Fate/prisma☆night (カキツバタ)
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prologue~日常~

「────!」

 

悪寒と同時に身体が動き出す。

 殺される、そのことだけが頭を占める。そうだ、こんな非日常は常人の領域ではない。

 ならばその現場に居合わせてしまった人間に訪れる運命は?答えは簡単。それは死だ。

目の前に強者と弱者がいるとしよう。すると弱者が淘汰されるというのは至極当然の結末。

 死んでしまうことはできない。だから何故こんなところへ来てしまったのかなど考える余裕もなく、ただがむしゃらに走って逃げる。

少しでも早く、少しでも遠くへ。

どれほど逃げたのか、ふと足を止める。

周りを見渡すと、既にヤツの気配は無かった。

 

「はぁ……はぁ……何なんだよ……」

 

 息を切らせながら、笑う膝を押さえて思わずこぼす。気が付いたら一人で誰もいない校舎にいた。

 酸素の回らない脳で、逃げるべきなら校舎ではなく人がいる街中であるはずだと今更ながらに気付く。

 それでも息を整え、危機が去ったことに安堵しようとして、

 

「────」

 

 目の前からその声が聞こえた。声、というよりは呻き声に近いそれは、己の思考を凍りつかせるのには充分すぎるほどの殺気があった。

 

「え────?」

 

 瞬間、身体に鋭い痛みが走る。胸元を見ると、そこには鮮烈な赤。

無造作に放たれた赤い槍が、容赦や情緒など無く、真っ直ぐ的確に衛宮士郎の心臓を貫いていた。

 

途端に糸が切れたように崩れる身体と閉じていく世界。

己を奇妙な冷たさが包む。

────あぁ、これは死の感触だ。

薄れゆく意識のなか、今更ながら自分の死を思う。

何処か懐しさすら感じるその感触と、最期に大切な人々の顔が浮かんで────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#

 

 

冬の寒空に白い息が糸を引く。吹きつける北風に冬の厳しい寒さを感じ、思わず身震いする。

一月も末頃となり気がつけば鍋の季節だ。今日は商店街のスーパーで白菜が安い。早速今夜の夕飯にでもしようか、などと考えながらいつもの道を歩いていると見知った友人の姿を見つけ、その背中に声を掛ける

 

「おはよう、一成。今日も早いな」

 

「おはよう衛宮。衛宮は朝練か?」

 

「あぁ。昼にはそっちの備品修理も済ませとくから」

 

「わかった。いつも悪いな」

 

俺がそう言うと一成は此方を気遣うように言った。

 

「いいって。俺がやりたくてやってるんだから」

 

備品の修理に関しては最初こそ頼まれてやったが

、今では自らやるようになった。機械いじりみたいなことは昔から好きなのだ。

 

「……全く、衛宮はお人好しが過ぎる。……ところで」

 

「?」

 

「───今日から編入生が二人、来るようなのだが」

 

「この時期にか?珍しいな」

 

来るならば普通は学期の始まる一月上旬だろうに。何か事情でもあって編入が遅れたのかもしれない。

 

「あぁ、しかも二人ともロンドンの高校からの編入らしいのだ。……何故だか嫌な予感がするのだが」

 

ロンドン……赤……うっ頭が、などと呟く一成に、俺は苦笑いを浮かべて

 

「やめてくれよ。寺の子の嫌な予感は本当に当たりそうで恐ろしいんだから……」

 

 

#

 

 

「それでは編入生の二人を紹介────」

 

「なんでアンタと同じクラスなのよ!?このホルスタイン縦ロール女!!」

 

「私だって願い下げですわ!!この貧乳ツインテ暴力女!!」

 

……ドアが吹き飛んだ気がするのは気のせいだろうか?ははは、気のせいに決まっている。こんな女の子二人が罵詈雑言を互いに浴びせながらプロレスさながらの回し蹴りを見せるだなんて。

きっと疲れていて幻覚でも見たんだ、うん。

 

「……こほん。この学校に編入して来た遠坂凛です。以前、冬木に住んでいて今回ロンドンから戻って来ました。これからよろしくお願いします」

 

「……隣の女と同じくロンドンから参りました、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと申します。以後お見知りおきを」

 

先程まで唖然とし、固まっていたクラスの空気が二人のいかにも品の良さげな挨拶によって弛んだ。

先生を含むほとんどの人々は、先程の光景をたちの悪い集団幻覚として記憶の奥底にしまい込んだようだった。それもそうだ、こんなにも眩い輝きを放つ彼女達があんなことをする筈がない。

 

やはりあの女狐め……帰ってきたと思えば……!などと睨み付ける一成を横目に、俺も先程の幻覚を記憶の奥底にしま────

 

「じゃあ席は……衛宮の両隣だな」

 

「え」

 

……俺の運とやらは、どうにも上手く働いてくれないらしい。

俺の両隣に座った二人が、絵に描いたような笑顔で話しかけてくる。

 

「よろしくね、衛宮君」

 

「よろしくお願いしますわ、ミスタ・エミヤ」

 

────どうやら、波乱の日常が幕を開けるようだった。

 

#

 

「あ……先輩!」

 

ふと、聞き慣れた声が聞こえて後ろを振り返る。

するとそこには青みがかった艶やかな髪を持ち、やさしく微笑む後輩がいた。

 

「ん?…………あぁ、桜か」

 

見慣れた……最近はかなり大人びて女性らしさが出てきた友人の妹の姿に思わず安堵してしまう。

 

「……どうしたんですか?お疲れのようですけど」

 

「いや、今日からうちのクラスに編入生が来たんだけどさ……」

 

「それって……」

 

「エーデルフェルトさんと、遠坂さん」

 

二人の名前を聞くと桜は少し俯いて、左手で髪に結われた赤いリボンを弄りながら言う

 

「……その方々が何か?」

 

「いや、何も無かったんだよ……無かったと信じたい」

 

要領の得ない俺の言葉に桜は困惑した様子で、

 

「は、はぁ…………とにかく!先輩、今日はお疲れなんですよね?じゃあ今日の部活は休んで下さい!私が美綴先輩に言っておきますから!」

 

「え!?いや、流石にそれは出来ないよ。みんなに迷惑かけちまうし。それに……」

 

「先輩はいつも無理をしすぎなんですよ!今日くらいは休んで下さい!無茶は私が許しませんからね」

 

……参ったな。こうなった桜は俺が行くと言っても断固として認めてくれない。

一つ溜息をついて肩をすくめて言う、

 

「わかったよ。今日はお言葉に甘えて休ませて貰う。けど、その代わり後日何かしらの形で埋め合わせはするからな」

 

「はい!……えっと、それで……その……」

 

「?」

 

「……また、先輩の家に料理を学びに行ってもいいですか?」

 

躊躇いがちに紡がれた言葉に俺は大きく頷いて

 

「あぁ、勿論だ。桜ならいつでも歓迎するよ」

 

俺がそう言うと、桜は綺麗な微笑みを浮かべ

 

「……はい。さようなら先輩、また明日」

 

 

#

 

「ねぇ、衛宮君」

 

桜の言葉に折れ、早速帰ろうとしていた矢先、そんな声が掛かってきた

 

「えっと、遠坂……さん?」

 

「別にさん付けしなくてもいいですよ。衛宮君もそっちの方が言いやすいでしょう?」

 

「……じゃあ、遠坂。俺に何か用か?」

 

「ええ。……といっても大したことではないですけど。

…貴方、間桐桜さんとはどういう関係なの?」

 

突然の、予想だにしていなかった質問に驚くが、隠すようなことでもないのでそれに答える。

 

「桜は同じ弓道部の後輩で、友人の慎二の妹。ちょくちょく俺の家に料理をしに来てくれてるんだ」

 

彼女はいわば俺のもう一人の妹的存在である。しかし、何故遠坂がそんなことを知りたがるのだろうか?

そんな疑問を抱く俺を余所目に、遠坂は何処か納得した様子で

 

「……そう。ありがとう衛宮君」

 

「いや、感謝されるようなことは何も……って遠坂。お前一緒に校門から出てるけどさ、このまま帰るのか?」

 

「ええ、それが何か?」

 

言っていることが分からない、とでも言いたげな遠坂の視線を受けて俺は遠坂の……そのがら空きの手を指して言う

 

「……荷物、忘れて無いか?」

 

「……………………」

 

おそらく、俺に先程の質問をしようと急いで追いかけた結果、うっかり忘れたのだろう。そんなうっかりを彼女がやらかすとは思ってもいなかったが。それが真実であると示すかのように、当の本人もしまった、という顔をしている。

そんな姿を見て、俺は思わず笑いをこぼしてしまう。

 

「な、何よ!?」

 

「……いや、ごめん。遠坂って意外と可愛いところあるんだな」

 

「~~~~!」

 

途端に顔を真っ赤にする遠坂。……そんなに恥ずかしかったのだろうか?

 

「お、お、覚えてなさいよ────!」

 

そんな捨て台詞とともに、遠坂はダッシュで校舎へと戻って行った。

 

……あれが遠坂の素かぁ。

元々登場の仕方のせいで薄れかかっていた優等生像に合掌をし、俺は家への帰路を歩み始めた。

 

 

#

 

「えっと……確か此方の筈なのですが……」

 

帰り道の途中、地図とにらめっこをしている見覚えしかない金髪の女性を見つける。

 

「あれ、エーデルフェルトさん?どうしたんだ?」

 

「貴方は────」

 

「衛宮士郎。同じクラスの」

 

エミヤシェ……あぁ、ミスタ・エミヤですか、と納得した様子のエーデルフェルト。

 

「あぁ、丁度良かった。……私、恥ずかしながら道に迷っておりまして」

 

なるほど、以前は冬木にいたという遠坂と違い、エーデルフェルトさんにとってここは初めての地だ。道に迷っても仕方がないというものだろう。

 

「行きたいのは……あぁ、新都のホテルか?」

 

「ええ、新しい家を冬木に手配させたのですが完成は明日のようでして。今夜はホテルに泊まりますの」

 

「ほー……ところでなんだが。荷物を学校に忘れたりはしてないよな?」

 

そう、エーデルフェルトさんもまた何一つ荷物を持っていない状態だった。まさか遠坂と同じうっかりなのでは、と疑ってしまうのは仕方のないことだろう。

 

「はい?……あぁ、荷物でしたら部下の者に先に運ばせましたわ。いつもでしたら執事による車の送迎があるのですが、彼には新居の監督を任せているのです。……それにもう一つ理由は有りますし」

 

「?」

 

「なんでもありません。此方の話ですわ」

 

……とりあえず遠坂とエーデルフェルトさんの間の経済的な格差が見えた気がする。

 

「まぁ、とにかく道に迷ってるんだろ?俺が案内しようか?新都に用が無いわけでもないし」

 

「宜しいのですか?……ではお言葉に甘えて」

 

#

 

ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトはとにかく目立つ。遠坂と並ぶほどのその美貌は当然のこと。彼女は遠坂とは違い北欧の血を引く異国の人だ。当然、衆目の的に晒される。

彼女はそんなことを気にするそぶりも見せないが。

 

「……ミスタ・エミヤは気遣い上手なのですね」

 

「?」

 

突然の言葉に、俺が不思議そうな顔をしていると、エーデルフェルトさんは微笑んで

 

「貴方はいつも車道側を歩いて下さる。確かに男として当然のことですが、それを意識せずにできる方は余りいないものですわ」

 

「そうなのか?」

 

「ええ。それにあえて人目の少ない道を選んでいますわね?」

 

エーデルフェルトさんの鋭い指摘に思わず関心する。

 

「む、わかったか。最近、冬木の治安が余り良くないみたいでな。昼間から女性を襲う連中もいるらしい。エーデルフェルトさんみたいな綺麗な女性は、格好の的だろ?」

 

「────」

 

き、綺麗な……などと顔を赤くして俺の言葉を反芻するエーデルフェルトさん。

 

「私はその程度の輩には遅れなど取りませんが……ええ、素晴らしい心遣いですわ、ミスタ・エミヤ……いえ、シェロ!」

 

「え、エーデルフェルトさ───「私のことはルヴィアとお呼びください!」……ルヴィア」

 

突然のことに俺が戸惑う最中、エーデルフェルトさん……もといルヴィアは笑う。

 

「ふふっ、殿方にそう呼ばれるのはいつぶりでしょうか」

 

突然俺の呼び名が変わったことや、彼女の押しが強くなったことなどどうでも良くなるほど、彼女の笑顔は眩しかった。

 

「……と、着きましたわ。シェロ、将来は立派な執事になれるのではなくて?私のところで雇いたいくらいですわ」

 

本気なのかそうではないのか分からないことを口にするルヴィアに

 

「それは光栄です、お嬢様」

 

などと恭しくお辞儀をして、俺達は別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────さて、帰ろう。家には彼女達が待っている

 

 

 

#

 

 

 

 

「あ、お帰りなさい!お兄ちゃん!」

 

 

 

「────ただいま、イリヤ」

 

 

 

 

 

 

prologue~日常~

 

 

 



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日常の破音

冬の凍えるような寒さで目が覚める。

30分後に鳴る筈のアラームを止めて、士郎は軽い身支度を始める。

今日はセラが朝食の担当だ。セラには口うるさくゆっくり寝ていろと言われたのだが、どうにも一度身体が慣れてしまうとのんびりと寝ていることは出来ない。手伝いくらいはしないとな、なんて思いながら部屋を出てリビングへ向かう。

 

 

#

 

「駄目です」

 

「いや、そこをなんとか……」

 

「今日の担当は私です。そこを履き違えることの無いように。大体貴方は昨日、部活から追い出されたのでしょう?それほど疲れているのならしっかりと休養を取るべきです。だというのに貴方は昨夜の家事を一人でやってしまって……!あぁ、洗濯や掃除は既にやっておきましたのでくれぐれも手伝おうとか思わないように。私は奥様と旦那様から貴方達の世話を任されているのです。貴方にいつも手伝われていてはお二方に会わせる顔がありません。だから貴方は大人しくそこで朝食が出来上がるのを待つように。いいですね?」

 

何度聞いたかわからないセラの説教。しかし、もはや俺もそこで怯むほどやわではない。

 

「いや、それこそ駄目だ。セラに全部任せる訳にはいかない。俺だって切嗣やアイリさんにこの家のことを任されてる立場だからな」

 

「そういって貴方はいつも……」

 

……とまあ、こんなやり取りをすること数分。盛り付けや食器運びのような簡易的なことしか手伝わないという妥協案でセラは折れた。

 

自分がやるといって譲らない両者のために日替わりで担当を変えたというのに、手伝いをするか否かでまた争う始末である。

 

そろそろこの争いにも決着をつけないとな、等と考えていると

 

「おっはー」

 

と、リズが寝癖をつけたまま入ってきた。

そんなリズを目の当たりにし、セラは呆れた顔をして言う

 

「リーゼリット、もう少し早く起きろといつも言っているでしょう。 仕える者より遅く起きるなど、此処でなければ即刻解雇だということを理解しているのですか?」

 

「うむ。だからここではだらだらしてる。あとシロウが早すぎる」

 

そう言ってソファーの上でだらけるリズ。

 

「はぁ……全く。貴女という人は……」

 

と、溜息をつきながらも料理をする手は止めないセラ。

 一応リズも、セラと同じ家政婦なのだが、困ったことにセラに任せっきりで、リズは率先して家事をやろうとしない。本人曰く家を半壊しかねないかららしいのだが、ただの言い訳のように聞こえなくもない。

 

「リズ、そろそろイリヤさんを起こしてください」

 

「うーん。シロウ、行ってきて」

 

リズから指名を受けた俺は、突然のことに困惑する

 

「な、なな、なんでさ!?それはリズの(唯一の)仕事だろ?俺はセラの手伝いがあるし。それに……イリヤだって女の子なんだから、俺が行くってのは……」

 

「シロウが行った方がイリヤも喜ぶし、私もごろごろできる。一石二鳥」

 

などと言ってグッと親指をあげるリズ。

それ、ただリズがめんどくさいだけじゃないか……

 

 

#

 

イリヤの部屋を前にして、俺に謎の緊張感が走る。

 

いや、確かにイリヤは女の子だがまだ小学生。

俺の妹なんだから部屋に入るなど当たり前だ。何を緊張することがあるんだ。

 

「イリヤ、起きてるか?」

 

ノックをする……が、返事はない。まだ寝ているのだろう。意を決して、俺は部屋に入る。

 

ピンクを基調とした、年頃の女の子の可愛らしい部屋だ。そのベッドの上ですやすやと寝息を立てて寝ている少女が一人。その姿が微笑ましく、このままずっと見ていたいなどと思うが、時間も時間なのでそうはいってられない。

 

「おーい、イリヤ。朝だぞ。起きろって」

 

身体を揺すると、イリヤはまだ寝ぼけているようで、

 

「ん……ふゎ……おにいちゃ……?」

 

「あぁ。おはよう、イリヤ。セラが朝食を作ってくれたからな」

 

すると、ようやくイリヤは目が覚めた様子で顔を真っ赤にして勢いよく後ずさる。

 

「……!?お、おおおおお兄ちゃん!!?な、何故にっ!?」

 

そんな様子に苦笑しながら、俺は言う

 

「いや、リズが呼んでこいって言ってたから……悪いな。俺も反対はしたんだけど」

 

「いや、別に!お兄ちゃんは悪くないというか!むしろ嬉しいというか!いや、そうじゃなくて!えっと」

 

「イリヤ?」

 

「と、とにかく支度したら下りるから!」

 

などと部屋から追い出されてしまった。

とりあえずイリヤを起こすというミッションはクリアしたので大人しくリビングに戻ることにした。

 

#

 

いつも通り騒がしい朝食を終え、今日は朝練も無いのでイリヤと家を出ようとした時であった。

 

「………………え?」

 

なんだこれ、幻覚か?また幻覚なのか!?

 

俺が家の扉を開けたまま固まっているのを不思議に思ったのかイリヤが口を開く

 

「どうしたのお兄ちゃ……ってデカっ!?」

 

驚愕を隠せない様子のイリヤ。それもそうだろう、何故ならば目の前には『昨日まで影も形も無かった筈の豪邸』が突如として現れていたのだから。

 

「何コレ!?こんないかにもお金持ちが住んでそうなお屋敷あったっけ!?」

 

「い、いや……無かった……よな?」

 

その一夜城ならぬ一夜邸(しかもハリボテではなくしっかりとしたお屋敷である)がどのようにして出来上がったのかは知らないが、その主についてならば心当たりがあるような……ないような……

 

「ほぇぇ……なんか魔法みたいだね」

 

どこか楽しそうに呟くイリヤ。確かイリヤは魔法少女モノが好きだったからそういう非現実的なものに憧れがあるのかもしれない。

 

魔法か……本当にそんなものがあるのなら、俺は────

 

 

#

 

 

 

「埋め合わせ?なんの?」

 

「いや、だから昨日部活休んだだろ?その埋め合わせ」

 

昼休みになって、俺は弓道部部長の美綴の元へ向かった。理由は昨日桜に言った埋め合わせのことだ。俺が事情を話すと、美綴は呆れたように言う

 

「いーよそんなの。うちの部だって衛宮と違ってズル休みするようなやつはいくらでもいるし。逆に衛宮みたいな律儀なやつの方がおかしいって」

 

「けど一度言ったからには何かしないと気がすまない」

 

と拗ねるように言う士郎に対し、美綴は諦めたように言う

 

「男に二言は無いって?……わかったわかった。要は何か雑用を押し付ければいいんでしょ?結局衛宮からしたらいつも通りじゃないか」

 

「それで何をすればいいんだ?」

 

美綴は少し思案した後に言う、

 

「んー。じゃあ部活の後に弓道場の掃除を頼む。後輩がやってもあいつら雑な掃除しかしなくて困ってるんだ」

 

「あぁ、任された」

 

 

#

 

射手は本座にて一礼をし、射位へと左足から歩みを進める。執弓の姿勢を保ったまま、目線は的に。上半身は右正面へ向け、ゆっくりと両脚を踏み開く。 目線は的から切られ、体の正面を向く。

 二本の矢を手に、上体を落ち着ける。重心を身の中心に置き、矢を弦につがえ、弓を打ち起こす。 

 

あくまでも自然と。川を水が流れるように。

 

あとはただ射るのみ。

何故ならばこの矢は、中ると思えば中るのだから。

 

弾かれた弦。次いで、矢はまるで『そうあるべきだ』とでもいうかのように的の中心へ。

 

そして、残心。

 

「はー……相変わらず凄いな、衛宮は」

 

関心したように言う美綴。俺は首を横に振って言う

 

「俺なんかの射よりも美綴や慎二の射の方がよっぽど凄いぞ」

 

────俺の射は正確には弓道ではないのだと、たまに感じることがある。

過程をすっ飛ばして結果のみを得る。

故に在るものは無心。

弓道としては三流の出来だろう。

それに比べれば、努力して磨かれた美綴達の洗練された射のほうが俺には美しく見える。

 

「そんなことないけどな…………よし、今日はここまで!!片づけしたら解散!」

 

美綴の一言で途端に空気が弛む。わいわいと片づけは進み、いつの間にか残っているのは俺と美綴だけになった。

 

「やっぱり手伝おうか?最終下校時刻までは余裕あるし」

 

「いや、大丈夫だ。それに美綴を手伝わせたら埋め合わせの意味がない」

 

そこは譲らん、と主張する俺に対して美綴は苦笑して、

 

「ははは、頑固だねぇ。んじゃ、これ鍵ね。頼んだよ」

 

「あぁ、じゃあな美綴。また明日」

 

 

#

 

 

「ふぅ────」

 

これで完璧だ。明日には美綴もその綺麗さに驚くだろう。我ながら随分と頑張ったと思う。

 

「あ、まずいな。もうこんな時間か」

 

気がつけばすっかりと日も暮れて最終下校時刻も過ぎ、校舎に一人取り残されていた。今日はセラが夕飯の担当だから大丈夫だろうが、怒られない内に帰らないと。イリヤにも心配をかけてしまう。急いで支度をし、弓道場を出ようとしたそのとき、どこか見覚えのある人影を見つける

 

「……あれ?遠坂……とルヴィア?」

 

こんな時間に何をしているのだろうか?二人揃って忘れ物でもしたのだろうか。

何故か一抹の不安を覚え、二人の後を追う。

 

「おかしいな……二人とも確かにこっちに……」

 

彼女達は校庭の方向に向かっていた筈なのだが、俺が校庭に着いた時には人一人もいない寂れたグラウンドがあるのみだった。

 

それでも俺は諦めることなく二人を探して校庭に踏み入る。一体何故こんなことをしているのか、自分でもよくわからなかった。

 

でもこの不安が本物で、彼女達が危ない目に晒されるというのならば俺は────

 

そんなことを考えていた矢先、妙な感覚に囚われる。

 

「なんだこれ…………歪み?」

 

もやもやとしていてハッキリとしないが空気の歪みを感じ、それに手を伸ばそうとして────

 

 

 

────ミツケタ

 

 

「え────?」

 

突如として溢れだした大きな力の奔流に巻き込まれ、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

#

 

瞼を開けると、そこには先程と変わらぬ校庭────で、二人の女性と一人の男が激しい争いを繰り広げていた。

 

「」

 

思わずあげそうになった声を無理矢理押さえつける。此処で声をあげれば死ぬ、と本能的に理解したからだ。

いつの間にか俺は校庭の入り口に立っていた。が、そんなことを気にしている暇などなかった。何故ならば赤い槍をつがえる奇妙な出で立ちの男と対峙している此方も奇妙な出で立ちの女性二人は────

 

(と、遠坂!?それにルヴィアも!?)

 

間違いなく同じクラスの二人であった。一体何故あの二人が?あの男は何だ?どうして戦っている?なんで魔法少女?コスプレ?

 

などと疑問だらけで頭が混乱する。

そんななかで、唯一理解したことといえば

 

────今、彼女達が危険な目に晒されているってことだ

 

考える余裕など無かった。ただ、彼女達が危ない目に晒されているのが許せなくて、思わず一歩を踏み出す。

 

瞬間、衛宮士郎は己の失策を悔やむこととなった。

 

 

 

 

#

 

 

 

 

 

────意識が浮上する。

おかしいな、確か自分は……

 

「か、は────!?」

 

喉元に突っかかったような血液を吐き出すために噎せながら士郎はゆっくりと立ち上がる。

 

「夢、じゃないよな……」

 

 士郎の記憶が確かなら、自分は見知らぬ男に殺されたはずだった。

 

「────っ、」

 

嫌でも思い出せる。脳裏に焼き付いている。身体に刻み込まれている。

 

 真っ赤な槍が自身の胸に突き刺さり、無常にも、自分の命が消えゆく瞬間を士郎は見、同時に感じたのだ。

 

 夢ではない。今だ妙に疼く胸の傷が何よりの証拠だ。

 

 足元がおぼつかない。頭が重い。寒い。

 

 冬はとんと冷え込むと言われている冬木だが、冬の寒さからくる震えとはまた違うものだった。

 

 血を流しすぎた。そんなのは馬鹿でもわかる。

 

 何故か血を拭こうと思ってふらつく足に鞭を打ち、重い頭を抑えつつ、ハッキリしない思考でいると、ふと気づく。

 

血溜りが……ない?

 

それはおかしい。自分は確かに心臓を刺されて死んだのだ。であればそれ相応の血は流れた筈。

まさか本当に夢だったのでは、などと思いながら辺りを見回すと、士郎はあるものを見つける

 

「……なんだ、これ」

 

 床に転がる、月明かりを反射する赤いペンダント。

 

そして、弓を持った人が描かれているタロットカードのようなもの。

 

その二つを拾い上げ、士郎はあることを思い出す

 

「!そうだ!遠坂とルヴィアは!?」

 

窓から校庭を見るが、そこには何もいない。

 

────ロ

 

そうだ、きっと彼女達は今もあれと戦っている。

ならば、俺がやらなくてはいけないことは一つしかないではないか。

 

────メロ

 

酷い頭痛がする頭を抑えながら、手に握られた一枚のカードに視線を落とす。

 

そうだ、()()()()()()()

 

あとは、その言葉を紡ぐだけで良いのだから。

 

────ヤメロ!

 

己の頭が散々鳴らしてくる警鐘を無視して、俺はその運命を選び取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────同調、開始(トレース・オン)

 

 

 

 



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日常の破音 anotherside

 

────馬鹿みたい。

 

校庭で走り高跳びをする少年を見て、そう思った。見ればわかる。彼にあれを飛び越える力はない。そんなことは少年だってわかっているだろう。

だというのに、彼は何度も何度も飛んで、そのたびに失敗を繰り返していた。

 

私はそんな馬鹿を、馬鹿みたいに眺めていた。

 

気がつけばもう夕暮れ。こんな時間まで飛び続けた後、自分には出来ないのだと納得したように片付け始めた少年の後ろ姿を見つめる。

 

 

あぁ、きっと私は────

 

 

 

#

 

「まさかこんな早々に帰ってくる羽目になるとは思わなかったわ」 

 

凛は懐かしい……というには余りに早すぎる日本の空気を吸い込んで、そう言った。

 

遠坂凛は魔術師である。

魔術の研鑽の為、魔術師の総本山である倫教の時計塔へ行った筈なのだが……

 

大師父、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの命により日本へ早々に帰国することとなった。

 

『おやおや、凛さん。随分と不機嫌ですね~何か(私が愉しめる)良いことでもありましたか?』

 

と、こちらを煽ってくるのは喋るステッキ。今回宝石翁から押し付け……いや、渡された超一級の魔術礼装である。

……その性格を除けば、だが。

 

「本音が駄々漏れじゃない……というか、なんでアイツと一緒に任務をしなきゃならない訳!?」

 

と、隣ですました顔をしている女を指差すと、彼女は露骨に嫌そうに顔を歪めて言う

 

「貴女に指を指される謂れはありませんわ。此方の方こそ、何故私がトオサカの者と共にわざわざ日本などに来なくてはならなかったのか……」

 

『それはルヴィア様の自業自得、としか言いようがないかと』

 

溜息をつくルヴィアに冷静な突っ込みを入れるのはルビーと同じカレイドステッキのサファイア。

 

二人に与えられた任務は「冬木の異常の調査」だった。

最近、冬木市で見つかった空間の妙な歪み。それを冬木市のセカンドオーナーたる凛に調べさせようというものでルヴィアはそこに巻き込まれたというか、いつもの大喧嘩をして時計塔の貴重な概念礼装をぶち壊した罰として連れて来られたのだ。

ルヴィアは、というよりエーデルフェルト家は日本人が嫌いである。なんでも第三次聖杯戦争の時にエーデルフェルト家の姉妹が参加し、その時に色々とあったそうだが詳しいことは知らない。

 

私が日本人で、しかも『あの』遠坂の魔術師と知った時の彼女の豹変振りはものすごく、あれ以来何度もいがみ合いを繰り返している。

 

 

「……こっちだって願下げよ。何だってアンタと…」

 

と、悪態をつく二人。ステッキは呆れ顔で

 

『この先が思いやられますね~ねぇ、サファイアちゃん』

 

『はい。そこについては概ね姉さんに同意します』

 

#

 

「何よ、何なのよ……アイツ」

 

凛は一人、鞄を抱えて学校からの帰路を行く。

 

身体が火照っている。こんなに寒い冬だというのにこの熱はなかなか冷めてくれない。

 

頭から離れないのはアイツの言葉。可愛い、などという賛辞は飽きるほどに聞いた筈なのに……

 

『ルビーちゃん、わかっちゃいましたよ!これは新たな恋の気配!女子高生の青春というやつですね!いや~まさか凛さんの乙女チックな一面を拝見出来るとは』

 

「な、何言ってんのよルビー!」

 

ひょこっと現れたルビーを慌てて鞄に突っ込む。こんな場所でコイツと話すなど出来ない。小学生ならまだしも、おもちゃのステッキに話しかけている女子高生など完全に変人だ。そんな噂が広まってしまえば私の学生生活が終わる。

 

『別にいいじゃないですか!メルヘンな女子高生ってことで』

 

「良くない!それより、さっさと調査するわよ。ルヴィアには新都方面を頼んだから私たちは深山町方面を調べるわ」

 

 

#

 

二人で冬木市を調査した結果、いくつかの地点で空間の歪みを発見した。

 

無駄に高いテンションのルヴィアが道案内をしてくれたとかいう男子生徒について語っていたのが何故だか妙に癪に障ったので蹴りをかましたらいつもの喧嘩が始まった。

 

そして二人は相談と言う名の喧嘩の結果、新都のビルの歪みへ向かうこととなった。

 

「此処が境界面……?」

 

転身した二人は境界面へ降り立つ。そこは先程までいた新都と変わらない筈なのに、何処か異様な雰囲気を醸し出していた。

 

『凛さん!上です!』

 

ルビーに言われ、ビルの屋上を見上げた瞬間、目の前には猛烈な速度で迫ってくる矢が。

 

「!?」

 

咄嗟に身を捩らせて間一髪で避ける。しかし、避けて地面に深々と突き刺さった矢……のような剣は、何の前触れもなく突如爆発を起こした。

 

「な────」

 

 

突然の出来事に、凛は己の死を錯覚する。

だが、

 

『ふぅ~危なかったですね。全魔力を防御に費やしていなければどうなったことか』

 

己はまだ生きていた。爆風で多少の掠り傷こそあったが、無事だったのだ。

凛は今更ながらカレイドステッキの凄さを痛感する。

しかし、まさかあの剣に込められた神秘を爆発させるとは。あの剣の神秘は相当なものだ。恐らくは敵の切り札だろう。それを爆発させるなど、一体何を考えているのか。

一方のルヴィアもなんとか攻撃をしのぎ、口を開く

 

「敵は遠距離攻撃をしてくるようですわね。であれば、ビルの屋上まで一気に飛びますわよ。この手の敵は距離を詰めてしまえば大したことはありませんわ」

 

悔しいが、その考えは正しい。凛は頷いて一気にビルの屋上へと向かう。途中、矢の如く剣がこちらを正確無比に狙ってくるが、それを魔力弾で落としていく。だが敵の腕も相当なもので、いくつかの矢は完全に軌道を反らしきれず、凛の身体にはいつくものかすり傷が出来ていた。

 

……射ってきたいくつかの剣も、さっきの剣と同じくらいの神秘が込められていた。あんなものを大量に放つなんて、敵は一体……?

 

そして辿り着いたビルの屋上、そこには色素の抜けた髪に、褐色の肌、目元を赤い聖骸布で覆った男が立っていた。

 

「貴方が、この歪みの犯人かしら?」

 

男は何も答えない。いや、そもそも意思疎通など出来るのだろうか?

 

気がつけば男の手には何時の間にか弓矢ではなく白と黒の中華剣が握られていた。

 

「まさか、近距離戦闘も出来るとは……読みが外れましたわね」

 

呟くルヴィア。凛もまさかあの男がこれほど多様な、しかも神秘が込められた武器を揃えているとは思いもしなかった。

 

魔力弾を放つも、男はその全てを避け、いなし、斬ってこちらへ迫る。

ならば、と凛はステッキへ魔力を込め、その魔力で剣の刃のようなものを生み出し、男に応戦する。

刃と刃がぶつかる。体格差もあってか凛は僅かに押される。しかし、

 

「死にたくなければ離れなさい!」

 

その言葉を合図に凛は後方へ飛ぶ。すると二人の間に青い宝石が煌めき、

 

「Gewicht, um zuVerdopp elung────!」

 

ルヴィアの重力魔術によって男の動きが鈍る。しかし、凛にはそれで充分だった。凛は一歩を踏み出し

 

「はぁ────!」

 

渾身の拳を叩き込む。護身用にと覚えた八極拳。まさかそれがこんなところで発揮されるとは

 

急所に拳を喰らい、体勢を崩した男に、カレイドステッキの剣で止めを差す。袈裟斬りに斬られた男の身体。その勢いで、目元を覆っていた聖骸布が僅かに切れ、その鋼の瞳と目が合う。

 

「────」

 

男が、何かを呟いた気がした。

凛は瞬間、奇妙な感覚に囚われる。

 

しかし、それも一瞬のこと。次の瞬間には男の姿は消え、

そこには一枚のカードがひらりと舞っていた。

 

 

#

 

翌日に昨日の出来事を報告すると、宝石翁からそのカードはクラスカードと呼ばれるものであること、自分の倒した男は英霊と呼ばれる最上位の精霊の影のようなものであることを告げられ、それらを倒して全てのカードを集めてくることが任務であると改めて告げられた。

 

最初から言ってくれれば、と思わず不満をこぼす。翁曰く、確証が無かったため一枚目を確かめてから改めて伝えることにしたかったらしい。

 

その後、凛とルヴィアは人気のない森の中、転身した状態で向かい合っていた。

 

『ちなみにここまでにカードの所有権を巡っていつもの馬鹿らし……くだらない喧嘩を始め、なんやかんやで凛さんがこのカード、ルヴィアさんが次に回収するカードを所有することになったのでした。まる。』

 

『姉さん、言い直すところを間違えてませんか?』

 

……などと意味のわからない会話をしているステッキを無視して凛は口を開く

 

「……で、このカードだけど。確か宝具が使えるのよね?」

 

「宝石翁はそうおっしゃっていましたが……」

 

「ええと……確か、限定展開(インクルード)!」

 

凛がそう呟くと、それに呼応するようにカードが光り、次の瞬間には黒塗りの弓があった。

 

 

暫しの沈黙。

 

 

「…………矢は?」

 

『無いみたいですね~』

 

呑気に答えるルビーに、思わず声を荒らげる

 

「は、はぁ!?どういうことよ!これじゃあ宝の持ち腐れじゃない!」

 

『そうは言われても……そうですね、何かで矢は代用するしかないんじゃないですか?』

 

「代用か……黒鍵でも使うかな」

 

確か家にあった筈だ。あれであればあの男みたいに矢のように射つこともできるだろう。

 

「まあ、クラスカードがどんなものなのかについてはわかりました。それより、今日は何処を攻めるのですか?」

 

「今日は手近なところから行くわ。あそこ、住宅街の傍だから人も少なくない。何が起きるかわからないから早めに潰しておくべきね」

 

「それって……」

 

「校庭よ。穂群原学園のね」

 

 

 

 

#

 

 

しまった、と。そう思った時にはもう遅すぎた。

 

何処かを一瞥した後、獣の如き俊敏さで私の視界から突如消えたサーヴァント。

そして私の視界が次に捉えたのは、校舎に向かって弾かれたように駆け出す男子生徒の背中とそれを追う赤い槍をつがえた男だった。

 

「────!?まずい!」

 

「何故此処に人が!?とにかく、追いますわよ!」

 

短いやり取りをして駆け出す。

既に二人の姿は見えない。校舎に入ったのだろう。

しかしそれは悪手に他ならない。まだ校舎の外であれば此方も魔術による遠隔狙撃で足止め出来ただろうに。

 

……これは私の落ち度だ。境界面だから大丈夫だろうといって人避けの結界を張らなかった。

何らかの拍子に一般人が迷い込む可能性を考慮していなかったのだ。

 

境界面がどのようなものなのか把握もしていないで。

 

凛は思わず歯噛みする。

 

「ルビー!」

 

『はいは~い呼ばれて飛び出てルビーちゃんです!』

 

などと意味不明な返事をする悪魔のステッキに言う

 

「アンタ、さっきのヤツが何階に居るか判る!?」

 

あの俊敏性をもつランサーだ。なるべく最短距離で向かわなければ先程の青年は死んでしまう。いちいち各階を見て回ってなどいられないのだ。

 

『もちろんですとも!えーっと、フムフム。彼らは4階ですね』

 

「一番上か。よくそこまで逃げれたわね」

 

思わず顔も知らない男子生徒に関心する。もしかしたら陸上部の人なのかもしれない。

 

「そこ!関心してないで行きますわよ!」

 

脚を強化しつつ魔力を放出して一気に4階へ飛ぶ。ステッキの魔力供給が在るからこそ成り立つ荒業である。

 

廊下へと飛び出ると、そこにあったのは

 

赤い槍を持ち、立っているランサーと

 

彼の足元で己の血溜りに倒れ伏す青年だった。

 

 

 

間に合わなかったのだ。自分達が巻き込んでおいて、助けることが出来なかったのだ。

 

本来、魔術師であれば仕方のないこと、と諦めのつく結末。しかし彼女達は、魔術師である前にどうしようもなく人であった。

 

凛は思わず絶望感に苛まれる。しかし、

 

「────何を呆然としているのですか!私がランサーを引き付けます。その間に貴方は貴方に出来ることをしなさい!」

 

そんな、好敵手の言葉に引き戻される。

 

「……えぇ。頼んだわ、ルヴィア!」

 

ルヴィアは魔力弾をランサーに向けて放つ。ランサーはその驚異の反応速度で槍をさばき魔力弾を打ち消す。

 

しかしそれも想定の上、ルヴィアに挑発されたランサーは校庭へ駆け出した彼女を追うようにして校舎を去る。

 

その隙を狙って凛は倒れ伏す青年の元へ駆け出した。

 

「これは……」

 

心臓を一突き。止めどなく溢れる血は、治療魔術を行使しようとも彼がもう助からないことを示している。

せめて最期くらいは看取ろうと、青年に触れて凛は気づく。

 

「……え、うそ……でしょ?なんでアンタが……」

 

忘れる筈もない。その青年はあの日の、そしてあの子の────

 

「ルビー!全魔力、治療に回しなさい!」

 

『もうやってます!ですが……』

 

「何よ?」

 

無駄口叩いてないで治療を、と言いかけるもルビーの調子が真剣なものであると察し続きを促す

 

『私たちカレイドステッキは無限の魔力供給こそ出来ますが、魔力の放出に関しては担い手に任されています』

 

要は水と蛇口の関係だ。いくら大量の水があったとしても、蛇口が小さければ一度に出てくる水の量は変わらない。つまり……

 

 

 

『いくら凛さんといえども、カレイドステッキの力があろうとも、このままではこの人を救うことは出来ません!』

 

 

 

出来るのは彼の延命だけだ、とルビーは告げる。

突きつけられた現実に、思わず拳を強く握りしめる。

延命では駄目だ。それはただ彼が生きている、という結果しか残らない。きっと意識だって戻らず、たとえ戻ったとしてもまず普通には生きていけないだろう。

それでは、あの子に会わせる顔がない。

けれど、私の力では彼を助けられない。凛は己の無力さを痛感する。

 

ごめん、衛宮君。と諦めかけたその時、

 

 

────貴方は貴方に出来ることをしなさい!

 

 

私の胸元で光り輝く、燃えるように赤い希望を見つけた。

 

 

 

「……まだ、手はある」

 

 

 

 

 

 

 

#

 

ランサーを引きつけていたルヴィアと合流した後、一度離界(ジャンプ)してアイツを置いてきた。

ランサーとの戦いが残っている以上、いつまでも境界面に置いておく訳にはいかなかったからだ。

 

何故シェロが……、とルヴィアも随分と驚いた様子だったが、すぐに切り換えて境界面へと再び戻った。

 

ランサーとの戦いはあまり順調とはいえなかった。

魔力弾を放ってもランサーの俊敏性はそれを遥かに上回り、その多くを避けられてしまう。

 

アーチャーとの戦いで凛が使ったステッキに魔力で剣のような刃を生み出すという手法もランサー相手には厳しい。槍のリーチと剣のリーチは大きく異なるためなかなか剣の間合いにランサーが入らないのだ。

逆に言えば凛が攻めればランサーの間合いに入ってしまい防戦に徹するしかない。

 

「このままじゃ此方の体力が保ちませんわ……そうだ!ミス・トオサカ、アーチャーのカードを使いなさい!一応それも宝具なのですからそれなりには役に立つ筈ですわ」

 

そう言われてはっ、と気づく

 

「…………ない」

 

 

「…………今、何と?」

 

 

「アーチャーのカードが、ない……」

 

 

なんてうっかりだ。まさかこんな時にカードを忘れてしまうとは。

うぅ、ルヴィアの視線が痛い。

 

「……悪かったわよ!あーもう!こうなったらぁ!!」

 

手元にあった宝石の中でもっとも強力な二つを手に取り、その片方を使って詠唱を始める。

 

「……まったく、貸し一つですわよ」

 

と、ルヴィアも自分の宝石を手に取り詠唱を始める。二人の力とカレイドステッキの力によって本来なら起動までに時間のかかる術式の工程をすっ飛ばす。そして完成したのは拘束の陣。

 

ランサーの足元から鎖が飛び出し、その身体を拘束する。

 

「Sieben────!Stil,sciest,Beschiesen──ErscieSsung────!」

 

凛はランサーに向かって渾身の宝石魔術をくり出し、さらにとどめとばかりに剣でその身体を切り伏せる。

 

確実に致命傷だろう。ほっと一息をつき、ルヴィアの方を振り向こうとして────

 

「!?ミス・トオサカ!!」

 

「え────」

 

そこには、満身創痍ながらも立ちあがり、槍をこちらへ向けるランサーがいた。

 

その震え上がるような殺気に、凛は今度こそ己は死ぬのだと理解した。直接槍に貫かれてはいくらルビーの力があれども助からないだろう。

 

なんて無様、こんなところで死ぬなんて────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────遠坂!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、聞こえる筈の無い、声がした。

 





多くのお気に入り登録、感想ありがとうございます。

質問等に関しては随時答えていく予定です。


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始まりの夜

かなり遅くなりました。私的な都合で更新ペースは遅めですが大雑把なシナリオは出来ているので書けるところまでは書き上げる予定です。



───誰もが笑いあえる。そんな平和を望んでいた。

 

────大切な人が傷つき、悲しんでいる姿をもう見たくはなかった。

 

その両者は似ているようで本質的には全く異なるのだと、嘗て切嗣は俺にそう言った。

 

『……士郎は、どんな大人になりたいんだい?』

 

いつになく優しい声色で、しかしいつになく真剣な眼差しでそう問われたことがある。

 

……自分は何と答えたのだったか。

 

覚えているのは自分の答えを聞いた切嗣が目を丸くして、その後に安心したように微笑んだことだけだった。

 

 

 

 

#

 

 

 

 

溢れる光と一瞬の浮遊感。

 

瞼を開くとそこには先程まで自分が倒れ伏していた場所と変わらない重い静寂に包まれた校舎が。

 

「ここは……」

 

何が起こったのかは自分でも分からない。ただ無我夢中でカードを握り締め、頭に浮かんだ言葉をそのまま呟いただけだったのだ。

 

しかし、立て続けに起きた奇妙な出来事に己の頭はそれなりに慣れ始めてしまっていた為か、そこまでの動揺もなくすんなりと自分は再び異世界に踏み込んだのだと認識することが出来た。

 

校庭の様子を確かめようと立ち上がろうとしたその時、

 

ぬめり。

 

手元に感じた奇妙な感触に士郎は己の足元へ視線を移し、そしてようやく気づく。

 

そこにはおびただしい程の血が無造作に撒き散らされていた。それは、人間にはこれほどの量の血が流れていたのか、と思ってしまうほどで

 

痛い。痛い。痛い。

 

胸に残る生傷が、確かにあのとき貫かれた筈の心臓が軋みをあげ、士郎は思わず胸元を強く握りしめた。

 

断言できる。これほどの量の血を流して、人間が生きていられる筈がない。

ではこの血は誰のものだ?

あのときなにもできずにただ逃げて、その果てに心臓を貫かれた男。それが何故五体満足で、こうして地に足を着けていられるのだ?

 

…………何故、俺は生きている?

 

心のどこかで、まだ夢物語であると信じていた。どんなに奇妙な出来事が起こるといっても、こんなことはある筈がないだろうと思っていた。そんな儚い幻想は、目の前の血溜りという現実に崩れ去った。

俺は二度目の死を迎え、『また』助けられたのだ。

 

思わずこぼれた疑問に返ってくる言葉はなく。返ってきたのは

 

────キン!

 

金属と金属が激しくぶつかりあう音だった。

 

「っ!ルヴィア!遠坂!」

 

その音に沈みかけていた思考が浮上し、現実に引き戻される。そうだ、俺は二人を助けにここまでやって来たのだ。

 

宝石をポケットに入れ、カードを握りしめたまま

何か戦える物を、と近くにあった箒を掴み、駆け出す。

 

 

二人に傷ついてほしくなかった。だからこの剣戟の音が続いてほしくはなかった。しかし、この音が止まってしまうことは何よりも恐ろしい。

それは戦いの決着────どちらかの死を意味しているから。

 

息をするのも忘れてひたすらに校庭へと駆ける。

 

 

#

 

校庭に駆け込んだ瞬間、視界に映ったのは自分を殺したあの男が遠坂の一撃によって斬られ、倒れ伏した光景。

 

「────」

 

抱いたのは魔法少女なんて可笑しな格好をしている彼女達の強さに対する驚きと、彼女たちが生きていたという安堵、そして

 

────あぁ、間に合わなかった

 

目の前の光景に対する悲しみだった。

 

もはやあの男が普通の人間であるとは思っていない。己はヤツに殺された身だ。その程度のことは身を以て理解した。出くわしただけで俺を殺し、遠坂やルヴィアを殺そうとしたヤツに対して死なないで欲しい、などと言うつもりは無かった。

しかし彼もまた己の目から見れば人であり、彼女達がその手を汚してしまったという事実が、どうしようもなく悲しかった

 

自分がもう少し早く着いていれば、こんなことにはならなかったのではないか。もし、あの時自分が逃げ出さなければ。そんな意味のない仮定を繰り返す。

 

 

そんな中、視界の端に映る校庭に倒れ伏していた筈の男が、再び立ち上がろうとしていることに気づく。

 

次の瞬間、俺はひたすらに遠坂に向かって駆け出していた。

 

「!?ミス・トオサカ!!」

 

ルヴィアの声で遠坂は男に気づいた様子で、己に迫る朱槍に成す術もなく固まっていた。

 

 

「────遠坂!」

 

思わず叫び、男へと疾走する。

しかし、男の殺気が此方にも向いた瞬間、自分が余りにも無力であると実感する。

 

何故なら己の武器は箒一本。それでどうやってヤツと戦うというのか。

 

これでは駄目だ。こんなものでは遠坂どころか自分の命すら守れない。

 

箒を投げ捨て、祈るようにカードを強く握り締める。

死んでいた筈の自分が救われるという奇跡の後、あの場所に残されたこのカードと宝石だけが唯一の望みだった。

この行為がどれ程愚かで無謀なことかなど冷静に考えずとも分かりきっていた。

それでもこのカードには『力』がある。俺にはそんな確信めいた予感があった。事実、このカードがあったからこそ、俺は己の意思でこの世界へ来れたのだ。

 

────武器だ。武器がいる。

 

遠坂を守れて、アイツを倒せる武器が────!

 

がちり。

 

一瞬、何かが置き換わる感覚。

 

次の瞬間にそれは現れた。

 

───それはまるで陰と陽。二振りの夫婦剣。

 

突如光と共に手元に現れたその剣を握った瞬間、

 

「ガッ‥‥‥!?ァァッ…………!!」

 

 

 

 

────來五山之鐵精、六合之金英

 

『一体何故なのだろう。天は私を見放したというのか‥‥』

 

───候天伺地、陰陽同光

 

 

『貴方様、この私をお使いなさいませ』

 

───百神臨觀、天氣下降

 

『我が干将を此処に託す。あぁ、このようなことをすれば私は死ぬのだろう……莫耶よ、我が愛する妻よ。もしその子が生まれ、男であれば────』

 

───出戸、望南山、松生石上

 

『許さない。許すものか。母が干将を手にした時のあの表情を、父が莫耶を抱き死への行路を進んだその想いを知り、どうして私が彼の王を許せるというのか────』

 

───劍在其背

 

『……私に任せてください。何、私も帰る場所を失った旅人。貴方のその首と干将を以て必ずや貴方の悲願を────彼の王を殺してみせましょう』

 

 

 

 

 

大量の情報が頭の中に溢れ、埋め尽くされる。思わず意識を飛ばしてしまいそうになるが、それをギリギリのラインでなんとか踏みとどまる。

 

溢れる情報の量が多すぎた訳ではない。ただ、その情報の濃さが強すぎた。その剣の全てを刻まれたような、まるで剣に己の身体を貫かれるような錯覚。

 

しかし、其の夫婦剣はまるで慣れ親しんだものを再び手にした時のように妙にしっくりと手に馴染んだ。

 

そして、導かれるように夫婦剣は軌道を描き、その呪いの朱槍へと吸い込まれていく。

 

干将の一撃で槍の軌道を反らし、莫耶で敵の胴体を狙う。しかし相手は黒化英霊で瀕死の身とはいえケルト神話最大の英雄。素早い槍捌きで莫耶の一撃を止め、そのまま跳ね上げる。その余りの力強さに士郎は思わず体勢を崩す。その隙を見逃すまいと迫ってくる槍、それをなんとか体勢を建て直し夫婦剣を交差させて防ぐ。

 

一旦互いに距離を置き、相手から視線を外すことなく士郎は口を開く

 

「遠坂、ルヴィア!此処は俺が足止めするから二人は早く逃げるんだ!!」

 

言い終わった直後には再びランサーが動き出し、士郎へと肉薄する。その一撃を間一髪で避け、夫婦剣を降り下ろそうとするも

 

「ぐっ……ぁ………!」

 

ランサーの回し蹴りによってそれを阻まれ、そのまま10メートルほど吹き飛ばされる。

 

その衝撃に視界が大きく揺らぎ、急いで立ち上がろうとするもその痛みが士郎を襲い、膝をついてしまう。

 

その間にも士郎に迫るランサー。その姿はあの時と同じくまるで死を告げる死神のように恐ろしく見えた。

 

────けど、俺には守るべき人達がいるんだ。こんなところで、殺されて堪るか。

 

そう決意し、痛みを堪えながら立ち上がろうとした時

 

此方に向かっていたランサーが突如としてその向きを変え、次の瞬間には大量の光弾がランサーを襲った。

 

「………逃げろ、ですって……?」

 

「そんなこと、出来るわけないでしょう……!」

 

視線を向けると其処には毅然とした姿で立っている遠坂とルヴィアの姿が。

 

「────」

 

その姿に思わず見惚れてしまった。…どんなにフリフリでケモ耳をつけた魔法少女であろうとも、彼女達は気高く、そして美しいのだ。

 

俺も立ち上がり、干将莫耶を再び構え、ランサーへと駆け出す。理屈うんぬんはこの際後回しにするとして、ランサーと戦える彼女達だがそれを黙って見ているつもりなど無かった。

 

二人が光弾の弾幕でランサーを足止めしている間に俺が夫婦剣でランサーに肉薄する。

 

二方面からの猛攻に、ランサーは対処しきれず徐々に体勢を崩していく。こうしてみてもランサーはその動きを追い、なんとか対処出来る程度にまで弱っていた。それもその筈。彼の身体はとっくの昔に霊核がもたない程の致命傷を受けていたのだから。

 

「今ですわ!」

 

ルヴィアの合図で遠坂が飛び出す。その手にはブレード型のステッキが。ランサーはそちらへ向かって朱槍を振るおうとするもそれをさせるまいと干将莫耶で防ぐ。だが勢いを殺しきれなかった槍が脇腹に食い込み、激痛が走る。

 

「ぐっ………ァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

それでも退くわけにはいかなかった。ここで退けば遠坂は死ぬ。そんなこと、許せるものか────!

 

渾身の力を以てランサーの槍を跳ね上げる。次の瞬間、

 

ばきり。

 

と、まるで役割を終えたとでも言うように干将莫耶が崩れ落ちる。

 

「これで、終わりよ────!」

 

そして肉薄した凛の一撃がランサーに炸裂し、ランサーは霧散するように消えていった。

 

 

 

 

 

 

#

 

 

「……で、ぜーんぶ洗いざらい話して貰いましょうか?え・み・や・く・ん?」

 

「え」

 

全てが終わり、遠坂に無理矢理引っ張られるようにして妙な魔方陣のようなものに入れられ、光が溢れたと思えばもとの世界に戻っていた俺達だが、次の瞬間には俺は二人の前で正座をさせられる羽目になった。なんでさ。

 

遠坂の笑顔が怖い。遠坂って実は可愛いヤツなんだなとか思ってたけど思い違いだったのだろうか。

怖い。とにかく怖い。まさにあかいあくまだ。

助けを求めてルヴィアに視線を向けるも駄目だった。まだ笑顔で此方に迫って来ないだけましだが、その穏やかな表情の反面、目が全く笑っていない。

 

俺は何か悪いことでもしたのだろうか。確かに、結局俺がいたところで遠坂がとどめを刺してしまったことに対して自分の不甲斐なさを痛感してはいる。しかしアニメやゲームでしか見たことのない魔法のような超展開については正直、こちらがいろいろと訊きたいのだが。

 

「まさかシェロが魔術師だったとは……」

 

「私たち二人が全く気づかないなんて、かなりのやり手のようね」

 

「は?へ?え?ちょっ……」

 

魔術師、って魔法を使うあの?俺が?

いやまぁ、遠坂とルヴィアが実は魔法少女だったっていう衝撃事実はあの光景を目にした以上認めざるを得ない訳だが。

それにしたって俺が魔術師というのはどういうことだろうか。俺はただ気がついたらあの世界にいて、突然現れた武器で戦っただけで、何がどうなってそうなったのかは全く分かっていない。というか教えて欲しいくらいだ。

 

「待ってくれ、俺は魔術師じゃない。あの世界にいたのだって気がついたら…」

 

「今更言い訳は要らないわ。あれだけのことをしておいて魔術師じゃない訳が無いじゃない」

 

「エミヤ……聞き覚えがありますわ。確か十年ほど前まで……」

 

どんどん俺の知らないところで話がエスカレートしている。よく分からないが、まずいということだけは理解した。そうなればすることはただ一つ。

 

「わ、悪い!あんまり遅いと家族に怒られるから!じゃあまた明日!」

 

───よし、逃げよう。

そう決意した瞬間、行動は早かった。

遠坂を助けるために疾走した時さながらの猛スピードで駆け出す。

 

「なに言って……ってちょっと!!!?待ちなさいよ────!」

 

 

 

 

#

 

 

玄関前に立ち、俺は新たな危機に直面していた。

 

時刻は既に深夜。この扉を開いた瞬間のセラの顔を想像し、気分が重くなる。

 

一体何を言われるだろうか。また説教二時間コースかな…などと考えていても更に帰りづらくなるだけだ。ええいままよ、と玄関の扉を開く。

 

「た、ただいま………」

 

「シロウ!!!」

 

また叱られるのだろうと覚悟をして目を閉じる。しかし、感じたのは身体を優しく包まれるような感覚。

 

「え………」

 

「何処に行っていたのですか………心配したのですよ」

 

その言葉に込められていたのは優しさと慈しみ。そんな言葉をセラから掛けられたことなどほとんど無かった俺は思わず動揺する。

 

「……怒らないのか?」

 

「……えぇ、怒っていますとも。説教はまた明日。今日は休みなさい」

 

 

そう言われてなされるがままに自室のベットに寝かされる。瞬間、猛烈な睡魔が身体を襲ってきた。そこで初めて、自分はこんなに疲れていたのだなと認識する。強烈な睡魔に抗う術も無く、俺の意識は微睡みへと落ちていった。

 

 

 

#

 

「……そんなボロボロの姿を見てしまえば、怒る気など失せますとも」

 

「……セラ、シロウどうだった?」

 

「脇腹に突かれたような傷と肋骨が一本。どちらも治療魔術で治しておきました。あとは胸にも突かれたような傷痕が。此方は何者かによって既に塞がっていました。魔術回路は…一本だけこじ開けられていました」

 

「一本?」

 

「ええ。………全く、ホムンクルスとしての能力を棄てた今、治癒魔術などどれ程の苦労がいると思っているのか………ともかく、これはお二人の力を借りる事態かもしれませんね」

 

 

そうして始まりの夜は終わりを告げ、新たな夜明けを迎えるために静かに廻り続ける。

 

 




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