魔法少女リリカルなのは ~ So close, yet so far ~ (SAIHAL)
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序章 『向こう側』の世界 ―
第1話 「白い堕天使」


 あたり一面荒野の世界―――――

 時たま吹く風が立てる音以外は、静寂に包まれた世界。

 それも当然である。ここは『無人世界』。

 その名の通り、ヒト種が存在しない世界。

 付け足すならば、動物も同様だ。

 故に静寂に包まれているのが普通なのだ。

 だが、その普通はこの世界に存在しない音で破られる。

 静寂を乱したのは爆音。

 そして少し時を置いて、何かが地面に落下した音。

 状況から鑑みるに爆発によって飛ばされたのだろう、それは人の形をしていた。

 そう表現するというのも、人と断じるにはサイズが違いすぎるからだ。

 大きさは大体30センチほどだろうか。まるで薄汚れた人形の様ではあるが、かつては陽光が当たれば蒼穹のような輝きを放っていたであろう頭髪とその体躯から、御伽話の妖精と言えば誰もが納得するはずだ。

 それは機能を停止する以前は〈リインフォース・(ツヴァイ)〉と呼ばれるユニゾンデバイスであった。

 もし彼女を知る者が今ここにいたなら、横たわるその姿に息を呑み、すぐさま駆け寄るだろう。そして、二度と動かないことを知り、涙を流すだろう。

 

 

 

 リインフォースⅡが飛んできた方向を見れば、二つの人影があった。

 一人は満身創痍。

 リインフォースⅡと同様、傷だらけで仰向けに倒れていた。しかし、闘志は失せていないようで、上半身を腕の力だけで起こし、立ち上がろうと踏ん張っている。

 身に纏う騎士甲冑(バリアジャケット)は機能を果たすことすら怪しいほど焼け焦げ、愛用の杖(シュベルトクロイツ)は砕け散ってその名残であろう柄が右手に握られている。

 彼女のチャームポイントであった帽子は戦闘の最中に失われており、かつて畏怖と尊敬の対象として見られていた黒い翼は無残にも千切れていた。

 腹部を濡らす赤い液体が指し示すように、上半身を起こしていることすら奇跡なほどの重傷を負っていた。

 

 もう一人は悠然と空中に浮いている。

 夕日を背にしたその姿は、ただ浮いているだけであるはずなのに、見る者に自らの存在を誇示しているようかのようにも思える。

 『彼女』が纏う純白のバリアジャケットは激しい戦闘があったにも関わらず汚れひとつなく、かえってその不気味さを強調していた。

 十年もの間、使用され続けている魔導師の杖は、その槍の如き穂先を真紅の血液で濡らし、夕日の光を邪悪に照り返していた。

 

 

 

 

 

~第1話 「白い堕天使」~

 

 

 

 

 

 地面に倒れている人物―――時空管理局古代遺失物管理部機動六課部隊長、八神はやて二等陸佐―――は頭部からの流血で塞がった右目とは逆の目で空中にいる『彼女』を睨んでいた。

 その瞳に込められた感情は、半分が怒りで半分が驚きだった。

 そう。未だに信じることができない。

 あの『彼女』がここまでのことをするなんて。

 

「何故や……」

 

 ふと漏れた言葉。はやて自身、口に出すつもりがなかった言葉であり、故に返答も期待していなかった。

 だが意外にも、空に浮かぶ『彼女』はそれに応えた。

 

 

 

―――――その顔を暴虐な笑みで歪め、未だ血が滴る杖の先を、はやてに向けることで。

 

 

 

 杖の穂先に魔力が集まっていく。

 紛れもなく『彼女』が最も得意とする魔法であった。

 その威力は十年前とは比べ物にならないほどであることを、はやてはその身を以て知っていた。

 

「なんでや……ッ!」

 

 十年。

 たったの十年だ。

 はやてにしてみればあっという間だったように思えた。

 それなのに人はここまで変わるものなのか。

 いや、そんなはずはない。

 何か(・・)があったのだ。何か特別な事情が。

 だから叫ばずにはいられなかった。

 

 こんなはずじゃなかった世界(・・・・・・・・・・・・・)に対して。

 

 

 

「―――――なんでこんなことを!?」

 

 

 

 それが八神はやて、生涯最後の言葉になる。

 叫びに応えるように砲撃は放たれ、赤みを帯びた桃色の閃光が彼女を呑み込んだ。

 人ひとりを呑み込むには膨大すぎる程の力が込められた一撃は、八神はやてという存在をこの世から消し去った。

 神が振り下ろした裁きの槌の如く、現実に存在していたという証拠は残さないという意思の表れでもあった。

 砲撃によって巻き上がった砂塵が収まる。

 残ったのはその一撃により出来上がったクレーターのみ。

 辺りを見渡すと似たようなクレーターが二つ存在していた。

 そこにも人間がいたような証拠は残っていなかったが、クレーターの周囲に何かの残骸が散らばっていた。

 一つは鉄槌と思わしきヘッド部分。もう一つは片刃直剣の刀身。

 どちらも罅割れており、激しい戦闘が行われ、その末に敗北したことは明白だった。

 

 

 

 

 

「状況、終了……」

 

 再びこの世界に静寂が下りた。

 何気なく『彼女』は背を照らしていた夕焼けを、振り返り見つめる。

 沈みゆく夕日というのは、その儚さ故に格別美しい。

 かつての友人を、たった今その手で殺めた『彼女』でも、美しい風景には心を動かすのだろうか。

 ふと、地平線に小さな黒い点が見えた。曖昧に揺れるその点は砂塵を巻き上げつつ、段々とその輪郭を明確にしている。

 どうやら人影のようだ。

 『彼女』の瞳はそれだけを映していた。

 『彼女』はただ自身の同類が近づいてくるのを感じただけ。

 夕日はその視界にすら入っていなかった。

 

 高速で接近していた人影は『彼女』の傍まで来ると、推進装置を切り、惰行で近付いていく。

 その姿が明らかとなった。若い女性だ。髪は黒みがかった青いショートカット。

 頭部の左右からはウサギ耳のようなアンテナが、額中央からは一角獣のような突起が伸びている。

 右腕には根元に回転式薬室が取り付けられた杭打機が、左腕には小口径の連装機関砲と一体化した防盾が、それぞれ装備されている。

 何よりも特徴なのは肩部の装甲だ。巨大なコンテナだろうか。コンテナ前方にはハッチがあり、明らかに内蔵武器があることは間違いがない。

 装甲の各所には髪の色に似た青色の塗装がなされている。

 ―――――マオ・インダストリー社製パーソナルトルーパー。

 初めて開発に成功したゲシュペンストタイプ。

 その新型機であり、次期主力機候補。

 〈PTX-003C ゲシュペンストMk-Ⅲ〉。

 大火力による一点突破を目的とした機体。

 それを身に纏った女性は、その金色(・・)の双眸を『彼女』に向けた。

 

「各装備の準備が整いました……いつでも出撃可能です」

 

その声音は人が出すにしては冷たく、まるで機械のようだった。

 

「了解……」

 

 応える『彼女』の声もまた、それに近かったが、こちらは何らかの狂気を秘めていた。 会話らしい会話もせず、女性は自身が辿ってきた道筋をすさまじい勢いで逆走する。

 『彼女』もまた、追随するように飛翔した。

 三つのクレーターには目もくれず。

 

 

 

 彼女たちは時空管理局本局特殊鎮圧部隊。

 

 通称―――『ディザスターズ』。

 

 終末とまで称される新暦75年において、敵味方見境なく滅ぼす殺戮集団と恐れられる、管理局最強にして最凶の部隊である。

 



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第2話 「蒼い戦神」

_____第9無人世界

 

 

 

 機動六課部隊長及び複数の隊員の反応が消えてから数時間。

 場所はこの世界に建設された研究施設。

 テスラ・ライヒ研究所と呼ばれる、時空管理局内の技術水準向上に幾度となく寄与した重要施設である。

 現在は時空管理局特別任務実行部隊『シャドウミラー』によって占拠されていた。

 満月の光が照らされ、占拠されているにしては静寂すぎる状況の中、研究所施設の一角に男が一人屹立していた。

 『シャドウミラー』特殊処理班隊長、アクセル・アルマー。

 彼は夜風をその身に浴びつつ、迫りつつある脅威を待ち構えていた。

 

《来たよ。コードはお馴染みの、スターズ1……》

 

 前触れなく中空に開いたホロウィンドウ。

 空気を響かせる若い女の声と、枠内の《SOUND ONLY》の文字。

 彼が最も信頼している女性の声だった。脅威が接近中であることを伝えるその声から、アクセルを心配する感情が読み取れる。

 

「……アリシア。貴様はクロノスや人形共と先に行け」

 

 すでに旅立ちの準備は終了している。

 残されているのは、後顧の憂いを断つことのみ。

 ただただ尻尾を巻くのは我慢がならない。首から下げられた鏃形のペンダントを握りしめる。

 その瞬間、爆発的な光が辺りを照らす。

 次の瞬間には、アクセルの代わりに蒼き巨人(・・・・)がそこにいた。

 

〈EG-X ソウルゲイン〉。

 

 テスラ・ライヒ研究所で試作されていた特機の内、『EG』というプラン名で呼ばれていた機体群。

 クロノス・ハーヴェイが内一機を『シャドウミラー』のフラグシップ機として目を付け、内部協力者に接収を命じた。

 その機体をアクセル・アルマー専用機として改修したのが、この〈ソウルゲイン〉である。

 

 今回の、そして、この世界(・・・・)での最後の任務において運用されるために、今日この日まで力を蓄えてきた機体。

 

 

 

―――――こいつとならば。

 

―――――そうだ。

 

―――――奴とだけは決着を。

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

 通信越しに聞こえぬよう、アリシア・テスタロッサは諦めたように小さく溜め息をついた。

 声だけだが彼の心情は読み解ける。長年の付き合いで、彼女は理解はしていた。

 一度決めたら変える人じゃない。それが、彼の性分だ。

 

 《ねぇ、アクセル……》

 

―――――だけど、それでも、言いたかった。

 

 《『こちら側』と『向こう側』は違う……『エルケーニヒ』もそう……それを、忘れないで……》

 

―――――彼を愛する者として。

 

 

 

 

 

 通信が切れると同時に〈ソウルゲイン〉のセンサーと、アクセルの両目がこちらへ接近する物体を捉えた。

 表示されている情報には、アリシアの言った通り、『StarsⅠ』の文字。

 それを確認するが早いか、アクセルは忌々しげに舌を打った。接近するその姿が彼の予想と合致していたからだ。

 主に悪い方の、であるが。

 右手に握られている魔杖、〈レイジングハート・エクセリオン〉は槍のような形状を取っていた。エクシードモードと呼ばれる形状で、それは限定解除時のフルドライブモードであることを示している。

 だが、それだけならば、まだマシな方だ。

 周囲を旋回している三つのビット。

 それが指し示すのは〈CW-AEC00X フォートレス〉。カレドヴルフ・テクニクス社が製作した武装端末。

 その一つの到達点にして開始点と呼ばれるそれを『エルケーニヒ』は装備していた。〈フォートレス〉に追随する三基の遠隔誘導端末であるビットは、それぞれ実体剣、プラズマ砲、大型粒子砲として機能する。

 さらに〈フォートレス〉と連携して使用可能である〈CW-AEC02X ストライクカノン〉もその左手にあった。長大な砲身は突撃槍としても機能する中距離~遠距離型の武装である。

 そして、その身体に纏う純白の鎧はマオ社製PTの試作機。

 〈PTX-007-03C ゲシュペンストMk-Ⅱ・カスタム〉。

 通称〈ヴァイスリッター〉。

 高機動・砲撃戦を想定して試作され、固有装備のオクスタン・ランチャーは上下の銃口から二種の弾丸を放つことができる。

 『エルケーニヒ』の弱みである機動性を補いつつ、強みである砲戦能力を向上させている。

 これは鬼に金棒と言ったところか。一時は量産化の話も出たが、結局はお蔵入りとなり、試作された唯一の機体は教導隊へと渡った。

 そう、『エルケーニヒ』が以前所属していた教導隊に。

 嫌な巡り合わせだった。

 

「腐った管理局の亡霊が!」

 

 吐き捨てるように、アクセルは罵る。

 完全武装。全ての端末をリンクさせた上で運用しているのは間違いがない。つまり、数時間前から準備をしていたのだ。

 用意周到な眼前の脅威に苛立ちを覚える。

 そこまで自分たちを始末したいのか。

 かつての仲間すら蹂躙してまで。

 

《アナタたちは……望まれない世界を創る……》

 

 再び開かれた通信回線から聞こえてくる音声は、滑らかな女性の声。その声は聞く人に恐怖を与えるほどに、冷えきっていた。

 しかし、彼女と何度も対峙したアクセルはその声に恐怖を感じることはない。それどころか彼の戦意をより高めるだけだ。

 彼女の世迷言を吹き飛ばすように宣言する。

 

「だが俺はその世界と決別する!……この敗北の先に、勝利を得るために!」

 

 その前に貴様との決着もあるがなと、アクセルはそう心の中でつぶやいた。

 しかし、彼女にはその胸中の想いどころか、紡いだ言葉すら通じていないようだ。

 

《勝利…敗北…そこに意味はない……破壊されるか…創り出されるか……創造は破壊…破壊の創造……アナタは、『方舟』と共に朽ちなさい……!》

 

 『エルケーニヒ』の速度が上がる。彼女の背後で赤みを帯びた桃色の粒子が散った。

 それを見たアクセルは理解が追い付かなかった。

 

 (距離を詰める(・・・・・・)?あの『エルケーニヒ』が?)

 

 彼女の基本戦術は砲撃戦。距離を取って戦うのが定石だ。

 この大一番で果敢にするほど、接近戦は得意ではないはずだ。だというのに、彼女はどんどんと距離を縮めてくる。

 なるほど。どうやら、奴自身は長い夢から覚めていないらしい。

 いいだろう。

 後悔させてやろうじゃないか。

 

「寝言はそこまでだぁ!!」

 

 まずは、現実の世界へ引き戻してやる。

 叫びながら〈ソウルゲイン〉のブースターを点火。

 『エルケーニヒ』を迎え撃つ。

 

 

 

 

 

~第2話 「蒼い戦神」~

 

 

 

 

 

 激突は一瞬だった。

 その勢いはすさまじく、その際に生まれた衝撃波で砂塵が舞う。

 〈ソウルゲイン〉は右手で〈ストライクカノン〉の砲身を、左手で〈レイジングハート〉のブレードを掴んでいた。どちらも魔力で強化されているのか、砕くつもりで握りしめている砲身も刃も、その形状を歪めることすらない。

 相変わらず、挑むのが馬鹿馬鹿しくなるくらいの魔力量だと、アクセルは思う。量だけならば彼女に匹敵する程の持ち主は今現在、次元世界のどこを探してもいないだろう。

 

「なめるな!パワーなら……!!」

 

 だが、例え相手があの『エルケーニヒ』だろうと、〈ソウルゲイン〉は近接戦闘、それも超接近戦に重きが置かれた機体。この距離ならば、その性能を十全に発揮することが可能だ。

 アクセルの考えを証明するように、傍目からは拮抗しているようにも見えるが、徐々にこちらが押していることを手応えから感じていた。

 

(いける―――この〈ソウルゲイン〉ならば!)

 

 頭は冷静であったが、高揚感が彼の胸を熱くする。

 しかし、その希望すら食い尽くすのが目の前の悪魔だった。

 

《ブラスター……2!!》

 

 『エルケーニヒ』がキーコードを叫ぶ。

 表情は〈ヴァイスリッター〉の装着で隠れてはいるが、おそらくその向こうは、戦闘時に見せる暴虐な笑みを浮かべているのはずだ。

 アクセルがそんなことを考えているのも束の間、大気が揺れ、魔導の胎動が始まった。

 『ブラスターシステム』。

 限界を超えた強化を行う、彼女たち(・・)の切り札だ。

 

「何!?……ならば!!」

 

 今までの手応えが消え失せ、抵抗が一気に高まる。それどころか両手が徐々に押され始めていた。一度仕切り直す必要がある。

 そう感じたアクセルは両手に力を集中させ、解き放った。

 

「―――青龍鱗!!」

 

 青龍鱗。接近戦に特化した〈ソウルゲイン〉の数少ない遠距離への対処法。

 元々遠距離へ撃ち出すために集束されたエネルギーだ。それを密接した距離で使えばどうなるか。

 目の前の彼女がいい例だ。

 

《うあぁっ!?》

 

 愛杖と突撃槍が砕け、その余波で『エルケーニヒ』も苦悶の声を上げる。

 その間にアクセルはバックステップを踏み、態勢を立て直した。

 

「まずは、デバイス二基……頂いたぞ!」

 

 これで振出しに戻った。

 魔力量では負けているが、それを撃ち出す砲身一つと彼女の要を破壊した。

 いや、むしろアクセルの方に分があるだろう。

 だが、その安心も長続きはしなかった。

 破損した〈ストライクカノン〉の砲身から緑色の触手が勢いよく飛び出してきたからだ。

 

「なっ?!」

 

 それは左腕に限ったことではなかった。傷ついた右腕を包むように、〈ヴァイスリッター〉を覆うように、〈フォートレス〉を取り込むように触手は伸び、『エルケーニヒ』の身体を変異させていく。

 やはりな、とアクセルは苦言を漏らす。

 いくらかは予想していたが、ここまで人間ではなくなっていたとは。

 

「魔王というよりは外道にすぎるぞ……『エルケーニヒ』!!」

 

 変異を終えたからなのか、過剰ともいえる魔力をその身体から溢れさせている。

 〈ヴァイスリッター〉であった全身を包む装甲は禍々しい意匠へと変貌し、背中のウイングは文字通り四枚の蝙蝠のような翼に変化していたことで、以前の清廉さを失っていた。

 ところどころから覗く、植物の蔓のような触手はおそらく筋繊維の代替なのだろうが、それがより不気味さに拍車をかけている。

 右手で構えているのは、オクスタン・ランチャーの変化後か、砲口が獣を思わせる意匠だ。

 また、〈フォートレス〉の一番小型だった実体剣を備えたビットが右腕に融合している。

 腰には〈フォートレス〉の残りのビット二基が左右非対称のバインダーとなり、おそらくはプラズマ砲と大型粒子砲も健在だ。

 破損していた〈ストライクカノン〉は左腕を取り込んで再生されていた。

 正直言って、今の『エルケーニヒ』は異常だった。

 人間を辞めたどころではない。

 魔王という、王の高貴さなど欠片もない。

 

 

 これではただの―――――怪物だ。

 

 

「アナタたちは純粋な生命体に成りえない……」

 

 変形の影響か、彼女の顔が見えていた。

 口が耳まで裂けているような幻覚を覚えるほど、顔を歪ませて『エルケーニヒ』は叫ぶ。

 呼応するかのように胸部が上下左右に開き、ボディスーツで覆われた豊満な胸が露わになる。 そこには〈レイジングハート〉のエクシードモード時の穂先に似た装飾が施されていた。

 いや、それ自体が〈レイジングハート〉なのかもしれない。

 事実、胸の中央には紅い球体が光を反射し、その存在を知らしめていた。

 

「ワタシが……そう、ワタシこそが!!」

 

 その光球へ力が集束していく。

 変化を終えた際に大気へと放出した魔力を利用している。

 それは星の光の名を冠した、断罪の一撃。

 『エルケーニヒ』の代名詞と言える一射。

 

(―――あれは、まずい!)

 

 アクセルは反射的に回避行動を取っていた。

 瞬間、〈レイジングハート〉から荒ぶる光の柱(スターライトブレイカー)が放たれる。

 回避するには十分な距離と時間があったにも関わらず、アクセルは自身の右脇腹に熱を感じた。

 と、同時に爆音。

 振り返ると研究所の一角が黒煙を吐き出している。

 

「搬入口が!」

 

 舌打ちを忘れず、再び『エルケーニヒ』へと視線を戻す。すでに第二射の準備を行っていた。

 この距離での砲撃。

 先ほどの意趣返しか。いや、単純に大規模な砲撃で視界を埋め、逃げ場を無くすつもりなのだ。えげつないことこの上ない。

 だが、目の前の心配ばかりもしていられない。

 

「あのまま奴が力を得れば、俺たちにとって脅威……いや、それ以上になりかねん……今ここで倒すしかない」

 

 例え無理だとしても、差し違える覚悟はできている。

 だが、死ぬ気は全くなかった。

 それに奴を打倒する手も思いついた。

 

(だが……)

 

 モニターを呼び出す。

 表示されるのはカウントダウン。

 

「残り時間は127秒。奴を倒し、転移するには……やれるか、俺に……」

 

 モニターを切り替え、起爆装置を作動させる。

 この世界に別れを告げるための、狼煙のスイッチだ。

 

「認証コードOK。起爆時間セット。タイムラグは5秒……」

 

 一秒の誤差が、命取りになることを示していた。

 そのあまりの無謀さに自嘲する笑みが浮かぶ。見様によっては楽しんでいるようにも見える笑みではあった。

 

「ただの博打だな、こいつは」

 

 胸部へと集まる光が強まる。どうやら向こうも準備が整ったらしい。

 さぁ、ショウダウンだ!

 

 

「静寂を乱す者……修正する!」

 

「よく狙え……『エルケーニヒ』!!」

 

 

 

 

 

 ―――――気が付いていたか?『エルケーニヒ』。

 

 

 大地を抉る一撃が放たれる寸前、〈ソウルゲイン〉が跳躍する。

 

 

 ―――――先ほどの一撃の瞬間、その反動を支え切れていなかったことを。

 

 

 夜空に輝く衛星を背に宙返り、彼女の頭上をとる。

 

 

 ―――――例え変異を遂げたとしても、貴様が人間だったことは否定できない事実。

 

 

 それを追って彼女も空を見上げる。

 

 

 ―――――あれほどの一撃だ。衝撃をデバイスで補正するのは並大抵のことではない。

 

 

 当然、照準を定めるのに僅かながらもタイムラグが発生する。

 

 

 ―――――貴様は気にしていないのかもしれんが、それが命取りだ。

 

 

 照準の補正が完了し、スターライトブレイカーが放たれた。

 

 

 ―――――ここだ!

 

 

 灼熱の砲撃が躯体のすぐそばを掠るのを感じつつ、ブーストをフルパワーへ。

 

「奈落へ、落ちろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 『エルケーニヒ』の両肩を掴み、ブースターの出力をさらに上げる。

 砲撃の反動とブースターによる驚異的な加速は、難なく異形の彼女を地下ドックへと通ずる扉へ押し込み、深淵の闇へと突き落とした。

 

 

 

 

 

 そのまま重力に従って地下へと急落下し、激突。

 ダメージは無かったのか、彼女はすぐさま起き上がり、態勢を立て直すと辺りを見渡した。

 ここには彼女が探す『方舟』があるはずだったが、奥に用途も分からない装置があるだけで他は何もない。

 

「静寂を乱す『方舟』は、どこ……!」

 

 理解できないと困惑する彼女の耳に、聞きなれた声が響く。

 

 

 

「―――――転移したのさ」

 

 

 

「転移……?」

 

 そうだ、という肯定が研究所に響く。

 彼女の疑問に答えるように。

 『エルケーニヒ』の瞳が天井に空いた穴を見つめる。

 自分が落ちてきた穴を。

 

 

 

 そこに蒼い戦神が立っていた。

 

 

 青白い月光を背に〈ソウルゲイン〉が彼女を見下ろしている。

 その姿に彼女の動きが止まる。

 決して目の前に立ち塞がる者に恐れを感じたわけではない。

 ただ、動けなくなった。

 アクセルはそんな姿を視界に収めつつも、言葉を紡ぐ。

 

「そして俺も行く。新たなフロンティアへ。だが、貴様はここで終わりだ―――」

 

 

―――――これがなぁ!!

 

 

 〈ソウルゲイン〉のブースターを噴かせる。

 『エルケーニヒ』の頭上目がけて。

 狙うは一撃必殺。

 最大の攻撃を至近距離で放つ。

 

 

「リミット解除!コード・麒麟!!」

 

 

 腕を前へ交差。

 ソウルゲインの各所の光球が光を放ち、肘のブレード、聳弧角(しょうこかく)が煌めく。

 『エルケーニヒ』も動き出す。

 右手の銃口が、左腕の砲塔が、両腰の射出口が、胸部の紅球が、〈ソウルゲイン〉を向いた。

 その全てが必殺の光を放つ。

 スターライトブレイカーとはまた違った意味で、視界を埋め尽くす弾幕。

 それぞれ質が違う弾丸だ。

 質量を持つ弾、エネルギー弾、プラズマ砲弾、粒子ビーム。そして、赤みを帯びた桃色の閃光。

 その中をアクセルは防御することなく突貫する。

 あえて回避するよりも最短距離を突っ切ることを彼は選択した。

 ある意味賭けだった。それもなかなか分の悪い。

 肩のアーマーを粒子ビームが貫く。

 バラバラになった破片が『エルケーニヒ』に降りかかり、魔力障壁によって弾かれる。

 顔面を弾丸が掠める。片方のセンサーが砕け、態勢が崩れる。

 だが、意に介せず再び『エルケーニヒ』へと向かう。

 その瞳に宿る闘志は、砕けていない。

 

「〈ソウルゲイン〉よ……俺を……」

 

 物言わぬ相棒、〈ソウルゲイン〉。

 それでも俺の為にその力を示してくれると、意思に応えてくれると信じている。

 

 

 ―――――新天地への旅立ちに向けて。

 

 

 脅威を目前にして、出力が上がる。

 聳弧角に力が集まったことを、無意識の内に感じた。

 そうだ、〈ソウルゲイン〉。

 だから、俺を……

 

 

「―――――俺を勝たせてくれぇ!!」

 

 

 腕を回し、振りかぶる。

 眼前には凶悪な笑みを潜め、驚愕を隠せないでいる『エルケーニヒ』。

 弾幕を抜け切った、安全地帯。

 そう、ここはアクセルの距離だ。

 

 

「でぃぃぃぃやっ!!」

 

 

 アッパーカットにも似た聳弧角(ブレード)の一撃は狂いなく『エルケーニヒ』を切り裂いた。

 その滑らかな白い曲線の腹部から右肩にかけて、縦一文字に傷が入っている。

 胸部装甲も砕け、光球が露出している。

 致命傷ではないが、万全に戦闘を行えるとは言い難い。

 その一撃に仰け反った『エルケーニヒ』の頭上を越えて、〈ソウルゲイン〉が着地し、力を出し切ったように膝をつく。

 この攻防で〈ソウルゲイン〉はほぼエネルギー切れだ。アクセルの身体も悲鳴を上げ始めている。

 だが、アクセルは生きてここにいる。

 転移装置の中央に。

 

「『エルケーニヒ』……俺の、勝ちだ!」

 

 アクセルの声に呼応するかのように、転移装置―――『リュケイオス』が起動を開始し、青白い光がまばゆく放たれ始めた。

 彼は振り返り、『エルケーニヒ』を睨む。

 そう遠くない距離に彼女はいる。

 だが、今は万里も彼方に感じた。

 事実、あと幾何かで『エルケーニヒ』とは永久の別れとなる。

 

「俺はこの世界と決別すると言った。貴様はそこで吠えていろ……『リュケイオス』が燃え尽きる、業火の中で!!」

 

 貴様との因縁もここまでだ。

 想いに呼応するかの如く光が強まる。転移が始まろうとしているのだ。

 それを見て『エルケーニヒ』は顔を歪めた。

 驚愕から晴れて、その表情は憎悪と憤怒に包まれている。

 

 

「アクセル―――ッ―――アルマァァァァァ!!」

 

 

 背中の翼を羽ばたかせ、アクセルへと一直線に向かう。

 砲撃のチャージはしていないが、すでに彼女の攻撃準備は終わっている。

 『A.C.S.』―――瞬間突撃システム。彼女の最高速度。

 だがしかし、それよりもアクセルの初動が速かった。

 右腕を腰だめに構えた。

 

「行きがけの駄賃だ……もらっていくぞ」

 

 〈ソウルゲイン〉の右腕が回転を始める。

 眼前の脅威を完膚なきまで打ち砕くために。

 多くの仲間を踏み潰した悪魔を討つために。

 

 

「貴様の首をだ!―――――ナノハ・タカマチ(・・・ ・・・・)!!」

 

 

 玄武剛弾。

 最大まで回転した〈ソウルゲイン〉の腕が撃ち出される。

 敵を討ち果たすために放たれた螺旋の弾丸は『エルケーニヒ』の左腕の砲身を叩き折り、その胸部に寸分違わず食い込んだ。

 

「ッアァ!?」

 

 『エルケーニヒ』の苦悶の声を最後に、アクセルの姿がこの世界から消え失せる。

 転移が成功したのだ。

 直後、『リュケイオス』が施設ごと爆発を始める。地下ドックへと瓦礫が落下してくる。

 研究所が倒壊する中、『エルケーニヒ』の姿も業火に包まれた。

 

 

 

 第9無人世界。

 この世界で発生した音は、巨大な火柱(のろし)と、付随する衝撃波の如き爆音で終わりを告げて、最後となった。



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第壱章 『こちら側』の世界 ―
第3話 「墜ちてきた男」


_____第1管理世界ミッドチルダ エイリ山岳丘陵地帯

 

 

 

 近くにはモノレールが通っているのだろうか、線路が断崖絶壁に沿って敷かれている。崖は丘にもなっており、垂直に登るとやや手狭な平原が広がっている。

 そこから少し進んだ所に、真新しいクレーターが一つ出来上がっていた。

 クレーターの中央には男が一人、仰向けに倒れていた。纏っている衣服は乱れていないものの、真新しいクレーターの断面から絶え間なく崩れてくる土砂でやや汚れている。ミッドチルダの住人が見れば、「この男は飛行魔法を制御し損ねて空から墜落し、この様な現状に至っているのでは?」と断言するだろう。

 

「うぅ……アリ、シア……」

 

 何者かの名前をつぶやきながら、男が目覚める。

 赤い癖のついた髪。耳にはピアス。整った顔つき。

 

「ん……ここは……?」

 

 ゆっくりと上半身を起こし、辺りを見渡す。

 だが、彼の視界に映るのは、広がる大地か大空。男が立ち上がった。それでも景色は変わることはない。

 

「俺は……うっ……俺は、誰だ……」

 

 どうしてこんなところに、と呟く。軽いパニックに陥った様子ながらも、記憶を辿り始めた。だが、どうも頭に靄がかかっているようで、はっきりしてこないらしく、額に手をやる。

 

「ちっ……落ち着け。まずは、情報を整理するんだ」

 

 まるで体に染み付いたかのような舌打ちをし、自身の体を見る。体についた土埃を払いながら、身に着けているものを確認した。大きく襟を立てた白いジャケット。四肢を始めとして、鋭利な意匠が施された装い。首から下げられた鏃形のペンダントも統一感が合っている。

 衣服や所持品からはまともな情報が得られないことに落胆したのだろう、首から下げられたペンダントに触れ、空間にモニターを投影する。

 

「パワーチェック……けっこう消費してんな……デバイス本体にも若干の損傷。まだ動けるレベルにはあるか……ん?」

 

 そこで彼は疑問を感じたように首を傾げる。自身がたった今、取った行動に対してである。

 なぜ、操作の仕方を知っているのか。なぜ、このペンダントが『デバイス』というものであるということを知っているのか。

 

「くそ。思い出せない……記憶喪失というやつか?」

 

 先ほどと同様に頭の中が霧に包まれているようで、忌々しげに再び舌を打つ。自分のことなのに、その自分が分からないということが、どれだけ辛いのかをその行動が物語っていた。

 

「シャレにならんぜ。一時的に記憶が混乱してるだけだと思いたいが―――なんだ!?」

 

 男が一人悩んでいると、彼の耳がどこからか爆音を捉えたようで、見上げると空のはるか先に、水色の飛行機が編隊を組み、白と黒の影と対峙している様が視界に入った。

 クレーターを抜け出して、見定めようと目を細める。編隊を組んでいるのは海洋生物を模したかのような戦闘機で、白黒の方は間違いなく人影、それも女性であることが予想できた。双方は敵対しているようで、それが先ほどの爆音の原因らしいことが分かる。

 

「戦闘……?くそ、状況が把握できねぇ!」

 

 ただでさえ、自身が置かれた状況すら曖昧であるというのに、どうやら周囲は今まさに戦闘中のようで、事態をこれ以上ややこしくしないでほしいと、彼は心の底からそう思った。

 それが悪かったのだろうか。突如、編隊の一部が進行方向を男へと変えた。全部で五機。間違いなく、狙いは彼だった。

 

「こっちに来る!」

 

 やられる訳にはいかない。自分にはやるべきことがある(・・・・・・・・・・・・・)。記憶も、自分自身の出自すらも定かではない彼は、しかし、そう感じた。

 

「記憶喪失のままで死ぬのはごめんなんだな、これが!」

 

 状況も把握できず、役目も果たせないまま、御陀仏というのは避けたいところだった。加えて、実戦の中で記憶が戻るかもしれない。そう考えた男はペンダントに意識を集中させる。

 次の瞬間には、男の身体が蒼い装甲に包まれた。

 筋骨隆々とし、カイゼル髭の如く鋭利な形状の頭部突起。

 

 ―――――〈ソウルゲイン〉。

 

 ふいにその脳裏に名前がよぎった。間違いなくこのデバイスの、この蒼い巨人の名だ。

 操作方法(うごかしかた)は、分かる。何から何まで忘れたわけじゃないらしい。

 

「いくぜ、〈ソウルゲイン〉!」

 

 迫る脅威を迎え撃つために構えてから、やってみるかと奮起するように叫ぶ。

 それに応じるかの如く〈ソウルゲイン〉のセンサーアイが輝いた。

 

 

 

 

 

~第3話 「墜ちてきた男」~

 

 

 

 

 

 海洋生物(エイ)に似た戦闘機の下部砲門から、連続して閃光が放たれる。

 まっすぐ構える〈ソウルゲイン〉へと向かう幾筋もの光弾。

 しかし、すでに着弾地点にその姿はなかった。彼の取った行動は単純明快。

 跳躍にブーストを重ねる。ただそれだけで、編隊の先頭機との距離がゼロになった。

 先頭の機体はその事態に硬直した。機械に困惑という感情はない。そもそも感情すらない。だが、それが最もぴったりの表現だった。事実、目の前に標的がいるのに、何をするわけでもなく固まっていたのだから。

 攻撃のお返しとばかりに〈ソウルゲイン〉が攻撃態勢へ入る。両手に蒼い光が集まったと同時に―――

 

白虎咬(びゃっここう)!おりゃあ!」

 

 ―――連撃。

 先頭の機体が、原型を留めないほどにまで装甲を穴だらけにし、一瞬遅れて爆散。

 破片が飛んできても気に留めず、目標を他に変え始める。たかだか破片程度で〈ソウルゲイン〉は傷付かない。彼はそう確信していたからだ。

 だが、その確信の根底に対する疑問と、さらに敵機撃破という達成感を意識から追い出し、彼はすぐさま編隊の中央に狙いを定めた。

 両手の光が再び強まり、体の前でそれを撃ち出すように構える。

 

「くらえ!青龍鱗(せいりゅうりん)!」

 

 放たれた蒼い奔流は、二機を纏めて貫いた。今度は瞬時に二つの爆炎を生み出した。

 残った二機は自分たちが不利だと判断したのか、左右へと別れた。彼は追い打ちをかけることもせず、ただ重力に従って落下を続ける。

 その様子を確認した二機は、今までの情報を全て判断材料として行動を起こす。

 すなわち〈ソウルゲイン〉を挟み撃ちにするべく反転し、ブースターの出力を上昇させたのだ。その速度から搭載された人工知能の最適解が見て取れた。

 

「スマートに行こうぜ……!」

 

 彼はポツリとつぶやく。

 それは、特攻という手段を用いた人工知能への言葉でもあった。その言葉と同時に、〈ソウルゲイン〉の両腕が回転を始める。

 二機はそれを見て、この行動が見積もりの甘すぎたものだという結論に至った。

 だが、もう遅い。回避行動をとるには速度が出過ぎているうえ距離も近く、付け加えるならば回転はトップギアへと達していた。

 

「ブッ飛べ!玄武剛弾(げんぶごうだん)!!」

 

 螺旋を描いて撃ちだされた拳は、二機の胴体を正確に貫き、人工知能の思考を暗闇に落とす。

 爆発による閃光を背景にして〈ソウルゲイン〉は着地。両腕も回収済みだ。

 戦闘時間はたったの一分だった。

 

 

 

 ふぅ、と〈ソウルゲイン〉の中で息を吐く。そして空を見上げ、先ほどの戦闘を思い返す。

 記憶喪失の男性という名刺を掲げるにしては、咄嗟に戦闘行為へ移行できる思考と、それに反射的に追随できる身体など異常すぎる。

 戦闘目的に製造されたであろう〈ソウルゲイン〉を手足のように操る戦闘技術。

 ……戦闘集団、軍隊か何かにいた経験がある?

 

「くそ。あまりにも断片的すぎる……俺は、何者だ?」

 

 嘆き、思考の海に落ちかけた視界に、黒い影が映る。

 現実に意識を戻した目の前には、輝く金髪を持つ美女が浮いていた。

 

「ああ?」

 

 あまりにも唐突な出来事に思考が停止する。

 つい今しがた、現実に戻ってきたばかりだというのに、目の前に浮かぶ女性は、まるで神話から現界した女神のようだった。

 

「こちらは時空管理局執務官、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです……聞こえてますか?」

 

「―――あ、あぁ。聞こえてるよ。で、なんだっけ。管理局?」

 

 金髪の美女―――フェイトという名らしい―――の言葉で再び現実に戻ってくる。

 どうもこちらを訝しんでいるらしく、輝く真紅の瞳は疑念の色に染まっていた。

 それも当然だろう。理由もなく戦闘に介入した正体不明の人物(アンノウン)に警戒しない者など、まずいない。ましてや、それが驚異的な戦闘力を持つ巨人なら尚更だ。

 

「貴方はいったい……あの、それが貴方の本当の姿ですか?」

 

「いや、違う。少し待ってくれ……〈ソウルゲイン〉」

 

 そっと呼びかける。同時に身体が光に包まれ、〈ソウルゲイン〉が待機状態へと変化する。

 それから再び、女性(フェイト)を見上げる。

やはり、美しい。陽光に照らされた金糸がなびいているその様は、この一瞬を切り取って絵画にしたいくらいだ。きっと歴史に残る名作になる。

 彼は女性が百面相を晒す様すら、愛嬌があると思って憚らなかった。

 

 

 

 

 

「……え~っと……」

 

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは驚愕と混乱の最中にいた。

 それも無理もないことだと、客観的に思う。たった数分の間に彼女の常識は壊されていた。

 初めは、蒼いロボットのような外見をした、これまでに未確認の人型。

 戦闘区域に突如として確認された、極小かつ高密度の次元断層にも似た、こちらも前例のない反応。

 その近くに現れた蒼いロボットは、それ程濃度が高くないとはいえAMF―――アンチ・マギリンク・フィールド。AAAランク魔法防御に分類されるジャマー・フィールドであり、ほぼすべての魔法が妨害・無効化される―――を完全に無視し、〈ガジェット・ドローン〉を易々と撃破する戦闘力を見せつけた。

 つまりこのロボットは、この魔法偏重時代にあって、一切魔法の類を使用していないか、AMFを完全に無視できる時空管理局垂涎の技術を持っていることの証左となっている。

 加えて今度は蒼いロボットが光ったかと思うと、赤髪の男性が現れた。つまり、有人型の戦闘兵器だったのである。

 彼女の記憶にはない、全く未知の現象と技術の数々。フェイトが知る限りでは、どこの世界を探しても見つからないだろう。

 そのことに驚きつつも、本日何度目かになった表情筋の運動を粛々と終えて、現実に向き合う。そして、自分の仕事をこなすべく口を開いた。

 

「その、とりあえず……お名前は?」

 

 しかし、開けてみれば、管理局員というよりかは、まるでお見合い相手に「ご趣味は?」と聞くかのような口調だった。未だ混乱から抜け切れていない故の結果だと言い訳したい。

 そう、決して自分が天然だとか、そういう理由ではないのだ。

 

「―――――君みたいな美人がキスしてくれたら、教えてもいいかな」

 

 だから、その言葉に一瞬呆けて、少し遅れて顔を真っ赤に染めたのも、絶対に自分のせいではないのだ。

 

 

 

 

 

(何を言われたのか理解して、赤くなってるってとこか……初心(ウブ)なんだな―――アイツと違って(・・・・・・・)

 

 くすりと笑ってから、再び疑問を覚える。

 アイツ、とはいったい誰だ?

 フェイトを見て思い浮かべたということは、女性なのか。俺が知っている相手であるのか。やはり断片的すぎる。まるで性質(タチ)の悪いパズルだ。

 

「ふ、ふざけないでください!」

 

 混乱から覚めたらしく、固まっていたフェイトが激高する。

 切りかかってきそうな雰囲気に、疑問を一度頭の隅へと追いやった。

 

「冗談だよ。といっても、名前は教えられない……いや、思い出せないってのが本当かな、これが」

 

 苦笑しながら、曖昧に返す。それしかできないことが、少しばかり心苦しかった。

 彼女は今度も冗談だろうと構えていたが、彼の顔を見て表情を変えた。

 どうやら記憶喪失だと察して、信じてくれたらしい。自身の目の前にまで近付き、降り立った。

 

「本当に、思い出せないんですか?名前も?」

 

「……ちょっと待ってくれ……そうだ。アクセル。アクセル・アルマー」

 

 誰かがその名を呼んだのを思い出す。誰かまでは分からなかったが、その声はフェイトによく似ていた。やはり、良く知る相手に女性がいることは間違いなかった。

 その記憶も、もう靄がかってしまった。それが誰だったのかは思い至らない。自分の記憶に苛立ちを感じる。自分自身が分からないのが、ここまで辛いとは、思いもしなかった。

 現在分かっていることで役立つ鍵は、アクセル・アルマ―という名前。〈ソウルゲイン〉を扱える戦闘経験。ピースは少ない。

 性質が悪いどころではない。現状は、永遠に解けない牢屋に入れられた気分だった。

 

「それが、貴方の名前ですか?」

 

「そうらしい……よく分からん。あとはさっぱりだ」

 

「そうですか……じゃあ、詳しい話は移動してからにしましょう。私たちの隊舎に案内します」

 

 暗い思考に陥った影響を受けて、少し突き放した言い方をしてしまったが、フェイトは気にしていないようだった。

 アクセルは知らないことだったが、かつて自分を見失ったことのある彼女(フェイト・テスタロッサ)からすれば、自分が分からないという痛みは、想像できることであった。

 フェイトは憂いを浮かべた表情で、アクセルを促す。だが、彼はその前に疑問を口にした。

 

「なぁ、隊舎って?さっき言ってた、管理局って組織のか?」

 

「はい。正確には、私たちの部隊の、ですね」

 

 

 

―――――古代遺物管理部、機動六課の。

 

 

 

 それを聞いたアクセルは、無意識のうちに拳を握り締める。

 なぜかは分からない。分かるほどの記憶は持ち合わせていない。

 

(とはいえ、なんとなく、分かる……俺は、この時を待っていた……?)

 

 疑問を感じたままアクセルはフェイトと共に、こちらへ着陸を試みている輸送ヘリを見上げていた。

 結局ヘリに乗り込むまで、その拳が解けることはなかった。



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第4話 「ファーストコンタクト」

_____第1管理世界ミッドチルダ 中央区画湾岸地区南駐屯地内A73区画

 

 

 

古代遺物管理部『機動六課』。

今年、新暦75年に発足したばかりのレリック問題専門の地上勤務部隊である。

課長兼総部隊長はあの(・・)『歩くロストロギア』。

法務担当には本局の執務官が据えられ、更に本局航空戦技教導隊より出向の教官。

加えて配属される新人たちは将来有望な若手局員で、更には『エース・オブ・エース』直々の教導を受けられるときている。

 『エース・オブ・エース』が武装隊の士官候補生として入局した頃から、彼女に目をつけて密着取材をしていたアヤ・スカイライン氏は月刊クラナガン誌にて、こう綴っている。

 曰く「局内で度々見られる上下関係の厳しさよりも和やかな雰囲気の方が目立ち、アットホームな職場とはまさにここを指すのだ」と。

 

 

 

 

 

 そんな機動六課の隊舎。その部隊長室に記憶喪失の男、アクセル・アルマーはいた。

 ヘリに揺られて、機動六課隊舎に到着。記憶を失った次元漂流者であること加味してか、簡易ではあるが身体検査を受けた。

 そして、局員の一人に連れられて、簡素なパイプ椅子に座らされて。

 ―――五人の女性に囲まれて、ここにいる。

 女性に囲まれてという部分だけを他者に話せば、羨望の声が上がるだろうが、アクセルにしてみれば、今は是が非でも代わってほしかった。

 しかし、誰が代役として来ても、アクセルに再びその座を返すだろう。

 五人の女性に囲まれる。確かに羨ましくはある。

 だが、状況が状況なのだ。

 順に説明していこう。

 

「……ふん」

 

 まず、八時の方向。

 赤毛のツインテールの少女。背を壁に預けて腕を組み、アクセルのことが気に食わないとばかりに睨みつけている。

 正直、アクセルの精神を削っている原因の七割が彼女の怒気だ。

 

「……あはは」

 

 続いて十時の方向。

 栗毛のサイドテールの女性。一人だけ他の人と違う制服を着ており、それを着こなしている。腕を後ろ手に回し、柔和な微笑みを浮かべている。

 最もその視線は、向かいの女性に向けられているが。

 

「……………」

 

 次は、十二時の方向……を飛ばして二時だ。

 金髪の女性。フェイトだ。

 彼女は視線を床に向け俯かせている。 その顔は赤く染まっていた。ちなみに耳まで赤いので、顔を下に向けていてもバレバレである。

 原因はおそらく、初めて会った時のアクセルの台詞だ。というか、それしか思い付かない。何故、隊舎に到着してから暫く経った今、思い出したのかは分からないが。

 これでは、そういう方向でからかうことは控えた方がいいだろう。

 

「……む」

 

 次に、五時の方向。

 桃色のポニーテールの女性。こちらも赤毛の幼女……じゃなくて、少女ほどではないが、 こちらに鋭い視線を向けている。直立不動ではあるが、臨戦態勢さながらで、まるで獲物を狙う狩人のようだ。

 何か、嫌な予感がする。彼女がアクセルの精神を削る原因の二割。

 

「さて、と。初めまして、やな」

 

 そして、あえて最後にまわした、十二時の方向。

 茶髪のショートの女性。専用の執務机に身を預け、顎を組んだ両手の上に載せている。初対面の怪しい相手への対応は心得ているとばかりに、笑顔である。

 最後の一割が彼女。その笑顔が原因だ。

 

(勘弁してくれ……)

 

 確かに、それは見る者に安心を与えるだろう。

 それだけに、アクセルは彼女と同様に怪しさを感じていた。

 不確定要素満載の、その笑顔。

 

「私がここの部隊長やらせてもらっとる、八神はやてや。階級は二等陸佐。横の二人が高町なのは一等空尉と……フェイト執務官は知ってるんやったな。それから、そっちの二人がシグナム二等空尉とヴィータ三等空尉。詳しい自己紹介はあとでしてな」

 

 特徴的な方言で、すらすらとこの部屋にいる人を挙げていく。

 改めて聞くと、そうそうたる面々だ。自己紹介を勧める旨を告げて、いったん言葉を切る。本題に入るのだろう。瞳に怪しい光が見えた。

 これは記憶喪失者に対する事情聴取ではなかったかと、アクセルは思わずにいられなかった。はっきり言って、漂う雰囲気は尋問に思えて仕方がない。

 本当に勘弁してほしかった。

 

 

 

 

 

~第4話 「ファーストコンタクト」~

 

 

 

 

 

「それじゃあ、まずは君のことについて教えてもらおか、アクセル・アルマーさん?……例えば、出身地とか、その出所不明のデバイスとかな」

 

「……出身は思い出せない。こいつも〈ソウルゲイン〉、という名前しか覚えてないんだな、これが」

 

 優しくペンダントヘッドと化している待機状態の相棒を撫ぜる。

 本来ならば、この隊舎に着いた時点で、デバイスマスターと名乗る女性に預けることになっていたが、こいつを他人の手で触ってもらいたくないとか、所有者以外が触れると機密保持で自爆するとか何とか言い訳をして、没収は無しにしてもらった。

 その代わりに多対一の事情聴取に文句を言えなくなったが。

 だが、他人に〈ソウルゲイン〉を引き渡すよりかは安いものだと思った。

 それには不確かながらも、理由があった。

 

(他人にこいつを触らせちゃいけない……そんな気がする。それに、こいつは記憶を取り戻す、唯一の手がかりなんだ)

 

 アクセルは自分の直感に従った。その影響で、この惨状なのだとしたら、後悔していないと言えば嘘になる。

 だが、それでも、自らの存在証明の鍵を手放すわけにはいかなかったのだ。

 はやてはアクセルの言葉にふむ、と相槌をうった。

「おい、お前。あんまふざけてんじゃねぇぞ。自分の立場、分かってんのか?」

 会話が途切れたその瞬間に割り込む赤毛幼女(ヴィータ)。その姿に似合わず乱暴な言葉遣いだ。

 管理局で働くことも含めて、アクセルは心中で養育者の怠慢に嘆いた。

 

「おい!変な顔すんな!真面目に答えろって言ってんだ!」

 

 どうやら表情に出ていたらしい。しかし、そんな喧嘩腰では、喋りたくても喋りたくなくなってしまうということを覚えておいたほうがいいと、アクセルは思う。

 

「いやぁ、こっちとしては大真面目なんだな、これが……というか、いつから尋問に切り替わったんスか?確か、詳しい話が聞きたいっていうから俺は来たんスけどね」

 

「てめぇッ!!」

 

 意趣返しと言わんばかりの態度に激高するヴィータ。

 隣にいたなのはがアクセルを庇うように、二人の間に立った。

 

「ヴィータちゃん、落ち着いて」

 

「そうやで、ヴィータ……申し訳ないなぁ。ちょっと君の持っているデバイス、それに君がいた状況っていうのが特殊でな?疑う人もおんねん」

 

 謝罪はこちらがするべきであるから遠慮するとして、デバイスと状況というのはどういうことだろう。

 あの水色の戦闘機が、何か関係しているのだろうか。

 

「はやて二佐、でしたっけ?できれば、その状況ってのを教えてもらえませんか?あの飛行機みたいなのについても」

 

 駄目もとで聞いてみることにした。何か聞ければ、記憶の靄が少しは晴れるかもしれない。

 

「かまわへんけど……軽くしか教えてやれへんで。君がスパイでないって、誰も保証してくれへんからなぁ」

 

「はやて、そんなに疑わなくても……」

 

「まぁ、そうだわな……あ、それでもいいです。少しでも情報が欲しいんで」

 

はやては少し考えて、納得してくれたのだろう。執務机から離れ、アクセルに近づきながら、空間にモニターを投影した。

そこには先刻の戦闘機、それから同色のカプセル状をしてケーブル状のアームを伸ばしている機体と、大型の球体をした機体が一緒に映し出されていた。

 

「これらは数年前から活動が確認されている自立行動型の魔導機械でな。管理局では〈ガジェットドローン〉って呼んどる。大昔の遺跡の品々やら、高いエネルギーを持つ『ロストロギア』やらを狙っとるみたいや」

 

「ロスト、ロギア……?」

 

「過去に滅んだ超高度文明から流出する、特に発達した技術や魔法を総称して、ロストロギアと呼んでいるんです」

 

 知らない単語というのを察して、フェイトが優しく答える。なぜなにフェイトというコーナーを作ってしばらく傍に居てくれないかとも考えたが、言えば話が進まなくなるだろうと、頭の隅に置いておくことにした。

 それよりも、ロストロギアである。何か、気になるワードだ。頭を回転させていると、紅い宝石が脳裏によぎった。だが、すぐにまた白い靄に包まれる。

 どうやらこれもキーワードらしい。紅い宝石の、おそらくではあるがロストロギア。覚えておいて損はないだろう。

 

「続けるで。こいつらを操っとるのは、ある科学者や。ジェイル・スカリエッティっていう名前のな」

 

 映像が切り替わり、一人の男の写真が映された。紫色の頭髪に金色の瞳。今にも笑い出しそうなその表情。

 先ほどと異なり、記憶は反応しない。知らないか、重要ではないかは判断が付かないが、気にする程でもないというのは間違いない。

 

「彼は生命操作や生体改造、精密機械に通じている科学者で、ロストロギア関連以外にも数多くの事件で広域指名手配されている次元犯罪者でもあります」

 

「そういう経歴もなく、違法研究に手を染めていなきゃ、間違いなく歴史に残る天才科学者やったろうけどな」

 

 歴史に残る天才科学者。スカリエッティという名前には記憶が反応しなかったがそのフレーズは、どこかで聞いた覚えがある。

 記憶を失う前の知り合いにそれほどの人物がいたのだろうか。分からない。思い出せない。これもまた、キーワードというわけだ。

 

「機動六課は彼の逮捕と捜索指定ロストロギアの確保を優先して活動しとるんや。それで、今日もそのロストロギアを運搬していた列車がガジェットの襲撃にあったから出撃したんや」

 

「……それで、その途中で〈ソウルゲイン〉を使っている俺を発見した、と。そういうことっスか」

 

 その通りだとばかりに頷くはやて。確かに現状では疑われて仕方がないというより、疑わないほうがおかしいという具合だ。ガジェットの出現場所にいた、機動兵器染みた謎のデバイスを使う男。十中八九、敵対組織との関連性を疑うだろう。

 

「でも、はやて。彼はガジェットに襲われていたんだよ?しかも、記憶を失ってる。スカリエッティに狙われてるのかも」

 

 やはりというか女神様(フェイト)は少数派のほうらしい。執務官という仕事の内容は知らないが、一番疑ってかかるべき人物ではないのか。あいつ(・・・)はそこまで甘くはなかった。

 

(……まただ)

 

 アクセルの記憶は、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンを自らが知る誰かと比べている。『あいつ』というのが特定の一人なのか、それとも複数『あいつ』と呼んでいた人物がいるのか、それすらも定かでないが、どうやらアクセルはその『あいつ』を中々信頼しているらしい。

 

「そうやけど……そもそも記憶喪失もシャマルの検査結果待ちやしなぁ……そや、こうしたらどうかな、アクセルさん」

 

 はやては顎に手を当てて、難しく考えているといった表情をし、ハッと思いついたとアクセルへ視線を向ける。

 いかにも、という表現がピッタリな仕草だったと言わざるを得なかったことに薄く笑みを浮かべて答える。

 

「はい、何スか?」

 

「民間協力者として雇われるってのはどうやろ?」

 

「……やっぱり。そんな気がしたんだよな」

 

 再度、息を漏らしつつ笑みを浮かべる。

 分かっていたとばかりの反応に、少しわざとらしかったかとはやては思いつつ、笑いを返した。

 

「俺ほどの男を、二佐みたいなべっぴんさんが放っておくはずがないか」

 

「―――ってぇ!全然、分かってへんやんか!!それにべっぴんさんって、ちょっと古いで!」

 

 思わぬ掌返しに本場さながらのツッコミを見せるはやて。顔を赤くしているのは、ご愛嬌というところだ。

 

「おい、てめぇ!はやてをからかってんじゃねぇよ!そもそもなぁ!」

 

「分かってますって。監視の意味もあるわけでしょ?……逆にほっぽり出されても、記憶がないんじゃ、どうしようもないしね」

 

「……分かってんならいい。もう、はやてをからかうなよ?」

 

 へいへい、と頷くアクセル。その軽い調子に呆れながら舌を打つヴィータ。それをなだめるなのはと、柔らかな微笑みを浮かべるフェイト。

 彼女らのアクセルへの疑惑の念は徐々に薄れつつある。

 

(素人の考え方ではないな)

 

 だが、唯一彼に鋭い視線を向ける人物がいた。シグナムだ。今まで傍観者に徹し、その様子をじっと見つめていた彼女は、先ほど発した彼の言葉について考える。

 普通なら雇用とだけしか話していない中から監視という結論には至らない。

 加えて、彼曰く初見だという〈ガジェットドローン〉に対して、冷静に対処できる技量。とても一般人や、そう、例えば新型デバイスの開発技官ではできないことだ。管理局や何かしらの軍隊におり、戦闘を経験したことのある者なら別だが。

 記憶喪失であると言う男。アクセル・アルマー。

 シグナムは彼への疑いを少しばかり強めた。

 

「ごほん!……話を戻すで。それで納得してくれたんか?」

 

 顔はまだ赤いままだが話を続けることを選び、問い掛ける。

 断る道理はないが、アクセルは少し悩んでいた。

 

「……もちろん。その代わりといっては、何ですけど……」

 

「もちろん身の安全は保障するで。衣食住はもちろん、記憶を戻すための情報も積極的に提供する」

 

「わぉ。豪勢っスね……それで?俺は何をすれば?」

 

「とりあえず、戦力提供やな。ガジェットとの戦闘も難なく終わらせたみたいやし、問題はないやろ。あとは……新人への教導や訓練にも少し関わってほしくはある」

 

 安全の保障、衣食住の完備、情報提供。対価として払うのは、労力の提供に新人の教官役。戦力提供はともかく、教導に携わるのは記憶喪失の人間にやらせてもいいものなのだろうか疑問だ。やってやれなくはないだろうが、サンドバッグ役というとハードになりかねない。

 アクセルは少し心配になったが、はやての口調からはそれがメインというわけでもなさそうであると、思い直す。

 

「分かりました。これからよろしくお願いしますよ。部隊長殿」

 

 はやてへと近づき、右手を差し出す。握手だ。

 彼女はその言葉に満足したように微笑み、同じように差し出した手を握る。

 

「はやてでえぇよ。アクセル君」

 

「あらら。そっちはもう切り替えてんのね……じゃあ、よろしく。はやて」

 

 うふふ、ははは、ともに笑い合う。微笑ましげな雰囲気が部隊長室に流れた。

 しかし、ほんわかした空気をぶち壊す冷気をアクセルは背後から感じた。

 

「……はやて。アクセルを一度医務室に連れて行こうと思うんだけど。手を放してもらえるかな?」

 

 差し出した腕に絡みつく人物。彼女―――フェイトが冷気を発している。

 彼女は笑顔ではやてを見つめている。その横顔からアクセルは彼女が笑顔とは裏腹に、怒っているように見えた。理由は思い当たらないうえに、いつの間にか呼び捨てにされていることにも驚く。

 

「あ、あぁ。えぇよ。もちろん。あは、あはは……」

 

 フェイトが放つ黒いオーラに押されてか、引きつった笑みを浮かべ、ゆっくり離れていくはやて。

 そのことに満足したのか、フェイトは絡みついた腕を引っ張り、体格差のあるアクセルを鼻歌交じりに引っ張って行く。

 

「ま、待って。フェイトちゃん。私も行くよ!」

 

「な……じゃあ、あたしもついていくぞ!」

 

 なのはが慌てたようにアクセルに近づき、フェイトが抱き着いている腕とは逆の腕を取り、引っ張られるだけのアクセルを立たせる。

 ヴィータも置いてけぼりにされたように感じたのか慌てて続き、掴む腕がないことが分かると、とりあえずといった感じで隣に立った。

 残ったシグナムはシグナムで、傍観者のままだった。しかし、アクセルの情けない姿を目にして頭を横に振った。

 アクセルはというと突然の状況に困惑を隠せない。というより、フェイトの放った冷気故に硬直していたと言う方が正しかった。

 

「何や?早速、モテモテやな。アクセル君?」

 

 動揺から回復したのか机へと戻りながら、にやにやと笑いつつ、からかうはやて。

 確かに、傍から見れば面白いし、羨ましい光景なのだろう。アクセルも尋問から解放され、加えて男として現状に満足している。

 

「だけど、なんか納得がいかないんだな、これが」

 

 二人に半ば引きずられ、一人を伴って、そして二人に見送られながら、アクセルは部隊長室から出て行った。



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第5話 「訓練と疑念」

「検査の結果だと、本当に記憶喪失みたいね」

 

二人の女性に引きずられ、部隊長室をあとにしてから少し経った。

アクセルは医務室で、白衣を着た金髪の女性から結果を聞かされていた。

やはり記憶喪失。

聞く限りは、しばらくこのままとのことだ。

 

「そうっスか……記憶喪失に効く薬とか、ありませんかね?」

 

「残念ですけど、聞いたことありませんね」

 

にっこりと返す―――シャマルという名前らしい―――医務官。

そいつは残念、とばかりにアクセルは肩をすくめる。

もちろん本気じゃなかったが、少しは期待してもバチは当たらないだろう。

 

「……なぁ。お前、ずいぶんとお気楽だな。自分が何者かも分からなくて、不安じゃないのか?」

 

その姿に赤毛の少女、ヴィータが訝しげに口を開く。

その様子だと、どうも心配してくれているらしい。

あまりにも軽い調子なのは、空元気だと思っているのだろう。

……案外、面倒見がいいのかもしれないな、この子は。

 

「不安になったからって、記憶が戻るわけじゃないし。名前が分かっただけで、儲けものさ……心配してくれんのかい?嬉しいねぇ」

 

「なっ!?ちげーよ!何バカなこと言ってんだ!」

 

ふいっと顔をそむける。

耳は赤くないが、間違いなく顔は赤く染まっている。

それを眺めていた二人が、その証拠とばかりに微笑んでいた。

フェイトとその隣に立つ、白い制服の女性だ。

 

「ふふっ、前向きだね」

 

「そういうこと。もちろん、戻るにこしたことはないけど……えっと、確か……」

 

言いよどむアクセル。

女性は自分の名前を覚えていないことを気にしていないどころか、それを面白がるようにころころと笑いながら、手を差し伸べる。

それを握り返して立ち上がりながら、アクセルは恥かしそうに苦笑する。

 

「改めまして、高町なのはです。よろしくね、アクセルさん」

 

「よろしく……ん?」

 

引っかかる。

また、キーワードにぶつかったか?

高町、なのは……

何かが、違う。

 

「?……どうかしました?」

 

突然、難しげな顔をしたアクセルを心配してか、なのはが覗き込んできた。

疑問を感じた彼女の顔に違和感を感じつつも、頭を掻きながら口を開く。

 

「あ、いや……なのは一尉の名前、ファミリーネームが先なんスね」

 

「なのはでいいよ。うん、私が生まれた土地(せかい)はそうなんだ。はやてちゃんも同じだよ」

 

……なぜだろう。

何か、違和感がある。

彼女が、こんなに友好的なのが。

彼女は、そう、確か……

 

 

―――――『       』隊長のナノハ・タカマチ。階級は特務空尉。

 

 

「っ!?」

 

何だ、今のビジョンは。

一瞬、人形のような表情の『高町なのは』が脳裏をよぎり、消えた。

 

(俺は、彼女を知っていた、のか?……駄目だ、思い出せない)

 

「大丈夫?アクセル君」

 

「突然どうしたの?眉間にしわが寄ってるよ?」

 

シャマルとフェイトも寄ってくる。

そんなに難しい顔をしていたのだろうか。

これ以上心配させるわけにはいかない。

ただでさえ、迷惑をかけているのだし。

両手を体の前で振って、問題ないことをアピール。

 

「いや、大丈夫。検査も終わったし、次は何の時間かなと考えてただけさ」

 

「そう?……じゃあ、次は新人のみんなに紹介するから、移動しよっか」

 

そのなのはの言葉で診察はお開きとなった。

アクセルはシャマルに礼を告げて、医務室をあとにした。

今回は自分の足で歩いて。

 

 

 

 

 

~第5話 「訓練と疑念」~

 

 

 

 

 

「それじゃあ、アクセルさんとフォワードメンバーで、模擬戦いってみようか!」

 

 

(どうしてこうなった)

 

 

落ち着くんだ、アクセル・アルマー。

記憶喪失の俺でも理解できるように、分かりやすく整理しよう。

えっと……

 

 

新人の四人と挨拶しよう。

  ↓

訓練施設へ到着。立体画像によるビル群の中に四人の人影を発見。

  ↓

なのは「みんな、集合~!」

  ↓

なのは「新任教官のアクセル・アルマーさんです」

アクセル「ども、記憶喪失のアクセルです」

  ↓

オレンジツインテ「ティアナ・ランスター二等陸士です!」

青髪ハチマキ「スバル・ナカジマ二等陸士です!」

赤髪少年「エリオ・モンディアル三等陸士であります!」

ピンク髪少女「えっと、キャロ・ル・ルシエ三等陸士で、あります!」

  ↓

なのは「挨拶も終わったし、それじゃあ……」

 

 

 

そして冒頭へ。

 

(……ダメだ。わけが分からんぜ)

 

アクセルの目の前にはバリアジャケットを展開した少年少女が四人。

それぞれデバイスであろう拳銃、籠手、槍で武装し、一人は小さな竜を従えている。

 

 

もう一度言う。

 

 

どうしてこうなった。

 

 

「あの、なのは一尉?ちょっと急すぎやしませんかね?」

 

「大丈夫だよ。みんなの方は準備万端だよね?今日の訓練はこれが締めだから、しっかりやろう!」

 

「「「「はい!」」」」

 

「……フォローなし、なのね」

 

四人が声をそろえて返事をする。

というか、何故この子たちは疑問を持たないんだろう?

それに、さっき出撃したばかりじゃないのか?

アクセルはがっくりと項垂れた。

どうやら諦めるしかなさそうだ。

ここでは事情聴取と書いて尋問、自己紹介と書いて模擬戦と読むんだろうか。

そんなことはないはずだ。

……うん、そんなはずはない。

そのことはおいおい追求していくことにしよう。

 

「ハァ……〈ソウルゲイン〉」

 

呼びかけに応え、ペンダントが光を放つ。

アクセルの身体が爆発的な光に包まれると、次の瞬間には蒼い装甲が彼を纏っていた。

それを見たフォワード陣がそれぞれ感嘆の声を上げる。

特にスバルとエリオは目を輝かせていた。

カッコいい、なんて言葉が口から漏れている。

 

「こら、スバル!集中しなさい!」

 

「ごめん、ティア……でも、カッコいいよね!訓練終わったら、どこのデバイスか聞かせてもらおっと!」

 

「スバルさん、僕も一緒にいいですか?」

 

「あ、エリオ君。私も……」

 

何やら、キャイキャイと盛り上がり始めた。

こういう会話だけ聞いていると、年相応で普通の子たちなんだがなぁ。

 

「えっと、みんな、準備はいいかな?」

 

「は、はい!いつでも大丈夫です」

 

様子を見かねたなのはが口を出し、ティアナが反応した。

この子がリーダーなのは間違いない。

というか、委員長だ。

 

「ルールは簡単。デバイスが戦闘不可の判定を下したら、そこで自動的にデバイスが待機状態になるからね……アクセルさんの場合は、こちらで判定を指示します。フォワード陣の全滅か、アクセルさんの撃墜。どちらかの勝利条件が満たされたら終了ね……それじゃあ、十秒後にスタートだから」

 

ちらと、なのはがアクセルに視線を向ける。

要は、十秒間はじっとしていてくれ、ということだろう。

それに無言で頷く。

柔和にほほ笑むなのは。

 

「それじゃあ〈レイジングハート〉、カウントお願い」

 

《All right, master. Count start. Ten, nine, eight―――》

 

カウントが始まると同時にフォワード陣が全力で後退していく。

特にスバルは抜きんでて速い。

よくみると足にはローラーシューズが装備されている。

残りは全員駆け足だ。おそらく飛行する術を持たないんだろう。

 

「となると、飛行もなしか」

 

《Four, three―――》

 

カウント終了間際、ある程度の距離を取った四人はとあるビルの角で曲がった。

情報によると、狭い路地になっているらしい。

あそこに誘い込むつもりなのだ。

戦力が分からない相手に対して取る戦法として、奇襲や待ち伏せは有効だ。

 

(こんな判断が普通にできる俺って……ますます謎めいた存在だな、こいつが)

 

いまは、そのことは置いておこう。

何せ、今後よく関わることになる新人たちとの初戦だ。

力量を知っておかないと、明日から困るだろう。

 

《One, zero. Let’s go!》

 

「了解。んじゃま、行きますか!」

 

カウント終了と同時にブースト。

一気にビル街を突き抜け、曲がり角まで向かう。

迎撃準備。右の拳にエネルギーを集中させ、左腕は回転させる。

角を曲がる。

見えたのは二つの影。

右拳を顔の横で構え、空間に作られた青い帯を渡って向かってくるスバル。

手首部分にある歯車状のパーツが回転して唸りを上げている。

槍を正面に向け、空気抵抗を受けないよう身を屈めて突撃してくるエリオ。

槍の穂先は電気を纏わせているのか、度々光を放っている。

それにこのスピード。

スバルはローラーシューズによるものだろうが、エリオは何らかの補助を受けた上での速度だろう。

一撃で倒す、もしくは大きなダメージを与えるつもりでの連撃。

 

「へっ、おいでなすった!」

 

だが、それは予想済みだ。

アクセルはその可能性を考慮して、迎撃の用意をしていた。

右の拳を突き出す。

その動作と連動して放たれるのは無数の蒼いエネルギー弾。

青龍鱗、その拡散型。

それが一種の弾幕と化して、スバルとエリオの視界を埋める。

 

「よいしょおっ!!」

 

「「うそぉ!?」」

 

思わぬカウンターに慌てて方向転換を行おうとする二人。

スバルは新たな道―――ウイングロード―――を作ることで回避できたが、エリオはそうはいかない。

元々直線しか動けない上に、補助魔法による加速。

静止しようとしても、その速度で急には止まれない。

結果、その身体全体で青龍鱗を受け、大きく仰け反り倒れる。

出力自体は低いが、戦闘不能判定は免れないはず。

アクセルはエリオの無事を遠目に確認してから、方向転換して突っ込んでくるスバルに向き直る。

 

「リボルバー……シュートッ!!」

 

先ほどから唸りを挙げていた歯車。

その周囲に発生していた衝撃波を撃ち出す。

右手で青龍鱗を放ったばかりで、チャージは間に合わない。

だが、左腕は既に最大まで回転している。

 

「こっちも……ロケット・ソウルパンチ!ってなぁ!」

 

左腕を前腕装甲ごと撃ち出す。

螺旋状に放たれた剛弾は易々とスバルの放った衝撃波を貫き、そのまま彼女へ向かう。

スバルは狼狽しながらも右手を突き出してシールドを展開。

玄武剛弾を受け止める。

それを視界に入れつつ、〈ソウルゲイン〉が跳躍。

延長されたウイングロードに着地した。

 

「くぅっ、お、も、いぃ……ッッ!!」

 

左腕が弾かれる。

シールドにはひびが入っているものの破られてはいない。

そのことに息をつくスバル。

 

そして、気が付いた。

自身が剛弾を受け止めるため、その自慢とも言える足を止めていたことに。

安堵し、絶句した瞬間。

その隙が命取りだった。

 

「悪いな、いただくぜ!」

 

シールドを張ったままのスバルに肉薄。

弾かれた左腕はあるべき場所に戻っている。

だが、関係ない。

右の一撃が、ひび割れていたシールドを無残にも叩き割る。

左の一撃が、防御行動として咄嗟に交差した両腕にヒットする。

その衝撃に耐え切れず吹き飛ばされ、ビルに叩き付けられるスバル。

さすがに強すぎたかと、スバルの様子を見るべく近づくアクセルの耳に、〈ソウルゲイン〉が魔力反応を捉えたことを知らせる警告音が響く。

 

「クロスファイア、シュート!」

 

「フリード、ブラストフレア!」

 

見れば、視界の端に四つの誘導弾と三つの火球。

身体をひねり、ウイングロードから降りることで回避。

射撃の方向にはティアナとキャロ、それにチビ竜がいた。

当初の作戦が失敗したことで、姿を隠す意味がないと感じたのか。

 

「なら、今度はこっちの番だな、これが!」

 

短期決戦に持ち込むつもりで、一気に距離を詰める。

その加速具合に顔色を変え、再び魔力弾と火球を放つ。

直撃コース。避けられるはずがない。

そうティアナは思っていた。

だが、世の中そう上手くいくものではない。

 

「き、消えた!?」

 

「えぇ?!」

 

「キュクルー!」

 

呆然とする二人と一匹。

しかし、それも長くは続かない。

一陣の風が二人の間を通り抜けた。同時に響く撃墜判定のアラート。

見るとバリアジャケットに一閃の裂傷。二人は遅れて振り向く。

そこには悠然と背中を見せて佇む、〈ソウルゲイン〉。

肘の聳弧角(しょうこかく)が先ほどより伸びている。

それから模擬戦が始まる時と同様、爆発的な光がその蒼い装甲を包んだ。

 

「おっし、これにて今日の授業は終了!のびてる二人を連れて、反省会といきますか!」

 

振り返り、そう笑顔で告げるアクセル。

その戦闘の凄さとは逆の快活さに、二人は言葉を失った。

 

 

 

 

 

アクセルがフォワード四人を集めて、いまの模擬戦の反省会を行っている。

それを隊舎の屋上から見ているシグナム。

その眼は獲物を見定める鷹のように鋭い。

 

「どうしたんだよ、シグナム?」

 

うしろから聞こえた声に視線だけをずらす。

そこには訝しげに歩きよってくる仲間の姿。

 

「ヴィータか……」

 

「そんなにあいつが気になるのか?シャマルが言うには本当に記憶喪失らしいし、若い連中には好かれそうだし、問題はねぇと思うぞ?」

 

そう言いながら、隣に立つヴィータ。

彼女もアクセルを見るため、身を乗り出した。

視線の向こうではアクセルが身振り手振りで何かを示し、スバルが目を輝かせている。

ティアナは眉間を押さえ、残った二人は呆れながらも楽しそうだ。

反省会はもう終わったらしい。

今は雑談中だろうか。

あの軽さが若いフォワード陣にはちょうどいいのだろう。

 

「人格は問題ないだろう。新人連中にも確かに好かれている。だがな、奴の技術には目をつぶれんものがある」

 

「ま、そこは同感だ。前の戦闘。今の模擬戦。記憶喪失は別にしても、どこかで高度な戦闘訓練を受けてるはずだな」

 

「……覚えているか、四年前の観測指定世界でのことを」

 

突然、話が変わった。

驚きつつもヴィータは頷く。

もちろん覚えていた。

新暦71年、第162観測指定世界。

初めてレリックが確認された事件。

二つの地点でレリックが確認され、跡形もなく消滅した。

一方には、なのはやフェイト、そして、(はやて)が。

もう一方には、ヴィータとシグナムが駆け付けた。

なのは達にはガジェットの襲撃があったが、ヴィータ達の方にはなかった。

正確に言えば、駆け付けた時、全てのガジェットが破壊されていたのだ。

 

「あの時、現れた奴……あの〈ソウルゲイン〉とやらに似ていると思わないか?」

 

「そう言われると……だけど、四年前の話だぞ?それにあれ以来、姿を見せてないし」

 

「可能性の問題だ。我らが主を脅かす危険がある……これだけでも、アルマーに目を付けている理由にはなる」

 

鋭い視線の先。

そこには何かからかわれたのか、ティアナに詰め寄られているアクセルがいた。

この短時間で随分と仲が良くなったものだ、とシグナムは呆れ半分、で思った。

 

「……杞憂だといいが」

 

そうだ。あんな軽い奴が何かをするとは思えない。

それに四年前に出現した奴は様子からして、ガジェットとは比較にならないほどに高度な無人の魔導兵器だったようだが、〈ソウルゲイン〉はデバイス。

何も関係がないだろう、奴とは。

 

 

 

―――――コードネーム『ソードマン』とは。



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第6話 「汚れのない、その瞳にうつるもの」

_____第1管理世界ミッドチルダ 機動六課隊舎食堂

 

 

「……で、フェイト執務官に拾われたんだな、これが」

 

 

訓練は終り、夕食をとるために座った四人がけのテーブル。

同じテーブルにはティアナ、スバル、エリオ、キャロの四人。

キャロの愛竜フリードは何故か、アクセルの肩に乗っていた。

俺は止まり木か何かか?と文句を垂れつつも、振り払わずにいた。

ついでとばかりに食堂のおばちゃんから、リンゴをもらって与えた。

それを見たキャロとエリオの、アクセルを見つめる瞳が輝いていた。

その純真な瞳に、少し照れたのは心の内にしまっておくことにする。

 

「拾われたって……捨て犬じゃないんですから」

 

「いやぁ、事実だから仕方がないんだな、こいつが」

 

呆れ顔のティアナに、笑顔で返すアクセル。

食事中、会話の主題は『アクセルさんのこれまで ~ポロリはないよ~』だった。

と言っても、記憶喪失の身。

話すことは少ないし、面白味もない。

だから、それを盛り上げるのもアクセルの弁舌にかかっていた。

結果、それは成功した。

 

「それを自慢げに話すのもどうかと。というか記憶喪失ってこと、普通はそんなに気楽に話せませんよ?」

 

「ふぅ……ティアナは若いのに、難しく考えすぎなんだよ。そんなんじゃ将来、ハゲるぞ?」

 

ハゲません!と顔を真っ赤にし、テーブルを叩いて立ち上がる。

それをスバルとキャロがいさめた。

エリオは苦笑いしている。

 

「それに記憶喪失っていってもなぁ……服も一人で着れりゃあ、トイレだって行ける。戦闘もな」

 

「そこまで忘れられても……」

 

エリオが苦笑いのままつっこみを入れる。

確かにその通りだ……というか、そこまで忘れていたら。

……最悪の場合、この場にいない。

本当によかった、とアクセルは自分の欠片(ピース)の足りない記憶(パズル)に感謝した。

 

 

 

 

 

~第6話 「汚れのない、その瞳にうつるもの」~

 

 

 

 

 

夕食を終え、アクセルはエリオに連れられて部屋に向かっていた。

何でもルームメイトがエリオらしい。

内心、ホッとしていた。

 

「いやぁ、エリオが一緒でよかったよ。見知らぬ誰かだと、また事情を話さなきゃならないからな、これが」

 

「あはは、僕もアクセルさんが一緒でよかったです。一人だとあの部屋、少し広くて……それに」

 

尻すぼみになるエリオ。

どうした?とエリオの前に立ち、膝を折って顔を覗き込む。

目を逸らしつつ、ポツリとつぶやいた。

 

「アクセルさんって、その、何だか……お兄さんみたいで」

 

言ってから、恥ずかしそうに顔をそらした。

アクセルはそれを見て、にやりと笑う。

 

「はは~ん。そういうことか」

 

「い、いいんです!忘れてください!!」

 

「まぁ、待てよ。好きに呼んでいいぜ」

 

早足で先へ進もうとするエリオの肩を掴み、そう告げる。

それを聞いて振り返るエリオ。

首を痛めるんじゃないかってぐらいの勢いだった。

 

「ほ、ほんとにいいんですか?」

 

「あぁ。悪い気はしないね。兄さんでも、兄貴でも、師匠でも好きに呼んでいい」

 

両手を広げ、大歓迎ということをアピール。

記憶を取り戻すことも大事だ。

だが、それだけに執着して、新しい関係を作ることをおろそかにしてはいけない。

そう考えていたアクセルにとって、この申し出は嬉しかった。

渡りに船、とはこういうことを言うのだろう。

 

「最後のはちょっと……兄さんで、いいですか」

 

「おう、もちろんだ。敬語もなくていいんだな、これが」

 

そして、手のひらをエリオに向ける。

やや間を置いて、それの意味を理解し、手を挙げる。

 

「よろしくな、我が弟よ」

 

「うん、よろしく。兄さん」

 

廊下に手と手が打ち合わされた音が響く。

それから、二人の笑い声が響き渡った。

 

 

 

 

 

翌朝。

仲良く談笑している、アクセルとエリオ。

食堂に向かう時も。

みんなとの朝食時も。

そして、準備運動中も。

それを不思議がっているフォワードメンバーを代表してスバルが尋ねた。

 

「ねぇ、エリオ?アクセルさんと昨日、何があったの?」

 

「え?何もないですよ、これが……ね?兄さん」

 

「そ。ちょっと仲良くなっただけなんだな、これが」

 

呼び方が変わり、口癖が移っている。

それでいて、何もない、ちょっと仲良くなっただけとは、これいかに。

頭を抱えるティアナとスバル。

それを見かねてかキャロが近づく。

 

「エリオ君!!」

 

「きゃ、キャロ。どうしたの?怒ってる?」

 

ティアナとスバルが、そうだ言ってやれキャロ、このままじゃ訓練ができないって、とばかりに見つめている。

 

「ずるいよ、一人だけ抜け駆けして!私も、お兄ちゃんって呼びたかったのに!」

 

「「そっち!?」」

 

二人のツッコミが響く中、アクセルが身を乗り出す。

快活に笑いながら、アクセルは近づいて行った。

 

「キャロも好きに呼んでいいぜ。お兄ちゃんでも、にーにーでも、師匠でも、な?」

 

「……兄さん、師匠って好きだね」

 

「じゃあ、お兄ちゃんで」

 

少し顔を赤くしながら、手を差し出す。

ボケをスルーされながらも、アクセルはその小さな手を握った。

フリードが昨夜のようにアクセルの肩に乗る。

気に入ったのだろうか。

懐かれているのだ、悪い気はしない。

 

「記憶喪失から二日。俺に弟分と妹分ができた!……並みの記憶喪失者じゃ、体験できないことなんだな、こいつが」

 

「というか、記憶喪失って体験自体がまずできませんよ。それより、早く訓練を始めましょう。なのはさんも待ちかねてます」

 

「にゃはは……仲良しなのは、いいことだよ?」

 

ティアナが促す先には、バリアジャケットを展開済みのなのはが苦笑していた。

悪いことをしただろうか。

訓練が終ったら、謝罪と共に昼飯をご馳走しよう。

まずは、訓練だ。

 

「それで、今日はどうします?なのは一尉」

 

「それじゃあ……」

 

「すまん、高町。少しいいか?」

 

なのはがその声に振り向く。

そこには騎士甲冑を展開し、鞘に納められた愛刀を左手で持つシグナムがいた。

 

「シグナムさん、どうしました?急な任務が入ったとか……」

 

「いや、違う。アルマーに用があってな」

 

鷹のような視線が向けられる。

事情聴取(という名の尋問)の時と同じ視線。

それに何やら嫌な予感を感じたアクセルは、言い訳を考える。

 

「お、俺っスか。いやぁ、シグナム二尉にその気があるなんて。でも、俺には多分、記憶が戻ったら超べっぴんの彼女が……」

 

「―――――私と、闘え」

 

有無を言わせない口調。

その気迫が真剣だということを物語っている。

肩に乗っていたフリードは、気迫に押されたキャロの傍に戻っている。

他のメンバーも似たようなものだ。

どうやら諦めるしかないらしい。

心の中で溜め息をつく。

 

「……分かりました。なのは一尉、早朝訓練は中止ってことで。あとは頼んますわ」

 

「うん……じゃあ、みんなは戻ろうか」

 

なのはに事後を頼み、シグナムに向き直る。

視界の端には駆け足のフォワードメンバー。

全員が心配そうな視線を向けてくる。

ということは、目の前の彼女の実力は、相当のものだということ。

 

(こいつぁ、やべぇな……)

 

アクセルは眼前の恐怖への対処法に、頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

もう四年も前の話になる。

初めてレリック絡みの事件が起こったのは。

観測されたのは、第162観測指定世界。

反応は二ヶ所。

(あるじ)はやて、テスタロッサ、高町が一方の確保に向かい、私はもう一方をヴィータと共に担当することになった。

主たちは同窓会の気分だったと言っていた記憶がある。

だが、あの事件を思い返すと、私はとてもそんな気分にはなれない。

 

 

あの正体不明(アンノウン)―――『ソードマン』のことを思い出すと。

 

 

発掘現場に辿り着いた時、私たちは眉をしかめた。

どうやら戦闘があったらしく、カプセル状の機動兵器(ガジェットドローン)の残骸が辺りに散らばり、黒煙が上がっていた。

地面に降りて調べてみると、妙なことが分かった。

ガジェットと対峙していたのは魔導師ではないということだ。

少なくとも管理局員ではなかった。

残骸の傷跡がそれらを物語っている。

 

三本の爪痕が残されたもの。

爆発により中枢部を露出させたもの。

そして、鋭利な刃物で両断されたもの。

 

最初の事例だけならば、魔導師の仕業と言えるが、それにしても私のように剣を使う局員は数少ない。

その上、爆発の規模も質量兵器と同等と思えるほど。

局員の仕業ではないのは確実だ。

それを確認してから発掘箇所へ歩みを進める。

 

その時だった。

紅い影が躍り出たのは。

 

驚きながらも身を逸らす私とヴィータ。

その間を、影は通り抜けた。

振り向き、姿を目で捉える。

 

紅かったのはマント。

全身をすっぽりと覆っていた。

テスタロッサを連想させたが、その考えを一瞬で振り払う。

影とすれ違った際に感じたものは、恐ろしいまでの空虚さ。

確実に存在しているはずなのに、何か大事なものが欠けているような……

 

相手はそのマントをひるがえして、左手に持っていた剣を構える。

一見、居合の構えにも見えるが、何らかの力が刀身に渦巻いている。

二対一の状況で交戦を選ぶ。

余程自信があるのか、身の程知らずの馬鹿か。

私は前者だと直感した。

何か考えがあるのだ、この状況を打破できる何かが。

おそらく、あの剣に集まる力。

 

―――発揮される前に片を付ける。

 

〈レヴァンティン〉のカートリッジをロードし、相手と同じく居合の構えを取る。

接近しての紫電一閃、それで沈める。

それを見たヴィータも構えた。

そして、踏み込んだ瞬間。

 

相手が跳躍した。

……跳躍?

理解が追い付かず、空を見上げた。

瞬間、相手の狙いが分かった。

 

―――――太陽を、背にしたのだ。

 

光に目がやられる。

追って見上げたヴィータも同様だ。

戦術としては常套手段。

だが、相手の持つ空虚さが、我々の虚を突いた形となった。

目を細めつつ、相手の姿を何とか視界に入れる。

剣を抜き、その刀身に集まっていた力―――風だ―――を解放する、その様。

渦を巻いていた風の力は、正しく竜巻となって私たちに襲いかかった。

周りの砂塵も巻き上がり、視界を覆う。

砂ぼこりに目を潰され、開くことはできない。

 

―――殺気。

 

一瞬遅れて、〈レヴァンティン〉を抜いた。

甲高い金属音が響く。

無理やり瞼を開けば、相手の剣の切っ先を〈レヴァンティン〉の刀身は捉えていた。

その真下は私の心臓。

相手が固まる。

不確定な勘に頼った私に驚きを隠せないのだろう。

その隙を狙って剣を弾き、返す刀を振り下ろす。

 

―――紫電一閃。

 

何の変哲もない無骨な一撃。

それ故に威力は保障されている。

相手の黒い装甲に大きく傷を残すことはできたが、無理やり開けていた瞼が限界を迎えて閉じ、追撃が出来ない。

 

 

 

視界が元通りになった時、すでに奴の姿はなかった。

魔力反応もなく、私たちが現場へ到着した時から妨害電波が発生していたため、追尾はおろか通信回線すら開けなかったらしい。

つまり、手掛かりは皆無であった。

管理局は奴を、ガジェットドローンを扱う組織に対抗する組織。

そいつらが扱う新型の人型魔導兵器に分類。

コードネームを『ソードマン』とした。

 

だが、奴は本当に無人なのだろうか。

戦闘の一部始終を思い返してみた。

太陽を背にする常套策。

真正面から斬り合うのではなく、風により砂嵐を起こす奇策。

何よりも、私が一撃を受け止めた際に感じた、驚愕。

機械は感情を持たない故に驚かない。

しかし、確信がない。

だから報告するわけにもいかず、記憶の片隅に置いていた。

 

そして、四年。

記憶を失った男が現れる。

使用するデバイスは『ソードマン』とよく似ていた。

全身装着型デバイス。

その可能性を私は考えていなかった。

新人の一人に拳装着型のアームドデバイスを愛用している者がいる。

ならば、全身装着型の新型デバイスという可能性は否定できない。

それに、あの時と同じもの。

『ソードマン』を初めて見たとき感じたもの。

それを目の前のこいつから感じる。

 

アクセル・アルマー。

そして、〈ソウルゲイン〉。

 

鷹の目に炎を灯し、シグナムは愛刀〈レヴァンティン〉を抜いた。

 

 

 

 

 

「うおりゃっ!……お、避けれるもんだ」

 

シグナムとの対決が始まってから数分。

アクセルは逃げに徹していた。

理由は簡単。

彼女の一撃、その全てが剣呑な気配を放っているからだ。

まともに受けたならば……考えたくもない。

 

「どうした!逃げてばかりでは、こちらは倒せないぞ!」

 

「そりゃあ、ご親切にどうも!ですがねっ、シグナム二尉!制限時間内に、逃げ切れれば、俺の勝ちなんだな、これが!」

 

斬撃の合間を縫いつつ、アクセルが返す。

そうだ。

この模擬戦が始まる前に、なのはが決めたのだ。

制限時間の設定。

それを超えたならば、引き分けにすると。

アクセルは、それまで逃げ切るつもりだった。

逃げるが勝ち。

少々みっともないが、彼女を相手取るよりはマシだ。

プライドと命。

どちらが重いか、ということだ。

 

「フッ、今日決着がつかなければ、明日つければいい」

 

「……もしかしなくても、無限ループってわけですかい?」

 

分かっているならばいい、とばかりにさらに笑みを浮かべる。

どうやら彼女からは逃げられないらしい。

……それにしても自分が何かしただろうか。

始まる前にたたいた軽口ならば謝罪するが、関係はなさそうである。

気に入らない点でもあったのだろうか。

フェイトとの仲か?

そんなに親密に見えただろうか。

 

「もらったぞ!」

 

そんな風に思考の海に潜っていたアクセルは隙だらけ。

シグナムは悠々と彼の懐に入り込む。構えは居合抜きのようだ。

 

「しまっ?!」

 

「ハァッ!!」

 

右脇から左肩、〈ソウルゲイン〉の装甲に傷をつける。

対するアクセルは体が動くままに左膝を繰り出す。

反撃はシグナムの腹を捉えた。

苦悶の表情を浮かべてその場を離脱。

その様子を見ると、ある程度深かったらしい。

その間にアクセルは〈ソウルゲイン〉の簡易チェックを行う。

……どこか慣れている様子で。

 

「薄皮一枚……まだまだ」

 

「くっ……やはり、な。……アルマー、お前の正体。何となくだがつかめたぞ」

 

「な……」

 

その発言に、愕然とする。

まさか今の攻防で思い至ったとでも言うのだろうか。

 

「お前は根っからの戦士、もしくは兵士だ。しかも熟練の、な……先ほどの一撃に対して起こした行動がそれを物語っている」

 

「……どういう、ことスか」

 

「お前も心のどこかで感付いているのではないか?普通なら深い一撃を受ければ、一度退いて態勢を立て直そうとする。今の私のように……しかし、お前は敢えて踏み込み、私に一撃を加えた……リーチは短いが大きなダメージを与えられる膝で、だ」

 

剣を突き付けられ、そう言った。

その切っ先に居心地が悪くなる。

違う、俺はそんな人間じゃない。

それではまるで戦闘狂(バーサーカー)みたいなものではないか。

 

だが、彼女の言うこともまた事実。

俺はいったい、何者なんだ……

俯くアクセルを見て、シグナムは切っ先を下ろし、口を開く。

 

「アルマー。私は何も、毎日お前と剣と拳を交わしたいわけじゃない。私は、私の中の疑念を払拭したいだけだ。記憶を失っているお前を付き合わせるのには申し訳なく思うが、だからと言って、止める理由にはならない」

 

アクセルが顔を上げる。

シグナムと視線が交わる。

彼女は薄く笑うと〈レヴァンティン〉を構えた。

 

「私にも護りたいものがある。だが、私は不器用だ。護るためには剣を取る、それしか方法が思いつかない。そんな……戦闘狂(バトルジャンキー)なのさ」

 

護りたいものがある。

そのために剣を取る。

何故だろう。

その言葉はアクセルの胸によく響いた。

記憶を失っている俺が護るべきものは。

そんなものは決まっている。

プライドか、命か。

 

 

―――――俺は、俺たちは。

 

 

「へっ。なら仕方がないスね……シグナム二尉。少し、本気でいきますぜ」

 

「フッ。見えるぞ、アルマー……今のお前は、とても良い眼をしているな」

 

 

―――――信念(プライド)を取る。

 

 

「……この切っ先、触れれば斬れるぞ」

 

口について出た言葉。

記憶がふいに出てきたのか。

低く構えると、〈ソウルゲイン〉の聳弧角(ブレード)が伸びる。

そして、大地を蹴った。

迎え撃つシグナム。

カートリッジを排莢、剣に炎が宿る。

ある程度の距離まで来た〈ソウルゲイン〉の姿がいくつにも増え……

 

「―――――ッッ!!」

 

―――消えた。

シグナムの目では捉えられない。

驚く彼女に正面から斬撃が走る。

ソウルゲインだ。

と言っても、その姿が確認できたわけではない。

ブレードが振るわれ、何かが彼女の視界で光っただけ。

一撃を受けたと気が付き、その剣閃が向かった先。

つまり、背後へ視線を向けようとするシグナム。

寸前に肩口から斜めに一閃。

「ぐぅっ!!」

 

一撃の重さに声が漏れる。

思わず身体が変に仰け反る。

その瞬間に、また一閃。

今度は真横から。

段々と速度が増してきている。

 

シグナムは考える。

おそらくアクセルは自身の身体を中心にして、すれ違いながらブレードで斬りつけている。

その動きはフェイト以上。

彼女ですらこんな芸当は不可能だろう。

為す術もなく斬りつけられる。

勘に頼ろうにも、感じた瞬間にはそこにはいないのだから役には立たない。

さらに全身が一瞬で斬り刻まれる感覚。

そして、間隔が空く。

 

(最後の一撃が来る。ならば―――上か!)

 

シグナムは直感で空を見上げた。

そして、はっと気が付く。

 

既視感(デジャヴ)

拳を振り上げた蒼い戦神と、風神の力を秘めた剣神の姿が重なった。

 

陽の光を浴びて鮮やかに輝く装甲の蒼とは対象に、その眼が赤く尾を引いて閃く。

間に合わない、とシグナムは思った。

だが、体は空を目指し、腕は勝手に動く。

 

「紫電―――――」

 

「舞朱雀―――――」

 

ブレード同士が交差する寸前、互いの視線が合った。

シグナムは歯を剥き出し、アクセルは唇の端を釣り上げる。

 

「―――――一閃!!」

 

「―――――うおりゃあっ!!」

 

剣戟の音が大気を震わせる。

〈レヴァンティン〉が振り切られ、〈ソウルゲイン〉は地面に着地し、膝をつく。

一瞬の沈黙。

そして、時が動き出す。

飛行魔法が機能しなくなったのか、戦意を失ったのか、シグナムが落ちてくる。

〈ソウルゲイン〉は、アクセルは、彼女を両腕でしっかりと受け止めた。

 

「疑いは晴れましたかね、シグナム二尉」

 

「あぁ。一応はな……最後の一撃、素晴らしかったぞ。アルマー」

 

その言葉に少し反応したアクセルは、空間にモニターを呼び出す。

再び〈ソウルゲイン〉の簡易チェック。

アクセルはまめな男なのだ。

 

「装甲は抜けてない……やれやれ」

 

「案外、丈夫なのだな。これなら、毎日本気でやっても心配はなさそうだ」

 

「勘弁してくださいよ。修理しにくいんスから……」

 

「安心しろ。六課のデバイスマイスターは優秀だ」

 

互いの冗談(シグナムの言葉は本気かもしれないが)に微笑みを交わす。

そうやって談笑していると、視界の端に人影が見えた。

おそらくフォワード陣が駆け付けてきたのだろう。

そして、アクセルは今の状況に気が付いた。

わけもなく冷や汗が出る。

嫌な予感がする。

 

「あ、あのですね、シグナム二尉。もう下ろしても大丈夫スかね?」

 

「ん?どうした……まさか、重いとか言うんじゃないだろうな。私も女だ。その言葉には少々、心を痛める」

 

「そうじゃなくて……困ったな、こいつは」

 

何とか、言い訳を考える。

だが、フォワード陣が辿り着く方が早かった。

見るとフォワード陣の他になのは、そして何故かフェイトがいた。

嫌な予感の正体はこれだったか。

 

「……シグナム。何しているのかな?」

 

……フェイトが怖い。

とてつもなく怖い。

というか、黒いオーラが出ている。

フォワード陣などは、模擬戦前のシグナム以上にビビッていた。

フリードなどは、地面に落ちて泡を吹いている。

 

「何とは?模擬戦が終って、今は……いま、は……」

 

ようやくシグナムも今の状況に気が付いたようだ。

アクセルは思う。

この人は鋭いのか、鈍いのか、いったいどちらなのか。

 

今の状況。

落ちてきたシグナムをアクセルは両腕で受け止めた。

アクセルの右腕は彼女の背中に、左腕は彼女の膝裏に。

シグナムは落ちないようにアクセルに身体を預けている。

 

この状況。

 

 

 

―――――人それを、お姫様抱っこと言う。



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第7話 「現れた『影』(前編)」

「お~い、大将!待ってくれよ」

 

 やや長引いた会議が終わり、ようやく自室へ辿り着いたアクセルを呼び止める声。

 足を止めつつ、このところ多忙だな、と思い返さざるを得なかった。

 シグナムとの模擬戦から数日。拳を交えたからか、お姫様だっこの影響からか、彼女とは僅かながらであるが和解した。もちろん、二人してフェイト(怒りのスーパーモード)に追いかけられたのも後押ししていたろうが。

 人間、危機的状況には友情が芽生えるものである。

 ひと悶着はあったものの、その後は新人フォワードと訓練の日々が続いた。これもまた忙しさに拍車をかけていた。

 スバルやティアナへは過渡期故の焦燥からくる突撃思考の抑制。エリオやキャロへは経験の少なさを補う咄嗟の判断力を学ばせた。

 また、二度ほど出撃要請がかかった。どちらもガジェット絡みであったが、レリックの存在は確認されなかった。

 先ほどの会議中のはやて曰く、段々とガジェットの動きが活発化しているらしい。

 レリックではない“何か”の反応に引き寄せられ現れているのではと、彼女は推測していた。

 そして、一息入れようとする彼は呼び止められていた。

 どこかで見たような男性局員。確か、名前は……

 

「えっと、グラビリオン陸曹だっけ?」

 

「何だそのバリバリ出オチ感が満載な名前?!俺はグランセニック!ヴァイス・グランセニックだよ」

 

「あ~、すまんすまん。最近、出撃が多くて疲れてたんだな、これが」

 

 両手を合わせて謝罪する。それにしても、どこから流れてきた電波だろう。

 

「……まぁ、いいさ。それよりも大将。聞きたいことがある。こないだの模擬戦の話だ」

 

 その言葉にがっくり来る。またその、シグナム姫様の話か。

 実はフェイトはもちろん、はやてやシャマル、スバルからも聞かれたのだ。さらには驚くなかれ、なのはも聞いてきた。

 だから、もう飽きるほど話してきたのだ。

 

「あ~、疲れてるんで。その話はまた今度ってことで……」

 

「待て待て待て!減るもんじゃないし、いいだろう少しくらい!……それで、シグナム姐さんの感触はどうだった?」

 

「か、感触って……」

 

 どうしてそうなったのかという、経緯が聞きたいんじゃなかったのか。まぁ、男ならばそういった方向の話が聞きたいのも当然の話だろうと思い直す。

 しかし、感触か……

 

「ふむ。そうだな。鍛えてあるだけあって、普通の女性にしては硬め」

 

「ふんふん。それで?」

 

「しかし、その硬さの中にも柔らかさがあるのも確か……例えるなら、そう。しなやかな鋼といったところなんだな、これが」

 

「ほう!!」

 

「それに、こう体を寄せられた時に、ほのかに漂ってくる女性らしい香りが、これまた何とも……ぁ」

 

「なるほどなぁ……ん?どうした、大将。顔が青いぜ?」

 

「そ、そういうわけだから!ここのところ忙しかったし!俺はもう寝る!んじゃ、頑張ってくれ!」

 

 青い顔に冷や汗を流し、アクセルは自室へと大急ぎで入る。入るや否や扉を背にしてへたり込み、息をつく。

 そして、これから来るであろう、ヴァイス陸曹の苦難に合掌した。

 

 

 

 慌てていたアクセルの姿に、ヴァイスは不審に思いながらも、先ほどの話で妄想を膨らませた。

 何せ、近寄りがたさ総合序列3位(精神的5位及び物理的1位)であるシグナムの感触である。

 

「硬さの中の柔らかさか。やっぱなぁ、姐さんも女性らしいところがあるんだよな」

 

「ほう。ということは、女性らしくはないと思っていたわけだな、お前は」

 

「まぁ、正直言うと、もったいないなぁなんて―――」

 

 背後から響くどすの利いた声に、半分妄想に浸りつついた状態でかけられた言葉に返事を返した。

 言いつつ、聞き覚えのあるその声に身体を硬直させる。しかし、意を決し、錆びついた金属を思わせる動きで、ゆっくりと振り向いた。

 

「し、シグナムの姐さん……どうして、ここに?」

 

「いや、なに。もうすぐ消灯だというのに、不審な男が二人見えたのでな」

 

「し、仕事熱心っすね。そ、それじゃあ、俺もこの辺で」

 

 立ち去ろうとするヴァイス。だが、阿修羅はそれを逃がさない。肩に手が置かれる。その手はアクセルの言うとおり、硬い中に柔らかさが感じられた。

 だが、皮肉にも、待ちわびていた感触をヴァイスは堪能することはできなかった。

 

「見たところ、まだ元気だろう?どうだ、私の深夜訓練に付き合わないか?」

 

「えっと、拒否権は……?」

 

「ない」

 

 その夜、訓練施設に男性の叫び声が響いたが、誰もが聞かぬふりをした。

 

 

 

 

~第7話 「現れた『影』(前編)」~

 

 

 

 

「出張、スか?」

 

 翌朝、早い時間にもかかわらず、隊舎全体に響くほどの呼び出し放送で起こされたアクセルは、呼び出されるままに部隊長室にいた。

 途中、寝惚け眼のエリオに謝るのも忘れない。早朝訓練までは寝かせておいてやろうと、毛布を掛けてやる。

 アクセルはまめな男なのだ。

 

「そうや。場所は第97管理外世界。名称『地球』……私らの故郷や」

 

「え、そうなんスか?」

 

「三年くらい前まで住んでたよ……まぁ、それは置いといて。昨夜、聖王教会から連絡があってな。ロストロギア反応があったらしいんよ」

 

「聖王、教会……」

 

 その言葉が記憶を刺激する。また、キーワードにぶつかった。古代ベルカに実在した聖王。それを崇める宗教団体。

 ……時間がある時に調べておこう。今は任務に専念しなければ。

 

「それで、出発はいつで?」

 

「今日、早朝訓練が終わったあとや」

 

 (早っ!)

 

 そりゃあ、早すぎませんか隊長!というか、訓練は前提なんですねと、心中でつっこみを入れつつ、了解しましたと敬礼する。

 アクセルは公私の分別が付いている男なのである。

 

 

 

 

 

 あれから、数時間。訓練を終えて、支度をし、機動六課の面々は地球へと赴いていた。

 集団転送ポートの先には青い湖、緑輝く森林が広がっていた。視界の先にはコテージらしきものも見える。どうやら誰かの個人敷地内らしい。はやてのものだろうか。

 そんなことを考えているアクセルを置いて、フォワードメンバーは感嘆の声を漏らしている。

 それを聞いて、確かに美しい光景だと改めて思う。加えて、これだけの自然は懐かしい。

 『俺の世界』じゃあ、こんな光景は少なくなって……

 

(ん?『俺の世界(・・・・)』……?)

 

 何だ、今のは。また、何かキーワードにぶつかった。

 『俺の世界』というからには、少なくともミッドチルダや地球とは異なる世界なのだろう。それも現在は自然が少なくなっているということは分かった。

 ……駄目だ、あまりにも情報が少なすぎる。

 

「しっかりしてくれよ、くそ……」

 

「兄さん?難しい顔してるけど大丈夫?」

 

 この自然に呆然としていたエリオが近寄ってくる。どうやら考え事をしていたのが顔に出ていたらしい。心配しなくていいと、頭を強めに撫でる。エリオは少し驚きつつも、されるがままになっていた。

 エリオを安心させつつ、はやてに問い掛ける。

 

「はやて隊長。ここは具体的にどこなんスか?湖畔のコテージって、もしかして隊長の私有地スか?」

 

「ちゃうちゃう。ここはな、現地協力者の別荘で捜査員待機所として貸してもらっとるんや」

 

 行く前に見た資料にあった、現地協力者のことか。コテージどころか、土地を貸すとは、ずいぶん金持ちで気前がいい協力者だ。

 そんなことを考えていると、車のエンジン音が聞こえてくる。こちらへ近づいてくる一台の乗用車。見るからに、高級車っぽい風体だ。

 

「あ、自動車。こっちにもあるんだ」

 

「ティアナ、自動車くらいはあるさ。隊長や一尉が生まれた世界だからな、こいつが」

 

「ですよね。あは、あはは……」

 

 そんなやりとりをしているうちに、車はアクセルたちの近くに停車。中から、金髪でショートヘアの女性が降りてくる。勝気そうだが美人だ。

 笑顔で駆け寄ってくる。なのは達も嬉しそうだ。

 なるほど、友人でもあるわけか。ところどころ聞こえる会話からそう判断する。リィンフォースにも挨拶しているところを見ると、こちらの事情も知っているらしい。

 一応の挨拶を終えたようで、こちらへ視線が向けられる。

 

「アリサちゃん、紹介するね。彼は、アクセル・アルマーさん。教官役をやってもらってるの」

 

「どうも。ご紹介に預かりました、アクセルです。記憶喪失でもあるんで、そこんとこよろしく!」

 

「記憶がない割には、ずいぶんと陽気ね……私はアリサ・バニングス。なのは達とは幼馴染よ。よろしく」

 

 しっかりと握手する。記憶喪失を名乗る異性にもこの対応。彼女とは仲良くやれそうだとアクセルは思った。

 しかし、三人娘と幼馴染か。ということは……

 

「つかぬことをお聞きしますが、なのは一尉達は、昔からこうなんで?」

 

「いい質問するわね。ん~、なのははわりと鈍くさかったし、フェイトはぽけぽけしてたわね。はやては……変わらないわ。昔から、あんな感じよ」

 

それを聞いた三人娘が憤る。

反応がいいということは、身に覚えがあるのだろうか。

なのはが鈍いというのは、なんとなく意外だった。

 

「ちょ、ちょっとアリサちゃん!それはひどいと思うの!」

 

「ぽけぽけ……」

 

「あんな感じって、どんな感じや!!ちゅーか、アクセル君も何聞いてんのや!」

 

「純粋な興味ですよ、部隊長殿」

 

「アクセル君!その好奇心!今から矯正したる!!」

 

 のらりくらりと隊長たちが掴みかかってくるのを躱す。

 完全に置いてけぼりをくらったフォワードメンバーは、隊長たちが疲れて諦めるまでそのままだった。

 

 

 

 

 

 現地協力者との挨拶を終え、一行は監視網(サーチャー)を制作する業務へと移行した。

 そして、今現在アクセルはたった一人で街中を歩いていた。

 ぶっちゃけて言えば、迷子である。

 

「さて、どうするべきかな、こいつは」

 

 そう、迷子なのである。

 この年齢で迷子というのは非常に恥ずかしい。

 記憶喪失者で、初めての土地だということを加味しても、穴に入りたいくらいだった。だから、通信で助けを呼ぶことも出来ず、ただ道なりに進んでいた。もちろん仕事中であるので、不可視のサーチャーを設置することも忘れない。

 

「そろそろ、覚悟を決める時かね……気が進まないんだな、これが」

 

 流石に連絡すべきだろうか。すでに、空は夕暮れに近い。

 夕方を知らせるためだろうか、何やら物悲しい音楽も聞こえ始めた。

 道行く人も減っている気がする。というか、周りには人ひとりいない。

 

「ん?あれは……子ども、か?」

 

 訂正。視界の先に小さな人影が見えた。こちらの姿を見つけてまっすぐ向かってくる。

 少女だ。年頃は十代に届くか届かないか。服は白を基調としているが、赤い頭巾がその存在を主張している。

 迷子だろうか。大人が誰もいないので、たまたま通りかかったアクセルに助けを求めるつもりなのだ。だがしかし、アクセル自身も迷子なので、結果は迷子が二人になるだけ。

 やれやれとため息をついたアクセルの目の前で少女は止まり、その小さな口を開く。

 

「隊長。連絡がつきませんでしたので、直接来ましたよぅ」

 

「は?」

 

 にこやかに笑いかける少女の言葉に、アクセルの思考が停止した。

 停止せざるを得なかった。

 いつ、こんな少女(ロリータ)と俺は知り合いになった。俺にそっちのケはないはずだ。多分。

 そもそも、ここは初めて来た場所で、この世界すら数時間前に足を踏み入れたばかりだ。知り合いなんているはずがない。

 

「ちょっと、嬢ちゃん?人違いじゃないかな?」

 

「さっすが隊長、抜け目がないですねぇ。これ、どーぞぅ」

 

 だが、赤頭巾の少女はアクセルの予想の斜め上をいく発言をし、さらには得体のしれないメモリースティックを渡してきた。

 黒い一般的な記憶媒体。しかし、製造社名はおろか製造番号すら刻印されていない。

 

「なにこれ?……っていうか、人違いだって」

 

アリシア様(・・・・・)からですよぅ。次の動きについてのデータだとしか聞かされていませんです。でっは~、これにて!」

 

「おいっ!……って、速っ!!」

 

 スバル並みどころかそれ以上の速さで、アクセルが歩いてきた方向へ消えていく赤頭巾の少女。

 あまりにもほれぼれとするスピードに追いかけるどころか呼び止めることすら出来なかった。

 

(行っちまった。なんか、俺を知っているようだったけど、覚えがないんだな、これが。それに、隊長……アリシア……?サッパリだが……なんか、引っかかるな。あれは俺の知り合いなのか?)

 

 落ち着こう。あまりにも突然すぎた。ひとまず、情報の整理をしようそうしよう。

 アクセルを隊長と呼ぶ知り合い(仮)の謎の赤頭巾(ロリ)

 怪しさ全開の黒いメモリースティック。

 そして、アリシアという()の名前。

 ……そこで、アクセルは疑問を感じた。

 

「女?……どうして俺は女の名前だと思った?」

 

 アリシアという男の名前はあまりないだろう。

 だが、可能性はないにしても、アクセルは意識して(・・・・)女の名前だと認識していた。

 

「俺は、アリシアという名の女を知っている……?」

 

 疑問に頭を悩ませる。分からないことが多すぎる。

 いや、違う。

 分かっているはずなのに分からない(・・・・・・・・・・・・・・・・)、ということが頭を悩ませているのだ。

 

「俺はいったい、何者なんだ……」

 

 数分後、フェイトが通信でこちらに呼びかけてくるまで、アクセルは頭を抱えていた。



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第8話 「現れた『影』(後編)」

 ―――――そこは戦場だった。

 

 

 

「テメコラ、スバル!それは俺が焼いてた肉なんだな、こいつが!」

 

「アクセルさんが遅いのが悪いんですよ!」

 

「くっ、言うねぇ。だったら……その肉、貰い受ける!!」

 

「って、あぁぁぁ!ね、狙ってたお肉がぁ……」

 

「ふっ、甘いでぇ、スバル、アクセル君。バーベキューの網の上は常に戦場や!周囲を警戒し、尚かつ自分の領分をしっかり守る。それがバーベキューの基本中の基本やな」

 

「「了解です!部隊長!」」

 

「ヴィータ。少し食べすぎだぞ……っ!貴様!私の焼いていた肉を全て取りおって!」

 

「ハッ、あめぇんだよシグナム。はやても言ってただろ?バーベキューの網の上は常に戦場、だってな!」

 

 ……とても牧歌的な戦場ではあったが。

 サーチャーが感知する前に腹ごしらえをしておこうということで、始まったバーベキューであったが、結果はこのとおり、白熱している。むしろ体力を削る一方ではないかとさえ思えた。

 隣ではフェイト、エリオにキャロ、シャマルにアリサ。それに新たに加わったエイミィ・ハラオウン提督夫人、なのはの姉の高町美由紀、フェイトの使い魔であるアルフ、なのはたちの現地の友人である月村すずかが平和的に網を囲んでいた。

 

「もしかしなくても俺、テーブル間違えたかな……」

 

「……否定はできませんね」

 

 隣で黙々と肉や野菜を焼くティアナが賛同するようにため息をついた。

 バカみたいに食べるスバルとヴィータ、実は負けず嫌いのシグナム、そして、たぬきのはやて。確実に選択ミスだったのは間違いない。

 先ほどから口にできているのは、少量の肉とその倍の野菜。

 

「俺はベジタリアンじゃないんだな、これが」

 

「……あ、アクセル君。その様子だと、あまり食べていないみたいね?」

 

 ぐったりしていると、うしろから声が聞こえた。

 振り返るとシャマルの姿。手に持つ大皿には何やら奇怪な塊が鎮座している。

 

「あ、あの?シャマル先生?そ、それは何でしょうか?」

 

「材料がちょっと余っていたから、私が試しに作ってみたの。いかがかしら?」

 

 敬語のアクセルに疑問を感じぬまま答えるシャマル。

 その言葉になごやかな空気が止まる。

 

(……なるほど。それほどの代物なわけか、これが)

 

 変化を敏感に感じ取る。事情が分からないのだろう、フォワードメンバーは首を傾げている。

 ここで断るのは簡単だ。だが、その矛先が次に向くのはおそらく、新人たち。

 教導官(仮)として、それは防がなくてはならない。

 

「……っ、じゃあ、一口だけ」

 

「「「あ、アクセル(さん)(君)?!」」」

 

「アクセル……骨は拾ってやるからな」

 

「アクセル、貴様……いや、何も言うまい」

 

 まさかと驚愕する三人娘。

 見ていられないと顔をそむけるヴィータ。

 彼の心情を悟ったシグナム。

 様々な反応を視界の端に収め、アクセルは口へその異物を運ぶ。

 口の前で動きが止まる。やはり無謀だったろうか。後悔の念が胸を占める。永劫にも似た時間が過ぎ、ついにアクセルが意を決して。

 ―――――ひと息に頬張る。

 

「!!!???」

 

 そして、アクセルは意識を失った。

 

 

 

 

~第8話 「現れた『影』(後編)」~

 

 

 

 

「……ん?」

 

 目を覚ます。視界は暗闇。どうやら、コテージの中らしい。

 身体を起こすと、腹部に激痛が走る。今まで感じたことがないほどの痛みだ。と言っても、記憶にある限りでは、と補足が入るが。

 

「あたたたた……いったい何入れたらこんなに腹が痛くなるんだ?」

 

 ようやく思い出した。シャマルが作ったという塊。あれを食べて、意識を失ったのだ。見た目からしてやばいというのは分かっていたが、これは予想以上だ。

 

「くそ、美人だからって料理がうまいとは限らないってわけね……ああ、やっぱり料理のうまい娘がいいんだな、これが」

 

 腹を抑えつつ外に出る。人の気配はない。どうやらサーチャーに何かしらがひっかかったらしい。

 待機中の〈ソウルゲイン〉に機動六課の面々を探索させる。

 

「あたた、とりあえず作戦が始まっちまう……治りしだい出なきゃな」

 

 アクセルは再びコテージの中へと、おぼつかない足取りで入って行った。

 

 

 

 

 

「―――我が乞うは、捕縛の檻。流星の射手の弾丸に、封印の力を……!」

 

「シーリング、シュート!」

 

 封印の効力を持った弾丸が対象へと命中する。あちこちを跳ねていたスライムのような物体はたちどころに姿を消した。

 

「作戦終了!お疲れ様ですぅ!」

 

 リインフォースⅡの明るい声が聞こえて、ティアナはほっと胸を下ろした。

 ぶっつけ本番の封印魔法。それが成功したのだから、当然のことだと思う。〈クロスミラージュ〉にお疲れ様の意味を込めて銃身を撫でると点滅で応えてくれた。

 それに自身のレベルが向上していることに、安堵を感じている。着々と、一歩ずつ。階段を上るように、感じ取ることができていた。

 

(アクセルさんのおかげ、かな……)

 

 今までは夢を叶えようとするあまり、急ぎすぎていた。魔導師ランク昇進試験も、初めてあの人(アクセル)と訓練を行った時も、逸る気持ちを抑えきれずに失敗した場面は何度もあった。だけど、彼が来てからはそれが減ったように思う。

 彼の教導方針は一歩ずつ確実に、だ。軽いノリをしつつも、大事なことはしっかりと教えてくれる。言動に反して慎重だ。だからといって、成長が遅くなったわけでもない。むしろ進んでいる。地道な反復練習にも面白味が見いだせている。

 だからこそ、今のも成功させることが出来た。近道は遠回り、急ぐほどに足をとられる、とは彼の言葉である。

 

「それにしても、大丈夫かしら……」

 

 今はコテージで倒れているだろう彼を思う。

 あの時の狼狽した隊長陣から察した彼。決意しながらも青い顔をしていた彼。そして、私たちを魔の手から庇ってくれた彼には敬意と感謝とを感じざるを得ない。そして、同時に無力さと不安が心中を穏やかでなくさせている。

 しかし、その心配を打ち破る声が夜の大気を響かせた。

 

「復活!!」

 

「あ、アクセルさん!?」

 

 闇を引き裂くかのように、空から〈ソウルゲイン〉が降下してきた。

 心配していたのを感じ取ったのかは分からないが、安心してくれと言わんばかりに、両手でVサインを作っている。正直〈ソウルゲイン〉のままではやらないでほしい。

 

「心配かけたな、みんな!解毒剤を調合して、もう完全復活なんだな、これが!」

 

「げ、解毒?」

 

 駆け寄ってきたキャロと共に顔を青くさせる。実は彼が倒れた後、興味津々といった様子でフリードが塊を食べようとしていたのだ。もし、キャロが止めていなかったら……想像はよそう。

 そんな私とキャロを放って、リインフォースⅡがアクセルを叱りつけている。正確に言えば〈ソウルゲイン〉をであるが、Vサインの時点からツッコミは心の中でと決めたので、ここはスルーだ。

 

「遅いですぅ!作戦のキモ、ロストロギア封印は終わっちゃいました!」

 

「あらら、そうなのか?……だからといって何もしないのもね。さてと!後片付けをしますか!」

 

 解毒剤に強壮剤でも調合されていたのか、いつもより気合が乗った声をしている。しかし、〈ソウルゲイン〉の状態で屈伸運動はやらないでほしい。というより、そこまで柔軟な構造をしていたとは驚きである。

 近付いてきたヴィータはその様子を見て、〈グラーフアイゼン〉を肩に置き、呆れながら笑っている。

 

「ま、なにはともあれ、元気になってよかったな。あとは辺りに影響がないか調べて……ん?」

 

 笑顔から一転、険しい表情をする。どうしたのかと思ったアクセルもまた違和感に気が付き、遅れながら私も感じた。

 他の面々も感付き始めた。何やら、空間が捻じれているような感覚。足元が不安定で、まるで船酔いしたような―――

 

「……うぅっ、この感じ!?」

 

「何でしょう!?この感覚……」

 

「空間が歪んでる?一体何が?」

 

「……いい予感はしねぇな」

 

 皆が口々につぶやき辺りを見渡す。既に臨戦態勢だ。私も〈クロスミラージュ〉を構えて周囲を睨む。

 ふと見ると、彼だけが視線を上げていた。そこには漆黒の空。

 だが、彼は気が付いていたのだ。

 

「来る……間違いない……この違和感は!」

 

 『影』がそこから現れることに。

 

 

 

 

 

 空間を歪ませて現れた五体の『影』。

 突然の事態に全員が身構え、ヴィータが声を荒げる。

 

「リイン!反応は!どうして分からなかったんだ?!」

 

「わ、分からないですぅ!ロングアーチからも転移反応は確認されなかったって……」

 

「そんなの、ありえんのかよ……」

 

 こちらをずっとモニターしていたロングアーチからも情報はない。それどころか通信の状態も良くはない。

 目の前の集団はどうやって現れたのかと、全員が困惑する中で、アクセルは直感的に理解していた。

 

(空間、転移……何故だ。何故、俺は分かったんだ?!)

 

「っ!来るぞ!!」

 

 ヴィータが再び声を荒げる。仁王立ちしている一体を残して『影』たちが躍り出た。

 数は四体。その全てが同じ青い装甲(アーマー)を着用していた。

 バイザーで目線を覆い、流線形の頭部の横にはウサギ耳のようなアンテナ。突き出た肩装甲に、これまた流線形の手甲。左腕には三本の突起が見える。脚部は滑空用のスラスター類が詰まっているのだろうか。さらに、背中には翼とブースター。空戦にも対応できるであろうことが見て取れる。そして、右腕には大型のライフルを携行していた。

 先頭の二体がライフルを構えた。銃口から桃色にも似た光線が放たれる。

 ティアナはキャロを伴い右の方向へ。ヴィータはリインを連れて左の方向へ。

 そして、アクセルはというと、その場で立ちつくしていた。

 

《聞こえる、アクセル?『こちら側』に来てから報告がないから、アリシアが怒ってるわよ。わざわざ〈W11〉どころか、〈ゲシュペンスト〉を動かすくらいにね」

 

 否。唐突に開いた通信回線と、そこから聞こえる女性の声に驚き、動けずにいた。

 

(通信が……女?)

 

 その回線は戦闘にも連絡にも使えなかった規格外だったはずだ。だというのに、今はこうして機能している。まるで、このためだけに使用ができるかのように。

 疑問が渦巻く。だが、まずは相手が誰かだ。

 

「……おい、あんた誰だ?!」

 

《は?なに言ってんの?……機密通信装置を使っているから、傍受される心配はないわよ?》

 

「人違いじゃないのか?この土地に知り合いはいないんだな、これが」

 

 一呼吸分の間が空き、溜息が響く。何やら不機嫌そうだ。

 それに合わせて、奥にいた人影が前へ歩み出る。長い金の髪が夜の冷たい風に吹かれて揺れている。

 

「……ふーん。あくまで任務に忠実ってわけ……さすがは隊長さんねぇ。ま、それでこそ、倒しがいがあるってもんよ」

 

 凛とした肉声。女性だ。どうやら彼女が通信の相手らしい。

 顔は口元が大きくあいた鬼の面のようなもので隠されていて、よく分からない。手には抜身の、いわゆる日本刀。攻撃的な意匠に反して、服装はベージュのチャイナドレスにも似た装いで、左足の外側に深いスリットが入っており、健康的な白い足が見え隠れしている。間違いなく戦場には似合わないほどの肌の露出面積で、腕に着用している薄い手甲が唯一の装甲と、心もとない。

 

「なんだか知らんけど、ここに来てからモテるね、俺も」

 

「……それじゃあ、アクセル。久しぶりに、行くわよ!!」

 

 こちらを値踏みした後に剣呑な雰囲気を放つ、謎の女性。軽口で応じたが、刀を構えることで返された。

 一瞬後、大地を蹴って距離を詰め始める。〈ソウルゲイン〉も右手を前に突き出して迎え撃つ。

 

(俺が隊長……?何の部隊だ?それにアリシア。〈W11〉。〈ゲシュペンスト〉。機密通信装置。全部知ってる……このキーワード……なんだ?)

 

 疑問が山積みになる中、鬼面の女性と〈ソウルゲイン〉の刃同士が甲高い音を響かせた。

 力は互角だった。そのことにアクセルは苦悶の表情を浮かべ、考えていた疑問を頭の隅に追いやる。不可解なことが起きているからだ。

 アクセルは〈ソウルゲイン〉というデバイスを纏って戦闘しているのだ。だが、眼前の女性はどうだ。女性らしい細腕には何の補助もない。だというのに、拮抗しているというこの現状。日本刀の重さがこの状況を生み出しているとしても、それを軽々と振りかぶった彼女の腕力はすさまじいものになる。

 

「くっ、この!!」

 

 聳弧角(しょうこかく)が打ち合わさる部分をずらすことで、剣を受け流して反撃を試みるも、それより速く次の刃が閃いた。幾度となく受け流しては打ち合うという剣戟でアクセルは防戦一方となる中、鬼面の女性の服装に合点がいく。

 攻撃は最大の防御というが、まさに疾風迅雷の剣がそれを表している。フェイトの戦闘データと同様、速さを突き詰めた結果故に装甲が薄いということなのだ。

 そして、鬼面の女性の技量の高さをも物語っていた。

 

「どうしたの?!力を出し惜しみする必要はないわよ!この程度じゃ、この私は止められないわ!!」

 

 その言葉に偽りはないだろう。だが、目の前だけにも集中していられない。

 ちらとセンサーを横に向ける。他のメンバーはどうなっているのか。

 ティアナとキャロで二体。リインフォースⅡとユニゾンしたヴィータで二体。妥当な組み合わせだろう。だが、少々旗色が悪い。特に、キャロが集中的に狙われている。ティアナがフォローにまわっているものの、このままではいつかはボロが出るだろう。

 

「飛びなさい!飛燕の如く……!!」

 

 いつの間にか、鬼面の女性との距離が離れていた。大きく日本刀を振りかぶっている姿が目に入る。

 見ると刀の形状が違う。グルカナイフにも似たその形は、アクセルにブーメランを想起させた。

 

(まさか、それを投げるつもりじゃあ、ないよな……)

 

「―――――大!車!()ぃぃぃぃん!!」

 

「嘘ぉ!!」

 

 あろうことか本当に投げた。唯一の武装を投げつけるというその豪快さに、アクセルは驚愕を隠せない。それどころか直撃を受けてしまう。

 ティアナとキャロが悲鳴にも似た声を上げるのが微かに聞こえた。

 

「うわぁぁ!!」

 

 回転する刃で何度斬られたか。

 何度目かの斬撃を防御し、その刀を弾いた。それから、心配ないということを離れている二人にアピールし、鬼面の女性に向き直る。

 彼女はすでに弾かれた刀を手に、今度はこちらを非難する様な視線を向けていた。

 

「そういう態度……もしかして、様子見?あんたらしくないわね」

 

 一体、何のことを言っているのだろう。あなたらしくないとは、どういうことなのか。今の状態は違うというのか。

 先ほどから断片的な情報を次々と詰め込まれて頭が痛いというのに、これ以上混乱させることを言わないでほしかった。

 

(まぁ、いいさ。とっつかまえて全部聞き出してやるんだな、こいつが)

 

 そう奮起して再び構える。それを見た鬼面の女性はにやりと不敵に笑い、腰だめに構えた。

 だが、ふと顔をしかめる。そして、構えを解いた。

 何が起こったのか、意図をつかめずにいるアクセル。すると、彼女の横に『影』が現れた。先ほどまでティアナたちと戦っていた連中だった。それを見て焦燥感に駆られたアクセルは振り返る。

 全員の安否を確認する。傷はあるものの無事だった。そして何故、突然戦闘が終わったのか分からないという顔をしている。

 その時、件の通信回線―――機密通信装置から音声が入った。

 

《どうやら、増援みたいね。あんたはこれを待っていたわけ?……さっきの言葉、取り消すわ。この状況を作り出したのなら、それはあんたらしいから(・・・・・・・・・・・)

 

 鬼面の女性の、聞き捨てならない発言に再度振り向く。

 『影』たちが次々と離脱していく中、彼女が最後まで残っていた。

 

《ここに追加のデータ、置いていくわね。じゃあね、アクセル》

 

「おい、ちょっとあんた!……おい」

 

 そして、それを最後に消えた。まるで初めからいなかったように。

 だが、彼女らはここにいた。それだけは間違いがない。背後でリインフォースⅡがロングアーチに連絡を取っている。だが、おそらく何も分からないだろう。

 アクセルはゆっくりと足を進める。先ほどまで彼女が立っていた場所へ。

 地面には今日、赤頭巾の少女から受け取ったものと同様のメモリースティック。

 

「いったい、何なんだ。あいつらは……」

 

 振り返ると、なのはやフェイト、その他のメンバーの姿が見えた。

 増援。あいつらはこのことを言っていたのか。

 アクセルは手の中の情報を握りしめる。

 多くの情報を与えられて尚、分からないことだらけだが、たった一つだけ分かったことがある。

 

 ―――――全ての答えは、俺の記憶にある。

 

 (俺はいったい、何者なんだ……)

 

 

 

 

 

「いま戻ったわよ~」

 

 形状も様々で用途も不明な装置や、単語や数式の羅列が無数に記された書類の山が雑多に置かれている部屋。窓はなく、いかにも研究室といった様子である。

 彼女は足場がほとんどないその部屋を歩きなれているかのように悠々と歩く。

 途中、顔に着けていた仮面を外した。この般若の面(・・・・)を着けたままでは、これから会う人に対して失礼だ。

 そして、辿り着く。この部屋の主のもとへ。自らの主のもとへ。

 椅子に座っていた女性は、戻ってきた女性を見て微笑む。

 

「おかえり。どうだった?アクセル君(・・・・・)は」

 

「相変わらず、任務に真面目よね。ただ……」

 

「ただ?」

 

「偽装にしては手が込みすぎてる、っていう印象を受けた。口調まで変える必要があると思う?」

 

 そう問い掛けられ、女性の主はその長い髪をいじりながら考える。その下にある自慢の頭脳を用い、そして、一つの答えを導き出した。

 

(わたし)的に考えると、今までと今回(・・)は違うからじゃないかな?彼なりの誠意の表れ……とか。自己暗示とか使っている可能性も否定はできないし」

 

「なるほどねぇ。じゃ、そういうことにしておくわ……それよりも、お腹空いた~」

 

「あ、私も。何か食べに行こっか」

 

 互いに微笑みながら、部屋をあとにする二人。自動で開いた扉は、二人がいなくなると再び閉じられた。室内はそこらにある装置から放たれる光源によってぽつぽつと照らされて、完全に闇には覆われない。

 その中で部屋をよく照らしているスポットライトがあった。なぜスポットライトかと問われれば、この部屋の主が自身の製作物にとてつもない愛情を注ぐ性格だからである。

 それが照らしているのは蒼く、筋骨隆々とした外見を持つ人型機動兵器。

 ありえない例え話だが、もし機動六課の人間がここにいたならば、誰もがその人型を指して、こう言うだろう。

 

 

 ―――――〈ソウルゲイン〉、と。

 

 



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第9話 「ホテル・アグスタ攻防戦(前編)」

「さて、今朝の議題は地球での件についてや」

 

第97管理外世界『地球』から帰還後、就寝したのが五時間前。

アクセルは早朝にも関わらず、再び部隊長室へと呼び出されていた。

正直、揃った面々がどうして平気にしているのかが理解できなかった。それでなくとも、シャマル作のナニカのダメージが響いていて、再び解毒剤を作るか迷っている調子だというのにも関わらず、これである。

 

「アクセル……その、無理しなくていいよ?コーヒー淹れようか?」

 

「わお……まるでこの地獄に舞い降りた女神なんだな、これが。ありがたくもらうよ」

 

 女神という言葉に反応してか、顔を赤くしてコーヒーを淹れに向かう。

 ……その背中に既視感。

 そう、何故かフェイトに対してだけ、決して少なくはない既視感を覚える。書類をまとめている時、笑顔で隣を歩いている時、そして、今のようにコーヒーを淹れている時。

 思い出せないが、フェイトによく似た人物がそうしているビジョンがたまに見える。

 彼女は、いったい誰なのだろうか。

 

「アクセル君、フェイトちゃんのうしろ姿に見惚れてるのはいいんやけど、会議にも集中してくれへんかな?」

 

「は、はやて!!」

 

「あ~、スンマセン。最近は疲れがたまってまして……こういう癒しがないと、ツラいんですわ」

 

 コーヒーを淹れる姿を見つめて考えていると、それをはやてに見咎められた。

 フェイトがさらに顔を赤くし、アクセルはさも疲れているというポーズを取る。

 

「仕方がないよ。最近は連日任務だし、それに分からないことが多すぎる」

 

「そうやな。ガジェットの活発化、転移反応なしに現れる機動兵器の集団、〈ソウルゲイン〉と同等の力を持つ女性……」

 

「あ~、ちょっといいスか?」

 

はやてが言ったその言葉に、アクセルは挙手した。

まだ、話していないことがあったのを思い出したのだ。

 

「ん?どうぞ、アクセル君」

 

「昨日言い忘れてたんだけど……その女と話したんだ、こいつが」

 

はやてが椅子から落ち、フェイトがコーヒーでむせた。なのはは目を丸くしている。

 

「な、なんやって!?」

 

「アクセル!!それ、どういうこと?!」

 

「ちょ、ちょっとアクセルさん?!」

 

 三人娘に詰め寄られる。両手に花以上の状況だが、アクセルはその鬼気迫る様子に、嬉しがるどころではなかった。

 

「ちょ、ま、落ち着いてくれ。順序良く話すから」

 

 なだめる様に両手を前に突き出す。

 三人が元の位置に戻ってから、気まずくなったのか咳払いした。

 

「あいつが言うには、周りにいた四体。あれの名称は〈ゲシュペンスト〉っていうらしい。それと任務がどうたら言っていたから、組織に属しているっぽい。〈ゲシュペンスト〉に関しては、俺の見た限りじゃ、〈ソウルゲイン〉みたいな全身装着型のデバイスだと思うんだな、これが」

 

 三人娘が机に集まる。アクセルの情報の分析にかかるらしい。

 

「〈ゲシュペンスト〉……幽霊か。言いえて妙やな、それ」

 

「私の方で調べてみるよ。新型デバイスの可能性も否定できないし」

 

「私も手伝うよ。顔はけっこう広いから」

 

 三人が話し合うなか、アクセルの手がポケットのメモリースティックに触れた。

 このことは話さない方がいい。自身の立場を悪くするだけだろう。

 赤頭巾のロリ娘から受け取ったには、とあるオークションに出品されるロストロギアの詳細と、それを奪取する手はずが書かれていた。

 仮面の女性から受け取ったものには、計画の若干の変更点と、〈ソウルゲイン〉の自己修復装置を向上させるためのデータが入っていた。

 見続けると頭を悩ます原因となるので、軽くしか目を通していないが、重要であることは理解できた。それほどのものを渡してくるということは、まず間違いなく、記憶があったころの知り合いだということ。

 

(アリシアっていう女性の件とか、ほかにも色々あるが……まずは俺自身で確認して判断しなけりゃ)

 

 言えないことが多すぎる。そのことにアクセルは罪悪感を覚えるが、今日という日はそれを意にせず始まる。

 

 

 

 

~第9話 「ホテル・アグスタ攻防戦(前編)」~

 

 

 

 

 あれから数日後。アクセルは輸送ヘリに揺られていた。

 周りにはフォワードの四人、三人娘にリインフォースⅡ、そして、珍しくシャマルが同乗していた。

 つまり六課のほとんどの戦力がこのヴァイスが操縦する〈JF704式ヘリコプター〉に搭乗していることになる。

 

「さて、もうすぐ到着するみたいやから、今回の任務のおさらいをしておくで」

 

 全員が一望できる席にいたはやてが空中にモニターを投影する。いかにも名のある巨匠がその技を凝らしたであろう芸術的な建造物の全景。CMに使われそうな映像だ。

 ここが今回の任務先。名称はホテル・アグスタ。

 

「骨董美術品オークションの会場警備と、人員警備。それが今回のお仕事ね」

 

「取引許可の出ているロストロギアがいくつも出品されるので、それをレリックと誤認したガジェットが出てきちゃう可能性が高い……ということで私たちが呼ばれたです」

 

「この手の大型取引だと、密輸の隠れ蓑になったりもするし、油断は禁物だよ」

 

 なのは、リインフォースⅡ、フェイトと順に説明していく。

 すでに現場にはシグナム、それにヴィータを代表として何人かが昨日から警備を行っているとのことだった。

 つまり、本当に六課の全戦力が集中していることが、任務の重要性を物語っていた。単に戦力の面で六課しか配備されなかっただけかもしれないが、そうでなくとも重要度が高いのだろうことが伺える。

 

「配置としては、私とフェイトちゃん、はやてちゃん。それにアクセルさんが中の警備。シグナムさんにヴィータちゃん、フォワードメンバーが外の警備にまわってもらうから……みんなは副隊長の指示に従って行動してね」

 

「え、俺も中の警備っスか?てっきり外だとばかり……」

 

 意外な配置に驚くアクセル。中に戦力を割きすぎではないだろうか。

 フォワード陣も驚きはしないものの、少しばかり意外だと感じているらしい。

 

「それについては、私から。実は目的地にはあまり局員が配置されてなくて。中の警備もごく少数……だから、アクセルさんには避難誘導の指揮を執ってもらいたいんです」

 

「避難が早く終われば、私らも応援に行けるしな」

 

「それに外には副隊長の二人がいるから、戦力不足ではないと思うよ」

 

 なのはが詳細を話し、はやてが付けたし、フェイトが安心するよう告げる。

 やはり、戦力として数えられるのは六課の面々だけということだった。だが、頼れる戦力が歴戦の猛者であるのならば問題はないということだ。

 そうまで言われると納得せざるを得ない。敬礼してフォワードメンバーに視線を向ける。

 何だろうと、全員がこちらを見返してくる。

 

「……誘導が終わったら、いち早く駆けつける。だから、それまで迎撃・防衛に徹すること。無茶して怪我でもしたらお仕置きなんだな、これが」

 

 軽い口調であっても、その中身には気づいてくれたらしい。全員が力強く頷いた。

 それを見て笑顔を浮かべるアクセル。心配はいらないだろう。

 

「ところで、気になってたんスけど。シャマル先生、その箱は?」

 

「ああ、コレ?」

 

 シャマルの座席の下。そこには衣装を入れるような白い箱が四つ。

 良いことに気が付いたとばかりに笑顔を向けてくるシャマル。その唇が言葉を紡ぎだす姿に、何故か冷や汗が垂れる。嫌な予感しかしなかった。

 

「これはね、はやてちゃんたちとアクセル君の、お仕事着」

 

 

 

 

 

 嫌な予感は的中した。

 

「ふぅ、楽しかったわ。アクセル君……どうかしら、みんな?」

 

「あ、アクセルさん……」

 

「わぁ……」

 

「兄さん。すごく似合ってるよ!」

 

「お兄ちゃん、かっこいい!」

 

「……一応、礼は言っておくよ。ありがとう」

 

 いま、着ているのは黒のスーツ。

 くせのついた髪はワックスで纏められている。いわゆるオールバックというやつだ。どういうわけか伊達メガネまでかけさせられていた。いつものような軽さは微塵も感じさせない。正直、十人が十人振り向くだろう姿。

 当の本人はそのフォーマルな姿に落ち着かなさを感じているようで、ぐったりしていた。そのため、近寄りがたさが薄れ、これまた婦女子には狙われそうな雰囲気を醸し出していた。

 そんなアクセルたちのもとへ、この場にいなかった三人。つまり、なのは、フェイト、はやてが揃う。警備ということを悟られないための仕事着。三人ともそれぞれにあった色のドレスを着ている。

 

「どうしたの?」

 

「あ、アクセルも着替え終わったんだ?」

 

「へぇ。けっこう似合ってるやないか」

 

「でしょう?それにみんなもよく似合ってる。やっぱり、シャマル先生の見立てに狂いはなかったわね!」

 

 笑顔で何度も頷くシャマル。確かに三人は似合っている。

 制服とは違う、色気のある姿を見ると彼女たちも年頃の女性なのだろうと思う。

 

「三人ともよく似合ってるな。俺は何ともいえないけどな、これが」

 

 社交辞令というわけでもないが、アクセルはそう口に出した。

 それを聞いて三人とも頬を赤く染める。

 

「そ、そんなことないよ!アクセルさんも似合ってるよ?」

 

「そうだよ!アクセルも、その、カッコいいよ?」

 

「そ、そうやで!なんちゅーか、ホストみたいな?」

 

「……はやて、ホストっていうのは褒め言葉じゃないと思うんだな、これが」

 

 褒め言葉を素直に受け取らないアクセルを見て、頬を膨らませる三人。それに軽く微笑み、腕時計を確認する。これもシャマルが用意したものであり、彼女の趣味が透けて見える。

 

「っと、そろそろ時間なんじゃないか?」

 

「あ、せやな。じゃあ、全員持ち場に向かおか。私たちは会場の中、アクセル君は出入り口とロビーや」

 

「フォワードのみんなはホテルの表側。反応があったら連絡してね」

 

 フォワードメンバーが敬礼をして部屋を駆け足で出ていく。シャマルもそれを追った。それから、アクセルも三人を伴って向かう。

 ホテル・アグスタの警備が始まった。

 

 

 

 

 

「しかし、広いなぁ……こんなところ俺だけで警備できるのか?」

 

 ぶつくさと文句を並べつつ、不審物や怪しい人影がいないか確認する。

 結局、任務には真面目であり、確認をマメに行うのがアクセルという男だった。

 ただ気になるのは、時折女性の横を通り過ぎると、何やらひそひそ声が背後で聞こえるのだ。振り返っても、すぐに顔をそむけられる。

 訳も分からず、居心地の悪さを感じる。似合わないと思われているに違いないとばかりに、首元を緩める。

 

「あの、少しよろしいでしょうか?」

 

「え?」

 

 ため息をつき、俯いていたアクセルに声がかけられる。

 顔を上げると、そこには女性が立っていた。

 透き通るような長髪の色は純白。青い瞳はサファイアを思わせる。薄く微笑んでいるその佇まいは、間違いなく美女の分類に入るだろう。

 

「あ、あぁ。すいません。それで、何か御用で?」

 

 緩めた首元を含め、身だしなみを軽く整える。先ほどの姿を見られていたとしても、少しはきちんとしておきたかった。

 そんなアクセルに目を細める女性。その小さな唇が開く。

 

「少々、お尋ねしたいことがありまして」

 

「どうぞどうぞ。俺でよければ、何でも聞いてください」

 

「では……」

 

 そう言うと、女性はアクセルに身を寄せてきた。

 両肩に手をかけ、口を耳元へと近づける。女性らしさを感じる胸が押し付けられていた。

 慌てるアクセルを尻目にまた微笑み―――

 

「予定通り、B1西搬入口から侵入します。隊長は陽動部隊の相手を、とのことです」

 

 ―――そう、先ほどと打って変わって冷たい口調で告げた。

 

「―――――!?」

 

「では、ありがとうございました」

 

 アクセルが驚愕に身を固める。その間に女性は離れ、元の口調で礼を告げて、早足で去っていく。

 正気に戻った時にはすでに彼女の姿は人ごみに紛れていた。

 

「……また、隊長か」

 

 一体自分は何者なのか。いや、今はそれよりも彼女の言葉だ。

 彼女は予定通りと言った。B1というのは地下一階、そこの西側の搬入口から侵入する。

 そこで思い出した。先日受け取ったメモリースティック。あの中にあったオークション襲撃の計画。あれは今日のことを言っていたのだ。だとすれば、ゲシュペンストがまた現れる可能性がある。

 

「―――ティアナたちが危ない?!」

 

 正面玄関に視線を向ける。その瞬間、爆発音が聞こえた。

 ガラスが衝撃波で揺れ、ロビーにいた女性客が悲鳴を上げる。

 

 

―――――戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 彼女は外の空気を吸うために正面入り口に足を向けていた。

 年齢は十代半ば。くせのある茶髪。白いショートドレスを着ている。

 今はその姿に似合わず、苛立っているように前髪をいじりながら、ため息をついた。

 

「全く、なんでこんなところに……」

 

 彼女はさも心外だとばかりに首を振る。

 彼女はとある企業の代表取締役社長であった。この年齢でその地位に就いているというのは非常に稀だ。故に他からは甘く見られる。

 だからこそ、こういうところに積極的に赴き、自身の名を売ってこいと言われているのだが、彼女はそういったことが好きではなかった。

 はっきり言って嫌いであった。彼女は根っからのインドア派で、好きなことは読書と機械いじりだった。

 

「はぁ……最悪」

 

 口から出る言葉はほぼ呪詛ばかり。猫背で三白眼の彼女が行うと、着ているものがそれなりでも、何やら空恐ろしいものが感じられる。ぶつぶつと呟きながら、入口の自動ドアをくぐる。

 瞬間、爽やかな風が吹き、彼女の髪を撫ぜ、頭を冷やす。

 

「……たまには、外もいい」

 

 少女の心変わりは早かった。

 ふと、視界の端に警備の管理局員が見える。案外、若い人が多いんだなと思いつつ、自分も同じ年齢だということを思い出す。

 大人の中で働いていると、たまに年齢が周囲と同じになった感覚に陥るのは自分だけだろうか、そう誰かに問いかけたかった。

 人の邪魔にならないよう脇に寄り、ポケットから板状のものを取り出して、中身を外にさらした。チョコレート。いわゆる板チョコだった。

 これを食べながら、開発中の『あの子』の様子を見る。それからでもオークションには間に合うだろう。

 

「いただき……ます?」

 

 顔に似合わず大口を開けてから、何やら警備員が慌ただしくしていることに気が付く。

 何か、問題でもあったのだろうかと、首を傾げた。すると、オレンジ色のツインテールをした局員がこちらへ向かってくるのが見えた。

 自分は何もしていないと、ゆっくりと両手を挙げる。左手には板チョコ。

 

「私は無実です」

 

「はい?って、そんな暇はないんだった!……あなた、早く中に入って!!」

 

「え、でも、まだ……」

 

 チョコレートを食べていない。

 そう言おうとした次の瞬間。

 爆音。そして、衝撃波が彼女らを襲った。

 

「―――――っ、大丈夫!!怪我は?!」

 

「……ダメ」

 

 オレンジ髪の管理局員が彼女を押し倒し、爆風から庇ってくれたおかげで怪我はない。

だが、彼女は絶望に襲われていた。左手を見る。そこには何もなかった。

 頭を横に傾ける。そこには泥にまみれた茶色の板。

 

「チョコレート、落とした……もうダメ」

 

「子どもかっ!!」

 

 

―――フレモント・インダストリー社代表、マーチ・フレモント。

 

彼女は今日初めて、ツッコミというものを経験した。



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第10話 「ホテル・アグスタ攻防戦(後編)」

 小高い丘。そこに二人の女性が立っていた。

 一人は先日〈ソウルゲイン〉と渡り合った、鬼面にチャイナドレスの女性。腕を組み、足を鳴らし、表情は見えずとも明らかに不満げな様子だ。

 もう一人は透き通るような緑色の長髪を持ち、ボディスーツを纏った女性。直立不動で、じっと視線の先にあるものを見つめている。

 視線の先には白い近代的な意匠の建造物。名をホテル・アグスタと言った。

 

「ったく。たかが陽動に、なんで私まで。あんたがいれば十分だったんじゃない?……W17(ダブリュー・ワンセブン)

 

「確かに。ですが、雇われの身でありながら仕事に従事しない、というのもどうかと思われますが」

 

 W17と呼んだ女性の冷静な切り返しに、鬼面の女性は言葉を詰まらせる。

 その言葉の通りに、仮面の女性は雇われの身だ。それもW17と同じ組織にである。

 しかし、出来ることといえば戦闘以外ほとんどない。頭脳労働も得意だが、自分以上の人間が複数いるなら、別にやらなくてもいいとも思っていた。そうであるからこそ、つい先ほどまで彼女は惰眠を貪っていた。そこを隣に立つ女性に叩き起こされたのだ。

 

「……いいじゃない。この間、アクセルに届け物したし。それにしても、あんたも気の毒よね。帰ってきて早速お仕事だなんて」

 

 仕返しとばかりに皮肉を交えて言いながら振り返る。周囲には二人以外にも人がいた。否、それは人の形をしながらも、人ではなかった。

 Wシリーズ。この組織の中核を担う天才科学者が生み出した、人造人間にして主力兵士である。隣にいるW17は特に優れた兵士であり、こういった個体はWナンバーと呼ばれる。

 

「今まで任務をこなせなかった、その清算をするいい機会です。それに我々は、そのために生まれてきた。従わない道理はありません」

 

 冗談も通じない。生真面目な切り返しに鬼面の女性は面白くない顔をする。だから、こいつら―――Wシリーズと一緒の仕事は嫌なのだ。人間の姿をしながら人間味に欠け過ぎている。何かと言えば、任務優先。

 

(そのために生まれてきたのは知ってるけど、それだけに生きろって決められてるわけじゃないでしょうに)

 

W12(ワンツー)から連絡。隊長に接触したとのことです」

 

「了解。〈フュルギア〉隊及び〈ガジェット・ドローン〉各機に攻撃命令を」

 

 そんな会話が、思考の海から鬼面の女性を引き上げた。どうやら任務が始まるらしい。

 傍らに立っていたW17はすでに愛機を起動させていた。紅のマントが風に揺れる。その手には鞘に納められた大剣。

 

「ヴァイサーガ、出る!!」

 

 W17。ラミア・ラヴレス。

 四年の歳月を経て、再び彼女は戦場に立った。

 

 

 

 

~第10話 「ホテル・アグスタ攻防戦(後編)」~

 

 

 

 

 今、ティアナ・ランスターは足止めを余儀なくされていた。

 

「アナタ、銃型デバイスを使う人?」

 

「えぇ!そうよ!!……このっ!」

 

 それも傍らにいる少女のせいだ。何故か彼女は避難せず、ティアナにしがみついている。

 しかも、戦闘中だというのに質問ばかりしてくるのだ。答えるティアナもティアナだが。

 

「見たところ陸戦。ランクと得意な魔法は?」

 

「そこっ!!……えっと、陸戦B!射撃と、幻術が少し!!……あぁ、もう!!」

 

 今すぐ彼女を避難させたいところだが、飛来するミサイルが多すぎる。撃ち落とすには両手でなければ間に合わない。

 しかし、彼女を抱えるにしろ、手を引くにしろ、その間は片手で対応するしかないのだ。それではやられる確率が高い。

 応援も難しいだろう。スバルはⅢ型二機を相手取っているし、エリオはスバルを援護しつつキャロを守るので手一杯のはずだ。

 副隊長やザフィーラも正体不明のホバータンクや今までとパターンの違うガジェットの戦術に苦戦している。

 つまり、ティアナは自身の力だけで、この状況を打破しなければならない。

 

(アクセルさんと約束した!無茶はしない、確実性をとる……けど)

 

 このままではジリ貧だ。いずれやられる。

 焦燥感に駆られる中、ふと、少女が袖を引っ張った。視線だけ向けると、何やら空色の縁取りがなされたカード状のものを、無言のまま差し出している。

 誘導弾を六つ生成して、撃ち出す。操作はクロスミラージュに任せる。これなら少女に向き合う時間は作れるはずだ。

 

「これは!?」

 

「戦況を変える可能性。適合性は分からないけど、一応アナタは条件をクリアしてる。どうする?」

 

 ティアナの目の前で、少女はそのカードを、誘うかのように振る。あくまでティアナの判断に任せるらしい。

 一瞬考えて、決めた。

 

「分の悪い賭けは好きじゃないけど……乗ったわ!!」

 

 ティアナはカードを受け取った。それを見た不機嫌そうな少女の顔がほころぶ。

 だが、それも一瞬。何かに気づいたように目を見開いた。

 何事かと思うと、こちらへ飛来するミサイル群。数は六つ。

 

(迎撃は……間に合わない?!)

 

 せめて少女だけでも、と覆いかぶさるティアナ。衝撃に耐えるため、瞼を閉じかけた。

 その一瞬、瞳が蒼い影を捉えた。

 

「狙いはばっちりなんだな、これが!!」

 

 聞き覚えのある声が響く。どこか軽い印象を与えるその声に、ティアナは安心感を覚えた。

 同時に爆音。見ると、空間に青い粒子が尾を引いていた。

 放たれた方向に顔を向ける。そこにはやはり、見慣れた蒼き巨人。

 

「アクセルさん……!」

 

 〈ソウルゲイン〉をまとう、アクセル・アルマーその人だ。

 

 

 

 

 

「っと、無事か?ティアナ……と見知らぬお嬢さん」

 

 避難誘導を近くにいた男性局員に任せ、アクセルは迎撃に出た。命令違反にあたる行為だろうが、この場合は情状酌量の余地もあるだろう。

 青龍鱗でミサイルを撃ち落とし、ティアナたちに近づく。ほっとしたティアナとは対照的に不機嫌そうな少女。

 

「助けていただき感謝します。私はFI社代表取締役社長、マーチ・フレモント。失礼は承知ですが、そのデバイスは何処製で?見たところ、まだ試作段階の全身装着型のようですが?貴方の滑らかな動作から、すでに幾度となく実戦投入がされているご様子。当分野では他社より先を行く自負がある我が社ですら、実機の運用にようやく目途が立ったところであるというのに……」

 

 ティアナの陰に隠れながら、そう一気に捲し立てるマーチという名の少女。

 だが、アクセルが口を開く前に、ティアナが驚いた顔をしてマーチを向いた。

 

「え、嘘?!あなた、FI社の社長だったの?チョコ落として落ち込んでたのに?」

 

「甘いものは頭脳労働に欠かせないから……じゃなくて」

 

 言葉を切りアクセルを、〈ソウルゲイン〉を睨む。

 どう答えようか悩んでいると、〈ソウルゲイン〉が熱源を感知した。

 

「悪いけど、説明している時間はないみたいなんだな、これが」

 

「えっ……あれは!」

 

 森から影が現れる。その数は五体。

 その内、四体は知っている。鬼面の女性と〈ゲシュペンスト〉だ。

 だが、残りの一体は見たことがない。

 まるで西洋の騎士を思わせる風貌。真紅のマントがその存在をより強調している。

 手に持った剣を引き抜き、鞘を捨てる。地面に落下する前にその形は崩れ、光となって消えた。

 

《聞こえますか、アクセル隊長。こちらはW17、ラミア・ラヴレスです》

 

(また、あの回線から……)

 

 先日、鬼面の女性が繋げてきた通信回路。機密通信装置が再び起動した。

 若い女性の声。おそらくは西洋騎士からだろう。どことなく、シグナムに声が似ている。

 しかし、W11だのW17だの、何を指している番号なのだろう。

 

《聞こえてるけどな、あんたら何者?俺と何か関係あるわけ?》

 

 そう返すアクセル。ティアナたちに感付かれないよう、同じ回線を使う。

 すると、鬼面の女性が肩をすくめた。

 

《……ほらね、言った通りでしょ?自己暗示か何か、使ってるって》

 

《……フフ、それでこそ、隊長。疑われないための偽装も完璧。ならば、私も自分の任務を遂行するまで!》

 

《あんたって、任務が関わると途端に熱くなるわよね。普段から、そのぐらい……ハァ……まぁ、いいわ。あんたたちは他の相手をしなさい》

 

 西洋騎士が剣を構える。それを見て鬼面の女性もため息をつきつつ、日本刀を構える。

 三体のゲシュペンストは同じ道を引き返した。おそらく他の場所に向かったのだろう。

 シグナムたちには悪いが、数が減って安堵を漏らす。

 とは言うものの、以前苦戦した相手と正体不明の騎士。厳しい戦いになることは免れない。

 

「ティアナ。お前はマーチちゃんを連れて退避しな。その分の時間は、きっちり稼いでみせるさ」

 

「でも!」

 

「いいから!それに隊長たちを呼んでくれれば、こっちが有利になる―――行け!」

 

「……っ、はい!」

 

 ティアナがマーチの手を引いて駆け出す。それを視界の端に収めつつ、アクセルは眼前の二人に向き直る。

 どれだけの時間が稼げるかは分からない。

 しかし、それでも。

 

「やるさっ!」

 

 〈ソウルゲイン〉のブースターを噴かす。同時に両手にエネルギーを集中。

 狙うは鬼面の女性。西洋騎士と違い、彼女は身を守る装甲がほとんどない。

 先制によるゼロ距離での一撃。例えパワーが同等で、スピードが上だろうと、これならばいける。

 

「目標行動パターン、予測……自己暗示をかけていようとも、やはり動きは変わりませんね、隊長」

 

「な、にっ!」

 

 途端、西洋騎士が前に出て、剣を横なぎに振るう。

 とっさに防御行動を取るアクセル。左腕に衝撃が走る。何とか間に合いはしたが、無理な挙動で態勢が崩れた。

 そこを逃すほど迂闊な輩はここにはいなかった。

 

「その隙は、逃さない!」

 

 日本刀を上段で構え、接近してくる。その踏み込みの速さは尋常ではない。

 右腕を上方にし、その一撃を受け止める。片手では支えきれないパワーであることは理解していたが、ここは耐えてみせる。

 左右両方からこちらを両断しようと、すさまじい重量がかかった。

 すでに両者の顔がほぼ眼前にあるという超々接近した状況だ。

 

「ずいぶんとなれなれしいな。もしかして、あんたらのどっちかが、俺の恋人とか?」

 

 軽口をたたいて相手を苛立たせる。いわゆる口撃というやつだが、期待はしていない。

 何となくだが、そんなものが通じる相手ではない気がする。

 

「余裕、ということか、隊長。しかし、あなたにはアリシア様がいらっしゃる。冗談でもそのようなことは言うべきではありません」

 

「そうよ、隊長さん。アリシアが怒ると怖いのは、身に染みてるでしょ?」

 

(くそ、こいつらといい、あの美女といい……なんで俺を隊長って呼ぶんだ?それにアリシアって……)

 

 考え事はあとだ。今はこの状況をどうにかしなければ。

 〈ソウルゲイン〉に命じ、両腕を回転させ始める。初めは弾かれないようにと更に力を込めていた二人だが、やがてトップスピードを迎えた回転にはかなわない。

 自ら身を引き、バックステップ。再び構える。

 アクセルは腕を回転させたまま、こちらから攻めようとする。

 だが、その時だ。

 

 

「ハルバートランチャー、シュート!!」

 

 

 そんな女性の声が背後から聞こえ、振り返る。その顔の横を放射状に放たれた閃光が通り過ぎる。

 輝く閃光は西洋騎士たちに降り注ぐ。

 だが、アクセルはそちらに目を向けていなかった。

 その瞳は上下に別れた銃身を構える、人型の機動兵器に向けられていた。

 

(あれは、あの機体は……!)

 

「無事ですか、アクセルさん!助けに来ましたよ!」

 

 一瞬、記憶の靄が晴れそうになったが、そんな声に現実に引き戻される。

 声は目の前の機動兵器から聞こえた。しかも、聞き覚えがある。

 

「てぃ、ティアナ?!おま、なんでそんな?」

 

 アクセルがよく知る少女。ティアナ・ランスターがその機体を駆っていた。

 

 

 

 

 

 「いいの?」

 

 時間は少し戻る。

 アクセルの指示通りにマーチを連れて退避したティアナだったが、そんなマーチの一言に、足を止める。

 

「……そんなわけないじゃない。私だって、あの人を、アクセルさんを助けたいわよ」

 

 だが、自分にはそこまでの力はない。理解している。例え援護に向かったとしても、足手まといになるだけなのだ。

 昔の自分からは成長した。だが、それだけだ。彼らの戦闘に入れるレベルには達していない。

 

「だったら。これ、使う?」

 

「えっ……あ、それって、さっきの」

 

 マーチは再びカードを差し出してきた。それは日光に照らされ、輝いていた。

 その輝きにティアナは見惚れる。そして、確信した。

 これがあれば、例え自らの技量が低くとも、彼を助けることができると。

 

「マーチ!」

 

「了承。あなたのデバイス、貸して」

 

 言われた通りに相棒を待機形態にして渡す。

 マーチは〈クロスミラージュ〉とカードを重ね、ティアナにそれを返す。

 それから、空間にディスプレイとパネルを投影する。

 

「……〈クロスミラージュ〉、だったね?アナタの方でもこちらとの調整をして」

 

《OK. Connect start》

 

「プログラム『灰色の救世主』始動。フィードバック開始。システムを対象へ適合。機動外郭チェック。全武装チェック……」

 

 空間に映し出されたパネルを尋常ではないスピードで打つ。

 ティアナは唖然として口を開けた。

 チョコを落として沈んでいた少女の姿からは程遠い。

 これが彼女の本当の姿。FI社代表の姿。

 

「リンク終了。全システム、オールグリーン。〈アシュセイヴァー〉起動……!」

 

 

 マーチの指がエンターキーに触れた。甲高い電子音が聞こえたと同時に、ティアナの身体が光に包まれる。

 次の瞬間には彼女の姿はなく、代わりに人型をした機動兵器が佇んでいた。

 

「私はここでモニターしてる。武器の説明は順次するから。行って」

 

「……ありがとう!」

 

「礼はいい。行って」

 

 向きを変え、滑空走行を始める〈アシュセイヴァー〉。

 ティアナは気が付いてた。お礼の言葉を口にした時、顔を背けながらも、ほのかに頬を赤らめていたマーチのことに。

 やはり年頃の少女。顔には出やすい。

 

「よし、行くわよ!〈クロスミラージュ〉、〈アシュセイヴァー〉!」

 

《Yes, sir!》

 

 〈クロスミラージュ〉が応え、〈アシュセイヴァー〉が双眼を輝かせた。

 

 

 

 

 

「てぃ、ティアナ?!おま、なんでそんな?」

 

 ティアナはマーチに指示された通り、ハルバートランチャーという武装を目標に向けて放っていた。

 

「質問もお叱りもあとでお願いします。今は、敵に集中しましょう!」

 

 その言葉に〈ソウルゲイン〉が振り返る。

 そこにはマントで仮面の女性を庇っている西洋騎士の姿。

 見る限りダメージは少ないらしい。あのマントは何製なのだろう。

 

《へぇ。まさか『こちら側』に稼働段階までいってる機体があったなんてね。しかも、ASK系か》

 

《ソードブレイカーを装備している指揮官仕様。声紋に該当者あり。搭乗者は―――ティアナ・ランスター、か》

 

《こういうのを運命っていうのかしらね》

 

 機密通信装置から、二人の会話が聞こえてくる。妙に納得したような口調で、ティアナが纏う機体のことを口にしている。その上、ティアナのことまで、まるで既知かの如く話していた。

 

(どういうことだ。俺が関係あるのは分かる。だが、何故ティアナまで?)

 

 疑問が浮かぶアクセル。自身が何かしらの関係者だということは想像がついている。

 しかし、ティアナは機動六課に帰属してから知り合った。これまでの遭遇から、ティアナが関係している要素は何一つなかった。しかし、ASK系と呼ばれる機体を駆って来た途端、この反応。

 いったい何なのかと訝しむ間にも彼女らの話は進む。

 

《……W12から連絡。目標の奪取に成功したようです》

 

《ふ~ん。じゃあ、もう用はないわね……アクセル!また会いましょう!》

 

《隊長。貴重な戦闘データが取れました。感謝します》

 

「おい!待て!!」

 

 仮面の女性を抱きかかえる西洋騎士。空中へ浮かび、そのまま高速で去って行った。

 あっという間だった。何時の間にか周囲の爆音も消えている。

 任務が完了したのだ。無駄に戦闘を長引かせるほど愚かではないということか。

 アクセルは〈ソウルゲイン〉を待機状態にし、座り込む。

 

「ふぅ……」

 

「……大丈夫ですか?」

 

 〈アシュセイヴァー〉を待機させたティアナが近寄ってくる。

 隣に体育座りする。どことなく申し訳ないという表情と雰囲気をしている。

 俯きながら、遠慮がちに口を開き始める。

 

「あ、あの。すいませんでした……指示を無視して。結局、何の役にも立てませんでしたね」

 

「……そんなことはないんだな、これが」

 

 えっ、と驚き顔を上げる。そんなに驚くことでもないだろう。

 確かに指示無視はどうかと思うが、それは自分自身にも言えることであった。

 それを思い出して、部隊長からのお小言を想像して肝を冷やしつつ、ティアナに語りかける。

 

「ティアナは奴らの不意を突いた。おかげで、困惑させることが出来たし、それに結果として撤退させたじゃないか」

 

「で、でも……」

 

「それに、俺も命令違反したしな……実は避難誘導、ほっぽり出してきちまったんだな、こいつが」

 

 顔を曇らせたままのティアナを慮って、正直に話す。同じだろ、とついでに笑って見せた。

 ぽかんとばかりに口を開くティアナ。間を置いて吹き出した。

 

「あははっ。駄目じゃないですか、仕事を放りだしたら」

 

「お、言うねぇ。俺の指示を無視ったくせに」

 

 お互いに軽口をたたき、同時に笑う。

 二人は副隊長やフォワードメンバーがやってくるまで笑い合っていた。

 

 

 

 

 

「ん~、やっぱいいなぁ」

 

 小高い丘。数時間前までラミアらが陣取っていた場所。

 そこに少女はいた。

 長い髪は蒼く、それを所謂ツインテールにしている。つり目の瞳はルビーのように真っ赤だ。

 着ているものは黒のレオタードのようなボディスーツに青いベルト、それと同色のマントを羽織っている。

 少女は丘の端に座り、崖から両足を出して揺らしていた。

 その視線はやはりホテル・アグスタに向いている。

 正確に言えば、敷地内の広場。そこに集まっている機動六課の面々だ。

 

「あの騎士っぽいのもカッコいいけど、やっぱりあのロボットが一番カッコいいね」

 

 視線の先では正座しているアクセルとティアナ、それにマーチがいた。はやてを始めとした各隊長から説教を受けている。

 前二人は仕方がないという表情だが、マーチはなんで私までとばかりに不機嫌そうだ。

 

「あの筋肉……僕も鍛えれば、手に入るかな?」

 

「馬鹿言わないでください。鍛えても手に入るわけないでしょう」

 

 背後から聞こえた声に蒼い少女は顔をほころばせて振り向く。

 そこには栗毛のショートカットをした少女がいた。まっすぐにこちらへ歩いてくる。暗い紅を基調としたその服の中央には薄紫のリボンがつけられていた。

 少女は立ち上がり、歩み寄ってくる彼女に抱き着く。

 抱き着かれた彼女はため息をつきつつも、優しく抱き返した。

 

「シュテるん!今日のお仕事は終わり?」

 

「えぇ。ですから呼びに来ました……王はまだ昼寝(シエスタ)中ですけど」

 

「あれは昼寝じゃないよ、もう半日くらい寝てるじゃん!」

 

「落ち着きなさい、レヴィ。まぁ、その通りですが……」

 

 仲睦まじく抱き合いながら会話を続ける。

 仲良し姉妹、という言葉がとてもよく似合っていた。

 

「じゃあさじゃあさ!帰った時に起きてなかったら、砲撃ぶちかまして起こせばいいんだよ!それくらいしないと起きないって!」

 

「……それはいい考えです。私も乗りました。我等も少しばかり、引き締めなければなりませんからね」

 

「急いで帰ろ!くぅ~、楽しみだなぁ!王様の唖然とした顔が目に浮かぶよ!」

 

 レヴィという名の少女は急ぐように飛び上がる。

 シュテルと呼ばれた彼女は、レヴィを追う前に視線をちらと六課の面々に向ける。

 彼女の視線は一人のみを映していた。自身と同じ、栗色の髪を持つ女性。

 

「舞台が整うまで……あなたと魔導を競うのは我慢しましょう。タカマチナノハ」

 

 早く早く~、とレヴィが叫んでいる。手足をじたばたさせ、シュテルをせかす。

 もう少し落ち着くことを覚えなさい、とため息をつき彼女を追った。

 小高い丘。そこにはもう誰もいない。

 



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第11話 「過去、そして彼方より」

赤く澄み渡った世界。

 

「問題……あり……」

 

 生命(いのち)のない静寂な世界。

 

「宇宙……監視……静寂……で……なければ……」

 

 周囲にはストーンサークルや紅い結晶体がいくつも漂っている。

 

「憎み合う……望んでいない……世界……」

 

 ここは広大で、果てを感じさせなかった。

 

「混乱……混沌……世界の……修正……」

 

 古き頃より『監視者』はここに存在していた。

 

「……完成する……新たな生命……」

 

 過去も、現在も、未来も、その全てがここにある。

 

「……失敗……やはり……ニンゲンは……」

 

 

 ―――ここは無限の“刻”が交わる場所。

 

 

 

 

~第11話 「過去、そして彼方より」~

 

 

 

 

《Schlange form》

 

「行け!シュランゲバイセン!」

 

 ホテル・アグスタでの任務を終えて、一週間が経った。

 あの時現れた西洋剣士。あれは四年前にもシグナムたちによって確認されたという。

 管理局で付けられた名称は〈ソードマン〉。今までは新型のガジェットとして認定されていたが、その情報は改められることになる。

 あれを使用していた人物と会話したアクセルが、あれは全身装着型のデバイスである可能性が高いということを証言したためである。

 部隊長たるはやてはこのことを近々、上層部へ報告しに行くという。それが正しい判断だ。

 ―――〈ガジェット・ドローン〉の活発化の裏には、未だ試験段階にある新型デバイスを複数所持する謎の集団が関わっている、という可能性が現実味を帯びてきている。既に機動六課だけでは手に負えない案件となりつつあるのだ。

 六課隊長陣が忙しく情報収集に奔走するなか、フォワードメンバーたちは変わらず、任務がない時は激しい訓練で自らの技術を研鑽している。

 いや、訂正しよう。あの日から一人だけ、日常の訓練が変わってしまった人物がいる。

 

「ガンレイピアを!それからファイアダガーで撹乱(かくらん)!タイミングは任せるわ!」

 

《Yes, sir. Fire dagger, set》

 

 そう、ティアナ・ランスターだ。

 アクセルの目の前では、シグナムと〈アシュセイヴァー〉の戦闘が繰り広げられている。

 ティアナは今日で三日連続、シグナムと模擬戦を繰り返していた。傍らには、マーチ・フレモント。投影されたパネルには〈アシュセイヴァー〉のパラメータやらティアナの情報などが所狭しと列挙されていた。

 

(〈アシュセイヴァー〉、か……)

 

 模擬戦闘とは言えないほどの激戦を瞳に映しつつ、アクセルは一週間前のことを思い返す。

 あの日、ティアナが使った全身装着型の新デバイス『アサルト・ドラグーン』。

 あれを動かすため、機体には彼女の生体認証(バイオメトリクス)が登録された。

 試作機故に変更という融通も利かず、事実上、彼女しか扱うことのできない専用機となってしまったのだ。

 緊急時とはいえ、FI社の所有物。しかも、世に公表されていない新型試作機のデータを上書きしてしまったことを六課部隊長、八神はやては謝罪した。

 だが、FI社代表から返ってきたのは、こんな言葉だった。

 

《いえ、あの時は仕方がありませんでしたから。データ収集に協力していただけるならば、今回は不問にしましょう》

 

 会社としてもせっかく得られたデータを消すことは、できれば避けたいという。

 だがしかし、社長自らがデータ収集のため出張してくるという、前代未聞の対応に六課の誰もが驚いた。

 曰く、こうして研究に没頭している方が楽しい、とのこと。社長がこれでよく会社が成り立っているな、と口に出したい話ではあった。

 そういった経緯もあって、ティアナは六課にいながら、FI社製試作機(アシュセイヴァー)のテスターを務めていた。

 

「やはり、彼女は優秀。アルマーさんもそう思う?」

 

「まぁ、それは否定しないけどさぁ。何でいっつも俺の隣に来るわけ?」

 

「貴方の機体、〈ソウルゲイン〉が気になるから。是非とも貸してほしい。ちゃんと元通りに組み立てる」

 

「……そんなこと言われて貸し出すやつはいないと思うんだな、これが」

 

 モニターしながら、表情を変えずさらりとそんなことをのたまうマーチ。

 そうなのだ。ここ三日間ほどティアナの様子を見に来るたびに、アクセルは彼女に付きまとわれていた。

 〈ソウルゲイン〉に興味を持ったらしい。彼女が言うには、未だ試作段階どころか机上の空論でしかないはずの機種が、すでに実戦向けとして稼働していることがおかしいという。

 そんなことを言われても、アクセルには記憶がない。故に返す答えもない。

 だから今までも、そして今日も、答えをはぐらかす。

 

「お、そろそろ決着みたいだな」

 

「ん……」

 

 上段からシュベルトフォルムの〈レヴァンティン〉を振り下ろすシグナム。

 炎を纏わせているところを見ると、紫電一閃だろう。

 対するティアナは左手のレーザーブレードを横にして構える。

 どうやら受け止めるつもりらしい。

 

「―――――紫電、一閃!!」 

 

 激突。火花が散る。

 一瞬の拮抗の後、レーザーブレードが途中で切断され、〈レヴァンティン〉が〈アシュセイヴァー〉を両断しようと頭上に迫る。

 

「なっ!」

 

 だが、それはいつの間にか右手に展開していたある武装によって阻まれた。

 ハルバートランチャー。ホテル・アグスタの一件でも用いられたその射撃兵装は、銃身がまるでレンチのように上下へ別れる構造となっている。それを用いてシグナムの右手を捉えたのだ。

 止められたシグナムはもちろん、アクセルもマーチもその製造段階では考えられもしなかったであろう使い方に驚く。

 これは間違いなく、ティアナの作戦だ。意図的にレーザーブレードへのエネルギー供給を止めて、〈レヴァンティン〉を振り下ろさせたのだ。刀身同士の衝突の瞬間に、武装を展開して、タイミングよく振り下ろされるコースへ、砲身を向ける。一瞬の間に何度の思考が行われたことか。

 

「ソードブレイカー射出!!」

 

《Yes, sir!》

 

 〈レヴァンティン〉を振り下ろさせないために力を入れていたティアナが叫ぶ。

 肩に搭載された飛行砲台(ソードブレイカー)六基のうち四基が離れ、シグナムの周りを取り囲んだ。

 ソードブレイカーもハルバートランチャーと同じ構造をしている。隠されていた銃身が口を開き、エネルギーを充填している。

 勝敗は誰の目から見てもも明らかであった。

 

「……チェックメイトです。シグナム副隊長」

 

「フッ、あぁ。よくやった、ランスター」

 

 シグナムが〈レヴァンティン〉を下ろす。ティアナも指示を出して、ソードブレイカーを回収。〈アシュセイヴァー〉が光に包まれる。

 光が収まると訓練着のティアナが現れ、地に足を付けた。

 瞬間、彼女は膝をついた。シグナムが珍しく慌てて駆け寄る。

 

「どうした?!」

 

「いえ……腰が抜けちゃいました」

 

 あはは、と苦笑するティアナ。見れば、手も僅かに震えているし、訓練着は水に浸したように汗で濡れている。

 確かに、彼女からすれば先ほどの戦法は分の悪い賭けみたいなものだったのだろう。

 レーザーブレードの刀身を消す、そして、砲身でシグナムの手を受け止める、そのタイミング。

 この三日間でシグナムの手はある程度理解していたとしても、運任せには違いない。

 何よりも、目の前まで迫る死の恐怖を乗り越える度胸が必要だった。それを乗り越えたのだ。これくらいは普通だろう。

 ほっとしたシグナムは、ティアナの肩に手を回し、彼女をかついだ。

 

「あとでその機体の報告書。忘れるな」

 

「……シャワー浴びてからでいいですか……」

 

 そんな会話をしながら、隊舎へと戻る二人。

 アクセルとマーチも労いの言葉をかけるために隊舎へと戻った。

 

 

 

 

 

「いやぁ、さっきは凄かったぜ、ティアナ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 隊舎食堂。四人がけのテーブルに彼らはいた。

 あの後、シャワー室から出てきたティアナを、アクセルはご褒美と言って昼食に誘ったのだ。時間帯もちょうど正午だった。

 それを聞いたティアナは何故か顔を赤くして遠慮したが、腹の虫が彼女の意思に反して声を上げた。結局、更に顔を赤く染めながら、アクセルの申し出を受けたのであった。

 

「確かに。貴方のあの機転はすばらしい。ASK-AD02(アシュセイヴァー)は中・遠距離戦を重視している。その弱点を洗い出すためにシグナム二等空尉に模擬戦を依頼したけど……まさか、あんな方法があるなんて」

 

「……マーチ。さっきまでとは態度がずいぶん違うじゃない。というか、食堂で板チョコを並べるな!」

 

 ティアナの左隣。そこに彼女は座っていた。テーブルには五枚ほど、板チョコが重ねられている。

 何故か食堂の入口をうろうろしていた彼女はアクセルたちを見つけると、一緒に食事しようと言い出した。

 彼女は内向的で進んで話をするタイプの人間ではない。加えて、まだ年端もいかない人見知りの少女。故に知っている人間、つまりアクセルとティアナの傍にいたいのだ。

 

「ここは食事を摂るところ。私が何を食べていても問題ない」

 

「……まぁ、そうだけど」

 

「いいじゃないか。人数は多い方がいい……あっちと一緒はカンベンだけどな」

 

 アクセルの視線の先にはスバルとエリオ。その前にはうず高く盛られたスパゲティ。

 それを食べ尽くす勢いの二人に、同じテーブルのキャロは苦笑いしていた。

 

「もう、見慣れちゃいましたよ。あいつとパートナー組んでから結構経ちますから」

 

「そんなもんかねぇ……ところでさ、ティアナ。なんで髪を下ろしてるんだ?」

 

 そう、シャワー室を出てきてから彼女はツインテールではなかった。

 何時ものような快活さは鳴りを潜め、やや大人らしい姿である。

 

「あ~。ちょっと億劫でしたから。何なら、いま結びますけど?」

 

「……いや。もうちょっと、そのままでいてくれ」

 

「え……は、はい……」

 

 ティアナが頬を染めていたが、すでにアクセルは思考の海に潜っていた。

 初めて見たはずなのに、どこかで見たことがある。大人の雰囲気を持ったティアナ。その姿と〈アシュセイヴァー〉を装備した彼女が重なる。

 これもキーワードだ。髪を下ろしたティアナと〈アシュセイヴァー〉。

 そう言えば、あの鬼面の女性やラミア・ラヴレスと名乗った女性も〈アシュセイヴァー〉のことを知っていた。

 

(いったい、何なんだ?)

 

「―――さん、アクセルさん?聞いてますか?」

 

「あ……すまん。少し考え事をしてて。どうしたんだ?」

 

「もう……Aランチ、来てますよ。食べないんですか?」

 

 見ると、目の前には頼んでいた定食。

 ティアナはすでに食べ始めていたようで、いくつかおかずが無くなっている。

 よほど腹を空かせていたようだったが、それも仕方がない話だろう。

 

「おし、じゃあ、頂くとしますか!」

 

 アクセルが早速口に入れようとフォークを持ち、メイン料理に矛先を伸ばす。

 

 

《聖王教会から連絡!ガジェット出現!スターズ、ライトニングは出撃準備を!》

 

 その切っ先が触れた瞬間、けたたましいアラームと共にそんな放送が隊舎に響いた。

 その意味は、一級警戒態勢。

 

「……ナイスタイミングなんだな、こいつが」

 

「ご愁傷様です。それと、ごちそうさまでした」

 

 見れば、ティアナの皿はすっかり綺麗になっていた。

 

 

 

 

 

《もうすぐ目的地上空ですぜ!降下準備、大丈夫すか?!》

 

 ヘリの格納庫内にヴァイス陸曹の声が響く。出撃から三十分ほどというところか。

 今回の出撃メンバーはアクセルを始めとして、フォワード陣、スターズ両隊長の七名。

 そして、今回はアクセルとティアナは別働隊という説明を受けていた。

 何でも目標施設は地下に造られたエネルギー研究所らしく、ガジェットの襲撃によって全システムのフェイルセーフが発動。それに伴い冷却用の発電施設も停止し、内部は非常に高温になっているとのこと。

 魔法による防御が万全であれば、生身でも突入可能なのだが、周囲にはガジェットにより発生したAMFがある。

 そのため、装甲を持ったデバイスの出番というわけだ。

 

「じゃあ、予定通りに……アクセルさんとティアナは施設突入を最優先に。私たちは先行して周辺のガジェットを掃討後に突入します」

 

「了解だ。援護は頼むぜ、ティアナ」

 

「もちろんです。任せてください」

 

 ヘリの後部ハッチが開かれた。先になのはとヴィータが空中へ躍り出る。

 続いて、スバル、エリオ、キャロだったが、飛ぶ前になぜか三人が振り返った。

 

「アクセルさん、ティアのことお願いします!」

 

「兄さん、気を付けて」

 

「お兄ちゃん、ティアナさんのことを守らなきゃダメですよ?」

 

「分かったから、早く行けって!俺らが出られないだろ!」

 

 少し不満そうにしながら三人が飛び降りた。

 そして、残った二人の番。席から立ち上がり、風が吹きすさぶ後部へと移動する。

 

「すいません、スバルが余計なことを……」

 

「いや、見た限り事前に相談してたと思うんだな、これが……気を取り直して。行くぞ、ティアナ!」

 

「はい!」

 

 開かれたハッチの上に立ち、二人は互いの相棒を装着する。

 片方は蒼い戦神。もう片方は青い機人。

 

「〈ソウルゲイン〉、出るぞ!」

 

「〈アシュセイヴァー〉、行きます!」

 

 大地に穿たれた黒き孔へと、二つの青き彗星が舞い降りる。

 

 

 

 

 

「二人は無事に施設に突入したみたいだね、レイジングハート」

 

《Yes, master.》

 

 誘導弾でガジェットをけん制しつつ、なのはは愛機に確認を取る。

 視線を上げるとスバルが足場の悪い地形であることを見越してか、ウイングロードをいくつも作り、味方の足場代わりとしている。

 エリオはそこを起点として、周囲のガジェットに対して雷撃を落としている。傍らにいるキャロのブーストを受けているため、ガジェットの数がどんどん減っていく。

 後方ではヴィータがハンマーを振り回して、ガジェットの数を削っているはずだ。

 これなら予想よりも早く援護に向かえそうだ。

 フォワードメンバーも思ったより成長している。

 度重なる実戦のおかげもあるだろうが、アクセルの存在が大きいだろう。

 スバルが作ったウイングロードはただ適当に作ったのではなく、味方が攻撃しやすく通りやすいような工夫も施されている。

 エリオもただ突撃するだけではなくなった。斬撃と雷撃を交えたヒット&アウェイが上手くなっている。

 キャロはブーストの判断が早くなった。何を、いつ、誰にかけるか。要点をしっかり押さえられている。

 全てアクセルの教えだった。正直、なのはたちだけでは、これだけ早く順当にはいかなかっただろう。

 

(それに、一番影響を受けているのが、ティアナだろうなぁ)

 

 指揮官としての才能が徐々に芽生え始めている。元々、フォワードの指揮を執っていたから資質はあった。アクセルの教導を受けてからは大胆かつ繊細な作戦を立てるのもしばしば。

 そして、大きな要因が新型機のテスターだ。

 あの機体……〈アシュセイヴァー〉だったか。あの機体はティアナに非常に合っている。

 戦闘スタイルはもちろん、彼女の手札を増やすものとしては最高だ。彼女が一体、どれほどのレベルに達するのか、なのはにも分からない。

 もちろん不安ではあるが、以前の自分のような無茶はしないだろう。

 心優しい、お目付け役がいることから安心だ。

 

「なのは。どうやら片付いたみたいだぜ。思ったよりあっけなかったな」

 

「え、うん、そうだね」

 

 気が付けば、すでに周囲のガジェットは残骸と成り果てていた。

 フォワードメンバーも集まっている。どうやら予想以上の成長を遂げているらしい。

 

(リミッターの解除もすぐかな……)

 

「なのはさん!早く突入しましょう!」

 

 スバルが急かすように口を開いた。どうにも一戦終えてヒートアップしている。

 突撃思考はそう簡単に治らないようだが、それこそ彼女の持ち味の一つだ。

 

「落ち着けよスバル。とりあえず、周囲を確認してから―――」

 

《ロングアーチより各員へ!周囲に異常重力反応確認!警戒してください!》

 

「―――何?!」

 

 スバルを諌めるヴィータ。だが、唐突な異常重力反応との通信に全員が色めき立つ。

 見渡すと、青い何かを纏った影が視界に現れた。

 影たちは地面にできた穴から這い出してくるように次々と増えていく。

 よく見るとそれは異様な姿をしていた。

 その影は二種類に区別できて、一種類は骨で出来た怪物、もう一種類は鎧をまとった植物と表現できた。

 

「何ですか、あれ!?」

 

「骸骨に植物……無機物(ガジェット)じゃない!」

 

「かといって、〈ゲシュペンスト〉を使ってる奴らとも系統が違うようだしな」

 

「正真正銘の正体不明(アンノウン)……まさか地下にも?!」

 

 地面に視線を向けるなのは。その瞬間を狙ってか、紅い光線を次々と放ってくる異形達。

 スバルとヴィータが前に出て、シールドを張る。

 威力はそれほどでもないようだが、数が多すぎる。

 

(ごめん、アクセルさん、ティアナ……少し援護が遅れるかも……)

 

 なのはは〈レイジングハート〉を異形へと向けながら、心の中でつぶやいた。

 

 

 

 

 

 人工的にくり抜いて作られた洞窟。そこに建造された灰色の建物の内部に二人はいた。

 ガジェットの侵入口でもあった縦穴を無事、降下し終えたアクセルたちは研究施設に侵入。

 通路に湧いているガジェットを撃破しつつ、最深部にある発電施設へと急いでいた。

 

《Route retrieval end. It arrives within three minutes》

 

「ありがと。アクセルさん、こっちです」

 

「了解だ……しっかし、想像以上に入り組んでるな、こいつは」

 

 ただの研究施設にしては構造が複雑すぎる。情報では普通の研究施設となっていたが、どうやら違うようだ。

 対侵入者用のセンサーや監視カメラなども設置されているが、この暑さによって機能を働かせることはなかった。

 

「えぇ。おそらく、違法研究施設でしょう。とりあえず、発電機を動かして事態を収拾したら、調査に移りましょう」

 

「あぁ。そして、ここの責任者をとっ捕まえて、お仕置きしてやろうぜ!」

 

「ふふ、そうですね……っと、ここから先が発電施設みたいです」

 

 目の前には大きな両開きの扉。横にはキーパネルが取り付けられている。

 カードキーと数桁の暗証番号で開く仕組みのようだが、二人は疑問を感じた。

 

「……おかしいですね」

 

「あぁ。これは間違いなく開いてる……どうなってるんだ?」

 

 パネルの小型モニターには『OPEN』の文字が緑色のライトで輝いている。

 考えられるのは職員か、ガジェットか、もしくは別の可能性が考えられるが、まず職員のはない。

 ガジェットの襲撃により職員はフェイルセーフ発動と同時に避難した。避難完了時に、全ての扉にロックが施されたと報告を受けている。故に劣悪な環境となったここに再度足を運ぶ職員がいるはずはない。

 後者もあまり適切ではない。単純なロックであれば、ガジェットは解除して侵入するだろうが、この扉は二種のキーが必要になる。この時点で解除するより、扉を破っていくのが常套手段と調べがついている。

 残された可能性は一つ。

 

「中に、誰かいるってことか……」

 

《That’s right. A movement reaction perception》

 

 〈クロスミラージュ〉が動体反応を確認したことを告げる。

 援護をティアナに視線を向けることで頼んだ。理解した彼女は、その手にガンレイピアを構えた。

 〈ソウルゲイン〉が一歩踏み出す。ドアは自動的に開かれた。

 その先には、彼の考えていたことと全く違う光景が広がっていた。

 

「な、何だ、これ?」

 

 室内へと足を踏み入れる。

 そこは発電施設などではなかった。

 あるのは液体が満たされた楕円形のカプセル。それが部屋のいたるところに設置されている。

 

「え、何……嘘でしょ……」

 

 続いて入ってきたティアナも愕然としていた。

 それも当然である。カプセルの中には、人が浮いていた。

 全て金髪の少女。いや、年齢は4、5歳といったところで、少女と言うには幼すぎる。

 

 

「人造、魔導師……」

 

 アクセルはつぶやく。

 この光景に似たものを彼は知っていた。

 失った記憶の中にこれがある。

 だが、彼の記憶ではカプセルの中は成人した女性が―――

 

 

 ―――――これが計画の要、聖王の器か……どう思う、アクセル?

 

 

 途端、そんな言葉がアクセルの脳裏をよぎった。

 今のは、誰だ。

          ―――知っている。

 覚えていない。

          ―――黒装束の男。

 分からない。

 だが、あいつ(・・・)はいつも黒を好んで着ていた。

 

あいつ(・・・)!そうか、あいつとはこの男のことか?)

 

「アクセルさん!大丈夫ですか!!」

 

 いつの間にか片膝をついていたようで、ティアナが声をかけてくる。

 あいつについてはあとで考えることにする。断定するのは早いが、これもまたキーワードだ。

 

「―――――あ、あぁ。大丈夫だ、何ともないさ、こいつが……とりあえず、周囲を捜索しよう。何か分かるかもしれない」

 

 心配しないよう言葉を返しながら、立ち上がり、周りを見回ろうとした。

 その時。奥の方から声が聞こえた。数は二つ。何やら話し込んでいるようで、こちらには全く気が付いていない。

 ティアナを伴って慎重に近づくと、空のカプセルの前に二つの人影が見えた。

 いや、人影というのは適切ではない。その姿は機動兵器のものだったからだ。

 

「ん~。もう運び出された後なんて、無駄足だったよぅ。ねぇ、シュネー?」

 

「文句を言わないのよ、ロート。任務なのだから。それに、これはこちらのミスではないから、処罰も少ないはずだわ」

 

 一機は赤い重装甲。やや古臭い外見で、言うなれば戦車を無理やり人型にしたかのような姿。肩はシールドを兼ねているのか分厚く、足回りも太くキャタピラのようなものが見える。頭部はキャノピーそっくりだが、使用者の顔を見ることはできない。

 もう一機の説明は必要なかった。

 なぜならアクセルの傍らにいるのと同一の姿をしていたからだ。青と白の装甲。両肩には飛行砲台を積載している。

 

「嘘……なんで、〈アシュセイヴァー〉が……」

 

 ティアナが驚愕している。それも無理はない。

 FI社が製造した〈アシュセイヴァー〉は三機。

 その内の一機をティアナが使用しており、残りの二機は会社でデータ収集のために保管されているはずだった。それが二人の眼前に存在している。

 普通に考えれば、強奪されたと思うだろう。事実、ティアナはそう思っているはずだ。

 だが、アクセルはそうではなかった。

 

(そうだ……あいつらが使っていても違和感を覚えない。むしろ、『こちら側』にあることが……ん?)

 

 『こちら側』とは何だ。まるで、『向こう側』があるような思考。

 気になるが、今は目の前のことに対処しなければならない。あいつについても、考える事ならいつでもできる。

 

「お前ら、こんなところで何してる!」

 

 それよりも眼前の対象に接触することが重要だ。

 キーワードが舞う思考を振り切るように、アクセルが前に飛び出す。

 拳にエネルギーを集中させて構えている。

 だが、いま大事なのは情報を集めることだ。無理な交戦は避けたい。

 

「あ~、お久しぶりです隊長!W11、ロート・ケプフェン、ただいま任務遂行中ですよぅ!」

 

「慎みなさい、ロート……ホテル・アグスタ以来ですか。W12、シュネー・ヴィッテ。ただいま、聖王の器回収の任を受け活動中です、隊長」

 

「あの時の赤頭巾に、アグスタの時の!……Wナンバーか……!」

 

 赤い装甲の機体からは赤頭巾の少女―――ロート・ケプフェンの音声が、アシュセイヴァーからは白髪美女―――シュネー・ヴィッテの音声が、それぞれ聞こえてきた。

 共にW11、W12と名乗ったことから、W17、ラミア・ラヴレスとは何かしら関係があるのだろう。

 アクセルの記憶は知っているようだが、今の状態では分からない。

 

「アクセルさん!不用心です!」

 

 遅れてティアナが〈ソウルゲイン〉の傍らに寄る。

 〈アシュセイヴァー(ティアナ)〉はガンレイピアの銃口を鏡合わせのように〈アシュセイヴァー(シュネー)〉に向けた。

 だが、それに対して彼女らは何の迎撃行動(アクション)も起こさなかった。

 

「その声、ランスター“三尉”ですか……いえ、『こちら側』ではまだ二等陸士でしたね、失礼……」

 

「!……何のこと、何を言っているの?」

 

「それは、アクセル隊長が良くご存知でしょう」

 

 〈アシュセイヴァー〉がこちらを向く。その向こうでは、ティアナの瞳が見開かれている事だろう。

 だが、アクセルからすれば、そのことについての回答などない。

 

「いいや、何も知らないんだな、これが……それより、聖王の器って言ったな?」

 

 だから話を逸らし、情報収集へと戻る。

 気になってはいた。ここが器を製造する研究所ならば、何故あれだけ並んでいる少女たちを運び出さないのか。そして、運び出されたというのは、どういうことか。

 

「えぇ。出来がいい素体が完成したという情報を受けて、赴いてみればすでに搬出された後……」

 

「だから、無駄足って言ったんですよぅ。それにあと数分でここは爆破されますし~」

 

「「なっ!!??」」

 

 ここが爆破されるということを聞き、アクセルとティアナは顔を青くする。

 自分たちだけならば、脱出は容易だろう。

 だが、なのはらが突入していた場合、最悪の事態を考えなければならない。

 

「ティアナ、急いで脱出するぞ!それと、なのは一尉との回線を繋いでくれ!」

 

「は、はい!でも、この人達は?!」

 

「こいつらを捕まえても、俺たちがお陀仏になっちまったら意味がないんだな、これが!いいから、急げ!!」

 

 うしろ髪を引かれているティアナを急かして、アクセルは来た道を逆走する。

 一度振り返った先には、転移を行い消えかけていたロートとシュネーの姿。

 アクセルは再び前方を見据え、なのは達が突入していないことを祈った。

 

 

 

 

 

「というわけで、あいつらは聖王の器……おそらく人造魔導士を回収しに来たけど、すでに運び出されたあとって言ってたんだな、これが」

 

 あれから数時間。

 大急ぎで脱出したアクセルたちを迎えたなのはたちは、どうしたのかと口々に尋ねてきた。

 それを遮って爆発物の危険と即脱出を伝えて、大急ぎでヘリに戻り離陸した瞬間。

 黒い縦穴から火柱が上がった。

 一体どんな威力の爆薬を使ったのだろうかと、その威力に全員が顔を青くした。

 六課隊舎に戻ってからは、内部で何があったのかの状況説明が始まった。

 そして、今に至る。

 

「なるほどね。もし、私たちが突入していたら、危なかったところだね」

 

「あの穴からの脱出には結構な推進力が必要になる。〈ソウルゲイン〉や〈アシュセイヴァー〉だからこそ出来たこと」

 

 マーチが淡々と述べたことばに、フォワードの若いメンバーが顔を青くした。

 あれほどの火柱に呑みこまれたらと思うと、確かにぞっとする話ではある。

 

「それと、確認して分かったことがある。あの〈アシュセイヴァー〉。あれはウチの社のものじゃない」

 

「FI社とは別に造られたものってこと?」

 

 いつもと変わらぬ調子で、ティアナの言葉に頷く。

 表情にこそ出していないものの、おそらく心中では怒っているはずだ。何せ、〈アシュセイヴァー〉を我が子と同じくらいに大事にしているのだ。その子供を勝手に盗られたようなものだろう。その怒りは計り知れない。

 

「あと、私の方でも分かったことが。例の〈ゲシュペンスト〉だけど」

 

「何か分かったのか?」

 

 フェイトが前に出てきた口を開いた。

 〈ゲシュペンスト〉の件に関しては、アクセルは聞き逃せないことだったため食いつく。

 

「うん。〈ゲシュペンスト〉はマオ・インダストリー社っていうデバイス会社が考案していた全身装着型の試作機みたい。でも、十分な資金源の確保が出来なくて、開発は難航。それに社長一家が不慮の事故で亡くなったから会社も倒産して、そのデータだけは別の研究所に流れたみたいだね。でも、開発には着手していないって話だよ」

 

「う~ん。謎が解けたと思ったら、深まるばかりやな……それに今回現れた、こいつら」

 

 はやてが空間モニターの画像を変える。〈ゲシュペンスト〉から骸骨の怪物へ。

 こちらはアクセルの記憶も反応しなかった。全くの正体不明らしい。

 

「アンノウンの解析状況はどうなっとるんやろうか、マーチ社長?」

 

「現時点では生物……のようなものだと推測」

 

「生物のようなもの?」

 

「はい。魔導兵器特有の熱源反応や金属反応はなく、かといって生物でもない。まさにアンノウン。詳細は調査中……でも、分かるところはもうないと思う」

 

 解析にかけては絶大な自信を持つマーチですら悩ませるアンノウン。

 また、六課が立ち向かうべき謎が増えた。

 

(……さて、どうしたもんかね)

 

 思案する各々方の中、ただ一人アクセルに視線を向ける少女。

 いま、アクセルは迫りくる課題以上の難問を抱えていた。

 

 

 

 

 

 時刻は午前零時。ちょうど今日から明日へと変わる時刻。

 海沿いの道。海と地上の境界に作られた手すりにアクセルは背を預けていた。

 

「アクセルさん」

 

「ティアナか……遅くに呼び出して悪いな」

 

 遅れて現れたティアナに向き直る。

 会議が終わってから、アクセルは夜中にここへ来るように伝えていた。

 ティアナに面倒をかけてしまったから、そのお詫びも込めてのことだった。

 

「礼を言ってなかったな。黙っててくれてサンキューな」

 

「いえ。アクセルさんが言わなかったなら、報告すべきではないことだと判断しただけです」

 

 そう、アクセルはシュネーたちとの会話を報告していない。

 彼女たちの会話を盗み聞いたとだけ、全員には説明していた。

 そのことを話した時、ティアナは何も言わなかった。

 アクセルは彼女に内心で感謝した。自分で片を付けたいがための行動であり、そんな自分勝手なことを擁護してくれたからだ。

 だが、そんなことを言っている場合ではないのかもしれない。

 何せ、アクセルがあちらの組織の関係者であることはほぼ確定だろう。

 これが明るみに出た時、六課側からすればアクセルも危険人物には違いないのだ。

 そういうことを考えると、ここを離れることも考えなければならないだろう。

 

「アクセルさん。一つだけ言わせて下さい」

 

「ん?どうした、何か改まって……」

 

 多くのキーワードや増え続けるアンノウンに加え、ようやく慣れた環境を捨てること可能性から不安に駆られるアクセルの目の前まで、彼女は近づいていた。

 ティアナは躊躇しながら目線を泳がせていたが、決心したように顔を上げる。

 何を言われるのか見当もつかないアクセルにティアナは言った。

 

 

「……アクセルさんがどんな人だろうと、私は、その、アクセルさんの、味方ですから……ぁぅ」

 

 

 段々と尻すぼみになり、顔を真っ赤にさせて俯くティアナ。

 アクセルはそんな彼女を見て、安堵に包まれた。

 

「ありがとうな、ティアナ……」

 

 俯いている彼女の頭を撫でる。優しく、けれど力強く、自分の感謝の気持ちが伝わるようにだ。

 一瞬、驚いたように体を震わせ、あとはされるままの彼女は、どこか猫を思わせた。

 長い時間、彼らはそのままだった。

 

 

 次の日、その二人が寝坊したのは言うまでもない。

 



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