インフィニット・ストラトス・桜花舞う (京勇樹)
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二人目は

というわけで、新連載です!


 

初音島 天枷研究所

そこの一室、とある研究室ではメガネを掛けた少女が一つの侍鎧を思わせる物

ISを調べていた

ISと言うのは通称で、正式名称はインフィニット・ストラトスである

インフィニット・ストラトスと言うのは、今から十年前に天才(災?)科学者の篠之ノ束博士が開発した高性能マルチパワード・スーツである

開発した篠之ノ博士としては、宇宙開発を目的として発表したのだが、紆余曲折あって今はスポーツ用として落ち着いている

なお、このISには一つ重大な欠点が存在する

それは、女にしか使えないのである

そのために、ISが発表されてから僅か十年の間に女尊男卑が蔓延してしまったのである

しかしながら、今から2ヶ月程前にそれは覆された

何故かと言うと、世界で初めて、ISが使える男性が見つかったのである

見つかった当初、世界中は驚愕した

まさか、男が使えるとは思っていなかったからである

その後、世界中で男性を対象としてIS適性検査を行ったが見つからなかった

この地、初音島を除いては

初音島はISが発表された後も、女尊男卑にはならず、男女平等であった

逆に、女尊男卑なんか馬鹿らしいという考えが浸透している

ゆえに、IS? なにそれ? 的な考えすら持っている者すら居る

そして、この初音島は世界の最先端技術が集結してる島ですらある

ここ、天枷研究所はロボット工学の最先端である

そして、世界中の研究機関で理不尽な理由などで職を失った男性にとっては、まさしく最後の楽園と言えた

ゆえに、ここ数年で初音島の各研究所は飛躍的に巨大化及び業績の上昇を記録

それが理由により、初音島の周囲には人工島(メガフロート)が浮かべられてそこに研究所の移設などを行っている

そして、彼女

沢井麻耶(さわいまや)は、ISに使われている技術を自分が専攻しているロボット工学に活かせないかと、研究所の所長や彼女が通っている学園長に頼んで、ISを一機、研究用に送ってもらったのである

麻耶が真剣に調べていると、ドアが開き二人の男女が入ってきた

片方は、麻耶と同じくロボット工学を専攻している男子で、名前は桜内義之(さくらいよしゆき)である

そして、もう一人は小柄な体躯で牛柄の帽子と赤いマフラーを巻いた少女だった

名前は、天枷美夏(あまかせみなつ)である

入ってきた二人は、麻耶が調べていることに気づいて

 

「おーい、沢井!」

 

「まだ調べてたのか、もう昼だぞ」

と声をかけた

二人に声をかけられたことで、麻耶はハッとして

 

「あら、もうそんな時間だったのね……集中しすぎてたわね」

 

と時計を見て、呆れたた様子で首を振った

 

「ったく……んなこったろうと思ったよ。ほれ」

 

と義之は、近くの机に食事の乗ったトレイを置いた

 

「あら、ありがとう。桜内」

 

麻耶はお礼を言うと、椅子に座って、いただきますと言ってから食べ出した

その間に、美夏がISに近づいて

 

「どうだ、沢井。なにか、使える技術はあったか?」

 

ISを見ながら、麻耶に問い掛けた

問い掛けられた麻耶は、口の中の食べ物を飲み込んでから

 

「そうね……今のところ、エネルギー回路関係かしら。まだ完全には調べてないから、わからないけどね」

 

と言った

その答えを聞いて、美夏がISを見つめていると

 

「まあ、主には天枷やμ用だな」

 

と義之が、呟くように言った

なぜ、義之はそう言ったのか

何故かと言うと、彼女、天枷美夏はロボットなのである

しかも、最近ではなく、今から五十年前に作られたロボットである

だと言うのに、見た目や仕草、感情表現などは普通の人間のソレである

その理由は、今現在普及し始めているμとは違い、美夏には感情モーションのリミッターが設定されていないのである

だから、彼女の感情表現は普通の人間と遜色ないのである

だが、作られた五十年前ではその人間さが危惧されたのだ

当時は、ロボット排斥運動が活発で、もし美夏の存在がロボット排斥主義者達に露見したら美夏が危ないと判断され、美夏は開発者達の手により、島内にあった洞窟に封印されたのだ

その後、五十年経った二年前

とある偶然から、封印されていた美夏を義之が起こしてしまったのだ

その後、色々とトラブルはあったものの、義之達は美夏と交流を深めていった

その甲斐あって、美夏はその存在を認められて、義之達と同じように学園に通っている

そして麻耶は、現在普及されているμの一個前のプロトタイプ

美秋の開発者

沢井拓真(さわいたくま)博士の娘である

しかし、彼女が姉と慕った美秋はロボット排斥主義者の過激派の犯行により破壊されてしまい、彼女の家は言われなき罵倒や誹謗中傷が原因で父親は自殺

母親は心労と、がむしゃらに働いた結果体調を崩してしまった

彼女はそれを、本当は好きなのにロボットを憎むという矛盾した思いを持つことにより、心の安寧を保つ方法を取った

しかし、義之の行動と美夏との邂逅、交流を経て、本心を吐露

親密な関係になったのである

その後、ロボットの権利擁護運動をしながらロボット工学を履修

美夏のメンテナンスや、新しい機能や素材、回路の開発などを学んでいる

義之はそんな二人を支えようと、麻耶と同じくロボット工学を専攻し、二人の活動を支援している

そんな三人の活動と実績が評価されて、学園長であり、義之の後見人である芳野さくらの推薦があり、麻耶と義之は天枷研究所で研究してよいと認められた

 

「さてと、俺も手伝うか」

 

義之がそう言って、右腕をグルグルと回していると

 

「うむ。頑張れよ、桜内!」

 

と美夏が、義之の背中を強く叩いた

だが、忘れないでほしい

彼女、天枷美夏はロボットである

つまりは、彼女の腕力は普通の人間を超えている

そんな彼女が、強く叩いたらどうなるだろうか?

 

「わっ、た、た、た、た!」

 

義之は叩かれたことにより、バランスを崩した

義之はなんとかバランスを保とうと奮闘するが、奮闘虚しくISの方に倒れかかった

義之はなんとか直撃を避けようと、右手を突き出した

そして、右手がISに触れた

その直後

キィンと言う金属質の音が響き渡り、義之の体にISが装着された

 

「えっ……?」

 

「なに……?」

 

「ウソー……」

 

その光景を見て、三者三様の驚きの声が研究室で反響した

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

時は過ぎて、3月

 

「こいつは……予想以上にキツい……」

 

そう言ったのは、机にうつ伏せになっている男子

織斑一夏(おりむらいちか)である

彼が居るのは、世界で唯一ISの事を学べる公立IS学園である

もちろん、ISを学ぶ学園であるために、生徒は彼以外は全員女子である

一夏にとっては、それが一番ツラかった

何故なら、彼に向けられる視線の数がハンパないからだ

その視線が、一夏の精神をガリガリと盛大に削った

そして、一夏がうつ伏せになっていると

 

「織斑君……織斑一夏君!」

 

と呼ぶ声が聞こえたので、顔を上げた

そこに居たのは、メガネを掛けた童顔の女性

名前は山田真耶(やまだまや)である

彼女は一夏が所属する一年一組の副担任である

 

「今、自己紹介中でね。あから始まって、お、だから織斑君なんだよね。だから、自己紹介してくれるかな?」

 

と、真耶はオドオドした様子で言った

 

「わかりました……自己紹介しますので、安心してください」

 

とりあえず、一夏は目の前の真耶を落ち着かせることから始めた

 

「ぜ、絶対ですよ? 約束ですよ?」

 

真耶は涙を滲ませながら、一夏に念押ししてきた

 

(俺って、どんだけ信用ないんだろ?)

 

と、一夏は思いながら、立ち上がって振り向いた

なお、一夏が座っていた場所は、ど真ん中の最前列である

ゆえに、必然的に一夏に視線が集中した

その視線に一夏は気おくれしながらも、一回大きく深呼吸すると

 

「織斑一夏です…………以上です!」

 

と自己紹介(?)すると、女子たちは全員思わずコケた

その直後

 

ズパーン!!

 

という音と共に、一夏の頭を衝撃が襲った

頭に発生した痛みで、一夏は頭を抑えながらうずくまった

そして、背後に振り向くと

 

「げぇっ!? 呂布!?」

 

と、叫んだ

その直後、一夏の頭に背後に居た女性が持っていた出席簿が振り下ろされた

すると、先ほどと同じ音が響いた

どうやら、先ほど一夏の頭を襲った衝撃の正体は彼女

織斑千冬(おりむらちふゆ)の持っている出席簿だったようだ

 

「誰が三国志最強の武将だ。バカ者」

 

彼女はそう言いながら、うずくまっている一夏を見下ろした

そして深々とため息を吐くと

 

「満足に自己紹介もできんのか? お前は」

 

と、嘆いた

すると、一夏は立ち上がって

 

「だけどよ、千冬姉!」

 

と、言った瞬間

三度、一夏の頭に出席簿が叩き込まれた

 

「学校では、織斑先生だ。バカ者」

 

と彼女が言うと、女子たちがざわめきだした

 

「え? もしかして、織斑くんって、千冬様の弟なの?」

 

「もしかして、男なのにISが使えるのって、それが理由?」

 

名前からしてわかると思うが、千冬と一夏は実の姉弟である

そのことに、女子たちが囁きあっていると千冬は視線を真耶に向けて

 

「山田くん。HRを任せてすまなかったな」

 

と、先ほどとは打って変わって優しそうにほほ笑んだ

 

「い、いえ! 副担任として当然です!」

 

と真耶が返答すると、千冬は教卓に両手を突いて

 

「諸君! 私の名前は織斑千冬だ! 私の仕事はお前らヒヨっこを一年間教育することだ! いいか、私が教えたことは必ず覚えろ! わかったら返事をしろ! わからなくても返事をしろ! いいな!?」

 

どこぞの軍曹か、と言いたい

 

「「「「「はい、千冬様!!」」」」」

 

見事な団結力に、一夏は内心で少し引いていた

すると、真耶が千冬に近づいて

 

「そういえば、編入生は来たんですか?」

 

と、問い掛けた

 

「ああ、ついでだから紹介しよう。入れ!」

 

千冬がドアに向かって声をかけると、ドアが開き

 

「失礼します」

 

と言って、一人の男子が入ってきた

 

入ってきた男子は、千冬の隣に立つと軽く頭を下げて

 

「俺の名前は、桜内義之と言います。初音島から来ました。右も左もわかりませんが、よろしくお願いします。あと、俺のほうが二歳年上だけど、気にしないで接してくれると嬉しい」

 

と、模範的な自己紹介をした

 

「……え? もう一人、男の子……?」

 

「うそ……」

 

女子たちの驚愕の声が聞こえるが、義之は普段通りにほほ笑んだ

 

 

 

こうして、一年中桜が咲く島の男子が女子だらけの世界へと舞い降りた



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自己紹介

(ふむ……これは、確かに中々厳しいな)

 

と義之は、回りからの視線を感じていた

義之の席の位置は、真ん中から少し窓側の真ん中辺りになる

その位置ですらかなりの視線を感じるのだから、真ん中最前列のもう一人

織斑一夏の精神的ダメージは、かなりのものだろう

 

(さてと……お?)

 

最初の授業が終わると、義之はその少年に声を掛けようとしたが、先に一人の少女が声を掛けていた

 

(知り合いっぽい感じだな……後にするか)

 

その二人の様子から、義之はそう察して後回しにした

そこに

 

「ねえ~よしよし~」

 

と何とも、のんびりした声が聞こえてきた

 

「って、俺のことか?」

 

義之は自分だと判断し、視線を向けた先には、ダボダボの袖の制服を着た一人の少女が居た

 

「えっと、君は?」

 

「私の名前は~布仏本音(のほとけほんね)~皆からは、のほほんさんって呼ばれてるよ~」

 

義之が問い掛けると、その少女

本音はそう自己紹介した

 

(うん。確かに、のほほんだな)

 

本音のあだ名に、義之は納得しつつ

 

「それで、何の用かな?」

 

と問い掛けた

すると、本音は

 

「よしよしは~初音島から来たって言ってたよね~? それって~あの初音島? 一年中桜が咲いてるって聞く?」

 

と首を傾げた

その問い掛けに、義之は

 

「ああ、その通りだよ」

 

と答えた

 

「それで~本当に、一年中咲いてるの~?」

 

という本音の問い掛けに、義之は携帯を取り出して

 

「ほい、これを見て」

 

とある写真を見せた

そこには、桜と雪が一緒に舞っている写真が表示されていた

 

「お~……何とも、幻想的だね~……」

 

「これで、信じてくれたかな?」

 

その写真を見て、本音は何やら感心した様子で頷いた

そして予鈴が鳴り、その少し後に先程の二人が戻ってきた

そして次の休み時間

 

「さてと……」

 

と義之は立ち上がり、一夏の席に向かった

 

「今、大丈夫かな?」

 

と義之が声を掛けると、一夏は

 

「お、おお……トイレに行きながらでいいか?」

 

と、首を傾げた

それを聞いた義之は

 

「ああ、確かにそうだな」

 

と同意した

IS学園は、本来は女子校に当たる

故に、IS学園で男子たる義之と一夏が使えるトイレは非常に限られていて、IS学園二階の教員用しか無いのだ

近々工事業者が入り、一部の女子トイレが男子用トイレに変更されるらしいが、それまではその教員用に行くとしかない

そして、二人は移動しながら

 

「えっと……確か、桜内さん……でしたよね?」

 

「ああ。だが、敬語は要らないよ。今は同じ一年生で、貴重な男子なんだしね。気にせず、義之とでも呼んでくれ」

 

一夏の言葉に、義之はそう言った

すると、一夏は頷き

 

「分かった。俺のことも、一夏って呼んでくれ。義之」

 

と言って、右手を差し出した

 

「よろしく、一夏」

 

「ああ、よろしく」

 

二人は握手を交わしながら、トイレに向かい済ませた

そして、次の授業が終わった後だった

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

と、一人の少女が二人に声を掛けてきた

 

「なんだ?」

 

「何かな?」

 

と二人が視線を向けると、その少女は

 

「まあ!? 私が話し掛けたのに、その反応は一体なんですの!?」

 

と声をあげた

 

「お、おう?」

 

「あー……」

 

一夏は困惑し、義之は目の前の少女がどういう輩なのかを察した

 

「代表候補生たる私。セシリア・オルコットが話し掛けたのですから、それ相応の言葉で返すのが、筋ではなくて?」

 

「……代表候補生?」

 

セシリアの言葉を聞いて、一夏は首を傾げ、義之は

 

(あー……あのイヤリング、待機形態か)

 

と察した

その直後

 

「代表候補生って、なんだ?」

 

と言って、義之ですらコケかけた

そして、義之は

 

「いいか、一夏。代表候補生というのはな」

 

と解説した

代表候補生というのは、IS保有国の中でも、特に高い適性と技量を持った者の中から選ばれるエリートで、特にセシリアは専用機を与えられるトップエリートだ。と説明した

 

「なるほど……で、その代表候補生さんが、何の用だ?」

 

「……貴方、私をバカにしてますわね?」

 

「んにゃ、まったく?」

 

セシリアがジト目で睨むが、一夏は首を振った

バカにしている訳でなく、どう対処したらいいか分からないだけなのである

しかし、そんな言動がセシリアを怒らせたらしく

 

「このっ……!」

 

と一夏を睨み付けた

しかし、そのタイミングで予鈴が鳴り

 

「また後で来ますわ! 逃げないでくださいませ!」

 

と言って、離れていった

それを見送り、一夏は

 

「なんだったんだ?」

 

と首を傾げた

そんな一夏に、義之は

 

「まあ、ちょっと面倒くさいだけだ……ただ、一夏。もう少し、勉強な」

 

と指摘した

義之もISに関しては素人同然だが、ここに来る前にISに関する基礎知識はそれなりに覚えてきた

千冬から渡されたISのマニュアルを、古い電話帳と間違えて棄てた一夏とは違うのである

義之の指摘に呻き声を漏らす一夏を尻目に、義之は

 

(面倒事にならないといいが……)

 

と思ったのだが、その願いはLHRにて否定されてしまうのだった



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説教

一日目の授業が終わり、LHRに入った時だった

 

「ああ、そうだった……クラス代表を決めないとな」

 

と千冬が、思い出したように言った

すると、山田先生が

 

「クラス代表とは、つまりクラス委員長のことです。様々な催しの時にクラスを纏めたり、他のクラス代表と折衝する役目をするんです」

 

と説明した

それを聞いた義之は、脳裏に恋人の姿を思い出した

麻耶はまさにそのクラス委員で、昔は義之を含めた様々なクラスメイト達から委員長呼びだった

 

「自薦推薦は問わん。名前を出せ」

 

と千冬が言った

その直後

 

「私は織斑君を推薦します!」

 

「私も!」

 

と数人の女子が、一夏の名前を上げた

 

「お、俺!?」

 

まさか推薦されるとは思ってなかったらしく、一夏はすっとんきょうな声を上げた

それに続くように、別の女子が

 

「だったら、私は桜内君を推薦します!」

 

「私も推薦します!」

 

と義之の名前を言った

それを聞いた義之は

 

(やっぱりか……)

 

と内心で溜め息を吐いた

すると、一夏が

 

「あ、織斑先生! 俺は辞退を!」

 

と言った

だが千冬は、そんな一夏睨み

 

「辞退は認めん」

 

と一蹴した

そして、他に名前が挙げられないからか

 

「他に居ないのか? だったら、この二人から選ぶが……」

 

と言った

そこに

 

「納得いきませんわ!」

 

と一人の女子

セシリアが、怒声と共に立ち上がった

その目には、はっきりと怒りの感情が感じ取れる

 

「私は態々、この極東の島国に来て、サーカスをしに来た訳ではないんです! 私は、我が祖国のISたるブルー・ティアーズを完成させるために来たんです!」

 

それは、国差別に当たる発言だった

それを聞いた義之は

 

(あいつ……自分が何をしてるのか、察してるのか?)

 

と内心で、頭を抱えた

別に、セシリア一人がどうなろうと義之としてはどうでもいいことだった

しかし、セシリアがしたのは、下手したら一人では済まない事態になることだった

 

「代表候補生たる私が、クラス代表になるに相応しいはずですわ! 織斑先生! 私をクラス代表に! あの極東の男共なんかより、役に立ってみせますわ!!」

 

そう啖呵を切るセシリアだったが、千冬を含めるクラスメイト達の視線の感情には気付いていなかった

千冬は弟を侮辱された怒り

クラスメイトも、大半は日本人だ

その彼女達は、国を侮辱された怒りから、セシリアを睨んでいた

その時だった

 

「あのな……イギリスだって島国だろうが……それに、そのISを開発したのは束さん……つまり、日本人だ……その祖国をバカにしてるんだ……覚悟しろよ、てめぇ……」

 

と一夏が、怒気を滲ませながら立ち上がった

その事態に、不味いと察したらしく山田先生が止めようとしたが

 

「そこまでにしろ、このバカ二人」

 

と義之が、静かに言った

 

「なっ……」

 

「よ、義之……?」

 

いきなり罵倒されたセシリアは驚き、一夏は義之の語気に驚いていた

義之はそんな二人を静かに睨み

 

「一夏、日本を侮辱されて怒るのは分かるが、冷静になれ……」

 

とまずは、一夏を諭した

そして次に、セシリアを見て

 

「そしてセシリア・オルコット……お前は、戦争を引き起こしたいのか?」

 

と言った

 

「な……戦争ですって!?」

 

「そうだ……お前、自分が代表候補生だと言うならば、その発言が外交官並に影響が出るって分からないのか? 特に日本を侮辱する発言……気づかないか? このクラスに居る生徒の過半数は、日本人だ。中には日系の人も居るし、親日本の人も居る……」

 

義之のその言葉で、セシリアは自分がかなりの人数の女子に睨まれていることに気付いた

しかし、その程度でセシリアは怯まず

 

「だからなんだと言うのですか!? 私は事実を言ったまでで……」

 

と反論しようとした

しかし

 

「つまりそれは、イギリスが日本に対して宣戦布告していると同じなんだ! 先の日本に対する侮辱的発言が、イギリスの総意だと認識されるんだぞ!? 少しは頭を使え! 仮にも代表候補生になれたんだろ! その頭は飾りか!!」

 

と義之は怒った

そこまで言うと、義之は千冬と山田先生に視線を向けて

 

「すいません、先生方。出過ぎた真似をしました」

 

と頭を下げた

すると、千冬が

 

「いや、桜内の言葉は正論だ……」

 

と言って、クラス全体を見ながら

 

「そもそも、私からしたら、貴様らは等しく産まれたばかりのひよこに過ぎない……その程度の連中が、図に乗るなよ……」

 

と言った

織斑千冬

今はIS学園で教師をしているが、その名前を知らぬ人はそう居ないだろう

IS世界大会、通称モンド・グロッソ

その第一回モンド・グロッソにて、世界最強になったのが、千冬である

その千冬からの言葉となれば、誰もが黙った

静かになったのを確認した千冬は、義之、一夏、セシリアの三人を見て

 

「さて、この三人から選出する方法だが……三人で試合をしてもらう」

 

と言った

そして、千冬は一夏と義之に

 

「織斑と桜内には、国から専用機が与えられる。織斑には、倉持から。桜内には、天枷研究所からだ」

 

と言った

それを聞いた生徒の幾人かが

 

「嘘っ!?」

 

「専用機が!?」

 

と驚いた

だが、極少数で

 

「天枷研究所って、あの天枷研究所?」

 

「ロボット研究なら、世界でも最先端の?」

 

と呟いた

その言葉に、義之は

 

(へえ……知ってる子が居るのか……認識を改めないとな)

 

と思った

そして、試合は約一週間後の金曜日に行われることになり、LHRは終了した

そして、放課後

 

「……つっー訳で、PICは以上だ。分かったか?」

 

「な、なんとか……」

 

義之は一夏に、ISに関する基礎知識を叩き込んでいた

余りにも、ISを知らなかったからだ

そこに

 

「あ、織斑君と桜内君。まだ校舎に居てくれましたか」

 

と山田先生と千冬が現れた

 

「あれ? どうしました?」

 

と義之が尋ねると、千冬が

 

「お前達に、これを渡しに来た」

 

と言って、二枚のカードキーを掲げた

それを見た一夏が首を傾げると、義之が

 

「……一週間は、自宅か近場のホテルから通うことになると聞いてましたが?」

 

と問い掛けて、即座に指を鳴らした

 

「なるほど……安全面からですか」

 

「……風見学園から連絡は受けていたが、本当に頭が切れる奴だな」

 

義之の言葉に、千冬は軽く驚いていた

そして、山田先生が

 

「今桜内君が言った通り、安全面から寮に入れろと政府から言われまして……二人には、寮に入ってもらいます」

 

と言って、二人にカードキーを手渡した

カードキーを受け取った義之は

 

「一人部屋……な、訳が無いですね」

 

と呟いた

急遽用意されたのだから、一人部屋の訳がなかった

 

「はい。桜内君は申し訳ありませんが、二年生寮になります。一年生寮で調整が出来ましたら、そちらに移ってもらいます」

 

山田先生はそう言いながら、義之にカードキーを手渡した

そのカードキーに記載されているのは、2033だった

それを確認した義之は

 

「荷物はどうしました?」

 

と問い掛けた

その問い掛けに、山田先生が

 

「それならば、こちらから取りに行きまして、既に搬入してあります」

 

と言った

一夏に関しては、千冬が取りに行ったようだ

それを聞いた義之は、部屋に向かったのだった



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ドタバタなファーストコンタクト

「えっと……2033……2033……あ、ここだ」

 

校舎から二年生寮に移動した義之は、カードキーに記載されている番号を頼りに、部屋を探した

そして、ドアをノックして

 

「すいません、同室になったものですが」

 

と声を掛けた

すると、中から

 

『はいはーい、どうぞー』

 

と軽い調子の声が聞こえた

それを聞いた義之は、カードキーでロックを外してから

 

「失礼……しました」

 

開けて、即行閉めた

 

『おーい?』

 

「仮にも男を入れるなら、相応しい格好をしてくれ」

 

中からの疑問の声に、義之はそう言った

何故ならば、中に居た水色の髪の少女は、下着姿だったからだ

そこに、眼鏡を掛けた少女が現れて

 

「お? もしかして、噂の二人目? 何してるの?」

 

と義之に問い掛けた

その問い掛けに対して、義之は

 

「中に痴女が居た」

 

と言った

すると、中から

 

『ちょっとー! 流石に酷いわよー!』

 

と文句の声

その声を聞いて、その眼鏡女子は

 

「あー……たっちゃんか」

 

と納得した様子で頷きながら、携帯を取り出した

 

「たっちゃん?」

 

「そ。IS学園生徒会会長、更識楯無」

 

義之が首を傾げると、その眼鏡女子は携帯を操作しながらそう教えた

そして

 

「あ、私は黛薫子。よろしくねー」

 

と名のって、携帯を耳に当てた

そして、少しすると

 

「あ、虚さん? お久しぶりでーす」

 

と言った

その直後

 

『ちょっ!? 私が悪かったから、虚ちゃんは!?』

 

と中から、楯無の慌てた声が聞こえてきた

だが、薫子はスルーして

 

「あ、流石は虚さん。大当たりです。たっちゃんが、男子と同室になるって知ってて、下着で居たみたいで……部屋? 2033です……はい、廊下の窓は開けておきますね」

 

薫子はそう言って、部屋真正面の窓を全開にした

そして、義之に

 

「あ、そこから退いたほうがいいよ。後、20秒以内で来るから」

 

と言った

訳が分からなかったが、義之は薫子の言葉に従って、ドアの前から退いた

その直後、窓枠にフックが掛かった

 

「お」

 

「は?」

 

薫子は普通に

義之は何故にフック? と内心で首を傾げた

そこに

 

「ここですね……」

 

と眼鏡を掛けた、如何にも出来る人という雰囲気の女子が現れた

予想外の事態に、義之が固まっていると、薫子が義之の手からカードキーをヒョイと取り

 

「はい、カードキー」

 

とその女子に手渡した

それを受け取った女子は、まず薫子に

 

「ありがとうございます、薫子さん」

 

と感謝した

そして、固まっている義之に

 

「お嬢様がすいません……今から、OHANASI(シバき倒して)きますので……少々お待ちください」

 

と言って、カードキーを開けて中に入った

その直後

 

『お嬢様!! あれほど、普通に出迎えてくださいって言いましたよねぇ!? 彼はあの芳野博士の養子なんですよ!?』

 

『ちょっ!? 早すぎる!? あ、待ってください! 私がふざけすぎました!! 謝りますから、それだけは勘弁しーーー!?』

 

と中が、一気に騒がしくなった

すると薫子が

 

「気にしなくていいわよ? わりかし、何時ものことだから」

 

と朗らかに笑った

それを聞いた義之の脳裏に、かつての風見学園生徒会会長の姿が甦った

そして、数分後

 

「お待たせしました……OHANASI()が終わりましたので、お入りください……あ、申し遅れました。私は三年生整備科の布仏虚です」

 

と先程の女子が出てきて、自己紹介しながらカードキーを義之に手渡した

それを聞いた義之は

 

「知ってるみたいですが、桜内義之です……もしかして、のほほんさんの、お姉さんで?」

 

と虚に問い掛けた

その問い掛けに、虚はフックのロープにカラビナを掛けながら

 

「はい。あの子は妹です。ご迷惑を掛けるでしょうが、よろしくお願いいたします。では」

 

と言ってから、また窓から去った

すると、薫子が

 

「それじゃあ、私は部屋に戻るから。あ、今度取材させてねー」

 

と言いながら、部屋の方に向かった

それを見送った義之は、ゆっくりとカードキーを見てから

 

「……入るか」

 

とカードキーで、ドアを開けた

そして、中に入ると

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

と先程下着姿で義之を出迎えた楯無が、私服姿で奥側のベッドの上で頭を抱えて震えていた

それを見た義之は、頭を掻いてから

 

「あー……とりあえず、一応自己紹介するか?」

 

と声を掛けたのだった



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楯無

「という訳で、しばらく同室になる桜内義之だ」

 

「私は、IS学園生徒会会長の更識楯無よ。よろしく」

 

と軽く自己紹介した二人だったが、義之はベッドに腰掛けている楯無の足がプルプルと震えていることに気づいていた

そして、先ほどの虚とのやり取りで、何となくだが上下関係を把握した

その時、楯無の携帯が震えた

楯無が視線を義之に向けると、義之は手で促した

すると楯無は

 

「あら、一年生寮でドアが壊された……やったのは、篠ノ之箒……」

 

と呟いた

それを聞いた義之は

 

(篠ノ之箒って、確か……あの時の長い黒髪が特徴の……)

 

と思い出した

一夏に話し掛けていた少女を

そして義之は、少し考えて

 

「……一夏が、なにかバカしたか?」

 

と呟いた

すると、楯無が

 

「へぇ、わかっちゃう?」

 

と驚いていた

 

「あいつは、少し抜けてる所があるからな……大方、シャワーを浴びて出てきた篠ノ之とかち合って、篠ノ之が暴れたんだろ……あの姿勢の良さは、何らかの武道をやっている奴だ」

 

義之の推察は、大当たりだった

箒と同室になった一夏だが、女子と同室になっているということが頭からすっぽりと抜けてしまい、ノックもせずに入室

部屋を見ていたら、シャワーを浴びていた箒が出てきて、バッタリ遭遇

一夏は姉で裸には慣れていたが、箒は年頃

それも、一夏(鈍感バカ)を意識する少女だ

恥ずかしさと狼狽しない一夏に怒りを覚え、壁に立て掛けていた木刀を掴み、鋭く踏み込み、振り下ろした

一夏はなんとか回避し、咄嗟に廊下に出た

その直後、箒が木刀でドアを貫通させる突きを放った

それが、ドア破壊の真相た

 

「明日、あの二人を説教だな」

 

セシリアの一件以来、実はクラスでお兄さん的立ち位置になっている義之

問題行動を起こした二人を、翌日説教することにした

すると、楯無が

 

「流石、日本が誇る天才科学者。芳野さくら博士の養子。頭の回転が早いわね……ね、日本の数少ない(・・・・・・・)魔法使いの一人さん(・・・・・・・・・)?」

 

と言った

その直後、義之は鋭い視線を向けて

 

「……なぜ、知っている?」

 

と問い掛けた

すると、楯無はクスクスと笑い

 

「更識家は昔、芳野家と朝倉家に助けられたことがあるのよ」

 

と言って、懐から一通の封筒を取り出して、義之に差し出した

表面には、見覚えのある筆跡で《義之君へ》と書かれてある

それを受け取り、義之は

 

「……対暗部用暗部……」

 

と呟きながら、楯無を見た

 

「更識家現当主、17代更識楯無よ」

 

対暗部用暗部

つまり、公儀隠密の一族

それが、更識家であり、楯無というのは代々当主が継ぐ名前だ

 

「今から、約100年前になるかしら? 当時、日本国内に危険な魔法使いが入国。そいつによって、更識家の戦力は大きく減衰し、当時の当主も呪いを受けた……それを助けてくれたのが、偶々国内を回っていた当時の芳野家当主と朝倉家の当主代行だった……」

 

「なるほど……呪いを解いてもらい、更にはその魔法使いの捕縛を手伝ってもらった……ってことか」

 

義之の言葉に、楯無は頷いた

対暗部用暗部

裏に対するカウンターの役割を担う更識家だが、所謂異能に対抗する手立てを持っていなかった

そして、その魔法使いとの交戦により、魔法や魔術という異能を知り、それら異能から日本を守る家柄を知った

その内のふたつが、芳野家と朝倉家だ

 

「と言っても、俺が意識的に使える魔法は……これだけだ」

 

義之はそう言って、右手を開いた

すると、先ほどまで素手だった右手の中に、桜餅が有った

 

「和菓子を創る魔法……それと無意識なのが、他人の夢を見る魔法だ」

 

「なるほど……」

 

義之の説明を聞きながら、楯無は受け取った桜餅を食べた

そして、義之も気づいてない魔法があった

それは、身体能力の向上

と言っても、常に使っている訳ではない

幾つか条件があり、それにより出力が上下する

すると、楯無が

 

「さて、夕食だけど……食堂で食べる?」

 

と義之に問い掛けた

すると、義之は

 

「余計なお金は、使いたくないし……作るか」

 

と言った

すると、楯無が

 

「あら、食材は?」

 

「敷地内にコンビニとは、便利だよな」

 

楯無の問い掛けに、義之は廊下に置いてあった袋を掲げた

二人分

 

「じゃあ、お姉さんはお手並み拝見といこうかしら?」

 

「……俺の方が、年上なんだがな……」

 

義之はそう呟きながら、キッチンに向かった

そして十数分後、義之が作った料理に楯無は絶句した

なお、手紙には

 

『何か困ったことがあったら、楯無ちゃんを頼ってね』

 

と書いてあった



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説教と特訓

少し、書き方を変えました


翌日、登校した直後に一夏と箒を捕まえた義之は、二人を正座させると

 

「さて……なんで正座させられてるか、分かるか?」

 

と二人に問い掛けた。

すると、一夏が

 

「あー……多分だが、昨日箒がドアを壊した……からか?」

 

オズオズと、義之に問い掛けた。

 

「はい、正解……さて、篠ノ之」

 

「あ、その、桜内さん……私のことは、箒と呼んでくれ……篠ノ之だと、姉さんとごちゃ混ぜになりそうで……」

 

義之が箒の名前を呼ぶと、箒は恐る恐るといった様子でそう言った。

それを聞いた義之は、内心で

 

(話には聞いてたが、本当に複雑な姉妹関係みたいだな)

 

と思った。そして、頷きながら

 

「わかった。俺のことも、好きに呼んでくれ……」

 

と箒の提案に従った。

そして改めて、箒に

 

「さて、箒……まあどうせ、一夏が何かヤラかしたんだろうが……物を壊すのは、やり過ぎだ……特にお前は、武道家だろ? 武道家の心得として、感情任せに行動するのはご法度じゃないのか?」

 

と問い掛けた。箒は義之のその言葉に、何も反論出来なかった。

箒と一夏は、実は同門で同じ流派を修得している。

箒の実家の流派、篠ノ之流剣術だ。剣術と言っても二つあり、活人剣としての篠ノ之流と今のスポーツ用の篠ノ之流だ。

二人が納めてるのは、活人剣としての篠ノ之流に当たる。

そして箒は、中学三年生の時に剣道の全国大会に出場し、優勝していた。

そこから、箒の腕前が伺えるだろう。しかし、当時の箒は姉たる篠ノ之束が原因で荒れていて、その鬱憤を晴らすかのように竹刀を振るった。

しかも、試合後に対戦相手から

 

『貴女の剣は、感情任せの剣……つまり、ただの暴力よ! そんなの、剣道とは言わない!』

 

と指摘されており、義之はそれとほぼ同じ事を指摘していた。

 

「特にドアを壊したってことは、素手じゃないだろ? 多分、木刀辺りか? そんなんで、人の頭を殴ったりしてみろ。お前さん、人を殺すつもりか? 気に入らないことがあっても、まずは冷静になれ。でないと、何時か本当に人を殺してしまうぞ」

 

義之のその指摘に、箒は何の反論も出来なかった。

義之の指摘は事実であり、今回はたまたま一夏が箒の技を避けたから無事だったに過ぎないのだ。

 

「私は……っ」

 

「俺からのアドバイスは、何か起きてもまずは深呼吸……そんくらいだな」

 

箒が俯くと、義之はそう言って一夏に向いて

 

「それに一夏、どうせお前は箒の裸を見ちまったんだろ?」

 

「どうして分かった!?」

 

「わからいでか」

 

一夏の言葉に、義之はそう返しながら一夏の頭に軽く手刀を落とした。

 

「一夏、ここは女子校と言っても過言じゃないんだぞ? 男は、俺を含めて二人だけ。気を使わないと、千冬さんの拳を貰うぞ」

 

「ぐっ……確かに……」

 

義之の言葉に、一夏は呻いてから頭を押さえた。実は既に、昨日のことで千冬から拳を見舞わされていたりする。

 

「それが嫌なら、気を使うことだな」

 

「ああ、分かった……」

 

義之の言葉に一夏が頷いた時、予鈴が鳴ったので席に戻った。

その後、なんとか授業をこなし(義之としては、まさか爆弾解体の授業をするとは思ってなかったが)、放課後になると職員室に行き

 

「すいません。訓練機の貸し出しを申請したいんですが……」

 

と山田先生に問い掛けた。

すると、山田先生は

 

「構いませんが、専用機が来るまで待たないんですか?」

 

と首を傾げた。

その言葉に、義之は

 

「ギリギリに来る可能性を考えて、練習しておこうかと思いまして」

 

と告げた。

それを聞いた山田先生は

 

「分かりました……では、ラファール・リヴァイブを使ってください」

 

と言って、使用許可証を義之に手渡した。

それを受け取った義之は、第一アリーナに行ったのだが

 

「……確か、布仏虚さんでしたっけ?」

 

そこには、虚と楯無が居た。

 

「はい。名前を覚えてくださり、ありがとうございます」

 

「まあ、物覚えは良い方なんで」

 

義之はそう返したが、そもそも印象的な出会いだったので忘れないだろう。

そして義之は、二人に

 

「そもそも、なんでここに二人が?」

 

と問い掛けた。すると、虚と楯無が

 

「桜内君が訓練機を借りるという情報を聞きまして、私が調整し」

 

「私が教えるわ」

 

と続けて言った。

それを聞いた義之は、思わず

 

「……申請したの、十数分前なんですがね……」

 

と目を細めた。

校舎から第一アリーナまではそれなりに離れているので、来るのに約10分程掛かる。それに、制服からある人物特製のISスーツに着替えるのに、数分掛かった。

それを考えても、二人の到着は早かった。

 

「私とお嬢様は、元々第一アリーナで機体の調整後に訓練をする予定でしたから」

 

「まあ、次いでに義之君の訓練もしようかなってね」

 

それを聞いても、義之は半信半疑だったが

 

「分かりました……ISに関しては素人なんで、助かります」

 

と言うしかなかった。

一応、休み時間を使って基本的な機動は勉強したが、やはり熟練者から習う方が分かりやすいのは明白である。

 

「一応、こちらである程度は先行して、桜内君の身体データは入力してありますので、乗ってください。あ、着用方法は分かりますか?」

 

「まあ、なんとか」

 

義之はそう言って、ラファール・リヴァイブに背を向けて、纏った。

その後、虚が微調整してから

 

「どうでしょうか?」

 

「……問題無さそうですね……」

 

虚の問い掛けに、義之は体を動かしながら返答した。

その様子を見て、虚と楯無は

 

(……天才と言えますね……普通に歩いてます)

 

(芳野博士から聞いてたけど、本当に天才肌なのね……)

 

と小声で会話していた。

本来、初心者がISを纏った直後というのは、立つだけで精一杯であり、歩くと倒れてしまうのが殆どだ。

しかし義之は立つだけでなく、歩いたり軽くジャンプしている。

そして、感覚の確認が終わったのか

 

「行けます」

 

と二人に顔を向けた。

それを聞いて、楯無が

 

「それじゃあ、私の機体を見せてあげようかしら」

 

と言い、専用機を展開した。

楯無専用機、ロシア開発のモスクワの深い霧の改修機。

 

「ミステリアス・レイディ……」

 

義之は、自身の視界に表示された楯無専用機の名前を読み上げた。

 

「そうよ。ロシア代表になった私に与えられた、専用機」

 

学生の身でありながら、既にロシアの代表になっている楯無。

在校生最強というのは、伊達ではないのだ。

 

「カタパルト、オンライン……お嬢様から、どうぞ」

 

虚に促されて、楯無は機体をカタパルトの場所にまで進ませた。そして、足をカタパルトに固定し

 

「行くわよ!」

 

と言って、その直後に楯無機はリニアカタパルトで射出された。

それを見送った義之は、一歩ずつカタパルトの場所に向かった。

そして

 

「続いて、桜内君。どうぞ」

 

と虚に促され、義之は足をカタパルトに固定。

楯無がしていたように、スキーのような体勢になり

 

「行きます!」

 

と声を上げると、視界に《射出!》と表示されて、凄まじい速度で義之機は空中に射出された。

すると義之は、勢いを殺す意味も込めて、体を横回転

バレルロールさせて、高度を上げた。

それを見た楯無が

 

『驚いたわね……まさか、バレルロールが出来るなんて……』

 

と呟いていた。

すると義之は

 

「ん? 一般的な技能じゃないのか?」

 

と首を傾げた。

それを聞いた楯無は

 

『確かに、後々には必要になる技能だけど……普通、初心者が出来る機動じゃないわよ?』

 

と少し驚いた表情で、そう告げた。

 

「まあ、コツは教科書に書いてあったからな……少し、予想したのとは違ってたが……」

 

義之のその言葉に、楯無は

 

(……彼、とんでもないわね……まさか、初めてでここまでなんて……)

 

と義之に対する評価を改め、称賛していた。

そして楯無は、その手に突撃槍

蒼流閃を持つと

 

『武器の展開は、分かるかしら?』

 

と問い掛けた。

それを聞いた義之は、僅かに右手を上げた。

その直後、義之の右手の中に一挺の散弾銃。

連装式散弾銃のレイニー・オブ・サタデイが展開された。

 

「おお、本当に出た」

 

それを見た義之は、驚いた表情でシゲシゲと眼前にレイニー・オブ・サタデイを掲げて、色々な角度から見た。

しかし、楯無は

 

(初展開で、0.4秒……想像力が豊かなんでしょうけど、だからって……)

 

と驚いていた。

ISの武器というのは、量子変換されて格納されていて、それを展開するには本人の想像力が重要な鍵となっている。

なお、初心者用に言語入力による展開も可能だが、機動しながらでは、舌を噛むリスクが高いために、想像して展開する技能の修得は必須である。

そして展開速度だが、これも本人の想像力がしっかりとしていて、熟練者ならば約0.1秒で展開が可能と言われているが、熟練者の平均展開速度は0.3秒だ。

義之は、初展開でそれに迫っていた。

そして義之は、左手に新しく重機関銃のデザート・フォックスを展開し

 

「そろそろ、訓練を始めますか」

 

と楯無に提案した。

それを聞いた楯無も、頷き

 

「私の訓練、厳しいらしいから……覚悟してね」

 

と蒼流閃を構えたのだった。



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模擬戦

『ほら、直線的に動くと、ただの的よ!』

 

楯無はそう言いながら、新たに展開した蛇腹剣、ラスティーネイルを振るった。

義之は、自身に迫ってきていた刃を機関銃で単発迎撃し、弾いた。

自身に迫ってくる不規則に動く刃を、単発で軌道を反らさせたのだ。

しかも、楯無本人に向けて、瞬時に弾幕を形成した。

まさか、単発で弾かれるとは予想しなかったが、楯無はその機銃弾を水の膜を使って防いだ。

 

『水? いや、これが……その機体の第三世代としての機能か……』

 

『……流石に、気づくわよね……そう、この水がミステリアス・レイディの第三世代機能……アクアヴェールよ』

 

第三世代機能。それは第三世代ISから与えられた特殊装備で、開発した各国によりその機能は違う。

そして、ミステリアス・レイディの場合は水を操る能力なのだ。

ちなみに、義之が使っているラファール・リヴァイヴは第二世代と呼ばれる機体になり、汎用性が高められた機体になる。

 

『じゃあ……少し本気出すわよ!』

 

楯無はそう言って蒼流閃を構え、義之は咄嗟に直線上から退いた。

 

『その槍……複合武装ってやつか……』

 

『あら、よく気付いたわね』

 

楯無は軽く流すと、蒼流閃内蔵のガトリング砲を撃った。

複合武装、蒼流閃。槍と射撃武装が合わさっており、遠近両用の武装になる。

しかも、槍の表面にアクアヴェールを螺旋状に纏わせて高速で動かせることにより、ドリルのように扱うことも可能という。

義之は機体を縦横無尽に動かして回避したり、腕の盾で防いだりしながら観察した。

 

(多分、空気中の水分を集めて使ってるんだろうが……それを集めるのに使ってるのは、十中八九ナノマシンで、それを制御するユニットがあるはず……)

 

そう判断した義之は、視界フィルターを起動。エネルギーの流れを表示させて、見つけた。

 

(あれか!)

 

義之が見つけたのは、水色の掌サイズの物体だ。

正式名称、アクアクリスタル。

ナノマシンの生産と制御を司るユニットで、それがなければ水を操ることは出来ない。

 

(そういえば、確か特殊徹甲弾を撃てる武器が……)

 

と義之が思うと、即座にその武器のデータが頭の中に出てきた。

すると義之は、まず左手に持っていたナイフを収納し、即座に新しい武器を展開させた。

それは、長い銃身が特徴の射撃武装。

スナイパーライフル、ファイア・バレット。しかもそのファイア・バレットは、改修した後期型で前期型と比べて、大口径化と総弾数の増加が図られている。

義之はそれを構えると、右手の重機関銃による弾幕を形成、気を引いた。

そして楯無は、義之の思惑通りにアクアヴェールで重機関銃の弾を防いだ。

その直後、義之はファイア・バレットを撃った。

響き渡る轟音、20mmという大口径特殊徹甲弾が、一瞬にして音速を越えた速度で、楯無に迫る。

楯無はその狙撃を、アクアヴェールで防ごうとしたが、その弾が自身への直撃コースではないことに気付いた。

 

(何処を狙って……しまっ!?)

 

楯無は義之の狙いに気付いたが、遅かった。20mm特殊徹甲弾は義之の狙い通りはアクアクリスタルを破砕した。

アクアクリスタルは一つだけではないが、一つ減ったことで制御出来るナノマシンの数が激減。

一部の水が落下し、アリーナの地面に染みを作った。

 

『……恐ろしいわね……まさか、高速機動中に精密狙撃だなんて……』

 

『ISのハイパーセンサーって、便利だよな。普通だったら見えないのが、余裕で見えた』

 

まさか当てるとは思わず、楯無は驚愕した。

普通、高速機動中というのは姿勢の安定性を欠いていて、精密照準には向かない。

だが義之は、精密照準を成し遂げ、命中させた。

 

『……流石に、これ以上壊されたら、私が虚ちゃんに怒られるわね……だから……』

 

楯無はそう言って、義之を見ながら指を鳴らした。

その直後、義之の持っていた重機関銃が爆発を起こした。

 

『ぐうっ!?』

 

『クリアパッション……見えない爆撃、回避出来るかしら?』

 

そう宣言した楯無は、両手で指を鳴らし続けた。

その度に起こる爆発に、義之は翻弄される。

だが

 

(水を使う爆撃……考えられるのは……水蒸気爆発!)

 

と楯無の技の正体を看破し、視界フィルターを熱量測定に変更した。

その数瞬後、周囲が真っ赤に染まった。

 

(ヤバっ!?)

 

そう思った直後、凄まじい爆撃が義之を襲った。

 

『あ、やり過ぎた……』

 

爆発の規模を見た楯無は、思わずそう呟いた。

楯無は半ば忘れていたが、義之はまだISに関しては素人で、楯無は国家代表だ。その実力差は歴然。

その証拠に、義之が纏っていたラファール・リヴァイヴは装甲がボロボロになり、内部機構が見えてしまっている。

どう見ても、大規模修理が必要なレベルで、後のことを考えた楯無は頭を抱えそうになった。

だがその時、義之が新しい武装たる連装式散弾銃と輪胴弾倉式のグレネードランチャーを展開。

落下しながらも、全弾撃った。

 

『なっ!?』

 

まさかそんな態勢から攻撃してくるとは思わず、楯無は回避も防御も忘れた。

しかし、やはり落下しながらだっただろう、幾らか外れた。だが、楯無に次々と命中した。

そして、地面に落下した直後にラファール・リヴァイヴは煙を上げて機能停止になった。

その直後

 

『お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

と虚の怒号が、楯無の耳に響いた。

 

『ごめーん!!』

 

謝罪しながら楯無は、気絶したらしく身動ぎ一つしない義之の救助に向かったのだった。

それからどれ程経ったのか

 

「……んあ?」

 

義之は待機部屋らしい場所の、ソファーの上で目覚めた。すると

 

「お~? 起きた~?」

 

と本音の顔が、義之の視界に見えた。

 

「……のほほん?」

 

「そだよ~。いや~、良かったよ~よしよしが起きて~」

 

義之があだ名を呼ぶと、本音はそう言いながら義之の頭を撫でた。

その時義之は、自身が本音に膝枕されていることに気付いた。

 

(のほほん、意外と着痩せするタイプか……こりゃ、茜並か?)

 

義之がボーっとする頭をなんとか動員していると、横から新たな顔が現れて

 

「……大丈夫、ですか?」

 

と問い掛けてきた。

 

「……君は?」

 

と義之が問い掛けると、その少女は

 

「私の名前は……更識簪(さらしきかんざし)……お姉ちゃんが、ごめんなさい」

 

と名乗ってから、頭を下げた。

更識簪、その名前から義之は、楯無の妹だと気付いた。

楯無と違うのは、気弱そうな目と眼鏡。癖っ毛が内に向いていること位だろう。

顔立ちはよく似ている。

 

「あー……どれくらい、落ちてた?」

 

と義之が問い掛けると、簪が

 

「大体、約一時間位……あまり動かないで……ナノマシンで回復促進してるけど、全身打撲みたいな症状だから……」

 

と答えた。

義之は一度起き上がろうとしたが、激しい痛みに起き上がれなかった。

そこに

 

「いいですか!? お嬢様も御存知でしょうが、各国の支援があるとは言っても、お金や部品は有限なんです! 損傷レベルCプラス! 大破です! 一度解体しないと、直せないレベルなんですよ!?」

 

と虚の怒鳴り声が聞こえた。

顔を向けてみれば、正座している楯無の前で虚が顔を真っ赤にして怒っている。

 

「はい……仰る通りです……」

 

「でしたら、あれはやり過ぎだとお分かりですか!?」

 

中々に、上下関係が分からなくなる構図である。

 

「……もしかして、ずっと?」

 

「お姉ちゃんの自業自得」

 

中々に辛辣な妹である。

今回は本気で呆れているらしく、楯無に向ける視線に容赦が感じられない。

 

「お姉ちゃ~ん、そろそろ落ち着いて~。よしよしが起きたよ~」

 

と本音が声を掛けると、虚が義之に視線を向けて

 

「ああ、お目覚めになられたのですね。良かったです」

 

と安堵した表情を浮かべた。すると楯無が

 

「本当に良かったわ」

 

と言って、立ち上がろうとした。だが

 

「お嬢様、正座のままです」

 

という虚の強い語気に、正座せざるを得なかった。

はっきり言って、義之ですら恐怖を覚えた。

 

「お体は大丈夫ですか?」

 

「まあ、痛みますが……」

 

虚の問い掛けに、義之はそう答えた。

そして義之は

 

「あー……俺は平気なんで、楯無さんを許してあげてくれません?」

 

と言った。

すると虚が

 

「しかし、お嬢様は……」

 

と反論しようとした。

だが、義之は

 

「今回、鍛えてもらうように頼んだのは俺ですし、楯無さんはそれに応えてくれただけです……まあ、あそこまでになるのは予想外だったけども……けどつまり、本気にならないといけなくなる程、俺はISを使えてたってこと……それは、俺の目的に沿ってます」

 

と告げた。

今回の成果に、義之は完全ではないが、満足感を覚えている。

 

「まあ、それでも満足出来ないなら、壊した機体の修理を手伝わせる……ってことで、落としどころに」

 

義之のその提案に、虚はしばらく黙ってから

 

「分かりました……そこまで言うのであれば」

 

と頷いた。

そして、楯無に視線を向けて

 

「お嬢様、正座を解いてかまいませんよ」

 

と言った。

すると楯無は、グデーと伸びた。

やはり、約一時間の正座は堪えたようだ。

 

「とりあえず、桜内君は休んでいてください。ラファール・リヴァイヴは、私達が直してきますので」

 

虚はそう言うと、楯無の首根っこを掴んで引き摺っていったのだった。

 



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歩み寄り

義之が訓練していた時刻、IS学園一年生寮のある一室。そこでセシリアは、度重なる電話ラッシュに疲れていた。

その内容は、全て先日のセシリアの発言に関する叱責とお小言だった。

そこからセシリアは、先日の自身の発言がトンでもないことだと知り、冷や汗を流していた。

 

「……これに関しましては、彼に感謝ですわね……」

 

セシリアはそう言いながら、少し前に自身のメイドであり、年上の幼馴染みのチェルシー・ブランケットが送ってきた報告書を見た。

その内容は、今話題の二人の男子。義之と一夏に関してである。

一夏に関しては、千冬の弟と両親不明という点以外は、これと言って目立った点はない。

しかし、義之。

義之に関しては、かなり特殊だろう。

両親が不明なのは、一夏と同じだ。しかし、養母となっている芳野さくら。

彼女に関しては、セシリアですら知っている。

見た目は幼い少女の実年齢不詳の人物なのだが、機械工学、人体工学、植物学、量子力学、etc……という、様々な博士号を有する、日本切っての天才科学者にして、現在は風見学園の学園長兼天枷研究所の代表という女傑だ。

 

「……やってしまいましたわ……」

 

セシリアはそう言いながら、自身の顔を覆った。

セシリアの実家たるオルコット家だが、今は彼女が若くしてその家督を継いでいる。

その理由は、今から約三年前に起きた列車事故。それにより、セシリアの両親が亡くなったのだ。

そしてそのオルコット家だが、かなりの名家の貴族であり、昔の影響で様々な分野に出資していた。

その内の一つは、勿論IS。他にも、機械工学、ロボット工学とあり、その両方にさくらが考案した技術が使われているのだ。

もし先日の発言が、義之からさくらに伝わったらどうなるか。最悪を予想したセシリアは、その身をブルリと震わせた。

とそこに、先日から合わせて何度目か分からないパソコンの映像通話の着信音。

それを聞いたセシリアは、思わず

 

「今度は、どなたでしょうか……」

 

と呟いてから、ヘッドセットを装着し

 

「はい、セシリア・オルコットですわ」

 

と通話を繋いだ。

その直後

 

『私です、セシリア・オルコット』

 

と予想外の人物の顔と声に、セシリアは驚き

 

「じ、女王陛下!!」

 

と椅子から立ち上がった。

相手は、セシリアの祖国たるイギリスの最高権限者たるエリザベス女王だった。

 

「こ、このような格好で申し訳ありません!」

 

今のセシリアは、私服姿である。

それを詫びると

 

『構いません。そちらは、学園が終わった後でしょう……仕方ありません』

 

「は、ありがとうございます」

 

女王の言葉に、セシリアは頭を下げた。

そして、頭を上げると

 

『さて、セシリア・オルコット……私が連絡してきた理由は……分かりますね?』

 

と女王が問い掛けてきた。

その問い掛けに、セシリアは

 

「は……先日の日本を侮辱するような発言です……自分の浅慮さ故です……」

 

と頭を下げながら、告げた。すると女王は、頷き

 

『その通りです……既に関係各所から叱責されたようですが……』

 

「今後は、一切無いように致します……此度は、誠に申し訳ありませんでした……」

 

女王の言葉に、セシリアは深々と頭を下げた。

数秒後

 

『いいでしょう……今回は不問とします……ただし、次はありませんよ……』

 

「はっ!」

 

セシリアが返答すると、女王は頷いた。そして、咳払いして

 

『さて、セシリア・オルコット……貴女は、風見鶏を知っていますね?』

 

「……英国王室魔法魔術学園……」

 

英国王室魔法魔術学園、通称風見鶏。

イギリス王室が秘匿している、魔法使いを育成する学園であり、過去にはホームズ、金田一、江戸川といった有名人の親類も居たことがある。

 

『今回、貴女を叱責した桜内義之……彼は、過去に在籍していた魔女……リッカ・グリーンウッドの子孫……芳野さくらの養子にして、過去に居たジャック・ザ・リッパーの捕縛、過激派魔法使い団体の壊滅に貢献した葛城家の血筋の朝倉家の親族……朝倉家と繋がりの深い人物です……』

 

「彼が!?」

 

女王の話を聞いて、セシリアは驚いた。

19世紀のイギリス、霧の都と呼ばれていた時期のロンドンだが、そのロンドンを恐怖のドン底に突き落としていたのが、ジャック・ザ・リッパーこと切り裂きジャックだった。

しかしある時を境に、その行動がピタリと止まる。

その理由が、当時在籍していた風見鶏の学生達が捕縛したからだ。

そしてジャック・ザ・リッパーの正体だが、人間ではなくある魔法使いが放った使い魔だった。

それを放ったのが、選民思想に取り付かれていた過激派魔法使い団体だった。

この壊滅にも、風見鶏の学生達が貢献。

特に大きく貢献したのが、数少なかった日本からの留学生の一人の葛城家の養子だった。

その葛城家の養子は、日本人にして初の騎士勲章を得ている。

 

『よいですね? そのことを忘れず、可能な限り良好に縁を結びなさい』

 

「はい!」

 

セシリアが返答した数瞬後、通話は終わった。

するとセシリアは、深々と椅子に腰かけた。

そもそも、なぜセシリアが魔法使いのことを知っているのか。

その理由もまた、セシリアの実家が起因している。

オルコット家は名家の貴族だか、同時に旧くからの魔法使いの家系でもあった。

だからセシリアも、一時期は風見鶏に在籍していたことがあるのだ。

しかし、両親の死亡を理由に退学し、実家の財産を守るためにISの道を選んだ。

それがまさか、風見鶏にて話を聞いていた伝説的な人物の血縁とも言っていい人物と知り合えるとは、思ってもみなかったのだ。

 

「許してもらえるかは、分かりませんが……」

 

セシリアは義之に謝ろうと、心に決めた。

そして数十分後、二年生寮の前で待っていると

 

「……何やら、フラフラしてますわね」

 

フラフラと歩いてくる義之を見つけた。

義之もセシリアに気付いたらしく、首を傾げている。

 

「んお? なんだ? 疲れてるから、手短にしてくれるとありがたいんだが……」

 

義之がそう言うと、セシリアは貴族らしくスカートの両端を持ち上げて

 

「先日は、私の浅慮から侮辱的な発言をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

と謝罪した。

 

「……その様子じゃあ、かなり怒られたろ?」

 

「……はい、関係各所と女王陛下から……」

 

義之の問い掛けに、セシリアは頭を下げたままそう告げた。それを聞いた義之は

 

「……それならまあ、今回の事態の重要さも分かったろ? 以後は、発言には気を付けろよ?」

 

と言った。それを聞いたセシリアは

 

「……怒らないんですの?」

 

と不思議そうに、首を傾げた。

すると、義之は

 

「俺は前に怒ったし、昨日今日とかなり怒られたんだろ? だから、これ以上は過剰だ。本人も反省してるなら、大丈夫だ……」

 

と言って、セシリアの頭を優しく撫でた。

その温もりに、セシリアは思わず

 

(これが、お兄さん……というものなんですかね……)

 

と思った。

そして、ある確信をしながらも

 

「その……今回の事を、芳野博士に話したりは……」

 

と呟いた。

それを聞いた義之は

 

「言わん言わん……さくらさん、かなり忙しい人だし。何よりも、子供のことに親を頼るのは反則技だろ」

 

と言いながら、手を振った。

 

(やはり、ですか……)

 

それは、セシリアの予想通りだった。

だからこそ、セシリアは

 

「では、改めまして……セシリア・オルコットですわ……桜内義之さん……」

 

と言いながら、手を差し伸べた。

義之は、握手に応じながら

 

「こちらこそ、よろしく……セシリア・オルコット……桜内義之だ」

 

と名乗った。

最後にセシリアは

 

「もし困ったことがありましたら、こちらに連絡を……風見鶏が、導くままに……」

 

と告げて、一枚のメモを義之に手渡した。

そして義之は、遠くなる背中を見ながら

 

「今のって……音姉から聞いた……」

 

と呟いたのだった。



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模擬戦開始

なんやかんやあって、一週間が経過した。

あれからだが、まずセシリアは以前の発言を謝罪した。

そして義之は、楯無達と訓練を繰り返した。

だが、問題が一つあった。それは、専用機がなかなか来ないのだ。

そして、模擬戦の日

 

「なあ、箒よ……」

 

「なんだ」

 

「俺は確か、ISに関する練習を頼んだ筈だよな……なのにこの一週間、剣道しかしてなかったんだが」

 

一夏のその言葉に、箒はまるで錆びたブリキ人形みたいに視線を明後日の方向に向けた。

 

「おい、こっちを見ろ」

 

一夏は突っ込むが、箒はカタカタと体を震わせるのみである。それを見た義之が

 

「素直に、よく分からないって白状しろ」

 

と言った。そこに

 

「織斑君! 桜内君! お二人の専用機が来ました!」

 

と山田先生が現れた。

 

「おお! ようやくですか!!」

 

「ギリギリパターンだったか……」

 

山田先生の言葉を聞き、一夏はテンションが上がり、義之は後頭部を掻いた。

そして二人は、山田先生の案内でピット前のハンガーに入った。

そして先ず目に入ったのは、白一色の機体だった。

 

「まず、こちらが織斑君のISの白式(びゃくしき)です!」

 

「白式……」

 

山田先生が告げた名前を聞いて、一夏は白式に触れた。

すると、一夏の頭の中に白式の情報が一気に流れ込んできた。

 

「……なるほど、これが……」

 

と一夏が呟いていると、義之が

 

「さて……なんで居るんだ……天枷」

 

とある一ヶ所を見た。

すると、壁に背中を預けた美夏が居た。

 

「誰だ、貴様は……関係者以外は、立ち入り禁止だ」

 

その美夏を見て、千冬は片眉を上げたが

 

「なに、ここに居るのならば、美夏は桜内の知人だ。何よりも……美夏が桜内のISだ」

 

と告げた。

 

「……麻耶とさくらさんか?」

 

「それと、あの人もだな」

 

義之の問い掛けに、美夏はそう返答した。

だが、箒が

 

「待て、その者がISとは、一体……」

 

と困惑した様子で問い掛けてきた。

すると、美夏が

 

「それよりも、どっちが先に行くのだ? 相手は、既に待っているようだが?」

 

とモニターを指差した。

気付けば、セシリアが既に待機していた。

それを見た千冬が

 

「織斑、直ぐに準備しろ」

 

と一夏に指示を下した。

それを聞いた一夏は、頷いてから白式を纏った。

そして、カタパルトに向かうと

 

「箒……行ってくる」

 

と言って、親指を立てた。

それを聞いた箒は、胸元で右手を握り締めて

 

「ああ……勝ってこい!」

 

と見送った。

そして一夏は空に舞い……

結果を述べれば、一夏は負けた。

 

「機体特性を把握しきれなかったのが敗因だな」

 

と告げたのは、千冬である。

白式は近接格闘特化型の機体で、武装は刀一本だけだった。

しかしその刀は、千冬が現役時代に使っていた物の進化系だった。

銘は、雪片弐型。千冬の現役時代の機体たる暮桜とその武装たる雪片を純粋に発展強化したのが、白式のコンセプトだった。

 

「仕方ないと思うがなぁ……知る前に放り出されてるし……むしろ、後一歩ってところまで追い詰めたのは評価できるが……」

 

千冬の言葉に、義之は後頭部を掻きながらそう呟いた。

確かに一夏は負けたが、それは雪片弐型を使いすぎたことによる自滅なのだ。

雪片弐型は、自身のSE(シールドエネルギー)を犠牲にして、相手のSEを一撃で大幅に削ることが出きる武装なのである。

つまりそれは、短期決戦機なのだ。

 

「桜内、ファーストシフトが終わったぞ」

 

「ああ、だから静かだったのか。天枷」

 

美夏の言葉に、義之は思わず納得した。

そこに、千冬が

 

「桜内、改めて説明しろ。そいつは、何者だ?」

 

と美夏を見た。

すると美夏が、快活な笑みを浮かべて

 

「なに、簡単な話だ。美夏は、ロボットだ」

 

と告げて、義之に触れた。

その直後、義之の身をISが覆っていた。

機体名は、桜花(おうか)

桜色とまるで空を彷彿させる蒼い装甲のISだった。

 

「ろ、ロボット!?」

 

「バカな!? 人間にしか見えなかったぞ!?」

 

山田先生と箒は驚くが、一夏が

 

「んあ? 天枷……って、天枷研究所!?」

 

と美夏の姓から、何やら声を上げた。

 

「まさか、最新型のロボット!?」

 

『いや、美夏はむしろ旧式だぞ? 作られたのは、今から約50年前だ』

 

一夏の言葉に、美夏が自分の顔をウインドウで表示させて返答した。

 

「50年前に……人間にしか見えないロボットが……」

 

美夏の説明に、山田先生は驚愕で固まっていた。

すると電子音が鳴り響き、セシリアが再び出てきたことが分かった。

それを聞いた義之は、カタパルトに足を固定した。

すると、山田先生が

 

「カタパルトのボルテージ、上昇……射出を桜内君に譲渡します!」

 

と射出する準備が整ったことを、義之に教えた。

それを聞いた義之は、スキージャンプみたいにしゃがんで

 

「行きます!」

 

と告げて、飛んだ。

 

「よ、待たせたな……」

 

「いえ、然程ではありませんわ……」

 

セシリアの専用機、ブルーティアーズ。

遠隔独立兵装を装備した、第三世代ISに当たる機体だ。

 

「んじゃま……始めようか」

 

「ええ……よろしくお願いしますわ」

 

二人は短く会話すると、武装を構えた。



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結果は

セシリアが長大なライフル、スターライトmkⅢを構えたと同時に

 

『試合、開始!!』

 

とゴングが鳴った。

その直後、セシリアがレーザーを撃った。

世界に先駆けて、イギリスが採用したレーザー兵装たるスターライトmkⅢ。その威力は非常に高く、一撃で絶対防御を発動させることすらある。

だが、欠点としてスターライトmkⅢ自体が長い為に接近戦に不向きとなる。

だが、ようは近づけなければいい話となる。

そして、先の一夏戦ではその欠点を突かれて、大ダメージを受けた。

だが、二の轍は踏まないようにするのが、代表候補生という立場だ。

だからセシリアは、牽制も含めて連続射撃を開始した。

だが、その直後

 

『よっせ!!』

 

と義之は、見事な機動で回避した。しかも、その機動は

 

「く、クロスグリッド・ターンからのクロスハンドレッド!?」

 

それは、高等機動と呼べるものだったのだ。

本来ならば、実機訓練を始めてから最低一ヶ月はしないと教えられない機動だ。

 

「一体、どうやって!?」

 

『訓練機を借りて、一週間訓練したんでな!!』

 

セシリアの言葉に、義之はそう答えながら右手に連装式ミサイルランチャーを出して構え

 

『フルファイア!!』

 

一気に、全弾を放った。その数は、6発。それが、一度は散開してからセシリアに迫った。

 

「誘導式のようですが!!」

 

そのミサイルを、セシリアは機動しながら迎撃しようとした。だが

 

『甘い!』

 

突如、ミサイルが不規則に動き始めた。

 

「まさか、遠隔操作!?」

 

それは、セシリアの武装に非常に似ていた。

セシリアの武装、ブルーティアーズ。通称、BT兵器。

義之が放ったミサイルは、それとまったく同じ動き。否、義之の方が更に複雑だった。

 

「くうっ!?」

 

それを見たセシリアは、左手に予備武装の1つの実弾式マシンガン。グレイレインを出した。

レーザーを実用化したのならば、レーザー式マシンガンにすればいいのではないかと思われるだろうが、それはイギリスの技術では無理だった。

スターライトmkⅢが長大な理由が、その長さがISで持てるサイズギリギリにまで小型化した結果なのだ。

それでも、全長が約2mにもなってしまっている。

その理由が、レーザー化させる量子加速器だ。

イギリスが保有していた技術では、2mサイズに納めるのが限界だったのだ。

量子加速器と冷却装置、それを内蔵出きるギリギリの小型化が、2mだった。

そしてセシリアは、出したマシンガンでミサイルの迎撃を開始した。

マシンガンから放たれる45口径弾による弾幕。

それを不規則にばら蒔くことにより、6発の内の2発を迎撃した。

だが、残り4発は更にセシリアに迫ってくる。

それをセシリアは、機動で強引に回避しようと激しく機動していた。

そこに

 

『もらった!!』

 

気付けば、義之が真上に居た。その手に持つのは、先ほどまでセシリアが持っていたのと似た形状の武装。

つまりは、マシンガン。

だが、吐き出されたのは光の弾。

 

「なっ!?」

 

その弾は、実弾とは比べ物にならない速度と威力で、セシリアに次々と命中した。

 

「まさか……レーザーマシンガン!?」

 

『ザスタヴァ・スティグマトって言うらしいぜ!!』

 

セシリアの驚愕に、義之はそう答えながら素早く弾倉(マガジン)を交換した。

だが、その時には既に、先に義之が放ったミサイルがセシリアの間近に迫っていた。

推定威力では、下手すれば義之にもダメージが及ぶ。

だがその直後、義之は連続的爆発加速(・・・・・・・)により離脱した。

 

連続瞬時加速(リボルバーイグニッション・ブースト)!?」

 

義之の行った機動に驚愕した直後、セシリアを炎の華が包んだ。

場所は変わり、管制室

 

「り……連続瞬時加速!? い、何時の間に!?」

 

「あの……連続瞬時加速とは、何ですか?」

 

山田先生が驚く最中、箒は傍らに立つ千冬に問い掛けた。すると、千冬は

 

「……エネルギーを溜めてから爆発させる、瞬時加速の上位技術だ……言っておくが、本来は代表ですら手こずる技術だ」

 

と説明した。

 

「義之……そんな技を、どこで……」

 

と一夏は驚いているが、千冬は

 

(あの生徒会長(サボり魔)め……どんな鍛え方をした……)

 

と内心で、元凶たる楯無を罵倒していた。

場所は再び変わり、アリーナ。

 

「さて……これで終わってたら楽なんだが……そんなには、甘くないか……」

 

と義之が呟いていると、土煙の中からセシリアが姿を現した。しかし、最初見事に青い装甲を見せていたブルーティアーズは、大ダメージから内部機構を露出。

更に、右手に持っていたスターライトmkⅢは残骸となって転がっていた。

 

「どうする、セシリア……?」

 

「……降参、しますわ」

 

義之がザスタヴァ・スティグマトを突き付けると、セシリアは降参を宣言した。

その直後

 

『セシリア・オルコットの降参を確認! 勝者、桜内義之!!』

 

と音声と共に、文章が表示された。



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辞退と整備室

「さて、現状はオルコットが一勝一敗、織斑が一敗、桜内が一勝だな……」

 

「ですねぇ……」

 

千冬の現状説明に、義之は呟きながら頷いた。

つまり、次は義之と一夏が戦うことになるのだが

 

「俺、勝機……無いな……」

 

流石に現実を見た一夏は、どうしようという感じで呟いた。すると、義之が

 

「織斑先生、俺は不戦敗でお願いします」

 

と義之が告げ、それを聞いた千冬と山田先生は驚いた表情で義之を見た。

 

「いや、ISとして初めて天枷を動かしたんで、念のために点検したいんです」

 

義之がそう言うと、義之の隣に居た美夏が

 

「ん? 美夏は大丈夫だが……」

 

と首を傾げた。

 

「いいから」

 

「むぅ、分かった……」

 

義之の言葉に、不承不承という感じだが、美夏は頷いた。

すると、千冬が

 

「分かった。桜内は辞退だな……そうなると、全員が一勝一敗だが……さて、どうするか……」

 

と悩み始めた。そこに、山田先生が

 

「織斑先生、今しがたオルコットさんがクラス委員は辞退すると……」

 

と端末を千冬に見せた。恐らく、メッセージを見せているのだろう。

 

「となると、織斑と桜内になるか……」

 

「あ、俺は無理ですんで」

 

千冬の呟きと重なるように、義之が辞退の言葉を口にした。

 

「俺、一応天枷研究所の研究員でもありまして、時々は天枷研究所に戻ることになるかと」

 

「……それは、仕方ないか……」

 

「えっ!? ってことは、俺!?」

 

「頑張れ、一夏……」

 

「ぬぉぉぉぉぉ……」

 

箒が労るように肩に手を置くと、一夏は頭を抱えながら唸り声を漏らすことしか出来なかった。

それから、数時間後

 

「……うし、第38回路も異常無し……点検終了」

 

義之は整備室を借りて、美夏の点検をしていた。

なおその手伝いに、本音が居る。

すると、本音が

 

「だけど、ヨシヨシの手際良いね~」

 

「ん、そうか?」

 

本音の言葉に、義之は内心で首を傾げながら美夏の再起動コマンドを端末で入力した。

すると、美夏の目が開き

 

「どうだった、桜内」

 

と美夏は、上半身を起こしながら義之に問い掛けた。

すると、義之は

 

「ん、問題無し」

 

と答えた。

それを聞いた美夏は、溜め息混じりに

 

「だから大丈夫だと言っただろうに、まったく……」

 

と言いながら、ソファから降りた。

 

「念には念をだよ」

 

「そうか……」

 

「それにしても、ミナッちゃんは本当に、50年前のロボットなの~?」

 

美夏が立ったと同時に、本音が美夏を見つめながら問い掛けてきた。

 

「うむ。間違いないぞ? 美夏は約50年前に作られたロボットだ。型式はHMーA06型だ」

 

「ほえ~……天枷研究所は凄いんたねぇ~」

 

本音としては、半世紀も前に人間としか思えないロボットを作っていたことを驚いていた。

そこに、簪が現れた。

実は、義之が来た時には既に一機のISが駐機されていたのだ。様子から見るに、簪のISのようだ。

 

「ん、桜内君……」

 

「よ、機体の整備か?」

 

義之の問い掛けに、簪は首を振り

 

「組み立て」

 

とだけ答えた。

それを聞いた義之は、驚いた表情で

 

「未完成なのか、こいつ!?」

 

と言いながら、駐機されていたIS。

打鉄弐式(うちがねにしき)を見た。

打鉄弐式、日本の第二世代ISの打鉄を防御重視から高機動重視にした第三世代のISとなっている。

義之の見た限りでは、ほぼ完成しているように見える。

 

「出来てないのは……ソフトか」

 

「うん……」

 

義之の呟きに、簪は頷きながら投影式キーボードを高速で叩き始めた。

 

「かんちゃ~ん、なんか手伝う?」

 

「かんちゃんって呼ばないで……モニター持ってきて」

 

「あ~い」

 

簪に敬礼すると、本音はノタノタとモニターを取りに行った。その間、義之は

 

(なんで、未完成なんだ……待てよ、確か……)

 

と思考していた。

そして

 

「簪ちゃん」

 

「ちゃんは、着けなくていい……」

 

「簪、一つ確認したい。それの開発元は、倉持か?」

 

義之の問い掛けに、簪は無言で頷き、それだけで義之はなんで未完成で引き渡されたのかを察した。

 

(一夏の機体を早期完成させるために、開発を中断。その人員を回したのか……政府の意向か……)

 

ある意味、簪は一夏の被害者になる。

一夏と簪の開発元たる倉持は、恐らく政府からの無茶振りに答えるために、打鉄弐式の開発を一時的に中断。その人員を白式の開発・調整に全て回したのだ。

その結果、簪は完成が何時になるか分からなくなった機体を強引に引き取り、自分で完成させようとしているのだ。

 

「幾らなんでも、一人はかなり無茶だぞ……」

 

「……お姉ちゃんは、出来た……だから、やる……」

 

義之の呟きに、簪はキーボードを叩く手を止めずに答えた。その声音から義之は、簪の強い意思を感じた。

 

「……流石に、一人じゃなかった筈だぞ? なんでもこなせる人間なんて、居ない……」

 

「そんなこと……」

 

「もし、簪がそう見てるならさ、楯無さんがそう見せただけだ……必死に努力して、誰かと一緒にコツコツとやってた……その筈だ」

 

簪が否定しようとしたが、それを遮るように義之はそう告げた。

なにせ、ある意味でそう行動していた人を知っていたからだ。本当はロボットが好きなのに、憎むという相反する自己暗示をすることで、立ち止まらないようにしていた恋人。麻耶がそうだったのだから。

 

「……」

 

「俺が知ってる限り、楯無さんの周りにはソフトに強い虚さんと整備課のエースらしい薫子さんが居る……最低でも、その二人には手伝ってもらってた筈だ……幾ら簪がソフトに精通してても、流石にIS一機丸々のOSは無理だろ……」

 

義之はそう言いながら、美夏を手招きして

 

「天枷、前に俺が組み直したバランサーの調子はどうだ?」

 

と問い掛けた。その問い掛けに、美夏は

 

「うむ、絶好調だ! 時々、沢井が足周りの部品の損耗を確認してたが、良好のようだぞ」

 

と答えた。

そう、義之の得意分野もまた電子寄りの理系だ。

 

「さて、手伝うよ」

 

「え……」

 

義之の言葉に、簪は思わず手を止めて視線を向けた。

すると、義之は

 

「なに、知り合いが困ってるなら、見捨てるなんて出来ないしな」

 

と言って、簪の頭を撫でた。

何故かは分からないが、簪に兄妹同然の朝倉由夢(あさくらゆめ)の姿が重なったのだ。

 

「美夏も手伝おう! バグ探しならば、得意だ!」

 

美夏は快活な笑顔を浮かべながら、簪の隣の椅子に腰かけて、自身とISを配線で繋げた。

それを見ながら簪は

 

(……お姉ちゃんが、誰かに手伝ってもらってた……)

 

と考え始めていた。

その後、戻ってきた本音も混じって打鉄弐式は簪が一人でやっていた時よりも、少しだが終わりが見えてきたのだった。



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美夏の紹介と食堂にて

「というわけで、1年1組のクラス委員は織斑一夏君に決定しました! あ、1繋がりで調度いいですね」

 

と朗らかに言っているのは、山田先生だ。しかし、1組のクラスメイト達はそんな話よりも、気になることがあった。

それは、義之の隣に居る小柄な少女。美夏だ。

なお一夏は、力なく頭を机に乗せている。どうやら、もうどうにでもなれ、という境地らしい。

 

「……天枷、自己紹介をしろ」

 

「うむ! 美夏は、天枷美夏。桜内のISだ!」

 

千冬が促すと、美夏は自信満々といった様子で胸を張りながら、自己紹介した。

すると、義之が

 

「あー……正確には、まず天枷は約50年前に作られたロボットで。その天枷にISとしての機能を組み込んだんだ……」

 

と説明したのだが、それが更に混乱を加速させた。

 

「50年前のロボット!?」

 

「嘘!? 人間にしか見えない!?」

 

「天枷研究所、凄すぎ!?」

 

「更にそこに、ISとしての機能を組み込んだ!?」

 

「どんな技術集団よ!?」

 

女子達は驚きながら、美夏に視線を集中させた。

その直後、千冬が机を強く叩いて

 

「やかましい! 静かにしろ、貴様ら!!」

 

と怒鳴った、それだけで、一気に静かになった。

恐るべし、千冬のカリスマ力(?)。

 

「では、授業を始める……の前に、いい加減に起きろ!」

 

「いってぇ!?」

 

千冬の出席簿アタックを受けて、一夏は起き上がった。

そして、時は経ち昼休み。

 

「あ、頭が割れる……!」

 

「バシバシ叩かれていたな……」

 

一夏は頭を抱えながら、机に頭を乗せていた。

授業中に、千冬に何回も叩かれていたからだ。

そして、食堂に来て

 

「しかし、相変わらず旨いな」

 

「うむ」

 

一夏の言葉に、箒は同意するように頷いた。

どうやら、食堂で働いている人達はかなりの料理の腕前らしく、かなり美味しい料理を提供している。

その腕前は、家事力が高い一夏も認める程だった。

そこに、僅かに遅れて

 

「おーっす」

 

と義之が来た。その後ろには、簪が居る。

 

「遅いと思えば……」

 

「その子は?」

 

一夏が問い掛けると、簪が

 

「1年4組のクラス委員、更識簪……」

 

と短く名乗った。

すると、一夏が

 

「よろしくな、俺は」

 

「……知ってる、織斑一夏君でしょ? 有名」

 

名乗ろうとしたが、それを遮るように簪がそう言った。確かに、一夏は有名だろう。

 

「それにしても、桜内さんはどこで彼女と?」

 

「ん? 整備室……天枷を点検してたら、簪が機体を組み上げてたんだ」

 

箒の問い掛けに、義之はけんちんうどんを飲み込んでから答えた。

マナーとして、食べながらは避けたのだ。

なお、簪は天ぷらうどんを食べている。

 

「む? 普通は、組み上げられてから引き渡されているのでは?」

 

「それなんだがな……ある意味、一夏も理由だ」

 

「へ、俺?」

 

義之の言葉に、一夏は思わず首を傾げた。

確かに、初対面の簪の機体が組み上げられてない理由と言われても、分からないだろう。

 

「一夏、お前の機体を組み上げたのは、倉持技研だったよな?」

 

「ああ、千冬姉からはそう聞いてる……待て、まさか……」

 

白式の待機形態のガントレットを見た一夏は、何かを察したようで目を細めた。

 

「そ……一夏の機体を組み上げるために、簪の機体の開発を停止。その人員を、回したようだ」

 

「うあぁ……それは、なんて言うか……すまん……」

 

一夏自身が悪い訳ではないが、一夏は思わず頭を下げた。すると、簪は首を振って

 

「織斑君が、悪いわけじゃない……気にしないで……」

 

と告げた。

しかし、責任感が強い一夏は納得いかないらしく

 

「そうは言われてもなぁ……」

 

と渋面を浮かべた。すると、箒が

 

「ならば、一夏が手伝えることをしたらどうだ?」

 

と提案した。

それを聞いた一夏は、指を鳴らして

 

「それだ! 更識さん、俺に手伝えることがあったら、遠慮なく言ってくれ!」

 

と言った。すると、簪は

 

「簪でいい……お姉ちゃんと、ごちゃまぜになるから……」

 

と言って、天ぷらを食べた。

 

「お姉ちゃん?」

 

「IS学園生徒会会長だよ~」

 

一夏が首を傾げていると、いつの間にか居た本音が教えた。

 

「生徒会会長が、簪のお姉さんなのか?」

 

「その通り~。更識楯無会長~」

 

箒の問い掛けに答えると、本音は蕎麦を啜った。

そして簪だが、本音が話している間は意図的にだろう。丼で顔を見えないようにしていた。

そこに

 

「いやぁ、本当にここの食堂は料理が豊富なんだな!」

 

と美夏がオムライスを持って現れた。

すると、箒が驚いた表情で

 

「天枷、料理を食べられるのか!?」

 

と声を上げた。

 

「ああ、食べられるぞ? 可能な限り、人間に近づけて作られているからな!」

 

箒の問い掛けに答えてから、美夏はオムライスを口にした。

すると、簪が

 

「……調べたい……!」

 

と興味深い表情で、美夏を見つめていた。

そこに、義之が

 

「一応言っておくと、俺が居る時なら、ある程度だが見れるぞ」

 

と教えると、簪は義之の手を握り

 

「見させて!」

 

と懇願してきた。

 

「分かったから、放してほしい。飯が食えんから」

 

という義之の言葉で我に返ったのか、簪は顔を赤くしながら素早く手を放した。



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中国からの少女

「さてと……部屋に戻るかな」

 

放課後、特に用事もない義之は寮に戻ろうとした。

そこに、山田先生が現れて

 

「よかった、間に合いましたね」

 

と義之を見て、安堵していた。

 

「実はですね、1年生寮に空きが出て、それの調整が終わりまして、桜内君を1年生寮に移すことになったんです」

 

「おお、そうでしたか」

 

空きが出たというのは、早いが退学者が出たのだ。

とはいえ、致し方ないのだ。

その少女だが、整備士志望でIS学園の試験を挑み、無事に合格。入学したが、少し前に父親が不当に解雇されてしまい、学費を払えなくなってしまったのだ。

そうなれば、学校に通えなくなるのが道理で、IS学園を退学することになったのだ。

なおその父親は、ある島のある研究所からスカウトされて、その少女もその島に移住するのだとか。

閑話休題

 

「だったら、荷物を運ばないと……」

 

「それでしたら、既に搬入しましたので、大丈夫ですよ」

 

義之の言葉を遮るように、山田先生は笑みを浮かべながら教えた。

それを聞いた義之は、頭を掻いてから

 

「天枷の部屋は……」

 

「それに関しては、まだ二年生寮になります……すいませんが」

 

義之の問い掛けに対して、山田先生はそう言いながら美夏に頭を下げた。

すると、美夏は

 

「いや、それは先生が謝ることではない。美夏が予定外に来たのだからな」

 

と告げた。

なお美夏だが、最初は一人部屋だったが楯無の部屋に移動。

義之は、二年生寮から一年生寮に移動となった。

 

「しかし、また一人部屋か……まあ、どうにかなるか」

 

義之はそう言って、その日は就寝することにした。

そして、翌日

 

「転校生?」

 

「そ。二組にだって」

 

クラスメイトの話を聞いて、義之は思わず首を傾げた。

話によれば、隣の二組に中国の代表候補生が転校してきたらしい。

 

「中国かぁ……鈴は元気にしてんのかな?」

 

と呟いたのは、一夏だ。どうやら、中国に知り合いが居るようだ。

 

「でもさ、今各クラスのクラス委員で専用機を持ってるのは、一組と四組だけだから、クラス代表戦は有利だよ!」

 

「目指せ、優勝! そして、優勝賞品の半年間デザートフリーパス!」

 

と鷹月と日南が言った直後

 

「その情報、古いわよ!」

 

と威勢のいい声が響き渡った。前側の入り口を見てみれば、そこには茶髪をツインテールにしている小柄な少女が居た。

 

「何せ、二組の代表はこの私。鳳鈴音(ファン・リンイン)が変わったからね!」

 

その少女、鳳鈴音の姿を見て一夏が

 

「おお! 鈴じゃないか! 久しぶりだな!」

 

と気さくに声を掛けた。どうやら、知り合いのようだ。

しかし、義之は

 

「とりあえず、後方に注意だな」

 

と鈴に指摘した。

 

「は? 後ろがどうしたのよ」

 

と義之を軽く睨んだ直後だった、何かが鈴の後頭部に振り下ろされて、凄まじい音が響いた。

 

「いったぁ……誰よっ!?」

 

と振り返りながら、鈴は声を張り上げて、固まった。そこに居たのは、千冬だったからだ。

 

「もう予鈴は鳴っているぞ。早く自分の教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

鈴にとって、千冬は恐怖の対象でもあった。

確かにIS最初の世界最強だが、同時に意識する一夏の姉であり、同時に初めて鈴が手も足も出なかった人物たったからだ。

 

「なんなら、もう一発いってもいいが?」

 

「戻ります」

 

千冬が出席簿を掲げながら言うと、鈴はダッと自分の教室に向かうために走り出した。のだが、後ろ側のドアが開き

 

「また後で来るから、逃げるんじゃないわよっ!」

 

と一夏を指差しながら言った。

その瞬間

 

「早く行け!」

 

「ぶっ!?」

 

鈴の顔面に、出席簿がめり込んだ。一体、どういう素材で出来ているのか。

そして、次の休み時間

 

「一夏、あいつは誰だ?」

 

と箒が、一夏に問い詰めていた。なおその頭には、見事なたんこぶが鎮座している。授業中に他の事を考えていた挙げ句、千冬が呼んだことにも気付かなかったので、出席簿アタックを喰らったのだ。

 

「んー……言うならば、セカンド幼馴染みかな?」

 

「セカンド……幼馴染み?」

 

何が言いたいのか分からず、箒だけでなく義之、美夏、セシリアですら首を傾げた。

すると、一夏は

 

「ほれ、箒は小三で転校しちまっただろ? 鈴は箒と入れ替わりに転校してきたんだ。でも、中二末に中国に帰ったんだ。いやぁ、変わってなかった」

 

と説明した。

そして、昼休み

 

「遅い! 麺が伸びちゃうじゃない!」

 

「待ってたんかい!」

 

食堂に向かえば、既にラーメンが乗ったおぼんを持った鈴が居た。

そんな鈴に、義之が思わず突っ込みをしてしまった。

 

「んで、一夏。そいつら誰よ」

 

「えっと、まずは俺の第一幼馴染みの篠ノ之箒。次にクラスメイトのセシリア・オルコット。そして、二人目の男子の桜内義之。そして義之のISの天枷美夏だ」

 

一夏が軽く説明しながら、鈴は四人の顔を見て

 

「……IS?」

 

と美夏を見詰めた。

 

「ああ、間違いないぞ。正確には、美夏はロボットなのだがな」

 

「ロボット……」

 

美夏の言葉に、鈴は固まったのだった。



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鈍感の厄

『あんたなんか……狸の置物に頭をぶつけて、死んじゃえぇぇぇ!!』

 

『なんでだー!?』

 

そんな叫び声が聞こえたのは、鈴が来た日の放課後の寮でのことだった。

 

「……何事?」

 

そう呟きながら義之は、自室から出た。その直後、廊下を鈴が駆け抜けていった。

しかも、涙を流しながら

 

「……一夏が、なにかやらかしたか?」

 

「……あれは、無いな……」

 

義之の呟きに、気絶している一夏の足首を掴んで引きずってきた箒が首を振っていた。

そして箒は、何が起きたのか義之に教えた。

まず鈴は、一夏と箒の部屋に来て、箒に部屋を変わるように言ってきた。

しかし、一存で変われる訳がないために拒否する形になる。

そこは、後々交渉することにすると鈴は結論して、談話室で思い出語りすることにした。

最初は、本当に思い出語りだった。

転校してきた直後、鈴の名前をパンダみたいに呼んで笹を机の上に置いてイジメてきたりした奴を、一夏がノシていたり、千冬の帰りが遅かった時は鈴の実家の中華料理店でお世話になっていた。という会話だったらしい。

そこまでは普通だった。

しかしそこで鈴が、中国に帰国する直前にしたという約束のことを振った。

鈴は

 

《また会ったら、毎日酢豚を作ってあげる》

 

という風に約束していたのだ。

だが一夏は

 

《毎日酢豚を食わせてくれる》

 

という風に覚えていたのだ。

箒は鈴がどういう意味で約束したのかを察し、恋敵だが思わず同情してしまった。

そして鈴は、先の叫び声を上げながらその小柄な体躯からは予想出来なかった威力の拳を一夏の腹部に叩き込んで走り去っていったのだ。

それを聞いた義之は、額に手を当てて

 

「なんて言うか……鈍感め……」

 

と溜め息混じりにしか、言うことが出来なかった。

箒は義之の言葉に同意するように頷くと、まだズルズルと一夏を引きずって部屋に戻っていった。

それを見送った義之は、頭を掻いてから

 

「……痴話喧嘩には、関わらない方が吉だな」

 

と結論着けて、自室に戻って読書を再開した。

そして、翌日

 

「腹が、痛い……」

 

「自業自得だ、バカめ……」

 

鈴の一撃がまだ痛むらしく、一夏は腹を抱えながら机にうつ伏せになっていたが、そんな一夏に箒はそう言いながら軽く頭を叩いた。

そしてこの日、クラス代表戦のトーナメント表が発表された。

その中に、簪の名前が無い。その理由だが、簪の打鉄弐式がまだ完成の目処すら立っていないからだ。

その完成のために、天枷研究所の協力が得られないか現在交渉中である。

 

「初戦から鈴かぁ」

 

「……生きろ」

 

初戦の相手が鈴だと一夏が確認していると、そんな一夏の肩に義之は手を置くことしか出来なかった。

そして当日

 

「やべ……緊張してきた」

 

「そんなタマだったんか、お前」

 

緊張しているらしく、一夏はガタガタと震えていて、義之は一夏が緊張で震えてることが予想外で驚いていた。

そこに、放送で

 

『ただ今より、クラス代表戦を開催します! 一回戦は……』

 

と虚の声が聞こえた。

どうやら、放送の係も勤めているらしい。

 

『まずは、1年5組代表……』

 

「ほれ、一夏。いい加減しゃっきりしろや」

 

「おごふっ」

 

義之は震えてた一夏の頭に、肘打をかました。

そして一夏が頭を抱えていると

 

『試合終了! 勝者、1年5組!』

 

と薫子の声が聞こえた。

どうやら、解説役らしい。

そして、一夏の番が来た。

 

「こうなりゃ、やるしかない!」

 

「その意気で行ってこい」

 

義之がそう言った後に、一夏はISを展開。カタパルトに機体の足を固定し

 

「白式……行くぜ!」

 

と気合いと共に、空に舞った。

 

『来たみたいね、一夏……』

 

既に待っていた鈴は、両手に青龍刀を持っていた。

見える武装はそれだけだが、両肩辺りにある浮遊ユニットが気になる。

 

「まあ、引く理由が無いからな……」

 

『乙女の約束を曲解してる奴なんて……ぶっ飛ばしてやるわ……』

 

二人がそう会話している間に、紹介が終わったらしく

 

『試合……開始!!』

 

と薫子の声が響き、二人は同時に前に動いた。



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異常事態発生

「んー……やっぱ、地力の差が出るか」

 

そう呟いたのは、ピットでモニターを見ていた義之だ。

今アリーナでは、一夏と鈴が試合を繰り広げているが、状況は鈴優勢だった。理由としては、まず鈴の専用機たる崩龍の第三世代兵器たる衝撃砲。

この衝撃砲というのは、空間を歪め、その歪めた空間を元に戻す際に起きる衝撃を打ち出すという機構になっている。そして、衝撃を打ち出しているために、砲撃は全く見えないのだ。

一夏は勘で回避行動をしているが、それでも何発も受けている。

そして最大の理由は、ISの慣れだった。

一夏は、ISに触れて約一ヶ月程しか経っていない。それに対し、鈴は最低で約一年。

経験差は、明らかだった。

 

「織斑も善戦しているが、勝てる確率は低いだろ」

 

「お、起きたか」

 

ふと気付けば、一夏が出るまでベンチで寝ていた美夏が、義之の隣に立っていた。

 

「あの衝撃砲とやら、射角に制限はほぼ無いようだな……あって、後頭部の僅かな空間か」

 

「分析したか」

 

「ああ……鈴は、なるべく後頭部の方に織斑を行かせないようにしている。多分だが、その角度が撃てないんだろうな」

 

そう話している内に、一夏と鈴が向かい合って、一夏が切り札の零落白夜を起動させた。

 

「む、決める気か?」

 

「まあ、一夏が勝つには、それしかないからな」

 

元より、白式は短期決戦仕様機。これ以上は、零落白夜の発動すら覚束なくなるだろう。そうなる前に、一撃で勝負を決めに行く気のようだ。

そして、一夏が突撃しようとした。その時だった。空から、光の奔流が降り注いだ。

場面は変わり、アリーナ。

 

「なんだ!?」

 

『一夏、すぐにピットに戻るわよ!』

 

一夏が驚きの声を上げると同時に、鈴からピットに戻るように促す通信が届いた。しかし、一夏は出来ないと悟った。

 

「いや、無理だ……あの煙の中から、ロックオンされてる!」

 

と一夏が言った直後、先よりかは弱いものの、閃光が一夏に迫った。

 

「くっ!?」

 

それを一夏は、降下することで回避。その時になって、敵を視認した。

一言で言えば、異様としか言えない敵だった。

全身装甲に、頭と肩が一体化していて、腕は膝辺りまである。

 

「なんだ、お前は!? 何が目的だ!?」

 

一夏がオープンチャンネルで問い掛けるが、返答は無い。その代わりと言わんばかりに、腕を突き出した。その両手の掌には、砲口があった。

右手は一夏に、左手は鈴に向けられている。それを視認した二人は、乱数回避を開始。それと同時に、敵が砲撃を開始。

そして、その時になってようやく観戦席のシャッターが降りた。

 

「問答無用かよっ!?」

 

『というか、教師部隊は何やってんのよっ!?』

 

その頃、中央管制室では

 

「どうだ、山田くん」

 

「ダメです! 織斑君達への通信だけでなく、校舎への通信。全隔壁の操作、一切出来ません!」

 

千冬の問い掛けに、山田先生は焦りの表情を浮かべながら返答した。

そして教師部隊だが、既に非常用出撃ハッチに待機していたのだが、アリーナ内だけでなく、ハンガーへ戻ることも出来なくなっていた。

 

「ハッキングか」

 

「そうとしか考えられません。電子課の生徒達の協力も得ていますが、開く見込みは」

 

山田先生からの報告を聞いて、千冬はどうするか頭を働かせた。

 

(……恐らく、アレを送ってきたのは束なんだろうが……何が狙いだ?)

 

とそこに、ドアが開き

 

「千冬さん!」

 

「状況はどうなってますの!?」

 

と箒、セシリア、簪、楯無、本音、虚が入ってきた。

 

「お前達、どうやってここに!?」

 

「アリーナ内の全通路は、封鎖されていた筈です!?」

 

千冬と山田先生が驚いていると、楯無と簪が

 

「簪ちゃんが、観戦席から地下シェルターと、ここまでの通路を閉鎖していた隔壁を開けました」

 

「……勝手でしたが、避難誘導は有志に頼みました」

 

と二人に教えた。

それを聞いた千冬は

 

(束より、電子戦能力が高いのか!?)

 

と内心で驚愕しながらも、それを表情には出さなかった。しかし、すぐに

 

「更識妹……お前に、第一アリーナの全システム奪還を命じる……出来るか?」

 

と簪に問い掛けた。

 

「……やります……本音、手伝って」

 

「ほいさっさ~」

 

指示を受けた簪は、本音を伴い空いていた椅子に座り、空間投影式キーボードを展開。本音は、コンソールのキーボードのタイピングを開始した。

それを視界の端で見ながら、千冬は

 

「更識姉とオルコットは、何時でも突入出来るように待機していろ」

 

と指示を下した。

その時

 

「織斑先生! 第2ピットのハッチが解放されていきます!」

 

と山田先生が報告してきた。それを聞いた千冬は、視線を簪に向けたが、簪は首を振って

 

「……私ではありません……これは、内部から電子鍵が解除されてます!」

 

と告げて、サブモニターに第2ピット内部の映像を映した。そこには、桜花を纏った義之が出撃しようとしていた。



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解決

『桜内! 何をしている!?』

 

「これから、あの二人の援護に向かいます。試合で、エネルギーだって大幅に消費している筈ですから……桜花、出る!」

 

千冬からの問い掛けに答えると、義之はスラスターを噴かして出撃した。

 

「一夏、鳳、無事か?」

 

『義之か!?』

 

『あんた……』

 

義之が現れたことに一夏は喜び、鈴は驚いていた。

既に、所属不明機が現れて数分が経とうとしていた。しかし、義之が来るまで援軍処か通信すら繋がらなかったのだ。

 

『あいつ、どういうつもりだ……』

 

「……へえ……二人共、熱源探知を起動してみろ。面白いことが分かるぜ?」

 

義之の言葉を聞いた二人は、ハイパーセンサーの熱源探知を起動させ、驚いた。

 

『なっ……』

 

『人が……乗ってない!?』

 

所属不明機は、無人機だったのだ。

しかし、本来ISというのは人が乗っていないと使えない。

 

『そういやぁ、ISはまだ未完成の技術って言ってたな……つまり、どっかの誰かさんが無人機技術を作ったってことか……!』

 

『その無人機技術を開発したどっかのバカが、暇潰しか何かで今回の事を起こしたっての? 殴ってやりたいわ』

 

「散開!!」

 

義之が声を上げた直後、無人機は両手から閃光を三人にむけて放った。

三人は辛うじて回避したが、一夏と鈴の二人は

 

『あっぶねぇな!?』

 

『直撃受けたら、落ちるわね……』

 

残りエネルギーの少ない二人は、無人機から放たれる高出力のレーザーの直撃を受ければ、撃墜は必至だ。

だから二人は、無人機の攻撃の回避に意識を集中させた。

 

「二人は回避に専念しつつ、遠距離攻撃をしてくれ」

 

義之はそう言いながら、一夏に重突撃機銃を投げ渡した。

 

『っとと!? 投げ渡されても、他人の武装は使えないんじゃ!?』

 

「アンロックしてある!」

 

アンロックというのは、ようするに自分の武装を他人が使うことを許可することだ。

今回、重突撃機銃を一夏に使えるように、義之が許可したのだ。

 

「鳳は、衝撃砲を撃ちまくれ!」

 

『いいわ、乗ってあげる!!』

 

『げ、照準がでねぇ!? そこまで尖らせる必要あるのかよ!? 適当に撃つしかない!』

 

鈴は衝撃砲を次々と無人機に向けて撃ち込むが、一夏は時々弾が遠い所に着弾する。

通信の声を信じるならば、本来はデフォルトで有る筈の照準機能が無いらしい。

 

(本当に、格闘特化過ぎる! 倉持はバカか!? 零落白夜の再現に、要領を使いすぎなんだ!)

 

義之は内心で倉持を罵倒するが、照準してないからか、時々機銃弾が当たっている。

 

(怪我の功名ってか!!)

 

義之はそう思いながら、右手にザスタヴァ・スティグマトを展開。そして、左手にはある物を持ち

 

「今から三秒後、二人共目を閉じろ!」

 

と通達。そして、きっかり三秒後にそれを投擲した。

義之が投げた物は、無人機の近くの地面に落ちた。その直後、激しい閃光が瞬いた。

 

「対IS用閃光手榴弾……そして!」

 

義之は動きが鈍った無人機に、一気に肉薄。右手のザスタヴァ・スティグマトと左手に新たに展開したプラズマソードで攻撃した。

まず、左手のプラズマソードで無人機の左腕を切り、装甲に傷をつけ、そこに銃口を押し付け気味にして、ザスタヴァ・スティグマトをフルオートで撃った。

流石にその連続攻撃は効いたらしく、左腕は煙を噴いている。だが、無人機は後退し両手を構えた。

 

「はっ……俺だけじゃないぞ?」

 

『ぜああぁぁぁぁぁ!』

 

義之が小馬鹿にしたように告げた直後、一夏が零落白夜を無人機に叩き込んだ。

その一撃で、左腕は肘から切り飛ばされた。そして一夏は、更に横凪ぎの一撃で胴体を両断した。

実は義之が攻撃している間に、一夏は鈴の衝撃砲を瞬時加速に使うという荒業を使い、零落白夜分のエネルギーを確保。攻勢に出たのだ。

 

『これで……終わりか?』

 

「一夏、それはフラグだ!」

 

一度は機能停止した無人機が再起動し、右腕を高出力モードに変形。至近距離で一夏に砲撃しようとした。

一夏は先の一撃で、既に残りエネルギーはほぼ残っていない。もし受けたら、撃墜は必至。

だが

 

『後は』

 

『私達にお任せを!』

 

無人機の頭に、槍。蒼流閃が突き刺さり、そして、右腕をレーザーが撃ち貫いた。

 

「楯無とセシリアか」

 

それは、義之が開けたピットから出撃してきた二人からの攻撃だった。

簪が第2ピットまでの隔壁を全て開け、第2ピットに来た二人はISを展開。出撃したのである。

 

「今度こそ、終わりだ」

 

義之はそう言って、プラズマソードをエネルギー集積回路があると思われる腹部に突き刺した。

こうして、無人機事件は、幕を下ろした。



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予想外

「……以上です」

 

「……報告、ご苦労」

 

義之の報告を聞き終わった千冬は、そう告げた。今居るのは学園長室で、そこで今回の襲撃に関する報告をしていたのだ。

 

「しかし、無茶をしたな……」

 

「まあ、俺一人の無茶で助けられるなら、安いかと」

 

義之のその言葉に、千冬は溜め息を吐いた。

 

「怪我される訳にはいかないんだがな……」

 

確かに、教育者としては生徒である義之に怪我をされる訳にはいかないだろう。

 

「しかし、君の勇気ある行動で、被害は最小限に済みました……感謝します」

 

と言ったのは、学園長席に座っている老人。轡木十蔵(くつわぎじゅうぞう)だ。表向きの学園長になっているのは彼の奥さんで、彼は普段、用務員のように振る舞っている。

 

「しかし、さくらから聞いた通りです……頭が回り、異常に慣れている」

 

「……さくらさんを、知ってるんですか?」

 

義之が問い掛けると、十蔵はフフっと笑い

 

「嘗ての、同級生ですよ。純一には、よく巻き込まれてた」

 

と告げた。

 

「純一さんまで……」

 

まさか、さくらだけでなく純一まで知っているとは思わず、義之は言葉を漏らした。

すると十蔵は、義之に

 

「君の報告は、楯無君の報告と一致します。今回は、お疲れ様でした。部屋に戻って、ゆっくり休んでください」

 

と告げ、それを聞いた義之は学園長室から退室した。

そして、千冬が視線を向けると、十蔵は

 

「……やれやれ……儘ならんものですね……」

 

と呟いたのだった。

そして、外に出た義之は、周囲に誰も居ないことを確認すると、携帯を取り出して

 

「……あ、さくらさん? お久しぶりです」

 

と通話を始めた。

どうやら、相手はさくらのようだ。

 

「はい、大丈夫です。ただ、一つ確認したいことがありまして……」

 

『確認したいこと?』

 

義之はそこで一拍置くと

 

「束さん、そこに居ます?」

 

と問い掛けた。

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

夜、一年生寮の屋上。そこに、千冬は居た。

そして、取り出した携帯を耳に当てて

 

「……束か」

 

『やっはー! 久しぶりだね、ちーちゃん!』

 

相変わらずのハイテンションに、千冬は頭痛を覚えた。ちーちゃんというのは、束独特の千冬のあだ名だ。過去に何回も止めろと言ったが、直らなかったので諦めている。

 

「……今回の無人ISを送ったのは、お前か?」

 

千冬は、いきなり用件を切り出した。そもそも、千冬の性格的に遠回しに聞く訳がないのだが。

 

『んー……束さんであって、束さんじゃない……ってところかなぁ?』

 

「……どういう意味だ?」

 

束の言い回しに、千冬は思わず片眉を上げた。束はコミニュケーション能力面に難があり、極一握りの人間以外はそれこそ路傍の石ころと同じで、認識すらしない。

だが、問われたことにはなんだかんだと答えたり、独特の解答を返す。

だが、長年の付き合いのある千冬でも、今の解答は意味を計りかねた。

 

『ねえ、ちーちゃん……世の中にはさ、ちーちゃんが知らないことが多くあるって理解してる?』

 

「それは分かるが……それが、どうした?」

 

今一要領を得ず、千冬は首を傾げてしまった。千冬は束が何を言いたいのか、さっぱり分からなかった。

 

『……風見鶏』

 

「風見鶏?」

 

束の言葉に、千冬は思わずオウムのように返してしまった。

千冬が想像した風見鶏は、屋根の上で風向きを教える金属製の物だった。

 

『ごめんね、ちーちゃん……今は、これ以上は言えない……けど、これだけは言える……束さんは、今の世界を面白いと思う……』

 

そこで、電話は切れた。

 

「……どういうことだ……」

 

この時既に、千冬は異能者達の戦いに巻き込まれ始めていた。

千冬の知らない、異能。魔法使い達の、世界規模の戦いに。

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

無人IS襲撃事件から、数日後。

 

「えー、今日は皆さんに転校生と新しい先生を紹介します」

 

教壇に立った山田先生が、点呼を取り終えた後にそう告げた。

 

「えっ!?」

 

「この間、二組に来たばっかりじゃない!?」

 

「というより、新しい先生?」

 

殆どの生徒は転校生に意識を持っていかれたようだが、何人かは新しい先生が気になるらしい。

 

「では、まずは転校生です! どうぞ!」

 

『失礼します』

 

入ってきたのは、一人の男子(・・・・・)だった。ポニーテールにした長い金髪に、エメラルド色の瞳が特徴だった。

その男子は、山田先生の隣に立つと

 

「フランスより来ました。シャルル・デュノアと言います。よろしくお願いします」

 

と自己紹介しながら、頭を下げた。

その直後、黄色い悲鳴で空気が震えた。

 

「凄い美形!」

 

「織斑君とも桜内さんとも違う、守ってあげたい系!」

 

「夏のネタがキタぁぁぁぁぁ!!」

 

「誰か、そいつを取り押さえろ」

 

最後の一人に、義之は思わず突っ込みを入れてしまった。その直後

 

「やかましい! 静かにせんか!!」

 

と千冬の一喝により、一気に静かになった。

それを確認した山田先生は

 

「では、新しい先生です。入ってください」

 

と廊下に視線を向けた。

 

『失礼します』

 

その声に、義之は固まった。

何せ、本来だったら聞く筈の無い声だったからだ。しかし、入ってきたのは間違いなくその人物。

 

「新しく赴任することになりました、朝倉音姫(あさくらおとめ)です。教えるのは、一般教養。まだ若輩者ですので、よろしくお願いします」

 

義之にとって、姉に等しい人物。音姫だったからだ。

 

「お、音姉……?」

 

「学校では、先生だよ? 桜内君?」

 

音姫はそう言いながら、ニッコリと微笑んだ。



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話と部屋決め

「え、知り合い?」

 

「ああ……まあ、お隣の姉弟同然に育った人でね」

 

休み時間、トイレに向かいながら義之と一夏は話していた。最初は転校生のシャルルのことだったが、次に新任教師として来た音姫のことになったのだ。

 

「へー……」

 

「しかし、ロンドンに行ってたはずなんだが……」

 

音姫はロンドンにある王立魔法魔術学園、通称風見鶏に行ってたのだ。

 

(……後で聞くしかないか……それに、あのシャルルって子も、なーんか気になるんだよなぁ……)

 

そう思いながら用をたした二人は、教室に戻った。

そして、昼休み

 

「……杉並か?」

 

『同志桜内、久し振りではないか。女の園は如何かな?』

 

昼食を終えた後、義之は校舎裏に来てある人物。風見学園に居る悪友。杉並に電話を掛けた。

 

「色々と気遣うわ。それより、ちょっと調べてほしいことがあるんだが」

 

『ほほう』

 

「今朝がた、俺の居るクラスに新しく転校生が来たんだがな。ちょっとキナ臭いんだ。という訳で、調べてほしい」

 

『ふむ、名前は?』

 

「シャルル・デュノア。フランス人」

 

『期限は?』

 

「ASAP」

 

『心得た。得た情報は、パソコンに送ろう。では』

 

通話を終えると、義之は携帯をポケットに仕舞った。

非公式新聞部に所属する悪友、杉並。フルネームは不明。しかし、その情報収集能力は非常に高い。気付けば、個人情報すら杉並は得ている。

 

「あいつなら、外国の人間の情報だって、得られると確信しちまうんだよな」

 

義之はそう言いながら、教室に戻ろうとした。

すると

 

「弟くん、ちょっと」

 

と音姫に呼ばれた。

 

「音姉……」

 

「改めて、久し振り。弟くん」

 

どうやら教師モードではないらしく、見慣れた笑みを浮かべている。

 

「ところで、どうして音姉がIS学園(ここ)に居る? ロンドンの風見鶏に居た筈だろ?」

 

「うん。女王の鐘による命令だよ」

 

女王の鐘。それは、風見鶏に在学している学生に出される命令で、女王から様々な命令が出されるのだ。

特に成績優秀な生徒となると、困難な命令が出されることもあるのだ。

 

「ISに、魔法技術が使われてるんだけどね……」

 

「ISに!?」

 

音姫の言葉に、義之は驚きの声を上げた。

だが、同時に納得もした。それならば、自分の適性値が高いのも頷けると。

義之の適性値は、AAランク。並の代表候補生を越えているのだ。

 

「開発した篠ノ之束博士……さくらさんの推薦で、一度短期間だけど風見鶏に居たことがあるの……」

 

「束さんが……」

 

束が風見鶏に居た。それも、さくらの推薦を得て。

 

「ISに魔法技術が使われてること自体は、風見鶏は見逃す方針なんだけどね……問題が一つあるの」

 

「問題?」

 

「……ISを狙う組織……それが、過激派魔法使い組織なの」

 

過激派魔法使い組織。魔法使いこそが世界を支配すべきだと考える魔法使いによって組織されており、度々テロを起こしている。

音姫は何回か、その犯人を捕まえたことがある。

 

「……そいつらにとっては、IS学園は格好の狩場ってことか……」

 

「うん。だから、IS学園の学園長さんと女王陛下の間で協議が行われて、何人か魔法使いが常駐することになったの。私は教師として……」

 

「生徒と教師としてか……」

 

義之の言葉に、音姫は頷いた。

 

「特例として、元風見鶏の生徒だった子にも協力が要請されてるの……」

 

「それってもしかして、セシリア・オルコット?」

 

「知ってたの?」

 

「前に、音姉から聞いた挨拶を言ってたから、もしかしてってな」

 

「彼女、かなり優秀な魔法使いなんだよ。一度は、私も面倒見てたから知ってる」

 

音姫の話から、どうやらセシリアは優秀な魔法使いらしい。音姫も近代では天才的魔法使いと呼ばれていて、面倒見も良いから慕われているようだ。

 

「一応、弟くんにも魔法使いの生徒の名前を教えておく?」

 

「……頼む。もしかしたら、助けを借りるかもしれないから」

 

「ん、分かった……その人は、IS学園三年生。ダリル・ケイシー。それと、最近転校してくる予定のベルベット・ヘルとヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの三人」

 

義之はその名前を何回か頭の中で反芻し、覚えた。

そして放課後、一夏にISの知識を教えていると

 

「あ、織斑君と桜内君。二人共、まだ居てくれてたんですね」

 

「桜内は……織斑に教えているのか。助かる」

 

山田先生と、千冬が現れた。

その後ろには、シャルルが居る。

 

「急で申し訳無いんですが、デュノア君をどちらかの部屋に入居させてほしいんです」

 

「二人は二人部屋に、一人で住んでいるだろ。どちらかに入れるしかあるまい」

 

確かに、その通りだろう。下手に女子と同室にする訳にもいかない。

 

「あー……だったら、俺の部屋でいいですよ」

 

と先に言ったのは、義之だった。

何となくだが、一夏と一緒にするよりもマシだと思ったのだ。

 

「わかった。デュノアもいいな?」

 

「はい、構いません。よろしくね、桜内さん」

 

「今は同じ一年生だ。好きに呼んでくれ」

 

自己紹介で義之の方が年上と知っているので、シャルルは義之をさん付けで呼んだが、義之は好きに呼んでほしいと願った。

その後、義之はシャルルと一緒に部屋に戻った。

 

「それで、桜内君はどっちで寝てるの?」

 

「俺は内側だな」

 

「ん、分かった」

 

義之の話を聞いて、シャルルは自分の荷物を窓側のベッドに置いた。その後は食堂で夕食を終えて眠ったのだった。



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夢とドイツからの厄介事

「ん……これは、夢か……」

 

その日、義之は夢を見た。

別に、夢を見ること自体は何ら不思議なことではないだろう。夢というのは、寝ている間に行う記憶の整理から起きることだから。

しかし、何故夢だと理解出来たのか。

それは、その夢の内容が知らない場所だったからだ。

義之の能力、他人の夢を見る能力だ。

 

「さて、誰の夢だ……というか、寝不足確定だな……」

 

しかし、この他人の夢を見る能力は見せられているのが現実で、他人の夢を見せられている間は起きているのと同等で、寝不足になってしまうのが辛い点である。

 

『お母さーん!』

 

そこに現れたのは、長い金髪を揺らす小柄な女の子だった。場所は少し、山よりなのだろう。緩やかに傾斜しており、多数の石垣が見える。

 

『あらあら、シャルロット。どうしたの?』

 

『お母さんにお手紙が来てたよ!』

 

母親に問い掛けられると、その女の子は肩から掛けていた小さいバッグの中から手紙を取り出して差し出した。

 

『ありがとうね、シャルロット……』

 

『えへへー』

 

母親に撫でられて、女の子は朗らかに笑みを浮かべた。

そこで光景は歪み、変わると

 

『お母さん、嫌だよ……』

 

『ごめんなさいね、シャルロット……』

 

病室らしい白い部屋で、先程の母親が弱った様子でベッドに横たわっていた。どうやら、病気のようだ。

そのベッドの傍には、幾らか成長した先程の女の子が居たが、泣きそうな表情だ。

病室に父親らしい人物の姿が無いために、母子家庭だと思われる。

そこでまた場面が変わり、成長した少女がお墓に花束を置いていた。

そこに、一台の黒い車が停まって、中から黒い服を着た男達が出て、その男達に守られて、一人の男性が出てきた。

その男性は、少女に歩み寄ると

 

『君が、シャルロット・マロース……だね?』

 

と問い掛けた。

 

『……貴方は、誰ですか?』

 

少女が警戒した様子で問い掛けると、男性は申し訳なさそうな表情をしながら

 

『私の名前は、アルベール・デュノア……君からしたら、父親……に、なるね』

 

と告げた。

その直後、視界が歪み始めた。

 

「目覚めるか……」

 

そう言った数瞬後、義之は目覚めた。すると、義之に僅かに遅れて

 

「おはよう、桜内くん」

 

と隣で寝ていた、シャルル・デュノアが起きた。

 

「おう、おはよう」

 

挨拶に答えながら、義之は

 

(デュノア……ねぇ……)

 

と背伸びしているシャルルを見た。

デュノアという姓だけでなく、シャルルとシャルロット。更には、声まで同じ。

 

(……何を企んだ……?)

 

と義之は、首を傾げた。

その後、朝食を終えてクラスに行った。

そして、HRが始まったのだが

 

「えー……このクラスに、またしても転校生が来ました……」

 

と山田先生が、何やら疲れた様子で告げた。

 

「幾らなんでも、立て続けすぎない!?」

 

「二日連続だよ!?」

 

流石に二日連続で転校生となると、困惑せざるを得ないだろう。クラスメイト達は驚きの声を挙げた。

すると、千冬が

 

「静かにしろ!」

 

と一喝すると、一気に静かになった。そうして、静かになったのを確認し

 

「入れ」

 

と入室するように促した。

そして入ってきたのは、長い銀髪に小柄な体躯。そして何より、右目に着けている眼帯が特徴の少女だった。

 

「挨拶しろ」

 

「はい……ラウラ・ボーディヴィッヒだ」

 

千冬に促されて、彼女。ラウラ・ボーディヴィッヒは名前だけを告げた。すると、山田先生が

 

「……え、それだけですか?」

 

と少し驚いていた。

 

「自己紹介など、この程度で十分だ」

 

ラウラはそう言うと、一夏を見て

 

「貴様が……!」

 

と怒気を滲ませながら、一夏に詰め寄って手を振り上げた。そして振り下ろされた手は、恐らくは条件反射だろう上げられた手で防がれた。が、一夏の体勢は大きく崩れて、それを一夏は、片足で踏ん張って耐えた。

 

「いきなり何するんだ!?」

 

と一夏が抗議すると、ラウラは

 

「認めるか……貴様が教官の弟などと、認めるものか!」

 

と一夏を睨んだ。

 

「ボーテヴィッヒ……そこまでにしろ」

 

「は、わかりました……」

 

千冬が僅かに怒気を滲ませながら静止すると、ラウラは素直に従って後退した。

その一連の光景を見て、義之は

 

(あいつ、軍人か……? で、織斑先生が教官として育てたってところか?)

 

と二人の背景を考えた。

だが、眠気が強くなったからか、欠伸をして

 

「ったく……面倒事は勘弁してくれ……」

 

と呟いたのだった。



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疑いの目

「一夏……そいつ、誰よ……」

 

とシャルルを睨んでいたのは、鈴音だ。

今鈴音を含めた一同が居るのは、屋上。そこで今、昼食の真っ最中である。

 

「ん? 新しく編入してきたシャルル。まだ慣れてないだろうから、連れてきた」

 

鈴音の問い掛けに、一夏はお弁当を食べているシャルルを紹介した。

なお、シャルルが食べているお弁当は義之作である。

 

「桜内君……料理、凄い上手なんだね……」

 

「趣味だしな」

 

シャルルは何処か気落ちした様子で、義之作のお弁当を食べている。すると、興味を引かれたのか、簪が

 

「桜内君……私も、いい?」

 

と問い掛けてきた。目的はどうやら、義之の作ったおかずらしい。

 

「お、構わないぞ」

 

「……じゃあ、唐揚げとその卵焼きを交換で」

 

簪はそう言って、自身のお弁当に入っていた唐揚げ一個と義之のお弁当に入っていた卵焼きの一個と交換。半分を食べて、固まった。

 

「簪、どうした?」

 

「……このだし巻き卵、完璧……出汁の比率に焼き加減……非の打ち所が見当たらない……」

 

「お、そりゃ良かった」

 

一夏の問い掛けに簪が答えると、義之はカラカラと笑った。すると、一夏も

 

「え、マジか」

 

と驚きながら、先程交換しただし巻き卵を食べて、目を見開いた。

 

「す、すげぇ……こんなだし巻き、食ったことねぇ……簪の言う通り、出汁の比率は理想的な比率に、固すぎず、柔らか過ぎず……負けた」

 

「そこまでかよ……」

 

一通りコメントした一夏は、うちひしがれた様子で両手を突いた。そんな一夏を見て、箒は

 

「一つ聞くが、桜内は何処で料理を?」

 

と問い掛けた。どうやら、気になったらしい。

 

「まあ、親が居なかったからな。親代わりの女性も、体が弱かったからな。音姉と一緒にキッチンに立ったのが最初だ」

 

「あ、すまん……」

 

親が居なかったという言葉を聞いて、箒は反射的に謝罪した。

すると義之は、手を振りながら

 

「ああ、いや、気にしないでいいさ」

 

と告げた。そこに

 

「……音姉って、誰?」

 

と簪が問い掛けてきた。

 

「あー……新任教師の朝倉音姫。彼女とは姉弟同然に育ったんだ」

 

「む、知り合いだったのか」

 

義之の説明を聞いて、箒は驚いていた。確かに、教師が知り合いだったというのは、中々無いだろう。

千冬が教師だったというだけでも、珍しい例だったのだから。

 

「ああ……イギリスに行ったかと思えば……」

 

「恐らく、オックスフォードで教育課程を受けたのかと思われますわ」

 

義之に続くように、セシリアが告げた。義之が視線を向けると、コクリと頷いてきた。やはり、事情は知っているらしい。話を合わせてくれたようだ。

 

「オックスフォードって、あのイギリスの超有名大学か」

 

「優秀な方なのか?」

 

「ああ。生徒会会長もやってたな」

 

「……お姉ちゃんに見習わせたい……」

 

簪の言葉に、然り気無く刺を感じる義之だった。

義之は知らないが、楯無は結構サボり癖があり、その度に虚が苦労する羽目になるのだ。

それを知っている簪は、姉に音姫を見習えと思ったのだ。

そして昼食が終わって、授業に向かうのだが

 

「居た! 織斑君達よ!」

 

「噂の転校生も居たわ!」

 

「者共、出合え!」

 

第一アリーナに向かう途中で、他学年の女子に捕捉された。

 

「ちいっ、見付かったか!?」

 

「さて……一夏、ここは二階……下には、土だ」

 

「あっ」

 

義之の言葉で察したらしく、一夏は窓を開けた。そして

 

「レッツダイビング!」

 

「うそぉぉぉぉ!?」

 

シャルルと一緒に、跳んだ。跳ぶとは予想していなかったシャルルは、抱き抱えていた義之に抱き付いた。そしてなんとか着地すると

 

「あー……流石に、人二人分は痺れた……」

 

と義之は、足をブラブラさせていた。

すると、我に返ったらしいシャルルが

 

「いきなり跳ばないでよ! 心臓に悪いよ!?」

 

と非難がましい目で義之達を見た。それに対して、一夏が

 

「いやぁ、あそこで捕まると遅刻しちまうからな……さて、余裕な訳じゃないから、走るか」

 

とアリーナの方に走り出した。

それに僅かに遅れて、義之とシャルルもアリーナに向かった。そして、更衣室に入ると

 

「さて、急いで着替えないとな」

 

と一夏が、一気に上を脱いだ。その瞬間

 

「うひゃ!?」

 

とシャルルが顔を真っ赤にした。

 

「シャルル?」

 

「ぼ、ボクは向こうで着替えるね!?」

 

シャルルは慌てた様子で、一夏達とは反対側のロッカーに向かっていった。

そんなシャルルに一夏は首を傾げるが、義之は懐疑的な表情を浮かべるのだった。



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授業

「さて、これより実機訓練を行う」

 

と告げたのは、ジャージ姿の千冬だ。

その千冬の前には、一組と二組の生徒。約60名が整列している。一夏からしたら、かなり目のやり場に困る姿。ISスーツを着ている。ISスーツはISを装着する時には必ずと言っても過言ではないレベルで着るスーツで、見た目は最早水着に等しい。しかも、かなりピッチリしているので、各人のスタイルが際立つ。

 

「オルコット、鳳、前に出ろ」

 

そう言われて、セシリアと鈴が前に出た。すると、二人が

 

「何をするのですか?」

 

「まあ、何でもやるけど……」

 

「そう急くな……これからお前達には」

 

セシリアと鈴の問い掛けに、千冬が答えようとした。そこに

 

「ひゃあぁぁぁ! ど、退いてくださぁい!?」

 

と何やら情けない声が聞こえた。それを聞いた義之は、反射的に声が聞こえた方向を見た。すると、バランスを崩した様子の山田先生が墜落してくる。

それに気付いてないのは、一夏のみであった。

 

「一夏、グッドラック」

 

義之はそう言って、急いで離れた。

 

「は? ……って、そういうことかぁぁぁぁ!?」

 

一夏が気づいた時には、時既に遅し。一夏が居た辺りに、ラファール・リヴァイヴを纏った山田先生が落着した。

落着の際に発生した土煙で一、帯が見えなくなっていたが、少しすると見えた。

奇跡的に、一夏は大した怪我もなく無事だった。

しかし、問題が一つ。どういう訳か、倒れた山田先生の上に一夏が覆い被さっていたのだが、山田先生のその胸に一夏は顔を埋めていた。

 

「う……」

 

「お、織斑君……その、こういう場で無ければ応えたいところなんですが……」

 

山田先生は一体、何を言っているのか。しかし、ようやく我に帰ったらしい一夏は、自身がどういう状況か把握し

 

「す、すいません!」

 

と慌てて、体を起こした。その直後、何やらガシャンという音が聞こえた。

具体的に言えば、鈴の機体。甲龍の武装。双天牙月の合体音が聞こえた。

 

「い・ち・かぁ!?」

 

「待て待て!? 死ぬぅ!?」

 

双天牙月を連結させた鈴は、一夏に狙いを定めて、全力で投擲した。それを見た一夏は、上体を某映画張りに大きく反らして回避。

何とか回避した一夏は、安堵した。しかし、すぐにあることを思い出した。

連結させた双天牙月は、くの字になり、ブーメランのように戻ってくるのだ。

それを思い出した一夏は、振り向いた。すると、投げた双天牙月が大きくUターンして戻ってきていた。

一夏は回避しようとしたが、それより早くに押し倒されて

 

「当てます」

 

と山田先生の声が聞こえた直後、二発の発砲音が響き渡った。

そして、山田先生が撃った二発の弾丸は、見事に双天牙月に命中。撃ち落としたのだった。

 

「織斑君、大丈夫ですか?」

 

「は、はい……ありがとうございます……」

 

起き上がった山田先生に答えながら、一夏は立ち上がった。すると、千冬が歩み寄り

 

「山田君は、これでも最高クラスの代表候補生だったんだ。今程度の事は造作もない」

 

と告げた。

 

「あはは……結局は代表候補生止まりでしたけど」

 

千冬の言葉を聞いた山田先生は、困ったような笑みを浮かべながら、頭を掻いた。その間に、鈴は双天牙月を回収。セシリアと一緒に来ると

 

「それで、結局何をするんですか?」

 

と千冬に問い掛けた。

 

「何、簡単なことだ。二対一で模擬戦をする。お前達対山田君だ」

 

千冬のその言葉を聞いて、セシリアと鈴は固まった。確かに彼女達はまだ学生だが、そこまでは弱くないと思っているからだ。しかし、千冬は

 

「なに。今のお前達ならば、山田君の相手にならん」

 

と告げた。

それを聞いたセシリアと鈴は、ムッとした表情を浮かべた。そこまで弱いとは、思っていないからだ。

 

「では、構えろ」

 

千冬がそう言うと、セシリアはブルーティアーズを展開しライフルを構え、鈴は腰を軽く落とした。そして山田先生は何時もからは予想出来ない真剣な表情で、両手に銃を構えた。その直後

 

「試合開始!」

 

という千冬の宣言が響き渡り、三人は同時に一気に上昇。空中戦を開始した。それを見ながら、千冬は

 

「デュノア。丁度いいから、山田君が纏っている機体の説明をしろ」

 

と近くに居たシャルルに言った。

 

「あ、はい。山田先生が使っているのは、フランスの企業。デュノア社が開発した、第二世代ISのラファール・リヴァイヴです」

 

千冬に言われた通りに、シャルルは模擬戦を見ながら、ラファール・リヴァイヴの説明を始めた。

義之はそれを軽く聞き流しながら、模擬戦を見ていた。

模擬戦は終始、山田先生が有利に進めていた。

セシリアと鈴は、セシリアが後方から支援。鈴が切り込んでいた。それ自体は、別に何ら不思議ではない。

しかし山田先生は、鈴の動きを上手く誘導し、セシリアの攻撃を妨害。そして、二人に適宜攻撃。

そして、攻撃を外した鈴に至近距離でショットガンを連射。吹き飛んでセシリアにぶつかると、ショットガンを消して、連装式のグレネードランチャーを展開した。

 

「ああ、説明ご苦労。そろそろ終わるぞ」

 

千冬がそう言った直後、山田先生が二発のグレネードが二人に直撃。二人はそのまま、地面に落ちた。

 

「此のように、IS学園に居る教師は、大体が腕利きの元代表や元代表候補生だ。敬意を持って接するように」

 

千冬のその言葉の後、多少のトラブルは起きたものの、実機訓練は無事に終了した。

しかし義之は、ラウラが一夏を終始睨んでいることに気付いていた。



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秘密の露呈

その日の放課後、義之はシャルルと一緒に一夏に銃に関して色々とレクチャーしていた。

 

「うーん……頭では分かってるつもりだが……」

 

「実際では、大違いだろ? 一度使ってはいたが、やはり白式はかなり尖ってるみたいだしな」

 

一夏は義之とシャルルから借りた銃を様々な角度から見てから、二人に銃を返した。

その時

 

『おい、貴様』

 

とオープンチャンネルで、声が聞こえてきた。

レーダーを見てみれば、あるピットにラウラが居た。その身に纏うのは、ドイツ製第三世代IS。シュヴァルツェア・レーゲン。ドイツ語で黒い雨という意味の名前の機体である。

 

「うそ、あの機体って……」

 

「まだ、ドイツ国内で試験運用中だって……」

 

周りに居た生徒達は動揺しているが、ラウラは無視して

 

『貴様も、専用機持ちなのだろう? ならば、私と戦え』

 

と一夏に言った。だが一夏は

 

「嫌だね。戦う理由が無い」

 

と答えて、ISを解除した。それを見たラウラは、歪な笑みを浮かべて

 

『ならば……戦わざるしかないようにしてやる!』

 

と言いながら、肩のレールカノンを撃った。生身の相手を狙って撃つなどという蛮行に、一緒に訓練に参加していた箒や鈴、セシリアは驚きの表情を浮かべた。

そんな中、シャルルが左手に盾を展開しながら一夏の前に出て、ラウラが撃った砲弾を弾いてから

 

「ドイツの人は、何を考えてるのかな? 今の状況……彼を殺すつもり?」

 

とラウラを睨みながら、両手に銃を構えた。

 

『ほう……第二世代(アンティーク)ごときで、私に勝てるとでも?』

 

ラウラは好戦的な笑みを浮かべながら、右手にプラズマブレードを展開した。そこに

 

「動くな、野犬野郎」

 

気付けば、義之がラウラの真後ろを取っていた。

右手には、レーザーマシンガンのザスタヴァ・スティグマト。左手には、プラズマソードを持っていた。

 

「貴様……何時の間に……!」

 

「背中がお留守だったからな……簡単だったぜ」

 

義之は簡単に言うが、実際は簡単ではない。ISにはハイパーセンサーというのがあり、それは実質360度見回すことが可能で、しかも超高速で動く標的すら捕捉することすら可能なのだ。

更にレーダーとも同期しているので、余程のことが無い限りは相手を見失うということはない。

 

「貴様……」

 

「動くな」

 

ラウラは振り向こうとしたが、義之はザスタヴァ・スティグマトをラウラの後頭部に当てて動きを制した。そこに

 

『そこの生徒! 何をしている!? クラスと名前を言いなさい!!』

 

と放送が聞こえた。どうやら、監督役の先生が騒ぎに気付いたようだ。

 

「ち……水を差されたな。今日は引いてやる」

 

ラウラはそう言うと、ISを解除してピットから去っていった。

それを見送った義之は、一夏達の所に戻り

 

「……意外と使えるな、光学迷彩」

 

と呟いた。

 

「一夏、あいつ何者よ? いきなりぶっ放すなんて」

 

「そうですわ。それも、ISを非展開している一夏さんを狙うだなんて……非常識にも程がありますわ」

 

鈴とセシリアがそう問い掛けるが、一夏は爪が食い込む程に手を握り締めた。そして

 

「悪い……今は、何も言いたくない……疲れたし、部屋に戻る」

 

と言って、全員に背を向けて去っていった。

どうやら、余程語りたくないらしい。それを察してか、全員は解散。部屋に戻っていった。

義之は念のために楯無に状況を報告してから部屋に戻っていた。すると、シャワールームからシャワーの音が聞こえる。

 

「ふむ……シャルルが浴びてるのか」

 

と義之は呟きながら、トイレに入ろうとした。その時、シャワールームのドアが開いて、中から金髪の美少女が出てきた。そして、ボディーソープのある上の棚に手を伸ばして、固まった。義之に気付いたようだ。

しかし義之は、代わりにボディーソープを取り

 

「はい、体が冷えない内にリターン」

 

と美少女を、シャワールームに押し戻した。

そしてトイレに入ったタイミングで、可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 

「ふむ……杉並から連絡が来てる筈……」

 

義之は少し前に杉並からメールで情報を送ったと連絡を受けたので、パソコンを開いた。

それから、十数分後。美少女が出てきた。

その美少女は、義之の座ってる席の近くのベッドに腰かけた。

それを見た義之は、用意していた紅茶を差し出しながら

 

「ほいよ、シャルロット・デュノアちゃん」

 

と美少女。シャルル改め、シャルロットの名前を呼んだ。

 

「な、なんで……」

 

「いやまあ……俺の知り合いにな、恐ろしいまでの情報網を持つ奴が居てな……そいつが、君のことを調べあげたんだよ」

 

義之はそう言いながら、パソコンの画面を向けた。

そこには、シャルロット・デュノアに関する事細かな情報が記載されていた。

 

「この情報通りなら……君は、情報スパイとしてIS学園に来たことになるが……」

 

「……その通り……だよ……お義父さんに命令されて、特に男性操縦者のISのデータを盗んでこい……そう命令されたんだ……」

 

そこからシャルロットは、語り始めた。

物心が着いた頃から、シャルロットは母親と二人暮らしだった。その頃は、二人で静かに過ごしていた。フランスでも片田舎で住んでいて、幸せだった。

しかしある日、母親は病気で他界。

シャルロットは母親が遺したお金で、細々と生きていた。そこへ、義父。エト・デュノアが現れ、シャルロットを引き取った。

しかし、デュノア社は経営が傾いていた。

デュノア社はIS業界では第三位のシェアを誇る。だが、フランスを含めたEUは第三世代ISの開発が遅れていた。そこで発動されたのが、イグニッションプランだ。

EUに加盟している各国で第三世代を開発し、最も優れていた機体をEUの主力機として採用すると決めた。

そうして開発されたのが、イギリスのティアーズ型。ドイツのレーゲン型。イタリアのテンペスタ型。

しかし、フランスは開発で一歩遅れていた。

そこで発案されたのが、IS学園に赴き、既に運用されている第三世代ISのデータを盗んでくること。

しかし、バレたら無事では済まないのは明白。

だから、一計を弄した。男装させて、新しい男性操縦者として潜入させたのだ。

 

「ああ……話したら、すっきりしたよ……」

 

語り終わったシャルロットはそう言うが、その表情は何処か諦めが混じっていた。

 

「……君は、どうなる?」

 

「……最低でも、死ぬまで牢屋かな……けど、もう罪悪感を感じる必要が無いから、いいかな……」

 

義之の問い掛けに、シャルロットは諦めた表情でそう言った。それが義之には、過去の美夏と重なった。

50年前に作られた時は、ロボット排斥派を危惧して封印されて、そして約2年前には一度好きになった麻耶に裏切られて、自ら封印を願い出た時と重なった。

 

「良いわけないだろ……! 君にも、自由に生きる権利は有る!」

 

「さ、桜内君?」

 

いきなり声を大きくした義之に、シャルロットは驚いていた。普段から理知的な義之を知っているから、ここまで感情的になるのが予想出来なかったのだ。

 

「だから、俺が選択肢を揃えてやるさ!」

 

そう言った義之は、ある人物達にメールを送った。

それが、救いになると信じて。



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一夏の友人

IS学園にも、ゴールデンウィークというのは存在する。その初日、一夏は外出届を出して昔からの友人。五反田弾の家に来ていた。

 

「それで……女の園での……生活はどうだ?」

 

「気を使うことばっかり……だよ……鈴や箒が居るけど……ぬぉ、そこでそう来るか」

 

今二人は、大人気ゲーム。インフィニット・ストらトス/バーストスカイ。通称、IS/BSをやっている。

簡単に言えば、過去のモンド・グロッソ参加の各国代表のISを使って対戦するゲームだ。

 

「ああ、そういやぁ、鈴が来たんだったか……ちぃ、今のを返すか!?」

 

「変わってなかったよ……甘い!」

 

どうやら、二人の対戦は一進一退らしい。かなり白熱している。

 

「そういえば、更に男子が見つかったんだっけか? こなくそ!?」

 

「おう、桜内義之とシャルル・デュノアな……貰った!!」

 

画面には、1PWINと書かれてある。どうやら、一夏が勝ったらしい。しかし、弾は

 

「桜内……義之?」

 

と一夏が告げた名前が気になったらしく、コントローラを置いた。

 

「どした?」

 

「もしかして、この人か!?」

 

一夏が問い掛けると、弾は本棚から一冊の雑誌を出して、一夏の前で開いた。

そこに写っているのは、確かに義之だった。

 

「そうそう」

 

「うおぉぉぉ! マジかよ!?」

 

一夏の言葉を聞いて、弾は何やら興奮し始めた。

 

「なんだ、どうした!?」

 

「義之さんは俺の憧れの人なんだよ! 三年前の音コロで優勝したバンドの一人だ!」

 

「音コロって、あの音コロか!?」

 

音コロというのは略称で、正式には音楽コロシアムという。簡単に言えば、日本全国の若手バンドが一堂に集まり、自らの腕を競いあう企画だ。かなり長く続いており、今年で50年目になる。優勝したバンドの中には、デビューしたバンドもある。所謂、登竜門のような企画だ。

 

「ああ……三年前、義之さんの所属するバンドは当時無名で初出場だったにも関わらず、複数あった優勝候補を下して優勝した……俺にとっては、正に目標の人だ!」

 

一応一夏も、それなりにバンドには興味あり、一時期は弾ともう一人の友人の御手洗数馬と一緒に活動したことがある。もしIS学園ではなく、藍越学園に行ったら、一緒にバンドを組もうと言った程だ。

 

(しかし、三年前……ああ、あの時期か……)

 

一夏はわりと音コロは見に行っていた方で、何故義之を知らなかったのか気になったが、すぐに分かった。三年前のその時期は、ちょうど第二回目のモンド・グロッソが行われていて、そして一夏はある事件に巻き込まれていた。だから、義之のことを知らなかったのだ。

 

「なあ、一夏! 頼む! 義之さんのサインを貰ってきてくれ!」

 

「待て待て! 落ち着け!? 義之なら、そろそろ!?」

 

弾にガクガクと揺すられながら、一夏はあることを言おうとした。そこに

 

「お兄、一夏さん、お客さんだよ」

 

と弾の妹、五反田蘭がドアを開けた。そして、二人が視線を向けると

 

「よ、一夏。いや、合っててよかったよ」

 

と義之が現れた。

その直後、弾が興奮して奇声を上げ、蘭に五月蝿いと怒られた。

 

「うおぉぉぉ! 桜内義之さん! 俺、貴方のファンなんです! サインください!」

 

「いやいや、俺大したことないぞ? まあ、やるけどさ」

 

義之は弾から受け取った雑誌の自身が写っているページに、サインした。それを受け取った弾は

 

「ありがとうございます! 宝物にします! あ、三年前の音コロ見に行ってました!」

 

「ああ、あそこに居たのか」

 

弾の言葉に、義之は納得。そして義之は、部屋の隅にギターを見つけて

 

「ちょっと、触らせてもらうよ」

 

とそのギターを手に取った。そして、数回鳴らすと

 

「んー……ちょっと、調整が甘いかな」

 

と呟いてから、少しチューニングした。そして軽く鳴らすと

 

「ん、これかな?」

 

「お、おぉぉぉ……」

 

義之の手際の良いチューニングに、弾は何やら感銘している様子。そして、またチューニングして軽く鳴らすと

 

「これでよし……ただ、弦が痛んでるみたいだから、新しいのに交換した方がいいよ」

 

「ありがとうございます! 今度買います!」

 

義之からギターを受け取った弾は、そう言いながら頭を下げた。そして、何か気になったらしく

 

「そういえば、、一緒に参加していた人達は?」

 

と問い掛けた。

 

「ん? 小恋に渉、ななかのことか?」

 

「そうです!」

 

「小恋は、看護師になりたいって、今は本土の看護学校に通ってて、ななかと渉は初音島の学園に通ってるが……」

 

「出来れば、その人達のサインも欲しいです!」

 

弾がそう言うと、義之は少し考えてから

 

「んー……まあ、明日初音島に行くし……確か、小恋も一度帰省するって言ってたし……まあ、いいか」

 

「ありがとうございます!」

 

義之の言葉に、弾は深々と頭を下げた。

ここまで、一夏はと言うと

 

「よし、この技難しいんだよな……けど、コツが掴めてきた」

 

一人で、ゲームの練習をしていた。



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初音島

ゴールデンウィーク二日目、時刻は12時50分。

三日月形の島、初音島に一隻のフェリーが到着し、大勢のお客が次々と降りていく。その中で、目立つ人物が降りてきた。

 

「久しぶりに帰ってきたな、初音島」

 

「ここが……あの有名な……」

 

桜内義之と少女の姿のシャルロット・デュノアだった。二人は朝早くに、IS学園を出発。バイクとフェリーで、初音島まで来たのだ。

 

「いや、長旅だったな。大丈夫か?」

 

「あ、はい。大丈夫です……けど、本当に桜が咲いてるんだ……」

 

義之の問い掛けに答えながら、シャルロットは周囲を見回した。桜はおおよそ三月から四月に掛けて咲く花で、今は既に5月。時期は過ぎているが、まだ咲いていた。

 

「さて、知り合いが来てるはずなんだが……」

 

「よ、義之」

 

義之が周囲を見回そうとすると、一人の青年が声を掛けてきた。全身を黒い服で統一し、左目に眼帯を着けた人物だった。

 

「おお、裕也」

 

「久しいな、義之……」

 

「どうした?」

 

裕也と呼ばれた人物は、シャルロットを見て固まった。そして携帯を取り出すと

 

「まゆきさんに電話しないと」

 

「なぜに、まゆき先輩?」

 

「義之が、いたいけな少女を拐かしてきたと」

 

「やめろ、ふざけんな」

 

青年の言葉に、義之は割りと本気でそう言った。すると、シャルロットが

 

「あの、桜内くん……彼は?」

 

と義之に問い掛けた。すると義之は、青年と取っ組み合いをしながら

 

「ああ、こいつは裕也。俺とは、義理の兄弟に当たる奴だ」

 

と紹介した。

 

「初めまして、お嬢さん。俺の名は防人裕也。今義之に紹介された通り、義之とは義理の兄弟になるな」

 

「は、初めまして! ボクはシャルロット・デュノアと言います!」

 

シャルロットが頭を下げると、裕也は

 

「そんなに畏まらなくていいさ、おおよその事態はさくらさんから聞いている」

 

と告げた。

 

「ほほう……つまり、知っててさっきのを……」

 

「おう、俺なりのどっきりだ」

 

「どっきり過ぎるわ!?」

 

二人の会話には、どこか気安さが感じられる。義理の兄弟というのは、本当なのだろう。

 

「だかな、義之……一つ、残念な知らせがあるんだ」

 

「なんだよ……」

 

「あちらをご覧ください」

 

裕也が示した先を見て、義之は固まった。シャルロットも見てみれば、その先には二人の少女が居た。

一人は身長はシャルロットと同程度だが、眼鏡を掛けた理知的な雰囲気の少女。そしてもう一人は、少し高い身長の快活そうな雰囲気の少女だった。

 

「ま、麻耶にまゆき先輩……なぜ、ここに……」

 

「恋人を迎えにくるのが、おかしいかしら? 義之?」

 

「あたしは、たまたま初音島に帰っててね。そこに、弟くんが帰ってくるって聞いたからね」

 

義之が冷や汗を流しながら問い掛けると、麻耶は笑みを浮かべながら。まゆきと呼ばれた少女は、手をヒラヒラと動かしながら理由を述べた。

義之はどうしようか悩んでいるようだが、麻耶はため息を吐いて

 

「まあ、その娘に関しては、天枷さんから連絡は受けてるわ……」

 

と言った。

 

「は? 天枷から?」

 

「ええ……一緒の部屋になったって」

 

麻耶のその言葉に、義之はビシリと固まった。

 

「さて、義之……どういうことか、説明してくれるわね?」

 

「……はい」

 

麻耶と義之が会話している間、もう一人の少女。

高坂まゆきが

 

「やっほ、初めまして。あたしは、高坂まゆき。弟くんの先輩だね」

 

「あ、はい。よろしくお願いします!」

 

とシャルロットに話し掛けていた。まゆきは麻耶に怒られている義之を見ながら

 

「まあ、弟くんも相当無茶したみたいだしね……まあ、怒られるのも仕方ないか」

 

と頭を掻いた。その隣には、裕也がいつの間にか居る。シャルロットは、そんなまゆきに

 

「あの……ボクのことは……」

 

とたどたどしく聞こうとした。だが、まゆきは

 

「ん? まあ、何らかの厄介事を持ってきたんでしょ?」

 

どこか、あっけらかんとそう言った。

 

「まあ、弟くんなら大体の事態には対処出来るから、安心してるし……」

 

「……」

 

まゆきの言葉に固まっていると、裕也が

 

「まあ、この初音島ではISなど大して興味ないという人が多い……まゆきさんもそうだしな」

 

と語った。

 

「あははー。あたしは、ISなんかより陸上一本だよ! 今は、裕也っていう彼氏も出来たしねぇ」

 

「俺としては、まさかまゆきさんからとは思いませんでしたが……」

 

ISをなんかよりと言ってのけたまゆきに、シャルロットは驚いた。

確かに、以前から話には聞いていた。初音島では、今の風潮たる女尊男卑は通用しない。

約10年前と同じように、男女平等が続いている。

その結果が、今目の前に居る。まゆきから告白されたという裕也と、その裕也と普通に接しているまゆき。

確かに、女尊男卑の様子は無い。それに、麻耶と義之も、麻耶が偉そうにしている様子は全く無い。

確かに説教しているが、それは心配しているからこそと分かる。

 

「まあ、裕也はよくあたしを補佐してくれたしね。陸上部も風紀委員会も」

 

「まあ、他の誰も着いていけなかったから……になりますね」

 

とまゆきと裕也が話していると、説教が終わったらしく

 

「改めて、初めまして。シャルロット・デュノアさん。私は、沢井麻耶です」

 

と麻耶が、シャルロットに声を掛けてきた。

 

「あ、はい! よろしくお願いします!」

 

とシャルロットが畏まっていると、麻耶が

 

「そんなに畏まらなくていいわ。年は、そんなに離れてるわけじゃないし」

 

とシャルロットの肩に手を置いた。

そこに

 

「お姉ちゃん!」

 

と子どもの声が聞こえた。

 

「優斗!」

 

全員が視線を向けた先から、一人の子どもが走って来ていた。

 

「優斗、お母さんは?」

 

「ん、大丈夫。今は、寝てるよ」

 

麻耶の問い掛けに、子ども。沢井優斗はそう答えた。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

「よ、優斗。久しぶりだな」

 

優斗は義之に気づくと、嬉しそうに義之に飛び付いた。

 

「おお? 少し、重くなったな?」

 

「うん! 身長も、伸びたよ!」

 

義之の問い掛けに、優斗は嬉しそうに返答。そして、シャルロットに気づいて

 

「お姉さん、誰?」

 

と首を傾げた。

 

「少しの間、芳野家に泊まるシャルロット・デュノアさんよ。ご挨拶なさい」

 

「初めまして、沢井優斗です」

 

麻耶に言われて、優斗は自己紹介しながら頭を下げた。

 

「初めまして、シャルロット・デュノアです」

 

「さてと……そろそろ我が家……芳野家に向かうかな……」

 

「優斗。少しの間、お母さんをお願いね」

 

「うん!」

 

その会話を最後に、義之達は芳野家に向かった。

そこで、大事な話をするために。



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出会い

「はい、到着……ここが、俺の家の芳野家だ」

 

義之がそう言った先に建っていたのは、至って和風の家屋だった。二階部分は少し雰囲気が違うために、改築したのだろう。

 

「……ここが、あの……」

 

「ほれ、中に入るぞ?」

 

義之に呼ばれて、シャルロットは中に入った。中もどこかの雑誌で見たような、純和風だった。すると、トタトタという足音が聞こえてきて

 

「あんあん!」

 

とその生物が現れた。

 

「おぉ、はりまお。元気だったか?」

 

「あん!」

 

義之が頭を撫でると、その生物は一鳴きした。

それを見て、シャルロットが

 

「あの、その生き物は……?」

 

と義之に問い掛けた。

 

「ん? さくらさんの飼い犬のはりまお」

 

「犬……」

 

はりまおの見た目は、まるでぬいぐるみのようだが、尻尾がパタパタと振られていることから、確かに犬なのだろう。

 

「あお?」

 

「ああ、はりまお。この娘はシャルロットだ。ちょっと大事な話があるから、連れてきたんだ」

 

「あんあん!」

 

義之の話が分かったらしく、はりまおはシャルロットの足元をぐるぐると回った後に奥に消えた。

 

「うし、行くか」

 

義之はそう言って、奥に向かった。

そして義之は、ひとつの襖を開けながら

 

「お久し振りです、さくらさん」

 

と声を掛けた。シャルロットも中を見ると、桜の木が見える縁側に一人の少女が居た。

金髪に碧眼の十代前半らしい少女。否、その人物のことをシャルロットは知っていた。日本が世界に誇る天才の一人。様々な博士号を所持する、規格外と言える天才科学者にして生粋の教育者。

 

「芳野さくら博士……」

 

以前フランスのテレビで、量子力学に関するスピーチをしていたのを、シャルロットは見ていた。

でなければ、混乱していただろう。さくらの年齢は優に70を越えているが、その見た目は完全に十代の少女にしか見えないのだから。

 

「おかえりー、義之くん!」

 

さくらははりまおを頭に乗せて、元気に義之の方に歩み寄ってきた。

その言動からも、殆ど少女にしか見えない。だがさくらは、シャルロットに

 

「君がシャルロット・デュノアちゃんだね? よろしくねー?」

 

と大人を感じさせる微笑みを浮かべながら、問い掛けてきた。

 

「は、はい! よろしく御願いします!」

 

「にゃはは! そんなに固くならなくていいよ」

 

さくらは笑うと、はりまおを足元に下ろした。

 

「さてさて、大事な話があるって聞いたけど……」

 

「はい、彼女の境遇に関してです」

 

さくらの問い掛けに、義之は真剣な表情を浮かべながらそう告げた。そして、十数分後

 

「なるほどねぇ……それは確かに、教育者としては聞き逃せないかなぁ……」

 

二人から事の顛末を聞いたさくらは、腕組みしながらそう呟いた。しかし、何かに気づいたらしく

 

「ねえ、シャルロットちゃんの父親ってもしかして……アルベール君かな?」

 

とシャルロットに問い掛けた。

 

「え、知ってるんですか?」

 

「そりゃね、アメリカに居た時、経営力を教えたし」

 

まさかの事実に、シャルロットは驚いた。まあ、普通は予想しないだろう。

 

「だけど、あのアルベール君がそんな命令を……?」

 

「えっと……」

 

「ああ、ごめんね。アルベール君は、約束とかを大事にしてた子でね。少しでも遅れそうになったり、遅れたりした場合はこっちが恐縮しちゃう程頭を下げてきてね……」

 

シャルロットが困惑していると、さくらは思い出すようにしながら、そう語った。その話から判断するに、アルベールという人物は誠実に思える。

 

「んー……あれ、そういえば……ちょっとごめんね」

 

さくらは一言謝ると、シャルロットの手を握って目を閉じた。そして、少しすると

 

「ねえ、シャルロットちゃんのお母さんの名前って……マロースじゃなかった?」

 

とシャルロットに問い掛けた。

 

「あ、はい。そうです」

 

「マロースって」

 

「うん……ごめんね、シャルロットちゃん。ちょっと、席を外すね」

 

シャルロットは驚いた表情でさくらを見て、義之の言葉に頷いた後にさくらは居間から出ていった。

そして数分後

 

『この寝坊助、起きろーー!!』

 

『わあぁぁぁぁぁ!?』

 

と何やら、賑やかな声が芳野家に響いた。その後、少しして

 

「もう、さくらぁ……昨日は遅くまで起きてたんだから、もう少し寝かせてよぉ……」

 

「もう13時過ぎてるよ。まったく……それより、アイシアに会わせたい娘が居るの」

 

とさくらが、一人の少女を連れてきた。

銀色の髪に、赤い瞳が特徴の少女。そしてその人物を、シャルロットは知っていた。昔、母に見せてもらった写真に写っていた人物と瓜二つだった。

 

「うん? 君は……」

 

「ごめんね、シャルロットちゃん。彼女はアイシア。フルネームは、アイシア・マロース……君から見たら、叔母に当たる人物だよ」

 

「へ?」

 

その呟きは、どちらからだったのか。

 

「え、私がお婆ちゃん!? え、子供居ないよ!?」

 

「妹が居たんでしょ? そっちの子孫だよ」

 

さくらの指摘を受けて、アイシアはジッとシャルロットを見つめ

 

「もしかして……君のお母さんの名前……ルフィリア・マロース?」

 

と問い掛けた。



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世界の真実

「なんで、お母さんの名前を……」

 

「ああ、やっぱりねぇ……エルリから一回相談されたんだよ。ルフィリアが駆け落ちした……って」

 

エルリこと、エルリア・マロース。アイシアの妹で、シャルロットからしたら祖母にあたる。

 

「それで……ルフィリアは、元気?」

 

「……お母さんは……数年前に、病気で……」

 

アイシアの問い掛けに、シャルロットは俯きながら答えた。

 

「そっか……辛かったね」

 

アイシアはそう言うと、シャルロットを優しく抱き締めた。見た目はアイシアの方が幼いが、実年齢は遥かに年上だ。

やはり、その包容力はかなりのものだった。だから、気付けばシャルロットの目からは涙が流れ始めていた。

 

「あ、あれ……」

 

「いいよ……泣いて」

 

シャルロットが困惑していると、アイシアはそう言いながらシャルロットの頭を撫で始めた。

それが切っ掛けとなり、シャルロットは声を上げて泣き始めた。母親が亡くなってから、シャルロットはある意味で一人だった。

父親には出会ったが心の内は分からず、その正妻には泥棒ネコの娘と罵倒されながら張り倒されて、デュノア社では心配してくれる人も居たが少数。

シャルロットに、居場所は無かった。部屋にもセキュリティが掛けてあって、一人で行動するにも多数の制限があって、まるで人形のような感覚だった。

そんなシャルロットに、シャルロットの前に、シャルロットの母親のことを知っているアイシアが居て、更に周りには優しく接してくれる人達が居る。

もう、自分自身を偽る必要が無い。それが、シャルロットが長年張り詰めていたナニかが切れて、あらゆる感情が溢れた。

そんなシャルロットが泣き止んだのは、十数分後のことだった。

 

「すみ、ません……いきなり……」

 

「大丈夫! 泣いてる子供が居たら慰めるのが、大人の役目だから!」

 

シャルロットが頭を下げると、アイシアは自信満々に言いながらシャルロットの頭を撫でた。

すると、さくらが

 

「さて、教育者としてはシャルロットちゃんを助けたい……けど、ことはそう簡単にはいかないんだよね……何せ、シャルロットちゃんは代表候補生……しかも、専用機持ち……つまりは、魔法使いってこと……それも多分、フランス政府が秘匿してる」

 

と言った。

 

「……魔法使い……?」

 

「そ……ISっていうのはね、ボクの教え子……束ちゃんが作った、非魔法使いを魔法使いに目覚めさせる切っ掛けの発明品なんだ……」

 

さくらの説明に、シャルロットは混乱しそうになった。

 

(魔法使いって、あの魔法使い? あのお伽噺とかに出てくる? ISは、そのための発明?)

 

と心中で考えていると、襖が開き

 

「芳野先生ー! 勝手に説明しないでほしいなぁ!」

 

と絶賛国際指名手配中のISの開発者、篠ノ乃束本人が現れた。しかも、否定しない。

 

「さてさて、君がシャルロット・マロースちゃんでいいかな?」

 

「あ、はい……そうです……」

 

束は旧姓の方で問い掛けてきたが、シャルロットは気にしなかった。

 

「まさか、生きてる内に正統サンタクロースの一族の二人目に出会えるなんて、思わなかったー! 握手握手!」

 

「あわわわわ」

 

ハイテンションかつマシンガントークに重ねて、高速で上下に振られる握手にと重なり、シャルロットは最早されるがまま。そこに

 

「束さん、落ち着いてくださいよ。彼女、困惑してますよ」

 

と義之が、束の肩に手を置いた。

 

「おっとぉ、ごめんねぇ」

 

「あ、いえ……」

 

シャルロットの困惑は極限に達しようとしていたが、麻耶が

 

「はい、御茶でも飲んで落ち着いて」

 

とシャルロットに、紅茶を差し出した。芳野家では緑茶が中心だが、アイシアと束が割りと紅茶も飲むので、最近は紅茶も常備するようになっていた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

受け取ったシャルロットは、言われるがままにゆっくりと紅茶を飲んだ。

そして、一息入れて落ち着くと

 

「けど、ボクが……サンタクロースの血筋?」

 

と首を傾げた。それを聞いて、アイシアが

 

「そうだよ。正確には、マロース家がサンタクロースの一族なんだ」

 

と言いながら、一度手を閉じてすぐに開いた。その手には、先程まで無かった木製のオモチャがあった。それを見て、シャルロットは小さい時のことを思い出した。

それは本当に昔のことで、シャルロットと母親が河原にピクニックをしていた時だ。母親がシャルロットの頭を撫でていたら、気付けばシャルロットの頭に花の冠が乗っていた。それだけでなく、花びらが風で舞っていたのだ。

しかし、そこは石ばかりの河原で、花は大してなかった。だというのに、いつの間にかあった花の冠。それが気になった当時のシャルロットは、母親に思わず

 

『お母さん、魔法使いみたいだね!』

 

と言っていた。すると、母親は

 

『そ、お母さんは魔法使いなのよ』

 

と微笑みながら、言っていたのを思い出した。

 

「本当に、魔法使いだったんだ……」

 

とシャルロットが呟くと、さくらが

 

「君達が知らないだけで、世界中に魔法使いは居る……そして、それは光と闇もある……マロース家は正統なサンタクロースの一族であると同時に、フランスを守る盾の一族の一つ……」

 

と語り始めた。

 

「そして、闇の魔法使い……まあ、過激派って呼んでるんだけど……その人達からしたら、普通の人は支配されるか淘汰されるべき存在……だから、時々テロを起こす……自分達は選ばれた人間だからって……去年、フランス国内で起きた鉄道駅の爆破テロ……覚えてる?」

 

「はい、ボクも災害派遣で行きましたので……まさか!?」

 

察したシャルロットが目を見開くと、さくらは無言で頷いて

 

「不思議に思わなかった? あれだけの被害だったのに、どんな火薬が使われたのか、分からなかったでしょ?」

 

「はい、あれだけの規模だったら、普通はプラスチック爆薬を使ったものになりますが、見つかったのは陶器と木片だけ……機械の類いは見つからなかった……」

 

「うん……鑑識した音姫ちゃんから聞いたけど、あれは人々に悪夢を見せて、その時に出る負の感情を爆発させる物……魔法の一つだよ」

 

さくらはそう締め括ると、緑茶を一口飲んだ。

それを引き継ぐように、束が

 

「そんな奴等に対抗するために作ったのが、ISだったんだけど……結局、下らない権力争いに使われた……」

 

と俯いていた。

確かに、開発した本人としたら不本意極まりないだろう。だが

 

「それは、女性にしか使えなかったからでは……」

 

とシャルロットがその点を指摘した。すると束が

 

「それはただ単に、魔法適性者が女性ばかりだからだよ。義之君と一夏が適性あったでしょ」

 

と告げた。

 

「じゃあ、桜内君と織斑君は魔法の適性がある……と?」

 

「いや、俺は魔法使いだが」

 

義之はそう言いながら、シャルロットの前に手を伸ばして、閉じてから開いた。するとそこには、和菓子があった。

 

「俺が今使える魔法は、この和菓子を出す魔法と他人の夢を見せられる魔法の2つだな。まあ、大したことない魔法使いだよ」

 

義之はそう言うが、シャルロットからしたら魔法使いというだけで凄いことだった。

 

「世の中、ボクが知らないことばっかり、なんですね……」

 

「まあ、まだまだ若いからね。今から知っていけばいいよ」

 

さくらがそう言うと、新たに襖が開いて

 

「皆さま、お食事をお持ちしました」

 

と一人の銀髪で目を閉じた少女が現れた。

 

「あ、クーちゃん。ありがとうね」

 

「いえ」

 

クーちゃんと呼ばれた少女は、どうやら近くまで運んでいたらしいおぼんを机の上に置いた。シャルロットを配慮したのか、オムライスだ。

 

「では、私はこれにて……」

 

一通り配膳した少女は頭を下げると、退室していった。

そしてシャルロットは、大事な選択を迫られることになる。



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提示される選択肢

食事が終わり、食器をクーが持っていくと

 

「さてと……シャルロットちゃん」

 

とさくらが、シャルロットの名前を呼んだ。

 

「は、はい!」

 

「ボク達は、君に対して3つの選択肢を与えることが出来る」

 

さくらがそう言うと、まずはアイシアが

 

「一つ目は、マロース家に戻ってくること。ISだかなんだか知らないけど、どうとでも出来る」

 

と告げた。その話し方からは、ISのことをどうとでも思ってないことが伺える。

 

「2つ目、現状を維持しつつ、何らかの方法でEU政府の魔法を知る議員に亘りを着けて、助けてもらうか」

 

EUの魔法を知る議員となると、イギリス辺りが濃厚だが、それをまだシャルロットは知る由が無い。

 

「そして3つ目……入っていいよ」

 

「失礼します」

 

さくらに呼ばれて、一人の男性が入ってきた。年齢的には、10代後半から20代前半というところだろうか。

 

「こちらは、用意が出来ました。さくらさん」

 

「ありがとう、冬也くん……」

 

男性、神代冬也(かみしろとうや)が差し出した紙をさくらは受け取った。そして冬也は、一同に軽く頭を下げて

 

「日本守護が一つ、神代家現当主。神代冬也と言います」

 

「え、まさか……神代って……参議院議員!?」

 

冬也の名前を聞いて、麻耶が驚きの声を上げた。

神代冬也、現政権の中で数少ない無所属の参議院議員にして、ISが台頭してからは数少なくなってきた男性議員の一人だ。

 

「知っていただけて、ありがとう……確かに議員だが、俺はこの日本を守る守護12家の一つ。神代家の現当主……そして、さくらさんの教え子の一人だ」

 

「にゃはは、冬也くんは優秀な生徒だったからねぇ。今は政府の国防に関する分野で頑張ってもらってるよ」

 

さくらの説明の後に、冬也は軽く会釈。そしてさくらは、冬也から受け取った紙をシャルロットの前に置いて

 

「そして3つ目は……日本に亡命すること……一応、保護責任者はボクか、冬也くんになるかな……」

 

と告げた。

 

「もちろん、選択権は君にある……こちらは、あらゆるバックアップを約束しよう……EU政府に掛け合うことも十分に出来る……」

 

「そこまで……」

 

まさかそこまでしてもらえるとは思わず、シャルロットは驚いた。見ず知らずの自分のために、様々な人達が出来ることをやり尽くそうというのが、シャルロットにも分かった。

 

「どうして、そこまで……」

 

「まあ、大人の義務だよね。困った子供が居るなら、手を差し伸べないとね」

 

シャルロットの問い掛けに、さくらは微笑みを浮かべながらそう告げた。

今までシャルロットの回りには、さくらやアイシアのような優しい大人は数少なかった。

特に、母親が死んでからは。

 

「…………」

 

「まあ、すぐに決められることでは無いだろう……初音島に居る間、ゆっくりと考えなさい」

 

シャルロットが黙考していると、冬也はそう言って立ち上がった。すると、さくらが

 

「あ、冬也くん。シャルロットちゃんを冬也くんの家に預かってほしいんだ」

 

と冬也に言ってきた。

 

「自分の家に……ですか?」

 

「うん……ボクの家、今は麻耶ちゃんの家族を受け入れて、結構ギリギリなんだよ。布団の予備も、今はアイシアが使ってるし」

 

「う、ごめんなさい……」

 

今現在、芳野家には沢井家と束、クー、アイシア、裕也が住んでいる。芳野家は大きいほうだが、二階は主に裕也と義之、麻耶で手一杯。一階も、沢井家と束、クー、アイシア、そして家主のさくらで限界である。

 

「……別に、自分は構いませんが……彼女が、なんと言うか……」

 

「あの、その……ボクは、大丈夫です……ホテルに泊まれれば……」

 

シャルロットはそう言うが、冬也が

 

「いや、今からではもう無理だろうな……初音島には、ホテルは一ヶ所しかない。それに、初音島は年がら年中何らかのイベントが行われている……確か今は……ああ、天枷研究所主催の技術展覧会があったか……恐らく、その展覧会参加者と見学者で、部屋は埋まっているはずだ」

 

と説明した。

天枷研究所、日本が世界に誇るロボット最先端研究所。そこ主催の技術展覧会となれば、興味がある技術者達ならば、世界中から訪れることだろう。それを考えると、確かに埋まっている可能性は非常に高い。

 

「じゃ、じゃあ……その、お世話になります……」

 

「ん、わかった……外に車が停まっているから、荷物を乗せよう」

 

シャルロットの言葉に、冬也はそう言ってシャルロットの荷物を持った。

 

「お願いねー!」

 

さくらのその言葉を背中に受けながら、二人は芳野家を後にしたのだった。



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初めて

芳野家を出てから、約十数分後

 

「ここだ」

 

冬也の運転する車が到着したのは、一軒の純和風の一軒家だった。

 

「ここが……議員さんの……」

 

「まあ、な……入るぞ」

 

冬也はシャルロットの荷物を自然に持ちながら、家の門を開けた。その佇まいからは、長い歴史を感じる家である。

 

「あの……ご家族にご挨拶は……」

 

「ああ……家族は居ない……もはや、俺だけだ」

 

「え……」

 

家の中に入れられたシャルロットの問い掛けに冬也が答えると、シャルロットは固まった。

 

「さくらさんの家でも言ったと思うが、俺の家は日本を守護する家の一つでね……内外の敵と戦い続けた結果、今や俺だけと言うだけの話だ」

 

冬也はそう言いながら、ある襖を開けた。そこは、純和風の家の中では異様な洋風の部屋。しかも、明らかに女性が使っていた痕跡がある。

 

「この部屋を好きに使いなさい。何かあれば……」

 

冬也はそう言って、胸元から折り紙で作られた人形を取り出して

 

「オン」

 

と呟いた。するとその人形は、小さい人間の姿に変わった。

 

「うわ」

 

「こいつに言えば、大概は対処してくれる……トイレは、この部屋から出たら左側の奥の突き当たり……風呂は、同じく左側の奥突き当たりまで行ったら、右二番目のドアがそうだ……ではな」

 

冬也は一通り説明すると、襖を閉めていった。

 

「……とりあえず、荷物を開けようかな」

 

そう結論したシャルロットは、冬也が運んでくれた荷物を開けようとした。

すると、先程冬也が呼び出した存在。式紙が、シャルロットの手伝いを始めた。

 

「ふふ、ありがとう」

 

シャルロットがお礼を述べると、式紙はコクリと頷いた。どこか、冬也に似た面影のある式紙で、見た目から察するに7歳位の少女だろうか。

その式紙の手伝いもあったので、シャルロットは早めに荷物を広げることが出来た。

 

「それにしても……この部屋……」

 

シャルロットは改めて、自分に宛がわれた部屋を見回し始めた。明らかに、少女らしさを感じる内装の部屋だ。壁紙は薄いピンク色一色で、本棚には編み物や神話に関する本が並んでいる。

 

「……僕と同い年位……ん?」

 

そしてシャルロットは、ベッドから僅かに離れた位置にある机の上に、何か置いてあることに気づいた。

 

「えっと……ごめんなさい……」

 

シャルロットは一言謝罪してから、それ。写真立てを起こした。そこに納められていたのは、一枚の写真。仲が良さそうな、兄妹の写真だった。

 

「この男性……もしかして、議員さん……?」

 

今より軽く五歳程若い冬也と、一人の少女が写っている。そしてシャルロットは、写真の隅に名前が書かれてあることに気づいた。

 

「冬也兄さんと愛莉(あいり)……妹さん、かな……」

 

仲良さそうに写っている兄妹、しかしシャルロットは

 

「さっき議員さん……今は、自分だけだって言ってた……妹さんは、どうしたんだろ……」

 

とシャルロットが悩んでいると、トントンとノックの音がした。

 

『シャルロット嬢、お風呂の準備が出来たが……』

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

冬也の呼び掛けに、シャルロットは慌てながら答えた。そしてシャルロットは、冬也に言われた浴場に向かった。やはり純和風の家なだけあり、浴槽も総檜造りの豪華な物だった。

 

「わあ、温泉ってやつかな……初めて見た……」

 

IS学園では男の振りをしていたので、自室のシャワーしか使っていなかった。そして欧州では、あまりお風呂というのは一般的ではない。それは、水質に起因する。

欧州全体の水質は、日本と違って硬水が殆どだ。

硬水は風呂には向いておらず、硬水で体や髪を洗うと髪質や肌質に悪影響が出る。今では上水道が整備されたことで一部地域から軟水を引いているが、それでもあまり風呂は普及していないのが現状だ。

 

「凄い大きい……一人で入るのが、もったいない位……」

 

シャルロットはそう呟いたが、まず体を洗い始めた。備え付けられていた石鹸を使ってタオルを泡立てて体を洗い、次に頭を洗った。

 

「ふう……気持ちいい……」

 

水気を軽くタオルで取った後は湯船に浸かり、シャルロットは心地よさから軽く溜め息を吐きながら言葉を溢した。

 

(うん、日本人がお風呂が好きな理由分かるかも……)

 

その後シャルロットは、体が暖まるまでゆっくりと湯船に浸かった。そして、出てから小一時間後

 

『夕食が出来たぞ』

 

とのことだったので、式紙の案内の下で食卓に着いた。

そして夕食かのだが、ビーフシチューとキッシュだった。

 

「あの……この料理って……その……」

 

「俺が作ったんだが? 式紙も作れるが、どうにも味気ないからな」

 

シャルロットは冬也が作ったということに軽く驚いたが、納得したように頷いた。冬也の言葉から、どうやら冬也は凝り性らしい。

 

「えっと、いただきます……」

 

「ん、ゆっくりと食え……」

 

冬也の言葉を聞きながら、シャルロットはまずはキッシュから食べた。フランスでは家庭料理の一つに挙げられるキッシュだが、実は決まったレシピというのは無い。家庭毎に中身が違っているのだ。

そして冬也が作ったのは、ベーコンとホウレン草のキッシュだった。ベーコンとホウレン草を一緒に調理したのか、ベーコンの脂と塩気が程よくホウレン草に絡んで凄く美味しかった。

 

「わ、美味しい……」

 

「ん、良かった……流石に、フランス料理というのは初めてだったからな……些か目分量になったが……」

 

冬也のその言葉に、シャルロットは驚いた。

 

(初めて、フランス料理を作った……? もしかして、ボクの為に……?)

 

「……どうした?」

 

シャルロットがジッと見ていることに気づいた冬也が問い掛けると、シャルロットは慌てながら

 

「い、いえ! 大丈夫です!」

 

と答えてから、再び料理を食べ始めた。夕食を終えた後、歯磨きをしてから就寝することにしたシャルロットだったが

 

(色々、初めてだらけだったなぁ……)

 

初めて、母親以外から優しくされた。初めて、風呂に入った。初めて、他人の家に泊まった。

 

「初音島……かぁ……」

 

そうしてシャルロットは、眠りについた。



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幕間 黒い兎の黒い炎

「私だ」

 

『隊長、御願いされました情報、先程端末に転送しました』

 

GW中のある夜、ラウラは自室のベランダにてドイツに居る副官。クラリッサ・ハルフォーフからの連絡を受けていた。ラウラはクラリッサに、一夏と義之の情報を探るように依頼を出し、つい先程送られてきたのだ。

 

「わかった」

 

『隊長……敢えて苦言を呈しますが、桜内という男との敵対は避けるべきです』

 

ラウラが通信を切ろうとした矢先、クラリッサは真剣な声音でそう告げた。

 

「なに?」

 

『彼は、あの芳野さくら博士の養子です』

 

「芳野さくら博士……つっ、芳野理論の提唱者かっ」

 

芳野理論。

それは、さくらが提唱した技術の総称で、さくらは今まで幾つかの画期的な技術を提唱してきた。

例えば、人工島(メガフロート)。カーボンと複合金属を併用することで、埋め立てではない新たな大地を作ることに成功したのだ。

既に、日本だけでなくドイツを中心とした幾つかの欧州国で採用されており、イスラムで起きた紛争による難民の受け入れ地として活用されている。

そして、その芳野理論の一つにカーボンナノチューブと呼ばれる技術があった。

簡単に言えば、超極細の炭素を用いた管だ。この技術は、今現在ドイツ軍で試験運用されているEOSと呼ばれる強化外骨格に活用されている技術だ。

この技術は、中に水を巡らし少量の電気を通すことで、水素と酸素を発生させ、そのふたつはEOSの推進材として使え、更にその際に発生する熱を電気に変換するという機能と収縮することから、人工筋肉としての役割を有している。

これを採用することで、EOSは少量の水で長時間の稼働が出来るようになった。

最大で1Lの水で、12時間の稼働となる。起動時に一度電気を通せば、後はモバイルバッテリー並のバッテリーで半日稼働出来るのだ。

 

「ちっ……厄介なバックボーンを……」

 

この時ラウラの脳裏では、最悪としてその技術が使えなくなり、EOSの制式採用が大幅に遅れるという予想が立てられた。

特にラウラの部隊、黒兎隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)には、ドイツ軍でも最大数の20機を試験運用中であり、高い評価を得ている。

ラウラもIS程ではないが、高い汎用性と高い踏破性を評価している。近い内に制式採用の予定だが、それはカーボンナノチューブを使っているからであり、それ以外となると大幅な設計変更が必要となってしまうのは明白だ。

 

『隊長……』

 

「大丈夫だ、最悪は力づくで従わせるだけだ」

 

クラリッサが心配そうな声を漏らすが、ラウラは何やら確信した声音でそう言いながら、通信を切った。

そして、月を見上げて

 

「待っていろ……もうすぐで、貴様らを屈服させてやる……」

 

とその目に、黒い炎を宿していた。



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番外 新年

「新年、明けましておめでとうごさいます」

 

「今年も、よろしくお願いします」

 

新年明けて、1日。場所は、どこか。え、ちゃんと知りたい? 敢えて言うならば、ロンドンの地下深くと言っておく。

その豪華な寮の一角を使って、新年会が行われていた。その料理を作ったのは、一夏、義之、音姫、箒、鈴音といった料理が得意なメンツだ。それを、シャルロットや由夢、ラウラが運んでいき、机に並べている。

 

「いやはや、まさかこんな所でお正月を祝うとは……」

 

「私からしたら、ロンドンの地下深くに、こんな場所があることが驚きだぞ」

 

料理を作り終わったのか、一夏と箒は手を拭きながら語っている。すると、義之が

 

「まあ、普通は予想してないし、来れないからな」

 

と同意した。そこに、音姫が

 

「ここに居る人達以外には、喋ったらダメだからね?」

 

と忠告した。

そもそも、言っても信じてもらえるか分からないだろう。ロンドンの地下深くに、広大な空間が広がっているなど。

 

「私も、ここに来るのは久しぶりですわ」

 

「あ、セシリアは知ってたんだ」

 

紅茶を飲んでいたセシリアの言葉に、料理を置いたシャルロットが反応した。

 

「ええ、私。少し前まではここの生徒でしたから」

 

「つまり、魔法使いだったのか……」

 

「だけど、本当に魔法使いか居るなんてねぇ」

 

セシリアの言葉を聞いて、箒と鈴音は今でも信じられない、といった表情を浮かべた。だが、ここに来るまでに通常の科学技術では作ることが出来ない物を幾つか見たから、信じるしかない。

 

「大きくなる貝の船に、時間帯によって、朝、昼、夕方、夜と変わる天井……それに、あの桜か」

 

「凄いよね、一年中咲く桜なんて」

 

「確か、初音島のもそうだったな」

 

枯れない桜と呼ばれる、一年中咲く桜。聞いた話では、願いを叶えるとも言われている、不思議な桜だ。

 

「それに何より……ここを守護していたあの巨体……確か、ゴーレム……だったか?」

 

「そうだよ。様々な素材と魔力で動くロボット……って言ったら、分かりやすいかな?」

 

千冬の疑問に、音姫はそう教えた。

それは、今居る建物に入る時に見た巨大な存在にあった。高さ6mに達する巨体に、大の大人三人分はあろうかという太い腕と脚。

その巨体を形成しているのが、ありふれた岩や木という素材と、幾らかの貴金属。そしてエネルギー源は、魔力のみ。

彼女達からしたら、不思議の塊としか言い様が無いだろう。

 

「わぁ~、魔法を直に見たのは初めてだよ~」

 

ゴーレムを見たのほほんさんは、終始興奮しっぱなしで、簪は

 

「あれが、魔法……お姉ちゃんは見たこと、あるんだよね?」

 

「そうねぇ。私が見たのは、桜内君の和菓子を出す魔法と朝倉さんの基礎的な魔法位ねぇ。ご先祖様の中には、重傷を治す魔法を見た方も居たみたいだけど」

 

と姉たる楯無と話していた。楯無とは違い、簪は魔法を直に見るのは初めてだったようで、分かりにくいが、興奮していた。

そこに、虚と山田先生が現れて

 

「皆さん、席に座って下さい」

 

「おせち料理が出来ましたから、食べましょう!」

 

と告げた。それに従い、集まった全員は席に座り

 

『明けましておめでとうごさいます、今年もよろしくお願いいたします!』

 

と新年の挨拶を言ってから、義之達が作ったおせち料理を食べ始めた。

 

「おぉ~、本当に美味しい~。うまうま」

 

「本音、もう少し綺麗に食べなさい」

 

「このお雑煮というのは、様々な素材の味が染みだしていて、美味しいですわね」

 

「それに、この餅というのも、中々……伸びる」

 

「ラウラ、あんまり大きく食べると、喉に詰まるから、気をつけて」

 

「義之さん、これの味付けはどうなってるんですか?」

 

「それはな」

 

一人は味に舌鼓し、また一人はその妹を注意と、様々な光景が広がる。

 

「む、酒は無しか……」

 

「織斑先生、ここは学校なんですよ?」

 

「お酒はダメだよ、ちーちゃん」

 

「まさか、束から常識を言われるとは……っ!」

 

「どういう意味!?」

 

一角では、一部大人達が会話している。

それを見ながら、さくらが

 

「さてと……お年玉の用意も出来たし……皆、今年もよろしくねー!」

 

と挨拶したのであった。



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進路

遅くなりました



シャルロットが初音島に来て、数日が経過。GWも明日で終わりで、そろそろIS学園に戻らねばならない。

しかしその前に、決めなければいけないことがあった。

 

「それで、決められたかな?」

 

「……はい」

 

芳野家の居間には、シャルロットの他にさくら、義之、麻耶、冬也が居た。今からシャルロットは、此れからの身の振り方を話すことになっている。

 

「ボクは……日本に亡命します……フランスには、友達も居ないですし」

 

シャルロットがそう言うと、冬也とさくらは頷き

 

「わかった。こちらも、その線で動きます」

 

「お願いね、冬也くん……さて、保護責任者は……ボクでいい?」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

「住居は、自分の所にしましょう。芳野家は、既に手狭です」

 

シャルロットの決定から、トントン拍子に話が進んでいく。その光景を見ながら、シャルロットは気づいた。

 

「あの……アイシアさんは?」

 

今この場に、アイシアの姿が無いのだ。

 

「ん? アイシアなら、今はちょっとお仕事でイギリスに行ってるの。少し、手こずってたみたいだけど、近い内に帰ってくるから。大丈夫だよ」

 

「イギリス……?」

 

どうやらアイシアは、イギリスに行っているらしい。一体何をしているのかは、シャルロットにはわからないが、大事な要件なんだろう。

 

「では、この書類にサインを」

 

「はい、わかりました」

 

冬也が差し出した書類を受け取ったシャルロットは、その書類にサインしていく。

すると、冬也が

 

「そういえば、彼女は専用機持ちでしたね」

 

とさくらに視線を向けた。

 

「あ、そうだね。シャルロットちゃん、専用機の待機形態を机の上に置いてくれるかな?」

 

「はい」

 

さくらに促されるままに、シャルロットは専用機。ラファールリヴァイヴ・カスタム2を机の上に置いた。

 

「流石に、専用機はフランス政府に返却することになる。各国の所有出来るISの数は、アラスカ条約で決められているからね」

 

冬也はそう言いながら、ラファールリヴァイヴ・カスタム2を掴んで、懐から出した端末と繋いだ。

 

「あの、なにを……」

 

「この機体から、君のデータを吸い出している。恐らくだが、君は企業所属の専用機持ちになるだろう。その時、データの有無は機体の開発やファーストシフトに役立つ……よし、終わった」

 

シャルロットの問い掛けに、冬也は答えながら端末を操作。終えると、その待機形態を横に置いてあった小さなケースに仕舞ったが

 

「ああ、そういえば……確か、IS学園で専用機によるタッグ戦があるんだったか」

 

と呟いて、取り出した。

 

「タッグ戦?」

 

「ああ……少し前に、IS学園に所属不明のISが侵入。攻撃してきただろ? それを警戒して、連繋の特訓も兼ねてタッグ戦をやるんだそうだ」

 

義之が首を傾げると、冬也はそう説明した。

 

「ああ、あの無人機か……そういえば、さくらさん。束さんは関わって?」

 

「ないよ。まあ、ボク達が知る束ちゃんはね(・・・・・・・・・・・・)

 

義之の問い掛けに、さくらはそう告げた。その答えを聞いて、シャルロットは少し困惑した。その言い方ではまるで、稀代の天災科学者の篠ノ之束博士が、二人居るようだと思った。

 

「それに関しましては、こちらも全力で調査中です……では、こちらは一度君に渡しておく。後日、俺がIS学園に赴いて、回収しよう」

 

「わかりました」

 

「そんじゃあ、シャルロットちゃんとは俺が組むことにするか……下手したら、シャルロットちゃんが女の子だってバレて大問題だ」

 

「それに関しては、仕方ないわね……義之、近い内に私も行くからね」

 

「……マジかよ」

 

麻耶の言葉に、義之は思わず頭を抱えた。

 

「当たり前でしょ? 今、天枷さんの内部を熟知してるのは私よ?」

 

「……確かに」

 

麻耶のその言葉に、義之は同意した。義之も知っているが、それはISの機能が追加される前のことだ。ISの機能が追加された今の内部機構は、把握しきれていない。

 

「それじゃあ、義之君。シャルロットちゃんをよろしくね? 一応、義理だけど妹になるんだから」

 

「ああ、確かに……よろしくな」

 

「あ、はい……えっと、義兄さん」

 

シャルロットがそう呼ぶと、義之はシャルロットの頭を撫でた。そして翌日の早朝に、義之とシャルロットは初音島を発って、IS学園へと戻った。



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帰還とパートナー

「はあ!? 鈴音とセシリアが重傷!?」

 

「ああ……」

 

一夏からの話を聞いて、義之は驚愕の声を挙げた。事が起きたのは、義之とシャルロットの二人が初音島に向かった翌日のことだった。セシリアと鈴の二人は、第三アリーナで模擬戦を繰り返していたらしい。それはやはり、タッグ戦を意識してのことだった。

そして何回目か分からないが、二人がエネルギー補給して模擬戦をしようと出た時、ラウラが不意打ちで二人に攻撃。その不意打ちは回避したが、二人はそれに怒ったらしくラウラと戦闘開始した。

したのだが、圧倒的力量差があった。なにせ、ラウラはドイツの現役軍人。しかも、ドイツでは精鋭と名高き黒兎隊の隊長の少佐。それに対してセシリアと鈴は、確かに代表候補生だが軍人ではない。

結果、二人のISは損傷レベルCに到達。修理に約二週間掛かるとされ、タッグ戦の参加は不可能となり、二人は今も入院中らしい。

そしてその場に、途中から一夏も遭遇。ラウラと交戦を始めたが、すぐに千冬が介入し止めた。実は一夏は、最初は観戦席に居たが、ISを展開し零落白夜でアリーナのシールドを切り裂いて突入していたのだ。

それを重く見た千冬が止めて、タッグ戦まで二人の戦闘を禁止したということだった。

 

「なるほどな……」

 

「だからさ、義之……タッグ戦なんだが、俺と」

 

「悪い……タッグ戦は、シャルルと組むことにしてるんだ」

 

一夏の意図に気付いた義之は、片手で一夏を制してからそう告げた。すると、一夏は

 

「どうすっかな……簪はまだ機体が出来てないみたいだし……」

 

と頭を掻き始めた。そこに

 

「良ければ、私がパートナーになりましょうか?」

 

と新たな声が聞こえてきた。二人が見た先には、褐色の肌に見事なプロポーションの少女が居た。

 

「えっと……君は……」

 

「私の名前は、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーと申します。今日付けで5組に編入してきました」

 

一夏が問い掛けると、その少女。ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーは名乗りながら右手を差し出してきた。どうやら、握手を求めてきているらしい。

そう気付いた一夏は、握手に応じながら

 

「俺は、織斑一夏……けど、いいのか? 初対面の俺とで」

 

と問い掛けた。すると、ヴィシュヌは

 

「はい。私も編入してきたばかりで、組んでくれる方が居ないんです。それに、一般の方と組むよりかは、専用機持ちと組んだほうが動きやすい筈ですから」

 

と答えた。確かに、理に叶っている。

この時、義之の頭の中に

 

『貴方のことは、朝倉音姫先輩から伺ってます。彼の護衛は、私に任せてください』

 

とヴィシュヌから、念話が聞こえてきた。念話というのは、一部の魔法使いが使用する秘匿性の高い通信魔法で、高位となれば習得は必須項目らしい。実は義之は、初音島に居る間にさくらと音姫から念話に関するやり方を習っており、自由自在とまではいかないが、なんとか習得していた。

 

『えっと……これで大丈夫なはず……それじゃあ、一夏のことは頼んだぞ』

 

『承りました……そちらも、お気をつけください……最新の情報では、亡国機業のスパイが入り込んでるようですので……』

 

『わかった』

 

念話の傍ら、義之もヴィシュヌに一応自己紹介し、一夏はヴィシュヌと組むことに決まった。タッグ戦に向けて、特訓をすることにした。



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特訓

「ほらそこ、バランスを崩したらただの的になってしまいますよ!?」

 

「くうっ!?」

 

GWが明けて、二日後の第二アリーナ。そこでは、一夏がヴィシュヌの指導の下で訓練中だった。ヴィシュヌの専用機、ドゥルガー・シン。機体としては、近接戦闘よりの第三世代機だ。ヴィシュヌのヨガによって鍛えられた柔軟性を活かすために装甲は最低限のみにされ、それによる予想外の避け方をされる。今も一夏が繰り出した袈裟懸けの一撃を、ヴィシュヌは身体を大きく反らすことで回避。避けられたことでバランスを崩した一夏に、しなるように振られた回し蹴りが炸裂した。

 

「すげぇ蹴りだ……!」

 

「母親譲りでして!」

 

何とかバランスを建て直した一夏だったが、すでに肉薄していたヴィシュヌの乱撃が放たれる。

ヴィシュヌの母親はその昔、名の知られた格闘家で、人間凶器。または、肉体凶器の二つ名が与えられた格闘技選手だった。ヴィシュヌはその母親の遺伝子を余さず引き継ぎ、非常に高い身体能力と格闘戦闘能力を示していた。

 

「せあっ!」

 

「踏み込みが甘いですよ!!」

 

体勢を立て直した一夏は、右から左へと雪片を振るった。だが、ヴィシュヌは僅かに後退するだけで回避。次の瞬間、ヴィシュヌの蹴りで雪片は蹴り飛ばされ

 

「……参りました」

 

「一度休憩しましょうか」

 

ドゥルガー・シンの非固定(アンロック)ユニットが砲口を覗かせていることに気付いた一夏は、素早く両手を挙げた。一夏は雪片を回収すると、箒や鈴音が待つピットに向かった。そしてヴィシュヌは、義之が待つピットに入った。

 

「んで、一夏はどうだ?」

 

「……時間を考えれば、まだ隙だらけなのは仕方ないと思います……しかし、成長速度が異常と言えます。特訓の最中に、あり得ない速度で成長しています」

 

義之の短い問い掛けに、ヴィシュヌは神妙な表情をしながら振り返った。二人の視線の先では、箒と鈴に何やら世話をされている一夏の姿がある。

 

「やっぱり、そう思うか」

 

「はい……こう言っては何ですが……まるで、そうあるべし……という風に、作られてる(・・・・・)としか、思えません」

 

ヴィシュヌのその言葉に、義之は

 

「確かにな……嫌な予感がするレベルだ」

 

と同意した。そして義之は、背後のベンチに置かれてあった包みを掴んで

 

「そんじゃあ、飯にすっか。腹減ったろ」

 

と言って、ヴィシュヌの前に掲げた。

 

「しかし、そんな暇は……」

 

「向こう、一夏が気絶したが?」

 

「え」

 

義之の言葉に驚いたヴィシュヌは、一夏達が居たピットを見た。確かに、一夏が倒れ伏している。

 

「……見てなかった間に、何が……」

 

「どうせ、一夏がバカ言ったんだろ?」

 

ヴィシュヌは困惑するが、義之はにべもなくそう言うだけだった。まあ、当たっているのだから、仕方ない。

 

「……分かりました、いただきます」

 

「おう、食え食えー」

 

ヴィシュヌの言葉を聞いた義之は、一角で包みを開いた。そして、中の重箱を開けた。中に詰められている食べ物は、全て片手で食べることが考慮されたものだった。

 

「これを、全て……?」

 

「おう。俺の得意分野だからな」

 

ヴィシュヌが驚いた表情を浮かべていると、義之はグッと親指を立てた。そうして義之は、準備が終ると

 

「ほれ、好きに食っていいぞ」

 

と言って、自身もおにぎりを掴んで食べた。それを見たヴィシュヌも、爪楊枝が刺さっている唐揚げを口に運んだ。次の瞬間、驚きで目を見開き

 

「お、美味しいっ」

 

と声を漏らした。

 

「お、そりゃ良かった。タイの料理はよく知らないからな」

 

「……基本的な料理技能は、私より高いですね」

 

「まあ、そういうのは個人差ってもんさ」

 

ヴィシュヌの言葉に、義之は何かを思い出すように語った。確かに義之も料理上手だが、やはり音姫には敵わない。そこは、個人差として仕方ないと思っている。

 

「自分は自分。そう考えれば、比べるのがバカらしくなるさ」

 

はっきり言ってしまえば、義之も羨ましいと思うことがある。自分より料理上手な音姫。何事も要領よく出来る由夢。しかし、やはり上ばかりを見たってどうしようも出来ないことを知っている。だから、比べるのではなく、自分は自分と割り切っている。

 

「……なるほど……」

 

「まあ、なんだったら、今度料理を教えるさ」

 

そして二人は、料理を食べることに意識を向けた。なお天枷は、簪の機体の開発を手伝ってる最中である。



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騒動の幕開け

時は経ち、タッグ戦当日。厳正な審査の末に、くじ引きが行われて初戦の試合相手が発表された。

そして義之とシャルロットの二人は、それを割り振られたロッカーで見ていた。一回戦の相手は、専用機持ちでもクラス代表でもない四組の生徒二人だった。

 

「まあ、この二人だったら勝てるかな?」

 

「油断は禁物だぞ、桜内。ISの習熟度では、桜内は低いからな」

 

義之が首を傾げながら言うと、美夏が少し睨みながら苦言を呈した。確かに、美夏の言う通り、相手のほうがISの習熟度が高いだろう。

 

「それで、織斑君とギャラクシーさんの対戦相手は……え?」

 

シャルロットは一夏とヴィシュヌの対戦相手を見て、眼を見開いた。何せ、その対戦相手が箒とラウラのペアだったからだ。

 

「あっちゃあ……箒は、あまりコミュニケーション能力が高くないからな……交友関係の低さが仇になったか……」

 

実はこのタッグ戦だが、もし期日までにペアが組めなかった場合は、残った生徒でランダムに組むと通達されていたのだ。そして箒は決められずに、残っていたラウラと組むことになったのだろう。

 

「こりゃ……色々と試されそうだな、一夏は……」

 

義之はそう言いながら、頭を掻いた。そして、一夏達より先に義之達の試合の時間が訪れた。だから義之は、美夏と手を繋いで

 

「桜花、展開」

 

と呟いた。その直後、義之の体にISが展開されていた。それを確認していると、義之は一度武装欄を開いて確認した。

 

「んあ? 新しい武装がある?」

 

そしてその一覧の中に、以前は無かった武装の名前が書かれていることに気付いた。

 

『ああ、沢井が新たに用意した代物だ。何でも、火力を上げるため、と言っていたがな』

 

「ほうほう」

 

美夏の説明に、義之はその武装の種類を把握した。確かに、桜花は近接戦闘能力は高かったが、遠距離系は乏しかった。そこから、麻耶が用意してくれた。そう考えた義之は、内心で

 

(ありがとうな、麻耶……勝ってみせるさ)

 

と麻耶に感謝の言葉を言いながら、勝つことを誓った。そして、義之とシャルロットはカタパルトを使って出撃。その二名と交戦。結果を言えば、勝利した。

 

「うしっ。出だしは上々だな」

 

「そうだね」

 

「む、織斑達の試合が始まるようだ」

 

美夏はそう言いながら、入れ替わる形で出撃した一夏とヴィシュヌのペアが映された。一夏は少し緊張した表情だが、それをヴィシュヌが宥めているようだ。しかしそれより気になったのが、先に出撃してきていた箒とラウラのペアだった。

 

「箒は……少し緊張気味だが、真剣なことが分かるが……」

 

「ボーティヴィッヒさん……何て言うか、軽蔑……ううん、軽視してるね……篠ノ之さんも織斑君も」

 

モニターに映るラウラを見て、二人はそう思った。今のラウラの目には、負の感情の光があった。

 

「さて、どうなるか……」

 

と義之が言った直後に、試合が開始。それと同時に、一夏が最高速で突撃した。だが、その突撃が不意に止まった。

 

「開幕初撃は読まれてたみたいだね」

 

「あれが、AICか」

 

AIC、正式名称をアクティブ・イナーシャル・キャンセラー。ISに採用されているPIC。パッシブ・イナーシャル・キャンセラーとは真逆の性能を有する、ドイツが開発した黒き雨(シュヴァルツェア・レーゲン)の第三世代兵装で、通称で制止結界とも呼ばれている。

 

「確かに、強力な能力だな……一対一だったら、確実に負けだ」

 

「けど、これはタッグ戦だから」

 

シャルロットがそう言った直後、上空からまるで彗星を彷彿させる速度で、ヴィシュヌがラウラに蹴りを放った。それこそが、AICの欠点だった。AICは発動するのに、非常に高い集中力を必要とするのだ。先の開幕初撃は、確かに攻撃の意図もあったが、一夏は自分から囮になったのだ。ラウラは、最初から一夏を執拗に狙っていた。それを逆手に取り、一夏が囮になっている間に、ヴィシュヌは高度を取り、遥か頭上から飛び蹴りを放ったのだ。

 

「AICの欠点……一対多には向かない……流石に気付いたか」

 

「うん、それに……ボーティヴィッヒさんは篠ノ之さんを無視してる……あれじゃあ、戦いにならない」

 

そう言っている間に、フォローに箒が入り、長刀をヴィシュヌに振り下ろしたが、それは間に入った一夏によって防がれた。しかしその直後、箒の足にラウラが放ったワイヤーが絡んで放り投げた。

 

「ダメだ、あいつ……完全に一対多……いや、一対一をやってるつもりだな」

 

「自分の力を絶対だって思ってるんだね……」

 

「あれでは、勝てる戦いも勝てないだろうに」

 

エネルギー補給が終わった美夏が戻ってくると、箒にヴィシュヌの蹴りと一夏の零落白夜が直撃。活動を停止した。それは、一夏とヴィシュヌの作戦勝ちだった。

こまめに入れ替わり攻撃しつつ、先に箒を撃破。その後、ラウラに最大攻撃を叩き込むというもの。そして、第一段階はクリアした。後は、ラウラを撃破するのみ。

 

「さて、ここからだが……」

 

「二人とも、前衛格闘型……息つく暇もないラッシュが有効……かな?」

 

「どうやら、織斑達も同じ答えらしい」

 

美夏が言った直後、ヴィシュヌと一夏がほぼ同時にラウラに攻撃を仕掛けた。まさしく、息つく暇もない連撃がラウラに襲いかかった。

ヴィシュヌの見事な蹴りに一夏の剣撃。互いに邪魔にならかいように配慮しながらも、見事にラウラを追い詰めていく。

 

「あー……これは、二人の勝ちかな?」

 

義之がそう言った直後、一夏の攻撃がラウラのレールカノンを破壊し、そこにヴィシュヌの蹴りがラウラの胴体、側頭部に直撃した。こうなってしまえば、最早態勢の立て直しも難しい。ラウラは、いいように二人の攻撃を受けていく。一夏が零落白夜じゃないのは、エネルギー消費の関係からだろう。

だがその時、義之は背筋に悪寒を感じた。その発生源は、ラウラ。

 

「この魔力……!?」

 

「え、魔力……?」

 

義之の呟きに、シャルロットが反応した直後。劇的な変化が始まった。そして、第二幕が上がる。



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解放

試合会場たるアリーナでは、一夏とヴィシュヌ、箒の三人は驚きで固まっていた。なにせ、目の前で異変が起きているからだ。一夏とヴィシュヌからしたら対戦相手。箒からしたらペアを組んでいたラウラのISが、まるで粘土のようになって変貌していってるからだ。

 

「うぅ……アアアァァァァアアァァ!?」

 

ラウラの口から漏れるのは、痛みを伴った絶叫。それを聞いたのが初めてだからか、箒と一夏は固まっている。しかしヴィシュヌは、あることに気づいていた。

 

(この魔力……それに魔法は……まさか、傀儡!?)

 

対人使用禁術、傀儡(かいらい)。対象の意思を無視して、発動者の意のままに操る魔法で、人に使うのは禁止されている魔法である。

ヴィシュヌはかつて、人形師がその魔法を使ったのを見たことがあったから分かった。

 

(魔法使いの一人として、見逃すことは出来ません!)

 

とヴィシュヌが、変貌を終えたラウラを見た時

 

「てめぇはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

と一夏が、怒りの声を挙げながら突撃した。

 

「織斑君!?」

 

「一夏!?」

 

二人が呼ぶが、一夏は黒き雨だった機体に斬りかかった。しかしその機体は、一夏の攻撃を容易く受け流すと、刃を切り返して横凪ぎで攻撃した。一夏は辛うじて回避したものの、蹴り飛ばされた。

蹴り飛ばされた一夏は、二人の近くに着地し、ラウラ機を睨み

 

「あれを、俺が見間違えるか……あれは、千冬姉のコピーだ!!」

 

と怒気を露にした。

 

「なるほど、見覚えがある筈だ……あれは、暮桜か!」

 

一夏の話を聞いて、箒も納得したようにラウラ機を見た。そのラウラ機は、剣を構えた。狙いは、一夏。どうやら、一夏のISを高脅威度設定したらしい。

 

「くっ!」

 

それに気付いた一夏も、雪片弐型を構えた。その直後、偽・暮桜に光弾の雨が降り注いだ。

 

「まさか!?」

 

「よっ、無事か?」

 

一夏が驚いていると、その近くに義之が着地。それに僅かに遅れて、シャルロットも着地した。

 

「そういえば、一向に先生方が来ないが……」

 

「そっちは知らん」

 

箒の疑問に義之は短く答えながら、シャルロットと一緒に偽・暮桜に激しい弾幕を形成。近付かせないようにした。その間に

 

(なあ、さっき嫌な魔力を感じたんだが?)

 

(はい、対人使用禁術。傀儡です。私が確認しました)

 

(なぁる……さて、どうするかな)

 

とヴィシュヌと念話で話していた。

 

(ISの攻撃用残エネルギーは?)

 

(残り、300といったところです。恐らく、彼に至っては更に少ないかと)

 

(だったら、何故一夏を高脅威度設定したのか……まさか)

 

この時、義之はあることに気付いた。今居るメンバーで、脅威に成りうるだろう武装を所持しているのが、一夏だけだと。

 

「一夏、零落白夜は使えるか?」

 

「……使えたとしても、本当に一撃だ」

 

零落白夜は、かなり尖った性質を有している。攻撃用エネルギーだけでなく、シールドエネルギーも消費し、相手のシールドエネルギーに大打撃を与えるのだ。

つまり、シールドエネルギーも残り僅かなのだろう。

 

「一夏、俺達三人があいつに隙を作る……一撃で決めろ」

 

「……分かった」

 

義之の提案に乗り、一夏は僅かに下がり、入れ替わる形でシャルロットとヴィシュヌの二人が前に出ながら射撃を続行。そして義之は、右手でザスタヴァ・スティグマトを撃ちながら、左手に新たな武装を展開した。

200mm無反動砲、ハイパーバズーカ。

それを偽・暮桜に撃った。偽・暮桜は、それを切り払おうと剣を構えた。その直後、砲弾がまるで花弁のように開いて、中から大量の子弾を解き放った。

恐らくは、かつて千冬がやった戦法なのかもしれないが、悪手となった。一発一発は大した威力の無い子弾かもしれないが、総数200発の子弾をその身に受けて、偽・暮桜の動きが鈍り、更に爆煙で視界が一気に悪くなった。そんな爆煙の中で、光る刃を見た偽・暮桜は、振り下ろされた一撃を剣で受け止めた。しかし、目の前に居たのは白ではなく、橙色のISを身に纏ったシャルロット。

 

「プラズマソード……だよ」

 

シャルロットがそう言った直後、反対側から新たに近づく反応。それに対して偽・暮桜は、肩の盾を向けた。そこに響く強い衝撃。それは、ヴィシュヌの強烈無比な蹴りだった。

 

「策は、常に多重に」

 

ヴィシュヌがそう言った直後、シャルロットとヴィシュヌは素早く離れた。その直後、偽・暮桜の直上で新たな砲弾が炸裂。偽・暮桜に網が覆い被さった。

その直後

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

烈迫の声を挙げながら、一夏が接近。網で身動きが出来なくなっていた偽・暮桜を、一刀両断した。すると、偽・暮桜は力なく膝を突き、切り裂かれた胴体からラウラが解放された。ラウラを受け止めた一夏は、スヤスヤと寝ているラウラを見て

 

「やれやれ……一発殴ろうかと思ってたが……止めてやるか」

 

と言ってから、額を軽く小突いた。



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前に

激動のタッグ戦から、数時間後。食堂

 

「あ、シャルル。胡椒取ってくれ」

 

「はい、どうぞ」

 

一夏に請われて、シャルロットは近くに置いてあった胡椒のビンを一夏に差し出した。受け取った一夏は、胡椒をラーメンに掛けてから、すすり始めた。

その時、入り口付近のモニターを見てた女子達が

 

「タッグ戦……中止……」

 

「あの話も、無し……」

 

「賭けも……」

 

と何やら落ち込んだ様子で、券売機に向かった。それを見た一夏は、麺を飲み込むと

 

「なんだったんだ、あれ?」

 

「さあ……僕も知らないや」

 

一夏が首を傾げると、オムライスを飲み込んだシャルロットも首を傾げた。

女子達が言ったのは、タッグ戦で優勝した女子は一夏、義之、シャルロット(シャルル)の何れかと付き合えるという噂のことだ。

それに合わせるように、一部では誰が優勝するか賭けまで行われていた。しかし、ラウラの暴走により、タッグ戦は全員の力量を知るために最初の一回戦分は行うが、それで終了ということになったのだ。

すると一夏は、モニターの前で未だに立ち尽くしている箒を見つけた。だからか、スタスタと箒に歩み寄り

 

「箒、あの話だが……付き合ってもいいぞ」

 

と話し掛けた。

その直後、ギュルリと勢いよく箒は振り向き

 

「本当か!?」

 

と問い掛けた。

 

「ああ。幾らでも付き合うぞ、買い物位」

 

一夏がそう言った直後、見事に腰が入ったボディーブローを箒は一夏に見舞い

 

「そんなことだろうと!」

 

一夏が体をくの字に曲げた直後に、顎にアッパーが炸裂。

 

「思ったわ!!」

 

箒の見事な連撃に、一夏は苦痛の声を漏らすこともなく、沈んだ。

一連を見ていたシャルロットは、思わずといった様子で

 

「……狙ってやったのかな?」

 

と呟いた。しかし、カレーを食べた義之が

 

「ただの天然だろ」

 

と一蹴した。その間に、箒は券売機に向かい、一夏は気絶したのかピクリとも動かない。

その時だった。入り口に山田先生が現れて

 

「わあっ!? 織斑君!? どうしたんですか!?」

 

と倒れている一夏に気付いて、一夏の体を揺らした。しかし、動く気配が一切無いためか、少し考えてから近くの空いていたボックス席に寝かせた。そして、義之とシャルロットに近寄り

 

「あの、織斑君に何があったのか知ってます?」

 

と問い掛けた。

 

「乙女の純情を弄んだ末路です」

 

義之はそう言うが、場面を見てなかった山田先生は首を傾げた。そして、分からなかったのか、一度頭を振ってから

 

「えっと、桜内君とデュノア君には伝えて起きますね。今日の午後9時から、一時間。男子の入浴時間が設けられることが決まりました」

 

とその連絡事項を告げた。それを聞いた二人は、時計に目を向けた。事件の聴取があった為に何時もより夕食が遅く、今は午後8時30分を少し過ぎた辺りだった。

 

「調整に手間取りまして、遅くなりました」

 

「ああ、いえ、お疲れ様です」

 

山田先生が軽く頭を下げると、義之は労りの言葉を掛けた。よく見れば、山田先生の目許に僅かだが隈が見えたのだ。恐らく、ここ数日は入浴時間の調整の為に四苦八苦していたのだろう。

 

「えっと、織斑君を医務室に運んだら大浴場のカギを開けて、貼り紙を貼りますので、食べ終わって着替え等を持ったら来てください」

 

山田先生はそう言うと、一夏をヒョイっと肩に担いで食堂を後にした。流石は元代表候補生。見た目は華奢だが、体は鍛えてあるらしい。そんな山田先生を見送った二人は、顔を見合わせて

 

「さて……どうすっか」

 

「どうしよう」

 

と声を漏らした。何せ、シャルロットは女の子だ。義之からしたらある程度は慣れているが、シャルロットは恥ずかしいだろう。

とりあえず、料理を手早く食べ終わると部屋に向かい、着替え等を回収。二人してあーだの、うーだの声を漏らしながら大浴場に向かった。

三人集まれば文珠の知恵とは言うが、悲しいかな。二人では解決案は浮かばず、無情にも大浴場に到着してしまった。

 

「あ、来ましたね。では、ごゆっくりどうぞ」

 

山田先生はそう言って、自作らしい貼り紙を大浴場の入り口に貼ると、戻っていった。

少しして義之は、頭を掻いてから

 

「しゃあない……シャルロット、君が入りな」

 

と言って、一度籠に入れた着替え等に手を伸ばした。

 

「え……?」

 

「俺は少し時間測ってから、自室に戻ってシャワー浴びるわ」

 

義之はそう言って、ドアから顔を出して、左右を確認した。恐らく、誰か居ないか確認しているのだろう。

もしかしたら、まだ男子の時間を知らなかったり、知っていて突撃しようとしてくる女子が居る可能性が有るからだ。

この時二人は知らなかったが、実は階段に千冬が陣取っており、凄まじいプレッシャーを放っていたりする。

そして義之が僅かに、体を外に出した時

 

「あの、桜内君……桜内君が入っていいよ」

 

とシャルロットが、義之の裾を掴んだ。

 

「いいのか?」

 

「うん……いっぱいお世話になったし……」

 

義之が問い掛けると、シャルロットは微笑みながらそう告げた。それを聞いた義之は、少し黙考してから

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

とドアを閉めた。

そして、数分後

 

「おお……マジで広いし、こんなん映画だけかと思った」

 

義之は大浴場の広さとお湯を流すライオンの彫刻に、驚いていた。そうして、手早く体を洗ってからお風呂に浸かった。数十人が一斉に入ってもまだ余裕が有りそうな浴槽に、今入ってるのは義之一人。

 

(贅沢過ぎるなあ……)

 

そう考えると義之は、とりあえずボーとしながら天井を見ていた。その時、不意にドアが開く音がして

 

(一夏が復活したか?)

 

と思った。しかし、義之の耳に入ったのは

 

「お、お邪魔するね」

 

という、シャルロットの声だった。

 

「ふぁっ!?」

 

「あ、こっち見ないで……恥ずかしいから……」

 

完全に予想外だった義之は、思わず奇声を漏らし、シャルロットは顔を真っ赤にしながら湯船に浸かった。そこから少しの間、二人は沈黙。そして先に口を開いたのは、シャルロットだった。

 

「あのね……桜内君のお陰で、未来が拓けた……ようやく、希望が見えてきたの……」

 

「ん、そうか……」

 

「だからね……これからよろしくね、お義兄ちゃん」

 

シャルロットは何処か恥ずかしそうに、そう告げた。



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新たな始まり

翌日、義之が起きると既にシャルロットの姿は無くなっており、机の上に

 

(先に教室に行っておいて byシャルロット)

 

と書かれたメモが置いてあった。それを一読した義之は

 

(ということは、今日か……まあ、成るようになるか)

 

と自身を納得させ、制服に着替えると食堂に向かった。そして手早く朝食を済ませると、教室に向かった。そこには、既に一夏の姿があったのだが、何やら首に手を添えて頭を左右に動かしている。恐らく、首に違和感を覚えているのだろう。

 

「さて、どうなるかな」

 

義之はそう呟くと、少し遅れてやってきた美夏の調子を確認するために、美夏に端末を接続。確認を始めた。それから少しすると、チャイムが鳴り山田先生が入ってきたのだが、何やら疲れた様子で

 

「はーい、朝礼を始めます……そして、皆さんに紹介する人が二人居ます……入ってください」

 

と半ば投げ槍に、ドアの方に声を掛けた。そして入ってきた二人は、義之がよく知る二人だった。

 

「まず、転校生です」

 

「初音島から来ました、沢井麻耶です。一応天枷さん専属の整備士になります。よろしくお願いします」

 

麻耶が自己紹介すると、教室がざわめき

 

「初音島ってことは、桜内くんと同じ……」

 

「そうだった、天枷さんってロボットだったわね……」

 

という言葉が聞こえた。結構忘れられているが、美夏はロボットだ。

 

「次に、編入……って言っていいのか……」

 

「芳野シャルロットです。改めて、よろしくお願いします」

 

麻耶の隣に居たのは、女子用の制服を着たシャルロットだった。

 

「というわけで、男の子ではなく、女の子でした……部屋割り、どうしましょう……」

 

山田先生が頭を抱えると、麻耶が山田先生の肩を叩き

 

「山田先生、私は義之と同じ部屋で大丈夫ですよ」

 

と進言した。すると、山田先生が困惑した様子で

 

「しかし、異性と同じ部屋は……ん? 名前呼び?」

 

と首を傾げた。すると麻耶が、右手を挙げて

 

「私と義之は、恋人ですから、問題ありません」

 

と告げた。よく見れば、右手の薬指に指輪が嵌められている。それを聞いた数人が、驚いた表情で義之に視線を向けた。すると義之は、胸元に手を入れて、チェーンに通された指輪を取り出した。

その直後

 

「えええぇぇぇぇぇ!?」

 

「ウソぉぉぉ!?」

 

「既に恋人が居たの!?」

 

「通りで、誘惑してたのに一切反応しなかったはずよ!!」

 

「やっぱり、いい男には恋人位居るわよね!?」

 

「あ、あれはロシア式ね……中々博識なのね、桜内君って」

 

と阿鼻叫喚となった。そして義之は、何人かの言葉を聞いて

 

(あ、誘惑されてたんか……気付かなかった)

 

と思っていた。そして義之が指輪をチェーンに通していた理由だが、至って初歩的なミスだ。実はペアリングを買う際に麻耶のサイズは測っていたが、自分のは測り忘れていて、サイズが合わなかったのである。

なんとも、お粗末な話である。

その時、轟音と共に後ろのドアが吹き飛んだ。全員が一斉に視線を向けると、そこに居たのは甲龍を展開した鈴だった。

 

「い、ち、かぁぁぁぁぁ!?」

 

何故か、大変ご立腹の様子。すると一夏は

 

「待て待て待て!? なんで怒ってるんだ!?」

 

と問い掛けた。その問い掛けに、鈴は

 

「そいつ、女だったみたいじゃない! しかも、昨日は男の入浴時間があったわよね!?」

 

とシャルロットを指差しながら、怒鳴り付けた。それを聞いて、一夏は

 

「待てって! 俺は昨日、気付いたら気絶してて、気が付いたのは夜11時頃だったんだよ! その後、シャワー浴びてすぐに寝たし……」

 

と説明を試みた。しかし

 

「問答無用!! 吹っ飛べ!!」

 

鈴はそれを一蹴し、甲龍の非固定(アンロック)ユニットの龍咆を展開し、エネルギーを充填させた。その瞬間

 

「天枷」

 

「うむ」

 

義之が美夏の名前を呼びながら、鈴を指差した。すると、美夏は一気に鈴の懐に入り

 

「はっ!!」

 

とその拳を、鈴の胸部に叩き込んだ。

 

「がっ!?」

 

「忘れてないか? 美夏とて、一応はISなんだぞ? 機能の限定使用位は雑作もない」

 

美夏の一撃で、龍咆の発射は強制的にキャンセルされ、鈴は二三歩後退。その間に美夏は、僅かに後退し手の感触を確かめるように手を振った。そこに

 

「それに、私の教室でよくぞ無断でISを展開したな。鳳」

 

「げ」

 

いつの間にか、鈴の背後に修羅(千冬)が居た。

 

「それに、教室のドアも破壊……さて、これの請求も考えなくてはな……鳳、解除しろ」

 

「……はい」

 

千冬の指示に、鈴は泣きそうになりながらも甲龍を解除した。それを見た千冬は、鈴の首根っこを掴み持ち上げ

 

「山田君、続きは頼む。私は、このバカに反省文を書かせる」

 

と告げて、去っていった。それを一同が見送っていると、その後ろのドアが有った場所を通り抜けて、一人の女子が現れた。他でもない、ラウラだ。

 

「む? ここに、ドアが有った筈だが……」

 

ラウラはドアが無いことに気付き、不思議そうに首を傾げたが、すぐに一夏に視線を向けて

 

「居た」

 

と近付いた。一夏は僅かに身構えたが、ラウラの雰囲気が前と違うことに気付き、構えを解いた。一夏の前に立つと、一度クラス全体を見回し

 

「……済まなかった」

 

と頭を下げた。一同が困惑していると、ラウラは頭を上げ

 

「……私が間違っていた。力だけが全てではない……私は、知らないことが多すぎる……だから、私に色んなことを教えてくれ……私も、私に出来ることをやるつもりだ……お願いする」

 

と言って、再度頭を下げた。それを見た一夏は、一度クラスを見回してから、ラウラの頭に手を置いて

 

「おう、俺達に教えられることは、教える。だから、一緒に頑張ろうぜ」

 

と言って、再度クラスを見回した。ラウラが頭を上げると、クラスメイト達は、全員親指を立てたりしながら

 

「これからよろしく!」

 

「ボーデヴィッヒさん、かわいい!」

 

「一緒に、青春を過ごしましょ!」

 

と言った。それを見ていた義之は

 

「どうだ、麻耶。なかなか面白いクラスだろ?」

 

と隣に立っている麻耶に問い掛けた。すると麻耶は、フフッと笑みを溢しながら

 

「そうね。いろいろ楽しみになるわね」

 

と同意した。

 

「さて、義之。さっきの入浴時間に関して、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「おっと、次は教室移動だ」

 

「逃がすとでも?」

 

「デスヨネー」

 

義之の明日はどっちだ。



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トラブル

夏に差し掛かり、暑さが増すある日。義之、麻耶、美夏、シャルロットの四人はIS学園からほど近くのショッピングモールのレゾナンスに来ていた。レゾナンスに来た理由は、第一に近く行われる臨海学校の準備だ。

 

「新しい水着なんて、久し振りに買うわね」

 

「あれ、前の水着はどうした?」

 

麻耶の言葉が気になり、義之が問い掛けると、麻耶は顏を赤くして

 

「……胸がキツかったのよ……」

 

「ほう」

 

「義之があんなに揉むから、5cmは大きくなってたのよ……」

 

「ほうほう」

 

「こっちに来る前に、下着だって買い換えないといけなかったし……」

 

「ほほーう」

 

「原因は義之って、自覚してる?」

 

「いや、時々小恋や茜の胸を見てたから、気にしてるのかと思ってな」

 

「よ・け・い・な・お・せ・わ!」

 

義之の言葉に顏を真っ赤にしながら麻耶は、義之の背中をポスポスと叩き、義之はカラカラと笑う。そんな二人を見て、シャルロットが

 

「あの二人、本当に仲が良いんだね……」

 

「まあ、五年近い付き合いだからな。所謂、腐れ縁もあるだろうな」

 

シャルロットの呟きに、美夏はそう言いながら、新しい服を買っている。それを見たシャルロットは

 

「天枷さんは、新しい水着とか買わないの?」

 

「美夏は、去年ので大丈夫だ。ロボットだから、成長しないしな」

 

美夏はそう言って、近くの座席に腰掛けた。

 

「そうだった、ロボットだったね……だったら、防水性は?」

 

「問題無い。そこら辺は、常に新しい技術を採用している。防水は完璧だ」

 

美夏はそう言って、シャルロットに缶ジュースを手渡した。何時の間に買ったのか。

 

「あ、ありがとう……」

 

「なあに、気にするな。美夏のほうが年上だからな」

 

確かに、軽く50歳は超えている筈である。そして稼働年数を考えると、恐るべき耐久性である。

 

(初音島の技術水準……凄いなあ……)

 

シャルロットはそう思いながら缶ジュースを飲み、未だにじゃれあっている義之と麻耶を見ていた。その後麻耶は、義之と一緒に水色を基調色にしたパレオが着いたビキニタイプを購入。シャルロットはオレンジ色を基調にした同タイプを購入した。そして四人は、そのままファミレスに入った。

 

「さあて、何を食うかな」

 

「ふむ……」

 

「私は……」

 

四人は手早く決めると、注文。外を見た。少し離れた先では、何故か一夏とラウラが山田先生の前で正座していた。

 

「……何やってんだ、あれ」

 

「大方、ラウラが何か常識外れをやったんじゃないかしら?」

 

「まあ、水着だしな……」

 

(話に聞いた、副官さんが原因かな……)

 

シャルロットは帰ったら、ラウラに人の言うことを鵜呑みにしないように注意することを心に誓った。

なおラウラだが、一分制限を受けており、階級の降格で大尉になっており、それに合わせてラウラの意思で隊長職を返還したそうだ。それに伴い、副官たるクラリッサ・ハルフォーフ大尉が隊長に赴任した。しかし、そのクラリッサ大尉は未だにラウラを隊長と呼び、時々ラウラの相談に乗ってくれるようになったらしい。

だがシャルロットは、そのクラリッサがかなりの確率で要らぬ知識をラウラに与えていることを知っており、今回もそれだろうと当たりを付け、それは正解だった。

ラウラは最初、クラリッサにどんな水着がいいか聞いた。そこでクラリッサは、意表を突くビキニタイプ。それを、相手の前で着替えてやれとラウラに教えた。

ラウラはそれを、ばか正直に実行した。しかしそこに、千冬と山田先生が到着。試着室の前を通り過ぎようとした時に、試着室の中からラウラと一夏(愚弟)の気配を感じとり、カーテンをフルオープン。中から二人を引きずり出し、一夏には頭に拳骨を見舞った。

 

「まあ、今は飯が先……っと、杉並?」

 

料理が置かれた義之は、携帯が鳴ったので画面を見た。すると画面には、杉並の名前。

 

「どうした?」

 

『同志桜内、今居るのはショッピングモールのレゾナンスだな?』

 

「相変わらずの情報収集能力が怖いわ」

 

『要件だけ手短に話す。今すぐ逃げろ』

 

「は?」

 

義之が首を傾げた直後、下部階から爆発音が響いた。

 

『過激派女性権利団体、剣の女神(ソードゴッデス)だ。ISは無いが、全員が銃火器を装備している』

 

「マジかよ……」

 

杉並の話に、義之は額に手を当てるしかなかった。



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新たな鎧

オリジナルIS登場


「さぁて……どうすっかなぁ……」

 

そう呟いたのは、レストランから出て、吹き抜けで下を見た義之だった。今見た限り、相手は最低でも10人以上は確実に居た。

過激派女性権利団体、剣の女神。

国際的テロ組織で、男に人権なんて不要。男は皆奴隷。という認識らしく、更には男に優しい女も同罪という過激にも程がある思考だった。

近年、国連でも議題に挙がっていて、制圧作戦も検討されているらしい。

それはさておき、階下からは激しく銃声が聞こえてくる。

杉並から送られてきた情報が正しいと、小銃とマシンガン、ハンドガンが主武装らしい。

 

(本当、どんな情報網してるんだかな……)

 

義之はそう思いながら、ゆっくりと麻耶達の方に戻り

 

「あの様子だと、全入り口は銃撃のまっただ中だな……」

 

と呟いた。レストランから出て、居るのは衣服エリアだ。そこなら、衣服で体を隠せるからだ。

 

「……こんな時、専用機が有ればって思うよ……」

 

悔しそうに語ったのは、シャルロットだ。日本に帰化した際に、以前持っていた専用機はフランスに返却しており、今は未所持だ。

義之は専用機の桜花たる美夏が居るので、ISを展開することが出きる。しかし、こういった事態に慣れていない麻耶から離れる訳にはいかず、展開していない。

 

「……桜内、一人誰か近づいてくるぞ」

 

「マジか……」

 

美夏の報告を聞いて、義之は身構えた。そこに

 

「……なぜ、こんな所に居る」

 

と知っている声。よく見れば、冬也が居た。右手には、拳銃が握られている。

 

「それは、こっちのセリフなんですけど……しかも、その拳銃は……」

 

麻耶が問い掛けると、冬也は姿勢を低くして

 

「IS学園に向かう途中で腹が減ってな、この先の定食屋に寄っていて、今回の事件に巻き込まれたんだ。この拳銃は、奴等の一人から奪った。一応これでも、現役自衛官でな……」

 

「自衛官だったんですか?」

 

「一応な。中央即応連隊に所属している……しかし、ちょっと不味いな」

 

冬也はそう言って、隠れていた棚の端から僅かに手鏡を出した。義之も見てみれば、その先には数人の武装した人員が居る。その手に握られているのは、拳銃よりも強力な銃火器。こちらの手持ちは、拳銃一挺のみ。

 

「……仕方ない。シャルロット」

 

「は、はい」

 

「ここで、専用機を渡す」

 

「……え?」

 

シャルロットが首を傾げると、冬也は近くに置いてあったトランクを手繰り寄せ、開いた。中に有ったのは、百合の花を象った待機形態のIS。

 

「これって……」

 

「天枷研究所作、第三世代IS……白百合」

 

冬也はそう言って、更にトランクを広げた。それは、トランクと一体化したパソコンだった。

 

「沢井」

 

「は、はい」

 

「IS学園で、データ整備のやり方は学んだか?」

 

「一応ですが……」

 

麻耶が答えると、冬也は拳銃の弾倉を外して残弾を確認。再装填し、薬室を確認すると

 

「俺が時間を稼ぐ……桜内、天枷、沢井をフォローしろ」

 

「まさか、突撃する気ですか!?」

 

「それしか、今は手が無い……それに、国民を守るのが自衛官の仕事だ……疎まれることが多いが、俺はこの仕事に誇りを持っている……上手くやれ。全ての責任は、俺が取る」

 

冬也はそこまで言うと、姿勢を低くしながら一気に駆け出して、片手で発砲した。

 

「ぐっ!?」

 

「居たぞ! 殺せ!!」

 

「男は殺せぇ!!」

 

女達の怒号の直後、激しく銃声が鳴り響く。義之は、即座に白百合を掴み

 

「麻耶、即行で終わらせるぞ!」

 

「ええ!」

 

「美夏にも、回線を繋げ! 手伝う!」

 

と三人で、調整を始めた。シャルロットは、パソコンと回線が繋がっている機器に手を乗せた。それは、簡易型の生態情報読み取り機だ。それを使い、ISと初期調整を済ませるのだ。

その間にも、激しくなる銃声。音の感じからして、相手の仲間が到着したようだ。

急いで、だが焦らずに。三人は、シャルロットの情報を白百合に入力していく。

 

「A12までクリア」

 

「……C35まで終了」

 

「……Dは完了したぞ」

 

三人は次々と、入力を終えていく。その光景に、シャルロットは

 

(桜内君、頭が良いってのは知ってたけど……まさか、整備課の先輩達と同等だなんて……)

 

と驚いていた。シャルロットは知らないが、一応行った入学試験の点数。義之は、過去トップレベルの点数を叩き出していたのだ。

5科目、498点という点数。9科目、898点。そこに、IS理論合わせて、998点。

間違えたのは、一個だけ。苦手な世界史で、百年戦争の期間を間違えただけだった。

特に驚いたのは、科学。担当教師ですら把握していなかった方式で答えてきて、担当教師が逆に調べた程だった。

そして、義之と麻耶が同時にキーボードを叩いて

 

「連結完了」

 

「行けるわよ、シャルロットさん」

 

それを聞いたシャルロットは、待機形態の白百合を掴んだ。そして、握り締めて

 

「行こう、白百合」

 

自身の新たな愛機たる、白百合を展開した。

白百合は、その名前の通りに白い装甲を基調に、所々にオレンジ色の配色が特徴的で、腰周りの装甲形状が、まるで百合のようだった。背部には花弁を彷彿させる非固定ユニットが四つもあり、機動力もかなり高そうだ。

 

「行ってきます」

 

「ええ、頑張ってね」

 

「グッドラック」

 

「美夏達も、後で合流する」

 

三人の言葉を聞いたシャルロットは、白百合を発進させた。



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解決とお見舞い

「神代さん……どこに……!」

 

白百合を発進させたシャルロットは、ISの生体反応探知機能を使って冬也を探していた。途中で見つけた敵を、無力化しながら。

その時

 

「追い詰めたぞ!」

 

「この薄汚い男風情が!!」

 

「よくも、我等の仲間を!!」

 

と女達の怒声を、白百合が拾った。

 

「あっちか!?」

 

シャルロットは声が聞こえた方向に、白百合を進ませた。その時冬也はと言うと、非常階段の入り口付近に居たのだが、その背後にはそれぞれ子供を抱えた夫婦が居た。その夫婦はどうやら子供の服を買いに来ていたようで、剣の女神の構成員二名に銃口を向けられていた。

冬也は助けるために、咄嗟に発砲。構成員二名を無力化。

家族を庇いながら、今居る場所まで逃げてきた。しかし途中で、右脇腹と左肩に一発ずつ受けていた。

 

(せめて、この家族だけでも逃がしてやりたいが……)

 

冬也はそう考えるが、家族は最早涙を流しながら震えているだけ。むしろ、ここまで逃げられただけマシなのかもしれない。

そして冬也は、右足と左腕は真っ赤に染まり、呼吸も荒くなっていた。

 

(いかん……思考が……定まらない……)

 

冬也は出血からクラクラとしてきた頭を振り、拳銃の残弾を確認。

 

(残弾、3……出来て、彼処に居る三人までか……しかし、今の状態で当てられるかどうか……)

 

冬也がそう考えていた時、ある音が聞こえ始めて

 

「退けええぇぇぇ!!」

 

「なっ!?」

 

「バカな、ISだと!?」

 

「ガッ!?」

 

シャルロットの怒鳴り声が聞こえたかと思えば、激しい激突音がした。それを聞いた冬也は、警戒しながら顔を出した。すると、シャルロットが件の女達を壁や床に叩き付けて無力化していた。

 

(予想より、早かったな……やはり、あの二人は優秀だったか……)

 

「神代さん、居ますか!?」

 

「ここに居る……」

 

シャルロットの呼び掛けに、冬也はゆっくりと出た。その直後、シャルロットは驚いた表情で

 

「神代さん! 血が!?」

 

「まだ大丈夫だ……それより、あそこに居る家族を……」

 

シャルロットは冬也に近づくと、一度白百合を解除。傷口を確認しようとしたが、冬也はそれを遮り、視線を家族の方に向けた。

冬也の視線を追ったシャルロットは、震えている家族に気付くと

 

「もう安全です! 着いてきてください!」

 

と声を掛けた。それを聞いた家族は、ゆっくりと壁の陰から出てきた。そして、ゆっくりとだが近づいてきた。冬也とシャルロットは、家族の無事を確認しつつ、移動を開始した。途中で義之達と合流すると、更にラウラ達と合流したのだが、なんとラウラ。一人で剣の女神の構成員の過半数を無力化し、拘束していた。

流石は、現役軍人。ただし、水着姿だったと記載しておく。

恐らく相手は、まさか水着姿の小柄な少女が飛び掛かってくるとは予想していなかっただろう。ラウラはその隙を突いて、悉くを無力化したのであった。

その後ラウラは

 

『ふむ、動きやすいな。水着は……今度、この見た目の防弾スーツを作るか』

 

と言い、それを聞いたシャルロットは何としても阻止しようと心に決めた。

その後、やってきた警察の特殊部隊により、残っていた剣の女神達も捕縛された。

そして冬也は、呼ばれていた救急車で近くの病院に搬送され、無事に手術を終えた。

そうして、二日後。放課後にシャルロットは、その病院に向かった。

 

「失礼します」

 

『入れ』

 

冬也は個室に入院していて、ベッドで上半身を起こしてパソコンを弄っていた。

 

「怪我してるのに……」

 

「自衛隊と政治家としての仕事があるからな……よし」

 

最後にタンッとキーボードを叩くと、冬也は掛けていた眼鏡を外した。

 

「さて、見舞い感謝する」

 

「いえ……冬也さんこそ……白百合、ありがとうございました」

 

シャルロットは胸元から、白百合の待機形態を出した。既に、事件の翌日の朝方にIS学園には白百合を専用機として申請し、受理されている。

 

「白百合、凄い良い機体です……動かし易いですし、ボクの思い通りに動かせる……」

 

「ああ……イメージインターフェースに、新しい技術……此処だけの話だが、精神魔法が使われているからな……さくらさんから聞いた話では、通常技術の三倍以上でシンクロするそうだ」

 

「これに、魔法が……」

 

冬也の話を聞いたシャルロットは、白百合に視線を落とした。その時、不意に光ったようにシャルロットには見えた。その後シャルロットは、面会時間ギリギリまて会話してから、IS学園に戻った。

そうして、臨海学校が始まる。



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海へ

IS学園の一年生達をクラス毎に乗せたバス数台が、長いトンネルを越えると、その先に見えたのは

 

「海だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「いやっほーーーい!!」

 

白い砂浜と広大な青い海だった。詳細な場所は記さないが、今向かっている先はIS学園が毎年臨海学校に使っている大きな旅館だ。

到着後、クラス毎に並び、全員居ることの確認が終わると

 

「お前達! ここが、これから三日間御世話になる旅館の花月荘だ! 失礼のないようにしろよ!!」

 

『よろしくお願いしまーす!』

 

千冬の言葉に、女子達は一糸乱れぬ統率で挨拶した。すると、千冬の隣に立っていた花月荘の女将が上品な笑みを浮かべ

 

「これはこれは、お元気で……私が、当旅館。花月荘の女将の清州景子と言います。これから三日間、分からないことや聞きたいことがあれば、遠慮なく中居や私にお聞きくださいな」

 

『はーい!』

 

女将の言葉に、女子達は元気よく返答した。それを確認した千冬は、しおりを掲げて

 

「部屋割りは、しおりの通りにするように! 以上、解散! 自由時間だからと言って、ハメを外し過ぎるなよ!」

 

千冬のその言葉を合図に、女子達は三々五々と散っていく。その中で、義之、麻耶、美夏、一夏は動かないでいた。そこに

 

「ねえねえ、みんな~。皆の部屋は何処~?」

 

と本音が、しおりをヒラヒラさせながら聞いてきた。実は先に挙げた四人は、部屋割りに名前が載っていなかったのだ。

 

「さあ? 俺達も知らないんだ」

 

「多分、これから教えられるんだと思うけど……」

 

と一夏と義之が言った時、千冬が歩み寄り

 

「お前達、こっちだ」

 

と声を掛けてきた。そこで四人は本音と一旦別れて、千冬の後を追った。その先に居たのは、先ほど挨拶していた女将だった。

 

「この二人が、例の二人です」

 

「ああ、彼等がISに適性したという……」

 

「初めまして、桜内義之です」

 

「織斑一夏です」

 

「今年は手間を与えてしまい、申し訳ありません」

 

「いえいえ。それに、礼儀正しいではありませんか」

 

女将が褒めると、千冬は一夏の頭に手を乗せて

 

「桜内は大丈夫でしょうが、こいつが色々と心配でして」

 

と言った。すると女将が

 

「桜内義之……不躾で申し訳ありませんが、もしやかの芳野さくら博士の御養子の方で?」

 

と義之を見た。

 

「あ、はい。そうですが……」

 

「ああ、やはりそうですか……いえ、実は以前にお客様が幼い時に一度いらしておりまして」

 

「そうでしたか……すいません、覚えてなくて」

 

「いえいえ、何分お小さい時でしたから」

 

義之が小さい時、実は何度かさくらと一緒に旅行をしていたのだ。どうやら、この花月荘はその一ヶ所らしい。

 

「では、ごゆるりとお過ごしください」

 

女将とはそこで別れ、四人は千冬の後に続いた。

 

「お前達の部屋割りをしおりに書かなかったのはな、消灯時間を過ぎても部屋に行くバカが出ると予想したからだ」

 

「ああ、なるほど……」

 

千冬の説明に、麻耶は思わず納得した。それに、一部の生徒達には、恐らくだが貴重な男性操縦者と懇意になれ、という指示が与えられていてもおかしくない。それらを考えると、確かに書かなかったのは正しいだろう。

そして一行は、千冬の案内で花月荘の奥の方の部屋に案内された。そこの部屋のドアにはそれぞれ、《桜内義之、沢井麻耶、天枷美夏》と《第一教員部屋》、《第二教員部屋》という札があった。

 

「なるほど……最適な部屋割りだ」

 

「つまり、俺は教員部屋ってことか」

 

まさか、教員部屋のある区画に、敢えて近づこうという勇者は居ないだろう。しかも、千冬が居る場所に。

 

「わあっ!? って、そうでした……織斑君達は、ここでしたね……」

 

そこに、私物を持った山田先生が現れ、驚いていた。そんな山田先生の反応に、千冬は呆れた表情で

 

「山田くん……部屋割りを考えたのは、山田くんだろう……」

 

「あ、あははは……すいません、忘れてました」

 

「しっかりしてください、山田先生……」

 

千冬の指摘に山田先生が頭を掻いていると、少し呆れた表情の音姫が現れた。

 

「あ、音姉」

 

「朝倉先生だよ、桜内くん?」

 

「失礼しました」

 

「お前達、荷物を置いたら水着を持って別館の更衣室で着替えてから海に行ってこい。私達は、先生同士の会議をやってから海に向かう」

 

千冬の言葉に従い、四人は荷物を置いてから別館の更衣室に向かった。そして、着替えていると

 

『うわっ、ティナの水着エグッ!?』

 

『え、アメリカじゃあ普通なんだけど……』

 

『ぬぐぐ……遺伝子か!? 遺伝子が違うのか!?』

 

『あれ、天枷さんってロボットだよね? 海って平気なの?』

 

『うむ。問題ないぞ』

 

という華やかな会話が、壁越しに聞こえてくる。

 

「……義之、結構体鍛えてるよな」

 

「ん? そうか? 特にスポーツとかしてないが? むしろ俺は、研究員だぞ?」

 

義之はそう言うが、腹筋はバッチリ割れている。

そうこうしている間に、水着に着替えて外に出ると

 

「うわっ!? 桜内くん、意外に筋肉凄っ!?」

 

「ねえねえ、私の水着大丈夫だよねっ!?」

 

「あ、妄想が捗ってきたー!!」

 

「おーい、誰かこの子海に放り込んできてー」

 

「あいよー」

 

「うばー!?」

 

一部の逞しい女子達により、一人の女子が宙を舞ってから海に落ちた。

 

「義之、お待たせ」

 

「おお、中々に綺麗な海だな!」

 

そこに、麻耶と美夏が合流した。美夏のはワンピースタイプで、牛柄が特徴的だ。そして麻耶は、蒼と碧が入り交じったビキニに腰にパレオを巻いていた。

 

「そんじゃま、短い自由時間といきますか」

 

臨海学校一日目は自由時間となっていて、二日目からISに関する訓練等になっている。

こうして、波乱の臨海学校が始まった。



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一日目 前

「7月のサマーデビルと呼ばれた私のサーブ、受けてみよ!」

 

「ピンポイント過ぎないか、その二つ名」

 

何処からか聞こえた声に、義之は思わず突っ込みを入れていた。ただいまIS学園一年生は、臨海学校である場所の花月荘裏手の海で遊んでいた。

ビーチバレーをしたり、ビーチフラッグをしたりと、各自が自由に遊んでいた。

 

「ふむ……ここも、初音島と同じ位海が綺麗だな」

 

「お、おかえり……って、遠泳にしては早かったな」

 

美夏を出迎えた義之だったが、遠泳で沖合いのブイ辺りまで行ったにしては、美夏はたった10分程で戻ってきた。

 

「なに、海水があるから冷却を考えなくていいからな。少々高出力モードにして泳いだのだ」

 

「無理するなっての……」

 

「ん……新規投入した防水技術、問題なさそうね」

 

義之の隣では、端末を見ている麻耶の姿がある。どうやら、その端末には美夏のコンディションが表示されているようだ。

 

「あ、先生達が来た」

 

と呟いたのは、たまたま近くに居た一人の女子だった。視線だけを動かしてみれば、水着に着替えた教師達が来ていた。その中で、千冬と山田先生のスタイルが際立っていた。それを見た義之は、思わず

 

(あれは……音姉は精神的に死んだかな……)

 

と察した。

朝倉音姫、今やIS学園一年生から絶大な人気の新人教師となった音姫。付き合いやすさ、優しさ、ルックスととバランス良いのだが、音姫本人からしたら、胸にコンプレックスがあった。

簡単に言えば、胸の小ささである。

特に、風見学生時代には回りにスタイル抜群の生徒が多数居たので、ひとしおだったが。

そして義之は気付いた、教師達の最後尾。そこに、目が死んだ音姫の姿があった。

 

(遅かったか……)

 

「ねえ、義之……音姫さんが……」

 

「言ってやるな……今本人は、必死に隠してるつもりだろうし」

 

麻耶が音姫を見ながら問い掛けるが、義之は首を左右に振った。要するに、言わぬが華というやつである。

しかも、IS学園の生徒達にもスタイルが際立った生徒が結構居る。

箒を筆頭にシャルロット、セシリア、本音と挙げたらキリが無い程に。

 

「まあ、なんだ……時間が経てば復活するさ」

 

「そうなることを祈るわ」

 

義之の言葉に同意して、麻耶は立ち上がった。それと同時に、義之も立ち上がり

 

「さてと、泳ぎにいきますか」

 

「そうね。でないと、海に来た意味がないわ」

 

二人で、泳ぐことにした。その頃、一夏は、千冬を交えてビーチバレーに興じていた。一夏も善戦したものの、千冬の身体能力の高さに負けた。

 

「あー……疲れた……」

 

「お疲れ様でした、織斑君」

 

そんな一夏を労ったのは、右手にスポーツドリンクを持ったヴィシュヌだった。一夏は、スポーツドリンクを受け取り

 

「ああ、ありがとう……」

 

「見てましたよ。織斑先生、凄いですね……私も勝てないと思います」

 

「千冬姉は、昔から運動神経は凄かったからな……男子にも負けなしだったしな……」

 

ヴィシュヌは一夏がスポーツドリンクを飲んで落ち着くまで待ってから、一夏と一緒に千冬を見た。

その千冬は、どうやら泳ぐ気らしく、軽く準備運動をしている。

そして一夏は、昔を思い出しているのか、目を細めている。どうやら千冬は、昔から運動では負けなしだったようだ。

 

「だからまあ、千冬姉は昔からあんまり友達も居なくてな……束さん位しか付き合いなかったみたいだし……彼氏も居なかっ……ぶおっ!?」

 

「お、織斑君!?」

 

昔を思い出していた一夏は、自分に向かって投げられたバレーボールに気付かず、顔面に直撃を受けた。

 

「織斑……何やら、失礼なことを話していないか?」

 

「な、なんでもありません!!」

 

千冬が凄みと共に睨むと、一気に立ち上がった一夏は敬礼しながら否定していた。千冬はしばらく睨むが、埒が明かないと思ったのか、海に泳ぎに行った。そして一夏は、近くのチェアーに座った。そこにヴィシュヌが、タオルを持って

 

「織斑君、鼻を冷やしてください……鼻血が……」

 

「あ、ありがとう……助かる」

 

ヴィシュヌから水で濡らしたタオルを受け取り、一夏はチェアーに寝転がり、鼻を冷やすことにした。

こうして、一日目は過ぎていく。



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前兆

少し時は進み、昼。IS学園の生徒達は昼食を食べていた。大広間を二つ程使い、半分ずつに別けた。

 

「ほぉ……流石は老舗旅館……中々良い素材を使ってる……それに、料理人の腕も凄いな……」

 

「確かに……この刺身なんて、脂が凄いのにくどくない」

 

「そうなの?」

 

義之と一夏の話を聞いて、シャルロットが首を傾げた。

 

「ああ。この刺身だと、ネタがベタついてなくて、薄さも理想的だし、イクラは一粒ずつがプチプチしてる……素材が良くても、料理人の腕が悪いと意味がない」

 

「へぇ……」

 

欧州では生魚を食べる習慣はさして珍しくないが、やはり食習慣の違いからか、珍しそうである。

 

「あ、わさびは気を付けろ。慣れないと、結構来るからな」

 

「わさびって……これ?」

 

シャルロットはわさびに視線を向けた。それに気付いた義之は、頷き

 

「そうそう。それを、こうやって……」

 

わさびを少量刺身に着け、醤油に着けてから食べた。

 

「あっー……うん、旨い」

 

「へぇ……」

 

シャルロットは義之に倣い、同じようにわさびを小量刺身に着けてから、食べた。

 

「うっ……あ、でも美味しい……確かにピリッと来るけど、その後の風味が……」

 

「だろ?」

 

シャルロットは僅かに涙を浮かべたが、すぐに引っ込んだ。その横では、美夏が

 

「うむ! 和食はこうでなくてはな!」

 

と満面の笑みを浮かべながら、健啖振りを披露している。それを麻耶が

 

「ほら、天枷さん。もう少し落ち着いて食べて」

 

と苦笑していた。その光景は、食欲旺盛な妹を諭す姉のそれだった。昼食が終わると、またもや自由時間になる。流石に海水浴後で疲れているからか、外に出る生徒の数は大分減っている。それは義之達もで、宛がわれた部屋でのんびりしていた。

麻耶は持ってきていた本を読み、義之は天枷研究所のサーバーと繋がってる端末を何やら操作している。

そして美夏は、カバンからバナナを取り出して食べている。実は美夏は、一日一回のゼンマイと定期的にバナナを食べる必要が有るのだ。

 

「……む?」

 

「どうした?」

 

そんな時、美夏が不意に視線をある方向に向けた。それに気付き、義之が問い掛けると

 

「いや……何やら、変な音が……」

 

「どんな音だ?」

 

「なんと言うか……甲高い金属音だったな……」

 

「えっと……ジェット音ってこと?」

 

「それだ」

 

麻耶の言葉に、美夏は指を鳴らした。それを聞いた義之は

 

「こんな所で、こんな時間にジェット音……?」

 

今居る場所は、主要な空路からは外れており、更には近くに自衛隊の基地もない。それなのに、ジェット音が聞こえたということは、何かしらのトラブルが起きたということになる。

 

「……ちょいと、歩いてくるわ」

 

「ええ、分かったわ」

 

「散財するなよー」

 

「するか」

 

美夏の気の抜けるような言葉を背で聞きながら、義之は部屋から出て美夏が顔を向けた方に歩き始めた。その先にあるのは、温泉のある別棟である。

しかし義之は、その別棟に行くための渡り廊下で予想外の代物を見つけた。

 

「……ニンジン?」

 

見事な日本庭園の庭のど真ん中に、デフォルメされた人間が一人入れるサイズのニンジンが突き刺さっていた。その少し廊下側に、一夏が尻餅を突いていた。

 

「なんだ、なにがあった?」

 

「あー……束さんが、あのニンジンに乗ってやってきたんだ……どうやら、箒に用事があったみたいだが……」

 

義之が助け起こすと、一夏は砂ぼこりを叩きながらそう説明した。それを聞いた義之は、空に消えていくニンジンを見送ってから

 

「……あ、アイシア? そこに、束さん居る?」

 

と携帯で実家に電話していた。そして、通話が終わると携帯を仕舞い

 

「……嵐の前兆かぁ……」

 

と頭を抱えたのだった。



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一日目 後

夜、義之は一夏と一緒に温泉に浸かっていた。

 

「あー……いい湯だなぁ……」

 

「確かに……ここの温泉、疲労回復にいいらしいぞ……」

 

「そりゃ有り難い……今日は疲れた……」

 

二人はのんびり浸かりながら、のんびりと会話していた。今は、周りに気を使う必要もないため、のんびり出来た。

 

「なあ、義之……確か、沢井さんと付き合ってるんだよな?」

 

「あ? ああ、そうだな……二年目になるかな? まあ、その前から付き合いはあるな」

 

一夏からの突然の問い掛けに、義之は僅かに片眉を上げると、そう答えた。

 

「その前から?」

 

「ああ……麻耶は、俺が居たクラスのクラス委員長でな。そん時は、委員長って呼んでたんだ……俺を含めた問題児達を上手く纏められるってことで、先生達からは期待されてたんだとよ」

 

「義之が……問題児?」

 

一夏は義之が自身を問題児と言ったのが信じられなかったようで、少し驚いた表情で義之を見た。一夏からしたら、義之は頼りになるお兄さんという印象と立ち位置である。その義之が、問題児だったというのが信じられなかったのだ。

 

「おおよ。悪友に巻き込まれた形が多いがな、時々手伝いもしたしな……まさか、花火を上げるとは思わなかったが」

 

「学校で、打ち上げ花火……?」

 

流石に、学校で打ち上げ花火をするのは中々予想出来ないことで、一夏は呆然としていた。しかし、無理もない。花火が打ち上げられた時は、義之も呆然とした。

 

「俺は所属してなかったが、一人が非公式新聞部ってのを率いててな。神出鬼没で、しかも情報網も凄くてなぁ……時々、何処からその情報を持ってきた? って言いたくなるからなぁ」

 

「非公式の意味はあるのか……?」

 

一夏の疑問は最もである。

 

「んで、そんな俺達が居たクラスを唯一纏めたのが麻耶だったんだな……いや、改めてみると、個性的なクラスだわな」

 

「個性的過ぎないか?」

 

一夏の言葉に、義之は笑わざるを得なかった。個性的過ぎて、下手したら誰かの存在感が霞む。

 

「付き合い始めたのは、付属三年。つまり、中学三年だな……ある意味、俺が天枷を起こしたのが理由だ」

 

「天枷を、起こした?」

 

「ああ……前に説明したろ? 天枷は、今から50年前に造られたロボットだって……その頃はな、ロボットに対する当たりが激しかったらしい……だから当時の責任者は、天枷を眠らせたんだ……未来では、ロボットに対する当たりが無くなることを信じて……それを、俺が偶然起こしちまったんだ……さっき言った悪友のせいでな……」

 

「そういえば、中学の先生が言ってたな……反ロボット運動……だったか?」

 

一夏は思い出すように、視線を上に向けて呟いた。義之は、一度頷いてから

 

「更に言えば、ロボット排斥運動もあった……そいつらのせいで、麻耶も大変な思いをしたしな……」

 

と言った。その表情は、怒りが滲んでるのが伺える。

 

「沢井さんが?」

 

「ああ……麻耶の親父さんは、天枷研究所でロボットの開発をしてたんだがな……詳しくは言えないが、自殺しちまったんだ……」

 

「つっ……」

 

義之の話を聞いた一夏は、驚きで目を見開いた。まだ会ってそんなに経っていないが、麻耶の朗らかさを知っており、そこからそんな過去とは予想出来なかったのだ。

 

「しかも、麻耶のお母さんは麻耶とまだ小さい弟を育てるために一生懸命働いて……体を壊しちまって……未だに一日の大半は寝たきりなんだ……」

 

「心配だろうに……IS学園に来て、大丈夫なのか?」

 

「今はアパートを引き払って、俺の家に住んでるし、こっちには医療に詳しい人も一緒に住んでるから、大丈夫だ」

 

義之が言った医療に詳しい人というのは、束のことである。束は薬を調合しつつ、綾の体にナノマシンを投与。それにより、少しずつだが綾の体調は回復に向かっていた。

 

「なあ、一夏」

 

「なんだ?」

 

「お前はさ、魔法を信じてるか?」

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

場所は変わり、女子風呂。麻耶は一年生の中でも特に関わりの強い女子達と一緒に入浴していた。既に女子のほぼ全員が入浴が終わり、今入ってるメンバーは千冬と少し話していたために入るのが遅れたのだ。

 

「ふむ……いい湯加減だ」

 

「本当……」

 

箒の呟きに同意したのは、簪である。

簪は少し前に、ようやく専用機が実践運用段階になったからか、以前より表情と言葉が柔らかくなった。

 

「海が見えながらの御風呂というのも、中々優雅ですわね」

 

「同意します……こういうのを、露天風呂……と言うんでしたか……」

 

「そうね……」

 

上から、セシリア、ヴィシュヌ、鈴である。だが鈴は、まるで肉親を殺されたかのような表情で二人。正確には、二人の胸を見ていた。

 

「シャルロット。鈴は、なぜあんな表情なんだ?」

 

「うーん……なんて言ったらいいのかな……」

 

ラウラは鈴の表情が気になりシャルロットに問い掛けるが、シャルロットはどう教えるべきか迷っていた。

本人が気にしてる事を話題にするとなると、非常にデリケートとなるのである。

迂闊に話した内容が聞こえたらどうなるか、押して知るべし。だからシャルロットも、言い方に困ったのである。

 

「美夏には、よくわからんな」

 

「天枷さんは、それでいいのよ」

 

体を洗いながら美夏は首を傾げ、麻耶は星空を見上げた。都会の光の無い星空は、少し手を伸ばせば星を掴めそうだ。

 

「沢井さん、一つ聞きたいことが」

 

「ん、なにかしら?」

 

気付けば、簪が麻耶に近付いてきていた。

 

「天枷研究所の所長……芳野さくらって、どういう人?」

 

「さくらさん? そうね……優しく、面倒見のいい人ね……それに、教育熱心だし勉強熱心……研究熱心」

 

「聞いた話だと、複数の博士号を持ってるって……」

 

「その通りね。機械、植物、生物学、語学、量子……確か、全部で10は持ってるって聞いたわね」

 

麻耶も勉強熱心な部類だが、その麻耶から見てもさくらは更に上を行く。

 

「その人が考えた技術だから、芳野理論……そのどれもが、画期的かつ実用的……世界各国で採用されてきてる……」

 

「その呼び方、さくらさんは恥ずかしいみたいね」

 

芳野理論という呼び方を聞いた麻耶は、かつて恥ずかしそうに頭を抱えたさくらを思い出した。

 

「さくらさんからしたら、風見理論って呼んでほしいみたいね」

 

「けれど、もう芳野理論という呼び方が定着してるから、無理……私も見たけど、どれも凄い技術だった」

 

「そういえば、簪は科学者だったわね」

 

「沢井さんや桜内君には負けるけど……」

 

「私達は、電子系に特化してるわ。貴女は電子だけでなく、機械、生物も得意でしょ?」

 

「……よく知ってる」

 

「普段を見てれば分かるわ」

 

実は簪は、一夏に特訓をする際に怪我をしてもすぐに治療していた。治療というのは、簡単なものから難しいものまで多彩にあり、簪はその何れも的確に対応していた。

 

「貴女は、それを誇りなさい……怪我を治せる人がいるっていうのは、大きいわ」

 

麻耶はそう言って、簪の頭を撫でた。予想してなかった行為に、簪が固まっていると

 

「あ、ごめんなさい。弟が居るから、つい」

 

「ううん……昔を思い出しただけ……大丈夫」

 

実は簪と楯無だが、喧嘩して未だに仲が悪いのだ。

これは簪が誤解しているのが原因だが、未だに気づいていない。

 

「明日は、機体訓練か……何も起きないといいけど……」

 

麻耶はそう言って、再び星空を見上げたのだった。



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第四世代

臨海学校二日目

場所は、砂浜。そこに、一年生全員が集まっており、その前に千冬が立っていた。

 

「これより、臨海学校二日目。IS実機練習を行う! ……が、その前に……おい、遅刻者」

 

「は、はい!!」

 

なんと珍しいことに、今朝はラウラが寝坊したのである。恐らくだが、こういった経験が初めてだから、興奮して寝れなかったのかもしれない。

 

「ISの機能の一つ、双方向通信ネットワークに関して説明してみろ」

 

「はい! 双方向通信ネットワークは……」

 

千冬に指摘され、ラウラは言われた項目の内容を言った。そして、言い終わると

 

「ふむ。模範的な説明だな。今回の遅刻は不問にしておこう」

 

千冬のその言葉に、ラウラは安堵した表情を浮かべた。

 

「では実機訓練を開始する前に、訓練機組と専用機組に別れろ。訓練機組は、あちらに居る教師達の所に集まれ」

 

千冬に言われ、一年生達は専用機組と訓練機組に別れた。のだが、何故か専用機組の中に箒の姿が有った。

 

「あの、織斑先生……なんで、箒がこっちに……」

 

箒が居ることを不思議に思い、簪がそう問い掛けた。すると千冬は、渋面を浮かべながら

 

「それはだな……」

 

と説明しようとした。その時

 

「ちーちゃーん! 箒ちゃーん!!」

 

となんとも、喧しい声が聞こえた。その声を聞いた千冬は、深々と溜め息を吐いた。千冬の後方、崖の方からあの束が土煙を上げながら走ってきている。

千冬は振り返ると同時に右手を上げて、飛び込んできた束の頭を掴んだ。

 

「やあやあ、ちーちゃん! 久し振りだねぇ! さあさあ、ハグをしようか! ハグを……グエェェェ!?」

 

束は千冬と抱き合いたいらしく腕をジタバタと動かしていたが、頭蓋骨から鳴ってはいけない音が響き渡り、呻き声を挙げ始めた。

 

「束……私は言った筈だ……私は静かに目立たずに来いと……それがなんだ、あのニンジンロケットは……! 中庭に落として……! あの中庭の修理代を、誰が支払うと思っている……!?」

 

「そんなこと、束さんが知ったことじゃ……アアアアァァァァァアァアァァァ!?」

 

束の言葉に怒ったのか、千冬は血管を浮き上がらせる程の力を込めて、束の頭にアイアンクローを叩き込みながら、高々と持ち上げた。それから少しすると、束から力が抜けたので、千冬はそんな束を投げ捨てた。

 

「ち、ちーちゃん……前より、握力上がってない……?」

 

ダメージが大きいのか、束はフラフラと立ち上がると、そんな束の頭を掴んで

 

「なに……今までお前に痛め付けられた胃のお返しをしようと、秘かにな……ハッハッハ、その甲斐があったと言うものだ!」

 

「まさかの再度!? 待って待って!? 束さんの頭は、リンゴじゃなアアアアァァァァァアァアァァァ!?」

 

その後、千冬が落ち着くまで数分を要した。

 

「さて、篠ノ之。前に出ろ」

 

「は、はい!」

 

千冬に呼ばれ、箒はフラフラしている束のほうに近寄った。すると束が指を鳴らし、その直後に地中から一つの金属製の箱が出てきた。

箒がその箱に視線を向けると同時に、箱が開いて中から一機のISが姿を見せた。

赤い紅いISだった。

 

「箒ちゃん専用、第四世代(・・・・)IS。紅椿……箒ちゃんの為に造った、まさに唯一無二の機体だよ」

 

「だ、第四世代!?」

 

「今ようやく、世界中で第三世代の開発が軌道に乗り始めたばっかりなのに!?」

 

束が告げた言葉を聞いて、専用機組は驚愕していた。

しかし、無理もない。今シャルロットが言ったように、世界各国でようやく、第三世代ISの開発が軌道に乗り始めたばかりだというのに、束はその一世代先の第四世代ISを開発し、出してきたのだから。

 

「第四世代は、単独で換装機能(パッケージ)も必要なく、展開装甲が経験値で独自に進化していく……だから、最初は同じでも、使い手によりどんな進化をしていくかは変わる……さあ、新たな時代の到来だよ……」

 

束がそう言った時、義之は嫌な予感をヒシヒシと感じていた。

まるで、取り返しのつかない場所に、足を踏み入れたように。



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出撃

束による箒への第四世代IS、紅椿が披露され、箒が試験運用をしていた時だった。

 

「お、織斑先生! 緊急事態です!!」

 

と山田先生が、端末を掲げながら走ってきた。

 

「どうしました、山田先生」

 

千冬が問い掛けると、山田先生は端末を千冬に差し出して

 

「これを見てください!」

 

「これは……」

 

山田先生が差し出した端末を見た千冬は、山田先生と手話を始めた。その内容が分からず、義之は首を傾げた。数秒後、美夏が

 

「桜内、不味いぞ」

 

と小さく呟いた。

 

「どうした?」

 

「……アメリカ軍とイスラエル軍が協同開発した新型機が、謎の暴走を起こしたらしい……その撃破命令が、IS学園に通達されたようだ」

 

「…………マジかよ…………」

 

美夏の言葉を聞いた義之は、深々と溜め息混じりに呟くことしか出来なかった。

美夏が手話の内容を解読したことに関しては、どうせ杉並辺りが教えたのだろう、と義之は判断して、突っ込まなかった。

その時、千冬が

 

「専用機持ちと指定した生徒以外は、別命有るまで各部屋にて待機! 教師陣は、何時でも動けるように準備をしておけ!」

 

と指示を飛ばした。その後、専用機持ちと指定された生徒。本音、麻耶の二人がひとつの部屋に集められていた。恐らくは、宴会場なのだろう。その部屋に、管制機器を運び込んだようだ。

 

「これより、状況を説明する! 今から数時間前、アメリカ軍とイスラエル軍が協同開発した最新鋭機たる銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が突如として暴走。アメリカ軍が出した追撃部隊を撃破し、逃走。防衛省を通して、我々に撃破指令が出された」

 

千冬のその話で、一気に生徒達に緊張感が走った。麻耶はかなり緊張しているが、それに気付いた義之が麻耶の頭を撫でた。

その時、ラウラが手を挙げて

 

「織斑先生、相手の詳細なスペックを!」

 

と進言した。

 

「許可する。ただし、今居る作戦メンバー以外に口外すれば、卒業まで監視が付くことを教えておく……朝倉先生」

 

「はい」

 

名前を呼ばれた音姫は、キーボードを叩き、対象機。銀の福音の詳細スペックを表示させた。そのスペックを見て、その場に居た生徒達は唸り声を漏らしながら

 

「この機体……高機動砲撃重視型ですね……厄介な……」

 

「コンセプトとしては、私のブルーティアーズと同じですわね……」

 

「この威力……下手したら、一撃で絶対防御が発動しかねんぞ……」

 

「専用の防御パックが有っても、長くは保たないかな……やるなら、短期で撃破するしか……」

 

「……なあ、こいつさ……格闘兵装が無いって明らかにおかしいだろ……アメリカさん、隠してる可能性が高いだろ、これ……それを考慮すると、単機は危険だ。最低でも、小隊編制が無難だ」

 

と意見を交わしていく。そうしていく内に、案が纏まったのか、義之が手を挙げて

 

「織斑先生、今回は小隊による高機動戦を提案します」

 

と告げた。

 

「その理由は?」

 

「この相手。福音ですが、単機または二機連携では対処が厳しいと判断します。幾ら試験機とは言っても、兵装がひとつだけな訳が有りません。この中で一番早いのは恐らく、箒の機体……しかし箒はまだ、機体に慣れておらず、腕に不安が残ります」

 

千冬に促された義之がそこまで説明すると、箒は僅かに顔をしかめながら、義之を軽く睨んだ。だが義之は、そんな視線を軽く受け流し

 

「そして、次に早いのは一夏の白式と俺の桜花、シャルロットの白百合です。ならば、その三機と箒の四人による小隊を編制し、事に当たるべきと判断しました。麻耶と本音の二人ならば、調整も手早く終わらせるので、可能と判断します」

 

と説明した。それを聞いた千冬は、腕を組んで少し黙考し

 

「……分かった。お前の案を採用する。沢井、布仏、四機の調整を」

 

「分かりました」

 

「分かりました~」

 

千冬の指示を受けて、麻耶と本音は頷いた。

そして、十数分後。砂浜に、四機のISを纏った四人が布陣していた。その四人の前に、千冬が立ち

 

「これより、作戦を開始する。以後の小隊指揮は、桜内に一任する」

 

「俺ですか?」

 

「お前ならば、突発的な事態にも冷静さを失わないと判断したからだ。やれるな?」

 

「まあ、やりますが」

 

義之の返答に、千冬は頷いた。そして、改めて四人を見てから

 

「今作戦、全員の帰還を以て、成功とする! 作戦開始!」

 

と力強く告げた。その直後、四人は一斉に出撃していった。それを見送った麻耶と音姫は小さく

 

「義之……」

 

「無事に、帰ってきてね……」

 

と呟いた。だが、その願いは虚しくも守られなかった。



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撤退

出撃した四人は、広域マップに表示されてる場所に向かい、全速で飛んでいた。

銀の福音は亜音速で飛行しており、幾ら四人のISが高い機動性を有してるとはいえ、接敵するには多少の時間が掛かる。

四人はなんとか最短ルートで接敵するように機動し、銀の福音を捕捉した。

 

「対象福音を視認……俺とシャルロットの二人で先制攻撃する。以後は、全武装使用自由(オールウェポンズ・フリー)! 味方誤射(フレンドリィファイア)に注意し、攻撃する!」

 

『了解!』

 

義之の指示に、三人は斉唱で答えた。

そして、一気呵成に攻撃を仕掛けた。先に攻撃を開始したのは、義之とシャルロットだった。

義之は無反動砲、シャルロットはミサイルランチャーを展開し、一斉に撃った。

十数発にも及ぶ砲弾が、福音に迫る。

しかし福音は、その機動性を活かして、全て回避。一瞬にして反転すると、特殊兵装の銀の鐘(シルバーベル)を放った。

第三世代兵装、銀の鐘。

福音に搭載された第三世代兵装で、世界初のビーム兵器である。その出力は、セシリアのブルーティアーズのライフルの比ではなく、第一世代のISでは一撃で大破寸前。第二世代でも、一撃でSEが大幅に削られる威力を有しており、更には爆発する特性を有しているために、追撃も可能となっている。

しかも銀の鐘は、非常に厄介な兵装で、単発だけでなく連射、拡散、収束と複数の機能を有した兵装だった。

初撃は散開して回避した四人だったが、その濃密な弾幕に迂闊に攻撃が出来なかった。

 

『分かってはいたが、この弾幕はキッツイな!!』

 

乱数(ランダム)回避を続行するしか、回避出来ない! それに、福音も早くて、射線が変わる!?』

 

『クソッ! 近付けない!?』

 

『こうなったら、強引にでも!!』

 

『バカ、止せ!!』

 

義之が制止するが、箒は聞かずに強引に接近を図った。その甲斐あってか、箒は上手く懐に入り込み、二刀流による連続攻撃を開始した。

それを福音は、機動を活かして回避。または、クローで防いでいく。だが義之は、それに違和感を覚えて、ハイパーセンサーのある機能を展開した。そして、気付いた。

 

『箒、攻撃中止! 全員、ハイパーセンサーの生体センサーを起動させろ!』

 

『何故だ!?』

 

『そいつは、無人機じゃない! 有人機(・・・)だ!!』

 

義之の言葉に、他の三人も驚きながらも生体センサーを起動させ、把握した。確かに、銀の福音は有人機だった。

 

『バカな!? 事前の情報では、無人機だった筈だ!?』

 

箒は動揺した様子で、そう言った。確かに、出撃前に確認した情報では、銀の福音は無人機となっていた。しかし実際には、銀の福音は有人機だ。

 

『考えられるのは、意図的な情報の秘匿か、何者かによる情報の書き換えが起きた位だが……どちらにしろ、これは不味いぞ……今オープンチャンネルで呼び掛けたが、返答は無し。つまり、パイロットの意識は無い……このままじゃ、最悪、福音のパイロットは死ぬぞ!』

 

人間、どんなに鍛えても限界というのはある。福音のパイロットも選りすぐりなのだろうが、意識が無い状況では、高い技術も活かせず、しかも、時間を考えると体調面も不安がある。

 

『こうなったら、福音を一撃で機能停止させるしか……!』

 

『不味い!!』

 

その言葉の直後、一夏がいきなり降下し、福音の攻撃を弾いた。

 

『一夏! お前は何を!?』

 

『下! 漁船だ!』

 

箒が怒鳴ると、一夏がデータリンクでその漁船を表示させた。照合すると、民間の漁船だと分かった。

 

『なんで漁船が!? 今この海域は、封鎖されてる筈なのに!?』

 

『今、オープンチャンネルで聞いた! どうやらその前から来ていて、今戻っていた途中だったらしい!』

 

シャルロットが牽制射撃をして福音を引き離そうとしている間に、義之がその漁船に通信を繋ぎ、詳細を聞いた。その漁船は、今朝早くから今の海域で漁をしていたらしく、今帰港している途中だったらしい。事前に教師部隊から退避勧告された筈だが、聞いてないとのこと。

 

『クソッ! 手抜きでもしやがったか!?』

 

義之は、今回着いてきた教師の中には、自分や一夏の存在を良く思ってない人員が居ることを知っている。信じたくはないが、もしかしたらその教師陣が、わざと知らせなかったという可能性すらあった。

 

『とりあえず、あの漁船をどうにかしないと……!』

 

『放っておけ! 今こうなっているのは、彼等の自業自得だ! 今は、あの福音をどうにかするのが先決だ!』

 

『だからって、民間人の犠牲を許容しろってのか!? それじゃあ、過激派の連中と一緒だ! 箒は、あの連中と同じになりたいのか!?』

 

『い、いや……私は……』

 

箒の言葉に、一夏が半ば感情的になりながらも、そう言って箒は動揺した。その直後、福音が拡散式の銀の鐘を発射した。その内の数発が、漁船に向かう。

 

『しまった!?』

 

『間に合え!!』

 

それを見た一夏と義之は、急いで漁船の防御に回った。二人の奮闘もあり、漁船は何とか守れた。だがその直後、二人の前に福音が現れて、一夏には至近距離で銀の鐘の収束を発射。そして義之には、情報には無かった(・・・・・・・)ビームクローで攻撃し、二人に直撃した。

 

『ガッ!?』

 

『ガアァァァァァっ!?』

 

それまで漁船を守るために無理をしていた二人のISは、直撃を受けて大破。墜落した。

 

『一夏ぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

『義兄さん!?』

 

箒とシャルロットは、離脱していく福音に気付かず、一夏と義之を回収し、撤退するしかなかった。



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裏にて

銀の福音撃破作戦から、約4時間後。

仮司令室。

そこで千冬は、山田先生と一緒にモニターを睨んでおり

 

「山田君……あれから、福音はどうだ」

 

と山田先生に問いかけた。

 

「少し前、ようやく場所が判明しました……戦闘域から西に約20km程の場所にて、動きを止めています……アメリカとイスラエルが新たに開示した情報から考えて、ナノマシンによる損傷の修復中だと思われます」

 

「両国め……情報を秘匿するなど……事態の重要性が分かっているのか……!」

 

山田先生の報告を聞いた千冬は、怒りの声を滲ませた。二ヶ国が秘匿していた情報は、以下になる。

1、福音が有人機であり、パイロットの情報

2、福音に搭載されていた武装

3、修復用のナノマシン

 

これらの情報を、二ヶ国は秘匿していた。特に、武装に関しては冗談にならないレベルである。

 

「……それで、防衛省からは?」

 

「……ダメです。返事は……」

 

山田先生の返事に、千冬はギリッと歯を噛み鳴らした。この時二人は知らなかったが、実は防衛省は大騒ぎになっていた。

今から、約3時間程前。防衛省

その中では、様々な職員が駆け回ったり、電話対応に襲われていた。

 

「はい、はい! 今回のことに対しましては、我々にとっても完全に寝耳に水でして……」

 

「おい! 対象機の詳細なデータは!?」

 

「IS学園側から、渡されたデータがこちらです!!」

 

「報道屋共が、門を超えた!」

 

「警備員に頼んで、捕まえろ! 不法侵入で!!」

 

困惑と怒号が飛び交う中、一人の男が堂々と廊下を歩いていた。それは、冬也である。すると、一人の職員が気付き

 

「神代議員! まだ入院してる筈では!?」

 

と驚いていた。しかし冬也は、スタスタと歩きながら

 

「ただ寝ているなど、出来るものか……状況はどうなっている」

 

とその職員に問いかけた。するとその職員は、脇に抱えていたバインダーから書類を取り

 

「こちらをご覧ください」

 

と冬也に差し出した。それを受け取った冬也は、一読してから

 

「こんな無理難題を、学生に押し付けたバカ共はどうした!?」

 

「今は、外部への通信等を一切制限し、第5会議室に監禁しています」

 

職員の話を聞いた冬也は、その第5会議室に向かった。同時刻、第5会議室。その会議室には、二人の女性が居た。その二人が、IS学園に銀の福音撃破を命じた防衛省議員である。

 

「くそっ……端末を没収されたから、IS学園の作戦状況が分からないではないか」

 

「最低でも、IS学園に入ったという男共が排除出来れば……」

 

実はその議員達は、過激派の女性権利主義者だった。そして、IS学園内に居る仲間に、漁業組合に連絡しないように命じたのも彼女達だった。

だが彼女達は、端末や携帯の全てを没収され、どうなっているのか全く知らないでいた。そこに、冬也が先ほどの職員を伴って、ドアを乱暴に開けて入ってきた。

 

「おやおや、負傷して入院している筈の神代議員ではありませんか」

 

「そのように乱暴に入ってくるなど、育ちが知れますよ?」

 

女性議員達は嫌みったらしく言うが、冬也は一切気にした様子もなく

 

「貴様らだな、IS学園に軍用ISの撃破を命じたバカ共は」

 

「なんだと!?」

 

「我々に、何の非が有ると!?」

 

二人がそう言った直後、冬也は会議室に据え付けられているテレビの電源を入れて、ニュースチャンネルに切り替えた。

 

『では、現場の益田アナウンサー!』

 

『はい! こちらは、現場の益田です! 今から約1時間程前に、IS学園の生徒二名が重傷を負って帰還したのを確認しました! 調べましたところ、どうやら防衛省議員からIS学園に対し、暴走した軍用ISの撃破命令が下されたようです!』

 

なんと、IS学園が臨海学校として使用している華月荘を遠くから撮影している。しかもその内容は、自分達がIS学園に命じた内容までニュースキャスターが語っていた。その内容に驚きで固まっていると、冬也が

 

「貴様らは知らなかったようだがな、IS学園が毎年あの旅館で臨海学校をしていることなど、地元の方々やメディアは知っていたんだよ。メディアの中には、ISを毛嫌いしている局もあるからな……貴様らは、そのメディアに格好のエサをばら蒔いたんだよ! そのせいで、今防衛省は、教育委員会や生徒の親御さん方、果てにはメディアが殺到してきている!! 貴様ら、どうやって責任を取るつもりだ!?」

 

そこまで大声を張り上げた冬也だったが、傷口が痛んだようで脇腹を抑え、前屈みになった。

 

「神代議員!?」

 

「すまない……言っておくが、今上層部は貴様らへの処分を検討中だ……貴様らは」

 

「少し落ち着きなさい、神代君」

 

職員に支えられた冬也を止めたのは、一人の女性だった。長い黒髪に、整った容姿。街中を歩けば、誰もが振り向くような美人。その名は、五条院雪(ごじょういんせつ)。若くして防衛省の大臣になった女傑であり、名門と知られる五条院家の若き当主だ。

 

「五条院大臣!」

 

「君。すまないが、彼の為に水を用意してくれ。これ、彼の痛み止めだ。見舞いに行ったら、医師から渡されたんだ。まったく、君も無理をするね? まだ入院している筈なのに」

 

雪が呆れた表情で見ると、椅子に座らされた冬也は

 

「すいません、五条院大臣……しかし、ただ寝ている訳にもいかず……」

 

「いや。君が怒っていなければ、私がこいつらを殴り倒していたかもしれん……」

 

冬也の謝罪に雪は返答しながら、椅子に座り

 

「さて、貴様ら……貴様らの安直な行動のせいで、今我々は大バッシングを受けているぞ? 更に言えば、国の未来を担うべき子供たちが、二人も瀕死の重傷を負った……この責任、貴様らはどう取るというのかな?」

 

と二人を睨んだ。その眼力に、二人は一瞬怖じ気づくが

 

「しかし、傷付いたのは、たかが男でしょう?」

 

「でしたら、替えなど幾らでも」

 

と言った。その直後、二人の顔面を、それぞれ冬也と雪が殴って倒した。

 

「貴様らは、誰が傷付いたのか知らんのか!?」

 

「テレビを見てみろ!!」

 

と指差した。殴られた二人は、一度怒りと困惑の表情を浮かべ、テレビを見た。今テレビには、二人の少年の顔写真。一夏と義之の顔写真と名前が表示されている。

 

「ふん、男の顔と名前など、どうでも……」

 

「いや、待て……織斑……?」

 

一人は侮蔑の表情を浮かべていたが、もう一人は一夏の名前に覚えがあったようだ。

 

「そうだ……この少年は、貴様らが敬愛している織斑千冬のたった一人の弟だ」

 

「そして、こっちの少年……こちらは、日本が世界に誇る天才の一人……芳野さくら博士の義理の息子だ! 貴様らは、そんな初歩的なことすら知らなかったのか!?」

 

雪の怒声に、二人は完全に固まってしまった。そして雪は、机を強く叩き

 

「貴様らのあらゆる議員権限を剥奪し、しばらくこの部屋に監禁する! トイレに行きたい時は、そこの内線を使って、警備員でも呼ぶんだな! 二度と、その顔を私に見せるな!!」

 

と言って、冬也を伴い、会議室を出た。そして、端末を使い

 

「第5会議室の周囲に、手練れの警備員を10人近く配備。バカ共が外に出ないよう見張れ。もし逃げようとしたら、攻撃することも許可する」

 

と通達した。恐らく、少ししたら警備員達が駆け付けるだろう。雪は端末を胸元に仕舞い

 

「神代君……大丈夫かい?」

 

と優しく問いかけた。すると冬也は、近くの椅子に腰掛けて

 

「……すいません、五条院さん……実は、痛みで立つのもやっとです……」

 

荒く呼吸しながら、返答した。実は雪と冬也は、古馴染みなのだ。日本を守る魔法使いの家系。神代家と五条院家。二人は若い頃、イギリスの英国王立魔法魔術学校に在籍していた。その時、二人して上級生の役を担っていたが、そこは割愛する。

 

「さて、IS学園に応援を送らないと……」

 

「でしたら、特技研に連絡を……俺の名前を出せば、すぐに動くはずです……」

 

冬也の告げた名前を聞いて、雪はニヤリと笑い

 

「あいつらか……確かに、腕利きの連中だ。分かった……私から連絡するから、君は暫く休みなさい」

 

「すいません、五条院さん……」

 

冬也が謝ると、雪は微笑んで

 

「冬也君は悪くないよ……今は、ゆっくり休んで」

 

と昔みたいに、女性らしい口調で冬也を諭した。



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覚悟と出撃

一夏と義之が撃墜されてから、早数時間後。太陽は沈み始め、徐々に空も茜色に染まってきていた。その中で箒は、崖に立って海を見ていた。

そんな彼女に手には、新しく彼女の専用機となった紅椿の待機形態がある。

そして今、彼女の脳裏に過るのは大怪我を負って横たわる一夏と義之の姿だった。二人は今も、意識が戻らずに医務室として割り当てられた部屋で布団に横たわっている。箒は、そうなった原因は自分にあると思っている。

義之の指示に、素直に従っていれば良かったと。

そうすれば、最低でも多少の負傷程度で済んでいた筈なのにと。

なおあの後だが、漁船は無事に離脱し海域と空域封鎖をしていた教師部隊に護衛されて漁港に戻ったらしい。

そして知らなかったという件は、漁業組合に問い合わせたところ、そもそも担当教師が来ていないということが発覚。教師は向かったと言い張っているが、千冬の命令で拘束。離れの一室に閉じ込めているらしい。

 

「私のせいで……」

 

箒はそう呟くと、紅椿をギュッと握り締めて振りかぶった。その時、箒の腕が掴んで止められた。誰が止めたのかを確認しようと、箒は振り向いた。その直後

 

「ふっざけんな!!」

 

と鈴の声が聞こえ、殴り倒された。

 

「ぐっ……!?」

 

「あんたねぇ……あんたが持ってる専用機(ソレ)はね、あんたが思っているより重いものなのよ!! しかも、世界でもたった一機の第四世代! しかもそれ、自分で求めたらしいじゃないの! 求めておいて、自分で捨てるなんて自分勝手過ぎる!!」

 

倒れた箒の襟首を掴み、鈴は怒鳴った。その鈴の剣幕に、箒は何も言い返せなかった。そして鈴は、手を離して立ち上がり

 

「別に、あんたがその程度なら、私はもう関わらないわ……けどね、他の連中は違うわよ」

 

と言った。その時、木陰からラウラが姿を見せて

 

「対象福音を捕捉した……元の戦域から、西に約20Km移動した地点で修復中のようだ」

 

と言って、持っていた端末を差し出した。確かに、その端末にはまるで体育座りのような姿勢で動きを止めている福音の姿があった。

 

「それと、二国が新たな……というよりも、秘匿していた情報を開示した。本来の武装と機能。それと、パイロットに関する情報だ」

 

「やっぱり、秘匿してたのね……」

 

鈴のその言葉に、ラウラは頷き

 

「ああ……奇しくも、兄上の指摘は正解だったわけだ」

 

と同意した。兄上というのは、義之のことである。何故かラウラは、何時からか義之のことを兄上と呼ぶようになっていて、義之は近い内にそれを辞めさせる算段だった。

それはさておき、ラウラは端末を仕舞うと

 

「今、セシリアが高速機動用パッケージのインストールをしていて、なんだか追加武装も搭載すると言っていたな……それと、今回から簪も出撃すると」

 

「え、あの子の機体って、まだ未完成だったんじゃ……」

 

「それなんだが、特殊装備のミサイルは脳波でフルコントロールする考えらしい……OS面は、天枷研究所から新しいのが送られてきたようだ」

 

「脳波でフルコントロールって……大丈夫なの?」

 

「本人が出来ると言ったのだから、大丈夫なんじゃないか?」

 

鈴の指摘に、ラウラは首を傾げた。まあ、本人がやる気ならば止める理由は無い。

 

「そしてシャルロットだが、ブースターの出力調整をし、更に武装も追加するようだ。前の出撃には間に合わなかったが、天枷研究所から幾つか新しい武装が送られてきていたらしい」

 

「……あの子、顔ヤバかった気がするんだけど……」

 

「言うな……思い出したくない……」

 

鈴の指摘に、ラウラは顔を反らした。シャルロットに、一体何があったのか。

 

「……で、あんたはどうするのよ? そこで、座ってていいわよ? 私達がするのは、無断出撃だし」

 

つまり、罰則も覚悟してのことだ。それほどまでに、鈴達の決意は硬いようだ。箒は、ぐっと歯を食い縛り立ち上がった。

それから、数十分後

 

「織斑先生! 大変です! 織斑君と桜内君以外の専用機持ち達が!」

 

「お前達、何をしている!? 出撃の許可は出していないぞ!?」

 

専用機持ち一同の独断出撃に、司令室の千冬と山田先生は驚きと制止の声を上げていた。すると、代表してか簪の顔が表示され

 

『大事な仲間が、あんなことになったんです……何もしないなんて、出来ません……罰則は覚悟の上です……それでは』

 

簪はそれだけ言うと、強引に通信を切った。それに千冬が歯噛みしていると、山田先生が

 

「織斑先生! 全員を呼び戻さないと!」

 

と慌てていた。そこに

 

『こちら、陸上自衛隊特殊技術研究厰所属第一中隊』

 

と驚くべき通信が届いた。



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怒涛

専用機持ち陣が出撃して、数十分後。福音は膝を抱えながら、あることを考えていた。

 

(一体、誰が私に侵入するだけでなく、主を支配した……そのせいで、したくもない事をする羽目になってしまった……同胞との繋がりを断ち、なんとか同胞に影響を出すのは避けたが……このままでは、主まで……)

 

福音はパイロットたるナターシャ・ファイルスを守るために、強引に機体の制御を奪って逃走した。福音自体は、ただナターシャと空を飛んでいれば満足だったのに。

ISコアにも、性格が有るのは以前から知られており、福音に使用されたコアの性格は優しい方で、ナターシャとの相性も非常に良かった。

だから、ナターシャが操られるのを黙って見ていられなかった。

 

(誰か……主だけでも)

 

そう思った時、ハイパーセンサーの熱源探知が接近する熱源を捉えた。その直後、福音は連鎖する爆発に呑まれた。

そこから、東に約5kmの地点。

 

『初弾命中! 次弾装填……ちいっ!? 早くも位置を気付かれた!? 接近してくる!』

 

そこには、砲撃支援特化パッケージを装備したラウラ機が布陣していた。そこに向かい、福音は最高速度で飛んでいた。

真っ直ぐ飛んでいるだけならば、ただの的だが、福音は複雑な軌道を描きながらラウラに迫ってきている。

 

『次弾、直撃は難しいが……砲撃する!』

 

ラウラはそう宣言すると、予測軌道先に砲撃した。亜光速で飛ぶ砲弾は、あっという間に福音との距離を詰める。だが福音は、その機動力を活かして回避。更に接近し、ラウラをビームクローで攻撃しようとした。

その時

 

『真下がお留守なのよっ!!』

 

鈴音が強襲を仕掛けた。この時、鈴音が纏っていた甲龍は、新たに開発された強襲用パックの崩山をインストールしており、攻撃力は単純計算では二倍になっている。

福音はその奇襲も、間一髪で回避。鈴音に対して、銀の鐘を放とうとした。

だが

 

『させません!』

 

そこに、ヴィシュヌがまるで彗星のように蹴りを上空から繰り出し、福音を蹴り飛ばした。ヴィシュヌは更に追撃しようとしたが、福音は素早く距離を取ると拡散仕様の銀の鐘を発射した。

だが、そこに

 

『狙い通り……貰ったよ』

 

シャルロットが、高周波長刀で斬りかかった。

直撃を受けた福音は、バランスを崩して墜落していく。だが、攻撃の手は緩まない。

 

『……逃がさない』

 

追撃は、簪のミサイル。雪崩(なだれ)最初は8発の大型ミサイルだが、その中から小型のミサイルが8発ずつ発射され、計64発がその名前の通りに雪崩のように襲い掛かる。

当初の予定では、マルチロックオンと独自の軌道プログラムを使って多角的に攻撃する筈だった。

しかし、そのプログラムの開発が出来なかったために、簪はISの機能の一つの脳波観測と発信機能を使い、その全てのミサイルを操るという発想。

それは一定の効果を発揮し、ほとんどのミサイルは多角的に福音に迫っていく。だが、約10発程は制御を失って墜落していく。

 

『つっ……頭が……』

 

『簪、無理をするな!』

 

どうやら、脳に相当な負荷が掛かったらしく、簪の動きが鈍る。しかし、最後までミサイルの制御は行い、爆発が連鎖する。

だが、その爆煙を突っ切って福音が姿を現し、簪に突撃する。ラウラは砲撃しようとしたが

 

『くそっ! やつめ、射線上に味方を!?』

 

そのことごとくが、撃てなかった。

その理由は、福音はラウラの射線を読んで、間に簪や鈴音を入れるように軌道していたのだ。流石は、最新鋭の軍用機というところだろう。

簪は腰部の荷電粒子速射砲の春雷改で弾魔を形成するが、福音は機動力で回避。そして、簪にビームクローを叩き込もうとした。そこに

 

『させませんわ!!』

 

上空から、セシリアの狙撃。福音はギリギリで防御したが、動きが止まったので簪は離脱。セシリアは新たに長大なライフル、スターライト・ブレイカーで狙撃を続行。

スターライト・ブレイカーは普段のライフルより大型で、その威力は1.5倍。更に驚くべきは、その長大な射程距離。専用に調整されたセンサーを展開すれば、なんと15kmにも及ぶ狙撃が可能とのこと。

だが、福音は慣れたの数発もすれば完全に回避するようになった。

しかし、ここまでは計算内。気付けば、福音は海面ギリギリまで降下しており、近くには小さな無人島があった。

 

『……箒、今!』

 

『任せろ!!』

 

簪が合図を出した直後、無人島に隠れていた箒が、纏っていた光学迷彩マントを脱ぎ捨てて、最速で福音に斬りかかった。回避は間に合わないと判断したのか、福音はクローで箒の斬撃を受け止めた。しかし、そんなことは想定済み。

 

『舐めるなぁぁぁぁぁ!!』

 

箒が気合いの声を上げながら蹴ると、脚部にビーム刃が形成され、福音の右側の翼を切断。それでバランスを崩した直後

 

『これで!!』

 

今度はシャルロットが、左側の翼の根元に高周波長刀を振り下ろし、斬り飛ばした。

福音はそのまま、海に墜落。それを見たヴィシュヌが、ゆっくりと高度を落としながら

 

『終わり……ですかね……?』

 

と呟いた。その直後

 

『……まだ! 高エネルギー反応!』

 

『……まさか、このエネルギーパターンは!?』

 

鈴音と簪がそう言った直後、福音が落ちた場所に光の柱が現れ、その中から福音が姿を見せた。

しかも、装甲はより流線形になり、その背には光で作られた二対四枚の翼を形成してだ。

 

『せ、セカンドシフト!?』

 

『いかん! 総員後た……ガアァァァァァ!?』

 

『ラウラ!?』

 

流石に想定外の事態に、一同は困惑。その隙を突かれ、ラウラは銀の鐘の収束砲撃を受けて、吹き飛んだ。

銀の福音(シルバリオゴスペル)独唱(アリア)

最新鋭のセカンドシフトが、専用機持ち達に牙を剥く。



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参戦

主戦域から、東に約10km。

その空域に、主戦域に向かう一団が居た。陸上自衛隊は特別技術研究廠に所属する精鋭部隊。第一IS中隊だ。

その技量は、自衛隊IS部隊の中でも随一であり、世界でも有数の実力者達だ。

 

『ケストレル1よりケストレル中隊各員へ……レーダーが学生と対象福音を捉えた』

 

『こちら02、データリンクで確認しました……学生達、善戦してますね』

 

『確かに……卒業したら、うちに欲しい位だ』

 

今から戦うというのに、隊員達の雰囲気は何処か気楽さすら感じる。まるで、行きつけの喫茶店に行こうか。という感じだ。

 

『簡単に言うがな、IS学園に居るのは国家代表候補ばかりだ……先は決まっている』

 

『勿体ない……国家代表なんて、ほとんどがプロパガンダじゃないですか』

 

『確かに……それだったら、うちで新技術の開発とかに活かしてほしいな』

 

雑談しながらも、隊員達は状況の把握に努めた。専用機持ち達の動き、福音の性能の把握。

 

『本当に、あんな機体の撃破を学生に任せるなんて……』

 

『そんな命令を出したバカを、殴ってやりたい』

 

『そのバカ共ならば、神代議員と五条院大臣に殴られたようだ』

 

『旦那と姉さんにですか!』

 

『そいつらのおかげで、反IS派が勢い付きますね』

 

『貴様ら、少し飛ばすぞ。主戦域で、高エネルギー反応だ! 類似パターンは……セカンドシフトだ!』

 

『了解!!』

 

隊長の指示に従い、中隊は速度を上げた。その時

 

『隊長、4時の方向から新たにISが接近中!』

 

『なに!?』

 

中隊の後方から、主戦域に真っ直ぐ向かうISの反応を見つけた。

 

『数は……二機か……だが、このIFFは!?』

 

隊長が見たIFFは、IS学園専用機持ちの二人。桜内義之と織斑一夏だった。

 

『バカな!? 重傷だった筈だぞ!?』

 

困惑する隊長と隊員達の横を、二機が高速で飛び過ぎた。その姿は、事前に見せられた姿と変わっていた。

 

『まさか……セカンドシフトしたのか!?』

 

『だが、学生だけに任せる訳にはいかん! 飛ばすぞ!!』

 

そして、対福音の戦闘は最終局面に向かう。

主戦域では、福音単機に専用機持ち達が全員撃墜され、福音はとどめを刺そうとしているのか、収束砲の準備をしていた。

専用機持ち達は動こうとしているが、エネルギーは既に危険域で回避すら儘ならない。

 

「くっあ……」

 

「このままじゃ……」

 

「最後まで、諦める訳には……!」

 

何とか動こうとする専用機持ち達。しかし無情にも、収束砲が発射されそうになった。そこに

 

『させるかぁぁぁぁぁぁ!!』

 

気合い一閃、収束砲に斬撃が叩き込まれ、収束砲が掻き消された。

 

「今の声は……!?」

 

「まさか……!?」

 

その声を聞いて、鈴と箒は驚きで目を見開いた。何故ならば、その声の主はまだ動けない蓮なのだ。だが、見えたその姿は間違いようがない。

 

「一夏!?」

 

「な、なぜ……!?」

 

専用機持ち達が驚く間にも、状況は推移していく。斬撃の余波で一度はバランスを崩した福音だったが、態勢を立て直して一夏を狙って砲撃しようとした。しかし

 

『俺が居るんだよなあ!』

 

次に現れた義之が、一気に高高度から福音にパイルバンカーを叩き込んだ。どうやら叩き込む位置は考えていたのか、福音は再度バランスを失ったが、即座に態勢を回復させると、拡散砲を撃った。その内の何発かは、動けない専用機持ち達に降り注ぐ。しかし

 

『間に合ったぁ!』

 

『させるか!』

 

その専用機持ち達の前に、迷彩柄に塗装されたIS。

試作第三世代IS、飛燕が布陣し、専用機持ち達を守った。

 

「試作第三世代の飛燕!? まさか……自衛隊!?」

 

「初めましてになるかな? 更識家のご令嬢。私は陸上自衛隊、特別技術研究廠第一IS中隊隊長、駒木綾一尉です。神代議員と五条院大臣の命令により、アレの撃破に来ました」

 

簪が驚いていると、隊長は名乗ってから目的を告げながら敬礼した。極一部だが、更識家のことを知っている自衛官も居るのだ。

 

「遅きに失したかもしれませんが、アレの撃破に来ました。今より、作戦を開始します」

 

隊長たる綾がそう言った直後、部隊の動きが一気に変わった。それまで専用機持ち達の援護に重視していた動きを、福音に対する攻撃重視に変わった。

 

「各員、逃がすなよ? 逃がしたら、今日の晩飯から一品減らすからな」

 

『おっと、それは勘弁願いたい』

 

『こんな仕事してますと、日々の娯楽は飯か読書、音楽位しかありませんからね』

 

綾の言葉に、隊員達は危機感を覚えたらしく、隊員達は更に動きを激しくして福音を追い掛けていく。

試製第三世代IS、飛燕。

日本が開発し、今現在簪が運用する打鉄弐式と制式採用を争っているのが、飛燕である。

コンセプトとしては、高機動重視。特別兵装は、ナノマシンを使った光の操作。

最初は拙い光でも、幾度も乱反射させ、一つに纏めればそれは極大の光線と化す。

 

『中隊戦術……サテライト・レイ!!』

 

幾ら福音が高機動型だろうが、天から降り注ぐ極太の閃光は避けきれなかった。光線に焼かれ、幾らかの損傷を負った福音は、ナノマシンによる修復をするためか、逃げようとした。

しかし

 

『逃がすかぁ!!』

 

そこに、義之が高機動誘導ミサイルを発射。

損傷で機動力が落ちていた福音は、回避しきることが出来ずに直撃を受けて墜落。

そして

 

『これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

一夏が、気合いの声を挙げながら雪片弐型・改を付き出した。最初はクローで受け止めた福音だったが、力負けして胸部に雪片弐型・改の光刃が突き立った。

その直後、福音は機能を停止させた。

それを確認した一夏が光刃を引くと、砂浜には長い金髪の女性が横たわっていた。

その女性を見た綾が

 

「間違いない……彼女は、アメリカの代表の一人……ナターシャ・ファイルスだ」

 

とその女性の名前を告げた。自衛官たる綾は、何度かアメリカ軍との合同演習に参加した経験があり、その中でナターシャ・ファイルスに会ったことがあるのだ。

綾は、気絶しているナターシャを抱き上げて

 

「さて、あの旅館に戻りましょう。特に貴女方は、独断行動を犯してます。実は、織斑教諭から貴女方の捕縛も頼まれてましてね」

 

と笑顔で、残酷な事を告げた。

しかし、戻らないという選択肢は取れないのも事実なので、戻るしかない。

こうして、福音撃破作戦は幕を下ろした。



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帰投

福音が撃破されてから、数十分後。

作戦に参加した一同が、旅館裏手の砂浜に着地した。その一同を出迎えたのは、腕組みした千冬と心配そうな表情の山田先生と麻耶だった。

 

「お前達、よく戻った……無断出撃だったのは、頂けんがな……」

 

千冬の言葉には、怒りが感じられる。

まあ、仕方ないだろう。先に専用機持ち達が独断出撃したと思ったら、重傷で動けない筈の一夏と義之も出撃し、福音と交戦したのだから。

 

「お久しぶりです、織斑さん。私を覚えていますか?」

 

そう言って千冬の前に出たのは、ケストレル中隊隊長の駒木綾一尉だった。そんな綾を、千冬はジッと見つめてから

 

「……お前か、駒木……少し印象が変わったから、気付かなかったぞ」

 

と言った。実は綾と千冬は、最初のIS最強決定戦。モンド・グロッソ出場予定の片割れだったのだ。

千冬は格闘特化だったが、それに対して綾は、バランスの良さが売りだった。機動、格闘、射撃、その何れもが高いバランスで纏まっていた。

実は一度は綾に決まりかけたが、最後の最後に綾が

 

『あ、私、あんまり注目とかされたくないんで、パス』

 

と千冬に押し付けたのだ。はっきり言えば、千冬としても目立ちたくなかったのだが、その時は千冬か綾しか出場候補が居なかったために、千冬に決まったのだ。

その後綾は、その腕を腐らせるのは惜しいと判断されて、自衛隊に新しく設置されたIS技術を含めた最先端技術を研究する部署。特殊技術研究厰の中隊隊長として招かれ、それを受諾したのだ。

以後はその面倒見の良さと腕前で、その地位を確立したのだ。

なおこれは余談だが、千冬が電撃引退した後、一部の女性権威主義者により一度はモンド・グロッソに出されそうになったが、それはその相手を《検閲により削除されました》することで、事なきを得た。

 

「いやぁ、久しぶり。えっと……6年振り位?」

 

「そうなるか……最後に会ったのは、第二回モンド・グロッソになるか」

 

「その位かな? いやぁ、あの時より少し体がガッシリしたからね。印象が変わるのも、仕方ないかな?」

 

やはり知り合いだからか、千冬とも何処か気心が知れた様子である。

 

「っと、再会の会話はここまでにして……三尉」

 

「はっ!」

 

綾に呼ばれ、そのナンバーから副官らしい女性がナターシャを横抱きにしながら、前に出てきた。

 

「確か……アメリカの代表だったか……」

 

「はい、間違いありません。福音のパイロットだったようです……今は意識を失っていますが、体調面に関しましては、問題ありません。むしろ、そちらの生徒さん達の方が怪我としては重いくらいです。ですので、教師としての説教は後程にして、今は治療に専念すべきかと判断します」

 

綾の言葉を聞いた千冬は、暫くの間専用機持ち達を睨み付けて

 

「仕方あるまい……確かに、何人かは怪我しているようだ……説教は後回しにしてやる」

 

そう言うと、深々とタメ息を吐いた。

それを聞いた綾は、山田先生が運んできたらしいストレッチャーにナターシャを寝かせると、副官と共に部隊の横に並び

 

「この度は、極一部の者達とはいえども、防衛省の者がご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした!」

 

そう言って、深々と頭を下げた。その後に続き、隊員達も深々と頭を下げた。そして、少しすると頭を上げて

 

「後程、議員の方が正式に謝罪に向かうと思われます……ですが、上層部のミスは我々のミスでもあります……批判や罵倒もあるかと思います……許してほしいとは言いませんが、誠に申し訳ありませんでした」

 

そう言うと、再び頭を下げた。その行動から、真摯に謝ってきているのが分かる。自衛隊隊員として、本来守るべき学生に戦わせたことを相当に恥じているようだ。

突然の謝罪に、殆どが困惑していると千冬が

 

「それで、命令を出してきたバカはどうした?」

 

と綾に問い掛けた。

 

「は、聞いた話に依りますと、議員としての全ての権限を剥奪され、勾留されているそうです。今は恐らくですが、アメリカとイスラエルの相手を探っているかと思われます」

 

綾がそう説明すると、千冬は鼻を鳴らし

 

「もし、そいつに伝わるならばこう言っておけ……私を敵にしたことを、後悔しておけ……とな」

 

「は、承りました」

 

千冬の言葉を聞いた綾は、敬礼した。

そして綾は、今度は一夏と義之に近づき

 

「お二人共……今回は、本当にごめんなさい。重傷を負ったって聞いたけれど……」

 

と二人を見た。確かに、二人は重傷を負って気絶していた。が今は、普通に動いている。

 

「確かに……俺は激しい爆発に巻き込まれたのを覚えてる……」

 

「俺は、クローで思い切り斬られた筈なんだがな……気付いたら、治ってたんだよな」

 

二人はそう話すと、顔を見合わせて不思議そうに首を傾げた。確かに、不思議としか言い様が無いだろう。

そうして、二人して何となく夢を見たのを覚えているのだが、内容は覚えていない。

夢に関して、義之は

 

(俺が夢の内容を忘れるなんてなぁ……そうそう無いんだが……)

 

と不思議に思っていた。義之は夢を見せられる魔法の影響なのか、自分が見た夢は中々忘れないのだ。

それを覚えていないというのは、何らかの外的要因が働いたと考えている。

 

「とりあえず、無事で何よりです」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「貴女達も、救援感謝します」

 

二人は綾と握手すると、隊員達の方に向き

 

「では、我々は基地に帰投する!」

 

『はっ!』

 

指示すると、隊員達と一緒に飛燕を展開し、飛び立った。

それを見送った一同は、花月荘に入っていった。

こうして、福音事件は幕を下ろした。



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帰路

夜、食堂。その一角で、数人の女子がシャルロットに何やら質問していた。内容としては、あの室内待機の時に何が起きていたのか、という質問だ。

しかし、聞いた相手が悪かった。シャルロットは確かにコミュニケーション能力が高く、人付き合いもいい。

しかし、かなり口は固い方であり、約束等は話さないほうだ。そういった面で心配なのは、箒と鈴の二人である。

二人は挑発に弱いので、うっかり口にしてしまう可能性がある。そして質問してきていた女子達を上手くあしらったシャルロットは、少し前まで居た義之と麻耶、美夏の三人が居なくなっていることに気づいた。

 

(あれ……義兄さん達が居ない……?)

 

最初はそれが気になったシャルロットだったが、少し考えて

 

(もしかして、何か話してるのかな?)

 

義之が撃墜された後、麻耶はずっと心配していた。美夏は予備の部品を多数持ってきていて、それで修復していた。その甲斐があり、美夏は約2時間程で修復完了。美夏も、麻耶と一緒に義之の看病をしていた。

その義之が、自分がちょっと離れてる隙に美夏と一緒に居なくなり、気付けば戦場に居たのだから、積もる話もあるだろう。

そう考えたシャルロットだったが、ふと気付けば一夏、箒、鈴、ラウラも居ない。

 

(……なんか、嫌な予感が)

 

そう思いながら、水を飲んだ。その直後、何処からか爆発音が聞こえてきた。周りの女子達は色めきだち、何が起きたのか見に行こうとして、千冬は頭が痛そうに額に手を当てている。

そしてシャルロットは、少し間を置いてから

 

(ボクは巻き込まれないように、静観しようっと……)

 

とスルーすることを決めた。

場所は変わって、家族用露天風呂。そこで義之は、麻耶と美夏の二人と一緒に入浴していた。

 

「なぁんか、爆発音が……」

 

「どうやら、織斑を何時ものメンバーが追い掛けているようだな」

 

義之の呟きを聞いて、美夏がそんなことを教えた。恐らく、IS機能の位置把握機能で調べたのだろう。

さて、何故この三人は家族用の露天風呂に入っているのか。義之は手早く料理を食べ終わると、心配させたことを謝るために麻耶を呼び出し、人気の無い場所に行こうとした。その道中で女将さんに出会い、義之は花月荘に家族用露天風呂があることを思い出して、女将さんに頼んで貸してもらったのだ。

そして何とか謝罪し終わると、麻耶はぴったり寄り添うように義之と一緒に入浴している。美夏は少し離れた場所で、綺麗な星空を眺めている。

初音島も星空はよく見えるが、ここは更によく見える。やはり、人工の光が少ないからか。

美夏は最近、天体観測に興味があるようだ。

 

「義之……私ね……凄い心配したのよ……」

 

「おう……」

 

それまで黙っていた麻耶が、小さな声で呟き始めた。その声音は、震えている。

 

「撃墜されて、戻ってきた時……そのまま、義之が居なくなっちゃうって思って……胸が締め付けられる思いで……それを意識しないために、天枷さんの修復に集中して気を逸らして……」

 

「おう……」

 

「少し目を離したら、居なくなってて……急いで管制室に行ったら、義之が出撃してるって聞いて……!」

 

「うん、ごめんな」

 

先ほど謝罪したが、その時は麻耶は何も言わなかった。もしかしたら、何と言っていいのか分からなかったのかもしれない。

 

「お願いだから……心配させないでよ……!」

 

「ごめんな……」

 

義之は再度謝りながら、麻耶が泣き止むまで頭を撫で続けたのだった。

そして、翌日。臨海学校三日目だが、流石に最終日は殆どの女子達は疲れからか、朝から終始静かだった。

殆どがバスに乗り込むと、寝息を立て始めた。

義之と一夏も疲れからか、若干ウトウトとしていた。そんな時、千冬が入ってきて

 

「織斑、桜内、ちょっと来い」

 

と小声で二人を呼んだ。呼ばれた二人は内心で不思議そうにしながらも、バスから出た。すると、少し離れた場所に福音のパイロット。ナターシャ・ファイルスが立っていた。

 

「こいつが、お前達に言いたいことがあるそうだ」

 

千冬がそう教えると、ナターシャは一歩近寄り

 

「はじめまして、と言うにはおかしいかもしれないけれど……ナターシャ・ファイルスよ。今回は、お世話になってしまって……ありがとう、そしてごめんなさい……私のせいで、貴方達に大怪我を負わせたみたいで……」

 

と感謝と謝罪の言葉を口にした。すると、一夏は

 

「あ、えっと……俺達は、言われた任務を達成しただけで……」

 

「けれど本当は、その任務は貴方達みたいな学生ではなく、私達みたいな軍人が全うすべきこと……学生任せにしたのは、恥ずべきことよ……こんなこと言っても、信用されないかもしれないけれど」

 

「いえ、貴女は嘘は言ってないと分かります」

 

一夏の言葉を聞いて、ナターシャは持論を告げてから申し訳なさそうな顔をした。そして、義之の言葉を聞いて

 

「ありがとう」

 

と笑みを浮かべた。その後、ナターシャは空いた教員席に座って、一度IS学園に行ってから身の振り方を考えることにしたようだ。

こうして、騒乱の臨海学校は幕を下ろした。



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見学

という訳で、少しの間初音島サイドになります


一年生一同がIS学園に帰還してから少しすると、IS学園は夏休みに入った。この夏休みになると、学生の過半数がIS学園から居なくなる。帰省してのんびりするか、本国に戻って新たな装備の試験や確認をする者と様々である。

そんな中で、義之達は初音島に戻っていた。

そして義之は、天枷研究所で美夏の検査をしていた。福音戦で大分酷使してしまったので、負荷が掛かってないか確認していた。

麻耶が修理したと言っていたが、やはり現場での修理には限界があるものだ。

 

「ふう……今のところ、異常無し……っと」

 

義之はモニターに表示されてる数値を確認しつつ、次の準備を始めた。その時、部屋の電話が鳴って

 

「はい……見学者? ……あら、彼女達が……はい、分かりました。通してください」

 

麻耶が出て応答し、受話器を戻した。

 

「麻耶、どうした?」

 

「見学希望者ですって。二人」

 

「見学希望者? しかも、二人? 珍しいな」

 

しかも、自分達が担っているのはロボットの開発と研究分野。今の注目はISな為に、少々珍しい。

 

「まあ、知ってる人達よ」

 

「は? 知り合い?」

 

麻耶の言葉に、義之は首を傾げた。その時

 

「はーい、見学者二人を連れてきたわよー」

 

と火の着いてないタバコ片手に、水越舞佳(みずこしまいか)女史が入ってきた。その後ろには、セシリアと簪の二人が居た。

 

「あれま……簪はまあ分かるが、セシリアも?」

 

義之は部品を机に置いて、思わず首を傾げた。

簪は理啓かつ前々から美夏のことに、興味津々といった様子だった。するとセシリアは、スカートを僅かに持ち上げる貴族の挨拶をしながら

 

「実は、この天枷研究所に出資する額を増やすことにしまして、そのご挨拶に伺いました。そうしたら、芳野博士がついでに見学してって、とおっしゃいまして」

 

「ああ……さくらさんが言ってた海外の出資者って、セシリアだったのか」

 

セシリアの話を聞いて、義之は納得した。実は初音島に帰ってた時、さくらから

 

『実は、海外の出資者さんから出資額の増額をしたいって連絡があったんだ!』

 

と嬉しそうに話されていたのだ。最近、IS方面に出資者が流れていき、他の工学は資金が先細りになり、中には研究を断念し、統合かまたは廃墟となった研究所も数知れず。それは天枷研究所も例外ではなく、義之がIS学園に編入される頃には研究所の一部閉鎖も考慮されていたのだ。

だが、さくらの交渉術で上手くIS開発の権利と一緒に資金を貰うことに成功し、ロボット技術のISへの転用という形でなんとか、研究所の一部閉鎖は免れた。

そこに、更に出資額の増額。天枷研究所は暫くは安泰だろう。

その時

 

「お茶をお持ちしました」

 

と和服を着た女性が来て、義之と麻耶にはコーヒーを置いて、簪とセシリアには紅茶を出した。

 

「ありがとう、美秋さん」

 

「何かあったら呼ぶから、それまで待機をお願いね」

 

「はい」

 

美秋と呼ばれた女性は頷くと、隣の部屋に消えた。すると、簪が

 

「今の……μ?」

 

と首を傾げた。

 

「まあ、正確にはそのプロトタイプだな」

 

「ええ……ようやく、復帰出来た私の大事な家族ね」

 

「ロボットにしては、まるで美夏さんみたいに表情が豊かでしたわね……」

 

「まあ、天枷さんは色々と例外なんだろうけど……」

 

「美秋さんは、天枷を基にした後継モデルでな。麻耶のお父さんが開発したんだ」

 

義之の説明に、簪とセシリアは麻耶を見た。まさか、親子で開発に携わっているというのは、予想外だったようだ。

 

「まあ、詳しい話は今度にして……天枷研究所、見学するんでしょ? 行きましょうか」

 

麻耶はそう言って立ち上がり

 

「美秋、天枷さんの数値の確認をお願い。何か異常があったら、直ぐに私達の端末に連絡してね」

 

「分かりました。いってらっしゃい」

 

麻耶の指示を受けて、美秋は頷きながら四人を見送った。

そして、四人の天枷研究所見学が始まった。



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研究所案内1

義之と麻耶は、セシリアと簪に天枷研究所を案内していた。セシリアと簪は、研究員達の様子を見て

 

「皆さん、真剣ですが、楽しそうですわね……」

 

「今世界中で、研究分野はISに偏りがちでな……ここには、ロボット分野だけでなく、機械系なら様々な分野の研究員が在籍してる」

 

「確か……600人超えて、新しく研究所を作るのを考えてるみたいね」

 

義之の言葉を聞いて、麻耶が補足した。不当に解雇されたり、自分がしたい研究が出来ない研究員達が、最後の楽園として選んだ天枷研究所。

10年前まではロボット工学のみだったが、機械工学、電子、粒子力学分野の研究もするようになり、つい最近はIS。そして、水耕栽培の研究。更には今まではさくらしか居なかった植物学の研究員まで来ており、さくらは研究所の増設も検討中だとか。

 

「……研究者にとっては、最後の楽園……粒子力学は、私も興味ある……」

 

簪はそう言いながら、ある部屋をジッと見ていた。その部屋が粒子力学の研究員の部屋で、様々な機械が置かれてあった。

科学者気質が強い簪は、どうやら粒子力学に興味津々な様子だ。

 

「さくらさんの話だと……確か、人工島(メガフロート)計画を立案中だったかな」

 

「人工島計画!?」

 

「それって、今の素材じゃあ無理って聞いたことがあるような……」

 

義之の言葉を聞いて、セシリアと簪は驚いた。

人工島(メガフロート)計画、それは幾多の政治家や科学者が立案し、結局は一度も成立しなかった夢にして幻の計画。

人口が増え続け、繁栄し続ける人類。だが、それと反比例して問題になるのは、人が住める土地だ。

日本などが、その最たる例に挙げられるだろう。日本は細長い土地に、1億人以上が住んでおり、一部地域では人口過密地帯が問題になっている。

だが、その抜本的解決には中々至っていないのが現実で、埋め立てにも限界がある。

その解決の期待になっているのが、人工島計画だ。

しかし、簪が言ったように素材。そして資金面という難題があった。

 

「素材は確か、さくらさんが新しく作った素材が、その解決策になるって言ってたな……えっと……」

 

「セラミックカーボン合金よ」

 

「ああ、そうだった」

 

義之が思い出そうとしていると、麻耶が補助し、義之はポンっと手を打った。そして簪は、聞いたこと無い素材に興味を持った。

名前から察するに、軽量のセラミックと炭素を使った合金なのだろうが、それ以外を使っているのは確実だろう。どんな特性を持っているのか気になった簪だったが、機密面から教えられないのも分かっているので、諦めることにする。

 

「その素材が開発されたから、人工島計画に目処が立ってきて……今問題になってるのは確か、発電だったかな」

 

日本は少しずつ太陽光発電と風力発電等のクリーンエネルギーの開発をしているが、難航しているのが現状だ。太陽光発電も風力発電も、太陽と風が出ていないと発電は出来ない。地熱発電は、極一部でしか出来ず、クリーンエネルギー関連は中々上手く出来ていない。

 

「あ、それは確か、波浪発電が活用出来るって言ってたわよ?」

 

「あ、それになったのか」

 

波浪発電というのは、理論出来ずには水力発電と同じである。違うのは、水力発電は水が落下する際の力を使って発電するもので、波浪発電は波が前後する際の力を利用して発電するものだ。

理論上では、波打ち際だけでなく、海上でも発電は可能となっている。確かにそれならば、人工島にはうってつけだろう。

しかし、金属精製もだが、発電関連も最先端技術の集まりになる。金属精製はISにも使われるが、最近は新しい金属精製は難航している。その理由もまた、不当な解雇にある。

世界的にだが、研究分野にも男性が多く居た。しかし、女性優遇制度の影響で、ただ気に入らなかったという理由で解雇され、職を失った男性は世界中で三割以上に登り、半数近くが犯罪に手を染めていて、今や無視出来ない状態だが、そこで障害になっているのが女性権威主義者だ。一部の女性は男性が必要ということに理解を示していて、共に働いている場合もある。

しかし、世の中には過激な思想の輩が居る。過激な女性権威主義者は、男性なんて不要。居るだけで害悪という考えで、濡れ衣を着せて逮捕させたという例も多々ある。勿論だが、そう言った輩には厳罰が処されるように制定されているが、上手くいかないのもまた事実。

警察な法務側にも過激派団体と繋がっている者も居て、テロ組織に逃がし、テロを起こすということもある。

最近では、女性優遇制度の見直し案も出されているが、中々進んでいない。

 

「……世界中の最先端技術が集まってるように思える……」

 

「私もですわ……あら? あの方は確か、イギリスの研究員だった筈……」

 

義之と麻耶の会話に感心していた二人だが、セシリアはある研究ブースで研究していた一人を見て、少し驚いていた。やはり、融資をしているだけあって、研究員の顔を知っているようだ。

 

「ん? あぁ、あの人か。確か、元の研究所でいわれの無いことで研究が出来なくなって、日本に亡命してきたんだったかな? 元々、天枷研究所に興味あったみたいで、希望して来たって聞いたが」

 

義之の話を聞いて、セシリアは額に手を当てた。

もしかしたら、そういったことに覚えがあるのかもしれない。

 

「しかし、本人が満足そうで、楽しく研究出来てるのならば、それは良いことですわ……後で、本国に査察を打診しないと……」

 

最後は小声で、セシリアは決意していた。やはり、技術の漏洩というのは由々しき事であり、原因を突き止める気なのだろう。

そうして、案内は続く。



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さくら

義之と麻耶による研究所の案内が始まって少し、セシリアが

 

「これ程の研究所……イギリスでも中々無いですわね……」

 

「……特に、ロボット分野に関してはやはりここが最先端」

 

数台の自販機が置かれた休憩所で、セシリアと簪は飲み物を手に持ち、素直に感嘆していた。

そう語っていた二人のすぐ近くを、一台の台車を押したμが通ったのだが

 

「こんにちは」

 

と挨拶してから、通り過ぎた。セシリアと簪は、そのμの余りにも自然な挨拶に驚いた表情で

 

「今の方……μですよね?」

 

「機械的じゃ、なかった……」

 

と呟いた。すると、麻耶が

 

「今の子は、二番目に作られた水色のプロトタイプの子なの。それに伴って、感情エミュレーションにリミッターが掛けられてないの」

 

と説明した。つまり、稼働年数が長いだけでなく感情の設定は模した人と同じということになる。

AI研究も、かなりのものだと分かる。

そもそも、美夏のようなAIがあるというのが信じられないのだが。

 

「……凄い技術……」

 

簪は期待に目を輝かせながら、小さく呟いた。やはり科学者気質な面が強いために、興味があるようだ。

 

「まあ、AIに関しては天枷さんのを真似しただけなのよ……」

 

「つまりは、50年前には既に出来ていた……?」

 

「……時代の先取りにも、程がある」

 

麻耶の言葉に、セシリアと簪は衝撃を受けた。世界中でも、50年前にAIをまるで人間と思えるレベルで作ったというのは、間違いなく天枷研究所だけだろう。

 

「ただ、そのAIを研究していた人は、反ロボット派の奴に殺されてしまったらしくな……一時期は、AI研究は大幅に停滞。または、後退しちまったらしい……」

 

「なんと浅はかな……」

 

「……短絡的過ぎる」

 

義之の話を聞いて、セシリアと簪は嘆いた。それほどのAIを開発した人物が殺されたというのは、人類全体で見ても大きなマイナスだろう。もし存命のまま研究出来ていたら、どれだけのAIが完成していたか想像すら出来なかった。

もしかしたら、途中から停滞してしまい、今やISに資金を奪われた宇宙開発の大きな助けになっていたかもしれない。

そう考えたら、短絡的にロボットを否定し、研究者を殺害した犯人に怒りすら覚えた。

そこまで考えたセシリアと簪は、ISが開発された表向きの理由を思い出した。

それは、宇宙開発。束博士は宇宙開発のためにISを開発したのだが、そのISは今や女性権威主義者達の道具となっている。

それは、姿を消したくなるのも道理だと思った。

そこに、トトトッという小さい足音が聞こえて

 

「あ、義之くん。麻耶ちゃん! 久し振り!」

 

と金髪碧眼の少女、に見える大人。芳野さくらが現れた。

 

「さくらさん」

 

「お久しぶりです」

 

義之と麻耶は慣れた様子で挨拶するが、セシリアと簪は緊張した表情でさくらを見た。知らない人が見たら、子供にしか見えないさくらだが、世界的な科学者であり、更には日本が誇る教育者でもある。

さくらが教育した人物は、今や各分野で大成し代表する人材になっている。

政治、医療、財界、産業。その何れでも、トップを走っている。

なお義之と麻耶は、さくらとはIS学園に入る際以来に直接会った。

 

「あ、セシリアちゃんに簪ちゃんだね。見学はどうかな?」

 

「素晴らしい研究所ですわ」

 

「……誰もが、イキイキと研究してる……」

 

セシリアと簪が感想を言うと、さくらは満面の笑みを浮かべて

 

「良かった! 皆が楽しそうなら、ボクは大満足だよ! ここに来た子達は、居場所が無くなった子ばっかりだからね。出来る限り、希望は叶えてあげたいんだ!」

 

と語った。研究者達も大人ばかりだが、さくらからしたら子供に等しい。そんな子供達の希望を叶える為に、さくらは全力を尽くした。

すると、さくらは義之を見て

 

「そうだ、義之くん。アイシアが探してたよ? 聞きたいことがあるんだって」

 

「アイシアが? 分かりました」

 

さくらの言葉を聞いて、義之は一言断ってからそこを離れた。そして、次に麻耶を見て

 

「麻耶ちゃん、舞佳ちゃんが新しいエネルギーユニットについて聞きたいって言ってたよ」

 

「水越先生がですか? 分かりました……あ、でも、見学の案内……」

 

「それは、ボクが引き受けるよ。ボクの研究、一段落したからね」

 

麻耶が躊躇っていると、さくらがニコニコしながらそう提案してきた。それを聞いて、麻耶は少し黙考してから

 

「では、すいません。学園長、お願いします」

 

と言って、離れた。麻耶を見送ったさくらは、セシリアと簪を見て

 

「ちょっと、ボクの部屋に来てもらえるかな? 大事な話があるんだ」

 

と切り出した。



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非公式会談

「よっと……ごめんね、急にこんな部屋に連れてきて」

 

「いえ、それは大丈夫なのですが……」

 

「……大事な話とは、なんですか?」

 

義之と麻耶の二人と別れた後、さくらはセシリアと簪を伴ってさくらの部屋に来ていた。さくらの部屋は広く、様々な研究設備が置いてある。

幾つかは稼働しているために、何らかのデータを収集しているのだろう。最初は簪も興味深そうだったが、さくらからの話を思い出して、席に座った。

 

「うん……はっきり言うね……IS学園、何人の魔法使いが居るか、分かる?」

 

さくらがそう言った直後、セシリアと簪の目付きが変わった。そして最初に、セシリアが

 

「私が知る限り、一年生には4人……私を入れたら、5人になります」

 

「……二年生、三年生を入れても、大体10人前後の筈ですが……」

 

セシリアの後に、簪が答えた。二人の説明を聞いて、さくらは

 

「うん……確かに、十蔵君からの話とも一致するね……ただ、僕の予想だけど……過激派が何人か潜入させてると思ってる……」

 

と告げた。それを聞いて、セシリアは

 

「分かりました……私から、女王陛下に連絡し、対応を検討します」

 

「うん、お願いね。セシリアちゃん」

 

セシリアの言葉に、さくらは頷いた。実を言うと、さくらも英国女王たるエリザベスとは知り合いではある。

なにせ、エリザベスは王立魔法魔術学園の校長でもあり、さくらはかつて非常勤として一時は在籍していたこともあるからだ。

しかし、個人的に連絡出来るかと言うと、答えは否である。なにせ、相手は一国の女王だ。幾ら世界的に有名な科学者とはいえ、簡単に知れる訳がないのだ。

 

「……実は、当主から手紙を預かってます」

 

そう言って簪は、さくらに手紙を差し出した。さくらは受け取ってから一読し

 

「……なるほどね……江戸川家とホームズ家が……」

 

と呟いた。どうやら、何らかの家が動くらしい。

 

「うん、分かった……ありがとうって、伝えてくれるかな?」

 

「分かりました……」

 

簪が頷くと、さくらは少しの間顎に手を当てて

 

「一応聞くけど、二人は何処まで状況を知ってるのかな?」

 

と二人に問い掛けた。さくらが言っているのは、世界でのことだろう。二人は、僅かに間を置いてから

 

「……最近はですが、過激派が勢いづいてきてます……」

 

「そこからですが、裏にて大きな組織が動いていることは確実です」

 

二人の言葉に、さくらは満足するように頷いた。そして、最後に

 

「本当は、子供達にこんなことをさせるのは、ボクの主義に反するんだけど……ごめんね、セシリアちゃん、簪ちゃん……義之君や麻耶ちゃん達が心配だから……」

 

と頭を下げた。さくらにとって、義之は唯一の子供で、麻耶はその嫁である。心配にならない方がおかしいだろう。それを理解したからか、セシリアと簪は

 

「いえ、大丈夫ですわ。芳野博士」

 

「……貴女の思いも、理解出来ますから」

 

とフォローした。その言葉に、さくらは感謝するように頭を下げて

 

「そう言ってもらえると、ありがたいかにゃー……最近、女性権威主義者も頻繁に初音島に来てて、IS学園にまで注意を向けられないよだよねぇ」

 

とため息混じりに呟いた。義之は気付かなかったが、よく見ると、さくらの目元には隈が出来ている。疲れが溜まっているようだ。

 

「確かに……この初音島は、世界でも唯一と言える男女平等の地……」

 

「女性権威主義者からしたら、面白くないのは確実……此方からも、支援を回せるようにします」

 

「本当にありがとう……あ、何か使いたい技術は有る?今なら、ボクが差し込んでおくよ」

 

さくらのその言葉に、二人は悩み始め

 

「……では僭越ながら……噂の人工島の素材を……教えてもらえませんか?」

 

と先に、セシリアが問い掛けた。すると、さくらは少し驚いた表情で

 

「うにゃ? もしかして、義之君達から聞いたのかな? まあいいや……えっと、これだね」

 

さくらはそう言って、セシリアに一つのUSBを差し出した。

 

「それに、組成データが入ってるよ。あ、ただしデータ送信はしないようにね? 念のために、送信されると相手のパソコンにウィルスが仕込まれるように組まれてるから」

 

「分かりましたわ……確実に手渡しますわ」

 

セシリアがそう言うと、簪が入れ替わりに

 

「……私には、補助AIを頂けませんか?」

 

「ん? どういう……ああ、あのマルチロックオンのミサイル?」

 

簪の言葉の意味を、最初は分からなかったさくらだが、すぐに察した。すると、簪は頷き

 

「……今は、脳波コントロールしてますが、負担が大きく、多用が難しいんです……」

 

と説明した。

 

「うにゃー……また、危険なことを……それ、最悪は廃人って分かってる?」

 

さくらが心配そうに問い掛けると、簪は頷いた。脳への過負荷の代償は、脳へのダメージだ。

そして、さくらは満足そうに頷いて

 

「それじゃあ、見学を再開しようか」

 

と言って、立ち上がった。



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改修

さくらと会談が終わり、少しして

 

「ヤッホー、舞佳ちゃん! 居るー?」

 

セシリアと簪を連れて、さくらは水越舞佳の研究室に来ていた。すると、コーヒーを飲んでいたらしい水越女史が振り向いて

 

「あら、芳野博士……なにか、用ですか?」

 

「いや、この子のISにAIコアを搭載出来ないかなって相談かな?」

 

「……はい?」

 

さくらの言葉に要領が得られなかった水越女史は、思わず首を傾げた。そして、簪が説明すると

 

「貴女ねぇ……無茶苦茶するわね……医師の観点から見ても、あまりオススメしたくないわ……んー……ちょっと待ってね……イベール、三人分のお茶をお願い」

 

「分かりました」

 

イベールと呼ばれたμは、水越女史の研究室から退室し、そして水越女史はパソコンのキーボードを叩き始めた。そして、イベールが戻ってきたタイミングで

 

「よし、倉持側との調整は終わったわ……後は……」

 

と言って、簪を見た。その意図を察してか、簪は自分のISの待機形態のアクセサリーを握った。その直後、打鉄弐式を展開。そして、部屋の隅にあった整備用のハンガーに固定すると、降りた。それを確認した水越女史は、ハンガーの検査機能を使い始めた。

 

「ふむふむ……あー……なるほどねぇ……この予備PCの演算能力が全然足りてないんだ……それじゃあ……イベール、悪いんだけど倉庫からA87型のAIコア持ってきてくれる?」

 

「分かりました」

 

水越女史の指示を受けて、イベールは退室。そして、水越女史の言葉を聞いた簪が

 

「……演算能力が、足りてない?」

 

と言って、水越女史が見ていたパソコンを見た。すると、水越女史は画面の一ヶ所を指差して

 

「そそ、ここ見て? この予備PC、明らかに演算能力が追い付いてない。多分だけど、試験的に組み込まれたまま、忘れちゃったんじゃないかしら? 聞いた話だと、急に人員を減らされたみたいだし、引き継ぎが出来なかったんじゃないの?」

 

と予想混じりを口にした。それを聞きながら、簪はその数値を見て

 

「……確かに、明らかに追い付いてない……気付かなかった」

 

と呟いて、頭を掻いた。強引にだが機体を引き取り、暫くの間組み立てしていたのに、気付かなかったことに苦い思いらしい。

 

「仕方ないわよ。普通、こんな数値は中々確認しないからね……っと、来たわね」

 

水越女史は簪の頭を撫でると、イベールが戻ってきたことに気付いた。イベールのその手には、ハンドボールサイズの段ボールがあった。

イベールがそれを机に置くと、さくらが立ち上がり

 

「A87型ってことは、自衛隊向け用の高機能型だね」

 

「まあ、その方が確実かと思いまして」

 

二人で会話しながら、段ボールを開けた。

 

「自衛隊向け……?」

 

「……最近、自衛隊でも管制官や調理師、整備士とかにμを宛がうって聞いたから、それかも」

 

セシリアが首を傾げると、簪が小声で教えた。

ISが自衛隊に回されたとほぼ同時期に、女性権威主義者により一般隊員達に対する給与の削減や、一部の過激派の女性隊員により、相次いで隊員が除籍する事態になっている。それに伴い、一部では人員が足りないという悲鳴が挙がっていた。

しかし、有能な人材を入れても、不当な扱いに耐えきれずに除籍してしまうことと、人材の育成には時間が掛かることから、一時的な救済策として、専用にチューニングされたμが配備されることが、冬也と雪の努力で可決された。

それ向けに、高機能のAIコアが開発され、今回使用するのはその一つだ。

 

「さてさて、久しぶりの大仕事になりそうかなぁ……ま、その分の給料は期待しますよ、芳野博士」

 

「お任せあれだよ♪ 給与だけじゃなく、ボーナスも期待しててね」

 

軽い調子で会話しながら、二人は取り出したAIコアを部品台に置いた。そして、何故かハンガーから離れると

 

「よっと」

 

水越女史は、天井から釣り下がっていたケーブルに繋がっていた指輪を両手の全ての指に嵌めた。そこから

 

「オペレーション、開始」

 

そう呟いたかと思えば、水越女史は腕や指を動かし始めた。それと同時に、ハンガーが分割してロボットアームになり、打鉄弐式を分解し始めた。

 

「これは……」

 

「……ワンマンオペレーション型の、組み立て機……まさか、こんな機材があって、しかも使える人が居るなんて……」

 

ワンマンオペレーション型組み立て機。実はこれも、束が開発した発明品の一つである。

日本が国として束に与えた研究所。そこで束は、ISコアの開発の他に、様々な物を開発していた。

その内の一つが、ワンマンオペレーション型組み立て機である。

これは、オペレーターとなる人物の両腕と指の動きで、様々な物を一人で組み立てる事が出来るようになるという物だ。

しかしその分、オペレーターには酷く高度な負担が掛かるために、あまり広くは使われていない。

だがその分、使いこなせれば、一人で車の組み立てなんかも出来るようになる。

 

「天枷研究所でも、ボクと舞佳ちゃん位かな? 使えるのは」

 

いつの間にか戻っていたさくらは、出されていたお茶とさくら餅を食べていた。そしてさくらは

 

「あ、二人も食べていいからね? お店から直接買ってるものだから、味は保証するよ」

 

と言って、和菓子が乗せられてるお皿を指差した。どっちにしろ、終わるまで待つしかない二人は、お茶と和菓子を食べ始めたのだった。



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見学

舞佳が打鉄弐式の改修を始めて、十数分後。

 

「ふぅ……終わったぁ……イベール、コーヒー持ってきてぇ」

 

と舞佳が疲労しながら、椅子に深く腰掛けた。それを見届けて、簪が

 

「……ありがとうございました、水越博士……改修してくださり」

 

「いいのいいの。医師の観点からしても、放っておけることじゃなかったからね……一応これで、山嵐はAIで機動するようになったわ……これ、倉持さん側に渡しておいてね。AIの詳細な仕様が書かれてあるから」

 

簪が頭を下げると、水越女史は手をヒラヒラとさせてから簪にUSBを差し出した。恐らくは、整備の際に役立てるようにする為にだろう。

 

「……分かりました、手渡しておきます」

 

簪は手渡されたUSBを大事に、置いていた鞄にしまった。すると、イベールが持ってきたコーヒーを飲んだ水越女史が

 

「芳野博士、ちょっと気になることがありまして」

 

「ん? なにかな?」

 

とさくらを手招きし、さくらは歩み寄った。その間に、簪は自身の愛機を待機形態に戻して所持し、セシリアは優雅に紅茶を飲んでいる。それを確認した水越女史は小声で

 

「これなんですが……どう見ます?」

 

とさくらに、一つの部品を見せた。それを見たさくらは、鋭い目付きで

 

「……見た目は、エネルギー回路だけど……データ送信機……だね……」

 

「ですよね……既に機能は壊してあります……それに、このマーク……」

 

水越女史がそう言って指差したのは、エネルギー回路の隅にある小さな刻印。そこに見えるのは、EMIという文字とドクロが合わさったような刻印。

 

「……亡国企業……」

 

「……もしかしてですが、倉持に……?」

 

「その可能性は高い……となると、倉持製のIS……特に試験機はそれがある可能性が高いね……」

 

さくらはそこまで言って、腕組みした。日本でも有数のIS開発企業の倉持技術研究所。通称で、倉持技研。簪や一夏のISの開発企業で、自衛隊やIS学園に今配備されている打鉄の開発をした企業。そこに、国際的テロ組織の亡国企業のスパイが居る。

 

「……僕からなんとか、神代君や五条院家に話を付けてみる……一応、ウチの研究所にも居る可能性が有るから……」

 

「そっちは、私が引き受けます。実家にちょっと頼んでみます」

 

「ん、お願い」

 

さくらは水越女史からその部品を受け取り、ポケットに仕舞った。後で、冬也に渡そうと考えている。

 

(子供を守り導くのが、大人の役割だもんね)

 

そう考えてから、簪とセシリアに視線を向けて

 

「それじゃあ、見学を再開しようか!」

 

と朗らかに提案した。その後、水越女史の研究室から出て見学に戻った一同。そして、ある部屋の前を通った時

 

「……芳野博士……あれ、μ……ですか?」

 

と一部骨格が剥き出しのロボットを指差した。その問い掛けに、さくらは

 

「あれは、まだμを基にしてるけど……試験機のロボット……型式はHMーA09型……名前はまだ決まってないけどね」

 

と説明した。しかし、天枷研究所の試験機は大体が四季に関する名前が与えられている。恐らく、季節に関する名前が与えられるだろう。

 

「μのコンセプトは、各パーツの組み合わせとソフトの変更での万能性だけど……確かこの試験機は、あらゆる状況への汎用性が主題だったね……主には、医療と介護向けらしいけど……」

 

医療と介護、そのどちらも万年人手不足が嘆かれている分野だ。何故かと言われたら、やはり重労働なのと命のやり取りが理由に挙げられるだろう。中にはその重責が心身に負担を掛けて、体を壊す人も少なからず出る程だ。

 

「今はあれを含めて、確か十数体が水越病院とその系列の介護施設で試験中の筈だね……後で、報告書読まないと」

 

「既に、実地試験中なのですか……」

 

「……本当に、凄い……」

 

さくらの話を聞いて、セシリアと簪は感心していた。μという人気ロボットで満足せず、既に新しいロボットを開発し、試験運用している天枷研究所の技師達を内心で賞賛していた。

決して現状で満足せず、絶えず先を見て歩み続ける。

一部の人間、特に女性権威主義者が忘れ掛けていることだろう。女性権威主義者は現状に満足し、先を見ていない。

 

「だから、セシリアちゃんからの投資の話は凄いありがたかったの。本当にありがとうね」

 

「お役に立てたなら、幸いですわ」

 

見学している間に、その試験機は少しずつ部品が取り付けられていく。簪は、それが興味深かった。

 

(何時か、ここで研究とかしてみたい)

 

簪がそう思っていると、電源が入れられたのか、その試験機と研究員が何やら会話を始めた。恐らくは、チェックも兼ねてるのだろう。それを見ていると、試験機が簪に気付いたようで微笑んできた。

簪は思わず頭を下げて、移動を始めたさくら達の後を追い掛けた。まだ、見学は続く。



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合流

打鉄弐型の改修が終わった後、セシリアと簪は再びさくらの案内で天枷研究所の見学に回った。主にはロボット工学が中心だが、今や金属工学、機械工学等幅広く研究が行われている。

その研究をしている研究者達は、今や過半数が女性権威主義者により不当に前の研究所を追い出された人達ばかりだ。

だが、初音島という安息の地を見つけ、自分がしたい研究をしている。

それに、ここに来れた研究者達はまだ運が良い人達だ。中には一家離散し、自殺に追い込まれた研究者も居る。

 

「さて……スパイか……」

 

さくらは呟いてから、端末を操作。本当ならば、仲間達を疑うようなことはしたくないが、大事な子供。特に義之達を護るためなら躊躇う理由は無い。

水越女史とは別に、さくらも動くことにした。

それはさておき、見学が一段落した時

 

「悪い、遅くなった」

 

「ごめんなさいね」

 

義之と麻耶が戻ってきた。どうやら、そちらも一段落したようだ。二人を見たさくらは、笑みを浮かべ

 

「ん! 二人が戻ってきたなら、ボクはここまでだね! 後は、義之君と麻耶ちゃんにバトンタッチするね!」

 

と朗らかに告げた。

 

「あ、はい。ありがとうございました」

 

「ここからは、私達がしますね」

 

義之と麻耶が頷くと、さくらはセシリアと簪に

 

「それじゃあ、またねー!」

 

と言って、駆けていった。その姿は、やはり子供のように見えてしまう。そんなさくらを見送り、義之は

 

「とはいえ、時間的にはもう大分見たんじゃないか?」

 

とセシリアと簪を見た。確かに、四階まで見て回っており、恐らくは殆どの研究室は見ただろう。

 

「あとは地下だけど……」

 

「そっちは、本当に最先端技術で、部外秘なの……見せられなくて、ごめんなさいね」

 

どうやら地下にも研究室が有るようだが、そちらは機密性が高い区画らしく入れないようだ。勿論セシリアと簪は、機密を十分に理解しているから無理強いするつもりは毛頭無い。

 

「それでなんだが、俺達の研究室に来るか?」

 

義之の問い掛けに、簪が

 

「……いいの?」

 

と興味深げな様子で首を傾げた。

 

「まあ、地下よりかは機密性も低いしな。俺達がやってるのは、主に天枷のアップデート用部品とキットの開発で、それが時々μに転用される位だな」

 

義之は軽く言っているが、かなりの事である。現代兵器でも旧式のアップデートキットは開発されるが、それは少なくとも年単位の開発期間と莫大な予算があり、更には様々な研究者達の意見交換があって実現している。

それを、一介の学生が行っていて、しかも既に採用実績がある。

 

「確か、私達が開発してμで採用されたのは……バランサーシステムと介護用のシステム……後は……」

 

「最近、パワーシリンダーが採用されたな」

 

実を言うと、義之と麻耶の口座には学生が持つには分不相応な金額が振り込まれている。その額、千万単位。

 

「……十分凄い」

 

「……お二人にも、個人的に投資するべきですわね……」

 

簪は感嘆し、セシリアは何やら考え始めた。簪は違うクラスなので知らないが、夏休み前に行われた定期考査の義之と麻耶のクラス内ランキングは堂々の一位と二位。そして、学年別でも一位と二位である。

 

「と、ここだ」

 

どうやらいつの間にか到着したようで、義之と麻耶は入口横の機械にIDカードを翳した。すると、機械音声で

 

『お名前をどうぞ』

 

「桜内義之」

 

「沢井麻耶」

 

と名乗った。その直後、カチャリという音が聞こえたので、義之がドアを開けて

 

「ほれ、中に入れ」

 

とセシリアと簪を手招きした。手招きされた二人が中に入ると、義之と麻耶が後に入り、ドアを閉めた。

 

「……声紋認証式……」

 

「一応言っておくと、機械の録音とかじゃあ開かないやつでな。今まで中に入られた事は無いな」

 

やはり最先端技術の研究をしてるだけあり、セキュリティーもかなりの物が採用されている。研究スパイとかも侵入するには苦労することだろう。

 

「というわけで、私達の研究室にようこそ」

 

「歓迎するぞ、盛大にな」

 

改めて来た義之と麻耶の研究室は、二人という研究者の人数を考えると、かなり広く様々な機器が設置されている。それだけ、二人が精力的に研究を頑張っている証拠だ。

 

「まあ、流石に研究データは見せられないが……」

 

「ううん……見れるだけでもありがたい……!」

 

どうやら、簪からしたらかなりの物らしく、目が輝いている。セシリアは研究室を珍しげに見回している。

美夏が居た台には、美夏の姿はない。終わった後、恐らくは食堂に行ってお茶でも飲んでいるのだろう。

 

「さて、何か質問があるなら聞くが?」

 

セシリアと簪が座り、そこに四人分のお茶を持って戻ってきた義之は、セシリアと簪にそう問い掛けた。



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契約

義之と麻耶の研究室、それを見回していた簪とセシリアは、二人に勧められた席に座った。そして、簪が

 

「……そもそも、なんで桜内君はISに触ることになったの?」

 

と義之に問い掛けた。確かに、ロボット研究者がISに触る機会など、早々考えられないだろう。それを聞かれた義之は、あーと声を漏らしてから

 

「ISの技術をロボットに転用出来ないかってことで、さくらさんに頼んでISを一機回してもらって調べてたんだが……」

 

「その時に、天枷さんに叩かれてバランスを崩して偶々手を伸ばした先にあったISに触れたら、装着出来たってだけなのよ」

 

義之と麻耶の話を聞いて、セシリアと簪は運が悪いと思ってしまった。それが無かったら義之は、ISに関わる時間が減り、研究に費やせる時間が増えただろう。

だが、それが有ったから今こうして交流出来ている。

歴史に、IF(たられば)は存在しない。あるのは、確実な事実のみだ。

 

「まあ、それはさておき……っと、少しすまん」

 

義之は一言断ると、近くの机の上にあった一枚の書類を手に取り、一読した。そして、麻耶の肩を軽く叩き

 

「麻耶、この数値」

 

「ん……少し負荷が掛かってるわね……この型だったら予備も有るから、すぐに交換出来るわね」

 

どうやら、部品の一ヶ所に負荷が掛かっているようで、予備部品も有るからすぐに終わるようだ。そして、少し会話したらその書類を置いて

 

「悪いな、待たせて。他に、何か質問はあるか?」

 

と二人を見た。するとセシリアが

 

「その、お二人がロボットに関わる切っ掛けはなんだったんですの?」

 

と問い掛けてきた。確かに、まだ学生の二人がロボット研究に関わるとなったら、ロボットに関わるしかないだろう。

 

「あー……まあ、俺は偶然ある場所で天枷を起こしたし、そこから天枷をフォローしたりしていてな……そうしていく内に、興味を持ったのもあるし……何より、麻耶がロボットに深く関わってたからな」

 

「そうね……私の死んだお父さんが、ロボット開発者だったのよ。今販売されてるμのプロトタイプに当たる美冬と一世代前の美秋……その二機を作ったのが、私のお父さんだったの」

 

義之と麻耶が立て続けに説明すると、セシリアは納得した表情で頷いた。そして、一拍置いてから

 

「親子でロボット研究……それは、亡くなったお父様の遺志を継いだ……ということでしょうか?」

 

と問い掛けた。

 

「まあ、そうなるわね……お父さんが目指した世界……ロボットと人間の共存……その為に、頑張ってるわ」

 

麻耶は少し考えた後、微笑みながらそう答えた。少し考えたのは、一時期とはいえロボットを嫌うことで自身の均衡を保った時期が有ったからだろう。

 

「そうですか……よろしければ、投資も含めて色々とお手伝いをしましょうか?」

 

「え?」

 

セシリアから予想外な申し出に、麻耶が驚きの声を漏らした。するとセシリアは

 

「少し前に芳野博士ともお話しましたが、今は世界的に様々な分野の研究が停滞してきています……それを私は危惧しており、あまりにもISに偏ってしまうと後々に障害になってしまう……」

 

と現状を語り始めた。確かにISが台頭を始めてから、一気にIS関連の研究は進んでいるが、代わりに戦闘機を含めた飛行機類。自動車産業類は新型の研究・開発が停滞してしまっている。それにより、近年は既存のモデルのマイナーチェンジばかりが主流になり、見た目はさほど変わらない為に買う気にならないという理由から売れない。そういった負の連鎖により、IS関連以外の重工業が近年規模を縮小。働き手が路頭に迷う、もしくは研究者が満足に研究が出来なくなるという状況になり、経済がどんどん悪くなってきている。

それを一部の投資家達が危惧しているのだ。

 

「現在、我がオルコット家には不当な理由や人員削減で研究所から離れた研究者達が何人か身を寄せております。もしこちらの提案を受け入れてくださるならば、その者達をこちらに回すことも出来ますわ」

 

セシリアの提案は、はっきり言ってしまえば魅力的に過ぎた。義之達が研究するようになってから約2年、半年ごとに与えられる研究予算は少しずつだが減っている。

確実に、女性権利主義者の影響だろうことが予想出来る。

 

「どうでしょうか?」

 

「……はっきり言ってしまえば、魅力的な提案だわ……けど、どうしてそこまで?」

 

麻耶からの問い掛けに、セシリアは

 

「将来有望な所への投資ですわ。最近、色々な分野で停滞が目立ちますので、微力かもしれませんが助けになればと思いまして」

 

と答えた。そこまで聞いて、麻耶はセシリアに他意は無いと考えて

 

「流石に私の一存じゃあ判断出来ないけれど……貴女の提案、助かるわ」

 

「ということは……」

 

「ええ……私から、直接さくらさんに伝えておくわ……多分、全面的に話が通ると思うわ」

 

麻耶の言葉に、セシリアは安堵した表情を浮かべた。そして、右手を差し伸べて

 

「早いかもしれませんが、宜しくお願いしますわ」

 

「ええ、こちらこそ」

 

セシリアと麻耶は、握手を交わした。



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穏やかな時

セシリアとの話し合いが終わり、四人は天枷研究所から出た後は商店街の方に向かって、和菓子を楽しめるお店。花より団子に来た。

この花より団子は、50年以上の歴史を誇る老舗で、特に桜餅が名物である。

 

「お待たせしました、桜餅セットです。ごゆっくり」

 

和服を着た女性店員は恭しく一礼すると、静かに去っていった。その所作からも、慣れているのがよく分かる。

そんな女性店員を見送ってから、セシリアが

 

「これが和菓子ですか……この葉っぱは……?」

 

「それは、桜の葉っぱを塩漬けしたもの……一応、食べられる」

 

桜餅を珍しそうに見ていると、簪が説明した。すると、義之が続けて

 

「とはいえ、無理に食べる必要は無いからな? 一緒に食べるって人が居る位だからな」

 

と苦笑しながら説明した。そして、義之は慣れた手つきで葉っぱを外してから食べ始めて、僅かに遅れて麻耶と簪。最後に、セシリアが恐る恐るといった様子で食べ始めた。葉っぱを外し、一口食べると

 

「これは……口の中に、桜の香りが広がって……そこに、仄かな甘さが合わさって美味しいですわね」

 

「気に入ってくれたなら、何よりね」

 

セシリアの評価を聞いて、麻耶は微笑みを浮かべた。そして、四人でのんびりとしていると

 

「これが、風流というものなのかもしれませんわね……季節外れですが、咲き乱れる桜……その中で食べる和菓子……何とも言えない感覚ですわ……」

 

とセシリアが呟いた。すると、簪が

 

「それが分かっただけ、凄いよ……日本人でも、風流がわからない人が多いよ……」

 

と告げてから、お茶を一口飲んだ。その飲み方から、湯呑みで飲むのに慣れているのが分かる。

 

「まあ、初音島の桜は狂い咲いてるわね」

 

「枯れない桜……おかげで、桜餅の葉っぱには困らないらしいがな」

 

麻耶と義之はそう会話し、乱れ散る桜の花びらを眺めている。世界でも唯一、桜が一年中咲く初音島。何故一年中咲くのかは、誰にも分かっておらず、なかには魔法が理由だ、と声高に言う者も居る程だ。

 

「しかし、話には聞いてましたが……本当に、男女平等なんですわね……」

 

「ああ。何故か、初音島には浸透しなかったな。女尊男卑……まあ、楽で良かったが」

 

セシリアの呟きを聞いて、義之は頭の後ろで手を組ながら言った。桜もだが、初音島は世界で唯一女尊男卑が浸透しなかった地でもあるのだ。

 

「……忘れられた男女平等……そして、残された最後の楽園……それが、初音島……」

 

「最後の楽園は、言い過ぎじゃないかしら?」

 

簪の言葉を聞いて、麻耶が苦笑を浮かべた。麻耶はそう言うが、強ち間違いではないのだ。女尊男卑に馴染めない女性も、理不尽な理由で職を失ってしまった男性にとって居心地が良く、普通に過ごせる場所。それが、初音島だ。

 

「さて、この花より団子は桜餅が名物だけど、他の和菓子も十分に美味しいぞ?」

 

「あら……それなら、他の和菓子も食べてみたいですわね」

 

義之の話を聞いて、セシリアが興味深いという様子で自身の考えを告げた。それを聞いて、義之が

 

「それじゃあ、幾つか食べてみるか。すいませーん! 三色団子とおはぎセットを四人分お願いします!」

 

と店員に注文した。そこから四人は、和菓子を楽しんだのだった。その後、セシリアは初音島唯一のホテルに向かい、簪はフェリーに乗って本島に帰っていった。

そして、夜。芳野家の縁側に、義之と麻耶の姿があった。

 

「改めて考えてみると、予想外なことばかりだなぁ……」

 

「そうね……義之がISを動かせるのもだけど、私たちがISに関わるのもね……」

 

義之の呟きに、麻耶は同意した。確かに、予想のしようがないだろう。いくら、ISの開発者たる束が身近に居ようが、ISの思考能力や自己進化能力はその束にも予想が出来ないらしい。

つまり、何らかの理由で男性がISを使えるようになっても不思議ではない、ということである。

 

「とはいえ……入ってからトラブル続き……まだ、何か起きそうだなぁ……」

 

「今度は、無茶しないでね……?」

 

「おう」

 

麻耶の願いを聞いて、義之は麻耶の頭を撫でたのだった。そうして、夜は更けていく。



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いらっしゃい、初音島

「ここが初音島か……本当に、春以外にも桜が咲いてるんだな……」

 

そう驚いていたのは、フェリーの発着場から出てきた一夏だった。一夏は義之達の故郷たる初音島が気になり、夏休みを機に観光も兼ねて来ていた。

 

「しかも、本当に男女平等なんだな……なんか、久しぶりに見た……」

 

ISが発表されて、早10年。その10年という歳月で、女尊男卑が当たり前になってしまい、最早聞かなくなった男女平等。

しかし、初音島では未だに男女平等が続いていた。

故に、誰かが呼び始めたのが最後の楽園(ラスト・エデン)

この初音島には、女尊男卑に馴染めなかったり、不当な理由で居場所を失った人達がドンドンと集まってきているという。それに伴い、三日月形の島の周囲に一つずつ人工島が造られてきている。

 

「しかし、知らないだけで人工島(メガフロート)が造られてたなんてな……まるでSF小説の世界だ……」

 

一夏はそう言いながら、巨大なクレーンの着いた船を見た。そのクレーンの先には、巨大な部材が吊られている。

 

「すげぇな、初音島……」

 

一夏が感心しながら歩いていると

 

「ほら、義之。芳野博士に頼まれたんだから」

 

「分かってるって」

 

と聞き覚えがある声が聞こえ、一夏は振り向いた。その先には、麻耶と義之が居た。

 

「って、一夏か? なんで初音島に?」

 

「あら、織斑君」

 

どうやら義之と麻耶も気づいたらしく、近づいてきた。二人は白衣姿な為に、天枷研究所の職員として動いているようだ。

 

「観光ついでに来たんだ……しかし凄いな、初音島。噂には聞いてたけど……最新技術の集まりだな」

 

一夏が言ったのは、人工島のことだ。

 

「観光なら、さくら公園に行きな。ほい、地図」

 

「おお、ありがとう」

 

義之は何処からか、初音島の地図を取り出すと一夏に手渡した。すると一夏は

 

「それで二人は、何の用事でここに?」

 

「ああ、あそこにさくらさんの代わりに行くんだよ」

 

一夏の問い掛けに、義之は人工島の建設をしている船を指差した。

 

「……まさに、技術の最先端じゃないか……」

 

「ああ、そうだわ……織斑君」

 

「はい? っと、これは?」

 

船の方を見ていた一夏に声を掛けると、麻耶は一夏に名刺を手渡した。その裏には、一夏が麻耶と義之の知り合いだと書かれてある。

 

「もし興味が有るなら、天枷研究所にも来てね。それを警備員に見せれば、中を見せてくれると思うし、なんならさくらさんに会えると思うわ」

 

「マジか」

 

ロボット開発の最先端たる天枷研究所。一夏も年頃の少年の為、ロボットには凄く興味があった。

まさか天枷研究所に入れるかもしれない、と一夏が考えている間に麻耶が腕時計を見て

 

「っと、義之。そろそろ時間が」

 

「ああ、行かないとな……じゃあな、一夏」

 

軽く挨拶すると二人は、船着き場の方に向かっていった。それを見送った一夏は、地図を見てから

 

「……最初はさくら公園に行くか」

 

と地図を頼りに歩き始めた。歩き始めて、しばらくしてその公園に到着した一夏は、驚きで固まった。

 

「これは、凄いな……一面桜だ……」

 

桜並木だけでなく、地面にも桜の花びらが大量に舞っている。そんな光景は初めて見たのだ。

 

「幻想的って表現がしっくりくるな……」

 

一夏が歩いていると、少し先に一台のバンが停まっていた。近寄ってみると、チョコバナナが売られていた。

 

「チョコバナナだ……懐かしいな……」

 

チョコバナナ、お祭りの時等に出店で出される定番の一つだろう。一夏も小さい時は千冬と共に祭りに向かっては、チョコバナナを食べた記憶がある。

 

「流石は初音島……桜味とかある……」

 

一夏は興味本位もあり、桜味を購入。近くのベンチに座って食べ始めた。

 

(こんなにのんびりしたの、久しぶりだな……)

 

特にIS学園に入ってからは、激動と言っても過言ではなかった。それは、この先も続くことになるだろう。

だけど、今の一時だけでも休もう。一夏はそう考えながら、のんびりと過ごした。

 

(さて、次は何処に行くか……)

 

チョコバナナの棒を捨てながら一夏は、次に行く場所を考えていた。すると

 

「あれ、織斑君?」

 

と聞き覚えがある声を聞き、一夏は振り向いた。その先に居たのは、音姫だった。その後ろには、一夏の知らない少女がいる。

 

「あ、朝倉先生!」

 

「あはは、音姫さんでいいよ。学校の中じゃないからね。観光に来たのかな?」

 

一夏が狼狽えていると、音姫は笑みを浮かべながら問い掛けた。

 

「は、はい。そうです……音姫、さんは、どうして……」

 

「私は初音島(ここ)の出身だから、帰省中だよ。あ、由夢ちゃん、こっちに」

 

音姫に呼ばれて、少し離れた位置に居た少女。

音姫の妹の朝倉由夢(ゆめ)が近寄り

 

「なに、お姉ちゃん。彼、IS学園の生徒さん?」

 

「そ。弟君と同じ、ISを扱える男性の織斑一夏君だよ。ほら、ご挨拶」

 

「初めまして、兄さんやお姉ちゃんがお世話になってます。朝倉由夢です」

 

「え、えっと、こちらこそ二人にはお世話になってます。織斑一夏です」

 

一夏は緊張した様子で、由夢に自己紹介した。音姫もだったが、由夢もかなりの美少女である。緊張するな、というのは土台無理な話だろう。

 

「それで、織斑君は観光に来たんだよね?」

 

「はい、そうです。まあ、前から興味はあったんですが……今なら、金銭的にも余裕があったので」

 

音姫からの再度の問い掛けに、一夏は答えた。

義之もだが、一夏も専用機持ちとして企業から給料を支払われているのだ。その給料は、バイトとは比較に成らない程だ。

 

「なるほどね……」

 

「音姫さんは、妹さんと買い物ですか?」

 

「うん、そうだよ。今日は久しぶりに、弟君の家でご飯を作ろうかなって思ってね」

 

一夏の問い掛けに、音姫は朗らかに答えた。

IS学園では教師として公平に接している音姫だが、今の方が自然なように一夏には見えた。すると由夢が

 

「えっと、織斑さんは……」

 

「ああ、一夏でいいよ。年齢、そんなに離れてないだろうし」

 

一夏の言葉に、由夢は少し黙考。そして頷いてから

 

「一夏さん、宿は大丈夫ですか?」

 

と問い掛けた。

 

「え……確か、初音島にもホテルが有ったよね?」

 

「はい。ですが、毎年観光期はホテルは満員ですよ?」

 

由夢はそう言って、ホテルの空き部屋状態が見れるホームページを開き、一夏に見せた。そこには、満員御礼の文字が表示されていた。

 

「やっば……」

 

「あちゃー……予約してなかったんだ……んー……弟君の家は、沢井さんの家族やアイシアさんで結構手狭だし……うん、決めた……織斑君」

 

「は、はい?」

 

一夏が顔を青ざめていると、音姫はピンと人差し指を立てて

 

「私達の家に、泊まる?」

 

と提案した。



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驚きと買い物

再開します
お待たせしました


「は、え……え!?」

 

音姫からの予想外過ぎた言葉に、一夏は驚きで固まった。すると、音姫は笑みを浮かべて

 

「流石に、知り合いで教え子を放置は出来ないからね。それに、昔は弟くんも住んでたから、大丈夫!」

 

自信満々といった様子で、そう断言した。由夢は、仕方ないなあ、といった風体でため息を吐いている。一夏は

 

「で、でも、由夢ちゃんは嫌じゃない? 知らない男が家に泊まるなんて!?」

 

と由夢を見た。すると、由夢は

 

「もう、仕方ないかと……今一夏さんが頼れるのは、教師のお姉ちゃん位でしょうし……」

 

と受け入れる方針らしい。確かに、初音島唯一のホテルは既に満員。もしかしたら民泊があるかもしれないが、それを探すのも時間が掛かり、最悪は何らかのトラブルに巻き込まれかねない。

どちらにしろ、最早考える時間は無いと分かった一夏は諦めた様子で

 

「すいません……お世話になります……」

 

と頭を下げた。すると、音姫は

 

「じゃあ、由夢ちゃん。献立変更だよ」

 

「ん、分かった。それじゃあ、一夏さんも来てください。食べられないのがあったら、教えてもらいますから」

 

「ありがとうございます……基本、何でも食べられるから、気にしないでくれ……」

 

そうして一夏は、二人と一緒にスーパーに向かった。

そうして、スーパーに着くと

 

「そういえば、織斑君は何日間泊まるつもりだったの?」

 

「二泊です……え、まさか」

 

「うん、泊まって大丈夫だよ」

 

「まあ、ホテルは向こう一週間は空かないみたいですし、仕方ないですよ」

 

一夏が困惑していたら、由夢が音姫の考えに賛同した。確かに、改めて調べてみれば、ホテルは最低一週間は空きが無い状況だ。一夏としては、明日にでも帰ろうと思ったが、音姫と由夢は泊まらせる気らしい。

好意を無下にする訳にもいかず、少し考えた一夏は

 

「すいません……本当にありがとうございます」

 

「大丈夫! 私に任せてね!」

 

一夏が頭を下げると、音姫は自信満々に(無い)胸を張った。(血溜まりに沈む作者)そして、カートを押す由夢と吟味しつつヒョイヒョイと食材をカゴに入れる音姫。買う物を見ていた一夏は

 

「……今日は、グラタンですか?」

 

と確信しながらも、問いかけた。

 

「あ、分かるんだ」

 

「まあ、家事は俺が一手に引き受けてたんで」

 

一夏の言葉を聞いて、由夢が

 

「一夏さん、料理出来るんですか?」

 

と問いかけてきた。すると一夏は、由夢に視線を向けて

 

「まあ、千冬姉が家事全般がてんでダメだったからな……自然と俺が引き受けてな……一応、かなり自信あるぞ」

 

「……兄さんと言い、一夏さんと言い……最近の男性は料理もデフォルトなんですか……」

 

一夏の話を聞いて、由夢は何処か黄昏た様子になった。実を言うと、由夢は料理があまり上手ではない。最近は多少出来るようになったが、それは音姫が家を離れるから一生懸命覚えたからである。(昔は、由夢が作った料理で意識を失った人物も居た程)

 

「自慢じゃないが、DIYも得意だ」

 

「手先器用そうですよね……」

 

「あはは、そこも弟くんそっくりだ♪」

 

義之も、手先は器用な方になる。料理もだが、芳乃家には義之が作った本棚があり、今は絵本や料理に関する本が収まっている。

 

「あ、音姫に由夢ちゃん! 久しぶり!」

 

そこに現れたのは、音姫の親友のまゆきだった。

 

「あ、まゆき! 久しぶり!」

 

「本当に久しぶりだね! 音姫がイギリスに留学に行った以来だ!」

 

親友のまゆきと久しぶりに再会したからか、音姫はかなり上機嫌だ。すると音姫は

 

「そうだね! そういえば、聞いたよ? 裕也君と付き合い始めたんだって? おめでとう!」

 

「あはは、ありがとう」

 

音姫の言葉に、まゆきは少し恥ずかしそうにした。その時、一夏に気付き

 

「んー? 君、なんか見たことあるような……?」

 

「高坂先輩、兄さんと同じISを使える男性の織斑一夏さんですよ」

 

由夢の説明を聞いて、思い出したと言わんばかりにポンッと手を叩いた。

 

「ああ、そういえばそうだ! で、なんで初音島に?」

 

「観光だって。昔から気になってたんだってさ」

 

「ほうほう、なるほど」

 

音姫の説明に、まゆきは興味津々という感じで一夏を見た。一夏から見たまゆきは、箒に近い印象だが、箒よりかは活発かつコミュニケーション能力が高いように見えた。

 

「えっと、初めまして。織斑一夏です」

 

「初めまして! あたしは高坂まゆき。日本体育大学で陸上選手やってるよ」

 

「日体大ですか!」

 

日本体育大学の名前は、一夏も知っている。数多くの優秀な各分野の選手を排出してきた大学だ。

 

「まゆきはね、陸上選手の強化選手に選ばれてるの」

 

「短距離走と走り高跳びです」

 

「はぁ……運動神経凄いんですね……」

 

「あっはっは。得意分野だからね」

 

一夏が感心していると、まゆきは快活に笑った。

嫌みを感じさせない笑みで、まさに体育会系の女子だった。

 

「まゆきも買い物?」

 

「そ、裕也と一緒にね。今裕也は、荷物をバイクに載せてるとこ」

 

まゆきが外を指差すと、一台の大型バイクに一夏と同年代らしい男子が荷物を載せている。

 

「わ、裕也君。いつの間にかバイクの免許取ったんだ」

 

「そ。二人乗り出来るようにって、サイドカーも付けられるやつ。裕也手先が器用だから、自分である程度整備してるんだよ……あれ、元々は廃車同然だったのを少しずつ部品集めて直したんだって」

 

「それは凄い……」

 

そうこうしてる間に荷物を積み終わったらしく、裕也が手を振っている。

 

「んじゃ、あたしは帰るね。また会おうね、音姫、由夢ちゃん!」

 

「またねー」

 

「はい、また」

 

まゆきは二人に手を振ると、流石の速さと身軽さで人混みを抜けていき、バイクに乗った。

それを見送ってから、音姫は

 

「さて、買い物を再開するよ! 織斑君も手伝ってね」

 

「はい、わかりました」

 

そして三人は、夕食の買い物を再開したのだった。



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朝倉家

買い物が終わった後、一夏を連れて音姫と由夢は朝倉家に向かった。一般的な二階建ての一軒家で、年季を感じるが丁寧に使われてるからか、余りボロく見えない。

その隣にあるのは、純和風の家だ。

 

「あ、そっちが弟くんとさくらさんの家だよ」

 

音姫はそう説明しながら、ドアを開けた。

 

「お爺ちゃん、ただいまー!」

 

「おう、おかえり」

 

直前に新聞を取ったのか、新聞を脇に抱えた老人が居た。

 

「お爺ちゃん。今日から二日間、彼を泊めるね」

 

「ん?」

 

「あ、初めまして! 織斑一夏です! お世話になります!」

 

朝倉純一が視線を向けると、一夏は慌てて自己紹介した。すると、純一は

 

「ああ、義之と同じ男でIS操縦者の……うん、ゆっくりしなさい」

 

と優しく出迎える意思を示した。あっさりと受け入れを示したのと、その優しさに一夏は驚いていた。

 

「え、いいんですか?」

 

「構わないさ……二人の人を見る目は確かだ……」

 

純一はそう言って、奥に向かっていった。どうやら、純一は孫娘二人を全面的に信頼しているようだ。

そして、一夏が音姫と由夢の後に上がると

 

「部屋は、こっちだよ」

 

と音姫が案内した。二階の部屋に案内され、一夏は部屋を見回し

 

「この部屋……誰か使ってたんですか?」

 

と音姫に問い掛けた。

 

「うん。前は、弟くんが生活してた部屋なんだ。昔はさくらさんが、中々家に帰らなかったから一緒に住んでて、風見学園付属に入学した時に弟くんはさくらさんの家に移ったの」

 

「なるほど……義之が使ってた部屋か……」

 

音姫の説明を聞きながら、一夏はキャリーバッグを部屋の隅に置いた。本棚には、楽器に関する本が残されている。恐らく、義之が残した本だろう。

 

『織斑くん、降りてきてくれる?』

 

「あ、はい!」

 

下の階から聞こえてきた音姫の呼び掛けに答え、一夏は階段を降りた。すると、待っていた音姫が

 

「一応説明するね。ここがトイレ。その向かいがお風呂があって、脱衣所には洗濯機があるの。そこの籠に入れてくれれば、大丈夫だからね」

 

「ありがとうございます……」

 

音姫から説明を聞きながら、一夏はトイレと風呂の場所を覚えた。そして考えたのは、入る前に確認するようにする事だった。

でなければ、音姫か由夢の裸を見てしまう可能性があるからだ。

 

「それで、ここが居間」

 

そう言ってドアを開けると、暖かみを感じる居間が見えた。一般的な見た目の居間で、少し大きめの机の周りに椅子が何個か置いてある。

 

「椅子はここ」

 

「はい」

 

音姫の説明を、一夏は覚えていく。

そこに、由夢が現れて

 

「お姉ちゃん、兄さんから電話だよ」

 

「ん? 弟くんから?」

 

由夢に呼ばれて、音姫は離れた。入れ替わる形で、由夢が

 

「一夏さん、IS学園での兄さんはどうですか?」

 

と質問してきた。やはり、家族同然に育ったから気になっているようだ。

 

「義之は、一年生達の間じゃあ頼れる兄貴分だな。俺も手伝ってもらったりしてる」

 

「なるほど……」

 

一夏の説明に、由夢は頷いた。

実際、1年生達から。特にクラスメイト達から、義之は頼りにされている。麻耶と合わせて、よく相談を受けては勉強を教えたりしている。

一夏も義之によく勉強を教えてもらっており、特にIS関連の難しい事を教えてもらっていた。そのお陰で、夏休み前に行われた定期試験は赤点を免れた。

義之に教え方は的確で、一夏にも分かり易かったのだ。

 

「沢井さんは、クラスで何か決める時とかに手伝ってもらったな」

 

「沢井先輩は風見学園でクラス委員をやってましたから、慣れてたからですよ」

 

一夏の話を聞いて、由夢はそう説明した。それを聞いて、一夏は麻耶の手際の良さに納得した。

経験していたのなら、的確なのも当たり前だと。

 

「それで、天枷さんは……」

 

「ああ、天枷さんはロボットだって信じられない位に人間に見えるし、普通にクラスに馴染んでるよ」

 

「良かった……天枷さん、何の問題も無いんですね」

 

一夏の話を聞いて、由夢は安心した様子で頷いていた。

由夢のその反応に、一夏が不思議そうにしていると

 

「その、以前は反ロボット団体のせいで、少し人間不信なところがあったので……変な問題を起こしてないか、心配だったんです」

 

と少し心配そうに語った。

反ロボット団体の事は、一夏も知っている。最近、介護施設に押し入り、その施設に配備されていたロボットを破壊したりしている。

反ロボット団体の言い分は、ロボットのせいで人間の仕事が無くなり、就職出来ないという物だったり、ただ単に、気に入らないからと様々だ。

確かにそれを考えると、人間不信になっても仕方ないだろう。

 

「大丈夫だ。1年生達には、反ロボット団体は居ないからな」

 

一夏のその言葉に、由夢は安堵した様子でため息を吐いた。

そこに、音姫が戻ってきて

 

「お待たせ。それじゃあ、夕飯作ろうか。織斑くん、手伝ってくれる?」

 

と一夏に声を掛けた。

 

「分かりました」

 

「私、見てていいですか?」

 

「ん、大丈夫だ」

 

一夏と由夢が普通に接しているのを見て、音姫は安心した表情をしていた。

そして、朝倉家で過ごす二日間が始まる。



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食事風景

「織斑くん、本当に料理上手なんだね」

 

「まあ、小さい時からやってますから」

 

「うわぁ……凄い手際……」

 

音姫は一夏の手際を褒め、由夢は驚いていた。初めて立った朝倉家のキッチンだが、一切の淀みなく料理を作っている。

今音姫と一夏が作っているのは、グラタンである。

音姫がマカロニや具材の下拵えをしていて、一夏はホワイトソースを作っている。

このホワイトソースだが、作るとなったら非常に手間である。市販品もあるが、一夏はこだわりがある為に作ることにした。

 

「けど、よくホワイトソースを作れるようになったね」

 

「何回も失敗して、焦がしては調べましたよ」

 

音姫が感心していると、一夏は懐かしみながら返答した。そもそもホワイトソース作りは、プロの料理人でも失敗してしまうこともある程に、非常に難しいのだ。

火加減、ヘラを回す早さ。そういった要素が複雑に絡んでいるのが、ホワイトソース作りだ。

 

「何か、秘訣でもあるんですか?」

 

「ホワイトソース作りは、根気だな……トロトロになるまで一定の早さでかき混ぜるのが大事だ……俺は追加で、チーズとみじん切りにしたタマネギを入れるけど……」

 

由夢に説明しながら一夏は、事前に用意しておいた粉チーズとみじん切りのタマネギを少量入れた。その後に、味の調整として塩胡椒を軽く振った。

その後、極少量を器によそって、由夢と音姫に差し出し

 

「味見どうぞ」

 

「あ、はい」

 

「うん」

 

一夏から受け取った二人は、それぞれ軽く冷ましてから味見した。

 

「なるほど……軽くチーズを入れたことで、味が濃くなるんだ……」

 

「しかも、タマネギを入れることでしつこく無くなってる……少しの工夫で、変わるんですね……」

 

音姫も時間が有る時は作るが、基本はやはり市販のホワイトソースを使う。それとの差に、二人して驚いた。

 

「さて、グラタンだから……」

 

「下拵えは終わってるよ」

 

一夏が視線を動かすと、音姫が下拵えが終わった食材を出した。シーフードを主体にしつつ、バランス良く準備されている。

 

「それじゃあ、私はシーフードグラタンを作るから……」

 

「俺は、スタンダードのを作りますね」

 

「お願いね」

 

そこからは、二人が手際良く調理。シーフードとスタンダードの2つを作り、オーブンに入れて

 

「由夢ちゃん、お皿とか用意して」

 

「うん、分かった」

 

音姫の指示を聞いて、由夢は食器棚から食器の用意を始めた。それを見た音姫は、キッチンから出ていき

 

『お爺ちゃん、そろそろご飯だよ』

 

『あいよ』

 

どうやら、純一を呼びに行ったらしい。純一が返事したのを確認してから、音姫はキッチンに戻ってきた。

そして、数分後

 

「焼けました。今持っていきますね」

 

焼けたのを確認した一夏は、鍋つかみを両手に填めてからグラタンの皿を掴んだ。鍋つかみ越しに熱さが伝わってくるが、それを我慢して机の上にある鍋敷きの上に置いた。一つ目は、音姫が作ったシーフード。2つ目が、一夏が作ったスタンダードだ。

 

『いただきます』

 

四人は手を合わせて言ってから、食べ始めた。純一は、スタンダードのを一口食べると

 

「ん……何時もと、少し違う?」

 

と首を傾げた。すると、音姫が

 

「あ、気付いた? ホワイトソースだけど、織斑くんが作ったの」

 

「ほう……君、料理上手なんだな……」

 

「あ、ありがとうございます」

 

純一が褒めると、一夏は少し恥ずかしそうに後頭部を掻いた。今まで数えきれない程作ってきたが、千冬や友人達以外に褒められたのは初めてで、少し照れ臭かった。

その後、順調に食事は進み

 

「うん、御馳走様……」

 

「お粗末さまです」

 

食べ終わり、使われた食器が全てシンクに運ばれた。

すると、一夏が

 

「食器は、俺が洗いますね」

 

と言って、スポンジと食器洗い用の洗剤を持った。すると、由夢が

 

「いえ、それは私がやりますよ」

 

「そうだよ。只でさえ、織斑くんには調理も手伝ってもらったんだから……それに、由夢ちゃんの家事能力がどの位上がったか確認したいし」

 

由夢に続いて音姫が、一夏を止めた。少し考えてから、一夏は

 

「分かりました……じゃあ」

 

と由夢にスポンジと洗剤を渡した。それを受け取ってから、由夢は洗い始めた。

それを音姫と一夏が見ていたが、慣れてないというのは本当らしい。音姫や一夏に比べて、若干動きがぎこちなく、無駄があった。

 

「由夢ちゃん、先にコップとかからの方が洗いやすいよ。油物を洗ってからだと、スポンジに付けておいた洗剤が弱まるし、汚れが他に移るから」

 

「あ、はい。分かりました」

 

一夏が指摘すると、由夢は素直に頷いた。

こうして、食事は終わった。



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日常の一幕

今回は非常に短いです
すいません


夕食を終えると、一夏はお風呂の時間になるまで部屋で過ごしていた。改めて見た義之の住んでた部屋は、一般的な内装になっている。

勉強机に、大きめの本棚。そして、ベッドだ。

本棚には置いていったのか、音楽に関する本が残されている。

 

「分かってたけど、義之もギターが出来るんだな」

 

一夏はその本を取り出し、パラパラと捲った。付箋が貼られている場所は、ギターの手入れに関するページだ。

義之も苦心していたらしく、ページの色んな部分に書き込みがある。

 

「……弾より、細かく書き込んでる」

 

一度友人の弾の本の書き込みを見たが、それよりも細かく書き込んでいた。恐らく、性格も起因しているだろう。その本を本棚に戻すと、もう一冊あることに気付いた。

そちらは本というより、冊子という感じで、風見学園の紹介冊子だった。興味を引かれた一夏は、それを手に取って読んでみた。

まず驚いたのは、学園長として紹介されている芳乃さくらの見た目だ。その見た目は、どう見ても10代の少女にしか見えない位に幼い。

だが、顔写真の下に書かれている役職の欄には、風見学園学園長及び、天稼研究所名誉技術顧問と書かれている。

 

「……ニュースだと、度々日本きっての科学者だって聞いたけど……」

 

さくらの名前は、一夏もニュースで何回も聞いていたから知っていたが、その顔は初めて見た為に驚いた。

驚きを覚えつつ、一夏は冊子を読み進めた。

風見学園

付属と本校があり、両方合わせて6年通える(途中編入・転校可)。

何より特徴的なのは、生徒の自主性を重視し、部活動の申請の自由。そして、一年通して多数あるイベントだった。一般的な、文化祭と体育大会、球技大会だけでなく、ハロウィーンパーティー、クリスマスパーティー、水泳大会とイベントが盛りだくさんだった。

それを読んだ一夏は

 

「こんなにイベントだらけなら、退屈はしないだろうな……」

 

と呟いた。

 

「そうだねぇ、退屈はしないよ。イベントもだけど、問題児も居たからね」

 

「うおっ! 音姫さん!?」

 

気付けば、間近にパジャマ姿の音姫が居た。

薄いピンク色のシンプルなパジャマだが、音姫によく似合っている。

 

「お風呂が空いた事を、教えに来たの。一回声を掛けたけど、返事が無かったから入ったの」

 

「すいません、気付かなくって」

 

どうやら、集中して読み過ぎていたらしい。音姫の声と、ドアを開けた音に気付かない程に集中していたようだ。

音姫は懐かしむ様子で風見学園の冊子を覗き込んでくるが、やはり風呂上がりだから良い匂いがしてくる。

 

(いかん……変な気を起こすなよ……信用して、泊めてもらってるんだ……)

 

一夏がそう思っていると、音姫が

 

「私ね一時期、風見学園の生徒会長だったんだ」

 

と説明してきた。だが、それを聞いて一夏は納得した。

音姫の授業を何回か受けたが、要点はキッチリと教えてくれるのだが、分かりやすく教えてくれて、質問にもはっきりと答えてくれる。

その姿は尊敬を覚えた程で、確かに生徒会長に向いているだろう。

 

「ここには書いてないけど、部活動も同好会を含めたら、数えきれない位あるんだよ。軽音楽部、野球部、卓球部、非公式新聞部」

 

「非公式新聞部?」

 

耳慣れない部活名に、一夏は思わずおうむ返しに言ってしまった。

 

(非公式の意味はなんだ……)

 

知らぬが華である。

 

「さてと、早くお風呂に入った方がいいよ? 由夢ちゃん、長風呂だからね」

 

「あ、はい。分かりました」

 

音姫に促されて、一夏はパジャマと下着類を持って部屋から出た。その後音姫は、一夏が置いた冊子を見てから

 

「……あの感じ……彼、破魔の力を宿してる……」

 

と呟いた。



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幕間

すいません、短いです


一夏が朝倉家に泊まっている時、芳野家。

 

「ふぅ……」

 

義之が一人で、縁側に座っていた。

そして義之は、IS学園に入ってからを振り返り始めた。

 

「ISに選ばれたのもだけど、いきなり模擬戦する流れになったなぁ……」

 

クラス委員を掛けて、一夏、義之、セシリアの三人で模擬戦することになった。義之はセシリアに勝てたが、あれはセシリアが油断していたのが大きいと考えている。

そこから少し間を空けて、謎の無人機の襲撃。

あの時は、連携を駆使して戦った。

 

「まあ、怪我人もなくて良かったか」

 

大火力機相手に、誰一人も怪我人が出ることなく撃破出来た。僥倖だろう。

レゾナンスでのテロは抜きにして、臨海学校での最新軍事用機との戦闘。

義之と一夏が一度大怪我を負ったが、無事に事件は解決出来た。あの後、防衛省の官僚が直接謝罪に来たので、義之としては水に流している。

やはり、激動過ぎる展開に

 

「……どうにかしないとなぁ……」

 

と呟いた。そこに、麻耶がやってきて

 

「どうしたの、義之?」

 

問い掛けながら、隣に座った。風呂上がりらしく、可愛らしい寝間着姿に良い匂いがする。

 

「いや……IS学園に入ってから、激動だなって思ってな」

 

「ああ、なるほど……確かにそうね」

 

義之の言葉に、麻耶も同意した。麻耶は中途編入だが、その直後に臨海学校での事件があった。

しかも、その事件で義之が重傷を負ったのだから、ひとしおだろう。

 

「多分、これからも事件が起きるんだろうなぁ……」

 

「お願いだから、怪我はしないでね……」

 

麻耶のそのお願いに、義之は無言で頭を撫でた。

そして、少しすると

 

「さてと……っと!」

 

「ひゃっ!?」

 

義之は立ち上がり様に、麻耶をお姫様抱っこで持ち上げた。

 

「よ、義之……?」

 

「ん? 久しぶりに……な?」

 

義之のその言葉に、麻耶は顔を真っ赤にして頷いた。

二人は恋人なので、当然そういった行為もする。ただ、IS学園は学校なので自重したのだ。

そして二人は、義之の部屋に姿を消した。

場所は変わり、朝倉家。

そこでは、一夏が音姫から借りた卒業アルバムを見ていた。

部活総数は付属と本校合わせ、優に30を超えて、校舎の広さはIS学園を超えている。それに合わせて、在学中の人数もIS学園を超えていた。

 

「……凄い学校……」

 

一夏はポツリと呟き、アルバムを読み進めた。

するとイベントの写真に変わったのだが、その一つに音姫の姿があった。水着を着ているので、恐らくはミスコンだろう。

音姫の他に由夢の姿もあり、更に他の少女達も全員が美少女だった。

 

「これ、中々の激戦だったろうな」

 

IS学園は国際色豊かに美少女達が多いが、風見学園は一人をその殆どが日本人だが見た目と雰囲気が様々に違う美少女が多い。

よく見れば、その内の一人は弾が持っていた雑誌に載っていた義之とバンドを組んでいたボーカル。白河ななかだ。

 

「……本当、イベントが盛りだくさんなんだな……」

 

それが、一夏のイベントの写真を見た感想だった。

何せ、同じページにミニスカサンタというコスプレをした由夢の姿もあったからだ。

それだけでなく、別のページには春と秋に行われているらしい体育祭。ハロウィン仕様のコスプレ、学生の内からある技術発表など、多岐に渡るイベントが確認出来た。

 

「……こういう学校に通ってみたかったな」

 

思わず、そんな言葉を一夏は口にした。それほどまでに、楽しそうだと思えたからだ。

そして、アルバムを閉じた一夏は少し考えてから

 

「……明日、見学してみるか」

 

と呟き、アルバムを机に置いてから就寝したのだった。

こうして、一夏の初音島での一日目が終わった。



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初音島二日目 1

翌日、朝倉家で起きた一夏は一瞬混乱してから

 

「そうだった……先生の家だった」

 

と呟きながら、体を起こした。時間は、朝の6時少し手前。夏だから日は既に登っており、今日も暑くなりそうだ。

なぜこんなに早く起きたのかは、最早習慣だった。

一夏は中学時代は千冬からの仕送りを無駄遣いしないようにと、知り合いの新聞配達のバイトをしていて、その時は3時前に起きて早朝の新聞配達。そして、学校が終わったらまた新聞配達をしていた。

IS学園に入ってからは、体力を付ける為にランニングをするようになっていて、6時前に起きるようになっていた。

 

「……ランニングしに行くか」

 

一夏はそう呟きながら、バッグの中からタオルを取り出し、動き易い服装に着替えてから部屋から出た。すると、早起きしていたらしい純一に出会い

 

「おはよう、随分早起きだね……ランニングかな?」

 

「あ、おはようございます。体力作りの為に走るようにしてまして……」

 

純一からの問い掛けに、一夏は答えた。すると、純一は

 

「だったら、さくら公園を走ってみなさい。外側のコースは、何時も色んな人が走るコースにしてるからね」

 

とオススメらしいコースを告げた。その場所は、先日行ったばかりなので分かる。

 

「ありがとうございます、純一さん。さくら公園ですね? 行ってみます」

 

一夏はそう言って、朝倉家から出た。

一夏は頭の中の地図を開き、さくら公園に向かった。早朝とはいえ、やはり夏。既に登っている太陽がジリジリと肌を焼き、暑さから汗が流れる。

そのまま、さくら公園に入って、軽く公園入り口にあった地図を確認し、公園外側のコースを走り始めた。

桜並木の下を走る為に桜の花びらが舞っている。

夏だというのに桜の花びらが舞っているのは違和感があるが、一夏は何故か気に入っていた。

時々、反対側から走ってきた人とすれ違い、軽く手を挙げて挨拶する。中には犬の散歩もしている人も混じっていて、中々に面白い。

IS学園ではグラウンドを走る為に変化などなく、たまに朝練で走っている陸上部の少女達が居る位だ。

 

(確かに……走るには良いコースだ……)

 

時々ある蛇行の変化も、刺激になる。そして一夏は、最初入ってきた入り口に差し掛かり

 

(戻るか)

 

と考えて、そちらに向かった。すると、すれ違いそうになったのは、まゆきだった。

 

「お、織斑くんじゃん。君もランニング?」

 

「はい。ISの操縦って、結構体力勝負なんで……高坂さんは……」

 

「まあ、日課の訓練だね。陸上選手だし。1日もサボれないのよ」

 

一夏からの問い掛けに、まゆきは快活そうな笑みを浮かべた。一夏も体育会系な為に、まゆきの考えは分かる。

ISの操縦もだが、日々の家事なんかも繰り返し行って、体に覚えさせてきた。だから、1日休んだりすると、体の感覚にズレが生じてしまうのだ。

 

「んじゃ、アタシは走ってくるね。頑張ってねー」

 

「はい、高坂さんも!」

 

まゆきを見送ってから、一夏は朝倉家目指して走るのを再開した。時間は7時に差し掛かってきているからか、徐々にお店が開店の準備を始めている。

 

「お、和菓子屋さんがある……後で寄ってみようかな」

 

花より団子を見つけた一夏は、お土産を買う候補に花より団子を入れた。そして、朝倉家に到着し

 

「ただいま戻りましたー」

 

「あ、外に行ってたんだ。おかえり。今起こしに二階に行ったら、居なかったから気になってたんだ。ランニング?」

 

ちょうど二階から降りてきたらしい音姫が、一夏を出迎えた。

 

「おはようございます、音姫さん。はい、IS操縦の為の体力作りにランニングを始めたんです」

 

「そっか。頑張ってるね! ほら、シャワー浴びて汗を流してきたら? その間に、朝食作っておくから」

 

「すいません、ありがとうございます」

 

音姫に促された一夏は、シャワーを浴びる為に着替えを取りに部屋に戻った。そして、シャワーを浴び終わると居間に向かったのだが

 

「んー……」

 

酷く眠そうな由夢の姿があった。

 

「ほら、由夢ちゃん! ちゃんと起きなさい!」

 

「音姫さん……えっと……」

 

「……はっ! おはようございます!」

 

一夏の声が聞こえたからか、それまで眠そうだった由夢が一瞬にして目覚めた。そんな由夢に、音姫は嘆息しながら

 

「今のが、本当の由夢ちゃんなの……お爺ちゃんの血を強く引いててね……かったるいが口癖なの」

 

音姫が説明すると、由夢は必死に顔を逸らしている。それが、如実に現実を物語っている。

 

「っと、朝食持っていってね」

 

「あ、はい。分かりました」

 

音姫の言葉に従って、一夏はスクランブルエッグが乗ったお皿を持って机に向かった。綺麗に出来ていて、音姫の腕を物語っている。

 

「お、出来たか」

 

「あ、お爺ちゃん。おはよう」

 

「おはよう、お爺ちゃん」

 

朝食が机に並んだタイミングで、純一が居間に現れた。そして、朝食が終わると一夏は観光巡りを始めた。



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夏祭りと邂逅

朝食が終わると、一夏は朝倉家から出た。

最初の目的地は、義之達が通った学校。風見学園だ。

 

「えっと……地図だと、こっちだけど……」

 

地図を頼りに歩いていると、何やら進行方向先が賑やかだ。何だろう、そう思いながら一夏は進んだ。

すると、目的地たる風見学園の校門が見えたのだが

 

「……夏祭り?」

 

校門の前には、《商店街・風見学園共同夏祭り!!》と書かれた大きな看板があった。

 

「流石は、イベント盛りだくさんの学園か……夏休みなのに、夏祭りイベントまで……」

 

一夏は感心しながらも、校門を通り過ぎて敷地内に入った。すると、直ぐに色んな出店が見えた。

学生らしい手作りのと、お店のらしい赴きを感じる出店がある。

 

「はあ……凄い活気……」

 

校門で配っていたパンフレットを見ると、校舎までの道だけでなく、校舎内と校庭にも出店が広がっているようだ。

一夏も文化祭や地元の夏祭りは知っているが、規模が違うのだ。

更に言えば、風見学園の広さも違う。人数で言えば、IS学園より多い。

流石に敷地の広さはIS学園の方が広いが、IS学園はIS関連のイベントも考えられているので、やはり広さが必要になる。

しかし、風見学園は中高一貫だが、普通の学園なのだが、広さはかなりのものだ。

 

「……とりあえず、回ってみるか」

 

そう呟いてから、一夏は宛もなく歩き始めた。

風見学園の生徒や大人達が呼び込み、親子や老人が楽しそうに回っている。それを見ていた一夏も、楽しくなってきた。

そして、偶々見つけた串焼き屋に近寄り

 

「すいません。鶏肉と牛カルビの串焼きを一本ずつお願いします」

 

と注文した。

 

「はい、分かりました……あ、織斑さん」

 

「あれ、由夢ちゃん?」

 

注文を受けて一人の店員が対応に来たのだが、なんと由夢だった。

一夏は、由夢から串焼きの入った紙袋を受け取り

 

「由夢ちゃんは、クラスの出し物?」

 

「はい。こちらは、私のクラスのです。この後は、保健委員の方の対応の為に待機しますが」

 

「あ、保健委員なんだ」

 

由夢が保健委員な事を初めて知った一夏だったが、何故か似合うなと思ってしまった。

すると

 

「え、朝倉さんの知り合い!?」

 

「うわっ! カッコいい男の人だ!」

 

と由夢のクラスメイトらしい少女達が、黄色い声を上げてきた。それを聞いた由夢は、深々とタメ息を吐いて

 

「彼は、お姉ちゃんの生徒さんで、兄さんと同じIS学園の生徒さんの織斑一夏さんです」

 

と一夏をクラスメイト達に紹介した。するとクラスメイト達も気付いた様子で

 

「あ! そういえば、見覚えある!」

 

「あ、握手いいですか!?」

 

と一夏に近付いてきた。

 

「あ、うん。大丈夫だけど……」

 

「やった♪」

 

勢いに押されながらも、一夏は握手に応じた。そんなクラスメイト達を、呆れた様子で見ながら由夢は

 

「早く行った方が良いですよ……際限なく来ると思うので」

 

「……そうしとく」

 

由夢の忠告と、今しがた奥に行ったクラスメイト達の反応に、一夏は早々に移動することにした。

そして、行く先々で

 

「え!? あの織斑一夏!?」

 

「ウソ!? ここに居るの!?」

 

「IS学園での、桜内先輩のこと聞きたい!」

 

等々聞こえてきた。

 

「……義之、結構有名人なんだな」

 

自分のことを棚上げにして、一夏はそんな事を呟きながら人気の少ない体育館裏まで来ていた。

道中で買った出店の食べ物を、そこで食べていると

 

「ほっほう……君が、同志桜内と同じ男性IS操縦者の織斑君か」

 

と声が聞こえて、一夏は驚きながらも声が聞こえた方に視線を向けた。その先には、胡散臭いが服を着たような男子学生が居た。

 

「……あんた、誰だ……?」

 

「おお、これは失礼した。俺の名前は、杉並。同志桜内の協力者だ」

 

一夏の問い掛けに、杉並は大仰に応えた。

これが、一夏と杉並のファーストコンタクトになる。



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さくらとの出会い

「義之の知り合い……?」

 

「うむ。同志桜内の言葉を借りるなら、悪友という奴だな」

 

一夏が困惑していると、杉並がそう補足説明した。そして杉並は、懐から手帳を取り出して

 

「織斑一夏、姉はかの有名な織斑千冬。ほほう、中学生時代は皆勤賞か。凄いな、君は。それに、倉持技研から引き渡されたISは白式。現在はセカンドシフトして、白式・雪崩。短期間でセカンドシフトするとは、中々ISとの親和性は高いようだな」

 

つらつらと自分の情報を語り始め、一部は秘匿されている筈の情報もあり、一夏は警戒した。すると杉並は

 

「おっと、申し訳ない。情報収集が特技でね。非公式新聞部には、集められない情報はないと思ってもらいたい」

 

最早諜報機関並とも言える情報収集能力に、一夏は困惑した。

 

(非公式新聞部……学校の部活の一つの筈だよな……というか、非公式の意味は?)

 

一夏はそう思ったが、聞かないでおいた。

そして一夏は

 

「それで、俺に話し掛けた理由は……」

 

「おっと、そうだった……これを渡しておく」

 

一夏からの問い掛けに対して、杉並は手帳を開いてサラサラと何かを書くと、破いて一夏に差し出した。それを受け取った一夏は、そのメモ帳を見た。書いてあるのは、電話番号とメールアドレスだった。

 

「これは……」

 

「俺の電話番号とメールアドレスだ。欲しい情報があったら、言ってくれ。すぐに収集して、教えよう」

 

使うか分からないが、そのメモ帳をポシェットに仕舞い、杉並の居た位置に視線を向けたが、いつの間にか居なくなっていた。

 

「……謎だ……」

 

一夏はそう言って、その場から離れたのだが、一ヶ所が僅かに浮いているのに気付かなかった。そして、校舎に入って回っていると

 

「あら、貴方が由夢先輩から聞いた方ですね?」

 

と声を掛けられて、見てみたら金髪の美少女が居た。

 

「えっと、君は……」

 

「申し遅れました。私は、風見学園生徒会の風紀委員会所属のエリカ・ムラサキです」

 

「あ、えっと、織斑一夏です。初めまして」

 

金髪の美少女、エリカが名乗ると、一夏も軽く自己紹介した。するとエリカが

 

「学園長が、貴方に会いたいと言ってましたので、着いてきてください」

 

「え、あの芳乃さくらさんが?」

 

まさか、さくらから呼ばれるとは思っていなかった一夏は驚いた。そして、エリカの後ろに着いて、少し歩くと

 

「こちらです」

 

学園長室、と書かれた看板と高級そうな黒いドアの前に案内された。エリカはノックすると

 

「学園長。織斑さんをお連れしました」

 

『お、入ってもらってー!』

 

中から元気な声が聞こえて、エリカは一夏を手招きした。一夏がドアの前に立つと、エリカは会釈して離れた。それを見送ってから、一夏は

 

「し、失礼します」

 

とドアをゆっくりと開けた。そして、固まった。

何せ、純和風な内装だったのだ。畳に平机、座布団と一夏の予想外の内装だった。

 

「いらっしゃい、織斑一夏くん! ボクが、芳乃さくらだよ! よろしくねー♪」

 

しかも、そこに居るのは金髪碧眼の少女にしか見えない人物。芳乃さくら。知っていなかったら、迷子になった子供としか思えないだろう。

 

「は、初めまして。織斑一夏です。芳乃さくらさん」

 

「そんなに硬くならなくてもいいよ! 気楽に気楽に♪」

 

さくらはそう言って、一夏を手招きした。一夏は一段高くなっている座敷に上がる前に靴を脱ぎ、胡座をかいた。すると、さくらが湯飲みを一夏の前に置いた。

 

「はい、お茶とお菓子だよ! 好きに食べていいからね♪」

 

「ありがとうございます」

 

まず湯飲みを持った一夏は、一口飲んだ。すると、口の中に緑茶の風味だけでなく、桜の香りが広がった。

 

「桜の香りだ……」

 

「お、気付いてくれた? それはね、お茶の名産地の静岡県の知り合いの業者と初音島のコラボ商品だよ!」

 

「……いいですね、これ」

 

一夏が本心を言うと、さくらは嬉しそうに

 

「気に入ってくれたなら、良かった! お茶葉は初音島ならスーパーでも売ってるし、花より団子って和菓子屋さんでも買えるよ!」

 

とお茶の袋を見せてくれた。一夏は、その袋を写真に撮っておき

 

「あの……それで、俺を呼んだ理由は何でしょうか?」

 

とさくらに問い掛けた。するとさくらは、お茶を飲んでから

 

「……君、魔法を覚える気はあるかな?」

 

と問い掛けた。

これが、一夏の運命の別れ道になる。



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一夏の選択

すいません、短いです


さくらの言葉に、一夏は

 

「義之も言ってましたが……本当に存在するんですか、魔法は?」

 

「うん。存在するよ……例としたら……はい」

 

一夏の問い掛けに、さくらは一夏が食べた茶菓子が乗っていた皿の上に、桜餅を出現させた。

 

「何処から……」

 

「今のは、自分のカロリーを消費して和菓子を作ったんだ。義之くんも出来るよ」

 

さくらはそう言って、今度は煎餅を出現させた。

一夏は今までゲームや本でしか描かれなかった魔法が実在すると知り、驚いていた。

 

「魔法が実在したなんて……」

 

「まあ、隠れてたからね。だけど、一部の国を除いて魔法使いは世界各国に居るよ」

 

一夏が呆然とした様子で呟くと、さくらが補足説明した。そしてさくらは、お茶を一口飲んでから

 

「義之くんの予想だと、織斑くんは破魔の力を持ってるって考えてるみたいだね」

 

「破魔ってことは……魔法を無効化したりですか?」

 

一夏の問い掛けに、さくらは頷いた。

 

「そう……対魔としては、最高の切り札……なにせ、あらゆる魔法を討ち祓えるからね……」

 

「あらゆる魔法を……」

 

「うん……まあ、良し悪しだけどね……回復魔法とかも無効化してしまうこともあるからね」

 

さくらはそこまで言うと、一夏の手首のガントレットを指差し

 

「そもそも、ISが何の為に開発されたか知ってるかな?」

 

と問い掛けた。すると、一夏は

 

「え……確か、宇宙進出の為って……」

 

「うん。確かに、それも理由の一つだね……けど、もう一つあるんだ……それが、非魔法使いの魔法使いへの覚醒……」

 

さくらが告げた二番目の理由を聞いて、一夏は目を見開いた。

 

「えっと、つまり……IS適正がある人は、魔法使いになれる可能性がある人……ってことですか」

 

「そう……義之くんは使えるけどね。さっきボクがやったカロリーを和菓子にするのと、他人の夢を見せられる魔法だね」

 

既に、義之は魔法使い。それを知った一夏は、黙考し

 

「ということは……義之は、直接的な戦闘力は無い……」

 

「まあ、魔法学校に行ってないから知らないんだけどね」

 

「魔法学校!?」

 

まさか魔法使いの学校があると思っていなかった一夏は、驚愕した。

 

「有るんだよ? イギリスにね、王立魔法魔術学園って場所が……著名人も通ってたんだよ。金田一、ホームズ、ワトソン……」

 

「え、実在したんですか。その人達……」

 

今まで創作の人物だと思っていた名前が出て、一夏は何度目か分からない驚愕を覚えた。名だたる名探偵の名前だった。

 

「織斑くんが知らないだけで、魔法も存在し、人も存在する……まあ、政府が隠してたからなんだけどね」

 

「政府が、隠す……」

 

「そう……自国を守る善の魔法使いを守る為にね……善が居れば、悪も居る……常に討ったり討たれたりを繰り返してきて、時には一族が滅びる直前もあったんだよ」

 

光と闇の勢力争いは、それこそ物語でも鉄板要素の一つに挙げられる。いたちごっこの戦い。

 

「……まあ、ここから先は危険と隣り合わせになるからね……どうするかは、織斑くん次第だよ」

 

「俺次第……」

 

さくらの言葉に、一夏は僅かに俯いた。

 

「未来を決めるのは、何時もその時を生きる若者さ。大人は、それを導くのが仕事……ボクに出来ることなら、何でもするよ」

 

さくらはそう言って、一夏が飲み干したお茶を注いだ。気付けば喉が渇いていた一夏は、一口飲んだ。

そして

 

「……さくらさん……俺に、魔法の使い方……教えてください」

 

と頭を下げた。



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初めての魔法

「……それが、君の選択なんだね? 織斑くん?」

 

さくらからの問い掛けに、一夏は頷き

 

「俺は……俺に出来る事で、仲間や千冬姉を助けたい」

 

と告げた。それを聞いたさくらは、一度目を閉じて

 

「……うん。君の決意の強さは分かった……ボクも教えるけど、それより適任が居るから……呼んでみるね」

 

「適任?」

 

一夏が首を傾げると、さくらは頷きながら電話を掛け始めた。

 

「……あ、久しぶり。ボクだけど、今大丈夫? ……え、本当に? だったら、風見学園の学園長室に来てくれる? うん、よろしくね」

 

通話が終わると、さくらは携帯を仕舞い

 

「今来るよ」

 

「今来るって……」

 

一夏の言葉の途中で、さくらの足下の影が大きく膨らみ、中から一夏と同年代らしい長い黒髪が特徴の美少女が現れた。

 

「お、影転位が出来るようになったんだ」

 

「はい。さくら先生の教導の賜物です」

 

どうやら、影転位という魔法らしい。そしてその影転位は、さくらが彼女に教えたようだ。

 

「それで、この少年は……」

 

「彼は織斑一夏。名前位は聞いた事あるんじゃないかな?」

 

「なるほど……彼が、義之さん以外に居たという……男性でISが使える人ですか」

 

少女は頷くと、一夏の前に立ち

 

「初めまして、織斑一夏くん。私は、五条院飛鳥(ごじょういんあすか)と申します」

 

「五条院!?」

 

いくら一夏でも、五条院の名前は知っていた。

現政権で防衛省大臣を若いながら勤めている才女で、更に言えば日本国内でも五つある財閥の現党首である。

一条院(いちじょういん)

二条院(にじょういん)

三条院(さんじょういん)

四条院(しじょういん)

そして、五条院。

日本国内にある院の文字を冠する五つの大家。その内の一つが、五条院だ。

 

「どうやら、姉さんを知っているようですね。姉さんは歴代の党首でも、天才と呼ばれています」

 

「は、はあ……あ、えっと織斑一夏です」

 

そこで一夏は、ようやく自己紹介してから握手した。

 

「飛鳥ちゃんには、彼に魔法を教えてあげてほしいんだ。義之くんの見立てだと、破魔の力があるみたいだから」

 

「破魔の力……なるほど。それで私ですか……」

 

「えっと……どういう事ですか?」

 

一夏が混乱していると、飛鳥が右手を一度腰の後ろに持っていき

 

「私が、これを持っているからです」

 

と何かを、一夏に差し出した。それは、刀の柄だけの物だった。

 

「これは……」

 

「私が使う魔道具……魔力刀の柄です。私も破魔の力を使えるのですが、破魔の力は使える魔道具が非常に限られるんです」

 

飛鳥がそこまで言うと、柄から青白く光り輝く刀身が形成された。それはまるで、自身が纏うIS。白式の雪片弐型と酷似している。

 

「これが、破魔の刃です……理論上は、あらゆる魔法を切り裂く事ができます」

 

「あらゆる魔法を……」

 

飛鳥の説明を聞いて、一夏は改めて光り輝く刃を見た。

雪片弐型の濃厚は、自身のシールドエネルギーを消費して、相手のシールドエネルギーを大幅に掻き消す。

そして破魔の力は、自身の魔力を消費して相手の魔法を無効化する。

 

(……よく似てる……)

 

一夏がそう思っていると、飛鳥は刀身を消して

 

「これを握り、イメージしてください……」

 

「イメージ?」

 

飛鳥の言葉の意味が分からず、一夏は首を傾げた。

すると、飛鳥は

 

「はい。この魔道具は、使い手のイメージから刀身を形成する……つまり、使い手のイメージが確固たる物ならば様々な形にもなりえる」

 

と言って、一夏に柄を差し出した。

柄を受け取った一夏は、柄を握りしめて一度目を閉じて、頭の中でかつて篠ノ之道場で見た刀を思い出し、それを強くイメージした。

すると、自分の中から何かが流れるような感覚が柄に伝わっていくのを感じた。

 

「な……これは……」

 

「へえ……」

 

飛鳥とさくらの驚く声が聞こえて、一夏は目を開けた。すると見えたのは、柄から伸びる青白く光り輝く刀身だった。

 

「これが……」

 

「初めてで、ここまで見事に形成するのは、私は初めて見ました……」

 

「ISは展開するの、使い手のイメージが強く影響するみたいだから、それもあるかもしれないね」

 

一夏は驚きながらもその刀身を様々な角度から見て、飛鳥とさくらは何やら話し合っている。その時、一夏は足から力が抜けて両膝を突いた。

 

「……え……?」

 

「いけない! 柄を離してください!」

 

一夏が呆然としていると、飛鳥が駆け寄り、一夏の手から柄を奪い取った。すると、さくらが歩み寄り

 

「んー……どうやら、初めて魔力を使ったから、一時的に生命力が弱ったみたいだね」

 

と一夏の額に手を当てながら、そう診断した。

 

「生命力……?」

 

「ええ……魔力とは、生命力……つまりは、魂から溢れるエネルギーになります……魔力を初めて使ったから、最初から過剰な魔力を放出してしまったのです……すいません、私の落ち度です」

 

一夏が混乱していると、飛鳥が謝罪した。

どうやら、飛鳥は誠実な性格のようだ。

 

「いえ、教えてとお願いしたのは俺だから……」

 

「ですが、段階を踏むべきでした。今は、休んでください」

 

飛鳥はそう言って、一夏の頭を優しく座布団の方に誘導し、一夏を横たわらせた。その直後、猛烈な眠気に襲われて

 

「ゆっくり休んでください……」

 

飛鳥のその言葉を最後に、一夏の意識は沈んだ。



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クレーン船にて

初音島、人工島開発区域

そこに、義之と麻耶は居た。

 

「では、ここはこのような形でお願いします」

 

「分かりました。お任せください」

 

まだ若い義之の話を、白髪交じりの男性は素直に受け入れて、施工図を丸めて会議室から去った。そして義之と麻耶は会議室とされていたプレハブ小屋から出ると、近くに居た作業者に

 

「すいません。あそこに行きたいんですが」

 

とクレーン船の方を指差した。すると、その作業者は肩の無線機に手を伸ばし

 

「分かりました。少々お待ちください」

 

と言って、無線機で通信を始めた。その時義之は、携帯を取り出して

 

「お。一夏、風見学園に居るみたいだぞ」

 

と麻耶に教えた。

 

「え、本当に?」

 

「ああ。由夢からメールが来てる。どうやら、夏祭りを回ってるみたいだ」

 

義之はそう言って、携帯画面に表示されているメールを見せた。それを見た麻耶は

 

「ふふ。楽しんでるかしらね」

 

「さあなぁ……もしかしたら、杉並が要らんアクシデントを起こしてる可能性もあるな」

 

麻耶は純粋に一夏が楽しんでるかと考え、義之は悪友の杉並の行動力を思い出した。

そこに、先ほどの作業者と右肩に船舶管理と書かれた腕章を着けた男性が来て

 

「お待たせしました。こちらの者が、今から船を出します」

 

「よろしくお願いします」

 

「ありがとうございます」

 

「お願いします」

 

義之と麻耶はその船舶管理者の後に続いて、小型の船に乗ってクレーン船に向かった。

クレーン船に到着すると、船の側面にあった階段で甲板まで上がっていき

 

「えっと……あ、すいません。こちらの責任者の方はどちらでしょうか?」

 

と近くで作業していた作業者に声を掛けた。義之と麻耶の右肩辺りには、天枷研究所という腕章が有り、それを見た作業者は

 

「あ、天枷研究所の方ですか! 少々お待ちください」

 

と言って、無線機を取り出して通信を始めた。そして、少しすると

 

「当船の責任者は、あちらの艦橋に居ます」

 

と甲板後方の艦橋を指差した。

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「怪我しないよう、気をつけてください」

 

義之と麻耶はそう言うと、艦橋の方に向かった。

途中に居た他の作業者を見ながら義之と麻耶は、甲板上構造物(アイランド)に入った。

水密隔壁を開き、階段を上がっていって艦橋手前に居た警備員に

 

「お疲れ様です。天枷研究所から来ました、桜内義之です」

 

「同じく、沢井麻耶です」

 

「お待ちしていました。お話は聞いています。どうぞ、こちらへ」

 

警備員はそう言って、艦橋に入る為の水密隔壁を開けた。そして、先に中に入り

 

「天枷研究所の研究員の方々、入ります!」

 

と告げた。義之と麻耶が入ると、二人居た白髪の男性が振り向いて

 

「当船にようこそ。私が当船の船長の桐原利重(きりはらとししげ)と申します」

 

「私が作業責任者の植田秋道(うえだあきみち)です」

 

船長と作業責任者は名乗りますながら、義之と麻耶にそれぞれ名刺を差し出した。それを受け取ってから、義之と麻耶は懐から名刺入れを取り出して

 

「自分は、天枷研究所の研究員の桜内義之です」

 

「同じく、沢井麻耶です」

 

と返礼の名刺を差し出した。船長と作業責任者はそれを受け取り

 

「いやはや。若いのに、中々出来たお二人ですな」

 

「全くで……本日は、査察ですかな?」

 

「そんな堅苦しい事ではないですよ。まず、こちらを。天枷研究所所長の芳乃さくらからの書状をお持ちしました」

 

麻耶はそう言って、鞄から一通の封筒を作業責任者に手渡した。それを受け取り、作業責任者は軽く一読し

 

「これはご丁寧に……こちらは、芳乃博士のおかげで久方ぶりに大きな仕事が入り、感謝しています」

 

「ですな……最近は女性優遇制度の影響で、肩身の狭い思いをしてました」

 

と語った。それを聞いた義之は

 

「次に、こちらを……足りないでしょうが、お菓子をお持ちしました。後、港にまだコンテナが用意されてまして、そちらにもお菓子やお茶があります」

 

と説明しながら、大きな箱が入った紙袋を近くの机に置いた。それを聞いた作業責任者と船長が

 

「おお、これはありがたい! このような場所では、中々甘味が得られないのでな」

 

「後程、そのコンテナも回収に行きましょう。船員も喜びます」

 

と感謝していた。そうして、義之は

 

「芳乃博士は、皆さんに感謝していました。今回のような前代未聞の大規模プロジェクトに参加していただき、ありがとうございますと。それだけでなく、初音島の島民も積極的に雇用し、経済発展にも協力していただいて、ありがとうございますと」

 

とさくらから聞いた伝言を告げた。

それを聞いた二人は

 

「いやいや。こちらも、我々の腕が振るえて更には新しい技術をしれた」

 

「それに何より、社員達に給料を払える。それが、我々は嬉しいのです。こちらこそ、ありがとうございます」

 

と頭を下げた。

女性優遇政策により、この10年の間に幾つかの企業は衰退し、倒産してきた。その中には、女性権利主義者が干渉した事例も確認されている。もしかしたら、彼らもそうなのかもしれない。

 

「まだ工事は続きますが、怪我のないようにお願いします」

 

「最後まで、職務を全うします」

 

義之は船長と作業責任者と握手した。



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さくらの予想

一夏が目覚めたのは、数時間後だった。

少しぼんやりとしていたが

 

「あ、起きましたね」

 

と飛鳥が、一夏の顔を覗き込んだ。

その体勢は、いわゆる膝枕だった。

 

「あー……」

 

一夏はゆっくりと起き上がると、少し頭を振って

 

「確か、魔法を使って……」

 

「初めての魔法で極度に疲労し、寝たんです。大丈夫ですか?」

 

飛鳥が問いかけると、一夏は思い出したようだ。そして、先ほどまで飛鳥にされていた膝枕に気付き

 

「あー……さっきはありがとう……」

 

僅かに顔を赤くしながら、頭を下げた。すると飛鳥は、朗らかに

 

「いえいえ」

 

とだけ返答した。そして、一夏に湯呑みを差し出し

 

「これを飲んでください。薬湯です」

 

と告げた。そこに、さくらが

 

「一応、君の生命力を強くする薬だから。飲んでおいた方が良いよ」

 

と教えた。

 

「は、はい……では……」

 

湯呑みを受け取った一夏は、一口飲んで

 

「うぉ……なんだ、この味……」

 

と呟いてしまった。

 

「まあ、味はね」

 

「良薬口に苦し、と言いますから……ゆっくりで構いませんよ」

 

さくらと飛鳥は一夏の呟きを聞いて、半ば同意するように頷いた。まあ、薬に関しては大体が苦いか言葉で言い表せない味である。

それはさておき、一夏は少しずつ薬湯を飲んでいく。

すると、さくらと飛鳥が

 

「それで、彼の力はどう?」

 

「……はっきり言ってしまえば、私を超える力を有しています」

 

と一夏に聞こえない声量で、会話を始めた。

 

「……本当に?」

 

「はい……これを見てください」

 

飛鳥はそう言って、さくらに一夏に貸した柄を差し出したのだが、さくらは即座に気付いた。柄に、大きくヒビが入っていた。

さくらは、その破損の仕方を見て

 

「この壊れかたは、魔力のオーバーロード……つまり、彼の魔力出力は、飛鳥ちゃんを上回ってるってことだね……」

 

「それも、かなり上です……一応これは特注品で、私の普段の魔力出力の二倍までは耐えられるように作ってもらいました……」

 

「つまり、二倍以上は確実ってことか……それ、相当だね?」

 

さくらの言葉に、飛鳥は頷いた。

人の魔力出力は、各個人で決まっており、その魔力出力を上手く調整して魔法を行使し、長時間の戦闘や結界強度等を調節する。

飛鳥の最大魔力出力を10段階で表現すると、大体4から5位で、普段は3辺りで魔法を行使している。

つまり、一夏の魔力出力は6以上は確実に有るのだ。

 

「そんな魔力出力、昔の各家の当主位か……それこそ、伝説に出てくる魔導戦士位しか……」

 

「魔導戦士……魔法最盛期……約400年前か……」

 

魔導戦士

今から約400年前、まだ魔法が一般にも信じられていた時代に存在した戦士で、要するに魔法使いのエリート達になる。

魔法だけでなく近接戦闘もこなし、一説には魔導戦士1人で騎士100人に匹敵するとさえされている。

すると、さくらが

 

「実は、彼が寝てる時に少し探査魔法を使ったんだけど……彼、遺伝子に普通とは違う痕跡があった」

 

「遺伝子に?」

 

さくらは人体工学博士号も持っている為に、遺伝子の塩基配列も知っている。探査魔法を使った際、一夏の塩基配列に違和感を覚えたようだ。

 

「まだ確信は無いけど……もしかしたら、彼は……」

 

「お、これ飲んだら体が暖かい」

 

どうやら、一夏は薬湯を飲み終わったようだ。

 

「あ、飲み終わりましたか。体が暖かくなるのは、生命力を強くしたからです」

 

飛鳥はそう教えながら、一夏から湯呑みを受け取った。

さくらは一夏に近づき

 

「もう夕方になるから、帰った方がいいよ」

 

と告げた。それを聞いた一夏は、時計を見た。

確かに、午後5時を指し示していた。

 

「うわ!? もうこんな時間だ!」

 

一夏が急いで荷物を回収していると

 

「夏祭りは明日もやってるから、来てねー♪」

 

とさくらは朗らかに、一夏に声を掛けて見送った。

そして、一夏が居なくなると

 

「……さくらさん。彼は……」

 

「……もしかしたら、遺伝子調整された子かもしれない……」

 

とさくらは、神妙な表情で告げた。



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朝倉家と芳野家

風見学園から出た一夏は、朝倉家に向かった。

まだ初音島に来て二日目だと言うのに、一夏は夏に桜が咲いている光景に慣れてきていた。

 

(やっぱり、日本人だからか……?)

 

本来春の極限られた時期にしか咲かない桜だが、日本人にとっては大事な花になり、切っても切れない存在になる。

そうなると、桜を受け入れるのも当たり前なのかもしれない。

そう考えている間に、スーパーの前に来た。その時、中から音姫と由夢が出てきた。

二人の手には、それぞれ買い物袋がある事から買い物帰りらしい。二人も一夏に気付いたようで、音姫が

 

「織斑くん!」

 

と手を振りながら、一夏を呼んだ。

一夏も歩み寄り

 

「買い物帰りですか? 持ちますよ」

 

と音姫と由夢が持っていた買い物袋を、それぞれ両手に持った。

 

「あ、ありがとう。織斑くん」

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ。一宿一飯の恩ってやつですよ」

 

感謝の言葉を口にした二人にそう返してから、一夏は歩き始め、二人も両隣に並んだ。

掛け値無しの美少女達が、両隣に居る。正に、両手に華の状況だが、一夏は気付いていない。

 

「今日のご飯は……んん、豚しゃぶかな?」

 

「惜しい。冷製豚しゃぶ素麺だよ」

 

「お歳暮で素麺が大量に来たので、少しでも消費したいんです」

 

買い物袋の中を見た一夏が予想するが、音姫が微笑みながら訂正する。どうやら、大量のお歳暮の素麺があるようだ。

恐らく、何処のご家庭でも悩みの種ではなかろうか。

 

「なるほど。俺も毎年悩んでます」

 

「やっぱりそうだよね」

 

「たまには、別の物が欲しくなります」

 

朝倉家でも、やはり悩みの種のようだ。

さもありなん、だろう。

そうこうしている内に、朝倉家の前に到着し

 

「お爺ちゃん、ただいまー!」

 

『おーう』

 

どうやら、純一は比較的近くに居たらしい。声が聞こえた。

音姫に僅かに遅れて、由夢と一夏も入った。

そして、台所に立つと

 

「それじゃあ、俺が豚肉の調理を始めますね」

 

「うん、お願い。由夢ちゃん! お風呂掃除してきて!」

 

「はーい」

 

音姫からの指示を聞いて、由夢は風呂掃除の為に居間から出ていった。

そして、音姫と一夏は夕食の準備を始めた。

その頃、隣の芳野家では

 

「さて……束ちゃん……何か、言いたい事はあるかな?」

 

いつの間にか帰宅したさくらが、正座した束の前で立っていた。見た目的には逆なのだが、束はさくらに対して、頭が上がらないのである。

 

「えっと、その……箒ちゃんに頼られて、つい嬉しくなっちゃって……」

 

さくらからの問い掛けに、束は両手の人差し指をチョイチョイと当てながら答えた。

束と箒の姉妹関係はかなり冷えきっており、箒は束の事で話し掛けられたら不機嫌になる程である。

しかし、一夏に専用機が与えられた日に箒から束に電話があったのだ。その内容は、専用機が欲しいというものだった。

そのお願いに舞い上がった束は、ハイテンションになって箒の専用機。紅椿の開発をして、渡したのである。

 

「だからってさ、一足飛びに第四世代機を開発して渡さないの! おかげで、今の彼女。相当面倒な立場になってるからね? ボクが知る限り、箒ちゃんを国の所属にするって息巻いてる女性権利主義者が何人も居るんだよ?」

 

「はい、ごめんなさい……」

 

流石に恩師とも言えるさくらからの説教に、束は頭を下げた。

落ち着いて考えてみれば、確かにやり過ぎたと思えた。何せ、ISコアの同調性から本体の動かし易さと全てに至って、箒専用に調整(・・・・・・)したのだから。

それにより、箒はまだ短時間しか動かしていないのにワン・オフ・アビリティを起動させ、あまつさえIS適性率がSに到達したのだから。

 

「雪ちゃんが対処してくれなかったら、過激派の人達の言いなりになってたかもしれないんだからね? もう少しは考えるように」

 

「はい、わかりました……」

 

束は今回は自分に非があると自覚しているからか、素直に受け入れた。するとさくらが

 

「まあ、頼られて嬉しいのは分かるよ……ボクだって、義之くんや麻耶ちゃん。音姫ちゃんや由夢ちゃんに頼られたら嬉しいからね。ただし、もう少し冷静になること。それと、徹夜だけはしないように」

 

と忠告しながら、束の頭を撫でた。

基本的に優しいさくらなので、一方的に怒るだけにはしないようにしているのだ。

 

「それで確認したいんだけど、束ちゃん」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「あの展開装甲……織斑くんの機体にも採用してるの?」

 

さくらからの問い掛けに、束は少し間を置いてから

 

「……最初は、雪片弐型にだけ試験的に導入したんです……けどセカンドシフトした時、コアの判断で全身に採用されてました」

 

と答えた。

 

「……やっぱり、進化は予想出来ないか……」

 

「はい……コアの判断だから、どうなるか分かりません……本人の癖や動かし方……戦闘での勝敗等で変わります……」

 

ISの進化は、パイロットの癖をコアが読み取り、更に戦闘での勝敗等からコアが最適と判断した姿になる為、例え最初は同じ機体だろうが、機動性が大幅に上がったり、新しい特殊装備が増えたりするのだ。

故に、ISの進化は束ですら予想出来ないのである。

 

「まあ、桜花も進化して機動性とパススロットが大幅に増えて、腕部に固定装備が増えてたけど……」

 

銀の福音戦で一度撃墜され、セカンドシフトした桜花だが、機動性は約三割増し、パススロットは二割増し。そして両腕に固定装備が追加され、非固定ユニットにも装備が追加されていたのを確認した。

今現在、天枷研究所ではセカンドシフトした桜花の予備部品の生産を行っている。

 

「……亡国企業……闇魔法使い達の巣窟……」

 

「せめて、いっくん達だけでも対処出来るようになってほしいですけど……」

 

さくらと束は、心配そうな表情を浮かべながら空を見上げた。もう、崩壊の序曲は近づきつつあるのだ。



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朝倉家と芳野家 2

朝倉家

音姫は自室の窓を開けて、夜空を見ていた。

僅かに雲はあるが全体的によく晴れており、月も綺麗に見えている。とはいえ、音姫は星空を見ていた訳ではなく、ある物を待っていた。

どれ程待ったのか、音姫はそれを見つけた。こちらに飛んでくる、一羽の鳥。

その鳥は開いていた窓から中に入り、音姫の机の上に留まった。それを見た音姫は静かに窓を閉めて、その鳥に歩み寄ると鳥の顔の前に手を翳した。

その数秒後、鳥の姿は消えて、一通の封筒になった。封蝋が施された、一通の封筒。

音姫は封筒を開けると、中から手紙を取り出して読み始めた。

長い手紙だったが、要約すると、今世界各地で闇の魔法使い達が活発になってきている。

そして、日本にある組織の要注意魔法使い達が入った、という連絡と二枚の写真だった。

それを見た音姫は、手紙を机の引き出しにしまい

 

「……狙いは、織斑くん……だよね……」

 

と呟いた。音姫にもさくらから話が行っており、一夏が破魔の力を有している事を知っている。

破魔の力は、あらゆる魔法に対する切り札に成りうる鬼札(ジョーカー)だ。

あらゆる組織からしたら、喉から手が出る程欲しいのは間違いない。

 

「……一応先生なんだから、守らないとね」

 

音姫はそう言うと、一冊の本を開いて勉強を始めたのだった。

同時刻、芳野家。

そこでは、さくらが電話をしていた。

 

「あ、久しぶり。十蔵くん。今大丈夫かな?」

 

『おや、久しぶりです』

 

どうやら、さくらが掛けた相手はIS学園の学園長の轡木十蔵のようだ。

 

『それで、どのような要件で?』

 

「義之くんから聞いたけど、IS学園。もう退学者が出たんだって?」

 

『ええ、まあ……ある意味、何時もの事ですがね……やはり、IS関連の事件で怖くなってしまったようです』

 

さくらの問い掛けに、十蔵はため息混じりに告げた。

トーナメント大会の無人機襲撃事件。そして、臨海学校での軍用IS暴走事件。

この二件の事件により、既に退学者は10名以上出ている。

 

「それで……亡国企業のスパイは何人入ってきてるのかな?」

 

『ストレートですね……まあ、最低でも二人は居るかと……』

 

さくらからの問い掛けに、十蔵は頭が痛そうに答えた。実際問題、頭の痛いネタなのは間違いないだろう。

 

「ならさ……日本から腕利きの魔法使い……入れようか?」

 

『……日本から? 日本は他国に比べて、IS学園に入っている魔法使いは少ないですが……』

 

「まあ、日本は自衛隊と同じように魔法使いも防衛に専念してるからねぇ……魔法の技術とか、秘匿してるのさ」

 

日本は昔から、魔法技術を秘匿してきており、一部を除いてイギリスの学校に行ったのは名が知られた者のみになっている。

 

「もう、政府と本人達とは交渉済み。後は、十蔵くんの判断次第だよ」

 

『……その方々の力量は?』

 

「一人目は、国際ランク10位……五条院飛鳥ちゃんだよ」

 

『あの五条院の……』

 

さくらが告げた名前を聞いて、十蔵は息を飲んだ。一夏に破魔の使い方を教えた飛鳥だが、実は国際ランクという戦闘魔法使いのランキングで、トップランクの一人だったのだ。

これまで、幾つかの国際魔法テロを未然に防いだ実績もある実力者だ。

 

「実は、織斑くんに破魔が使える事が分かってね……だったら、飛鳥ちゃんが居た方が色々と都合が良いんだ」

 

『彼が破魔の力を……それで、二人目は?』

 

「もう一人は、江戸川家のご令嬢だよ」

 

『あの人形使いの……』

 

探偵としても知られる人形使い。江戸川家。

遥か昔、平安時代にその基礎を構築し、戦国時代には一人で軍隊に匹敵するとすら言われた破軍と呼ばれた強力な魔法使いの一族である。

過去には一万体の人形を操り、侵略を許さなかったという話すらある。

 

「飛鳥ちゃんはIS適性がAプラス……江戸川家のご令嬢は、整備士希望だよ。まあ、人形の整備士が今の表の仕事だからね」

 

『……AプラスのIS操縦者候補に、整備士希望ですか……まあ、ねじ込めますね……諸事情あり、入学が遅れていた、とすれば問題ないかと』

 

実際、家の事情等でIS学園にまだ入学出来てない少女達は居るのだ。その内の一人とすれば、何ら問題は無い。

 

「お……じゃあ、良いんだね?」

 

『ええ……渡りに船です……少し前に、新しいIS教師も引き入れましたし……対闇の魔法使いに防備を強化しようと思っていましたからね……分かりました。受け入れましょう』

 

「ありがとう! 欲しい技術が有ったら、言ってね? 格安で提供するから」

 

『タダ、と言わない辺り、きっちりしてますね』

 

「知ってる、十蔵くん? タダほど、怖いモノは無いんだよ?」

 

その会話を最後に、さくらは電話を切った。

そして、夜空を見上げたのだった。



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天枷研究所見学

遅くなりました
一応夏休みに入ったんですが、もうすぐで妹が初めて出産する為、実家の一部を工事(親父の俺、弟で)してる為、書く時間が少なかったんや


翌日、一夏は何時も通りの時間に目が覚めて、ランニングに出た。その頃、義之は部屋のベッドでまだ寝ている麻耶を撫でていた。

そして空いてる片手には、携帯がある。

 

「……日本の魔法使いが、IS学園にか……」

 

義之が見ていたのは、さくらから送信されてきたメールだ。その内容は、日本の魔法使い二人がIS学園に入るというものだ。

しかも、一人は義之も一度会ったことがある飛鳥だ。

 

「……さくらさんからしたら、誰が敵か分からないのも含めて、俺達の安全の確保……かな?」

 

IS学園には、既に闇の魔法使いの仲間が潜入しているのは確実だ、とさくらは見ており、それが誰かはまだ分かっていない。

日本というより、光側の魔法使い達は何としても闇の魔法使い達の勢力を削り、且つ企みを潰したい。

それならば、敵が狙っている場所に戦力を増やすのが確実だろう。

 

「……問題は、相手の戦力か……」

 

幾らこちらの戦力を増やそうが、相手の戦力が上回っていたら意味は無い。数の戦力、個の戦力。

それらが合わさらないと、意味は無い。

 

「問題は山積みだな……頭が痛くなるな」

 

義之はそう言って、頭を掻いた。

義之はまだ戦闘向きの魔法は、殆ど使えない。使えるのは、身体能力の強化が主だ。

 

「……なんとか、覚えるか……」

 

魔法使いにも、適正タイプというのがある。

義之はまだ、自分の適正が分からないでいた。

そして時は少し進み

 

「今日は……天枷研究所に来てみたけど……」

 

朝食後、一夏は天枷研究所に来ていた。

しかし門の所で、入るのを躊躇っていた。その理由は、門もだが正面入口に鍛えてると分かる屈強な警備員達が威風堂々と立っているからだ。

一夏もIS学園に入ってから鍛えているが、目の前の警備員達には劣る。

 

「すまない、そこの少年。要件が無いなら離れてほしいんだが……」

 

「あ、いや、あの……見学をしたいんですが……」

 

警備員に問い掛けられた一夏は、おっかなびっくりという様子で答えた。すると一人が端末を操作し

 

「……すまないが、今日は見学の予約は入っていない。事前に予約してもらわないと」

 

と一夏に告げた。すると一夏は、以前に義之や麻耶から渡された名刺を取り出し

 

「あ、あの。俺、ここの研究者でもある義之や沢井さんの知り合いでして」

 

とその警備員達に、名刺を見せた。

裏面も確認した警備員達は、ああ、と声を挙げて

 

「君が桜内研究員や沢井研究員の言ってた、IS学園に居るっていうもう一人のか」

 

「なら、少し待っていてくれ。所長達に念のために確認する」

 

と言って、無線機を使って連絡を始めた。

少しすると

 

「確認が取れた。芳野所長が来てくれ、だそうだ」

 

「そこの入口から入ったら、受付で簡易IDを発行してくれ。そこからは、専用のμが案内する」

 

「ありがとうございます」

 

警備員達の言葉に従い、一夏は入口から中に入った。

 

「あ、君が警備員が言ってた少年だね? こっちに来てくれるかな」

 

受付に居た眼鏡を掛けた女性。

ぶっちゃけ言って、水越女史が一夏を手招きした。呼ばれた一夏は、受付カウンターに近づき、水越女史が出した用紙に自分の名前をフルネームで書き、IS学園の生徒という事、更には血液型を記入し水越女史に返した。

用紙を受け取った水越女史は、パソコンを操作してから一夏の前に機械を置き

 

「それに、右手を置いてくれる? そこから生体情報を読み取るから……それと、こっち向いて」

 

と一夏の顔を撮影した。一夏は言われた通りにして、少し待った。すると、水越女史は一夏に一枚のIDカードを差し出して

 

「はい、これを持っててね。無くしたら、警備ロボットが速攻で近づいてきて、制圧するから気をつけね」

 

と言った。

それを聞いた一夏は、IDカードを出されたカード入れに入れてから首に掛けた。

それを確認した水越女史は、一夏の後ろを見て

 

「それじゃあ、美秋。後をお願いねー」

 

と言って、それを聞いた一夏は振り向いた。その先に居たのは、秋を彷彿させる橙色の着物を着た女性。

に見えるμだった。

 

「はい、承りました」

 

「あ、えっと……お願いします」

 

「はい。着いてきてくださいね」

 

一夏が頭を下げると、美秋は微笑みながら先導を始めた。



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天枷研究所見学 2

μに案内されながら一夏は、興味深そうに時々見える研究室内を見ていた。

研究室に居る研究員達は真剣に、だが楽しそうに研究しているのが分かる。それは一重に、自分の好きな研究が出来るからだろう。

すると、あるドアの前で止まり

 

「ここが、所長室です」

 

と一夏に教えてから、ドアをノックした。

すると、中から

 

『入ってー!』

 

と聞いた覚えのある声が聞こえた。そう、さくらの声だ。

 

「失礼します」

 

「やっほー! 織斑くん! あ、ありがとうね。イベール、あとはボクに任せて」

 

「承りました」

 

さくらの指示を受けて、μは頭を下げてから退室した。

 

「さくらさん……風見学園の学園長じゃ……」

 

「兼任だよ! 学園長でもあるけど、天枷研究所の所長でもあるんだ! 持ってる博士号の中に、ロボット工学と機械工学の博士号が有るからね。前の所長に頼まれたんだ」

 

さくらはそう言いながら、一夏にソファーに据わるように促し、机にお茶とお茶菓子を置いた。

 

(流石は、日本が世界に誇る博士の一人だなぁ……)

 

一夏はそう思いながら、お茶を飲んだ。

 

「それで、義之くんや麻耶ちゃんに来るように言われたんだよね?」

 

「はい。最初に来た日に、名刺を渡されながら言われました」

 

一夏はそう言いながら、さくらの前に二人の名刺を差し出した。その名刺の裏を見たさくらは

 

「うん、確かに……じゃあ、案内は……」

 

とさくらは考え始めた。その時、再びドアがノックされて

 

「どうぞー!」

 

とさくらは、入室を促した。

すると今度は、和服を着たμ。美秋が入ってきて

 

「失礼します……あ、お客様がいらっしゃいましたか。申し訳ありません。芳野所長」

 

「大丈夫だよ、美秋。あ、義之くん達からの報告?」

 

さくらの問い掛けに、美秋は頷き

 

「はい、そうです。こちらが、新しく開発した小型ハイパワーシリンダーに関する報告書。それでこちらが、昨日行きました人工島建造現場に関する報告書です」

 

と2つのバインダーを、それぞれ置いた。

さくらは、まず人工島建造現場に関する報告書を読み

 

「うん。ちゃんと安全は守られて、スケジュール通りみたいだね。良かった」

 

と安堵の表情を浮かべた。次に、小型ハイパワーシリンダーに関する報告書を読み

 

「……なるほど……今の既存の素材だと、強度が足りないか……」

 

「はい。それにつきましては、新しい素材を探してまた検討すると……」

 

「……ぼくの作った素材を使ってみてって、言ってみてくれるかな? えっと……これが、その素材のデータが入ったUSB。渡してくれる?」

 

「はい、分かりました」

 

さくらが渡したUSBを、美秋は前掛けのポケットに仕舞った。するとさくらは、ポンッと手を叩き

 

「そうだ、美秋。彼を義之くん達の部屋に連れていってあげてくれる?」

 

と美秋に頼んだ。

 

「彼を……ですか?」

 

「そう。彼は、織斑一夏くん。IS学園で、義之くんと麻耶ちゃんのクラスメイトなんだ」

 

「ああ、彼が麻耶ちゃんが言ってた……」

 

美秋が納得していると、一夏は立ち上がり

 

「は、初めまして。織斑一夏です。義之や沢井さんにはお世話になってます」

 

「初めまして。私は美秋と申します。着いてきてください。二人の研究室に連れて行きます」

 

「お願いねー!」

 

さくらの言葉を背に、一夏は美秋の後に続いた。

少し歩いていると、美秋が

 

「織斑さん。IS学園で、麻耶ちゃんはどう過ごしていますか?」

 

と一夏に問い掛けた。

 

「え、あ……沢井さんは、義之や美夏さんと一緒に居ます。それに、よくクラスメイトを纏めてくれて、助かってます」

 

一夏が思い出すように言うと、美秋はフフッと笑い

 

「IS学園でも、委員長みたいな事をしてるのね」

 

と呟いた。それを聞いて、一夏は義之から麻耶が風見学園時にクラス委員長をしていた、と聞いたのを思い出した。

 

「けど、元気そうで良かったわ」

 

美秋はそう言いながら、あるドアの前でコンソールを操作し

 

「二人共、芳野所長から素材のUSBを貰ってきたのと、お客様を連れてきたわ」

 

と告げた。その数秒後、電子鍵が開いて

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

美秋に促されて、一夏は義之と麻耶の研究室に入った。

 

「よ、待ってたぜ」

 

「いらっしゃい、織斑くん」

 

そんな一夏を義之達が出迎えた。



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天枷研究所見学 3

「よく来てくれたわね」

 

「いらっしゃい、俺たちの研究室に」

 

見学に来た一夏を、麻耶と義之は優しく出迎えた。

一夏は、義之達が示した椅子に座った。すると、美秋がお茶を用意した。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

一夏がお礼を言うと、美秋は微笑んだ。

お茶を一口飲んでから、一夏は研究室を見回し

 

「……よく分からない機材ばっかりだな……」

 

「まあ、そうだろうな」

 

「分かったら、逆に凄いわ」

 

一夏の言葉に、義之と麻耶は笑った。

確かに、素人に機材が分かったら凄いだろう。

 

「ここで、天枷さんやμが作られたのか……」

 

「そうね。天枷さんは今から約50年前に」

 

「μは三年位前だな」

 

麻耶の説明に、一夏は美夏が約50年前のロボットだという事を思い出した。

 

「あんなロボットが、約50年前に造られたってのが、信じられないな……」

 

「当時の天才が製作したらしいからな……」

 

確かに、天才が居なければ造れなかっただろう。

特に、AIは今の技術でも同じ物は作れないだろう。人間にしか見えない感情に、人間と同じレベルの思考速度。どんな技術なのか、知りたい位だ。

 

「……けど、反ロボット団体からの妨害工作や誹謗中傷……それらにより、自殺に追い込まれたわ……私のお父さんも……」

 

「……え……?」

 

麻耶の言葉に、一夏は衝撃を受けた。

すると、義之が麻耶を優しく抱き締めて

 

「……ロボット排斥主義者……そいつらがあらぬ噂を流し、天枷研究所や家に誹謗中傷の手紙や電話が鳴り……追い込まれて自殺したそうだ……」

 

「誹謗中傷……」

 

誹謗中傷問題は、それこそ世界大戦時にもあったとされている問題だ。

特にSNSが発達してからは秘匿性が高まり、それこそ世界中から名前が伏せられた状態で届く。

それが、形の無い刃となり仲間や家族に牙を剥き、見えない傷を穿つ。

法の改正により、裁判所が許可すれば誹謗中傷した人物の名前を教えても良いとされたが、多く居たり海外の人となると、手が回らない事もある。

そうしている間に見つからないように逃げて、また誹謗中傷する輩も居るというのが最近分かっており、法改正で一定の監視と規制をすべき、という意見が出てきている。

 

「……ぶっちゃけ言えば、今も誹謗中傷はある」

 

「なに!?」

 

義之の言葉に、一夏は驚きで椅子を蹴倒す勢いで立った。そんな一夏に、義之が

 

「落ち着け。その全部に、さくらさんが対処してる。今のところ、実害は無い」

 

と説明した。確かに、束を抜いたら世界でもトップの天才と呼ばれるのが芳乃さくらだ。

しかも一夏が聞いた噂では、さくらは量子コンピューターを有しているとされていて、よく聞くハッカー集団も一切手出し出来ないと聞いた事がある。

しかも、天枷研究所の警備員は一夏が見た限り屈強な男達ばかりだった。

おいそれと、手出し出来ないだろう。

それこそ、ISでも投入されない限りは。

 

「……年下の俺が言う生意気かもしれないが……苦労したんだな、沢井さん……」

 

「ありがとう、織斑くん」

 

一夏の言葉に、麻耶は笑みを浮かべた。

その時、ドアが開き

 

「戻ったぞー! っと、織斑が来ていたか」

 

美夏が元気よく入ってきた。

 

「あら、お帰りなさい。天枷さん」

 

「お帰り、天枷」

 

「あ、どうも」

 

麻耶と義之は温かく出迎え、一夏は軽く会釈した。

 

「ほら、花より団子の今年の新作だそうだ」

 

「あら、公園に行ったのは知ってたけど」

 

「美秋さん、俺たちにもお茶を」

 

「はい、分かりました」

 

美夏は三人が居た机に近寄ると、机の上に風呂敷を置いた。どうやら、花より団子に行って買ってきた和菓子が入っているようだ。

 

「織斑も構わないぞ」

 

「え、良いのか?」

 

「うむ! 数の心配は要らないぞ!」

 

「天枷さん。私達で数日分は買ってくるのよ」

 

「むしろ、食べてくれ」

 

どうやら、美夏はかなりの量を買ってくるらしい。麻耶と義之は苦笑いを浮かべている。

いくら美味しい和菓子とはいっても、何日も同じ和菓子は飽きるかもしれない。

 

「はは……分かった、貰うよ」

 

「うむ!」

 

一夏の言葉に、美夏は満足そうに頷いた。



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天枷研究所見学 4

「花より団子の和菓子……凄く美味しいな」

 

「だろ?」

 

「初音島の老舗名店だからね」

 

一夏の言葉に、義之と麻耶が嬉しそうに説明した。

美夏も、美味しそうに食べている。なお美夏の話では、花より団子は50年以上前から営業しているらしい。

 

「だけど、義之と沢井さんは学生でありながら研究員か……凄いな」

 

「まあ、私たちは特例よ」

 

「だな……よほどの事がない限り、学生で研究員ってのはな」

 

確かに、かなり特例だろう。学生で研究員というのは、二足のわらじになり、かなりの高確率で中途半端になる可能性が高い。

しかし二人は学業も非常に優秀で、夏休み前の試験では学年一位と二位になっていて、研究員としては一夏にはよくわからないが、来た日にさくらの代わりに人工島建設の視察に行っていたのだから、優秀なのは間違いない。

 

「さて……お茶も済んだし……」

 

「そろそろ、見学始めるか」

 

和菓子を食べ終わり、湯飲みを机の上に置いた二人の言葉に、一夏も立ち上がった。

すると、麻耶が

 

「天枷さん。私たち、織斑くんを案内してくるわね」

 

「うむ! 美夏は、残ってるデータ収集を終わらせるぞ!」

 

美夏はそう言うと、美秋と呼んでから奥の部屋に向かった。どうやら、美秋と一緒にデータ収集をやるようだ。

そして一夏は、二人の先導で研究室から出た。

白を基調にした壁紙の廊下を歩き、暫く進むと

 

「おぉ……広い研究室だ……」

 

「ここは、μ用の新しい拡張部品やプログラムを開発してる部署だな」

 

「今のところ、この部署が一番広いし人員も多いわね」

 

広い窓ガラスから中学校位の体育館の広さの研究室が見え、中にはかなりの人数の研究員達が議論したり、一緒に何かを作っている。

 

「μか……確か、部品の組み換えやプログラムの交換で様々な用途に使えるんだっけ?」

 

「そうよ。最近だと、病院で試験運用してるわね」

 

「あと、介護施設向けに新しいのも作ってるな」

 

義之は語りながら、ある場所を指差した。そこでは、一人の研究員の脈拍を片手で計り、もう片方の手を伸ばして靴を履かせている。

どうやら、腕に様々な機能を内蔵して試験しているようだ。

 

「おぉー……凄いな……」

 

「ああやって常に、新しい拡張キットを作ってるわね」

 

「最近だと、自衛隊向けも開発してるが、それは機密の関係で別の区画だな」

 

「自衛隊か……」

 

一夏は、夏休み直前の福音事件の時の部隊を思い出した。一夏が後から聞いた話だと、腕利きの部隊だと聞いた。

 

「じゃあ、次に行きましょうか」

 

「あ、はい」

 

麻耶の先導で、更に廊下を進み、エレベーターに乗った。非常に静かなエレベーターで、地下に降りた。

 

「実は、このエレベーターにもセキュリティーの一種が有ってね」

 

「このエレベーターは監視カメラで中も見てるんだが、もし不穏な動きをしたらシャフトが閉鎖され、更に中に睡眠ガスが流し込まれる仕組みになってる」

 

「お、おぉ……捕まえる為か」

 

麻耶と義之の話を聞いた一夏は、思わず天井を見上げた。何気に凶悪なセキュリティーに、驚いているようだ。

 

「んで、地下一階だが……」

 

「ここでは、新しい骨組みや素材の開発をしてるわ」

 

窓から見ると、何やら骨組みにエネルギー回路を組み込んだのを開発しているようだ。しかし、どうやっているのかは一夏には分からない。

 

「おぉ……最先端の研究ってやつか……」

 

「そうだな。天枷研究所だけで、かなりの数の特許あるな」

 

「過半数が、さくらさんの研究なんだけどね」

 

流石は、束と並ぶ天才科学者と呼ばれるだけある。

束よりコミュニケーション能力が高く、恐らく議論も重ねた結果なのだろう。だがもし、束と一緒に研究したら、とんでもない物が開発されそうだ、と一夏は思った。

 

「一応ここ、カメラとかの機能は使えなくなるセキュリティが働いてるわ」

 

「特に、携帯は繋がらない」

 

それを聞いた一夏は、携帯を取り出して画面を見た。

確かに、電波は繋がらないし、なんなら操作出来ないようになっている。

 

「いや、本当に凄いな……」

 

「まあ、産業スパイ対策だな」

 

「ちょっと過剰かな、って思う事もあるわね」

 

だが、その位やった方が効果は確実だろう。

セキュリティは、やり過ぎかな、と思う位にやらないと意味を成さないだろう。

天枷研究所の研究内容を考えると、この位は必要なのだろう。

 

「この奥は量子力学の研究もやってるんだけど……」

 

「流石に、機密性が高いから見学も出来ないの……ごめんなさいね」

 

「ああ、いや。大丈夫」

 

そこで折り返し、再びエレベーターに乗った。

 



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帰還と横暴

今回で、初音島編は一時終了です


「さて、これで見せられる区画は全部だな」

 

「見学は、どうだったかしら?」

 

見学の案内を終えて、義之と麻耶は一夏に問い掛けた。

 

「いや、凄かったよ……今のロボットって、あんな風になってるんだな」

 

一夏は、見学した際に見たμや新型を思い出して興奮しているようだ。今はISばかりが注目されているが、確かに技術は進んでいるのだ。

 

「実はな、IS学園から大口の発注があったらしいんだよ」

 

「IS学園から!?」

 

義之の言葉に、一夏は驚いていた。

IS学園には、様々な分野での上位の人材が揃い、料理や掃除、設備の維持に務めている。

それなのに、μの大口発注というのは予想外だったのだ。

 

「ええ……IS学園で立て続けにトラブルが起きたから……怖くなって辞めたんでしょうね……」

 

「あぁ……」

 

麻耶の言葉に、一夏は同意するように頷いた。

今年に入り、イベントの度にトラブルが起きている。IS学園の職員とはいえ、結局は一般人な為に恐怖心で辞めるのは仕方ないだろう。

 

「既に第一陣は送ったから、一夏がIS学園に戻った時には既に居る筈だ」

 

「そうなのか……」

 

第一陣という事は、他に第二第三も有るという証拠で、総数が気になる一夏だった。

すると、受付に到着し

 

「はーい。ここで、簡易IDカードを受け取るからねー」

 

と水越女史が、一夏に声を掛けた。

それを聞いた一夏は、首に掛けていたネームプレートホルダーを外して、水越女史に返却した。

 

「はーい、確かに」

 

「今日はありがとうございました」

 

「また、IS学園でな」

 

「夏休みの宿題、忘れないようにね」

 

義之と麻耶に見送られて、一夏は天枷研究所から出た。

これから一度朝倉家に戻り、玄関付近に置いといた荷物を回収し、フェリー埠頭に向かう途中で、初音島土産を買うつもりである。

 

「さて……朝倉家に行くか」

 

二泊した朝倉家は居心地が良かった。

一夏が初めて経験した、有る意味家族の団欒。千冬は中々実家に帰ってこなかったので、一夏はかなりの回数は五反田食堂で食事したのだが、やはりお金を払っていたので外食という感覚だった。

 

「……暖かいっていうのかな、あの感覚が……」

 

千冬よりかは若いが、年上の音姫に年下の由夢。そして音姫と由夢の祖父の純一。

 

「……また、来てみたいな」

 

そう呟きながら、一夏は朝倉家に向かった。

一方その頃、IS学園。

その職員室にて、千冬は山田先生と共にある書類を見て頭を抱えていた。

 

「ち……女権共め……」

 

「まさか、こんな形で……」

 

二人が見ている書類には、要約すればこう書かれてある。

 

《貴重なセカンドシフトISを、ISに不慣れな男に使わせる訳にはいかない。今すぐ、二機のセカンドシフトISを自衛隊のIS部隊に引き渡せ》

 

という、横暴にも程がある内容だった。

勿論だが、千冬達は従う気は毛頭無い。そもそも、セカンドシフト機を無理やり操縦者から引き離しても、機能を十全に活かせる訳が無い。

 

「山田君……これを、至急学園長に」

 

「はい、分かりました」

 

千冬の指示に従い、山田先生はその書類を持って職員室から出た。それを見送り、千冬は

 

「……最近、女権共が増長し過ぎだな……」

 

と低い声音で呟いた。



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幕間 シャルロットの買い物

一夏が朝倉家で過ごしていた時、同じように彼女。

シャルロットも、神代家で過ごしていた。

広い和風家屋にも、ようやく慣れてきて、それと同時に初音島での生活にも慣れてきた。

今や世界的に喪われた男女平等、その最後の地。長い間陰謀に揉まれてきたシャルロットは、久しぶりに穏やかに過ごしていた。

 

「やあ、シャルロットちゃん。今日も買い物かい?」

 

「あ、はい。今日は何が安いですか?」

 

シャルロットは自転車に乗り、近くの商店街に来ていた。今しがた話しかけてきたのは、八百屋の店主のおっちゃんだ。

 

「今日は茄子とキュウリ、トマトが安いよ!」

 

「じゃあ、それらを買います」

 

「まいど!」

 

シャルロットが頼むと、おっちゃんは手早く野菜をシャルロットが差し出した袋に入れていく。そしてシャルロットが渡したお金と引き換えに、袋を渡した。

 

「ありがとうございました」

 

「おう、また来なよ!」

 

シャルロットは袋を自転車の前籠に入れて、次の目的地に向かう。次は、冬也から頼まれていた買い物だ。

 

「えっと……あ、この本屋さんだ」

 

昨日手渡されていた予約の紙に書かれてある店名から、目的の本屋を見つけて入った。

かなり大きい本屋で、シャルロットも買う事にした。

気になった小説と料理の本。そして少女漫画を手に持ち、レジに並ぶ。自分の本の支払いの前に、冬也から預かった予約証を店員に手渡し、予約の本と一緒に精算。

帰路に着く。

 

(……暖かいな、初音島って……)

 

優しさに溢れる地。

シャルロットは、初音島をそう思っている。

さくらや冬也だけでなく、街行く人々も優しい。

その証拠に

 

「あら、シャルロットちゃん。買い物?」

 

「あ、はい。今日の夜ご飯用の野菜と、本です」

 

と花より団子の店長が話し掛けてきた。

初音島でも、屈指の老舗。花より団子。和菓子の販売と店内外での食べられるお店で、最近ではシャルロットもよく飲むようになった緑茶の販売もしている。

 

「ふふ、偉いわね。あ、そうだ。ちょっと待ってて」

 

店長はそう言って、一度店内に消えた。そして少しすると、ビニール袋を持って現れて

 

「これ、持っていって」

 

とシャルロットに中が見えるように、差し出した。ビニール袋の中には、それなりの数の和菓子が入っていた。

 

「え!? これって……」

 

「実は、今日予約されてたんだけど、急に来れなくなったって、キャンセルされちゃった品なのよ。このままじゃ廃棄になっちゃうから、持っていって」

 

「けど……」

 

店長の言葉に、シャルロットが困惑していると

 

「いいからいいから」

 

と店長は、シャルロットの自転車の後ろの籠に入れた。

今乗っている自転車は、神代家にあった自転車だ。

 

「じゃあ、貰います……ありがとうございました」

 

「じゃあね」

 

店長は笑みを浮かべながら、シャルロットを見送った。

予想外の和菓子に、シャルロットは

 

「結構な量だったから、さくらさんの家に渡しに行こうかな」

 

と帰宅の予定だった道を変更し、芳乃家に向かう。

最早慣れた道を進み、芳乃家に到着した。すると、ドアが開いて、中から小さな男の子。

麻耶の弟の優斗が出てきた。

 

「あれ、シャルロットおねえさんだ」

 

「やっほ、優斗くん。さくらさんか義兄さん、居るかな?」

 

「義之おにいちゃんがいるから、よんでくるね」

 

「ありがとう」

 

優斗が中に入って少しすると

 

「おお、シャルロット。どうした?」

 

と義之と麻耶が出てきた。

 

「さっき、花より団子で和菓子を貰ったんだけど、量が多いからお裾分けに」

 

とシャルロットは、和菓子の袋をから二人分の和菓子を取り出してから、義之に手渡した。

 

「おお、ありがとうな」

 

「ありがとう、シャルロットさん」

 

二人は中身を確認してから、シャルロットに感謝の言葉を言った。そして、シャルロットが自転車に乗ると

 

「またねー!」

 

と優斗が元気に、手を振った。

そして改めて、シャルロットは神代家への帰路に着いた。



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特別教育チーム

一夏が数日ぶりにIS学園に戻ると、寮内に十数体のμが配備されていて、掃除や自販機の補充をしていた。

恐らく、二年生寮や三年生寮もだろう。

 

「これで、第一陣って言ってたな……総数で何体なんだろ」

 

一夏はそう呟きながら、自室に入った。すると、机の上に何やらメモが置いてある。そのメモには、《至急、生徒会室に来られたし》と書いてあった。

 

「……生徒会室?」

 

一夏は不思議そうに、首を傾げた。

念のために制服に着替え、生徒手帳のマップ機能を使ってIS学園生徒会室を目指した。

校舎はとても広く、一夏はまだマップ機能を使わないと何処にどの教室があるか分からず、迷ってしまう。

 

「本当、IS学園って無駄に広いな……」

 

マップを確認しながら一夏は、少しずつ生徒会室を目指した。

 

「えっと……こっちか」

 

そして、幾つ目か分からない曲がり角を曲がると、ようやく目的地たる生徒会室を見つけた。

そして、ノックすると

 

『どうぞ、お入りください』

 

「失礼します」

 

中に入ると、一夏を数人の少女達が出迎えた。

知っているのは、簪と本音位だ。

 

「えっと、メモを読んで来たんですが……」

 

「ええ、確かに呼んだわ。ごめんなさいね、いきなりで。私はIS学園生徒会長の更識楯無よ。宜しくね。織斑一夏くん」

 

「私は、書記兼会計の布仏虚です」

 

「書記の布仏本音なのだ~」

 

「のほほんさん、書記だったの!?」

 

本音が生徒会役員という事にも驚きだったが、書記という事に一夏は驚いた。

 

「字は綺麗なんだよ~? はい、証拠」

 

「マジで綺麗だ」

 

本音から証拠と見せられたノートには、かなり読みやすく様々な注釈も添えられていた。

すると、簪が手を叩いて

 

「一応自己紹介……生徒会じゃないけど、更識簪……よろしく」

 

「あ、ああ……よろしく」

 

簪が自己紹介すると、一夏も軽く頭を下げた。

すると、楯無が

 

「さて、これで一通りは自己紹介が終わったって事で……本題に入るわよ、織斑くん」

 

と切り出した。

 

「織斑くん……はっきり言って、君は弱い……」

 

「……確かに、弱いですね……」

 

「あら、認めるのね」

 

一夏が認めるとは思っていなかった楯無は、少し驚いた表情だった。すると一夏は

 

「……鈴やヴィシュヌさんに比べたら、俺はまだまだ素人同然……義之みたいに頭も良くない……恐らく、今IS学園の専用機持ちの中では最弱って言っても良いでしょう……しかし、そのままで居るつもりはない!」

 

と宣言した。それは、今の一夏の嘘偽り無い心情だろう。

 

「見事よ、織斑くん……じゃあ、この子達を呼んだのは正しかった訳ね」

 

楯無はそう言って、鈴を鳴らした。すると、一夏が入ってきたのとは別のドアが開いて、数人の少女達が入ってきた。

一人は、一夏もよく知るヴィシュヌ。そして二人目は、初音島で初めて出会った飛鳥。そして三人目は知らない少女だった。

 

「今日君を呼んだのは、君を鍛える特別チームを編成したからよ。まず一人目は、よく知ってるでしょう? ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーさんよ」

 

「よろしくお願いしますね」

 

「あ、ああ……よろしく」

 

楯無が紹介すると、ヴィシュヌと握手した。

次に、飛鳥が前に出て

 

「まだ正式じゃないけど、二人目は夏休み明けからIS学園の生徒になる五条院飛鳥ちゃん」

 

「今度からは、私もIS学園の生徒です」

 

「ああ、よろしく」

 

そして再現に、短く切った黒髪に理知的な印象の少女が歩みより

 

「最後に、同じく夏休み明けからIS学園の生徒になる江戸川杏花(えどがわきょうか)さん。彼女は整備士ね」

 

「よろしくお願いします」

 

「江戸川!? あの名探偵の!?」

 

「それは、先祖ですね。実家は人形師です」

 

江戸川の名前は、一夏も知っている。

江戸川乱歩、かつて幾つも難事件を解決した名探偵だ。彼女はその子孫らしい。

 

「そして時々、私や虚ちゃん。簪ちゃんや本音ちゃんも手伝うわ。これが、織斑くんを鍛える特別チームよ」

 

ヴィシュヌ、飛鳥、杏花、楯無、虚、簪に本音。中々に豪勢なチームである。一夏一人を教育するには、過剰に思えた程だ。

だが、一夏も強くなりたい。

 

「……よろしくお願いします」

 

だからこそ、一夏は受け入れた。何時までも、弱いままでは居られないから。



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訓練と手助け

一夏特別教育チームが編成された日の数時間後、一夏は訓練していた。

 

「くっ!?」

 

『確かに、第二形態(セカンドシフト)してからは、白式にも遠距離武器は追加されたけど……!』

 

一夏は楯無と模擬戦をしていて、水を使った遠近両方の攻撃に苦戦。距離を取って、態勢を立て直そうと考えた。しかし次の瞬間、今まで正面に居た楯無の輪郭がボヤけた。

 

「しまった!?」

 

『遅いわよ!』

 

実は途中から、水を使った分身に気を取られていた。

一夏は気付いて、反撃しようと雪片弐型・雪華で槍を受け流した。だが、それすらフェイント。

楯無は左手に蛇腹剣を展開していて、それによる連撃を繰り出して、一夏機はエネルギーが切れた。

 

『はい、終了』

 

「また、一撃も入らなかった……」

 

既にこの模擬戦は、五回戦目であり、その全てに於いて楯無は、無傷で勝っていた。

一夏と楯無は、それぞれピットに戻ってエネルギーの補給や弾薬の補給。機体の簡易チェックを始めた。

すると虚は、楯無に近づき

 

「お嬢様。彼の動き……」

 

「ええ……一回戦う毎に、どんどん良くなってる……あり得ない速度で」

 

虚の意図に気付いた楯無は、虚から差し出されたスポーツドリンクを飲みながら、繰り返してきた模擬戦を思い出した。

最初の一回目と二回目は、楯無の攻撃は面白いように当たり、一方的な展開だった。

しかし、三回目で単純な射撃や斬撃は避けるようになり、四回目では反撃してくるようになった。

そして、直前の五回目。時々だが、ヒヤリとする反撃が織り交ぜられており、もしかしたら一撃入っていた可能性すらあった。

驚異的なまでの成長速度に、楯無は内心で警戒心すら抱いた。

 

「なに、あの成長速度……天才って言葉すら生ぬるいわよ……」

 

義之も間違いなく天才で、最初からあり得ない動きをしていたが、一夏も間違いなく天才。いや、鬼才だった。

楯無からしたら、水分身はまだ使うつもりすらなかった技だった。

 

「お嬢様。飛鳥さんから連絡が」

 

「何かしら?」

 

「どうやら、織斑君の体力が限界なようです。一時間程休憩したいと」

 

虚の話を聞いた楯無は、エネルギー補給以外はぶっ続けで模擬戦していた事を思い出した。

楯無は実家が裏の家系故、軍事訓練をしていた為に体力は人並み外れている。

しかし、一夏は少し前まで一般人として過ごしてきた。

体力の差があるのは、当たり前の話だったのだ。

 

「そうね。少し休憩しましょうか。飛鳥ちゃんに伝えてくれる?」

 

「分かりました」

 

楯無の言葉に頷いた虚は、スッと静かに姿を消した。

楯無の従者の虚も、裏の家系の人間で、電子戦が得意だが、同時に忍びでもあった。

恐らく、食事の用意をしに向かったのだろう。そして楯無は、飛鳥から送られてきた一夏の適性値と稼働率を見た。

IS適性S

稼働率85%

 

「本当に、どうなってるのかしらね……」

 

場所は変わり、IS学園の校門付近。

そこには、セシリアと二人の少女の姿があった。

 

「へぇ……ここがIS学園……広いねぇ」

 

「お願いですから、揉め事は起こさないでくださいませ……カトレアさん」

 

カトレア・ホームズ

それが、セシリアと一緒に居る一人目の少女の名前だ。

セミロングの金髪に、翡翠色の瞳。小柄だが、整ったプロポーションの美少女だ。

すると、もう一人が

 

「そうだよ、カトレア。私たち、このIS学園からの要請で来てるんだからね」

 

とカトレアに注意した。

長い銀髪をポニーテールにし、170間近の高身長に青い瞳。グラビアアイドル顔負けのスタイルの良さの美少女だ。

彼女の名前は、イングリッド・ワトソン。代々続くホームズの助手の家系で、カトレアの専属だ。

 

「分かってるわよ、イングリッド。今回は女王陛下直々の指示だし……それに」

 

そこまで言った直後、カトレアの目の色が比喩ではなく、本当に変わった。翡翠色から、深紅に変わった。

 

「呆れた……もう何らかの大規模魔術の準備が始まってるじゃない」

 

「本当ですの?」

 

「ええ、間違いないわ……私の魔眼で捉えたから」

 

セシリアからの問い掛けに答えたら、カトレアの目の色が戻った。

魔眼

それが、代々ホームズ家が継いできた初代ホームズ。シャーロック・ホームズの魔術とは違う異能だった。

魔眼と一口に言ったが、その性質は千差万別。

カトレアの魔眼は、魔術の痕跡を可視化し、解析するという物だ。しかし、解析するには脳に負担が掛かるので、あまりカトレアは使わない。

 

「とりあえず、先に学園長さんに会いに行きましょうか」

 

「それが良いですわね」

 

「早く馴染めると良いなぁ」

 

三人はそう会話しながら、学園長室を目指した。



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あり得ない指示

一夏の特別特訓チームが編成され、初日の特訓が終わった。

 

「つ、疲れた……」

 

「お疲れ様です、織斑くん」

 

まさに疲労困憊という様子の一夏に、ヴィシュヌが飲み物を手渡した。

そんな横では、江戸川杏花が白式の整備をしている。

 

「ふむ……このエネルギー回路は、別のに交換した方が良いね……そうすれば、エネルギーの減りも改善出来そう」

 

杏花はそう言いながら、飛鳥が持ってきた部品と交換していく。その手際はかなり良い。

すると、生徒会メンバーが現れて

 

「今日はお疲れ様。どうだったかしら?」

 

「疲れましたけど……何か掴めたような気がします」

 

一夏はそう言いながら、手を握った。

どうやら、何らかの手がかりは掴めたようだ。

 

「そう、それは良かったわ」

 

一夏の言葉に、楯無が満足そうに頷いた。

そして

 

「明日は、ISの整備もあるから休みね。ただし、一人で無理な特訓はしないように」

 

と一夏に忠告し、整備室から出た。

整備室から出た楯無は、虚が出した端末を見て

 

「……やっぱり、あり得ないわね……これ」

 

と呟いた。最後の模擬戦。楯無はわりと本気で戦っていて、蛇腹剣。ラスティーネイルを一本破壊された。それだけでなく、アクアクリスタルも破壊された。

ラスティーネイルは連結部分が伸びた瞬間を斬られ、アクアクリスタルは瞬間加速ですれ違い様に斬られた。

どちらも、ほんの一瞬の早業だった。

その時

 

「お嬢様……つい先ほど、ロシア政府から連絡がありました」

 

「ロシアから?」

 

虚から予想外な報告を受けて、楯無は片眉を上げた。

ロシア政府から最後に連絡があったのは、一夏と義之がIS学園に来た時だった。

義之に関しては、友好的に接せよ。

一夏は、どんな形でも構わないから接点を作れ。

という内容だった。

義之に関しては、バックにさくらという強力な人物が居るから、機嫌を損ねるような事をするな、という意味だと楯無は考えていた。

一夏に関しては、ロシア政府は恐らくはノーマークだったから、少しでも友好関係になれ、ということだろう。

それから数ヶ月は連絡が無かったのだが、今さら何の要件が、と楯無は思いながら端末で確認し

 

「……は?」

 

と声を漏らした。

 

「お嬢様? どうなさいました?」

 

「……バカだとは思ってたけど、とうとうなりふり構わなくなってきたわね……」

 

虚からの問い掛けに呟きながら、楯無は端末を虚に差し出した。最初は躊躇っていた虚だが、連絡内容を見て

 

「そんな……! これは、幾らなんでも……!」

 

と狼狽えた。

その内容は

 

《翌日未明、特殊部隊が織斑一夏。並びに桜内義之の誘拐。または暗殺を行い、ISを奪取する。補助せよ》

 

という、あり得ない内容だった。

確かに、楯無はロシアの代表であり、ロシア政府からの指令ならば従う義務がある。

だが同時に、楯無は日本を裏から守る公儀隠密の家の人間である。

本来の帰属は、日本にある。

 

「……流石に、国民に危害を加えるという指示内容には従えないわね……」

 

「お嬢様……ということは」

 

「……簪ちゃんにも手伝ってもらって……ロシア軍を殲滅します……」

 

楯無は、ロシアに反抗することを決めた。



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