんなことも後回しになるのさ。きっとツムギさんはこれからボクの美貌による伝説の一ページに刻まれるんだから、感謝して欲しいくらいだね」

 

 

全くの悪びれもない台詞にユウキはため息をこぼすしかない。

 

しかしユウキにとっては数少ない同姓の友人。大切にしたいのだが、これからもユキに振り回されるのだろうな、とユウキは無意識に確信していた。

 

ご友人は選ぶべきではないでしょうか主さま、と幻聴が聞こえてくるのだった。




ユキ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場しているヒロイン(?)の一人。鏡の杖で常に自分の容姿を確認しながら誘惑の力で戦うことが出来る。
自らの容姿が誰よりも優れていると信じて疑わない、いわゆるナルシスト。自身の美貌の前では全てが霞み、全てが些末事だと本気で思っている。
が、実は男であり、自身の容姿が性別を超越するほどのものであることがナルシスト具合に拍車をかけている。最近は女と間違われてナンパされるのが悩み。



私、復活!!(訳:お待たせしてすみませんでした。)

えー、インスピレーションが降ってわいたので急遽ユキをメインにして書かせていただきました。次回は確実にアオイです。

気づけば2.5周年。せめてその日が来るまでは新しいアンケートの方を反映させて書きたい所存でございます。
それまでもう数日ほどお待ち下さい……。


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キミの思いやりは時に劇薬である

エルフの森を管理するギルド【フォレスティエ】。

ミサトを筆頭にして、様々な方面に特化した能力を持つエルフ族のメンバーで構成されている。

 

その内の一人――アオイ。

植物や鳥と意思疏通を可能とし、毒薬の取り扱いに長けて、射撃能力に優れている。

 

が、それらが活かしきれない程の欠点を有している。

その欠点とは……、

 

 

「アオイちゃーん、居るかしら~?」

 

「ほ、ほあっ⁉ な、ななな何ですかミサト先生⁉」

 

 

いきなりミサトに呼び止められ、オーバーに驚いたアオイは飛び跳ねてから胸に「だいじょぶマイフレンドくん1号」を抱く。

 

アオイはミサトに呼ばれたことで嫌な予感がひしひしと感じているのだが、ミサトに世話になっている以上、嫌だと断ることが出来ない。

 

 

「突然で悪いのだけれど、お使いを頼まれてくれないかしら?」

 

「お、お使いですか⁉」

 

 

アオイはブンブンと凄まじいスピードで首を横に振る。

 

 

「お、お使いなんて無理ですぅ……! ぼっちの私には不特定の人と顔を合わせるだけでもハードルが高いのに……」

 

「別に不特定ではないわよ。ちょっと【牧場】までこれを届けてくれないかしら?」

 

 

ミサトは手に持った少し大きめの包みをアオイに渡す。

アオイは怪訝な顔でそれを受け取り、鼻孔を擽る匂いに口を開いた。

 

 

「これって植物ですか?」

 

「【牧場】の牛ちゃん達、この頃お腹の調子が良くないらしいの。だから、動物の調子を良くするお薬を届けて欲しいの」

 

「そ、そんなに大事なものなら、私なんかじゃなくギルドマスターのミサト先生が届けるべきでは……」

 

「そうしたいのだけれど……、今日は親御さんが来られる参観日なの。席を外すわけにはいかなくて~。だけど【牧場】には牛乳とかいつも届けてくれるし、有事には出来るだけ早く協力したいの」

 

「あうぅ…………」

 

 

ミサトの理論武装――別に本人にはそんな意図はない――に反論できないアオイは、少しの逡巡の末、おずおずと受け取った。

 

 

 

 

 

【フォレスティエ】が管理するエルフの森の裏手にある山々――その山道を舗装した先に青々と広がる牧場がある。

それこそが【牧場(エリザベスパーク)】であり、アオイも何度か耳にしたことがある。

 

 

「確か、ハツネさんの妹さんがここに所属してるんだっけ……?」

 

 

ハツネいわく、とっても可愛くてとっても病弱でとっても優しくてとっても読書好きな女の子だそうだ。……あとアオイより一歳年上らしい。

 

 

「でも、ハツネさんの妹さんだし……。ハツネさんに似てリア充オーラが溢れ出てるんだろうなぁ」

 

 

それこそが、アオイがハツネを苦手とする一番の理由である。

優しくて美人で格好いいところがあるが、誰とでも距離を詰めやすい彼女の性格はアオイにとって劇薬である。

 

 

「薬を渡して早く帰ろう。うん、それがいい」

 

 

ナーバスになったアオイは早足になって【牧場】を目指す。その時、

 

 

 

> 何してるの?

 

 

 

「ぱああああああぁぁぁぁぁっ⁉」

 

 

後ろから男性の声が投げ掛けられ、アオイは山々に響くほどの奇声をあげてしまう。

 

 

「だ、だだだだだだだだだだッ⁉」

 

 

 

> 落ち着いて。

 

 

 

「だだだだ――ってあなたは! 我らがBB団の団長さん‼」

 

 

我らが、と言っても二人しかいない。

 

そう、BB団の同志でありアオイの生涯における大切な友達――ユウキである。

彼はカバンを提げて【牧場】の山道を上っていたのだが、珍しい後ろ姿を見てアオイに駆け寄る。

 

 

 

> なんで【牧場】にいるの?

 

 

 

「じ、実は……」

 

 

アオイは自らの胸の内をユウキに話した。

ミサトからお使いを頼まれたこと。

ちゃんと渡せるか不安なこと。

ハツネの妹に苦手意識を感じていること。

 

 

「ですので、ささっとギルドマスターさんにこれを渡して早くエルフの森に帰りたいんですけど……」

 

 

 

> マヒルさんならランドソルに居たけど。

 

 

 

「はい⁉ な、なんで⁉」

 

 

ユウキは配達の仕事をする際、ランドソルを出る前にマヒルと顔を合わせたことを伝える。

マヒルは【牧場】の乳牛から作った乳製品をランドソルや周辺の村に直接販売しに行っている。

最近は牛の調子が良くないらしく、いつもより乳製品の製造が少ないと嘆いていたのはユウキの中でも印象的である。

 

 

 

> でも確か、シオリちゃんとリンちゃんはどちらか必ず居るはずだってマヒルさん言ってたけど。

 

 

 

「シオリって、確かハツネさんの妹さんの名前……」

 

 

途端にアオイの顔色が青くなっていく。

 

 

「そ、そうだ! ……さっきの口ぶりからして、ユウキさんは【牧場】の人達とはお知り合いなんですよね? だったらこれ渡しますから、ユウキさんが代わりに渡してくれますか?」

 

 

 

> でもそれ、ミサト先生がアオイに頼んだ意味が無くなっちゃうけど……。

 

 

 

「はう⁉ そうでした……。お使いのお仕事をユウキさんに押し付けたなんて知られたら怒られちゃいます……」

 

 

 

> そもそもどうしてシオリちゃんが苦手なの? 何かあった?

 

 

 

「いえ、というかお会いしたこと無いですし」

 

 

 

> はい?

 

 

 

要領を得ず、ユウキは気の抜けた声を上げる。

 

 

「実は私、ハツネさんがちょっと苦手で……。ハツネさんの妹さんだというシオリさんも似たような性格だと思うと……」

 

 

ユウキは顎に手を当てて首を傾げる。

数瞬考えてから、ユウキはアオイの体を反転させて、背中を押して【牧場】に向かわせる。

 

 

「ちょ、ちょちょちょちょちょっ‼ な、なんで背中を押すんですかぁ⁉」

 

 

抗議の声を上げるも、ユウキは全く意に介さない。

 

そして、アオイの声はよく響く。

騒げば当然気づく人がいるわけで。

 

 

「…………何かあったんですか? ……ってあれ?」

 

 

【牧場】のギルドハウスからホワイトタイガーの獣人――シオリがゆっくりと顔を出した。

 

 

「ユウキさん、今日も来てくれたんですね」

 

 

ユウキはシオリの挨拶に相槌だけ返し、さらにアオイの背中を押す。

 

 

「わ、わわわっ! ……ひいっ⁉」

 

 

アオイは顔を上げると、ハツネの面影のあるシオリと顔を近づけ、後ろに飛び退いた。

が、ユウキはそれを後ろから押し出し、アオイとシオリが面と向かって立つように妨げた。

 

 

「……? 何か、わたしに用事ですか?」

 

「え、えとえと、その、こ、こここ…………っ」

 

「こ……?」

 

「こ、こけこっこーーッ‼」

 

「ふえっ……⁉」

 

 

 

> 落ち着いて、アオイ。

 

 

 

「……ぅぅ、で、でもぉ……」

 

 

完全にパニック状態となり、アオイの目尻に涙が溜まり始める。

どうしたものか、とユウキは一度視線を下げて、アオイの持つ包みに目が留まった。

 

 

 

> そういえば、その中の植物ってどういった時に使う薬なの?

 

 

 

「……え? これですか? これはフレシュオキッドって言って――」

 

 

アオイは自分の得意分野に関する質問を受けて、フレシュオキッドについて長く語り出す。

要約すると、毒性のある植物だが、水に弱いので煎じたものを水に溶いて飲ませてあげれば胃腸薬の代わりになる。

ただしそれでも人体には毒なので、人が飲むにはオススメ出来ないらしい。

 

 

「――ですので動物に飲ませれば胃腸内の不純物を消化させやすくなるんですよ」

 

「…………す、凄いです」

 

「…………はぁっ⁉」

 

 

シオリの目がある事も忘れて植物に関して熱弁していたアオイは我に返り、取り繕おうとする。

 

 

「あ、あわわわわわ……す、すみませんっ。私ごときが長々とあなたの貴重な時間をつぶしてしまって……」

 

「図鑑に載ってないような事までしってるなんて……。はっ!」

 

 

シオリは思い出したように一歩踏み出して、アオイの両手をとる。

 

 

「もしかしてあなたが、ハツネお姉ちゃんの話してたアオイさんですか?」

 

「ふえ? は、ハツネお姉ちゃん? そ、それじゃああなたが……」

 

「妹のシオリです。アオイさんのことはお姉ちゃんから聞いています。エルフの森のことなら誰よりも詳しいって。同じ弓使いとして一度お会いしたかったんです」

 

「そ、そんな、私なんて……」

 

 

距離を詰められ、手を掴まれているのに、アオイは何故かそこまでパニック状態になっていない。

それは雰囲気が穏やかだからか、自分の手を掴む手が細いからか、あるいは自分の話を呆れずに最後まで聞いてくれたからか。

 

少なくとも、さっきまでのイメージにあったあからさまにキラキラと輝くリア充オーラは彼女からは感じられない。どちらかと言うと、ユウキのように近くに居ると落ち着くような――

 

 

「わたし、あなたのこと尊敬してます。また会えますか?」

 

「は、はうあっ!」

 

 

上目遣いで見つめられ、アオイは怯んでしまった。

 

その後、呆けているアオイの代わりにユウキが事情を説明し、シオリはフレシュオキッドの包みを受けとることとなった。

 

なお、帰り際にアオイはポツリと呟いた。

 

 

「天使みたいな人だった……」




アオイ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場するハープのような弓を扱うエルフの少女。【フォレスティエ】のメンバーの一人で植物や鳥と心を通わせる。
とても気が弱く、とても自分に自信がなく、とても人見知り。いわゆるぼっち気質であり、そんな自分を変えたくてユウキとBB団(バイバイぼっち団)を結成する。
植物についてかなり詳しく、毒薬を幾つか取り扱っており、戦闘にも利用している。努力家なのだが、いかんせん方向性が行方不明。



キャラスト見たの大分前だけど、中の人の演技も相まって奇声を上げてるイメージしかない……。アオイファンの人本当にすみませんでした。
それにしてもこの子本当に13歳なのかね。いや口を開けば確かに13歳してるけど。プリコネキャラは外見から年齢を予測しづらいのがまた魅力の一つですかね。

さて次回は一つ目のアンケート最後のキャラ、クルミを予定してます。
2.5周年まで間に合わせるので、どうかお待ち下さい!


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我が儘程度で目くじらを立てるキミではない

今回は少し趣向を凝らして一人称視点で書いていきます。


「え、えへへ……。今日は、お兄ちゃんとデートです……♪」

 

 

上目遣いでユウキお兄ちゃんの顔を窺いながらわたしは呟く。

こうでもしないとお兄ちゃんはデートだと思ってくれない。……もっともデートが何なのかわかってないと思うけど。

 

案の定お兄ちゃんは首を傾げて、これがデートだということに自覚がないらしい。

 

そもそもどうしてわたしとお兄ちゃんがランドソルに出向いているのか。

別に大した理由じゃないけど、お買い物。

スズメお姉ちゃんのドジが積み重なって足りないものが幾つかあり、急遽ここまでやって来た。

 

本当ならお兄ちゃん一人で行くつもりだったみたいだけど、コッコロちゃんが一人で心配だと言い始めて、わたしも同行人として立候補した。

 

話し合いの結果、わたしが同行人となり、こうしてお買い物を名目としたデートを楽しむことにしている。

 

 

 

> 楽しそうだけど、物買うだけでしょ?

 

 

 

「むぅ……、お兄ちゃんは本当に鈍感さんですね。男の人と女の人が、一緒に出歩くとそれはデートなんですよ……?」

 

 

 

> それなら他の子ともしてるけど、あれ全部デートになるの?

 

 

 

「…………お兄ちゃんのノーデリカシー」

 

 

普通、デートしている時に他の女の子に関する話なんて出さないと思っていただけに、お兄ちゃんのその発言はちょっと、いや凄く腹が立った。

 

だから、少し意地悪することにした。

 

 

「……で、デリカシーのないお兄ちゃんには、こうですっ」

 

 

わたしはぷらぷらと遊ばせているお兄ちゃんの腕にぎゅっとしがみついた。

 

 

 

> クルミちゃん?

 

 

 

「デリカシーのないお兄ちゃんはこうして、女の子への接し方を少しは学んでください……っ」

 

 

 

> でも、ちょっと歩きにくい……。

 

 

 

「が、我慢して……っ! さもないと、ママ・サレンにお兄ちゃんはお金の使い方が分からなくて万引きをしかけた事があるって言っちゃいますよ……?」

 

 

 

> 勘弁してください。

 

 

 

あの時は本当にビックリした。

いい人だと思っていただけに、万引きをするような人だったなんて……、なんて本気で考えていた。

だけど、事情をよく聞けば単純にお金の使い方が分からないくらいの酷い記憶喪失だったらしく、別に万引きをしたわけではなかったのだった。

 

けれど、あの時のお兄ちゃんを思い出すと、少しだけ笑いそうになる。

わたしより年上なのに、常識的なことが全然できなくてトラブルばっかり起こしちゃう。

 

 

「お兄ちゃんはわたしが見てないとどんなことするかわからないから……」

 

 

お兄ちゃんは困ったような顔をして、何も言わずにわたしと一緒に歩く。

 

これにてようやくデートが再開、とはいかなかった。

 

 

「――あ、誰かと思えばユウキにゃ! せっかくだから寄ってくにゃ!」

 

 

大通りの方に出ると、屋台から女の人の声がお兄ちゃんを呼ぶ。

 

近づくと、猫耳の獣人さんがたい焼きを片手にブンブンと手招きしていた。

 

 

「……にゃ? 今日は他の子も一緒にゃ?」

 

「……ど、どうも…………」

 

 

わたしを見て、猫耳の獣人さんはお兄ちゃんに話しかける。

 

 

「ふむふむ、だったらおやつにたい焼きどうにゃ? 今日は特に良い焼き加減してるにゃ!」

 

 

 

> どうする?

 

 

 

……お兄ちゃんは買う気みたい。

それにしてもこの人さっきお兄ちゃんの名前を呼んでたけど……。

………………………むぅ。

 

 

「……ご、ごめんなさい。大事なお買い物があるから……」

 

「あらら、振られちゃったにゃ。まあ仕方ないにゃ。また今度来て欲しいにゃ~‼」

 

 

わたしはお兄ちゃんを引っ張って、屋台から離れる。

 

 

「ごめんなさい、お兄ちゃん。……たい焼き、食べたかった?」

 

 

 

> いや、お買い物の方が大事。忘れるところだった、ありがとう。

 

 

 

お兄ちゃんは文句の一つも言わずにわたしを肯定してくれた。

スズメお姉ちゃんからは少し多めにお小遣いを貰っている。一個くらいなら大した事にはならないのに……。

 

ただの対抗心で、あんな事をして。……わたしってまだ子どもっぽいのかな?

 

 

「――見つけたわ! 探してみるもんね」

 

 

自分の子どもっぽさに悩んでいると、今度はまた別の女の子の声が響いた。

顔を上げると、ツインテールの小さな女の子がお兄ちゃんに指差して駆け足で近づいてくる。

 

……何だか苦手そうな空気を纏っているから、お兄ちゃんの影に隠れる。

 

 

「ちょっと、今からアタシに付き合いなさい。まさかレディからの誘いを断るんじゃないでしょうね?」

 

 

なにこの子……、いきなり出てきてお兄ちゃんに無茶苦茶なこと言ってる。

だいたいレディって……。

 

お兄ちゃんは案の定困った顔をして、

 

 

 

> ごめん、お買い物を頼まれてるんだ。

 

 

 

「お買い物を頼まれてるって、お使いってこと? なんでそんな子どもっぽいことしてんのよ?」

 

 

 

> 大事なことだよ。

 

 

 

「むっ……」

 

 

お兄ちゃんが真剣にお使いの重要性を女の子に諭していると、何が気に入らないのか眉を吊り上げて、

 

 

「お使いなら後で出来るでしょ。こっちの用事に付き合ってくれたらそれで良いんだから、ほら行くわよ!」

 

 

女の子は手を伸ばして、お兄ちゃんの腕を掴もうとする。

 

わたしはそれを、黙って見ていることは出来なかった。

 

 

「いたっ! な、何するのよ⁉」

 

 

気づけば女の子の伸びた手を叩き落としていた。

 

 

「……無茶苦茶なことばかり、言わないで。お兄ちゃんはちゃんと断ってるのに……。しつこいと嫌われちゃうよ」

 

「いきなり出てきて誰よ、アンタ! レディに手を上げるなんて最低だわ‼」

 

「わたしはさっきからここにいたもん……。それに、レディは失礼な人に名乗ったりしないもん……」

 

「な、なんですってぇ⁉」

 

 

この子は大人のレディでも何でもない。

ただ自分の都合の良い事情を押し通そうとしている、ただの我が儘な子ども。

さっきの、猫耳の獣人さんに嫉妬して、お兄ちゃんとのデートを強引に再開させたわたしと同じ。

 

そんな子を、大人だなんて認めるわけにはいかない。

 

 

「……アンタ今、遠回しにアタシのこと失礼なやつって言ったわね。いきなり手を上げるアンタの方が失礼じゃないの!」

 

「あ、あなたほどじゃないもん……。デート中なのに、いきなり横から首を突っ込んできた人を失礼って言って何が悪いの?」

 

「で、デートぉ⁉」

 

 

女の子は素っ頓狂な声をあげて、わたしとお兄ちゃんの顔を見比べる。

女の子は取り繕ったように落ち着いて、

 

 

「……べ、別に、それが何よ⁉ アタシだってユウキとデートしたことあるし!」

 

「…………デートさせたんでしょ、さっきみたいに強引に誘って。お兄ちゃんが断りづらい性格なのを知っててそうしたんでしょ?」

 

「ぐぅ……!」

 

 

これ以上は帰るのが遅くなっちゃうので、お兄ちゃんの手を引いて歩き出す。

 

そっちがそういう手をとるなら、わたしも躊躇わない。

 

 

「行こ、お兄ちゃん。早くお買い物して帰らないと、スズメお姉ちゃん達が心配しちゃいます……」

 

 

 

> でも……。

 

 

 

「お兄ちゃんのお友達なんですよね? なら、今度埋め合わせしてあげて。……あなたもそれで良いでしょ?」

 

「ちょ、なに勝手に決めて……⁉」

 

「それじゃあね。……大人のレディを名乗るなら、男の人を立てることを少しは学んだら?」

 

 

わたし達は彼女の返答を聞かずに歩き去った。

背中にあの子の悔しそうな声が響いていた。

 

 

 

 

 

「……お、お兄ちゃん。あの女の子とデートしたことあるんですか?」

 

 

 

> ミサキちゃんのこと?

 

 

 

ふうん、ミサキちゃんって言うんだ。

 

よく事情を聞いてみると、いきなり喫茶店に誘われて、その店の看板メニューを一緒に食べたことがあるらしい。

……確かにそれはデートかも。

 

それにしても、

 

 

「……うぅ、恥ずかしいです。お兄ちゃんの前であんなにムキになって」

 

 

やっぱりわたしはまだまだ子どもかもしれない。

それでも、あの子には負けたくないと思った。

 

 

「……お兄ちゃん、ミサキちゃんにはわたしの名前、教えちゃダメですよ?」

 

 

 

> なんで?

 

 

 

「わたしが教えなかったからですよ。……ミサキちゃんから直々に教えて欲しい、って頼みに来るまでは教えてあげないもん」

 

 

お兄ちゃんは困ったように笑うだけで文句の一つも言わない。

……お兄ちゃんは大人としての器が広いと言うよりは、単に細かいことを気にしてないだけかも。

 

でも、今の子どもっぽいわたしを受け入れてくれるなら、それでも良いかも。




クルミ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する気弱で常におどおどとしている少女。大きなベルのようなハンマーと頭のリボンがよく目立つ。
「ロスト」というランドソルで発生する怪事件が原因で両親を失ってしまい、【サレンディア救護院】に保護される。そのためか、我が儘をあまり口にしない。
実は演劇の才能があり、おままごとでもその真価を発揮するのだが、周りにはその才能を見出だす人がいなかった。また、天性のサディストでもある。



かーっ!卑しか女ばい!(別ゲー なお言ってない)
という訳でクルミでした。
……あんまり卑しい女の子っぽく書けてないのが自身の腕のなさを実感しますが。
さて、今回ゲストとしてとあるキャラ二人が登場しています。片方は本編で名前を出したけど、もう一人の方はさすがに簡単でしたかね。

さて、次回は二度目のアンケート結果に則り、サレンを予定しておりますが、出来る限り2.5周年に間に合わせるよう頑張ります!


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キミの壁や障子には目と耳が沢山いる

「プリンセスコネクト!Re:Dive」2.5周年おめでとうございます!

さてこんな日に書くヒロインは☆6実装が確定されたこの子です!


ある日のランドソル。

ユウキは今日も今日とで【ルーセント学院】で勉学に励み、帰ろうとしている頃。

 

 

「――あら、今から帰り?」

 

 

振り替えると、ユウキにとってはもう毎日見る女の子――サレンがこちらに手を振りながら近づいてくる。

 

 

「どう? 学校は順調?」

 

 

 

> とっても楽しい。

 

 

 

「あたしは勉強について聞いたつもりだったんだけど……、まあ充実してるならいいわ」

 

 

ユウキの相変わらずの的外れな発言に呆れつつ、サレンはユウキの隣に立つ。

 

 

「丁度いいわ。このまま一緒に帰りましょ。今日は商談が早く終わったから、子ども達とも遊んであげられるし」

 

 

ユウキは頷き、サレンと共に歩き出す。

 

だがユウキは知らない。

この行動が後に頭を痛める種になることを。

 

 

 

 

 

「――ちょっとマコトさん、いきなり外に連れ出して、この集まりは何なんだい? 少しくらい事情を説明してくれないと推理のしようがないのだけれど」

 

「まあまあ、細かいことは気にすんなって。カスミはいっつもギルドハウスで缶詰なんだからたまには外にでないと気分が滅入っちまうぞ」

 

 

ランドソルの公園広場に四人の少女が集まっている。

まず、広場にやって来た獣人族の二人――狼のマコトとドーベルマンのカスミ。

そして、二人が来たのを確認して手を振る人間族のユイと、シートの上で膝を抱えて縮こまっているエルフ族のアユミ。

 

 

「ユイ、すまねえ。遅れちまった」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

「は、はわわわ、わたしまで誘ってくれるなんて、本当にありがとうございますっ」

 

「ん、アユミさんまで来てるのかい?」

 

 

あまり統一性を感じない集まりだが、カスミは一つ一つ共通点を探していく。

ユイはマコトの親友。マコト本人から何度も聞いているし、カスミも一度会ったことがある。

アユミとは一度尾行の心得について話してみたことがある。……本当にストーキングの容疑で検挙するべきか考えたこともあるが。

 

つまりこの集まりはマコトとユイ、カスミとアユミの二組の友人同士が集まっているということだ。

 

 

「……なるほど、この集まりで親睦を深めようと?」

 

「まあそういうこった。別に知らない仲じゃねえだろ?」

 

「そうだね。ただ、マコトちゃんに紹介してもらわなかったら、アユミちゃんとは知り合えてなかったと思うけど」

 

「わたしはユイさんのこと前から知ってましたよ? 【トゥインクルウィッシュ】のユイさんですよね?」

 

 

なぜアユミがユイの所属しているギルド名を知っているのかカスミによって追及が始まる。

そしてそれもほどほどにして、ユイとマコトが用意した弁当を皆で食べ始めようとした頃。

 

 

「先輩の気配がしますっ!」

 

 

そう言ってアユミはシートの上から姿を消した。

アユミはいったい何処に行ったのか。いち早く姿を見つけたカスミは公園広場の門へと駆け寄る。

 

 

「アユミさん、先輩ってもしかして――」

 

 

カスミはアユミの視線の先を追う。追いかけてきたマコトとユイも同じように視線を向ける。

 

そこには楽しそうに談笑しながら公園広場を通りすぎていく二人組の男女がいた。

その組み合わせにマコトとカスミは見覚えがあった。

 

 

「ユウキと救護院のお嬢さん……」

 

「……サレンさんだったかな」

 

「き、騎士クン、スッゴい綺麗な人と歩いてる……。何だか楽しそう……」

 

「と、とっても仲ががいいですよね。救護院でも楽しそうに暮らしてますし、同じ屋根の下で居ると自然と仲良くなるんでしょうか? ……いいなぁ

 

「ええっ⁉ い、一緒に暮らしてる⁉ そ、そそそ、そうなのマコトちゃん⁉」

 

「あー…………」

 

 

そういえば話してなかった、と頭を抱えるマコトだった。

ちなみに、あの二人の関係についてアユミが知っている限りの事をユイに教えるが、それをカスミにまた追及されることになるのは別の話である。

 

 

 

 

 

「――うーむ、今日はどれにするか」

 

「ぐ、ぐふふ。クウカはこれにします……。まさか、こんな棒のような形状の飴があるなんて駄菓子屋さんは進んでますねぇ。……これでまた妄想が捗ります……」

 

 

ランドソルの大通り。

その隅の方の一角に、駄菓子屋の屋台が設けられている。

モニカは駄菓子屋の存在を知ってから、すっかり常連となりそれを知られたクウカには口封じとして駄菓子を奢っているのだ。……もっともモニカのお菓子好きはギルドメンバーの周知の事実なので無意味の口封じだが。

 

 

「ほらほらちゃんイオ、ここがうちの行きつけの駄菓子屋なんだ~‼ ちゃんイオも絶対オキニになるから見ていってよ!」

 

「も~、私まだ仕事が残ってるのに……。でもちょっとくらい甘いものが欲しかったし、ここで買っていこうかな」

 

 

すると後ろから二人組の女性の声が聞こえる。

魔族の二人組――スズナとイオはモニカ達の隣に立ち同じように駄菓子を手に取り始める。

それを見たモニカは、

 

 

「……な、何だか意外だな。あんなあからさまに大人な雰囲気の女性が駄菓子屋に来るなど」

 

「淡いピンク髪の人――スズナさんは確か無類の飴好きと聞いたことがあります。よく駄菓子屋に来るとか……」

 

「ほぉ……、人は見かけによらないものだな」

 

「……あら、この棒状の飴とか良いわね。これなら舐めたいときに舐められるし、長く楽しめそうだわ」

 

「ぐ、ぐふっ⁉ あんな大人の女性が棒状の飴に目をつけるとは……! ぐふふ、人は見かけによらないですねぇ……」

 

 

モニカ達はスズナ達を横目で観察していると、一足早く精算したスズナがふと明後日の方向を見やり、大声をあげた。

 

 

「あ! あんなところにヒデサイがいる‼」

 

「え、ユウキ君が?」

 

「なに、ユウキだと? 何処だ?」

 

「ど、ドSさん⁉ あ、あんなところに金髪のエルフ美少女と隣り合っています……!」

 

 

四者四様。

視線の先にはユウキと隣に立つエルフの少女。

二人はパン屋の屋台で買い物をしている。

すると近くのベンチに腰を下ろし、一緒に買ったパンを食べ始めている。

その風景はまるで……。

 

 

「いわゆる買い食いデートかしら。少女マンガでもある王道なデートシチュエーションの一つね。ユウキ君たら、経験豊富なのね……」

 

「ええ⁉ デート⁉ ……むう~、うち、ヒデサイとデートしたことないなぁ……」

 

「……彼女、見たことあるぞ。確か【サレンディア救護院】の院長だったはずだ。私と同い年なのに、保護した孤児達の世話をしているとか」

 

「ミサト先生から聞いたことあるわね。確かスズナちゃんと同い年のはずよ」

 

「ええ、そうなの?」

 

「アユミさんの話だと、あの二人って同じ屋根の下で暮らしてるんですよね。年頃の同い年の男女、寝食を共にする仲、そしてドSさん、なにも起きないはずがないです~‼ ぐふふふふふ……」

 

 

クウカの爆弾発言が、自然と会話をしている他三人を混乱に陥れた。

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

 

公園広場を通りかかる時、ふとサレンは口を開く。

 

 

「ねえ、少しだけ小腹が空かない?」

 

 

ユウキは頷いて肯定すると、サレンは顔を少し赤く染めて、

 

 

「実はね、最近大通りの方でパン屋の屋台が出来たらしいの。もしかしたらそこに、焼きそばパンが売ってるかもしれなくて……」

 

 

 

> いいね。行こう!

 

 

 

「ほ、ホントに? ……よかった

 

 

ユウキとサレンは談笑しながら大通りに出て、件のパン屋に足を運ぶ。

早速探してみると、丁度二つだけ焼きそばパンが売れ残っていた。

 

 

 

> 焼きそばパン二つください。

 

 

 

「え、ちょ、ちょっとユウキ?」

 

 

ユウキはサレンの制止をよそに二つの焼きそばパンを精算して、片方をサレンに手渡した。

 

 

「……もう、お金ならあたしも出すわよ。あたしから言い出したんだから」

 

 

 

> サレンちゃんはいつも頑張ってる。だからご褒美。

 

 

 

「ご、ご褒美って……」

 

 

サレンは目を見開いたあと、にやり、と意地悪に笑う。

 

 

「……偉そうな事を言うようになったじゃない。自分の記憶喪失だってまだ儘ならない癖に」

 

 

痛いところを突かれたようにユウキの顔が歪む。それを見てサレンは笑って、焼きそばパンを食べようとベンチに促す。

 

ユウキとサレンの口内に懐かしい味わいが広がっていた。

 

 

 

 

 

「――お か え り な さ い ま せ あ る じ さ ま 、 サ レ ン さ ま」

 

「こ、コッコロ? ど、どうしたの?」

 

 

救護院に戻ると、明らかに不機嫌オーラを隠そうともしないコッコロが上目遣いで二人を睨み付けていた。

 

 

「主さま、本日はお帰りが少々遅く感じられましたが、どこで何をされていましたか?」

 

 

 

> 買い食いしてました。

 

 

 

「…………やはりデートでしたか」

 

「で、デート⁉ っていうか、やはりって何よやはりって⁉」

 

「今日、主さまを除いた【美食殿】の面々でギルドハウスに集まっていたのですが、キャルさまからおかしな噂をお聞きしまして」

 

 

それは、ユウキとサレンがランドソルでデートをしていたという噂。何人もの目撃情報が挙がっており、所詮は噂と切り捨てることも出来なかった。

 

 

「公園広場を仲睦まじく歩いていただの、ベンチで隣り合ってパンを食べていただのと……」

 

「なんでそんなに詳しく知られてるのよ……!」

 

 

サレンは真っ赤になって頭を抱えるが、コッコロのブッコロポイントはそこではなかった。

 

 

「……主さまが誰と何処でどのようなことをされていたのかはこの際些末事としましょう。……ええ、些末事です。ですが――」

 

 

――噂が出回るような、ふしだらなデートをなされていたのか少々詳しく聞かせてもらいたいのですが。

 

 

今日のコッコロには誰も逆らえなかった。




サレン
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、少々貧乏性の癖があるエルフの少女。気高き理念と騎士剣は、守るべき子ども達のために振るう。
元【王宮騎士団】の副団長を勤めていたが、退団し「ロスト」による孤児等の子ども達を保護する【サレンディア救護院】を設立した。
やりくり上手で、効率的にお金を使うことを好む。救護院の子ども達から「ママ・サレン」と呼ばれている。ユウキと自分の関係について何かが気になる今日この頃。



という訳で、今回は少し長くなってしまいました。
ぶっちゃけた話をすると、本編は大体3000字前後を目安にして書いているので、4000字を越えるようなら流石に長いかな、と修正するよう心がけています。

次回はアンケート結果に則り、シズルを予定しております。お楽しみに!

追記
またアンケートを設けさせて頂きました。
次回シズル予定→ハツネ予定→シオリ予定→ミヤコ予定→アンケート結果一位キャラ予定
となりますので、その辺りをよくご理解いただいた上でアンケートにご協力をお願い申し上げます。


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愛は人を狂わせるが、キミは女の子を狂わせる

知っているか?
プリコネには三種類の姉が存在する。

双子の姉

種族が違うが血の繋がった姉

血の繋がらない見知らぬ姉

――この三種類だ。

……皆さんは誰だか分かりますか?


「――おーい、ユウキー! こっちにゃ、こっち~‼」

 

 

ランドソルの大通りを歩いていると、たい焼き屋のタマキがユウキを呼び止める。

 

 

「ユウキ、ここであったのも何かの縁にゃ。たい焼き買っていかないかにゃ?」

 

 

タマキはたい焼きを見せつけ、ふとユウキしかいないことに気づく。

 

 

「んにゃ? この間の子はいないのにゃ?」

 

 

クルミの事を言っているのだろう。

ユウキは今日は自分一人だけだと伝えると、タマキは思い付いたようにニヤリと笑う。

 

 

「それなら袋詰めにして上げるにゃ。この前の子にも食べさせるにゃ! ……ああ、お金なら心配ないにゃ。お得意さんという事でまけてあげるにゃ」

 

 

うーん、と唸るユウキ。

魅力的な提案ではあるのだが、クルミだけを用意してもらっては他の子ども達から不公平だと文句を言われる可能性がある。

かといって子ども達全員分を用意して貰おうものなら時間もかかるし、割り引きしてもらうにしても値段もバカにはならない。

 

 

「――ふふ、弟くんの心配事は分かるよ。だから、お姉ちゃんが良いアイデアを提案しちゃうね」

 

「むっ、誰にゃ⁉」

 

 

唸り続けるユウキの背中に投げ掛けられた言葉。

タマキはユウキの背後にいる女性に目を向ける。

 

 

「弟くん、今度の日に救護院の子ども達をうちに連れてきて良いよ。美味しいクレープご馳走しちゃうよ!」

 

「ちょ、どさくさに紛れてなにうちのお客を横取りしようとしてるにゃ! 一体どこの誰にゃ、名を名乗れにゃあ‼」

 

 

聞き捨てならない言葉はしっかり聞き逃さない。

タマキに鋭く睨み付けられた女性はニッコリと微笑み、そのままユウキの肩に腕を回した。

 

 

「初めまして、たい焼き屋のタマキさん。私は向こうのクレープ屋の従業員のシズルです。弟のユウキくんがお世話になってます!」

 

 

 

 

 

「――ねえ、お兄ちゃん。ここに連れてきて一体何するの?」

 

「ふ、ふえぇ、何だかたくさん人がいる……。お祭りでもするのかな……?」

 

「ふむ、何やら屋台を寄せあって旗を立てておりますが……。主さま、わたくしたちは結局何をすればよいのでしょう?」

 

 

シズルに言われた通りにユウキは救護院の子ども達プラスコッコロをランドソルの大通りに連れてやってきた。

 

大通りはたい焼き屋とクレープ屋が向かい合うように展開しており、派閥を表すように立て旗が立っている。

そして、屋台からそれぞれ少女と女性が出てくる。

 

 

「――えー、皆さん本日はお集まりいただき誠に有難うございます!」

 

「これよりぃ、第一回甘味屋台競争を始めるわよぉ~♪」

 

 

クレープ屋の制服を着た少女――リノと、たい焼き屋のエプロンを身につけて出てきたエルフの女性――ユカリが司会進行を始める。……何故か試合形式になっていることに突っ込む野暮な人間はこの場にはいない。

 

 

「ルールはとってもタン塩明太子! お客様の皆さんは食べたい方に買いに行って下さい! ご来店いただいたお客様の総数が上回った方の勝ちです!」

 

「ちなみにぃ、制限時間は午後一時から午後五時までとさせてもらったわ~」

 

 

ちなみにこのユカリ、何故か顔が赤く呂律が微妙に回っていない。

そしてクレープ屋の屋台の方から「それを言うなら単純明快ね~」とツッコミが飛んで来る。

 

試合内容を聞いたアヤネとぷうきちは口を開く。

 

 

「ねえねえお兄ちゃん、さっきお小遣い貰ったけど、ほんとに買いに行って良いの?」

 

『いつにも増して太っ腹だなユウキ。ならお言葉に甘えることにしようぜアヤネ』

 

 

アヤネ達は二つの屋台をキョロキョロと見比べ、どちらに行こうか悩み始める。

次にクルミはユウキの裾を引っ張り、

 

 

「お、お兄ちゃん。たい焼き屋に行ってきても、良いですか?」

 

 

 

> いいよ。

 

 

 

ユウキが頷くと、クルミはたい焼き屋の方に足を運び始める。数歩歩いてからクルミはユウキの方へ顔だけ振り返り、とてとてと歩を進める。

 

 

「主さま」

 

 

二人を見送ったあと、コッコロはユウキの隣に立って問いかける。

 

 

「主さまもお客様としてこの試合に参加なされるのですよね」

 

 

 

> うん。シズルお姉ちゃんに頼まれた。

 

 

 

「シズルさまに頼まれた、ですか」

 

 

ちなみに、ユウキは事前にルール内容を聞かされている。その中で、どちらか一方しか買いに行けないというルールはない。

なので、シズルはユウキにクレープ屋に来て欲しいとは言ったが、たい焼き屋には行くな、とは言われていないので、後でタマキの屋台に顔を見せるつもりではあった。

 

 

「――あっ、弟くーん‼」

 

 

人がある程度少なくなったところを見計らって、ユウキとコッコロはクレープ屋に顔を出す。

シズルはユウキの顔を見ると分かりやすくテンションを上げる。が、ここで飛び付いたりしないのは試合に集中しているからか、両手は機材に手を伸ばしたまま。

 

 

「あ、お兄ちゃん来てたんですね。コッコロちゃんも、クレープ何にします?」

 

 

奥にいるリノが注文を聞き、二人の注文を聞いてリノはガッツポーズを作る。

 

 

「任せてくださいお兄ちゃん! お兄ちゃん達のためなら、イダ天ぷらの勢いで作っちゃいますよ~‼ ……ところでイダ天ぷらの『イダ』って何ですか?」

 

「イダ天ぷらじゃなくて韋駄天ね、リノちゃん」

 

 

いつもの姉妹のやり取りを傍目で見ていると、ふとコッコロが口を開く。

 

 

「シズルさま、お忙しいところ大変申し訳ないのですが、ひとつお聞きしたいことがあります」

 

「ん? 別に構わないよ。なんでも聞いて良いよ」

 

「では単刀直入に……なぜこのような催しを?」

 

「ん~、その質問はミステイクかな」

 

「はい? どういうことでしょう?」

 

 

質問への返しがよく分からず、コッコロは首をかしげる。

 

 

「私はタマキさんに屋台の利用客の数を競い合いたいとは言ったけど、試合の主催者は【メルクリウス財団】だよ。だから向こうからもう一人来てるんだよ」

 

 

あれよあれよと言う間にアキノの耳に伝わり、ランドソルの屋台販売の流行に目をつけ、大々的に試合を行うことになった。

なお、後にこれにより屋台販売の需要が高まり、ランドソルの大通りが屋台商店街となり、ユウキやサレンがパン屋を利用することになるのはまた別のお話。

 

 

「……なるほど。ではなぜタマキさまに対抗しようと? 主さまから双方の知名度はあらかじめ聞いておりますが、正直無謀というものではないかと……」

 

 

ユウキが知るところでは、タマキのたい焼き屋はユウキがランドソルに来る前から長いこと続けているらしい。対して、シズル達のクレープ屋は店主が気まぐれで設立したらしく、店主は時々いないし、利用客もあまり多くはないとのこと。

 

 

「……ふふ、そんなに気になるほどのことかな? コッコロちゃんなら理解してくれると思うんだけどなぁ」

 

「……どういう意味でしょうか?」

 

「簡単な話だよ。私が一番でありたいから。誰にとっての、かは言わなくても解るよね?」

 

 

コッコロは閉口する。シズルの最後の一言でこの場にいるコッコロとリノは理解した。シズルはそれを本気でいっているのだと。

理解していないのは首をかしげているユウキのみ。

 

 

「ハイハイ、シズルお姉ちゃん。こんな往来で年下の女の子と喧嘩しないでください。大人げないですよ」

 

「分かってるって。……でも最後に一つだけ」

 

 

リノに注意され、苦笑いを浮かべながらシズルは口を開く。

 

 

「コッコロちゃんが弟くんにとって、母親になろうとも、恋人になろうとも、妻になろうとも、兄妹になろうとも、それはコッコロちゃんと弟くんの自由。好きにして良いんだよ」

 

「良くないですよお姉ちゃん‼ お兄ちゃんの唯一無二の妹は私なんですよ――」

 

 

刹那、リノはシズルに頭突きされ数秒間目を回す。

 

 

「でもねコッコロちゃん――」

 

 

――ユウキくんにとっての一番のお姉ちゃんは私以外にいないんだから、身の振り方はよく考えてね。

 

 

 

 

 

試合結果は、結論だけを言うとタマキのたい焼き屋が勝利した。

やはり長い時間ランドソルの市民にそのたい焼きを売り続けていた実力は伊達ではなかった。

しかし、クレープ屋もかなり健闘しており、以降クレープ屋にも客足が増え始めていくのだった。

 

そんなある日、

 

 

 

> こんにちは。クレープください。

 

 

 

「任せて弟くん! 後ろの子ども達も何にするかな?」

 

 

ユウキはここ毎日シズル達のクレープ屋に足繁く来店している。それだけでなく、時折彼の隣には【サレンディア救護院】の子ども達が一緒にいる。

 

クレープを受け取り、シズルと話をして帰ったあと、屋台に戻ってきたシズルにリノは呆れたように呟く。

 

 

「まったく、お姉ちゃんも小賢しいこと考えますよね」

 

「あら小賢しいだなんて、酷いこと言うなぁ」

 

「言い逃れできませんよ。あの後試合が終わって、他のお客さんのより遥かにクオリティが上のクレープを、新作と偽ってお兄ちゃん達に渡してたでしょう?」

 

 

試合が終わった後に全員で訪ねに来て欲しいと言われたユウキは、渡されたクレープを食べるととても気に入り、以降クレープ屋の常連となったのだ。

だがそれはある意味では賄賂行為であり、試合後にやったというのが相まってずる賢さを醸し出す。

 

 

「ふふ、タマキさんに勝てないのは最初から解ってたからね。だから最初から私の目的を果たしただけだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。私はユウキくんっていう常連一人だけを勝ち取っただけだからね」

 

「相変わらずですねえ…………」

 

 

リノはそれ以上何も言えなかった。




シズル
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、ユウキの姉(?)。清楚で高潔な雰囲気から繰り出す苛烈な攻撃に怯まない者はいない。
ユウキとの昔の思い出をしっかりと保持する者の一人であり、記憶のないユウキの家族として、姉としてユウキの世話を焼く。
が、実は血縁関係は一切ない。言ってしまえばただの幼馴染みであり、自分とユウキが結ばれることに一切の疑念がない。時々癖で頭突きや腹パンが飛んでくる。



という訳で、姉を名乗る不審者と名高いシズルでした。
私のイメージとしては、一見常識人ですが、その中身は主人公に関する想いと言う名の狂気で溢れているキャラです。
主人公のためなら割りとイカれた行動を平然と行えるこのシズルなら、多少狡猾に書いても問題ないはずですよね(狡猾なキャラになっているかは考えないものとする)

さて次回は私の一番お気に入りでもあるハツネを予定しております。
うん、また「姉」なんだ、すまない……。


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キミは振り回されている自覚が薄い

「えへへ、素材集めにまた付き合ってくれてありがとうございます、お兄ちゃん!」

 

 

ランドソル周辺の山々に足を運ぶユウキと、その妹リノ。

リノは一人前の洋裁師となるべく、日夜勉学と裁縫の腕を磨いているが、中々報われない。

今回も裁縫の鍛練として素材を収集するために、ユウキに協力してもらってランドソルの外れに位置する山脈に足を運んでいる。

 

 

「今回必要なのは、この桃色の木の実です。名前は……えっと、ブロッシード、だったかな?」

 

 

この辺りにブロッシードの木があるはず、と、リノはキョロキョロと探す。

つられてユウキもキョロキョロと探す。そして、ユウキはふと見上げて指で示す。

 

リノは指の先を見ると、確かに木があった。そしてピンク色の小さい木の実が……、

 

 

「ってお兄ちゃん、あれはブロッシードじゃないですよ。遠目で見ているのを加味しても小さすぎです」

 

 

そう、木の実にしては小さすぎるのだ。

よく見るとちょっと横に長いし、まるでバナナみたいである。ブロッシードは梅みたいにもっと丸くて――

 

 

「――……んん?」

 

 

リノは二度見した。

木の実ではないのならあれは何だ?

 

 

 

> あっ、まさか……。

 

 

 

ユウキはあれが何なのか気づいて、山道を駆け上がっていく。

 

 

「え、ちょ、どこ行くんですかお兄ちゃん⁉」

 

 

リノがユウキの後を追いかけていくと、先ほどのピンクの何かに向かっていくユウキと、ピンクの物体が大きくなっていくことにリノは気づく。

 

そして、リノはようやくそれが女の子だということに気づいた。

 

 

「何で空から女の子が降ってくるんですか⁉ アストルムだと◯ブリも再現できるんですか⁉」

 

 

聞く人が聞けば意味のわからない事を口にしながら追いかけるリノ。

そして困惑しているのはリノだけではない。

 

 

「う、うわあぁぁぁぁっ⁉ また空から落ちてるよ~~っ⁉」

 

 

パニックを起こし自身の能力を制御できない少女――ハツネはもがきながら落下していき、間に合ったユウキに受け止められた。

 

 

 

 

 

「あ、アハハハハ……またユウキ君に助けられちゃった」

 

 

ハツネは自分がまたユウキに「お姫様抱っこ」で抱えられたことに吃驚し、顔を赤くしながら跳び降りて苦笑いを浮かべる。

 

 

「……お兄ちゃんの知り合いですか?」

 

「……ん? お兄ちゃん? キミ、妹がいたの?」

 

「えっと、ハツネさんでしたか? 私、ユウキお兄ちゃんの妹のリノですっ!」

 

「へえ! 偶然! 私にも妹がいるんだー!」

 

 

どちらも似た波長を出すのか、自己紹介をしただけで話に花が咲き始める。

 

 

「ところでハツネさん。空から落ちてきたように見えたんですが、何かあったんですか?」

 

「え? 特になにも無かったよ。というかよくあることで……――はっ!」

 

「はい?」

 

 

ハツネは余計なことを口走る前に、自身の口を手で塞ぐ。

ハツネは一般の魔法使いとは異なり、超能力という特異体質を持つ。が、それはひけらかすものではないため、ハツネはあまり周りの人に吹聴しないようにしているのだ。

 

ハツネは話題を変えるために顔をユウキへと向ける。

 

 

「そ、それより! さっきは助けてくれてありがとね!」

 

 

 

> 偶然見つけただけだよ。

 

 

 

「それでもだよ。いつもいつもユウキ君には助けてもらって……」

 

 

頬を赤く染めながら、ハツネは言葉を紡いだ。

 

 

「付き合ってる身としては何だか恥ずかしいよ」

 

「………………………はああぁぁぁっ⁉」

 

「ええ??」

 

 

ハツネの何気ない一言が、リノの絶叫を生んだ。

 

 

「お、おおおおお、お兄ちゃん! つ、つつつ付き合ってるって……!」

 

 

 

> ???

 

 

 

「ど、どうしたのリノちゃん?」

 

 

パニックを起こし、あわあわと震え始めるリノ。

やがて震えを止めて、リノはあるひとつの選択肢を取った。

 

 

「わ、わ、私なんてっ!」

 

 

リノはユウキの腕に抱きつき、ハツネに向けて宣言した。

 

 

「私たちなんて今、山道デート中ですよ!」

 

「………………………ええぇーーーーっ⁉」

 

 

今度はハツネから絶叫が飛び出た。

 

 

「で、ででででで、デートぉ⁉ き、兄妹なのに、デート…………」

 

 

言葉の意味が理解できず、ハツネは頭を抱えてふらふらと後ずさる。

 

これより、謎のマウント合戦が勃発する。

 

…………だが、この試合はそも無効試合である。

なぜなら、お互いに致命的なすれ違いが発生しているからだ。

 

ハツネはここ最近、超能力の暴発が発生することがあり、それを防ぐためにユウキに協力してもらっている。

また、無意識下で起こしてしまっている超能力の後始末などもユウキが片付けてしまい、ハツネの個人的な事情に振り回してしまっているのだ。

よって、ユウキにハツネの事情に「付き合って」くれていることにはとても感謝しており、いつかちゃんとしたお礼がしたいと考えていた。

……が、その矢先にユウキとデート中だと自称する彼の妹が現れ、ハツネは理解が追い付かなくなった。

 

リノはハツネの「付き合ってる」という発言に完全に危機感を覚えてしまい、どうすれば良いのかその思考が吹き飛んでしまった。

……が、そんなリノの脳裏にある言葉が思い浮かんだ。

 

 

――リノちゃん、もし弟くんとの逢瀬に水を差す野暮なやつがいたら、遠慮せずに射抜いて良いんだよ。……え、危険? 大丈夫、もしその人が弟くんをたぶらかしていたら……許せないよね?

 

 

さすがにそんな猟奇的な選択を取る勇気こそなかったが、この少女がユウキと本当に恋仲だとするなら牽制しなければならない。

そうしてとっさに出てきた言葉は「デート中」だった。

なお、自身はユウキの妹という立場を自称するのに、兄とデートをするのは常識的なのだろうか、というツッコミを入れる勘の良い者はこの場にはいない。

 

つまりこれは、ツッコミ不在のマウント合戦なのであるッ!

 

 

「ゆ、ユウキ君‼ で、デートってどういうこと⁉ 兄妹ってデートするものなの⁉」

 

「しますよ! 私とお兄ちゃんは小さい頃公園にデートしにいったこともあるんですからね!」

 

「こ、公園デート⁉ デートの王道パターンだあ! ちょっとユウキ君、流石に聞き捨てならないよ! し、シオリンというものがありながら、別の年下の女の子とデートするなんて!」

 

「シオリン⁉ 他にもいるんですか⁉ しかも二股⁉ ちょっとお兄ちゃんどういう事ですか⁉ 返答次第ではお姉ちゃんを呼びますよ‼ ……いやでもお兄ちゃんとデートがお姉ちゃんにバレるのはマズイです、今度の埋め合わせとかでお姉ちゃんにお兄ちゃんを取られちゃいます!」

 

「姉妹で修羅場⁉ しかもお姉ちゃんってことはユウキ君のもう一人の姉妹⁉ ほんとどういうことなの⁉」

 

 

勘違いマシンガンマウント合戦はなおも続き、振り回されるユウキは双方の火消しに一時間を要するのだった。

 

 

 

 

 

その後、何とか誤解を解けたハツネとリノ。

元々はハツネの言葉足らずだから、とハツネはお詫びとしてこっそり超能力を使い、リノが探していたブロッシードの木を生やす事にした。

睡魔に襲われたハツネをユウキが背負い、ランドソルに戻ってきた頃、ハツネは目を覚まし、リノと気まずい雰囲気を出しながら別れてから、ハツネは口を開いた。

 

 

「……えっと、ゴメンねユウキ君。なんか、酷いミスでトラブル起こしちゃったね」

 

 

 

> 気にしてないから大丈夫。

 

 

 

「うーん、ちょっとは気にした方が良いと思うな……」

 

 

呆れ混じりの呟きを終えて、去っていくリノの背中を見て、再び口を開く。

 

 

「リノちゃんかあ。可愛い子だったよね。あんなに可愛い妹がいるなんて、私たちって結構似た者同士なのかな?」

 

 

 

> そうかな?

 

 

 

「そうだよ! 私にもとびっきり可愛い妹のシオリンがいるし。……でも……」

 

 

むう、とハツネはユウキの頬を摘まみながら唸る。

 

 

「ユウキ君って実は妹っていうカテゴリの女の子に好かれる体質だったりするのかな?」

 

 

どうしても、「妹」に想われている事がとても複雑なハツネであった。




ハツネ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、元気でちょっぴりお人好しなエルフの少女。種族が違う血の繋がった獣人族のシオリという妹がいる。
魔法使いとは異なる、「超能力」という特異体質を持ち、念じれば思った通りの事象を起こすことが出来る。が、それを自分のためではなく、他人のために使う。
なお、この超能力は力むと暴発する事があり、ユウキはよく巻き込まれている。また、睡眠状態のような無意識下だと、宙に浮かぶ事がある。



え、これほんとにハツネのお話なのかって?
大丈夫です、次回のシオリ回でも登場します。
超能力のヤバさが際立つけど、本人はいたって善人のハツネ。
妹と想い人が一緒かもしれないことに複雑な乙女心を抱えるハツネ。
キャラスト読んでるとまるでメインヒロインみたいなムーブしてるのが特に好きです。


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やはり世間はキミを中心に形成する(前編)

山中に構える【牧場】。

そこへ裏手の山から徒歩で目指す少女の姿があった。

 

 

「今日は久々にシオリンに会いに行く日なのだー☆」

 

 

スキップで駆けるハツネは、妹のシオリに会える楽しみでテンションが上がり、思わず超能力が出そうになるのをグッと堪える。

 

ハツネは本当なら超能力を使って【牧場】まで飛んでいきたいところだが、基本的にハツネは超能力を自分のために使おうとはしないので、己の歩で山を登っていく。

 

牧場主のマヒルが飼っている牛たちが見え始めた頃、ハツネは駆け足を早めて向こうに見えるギルドハウスを目指す。

 

ギルドハウスまで登りきったとき、ハツネの心を癒すあの優しい笑顔のシオリが――

 

 

「…………んー? えっと、しおりんのお姉さんだっけ?」

 

 

――出迎えてくれることはなかった。

 

槍を杖がわりにして気だるそうに立っているリスの獣人――リンはハツネの顔を見て首をかしげる。

 

 

「えっと確か、【牧場】のリンちゃんだっけ?」

 

「厳密には【自警団】だけどね~。説明が面倒くさいからそれでいいや」

 

「ねえリンちゃん、シオリンは?」

 

「いないからあたしがこうして見回りしてるんだよね……。いたらしおりんに……いや、なんでもない」

 

 

シオリがいたら見回りの仕事を押し付けていただろうが、それを姉のハツネの前で堂々と口にするのはリンには流石に憚られた。

 

 

「え……シオリンいないの?」

 

「うん、今日は調子がいいからってランドソルへ下りてったよ。ちょうど一時間前かな?」

 

「そんなあ~! せっかくシオリンに会えると思ったのに……」

 

 

オーバーリアクションとも思えるくらいに頭を抱えて、両膝をつくハツネ。

リンはそれを軽く呆れながら見ていると、不意にハツネは目を見開いて立ち上がった。

 

 

「…………え? どうしたの急に?」

 

 

リンが呼び掛けるが、ハツネの耳には届いていない。

 

何故ならハツネの脳裏にはあるビジョンが映し出されているからだ。

 

――ランドソルの大通りをふらふらと歩くシオリ。そして前のめりに倒れてしまうその瞬間を。

 

 

「シオリンが危ないッ‼」

 

 

ハツネの体はふわりと浮かび上がり、上空まで飛び上がると、そのままランドソルの方向へと全速前進するのだった。

 

それを見上げることしか出来なかったリンは、

 

 

「……あたしは何も見なかった。うん」

 

 

面倒な臭いしかしなかったので、見て見ぬふりをすることにしたのだった。

 

 

 

 

 

今日は体調が良い。そう思っていた。

だが甘かった。比較的体調が良くとも、時間が経てば急に気分が悪くなることなど、過去に何度もあった筈だった。

にも関わらず、シオリがランドソルまで下りてきたのは、彼に誘われて甘味の屋台に連れていってくれる、とテンションが上がっていたのだ。

 

ならば、きっと調子に乗りすぎた自身への報いなのかもしれない。

 

 

「はぁ……はぁ…………っ」

 

 

ふらふらと覚束ない足取りで待ち合わせの場所を目指すが、視界もまともに見えず、今にも倒れそうだった。

 

そして、石の出っ張りに躓き本当に前のめりに倒れてしまった。

 

 

「うぅ…………、ユウキ……さん……、お姉ちゃん…………っ」

 

 

思わず名前を溢したのは、本能的に助けを求めたのか、それとも。

 

考えすらまともに纏まらず、意識も黒く塗り潰され始める。

 

最後に聞こえたのは、

 

 

「――んー? 誰かお姉ちゃんのこと呼んだ?」

 

 

年上の女性の声だった。

 

 

 

 

 

目を覚ましたときに一番最初に見た光景は、全く知らない天井だった。

 

自身の額には湿ったタオルが置かれており、ベッドに寝かされていた状態のシオリは、上体を起き上がらせて周囲を見渡す。

 

 

「……ここ、何処?」

 

「――あ、目が覚めたんだね」

 

 

ドアを開ける音と共に、エプロンを身につけた薄青髪の女の人が入ってきた。

 

 

「あなた、は……?」

 

「私はシズル。ここは私の親戚の家なんだ。応急処置ってことでベッドを借りたの」

 

「……シオリです。あの、わたし、どうしてこんなところに……?」

 

「覚えてないの? 道のど真ん中で倒れてたんだよ?」

 

 

言われて、シオリは少しずつ頭が覚醒する。

最後に覚えているのは、前のめりに地面に倒れたところまで。

 

 

「えっと、助けてくれて、ありがとうございます……」

 

「気にしないで。お姉ちゃん的には困った子供は見捨てることなんて出来ないから!」

 

「お姉ちゃん? 弟妹(きょうだい)がいるんですか?」

 

「うん。弟と妹が一人ずつね」

 

 

へえ、と相槌を打ちつつ、シオリは彼女の雰囲気を観察する。

柔和な笑みを浮かべて、シオリを甲斐甲斐しく看病する人の好さ。

シオリにとって姉はハツネだが、確かに彼女とはまた違った姉であることは間違いない。

 

 

「とにかく、起きたならちょうど良いや。ひとまずお粥食べちゃって」

 

「わざわざ用意してくれたんですか……?」

 

「当然だよ。……それに、まだまともに動けないんじゃないかな?」

 

「……っ」

 

 

シオリは言われて、ただ身体を起き上がらせただけで少し汗をかいたことを自覚する。

足を動かそうとするが、まるで疲労がどっとあふれでるように痺れている。

 

 

「まあそういうことだから、お粥食べてまずは元気になること。よく食べてよく寝たら動けるようになるよ」

 

「…………はい」

 

「ところでシオリちゃんってこの辺りじゃあんまり見かけない子だけど、何処に住んでるの?」

 

「わたしは山の方の【牧場】で療養しているんです。体調が良い時は今日みたいにランドソルまで下りてきて……」

 

「なら今日は何の用事で下りてきたの?」

 

「それは……人と待ち合わせしてたんです。美味しい甘味屋台を紹介してくれるって」

 

「………………………ふうん」

 

 

含みのある間を持たせてシズルは相槌を打つ。

 

 

「まあその辺りの話は後でゆっくりじっくり(・・・・・・・・)聞かせてもらうとして、お粥を持ってくるね。そのあとアルバイトで留守にしちゃうから、ゆっくり待っててね」

 

 

一瞬シオリの背筋が凍るような雰囲気を出したあと、シズルはニッコリと笑って部屋を後にした。

 

シオリはそれを見送ったあと、窓から見える住宅を見やる。

そこから見える通りを越えるとユウキと待ち合わせの大通りが見えてくる筈だった。

 

 

「ユウキさん、心配してるよね……」

 

 

こんな状況になった以上、事実上のドタキャンになってしまうだろう。

せっかく彼から誘ってくれたのに……。

そして、こんなことを知れば一目散にすっ飛んでくるハツネの顔が思い浮かぶ。

 

 

「お姉ちゃん…………」

 

 

その呟きは誰にも届くことはない。

 

 

 

 

 

日が少し傾き始め、空が茜色とのグラデーションを作る頃。

 

 

「――シオリちゃん、具合はどう?」

 

「あ、シズルさん……」

 

 

アルバイトから帰ってきたのか、エプロン姿ではなくまるで聖騎士のような雰囲気の姿で部屋に入ってくる。

 

 

「はい、少し楽になりました。シズルさん、ありがとうございます」

 

「礼には及ばないよ。お姉ちゃんとして当然の事をしたんだから」

 

「お姉ちゃんですか……。確かに、わたしのお姉ちゃんとはまた違った感じのお姉ちゃんでした」

 

「でしょ? 何なら今だけ私のこと、本当のお姉ちゃんだと思ってくれても良いんだよ?」

 

「ふふっ、シズルお姉ちゃん、ですか。何だか近所のお姉ちゃんって感じですね」

 

 

そんな話をしていると、ドタドタと家に入ってくる足音が響く。

 

 

「し、シズルお姉ちゃん、ただいま戻りました……」

 

 

体が傷だらけで、今にも泣きそうな表情のリノが部屋に入ってくる。

 

「お帰りリノちゃ……、って、どうしたのその体! ボロボロじゃない! それに弟くんは?」

 

「病院に送ってきました……。私より酷い怪我だったので……」

 

「病院⁉ いったい何が――」

 

「シオリンッ‼」

 

 

何故かボロボロになっているリノを押し退けるように入ってきたハツネは、シオリの顔を見るとうるうると目を滲ませる。

 

 

「シオリーーーーン‼」

 

「はーい、そこまで」

 

「ぐえぇっ⁉」

 

「お姉ちゃん⁉」

 

「あ、相変わらず容赦ないですねぇ……」

 

 

シオリに飛び付こうとしたハツネの首根っこをシズルが引っ張り、ハツネの首が絞まる。

 

 

「な、何するの!」

 

「何するの、はこっちの台詞。いきなり部屋に入ってきて病人に飛び付こうだなんて非常識じゃないかな?」

 

「だ、だって本当ならもう二時間くらい前にはランドソルについてる予定だったから……シオリンに今すぐ会いたくて」

 

「だからって逆に刺激させるようなことをしちゃダメだよ。貴女もお姉ちゃんなら、妹のために本当にやるべき事を考えること。いい?」

 

「は、はい……」

 

 

しゅんとハツネは小さくなった。

 

 

「じゃあこっちの話はいったん終わりで……、リノちゃん。例のものは?」

 

「ああ、それならハツネさんに預けてます。私のポーチ、ボロボロになっちゃいましたから」

 

 

言われてハツネはハッと顔をあげ、懐から木の実を取り出した。

 

 

「シオリン、これ食べて。これを食べれば元気になるはずだよ」

 

「これって……エナの実?」

 

 

図鑑で見たことあるその木の実を手に取り、シオリは口に頬張った。

すると、しゅわり、と口の中で弾けてしゃくしゃくと咀嚼していく。

すると体がポカポカと発熱し、痺れが取れなかった足が動かせるようになった。

 

 

「これなら、立てるかも……」

 

 

シオリは足をベッドの外へ出し、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

「‼ シオリン、よかった~~~~!」

 

 

元気になったシオリにハツネは抱き付く。

仲睦まじい姉妹の光景を尻目に、シズルは傷だらけのリノの前に立つ。

 

 

「えっと、シズルお姉ちゃん?」

 

「それで、何があったのかな? どうして弟くんが病院に?」

 

「そ、それは話せば長くなると言いますか……」

 

「いいよ、なら歩きながら話そっか。すぐにその病院に案内して」

 

「はい……」

 

「あっ、待って! 私もついていっていい?」

 

「ハツネお姉ちゃん?」

 

「私もその場に居たから……心配で……」

 

「お姉ちゃん、いったい何があったの?」

 

 

深刻な顔をするハツネは、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「実は……――」

 

 

――ユウキ君、意識不明の重体なの。




シオリ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する。ホワイトタイガーの獣人の少女。ハツネという、種族が違う血の繋がったエルフ族の姉がいる。
体が弱く、体調を崩しやすい体質であり、部屋から全く出られない日があるのも珍しくない。そのため少食であり体もかなり軽い。
読書が趣味であり、体調が良いときは療養場所の【牧場】からランドソルに下りてきてまで本を買いに来るというフットワークの軽さを併せ持っている。



半月ぶりです。
そして前後編なので続きます。
書いてから思いましたが今回名前だけで主人公一回も登場してないですね。
さて、現実だと意識不明はかなりの重篤ですが、はたしてユウキはいったいどうなってしまうのか。
次回は誰回なのか何となく想像ついてそうですが、次回もお楽しみに。


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やはり世間はキミを中心に形成する(後編)

このお話は後編です。
前話をご覧になってからこちらをお読みすることを推奨します。

後、カラーコードを使用しています。
見づらい場合はお手数ですが、背景色を変えるなどの工夫をお願い致します。

追記
カラーコード変更しました。
少しは見やすくなったかと思います。


ランドソルの大通り。

様々な屋台が並び、行き交う人々が足を運ぶ。

その中で、大通りの中心にぽつんとたたずむ一人の少年がいた。

 

名はユウキ。

今日は誰かと待ち合わせをしているのだが、その相手が約束の時間になっても現れなくて少々心配している。

 

 

 

> やっぱり迎えに行くべきだったのかな……。

 

 

 

実は迎えにいくとその子と話していたのだが、最近は体調が良いから問題ないと言われ、現地集合となった。

しかし案の定と言うべきか、姿が見えないことで何かあったのではないか、とユウキの中で心配事が大きくなっていく。

 

そんな時、

 

 

「……あれ、お兄ちゃん? そんなところで何してるんですか?」

 

 

と少女に声をかけられる。

 

ユウキは顔を向けて、エプロン姿のリノに挨拶をする。

 

 

 

> 待ち合わせをしてる。

 

 

 

「待ち合わせ? …………それって女の子ですか?」

 

 

ユウキはあっさりと首を縦に振る。

リノは複雑そうな顔をするが、それに気づかずユウキはリノに質問をする。

 

 

「……え? 約束の子が時間になっても来ない? いったいどういう子ですか?」

 

 

ユウキはその子の名前と外見的特徴を話す。

 

 

「獣人族のシオリさん、ですか。うーん、私は見てないですねぇ……。ところで、その子といったい何をするつもりだったんですか?」

 

 

 

> リノちゃん達のクレープ屋を紹介するつもりだった。

 

 

 

その言葉を聞いてさらにリノは複雑そうな顔をする。

 

 

「……それってデートですか?」

 

 

 

> デートになるのかな?

 

 

 

「なりますよ! 女の子誘って、屋台に行くとか完全にデートじゃないですか! しかも聞く限りそのシオリって子年下ですよね! 年下の女の子なら私がいるじゃないですか! 妹じゃ満足出来ないって言うんですか、この贅沢お兄ちゃん!」

 

 

途中から何を言っているのかさっぱりなユウキだったが、ぜーはー、と肩で息をするリノを見て叱られているのは理解できた。

 

そしてそんなリノに通信魔法が受信された。

 

 

――リノちゃん、今何処?

 

「シズルお姉ちゃん? 今屋台の前に居ますけど?」

 

――なら今すぐ私の親戚の家にきて。緊急事態発生だから。

 

 

有無を言わさずシズルの通信魔法が切れ、リノは準備中の看板をクレープ屋に立ててシズルの親戚の家に向かい、ユウキもそれに付いていくのだった。

 

 

 

 

 

シズルの親戚の家に上がり、案内された寝室にはベッドで横になって眠っている獣人族の女の子がいた。そしてその少女はユウキに見覚えがある。

 

 

 

> シオリちゃん⁉

 

 

 

「薄々勘づいてたけど、やっぱり弟くんの知り合いだったか」

 

「この子がどうかしたんですか?」

 

「この子、道のど真ん中に倒れててね。ほっとくわけにもいかなくて連れてきたの」

 

 

 

> シオリちゃんは体が弱いんだ。

 

 

 

「なるほどね。でも流石にこれは……」

 

 

シズルはシオリに近づきかけてあるシーツを捲る。

 

 

「顔色も白すぎるし、体も細すぎる。栄養失調を疑った方が良いかもね」

 

「そ、そんなにまずいんですか⁉」

 

 

シオリがかなりの重体であることにリノは戦慄する。

 

 

 

> シオリちゃんは体調を崩しやすいから、重い病気とかじゃないと思うけど……。

 

 

 

「それでも重症なのは間違いないよ。ありったけの回復魔法はかけたけど、あまり状態が好転してないし……」

 

 

病院に連れていくべきか、シズルとユウキが話し合っていると、

 

 

「――私に良い考えがあります!」

 

 

と、リノが鶴の一声を発するのだった。

 

 

 

 

 

リノの考えた策はこうだ。

山奥にあるエナの実は、食べると重い病気を治せるくらい強力な回復アイテムであると冒険者の間で専ら噂になっている。

それも偶然か否か、ランドソルの周辺の山々にその実がなる木があるとの事。

 

シオリのあの重い症状を少しでも緩和させるにはこれしかない、とリノはユウキを連れてエナの木があるという山を登っていく。

 

 

「お兄ちゃん、はぐれないでくださいね。一寸先の山道の気持ちで目指しましょう‼」

 

 

 

> 山道ならもう歩いてるけど。

 

 

 

「………………それもそうですね?」

 

 

自分もついていくべきだったか、と遠くのシズルが心配し始める頃、ガサガサと脇道の茂みが揺れる。

 

二人は武器を構えて音の主を睨み付けると、

 

 

――ぷぷぷっぷ、きゅるきゅる~~。

 

 

と、プチグリフォンが顔を出す。

 

プチグリフォンはそのまま森の奥へと走り去っていき、それを確認してから二人は構えを解いた。

 

 

「……ふう、プチグリフォンだけで済んで良かったですね」

 

 

魔物だけど端から見れば可愛いですよね、と感想を漏らしていると、先程の茂みの音とは比較にならない、木々が揺れる音が周囲に響く。

 

そして、

 

 

――クオオォォォォォッ‼

 

 

と雄叫びをあげて、ワイルドグリフォンが現れた。

 

 

「………………………うそ」

 

 

呆けている間にリノはユウキに手を引かれ、そのまま走り出す。

段々と現実に戻ってきたリノは気が動転し始める。

 

 

「ヤバイですヤバイですヤバイですよお兄ちゃん! さっきのプチグリフォンといい、あの大型魔物といい、もしかしたら私たちいつの間にか鳥類系の魔物の巣に入り込んじゃったのかも⁉」

 

 

 

> とにかく今は逃げなきゃ!

 

 

 

「逃げなきゃって、お兄ちゃん思いっきり山の奥へと走ってますよ! 逃げるなら逆方向じゃ――」

 

 

ユウキの頭の中では、あのワイルドグリフォンとの交戦を避けつつ、エナの木へと辿り着く事しかない。

だが、戦いを避けるにしろ、立ち向かうにしろ、ワイルドグリフォンのような大型魔物を対処するにはユウキとリノだけではどうすることも出来ない。

 

故に――

 

 

「………………ぁ…………」

 

 

山奥へと逃げていく二人に回り込んで、正面に降り立ったワイルドグリフォンはそのままの勢いで衝撃波を起こす。

 

 

「きゃあっ⁉」

 

 

耐えきれずに後ろに倒れたリノ。

そこへ追撃するワイルドグリフォンの掻き爪が伸びる。

 

 

 

> リノちゃんっ‼

 

 

 

だが、リノにはその痛みを味わうことはなかった。

代わりに、

 

 

「え」

 

 

ボトボトと、背中から血を流すユウキが、リノの目の前で立っていた。

 

 

「お、おにいちゃ……」

 

 

ワイルドグリフォンの更なる追撃でユウキは横から殴り飛ばされ、茂みの奥の傾斜へと転がり落ちていった。

 

 

「お兄ちゃんッ⁉」

 

 

リノの悲鳴が山に響くが、それは意味をなさない。

抵抗する力を持たない獲物だと、ワイルドグリフォンは腕を振り上げ、止めを差そうとする。

 

 

「ぃ、ぃゃ…………っ」

 

 

首を振って、後ずさるがいずれ木にぶつかる。

弓からも手を離してしまい、目を伏せなすがままになる――

 

 

「シューティング☆スターッ‼」

 

 

――周囲に流星が迸る。

まだ昼間なのに燦然と輝きを放つそれらはワイルドグリフォンを取り囲み、一斉に射出する。

 

重く、鋭く命中するその魔法の連撃は気絶するには十分すぎる程の威力であり、ワイルドグリフォンはそのまま横に昏倒する。

 

 

「リノちゃんっ」

 

「……ぇ……」

 

 

駆け寄ってリノの肩を抱く少女――ハツネは心配そうな顔でリノの顔を覗く。

 

 

「大丈夫、リノちゃん⁉」

 

「は、ハツネ、さ……」

 

 

ふるふると震えるリノを見てハツネは下りてきて正解だったと判断する。

 

 

「間に合って良かった~。でも、どうしてこんなところに?」

 

「……ぁ、ぁ」

 

 

震えが収まり、リノは少しずつ冷静になって、がばっと立ち上がる。

 

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃんが!」

 

「え……ユウキ君に何が――」

 

 

ユウキが転がり落ちていった傾斜へとリノは足を運ぶ。

 

茂みの枝が幾度もリノの身体を引っ掻いていくが、リノには関係ない。

傾斜が終わり、渓流へと出ると、リノはあるものを見つけた。

 

 

「……これって、最近お兄ちゃんが身に付けてる……」

 

 

それは暗い色の、暗闇でも光るという宝石のブローチ。

これがここに落ちているということは……。

 

 

「…………ぁ、あぁ……」

 

 

その先にある、赤黒い血溜まりの中心に倒れる少年。

ぐったりと頭が横に倒れ、出血で汚したのか否か、泥と血で汚れた顔がリノの顔に向いていた。

 

 

「いや……いやあああああああっ⁉」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

こんの大馬鹿ッッ‼

 

何でいつもいつも無茶ばっかりするのよアンタは!

見ていることしか出来ないあたしへの当て付けなの⁉

 

……ひとまず、アンタは何とか生きてるわ。

ハツネの超能力のお陰で傷は完全に塞がったからね。

もっとも目覚めるのはあれから一週間後になるけどね。

 

ほんっとにどうかしてるわ。シオリちゃんの方が重症の筈なのに、アンタが病院送りになってるんだから。

 

あのあと奇跡か否か、渓流で例のエナの木をハツネが見つけたのよ。それで、気絶したアンタでも食べられるように磨り潰して飲ませてくれたってわけ。

アンタが生きているのはそれのお陰でしょう。

 

それでも意識不明だから、ハツネが超能力でランドソルまでテレポートしてくれたのよ。目が覚めたらあの子にちゃんとお礼を言うこと。

 

それとシオリちゃんも快復したから問題ないわ。リノがハツネにシオリちゃんの事を教えてあげて、もうひとつ持っていくことにしたのよ。

 

良くできた子だわ。愛しのお兄ちゃんが意識不明の重体なのに、ポロポロ泣きながらやるべき事をやってたんだから。

 

目が覚めたら、心配かけすぎたことをちゃんと謝るのよ。

いい? ちゃんと謝るのよ。良いわね?

 

 

 

 


 

 

 

 

 

目が覚めると、視界に広がるのは知らない天井だった。

 

背中からじりじりと感じる痛みをよそに身体を起き上がらせると、様子を見に来た看護師が驚いて尻餅を着いた。

 

それからあれよあれよとユウキが目覚めたと広まり、毎日様子を見に来てくれた【美食殿】や【サレンディア救護院】には、無茶をしたことをこっぴどく叱られ、【フォレスティエ】からは体調が悪くなった時に飲んでほしいと薬を渡されたりと、ユウキの病室は見舞い客でてんやわんやだった。

 

その中で、

 

 

「お兄ちゃんっ」

 

 

リノを筆頭に、四人の見舞い客がやって来た。

 

 

「あ~、弟くん良かった~! もう一生目が覚めないかと思ったんだよ~! もう体は大丈夫? 痛いところはない? ご飯ちゃんと食べられてる? トイレ行きたいならお姉ちゃんが付いていってあげよっか?」

 

「さ、流石に過保護過ぎじゃないかな?」

 

「お姉ちゃんは人の事言えないと思う……」

 

「ええっ⁉ だってシオリンに何かあってもお姉ちゃんは何処からでも飛んで来るよ! それって普通でしょ?」

 

「それはハツネさんにしか出来ないと思います……。いや、シズルお姉ちゃんなら出来そうかも?」

 

 

三人寄らばかしましいとは言うが、四人寄らば収集がつかなくなるというもの。

ユウキはリノとハツネに声をかける。

 

 

 

> 二人とも助けてくれてありがとう。あと、心配かけてごめんなさい。

 

 

 

「いやいや、気にしないでよ! ユウキ君は無事だったし!」

 

「そうですよ、お兄ちゃん。それにお礼を言うのは私の方です。あの時お兄ちゃんに庇ってもらえなかったら、私がああなってたかもしれないですから」

 

 

二人は屈託のない笑顔で返す。

だが、リノは笑顔を浮かべた後、俯いてふるふると震え出す。

 

 

「…………でも、わたしすごく怖かったんです。もしお兄ちゃんが、もう二度とめがさめないかと、思ったらっ……、わたしのせいで、おにいちゃんが、っておもったら…………っ」

 

 

それは段々と潤んだ声色になり、肩がカタカタと震える。

ユウキはそれを見て、リノの頭に手を伸ばして、

 

 

「……ぁ…………」

 

 

 

> もう大丈夫だよ。

 

 

 

安心させるように、リノの頭を撫でた。

 

 

「……うんっ、お帰りなさいお兄ちゃん!」

 

 

 

 

 

「むむむ、リノちゃん一歩リードって感じかな。まあ今回は仕方ないか」

 

「リノさん、ユウキさんの前だと本当に妹って感じですね。私もユウキさんみたいなお兄ちゃんがいたら……」

 

「シオリン、何でそこで私を見るの? …………それにユウキ君はどっちかというと弟っぽい感じがするな~☆」

 

「おっと、ユウキくんのお姉ちゃんを名乗るなら私に一言断りを入れて欲しいかなっ♪」

 

「ちょ、ちょっとそこなに好き勝手に言ってるんですか! 面会時間もそろそろ終わるんですから、ほら帰りますよ!」

 

 

今日も世間はユウキを中心に輪を繋いでいく。




リノ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場するユウキの妹(?)。甘えん坊で人懐っこい性格は誰とでも取っつきやすい。
ユウキとの昔の思い出をしっかりと保有する者の一人であり、記憶のないユウキの家族として、妹として甘えて孤独を和らげる。
が、実は血縁関係は一切ない。言ってしまえばただの幼馴染みであり、記憶のないユウキと新たに沢山の思い出を共有しようとする。実はかなりの泣き虫。



という訳で後編でした。
今までで一番長いですが、その一番の原因は彼女の登場です。
あと、今回はおまけパートがあります。

【おまけ:見舞い客の反応】

美食殿の場合

ペコリーヌ「はあ~、それにしても本当に目が覚めて安心しましたよ。実はわたし心配しすぎて泣いちゃったんですよ。女の子の涙は高いですよ、責任取れますか?」

キャル「聞けば相当無茶したみたいね。弱っちい癖に無茶するからこうなるのよ。これに懲りたら身の丈にあった事だけしなさいよ。コロ助なんて日増しに表情が死んで――」

コッコロ「アルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマアルジサマ――」

キャル「ちょっとコロ助ー? 気持ちはわかるけどそろそろ離してあげなさい。仮にも病人よ、そいつ」

ペコリーヌ「ヤバいですね」



サレンディア救護院の場合

アヤネ「もうお兄ちゃんったらどうしてそんな無茶したのアヤネ心配したんだからねお兄ちゃんがいない救護院ってすっごくつまんなかったんだよだからはやく退院して帰ってきてねあと心配させた罰として今まで以上におままごとに付き合ってもらうからあとそれから――」

サレン「あらら、今までの反動かしらね」

クルミ「アヤネちゃん、ここ最近ずっと口数が少なくて、久々に声を聞いたかも」

スズメ「アヤネちゃんは救護院のムードメーカーでもありますからね。アヤネちゃんが元気がないとみんなも心配して気が沈んじゃいますから」

サレン「ま、バチが当たったとおもって甘んじて受け入れなさい。…………あたしだって、心配したんだからね」



フォレスティエの反応

ミサト「もう、男の子ね。でも今回はちょっとやりすぎじゃないかしら。ちゃーんと、反省するんですよ?」

ハツネ「あの時はホント空を飛んでて良かったよ。ランドソルに向かってる途中で女の子の悲鳴が山の中から聞こえたと思ったら、リノちゃんだったんだから」

アオイ「でも、ユウキさんって本当に沢山の人にお見舞いされてましたね。私もそれくらい体を張れば友達も出来るんでしょうか……」

ミサト「あらアオイちゃん。そんな危険なことはしちゃいけませんよ~?」

アオイ「え……で、でも」

ミサト「いけませんよ~?」

アオイ「………………………はい」



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キミだって呆れてモノも言えない時がある

知っているか?
プリコネの問題児は三種類に分類される。

やべーやつ

トラブルメイカー

危険人物

――この三種類だ。
なお三種類全てに当てはまるキャラがいることは考慮しないものとする。


ユウキが退院してからしばらく経った。

そんなある日、ユウキの住まいでもある【サレンディア救護院】でとある事件が起きた。

 

 

 

> 部屋が寒い?

 

 

 

「う、うん。他の子供たちも同じこと言ってて……」

 

「ま、まだ冬じゃないのに、あ、あり得ないくらい寒いんですぅ……」

 

 

どういうわけか、救護院の室内温度が現在の季節に反して急激に下がっているらしい。

 

 

『坊っちゃんの部屋は……そんなことねえみたいだな』

 

 

ぷうきちの言葉に、アヤネとクルミは震えて身を寄せ合う。

 

 

「うぅ……、や、やっぱりこわいよぉ……」

 

「だ、大丈夫だよクルミ! 他の子はあんなの言ってたけど、あり得ないって」

 

 

 

> 何の話?

 

 

 

要領が掴めず、ユウキは二人に尋ねる。

ユウキの質問にはぷうきちが答えてくれた。

 

 

『空気の温度がぐっと下がったのは、幽霊が救護院に現れたからだ、なんて言い出した子供がいてな。真に受けた奴も結構いて割と洒落になってねえんだよ』

 

 

 

> 幽霊…………??

 

 

 

「や、やっぱりお兄ちゃんも幽霊なんていないって思うよね。だったらスズメと一緒に子供たちを説得してよ! みんな幽霊を恐がって一階に集まってるんだよ」

 

 

アヤネの言葉をよそに、何か引っ掛かりを感じていたユウキは、ひとまず立ち上がって一階へと降りることにした。

 

そして、ユウキが部屋を出た瞬間に異変は起きた。

 

 

――きゃあああああああっ⁉

 

 

「ひううぅっ⁉」

 

「今の悲鳴って……」

 

 

三人は駆け足で一階へと降りると、そこにはおどろおどろしい光景が広がっていた。

 

まだ昼間だというのに、とても暗い。そして極めつけには、天井辺りに無数の薄暗い炎が――

 

 

「あ、あああああああれって……」

 

「………………………きゅう」

 

「ちょ、クルミ⁉ 気絶しないでー!」

 

『おいおい、いよいよヤバいことになってんじゃねえか‼ おい、スズメの姉ちゃん大丈夫か⁉』

 

「そ、その声はぷうきちくん⁉ ユウキさんも! ダメです、それ以上近づかないでください!」

 

 

台所を背にして、杖を構えているスズメ。

だが、顔色が青く腰もカタカタと震えていることから、彼女も本気で恐怖しているのが見てとれる。

 

 

「スズメ! あれはいったい何なの⁉」

 

「あれは……あれは……人魂にされた子供たちです‼」

 

『はあああぁっ⁉』

 

「嘘じゃないです、目の前で怯えてた子供たちが突然宙に浮き上がって……」

 

 

その光景を思い出したのか、スズメの震えが大きくなる。

 

その言葉にアヤネは青ざめて、ふらりと尻餅を着いてしまった。

 

だが、この状況で終始顔をしかめたままの人物がいた。

 

 

 

> 流石にやりすぎだよ、ミヤコ。

 

 

 

「へ」

 

「え?」

 

『は?』

 

 

天井を見上げてユウキは呟くと、

 

 

「――そう思うのなら、早くミヤコにプリンを寄越すのーーー‼」

 

 

ゆらゆらと天井が揺らいだら、それは小さな女の子の姿となった。

 

彼女はミヤコ。正真正銘の幽霊であり、ユウキが知る限りの一番の問題児である。

 

 

 

> なんで怒ってるの?

 

 

 

「怒りたくもなるの! ミヤコは……ミヤコは……」

 

 

ぷるぷるとミヤコは震えて、衝撃(?)の言葉を口にした。

 

 

「ミヤコはここ数ヵ月、プリンをほとんど食べてないの! お前とイリヤのせいなの!」

 

 

 

> ええ……??

 

 

 

思わず困惑の感嘆がユウキの口から漏れ出る。

残念ながら、ミヤコは激昂した表情をしていることから本気で言っている。

 

 

「……あのー、ユウキさん? この子と知り合いですか?」

 

 

 

> 幽霊のミヤコ。

 

 

 

「ゆ、幽霊っ⁉ ほ、本物⁉」

 

「う、うそ……」

 

『マジかよ……』

 

 

半信半疑のスズメ達だが、ミヤコが宙に浮いていることと、姿を現したことで更に気温が下がったことがそれを証明している。

 

 

「あ、あの、ミヤコちゃん、でいいですか?」

 

「……ん? 何なの? ミヤコは今猛烈に機嫌が悪いの。お前も人魂にされたくなかったらプリンの準備をするの」

 

「や、やっぱりあなたが子供たちを人魂に変えたんですか! どうしてそんなことを……」

 

「ミヤコだって日々学習してるの。一体どんなことをすれば、確実にプリンを手に入れられるかこの数ヵ月間じっくり考えたの」

 

 

ミヤコは宙に漂う人魂を指差し、声高々に宣言する。

 

 

「――ミヤコに早くプリンを寄越すの。出来ないならコイツらをプリンにして食べちゃうの~!」

 

「「え、ええええええええっ⁉」」

 

 

それは、完全なる脅迫であった。

 

 

『……な、なに言い出すかと思えば、そんなこと不可能に決まってんだろ! デタラメ言って脅すのも大概にしやがれ‼』

 

 

 

> 出来るよ。

 

 

 

『え?』

 

 

 

> ミヤコは魔物をプリンにして食べたことがある。

 

 

 

ユウキの無慈悲な言葉に、三人はなにも言えず、ただ顔を青くするだけ。

 

 

 

> どうしてそこまでするの?

 

 

 

「お前とイリヤのせいだって言ったの!」

 

 

 

> どういう事?

 

 

 

話についていけず、ユウキは首をかしげる。

 

 

「……イリヤは最近、シノブ達にミヤコにプリンを買ってくれることを禁止したの。お陰でギルドハウスにいてもプリンが滅多に用意されなくなったの」

 

 

ミヤコは当時の事を思い出して目に涙を浮かべる。

 

 

「……仕方ないからランドソルにまで行ったのに、ここ最近はお前を全く見かけなくてプリンが手に入らなかったの」

 

「ランドソルまで行ったのならプリンを買えば良かったんじゃ……」

 

「ミヤコは物に触れないからお金が持てないの」

 

「おかしくないですかそれ? それならプリンなんて食べられないんじゃ……」

 

「シノブが言ってた話だと、ミヤコはプリンを食べるという行為を実行した時だけ実体化してるらしいの。正直ミヤコはあんまり自覚なかったの」

 

 

スズメは改めて目の前のミヤコという少女がデタラメすぎる存在であることを思い知らされた。

 

 

「……とにかく、ユウキを探してるとここにたどり着いたの。けどお前はここ数日この家から出てこないの。だから実行したの」

 

「……ユウキさん?」

 

 

 

> 僕のせいにしないで。

 

 

 

ユウキにとっても入院していたという事情があったのに、人のせいにされては堪ったものではなかった。

 

 

「わかったらミヤコにプリンを用意するの~!」

 

「い、いきなりそんなこと言われても、プリンなんて買い置きしてませんし、今から作るにしても卵をランドソルにまで買いにいかないと……。それまで待ってくれますか?」

 

「ん~~…………」

 

 

精一杯のスズメの懇願に、ミヤコは長考。

そして――

 

 

「嫌なの。ミヤコはこれ以上お預けされたくないの」

 

「え」

 

 

無慈悲な答えを返すのだった。

 

 

「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待ってください!」

 

「嫌なの、もう待てないの。そろそろお腹いっぱいプリン食べたいの~」

 

 

ミヤコは霊力を強く放って、周囲の人魂を皿に乗せたプリンに変化させた。

 

 

「あ、ああ………………」

 

『ホントにプリンにしやがった……』

 

「待ってください! お願いです、子供たちだけは‼」

 

「しつこいの! これ以上ミヤコのプリンタイムを邪魔するななのー!」

 

 

ミヤコはさらに霊力を強く放って、ユウキ達を壁に張り付ける。

壁に叩きつけられたユウキ達はもがくが全く動けず、プリンとなった子供たちを手にして今にも頬張ろうとするミヤコを見上げることしか出来ない。

 

 

「それじゃあ、いただきまー――」

 

『そ こ ま で だ ! このクソガキが‼』

 

 

ミヤコがプリンをつかむ腕を、ドクロの幽霊が噛みついて、ミヤコは驚いてプリンを離してしまう。

そして、落ちていくプリンを器用にキャッチする少女が呆れた表情で口を開いた。

 

 

「探しましたよ、ミヤコさん。なかなか戻ってこないから、皆さん心配してましたよ」

 

「し、シノブ……それにドクロ親父も! な、なんでここにいるの?」

 

『あんだけ霊力を放ってて気付かねえとでも思ったのか貴様は‼』

 

「そ、それはおかしいの! こことギルドハウスはかなりの距離があるの! 転移魔法でもないと――」

 

「――そうじゃ。その転移魔法でここまで飛んできたのじゃ」

 

 

がらり、と救護院のドアを開けて、小柄の少女が入ってくる。

赤を基調としたレオタードを身に纏う、黒髪の妖艶な雰囲気を放つ少女は、ミヤコを睨み付ける。

 

 

「……まったく、ここ最近大人しくなったかと思えばこんな大それたことをしていたとはのう。【悪魔偽王国軍(ディアボロス)】の頭目としては誉めてやりたいところじゃが……」

 

「い、イリヤ⁉ なんでお前まで……それに体も小さいままなの! お前がここまで転移してきたの? ユウキの力も無しに?」

 

「そうじゃ。とある方法を使っての」

 

 

イリヤはドクロ親父にそのまま掴まえておけ、と指示をすると、ミヤコの透けている足を掴む。

 

 

「吸血鬼と言えば、やはり吸血じゃ。しかしそれはただ血を吸って私腹を肥やすためだけではない」

 

「な、何なの…………、……ッ⁉」

 

 

ミヤコは急激に脱力感に襲われ、ふらふらと床に落ちてくる。

それに合わせてミヤコの霊力も弱まり、壁に叩きつけられたユウキ達も解放され、プリンとなった子供たちも元の姿へと戻っていく。

 

 

「吸血鬼には吸精という能力があってな、かいつまんで説明すると魔力を吸い上げることができるのじゃよ。……この姿で出来るか賭けじゃったが、ヨリとアカリに使ったら、目論見通り吸精できたのじゃよ」

 

「……い、イリ、ヤ……そろそろ、止めて……」

 

「お主はやりすぎじゃ。そのまま反省せい」

 

 

ばたり、とミヤコは床に突っ伏すのだった。

 

 

 

 

 

「――ミヤコは悪くないの~‼ イリヤがプリン禁止令をしなければこんなことしなかったの~‼」

 

 

プリンから元の姿に戻った子供たちは気絶しており、ユウキが全員運ぶこととなり、その間にイリヤ達による事情聴取が行われていた。

ミヤコはえんえんと泣きながら自らの無罪を主張するが、その場にいる全員は呆れてモノも言えない始末。

 

 

『言い訳すんな、このクソガキ! こんどまたこんな真似しやがったら無理矢理成仏させるからな!』

 

 

珍しく真面目に本気で怒っているドクロ親父。

 

 

「……でも、イリヤさん? でいいですか?」

 

「うむ」

 

「どうしてプリン禁止令なんて出したんですか?」

 

「それがのう……。シノブとも話し合ったのじゃが」

 

 

イリヤはスズメからミヤコへと視線を変えて恐る恐る話しかける。

 

 

「のうミヤコよ」

 

「ぐすっ、えぐっ……何なの?」

 

「お主……初めてあったときより、顔が少し丸くなったかの?」

 

「………………………え」

 

「いろいろと考察してみた結果、ミヤコさんはプリンを食べる際、霊力を高めて実体化しています。それこそ生者と遜色ないレベルで。よってミヤコさんは実体化してプリンをたくさん食べたことで、太ったのではないか、と考えに至ったんです」

 

「ふ、太った? 冗談は止めるの。ミヤコは幽霊なの、太るわけないの」

 

「じゃがお主の肉付きが少々良くなったのは事実じゃぞ。それはどう説明する?」

 

 

ミヤコは自分の顔やお腹をペタペタと触る。

何度かそうしているうちに、ミヤコの表情が少しずつ青くなっていく。

 

 

「じ、じゃあプリン禁止令って……」

 

「まあ、余計なお世話かもしれぬが、お主のためのダイエットかの」

 

「そ、そんなぁなの~~!」

 

 

……その後、ミヤコのプリンを食べる頻度がしばらく減ったのだが。

 

 

「……霊力をたくさん使ったら痩せたみたいなの」

 

 

と、盲点に気づいて元通りプリンをたくさん食べるようになったという。

ユウキはミヤコらしいとなにも言えなかった。




ミヤコ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する正体不明の幽霊少女。スプーンのような大きな武器は魔物を倒すのにも使用する。
無類のプリン好きであり、プリンを見かけると食べずにはいられない。幽霊なので物に触れないし食事も出来ないが、プリンを食べる行為のみ実体化する。
強力な霊力を持ち、人間に簡単にとり憑いたり、魔物に変身したり、物体をプリンに変えることもできる。仲間意識はあるが、時々プリンを優先することもある。



今回やりすぎじゃない? と思ったあなた。
今回のお話はアニメの十話をリスペクトして作りましたので、「これくらい公式でもやった」という認識のもと執筆させていただきました。
そも、私にとってはミヤコはプリコネで一番の危険人物だと認識しております。クリスティーナとかはまだ弁えている方なので、余計にミヤコのヤバさが際立って見えるのです。
まあ、そういうところが人気の秘訣なのでしょう。

最後に、新たにアンケートを実施します。
お手数ですがご協力お願い致します。


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その二人、同じキミのムジナにつき

※注意!

今までスマホで更新していましたが、今回は諸事情によりPCから更新しております。
なので、一部フォントが今までと違っている可能性があります。
ご了承ください。


薄暗い森の中を歩く少女が一人。

彼女の名はエリコ。愛用の大きな斧を引きずって人の通らぬ道を躊躇いもなく歩いていく。

 

一見清楚な彼女だが、ランドソルでは知る人ぞ知る危険人物であり、『壊し屋(デストロイヤー)』という通り名がある用心棒でもある。

そんな恐ろしい一面を持つ少女が、憂鬱そうに溜息を一つ。

 

 

「はあ……、ミツキさんの人使いの荒さにも困りものです」

 

 

今朝の出来事を掻い摘んで思い出す。

唐突にミツキから「アシディーサ」という花を摘んできてほしいと頼まれ、それなりの報酬をちらつかされて受ける事にした。

エリコとしては、ミツキには普段から用心棒として雇ってくれたり、薬の調合を指南してくれたりと恩を感じてはいるのだが、こうも軽々しく顎で使われるのは辟易とする。

その上敵に回すのは得策ではないので下手な文句も言うべきではない。

 

ただ、それ自体はエリコはそこまで文句の言葉はない。が、

 

 

「本当なら今日はあのお方に会いに行くつもりだったのですが……」

 

 

エリコが口にする「あのお方」とは一人しかいない。

彼は最近病院で集中治療を受ける程の重傷を負っていたらしく、それを聴いたエリコは真っ先に面会しに行くつもりだった。

だが、足を運んだ時には既に沢山の羽虫(おんな)共が群がっており、病院でもありその場で事を起こすのは躊躇われた。

長い目で見て自分が勝利するためにその時は一歩引いて、確実に自分が勝てる場を作るべく、エリコはしばらくの間彼との接触は控えていた。

 

そして、準備が整ったと思った矢先にこれである。相手を立てる事に不満を抱かないエリコだが、いざ彼が絡むと狂いだすのがエリコの玉に瑕である。

 

 

「……まあ、言っても仕方がありません。引き受けた以上仕事は最後までやり抜くのが道理ですわ」

 

 

深い森をいつも通りの足取りで目的の花を探すエリコ。

その数十分後に、エリコの嗅覚が刺激臭を感知した。

 

 

「……これは」

 

 

開けた場所に出ると、そこには天然の花畑が広がっていた。

辺り一面、萌黄色の花で咲き乱れており、近づけば近づく程渦巻く刺激臭でエリコの顔を歪ませる。

 

 

「ミツキさんの情報通りですわね。これがアシディーサ……。なるほど確かに、こんなのを長時間嗅いでいたら気がおかしくなりそうですわ」

 

 

毒の類だろうか。

この臭いを嗅いでいるとほんの少し気分が悪い。

体に悪影響が出る前に数本摘んでいこう。

 

そう思いながら、エリコはアシディーサの花に手を伸ばして――

 

 

「――その花に触っちゃダメですッッ‼」

 

「――……ッ⁉」

 

 

後ろからの少女の絶叫にエリコの体は跳ね、

 

 

「……ひいいああぁぁぁっ⁉」

 

 

思わず片手間の斧を少女の首元に向ける。

向き合う事数秒、過剰なほど怯えた少女から悪意を一切感じないことを確認して、エリコは斧を下げた。

 

 

「…………ごめんなさい、敵だと思って思わず手荒な真似をしてしまいましたわ。怪我はしていませんか?」

 

「は、ははははははは、はいぃぃぃ…………」

 

 

涙目になりながらへたり、とその場に尻餅をつく少女――アオイは迂闊に声を掛けたのを激しく後悔するのだった。

 

 

 

 

 

「――腐食毒?」

 

 

聞き慣れない種類の毒にエリコは首を傾げる。

 

 

「は、はい……。あの花は、そういった物質を腐らせる毒を含んだ蜜を持っているんです。だから、虫や鳥も寄り付かないし、周りにあの花以外の植物も生えたりしないんです……」

 

 

アオイの解説に、エリコはアシディーサの花畑を見る。

危険だからと花畑から遠ざかり、その週域を改めて見ると、一面を見渡せられるような位置から既に植物は生えていない。

 

 

「では先程の臭いは……」

 

「気化した蜜の臭いですね。蜜程ではないですが、毒を含んでいます。長時間嗅いでいると命に係わります……」

 

 

なるほど、とエリコは頷く。

 

 

「しかし困りましたわね。あの花を摘んでくる仕事を頼まれたのですが」

 

「えっと、その……」

 

「……何ですか?」

 

 

口を開いては閉じるの繰り返し。

チラチラとエリコの顔を窺うように小さくなるアオイに、エリコは眉を顰める。

 

 

「言いたいことがあるのならはっきりと言いなさいな。そういう態度、私はあまり好きではありません」

 

「ふぇっ⁉ そ、そう、ですか……」

 

 

またしても涙目になりながら、アオイはおずおずと口を開く。

 

 

「え、えっと、アシディーサの花を、どうするつもりだったんですか?」

 

「先程も言いましたわ。それを摘んでくる仕事を受けていると」

 

「い、一体何のために……?」

 

「さあ?」

 

「ええっ⁉」

 

 

さして興味が無いように短く答えたエリコにアオイは困惑する。

 

 

「そういうのを詮索しないのは仕事のマナーだと思っていますので」

 

「で、でででででででもとっても危険なんですよ⁉ 【フォレスティエ】でも危険植物として管理すべきだって意見が出てるんですよ!」

 

「あら……、貴女【フォレスティエ】のギルドメンバーでしたのね」

 

 

どうしたものか、とエリコは思案する。

【フォレスティエ】は排他的な考えがあり、領域内を許可なく横行する事は許されない。

もしアシディーサの花畑が【フォレスティエ】の管理下にあるのなら、迂闊に手を出せば今後の活動に大きな支障が出てしまう。

 

 

「…………うぅ」

 

 

またしてもおどおどと小さくなり、どうするべきかとチラチラとエリコの顔を窺うアオイ。

 

 

「何ですか?」

 

「え、えっと、その、ほ、本当に、必要なんですか?」

 

「…………そうですわね」

 

 

わざわざ名前を出した以上、ミツキの研究に必要不可欠なものなのだろうとは思う。

が、彼女の性格を考えると趣味でそういった植物を集めているのかもしれないので、真意を誤魔化すために適当に頷く。

 

 

「だ、だったら、これを使ってください…………」

 

「これは?」

 

「ど、毒性の植物を採取するのに使う魔法の袋、です……。これがあれば、危険なものに触らずに袋の中に入れられます……」

 

「あら、良いんですの? かなり貴重なものだと思うのですが」

 

 

受け取りながらエリコは疑問を口にする。

 

 

「も、もう一つ、持ってます、から……」

 

「それに、【フォレスティエ】の許可なく摘んでいって問題ないのですか?」

 

「そ、それは……た、多分、大丈夫、だと、思います……。ま、まだ管理して、ないので……」

 

「ふうん……」

 

 

自分好みの返答にエリコは機嫌を良くする。

 

 

「ならばお言葉に甘えて、早速摘みに行ってきますわ」

 

 

エリコは軽い足取りで方向転換し、花畑に向かう……前に、

 

 

「アオイさんと言いましたか?」

 

「ふあああああああああっ⁉」

 

 

気を抜いたアオイは突然声を掛けられてビクリと跳ねる。

 

 

「貴女、かなり毒について詳しいんですのね。今度機会が合ったら私にご享受くださいな」

 

「は、ははははははい、機会があれば、ははははははっはは……」

 

 

今度こそエリコは花畑へと歩いていく。

 

 

 

 

 

「…………ふぁあああああああああああん、こわかったよぉ~~~~~~っ」

 

 

エリコが花畑に向かったのを確認してから、アオイは茂みの中に身を隠して悲鳴を上げる。

 

いきなり斧を首元に突きつけられて、射殺すような眼光で目を合わせてきて、堂々と話をしろと言われてアオイのメンタルは氾濫寸前だった。

間違いなくアオイにとって一番苦手なタイプの人間だったが、言葉の節々からはこちらを気遣うような雰囲気が感じられたので、悪人ではないのだろう。

 

 

「そういう意味では、ユウキさんにちょっと似てるのかな……」

 

 

 

> 呼んだ?

 

 

 

「ぷああああああああああっ‼」

 

 

アオイは飛び跳ねて茂みの中から飛び出してしまった。

 

 

「あ、あなたは我らがBB団の団長さん! どうしてここに?」

 

 

 

> 素材採取のお仕事。

 

 

 

「えっ、それって……」

 

 

先程花畑の方に向かったエリコと何か関係があるのか、そちらの方向に一瞥しながらアオイは首を傾げる。

 

 

 

> もう帰るところだけど、アオイは何してるの。

 

 

 

「あ、あの、一体何を採取して――」

 

「その声はユウキ様! ああ、こんなところで会えるなんて、やはり私とあなた様は結ばれる運命にあるのですわ!」

 

「ひゃああっ⁉」

 

 

採取が終わったのか、エリコが花畑から戻ってくると、ユウキの顔を見つけてこちらに駆け寄ってくる。

そして、アオイはユウキと一緒にいる時の癖で、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ああ、ユウキ様! 入院されていたと聞いたときはこのエリコもわが身の様に心配して――」

 

 

空気が止まった。

エリコの言葉も止まった。

代わりにこの場の気温が死んだように下がり始めた。

 

 

アナタ……何を……しているの……かしら……?

 

「――――――――――――――――」

 

 

斧を向けられた時が可愛いと思えるくらいの鈍重な殺気を向けられ、アオイは白目をむいて固まってしまった。

 

 

貴女、いったいだれに密着しているのか理解できているのかしら、この羽虫が……

 

「――ぁぁ――――――――ぁ――――――」

 

 

アオイは動けず、ユウキの後ろでプルプルと怯えるだけ。

それがさらにエリコの逆鱗に触れ、ついにエリコは斧を振りかぶり、

 

 

 

> 落ち着いて。

 

 

 

間に挟まるユウキに諫められる。

 

 

「……っ、あなた様は私よりも、その女を庇うんですの⁉ 私よりもその女が良いと⁉」

 

 

 

> アオイは人見知りが激しい。手加減してあげて。

 

 

 

「人見知り?」

 

 

思い当たる節はある、とエリコはさっきまでのアオイとのやり取りを思い返す。

 

何もしていないのに怯えるような態度に、堂々と言いたいことが言えない気の小ささ。

確かに人見知りと言えばそれまでだが、エリコは同時にある真実に気づいてしまった。

アオイが人見知りであることを前提として、何故ユウキと距離がこんなに近いのか。

記憶喪失の人間族(ヒューマン)のユウキと、【フォレスティエ】に所属するエルフ族のアオイ。接点などあるはずがない。

ならばなぜ?

 

 

「ふ、フフフフフ、そういう事ですか……」

 

 

突然笑い出し、アオイは涙を流しながらユウキにしがみつく。

 

 

「貴女は私と同じ、という事ですわね」

 

「ふぇ……?」

 

「そうだアオイさん、先程機会があれば毒の指南を受けたいと私言いましたわね?」

 

 

エリコはその場から去りながらアオイに一言呟いた。

 

 

その機会、絶対に作ってみせますので、楽しみに待っていてくださいな

 

 

……その日から、アオイは大きな斧を振り回す小柄な鬼に追いかけられる悪夢を見るようになった。




エリコ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、ユウキへの愛に狂った少女。小柄な体と同じくらいの大きな斧を軽々と振り回す様はまさに鬼神である。
ランドソルでは「壊し屋」という通り名で知られている危険人物という扱いを受けている。用心棒の仕事を引き受けることがあり、その斧の錆になった者も少なくない。
自身を助けてくれたユウキに運命を感じており、以降「運命の赤い糸で結ばれた殿方」と思い込んで篭絡するために少々危険な手段を使う。実は少しドジっ子。



というわけで、主人公にひたすら一途なだけのエリコでした。(語弊)
プリコネの危険人物筆頭、なんて誤解を受けていますが、エリコはプリコネキャラの中でも割と常識人です。ツッコミもしますし、仲間意識も強いですし、子供にも優しいです。
ただ主人公が絡むと常識がぶっ飛んでしまうだけなんです。

さて、ドSの次はドМですね。(風評被害)


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人は見かけによらない瞬間をキミは目撃できない

闇のドMとかいう一生かかっても聞くことはないだろう意味不明な単語。
プリコネやってなかったら「はあ?」ってなる。
やっぱCygamesって頭おかしい(褒め言葉)

そもそもドMが闇落ちしても何が変わるというのか。
→ランドソル全市民強制ドM堕ち

ええ……??


「あら〜! 王子はんや〜、こんなところで出会えるなんてうちも幸運やわ〜♪」

 

 

ランドソルの雑貨店通りを歩く中、ユウキはピコピコと狐耳が動く獣人の少女――マホと出会う。

 

 

 

> こんにちはマホさん。

 

 

 

「もうっ、うちのことは『マホ姫』って呼んでくれてええのに……」

 

 

ぷく、と頬を膨らませながらマホはとてとてとユウキの隣に立つ。

 

 

 

 

>マホさんはどうしてこんな所に?

 

 

 

「そうやなぁ。マホマホ王国に招待出来そうな子を探してるんやけども、王子はんは心当たりありますやろか?」

 

 

マホマホ王国に招待出来そうな子とは、厳つい名前の割に可愛らしい外見を持つぬいぐるみ達の事である。

 

良かったら一緒に探す事をマホに尋ねると、マホは大喜びしてユウキの手をとった。

 

 

「そんなら、王子はんと『でぇと』やなぁ〜。ふふ、今日のうちはとっても幸運やわ〜♪」

 

 

そのまま二人は片っ端から雑貨店へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

だが、そんな二人を後ろから黄色と桃色が混じった目つきで見つめる者がいた。

 

 

「ぐふ、ぐふふふふ……。王子、王子ですか……」

 

 

彼女の名はクウカ。ショッキングピンクのツーテールに、ボディラインが分かりやすいレオタード、自縛目的の鎖と、見る人が見ればかなり目立った格好をしている。

彼女は普段飲食店で踊り子のアルバイトをしており、「そういう」目で見られる様な試行錯誤を何度もしているが、そんな彼女には、大して秘密でもないとある趣味があった。

 

 

「仲睦まじく、まさに王子と姫のような王道なデート……、しかし人気のない所に連れて行く王子が突然ドS王子に豹変し、『そのモフモフしっぽ犬のようにフリフリして誘ってたんだろぉ?』と着物のようなドレスを無理やりはだけさせて『どっちが本物のビーストかわからせてやるぜ!』とガバッとおそいかかり……ぐふ、ぐふふふふふふふふふ……!」

 

 

よだれを垂らしながら、周りに見られている可能性も考慮せずに脳内のありもしない想像も垂れ流すこの少女。

クウカは控えめに言って妄想好きであり、何かあればドSでドMな妄想へと繋げることが取り柄のランドソルの厄介人である。

 

最近はもっぱらユウキに関する妄想を捗らせており、女性との交流が指では数えられないくらい経験しているユウキはクウカにとって妄想のネタに事欠かないのである。

 

クウカの脳内ではユウキはとんでもない人格破綻した超絶ドSであり、彼に攻められる女の子は問答無用でドM化すると信じて疑わない。

なお、ドM化した被害者にクウカ自身が含まれている事も自覚しているのもさらにたちが悪い。

 

だがここで振り替えっていただこう。

クウカの特技は妄想。趣味は妄想。

だが、これを他人に明け透けに見られることは全く考慮してないのだ。

つまり――

 

 

「――ねえお姉さん、こんなところでボソボソと何話してるんですかぁ?」

 

「……っ!? ひ、ひええええええっ!」

 

 

顔を覗き込んで尋ねてくる銀髪の少女に驚いたクウカは全速力で退散するのだった。

 

 

 

 

 

「はあ……、はあ……。こ、ここなら誰もいませんね……」

 

 

ランドソルから離れて人気のない街道に出てきたクウカ。

周りに人がいない事を確認してから、石の出っ張りに腰を下ろす。

 

 

「こういう時は妄想に限りますねぇ。……ぐふふ……」

 

 

目を閉じると五秒で妄想開始するのはもはや才能の域である。

 

 

「…………ふう、今日の妄想も好調でした。覚えてるうちに書き留めないと……、あれ?」

 

 

クウカは懐をまさぐってあるものが無いことに気づく。

 

 

「ない、……ない! クウカの妄想ノートがない! まさかまた落とした……!?」

 

 

妄想ノートとは名の通りクウカの妄想を書き記したノートである。

以前にも一度落としたことがあり、それを拾ってくれたユウキがクウカの目の前で朗読するという珍事が起きた。

 

クウカは慌てて腰を上げて、それと同時に背後から少女に声をかけられた。

 

 

「あのー、これってお姉さんのノートですよね? さっき落としてましたよぉ?」

 

「ふえっ!?」

 

声をかけてきた少女は、先程の銀髪の少女と同一人物だった。

銀髪のツインテールに、大きな槍を後ろ手に持つ魔族の少女――アカリは手に持ったノートをクウカに差し出した。

 

 

「……あっ、く、クウカのノート……」

 

「やっぱりお姉さんのノートだったんだ! 走り去った方向で見つけたからもしかして、って思ったんだけど……」

 

 

クウカはアカリからノートを受け取ってから、ぷるぷると震えながら口を開く。

 

 

「中、見たんですか……?」

 

「中? 見てませんよ。大事なものだったんですよね。人には大事なものの一つや二つ、誰にも触れられたくないものくらいありますもんね」

 

「は、はい、そうですけど……」

 

「私にだってありますよ? 誰にも見せられないアカリの秘密の部分が」

 

「は、はあ……」

 

「あ、でもいつか見てもらいたい大切な人はいますけどねぇ? アカリしか知らない、あんなことやこんなこととか……♪」

 

「…………っ!」

 

 

その時、クウカに電流走る。

 

この少女からの意味深な発言と雰囲気。これは激しくインスピレーションが掻き立てられる。

 

 

「そっ! その話、詳しく聞かせてください!!」

 

「え、ええ!? そんなこと急に言われても、アカリ困っちゃいます〜! それに恥ずかしいです〜!」

 

「お願いします! きっと貴女とお話が出来れば、クウカの殻が一つ破れるかもしれないんですっ!」

 

「殻を破る? よくわからないけど……」

 

 

うーん、と頬に手を当てるアカリ。

しばらく長考して、名案を思いついたようにパッと顔を上げる。

 

 

「クウカさんでしたっけ? じゃあ、こうしましょっか」

 

「へ?」

 

「私も恥ずかしい話をしますから、クウカさんも恥ずかしい話をしてくれますか?」

 

「く、くくくくくクウカが恥ずかしい話をッ!?」

 

「はい♪ お互いがお互いに恥ずかしいところをさらけ出すんです。そうすれば、恥ずかしいって気持ちも少しくらいは誤魔化せますよね」

 

「そ、それは…………、確かにそうかもしれませんが……」

 

 

口篭るクウカ。

クウカは別に羞恥心が無いわけではない。ただ羞恥心すらもドMパワーで興奮することができるだけである。

 

 

「……〜〜〜〜〜〜っ!」

 

 

クウカは意を決して、手に持っていたノートをアカリに差し出した。

 

 

「こ、これ……見てください……。これが、クウカの恥ずかしいところです……」

 

「これが、ですかぁ?」

 

 

アカリはぺらぺらとノートを表紙から捲っていく。

最初はアカリはその内容を読んでいて、小説を読む感覚で好奇心がどんどん膨れていったが、とあるページを読んでから目を丸くする。

 

 

「これってお兄ちゃんの……」

 

「へっ?」

 

 

最後まで読み終わったあと、アカリはムッと頬を膨らませて――不意に笑った。

 

 

「ノート、ありがとうございますね。……それで、何が聞きたいんでしたっけ?」

 

「えっ、あー……そういう話でしたっけ……」

 

 

羞恥心でいっぱいになり、なんの目的でノートの中身を見せたのか忘れかけたクウカだった。

 

 

「えっと、それじゃあ……、誰か気になってる人でもいるんでしょうか?」

 

「いますよ。アカリが滅茶苦茶になっちゃいそうなくらい、気になる人が」

 

「わ、わぁ……」

 

 

舌を出し、小悪魔チックに体を少しくねらせながら、アカリは彼について話し出す。

 

 

「あの人とのファーストコンタクトは、確か……腰に跨った時だったかなぁ?」

 

「こ、腰に……跨った!?」

 

「知り合ったきっかけはそれで、その後よく会うようになって……。そういえば、時々足腰がガクガクになっちゃうくらい動かされた事もあったな〜」

 

「あ、足腰がガクガクに……!?」

 

「あとは……、薄暗いところで抱かれたり……」

 

「だ、抱かれたッ!?」

 

「ああ、えっちなパンツもプレゼントしてくれました! あれは嬉しかったなあ♪」

 

 

まあお姉ちゃんと選びに行ったのは面白くなかったけど、とは心の中で付け足すアカリだった。

 

 

「あ、あわ、あわわわわわ…………」

 

 

しかしそんなアカリの胸中など知らず、顔を真っ赤にしながら妄想を繰り広げていた。

 

アカリはパッと見てクウカより年下だ。

そんな彼女は初対面の男と男女の関係になるくらい大胆なことをして、そのうえ頻度も多いくらい経験豊富である。

しかしそんな経験豊富な彼女をここまで垂らし込める男とは一体どんな存在なのだろうか。

 

片腕一つで屈服させられるくらいの巨漢か。

地位と財力を駆使して色んな女を取っ替え引っ替えする色男か。

あるいはどんな女も雌にできるような人格破綻した超絶ドSな――

 

 

「………………………」

 

 

ここまで風呂敷を広げておいてふと我に返る。

 

もしかしてその男とは、クウカの知っている人なのではないか、と。

 

 

「あ、あのアカリさん?」

 

「なんですかクウカさん?」

 

「そ、その人って……あ、あの人だったりしますか?」

 

 

あの人、という言葉を聞いてアカリはにっこり笑う。

 

 

「そうだと言ったら……どうしますか?」

 

 

クウカの頭は爆発した。

完全にキャパシティオーバーとなってしまった。

 

 

「ひょ……ひょええええええええええええええええっ!!」

 

 

クウカは真っ赤になってその場から走り去った。

 

なおその日の夜、【ヴァイスフリューゲル ランドソル支部】ギルドハウスにて。

 

 

「ぐ、ぐふ、ぐふふふふ……ぐふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ…………ふふふふふふふふふふふふ――」

 

「ちょっとクウカさん、うるさいんだけど」

 

「どうしたのだ今日のクウカは? なんだかずっと顔が真っ赤だが……」

 

「な、何やら一心不乱の乱のごとく勢いで、ノートブックに殴り書きしてるデス……。ちょっと、いやすっごく怖いデース!?」

 

(……確かクウカさん、今日アカリさんと一緒にいたところを見たような……。うーん、なんの話ししてたんだろ……)

 

 

クウカは狂ったように妄想ノートにこの日の出来事から連想する妄想を書きなぐっていた。

 

 

 

 

 

「ねえお姉ちゃん」

 

「どうしたのアカリ?」

 

「アカリ達、もっと頑張らないとお兄ちゃんはアカリ達のものにならないと思うの……」

 

「本当に何言ってるのよアカリ⁉」

 

 

これがまた新たな火種になることを、渦中のはずのユウキは全く知らない。




クウカ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、妄想癖が強すぎる少女。どんな攻撃を受けても恍惚な表情を浮かべて戦場の前線に立つ。
身の回りにあるありとあらゆる物を妄想に結びつけ、その度に恍惚な表情を浮かべるすこし困った趣味を持つ。なおこれでも一応一定の良識はあるらしい。
ユウキを妄想のネタにしようとして何もされなかった事で、クウカのドMアクセルがフルブーストになった。以降クウカの妄想の中心にはいつもユウキがいることに。



お久しぶりです。
またしても一ヶ月以上空いてしまいました。
それと少々難産だったのもすこしキツかったです。
そのうえ今回はちょっとセンシティブな内容が含まれてるので運営から警告が来そうです。

今回のクウカですが、彼女って多分主人公に一目惚れしてると思うんですよね。
少なくとも妄想を垂れ流す相手は選んでるみたいですし、主人公以外にそういうのを明確に向けられると嫌悪感もあるみたいですし。
だからすっごい拗らせた乙女みたいな。

さて、アンケート通りなら次回はヨリですが、先にアカリを書くことにしました。
ご了承願います。


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キミの全てが無色透明

※注意※

今回のお話はクウカ回の比ではないセンシティブな内容が含まれていますが、R-18には抵触しないレベルの健全なお話となっております。

信じてください運営さん!


「はあ、はあ……お、お兄ちゃん、ちょっと、休憩、しよ……?」

 

 

遠慮がちにアカリはユウキに尋ねる。

それに対するユウキの答えは――

 

 

「ひあ、ああぁっ!? お、お兄ちゃん、ひぐ、ほんとに、いまはだめ、なのっ! だから、ひううぅっ……!」

 

 

グリグリと体を押しつぶされるような感覚に、アカリはただ大きく喘ぐしかない。

逃げるようにアカリは腕をもがくが、足をユウキに掴まえられている以上、ユウキの動きから逃げられることは不可能である。

 

 

「や、やっぱり、お兄ちゃんって、ドSさんだったんですね……。んあああぁっ!?」

 

 

苦し紛れに反抗的な態度を取ってみると、容赦のない攻めがアカリを襲う。

 

 

「んうううぅん、あん、ああ、おねが、い、お兄ちゃんっ、もう、ゆるひて……、これいじょ、された、ら……っ」

 

 

なおも続けられる圧迫に、少しずつアカリの呂律が回らなくなっていく。

限界を訴えるようにアカリの痙攣が少しずつビクビクと大きくなっていく。

 

 

「らめ、らめぇ……ほんろに、らめっ、おにいひゃん、にっ、トンじゃう、とこ、ろ……、見られ、ちゃ……!?」

 

 

それを受けたユウキはまるで趣向を凝らすように圧迫の仕方を変える。

先程まで一定のテンポでグリグリと抉るような攻めから、グルグルと少し強く撫でるような攻めに転じる。

 

 

「あ、あっ、あっ、あん、ぁ、ぁ、あぁっ、ひぃ、っ、っ、うく、あぁん……!」

 

 

威力が弱まっても、ユウキの攻めに感じてしまうアカリはくねくねと体が悶えるように動く。それでも拘束された足は自由にならず、ただされるがままに受け止めることしかできない。

 

そして、一連の攻めで弱点を見つけたユウキは、今までで一番の力を込めて、めり込むように力を入れた。

 

 

「あっっっ、んんんんんっ!?」

 

 

これまでで一番大きく跳ねて、アカリはグッタリとベッドに倒れ込んだ。

 

 

「はあはあはあはあはあはあはあ………………っ」

 

 

全身が汗ばみ、ユウキを睨むように見上げるアカリの顔は真っ赤に染め上がっていた。

少し落ち着きを取り戻したアカリは体を何度もビクビクと跳ねさせながら不満を漏らす。

 

 

「おにいちゃんの、バカぁ……。癖に、なったら……どうするんですかぁ……?」

 

 

 

> まだ、続ける? それとももう終わる。

 

 

 

ここで初めてユウキからアカリを気遣う言葉を紡ぐ。

 

 

「…………ッ!」

 

 

もう既にアカリの顔は紅で染まりきっているのに、さらに赤くなったように見えた。

 

そして、

 

 

「お……おねがい、お兄ちゃん……っ」

 

 

それを受けたユウキは再び足に手を伸ばして――

 

 

「あ、あ、アンタ達何やってんのよッッッ!!」

 

 

豪快に部屋のドアを開けたヨリによって、その行為を一時停止することになった。

 

 

「アンタ達ね、そういう関係なのは解ったからせめて時と場所と場合ってモノを…………、……?」

 

 

姉として説教の一つでもしようとその光景を改めて目視すると、思っていたのとは大きく異なる奇妙な光景が広がっていた。

 

 

「何やってんの、ユウキ……?」

 

 

 

> 見ての通り、足のマッサージだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ああもうっ! 紛らわしいったらないわ!! せめてもうちょっと声を抑えなさいよアカリ! 聴いてるこっちが恥ずかしかったわよ!!」

 

「恥ずかしかったのはこっちの方だよお姉ちゃん!! まさか全部聴いてたなんて……!」

 

「仕方ないでしょ、ギルドハウスのどこに居てもアカリの声が聞こえてたんだから! イリヤさんにもちゃんと誤解解いてきなさいよ!」

 

 

珍しく羞恥心に悶えて激昂するアカリと、私は悪くないと主張するヨリ。

 

そもそもどうしてユウキがアカリの足をマッサージすることになったのか。

アカリは肺活量を鍛えるためにジョギングをやっており、ユウキもそれに付き合っている。

そこで、アカリから走りすぎて足が痛くなってきた、と最近の悩みを打ち明けられた。そこでユウキはマッサージが出来ると立候補し、【悪魔偽王国軍】のギルドハウスに戻ってきてアカリの部屋でマッサージを施す事となった。

 

 

「……それにしても、アンタ本当にマッサージなんて出来るの? 適当に足を押してたんじゃないでしょうね?」

 

「……そんなこと無いみたい。アカリの足、もう全然痛くないよ! お兄ちゃん、マッサージが得意だったんだね!」

 

 

 

> 効率の良いマッサージを教えてもらったからね。

 

 

 

「なによ、効率の良いマッサージって……」

 

 

自慢げにサムズアップするユウキに呆れた顔を向けるヨリ。

 

効率の良いマッサージを教えてくれた師匠いわく、

 

 

――いい? 本来なら筋肉痛なんて訴えないくらい、普段から体を鍛えておく事が最良よ。でも私だって人の子。肉体の限界は必ず訪れてしまうわ。そうして体が動けなくなってしまう前に、適切にかつ効率的に体をマッサージするのが必要不可欠なのよ!

 

 

とのことである。

 

 

「……なんというか、その人って脳筋だったりする?」

 

「お兄ちゃんのお知り合いさんって、個性的な人ばっかりだよね〜。この間のクウカさんって人もそうだったけど」

 

「そういやユウキって無駄に女の子の知り合いが多いんだっけ……」

 

 

しらーっとヨリはユウキを睨みつける。

そんなヨリを見てアカリはピンと閃いた。

 

 

「そうだ! お姉ちゃんもマッサージしてもらったら?」

 

「は、はあ!? なんで私まで!?」

 

「ほら、お姉ちゃんって確か最近ゲームのしすぎで腰が痛いって言ってなかったっけ?」

 

「い、言ったけど……、でもそれとこれとは話が別じゃないかしら?」

 

「それに……声なんて抑えられない事を、お姉ちゃんも実感したらいいと思うな♪」

 

「…………あれ、もしかしてアカリ、盗み聞きしてたの怒ってる?」

 

「なんの話〜? それじゃあアカリ、イリヤさんの誤解解いてくるから、お兄ちゃんはお姉ちゃんのマッサージお願いね〜」

 

 

 

> 任せて。

 

 

 

「任せて、じゃないわよ! 私の意見を聞きなさい〜〜っ!」

 

 

 

 

 

 

 

「お、おお、アカリか。な、なんの用じゃ?」

 

「イリヤさん顔真っ赤ですよ?」

 

「き、気のせいじゃろ。……それより、その、何か我が眷属としておったのではなかったのか? もう良いのか?」

 

「はい、もう終わりましたよ。ただのマッサージでしたしね」

 

「ま、マッサージ、とな?」

 

 

事情を説明するアカリに、なるほどとイリヤは躊躇いがちに頷く。

 

 

「し、しかし、あれじゃな。マッサージというものを受けたことが無いから判らぬが、マッサージをされるとああも嬌声を上げてしまうものなのか?」

 

「さあ? 私もお兄ちゃんのマッサージしか知らないので……。でも、すっごく気持ちよかったですよ。あんなの知っちゃったらもうお兄ちゃんじゃないと満足できないくらい♪」

 

「そ、そうなのか…………」

 

「イリヤさんも受けてきます? 今お姉ちゃんがマッサージ受けてますけど」

 

「い、いやまたの機会としておこう……」

 

 

あんな声を自分も上げてしまうことや、その声を他の者に聞かれるリスクを考慮してイリヤは遠慮する事にした。

 

すると、

 

 

『――ふあああぁっ!? んぅ、ちょ、ちょっと、タンマ、だめだめだめだめっ!? こんなの、絶対、マッサージじゃ、な……あぁぁぁぁあんっ!?』

 

 

二人はビクリと跳ねて、声のする方向を見上げる。

 

 

『ばか、バカぁ! 待って、って、言ってるのに……ひいいぃぃぃん!? もう、もうダメ、ほんとにだめ、あ、あ、あ、あ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?』

 

「………………………」

 

「………………………」

 

 

最後の言葉にならない叫びを発したあと、ヨリの嬌声は止まった。

 

 

「………………私の時ってこんな感じだったんだね」

 

「………………うむ、そうじゃの」

 

 

顔を赤くしながらアカリとイリヤは顔を背ける。

 

 

「お姉ちゃん、人の事エロいとか何とか言ってるけど、お姉ちゃんの方がずっとエロかったよ……」

 

「言ってやるでない……」

 

 

そう言って、イリヤはふと口を開く。

 

 

「そう言えば、眷属は本当に凄い精神力を持っておるのう」

 

「そうですね。普通の男の人なら、お姉ちゃんのあんなエロい声聴いちゃったらケダモノさんになっちゃうと思うんだけど」

 

「おぬしが言うか、それを……」

 

 

ため息をつきながらイリヤは考える。

 

大人の姿になってもユウキはイリヤをそういった目で見たことは一度もない。

よもや男好の気があるのかと一度は考えたが、普段の素行から察するに、一つの結論が出た。

 

 

「おそらく、眷属は七つの大罪とは程遠い存在なのじゃろうな」

 

「七つの大罪?」

 

「傲慢、憤怒、強欲、暴食、怠惰、嫉妬、色欲。それらは全て黒い感情じゃが、人間ならそれらは全て持っていて当然の心じゃ」

 

 

しかし、ユウキは味方を強化する力を誇示することも、不当な扱いを受けて激昂することも、病的なまでに欲しがったり羨ましがったりすることも、己の研鑽を怠ることも、ましてや劣情を催すこともない。

 

 

「それは美徳ではあるのじゃろうが、人間としては酷く歪よのう」

 

 

それが何を意味するのかは、アカリとイリヤには分からない。




アカリ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、小悪魔な雰囲気を振りまく双子の魔族の妹。大きな槍を利用してダンスをする姿は仲間へのエールである。
普段の言動はかなり際どく、かつセンシティブに聞こえるため、周りからよく誤解されやすい。双子の姉のヨリと違い、社交的で割と顔が広い。
趣味は金管楽器の演奏。サックスを嗜んでいるが、あまり上手に吹けないことがコンプレックスだったが、ユウキとの特訓の成果もあって実力を伸ばしている。



どうも。精神的に少し燃え尽きてます。
こんなもろセンシティブな内容のSSなんて初めて書きました。素面で書くんじゃなかったと後悔してます。
冒頭だけを読んだらそれらしい内容に見えるかもしれませんが、ただのマッサージです。本当です、信じてください!

次回は予定通りヨリですが、例に漏れずいつになるかは未定です。気長にお待ちください。


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キミに群がる同じ類は二人では済まない

気がついたらもう2月……それどころか3周年目前でした。
去年もそうでしたね……。


ランドソルから外れた深い森――ミステリオン森林。

掻き分けるように慎重に歩く男女の三人が同じ目的で歩いていた。

さらに、そのうちの二人の女子は同じ心境であった。

 

 

(ど……どうしてこんな事に……!?)

 

 

ピンク髪のボブカット少女――ユイと、銀髪のショートカット少女――ヨリは、おたがいに顔を合わせることなく、ダラダラと冷や汗を垂らしながら前を歩くユウキの後をついていくしかなかった。

 

 

 

 

 

きっかけは同日のランドソルでの出来事である。

 

 

 

> 魔草集め?

 

 

 

「そうよ。例のごとく、イリヤさんの魔力を回復させるために必要なのよ」

 

 

いつものようにアルバイトを探すユウキは偶然にもヨリと出合い、手を貸してほしいと頼まれる。

【悪魔偽王国軍】リーダーのイリヤは魔力が枯渇していることが原因で本来の姿より幼くなってしまっているために、魔力を回復する方法を試行錯誤している。

 

その一環として、魔草から魔力を摂取するべく、ヨリと妹のアカリはほぼ毎日魔草集めをしている。

 

 

「ただ、いつも探してた場所はもう殆どなくなってたから、今度は別の場所を探すことにしたの」

 

 

 

> 別の場所って?

 

 

 

「そ、それは……た、例えばちょっと森の奥深いところ、とか?」

 

 

 

> 例えば?

 

 

 

「た、例えば、って…………っ!」

 

 

ヨリは言葉に詰まり、誤魔化すように眦を上げる。

 

 

「さっきから質問ばっかりね……。なに、私を手伝うのがそんなに不服なわけ? だったら最初からそう言いなさいよ!」

 

 

そんなつもりはない、とユウキは慌てて否定する。

ヨリは顔を顰めたまま、ユウキの背中を押して、ランドソルの外へと赴く。

 

 

「ほ、ほら、さっさと行くわよ!」

 

 

一先ずランドソルの外に出て、魔草がありそうな場所を見つければいい。

多少の申し訳無さを感じつつも、ここは強引に押し切ろう。

そう思ったヨリは――

 

 

「……あ、いた騎士クン! よ、良かったら今日も特訓に、付き合って…………!?」

 

「へ」

 

 

――突然のイレギュラーに対応など出来るはずもなかった。

 

 

 

 

 

ユウキの提案のもと、ユイも魔草集めに同行することになり、パーティーは3人に。

そしてユイの提案によって、一同はミステリオン森林に赴くことになった。

 

しかし、その内の二人の胸中はとても複雑だった。

 

 

(ど、どどどどうしよ〜〜〜ッ!?)

 

 

人見知りなヨリにとって初対面の人と足並みを揃えるほど高難易度なものはない。

ユウキと二人だけなら自分の素を知られていることで心の余裕はあるのだが、全く知らない人――それも年上の人といきなり魔草集めをするという事態をヨリは未だ飲み込めない。

 

 

(それもこれもアンタが誘ったから……っ)

 

 

もちろんユウキには悪意どころか、むしろ善意でユイを協力者にしてくれたのは解っている。

だが理屈で感情を抑えられないのが人の性である。

ヨリから見て、ユイはかなりの美少女と窺える。

清楚な雰囲気。

抜群のスタイル。

何処を見てもヨリとは真反対の人間だと感じる。

それこそが、ヨリの複雑な感情を加速させていた。

 

しかし、そんな劣等感を抱いているのはヨリだけではなかった。

 

 

(な、なんだかチラチラ見られてる気がする……。や、やっぱりお邪魔だったのかな……)

 

 

ユイがそれを見かけたのは本当に偶然だった。

今日こそユウキとの距離を縮める。

そう発起してはや数ヶ月が経とうとしていた。

それだけユウキは忙しく、また引く手あまたなのだと実感する。

だが、それを頭では分かっていても、実際に自身の目で見てしまうと、ユイは頭が真っ白になってしまった。

 

 

(この二人、すっごい距離が近かったなぁ……。ヨリちゃんだっけ、多分ヒヨリちゃんより年下だよね……)

 

 

背中を押すヨリと、押されながら歩くユウキ。

何があったのかは分からないが、密着する二人を見て、ユイは否応なく感じてしまう。

自分よりも、ヨリのほうがユウキと仲が良いのだと。

ユイはああもユウキと密着する度胸もなければ、あんな強引な行動をユウキ相手にできる図々しさもない。

その上、ヨリはユイの目から見て美少女だと感じる。

線の細い体格。

庇護欲を湧き立たせる様な雰囲気。

自分とは似ても似つかない彼女に、大人気なく複雑な感情を抱いてしまっていた。

 

そんな二人を一瞥して、

 

 

 

> (魔草、見つからないな……)

 

 

 

この少年は何も察せていないのである!

 

ユイとヨリ。この二人は顔を俯かせて目も合わせずただじっとユウキの後を付いていくだけ。

口数も少なければ、顔色を窺うだけで何かがあったのだと、いつものユウキなら簡単に察することができる。

しかし今日の目的は魔草集め。

魔草――つまり草は地面から生えている。それは地面を注意深く見ないと見つからないものである。

必然的に地面に顔を向ける体制になるため、ユウキからは問題が発生したようには見受けられない。

むしろ二人は自分よりずっと集中して魔草を探しているようにさえ見える。

 

故に何もユウキはフォローすることが出来ない。

 

 

 

> …………あ、見つけた!

 

 

 

出来る事と言えば、こうして魔草を見つけ出すだけ。

 

 

「……え、何が?」

 

 

 

> ほら、魔草。

 

 

 

「………………………ああ! ホントだわ! 見つけてくれて、あ、あり……! ぁぅ…………」

 

 

……余談だが、ヨリは恥ずかしがり屋なため、ユウキに素直にお礼が言えない時がある。

そういった素直になれない自身がまたコンプレックスのひとつなのだが、今回は居心地の悪さから我に返ったその反動で自然にお礼が言えると思っていた。

しかしその時視界の端でユイが映り、出かかった言葉が急速に引っ込んでしまった。

 

 

「えっと、それが探してた魔草?」

 

 

ユイも我に返り、ユウキが地面から引き抜いたそれを見る。

 

 

「……は、はい。そうですね……。いつも探してる場所からは、なかなか見つからなくなって……」

 

「それなら……」

 

 

ユイはあたりを見渡して、あることに気づいた。

 

 

「この辺りに生えてるもの、全部そうなのかな?」

 

 

ユイが指差した先には、ユウキが抜いた魔草と同じ植物がこれでもかと沢山生えている。

 

 

「ホントだ……っ」

 

 

ヨリはすぐに飛びつき、可能な限り引き抜いて持ってきた籠に入れていく。

 

 

 

> 全部抜いちゃ駄目だよ。少しは残さないと。

 

 

 

「そ、そんな事今更言われなくても分かってるわよ! ……ぁぅ」

 

「あ、あはは……。わたしも手伝うね?」

 

 

素直になれず、思わず反発してしまい、それをユイに見られるのはヨリにとってかなりの羞恥心を覚えさせる。

 

もう嫌になってきたヨリはさっさと終わらせたい。そんな一心で無心で魔草を抜いていく。

 

その時、不幸が起きた。

 

 

――ア――――――――――ッ‼

 

 

耳を裂くような絶叫が響き渡り、驚いたヨリはそのまま後ろに倒れてしまう。

 

 

「……え、え? な、なにこれ…………!?」

 

 

尻餅をついたヨリは、引き抜いた魔草を握ったまま体が石になったように動かなくなってしまう。

 

 

 

> 今の声は、マンドレイク!?

 

 

 

「マンドレイクって、たしか魔物の事だよね?」

 

「そ、それって、今私が動けないのと関係あるの!?」

 

 

 

> 説明は後!

 

 

 

ユウキは手に持っていた魔草を放り投げて、ヨリに駆け寄り持っていたマンドレイクを捨てさせる。

そして、

 

 

「ひゃっ!? ちょ、ちょっとなにをっ!?」

 

「き、騎士クン!?」

 

 

そのままヨリを抱き上げる。所謂お姫様抱っこである。

 

 

 

> このまま逃げるよ!

 

 

 

「あ、あわわわわ……っ」

 

「こ、こんな恥ずかしいことしてて、何から逃げるのよっ!」

 

 

真っ赤な顔をする二人は、周りからガサガサと茂みが揺れる音を聞く。

それと同時に獣のような唸り声も聞こえて、瞬時に理解した。

 

ヨリを抱えたユウキとユイは、そのまま全速力でランドソルへと戻っていった。

 

 

 

 

 

「はぁ、死ぬかと思った……二重の意味で……」

 

 

ランドソルへ戻ってきて、体が動くようになったヨリは、ユウキから降りて、ガクガクと震える身体と赤くなった顔を押さえる。

 

 

「でも、騎士クン凄いね。マンドレイクの声を聞いて、あんなに早く対応するなんて」

 

 

 

> 前に同じような目にあったからね。

 

 

 

「……でも、お陰で助かったわ。……その、あ、あ、……ありが、とぅ…………」

 

 

何とかお礼を言えたことに安心したヨリは、大きく息を吐いた。

 

 

「そ、それと、ユイ、さんも……。て、手伝ってもらったのに、こんな事になってしまって、ご、ご、ごめんなさいっ!」

 

「ううん、大丈夫だよ。ヨリちゃんは大丈夫? マンドレイクの声、至近距離で聞いちゃったけど、他に異常はない?」

 

「た、多分大丈夫だと、思います……。後でイリヤさんにも確認して貰おうかな……」

 

 

 

> ギルドハウスまで送るよ。

 

 

 

「べ、別にそこまでしなくても大丈夫よ。…………」

 

 

 

> ……?

 

 

 

不意に、ヨリは柔らかく微笑んだ。

 

 

「……ホント、アンタにはいつも感謝してるわ。優しいし、何度も助けてもらってるし、アカリだけじゃなく私にも仲良くしてくれるし……」

 

 

続けて言葉を紡ぐ。

 

 

「だから、いつもありがとう。アンタのそういう所が私はだいす――」

 

 

言葉が止まる。

空気も止まる。

代わりにヨリの顔に熱が上がる。

 

 

「あ、ああああああ私、また何を言いかけて……っ!」

 

 

ヨリは口を押さえるがもう遅い。

決定的な瞬間を見届けた少女がそこにいる。

 

 

「あ、あわわわわわわわわわ……よ、よよよよよよヨリちゃんっ⁉ い、今何を言いかけて…………⁉」

 

「ち、ちがっ! 違わない……いや違います! 違うから! 私が言いたかったのはそういう事じゃないから〜〜‼」

 

 

渦中の少年は、ただ首を傾げるだけである。




ヨリ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、引っ込み思案な双子の姉。押しが弱いが魔槍の一撃は雷のように豪快に轟き、敵を吹き飛ばす。
普段からオドオドしており、自分の意見を他者にはっきりと言えない。特に男性が苦手である。妹のアカリとは違い、恥ずかしがり屋で内弁慶である。
ユウキとも初対面はヨリはとてもビクビクしていたが、あまりにユウキがしつこいので自分の素を見せるようになった。言いたい事と口にした内容が大きく変わりやすい。



お久しぶりです。
2ヶ月以上も間が空いてしまいました。
さて、今回のヨリですが、個人的にはラブコメのメインヒロイン出来るくらいくっそヒロイン力高いと感じております。
星6も実装されましたし(まだストーリー見てない)、3周年も直に来ますしプリコネもまた再燃し始めるかな?

ここからは最近のプリコネについてでも。
アニバーサリー記念イベントですけれど、とても感動しましたが、一つだけくっそきな臭い設定が出てきましたね……。
主人公がコッコロを忘れると強化の能力が使えなくなるとか。
アメスはコッコロとの『始まりの絆』を忘れてしまったから絆に関係する強化の力を使えなくなってしまったと言っていましたが、それが本当ならメインストーリーでも影響でそうですよね。
今のメインストーリーもめちゃくちゃきな臭いですし……。

それもこれもメインストーリー更新で分かることですが。


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キミに近しい伏兵は予想打にしない場所にいる

3周年記念の投稿なのに、パロディネタが多すぎてすみません……。

また、今回は少し前作ネタがあります。


ここ最近のランドソルではある珍事件が多発している。

 

いわく、ホビーグッズの盗難が相次いで発生しているらしい。それも、少女向けのグッズが大半の標的にされている。

 

事件を耳にしたユウキは早速事件解決を図るべく、二人の協力者を呼ぶことにした。

それが――

 

 

「ま、魔法少女グッズが軒並み盗まれるなんて……っ! 犯人は許さんっ‼ 絶っ対にっ、ゆ゛る゛さ゛ん゛ッッ‼」

 

「は、張り切ってるわね……」

 

 

ユウキより既に現場に駆けつけていたナナカと、商談関連で聞き捨てならないと立候補したサレンである。

 

 

「でも分からなくもないわね。盗まれたグッズの中には救護院の子供たちが気に入ってるものもあるみたいだし……。盗難、買い占め、転売は商人の大敵だわ。到底許されるものじゃないわね」

 

「…………Exactly(その通りですね、はい)

 

 

冷や汗を流すナナカ。

蒐集家(コレクター)と呼ばれているだけあって今のサレンの発言はほんの少しだけ耳が痛かったが、それを指摘するものは今この場にいなかった。

 

そんなやり取りも程々に、ユウキ一行は盗難にあったホビー店を何店も調べていく内に、ある共通点が幾つか見つけられた。

 

 

「犯人の目撃はなし。いつの間にか棚に置いてあった商品が忽然と消えていた……」

 

「いわゆる神隠し、ってヤツですかな? 気がつけば周りのホビーグッズが全部豚の置物に変えられてたり……」

 

「そんな訳ないでしょ……」

 

 

しかし、盗まれたと店長が気づいたのは、業務終了後の事だった。

 

 

「盗まれたグッズが置いてあった棚には、引き摺ったような跡があった。にも関わらず、そんな物音は聞いたことがないと皆口を揃えて言っていた……」

 

 

完全犯罪。

一瞬サレンの脳内にその4文字が過る。

しかし、犯行の決定的な状況証拠は残っている以上、犯人の特定は不可能ではない。

 

 

「跡ができるくらい引き摺られたのに音が聞こえなかった……、妙だな……?」

 

「何か分かったの、ナナカさん?」

 

 

顎に手を当てて首を捻るナナカの姿に、サレンは一縷の望みを見た。

そして、

 

 

「あ〜なるほど。そういう事ね、完全に理解したわ〜」

 

「え、ホントに! 凄いわね、教えてくれないかしら?」

 

「初歩的な事だよ、ワトソン君」

 

「誰がワトソンよ」

 

 

おどけながら喋るナナカにサレンは顔を引きつらせるも、聴く姿勢を崩そうとしない。

その態度を見て、ナナカはニィ、と口を綻ばせて、

 

 

「つまり! 我々はランドソルゴーストバスターズを結成する時が来たのですぞ!」

 

 

と声高に宣言した。

 

 

「……ランドソル、ゴースト……ごめん、何かしら、それは?」

 

「つ・ま・り! 今回の事件は幽波紋使いか、幽霊の仕業だ、って事だったんだよッ!」

 

「ゆ、幽霊ぃ? 急に現実味が無くなったわね……」

 

 

 

> そんなことない。幽霊はいるよ。

 

 

 

「アンタが言うと途端に笑えなくなるから止めなさい」

 

 

【サレンディア救護院】に現れたプリン狂いの幽霊が現れた話をスズメから聞いたサレンは顔を青くする。

 

 

「でも幽霊って……いくら何でも……」

 

「んんんんん、人間業ならありえませんぞ〜! 引き摺られた棚の跡には霊力みたいなのの残滓もあったしね〜」

 

「⁉」

 

 

 

> そういうのに詳しい人知ってるよ。

 

 

 

「⁉」

 

「なにィ⁉ そいつは何処にいるんだ、言え! 相棒ぉ!」

 

 

ユウキの案内のもと、ゴーストバスターズ一同は霊に詳しい人を訪ねるのだった。

 

なお、途中から置いてけぼりだったサレンは、

 

 

「……はっ! ちょ、ちょっと! そういう重要なことは先に共有しなさいよ!」

 

 

遅れて二人の後を追うのだった。

 

 

 

 

 

「――こんにちはユウキさん。貴方から訪ねて来てくださるなんて、久しぶりですね」

 

 

大通りから少し外れた場所にこぢんまりとしたテントが張られてあり、中をくぐると静かに微笑むシノブが出迎えてくれた。

 

 

「ここに来てゴスロリ美少女キタコレ‼」

 

「はいはいアンタの知り合いね。知ってた知ってた」

 

 

 

> ……あれ、ドクロ親父は?

 

 

 

「父ならいつもの様に女性を追いかけています。近所迷惑だからやめて、って何度も言ってるのに……」

 

 

辟易するように大きなため息を吐くシノブ。

 

一同はシノブに訪ねて来た理由を話すと、納得するように何度も頷く。

 

 

「……ああ、だから最近父は楽しそうにしてたのですね」

 

「な、なんだか複雑な家庭環境が垣間見えた気がするわ。大丈夫? 何かあったらうちに来なさい、歓迎するわよ?」

 

「折角ですがお気持ちだけ受け取っておきます。……それで、【トワイライトキャラバン】のナナカさんですよね? イリヤさんから聞いたことがあります」

 

「あ〜いっ! 如何にもタコにも! 天才ぐうカワ魔法少女ナナカちゃんとは、アタシだよッ‼」

 

「え、【トワイライトキャラバン】……?」

 

 

ドン引きするような声が隣から聞こえたナナカだが、気にしないことにした。

ナナカは事件に対する自身の推理をシノブに話すと、シノブはこう教えてくれた。

 

 

「いわゆる、付喪神という霊的な現象の延長にあるかと思います」

 

 

 

 

 

付喪神――

 

長い年月を経た物に霊的な力が宿ったものと言われている。

このアストルムの世界では、大事にされた物や人々の幻想が集まりやすい場所や物にそういったものが宿る。

 

シノブはこう教えてくれた。

 

 

「――最近、魔法少女ベルルちゃんや他の少女向け作品の合同イベントをやる特設ステージが準備されてるんだよね〜」

 

 

当然、ナナカそれに目をつけていたし、観客席のどの辺りに陣取ろうかと何日も調査をしていた。

 

盗まれた――いや、忽然と消えたホビーグッズもそれらと深く関わりを持つものばかりだったため、霊的なものが宿る可能性は大いにあった。

 

 

「けれど、そんな怪奇現象が起こるくらい想念が渦巻いてるなんて、なんだか薄ら寒いわね。人の業を思い知ったというか……」

 

「そう? 私は嬉しいかな。それだけ女の子のヒーローが評価されてる、ってことでしょ? ユウキ君もそう思うよね?」

 

 

 

> もちろん。でも……

 

 

 

「うん、そうだね――」

 

 

一同はその特設ステージの会場に立つ。

 

現在時刻は深夜。

霊的な現象が活性化しやすい時間帯に、魔法少女への想念が渦巻くこの場所で、それは居た。

 

およそ現実に存在するとは思えない、華美な衣装。人形のような顔立ち。纏うオーラ。

そのキャラのトレードマークとも言える大きなベルを提げ、ステージの上でポーズをとっている異質な存在。

 

――「魔法少女ベルルちゃん」そのものに極めて近い何かだった。

 

 

「魔法少女ってのはね、皆に愛と希望を与えるものなんだよ」

 

 

ナナカは魔法杖を構える。

 

 

「決して、相手に押し付けるものじゃないんだッ!」

 

 

ユウキは剣を構える。

 

 

「……ベルルちゃん、どうか安らかに――リアルに、魔法少女は、いなくて良いんだよ……!」

 

 

自身を否定されたのか、それともホビーに取り憑いた何かが気に障ったのか、激情するように体を奮い立たせて、それは高速で突進してくる。

 

ナナカの魔法杖とユウキの剣を合わせて、叫ぶ。

 

 

「ナナカ&ユウキ!」

 

 

 

> インフィニット!

 

 

 

『ユニゾンブラストッ‼』

 

 

二人の一撃は、切ない――

 

 

 

 

 

その後。

 

二人の一撃によって吹き飛んだ付喪神は、体が崩れて消えたホビーの塊となった。

 

騒ぎとなって【王宮騎士団】が駆け付けてきて、魔法攻撃によるステージの倒壊等を追及されることとなったが、元副団長のサレンが上手くまとめてくれた。

 

 

「はぁ……」

 

「お疲れさまです、お嬢様」

 

 

その事後処理も終わり、久々に休暇を謳歌するサレンは憂鬱そうにため息をついた。

 

悩みのタネは当然、今回の事件……ではない。

 

 

(あの二人、随分息ぴったりだったわね)

 

 

ナナカの悪ノリに付き合うユウキ。

ナナカの相棒だというユウキ。

言葉も交わさず言いたい事が一致していたあの二人。

 

まるで、昔馴染みの親友のような――

 

 

「………………いやいや、まさか」

 

 

それではまるで、自分とユウキの関係みたいではないか。

 

脈絡が無さすぎる自身の思考に、サレンは笑い飛ばす程の心の余裕は無かった。




ナナカ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、天才美少女魔法攻撃を自称する少女。燃費は悪いが繰り出す魔法はどれも一流である。
ランドソルでは「蒐集家」という通り名があり読んで字のごとく魔導書を買い漁る趣味を持つ。なお、魔導書だけでなく、いわゆるサブカルチャー方面の書物も集めている。
魔法少女に憧れ、魔法少女の圧倒的な戦いをよく真似する。一緒によく行動するユウキを魔法少女のマスコット兼相棒と決めつけ、今日も魔法少女行脚の最中である。



何とか間に合ったぜ……。
さて今回の話についてですが、実は今作は死に設定になってそうですがナナカと主人公は前作では小学校時代の友人だったという設定があるそうです。
サレンも小学校低学年くらい(?)の時期に主人公と出会っていた事を考えると、現実では入れ替わりで主人公と繋がりがあったって事なんですかね?

さて、次回はリマ編ですが、リマ編が投稿される頃にはまた新しいアンケートを実施することになるかと思います。
ご協力よろしくお願いします。


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理解者はキミ以外にちゃんといる

本当なら4月始めに投稿する予定でしたがモンハンとかに浮気しまくって遅れてしまいました。

おかげでプリコネやる時間が一気に減ってしまったので、これからのプリコネを楽しむためにも書いていきます。


> 【牧場】の査定?

 

 

 

「そうなの。明日【動物苑】の傘下ギルドの運営状況を確認するためにギルド管理協会から来るみたいで」

 

 

憂鬱そうな顔で彼女は呟く。

 

今ユウキの目の前で流暢に話すその存在はリマ。一見二足歩行で立つ動物のような存在だが、それが災いしてよく魔物と勘違いされ、人里から離れて暮らしている少女である。

 

しかしこのユウキ少年は特に気にすることもなく(というより事の重大性が全く分からない)、リマとも交流することになった。

 

 

「それで、しばらく【牧場】から離れていようと思うの。私がいるとそれだけで騒ぎになっちゃうし。マヒルちゃん達は気にするなって言ってくれたけど……」

 

 

しかしそれでも気に病んでしまう繊細な心を持つリマは、マヒル達を押し切って山を下ることにした。

その折にユウキと出会ったということである。

ユウキは困っているなら誰が相手でも見捨てない。故に、彼女にこんな提案をすることになる。

 

 

「……え、【サレンディア救護院】に?」

 

 

 

 

 

次の日。

 

 

 

> ということで、うちで数日預かることになったリマだよ。

 

 

 

ユウキがそう紹介すると、子どもたちは好奇心旺盛でリマに群がる。

リマの背中に飛び乗ったり、モフモフの体に突進したり、首にしがみついたりと好き放題する。

 

 

(こ、子どもだから仕方ないとはいえ、折角セットしたのに〜〜っ!)

 

 

なお、リマの心中は少し穏やかではない。

子どもたちの手によって、整えられていた体毛はボサボサに乱れまくっていた。

しかし、子どものすることなので大人気なく怒ることはしたくない。故にフリフリ、と動物らしく体を揺すって嫌がるモーションだけは見せておく。

 

ユウキがリマに提案したのはこうだ。

山道で迷っていた動物を数日の間【サレンディア救護院】で保護する、という体でリマを匿う。リマは【牧場】へ後々連れて行くが、あそこは現在査定の最中であり、忙しいので数日経ってから連れて行く予定である……というシナリオでやって来たのだった。

 

これであれば、コストにうるさいサレンやスズメを納得させることが出来たため、リマの隠れ蓑には丁度よい。

しかし、救護院にはリマの事を知る者もいる。

 

 

「なるほど、そのような事情があったのですね。確かにリマさまは少々変わったお姿をされているので、事情を知らない方からすれば混乱の種かもしれません」

 

 

コッコロはリマと顔を合わせたことがあるそうなので、ユウキは事の経緯をあらかじめ話しておくことにした。

 

そうして、救護院がリマを預かった翌日。

 

 

「おーい、リマこっちだよー!」

 

「リマリマー!」

 

 

現在リマはアヤネやクルミと鬼ごっこをしている。

ルールなんてわからないでしょ、とサレンはツッコミを入れていたが、リマは人間の言葉をちゃんと理解している――そういう演技をしている――ので子どもたちと難なく鬼ごっこを始めている。

 

しかし、現在四足歩行をしているリマがアヤネ達にスピードで負けるはずがないのだが、全力で走り回ろうものなら庭がズタズタになってしまうだろう。なので手加減して追いかけている。

 

 

(それにしても、私が言うのもなんだけど、不思議なこともあるものよねぇ)

 

「あわわ、捕まっちゃった……」

 

『今のは左に逃げるべきだったなアヤネ』

 

 

アヤネの持つ大きなぬいぐるみを見てリマは思う。

彼女のくまのぬいぐるみ――ぷうきちは人間の言葉を話し、こちらと意思疎通を取っている。

そしてそのことを周りの者たちは特に不思議に感じているものはいない。

 

 

(【牧場】の私みたいなものかしら……)

 

 

人の目から離れて迷い込んだ先は山中にある牧場だった。二足歩行で近寄り、人間の言葉を話すリマを、マヒルはびっくりして飛び上がっていたが、

 

 

「はー、珍しいこともあるもんだべさ。人間みたいな動物がいるとは、オラもしかしてとんでもねえ瞬間に立ち合っただか?」

 

 

驚いただけでリマのことを遠ざけるような事はしなかった。

リンやシオリもリマの事を拒絶するような事はしなかったので、リマにとって【牧場】はとても大切な居場所なのである。

 

 

(何だか他人の気がしないわ……)

 

 

ぷうきちを振り回すアヤネを見て、リマはしみじみと思う。

 

 

「おーいリマ! これ見て、最近木の実が生ったんだよ! リマはこれ食べられる?」

 

 

アヤネは庭の隅にある木を指して、リマを呼びかける。

たしかに木の実が出来ているが、リマはリンゴ以外の木の身はあまり食べないのである。

たまにはリンゴ以外も食べるべきか、と首を傾げて悩んでいると、

 

 

「もしかして気になる? 採ってきてあげよっか?」

 

「アヤネちゃん、木に登るの? あ、危ないよぉ……」

 

「大丈夫大丈夫! ミソギとかに木登りのコツを教えてもらってるから、これくらいの高さなら簡単だよ」

 

 

ひょいひょいと足をかけて登っていき、細身の枝に到達して木の実に手を伸ばすアヤネ。

 

 

『おい、流石に危ないから早く下りようぜ』

 

「もうぷうきちもそんなこと言ってー! ……ほら、なんともないでしょ」

 

 

木の実をもぎ取って、得意げな顔を下から見守るクルミたちに見せつける。

だがアヤネは気づかなかった。

木の枝に亀裂が入り始めたことに。

 

 

「へ――」

 

 

ばきり、という無慈悲な音を立てて木の枝が折れる。

一瞬の浮遊感の後、アヤネは重力に従って――

 

 

「アヤネちゃん、危ない‼」

 

 

リマのモフモフの背中に落ちていた。

 

 

「アヤネちゃん、大丈夫⁉ 怪我はない?」

 

「え……う、うん……」

 

 

リマはほぅ、とため息をついて、自分がアヤネ達からどんな目で見られているのかようやく気づいた。

 

目を白黒させてこちらを見るアヤネとクルミ、そしてぷうきち。

こうならないように、動物に扮して救護院に来たというのに。

 

 

「……や、やっぱりわたし、おかしくなったんだ。今、リマが喋ったように聞こえたもん」

 

『いや、オレも聞こえたぞ。確かにリマが人間の言葉を喋ったような……』

 

「わ、わたしも聞こえたよ……。ど、どういうこと……?」

 

 

どうしようか、リマは何も言えないでいると、

 

 

 

> みんな落ち着いて。

 

 

 

様子を遠くから見ていたユウキが間に入るのだった。

 

 

 

 

 

「――この通り、私は普通の動物じゃないの」

 

 

一通りユウキが説明し終えて、証拠を見せるようにリマは二足歩行でその場を歩き回る。

 

 

『すげえ、その大きな身体で二足歩行できるのか……』

 

「驚かせてごめんなさい。やっぱり怖いわよね、気持ち悪いわよね」

 

「え、えっと、その……うぅ」

 

 

見てわかるように落ち込むリマに、クルミは何も言えないでいる。

だが、アヤネはポツリと口を開いた。

 

 

「……そんなこと、ないよ」

 

「え」

 

「だって、私のほうが変だもん」

 

 

俯いたまま、アヤネはぽつぽつと喋りだす。

 

 

「救護院の子どもたちは皆、ロストのせいで親がいないの。でもアヤネにはパパとママがいるのに、救護院に暮らしてるんだよ?」

 

「え? それって……」

 

「それだけじゃない! ぷうきちの声だって、最初はアヤネにしか聞こえなかった。パパとママはぷうきちの声が聞こえなくて、いろんな病院に連れてかれて……」

 

 

ふるふると肩を震わせるアヤネ。

だがそれ以上言葉が続かなかったのは、リマがアヤネを抱きしめたからである。

 

 

「話してくれてありがとうアヤネちゃん。大丈夫よ、ぷうきち君の声は私にも聞こえてるから。おかしくなんてないわよ」

 

「で、でもっ……」

 

「パパとママにだって、きっと何か事情があって顔を合わせづらいのよね? だったらそれが解決するまで休みましょう。アヤネちゃんはまだ子供なんだから」

 

「…………うん……」

 

 

アヤネはようやく泣き止んだのだった。

 

 

 

 

 

【牧場】の査定も終了し、戻ってきたリマは一人リンゴをかじりながら【サレンディア救護院】での一時を思い出していた。

 

救護院の存在意義はユウキから聞いている。身寄りのない子どもたち――主に親がロストの被害に遭った事で孤児となった子供たちを引き取っていると。

 

だが、

 

 

「なんだかアヤネちゃんが心配だわ……」

 

 

彼女の親は特に被害に遭ったわけではないと言う。

今もランドソルに健やかに過ごしていて、アヤネもたまに両親の元へ戻っているとか。

 

 

「あの子に何があったのかしら……」

 

 

その実情に、途方も無い謎が込められていることを、リマは知ることはない。




リマ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、全身モフモフの謎多き少女。何でも低反発に弾く体毛はかなり防御力が高く、足も速い。
一見何かの動物のように見えるが、二足歩行で行動し、人語を話すことができるため、彼女をひと目見た者は魔物だと誤解し、たまに討伐依頼がかけられる。
メタモルアップルという、人間に変身するアイテムを使ってランドソルを渡り歩く。その特殊なアイテムの入手にはリマの個人的な繋がりを持つ何者かが関わっているようだが……。



3.5周年おめでとうございます&お久しぶりです。
まさかこんなに時間がかかってしまうとは、もっと早く投稿するつもりでしたのに……(言い訳)
この約半年でCygamesも大きく動きましたね。
やっぱりウマ娘の存在が大きすぎる。3年以上かけてリリースが待たれたようですし、ゲームのクオリティもかなり高いようですし。
さて今後のプリコネですが、メインストーリー第二部がクライマックスのようですが、個人的には本当にそうなのだろうか、と思わず首を傾げてしまいます。
仮にレイジ・レギオンを倒して第二部終了なら現実への帰還の糸口がほぼ全く見つからないまま次のステージに入ってしまうわけですからね。
それにプレイヤー視点で見えている地雷の対処が全くできてないのが懸念点ですね。


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キミと不確かな未来には探偵を有効活用できない

何だかプリコネのメインストーリーが私好みの超展開になってきたのでモチベーションが上がってきました。


ランドソルでは日夜大なり小なり事件が発生する。

時に区画一つが魔物の驚異にさらされるようなことが起きたり。

時に喫茶店のプリンが横から掻っ攫われたり。

 

そう、これから語られる事件も、それらの中の一つとして語られるのである――

 

 

 

 

 

「街道で何かが蠢いている?」

 

 

ここ数日のランドソルで噂になっていることをユウキから聞いたカスミは事件の臭いがすると感じ、耳を傾ける。

 

 

「何かというのは、魔物の類……ではなさそうだね」

 

 

ユウキの反応からしてそうではないと確信する。

魔物の仕業であればマコトやカオリが出張れば良いだけだからだ。

 

ユウキの証言をまとめるとこうなる。

 

街道の景色が歪んでいるように見えて、足を踏み入れると気がついたら全く別の場所に辿り着いてしまうという怪現象である。

 

ユウキも先程まで配達の仕事をしていたが、今日は特に向かう用事もないのにエルフの森にいきなり立ち入ってしまい、何がなんだかと困惑してしまった。

 

 

「なるほど、面白い! そういった怪現象の謎を解き明かしてこその探偵というものだ。早速現場に急行しよう!」

 

 

 

 

 

「これは……想像以上だね……」

 

 

街道に出た二人。

目の前に起きている光景を見てカスミは絞り出すように呟く。

 

まるで海が荒れているように景色がはっきりとしない。ぐにゃりと道が上下左右に歪み、草木もゴムのように伸びてゆらゆらと揺れている。

 

ずっと見ていると眩暈を起こしそうだ。

 

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず……ここは……っ」

 

 

 

> 何をするつもり?

 

 

 

「決まっているだろう――飛び込むのさ、あれに!」

 

 

駆け出すカスミをギリギリで止める。

 

 

「ちょ、何処を掴んでるんだい助手くん⁉」

 

 

 

> 危なすぎる。僕も一緒に行く。

 

 

 

ユウキはカスミの手を握る。

これなら逸れない、とサムズアップする。

 

 

「む、むぅ……少々近すぎる気が……。い、いやそんな事を言っている場合ではないか。分かったよ助手くん」

 

 

コホン、とカスミは一息ついて、

 

 

「いいかい、3、2、1の合図でアレに飛び込むよ。準備はいいかい?」

 

 

ユウキは大きく頷いて、一歩目を少し前に出す。

 

 

「それじゃあ、……3、2、1!」

 

 

二人は駆け出して、歪みの中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

頭が酩酊感を訴えながら、ゆっくりとカスミは頭を上げる。

カスミが目を覚ました時に見たのは、既に使われなくなったであろう古い城だった。

至る所に小さなヒビがあり、窓も割れていてとても人が快適に住めるような場所ではない。

 

さて、ここはアストライア大陸のどのあたりだったかと腕を組んで、カスミはある事に気づく。

 

 

「……あれ、助手くん?」

 

 

手を握っていた筈のユウキの姿がない。

眩暈がしていたので何らかの影響で手を離してしまったのかもしれない。

 

 

「やはりただの自然現象ではないか……。では何か外部からの作用で……?」

 

「……おぬし、人の居城の前で何をしておる?」

 

「…………ッ!?」

 

 

ビクリと跳ねて、カスミは飛び退く。

赤と白のレオタードをまとい、こちらを見上げる赤い目の少女は鋭い目つきで口を開く。

 

 

「獣人族か……。しかし、ここまで近づくまで気づかなんだとは、何やら事情がありそうじゃのう」

 

「き、君は……?」

 

「わらわはイリヤ・オーンスタイン! 太古より目覚めし吸血鬼じゃ! ククク、わらわが恐ろしいか?」

 

 

喉を鳴らして笑うイリヤに対し、カスミは首を傾げる。

イリヤ、イリヤ……何処かで聞いたような?

 

 

「……ああ、思い出した。前に【自警団】のギルドハウスに遊びに来たイリヤって、君のことかい」

 

「【自警団】じゃと? 何じゃ、おぬしマホとカオリの戦友か。それならそうと早う言わんか。どれ、わらわがもてなしてくれるわ」

 

 

イリヤは背を向けて廃城に戻っていく。そして顔だけ振り返って目で合図する。

招待されたのだと理解したカスミは後をついていく。

 

中は案の定と言うべきか、ボロボロで城としての威厳を全く感じない。

そこで客間らしい部屋に案内されそれなりに大きい椅子に腰掛けたイリヤ。適当に向かい合うように椅子に座るカスミを見てイリヤは口を開く。

 

 

「すまんのう。今は皆出払っておってな。茶菓子は出てこんと思うてくれ」

 

「別にたかりに来たわけじゃないから安心してほしい……。私としても、ここに来たのはアクシデントのようなものだしね」

 

「あくしでんと? ……ふむ、話が見えんが、それはおぬしにこびりついた魔力の残滓と関係あるのかのう?」

 

「魔力の残滓? 何か解るのかい?」

 

「魔力、というよりは霊に近い匂いじゃがのう。……そういえばしばらく前にけったいな精霊が暴れておったようじゃが、それによく似とる」

 

「精霊か……。参ったな、専門外だ。助手くんの人脈なら精霊魔法に詳しい人とかいるだろうが……」

 

「ふむ? まあ事情は知らぬが、手を貸してやろう。精霊だか魔物だか知らんが、わらわの与り知らぬところで暗躍など許せぬわ」

 

 

スッと立ち上がり何処からか武器を取り出すイリヤ。武器とにらめっこして顔を顰めているがやがて諦めたように首を振った。

 

 

「やはり眷族の力が無ければ満足に戦えそうもないか……」

 

「戦闘か……。助手くんと逸れたのはつくづく痛いな……。彼の力があれば戦力も上がるだろうに……」

 

「「…………?」」

 

 

お互いに呟いた言葉を聞いて、何かしらの引っ掛かりを覚えるのだった。

 

 

 

 

 

「ところで、精霊と言ったけど、空間を捻じ曲げる力を持った精霊なんているのかい?」

 

「以前ランドソルで暴れとったフォギーという精霊は他者から時間を奪い取っていたらしいの。それくらい規格外な力を持った精霊が他にもおるという事じゃの」

 

「時間を奪う……」

 

 

廃城を後にして、イリヤの先導で空間の精霊を探すカスミ。

 

カスミは出会ったとしてどうするべきかを思案する。

自身に精霊を使役するような力はない。

あくまで探偵の役割は真実を探求し、解明すること。

 

【自警団】に身を置かせてもらっているが、荒事は得意ではないので他の専門家に任せるしかないのだ。

 

 

「――見えてきたぞ」

 

「……っ」

 

 

イリヤは大鎌でそれを指す。

 

そこには何もない。

より厳密に言えば、空間の歪みが特に酷いだけで、その中に何者かがいるようには見えない。

 

 

「…………まさか、空間の歪みそのものが、()()だとでも言うのか!?」

 

「違いない。精霊の核とでも言うべきか……霊力の塊みたいな香りがあれの中から強く感じる」

 

 

冷静に判断したあと、イリヤは忌々しく舌打ちをする。

 

 

「フォギーもそうだったようじゃが、あれが精霊じゃと? とんでもないわ、同じ魔の者として言わせてもらえば、あれはもはや魔物じゃ」

 

「……同じ魔の者、ってそういえばさっきも妙な……」

 

「――その人の言うとおりです」

 

 

明後日の方向から第三者の声が聞こえ、二人は身構える。

 

現れたのは、マイクの様な長い杖を構える翠の少女――チカだった。

 

 

「君は、カルミナの……!」

 

 

 

> ……ようやく合流できた。

 

 

 

「助手くん!?」

 

「眷族!?」

 

 

チカの影から出てきたのはカスミとはぐれてしまったユウキ。

 

あのあとユウキは海辺に放り出され、魔物に追われながらもランドソルを目指していると、偶然チカと出合い、空間の精霊という存在が現れてしまったことを知る。

 

 

「まさかランドソルに現れるなんて……空間の精霊……キリン」

 

「キリン……それがやつの名前……」

 

 

ユウキは剣を構え、強化の力を放つ。

 

 

「よし、久々に来たのじゃ――おおおッ!」

 

 

強化の力を受けて、イリヤの姿は光に包まれる。

その姿は先程までとは大きく異なり、背が高く、スタイルも抜群な妙齢の女性へと変貌した。

 

 

「な、なあっ⁉ ど、どういう原理でそうなったんだい!」

 

「い、今は後にしましょう! 来ます!」

 

 

チカは精霊の唄で精霊を唱喚し、押し寄せてくる歪みをせき止める。

 

しかし、押し返されるのか、その歪みに精霊が飲み込まれようとする。

 

 

「なるほどのぅ……核はそこか!」

 

 

イリヤは素早く魔法を展開し、歪みに向けて魔力を放つ。

 

歪みはピタリと止まり、ガラスが割れるように歪みにヒビが入る。

それはバキバキと音を立てていき、最後には大きな破裂音を立てて、その姿を表した。

 

獣のような四足歩行に、額から天に伸びる長い二本の角。ユニコーンを連想させる魔物のような霊体だった。

 

 

「これが、キリン……」

 

「さて、こいつをどうするか……」

 

「精霊は完全に倒すことは不可能です。無力化して精霊界に送り返すしかありません」

 

 

キリンはいななき、二本の角を突き出して突進してくる。

 

 

「では、動きを止めてみようか――!」

 

 

キリンを囲うように檻のような光が顕現する。

光りに包まれたキリンは目に見えて動きが鈍り、力が抜けていくように膝を折る。

 

 

「ふふ、クリミナルプリズンの前には、逃げ場は無いよ!」

 

「チャンスです! 私が精霊界へのゲートを開きます。その間に、誰か強力な一撃を……!」

 

「ふっ、ならばわらわが引き受けよう」

 

 

イリヤは一歩前に出て、大鎌を振り上げ、魔力を放出する。

放出する魔力は大鎌に収束し、次第に赤黒い魔力の奔流へと変わる。

 

 

「恐怖しろ――」

 

 

飛び掛かり、その奔流をキリンへとぶつける――

 

 

ヴァーミリオンバイトッ‼

 

 

赤黒い光が辺りを包み込み、力尽きたキリンは静かにその場から消え去った。

 

 

 

 

 

戦いを終えて、イリヤの廃城へ戻ってきた一行。

 

 

「――それにしても、助手くんがカルミナのアイドルと知り合いだったとは……」

 

「かるみな、というと、アカリから聞いた事あるのぅ。ランドソルで有名なあいどる、だとか。不思議な縁もあるものじゃ」

 

「一番の不思議が何を言っているんだい、イリヤさん……」

 

「本当ですね。さっきまでの姿は一体……」

 

 

ソファにどっしりと座っているイリヤはユウキの強化が抜けたのか、子供の姿に戻ってしまっている。

 

 

「……まあ、それよりもキリンの事です。まさか、またあんな強力な精霊が、人が立ち入れる場所に現れるなんて……」

 

「どういうことだい?」

 

「精霊というのは本来、人が滅多に立ち入ることが出来ない場所に居るんです。強大な精霊なら尚の事。それがこんな短い期間に、二体も現れるなんて……何かの予兆としか思えないんです」

 

「予兆……論理的根拠は感じないが、本職がそう言うのなら、可能性はあるのかもしれないね」

 

 

予兆と言えば、とカスミは思案する。

 

助手たるユウキの人間関係は本当に広く、そして深い。

チカのような唱喚士や、イリヤのような本物の吸血鬼疑惑のある人物。

果ては王宮騎士とも面識があるかも、という噂もある。

 

 

(まるでこれから誰かと戦いに行くかのような面子だね……)

 

 

考えすぎか、とカスミは自嘲する。

 

 

 

 

 

なお、今回の事件は根本的には何も解決していない事をカスミは終ぞ見抜くことは出来なかった。

 

今回の事件が尾を引き、後の事件に間接的に関わっていることを、後のユウキは知ることになる。




カスミ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、推理が大好きな名探偵獣人。ルーペのような形状のステッキは探偵の必需品であり、彼女のお気に入りである。
元々は根無し草だった様だが、マホが立ち上げた【自警団】に見を置き、時折探偵の仕事として事件を推理し、犯人を捕縛して【自警団】の一員として戦う。
推理モノの小説がお気に入りで、彼女の口調は小説から影響を受けている。実際の性格はあまり自分に自信がなく、何でもかんでも推理したがるだけの普通の少女である。



もう少し早めに投稿しようかなとも思いましたが、メインストーリーがそろそろ更新されると思い、見終わってから書き始めました。

実際それは正解で、おかげでこの作品の今後の方向性がある程度決まりました。

そしてなんともまあ考察しがいのあるストーリー展開になったので、ここで自分の考察を整理するべく書き連ねようかと思いましたが、確実に長くなるので活動報告の方に纏めるつもりです。
興味のある方はご覧ください。


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キミが怖がるものは何だろうか?

メリークリスマス‼

お久しぶりです。プリコネも4周年が見えてきましたね。

ソシャゲやブラゲで4周年はそれなりに続いてる方なのかな、と思う今日このごろ。


今日は久々に【美食殿】のギルド活動。

 

ギルド管理協会に集まった一行は掲示板に貼られている依頼を見るのだが……

 

 

「何よこれ、全然貼られてないじゃない」

 

「ふむ、珍しいですね。町中の掲示板でも張り紙はまちまちとありますのに……」

 

「カリンさーん、何かあったんですか?」

 

ペコリーヌに呼ばれて、ギルド管理協会の事務員――カリンが出てくる。

カリンは困ったような顔をして、

 

 

「実は最近、ランドソル周域で魔物をほとんど見かけなくなりまして……」

 

「は? どういうことよそれ」

 

「原因は未だ調査中なのですが、どうも魔物の生態系に何らかの異常が発生しているようです。特に、力を持った魔物が唐突に現れて、元いた場所を住処にしていた魔物が居なくなったり、その魔物が居なくなっても生態系がもとに戻らなかったりと……」

 

 

それが原因で魔物討伐などの依頼が全く無い、とカリンはため息をつく。

 

 

「なるほど……では、他に護衛などの討伐以外の依頼も無いのは、どういう事なのでしょうか?」

 

「それについてはある程度原因は分かっています。どうやら、最近シャドウの目撃情報が多数挙がっていて、ランドソル外の往来が、かなり滞っているみたいです」

 

「シャドウ、ですか? わたし、あれ苦手なんですよね……。何だか不気味で、幽霊みたいですし……倒しても消えちゃうんですよね」

 

「シャドウ、ねぇ……」

 

 

顔を青くするペコリーヌと顔をそらして考え込むキャル。

 

 

「ですので……」

 

「…………ちょ、待ちなさいこのくそ眼鏡! あんたがそういう顔するときは……」

 

 

ニコリと笑うカリンを見て嫌な予感がするキャル。

実際それは当たりで、これからシャドウについて調査依頼を通達されるのだが……

 

 

「――その依頼、私も参加してよろしいですか?」

 

「……? 貴女は、確か……」

 

 

調査依頼の開始に顔を出してきたのは、ランドソルで占いをする少女――シノブだった。

 

 

 

 

 

「へえ、シノブ……さんも、ユウキの知り合いなんだ」

 

「はい、よく霊媒師の仕事を手伝ってくれます。……父には嫌われているのですが」

 

 

 

> あれ? ドクロ親父は?

 

 

 

「お父さんとは今別行動を取っています。どうもシャドウを幽霊だと勘違いして私達に依頼をする人がとても多くて……」

 

 

一行はシノブも交えてシャドウの目撃例が多い地点まで足を運び、それまでコミュニケーションを取っている。

 

 

「お父さんも、シャドウは専門外だと断ったのですが、あまりにも依頼する人が多くて。おまけにいつもの悪癖が……」

 

 

 

> ああ……。

 

 

 

納得したようにユウキは苦笑した。

 

その後、シノブとドクロ親父は手分けしてシャドウの目撃例のある場所を調査することになり、シノブはギルド管理協会を訪ねに来たのだった。

 

 

「ところで、さっきから気になっていたのですが……ペコリーヌ、さん?」

 

「……っ、は、はい。なんですか?」

 

「顔が青いですが、もしかして気分が優れないのですか?」

 

 

ペコリーヌははっとして笑顔を浮かべるが、その表情は少し引きつっているように見える。

 

 

「あ、あはは……そんな事はない、んですけどね……」

 

「そういえばペコリーヌさま、先ほどはシャドウが苦手だとおっしゃられてましたね」

 

「はい……。シャドウって幽霊みたいですし、たまにわたしやコッコロちゃんの姿で現れたりして、何だか友達を斬ってるみたいで……」

 

「それは……」

 

「ペコリーヌさま……」

 

 

コッコロとシノブは何も言えなくなってしまった。しかし、そんなペコリーヌに一言。

 

 

「……あんた、意外ねぇ。幽霊が苦手なんて、子供みたいな弱点あったのね」

 

「だ、だって! 幽霊は倒しても何も残らないし、食べられないんですよ! そんなの不気味じゃないですか!」

 

「結局そこかい‼ あんたホント食べることしか頭に無いわけ⁉」

 

 

キャルのツッコミによって、しっとりとした空気は払拭された。

二人のやり取りを、ユウキ達はただ笑顔で見つめていた。

 

 

 

 

 

「たしか、目撃例はこの辺りのはずですが……」

 

 

一行がたどり着いたのは山の麓。

この辺りで薬草摘みをしていた人がシャドウを多数見かけ、大急ぎで逃げ帰ったらしい。

 

しかし、シノブは周辺を見渡してもシャドウは見つからない。

 

 

「妙ですね……シャドウもそうですが、魔物や小動物も見かけません」

 

「カリンの奴は、魔物がランドソルから姿を消した、みたいなこと言ってたけど……」

 

「そうですね。この辺りとかお花が沢山咲いていますし、ちょうちょとかが飛んでいてもおかしくないと思いますが……」

 

 

不自然なほどの静けさに一同は警戒心を上げる。

 

 

「……どうしましょう、ここでじっと立ち止まっても何もわかりませんし、手分けして探してみますか?」

 

「手分けするのは良いけど、単独は避けましょ。シャドウに囲まれでもしたら堪らないわ」

 

 

こうして、2対3の人数に分かれて探すことになった。

 

内訳は、ペコリーヌ、キャル、コッコロの三人。

そして、ユウキとシノブの二人。

 

 

「……こうして二人だけで行動するのも初めてかもしれないですね」

 

 

 

> いつもは三人だもんね。

 

 

 

「そうですね。本当に父には困ったものです」

 

 

抑揚の少ない苦笑がシノブからもれる。

 

 

「ユウキさんは、シャドウの大量発生についてどう思いますか?」

 

 

話題を変えて尋ねるシノブにユウキは深く考える。

 

以前街中でもシャドウが現れ、ユウキ達は囲まれることとなった。

その上、街から離れた【サレンディア救護院】でも複数のシャドウに襲われ、ユウキにとってもシャドウとは身近な怪異となりかけている。

 

そもそもシャドウは何が原因で現れているのかがよくわかっていない。

何せ唐突に現れるのだ。

 

 

「……ユウキさん、止まってください!」

 

 

そう、今みたいに。

 

シノブに強引に引っ張られて、ユウキは尻餅をつく。

シノブの視線の先には、フラフラと覚束ない足取りで林の奥を歩くシャドウがいた。

 

 

『…………』

 

「あ、あれは……⁉」

 

 

よくよく見ると、それはシノブによく似たシャドウだ。

まさか自分の姿を真似るシャドウまで現れるとは思っておらず、迂闊に声を出してしまうシノブ。

 

案の定シャドウは声の方向に顔を向けて、こちらを視認する。

 

 

『……占いとは……どちらか一方……可能性……』

 

 

ブツブツとよく分からない言葉をとぎれとぎれに呟きながら少しずつこちらに近づいてくる。

二人は武器を構えて臨戦態勢を取るが……、

 

 

 

―――――♪―――♫―――♪――

 

 

 

「…………え……?」

 

 

突如、微かに歌声が聞こえ、二人は呆ける。

そして次の瞬間、

 

 

『…………』『自分たちは……正義の……』『……ランドソルを…………投資……』『……後ろを……つけてきて……』『……』『大人なのに……見てないと……』『……■■■っち…………狙い……』『……涙は…………その一回……』『……どうせ……観客にいる……』『……』『心が…………いつも笑って……』

 

 

「こ、こんな数のシャドウ、どこから……⁉」

 

 

シノブ達はシャドウに囲まれていた。

それも十や二十の数ではない。ランドソル中のシャドウがここに集まったのではと錯覚するほどの数が、まるで何処かへ引き寄せられる様にこちらに雪崩込んでくる。

 

 

「いけない、ユウキさんっ……!」

 

 

とっさにシノブはユウキを庇おうと前に立って――

 

 

「シノブに近づくななのーーっ‼」

 

 

空からプリン好きの幽霊に、シャドウの群れは薙ぎ払われた。

 

 

「え、え……?」

 

『シノブ、無事か!』

 

「お、お父さん⁉ ミヤコさんも!」

 

 

死角から現れたドクロ親父に目を白黒しつつも、シノブは冷静さを取り戻し、ミヤコが作ってくれた隙を利用する。

 

 

「皆さん、今です! 逃げましょう!」

 

 

シノブはとっさにユウキの腕を掴んで切り裂かれたシャドウの群れを走り抜けるのだった。

 

 

 

 

 

ペコリーヌ達と別れた場所まで戻ってきたユウキ達は、既に戻っていた彼女たちに駆け寄った。

 

 

「主さま! よくぞご無事で……」

 

「良かったです、もうすぐ探しに行こうかと思ってたんですよ〜」

 

 

コッコロはユウキに駆け寄り、怪我がないかを確認する。

 

 

「皆さんも無事でしたか……」

 

「その様子だと、シノブ……さん達の方も襲われたみたいね――ってなんか増えてない?」

 

 

キャルは行きにはいなかった人物(?)を指差し、首を傾げる。

 

 

『人に指差すなクソガキ!』

 

「そうなの! 罰としてプリン寄越せなの!」

 

「うぎゃあ〜〜〜〜ッ‼ こ、このドクロ喋った〜〜⁉」

 

「そ、そっちの女の子、脚が透けてませんか? どうして浮いてるんですか?」

 

 

珍しく抱き合って怯えるキャルとペコリーヌ。

脅かせるなといつものようにシノブが折檻したあと、シノブはドクロ親父に問いかける。

 

 

「お父さんはどうしてこっちに? ランドソルに残ってシャドウを調べてたんじゃ……」

 

『シノブと同じだよ。いきなりシャドウに囲まれて、真面目に焦ったぜ。……そこをこのクソガキに、不本意だが助けられたんだよ』

 

「その態度は何なの? 感謝の印にプリン百個くらい渡してほしいくらいなの」

 

『鬼の首取ったような態度してんじゃねえよ‼』

 

「あたし達と状況が似てるわね……」

 

「ええ、その前に……何やら歌が聞こえたような……」

 

 

 

> 歌?

 

 

 

『そういや俺の方でも微かに聞こえたような……。綺麗な声だったなぁ』

 

 

歌。

確かにユウキ達も歌声らしき音は聞こえたが、その後でシャドウが大量発生したために、それどころではなかったのだ。

 

 

「あれは一体、何だったんでしょう……」

 

『……その前に、一ついいか?』

 

「お父さん?」

 

 

神妙な態度でドクロ親父はゆっくりと顔を向ける。

 

 

『貴様いつまでシノブに腕掴まれてるんだ! さっさと解きやがれ‼』

 

「えっ⁉ あっ、すみません!」

 

 

ずっと腕を掴んでいたことに気づいたシノブは顔を赤くして手を離し、すっと一歩離れるのだった。




シノブ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、霊媒師の少女。ドクロのような幽霊が父親であり、いつもシノブの側にいて霊能力の仕事をしている。
ランドソルでは占い師をやっており、それなりに有名になっている。当人いわく父親の方が正確のようだが、父親は占う相手によって結果を極端に教えてしまう。
裏では父親の霊媒師の仕事を手伝っているが、父親の見た目がアレであり、その上依頼人も選り好みするため、シノブは時々怒って父親を折檻することもあるようだ。



おまけ

シノブ「そういえば、ランドソルまで歌が聞こえてきたの?」

ドクロ親父「多分普通の歌じゃなかったな。だから俺は聞こえたんだと思うが……。
それにしてもきれいな歌声だったな〜。きっと歌ってる人も美人な姉ちゃんに違いねえ。よしシノブ! 早速あの歌声の主を探そうぜ!」

ミヤコ「こいつ、こんなバカなこと考えてるからシャドウに囲まれてたの。全然学習しないの」

シノブ「(# ゚Д゚)」


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犬も歩けば棒に当たるが、キミが歩けば家来になれる(前編)

あけましておめでとうございます。


「さあ、ショーグン! 今日もショーグンの忠臣を探しまショウ!」

 

 

ニコニコとショーグンと呼ばれたユウキの周りをくるくる回るニノン。

彼女は特殊な力を持つユウキを国の大将――つまりは将軍だと信じて疑わず、このように時偶家来を探す行脚を始めるのだ。

 

 

「では、早速一人目の忠臣候補のところへ向かうデス!」

 

 

 

> 候補って?

 

 

 

「今回は、このニノンが事前にショーグンの有能な家来になれそうな人材を口コミで色々見つけてきたのデス。これぞシノビの諜報活動デス! ニンニン!」

 

 

両指を絡めて人差し指を立てるニノン。

 

まずニノンに連れて行かれたところは、ランドソルの住宅街。

ニノンいわく、この辺りにまず一人目の家来候補がいるらしいが……。

 

 

「ムムム、ムムムムム……」

 

 

何故か彼女は人の往来ではなく、住宅街の真上をキョロキョロと見渡している。

何をしているのか聞いてみると、

 

 

「可笑しいデスね……、最近この辺りで空を飛ぶ人間の目撃情報があるのデスが」

 

 

空を飛ぶ人間について心当たりがあるのが何人かいるが、考える前にその答えが見つかった。

ピンク色でフワフワと浮かぶ少女――ハツネである。

 

 

「見つけマシタ! 年貢の納め時デース‼」

 

「スヤスヤ……むぎゅっ!? ……え、え、なに?」

 

 

ニノンに体にしがみつかれたハツネは飛び起き、そのまま垂直落下した。

 

 

「あたた……、あれ? ここ外? 私またやっちゃった?」

 

「イタタ……でも、ようやく捕まえマシタ。神妙になるデス、アナタはショーグンの御前にいるのデスよ!」

 

「将軍? ……あれ、ユウキ君?」

 

 

びしぃ、とニノンはユウキを仰ぎ、ハツネはその姿を捉える。

ぴょんと飛び起きたハツネはパタパタとユウキに近づき、

 

 

「ユウキ君久しぶり☆ もう体は大丈夫?」

 

 

問題ないようにユウキはマッスルポーズを取る。

それから楽しそうに話を始めるが、

 

 

頭が高いデース‼

 

「うわあ‼ さっきから何⁉」

 

 

ムカッとしたニノンの一声でハツネは素早く振り返る。

 

 

「このお方を誰だとココロエヨウ! デゲデゲデン!」

 

「でげ……なに?」

 

「このお方はいずれこのアストライアを統一するショーグンデス! 無礼も過ぎればカミカクシデース!」

 

「…………」

 

 

呆気にとられて何も言えないハツネ。

それを見て恐れ慄いたと勘違いしたニノンは畳み掛ける。

 

 

「デスが、ショーグンは春風よりも優しく、大海よりも深い器をお持ちデス。今ならショーグンに忠誠を誓えば、そのフケイはお許しになるデショウ!」

 

 

デゲデン! ……とかっこよく締めたつもりのニノン。

ハツネはただ一言。

 

 

「……何だか、個性的な友達だね」

 

 

と苦笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「……ええと、それで家来を集めてどうするの、ニノンちゃん」

 

「トーゴクの童話には、旅の途中で仲間を集めて鬼退治をするお話があるデス。それに倣って、ワタシ達も旅の道中で仲間を集めれば、どんな敵もバッタバッタの勧善懲悪! そして天下統一の夜明けゼヨ! ……というわけデス」

 

「旅……、これ旅なのかな?」

 

 

ランドソル内をただ散歩しているようにしか見えない、とは言わなかったハツネ。

 

 

「でもユウキ君なら平和な世の中に出来そうな予感はするね! 優しいし、友達も多いしね」

 

「オオ! ハツネさんはよく分かっているみたいデスね。それでこそショーグンの忠臣デース!」

 

「もう私は忠臣になってるんだ……」

 

 

展開が早い。

 

次にニノンが向かっているのは獣人族の居住区。

ニノンは地図を確認しながらキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 

「確か、獣人族の居住区に、【自警団】というギルドがあるはずデスが……」

 

「ああ、それなら向こうだよ。私が案内しよっか?」

 

「では、先導をお願いシマス!」

 

 

ハツネはシオリが【自警団】に所属しているため、何度か通ったことがあるので詳しい道筋を知っている。

 

 

「お邪魔しまーす☆」

 

「ん? あんたは確か、シオリの姉さんだったか。久しぶりだな」

 

「マコトちゃん、久しぶり! いきなりで悪いんだけど……」

 

「ヒカエオロウ、デース‼」

 

「うおわっ! な、なんだ⁉」

 

 

割って入ってきたニノンに驚き、思わず剣に手を伸ばしかけるマコト。

 

 

「ようやく見つけました。アナタこそ我らがショーグンの切り込み隊長にふさわしいデース!」

 

「急に何なんだあんたは……それに将軍?」

 

「ご、ごめんねマコトちゃん。ニノンちゃん悪い子じゃないから……」

 

 

 

> ショーグンって呼ばれてます。

 

 

 

「いっぺんに喋んな!」

 

 

マコトはその場に座り込み、ニノン達にも腰を下ろすよう促す。

 

 

「……で、急に何なんだ、将軍とか切り込み隊長とか」

 

「アナタは【自警団】の切り込み隊長として数々の事件を解決したと聞いてマス」

 

「いや、そんな隊長になった覚えはねえけど……」

 

「だから、そんなアナタはショーグンの忠臣にふさわしい人物デース! ともに巨悪を倒し、ショーグンの名の下に天下統一シマショウ!」

 

「よく話すやつだな……」

 

 

既に気圧されているが、マコトはマコトなりにニノンの言いたいことを考える。

 

 

「よく分かんねえけど、何か事件が起きてんのか? だったら力を貸すぜ」

 

「ノン‼ 事件は現場で起きているんじゃアリマセン、未来に起きているのデース‼ クワバラクワバラ……」

 

「はあ?」

 

「――つまり、何かあった時の為にチームを作りたいって言っているんじゃないかな彼女は」

 

「うおっ、いたのかよカスミ!」

 

 

ぬっと影から出てきたカスミ。

 

 

「ノン! チームではなく、ショーグンの忠臣蔵デス! それに、色合いもバランスが取れているのでショーグンの威光を示すのにピッタリデース‼」

 

「色合い? 何の話ニノンちゃん?」

 

 

 

> ヒーローショーみたい!

 

 

 

ここでユウキが目を輝かせる。

ヒーローショーとは、以前に【王宮騎士団】が大広場のステージでやっていた演目のことだ。

 

 

「ああ、あれか。最近人手が微妙に足りないからってやらなくなったらしいけど」

 

「あれも一つの勧善懲悪デス! ショーグンが忠臣を束ねてランドソルを守れば、天下統一も夢じゃアリマセン! そのためには、色が重要だと聞きマシタ」

 

 

つまり――

 

赤……???

黒……マコト

黄……ニノン

桃……ハツネ

緑……???

 

と、ニノンは考えている。

 

 

「あたしは黒なのかよ……。どっちかって言うと青じゃねえか?」

 

「突っ込む所はそこじゃないよマコトさん。既に頭数に入れられてるけど良いのかい?」

 

「私、桃要素髪しかないけど……」

 

「そんなこと言ったらニノンさんだってそうだろう」

 

「青はショーグンなので問題ないデス!」

 

「助手くんにもやらせるのかい⁉ 将軍とか言っておきながら⁉」

 

 

息を切らしながらツッコミをするカスミはそろそろ根本的な疑問を投げかける。

 

 

「……そもそも、なぜそんなヒーローショーじみたチーム編成にこだわるんだい?」

 

「最近、魔法少女なる謎の四人組が台頭するようになったらしいデス。モニカさんに調べようと頼んでも聞いてくれませんでした。あんなの初めてデス……」

 

「え゛」

 

「えっ」

 

 

魔法少女という単語を聞いてカスミとハツネがビクリと跳ねる。

 

 

「ユエに! 魔法少女に負けないためにも、ショーグンの威光が分かりやすく伝わるためにも、ヒーローのような色合いを重視した忠臣蔵を作る必要があるのデス‼ …………ハツネさん、どうかしたデスか?」

 

「い、いや何でもないよ~☆ 一体誰なんだろうな~魔法少女?」

 

「おい、カスミ。どうしたんだ顔真っ青だぞ。……そういやお前、魔法少女の調査するときあんまり乗り気じゃなかったよな」

 

「き、気のせいじゃないかい? ……す、すまない、私はもう少し仮眠を取ってくるよ」

 

 

覚束ない足取りでカスミは帰っていった。

 

 

 

 

 

「はあ、何だか成り行きであたしも来ちまったけど。まあ魔法少女達にばかり任せてられねえし、腹くくるとすっか!」

 

「あ、アハハ、そうだね〜☆」

 

 

少しずつ乗り気になっているマコトと、魔法少女について詳しい話をしないように注意深く言葉を選んでいるハツネ。

 

 

「ムムム、後は赤と緑デスね……」

 

 

地図とメモを見比べながらキョロキョロと見渡すニノン。

 

 

「そのメモなんだ?」

 

「これはアユミが作ってくれた人物メモデス! かなり正確に書かれてあるので助かりマス! 流石アユミデス!」

 

「あいつか……」

 

「……え、もしかしてそのアユミって人に、私のこと書かれてるの⁉ 何者なのそのアユミって人⁉」

 

 

フワフワと浮いていたところをわざわざニノンが探しに来たことを考えるに、自分の秘密がバレているのではとハツネは冷や汗を流す。

 

 

「デスが、赤が中々捕まりそうにないですね……ムム、ム⁉」

 

 

ニノンは地図とメモを懐に隠し、武器の団扇を薙ぎ払う。

ガキン、と金属音がなり、攻撃してきた影が空中から降り立つ。

 

 

「……まったく、ふざけた風体の割に勘が鋭いのですね」

 

「ナニヤチュ‼」

 

「誰だお前は‼」

 

「も、もしかして早速事件⁉」

 

 

一同は武器を構え、奇襲してきた者を捉える。

 

 

 

> あれ、エリコ?

 

 

 

「はい、あなた様のエリコですわ」

 

 

現れた赤い影――エリコはユウキに微笑んだあと、斧を構え直す。

 

 

「な、ナント! アナタは……」

 

「さて、ふざけたお遊戯からユウキ様を解放していただけるかしら?」

 

「お、お遊戯……ある意味では間違ってないかも……」

 

「ユウキに何の用だ、『壊し屋』! 手荒な真似するならタダじゃおかねえぞ!」

 

「――何の用だ、だと? 知れた事だ!」

 

 

全く別の方向から少女の声が響き、空から緑の影が落ちる。

 

 

 

「そこに居る閃光のシグルドは前世からの我が好敵手(ライバル)にして盟友! それを、よく分からん徒党に無理やり組み込もうなど、このアンネローゼ・フォン・シュテッヒパルムの魔瞳(イービルアイ)が逃すと思うなよ!」

 

 

 

「……うわー、類は友を呼ぶ、っていうのかな」

 

 

混沌とした状況を見て、ハツネは一言呟くのだった。




ニノン
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、トーゴク大好きサムライ少女。時に侍、時に忍ととにかくトーゴクに関わる振る舞いで派手に戦う。
ユウキの強化の力を受けたときに、それが将軍の鼓舞による士気向上だと勘違いした結果ユウキを「ショーグン」と呼ぶようになる。自称忠臣。
忍術っぽい魔法を使うことが出来るが、よく魔力切れを起こす。また忍者っぽい小道具を沢山持っているがたまに自爆する。滑舌が不安定。



おまけ
(魔法少女イベントを話題にしたため思いついた小ネタ)

カスミ「ウゾダドンドコドーン!」
(通りすがりに強制変身させられた)

モニカ「私を子供と言ってみろ……ワタシハクサマヲムッコロス!」
(子供とバカにされた)

トモ「徹夜でポーズを考えたせいで、ワダシノカラダハボドボドダー!」
(寝不足)

シオリ「これが最強の魔法少女の戦い方です」
(罠を設置しながら)


魔法少女のデザインの元ネタがトランプのスートだからどうしても仮面ライダー剣が頭にチラつくんです。
俺は悪くねえ、俺は悪くねえ‼


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犬も歩けば棒に当たるが、キミが歩けば家来になれる(後編)

今回のお話を一言で纏めると……



ルビ振りが面倒くさい!


前回までのあらすじ。

 

ランドソルに平和をもたらさんとするべく旅を始めたショーグン一行。

ピンクの超能力者と黒の狼剣士を仲間に加え、平和まであと一歩と言うところに、謎の二人組が立ちはだかる!

 

彼女たちは一体、何者なのだろうか――⁉

 

 

「いや、前回名前出てたし、仲間にしただけで平和に近づくの早すぎじゃないかな……?」

 

「誰に突っ込んでんだハツネ?」

 

 

それはさておき。

 

 

「そこに居る閃光のシグルドは前世からの我が好敵手(ライバル)にして盟友! それを、よく分からん徒党に無理やり組み込もうなど、このアンネローゼ・フォン・シュテッヒパルムの魔瞳(イービルアイ)が逃すと思うなよ!」

 

 

金色の瞳でニノンに睨めつけるシュテッヒパルム。

バチバチと雷の魔法が轟き、完全に臨戦態勢を取っている。

 

 

「シュテッヒパルム……確か、『歩く竜巻』とか呼ばれてたか?」

 

「知ってるのマコトちゃん?」

 

「知ってると言うか、賞金稼ぎで有名なんだ」

 

「フッ、我をその名で呼ぶものもいるようだな」

 

 

気分が良さそうにシュテッヒパルムはニヤリと笑う。

 

 

「改めて名乗ろう。我が名はアンネローゼ・フォン・シュテッヒパルム! またの名を疾風の冥姫(ヘカーテ)! 【熾炎戦鬼煉獄血盟暗黒団(ジ・オーダー・オブ・ゲヘナ・イモータルズ)】の団長である!」

 

 

ビシィ! とポーズを決めるシュテッヒパルム。

一同はポカンと閉口しており、ニヤリと内心嬉しそうにする。

 

 

「どうやら怖気で言葉も出ぬようだな?」

 

 

だが、

 

 

(じ、おう…………?)

 

(やべえ、半分以上聞き取れなかった)

 

 

ハツネとマコトの内心は?マークでぎゅうぎゅう詰めだった。

 

しかし、これを一蹴する者が一人。

 

 

「オーダブルだか、ナガイモだか知らないデスが、ショーグンの行軍を邪魔する事は許されないデース‼ 不敬千万デース‼」

 

「なっ、オーダブルでもナガイモでもない! いいか、もう一度言うぞ!【熾炎戦鬼煉獄――」

 

「長いですアンナさん。今はそれどころではないでしょう」

 

「遮るなよエリコぉ!」

 

 

ピシャリ、とエリコが止めてしまい、涙目になるアンナ――もといシュテッヒパルムだった。

 

 

「私からの勧告はただ一つ。ユウキ様を解放しなさい。将軍だか何だか知らないけれど、不当な方法でそのお方を祀り上げようなど、その浅ましい悪知恵は万死に値するわ」

 

 

エリコから濃密な殺気が溢れ、一同は警戒レベルを引き上げる。

しかしニノンは臆することなく一歩前に踏み出す。

 

 

「ショーグンはいずれアストライアに平和をもたらすショーグンデス! ショーグンの威光と優しさが全世界に知れ渡ること、アナタは悪い事ではないと思うはずデスが?」

 

「ユウキ様のすばらしさは! 優しさは! 私だけが知っていれば良いのですッ‼ 忠臣蔵なんて必要ありません!」

 

「大体シグルドは【第二連隊長(ツヴァイリッター)】という立場があるのだ! 私の許可なく勝手に将軍にするな!」

 

「あっ、シグルドってユウキ君の事なんだ……」

 

 

シュテッヒパルム――もといアンナは杖剣を構えて、魔法を展開する。

バチバチと稲光が轟き、周囲が爆発するが、ニノンはそれをジャンプして躱す。

 

 

「ムム……」

 

「ニノンとやら! 我と勝負しろ! 我が勝ったら、我が盟友――閃光のシグルドは返してもらう!」

 

「サムライは決闘から逃げマセン! 受けて立ちまショウ! ただし――」

 

 

 

「――ワタシが勝ったらエリコさんは赤の忠臣として貰い受けマス!」

 

 

 

『は?』

 

 

ニノンの宣言に、一同は絶句するのだった。

 

 

 

 

 

「……待ってください。色々突っ込みたいところがあるのですけれど」

 

 

こめかみを押さえながらエリコは引きつった顔で尋ねる。

 

 

「まず、なぜ私は決闘の景品にされたのかしら? なぜ赤の忠臣とやらにされるのかしら? なぜこれらが決定事項みたいになっているのかしら?」

 

「そ、そうだそうだ! 大体エリコは【トワイライトキャラバン】のメンバーだぞ! 勝手に忠臣蔵に誘おうとするな!」

 

「その答えはただヒトチュ‼ エリコさんがショーグンの忠臣に相応しい人物だからデス‼」

 

「わ、私が……?」

 

 

エリコは思わずユウキを見る。

ユウキはそれを受けて、サムズアップを送る。

 

 

 

> エリコは強い。だから赤!

 

 

 

「審査がちょっと雑じゃないかなユウキ君⁉」

 

「そもそもなんでソイツなんだよ? あたしらって一応その、ヒーローみてえな立場じゃないのか? なんか、その、もっといるだろ相応しいやつ」

 

 

ハツネとマコトからも抗議の声が上がる。

エリコは巷では『壊し屋』と呼ばれており、その筋ではかなり恐れられている存在だ。

ヒーローとは程遠いように見えるが……。

 

 

「古来より、赤の戦士は特別な戦闘力を有していると聞いたことがありマス。よって、赤の忠臣は忠臣蔵の中で最も戦闘力が高い人物をいくつか候補にしていたのデス!」

 

 

そして、とニノンは声高に言う。

 

 

「エリコさんが赤の忠臣に相応しいと判断しまシタ‼」

 

「勝手に決めないでくれるかしら……」

 

「良いのデスか? ショーグンのお側にいれば、ショーグンの威光を遠慮せず見ることが出来マスよ?」

 

「………………ッ!!!!」

 

 

瞬間、エリコの脳内に溢れ出した薔薇色の未来(妄想)

ユウキがアストライアを統一し、その側でユウキを立てる良妻エリコ。

何と幸福なことか――。

 

 

「……くっ…………」

 

「こ、この歌舞き女……エリコの弱点(ウィークポイント)を的確に突いただと……⁉」

 

「フフフ! アユミの情報収集力はランドソル1デス‼」

 

「つまりアユミの手柄じゃねえか……」

 

 

自分でやったわけではないのに、何故か得意気にしているニノン。

 

 

「ええい、卑怯な! エリコが欲しいなら正々堂々と勝負しろ!」

 

 

アンナは魔力を展開し、杖剣を振りかざす。

 

 

「手加減などしないッ! 撃滅形態(アナイアレイトフォーム)ッ‼」

 

 

バチバチと雷の魔力が迸り、彼女の周りの螺旋霊撃疾風飛剣(ヴォルテックスソーン)がゆらゆらと蛇のようにうねり、矢のようにニノンに放たれる。

 

 

「ムムッ、風遁――旋風撃の術ッ‼」

 

 

団扇を横になぎ払い、ニノンの周囲に小規模な竜巻が起きる。

カチャカチャと金属の擦れる音が響き、アンナの鎖は絡まっていく――

 

 

「フッ、その程度の抵抗が予想できないと思ったか!」

 

 

アンナは高く飛び上がり、ニノンの上を見下ろす。

ニノンは応戦しようとして、

 

 

「ニノンちゃんダメ! それ以上動いたら危ないよ!」

 

「ムッ⁉ …………ハッ⁉」

 

 

気づけばニノンの周りには先程振り払ったはずの螺旋霊撃疾風飛剣が蜘蛛の巣のようにニノンの周囲を塞いでいた。

 

 

「もう遅いッ‼ 脱出不可能だッ‼」

 

 

紫電の光が辺りを包み込む。

一同は顔を伏せて、それを直視することが出来ない。

 

 

「これが滅びの輝きだ――羅刹涅槃(インフィニットブレイク)極光終天冥壊破(ファイナルカタストロフ)ッ!

 

 

雷が落ちる。

音も、衝撃も、全てを置き去りにして。

極太の雷の波動は鎖を伝い、その範囲を大きく広げてニノンを無慈悲に包み込む。

 

そして――

 

 

「ぐえぇっ⁉」

 

『えええ⁉』

 

 

情けない悲鳴を上げながら、地面に突っ伏しているアンナの姿が現れた。

 

 

「な、何が起こったんだ⁉」

 

「もしかして、今の一瞬でニノンちゃんが返り討ちにしたの⁉」

 

「…………いえ、それはないですわ。だって彼女はそこにいますわ」

 

 

エリコが指した土煙の向こうの人影。

エリコは斧の一振りで煙を吹き飛ばし、改めてその姿を確認する。

 

 

「フフフ……シノビとは、いついかなる時も耐え忍ぶ者なり……デス」

 

「それは……まさか、ゴム風船!」

 

 

ニノンの周囲に浮くいくつかの風船。

ポヨンポヨンと宙で跳ねるそれは膨張し、今にも破裂しそうである。

 

 

「てやっ」

 

 

空に飛ばしたそれは限界を示すように破裂する。

そして、バチバチ、と電気音を響かせた。

 

 

「ゴム材質は、電気を吸収しやすいデス。これがニノンの究極忍法、雷風船の術!」

 

「……全く、おつむの弱そうな割によく機転が効きますこと」

 

「なるほどな、今みたいにその風船をアイツに飛ばして反撃したわけか」

 

「いいえ、ニノンさんはただ風船で防御しただけですわ」

 

「え? それじゃあ……」

 

「アンナさんはナナカさんと違い、後先考えずに魔力を放出する癖があるんです」

 

 

ピクピクとうつ伏せに倒れるアンナ。

魔力切れを起こすと体に力が入らなくなり動けなくなる。

つまり……。

 

 

「アンナさんの自滅ですわ」

 

 

締まらない勝敗だった。

 

 

 

 

 

その後、勝負の対価に則って、エリコは忠臣蔵に参入。

ショーグン擁する忠臣蔵はこれで5人。残すところはあと一人。

ちなみに、エリコはそれなりに乗り気になっていたことはまた別の話。

そしてアンナは……。

 

 

「ぐぬぬ、一生の不覚……」

 

 

約束通り、エリコが忠臣蔵に加わる事を認めることしかできず、悔しさで表情が歪んでいた。

 

 

「ということなのでアンナさん、正義のヒーローとしてユウキ様と一緒に頑張ってきますね」

 

「そんな柄でもない癖に……何を嬉しそうにしているのだ」

 

 

仕方がない風に語っているが、ユウキと何かしらの活動ができるのがそんなに嬉しいのか、表情から笑みが隠しきれていない。

 

 

「これで5人か……」

 

「えっと、赤がエリコちゃん、黒がマコトちゃん、桃が私、黄色がニノンちゃん、青がユウキ君だよね。後は……」

 

「緑の忠臣デス!」

 

「……!」

 

 

緑、という単語を聞き、アンナは何かを閃く。

多少魔力が戻ったので立ち上がり、おずおずと手を挙げる。

 

 

「な、なんだ、まだ人手が必要なのか……。ところで、わ、私も緑っぽいイメージがあるとは思わんか?」

 

「アンナさん……貴女、プライドというものは無いのですか?」

 

 

アンナが何を言い出すのか察しがついたエリコ。

呆れて顔をしかめるが、アンナはフッとそよ風に吹かれたような態度で返す。

 

 

「フフフ、我はそこの者の激闘し、敗北したのは紛れもない事実。だが激闘から生まれた友情というのもまた乙なものだろう?」

 

「ものは言いようですわね……」

 

「良いではないか、戦隊ヒーロー! ナナカも良く語ってるし、憧れるものだろう⁉」

 

 

顔を赤くしつつ、改めてニノンに詰め寄るアンナ。

 

 

「ど、どうだ? 貴様は勝者だ。敗者として軍門に下る覚悟は出来ているぞ?」

 

「イエ、キャラが被るので遠慮しておきマス」

 

「は?」

 

 

ポカンと絶句するアンナ。

キャラが被るとは。

 

 

「ワタシもよく魔力切れを起こすのデス。こういうのはキャラ被りしてはいけないとモニカさんも話してマシタ。死活問題だそうデス」

 

「………………………」

 

「え、えーっと、それじゃ緑の忠臣さんって誰になるのかな?」

 

 

灰になりかけているアンナを尻目に気遣いながらハツネは尋ねる。

 

 

「ではこれから会いに行きまショウ! お仕事でないならいるはずデス!」

 

「会いにいくって、何処にだよ?」

 

「【サレンディア救護院】デス!」

 

 

 

 

 

「――で、あたしがその忠臣とやらになってランドソルの平和を守る、と?」

 

Oui(ウィ)! 【王宮騎士団】の元副団長のサレンさんならショーグンの家来として相応しいデス!」

 

「あたし、あなたとは初対面よね? なんであたしが【王宮騎士団】の元副団長だって知ってるのかしら?」

 

 

自身の身元が全く知らない人に詳しく知られている事に、若干の寒気がするサレンだった。

ちゃっかり付いてきたアンナが一言。

 

 

「……ドレスしか緑要素が無いではないか」

 

「それを言ったら私とニノンちゃんも髪だけだよ……」

 

 

コソコソと話をする二人をよそに、サレンの側にいたスズメは嬉しそうにしている。

 

 

「お嬢様、これで何かあったときはいつでもユウキさんに駆けつけることが出来ますね」

 

「なっ、べ、別に仲間外れにされてたなんて思ってないわよ? あれは、魔法少女じゃないとどうしようもないって言ってたし……」

 

 

口ではそう言っているが、サレンも満更でも無いように見える。

 

 

「…………ある意味忠臣蔵に入って正解でしたわね。これならユウキ様にたかる羽虫共を把握しやすいですわ」

 

「これで忠臣蔵が完全結成されマシタ‼ アストライアの夜明けは近いゼヨ、デース‼」

 

 

その場でスキップするニノン。

そこで何を思ったか、ニノンは懐からマイクを取り出してユウキに渡す。

 

 

「ではショーグン、集まった家来たちに有り難いお言葉をお願いシマス!」

 

 

全員の視線が集中する。

ユウキのはなった言葉は、

 

 

 

> 異変が起きるまで、解散‼

 

 

 

空気を止めるのに最適だった。

 

 

「な、何と……つまり、未来でまた会おうぜ、という再会を祝福するお言葉を家来に託してくれるのデスね? では、ここはヒーローらしく、異変の現場でまた会うことにしまショウ! 皆さんも、ランドソルの平和の為に今は雌伏の時デス! では、サラバ‼ シュババババ〜〜〜!」

 

 

と、ニノンは何事もなかったように帰っていった。

 

 

『結局なんだったんだ、この集まり……』

 

 

一同の心は今、一つになったのだった。




アンナ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、賞金稼ぎの魔法使い。魔力切れが早いが繰り出される魔法はどれも強力。本名はアンネローゼ・フォン・シュテッヒパルム(自称)。
【熾炎戦鬼煉獄血盟暗黒団】の団長で、ユウキとは前世からのライバルであり盟友、今生では【第二連隊長】としてアンナと肩を並べて戦っている、という設定……じゃないかもしれない?
作家をやっており、「冥風戦記」という本を書いている。本人の育ちがとても良いのか、パニックになると素が出てしまい、その態度はとても行儀が良い。



長くなってしまいました。
やっぱりギャグを書くのは難しいですが、少しでもクスッとしてくれるのなら幸いです。



おまけ

ハツネ「ところで、赤の忠臣は他にも候補がいたんだよね。他に誰がいたの?」

ニノン「クウカと、【ルーセント学院】のイオさんと、【メルクリウス財団】のアキノさんデス。
でも、クウカはドMデスし、イオさんは……色々と戦いどころじゃなくなりそうデスし、アキノさんはショーグンより絶対に目立ちマス。
よって残りの候補のエリコさんに白羽の矢が立ちマシタ!」

マコト「それ結局全部お前のさじ加減じゃねえのか……」


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好奇心がキミを追い詰める

知っているか?
プリコネには3種類のガキが存在する。

マセガキ

メスガキ

クソガキ

――この3種類だ。
ちなみに私はそれぞれ二人ずついると解釈しています。


ここは【サレンディア救護院】。

身寄りのない子供たちを保護する場所であり、現在ユウキとコッコロが住まいとして使っているギルドハウスである。

 

現在ユウキは荷物をまとめており、これから何処かへ出かけるようだ。

しかし、そんなユウキを阻むものがこの二人。

 

 

「お兄ちゃん! おままごとの人数が足りないから一緒に遊んでよ」

 

 

がしっとユウキの背中にしがみつくのは、救護院でも年長者のアヤネ。

フリフリと揺れる赤いツインテールは今日もご機嫌のようだ。

 

 

「あれ、荷物なんて纏めてどうしたの?」

 

『これから一仕事行ってくるみたいな感じだな。でも今日はアルバイトは休みなんだろ?』

 

 

彼女が持つくまのぷうきちは、ユウキが休日だというのをコッコロから聞いているのを思い出し、首を傾げる。

 

 

 

> これから探検に行ってくる。

 

 

 

「探検……ってことは、またミソギたちなの⁉ この間も誘ってたじゃん!」

 

 

分かりやすく不機嫌に顔を険しくするアヤネ。

また、というのはミソギ達【リトルリリカル】がユウキを探検に誘いにやって来ることである。

【リトルリリカル】の三人はよく救護院に遊びに来るが、ユウキがいるときは一緒に勉強したり、絵を書いたり、探検に行くことがある。

その頻度がここ最近多いのは、ランドソルの周域の環境が激変したことにある。

最近のランドソルは魔物の姿を見かけることがなく、安全にランドソルを出入りすることができる。

反面、シャドウの目撃情報が度々上がっており、絶対に安全というわけでもないのだが。

 

 

「も〜! お兄ちゃんも断ればいいのに!」

 

『そう言うなよ、アヤネ。どうせ坊っちゃんの事だし、事前に約束してるんだろ?』

 

 

そう問答していると、外から子供たちの声が聞こえてくる。

 

ユウキを呼んでいる声がここまで聞こえてくるのと同時に、部屋を開ける音が響く。

 

 

「お、お兄ちゃん。ミソギちゃんたちがよんでるよ……」

 

 

クルミがわざわざ迎えに来たようなので、ユウキは纏めた荷物を背負って救護院の外に出る。

ユウキを捉えたミソギは待ちくたびれたようにウキウキと声をかける。

 

 

「やっと出てきた! も〜にいちゃん遅いよー」

 

 

早く行こう、とミソギはユウキの腕を引っ張るが、ユウキの反対の腕を引っ張り、引き留めようとする者が一人。

 

 

「ちょっと、ミソギ! いい加減にしてよ‼ 一体何回お兄ちゃんを連れていけば気が済むの⁉」

 

「え、アヤネ?」

 

 

ユウキの影に隠れて気づかなかったのか、アヤネの怒鳴り声に肩が跳ねるミソギ。

 

 

「多すぎるよ! わたし達だってお兄ちゃんと遊びたいのに!」

 

「なんだよ~! ミソギたちはちゃんと事前に約束してるんだよ。アヤネには関係ないじゃん!」

 

「お、落ち着いてよアヤネちゃん……!」

 

「ミソギも、喧嘩しに来たわけじゃないんだよ?」

 

 

いきなり喧嘩を始めた二人をクルミとキョウカは止めようとするが、二人の耳には全く届いていない。

 

 

「だいたい、なんでわざわざ危険なところへ行って遊ぼうとするの? 家の中でも遊べることなんて沢山あるじゃん!」

 

「探検は探検じゃないと楽しめないことがあるの! それに最近は全然危険じゃないもん! アヤネたちだってサレンねえちゃんから聞いてるでしょ? 今はランドソルには魔物は全然いないんだよ。危険なんてないよ!」

 

 

喧嘩がどんどんヒートアップしていくところで、ふとミソギは良い事を思いついたと手を叩く。

 

 

「そうだ、だったらアヤネとクルミもついて来ればいいんだよ! そうすればにいちゃんと一緒に遊べるじゃん!」

 

「えっ」

 

「え、ええ? わ、わたしも……?」

 

 

なぜか話が変な方向に行き始めたので、アヤネとクルミは抗議しようとするが、

 

 

「わーい、きょうはアヤネちゃんたちと探検にいけるんだねっ」

 

 

ミミも乗り気になってしまい、だんだん断りきれなくなってしまう。

 

 

「ちょ、ちょっとミソギ。いきなりそんなこと言っても……」

 

「大丈夫だよ。今日は近くの山を探検するだけだし」

 

「近くの山って言うと、あそこかな? ……なら、すぐ戻ってこれる、かな」

 

「キョウカまでっ⁉」

 

 

キョウカまで賛成派閥に入ってしまい、アヤネたちは断りきれなくなってしまった。

 

 

 

> 一緒に行く?

 

 

 

ユウキにも誘われてしまい、いよいよ二人は付いていくことになってしまった。

 

 

 

 

 

「るんたった〜、るんたった〜♪」

 

 

楽しそうに耳を揺らしながら先頭を歩くミミ。

現在一行は救護院の山道を登っていく。この道のりは山頂に【牧場】があり、アヤネとクルミは何回か行ったことがある。

が、

 

 

「はあ、はあ……」

 

 

それはそれとして長い道のりなので、どうしても体力の限界というものがある。

 

 

「ね、ねえお兄ちゃん。結構歩いたよね。ちょっと休憩しよ?」

 

「あれ、アヤネもうバテちゃったの? 早いなぁ〜」

 

「ぅ……」

 

 

小馬鹿にするような表情でミソギがアヤネの顔を覗き込む。

 

 

「家でおままごとばかりしてるから体力が無いのかな? キョウカも最初はすぐにバテてたもんね」

 

「なっ、そんなことないもん!」

 

 

流れ弾が来てキョウカは慌てて否定するが、そのキョウカも肩が上下に動いており、息切れをしているのがわかる。

 

 

『でも確かに、ミソギの嬢ちゃんの言うとおり、アヤネはもうちょっと体力つけても良いかもしれないな』

 

「ぷうきちまでそんなこと言うの?」

 

『だってほら、クルミを見てみろよ』

 

 

ぷうきちの指すクルミは、特に息切れしているわけでもなく、酷く汗をかいているというわけでもなく、涼しい顔をしている。

 

 

「く、クルミは大丈夫なの?」

 

「え? うん、おままごとにだって凄く体力を使うし……」

 

「いや、あんなに迫真のおままごとで体力使うのクルミくらいだと思うな……」

 

 

アヤネはおままごとをするクルミを思い出す。

クルミはよく斜め上な内容のおままごとを考えて、サレンが狼狽するほどの演技力を見せる。

あれは確実に体力を使ってるな、と思うアヤネだった。

 

 

「きゅうけいするの? じゃあおにいちゃん、いっしょにお菓子食べよっ」

 

 

腰を下ろしたユウキの膝にちょこんと座るミミ。そのまま座椅子のようにユウキの胸にもたれかかり、カバンを開いてお菓子を取り出す。

 

ぎょっとしたアヤネはすかさずツッコミを入れる。

 

 

「ミミ、ちょっと近くない?」

 

「最近はずっとこんな感じですよ。ミミはユウキさんによくなついてますけど、ここのところ良く一緒にいるのであんな風によくくっついています。……もう、ミミったら警戒心無さすぎ」

 

 

咎めるような口調だが、キョウカの表情はあまり面白くないと書いている。

 

 

「にいちゃんにいちゃん、これ食べてみて! ミソギが作ってきたんだよ!」

 

 

ミソギも対抗するようにリュックから箱を取り出し、その箱の中からシュークリームを取り出す。

 

 

「じゃじゃーん! ミソギの手作りシュークリームだよ!」

 

「み、ミソギちゃんお菓子作れたんだ……」

 

「……待ってください、ミソギの作ったものは……!」

 

 

キョウカの制止を無視して、ミソギはシュークリームを直接ユウキに食べさせる。

大きな口を開けてユウキはシュークリームを頬張り、数回の咀嚼の後、ユウキは火を吹いて後ろに倒れた。

 

 

「きゃははははっ! また引っ掛かった〜!」

 

「おにいちゃんっ……?」

 

 

ミミは急に倒れたユウキを訝しみ、ミソギの持つシュークリームのクリームを指で掬い、舐める。

 

 

「〜〜〜〜っ、か、辛いよ〜〜っ⁉」

 

「もう、ミソギが一人で用意したものは警戒してって、いつも言ってるのに……。ミミもなにやってるの!」

 

「いつも、って……いつもこんなことしてるの⁉」

 

 

アヤネはキッとミソギを睨む。

しかしミソギは愉快そうにケラケラと笑う。

 

 

「だってにいちゃん、いつも面白いくらいにイタズラに引っかかっちゃうんだもん。こうやってミソギが鍛えないと、悪い人に騙されちゃうよ!」

 

「だからって今のは悪質過ぎるでしょ! せっかくミソギがお菓子作りするんだ、って感心してたのに……」

 

 

クルミに飲み物を飲ませてくれたユウキは起き上がり、今度はミミに飲み物を飲ませる。

 

 

「ぷはぁ、ありがとうおにいちゃんっ」

 

「もうっ、わたし達探検に行くんでしょ。何で探検以外に力入れてるのよ」

 

「何か本当にごめんなさい……」

 

 

ぺこり、とキョウカは謝り、続いてミソギに向き直る。

 

 

「それで、今日はこの辺りで何するの?」

 

「えっとね〜」

 

 

リュックから地図とメモ帳を取り出し、ミソギはキョロキョロと辺りを見渡す。

子供たちやユウキも地図を覗いてみると、地図には赤く大きなマルが書かれているが……。

ミソギはその赤いマルを指して言う。

 

 

「最近ね、この辺りで歌声が聞こえるんだって」

 

「お歌? お歌を歌ってるひとがいるの……?」

 

「でも、そのひとを誰も見たことがないんだって。だから今日は歌ってるひとを見つけるのが探検の目標だよ!」

 

 

 

> え? それって……。

 

 

 

「お兄ちゃん……?」

 

「どうかしたんですか?」

 

 

ミソギの話にユウキは表情を険しくする。

 

ユウキは一同に少し前にあった異変を話す。

ランドソルから魔物がいなくなった代わりに、シャドウの目撃情報が多発するようになったこと。

シャドウの大量発生に、その詳細不明の歌声が関係していること。

 

これらを話すと、子どもたちは顔を青くして震える。

 

 

「ね、ねえミソギ。この探検ってもしかして、かなり危ないんじゃ……」

 

「そ、そうだよぉ。シャドウに襲われたら危ないよ……!」

 

「う、うう……」

 

 

ミソギも流石に危険だと考え始めているのだろう。

先程までとても楽しそうだったのに、その表情には翳りが見える。

 

これは、多少強引にでも引き返したほうがいいかもしれない。

ユウキがそう考え始めたとき、

 

 

―――――♪―――♫―――♪――

 

 

また、あの歌が聞こえてきた。

 

それも、以前よりはっきりと。

おそらく歌声の主が近くにいるのかもしれない。

 

 

「ひっ……」

 

「やだぁ、怖いよお……」

 

 

以前シャドウに襲われた事をいまだに引きずっているのか、アヤネとクルミは抱き合って震えている。

 

 

「ふえ、ど、どうしよう……」

 

「ち、近づかなきゃいいんだよ! 今からでも救護院にもどれば……」

 

 

戻れば安全。

その考えを無慈悲に打ち砕く茂みの揺れがミソギの後ろから響く。

 

 

「……ぁ…………ぁぁ……」

 

 

虚ろな目を向けるツインテールの少女。

アヤネのシャドウはゆっくりとアヤネを捉えて近づく。

 

 

「ぃゃ……こないで……っ」

 

『アヤネ、落ち着け!』

 

 

アヤネはクルミにしがみついたまま動かない。

 

 

 

> 皆は逃げて!

 

 

 

ユウキは剣を抜き、シャドウの前に立って道を阻む。

子どもたちは狼狽えるが、その中で一番冷静だったキョウカがアヤネとクルミに声をかける。

 

 

「ふ、二人とも動けますかっ?」

 

「え、わ、わたしは大丈夫……」

 

「ぅ、うう……」

 

『アヤネ、しっかりしろ! 逃げるんだぞ⁉』

 

 

クルミは頷くが、アヤネはクルミにくっついて震えている。

自力で動けそうにない事を察したキョウカはミソギとミミに声をかける。

 

 

「ふたりともお願い!」

 

「ふえ、う、うん」

 

「わかった! アヤネ、いくよ!」

 

 

ミミとミソギはアヤネを担ぎ、ユウキを一瞥してから下山を始める。

続くようにクルミとキョウカも下山の為に足を運ぶが、

 

 

「お兄ちゃんも!」

 

 

 

> 僕のことはいいから、アヤネちゃんを!

 

 

 

「……っ、わかりました。絶対に追いかけてきてくださいね!」

 

 

意志は固いと察して、キョウカはクルミの腕を引いて山を降りていく。

 

 

「うう、お兄ちゃん……」

 

「信じるしかないです。それよりも、アヤネさんは……」

 

 

ペースが早いのか、だいぶ遠くにミソギ達が見える。

だが、追いつこうと必死に走れば、どんどんその距離が縮まっていき、そして彼女たちに異変が起きているのがようやくわかった。

 

 

「ぅ、ぅぁ……」

 

「ふえ、ふええぇ……」

 

 

ミソギとミミは尻餅をつき、アヤネから手を離してしまっている。

そして、無防備に座り込んだまま動かないアヤネの前には――

 

 

『………………』

 

 

先程振り切ったはずの、アヤネのシャドウだった。

 

 

「ど、どうして⁉ ま、まさか、もう一体いたの……?」

 

「アヤネちゃん、逃げてえ‼」

 

 

今から走っても二人は間に合わない。

ミミとミソギは恐怖で動けない。

アヤネはシャドウに釘付けとなり目をそらせない。

 

 

『―――――――――』

 

「…………ぁ………………⁉」

 

 

ボソボソ、とシャドウはアヤネにしか届かない呟きを放ちながらまた一歩アヤネに近づく。

もう駄目だ。

誰もがそう思ったとき――

 

 

「もふもふストライクッ‼」

 

 

横から白いもふもふが突進し、シャドウを彼方遠くまで吹き飛ばす。

唖然とするなか、もふもふ――リマはアヤネに駆け寄り抱き寄せる。

 

 

「アヤネちゃん、大丈夫⁉」

 

「……ぁ……ぇ…………?」

 

 

恐怖で声が出せないのか、アヤネは口をパクパクと開閉する。

それだけで察したリマは口で首根っこを咥えて、自分の背中に乗せる。

 

 

「さあ、他の子たちも乗って! 子供なら5人くらい何とか乗せてみせるわ!」

 

「え、え、ええ?」

 

 

突然の情報量にミソギたちは困惑して言葉が出ない。

だが、顔見知りだったクルミは何とか言葉を絞り出す。

 

 

「えと、えと……お兄ちゃんがまだ……」

 

「ユウキ君ならさっき会ったわ。マヒルちゃんが今頃【牧場】に避難させてる筈よ!」

 

 

ユウキから救護院まで避難させることを頼まれたリマは、子ども達を背中に乗せて、全速力で救護院まで駆け抜けるのだった。

 

 

 

 

 

その後、救護院に戻ってきたユウキを含めて、子供達はサレンにこっぴどく叱られた。

 

もう二度と危険なところに行かないこと、この件にはもう関わらないことをしつこく約束された。

だが、説教を受けている間、ミソギは虚空を見つめるような呆けた表情でアヤネがじっとしているのが気がかりだった。

 

 

「謝りに行かなきゃ……っ」

 

 

あれから数日。

ミソギの頭の中はアヤネに対して悪いことをしてしまったという罪悪感でいっぱいだった。

 

時間を見つけて、一人で【サレンディア救護院】までやってくるほどに。

 

 

「お、怒ってるかな……」

 

 

元々ミソギが誘わなければアヤネは怖い目に遭うことはなかった。なのに、半ば強引に連れ出し、シャドウに襲われてしまうのを恐怖で見ていることしかできなかった。

 

 

「ご、ごめんくださーいっ」

 

 

恐る恐る挨拶をするが、救護院からはバタバタと騒音が聞こえるだけでミソギの声に反応する様子はない。

 

 

「ご、ごめんくださーい! アヤネいますかーっ?」

 

 

今度はもっと大きな声を出すと、中の騒音はピタリと止んで、バタンと勢いよく玄関のドアが開かれた。

 

 

「み、ミソギちゃんですか?」

 

「あっ、スズメねえちゃん。その、アヤネは……」

 

 

アヤネは居る?

そう問う前に、スズメはがしり、とミソギの両肩を掴み狼狽しながら口を開く。

 

 

「ミソギちゃん、ここまで来るのにアヤネちゃんに会いませんでしたか?」

 

「えっ? う、ううん。会ってないけど……」

 

「そうですか……。じゃあどこに……」

 

「あの、アヤネに何かあったの?」

 

 

 

「実は――今朝から行方不明なんです! 相部屋のクルミちゃんも見てないみたいですし、ぷうきちくんも連れて行かないで一体何処に行ったのか……っ」

 

 

 




ミソギ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、悪戯好きのやんちゃ少女。凝ったギミックのアイテムを駆使してトリッキーに戦う。
かなりの悪戯好きで、落とし穴やロープトラップなど様々な罠を仕掛けて遊ぶのが大好き。最近は鍛錬と評してユウキに様々な罠や悪戯をけしかける。
父親が探検家であり、罠使いであるため、ミソギもそれに倣ってよく探検をしたがるし、罠もよく作るようだ。【リトルリリカル】の集まりでもよく探検に誘おうとする。



長過ぎましたし、これじゃミソギじゃなくてアヤネがメインになっちゃう。
なので以前と同じようにミソギも次回続投となります。
次回は前編、中編、後編と長くなり、後編がアヤネメインのお話となります。
どんどん話が長くなっていく本SSですが、これからもよろしくお願いします。


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もう一度、キミが始める物語(前編)

数日前、ミソギはアヤネ達を誘って探検をした結果、アヤネを怖い目に合わせてしまった。

まだ引きずっているかもしれないと思い、【サレンディア救護院】にやって来たミソギだが……。

 

 

「ゆ、行方不明ってどういうこと……?」

 

「ここ数日、アヤネちゃんの様子が変だったんですよ。まるで()()()()()()みたいに大人しくて、目も合わせてくれなくて……」

 

 

スズメの話では、探検から戻ってきてからのアヤネは寝込んだり、誰とも会話をしなかったりと様子が変だったらしい。

その上、いつも一緒にいるぷうきち相手でもまるで怯えたように距離を取っていたようだ。

 

 

「いつの間にか部屋からいなくなった、ってクルミちゃんは言ってましたけど……思い返せば誰に対しても怖がってて逃げ出そうと考えてたのかも……」

 

「でも、なんでいきなりそんな……」

 

「わからないです……。急に様子がおかしくなったのと関係があるのでしょうか?」

 

 

救護院ではいなくなったアヤネの手がかりを探すべく、全員で家宅捜索を行っている。そして、

 

 

「ユウキさんは今、外に出てアヤネちゃんの手がかりを探しに行ってくれてます」

 

「にいちゃんが?」

 

「ええ。探偵を頼りに行く、とか」

 

 

 

 

 

一方、アヤネの足取りを探っていくとランドソルへたどり着いたユウキ。

ランドソルに入ってからは足跡が分からなくなってしまったので、予定通りカスミを頼りに行こうと大通りを駆けるところ、いきなり横から声をかけられる。

 

 

「ユウキ! そんなに急いでどうしたのにゃ?」

 

 

声をかけてきたのはたいやき屋のタマキ。そして、たいやきを頬張るアキノとミフユだった。

 

できる限り人手がほしいと考えたユウキは三人に事情を話す。

 

 

「まあ! 行方不明なんて大変ですわ。早く探し出さないと……」

 

「アヤネちゃん、って言うと救護院の子だにゃ? あの赤いツインテールの……」

 

「何か人相書きとかないの? ギルド管理協会に手配した方が早そうだけど……」

 

「ミフユさん、そのような悠長な事を言っている場合ではないのではなくて? 救護院の子どもということは、サレンさんもさぞ心配しているはずですわ」

 

「だったら手分けしてやったほうが早いにゃ! あたしはこれから独自の情報網と【動物苑】を頼ってくるにゃ! アキノはギルド管理協会に! ミフユはユウキと一緒に心当たりのありそうな場所を探すにゃ‼」

 

 

タマキはサラサラと人相書きを描く。

 

 

「アヤネちゃんって、こんな感じだったにゃ?」

 

 

 

> うん、お願い!

 

 

 

的確に特徴を描いた人相書きをそれぞれに渡し、タマキとアキノはそれぞれ走り出す。

 

 

「さてユウキ君、アヤネちゃんがいるだろう心当たりはある?」

 

 

一箇所だけある、とユウキは話す。

ユウキはミフユとその場所へ向かいながら事情を話す。

 

アヤネの両親はロストしたわけではないのに、アヤネは親元から離れて暮らしていること。

それらを話しながらやってきた場所は、住宅区のある一軒家――アヤネの実家だった。

 

 

「ここがアヤネちゃんの実家ね……。見たところ普通の一軒家だけど……」

 

 

いつもアヤネの側にいるぷうきちは、昔からアヤネの友達として話し相手となっていた。

だが、その声は誰にでも聞こえるわけではなく、少なくともアヤネの両親には聞こえなかったのである。

 

そして、

 

 

「その、本当なの? アヤネちゃんの両親が、アヤネちゃんの本当の親じゃないかもしれないって」

 

 

これこそが、アヤネが親元を離れた一番の理由。

アヤネはいつからか両親が自分の親ではない、と認識するようになってしまい、その心の迷いを持て余した結果、【サレンディア救護院】へと足を運んだのだった。

 

しかし、アヤネも両親をちゃんと家族だと思っているので時々実家に戻っている。ユウキもアヤネをここまで送ってきたこともあるし、両親を見たこともある。

ユウキの目から見ても、至って普通の一般家庭に見えたが……。

 

 

「……いわゆるホームシックと言うやつかしら? でも……」

 

 

ミフユはアヤネの心中を察し切ることが出来ないと判断する。

 

どのような心境の変化があったかは分からないが、果たして両親への疑念が残る状態で心が不安定になったとき、実家へ逃げ帰るのだろうか?

むしろ心の拠り所は【サレンディア救護院】のようにも思えるし、そんな場所から出ていったのなら、一体どこへ――

 

 

「あら……貴方は」

 

 

ガチャリ、とドアが開き、女性がユウキに話しかける。

彼女はアヤネの母親だ。アヤネを送り迎えしたときにユウキは顔を見たことがある。

 

 

「あら、貴方一人だけ? てっきりアヤネが戻ってきたとばかり……」

 

 

 

> え? それじゃあ……。

 

 

 

「――ごめんなさい、私達ただ通りすがりの最中でして。失礼します」

 

 

ユウキが問う前にミフユはユウキの腕を引き、その場から離れる。

どうしてそのようなことをしたのか、ユウキは目で問いかける。

 

 

「娘さんが行方不明、なんていきなり言われたら気が動転するに決まってるわ。それに、あの口ぶりからしてアヤネちゃんは実家に戻ってきてないのは間違いない。なら、あそこで留まるのは非効率よ」

 

 

相変わらずの効率理論だが、一刻も早くアヤネを見つけないといけないためとても頼もしい限りである。

 

他に心当たりはないか、とミフユはユウキに聞くが、一番の当てが外れた以上考え直さなくてはならない。

埒が明かないと判断したミフユは一度大通りに戻り、タマキとアキノと合流することにした。

 

 

「おお、ミフユ、ユウキ! 戻ってきたのにゃ!」

 

「やあ助手くん。事情はタマキさんから聞いてるよ。水臭いね、こういうのは探偵の仕事だろう?」

 

 

たい焼き屋の屋台では既にカスミがおり、いつでも調査ができるように待機していた。

 

 

「ひとまず協会の方でも人相書きは渡しましたが、捜索願として依頼が出るのはもうしばらく後との事ですわ。その間にわたくし達もアヤネさんの手掛かりを探さないと……」

 

「タマキさんの情報網はどうだったの?」

 

「今の所は駄目そうだにゃ。誰もランドソルで見てないって……」

 

「あの子達を情報網として扱うのは個人的にはちょっと心配だけどね……」

 

 

 

> …………?

 

 

 

カスミのツッコミの意図が理解できず、首を傾げるユウキ。

そんな中、「にゃあ」とユウキ達に割って入る鳴き声が一言。

 

 

「にゃにゃ、最後の情報網がやってきたにゃ!」

 

「え、情報網って……小猫じゃない!」

 

 

ミフユが指摘したとおり、割って入ってきたのは小さな野良猫。

タマキはたまにこうして野良猫と意思疎通をしてランドソルを渡り歩いており、どうやら今回も利用したようだ。

 

 

「……待って、その子何か咥えてる」

 

 

 

> これは、アヤネちゃんの……!

 

 

 

小猫が咥えていたのはアヤネのドレスにいつも身につけているくまのぬいぐるみ。

彼女はぷうきち以外にもくまのぬいぐるみを身につけている。彼女いわく全てぷうきちの家族である。

 

 

「……なるほど、重要な物的証拠だ。タマキさんそれがどこで見つかったか聞いてくれるかい?」

 

「もちろんにゃ!」

 

 

タマキは小猫に誘導を頼むと小猫は走り出し、山道方面への街道へと向かう。

そして、その出入り門で立ち止まり、キョロキョロと周りを見る。

 

 

「ここで落としたのですか?」

 

 

アキノは首を傾げる。

すると意図を汲んだのか、小猫はぬいぐるみを嗅ぎ、てくてくと歩き出す。

 

 

「猫って匂いを嗅ぎ分けられるんですの?」

 

「犬ほどじゃないけど、それなりに鼻は利く方にゃ」

 

 

小猫は街道から離れるように街の中へ戻っていくが、何を思ったかそのままUターンをして出入り門へと戻っていく。

 

 

「…………、まさかここまで来て引き返したのかい?」

 

「変ね……この先は救護員や山の牧場へ続く道よ。引き返したなら救護院に戻ってそうだけど……」

 

 

 

> スズメちゃんには、救護院に戻ってきたなら通信魔法を送るって言われたけど……。

 

 

 

「未だにそのようなものはこちらには来ていない。つまり、救護院にも戻っていない可能性が高い、と」

 

 

一同は先へ続く街道を見つめ、駆け出した。

 

 

 

 

 

時を同じくして、【サレンディア救護院】。

アヤネの行方不明を知ったミソギは途方に暮れていた。

 

 

「うぅ、やっぱりミソギのせいなのかな……」

 

「だ、大丈夫ですよ! ミソギちゃんは良かれと思ってしたんですから。それに皆無事でしたし……」

 

「でも……」

 

 

納得がいかないミソギは次第に目尻に涙が溜まっていく。

このままでは泣かせてしまう。

スズメはアワアワと狼狽する。なにか気の利いた事を言おうと考えて、その矢先に後ろから大声がかかる。

 

 

「スズメ、大変よ‼」

 

「お、お嬢さま? どうされたんですか?」

 

「ぷうきちの様子が変なの。さっきから語気に力がなくって……」

 

 

サレンが抱えるぷうきちは弱々しい言葉で喋りだした。

 

 

『悪いな……ママ・サレン……。まさか、こんな……ことに……、なっちまう、とは……』

 

「ぷ、ぷうきちくん! どうしたんですか?」

 

『アヤネがおかしく、なってから……妙に、ちからが、出なくて……。いなくなったとたんに……一気に、キちまった……』

 

「そんな……」

 

「それだけじゃないわ。この状態になってから、ぷうきちの声が何人か聞き取れない子が出てきた。もしこの状態が続けば……」

 

 

誰にもぷうきちを認識できなくなってしまうかもしれない。

それは、アヤネが一番恐れている事態である。

 

 

「は、早くアヤネを探さないと!」

 

「落ち着いてミソギ! あなたまではぐれたら大変だわ、せめてユウキが戻ってから――」

 

 

 

> ――サレンちゃん!

 

 

 

「……! ユウキ……って、え⁉」

 

 

ユウキが戻ってきたと思ったらユウキ以外の人物もぞろぞろとやってきて驚きの声を上げる。

 

 

「あ、アキノさん達、なんで……」

 

「薄情ですわね、サレンさん。わたくしとあなたの仲ではありませんか」

 

「事情は聞いてるわ。アヤネちゃんだけど……」

 

 

ミフユはこれまでの情報を整理し、救護院方面へアヤネが向かったことを教える。

だが、ランドソルに向かったと思えば逆戻りしたりと、今の情緒不安定なアヤネの行動範囲は特定できそうにない。

 

故に、

 

 

「3手に別れましょう。まず、私とタマキさんでランドソル周域の捜索。アキノさんはサレンさん達と一緒に救護院周辺の捜索。残ったユウキ君達は……」

 

「【牧場】方面だね」

 

 

それぞれ分担してアヤネの捜索にあたる。

ミフユの一声で散開しようとしたところに、待ったをかける者がいた。

 

 

「にいちゃん、ミソギも連れてって!」

 

「み、ミソギ! 何を言ってるの!」

 

「そ、そうですよ! 【牧場】方面なんて、つい数日前にシャドウが大量発生した場所じゃないですか!」

 

 

そんなところに子どもを連れていくわけにはいかない。

慌ててサレンとスズメが止めるが……。

 

 

 

> わかった。力を貸して。

 

 

 

「……! うんっ‼」

 

「ちょっとユウキ!!!」

 

「……大丈夫なのかい、助手くん?」

 

「ミソギ、足手まといにはならないよ! 山や森の歩き方には慣れてるから!」

 

「それは……本当なら心強いけど」

 

 

心配はいらない。

ユウキはサムズアップでジェスチャーを送るが、サレンは眉をひそめるのを辞めない。

 

 

『わりい、坊っちゃん……。オレも、手伝うから……連れてってくれ……』

 

「ぷうきちくん……」

 

『いざとなりゃ……武器になれる、から……』

 

 

ユウキはサレンからぷうきちを受け取る。

 

 

 

> 行ってきます。

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜ッ! ああもうっ、無事に帰ってこないと知らないわよ! もちろん、アヤネを含めてよ‼」

 

 

短く頷いて、ユウキはミフユに合図を送る。

 

 

「みんな、準備は良いわね? それじゃあ行くわよ!」

 

 

こうして、一同はアヤネを探し出すべく駆け出した。

ユウキ、カスミ、ミソギ、ぷうきちの四人は【牧場】を目指して山道を駆け上っていく。

 

謎が残る捜索旅は続く。




ミフユ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、アルバイト漬けの傭兵。正確無比で隙のない戦法が戦いに効率をもたらして有利に進める。
誰よりも効率を重視し、コストパフォーマンスにうるさい。ユウキを弟子にしているが、師事の依頼料としてお金を要求する。その姿はまさに効率厨。
もっともその効率主義には色々な事情があり、家族のために無駄を排斥していった結果、時間、お金、効率に誰よりもうるさいワーカーホリックとなってしまった。



アニバーサリーイベントの予告を見ましたが、めちゃくちゃ不穏ですね。
正直去年のアニバーサリーイベより数段ヤバい気配しかしないです。
それにしても主人公が今回のメインキーキャラみたいですが、もしかしてエンディングも主人公が歌うのだろうか。


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もう一度、キミが始める物語(中編)

この話は中編です。
前編から読み始めることを推奨します。


アヤネの捜索を本格的に始めたユウキ。

協力者としてカスミ、同行者としてミソギとぷうきちを交えて【牧場】を目指す。

 

 

「それにしても驚いたね。本当にぬいぐるみが喋るとは」

 

『あんたは……オレのこえ、聞こえるのか……?』

 

「微かに、だけれどね」

 

 

サレンの話では既にぷうきちの声が聞こえないという者もいるようだ。

このままではぷうきちの声を誰も聞くことが出来なくなってしまう。

それを防ぐためにもアヤネを見つけ出さなければ。

 

 

「ぷうきち、ふだんはもっとお喋りなんだよ。なのに、すっごく苦しそう……」

 

『くるしい、って……いうか、力がぜんぜん、でないだけ、だ……』

 

「どちらにせよ長くは保たなそうだね」

 

 

山を登り始めて数刻、【牧場】の柵が見え始めてきた頃。

ユウキ達は猫背で歩き回っている少女を見つけた。

 

 

 

> リン!

 

 

 

「……うあっ! びっくりした……」

 

 

ビクリと跳ねて少女――リンは槍を杖代わりに体を傾け、ユウキ達を捉える。

 

 

「ユウキ……なんか忘れ物でもしたの?」

 

「やあ、リンさん久しぶりだね。突然で悪いけれど……」

 

 

カスミはリンにここまでの経緯を話し、アヤネが来ていないかを尋ねる。

リンは面倒くさそうに顔を険しくして、

 

 

「冗談でしょ……? この前シャドウが現れたばかりだよ? 迷子になったとしてもこんな所にまで来ないと思うけどなぁ」

 

「そうは言うが、今のアヤネさんは精神が不安定な状態だ。当て所なくあちこち走り回っていても不思議ではない」

 

「……少なくとも【牧場】には来てないけど」

 

 

キョロキョロとリンは辺りを見渡す。

数日前はシャドウは山道に現れ、何体かはここまで来ていたようだが、リマとシオリがあっさりと撃破し、ユウキへ救援を行っていた。

 

 

「……とはいえ、あくまでこの辺りでの話になるから、それこそエルフの森方面とかだとちょっと管轄外かな」

 

「エルフの森って、ミサトせんせーのところかな? だったらキョウカが見つけてくれそうだけど……」

 

「エルフの森方面にはしおりんも見回りに向かってるから、戻ってきたら聞いてみよっか」

 

「それにしても貴女も見回りをしているんだね。マコトさんの話では、筋金入りの引きこもりだと……」

 

「…………仕方ないじゃん。あんなことあったばかりなんだからさ。自分の目で安全が確認できないと安心してぐうたら出来ないじゃん」

 

 

ぶっきらぼうに答えるリンは背を向けてギルドハウスへ向かっていく。

ギルドハウスではマヒル、リマ、シオリが集まっており、彼女たちはリンが連れてきたユウキを見て三者三様に驚く。

 

 

「あれ、あんちゃんと【自警団】の子だべ! どうかしたか?」

 

「しおりん、お客さんだよ」

 

「え、私に……ですか?」

 

 

シオリはエルフの森方面でアヤネを見かけていないか尋ねられ、首を傾げる。

 

 

「……ごめんなさい、そんな特徴の子は私は見かけてないです」

 

「そうか……」

 

「それに、向こうには【フォレスティエ】のミサト先生やお姉ちゃんがいます。見かけない子がいたら、最寄りのここに連絡を入れてくれます」

 

『その、連絡が……ないって、ことは……アヤネがいない、って……ことか……』

 

「ぷ、ぷうきち君⁉ どうしたの、声に力がないわよ?」

 

 

かすれたぷうきちの声が届いたリマは声を上げてぷうきちの顔を覗き込む。

ちなみにマヒルとシオリは聞こえていないのかリマの態度に首を傾げる。

 

 

『久しぶり、だな……このあいだは、アヤネを、助けてくれて……ありがとな……』

 

「……もしかして、アヤネちゃんがいなくなったのと何か関係があるの?」

 

『たぶん……な。……いま、アヤネは……ひとりぼっち、だから……早く、見つけないと……』

 

 

気丈に振る舞うが、ここまで一緒に来たユウキ達は、その声がどんどん弱々しくなっていくのが分かる。

 

 

「……はやくアヤネを見つけないとっ」

 

「確かに、これ以上時間をかけるのは得策ではないな。ここにいない以上、もしかしたら中腹の森で迷子になっている可能性もある。引き返したほうがいいかもしれないな」

 

「だったら私も――」

 

「待った。森の先導ならあたしがやるよ。リマはまっひーと一緒にここで待ってて」

 

「えっ?」

 

「リンリンどうした? 自分から名乗りを上げるなんて珍しいべ」

 

 

リマがついていく素振りを見せたのを、リンが待ったをかける。

 

 

「……単純に時間の問題だよ。あたし、これでもレンジャーの才能を認められて【自警団】に入ったんだよ。森の歩き方ならリマより得意な自信はあるよ。……それに、ミイラ取りがミイラになるのも寝覚めが悪いしね」

 

「リンちゃん……!」

 

「私は【フォレスティエ】に行ってアヤネちゃんについて聞きに行ってきます。マヒルさんとリマさんは入れ違いにならないようにここで待っててください」

 

「了解だべ! そっちは任せたどシオシオ!」

 

「……助かるよ」

 

「ありがとうねえちゃんたち‼」

 

 

かくしてアヤネの捜索にリンも加わり、一行は中腹まで下りて森へと入っていった。

 

 

 

 

 

森へと入ってから十数分経ち、一行はのらりくらりと茂みを躱しながら進んでいくリンの後を追っていく。

 

 

「ねぇねぇ、レンジャーってそんなにすごいの?」

 

「そりゃあね。覚えることとか沢山あるし、目と耳と鼻と直感が頼りだよ。……まあ、お母さんにこれでもかと叩き込まれたけどね」

 

「なんにせよ頼もしい限りだ。……それにしても視界が悪い。中々痕跡が見つからないね」

 

「…………、そうでもないよ」

 

 

リンは立ち止まり、地面のそれを槍で指す。

そこには、新しくついたであろう足跡が。

 

 

「この足跡、アヤネってこのだと思う?」

 

「……いや、これは――」

 

「ううん、違うよ。アヤネの靴はもう少しちっちゃいよ」

 

 

先にミソギに言われてしまい、言葉が詰まってしまったカスミ。

探偵の面目躍如のため、一つ咳払いをしてその足跡から情報を分析する。

 

 

「足跡はまだ新しい。それに、足跡の形は革靴によくあるタイプだね。……少なくとも登山に適した靴じゃない。不自然すぎる」

 

「だね。…………ん?」

 

「……これは」

 

 

急にカスミとリンは口を閉じ、スンスンと鼻を鳴らす。

 

 

 

> どうしたの?

 

 

 

「いや、なんか急に香ばしい匂いがして……この足跡の方向かな?」

 

「ああ、間違いない。微かににんにくの匂いがする……これは、ラーメン?」

 

「え? ラーメン?? なんで?」

 

 

こんなところでラーメン屋でもあるのかとミソギは首を傾げるが、すぐにありえないと首を振る。

 

 

「なんか……変だよね、それ?」

 

「ああ、全くもって。……リンさん、どうする?」

 

「決まってるでしょ。誰だろうと、人がいるなら確認しなきゃ」

 

 

再びリンの先導で茂みをかき分けながら進んでいく。

歩いてから数分後、その異常な匂いが進行方向から漂ってくるのをユウキとミソギも認識する。

 

リンから息を潜めるように言われ、その匂いの元にゆっくりと近づいていく。

最後の茂みを越えると――

 

 

「……〜♪ ………………えっ?」

 

 

ツルツルと、岩場に座ってラーメンを食べる少女がいた。

少女はラーメンを啜ったあと、見られているのに気づき、呆けた顔をユウキ達に向ける。

 

 

「えっと、みなさんもハイキングですか?」

 

「はっ? ハイキング?」

 

「はい。わたしも見ての通りハイキングの真っ最中でして♪」

 

「見ての通り、って言われても……」

 

 

カスミは少女の格好を一瞥する。

 

薄着だし、しかもミニスカート。

荷物だって少ない。

何より彼女が履いている靴がショートブーツであり、先程の足跡とほぼ一致するだろう事が見て取れる。

あまつさえ、この辺りの景観は控えめに行って最悪。ハイキングなら山頂を目指すだろうが、何故こんな場所に……?

 

 

「何もかもが怪しすぎる……っ」

 

「あ、怪しいっ? えっ、わたし何か疑われてるんですか?」

 

「え〜〜っと……ひとまず質問してもいい?」

 

 

リンはひとまずこの怪しい少女が目撃者であることに一縷の望みをかけて、アヤネについて聞いてみる。

 

 

「……う〜ん、赤いツインテールに、赤いドレス……。ごめんなさい、ここに来るまでは見ていないですね……」

 

「ねえちゃんはなんでここでラーメン食べてたの?」

 

「それはラーメンが大好物だからですよ♪ ラーメンって一括でいっても色々ありますよ。醤油、塩、味噌、豚骨、担々麺。そういえばオーエドではつけ麺なんてのもあるらしいですね。()は結局食べ損ねちゃいましたし、次に行く時は食べてみたいですね♪」

 

 

 

> ラーメン食べたくなってきた。

 

 

 

「助手くん……話がどんどん逸れていってるよ」

 

 

ため息をついて呆れるカスミは少女を軽く睨みつける。

わざとかどうかは定かではないが、こちらが聞きたいことをのらりくらりと躱されているような気がしてくる。

 

今度こそ追及しようとして、

 

 

「あれ、あそこに見えるのって、もしかしてさっき話してたアヤネさんって子ですか?」

 

「えっ」

 

 

少女が指差す先には、暗がりではっきりとしないが、赤いツインテールが揺れて見える。

間違いない、アヤネの特徴である。

 

 

 

> アヤネちゃん!

 

 

 

「アヤネーーーッ‼」

 

 

有無を言わさずユウキとミソギは走り出す。

 

 

「ちょっとふたりとも! 視界の悪い環境でいきなり走り出すのは危ないって!」

 

 

二人を先行させるわけにはいかないと、リンも走り出す。

 

 

「……〜〜〜〜っ! ……待ってくれたまえ‼」

 

 

怪しい少女を問いただしたい気持ちをぐっと抑え、カスミもユウキ達を追う。

 

少女はユウキ達を無言で見送ったあと、ラーメンに手を付ける。

食べ終わった頃に、

 

 

―――――♪―――♫―――♪――

 

 

あの歌が聞こえてきた。

少女がそれを耳にしたとき、嬉しそうに、懐かしそうに、寂しそうに微笑む。

 

 

「今日はこの辺りで歌ってるんですね……」

 

 

少女は岩場から腰を上げ、パンパンとスカートの埃を払う。

そして今一度ユウキ達が走り去った先を見て、呟く。

 

 

 

「騎士さんも大変そうですねぇ……★」




リン
前作「プリンセスコネクト!」に続けて登場する、ぐうたらなリスの獣人族。面倒くさがりなりに、味方への支援と敵の妨害を使い分けて戦う。
元々は【自警団】の所属だが、【牧場】に出向して警備の仕事をすることになる。が、平和なのをいい事に警備の仕事をシオリやリマに押し付けてギルドハウスに引きこもる。
どんぐりとあんぱんが大好物で、よく通販で【牧場】に取り寄せるほど。レンジャーとしての才能があるようだが、非常事態以外で発揮されることは早々ない。



何とか今日中に間に合った!
明日も投稿する予定です。
さて、最後に登場した少女の正体とは?
……まあ、名前を伏せてるだけで正体を隠してるつもりはありませんが。


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もう一度、キミが始める物語(後編)

今回は一人称視点で書いていきます。

※この話は後編です。
前編から読む事を推奨します。


小さい頃からずっと一人ぼっちだった。

パパとママはお仕事が忙しくて一緒にいる時間がとても短くて何度も寂しい思いをした。

 

そんなとき、私にお友達が出来た。

名前はぷうきち。見た目はくまのぬいぐるみだけど、私の大切なお友達で、大好きな家族。

ぷうきちは寂しがり屋で引っ込み思案な私を何度も助けてくれる。寂しい気持ちを何度だって忘れさせてくれる。弱い私を何度でも守ってくれる。

 

だけど、それが解るのは私だけ。

大きくなればなるほど、私は周りからだんだん距離を置かれ始めた。

まるでおかしなものを見るような目で見下され、私の世界はどんどん小さくなっていった。

 

別にそれでも良かった。

ぷうきちや、ぷうきちの家族が私を守ってくれるから。私と遊んでくれるから。

たまに一緒にいてくれるパパとママも過ごす時間も、私にとっては大切な思い出。

別にそれで良かった。私が幸せならそれでいい。

 

 

 

そんなときに、私の世界に外からズケズケと変なお兄ちゃんがやってきた。

 

 

 

はっきり言って興味がなかった。

アストルムで遊んでる私を心配だからとか何だとか、鬱陶しく絡んできた。

だから、意地悪して私のワガママにこれでもかと振り回してやった。

気分が良くなった私は、現実(リアル)でもお兄ちゃんを見つけた。

無害そうなでくの坊の顔が、アストルムと瓜二つだったからすぐに解った。

向こうも私だと気づいたみたいで、馴れ馴れしく近寄ってきたけれど、現実の私はそうはいかない。

いつものようにぷうきちに守ってもらってお兄ちゃんと話をしていたら、何だかどんどん楽しくなっていった。

 

不思議な気持ち。

鬱陶しかったのに、興味もないのにお兄ちゃんといる時間が楽しいと感じていた。

そして、そんな時間がアストルムでも現実でもどんどん増えていった。

アストルムでは私のワガママで散々振り回して。

現実ではぷうきちと一緒にお兄ちゃんをからかって。

そのたびにお兄ちゃんは怒ったり困ったりするけれど、私から逃げたりはしなかった。

 

……思えば、私とこうして私の世界でぷうきち達以外と一緒に遊ぶのは久しぶりだった。

だから楽しくて、嬉しくて、幸せだった。

 

寂しい時も、遊んでほしい時も、居て欲しいと思ったときはいつもお兄ちゃんがいてくれた。

パパとママ、ぷうきち達に続く、私の大好きな家族になっていくのを、ようやく私は理解した。

 

そして―――――

 

 

 

 

 

そして―――――私は、長い眠りから目が醒めた。

 

 

 

 

 

どうやら、私を眠りから覚ますアラームは余程のホラーテイストで構成されていたみたい。

まるで鏡を見せられているように、「私」はどんどん近づいてきて――

 

 

『パパ……ママ……寂しい……会いたい……お兄ちゃん……』

 

 

頭が弾け飛ぶような気分だった。

その言葉を聞いた瞬間に、頭の中がぐちゃぐちゃになるような痛みが私を襲って、声も出せなくて動けなかった。

 

その後のことはよく覚えてない。

なんか白いもふもふに背負われて、古い屋敷に連れて来られて、

金髪の耳の長い女の人にくどくどと説教されたような気がする。

でも私の頭には全然入ってこなくて、ただただ頭が痛くて気分が悪かった。

私の様子がおかしかったのか、よく似た背丈の女の子に部屋に連れて行かれて、ベッドに横にされた。

 

そのまま次の日の朝までずっと寝てたけど、頭が痛いのは治ってなくて、気分が悪いまま目が覚めてしまった。

 

 

(ここ……どこ……?)

 

 

辺りを見渡しても心当たりはない。少なくとも自宅じゃない。

私の家にこんな古臭い部屋はない。

不安になってしまって、いつもの癖でぷうきちを胸に抱いて……、

 

 

『――…………おお、アヤネ。起きたのか』

 

「…………ぇ……」

 

 

胸に抱いたそれから聞き慣れた声がした。

大きなくまのぬいぐるみ。

だけど、その圧を感じる口調には心当たりがあって。

 

 

「……ぷうきち…………?」

 

『……なんだ、まだ寝ぼけてるのか。よく見りゃ顔色も良くねえな』

 

 

こちらに顔を向けると尊大な顔つきのくまが私を見つめている。

 

 

『無理はすんなよ。昨日あんな事があったばかりだ。スズメの姉ちゃんに頼んでおかゆでも用意してもらうか。……オレも昨日の夜からなんか体が気だるくて……オレも風邪ひいちまったかな』

 

「………………っ???」

 

 

 

――このこはだれ?

 

 

 

『おわぁっ⁉』

 

 

気づけば私はそれを胸から投げ出していた。

そして逃げるようにベッドから転げ落ちる。

 

 

『何すんだアヤネ‼』

 

 

それはいきなり投げ飛ばされたから怒っているんだろう。

 

でも――違う。

この子はぷうきちじゃない。

ぷうきちはそんなこと言わない。

ぷうきちは私に怒ったりしない。

ぷうきちは弱音を吐くような事は言わない。

 

その事実がわかった時、私の頭痛は更に酷くなった。

 

 

「っぅ…………⁉」

 

『お、おい? アヤネ、大丈夫か?』

 

「……ん、アヤネちゃん? どうしたの?」

 

「……ッ⁉」

 

 

隣から女の子の声が聞こえる。

どうやらこの部屋にはもう一つベッドがあって、そこで女の子が寝ていたみたい。

大きなリボンをつけた女の子。

でもこの子にも見覚えはない。

 

 

「…………ぇ、ぁ……」

 

「あ、アヤネちゃん……?」

 

『クルミ、何とか言ってやってくれ! なんか様子が変なんだ。顔色も悪いし、口数も少ないし、いきなりオレを投げ飛ばすし』

 

「え……? と、どうしたのアヤネちゃん。ぷうきちを投げるなんて普段なら絶対にしないのに……」

 

「――どうしたの、騒がしいけれど」

 

 

ガチャリ、とドアが開く音が響き、誰かが入ってくる。

先頭に立ってる人には……ちょっとだけ見覚えがある。

確か……高等部の生徒会長さん。

 

 

「アヤネ、起きたのね。結局昨日は寝たきりだったみたいだけど……。顔色も良くないわね、スズメ今からおかゆと薬の準備よ」

 

「はいっ、お嬢さま!」

 

 

顔を見たことがあるからって、こんなに馴れ馴れしくされるような関係でもない。

ここは、この人たちは、一体何なんだろう?

 

 

「……あ」

 

 

 

>アヤネちゃん、大丈夫?

 

 

 

「……お兄、ちゃん?」

 

 

 

見たことがある格好をした男の人。

私のワガママに何度でも付き合ってくれる人。

私の大切な、お兄ちゃん。

 

 

 

> 体調が悪いなら、無理はしないで。

 

 

 

「……ん……」

 

『な、なんだ。やけに坊っちゃんには素直だな。さっきあんなに取り乱してたのに』

 

 

お兄ちゃんの顔を見ていると、さっきまで不安になっていた心が少しずつ落ち着いていく。

誰も知らない、何もわからないこの状況で、お兄ちゃんがいてくれたらなんとかなりそう。

根拠もないのに、そう思っちゃう。

 

 

 

でも何でだろう。

お兄ちゃんを見ていると、頭の痛みが少し強くなった気がした。

 

 

 

 

 

その後、サレンって人とスズメって人が用意してくれたお粥を食べて、薬を飲んだあとベッドに寝転んだ。

 

 

「アヤネちゃん、なにかして欲しい事があったら言ってね」

 

「…………」

 

「…………ぅぅ……」

 

 

そんな泣きそうな顔をしないでほしい。

 

別に嫌いになったから無視したわけじゃない。

例えばここがアストルムの中ならちょっとふざけてみたりとか、ワガママを言ってみたりとかするけれど。

あいにくとそんな気分じゃない。

 

 

『おいアヤネ、無視すんなよ。クルミがお前のこと心配してるだろ』

 

 

極めつけはこの独りでに喋るぬいぐるみ。

アストルムで使ってるぬいぐるみに似ているだけに、まるでぷうきちを似せて喋っているのが途轍もなく気味が悪い。

 

そうした日々が何日か続いて、いつまでも部屋でじっと蹲るのにも少し飽きてきた頃、こっそりと部屋を出ていくことに決めた。

ずっと私に話しかけてくる「ぷうきち」も、力が出ないのか眠っているから誰にも気づかれない。

 

階段を途中まで降りると、子供たちの騒がしい声が飛び交うのが聞こえる。

覗いてみると、どうやらおままごとをしているようだ。

その中心には、お兄ちゃんが。

 

 

「お兄ちゃん、こんどは椅子の上で丸くなってる猫のモノマネやってね」

 

「じゃあ次は、夜にうるさく鳴いてる犬のモノマネ!」

 

「赤ちゃん役やって!」

 

 

それらの無茶苦茶な難題を、お兄ちゃんは楽しそうに、嫌がりもせず全てこなしていた。

 

 

 

――なにあれ。

 

 

 

最初に浮かんだ感想はそれだった。

私が知ってるお兄ちゃんは、そう言う無理難題をふっかけられたときは大抵最初は面倒くさそうな表情を浮かべる。

でも、別に断ったり嫌がったりはしないの。

なんだかんだ言って、私のワガママにいつも付き合ってくれていた。

 

でも、あれは違う。

嫌がりもせず、周りの子供たちと一緒にはしゃいでる。

まるで無邪気な子ども――ううん、もっと酷いかもしれない。

ただ一つだけ確信を持って言えるのは、あれは私の知ってるお兄ちゃんじゃない。

 

 

 

――そう思ったとき、私の頭痛は一際強くなった。

 

 

 

 

 

翌朝、私は屋敷から抜け出した。

あの屋敷にいる限り、私の頭痛は収まらない。

誰も知らない人たちばかり。ぷうきちもいない。

誰も頼れない。

 

だから、勇気を出して自分から動き出すことにした。

まずは遠くからでも見えるあの大きな白い壁から調べよう。

 

そこまで近づくと、なにか強い既視感をどんどん感じていく。

門を潜ると、ようやくこの既視感がわかった。

 

 

「……アストルム?」

 

 

そう、アストルムだ。

アストルム内の主な舞台であるランドソル。

外から見た白い城壁や、周りの家屋にとても見覚えがある。

けれど、どうして私は今アストルムに居るんだろう?

いつログインしたんだろう。

 

何か肝心な事を忘れているような気がする。

しかし今考えても仕方がない。そういうのはパパとママに聞いてみるといい。

 

ログアウトしようとして――出来ない。

そもそもやり方を思い出せない。

 

 

「なんで……」

 

 

冷や汗が流れるのを感じる。

どうやって帰ればいいの?

私に何が起きてるの?

考えても、考えても、何も解らない。

 

ふと、さっきから渦巻く違和感に堪えきれず、空を見上げる。

青々と広がる高い空。

でも――アストルムの空はあんな色じゃない。

あれは現実の空だ。

 

でもここは現実じゃない。

 

 

「………………ッ‼」

 

 

喉の奥までこみ上げてくる恐怖をごまかすように、踵を返してランドソルを出ていく。

その際に脚がもつれて前に思いっきり転んでしまった。

 

 

「いたい…………、……え」

 

 

なんで痛いの?

アストルム内で転んで怪我をしたところで痛みなんて感じない。

その筈なのに、痛い。

痛い。痛い。地面にぶつけた膝が痛い。痛い。頭が痛い。

 

痛い痛い痛いイタイイタイいたい痛いいたいいたいいたいいたいイタイ痛い痛いイタイイタイイタイ逞帙>逞帙>いたい縺?◆縺縺?◆縺縺?◆縺縺?◆縺イタイ繧、繧ソ繧繧、繧ソ繧繧、繧ソ繧繧、繧ソ繧逞帙>逞帙>逞帙>縺?◆縺縺?◆縺―――――

 

 

 

 

 

「―――――たすけて、お兄ちゃん……っ」

 

 

 

 

 

どこまで走っただろうか。

どうしようもない現実から、未だに引いてくれない痛みから、それらの恐怖から逃げるために。

 

でも、逃げたところでどうしようもない。

誰も頼れない。

何もわからない。

なんの進展もない。

 

私はその場に腰を下ろす。

周りは視界が悪い森で、いつの間にか遠くまで来ていたみたいだ。

おかげで疲労感が全身にどっしり伸し掛かるし、朝から何も食べてない所為かお腹がすいた。

 

これが本物の現実だと突き付けられた動かぬ証拠だった。

そう受け入れると、少しずつ頭痛が収まっていくような気がする。

もうしばらくこのままじっとしていよう。

 

そう思っていたけれど。

 

 

『繝代ヱ縲√?繝樞?ヲ窶ヲ蟇ゅ@縺?h窶ヲ窶ヲ』

 

「――ひっ⁉」

 

 

唐突に後ろから声が聞こえて跳び上がり、後ずさる。

 

そこに鏡が置かれているのかと思ったが、違う。

 

ああ、どうして。

 

 

『縺雁?縺。繧?s縲∵怙霑大ソ吶@縺昴≧』『繧「繝ォ繝舌う繝医?縺九j縺ァ縺翫∪縺セ縺斐→縺ォ莉倥″蜷医▲縺ヲ縺上l縺ェ縺』『縺雁?縺。繧?s縺悟?髯「縺励◆』『縺雁?縺。繧?s縺後>縺ェ縺?舞隴キ髯「縺」縺ヲ縲√%繧薙↑縺ォ縺、縺セ繧薙↑縺九▲縺溘s縺?』『縺雁?縺。繧?s縺後Α繧ス繧ョ驕斐↓縺ー縺」縺九j讒九≧』

 

 

どうして。

あれはただの悪夢じゃなかったの?

まだ悪夢は続いてるの?

 

もし、このまま身を任せたら、この悪夢から醒めるのかな。

 

 

「ぃゃ」

 

 

―――――お兄ちゃん、助けて。

 

 

 

 

 

> アヤネちゃんッ‼

 

 

 

その時、聞き覚えのある優しい声が聞こえた。

その人は悪夢を斬り裂いて、横にいる女の子は爆弾みたいなもので悪夢を吹き飛ばして、私に駆け寄ってきた。

 

 

「アヤネ、大丈夫? しっかりして!」

 

 

 

> アヤネちゃん、見つけたよ。

 

 

 

「…………お兄ちゃん……」

 

 

別人だと思った。

けれど、困ってる人を本気で、全力で助けてくれるこの人は、やっぱりお兄ちゃんだった。

 

 

「……おにい、ちゃん…………」

 

「アヤネ? アヤネ、しっかりして、アヤネ〜〜⁉」

 

 

女の子の叫びが最後に聞こえて、私の意識は落ちていった。

 

 

 


 

 

 

はーい、お疲れ様ー。

 

いやぁ、焦ったわ……。前からそうなんじゃないかと思ってたけど、まさかアヤネちゃんの認識の修正が緩んでいたなんて。

そのせいで一時的に現実のアヤネちゃんが今のアヤネちゃんの意識に乗り移って、現実とアストルムとの乖離を認識して、ずっと頭痛に苦しんでいたわ。

 

それだけじゃない。ここ最近のアヤネちゃんの精神状態はちょっと不安定だったわ。アンタが入院したり、救護院の外で色んな事してたり。今でこそそんな素振りは見られないけれど、あの娘の本質は人見知りで寂しがり屋なのよ。

 

……ああ、今はもう安定しているわ。アンタがカッコよく助けたことで、アヤネちゃんも安心したんでしょうね。次に目が覚めたらもう「いつもの」アヤネちゃんとぷうきちに戻ってるはずだわ。

 

まあ、今回はグッジョブだったわよ♪ 今後はコッコロたんだけじゃなく、アヤネちゃんにも気にかけることね。

 

……そして、絆をどんどん強くして。今のアンタに出来るのはそれくらい。だけど、とっても重要なことなの。

それこそが、もう一度特異点(ターニングポイント)を乗り越える唯一の方法なんだからね。

 

それじゃあ、またね〜。

 

 

 


 

 

 

目が覚めると、【サレンディア救護院】の私の部屋だった。

すぐ側にはクルミ、ミソギ、お兄ちゃんがじっとこちらを見つめてた。

 

 

「ど、どうしたの皆? 横並びになってこっち見て」

 

「アヤネちゃん……もう大丈夫なの?」

 

「クルミから聞いたけど、ずっと顔色悪かったんだよね? いまはなんともなさそうだけど……」

 

「……ええ?」

 

 

なんか心当たりのないことを言われたけれど……。

 

 

 

> アヤネちゃん達が無事で良かった。

 

 

 

「達……? あれ、なんでお兄ちゃんぷうきちを抱っこしてるの?」

 

『他人事みたいに言ってんなよ、アヤネ。お前がオレを投げ飛ばすせいでオレはずっとホコリまみれだったし、こうして坊っちゃんに抱えられるハメになってんだぞ』

 

「ええ〜? わたしがぷうきちにそんな事するわけないでしょ!」

 

『やったっての! なんで覚えてねえんだよ⁉』

 

 

ぷうきちと口喧嘩をしたあとに、ミソギが何だか大人しそうに声をかけてきた。

 

 

「えっとね、この前はあんな危ないことに付き合わせて本当にごめんなさいっ」

 

「えっ、あ、ああ…………」

 

 

この前って、探検に行ったことかな?

実はシャドウから逃げた後の記憶ってよく覚えてなくて、ずっと眠ってたような気分なんだよね。

 

まあ、こうしてミソギが謝ってくるのもちょっと珍しいから、たまにはお返しすることにしよう。

 

 

「いいよ。許してあげる。ただし……」

 

「た、ただし?」

 

「今度はミソギ達がわたし達のおままごとに付き合ってね♪」

 

「……! うんっ、それくらいなら――」

 

「もちろん、遊びに来るときは毎回ねっ」

 

「えええ⁉ そんなの退屈だよ〜〜っ‼」

 

 

ちょっとは仕返し出来たみたいで、大分気分が良くなった。

これからもきっと楽しい毎日になりそう♪

ママ・サレンが、スズメが、クルミが、救護院のみんなが、お兄ちゃんが、コッコロが、何よりぷうきちがいる。

 

こんなに幸せな毎日がこれからもずっと続いていきますように。

 

 

 


 

 

 

「ふふ、ひとまず大団円って感じですね……★」

 

 

日が傾き、少しずつ闇に染まる空の中。

救護院のひと時をじっと見つめていた少女がいた。

 

少女は愉快そうに微笑み、それから一度目を離し、今度は牧場のある方角を見る。

 

 

「……ごめんなさい。今すぐにでも会いに行きたいですけれど、今のわたしは裏方ですから、目処が立つまで会いに行けそうにないです」

 

 

本当に残念そうに語る少女の脳裏には、大切な友達の微笑む表情が浮かぶ。

少女はゆっくりと頭を振って、再び救護院に目を向ける。

 

 

「それでは騎士さん、また会いましょう♪ 今度はもっと長く一緒にタノシイ事をしたいですね★」

 

 

クスクスと少女は笑う。

 

 

「そして、第一の特異点(ターニングポイント)を乗り越えてください」

 

 

――これは、あなたがもう一度始める物語ですから。

 

 

意味深な言葉を残して、少女は闇へ消えた。




アヤネ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、くまのぬいぐるみと共に戦う少女。相棒のぷうきちとの息が合った攻撃は全てを吹き飛ばす。
元々はランドソルの一般家庭の少女だが、なにかしらの認識の乖離があったのか、自身の両親を本当の両親と思えず、【サレンディア救護院】へとやってきた。
ぷうきちの声は誰にでも聞こえるというわけではないようだ。少なくとも救護院のみんなや、ユウキと仲の良い人物たちにはぷうきちの声は届いているらしい。



ギリギリセーフ!
これにて3部にわたる話は区切りました。
そしてこの3話でいくつか今後の展開を思わせる情報を開示したつもりです。
なお、今回一部文字化けを使用しております。
ですのでお使いの端末な正常だと思いますのでご安心ください。


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キミが寝ても覚めても、ページは捲られ続ける

4周年までもう秒読み!

このSSもそろそろ佳境に突入させたいので頑張っていきます!


小さな森の中、鋭く空を切る音が連鎖する。

細剣を素早く振るい、機敏に足を運ばせる少女――レイ。

 

日課の素振りを終えて、はあ、とため息をつく。

 

 

「いまいち物足りないな……」

 

 

ボソリと出た言葉はほのかな不満。

レイは日課の成果を確かめるために魔物と戦うことがあるが、最近ではその魔物を全く見かけない。

弱いスライムすら見かけないほどだ。

 

 

「シャドウとも戦ったが、あまり達成感もなかったし……」

 

 

ここ連日ではシャドウが大量発生する異変が相次いでいる。

レイ擁する【トゥインクルウィッシュ】もシャドウを掃討するべく戦いに出向いたが、その時に幸か不幸か自身のシャドウと相対する機会があった。

しかし、自身と瓜二つの怪異と切り結んだ感想は「不気味」の一言。

剣を振るった余韻など何もなく、ただただ気味が悪い後味しかなかった。

 

 

「ギルド管理協会は結局、原因となっているものを見つけられていない様だし……」

 

 

シャドウが大量発生するその背景にはいつも謎の歌が聞こえてくるらしいが、その歌の主は未だに見つかっていない。

【王宮騎士団】もこの異変について、あまり人員を割いていないという噂も出ている。

現在のランドソルの情勢はあまりにも不安定だ。

 

 

「それもこれも、前国王から王位を継いだというユースティアナという方が王になってからだな……」

 

 

知り合いの剣士からユースティアナに関する黒い噂を聞いたことがある。

いわく、ランドソルの王族なのに獣人族。

いわく、彼の者が王位を継いでから獣人族との軋轢が強くなった。

いわく、問題行動を起こした【王宮騎士団】の副団長を野放しにしている。

などなど、かのユースティアナが王位を継いで以降、ランドソルの情勢が大きく傾いたように思える。

 

これから先、ランドソルはどうなっていくのだろう。

再びレイはため息をつく。

 

その時ガサガサ、と茂みが揺れる音が聴こえ、レイは臨戦態勢を取る。

魔物がいなくなったと聞いたが、よもや何処かに潜伏していたのだろうか。

警戒心を強めると、

 

 

「――……おかしいですわね。一向にランドソルに近づいた気がしませんわ」

 

「はっ?」

 

 

茂みを掻き分けて出てきたのは、燃えるような赤髪の少女だった。

 

 

 

 

 

「――それでこう言ってきたんですの。『世の中金ほどあって困ることはありません。金があれば人は集まり、金を使えば時が早まる。そのタイミングを見極めてこそ一流の商人ですわ』って! 全く嘆かわしい方でしたわ‼」

 

「そ、それはそれは……」

 

 

小さな森を抜けてレイとアキノはランドソルの帰路につく。

現在レイはアキノから最近の商談で起きた出来事を聴いている。

 

 

「商人にとって重要なのはお金よりも信頼ですわ。もちろんお金も必要ですが、信頼でお金は勝ち取れてもその逆はありえませんのよ。あのクレジッタ・キャッシュという方は根本的な勘違いをしていますわ!」

 

 

もっとも、商談の出来事というよりはクレジッタとやらに対する愚痴のように聞こえてしまうが。

 

 

「……はっ! わたくしとしたことが、愚痴っぽくなってしまいましたわ。申し訳ございません」

 

「いや、気にしていないよ。苦労しているようだね」

 

 

レイは苦笑いを浮かべながらアキノを労う。

 

そもそもどうしてこんな話をしているのか。

かのウィスタリア家の令嬢であるアキノとこうして出会えたことは、貴族の世界から一歩引いているレイにとってまたとない機会だった。

 

同じ貴族令嬢として自分と彼女は何が違うのか。

逃げた自分では出来ないことを成し遂げられるであろうアキノを見て、少しは自身を顧みてもいいかもしれない、と思ったレイだった。

 

 

「しかし驚いたね。名門財閥たるウィスタリアのお嬢様も、ままならない人生に悩んでいるとはね」

 

「お恥ずかしいことですが、わたくしはまだ家を継ぐには世間知らずのようですから。商談もたくさん経験して、武者修行もして、そうして一人前の人間となったとき。わたくしは初めてアキノ・ウィスタリアとして胸を張れると思っております」

 

「……前向きだね。私には無いものだ」

 

 

またしてもため息をつくレイ。

 

 

「……そういえば、あなたの顔をどこかで見たような気がするのですが……」

 

「…………」

 

「確か、しばらく前に商談でお会いした方のご令嬢の似顔絵を見せていただいたのですが、あなたによく似ていたような……」

 

「……全く、よもや仕事に私情を挟むとはね」

 

 

その似顔絵を見せてきた人物が誰なのか容易に想像でき、レイは呆れてものも言えなくなる。

 

 

「おそらく私の父だろう。お恥ずかしながら、家出中の身でね」

 

「まあっ! それはまた……」

 

「軽蔑したかな? 貴女からすれば、貴族の義務から逃げ出した最低な貴族令嬢だろうしね」

 

「い、いえ……。ですが、何故そのような?」

 

「あの家には、私に一切の自由が無いからだ」

 

 

吐き捨てるようにレイは続ける。

 

 

「子供の頃に貴族の嗜みとして習い事を受けた。剣術と馬術。だが、時が経ってもそれが生かされる場面などなかった。こうして家出するまではね。そして成長してからは沢山社交界に連れ出された。……吐き気がしたよ。あそこには頭に欲望しかない連中しかいない。みんな私を見ているようで、父しか見えていないんだ」

 

「…………」

 

「あのままあの家にいたら、私は壊れて父の操り人形になっていたかもしれない。言いなりのままでいたら、きっと今頃【聖テレサ女学院】にでも通わされていたんじゃないかな。あそこはランドソル中の貴族令嬢が通っている閉鎖的な学院で有名だ。世間をよく知りもしない、籠の中の鳥になっていたかもしれない」

 

「…………」

 

「私は実家に対して、なんの誇りも感じない。私が家の操り人形になることを、父が望んでさえいるように感じる。……私は、貴女のようにはなれないよ」

 

 

レイの独白を聞き終え、アキノは心中でため息をつく。

 

 

(どこか既視感を覚えると思いましたが、サレンさんも色々なしがらみに悩まされていましたわね……)

 

 

以前アキノはサレンから貴族としての悩みを打ち明けられたことがある。

貧乏貴族であるために、一つでも多くの商談を成功させなければならないこと。

成功者である父親に擦り寄るべく、自身を懐柔しようとしてくる周りの貴族たち。

 

だが、一つ明確に違うことがあるとすれば、レイは未だにその絶望から希望を見出だせておらず、暗中模索している。

サレンにとってのアキノが、レイにはいないのだ。

 

だが――

 

 

「レイさん、だからといって逃げ続けることは得策ではありませんわよ」

 

「それは……わかっているつもりだ。だが……」

 

「あなたが本当に望む自由を掴み取るには、お父君に認めてもらうしかありません」

 

「……っ、そんなこと無駄だ! あの人は、私の言葉など全て子供の戯言だと思っている。あの人には何も届かない」

 

「それは、あなたがお父君に一人前だと認めてもらえていないからですわ」

 

 

レイの険しい表情が強張り、一転して弱った子供のように歪む。

 

 

「……そんなことを、言われても……っ」

 

「残念ですが、わたくしにはこれ以上の最善策は思いつきわせんわ。ですが、きっとお父君があなたに求めているものはそこにあるのだとわたくしは考えます」

 

「それは、どういう……?」

 

「わたくしや、わたくしの友人がそうであるように。貴族として、貴族の自覚を持って独り立ちをすることを求められるからです。その事実から逃げ続けているレイさんをお父君が認めておられないということなのかもしれません」

 

「……」

 

「そして、認めてもらう方法は、自分でその答えを見つけるしかないでしょう」

 

「…………結局はそうなるのか」

 

 

諦めるように乾いた笑みを浮かべるレイ。

天を仰ぎ、自嘲するレイは絞り出すように口を開く。

 

 

「……振り出しに戻った気分だ。そんな日は、一体いつ来ることやら…………」

 

「……何やら背負い込んだ表情をしておりますが、別に一人で考えろとは言っていませんわよ?」

 

「え」

 

「わたくしたちは貴族であると同時に一人の人間なのですから、助け合って生きるのが賢い生き方ですわ! 持ちつ持たれつ、支え合って進み続けることでより良い社会を築き上げていくものです」

 

 

アキノはトントン、と自身の胸を叩き満面の笑みを浮かべる。

 

 

「ですので、困ったときがあったらわたくしを呼んでくださいませ! 馬車でも飛空艇でも使って駆けつけますわ‼ おーっほっほっほ!」

 

「え、ええ? し、しかし私は別に貴女に何か助けた覚えは……」

 

「えっ? だって今わたくしをランドソルまで案内してくれていますわよね? 今すごく助かっていますわよ?」

 

「……ああ、そうだったね」

 

 

元々道に迷ったアキノをランドソルまで案内することが目的だった事を失念し、笑いを堪えきれなくなったレイだった。

 

 

「そうだね……なら、そのときは力を貸してもらうことにするよ」

 

「ふふ、勿論ですわ‼」

 

 

 

 

 

ところ変わってエステレラ街道。

 

現在ここには敷物を地面に敷き、昼食を取っている男女二人組がいた。

 

 

「はあ、何だかひもじいですねぇ。いつもなら倒した魔物で料理をしているところですが……」

 

 

 

> その魔物が全然いないもんね。

 

 

 

ギルド活動の一環として、食材のために魔物を倒そうと色々調べていたペコリーヌとユウキ。

しかし、あれからギルド管理協会には魔物の討伐依頼はなく、魔物の目撃情報もめっきり減り、予め用意していたおにぎりを食べながら途方に暮れていた。

 

 

「それにしても、ランドソルで何が起こっているんでしょう? 小型の魔物すら一体も見かけないなんて……」

 

 

ランドソルの情勢に過敏なペコリーヌはうんうんと唸る。

それだけじゃない、とペコリーヌは憂う。

 

 

「【美食殿】だって、全員で集まるのも少なくなっちゃいました……。キャルちゃん、どこへ行っちゃったんでしょう……」

 

 

 

> コッコロちゃんも、故郷にある神殿にアメスさまの託宣を聞きに行っちゃった……。

 

 

 

そう、現在【美食殿】のギルドメンバーはペコリーヌとユウキだけ。

キャルはシャドウの大量発生異変を機にギルドハウスに顔を出すことが減っていった。

コッコロはアメスとの交信が上手くいかないと、故郷のエルフの里に一度帰ることになった。

 

ギルドハウスに集まっても、たった二人しかいない。

これでは満足にギルド活動が出来ない。

 

 

「……そうだ! 二人を驚かせるために、とびっきりの魔物の食材を見つけてきましょう!」

 

 

 

> というと、何処に?

 

 

 

「確かカリンさんの話ではエルピス大陸の開拓が滞っているようですし、協力するついでに珍しい魔物の食材を手に入れるんです!」

 

 

エルピス大陸では魔物がいないという話は出てきていない。

善は急げと、ユウキ達はギルド管理協会へと駆け込むのだった。

 

 

 

 

 

この世界はユウキを中心に回っている。

だがユウキの与り知らぬところで物語は動いている。

良くも悪くも。

 

 

 

それを伝えに来る者の足音は、すぐ近くで響いていた。




アキノ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、上流階級のお嬢様。豪快で情熱的な攻撃はその範囲がとても広く、威力も絶大である。
世間知らずなところがあり、金銭感覚がずれている。困ったことがあれば、大金をはたいて解決しようとする癖があった。しかしユウキとの出会いでお金が大事なものであると理解した。
実はかなりの方向音痴であり、ランドソル内の目的地へたどり着くために、ランドソルの外に出てしまっていた、というのもしばしば。サレンとは子供の頃からの長い付き合い。



4周年目前に更新することが出来ました。
少しフライングですが、プリコネ4周年おめでとうございます!
まさか水着美食殿が星6内定とは……(水コロしかいない私、愕然)
予想はしてましたがランファのプレイアブル化も結構早かったですし、驚きの情報ばかりでしたね。
そして次回イベント……クルミとミサキの組み合わせとか、個人的にデジャヴを感じるなぁ?
私はちょっぴり険悪に書いちゃったけど、多分イベントストーリーはそんなことにはならないでしょう。


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貴女の歌が、キミが見る空に届くように

元々一話完結のお話を投稿していくこのSSですが、どんどん続き物のお話になっていっている為に、どうしたものかと悩むこの現状。

だから、開き直ってこのまま物語を続けて行こうと思います。


今日ユウキがやってきたのは、アイドルギルド【カルミナ】のギルドハウス。

中で待っていたのはチカ。

チカはテーブルにユウキを案内すると、奥からお茶菓子を持ってきて話を始める。

 

 

 

> クリスティーナさんが行方不明?

 

 

 

「はい……。ユウキさんはプロデューサーさんを見ていませんか?」

 

 

話の内容は、【カルミナ】のプロデュースをしているクリスティーナ・モーガンの行方不明。

ある企画を進めている最中、空間の精霊キリンが現れたその少し後くらいに、書き置きを残して行方がわからなくなってしまったらしい。

 

古巣である【王宮騎士団】にも戻っていないらしく、いよいよクリスティーナの手がかりが見つからないのである。

 

 

 

> 書き置きにはなんて?

 

 

 

「……企画のためのスケジュール表と一緒に置かれていまして。『しばらく暇をもらうから、これを参考にしながら自力でやってみろ』……と」

 

 

ふむ、とユウキは首を傾げる。

 

まず、そもそもどうして【王宮騎士団】の副団長たるクリスティーナが【カルミナ】のプロデューサーをしているのか。

 

【自警団】とのいざこざを起こしたあと、クリスティーナの処分は『陛下』からは【王宮騎士団】で対応するように言われており、しばらくの謹慎処分を言い渡されていた。

だがそれで大人しくするような性格ではなく、監視の目を掻い潜ってなにか事を起こそうと考えていたところに、【カルミナ】のライブに目をつけた。

戦いではなく、歌と踊りで民衆を沸かせるパフォーマンスに興味を持ち、半ば強引にプロデューサーを受け持つことになった。

 

なお、これはジュンから聞いた話だが、クリスティーナの謹慎の間は後任の副団長が就いたそうだが、その副団長も行方不明となっており、指揮系統に若干の混乱が出てきているらしい。

 

 

「人手が足りなくてね……最悪サレンちゃんを副団長として呼び戻すことも考えなきゃいけない」

 

 

と、悩ましげに語っていたのはユウキの記憶に新しい。

 

閑話休題。

 

ユウキから見たクリスティーナの人物像は刹那主義ではあるが、一度自身の意志で受け持ったことを雑に投げ出すような人ではない。

故に見届けることすらせず、チカ達からいなくなるというクリスティーナの振る舞いには、些か違和感を覚えてしまう。

 

なにか別の用事が出来たのか、あるいは……。

 

 

 

> そういえば、企画って何をするの?

 

 

 

「そうですね……本当なら外部に漏らすべきではないのですが、あなたにはいつもライブ設営を手伝ってもらってますからね。きっと今度もノゾミから頼まれるでしょう」

 

 

苦笑を浮かべて、チカは続ける。

 

 

「実は近々大型ライブを行うことになりました。それに当たってプロデューサーさんは飛空艇の準備もしてくれまして、当初の予定では飛空艇からランドソル中の皆さんにライブを行う予定でした」

 

 

 

> じゃあ、今は違うの?

 

 

 

「そうですね……飛空艇を利用するのは予定通りにして、そのままアストライア大陸を移動しながらライブを行うことになりました。私達はこれを『ライブツアー』と呼ぶことにしています」

 

 

そして、そのライブツアーを告知するライブを近々行うこととなった。

飛空艇を利用してアストライアを横断するのだから、きっとかなり長い期間ライブを続けることになるのだろう。

 

 

 

> それじゃあ、しばらくランドソルからいなくなっちゃうね。

 

 

 

「そうですね。……それに、貴方ともしばらく会えなくなりますし……

 

 

 

> ……?

 

 

 

途中からチカの声が小さすぎて聞き取れなかったユウキ。

誤魔化すようにチカは話題を変える。

 

 

「そ、そうだ! ノゾミから空いているスケジュールを確認してほしいって頼まれたんですよ、ノゾミから‼」

 

 

 

> 空いているスケジュール?

 

 

 

「ええ。またライブの設営を手伝ってもらうことになりますし、告知ライブにはユウキさんにも見に来てほしいですから」

 

 

ユウキは顎に手を当てて直近の用事を思い出す。

 

実はギルド管理協会より正式にエルピス大陸の開拓に短期間だけ参加してもらうよう【美食殿】へ依頼が入った。

よって、1〜2週間はランドソルからいない期間があり、その間は【カルミナ】に協力することが出来ない。

 

 

「そうですか……」

 

 

チカに事情を説明すると、

 

 

「では、ライブの告知等を考えると、2ヶ月後位が良いかもしれませんね。ノゾミやツムギと相談してみます」

 

 

チカはあともう一つ、とユウキに尋ねる。

 

 

「実はライブ衣装で少し揉めてまして……ユウキさんの意見も欲しいのですが、良いでしょうか?」

 

 

いいよ、とユウキはサムズアップする。

チカはギルドハウスの奥に一度引っ込み、ツムギが作ったであろう衣装を持ってくる。

 

 

「まず、これが今までライブ衣装に着ていたものです」

 

 

そう言ってチカは【カルミナ】のライブ衣装を体の前に持ってくる。

白と紺を基調とした動きやすそうな衣装だ。

 

 

「次に、ノゾミが絶賛している新衣装です」

 

 

次に見せてきたのは、青と白を基調とした、先程の衣装と同様に動きやすそうな衣装。

前の衣装から進化したように感じられて、ノゾミが絶賛するのも分かる。

 

 

「そしてこれが、ツムギが自信作だと言っている新衣装です」

 

 

3つ目は、先程の2つとは一転して赤を基調とするドレスのような衣装だ。

動きやすそうな衣装と違い、フリルがスカート部分に沢山ついた、舞踏会で着るような衣装。

 

 

「私としてはライブツアーが始まるまでは今までの衣装で良いと思ってますが、ノゾミとツムギが告知ライブにこの2つのどちらかを着てライブをしようと揉めていて……」

 

 

困ったように眉が垂れるチカ。

ユウキはしばらく唸り、まず2つ目の衣装を指差して答える。

 

 

 

> この青い衣装はチカちゃんに似合ってると思う。

 

 

 

「え⁉ そ、そうですか。じゃ、じゃあ告知ライブでこれを着るのもいいかもしれませんね――」

 

 

 

> この赤い衣装はツムギちゃんに似合ってると思う。

 

 

 

「――って、え?」

 

 

次にユウキは3つ目の衣装を指差して答える。

 

 

 

「あ、あのユウキさん? さっきと言っていることが……」

 

 

 

> みんな違って、みんないい!

 

 

 

「…………」

 

 

チカは改めてライブ衣装を見やる。

 

きっとユウキはユニットで衣装を統一させるのではなく、自分たちの個性に合わせた衣装を着てパフォーマンスをしたほうが良い、と言いたいのかもしれない。

 

まあ、ユウキはそんなつもりで言ったわけではなく、ただチカやツムギに似合っていると純粋に思っただけだが。

 

 

「……わかりました。ツムギと相談してみます。ありがとうございますユウキさん」

 

 

そんなことは露知らず、チカは微笑んだ。

 

 

 

 

 

【カルミナ】のギルドハウスを後にして、エルピス大陸開拓の準備を本格的に始めようと商店通りに向かおうとして、ユウキは後ろから呼び止められる。

 

 

「そこの少年」

 

 

ユウキは振り返る。

 

ユウキを呼び止めたのは、鎧を着た金髪の男性。

爽やかそうな雰囲気の男は険しい表情で口を開く。

 

 

「私はマサキ。君のことはネネカ様から聞いている。確かユウキ君だったかな?」

 

 

 

> ネネカさん……?

 

 

 

久しぶりに聞いたその名前にユウキは反応する。

 

ネネカとは、ユウキに一般常識や計算能力を身に着けさせた謎の多い女性で、一時期ユウキは彼女のところまで足繁く通っていた。

しかし、ある程度知識が身についたところでネネカとお別れすることになってしまい、最後に名前を教えてくれた代わりに、もうネネカのところには来ない、と約束したのだった。

 

その約束は、ユウキは今も律儀に守っている。

 

 

「単刀直入に聞こう。あれから君はネネカ様とお会いしたかい?」

 

 

ユウキは首を横に振る。

 

 

「そうか……。では何処に……っ」

 

 

 

> 何かあったんですか?

 

 

 

表情を歪めるマサキが気になって、ユウキは尋ねる。

 

 

「行方不明なんだ」

 

 

 

> え。

 

 

 

「元々ネネカ様はアストライア大陸の至るところに研究所を構えているが、その何処にもネネカ様の姿も、痕跡も見当たらないんだ。ここ最近君と何度かお会いしていたと聞いていたから、あるいはと思ったのだが……」

 

 

当てが外れたようにがっくりと項垂れる。

 

マサキは踵を返して、その振り向きざまに口を開く。

 

 

「もし何処かであの方に会ったなら伝えてほしい。貴女の騎士マサキが探しています、と」

 

 

そのままマサキは去っていった。

 

行方不明。

そんな単語もついさっき聞いた覚えがある。

 

ユウキは【カルミナ】のギルドハウスがある方角を見る。

クリスティーナの行方不明。

ネネカの行方不明。

ネネカもクリスティーナと同じ時期に行方不明になったのだとしたら。

 

 

> 何かが起きている……?

 

 

 

ユウキの理解力でも察することが出来るほど、何か大きな異変が起きている。

それを確信できたのは、ユウキがエルピス大陸から戻ってきた後の事だった。




チカ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、精霊使いの少女。呼び出した風の精霊たちが仲間たちに支援を送り、共に戦ってくれる。
歌で精霊を呼び出すという唱喚魔法の使い手。しかし、人前で歌うのは苦手なため、人里から離れた場所で歌の練習をしていたが、偶然にもユウキに見つかった。
その後、人前で歌う練習をしつつ、【カルミナ】のアイドルとして活動することになる。ちなみに、チカがプライベートで歌うところを聞こうとする過激なファンもいるらしい。



チカの声でプロデューサーという単語を聞くと別のキャラ思い出すんですよね。
ハツネとヨリを登場させなきゃ。
ちなみに余談ですが、マツリとクリスティーナとグラブルからビィを連れてくると竜宮小町になるらしいですよ。



ここからはメインストーリーの考察でも。
6人目よ七冠の存在がようやく明確化されてきましたね。なのでそれぞれの七冠の役割でも考えてみようと思います。
あくまで私の推測ですので、軽い気持ちでご覧ください。

跳躍王(キングリープ)
名前はラジクマール・ラジニカーント。権能は空間跳躍。
アストルムでの役割としては、転移アイテムの調整とか、魔物のリポップの確率などの調整をしていたのかもしれません。

変貌大妃(メタモルレグナント)
名前は現士実(うつしみ)似々花(ねねか)。権能はメタモルフォーゼ(人、物、エフェクト問わず)。
アストルムでの役割としては、アバターデータのデバッグみたいなことをしてたのかな?(コッコロの父親がその役割だと思ってた)

誓約女君(レジーナゲッシュ)
名前はクリスティーナ・モーガン。権能は乱数調整。
アストルムでの役割としては、アストルム内の乱数の管理を任されていたのかもしれません。

迷宮女王(クイーンラビリンス)
名前は模索路(もさくじ)(あきら)。権能はオブジェクトの生成、および変更。
アストルムでの役割としては、フィールドやダンジョンをどんどん作っていく担当だったのかも。

覇瞳皇帝(カイザーインサイト)
名前は千里(せんり)真那(まな)。権能はデータの閲覧。
アストルム内の全てのデータを閲覧でき、プレイヤーだけでなく七冠も監視していた可能性が高いですね。

嚮導老君(グレートガイダンス)
名前、権能どちらもまだ不明。コッコロの父親。
嚮導(きょうどう)、つまり案内する事に関する権能を持っている可能性が高く、嚮導に関係しているといえばガイド妖精ですね。このあたりのAIでも作っていたのかな?


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夢を持たないけれど、キミは何かのために頑張れる

いつも感想を書いていただきまことにありがとうございます。

短い文章でも次の話を書くモチベーションになります。


「うわぁ〜! 凄いですね、どこまでも海が広がってますよ!」

 

 

長い船旅が始まり、ペコリーヌは青く広がる海を指差す。

 

エルピス大陸へ向けて船に乗ったペコリーヌとユウキはしばらくの間、船から見える景色を楽しんでいた。

 

今回【美食殿】が受けた正式な依頼は、エルピス大陸の短期間の開拓、及び護衛である。

前者は分かるが、後者の護衛とは誰を護衛すれば良いのだろう?

出発前に二人で首を傾げていたが、それはともかくとして二人は気分が上がっていくのであった。

 

 

「何だか船で旅行に行くみたいですね☆ ……キャルちゃんとコッコロちゃんが居ないのが非常に悔やまれます」

 

 

 

> そうだね……。

 

 

 

【美食殿】のギルド活動だというのに、キャルとコッコロの姿はない。

コッコロは一度故郷へ帰り、キャルはギルドハウスに来なくなった。

特にキャルはなんの連絡もないため、日増しに心配が募っていくのである。

 

 

「……あれ、そこにいるの、もしかしてユウキ?」

 

「えっ?」

 

 

ペコリーヌと話をしているユウキに後ろから声をかけてきたのは、金髪のボブカットの少女。

 

 

 

> あれ、ジータ?

 

 

 

「この子もお知り合いですか?」

 

「もしかして、隣りにいるのは前に話してたギルドメンバー?」

 

 

ユウキはお互いのことを紹介する。

 

ジータは最近ランドソルにやってきた少女であり、父親の行方を探すべく騎空士を目指している。

しかしそのためには飛空艇が必要であり、名を上げるためにもランドソルで働くようになった。

 

 

「じゃあ、ギルド管理協会から新たに雇った護衛役ってユウキとペコリーヌのギルドだったんだね」

 

「……そういえば、護衛も仕事の一つと言われましたけど、一体誰を護衛するのか聞かされてないんですよね。一体誰なんでしょう?」

 

「ああ、それは――」

 

 

 

「――静粛に」

 

 

 

ぴしゃり、とユウキ達に向けて放たれる冷たく鋭い一言。

カツンカツン、と足音を立ててよく声の響く女性がこちらに向かって言い放つ。

 

 

「先程から黙って聴いていれば、あなた方少々気が緩み過ぎなのではなくて? せっかくお金を出したのですから、もう少し気を引き締めていただけるかしら」

 

「あっ、ごめんなさい……」

 

「いえいえジータさん。わたくしはそちらの二人組に言っているのでしてよ。……全くギルド管理協会ももう少しまともそうな奴を……ん?」

 

「……はい?」

 

 

くすんだ金髪の女性はペコリーヌが視界に入ると、わずかに顔をしかめる。

 

 

「あなた……何処かで見たような……」

 

「…………ッ!!!」

 

「…………まあ、気の所為ですわね。あなたのような暢気そうな小娘の知り合いなどわたくしにはいませんし」

 

 

女性は踵を返して、大きな足音を立てて船の中に戻っていった。

見えなくなった女性を見送って、ペコリーヌははあ、と大きなため息をつく。

 

 

「えっと、今の人は……」

 

「【リッチモンド商工会】っていう商会ギルドのギルドマスターさんだよ。エルピス大陸の開拓に投資してるギルドの一つで、今回の開拓指揮を執ることになったんだ」

 

 

【リッチモンド商工会】。

そのギルドマスターであるクレジッタ・キャッシュとは、最近頭角を現すようになり、金に物を言わせて取引や工事などを行うかなり強引な人間らしい。

しかも、その金のやりくりも、色々と後ろ暗い噂があるようで……。

 

 

「もしかして、ジータちゃんはそのギルドメンバーなんですか?」

 

「ううん、私は今はギルド管理協会で働かせてもらってて、そこそこ腕が立つからって理由で短期間だけ出向することになったの」

 

 

ジータはいずれ騎空士になって世界中を旅する為に、色々と経験や実績を積みたいと考えていた。

 

 

「でも、その……あんまりこういうことは言いたくないんだけど、さ」

 

「?」

 

「ランドソルっていう国、ちょっと不便だよね。ギルドに所属してないと協会のお仕事って一つもできないんだもんね」

 

「それは…………」

 

「しかも、ずっと前からそうだった、ってわけでもないみたいだし。確かユースティアナ、だっけ。王様のお名前。あの人がギルドを管理しやすくするために、そういう制度の義務化を確立させたんだよね?」

 

「ッ!!」

 

 

またしてもペコリーヌの表情が強張る。

それを横目で見るユウキ。

以前から何か隠し事をしているとユウキなりに感じていたが、彼女の身の周りで起きていることと深く関係しているのだろうか。

 

 

「…………それはっ」

 

「……あ、陸が見えてきたよ! あれがエルピス大陸かな?」

 

 

ペコリーヌは開きかけた口を閉じて、ジータが指差す方向を見る。

 

アストライア大陸に負けず劣らずの広大な大地。

エルピス大陸がすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

「それでは、今回の開拓の目標を予め立てておきましょう」

 

 

キャンプ地についたあと、クレジッタは一同を集めて地図を開く。

 

 

「今回の開拓で、原住民の集落を見つけること。これに尽きますわ。先遣隊は安全な場所を確保するので精一杯だったようですが、わたくしが指揮を担う以上手ぶらで帰るなど絶対に許しませんわ!」

 

 

そう言って、クレジッタは各々の持ち場を指示し、開拓民達は茂みの奥へと消えていった。

 

そして、この場に残ったのは、【美食殿】の二人とジータ、クレジッタのみ。

 

 

 

> 僕達はどこに行けばいいんですか?

 

 

 

「はあ? あなたは何を言ってますの?」

 

 

呆れ返るようにクレジッタは顔をしかめる。

 

 

「ちょ、ちょっとユウキ。私達の仕事は護衛でもあるから……」

 

「ジータさんの言う通り、あなた方の仕事は開拓と護衛。持ち場に移動する指示がないのなら、この場でわたくしの護衛をするのだと少し考えれば分かるでしょう! 全く、何のために自分が雇われたのかもう忘れたのかしら……」

 

 

ブツブツとクレジッタはぼやく。

そして、さっきからうつむいたままのペコリーヌに目を向ける。

 

 

「聴いているのかしら、そこの金髪小娘!」

 

「……ぇっ」

 

 

はっと、ペコリーヌは顔を上げて苦笑いを浮かべる。

 

 

「ぁ、あ〜そうなんですね~。魔物の素材を手に入れたかったんですけど、残念ですね〜☆」

 

「あなたも何を言っていますの……?」

 

 

再び呆れ返るクレジッタだった。

 

 

 

 

 

「はぁ…………」

 

 

キャンプの周辺を見回りし、魔物が近くにいないか見張りをするユウキ達。

だが、エルピス大陸に上陸してから元気のないペコリーヌに、ユウキとジータは遠目で心配していた。

 

 

「ペコリーヌどうしたんだろう。船に乗ってる間は元気そうに見えたけど……」

 

 

 

> ペコさん……。

 

 

 

「もしかして船酔い……いや、そんなふうにも見えないし……」

 

 

うんうんと悩むジータを尻目に、ユウキはペコリーヌに声をかける。

 

 

 

> 大丈夫だよ。クレジッタさんはまだ気づいてないみたいだし。

 

 

 

「ユウキくん……」

 

 

翳りのあるペコリーヌの表情は力なく微笑む。

 

 

「いえ、気にしているのはそこじゃないんです。それはもう、慣れましたから……」

 

「えっと、ごめんなさい。何の話かな?」

 

「そうですね。そろそろちゃんと話すべきですね。ジータちゃんも折角ですから聞いてください。あなたにも迷惑をかけてしまったみたいですから」

 

 

要領を得ないとジータは首を傾げる。

ペコリーヌは佇まいを正し、真剣な表情で口を開く。

 

 

「わたしの名前は――」

 

 

 

「ぎゃあああああぁぁッ⁉」

 

 

 

『!?』

 

 

ユウキ達はその悲鳴を聞いて一目散にキャンプに駆けつける。

 

 

「クレジッタさん!」

 

「だ、大丈夫ですか⁉」

 

「あ、あなた達……! 早くあれを何とかしなさいな‼」

 

 

クレジッタは震える指でそれを指す。

 

空に浮かぶ大きな影。

それが大きくなるたび、頬を叩く風が強くなる。

そして、その風が振り払われ、辺り一面を暴風が駆け巡った。

 

 

――グオオオオオオォォォッ!

 

 

色とりどりの羽根を持つ大怪鳥が、その鋭い目つきでユウキ達を見下ろした。

 

 

 

> あれは……ジズ⁉ エルピス大陸にいたのか⁉

 

 

 

「じ、ジズ⁉ それって魔物図鑑にも載るくらい有名な……!」

 

「お、大きすぎないですか⁉ ワイルドグリフォン以上の巨体ですよ!」

 

 

一同は武器を構えるが、相手は空にいるため手を出しづらい。

 

 

「でも、このままだと開拓どころか、周りにも被害が及びます! ユウキくん!」

 

 

ペコリーヌに応じ、ユウキは剣を構えて強化の力を使う。

ペコリーヌは王家の装備の力を振り絞って、高く跳び上がる。

 

 

プリンセスストライクッ‼

 

 

長剣にありったけの力を込めて叩き切る。

だが、その一撃はジズの纏う気流に受け流されて、体勢を崩された。

 

 

「うひゃあっ⁉」

 

 

そのままジズは気流を放出し、暴風となってペコリーヌを襲う。

勢いをましてペコリーヌは地面に落とされるが、王家の装備によって頑強さを高め、力強く着地する。

 

 

「くっ、攻撃が届かない……っ。キャルちゃんの魔法なら……」

 

「気をつけて! 反撃が来るよ!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! これ以上なにかされたらキャンプ地が……⁉」

 

 

クレジッタが何か言っているがユウキ達にはそれどころではない。

 

ジズは雄叫びを上げて暴風を展開し、キャンプ地を飲み込むほどの巨大な竜巻を展開する。

轟々、と空を切る音と木々がめくれ上がる音が鳴り響き、津波のように勢いよくこちらに飛んでくる。

 

 

「ペコリーヌ、クレジッタさんを!」

 

「はい!」

 

「え、ちょ……!」

 

 

クレジッタの制止も聞かず、ペコリーヌは彼女を肩に担ぐ。

ジータはユウキを脇に抱えて、ペコリーヌと共に跳ぶ。

 

木々を転々と跳び駆けて、迫りくる竜巻から逃げる。

横目で振り向くと、あの場にあったもの全てが竜巻で浮かび、ぐちゃぐちゃに砕けていく。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっ‼ キャンプ地があああぁあァァァんまりですわあァァアァッ‼」

 

「ちょ、落ち着いてくださいクレジッタさん! もがかれると落としちゃいますよ〜⁉」

 

 

当然巻き込まれたのはキャンプ地であり、設営されていたテントや物資などもあの竜巻の中。

今回の開拓が大失敗に終わった瞬間であり、クレジッタの慟哭が天高く響くのだった。

 

 

「とにかく広い場所に出るよ! 巻き込まれたら一巻の終わりだから! それとユウキ、試したいことがあるから力を貸してほしいんだ、いい?」

 

 

 

> もちろん!

 

 

 

キャンプ地周辺の林を抜け、一同は平原に出る。

後ろを振り返ると、暴風を纏いながら、こちらに降下してくる。

 

このまま体当りされればひとたまりもないだろう。

 

 

「よし、いくよユウキ!」

 

「ジータちゃん? 一体何を……」

 

 

ジータはユウキの強化を受け、自身の奥底にある力を開放する。

 

 

「いくよ――ジョブチェンジ・ソーサラー‼」

 

 

ジータの体が強い光に包まれ、近くにいたユウキ達や、ジズが軽く怯む。

そして光が落ち着いたとき、ジータの姿にペコリーヌとクレジッタは驚きの声を上げる。

 

 

「え、ええ⁉ なんですかその姿⁉」

 

「ジータさん、なぜ急に着替えたんですの⁉ というか、かなりはしたない格好でしてよ!」

 

「――はしたないとはご挨拶だな」

 

「「え」」

 

 

ジータから帰ってきた声は、先程までの快活な声音とは違い、押し殺すように低く高圧的な声だった。

 

 

「これは由緒正しきソーサラーの礼装。ジョブチェンジの力で私は魔法使いになったのだ」

 

「じ、ジョブチェンジ? それに雰囲気も……」

 

「な、なんですの? まるで人が変わったようですけど」

 

 

二人の困惑を意に介さず、ジータはジズを睨みつける。

 

ジズは雄叫びを上げて、再び巨大な竜巻を発生させる。

ジータはそれを見て、ふう、とため息を付き、

 

 

エーテルブラスト・ウィンドッ‼

 

 

魔導杖を横薙ぎに振り、ジズの竜巻に負けず劣らずの威力で出来た球体が生まれる。

それは竜巻に触れるとブワアッ、と轟音を立てて、竜巻もろとも消え去った。

 

 

「き、消えた……!」

 

「単純なトリックだ。渦を巻く竜巻と逆方向に渦を巻く同程度の規模の竜巻をぶつければ対消滅する」

 

「簡単に言ってますけど、とんでもないことしましたわねあの子……」

 

 

ジータは鼻を鳴らし、一転して警戒心を見せるジズに吐き捨てるように呟く。

 

 

「どこの誰がけしかけたのかは知らんが、躾のなってない鳥だ」

 

 

 

> え?

 

 

 

ジータは再び魔導杖を構える。

 

ジズは自身に暴風を纏って、高く飛び上がり、そのまま急降下してくる。

 

 

「風は炎をよく巻き込むものだ――エーテルブラスト・フレイムッ‼

 

 

魔導杖から出た巨大な火球はジズに命中する。

暴風によって勢いよく燃え上がる炎は一瞬でジズを赤く包み込み、ジズはジータ達から大きくそれて地面に墜落する。

 

ジズは悲鳴を上げて藻掻くが、次第に動きも弱々しくなり、ついには動かなくなった。

炎が消えて中から出てきたのは、全身を黒く焦がしたみすぼらしい大きな鳥だった。

 

 

「い、一撃で……」

 

「ジータちゃん、ヤバいですね……」

 

「――…………ふぅっ」

 

 

ジータはまたしても光りに包まれ、いつもの姿に戻る。

 

 

「うまくいってよかったぁ〜」

 

「え、えええ…………」

 

「何なんですのこの子は……って、それどころじゃありませんわ‼」

 

 

我に返ったクレジッタはキャンプ地があった方向へ走り出す。

 

そこは見るも無惨に薙ぎ払われた木々の残骸で足の踏み場もなく、撤去するだけでも時間がかかるだろう物悲しい景色と成り果てていた。

 

 

「こ、こんな……こんなはずでは……」

 

「えっと、クレジッタさん。今回ばかりは仕方ないですよ。あれはアクシデントだし……」

 

「そんな言葉で片付けられる訳無いでしょうが‼ エルピス大陸の開拓には少なくない金額を投資しているんですのよ! それが、その結果が、これだなんてっ……」

 

 

その場に膝を付き、エグエグと泣き始めるクレジッタ。

ユウキとジータも何も言えなくなってしまう。

だが、

 

 

「辛いときこそ美味しいものを食べましょう!」

 

「…………?」

 

「はい、これ! クレジッタさんも食べてください☆」

 

「こんな時によくそんなお気楽なことが言えますわね。状況がわかってますの⁉」

 

「だからこそ、今はお腹いっぱい食べて元気になりましょう! 困ったときはお互いさまさま、だそうですよ?」

 

 

そう言ってペコリーヌはクレジッタによく火の通った肉を差し出す。

クレジッタはそれを見つめて、震えながらかぶりつく。

 

 

「……単調な味付けですわね。もう少しどうにかならなかったのかしら」

 

「それは、ごめんなさい……。ありあわせの調味料しかなくって……」

 

「全く、本当にお気楽ですわね……。ところで、これは何の肉ですの?」

 

「ジータちゃんが焼いてくれたジズの胸肉ですよ」

 

「えっ」

 

「は?」

 

 

二人はその肉を見つめる。

かぶり付いたクレジッタはわなわなと震え、爆発した。

 

 

「あああああなた、わたくしになんてもの食わせるんですの⁉ イカレてるんじゃないかしら⁉」

 

「ええ? だって美味しいですよ。ほら、ジータちゃんも食べましょう☆」

 

「え、あ、うん……」

 

「ちょっとジータさん! 素直に受け取ろうとするんじゃないですわ‼」

 

 

ぎゃあぎゃあと賑やかに騒ぐ。

 

なお、これが後にお騒がせ主従と呼ばれるペコリーヌとクレジッタの出会いなのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

「……大丈夫です。どんなに苦しいことが待ち受けても、わたしがなんとかしてみせます。だってわたしは……」

 

 

 

> ………………………。

 

 

 


 

 

 

「あっちゃ〜、やられちゃったか。捕まえるのに結構苦労したんだけどなぁ〜」

 

 

高いところから、平原の四人を見つめる男が一人。

 

軽薄そうな笑みを浮かべ、風に揺られる銀髪の男は独りごちる。

 

 

「でもまあ、キャンプ地はあの有様だし、遅くても明日には帰るかな?」

 

 

男は踵を返す。

 

 

「特に彼には絶対に見つかるわけにいかないし。それじゃあ、悪いドラゴンさんを見つける仕事に戻りますか」

 

 

 


 

 

 

結論から言うと、開拓部隊は翌日に戻ることになった。

 

ユウキ達が魔物と戦っている間に、部隊の一部が原住民と接触することに成功したようだが、全体を通してみると得られたものに対して失ったものが大きく、開拓計画は一度中断することになる。

 

そして――

 

 

「それで、ペコリーヌ。話って一体?」

 

 

ユウキとジータはペコリーヌに呼び出され、海岸までやって来た。

 

ペコリーヌは今までにないくらい真剣な表情で、改まった振る舞いで口を開く。

 

 

「二人には、改めて自己紹介がしたいんです」

 

「自己紹介?」

 

「はい―――――」

 

 

 

「―――――わたしの名前はユースティアナ・フォン・アストライア。王都ランドソルを統治するアストライア王家――その正当なプリンセスにあたります」

 

 

 

「………………え、え、ええ???」

 

 

突然のカミングアウトにジータは混乱する。

 

 

「無理もないです。ランドソルの住人は()が正当な王族だと思い込まされていますから」

 

 

 

> どういうこと?

 

 

 

「アストライア家は人間の家系です。そして、代々プリンセスが王位継承権を与えられます。ですが、彼は――覇瞳皇帝(カイザーインサイト)は獣人族であり、女性ではありません」

 

「そ、それじゃあ今ユースティアナを名乗ってる王様って……!」

 

「彼はわたしの立場を乗っ取り、ランドソルを掌握しようとしています。目的は……わかりません…………―――――」

 

 

 

 

 

ところ変わって【リッチモンド商工会】のギルドハウス。

 

宝石の保管部屋に腰を下ろしてクレジッタはうんうんと唸っていた。

 

 

「……クレジッタさま、何をされているのですか」

 

「うるさいですわね。今考えごとをしてるんですのよ」

 

「考えごとですか。エルピス大陸開拓が大損になったこと以上に考えることが?」

 

「だからうるさいですわよ‼ 全く、頭も痛いし、雇った護衛役も暢気な小娘で……」

 

 

何か引っかかりを覚え、どんどん語気が弱くなっていくクレジッタ。

 

 

「そう、あの小娘……何処かで見たのですわよね」

 

「はあ、それは何処で?」

 

「確か、大分前にギルド管理協会から人相書きを渡されて、それで……はっ!!!」

 

 

ガタリと立ち上がるクレジッタ。

その揺れで積み上げられた箱が揺れ、側にいた秘書が抑える。

 

 

「秘書一号! ギルド管理協会から貰った人相書きはどこに保管してあるかしら」

 

「え、えー……たしか、資料室においてあるんじゃないでしょうか」

 

「資料室ね……。ふっふっふ、お金が動く匂いがしますわよ……!」

 

 

……このクレジッタの余計な閃きで、ペコリーヌに試練が待ち受けていることも、また別のお話。




ジータ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、騎空団の団長を夢見る少女。どんな武器でも使いこなし、オールマイティに戦う。
騎空士である父のように自身も騎空士になって空を駆ける事を夢見る少女。そのためにも、飛空艇を手に入れて名を上げるためにランドソルにやってきた。
ジョブチェンジという特殊能力を持っており、武道家や魔法使いなど様々な戦い方にシフトチェンジすることができる。その際に、ジータの性格が大きく変わることも……。



気づけば4周年記念から一ヶ月経ちましたね。
私はウマ娘に時間泥棒されてプリコネをやる時間が減ってしまいました。

アニメも何だか大変なことになってしまってますね。
遊戯王ばりの顔芸晒す覇瞳皇帝は最終的に何処へ落ち着くのやら。


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キミの目に見えない異常事態

エイプリルフールだからだいぶ攻めたオリジナル展開を書いてやるぜ!
と、1日に投稿する予定でしたが、この通り大遅刻しました。

あ、今回は今までで一番長いです。


ランドソル王宮内のある広間。

地下水道から高く立つ白い橋の奥に白と黒の影が見える。

 

一人は黒猫の少女――キャル。

そしてもう一人は…………。

 

 

「―――――陛下。先程ユウキとペコリーヌの二人がエルピス大陸へ渡航したのを確認しました」

 

「そう…………」

 

 

さして興味もないように相槌をうつ『陛下』。

頬杖をつき明後日の方向を見る『陛下』に対し、キャルは意を決して口を開く。

 

 

「あの、陛下。本当に……よろしかったんでしょうか?」

 

「何が?」

 

「っ、あ、あの二人の監視です。陛下が命令されるのなら、今からでも追いかけて――」

 

「キャル」

 

 

ぴしゃり、と音が死んだ。

同時にキャルは震え上がり、その証拠に尻尾がピンと張り毛が逆立つ。

 

 

「ねえキャル。今回私が貴女に命じた内容は、当然覚えているわよね?」

 

「……そ、それは」

 

 

『陛下』は顎でキャルを指し、返しの言葉を無言で要求する。

 

 

「……今回に限り、エルピス大陸へ向かうユウキとペコリーヌの監視は中断。しばらくの間は陛下の腕足としてそばに控えること」

 

「ちゃんと覚えているようね。だからって褒めたりはしないわよ? 貴女は私の命じたことはろくにできないのに、私が命じていないことは勝手にやるんだもの。困っちゃうわ。

ねえ、キャル?

 

 

じとり、と重苦しい殺気が当てられ、キャルの目尻に涙が溜まる。

震えが段々と強くなり、語調にも表れる。

 

 

「あ、あ、あたしは、陛下の命じられた通りに、陛下の望むままに……」

 

「この私に嘘をつくなんていい度胸ね」

 

 

取り付く島もない。

『陛下』は吐き捨てるように、愉快そうにキャルを見下ろしながら言葉を続ける。

 

 

「キャル。私が元々貴女に命じた内容を今ここで復唱しなさい」

 

「っ……? た、立場をおいやられたペコリーヌと、ユウキの、監視……」

 

「そう、監視。()()、よ。あの二人の行動、身の回りで起きた事態、二人のバイタル。そういった状況を逐一確認する事よ。()()()()()()()()()()()()

 

「……!!!!!」

 

 

何か思い当たる節があったのか、キャルはビクリと跳ね、顔が真っ青になった。

 

 

「そういえばいつかのときに、単独行動しているあのお姫様に肉食ネズミの群れが襲いかかったことがあったわね。あいつらは元々地下や洞窟など陽の光が当たらない場所に生息している魔物だけれど、どうしてあんな森の中にいたのかしらね?」

 

「ぁ……あ、あの、それは…………」

 

「ああ、先に断っておくけれど、良かれと思って、はナシよ」

 

「…………ッ!!!」

 

 

出かかった言葉が引っ込んだ。

キャルの思考はぐちゃぐちゃになっていき、それでも何かを話さなければいけないという強迫観念にとらわれる。

 

 

「あ、あたしは、ただ、陛下にとってペコリーヌが、邪魔だ、と…………」

 

「……それはどうして?」

 

「だって、だってあいつはこの国の……! だから、陛下の支障にならないうちに、って……!」

 

「見くびられたものね。あんな小娘、例え彼の強化を貰ったとしても、小娘一人にやられるほど私は柔じゃない。それにどうせ真っ向から立ち向かうことしか能のないお転婆お姫様よ? ()()()()()()()()()のよ」

 

 

それはその通りだ、ともキャルは思う。

故にキャルは俯き、何も言えなくなってしまった。

 

 

「言い訳はそれで終わり?」

 

「…………も、申し訳ございません」

 

「謝るだけなら誰にでも出来るのよ。……でも運が良かったわね。今日はお仕置きはなしにしてあげる」

 

「…………へ」

 

「生憎と、今の私には一々お仕置きを施すほどの時間的猶予はないの。早く奴を……」

 

 

『陛下』は口を閉じる。

その視線が謁見の間の出入り口に向けられる。

つられてキャルも振り返ると、出入り口から声が響く。

 

 

「陛下、失礼いたします。お時間よろしいでしょうか?」

 

「…………入りなさい」

 

 

大きなため息をついたあと。『陛下』な入室の許可を出す。

 

カチャリカチャリ、と金属どうしが叩く音が鳴り、黒い影がやってくる。

全身を鎧でまとった【王宮騎士団】団長ジュンは『陛下』の前に傅き、口を開く。

 

 

「陛下。例の件なのですが……」

 

「何度も言ったはずよ。あれは野放しにしなさいとね」

 

「しかし、奴らは街の中にも現れます。最近はその頻度も目に見えて増えました。既に団員にも被害が出ております。どうか、どうか人員を増やす許可を!」

 

「よく聴きなさい騎士団長」

 

 

『陛下』は玉座から腰を上げ、ジュンを見下ろす。

 

 

「時間の無駄よ」

 

「なっ、何を……!」

 

「私はシャドウが急激に人の前に姿を現すようになった原因となる歌声の正体には、あらかた検討がついているわ。けれどそれに対処する時間が惜しいだけ」

 

「……では、このままシャドウの脅威に怯えながら生きろと仰るのですか?」

 

「あら、これは【王宮騎士団】のためでもあるわよ。()()に貴女達が束になってかかったところで返り討ちにあうだけ。だから時間の無駄だと言ったのよ」

 

 

またしても取り付く島もない、と傍から聞いていたキャルは心の中で呟く。

しかし、キャルには同時に疑問が浮かび上がった。

それはジュンにとっても同じであり、

 

 

「……お言葉をかえすようですが、陛下」

 

「……?」

 

「何に対して時間がないのです?」

 

「一々質問すれば答えが返ってくるとでも思っているのかしら? 私は貴女の教師じゃないのよ」

 

「先程陛下はシャドウの大量発生の直接的原因となりうる存在に心当たりがあると仰っておりましたが、把握していながら対処をされないということは、それ以上にランドソルに対して甚大な危機が迫っているのかもしれないと推測できます。それは一体何なのですか?」

 

「貴女達に話したところで理解を得られないものよ」

 

「煙に巻くような言葉で誤魔化すのはやめていただきたい。【王宮騎士団】団長としても無視できる内容ではございません」

 

 

『陛下』の威圧は会話中に強くなっていく。

だが、ジュンも譲れないものがあり、その威圧に負けないように凛とした態度で返す。

 

 

「もし仮に、陛下を脅かす何かが迫っていると言うのであれば、【王宮騎士団】が総力をもってお守りいたします。ですので、どうか我々にお教え頂きたいのです。我々を頼っていただきたいのです」

 

「………………」

 

 

聞いていたキャルも、『陛下』が何かに焦っているように見受けられた。

故にキャルもその真意を確かめるべく『陛下』に視線を移す。

 

だが、長い沈黙の後に口を開いた『陛下』は、

 

 

「……残念だけれど、貴女達の警護もたった今信用が失くなったわ」

 

「それは、どういうっ」

 

「騎士団長、貴女はもう下がりなさい」

 

「陛下!」

 

「もう一度言うわよ、下がりなさい。さもないと――潰されるわよ」

 

「え」

 

「――上よッ‼」

 

 

キャルの大声につられ、ジュンは見上げる。

 

すぐそこまで、緑のなにかが迫っていた。

 

 

「なあっ⁉」

 

 

咄嗟に飛び退いて潰されることはなくなったが、音もなく現れ、自身を踏み潰そうとした目の前の緑の巨体にジュンは動揺する。

 

 

「な、なによこのキモいの……!」

 

「魔物……いや、これはまるで」

 

 

自身を見下ろす焦点の合わない瞳。

いやそれどころか取ってつけたような顔のパーツはまるで人形のようだ。

だが、着地したときの謁見の間を大きく揺るがす地響きが、ジュンの考える人形と欠片も一致しない。

 

ジュンは緑の巨体と睨み合っていると、ククク、と笑い声が聞こえた。

 

 

「陛下……?」

 

「ようやく、ようやくお出ましね。長かったわ」

 

 

キャルの目に映った『陛下』の表情は嬉しそうに、それでいて仇敵を見つけたかのように殺気立って見えた。

 

 

「ミネルヴァも手に入らなくて、アストルムは勝手に再構築されて、『七冠』の与り知らぬところで勝手に拡張して、()()()()()()()()奴にとっては全て出来の悪い茶番でしかない。挙げ句私は道化(パフォーマンス)扱い……」

 

「何を言って……」

 

 

『陛下』はカツカツ、と足音を立て上座から降りていく。

 

 

「どうしてここまで酷い目に遭わなければいけないのかしら――

 

―――――ねえ、貴女もそうは思わないかしら?」

 

 

そう言って、『陛下』――覇瞳皇帝は出入り口から近寄ってくるその存在に言葉を投げかけた。

 

 

「―――――う〜ん。残念ですけど、わたしはあなたに同情する気は全く起きないですね。だって、あなたは全然可愛そうじゃないですから★」

 

「「⁉」」

 

 

キャルとジュンはまたしても動揺する。

再び音もなく現れた侵入者に目を向けると、それは一見ただの少女だった。

 

白い服に、紫がかった黒髪。

腰についている人形のポーチは、今対峙している巨体とそっくりで。

 

 

「き、貴様何者だ! 何処から現れた⁉」

 

 

出入り口が開く音はしなかった。

ならばどうやって。

そう考えているうちに、目の前の少女は手を前に翳す。

 

 

「う〜ん、悪いですけどジュンさんには用はありませんので、しばらく退場していてくださいね♪」

 

「ふざけるな! 今すぐ拘束して――」

 

 

ジュンの言葉は続かなかった。

何故なら体が持ち上がっていく異変に気づき、藻掻こうとしても体が動かないからだ。

 

 

「こ、これは、一体……⁉」

 

「はい、ドッボ〜ン★」

 

「うわあぁッ⁉」

 

 

そのままさらに勢いよく持ち上がり、少女が前に出した手を下に降ると同時に、ジュンは地下水道へと落下した。

 

 

「何今の……不可視の拘束魔法? でも詠唱してるようには見えなかった……」

 

「ふうん、なるほどね……」

 

 

覇瞳皇帝は興味深そうに落ちていくジュンを見届けた後、少女に向かって口を開く。

 

 

「こうして会うのは初めてかしらね、【レイジ・レギオン】」

 

「あ〜、出来ればギルド名で呼ぶのやめてもらえますか? ()はそのギルド存在しないんですよ」

 

「……ああ、そうだったかしら。なら()()を野放しにするのは失敗だったかしら?」

 

………………………★

 

 

少女から殺気が漏れたと同時に、覇瞳皇帝に影が差した。

 

 

「……ッ」

 

 

覇瞳皇帝が飛び退いたと同時に、覇瞳皇帝が立っていた場所にもう一体の巨体の腕が振り下ろされた。

 

 

「陛下‼」

 

「騒がないで、気が散るわ」

 

「もう、駄目ですよ。折角こうして会いに来たんですから、わたしの相手をしてもらえますか?」

 

「コイツッ!」

 

 

キャルは歯ぎしりをしたあと杖を構えて魔法を発動する。

 

 

「サンダーボールッ‼」

 

「止めなさいキャルッ‼」

 

 

覇瞳皇帝の制止の声も届かず、キャルは雷の魔法を少女に向けて放つ。

 

少女はノールックで難なく躱し、姿が消えた。

 

 

「え――」

 

「ガラ空きですよ★」

 

 

キャルの後ろから声が聞こえたと同時に、キャルの背中に強い衝撃が何度も叩き付けられる。

そのまま前に吹き飛び、転がりながら前に倒れてしまう。

 

 

「が、あぐっ、げほ、ぅぅ……」

 

「……本当に愚図ね。私の言うこともまともに聞けないなんて。つくづく貴女をプリンセスナイトに選んだのは失敗だったと考えさせられるわ」

 

 

倒れるキャルを尻目に覇瞳皇帝は杖剣を構える。

 

 

「全くひどい言い草ですね。仮にも自分のナイトさんなのに」

 

「言わせてもらうけれど、飼い主の手を噛んでくると知っている上で手元に置くだけでも私は寛大な方よ」

 

「なるほど、そうやって自分の仕出かしたことも棚に上げて被害者面しているわけですね。ますます同情できそうにないですね」

 

「……何が言いたいのかしら」

 

「忘れたなんて言わせませんよ。一体誰が原因で『ミネルヴァの懲役』なんてのが起きたのか」

 

 

覇瞳皇帝は鼻で笑う。

 

 

「誰が原因ですって? そんなの全ての元凶たる――」

 

「――草野優衣さん、ですって?」

 

 

遮るように少女は口を挟む。

 

 

「それを本気で言っているのなら、()()()()()があなたに見向きもしないのも納得です」

 

……なんですって?

 

「確かに草野優衣さんの願いの結果がこの世界だというのは事実です。それを忘れて悲劇のヒロインみたいな顔をする彼女のことは好きになれません。でも……」

 

 

少女は機関銃のような魔導杖を構える。

そして、ニッコリと笑みを浮かべて吐き捨てる。

 

 

「でもそれ以上に、彼女の願いを歪めておきながら、自分のしでかした事を全て棚に上げて被害者みたいな顔をするあなたのことはもっと好きになれそうにないです★」

 

「…………」

 

 

もはや言葉は不要。

覇瞳皇帝は杖を構えて魔法を放とうとするが、2体の巨体に妨害を受ける。

 

ぶんぶんと単調に腕を振り回すかと思えば、宙に浮いて覇瞳皇帝を追尾する。その動きもそれなりに機敏であり、無視することも難しい。

 

 

(直接あの子の後ろに転移したいけど……無理そうね)

 

 

いつの間にか転移を妨害する結界が展開されているのを確認した覇瞳皇帝は唱える魔法を変える。

 

 

「一々大真面目に相手してられないわ……!」

 

 

無数の杖剣を召喚し2体の巨体の周囲に展開する。

そして電撃のような結界が展開され、巨体は結界の中で動きを封じられた。

 

 

「あらら……」

 

「よそ見をしている場合かしら?」

 

 

覇瞳皇帝はそのまま少女に突進するが、少女は涼しい顔で姿を消し、覇瞳皇帝の後ろを取る。

少女は機関銃を構えて、魔力弾を連射するが、杖剣を展開して全て防がれる。

 

 

「そのガトリング型の魔導杖もあいつの賄いでしょう? あんな奴の下についたところでこの世界からは出られないわよ」

 

「あいにくと、わたしは()()()に帰りたいわけではないので★」

 

 

少女は魔導杖を複数展開し、覇瞳皇帝を包囲するように構えて、魔力弾を連射する。

 

覇瞳皇帝はその軌道が全て見えているように躱しながら少女に接近し、杖剣を前に突き出す。

 

少女は身構えるが、覇瞳皇帝は杖剣を前に飛ばし、少女を掠めるようにその後方へと発射する。

何をするつもりか、少女は思考し始めて、すぐにその異変に気づいた。

 

バリバリ、とガラスが崩れ落ちた音。

それと同時に覇瞳皇帝は目の前から姿を消し、少女は危機を察知してその場から飛び退く。

覇瞳皇帝は少女の後ろに回り、杖剣を突き出していた。

つまり、転移したのだ。

 

 

「結界を破壊されましたか……」

 

「私に聡られずに結界を展開した手腕は中々のものだけれど、強度は杜撰だったわね」

 

「…………★」

 

 

少女は無言で笑みを浮かべるだけ。

 

 

「まだ続けるかしら?」

 

「さあ、どうしましょうか……ねッ!」

 

 

少女はなおも魔導杖で弾幕を打ち続ける。

覇瞳皇帝はつまらなそうに難なく躱しながら接近する。

そして――

 

 

――()()()()()()()()()

 

「…………ッ⁉」

 

 

ピタリ、と覇瞳皇帝の体が宙で停まる。

まるで全身を杭で壁に磔にされたように身動きが取れなくなってしまう。

 

 

「これでゲームセットですね♪」

 

 

少女は微笑み、無防備となった覇瞳皇帝に魔導杖を構え、撃ち抜く。

魔力弾は覇瞳皇帝に命中し――覇瞳皇帝は霧散するようにその姿が消えた。

 

 

「えっ」

 

「ええ――これでゲームセットね」

 

「しまっ――ッ⁉」

 

 

少女の後ろから声がして、咄嗟に魔導杖で背中を防御したが、後ろからの強力な衝撃によって少女は前に吹き飛ばされる。

 

 

「…………ったたたっ……。分身魔法、ですか……」

 

「いい判断だったわよ。()()()()()()()()()()をもって私の動きを封じ込めようとする作戦は。実際私には視えなかったしね」

 

 

カツカツ、と後ろに転移していた覇瞳皇帝は距離を詰める。

 

 

「けれど、私の前で何度もその力を使ったのが敗因だったわね。たとえ視えなくてもどのタイミングで使ってくるのか予測することはできるわ」

 

「……なるほど。油断していたつもりはないんですけどねぇ」

 

「実力はなかなかのものだけど、七冠を舐め過ぎよ。貴女じゃ私には勝てないわ」

 

「どうやらそのようですね。ちょっぴり悔しいです……」

 

 

悔恨の言葉を口にする少女に、覇瞳皇帝は気分を良くする。

 

 

「命は取らないわ。貴女はあいつを倒すのに重要な情報源となる。骨の髄まで絞り出して――」

 

 

 

 

 

「――だから、この勝負は()()()()()の勝ちですね★」

 

 

 

 

 

ぐさり。

 

小さく、鈍い音が響いた。

 

 

「………………ぁ、あ……?」

 

 

覇瞳皇帝は自身の背中に何かが突き刺さっているのに気づくのが遅れ、ギギギ、と錆びたブリキのように後ろを振り返る。

 

全身を黒のローブで隠した男は、注射器のようなものを覇瞳皇帝に突き出していた。

 

 

「お、おまえは、いったい……⁉」

 

「フフ……」

 

 

ローブの男は軽く笑い、注射器を吸引させる。

 

 

「がッ、あ゛あッ‼ うあぁ…………ッ⁉」

 

 

抵抗しようとして、覇瞳皇帝は力が吸い取られていくのを感じ、膝をついて倒れ込む。

 

粗方吸引し終えたのか、男は注射器を覇瞳皇帝から抜き、懐にしまう。

同時に、覇瞳皇帝の体はまるで抜け殻のように動けなくなってしまった。

 

 

()()()()()。どうですか?」

 

「ええ、予定通り覇瞳皇帝のデータはほぼ全て抽出できました。()()()()()が注意を惹きつけてくれたおかげです」

 

 

ミソラと呼ばれた少女と、ミロクと呼ばれた男は笑い合いながら、倒れた覇瞳皇帝を見下ろす。

 

 

「……おまえは、いったい……わたしのめには、どこにもうつってなかった……っ」

 

「無理もありません。あなたの()は私には通用しませんので」

 

「…………まさ、か。さっき、けっかいをてんかいしたのは……」

 

「フフフ……」

 

 

ミロクは意味深に笑うだけ。

だが、それが何よりの答えだった。

 

 

「学習しませんね。どうしてあなたが騎士さんたちに負けたのかもう忘れちゃったんですか?」

 

「なん、だと…………っ?」

 

「あなたは独りだからですよ。ナイトさんも、手駒にした騎士団も頼らず、全部独りでかたをつけようとする。そういう無駄にプライドが高いところは人間臭くて嫌いじゃないですけど★」

 

 

覇瞳皇帝は今すぐミソラに魔法を打ち込みたくなったが、自身の力とともに魔力も吸い上げられており、腕一本すら動かせない。

 

 

「さて、奇しくも私達の目の前に空になっているリソースの塊があるわけですが、どうしますか?」

 

「う〜ん……」

 

 

ミソラは少し考え込んで、愉快そうに口を開く。

 

 

「エリスさまの話では、覇瞳皇帝さんのアバターは再構築前にロストしかかっていた状態で再構築に巻き込まれてしまったせいで、現在かなり不安定な状態だそうです。ですので、リソースに割り当てるには強度に問題があり、このリスクは無視できない。だから当初の予定通り抹消(デリート)する、ですって」

 

「……っ、あいつは、どこまでもうえからめせんに……‼」

 

「でも、このまま抹消するのはこの世界のあり方としてもちょっぴりまずいので、有効活用する方法を予め考えてきました★」

 

「……ほう? それは、私に()()()()()()()()()ことと何か関係が?」

 

「はい♪ おかげで強い魔物がリポップするようになりましたから、たくさんの魔物のデータが手に入りました★」

 

 

そう言ってミソラはポーチから注射器を取り出す。

そして――その針を勢いよく覇瞳皇帝に突き刺した。

 

 

「ぅ……ぁ、がっ……」

 

「ふふふ、空になったアバターデータに魔物のデータをこれでもかと流し込んじゃいますね。きっと、内側からどんどん魔物に変質化するかもですけど……」

 

 

クスクス、とミソラは愉快に嗤う。

 

 

「題して、力を求めたあまり魔物になっちゃった魔王様! 騎士さんの敵として丁度いいですね★」

 

「ぅ、ぐ、グア、アアァAaa――ッ‼」

 

 

謁見の間に、苦悶に染まる白狐の雄叫びが響き渡る―――――。

 

 

 

 

 

「へ、へいか……っ!」

 

 

これらの一部始終を、倒れていたキャルは見ていた。

 

ミソラという少女を圧倒していた覇瞳皇帝を。

その覇瞳皇帝を後ろからあっさりと無力化したミロクという男を。

そして、覇瞳皇帝に何かをしたミソラを。

 

 

「よくも、よくも陛下を……ッ‼」

 

 

魔導杖をついてなんとか立ち上がり、キャルは二人を睨みつける。

 

作業を終えたミソラはキャルに振り返り、思い出したようにぽかんとする。

 

 

「ああ、キャルさん。起きてたんですね」

 

「今すぐ陛下から、離れなさい! さもないと、今すぐぶっ殺すッ!」

 

「……ふ〜ん」

 

 

むき出しの殺意を向けられて、しかしミソラはどこ吹く風と笑みを浮かべたまま。

 

 

「覇瞳皇帝さんのプリンセスナイトだったキャルさんって、こんな感じなんですね〜」

 

「何を訳のわかんないことを……」

 

「なんていうか、全然惹かれませんね。お人形さんみたいというか。騎士さんのところに居た頃のほうがよっぽどイキイキしてましたねぇ」

 

「なっ……!」

 

 

騎士さん、という人物が誰を指すのか気づいたキャルはその表情が歪む。

 

 

「まあ、蛙の子は蛙とも言いますし。それより、どうします? 彼女は目撃者ですが」

 

「問題ありません。キャルさんにも用事があったので★」

 

 

ミロクと短く会話して、ミソラは一歩一歩と、キャルに近づく。

 

 

「来るな! く、来るなら、撃つわよ⁉」

 

「ふふ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………ッ⁉」

 

 

優しく撫でるようなミソラの声音を聞いた瞬間、キャルの体から力が抜ける。

 

膝から崩れ落ち、それでもミソラから目をそらせなくなったキャルに、ミソラは一歩一歩とまた近づく。

 

ミソラはポーチから仮面のようなものを取り出しキャルの前に構える。

 

 

「そんなに人形でいたいのなら、望み通りに操り人形(マリオネット)にしてあげます★」

 

「ぁ、ぁぁ…………っ」

 

 

仮面がどんどんキャルの顔に近づく。

何故かはわからないが、あれをつけると自分でなくなってしまうような、そんな得体のしれないものを本能で感じる。

 

最後にキャルの脳裏によぎった顔は――

 

 

「たすけて、みんな」

 

 

――敬愛する覇瞳皇帝ではなく、【美食殿】の仲間たちだった。




ジュン
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、全身を鎧と兜で隠す騎士。国を守る騎士団の団長として矢面に立ち仲間と国と民衆を守る。
【王宮騎士団】の団長であり、普段は王宮の城門で警備をしているため、城下町にあまり出歩くことがない。そんな折に迷子になったユウキと出会う。
顔を隠すことは家訓で決められており、何があっても人前で素顔を晒すことはない。そのためいらぬ誤解を受けて一悶着あったが。意外と家庭的なところもある。



さて、メインストーリーの第二部もクライマックスに入りましたからこのSSも第一部をクライマックスに舵を切っていきましょう。
まだまだ続けていきたいですから、せめてメインストーリーが第三部入る前にこっちの第一部終わらせたいなぁ。


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キミとの出会いも必然かもしれない

お久し振りです。
第二部第十三章見てから書くつもりだったのですがだいぶ遅れました。

そして感想としてはミロクは想像通りのろくでなしでしたが、目的が少しはっきりしたのに非常に不気味な印象が拭えません。

あと、もしかして最後の七冠って離反してるのかな?


ランドソルから遥か遠く離れた森の中にあるエルフの里。

そこに、小さなエルフが戻ってきた。

 

 

「ふう、ようやく着きました」

 

 

コッコロは長旅にため息を付き、里をグルっと見渡す。

 

 

「里も、お変わりはないようですね……」

 

 

コッコロは早速当初の目的である社……の前に、コッコロの実家でもある長老の屋敷へと足を運ぶ。

 

コッコロの実の父であり、このエルフの里の長老――エルフィリア・タレル・ダール・ゾラは、コッコロ同様アメスからの託宣を受け、コッコロをランドソルへと向かわせたアメスの信徒である。

 

 

「お父さま、コッコロただいま戻りました」

 

「……む」

 

 

コッコロの挨拶を受け、ゾラは腰を上げて彼女に近づく。

 

 

「おお、久しぶりだな。ランドソルへ出立して以来か。少し体つきが逞しくなったか?」

 

「ふふ、でしたらきっとギルド活動のお陰でしょうね」

 

「ふむ、どのようなことをしていたのか気にはなるが、まあ良い。戻ってきたのだ、しばらくゆっくりしていけコッコロよ」

 

 

ゾラは薄く微笑み、コッコロの頭を優しく撫でる。

コッコロは擽ったそうにしながらも、それに抵抗はしない。

 

 

「……申し訳ありません、お父さま。今回は火急の用事があり、里へ戻らせていただきました」

 

「……何やら忙しないが、それはこの里にとって重要なことなのか?」

 

「いえ、里、というよりはアメスさまに関することでして……」

 

 

コッコロはゾラにアメスについての異常事態を詳らかに話す。

実はコッコロはランドソルに来てから少しの間はアメスより定期的に交信を受けていたのだが、ある時期を境にそれが全く無くなったのである。

 

単にコッコロとユウキがランドソルの生活に慣れたため、逐一連絡する必要もなくなっただけ、とも解釈はできる。

しかし、先のシャドウ大量発生や魔物が見当たらない事態は何かの異変の前兆だと考えられるのに、アメスに祈りを捧げ、交信を試みてもアメスの声は返ってこなかった。

 

だというのに、ユウキへは夢の中で何度か交信はしているらしく、何か自身に落ち度があるのでは、と考えた結果、コッコロはアメスを祀る社があるエルフの里もへ戻ってきたのだ。

 

 

「……その、お父さまの方では何かアメスさまより伺っておりますでしょうか?」

 

「……残念だが、私の方でもアメス様のお声は久しく聞いていない」

 

「そうですか……。ではやはり社の方で直接お伺いしに行くしか……」

 

「あまり気負いすぎるな。アメス様にも何やらお考えがあるのやもしれぬ」

 

「いえ、問題ありません。何より、ランドソルでは未曾有の危機が訪れるかもしれないのです。どうしても、アメスさまより何かお伺いしたいのです……」

 

 

神妙な顔付きになるコッコロに対し、ゾラは少しだけ驚いた顔をして、再び微笑んだ。

 

 

「逞しくなったのは体つきだけではなかったようだな」

 

「えっ?」

 

「コッコロよ。お前はお前が信じ、進むべき道を自身で選び取り、幸せになりなさい。今までそうしてきたようにな」

 

「お父さま……」

 

「さあ行け。アメス様からお言葉を賜わろうとも、出来なくとも、お前は大切なもののために行動することは変わらぬのだろう?」

 

「それは……はい!」

 

 

コッコロは一礼して、屋敷を後にする。

その際に、ゾラはコッコロを呼び止める。

 

 

「ああ、すまぬ。社には客人が居るだろうから、挨拶はしておいてくれ」

 

「……? 客人ですか?」

 

 

 

 

 

「へ〜、これがアメスさまの社……」

 

 

コッコロが社に参入したとき、既にその少女はいた。

 

大きな弓を背負い、興味深そうに社の中をキョロキョロと見渡している金髪のエルフ。

エルフの少女はコッコロの視線に気がつくと、慌てて口を開く。

 

 

「ご、ごめんなさい! 騒がしくしちゃったかな?」

 

「いえ、そのようなことは……もしや、あなたが長老が仰っていた……」

 

「あ、もしかして長老さんから聞いたの? 私はアリサ、見ての通り、他所のエルフの森から来たんだけど……」

 

「申し遅れました、わたくしはコッコロと申します」

 

 

アリサと名乗った少女は荷物を指差して苦笑する。

 

 

「これからの旅にご利益があるかな〜って立ち寄ったんだけど、よくよく考えたら私そういう作法ってよく知らないなって思って」

 

「ふふ、アメスさまはそのようなことはあまり気にされない方ですよ。わたくしのような者に対してもとても優しい方です」

 

「そうなんだ~。…………ん?」

 

 

何か引っかかりを覚えたアリサだが、深く考えないことにした。

 

コッコロは一言断りを入れてから、アメスの祠の前に跪く。

 

 

「アメスさま、どうかわたくしたちにアメスさまのお導きを……」

 

 

コッコロは手を合わせ、深く長く祠に祈りを捧げる。

長い時間その状態を続けるが、

 

 

「……どうして、なのですか……っ」

 

 

帰ってくるのは無音。

アメスの福音も、その存在も、祠の前で祈りを捧げているにも関わらず、何も感じ取れない。

 

 

「もしや、アメスさまに何かが……? だとするなら、主さまにはどうして……」

 

「だ、大丈夫コッコロちゃん? 顔色が青いけど……」

 

 

目に見えて気が動転しているコッコロに駆け寄り、アリサはコッコロの背中を擦る。

 

 

「……お騒がせしました」

 

「いやいや、そんなことはないけど……。何か問題でもあったの?」

 

「アメスさまにはああして祈りを捧げることでお声を聞くことができたのです。しかし最近はそれも能わず……ですので社に赴いたのですが」

 

「う〜ん……」

 

 

アリサは腕を組んで考え込む。

そして何かを思いついたのか、明るい表情で社の前に立つ。

 

 

「もっと呼びかければ反応するんじゃないかな。神様だってきっと寝てる時くらいあるんだよ!」

 

「ええ……??」

 

 

斜め上の発想にコッコロの顔がひきつる。

そんなドン引きの反応にも気づかずにアリサは先程コッコロがした作法を真似して、大きな声で社に呼びかける。

 

 

「アメスさま〜どうか私に道を示してくだされ〜!」

 

「あ、あのアリサさま……」

 

「お願いです! どうか、どうか……!」

 

 

コッコロの静止も耳に届かず、アリサは必死に社に向かって懇願する。

お願いです、と何度も何度も指を絡めて社に頭を下げながら叫ぶその懇願には次第に迫真さが乗り、

 

 

「どうか、どうか私にロザリアの居場所を教えて下さい……ッ!」

 

 

最後のその真剣な懇願は、コッコロの耳には深く届いた。

 

 

 

 

 

結局、コッコロもアリサもその祈りに応えてくれる者は居らず、いつの間にか外は夜になっていたために長老宅へと戻っていった。

 

寝室のベッドで横になる二人は寝付くまでお互いのことを話していた。

 

 

「……では、そのロザリアという方はアリサさまのご友人だったのですね」

 

「うん、私よりも弓の扱いが上手くって、故郷じゃ守番として相応しいエルフはロザリア以外にいないって言われてたくらいだもん。なのに……」

 

 

突如としてそのロザリアは行方不明になり、欠けた守番の役目はアリサを埋め合わされた。

その後アリサはロザリアの行方を追うために旅を始めることになる。

 

 

「やっぱりランドソルみたいな大きな街に行かないと手掛かりが見つからないかなぁ」

 

「ランドソル、ですか?」

 

「うん、元々は大きな街を目指して森を出たんだけどね。道中でこの里を見かけたから寄ったんだ。ここに来たのはほんとうに偶然だったんだよ」

 

「でしたら、わたくしと共にランドソルへ向かわれますか? わたくし、今はランドソルで居を構えておりまして」

 

「いいの? ならお願いしようかな。私ちょっとたどり着けるか不安だったんだ〜」

 

 

ニコニコと屈託のない笑顔を向けられて、コッコロも自然と笑みを浮かべる。

 

 

「それにしても、コッコロちゃんって巫女さんだったんだね」

 

「巫女、とは?」

 

「神様と交信する女の子のことだよ。巫女は神様を信仰して身も心もささげるものなんだよ」

 

「なるほど。でしたらわたくしは巫女ではございません。わたくしは主さまに身も心も捧げ、お導きすることを誓っておりますので」

 

「主さま?」

 

「わたくしが仕えている方です。草原のように優しく、大空のように広い心をお持ちの方でございます。わたくしはそんな主さまの身の周りのお世話をさせていただいております。……まあ、気の多いところは直してほしいと思っておりますが

 

「えっ、コッコロちゃんって私より年下だよね? そんなことするんだ、都会って凄いね〜」

 

 

コッコロの最後のつぶやきはアリサには聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

翌朝。

ランドソルへ戻るコッコロは旅支度を済ませ、アリサと待ち合わせの場所へと向かう。

その前に、コッコロはゾラに呼び止められた。

 

 

「待ちなさいコッコロ」

 

「お父さま? どうかされましたか?」

 

「お前に渡さねばならぬものがある」

 

 

ゾラは懐から包を取り出し、コッコロの手のひらに乗せる。

 

 

「……何でしょうか、これは。形状からして丸いものが入っているのはわかりますが……」

 

「それが何なのかは私にも分からぬ。ただ、それを中から取り出さぬことと、時が来るまで肌見放さず持っておくように、とアメス様より託宣があったのだ」

 

「アメスさまが⁉」

 

 

コッコロは驚愕し、ゾラに詰め寄る。

 

 

「お父さまはアメスさまのお声を聞かれたということですか⁉」

 

「……期待させてしまって申し訳ないが、この託宣を受けたのはコッコロがランドソルへ発って間もない頃の話だ」

 

「わたくしがランドソルを発って……?」

 

 

それはつまり、コッコロがユウキのガイド役としてアメスに選ばれ、ランドソルへと旅立った頃の話ということ。

それは今からすればかなり前の話であり、昨日ゾラが久しくアメスの声を聞いていないという発言ともあまり矛盾しない。

 

 

「一体これが何を意味するのかは分からぬが、コッコロが里に戻ったときに必ず渡すよう申された。……今思えば、あのときのアメス様のお声は切羽詰まっていたように感じる」

 

「切羽詰まって……?」

 

「私達には到底見えぬ何かが、あの方には見えていたのだろう。そしてそれはコッコロ、お前やお前の仲間たちにも関わるものである可能性が高い」

 

 

ゾラはコッコロの肩を叩き、視線をコッコロに合わせる。

 

 

「見極めてくるのだ。アメス様さえ動揺するほどの、アストライアの未来を」

 

「はい!」

 

 

コッコロはゾラにお辞儀をして、振り返らずに今再び旅立つのだった。

 

 

 

 

 

その後、コッコロの先導の元アリサはランドソルへと歩みを進める。

その際にアリサは気になるものを見つけた。

 

 

「……あれ?」

 

「……どうかされましたか?」

 

「いや、あんなところにお屋敷があるな〜って」

 

「さようでございますね……」

 

 

アリサが指差した先には大きめの屋敷があり、比較的新しく見える。

こんな街から遠く離れた場所に家屋が立っているなんて、と思ったが。

 

 

「……ねえ、何かあの周りだけ薄暗くない? ちょっと不気味……」

 

「…………こころなしかこの辺りも少し薄暗いです。妙ですね、天気は晴れているのに……」

 

 

言葉にできない不気味さを感じた二人は、足を早めてその場を立ち去る。

そして、開けた通りに出て少しすると、コッコロは指を指して立ち止まる。

 

 

「このまま道なりに進まれたら大きな壁が見えてきます。それがランドソルです」

 

「ありがとうコッコロちゃん! ……でも、コッコロちゃんは一緒にはいかないの?」

 

「申し訳ございません。わたくし現在は街から外れた場所を住まいとしておりまして、ここから道が別れてしまうのです」

 

「そうなんだ……わかった! ここまでありがとうねコッコロちゃん! また会おうね!」

 

 

コッコロとアリサは別々の道を歩き始める。

きっとまた出会う。そう信じて。

 

だからこそ――

 

 

「……ん? いま向こうから声が聞こえたような……」

 

 

アリサは道から外れた方向から唸り声のようなものが聞こえ思わずそちらに歩みがそれる。

そして、魔物に襲われている少年の姿を見つける。

 

 

「危ない‼」

 

 

アリサは弓を構え、風の力を載せて射抜く。

魔物は吹き飛ばされて、安全を確認したあとアリサは少年に駆け寄る。

 

 

 

> 君は……?

 

 

 

「大丈夫? 怪我はない?」

 

 

そう、だからこそ――この出会いも必然かもしれない。




アリサ
「プリンセスコネクト!Re:Dive」より登場する弓を扱うエルフの少女。守番として森の平和を守り、その弓から放たれる矢は全てを貫く。
故郷では幼馴染のロザリアが守番として森を守っていたが行方不明となり、後釜としてアリサが守番となった。以降ロザリアを探すためにランドソルへと旅立つこととなる。
戦闘では冷静で的確な立ち回りができるが、日常生活では隙が多く都会の空気がわからないため世間知らずな振る舞いをすることもある。



大変お久しぶりです。
第二部のクライマックスも見えてきたので急いで筆を早めました。
4.5周年ももう秒読みですし。……半年くらい前にも似たようなこと言った気がしますが。

あと、メインストーリーでも可愛そうな目に合ってる子もいるのでその子達にスポットライトを当てたいな~とも思いましたので、頑張って書いていきます!


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優しさが万能でないことをキミは知らない

今回は今までで一番読みづらいと思います。ご容赦ください。


きょうはおにいちゃんといっしょにお出かけの日。

キョウカちゃんもミソギちゃんもいないからおにいちゃんと二人っきり。こんな日はひさしぶり。

 

おもわず歌っちゃう。

 

 

「るんたった〜♪ るんたった〜♪ きょうは〜おにいちゃんと〜ふたりで探検〜♪」

 

 

 

> そんなに急ぐと危ないよ。

 

 

 

おにいちゃんはミミがころばないように横にやってきてミミの手をつないでくれる。

 

いつもならここにミソギちゃんが楽しそうにおにいちゃんの手を引っぱってどこかへつれていこうとするけど、今はミミしかいないからそんなこともない。

つまりこうして手をつないで歩けるのは二人きりのとっけんなのですっ。

 

ところで、きょうはおにいちゃんとたんけんするけれど、ただいつもみたいに探検するんじゃなくて、ひとさがしのために探検するんだ。

 

ランドソルから魔物さんがいなくなって、ミミはプチグリフォンさんともあえなくなっちゃった。

キョウカちゃんは魔物さんがいなくなったのは「せーたいけー」、っていうのがおおきくかわったのかもしれないって言ってたけど、どういうことかよくわからなかった。

ただ、どこかすごしやすい場所にいどうしたのかも、って。つまり、お引っ越ししたってことだよね。

 

だから、いつもプチグリフォンさんとであう場所より遠くまで探しにいくことにしたんだけど……。

 

 

「ふぅ、ちょっとつかれちゃった」

 

 

 

> 休憩しよっか。

 

 

 

「うんっ。おにいちゃんのおひざ、あったか~い♪」

 

 

さいきんはおにいちゃんのおひざに乗っていっしょにおかしを食べるのがブームなのです。

おにいちゃんといっしょにいられる時間がふえたから、こんなふうにおにいちゃんにくっつけるようになっちゃった。

キョウカちゃんがいたら「近すぎ」って言うけど、おにいちゃんのおひざはミミのとくとーせきなのでもんだいありませんっ。

 

でも、ここにプチグリフォンさんがいたらもっとたのしかったんだろうなぁ……。

 

 

「どこにいったんだろう、プチグリフォンさん……」

 

 

ミミたちは今大きなお花畑が遠くからみえるおかにいる。ここまでたくさんあるいたけど、プチグリフォンさんはどこにもいなかった……。

 

 

「もっと遠いところにいっちゃったのかな?」

 

 

おにいちゃんはう〜ん、とうなってかんがえてくれる。

そしたら、おにいちゃんはあっと大声を上げて遠くをゆびさした。

 

 

 

> 前にプチグリフォンさんを見たことがある。

 

 

「えっ、ほんとう⁉ それってどこなのおにいちゃん?」

 

 

おにいちゃんは大きくてながい山をゆびさしてミミの手をとってあんないをはじめてくれた。

 

 

 

 

 

おにいちゃんがつれてきてくれたやまみちをあるきながらミミはもういちど聞いてみる。

 

 

「ほんとうに、ここでプチグリフォンさんとあったの?」

 

 

おにいちゃんはうんうん、とうなずいてくれた。

 

でもおにいちゃんはゆびを口にあててしーっ、ってしずかにするようにあいずしてきたの。

 

 

 

> ここにはプチグリフォンさんのお母さんもいるから、怒らせないように静かに行こうね。

 

 

 

おかあさん、ってことはここはプチグリフォンさんのお家ってことなのかな?

ミミのおかあさんにも、「知らないひとをお家に上げちゃダメ」ってよく言ってるし、それとおなじなのかなぁ?

 

おにいちゃんのおはなしだと、プチグリフォンさんのおかあさんはおにいちゃんよりもっと大きい魔物さんで、たいあたりされるとぴゅ〜っ、って飛んでっちゃうかも。

たしかにおこらせるのはあぶないかも……。

 

 

 

> ……静かだね。

 

 

 

でも、こうしてやまみちを歩いてるけど、プチグリフォンさんだけじゃなくて、ほかの魔物さんもぜんぜんみあたらない。

前にサレンおねえさんに魔物さんがランドソルからいなくなったっておはなしをしてくれたけど、やっぱりもっと遠くにお引っ越ししちゃったのかな。

 

 

「〜〜〜〜っ、プチグリフォンさ〜〜んっ!

 

 

 

> ミミちゃん⁉

 

 

 

おにいちゃんにはしずかにって言われたけど、やっぱりガマンできないっ。

ミミ、プチグリフォンさんにあいたい!

 

 

「プチグリフォンさ〜〜〜〜んっ‼」

 

 

もういちどおおごえで呼びかける。

きっとこのやまのどこかにいるかもしれないから。

なんども、なんども。

おにいちゃんははじめにしずかにってミミに言ったけど、おにいちゃんはとめずにいてくれてる。

 

 

「プチグリフォンさん、プチグリフォンさ〜〜んっ!」

 

 

でも、なんどよんでもだれも来てくれない。

プチグリフォンさんだけじゃなくて、プチグリフォンさんのおかあさんも、それいがいの魔物さんも。

 

やっぱり、プチグリフォンさんは……。

 

 

 

> プチグリフォンさ〜〜んっ!

 

 

 

「おにいちゃんっ⁉」

 

 

こんどはおにいちゃんがおおごえでプチグリフォンさんをよんでる。

しずかに、っておにいちゃんが言ったのに。

 

 

 

> プチグリフォンさ〜〜〜〜んっ‼

 

 

 

「おにいちゃん……っ」

 

 

おにいちゃんも手伝ってくれる。

ミミももういちどおおごえでよんでみるっ!

 

 

「プチグリフォンさ〜〜ん!」

 

 

 

> プチグリフォンさ〜〜ん!

 

 

 

おにいちゃんといっしょになんども、なんどもよぶと、遠くからガサガサって草がゆれるおとが聞こえてくる。

……どんどんこっちに近づいてくる!

 

カサカサ、っておとがすぐちかくで聞こえて、しげみからなにかがかおをだしてきた。それは……。

 

 

「ぷぷっぷ……」

 

「プチグリフォンさん!」

 

 

まちがいないよ、あれはプチグリフォンさんだ!

プチグリフォンさんはミミのこえにはんのうすると、こっちにかおをむけてくれた。

 

 

「きゅる?」

 

「プチグリフォンさん、ミミだよ。ひさしぶりだねっ」

 

「ぷぷっ! きゅるきゅる〜!」

 

 

ミミがだれなのかわかってくれたみたいでプチグリフォンさんはミミのまわりをステップでくるくると回ってる。

ミミはそんなプチグリフォンさんをぎゅ〜っ、ってするとふわふわのプチグリフォンさんの温かさがかんじられる。

このかんじ、ちょっとなつかしい。

 

 

 

> 良かったね、ミミちゃん。

 

 

 

「うんっ! おにいちゃんもありがとうっ」

 

 

しずかにしたほうがいいってさいしょはおにいちゃんが言ってたのに、おにいちゃんはおおごえをだしたミミをおこらないでくれたし、おにいちゃんも手伝ってくれた。

 

やっぱりおにいちゃんは優しいな。

はじめてあったときからミミのことなんども助けてくれて。

 

やっぱり、おにいちゃんがだいすきっ。

 

 

 

 

 

プチグリフォンさんをつれてランドソルまでかえろうとしているときに、きゅうにプチグリフォンさんが止まっちゃった。

 

 

「ぷぷ……っ?」

 

「プチグリフォンさん? どうしたの?」

 

 

プチグリフォンさんはうしろをふりかえってじっとしてる、と思ったらきゅうに羽をバタバタとふってミミとおにいちゃんをまえへまえへ押してきたの。

 

 

「プチグリフォンさんっ?」

 

「きゅる! きゅ、くるるぁああっ‼」

 

「きゃあっ⁉」

 

 

プチグリフォンさんはおおごえをあげて、ミミがちかづこうとするのを止める。

どうして?

 

 

 

> 僕達を先に行かせようとしているのかな?

 

 

 

「ええ? どうして? プチグリフォンさんといっしょにランドソルにかえろうと思ったのに……」

 

「きゅるる! きゅるるぉおおっ‼」

 

 

プチグリフォンさんはなんどもほえて、ミミたちがちかづかせないようにしてる。

せっかくあえたのに、またお別れなの……?

 

 

 

> ミミちゃん、行こう。

 

 

 

「え、でも……」

 

 

 

> また会えるよ。今日みたいに。

 

 

 

「…………」

 

 

もういちどプチグリフォンさんをみると、こわい顔でミミたちをじっとみつめてる。

おにいちゃんの言うとおり、いっしょにはきてくれないかも。

 

でも、またあえたから。

きっとまたあえるよね。

 

 

「またね、プチグリフォンさん。こんどはいっしょにあそぼうねっ」

 

 

だから、ミミはプチグリフォンさんとさよならした。

 

 

 


 

 

 

ミミとユウキが振り返らずにランドソルに向かったのを確認してから、プチグリフォンは振り返る。

 

自分に向けられた、悪意の主を。

 

 

「――大変興味深い行動ですね。ただの敵性データにも関わらずプレイヤーを守ろうとするのは」

 

 

死角から現れたのは全身を黒いローブで隠す長身の男。

悪意の張本人を見つけて、プチグリフォンは唸り、毛を逆立たせる。

 

 

「先程の少女は魔物使いということでもなさそうですし、疑問が尽きません。本来プレイヤーに襲いかかるように設定(プログラミング)されているというのに、飼い犬が飼い主を守るような行動を取るとはまさにイレギュラーと言えるでしょう」

 

「クルルルルルル……」

 

 

プチグリフォンには男の発言内容など欠片も理解できない。

プチグリフォンが感じるのは、目の前の男から発せられる底なしの悪意。

それがミミにも向けられる予感を察して自身は立ち塞がる。

 

 

「ぜひ捕獲して解析してみたいですが、生憎とランドソルに魔物が少しでも確認されると大型の魔物がリポップしづらくなるので、非常に惜しいのですが――」

 

 

男はフードの下でニヤリと微笑む。

 

 

「クオオオオオオッ‼」

 

 

プチグリフォンは飛びかかり、男に体当りしようとする。

だが、その攻撃が男に当たる直前、プチグリフォンの体は霧のように散った。

 

それを見て、男はクククと喉を鳴らす。

 

 

「何とも救い難い。哀れなものです。ただのデータでしかないあなたには、我らが神も救いの手を差し伸べることはないでしょう」

 

 

勝手なことを言いながら、男はユウキ達が立ち去った方向を見やる。

 

 

「さて、念には念を入れておきましょうか。まだ彼には私の存在を確認されるわけにはいきませんからね」

 

 

 


 

 

 

なんどもなんどもふりかえってもプチグリフォンさんはあとを付いてこない。

プチグリフォンさんになにかきゅうよーでもできちゃったのかな。

 

おにいちゃんの言うとおりいったんあそこでさよならして、またあえる日をまつしかないのかも。

 

ランドソルにもどってきて、おにいちゃんにお家までおくってもらってると、なんだかさわがしかった。

 

 

「誰か! 誰か王宮騎士か【自警団】を呼んでくれ!」

 

 

むこうのかいどーからおじさんがはしってくる。

 

 

 

> 何かあったんですか?

 

 

 

「魔物だ! ゴブリンの群れが街道に出てきたんだ! しかもそのうちかなりデカいゴブリンもいる!」

 

「魔物さんがっ?」

 

 

どうして?

魔物さんはランドソルからいなくなったんじゃなかったの?

 

 

「それだけじゃない、子供がゴブリンの群れに立ち向かっていった! あんなの危険すぎる‼」

 

 

 

> 子供??

 

 

 

「ああ、白いフードを被った魔族の子供だ! 危険だから行くなって止めたんだが聞く耳持たなかった……」

 

 

おにいちゃんはそれを聞いたらかいどーのほうにはしって行っちゃった。

 

 

「おにいちゃん、まって‼」

 

「おい、何してるんだ! 行くんじゃない‼」

 

 

おじさんがとめようとしてるけど、ミミはわかっちゃった。

きっとおにいちゃんはおじさんが言ってた子どもを助けようとしてるんだ。

だったらミミもてつだわないとっ。

 

やさしいおにいちゃんに助けてもらったから、こんどはミミがおにいちゃんを助けるんだっ!




ミミ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する純粋な兎の獣人族の少女。幼くとも獣人族なので、その一撃は強力なため侮ってはいけない。
10歳とは思えないほど言動が幼く小柄である。だが、幼さ故の純粋な優しさが魔物であるプチグリフォンとの友誼を深めることを可能にした。
初めて合ったときから自分を助けてくれたユウキを「おにいちゃん」と慕う。なお、記憶喪失のユウキにお絵かきや文字を教えたこともあるらしい。



4.5周年おめでとうございます!
そして、メインストーリー第二部もそろそろ終わりそうですね。
マジでどうやって風呂敷たたむのか想像できません。

さて、今後も書いていくつもりなのですが、読者の皆様も既にご存知の通りこのSSは原作と全く違うオリジナル展開として舵を切っております。
また今後の原作のストーリーと照らし合わせて矛盾が生じたり設定が違っている場合が多々あるでしょうが、皆様にはご了承のほどをお願いいたします。


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されどキミは優しさを捨てない

第二部第十四章の続きを見ていたときの私(ネタバレ多数)

( ・_・)「さーて、メインストーリーはどう収集つけるのやら……」

( •‿•)「おっミロクぶっ倒したやん! アメスも解放したし、ここから最終決戦かな?」

(;・_・)「おーおー、最終決戦場みたいなの出てきたよ……。ゼーンもどう落ち着くのか……」

Σ( ゚д゚)「は? ミロク生きてる? ……はあ⁉ 何その姿⁉」

(; ゚д゚)「騎士くん拐われたー⁉ ミソラに連れてかれたー⁉」

(ノ•̀ o •́ )ノ 「え、待って。全然終わりそうにないし。何ならエリスじゃなくてミロクがラスボスだろこれ」

(# ゚Д゚)「騎士くんがそんな願い受け入れるわけ無いやろ‼ いよいよバグってるわコイツ!」

プリコネ『次回【終局序曲】』

( ゚д゚)「………………………」

(; ゚д゚)「やべぇ……今年いっぱいは続きそう」


「――ハンッ、弱え奴らはよく群れるっつうのはマジみてぇだな」

 

 

白いフードを被った少年は街道に群がるゴブリン達を一瞥して嘲笑する。

 

少年にとってゴブリンなど取るに足らない。眼中にすらない。

だが、このゴブリンの群れの中で一際異彩を放つ「例外」がいる。

 

 

「だが、テメーは別だデカブツ」

 

 

ゴブリン達を後ろから待機させている巨大なゴブリン――ゴブリングレートを睥睨する。

 

 

「テメーは及第点だ。手下の雑魚(バカ)どもを従える能力もいい。オレ様のペットにしてやる」

 

 

そう言って少年は魔力で出来た鞭を構え、一歩踏み出す。

それを見てゴブリングレートは手下のゴブリン達に支持を出した。

 

 

「来るぞ、キイロ! 作戦どおりにやりやがれ‼」

 

『ぷるぷるるっ!』

 

 

バチンと少年は地面に鞭を叩くと、後ろに控えていた黄色いスライムが楽しそうに前に出る。

そして、黄色いスライムは体をブルブル震わせると、ぶしゃあ、と黄色い粘液が飛び出た。

 

粘液は突撃してきた前線のゴブリン達に命中し、粘液に絡め取られ身動きが取れなくなった。

 

 

「オラァッ! 雑魚ゴブリンに用なんざねえんだよッ‼」

 

 

動けないゴブリンを少年は鞭で乱暴に殴り飛ばす。

明後日の方向に飛んでいくゴブリン達の後ろからゴブリンの第二陣が突撃してくる。

 

 

「ハッ、バカの一つ覚えかよ――」

 

 

その瞬間、ゴブリンの群れの奥から、長く巨大な物体が少年目掛けて飛来する。

 

 

「うおぉっ⁉」

 

 

少年は飛び退いて躱すが、その隙をゴブリン達は叩いてくる。

 

 

「クソっ、寄んな雑魚ドモがッ‼」

 

 

一蹴しながらも少年は飛来したそれを一瞥して、軽く動揺する。

 

街道に突き刺さったそれは樹木。

切り倒された丸太ではなく根本から力任せに抜き去った、その辺に立っていたであろうそれなりに大きな木だ。

 

それを投げた張本人は言うまでもない。

少年はゴブリンをいなしつつ視界の奥を見やる。

ゴブリングレートは次の投擲物として、大岩を地面から引き抜き、振りかぶる体制を取る。

 

 

「冗談じゃねえ、好き勝手させるわけねーだろーがッ! キイロッ‼」

 

『ぷるぷる――ぷっ⁉』

 

 

黄色いスライムは再び粘液を飛ばそうとして、岩の礫に遮られる。

 

 

「あん⁉ 一体誰が……」

 

 

少年は前を見ると、後方からゴブリングレートの手のひらサイズの岩の礫が投げ飛ばされる。

 

てっきり大岩をそのまま投げてくると思っていたばかりに反応が遅れてしまい、少年とスライムは回避に専念することを余儀なくされた。

 

 

「クソッ、コソクなマネしやがって……っ」

 

 

恐らく大岩を投げようとする動作はフェイントだろう。

何らかの妨害が出てくるところまで奴は読んでいたのだ。

 

 

「こうなりゃ直接捕まえてやんよ!」

 

 

防戦一方の状況を変えるべく、少年は鞭を強引に振り回し、ゴブリン達を振り払う。

そして、少年はゴブリングレートを捕獲するべく前進しようとする。

 

だが、

 

 

「――がはっ⁉」

 

 

右肩に強烈な鈍痛が走り、鞭を落としてしまう。

 

 

「は、ハァ? なんで…………っ」

 

 

後ろから肩を棍棒で殴ってきたゴブリンを見て、少年は困惑する。

先程纏わりついてきたゴブリン達を振り払ったというのにいつ後ろに回り込んだのか。

 

 

「――ごふっ⁉」

 

 

その答えは()()()()()()

 

ゴブリングレートは今度は子分のゴブリンを投げ飛ばし、少年の不意をついたのだ。

そして今度は投げ飛ばされた勢いでゴブリンの頭突きが少年の腹にめり込む。

 

 

「ぁ、があぁっ…………ッ!」

 

 

そのまま地面に転がり込み、地面に激突した右肩が悲鳴を上げ、少年は気絶してしまった。

 

 

『ぷるぷる‼ ……ぷるるっ⁉』

 

 

スライムは少年を助けようと駆けつけるが、ゴブリン達に遮られてしまい逃げ惑うことしかできない。

 

残りのゴブリン達は倒れた少年に止めを刺そうとして――

 

 

 

> はああっ‼

 

 

 

――駆けつけたユウキになぎ払われた。

 

ユウキは少年を庇うように立ち、なおも向かってくるゴブリン達を睨みつける。

 

そして、

 

 

うさぎさんスラッシュ‼

 

 

ミミの大振りな剣の攻撃がゴブリン達を全て吹き飛ばした。

 

子分がいなくなったことで、ゴブリングレートは前に出てくる。

乱入してきたユウキとミミを睨みつけ、二人もまたじっと武器を構えている。

 

そこを――

 

 

タイガーヒーローボンバーッ‼

 

 

ゴブリングレートの頭上から急襲し、ゴブリングレートに強力な一撃を叩き込む少女――マツリ。

叩き込んだ斬撃は爆発し、ゴブリングレートは後ろへとたたらを踏む。

 

 

「……いや、颯爽と現れて攻撃したはいいッスけど、ホントにでかいッスね。これ自分たちだけでなんとかなるんスか?」

 

 

ゴブリングレートにとっては堪えた一撃だろうが、それでも撃破には遠く及ばないだろう。

ゴブリングレートの報復が来るか、と一同は警戒するが、ゴブリングレートはしばらくじっとしたあと、何故かユウキを一瞥してから背を向けて街道から立ち去っていった。

 

 

「あれ、帰っちゃった?」

 

「逃げた……わけないッスよね。あのまま戦えばどうなるか分かんなかったし」

 

 

ミミとマツリはゴブリングレートの遠ざかる背中を見ながら首を傾げる。

それはそれとして、とミミはマツリに向き直る。

 

 

「マツリちゃん、てつだってくれてありがとうっ」

 

「ありがとう、じゃないよミミちゃん! いきなり呼び止めたと思ったら強引に連れてくんだから。単独で行動しちゃダメってトモねーちゃんから言われてるのに……」

 

「――覚えていてくれて何よりだよ、マツリちゃん」

 

「うあっ、トモねーちゃん⁉」

 

 

後ろからやって来たトモの声にマツリはビクッと飛び跳ねた。

 

 

「全く、他の団員から魔物がいる方に住民と一緒に向かったって聞いたときは何事かと思ったよ。あんまり危険なことはしないでほしいな」

 

「うぅ、ごめんなさいッス……。で、でもこっちに子供が来たって言ってたし、向かったほうが良いのかもって」

 

「だからってそれはマツリちゃん一人の仕事じゃないでしょ? まあ市民を守るのが仕事ではあるんだけれども……」

 

 

そこまで話して、そういえばとトモは振り返る。

 

ゴブリンの群れに立ち向かったというフードを被った魔族の子供は何処に……と見渡すと、既にユウキが倒れた子供に呼びかけていた。

 

 

「ユウキさん、その子は?」

 

 

マツリ達は倒れた子供に駆け寄ると、一同に息を呑んだ。

 

 

「ひどい……この子きずだらけ……」

 

「ちょ、大丈夫なんスかこの人?」

 

「…………、いけない⁉」

 

 

子供の状態を観察していると、トモが焦ったように声を荒げる。

 

 

「その子右肩が折れている! 早く処置をしないと……」

 

「ええ⁉ でも自分たちは回復魔法は……」

 

『ぷるぷるぷるっ!』

 

 

担架を用意しようと人を予防としたマツリとトモの耳に、何やら不可思議な音が聞こえた。

一同がそちらに目を向けると、プルプルと震える黄色いスライムが粘液を飛ばし、少年の右肩に付着する。

付着した粘液はまるでギプスで固定するように右肩部を覆い、肩を正常な位置へと戻していく。

 

 

「……え? 今、何したんスかこのスライム??」

 

「わ、わからない……。そもそもこのスライムは? こんな種類のスライムは初めて見たよ」

 

「さっきのゴブリン達の仲間ッスかね?」

 

「う〜ん、ミミはちがうと思うな〜」

 

「え、どういうこと?」

 

 

それまで黙っていたミミは黄色いスライムの行動を見て呟く。

 

 

「このスライムさん、この子をたすけるためにとってもがんばってたように見えたけど……」

 

「魔物が人間を助けたってこと?」

 

『ぷるるっ!』

 

 

スライムはまるで肯定するようにピョンピョンと飛び跳ねる。

そしてスライムは次に、ユウキに駆け寄ってユウキの周りで何度も飛び跳ねる。

 

 

「こ、今度はなに?」

 

「……う〜ん? もしかして、おにいちゃんを見てよろこんでる?」

 

「え? もしかしてユウキさんの知り合い……いや、違うみたいだね」

 

 

トモはユウキをちらりと見たが、ユウキはトモに対してブンブンと首を振り否定の意を取る。

 

 

「……って、こんな悠長なことをしている場合じゃない! 早く処置をしないと! マツリちゃん、担架の用意を!」

 

「了解ッス‼」

 

『ぷる、ぷるるっ‼』

 

 

まるで二人の行動を咎めるようにスライムは興奮し、少年の腹の上に乗る。

 

 

「ちょ、何をやっているんだ! その子は怪我人だぞ!」

 

「……もしかして、スライムさんはその子をつれていってほしくないのかな?」

 

「ええ⁉ で、でもそれじゃ……」

 

「そもそもそのスライムはその子にとって何なんだ? まさかその子が魔物使い、なんてことはないだろうし……」

 

 

しかし、これでは少年の治療が出来そうにない。

だからといってこのスライムまで街に入れることはできない。

今しがた魔物の群れを追い払ったばかりだ。町の人達は魔物の脅威にまだ敏感になっており、たとえスライム一匹でも大騒ぎになってしまう。

 

どうしたものか、と一同が顔を見合わせているところに、

 

 

「……あれ、ユウキさん? ミミちゃんに【王宮騎士団】の方々も、何をされているんですか?」

 

 

この雁字搦めの状況を打開してくれる救いのメイドが現れた。

 

 

 

 

 

「――…………で、うちに連れてきた、と」

 

 

スズメによって少年を回復魔法で治療してもらい、ユウキ達は少年を連れて【サレンディア救護院】へと足を運んだ。

 

少年の連れであろう黄色いスライムをやはり街の中に連れて行くことは出来ず、安全に子供を匿う場所がユウキにはここしか思い浮かばなかったのだ。

 

 

「あのね、前のハロウィンの時にも思ったけど、訳アリの子なら誰でもうちに連れてきてもいいってわけじゃないのよ。大体その子のご両親が何ていうか……」

 

「いや〜、それなんスけど……」

 

 

言いにくそうにマツリが口を開く。

 

実はあのあとこの少年について【王宮騎士団】の方で両親について聞き込みをしてみたところ、それらしい話は全く入ってこなかった。

白いフードの魔族の子供。そしてこの子によく懐いている黄色いスライム。街中ではよく目立つため該当者がすぐに見つかるかと思ったが当てが外れたのである。

 

 

「お嬢様のお気持ちは解りますけれど、この子さっきの戦闘で出来た怪我以外でも身体中に古傷が沢山あるんです。放っておいたらまた今日みたいに魔物を探して危険なことをするんじゃないかと……」

 

「…………はあ」

 

 

仕方がないか、とサレンはため息をつく。

 

 

「ところで、その子の名前はなんて――」

 

「…………ぅ、ぐぅ……っ」

 

「あれ、もしかして目がさめたのかな?」

 

 

ミミが少年の顔を覗き込む。

少年はユウキの背中でもぞもぞと動いたあと、顔を上げて――バッと跳び下りた。

 

 

「だ、誰だてめー⁉ ……ってここは何処だ、さっきのデカブツは⁉」

 

『ぷるっ、ぷるるっ!』

 

 

少年が目が覚めたことで側にいたスライムは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

 

「ん、キイロ? ……てめ、なにオレの鞭を飲み込んでんだ! 吐き出せコラ!」

 

『ぷるっ』

 

「おいコラ、逃げ……いつつ⁉」

 

「ああ、肩を動かしちゃだめですよ! 骨折は治しましたけど、痛みはまだ全然抜けてないはずですよ‼」

 

 

少年は身体を動かそうとして痛みに悶える。

 

 

「骨折……そうだ、あの雑魚どもに不意をつかれて……」

 

「状況は飲み込めたかしら?」

 

「あん? そもそも誰だてめーら」

 

 

状況をうまく飲み込めない少年にユウキ達はここまでの経緯を話す。

少年はぶすっとした顔で聴き終えたあと、聞こえよがしに舌打ちをする。

 

 

「チッ、余計なことしやがって……」

 

「余計なこと⁉ 何いってんスか、自分たちが助けに行かなかったら死んでたッスよ‼」

 

「オレぁあのデカブツを捕まえるつもりだったんだよ! おまけに頼んでもねーのに助けやがって……」

 

「な、なんてやつッスか……」

 

 

助けたことを感謝されることこそあれど、まさか余計なことと文句を言われるとは思わず、マツリは絶句する。

 

 

「おかげでまた振り出しだ。ただでさえ魔物を見なくなったっつーのに……!」

 

「な、なんでそこまで……」

 

「ハッ、んなもん強くなるために決まってんだろ。魔物使いが強い魔物を求めるのがそんなにおかしいか?」

 

「魔物使い? あんたみたいな子供が?」

 

「ああ、そうやって子供扱いしてくる舐め腐った大人ドモを叩き潰すためにな。オレはこの世界で誰よりも強く、誰よりもデカい存在になる。そのためにもシモベを集めてんだよ」

 

 

余りにも短絡的な野望を堂々と口にした少年に一同は何も言えなくなってしまう。

 

だが、そんな野望を一蹴したのが一人。

 

 

「安っぽい強さね」

 

「ンだと……⁉」

 

「そんな薄っぺらで安っぽい強さに誰が興味を持つものかしら」

 

「黙れッ‼ オレぁそういう奴らを――」

 

「叩き潰してお山の大将気取っていたいっていうの?」

 

「なっ……!」

 

 

言葉を遮られ、少年の心中を的確に貫いたサレンの言葉が少年の顔を歪ませる。

 

 

「どうぞご勝手に。誰も見向きもしない、誰も耳を傾けない、そんな小さな世界で王様を名乗りたいなら好きにすればいいわ。もっとも、どちらにせよそんなボロボロの体じゃ何もできやしないでしょうけどね」

 

「……黙って聞いてりゃ、このクソアマ――ッ⁉」

 

 

少年は殴りかかろうとして、全身の痛みに悶えその場に蹲ってしまう。

 

 

「はわわ、うごいちゃだめってスズメおねえさんもいってたよ〜!」

 

「うるせー‼ コイツだけは、いつか絶対にブチ殺して……うおぁっ⁉」

 

 

蹲る少年を担ぎ上げるように黄色いスライムは少年を持ち上げる。

そのまま救護院へと運んでいき、粘液を器用に使ってドアを開けていた。

 

 

「おいコラ、キイロ! 何してんだ降ろせ! オレはここに住むなんて一言も言ってねーぞぉ――!」

 

 

パタン、とスライムはドアを閉めた。

 

 

「き、器用なスライムですね……じゃなくて! スライムがいきなり中に入ってきたら皆驚いちゃいます! 待ってくださ〜い‼」

 

 

と、スズメは追いかけていった。

 

先程の騒がしさが嘘のように静かになり、マツリは感心したように口を開く。

 

 

「……そ、それにしてもサレンねーちゃんって結構ハッキリ言うんスね。カッコよかったッスよ!」

 

「これくらい大したことないわ。大人っていうのはね、背負う義務があるのよ。ああいう世間知らずの子供を守って、躾けるっていう義務がね」

 

 

肩を竦めながらサレンは大きくため息をついた。

そして、ユウキを睨みつける。

 

 

「仕方がないからあの子はうちで面倒を見るわ。ただし、連れてきたからにはあんたにも手伝ってもらうからね」

 

 

望むところだ、とユウキはサムズアップする。

その横でミミとマツリもガッツポーズをする。

 

 

「サレンおねえさん、ミミもまた来ていい? ミミもてつだうよ!」

 

「自分も! ……まあ、【王宮騎士団】の仕事が無いときに限るッスけど」

 

「ふふ、二人ともありがとう」

 

 

こうして、【サレンディア救護院】に新たな仲間が加わるのだった。

 

 

 

 

 

「…………そういえば、あの子の名前を聞きそびれたわね」

 

 

 


 

 

 

「――…………元ギルドメンバーのよしみで様子を見に来たけど、まさかこうなるとは……」

 

 

救護院でのやり取りを、遠目から見ていた少女――ミソラはびっくりした顔でため息をついた。

だが、それも一瞬。すぐに笑みを浮かべる。

 

 

「まあでも、カリザくんにはあれくらいおせっかいな人たちがそばに居たほうがいいかもしれませんね♪ ……少なくとも、アゾールドさんはそう言いそうです」

 

 

クスクスと笑い、ミソラは踵を返す。

 

 

「それでは騎士さん、また会いましょう。今度は……学院で★」

 

 

その場には、ミソラの楽しげな言葉だけが残った。




マツリ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、ヒーローに憧れる少女。たまにやる大げさな動きはヒーローアクションを真似ているようだ。
種族は獣人族だが、ヘルメットで耳を隠し、尻尾もアクセサリーと言い張って自身を人間と偽っている。だが、【王宮騎士団】の団員達にはバレている。
ヒーローショーを見たりヒーローグッズを集めるのが趣味。だが、最近魔法少女ベルルちゃんにも興味を持ち始めたらしく、グッズも集めているとか……?



またしても遅れました。
せめてメインストーリー更新前に投稿したかったのですが。
しかし、前書きには今年いっぱいは続きそうとは書きましたが、5周年位まで続きそうな予感がするんですよね。
……流石に言いすぎかな?


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転換期なんてキミが思っているよりあっさりと訪れる(前編)

メインストーリー最新話を追ってるとどうしても更新が遅くなってしまうのをなんとかしたいこの頃。

しかしサブタイ的に今回が最終回っぽいですね。
自分もピッチ上げるか(ボソッ


場所はまたもや【サレンディア救護院】。

昼に差し掛かる頃、屋敷のドアが開く音がする。

 

 

「――コッコロ、ただいま戻りました。主さま、サレンさま」

 

 

ランドソルから遠く離れたエルフの里より戻ってきたコッコロ。

主であるユウキと家主であるサレンに帰還の挨拶をするが、

 

 

「――だぁ〜〜っ、クソ! 纏わりついてくんじゃねえチビどもがっ‼」

 

 

帰ってきたのは、そんな粗暴な言葉。

コッコロは、キッチンのテーブル席に腰を下ろしている見知らぬ少年に目を見開き、その惨状に閉口する。

楽しそうに子供たちがその少年を取り囲み、腕や足を引っ張ったり、側にいる粘液みたいなのに触ったりとやりたい放題。

 

 

「な、何事でしょうか……」

 

「ほっといていいよ、コッコロ。カリザの自業自得だから」

 

 

横から現れたアヤネとクルミにコッコロは顔を向ける。

 

 

「お、おかえりなさい、コッコロちゃん。久しぶりだねっ」

 

「ただいま戻りました、クルミさま、アヤネさま。ところで、彼は……」

 

「あいつはカリザ。数日前にうちにきたんだけどさ」

 

 

思い出し笑いで愉快そうにニヤけるアヤネにコッコロは首を傾げる。

 

 

「カリザったら、子供たちに舐められるのが嫌だから、って庭で色々やってたんだ。鞭さばきとか、キイロの戦わせ方とか。見てた子供たちがすごいすごいって喜んでたんだけどさぁ」

 

「そしたら、子供たちのヒーローみたいに懐かれちゃって……」

 

 

その結果があれである。

と、アヤネとクルミはカリザとそれを取り囲む子供たちを見やる。

 

 

「あいつ、きっと遠ざけようとしてそういうことしたんだろうけどさ、見事に逆効果になってるんだよね。それがまた面白いっていうか」

 

『あんま笑ってやんなよ、アヤネ。カリザだってまだ肩の怪我完治してないんだろ? オレたちがフォローしてやったほうがいいと思うけどな』

 

「怪我……? 怪我をされてるのですか?」

 

「く、詳しくは聞いてないんだけど……、肩が骨折したらしくて、回復魔法でもまだ傷とか骨とか治りきってないみたいなの」

 

「って言っても、ここ毎日ずっとスズメに回復魔法受けてるんでしょ? 今日か明日にでも治るでしょ」

 

 

事情はよく知らないが、【サレンディア救護院】に新たな仲間が増えたようだ、とコッコロはひとまず納得することにした。

 

 

「そういえば、主さまは……?」

 

「お兄ちゃん? お兄ちゃんなら……」

 

『今日は【ルーセント学院】に行ってるぜ。入院とか他にも色々トラブルがあって最近はあんま登校出来てなかったみたいだからな』

 

「そうでしたか……」

 

 

久しぶりにユウキの顔が見れると思っていただけに、コッコロの顔が曇る。

あからさまに落ち込んだのを見て二人が元気づけようと口を開こうとして、ドアがまた開く音に遮られる。

 

 

「も、戻りました〜」

 

「あっ、スズメお姉ちゃん。おかえり」

 

「ようやく戻ったかこのダメイドが! 早くこのチビども何とかしやがれってんだ‼」

 

 

スズメが帰って来たのを見るやいなや、カリザは椅子から飛び降りてスズメに駆け寄る。

 

 

「あ〜、カリザくんまた子供たちに懐かれてるんですね。カリザくんは救護院じゃ年長者の方なのでできれば相手をしてあげてほしいんですが……」

 

「誰がガキのお守りなんざ……うおぁっ⁉」

 

 

カリザが悪態をついていると、その背中に後ろからキイロが飛びつく。

突然のことにカリザは前に倒れ、背中の上でキイロがぴょんぴょんと跳ねる。

 

すると子供たちもカリザに追いつき、今度はキイロにじゃれてくる。

キイロは楽しそうに粘液を起用に伸ばし、子供たちとスキンシップを取っている。

 

 

「こ、このスライムは一体……」

 

「すごいよね、この子。たまに人間じゃないか、って思うときがあるくらい賢いんだ」

 

「おいキイロてめー! 人の上で何してやがる!」

 

『ぷるるんっ』

 

 

カリザの怒声も知らんぷり。

キイロは子供達のスキンシップを楽しそうに受けており、たまに伸ばした粘液で子供たちの顔を触ったりしている。

 

 

「あぁ、また粘液で汚れちゃいますよ~……」

 

『スズメちゃーん、大丈夫ですかー?』

 

「えっ、ああ大丈夫です。お嬢様はまだ戻ってきてないみたいですけど、後で通信魔法で連絡しておきますので」

 

「……っ?」

 

 

聞き覚えのある声が屋敷の外から聞こえ、コッコロはドアを見る。

ガチャリ、とドアが開いてそこから入ってくる人が――

 

 

「――あっ、あれ、引っかかっちゃった? どうしましょう〜っ」

 

 

背負っている荷物が引っかかり、入ってきた人は一旦荷物をおろして中へ入ってきた。

 

 

「ペコリーヌさま⁉」

 

「コッコロちゃん! 戻ってきていたんですね! お久しぶりですっ、ぎゅ〜〜っ☆」

 

「わむっ⁉」

 

 

コッコロを見たペコリーヌは目を輝かせて、一目散にコッコロに駆け寄り、彼女の頭を胸の中に抱きしめる。

ジタバタとコッコロは藻掻くが力強いペコリーヌの抱擁はビクともしない。

コッコロはなんとか息ができる体制を取り、ペコリーヌを見上げる。

 

 

「ぺ、ペコリーヌさま、どうして救護院に?」

 

「えっと、実はですね……」

 

 

唐突にペコリーヌはバツの悪い顔を浮かべ、コッコロから顔をそらす。

だが、それも数秒してコッコロに向き直り、申し訳無さそうに口を開いた。

 

 

「暫くの間、【サレンディア救護院】で働かせて貰えないかな〜、って」

 

 

 

 

 

ところ変わってランドソル。

住宅区の中に大きな敷地が一つ――【ルーセント学院】。

ホームルームのチャイムギリギリに教室に駆け込んできたユウキに、からかうようにミサキが声をかける。

 

 

「遅刻ギリギリじゃない。男ならもっと時間に余裕持って行動しなさいよね」

 

「ヒデサイおっひさ〜☆ 学校で会うの超ひさびさなんですけどーっ!」

 

 

横から声をかけてきたのはスズナ。

彼女もごく偶にモデルの仕事が長期化して学校を休むケースがあるらしいが、色々とトラブルが重なったユウキが久々にやって来て手を叩いて喜んでいる。

 

 

「また学校に来てその後しばらく来ない、なんてのはもう止めなさいよ? 最近のイオちゃん、アンタが席にいないの見てため息つく時があるんだからね」

 

「でもうちもちゃんイオの気持ちわかるかも〜。ヒデサイいないと微妙にバイブス上がんないっていうか」

 

 

それは申し訳ないことをした、とユウキはイオが来たときに改めて謝罪しようと思った。

 

そうして少しの間他愛もない話をしていると、ドアの開く音が鳴り、教室内の私語がやんわりと止まる。

 

 

「みんな、こんにちは! 今日も張り切っていくわよ……って」

 

 

クラス担任のイオはいつも通り挨拶をして、ふと目の前に久方ぶりの教え子の顔があったので破顔する。

 

 

「ユウキ君、やっと来てくれたのね! しばらく会えなくて心配してたのよ?」

 

 

 

> ごめんなさい。

 

 

 

「謝らなくていいわ。ミサト先生から一時期入院してたって聞いて本当に心配したけど、元気そうで本当に良かったわ」

 

 

ニコニコとイオはそのまま出席を取り、全員クラスに出席していることを確認すると、またニコニコと笑顔を浮かべる。

 

 

「さて、久々に全員揃ったところで、実は皆に重大発表がありまーす!」

 

「重大発表?」

 

「なんとこのクラスに、新しいお友達が加わったわ♪ ……さっ、入ってきて」

 

「――はーい★」

 

 

ガラガラ、とドアを開ける音を立てて、廊下から少女が教壇へと登っていく。

 

紫がかった黒のボブカット。白を基調とした服装に目立つ緑の奇妙なポーチ。

黒の大きな瞳がクラスの皆をハッキリと捉えて、少女はニコリと挨拶をする。

 

 

「皆さん今日からよろしくお願いしま〜す♪ わたしのことは、ミソラ、って呼んでくださいね★」

 

「……はい、というわけで、今日からミソラちゃんがこのクラスに転入することになりました。皆仲良くしてね」

 

 

おお、という感嘆の声がクラス中から響き渡る。

だがその中で一人、じっとミソラの顔を見つめる少年が一人。

 

 

「――…………★」

 

 

ユウキの視線に気づいたミソラは、意味深に笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

「ねぇねぇミソラっち! 放課後一緒に買い物行こーよ☆」

 

「買い物、ですか?」

 

「どうせ駄菓子屋でしょ? 大人っぽいところ案内しなさいよ」

 

 

授業の合間にクラスの皆から質問攻めにあったミソラは、避難も兼ねてユウキ達と共に中庭で昼食を取っていた。

もっとも、質問攻めするクラスメイトの中にはスズナがバッチリと加わっており、ミソラはランドソルにあまり土地勘がないことを暴露したため、スズナは隙を見て放課後に連れ出そうとしている。

 

 

「ん〜……、それも良いですけど。もっと学生らしいことしてみたいな〜って」

 

「学生らしいこと? 放課後に友達と買い物に行くのも学生らしいと思うけど?」

 

「魅力的ではありますが、もっとドラマチックな学生生活も体験してみたいですね。……ねぇ★」

 

 

そう言って、ミソラはユウキに相槌を求めてくる。

 

 

「……? ど、どーゆーこと? ヒデサイと買い物行きたいってこと?」

 

「いや、たぶん……アンタたちもしかして知り合いでしょ」

 

「あっ、わかりますかミサキさん♪」

 

 

ニコニコと愉快そうにミソラは笑う。

 

 

 

> 知り合いというほど交流はないけど……。

 

 

 

「そうですね。あのときは騎士さん忙しそうでしたし、すれ違っただけのようなものですし」

 

「騎士さん? なにそれユイユイとおんなじ呼び方、わろ〜☆」

 

「ちょっと違うと思いますけど……」

 

「なんで騎士なの?」

 

「え? う〜ん……だって騎士っぽく見えませんか?」

 

「そうかなぁ……」

 

 

ミサキにとってミソラの独特の感性には首を傾げることしか出来なかった。

そんなとき、イオがユウキ達に声をかける。

 

 

「いたいた。ねえ、いきなりだけどユウキ君達にお願いがあるの」

 

「どうしたのイオちゃん」

 

「ほら、来週からプール開きでしょ? 明日プール掃除をするから手伝ってくれる子を探してたの」

 

「プール掃除⁉ うへー大変そー」

 

「もう、誰よりもプール開きを喜んでたのスズナちゃんでしょ?」

 

 

それはもうはしゃいでいたわね、とイオは付け足す。

 

 

「だって〜、水着の撮影とか過去にもたくさんあったけど、泳いだことなんてほとんど無いんだよ! せっかくオシャレな水着貰ったってのにさ〜? ほんとあり得ないし!」

 

「……そういえばリゾートでの仕事終わりに滅茶苦茶海ではしゃいでたわね」

 

 

いつかの時にスズナの撮影仕事に付いていったことを思い出し、ただ子供みたいに遊んでいたわけではなかったのか、とミサキはしみじみと思う。

 

 

「ふふ、そう言うと思って、掃除が終わったらプールに水を貯めるように手配してあるから、一足先にプールを楽しめるわよ」

 

「「ホントに⁉ やった〜‼」」

 

「楽しそうですね~♪ わたしも手伝ったらあやかれますかね?」

 

「ミソラちゃんも手伝ってくれるの?」

 

 

学院に来たばかりで忍びない、とイオは申し訳無さそうにするが、ミソラは完全にやる気である。

そこで、スズナはパンッと手を叩き妙案を思いつく。

 

 

「そうと決まれば放課後水着買いに行こっ☆」

 

「水着ですか?」

 

「良いわね、このあたしにピッタリの大人っぽい水着を新調しておこうかしら」

 

「ちゃんイオも一緒に買いに行こうよ〜! いつまでも同じ水着ばっかじゃテン下げっしょ?」

 

「えっ、別に私は泳ぎたいわけじゃないけど……」

 

 

う〜ん、とイオは少し悩むが、

 

 

「……そうね。前に着てたの、ちょっとサイズが小さくなったみたいだから買いに行こうかしら。先生も皆と一緒でまだまだ成長期なのね」

 

…………ねえ聞いた? まだ成長するんだって、あれ

 

オニやば〜…………

 

流石に驚きですね……。わたしもまだ成長しますかね、騎士さん?

 

 

 

> ミソラちゃんも成長期なの?

 

 

 

ガールズトークに混ざれないユウキをよそに、スズナ達はイオの戦闘力(隠語)に慄くのだった。

 

 

 

 

 

放課後、イオの仕事が一段落すると、スズナ達は早速イオを連れて服屋にやって来た。

各自気に入ったものを見繕うために解散となり、ユウキも水着を新調すべきか、と男性用の水着を探していると、

 

 

「騎士さん騎士さん、ちょっと見てもらいたいんですけど」

 

 

と、突如ミソラの声がかかる。

どこから聞こえたのか、ユウキはキョロキョロと周りを見るが、近くにミソラはいない。

首を傾げて不思議に思うと、

 

 

「こっちですよ、騎士さん」

 

 

更衣室から伸びる白い手が、ユウキを手招きする。

それが見えたユウキは更衣室の前までやってくるとバサリ、とカーテンが開かれた。

 

 

「ふふ、どうですか騎士さん。大人っぽく見えます?」

 

 

目に入ったのはオフショルダーのワンピース。

白と黒を基調として、膝下まで伸びたレースがひらひらと揺れ、

前屈みになったミソラの深い胸元の谷間がゆらゆらと揺れている。

 

 

「もう少し背が高ければ映えるんでしょうけど。あと麦わら帽子でもあればそれっぽいですかね★」

 

「うわぁ〜、ミソラっち何その水着!」

 

 

水着を選んでいたであろうスズナとミサキは、水着姿を見せたミソラに駆け寄る。

 

 

「スズナさんたちも。どうです、似合ってますかね?」

 

「そりゃ、超オニかわだけどさ〜。ワンピースタイプにするの? ミソラっちならビキニイケそうだけど?」

 

「そうよ、そんな子供っぽいのより大人っぽいのにしなさいよ。せっかくスタイルいいのに」

 

「ビキニですか、()はそれにしてたんですけどね。参考までにお二人はどんなのにしたんですか?」

 

「うちはねぇ……」

 

 

スズナは脇に抱えていた白いビキニをいくつか前に見せる。

 

 

「最近、こういう白っぽいファッションで撮影することもあってさー。『ちょっぴりおかたいおせーそ』系が今のうちのトレンドかなっ? ……ところでおせーそ、ってどういう意味かな?」

 

「そりゃお清楚(せーそ)ってことでしょ。お酒飲んでないユカリさんみたいな」

 

「……?????」

 

 

ちょっぴり頭が残念なスズナであった。

 

続いてミサキが前に出したのは黒のバンドゥビキニ。

実際に自分の服の上から合わせてみてユウキに視線を送る。

 

 

「どうよ、大人っぽく見えるでしょ?」

 

 

 

> かわいい。

 

 

 

「そこはセクシーって言いなさいよ‼ ……ちょっとミソラ、何笑ってんのよ⁉」

 

「ふふふ、ごめんなさい★ 確かにカワイイなって思って」

 

 

 

> そういえばイオちゃんは?

 

 

 

駆け寄ってきたのはスズナとミサキの二人。各自水着を選ぶことにはなったが、イオは何処で水着を選んでいるのだろうか。

 

ミソラが着替え終わってから、店内を探しているとカーテンが閉まった更衣室を見つける。

 

 

「ちゃんイオ、もしかして使ってる?」

 

「あら、スズナちゃん? ええ、色々デザインが良いのがあって迷っちゃって……。あっ、そうだ!」

 

 

突然カーテンが開けられた。

赤のビキニに収まり切っていない暴力的な質量。

上も下も軽い食い込みによって柔肉が軽く盛り上がっている。

そんな恵体が上着から透けて見えて――

 

 

「なにそれ! 全然サイズ合ってないじゃない! なんかいやらしい!」

 

「い、いやらしい⁉」

 

「そ、その上着たぶん水着用のシースルーかな? シースルーってそんなに、その、ヤバヤバ〜な感じだったっけ?」

 

 

 

> ………………………。

 

 

 

「わぁ、さしもの騎士さんも顔を赤くしてますね★」

 

 

ユウキが頬を赤らめて目をそらしているのをいるのを見て、ようやっとイオは色々とセンシティブな格好をしているのを自覚し、慌ててカーテンを閉める。

 

十分後……。

 

 

「こ、これならどうかしら、ユウキ君……」

 

 

おずおずとイオはカーテンを開き、水着姿をユウキ達に披露する。

 

先程とは打って変わって青白色という大人しめの色のビキニ。

ショーツ側には先程見せたミソラの水着程ではないにせよ、フリルが腰を周るように付いており、ミニスカートを履いているようにも見える。

 

しかし、爆発的なスタイルを持つイオのビキニ姿とはそれだけでパンチが強くて――

 

 

「イオちゃん、明日はその上にジャージ羽織ってね」

 

「ええ⁉ それ、新しく水着買った意味あるのかしら⁉」

 

「プールの授業中は絶対ね。クラスの男子たちがいやらしい顔しそうだわ」

 

「え〜隠しちゃうの⁉ それちょっと勿体ないかも〜」

 

 

三人のガールズトークが始まり、ユウキは一歩下がろうとして、

 

 

「騎・士・さん★」

 

 

後ろからミソラに肩を掴まれる。

ミソラはそのまま顔をユウキの耳に近づけてボソボソと囁いた。

 

 

「わたしがさっき見せた水着姿と、イオ先生が見せた水着姿。どれが一番良かったですか? それとも、スズナさん達のも見てから聞いたほうがいいですか?」

 

 

ユウキは困った顔を浮かべてミソラに振り向く。

それを見てミソラは愉快そうに微笑む。

 

 

「冗談ですっ♪」

 

 

パッと離れて、ミソラは上目遣いで言葉を続ける。

 

 

「騎士さん。これから長い付き合いになると思いますので、どうかこれからもよろしくお願いしますね★」

 

 

教室でも見せたその意味深な笑み。

ユウキは色々と含みのあるミソラの笑顔が忘れられそうになかった。




スズナ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、雑誌モデルのギャル。その滅茶苦茶な弓さばきに見とれてしまうと射抜かれてしまう。
ランドソルでは有名な現役モデルであり、ファッション誌にはほぼ確実に彼女の写真が載っている。本人もモデルの仕事に熱意とプライドを持っている。
勉強が苦手で、自分より計算が出来るユウキのことを「ヒデサイ」と呼ぶ。意外と初心であり、特に色恋に耐性があまりない。お菓子に目がなく、特に飴がお気に入り。



現実はもう冬なのに水着回するの、だって?
冬の時期に水着実装されたドーベルマンだっているし大丈夫だ、問題ない。
さて、来月は多分レイドイベントですかねぇ。
もはや恒例ですね。
ただ、レイドボス結構いそうですが、多分それぞれに特攻キャラ分かれてるんでしょうね。
皆さんは全キャラ満遍なく育ててますか?
私はエンジョイ勢なのでキツイです(苦笑)


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転換期なんてキミが思っているよりあっさりと訪れる(中編)

この話は中編です。
前編の内容を前提に執筆しておりますので、先に前編から読むことを推奨します。


買い物が終わり、ユウキは救護院に戻ってくると、ガシッと横からお腹のあたりにしがみつかれる。

 

 

「戻ってきやがったなこのデクノボー! 後はてめーが相手しやがれってんだ!」

 

 

 

> カリザくん?

 

 

 

事情を話すこともなく、カリザはそのままユウキを盾にしてその影に身を屈める。

その後、コツコツと小さな足音がユウキに近づく。

 

 

「あっ、お兄ちゃん。戻ってきてたんだ」

 

 

 

> ハナちゃん、ただいま。

 

 

 

その銀髪の少女はハナ。

だいぶ前に【リトルリリカル】と共に肝試しで立ち寄った屋敷に一人過ごしていた少女だ。

しかし、あんな街から離れた場所に一人だけで住んでいるのは色々と危険なため、ユウキは【サレンディア救護院】へ連れてきたのだ。

 

もっとも、似た境遇の少女をユウキはもう一人知っているのだが……。

 

 

 

> 友達とは仲良くしたほうが良いよ。

 

 

 

「誰が友達だ‼ さっきからウロチョロと……用もねーのに近寄ってくんな! 終いにはぶっ飛ばすぞ‼」

 

「で、でも……ミミちゃんもカリザくんのこと心配してたし……」

 

「あんのチビウサの差し金か……っ」

 

 

出入り口で騒いでいるせいか、キッチンから誰かが顔を出す。

 

 

「おや、喧嘩ですか? 喧嘩するとお腹の減りが早くなっちゃいますよ? もしかして目一杯お腹を空かせたいんですか?」

 

「黙ってろ腹ペコ女‼」

 

 

カリザはハナにユウキを押し付けて、階段を登っていく。

 

 

「遊んでほしいならその二人に相手してもらえ‼ オレぁガキの遊びなんざぜってーやらねーからな!」

 

「あ…………」

 

 

ハナが呼び止める暇もなく、カリザは奥へと消えていった。

 

 

「…………」

 

「大丈夫ですよハナちゃん。カリザくんは気難しい年頃ですから。キャルちゃんと同じですね☆」

 

 

 

> 確かに。キャルちゃんとよく似てるね。つまり、カリザくんも優しい子だよ。

 

 

 

二人でハナを慰めながら、ふとユウキは口を開く。

 

 

 

> ところで、なんでペコさんが?

 

 

 

「実はわたし、今日から暫くの間ここで住み込みで働くことになりまして……。ちょっと街中が居心地が悪くなってきて……」

 

 

後半からあまり要領を得ない物言いとなり、ユウキは首を傾げる。

どういうことか聞く前に、階段から誰かが下りてくる。

 

 

「主さま! お帰りなさいませ!」

 

 

 

> コッコロちゃん! 戻ってきてたんだね。

 

 

 

「はい……っ、たいへん、たいへんお久しぶりでございます。1秒でも早く、主さまのお顔を見とうございました……っ」

 

 

コッコロはそのまま駆け寄り、ユウキに涙目で微笑む。

その大袈裟な反応にペコリーヌは苦笑を浮かべ、次に寂しそうな顔をする。

 

 

「……これでキャルちゃんが居たら、【美食殿】の皆が久々に全員揃うんですけどね」

 

「そういえば、キャルさまはどちらにおられるのかお二人はご存知ではないのですね……」

 

 

一転してコッコロも寂しそうに顔を伏せる。

現在時刻のように、【美食殿】に黄昏時が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

翌日。

この日は【ルーセント学院】は休校日であるが、イオとの約束通りにプール掃除をするべく朝早くから出発する。

 

街に入って学院のある区画に向かおうとして、ふとユウキはそれが目についた。

ステージなどの広場がある区画の通りの前にある大きな立て看板。

看板には、「カルミナライブ・オン・ステージ‼ 重大告知あり⁉ 日程:●●/●●〜〜……」とライブの告知が書かれている。

書かれた日程は今からおよそ二週間後になる。

もうそんなに時間が経ったのか、とユウキはしみじみとする。

 

そういえばチカちゃんにライブの準備を手伝ってもらうかもしれないって言ってたな、とユウキは思い出し、そろそろノゾミから声がかかるのかも、と考えていると、

 

 

「……へぇ、カルミナのライブですか。わたしも見に行きたいですねぇ」

 

 

いきなり、ユウキの後ろから顔を覗き込んできた。

 

 

 

> ミソラちゃんっ?

 

 

 

「はい、ミソラですよ★」

 

 

ユウキの肩からニュッと顔を出してきたミソラは愉快そうに微笑み、パッと離れる。

 

 

「偶然ですね騎士さん。今登校中ですか?」

 

 

ユウキは頷く。

どうやらミソラも同様のようで、一緒に登校することになった。

 

登校中、至る所にカルミナのライブ告知の広告が貼られており、ユウキも事前に聞いてはいたが、これまでより大規模になるライブになるだろう。

 

 

「わたし、カルミナのライブって見たことないんですよね。騎士さんも今度のライブは見に行くんですか?」

 

 

もちろん、とユウキは大きく頷く。

それにその後に行われるであろうライブツアーも、最初はランドソルで行われる。それも見に行く予定だ。

チカが話していた新衣装もどうなるか興味が尽きない。

 

 

「そうですか★」

 

 

次に口にするミソラの言葉はユウキには届かなかった。

 

 

「見に行けるといいですねぇ★」

 

 

 

 

 

【ルーセント学院】に着き、新しく買った水着に着替えてプールサイドに出ると、既にスズナとミサキがデッキブラシを持って掃除を始めていた。

 

 

「あっ、ヒデサイ! ちょっす〜☆」

 

「なんだ、今日はちゃんと遅れずに来たのね。てっきりまた遅刻ギリギリに来ると思ったわ」

 

 

スズナは昨日見せてくれた白のビキニにパレオを巻いており、長い髪の毛先の方を三つ編みで纏めている。まさに清楚スタイルだ。

ミサキも同様昨日見せてくれた黒のバンドゥビキニを身に着け、長い髪をポニーテールに纏めている。露出が多いと彼女の体の小ささがよく目立つ。

 

 

「――遅刻? もしかして騎士さんって遅刻常習犯なんですか?」

 

 

後からやって来たミソラがミサキの言葉に疑問を持つ。

 

 

「実はね、コイツ昨日遅刻ギリギリで息を切らしてやって来たのよ。そそっかしいわよね〜」

 

 

 

> 登校中に魔物に襲われたから。

 

 

 

「えっ、魔物⁉」

 

 

スズナが素っ頓狂な声を上げる。

 

あの日、ユウキは突然横から魔物に襲われ、森の方まで追われてしまい結果として遅刻寸前まで登校に時間がかかってしまった。

 

 

「……また運が悪いわね。今ランドソルって魔物全然見かけないのに」

 

 

 

> それに、あの魔物ちょっと変だった。

 

 

 

「変って?」

 

 

 

> 何か、こう、別々の魔物が合わさったような……。

 

 

 

「…………っ⁉」

 

 

後ろから息を呑む声がユウキに届くことはなかった。

 

ユウキがあの時見た魔物は、中型の魔物に小型の魔物の一部が無理やりくっついたような、かなり不細工な見た目の魔物だった。

それなりに魔物を知っているユウキでもあんなのはこれまで一度も見たことがない。

 

 

「なにそれ、超こわ〜……っ」

 

「街に入り込んで来ないと良いけど……」

 

「何を考えてるの、あの人は…………っ」

 

「…………ん、どしたのミソラっち? 顔がちょっと怖いよ?」

 

「――えっ? ああ、ちょっと恐ろしいな〜って思って」

 

 

何かを誤魔化すように、ミソラはユウキを後ろから押し、プールサイドに立て掛けられたパラソルまで連れて行く。

そんなことより、とミソラは話題を持ちかける。

 

 

「騎士さん、日焼け止め塗ってくれませんか? 背中に手が届かなくって……」

 

「いや、アンタその水着で背中の手が届かないところにまで塗る必要無いでしょ」

 

 

ミソラが着てきた水着は、昨日ユウキ達に見せたデザインとは少し異なり肩紐のついた白黒のワンピースだ。

あの特徴的な長いフリルはなく、代わりに白いミニスカートのような短い装飾がついている。

ミソラはうつ伏せになり、水着をはだけさせながら愉快に口を開く。

 

 

「まぁまぁ、念のためってやつですよ。なんなら水着の中まで塗ってくれても構いませんよ★」

 

「水着の中に手を入れるってこと⁉ やったらぶん殴るわよユウキ‼」

 

「ね、ねえ、昨日から思ってたけど、もしかしてミソラっちヒデサイに狙い撃ちちう、ってコト?」

 

「ふふ、興味があるのは確かですね……ひゃっ⁉」

 

 

唐突に冷たさを感じ、ミソラの声が裏返る。

ユウキが日焼け止めをミソラの背中に塗り始め、いきなりの感触にミソラの表情には若干の戸惑いがある。

 

 

「い、いきなり……んんぅ、しかも、意外と手際が、いい……ですねっ、ひうっ!」

 

 

予期せぬ感触にミソラも思わず顔を伏せてしまった。

それを見ていた二人は――

 

 

「〜〜〜〜っ、ユウキ! 次はあたしの背中に塗りなさいよ!」

 

「え? ミサキっちにはうちがさっき塗ってあげたけど?」

 

「ね、念のためよ念のため! なんか大人っぽいやり取りしてるなぁ、とか思ったわけじゃないわよ⁉」

 

「ね、念のため、かぁ。な、なら後でうちにもしてもらおっかなぁ、あはは〜……」

 

 

――デッキブラシから手を離し、パラソル下へ寝転がりに行くのだった。

 

 

 

 

 

「ひんっ、わ、脇の下までぬるの……っ、うひゃんっ!」

 

「きゃ、ちょ、ちょっと、そんな腰の方まで、塗らなくていいからぁ……ひんっ⁉」

 

「あら、何だか楽しそうな声が聞こえるわね」

 

 

更衣室で着替えている最中、プールの方からスズナ達の声が微かに聞こえ、イオはクスクスと笑う。

着替えを終えて、イオはプールサイドに出ると、

 

 

「皆おまたせ! プール掃除は捗って、る…………?」

 

 

イオの目に飛び込んだのは、プールサイドのパラソルの下にうつ伏せで顔を伏せているスズナ達三人と、デッキブラシでプールの底を掃除しているユウキの姿。

 

 

「あら、もしかして休憩中だった? ユウキ君も休憩してもいいのよ?」

 

 

 

> 大丈夫。

 

 

 

ユウキはサムズアップで問題ないと返す。

 

 

「スズナちゃん達は大丈夫? さっきからずっとそうしてるけど……」

 

「だ、だいじょぶ〜……」

 

「ど、どうしたの? 顔が赤いわよ? もしかして熱中症?」

 

「そ、そんなんじゃないから大丈夫よ、イオちゃん」

 

 

ミサキはそう言うが、顔を上げたスズナとミサキは顔が赤く、苦しそうに(?)表情が僅かに歪んでいる。

何かあったのは間違いない、と今度はミソラに尋ねる。

 

 

「ミソラちゃんは大丈夫なの?」

 

「え、ええ……。ただ、ちょっと今は見られるのは恥ずかしいなぁ、……って」

 

「恥ずかしい?」

 

 

何が恥ずかしいのだろうか。

イオは少し考えて、合点する。

 

 

「あっ、解った! ユウキ君に水着を見てもらうのが恥ずかしいのね? 心配しなくても皆似合ってるわよ。ねえ、ユウキ君?」

 

 

話を振られたユウキはスズナ達を一瞥する。

そして、口を開こうとして、

 

 

「ちゃんイオストップスト〜〜〜〜ップ! 今ヒデサイに何か言われるのゲキ恥ずなの! ヒデサイに話振るの無しで‼」

 

「さ、賛成〜〜! 今ユウキの顔まともに見れないし……」

 

「………………………」

 

「え、ええ……?」

 

 

突然大声で制止するスズナとミサキ。

ミソラも一言も喋ってこそいないが、顔をユウキから逸しまともに話を聞く気はないと態度で表している。

イオはただただ困惑するのだった。

 

 

 

 

 

その後、プール掃除も恙無く終わり、全員でプールで遊んでいると空が茜色に染まり始めていた。

 

 

「あ〜楽しかった! 久々にテン上げさいこーちょー!」

 

「全く、バシャバシャと騒ぎすぎよスズナは。何回も顔に水がかかったんだから」

 

「そう言いながらミサキさんも魔法使ってプールで津波起こしてサーフィンしてましたよね★」

 

「い、良いじゃない! そんなに大きな津波起こしてないし……。ミソラはミソラで何処からあんな大きな水鉄砲持ってきたのよ」

 

「いや〜、水遊びなら定番かなって♪ でもスズナさんすごいエイムでしたね。全然逃げられませんでした」

 

「ふっふ〜ん、うち狙い撃つのは得意だし☆」

 

 

プール遊びの余韻を三人で語り合いながら、ふとスズナはあることに気づく。

 

 

「そういえばヒデサイ遅いな〜。まだ着替えてるのかな」

 

「もう帰ってるんじゃない? 男子は大人のレディより着替える時間かからないでしょ」

 

「時間といえば、イオ先生もですね。やっぱり後片付けわたし達も手伝った方が良かったですかね?」

 

 

プール遊びが終わったあと、掃除道具やプール開きのための下準備はユウキとイオが引き受け、三人は先に帰っていいと言われたのだが……。

 

 

「……ちょっと様子、見に行ってみましょうか」

 

「そうだね。時間かかってるならうちらも手伝えばいいし」 

 

「世話がかかるわよね〜」

 

 

三人はグラウンドに回り込みフェンスの外からプールの様子を覗き込みに行くことにした。

すると――

 

 

「あ、ふぅん……だめぇ、もっと、優しく……っ」

 

「「「…………ッ⁉」」」

 

 

――耳に飛び込んできたのは、少女達の恩師の艶声。

何事かと、三人は姿がプール側から見られないようにこっそりとフェンスから覗き込む。

 

 

「ぁ、ああっ……⁉ そこ、あんまりぃ……つよくしない、でぇ……」

 

 

艶声にはさらに湿り気が強くなり、カタカタと震えて床を叩く音が外から聞こえる。

三人は声の主を見つけると、その姿に目を見開いた。

 

うつ伏せの状態で腰が浮き上がっているイオと、その上から背中を両手で押さえつけているユウキ。

イオの臀部はユウキの下腹部に密着しており――

 

 

「ちょ、とょっとあれ、だいりょうぶなの……?」

 

「呂律回ってませんよミサキさん……」

 

「あ、あれって、見ていいのかな……? なんか、こう……っ」

 

 

スズナが必死に言葉を絞り出そうとするところを遮るように、イオの矯声は畳み掛ける。

 

 

「や、あああぁっ! だめ、だめぇ! これ以上はむり、むりなのぉ⁉ おねが、ゆるひ……ふああっ!」

 

「ひぅ」

 

 

スズナは顔を真っ赤にしてその場に蹲ってしまった。

 

 

「ゎぁ、い、イオちゃん、あんな顔を……はわわ……っ」

 

 

微かに見えたイオの表情が、普段の朗らかな彼女の姿とあまりにもかけ離れていて、ミサキは頭がぐわんぐわんと混乱し、膝をつく。

 

 

「…………! …………★」

 

 

一方何かに気づいたミソラは玩具で遊ぶ子供のように笑みを浮かべ、口を開いた。

 

 

「わあ、凄いですね♪ アレってあんなことまでするんですね」

 

「…………え」

 

「んうぅ、まだ、まだつづけるの……? もう、限界なのにっ、やああん⁉」

 

「あんな大胆に足を開かせて、あんな体勢に……」

 

「ちょ、実況なんてしなくていいから! 見なさいよスズナを‼」

 

「ぅ〜〜〜〜っ」

 

 

ミサキが指したスズナは先程よりも顔が赤くなり、涙目になって耳を手のひらで塞いでいる。

 

それを聞いてか否か、ミソラは楽しそうに続ける。

 

 

「おっ、そろそろラストスパートですかねぇ?」

 

「ら、ラストって……――」

 

「あ、や、あああぁっ、あぁぁぁぁんぅぅんっ‼」

 

「「〜〜〜〜〜〜ッ⁉」」

 

 

ガタガタ、とイオの体が揺れる音が外まで響き、スズナとミサキはビクゥッ、と大きく跳ねる。

 

 

「はーっ、はーっ、ぁーっ、ぁぁーっ……」

 

 

余韻が長いのか、湿度の高いため息混じりの声が掠れて届く。

 

 

「ぅぅ、何なのこれ、凄いモヤモヤする……」

 

「……ぐす、テン下げズブズブやばたにえん……」

 

 

涙声で二人はお互いを慰めるようにギュッと抱きしめ合う。

その胸中には複雑な感情が渦巻いているのが表情でわかった。

 

 

「……終わったみたいですね……――()()()()()()()()()★」

 

「「………………………ええ???」」

 

 

意味不明。

キョトン、と思わず涙も引っ込み、スズナとミサキは大きな声で呆けた声が出てしまった。

 

 

「……あれ、今の声って」

 

 

どうやらイオにも聞こえたらしく、フラフラと立ち上がってフェンスの方へと近づいてくる。

 

 

「やばっ――」

 

 

三人の考えていることは奇しくも一致し、全速力でその場を去っていく。

 

 

「も、もしかして泳ぎの練習してたところ見られたのかしら……? その上マッサージであんな恥ずかしい声出してたのも……?」

 

 

今度はイオの顔が赤くなり、フラフラとその場に蹲ってしまった。

 

 

 

 

 

「――ミソラ! アンタ絶対気がついてたわよね⁉」

 

「教えてくれなかったとかちょっと酷すぎだし!」

 

「ふふふ、ごめんなさい★ いかがわしい事をしてるにしては体勢とかが変だなって思って♪」

 

 

イタズラが成功したようにミソラは楽しそうに笑っているが、ミサキとスズナは納得出来るはずもなく。

頬を膨らませて二人同時にそっぽを向く。

 

 

「ふんだ! そう簡単には許してやらないわよ!」

 

「うちだってオニおこプンプンまるだし!」

 

「あらら、それは困りましたねぇ★」

 

 

簡単には許してくれない、と怒り心頭の二人に対し、先程よりも嬉しそうに頬を緩めるミソラ。

 

 

「…………ホント、不思議な人ですねぇ、騎士さんは」

 

 

二人が何で誤解し心を痛め、怒っているのかの理由の中心にいる人物を思い浮かべたミソラは、この場にいない彼に小さく呟くのだった。




イオ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、大人の色香溢れる教師。彼女が振りまく無自覚の魅了は、敵味方関係なく翻弄されてしまう。
【ルーセント学院】の新任教師である彼女は学院の廃校の危機を救うべく、自らが担当するクラスの学力向上を目指しているが、その成果はあまり芳しくない。
記憶喪失のユウキを学院に転入するよう手配し、教え子として熱を注いでいる。外見の大人っぽさに反して少女趣味な一面があり、少女漫画みたいな青春をユウキを絡めて妄想することがある。



前編、中編と書いて思ったことが一つ。
ミソラの描写が結構多いな……。
まあ、個人的にもメインストーリーで今後が気になるキャラですからスポットが当たるように書いちゃってるのかもしれません。
多分後編もそんな感じになるかも。


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転換期なんてキミが思っているよりあっさりと訪れる(後編)

この話は後編ですが、前編中編との話の繋がりはあまりありません。

ただ、特定のキャラが続けて登場するため、便宜上後編としております。


「……ぐす、…………ぅぅ……」

 

 

薄暗い山中で、木に背中を預け蹲る。

すすり泣く少女の声が小さく、それでいて遠くまで響き渡る。

 

少女はなぜ泣くのか。

道に迷ったからか……――違う。

記憶がないからか……――解らない。

あるいは――独りだからか。

 

もっとも、

 

 

『――――――』

 

「…………ッ!」

 

 

仮に一人が嫌だとしても、あのような悍ましい()など門前払いである。

 

もはや日常の一部と言って良いほど見飽きたそれらをいつものように魔法で吹き飛ばす。

奴らは行く先々で少女のあとをつけ回す。

そして――周りに被害を拡大させる。

 

 

「…………ぐす」

 

 

薄々気付いていた。

奴らは少女の声に反応し、少女がそれらを認識しているから寄ってくるのだと。

幽霊と同じだ。それらは自身を認識する者に近寄ってくる。

 

だがどうしようもない。

何処へいても、何をしても奴らは後ろをついて回る。

どれだけ静かな場所を探しても。誰もいない場所を求めても。

この言葉に表せない物悲しさが少女の心中に募るばかり。

 

悲しみに諦観が差すのが先か、涙が涸れるのが先が。

いずれにせよ――

 

 

「だれか……たすけて……っ」

 

 

少女はもう、限界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

> 大丈夫ですか?

 

 

 

「………………ふえ?」

 

 

思わず間抜けな声が漏れた。

少女が見上げると、黒髪の少年が不思議そうにこちらを見ながら手を差し伸べる。

 

 

「……どう、して……ここに……?」

 

 

 

> このあたりで助けを呼んでる人がいるって言われて。

 

 

 

「……だれに……?」

 

 

さあ、と小首を傾げる少年。

困惑しつつも、少女はその手を取ろうとして躊躇う。

 

 

「……だめ。わたしの……そばに、いちゃ……だめ」

 

 

 

> どういうことですか?

 

 

 

「わたしの……そばにいると……また……――」

 

 

――くぅ

 

 

「はぅ」

 

 

突如可愛らしい音が鳴り、少女はお腹を押さえて顔を赤くする。

それを見た少年はカバンから包を取り出し、その中からあるものを出す。

 

 

「……おにぎり?」

 

 

 

> お腹すいてるみたいだから。

 

 

 

「………………っ」

 

 

そう面と向かってはっきりと言われると羞恥心が抑えきれない。

しかし、この少年からは雑音が全く聞こえない。心からの善意でそうしているのだろう。

それを拒絶するのは良心が痛む。

 

恐る恐る手を伸ばし、おにぎりを……食べる。

 

 

「…………ぅぅ」

 

 

何度か咀嚼してから、少女はポロポロと涙を流す。

渡した少年は狼狽えているが、別に不味かったから涙を流すのではない。

実はこの少女、しばらくろくなものを口にしていない。

人気のある場所が苦手な彼女は人里から離れ、そのせいでまともな食材が手に入らず、かと言って狩りや釣りなど出来ない。

その結果その辺に生えてある食べられそうなキノコや木の実を焼いて食べるだけという粗末な食生活をするたびに、食中りで倒れかけたりという不憫な毎日を送っていた。

 

 

「……おいひい、おいひい……っ」

 

 

米など口にしたのは何時ぶりだろうか。

感極まって少女は夢中でおにぎりに齧り付く。

 

だが、そんな事情を知りようがない少年は少女が食べ終わったのを確認すると、彼女の手を引いて歩き出す。

 

 

「……ぇ、ぇ? どこに……行くの……?」

 

 

 

> この先に牧場があるから保護してもらおう。

 

 

 

「……っ⁉ だ、だめ……! 人がいる、場所は……」

 

 

こんな場所よりはずっとマシ。

少年は少女の躊躇いを半ば強引に押し切り、件の牧場へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

山中の森から抜け出し、【牧場】へと向かうユウキと少女。

目的地に近づくに連れて、少女の抵抗は強くなっていく。

 

 

「お願い……わたしを……一人にして……。これ以上、誰も……巻き込みたくないの……」

 

 

 

> どうして?

 

 

 

「それは…………」

 

「――あんれ、あんちゃんだべ。えらい別嬪さん連れて、デートだべか?」

 

「……っ⁉」

 

 

言いかけた少女は、奥から現れた少女の声に過剰に驚き、ユウキの影に隠れる。

 

 

「おろ? 隠れちゃったべ」

 

 

 

> マヒルさん。この人を保護してほしい。

 

 

 

「保護? いきなりどうしたべ? この辺りで遭難でもしたか?」

 

「ち、ちが……」

 

 

マヒルはユウキのそばに駆け寄り、隠れている少女の顔色を見る。

 

 

「確かに顔色良くねえべなぁ。目に隈も出来とるし。よし、そうと決まれば……エリザベス!」

 

 

――ンモオオオォォォ!

 

 

「えっ」

 

 

突如、牧場の柵を飛び越えてやってきた大きな牛がマヒルの傍まで駆けてくる。

マヒルはエリザベスに指示を出すと、エリザベスは器用に頭を使って少女を背負う。

 

 

「えっ、ええっ……⁉」

 

「エリザベス、そのままギルドハウスまで頼むど。揺らしたらダメだけんな?」

 

 

モオ〜、と一鳴きするとゆったりと歩き出し、【牧場】の坂道を登っていく。

 

 

「心配するこたあねえべ。せっかく【牧場】まで来てくれたんだからお客さんにはた〜んとおもてなしするのが【牧場】の流儀だべ。温泉の準備もしておくかんな」

 

「な、なんで……牧場に温泉……?」

 

 

少女の狼狽を他所に、マヒルは坂道を先に駆け上がり、温泉施設の方に準備をしにいくのだった。

 

その後、【牧場】のギルドハウスについた少女は、ユウキに連れられて中に入る。

 

 

「あっ、来た来た。貴女がマヒルちゃんの話してた観光客さんね」

 

「…………⁉」

 

「あっ、驚かせてごめんなさい。最近私を見てもあんまり驚かない人ばかり会ってるから油断してたわ。普通は変よね……私みたいなの」

 

「…………いえ、見た目には……驚いたけど……嫌な音……しないから……」

 

「…………っ?」

 

 

少女はリマを見て一瞬驚いたが、悪人ではないと分かると表情から険が抜ける。

一瞬リンが顔を顰めるが、それに気づかずリマは話を続ける。

 

 

「そうだ、まだ名前聞いてなかったわね。私はリマ。こっちの茶髪の子がリンちゃんで、黒髪の子がシオリちゃんよ」

 

「……ども」

 

「はじめまして……」

 

「…………え、と。……ランファ……」

 

 

反応が少し遅れたが、名前を聞かれるのに気づくと少女――ランファは恐る恐る名を明かした。

 

 

「ランファちゃんね。マヒルちゃんから遭難したって聞いたけど大丈夫だった?」

 

「……あの、わたし……遭難なんて……――」

 

「温泉の用意できたべー‼」

 

 

またしても、ランファは言葉を遮られる。

笑顔でギルドハウスの扉を開いたマヒルは、ランファが居るのを確認すると、ランファの手を引く。

 

 

「あ、あの……!」

 

「遠慮は要らねえべ。浸かったあとの牛乳も用意してっからなぁ♪」

 

「……ぅ、うぅ」

 

 

拒みきれないランファはそのまま温泉へと案内されるのだった。

 

 

「大丈夫かしら? クルミちゃんよりオドオドしてたけど……。私も様子を見に行こうかしら?」

 

「待った。それよりもっと真面目な話をしない?」

 

 

はっきりとした声でリンは注目を集める。

いつになく真剣な声でリマを呼び止めると、それに便乗してシオリも口を開く。

 

 

「そうですね、私も気になることがありまして」

 

「リンちゃん、シオリちゃんも……どうしたの急に?」

 

 

要領を得ない、とリマは首を傾げる。

 

 

「さっきのランファさんですけど……もしかしたら――」

 

 

 

 

 

どうしてこうなったのだろうか。

湯船に浸かりながらランファは困惑する。

 

 

「いや〜、ごめんなぁ。一人で浸かりたいんだろうけんど、おらも一応汗を流しときたくてなぁ」

 

 

申し訳無さそうにマヒルも湯船に浸かり、柔和な笑みを浮かべる。

 

 

「ランファさんだったか、気にせず寛いでええかんな。……それとも余計なお節介だったか?」

 

「……う、ううん……そ、そんなことは……ないわ」

 

 

あれよあれよとこんなことになってしまったが、マヒルが善意でここまでしてくれていることはすぐにわかった。

先程のユウキという少年と同じで、こちらに向けられる感情に雑音が一切ない。こんな人間がいるのかと思うほどに。

 

ただ、ランファ本人にコミュニケーション能力が乏しいだけだ。

聞けばこのマヒルという少女、ランファと同い年というではないか。

同年代と何を話せばいいのかなど、ランファには分からなかった。

 

 

「……にしても、ランファさんってえれぇ綺麗だべなぁ」

 

「……そ、そうかしら……?」

 

「んだんだ。スタイルも良いし、声もキレイだし」

 

「…………っ」

 

「おらなんてこの見た目だから、初見の人には子供に間違えられんだ。せめてもっと背が高けりゃなぁ……」

 

 

残念そうに自身の身体を見下ろすマヒル。

ランファが一瞬どんな表情をしたのか見落としたようだ。

 

 

「そういやあんちゃんは保護してほしいって頼みに来たけんど、ランファさんホントに遭難したんか? このあたりはある程度舗装されてっからそうそう迷ったりはしねえと思うが……」

 

「それは…………」

 

 

ランファは顔を伏せ、数巡の後に口を開く。

 

 

「わたしは……ただ、誰もいない場所で……静かに、暮らしていたい……だけなの……」

 

「えっ?」

 

「誰もいない……誰にも迷惑をかけない……そんな、静かな……場所で……」

 

「なんだ、それ……そんなの寂しくならねえか?」

 

 

マヒルは困惑する。

ランファの表情は見えないが、このままにしてよいものか、考えて口を開いた。

 

 

「そんな寂しいことするくらいなら、ウチにくるか?」

 

「え?」

 

「うちは来るもの拒まずだべ。リンリンやシオシオは元は別のギルドのメンバーだけんど、こうして【牧場】のためによくしてくれてっし、リマリマも人里から離れてずっとここで暮らしてんべ。ランファさんも歓迎すんぞ? 歌でも歌ってくれりゃ動物たちも喜ぶだろうしな♪」

 

「それは……だめ……っ」

 

「えっ」

 

 

ふるふるとランファが首を横に振る。

ランファの周りの水面が波立つ。

 

 

「……わたし、すぐにでも……ここを発つわ……」

 

「何でだ⁉ まだ碌におもてなししてねえど!」

 

「ユウキくんや、マヒルちゃんには……本当に感謝しているわ……。お米を食べたのも、お風呂に浸かったのも……本当に久しぶり。……だから、これ以上ユウキくんやマヒルちゃん達には……迷惑をかけられない……」

 

「迷惑なんて、何いってんだ! おらたちはそんなこと一言も……」

 

「違うの……! わたしがそばにいると……みんなは巻き込まれる……そんなの、もういや……!」

 

 

波紋が少しずつ弱まるが、なおも続く。

水面に映るのは、諦めにも似たランファの表情。

揺れるせいで、時折泣きそうにも見えた。

 

 

「それに、リンちゃんやシオリちゃんには……薄々勘付かれていたけど、……わたしは……――」

 

 

 

 

 

「――ランファちゃんがあの歌声の主⁉」

 

 

シオリが恐る恐る口にした言葉を、リマはオウム返しする。

 

 

「まだ、そうだと確定したわけではありません。けど……」

 

「あたしはそうだと思ってるよ。あのアヤネって子が見つかったときにしっかり聞いたしね。そっくりだったよ……声が」

 

 

複雑そうな心境が二人の表情に浮き出る。

二人が口にしたことは、あのランファこそがシャドウの大量発生の原因となっている歌声の主、という事だった。

 

 

「待ってよ、それじゃランファちゃんはどうなるの?」

 

「……【王宮騎士団】はどういうわけか調査を打ち切ったけど、【動物苑】はそうじゃない。街ではシャドウが沢山現れて被害が出たし、傘下ギルドである【牧場】の周辺にもシャドウが現れた。ランファさんに原因があると知ったら……まあ、野放しにはしないよね」

 

「【フォレスティエ】でもあの歌声はとても警戒していますし、お姉ちゃんやミサト先生も原因が分かったら教えてほしいと頼まれています。【フォレスティエ】は近所ですし、……隠し通すことは難しいかと」

 

「そんな……!」

 

 

リンとシオリの言葉にリマは愕然とする。

だが、首を傾げて口を開く者が一人。

 

 

 

> ランファさんはそんな悪い人には見えなかったけど。

 

 

 

「……! そうよ、ランファちゃんが悪意でそんなことするような娘には見えなかったわ! 何か事情があるのよ!」

 

「…………残念だけど、本人の事情なんてもう関係ないんだよ」

 

「えっ?」

 

「先のクリスティーナの件と同じ。傘下ギルドに被害があったなら、上層部は対応しなきゃいけない。ただでさえ【動物苑】は傘下ギルドが嵌められて、その上また被害が出てるんだ。ギルドの面目としても放置はあり得ない。……もう、あたしたちみたいな個人じゃどうすることも出来ないんだよ……」

 

「だ、だからって、そんなランファちゃんを売るみたいな……」

 

 

言葉は続かなかった。

リマが何も言えなかったからではない。

 

 

『―――――――――』

 

 

あの無機質な声が、ギルドハウスの外から聞こえてきたからだ。

 

ユウキ達は外に出ると、【牧場】への山道に数え切れないほどのシャドウがゆっくりと登りつめてくる。

 

 

「ど、どうして⁉ あの歌は聞こえてないのに……」

 

「話は後! さっさと対処するよ!」

 

 

ユウキは剣を構え、皆を強化する。

それを合図に、リマ達は武器を構え、シャドウの群れに向かい打つのだった。

 

 

 

 

 

一方、時は少し遡る。

 

ぽつりぽつりと話すランファに、マヒルは少しずつ顔が強張っていく。

 

 

「なんだ、それ……。ランファさんは何も悪くねえべや……!」

 

「…………でも……、わたしがいると……周りを巻き込んでしまうの……」

 

 

ここに至るまでの事をマヒルに話したランファ。

マヒルはそう言ってくれるが、事情を知らぬものからすれば納得できる筈もない。

 

なにせ、巻き込まれて被害を被った人達がいるのだから。

 

お別れの挨拶をして去ろう、そう思いランファは立ち上がると、

 

 

「…………ッ!」

 

 

その表情が一瞬にして険しくなる。

 

 

「ど、どうしただ?」

 

「また……あの影が……! みんなの近くに……!」

 

 

ランファは急いで湯船から飛び出す。

そして急いで着替え、ギルドハウスの方に駆けていく。

 

 

「影……? まさか‼」

 

 

何を指しているのか理解したマヒルは遅れて温泉から飛び出す。

 

視点は戻り、ユウキ達はシャドウの対処をしているが、数が多すぎるせいで押し寄せるシャドウに対して全く攻撃の手が追いついていない。

 

 

「ああ、もう! 数が多すぎて面倒すぎる! ねえしおりん、何か一気にあいつら吹き飛ばす攻撃とか持ってたりしない⁉」

 

「お、お姉ちゃんじゃないので流石に……魔法少女になるのは最終手段だし……

 

 

簡単に見せるわけにはいかない奥の手の姿を想起しながら、シオリは弓の弦を今一度引き絞る。

 

 

「もうリンちゃん! こんな時に面倒くさがりを発揮してる場合じゃないわよ! ……きゃん⁉」

 

 

最前線でシャドウを切り飛ばすリマは、突如横から魔法を打ち込まれ、体制を崩してしまう。

 

 

「いたた、魔法を耐えるのは苦手なのに……って」

 

『シオリン……私……森で……』

 

「お姉ちゃんのシャドウ⁉」

 

 

魔法の攻撃手はハツネのシャドウ。よく見るピースのポーズを取りながら虚ろな表情で杖を構える。

 

 

「いけない、お姉ちゃんの魔法攻撃は……!」

 

「……いや、ハツネだけじゃないっぽいね」

 

 

リンは諦めの境地で続いて迫るそれらを目にする。

 

 

『アンタって……いつも……駆けつけ……』

 

『二人で……一人の……魔法……』

 

「ナナカとヨリヨリのシャドウだ……。これは……覚悟決めた方が良いっぽいね」

 

 

二人の魔法攻撃の威力と範囲を知っているリンは、苦笑いで槍を構え直す。

 

三人のシャドウが体制を崩したリマに狙いを定めるのを見たユウキは、リマの前に立ち剣を構える。

 

 

「ユウキ! 下がっていいよ! そいつらはあたしが何とかするから!」

 

(くっ……止む終えない……!)

 

 

甘えてなどいられない。

シオリは奥の手を使うべく、ユウキに声をかけようとして、

 

 

―――――♪―――♫―――♪――

 

 

「え……」

 

「この、歌声は……!」

 

 

シオリは突如聞こえた歌声に呆けてしまい、最悪の事態だとリンは愕然とする。

しかし、

 

 

『―――――――――』

 

 

予想に反して、シャドウ達の動きは途端に鈍くなり、苦しみだすシャドウ。

何が起きているのか、一同は困惑していると、

 

 

『――アアアアアアァッ‼』

 

 

ユウキとリマの側にいたシャドウが苦しみだしその体が少しずつ結晶になっていく。

結晶が全身を包み、そして独りでにヒビが入りシャドウごと砕け散った。

 

 

「その人たちに……手を出さないで……ッ!」

 

 

 

> ランファさん!

 

 

 

ユウキ達の後ろから現れたランファは、ほのかに怒りが混じる表情でシャドウ達を睨みつける。

 

 

「―――♪―――♫―――♪――」

 

 

続けざまにランファは歌うと、彼女の側に魔法陣が展開される。

その中心から結晶が生み出され、結晶は少しずつ魔物の形を取る。

 

 

「グオオオオォッ‼」

 

 

水晶の魔物――ネフライトワイバーン達は雄叫びを上げると、口に魔力の奔流を溜め込み、シャドウに向けて一斉に放出した。

 

それは瘴気のようなブレス。激流のように押し寄せるそれらはシャドウ達に逃げ場などなく、体が少しずつ結晶へ変化していき、とめどなく襲いかかるブレスの勢いによって砕け、跡形もなく一体ずつ吹き飛んでいく。

 

そして、目の前にシャドウが一体も居なくなったのと同時にネフライトワイバーン達のブレスも止んだ。

 

 

「これで……静かに、なった……」

 

 

シャドウの音が聞こえなくなったのを確認したランファは、その表情から険が抜ける。

 

 

「………………………」

 

「あれは、唱喚魔法……⁉」

 

「一気に吹き飛ばしたいとは言ったけど、強すぎでしょ……」

 

 

リマ達は、ランファ一人で全てのシャドウを倒した事実に絶句する。

 

 

「ぁ…………」

 

 

自身に注目が集まっていることを察したランファは、居心地が悪そうに視線が右往左往する。

微妙な雰囲気になりかけたとき、

 

 

「――待ってけれ〜〜! ランファさんを邪険にしねえでほしいど〜〜!」

 

「まっひー⁉」

 

 

後ろからようやく追いついたマヒルが必死な形相でランファとユウキ達の間に立つ。

 

 

「そういえば、お二人は温泉に入られてたんじゃ……」

 

「い、いきなりランファさんが飛び出して……、じゃなくて! このとおりだ、ランファさんは何も悪くねえだ!」

 

「いきなり何の話?」

 

「さっきのシャドウは、ランファさんのせいでなくて……!」

 

「いいの……マヒルちゃん……。わたしが、話すわ……」

 

 

再びランファに注目が移る。

心配そうに見るマヒルにやんわりと制止して、ランファはぽつりぽつりと話しだした。

 

 

「わたし……昔から……目に見えないものや、何かが……音で聞こえるの……」

 

「音?」

 

「ん……人の雑念……生き物の感情……さっきみたいな……影の気配……」

 

 

影、というのがシャドウを指しているのは一同はすぐに分かった。

 

 

「さっきの影には……わたしの声が……よく聞こえるみたいで……、わたしが認識してるからなのか……ずっと前から……後をつけられてるの……。

前に、わたしを……探してる、と思う……鎧を着た人たちが……近くまで、来たわ……。その時にも、あの影はいて……。影は、わたしから……鎧の人達にも襲いかかったわ……」

 

 

だから、街にいられない。

人のいる場所にいられない。

 

 

「わたしは……ただ、静かな場所で……誰もいない場所で……大好きな歌を、歌っていたい……だけなのに……」

 

「歌……だから、歌声が聞こえたんですね」

 

「カスミ風に言うなら因果関係が逆、ってところかな」

 

「どういうこと?」

 

「歌声のせいでシャドウが現れるんじゃない。シャドウが寄ってくるから、さっきみたいに歌を使った攻撃でシャドウを倒してる。……そんなところかな」

 

「ん……」

 

 

ランファは小さく頷いた。

 

 

「でも、わたしのせいで……迷惑がかかっている、人達が……沢山いるわ……。あなた達にも……迷惑をかけてしまったもの……」

 

 

ランファの目尻には次第に涙が溜まり、ポロポロと決壊する。

膝をついて、両手で顔を隠す。

 

 

「だから……わたし、今すぐにでも……ここを出ていくわ……これ以上……迷惑を、かけたくないもの……」

 

「ぅぅ……ランファちゃん……」

 

 

先程リン達と話していた事が粗方事情に当てはまる為に、何を言えばいいのか解らないリマ。

このまま見送ることしかできないのか。

 

 

 

 

 

「――心の底からそう思ってるなら泣くな‼」

 

 

 

 

 

「ふえっ?」

 

 

マヒルの大きな一喝が空気を切り裂いた。

呆けて思わず顔を上げたランファはムッとしたマヒルに見下されて、オロオロと困惑する。

 

 

「ま、マヒルちゃ……」

 

「その涙でやっと解ったべ。ランファさん、あんたホントは寂しくてしょうがねえんだろ?」

 

「……っ‼」

 

 

まっすぐに、深く突き刺さった。

言葉すら出せずに、ランファはまたポロポロと涙を流す。

 

 

「さっきも言ったべ。寂しいことをするくらいならうちに来るかって」

 

「ちょ……まっひー!」

 

 

流石にそれは勝手が過ぎる。

リンは食い気味に待ったをかけた。

 

 

「悪いけど今回ばかりは真面目にまっひーの肩は持てないよ。……ランファさんは、本人にその意思がなかろうとシャドウの被害が拡大した原因だよ!」

 

「っ……」

 

「大体【動物苑】や【自警団】には何ていうつもり⁉ 流石に誤魔化せないよ⁉」

 

「誤魔化す気はねえべ。商人としても、信用は大事だ」

 

 

ふるふるとマヒルは首を横に振り、堂々と口にする。

 

 

「その二つのギルドにはおらの方から直接話をしておくべ」

 

「え、ええ⁉」

 

「……本気で言ってる? 問題は【動物苑】と【自警団】だけじゃないんだよ? 一番被害が大きいであろうランドソルの住民や【プリンセスナイト】は黙ってないよ。その上【フォレスティエ】や王宮の貴族……王族だって出張ってくるかもしれない」

 

 

王族。

その単語を聞いた瞬間にマヒルの表情は恐怖に歪む。

かつてランドソルのとある王族に出会ったマヒルはとある恐怖を味わい、王宮周辺にはしばらく立ち寄れなくなってしまった。

 

 

「でも……でも! だったらランファさんはどうすればいいだ‼ ランファさんが何したってんだ‼」

 

 

今度はマヒルご涙目になり、ランファの顔を胸に抱き寄せる。

 

 

「こんなに優しい人が……周りを思って孤独になろうとするくらい優しい人が! なのにその上追及されるなんて! そんなのあんまりだ‼」

 

「マヒル、ちゃん…………っ」

 

 

リンも、シオリも、リマも。

本当ならマヒルと同じ意見である。

ランファには助けてくれた恩もある。力になってあげたいが……。

 

 

 

> なら、掛け合ってみよう。

 

 

 

一同はユウキに視線が注目した。

 

 

 

> まずは、ミサト先生に事情を話してみよう。

 

 

 

「……確かに、ミサト先生は優しい人ですし、ランファさん自身に何も問題ない事が分かってもらえれば、【フォレスティエ】は味方につくかもしれませんね」

 

「……! だ、だったら【自警団】はおらに任せてくれ! 【動物苑】は難しいかもしんねえが、【自警団】は何とかおらが説得してみる!」

 

「でも、問題は【王宮騎士団】……【プリンセスナイト】と、貴族連中だろうね……」

 

 

リンの一言が、事態が簡単にはいかないことを証明する。

 

だが、

 

 

「…………あーもう仕方ないなぁ。仕方ないから説得手伝ってあげるよまっひー」

 

「リンリン! いいのか⁉」

 

「あくまで説得相手は【自警団】だけだよ。【動物苑】は後ろ盾がないと流石にキツイ。それこそ、【自警団】くらいの大きい傘下ギルドじゃないとね」

 

「……なんだか、少しずつ何とかなりそうね! 良かったわランファちゃん‼」

 

「ぇ、え……?」

 

 

本人が与り知らぬ間に話が進み、オロオロと視線が右往左往するランファ。

ただ一つだけ把握したのは。

 

 

「わたし、は……ここにいて、いいの……?」

 

「当たり前だべ! ランファさんは何も悪い事してねえんだ。胸張って、堂々としてればいいんだべ」

 

 

――あんたはここにいて良いんだ。

 

 

その一言が、ランファの涙をを再び決壊させるのだった。

 

 

 


 

 

 

彼らのやり取りを茂みの奥から見守っていた少女が一人。

雨降って地固まる。ランファは一先ず落ち着くところに落着しただろう、とため息をこぼす。

 

 

「――フフフ、随分過保護ですねミソラさん」

 

「………………★」

 

 

だが、そんな心境に水を差す男が後ろから声をかけてくる。

 

 

「……居たんですねミロクさん。もうっ、乙女の後ろを付けてくるなんて不躾ですよ?」

 

「それは失敬。しかしそれを考慮しても余りあるほど、彼女に肩入れしようとするミソラさんの姿に疑問が尽きなくてですね」

 

 

大して悪びれもない笑顔を浮かべながらミロクは続ける。

 

 

「ランファさん……どうやら彼女は感能力が高すぎるが故に、発生しかかっているシャドウ(バグ)を感知し、それが原因でシャドウもランファさんを感知して襲いかかってしまうようですね」

 

「そうですね……」

 

「そして、シャドウは自身の存在を確立させるべく覇瞳皇帝に予め書き換えられ、目に付くプレイヤーやNPCに襲いかかる。……その仕組みは覇瞳皇帝が無力化された今でも生きている」

 

「つくづく面倒な事をしますね〜彼も。エリスさまが鬱陶しがるのも納得です」

 

「まあ……今回は特にシャドウの数が多いですけどね。やはり前回でアストルムの住民がほぼ全て死に絶えてロストしたからでしょうかね?」

 

「恐らくはそうでしょう。エリスさまの願いも実現一歩手前まで行きましたからねぇ。リセットで再構築された住民があまりにも多すぎて、発生するシャドウも飽和しているんでしょうね」

 

「ククク……それ故に、最後の最後であの邪魔はエリスさんも堪えたのでは?」

 

 

その時を思い出して、ミロクは意地の悪い苦笑いを浮かべる。

ミソラは思い出して面白くなさそうに、そうですね、と相槌を打った。

 

 

「結局……あの結末は誰にとっても不幸を呼び寄せてしまいました。……ランファさんのようにね」

 

「………………」

 

「そんな彼女が()()()()()ですか?」

 

「………………………」

 

「あるいは元ギルドメンバーとしてのよしみですかね? 他のメンバーがどこにいるのか随分探されておりましたし」

 

「………………………★」

 

「それとも……罪悪感でもあるのでしょうか? 貴女は前回その手で彼女を――」

 

「――ふふふ、黙って聞いていれば好き勝手に質問をしてくれますね★」

 

 

それまでミロクに背を向けていたミソラは振り返り、ミロクに対して氷のような笑みを浮かべた。

 

 

「ねえミロクさん、質問したいのはわたしだって同じですよ?」

 

「ほう、と言いますと?」

 

「あなた、何を考えているんですか?」

 

 

瞬間、ミロクを包囲するようにガトリング型の魔導杖が展開される。

ミソラの声も一層冷たくなりその笑みも引っ込んで鋭くミロクを睨みつける。

 

 

「……ふむ? 質問の意図が図りかねますが?」

 

「とぼけないでください。何を指して質問しているのかミロクさんならおおよそ察しているでしょう」

 

 

ガラガラガラ、と魔導杖が回り出す。

いつでも一斉掃射出来るように。

 

 

「彼女たちを使って()()を手に入れたと思えば、あんな趣味の悪い魔物を生み出すなんて。バグじゃない分マサキさんのバグモンスターより醜悪ですよ」

 

「おやおや。我ながら冴えた考えだと思ったのですがね」

 

「それだけなら個人趣味とスルー出来たんですがね? よりによって騎士さんにけしかけるなんて……。エリスさまが眠っているのを良いことに、鬼の居ぬ間に洗濯ですか? わたしは協力者であってあなたの味方ではありませんよ? 勝手がすぎるとこうなりますよ?」

 

 

魔導杖の回転が早くなる。

だが、魔力弾が発射されることはない。

一転してミソラはニッコリと笑い、

 

 

「…………な〜んて★ 流石に撃ちませんよ、エリスさまならともかく」

 

「フフフ、それは助かりましたね」

 

「反省してないですね、その反応は……? 次は撃ちますよ?」

 

「言い訳のように聞こえますが、あれらも敵としての手駒ですよ? それに、前回のような事がまた起きぬように、騎士の少年を確実に確保出来る存在が必要なのです。彼女らは手荒な部分がありますからね」

 

「ものは言い様ですね……」

 

 

もはや呆れてものも言えない、とミソラは諦めたように首をふる。

 

 

「さて、私もそろそろお暇しましょう。()()の調整がようやっと目処が付きましたからね」

 

「そうですか……、ではそろそろですかね★」

 

「ええ、その時は手筈通りに」

 

 

そう言い残して、ミロクは転移した。

ミソラは見送ったあと、大きくため息をつく。

そして、未だにマヒルの胸の中で泣いているランファを遠目で見やる。

 

 

「ランファさん……あなたはわたしのようになる必要はありませんからね」

 

 

きっとこれが何か少しでも良くなると信じて。

 

 

「騎士さん、わたしの言葉を信じてくれてありがとうございました」

 

 

自分を友達だと言ってくれた彼女の幸せを願って。

 

ミソラは、その場を後にした。




マヒル
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場するお笑いを追究する牧場主。彼女が呼ぶとやってくる牛はエリザベスとは別の牛らしい。
見た目は牛のきぐるみを着た子供だが、二十歳の女性。駄洒落や漫才を追求し、お笑い芸人を夢見ているが、受けているのは小さな子供だけである。
人当たりが良く、牧場で生産している牛乳やチーズを街までやって来て商売をする。自らがそうすることで消費者からは沢山の信頼を得ているが、本人は真面目にやっているだけと自覚が薄い。



前中後と書き終わりましたが、長い。
特に後編は一万文字超えと、これまでで一番長いです。
長くても良いと、以前読者の方には仰って頂けましたが、やはりその分更新が遅くなってしまうのが考えどころですね。
予定では今年中に第一部終わらせるつもりだったのですが、どういうわけか今回みたいにクライマックスに入る前に長めのお話を入れることになってしまったという。

どうしよ……(困惑)


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東奔西走するキミの足跡の理由

ランドソルから離れた森の奥。

そこにはエルフ族で築かれた里が存在しており、森全体を管理する【フォレスティエ】の活動拠点でもある。

 

 

「……そう。そうだったのね」

 

 

そのギルドマスターであるミサトは、尋ねに来たユウキとその側にいるシオリ、ランファの話を聞き、噛みしめるように頷いたあと、優しい微笑みで返す。

 

 

「ありがとうね、ユウキ君。今のお話、とっても大事なことだったわ。シャドウちゃんを怖がって最近は子供たちや親御さんもあまり保育園に立ち寄ってこないから、どうしたらいいのか先生も困ってたの。シャドウちゃん、先生のお話を聞いてくれないから」

 

 

ナデナデと、ミサトはユウキの頭を撫でる。

続いてミサトはランファに目を向ける。

 

 

「ランファさんだったかしら。これまで大変でしたでしょう? 大丈夫、あなたは何も悪くないわ。もしもの時は【フォレスティエ】の皆にも手伝ってもらってあなたを保護します」

 

「そ、そんな……悪い、です…………っ」

 

 

気まずそうにランファは目を逸らす。その目の周りはほんのりと赤い。

あれからずっと嬉し涙を流し、疲れて眠るほど泣いていたのだ。

 

 

「気にしないでください。ランファさんだって被害者ですもの。困っている人を助けることは何もおかしい事ではないわ。ね、ユウキ君」

 

 

うんうん、とユウキは何度も大きく頷く。

それを見て嬉しそうに微笑み、ミサトは頭を撫でる。

 

 

「……さて、確かマヒルさんが【自警団】の方に説得しに行ってたのだったわね」

 

「はい、出来ればその、ミサト先生からの口添え等がありましたら……」

 

「任せて頂戴! 急いで用意するわ。ただ、すぐにでも送ったほうが良いでしょうし、ここはハツネちゃんを頼りましょうか」

 

 

 

> そういえばハツネちゃんいないね。

 

 

 

ユウキはギルドハウスを見渡すが、ミサト以外の主要のギルドメンバーが見当たらない。

アオイはともかく、ハツネならシオリが来ると聞けばすっ飛んでくるものだが……。

 

 

「きっとまた何処かでお昼寝しているのかもしれないわ。最近森の安全のために沢山頑張ってくれていたから。きっと森の何処かに居るはずよ」

 

 

ミサトはその間に書状を用意する、とユウキ達にハツネを任せ、ミサトは筆記の用意をする。

ユウキ達もギルドハウスを出て、里の外へと探しに行くのだが。

 

 

「……ねえ、エルフの里の……外って……あまり安全じゃ、ないのよね……? そんなところで……寝ているのかしら……?」

 

「そうですね。狩り場の方は罠を仕掛けていますし、魔物とは別の意味で迂闊に踏み込むと危険な場所もあります」

 

「…………とても、そんなところで寝ているとは……思えないけど……?」

 

「普通はそう思いますよね。でもお姉ちゃん、一度眠りにつくととんでもない寝相を発揮するんです」

 

 

ランファは首を傾げる。

そんなランファをよそに、ユウキ達はハツネを捜索していると、ふわふわと見慣れたピンク色の塊が宙に浮いている。

 

 

 

> あ、いた。

 

 

 

「良かった、近くにいて」

 

「……え、ええ??」

 

 

まるで人が宙に浮いている事が普通のことのように振る舞っているユウキ達に、ランファは困惑してしまう。

そんなランファをよそに、ユウキとシオリはハツネに近寄り、

 

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃ〜〜ん‼」

 

「スヤ……スヤ……スヤリン……、……シオリン?」

 

 

愛しい妹が耳朶を叩く音でハツネは覚醒し、大きなあくびをかいたあと、

 

 

「……あれ、うああぁっ⁉」

 

 

自らを包む浮遊感が無くなり、重力に従って落下する。

そして予想していたようにユウキは腕を広げ、ぽふっという音がとともにハツネは受け止められる。

 

 

「……あ、あはは☆ また助けられちゃったね……、……って!」

 

 

自分がどのように抱き上げられているのかを気づいたハツネは頬を赤く染め、飛び起きるようにユウキの腕の上から抜け出す。

 

 

「も、もう! 今みたいなのはシオリンにしたほうが良いよユウキ君!」

 

「べ、別に私はしてほしいわけじゃ……。お姉ちゃんだって満更でもなさそうだし……」

 

「そ、そんな顔してないよ〜!」

 

 

ふくれっ面で言い合う姉妹をニコニコとユウキは見守っている。

 

 

「なんで……誰も、人が浮いているのに……突っ込まないのかしら……」

 

 

ランファの疑問には、誰も答えることはなかった。

 

 

 

 

 

その後、ハツネはミサトの書状を受け取り、全速力でランドソルへと向かった。

その飛んでいく姿を見てランファは呆けてしまったのはまた別のお話。

 

後日、ミサトから連絡があり、ユウキはランファを連れてエルフの森へとやって来る。

 

 

「【動物苑】と【プリンセスナイト】とのお話の結果、緊急の会合を開くことになっちゃって。私とユウキ君たちにも参加してほしいとお誘いがあったの」

 

 

ランファは渦中の人物なので参加は確定として、ユウキも参加するとはどういうことなのか。

ミサトによると、どうやら二大ギルドとの話の中でユウキの名前が何度か出ており、会合にそのユウキとやらも参加してもらう、という話になったようだ。

 

そういうことなら、とユウキは快諾する。

 

そして、その会合の日。

ユウキ達三人はランドソルの獣人族居住区の方へと足を運ぶことになるのだが。

 

 

「ぅぅ…………」

 

「あらあら、ランファさんの顔色が悪いわ。どうかしたんですか?」

 

「雑音が……うるさくて……っ」

 

「雑音……? ごめんなさい、よくわからないけれど……人混みに酔っちゃったのかしら?」

 

 

ランドソルに来てからランファは耳を塞ぎ、ユウキの背に隠れながら歩いていたのだが、街の中を進むたびに足取りが悪くなってきた所を、ミサトが気づく。

 

 

「じっとしてて、ランファさん。今回復魔法をかけてあげますね。少しは楽になるかも――」

 

「ったく、いつまでこんな仕事続けんだろうな、ギルドマスターも」

 

「…………っぅ⁉」

 

 

ミサトが回復魔法をかけようとしたとき、遠くを歩いている二人組の声が届く。

するとランファは耳を押さえて蹲ってしまった。

 

 

「言いっこなしッスよ、アニキ。今までで一番金払いがいい仕事じゃないッスか」

 

「そりゃそうだが、もう探し回って半月は経つんだぞ。いつまでさせられんだか……」

 

 

二人組はそのまま人混みに消えていく。

 

 

「…………はぁ、……はぁ……」

 

 

それと同時にランファは耳を押さえるのをやめたが、顔は大粒の汗がいくつも滴っている。

今の短い時間で想像を絶するほどの苦痛を味わったのは間違いない。

 

 

 

> もしかして、さっきの二人組が?

 

 

 

「……ん。ここまでで、酷い……雑音、だったわ……」

 

「……確か、耳が良すぎるんでしたっけ? 聞こえるはずのないものが聞こえてしまうって。それも何とかしてあげたいですけれど……」

 

 

当人の先天的なものは中々どうすることも難しい。

こればかりはミサトも困ったように微笑むことしか出来なかった。

 

 

「……大丈夫、です……。はやく、行きましょう……?」

 

「そうですね。……でも、ちょっと待って下さいね」

 

 

ミサトはポーチに手を伸ばし、中から華やかな装飾の付いた水筒を取り出す。

コップ状の蓋に水筒から注ぎ込んだそれをランファに渡す。

 

 

「エルフの森で取れるミントの紅茶です。少しは楽になると思うわ」

 

「……ありがとう、ございます……」

 

 

おずおずと受け取り、口にすると次第にランファの目が見開かれていく。

 

 

「……不思議。あんなに……苦しかったのに、少し……楽になったわ……」

 

「良かったわ♪ 持ってきて正解だったわね」

 

 

顔色が多少良くなったのを確認し、ミサトは優しく微笑む。

 

 

「……ありがとう、ございます」

 

「ふふ、良いのよ。さあ、行きましょうか」

 

 

ユウキ達はそのまま歩を進め、目的地である会合の場所――【自警団】のギルドハウスへとやってきた。

 

ミサトはギルドハウスの扉を叩き、挨拶してから中へ入る。

 

 

「失礼します。【フォレスティエ】の代表、ミサトです」

 

「あら〜、ミサトはん。来てくれはったんやねぇ」

 

 

出迎えたのは、【自警団】のギルドマスターのマホ。

マホはお辞儀をして、ミサトに挨拶を返す。

 

 

「【動物苑】の代表、【自警団】のギルドマスターのマホどす。マホ姫と呼んでおくれやす♪」

 

「ふふ、よろしくお願いしますね。マホ姫ちゃん♪」

 

「ちゃん、は別にいらへんけど……」

 

 

少し照れくさく狐耳をピコピコと揺らすマホ。

話題を変えるように、視界に入ったユウキに嬉しそうに挨拶をする。

 

 

「王子はん! 王子はんも来てくれはったんやね。突然お呼びして申し訳ないかなぁ、とは思っとったんやけど……」

 

 

大丈夫、とユウキはサムズアップする。それだけで、マホはご機嫌になる。

次にマホはランファに視線を向ける。

 

 

「あなたがランファはんどすな? マヒルはんから聞いとりますえ。色々苦労されとったようやけど……」

 

「……その、【自警団】は……街を守る、人たちだって……」

 

 

ランファは視線が右往左往する。

果たして【自警団】がランファを受け入れてくれるのか、彼女はその答えを聞くのが少々恐ろしい。

 

 

「心配には及びまへん。獣人族は仲間を絶対に見捨てへん。マヒルはんの話も信じますし、うちらもランファはんが悪いとはどうしても思えへんどすわ」

 

 

だから大丈夫どすえ、とにっこり微笑むマホ。

優しさがむず痒いのか、ランファはユウキの背中に顔を隠してしまった。

 

 

「……ほんに、恥ずかしがり屋の普通の女の子、って感じやなぁ。マヒルはんのいった通りやわ」

 

「ふふ、そうですね」

 

 

それを微笑ましく見つめるミサトとマホだった。

 

 

 

 

 

会合の広間へと案内されると、既に何人か広間に集まっていた。

 

 

「おっ、来たか。待ってたぜ」

 

「ランファさん、無事に来れただか。良かったべ〜」

 

 

マコト達【自警団】の皆と、一足先に来ていたマヒル。

 

 

「スヤ……スヤ……」

 

 

超能力の使いすぎが原因か、既に着席して眠っているハツネ。

ミサトの話では、書状の送付や会合案内などのやり取りで頑張ってくれていたらしく、そのまま【自警団】で寝泊まりすることになったらしい。

 

 

「あらあら、ハツネちゃんったら。お疲れみたいね」

 

「……むにゃ、ミサトせんせい?」

 

 

クスクスと微笑むミサトの声にハツネは覚醒する。

そして、眠っていたことにハツネは気づき慌てて姿勢を正す。

 

 

「おや、貴女があの有名なミサト先生ですか?」

 

「あら、あなたは?」

 

 

突如机の対面から話しかけられたミサトは、そちらに目を向ける。

 

 

「お初にお目にかかります。わたくし【聖テレサ女学院】で教鞭を執っております、ヒルダというものです」

 

「ご丁寧にどうも。改めましてミサトです。【聖テレサ女学院】と言いますと……」

 

「確か、貴族の居住区の方にある大きな学院だっけ。外から見るだけでも大きくて広いよね〜」

 

 

ミサトとハツネは件の女学院について思い出す。

ヒルダと名乗った中年の初老の女性は軽くお辞儀をして、ミサトに友好的に話す。

 

 

「ミサト先生のお噂はかねがね伺っておりますわ。まるで聖母のようだと。もしご興味がお有りでしたら我が校で生徒達にご教授していただきたいと……」

 

「あ、あらあら〜。私をそのように評価していただけるのはありがたいですが……。すみません、私にも親御さんから預かっている子供たちのお世話をしなければいけませんので……」

 

「そうですか……残念です。しかし機会があれば、いつか特別講師としてどうか教鞭を振るっていただければと」

 

 

少し残念そうにするヒルダは、続いてユウキとランファに目を向ける。

 

 

「そちらの少年は? 黒髪の女性は頂いた資料である程度把握しておりますが……」

 

「ユウキ君ですか? 彼はとっても頼りになる男の子ですよ。時々保育園でお手伝いもしてくれるんです♪」

 

「うちのことも助けてもろうたしなぁ。うちにとっては運命の王子はんなんやで♪」

 

「【牧場】でも手伝ってくれるべ。大変なときに限って巻き込んじまう時もあったがやな顔せずに力になってくれるべや」

 

「は、はあ……? 随分評価が高いのですね……気のせいかしら、どこかで見た顔だけど…………

 

 

ミサトに続き、マホとマヒルまでもユウキを好意的に評価するので、怪訝な表情をユウキに向ける。

 

 

「そういえばヒルダ先生も会合に参加されるのですか?」

 

「ええ。私は貴族の代表として立候補致しました。我が校の在校生はご存知の通りほぼ全員が貴族のご家庭出身でして。今回の件について生徒の安全などで親御さんから色々と()()を頂いていたのです」

 

 

そこで、ランファについて緊急の会合を行うと耳にし、こうして参加することとなったようだ。

 

 

「かくいう私も親御さんと同意見でして。私の娘も我が校に通っておりまして……」

 

「あらあら、そうだったのですね〜……」

 

 

ミサトとヒルダが世間話を始める一方で、マホはチラチラと広間の出入り口に視線を向ける。

ユウキは気になって尋ねると、

 

 

「いや、【プリンセスナイト】からの代表、えらい遅いなぁって思うて。多分来るのジュンはんやと思うんやけどなぁ?」

 

「まだ時間あるとはいえ、あの騎士団長時間にきっちりしてそうなイメージあったけどなぁ……」

 

 

マホに続いて、側にいたマコトも首を傾げる。

そこでカオリが立ち上がり、

 

 

「私が様子見てこようかー?」

 

「――いや、それには及ばないよ」

 

 

ガチャリ、と扉の開く音と共に入ってきたのはカスミ。

しかし、いつもの得意げな表情はなく、どこか複雑そうに眉をひそめていた。

 

 

「カスミ、何かあったの?」

 

「いや、ひとまず【プリンセスナイト】からの代表はたった今到着した」

 

 

カスミは道を開けるように扉の脇に寄る。

そして、出入り口から入ってきたのは――

 

 

「――遅れて申し訳ありません。【プリンセスナイト】代表、【サレンディア救護院】院長のサレンです。本日はよろしくお願いいたします」

 

 

 

 

 

「――なるほどね。ありがとうマコトさん」

 

 

広間にやって来てサレンは会合の内容について詳しく知りたいと言い、マコトから渡されたランファとシャドウの大量発生についての資料を読み終わると、そのままマコトに返して机に向き直る。

 

 

「いや、良いけどさ。サレンお嬢さん、会合について何も知らなかったのか?」

 

「恥ずかしい事にね。なにせ、あたしがこの会合に参加してほしいと頼まれたのが今日だからね」

 

「はあ??」

 

 

あり得ないことを言い出したサレンに対し、マコトは素っ頓狂な声を上げた。

 

 

「……そもそもどういうことでっしゃろ? うちてっきりジュンはんが来るものとばっかり思うとったんやけど……」

 

「さあね。【王宮騎士団】は最近別件で忙しいみたいだけど、それにしたって違和感があるわ。このことをあたしに伝えてきたのは見習い騎士のトモよ?」

 

 

ジュンさん自ら来るならまだしもなんで彼女なのか、と納得のいかない部分があるサレンは首を傾げて思わずぼやく。

この会合に出席することが急遽決まった為に、今日行う予定だった商談を全てキャンセルする羽目になったらしい。

 

 

「……まあ、今はいいわ。参加する以上、あたしも代表の一人として振る舞うだけです。……コイツが参加しているのが絶妙に納得がいきませんが」

 

 

サレンは横目で当然のように席に座っているユウキを睨みつける。

話ではユウキも当事者だそうだが、この男以上に会合に相応しくない人間はそういないだろう。

 

 

「あんた、何話し合うかちゃんとわかってるんでしょうね?」

 

 

 

> 大丈夫、問題ないよ。

 

 

 

「その返答がもう不安だわ……」

 

 

サレンは半ば諦め、強引に本題に入るようにランファを一瞥しながら口を開く。

 

 

「さて、早速本題に入るけど。結局そこにいるランファさんを【牧場】で保護したい……ということで良いのよね、マヒルさん?」

 

「んだ。ランファさんはこれまでずっとシャドウに追い回されてたんだべ。これ以上一人にするのは危険だべ」

 

「しかし、資料の内容が全て真実だとするのであれば、今この状況でも彼女を狙って……いえ、このあたりの住民をシャドウが襲っているのでは?」

 

 

やはり黙って見過ごすことは出来ないとばかりに貴族代表のヒルダが口を挟む。

 

 

「それが現在起きていないのであれば、彼女を目掛けて襲いかかって来るという情報も些か疑わしいと言わざるを得ません。彼女が無害であり、被害者であるというのなら、なぜもっと早く【王宮騎士団】か【自警団】に庇護を求めなかったので?」

 

 

ヒルダはそのまま強い目つきでランファを見つめる。

ランファは怯み、オドオドと視線を彷徨わせながら、ゆっくりと口を開く。

 

 

「…………だって……、雑音が……多いし……、それに……人が多くて……いつ襲われるか、私にも分からないもの……」

 

「ランファさんは優しいから、人のいる場所は出来るだけ避けてたんだべ。どうかその配慮ってもんを理解してほしいんだけんども……」

 

「疑問点は他にもあります」

 

 

ヒルダは資料に一度目を落としてから続ける。

 

 

「ランファさんの存在を仄めかすきっかけとなった事件。シャドウの大量発生について調査を行ったという【美食殿】とやらの証言では、歌が聞こえてきたと同時に周囲と街にシャドウが現れたそうではないですか。調査地の山の麓から離れたランドソルでどうしてシャドウが現れたのか、詳しくお聞かせ願います」

 

「んん??」

 

「【美食殿】?」

 

「え、それって……」

 

 

ヒルダの質疑を受け、周囲の視線が一斉にユウキに集中する。

 

 

「……? そちらの少年がどうかされたのですか?」

 

「まさか、ユウキが参加してるのって……」

 

「そうなんよなぁ。王子はんはランファはんを見つけてくれたっていうのもあるんやけど、王子はん【美食殿】でもあるからなぁ。ギルド管理協会から【美食殿】から代表一人呼んどくれ、って言われて。うちから王子はん推薦しときましたわ」

 

「はっ?」

 

 

マホがにこやかに話す。

これに対し、ヒルダは呆けてマホとユウキを交互に見る。

 

 

「ま、待ってください。そちらの少年が【美食殿】?」

 

「正確には【美食殿】のギルドメンバーですね。ギルドマスターは別にいるそうですが、ギルド管理協会から何度も依頼を受けて大陸中を渡り歩いているそうですよ」

 

 

そうよね、とミサトはユウキに声をかけると、ユウキも頷いてサムズアップする。

 

 

「…………なぜよりによってこんな……」

 

「ペコリーヌさんは入れ込むと無条件で味方するタイプだし、コッコロは子供だし、キャルは行方不明だし……。こいつ以外に適任がいないのね……」

 

 

ヒルダとサレンは頭を抱える。

諦めたように頭を振って、ヒルダはユウキに問う。

 

 

「…………では聞きますが、貴方は現場から離れたランドソルにシャドウが現れた件についてどう考えているのです?」

 

 

 

> シノブちゃんの話だと……――

 

 

 

あの後、シノブから聞いた事をユウキは思い出す。

あの歌声、もといランファのあの歌は普通の歌とは違い、ドクロ親父のような幽霊や、シャドウのような普通の生物とは決定的に違う存在にとって知覚しやすいものなのかもしれない、と話してくれた。

実際、街で調査をしていたドクロ親父にもあの歌は聞こえていたようだ。

 

 

「だから、余計にシャドウに狙われるようになる、と」

 

「きっと唱喚魔法の事だべな。唱喚魔法は歌に魔力を乗せて精霊や魔物を呼び出す魔法ってシオシオから聞いたべ」

 

「唱喚魔法というと、【カルミナ】のチカさんが扱う事が出来ると聞きましたが、同様の事が貴女にも出来ると?」

 

「そういや、リンからアンタは滅茶苦茶強いって聞いたぜ。呼び出した魔物も含めてな」

 

 

再びランファに視線が集中し、居心地が悪そうにランファは顔を伏せる。

 

 

「……まとめると、ランファさんは人一倍知覚能力が高くてシャドウを感知しやすく、同時にシャドウは自身を感知するランファさんを認識して襲かかり、ランファさんは唱喚魔法で迎撃。そしてその歌声で別のシャドウも呼び寄せてしまう……と」

 

「負のループに陥っとりますなぁ」

 

「あらあら、一体どうすればいいのかしら……」

 

 

ランファに味方をしてくれるマホとミサトは困ったように頭を抱える。

 

 

「……真相は分かりました」

 

 

ふう、と一息吐いて、ヒルダは言葉を続ける。

 

 

「ランファさんに一切の咎がないのも事実。しかし彼女を中心としてシャドウの被害が拡大しているのもまた事実」

 

「ちょ、それって……!」

 

 

何を言い出すのか察してしまったマヒルは立ち上がり、息を呑む。

 

 

「であれば、貴族として、ランドソルの一住民としてランファさんが人里周辺に……【牧場】に常在するようになるのは賛成とは言えません」

 

「待ってほしいべ! ランファさんは本当に何も悪くねえんだ! なのに一方的に立ち退いてくれ、なんてあんまりだべ‼」

 

「これは彼女のためでもあります」

 

 

マヒルが必死に食い下がろうとも、ヒルダは平静に対応する。

 

 

「【牧場】は今やランドソルの観光地の一つです。貴族、平民を問わず不特定多数の住民がやって来るでしょう。そんな折に……彼女を目掛けてシャドウが襲いかかれば、それを住民たちが目撃すれば。彼女はどうなりましょうか?」

 

「………………っ」

 

「……ん、んだども……」

 

「残念だけど、これについてはあたしもヒルダ先生と同意見だわ」

 

 

ヒルダに援護するように、今度はサレンが続く。

 

 

「そんな、サレンちゃん!」

 

「マヒルさんには悪いですけど、うちは【牧場】の近所ですからね。うちの子達も良く遊びに行ってますし、子供たちを預かっている身として、あたしは子供たちの安全を優先させてもらいます」

 

「だったら【フォレスティエ】ならどうかしら? うちなら、シャドウちゃんへの対抗策も色々と考えられるわ」

 

「【フォレスティエ】も認められません。ミサト先生はお優しいですのでお気持ちは大変わかりますが、貴女の保育園でもランドソルの住民が行き来されるでしょう。そのリスクは見過ごせません」

 

「……あらあら〜……」

 

 

早々に二の句が告げなくなってしまい、ミサトは表情を曇らせてしまう。

一同は何も言えなくなってしまい、このままランファは【牧場】から追放されてしまう。

そう思われたとき、

 

 

「でしたら、ランファはんは何処に行けばええんでしょ?」

 

「それは……」

 

「【自警団】やセントールスで保護する、言うてもヒルダ先生は同じこと仰られるでしょうなぁ。でしたらランファはんは何処に行けばええんどすか? まさかとは思うけど……アストライア大陸から出ていけ、とは仰りまへんよね?」

 

「…………ッ」

 

 

ばつが悪いのか、ヒルダはマホから視線を逸らしてしまう。

マホに続いてカスミも口を開く。

 

 

「例えそれでも現実的ではないね。それこそ、現在開拓中のエルピス大陸に行ったとしても、向こうにも原住民はいる。住民たちの被害を避けると言うのならそもそも国外追放という措置はあまりにも無責任だ」

 

「しかし…………」

 

 

それ以外に思いつかないのか、ヒルダも何も言えなくなってしまう。

その中で何か思いついたのか、ハツネがふと口を開いた。

 

 

「……そもそもランファさんがシャドウに狙われるのって、ランファさんがシャドウを認識しやすい状態になってる、って事だよね?」

 

「……え? ……そう、なるのかしら……」

 

 

唐突に問われたランファは顔を上げ、相槌を打つ。

だったら、とハツネは手を叩き妙案を思いついたと朗らかに笑う。

 

 

「ランファさんがシャドウを認識しづらくなるような魔法とかかけてみたらどうかな? 多少は効果が出るかもしれないよ!」

 

「なるほど、あるいはシャドウがランファさんを認識しづらくなるようなマジックアイテム等があれば改善されるかもしれないね。シャドウがランファさんから知覚されていると気づかなければ現れて襲いかかる可能性も減るだろう。……ただ……」

 

「なるほど……妙案ではありますが、その方法は確かに存在するのですか? 効果は保証されるのでしょうか? やるのであれば確実に効果のあるものでなければなりませんよ」

 

 

ヒルダも少々の罪悪感があるのだろう。

ハツネとカスミの提案を否定こそしないが、試すのであれば可能性の高い物を求めてくる。

 

 

「あー……」

 

「……問題はそれなんだよね」

 

 

確実性の高い方法を今すぐに用意することが極めて難しいということを受け止め、ハツネとカスミは困ってしまう。

 

しかし、会合の流れはほんの少しでも良い方向に向かっている。

この場にいる全員が、ランファの為に頭を悩ませているのだ。

 

 

「みんな…………」

 

 

ランファもこの空気に心を打たれ、自分自身で方法を考えてみようと首を傾げて思考に耽る時、出入り口の扉が叩かれる。

 

一同は一斉に扉へ視線が向き、マホが声をかける。

 

 

「どちら様でっしゃろか?」

 

『いやはや、突然失礼。【動物苑】よりランファ嬢なる方について会合をされていると伺いましてな。居ても立ってもいられず馳せ参じましたぞ』

 

「はあ……?」

 

 

要領を得ない、とマホは首を傾げる。

 

 

『おっと、申し遅れました。ワタクシ【アムルガム貿易】代表取締役、アゾールドというものです』

 

「…………っ?」

 

「【アムルガム貿易】……! お父様から聞いたことあるなぁ。最近【動物苑】の傘下に入った商会ギルドやって」

 

 

興味が出たマホはアゾールドと名乗った男を広間に招き入れる。

アゾールドは一言挨拶を入れてから、扉を開き中へ入ってきた。

 

 

「―――――――――っ?」

 

「お初にお目にかかる方もいらっしゃいますので、改めましてご挨拶をば。【動物苑】が傘下、【アムルガム貿易】代表取締役のアゾールドと申します。見知り置き願いますぞ」

 

 

現れたのは金色の鎧を身に纏う、豚の獣人族の男。

そのアゾールドを、目を見開いて見つめているランファの姿が、隣にいるユウキには印象的だった。




ミサト
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、母性溢れる保育園の先生。誰にでも優しく、誰も見捨てない聖母のような姿に癒やされる者は多い。
エルフの里の保育園で保育士をしており、ランドソルから預けられる子供たちの面倒を見ている。その聖母のような姿はランドソルでも有名である。
どんなこともポジティブに解釈し、ガラの悪い不良や襲いかかってきた魔物でさえ、彼女の優しさに一度触れてしまえば苛烈さは無くなり、優しくて大人しくなる。



またしても長い。
一話に登場させるキャラが多ければ多いほど、出来るだけ話に絡めるよう描写すればするほど、一話が長くなることはずっと前から懸念しておりましたが、このまま突き進んでいきます。(更新速度から目を逸らす)

以前にも似たような宣誓をしたな……。


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たとえキミが覚えてなくとも

12/17の出来事……

(⁠๑⁠•⁠﹏⁠•⁠)「昨日はあんまりレイドボス殴れなかったなぁ……。育成があまり周りに追いついてないとはいえサポートありきでジャバを殴り切るのに2周かかるのは遅すぎるし、編成考え直す必要があるなぁ」

(⁠ ⁠・⁠ω⁠・⁠)⁠「つってももうジャバは討伐完了してそうだし、あともう一体くらい討伐完了してそうだから、残り2体のレイドボス殴っていくか」

フェイズ1「討伐完了」

(⁠;・⁠o⁠・⁠)「えっ」

フェイズ2「ゴウシンを倒せ!」

工エエェェ(´д`)ェェエエ工



みんな早すぎぃ‼


【プリンセスナイト】、【動物苑】、【フォレスティエ】、貴族など、それぞれの代表達を交えてランファの今後を話し合うことになった会合で突如現れた豚の獣人族アゾールド。

 

彼は挨拶をしたあと、ランファに近寄り懐からあるものを取り出した。

 

 

「どうぞ、ランファ嬢。中を確認していただきたい」

 

「…………え、ええ…………?」

 

 

唐突に現れ、突き出された小箱をおずおずと受け取る。

普段のランファであれば突如現れた謎の人物から物を渡されても、よほど切羽詰まることもなければ受け取ることはない。

しかし、このアゾールドに何か既視感を覚えたランファは、疑問に思いながらもそれを素直に受け取った。

 

 

「お待ち下さい。いきなりやって来て堂々と不審なものを取り出さないで頂けますか? ランファさんも、何を素直に受け取っておられるのです! 見知らぬ男性から物を貰うなど……!」

 

「ハッハッハ! これは耳が痛い。確かに皆様方からすればワタクシは突如やってきた不審な人物でしょうな」

 

 

咎めるようにヒルダが立ち上がり、ランファを止めようとするのに対し、アゾールドは愉快に笑う。

 

 

「……え? でも……悪い人じゃ、なさそうだし……」

 

「いや、お菓子を貰った子供じゃないんですから……」

 

 

救護院の子供たちに姿が被ってしまい、表情が引き攣るサレン。

頭を振って、サレンも立ち上がりランファが受け取った小箱を探る。

 

 

「そもそもこれは何なのですか? ヒルダ先生に便乗するわけではありませんが、堂々と不審物を大事な会合に持ち込まれては困ります」

 

「ご心配なく。中に入っているのはマジックアイテムですぞ。この場で確認して構いません」

 

 

 

> マジックアイテム?

 

 

 

「ええ。恐らくは、今のランファ嬢に必要な物となりましょうぞ」

 

 

一同は顔を見合わせる。

あまりにもタイミングが良すぎる話に疑問に思いつつも視線でランファに開けてみるよう促す。

それを受けたランファは小箱の蓋をゆっくりと開けて、中を検める。

 

 

「これ、は…………?」

 

「これ、ピアスかしら?」

 

 

中に入っていたのは小さな宝石が付いた一対の装飾。

耳朶に引っ掛けるような造りになっているのを見て、隣までやってきたサレンはそれをピアスだと気づく。

 

 

「いかにも。それはピアスのように耳に身に着けるマジックアイテムですぞ」

 

「うちも確認してよろしおすか?」

 

「私もいいかな?」

 

 

マジックアイテムという話を受けて気になっていたマホとカスミも同様に近くまでやって来て、そのマジックアイテムを鑑定する。

 

 

「この宝石の部分かな? ここにかなり強力な魔力が込められているね」

 

「しかも、右と左で違う魔法が掛かっとりますなぁ。どういう代物なんやろか?」

 

「流石は【自警団】のギルドマスターとそのお仲間ですな。こうも早く気づかれるとは一流の慧眼をお持ちのようですな」

 

 

アゾールドは少し驚いた顔をした後、マジックアイテムについての説明を始める。

 

 

「まず片方には装着者の感能力を緩和する認識阻害魔法が込められております。これをランファ嬢が身に着けることでシャドウの気配を察知しづらくなるでしょう。

また、もう片方は単純に装着者への敵対者から認識されづらくなる認識阻害魔法を込めておりますぞ。これら二つを身に着けておけば、ランファ嬢はシャドウに襲われる回数が格段に減るでしょう」

 

 

一同は説明を聞き、あまりにもランファに都合が良すぎることに疑問を持つ。

このマジックアイテムはまさしく今のランファに必要な物だ。

しかしなぜそれを用意することが出来たのか。

 

 

「アゾールドはん、随分用意がよろしおすなぁ。まるでうちらの会合を盗み聞きしとったんかと思うくらいやわぁ」

 

 

冗談めかしてマホは言うが、その顔には懐疑の感情が浮かんでいる。

それを受けたアゾールドは苦笑する。

 

 

「流石に心外ですな。先に申し上げた通り、会合の議題は予め【動物苑】から伺っておりましたので」

 

「ではどうしてこうもランファはんに都合のええマジックアイテムを用意できるんどすか?」

 

「ワタクシは普段食物を流通させる貿易商をしておりますが、錬金術も嗜んでおりましてな。そのマジックアイテムは言わば、ワタクシの手作りですぞ」

 

「ということは、あなたは錬金術師⁉ まさか現実でお目にかかれる日が来るとは……」

 

 

カスミが感激しているのをよそに、マホは続ける。

 

 

「……これが一番重要な質問どす。アゾールドはんは一体どういうつもりでランファはんにこれを届けに来たんどすか?」

 

「……ふむ、どういうつもり、とは?」

 

「具体的に言いますと、アゾールドはんがランファはんにここまでする根拠、どすな。最近セントールスに来たアゾールドはんが、どうしてランファはんを助けるんどす?」

 

 

アゾールドは、それまで人の好さそうな笑みを浮かべていたが、その笑みを引っ込め神妙な顔つきになる。

そして口を開く。

 

 

「もちろん、ワタクシ自身ランファ嬢をお助けしたかった、という気持ちもございますが……、一番の根拠は別にあります」

 

 

その言葉を聞いて、一同の表情が少し険しくなる。

その反応に一瞬苦笑を浮かべたが、取り繕うことはせずアゾールドは続ける。

 

 

「……頼まれたのですよ。わざわざワタクシのところまでやって来てランファ嬢を助けてほしい、と頭を下げに……ね」

 

「ええ??」

 

「一体誰がそんなことを……」

 

「……残念ながら、名を尋ねる前にその方は去りましてな」

 

「おいおい、アンタ変わってるな。ユウキやヒヨリみたいなお人好しって感じはしねえし、なんで名前も知らないやつの頼みなんて聞いたんだ?」

 

 

マコトは思わず疑問に思った事をそのまま口に出す。

アゾールドは少し困ったように目を逸らして、

 

 

「……ワタクシも、()()の頼みを聞くつもりは無かったのですがね」

 

「……ぇ……?」

 

 

ランファは何か引っかかりを覚えて小首を傾げる。

それに気づいてか否か、アゾールドは続ける。

 

 

「しかし、これほどの方々がランファ嬢の為に思い、悩んでいただけるのです。来た甲斐はあったというもの。見ず知らずの方の頼みを引き受けたのは間違いではありませんでした」

 

 

誤魔化すように笑うアゾールド。

 

 

「……ワタクシの話はもう良いでしょう。ささ、ランファ嬢早速それを身に着けて効果を試していただきたい」

 

「え、ええと……」

 

 

ランファはマジックアイテムを手に取るが、困ったようにそのまま固まってしまう。

 

 

「あら、ランファさんどうかしたんですか?」

 

「……その、わたし……ピアスつけたことなくて……耳に穴をあける、のよね……? ちょっと怖いわ……」

 

「ハッハッハ! そう言うと思いまして、磁力で耳にくっつけるタイプのピアスにしておりますぞ。これならば穴を空ける必要はございますまい」

 

「本当に用意周到どすなぁ……」

 

 

ランファはサレンに手伝ってもらいながら、貰ったマジックアイテムをピアスのように耳朶につける。

つけて数秒後、ランファは目を見開き、周りをキョロキョロと見渡して呟く。

 

 

「雑音が……聞こえなく、なった…………?」

 

「……本当に効果が出てるんですか?」

 

「ランファさん、ここに来る前に街の人達の声で気分が悪くなっていたから、効果があるなら変化はあると思うけれど……」

 

「まさか、屋内にいても喧騒が聞こえていたとでも……? なんて聴力でしょうか……」

 

 

ミサトの話を聞いて、各々ランファの変化に大なり小なり驚く。

 

 

「……断りを入れておきますが、全く聞こえなくなるわけではありませんぞ? それでは日常生活にも支障が出ますからな」

 

「じゃあ、こうしておらたちが会話してるのはランファさんにも聞こえてるべか?」

 

「……ん、ちゃんと……聞こえてるわ。……前みたいに、響くくらい聞こえたりは……しないけど……」

 

「どうやら成功のようですな。いやぁ、良かったですぞ!」

 

 

ご機嫌に腹を叩くアゾールド。

これでランファを取り巻く事件はあらかた解決に向かうだろう。

皆がそう話し始めたとき。

 

 

「……確かにランファさんの件は解決したかもしれませんが、まだ不明瞭な点があります」

 

「不明瞭な点、どすか?」

 

 

ヒルダは渋い顔をしながらランファを見つめる。

 

 

「……白状いたしますと、シャドウの大量発生は全てランファさんに原因があると考えていました。しかし、今回の会合であくまでランファさんは被害者であると踏まえると、一体何が原因でシャドウはあんなにも生まれてくるのでしょう?」

 

「……確かに、今回の件はランファさんが近くしたことでシャドウがランファさんに襲いかかるわけだが、そもそもシャドウが突然あんなにも生まれた原因は判明していないね」

 

「そもそも、シャドウが生まれる原因が良くわかってないしね……」

 

 

今回の事件は、現れたシャドウがあくまでランファを優先して襲っていただけであり、もしランファがいなかったとしたら、あと大量のシャドウが無差別に人へ襲いかかっていただろう。

ランファへの措置は、ランファにシャドウが襲いかかる事で周りへの二次被害が発生することを食い止めただけに過ぎない。

 

ならば、シャドウとは結局何なのか。

 

 

「……又聞きとなってしまいますが、シャドウが発生することをある程度緩和する事は可能です」

 

「ええ……⁉」

 

 

アゾールドが小さく紡いだ言葉に一同は驚き、一斉に視線が彼に向く。

 

 

「……どういうことですか? なぜ貴方がそのような事を」

 

「もう一度申しますが、あくまで又聞きですぞ。本当に食い止められる保証はございません」

 

「又聞きとは言いますが、では一体誰から……――」

 

 

 

> どうすればいいんですか?

 

 

 

ヒルダの追及を遮るように、ユウキは口を開く。

アゾールドは目を見開いてユウキを見るが、すぐに神妙な顔つきでユウキに尋ねる。

 

 

「……ワタクシの言葉を信じるのですか?」

 

 

 

> 嘘をつかないことは分かります。

 

 

 

「…………‼」

 

 

アゾールドは驚き、言葉を失う。

そして数秒間、顔を伏せてから罪悪感が浮かぶ笑みを浮かべた。

 

 

「……申し訳ありませんが、ワタクシはアナタからそこまで信頼されるほどの人間ではございません」

 

 

 

> …………。

 

 

 

「しかし、そこまで言っていただけた事に報いるためにも、ワタクシも覚悟をもってお伝えしましょうぞ!」

 

 

アゾールドは嬉しそうに笑顔を浮かべた後、すぐに真剣な顔つきで言葉を続けた。

 

 

「シャドウとは、因果の修正と形容することも可能です」

 

「因果の修正……?」

 

「この中で、自分と同じ姿をしたシャドウを見た方も居られるのでは? あれは言わばその方の過去の可能性の一つとも言えます」

 

「過去の、可能性……」

 

「そしてその可能性は意志を持ち、自身の存在を確立するべく生あるものを襲うのです。襲い、ロストさせ、自身がこの世界の本当の住人であると修正するべく」

 

「ロストですって⁉」

 

「そしてロストした者も、過去の可能性の一つとして因果の大海を彷徨い、いずれシャドウとして生あるものに仇なすのです。シャドウとロストという怪現象は、そうした負の循環を起こしているのです」

 

 

アゾールドの言葉は続く。

 

 

「そして、この負の循環を意図的に引き起こした者がいます」

 

「誰なの、そいつは⁉ 一体何処にいるの⁉」

 

「さ、サレンちゃん。落ち着いて……」

 

 

サレンが詰め寄るようにアゾールドに近づくのを、側にいたミサトが宥める。

 

 

「その者とは……いずれアナタ方も刃を交えることになりましょう。もしその者を除くことが出来れば今よりシャドウの発生率は減るでしょう」

 

「減る……無くなる、ではなく?」

 

「彼の者はシャドウの発生の原因の片割れでしかありません。もう片方は……今の皆様からすれば雲の上の存在でしょうから」

 

 

苦虫を噛み潰したような顔でアゾールドは明後日の方向を見る。

情報量の多い話を受けた一同は顔を見合わせ、黙り込んでしまう。

 

 

「……皆様の決戦は、動乱の始まりはもうそこまで迫っております。ですので……マホ嬢」

 

「……はいな?」

 

 

情報を噛み締めていた所をいきなり話しかけられ、マホは反応が少し遅れてしまう。

 

 

「現在ワタクシは【動物苑】と連携し、セントールスに避難用のテントを設営しております。ランドソルに住む獣人族と共にセントールスまで避難するのを受け入れる準備が出来ておりますぞ」

 

「まあ、それはそれは……」

 

「アナタのお父上からも、お会いしたらギルドメンバーと共に避難するよう伝えてほしいと承っております」

 

「そうどすか……でしたら、そのときになったら滞りなく避難できるよう手配しておきましょか」

 

 

せやけど、とマホは断りを入れる。

 

 

「うちらは避難するつもりはありまへん」

 

「理由をお伺いしても?」

 

「うちらはランドソルの治安維持の為に戦うギルドどすえ。うちらがランドソルから逃げるわけにはいきまへんし、なにより獣人族だけを守るというのもあきまへんさかい。……そうどすな、みんなも?」

 

「ああ、そうだな。ま、ランドソルを守るために戦うって約束もしたしな」

 

「……もしかしてニノンさんのアレかい? マコトさんも律儀だね」

 

「……ああ、そんなのもあったわね」

 

「あ、あはは〜☆ でも本当にそんなことが起きるなら私達の出番だよねっ!」

 

「マコト達が何話してるかよくわかんないけど、街の平和を守るために戦うのは異論ないさー!」

 

 

忠臣蔵の件を思い出したマコト、サレン、ハツネは苦笑いする。

 

【自警団】の総意が戦うことだと聞いたアゾールドはそうですか、と相槌を打つ。

 

 

「……であれば、マホ嬢のお父上にはそのようにワタクシからお伝えしておきましょう。

……それでは、ワタクシの要件も終わりましたので、部外者は退散するといたしましょう」

 

「お待ち下さい」

 

 

背を向け、広間を退出しようとしたところをヒルダに呼び止められる。

 

 

「……ふむ、何かまだ説明不足の点がありましたでしょうか?」

 

「貴方の立ち位置です。先程のシャドウの件と言い、ランドソルで動乱が起きると宣った件と言い、貴方はどの立場でそれを私達に教えに来たのですか?」

 

「そうですなぁ。……ワタクシにも果たすべき願いがありますが故に、ランドソルでの動乱に積極的に関わるつもりはあまりありませんでしたが。まあ、強いて言うなれば――」

 

 

アゾールドはここでユウキを見て優しく微笑む。

 

 

「――友を、助けていただいた恩返し、でしょうかね」

 

 

 

> え?

 

 

 

「お名前はユウキ君でしたかな? それと、そちらのサレン嬢とマヒル嬢も」

 

「えっ?」

 

「んん、おらもか?」

 

 

突然名指しされたサレンとマヒルは呆ける。

 

 

「アナタ方には本当に感謝しておりますぞ」

 

 

そう言って、アゾールドは背を向け退出しようとするが、またしても彼を呼び止めた者がいる。

 

 

「あ、あの…………!」

 

「……、何ですかな?」

 

「……え、と。……その……」

 

 

困惑するように、ランファは口をモゴモゴとしながら遠慮がちに尋ねる。

 

 

「わたしと、あなた……何処かで、会いましたか……?」

 

「………………………」

 

 

アゾールドは質疑に対し、数秒間口を噤んだあと、

 

 

「……いいえ、()()()()()()()()()()()()()()()のはずですぞ」

 

「…………っ」

 

「では、ごきげんよう……ランファ嬢」

 

 

アゾールドは後ろ手を振って、今度こそ退出した。

彼の姿が見えなくなり、それと同時にランファは膝をついてその場に座り込む。

 

 

 

> ランファさんっ?

 

 

 

「あらあら、どうしたんですかランファさん?」

 

 

ユウキとミサトはランファに駆け寄り、彼女の表情を覗き込んで息を呑む。

 

 

「わからない……わからない……、けど……っ」

 

 

ポロポロと、ランファの目尻から涙が流れ落ちていく。

 

 

「あの人の……背中を見たら……涙が、止まらない…………っ!」

 

 

ユウキ達は宥めつつも、スンスンと泣きはらすランファに何も言うことが出来ず、ただ困惑するのみだった。

 

 

 


 

 

 

【自警団】のギルドハウスを後にして、暫く人通りの少ない道を歩いているアゾールドはふと立ち止まり、辟易するような態度でため息をつきながら口を開く。

 

 

「……これで満足ですかな――ミソラ嬢?」

 

「――はい。期待以上でした。本当にありがとうございます、アゾールドさん」

 

 

こえはアゾールドの上から降ってきた。

アゾールドはそちらに目を向けると、建物の屋根に腰をおろして見下ろしていたミソラがアゾールドに笑顔を向けた。

ミソラは屋根から飛び降り、アゾールドの前に着地する。

 

 

「……これで、ランファさんを中心としたシャドウの騒動は収束していくでしょう。ランファさんも穏やかに【牧場】で暮らせるはずです」

 

「………………」

 

「どうしたんですか、アゾールドさん。さっきから仏頂面ですよ?」

 

 

仏頂面というよりは親の敵を見るような表情でアゾールドはミソラを睨めつけている。

 

 

「……もしかして、わたしの態度わざとらしいですか? これでも本気でアゾールドさんに感謝してるんですよ?」

 

「それが本心であるのなら、なおのこと理解に苦しみますな」

 

「何がですか?」

 

「それほどランファ嬢を思っていながら、なぜアナタはエリスに肩入れし続けているのです?」

 

 

それまでミソラはニコニコと笑みを浮かべていたが、アゾールドの一言でスン、と引っ込む。

 

 

「アナタとワタクシは既に袂を分かった身。しかしそうであるにも関わらず、アナタは自らワタクシのもとにやって来て、ランファ嬢を助けてほしいと頭を下げてきました。……それが出来るのならば、なぜランファ嬢の味方でいないのですか?」

 

「………………」

 

「彼女はワタクシ同様、リセットによって『現実』を忘れ、アストルムに生きる一住民として在ります。しかしワタクシのことは朧気に覚えているようだった。……きっとアナタとお会いすれば、ミソラ嬢の事もすぐに思い出しましょう」

 

「ランファさんの記憶なんて関係ありません」

 

 

その声はとても真剣なものだった。

 

 

「……ご存知の通り、ランファさんはとっても優しい人です。わたしがお友だちだって言ったのを嬉しそうに真に受けて、最期まで本気でそう思ってくれてました。……わたしには、そんな風に思われる資格なんてないのに」

 

「…………」

 

「ランファさんは前回ではアストルムの敵として、ランドソルに何度も仇なしていました。でも、ランファさんはあまり乗り気ではありませんでしたし、リセットが起きた今彼女はもうただの優しい人です。罰ならもう沢山受けたでしょう。ランファさんはこれ以上苦しむ必要はないんです」

 

「……やはりわかりませんな。友を助けたいと思うのであればそれで良いでしょう。なぜ、そこまで理論武装を……」

 

「前にも言ったでしょう? わたし、可愛そうな人の味方でいたいんです★」

 

 

一転して、ミソラは愉快そうな笑顔を浮かべる。

 

 

「ランファさんはもう可愛そうな人でなくなりました。だから、ランファさんの味方でいるのもこれまでです」

 

「アナタは……」

 

「それに……自分を手に掛けた人をお友だちだなんて思うこと事態が苦しいでしょうから」

 

「なっ……!!!」

 

 

それは、アゾールドにとって寝耳に水だった。

衝撃の真実に愕然とするアゾールドの隙を見て、ミソラは家屋の屋根に跳び乗る。

 

 

「……さて、今回の件で一応お礼をしておいたほうが良いですよねぇ。敵同士、貸し借りは無いに越したことはありませんから」

 

「ミソラ嬢、アナタという人は……っ」

 

「そうだ、アゾールドさんってゼーンさんが今どこにいるか知ってます? エリスさま、ゼーンさんを見失っちゃったみたいで」

 

「……ッ、知っていたして敵に教えるとでも?」

 

「アハッ、それもそうですね★」

 

 

先程よりも険しい表情でミソラを見上げるアゾールド。

楽しそうにミソラは笑い、良いことを思いついた、と手を叩く。

 

 

「ですので、お礼代わりとしてゼーンさんに会ったら今から言うことを伝えておいて下さいね★」

 

「何を……――」

 

「――――――――――――」

 

 

紡いだ言葉は、再びアゾールドを驚愕させた。

クスクスとミソラは笑ったあと、

 

 

「では、またお会いしましょう……今日から始まる動乱を乗り越えた先で★」

 

 

不穏な言葉を残して、ミソラは姿を消した。

ミソラが消えた場所を、アゾールドは睨みつける事しか出来なかった。

 

 

 


 

 

 

泣き止んだランファを宥めつつ、会合は終わりへと向かっていく。

最終的にランファは【自警団】からの定期的な経過観察のもと、【牧場】で保護される形となった。

 

 

そうして各々会合の結果をギルドや協会などへ報告することになるのだが……。

 

 

「……ふう、まったくとんだ貧乏くじだったわ」

 

 

 

> お疲れさま、サレンちゃん。

 

 

 

「あれ、ユウキ?」

 

 

ユウキはギルド管理協会へ報告してほしい、と纏められた資料をマホから渡され、その帰りに【王宮騎士団】に報告しに行ったサレンを待つことにした。

王宮から出てきたサレンはユウキに声をかけられ、驚いたあとユウキに駆け寄る。

 

 

「もしかして待ってたの? 先に帰ってても良かったのに」

 

 

帰る場所は同じなのだから、サレンを待つことに問題はない。

サレンにそう言うと、頬を少し赤く染めて

 

 

「……それもそうね」

 

 

と嬉しそうに呟いた。

 

 

「それに、アンタがいると変なのに声をかけられずに済みそうだわ」

 

 

 

> 変なの?

 

 

 

「アンタも会合に来るときに見なかった? あからさまにガラの悪そうな奴ら」

 

 

それなら見た、とユウキは思い出す。

ランファが指したあの二人組は武装して、まるで傭兵のようにも見えたが、少々素行が悪い雰囲気も見受けられた。

 

 

「聞けば、最近王宮に出入りしてる商人が連れてきた傭兵だそうよ。中でもジロジロと鬱陶しく見られたわ。……なんでジュンさんはあんな奴らの出入りを認めたのかしら?」

 

 

 

> ジュンさんは何て?

 

 

 

「さあ? そもそも会えなかったから何を言われたもないわ」

 

 

納得できない気持ちがサレンの表情に現れる。

だがすぐに頭を振って、早く帰って子供たちに会いに行こう、とサレンは足早に帰路につく。

 

【サレンディア救護院】に帰ってきて、サレンは機嫌を良くして中に入ると、

 

 

「ただいま、みんな。ユウキも一緒に帰ってきたわよ」

 

「あっ、サレンちゃん、ユウキくんも……戻ってきたんですね」

 

「……ん? どうしたのペコリーヌさん、顔が暗いわよ?」

 

 

サレン達を出迎えてくれたペコリーヌにはいつもの笑顔はなく、何か気まずそうに表情を曇らせている。

 

 

「そ、それが……」

 

「――おかえりなさいませ、サレンさん」

 

「お、お邪魔してるっス〜……」

 

 

奥からやってきたのはトモとマツリ。

トモの顔を見たサレンは一瞬にして不機嫌な顔になり、そのままの勢いで口を開く。

 

 

「……また来てたの? 何か他に伝えるべきことが?」

 

「いえ、というよりは……今回の緊急の通知に対してサレンさんに改めて謝罪したく」

 

「悪いけれど、これに関しては見習い騎士から頭を下げられても気を良くすることはないわ」

 

「……っ」

 

「ちょ、サレンねーちゃん! そんな言い方ないっすよ〜!」

 

 

マツリが顔を強張らせサレンを咎めようとするが、トモがそれを手で制する。

 

 

「……それでも、改めて謝りたかったんです」

 

「トモが悪いわけじゃないのよ。今回の緊急の通知について、【王宮騎士団】からは最低限の礼儀ってものが感じられないのよ。団長であるジュンさんの性格なら、ご自身から訪ねに来るはずなのに、王宮の方に報告に行ってもそれがない」

 

 

サレンは大きくため息をつく。

 

 

「ねえ、今の【王宮騎士団】はどうなってるの? クリスティーナやオクトーさんが行方不明になってることと言い、妙な輩が王宮を出入りしていることと言い、明らかに変よ」

 

「…………おっしゃる通りです」

 

 

苦虫を噛み潰したような表情で、トモは目を伏せる。

 

 

「サレンさんには知る権利がありますし、私たちにもサレンさんにお伝えする義務があります。……ですが、その前に無礼を承知でお頼みしたいことがあります」

 

「頼み?」

 

 

トモはその場で、深く頭を下げて次の言葉を伝えた。

 

 

「お願いです……どうか、副団長として騎士団に復帰してください……!」




マホ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、はんなりとした狐の獣人族の少女。メルヘンで予測不能な魔法が敵味方にもたらされる。
独特な世界観を持ち、自らをマホマホ王国のマホ姫と名乗る。そのためか、ギルド内では時々本当にお姫様扱いされ、誰も彼女には頭が上がらない。
自身を助けてくれたユウキを王子と呼び、自身の故郷に招待しようと色々と考えている。魔法の扱いが得意だが、偶に自分が何の魔法を唱えているのかわからなくなるときがあるようだ。



終炎のエリュシオンお疲れ様でした。
今回は私の想像を遥かに超えてレイドボスが討伐されて驚きました。
さて、これを読んでいる皆様も恐らくはミロクを討伐し終えているかと思いますが、正直個人的には嫌な予感がひしひしとしております。最後になんか余計なことしそうなんだよねあいつ。
メインストーリー更新は12/23ですし、それまで待ちきれないですね。


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キミは希望を忘れない

特撮界隈ではクリスマスの時期に衝撃的なストーリーを視聴者にお届けする風潮があるようですね。

つまりはそういうことです。


ユウキ達が帰ってくる少し前。

ペコリーヌは救護院に来てから日課のように料理の準備をしていた。

子供たちにも魔物料理を振る舞ってあげようとしたことがあるが、見た目がトラウマになりかねないとスズメに全力で止められており、普通の料理を準備している。

 

 

「ペコリーヌさ〜ん、今いいですか?」

 

「スズメちゃん?」

 

 

ペコリーヌは火を止めて、後ろを振り返る。

救護院のメイドであるスズメは慌てたように、

 

 

「雲行きが怪しいですので、洗濯物を回収するの手伝ってもらえますか?」

 

「あっ、はーい! ちょっと待って下さいね〜?」

 

 

ペコリーヌはスズメと一緒に中庭に出て、干されている沢山の洗濯物を用意した籠に入れていく。

 

 

「すみません、料理をしている最中でしたのに……」

 

「いえいえ、気にしないでください♪ これくらいならお安い御用です☆」

 

 

ペコリーヌは笑顔で答えながら、ふと空を見上げる。

まだ時間帯としては4時。日が傾いてくる頃合いだが、分厚い曇り空の所為かかなり暗い。

 

 

「ひと雨降りそうですね……。ユウキくんたち、夕立に遭わないといいですけど……」

 

「そうですね。こんなことならお嬢さまに傘を持っていただくべきでしたね……」

 

 

これからの天気の荒れ模様を予想し、心配する二人。

だが、そんな憂鬱の最中に来客者が現れる。

 

 

「……ごめんください」

 

「……ん? この声……、すみませんちょっと待って下さ〜〜い!」

 

「いえ、中庭に居たんですね。私たちがそちらに向かいます」

 

 

スズメが玄関の方に向かうのを制止して、中庭に二人組がやって来る。

片方は午前中にもサレンを訪ねにやって来て……――

 

 

「どうも、スズメさん。サレンさんは……まだお帰りになられてないようですね」

 

「やっぱり、【王宮騎士団】のトモちゃんとマツリちゃんですね!」

 

「えっ……」

 

 

ペコリーヌの声は三人には聞こえていなかった。

トモとマツリはスズメに挨拶をしたあと、奥にいたペコリーヌにふと目が行く。

 

 

「あのおねーさんは?」

 

「最近救護院で働いているペコリーヌさんですよ」

 

「ど、どうも〜……」

 

「……? 彼女、どこかで見たような……」

 

 

トモの呟きにペコリーヌは肩が少し震える。

トモはペコリーヌに何か既視感を覚えたが、今は捨て置くことにして、スズメに向き直る。

 

 

「すみません、サレンさんがお戻りになるまで救護院でお待ちしてもいいですか?」

 

「え? ああ、それは構いませんけど……」

 

 

ひと雨降りそうだし、このまま帰すのは少々忍びないと判断したスズメは二人を救護院の中へ招き入れる。

 

 

「………………………」

 

 

ペコリーヌの居心地の悪そうな顔を、誰も見ることはなかった。

 

 

 

 

 

時間は戻る。

 

トモは深く頭を下げて、サレンに副団長として騎士団に復帰してもらうよう頼み込む。

サレンは怪訝な表情で口を開く。

 

 

「…………色々と言いたいことはあるけれど。まずそれは【王宮騎士団】の指示?」

 

「いいえ、これは私個人のお願いになります」

 

「……それは」

 

「皆まで言わずとも理解しています。私にそんな権限はありません」

 

 

サレンは口を開きかけて、やめる。

そのままトモの言葉の続きを待つ。

 

 

「……先程サレンさんが仰ったように、今の【王宮騎士団】はあまりにも歪です。サレンさんは【リッチモンド商工会】というギルドをご存知ですか?」

 

「えっ」

 

 

 

> 【リッチモンド商工会】?

 

 

 

それまで黙っていたペコリーヌとユウキが反応する。

 

 

「んん? ユウキさんたちは知ってるんスか?」

 

「え、ええ。前にギルド管理協会からの依頼でご一緒したことがあります……」

 

 

マツリの質問にペコリーヌは遠慮がちに答える。

ユウキはそれを横目で確認しつつ、同意するように頷く。

 

 

「……あたしも前にアキノさんから聞いたことがあるわ。お世辞にも商人としてマナーのよろしくないギルドマスターだった、って。クレジッタって言ったかしら?」

 

 

あのアキノさんが商談の仕事で愚痴をこぼすなんてよっぽどの事よ、とサレンは付け足す。

トモはそれなら話が早いと、言葉を続ける。

 

 

「サレンさんも既にご存知だと思いますが、王宮を出入りしているあの傭兵達はそのクレジッタ・キャッシュが連れてきたそうなんです。王宮の仕事を手伝う代わりとして、我々が王宮に出入りする事を認めてほしい、と」

 

「……無茶苦茶な事を言っているわね。……まさかとは思うけど」

 

「ええ、あろうことがそれをジュンさんが認めたそうなんです」

 

 

サレンの顔が険しくなる。側にいたスズメも驚きで固まってしまった。

 

ユウキはかつてジュンに言われたことを思い出す。

王宮は基本的に貴族しか出入りを許されず、トモのような騎士団の団員でも平民ならば王宮内に入れないらしい。

 

 

「クレジッタ・キャッシュは成り上がりの商人ですが、貴族ではありません。どんな交渉があったかはわかりませんが……結果として【リッチモンド商工会】は出入りを認められています」

 

「でも、連れてきた傭兵たち、すんごいガラの悪いやつで。街でも見回りなんて言って度々問題を起こしてるみたいなんスよね。自分たち【王宮騎士団】はランドソルを守る正義のヒーローなのに、これじゃ悪の組織っスよ〜……」

 

 

素性の分からない傭兵たちを王宮内に出入りしているのを許しているために、貴族からの風当たりも強く、街で問題を起こすため住民からも批判が出る。

【王宮騎士団】の立場はかなり厳しくなっているようだ。

 

 

「…………ッ」

 

 

ぎり、とペコリーヌから小さく歯ぎしりが聞こえる。

ユウキが大丈夫か尋ねると、大丈夫です、と小さく返ってくる。

 

顔は伏せていて分からないが、大丈夫そうには見えなかった。

 

 

「私たちなりに何とかしようとはしたんですけれど、そもそもジュンさんが中々掴まらなくて」

 

「ようやく話ができても、なんかそっけないし。門番の仕事も別の団員に任せっきりで、全然姿を見せてくれないんスよね。まるで人が変わったみたいっス」

 

「団内も連携が取れず、士気もボロボロです。……もうサレンさんでないとどうしようもないんです。お願いです、どうか戻ってきてください……‼」

 

 

トモは、そしてマツリも併せて深くサレンに頭を下げる。

サレンは二人の態度に対し、だんまりと静かに見つめている。

 

院内にさあさあ、と雨音が流れる。

どうやらかなり強めの雨が降り出したようだ。

 

どれだけ雨音が流れたか、その後にサレンは大きくため息をつく。

そして何かを言おうとして口を開け……上からの足音で閉じる。

 

現れたのは、コッコロとカリザだった。

 

 

「……珍しい組み合わせね。どうしたの二人とも?」

 

「……いえ、その。かなり強い雨が降り出して。風の精霊たちも少し騒がしくしているのです」

 

「ああ、確かにかなり強い雨ですね。洗濯物回収しておいて正解でした」

 

「んなのんきな話は良いんだよ。それより気づいてねえのか?」

 

 

スズメのホッとした態度にツッコミを入れつつ、カリザは窓の外を指差す。

 

 

「……外がどうしたの?」

 

「街の方からゾロゾロと何か来てるぞ。アイツら、てめーの古巣の奴らじゃねえのか?」

 

「…………っ⁉」

 

 

古巣、と言われてサレンは嫌な予感がして、窓から外を覗き込む。

 

雨の所為で視界がかなり悪いが、奥から無数の人影がまっすぐにこちらに向かってくる。

その人影は鎧を着込んでいて――

 

 

「スズメ、カリザ」

 

「は、はいっ」

 

「あ?」

 

「子供たちを連れて、裏口から避難して。【牧場】に……いや、【フォレスティエ】に子供たちを匿ってほしいの」

 

「え、ええ?」

 

「おい、なんでオレがンなことしなきゃなんねえんだ!」

 

 

スズメは困惑し、カリザは反抗する。

反応が読めていたと言わんばかりに、サレンはカリザに向き直る。

 

 

「カリザ。あんたはもう体が治ってるわよね?」

 

「それが何だってんだ?」

 

「あんたの実力を見込んで、子供たちを守ってほしいの。道中何があっても良いように。あんたの実力なら任せられる。子供たちも、きっとあんたの後を安心してついていくはずだわ」

 

 

このとおり、とサレンはカリザに頭を下げた。

カリザはサレンのその姿に驚き、何も言えなくなってしまう。

そして数巡の後に、

 

 

「………………オレを顎で使う借りはでけえぞ」

 

「分かっているわ」

 

「ふん……」

 

 

カリザはサレンから目を逸らして、スズメに目を向ける。

 

 

「おら、ダメイド! とっととオレを【フォレスティエ】とかいうところに案内しやがれ‼」

 

「え、ええ⁉ ちょ、ちょっと待ってください! 子供たちを呼んできますから〜〜〜〜……!」

 

 

カリザとスズメは階段を登っていき子供たちを集めに行った。

 

サレンは次にコッコロに声をかける。

 

 

「さあコッコロ、あんたも行きなさい」

 

「お断りいたします」

 

「ちょ……っ」

 

 

即答で拒否された。

 

 

「あのね、コッコロ。あたしの予測では、このあたりはもう少しで……」

 

「戦いの場になるとおっしゃるのであれば、なおのことわたくしは主さまのお側におります」

 

「なっ…………〜〜〜〜っ!」

 

 

サレンはユウキを睨みつけたあと、はあ、と大きくため息をこぼした。

 

 

「……無茶はしないようにね」

 

「大丈夫です! コッコロちゃんはわたし達と一緒に大陸中を渡り歩いて色んな魔物と戦っていますから☆」

 

「子供たちには危険な真似をしてほしくないんだけどね……」

 

 

もはや諦めたようにサレンは首を振る。

次に、蚊帳の外になっていたトモはおそるおそる声をかける。

 

 

「あの、サレンさん? さっき、この場が戦場になるって……」

 

「ええ。【王宮騎士団】は何かに掛かりっきりだったんでしょう? なのにこっちにあれだけ人を寄越すってことは……」

 

 

救護院に攻めてくることが【王宮騎士団】の計画の一部であるということだ。

 

 

 

 

 

ざあざあ、と雨が降りしきる。

 

ユウキ達六人は救護院を出て、ゾロゾロと横に陣を組む【王宮騎士団】と対峙する。

 

 

「ゾロゾロと、随分大所帯ですね。そんな報告事前に受けていませんよ……――ジュンさん?」

 

 

サレンは剣を抜きその切っ先を、陣の後ろ側に立つ団長――ジュンに向ける。

 

 

「……それはすまないね。しかしこうでもしないと……そこにいるお尋ね者はまた逃げてしまうからね」

 

 

返すようにジュンは剣を抜き、切っ先をペコリーヌに向けた。

ペコリーヌはビクリと震え、その表情に焦りが生まれる。

 

 

「ペコリーヌさんが、お尋ね者?」

 

「……そうか。どこかで見た顔だと思えば、ギルド管理協会から張り出された人相書きに似ているんだ!」

 

 

トモはペコリーヌの顔を見て思い出す。

隣りにいたマツリが驚いて、

 

 

「ええ⁉ じゃあこのおねーさん、悪いヤツなんすか⁉」

 

 

 

> 違う! ペコさんは何も悪いことはしてないよ!

 

 

 

「ユウキ、くん……」

 

 

マツリの追及にユウキは大声で否定する。

そのままユウキはペコリーヌの前に立ち、庇うように剣を構える。

 

 

「……それは違うよ、少年。彼女はあろうことか、この国の王であるユースティアナ陛下の名を騙ったんだ。それは世間一般では不敬罪と言うんだよ」

 

 

 

> ペコさんが本当のユースティアナだよ!

 

 

 

「……何を根拠にして言うのかな?」

 

「根拠なら……あります!」

 

 

ユウキの後ろで震えていたペコリーヌは、ユウキの隣に立ち剣を構えながら頭のティアラを指す。

 

 

「この王家代々に伝わる『王家の装備』こそ、わたしが正当なプリンセスとして与えられたものです。アストライア王家は王位を継ぐ前に、この装備を身に着け、武者修行をするのです!」

 

「では、ペコリーヌさまが……本当にこの国の……」

 

 

コッコロは呆けて、ペコリーヌを見つめる。

 

 

「そんな記録は王宮に存在しない。……ユースティアナ陛下の名を騙る狼藉者が王宮に侵入し、『王家の装備』を盗み出した、という記録ならばあるけれどね」

 

「……っ、それは!」

 

「なるほどね……読めてきたわよ」

 

 

噛みしめるようにサレンは何度も頷く。

そして――一歩前に踏み出して、剣を構える。

 

 

「…………何のつもりかな?」

 

「ねえジュンさん? あたしは普段商談の仕事をしてるのは、当然ご存知ですよね?」

 

「ああ。サレンちゃんが【王宮騎士団】を退団してしばらく経つが、特に最近になって君の存在が有り難かったとよく思うようになったよ」

 

 

それはどうも、とサレンは短く答える。

 

 

「……で、商談っていうのは大抵、事情に詳しい人ともお話することもあるわけです。最近あることをよく耳にするようになったんですよね」

 

「………………………」

 

「かのユースティアナ陛下は獣人族だ、と」

 

「…………‼」

 

「なっ、それは……!」

 

 

ペコリーヌは目を見開いてサレンを見つめ、トモは驚愕の声をあげる。

 

トモは思い出す。

それはクリスティーナが【自警団】に対して事を起こした日の事だ。

彼女は言っていた。この国は獣人族との軋轢があるにも関わらず、この国のトップは獣人族であり、その側近も獣人族である、と。

 

何を荒唐無稽なことを、とトモは胡乱な顔でクリスティーナを非難したが……。

それをサレンが言うのであれば話は別だ。

 

 

「さ、サレンねーちゃん? いきなり何言ってるんスか?」

 

「あたしはね、クリスティーナの前任の副団長なのよ。一度だけだけれど、前王陛下夫妻に謁見したこともあるわ。……お二人はヒューマン。特に前王陛下はハニーブロンドの髪だったわ。ちょうどペコリーヌさんと同じ色ね」

 

「……! サレンちゃん、お母様にお会いしたことが……」

 

 

サレンは振り返り、ペコリーヌに微笑んだあとに続ける。

 

 

「そもそも、ヒューマンのお二人から何をどうしたら獣人族が生まれるのかしらね? むしろそっちの根拠を説明してほしいのですけれど?」

 

「……それはあくまで市井の噂話だろう? そんな事実無根の噂についての根拠など説明のしようがないね」

 

「あら、これはユースティアナ陛下に謁見された貴族からの確かな情報なのですけれど?」

 

「………………っ」

 

 

ピクリ、と鎧が小さく揺れる。

表情こそ見えないが、ジュンが少し動揺した確かな証拠だ。

 

ざあざあ、と雨が強くなる。

雨が風に乗って斜めから叩きつけられる。

しかし、そんなものに顔をしかめることなく、この場にいる全員は真剣な表情で見つめ合っていた。

 

そんな雨風に包まれる静寂を切り裂いたのが――

 

 

「ハーッハッハッハ☆ こうもあっさりと論破されるとは、情報というカードが足りなかったようだな、団長?」

 

「なっ――」

 

 

騎士達の陣形を切り裂くように現れたのは、サレン達を驚愕させるほどの存在感を放つ人物だった。

 

 

「あ、あなたは……⁉」

 

「「クリスティーナ⁉」」

 

「おばさん⁉ なんで……――ひいっ⁉」

 

 

おばさん、とマツリが口にした瞬間、クリスティーナからマツリに向けて鋭い斬撃が飛ばされた。

 

マツリは悲鳴をあげながらそれをサイドステップで躱すが、クリスティーナはそれを見てふん、と鼻を鳴らす。

 

 

「……言葉選びには気をつけろよ、仔猫ちゃん? 今のワタシはか な り 機嫌が悪い。迂闊な事を言って剥製になりたくはないだろう?」

 

「ひ、ひいぃ……」

 

 

クリスティーナの低い声音には重厚な殺意が込められている。

明確に向けられたマツリはガクガクと震え、一歩後ずさった。

 

 

「どういうことだ……。なぜあなたが【王宮騎士団】にいる、クリスティーナ!」

 

「そうよ! ノゾミさんの話じゃあんた行方不明だったはずでしょ⁉」

 

 

サレンはクリスティーナの行方を訪ねに来たノゾミの事を思い出して困惑する。

ノゾミの名前が出たクリスティーナは自嘲気味に口の端をわずかに吊り上げる。

 

 

「……まったく。探せなどと頼んだ覚えはないのに……」

 

「質問に答えなさいよ! だいたいね……」

 

 

サレンは前に出てきたクリスティーナの顔を剣で指す。

 

 

「その趣味の悪い仮面は何? あんたが顔を隠すなんてキャラじゃないわよ!」

 

「仮面については触れるな! ワタシが一番自覚しているからな」

 

 

そう、クリスティーナには目を隠すように金の刺繍の入った仮面がつけられている。

 

クリスティーナは不機嫌そうに続ける。

 

 

「……それと、オマエたちは勘違いしているようだから訂正しておこう。ワタシは【王宮騎士団】に出戻りしたわけではない。あくまで個人的に【王宮騎士団】に協力することになっただけだ。……不本意だがな」

 

「はあ? 全然意味が分からないわ……」

 

「分からないならこう言い換えてやろう」

 

 

一転して愉快そうに、クリスティーナは剣を抜きその切っ先をペコリーヌへと向けた。

 

 

「ワタシはそこにいるお姫さまを捕まえるために、【王宮騎士団】と行動している、ということだ☆」

 

「……っ!」

 

「あ、あなたは……今度はペコリーヌさまに火の粉を振りかけるおつもりなのですか⁉」

 

 

コッコロは槍を構え、ペコリーヌを庇うようにユウキの隣に立つ。

 

 

「今のお話で確信いたしました。此度に義があるのはペコリーヌさまです! そのような不当な正義で、ペコリーヌさまを連れて行かせることなど許しません!」

 

「コッコロ、ちゃん……」

 

「ふ、もとより仲良しこよしで拘束できるなどハナから思っていない。そのために、これだけの人数をこちらに寄越したのだからな」

 

 

陣を組んだ騎士たちは、クリスティーナの仰ぎで一歩前に出る。

 

 

「勝手に指示を出さないでもらおうか、クリスティーナ」

 

「おいおい、硬いことを言うなよ。どうせやることは同じだろう?」

 

「……っ?」

 

 

ジュンはクリスティーナの勝手な指示を咎める。

その短いやり取りに、トモは一瞬だけ顔をしかめた。

 

 

「そら、行け団員たちよ! あのお姫さまを捕まえてこい!」

 

 

クリスティーナの号令により、騎士達は出陣を始める。

 

ユウキ達は向かい打とうとするが、後ろから素早く駆け出したペコリーヌが、ユウキに声をかける。

 

 

 

> ペコさんっ⁉

 

 

 

「ユウキくん、いつものお願いします‼」

 

 

いつもの、それが何を指すのかすぐにわかったユウキは剣を構え、ペコリーヌ達を強化する。

 

 

「これだけ雨が強いなら……あの技を使えます!」

 

 

びしゃびしゃ、と地面を浸す雨水を己の足で叩く音を聞いて、ペコリーヌは剣を下段に構える。

 

 

「変則的全力剣技――プリンセススプラッシュ‼

 

 

そのまま地面を切るように切り払うと、雨水は津波のように勢いを増し、扇状に衝撃が発生する。

 

衝撃は突っ込んできた騎士団員たちを呑み込み、そのまま後方へと吹き飛ばす。

ゴロゴロと周りの騎士を巻き込みながら地面を転がっていき、騎士たちは動かなくなってしまう。

それを見たペコリーヌは申し訳無さそうに呟く。

 

 

「ごめんなさい……ですがわたしは……、……⁉」

 

 

言葉は続かなかった。

自身に近づく影を見て、ペコリーヌは剣で防御をとる。

ガキン、と剣と剣がぶつかる音が響く。

 

 

「ハハハ! ようやくこのときが来たな、お姫さま! 何度お前と斬り結びたいと思っていたか!」

 

「わ、わたしはそんなこと、望んでないんですけれど……っ!」

 

 

剣と剣の睨み合いは、クリスティーナがそのまま押し飛ばし一度離れる。

 

 

「しまっ……⁉」

 

 

ペコリーヌの体制が崩れたところを、クリスティーナはニヤリと切り払おうとして――

 

 

「風の精よ――!」

 

 

風の精霊がペコリーヌを守り、クリスティーナの剣は精霊によって受け止められた。

 

 

「なにっ……?」

 

「「はああああっ‼」」

 

 

今度は隙だらけになったクリスティーナを、サレンとトモが斬りかかる。

身動きが遅れたクリスティーナに命中する――かと思われたその時、クリスティーナの姿は幻覚のように消え、ペコリーヌ達からは数歩後ろに下がった場所に立っていた。

 

 

「くっ……」

 

「相変わらず反則じみた回避能力だわ……!」

 

「ふふふ、水を差すような真似を……などと言うつもりはないぞ。むしろ乱戦になるのは好都合だ!」

 

 

ククク、と本当に楽しそうにクリスティーナは笑う。

しかし、と彼女はトモに問いかける。

 

 

「先程から思っていたが、オマエはそちら側で良いのかい?」

 

「……自分なりに考えた」

 

 

トモは独りごちるように呟く。

 

 

「今の【王宮騎士団】に正義はない。街の問題に対処しようともせず、王宮の盾としての最低限の責務も果たそうとせず。あまつさえ、お守りするべき陛下も偽物だというのなら、私は喜んであなた達の敵になろう!

……何より、本物の王家の方がこちらにおられるのであれば、その方を守るための盾となろう‼」

 

「トモちゃん……!」

 

「……ふ、そうか」

 

 

クリスティーナは仮面越しに穏やかな笑みを浮かべる。

しかしそれも一瞬のこと。すぐに獰猛な戦士のように豹変する。

 

 

「ならば言葉は不要か。さあ、存分に―――――」

 

 

 

「―――――そう、ならお前も邪魔者ね」

 

 

 

紫紺の稲光が迸った。

 

ペコリーヌを中心に、上空から無数の雷が振り落とされる。

魔力の流れを感じ取ったペコリーヌ達とクリスティーナはその場から飛び退き、直撃を避けることはできたが。

 

 

「今のは魔法……?」

 

「今の、雷の魔法は……」

 

「まさか……⁉」

 

 

見覚えのある魔力の奔流を見て、ペコリーヌとコッコロは困惑の声を出してしまう。

 

そして、同じく回避したクリスティーナは忌々しげに後を振り返る。

 

 

…………おい、何のつもりだ

 

 

その声には先程マツリに向けた殺気よりも更に重厚な殺意が込められていた。

 

向けられた少女はそよ風に吹かれたように、抑揚のない声で返答する。

 

 

「焦れったい戦いを見せるからよ。だいたい、この程度の戦力であの単細胞女を止められるとでも? 何のために【リッチモンド商工会】を抱き込んだと思っているのかしら?」

 

 

その少女は後ろにゾロゾロと傭兵たちを連れていた。

黒髪の、白いメッシュ。魔導書が乗った杖をフラフラと振りながら歩く姿。

金の刺繍の入った仮面をつけた、黒猫の獣人族。

 

 

「きゃ、キャル、ちゃん…………?」

 

 

ペコリーヌはその少女の名前を思わず口にしていた。

キャルはそれに特に反応することはなく、その視線はなおもクリスティーナに向けられていた。

 

 

「自分たちに任せておけとか偉そうに言うから任せておけば……。時間がかかるどころか劣勢じゃないの」

 

「フン、信頼の置けんヤツに保険をかけるほどワタシは酔狂ではない。邪魔をしにきたのなら王宮に引き籠もっていろ」

 

「黙れ。言葉を慎め。あたしは陛下の名代でここに立っているのよ」

 

 

陛下の名代。

その言葉にペコリーヌ達は各々困惑の反応を見せた。

 

 

「ぇ…………?」

 

「キャルさま……?」

 

「あんた、何を言ってるの……?」

 

 

ペコリーヌはフラフラと、キャルに近づくべく一歩踏み出そうとする。

しかし、

 

 

「いけません殿下!」

 

「……っ、でもあの子はキャルちゃんです! こんなの、何かの間違い……」

 

「その女です! あなたの名を騙る者の側近は! わたしは、そいつが王宮から出てくるのを見たことがあります!」

 

 

トモの言葉に、ペコリーヌは信じられないものを見るような顔で彼女に振り返る。

 

 

「そいつの表側の肩書は王宮勤めの貴族です。しかし、今の国王陛下が偽物であれば、そいつの肩書もどこまで真実か――」

 

 

トモの言葉は続かなかった。

 

雷が落ちるように、先程よりも強化な雷撃魔法がトモ目掛けて落とされた。

雷撃の衝撃で爆発が起き、爆発で上に吹き飛ばされたトモはバシャリ、と地面に叩きつけられ、グッタリとそのまま倒れてしまう。

 

 

「と、トモねーちゃんッ‼」

 

 

後ろで怯えていたマツリは、倒れるトモに駆け寄る。

サレンも急いでトモの側に駆け寄り、様態を確認する。

 

 

「トモねーちゃん、トモねーちゃん!」

 

「……辛うじて息はあるわ。けれどこのままじゃ……」

 

 

予断を許さぬトモの様態にサレンは歯噛みする。

 

 

「キャルさま……なんという、ことを……」

 

 

震える声で、コッコロはキャルを見つめる。

それに応えてか否か、キャルは口を開く。

 

 

「……お前たちは一人残らず全員邪魔者よ」

 

 

キャルは魔法杖で一人ずつ指して、続ける。

 

 

「陛下に追い落とされてなおウロチョロするお前も」

 

「…………ッ!」

 

「陛下の目の上のたんこぶなプリンセスナイトと、その自称従者も」

 

 

 

> ……っ?

 

 

 

「キャルさま……!」

 

「騎士団の一員のくせに、騎士団を裏切って余計なことをベラベラとほざくそこのゴミと、その舎弟も」

 

「あ、アンタ……ッ!」

 

「騎士団の関係者のくせに、陛下の手を煩わせるそこのエルフもね」

 

「……それが、あんたの本性だとでも言うの?」

 

 

震える声で何とか紡ぎ出し、サレンは眦を上げて怒鳴る。

 

 

「答えなさい、キャルッ!!!!!」

 

「違いますッ!!!!!」

 

 

遮るように、ペコリーヌは大声をあげる。

 

 

「キャルちゃんはこんなことしません。確かに、普段からちょっと口は悪いし、好き嫌いもするけれど、こんな酷いことをするような子じゃありません!」

 

 

ペコリーヌは先程と違い、しっかりとした足踏みでキャルに一歩ずつ近づいていく。

 

 

「きっと……、そう、きっと誰かにむりやりこんな事やらされてるんです。本当のキャルちゃんは、とっても優しい子なんです……っ」

 

「………………」

 

 

ペコリーヌの言葉に、何故かクリスティーナは目を逸らした。

 

 

「きっとその仮面ですね? その仮面のせいで、こんな事を……」

 

「それ以上寄るな」

 

 

ぴしゃり、とキャルは切り捨てる。

ペコリーヌの穏やかな笑みが、その一言で凍りついてしまう。

 

 

「黙って聞いていれば……本当に能天気な単細胞女ね。陛下の評価は何も間違ってなかったわ」

 

「陛下って――!」

 

 

それ以上言葉を続けられず、ペコリーヌは目を見開いて剣を構え、攻撃に備える。

 

ペコリーヌが何かを言う前に、キャルの破壊魔法による光線がペコリーヌに叩きつけられる。

衝撃で後ろに滑り、ダメージのせいで剣を杖代わりに支える。

 

 

「キャル、ちゃん……」

 

「……気が変わったわ」

 

 

キャルは次に、空へと浮かんで魔法杖を天に向ける。

そのまま魔法陣が展開され、雨空に大きな雷撃の球が発現する。

 

 

「……! 待て、何をするつもりだ!」

 

「どうせ陛下の邪魔者はみんな死ぬのよ。どこで死のうが、どこで殺そうが変わらないわ」

 

「おいオマエ、何を言っている?」

 

 

味方であるはずのジュンとクリスティーナはキャルの突然の行動に驚き、軽く狼狽している。

 

バチバチと雷撃は大きく迸る。

 

 

「このあたり一帯を全て巻き込むつもりか‼」

 

「陛下の敵は死ね、陛下の邪魔者は死ね、一匹残らず――全部死に晒せッ!!!

 

 

もはやキャルには誰の言葉も聞こえていない。

 

バリバリ、と魔力の質が強くなり、雨が降りしきるように辺り一帯に紫紺の雷が降り注いだ。

 

 

「いけない――!」

 

「主さま、ペコリーヌさま――!」

 

 

サレンとコッコロは直前に行動し、防御魔法を展開した。

 

救護院一帯が、魔力の光に飲み込まれていく―――――。

 

 

 

 

 

強い閃光が収まったあと、一帯は荒れに荒れていた。

 

極大の雷撃魔法の余波で雨雲は吹き飛び、地上とは打って変わって綺麗な星空が広がる。

そして……地上も魔法の残滓によってバチバチと稲光が地面を駆け回っていた。

 

倒れていた騎士団員たちはジュンの防御魔法によってダメージは防がれたが、魔法の余波で散り散りに飛ばされていた。

反してキャルが連れてきた傭兵たちはキャルの魔法に巻き込まれまいと逃げようとしたのか、ジュンやクリスティーナの遥か後方で黒焦げになって倒れていた。

 

そして――

 

 

「……ぅ、く……」

 

「………、かはっ……」

 

 

防御魔法で防ぎきれず、ダメージに呻くコッコロとサレン。

 

コッコロはユウキとペコリーヌを守るために風の精霊たちに集まってもらい、自身に強力な防御魔法を掛けて盾になることで凌ごうとしたが、キャルの魔法の威力が上回り攻撃を受けきれず、所々が火傷のためか焦げ、コッコロは倒れてしまった。

 

 

 

>コッコロちゃん!!!

 

 

 

「サレンねーちゃんッ⁉」

 

 

一方サレンは攻撃がトモやマツリだけでなく、後方の【サレンディア救護院】のギルドハウスにまで飛んでくることを確信したために、広範囲の防御魔法を何とか展開したが、防御魔法を維持するために魔力を注ぎ続けたことと、魔法を受け止め続けた反動により、ダメージが許容量を超え倒れてしまう。

 

 

「まだ生きているのか……大人しく死ねば良いのに……っ!」

 

 

地上に下りてきたキャルは苛立たしいのを隠そうともせず、仮面の奥の表情を憤怒で歪ませる。

 

 

「キサマ……自分が何をしたのか分かっているのか?」

 

「ええ。役に立たない騎士共の尻拭いよ」

 

 

かける言葉が見つからない、とクリスティーナは諦めたように首を振る。

 

この女は一時の感情で大量破壊魔法に近しい威力の魔法を、街から近いこの場所で、味方である【王宮騎士団】を巻き込むことも顧みず無遠慮に放ったのだ。

 

防御魔法を展開した者たちがいなければ、犠牲者が増えていただろう。

 

 

「キャルちゃん、どうして……!」

 

 

もはやキャルの意志の有無は関係ない。

彼女のしたことは許されるものではない。

しかし、これまで【美食殿】の仲間として沢山の冒険と思い出を共有した時間のせいで、ペコリーヌがキャルを憎めないでいる。

 

 

「や、やっぱり誰かに洗脳されてるんです。いつものキャルちゃんなら、こんなこと……――」

 

「とっとと死ねえ――‼」

 

 

有無を言わさず、キャルは破壊魔法の光線をペコリーヌに狙い撃つ。

 

この射線は、自分達を庇ってくれたコッコロまで巻き込んでしまう……!

 

 

「う、ぐぅ……ッ⁉」

 

 

ペコリーヌは自分が前に出て、魔法を受け止める。

直撃した為に、先程剣で受け止めた時よりもダメージは大きい。

 

 

「きゃ、キャル……ちゃん……、もう、やめて……」

 

「死ね、死ね! 早く死ねぇッ‼」

 

 

怨嗟を叫びながらキャルは破壊魔法をペコリーヌに打ち続ける。

 

 

「止せ! それ以上は本当に死ぬぞ‼」

 

「拘束するのが計画の一つじゃなかったのか‼」

 

 

見ていられないとジュンとクリスティーナもキャルを止めに入る。

しかし、

 

 

「……っ⁉」

 

「おのれ……これもまた一興とでも言うつもりか……っ!」

 

 

二人はキャルに数歩近づくと、ピタリと体が動かなくなってしまった。

 

 

「……ぅ、ぁ……っ」

 

 

何度も魔法を受け、ペコリーヌの体はボロボロになっていく。

そしてついに彼女は膝をついてしまった。

 

 

 

> ペコさん!!!

 

 

 

「ユウキ、くん……だめっ、来ちゃ……――」

 

「死ねって言ったら、早く死になさいッ!!!!!」

 

 

次に放たれた破壊魔法は先程よりも威力の高い攻撃魔法であり、太い光線がペコリーヌと、彼女に駆け寄るユウキに目掛けて飛んでいく。

 

 

「ユウキくん……っ」

 

 

ペコリーヌは駆け寄るユウキを、力を振り絞って突き飛ばした。

そして、

 

 

「……っ、あああぁぁッ⁉」

 

 

直撃こそ避けたものの、破壊魔法が着弾したその爆風でペコリーヌは打ち上がり、地面に叩きつけられる。

 

ペコリーヌはそのまま立ち上がれなくなってしまった。

 

 

「ようやく大人しくなったか……」

 

 

キャルは倒れ伏したペコリーヌに歩み寄り、その頭を踏みつける。

 

 

「く……ぐぅ……」

 

 

キャルのヒールがペコリーヌの顔に食い込み、ペコリーヌは苦悶の声をあげる。

とどめを刺そうと、キャルは魔法杖を構えその先端に魔力の奔流を集める。

 

その刹那。

 

 

「や、やあああっ‼」

 

 

キャルの近くを掠めるように、雷撃の魔法が駆け抜ける。

キャルはそちらに注目が行き、ユウキ達に駆け寄る人物に気づくのが遅れてしまう。

 

 

「イリヤさんっ」

 

「問題ない、魔力で捕まえた! 飛ぶぞッ‼」

 

 

ユウキ達を魔力で包み、イリヤは転移魔法を展開する。

その瞬間、イリヤは倒れたペコリーヌを見て躊躇いがちに呟く。

 

 

「今は許せ、ペコリーヌよ――」

 

 

イリヤとヨリは、ペコリーヌを除いたユウキ達と共にこの場から転移魔法で消失した。

 

 

「転移魔法……【悪魔偽王国軍】か……」

 

 

現れて消えていった人物を思い出し、そのギルドハウスがある方向を見やり、歩き出そうとする。

そんなキャルの首筋に剣が二つ当てられる。

 

 

「どこへ行くつもりだ?」

 

「これ以上勝手なことをされては困るな」

 

「下がりなさい。あたしは陛下の邪魔者を狩りに行くのよ」

 

「そもそもこの作戦は、そこに倒れている()()()を拘束するための行軍だろう? ならば目的は達せられているはずだ」

 

 

ジュンの一言に、キャルは大きく舌打ちをする。

 

 

「……だったら、お前たちが捕まえてきなさい」

 

「断る」

 

「…………ああ??」

 

 

クリスティーナが一蹴したことに、またしてもキャルの顔に苛立たしさが浮かぶ。

 

 

「ワタシはあくまでそこのお姫さまを拘束するために協力していただけに過ぎん。それは作戦行動の範疇から大きく逸脱している」

 

「【王宮騎士団】としても、倒れた団員たちを放置して別の作戦に移るという行為は出来ない」

 

「……あたしは陛下の名代よ? あたしの言葉は陛下の言葉に等しいわ。お前たちも陛下に楯突くつもりか?」

 

「粋がるなよ小娘が」

 

 

クリスティーナの声音に怒りが混ざる。

 

 

「ワタシが陛下の名代ごときに従うとでも思ったか? そもそもキサマにはワタシ達を顎で使うほどの権力も、信頼も、責任もない」

 

「そうでないのなら、お前が連れてきたあの傭兵たちを、まずは自分でどうにかしたまえ。連れてきただけで有効活用もせず、徒に犠牲にしたお前を陛下の名代として認めるつもりはない」

 

「………………………」

 

 

キャルの顔から感情が抜け落ちる。

キャルは体を軽く弛緩させ、一度俯いてから、

 

 

「どいつもこいつも……ッ‼」

 

 

足元にいたペコリーヌの顔を思い切り蹴飛ばした。

 

 

「ぐふっ‼」

 

 

それまで気絶していたペコリーヌは覚醒し、震えながら顔をあげる。

かすれる視界で何とかキャルを捉え、絞り出すように声を出した。

 

 

「……どう、して……」

 

「…………」

 

「どうして、こんな、ことを……」

 

 

この短い時間で、ペコリーヌはキャルに対する思いがグチャグチャになり始めていた。

 

 

「コッコロちゃんが、あんなになるまでまもってくれたのに……キャルちゃんはなにも、おもわなかったんですか……?」

 

「…………」

 

「さっき、の……まほうで……、ユウキくん、をまきこむかもって、おもわなかったんですか……? キャルちゃんは……ためらわなかったんですか……?」

 

「…………」

 

「【美食殿】の……わたしたちのおもいでは、すべて、うそだったんですか……? キャルちゃんは、たいせつだって……おもってくれなかったんですか……?」

 

「…………、そうね……」

 

 

キャルは思い出に耽るように明後日の方向を見ながら呟く。

 

 

「散々魔物や虫を食わされて、珍味のために危険な場所に何度も行かされて……。そして、アンタたちと食べたご飯はとっても美味しかった」

 

「……!」

 

「海でやったバーベキューは楽しかった。一緒に正月を祝ったのも大切な思い出だった。そうね、アンタたちとの思い出は、あたしにとっても全部本物」

 

「キャルちゃん……!」

 

 

ペコリーヌの顔に希望の光が差し込む。

 

しかし、

 

 

――でも、それがなに?

 

「………………ぇ」

 

「【美食殿】での活動は全部楽しかったわ。でも、それはあたしが陛下を裏切る理由にはならない」

 

「……なんで」

 

 

ペコリーヌは、ずっと疑問に思っていたことを口にする。

 

 

「どうして、キャルちゃんは……あのおとこを、へいかって……」

 

「丁度いい機会ね。改めて自己紹介しておくわ――」

 

 

 

「――あたしはキャル。この世で最も絶対的な存在である覇瞳皇帝さまのプリンセスナイト。……そう、あたしは最初から()()()()なのよ」

 

 

 

「………………」

 

 

ペコリーヌの顔は、一転して絶望の淵に落とされた表情を浮かべる。

瞳孔の開いた瞳には、ニヤリと笑みを浮かべるキャルの顔が映る。

 

 

「ねえ、疑問には思わなかった? 外に出たら執拗に魔物に襲われるなんて。魔物に襲われやすい体質なんて都合のいい解釈してたけれど、そんな体質の人間なんているわけないでしょ」

 

 

キャルの笑みはペコリーヌを嘲笑するものへ変わっていく。

 

 

「あたしはね、陛下から魔物を操る権能を与えられてるの。それを上手く使えば、あたかもアンタに執拗に襲いかかって魔物の手でアンタが死んだように見せかけることが出来るからよ。

でも運が良かったわね。それはあたしが良かれと思ってやっただけで、陛下の本位じゃなかったのよ?」

 

「…………す」

 

 

ブツブツとペコリーヌは小さく呟く。

 

 

「うそ、です……そんなの、うそです……うそです…………」

 

 

ペコリーヌの目尻に涙が溜まり、肉体のダメージと精神的なショックが限界に来たのか、ペコリーヌは再び気絶する。

 

 

「ふん、気絶したか」

 

 

少しは溜飲が下がったのか、キャルの表情から険がほんの少しだけ取れる。

 

 

「お前たちもいい加減剣をしまいなさい。……お望み通り、あいつらはあたしが処理しておくわよ」

 

 

キャルは鬱陶しげに二人の剣を払い除けて、倒れた傭兵たちに歩み寄り、転移魔法で王宮へと連れて行った。

 

残された二人はキャルが消えた場所を見ながら呟く。

 

 

「……支離滅裂だな。ペコリーヌを拘束して()()()()にかけると言い出したのはアイツだろうに。そのうえ連れてきた奴らまで攻撃に巻き込むなど……」

 

「我々とは洗脳の質が違うのだろう。我々はある程度自由意思があるが、彼女にはあまりそれが感じられなかった。記憶、性格、能力――それらをもって、与えられた命令信号に対し効率的に達成される手段を短時間で更新し続けられている。だからあんな支離滅裂な言動と行動が取れる、といったところかな」

 

「はん、だから操り人形(マリオネット)というわけか……救いようがないほど哀れだな」

 

 

自嘲するように鼻で笑い、もっとも、とクリスティーナは続ける。

 

 

「どうしょうもなく救いようがないのは()()()()の方だがな、そうは思わないか?」

 

「………………………」

 

 

ジュンは答えず、倒れたペコリーヌを頭陀袋の中へ入れる。

そして、次に倒れた騎士たちに歩み寄り、介抱の準備をする。

 

それを見届けてから、クリスティーナは虚空を見つめ、ニヤリと笑う。

 

 

「さあ坊や達よ。ここから反撃できるか、底意地の見せ所だぞ」

 

 

その声はまるでユウキ達に期待している様だった。




トモ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、からかい上手の見習い騎士。古式ゆかしい剣技で巨悪を切り払い、己の正義を信じて戦う。
【王宮騎士団】の中でもまだまだ若い見習い騎士。たまにギルド管理協会での仕事をしており、平民であるため団内での立場は低い方である。
しかし、自らの中にある正義感とその行動力は団長のジュンに高く買われており、ジュンの隣に立って戦うこともある。周りには秘密にしてあるが魔法少女系のサブカルチャーが大好き。



キ ャ ル の 黒 歴 史 決 定
と、大きく見出しにしていいくらいのやりたい放題のキャルでお送り致しました。

次回もお楽しみに。


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たとえキミが理不尽に打ち砕かれようとも(前編)

 

 

 

> ここは…………。

 

 

 

目が覚めたユウキは、少々ボロボロの天井が視界に広がり、怪訝な表情を浮かべる。

 

体を起き上がらせようと腕を動かすと、

 

 

「ぁん……♪」

 

「ひやぁ、どこ触って……」

 

 

と、両側から少女の矯声が奏でられる。

 

驚いて声の方向に顔を向けると、薄着の少女たちがユウキを挟むように寝転がっていた。

 

 

「あ、お兄ちゃん。目が覚めたんですね。良かった〜♪」

 

「…………っ」

 

 

嬉しそうにこちらを見上げるアカリと、恥ずかしそうに顔を赤らめて目を合わせないヨリがいた。

 

この二人は【悪魔偽王国軍】のギルドメンバー。であればこの場所は……。

 

 

「そうですよお兄ちゃん。ここはアカリたちのギルドハウスだよ」

 

「……というか、そろそろ手を離しなさいよ〜‼」

 

 

この状態で真面目な話を続けるのが限界に達したのか、ヨリはユウキの腕を掴んで振り払う。

 

 

「いつまで変なところ触ってるのよ! ……アカリもいい加減ユウキの腕を振り払いなさい!」

 

「え〜? だって、お兄ちゃんがこんなに密着して、アカリの恥ずかしいところをこんなにも触ってくれる機会なんて全然ないし。なんだかドキドキしてポカポカするもん」

 

「だからそれを止めなさいっていつも言ってるでしょうが‼」

 

 

ヨリはユウキの腕を掴み、アカリから引き剥がす。

 

 

 

> それより、どうして二人が?

 

 

 

「それは……っ」

 

 

ヨリは恥ずかしそうに顔を背ける。

 

 

「お兄ちゃん、雨の所為で体がすっごく冷えてたからアカリ達が人肌で温めてあげようかな〜って思って」

 

「わ、私はこんなことするつもりはなかったのよ⁉ なのに、アカリはそんな格好に着替えてユウキの寝てるベッドに潜り込もうとするし、……そう、監視のために私も一緒に居ることにしたのよ!」

 

「そんな格好に着替えて?」

 

「アンタがむりやり着替えさせたんでしょうが!!!」

 

 

先程ヨリとアカリの格好を薄着だと形容したが、よく見ると二人の着ている服は微妙に透けている。

服の裏側は二人の肌色と、それぞれ白と黒の高級そうな下着が――

 

 

「ジロジロ見るなーーーーッ‼」

 

 

ヨリに思い切り突き飛ばされ、ユウキはベッドから転げ落ちる。

 

 

「あっ、しまっ……⁉」

 

「お、お姉ちゃん! お兄ちゃんは怪我人だよ⁉」

 

「――そうじゃぞ」

 

 

ガチャリと、扉の開く音が響く。

 

 

「まったく騒がしいから様子を見に来れば……、何をしておるのじゃおぬしら」

 

「イリヤさん」

 

 

赤と白を基調としたレオタードの少女――イリヤは呆れたようにため息をつく。

 

次にイリヤは尻もちをついたユウキを見やる。

 

 

「起きたようじゃな眷族よ。おぬしは軽症な方じゃったが、動けるか?」

 

 

ユウキは立ち上がり、問題ないとマッスルポーズをとる。

それを見てイリヤも問題ないだろうと頷く。

 

 

 

> そうだ、皆は?

 

 

 

「……そうじゃな。起きておる者もいる。真面目な話は広間でしようぞ」

 

 

イリヤは踵を返して部屋を出ていこうとし、その前にヨリとアカリに注意する。

 

 

「……おぬしらは着替えてから来るのじゃぞ?」

 

「「は、は〜い……」」

 

 

二人は気まずそうに顔を赤くして背けるのだった。

 

 

 

 

 

ユウキはイリヤに連れられて、広間へとやって来る。

そこには【悪魔偽王国軍】の残りのメンバーと――

 

 

「あ、イリヤちゃん! ユウキさん連れてきたんスね」

 

「イリヤちゃんと呼ぶなと言うておろうが! おぬし大人の姿のわらわを見たじゃろう!」

 

 

マツリはソファから立ち上がり、イリヤに駆け寄る。

次に、

 

 

「あるじさま……っ」

 

 

よろよろとユウキに駆け寄るコッコロ。

体の所々がガーゼで手当されており、足が覚束ないのか前のめりに倒れそうになるのを、ユウキに抱きとめられる。

 

 

「ああ、主さま……ご無事でなによりです……」

 

「コッコロ、おぬしは寝ておれと言ったじゃろう。まだ動ける体ではないであろうに」

 

「主さまがお目覚めになられたのであれば……寝たきりになど……」

 

 

コッコロは気丈に振る舞うが、体は少し冷たく、ふるふると震えている。

ユウキはコッコロを横抱きにして、

 

 

「あ、主さま……っ?」

 

「どうぞ、ユウキさん。コッコロさんはこちらに寝かせてください」

 

 

ソファに座っていたシノブは端に寄り、隣をポンポンと叩く。

ユウキはシノブの隣にやって来て、そのまま腰を下ろし、コッコロを膝枕の体で横に寝かせる。

 

シノブはあらかじめ用意していた毛布をユウキに渡し、ユウキはコッコロに毛布をかける。

 

 

「……これなら、コッコロさんも安心できますでしょう?」

 

「……ぅぅ、わたくしは主さまをお世話するのが本来の使命ですのに……」

 

 

恥ずかしそうに、コッコロは毛布で顔を隠す。

それで良かろう、とイリヤはひとまず納得し、着替えてきたヨリたちも交えて話を始める。

 

 

「……さて、何から話し合うべきかの」

 

 

 

> ……サレンちゃん達は?

 

 

 

「目が覚めたのはお主ら三人だけじゃ。サレンとトモ……特にトモは酷い。治療がもう少し遅ければ間違いなく死んでおったぞ」

 

「……ッ!」

 

 

ギリ、とマツリは歯軋りをする。

 

 

 

> あの後、何が起きたの?

 

 

 

「わらわ達も状況を確認したのは昨日のあのときの一瞬だけじゃ。アジトにおったときに、高密度の魔力を感じてな。方向を確認すれば【サレンディア救護院】じゃったから急いで転移魔法で駆けつけてみれば……死屍累々とはあのことじゃった」

 

「……ペコリーヌさまは?」

 

 

先程話に出てこなかったのを疑問に思ったコッコロは、おそるおそる口にした。

 

 

「……今ごろ【王宮騎士団】に連れて行かれておるじゃろうな」

 

「そんな……! なぜ……」

 

 

なぜペコリーヌを助けてくれなかったのか。

コッコロの言葉を遮るようにイリヤは手で制止する。

 

 

「……許せ。あやつは既にキャルに取り押さえられていた。魔力で捕まえようとすれば、キャルまで巻き込む可能性があった。ペコリーヌは……見捨てざるを得なかった」

 

「……ペコリーヌさま、……キャルさま……」

 

 

色々とぐちゃぐちゃな思いを抱えてしまったのか、コッコロは涙を流して俯いてしまう。

 

 

「マツリから話は聞いた。あのペコリーヌこそが、この国の本当のプリンセスじゃと」

 

「……正直、自分はまだ頭の整理が追いつかないッスけど……」

 

 

マツリは首を振りながら、吐き出すように続ける。

 

 

「ヒューマンと獣人族の関係を知って、それでも【王宮騎士団】に入って自分もヒーローみたいになりたいって思って……! でも、守るべき王族が偽物で、しかも獣人族で……ヒューマンと獣人族の関係を悪化させた人物なんて……! もう何がなんだかわかんないッスよ‼」

 

 

頭を抱えてマツリは俯く。

最後の方は悲鳴のようにも聞こえた。

 

 

「……今は最悪のケースを考えるべきじゃ」

 

「最悪のケース?」

 

 

アカリが首を傾げる。

 

 

「本来のプリンセスが蹴落とされ、偽物にすげ替えられた。その偽物の手先が本物のプリンセスを捕まえたとあらば……次にやるのは……」

 

「…………まさか!」

 

 

シノブは察したのか、口を手で抑えて驚愕する。

 

 

「……口封じ、つまりは正当な方法で消し去る事じゃろう」

 

「正当な方法……」

 

「王家によって正当に消し去られる事を民衆に認知させる――つまりは公開処刑じゃ」

 

「……なっ!!!」

 

 

コッコロは目を見開き、飛び起きる。

 

 

「そのようなこと……認められるわけが……! つぅ……」

 

 

 

> コッコロちゃんは寝てて。

 

 

 

痛みで蹲り、ユウキによってコッコロは再び寝かされる。

 

 

「……じゃが、【王宮騎士団】がペコリーヌを捕まえた理由はそれ以外考えられん。ただ殺すだけなら、わらわが駆けつける前にも出来たじゃろう」

 

 

それだけ、イリヤの目から見ても【王宮騎士団】の戦力は圧倒的だった。

クリスティーナはランドソルでもトップレベルの実力者であり、ジュンは王宮の盾と形容されてもおかしくない程の実力を持つ。

何より、イリヤが焦りを見せるほどの魔法を使ったキャルがいる。

 

とても彼女らはたった6人だけでどうにか出来る相手ではなかった。

 

 

「……? 結局オマエらはどうしたいの? ミヤコがプリンを食べてる間にちゃんと考えてほしいの」

 

「おぬしは……」

 

 

ミヤコはふよふよと、手慰みと言わんばかりにプリンを食べながら話半分に聞いている。

 

 

「よく聞けミヤコよ。このままペコリーヌが国家反逆者として処刑されれば、名実ともに偽物のユースティアナが本物の国王として民衆に周知される。そうすれば、ランドソル国内は全てそやつの思い通り。生かすも滅ぼすもそやつ次第じゃ。最悪プリンを食べられるかどうかの話ではなくなってくるかもしれぬのじゃぞ」

 

「ええ⁉ プリンを食べられなくなるのは嫌なの〜! そんなやつミヤコが呪ってやるの〜‼」

 

「呪いでどうにかなるならドクロ親父がなんとかするじゃろうて……」

 

『それであのボインな姉ちゃんが戻ってくるなら今からでもやるぜ』

 

「お父さん、真面目な話をするから黙ってて、って言ったでしょう?」

 

 

少しずつ事態の深刻さが全員に浸透し、一同は深刻な顔つきになってくる。

だが、どうすればペコリーヌを取り戻せるのか。

きっとこの異変の鍵は彼女になっている。

 

そんな折に、魔力による波長がこちらに届けられるのを一同は感知する。

 

 

「これは……通信魔法か? 眷族に向けられているようじゃの」

 

 

ユウキは頷いて、声をかける。

 

 

 

> 誰ですか?

 

 

 

『っ、ユウキさん! ようやく繋がりました! 救護院に向けて通信魔法を送っても誰も反応してくれなくて――』

 

 

通信者はスズメだった。

声だけでも慌てているのがわかる。

 

 

 

> 子どもたちはみんな【フォレスティエ】に?

 

 

 

『ええ。ミサト先生が子供たちを寝かしつけてくれて……。通信魔法でユウキさんを昨日から探してたんですけど……――』

 

『『お兄ちゃんっ!』』

 

 

スズメに割り込むように、声が二人分流れてきた。

 

 

『お兄ちゃん、大丈夫ですかぁ⁉ きゅ、救護院の方から凄い光が見えて……!』

 

『ママ・サレンは⁉ 救護院は⁉ 皆は無事なの⁉ 向こうで何があったの⁉』

 

『わわわ、クルミちゃん、アヤネちゃん! 落ち着いてください〜!』

 

 

スズメよりも慌てているのか、二人は勢いよく聞いてくる。

スズメはクルミたちを止めようとするが……。

 

 

『黙ってろガキども‼ おい、キイロ! 話が進まねえからこいつら連れてけ‼』

 

 

ぷるる、と小さく粘液が揺れる音が聞こえた。

その後、ぎゃあぎゃあとアヤネとクルミの悲鳴に似た文句が遠ざかっていき、次に話し始めたのはカリザだった。

 

 

『おいデクノボー。そこにいるな?』

 

 

 

> カリザくん、子供たちを連れて行ってくるてありがとう。

 

 

 

『余計な話は良いんだよ。簡潔に答えろ、向こうで何があった? こっちじゃ雷みたいな強い魔法の音が何度も聞こえたが……』

 

 

ユウキは一度全員の顔を見る。

一同は頷き、救護院で起きたことを話し始める。

 

 

 

 

 

 

 

『そ、そんな……お嬢さまが……、キャルさんに……っ』

 

 

話し終えると、スズメは震える声で返し、どさりと小さく発した。

ショックで膝をついたか、倒れたか。通信魔法では分からない。

 

 

『………………………おい』

 

 

しばらく黙って聞いていたカリザは絞り出すような低い声で尋ねる。

 

 

『キャル、って……前にてめーと腹ペコ女が話してた【美食殿】のギルドメンバーじゃなかったか……? てめーらの仲間じゃなかったのか⁉』

 

 

 

> …………?

 

 

 

何かに狼狽えているように聞こえ、ユウキは首を傾げる。

 

 

『…………クソっ』

 

『か、カリザくん……? どこへ……』

 

 

何処かへ行くように、カリザの足音が遠ざかっていく。

入れ違うように、コツコツと別の足音がゆっくりと近づいてきた。

 

 

『……さっき、カリザ君とすれ違ったけれど何かあったの? ちょっと怖い顔をしていたわ……』

 

『ミサト先生……』

 

 

どうやらやってきたのはミサトだったようだ。

ここでユウキは一つ思いつき、ミサトにあることを頼む。

 

 

『……治療して欲しい人?』

 

「うむ、そうじゃな。わらわ達の方でもありったけの回復魔法は掛けたが、それでも予断を許さぬ者がいてな。出来れば手が空いているものにこちらに来て治療してほしいのじゃが……」

 

 

意図を察したイリヤは事情を簡単に説明する。

 

 

『まあ、それは大変だわ。分かりました、出来るだけ早くそちらに向かいますね』

 

『お、お願いしますミサト先生……』

 

 

スズメもミサトに頼みこみ、スズメとの通信魔法はこれで終了することになった。

 

 

「ひとまず、怪我人の心配はこれでなくなったのかしら……」

 

「そうですね……」

 

 

しかしここで間髪入れずにまたしても通信魔法が送られてくる。

どうやらまたユウキ宛らしく、スズメが伝え忘れたことでもあるのだろうか、とユウキは考えながら返事をする。

 

 

 

> ……誰ですか?

 

 

 

『……私です、ユウキさん。チカです』

 

「……え、チカって……【カルミナ】のチカさん⁉」

 

「おお、聞き覚えがあるかと思えばおぬしか」

 

『あ、あれイリヤさん? なんでイリヤさんの声が?』

 

『……というか、騎士さん以外の声が多すぎないです……?』

 

 

今度は【カルミナ】から通信魔法が来たことで、一同が衝撃でざわつく。

それを受けて呆れたようにツムギが呟いた。

 

 

 

> ノゾミたち、どうしたの?

 

 

 

『個人的にはこっちがどうしたの、って聞きたかったんだよね。救護院の方に通信魔法を飛ばしても誰も反応してくれなくて』

 

『それに救護院の方からかなり高密度の魔力を感じまして……。何かトラブルでもあったのかと』

 

「……既視感があるのう」

 

「同じ説明をする必要がありそうですね……」

 

 

先程スズメたちにしたように、救護院での出来事をノゾミ達にも話す。

すると、通信魔法の方から何も聞こえなくなってしまった。

 

 

 

> ……みんな?

 

 

 

『だ、大丈夫! ちゃんと聞こえてたから……』

 

『ど、どうしましょう……情報量が多すぎます……』

 

『まさかプロデューサーさんが……』

 

 

どうやら情報を噛み締めている最中だったようだ。

 

 

『でも、それなら仕方ないかな……』

 

 

 

> 仕方ないって何が?

 

 

 

『ライブまでもう一週間切っちゃったし、リハーサルを本番までやって行くんだけど、キミにも手伝ってもらいたかったな、って』

 

『……無理強いは出来ませんね』

 

 

ノゾミとチカは残念そうに呟く。

ユウキも出来ることなら手伝いに行きたかったが、ペコリーヌの事が気がかりで仕事に集中できなくなるだろうし、治療が必要なコッコロ達に……せめてミサト達が来てくれるまで近くにいたい。

 

 

「いや待て。これは……アリかもしれぬぞ?」

 

「アリ? 何の話なの?」

 

 

何かを閃いたイリヤはニヤリと笑う。

 

 

「街は……【王宮騎士団】はユウキ達を警戒しておるじゃろう。真正面から街中に入るのは難しいじゃろうし、万一入れてもすぐに見つかるやもしれん」

 

 

じゃが、とイリヤは続ける。

 

 

「らいぶのすたっふとやらに扮して街に紛れ込めば、すぐに見つかる可能性は低くなるはずじゃ。ランドソルが今どうなっているのか、ペコリーヌの行方を探るチャンスになろう」

 

「でも、どうやってランドソルの中に入るんスか? 【王宮騎士団】の自分が言うのもあれッスけど、多分街道の門は【王宮騎士団】の見張りがついてて素通りは無理になってると思うッスよ?」

 

「ふん、舐めるでないわ。こんな時のために地下道からランドソルに侵入するルートを前々から探しておったのじゃ」

 

「え、ええ……?」

 

 

この人もしかして危ない人なのかも、と思うマツリであった。

 

 

「目星はつけておる。後はそこから【カルミナ】と合流出来ればすたっふとして振る舞っておれば良い」

 

 

どうじゃ、とイリヤはユウキに提案する。

……確かに、このまま手をこまねいていればペコリーヌがどうなるか分からない。

イリヤの言った通り、今回の件はランドソルに潜入するチャンスになるかもしれない。

 

 

 

> 分かった。行くよ。

 

 

 

『うん、なら私達も協力するよ。最近街がちょっとギスギスしてるし、何か変えられるのなら私も何とかしたい』

 

『そうですね。私も異存はありません。ランドソルで異変が起きたなら、唱喚士として全力を賭すと以前から決めていましたので』

 

『覚悟決まりすぎですね……。でも、あのだっさい傭兵たちが街をうろつき回るのをただ見ているよりかはマシですかね』

 

 

こうして、【悪魔偽王国軍】と【カルミナ】による合同作戦が始まる。

 

 

『ところで、来るのはユウキ君だけ?』

 

「主さまが行くのであれば……わたくしも……、あうっ」

 

「阿呆。おぬしは体を治すのが先じゃ」

 

 

またしても立ち上がろうとするコッコロを、イリヤが小突いて寝かせる。

 

 

「わらわが行こう。もとより侵入経路を案内するつもりじゃったからな」

 

「……自分も行くッス!」

 

 

次に立ち上がったのはマツリだった。

 

 

 

> マツリちゃん?

 

 

 

「……自分だけなんにも出来なかった」

 

 

懺悔するように、マツリは目を閉じて呟く。

 

 

「あの時、おばさんに凄まれて……、怯えて戦うことすら出来なかった。トモねーちゃんも、サレンねーちゃんも、あんなになるまで戦って、守って……」

 

 

マツリは目を見開き見開く。

 

 

「だから、もうあんな情けない自分でいたくないッス‼ 今度こそ自分は、自分の信じた正義の為に戦うッス! トモねーちゃんたちの為にも‼」

 

「……そうか」

 

 

イリヤは意気や良し、と頷きノゾミ達に三人で向かうことを告げた。

 

 

 

 

 

イリヤに連れられて、ユウキ達は地下道をゆっくりと歩いていく。

 

あれから翌日。

【悪魔偽王国軍】秘密の地下道じゃ、とイリヤに案内され、早朝からずっと地下道を歩き続けている。

 

外の景色を長い時間見ていないので、自分達がどれだけ歩いてきたのか距離感覚が鈍ってきた頃、イリヤはふと立ち止まる。

 

 

「……眷族よ。わらわと手を繋げ」

 

 

そう言って、イリヤはユウキに手を伸ばした。

 

 

「あれ、もしかして暗いところを歩き続けて心細くなっちゃったっスか、イリヤちゃん?」

 

「おぬしはいい加減わらわを子供扱いするのをやめい! ほれ眷属よ早うせい」

 

 

ユウキは言われたとおりにイリヤと手を繋ぐ。

イリヤはほんの少しだけ頬が赤く染まり、目を閉じる。

次の瞬間、イリヤの姿は先程までの子供の姿と異なり、ユウキよりも背が高く、スタイルも抜群の女性へと変化した。

 

 

「おお、本当にすごいッスね。子供の姿になったり、大人の姿になったり」

 

「大人の姿になったり、は余計じゃ。これがわらわの本来の姿なのじゃからな」

 

「でもイリヤちゃんの今の姿、とっても美人ッスね! クリスティーナおばさんみたいッス」

 

「……おぬし、クリスティーナのことをおばさん呼ばわりしておるのか? なんと命知らずな……」

 

 

おばさん呼ばわりされたクリスティーナの姿を夢想したイリヤは、普段からそう呼んでいそうなマツリを呆れた顔で見つめる。

 

 

「ほれ、マツリもわらわと手を繋げ」

 

「ん? 別に自分は心細くはないッスけど……」

 

「いい加減その話から離れい……」

 

 

イリヤは半ば強引にマツリの手を取る。

 

 

 

> どうして急にこんな?

 

 

 

「一度しか言わぬからよく聞け」

 

 

続くイリヤの言葉は真剣なものだった。

 

 

「……どうやら、ここから先は地下道の至る所に認識阻害魔法がかけられておるようじゃ」

 

「ええ⁉ なんだってそんな……」

 

「どうやら地下を通って侵入するのも想定済みのようじゃの……」

 

 

認識阻害魔法ということは、この地下道は魔法によって迷いやすくなっているのだろうか。

いきなり作戦が躓いたかと思われたが、イリヤはニヤリとほくそ笑む。

 

 

「じゃが、相手が悪かったのぅ。夜を統べる王たるわらわの前ではこの程度児戯にも等しいわ」

 

 

しかし、とイリヤはユウキ達を見る。

 

 

「おぬしらはそうではない。故にここからは目を瞑ってわらわに盲導されるのじゃ。そのために手を繋いでおけ」

 

 

おお、とマツリは感心する。

こうして、イリヤの誘導のもと、ユウキとマツリは目を閉じて地下道を歩いていくことになる。

 

 

「おい、そこはもう少し左に寄れ。壁にぶつかるぞ――」

 

「あだっ⁉ も、もっと早く言ってほしいッス〜……」

 

「そこは天井が少し低くなっておる。……おい眷族よ、それでは頭をぶつけるぞ――」

 

 

 

> (天井に頭をぶつけてしまう)

 

 

 

「……このあたりは少し暗いのう。足元に注意せねば――ぎゃっ⁉」

 

「ちょ――ぐえっ! て、手を繋いだままこけないでほしいんスけど……!」

 

 

 

> 痛い……。

 

 

 

…………険しい道のりを越えて、ユウキ達は地下道から地上に上がるための梯子までたどり着く。

 

 

「……ふう、長く険しい道のりじゃったな」

 

「ダメージ受けたの、イリヤちゃんの誘導が甘いせいッスけどね……」

 

「やかましいわ! それはさっきも謝ったじゃろう!」

 

 

それにしても、とマツリは首を傾げる。

どうかしたのかユウキが尋ねると、

 

 

「途中、なんか聞き覚えのある声が聞こえた気がするんスけど……」

 

「何じゃそれは?」

 

 

イリヤとユウキは顔を見合わせ、首を傾げる。

二人にはそんな声は聞こえなかった。

 

 

「……まあ、自分は二人より耳が良い自信あるッスからね」

 

「それはおぬしが獣人族だからじゃろう?」

 

「えっ⁉ な、なんで分かったんスか??」

 

「むしろそれで隠せておった気になっておるおぬしに驚きじゃ……」

 

 

イリヤはヘルメットに隠された獣人族の耳と尻尾を交互に見る。

 

 

「隠すならもっと上手く隠せ。クリスティーナあたりなら既に気づいておろうよ」

 

「そ、そうッスかね〜……?」

 

 

本当は団の大半がマツリの種族に気づいているのだが、マツリにはそんなこと知る由もない。

 

そんなやり取りも程々にし、ユウキ達は地上に上がる。

 

出てきた場所は薄暗い路地裏。

ユウキ達は周りに人がいないことを確認してから、通信魔法で連絡をとる。

と言ってもあくまで簡易的な合図なのですぐに通信魔法を止める。すると、路地裏の奥から大きなフードを羽織った人物がこちらにやって来る。

 

イリヤとマツリは警戒するが、その姿を何度か見たことあるユウキは声をかける。

 

 

 

> ……お待たせ、ノゾミ。

 

 

 

ユウキがそう言うと、その人物はフードを脱ぐ。

 

 

「ううん、時間通りだよ。むしろ私が早く来過ぎちゃったかな、って思ったくらい」

 

 

フードを脱いだノゾミは笑顔でユウキに駆け寄ってくる。

次に、後ろにいた二人に声をかける。

 

 

「イリヤさんもお久しぶりです。……キミがマツリちゃんだったんだ。今日からよろしくねっ」

 

「は、はいッス! ……すごい、本物のノゾミンだ……」

 

 

マツリはアイドルよりもヒーロー系の作品の方が好みではあるが、それはそれとして目の前に有名人がいることに感激する。

ノゾミはいつかのクリスマスで出会った少女がマツリだったのか、と思い出す。

マツリの反応にノゾミは微笑んでから、肩に提げていた鞄を手渡す。

 

 

「早速これに着替えて。中に臨時スタッフ用のコートと帽子が入ってるから」

 

 

ユウキ達は中からそれぞれ自分たちにあったサイズのコートと帽子を取り出す。

 

 

「うへえ、ちょっとぶかぶかッス……」

 

「ご、ごめんね。一番小さいサイズがそれだったの……」

 

「ほう、今のわらわに合ったサイズを持ってきてくれるとは気が利くではないか」

 

「正直、イリヤさんはどっちの姿で来るのか最後まで悩んじゃったけど……サイズがあってるなら良かったです」

 

 

 

> 似合ってる?

 

 

 

「うん、完璧! 完全にうちのスタッフにしか見えないよ!」

 

「それは褒めておるのか……?」

 

 

着替え終えたあと、ユウキ達はノゾミに連れられて人通りの少ない道を選びながら、ライブ予定地のステージ区画へとやって来た。

まだ早い時間帯なのか、待っていてくれたチカとツムギ以外誰もこの場にはいない。

 

 

「お待ちしてました、皆さん。大変な目にあったそうですが、ご無事でなによりです」

 

「まったく、騎士さんってよくトラブルに巻き込まれますね〜、……なんていつもなら茶化してるところですけれど、今回ばかりは本当に大変そうですね」

 

 

こちらを気遣うように遠慮がちに微笑む二人。

一同がそれぞれ自己紹介が終わる頃に、ライブ設営の業者がステージ区画へとやって来る。

 

 

「……それじゃ、まずライブで使う装置を指定位置に運んで――」

 

 

挨拶も程々に、ノゾミの一声でリハーサルの準備を始める。

その間に、イリヤは魔法を使ってコウモリを呼び出し、何かを指示する。するとコウモリ達は散り散りに飛び去る。

 

ユウキはそれが少し気になったが、それ以上に重労働が大変であり、ステージ上に立って色々な確認をしている【カルミナ】を横目に見ながら、機材運びを続けるのだった。

 

 

 

 

 

時間は流れ、黄昏時。

ユウキとマツリはステージ裏の休憩室でぐてっと姿勢を崩し休憩していた。

 

 

「あ゛〜〜〜〜っ、疲れたッス〜〜……」

 

 

声が濁るほどマツリは疲れを吐き出すように呟く。

ユウキも気持ちはわかるので苦笑を浮かべる。

 

そんなころに休憩室野ドアが開き、イリヤが戻ってくる。

 

 

「あ゛〜〜〜〜っ、疲れたのじゃ〜〜……」

 

 

スタミナ切れか、あるいは魔力切れが原因か、イリヤのは子供の姿になっている。

そのせいか着ていたコートや帽子がサイズが合わないためにずれ落ちそうになっている。

 

イリヤはそのまま椅子に腰を下ろし、ぐてっと姿勢を崩す。

 

 

「あれ……子供の姿に戻ってるッスね」

 

「戻ってると言うでないわ……わらわはわらわで下僕共を使って情報収集をしてたのじゃぞ。もう魔力切れじゃ」

 

 

 

> 午前中のコウモリのこと?

 

 

 

うむ、とイリヤは頷く。

 

情報収集の結果、どうやら【王宮騎士団】は救護院での戦いの後、王宮に戻りまた何やら良からぬことを考えている可能性があるらしい。

おそらく、イリヤが予想していた公開処刑の件なのだろう。

 

次に、【王宮騎士団】が抱き込んだとされている【リッチモンド商工会】だが、連れてきた傭兵たちはこれまでとは嘘のように街で見かけなくなったようだ。

どうやらギルドマスターの意向だそうだが、現時点では詳しいことは分からない。

 

 

「しかしこれはチャンスじゃ。例の傭兵共――【王宮騎士団】の息が掛かった奴らが街を出歩いていないのであれば、顔が割れていない者たちを召集してペコリーヌ奪還の作戦を立てられるやもしれぬぞ」

 

「顔が割れていないっていうと、別のギルドの人たちッスかね? イリヤちゃんってそんなに顔が広いんスか?」

 

「何を言うとるか。顔が広いやつならおぬしのすぐ隣におるじゃろう」

 

 

イリヤはビシッとユウキを指す。

ああ、とマツリは納得した。

 

 

「此度の【カルミナ】とて、眷族とも知己のようじゃしのう」

 

「国民的有名な【カルミナ】とあんなに親しいとか、ユウキさん何したんスかね……?」

 

 

偶然知り合っただけなのだが……、とユウキは首を傾げる。

歌の練習に付き合ったり、素材集めに協力したり、ダイエットを手伝ったりと大した事もしていない、とユウキは思っている。

 

 

「【カルミナ】で思い出したが、あやつらまだ歌と踊りの練習しておったぞ。もうすたっふは帰ったというのに……」

 

 

 

> みんな沢山努力してるから。

 

 

 

「はぁ〜、やっぱり初めからなんでも出来る、なんて都合のいい話はないんスね〜」

 

 

そういえば、とユウキは思い出す。

ノゾミ達は今後ライブツアーを行うそうだが、今回のリハーサルで着ていた衣装はこれまでに何度も見た【カルミナ】のライブ衣装だ。

チカからは新しいライブ衣装を用意していると聞いていたが、告知ライブではお披露目することはないのだろうか。

 

そんな風に考えていたとき、

 

 

「……っ、なんじゃこの気配は……!」

 

 

それまで力抜けたような態度のイリヤの表情が一瞬にして強張り、部屋の外を険しく睨みつける。

そして、飛び出すように休憩室を出ていった。

 

残されたユウキとマツリは顔を見合わせ、何事かと怪訝な表情をするが、イリヤのあの慌てようからして緊急事態が起きたのかもしれないと判断し、二人も追いかけるように部屋を出る。

 

イリヤを追いかけてたどり着いた場所はステージの前。

険しい表情で明後日の方向を睨みつけるイリヤに、それまで練習していたであろうノゾミ達もステージを降りてイリヤに駆け寄っている。

 

 

「イリヤさん、どうしたんですか?」

 

「お〜い、イリヤちゃ〜んっ」

 

「……眷族も来たか」

 

 

イリヤは追いついてきたユウキを見ると、早口でユウキに言い放つ。

 

 

「眷族よ、今すぐわらわ達を強化せい」

 

 

 

> えっ。

 

 

 

「早うせい! 間に合わなくなっても知らんぞ‼」

 

 

ユウキは言われて慌てて剣を構え、この場にいる全員を強化する。

それと同時に、イリヤと同じ方向を見たチカが愕然としたように呟く。

 

 

「……向こうから、強い魔力の塊が……!」

 

 

……強化が終わると同時に、ドスドス、と地響きが聞こえてくる。

それはまっすぐに、どんどん響きを強くしてこちらに近づいてくる。

 

そして、そいつは現れた。

 

 

――グオオオオオオオオオオッ!!!

 

 

猛獣の頭。鳥獣の鉤爪。蛇の頭のような尻尾。

それはステージと同じくらいの背丈を持っている。

 

 

「こやつは……秘境の魔物か!」

 

 

ランドソルから遠く離れた古塔に住まうと言われているキマイラが、このステージ区画に現れた。

目の前で困惑するユウキ(獲物)を狩るために。




イリヤ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、夜を統べる王たる吸血鬼。自身の体力を削りながら戦い、相手の体力を啜る戦い様はまさに戦慄の吸血鬼である。
自らを夜を統べる王たる吸血鬼と名乗る。古来より長い眠りについていたが、シノブ達によって眠りから解かれる。その影響か、自身の姿は子供のそれになってしまった。
ユウキの強化や心の昂りによって元の姿に戻れるようだ。本来のイリヤは魔物を操り、見たものを魅了し、血を啜ったものを眷族とする絶対的な力を持っていたようだが……。実はかなり初心。



長くなりそうなので分けました。
前後編か、あるいは前中後編になるか。
とにかく、今年中にはもう一本投稿する予定です。


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たとえキミが理不尽に打ち砕かれようとも(後編)

エースバーンレイド難しすぎぃ‼
あれソロは絶対無理だわ。

だからってマルチに潜るのは迷惑かけそうでやりたくない……。


突如として現れた秘境の魔物キマイラ。

辺りを震撼させる程の咆哮は思わず耳を塞ぎたくなるほどである。

 

キマイラは先手必勝と言わんばかりに腕を振り上げて、ユウキ達に飛びかかって振り下ろす。

それを見て、イリヤはユウキを抱えその場から飛び去る。一同も同様に回避し、キマイラを前後から挟み撃ちにする立ち位置に変わる。

 

 

「こ、こんな大きな魔物一体どこから……⁉」

 

「分からぬ。じゃが想定しうる中で最悪の事態じゃ……!」

 

 

キマイラを睨み付けながら、イリヤは歯噛みする。

 

キマイラがここにやって来る終始は恐らく街の別区画からも見えているはずだ。

そうなれば、【王宮騎士団】の耳にも入りいずれ騎士団員達がここにやって来る。

潜入作戦が失敗に終わってしまう。

 

 

「ど、どうするんスか⁉」

 

「逃げる……は最悪手か」

 

 

転移魔法などでこの場を退避しても、次にランドソルに入るには相手側からの警戒レベルが上がっていて困難になっているだろう。

そもそも、キマイラが街を暴れ回って情報収集ではなくなってしまう。

 

 

「妥協策は、こやつを速攻で倒してこの場を去ることじゃ!」

 

 

イリヤは鎌を構え、魔力を最大まで貯める。

 

 

「初めから全力じゃ――ヴァーミリオンバイトッ‼

 

 

赤黒い魔力の奔流がキマイラに叩きつけられる。

しかし、軽く怯んだ程度でキマイラはまったく堪えていない。

 

 

「ちぃ、魔物の分際で生意気な……!」

 

「反撃が来ます! 皆さん、避けて!」

 

 

お返しと言わんばかりに、キマイラは両腕を振り回して暴れまわる。

一同は後方に退避するが、今度はキマイラから続けて攻撃が飛んでくる。

 

キマイラはノゾミ達に目を向け、勢いよく飛びかかる。が、

 

 

「アイドルに軽々しくお触りするなんてご法度ですよ――!」

 

 

一歩前にツムギが踏み出し、糸を構える。

 

 

「逃しません――フェイタリティバインドッ‼

 

 

瞬間、キマイラの四肢が何重もの糸によって拘束される。

ただ拘束されるのではない。ギリギリと魔物の体を千切らんとするほどの強い拘束によってキマイラも苦悶の声をあげる。

 

 

「今ですイリヤさん! さっきの強力な一撃を――」

 

「いや、待つッス! あいつの尻尾が……」

 

 

キマイラは動けなくなったが、全身がまったく動けなくなるわけではなかった。

蛇の頭の尻尾がギョロギョロと先端を動かし、グパァ、と口を広げるように裂けた。

 

 

「――ッ! 総員防御魔法で防げ! 瘴気ブレスが来るぞ‼」

 

 

イリヤの一声に、防御魔法が使えるイリヤ、ノゾミ、チカは防御魔法を唱え、衝撃に備える。

同時に、尻尾からどす黒いブレスが防御魔法に叩きつけられる。避けるように散るブレスは、直撃しなくても嗅いだだけで気分が悪くなりそうで、思わずユウキ達は顔を押さえ呼吸を止める。

 

 

「……あのブレス厄介だね。何度もやられちゃったら……」

 

「だったら切り落とすッス‼」

 

「出来れば早めにやってくださいね……ッ。そろそろ糸が持たないです……ッ!」

 

 

ツムギはずっと糸で拘束させ、振りほどかれないよう踏ん張っているが、糸の方からブチブチと千切れる音が聞こえてくる。

 

 

「なら速攻で決めるよ! チカ!」

 

「準備は出来ています――!」

 

 

チカは魔法杖を構え、詠う。

 

 

「聖なる夜の輝きよ……風の加護となりて、我らを祝福し給え――!」

 

 

歌に喚ばれるように、チカの周りに風の精霊たちが顕現する。そして一同に力を貸すように寄り添う。

 

 

シルフィードキャロルッ‼

 

 

風の精霊の力がイリヤ達に分け与えられる。

それを感じたノゾミは一目散に飛び出し、剣を横に構えて魔法の力を剣に纏わせる。

 

 

「フロストスラッシュ!」

 

 

ノゾミは氷の魔法を纏わせた剣による一撃を、キマイラの両足に叩き込む。

ツムギの拘束から解放されかかっていたキマイラは、今度は足が動かなくなり困惑する。

 

そこを、イリヤとマツリがとびかかり、尻尾へと攻撃を振りかぶる。

 

 

「オオオオオッ‼」

 

「はああああっ‼」

 

 

咆哮するように尻尾に向かって攻撃を叩き込むが、痛みに悶えるだけで切れなかった。

 

 

「くぅ、浅いッス……」

 

「――いいや、上出来さ」

 

 

マツリ達を横切るように、緑の影が走る。

 

銀の閃きが孤を描いた刹那、キマイラの尻尾はばたり、と地面に叩きつけられるように切り落とされた。

 

 

「おお、おぬしは――」

 

「話は後さ! ミツキ、アンナ‼」

 

 

現れた剣士は合図を送る。

 

 

「お任せあれ♪ ブラッディローズッ‼

 

「ククク……螺旋霊撃疾風飛剣(ヴォルテックスソーン)ッ‼」

 

 

紅と銀の鎖がキマイラの体に突き刺さり、キマイラをそのまま上空へと持ち上げる。

そして、無防備になったところを赤い影が飛び出し、大きな斧を振り上げる。

 

 

「骨すら砕いてあげるわ――デッドリーパニッシュ‼

 

 

鋼さえあっさりと砕けそうな強力な一撃がキマイラに叩きつけられる。

衝撃でキマイラは後ろに吹き飛び、赤い影が着地のために落下するのに合わせて、ステージの上から魔力が放たれる。

 

 

「ナナカ、行きまーす! ナナカ・(インフィニット)・ブラストッ‼

 

 

強力な魔力砲が斧を叩きつけられた場所を貫き、キマイラは悲鳴をあげて、地面へと墜落した。

 

突如として加勢した五人組はそのままユウキ達の前に集まり、中央に立っていた女性が刀を前に突き出し、ニヤリと微笑む。

 

 

「黄昏の淵より、【トワイライトキャラバン】ただいま見参。……なんてね」

 

 

【トワイライトキャラバン】のリーダー、ルカはそのままユウキ達に振り返る。

 

 

「よっ、お前さん達。間に合って良かったよ」

 

「【トワイライトキャラバン】か。正直に言うと助かったぞ。あのままではもっと手こずっていたじゃろうな」

 

 

ほう、とイリヤは胸を撫で下ろす。

 

 

「し、死んだッスかね……あの魔物?」

 

「……まだ魔力は消えていないわ。息があると思ったほうが良いでしょう」

 

「しぶといですわね……あまりユウキ様の手を煩わせないでほしいのですけれど」

 

 

ミツキが冷静に魔力を感知し、エリコは舌打ちをして斧を構え直す。

しかし、思わぬ加勢により状況は好転した。このまま一気に畳み掛けよう。

 

一同の心がそう一つに纏まったとき、ユウキの視界の端で何かが蠢いていた。

ニュルニュルと、それは蛇のようで――

 

 

 

> ノゾミ!

 

 

 

「え―――――」

 

 

それは、ノゾミが気づいたときには既に彼女に飛びかかっていた。

口を開いたそれはノゾミに食らいつこうとして―――――

 

 

「…………ぁ、ぁぁ………………っ」

 

 

 

 

 

―――――割って入ったユウキの首に、思い切り噛み付いた。

 

 

 

 

 

「なっ……⁉」

 

「ユウキ様ッ‼」

 

 

皆が気づいたときには手遅れだった。

蛇の頭は離すまいとユウキの首に噛み付いたままで、ユウキはショックでよろめいてしまう。

しかし、イリヤ達が駆けつける前に、ユウキの体は引き寄せられるように持ち上がり……キマイラの元へと運ばれた。

 

立ち上がり待っていたとばかりに、キマイラは片手でユウキを掴み取り、

 

 

――ばきり、ばきり

 

 

と握り潰した。

 

それが骨が砕ける音か、剣が砕けた音か。

どちらにせよ、ユウキは甚大なダメージを受けて、ぐてっと頭が倒れてしまった。

 

 

「尻尾が再生した……⁉」

 

「馬鹿な……キマイラに、そんな能力など……」

 

 

ユウキと一緒に運ばれたキマイラの尻尾は、切断部分に戻って完全に元通りに再生した。

それだけではない。ナナカの魔法によって撃ち抜かれたキマイラの胴体も、穴が塞がったように傷が再生していた。

 

ミツキとアンナは知識にないキマイラの能力を見て愕然とする。

 

 

「そんなことはどうでもいいですわッ‼ ユウキ様――ッ!」

 

 

エリコはユウキを助けようと駆け出すが、ルカに肩を掴まれて止められる。

 

 

「止めないで下さいッ!!!」

 

「気持ちは分かるが落ち着け! 自分が今どんな状態なのか分かってないのかい⁉」

 

「今は私のことなど――⁉」

 

 

言われて、気づく。

先程まで有り余るほどの力が湧き上がっていたのに、今は握っている斧さえ重く感じてしまうほど体が鈍くなっている。

 

 

「ユウキがやられて、剣も折れた。アタシ達の強化が切れたんだ……」

 

「っ……!」

 

 

ギリ、とエリコは歯軋りする。

 

 

「でも、このままじゃユウキさんが……‼」

 

「分かってる。だからやるなら一斉にやるよ!」

 

 

各個で当たっても勝ち目はない。

同時に全員でかかって、少しでもユウキを助けられる可能性を上げる。

多少の焦りこそあれど、ルカは冷静に判断していた。

 

 

「行くよ、みんな――!!!」

 

 

【トワイライトキャラバン】の五人とマツリは一斉に並び、なおもユウキを握りつぶそうとするキマイラに進撃する。

 

その時、キマイラはどういうわけかユウキの握る力を緩め、明後日の方向に投げ捨てた。

 

 

「なっ…………?」

 

「ユウキ様!」

 

 

突然の行動に一同は足を止め、ルカとマツリ以外はユウキに駆け寄る。

 

 

「……ツムギ。ノゾミをお願いします」

 

「は、はいっ」

 

 

青白い顔で呆然としているノゾミの傍にいたチカは、同じく傍にいたツムギにノゾミを任せ、ユウキに回復魔法を掛けに行った。

 

 

「ゆ、ユウキさんを解放してくれた……?」

 

「……あまりに不自然な行動だ。何かあるに違いない」

 

 

一方で不自然な行動を取ったキマイラに対して、ルカとマツリはその場で警戒し、大人しくなったキマイラを睨む。

 

そんな二人の疑問に答えるように、キマイラの後ろから黒い影が音もなく現れた。

 

 

「……虫の知らせ、とでも言えばいいのか。嫌な予感がして駆けつけてみれば……面倒なことをしてくれましたね」

 

 

全身を黒いローブで覆うその男は、キマイラと倒れたユウキを交互に見て、呆れたように呟く。

 

 

「だ、誰ッスか⁉」

 

(こいつ、いつからそこに……⁉)

 

 

まるで気配を感じず、突然現れたその人物にルカは軽く狼狽する。

 

 

「まったく、こんな面倒事を起こすのならば、もう少し厳し目に調整するべきでしたね。あるいは彼女に調整を手伝って貰っていたほうが良かったか……」

 

「何をごちゃごちゃと……!」

 

「いやなに、貴方がたには関係のないことです。どうぞ、そのまま彼の治療を最優先してください」

 

 

男は両腕を広げ、クツクツと笑う。

 

 

「このキマイラは、私の方で回収しておきますので」

 

「……さっきから聞いていれば、まるで事情に詳しいような口ぶりをするのね」

 

 

ユウキに駆け寄っていたエリコは立ち上がり、斧を構えて男を睨みつける。

 

 

「もしかして、その魔物をけしかけたのもオマエなのかしら……!」

 

「確かに、現れたタイミングも良すぎるし、ちょ〜怪しいってナナカちゃんのゴーストも囁いておりますぞ……‼」

 

「よくもシグルドを……!」

 

 

続けるように、ナナカとアンナも立ち上がり、男に向けて武器を構える。

 

 

「……やれやれ、予想通りの反応ですね。私には魔物を意のままに操るすべなどありませんよ」

 

 

男はふるふると首を振る。

しかし、次に男はクツクツと愉快そうに笑う。

 

 

「……まあ、全くの無関係とも言えませんが、ね」

 

「ほざきなさい――ッ‼」

 

 

エリコ達が男に攻撃しようと駆け出し――すぐに足を止めた。

 

出来なかったのだ。

 

エリコ達はあの男を許せないと怒り心頭だった。

だが、その感情が塗りつぶされるほどに、その気配の存在感が強かったのだ。

 

 

「お、オーンスタイン卿……?」

 

 

アンナはおそるおそる、その人物の名を口にした。

 

カツ、カツ、と足音が不自然なほどよく響く。

彼女の纏う赤黒い魔力の奔流は、やがて彼女の姿を塗りつぶすほど溢れ、やがて元の姿に――夜を統べる王の本来の姿へと変わっていく。

 

イリヤは腕を前に伸ばす。

 

 

「まずいっ」

 

「うあっ――」

 

 

ルカは瞬時に駆け出し、マツリを抱えて斜線上から大きく離れる。

 

刹那――キマイラもろとも、男の姿は破壊魔法の光に飲まれた。

 

 

 

 

 

マツリはその気配を感じて、ふと後ろを振り返った。

 

ユウキがキマイラの手によって重症を負ってから、目を見開いて固まっていた。その姿も子供の姿へと戻っていた。

 

だが、尻尾の毛が逆立つほどの強い魔力を、殺気を放つ彼女は、クリスティーナから発せられた殺気とは比べ物にならないほどの濃度だった。

 

そして、イリヤが腕を前に伸ばしたと同時にルカに抱えられ、大きく横に距離を取る。

そうしなければ、彼女から放たれた破壊魔法に巻き込まれていただろう。

 

 

「…………やってくれましたね」

 

 

破壊魔法の光が収まり、砂煙から無傷の男が現れる。

その声音は少々面白くなさげだった。

 

 

「あれ程の強力な魔物は今では中々見つからないと言うのに……――」

 

 

 

 

 

 

 

――おい

 

 

 

 

 

 

 

男は思わず声を止めた。

底冷えするような声は、はっきりと男を捉えている。

 

 

貴様、なぜ生きている

 

「…………これは」

 

 

男はため息をついた。

怒りを向けられた事に対してではない。

人ならざる気配を感じ取り、驚愕で言葉をなくしているのだ。

 

 

駄猫は潔く死んだぞ? ならば飼い主である貴様も潔く死ぬのが礼儀だろう?

 

 

カツ、カツ、と足音は響く。

一歩ずつイリヤは男へと歩を進める。

 

 

それとも、念入りに教えなければわからぬか?

 

 

イリヤは大鎌を振り上げ、爛々と妖しく輝く赤い瞳で男を捉える。

 

 

誰の眷族に手を出したのかを!!!!!

 

 

大鎌に魔力が貯められ、先程の破壊魔法に引けを取らぬほどの威力を持つ斬撃が放たれる。

衝撃で地面が抉れるが、男へと斬撃が命中する直前、それは霧散するように消えた。

 

 

……なんだと?

 

「どれだけ絶大な威力を持っていようが、何度私に叩き込んでも無駄ですよ。私に魔法の類は通用しませんので」

 

猪口才な

 

 

イリヤは駆ける。

それは転移魔法と遜色ないスピードで男に詰め寄り、鎌を振り下ろす。

 

男は残像のように消え去り、近くの樹木の天辺へと下り立つ。

 

 

「……くく。興味深い」

 

 

男は愉快そうに、嬉しそうに笑う。

 

 

何が可笑しい?

 

「貴女のような理外の存在が目の前に居ることですよ。叶うならばじっくりと解析したいところなのですが――」

 

まだ戯言を言う余裕があるか――

 

 

イリヤは鎌を構え直し、再び飛びかかろうとする。

男も両腕を広げ、迎え撃とうとして、

 

 

「ユウキさん、ユウキさんっ!」

 

「吐血が止まらない……これは、もう……っ!」

 

 

チカとミツキの焦燥の声が耳に入り、二人の動きは止まる。

 

 

「…………まったく」

 

 

何かを逡巡するように、男は首を振ったあとにローブの裾に手を伸ばす。

取り出したそれは注射器であり――おもむろに、男はユウキに向けて投げた。

投げられた注射器はユウキの腕に突き刺さり、中の薬物がゆっくりとユウキに注入される。

 

 

貴様――!!!

 

「貴方、ユウキ君に何を――」

 

「ご安心を。それは即効性の高い治療薬です。それを投薬すればたとえ致命傷でもすぐに治りますよ」

 

「……どういうつもり?」

 

 

突然ユウキを助けるような行動に、ミツキは思わず質問を口にした。

 

 

「その少年に死なれるのは私も困るのですよ。これまで時間を費やした手間、手に入れたもの、それと天秤に賭けても全く割に合いません」

 

 

はあ、と男はため息をついた。

 

 

「敵に施しを与えようなど、本来ならするつもりなどなかったのですがね」

 

 

男は背を向け、ふわりと浮遊する。

 

 

「それでは皆様、ごきげんよう」

 

逃がすとでも――!

 

 

イリヤが飛び掛かり大鎌を男に振るう前に、男の姿は完全に消えた。

 

 

「消えた……。転移魔法か?」

 

「いや、魔法の詠唱は感じなかった。多分マジックアイテムとか、別の方法で転移したんじゃないかな……」

 

 

アンナとナナカがそのような会話をし、イリヤもこれ以上は無意味と判断し、殺気を心奥に押し込める。

それと同時に、体も子供の姿へ変化する。

 

 

「ユウキ!」

 

 

イリヤはすぐさまユウキに駆け寄る。

 

 

「眷族の容態は?」

 

「……信じられないけど、さっきまであれだけ酷かったのが嘘のように回復しているわ」

 

 

ミツキは息を呑むようにユウキを診る。

 

 

「けれど、体温も低いし血も流しすぎた。早く然るべき処置をしないと同じことよ」

 

「くっ……」

 

 

離れていたルカとマツリが駆け寄ってくる。

マツリはおずおずと手を上げ、口を開く。

 

 

「あ、あの〜お取り込みのところ悪いんスけど、早くこの場を離れたほうがいいかもしれないッスよ」

 

「……確かに、あれだけ暴れれば【王宮騎士団】ももうすぐやって来るか」

 

「うげ、それはまずいですぞ! 私らお上には結構睨まれてますからなぁ」

 

「……なら、こうしましょうか」

 

 

ミツキの提案で、ユウキをとある場所まで運ぶことになる。

 

 

「……ノゾミさん、私たちも行きましょう」

 

「………………………」

 

 

ノゾミは青白い顔をしたまま、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

移動した場所は、街の死角に構えるミツキの診療所。

 

ギルドメンバーに連絡を取ると言って離れたイリヤ以外は、寝かされたユウキを沈痛な表情で見つめている。

誰も口を開かない。目の前にある事実が受け入れがたい。

 

埒が明かない、とルカはゆっくり口を開く。

 

 

「……本当なのかい、ユウキの容態は?」

 

「ええ……――」

 

 

ミツキも一同が中々受け入れられないのを察しているのだろう。

続く言葉が中々出てこない。

しかし、彼女は医者の矜持としてゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

「このままだとユウキ君の余命は、もって二週間よ」

 

 

――がたり

 

 

一同はその物音に顔が向く。

 

病室のドアが勢いよく開いた音であり、

 

 

「……ぇ」

 

 

イリヤについてきたコッコロが、あまりの動揺にその場で膝をつく音と重なった。

 

 

「こ、コッコロちゃん⁉ イリヤちゃん、呼んだのは回復魔法が得意なアカリさんだけじゃなかったんスか⁉」

 

「そのつもりだったのじゃが……無理やりついてきてな」

 

「イリヤさんとの通信魔法、コッコロちゃんも聞いてたみたいで……」

 

 

複雑そうにイリヤとアカリは目を逸らす。

 

 

「ぁ、あぁ……」

 

 

震えながら、床を膝で這うようにコッコロはユウキの寝ているベッドへと近づく。

カタカタと顎が上下に揺れ、カチカチと歯と歯を叩く音が小さく漏れる。

 

瞳孔の開いた目でコッコロはユウキを見つめ、その腕を取ろうとする。

 

 

「あるじさま――」

 

「触らないでッッ!!!」

 

 

咎めるように、ミツキの劈くような声が病室内に響き、コッコロは驚いて後ろに飛び退き、そのまま尻餅をつく。

 

 

「おい、ミツキ。そんな怒鳴らなくても」

 

「意地悪したい訳ではないの。けれど、迂闊に触って万が一のことが起きないようにしなければならないほどに、今のユウキ君は重体なのよ」

 

 

コホン、とミツキは一息つき、コッコロを椅子に座らせる。

 

 

「コッコロちゃん。今のユウキ君の顔につけられているマスクみたいなの、あるわよね?」

 

「…………」

 

「これは医療現場などで使われているマジックアイテムの一つで、酸素吸入や二酸化炭素の放出を手助けするための物なの。今のユウキ君にとって、唯一の命綱なのよ」

 

 

ミツキは一旦そこまで話して、一度病室内にいる全員を見渡してから話を続ける。

 

 

「今来たばかりでユウキ君の容態を聞いてない人もいるから改めて説明するわ――」

 

 

ミツキはユウキの様態を詳しく説明し始める。

 

結論からして、ユウキは意識不明の重体。

それも自力での呼吸すら出来ないほどの危険な状態であり、今ユウキの顔につけられている呼吸を手助けするマジックアイテムが無ければならない程である。

 

 

「脳死……いや、呼吸が出来ていないからそれよりも酷い状態ね」

 

「……原因は?」

 

 

受け入れがたい事実を受け止めきれないコッコロは、フラフラと上体が揺れ倒れそうになるのを傍にいたアカリに支えられる。

それを横目で見ながら、イリヤはミツキに問う。

 

 

「そもそもとして、生物は脳からの電気信号で腕脚を動かしたり、言葉を話したり、視界に映るものを正しく認識するようになっているの。呼吸も同じこと。つまり、脳の信号が正常に送られていないから呼吸もまともに出来ていない……と、判断することは出来る」

 

「その、あんまり医学には詳しくないんですけれど、脳の電気信号……というのを回復させることは、出来ないんですか?」

 

 

誰もが中々口を開けない中、ツムギは何とか言葉を絞り出してミツキに質問する。

 

 

「……ユウキ君の容態の、厄介な点はまさにそれなのよね」

 

「どういうことだ?」

 

「先に言うと、ユウキ君の肉体は例の治療薬のおかげ……と言うのも癪だけど、とにかく健康体そのものなのよ」

 

「そんなまさか!」

 

 

納得出来ない、とエリコは声を荒げる。

 

 

「ならばなぜユウキ様は目が覚めないのです!」

 

「話はまだ終わっていないわよ。……骨、筋肉、内蔵、脳。どれを調べても健康体に間違いはないの。なのに脳が正常に働いていない以上、迂闊に外部から脳に作用させるような事をするのは、医者としては少し躊躇われるわね」

 

「……ミツキ氏は闇医者ですし、正道以外の治療方法も知ってるのでは?」

 

「もちろん知ってるわよ? でも同じこと。例えば、外部から電気信号に近い雷の魔法を直接脳に流して、脳を働かせてユウキ君を無理やり起こす、なんてのも考えたけど……」

 

「おい、あまり外道な方法を口にするでない……」

 

 

イリヤはガタガタと震えて俯くコッコロを尻目に、恐ろしい事を言い出すミツキを咎める。

 

 

「同じこと、って言ったでしょう? そもそもそんなの一度も試したことないし。被検体にやるならまだしも、ぶっつけ本番でユウキ君にやって成功させる自信は流石に私もないわ。なにせ、少しでも出力を間違えば、ユウキ君の脳は焼き切れてしまうわ」

 

 

だからこそ、とミツキはユウキの顔に被せられたマスクを見つめる。

 

 

「今言ったのは最悪のケースにおける、最後の手段。……まずは一週間様子を見るわ」

 

 

次に、ミツキはマスクを指して説明をする。

 

 

「これは酸素吸入や二酸化炭素の放出を手助けすると同時に、装着者が自力で呼吸出来るようになったら少し膨らむようになっているわ」

 

 

そうなれば、ユウキは快復に向かっていると判断し、直に目を覚ますだろう、とのこと。

 

だが、呼吸出来ていない場合は――

 

 

「一週間その兆候が見られない場合は、ユウキ君の余命はもって二週間……。つまり、残り一週間しかなくなることになるわ」

 

「そんなに短いのですか……っ」

 

 

チカは息を呑む。

 

 

「……自力で呼吸も出来ず、寝たきりの状態なんてどんどん体も衰弱していくわ。長くは保たない」

 

「………………っ」

 

 

チカの隣でずっと俯いているノゾミから、小さく歯軋りの音が聞こえた。

 

再び、病室に重苦しい沈黙が訪れる。

しばらくの沈黙の後、すすり泣くようなコッコロの声が小さく泳ぐ。

 

 

「どうして……どうしてこんなことに……っ」

 

 

コッコロは死んだように眠るユウキを、涙で溜まった瞳で見つめる。

 

 

「わたくしが故郷に戻る前は、主さまも、ペコリーヌさまも、キャルさまも、【美食殿】のみんなが揃って……美味しいものをたくさん食べて、色んな所に冒険して……」

 

 

ポロポロ、と大粒の涙が頬を伝い、コッコロの手や脚に落ちる。

 

 

「なのに、どうして……どうしてなのですか……っ」

 

 

コッコロはガタン、と椅子から崩れ落ち、その場で膝をついて手指を組み、祈るように吐き出す。

 

 

「あぁ、アメスさま……。わたくしは何かわるいことをしてしまったのですか? だからこんなことが……」

 

 

それは懺悔だった。

届いているかも分からぬ女神へ向かって、何度も頭を下げる。

 

 

「おねがいします、アメスさま……どうか、どうか主さまを助けてください……!」

 

 

祈りは続く。

 

 

「おねがいします、おねがいします……っ。主さまを、ペコリーヌさまを、キャルさまを返してください……。【美食殿】の日常をかえしてください……っ。ペコリーヌさまの笑顔を、キャルさまの優しさを、主さまの温もりを、かえしてくださいまし……!

 

おねがいです、おねがいですから……!」

 

 

コッコロの痛々しさすら感じる懺悔に、誰もが目を逸らす。

見ていられなかった。

 

 

「あるじさま、あるじさまぁ……。起きてください、目を開けてください、コッコロに声をかけてください……! 子ども扱いしないで、なんて言いません、また頭をなでてください……! 他の女性の知り合いを作ることに文句など言いません、だから戻ってきてください……!

わたくしを、ひとりにしないで…………っ」

 

 

それ以上はもう何も言えず、何度も嗚咽が漏れ出る。

 

そんな嗚咽の悲曲に、別の声音が流れた。

 

 

「…………ごめんなさい」

 

「ノゾミ?」

 

「ノゾミさん?」

 

 

それまでずっと黙っていたノゾミは、絞り出すように続ける。

 

 

「わたしのせいで……、ユウキくんがわたしをかばったせいで……こんなことに……」

 

 

それまで我慢していたのか、ノゾミの足元にポトポト、と水滴が落ちる。

俯いたまま肩が震えて言葉が聞き取りづらいが、ノゾミの言葉は続く。

 

 

「ぜんぶ、ぜんぶわたしのせいなんだ……っ。わたしがライブのてつだいをユウキくんにたのんだから……、さいしょからそんなことしなければ、こんなことは……」

 

 

ごめんなさい、とノゾミは何度も口にする。

 

そんなノゾミの姿に近づくものが一人。

 

 

「ごめんなさい、ユウキくん――」

 

「それ以上、心にも無いことを口にするのは止めてもらえるかしら」

 

 

ノゾミの懺悔にも似た謝罪を、エリコは一蹴した。

 

 

「ちょ……!」

 

「あ、あなたは……ノゾミに何てことを……!」

 

「黙って聴いていれば……、貴女は今どんな気持ちでユウキ様へ謝罪の言葉を口にしているのですか?」

 

「ぇ……」

 

「え、エリコ?」

 

 

ノゾミはそこで初めて顔を上げ、エリコと目が合う。

射殺すようなその目がノゾミには直視することが出来ず、目を少し逸してしまう。

 

 

「…………」

 

「わたしが……、わたしのせいで……いまユウキくんがこうなって……ぜんぶわたしのせいで……」

 

「語るに落ちたわね」

 

「ぇ……?」

 

 

エリコは鼻で笑う。

 

 

「貴女はさっきからユウキ様への後悔ではなく、自分のしたことへの後悔に対する謝罪ばかりしている自覚はあるかしら?」

 

「……ッ!!!」

 

「加えて、さっきから私と目を合わせようとしない。私の言ったことが正しいと認めている証拠です」

 

 

目を見開いて、ノゾミは言葉を失くす。

何も言えないノゾミを失笑するように、再びエリコは鼻で笑う。

 

 

「そんな貴女に、ユウキ様のために涙を流す資格などありません。そこのエルフの小娘同様天に懺悔でもしていなさいな」

 

 

エリコはその言葉を最後に、病室を退出しようとする。

 

 

「どこへ行くんだい?」

 

「ここでただ待っていても状況は好転しません。私は私なりにユウキ様が一日でも早く目覚める方法を探します」

 

「……! 待てエリコ! 私も手伝う‼」

 

「エリコ様待って〜‼」

 

 

アンナとナナカもエリコについて行き、病室を出ていった。

 

 

「……ふむ、エリコの言う通りじゃな」

 

「イリヤさん?」

 

「そもそもわらわ達はペコリーヌを奪還するためにランドソルに潜入したのじゃ」

 

「そういえば、ここに来る途中そんな話をしてたね」

 

 

ルカはミツキの診療所に来る途中、人目を気にしながら行動するイリヤ達が気になり、事情を聞き出した。

その内容を思い出して、ルカは頭を掻く。

 

 

「……ユウキがこんなことになっちまった以上、ユウキの繋がりを最大限に利用してユウキ達を助けなければならない。そうだろ?」

 

「うむ……。本来なら眷族には橋渡しを頼むつもりじゃったが、わらわたちでやるしかなかろう」

 

「なら、一度アジトに戻るんですか?」

 

「だ、だったら! 自分も一緒に行くッス! トモねーちゃん、起きてるかもしれないし……」

 

「アカリはお兄ちゃんの知り合いのギルドの人たちを当たってみますねぇ」

 

「アタシもそうするかねぇ。レイのやつ、街に戻ってきてると良いけど」

 

 

ルカ達は気丈に振る舞い、前向きに異変解決に向けて自分達に出来ることをする。

そのために、各々病室を飛び出していった。

 

ルカは病室を出る前に、ミツキに一言声をかける。

 

 

「行ってくるよ。ユウキが目覚めたら呼んどくれ」

 

「……ユウキ君が目覚めるって、欠片も疑わないのね」

 

「状況は最悪だ。でも何故だろうね」

 

 

フッ、とルカは笑う。

 

 

「ユウキなら、どんな絶望的な状況も、ひっくり返してくれるかも、って思うんだ。なにせ、涙を流すほどユウキを思ってくれる娘()()がいるんだからね」

 

「え…………」

 

 

たち。つまり、自分も含まれていることに気づき、ノゾミは呆ける。

ルカはノゾミに向けてこう言う。

 

 

「エリコはああ言ったが、お前さんだってユウキを思って心を痛めているのは本当の事だろう? だったらお前さんも、ユウキのために自分が出来ることをしっかりとやんな」

 

 

ルカはそう言い残して、後ろ手を振りながら去っていった。

 

 

「わたしに、できること……」

 

 

ノゾミはふと、今もすすり泣くコッコロが目に映る。

あの場にいなかった彼女は誰よりもユウキを思い、心を痛めている。

なら、あの場にいたノゾミに出来ることは…………。

 

 

 

ノゾミの手に、ギュッと力が入った。

 

 

 


 

 

 

ユウキの霊魂がアストルムの何処にも存在しない……?

何が起きているの……? というか、そもそもこんな事態が起こりうるものなの⁉

 

……いえ、いるわね。ユウキの霊魂を、アストルムの外部に持ち出せそうな奴らが。

 

アンタの仕業なんでしょ――迷宮女王(クイーンラビリンス)

 

 

 


 

 

 

ユウキは目を覚ますと、視界が真っ黒になっていることに首を傾げる。

ちゃんと目を開けているのに、目を擦っても視界が真っ黒のままだ。

 

 

 

> ここはどこ……?

 

 

 

そう呟いても、答えるものは誰もいない。

 

だが、しばらくしてからどこか遠いところから声が聞こえてきた。

 

 

『…………あれ、もしかして起動してる?』

 

 

女性の声が聞こえ、ユウキはそれを何処から聞こえたのかキョロキョロと周りを見渡す。

しかし何処もかしこも真っ黒にしか見えず、誰がいるのかも分からない。

 

 

 

> 誰ですか……?

 

 

 

『……! 少年の声が聞こえた⁉ ユウキ、本当にそこに居るのかい?』

 

 

そこにいるのか、という問いかけにユウキはおずおずと肯定する。

 

女性の声が嬉しそうに、複雑そうに返ってくる。

 

 

『そうか、そうか……。少年が来たんだね……』

 

 

ユウキとしては周りが真っ黒にしか見えないので、誰が喋っているのかも分からない。

ユウキは思わずそう言うと、女性の声は慌てたように待ってて、といい、カタカタと音が響く。

 

すると、次第に周りが明るくなり、青白い景色がユウキの視界一面に広がる。

そして次に、赤い髪の女性がユウキの視界の真ん中に大きく現れる。

 

 

『久しぶりだね、少年。もっとも、リセットが起きて忘れちゃってるから、初めまして、になるのかな』

 

 

赤い髪の女性は、苦笑するようにユウキに微笑んでいた。

じゃあ自己紹介だ、と女性は続ける。

 

 

『アタシの名前は模索路(もさくじ)(あきら)。またの名を七冠(セブンクラウンズ)が一人――迷宮女王』




ルカ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、流れ者の剣士。流れるような剣の閃きは、黄昏への道を切り開く事ができるかもしれない。
トーゴクからやって来た剣士であり、黄昏の都という都市を探すべく目的が一致したミツキ達と協力し、【トワイライトキャラバン】のリーダーとしてギルドを結成することになる。
趣味は釣りと昼寝。自分のペースを崩すことはないが、困った人を見捨てない性格。彼女に助けられた人からはルカの人柄から「姉御」と呼ぶようになる。実はお化けが苦手。



ギリギリ今年中に間に合いました。
もっとも、これを読んでる人はもう年が開けているかと思いますが。
なので、良いお年を!

そして年明けから読んでる方へ、明けましておめでとうございます!(フライング)


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キミがどうしようもない現実に直面しても

改めまして、あけましておめでとうございます。

メインストーリー第二部もおそらく今月で終わり、新キャラも公開されましたね。

ただ今後のプリコネのストーリー展開が全く読めないため、このまま予定通り第一部を書き終えたら更新が滞るかもしれません。
ご理解の程をお願い致します。


『アタシの名前は模索路(もさくじ)(あきら)。またの名を七冠(セブンクラウンズ)が一人――迷宮女王』

 

 

ユウキの視界に大きく映る彼女はそう名乗り、ニイッ、と得意げに微笑む。

対してユウキはあまりピンと来ず、首を傾げるだけ。

 

 

『……あ〜、リセットのせいだから仕方ないとはいえ、その反応はちょっと傷つくわぁ……』

 

 

 

> ごめんなさい……?

 

 

 

『ああ、いやいや! 少年は何も悪くないよ!』

 

 

慌てて模索路晶と名乗った女性はユウキの言葉にブンブンと首を振る。

 

 

 

> えっと、モサクジアキラさん? クイーンラビリンスさん? どっちで呼べばいいんだろう……?

 

 

 

『あー……』

 

 

女性はう〜ん、と唸ったあと、

 

 

『……アタシの事はラビリスタって呼んでよ。一応、ランドソルではそう名乗って過ごしてたからさ』

 

 

 

> ラビリスタさん……。

 

 

 

反芻するようにユウキは名前を頭に覚えさせる。

 

そこで、ユウキはランドソルの単語が出たことでふと気になったことを尋ねた。

 

 

 

> ここはどこですか?

 

 

 

『何処、か……。う〜ん、なんて説明したら少年は解ってくれるかなぁ』

 

 

うんうん、とラビリスタは唸ったあと、ゆっくりと話し始める。

 

 

『まず、少年がいる場所はランドソルではない。いや、もっと言えばアストルムでもない』

 

 

ラビリスタは続けてこう説明する。

 

現在ユウキがいる場所はアストルムという世界の外側にある、データの大海からさらに外の隔離された空間にいる。

本来であればアストルムの住民はここまで来られないが、外側にいるラビリスタ達が何とか隔離場所を作り出し、不慮の事故でデータの大海から弾き出された住民を保護できるように誘導したらしい。

 

 

『……つまり、大分噛み砕いて言えば、少年はアストルム(向こう)で仮死状態になるほどの重体になって、意識だけアストルムからここまで飛んできちゃった、……ってところかな』

 

 

どう、わかった?

ラビリスタはそう尋ねるが、ユウキはあまりピンと来ず、首を傾げて俯く。

 

 

『……まあ、すぐに飲み込めるわけないよね。コッコロちゃんも最初はちんぷんかんぷんだったし』

 

 

コッコロの名前が出てきて、ユウキは顔を上げる。

コッコロもここに来ていたのだろうか。

 

 

『コッコロちゃんはそこじゃなくて、()()()であらかじめ用意していた素体に意識を入れて、ある程度自由に動けるようにさせてたんだよ。

少年が来ると分かってたなら用意してあげたかったんだけどね……。あれ用意するのすっごい予算がかかるんだよ』

 

 

肩をすくめてラビリスタは首を振る。

 

 

 

> コッコロちゃんはいつ頃ラビリスタさんに会いに来てたの?

 

 

 

ユウキは続けて質問する。

まだちゃんと理解している訳では無いが、コッコロもこっちに来ていたとなると、ユウキと同じように大変な目にあっていた筈だ。

だが、ユウキが記憶していた限り、そんな事は無かったはず……。

 

 

『コッコロちゃんがこっちに来たのは……、もう一ヶ月半くらい前だったかな?』

 

 

 

> 一ヶ月半……?

 

 

 

『ああ、あくまで現実の時間での話だよ? アストルムと現実じゃ時間の流れが全然違うし。下手すりゃ、こっちの一日はアストルムじゃ数ヶ月くらいの時差があるんだよ』

 

 

 

> 現実って……?

 

 

 

ユウキは先程からこっちだの現実だのアストルムだのと、まるで違う世界に生きているかのような口ぶりをしているのが気になった。

ラビリスタはそうだね、と相槌を打ってから続ける。

 

 

『折角だから、ちょっと移動しようか』

 

 

 

 

 

 

 

ラビリスタはユウキの姿が映っているタブレットを片手に、自身がいる椿ヶ丘公園をぐるり、と一周する。

 

 

「……ここが少年たちが過ごしていた本当の現実。今は椿ヶ丘っていう町の公園に居るんだけど」

 

 

ラビリスタはタブレットの液晶部から景色が見えるように抱え、ユウキに尋ねる。

 

 

 

> ランドソルの王宮みたいな大きな建物が沢山ある……。

 

 

 

「ん? ああ……」

 

 

ラビリスタは、ユウキが公園の景色だけでなく公園から見渡せる建物に目が行ったことに気づく。

 

 

「流石にあの王宮の方が大きいだろうけど……。まあ、こっちじゃあれくらい大きなマンションやビルはありふれたものだよ」

 

 

ユウキは何も言えないのか、はあ、とため息をついている。

それを見てラビリスタは苦笑し、

 

 

「他のところも見てみるかい?」

 

 

ユウキはうん、と即答で頷く。

ラビリスタは次にキッチンカーに乗り込み、タブレットを助手席から前が見えるように固定する。

 

そして、車を走らせビル街や駅のある交差点を通り、その都度ユウキに声をかける。

 

 

「どうだい、すごいスピードだろう?」

 

 

 

> 馬車よりも速い!

 

 

 

「まあね♪ まあ、馬車はともかく馬は車と同速以上のスピードで走れるけどね」

 

 

 

> 車?

 

 

 

「そうそう、今アタシ達が乗ってるこの四角い箱みたいなの。これがあれば……燃料さえ定期的に補給させたら、世界中をこれで旅することも不可能じゃないよ」

 

 

おお、とユウキから感嘆の声があがる。

 

その後、椿ヶ丘の至る所を見て回り、その間にラビリスタはユウキにアストルムでなにかあったのかを一つずつ尋ねていく。

そして、日が傾いてきた頃にラビリスタ達は公園に戻ってくると、ラビリスタ達は車から降り、少し歩いてある場所に着く。

 

 

 

> ここは?

 

 

 

「ここはキミの帰る場所――ユウキの自宅だよ」

 

 

ラビリスタは言いながら、目の前の家を見上げる。

 

少し大きめの一軒家。小さな庭があり、そこからカーテンが半開きになってリビングが見える。

 

 

 

> ここが僕の家……?

 

 

 

「うん、大分前にネネカとクリスが教えてくれたから間違いないと思うよ」

 

 

ユウキはその言葉に首を傾げる。

まず、クリスとはクリスティーナの事だろうか? ジュンもそう呼んでいたし……。

次に、

 

 

 

> ネネカさんとクリスティーナさんはラビリスタさんの友達?

 

 

 

「友達、友達かぁ……」

 

 

ラビリスタは困ったように声が上擦り、苦笑する。

 

 

「クリスは肯定してくれそうだけど……、ネネカは嫌そうな顔で否定するだろうなぁ……」

 

 

 

> 仲が悪いの?

 

 

 

「良くはないね。少年にもたまにちょっかいかけてるし、アタシとしてはほんの少しだけ気が気じゃなかったかな。

聞けば、記憶喪失になっちゃったユウキに色々教えてあげたらしいじゃん? ネネカがそんな手間のかかる上にリターンも大してない事を率先してするなんて意外だなぁ、って思って」

 

 

 

> ネネカさんは僕に勉強を教えてくれた優しい人だよ。

 

 

 

「……そう言われるとまた何か企んでそうで心配だなぁ。それとも単にユウキを気に入っただけかな? ちょくちょく家に来たことがあるみたいだし」

 

 

うんうん、とまたラビリスタは唸って考え始めた。

それをよそに、ユウキはもう一度自分の家と思われる建物を見る。

 

その外観にどことなく既視感があって……――

 

 

「何か思い出せたかい?」

 

 

心を見透かすように、ラビリスタは尋ねる。

分からない、とユウキは首を振るが、

 

 

 

> でも、たまに夢で見たことがあるような……。

 

 

 

「夢……」

 

 

 

> アメスさまが時々見せてくれる夢。

 

 

 

「その夢、詳しく教えてくれても良いかな?」

 

 

先程までの愉快そうな口ぶりから一転、ラビリスタの声と表情には張り詰めたような緊迫感があった。

ユウキは何事かと首を傾げつつも、言われたとおりにポツポツと話し始める。

 

 

 

 

 

場所は公園に戻り、ラビリスタはキッチンカーでユウキの夢についての話を聴いていく。

 

 

「…………要約すると」

 

 

何かに気づいたのか、ラビリスタは少々険しい顔つきでゆっくりとユウキに尋ねる。

 

 

「ユウキが見た夢では、現実みたいな町並みでランドソルで出会った友達と遊んだり、海に行ったり、トラブルに巻き込まれたような出来事だったんだね」

 

 

 

> うん。

 

 

 

「んで、友達と絆を結んでランドソルでの異変を解決し続ければ、夢の内容が現実になる、と。それをフィオ……じゃなくて、アメスが言ったんだね」

 

 

そんな事を言っていた気がする、と朧気に思い出すようにユウキが呟く。

 

ラビリスタはしばらく頭に手を置き無言になったあと、真剣な顔つきでユウキに尋ねる。

 

 

「ちなみに、その夢に出てくる友達って、コッコロちゃんとかユイちゃんとかだよね?

その子達の()()()()()って覚えてる?」

 

 

外見や髪色。

尋ねられて、ユウキはしばらく置いてから恐る恐る答えた。

 

 

 

> …………コッコロちゃんが銀髪で、ユイはピンク、だったような……。

 

 

 

「わかった」

 

 

ユウキの言葉に、ラビリスタは即答で返した。

ラビリスタは背を向け、カチャカチャと作業を始める。

それを何事かとユウキは疑問に思いつつじっと見ていたが、しばらくしてラビリスタはタブレットを持ち上げ、何かの端末と繋げる。

 

 

「……ユウキ、本当にすまない」

 

 

ラビリスタは唐突にそう言った。

 

 

「アタシは七冠の一人だ。本来ならユウキ達と一緒にアストルムの異変を解決するために戦う責務がある」

 

 

けれど、とラビリスタは首を振る。

 

 

「けれど、そうもいかなくなっちゃった。現実も現実でアストルムによる被害が出ちゃってね」

 

 

 

> 被害?

 

 

 

「さっきアタシは、この世界こそユウキ達が過ごしていた現実って言ったけど、だったらどうしてユウキ達は今アストルムに居るのか、って疑問に思わない?」

 

 

それは確かに、とユウキは遠慮がちに頷く。

 

 

「……閉じ込められちゃったんだよ」

 

 

 

> え。

 

 

 

「ユウキ達は今、意識だけアストルムの中にいて、アストルムこそが現実だと思いこんでしまっている。そんな悲劇がアストルムの中と外で起きてしまったんだ」

 

 

ふるふると、ラビリスタはやるせなさを感じるように首を振る。

彼女の額には、何かの焦りが原因か大粒の汗が浮かんでいる。

 

 

「アストルムの中では、現状正当な方法でログアウトすることが出来ない。アタシの仕込みも、リセットのせいで全部パアになっちゃったし。

……だけど、外はもっと深刻だ。アストルムに囚われ、寝たきりになってしまったユウキ達の体が刻一刻と限界が訪れている。残された家族や友人達は、ユウキ達の帰りがいつになるのかどんどん焦っている。

それだけじゃない。これ以上ユウキ達が戻ってくるのに時間が掛かろうものなら、外部から強制的にアストルムを解体させろ、なんて過激的な意見もどんどん大きくなってきた。……もしそれが強行されようものなら、ユウキ達はアストルムの中でアストルム諸共永遠にロスト……死んでしまう」

 

 

 

> そんな!!!

 

 

 

そんな事実到底受け入れられない!

ユウキはそう反対するが、ラビリスタは力なく首を振る。

 

 

「分かっている。ユウキの怒りは当然だ。けれどね、誰もが皆ユウキみたいに他者を思いやっている訳ではないんだ」

 

 

ポツポツとラビリスタは諦めたように呟く。

 

 

「ユウキ達がアストルムに閉じ込められているのを、現実では『ミネルヴァの懲役』と呼ばれている。ミネルヴァっていうのは、アストルムを管理していた存在で、どんな願いでも叶えられるほどの力を持っていた。

それ故に、沢山の人達がアストルムにダイブし……閉じ込められた。あの子は何も悪いことをしていないのに、まるで諸悪の根源のようにアストルムを生み出したアタシ達七冠諸共針の筵に遭っている」

 

 

 

> 何も悪いことをしていないのなら、どうして……。

 

 

 

「そんな言葉に耳を傾けてくれる人は、もういないんだよ。それだけ懲役の被害者は多いんだ。……何より、アストルムの中にいるユウキの言葉なんて、現実の人たちからすれば知ったことではないんだろう」

 

 

ラビリスタから再びカチャカチャと作業音が響く。

 

 

「……現実の人達はアストルムの中で何が起きているのかを知らない。知りようがない。故にいくらでも悪し様に言えてしまう。

ユウキ達がこれまで何と戦い、ランドソルの平和を守ってきたのかもそう。現実の人達にとっては()()()()()()()()()()()でしかないんだ」

 

 

 

> ………………………。

 

 

 

「……それでも、そんな他愛もない話だと一蹴されても。アタシ達はやるしかないんだ」

 

 

ラビリスタの言葉には、確かな覚悟が込められていた。

ラビリスタは作業しつつ、ユウキに目を向ける。

 

 

「ねえ、ユウキ。アタシのプリンセスナイト。今はあえて主として、ナイトであるキミに伝える。

キミは懲役を終わらせて、仲間の皆と一緒に現実に戻ってくるんだ」

 

 

 

> どうすればいいの?

 

 

 

欠片も拒否せず方法を尋ねるユウキに、ラビリスタはフッと笑う。

 

 

 

「……こうなるともう方法は一つだ。ユウキ達がミネルヴァを取り戻し、キミが選んだ大切な仲間とともに願うんだ――全ての『レジェンドオブアストルム』のプレイヤーを、現実へログアウトしてほしい、と。

ソルオーブを集め、ソルの塔を取り戻し、その頂上でミネルヴァに願うんだ。いいね?」

 

 

うん、とユウキは深く頷く。

 

 

「その為に、ユウキにいくつかお土産を送っておくよ。戻ったら【美食殿】のギルドハウスに受け取りに行ってほしい。送ったら多分すぐにネビアが気づくだろうから、ネビアに教えてもらってね」

 

 

それと最後に一つ、とラビリスタは付け足す。

 

 

 

「……きっとキミは今後も夢でアメスに会うんだろう。そこでどんな話をするのかアタシには分からないけど……。今後は、アメスと話をすることがあっても話半分に聞き流しておくこと。いいね?」

 

 

 

> どういうこと?

 

 

 

「…………アメスも今は大変なんだ。きっとユウキのことを正しく導いてくれないだろう。だからこそ、皆と一緒に現実へ帰るために、今後はユウキ自身でちゃんと考えて、仲間と力を合わせるんだ」

 

 

ラビリスタは真剣な表情でユウキを見つめている。

冗談で言っていないと確信したユウキは、迷いつつもラビリスタの言葉に頷いた。

 

 

「……アタシはアタシで皆が無事に戻ってこられるよう、現実でできる限りのことをする。そして皆戻ってきたら、うちのクレープ屋でパーティーと洒落込もうよ」

 

 

 

> クレープ? それってお姉ちゃんたちの……

 

 

 

「そう、そう。シズルちゃん達が開いているあのクレープ屋は元はアタシのお店」

 

 

それまで神妙な顔つきのラビリスタは、ニイッ、とおどけるように笑った。

 

 

「……それじゃ、お話はこれでおしまい。アストルムに帰る時間だ。……そろそろコッコロちゃんが心配で寝不足になってそうだからね。あの子になにかあったら長老にどやされそうだよ」

 

 

ラビリスタは作業音を立てながら、ユウキに指示をする。

 

ユウキはラビリスタから言われた通りに、じっと直立して目を閉じる。

 

そして、次の言葉を口にした。

 

 

 

> ダイブ・アストルム―――――

 

 

 

「―――――どうかアタシのプリンセスナイトに、太陽と星の祝福を―――――」

 

 

 


 

 

 

タブレットからユウキの姿が完全に消え、液晶も暗くなる。

隔離データから完全に送り出せた証拠だ。

 

ラビリスタはユウキがアストルムに戻れたのを確認してから、椅子に掛け震えるように息を吐いた。

 

 

「やってくれたな……っ」

 

「――……どうやら、あのガイド妖精にも異常事態が起きてしまった様ですね」

 

 

キッチンカーの窓口から男の声が入る。

その声に聞き覚えのあるラビリスタはガタリと勢いよく立ち上がり、窓口から外を覗くと、ある男が立っていた。

 

黒い服で身を包み、厳ついグローブのような手袋を身に着けているアッシュブロンドの男。

 

 

「ラジラジ⁉」

 

「久しぶりですね、晶。様子を見に来れば、一時的とはいえ貴女のプリンセスナイトが帰還していたとは」

 

 

ラジラジ――もといラジクマール・ラジニカーントは表情を全く変えずにそれにしても、と続ける。

 

 

「リセットの繰り返しによってバグでも発生しましたかね」

 

「……もしかして盗み聞きしてたの? 全く、七冠ともあろうものが、アタシも含めてどいつもこいつも情けないったらないね」

 

「そんな軽口に付き合うつもりはありません。貴女もそうなのでは?」

 

「…………」

 

 

ラジニカーントの指摘に、ラビリスタは表情を引っ込める。

そして、重い口を開けるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「……ラジラジはバグって言ったけど、それは勘違いだ。バグならまだ良かったよ。……事態はもっと最悪になっているかもしれない」

 

「と、言いますと?」

 

「一ヶ月くらい前かな。アタシがこっちに戻ってきて現実からアストルムの状況を確認してたんだけど、ふとフィオの反応がソルの塔から完全に消えたんだ」

 

 

ラジニカーントの顔色が僅かに変わる。

 

 

「……確か、あのガイド妖精は再構築によって変異していたのでしたか」

 

「ああ、ミネルヴァが行方不明になったことで、おそらくソルの塔を管理する代理としてアストルムのシステムが自動で書き換えた可能性がある」

 

「……そもそもそれ自体がバグと判断できますが?」

 

「ちゃんと話聞いてた? そのフィオが行方不明になったんだよ?」

 

「………………………」

 

 

ラジニカーントは顎に手を当て無言で考え始めた。

それに配慮することなく、ラビリスタは続ける。

 

 

「……盗み聞きしてたのならその後は解るよね? フィオは変異してアメスと名乗るようになった。でもそのフィオは現在行方不明。にもかかわらずアメスと名乗る謎の存在がユウキにソルの塔の管理システムを介して夢から干渉しているんだ」

 

「……まさかとは思いますが、既にソルの塔は……」

 

「十中八九、いや確実に下手人の手によって管理を掌握されているだろうね。しかも、ソルの塔にはこれまでのループのデータやプレイヤーの記憶情報などもある。何者かがアメスを仕立て上げて、歪んだ現実の情報をユウキに与えて思考誘導しているかもしれない」

 

「下手人について目処は? 件の【レイジ・レギオン】ですか?」

 

「それは無いかな。ユウキから話を聞いている限りだと、リセット後は【レイジ・レギオン】はバラバラになってギルドとして活動していない。エリスからも見放されたんだろうね」

 

 

そこまで話して、ラビリスタは苦虫を噛み潰したような渋い表情をする。

 

 

「こういうあまりにも性格の悪いやり口を選択するのは別にいる。あいつだ―――――」

 

 

 


 

 

 

ユウキ! 戻ってきたのね!

まったく、意識を失って全然目覚めないし、あたしのところにも来ないから本当に心配してたのよ?

 

……それで、何があったの?

 

…………、なるほど、晶のところに……。ま、予想通りってところね。

あいつに限った話じゃないけど、七冠って基本自分勝手で秘密主義なところがあるからねぇ。

 

……ま、今はそんなことは置いといて。早くコッコロたんのところに戻りなさい。あの子、アンタが倒れてからずっと泣いてるのよ? 早く安心させなさい。

そして、ペコリーヌちゃんとキャルちゃんを助け出して、第一の特異点(ターニングポイント)を乗り越えるの。そうじゃなきゃユウキ達の現実は取り戻せない。

 

…………どうしたの、急に苦い顔をして?

もしかして、晶に何か無茶振りされた?

 

……自分なりに頑張ってみる?

 

………………………、そう。ま、頑張んなさい。あたしはこれからもここで、アンタ達の戦いが上手くいくことをこれからも願っているわ。

 

それじゃ、またね〜♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………そう。迷宮女王に何か入れ知恵されたのね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ、私のこの役割も潮時でしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで神の啓示の様で、おこがましくも楽しいと思っていたのですがね。

 

クククッ、ククク…………―――――




ラビリスタ
前作「プリンセスコネクト!」および「プリンセスコネクト!Re:Dive」の舞台であるアストルムを生み出した七冠(セブンクラウンズ)の一人。本名は模索路(もさくじ)(あきら)
『オブジェクト変更』という権能を用いてアストルム内の建物や自然などの形状を自由自在に変化させる能力を持つ。彼女のまたの名は迷宮女王(クイーンラビリンス)
どういうわけか、アストルムではランドソルでクレープ屋を営んでいてシズルやリノに協力してもらっていた。それもアストルムの真実を解明するためだとか……。実は、医学の心得がある。



補足
特異点(ターニングポイント)という言葉を使うのはミソラやミロク側のやつらだけです。
ソルの塔が掌握されたのに覇瞳皇帝は気づかなかったのか、と疑問に思った方は、ミロクが覇瞳皇帝に気づかれずに結界を展開し、後ろを取った事からお察しください。


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キミの希望を灯し続ける人たちがいるから

メインストーリー第二部を見届けた私
「ウワアアアアアアア!!!▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂」


「……本当に出来るんですね?」

 

「無理してないですか?」

 

 

二人にそう気遣われる。

表情には遠慮がちな、複雑そうな感情が渦巻いている。

心配しているのは二人だって同じなのに。

 

けれど、二人は動揺しつつもやることを選んだ。

二人をこの世界へ連れてきたのは私だ。

だったら――

 

 

「――……大丈夫。私はやるよ。やるって決めたから」

 

 

だったら、私一人がいつまでもくよくよして立ち止っている訳にはいかない。

私は私に出来ることをやるって決めたんだから。

 

 

「行くよ」

 

 

そう言って、私達はステージへと飛び出す。

 

 

「みんな、お待たせーっ‼」

 

 

 

 

 

 

 

死んだように眠るユウキ君を、私はじっと見つめる。

隣には簡易ベッドでコッコロちゃんが眠っている。

 

コッコロちゃんの顔色はあまり良くない。

涙の跡が沢山あるし、目に隈も出来ている。

コッコロちゃんはずっとここで寝泊まりしているようだけど、寝顔を見るに全然疲れはとれていない。

 

コッコロちゃんをここまで追い詰めてしまった原因も私にある。

 

 

「ユウキ君……っ」

 

 

思わず謝罪の言葉が出そうになった。

それじゃ駄目。エリコちゃんが言った通り、それは私が楽になるための謝罪。ただの自己満足。

 

だから、私が言うべきことは……。

 

 

「ユウキ君……、私ね告知ライブやることにしたよ」

 

 

初めに出たのは、ユウキ君の容態とは関係ない報告。

 

ライブ予定地のステージ区画はキマイラとの戦闘で荒れて、スタッフ達との話し合いの結果ステージ区画ではライブが出来ないと判断された。

 

キマイラが暴れたことによって地面が凸凹になったのもあるけれど、一番の原因はイリヤさんの破壊魔法によって地面が深く抉れてしまったこと。

イリヤさんがすごい魔法が使えるのは知っていたけれど、あの威力は相手に相殺されてなかったらステージ区画が吹き飛んでいたかもしれないほどのものだった。

 

だけど、このままじゃ終われなかった。

このままライブを中止にしてしまうことは、どうしても受け入れられなかった。

 

だから、機材運びの事情やギルド管理協会への許可など、可能な限り考えてランドソルで一番大きい公園広場でライブを行うことになった。

ステージは区画のそれと比べると簡易的なものになっちゃうけれど、その後の活動のことを考えるとギャップがあってサプライズ感も高まるだろうかと考えた。

もっとも、簡易ステージのレイアウトにツムギが頭を悩ませちゃうことになったのは色々と忍びなかったけれど。

 

 

「……それでも、私はやるよ」

 

 

ユウキ君達はこれから大きな戦いに身を投じることになる。

私達も本来ならその戦いに協力するべきなんだろうけれど、ライブツアーはもう予定を組んじゃって、先方の方々にも連絡を入れちゃっていたから、遅れさせる訳にはいかない。

 

だから、私達はユウキ君達と一緒に戦うことは出来ない。

そう思うと、益々申し訳なくなっちゃうけれど。

 

 

「だったら、私達も私達なりに戦うだけだよ」

 

 

今回の事件の根幹はペコリーヌちゃんにあることは聞いている。

あの子こそこの国の本当のユースティアナ様で、これから偽物の王様と戦うためにも、ペコリーヌちゃんを取り戻さなきゃいけないって。

きっと大きな戦いになるかもってイリヤさん達は話していた。

もしかしたら街の外にまで影響が出るかもしれないって。

 

 

「私達はユウキ君達の戦いで、皆が混乱しないように、希望を持ってもらえるようにライブを届けに行くよ」

 

 

そのためにも、まずはこれからやる告知ライブを成功させる。

 

 

「……もし、目が覚めたなら」

 

 

軽々しく言っていいものではないと分かっていても。

 

 

「ライブツアーの第一回目はランドソルの上空でやるんだ。新しい衣装を着て、これまでとは違ったライブになると思う。

だから……私達のライブ、少しの間で良いから見に来てほしいな」

 

 

輝いている姿を、キミには絶対に見てほしいから。

 

 

 

 

 

ユウキ君が倒れてから、一週間と二日が経った。

目覚める兆しは……ない。

 

 

「…………」

 

 

隣で眠るコッコロちゃんを見る。

目の隈が前に見たときより酷くなっているのは、きっと気のせいじゃない。

 

ユウキ君が倒れて一週間が経ったとき、ユウキ君が目覚めたかどうか確認しに病室にやって来たら、ユウキ君の傍で佇んでいるコッコロちゃんを見た。

その表情はきっと一生忘れないだろう。

 

全てを失って、全てに絶望したような、感情のない顔。

まだ十一歳の女の子があんな表情をするのかと愕然としたくらい。

 

ミツキ先生の診断では、目覚める兆候が一週間経っても見られないのなら、余命はもう残り一週間。

ミツキ先生も最後の手段を取るべきか、と言っていた。

みんなも覚悟の準備をしておいてほしい、と集まった私達に言ったくらいのことだ。

これ以上はもう、限界なんだろう。

 

 

「………………っ」

 

 

涙が出そうになるのを堪える。

ユウキ君が目覚めるのを信じている人は何人もいる。

たとえ余命がもう一週間を切った今でも。

 

……怖い。

怖いよ。

ユウキ君の顔を見るのが、これで最後になるんじゃないかって。

もうユウキ君が目を覚まさないで、死んじゃうんじゃないかって。

そう思うと、どうしようもなく怖い。

体が震えて、足元から崩れ落ちて倒れそうになってしまう。

 

 

「私の中のユウキ君って……こんなに大きな存在だったんだね」

 

 

ふと、ユウキ君と初めて出会ったあの日を思いだす。

ファンの追っかけに悩まされる毎日。

そんな時にふとユウキ君と出会った。

不審者に追われていると勘違いされて、ユウキ君に無理やり人通りの少ないところに連れられた。……無理やりって言っても本人は善意でやってたんだけどね。

しかも、ユウキ君って私のこと誰か知らないって言ったっけ。

アイドル活動が日常となってから、私を知らないなんて言う人はユウキ君が初めてだった。

あとから聞けば、ユウキ君は記憶喪失でランドソルに移住してきたばかりだったらしいから、私の事を知らなかったのも無理はなかったんだけれど。

 

でも、そんなユウキ君が私を「アイドルのノゾミン」から「普通の女の子ノゾミ」にしてくれた。

ユウキ君の傍にいると私は普通の私でいられたんだ。

恥ずかしいところも見られたり、楽しい思い出を共有したり、アイドル活動を手伝ってもらったり。

ユウキ君との日々は楽しくて、心地よくて、充実していた。

 

 

「……まるで走馬灯みたい」

 

 

私が死にかけている訳じゃないのに、これまでのユウキ君との出来事が頭の中でフラッシュバックする。

それが走馬灯のように感じて、思わず笑っちゃった。

 

…………ああ、でも。

このままユウキ君が本当に死んじゃったら、私も―――――

 

 

「――……って、危ないこと考えてるな、私」

 

 

危険な思考が脳裏を過ぎって頭を振る。

その考えに大して忌避感を抱いていない自分にも失笑する。

 

 

「ほんと、すごいねユウキ君は。責任取ってほしいくらいだよ」

 

 

なんて言っても、ユウキ君は反応しない。

 

……そんなふうに百面相していたら、病室のドアがガチャリ、と開く。

 

 

「……あら、ノゾミちゃん来ていたのね」

 

 

病室に入ってきたのはミツキ先生。

今日もユウキの容態を確認しに来たんだろう。

 

 

「……ってあら、どうしたのその格好? 前に見たのとは随分違うわね」

 

「これですか? これは、ライブツアーでお披露目する新しい衣装です」

 

「そう……」

 

 

ユウキ君は見ての通り眠ってるから、せめてこうして新しい衣装を着た私の姿で会いたかった。

私のことを、私との日々を、私の輝く姿を、キミと共有したかった。

 

 

「…………!」

 

 

ふと、私は一つ思いついた。

私はミツキ先生に頼み込み、あることをしてもらった。

 

…………()()がしっかりとユウキ君に身につけられているのを確認して、私もそろそろライブツアーの準備に戻ることにした。

 

そして、最後に一言。

謝罪じゃなくて、本当に伝えるべきことだった言葉を紡ぐ。

 

 

「ユウキ君、あの時私を助けてくれて、ありがとう―――――」

 

 

 


 

 

 

『みんな、お待たせーっ‼』

 

 

ランドソルの上空から快活な声が響く。

人々は顔をあげると、大きな飛空艇が宙に浮かび、そこに複数の映像魔法が投影される。

 

 

『ランドソルの皆さ〜ん! やっとこの日がやって来ました!』

 

 

一つ目の映像魔法に写ったのはツムギの姿。

彼女は赤い煌びやかなドレスのような衣装を身に纏い、映像越しに住民に向けて大きく手を振る。

ツムギを応援しているファン達は特に興奮し、割れるような歓声があがる。

 

 

『ふふん、どうですこの衣装? 似合ってますか?』

 

 

肯定するように歓声が湧き上がる。

 

 

『ありがとうございます! これ、結構自信作だったんですよ!』

 

『今回のライブツアーを記念に新しく用意した衣装なんです。いわゆる、サプライズですね』

 

 

次に二つ目の映像魔法に写ったのはチカの姿。

彼女は青と白を基調とした動きやすそうな衣装で、これまでの【カルミナ】のライブ衣装から正当に進化したようなイメージを持つ。

予想通り、チカを応援するファン達は特に喜びの声を上げる。

 

しかも、ツムギとチカはそれぞれ違った個性を出したライブ衣装をお披露目した。

なら当然最後の一人も、とファンは期待する。

 

 

『みんな、私達のライブに注目してくれてありがとう‼』

 

 

三つ目の映像魔法に写ったノゾミの姿に、住民の声は更に湧き上がる。

彼女はまるで学院の制服のようなコートを纏い、全体的にクリーム色に近い黄色の衣装となっている。

何より、

 

 

『えへへ、どうかなこの髪型? ライブツアーに合わせてイメチェンしてみたんだ』

 

 

普段ノゾミは髪をツーサイドアップにしているが、今日のノゾミは髪の片側をリボンで纏めたサイドテールにしている。

それがさらに歓声を沸き立たせるアクセントになった。

 

 

『ねぇみんな、これから歌う前にちょっとだけでいいから私の話を聞いてほしいの』

 

 

ノゾミの言葉に、住民たちは何事だろうか、と歓声が静まっていく。

 

 

『最近色々と大変な事が起きてたよね。シャドウのこととか、街中のトラブルとか、この前もライブ予定のステージだって魔物に襲われて荒れちゃったし……』

 

 

記憶に新しいことばかりで、住民たちの顔が曇る。

そんな彼らに対して、だけど、と続ける。

 

 

『どんなに大変なことが起こっちゃっても、これからどんな大変な事に巻き込まれちゃっても、みんなにはどうか希望を捨てないでほしいの!』

 

 

ノゾミは続ける。

 

 

『もし、私達のライブがみんなの希望の一つになれるのなら、私達はこれから大陸中にありったけの希望を届けに行くから!』

 

 

私達の事、応援してくれる?

 

その言葉を肯定するように、応援するように歓声が湧き上がる。

 

 

『みんな、ありがとうー‼』

 

『……では、挨拶もこの辺りにして早速行きましょうか』

 

『まずは、私達のお馴染みの曲で、オープニングを飾りましょう‼』

 

 

三人は準備するように静まり、そして歌う。

 

 

『今すぐに――

――走り出せ――

――Let's Go‼』

 

 

 


 

 

 

主さま。

 

主さま。

 

主さま。

 

何度寝て、起きて。その繰り返し。

 

そんな日が一週間と五日。もう、主さまに猶予は残されていません。

にも関わらず、主さまはお変わりなく眠っておられます。

………………まるで死んでいるように。

 

嫌です。

そんなこと認めたくない。

 

お願いです。

わたくしが起こしに主さまの寝顔を見に来た時のように、眠たそうな顔をしながら起き上がって下さいまし。

 

…………そんなことを、一週間経つまで考えていました。

 

病室で寝泊まりして、目が覚めたらいつものように起き上がって、主さまがわたくしに笑顔を向けてくれていたら、なんて。

そんな甘い考えが、たった一週間で粉々に砕かれました。

 

 

「あるじさま……」

 

 

嗚呼。

こんな思いをするくらいなら。

あの日主さまに無理矢理にでもついて行くべきでした。

重体だからとイリヤさまに止められましたが、主さまがこんなことになるのを黙って受け入れるくらいなら、主さまの傍にいて命をかけてお守りするべきでした。

 

 

「あるじさま……っ」

 

 

過ぎた後悔に意味はなくとも、払拭など出来ようはずがありません。

 

この一週間と五日。

わたくしにとってあまりにも短い時間でした。

ただただ後悔ばかりが募り、何もする気力が起きず、時折病室にやって来た方々がどなただったのかも気に留めぬほど、静かな時間でした。

 

そんな時間がもう終わるかもしれない。

最悪な形となって。

 

 

「……ぃゃ」

 

 

嫌です。嫌です。嫌です!

お願いです、目を覚ましてください。

 

 

「こんな終わりは、いやです……っ!」

 

 

主さま。

主さまに何度呼びかけても、目を覚ましてくれない。

 

 

「お願いです、目を開けて……っ」

 

 

主さまのお顔にわたくしの涙が落ちてしまう。

もうそんなことを気にしていられない程に、わたくしはもう限界だった。

 

 

「主さま、あるじさま、あるじさまぁ…………」

 

 

 

 

 

―――――ぽふっ

 

 

 

 

 

「…………ふえ」

 

 

どれだけ泣いたか。

わたくしの頭に何かが乗りました。

わたくしの頭頂部を簡単に覆うことが出来るくらいの、大きな、なにか、が……。

 

 

「あ、ああ……」

 

 

わたくしに伸びる腕。

眠そうにまぶたを開ける、あなたの瞳が……。

 

 

「あるじ、さま……っ」

 

 

 

> ただいま……。

 

 

 

マスクでくぐもっていましたが、間違いなく聞こえました。

 

 

「主さま、主さま、主さま―――――」

 

 

 

わたくしは思わず主さまの胸に飛び込んでしまって……――。

 

 

 


 

 

 

「……本当に、医者として無責任な物言いだけど、奇跡としか言いようがないわね」

 

 

目覚めたユウキの問診をしながら、ミツキはポロッと呟く。

 

ユウキの目覚めに居合わせたコッコロの絶叫に似た泣き声を聞き、ミツキは大急ぎでユウキの病室に駆け込み、ユウキの起き上がった姿に驚愕の声を上げてしまった。

 

 

「はいどーぞ。大急ぎだったからこんなのしか用意できなかったけど……」

 

 

ミツキの手伝いをしていたナナカはお椀を差し出す。

お粥を用意してくれていたようだ。

 

 

「むしろお粥くらいが丁度いいわ。一週間以上飲まず食わずの寝たきりだったのだから、食道も細くなって胃も不安定でしょうし」

 

「あ、味はあんま期待しないでね? リアルでメシマズなんて全く需要無いと思うけどさ……?」

 

 

 

> 塩からくて丁度いい。

 

 

 

「あ、塩入れすぎちゃったかな。あ、アハハ……」

 

 

気まずそうにナナカは笑う。

ユウキとしては問題ないと言ったつもりだったので、サムズアップを送る。

 

 

「それより、その状態苦しくない?」

 

 

ナナカの言うその状態、とはコッコロの事だろうか。

 

 

「すぅ、すぅ…………」

 

 

コッコロはユウキに飛びついて泣き腫らしたあと、疲れたのか眠っている。

しかもユウキに抱きついたまま離さないため、コッコロをベッドの上に乗せてそのまま寝させることにした。

 

 

「……まあ良いでしょう。ユウキ君が倒れてからずっとそばを離れなかったし。医者としては顔色が日に日に悪くなっていたのをそろそろどうにかしないといけないって思っていた頃だったからね」

 

 

まあこれも男の子の甲斐性ってやつでしょう。

ミツキはそうすまし顔で正当化してくれた。

 

……ユウキはお粥を食べ終えたあと、改めて自分がどこに居るのかを確認する。

ここはミツキの病院だと把握したユウキはゆっくりと立ち上がろうとしてミツキに止められる。

 

 

「待ちなさい。まだ動けるようになるまで体力は回復していないはずよ」

 

 

 

> ギルドハウスに戻らなきゃいけないんです。

 

 

 

「ギルドハウス? なんで?」

 

 

 

> 僕宛に届け物が来てるから。

 

 

 

ユウキがそう言うとミツキとナナカは怪訝な表情で顔を見合わせる。

 

 

「……えっと、それって急ぎの用事なのかしら。そうでないなら許可できないのだけれど」

 

 

 

> ペコさんを取り戻すために戦うんですよね?

 

 

 

「それは……」

 

 

ユウキの表情は真剣である。

眠っていた間にどのような心境の変化があったのか二人には知る由もないが、ふざけて言っている訳ではないのは伝わってくる。

 

 

 

> きっと、それが必要になると思うんです。

 

 

 

二人は沈黙する。

このままユウキを行かせて良いものか悩んだが、やがて沈黙を破りミツキは口を開く。

 

 

「ならこうしましょう――」

 

 

 

 

 

 

 

人気のない深夜の街をゆっくりと歩く。

キョロキョロと人目のないことを確認しながら、ミツキは車椅子を押して【美食殿】のギルドハウスを目指す。

 

ミツキが提案したのは、車椅子にユウキを乗せてギルドハウスまで連れて行くこと。

本調子ではないユウキを一人で帰らせることはできず、かと言ってユウキも何やら真剣に急いでいるのを気になったミツキは車椅子に乗せてついて行くことにした。

 

 

「すぅ、すぅ……」

 

「ふふ、よく眠っているわね」

 

 

ミツキはユウキの胸に抱かれて眠っているコッコロを見て微笑む。

目の隈が酷く、疲れは取れていないだろう彼女はギュッとユウキに掴まり離そうとしない。

 

 

「今日はそのまま一緒にいてあげなさい」

 

 

うん、とユウキは頷く。

ユウキは目が覚めてどれだけ時間が経ったのかをミツキ達に聞いてから、コッコロに心配をかけさせてしまったと申し訳なさそうにしていた。

疲れて眠るほど泣きじゃくる姿を見て、年の割に大人びていたがやはり子供だとミツキが苦笑していたのも印象深い。

 

 

「…………ここでよかったのかしらね」

 

 

そうこうしているうちに、ミツキ達は【美食殿】のギルドハウスにたどり着く。

ユウキにとっては久々のギルドハウスだ。

最近は色々あってギルドハウスに立ち寄る暇もなかったために、ギルドハウスの外観を見て懐かしさすら感じた。

 

 

「…………特に罠や待ち伏せも無いみたいね」

 

 

【王宮騎士団】から目をつけられているのを聞いているミツキは、ギルドハウス周辺に怪しいものが無いことを確認してから、ギルドハウスの扉を開く。

 

 

「誰もいないと思うけど、失礼するわよ――」

 

「――ユウキ‼ 戻ってきたのね!」

 

「きゃあっ⁉」

 

 

中に入ったミツキ達を出迎えたのは、パタパタと羽を忙しなく羽ばたかせる小さな少女。

少女はシュッとユウキの顔の前まで飛び、ユウキの頬を軽く引っ張る。

 

 

「ったく! 全然戻って来ないんだから! 待ちくたびれちゃったじゃない‼」

 

「な、何なのこの生き物……?」

 

 

グニグニとユウキの頬を引っ張るその少女を見て、ミツキは顔が引き攣る。

一しきり頬を玩具にされたあと、ユウキは口を開く。

 

 

 

> ただいま、ネビア。

 

 

 

「……はいはい、お帰りなさい」

 

 

ネビアは視線を上下に動かしたあと、訝しげに呟く。

 

 

「……魂がアバターから離れた痕跡がある? あいつ……はそんなことできないか。じゃあ……」

 

 

 

> 僕宛に届け物が来てると思うんだけど。

 

 

 

ブツブツと呟くネビアにユウキは尋ねる。

んん、とネビアは首を傾げたあと、

 

 

「……ああ、もしかして3階にいきなり転移してきたアレのこと?」

 

「……よくわからないけど、本当に届け物があったのね」

 

 

ネビアは上を見る。

つられてユウキとミツキも見上げるが、

 

 

「上の階にあるのなら、代わりに私が取ってきてあげようかしら?」

 

「止めといたほうが良いわよ」

 

 

ミツキが階段を登ろうとしたのをネビアが止める。

 

 

「どういうことかしら?」

 

「ユーザー認証……、って言ってもアンタ達は理解できないでしょうけど、ユウキ以外の奴が触れないようにプロテクトされちゃってるのよ。お陰でアタシもあれを部屋から動かすことも出来ないわ」

 

「……気になる単語がいくつが出てきたけれど、要はユウキ君自身が回収しなきゃいけないってことね」

 

 

参ったわね、とミツキは頭を抱える。

車椅子に座っているユウキはまだ自力で動けるような状態ではない。

 

 

「……別に急ぎの用事じゃないのなら、落ち着いてから取りに行けばいいだけの話じゃないの?」

 

「それはまあ、その通りではあるのだけれど……」

 

 

 

> 出来れば早く確認したい。ラビリスタさんからの贈り物だから。

 

 

 

「ラビリスタですって⁉」

 

 

ラビリスタの名前を聞いてネビアは過剰反応する。

その後納得したように何度も頷いてブツブツと何かを呟く。

 

 

「そういやあいつの話じゃ……じゃあ対抗策ってこと……」

 

「何をブツブツと言っているのかしら?」

 

 

埒が明かない、とユウキは立ち上がる。

コッコロを抱えているのでバランスが乱れ、傍にいるミツキに支えられる。

 

 

「焦るんじゃないの! まだ動ける体ではないってさっきも言ったでしょう⁉」

 

 

 

> でも!

 

 

 

「医者の言う事を聞かないなら……お仕置きが必要かしら?」

 

 

途端にミツキの目つきが鋭く変わる。

ユウキは一瞬怯むが、ユウキも引けないとミツキを見つめ返す。

しばらく二人の睨み合いが続くが、

 

 

「まったく、さっさと行かせてあげなさいよ」

 

「他人事みたいに言わないでもらえるかしら?」

 

 

咎めるようにミツキは睨むが、ネビアは知らぬ顔で受け流す。

 

 

「ここで睨み合いしてる方がユウキの体に障るんじゃないの?」

 

「……っ、けれどねぇ」

 

「それに、アタシとしてもできる限りユウキのサポートしてくれってアメスから言われてるのよね」

 

 

 

> アメスさまっ?

 

 

 

「コッコロから聞いてない? あいつと全然話ができないって。実はアタシが目覚めて間もない頃に、あいつから頼まれたのよ。それ以来音信不通」

 

 

ユウキはラビリスタとの話を思いだす。

アメスの身に何かがあったのは間違いないとユウキは確信した。

 

 

「あれは、きっとそんなアメスのトラブルとかを解決するのに役立つものなんじゃないの? よく知らないけれど」

 

「………………」

 

 

ミツキはこめかみを押さえ、しばらく唸ったあとコッコロに手を伸ばした。

 

 

 

> ミツキさん?

 

 

 

「これはまた、力強く握ってるわね……っ」

 

「…………ん、ゃ……」

 

 

ユウキから手を離すことを無意識に嫌がっているのか、いやいやとコッコロは眠ったまま首を横に振り、その手にきゅっと力が入る。

 

 

「ああ、もう。本当に仕方ないわね。……ユウキ君しばらく息を止めてなさい」

 

 

言われたとおりにユウキは息を止めると、ミツキは懐から香水とハンカチを取り出した。

ハンカチに香水を吹きかけて、そのハンカチをコッコロの顔に近づける。

 

すると、コッコロからゆっくりと力が抜けていき、ユウキから手が離れた。

それを見逃さず、ミツキはコッコロを横抱きにする。

 

 

「あ、アンタ何を嗅がせたの?」

 

「軽い弛緩作用のある効能の香水よ。治療薬を早く嗅がせないといけないから、その間にユウキ君は荷物を取ってきなさい」

 

「弛緩作用って……あいつが見てたらブチ切れてそうね……」

 

 

 

> ありがとう!

 

 

 

「その代わり、後でベッドに寝かせてお説教だからね?」

 

 

にっこりと背筋が凍る笑みを浮かべるミツキ。

ユウキは顔を引きつらせるが、すぐに表情を戻しフラフラとした足取りで階段を登っていく。

 

ネビアに先導されて入った部屋の奥に、布で包められた長めの荷物がある。

 

ユウキはそれの布を外し、手に取った。

 

瞬間、ユウキの頭の中に声が響いた。

 

 

 

――コレが聞こえてるってことはアタシのプレゼントがちゃんと届いてるって事だよね。良かった良かった!

 

――キミに渡した剣はキミの新たな力とかつての力、そしてその使い方をインプットするための役割を持っている。

 

――……少年には悪いけれど、これは少年にとってかなり危険なことなんだ。それでももう時間はあまり残されていない。

 

――お願いだ。どうかアタシ達が生み出したアストルムを、ミネルヴァを、ユウキの大切な仲間たちを。

 

――アストルムを、アストルムに生きる人々を救ってほしい。

 

 

 

…………そこまで聞こえて、声は止んだ。

 

ユウキは改めて手に取った剣に目を落とす。

 

 

 

> ……僕はやるよ。

 

 

 

ギュッと、ユウキはその剣を胸に抱いた。

その瞳に、強い決意が漲った。




ノゾミ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、街でもトップレベルの有名アイドル。自分に注目を浴びせて、味方の支援をするのが得意。
【カルミナ】として活動する前からアイドル活動をしており、ファンから追いかけられている所にユウキと出会う。その後アイドルとして成長の余地があると感じ、【カルミナ】を結成した。
ユウキと出会うまでは毎日をアイドルとして振る舞っていたが、ユウキの前では普通の女の子として振る舞えていることに幸福を感じている。



だいぶ遅れました。
そしてメインストーリー第二部完結おめでとうございます!
本当にあの結末は前書きのような反応をしてしまいました。
ちょっとここでラストの感想でも書き落とします。

エリス:いつかは決着がつくとは思いましたが、思っていたよりも普通に退場しましたね。アメスの発言からしてもう登場しないだろう事を考えると悲しいボスキャラでした。

ユイ:実はこの作品でもユイVSエリスを考えているのですが、ユイに言わせたいことの半分くらいを公式で言ってくれました。ちょっと悩んでます。

幻境竜后(ビジョンズエンプレス):ついに出ましたね最後の七冠(二つ名だけ)。晶と真那の話じゃ独特な倫理観を持ってるそうですが……。

ネア:何故か終炎のエリュシオンでカリザもろとも影も形もなかったキャラ。いつの間にかフェードアウトしてましたよね? 多分ですけれど、こいつ第三部の世界から来たんじゃないんですかね? キャラストでも現実世界に馴染みがなさそうな態度してましたし。

シェフィ:作者の情緒にダメージを与えた娘。バカヤロウと思わず言ってしまいました。あんなの騎士くんトラウマになっちゃうよ。

覇瞳皇帝:今最も作者の頭を悩ませているキャラ。お前本当になんでプレイアブルキャラになれたんだ……。覇瞳皇帝のプレイアブル化を喜んでいる方々にはこれから先この作品で悲惨な結末を迎えてしまう事を先に申し上げます。

ミソラ:騎士くんをロックオン宣言した娘。でもそう簡単にプレイアブル化はしてほしくないなぁ。プレイアブル化するには彼女の功罪が多すぎる。しかも多分あの子エリスやシェフィと同じ結末を臨んでるよね。

ティア:皆さんも何者なのかを考察しているであろうガイド妖精(?)。既に騎士くん達とも出会っているそうだけど……。現状の予想としては、本命幻境竜后のナイト。対抗ミネルβ。大穴カリンと見てます。根拠なんてない。

ペコリーヌ:王国から亡命してきたであろう悲しきお姫様。王族処刑されたとか言ってるけど、影武者用意されてないなら現実でもペコリーヌを巡ったいざこざ絶対に起きるよね。

第三部の展開予想:次回予告と幕間ⅩⅦからして、たぶん結構早くまたアストルムにダイブするんでしょうね。皆落ちてたし。幕間でもひっくり返ってたし。
しかし、アストルムが何か風景様変わりしてましたね。ランドソルが再々構築でなくなって、まったく別の世界になったと考えるのが自然でしょうか。

ここで幻境竜后の考察になりますが、こいつは既にあの世界をあらかじめ用意して、再々構築で生み出したんでしょうね。ネアもその世界のキャラで、どんな方法を使ったかアストルムに介入させて幻境竜后の都合のよい世界に変えられるように手引していたと考えられます。それに、明らかアンドロイドみたいなキャラがいましたし、種族ももっと増えてるんでしょうね。

今度はアストルムと現実を交えた大規模な異変が発生する感じでしょうか。スケールが大きくなりそうで把握しきれなくなりそうなのが不安です。


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キミに集い、キミと歩むために

最後まで読めば分かりますが、今回はあんまり話は進んでません。


ユウキが倒れて数日、ランドソル内外では様々な人物が動き始めていた。

 

まず、【サレンディア救護院】の近所である【牧場】では、強力な魔法を感知した事で何事か調べに行こうとしたが、数日の間【王宮騎士団】が何かしら調査を行っているために迂闊に近づけなかった。

 

そして、ユウキが目覚める数日前。

【牧場】にて保護されている彼女は何かを強く感知し、気分の悪さを訴えてその場に蹲った。

 

 

「ら、ランラン⁉ どうしたべ⁉」

 

「ぅぅ……気持ち悪い……」

 

「ええ⁉ もしかして病気?」

 

 

ランファの病気を疑ったリマだが、それはランファがふるふるとゆっくり首を横に振ったことで否定される。

 

 

「数えきれない雑音が……頭に響く……っ」

 

「ざ、雑音?」

 

「ど、どういうことですか? ランファさんはマジックアイテムのお陰で変な音は聞こえなくなったんじゃ……」

 

「……まさか」

 

 

シオリとリンは息を呑む。

 

 

「ねぇランファさん。その雑音ってどこから?」

 

「…………」

 

 

ランファは震える指で、地面を指した。

マヒル達は釣られて地面に視線を落とすが、ランファが地面を指した意図が理解できず、首を傾げる。

 

 

「地面の……地下深くで……いろんな雑音が蠢いて……っ」

 

「蠢く?」

 

「少しずつ……街に……」

 

 

ランファはそのままランドソルへと視線を動かした。

 

一同はハッとして息を呑む。

未だ要領を得ないが、正体不明の何かが地下からランドソルへ向かっていくということだけは何となくだが理解できた。

 

 

「な、何が起こってるの……? この前の救護院のことと言い、何か穏やかじゃないわね……」

 

 

リマがそう呟いたとき、

 

 

「……っ、これは……!」

 

 

突如シオリは尻尾が逆立ち、何かを感じ取って口を開く。

 

 

「もしかして、お姉ちゃん?」

 

 

――シオリーン、シオリーン‼

 

 

「しおりん?」

 

 

何かがシオリに起きた事は間違いない。

一同は今度シオリに視線が集まった。

 

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 

――いきなりなんだけど、大変なんだよ‼ ランドソルが、ユウキ君が――!

 

 

「え……」

 

 

ハツネからのテレパシーを受け、情報共有した【牧場】の面々は事態の深刻さをようやく把握することとなる。

 

 

 

 

 

一方ランドソル。

 

商店通りをウロウロと視線を彷徨わせ、手に持ったメモ用紙と店を交互に唸っているエルフの女性が呟く。

 

 

「……まったく、金に糸目はつけないとは言うけれど……」

 

 

まだ自分たちは事態をはっきりと把握できているわけではない。

親友が経営しているギルドを襲われてアキノは慌てているのも理解できるが、だからといって必要になりそうなものを粗方買い集めておきたい、とポケットマネーを差し出してきたのは性急過ぎるとも思う。

 

 

「まさか【王宮騎士団】が敵対するなんて、国家組織を相手にしたら生命線なんていくつあっても足りないわ」

 

 

物理的にも、社会的にも。

 

しかし、ギルドマスターのあの真剣な態度には中々反対しづらいものがあるので、エルフの女性――ユカリは買い物を続ける。

そんな折に、

 

 

「あっ、ユカリさん!」

 

「ん、この声は……」

 

 

聞き覚えのある声にユカリは振り返る。

 

 

「ミサキちゃん! 久しぶりね」

 

「お久しぶりです、ユカリさん! お買い物ですか?」

 

「ええ、ギルドマスターの指示で急に入用があってね。ミサキちゃんも、友達とお買い物?」

 

 

ユカリはミサキの傍にいるふたりの少女に目を向ける。

 

 

「この人が前にミサキっちが話してたユカリさん? ちょっすー☆ うち、スズナだよ!」

 

「ふふふ、ミソラって呼んでください★」

 

 

スズナとミソラは視線を受けて自己紹介する。

 

 

「最近、なんかガラの悪いのが増えたじゃないですか」

 

「……そうね。ミサキちゃん達は声かけられたりしてない?」

 

「そこは大丈夫です。……で、今日は学校は休みだし、数日前から変なのが彷徨かなくなったから気分転換しようって話になって……」

 

「ミソラっちがランドソル内を探検しよう、って話になったんだ〜」

 

「そうなのね……」

 

 

少々軽率なことをしている、と言いかけたがこの三人は事情を知らなそうだと思い、喉奥に言葉を引っ込めた。

しかし、これ以上は危険とも思い、ユカリは少々躊躇いながらもミサキ達にある提案をする。

 

 

「ねえ、もしみんなが良ければだけど、今から【メルクリウス財団】のギルドハウスに来ない? ちょっと事情を話しておきたいの」

 

 

ミサキ達は顔を合わせ、首を傾げる。

そして三人は事情を聞き、後でイオの耳にも入ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

『――……なるほどな。まさかランドソルを留守にしている間にそのようなことがあったとは』

 

 

時間は少し巻き戻り、ユウキが倒れて三日経った頃。

ルカはアンナに頼んで通信魔法を送り、とある人物が所属するギルドへ連絡を送っていた。

 

 

「今アンタ達は何処にいるんだい?」

 

『ランドソルから大分離れた山岳地帯だ。今から戻るにしても数日は下らないだろう』

 

「そうかい……」

 

『だが、急ピッチで戻ることにしよう。我らが同胞ユウキが倒れたとあれば――』

 

『――何してるデスかモニカさん! 韋駄天のごとくシュババッとランドソルに戻りマスよ‼』

 

 

話をしている最中に横から片言声の少女――ニノンが割り込んでくる。

 

 

『ええい、今は引っ込んでいろニノン! 事の経緯をルカ殿からまだ聞いているんだぞ!』

 

「……相変わらず騒がしいやつだねぇ」

 

 

キャンキャンと後ろで騒いでいる少女の顔を思い出し、ルカは苦笑いを浮かべる。

 

 

『……しかし、信じられぬな。あのジュン殿がそのような悪事に手を貸すなど』

 

「アタシ達も騎士団長とまだ対峙してはいないけど、こっちには【王宮騎士団】のやり方についていけない子が居てね。その子の話じゃどうも様子がおかしく見えたそうだ」

 

『ふむ……』

 

 

思案するようなモニカの声が聞こえる。

数秒経ち、モニカは続けて口を開いた。

 

 

『是非も無し。この目で確認しなければ現状何とも――』

 

『あのさ、ちょっといいモニカさん?』

 

『なんだユキ。今は【トワイライトキャラバン】と真面目な話をだな……』

 

 

またしても割って入る声が通信魔法から聞こえた。

 

 

『いやさ、アユミさん一足先にランドソルに帰っちゃったっぽくてさ……』

 

『なに?』

 

『じ、実はモニカさんが通信魔法で話してた頃に、『先輩のところに行かなきゃ』ってクウカが止める間もなく走っていっちゃいまして。放置プレイでしたけど、クウカ的にはナシ寄りのアリでしたね……』

 

『………………………』

 

 

長い沈黙の後、モニカは爆発した。

 

 

『あ、アユミめえ〜〜〜〜っ‼ 独断専行は止めろと普段から言っているだろう‼』

 

 

頭を掻いているのか、ガシガシと暴れる音がする。

その後ゼエゼエ、と息を切らしてモニカはルカにある事を頼む。

 

 

『すまないルカ殿……今からアユミの外見を伝えるからアユミと合流した場合は上手く使ってやってほしい。アユミはスニーキングが得意だから、そなた達の役に立つはずだ……』

 

「お、おう…………」

 

 

ルカはアユミという少女の特徴を教えてもらい、それを最後に通信魔法を終えた。

横で黙って聞いていたアンナが呟く。

 

 

「白き翼――【ヴァイスフリューゲル】か……。遠い異国の軍組織だと聞いていたが、もう少し硬派なギルドだと思っていたのだがな……」

 

「さっきの奴らが特別だろう。ギルドマスターは子供みたいな奴らしいし、メンバーもどいつもこいつも一癖あるらしいからねぇ……」

 

 

ふう、とルカは首を横に振りながらため息をつく。

それを見計らってか、ルカ達に後ろから声をかける者たちがいた。

 

 

「そちらも連絡が終わったようですわね」

 

「エリコとナナカか。何処に連絡を入れたんだ?」

 

「【ラビリンス】のシズルさんですわ。繋がりませんでしたが……」

 

「そうか。んじゃ、【トゥインクルウィッシュ】と合わせて現状二つのギルドは当てが外れたか……」

 

「それ以外だと、【自警団】、【フォレスティエ】、【メルクリウス財団】は協力してもらえるのが確定してる訳だけど……」

 

 

協力を勝ち取れたギルドはそれぞれ他のギルドにも声をかけてみると言っていたが、それでも微妙に心もとないと感じてしまう。

 

 

「ままならないな……」

 

 

ユウキが起きて戦うことができたなら、とないものねだりをしてしまう。

 

 

「ったく、レイのやつ今どこで何してるのやら……」

 

 

ルカはツムギからレイがランドソルを出ているという話を受けたときの事を思いだす。

 

ツムギの話では、ソルオーブなるアイテムを手に入れるために、大陸中を冒険すると言って数ヶ月前に旅に出たそうだ。

ギルド管理協会で【トゥインクルウィッシュ】がどちらに向かったかそれとなく聞いて、目星をつけて通信魔法を送っても空振りに終わった。

 

そろそろ戻ってくるかもしれない、とツムギは話していたが……。

 

 

「……そうだ、例の【リッチモンド商工会】とかいうのはどうだい?」

 

 

ルカは思い出したように尋ねる。

 

先の【サレンディア救護院】襲撃でのいざこざが原因か、【リッチモンド商工会】の息がかかっている傭兵たちが街中で姿を見せなくなった。

 

 

「まだハッキリとした事は言えませんが……どうやら【王宮騎士団】と揉めているようですわ」

 

「【悪魔偽王国軍】の話じゃ強力な魔法に傭兵たちを巻き込ませたみたいで、それが原因かギルドマスターのクレジッタって人が相当お冠みたいですぜ」

 

「内輪揉めってやつかい。ま、しばらくやってくれればこっちとしても動きやすくていい」

 

 

ふう、とルカはギルドハウスのソファに腰を下ろす。

 

 

「あとは、ユウキが元気に目覚めるまで準備をするまでさ」

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって、ランドソルから離れた大きな町。

空には飛空艇が滞空しており、町中はお祭り騒ぎだった。

 

その理由は――

 

 

「ふう〜、握手会もこれで一段落しましたね……」

 

「ライブツアーはまだ始まったばかりなのに、少し疲れました……」

 

「もう、弱音を吐いちゃだめだよ! 私達はランドソルにいない代わりに、大陸のみんなを安心させなきゃいけないんだから」

 

 

【カルミナ】のライブツアーによって、町にアイドルが立ち寄ったからである。

 

ライブツアーが始まり二日。

最初のライブ地で予定通りライブを終わらせ、ファンサービスをしていた彼女たちは、一通りイベントを終えて一息ついた。

 

 

「……あ〜〜、でもこれが何度も続くとなると疲労が抜けきれなさそうでちょっと心配です」

 

 

肩を落として大きくため息をつくツムギ。

 

 

「ランドソルの治安は悪いし、なんかとんでもない悪事も聴いたし、それはそれとしてライブツアーも忙しいし……。

レイ様の顔を見ないとやってられないですよ〜……」

 

「呼んだかい、ツムギ」

 

「…………、えっ」

 

 

ツムギは顔を上げる。

【カルミナ】の握手会会場に、新たに三人組がやって来た。

そのうちの一人は……、

 

 

「レイ様‼」

 

「やあ、久しぶりだねツムギ」

 

 

【トゥインクルウィッシュ】のレイ。

傍にはギルドメンバーであるユイとヒヨリもいる。

 

 

「握手会はもう終わると聞いていたのだが、一目見たいと頼んでブースに入れてもらったよ。……どうやら休憩していたようだね。出直したほうが良かったかな」

 

「と、とんでもないですレイ様! お久しぶりです、レイ様のご尊顔を見られただけで疲れなんて吹き飛んじゃいました!」

 

 

さっきまでくたびれた顔で愚痴を零していたのが嘘のように、ライブで見せた笑顔よりもなおキラキラした表情でツムギははしゃぎだす。

ノゾミとチカはそんなツムギを見て苦笑するが、

 

 

「……ん、待って。レイさん達ってことは」

 

「【トゥインクルウィッシュ】!」

 

「……ん? そうだよ。あたし達は【トゥインクルウィッシュ】! そしてギルドマスターのヒヨリでっす‼」

 

 

ギルド名を呼ばれてビシッとヒヨリは敬礼する。

続くようにユイも口を開く。

 

 

「えっと、ノゾミちゃん? わたし達がどうかしたの?」

 

「実は……――」

 

 

ノゾミはランドソルで起きた異変を詳らかに伝える。

 

ランドソルの治安が悪くなっていること。

【サレンディア救護院】が【王宮騎士団】の襲撃を受け、ペコリーヌが拘束されたこと。

そしてこの襲撃にキャルが加担したこと。

さらに、

 

 

「き、騎士クンが……⁉」

 

「きゃ、キャルちゃんがそんなことを……⁉」

 

「ペコリーヌが、本物のユースティアナ姫だと……⁉」

 

 

続くユウキへの襲撃により、ユウキは意識不明の重体。眠りから覚める兆候を未だ見せないこと。

現在のユースティアナを名乗る存在は偽物であり、獣人族の何者かが王都を牛耳り、キャルはその腹心であること。

 

これらの情報を、一週間前から【トワイライトキャラバン】が通信魔法で【トゥインクルウィッシュ】に伝えようとしていたことまで話すと、レイは顔を手で覆う。

 

 

「何ということだ……悠長に冒険をしている間に、ランドソルでそんなことが起きていたとは……!」

 

「れ、レイちゃん……急がないと!」

 

「ああ、もう少し情報を集めてから戻る予定だったが、そうも言っていられないな」

 

「皆さんはランドソルへ戻る予定だったのですか?」

 

「うん、ソルの塔へ入る方法を探してたんだけど、試した方法は全部ハズレでさ……。仕方ないから情報を集めながらランドソルへ帰ろうって話になったんだ」

 

 

チカの疑問にヒヨリが答える。

 

 

「ごめんなさいレイ様……。本当なら私たちもレイ様達と一緒に戦いたかったんですけど……」

 

「事情はわかっているよ。キミ達がライブツアーを始めているということから、戦いには参加できないのだろう?」

 

「あ〜、大分前から予定立ててたんだっけ? なら、仕方ないよね……」

 

「ですが、今から皆さんが急いでも王都へ帰るには一週間近く掛かるはずです。どうすれば……」

 

「飛空艇で送ってあげたいけど、私達ランドソルを出たばかりだし、騒ぎになっちゃうよね……」

 

 

帰路に時間がかかることに一同は苦虫を噛み潰したような表情で悩む。

しかし、ここで悩んでも仕方がないとヒヨリの一声で我に返り、【トゥインクルウィッシュ】は【カルミナ】に別れを告げて駆け出した。

 

そんな彼女たちが街を出ようとした矢先、近くの馬車から声をかけられる。

 

 

「急ぎの用事ですかな?」

 

「えっ?」

 

 

馬車から顔を出したのは恰幅の良い獣人族の男性。

男性はヒヨリ達を意味深に見つめたあと、ニッコリと笑顔を浮かべて馬車を指す。

 

 

「良ければ乗りますか? ワタクシはセントールスまで行きますが、途中まででよろしければお送りいたしますぞ」

 

「良いんですか! あたし達ランドソルに急いで帰る予定で……」

 

「待てヒヨリ」

 

 

ぱぁ、とヒヨリは笑顔で受けようとする。

それをレイはピシャリと止めて、男性を訝しげに睨む。

 

 

「申し出はありがたいが……貴方は何者だ? こうして対峙しているだけでも只者ではないことは解る」

 

「ハッハッハッ、ワタクシはただの貿易商人ですぞ。色々入用がありまして、ワタクシも急いでセントールスに戻らなねばならないものでしてな」

 

「…………」

 

 

核心をはぐらかされたような感覚に、レイは顔をしかめる。

 

 

「……よろしいのですか、ここで問答を続けても? このまま悠長なことをしていれば、ユウキ君の危機に間に合わないのでは?」

 

「なんだとっ?」

 

「ええ⁉」

 

「ど、どうして騎士クンを……」

 

 

唐突にユウキの名前が出てきて、三人は驚愕する。

 

 

「彼には個人的にとても世話になりましてな。恩返しの意味でも、彼に協力するのは惜しみませんぞ」

 

 

さあ、どうしますか?

 

男性に尋ねられ、三人は顔を合わせてから答えを出した。

 

 

 

 

 

そして、ユウキが目覚めてから数日。

ランドソルから遠く離れた大陸で、双眼鏡を構えて高台からある場所を観察している男がいる。

 

 

「そろそろ始まるかな……」

 

「何が始まるって?」

 

「ちょっとちょっと、忘れちゃったの? ランドソルであんな大変なことが起きてるってのにさ。そこまでバカになっちゃったのノウェ、ム…………」

 

 

そこまで言って、男は声を詰まらせた。

振り返るとそこには、明るい茶髪の少女が仁王立ちで男を睨みつけていた。

 

 

「ようやく見つけたぞオクトー! まさかエルピス大陸にいるなんて……」

 

「……あれあれ、久しぶりだねムイミちゃん。こんなところで会うなんて奇遇だね〜」

 

 

白を切るような軽い態度で男――オクトーは応対する。

それを見て少女はギリ、と歯噛みして吠えるように怒鳴る。

 

 

「その白々しい態度やめろよ! 今アタシをノウェムって呼んだだろ⁉」

 

「空耳じゃない? 君の名前はムイミちゃんでしょ?」

 

「しらばっくれても無駄だからな! お前が【王宮騎士団】から行方不明になる前に、ミロクと会ってるのは知ってるんだぞ!」

 

 

ミロク、という名前を聞き、オクトーはそれまで浮かべていた軽薄な笑みを引っ込めた。

 

 

「……見られてたのか。あいつがノウェムが近くにいたのに気づかないとは思えないし、おかしな事しなかったのはいつでもどうにでも出来るってこと? どこまでも腹が立つなぁ……」

 

 

ボソボソと小さく呟くオクトーの言葉が少女――ムイミには届いておらず、ムイミはドンドンと大きな足音を立ててオクトーに詰め寄る。

 

 

「オマエが本当に覚えてないなら、ミロクはオマエに接触してないんじゃないか?」

 

「……その知恵の回り方、誰かに入れ知恵でもされたかい?」

 

「おっ、よく分かったな! シズルが教えてくれたんだ。オクトーがエルピス大陸に行ったかも、っていうのもシズル達が教えてくれたよ。

さあ、年貢の納めどきだぞオクトー! お前が今何をしてるのか、しっかり話してもらうからな‼」

 

「余計なことを……」

 

 

こめかみを押さえてオクトーは天を仰ぐ。

 

 

「悪いことは言わない。ノウェム、君は今すぐランドソルに帰ってプリンセスナイトと合流するんだ。ランドソルまで僕が送っていくから」

 

「嫌だ! アタシはオクトーと一緒に戻るんだ!」

 

「悪いけどそれは無理だ。あの男が僕に接触してきたのを知ってるなら分かるでしょ? 迂闊にアイツの縄張りに入ったら今度こそ始末される。だから僕は今エルピス大陸に居るんだ」

 

 

ムイミとオクトーは睨み合う。

睨み合いが続く中、オクトーは何かを感じ取ったのか虚空に向けて話し出す。

 

 

「……なに、今こっちは取り込み中なんですけど……」

 

「オクトー?」

 

「…………、そう。始まったか。んじゃ、手筈通りにやればいいんだよね?」

 

「通信魔法か? 誰と話してるんだよ?」

 

 

ムイミを無視してオクトーは相槌を打つ。

しかしすぐにその表情は不愉快そうに歪む。

 

 

「…………了解。……ホント、アンタのその『瞳』ってプライバシーもへったくれもないね」

 

「おい、オクトー?」

 

 

オクトーはふるふると諦めたように首を振る。

そして次にオクトーはムイミの手を取り、もう片方の手を懐に伸ばした。

 

 

「お、おいオクトー、どうしたんだよ急に……」

 

「事情が変わったからね。僕も急遽ランドソルへ一度戻ることになった」

 

「おお! なら久々に――」

 

「ただ、残念だけどノウェム、向こうに着いたら現地解散だ」

 

「はあ⁉ なんでそうなるんだよ‼」

 

「さっき出てきたシズルって奴から聞いてないのかい? ランドソルは今ミロクのせいで崩壊寸前なんだよ」

 

「なんだって⁉」

 

「僕はそっちのフォローに向かう。ノウェムは……ま、彼らの味方になってあげなよ。丁度迷宮女王のプリンセスナイトも数日前に目が覚めて、行動再開してるみたいだしね」

 

 

オクトーは懐から結晶を取り出した。

 

 

「それって……転移結晶か? 今のアストルムでどこから……」

 

「それはヒミツ。ノウェム口軽いから教えてあげない」

 

「ええ〜⁉ そりゃないぞオクトー!」

 

「お喋りはおしまいだよ。……飛ぶよ!」

 

 

オクトーは取り出した結晶を天に掲げると、結晶から光が漏れ出し二人を包み込む。

ぎゃあぎゃあと騒ぐムイミの声を置き去りにして、二人はその場から消えた。




ムイミ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、自称大悪党の少女。大きな剣を構え、繰り出される攻撃は破壊力が高く、誰も受け止めきれない。
天楼覇断剣という大剣を持ち、広範囲及び高威力の攻撃を繰り出すことができるが、現在彼女が持っているものはそのレプリカントの様だ。
本人の名前はムイミだが、彼女はその名で呼ばれるのは好きではなく、「大悪党ノウェム」と自称している。アストルムの真実を知っているようだが……。



アニバーサリーイベントで思ったこと。
ノウェム、結構オクトーへ湿度高めな矢印向けてますね。
あと、ミラとアスラが第三部に関わるキャラかと思っただけにあのオチはちょっと拍子抜けでした。


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さあ、キミの反撃の番だ

連投になります。
前話を見逃した方はそちらから見ることを推奨します。


 

 

 

> ん…………。

 

 

 

瞼を突き刺す日差しでユウキは目を覚ます。

ゆっくりと頭が覚醒し、今日がみんなで話し合った作戦決行の日だというのを思いだす。

 

この日を逃せばペコリーヌの奪還は敵わない。

 

 

「んぅ……、ぅ……」

 

 

寝息を立てるコッコロに目を向ける。

 

ギルドハウスに戻ってきてからというもの、コッコロはずっとユウキの傍をついて回り、寝るときもコッコロはユウキのベッドに入り込むようになった。

以前スズメより一緒に寝てはいけない、と注意されたが、今回ばかりは仕方がないかもしれないとユウキは申し訳無さそうにコッコロの頭を撫でる。

 

 

「んみ、あるじさま……」

 

 

頭を撫でたためか、コッコロはゆっくりと瞼を開き、目を覚ます。

 

 

 

> おはようコッコロちゃん。

 

 

 

「あるじさま、おはようございます……っ」

 

 

安心しきったような表情でコッコロは起き上がる。

そして、少しの間見つめ合ったあと、二人は深く頷き合った。

 

 

 

 

 

二日前の深夜の事を思い出す。

それは【美食殿】のギルドハウスで行われたペコリーヌ奪還作戦の内容だ。

 

 

「……と、言うわけで『Xデイ』は二日後になる」

 

 

カスミは纏めたメモをテーブルに置き、バンとテーブルを叩いて注目させる。

 

 

「私とアユミさんで集めた情報だ。間違いない」

 

「せ、先輩のために頑張りましたっ」

 

 

ふんす、とアユミは得意げな顔をする。

それを見て傍にいたモニカが渋い顔をして咎める。

 

 

「……全く、ルカ殿が取り計らってくれたお陰で皆の役に立っているものの、独断専行したことはもう少し反省しろ、アユミ」

 

「ご、ごめんなしゃい……」

 

「まあまあ、そう目くじら立てなさんな。エリコから聞いてたけど、凄まじい情報収集能力だよ。正直滅茶苦茶助かったよ」

 

 

シュンと縮こまるアユミをルカがフォローする。

 

 

「さて、そろそろ『Xデイ』の話と行こうじゃないか」

 

「この『Xデイ』に保護対象のユースティアナ殿下が王宮門前に連れてこられるのだな?」

 

「ああ、今もあの辺りが立ち入り禁止になっている。おそらく会場自体に仕掛けをするのは不可能だと思った方がいい」

 

「ペコリーヌさま……」

 

 

ユウキの傍で手を組み、泣きそうな表情でコッコロは憂う。

 

Xデイ……それはペコリーヌの()()が決行される日を指す隠語である。

王宮門前の広場に設置された高台に彼女が連れてこられ、集まった住民達の前で国家反逆罪を雪ぐべく公開処刑される。

 

 

「他にも、ランファという女性から情報が入ったのだったか?」

 

「ああ、ランファさんの話では地下道を未確認の生命体が一週間前からランドソルへ向かって移動しているらしい。おそらくだが、私たちのような邪魔者への対抗策として用意しているのかもしれない」

 

「ふむ、ですが少なくともわたくし達が『Xデイ』に介入してもその未確認の存在は簡単には現れないのでは? 何を仕込んでいるのかは分かりませんが、混乱の種を自ら蒔くようなことは非効率ですわ」

 

 

アキノは冷静にその正体不明の存在を分析する。

 

 

「だが警戒に越したことはないだろう。戦争にありきたりなマニュアルなど通用しないからな」

 

「常に最悪の事態を……って奴か」

 

「見えないものより見えている脅威を気にすることも重要だけどね」

 

 

 

> ジュンさんや、クリスティーナさん、キャルちゃんも……。

 

 

 

ユウキが出した名前によって、重苦しい空気が流れた。

 

 

「え、えっと騎士団長のジュンさんは広場の方に常駐するみたいです。だから、ペコリーヌさんを奪還する際に最大の脅威になるのは……」

 

「現場にいるジュン殿と、彼女が従えている精鋭の騎士団員達か……。これを我々と【自警団】が正面から対処するのに異論はないが……」

 

 

モニカは懸念事項があるようにユウキを見つめる。

 

 

ユウキ達(【美食殿】)は【トワイライトキャラバン】と共に裏から会場に侵入するそうだが、それで良いのか?」

 

 

モニカの質問は、ユウキもある程度察することができる。

 

本当なら今すぐにでも会いに行きたい。無事を確認したい。

しかし自分ひとりが我儘を言っても作戦は成功しない。

なにより、

 

 

 

> ペコさん以外にも、取り戻したい人がいるから。

 

 

 

「主さま……」

 

 

心配そうにコッコロはユウキを見上げる。

コッコロはユウキがキャルに対して何をするのかを聞いている。

それ故に、ある意味で正面からペコリーヌを助けに行くよりも危険なことになる可能性が高いことにコッコロは気づいてしまった。

 

 

 

「……なんだいなんだい。寝てる間に男の顔つきになったじゃないか」

 

「ふふ、そうですわね……ユウキさまのそういう表情も素敵ですわ」

 

 

ルカとアキノはユウキの真剣な表情を見て微笑む。

 

正面からの奪還作戦については異論が出ないことを確認してから、カスミは地図を開いて印をつけた場所を指す。

 

 

「では次に、【王宮騎士団】の哨戒部隊をせき止めるための箇所だが、これが大きく分けて3箇所ある」

 

「そのうちの一つなんですけれど……」

 

 

アユミはある箇所……王宮門前より一番近い箇所を指す。

 

 

「ここはその、クリスティーナさんが防衛するそうで……」

 

「クリスティーナ・モーガンか……ユキから人となりは聞いているが、ランドソルでも名が挙がるほどの実力者だそうだな。もう一度確認するが、本当にそなた達だけで大丈夫なのか?」

 

「問題ないよ。【牧場】からこっちに来てくれる奴がいてね。それが滅茶苦茶強いんだと」

 

 

ルカの言葉にカスミが頷く。

 

 

「あとの箇所は……こっちが【牧場】から数名とサレンさん達が、そっちが【メルクリウス財団】と【フォレスティエ】が担当してくれるそうだが……」

 

「それなのですが、【牧場】側の方に協力してもらえる方々がいらっしゃいましたのでお伝えしますわ」

 

「協力者?」

 

「とある学院の方々なのですが、ユカリさんが話をつけましたところ、快く協力していただけるそうでして」

 

 

学院の方々と聞いて、もしかして、とユウキは首を傾げた。

それをよそに戦力の把握をしているモニカがふと呟いた。

 

 

「こうして戦力を確認すると、医療班が心許ないな。確か【トゥインクルウィッシュ】と【ラビリンス】には回復魔法が使える者がいるのだったか? ルカ殿が連絡を取っていたと聞いたが……」

 

「【ラビリンス】は空振りだ。【トゥインクルウィッシュ】はユウキが目を覚ます前日に向こうから連絡が来たよ」

 

 

 

> そうなの?

 

 

 

「ああ、セントールス行きの馬車で急いでるってさ」

 

「セントールス行きか……」

 

 

カスミは地図を確認し、セントールスに向かう馬車の道のりを予測する。

 

 

「助手くんが目覚める前の日から逆算すると……作戦に参加できるかどうかギリギリのタイミングになりそうだね」

 

「だろうね。ランドソルに戻るまで四、五日かかりそうって言ってたし、戻ってきたら王宮門前の広場に来いって言っておいたよ」

 

「そうしてほしい。【自警団】はこれ以上戦力は投入できない」

 

「そういえば、獣人族の居住区の方々はセントールスに避難させたのでしたか?」

 

「ええ、王子はんが倒れた次の日のうちに手配しておきましたわ」

 

 

カスミの傍にいたマホは答える。

 

 

「【王宮騎士団】から随分根掘り葉掘り聞かれたけんど、皆里帰りするって白切っときましたわ」

 

(あのときのマホさん、凄い怖かった……)

 

 

やって来た隊長格の騎士団員に笑顔で凄んでいたマホを思い出し、カスミは軽く震えた。

 

 

「そ、そう言えばアキノさん?」

 

「どうかいたしましたかアユミさん?」

 

「タマキさんは来てないんですか? 後で話があるって言われたんですけれど……」

 

「む、そうなのか?」

 

 

モニカが首を傾げてアキノに尋ねる。

アキノはああ、と合点がいったように頷き、

 

 

「でしたらこの会議が終わりましたら会いに行ってくださいまし。きっと外で待ってますわ」

 

「は? 何でそんなこと、参加すればいいだろうに」

 

 

ルカが呆れるように口を挟む。

 

 

「さあ……少々気まずいと言っておりましたので、タマキさんなりの悩みがあるのでしょうね」

 

「ふぅん?」

 

 

ルカはアキノの意味深な返答に訝しげに相槌を打った。

 

 

「……よくわからんが、ひとまず目下の作戦内容は以上で良いのか?」

 

「そう、だね……。不確定要素がまだ明らかになっていない以上、楽観視は出来ないが……」

 

「よし、ではマホ殿。当日の陣形について相談があるのだが……」

 

 

その後は個人個人で連携を取るべく話し合ったり、通信魔法を送り合ったりと、作戦会議は自然に解散という形になった。

 

 

 

 

 

作戦会議の翌日。

 

目が覚めて体も本調子を取り戻し、準備をしていたトモの元に、ある通信魔法が送られた。

 

 

「……!!! あ、貴女は……!」

 

 

その声の主にトモは絶句するのだった。




モニカ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、体の小さな軍人。子供みたいな外見だが、軍事指揮を的確に行い戦いを有利に進めることが出来る。
ランドソルより遠い異国の軍組織【ヴァイスフリューゲル】に所属する軍人であり、潜入調査の名目でランドソルにやって来た。以降【ヴァイスフリューゲル】の支部を立ち上げ活動する。
しかし、外見が子供のようである事が災いし、ギルドの設営や武道大会などで子供と間違われ上手く行かないことが多々ある。そうなると彼女は激昂し中々手がつけられない。甘味が好物。



ここ最近の中だと結構短いですが、あんまり一話が長いものばかりでもだれてくるでしょうから丁度いいのかも。
あとこれを書いてる最中にミソラのプレイアブル化が確定したのを確認したのですが、ランファと同じでまた早いなぁ、と。
プリコネの新キャラガチャはストーリーと並行して行われるので、つまりメインストーリーでもミソラが主人公一行に合流することになる、と。
全く想像つかねぇ……。


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キミの振るう剣には優しさがあれば良い

この辺にぃ、四年かかってもストーリーに一区切り入れられない作者がいるらしいっすよ?



…………はい、私です。

何気にこの作品も4周年です。
そしてプリコネは5周年です。


来るXデイ――ペコリーヌの処刑日。

 

王宮門前には野次馬根性に駆られるランドソルの住民がすし詰めのように集まっている。

彼らが見る先にあるものはこの日のために用意された高台。

そこに立つものは二人。

 

全身を鎧で身を隠す騎士団長――ジュン。

不機嫌さを隠そうともしない仮面をつけた黒猫の獣人族――キャル。

高台を守るように周囲には騎士団の部隊が勢揃いである。

 

……そして、今ゆっくりと王宮から少女が連れてこられる。

 

 

「ぅ、ぅ…………」

 

 

輝くようなハニーブロンドの髪はボロボロになり、体中もろくに治療されていないのか傷が目立つ。

国家反逆者として拘束されたペコリーヌは、高台にうつ伏せに倒され、四肢を台に拘束された。

 

 

「――聞け! ランドソルの民よ!」

 

 

ペコリーヌが高台に拘束されたのを確認してから、傍に立つジュンは声高に語る。

 

 

「この者はかつて王宮に侵入し、愚かしくもユースティアナ陛下の名を騙り、王家代々に伝わる『王家の装備』を盗み出し、今日まで逃げ果せた不敬者であり国家反逆者である‼」

 

 

大声で、しかし淡々とペコリーヌの罪状を接げるジュンに対し、住民はざわざわと困惑の空気が流れる。

 

 

「このような大罪人は、命をもってしてその罪を雪がせねばならない!」

 

 

言いながら、ジュンは剣を手に取る。

ジュンは剣を振り上げ、ペコリーヌに向けて――

 

 

琉球犬ナックルアローッ‼

 

 

振り下ろすことは出来なかった。

 

ランドソルの住民達と騎士団員達の間に降り立った少女――カオリはその勢いのまま地面に向けて強力な一撃の拳を振り下ろす。

その一撃は地響きを起こすほどに強く、剣を振り上げていたジュンもバランスを保つべく数歩後ろに下がる。

 

 

「皆、今すぐここから逃げろ!」

 

「この処刑に王家や騎士団の正義はありまへん! 戦いに巻き込まれる前に皆は逃げるんや!」

 

 

続けて降り立ったマコトと、抱えられたマホは集まっている住民達へ向けて大声で叫ぶ。

 

しかし、突然のことで何事か訳が分からず、公開処刑に【自警団】が乱入したという事実がただただ混乱を助長させる。

 

 

「案の定ね……」

 

「………………」

 

 

キャルは呆れたように呟き、魔法杖を構えるが、ふと何かを感知してキャルは見上げた。

 

 

「今だ、ニノンッ‼」

 

忍法・灼熱地獄‼

 

 

広場の上空が赤く爆ぜた。

爆風と熱風が辺りを襲い、戸惑っていた住民達の顔に恐怖が浮かぶ。

 

悲鳴を上げながら逃げていく住民たちを黙って見送りながら、ジュンはため息をついて後から現れた【ヴァイスフリューゲル ランドソル支部】――その先頭に立つモニカに向けて問う。

 

 

「随分大仰なことをしたものだね、モニカちゃん。キミの剣は正義のために振るうものだと思っていたが……」

 

「少々義に悖る方法を取ったのは自覚している。しかしジュン殿、義に悖る行為をしているのはそなたも同じだ」

 

 

モニカは刀剣の切先をジュンに向ける。

 

 

「己が正義のために、同胞のために、ランドソルの御旗を取り戻させてもらう!」

 

「……悪いが邪魔はさせない」

 

 

ジュン達【王宮騎士団】とモニカ達、マホ達は武器を構え、睨み合う。

ジリジリと距離を詰め、両者飛びかかろうとしたところに、

 

 

「無駄話は終わった? なら殺していいわね」

 

 

空から雷撃が降り落ちる。

轟音とともに地響きを起こすほどの強力な魔法は、マホ達目掛けて放たれたが、

 

 

「危ないところだった……。あらかじめ魔法の内容を聞いておいて正解だったね」

 

 

檻のような魔法障壁がマホ達を包み込む。

カスミは構えた杖を一度おろし、一息ついた。

 

 

「キミがキャルさんだね。助手くんから話は聞いているよ」

 

「……ちっ。防ぎきったか」

 

 

自身の魔法が防がれてキャルは舌打ちをする。

その傲岸不遜な態度にマコトは耐えきれずに吠える。

 

 

「一体何考えてんだよ、お前は……!」

 

「あ?」

 

「お前は獣人族だろ⁉ 何で獣人族の立場を悪くさせた王宮側についてやがんだ‼」

 

「……わざわざそんな下らないことを聞くためにここまで来たのかしら? 【自警団】って暇なのね」

 

「んだと⁉」

 

 

マホ達【自警団】はサレンより聞いている。

今ユースティアナを名乗る存在は獣人族。その側近も獣人族。

それが何を意味するのかを。

 

そして、それを察しているキャルはつまらなそうに答えた。

 

 

「陛下はお前達獣人族なんて……いや、種族の区別なくお前達ランドソル住民なんてどうでもいいのよ」

 

「どうでもいいだと?」

 

「陛下を絶対にして絶世の神……お前達があの方をそう崇め奉れば、陛下はお前達のような些末の存在など一々気にしないのよ。

……逆に言えば、今のお前たちのように立場を弁えず反逆者に与しようとする奴らはその区別も、例外もなく消去(デリート)するだけ。

ここまで言えば分かるでしょ? そんな陛下の忠実な下僕であるあたしも、お前達獣人族の事なんてどうでもいいのよ」

 

「な、なんて人デスか……!」

 

 

絶句して声が出ない【自警団】の代わりにニノンが反応する。

その横でつまらなそうにユキが呟いた。

 

 

「……美学ってやつかな? その覇瞳皇帝って人なりの」

 

「ユキ?」

 

「でもキャルさん、だっけ? 偉そうに語ってるけど、キミはその覇瞳皇帝の美学に乗っかってるだけだよね?」

 

「なんですって?」

 

 

唐突に突き刺されたキャルはモニカ達の後ろで鏡を見ながら髪を弄っているユキを睥睨する。

 

 

「だってそうでしょ? キミはたった今自分の主がそうしてるから自分もそうする、なんて中身のない主張をしたばかりじゃないか。美学に魅入られたのならその美学で自分磨きでもすれば良いのに」

 

「ゴチャゴチャと……何が言いたいの?」

 

「ユウキさんからキミの事は聞いてるよ。口は悪いけど悪事を働くような子じゃないって。一緒に大陸中を冒険したこともあるって」

 

 

ユキは鏡から目を離し、面白くなさそうにキャルを睨み返す。

 

 

「キミのやってることは中途半端だね。覇瞳皇帝の絶世独立を肯定するかと思えば、絆されたように徒党を組んで冒険する……。美学が全然感じられないよ。まるで糸が絡まった操り人形みたい」

 

「ほう……」

 

 

黙って聞いていたジュンは感心したようにため息をこぼす。

それに対して、

 

 

………………………

 

 

キャルの周囲はバチバチと稲光が轟く。

彼女の怒りを表しているようだ。

 

キャルの感情を姿で感じ取ったモニカはユキを咎める。

 

 

「ゆ、ユキ! 無意味に挑発するような真似は……!」

 

「前言撤回する気は無いよ。むしろボクだって怒ってるんだ。聞けば彼女は王を名乗ってる覇瞳皇帝の代理なんでしょ? こんな人形みたいな人にクリスティーナさんが従わざるを得ないなんて、そう思ったら腹が立ってくるさ」

 

「その気持ちは私も解るが……!」

 

 

二人の会話は強引に打ち切られた。

 

空から雨のように雷撃が降り注ぐ。

地震のように地面を揺らし、大地を抉り、空が震えるほどの轟音が響く。

 

モニカ達は全速力で後退し、何とか直撃は免れたが、

 

 

殺す

 

 

雷撃の爆風により飛び散る砂塵の奥で怨嗟の声が泳ぐ。

 

 

殺す……お前だけは真っ先にぶっ殺す……!!!

 

「そ、相当頭に来てます〜〜⁉」

 

 

よほどユキの言葉が効いたのか、キャルはブン、と杖を振り砂塵を振り払う。

バチバチと、先程よりも大きな音を立てて稲光が彼女の周囲を走る。

その姿に恐怖を感じてアユミは悲鳴を上げた。

 

 

「怒るってことは、図星だったって事だよね。ボクって美しいだけじゃなくて聡明でもあるんだね! 天はボクに二物を与えたんだ!」

 

「なんだコイツ……」

 

「平常運転だな、ユキ……」

 

 

急に自画自賛して悶えだしたユキを見てドン引きするマコト。

モニカは苦笑を浮かべて前を向き直る。

 

あれだけ強力な魔法を何度も打ったに関わらず、魔力の消費による疲労を全く感じられない。

これは厳しい戦いになるだろうとモニカは歯噛みする。

 

キャルは激昂し続けざまに魔法を打とうとして、

 

 

「そこまでだ」

 

 

キャルの首筋にジュンの剣が当てられた。

それを見たこの場にいる一同は困惑して動きが止まってしまう。

 

 

「…………どういうつもり?」

 

「先の件をもう忘れたとは言わせない。この場には敵だけでなく味方もいる。見境なく魔法を繰り出すのは止めてもらおう」

 

「………………」

 

 

仮面越しに睨みつけているのか、キャルはじっとジュンを見つめている。

ジュンは反論を出させないように、畳み掛けるように続ける。

 

 

「その有り余った激情は別の場所で振るいたまえ。例えばそうだな……」

 

 

ジュンはある方向を指差す。

その方向は……。

 

 

「な……っ‼」

 

「あっちは、先輩が……!」

 

 

ジュンが指した方向はユウキ達が通ってくるであろう騎士団の防衛地点。

それに反応したカスミとアユミはすぐに失敗したと悟る。

 

 

「へえ……」

 

 

先程まで怒髪天だったキャルが一転して嗤う。

キャルはペコリーヌに視線を落として愉快そうに続ける。

 

 

「あいつらなら真っ先にここに来ると思ってたから妙だと思ってたけど……。なるほど、そういうことか」

 

「くっ……」

 

 

カスミは確信する。

キャルはこれからユウキの下へ向かうつもりだと。

向こうはただでさえクリスティーナが防衛している。彼女一人を相手するのに戦力不足を懸念しているというのに、そこにキャルが加われば……!

 

 

「行かせない――‼」

 

 

カスミは杖を構えて拘束魔法を唱えようとするが、

 

 

「ふん――」

 

 

キャルはそれよりも早く杖を横に振り、魔法が展開される。

魔法陣から雷撃がいくつも放たれ、マホ達を狙い撃つ――

 

 

「あ、あっばばばばぁばばばっ!!!」

 

『…………⁉』

 

 

だが、そんな攻撃を前に誰よりも前に出て攻撃を受け止めた少女がいる。

 

 

「はあはあはあはあはあはあ…………っ」

 

 

受けきった彼女――クウカは砂塵から現れ、コテンと横に倒れた。

 

 

「な、何してるさー⁉」

 

「盾になれなんて誰も頼んでねえよ! おい、しっかりしろ‼」

 

 

カオリとマコトは驚愕し、クウカに駆け寄る。

 

 

「姫さん、回復魔法を!」

 

「それなんやけど……その人、傷が治っとるように見えるんやけど?」

 

「えっ」

 

 

二人は恍惚な表情を浮かべるクウカに視線を落とす。

 

はあはあ、と興奮するように呼吸をする彼女は火傷を負った全身が嘘のように回復していく。

そして立ち上がり、

 

 

「ぐふふ、天にも登るような痺れでしたねぇ……。でも、もう打ち止めなんですか? ちょっと物足りないです……」

 

「お、おい大丈夫か? 動けるのか?」

 

「フフフ! クウカなら問題ありマセン! どれだけダメージを受けてもクウカならドMパワーですぐに自己回復するのデス‼」

 

「ドM……え、えっ??」

 

「信じられないだろうけど、本当なんだ……」

 

「えらいけったいな人やなぁ……」

 

 

遠い目をするカスミを見て流石のマホもドン引きする。

 

 

「なあモニカ……お前のギルドメンバー、変なの多くね?」

 

「触れないでくれ」

 

 

モニカはマコトと視線を合わせず、強引に真面目な話に戻そうとする。

 

 

「今はクウカよりも、キャルだ!」

 

 

モニカは見上げ、飛翔魔法でユウキ達へ向かおうと高く飛んだキャルを見る。

先程の攻撃魔法は目眩ましのようで、その間にあそこまで移動したようだ。

 

 

「くっ、あそこまで飛ばれては地上からではもうどうしようもない」

 

「そういうことだ」

 

 

金属音を立てて、ジュンは騎士団部隊の中央に立つ。

それに続くように騎士団部隊もモニカ達を囲うように前に出る。

 

 

「ここから先は我々が相手だ。君達のおかげで邪魔者も居なくなったしね、存分に戦えるというものだ」

 

「……ま、守るべき民を邪魔者だと……⁉」

 

「……なるほどなぁ」

 

 

モニカは顔をしかめて、マホは何かを納得したように目を細める。

 

 

「皆はん、ここらが正念場どすえ!」

 

「総員、迎撃準備! 全力をもって撃退せよ‼」

 

『おおおおっ‼』

 

 

二人の号令に合わせて、一同は迎え撃つのだった。




カオリ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、南国の拳法少女。軽快な動きで素早く詰め寄り、猛獣の如き拳で強力な一撃を放つ。
南国からランドソルに単身でやって来たために、生まれ育った故郷とランドソルとのカルチャーギャップで時折奇想天外な行動で周りを振り回すことがある。
そのためか、異性であるユウキとも距離が近く、ボディタッチの回数が多い。しかし最近はどうやら恥じらいも多少覚えたようで……。ゴーヤーという食べ物が好物。



ペコリーヌ奪還のお話は大分長丁場になるため、一旦ここまでとします。



前書きでも書きましたが、このSSじつはもう今日で4周年なのです。
そんなにやってたの? と思う方がたくさんいらっしゃると思いますが、最初はこんなシリアスな方向に全力で書くつもりはなかったのです。
日常系の話をドンドン書いて、たまにシリアスを挟み込むくらいの軽い気持ちで書いてたら、私自身プリコネのシリアスなストーリーに入れ込んで、結果こんなことになりました。

章分けまでしちゃったし、このSSが完全に完結するにはどれくらいかかることやら……。



最後に、プリコネ5周年おめでとうございます!
新たな世界、新たなストーリーへとプリコネも新シーズンに到来といったところでしょうか。
第三部はこれまでで一番長いストーリーになると思っていますので、2、3年じゃ済まないでしょうね(嬉しい悲鳴)。


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不穏な脅威はいつもキミの影に潜む

【悪魔偽王国軍】が作戦に参加してない……?
と思う方もいらっしゃるので、ネタばらしの布石として彼女らから始まります。


一方その頃。ランドソル地下道では。

 

 

「強い魔力を感じる……始まったようじゃの」

 

 

【悪魔偽王国軍】の頭目イリヤは地上で作戦が開始されたのを感じ、天井を見上げる。

 

 

「その、本当に良かったのですか? 私達に同行して」

 

 

イリヤ達の後ろから同行するのは【王宮騎士団】から離れたトモとマツリ。

トモは申し訳無さそうにイリヤに尋ねる。

 

 

「気にせんでよい。元より地下道の調査はわらわ達が受け持つつもりだったのじゃ。それに、本調子を取り戻したとはいえ、離反したお主らを残してアジトを留守にするのも憚られたからの」

 

「自称伝説の吸血鬼とは思えない思いやりのある発言なの」

 

「やかましいわ! あと自称ではないわ‼」

 

 

ふよふよと浮いて前を陣取るミヤコは疑念の目つきでイリヤをからかう。

いつも通りの空気感にヨリ達は苦笑する。

 

 

「緊張感無いッスね〜。一応自分たちも作戦のためにここに来てるんスよね?」

 

「正確には、【悪魔偽王国軍】は……だけどね」

 

 

暗に自分達二人は違う、とトモは訂正する。

 

トモは昨日、ある情報を通信魔法で知り、地下道を調べようと外出しかけたところをイリヤに止められ、通信魔法の主とも話し合い、ペコリーヌ奪還に合わせて地下に潜ることとなった。

 

ランドソルの真下に近づいてきたとき、イリヤとアカリはあることに気づく。

 

 

「……ふむ、これは」

 

「あれ、この辺りって確か認識阻害魔法がかけられてましたよね、イリヤさん?」

 

「ふむ、どうやら粗方解除されたようじゃな。あ奴らがやったのか……」

 

 

どうやら安全に合流する手筈は向こうでつけておいたようだ。

ならばここからは問題ないだろうとイリヤは振り返る。

 

 

「トモ、マツリよ。事前に話した通りじゃ。見送りはここまでじゃ。あとは合流して地上の奴らに加勢せい」

 

「ですが、無理はしてはいけませんよ。特にトモさんは調子を取り戻したとはいえ、動けるようになったのはつい数日前なんですから」

 

「わかってます。ですが、今回ばかりは無茶を通します」

 

 

ググッ、とトモは握り拳を作る。

 

手に入れた情報が真実であるのなら、一刻も早く確かめに行かなければならない。

 

 

「皆さん、ここまでありがとうございました。【悪魔偽王国軍】は【王宮騎士団】でも要警戒対象ですが、この御恩は決して忘れません」

 

「それじゃイリヤちゃん、行ってくるッス〜‼」

 

「じゃからイリヤちゃんと呼ぶなと……!」

 

 

トモに続いてマツリも地下道を進み、振り返ってイリヤ達に手を振ってからトモを追った。

見送った【悪魔偽王国軍】の一同はそのまま来た道を戻り、遠くから感じる無数の魔力の反応を感じ取る。

 

 

「……これは」

 

「百や二百じゃきかんのう」

 

「……ん〜? でもなんか、変な感じなの」

 

「変って何が?」

 

 

ふと唸りだしたミヤコに対し、アカリは尋ねる。

 

 

「これ、魔物っぽい感じだけど……」

 

『どっちかっつうと、これはシャドウだな』

 

「ええ……⁉」

 

 

気配の正体をミヤコの代わりにドクロ親父が口にする。

一同はそれで驚愕し、武器を構えて警戒を露わにする。

 

 

「……お主ら覚悟は良いか?」

 

「ええ、少なくともあれらを地上に出すわけにはいきません」

 

「よし……、では行くぞッ‼」

 

 

イリヤの号令で、一同は駆け出した。

 

 

 

 

 

一方、地上の王宮裏通り。

 

 

零の太刀・水月鏡花‼

 

 

目にも止まらぬ剣閃を収め、次の瞬間目の前の騎士達は斬り飛ばされた。

ルカは倒れる騎士達が気絶しているのを確認してから、後ろのユウキ達に合図を送る。

 

ユウキ達はマホ達が広場に乱入した直前のタイミングで裏通りから王宮を目指し、ペコリーヌの救出を図ることになる。

もっとも、今ルカが倒した騎士団員が防衛に回っていることは予想の範疇であったし、もし王宮内に騎士団員がいるのならそれをあぶり出すのも彼らの役目であった。

 

 

「しっかし、思ってたほどこっちには人を回してないんだねぇ」

 

「クリスティーナ一人で事足ると高を括っているのかしらね」

 

 

3つの防衛地点はそれぞれ大隊レベルの騎士団員が置かれていると予想していたために、ここまで退けてきた騎士団員の数の少なさに仄かな違和をルカとミツキは感じ取る。

 

 

「もしかして待ち伏せされてるのかも……」

 

「本隊は将と共にいるということか……」

 

「ありえない、とは言い辛いですね。救護院を襲撃した際も、彼女は単独ではなくジュンさまや騎士団の方々と一緒にいましたし」

 

 

コッコロは2週間前の出来事を思い出し、ただ単独で猪突猛進するような戦士ではない事を口にする。

 

 

「……実際クリスティーナとかいうのはどれくらい強いんだい? 流れ者としてはどんなやつかいまいちピンと来ないんだよね」

 

「『壊し屋』として言わせてもらえば、クリスティーナ・モーガンの戦闘力は規格外、ですわね」

 

 

ルカの疑問にエリコは淡々と答える。

 

 

「規格外?」

 

「強さの指標として参考にならない、という意味です。

いわく、団員との訓練でも負け無し。攻撃も防御も彼女の前では意味をなさない……。

唯一叶うものは国王陛下のみ……だとか」

 

「国王陛下、って例の覇瞳皇帝とか言うやつ?」

 

「己を皇帝(カイザー)などと言うだけあって、そやつも規格外ということか……?」

 

 

クリスティーナよりも上の存在に居るものを想像した彼女らは、敵の勢力の未知数具合に頭を悩ませる事になる。

 

 

「これ以上は考えても無意味か……」

 

「そうね。それに必ず勝たなければならない、というわけでもないわ。私達はあくまでお姫様を助けられれば、後は幾らでも帳尻を合わせられるもの」

 

 

ミツキは【トワイライトキャラバン】の一同に視線を送る。

すると彼女らは何か覚悟を決めたように力強く頷いた。

 

そして、一行は裏通りを進み続け、広い場所に出る。

その先に待っていたのは――

 

 

「やあ坊や」

 

 

気さくに挨拶をする仮面をつけたクリスティーナ。

だが声音に反して彼女の表情は少々不機嫌気味である。

 

 

 

> クリスティーナさん……!

 

 

 

「ハハハ☆ やはり坊やはこちらから来たか」

 

「やはり、ですって?」

 

 

クリスティーナの言葉に引っかかったミツキは思わず疑問を口にする。

 

 

「フッ、キサマらがこの二週間、ランドソル中を嗅ぎ回っていたのは知っている。情報を集めていたのはキサマらだけではないということだ」

 

「では、あなた方は主さまがこちらのルートを辿るというのも……」

 

「当然事前に把握済みだ。こちらにも、情報集めが滅法得意な能力を持った奴がいてね」

 

 

 

> それは…………?

 

 

 

何か引っかかりを覚えたユウキ。

だが、考える時間は与えないとばかりにクリスティーナは片腕を上げて合図を送った。

 

 

「なっ……」

 

 

突如として左右から騎士団員の小隊に挟み撃ちにされる。

 

 

「やっぱり待ち伏せしていたか……!」

 

「フン、それにしても舐められたものだ。キサマらもここにワタシが防衛として置かれているのも事前に知っていたのだろう? てっきりワタシはイリヤ・オーンスタインもこちらに連れてくるものとばかり思っていたのだがな」

 

「何故そこでオーンスタイン卿が出てくる……!」

 

 

知人の名前が唐突に出てきて、アンナは食い気味に反応する。

 

 

「知れたこと。かつてランドソルの古い歴史にはあの女と同じ名を持つ悪魔がいたそうだ。そして二週間前の、あの猫娘がけしかけたキマイラを、奴は一人で容易く葬ったそうじゃないか!

私は確信したよ。それまで半信半疑だったが、伝説は存在したのだと! ならば心ゆくまで死合うことが戦士として至上の喜びだとは思わないか?」

 

 

それまで嬉しそうに語るクリスティーナはスン、と感情を引っ込める。

つまらなそうに彼女は続ける。

 

 

「だが奴は来ていない。こんな興冷めなことはない。故に――」

 

 

刹那、クリスティーナの姿がブレる。

 

次の瞬間にはユウキの目の前にいた。

 

 

「この乾きはオマエで代わりに満たすとしよう」

 

 

 

> なっ――⁉

 

 

 

突然目の前に現れたことでユウキは反応が遅れてしまった。

クリスティーナに素早く首を掴まれ、そのまま明後日の方向に投げ飛ばされてしまう。

 

 

「主さま!」

 

「この……っ‼」

 

 

同様に反応が遅れたコッコロとルカ達。

ルカは一同の真ん中に突然現れたクリスティーナを掴んで動きを止めようとしたが、またしてもクリスティーナの姿はブレて、その手は空振りに終わる。

 

その隙を逃さないと、左右から騎士団員達がぶつかってきた。

 

 

 

> みんな‼

 

 

 

分断されたことを理解したユウキは立ち上がって戻ろうとするが、それを遮るようにクリスティーナが立つ。

 

 

「おいおい。目の前にこんな美人がいるのに他の女に目移りとは、本当に気が多いみたいだなぁ、坊や」

 

 

からかうようにクリスティーナは剣の先をユウキに向ける。

 

覚悟を決めたユウキは剣を抜き、クリスティーナに斬りかかる。

クリスティーナは避けることはせず、それをそよ風に吹かれたように容易く受け止めた。

 

 

「まだまだ軽いなッ!」

 

 

その状態のままユウキを剣で押し飛ばし、転げるユウキに向けて剣を振り上げ追撃する。

 

ユウキは転げながら急いで回避するが、瞬時にクリスティーナが移動してユウキの腹を蹴り上げる。

 

 

 

> かはっ…………。

 

 

 

「逃げ回るのはナシだ。そんなのつまらないだろう」

 

 

ギリッ、とユウキは歯噛みする。

 

息を整えながら、ユウキはもう一度剣を構えて斬りかかる。

またしてもクリスティーナは避けず、ユウキの剣を弾いて今度はクリスティーナから剣を振る。

 

ユウキはそれを受け止めるも、バランスを整えるために数歩後ろに下がる。

そこからはもうユウキの防戦一方だった。

後ろに下がったユウキに対し、クリスティーナは追撃の一撃を何度も打ち込む。その度にユウキはどんどん下がらされる。

 

 

「どうした、そんな受けの戦いでワタシには勝てないぞ?」

 

 

 

> くっ……!

 

 

 

「それに――そんなザマであの猫娘を本当に助けられると思っているのか?」

 

 

 

> え。

 

 

 

ユウキは突然の言葉に呆けてしまう。

その隙を逃さないとばかりに、先程よりも力強く剣でユウキに叩き切る。

 

 

 

> うあああっ‼

 

 

 

勢いよく吹き飛ばされ、ユウキはまたしても地面を転げる。

クリスティーナは再び素早く距離を詰めて、ユウキの首を掴む。そして、近くの壁に叩きつけた。

 

ユウキは衝撃で肺の空気を無理やり吐き出され、何度も咽る。

だが、諦めるわけにはいかず、拳に力を込めてクリスティーナを睨む。

 

クリスティーナはそんなユウキの態度に薄く笑い、顔を近づけて口を開いた。

 

 

「一度しか言わないからよく聞け」

 

 

 

> えっ?

 

 

 

ボソリ、とクリスティーナは続ける。

 

 

「キャルを、助けたいのだろう?」

 

 

どういうつもり、とユウキは問う前に、ユウキはまたしても明後日の方向に投げ飛ばされる。

 

ユウキは立ち上がり、剣を振り上げながら近付くクリスティーナに対し、訳も分からず剣で受け止める。

クリスティーナは小声で続ける。

 

 

「誰かに聞かれるのも面倒だ。このまま続ける。よく聞け、いいな?」

 

 

ユウキはまだ理解が追いついていないが、おずおずと首を縦に振る。

そしてまたしてもクリスティーナの一方的な剣戟が始まり、その都度クリスティーナの話が届けられる。

 

 

「……察しているかもしれんが、キャルとワタシ達はある存在に洗脳されている。故にワタシ達はそいつの思惑通りに行動を強制されている」

 

 

 

> 洗脳……。

 

 

 

もしかして、とユウキは作戦会議が始まる前にコッコロと話し合っていたことを思い出す。

やはり、二人としてもキャルが唐突にあのような乱暴な行為を進んでやるとはどうしても思えなかったのだ。

故に誰かに行動を強制されているのではないか、という結論に至り、この作戦でキャルも取り戻すと決意したのだ。

 

 

「……だが、ある程度自由意思と自由行動が許されているワタシ達とは違い、キャルは完全に操られている。言動も、考えも、本人のこれまでの振る舞いを参考にしてあのような支離滅裂な行動をさせているのだから始末に負えない」

 

 

まるで本当に嘆かわしいと思っているのか、クリスティーナは辟易とした態度で首を振る。

 

 

「しかしそんな坊やに朗報だ。キャルを洗脳の軛から解放する方法が一つだけ存在する」

 

 

 

> 本当にっ?

 

 

 

「ああ。キャルに掛けられた洗脳はワタシ達に掛けられた魔法とは違う。ある存在の特殊な力でキャルの行動を強制させている」

 

 

 

> 特殊な力?

 

 

 

「そう。ワタシ達『七冠』やオマエのようなプリンセスナイトなどが持つ特殊な力で、だ」

 

 

 

> 七冠、って……。

 

 

 

その単語を聞いたのはつい最近。

それはアストルムと『現実』の真実を教えてくれたユウキの主であり――

 

 

「坊やならばそれを無効化出来るかもしれない」

 

 

 

> ど、どうやって……。

 

 

 

「簡単だ。()()()()()()()()()

 

 

その言葉に呆けてユウキは再び呆けて、力が抜けてしまった。

そのせいでクリスティーナの剣が受け止めきれず、またしても吹き飛ばされる。

 

ユウキは急いで立ち上がり、向かってくるクリスティーナを再び剣で受け止める。

 

 

「キャルに掛けられた洗脳は深刻だ。アイツの持つプリンセスナイトの権能にまで作用している。そのせいで本来なら魔物の傷を修復するなどという不可能な行為まで可能にするほど権能の限界を引き出されている。キャルの肉体を鑑みても非常に危険だ」

 

 

 

> それが、どうしてキャルちゃんを斬ることに……⁉

 

 

 

「オマエには特殊な能力を持つ相手に対し絶大な特攻能力を持つと聞いている。プリンセスナイトの権能を持つキャルを斬ればキャルの権能を、権能にまで作用している洗脳の軛さえも斬ることが出来る、かもしれん」

 

 

 

> …………ッ。

 

 

 

ユウキはあることを思い出し、自分ならそれが可能かもしれないと思い始めた。

だが、とクリスティーナは続ける。

 

 

「だがそれは絶大過ぎて、最悪キャルはロストしてしまうかもしれない」

 

 

 

> なっ……⁉

 

 

 

しかし、続けて語られたリスクを聞いて、ユウキの肩にずしり、と言葉にできない重い何かがのしかかった。

それを剣で感じ取ったクリスティーナはニヤリ、と愉快そうに笑う。

 

 

「さあ、覚悟を決めるときだユウキ――()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

ユウキは何も言えず、ただ剣を受け止めることしか出来なかった。

そして、クリスティーナに剣を弾かれ、無防備の懐を蹴り飛ばされる。

 

 

「ふん……」

 

 

話は終わりだ、とクリスティーナは笑みを止め、カツカツと足音を立ててユウキに近付く。

 

そこを、

 

 

ブラッディローズッ‼

 

 

クリスティーナの真下から赤黒い茨の鎖が放たれる。

クリスティーナを拘束しようとしたそれらは、姿がブレる彼女の前に空振りに終わる。

 

だが、

 

 

「……ちっ、弛んでいるぞキサマら」

 

 

クリスティーナは少し離れた場所で倒れている騎士達に向けて吐き捨てるように呟く。

その隙にコッコロがユウキに近寄り、回復魔法を唱える。

 

 

「駆けつけるのに遅れて申し訳ありません、主さま……!」

 

 

 

> 僕は大丈夫。

 

 

 

それよりも、とユウキはクリスティーナを見る。

二人を遮るようにルカ達は横に並び、アンナが両腕を広げると同時に彼女達の周りを鎖が囲むように包み込む。

 

 

「ああ……⁉」

 

 

 

> みんな!

 

 

 

ユウキとコッコロは駆け寄ろうとして、

 

 

「行きなさいユウキ君‼」

 

 

ミツキがそれを咎めた。

 

 

「貴方達はお姫様を助けるのよ‼」

 

 

 

> でも!

 

 

 

「勘違いしては駄目よ。この戦いはランドソルの御旗を取り戻すための戦い。あの子が死んだら全部終わりなのよ」

 

 

 

> …………ッ。

 

 

 

「あ、主さま……!」

 

 

ユウキは逡巡した後に、コッコロの手を引いて先へ進むことを選んだ。

暫くして後ろから剣戟の音が聞こえてきたが、それでもユウキは走ることを止めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……主さま、本当によろしかったのでしょうか?」

 

 

まだ割り切れないのか、コッコロはそうユウキに尋ねる。

 

ユウキも悩んだが、この作戦はあくまでペコリーヌを助け出すこと、これに尽きるのだ。

ならば自分達は先へ進まなくてはならない。

 

そうコッコロを諭すと、

 

 

「……確かに、主さまの仰るとおりです……」

 

 

コッコロもある程度踏ん切りがついたのか、顔を上げて走り出す。

そのまま進んでいると、グラグラ、と地響きによって地面が揺れ、二人は立ち止まる。

 

 

 

> 今のは……?

 

 

 

「凄まじい雷の魔法でした。方向は……」

 

 

コッコロはその方向に顔を向ける。

あちらはマホ達が突入した王宮門前の広場だ。

雷の魔法ということは、あちらには……。

 

 

「キャルさま……」

 

 

コッコロは唇をきゅっと噛み、溢れそうになる感情を押し込める。

ユウキはそんなコッコロに、優しく声を掛ける。

 

 

 

> 必ず二人を取り戻そう。

 

 

 

「……っ、はい!」

 

 

 

コッコロは力強く頷く。

二人は再び広場へ向けて走り出し、

 

 

 

――ドンッッッッ、ドンッッッッ‼

 

 

 

と強い雷撃に狙われる。

 

 

「……ッ⁉」

 

 

二人は咄嗟に飛び退くが、今の雷の魔法の音を聞いて困惑した。

 

 

「今のは……」

 

「――ふん、本当にこっちから来ていたのね。小賢しい真似を」

 

 

二人は声の主へと顔を見上げた。

 

不遜な態度で空から二人を見下ろす仮面の獣人族キャル。

キャルは建物の屋根に降り立ち、魔導杖を向ける。

 

 

「裏口から通って騎士団の意表を突くってわけ? 残念だけどタネはもう割れてるのよ。大人しく死を受け入れろ」

 

 

バチバチと、彼女の周りに稲光が舞う。

 

 

「キャルさま、もうやめてくださいまし! 本当のキャルさまは、このようなこと……!」

 

「止めてくれない? お前までそういうこと言うの。脳天気な単細胞女なんて一人だけで十分なのよ」

 

「キャルさま……!」

 

 

それが誰のことを指して言っているのかを察したコッコロは眦を吊り上げる。

もはや話し合いもこれまでか、とコッコロは歯を噛み締めて、槍を構えようとするが、

 

 

「主さま……?」

 

「…………?」

 

 

ユウキは一歩前に出て、コッコロを腕で遮る。

 

 

「主さま、何を……」

 

 

 

> コッコロちゃんは先にペコさんの所へ向かって。

 

 

 

「なっ⁉」

 

 

突然のユウキの提案にコッコロは驚愕する。

 

 

「お待ちください! お話が違います!」

 

 

コッコロは作戦を始める前、ペコリーヌにたどり着く前にキャルと出くわしたときは協力してキャルを助け出そうと話し合っていた。

だが、ユウキは一人でキャルを相手取ろうとしている。

 

 

 

> キャルちゃんは、僕が助ける!

 

 

 

「無茶でございます、主さま! 今のキャルさまの実力はとてもではありませんが主さまお一人では……」

 

 

 

> お願い、コッコロちゃん。コッコロちゃんは先に……。

 

 

 

「嫌です! わたくしはもう、主さまのお側を離れたくありません‼」

 

 

コッコロの脳裏に浮かんだのは、呼吸もできず、何も言わず、死んでいるように倒れているユウキの姿。

たった半日離れていただけで、コッコロの与り知らぬ場所でユウキは瀕死の状態に陥っていた。

もしここを離れれば。今度こそ死んでしまったら。

コッコロは涙目でイヤイヤ、と駄々をこねる子供のように首を振る。

 

だが、そんな話し合いを待ってくれない者がいる。

 

 

「あうっ」

 

 

コッコロはユウキに抱き寄せられ、地面に一緒に伏せる。

同時に地面を揺らすほどの雷撃が落ち、立ち上がったとともにキャルが魔法を放ったのだとコッコロは遅れて気づく。

 

 

「ピーチクパーチクと……、暢気な奴らね」

 

 

不愉快そうに、キャルは地面に降り立ち、ユウキ達に向けて魔導杖を向ける。

 

 

「どいつもこいつも……あたしを虚仮にしやがって⁉ あたしなんて眼中にないって言いたいわけ⁉」

 

「え……」

 

 

それはどういう意味か。

 

問う前に、キャルは魔力を込めて光線を打ち出す。

ユウキは一歩前に出てそれを剣で受け止める。

 

 

「主さま‼」

 

 

 

> コッコロちゃん、早く!

 

 

 

「ぅ、ぅぅ…………っ」

 

 

コッコロはふるふると震え、ゆっくりと先へと振り返る。

 

 

「必ず、必ずペコリーヌさまと共に戻ってきます……っ」

 

 

 

> うん。

 

 

 

「だから、申し訳ありません……っ」

 

 

コッコロは王宮へ向けて走り出した。

それを横目で見届けてから、ユウキはキャルに向き直る。

 

キャルはつまらなそうに吐き捨てる。

 

 

「お前をぶっ殺すのに一分もいらない。その後あいつを追いかけて殺すだけ。囮なんて無意味よ」

 

 

 

> 違う。僕はキャルちゃんを助けるために残るんだ……!

 

 

 

「ほざけ」

 

 

それを最後に、キャルは再び杖に魔力を込める。

 

ユウキは剣を握りしめ直す。

そして、クリスティーナのあの言葉を思い出した。

 

 

 

――さあ、覚悟を決めるときだユウキ――オマエにキャルが斬れるかい?

 

 

 

きっとコッコロは止めるだろう。

だからコッコロはこの場にいて欲しくなかった。

これからユウキがすることを知れば、きっと他に方法があると言うだろう。

あるいはクリスティーナは嘘をついていると言うかもしれない。

 

だがユウキは知っている。

クリスティーナは嘘をつくような人ではない。いい加減なことを話す人ではない。

故にこれしか方法が無いのだろう。

 

 

「さあ、今すぐ死に晒せッ‼」

 

 

ここに、ユウキの覚悟を決めた戦いが始まった。




ミツキ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、怪しさ満点の妖艶な医者。取り扱い注意な薬品や植物で相手を混乱させる姿はまさに闇医者である。
ランドソルでは優秀な医者と噂されているが、それはあくまでいわくのある評価である。後ろめたいものを抱える患者相手には法外な治療費を要求することも。
ついたあだ名は『隻眼の悪魔(ワンアイドデビル)』。眼帯で隠した瞳は滅多なことでは晒さない。記憶喪失のユウキの記憶を取り戻すという約束で彼を治験薬にする。実は動物が苦手。



公開された日に第三部を見ましたが、なんと言えばいいのか……。
まず、懲役終わってなさそうでしたね。あと、シェフィがロストしたから【美食殿】があの子を忘れてしまった、という考察も見て「そういやそうだった」と愕然としました。
現状情報量が少なすぎて考察のしようがないですね。
ただ、新キャラは滅茶苦茶いるみたいですが、ボスキャラっぽいのはオープニングには登場してなかったのでどう物語を落着させるのかも注目だと思います。


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嵐の前に立たされるキミたちの進む道は

「これで止めよ――スプラッシュダイブッ‼

 

 

跳び上がったミフユが力強くハルバードを叩き下ろす。

その一撃は強力な雷撃のようで叩きつけられた音は雷が落ちたような轟音だった。

 

衝撃によって騎士達は吹き飛び、地面に墜落して気絶する。

動ける敵はいないことを確認してからミフユは大きくため息をついた。

 

 

「……国家公務員に刃を向けるなんて。まったく、大義名分が無かったら逮捕じゃ済まないわ」

 

「まだそんなことを言っているんですの、ミフユさん?」

 

 

後ろからアキノが呆れたように声を掛ける。

 

 

「サレンさんも言っていたでしょう? 今の【王宮騎士団】に正義はありませんわ。言わばわたくしたちは正義を取り戻すために戦うのですわ!」

 

「その正義がどれだけ強くても世間体には勝てないものよ……」

 

 

あくまでリアリストの視点をやめないミフユ。

 

それをよそに、倒れた騎士達にミサトが駆け寄る。

 

 

「アオイちゃん、彼らを治療するから手伝ってくれるかしら?」

 

「は、はいっ」

 

 

アオイは急いでポーチから薬草を取り出す。

それを見てユカリは不思議そうに声を掛ける。

 

 

「わざわざ回復させるなんて、本当に聖女のような方ですね」

 

 

敵対している相手を助けようとする精神に、ユカリは尊敬の念を感じるが同時にそこまでするものなのか、とも感じてしまう。

 

 

「……彼らは本当にそれが正しいと思って職務を全うされてますから。何も悪いことはしていないんですよ」

 

「……わかりました。なら私も手伝います」

 

「ちょっとちょっと、回復させるのは良いですけど、せめて動きを封じてからにしてもらえますか?」

 

 

倒れた騎士達を回復させようとしているミサト達を見て、ミフユは慌てて騎士達を一人ずつ拘束する。

 

 

「あらあら、流石にそれは可哀想かと……」

 

「何言ってるんですか! 私達は敵対してるんですから、利敵行為はせめて対策してからに……」

 

 

言い合っていると、遠くから雷が落ちたような轟音が地響きと共にここまで届く。

 

 

「……す、凄い魔力だね……」

 

「今の方向って……」

 

 

轟音を聞いて、それが魔法だったと気づいたハツネは冷や汗をかく。

ユカリは息を呑んで、感じた魔力の方向を見る。

 

 

「……間違いないわ。あっちはユウキ君達が潜入してる方よ」

 

「えっ⁉ で、ではユウキさん達は……」

 

 

雷のような魔法を使ったという結論が出て、一同は向こうで何があったのかを察する。

向こうにいるのは……。

 

 

「件のキャルさん、という方でしたか……」

 

「とんでもないわね……これだけ離れても命の危機を感じるほどの威力を出せるなんて」

 

「………………」

 

 

一同が話し合っている中、ハツネは魔力の反応をじっと見つめている。

その表情は何かを思い詰めているようで……。

 

 

「行ってきていいわよ、ハツネちゃん」

 

「えっ⁉」

 

 

それを見透かしたように、ミサトは微笑んでハツネの背中を押す。

何のことかとハツネは惚けようとするが、

 

 

「キャルちゃんの名前を聞いてから、ハツネちゃん随分と気にしていたみたいだから。会いに行きたいんでしょう?」

 

「え、と……。でも」

 

「こっちはもう大丈夫よ。……皆さんも大丈夫ですよね?」

 

 

許可を求めるように、ミサトは【メルクリウス財団】の面々に振り返る。

 

 

「……まあ、粗方障害は振り払えたから、問題ないとは思うけれど……」

 

 

防衛地点へ妨害襲撃する自分たちの役目は、王宮門前の広場に防衛地点から増援を寄越さないようにするため。

防衛には【リッチモンド商工会】は加勢していない以上、精鋭部隊はほぼ全て広場の方に回っているようだから、防衛には増援に人を寄越さないとカスミが推測している。

 

つまり、逆に自分達が広場の襲撃担当に少しずつ加勢していく事も、別の防衛地点へ加勢することも不可能ではない。

 

 

「ほ、ホントにいいのかな……?」

 

「大丈夫よハツネちゃん、ここは先生たちに任せてちょうだい」

 

 

うんうん、とミサトは力強く頷く。

ハツネは少し躊躇ったが、決心したように頷いた。

 

 

「分かった! ミサト先生、行ってきます‼」

 

 

ハツネは背を向け、ビュン、と空を飛んでユウキ達がいる方向へ飛び立っていった。

 

 

「まあ……!」

 

「え、え? ま、魔法を使ってないのに飛んだ??」

 

「ふふふ、不思議な力ですよねぇ」

 

 

【メルクリウス財団】の疑問に対し、ミサトは微笑んで誤魔化すのだった。

 

ただ、ユカリは騎士達を治療しつつも、王宮の方向を見ながら一つ、呟く。

 

 

「タマキさんは上手くやっているかしら……」

 

 

 

 

 

 

 

「オラァ‼」

 

 

カリザは魔力の鞭を器用に使い、騎士を掴まえてそのまま振り回す。

周りにいた騎士達は巻き込まれ、もみくちゃになりながら吹き飛ばされる。

 

 

「ほへ〜。器用だべな〜」

 

「ちょっとカリザ、やり過ぎよ! あたし達はあくまで妨害のために来てるのよ!」

 

 

マヒルはカリザの戦いぶりに感心するが、サレンは過剰な攻撃を咎める。

 

 

「温ぃこと言ってんじゃねえよ。結局やることは変わんねえだろうが」

 

「そうでもないわよ。この人たちはまだ話がわかる方みたいだからね」

 

 

サレンは襲撃の際に、騎士達が自分を見てかなり狼狽えていたのを思い出す。

頭が冷えたところを話をしようと思っていたところに、カリザが過剰に攻撃していたので止めたのだった。

 

 

「それに、八つ当たりみたいにボコボコにするのを放っておけるわけないでしょ?」

 

「……ッ! 見透かしたように言いやがって」

 

 

分かりやすくカリザは顔を顰めるが、それ以上何も言えず、サレンに背を向けるのだった。

 

 

「……ったく、ユウキの知り合いにはこんな乱暴なやつもいるのね」

 

「あ? 喧嘩売ってんのかチビガキ」

 

「だ、誰がチビガキですって⁉」

 

「け、喧嘩は駄目よ〜!」

 

 

サレン達に加勢してくれた【ルーセント学院】の一人ミサキはキッ、とカリザを睨みつける。

喧嘩が始まろうとしているのを傍にいたイオが止める。それを横目で見て、サレンは蹲る隊長格の団員に声を掛ける。

 

 

「話せるかしら?」

 

「……元副団長。何故ですか?」

 

 

何故。

それはサレン達がこうして妨害襲撃していることを指すのだろう。

元副団長がこのようなテロ行為じみた事をするのがよほどショックなのか、話しかけられた騎士は声が震えている。

 

 

「これ以上、あなた達に罪を重ねるような事をしてほしくないからよ」

 

「我々が罪を……? それはどういう」

 

「あなた達は本来守るべきお方に対して刃を向けてしまっているの。元騎士として、それは絶対に止めなければならないわ」

 

 

サレンが騎士を説得している最中、シオリは一歩引いて一息ついている。

 

 

「……何とかこちらの戦いは収まりそうかも」

 

「そだね。話し合いで済むなら楽に越したことはないね」

 

 

ふう、とリンはその場に腰を下ろす。

 

 

「リンちゃん、お行儀悪いよ?」

 

「え〜、疲れたんだからこれくらい許してよ。リマがここにいればもたれ掛かりたいくらいなのに……」

 

「リマ、ってさっき別れたあのモフモフした娘のこと?」

 

 

スズナは【牧場】の面々から別行動した二人のうちの片割れを思い出す。

 

 

「ちょ~キレイなお姉さんもそうだけど、あの二人ってヒデサイのところに向かってったんだよね?」

 

「はい。あちらには、とても強い方が防衛についてますから……」

 

 

シオリはマコト達から聞いたクリスティーナの話を思い出す。

彼女の実力はマコトとカオリの二人がかりでも手も足も出なかったらしく、そんなクリスティーナに対抗できるのはそれこそ()()くらいしかいないだろう、とリマと共に駆けつけることになった少女を思い浮かべた。

 

 

「そういえば、ミソラっちの方は大丈夫かな〜?」

 

「アイツ戦うの苦手って言ってたし、巻き込まれてないと良いけど」

 

 

スズナとミサキは足手まといになると言って戦いから辞退したミソラの事を思い出す。

学院の生徒たちが巻き込まれないようにいざというときは避難誘導すると言っていたが……。

 

 

「ユウキさん達も大丈夫でしょうか……」

 

 

ユウキ達の話になって彼らの事も心配になり、スズメは彼らがいる方向に目を向けた。

その時、空から菫色の光が目にも止まらぬ速さで落ちた。

 

 

「へ……」

 

「うわ、今あっちの方ピカーって光ったし!」

 

「いや、ピカー、どころの話じゃないでしょ‼ 雷みたいだったわよ‼」

 

 

魔法が使えるミサキは過剰に反応し、そちらの方向を向いて顔に焦りが出る。

 

 

「今の、凄い威力の魔法よ。本当に雷が落ちたと思うくらい……」

 

「雷……まさか……」

 

 

それを聞いたサレン、スズメ、カリザは表情が変わる。

一つは剣呑、一つは戦慄、一つは嫌悪。

 

 

「まさか、ユウキ達はキャルに……」

 

「…………っ!」

 

 

ふるふるとスズメは肩を震わせる。

それを見たサレンは何か思うところがあったのか、一つため息をついてその背中に声をかけた。

 

 

「行ってきていいわよ、スズメ」

 

「えっ……?」

 

「スズメは時々【美食殿】の皆と色々やってたわよね。キャルのこともなんとかしたいって、スズメも思ってたんでしょ?」

 

「それは……」

 

 

スズメは迷う。

サレンの側を離れていいのか。自分がキャルを助けようとすることに、彼女は思うところはなにもないのか。

そんな思いはお見通しなのか、サレンは苦笑いして続ける。

 

 

「言っとくけど、たとえ洗脳されてるからってキャルのしたことは許されることじゃないわ」

 

「……っ」

 

「でもね、それ以前に……戻って来ないと言いたいことも言えないのよ」

 

「…………!」

 

 

スズメは目を見開いて、意を決したように強く頷く。

そしてスズメは深く頭を下げて、振り返って駆け出した。

 

スズメを見送ったサレンは、同じく遠くなるスズメの背中を静かに見つめていたカリザにふと目を向ける。

 

 

「意外ね」

 

「……あ?」

 

「あんたならスズメについていってキャルをぶっ飛ばす、みたいなこと言いそうだったけど」

 

「……ほざけ」

 

 

さっきまで激情に駆られて暴れ回っていたのが嘘のように、カリザの声は低く冷たいものだった。

 

 

「仲間を裏切ったヤツの面なんざ誰が好き好んで見るかよ」

 

「……っ??」

 

「ど、どうしたのよアンタ……」

 

「カリザ君……?」

 

 

サレンだけでなく、周りの仲間たちもその冷たい態度に困惑するのだった。

 

 

 

 

 

一方、王宮内。

 

広場や防衛地点で戦いが始まっている頃、王宮内の防衛騎士の死角を辿りながら猫の獣人族――タマキは保管庫を目指していた。

 

 

「アユミには感謝しなきゃいけないにゃ……」

 

 

タマキはたい焼き屋台を営んでいるその裏で、義賊としてランドソルの影を渡り歩いている。

だがそんな彼女にとって、アユミの情報収集能力とスニーキング能力は自身が井の中の蛙であったことを自覚するには十分すぎるほどのものだった。

 

 

「けど、あたしだって王宮に潜入したことないのに、どうやってアユミは潜入ルートを見つけたのにゃ……?」

 

 

正直タマキは今でも騎士団員に見つからないかヒヤヒヤしている。

だがアユミは何てことはないかのように、自分に潜入ルートと死角の取り方を教えてくれた。

その時のアユミの平然とした態度にどこか薄ら寒い何かを感じながら、タマキは奥へと進む。

 

地下へと進む通路を気配を殺しながら進み、タマキはそこで足を止める。

保管庫の傍に誰かいるからだ。

 

マントを羽織った青い服装の男。

あの外見は確か……。

 

 

「……ん、おっと。どうやら同じ考えをしたどら猫がいるみたいだね」

 

「…………っ」

 

 

タマキは声を出しそうになった。

男はこちらを振り返るが、死角を考えると視認はできていないはずだが……。

 

 

「あー、警戒するのも無理ないけど、僕は君の敵じゃないよ。むしろ手助けしに来たのさ」

 

「………………」

 

「君が狙っているものは今僕が持っている。僕が渡しに行くよりも、君が持っていったほうがいいと思う。だから、そろそろ姿を見せてくれても良いんじゃないの?」

 

 

そう言いながら、男は腰にかけていた鞭を取り、タマキが隠れている場所を叩く。

タマキは反射的に飛び出して避けてしまった。

 

 

「…………ッ」

 

「……思ってたより若い人が出てきたな」

 

「ふん、若いはお互い様にゃ、【王宮騎士団】の現副団長」

 

 

現副団長――オクトーは肩を竦める。

 

 

「ランドソルを出る前に退役届は出したはずなんだけどな……」

 

「知らないのにゃ? アンタ今【王宮騎士団】じゃ行方不明扱いで秘密裏に捜索されてるにゃ。退役届は正式に受理されてないと思うにゃ」

 

「え〜、ブラックすぎでしょ」

 

 

退役届が受理されてない可能性が高いことに、オクトーはげんなりとした表情をする。

 

 

「ま、僕のことはいいや。それよりもほら、これ受け取って」

 

 

オクトーはそう言って袋をタマキに突き出した。

怪訝な表情でタマキはそれを見つめていると、オクトーは口を開く。

 

 

「お姫様の『王家の装備』を確保しに来たんでしょ? この中に入ってるよ」

 

「何で行方不明のアンタがそれの事を把握してたのにゃ?」

 

「秘密。僕にも僕のコネクションがあるとだけは言っておくよ」

 

 

ほら、とオクトーは一歩前に出て袋を渡そうとする。

 

 

「ちゃんと本物だよ。何なら中身を確認して良いよ。後で偽物掴まされた、なんて言いがかりつけられたくないしね」

 

「どういうつもりにゃ、なんで【王宮騎士団】のアンタが、こんな……」

 

 

【王宮騎士団】からすれば明らかな利敵行為……、いや国家反逆に加担するような暴挙に等しい。

自然とタマキの表情に怪訝な感情が浮かぶ。

 

 

「簡単な話さ。これ以上あいつらの思い通りになるのが不愉快ってだけ」

 

「あいつら?」

 

「僕のことはいいんだよ。というか早く受け取ってくれない? 僕は早くランドソルを出たいんだ」

 

「……何を焦ってるのにゃ?」

 

 

タマキはオクトーの表情に焦りが浮かんでいるのを察した。

苛立たしさすら感じさせるオクトーは、吐き捨てるように返した。

 

 

「目をつけられてるんだよ。そいつに勘付かれる前にランドソルを離れたいんだ。さあ、早く受け取って」

 

「………………」

 

 

釈然としない気持ちはあるが、タマキも急いでいるので警戒しながら突き出された袋を手に取った。

それを見て、重荷から開放されたようにオクトーの表情から険が少し抜ける。

 

 

「確かに渡したよ」

 

「……礼は言わないにゃ。完全に信用したわけじゃないからにゃ」

 

「いらないよ。早くお姫様のところに行ってきたら?」

 

 

オクトーは足早にこの場を離れようとして、ピタリと足を止めタマキに振り返る。

 

 

「そうそう一つ忠告。誓約女君(レジーナゲッシュ)もそうだけど、()()も負けず劣らずおっかないから気をつけてね」

 

 

それを最後に、オクトーは走り去っていった。

 

 

「彼女、それに誓約女君……誰のことにゃ?」

 

 

オクトーの最後の言葉にタマキは首を傾げるのだった。




タマキ
前作「プリンセスコネクト!」より続けて登場する、たい焼き屋台の猫のお姉さん。しかしそれは仮の姿、本当の彼女はランドソルの影を渡り歩く裏の斥候である。
自らを「ファントムキャッツ」と名乗り、後ろめたい貴族や有権者から金や宝物などを盗み出す義賊としてランドソルの住民からヒーローとして陰ながら親しまれている。
そんな彼女に目をつけたのがアキノであり、【メルクリウス財団】に招かれ義賊活動の支援を受けることとなる。なお、とある剣士やアルバイターに目をつけられているようだ……。



ミソラのキャラストーリーを見た作者
「ウワアアアアアアア!!!▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂」

もうね、私の癖にグサグサと刺さりましたよ、あれは。
確かにミソラならやるだろうと察してはいましたが、本当に公式でやってくれるとは思いませんでした。
ただ、一つ思ったのはミソラのあのキャラストも終炎後を想定して書かれているみたいですし、やはり再構築ではなくリセットポイントが更新されただけなんでしょうかね。


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