レイシフトの私的な使用は法律で禁止されています (ペニーボイス)
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Ⅰ 大英帝国の"威光"

申し訳ありませんんんんん(開幕DOGEZA)

ただの暇人が趣味突っ込むだけの物語です。
目を通していただければ本当に幸いです。
人理どこいった?


 

 

 

 

島津貴男、26歳。

独身。

職業・エンジニア。

 

特技:食う、寝る、ゲーム。

趣味:煙草。

嫌いな物:労働

そして、

 

 

 

 

 

好きな物:『歴史』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は片手にトルクレンチ、片手にソケットを持っていた。

さっきまで自分の車を整備していたハズで、

自身の乗る軽自動車の、どうしようもないほど錆びついたホイールのボルトをどうにか取り外そうとしていたはずだ。

 

それが気付けば真っ白なお部屋の中にいて、目の前にいる俺より冴えてないおっさんからジロジロと見られているのである。

 

おっさんは俺を一通り見回すと、ただ一言こう言った。

 

「ま、こいつでいいや。」

 

その後は意識が遠のいて…

 

 

 

 

 

 

 

 

気付けば転生を果たしていた。

赤ん坊から再スタートするマイライフ。

幼稚園児は模範的、小学校低学年までは神童と呼ばれた。

ところがそれ以降は一般人。

特に取り柄もない、ただの平凡な人間だった。

 

少なくとも俺の記憶の中では2度目の高校受験を迎え、そこそこの高校に入学し、そこそこの成績で卒業。

その後俺が何になったかといえば…

 

 

 

エンジニア。

 

 

なんでや。

別のお仕事してみてもよかったじゃん?

なんで前世エンジニアで今世もエンジニアなのよ。

なんで2つの世界線跨いでエンジニアなのよ。

転生の意味ないじゃん?

せっかく物凄くナチュラルに転生受け入れたのに末路がこれかよ。

つーかそもそもどの世界線に転生してきたんだよ俺は。

 

頼むからフォール●ウトとかやめろよ?

バイオ●ザードとかやめろよ?

そんなサヴァイバー系世界観の中でサヴァイヴできる人間じゃねえんだよ俺は。

良いとこボルト締めてトルクかけるぐらいが精一杯なんだよ。

ガスマスクの装着要領とか知らねえし、銃持ったってなんにもできねえよ。

 

 

 

前世の世界線と違いがあるとすれば、就職先。

馬鹿高い報酬に釣られて、俺はその職場の面接へ。

面接官は飛び上がって喜び、「エンジニアがちょうど不足して困って云々」とか言いながらロクな面接もせずに合格させた。

 

なんかクサいなぁ。

『ボルト締めるだけで年収1000万の簡単なお仕事』ってのはどうにも嘘じゃなさそうだ。

採用された瞬間から、俺の口座はちゃんと富裕層だったし。

いや、システムおかしくねえ?

 

 

嘘のない求人広告の理由は、実際に職場となる場所に行って初めて知った。

 

あ〜あ、なるほどねえ。

こんなところじゃ大して金の使い道もねえから先にやっとくわつー事ですか。

 

 

 

『人理継続保障機関カルデア』

 

 

文字だけみてりゃ筑波市にでもありそうじゃん?

でもね、コレがあるのね、

 

 

 

雪山じゃねええええかよおおおおお!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくつかの時が流れた後

 

 

 

レフとかいう大馬鹿野郎がドッタンバッタン大騒ぎしたせいで、俺の口座は全くもって意味のない物になってしまった。

人理が焼却され、よってお金の使い道もなし。

いやはや困ったなぁ。

せっかく米国債券やら土地でも買い漁って不労働富裕層への道をオープンザプライスしようと思ってたのに。

 

ドッタンバッタン大騒ぎのせいで同僚が何人か死んだし、よって俺の負担も増える。

まあ、もうストレスフルマックス。

喫煙という健康を害する趣味を始めたのはちゃんと20歳を超えた時からだったが、俺のこの悪い趣味はフルストレス症候群によりかなりの度合いで加速していった。

1日に7本そこらだったのが14本になり、今では1箱を越そうかとしている。

咳に痰が混じりやすくなったし、気だるくてやる気もしない。

ならやめりゃあ良いじゃんって話だが、このフルストレスオンザスノーマウンテンで辞めるって方が俺には難しいことだろう。

 

 

 

そんなわけで俺は今日も喫煙所で煙草を吸おうかとしている。

時刻は午後2時。

ちょうど昼飯に食った後の眠気がピークを迎え始めていて、ニコチン中毒者たる俺は眼を覚ますためにヤクブーツのチカラを借りる事にしたのだ。

ヤクブ〜ツにタヨレ、フォッフォッフォ〜。

 

 

紙巻きたばこを咥えた俺は、いつも通りにライターを取り出して火をつける。

ジェットライターでも使えば良いものを、オイルライターなんて使ってるもんだから火をつけるのに若干苦労した。

まあ、なんのかんので火はちゃんとついて、俺は最初の一口を

 

 

「ふんっ!」

 

 

真っ白な拳が横から伸びてきて、真っ赤な炎を蓄える煙草が握りつぶされる。

素手で。もう一度言う。素手で。

煙草の火ってのは案外熱いんだぜ?

少なくとも自分で触ろうって気にはならない程度には熱い。

だが、レッドコート(英国陸軍の制服)を着たハイパーナイススタイルおっぱい看護婦バーサーカーはそんなのもろともせずに握りつぶしてしまったのだ。

 

 

「シマズさん。何度言えば分かっていただけるのですか?喫煙はあなたの健康を害します。副流煙は周りの人間の健康を害します。

辞めるように、あれだけ言ったはずですが?」

 

「………いや、あの、ストレスが」

 

「ストレスを発散したいのであれば運動をお勧めします。何なら私が付き合いましょうか?」

 

 

一瞬、俺は迷う。

ハイパーナイススタイルおっぱい看護婦バーサーカー、ナイチンゲール通称婦長と一緒に運動?

それってトレーニングルームで輝かしい大英帝国の"威光"を直で観察できるって事じゃないのかい?

あのクリミアの重攻城砲弾が揺れ動く様を観察できるんじゃないのかい?

別に悪い事じゃないんだし…やってみても、良いかなぁ………

 

 

いや、落ち着け、貴男。

トレーニングルームで聖女ジャンヌダルクと人類最後のマスター・藤丸立香(♀)のトレーニング見ただろ、お前は。

キャハハハハ、ウフフフフフとかしてるっていう、そんな幻想を打ち砕かれただろうが。

 

 

「何をへばっているのです、マスター!あと200回!!!」

 

「ふえ、はぁ、お、おええええ」

 

 

とかいうゴリラ版猿の●星・創世記見たばかりだろうが。

バーサーカー版猿の●星になったら何が起こるかわからんぞ?

大英帝国陸軍は大英帝国陸軍でも、シャカ・ズールーと戦ってる方の大英帝国陸軍になりかねん。

 

 

「遠慮します、禁煙を頑張りますよ。」

 

「本当に?」

 

「えっ、あっ、うん、はい」

 

「本当に?」

 

「はい、はい。もちろん。」

 

「本当に?」

 

「はい、もちろん。」

 

「本当に?」

 

「はい、もち」

 

「本当に?」

 

「はい、も」

 

「本当に?」

 

「は」

 

「本当に?」

 

「」

 

「本当に?」「本当に?」「本当に?」

 

 

めっさ脂汗出てキタァァァ〜。

婦長迫り過ぎじゃねえ?

なんでそんな嘘か本当か☆究極審問タイム☆始めてんの?

そこまで?

ねえ、そこまで?

そこまでして俺の煙草やめさせたい?

別に放っといても良くない?

まだエドモン・ダンデスっていう、歩き煙草の常習犯がプカプカ副流煙撒き散らしながら歩きまわってんだけど、そっちよりもこっちに禁煙求めちゃいますか貴女は。

 

 

仕方ねえ。

こうなったら別の場所で吸う事にしよう。

 

俺は迫る婦長に両手を挙げて見せながら後退りし、一定の距離が取れた後に回れ右をして立ち去った。

 

婦長が背後から追ってこない事を確認し、ホッと一息を吐いて"秘密の喫煙所"へ向かう。

そこは俺の私室で、特別改造の換気扇と大量の煙草ストックが控えている。

ここなら内側から鍵がかかるし、おっぱいバーサーカーの追撃を受ける事もない。

そう。ここは俺の王国、王は俺。

別に慢心しなくとも、ここでは俺が王なのだ。だって俺の部屋なんだもん。

 

 

 

だが、俺が部屋に入る前に、すでに不法入国していた者がいる。

もし俺がアメリカ人なら「おい、このメキシコ人め!国境沿いに壁作ってやるから覚悟としけ!」って言うレベルの怒りと不信感を抑えながら、その不法入国者に近づくと、意外な人物である事が分かった。

 

 

「あら、やっと来たのね。」

 

 

竜の魔女、ジャンヌ・オルタ。

 

………いや、何しとんねん。

人の部屋で、何しとんねん………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Ⅱ トゥーレルの矢

設定ガバらせるのが私の専門です、ごめんなさい(おい

邪ンヌちゃんの記憶に関しては怪しい部分しかありませんが、聖女様よりも彼女の口調を書きたい欲望に勝てませんでしたお許しを


 

 

「なんの…ご用件でしょうか?」

 

「………」

 

 

竜の魔女は俺を見たまま動こうともしない。

何を待っていらっしゃるんでしょうかお嬢様。

とりあえず、なにかを待ってそうなので、お紅茶を淹れさせていただくことにした。

 

何か怒りを招いてピエール・コーション司祭みたく丸焦げにされちゃたまったもんじゃない。

あの司祭丸焦げどころか骨も残ってなかったような…考えないほうがいいね。

ともかく、俺は一般ピーポーだし、一般ピーポーがサーヴァントを相手にする上で気にしなければならないのは、ご機嫌斜めにしないようにする事だろう。

相手が中世フランスを真っ黒焦げにした竜の魔女なら尚更のこと。

 

 

俺は彼女のご機嫌を取るため、ティーカップの中にブランド紅茶のティーバッグを入れてお湯を注ぐ。

本来ならティーポットかサモワールで淹れるのがベストなようにも思えるが、俺の私室にはそんな物ないのだ仕方ない。

 

3分後にはティーバッグを捨てて、出来上がりの紅茶にグラニュー糖を入れる。

よくかき混ぜた後、竜の魔女にそれを手渡すと、少し不機嫌な顔をしつつもそれを飲んで下さった。

 

 

「ふぅ…なかなかイイ趣味してるじゃない。」

 

「お、お褒めいただきッ」

 

「で、アレは?」

 

「ア、アレ?」

 

「タバコよ!タバコ!!アンタ本当に鈍いのね!!!」

 

「ヒィィィイッ!!」

 

「あと、もう少し落ち着きなさいッ!別にアンタを燃やすとか言ったわけじゃないんだからっ!ていうか、私の方が勝手に部屋入り込んでんのに、なんでアンタが気を遣うのよ!?」

 

 

ま、そう言われればそうなんですけどね。

でも貴女アレじゃん?

竜の魔女じゃん?

フランスをこんがり美味しく焼いちゃってたじゃん?

怖がるなっつー方が無理といいますか。

 

とりあえず、邪ンヌがタバコをご所望というところで、俺はポケットからタバコを取り出して彼女に渡す。

 

 

「誰が一箱寄越せなんて言ったのよ。一本でいいわ、一本で。………そ、その……ありがとう。」

 

 

おっと、いかん。

死にかけた。

死ぬとこだった。

せっかくレフ・ライノールによるテロ行為から逃れたってのに、死ぬとこだった。

あぶねえ、あぶねえ。

尊死って本当にあるんだね、気をつけよう。

 

私はライターを取り出し、邪ンヌの咥えるタバコの先端へ持っていく。

絵面はどっかの工業高校そのまんまである。

DQNのタバコに火ぃつけるパシリか俺は。

だが、俺のオイルライターはカチンカチンと悲しい金属音をたてるだけで一向に機能しない。

あ、あれ〜?

おっかしいなぁ。

オイル切れかなぁ。

 

 

「はぁぁぁ。…そんなのなくても大丈夫よ。…デュヘイン。」

 

 

邪ンヌが人差し指をタバコの先端へ持って行き、呪文のようなモノを唱えると、人差し指から小さな炎が沸いてタバコに火をつけた。

 

 

「ほら、アンタも吸いに来たんでしょう?」

 

 

邪ンヌが俺にもタバコを咥えさせて、同じように火を付けてくれた。

竜の魔女の炎で吸う煙草の、何とうまい事か。

 

 

「身に余るこうえ」

 

「普通に喋らないと燃やすわよ?」

 

「ありがとうございます」

 

「それでよし。」

 

「しっかしまあ、タバコなら売店でも売ってるでしょう。何でまた俺の部屋なんかに…」

 

「マスターちゃんに悪い影響を与えたくないの。健康的にも、倫理的にも、ね。」

 

「な、なるほどぉ…」

 

 

邪んデレし過ぎてない?

竜の魔女ってこんなんだったっけ?

 

俺は電力関係のエンジニアなので、魔力なんたらかんたらのレイシフトうんたらかんたらとか言われてもサッパリわからん。

そもそも仕事場が違うし、人理の修正とかなんとかで盛り上がってるDr.ロマ二を遠目に見つめるぐらいしか出来るこたぁない。

 

ただ、この竜の魔女がおフランスで何やらかしたかは知っていたし、ピエール・コーションなる司祭を丸焼きにしたのは運悪く映像で見てたし、そもそもこのカルデアにいらっしゃった時も周りに圧力と嫌味を振りまいてたハズなのだ。

 

それが今や藤丸立香なる少女の事をマスターちゃんなどと呼び、俺を尊死へ導かんとしているのである。

エラい変わりようっつーかそもそも別の人格の他人なんじゃなかろうか。

 

 

 

その邪ンヌはまだ、紅茶片手に燃焼促進剤の入っていないタバコをゆっくりと吸っている。

 

うぅん…さっき、ご機嫌斜めにさせちゃマズいって言ったけど、ここまで邪んデレてる邪ンヌなら大丈夫でしょう。

ちょっとくらいの雑談で燃やされるなら、もうとっくの昔に燃やされてそうだし。

ん〜、でもトラウマにガッツリ触れそうだからやめとくかなぁ。

 

 

「何よ?話したい事があれば話せばいいじゃない?」

 

「え、いいんっすか?」

 

「多少なら付き合ってあげてもいいわ。」

 

「本当に?」

 

「いいわよ」

 

「本当に?」

 

「いいわよ」

 

「本当「燃やすわよ?」

 

 

聞きたい事あるならとっとと聞けや発言をいただいたので、俺はそのご厚意に甘える事にした。

 

 

「実は…歴史について興味がありまして…」

 

「へぇ。私が火刑に処された時の事でも聞きたいの?」

 

「とんでもない。…百年戦争当時の戦いで、いっちゃん苦労したのは何ですか?」

 

 

まあ、無茶振りしちゃいましたわ、テヘペロ。

そもそも彼女、何を隠そう元はと言えばジルドレ元帥の願望の塊みたいなもんで、故にそれまでの記憶持ってるかどうかは怪しいもんっすからねえすいませんねえつい聞いてみたかったんですよなんか覚えてたりしないかなぁって思ってさあでもごめんね流石に無茶振りが過ぎ

 

 

「兵士の士気…かしらね。」

 

 

あっ、そういう事ですか。

神様の啓示を受けてからアクション起こすまでの記憶はなくとも、アクション起こした後の記憶はあるんすか。

 

しかしまあ、兵士の士気…かぁ。

偏見かもしれんけど、ジャンヌ・ダルクに率いられるフランス兵ってもんすっごい士気高いイメージが頭から離れない。

 

 

「…ああ。聖女サマのイメージが強いから、想像は難しいかもしれないわね。」

 

「正直言って、難しいっす。」

 

「いい?百年戦争が再燃した理由は、シャルル7世の即位よ。徒歩兵を構成する農民からすれば、王様が誰であろうが基本関係はないでしょう?」

 

「まあ、確かに、そうかもしれませんな。政治の質にも左右されるでしょうけど、基本的には王家の云々より自分の畑でしょう。」

 

「フランス王家に忠実な農民達も確かにいたわ。でも、百年間も断続的に戦争してんのよ?その間にペストが流行ったり、農民自身が反乱を起こしたり。」

 

 

ジャンヌ・ダルクの生誕した、フランス東部のドンレミ村はフランス王家への忠誠心の高い地域だったようだ。

しかし、他の地域も同様であったとは限らない。

ペストが流行していた1358年にはジャックリーの反乱と呼ばれる農民主体の反乱が起きている。

フランスだけではなく、この点はイギリスも同様で、1381年にワット=タイラーの乱が起きていた。

いずれも封建反動と呼ばれる領主による収奪が原因で、共に全国規模に広がっている。

 

 

「農民の士気も大変だったけど、騎士の方も大変だったわ。」

 

「騎士!?騎士の士気って往々にして高いイメージしかないんですが!?」

 

「アジャンクールの戦いで、フランスの重装騎士達はイングランドの長弓兵にコテンパンにされた。当時のフランスのバカ貴族共は、戦時だってのに団結しようともせず、『雄々しく突撃するのが騎兵の華』なんて考え方してたわけ。あの頑固馬鹿共説得すんの、どんだけ大変だったか。」

 

 

オルレアン包囲戦について調べると、当初王太子が信用してくれず「修道院行って検査受けてこい」って言われたり、指揮官達がジャンヌに何も知らせず進軍ルート変えてたりとかされてる。

まあ、本職の軍人からすれば、何の訓練も経験もない少女に「神様のお告げ」云々言われて信じろって方が無理な話かもしれない。

 

 

「当時の士気ってのは戦況における影響の割合が高いもんだから、色々と手を打ったりしたわ。オルレアンの周辺で何度も道路をパレードしてパンを配ったり、足怪我した後も野営地に加わってみたり。トゥーレル砦の時なんか、射たれたボルトをその場で引き抜いて戦列に戻ったのよ?」

 

「………痛かったっすよね?」

 

「めっちゃ痛かった。」

 

 

 

ですよねぇ〜。

おっと、気づけば手にするタバコの火は根元まで迫っている。

火が私の手元へと追撃戦を仕掛ける前に、私は灰皿を探し出して火を消す。

そこに邪ンヌのタバコが加わったあと、私はそれを吸い殻入れへ投げ入れた。

 

 

「また貰いに来てもいい?」

 

「歓迎しますよ。」

 

「そ。それじゃあ、マスターちゃんのとこへ戻るわ。」

 

 

邪ンヌはそう言って、華麗に回れ右してドアから出て行く。

うーむ、面白い話を聞けたなぁ。

こういうのもたまにはすっげえ気分転換になるっつーか。

 

さてさて、俺ももうそろそろ戻らねばならない。

 

ドアへ向かった途端、ドアが勝手に開いた。

何事かと身構えるが、ドアの向こうから現れたのは邪ンヌだった。

 

 

「どうしたんすか?」

 

「アンタ、フリ●クとか持ってない?」

 

 

生活指導の先生が怖いヤンキーかよ。

 

 

 

 

 

 

 



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Ⅲ サン・フアン・ヒルの予言者

キャラ崩壊どころかキャラ設定弄りましたごめんなさい許してくださいなんでもしますからなんでもするとはいってない。


 

 

アメリカ合衆国。

 

 

 

 

この名を聞けば、皆さんは何を連想するだろうか?

 

ハンバーガー、フレンチフライ、コカコーラ?

ナ●キ、ア●ダーアーマー、ニュー●ランス?

 

ビヨ●セやTO●Oと言った歌手を思い浮かべるかもしれないし、世界一の軍事力を思い浮かべる人も多いだろう。

 

最近だと、カ〜モンベイベ〜ナンタラ〜ってのを浮かべる人もいるかもしれない。

 

 

この国が独立宣言を出したのは1776年の事。

1.5世紀後には第一次世界大戦で決定的な役割を果たし、その10年後には世界恐慌の震源地になった。

そしてさらにその13年後には第二次世界大戦に参加して、4年でナチス・ドイツと大日本帝国を打ち破り、冷戦における自由主義社会のリーダーたる地位を確固たるものにした。

 

冷戦が崩壊するとアメリカは1人勝ち状態になったが、リーマンショックとロシアの再興・中国の台頭により『新冷戦』と呼ばれる時代が見え隠れするようになり、そして、人理焼却サヨナラバイバイ、オレはコイツと旅に出る、ピ●チュー。

 

 

 

 

 

まあ、いずれにせよ、アメリカ合衆国ほど短い歴史の中で確固たるスーパーパワーに上り詰めた国もそうそうないだろう。

 

それはつまり、歴代のアメリカ大統領達は絶えず良質な判断を求められてきたという事にもならないだろうか?

 

危機管理、安全保障、経済政策、治安維持、人種問題等々、国家の元首が向き合わなければならない問題はそれこそ星の数にも登る。

そして下される判断が誤っていればいるほど、その国が発展する事はあり得なくなっていく。

アメリカ合衆国が短期間で世界一のスーパーパワーに上り詰めたのは、きっと歴代大統領によるところも大きい事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その"大統王"は巨大な肉体を、俺の小さな私室で縮こめるようにしながら座ってタバコを吸っていた。

 

公共の喫煙所なら彼も背筋を伸ばして吸えるハズなのだが、最近は大英帝国の"威光"が巡回期間を短縮し始めており、安心して吸うことが難しい。

 

よって俺は私室でタバコを吸うことが多くなった。

そして、そればかりか喫煙者サーヴァント達が立ち寄る休憩所みたいになっていってる。

 

ちょっとばかし勘弁していただきたいかなぁ。

既に俺の私室には、邪ンヌとエドモンさんにご来場いただいた。

この2人なら体格的にも標準の人間サイズであり、そんな困ったなぁというようなこたぁない。

ただ、大統王ことエジソンとなるとちょっと困る。

デカいんだもん、サイズが。

俺のベッドに腰下ろしてるけど、ちょっと動く度にみしぃって言うし。

そもそもライオンがタバコ吸ってんのよ、俺の部屋で。

軽く安全保障上の危機だわ。

 

 

「すまんな、シマズくん。最近はあの看護婦が『カルデア禁煙☆キャンペーン』なるモノを始めてな。喫煙所で吸おうものなら殺される。」

 

「ど、どうか、お、お気になさらず。」

 

 

エジソンは案外ヘビースモーカーらしく、既に2本目のタバコをチェーンスモーキングしていた。

一方の俺の方は今日も業務を終えており、彼が出て行ったらゆっくりと寝る気でいる。

まあ、正直早う出てけやと思うところがないわけでもない。

ただこの人も婦長に追い回されて大変だなぁと思うところもあるので、俺はそれを態度に出さないようにした。

 

 

エジソンの喫煙はまだ当分終わりそうになかった。

うぅん、どうすっかなぁと思った矢先、昨日

の邪ンヌとの会話を思い出した。

そういえば、大統王って、エジソンの霊基をベースにアメリカ歴代大統領の霊基を合成して出てきたモンじゃなかったっけ?

 

ひょっとしたら…

 

 

「すいません、お伺いしたいお話があるのですが」

 

「ん?…ハハ、伝記本でも読んだのかな?…しかし、まあ、そう言った申し受けを受けるのは初めてだ。よろしい!何でも聞きたまえ。」

 

「うぅんと、こういうこと言うのもアレなんですが…」

 

「何だね?電球のフィラメントに京都の竹を使った時の感動的な話でもしようか?」

 

「えと、実をいうと、お話したいのはあなたじゃなくて…"彼ら"の方なんです。」

 

「…………」

 

 

エジソンが一瞬沈黙したが、すぐに馬鹿デカい笑い声をあげる。

本当に、何というか…マジでうっせえ。

 

 

「ふはははははッ!!そんな申し出こそ始めてだな!よかろう!少々準備に時間がかかるので、少しばかり待ちたまえ」

 

 

そう言ってエジソンは独り言モードに入った。

ただどうにも声量が大きく、まるで独り言の体をなしていない。

俺はコーヒーを2杯用意して、タップリのグラニュー糖とミルクを入れながら、デカすぎる独り言に否応なく耳を傾ける形となる。

 

 

「おうい!あんたらの話が聞きたいらしい!………ワシらに何の用じゃ………だから!あんたらの話が聞きたいんだと!………ワシらの話ぃ?そんな大した話はできんが………大丈夫だ、アンタらならやれる!」

 

 

段々とエジソンが多重人格者みたいになっていく。

どうやら合成した霊基の中から大統領達を呼び出しているらしい。

"交渉"がある程度まとまったようで、エジソンが俺を呼ぶ。

 

 

「シマズくん!誰と話したいかね!?」

 

「やっぱ1人ずつ?」

 

「ははははは!!それはそうだ、シマズくん!座にいる30人近い大統領を一気呼び出してみろ!私の口が足りなくなってしまうだろう!」

 

 

そ、それもそうか。

うーん、とりあえず…。

いや、とりあえずってのもおかしいけど。

 

 

「第26代大統領閣下を。」

 

「よろしい!わかった!少し待ちたまえ!」

 

 

俺はエジソンにコーヒーを手渡し、アメリカ第26代大統領セオドア・ルーズヴェルトが現れる時を待った。

なんだか恐山でイタコさんを頼ってるような気分になるなぁ。

いくらなんでもライオン顔のイタコさんなんて絶対にいないだろうけど。

 

エジソンが突然に口を開き、俺は少し仰天した。

口調と雰囲気が全く異なるのだ。

 

 

「おお、君が私の話を聞きたいと言ってるシマズ君かね?アメリカ合衆国第26代大統領、セオドア・ルーズヴェルト只今参上!」

 

 

まんまナイトミュー●アムじゃん。

まんまあの蝋人形のセオドア・ルーズヴェルトじゃん。

 

気づけば"大統王"は片眼鏡をかけている。

どっから出したかも、いつの間にかけたのかも想像すらつかない。

確かに、というか、受ける印象から言えることは、今俺の目の前にいるのがセオドア・ルーズヴェルトのマネをするエジソンではなく、本物のセオドア・ルーズヴェルトであるという事だろう。

うん、たぶん、本物。

試しに、あるエピソードの事を聞いてみるか。

 

 

「陸軍の小銃をM1903小銃にする際、銃剣を叩き切ったそうですね?」

 

「おう、そうだそうだ。そんな事もあったなあ。開発部の連中、主力小銃の銃剣をスパイク式なんぞにすると言い出した。あんなモンは銃剣と認められん!」

 

「クラッグ銃の銃剣で叩き切ったとか」

 

「ああいう連中には、実際に見せてやらんと分からんのだ。私はラフ・ライダーズの隊長として米西戦争に参加した。あんな銃剣では白兵戦で打ち勝てるだけの強度がない。」

 

「なんでスパイク式なんかにしようとしたんですかね?」

 

「当時の軍の予算が少なかったんだ。米西戦争もあって経済も芳しくなくてな。だが、それを理由にして、前線へ行く若者にあんな紛い物は持たせられん。」

 

 

 

今でこそ米軍といえば世界一を誇る軍隊であり、その予算は62兆円を超えている。

日本の陸上自衛隊の予算がおおよそ5兆円だから、その10倍以上。

ところが120年前まではそんなことなかったらしい、ちょっと意外だね。

 

どうやら、本当の本当にアメリカ合衆国第26代大統領セオドア・ルーズヴェルトご本人のようだ。

 

さて、さてさて。

 

 

「大統領職をやってた時、一番難しかった判断は何ですか?」

 

 

ありきたりの質問をしたつもりだった。

だが、エジソンもといセオドア・ルーズヴェルトは難しい顔をして黙り込む。

考えていると言うより、いうべきかどうか悩んでいる様子だ。

やがて、第26代大統領は口を開く。

 

 

「日本」

 

 

………そういうことか。

 

 

「私はたしかに…日本の文化に感動して、『ブシドウ』という本を友人に勧めたりした事がある。だが、日露戦争の後、日本はアメリカへの重大な脅威になりかねないと思えてきたんだ。」

 

「つまり…1905年当時から30年近く先を見越していたと?」

 

「必然だ、必然なんだ、シマズ君。日本が日露戦争に勝利すれば、必ず太平洋に目を向ける。そして….太平洋にはフィリピンがある。」

 

「なるほど…」

 

「正直な話、日本は"親しい友人"から"増長する脅威"になりつつあった。太平洋でのパワーバランスの面でも、中国市場への参入という面でも、日本はアメリカにとって"そう遠くない未来の脅威"だった。」

 

「衝突は避けられない」

 

「その通り。偉大な力と偉大な力がお互い勢力を競う時、いずれそれは臨界点に達する。最も重要な事は…この臨界点を見極めて先を見据えた判断をし、それに沿った行動をしておく事だ。」

 

「………35年も先を見据えて準備してたとなると、いやはや、それはもう勝てませんな」

 

 

 

オレンジ計画なるものをアメリカ軍が作ったのは第一次世界大戦直後の話である。

アメリカは本格的に日本との衝突を"先読み"していたのだ。

一方、同時期の大本営が仮想敵としていたのは、何故か分からないがフランスだった。

アメリカが仮想敵となるのは30年代の話だ。

セオドア・ルーズヴェルトはパナマ運河を開通させただけの人物ではない。

19世紀の終わりから20世紀の初頭には、彼は日本を驚異としてみていたと思われている。

何十年も先を見越していたのだ。

日露戦争で手を組んでいた、その当時から。

 

 

「さて、私もそろそろ失礼しよう。こう見えてなんだが…エジソン君が消耗してしまう。」

 

「一服どうです?」

 

「ははは。私の事を知っているなら、喘息持ちだと言うのも知っているハズだな?」

 

「冗談です。またお話しできれば是非。」

 

「今度は"甥"でも呼んでみるといい。それではな、若者よ。」

 

 

瞬き一つしている間に、エジソンが"戻ってきた"。

もう片眼鏡はかけていないし、雰囲気も大統王のそれに戻っている。

 

 

「シマズくん、彼との会話は楽しめたかな?」

 

「ええ、とても貴重な体験でしたよ。」

 

「そうか、なら良かった。私もこれで失礼するとしよう。コレをやると…少々疲れる。」

 

「どうもすみません」

 

「気にする事はない、場所を借りてるお礼だ。それではシマズくん、いい夜を。」

 

 

大統王が去った後、俺はベッドに身を預け、第26代大統領の言葉を振り返った。

 

先を見据えた判断と行動、か。

 

 

教科書の中の偉人が、教訓を教えてくれる。

……こんな人生経験できる人間なんて、そうそういない事だろう。

 



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Ⅳ 花の宮殿とオーストリア人

 

 

 

 

俺はいつものように目を覚まし、いつものように髭を剃り、いつもの通り顔を洗うと、いつもと同じく食堂へ向かおうとした。

 

手元には『エミヤ券』なるものがあり、これがあれば食堂で最高の食事ができる。

孤立した環境となってしまったカルデアでは、もはや食事こそが唯一無二の楽しみになってしまっていると言っても過言ではないだろう。

そりゃ俺だってタバコをプッカプッカ吸ってたりもするが、潜水艦と同じで、食事の質というのは人間の士気を大きく左右するのだ。

 

 

ただ、残念なことに、流石にエミヤさんでもサーヴァント・職員ひっくるめた人数の食事を作れるわけではない。

厳密にはサーヴァントに食事は必要無いらしいが、昨日の昼に「ええ!?今日はカレー好きなだけ食べていいのか!?」とかいうモードレッドさんの声が俺の職場まで聞こえてきたように、例えサーヴァントにとっても良い食事は士気を高める材料となるのだろう。

 

つまるところ、需要に対する供給に絶対的な限界があるのだ。

そこで考案されたのがこの『エミヤ券』。

まあ、要するに「職員さん方、申し訳ありませんがエミヤさんの料理食べる回数に制限かけさせてもらってよろしいでしょうか?」って事。

毎度毎度エミヤさんの料理なら言う事無しなのだが、エミヤ券でない場合の食事にも一応の利点はある。

オートマチック化されたシステムにより調理されたそっけない味の料理とはいえ、こちらには幾ばくかの選択肢があるのだ。

 

 

エミヤ券は一週間分を一度に配られ、職員が素晴らしいご馳走にありつける日付と時間が決められている。

俺が持っていたエミヤ券は今朝を割り当てられているもので、そしてそれを握っていた。

 

大体、俺は朝食か夕食を割り当てられていた。

何故なら、俺は昼間中カルデアの膨大な消費電力に係るクッソ複雑極まりない配電盤と睨み合っていなければならないからだ。

 

 

昼食は冷えたサンドウィッチが精一杯。

最初の頃は自分で作っていて、バカみたいに分厚いトンカツを挟んでみたり、バカみたいに生クリームとジャムを挟んでたりして、それはそれで楽しんでいた。

ところが婦長が召喚されてからは、それすら許されなくなってしまったのだ。

 

 

「シマズさん、貴方は明らかに糖分・塩分・脂肪分を過剰摂取しています。禁煙の兆候さえ見られない以上は、せめて食生活を変えていただきます。」

 

「いや、あの、ナイチンゲールさん、それいくらなんでもあんまり」

 

「何が"あんまり"なのですかっ!?このままでは心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病など多々の理由で死んでしまいます!ダメ!許しません!これから昼食は私が用意します!」

 

 

 

と、言うわけで俺の昼飯はスーパー高カロリーサンドウィッチからハイパーヘルシーサンドウィッチに変わってしまった。

 

羨ましいと思う方もいるかもしれないが、婦長のサンドウィッチがどんなのか分かって欲しい。

たしかにヘルシーで、実際にも美味しくて、家庭的なサンドウィッチなんだけど。

なんだけども、包装に使われているラップからすんげえ刺激臭がして、それが全てを台無しにしているのだ。

 

ラップってさあ、元々食べ物を細菌雑菌から保護するためのものなんじゃ無いの?

改めて消毒する必要ある?

もうしょうがない。

諦めよう。

あの大英帝国の"威光"で挟んで作ったサンドウィッチぐふふと思う事ぐらいしか、俺にできるこたぁない。

 

 

 

 

さて話はかなり脱線したが、俺はドアへ向かい、部屋から外へ出る為にもそれを開いた。

 

 

「うふふふふふふふ♪」

 

「あははははははは☆」

 

 

よし、籠城戦だ、立て籠もるぞ皆んな!

外の世界は俺たちが思ってたよりもずっと過酷なんだ!

なんたって、廊下をマリー・アントワネットとモーツァルトがお手手繋いでスキッピングして、こっちに向かってくんだぜ!?

関わりたくねえよなぁ、皆んな!!!

 

 

「あらぁ〜、ご機嫌よう〜シマズさん♪」

 

「あれれ?ひょっとして僕ら避けられてる?」

 

 

筋力Dっての嘘だろオイ。

とびきり笑顔の王妃様が、俺の抵抗なぞ知った事ではないと言わんばかりにドアをこじ開けようとする。

その華奢な腕にかなわない俺の筋力が絶滅危惧種なのか、それともサーヴァントからすれば所詮人間なのか。

たぶん両方だと思うなぁ。

 

 

「な、何しに来たダァ!?オラの部屋に、何しに来たダァ!!」

 

「まあ!なんてステキな発音!」

 

「それはそうとして、いい加減お部屋に入れてくれないかなぁ?じゃないとこの場で●●コ●らして●●●と●●●して、●●●しちゃうよ?」

 

 

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが、従姉妹に向けて書いた余りにも下品な手紙の事なら知っている。

●●コがやたらと連発されていて、とても宮廷人が書いたとは思えない。

ただし、この当時の欧州貴族がこの手の下品な表現を好んでいたという説を…あ〜、なんかどっかで聞いた気もする。

どちらでもいいが、爽快な笑顔でそんな事言われる身にもなってくれ。

 

俺があまりに下品な発音に辟易した瞬間に、ついに王妃様がドアをこじ開ける。

 

 

「お邪魔するわね♪」

 

「…ハァ、ハァ、マジで…何しに来たんですか?」

 

「おいおい!せっかくマリアが来てくれたのに、『何しに来た』はないだろう!」

 

「まあまあ、アマデウス、落ち着いて。こんな朝早くにごめんなさいね。実は、ちょうどお紅茶が切れてしまったの。」

 

「食堂でエミヤさんあたりからいただいた方がよろしいのでは?」

 

「ええっとね…実はもう1人のジャンヌから、貴方の紅茶がとても美味しいと聞いて…」

 

 

やりやがったなあの魔女めェッ!!!

とんだ情報漏えいしやがったよ、アイツッ!!!

しかもなんて相手にお漏らししやがった!!!

ハプスブルク家出身のフランス王妃にティーバッグの紅茶なぞ出せるわけねえだろうがよ!!!

しかも変態作曲家がついてくるアンハッピーセットだぞこのやろおおおおおお!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

結局お出ししました。

だって仕方ないじゃん。

ハプスブルク家のくせに「ティーバッグでも構わないわ」とか言って一歩も譲らねえんだもん。

せめて、何かこだわってくださいよ王妃様。

こんな庶民が飲むようなモン飲めませんわぐらい、言ったっていいじゃない。

 

 

「うん♪とても美味しいわね、アマデウス」

 

「そうかなぁ?僕としては…まあ、マリアは優しいからね。」

 

 

締め出すぞゴラ。

 

 

「あっ!そうだわ!彼女から聞いたのだけれど、お礼に何か昔のお話をして差し上げましょう!」

 

「え?」

 

「シマズさん、貴方彼女のお話を聞いて喜んでたそうじゃない?」

 

 

え、何そのシステム。

それじゃなんか昔話すれば紅茶かタバコかコーヒーが吸い飲み放題みたいじゃん。

俺の部屋はいつからド●ールか何かになったんだ?

 

しかしまあ、せっかくのご厚意。

みすみす逃すわけにはいかまい。

 

 

「何なら、僕が18世紀欧州の排泄事情について」

 

てめえは黙ってろ

 

「やめて、アマデウス。」

 

 

嬉しいことに、王妃様と意見が合致しているようだ。

うーん、どうすっかなぁ。

モーツァルトの体験を一人称で聞いてみたい気もするし。

でもマリー・アントワネット視点の18世紀フランスも聞いてみたいし。

いや、でももっと聞いてみたいのは…。

 

 

「ハプスブルク家…貴女のご実家についてお聴きしても?」

 

「え?…オーストリアの…?」

 

 

王妃様の顔が、本当に僅かだが曇る。

うわ、失敗だったな。

確か、革命時にマリー・アントワネットへ向けられた蔑称として「オーストリア女」というものがあった。

彼女からすれば、トラウマに触れられたとも思うかもしれない。

 

だが、フランス王妃は俺の不躾な要求にも笑顔で応えてくれた。

 

 

「……ええ、何でも聞いて?」

 

「すいません、やっぱり不愉快な思いをさせてしまいましたか?」

 

「いいえ、ちょっと嫌な事を思い出しただけ。私の実家について聞きたいなら、なんなりと聞いてちょうだい?」

 

 

天使かッ!

もうここまで来たら彼女のご厚意に甘えまくろう。

 

俺は去年まであるゲームをやってて、恥ずかしながらそれが原因でオーストリア=ハンガリー帝国とハプスブルク家に興味を惹かれていた。

えっとね、バ●ルフィールド1ってゲームでね。

アレに出てくるオーストリア=ハンガリー看護兵の装備と外見がかっこよすぎて泣いた。

え?何?殆どドイツ帝国軍と同じ?

またまたぁ、ご冗談を………すんません、具体的な違い挙げ辛いですねたしかに。

でもなんとくオーストリアの方が好きなんです、分かってください。

 

 

ハプスブルク家についてちょっと調べたら、

 

「当時のオーストリア=ハンガリーを治めていたハプスブルク家ってなんじゃい?」から始まり、

 

「開戦当時の皇帝はフランツ=ヨーゼフ1世って人だったのか」からの、

 

「なんで複合名?」からの、

 

「ウィーンで暴徒化してた革命勢力なだめるために、ヨーゼフ2世って人から取ってんのね」からの、

 

「マリー・アントワネットのお兄さんかいっ!」となった経緯がある。

 

なので、是非とも王妃様視点のハプスブルク家もお聴きしたい。

なんたってリアル・ハプスブルクの一員なのだから、内情は本当によくご存知のはず。

 

 

 

「えーと…それじゃあ、まず私の家族の話でもしましょうか。」

 

「おなしゃす」

 

「お母様の事…ご存知かしら?」

 

 

マリア・テレジアを知ってるかって?

知らないわけないだろうが!

なんでサーヴァント化されて実装されてないのか不思議なレベルだわ!

 

カール6世の死後、彼の勅命は無視され、フランスが帝国分割、バイエルンが帝位、そしてプロイセンのフリードリヒ大王がシュレジエンを狙っていたあの時代。

神聖ローマ帝国を守る為に立ち上がったあの女帝は、幼きヨーゼフ2世を腕にハンガリー議会へSay hello。

見事に聖イシュトバンの王国・ハンガリーを味方につけた彼女は、「カール7世」を自称していたカール・アルブレヒトのバイエルンを打ち倒して王冠を奪還。

その後はフリードリヒ大王のプロイセンに対抗する為に国内の近代化を

 

 

「はい、はい、よくご存知のようで嬉しいわ。なら…兄さんの事はご存知かしら?」

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

「『一歩目より先…』」

 

「あ、それ禁句よ?」

 

「スイマセン」

 

「じゃあ、兄さんの話をしましょう。」

 

 

 

ヨーゼフ2世の評価は、少なくとも俺の知る限りではあまり良い評価ではなかった。

プロイセンのフリードリヒ大王ご本人から「一歩目より先に二歩目を踏み出す」と皮肉られているぐらいである。

 

 

「確かに、兄さんはお母様と仲が悪かったわ。さっき貴方が言おうとした禁句でも示されてる通り、急速な改革を求めすぎて失敗してた。」

 

「既得権益を手放したくない貴族からの反発が強かった、とか。」

 

「ええ、その通り。でも…きっと兄さんはフリードリヒ大王より、お母様を目指したかったのじゃないかしら?」

 

「それは…つまり…?」

 

「お母様も貴族と戦った。もちろん、戦場じゃなくて議会で、だけど。全国で統一された教育の実施、税制の改革、軍事組織の強化…どれも抵抗がなかったわけじゃないわ。教育なんて、それまでは聖職者の仕事だったのよ?」

 

「そりゃあ…まあ、なんというか…神学にすげえ重きを置いてそうですなぁ。」

 

「それでも改革を推し進めるお母様に、兄さんは多少なりとも影響されてたと思うの。フリードリヒ大王を尊敬していたっていうのも本当だけれど。」

 

 

ヨーゼフ2世は母親よりも徹底的な改革を目指していたのだが、彼のそれは経済・軍事のみならず宗教にまで及んでいる。

『宗教寛容令』なるものが発せられた時は殊更抵抗を受けた事だろう。

何せ、神聖ローマ帝国とは"カトリックの守護者"である事が求められていたのだから。

 

 

 

「兄さんの政策は…確かにあまり上手くいかなかった。でも、残したものも確かに大きいわ。ねえ、アマデウス?」

 

「そうそう。僕を雇ったところとか。」

 

「国語をドイツ語に定めようとしたり、ドイツ演劇の促進を促したり。」

 

「まあ、演劇といっても、いわゆる大衆演劇の事だよ。これを促進したのは、大衆にドイツ語の普及をさせたかった狙いもあるけどね。」

 

「兄さんのお墓には、『偉大なる志を持ちながら何も為せなかった人』とあるけれど、少なくともウィーンの文化はその後も発展し続けた。その事も忘れてはいけないでしょう?」

 

 

いやはや。

勉強になるなぁ。

 

 

確かに、どちらかと言えば、ハプスブルク家と聞いて軍事面を思い浮かべると、少なくとも近代では気が滅入るものがある。

 

アウステルリッツでナポレオンに挫折させられ、ケーニヒスグレーツでビスマルクの罠にはまり。

セルビアとの戦いでは小国相手に苦戦し、ブルシーロフ攻勢ではドイツの助けなしに戦えなくなった。

そしてヴィットリオ・ヴェネト。

イタリア前線の崩壊が、最終的にはハプスブルク朝自体の破滅を招いたのだ。

 

 

反対に、文化と言えば眼を見張る物が多い。

荘厳なウィーン国立歌劇場、名物デザートで有名なホテル・ザッハー。

最初に日本にスキーを伝えたのはオーストリア=ハンガリー帝国の駐在武官だったし、『ウィンナー(ウィーン風)』が頭文字に来る言葉も確かに有名だ。

 

その文化の系譜を辿れば、ヨーゼフ2世に辿りつくものも少なくないだろう。

少なくとも、フランツ=ヨーゼフ1世がウィーンに劇場を建てたのは、彼の時代から続いた文化の集大成の一つとも言えないだろうか。

 

 

「さて、そろそろ行かないと。本当にありがとう、シマズさん。今度お礼に…ヴェルサイユに招待して差し上げるわ♪」

 

 

マリー・アントワネットはそう言って、変態音楽家とともに出て行った。

残された2つのティーカップを見ながら、俺は少し考える

 

 

 

ヴェルサイユ、か。

彼女は知っているだろうか?

今ではヴェルサイユは…単に宮殿としてのみ認識されているのではないという事を。

 

1871年には鏡の間で、ナポレオン3世を破ったヴィルヘルム1世がドイツ皇帝として即位した。

1919年には第一次世界大戦後の処理が話し合われ、さらに翌年には彼女達の"母国"についての取り扱いが離宮・トリアノンで決められた。

 

神聖ローマ帝国時代から続いたオーストリアの君主としてのハプスブルク家は、そこで否定されたのだ。

 

 

更に言えば、この2つの条約が、ある男を怒らせる事になった。

怒れる男は…とても過激な思想を完成させ、それはドイツを中心に拡大し、最後には更なる戦争が始まったのだ。

 

 

 

余談ながら、その男もオーストリア人だった。

 

 

 

 



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Ⅴ 酒と金とタバコと"女"

 

 

午後9時

俺の私室

 

 

 

 

「…よろしい。時間通りで…大変よろしいです。」

 

 

目の前にはカリブ海で恐れに恐れられた黒ひげなる海賊がいる。

その海賊相手に何でこんな高慢ちきな態度を取れるかと言うと、俺は弱みを握ってしまったからだ。

普段は「デュフフフw」とか言ってる黒ひげことエドワード・ティーチが、俺に向かって声を張り上げる。

 

 

「このッ、東インド会社のクソッタレ野郎めっ!外道!人でなしぃ!」

 

 

だが俺は動じない。

パイレーツ●ブカリビアンのベケッ●卿みたく涼しい顔をして、そして彼の前で何枚かの写真をちらつかせた。

 

 

「ほほう。そういう態度を取るのであれば…この写真は破棄せざるを得ませんな。」

 

「ぬおおおッ!?メアリーたんの生着替え写真っ!?お、オノレエエエエエエッ!メアリーたんを盾に使うなどッ!」

 

「全ては…利益の為に。」

 

 

いかんな、本格的にベケッ●卿になってきてる。

まあ仕方ない。

全ては利益の為であるのだからして、仕方ない。

え?何?なんて?

俺がメアリーたんの写真持ってる理由?

いやいやいや、俺の趣味じゃない。

 

ただ…ちょっとその…ほら、非常時は利用できるものをなんでも利用しないと。

だからその…この間メアリーたんの部屋のエアコン壊れて修理しに行った時に隠しカメラの一つや二つぐらい仕掛けてたとしても仕方ないじゃないか(謎理論)。

 

俺としては、手に入れたいものがあったし、ござる氏にとっても、この写真は是非とも手に入れたい一品であろう。

だから取引が持ち上がったのだが…継続的に写真を入手可能な以上、利は俺にある。

交渉において一番大事な事はイニシアチブを取る事なのだ。

 

 

「くそぉ!くそぉ!拙者のメアリーたんがッ!拙者の知らぬ間に盗撮されてるなんてッ」

 

「あ、じゃあこの写真燃やします?」

 

「テメェ燃やすぞこの野郎」

 

 

ここマジトーンになるのかよ。

 

 

「まあ、写真は手に入るんです。嘆く事はないでしょう。例の品は持ってきましたか?」

 

「おうよ、東インド会社のクソ野郎ッ!受け取りやがれッ!」

 

 

いやだから誰がベケッ●卿やねんと思いつつも、俺は黒髭から"例の品"を受け取る。

それは30cm程のクリアケースによって保護された精巧なフィギュアで、俺の注文どおりに作られていた。

 

俺はルーペを取り出し、精査を始める。

 

おい、誰だ今ダイ・ア●ザー・デイの冒頭シーン思い浮かべた奴(いねえよ)。

 

これは爆発しないから大丈夫だよ。

たぶん、きっと、おそらくは。

でも、まあ、嫌だな。

「顔にフィギュアの断片が突き刺さった男」とか呼ばれるのは嫌だな。

キューバでドイツ人になりたい。

 

 

くだらない事を考えつつも、俺はフィギュアの精査を行う。

うぅん、これは確かに素晴らしい。

注文通りの内容が、こちらの想像をはるかに超えるクオリティで再現されていた。

職人技と呼ぶのに全くもってふさわしい。

 

 

「うん、うん、発注通りですな。」

 

「職人(メディア)さんのこだわりは半端じゃねえからヨォ!造形から伝わるクラフトマンシップ、そこに痺れる憧れるゥッ!!」

 

「では…確かに、『1/16スケールフィギュア アズー●レーン セント●イス スペシャルマッマチックガーター下着ヌルテカ加工仕様with哺乳瓶ver』は受け取りました。今度はこちらが約束の品を渡す版ですね。」

 

 

業の深い趣味を詰め込んだフィギュアを受け取った後、俺はいくつかの写真を入れた封筒を黒髭に手渡した。

相手も中身を確認し、テンションフルMAXへと誘われる。

 

 

「フォオオオオオオオッ!!??メアリーたんprpr案件ですぞこれはァァァアアアッ!!」

 

「お望みであれば、過去分の写真もご用意致しましょう。或いは別の人物でも。」

 

「な…なんですとぉ…」

 

「俺は今のところ、カルデアで2人しかいないエンジニアの1人です。そしてもう1人が別業務にかかりきりな以上、俺は誰の部屋にも口実を設けて入る事ができる。」

 

「つまり、カメラ隠し放題・隠し撮り放題」

 

「その通り。」

 

「そしてそれを出汁にして…あと"二つ"を揃えるつもりかァッ!オノレエエエエエエ!東インド会社ァァァアアアッ!!」

 

「それも、その通り。既に『1/16スケールフィギュア アズール●ーン ティ●ピッツ スペシャルマッマチックガーター下着ヌルテカ加工仕様with哺乳瓶ver』と先刻のセント●イスを取得済み。残るはダンケ●クとベルファ●ト…是非とも手に入れたい」

 

「じゃあ、それは拙者に任せてもらってぇ、そっちはマシュマシュおっぱー偵察作戦で行ってもらってもいいっすか?」

 

「ええ、おまかせを。ただ先日もお話ししたように、エレナたんprpr案件は諦めてください。バックに電気の専門家が着いている以上、露見するリスクが高い。」

 

「それは仕方ないってゆーかー、もうどにもならないってゆーかー。あっ、じゃあBBAの方はお願いできちゃう感じっすかねぇ?」

 

「フランシス・ドレイクさんの部屋?」

 

「あ、いや、拙者として興味あるのはあくまで星の開拓者としてのBBAがどういった私生活を送ってリーダーシップを養っているのかその方面の視点のリスペクトから興味があるのであって初の世界一周を果たした航海者の私生活をつぶさに観察する事によって拙者もより一層高いカリスマ性を手に入れようってゆーかそもそも並外れたカリスマ性自体は持ってんだけどやっぱBBAのカリスマ性には敵わないからBBAの部屋の私生活覗いて参考にしようとかそういう感じのフェルディナント・マゼランにインスパイアされた視点なのでドゥフフフフフwwww」

 

 

 

何を言っているんだ、お前は。

 

心の底からそう思ったが、俺も俺で『1/16スケールフィギュア アズール●ーン以下略』を手に入れたい以上、必要な事はしなければならない。

フランシス・ドレイクなら配線に問題があるって言われても信じるだろうし、周囲の部屋を順番に回っていくという大変回りくどい偽装工作を行えば殊更簡単なハズだ。

そして電気の専門家が直流・交流の言い争いで過電圧を発生させ、隠しカメラがぶっ壊れるなんて事もないだろう。

 

 

「分かりました、手配しましょう。」

 

「デュゥゥゥフフフフフフwww」

 

「ただし、こちらの要求もお忘れなきよう…」

 

「・・・わーてます、わーてますよぉ(わかってますよ)」

 

 

黒髭はそう言いながらも、極ナチュラルにパイプを取り出しタバコを込めて火をつけた。

一応ここ俺の部屋なんだから確認の一つも取ってくれたっていいじゃんと思いつつも、俺もタバコを取り出して火をつける。

 

あ、やっぱり吸うんだなぁ。

 

アメリカ大陸を発見したヨーロッパ人、クリストファー・コロンブス…つまりレジおっとネタバレになるやめとこう…がその存在をヨーロッパへ伝えると、ヨーロッパから新大陸へ移住する人々が出てきた。

新大陸へやったきた人々が目にしたヤクブーツ。

それがタバコである。

 

 

どうやら、最初は本当にヤクブーツ…薬として扱われていたようだが、時を経るに連れて、それは嗜好品へと変化していった。

 

娯楽の少ない船の中で、ヤロウ塗れの生活を送る海賊にとってもタバコは重要な物資であったに違いない。

 

イメージは難しいかもしれないが、海賊にも明文化された規律があり、それに関わる罰則さえ設けられていた。

それが"海賊の掟"と呼ばれる物であり、ある有名な海賊の掟には、タバコに関する記述が残っている。

 

 

『火薬庫内でパイプに覆いをつけずに吸った者は鞭打ち40回の刑に処す。』

 

 

まあ、船長からしても、他の船員からしても、ある船員が吸ったタバコのせいで吹っ飛ばされたくはなかったろう。

 

やがてタバコは世界中に広まり、戦略物資としても使われるようになる。

それがあの悪名高い『銃・奴隷・砂糖の三角貿易』であり、その中には新大陸から欧州へ、或いは欧州からアフリカへ向かうタバコも入っていたのだ。

 

おう、そうだそうだ、砂糖で思い出した。

 

 

俺はタバコを吸いながら、自身の『宝物庫』の鍵を開ける。

中には色々と人目には触れさせたくない品々…特に『1/16 アズー以下略』…が入っているが、俺はその宝物庫の中から一本の瓶を取り出した。

 

 

「もし、よろしければ…すいません、貰い物ですが」

 

「ぬおおおっ!?何かと思えばなんですぞその良さげなラムはぁぁぁ!?」

 

「俺は下戸で飲めませんので。よろしければ持って帰っていただきたい。」

 

「………」

 

「どうかされました?」

 

「…拙者、そっちの趣味はありませぬぞ?」

 

「こっちもねえよぉ!!」

 

「ドゥフフフフフwww!!では有難くいただきますゆえwww!!」

 

 

 

このラム酒はいつだか古い友人から送られてきたものの一つだった。

奴は今…いや、人理が焼却されるまではプエルトリコにいて、記念のつもりか、ラム酒と葉巻を送ってきたのだ。

俺が下戸なのを知っていて、尚且つラム酒には次のような手紙が付いていた。

 

『呑んで吐いて慣れろ』

 

ハードルが高過ぎるわ。

少なくともビール1杯が限界の俺にはキツ過ぎる。

モヒートとか作れるほど器用でもねえし、もうこの際気持ちだけは受け取って葉巻の方をいただく事にしたのだ。

 

死蔵されていたラム酒を受け取った黒髭は、そいつを嬉々として眺めている。

どうやらお気に召したらしい。

 

 

「しかしまぁ、これもこれで懐かしい…BBAが見たら悔しがるでしょうなァッデュフフフフフフッ!!!」

 

「やはり、思い出深いものが?」

 

「…海賊は常に死と隣り合わせですぞ?戦闘だけではなく、海が荒れたり、物資が底を尽きかけたり。それでもラム酒の予備は最後までとっておく。メンタルの参った手下は、シラフで戦闘などできませんからなぁ」

 

「ベロベロに酔った状態でも問題なような」

 

「要はバランスですぞ、シマズ氏。」

 

 

お、やっと名前で呼んでもらえた。

 

 

「船長というのはマネジメントも出来なければなりません…寄港寸前に交戦!でも玉無し酒なし!これでは話にもならない…ドュフフフフwww」

 

 

 

元は犯罪者だったり、放蕩者だったりした海賊を纏め上げるのはさぞかし大変だったんだろうなぁ。

そもそも規律を守らせるのが大変そうだ。

いくら海賊とはいえ、戦闘の際各人好き勝手やっていたのではお話にならない。

そこには船長の指示が通るような指揮系統がなければならず、それを構成・維持するのは、最終的には船長だったのだから。

 

そもそも、それ以前に航路の選定から物資の補給、寄港場所の決定など、その役割は多岐に渡ったはずだ。

並みの人間には出来んだろうね。

 

 

「さて、そろそろ拙者は戻りますぞ。BBAとマッシュマシュの件はよろしく頼んます。」

 

「お任せください。写真はくれぐれも発見されないように。」

 

「ドゥフッ、ドュフフフフwww」

 

 

あの笑い方…なんか…すっげえ不安になるなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この不安が的中するのはずっと後の事。

悪事を働く者には…往々にしてそうであるように…天誅が下るのである。

 



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Ⅵ 騎士の矜持と君主のビジネス


何度でも言いますとも!!
設定ガバらせるのは(ry


 

 

「ワオオオオオオオオンッ!!!!」

 

おいおい、どうしたどうした、そんなところで何を吠えてるんだお前は。

 

「グルルルルルッ!!」

 

何故こっちを見る?

見るな、見るんじゃない!

そんな「アッ!人間見ツケタ、人間許サナイ」みたいな目で見るんじゃない!

 

 

 

廊下でとてつもなく大きな狼が、咆哮を上げながらこちらへ迫って来た時は、流石に俺ももはやここまでかと思った。

 

腰にはカルデア職員の標準護身用拳銃・G30が吊り下げられてはいるが、たった9発の45口径弾なんかであの馬鹿でかい狼が止まるとも思えない。

 

そもそもちっちゃなグロック拳銃を引き抜いている間に噛み殺されそうだ。

 

義務教育で習う物理法則からしても、俺は助かりそうもない。

あれだけの質量のものが、あれだけの速度で迫るのだから、運動エネルギーはとてつもないハズ。

俺はいいとこバラバラになるか、あるいはそうならなくてもあの鋭い牙の餌食になる事だろう。

 

俺の人生は、良い人生だっただろうか?

転生前も、転生後も、大した人生は送ってきていない。

後者なんて馬鹿高い報酬につられて雪山の施設に就職し、挙げ句の果てにテロ攻撃で死に損い、人理が焼却されたことで口座の金の意味もなくなった。

まあ、だけど、それにしたってこんなところで死ぬとは思わなかったけど。

せめてヌルテカベルファ●トとダンケ●ク揃えるまで待って欲しかったなぁ………。

 

 

 

首なしの騎士が俺と狼の間に割り込み、狼が急停止する。

騎士はどうやらこの猛獣の扱いに慣れているようで、軽く首元を撫でてやるだけで狼は落ち着いたようだ。

相変わらずこちらを睨みつけている目は怖いが、どうやら騎士殿が収めてくれているらしい。

 

 

 

フゥゥゥゥ。

助かったぁ。

いやあ、マジでサンクスですわ、騎士殿。

危うく26歳にして人生にTime to say good byeするとこでしたわ。

てか今になってすっげえ脂汗出てきた。

ハンカチ、ハンカチ、アレぇ、どこやったかなぁ。

あ、ああ、すんません、どうもご親切にありがとうございます、騎士殿。

 

…ん?何ですか?いや、すいません、手話は分からんのです。

ああ、このハンカチなら洗って返し…そうじゃない?

どうしたんです、ペンとボードなんか出して。

 

 

『Gib mir bitte einen tabak??』

 

 

いや、ドイツ語わかんねええええええええ。

あっ、そうだそうだ。

こういう時の為にダ・ヴィンチちゃん開発の

翻訳機があったな。

んーと、何々?

 

『煙草をください』

 

…………………………

…え、吸えんの?

 

 

 

 

 

[♪ピーンポーンパーンポーン

 

誠に身勝手ながら、制作都合上の理由により、これより首なし騎士さんには普通に喋っていただきます。

実際のやり取りは筆談で行われております。]

 

 

 

 

「どうお呼びすればいいですか?」

 

「何でも構いません」

 

「…ヘシアン、と呼ばれるのは不愉快でしょうか?」

 

「ハハハハハッ!…私は確かにヘッセン人です。そう呼んでいただいて構いませんよ。」

 

 

俺は部屋に戻り、首なし騎士ことヘシアン氏と話し(?)ている。

この騎士はかなり礼儀正しく、そして教養もある人物だった。

スリーピー・ホロウだと残虐な殺人鬼扱いとかされてるから、ちょっと心配だったのだが、そういった心配はあまり要らなさそうだ。

 

彼は今俺の隣で、首元にタバコを持っていって吸うという…たぶん世界広しと言えどもここでしか見られない吸い方でタバコを吸っていた。

気道から直接ニコチンを摂取しているとしか思えない。

そしてその様はホラーなはずなのにどことなくコミカルなのだ。

 

 

「ヘッセン…か……懐かしい。」

 

「懐かしいと言いますと?」

 

「ああ、いえ。ヘッセンの事を思い出しただけです。方伯様の命令で出兵する前の…」

 

「やっぱり、故郷へ戻りたいとか思ったりもするんですね」

 

「………いいえ。あそこへはもう戻らないと覚悟していました。私だけじゃなく、他の大勢もです。」

 

「へ?」

 

 

ヘシアンは俺の部屋にある椅子に腰かけ、俺もベッドに腰掛ける。

首から上がないのに、ため息を吐いているように見えた。

何というか、やるせないというか、そんな感じにも見える。

 

 

「方伯様も戻らせない気でいたのでしょう。トレントンの戦いでは多くの傭兵達が捕らえられましたが…彼らはペンシルバニアに送られた。」

 

「何故方伯は捕虜の帰還を望まなかったのです?」

 

「本土での寡兵に影響が出ると考えたのでしょう。聞くところによると、ブラウンシュヴァイクの大公に至っては…わざわざ英国王に、捕虜交換に至った際には捕虜を戻らせないように要求したそうです。」

 

「それは酷い話ですね。そもそも、何故アメリカとイギリスの戦争にヘッセンやブラウンシュヴァイクが絡んでくるのですか?」

 

「英国王ジョージ3世はハノーファー選帝侯でもありました。ヘッセン方伯様は彼の叔父です。まあ、それ以上に実利面も大きい事でしょう。」

 

 

タバコをゆっくりと吸いながら、ヘシアンは話し(?)続ける。

彼が首を飛ばされることになった、そもそもの原因を。

 

 

「ヘッセン=カッセル方伯やブラウンシュヴァイク大公は、自身の軍隊を英国王に貸し出すことによって莫大な富を得ました。兵士が死ぬごとに、イギリスから補償が得られたのです。」

 

「なんてこった…」

 

「だから、行方不明者が出来るだけ死者としてカウントされる事も望んでいたはず。返ってくる兵士も……少ないほうがいい。」

 

「しかし、すいません、大変失礼な質問なのですが、何故ヘッセン=カッセルがそこまで出兵を行えたのですか?」

 

「確かに国の規模を考えれば、ヘッセンはプロイセンに遠く及びません。しかし、方伯様は厳しい徴兵を行ないました。人口比からすれば、ヘッセンはまさしく"軍事大国"だったのです。」

 

「な、なるほど。その軍事力で得た莫大な富を何に使ったんですかね?やはり軍事強化に?」

 

「…それにも使われたでしょうが、大半は直接彼らの懐に入った事でしょう。」

 

「自国の軍隊を私用で使っていたって事ですか!?」

 

「当時の価値観は現代とは異なりますから…疑問にも思われるでしょうが。きっと、私達の時代の"騎士"はあなた方が思っているものとは違う。馬や装備の維持管理が重荷となり、傭兵として他国の戦争に参加する以外には、軍人として生き残る術がなかった…」

 

 

首なし騎士はやがてタバコを吸い終わり、その吸い殻を捨てる。

 

神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世は『最後の騎士』と呼ばれた。

14世紀から16世紀にかけて、騎士は戦場における戦術的価値を良質な火砲と銃器により失っていったのだ。

先程ヘシアンが言ったように、騎士は傭兵として戦う他になくなっていく。

傭兵隊長として自らの連隊を率いて戦った。

アメリカ独立戦争の際も、ドイツ兵は君主に雇われた傭兵という立場で、アメリカ人達は"傭兵"を呼び寄せた英国王の行為を裏切りと捉えたのだ。

 

そして、彼らにトドメを刺したのは第一次世界大戦。

近代的な野砲と機関銃が、"騎士"だけではなく、"騎兵"をも否定した。

かつて戦場の華とされた存在は、科学技術により役目を終えさせられたのである。

 

 

ヘシアンは吸い殻に、自らを重ね合わせたのだろうか?

かつての君主に忠誠を誓った高貴なる存在も、君主からすればただの駒だった。

君主は彼らの忠誠を利用して荒稼ぎしたのだ。

 

ひょっとして…

 

 

「ヘシアンさん、ひょっとして、貴方の復讐の対象って………貴方の頭を大砲で吹き飛ばした奴じゃなく…」

 

 

ヘシアンが素早く振り返って、人差し指を上に立てる。

首から上はないのに、『黙れ』と睨まれているように感じた。

もし、彼が言葉を発せられたのならば、その声は冷静ながらも威圧が込められていた事だろう。

 

 

「そこまでにしておいてください、シマズさん。例え傭兵に身を落としても、騎士は騎士なのです。どうか"私にそれを言わせないでください"。」

 

「………こ、これは失礼。」

 

「いえ…。それでは私はこのへんで失礼します。またタバコをいただきに来てもよろしいですか?」

 

「ええ!是非!歓迎致します。」

 

「そう言ってもらえると、とても嬉しく思います。今日はどうもありがとうございました。」

 

 

首なし騎士・ヘシアンはそう言って(実際は書いて)、私の部屋から立ち去った。

 

 

あれが…騎士の矜持というものなのだろうか?

だとすれば、俺のような人間は間違っても騎士にはなれないな。

高額の報酬に釣られたくせに、雪山に閉じ込められ、そしてそれを嘆いていたのだから。

君主の金の為に大西洋を渡って戦う事など想像もできない。

 

そんな事を考えながら背後から見る騎士の背中は、尚更高貴なものに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Ⅶ 薔薇の皇帝と著作権

 

 

 

 

 

その金髪美少女は自らをネロ・クラウディウスと名乗ったが、俺には到底信じられなかった。

 

だってネロ・クラウディウスだぜ?

謀略と陰謀が人の形して歩けばああなるんじゃないかってくらいの「暴君」だぜ?

それが何で金髪美巨乳(?)少女なんかになってんのよ。

 

そりゃあよぉ、もはや会話成り立たないレベルのモンスターと化してるサーヴァントの方々とかいるけどさぁ。

エジソンとアメリカ大統領に至ってはキメラになっちゃってるけどさぁ。

ついこの前には首なし騎士とカンバセーションしちゃってたけどさぁ。

 

それでも、まだ慣れません。

この、常識破壊系の容貌シリーズには慣れません。

「あー、あの女の子可愛いなぁ、名前なんて言うのかなぁ、え?ネロ・クラウディウス?ははっ、ご冗談を…マヂ?」ってなります、未だに。

 

 

 

まぁ、何はともあれ。

ローマ皇帝ネロ・クラウディウスから、高射砲の仰角が足りなくなるくらいの上から目線で話しかけられたのが今日の朝の事。

 

こちとら久々にシフトから外れ、貴重な貴重な休日を始めようかと食堂へ向かった後のことであります。

私はエミヤ券を温存しておきたかったので、通常食堂へと向かい、コーンフレークとギリシャヨーグルトに冷凍ブルーベリーを突っ込んで食べ、何とも味気のない朝食を済ませてさあもう一眠りでもすっかなふぁ〜あ、か〜ら〜の、呼び止めである。

勘弁してくれ。

 

 

「そこの者!…確か…シマズとか言ったな!余の元へ来ることを許す!」

 

 

許さなくていいから。

一刻も私室に帰りたいんだよ、こちとら。

最初は知らないフリでもしようかと思ったが、ローマ皇帝が少し泣きそうな顔をすると言うあざとさを披露したがためにそれはできなかった。

 

 

「あの…私めに何のご用件でしょうか?」

 

「貴様は現代の演劇…映画とやらに詳しい方ではないか!」

 

 

語弊100%の内容を誰が教えたかは知らないが、たしかに俺は映画が好きだし、このあざといローマ皇帝に呼び止められる前までは今日一日を映画で潰そうと決意していた。

 

 

「ええ、たしかに………映画は好きですよ?」

 

「うんうん、そうであるかそうであるか。喜ぶといい!このネロ・クラウディウスが初めて手がけた映画の脚本を読む栄誉を貴様に与えてやろう!」

 

「………身にあまり過ぎる光栄ですので辞退させていただき」

 

「ぐすっ」

 

「喜んでご拝読させていただきます。」

 

 

赤セイバーってこんなあざといキャラだったっけ?

いつも大抵は明るくて…包囲戦中のレニングラードにぶち込んだらドイツ軍の砲撃がBGMに甘んじるほど闊達なサーヴァントじゃなかったっけ!?

いつからこんな奸計使いこなすような、ベリヤがドン引くレベルのあざといキャラになったのよ!?

 

だが、もう後には引けまい。

俺は自身の脚本を人に読ませる事をこの上なくたのしみにしていたと思わしきローマ皇帝の作品を受け取ってしまった。

 

いくら芸術好きとはいえ。

トライするならショートムービーあたりから始めた方がいいでしょうよ。

渡された分厚い脚本は、彼女の映画が30分そこらでは終わらない事を示している。

ゴットファーザーをpart1〜3まで全部足せばこの厚さになるかもしれない。

 

しかし受け取ってしまった以上は仕方ない。

ローマ皇帝は自信作の読書作文を先生に読んでもらう小学生みたく目を輝かせてこちらの反応を待っている。

私は第1ページ目を開き、内容を目にする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………………

 

 

 

 

 

冒頭の舞台はゲルマニア。

北方の蛮族を討伐するため、ネロ・クラウディウスは戦地へ赴く。

 

 

戦場は…どうやらなだらかな丘になりそうで、ローマ皇帝は今から荒れてしまう事になるであろうライ麦畑をゆっくりと歩いていた。

 

彼女はふとしゃがみ込み、土をひとつまみ掴んで匂いを嗅ぐ。

蛮族へ使者を送って既に2時間。

どうやら争いは避けられそうもない。

既に彼女の軍勢は戦闘隊形を整えていた。

ローマ軍特有の重装歩兵、巨大な投石機、属州の弓兵達。

そして忠実な騎士達からなる軍勢は長年ローマ帝国の拡大を支え、そしてその礎を築いてきた偉大なシステムなのである。

 

 

ネロ・クラウディウスは土を元の位置へ戻すと、甲冑に身に包み、未だ使者に返答を託さないゲルマニアの蛮族共の方を見やる。

今そこにあるのは中部ヨーロッパによくある針葉樹林で、何一つの音もない静かな場所だったが、やがてそこに現れるであろう蛮族が両手を挙げて出てくるかどうかでこのライ麦畑の運命も決まるのだ。

 

ローマの軍勢は明らかに苛立っていた。

あの蛮族共は自分達より遥かに巨大かつ、恐らくこの時代最も良くプロフェッショナル化された軍隊を見ても判断を渋っているらしい。

或いは無謀とも言える抵抗を試みる気なのかもしれない。

どちらにせよ、この戦場にいる全てのローマ軍が敵へのヘイトを募らせていて、ネロ・クラウディウスの副官(演・剣ジル)が全軍の代弁とも言える発言を彼女に対して行った。

 

 

「奴ら、まだ降伏しません。勝てるわけないのに。」

 

 

自ら軍を率いて出撃した勇敢なローマ皇帝は、ただ勇猛なだけではなかった。

思慮深く、そして常に油断というものを諌めている。

だから副官の軽率な発言を嗜めるようにこう返した。

 

 

「貴様は勝てるか?………余は?」

 

 

『〆*€#%$♪〒ウーダァァァアアア!!!』

 

 

その時、先ほどまで静まり返っていた針葉樹林から蛮族共が現れる。

ローマの軍勢には何と言ってるのかまるでわからないが、どうやら降伏を申し入れに来たのではなさそうだ。

もし降伏したいのなら槍や盾や弓を置いて来なければおかしいし、蛮族共はそれらの武器を高々と掲げていて、それどころか中央の男は使者の首を高々と持ち上げていたのだから。

 

中央の男が、どうやら蛮族の族長のようだった。

ほかの蛮族よりも良い毛皮を着ているし、巨大な大剣を持っている。

族長(演・ジークフリート )は、使者の首をローマの軍勢へ放り投げ声高く叫ぶ。

 

 

「〆*%#€〒$スマーナィィィイイイ!!!」

 

 

 

 

…………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「スタァァァァプ!!!!!」

 

「どうした?ここからが良いところだというのに。」

 

「どうしたもこうしたあるかァッ!!!パクリっつーんだよこういうのはッ!!!」

 

「なぁっ!?失礼な!!たしかに現代の映画とやらを参考にはしたが、そんな丸パクリみたいな事を言われる謂れはないぞ!?」

 

「謂れしかねえよ!!」

 

「証拠あってのことか!?余はこれでも裁判官をやっていた!!適当な事を抜かすならば斬ってくれようぞ!!」

 

「この後蛮族には勝つでしょ?」

 

「そうとも」

 

「そのあとアンタ家族殺されるでしょ?」

 

「そうとも」

 

「で、奴隷になっちゃうでしょ?」

 

「そうとも」

 

「んでもって剣闘士になるでしょ?」

 

「そうとも」

 

「最後は家族殺した奴を闘技場でぶっ殺すでしょ?」

 

「そうとも」

 

「途中で仲良くなったアフリカ系に『やっと自由になったな』って言われてエンドロールでしょ?」

 

「………何故分かる?」

 

「お前本当に元裁判官かこのやろおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

せめて途中で創作部分ブッこむぐらいの工夫はこなせや。

リメイクって言葉が生温く感じる。

もうまんま丸パクリ。

ついでに言えば時代背景適当にも程があるし、キャスティングも最悪。

すまないさんに蛮族の族長やらせんじゃねえよ。

謝りながら使者の首投げんじゃねえよ。

だったら最初っから斬んなよ。

 

 

何の映画見たかすぐに分かるレベルで酷い脚本である。

ラッセル・●ロウに憧れたかどうかは知らないが、あまりにもパクリ過ぎ。

つーかアレはローマ皇帝相手に復讐する剣闘士の話なのに、ローマ皇帝であるアンタが剣闘士してどうすんのよ。

 

もう本当に法の番人してたのか怪しくなってくるわ。

題材はリドリー・●コット、脚本は中国共産党の影響を受けたんじゃあるまいか。

普通は逆だと思うけど。

普通は中国共産党を題材にして、脚本はリドリー・●コット風にして現代社会のヒューマンドラマかドキュメンタリでも作るもんなんじゃないかな?

 

 

「うむぅ……そこまで似通っていたとは…」

 

「似通ってるんじゃありません、100%そのまんまです。」

 

「余としても工夫した場所はあるのだぞ?一応は。」

 

 

ネロ・クラウディウスは俺が開いているページとは別のページをめくった。

たしかにあの映画にはないシーンがそこにはある。

脚本の骨子からすればまるでどうでもイイようなシーンだったが、確かにそのページは惹きつけられるモノがあった。

 

 

「………奴隷の扱いが…俺の持ってるイメージとは違いますね…」

 

「そうであろう!そうであろう!」

 

 

剣闘士ネロがローマ入りするシーンで、奴隷がこき使われる場面が用意されていた。

たぶん、映画の方でラッセル・●ロウが売春婦からイチャイチャされるシーンを彼女なりに改編したものだろう。

彼女自身は側から見ているだけなのだが、その場面は中々に面白かった。

 

 

「…労働の後、しっかりと休みを与える旨を主人が述べていますね。俺のイメージだと、奴隷って鞭をパッチンパッチン打たれたら休みももらえずにこき使われる物だと思ってたんですが。」

 

「何を言うか!そんな事をすれば奴隷が衰弱するではないか!良いか?奴隷とは財産なのだぞ?決して安い出費ではないし、管理は細心の注意を払わねばならん。」

 

「うーん、ちょっと分かりづらいと申しますか…」

 

「例えば貴様が…そうだな、その腕時計とやらだ。決して安い買い物ではなかろう?」

 

「ええ、まあ。」

 

「ならできるだけ長く使用したいはず」

 

「はい」

 

「であれば、定期的に手入れをしてやらねばならぬし、動力も供給しなければなるまい。奴隷においても同じ事が言えるのだ。」

 

「つまり…奴隷もイタズラにこき使って消耗させるわけにはいかないという事ですか?」

 

「その通り!よく分かっておるではないか!」

 

 

奴隷の管理はさぞ大変だっただろう。

彼らは元は戦争捕虜だったり、或いは奴隷の子供で元から奴隷だったり、賊に捕らえられて市場に売り飛ばされる例もあったらしい。

故に様々な個性を持つ奴隷がいたハズだし、大勢の奴隷の中には口先がうまく主人を騙して旨味を得ていた奴隷もいたハズである。

いざ奴隷を買おうと言う時に、そういった個性まで見抜いて購入する事は難しいはずだ。

 

 

「奴隷といえども、余やほかのローマ人と同じ人間である。食がなければ動けぬし、反感を買い過ぎれば寝首を掻かれるやもしれん。だから良き働きをした奴隷には特別な褒美をやると良いぞ?」

 

「…例えば?」

 

「質の良い靴や衣類を与えてやったり、主人やその家族と同等の食事を与えてやったり。この脚本に書いた通り、休日を与えて外出を許してやるのも良いな。ただ、その際は逃亡しないように気を使う必要はあるが。」

 

「なるほど…目標があれば人は頑張りますからねぇ」

 

「最終的には解放してやるのも良いぞ。良く働いた奴隷を解放して、自由の身にしてやるのも主人の権利ゆえ。そうすれば、奴隷にとってはそれが生涯の目標になるであろう?」

 

「自身の自由を得るためにもよく働くようになる、という事ですね?」

 

「その通り。ローマとは寛大な社会なのだぞ?例え元奴隷であったとしても、良き働きをして主人に解放されれば、社会の一員として受け入れられるのである!」

 

 

寛大と言って良いものかどうかは分からないが、そういったシステムがローマ帝国の繁栄をもたらしたとどこかで読んだ事がある。

 

 

俺は脚本を閉じ、ネロ・クラウディウス陛下に自身の思いを伝える事にした。

 

 

「陛下。」

 

「なんぞ?」

 

「それをテーマにして脚本を書くべきでは?………グラディ●ーター丸パクリじゃなくて。」



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Ⅷ 陛下と"威光"に栄光あれ!


令和早々"威光"を暴走させます、申し訳ありません





 

 

 

 

『古の英雄達も砲弾の事は知らない。

敵を撃ち砕く、火薬の力も同様に。

だが、恐れ知らずの我らが兵士はそれを武器にする。

さあ、進め、進め、進め、英国擲弾兵。』

 

-----ブリティッシュ・グレナディアーズ(英国軍歌)より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

専門家が側にいると、少なくとも俺のような人間は非常に助かる。

「技術者としてのプライド」なる物は産まれた時に母親の胎内に置いてきた。

仕事の何かに拘りを見出せたことも、やり方に拘ろうをしたこともない。

 

だから、カルデアの電力を司る配電盤に問題が起きた時、エジソン博士の元へ訪ねに行くのには何らの抵抗はなかった。

幸いにも俺の担当は直流に関係する装置で、エジソン好みの分野でもある。

「レフ・ライノールの9.11」から生き残ったもう1人の技師は交流関係する装置を担当しているので、俺がニコラ・テスラの元へ向かう必要もなかった。

 

 

今日も俺は、自身のクソみたいな知識ではどうにも解決できそうもない問題にブチ当たった結果、エジソンの力を借りることにしたのだ。

もう1人の生き残りは職人気質の塊のような人間なので、正直彼を頼るよりかは博士を頼る傾向にある。

たしかに俺の知識不足も問題かもしれないが、あの頑固爺の言う通りに一々最初から調べ通していてはまるで業務が回らない。

電気関係設備のそれぞれの問題だけに対処するのが俺たちの仕事じゃないし、その点検・管理・維持を合計2人でこなさなきゃいけないのに、一つの問題にじっくり取り組んでいるような時間はないのだ。

 

 

頑固爺とニコラ・テスラの仲は険悪そのものだった。

頑固爺が真剣な顔をして配線図とにらみ合っていた時に、テスラがそれを横から見て鼻で笑ってしまったのが原因だ。

テスラにとっては些細な問題でも、頑固爺は30年のキャリアをもって挑んでいたのである。

当然、不機嫌になった頑固爺はその怒りを俺にぶつけた。

いわゆる八つ当たりである。

テスラ博士、あとで覚えておいてくださいね?

 

 

反対にエジソンと俺の関係は概ね良好である。

彼の学歴は小学校での三ヶ月間と言うことになるのだが、そのせいもあってか彼の説明はテスラの迷路のような話よりかは分かりやすい。

単純に俺の知識量に問題しかないのだが、しかしながら、元々はただの"ペーペー"でしかなかったことは考慮していただきたい。

端くれを齧った程度の凡人にも分かりやすいという点では、エジソンはテスラよりもお伺いしやすがったのだ。

 

それに、エジソンにお伺いしやすい理由はもう一つある。

エジソンは睡眠を一日3時間しかとらない。

だからいつ行っても大抵起きているし、そして貴重な時間を割いて頂くにも関わらず、嫌な顔をされないのだ。

 

 

 

エジソンの協力の下、俺は配線盤の問題を速やかに解決する事が出来た。

そして、俺はこういう時、彼の頭脳の対価としてはささやか過ぎるのではあるが、キューバの葉巻とビールでお礼をする。

 

問題が解決したのは22時30分。

エジソンも今日は珍しく早めに休むとの事で、俺は彼と2人で誰もいない食堂へ向かう。

流石にこの時間になると食堂にいる人間はおらず、婦長によるカルデア禁煙キャンペーンはついこの間に終わっていた。

 

俺はホットコーナーでフレンチフライとソーセージを買い、ビール瓶をいくつか並べて、キューバの葉巻を一箱と灰皿二つをテーブルの上に置く。

2人とも、ス●ーフェイスのトニー・●ンタナのように葉巻を咥えると、火をつけて煙を薫せた。

エジソンがバ●ワイザーの王冠を開け、俺もヴァイツェンのそれをこじ開けると、2人で今夜に乾杯を捧げる。

 

 

確かに、俺は酒には弱い。

だが、ヴァイツェンと呼ばれる白ビールだけは全然大丈夫で、寧ろ好んで飲む傾向にある。

毎夜毎夜飲んでいるわけではないが、今日のように仕事が長引いた日には飲みたくもなるのだ。

恩人にラガーを飲ませて自分が高価なビールを飲むのもアレなんだが、エジソンはラガーの方が好みらしい。

 

まあ、何はともあれクソみたいな問題は片付いた。

換気扇を起動させ、誰もいない食堂で葉巻とビールを楽しんだところでバチが当たるもんでもないだろう。

俺はヴァイツェンを一口飲み込むと、ライオン顔の発明王にお礼を言った。

 

 

「本当にありがとうございます。博士がいなければ、アレを解決するのに何日取られたか。」

 

「気にするな、いつでも頼ってくれたまえ!シマズくんもシマズくんで段々と身につけているじゃないか!その調子で頑張ることだ!」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

エジソンがバ●ワイザーを一口飲み、俺もヴァイツェンを一口飲む。

葉巻を吸い、ソーセージに齧り付き、そしてまたヴァイツェンへ。

嗚呼、なんという至高の時か。

 

 

「話は変わるが…あの看護婦のキャンペーンが終わって、個人的にはホッとしている。ようやく喫煙所が使えるようになったからな。」

 

「本来、食堂も22時以降は喫煙可能ですからね。ようやくこうやってゆっくりできる。」

 

「ただ…あの看護婦の事だ、これからも口煩いに違いないだろう。」

 

「できれば喫煙中には会いたくありませんね。」

 

「うぅん…どうもあの手の看護婦は苦手だ。良き労働には良き息抜きが必要だ。人の3倍働くなら、人の3倍楽しまなければならない。」

 

「一日の終わりくらい自由にさせてもらいたいもんですが…」

 

「お2人の発言も一理あります。確かに精神衛生上、娯楽と息抜きは不可欠でしょう。」

 

「なのにあの看護婦ときたら…」

 

「………」

 

「………」

 

 

いや、婦長、いつの間に?

 

気がつけば俺の隣の席に婦長がいる。

赤い制服の上衣を椅子の背もたれにかけ、ワイシャツに包まれた"威光"をテーブルの上にドサッ置き、そして手にはエールの中瓶を持った婦長が。

俺は血の気が引いてくのを感じたし、エジソンもバ●ワイザーを落っことしかける。

 

 

やっべえええぇぇぇ…

さっきの会話丸聞こえじゃん。

てか、なんでそんなナチュラルに入ってきてんの?

なんでこんな普通のオッさんとライオン顔の発明王によるザ・中年チックな飲み会のテーブルにナチュラルに溶け込めんの?

仕事帰りのOLさんですか?

帰りがけにどっかの居酒屋に立ち寄って鬱憤晴らしてるOLさんですか貴女は?

 

 

「どうぞ、続けて下さい」

 

 

そう言ってエールの中瓶を一本一気に開けてしまう婦長。

飲みっぷりがもはや中年男性である。

つーか、続けられない。

俺もエジソンも、今では希少なキューバ産葉巻の火を消してしまうかしまわないかで悩んでいるのだ。

いや、あの、婦長?

「プハッ…ア〝〜、生き返るぅ〜」じゃなくてさ。

 

 

「ふぅ………残念ながら、カルデア禁煙☆キャンペーンは先週を持って終了しました。仕事終わりの息抜きぐらい大目に見ましょう。」

 

 

思いもよらない婦長の寛容さに、エジソンと顔を見合わせる。

いつもなら健康云々のお話…というよりお説教が

 

 

「と・は・い・え!!喫煙は貴方達の健康を害する行為です!!そのことをお忘れなく!!」

 

 

あ、やっぱり中身はいつも通りの婦長でしたね。

変な期待抱いてごめんなさいね。

もう喫煙に関して云々言わなくなるわけとかないよねごめんね。

 

いつもはプラチナブロンドっぽい長髪を頭の後ろで纏めている彼女は、今は髪を下ろして砕けた服装でいる。

こんな婦長も珍しい。

いつもは赤い英国陸軍の制服をピシッと着こなして、病気だの怪我だの聞くたびにすっ飛んでくるイメージしかないのだが。

 

 

「………他に何もお話する事がないのなら…クリミアのお話でもしましょうか?」

 

 

席に着いてまだ3分も経たないと言うのに、婦長は早くも3本目を開けている。

あのぉ、お酒の飲み過ぎも良くないと思いますというか…。

しかし、まあ、クリミアかぁ。

そういえば婦長とは禁煙がらみで云々かんぬんぐらいの会話しかしてなかったもんなぁ。

 

不凍港を手に入れたいロシア、ロシアの南下を防ぎたい英仏、これ以上の領土喪失は避けたいオスマン。

少なくとも、俺の知ってるクリミア戦争はこんな感じだ。

何というか…ぼんやりしていてよくは知らない。

 

 

「意外に思うかもしれませんが、イギリスがヨーロッパへ大規模な陸軍部隊を派遣したのは…ナポレオン戦争から第1次世界大戦までの100年間でクリミア戦争だけです。」

 

「ほ、ほぅ、それは確かに意外ですな、Ms.ナイチンゲール。」

 

 

突然の婦長の介入に、エジソンは気が動転しているのか普段は到底しそうもない言葉遣いを披露する。

そういえば第五特異点で色々色々あったとか何とか聞いた気もする。

 

言葉遣いの方はさておき、婦長の発言は考えてみれば意外な事実でもあった。

少なくとも俺からすれば、レッドコート(大英帝国陸軍の制服)は世界中で戦争していたイメージしかないのだから。

18世紀にはアメリカで、ナポレオン戦争ではヨーロッパで、19世紀に入ればインドのスィパーヒー、清国、ズールー王国、ボーア人、…日本の薩摩藩や長州藩とも戦火を交えていたかと思う。

ところがナポレオン戦争以降1世紀の間にヨーロッパにレッドコートの大軍を送ったかと言えば、クリミア戦争だけらしい。

婦長の言う通り…19世紀欧州の著名な戦争…例えば、ホルシュタイン・シュレヴィヒ戦争やら普墺戦争やら普仏戦争やらにはレッドコートの集団は出てこない。

どちらかと言えば、ナポレオン以降の19世紀欧州の戦争の主役はプロイセンであったように思える。

…若いセルビア人がオーストリア皇太子夫妻を撃つまでは。

 

 

 

「…不思議だとは思いませんか?」

 

「え?」

 

「イギリスの外交力なら、大規模な派兵をせずとも、ロシアの南下を防げた可能性は充分にあるでしょう。」

 

「婦長、俺にはおっしゃる意味が分かりません。」

 

「…当時のイギリスの内閣は、連立政権でした。首相はロシアに対して穏健的、外相と内相は強硬的。あの戦争自体、元々はオスマンとロシアの対立が原因です。内閣が機能していれば、仲裁さえできたハズ」

 

 

婦長が更にエールをもう一本空けて、次の瓶の王冠を外す。

開封したてのビールを更に一口クイっとやった弾みに、大きな"威光"がたゆんと揺れた。

た、確かにこんな馬鹿でかい"威光"に説得されたら有無も言えんわなぁ。

…あー、ダメだ。

俺も飲み過ぎだ。

思考回路が支離滅裂になってきてら。

 

とにかく、婦長が言いたいのは…恐らくは政府が安定していて、本来の大英帝国外交パワーを発揮できていれば、ロシアとオスマンの仲裁をできたのでは?という事ではないだろうか。

そうは言っても、衰退傾向にあったオスマンにロシアの相手は無理ゲーだったのではとも思えるが。

クリミア戦争の前世紀には二度の露土戦争に敗北しているし、エジプトとギリシャもその手から抜け落ちている。

イギリスが仲裁に出たところで、ロシアの南下が防げたかといえば疑問符がついて回る事だろう。

 

まあ、ともかく。

『歴史にもしもはない』なんていう言葉は確かに使い回された言葉だが、しかし、想像することはなんらの罪にも当たらまい。

クリミア戦争がもし英国の仲裁で防がれたとすれば…

 

 

「…婦長、貴女は…必要とされなかった」

 

 

いかん、本当に飲み過ぎてる。

思っていた事がそのまま唇の間からすり抜けてしまった。

 

 

「ええ、そうかもしれません。」

 

「…あー、そいつは…大変だな、シマズ君。」

 

「ええ、大変です、博士。なんたって、彼女がクリミアでした事を考えれば…」

 

 

近代的な野外衛生と看護師を"クリミアの天使"抜きで語るのはほぼ不可能だろう。

婦長は統計を用いて、保守的な軍人に環境の改善を迫った勇気ある明晰な女性なのだ。

そんな人物はそうそう現れるものではない。

 

 

「…昨日、マスターから興味深い話を聞きました。ジャンヌ・ダルクはご存知ですね?」

 

「ルーラーの?」

 

「そうです、シマズさん。彼女とマスターは、黒い方のジャンヌ・ダルクが作り上げた架空の世界に引き込まれた事があるそうです。百年戦争がイングランドの勝利で幕を閉じた、架空の世界に。」

 

「それは面白いですな、Ms.ナイチンゲール。」

 

「…私は…その話を聞いた時に思いました。もし、クリミア戦争にイギリスが参加しなければどうしていたか…」

 

 

ネタバレになるが(おい)、拗ねた邪ンヌがメフィストフェレスを使ってルーラー・ジャンヌを意地の悪い幻に引き入れた話なら小耳に挟んだ気がする。

 

 

「彼女…ジャンヌ・ダルクはこういったそうです。"己が選んだ己の道をひた走るのみ"と。未来を知って行動するのは非人間的だとすら言ったようです。」

 

「つまり…婦長、クリミア戦争に英国が参加しようが参加しまいが…貴女は自身のベストを尽くし続けただろうと…そう、おっしゃいたいのですか?」

 

 

婦長が立ち上がって、こちらへと歩み寄ってくる。

なんてこった、飲みすぎだよ婦長。

上気した…ニヘラっとした感じの笑みを向けながら迫ってくる婦長が一歩近づく度に、俺の理性が警鐘をバンバカ鳴らしやがる。

まるで頭の中でレッドコートの軍楽隊がブリティッシュ・グレナディアーズを演奏してるんじゃないかというぐらいにも思えた。

 

逃げ出そうかと思ったが、婦長の雰囲気がそれを許してくれそうもないし、それにたゆんたゆんしてる"威光"の同行が気になって、邪な好奇心が理性の警鐘と張り合っていた。

 

婦長は俺の目の前で立ち止まると…あろう事かその大きな"威光"で俺の頭をすっぽりと包んでしまった。

やっべ、興奮しそ(やめろ)

 

 

「ええ、勿論。私はベストを尽くし続けます。クリミアで大勢の兵士が犠牲になっても、なっていなくとも。そして…このカルデアでも、最善を尽くす事でしょう。」

 

「あ、あの、ふちょ、ふごっ、婦長!息が苦しっ、ふごっ」

 

「シマズさん、貴方の職務も、このカルデアでは不可欠なものです。」

 

「…………は、はあ。」

 

「ベストを尽くしなさい。そこのキメラを頼らずに済むように。」

 

「いや、キメラじゃないからね?」

 

「頑張りなさい。これは私からのご褒美です。今日はお疲れ様でした。」

 

 

"威光"は俺を解放して、婦長は上着と沢山の空ビンを持って去っていく。

俺はその背中を見ながら…ふともう一つ思い出した。

 

 

アメリカ人が当時鎖国中の日本に黒船を派遣できたのは、同じ頃クリミア戦争が欧州列強を釘付けにしていたからだと聞いた事がある。

 

もし英国の内閣がクリミア戦争への参戦を見送っていたならば、あるいは英国が仲裁に成功していたならば。

日本の開国はまだ当分遅れていた可能性は決してゼロではないだろう。

開国が遅れれば、時代遅れの統治システムは欧州列強に飲み込まれたかもしれない。

 

 

 

俺は中身の少ないヴァイツェンのビンを手に取り、レッドコートの女性に捧げた。

女王陛下に栄光あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 





キャラ崩壊著しく申し訳ありません。
電気関係云々は著者の職業とは関係のないただの創作上の設定として描写しておりますので、もしその手の方で「何言ってんだこいつ」と思われた方がいらっしゃいましたら所詮創作なんだなと生暖かい目で見ていただくと大変有難いです。


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Ⅸ 美食家復讐者

キャラ崩壊が著しいっつーか文章力不足がああああ。


 

 

 

 

"鬼才"ネロッティーノ・クラウディーノ(一応言っておくとネロ・クラウディアス)は、少なくともカルデアのなかでは最早有名な映画監督と成り果てていた。

当人からは俺のアドバイスで目が覚めただのと言われたが…才能は元々彼女自身の内側で眠っていたのだろう。

たしかに奇天烈な作品の方が多い気もするが…。

しかし、素晴らしい作品は本当に素晴らしい。

 

古代ローマの解放奴隷を描いた作品では、全カルデアが泣いた。

亡き夫の為に復讐を果たす女サムライを描いた作品は、手に汗握る物だった。

あるヘッセン人を主人公に、アメリカ独立戦争を英国側から描いた作品は、本当の本当に斬新で面白かった。

 

 

だけど…ね。

ネーミングがね。

ちょっと壊滅的だよね。

 

解放奴隷の映画は『ジャンボ! 繋がれざるもの』

女サムライは『キル・トモ』

ヘッセン人は『ユア・ウェイ 〜7800kmの真実〜』

………とりあえず、ネーミングセンスどうにかしようか?

なんで毎回著作権スレッスレ狙っくるのよ。

 

 

 

俺は今日も仕事を終え、自室のテレビで『ユア・ウェイ(以下略)』をよりにもよってヘシアン氏と共に見ている。

首から上が無いにも関わらず、どうやら泣いているようで、奇妙な嗚咽と共に服の首元が湿っていた

となりに座っている者としては…この光景はホラー以外の何ものでもない。

 

 

まあ、ヘシアン氏がここまで感動するのも無理はないか…。

独立戦争モノの映画って大抵ドイツ人傭兵の事はスルーされてるし、スリーピーホローのドラマとかだとすっげえワルモノ扱いされててUZIサブマシンガン乱射してたりとかする。

もう、ロクな扱い受けてません。

 

ところがネロッティーノ・クラウディーノ監督は、祖国の君主の為に働く誇り高いドイツ人騎士を描きあげたわけだ。

君主から駒として扱われても、忠義に生き、使命を果たさんと奔走する騎士を。

イギリス兵から「傭兵」だと不審の目で見られ、アメリカ人達から憎悪の対象にされてなお。

誇り高き騎士は自らの意思を貫いた…。

 

 

ヘシアン氏大号泣も納得である。

どのくらい大号泣かというと…アヴェンジャーからルーラーにクラスチェンジしそうなくらい。

あの趣味の良い狩人風の服が多量の水分のせいで色を変えていた。

おおよそ200年振りに理不尽から解放された、みたいな泣き方だよ、本当に。

 

 

そんな大号泣ヘシアン氏とテレビ映画を見ていた時に、1組の男女が俺の部屋へと入ってきた。

何のことはない。

我が部屋の"常連客"、エドモン・ダンテス氏と邪ンヌちゃんである。

 

 

「ちょっと灰皿借りにきたわ…って、なんでソイツがここで泣いてるわけ?」

 

「話せば長くなりまする」

 

『Ich wurde frei!!!(筆談)』

 

「読めないわよ」

 

「ふん…"自由になれた"、か。」

 

「え?エドモンパイセン読めんすか!?」

 

「神父から習った…あの監獄でな」

 

 

エドモンパイセンはそう言って、極々ナチュラルにタバコを咥えた。

 

昔々、転生する前の世界線で小学生だった頃。

国語の先生から往々にして読みなさいと言われる『〜少年文庫』というシリーズで巌窟王を読んだことがある。

母親がまとめて買ってきてくれた本の数々の中に、それがあったのだ。

 

少なくとも、俺の知る巌窟王はとてつもない紳士だった。

同時期に『レ・ミゼラブル』を読んでいたから記憶が混同してるフシがあるけど、それでもモンテ・クリスト伯爵が絵に描いたような紳士だったのを覚えている。

「申し訳ありません、気の遠くなるような遠路でしたので…約束の時間に2,3秒遅れてしまったようです。」「まあ、なんて立派な方なのかしら。」「"伯爵"と呼ぶに相応しい紳士ですな!」

 

 

ところが今目の前にいるのは人の許可も得ずに人の部屋でタバコをふかさんとする腐れ外道。

年季の入ったライターの火がつかず舌打ちをし、放っておけば痰を吐きそうな…吐きやがったなこの野郎!

少しばかり私の持っていたイメージを返していただけませんかね?

煌びやかな19世紀欧州の輝かしい上流階級社交界を沸かした貴族紳士なイメージを返していただけませんかね?

 

「呼んだ?」

 

呼んでないよ、モーツァルト。

人の頭に脳内訪問してんじゃねえよ。

貴方様は黙って粉まみれのカツラでも選んでてください、頼むから。

第一、紳士でもなんでもないじゃん?

ただの変態紳士じゃん?

この部屋の惨状見てごらんなさいよ。

変な嗚咽で泣いてる首なし人間、半グレ優ヤンキー娘に、厨二病みたいな服装した痰吐き野郎。

ここに変態紳士がぶっ混める余裕はないから。

諦めて帰って?

それと今度来る時は爆乳王妃様とワンセットで来て?

それでようやっと丁度ええんよ、あなた方は。

 

 

「何やってんの。ほら、デュヘイン。」

 

「…助かる」

 

 

いつまでたってもライターの火がつかない巌窟王を見かね、邪ンヌちゃんが彼のタバコに火をつけた。

 

邪ンヌちゃんならええんよ、寧ろ嬉しいんよ。

可愛いプラチナブロンド巨乳美少女が貴方の部屋にご訪問って、おっちゃんそれだけで明日も一日頑張れそうなんよ。

ただし、エドモン、テメーはダメだ。

前々から思ってたけど、婦長の禁煙キャンペーンはとうの昔に終わっとんねん。

公共の喫煙スペース使えや、なあ。

ココ、ワタシノプライベートクウカンデス、ワカリマスカァ?

 

 

「…クハッ、クハハハハハハッ!しかし、驚かされたな…あの看護婦、禁煙キャンペーンが終わらせたのはああいうワケか。」

 

「本ッ当にはた迷惑!」

 

「…?ん?婦長がどうかした?」

 

「!?ああ、シマズ。」

 

何その「え?いたの?」的な反応は。

ココ、ワタシノプライベートクウカンデス、ワカリマスカァ?

大事なことなので二度言いましたよ?

 

「あの婦長、禁煙キャンペーン終了と共に喫煙所も撤去したのよ。…だから、その…しばらく世話になるわ。」

 

 

 

うっそおおおおおおおおん!?

 

やりやがったな、あの婦長!!

まあ、邪ンヌはええよ!?

寧ろ嬉しいよ!?

でも喫煙者サーヴァント全員で俺の部屋に押しかけられるのは嬉しくとも何ともねえよ!

やめろよ、俺の部屋本格的に喫煙所になってきてんじゃん!!

 

 

「すまんが、俺もしばらく世話になる。」

 

「そういえば。あんた、シマズに何か話した?面白そうな話。」

 

「ん…ああ、そうだ。…何か聞きたいことはあるか?」

 

 

だから〜。

なんでそんな過去の話すればタダでタバコ吸い放題コーヒー紅茶飲み放題みたなシステムになってんの?

そういうのはド●ールコーヒーでやってもらっていいすか?

 

 

「……19世紀初頭のフランス事情とか…」

 

いかん、本心の方が先に出てしまった。

 

「つまり、俺が"モンテ・クリスト伯"を名乗っていた時代の事だな?よかろう。」

 

 

巌窟王はタバコを普段より長く吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。

彼の復讐劇の舞台となったのはナポレオンがエルバ島へ流された頃のフランス。

フランスどころか欧州全体が激動の時代で、そもそも、彼がシャトー・ディフに入れられたそもそもの原因もナポレオンの側近が絡んでいる。

王政復古後のナポレオンは良い目で見られていなかったらしい。

 

 

「あの時代のフランスは気に入らないモノが多かったが、別格に素晴らしいモノはたしかに存在した。」

 

「それは?」

 

「食事だ。」

 

「食事…」

 

「ルイ16世が処刑された後、フランス革命が始まり、そしてその革命は多くの人々の人生を変えた。何せ激動の時代だった。」

 

「ロベスピエール、テルミドール9日…フランス第一帝政………」

 

「その通り。ルイ16世が処刑された後、宮廷に仕えていた者たちにとっては取り分けキツい時代だったろうな。」

 

「そりゃ今まで宮殿で働いてたんだから、当然よね。仕事がなくなるわけだから。」

 

「宮廷の料理人達は宮殿での仕事を失い、自身の料理店を持つようになった。…ブルボン朝の食文化が全国に解き放たれたわけだ。」

 

 

『会議は踊る、されど進まず』

状況を的確に揶揄したこの言葉が生まれたウィーン会議は、ナポレオン戦争後の欧州秩序の回復を目的として開催された。

つまり、君主制の維持である。

 

会議の目的からして、古き良き君主制を何も変えたくないオーラ全開だったのだが…何も変わらなかったわけではない。

少なくとも欧州秩序はいくらか入れ替わり、パワーバランスを配慮したウィーン体制は欧州に比較的長期の安定をもたらした。

 

しかし、何よりも大きな変化は各国の料理だったかもしれない。

 

フランスの外交官・タレーランの料理人が主催した晩餐会で、彼の料理は列強諸国の代表達の度肝を抜いた。

"シェフの帝王"アントナン・クレームにより調理された品々は、帝政ロシアの宮廷料理に影響を与えたり、名門ハプスブルク家の興味を引いただけでなく、フランス料理が欧州諸国の上流階級に広まるきっかけを作ったのだ。

 

 

同じような事が、パリの街角でも起こっていた。

革命後、職を失った宮廷料理人達が自身の料理店を開き始めたのだ。

とはいえ、当初は専ら上流階級にしか手の届かない食事だったのだろうが…モンテクリスト島の財宝を手に入れた巌窟王はその上流階級にカテゴライズされるハズである。

 

 

「フェルナンやダングラールへの復讐を計画する間も、その計画を修正する間も、実行に移す前も、そして実行した後も、あの料理とカフェは欠かせない存在だった。」

 

タレーランか。

 

「カフェ…それは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で…」

 

だから、タレーランか。

 

 

「詰まるところ、何が言いたいわけ?」

 

「………そうだな。変革は悲劇を呼ぶが、喜劇も呼ぶ。一方に作用する力に必ず反作用の力が働くように、時代のうねりも人それぞれに作用する。"…待て、しかし希望せよ"。希望を捨てては、そのどちらも享受できはしない。まして幸福など…。シマズ、人生は波乱に満ちるものだが……………クハハッ!オレがこんな事を言うとはな!」

 

 

モンテ・クリスト伯爵、巌窟王、そしてエドモン・ダンテスはタバコの火を消して俺の部屋から立ち去った。

彼は最後まで言わなかったが、俺は彼の言いたかったことを察せられないほど鈍い人間ではない。

 

陰謀の末シャトー・ディフにブチ込まれた青年、エドモン・ダンテス。

しかし彼は復讐心と共に希望を持っていたのだろう。

暗闇の中の一条の光とも言える、微かな希望だったかもしれないが…暗闇の中の光は殊更に輝かしいものでもある。

 

"巌窟王"の最後はどんなのだったかな?

俺は遥か昔に読んだ本の、最後の1ページを思い返した。

確か…彼は復讐を果たし、異国の姫・エデと共に新しい人生を歩みだす。

例え復讐鬼となれど、人生に求める希望と幸福は我々と変わらないのだろう。

"アベンジャー"エドモン・ダンテスは"巌窟王"の主人公とは異なり復讐の塊のようなサーヴァントらしいが、根は良いに違いない。

 

 

「…シマズ、良いことを教えてあげましょうか?」

 

「え、なんすか?」

 

「アイツ、ああは言っても何よりも好きな料理はブイヤベースなの。」

 

青年エドモン・ダンテスはマルセイユ出身の船乗りだった。

故郷と母親の味は宮廷料理に勝るというわけか…。

 

「……今度アンタにも作ってあげましょうか?私だって、ブイヤベースくらいなら作れるわ。尤も、竜の魔女の手料理なんて食べて無事で済むかは分からないけど…うふふっ」

 

 

………えぇぇ。

結婚して?

 



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Ⅹ 無知と陰謀、又は領主

カーミラさんがやたらと丸くなられてますキャラ崩壊どころじゃねえなおいですので苦手な方は回避推奨でせう。


 

 

カルデア

邪ンヌちゃん私室

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああっ!痛ェッ!クソッ!クソォッ!!」

 

「ちょっと!大丈夫なの、シマズ?」

 

「大丈夫なもんか!小指挟んじまった!なんたる事かッ!信じられないくらい痛えッ!!」

 

「ま、待ってなさい!あの看護婦呼んでくるわ!」

 

「血の匂い…」

 

「ヒェッ!アンタいつの間に!」

 

「治療が必要とされる場所には私がいるべきです。何事ですか?」

 

「シマズが配管の修理中に指を挟んじゃったみたいで…」

 

「そういう事なら仕方がありません。指を切除致しましょう。」

 

「何言ってんのよ!そんな事しなくても…」

 

「躊躇すれば手遅れになります!さあ!今すぐにでも!」

 

「痛え!痛えけど切除はイヤ!イヤ!イヤァァァァア!!!」

 

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

 

 

別に電気工から配管工に転職したわけではないが、なら何故邪ンヌちゃん私室なんていう"聖域"で怪我を負ったかといえば、全くもって知識なんかないのに無理を通そうとしたからである。

阿保の見本でしかないのは自分でも分かっているが、しかし、皆様にも分かってほしい部分もあるんです分かってください。

 

だってさあ、邪ンヌちゃんに「…その、自分の部屋に入れるんだから…信用できる人間が良いでしょう?」とか言われたらさあ。

やるしかないじゃん!?

例え専門の技術がなくてもできる限りの知恵と根性でなんとかしたいじゃん!?

したいんだよ文句あるかこの野郎!!

ツンデレデレデレ竜の魔女がちょっと顔赤らめて、ちょっと恥ずかしそうに俺の事を「信用できる人間」つったんだよ!?

やるしかねえじゃんアゼルバイジャン!!!!

 

 

「だとしても、自分の実力を認識してから手をつけるべきですね。この状態では貴方の本来の職務にほぼ間違いなく支障をもたらす事でしょう。」

 

「すいません婦長…」

 

「…切除はせずに済みました。コレに懲りたら二度と無謀な行いはしない事です。当分職務は果たせないでしょうから…あのキメラには私の方から頼んでおきます。」

 

「すいません…」

 

「まあ、そう責めないであげて…その…無理を言ったのは……私だし。」

 

「ゴファッ!!」

 

「吐血!?」

 

「ゼェハァ、ゼェハァ、大丈夫です、婦長。ちょっと尊過ぎただけで…」

 

「何が大丈夫なものですか!療養なさい!」

 

「いやでも」

 

「療養!!!」

 

「あ、はい。」

 

 

 

 

 

と、まぁ。

見事なまでに医務室での入院生活に入ってしまったわけではあるが。

 

 

いやぁ〜、どうすっかなぁ。

大人しく寝てろやっつーのはその通りなんだけどさ。

人間ってのは不便なモンで、普段寝ていない真昼間から寝ようとしても中々に寝付けない…少なくとも俺は。

とはいえ、煙草も取り上げられちゃったし、本格的にする事もない。

とにかく今日は…自業自得とはいえ踏んだり蹴ったりだなぁ…。

 

 

 

ガラガラガラ〜

 

 

 

「ゴファッ!!!」

 

「ゴファッ!!!」

 

 

どエロい衣装を着た美人さんが医務室に入ってきたのはその時で、彼女は部屋に入ってきた瞬間に吐血し、俺はそれに釣られる形で吐血した。

あのよぉ。

吐血を嘔吐感覚でさせないでもらえますか?

 

 

「…あら……どうも…」

 

「ど、どうも…」

 

 

美人さんも俺も、吐血により息絶え絶え。

だがその美人さんの凄いところは、そんな瀕死状態でさえ背負ってきた"鋼鉄の処女"をキッチリと医務室の中へ入れ、恐らくは割り当てられているベッドの脇まで運び、そして立て掛けたことだろう。

その後モップを手にしたところで、遅れて医務室に入ってきた婦長に止められた。

 

 

「患者がそのような事をしてはいけません!今すぐ療養なさい!」

 

「こ、このくらい自分で…」

 

「許しません!療養!!療養!!!

 

 

婦長の凄まじい熱気に押し負け、美人さんは自分の病床へと向かわざるを得ない。

まあ…毒物でも飲んだんじゃないかと言うくらいには口から血をダラダラ出してるホラー映画と化しているから、婦長の対応も無理はなかろう。

美人さんはふらつく足取りでベッドへ向かい、そして横になる。

 

 

「…!?シマズさんも症状が悪化しているようですね。2人共、大人しく療養するように!!」

 

 

婦長は我々患者2名に言明すると、医務室の扉をピシャッと締めて何処かへ行く。

言い忘れていたが、美人さんに割り当てられたベッドは俺の左隣にあり、その奥では不気味な"鋼鉄の処女"が控えている。

ま じ か よ。

幸か不幸か、俺はこの美人さんの真名を知っている。

 

エリザベート・バートリー、又の名をカーミラ。

 

 

なんてこった、吸血鬼と同じ部屋で入院だと!?

安全保障上の危機じゃねえかよ!?

俺の安全は一体どこへ行っちまったんだよ、これじゃグールかゾンビになっちまう!!

 

 

「…心配しなくても、あなたの血を吸うような事はしないわ。」

 

「へ?」

 

「………過剰な糖分、塩分、油分、コレステロール…」

 

 

余計なお世話だ。

たしかに吸血鬼に血を吸われるのも嫌だが、吸血鬼から吸血を躊躇われるのも傷つくものがある。

俺の左隣のベッドにいるマダムは、あろうことか俺に一目くれただけで品定めまでしていたのだ。

おかげで俺は●郎系ラーメンみたいな扱いを受けたわけだが…喜ぶべきか悲しむべきか。

 

 

それからしばらくは、医務室内は静寂に包まれた。

寝るに寝れず、かと言って何かする事があるわけでもなく。

ベッドに横になり、しばらくぼへぇーっとしてると、左側から話しかけられた。

 

 

「………そこのあなた、起きてる?」

 

「ふぇ?あ、まぁ、はい。」

 

「少し、話でもどうかしら?」

 

 

どうやら眠れないのは左側のマダムも同じようで、彼女は上半身を起こし仮面を外した…まるで眼鏡でも外すかのように。

俺も俺で一向に寝れないので上半身を起こすと、…とりあえずマダムに自己紹介する事にした。

 

 

「どうも…電気技師のシマズです。」

 

「エリザベート・バートリ。カーミラと呼んで頂戴。」

 

「ハンガリーの貴族の方ですね?」

 

「………えぇ。一応、そういう事になるわね。」

 

「生前は優れた統治者だったとか…あ、いえ、皮肉じゃありませんよ。」

 

「私が領民に何をしたかは知ってるんでしょう?正気と言えるかしら?」

 

 

カーミラ夫人はどうやら相当参っているらしい。

このマダムは…少なくとも普段遠目に見てる限りでは皮肉と狂気を振りまく悪女的なサムシングが感じられた。

ところが今俺の目の前にいるは疲れ切ったマダムである。

マスターと行動する内に随分と角が取れたんだろうか?

 

 

「正気だろうが…そうでなかろうが…バートリ家が名門貴族であった事は変わりません。バートリ家はハンガリー副王や枢機卿を輩出してる家系ですし、あなたの夫の家系はオーストリア・ハプスブルク家のフェルディナント1世が"聖イシュトヴァーンの王冠"を手に入れる上で重要な役話を果たしていましたが、あなたの地位はその夫よりもさらに上で結婚後もバートリを名乗った。」

 

「………」

 

「そもそも…全てが嘘とは言えないかもしれませんが…脚色された評価もある事でしょう。」

 

「どういう意味?」

 

「バートリ家はハンガリー貴族の中でも存在感の強い一族でした。あなた方ハンガリー貴族は、しばしば団結してハプスブルクの支配の強化に抵抗した。…あなたを無罪と考える人はいませんが…しかし、あなたがやった事以上にハプスブルクの思惑が働いたと見る見方もある。」

 

 

 

 

ハプスブルク家の帝国自体が、寄せ合いどころのようなモノだった。

 

確かにハプスブルク家は『幸いなるオーストリア、汝は結婚せよ』の家訓通り政略結婚で勢力を拡大していたが、それ以上に、他の貴族がハプスブルク家を頼ったという面も大きい。

多くの貴族がハプスブルク家を頼るようになった理由、それが『オスマンの脅威』である。

強力なオスマン帝国に対抗する為、彼らはハプスブルク家の"双頭の鷲の旗の下に"集る事にしたのだ。

 

そもそも、ハプスブルク家が"聖イシュトヴァーンの王冠(ハンガリー王位)"を授かるようになった理由にもオスマン帝国が関係している。

ハンガリー王ラヨシュ二世がオスマン帝国との戦闘で戦死したのだ。

フェルディナント1世の妻はラヨシュ二世の姉であり、彼には継承権があった。

そしてオスマン帝国に服従するトランシルヴァニア公はハンガリー貴族から不人気だった。

 

だが、トランシルヴァニア公が不人気だったからと言ってハプスブルク家が大人気だったわけではないだろう。

地元で支配権を固めるハンガリー貴族達からすれば、オーストリアからの支配が強化される事は決して望ましい事ではなかった。

 

実際にも、ハプスブルク家への不満を…"外国勢力"に国運を左右される事への不満を代表するかのような事件も起きている。

『ヴェシェレーニ陰謀』と呼ばれる事件がそれに当たり、これはハンガリー国内から外国勢力を一掃しようという計画だった。

この計画の発端はハプスブルク家のレオポルト1世がオスマン帝国と結んだ和約が原因で、ハンガリー貴族達が多大な犠牲を払って勝利を手にしたにも関わらず、スペイン・ハプスブルク朝の後継者問題に掛りきりだったレオポルト1世が和約を急ぎ、オスマン帝国に有利な条件で和約したからである。

 

いつの時代も変わらない。

不満があれば、そこには反乱の芽がある。

 

 

 

 

 

 

「例えそうだとしても…私のした事が消えて無くなる事はない…。」

 

カーミラ夫人はそう言って力無く項垂れる。

 

「運命と罪からは逃れられない…」

 

「………吐血の原因は…エリ」

 

「やめて。その名を口にしないで。普段は心を虚無にする事でなんとかしてるけど、もうそろそろ限界よ。」

 

「過去のご自身が嫌いなのは…()()で奔放だから?」

 

「ええ、そうね。」

 

「………その…無知というのは…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですか?」

 

 

カーミラ夫人がこの医務室に来てから1時間は経つかという所。

品のあるマダムが、その1時間で初めて笑みを見せた。

 

 

「………あなた、なかなか面白いわね。」

 

「はは、恐縮です。」

 

「そうね、これだけは言っておきましょう。もし私が生前のあの頃に戻れるなら…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね。」

 

 

なるほど、カーミラはカーミラというわけか。

 

 

 

 

 

 

何か腹が減った気がして、時計を見るともう昼飯時だった。

 

そういや指を怪我したのは午前11時。

もうしばらくすれば婦長が入院食を持ってきてくださる事だろう…例によって消毒液塗れの食器に載せて。

 

 

ところが、この日の入院食は想像とは異なるものだった。

婦長がヘルシーサンドウィッチでも持ってくんのかなと思ってたら、小さな台車に2人分の食事を載せて、なんと王妃様と邪ンヌちゃんがいらっしゃるというVIP待遇である。

まず持ってこの王妃&竜の魔女の組み合わせからして尊すぎるだろうが殺す気かよ。

つーかそもそも王妃様の手料理自体が尊すぎるだろ殺す気かよ。

 

 

「Viva la F lance〜♪貴女の為に、元気が出るような物を作ってきたわ♪」

 

「そ、そう…」

 

「ほら、シマズ。アンタの分よ。」

 

「ふぁー!天に召されるー!」

 

 

メインディッシュは蓋つきの食器に入れられていて、どうやら煮込み料理のようだった。

美味しそうな匂いがしたので、勇んでフタを開ける。

中に入っていたのは真っ赤なスープ…これは……。

 

王妃様をよく見ると、左手の小指に大きなガーゼを巻いている。

えぇ………マ?

 

 

「あははは!!そうよ!!コレよ!!こういうのが欲しかったのよ!!分かってるじゃない、アナタ!!!」

 

 

カーミラ夫人はどうやら察したようで、勇んで赤いスープをスプーンで口に入れる。

その間俺はその様子を隣のベッドから見ていた。

夫人は最初の内こそ恍惚な表情をしていたが、すぐに吐き出してコントみたいな反応してた。

 

 

「ゴファッ!!これトマト!!」

 

 

 

グヤーシュはハンガリーの家庭的なトマトベースの煮込み料理で、風味や味付けは各家庭によって異なる。

ちなみに…クッソどうでもいいが、著者の大好きな料理の一つである。



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Ⅺ "オーティ"・カスターの後任者達

 

 

 

 

1620年、王の弾圧に追われた清教徒たちが、貨物船メイフラワー号に乗って新大陸の東海岸へ到着した。

彼らはその後イギリスから続々とやって来る…本格的な開発と植民を目的とした移民たちの最初の30名程度に過ぎなかった。

メイフラワー号を含めて多くの者は新しい大陸に夢と希望を抱いてはいたものの、必ずしも無謀なまでに楽観的だったいうわけではない。

大西洋を越えようと決心した彼らは、長い長い航海の後にやっていけるだけの食糧は持ち合わせていたし、そしてもちろん、医療品や銃火器や…或いは病原体といった物も持ち込んだ。

 

 

そして、無論の事、ビールなどの酒類も持ち込んでいた。

酔っ払う為ではない。

その当時のビールとは、貴重なエネルギー源でもあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

カンパ〜イ!!

 

もはや場末の酒場と化した私室で、俺は理性を見失いつつあった。

同情して欲しい。

つーか同情しやがれ。

俺のスーパープライベート空間は、時を追うごとに崩壊していった。

最初は数人の秘密の喫煙所、次は半ば公然の喫煙所。

最終的には黒ひげの大馬鹿野郎がアルコールを持ち込んで、俺のお部屋を酒場にしちまった。

 

 

最初の内こそ、俺は自分の部屋にこびりついた…やれアルコール臭やらタバコ臭やらをどうにか排除して快適性を保たんと奮闘した。

だが、あの大馬鹿野郎がラム酒を持ち込んで1週間後には、俺の涙ぐましい努力はまるで徒労に終わっていたことを思い知らされた。

その上ファブ●ーズを大量に買い込む事になる前に、俺の鼻の方が慣れてしまっていた。

 

 

ただ、このレントハウス・パーティーによってもたらされる利益も大きい。

 

エジソン博士はレントハウスの見返りとして俺のために電動スクーターを作って下さった。

クソ広いカルデアの廊下を職場まで移動するのは中々時間を要していたのだが、コレのおかげでだいぶ楽になっている…もちろん動力は直流電流である。

 

ヘシアン氏は本格的なヴルストを作ってくれるし、黒ひげとの密貿易はまだ続いてるし、マダム・バートリは酔っ払うとCV田中●子で………信じられない話だが、孫みたいに扱ってくる。

ネロ・クラウディアスは大抵黄金とバラの花をばら撒くし、巌窟王は何もせず黙々とタバコをふかしてコニャックをクイッとやっているだけだが…絵になり過ぎてて追い出せない。

 

…オマケに、偶に婦長までもがやってくる。

彼女はレッドコートを脱いだワイシャツ姿でやってきて、大抵持参したエール瓶を半ダースは飲み干して帰っていく。

彼女が来た場合、今ではそれは祝福を意味する。

婦長は目にも留まらぬ速さで俺の部屋を掃除してくれ、最後にご自慢の"威光"をチップとばかりに『弾んで』くれるのだ貴女は神か?

 

 

 

そんなわけで、もう俺にはどうしようもなかったし、もはやどうしようとも思わなかった。

よくよく考えればそんな害のあるものでもない。

流石は英霊と言うべきか、サーヴァントの紳士淑女の皆様はちゃんと後片付けをして、遅くても夜の23時にはお帰りになる(酔い潰れた場合の黒ひげは除く)。

それに、どうやらこれはまだ未成年のマスターの為でもあるようで、そもそもカルデア禁煙☆キャンペーンの実施も、公共の喫煙所が消えたのも、マスターの「タバコくさっ」という発言があったかららしい。

結果としては22時からは飲酒・喫煙可能だった食堂も使えなくなり、喫煙者サーヴァント達は代替の場所を求めざるを得なくなってしまった。

良識を持って使われるのであれば、見返りを受け取る癖に無下に追い出す方が悪い。

 

 

どうせ1人でいても何かやる事があるわけでもなく。

毎晩毎晩どんちゃん騒ぎをされて物が壊れるわけでもなく。

週に3日か4日の頻度なら、酔っ払ったマダムに頬をさわさわされるのも悪いモンじゃないだろう……あの、カーミラさん?そろそろ放してもらえます?

 

 

「シマズぅ〜、こっちに来て一杯付き合いなさいよぉ〜」

 

 

ようやくバートリ家のご婦人から解放された直後に、今度は邪ンデレ邪ンヌに呼び止められた。

まあ、呂律の具合からして酔っ払っているに違いない。

俺としては既に2本めの白ビールを空け終わっていたので今回は遠慮させていただこうかと思ったが…彼女の座るバーテーブルの奥にいるギョロ目がこちらを凝視してきたので諦めることにした。

 

つーかね、まずもってね、何でさも当然かのように人の私室にバーカウンターなんか持ち込んでるのかな?

劇的ビーフォー●フターも劇的びっくりマジ刺激的な大改造を当然のようにし過ぎじゃないかい君達?

バーの奥に『営業許可証 "BAR DO LE" 右の営業を許可する。 営業許可権者 カルデア県知事 Dr.ロマ二』とかクソみたいな書類をご丁寧に額縁入りで掲げるヒマがあったら俺に一言あっても良かったんじゃないのかな?ん?

 

てか誰の断りがあって許可したんですかい、Drロマ二?

行政したいならしたいなりに一報あっても良かったよね?

行政舐めてんのかゴラ。

 

 

個人的な静かな怒りはともかく、フランス美巨乳ツン:デレ(1:9)少女からのありがたいお誘いに応えるべく、俺はバーカウンターの椅子に座る。

コニャックを飲む美少女の隣におずおずと座ると、間髪置かずにギョロ目のバーテンがオレンジ色の飲み物を目の前に置く。

 

 

「そちらのお嬢様からです。」

 

「ど、どうも。…オレンジジュース?」

 

「そ。アンタ酒には強くないんでしょう?そして、アンタがさっきまで座ってた席には白ビールの空き瓶が2つ…無理強いしたりはしないわ。」

 

 

さては聖女だなオメー!?

絶対魔女じゃないよね!?

竜の魔女じゃなくて竜の聖女だよね!?

何なら言っとくけど、最近「姉ビーム」とか意味不明な供述をしてる白聖女の方がよっぽど魔女っぽ

 

 

ドスッ!!

 

 

どこから飛んできたかは知らないが、私から僅か30cmしか離れていない箇所に、ある有名な旗が突き刺さる。

おっと、これ以上は何も考えない方が良さそうだ。

……ただ、人の発言どころか人の頭の中身まで勝手に読み込んでこういう事してくるあたり魔女どころかゲシュタポ(ナチ秘密警察)とかシュター(東独秘密)

 

 

ドスッ!!

 

 

………白聖女の話題からは離れておこう。

俺は心に決めた。

 

 

 

その後、しばらくオレンジジュースをチビチビと飲みながら、俺はフレンチ☆ステキな美少女との取り留めのない会話を楽しむことが出来た。

もうね、ホント涙出そう。

転生前も転生後も、学生時代にこんなかわええ美少女とお話したのは「前へならえ」ぐらいしかなかったからさあ(最も、コレを会話と言えるかは別である)。

しっかも優しいのよ、邪ンヌたん!

言葉の端々から優しみが溢れてんのよ!

天使よ天使!!

誰、この娘のことを魔女だとか言ったの!!

"帰りの会"で槍玉にあげんぞこの野郎!!

「きょうピエール・コーションくんが邪ンヌさんのことをまじょっていってましたー」

 

 

 

「そこの君、火を貰えないか?」

 

 

右隣の邪ンヌとくっちゃべるのに夢中になってたから、左隣の誰だかさんにライター貸してくれって言われた時、俺は特に何も考えずに差し出した。

特に何も考えてなかったから、目の前のギョロ目バーテンがいきなり2連水平ショットガンを取り出した時はそれこそ驚いた。

見れば邪ンヌを始め、この部屋にいるサーヴァントがフロンティア・シックス・シューターやらウィンチェスター連発銃やら構えてやがる。

 

そして、その銃口の先には1人のネイティブ・アメリカンが。

 

気まずい気まずい沈黙が時を刻む。

 

 

「この辺じゃ見ねえ顔だな」

 

 

沈黙を最初に破ったのは黒ひげことエドワード・ティーチ。

現役時代のお友達に違いないラッパ銃を構えて、ドスを効かせた声で問いかけている。

そりゃあもうサマになってんだけど、ちょっと待って何故に西部劇が始まった!?

 

 

「言いなさい、いったい誰の紹介?」

 

え、ここって紹介がいるのカーミラさん?

 

「悪いが、ここは会員制のバーだ。紹介がなければ入れない。」

 

エドモンパイセン勝手に会員制にしないで?

 

「余はローマであるぞ!」

 

ありがとうネロちゃま。

平常運転な君にありがとう。

 

 

…ねえ、ちょっと待ってあなた方。

俺の私室を勝手に西部の酒場にしないでいただける?

つーかそもそもアンタら同じカルデアの仲間でしょうが、特に確執があるわけでもないでしょうが。

まあ、エジソン博士はあるかもしれんけど…って寝てるし。

 

 

「まあ、落ち着きたまえ。私はタバコを吸いに来ただけの…ただの通りすがりだ。」

 

 

ただの通りすがりなもんか。

たった今、俺が何の気もなしにライターを手渡したのは"鮮血たる復讐者"の異名を持つ、かの有名なネイティブ・アメリカン…ジェロニモである。

アパッチェェェ………

俺の右隣で座っていた邪ンヌが、コニャックのグラスを置いて立ち上がる。

 

 

「…ふん。ジェロニモ、こんな所に1人で乗り込んでくるとはね…気に入ったわ。良いでしょう、あなたの入会を認めます。」

 

「え待ってその決定権俺にはないn」

 

「でゅ・へ・い・ん?」

 

「はい、ごめんなさい。出しゃばりましたごめんなさい。」

 

「さて、そうと決まれば歓迎の証を受け取ってもらうわ。ジル!何か飲み物を…そうね、ウイスキーあたりが」

 

 

い、いかん!!

 

 

スタァァァプッ!!!あ、あの!!!たぶん彼は飲酒を好まないと思いますし!!無理強いする形になってもあかんでしょう!?でしょ!?」

 

「ちょっ、いきなり何よ、シマズ!…まさかジェロたんの会員入りが気にくわないわけ!?なら本格的にデュへ」

 

「(ジェ…ジェロたん?)いやいやいやいや、そんなつもりはないんだけど!!ないんだけども、そりゃアカンのです!!!」

 

「どうして?」

 

「そ…それはね…えっとね……」

 

「何よ?ハッキリ言ったらどう?」

 

 

俺は目線を邪ンヌとジェロニモの間で行ったり来たりさせながら脂汗をかいている。

周囲を見れば他の会員(?)サーヴァントの方々も「せっかく歓迎ムードになったのに」的な雰囲気を醸し出していらっしゃった。

気を回した邪ンヌのご好意を何の理由もなしに途中で止めたと思われているなら当然の反応だが、しかし、俺の知識が確かなら、()()()()()()()()()()()()()()

 

ただそれをジェロニモ本人の前で言っていいものか?

嫌な記憶を呼び覚ましてしまうかもしれないし、最悪"赤い悪魔"を怒らせる事になるかもしれない。

つーかそもそも「ジェロたん」とか呼ばれて激おこハル●たん(緑色のデカい奴)になってたりしない?

つーかそもそも邪ンヌたんとジェロたん面識あったの??

 

 

 

 

ジェロニモは俺が持っていたイメージとは違い、それよりもずっと寛容で、紳士的な人物だった。

 

 

「気を遣わせてすまないね、君。彼女からのご好意には大いなる感謝を。だが…このような場所に自ら訪れていて言うのもアレなのだが……酒は遠慮する。」

 

 

奥の方でエドワード・ティーチが「なら何で来たんだよ」ってボソッと言うのが聞こえたが、他の大抵の方々は「「「とりあえずようこそ!」」」とか言ってまた元の活動を始めた………新しいヴルストを持ってきて茹でたり、ワインを飲みながら寝てるライオン頭に延々と昔話をしたり、タバコを吸いつつコニャックをクイっとやったりし始めた。

 

 

 

「ねえ、シマズ。何でジェロたんがお酒を飲まないって知ってたわけ?」

 

「………話していいですか、ジェロニモさん?嫌な思い出に触れる部分があるかもしれませんが…」

 

「私は構わない」

 

「それなら…邪ンヌさんは勉強熱心だから…アメリカの植民の歴史なら大体は知ってると思うんすけど…」

 

「ええ勿論!あの聖女サマと一緒にしないでもらえるかしら!」

 

ドヤ顔邪ンヌかわええ〜。

 

「イングランドのクソ共が大西洋を渡って軍隊使って銃ぶっ放して先住民を皆殺し。それで土地を奪ったのよね?」

 

…いや〜、歴史感偏ってんなぁ。

 

「た、たしかに銃は移民に先住民への優位性を与えた道具ではあったけど、移民が先住民相手に使った方法はそれだけじゃありません。」

 

「え?」

 

「正確に言うと、"先住民が追いやられる事になった要因"と言うべきですかね。まず、移民達は北アメリカ大陸にヨーロッパの病原体も持ち込みました。勿論、先住民達にはこれらの病気への免疫はなかった(※)。」

 

「…なるほど。新しい土地なんだから当然よね。」

 

「次に、移民達が豊かな新大陸の土地で始めた農業です。」

 

「移民の農業が…先住民を追い込む?」

 

「はい。農業を始めた移民達にとって、プレーリードッグのような小動物は害獣以外の何者でもなく、彼らはそういった動物を駆除していった。生きる為に必要とはいえ、それがグレートプレーンズにあった独自の生態系を破壊する結果となりました。」

 

「生態系を破壊された結果…それまでそこで暮らしてきた先住民達は影響を受ける事になったわけね。」

 

「プレーリードッグの例のみならず、開拓者達はバッファローのような野生動物を蛋白源として乱獲しました。そしてバッファローは…」

 

「先住民達にとっても貴重なタンパク源だった………ちょっと待ってシマズ。お酒とは関係ない物ばかりじゃない?」

 

「そう急かさないで下さい。欧州から豊かな土地を求めてやってきた移民達にとって先住民の存在は…最初の内こそ協力関係にありましたが…次第に邪魔な物へとなっていった。移民達は先住民を追い出して、開拓を進めようとしました。」

 

「だから…銃で追い出したのよね?」

 

「最終的には。ただ、初っ端からぶっ放しまくっていたわけではありません。彼らは先住民を追い出す為に、まず契約書と酒を利用したんです。」

 

「契約書と酒…?」

 

「はい。具体的には、先住民の族長へ手土産としてウィスキーやラム酒を持ち込み、へべれけに酔わせた後で契約書にサインさせたわけです。勿論、自分達に都合の良い契約書に。」

 

 

 

ネイティブ・アメリカンはそれまで飲酒という習慣がないか、或いはあってもウィスキーほど強い酒は持っていなかった。

四角い瓶に入った琥珀色の液体は、輸送管理しやすいと言うだけでなく、族長の判断力さえ奪えたのである。

言うなれば"究極の下戸"だった彼らは移民の酒を飲んで、アルコールがもたらす多幸感の虜になってしまった。

もっと酷い場合は…アルコールの虜になったのは族長だけではなかった。

 

 

 

「酔っ払った状態で結んだ契約が破られると、移民達は…先程邪ンヌさんが言ったように銃を持ち出した。自分達で対処できない場合は軍隊を呼んだ。先住民は土地から追い出され、保留地と呼ばれる地域へと押し込められた。」

 

「…酷い話……」

 

あの、邪ンヌたん?

突然マジレスすんのもアレだけどさ。

フランスを国ごと焼き払う方が酷いと思うよ。

 

「先住民達への…アルコールの依存症は現代においても…つまり人理が焼却される直前の人類史においても重大な社会問題として残っていました。フロンティアが失われてから100年以上経っても、です。」

 

 

 

ネイティブ・アメリカンとアルコール依存症は現代アメリカにおける社会問題の定番の1つでもある。

勿論、全てのネイティブ・アメリカンがアル中であるわけではないが、彼らの社会に未だ暗い影を落としているのには違いない。

1世紀以上前の出来事だけが原因ではないにしろ、しかし、発端はそこだったのだ。

 

 

俺の左隣で黙々とタバコを吸いながらお茶を飲んでいたネイティブ・アメリカンが、少し寂しそうに重々しく口を開いた。

 

「そうか…兄弟達の子孫も抗えなかったのか…あの…侵略者の悪魔の水に」

 

「すいません、本当に嫌な思い出ですよね?」

 

「確かに良い思い出とは言えない。だがね、君。過去の失敗から目を背け続ける事ほど愚かな事もないだろう?」

 

「それは…そうですね。」

 

「多くの同胞達が破滅していくのを見た。だが、私にできる事があるとすれば…少しでも彼らの二の舞にならぬよう、ならせぬよう努力する事だろう。」

 

そこまで言って、"鮮血の復讐者"はウィンクする。

 

「もっとも、この毒の煙だけはやめられないがね。」

 

「残念ながら、俺もです。」

 

 

ニコチンの依存度は麻薬のそれと同等だと言う。

我々も"パンドラの箱"を開けてしまったのだ。

偶に金欠になるとこう思う。

「閉じてえ。」

 

 

「公共の喫煙所が無くなり、かといってレイシフト先でもマスターの前で吸うわけにはいかなかったからな。ありがとう…シマズ君」

 

「いつでもいらして下さい、ジェロニモさん。」

 

「はは、それは嬉しい。お言葉に甘えるとしよう。」

 

 

 

俺の部屋は見事にサーヴァントの喫煙所兼酒場になってしまい、スーパープライベート空間は失われたフロンティアになってしまったわけだが…まあ、いいさ。

こういうのも中々に悪くない。

 

 

それに、大人数で押し寄せるわけでもなく、床がぬけるほどギッチギチなわけでもなく、上品な…エドモン・ダンテスの言葉を借りれば「会員制クラブ」になっている。

これ以上人が増える事もあまりないだろうし、ならばいやちょっと待てジェロニモさんそのスマホどこで調達したの!?

 

「おお、侵略者の小僧。君が好きそうな場所を見つけたぞ。」

 

ねえちょっと待って、人数増えた側からまた増やさないで?

 

 

どうもこれからネズミ式に"会員制クラブ"のメンバーが増えそうな気がして、いずれは俺の私室がイビサ島みたいになるんじゃないかと思えてきた。

…明日、邪ンヌたんに頼んでDr.ロマニに圧をかけてもらおう。

この調子じゃもう一部屋必要になる。

 

 

 

 

 

 

 

 




※本編中の留意事項
・移民がヨーロッパから持ち込んだ風土病は先住民にとって脅威でしたが、病気そのものと共に、病死体による衛生環境の悪化・感染拡大のサイクルが多くの先住民の生命を奪いました。
これはイギリス系移民が入植を開始する前から始まっており、コンキスタドーレが侵略した中南米においても同様でした。




アンケにお答えいただいた方々本当にありがとうございました。

「主人公にある人物を鯖として憑依させる」案については、少し保留したいと思います。
本心を言うと、将来的に主人公をレイシフトさせたいので、その上で書きやすくなるようにしようと思って考えていたネタです。
許容して下さる方も大変多くて驚いたのですが、やはり「ちょっとそれは」という方も多く、FGO自体擬似サバウォーフェアと化して辟易されている人も多いという印象を受けました。
思い上がりも甚だしいかもしれませんが、もし期待された方がいらっしゃったのなら、誠に申し訳ありません。
レイシフトさせる方針は変えませんが、方法と、盛り込む設定についてはもう少し考えたいと思います。

ご協力誠にありがとうございました。


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Ⅻ 高貴なる者共、下賤なる方々

う、うん、きっと、このカルデアのマスターのガチャ運が良いんですよ……(カルデア消えてもいないのに第2部サバ登場させる衝動に勝てませんでしたごめんなさい)


 

 

 

 

1916年

サンクトペテルブルク

ツァールスコエ・セローの離宮敷地内、民間病院にて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この年の6月に実施されたブルシーロフ攻勢は、当時としては画期的な縦深突破浸透戦術を具現化したものであり、その戦果は類を見ないものがあった。

主戦闘地域となったガリツィアで、ヘッツェンドルフ将軍のオーストリア=ハンガリー帝国軍は完膚なきまでに叩きのめされて崩壊寸前の状態に陥った。

オーストリアは150万もの大損害を出し、これ以降ドイツ帝国に"おんぶにだっこ"ぜざるを得なくなっていく。

 

ただし、ロシア側も無傷で済んだわけではない。

帝国の規模から見れば軍事的に許容できるとはいえ、ロシア軍も50万もの兵力を失っている。

更にいえば最終段階で進撃速度を緩めた事が、オーストリア軍に持ち直しの為の時間を与えてしまった。

結果として、タンネンベルクの時と同じく、この攻勢が東部前線の趨勢を決める事にはならなかったのだ。

 

 

 

この第一次世界大戦・東部前線における歴史的軍事作戦の裏では、多くの負傷者がその生涯を通して影響されるであろう傷を負っていた。

兵士一人一人が携行する小銃から、おぞましい連射音を奏でる機関銃に至るまでの小火器や手榴弾によって、生命あるいは身体の一部を奪われた人々も多い。

ただ、この時代…いや、この時代に限らずとも、銃弾より恐ろしいのは砲弾であった。

75mm級の野砲から150mm級の重砲まで。

塹壕をも打ち砕く火薬と鉄の塊は本当に多くを死に至らしめていったのだ。

こういった火砲による戦死者数は全体の7〜8割に上るという。

 

 

 

ロシア皇帝の離宮の敷地内にある病気に入院している、ある青年も砲弾の被害者の1人だった。

彼はブルシーロフ攻勢においてガリツィアで戦った際、オーストリア軍のシュコダ製野砲の砲弾片により両目を受傷した。

不運にも彼は、まだ20代も前半であるにも関わらず、その人生から光を失う事となったのである。

 

 

「ご気分はいかがですか?」

 

 

両目を包帯に塞がれ、真っ暗闇の中で生きる彼に、どこからか声がかけられた。

青年はもう、時計というものを見る事が出来ないものの、その空腹感は時刻が昼近くであることを彼に教えている。

そして、その嗅覚はロシアの伝統料理の1つであるボルシチの存在を彼の直近に示した。

 

 

「日毎に良くはなっています。…痛みも、もう随分と感じなくなりました。」

 

「そうですか…ご回復なされているのは喜ばしい事です。ご昼食をお持ちしました。失礼ですが、お口を開けていただけますか?」

 

 

青年には、少しばかり戸惑う物があった。

いつも彼の世話をする看護婦は、年配特有のしわがれた声をしていて、多忙感からか疲れた印象を受けていたのだ。

珍しい事ではない。

前線で日々生み出される負傷兵は、帝国のいかなる病院をも満たしている。

"担当の看護婦"が変わる事など、いくらでもある。

 

指示された通り口を開くと、暖かなボルシチが味覚を刺激した。

前線では暖かな料理さえ贅沢だったが、今はこうして食べることができる。

ただ、その代償はあまりにも大きいものだった。

 

 

 

「!?…皇女様!?な、なりません!!そのような事で皇女様のお手を煩わせるわけにはっ!!」

 

「こ、皇女様!?」

 

 

若き負傷兵は仰天し、あわやベッドからひっくり返るところだった。

疲れた看護婦の代わりが、まさかロシア皇帝の末娘だとは思ってもみなかったのだ。

由緒ある皇室の淑女は、起き上がろうとする青年を抑え、静かにこう言った。

 

 

「どうかお気になさらないでください。お姉さま達は赤十字の看護婦として前線近くに出ています。私はまだ若すぎて行けませんでしたが…かと言って何もしなくて良いわけではありません。奉仕活動としてここに来ているわけですから、出来ることはしなければ。」

 

 

ロマノフ朝ロシア皇帝ニコライ2世の末娘、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァはそう言って、慌てて止めに入った看護婦に可愛らしい笑顔を向けた。

 

 

 

ノーブレス・オブリージュ…高貴なる者の義務を果たすこの少女は、この僅か2年後に拳銃の銃口の前に立たされる事になる。

可愛いらしい少女を死に至らしめる事になったコトの発端は、ロシア帝国の歴史であり、体制であり、経済であり、戦争であった。

そして、更に言うなれば、その直接の原因の根元は、ドイツ人の頭の中にあったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルデア:現在

電気機械室

 

 

 

 

しばらく機材の下に潜って配線をいじっていたから、寝台ごと這い出た時、目の前にあった双丘に度肝を抜かれた。

 

 

「御機嫌よう、シマズさん!お紅茶を2杯いただけるかしら!」

 

うおわっ!?…ビックリしたぁ…そんなバァンと来て"ボォン"としないで下さい、王妃様。」

 

「………"ボォン"??」

 

「あ、ああ、なんでもありません。紅茶は何になさいます?ダージリン?ルイボス?」

 

「そうね…じゃあ、ルイボスをお願いできるかしら?」

 

「かしこまりました」

 

 

 

王妃様、距離感です、距離感。

近すぎ。

なんでそんな距離感で待ち伏せてんの?

近すぎですよ、王妃様。

もうちょっと間合いというものをね?

 

それと、なんでそんなこちらに屈み込むような姿勢されてるんですかねぇ。

普段はそこまで主張していないハズのモンマルトルの丘が、前のめりに屈み込む『だっ●ゅーの』ライクなスタイルにより「This is Flance!!!」並みの主張をしてやがる。

…よく分からない?

はい、大きな穴を想像して下さーい。

その穴の前に俺がいたとして、ニコニコ微笑む王妃様が史実通りのモンマルトルをこちらへ差し向けて迫ってきます。

さん、はい。

「THIS!! IS!! FLANCE!!」

バィーン、ドボーン。

分かりましたか?イメージつきました?

 

 

話戻しますけどね、王妃様?

アレか?無自覚か?

無自覚に俺のドーテーを嘲笑ってやがるのか?…いかんいかん、王妃様がそんな陰湿なワケはない。

俺の心が汚いだけなんだ、いいね?

 

…………あれ、よく見たらそんなでもねえ。

ま、まあ、流石にねえよな。

王妃様のお姿といえば、見た目14歳くらい。

んな馬鹿デケェわけはないのである。

錯覚錯覚。

 

 

 

どうやら、長時間機械の下に潜っていると、人間というものは事実認識能力と文章力が大変な事になってしまうらしい。

自身の疲れを癒すためにも、3杯分のペーパーカップの内1番汚らしい、形の崩れたカップに多めのグラニュー糖をぶち込んだ。

残りの…一般的に許容できる程度には形の整ったペーパーカップには一般的に許容できる量のグラニュー糖を淹れて王妃様に手渡す。

 

何で紅茶とグラニュー糖とポットとペーパーカップを職場に持ち込ん出るのかというと、俺が紳士だからだ…紅茶がないと暴れる。

いったいぜんたい、どこで俺の職場での小さな楽しみをこの王妃様が聞きつけたかは知りもしない。

だが、この、ハプスブルク家出身の、常にフレグランスな香りに包まれた王妃様は、ごく稀に我が職場の御観閲にいらっしゃり、畏れ多くも私めがご用意させていただきましたお紅茶をご賞味されるのであります。

…ペーパーカップで。

 

 

 

マリー・アントワネットはプチ・トリアノンと呼ばれた離宮で、田舎の風情を楽しんでいたそうだ。

農村に見立てられたその庭園では、良く手入れされた家畜がいて、子供達とともに過ごしたという。

そんな風景を楽しんでいたくらいだから、こんなクソ喧しい機械音のする所にいたって何一つ楽しくはないのではないか?

 

 

「……私室を開けましょうか?ここじゃあ耳が痛むでしょう?何の面白みもない部屋ですが、ここよりは断然静かですよ?」

 

「お気遣いありがとう。でも大丈夫よ?それにあの塔では毎日怨嗟の怒号と太鼓の音が聞こえたもの…もう慣れたわ♪」

 

 

慣れたわ♪じゃねえええよ!!

シレッととんでもねえ事言うんじゃねえ!!

 

 

「それに、今日は貴方に大切な用事のある人を連れて来たの。」

 

「…それなら、仕事が終わってからの私室でも」

 

「貴方の私室が、夜は酒場と化している事は聞いています。」

 

「………」

 

「私も若い頃はギャンブルに夢中だったから、貴方の事をだらしがないとか言う権利はありません。けれど、この娘に悪影響があってもいけないでしょう?」

 

 

王妃様が手を向けた先には、1人の(フレグランスな)少女がいた。

何かしらのぬいぐるみを抱きしめて、おぞましい駆動音を上げている機械類を見上げている。

あー、なんてこった。

アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。

それが彼女の名前である。

 

 

ちょっと待って。意味わかんない。

何でロマノフ家最後の皇帝の末娘がこんな所にいんの?

つーかフレグランス!!

俺の職場がフレグランス!!

ついさっきまで機械油とかグリスとかの匂いが充満してた俺の職場がフレグランス!!

王妃と皇女でダブルフレグランス!!

もうファブリー●顔負けのフレグランス!!

 

 

 

「こんにちは。わたくしはアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ、この子はヴィイ。どうぞよろしくお願いします。」

 

「お、おお、お目にかかれて光栄です」

 

「うふふ、跪く必要はありませんよ。」

 

「ご、ごご、ご用件は」

 

「変に改まる必要もありません。…それと、我がロマノフ家に忠実な優れた兵士を演じるにしては、その"直立不動の姿勢"は驚くほど様になっていないのでやめていただけますか?」

 

「………はい」

 

 

今現在出来得る限り姿勢を正したハズだが、その努力は皇女殿下に真っ向から否定された。

これで凹まないワケがないじゃないか。

泣くよ?26の大の大人が泣くよ?

オブラートもクソもない言い方し過ぎじゃないかい?

言葉の短剣でブスブス刺しすぎだよ、人の事。

 

 

「それで、ご用件というのは…」

 

「………カメラ。お持ちなら、是非いただきたいのですが…」

 

 

 

何でったってここの貴族の高貴なる方々は揃いも揃ってペーパーカップなんかでティーパックの紅茶を飲めるのかと思いつつ、俺は皇女殿下の父親がコダックかライカのカメラを持っていた事を思い出した。

ニコライ2世は写真を撮るのが好きだったようで、家族の写真も残っている。

その中には末娘・アナスタシアの姿を捉えている物も含まれていた。

 

 

少し寂しそうな皇女殿下のお顔を見る限り、家族に関して何か思い返すところがあったのかもしれない。

彼女の家族はあまりに悲劇的な最後を迎えた。

そこの…王妃様のそれと同じように。

 

 

「シマズさんなら電気技師だから、お持ちじゃないかと思って」

 

「王妃様、その理屈はおかしくありませんか?」

 

「お持ちでなければ、無理に言うつもりはありません。」

 

「あるにはありますが、恐らくお父上がお持ちになられていたものとは違いますよ?」

 

「どんな風に?」

 

「あんなに立派なモノではありませんし、操作方法も異なります。それでよろしければ。」

 

「…見せてもらえないかしら?」

 

 

ちょうど休憩を取ろうと思っていたところだったし、廊下にはエジソン製電動スクーターがある。

 

 

「分かりました。少々お待ちを。」

 

 

俺はスクーターに乗って、私室へと戻り、カメラを取って電気機械室へと戻ることにする。

その間、俺はあの皇女殿下が何故あのような悲惨な死に方をしなければならなかったのかと考えていた。

 

 

 

ロシアの革命は、それまで凡そ一般に"革命"と呼ばれていたモノと性格を異にしていた。

それは世界で初めて成功したプロレタリアト革命であり、史上初めて社会主義という思想を実践する政府機関を産み出したのだ。

もはや世界史史上最大の社会実験は、凡そ80年弱北の大国で繰り広げられ、多くの成果と共に多くの犠牲者をも生み出した。

…ロマノフ家はその最初期の犠牲者であろう。

 

フランス革命の時と同じように、急進派にとって革命前の君主は否定されなければならない存在だった。

革命後、白軍と対峙することになったボリシェビキにすれば、皇帝の一族の誰かが生き残っているのは都合が悪い。

白軍が"次の皇帝の候補者"を担ぎ上げたとなれば、元帝国軍将兵からなる部隊も多い白軍の士気は大いに高まったことだろう。

 

たしかに、ロシア白軍といっても一枚岩ではなかった。

元帝国軍将兵の中には帝政ロシアの復活を目指す者たちもいたが、『白軍』という言葉の中には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

考え方を変えれば白軍の内部分立を煽る好機だったかもしれないが、ボリシェビキにその余裕があったかは疑問符がつく。

第一次世界大戦から離脱した後息をつく間もなく、内戦と並行してウクライナやポーランドとの紛争も始まっている。

外敵との戦いの最中に白軍の自壊を待つ時間があるのなら、そんな不確定要素よりも皇帝の処刑を選んだのは合理的と言えるだろう…

あまりにも冷酷な合理性ではあったが。

 

 

 

ニコライ2世が持っていた物に比べれば、随分と性能的には良いかもしれないがどこか安っぽいカメラを持って電気機械室に戻った時、王妃様と皇女殿下の声が聞こえた。

言い争いとまではいかないまでも、この2人の間に立場と見解の相違がある事は明らかだった。

 

 

「ええ、もちろん。何の関係もない息子さえも巻き込んだ革命側をほんの少しだけ憎んでいます。…でも私は民に乞われて王妃として迎えられた…民無くして王妃は成り立たない…もし民が私の退場を望むのなら、私は退場しなければならないわ。」

 

「………ごめんなさい、わたくしにはちょっと分からないわ。」

 

 

カメラを持って部屋に入った瞬間に、俺は王妃様の方こそ"異常"なのだろうと思わざるを得なかった。

欧州の王室ではそれまで"王権神授論"が当たり前であり、絶対不可侵性というモノは文字通り絶対不可侵だったのである。

マリー・アントワネットはアナスタシア・ロマノヴァよりも2世紀ほど前の時代のフランス王妃。

そんな人物がデモクラシーを唱えることほど、違和感のあるモノはない。

 

よって、皇女殿下の発言の方こそ、俺にとっては理解が容易だった。

 

 

 

「カ、カメラをお持ちしました。」

 

「……あら、ありがとう。あなたは…シマズさんって言うのですね。あなたに神の祝福を。」

 

神の祝福まで言う?

こんな安っぽいカメラで?

最高かよ。

 

「ところで、あなたに聞いておきたい事があります。」

 

「何でしょう?」

 

「マスターは教えてくれないの。…あのケダモノ達の国は、その後どうなりましたか?」

 

 

 

個人的な見解を述べるとすれば、「視点によります」と即答する。

今…いや、人理焼却直前に、辛い肉体労働を安月給でこなしているロシア人からすれば、ソ連時代の方が魅力的だろう。

反対にオリガリヒや自由主義者からすれば、ソ連時代は地獄でしかない。

歴史というのは誰の視点によって見るかで正反対の答えが出てくる。

そう易々と評価できるものではない。

 

 

ただ、このロマノフ家の末娘がボリシェビキの事を良く思っているワケがない。

彼女達は…皇女殿下自身の言うところの"粗野、野蛮、横暴、我侭、狡猾"な兵士達に処刑されたのだ。

そして、俺は自身の信念を、何の気を使わずに突き通すような度胸を持ち合わせていない。

 

 

 

 

「……大失敗でしたよ、殿下。民は飢え、職を無くし、一斤のパンを求めて長い行列が出来た。」

 

 

 

 

嘘ではない。

少なくとも、ソ連崩壊直前の経済状況に限って言えば、この見解は全くもって欺瞞でも何でもないのだ。

もっとも、1()9()3()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「………そう…やはりね。ありがとう、シマズさん。これは我がロマノフ家の財産のほんの一部だけれど、もしよろしければ受け取ってくださいますか?」

 

「有り難くいただきます、殿下。」

 

「また何かお願いすることもあるかもしれません。どうぞよろしくお願いします。それではわたくしは失礼します。」

 

 

 

アナスタシア・ロマノヴァは厳しく躾けられて育ち、メイド相手にすら敬語を使っていたようである。

そんな彼女の素晴らしい言葉遣いと素晴らしい笑顔を見せられた俺は、惹きつけられはしたものの、"魅了"されるまでには至らなかった。

…何故なら先程ソ連経済についての一部を切り取って答えた時、彼女の目の奥に何か深い闇のようなモノを感じたからだ。

 

 

 

彼女に言わない方がいい事をもう一つ知っている。

ソ連の革命家、ウラジミール・レーニンをスイスからサンクトペテルブルクに運んだのは他でもないドイツ帝国である。

二正面作戦を強いられていたドイツ人としては、ロシアをなんとしても大戦から離脱させたかった。

そこでドイツ軍参謀本部は、ロシアの革命家に手を貸したのである。

ロシアでの革命は成功し、ドイツは革命政府とブレスト=リトフスク条約という有利な講和条約を締結。

そして東部前線の部隊を1918年の大攻勢に投入できたのだ。

 

当時のドイツ皇帝・ヴィルヘルム2世はニコライ2世とは"いとこ"の間柄にあった。

ヴィルヘルム2世はニコライ2世一家を救い出そうとしたものの、大戦に敗れて帝位自体を失った。

イギリス国王もニコライ2世とは"いとこ"だったが、こちらも政治的に救い出すことができなかった。

 

つまり…捉え方からすれば…彼女達を裏切ったのは…或いは結果的に裏切るような形となってしまったのは………もしかすると……粗野、野蛮、横暴、我侭、狡猾な兵士達だけではない。

 

 

 

この事は胸の奥にしまっておこう。

そう思い、手元に残っていたロマノフ家皇女殿下からのプレゼントを見るこれイースターエッグゥゥゥウウウ!!!???

 

 

 




※冒頭の寸劇は架空の出来事です。
ただ、アナスタシア・ロマノヴァは離宮敷地内の民間で奉仕活動に従事していたようで、兵士の士気を高めようと努めていたそうです。


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13 王の兵法

 

 

 

『♪帝政ロシアは懲罰する。バルト海から太平洋に至るまで。世界中で歌い、讃えるのだ。首都を、ウォッカを、帝政ロシアを。』

 

 

ビールを飲んで酔っ払い、頗る上機嫌になった皇女殿下が著作権スレスレというかほぼアウトなんじゃないかという歌を歌っている。

俺といえば、殿下の隣に座り、画面上でこちらの優勢を見て満更でもない顔をしていた。

敵は追い込まれ、我がロシア軍第1悌隊を止められないでいるし、極端に狭い地形に押し込められている。

慢心王ではないが、もうここまでくれば是非とも慢心したい。

「コイツは勝った」と。

 

 

敵の将軍は俺の向かい側で渋い顔をしているし、本来なら彼の名からして負ける事などあり得ないハズだが、しかし、現代のコンピュータゲームとなると話が違うのだろう。

"征服王"、アレクサンドル大王、又の名をイスカンダルは、その巨体を縮こめて画面を難しい顔で見ていた。

 

 

「流石はわたくしが見込んだだけの事はありますね、シマズ!得点3点!!」

 

「有難き幸せにあります、皇女殿下!!ロマノフ家に栄光あれ!!

 

俺は別にロシア貴族でも何でもないが…そもそもロシア人ですらないが、皇女殿下からは報酬を貰っているし、かの無敗の"イスカンダル"を画面上とはいえ追い込んでいることに高揚感を得ていた。

 

 

 

 

我々は今、我がささやかなる私室No2にて大●略をプレイ中。

ちなみに私室No1は完全に酒場になってしまった。

邪ンヌたんがDr.ロマ二に圧をかけてくれたおかげで、俺は安心して寝床とできる部屋をもう一部屋手に入れたのだった。

正直、私物類を移動するのが面倒だったが、改装リニューアルオープンした"BAR DO LE"常連客の皆様がお手伝いしてくださり、かなりの短時間で引越しは完了した。

アリガタウアリガタウ。

皆さん本当にアリガタウ。

 

新しく手に入れた私室はBAR DO LEの隣部屋で、金をかけた施設の割には壁が薄く感じるほど防音工事はされていなかった。

ただ、それはあまり問題にもならない。

BAR DO LEが開いている時は、大抵俺もBAR DO LEの方に行く。

業務上の観点から部屋の管理者にサーヴァントを指定するわけにはいかないので、鍵はまだ俺が持っているし、それなら常連客で賑わっている間はそちらにいた方が良い。

昨日の夜も楽しかった。

婦長がいつも以上に酔っ払い、"威光"に俺を挟み込んだ事を長時間忘れたままにしていたのだ。

何度でも言おう、貴女は神か?

 

 

日本では未成年の飲酒は違法だが、ヨーロッパではどうかは知りもしない。

ただ、ロシア人と酒は切っても切り離せない関係にある。

驚くべきことに、つい最近まで、ロシアではビールは"食品"扱いだった。

コ●・コーラとかカル●スとかと同じ扱いだったのである。

よって皇女殿下が勝手に俺の鍵を使ってBAR DO LEからビールを持ってきて酔っ払っていたとしても大して何も思わない。

…ダメな大人だと思うかもしれないが、現在BAR DO LEのカウンターにはインペリアル・イースターエッグが一つ転がっているし、俺も俺でインペリアル・イースターエッグをこの間のとは別に2つ受け取った。

イースターエッグばら撒き過ぎじゃないかい?

これじゃあ希少性が失われてしまうんじゃなかろうか?

何だって皇女殿下は何事もなかったかのようにポンポカ数億円規模の宝物をバラ撒けるのか?

恐るべしロマノフ家、恐るべし帝政ロシア。

 

そうは思ったものも、俺もイースターエッグの美しさには魅了されてしまったため、売って財産にしたいとかではなく純粋にコレクトしたくなっている。

だから皇女殿下の飲酒に難癖をつける気はないし、俺は新たなイースターエッグを目指してかの征服王とゲーム中なのだ。

皇女殿下が下賜してくださったイースターエッグ2つの内の1つはBAR DO LEの鍵借用とビール提供の"功"、もう一つは『征服王イスカンダルにロマノフ家の偉大さを実感させる報酬』…つまり皇女殿下の代わりにゲームをする事の"功"である。

………"功"って呼んでいいのこれ?

本当にすぐイースターエッグ渡すよね。

 

 

 

皇女殿下によってポンポカばら撒かれるイースターエッグは、この戦略シュミレーションゲームの景品にもなっていた。

そもそも、このゲーム対戦の発端も、征服王イスカンダルがイースターエッグを欲しがった事による。

カルデア内でサーヴァント同士が普通に戦うとカルデアが崩壊する可能性があるので、イスカンダルはこのゲームでの対戦を申し込んだというわけだ。

ところが皇女殿下は軍事シュミレーションの経験がない。

そこで、今日の仕事が早めに終わり、その辺でブラブラしていた暇人電気技師をイースターエッグで雇ったというわけだ。

 

そして、現在に至る。

 

 

 

「ぬ〜ん、中々にやるではないか。」

 

「はははっ、かの征服王からそのようなお言葉をいただけるとは。」

 

 

征服王イスカンダル配下の米国軍は劣勢に立たされている。

我々、ロマノフ=シマズ連合軍はロシア製長距離弾道ミサイル・スカッドと無誘導弾道弾フロッグ7の一斉発射と共に第1悌隊を進撃させた。

米国軍守備隊が混乱しているうちに、複数のT72及びT90主力戦車が前線を攻撃。

突破口を構築し、その後は第2悌隊が穴を広げて敵後方へと進出。

米国軍防衛線は崩壊し、最前線の主力部隊は包囲・殲滅され、彼らは防衛線を一段引き下げねばならなくなった。

しかし、我々は第3悌隊を続けざまに投入。

敗走する米国軍に徹底的な追撃を加えて彼らの本陣まで追い込んだ。

今現在、第3悌隊は再編成完了。

第1悌隊の残存と第2悌隊は再編成中で、その完了を持って最終攻撃へと移行する予定である。

 

 

ここまで読んでいただければ分かる通り、正にマニュアル通りの典型的な全縦深同時打撃の再現に努めたつもりだ。

さらに言えば第3悌隊の背後には予備の第4悌隊までもが控えている。

イスカンダル合衆国軍は絶望的だと言い切っても、もはや慢心でもあるまい。

 

これを可能としたのはロシア製兵器特有のユニット単価の安さと、中東戦争式の対空陣地の配備による。

征服王は…おそらく大好きなB2爆撃機でこちらの悌隊を叩こうとしたものの、こちらの管制機に発見され、まずはS400対空ミサイルに、次にトールM1、最後にSA13とその個人携行型SA14、及びZU23機関砲によってその任務を妨害された。

撃墜こそはされなかったものの…しかし、あれだけのコストをかけて製造して戦果ゼロである。

ロシア軍の恐ろしさはその高度な機械化によるところも大きく、これらの重対空装備がまさに"動く対空陣地"と化して地上部隊に対して絶対的制空権を約束したのである。

おそロシア。

 

 

 

「シマズ。」

 

「はい、皇女殿下。」

 

なんやなんや、どしたんや。

いきなりそんなコソコソ声で。

 

「第1・第2悌隊と第3悌隊の間に敵の小部隊が残存しています…掃討すべきでは?」

 

「殿下、その為の第3・第4悌隊です。これらの小部隊は予備を持って逐次包囲殲滅を行っていきます。ご安心を。」

 

「そうですか。ならば問題はありません。」

 

「……これで…第1・第2悌隊の再編成は完了しました。次のターンで蹂躙に移れます。ロマノフ家に勝利を!」

 

 

俺は勝利の確信をもって、『ターン終了』ボタンを押した。

まあ、いくら無敗の征服王とは言え、この大劣勢を覆す事はできまい。

 

そう思ったものの、次の瞬間には俺の思い上がりの甚だしさを感じさせらる事となった。

その最初の初撃は、征服王イスカンダルの言葉だった。

 

 

「うん、確かに順当な手ではあろう。だが、時として"マニュアル"なるものは自らを縛る鎖ともなりかねん。うぬらがそれを知らぬなら、余が王として教えてやらねばなるまいてぇ」

 

 

衝撃である。

米国軍のM113装甲兵員輸送車指揮車型・通称"コマンドポスト"が何の臆面もなく本陣から飛び出した。

ゲームの特性上…いや、普通に考えてこういった指揮車両が先陣に立つ事などまずあり得ない。

電子装備は豊富でも、装甲は貧弱で、武装もない或いは心許ないはずなのだ。

 

 

征服王イスカンダルもどうかしてしまったんだろうか?

このゲームにおいて指揮車両に与えられている役割は、敵電子装備への妨害である。

だから通常は首都防備に配置して、本陣となる中枢部への長距離攻撃や爆撃を妨害…ん?待て?

俺は画面上で先陣切って飛び出した指揮車両の行く先を見る。

なんてこった、連中の行き着く先には中東戦争式の"移動対空陣地"があるではないか!

 

 

「ぬわっ!?クソッ!?やられた!!」

 

「落ち着きなさい、シマズ!説明を!」

 

「征服王はコマンドポストを使って"移動対空陣地"の装備を無力化する気です!」

 

「なんですって!?」

 

「対空陣地がコマンドポストの電子装備で妨害を受ければ、敵は航空攻撃でも対空陣地に損害を与える事ができます!」

 

「シマズ、大丈夫です。とにかく落ち着きなさい。その為の護衛部隊のハズではありませんか?」

 

「た、確かにその通りです、殿下…」

 

「ぬははははッ!!王とは誰よりも豪胆で、勇猛で、果敢であらねばならぬ!それでこそ名だたる勇者をまとめ上げることができるのだ!!…ただ、貴様?貴様は貴様とて"王"としてではなく"将"としての務めを果たさねばなるまい?」

 

征服王の言葉に、ハッとして画面を見直した。

 

「余の魅力に目を奪われるのも分からぬわけではないが…もう少し周りに目を配るべきであろう?」

 

 

気づけば、第3悌隊を用いて各個包囲撃破する予定だった敵小部隊が一箇所へ向けて集結している。

小部隊単体なら大したことはない、無視できる。

部隊の兵科もバラバラで、歩兵2個ユニットや戦車1個ユニット程度なのだからいつだってどうでもできるからだ。

だが、それが集結しているのを見た時、俺の額は脂汗で満ちることとなった。

 

 

「ま、ま、まさか…」

 

「おう、そのまさかよ。」

 

「信じられない、一体どこで…こんな知識を」

 

「どうしたのですか、シマズ!しっかりなさい!」

 

「皇女殿下…我々は追い込まれております。」

 

「?…何を言っているのです?征服王が突拍子もない行動に出たからと言って…ましてや敵の小部隊が集結しただけで騒ぎ過ぎです!一時的とはいえ、我が臣下ならしっかりとなさい!」

 

「違います!違うんです!!アレはただの小部隊じゃありません!せ、征服王は、"戦闘団"を分散配置していたんです!!」

 

 

 

 

征服王イスカンダルが大国ペルシアまでをも屈服させる事ができたのには、数多くの要因がある。

兵士の質と士気、配下の部下、そして本人のカリスマ性。

だが、"それだけ"ではフェニキア人に勝てたところで精一杯だったかもしれない。

 

軍事面における、彼の最も重要な特徴は、おそらく…その戦術の柔軟さだろう。

一例を挙げるとすれば、遊牧民との戦いがそれにあたる。

一撃離脱戦法に徹する遊牧民に対して、従来型のファランクスでは機動力が不足していたのだ。

そこで征服王イスカンダルは、投槍騎兵と軽装歩兵の混成部隊を編成した。

異なる兵科を組み合わせて一つの部隊として運用する構想は、近現代ではナチス・ドイツの『カンプグルッペ(戦闘団)』がその"はしり"と言われるが、征服王イスカンダルは紀元前の時代からその構想を用いていたのである。

 

 

 

 

そして、その構想は画面上でも繰り広げられていた。

分散配置されていた小部隊は集結し、一つの戦闘団を形成している。

そしてその戦闘団は、手始めにとばかりに対空陣地の護衛部隊への攻撃を始めた。

こちらのT90主力戦車は敵戦闘団による対戦車ミサイル・携行対戦車火器に破壊され、最後にはM1エイブラムスで蹂躙された。

 

 

 

「さて、余のターンを終わろう。」

 

「…な、な、な、なんてこっ」

 

「しっかりなさい!」

 

パッチン!

 

狼狽える俺に、皇女殿下からの平手打ちが飛ぶ。

いたぁい、涙が出ちゃう。

男の子だけど…

つーかこんなんで平手打ちされるとは思わなんだよ。

 

「忘れてはなりません!あなたは今ロマノフに仕えています!あのロマノフに仕えているのです!」

 

「………はい、殿下!…そう、そうです!まだ狼狽える事はありませんね!第3悌隊を進軍させます!」

 

ドカーン!!

 

「じ、地雷ぃぃぃいいい!?いつの間にこんなモノを!!!」

 

「貴様は視野が狭すぎるのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「こここ、こうなったら、無理くりにでも突破を!!」

 

 

第3悌隊には無理くり地雷原を進軍させたが、当然進撃速度は鈍る。

仕方がないので第1・第2悌隊を崩して、対空陣地の保守に回すしかない。

部隊を転回させた結果として、こちら側の最前線には大きな穴ができてしまった。

もうやんなっちゃう!

 

 

「タ、ターンを終わります。」

 

「そうか…では、余も本気を出すとしよう。」

 

 

筋骨隆々の征服王が突然椅子から立ち上がる。

何かを始める気のようで、大きく伸びをして空気を吸っていた。

その圧倒的な存在感と威圧感と言ったら…多分、皇女殿下が俺の右肩に手を置いてくれてなかったらガチ泣きしてる…。

 

 

「王とはッ!!誰よりも鮮烈に生き諸人をも魅せる姿を指す言葉ァ!!」

 

『然り!!然り!!然り!!』

 

 

征服王が大声でいきなりそんな事言い出したのも驚いたが、目の前のコンピュータがいきなり『然り』とか言い出したのはもっと驚いた。

見れば画面の中の風景が変わっている。

先程までヨーロッパの平原だったのに、今では砂漠の戦場になっているではないか。

おいこら、待てやい。

なんで画面の中で宝具発動できんの?

やめて?そういうのやめて?

 

 

「我が王道が誇る最強宝具!!『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』!!!」

 

「はい、ストップ。」

 

「……なんだ小娘、此の期に及んで邪魔だてするか?もう少し待ってくれても良いではないか。余のターンであろう?」

 

「征服王、あなたの実力はよく分かりました。このゲームでの戦いもあなたの勝ちです。」

 

「ほほっう、ならばイースターエッグとやらは…」

 

「ですが!反則行為に及んだ以上は、イースターエッグを差し上げるわけにはいきません。」

 

「は、反則行為?なんで?」

 

「なんで?じゃありません!!当たり前です!ゲームの中で宝具使うヒトがどこにいますか!?ゲームのルールからして反則です!ダメッ!認めません!」

 

「………こりゃ何言ってもダメかぁ。勿体無いなぁ…」

 

 

 

征服王イスカンダルはがっくしと肩を落としていたが、画面上の"王の軍勢"はロシア軍第一悌隊から第四悌隊まですっかり打ち破ってこちらの首都を落としていた。

 

 

 

「あの、一つだけ良いですか?どうせやるなら最初っからやれば良かったのでは?」

 

「ふむ、確かにな。だが………それでは面白くなかろう?」

 

 

そう言って征服王はニヤリと笑う。

俺はその笑みに、恐らく彼のカリスマ性の一端を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




?「ア…ア…」

皇女「どうしたの?」

?「皇女殿下欲しい、皇女殿下欲しい」

皇女「…コレ、あげるね?ヴォルガ川の神様からもらった泥団子!」

?「ぐへええええええ」


何を書いてるんだ俺は。
書けば出ると言われたので(違う)
征服王の具体的内容サラッとさせ過ぎですね、すいません。
あと主人公が「お前はカドックか?」状態ですが、皇女殿下はあくまで金で雇われた臣下程度にしか思っていませんのでご安心を(なんのご安心なのか)


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14 誰かシゲルソンって言いました?

 

 

 

 

 

「あ……オルタ!探したんですよ!今日と言う今日はお姉ちゃんがしっかりとお説教を…待ちなさい!!」

 

「誰が待つかヴァァァカッ!!シマズ!逃げるわよ…って、もう逃げてるし!!」

 

 

 

ああ。画面の前の紳士淑女の皆様ご機嫌麗しゅうございます。

冒頭初っ端から何事かって?

そりゃ勿論、アレですよ。

帰り際に邪ンヌちゃんと駄弁ってたら、何かにブチギレていると思わしき白聖女が突っ走ってきて危うく姉妹喧嘩に巻き込まれそうになってたとこなんです。

ルーラーvsアヴェンジャー始まる前にスクーターで脱出できましたけどね。

ふぅー、安心安心。

 

「安珍様!?」

 

違います、そんな事言ってません。

マスターはあちらへ行きましたよお嬢様。

ドラゴンファイアーはあちらの方へとお向けなさい。

 

 

…さて、危うくサーヴァント擬似姉妹の大喧嘩に巻き込まれそうになったものの…

 

 

ドンッ!!

 

「飛ばしなさい、シマズ!あの聖女しつこいんだから!」

 

「オルタ!待ちなさい!お姉ちゃんの言う事を聞くのです!!」

 

「だーれーがーお姉ちゃんだッつーの!!」

 

 

カチャッ!

パンパンパンパンッ!!

 

 

あー、いや、これはもう"巻き込まれた"と言うべきですかね。

邪ンヌさん?

何で俺の電動スクーターに飛び乗ってきた上にホルスターからG30自動拳銃を勝手に引き抜いて使ってくれてるんですか?

何勝手にドライブバイをキメてくれちゃってるんすか?

あの、これ引き抜くだけでも公的書類を山ほど書かなきゃいけないんですよ。

そういう所だけはジャパニーズスタイルなんですよ、この施設。

わかってます?

 

 

「チッ!やっぱり銃程度じゃ足止めにもならないわね…シマズ、飛ばしなさい!!」

 

「銃程度っていう、表現の威力…」

 

「いいから飛ばしなさい!とーばーすーの!!!わかる!?」

 

「いや、でもこれ以上スピード出したら危ない」

 

「ああっ!もう!ハンドル貸しなさい!!」

 

 

邪ンヌちゃんが俺にのしかかるような形で、スクーターのハンドルに手を伸ばす。

そしてそのまま俺の手ごとアクセルを目一杯回した。

電動スクーターはその華奢な見た目に関わらず、猛々しいモーター音をあげ、猛スピードへと加速していく。

結果として…皆さんお馴染みの慣性の法則はここでも健在で、俺は上体を後方へ持っていかれる事となった。

 

 

後頭部に何か柔らかいモノが当たり、頭皮は心地よい暖かさを感じ、鼻腔を形容しがたいほど素晴らしい匂いがくすぐる。

背後からアクセルを握る少女はナカナカのモノをお持ちのようで…ねえ、これヴィニュマールって呼んでいい?

とにかく、お年頃のフレンチ☆美少女のなんとも言えない素晴らしき香りと体温はすぐに我が心を満たす事となったのだ。

あ、いかん、これw

一生このままでいたい。

 

 

"我が、お世辞にも上品とは言えない下衆な趣味"はともかく、白聖女は天才・エジソン作の電動スクーターの最高速度にまで追いついてきた。

どうやって追いついてきたかと言えば、"走って"である。

信じられません。

竜の魔女と言うんだからドライブテクニックに狂いはあるまい、そのF1レーサー級ドライバーが駆るエジソン製マシーンに足で追いついてくるんだから恐ろしい。

 

 

「シマズさん?止まってもらえませんか?止まってくれたらお姉ちゃんハグしてあげますよ?」

 

 

スクーターに並走してくる白聖女は、全く表情を変えてもいなかったし、息を乱すこともなく、そして汗一つかいていなかった。

白聖女のハグは魅力的だったが、しかし現実的には、俺は時速120kmでカルデアの廊下を爆走中のスクーターに無表情で追いついてくる存在が恐ろしすぎてそれどころではない。

 

 

「誘いに乗っちゃダメよ、シマズ!あの聖女サマの頭はオカシイんだから!!」

 

「オルタ!お姉ちゃんに向かって、なんて言い方を!?」

 

「ヴァーカ!!ヴァーカ!!アンタなんか大っ嫌い!!!」

 

「………!!」

 

 

白聖女がいきなり急停止して、カルデアの廊下にビッチリと痕をつけながら止まる。

邪ンヌちゃんと白聖女の間に何があったかは知らないが、白聖女にとってはどうやらその一言があまりにもショックだったようだ。

 

ショックでその場に佇む白聖女をそのままに、俺と邪ンヌちゃんを乗せたスクーターはゆっくりと速度を落としながら我が私室へと向かう。

極めて幸運なことに、俺はその間ずっと後頭部でヴィニュマールを味わってたし、邪ンヌちゃんは何か別の事を考えていたようで気づきもしていなかった。

役得役得、ぐへへへへ(アルテラさん、こっちです)

 

 

 

だが、スクーターを降りて、タバコを邪ンヌちゃんに手渡している時に異常に気がついた。

普段はカラビナでしっかりと腰にかけてある部屋の鍵がないのである。

 

 

「あれ…おかしいな、どこかで落としたかな?」

 

「…!シマズ!部屋は空いてるわよ!!」

 

 

邪ンヌちゃんが俺の部屋No.1の前で身構えて、俺もG30自動拳銃を手に彼女の後ろにつく。

側から見れば、まるでどこかの特殊部隊が突入を行う場面にも見えなくもないだろうが…しかし先頭の戦闘力は53万、その後ろの戦闘力は殆どゼロである。

こんなアンバランスな突入もそうそうないだろう。

 

優しくて優しくて涙が出るくらい優しくなってしまった竜の魔女が、俺の部屋のドアを勢いよく開けて中へ入っていく。

俺もすぐ後に続き、私室を勝手にこじ開けたと思わしき人物に対処できるようにする。

だが……結果から言えば、わざわざスクラムを組んで突入する必要もなかったのだ。

 

我が私室に勝手に入り込んだ人物は、酒場と化した部屋から何かくすねようだとかは考えそうにはない人物だった。

竜の魔女が身構えて、俺が自動拳銃を向けていても、何一つ気にも留めずに黙ってパイプをふかしていた。

その人物こそ…19世紀ロンドンから飛び出してきた名探偵・ホームズである。

 

 

「……思っていたよりも早いじゃないか、ミスター・シマズ。」

 

「ちょっと!アンタ何勝手に人の部屋に入り込んでんのよ!」

 

「人の事は言えないだろう、ミス。この部屋で喫煙を始めたサーヴァントは、他ならぬキミなんだからね。」

 

「うっ」

 

「…ホ、ホームズさん?どこかで俺の鍵を拾ったりしたんですかね?もしそうならお礼を言わないと…」

 

「いいや、気にする事はない。何しろ昔から手癖は悪くてね。」

 

「………」

 

「………」

 

 

あっれれぇ〜!?

つまり部屋の鍵スられたって事?

んでもって人の部屋の鍵スったくせにそんな澄ましたお顔でパイプを延々と吸ってんのこの人?

名探偵なのにそんな犯罪紛いの行為堂々とやっちゃうの、この人?

 

 

「仕方がないだろう!マスターの前で吸うとあのレッドコートの看護婦に追い回される!」

 

「あの、仰る事は分からんでもないので。ただ、だからと言ってスリを正当化なさらないでいただけますか?」

 

「少し拝借しただけさ…うわ!『なんだソレ』って顔をしたね!?ワトソン君もマスターもよくそんな表情になった。」

 

「でしょうね。」

 

「そういうことで、これでどうやってミスター・シマズの部屋の鍵を手に入れたのかという話は終わりにしよう。」

 

 

ホームズ氏は"やれやれ"という顔をしてパイプの火を消して、吸い殻を灰皿に捨てる。

そのまま"おいとま"されるのかなぁとか思ってたら、あろう事か次は水タバコをどこからともなく持ち出して吸い始めたのである。

 

 

「うん、やはりこれはこれで…」

 

 

あまりにも自由奔放にやり過ぎてるようにしか見えないし、チェーンスモーキングはチェーンスモーキングでも機材の方を替えてのチェーンスモーキングは初めて見るので何も言う気になれない。

そもそも水タバコの燃焼時間は1時間を超える。

この名探偵、あと1時間はこの部屋に居座る気らしい。

勘弁してくれよ…

 

 

 

あるいは…シャーロック・ホームズの世界観こそ、本当に"自由奔放"なのかもしれない。

 

彼の生きた19世紀ロンドンはまさしく大英帝国の絶頂期。

栄光あるユニオンジャックは、インドで、南アフリカで、エジプトで、ケニアで、翻っていた。

世界に名だたる大英帝国海軍のシーパワー、産業革命以来の圧倒的科学力、そして…機知に富んだ……狡猾な指導者達。

 

彼らは世界のありとあらゆる場所でユニオンジャックを掲げ、そしてありとあらゆる場所でモノの在り方を変えていった。

そしてそれは、現在もなお数多くの国々で見ることができる。

オーストラリアやニュージーランドの国旗の中や、南アフリカやインドに残された建築物にも見ることもできる。

コモンウェルスと言えば何の事かピンと来なくても、"イギリス連邦"と言えば分かりやすいだろうか?

今なお、大英帝国はかつての植民地への影響を保持しているのである。

かつて"列強"と言われた国々の中でも、これほど独立後の国々に影響を与えている国家もない事だろう。

 

 

大英帝国は影響を与えただけでなく、影響を受けてもいた。

代表的な物はインドだろう。

ポピュラーな例を挙げればカレーがある。

日本にカレーが伝わったのは、インド料理としてではなく、イギリス料理として伝わった。

本来はスープ状であるカレーに、小麦粉を加えてあの特有なとろみを加えたのはイギリスの船乗りだという説もある。

帝国は土地の拡充と共に文化を吸収していった。

今、俺の目の前で名探偵がふかしている水タバコも、ヴィクトリア期に中東から持ち込まれた。

 

 

広大な帝国は、コナン・ドイルという作家に、広大な発想のバックグランドをもたらした。

シャーロック・ホームズの世界に登場する…客船、蒸気機関車、電報、銃器、そして聖書…この全てのモノ自体が大英帝国が"帝国"たるが上で重要なモノだった。

雨がちな島国の、白い肌をした人々は世界のあらゆる場所へ客船や機関車で旅立ち、電報によってコミニティーを作り、必要なれば銃器で自らを守り、あるいは敵を攻撃し、最後には聖書によって文化と信仰を広げていったのだ。

こういった人々やモノの数々こそが、世界に名だたる大帝国を築いたのである。

そういった意味で、俺が覚えているホームズのエピソードの中で一番印象深いのは、ある帰還兵の話だ。

その帰還兵は南アフリカでボーア人達と戦っていた。

 

 

「医学にもお詳しいようですね、ホームズさん。」

 

「……人脈が広ければそれなりの知識もつくさ。その様子を見るに、キミも私とワトソン君の小遣い稼ぎのファンといったところかな?」

 

「ファンとまではいかないかもしれませんが、読んだことはあります。」

 

「楽しんだ?」

 

「ええ、あるボーア戦争の帰還兵の話とか。」

 

「ハハッ、なるほど。」

 

 

おぼろげながらの記憶で申し訳ないが、俺の覚えている限りでは、こういう話だったかと思う。

 

 

ある男が親友に会いたがるが、親友の家族に不在だと言われて家に入れてもらえない。

何度も試すが、結果は同じ。

しかし、ある日、男は家の屋根裏部屋に親友の顔を見た。

翌日そのことを親友の家族に話すが、やはり会わせてもらえず。

困り果てた男はホームズの元へ行く。

 

 

「親友はボーア戦争の帰還兵だった。彼は戦いの中意識を失ってしまい、気付いた時には病院にいた。」

 

「そして、その病院にはボーア人の患者がいた。ある種の病気の、ね。」

 

「ホームズさん、あの話は当時の大英帝国を象徴していると思うんです…いえ、あの話に限らず、貴方のエピソードの数々自体が。」

 

「ふむ。面白い見解だ。」

 

「帰還兵の例に限らず…例えばモラン大佐はアフガニスタンで狙撃の腕を磨いていた…まさに大英帝国の拡大を象徴する経歴でもある。」

 

「その辺は"彼"に聞くのがいいだろう。…さて、ミスター・シマズ。私はそこの女性と会話をしたいのだが。」

 

「え?私?」

 

「そうだとも。君は今、おね…いや、もう1人の自分と揉めているね?原因は…お年頃の女性にはよくあることだが…彼女のプディングを君が食べてしまったから。」

 

「……!?」

 

 

 

え、マジ?邪ンヌちゃん?

本当、もういい加減にして?

貴女は俺を殺す気か?

尊死させる気か??

なんでそう…お年頃全開で来るの?

脳がショートするじゃんか。

 

 

「な、何故分かったの!?」

 

顔を赤らめる邪ンヌちゃん。

 

「初歩的な事だよ、友よ。」

 

そしてファン卒倒間違いなしの生名台詞。

 

「白い聖女が食堂からプディングを持ち帰るのを見ただけさ。彼女はプディングを3つ持ち帰っていた…君と、もう1人の小さな聖女にも用意していたのだろう。ところが、君はそれに気づかず、ただ冷蔵庫に入っていただけだと思って全て食べてしまった。」

 

「………」

 

「君に悪意はなかった。だが白い聖女は激高した。2人とももう少し冷静でいれば穏便に済ませたハズだが、残念な事にそうはならなかった…。コレがコトの次第ではないかな?」

 

「……えぇ、その通り。聖女サマの"ああいう"ところにはウンザリだけど…傷つける気はなかった…」

 

「………心配しなくとも、彼女もちゃんとそれをわかっているはずだ…まもなく、ドアをノックする頃かな。」

 

 

コンコンコン。

 

 

上品なノックが部屋に響いたのはその時。

俺ぁ腰が抜けるかと思うただよ。

ノックに続いてドアが開き、先程とは対照的に、落ち着いた様子の白聖女が現れた。

 

 

「……ごめんなさい、オルタ。もう少し冷静にお話をするべきでした。貴女だって、悪気がなかったわけではないでしょうに…私の思い込みで」

 

 

本来の邪ンヌちゃんならここで「あはははザマー見なさい!」とか言いそうなんだけど、このカルデアの邪ンヌちゃんはデレ過ぎてて"仕様"が違う。

 

 

「わ、悪かったわよ!………その、アンタの気持ちに気づけて無くて…そ、その………ごめんなさい」

 

「!!??」

 

「!!??」

 

「!!??」

 

 

ブファッ!!!

 

 

名探偵と白聖女と電気技師がほぼ同時に鼻血を吹き出す。

え、なんなの?

なんなのこの圧倒的尊さは!?

邪ンヌちゃんアサシンにクラスチェンジする?

つーかここまで来たら()()()()()()()じゃん!!

しろ、しちまえ、クラスチェンジしちまえ!!

 

 

「………オルタ!お姉ちゃん嬉しいです!お部屋に戻って、お姉ちゃんともっとお話しましょう!」

 

「だ〜か〜ら、誰がお姉ちゃんだっての!」

 

 

鼻から血をダラダラ流しながら、白聖女がルンルンした様子で邪ンヌちゃんを連れて行く。

その後部屋に残されたのは、おっさん電気技師と名探偵だけだった。

 

 

「………さて。ミスター・シマズ。実を言うと、ここからが本題だ。」

 

「えっ?」

 

 

名探偵ホームズは、今はもう水タバコを吸うのをやめて、何かの白い粉を吸っている。

テーブルの上に一直線に振りまき、鼻の片方を塞いで顔を近づけた。

そしてズズーッと音を立てながら吸い込み、満身のドヤ顔でこちらを見る。

お巡りさん、こっちです。

 

ヤクブツを決め込んだ名探偵が、ドヤ顔のまま小さなある物体を俺に掲げてみせた。

 

 

「ミスター・シマズ。コレに見覚えは?」

 

 

Ooops!!!

なんてこった!!

メアリーたんとかドレイク船長の部屋に設置してた隠しカメラじゃん!!

何故に見つけた!?

つーかどうやってそれ取ってきたの!?

あのデストロイヤー女海賊団のプライベートルームからっ!?

 

 

「し、知りませんな。初めて見ます。」

 

「ふむ、そうか。…不思議な事だ。」

 

「何が不思議なんですか?」

 

「ミスター・シマズ。君はこの施設の電気技師で、主に直流系統の電力を管理するのが仕事だった。ただ…忌まわしいレフ・ライノールのせいで仕事は増えてしまった。奴は、電気関係の備品管理も君の仕事にしてしまったのだからね。」

 

「………」

 

「もし、先程、君が私の質問に"Yes"と答えていたのなら何の不思議もなかった。この施設で主に警備用に使われるこの小型カメラを、備品管理者である君なら見ていて当然だからだ。」

 

 

俺は悟った。

勝ち目はない。

この名探偵は、ありとあらゆる証拠と、根拠ある推理によって主張しているのだ。

 

こういう時ほど、徹底抗戦など考えてはいけない。

損害を最小限に抑えるには、こちらは敗北を受け入れなければならない。

 

俺は両手を挙げてこう言った。

 

 

「貴方の勝ちです、ホームズさん。」

 

「よろしい。その判断は賢明と言える。さて…君をどうしたものかな。カリブ海の貴婦人たちは今は血眼でティーチを探しているが…君を差し出してみても面白いかもしれない。」

 

「勘弁してつかぁさい!!」

 

「落ち着きたまえ。私もそんなに悪趣味ではない。…そうだな、君にはある"頼み事"を引き受けてもらいたい。なぁに、君からすれば簡単な事だろう。」

 

「な、何でしょうか?」

 

「ある婦人の部屋の空調設備を改造してもらいたい。…ただ、今度は間違えても……()()()()()を仕掛けないように。」

 



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15 乗馬ズボンの英傑

 

 

 

 

1998年、インドとパキスタンは二カ国揃って世界に衝撃を与えた。

まず、インド人民党が選挙公約通りに核実験を行い、パキスタンが報復的な核実験をおこなったのである。

1947年以来、この二カ国は主にカシミール地方を巡って対立してきた。

双方とも軍拡、核開発に勤しんできたし、カシミールでは3度に渡って衝突している。

インドはソ連を味方につけたし、パキスタンは中国を味方につけた。

かのタリバーンがアフガニスタンで政権を握ったのも、パキスタンの支援があってこそで、パキスタンの目論みといえばアフガニスタンに親パキスタン政権を築く事にあったのだ。

 

※ストーム333作戦の結果生まれたアフガニスタンの共産政権はソ連の息がかかっており、インドとソ連の親密さを考えれば、パキスタンの北側にそういった政治体制が存在するのは安全保障上の重大な懸念であった為。

 

 

 

伝統的とも言えるこの2カ国の対立を、1940年代にイギリスから相次いで独立した時に始まったと言うのは、少しばかり早計ではないかと…少なくとも筆者は思っている。

根はもっと深いところにあり、多少イギリス人が噛んだ部分があったとしても、それだけでイギリスだけに、大英帝国だけにその責任を求めるのは不公平に思える。

極端で不謹慎な言い方かもしれないが…パレスチナの例と同様に、彼らは現地にあった既存の対立関係を利用したに過ぎないのではないだろうか?

 

少々彼らに同情的過ぎるかもしれないが、イギリス人達はこの地域に進出する際、必然的に少数で多数を支配する必要に迫られた。

そしてその方法を見出したからこそ、この地にユニオンジャックが翻る事になったのだ。

彼らがこの広大な土地とそこに住む人々をコントロールするには、産業革命と最新鋭の兵器ではしばしば不足していた。

だから彼らは…時に"多数の中から"支援を必要とし、そしてそれを得たのだった。

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

チェ・ゲバラの肖像写真が貼られた冷蔵庫から、二本の冷えたスポーツドリンクが取り出された。

それを取り出した人物は、その内の一本を俺に向かって投げ渡す。

俺は3時間あまりの作業によって大量の汗をかいていたから、この飲み物は非常に有り難く思える。

そして、俺は有り難く思った時にどうすればよいかという教育を、もちろん学んでいた。

 

 

 

「ありがとうございます、バーイーさん。」

 

「こちらこそ感謝したい。貴殿のおかげでようやく落ち着けそうだ。ここの空調は少し冷え過ぎる。」

 

 

ラクシュミー・バーイーは褐色の額に浮かぶ汗をタオルで拭いながら、こちらにも別のタオルを寄越してくれた。

俺はまたお礼を言って、自身の汗を拭う。

タオルを顔に近づけた瞬間にフレグランスな匂いがして、卑しくもニヤけてしまった表情を隠すために長めに汗を拭った………はいはいはい、正直に言いますよ!くんかくんかしてましたよ!!!

 

 

俺自身のゲスさ加減はこの際傍にでも置いといて、インドのジャンヌ・ダルクのお部屋で何をしていたかといえば…ホームズ氏からの依頼を遂行していたところである。

過去の誤ちを穴に埋めてもらうかわりに、俺は彼女の部屋の空調の改造を引き受けたのだ。

改造といっても半ば調整のようなモノで、ただし、俺のスキルの不足から時間と労力を要したものの、最終的には上手くいって一息ついているところ。

 

俺が作業している間、バーイーさんは脇目もふらずにトレーニングをされておりました。

冷蔵庫のチェ・ゲバラといい、全身汗だくになるまでのトレーニングといい、反乱者というよりは革命家という印象を受ける。

ただし、この褐色美女のトレーニングウェアの着こなし具合は、ジャングルの革命家とは対照的なほどピッシリとしていた。

 

 

バーイーさんは肘掛椅子に座り、軽く目を瞑って息を整えている。

スポーツドリンクを二口ほど飲んだ後、俺を対面の肘掛椅子に促した。

もう感動モノのお心遣いありがたき幸せにあります。

 

 

「あ〜。やはり改造をお願いして良かった。この…自然な感じ…ジャーンシーを思い出す。」

 

 

まあ、俺としては少し暑いくらいなんだが。

普通ならそんな調整くらいリモコンで何とかなると思うんだけど、この施設が建てられた時空調施設を導入した人間は少しでも経費を抑えたかったらしい。

そのおかげで今俺は汗でヌルテカッてる褐色美女をっていかんいかんまた悪い趣味がでてらぁ。

 

 

「…ああ、そうだ。貴殿に聞いておきたい事があった。」

 

「はい?」

 

「ここへ来た後、書物を読んだ。ジャーンシーが…いや、インドが"あの後"どうなったかという本を。アレは本当か?」

 

「………すいません、どういう本をお読みになられたのでしょうか?」

 

「この本だ。」

 

 

驚くべき事に、それは世界史の教科書だった。

あの、高校入りたての時に渡される、アレ。

大して中身も見ないうちに机の中にしまってしまうアレである。

 

何だってこのカルデアの方々は自分の死後の事を気になさるのだろうか。

気になる?

自分が姿を消した後の世界がどうなったか、そこまで気になる?

…気になるのかなぁ。

 

俺のような人間なら、仮に今ここでくたばってもこの後の世界なんて気にもならない。

何故ならこの世界にそこまで固執できるモノがないからだ。

気高い志があるわけでもなく、自身の王国を持っているわけでもない。

じゃあ今すぐ死ねるかと言えば話は別だが、しかし、死んでしまった後までこの世界のことを考えているとは思えないのだ。

 

 

インドのジャンヌダルク、ラクシュミー・バーイーは大英帝国との戦いの中でその生命を失った。

彼女がインド大反乱の際に立ち上がったのは、イギリス側がいわゆる『失権の原理』を用いてジャーンシー藩王国をイギリス東インド会社に併合した為だった。

彼女の王の間には子供がおらず、王の病没後イギリスはそれを口実に藩王国を取り上げた。

彼女は養子を迎えていたが、認められなかったのだ。

 

そう、彼女は自身の王国を取り戻すために戦った。

なら自らの没後が気になっても仕方はないだろう。

マスターはわざとか…或いはそうでないのか…サーヴァント達にそういった話をしないようにしているらしい。

だからこそ第三者たる俺に聞いているのだろう。

 

 

「本当か、というのは…どの出来事に関してですか?」

 

「……カシミールを巡って、同じインドの民が争っているという記述だ。」

 

「大変失礼ですが、彼らはもう同じ国の国民ではありません。片方は自らをインドの民だとすら思っていない。」

 

「………」

 

「貴女が亡くなった後、インドはもう一世紀近くイギリスの支配下に置かれた。1947年には独立したが、かつてのムガル帝国は2つに分かれてしまいました。それがインドと"パキスタン"です。」

 

「…確かに…私は祖国と…民の笑顔を守りたいと思って戦った。だが…その時でさえ…民は決して一束ではなかった。

 

 

ラクシュミー・バーイーは暗い顔をして俯いてしまった。

 

インド大反乱は別名『スィパーヒーの乱』と呼ばれる。

スィパーヒーとはイギリス東インド会社に雇われたインド人傭兵のことで、一般にはこの大反乱の火種は東インド会社が傭兵に与えた新式銃の薬包だと言われている。

銃に弾薬を装填する際、使用者は薬包を噛み切る必要があったのだが、その薬包には牛と豚の脂が使われているという噂が立っていた。

そして、イスラム教徒にとっては豚肉が、ヒンドゥー教徒にとっては牛肉が禁忌であったのだ。

 

だがしかし、東インド会社は牛・豚脂の使用を否定したにも関わらず、ブチキレたスィパーヒー達は止まらなかった。

銃の薬包は本当に単なる火種に過ぎず、それを爆発へと昇華させた"爆薬"は全くの他方にあったからだ。

それはイギリス東インド会社、もっといえば大英帝国の統治に関して民衆が不満を持っていたからである。

 

 

「マキャベリを読んだことは?」

 

「…ああ、あるが?」

 

「マキャベリチックに言えば、"第一次独立戦争"の原因はまさにイギリスにあるという事になるでしょうな。」

 

「………ふっ、フハハッ!確かに、それはそうだな!」

 

 

マキャベリ曰く、貴族の支援を受けた者と民衆の支援を受けた者とでは、国の維持の難易度が異なり、はるかに簡単なのは後者の方だという。

つまり、まず民衆を味方につけ、貴族とはある程度の距離を置きつつ限定的な権力を与えて監視の目を常に向けなければならない。

 

しかし、イギリスは産業革命によって大量生産した綿製品を流入させて、インドの軽産業を壊滅的な状況へと追い込んだのである。

さらに、インドを植民地化する際、土地所有制度を近代的なモノに入れ替えたりして地方地主を没落させてしまった。

 

イギリスは貴族と民衆の両方を敵に回してしまったのだ。

マキャベリ的に言えば、民衆を敵に回せば、占領者は遠からず安泰とは言えなくなる。

その上貴族まで切り離したとなれば、もう味方はいない。

反乱は必然だったのだ。

 

 

だが、にも関わらずイギリスは大反乱を抑え込んだ。

これには理由があり、彼女が先ほど俯いたのはそれが原因であろう。

 

 

「スィパーヒーの乱を抑え込んだのはイギリス人の軍隊だけではなかった。そうですね?」

 

「…認めたくないがその通りだ。イギリス側に回ったスィパーヒーも少なくなかった。スィパーヒーだけでなく、時には他の藩王国さえ。」

 

「つまり、アレは"独立戦争"とは程遠かった。」

 

「ああ。現代の言葉で言えば…()()という表現こそ適当かもしれない。私の配下にいたスィパーヒー達は、ジャーンシー城を奪還するとベンガルへ向かってしまった。反乱を起こしたスィパーヒー達はアワドの出身だったんだ」

 

 

そう、スィパーヒー達が怒りに震えたのは薬包の件のみではない。

東インド会社が雇ったスィパーヒーの中には、アワド藩王国出身の者が多数いた。

スィパーヒー達がメラトで最初の反乱を起こす一年前、イギリスはアワドを併合したのである。

 

インド大反乱は様々な複合的な要因が絡み合って起きたモノだが、内戦的側面も大きい事も見逃してはならないだろう。

先程彼女が述べたように、東インド会社と手を組んで利益を得ていた藩王国はスィパーヒーを援護するどころか潰しにかかったのである。

イギリスがユニオンジャックをインドに立て続けられたのは、藩王国間の利害関係をうまく利用したからだ。

 

結果的に、この大反乱はイギリスのインド支配を確固たるモノにするという皮肉な結果をもたらした。

東インド会社に代わってイギリス政府が本腰を入れて植民地化を推し進めるようになったのだ。

 

 

 

「私の戦いがもし成功していたら…民に笑顔は戻っただろうか?」

 

「にえきらないかも知れませんが、俺にも分かりません。…ムガル帝国はイスラム系の王朝で、しかし、インドではヒンドゥー教が多数を占めていた。この時点でインドのイスラム教徒とヒンドゥー教徒の衝突は運命づけられていたと考えるべきでしょう。」

 

「遅かれ早かれ、民達はお互いに諍いを起こしていたということか…」

 

「すいません、何か、こう、ズケズケといってしまって…コレはお返しします。」

 

「いいや、気にしないでくれ。遠回しに時間をかけて言われるよりは、貴殿のように率直に言ってくれる方が良い。」

 

 

ラクシュミー・バーイーはそう言って、俺から高校世界史の教科書を受け取った。

 

インド独立闘争の旗手として見られている彼女だが、ついにジャーンシー藩王国が彼女の元に戻る事はなかった。

だが、彼女はその後も人々の記憶に残り続け、近代インドの英雄として影響を与え続けていく。

『インドのジャンヌダルク』という二つ名は………

 

 

 

 

俺はとんでもないことに思い当たって、つい彼女から目を逸らした。

 

 

「………?どうした?」

 

「いいえ、なんでもありません」

 

「隠さないで話してくれ。隠し事は嫌いだ。」

 

「………ご自身の二つ名についてどう思います?」

 

「……………」

 

 

 

俺はとんでもない事に思い当たった。

本当にとんでもない事に。

 

ラクシュミー・バーイーはジャーンシー城で奮闘したものの、近代装備を前面に押し出すイギリス軍に敵わずカールピーで他の反乱軍指導者と合流する。

だが、他の指導者達はイギリスとの落とし所を探っていた。

"民の笑顔のため"、徹底抗戦を貫くべしとする彼女と指導者達は当然意見が合わず、彼女は煙たがられたのだった。

それは…彼女が女性であったという事にも起因する。

 

 

スィパーヒー…アワド出身のスィパーヒー達が反乱を起こした理由は、新支配体制が旧支配体制よりも有害だと感じたからに他ならない。

イギリスと東インド会社はインドの産業を破壊し、伝統的な制度にも手をつけた。

つまり、反乱軍のスィパーヒー達は旧秩序の復活を望んでいたのだ。

 

 

立ち返って、ラクシュミー・バーイーはどういった存在か?

西欧諸国の歴史・法律に精通し、乗馬ズボンを履いて、最新式の銃を使いこなす"女性"指導者…

 

反乱が成功したとして。

彼女は他の藩王や権力者にとって歓迎される存在だっただろうか?

自身よりもカリスマ性のある者の存在を、他の指導者が見過ごすだろうか?

新しい知識と技能を持った、反乱軍指導者達=旧秩序への()()だとは考えないと、いったいどうして言えるだろうか?

 

 

 

褐色の貴婦人は俺の頭の中を読み取ったらしい。

不敵とも言える笑みを浮かべ、スポーツドリンクを数口飲みながらこう言った。

 

 

「賭け事やクジは嫌いだ、どうせ当たらない。」

 

「はぁ…」

 

「何かにつけて、自身の不運っぷりを体感させられるときは山ほどあるが…幸運だったと感じる時もある。」

 

「………」

 

「……………私は敵弾に斃れて、()()だったよ。」

 

 

 

ラクシュミー・バーイーは肩をすくめ、自虐気味にそう言った。

どこか寂しそうな彼女の表情は、それが決して望まぬカタチであっても…限られた選択肢の中では最良のモノだったのだろうという事を語っていた。

 

俺はそんな彼女の姿に、民衆の抱いた希望の一筋を見たような気がする。

 

そしてその直後には…椅子が壊れてスポーツドリンクを頭から被る事になった不運な褐色美人をも見たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




インド大反乱の原因はその他にも色々色々色々とありますが書ききれませんでしたごめんなさい。
イギリスのインド統治に関してもう一つ皮肉な事実を挙げるとすれば、インドのナショナリストがイギリスの教育によって育てられたという事でしょう。
イギリスはインドの統治をより効率的にする為に、現地のインド人の中にエリート官僚…"インド高等文官"を求めました。
その結果、イギリスはインド人に近代的教育を与える事になりました。
確か…スバス・チャンドラ・ボースもそんな人の1人じゃなかったかと思います。

記憶違いだったらすいません汗


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16 発見の対価

 

 

 

 

 

 

 

ミルグラム実験という言葉は聞いたことがなくとも、アイヒマン現象という言葉なら覚えがあるかもしれない。

白衣を着た男に指示される教師役となった被験者が、生徒役を相手として、問題を間違える度に電気ショックを与えていくという、あの実験だ。

被験者は全員平凡な人物だった。

サディストでもなければ、実験中に銃で脅されたわけでもない。

 

白衣を着た男…つまりは実験のスタッフが被験者に電圧を徐々に上げていくように指示をする。

生徒役は実は役者で、電気なぞ感じてもいないが苦しむフリをする。

被験者はこの残虐な行為をいつまで続けるか観察されていて、その経過を記録されているという寸法だ。

 

 

 

この実験の端緒となったのは、かつてヒトラーの命令で東欧における"人種政策"の責任者となっていた1人の男…アドルフ・アイヒマンの存在だった。

この男がモサド(イスラエルの諜報機関)に捕らえられて尋問された時にある事実が明らかになったのだ。

 

彼は決してサディストではない。

極めて平凡な人物で、実直な公務員で、妻との結婚記念日に花束を買って帰るような愛情を持つ男。

どこにでもいるような、本当に"普通"の一般人。

そんな一般人がただただ命ぜられるがままに、数多くのユダヤ人を手にかけたという事実に数多くの人々が疑問を抱かざるを得なかった。

 

 

疑問の答えは『YES』だった。

被験者達は300Vに達するまで電気ショックをやめなかった。

つまり、誰もが、アドルフ・アイヒマンになり得るということが分かったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーツを着たのはいつぶりだろうか?

記憶にある限りでは、このカルデアという施設に来て以来ということになるだろう。

着任当日、あのレフ・ライノールが笑顔で応対してくれたのを今でも覚えている…その時は奴がIRA並みの爆弾魔などとは夢にも思わなかった。

俺が今スーツに身を包んでいる理由。

加速する体脂肪率のせいで、早くもウエストのサイズが合わなくなっているズボンを無理くり履いている理由は、目の前で繰り広げられているお上品なパーリーに参加する為だ。

 

 

ここは『BAR DO LE』。

つまり、元は俺の自室No.1だった場所である。

その少々手狭な部屋が、今では立派なパーリー会場へとビフォー●フターしていた。

 

パーリーといっても、イビサ島みたいなパーリーをしているわけではない。

若干一名を除いてヤクをやっているわけではないし、エレクトリックなダンスミュージックが流れているわけでもない。

ただし、例えイビサでデ●ヴィット・ゲッ●が生出演している場面に遭遇しても、俺が今体験している生演奏には敵わないかもしれない。

 

この会場にはピアノソナタのハ長調が流れていて、そしてピアノを弾くのはモーツァルトご本人だ。

普段はウ●コやら何やら下ネタしか披露しない変態音楽家が、今では静かに目を閉じてピアノ演奏に勤しんでいる。

彼がこの状態になる条件は決まりきっており、それは彼が好意を寄せている人物からの依頼だったからに他ならない。

モーツァルトに依頼した人物…及び…このパーリーの主催者たる人物は、今俺の真正面で舌ヒラメのムニエルを美味しそうに食べている。

 

 

「う〜ん、やっぱりアマデウスにお願いして良かったわ♪素敵な音色に、素敵なお料理!パーティーはやっぱりこうでないと!」

 

 

フランス王妃マリー・アントワネットがパーリーを企画するに至った事の発端はマスターとジャンヌ(ルーラー)によるレイシフトで、白聖女様は王妃様からのお願い事を思い出し、レイシフト先から舌ヒラメを持ち帰って来たのだ。

ただし、フィジカル白聖女の基準は常人のそれとはかけ離れていた。

彼女が持ち帰った舌ヒラメの数は、王妃様と変態音楽家と…それから処刑人の3人で食したとしても到底食べきれない量だった。

そこで王妃様はある事を思いつく。

"3人で食べきれないなら、大勢で食べれば良いじゃない!"

 

なんならエミヤさんに渡しても良さそうな気がするのだが、流石に全サーヴァント分には行き渡らなかったらしい。

そこで、王妃様は思い当たる知人達を集めてのパーティーを企画され、同じ貴族家出身の高貴なる方々から俺のような下々の人間にまで声を掛けて、紳士・淑女に相応しい交流会になされたのだった…舌ヒラメを消化するために。

 

 

さてさて。

目の前の、対角線の席上にいらっしゃる王妃様のほかに、俺のテーブルには4人の来賓がいらっしゃる。

テーブルは合計3つあり、一般的な夕食会なんかで見る円形のそれなのだが、それぞれの席はより交流が促進されるようにとくじ引きで決められていた。

偶然俺と同じテーブルになったのは王妃様の他に、ロマノフ家のアナスタシア皇女、バートリ家のカーミラ殿下、電気の碩学トマス・エジソンと、何だかよく分からないし面識もないがデキるビジネスマンオーラ全開のおっさん、という壮々たるメンツである。

特にフランス、ロシア、ハンガリー(オーストリア圏)の王室が揃うあたり『カルデアのアウステルリッツ』とか呼びたくなる。

その紳士・淑女のメンツは、それぞれ男性と女性が重なる事のないよう、千鳥の席順で座りながら会話を楽しんでいた。

 

 

カーミラ殿下はエジソンと話し込んでいる。

どうやらエジソンは交流に対する直流の優位性を熱い口調で語っていて、カーミラ殿下が時々それに頷きを返していた。

何だか、コンピュータに疎い老婦人に自社のソフトウェアを売り込まんとしているセールスマンのように見える。

 

かたや、俺の方といえば付け合わせのフリットを突っつきながら、皇女殿下に以前差し上げたカメラの使い方を説明していた。

 

 

「ええ、はい。そこのボタンです。押していただけば……ああ、はい。この通り、遠くのものまで写せます。」

 

「!…中々に便利ですね。父が使っていたモノとは違います。」

 

「まあ、時代が違いますからね。今ではお父様の使っていた類のカメラは、当時よりも高級品です。」

 

「ふぅん………時代、ね」

 

 

しばらくするとモーツァルトの演奏が終わり、パーリーは休憩のムードに入る。

目の前の王妃様はモーツァルトの元へ賛辞を送りに、カーミラ殿下はエジソンの説得が終わったようで二本目のワインを手に入れにバーカウンターへ。

皇女殿下は"お花を摘みに"行くと仰ったので、俺はエジソンの方を見て目配せをする。

エジソンは俺の意をしっかりと理解してくれたようで、彼はその巨体を上げ、ラガービールで口元を湿らせてから回れ右をした。

喫煙者2人がパーリーの合間にやる事と言ったら決まっている。

"モクモク"するのだ。

 

 

 

俺とエジソンは俺の私室No.2に行き、部屋の電気をつけて換気扇を回す。

2人してタバコを咥えて、それに火をつけた。

 

 

「中々に盛り上がってたじゃないですか、博士。直流の"売り込み"はどうでした?」

 

「うむ…手応えはあったがね。しかしあのご婦人が理解したかと言えば…難しいところだろう。基礎的知識から教えるには、この時間はいささか短過ぎる。」

 

「教養ある支配層のご婦人ですから、彼女なら理解はできると思いますよ。根気よく続けるのは博士の登録商標でしょう?」

 

「フハハハハハッ!!今のは傑作だ。テスラにくれてやる予定だった5万ドルを君のものにしてもいい!!」

 

「すまねえが、2人の内のどちらか。タバコを恵んでもらえねぇか?」

 

 

エジソン博士との談笑に夢中になっていたから、さっき同じテーブルにいたデキリーマンっぽいおっさんがこの喫煙所までついて来てるとは気づかなかった。

俺はいくばくか凍りついたが、じきにハッと我に帰って、まだ手元に残っていたタバコの箱ごとおっさんに差し出す。

おっさんはそれを受け取って中身を一本出して火をつけて、そして箱をこちらへ返すついでに手を差し伸べる。

 

 

 

「俺はコロンブス。クリストファー・コロンブスだ。初めてお目にかかるなァ。」

 

「ど、どうも、コロンブスさん。俺はシマズ、電気技師をしています。こちらはエジソン博士。」

 

「どうぞよろしく。」

 

「あぁ、ヨロシク!…しかしまあ。王族貴族の方々とお食事会ってのはァ…毎度の事ながら肩が凝る!タラのフリットが食えて飲み放題って聞いたからきたんだけどヨォ…」

 

 

まさかあのおっさんがクリストファー・コロンブスだとは思っても見なかった。

なんたって、普段は悪役全開のオーラ漂わせて髪とか髭とか靡かせているコロンブスが、キチンとタキシードを着込んで髪をオールバックに纏めているんだから。

 

それにしても、面白いのはこのパーリーに関する彼の反応である。

生前、"新航路を発見"した彼は英雄として扱われ、王族貴族のパーリーにも招待された筈だ。

その時からして、やはり彼には堅苦しかったのかもしれない。

 

 

「"新航路の発見"を果たされたのですから、さぞかし歓迎されたのでは?」

 

「そう!その通り!俺が発見したのは"新航路"だ!"新大陸"じゃねえ!…まあ、確かに歓迎はされた…最初の内はな。イザベル女王も上機嫌だった。」

 

「ならこういったパーティーの参加回数も多くて当然ですな…でも規模で言えば生前の方が大きいのでは?」

 

「ッたりめぇよォ!スペイン王室のパーティーとは訳が違う。…ただ、王室が気前良かったのは最初の内だけだったがな…連中は段々冷淡になっていった。」

 

 

クリストファー・コロンブスはため息混じりにタバコの煙を吐き出した。

彼の喫煙ペースは私の倍近い速さで、手に持つ紙巻タバコは早くもフィルターに迫っている。

俺は2本目を差し出しながら、素朴な疑問を投げかけた。

 

 

「あれだけの奴隷を連れ帰り、植民地の基礎造りまでしたのに?」

 

「考え方のちげぇだな。イザベル女王はスペインが発見した土地の民は全てカトリック教徒たる権利があると見做していた。あの女王は異教徒相手の苛烈な収奪は良しとしてたが、"カトリック教徒"から収奪…ましてや殺し、嬲り、奪いまくるなんて我慢ならなかったんだろう。」

 

「女王は同じスペインの民として扱っていたんですか?」

 

「ああ、意外かもしれねぇが。それに、入植地での経営も失敗して、バルトロメウの奴じゃ治りがつかなくなった…おかげでスペインから査察官がやってきて、俺達の"黄金探しの冒険譚"が敬虔なカトリック教徒の女王様に伝わっちまったわけよ。」

 

 

彼の言う、"黄金探しの冒険譚"とは今の世にも伝わる…悪名違い征服者としての彼の所業の事だろう。

彼はカリブ海にスペインの植民地を作るために、そこにいる住民を片っ端から殺して回った。

大勢の先住民を殺しに殺し回った割には、その戦果自体は芳しくない。

先住民達はコロンブス達が想像していたよりも遥かに少ない量の金銀しか持っていなかったし、先程コロンブス自身が述べたように、せっかく作った植民地も劣悪な環境のせいで入植者が反乱を起こすのを止められなかった。

3度目の航海のあと、彼と、その弟であるバルトロメウはスペイン本国から送られた査察官に逮捕されている。

彼の人生の転落はそこから始まったと言っても過言ではないだろう。

 

 

コロンブスは早くも2本目を吸い終わらんとしている。

彼はタバコを吸う為に作られた機械か何かだろうか?

幸いな事に、俺のタバコの箱にはまだ15本残っていて、物欲しげな彼にもう一本渡しても困る事はない。

コロンブスは3本目を受け取って、慣れた手つきでチェーンスモーキングを行う。

行いながらも、なぜか俺の方を不思議そうな目で見ている。

 

 

「どうしました?」

 

「……マスターに奴隷云々の話をすると露骨にクズを見るような目をされるんだが…」

 

「そんな事をお気になさるようには見えませんが?」

 

「まぁな!!…この時代じゃあ奴隷はよくない事になっているらしい、ってことだろぉ?だが、俺はそれが良しとされる時代に…」

 

それに選択肢もなかった。先住民達が持っていた財宝の数は、あなた方の想像を遥かに下回っていた。人生を賭けた大挑戦の果てにようやく陸地に辿り着いたのに、何もなかったとは口が裂けても言えない。

 

 

アメリカ出身の発明家が突如として口を挟んだので、俺とコロンブスは少々驚きつつもエジソンの方を振り返る。

エジソンも手にするタバコを吸い終わりかけていて、やがてフィルターに迫る火を消して、吸い殻を灰皿へと捨てた。

 

 

「そんな顔をするな、諸君。クリストファー・コロンブスは航海者にして商人だった。地球が球体だなんてマトモに信じられていなかった時代に、先見の明と勇気を持って大西洋に出たんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……その通り!よぉくお分かりのようだなァ!アンタ気に入ったよ!」

 

 

コロンブスは2度目の航海の後、病に臥せる。

快調を取り戻した彼の最初の仕事は、彼が不在の間好き放題やっていたスペイン軍の略奪を、より効率的にやる為に略奪を組織化する事だった。

"黄金探しの冒険譚"の使命にスペイン海軍も加わると、海軍は先住民達にノルマを貸すようになったのだ。

3ヶ月以内に所定の量の金を持ってこなければ、手首を切り落とす、と。

 

 

エジソンも、言うなれば実業家。

数多くの発明は彼に富をもたらしたが、コロンブスの"新航路の発見"という発明はコロンブスが期待したほどの富をもたらさなかったのだろう。

だからこそ奴隷を扱う商人ともなったのだ。

イザベル女王と同じで、コロンブス自身敬虔なカトリック教徒であったものの、彼らの価値観には大きな違いがあったのだ。

 

女王は奴隷を求めていなかった。

コロンブスが奴隷を女王に送った時、女王はそれを送り返し、査察官まで送っている。

だが、コロンブスには必要だった。

何故ならそれが、富をもたらす存在だったからだ。

 

 

 

もし、()()()()()()()()()()()()()()()()

ふと、そんな考えが浮かぶ。

人生を賭けた大勝負の先に待っていたものが期待していたものに達していなかったら?

 

俺はどうしただろうか?

 

…間違いない。

俺だってコロンブスのやったようにしたに違いない。

現代の価値観を持ってしても、俺はそう結論する。

奴隷が商品価値を持っている時代なら、俺は間違いなく、彼らを追い立て、殺し、捕らえて、売り捌く事だろう。

そうでもしないと、大航海のリスクとは釣り合わない。

 

 

ややもすると、誰でも虐殺者になり得るかもしれない。

誰もがアドルフ・アイヒマンになり得るように。

俺も、交流担当の頑固爺も、カルデアのマスターも。

 

 

そう考えると、少しゾッとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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17 元帥閣下と天秤

 

 

 

 

 ちゅかれた…

 もうやだ。

 毎日毎日ヘトヘトになって、タバコを吸って、エロ画像眺めて、風呂入って寝てる。

 ずっとこの施設の中で、そんな生活を毎日サイクルしているんだ。

 いい加減に参ってくる。

 

 

 俺は私室No.2のドアの前で、シオシオしたピカ●ュウみたくなりながら部屋の鍵を探す。

 もうあと1日頑張ればシフト外。

 2日間ふて寝して、酒飲んで、タバコを吸って…また5日間頑張ればいい。

 ああ、そうだ。

 まだ作ってないプラモデルもある。

 プレイしていないゲームも。

 人理が焼却されてしまったこの世界線では言われるまでもなくステイホームなのだが、そんな篭城戦も考えてみれば悪くないかもしれない。

 

 

 あぁ〜、でもキャバクラとか、いい加減にそろそろ行きたいなぁ。

 ゲス丸出しなのはわーってる。

 わーってるけれども…何というか…癒されたい。

 いや、皇女殿下や邪ンヌたんに癒されまくってるけれども。

 けれども、イエス皇女ノータッチよ!

 あんな高貴なる存在をグリス塗れの(あぶらぎった)手でデュフフするわけにはいかんでしょうが!!!

 

 ただね、何というかね……たまにね…猛烈に来るのよ。

 猛烈に"母性"に甘えたくなる。

 よちよちされたくなる。

 なるんだよ、仕方ねえだろこの野郎…

 

 

 ふぁ〜あ、しかしクソ眠たい。

 眠たいから今日は大人しく寝よう。

 またいつも通りタバコ吸って、酒飲んで…風呂入って…………

 

 

 

「セ⚫︎●ス(挨拶)!!」

 

「Ahhhhhhhhhhh!!!」

 

 

 カチャッ、パンパンパンパンパンパンパンパンパァン!!

 

 

 俺は急いでG30自動拳銃を引き抜いて、装弾されている9発の45口径弾を迷う事なく撃ち放つ。

 そのまま拳銃を放り投げ、大慌てで電動スクーターに飛び乗り、まるでロケット花火のような勢いで逃げ出した。

 

 

「あらぁ〜?お元気がないようでしたので、励まして差し上げようと…」

 

「NOOOOOOO!!NOOOOOOO!!HEEEEEEEEELP!!」

 

 

 この女に関わっては不味い。

 とんでもない色気と共に、とんでもない言葉で初対面の挨拶を済まされた時。

 俺の第五感が全力で警告を鳴らしていた。

 

 一体全体、あの女はなんなんだ!?

 えらく巨大な"地球儀"を2つもぶら下げていたし、マリリ●・モンローみたいな色気出してたし…そもそもどうやって俺の部屋に入り込んでたんだ!?

 いかんいかん!

 絶対に関わっちゃいけない類の女だ。

 それに黒髪ロングは俺の好みじゃねえ!!

 

 

 電動スクーターのサイドミラーを覗くと、さっきの淫魔っぽい女…というより最早淫魔が、こちらを追って全力疾走してやがる。

 距離はグングン縮まってきているし、そもそも脚力でこのスクーターに追いつかんとしている時点で色々ヤバい。

 

 作業着の胸ポケットから警笛を取り出して、それを急いで吹き鳴らす。

 この警笛は邪ンヌたんから賜った物で、タバコ供給の返礼として「何かあったら鳴らしなさい」という有難い安全保障の確約と共にいただいた物である。

 勿論、竜の魔女を頼るなんてそうそうできないことだが、今の危機はそれに値するだろう。

 

 

 邪ンヌたんがこちらの危機に駆けつけてくれるまで、時間を稼がねばならない。

 電動スクーターを半ば乗り捨てに近い状態で降りると、俺の職場の一つ…物品倉庫に急いで入って扉を閉めて鍵まで掛ける。

 その後倉庫の中の電気をつけて、"緊急事態用"と書かれたボックスの鍵を外し、中から12ゲージのトレンチ・ガンを取りだす。

 まだ心臓はバクついていて、ショットシェルを込めるのに幾分か時間がかかったものの、どうにか5発込めることができた。

 骨董品と呼べる類の散弾銃だが、放つ銃弾の威力は…少なくとも近接戦では非常に高い。

 

 

 俺はドアの傍に立って、トレンチ・ガンのポンプを引く。

 ジャキッという独特の音が俺に安心感と緊張感という2つの矛盾した感情を与える。

 壁の薄い倉庫には、廊下にいる人間の足音まで聞こえてきた。

 

 

 コン、コン、コン、コン

 

 静かな倉庫に廊下の足音のみが響く。

 救援だろうか…いや。

 さっきの警笛に邪ンヌたんが気付いてくれたかも分からないし、時間差的に考えてもさっきの淫魔だろう。

 俺は自然と身構えて、トレンチ・ガンをドアの方向へ向ける。

 

 

 コン、コン、コン…………………

 

 

 足音が止まった。

 どうやら俺の居場所を突き止めたらしい。

 来れるモンなら来てみやがれ。

 トレンチ・ガンの餌食にしてやる。

 まあ、そもそも。

 この倉庫の厚いドアを

 

 

 ガツンッ!!

 

「ひぃ!!」

 

 

 倉庫のドアも、経費削減の為に安物にされたらしい。

 消防斧が薄い金属のドアを突き破り、赤い刃先を覗かせる。

 こちらが固まっている間にもドアの破損は広げられていき、やがてはその損傷箇所から、淫魔の顔が覗く。

 

 

「お客様ですよ!」

 

 

「NOOOOOOO!!!」

 

 

 ズダァンッ!!ジャキッ!ズダァンッ!!

 

 2発のバックショット弾をドアに向けて…もっと言えば淫魔の顔に向けて放つ。

 淫魔に当たったかどうかは分からないが、先ほどそれがあった場所からは無くなっていた。

 ふぅ、やっと諦めた…かな?

 そう思ったのも束の間。

 穴蔵に追い詰められたネズミを待つ猫の如く、あの淫魔の声がドア越しに聞こえる。

 

 

「まぁまぁ…そう怖がらなくとも良いではないですか。…ふふ…ふふふ。最早何人たりとも私からは逃れられません」

 

「NOOOOOOO!!」

 

「行き着く先は殺生院、顎の如き----」

 

 

 コン、コン、コン、コン

 

 

 廊下から足音が聞こえてきた。

 淫魔の足音とは若干異なり、別人物のものであることが分かる。

 おおっ!間に合ったか!

 先ほどの淫魔も言葉を噤み、やがては小さく「チッ」と舌打ちして歩き去ったようだった。

 いやあ〜〜〜助かったぁ〜〜〜!

 俺は警戒を完全に解いて、しかし、一応の念のためトレンチ・ガンを片手に持ったまま最早崩壊寸前のドアを開く。

 

 

「マジで助かったよ、邪ンヌたん!もう、"さては守護聖人ですか"レベルで助かっ」

 

 

 脂汗でグッショリな状態で、邪ンヌたんへのお礼を口走りながら倉庫の外へ出る。

 だがそこにいたのは竜の魔女ではない。

 皇女殿下でも、王妃様でも、婦長でもなかった。

 

 廊下にいた人物。

 それは、憎悪の目を隠そうともせずに廊下の向こう側へとその視線を向けている美少女。

 美少女ではあるけども…その、なんというか………

 

 

 

 

 全 裸

 ほ ぼ 全 裸

 

 

 少なくとも俺はそういう感想を抱く。

 プラチナブロンドの長髪を靡かせて、Eはあろうかという、どでかい"愛"を引っさげた美少女が、あまりにも無防備な格好で立っている。

 赤褐色の瞳を覗くに、この美少女にも関わっちゃいけない風味が感じられた。

 

 

「…………?」

 

「ひぃ!」

 

 ジャキッ!

 

 

 トレンチ・ガンのポンプを引き、冷えたショットシェルの打殻がポトリと落ちる。

 銃口はしっかりと全裸美少女に向けられていたが、頭の中は真っ白だ。

 だが美少女は意外な反応をする。

 こんなおっさんが古ぼけたトレンチ・ガンの銃口を向けているのに、その美少女は優しげな笑みをこちらに向けたのだ。

 

 

「………どうやら、大変な目に遭われたようですね〜。お怪我はありませんか?」

 

 ……………魅了

 魅了である。

 

「…な、ないでふ。」

 

 マトモに喋ることもままならない。

 

「緊張なさらずとも大丈夫です。その物騒な武器は床に置いていただけませんか?」

 

「ふぁ、ふぁい。」

 

 マトモな思考もままならない。

 

「………はぁい、よくできまちた♡こちらに来て、私に甘えてもいいんですよぉ〜♡」

 

「ふぁい!」

 

 目の前の巨大な"愛"に目が釘付けだし、そいつが目の前におっぴろがってこちらを誘っているのである。

 俺如きが抗えるわけなかろうが!

 

「あ〜〜〜〜〜よちよち♡怖かったでちゅねぇ、大変でちたねぇ♡」

 

「ぱーーーーーー!」

 

 もう、自分で何がしたいのかも分からない。

 

「ほらほらぁ〜、もう我慢しなくてもいいんでちゅよぉ〜〜〜?私の愛を、たぁっぷり、感じてくだちゃいねぇ〜〜〜?…………。………。……………はぁ。死ねばいいのに。

 

「アッ!アッ!」

 

「あっ!何でもないでちゅよぉ〜?ボクはこのまま私に甘えて…」

 

デュヘインッ!!!

 

 

 俺を正気に引き戻したのは、炎だ。

 真っ赤な炎。

 見覚えのある炎。

自分が地獄にいるのではないかと思うような光景も、あったなぁ。

それは何?

炎だ。あたり一面を覆う、炎だ。

 みたいな感じの炎。

 

 

 

「何やってんのシマズ!正気に戻りなさい!」

 

「!?………ハッ!俺は一体、今まで何を!?」

 

「チッ!あと少しだったのに……」

 

 

 露骨に悪態をつく全裸美少女。

 いやぁ、危ない危ない。

 邪ンヌたん来てくれなかったら、今頃何かとんでもないモノに取り込まれてた気がする。

 

 

「まったく…アンタもアンタよ、シマズ!自分からドツボにハマりに行ってどうすんの!?」

 

「うぅ…ごめんなちゃい邪ン姉さん」

 

正・気・に・も・ど・れ!!

 

 パッチィーンッ!!

 

「ふわっ!いかん!また取り込まれるところだった!俺は一体何を…」

 

「はぁ。仕方ありません。今日のところは諦めるとします。…でも、もしまた甘えたくなったら、いつでも待ってますからね♡」

 

「ふぁい!」

 

 パッチィーンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、危なかったぁ…ありがとうございます」

 

「………ふん!まあ、今度からはせいぜい気をつけることね。サーヴァント全員が善人ってわけじゃない。私を見てれば分かるでしょう?」

 

「………」

 

デュ・へ・る?

 

「あ、はい、よく分かります!」

 

 

 

 私室に戻った俺は、邪ンヌたんとタバコを吸っている。

 彼女のフルスイング=ヒラテはかなり痛くて、未だに手痕が顔に残っているが…あのままよく分からないナニカに吸い込まれるよりはマシだっただろう。

 いやぁ、最近邪ンヌたんとか婦長とか皇女殿下とか優ちぃサーヴァントに慣れてたから完璧に油断しておりました。

 邪ンヌたんがいなかったら本当に危なかったなぁ…どんだけ優ちぃの、この竜の魔女。

 

 

「ああ、あとコレ。アンタ宛よ?」

 

「指令書?一体誰から?」

 

「ダヴィンチとDr.ロマ二から預かってきたわ。貴方は明日から1週間療養なさい。」

 

「げっへええええ!?」

 

「あら何?アンタの事だから喜ぶと思ったのに。」

 

「本当は喜びたいけど、コレは…ダメかな。現在この施設に電気技師は2人しかいない。…もう1人は爺さんで、とても1人では回せるような状況にはない。」

 

「………」

 

「俺が抜けたら、一体誰が代わりを?エジソン博士の時間も、かなり奪ってしまってる。これ以上は彼に悪いし、そもそも私の存在意義が…」

 

バッカじゃないの?

 

 

 彼女の突然の言葉に、俺はそちらを振り向く。

 

 

「ふはぁぁぁ。…昔ある所に1人の聖女サマがいました。」

 

「…き、聞いたことある話だなぁ」

 

「聖女サマはある時神様の声を耳にして、国を救うために立ち上がります。国を侵略していた敵を海へと追い返すために。彼女は元々農家の娘でしたが、神様の声に従って戦争に参加したのです。」

 

「それって実体け」

 

「また、ある所に1人の元帥がいました。彼は聖女サマに付き従い、国の為に戦い、やがて英雄となりました。ですがこの男、実はロクでもない男です。」

 

「ジル・ド・レ元」

 

「さて、何故そうなってしまったのでしょうか?」

 

 

 時々口を挟もうとする度に遮る邪ンヌが、突然問いかけてきたことに若干戸惑った。

 しかしながら…ジル・ド・レ元帥が何故ロクでもない呼ばわりされるのかという問いとなると、それはもう言うまでもない。

 何人もの児童を誘拐し、黒魔術の名の下に殺しまくっていたのだから。

 

 

「今、こう思ってるでしょう?ジルがロクでもないと評価されるのは、大勢の子供を手にかけたから。…ええ、そうでしょう。ジルはあまりに多くを手にかけた。でも、それはどうして?」

 

「聖女ジャンヌ・ダルクは英雄的な行為にも関わらず、教会と国王に裏切られて火刑にされた。だから、その反動で…」

 

「神の存在を否定する為に凶行に走るようになった?….ええ、そうかもしれない。最も、私自身は少し違うと思うけど。」

 

「………?」

 

 

 邪ンヌは2本目のタバコに火をつけて、俺に手渡す。

 気がつけば俺が最初に吸ったタバコはもうフィルターまで来ていた。

え、これ竜の魔女と関節接吻になんじゃね」と思いつつも、俺はそのタバコを受け取った。

 ………元々俺のタバコなんだけどね。

 

 

「ジルは良き軍人で、騎士だった。でも、領主としては向いていなかったのかもしれないわ。確かに芸術肌だったけど、余りにも散財が過ぎていた。」

 

 

 確か、ジル・ド・レ元帥の浪費癖は凄まじいものがあったと覚えている。

 芸術に理解があるために、使用人に豪華な服装を与えたり、芸術家のパトロンになったり。

 あまりの浪費癖が過ぎて、最終的には彼を案じる弟によって領地の売買をできないようにされている

 

 

「賢明な領主ならそんな浪費癖はしないし、もし賢明ではなくとも、"普通の"領主なら、ある程度の借金を重ねれば危機感を持つはずよ」

 

「た、確かに…」

 

「…ジルは、きっと…先の事を考えていなかった。…いいえ、考えることができなかった。」

 

「先の事を?」

 

「ええ。…もっと分かりやすくしましょう。もしアンタが本格的に仕事をサボるとしたら、どういったリスクが考えられるかしら?」

 

「………失職」

 

「そうでしょうね。そしてアンタが仕事をしてんのは失職という大きなリスクがあるから。…人間は悪事を行う前に、たとえ無意識の内にでもリスクと利益の両方を天秤にかけているはずよ。リスクの方が重ければ悪事に手は染めない。利益の方が重ければ、いともたやすく悪事に染まる。もちろん、例外も多いでしょうけれど。」

 

「その話は…元帥と何の関係が?」

 

「………ジルの家系は結構ヤバかったらしいのよ。特に、母親の家系はね。曾祖父は軍の資金を横領したり、暗殺未遂事件を引き起こしたりした悪党。ジルの父親だって、祖父が誘拐してきた相手と既成事実を作らされて婚約したの。まっ、他の将軍から聞いた受け売りだけど。」

 

 

 まだ戦争に参加する前の頃、元帥は、領地を広げるために、なんと姑を誘拐させている。

 彼の父親は"マトモ"だったのかもしれないが、両親は早くして亡くなり、父親の遺言に背いて祖父が彼を引き取ることになった。

 幼少期に受けた祖父の影響が、後の凶行に影響を与えたのかもしれない。

 少なくとも領地のために親族を誘拐するくらいには、彼は祖父の影響を受けていたに違いないだろう。

 

 

「元々祖父の影響が濃かったジルには、そういう闇があったのかもしれない。でも、戦争に参加する軍人となったときに、その闇をかき消すような人物と出会った。」

 

「それが、あなt」

 

聖女サマ!!」

 

「あ、はい。」

 

「ジルはさぞや心打たれたのでしょうね。フランスの解放という目標に向けて夢中になり、聖女サマを心の底から崇拝していたんでしょう。…でも聖女サマ(わたし)は異端として殺された。」

 

「………(結局聖女認めてねえ?)」

 

「でもね、シマズ。ジルにとって聖女サマがどれだけ崇拝を向ける対象であっても、それだけで凶行に走ったなんて思えない。だって、もしジルが()()()()()()()()を考えていたら………」

 

「………"天秤"は…傾かなかった?」

 

「断言は出来ないけど、その可能性はあるんじゃないかしら?ジルはきっと…聖女サマと救国に夢中になって、戦後の領地運営にまで関心を持っていなかったんじゃないかしら?…いいえ、きっと余りに無関心が過ぎた。

 

「将来の展望をあまりに考えていなかったから、いざその時になって、善悪の天秤に掛ける対象がなかった。だから、その天秤はあまりに簡単に傾いてしまった。」

 

「悪事の方へ、ね。…何が言いたいか、にっぶいアンタでも分かってくれたと思うけど…」

 

 

 邪ンヌが俺の目の前まで迫ってきて、そっとハグをしてくれる。

 いやあ、おったまげた。

 いくらなんでも邪ンデレし過ぎてないかい?

 

 

「"そんな話は関係ない、俺の利益を保証しろ"…アンタは元々そんなタイプの人間でしょう?そんな人間が、いつから聖女サマやマスターちゃんみたいな事を言い出すようになったんだか。」

 

「………」

 

「アンタが嫌いなあのお爺さん、今日発狂しちゃったそうよ。」

 

「!?」

 

「アンタもお爺さんも無理を詰めすぎ。アンタもアンタで色々と変なのを溜め込んでるから、あんなサーヴァント達が引き寄せられてくんの。2人だけしかいないのは分かるけど、あのキメラとか、頼れる存在はいるでしょう?」

 

「………」

 

「そりゃあ、現代技術となると戸惑う部分もあるでしょう。でも、基礎的な部分は一緒だから大丈夫だろうってDrも言ってたわ。…ねえ、シマズ。アンタは人理の修復が終わったら、何をしたいの?」

 

「…………家に、帰りたい

 

 

 あまりに邪ンデレた竜の魔女が衝撃的過ぎたのか、つい本音がポロリと口から溢れる。

 その本音は…レフ・ライノールとかいうビンラディンが施設をぶっ飛ばした時から忘れかけていた思いだった。

 俺自身、倉庫の隅にしまわれていたような…ホコリを被ったシロモノではあったが…しかし純然たる欲求でもある。

 邪ンヌはそんな俺の、あまりにも素朴な、情けないような"願い事"を笑顔で受け入れてくれた。

 

 

「…ぷっ、ははは!アンタらしいわね!…でも、良い目標じゃない。いい?アンタの目標は人理修復なんて大それたモンじゃない。そんな目標はマスターちゃんにでも任せてなさい。」

 

「………」

 

「アンタは自分の家に帰るために、ベストを尽くすの。だから根気を詰める必要も、無駄な責任感を持つ必要もない。アンタはアンタの手の届く範囲をやればいいの!」

 

 

 気づけば、邪ンヌからもらったタバコも煤塵帰している。

 俺はそれを灰皿に投げながら、少しばかり邪ンヌの肩で目を閉じた。

 その通り。

 俺はただの技術者だ。

 気負ったって何もできはしない。

 だからといって何もしなくていいわけじゃないが…彼女の言う通り、大それた目標に手を伸ばす必要も、そんな自覚を持つ必要もないのだ。

 

 大義のためだけではなく、自分のために尽くすエゴもある程度必要なのだろう。

 あまりに眩しく輝く太陽のような存在が近くにあって、それがどれほど魅力的でも。

 ある程度大義と歩調を合わせる事はあっても、それが駆け足になってはならない。

 あくまで自分の将来の展望を見失わずに、自分の人生を歩むべきだ。

 

 

 

「それじゃ、私はこの辺で()()()()するわ。何かあったら、また呼びなさい?」

 

「うっ、うっ…ありがとう邪ンヌたん…ズビビィィィイ!………でも、何でこんなに気にかけてくれるの?」

 

「…えっと…アンタが消えたら困んのよ!タバコの供給先も、喫煙場所もないじゃない!せいぜい"()()()"生き残りなさい!」

 

 

 彼女はそのまま、振り返る事なく走り去る。

 俺は鼻から鼻水とは別の液体を噴出させそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




申し訳ありませんんんんんんんんんん
今回色々と創作ぶっ込み過ぎましたてか邪ンヌたんに励まされたい欲望を文章にぶつけ過ぎましたあああああああ


ジャンヌ・ダルクがジル・ド・レ元帥の家系についての経歴を聞いていたという部分は創作ですが、元帥の家系は色々とアレだったようです。
ただ、その評価も裁判中の当人の証言が元だったり、元帥の領地を狙う貴族によってねじ曲げられた可能性もあるので一概に言えません。
また、カーミラの例に見られるように、昔の貴族では領民は領主の所有物との考えだったので、彼女や元帥以外にも領民を痛めつけたりする例は見られたようです。

元帥がフランス勝利後の展望をどのように考えていたか、または考えていなかったかは分かりません。
本編中の内容は推測に過ぎません。
仮に考えていたとしても、聖女の火刑は彼を変質させた可能性は大いにあります。
ただ、私としては現代における米軍のアフガニスタン/イラク帰還兵の内、英雄的な行動をした兵士までもが内地における閉塞感と目標の喪失感から犯罪に走ってしまうという心理に近い物も働いていたのではないかと思い、このような形で書きました。
異論は十二分にあると思いますので、あくまで創作として見ていただければ幸いです。(にしても創作すぎる気が)


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18 親愛なる我が家族へ

 

 

 

 

 

「オキタソージのビキニより、聖杯の回収に漕ぎ出すことが幸福への第一歩でしょう!…アマゾネスだって、です!ちびノブ達の笛や太鼓に合わせて回収中の聖晶石からキュケオーンが吹き出してくる様は圧巻で、まるで宝具演出なんだ、それが!総天然色のチェイテ城や一億総大奥を私が許さない事くらい、バビロニアじゃあ常識なんだよ!!

 

 

 交流担当の爺さんが、カルデア医務室の前で、大演説を始めた。

 

 偶然通りがかった俺と皇女殿下。

 どうやら爺さんの見舞いに来たらしいDrロマ二とダヴィンチさん、それに爺さんの看護に当たっていた感じの婦長も口をアングリと開けている。

 この爺さんのぶっ飛び具合に、その場の全員が置いていかれていた。

 

 

「今こそロンドンに向かって凱旋だ!燦々たる虚影の塵は時計塔をくぐり、周波数を同じくするゴーレムとオートマタは先鋒を司れ!残APを気にするチンピラの輩は虚数潜航艇の進む道に、さながらランタンとなってはばかることはない!思い知るがいい!ホムンクルス達の心臓を!さぁ!このイベントこそ内なる海賊3年生が決めた遥かなるキャメロット!」

 

 

 呆然とする皇女殿下と俺に、邪ンヌたんが合流する。

 どうやら、偶然にも我々と同じく食堂へ行くつもりだったらしいが、この爺さんのトチ狂い具合には足を止めざるを得なかったようだ。

 

 やがて爺さんは右腕をスパッと上に挙げ、宣言をする。

 

 

「進め!集まれ!私が!慢心王!!!…あ〜はははははっ!!!!」

 

 

 

 高笑いしながら走り出す爺さん。

 我に帰った婦長が全速力で爺さんを追う。

 いったい身体のどこにそんなパワーを秘めていたか知らないが、爺さんは凄まじいスピードで走り抜け、婦長ですら追いつけていない。

 ……あのまま窓から外に飛び出したりとかしないといいが。

 

 

「分かる、シマズ?アンタもああなってたかもしれないの。」

 

「…つまり、流行りのテラスでハイホーしてたかもしれない…と。」

 

「そ。無理は禁物よ。アレから3日経つけど、ちゃんと休めてる?」

 

「はい、うん、休めてる。」

 

「なら良かったわ。…ところで、そこの皇女サマは?」

 

「雇用による関係とはいえ、仮にもロマノフの臣下であるならば、私にも彼の管理をする義務があります。堕落しきった生活を続けていれば、せっかくの療養も意味がありませんから。こうやって、朝食の時間くらいは合わせて彼の様子を掌握しているのです。」

 

「有難き幸せ…」

 

「はぁ……アンタ意外と()()()()()。ま、私もちょうど朝食に行こうと思ってたとこだし、一緒にどう?…それとも、竜の魔女との朝食なんて気兼ねしちゃうかしら?」

 

うっ…ウゥッ…

 

「な、何!?どうしたのシマズ!」

 

「………優ちぃ…みんな優ちぃよぉ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデア食堂

 

 

 

 

 

 優ちぃ優ちぃ邪ンヌたんと皇女殿下と共に食堂へ至った俺は、特別枠で支給されたエミヤ券をカウンターに出して本日の朝食が盛り付けられたプレートを受け取る。

 どれどれ、本日の朝食は…

 

 居並ぶ料理はごく普通のものだ。

 スクランブルエッグに、ソーセージ、グリーンサラダと…汁物は普通のじゃないな…グヤーシュと、柔らかそうなロールパン。

 ドリンクコーナーでオレンジジュース(濃縮還元のやつではなく、何かの罰なのかモーさんがオレンジを絞って作っていた)とコーヒーを取り、更にはレーンの最後で大魔女のキュケオーンを取ろうとする。

 だが、私の前にいた皇女殿下がキュケオーンをスルーして一歩奥のケフィアを取ったので、俺もキュケオーンをスルーしてケフィアを取り、はちみつをかけた。

 はちみつを一杯…二杯…三は

 

 

ストップ。シマズさん、そんなにはちみつをかけてはケフィアの酸味が完全に損なわれてしまいますよ?」

 

 

 いつの間にか振り返っていた皇女殿下に、俺の甘々はちみつオーバーロード作戦は阻止された。

 そうですよねーいくらなんでもちょっと盛り過ぎというか何というか。

 ちょうどいいところで止めりゃあいいモンを延々と欲張り続けるところが俺の悪いところというか何というか。

 とにかく、これで朝食の用意は出来たので、後は座って食べる事にする。

 

 ん〜〜〜と、どこの席にしようかな〜?

 

 

ぐわっはっはっはっ!!

 

 

 カルデアの食堂は中々の広さを誇る。

 今や数多くなったサーヴァント達と、同じくらいの数のスタッフを合わせた数の約半分を収容できるスペースがあるのだ。

 そんなスペースに、一際大きな笑い声がこだまする。

 何事かと笑い声の方を見ると、モノクルを掛けたエジソン博士が茶髪の精悍な軍服男と向かい合って座り、例によって馬鹿でかい笑い声を挙げているのだと分かった。

 

 エジソン博士には前々からお世話になっていたし、1週間の療養を取る俺の勤務を肩替わりしてもらっている。

 申し訳ないながらも感謝しても仕切れないほど感謝しているので、エジソン博士の隣の席に行って、挨拶でもしようと思い、俺は未だに馬鹿笑いを続けている博士の元へ向かった。

 

 

 

「博士…いや、これは第26代大統領閣下の方ですか。お隣に失礼してもよろしいですか?」

 

「おおっ!これはこれは、シマズ君じゃないか!!ハハハッ!いかにも、"()()()"はセオドア・ルーズヴェルトその人だ!!どうぞ掛けたまえ!!」

 

「それではお言葉に甘えて…しかし、博士には申し訳ない事を。……こういうのを聞くのもアレなんですが………何か…仰っていませんでしたか?」

 

「ああ!あんなに張り切っているエジソン君を見るもの久しぶりだ!!なんでも、カルデアの全ての電気設備を直流式に改造するらしい!!

 

え〝っ

 

「対抗馬はテスラ君だ!これは凄いぞ、シマズ君!なんたって、あのメンロパークの魔術師とテスラ博士の電流戦争がこの目で見れるんだからな!ぐわっはっはっはっ!!

 

 

 二十八センチ榴弾砲の射撃音ではないかというぐらいの爆音を感じながら、俺はエジソン博士の隣の席に座って朝食を食べ始める。

 前方には竜の魔女が、左手には皇女殿下が。

 わざわざ大口径砲の隣を選んだ男にここまでついてきてくれるとか…天使かよ。

 

 

「はっはっはっ………さて。どこまで話したかな?」

 

「アンタの従兄弟がイギリス人に武器を送ったってところまでだが…そこの男は何者だ?」

 

「彼はシマズ君。この施設の電気技師だ。」

 

「どうぞよろしくお願いします。」

 

「おうっ!こちらこそよろしく!俺はナポレオン。可能性の男、虹を放つ男。勝利をもたらす為に来た、人理の大英雄だ!」

 

 

 ………今なんて?

 

 ナポレオンつった?

 ナポレオンって、ナポレオン・ボナパルト?

 ちょっと待って、イメージと違う。

 あまりに違う。

 ナポレオンって白馬に乗った絵が有名だけど、背が低すぎてロバに乗ってた逸話まであるんだが。

 何この長身美男子。

 本当にナポレオン?

 

 

「……ああ。アーチャーで召喚されたオレは…なんというか、皆が抱いている偶像みたいなモンなんだ。皇帝ナポレオンは過去の人物。過去に執着する亡霊にはなりたくないんでね。………で、大統領閣下。従兄弟がイギリス人に武器を送ったと言ってたが、当時のドイツはそんなに強かったのか?」

 

「そうらしい。フランクリンの奴はチャーチルに泣きつかれて武器を送りたがってたが、当時のアメリカ世論は不介入を求めていてね。」

 

「あの頑強なイギリス人がそこまで追い詰められるなんてな…フランスも早々と降伏しちまったんだろう?」

 

「まあな、無理もない。当時のドイツは従来にない斬新な方法でフランスに攻め込んだ。我々が経験してきたよりも、より大きな幅で、より手速く。フランス軍に不手際があったにせよ、対応は難しかったろう。」

 

 

 

 俺は朝食を取りながらも、隣で繰り広げられている魅力溢れる話には聞き耳を立てずにいられなかった。

 ナポレオンは言わずと知れた高明なる指揮官、セオドア・ルーズヴェルトも米西戦争での指揮経験がある。

 実際に歴史の先頭に立って戦った偉人達の話は実に引き込まれるものがあった。

 

 

 今彼らが話しているのは、恐らく第二次世界大戦の話だろう。

 セオドア・ルーズヴェルトの従兄弟、フランクリン・ルーズヴェルトはナチスの台頭した時期に大統領に就任した。

 やがてヨーロッパでナチス・ドイツが覇権を広げると、ダンケルクで大量の武器を失ったイギリスのチャーチル首相はフランクリン・ルーズヴェルト大統領を頼るようになる。

 

 大統領はレンドリース法を議会で可決させるが、それは1941年の事で、第二次世界大戦勃発から実に18ヶ月後の事である。

 それまでは35年に可決された中立法なる法律と、孤立主義派の反対議員によって阻止されていたのだ。

 未だに第一次世界大戦の苦い経験が、世論では幅を効かせていたんだろう。

 

 

 その頃フランスはナチス・ドイツの支配下にあった。

 先程"大統王"が述べた通り、ドイツ軍は電撃戦という革新的な方法でヨーロッパ有数の大国の攻略に成功したのだ。

 それは第一次世界大戦時によく見られた塹壕戦ではなく、戦車を始めとする機甲部隊による機動戦であり、理解の不足していたフランス軍は短期間で追い込まれたのだった。

 

 

「戦車という新兵器が出来上がったのは、その前の大戦だった。ドイツ人はそれを改良して、画期的な運用法を確立したというわけだ。」

 

「かぁ〜!そんな戦術ならオレもやってみてえ!きっと軽歩兵や騎兵でも想像出来ない速さなんだろうな!」

 

 

 

 ナポレオンも部隊の機動性を重視した。

 イタリア戦役の頃より、ナポレオンは部隊の行軍速力によって敵を包囲・殲滅する方法を用いている。

 第二次世界大戦でドイツ人が行ったのは、機甲部隊による敵防衛戦の突破、そして包囲・殲滅で、これは第一次世界大戦での浸透戦術…このSSでも以前紹介したブルシーロフ攻勢が萌芽と言える…を発展させたものだ。

 ナポレオンが行ったモノよりも火力はもちろん速力にも格段の差があるから、彼が惹かれるのも、納得できるものがあった。

 なんとなぁく、頭に図が浮かぶ。

 三号戦車の車長ハッチで腕組みをしながら満面の笑みを浮かべる、この快男児という絵面が。

 

 

「そういえば…いや、こういった話を持ち出すのは…」

 

「何だ、構わねえぜ、大統領閣下。アンタと腹を割って話してえって言ったのは俺の方なんだからな。」

 

「……君の甥も、つまりナポレオン3世も、その、ドイツ人には"苦戦"したのだろう?」

 

 

 俺はついフォークを落としたが、それは朝食を食べ終わったからではない。

 何つー事言い出すんだ、この第26代大統領閣下は。

 皇帝ナポレオンの甥、ルイ・ナポレオン、又の名をナポレオン3世はドイツ人相手に手こずったどころではない。

 彼はビスマルク率いるプロイセンに大敗を喫し、挙句彼自身捕虜になっている。

 

 だが、ナポレオン自身があまり顔色を変えなかったあたり、あまり気にしてはいなさそうだった。

 それもそれで何となく甥に対して薄情な反応にも思えたが…しかし、次に彼が発した言葉は、そんな見解を見事に打ち砕いた。

 

 

「ルイの奴かぁ…アイツもアイツなりに上手くやってたんだがな。」

 

「おや?………ああ、失礼。残念ながら、ナポレオン3世の評判は、後世あまり良くないのでな。」

 

「ヒトの評判なんて気にしてどうすんだ?俺だって、エジプト遠征の時にペストに罹った大勢の将兵を置き去りにしちまった。アンタも経験はあるだろうが、指揮官は時に非情なまでの決断を強いられる事もある。そもそも、山ほど多くの決断を、常に強いられているんだ。」

 

 

 ペスト患者を見舞うナポレオンの絵画は有名だが、それはペストに罹った将兵を置き去りにしたナポレオンが責任を問われるのを避けるために後に描かせた物だと言われる。

 ナポレオンはそういった"評価"は気にしても、他者からの"評判"は気にしていなかったのだろう。

 それを跳ね除けて、非情極まりない選択を行うにはかなり強い意志が必要となる。

 ナポレオンはそれを持ち合わせてもいたからこそ、かの栄光を掴み取ったのかもしれない。

 

 

「ルイの奴は確かにしくじった。だが、それだけじゃないだろう?フランス第二帝政の"皇帝"になった男だ。それなりの功績はあるハズだぜ?」

 

「うぅん…シマズ君、知ってるかね?」

 

「ナポレオン3世といえば、メキシコ出兵の失敗や普仏戦争での失態が目立ちがちですが…金融の近代化や鉄道網の整備、パリの都市計画は近年再評価されているそうです。…でも、それより忘れてはならないのは、海外植民地の獲得でしょう。」

 

 

 

 フランスから遠く中国で、アロー戦争が起こったのはまさにルイ・ナポレオンの時代だった。

 ベトナム戦争といえば反戦運動やヒッピーが思い浮かぶかもしれないが、そもそもあの戦争はベトナム人の独立戦争で、そしてベトナムは元々フランスの植民地。

 いつフランスの植民地になったのかといえば、これもナポレオン3世の時代である。

 フランス植民地帝国の素地を創り上げたのは、まさにルイ・ナポレオンだったのだ

 

 

「誰にでも功罪はあるものさ。アンタの従兄弟にだって、悪評もあるんだろう?」

 

「ああ、そうらしい。…共産主義者の取り巻きに囲まれてた、とか。真珠湾は陰謀だった、とか。」

 

「ほらな?…まあ、何が言いたいかというとだな。俺もアンタも…ルイもアンタの従兄弟も、生きてる間は全力でやってきたに違いないんだ。その評価なんてのは後世の人間に任せておけばいい。どちらにせよ、死んじまった後俺たちにできるのは…見守る事だけさ。」

 

 

 ナポレオンは少々椅子にもたれ掛かって一息をつく。

 彼の生涯は正に波乱万丈。

 ありとあらゆる創作物のテーマになったり、評論文が書かれたり、論じられたりしている。

 だが、誰がどう言ったところで、ナポレオンの生涯はもう変えることはできない。

 想像を膨らませて「もし、ああしておけば」と語ることは自由だが、それは教訓として域を出てはならないのではないだろうか。

 過去の偉人達は偉大な功績とともに、偉大な教訓をも残している。

 ただ一面を見て評価を下すのではなく、さまざまな方向から見る事で、偉人達の姿はより立体的に見えてくる事だろう。

 そしてそれは…その人物に対する評価をも一変させるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 合衆国第26代大統領閣下とフランス皇帝ナポレオンの取り止めのない話は、まだ随分魅力あるものを感じられたが、しかし、俺は朝食をすっかり食べ終わったので自室に帰る事にする。

 いただいたお休みはあと4日。

 しっかりと休んで、英気を養わせてもらおう。

 

 

 何故か、自室にまで皇女殿下がお付き添い下さったことに気がついたのは到着した後のこと。

 俺は全く気が付かずにタバコを取り出したところで、慌ててそれを引っ込めた。

 よく見ると、皇女殿下の右手には大きな紙袋がぶら下がっている。

 

 

「ふふん♪シマズさん、実は、今日プレゼントを持ってきました。」

 

「おおっ!何という幸せ!皇女殿下から直接下賜いただけるとは…」

 

「では、どうぞ受け取ってください。」

 

 

 皇女殿下から紙袋を受け取る。

 アレかな、イースターエッグ詰め合わせとかかな?

 そうは思ったものの、紙袋に入っているのは深緑色の衣類のようだった。

 こ、これは…

 

 

「我がロマノフの臣下、帝政ロシア軍の軍服です…正しくは、軍服風の作業着ですが。工兵隊のモノを参考に作りました。」

 

「……………」

 

「シマズさんの作業着があまりにも汚れていたので、新しい作業着を差し上げようと思って。ヴラド公に教えていただきながら、作ってみたんです。……シマズさん?泣いているの?」

 

 

 俺はベッドに座って、作業着を膝の上に置きながら、顔を手で覆って涙していた。

 さっき大統領と皇帝が家族の話をしていたからかもしれない。

 普段の作業着の薄汚さを気にかけて、わざわざ新調してくれた皇女殿下の温かさは、昔から俺を心配してくれていた母親の事を思い出させたのだ。

 

 皇女殿下にその訳を話すと、彼女は優しい微笑みを投げかけて、俺の隣に座り込む。

 そっと目を閉じて、昔を思い出すように、ゆっくりと、優しく語りかける。

 

 

「………弟のアレクセイは、軍服が好きな子だった。…私も大統領と皇帝陛下のお話を聞いて、ちょっと家族が恋しくなったわ。ねえ、シマズさん。あと少し隣にいて、お茶でもご一緒していいかしら?」

 

 

 俺は嗚咽でまともに返事を返せないままに、手近にあった電気ケトルのスイッチを入れる。

 ケトルは湯を沸かし、すぐに温かくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皇女殿下を皇女殿下させすぎてますし、この間の邪ン姉さんといいお前何なんだと思うかもしれませんがお許しください。
星5サバ交換で皇女殿下お迎えして、挙句の果てにピックアップで邪ン姉さん出たんだもん!
ウソじゃないもん!トト●いたもん!
うっしゃあああああ↑↑↑↑↑


というテンションがね、止まらなくてね(何言ってんのこいつぁ)


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19 ルイ・ナポレオンの手土産

沖田さんキャラ大崩壊です。
苦手な方は回避推奨です。



 

 

 

 

 

 

 特別休養終了から1週間後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別休養は、主に邪ン姉さんと皇女殿下のお陰でとても良いモノとなった。

 疲れはすっかりと取れたし、精神も安定し、塞ぎ込んでいた気分も何かから解放されたような気持ちになる。

 長期休暇の効果は絶大で、俺は以前よりもより集中して、効率よく業務をこなせるようになった。

 根気を詰めすぎてパプ●カになってしまった爺さんも快復したらしい。

 おかげで仕事が驚くほど捗っている。

 

 

 だが、問題がなくなったわけではないし、全てがなくなる事なんてないのだろう。

 あれだけ休んで何を、と思うかもしれないがやはり人間働くと疲れるのである。

 我儘が過ぎるかもしれないが、その疲れを取るための睡眠を邪魔されると…少なくとも愉快な気分にはなれない。

 

 

 

 

「で、今度は何を壊したんです?」

 

「………ぇぇえっとね、部屋の照明の一つを壊しちゃって…」

 

「天井の?」

 

「……ぅん」

 

「…………今日の当直は爺さんの方です。俺は明日の朝早いんですよ。できれば…彼の方に頼んで下さい。」

 

「あっ!いやっ!待って!待って!…あのお爺さん、物壊すと怖くって…」

 

 

 人類最後のマスター、人類史最後の希望。

藤丸立香

 

 そんな彼女の頼みの綱が俺みたいなカス技術師とは恐れ入る。

 恐れ入るけども、もうちょっと時間を考えて欲しいのです。

 あのさ、この施設の部屋の照明構造的に変えんのクソめんどくさいのよ。

 んで持って明日は4時起きなのよ。

 なんで夜9時半の、「明日に備えてもう寝るかな、ふぁ〜あ」みたいな時間になってそんなクソみたいな案件持って来んのよ。

 嫌よ、そんなの。

 明日にして頂戴。

 

 

「常夜灯も壊れちゃったから…私暗すぎると怖くて眠れなくて…」

 

「私からもおねがいします!先輩のお部屋で枕投げを始めた原因は私にもありますから!」

 

 

 人類最後のマスターの傍にいるナス…じゃなかった、マシュ・キリエライトも訴えかける。

 いやさ、お年頃の女の子2人で枕投げって、青春かお前らは?

 青春全開か。

 じゃあ仕方ない。

 仕方ないけど、オラァもう寝たい。

 やだ。

 大人しく爺さんに怒られてくだせえ。

 

 

「うぅ…そんな殺生な……!もう!こうなったら!」

 

 

 駆け出していく人類最後のマスター。

 そうだ、いいぞ、マスターよ!

 時には諦めを知る事もまた必要!

 え?何?

うら若き美少女2人に頼られてるのになんて薄情な野郎なんだ、そんなのだから2つの世界跨いでエンジニアなんてクソみたいな選択しかできんのだ」だって?

 あー、はいはい。

 そうですよ、オイラはしがないカス技術者のクソ冷血野郎です。

 だから、もう、明日に向けて寝ますね。

 ふあ〜眠い。眠い眠い。

 電気交換どうすんだって?

 大丈夫、大丈夫。

 エジソン博士もテスラ博士もいんだから。

 どうにかなるでしょへーきへーき…

 

 

 

ロマノフ家の名において

 

はッ!!今すぐに!!!」

 

 

 俺は全身全霊を持ってベッドから飛び起き、帝政ロシア風の作業着に着替えて、ソリの高い官帽型の作業帽を被り、ドアを破らんばかりの勢いで外に出る。

 そこにはもちろん、ロマノフ家の正当な家系を継ぐ皇女殿下がいらっしゃった。

 殿下は私室から飛び出てきた俺の襟元や袖元を、その高貴なるお手により正して下さりながらも、この時間に俺を呼んだ理由を仰る。

 

 

「シマズさん。貴方は…雇用という形ではありますが…現在ロマノフ家の臣下たる者ですね?」

 

「はっ!皇女殿下!ロマノフ家に栄光あれ!」

 

「明朝より、貴方には大切な任務が付与されているそうですね。無理を承知でお願いをしたいのですが…引き受けて下さりますか?」

 

「無論です!皇女殿下!ロマノフ家に栄光あれ!」

 

 

 可能な限り直立不動の姿勢を保ち、皇女殿下のお言葉に賛意を示す。

 殿下の後方では悪戯っぽい笑みを浮かべる人類最後のマスターと、やっぱり申し訳なさそうな表情を浮かべるマシュ・キリエライトがこちらを見ていた。

 なんてこった畜生!

 一体どこで聞きつけやがった!

 俺が皇女殿下に絶対忠誠を誓うロマノフの臣下になった事を知ってる人間で、マスターにその事を漏らしそうな人間なんて………

 

 

 

 ---回想---

 

 エピソード12にて

 

 仏王妃『ご機嫌よう、シマズさん!お紅茶を2杯いただけるかしら!」

 

 

 ---回想終了---

 

 

 

 

 

 いた!!いやがった!!

 しかも、とんでもねえ奴に知られてるし、そもそもそいつに皇女殿下にご紹介いただいてるぅぅぅ!!

 

 

「シマズさん。現在、ロマノフ家はブルボン家と同盟関係にあります。」

 

 ………なんですと?

 

「ブルボン家はカルデアのマスターと同盟関係にあります。」

 

 え、何その三国協商

 

「よって…シマズさん。マスターのお部屋の照明を直していただけませんか?」

 

 ………どうしよう。

 どうしようつっても拒否権はない。

 現在俺の立場はイースターエッグによって雇われたロマノフ家の臣下。

 それ以上に、殿下からこの立派な素晴らしい作業服を下賜されている。

 もう皇女殿下には忠誠の限りを尽くすつもりでいるし、勿論、その意味でも拒否権はない。

 だが。

 なによりも俺の反対意思を阻害するものは、皇女殿下の天使….いや、大天使そのものと言える高貴な笑顔である。

 かわええぇ…

 

 いかんいかん、浄化されるところだった。

 ともかく、俺は諦めざるを得なかったし、実際に諦めた。

 こんな素敵な素敵なロシア式作業着と作業帽を2着も下賜くださった皇女殿下に足を向けて寝れるかよってんだ!

 

 

「勿論です!皇女殿下!ロマノフ家に栄光あれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスターの私室

 

 

 

 

 2015年11月

 白軍占領地域---

 

ロマノフ白軍は皆さんの味方です!

 

 

 

「情け無用フォイアァァァア!!」

 

「ぶへえ!!!」

 

 

 ちゃんとメガホンまで使って宣伝したにも関わらず、俺の顔面に枕が投げつけられる。

 俺は枕の直撃を受けてぶっ倒れ、そのまま床にダイレクトアタック。

 頭の前後で繰り返された"電撃戦"のせいで、起き上がる為の意思を存分に削がれた俺は床の上で寝転んだ。

 いてぇ…

 

 

 カルデアのマスターは、私室の照明を枕投げで壊したと言っていた。

 物をぶっ壊したんだから、もう枕投げは終わったものと思っていたのだが。

 いざ入室してみると、そこはまだ枕の飛び交う戦場であった。

 織田信長…通称ノッブが沖田さんと枕投げに興じている。

 その様は…なんつーか戦争そのもの。

 ここまでガチで枕投げやる理由も必要性も理解できないが、双方とも真剣そのものの表情で枕を投げ合っていた。

 

 

「うおりゃあああ!!これが魔王の三段撃ちじゃああああ!!」

 

「我が枕の煌めき、受けるがいい!!」

 

「…皇女殿下。大変失礼ながら、発言してもよろしいでしょうか?」

 

「なんですか、シマズさん?」

 

「殿下、ここは今、激戦地です。それはそれはもう激戦地です。ここがライプツィヒなら殿下にとっては僥倖でしょうが」

 

あら、危ない

 

「ふげえっ!!」

 

 

 皇女殿下に流れ弾…いや、流れ枕の盾に使われた。

 臣下の使い方、荒すぎませんか?

 そりゃあ、俺も俺で貰うもん貰ってますし、普段頂いているお心遣いからして決してぐだぐだとは言えませんが…

 

 

「2人とも!そろそろいい加減にやめないと…」

 

「ほらノッブ!やめないとマスターが困りますよ!」

 

「なら沖田!そちらからやめぃ!!」

 

「ノッブからやめてください!」

 

「沖田からやめぃ!!」

 

「この頑固ノッブ!!」

 

「太ももムチムチセイバーめが!!」

 

「「うおおおおおお!!!」」

 

 

 カルデアのマスターを持ってしても、このグダグダとした枕投げは止められないらしい。

 止まるどころか、火に油を注ぐ結果となってしまう。

 飛び交う枕は激しさを増し、その様相はまるでショッギョ・ムッギョ。

 ついに限界がきたのか、マスターが声を張り上げた。

 

 

「もう!いい加減にして!電気技師の島津さんに来てもらったから、枕投げはもう終わりにしよう!」

 

「(ピタッ)島津………?」

 

「ば、馬鹿っ!?そ、そなたッ、こやつの前でその名は禁句じゃあ!!」

 

 

 おや?

 なんだろうかこの違和感は。

 カルデアのマスターが俺の名前を口にした瞬間、沖田さんが動きを止める。

 やがて、ギギギギ…という効果音が聞こえてきそうなくらいゆっくりとこちらに顔を向けたが、その顔は美少女のソレとはかけ離れていた。

 

 

「シィィィイマァァァズゥゥゥ…」

 

 

 やけにねっとりとした発音で名前を呼ばれたとき、これは避難した方が賢明だと勘で分かった。

 何かとんでもないことに巻き込まれそうな気がする。

 俺はジリジリと後退し、廊下へのドアへと向かう。

 ありがたい事に、皇女殿下も何かを察したようで俺なんかを守るかのように前に出てきてくれる。

 そのおかげで目の前の薩人マシ…いや、人斬りマシーンから着実に距離を取れたし、安心感も手に入れて冷静さを保てていた。

 だが、それでもこう判断せざるを得ない。

 "逃げた方が良いよね"

 

 

「…シィィィイマァァァズゥゥゥ!!!」

 

 

 やけにねっとりとした発音で、2回目に名前を呼ばれた時には、人斬りマシーン美少女は目にも止まらぬ速さで抜刀していた。

 そのままこちらに飛び掛からんとしているように見えたが、しかし、我らが皇女殿下が機転をきかせてくださる。

 

 

レリゴ〜♪レリゴ〜〜〜↑♪

 

 ツルンッ…ドタンッ!!

 

「シマ…ぎゃふん!!」

 

 

 皇女殿下がアナスタシアと雪の女王して下さったおかげで、人斬りマシーンの足元には大きな氷面ができ、彼女は少々コミカルな悲鳴を上げながら転倒する。

 

 

「今ですシマズさん!逃げますよ!」

 

「はっ!殿下のバイカル湖のようなお心遣い、誠に有難き」

 

「良いから行きなさい!!」

 

 

 俺は急いで廊下に引き返し、電動スクーターに飛び乗った。

 後ろに皇女殿下が乗った事を確認すると、アクセルを目一杯きかせて急発進。

 人斬りマシーンは早くも立ち直ったようで、こちら目掛けて突っ走ってきた。

 

 

島津だ!!島津だろう!?なあ!!島津だろうおまえ!!なあ!!置いてけ!!首置いてけ!!なあ!!

 

 

 物凄い形相を浮かべた美少女が、血気迫る様子でこちらを追っかける。

 よくよく、この人斬りマシーンを見て思い返しておくべきだった。

 着ている羽織にはある特有のマークが見られる。

 そのマーク…大きく掲げられた『誠』の字…は、江戸幕府末期に存在したある組織の物で、その組織とは、『新撰組』。

 島津という名前が気にくわないのにも無理はない。

 

 

「シマズさん!あの人に一体何をしたのです!?」

 

「何もしてません!!…ただ、生前のあの人の敵が俺と同じ『島津』って名前だったんですよ!とんでもない"とばっちり"です!!」

 

 

 俺の親類には鹿児島県出身どころか九州出身者すらいない。

 なのに名前だけ薩摩藩の藩主と同じもんだからとんでもない誤解を招いたのだろう。

 見事な日本刀を振り回しながら迫ってくる彼女はセイバーのようだが、この分だとバーサーカーでもおかしくはない。

 

 

「では話せば分かってもらえますね!…貴女!確か…沖田さんと言いましたか?彼は貴女の生前の仇敵ではありません!名前が同じだけで、何も関係は…」

 

尊王攘夷!尊王攘夷!シマズ死スベシ、慈悲ハナイ!!

 

「ダメです、殿下!彼女頭に血が昇り過ぎて、本来自分が取り締まるべき対象になってます!!完全にシマズ・スレイヤーになってます!!」

 

「こうなっては仕方ありません!武力行使です!」

 

 

 皇女殿下が俺のホルスターからG30自動拳銃を引き抜いて、初弾を装填してから片手で保持した。

 普通にキャスターとしての能力を使った方がいいような気もするのだが。

 

 

 パン!パン!パン!パン!

 カン!カン!カン!カン!

 

 

 当然の事とでも言うかのように、皇女殿下の放った45弾はシマズ・スレイヤーの日本刀によって弾かれる。

 ここまでハリウッドよろしくサムライアクションを見せつけられるとは思ってもみなかったが。

 しかし、ここ最近の、このちっぽけな拳銃に対するサーヴァントの方々の反応を見るに、残念ながら驚くことができない。

 あー、やっぱり弾かれました?とか、そんな感じ。

 

 他方、沖田さんの様子をサイドミラーで伺うと、彼女は凄まじい血相でこちらを追いながらも何やら懐を探っている様子が見て取れた。

 何事かと目を凝らすと、彼女は驚くべきものを持っていて、俺は自身の目を疑った。

 なんと近代的なリボルバー、44口径マグナムではないか!

 

 

ディ〜スイ〜ズフォーティーフォーマグナ〜

 

 

 シマズ・スレイヤー人斬りマシーン沖田さんが、一瞬cv:クリント・イースト●ッドになりながらも44口径マグナムを発射する。

 その瞬間に俺が覗き込んでいたサイドミラーは粉砕され、俺と皇女殿下は青ざめた。

 青ざめながらも、昔何かで読んだ資料が走馬灯のように頭をよぎる。

 シマズ・スレイヤーが44口径マグナムを完璧に扱えるのにはわけがあるのだ。

 

 

 

 

 薩摩と長州はそれぞれ専売品で利益を挙げ、当時の日本において最も実力のある藩でもあった。

 だが、その実力は英国を始めとする諸外国列強により完膚なきまでに否定される。

 薩摩軍は英国艦隊に太刀打ちできず、長州藩も下関砲台を失った。

 以降、薩摩藩は英国と手を組んで近代化に着手、長州藩ではクーデターが発生して倒幕へと方向転換・近代化を推し進めたのだ。

 

 他方、幕府からすれば薩摩・長州は両者とも幕府を凌ぐ実力を持ちかねない危険要因であった。

 アヘン戦争やアロー戦争での清国の惨敗で折から危機感を募らせていた幕府は、自身の軍隊が時代遅れの代物である事には気づいていて、やはり近代化を目指すようになる。

 その上で幕府が頼ったのはフランスだった。

 前話で述べた通り、この頃ナポレオン3世率いるフランスはアジアでの植民地獲得に野心的であり、イギリスと熾烈な植民地獲得競争を繰り広げていた。

 フランスはイギリスとの直接対決は望んでいなかったが、影響力の拡大は狙っていたのである。

 

 フランスの支援を取り付けた幕府は、軍事顧問団を招いて近代装備を輸入した。

 従来の軍組織と並立する形で、それまで幕府には存在しなかった近代的な様式軍隊として創設したのが『幕府陸軍』である。

 

 新撰組といえば、斬り込みのイメージが強い事だろう。

 だが、それでもやはり当時の趨勢を鑑みて近代的な訓練も行なっていたようである。

 幕府陸軍と同じくフランス式の軍事訓練を導入し、実際に小銃や大砲での訓練も行っていたのだ。

 

 よって、今沖田さんが44口径マグナムで精密な射撃をしていたって驚く必要はないのだ。

 普段の沖田さんなら斬り込みの方が得意…と言うより剣の達人だからこそ剣を使うのだろうが、この状況では銃を使うべきだと判断したのだろう…てか何で持ってんの?

 

 

 沖田さんはその後も4、5発の44口径弾を放って、その度に高速走行する電動スクーターの傍でチュンチュンと弾丸が跳ねる音がした。

 バッテリーも残り少ないのか、速度も徐々に下がっていく。

 やがて沖田さんがついにスクーターに追いついた!

 彼女はそのまま俺の側に来て、走り続けながらも44口径マグナムの銃口を向ける。

 

 

「考えてることは分かります。私がもう6発撃ったのか、まだ5発なのか。実を言うと、私もつい夢中になって、何発撃ったのか忘れてしまいました。でも、この銃は44口径マグナム…」

 

「あ、あのっ!すいません!ま、まずキャラクターを整理してください!妖怪首置いてけからのシマズ・スレイヤーからのダーティ・ハ●ーっていくらなんでも詰め込み過ぎ」

 

「シマズさん!前を!」

 

 

 

 皇女殿下が声を張り上げて、俺はスクーターの進行方向を見る。

 そこには信じられない物が迫っていた。

 

 

 

 ♪テテテテーテーテテ〜

 テテテテー、テテテテー

 

 

 ナレーション『機関車・チャールズ「フランと花嫁」という、お話

 

「ウ〜♪ウ〜♪」

 

「ヴィクターの娘よ、楽しそうでなによりだ。今度は天気のいい日にピクニックでも…」

 

 

 

 聴き慣れたBGMと共に、機関車態勢のヤバい奴が女の子をそのてっぺんに乗せてこちらへと向かってくる。

 実にほのぼのとした良い絵ではあるが、残念な事に、その機関車態勢のヤバい奴はカルデア廊下のほぼ全幅を占有していた。

 このままでは正面衝突は避けられない。

 だが、幸運な事に女の子の方がこちらに気付いてくれた。

 

 

「ウ!ウー!ウー!」

 

「どうした、ヴィクターの娘よ…おお、これはいかん。ブレーキをかけるぞ。」

 

ははっはあ!押せ押せぇ!

 

「ぬぉっ!?や、やめないか!やめてくれ!やめろ!押すんじゃない!」

 

 

 ナレーション『チャールズはブレーキをかけたが、意地悪な貨車達に押されて、止まることができない。

 

 

 

「止まることができない…じゃねええよ!!止まれえええ!!潰されるううう!!!」

 

「よ、避けてくれえええええ!!!」

 

「無茶言うなあああ!!Ahhhhhhhh!!

 

 最後に見たのは、一つしかない赤い眼光のようなものを器用にクルクルさせる機関車チャールズと、口を手で抑える女の子。

 先ほどまでの血気迫る顔は何処へやらと言うほどに青ざめた沖田さんや、ムンクの叫びみたいな顔の皇女殿下。

 そして最後に聞いたのは、軽金属が重金属に潰される、グシャッという音だった。

 

 

 

 




好きな物ぶっ込みすぎました、今は反省している


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20 はじめの破壊活動

 

 

 

 

 カルデア

 オペレーションルーム

 

 

 

「なるほどぉ〜。状況はよぉぅく理解した。フランちゃんとバベッジ博士は帰ってもらって結構♪たーだーし、次からは機関車になる前に許可を得るように。」

 

「ウ」

 

「す、すまん…」

 

「シマズ君と皇女殿下は申し訳ないんだけど、事情聴取のため残ってもらいたい。」

 

「了解です」

 

「分かったわ。」

 

「それから…いつもの4人も残りたまえ。………ノッブ、沖田、マシュ…アンポンタン(マスター)

 

 

 上機嫌に見えたダヴィンチさんの表情が一気に般若のそれになり、退室を許可されたフランちゃんとバベッジ博士はいそいそと部屋から出て行く。

 俺はどうやらダヴィンチさんの怒りの対象ではなさそうだが、しかし、バベッジ博士の後に続きたくて仕方がなかった。

 怒りのデスロードなダヴィンチさんなんか見たくないし、彼女の"いつもの"という言葉がこれから巻き起こるであろう大説教を彷彿とさせる。

 そしてその予感は間違っていなかった。

 

 バベッジ博士が最後にドアを閉めると、ダヴィンチさんは早速声を張り上げた。

 

 

 

「…何でいつも君達なんだよ!?いったいどれだけの資材を破壊すれば気が済む!?…ボルシッチィ!!

 

 

 どうやら、カルデアのマスターは中々の問題児らしい。

 ダヴィンチさんはいつも手を焼いているのか、その怒り具合は錯乱に近いものがある。

 気づかれないように後退りをし、廊下へと続くドアを少しだけ開けて外の様子を伺う。

 

 いやあ驚いた。

 マスターは余程の人望を集めているのか、彼女のサーヴァント達が廊下に犇き、壁の薄さ故に容易に廊下まで聞こえるダヴィンチさんの怒号に顔を青くしている。

 

 

「部屋で枕投げって…君達いい歳して何をしてるんだい!?お年頃の女の子とはいえ修学旅行じゃないんだからさぁ!!」

 

「……ゥゥッ…グスッ…私でさえ、ますたぁとはそのような関係にありませんのに…」

 

「し、仕方ないじゃない。子犬はああいうヤツなんだから…」

 

 

 廊下でダヴィンチさんの怒号に聞き耳を立てるサーヴァントの中には涙を流す者もいる。

 赤毛の、幼き姿のバートリーが、珍しく犬猿の仲のハズの彼女を慰めていた。

 

 その間にもダヴィンチさんの怒りはエスカレートし、突拍子もない方面へと話が飛んでいく。

 

 

「だいたい、いつタイトルを回収するんだこのSSッ!!皇女殿下や邪ン姉さんとイチャつくだけの二次創作なんかファイっ嫌いだ!!

 

「だ、ダヴィンチちゃん、それはあまりにも酷い発言です!作者さんだっていつかはレイシフトさせようと…」

 

「ウッサい、ファイっ嫌いだ!!青春全開おたんこナスビのヴァーカッ!!

 

「ダヴィンチちゃんとはいえあまりにも屈辱的な侮辱です!先輩と私に謝ってください!」

 

「こんなモノ侮辱になんかなるものか!このダヴィンチちゃんを差し置いて延々と惚気続けてはやくも20話!最初書き出したときは、ウオッ!ダヴィンチちゃん大活躍か!?と思ったけどいつまで経ってもエピソードの主役にすら迎えないじゃないか!?IT'S 判断力足らんかったァ!!…それとも主人公に厳しく当たるべきだったのか、スターリンのように!!」

 

 

 盛大に第四の壁を打ち破り続けるダヴィンチさん。

 もはやそこに壁と呼べるものは残っていまい。

 散々怒鳴り散らした反動か、ダヴィンチさんは疲れ果てたように座り込む。

 幸い、次に口を開いた時には幾分か落ち着いていた。

 

 

「………私だって生涯をクローズアップしてもらいたいんだ。イベントでの景品交換ボタンオッパイプルンップルンッ!!だけじゃなくてさ。」

 

 

 ダヴィンチさんのポンペイに景品交換ボタンがあったのも今は昔。

 そんな時期もあったなぁ…。

 

 

「なあ、頼むよ…誰かこの天才の事を取り上げてくれ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機関車チャールズと正面衝突をしたのにも関わらず、未だピンピンしているのには理由がある。

 皇女殿下より下賜された作業着は見た目と同じく、その機能においても"特別製"だったのだ。

 エジソン博士特製電動スクーターはアルミ缶よろしく潰れてしまったにも関わらず、吹っ飛ばされた俺の体は魔術耐衝撃仕様作業着のおかげでバラバラにならずに済んだし、大した怪我もせずに済んだのだ…エジソン博士ごめんなさい。

 

 さて、そんなわけで俺は無事だった。

 とはいえ、その後もダヴィンチさん最後の12日間とその後の事情聴取を経験してすっかりと疲れてしまったので、もうどうしようもなくタバコを吸いたくなる。

 しかしながら皇女殿下の御前で吸うわけにもいかんし…う〜ん。

 

 

「シマズさん、どうか我慢なさらずに喫煙所へ行ってください。…それと、ごめんなさい。シマズさんをこんなことに巻き込んでしまって…」

 

「あ〜、いや、殿下が謝る事はありませんよ!第一、こうなるなんて誰も想像できませんし…」

 

「我慢は身体に良くない♪この天才と一緒に喫煙するなんて、またとない機会ではないかな?」

 

 

 ヌッと出てきた天才はダヴィンチさん。

 そうまでして書かれたいのか

 だが、俺のヤニ中はもうそろそろ限界を迎えつつあり、タバコのお誘いはセイレーンの誘惑に並ばんとしている。

 

 ついに誘惑に折れた俺は、皇女殿下に謝意を告げて最寄りの喫煙所へと向かう。

 そこはダヴィンチさんの工房であり、生活の場であり、喫煙所であった。

 

 

「ふふん♪どうかな?私の工房に心を奪われたように見える。まあ、無理もない!ここにあるものはあらゆる叡智を凌駕する…」

 

「すいません、灰皿はコレですか?」

 

あ〝あ〝あ〝あ〝!!やめたまえ!やめたまえ!もうすぐ完成だと言うのに、酷い事をする!!灰皿にはコレを使いたまえ!!」

 

 

 見るからに灰皿っぽいモノを見つけたと思っていたが、どうやら灰皿は豪華な装飾を施した器のようだった。

 普通ならそれぞれ逆の用途に使いそうなモンだが、やはり天才の価値観というのは凡人には理解できないのだろう。

 しかし勿体無いなぁ。

 華麗な装飾に彩られた器が、灰と炭に汚れているのを見て、俺はそう思った。

 

 

「ああ…キミからすると、そう感じるのかもしれない。私が創りたいのは他に一つとして存在しないモノ、さ。そんな容器くらいならどこにでも転がっているだろう。暇つぶしに作ってはみたが…あまりにもつまらないモノになってしまった。」

 

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチは並外れた芸術家だった。

 ルネサンスという言葉を聞けば、俺の脳裏にはまずレオナルド・ダ・ヴィンチの肖像画が思い浮かぶ…その次に山田ルイ5●世樋●、ドナテッロ、ラファエロ、ミケランジェロと続く。

 ともかく、一つの時代を創り上げた人物は、その創造の方針からして、凡人とは異なるのかもしれない。

 

 

「さてさて、遠慮なく吸いたまえ!私だって根気を詰め過ぎたときはここでタバコを吸っている…最も、最近は頭を悩ませる事も多くて、喫煙量が増えてしまっているが」

 

 

 ダヴィンチさんはそう言いつつ、品の良いパイプを咥えて火をつけた。

 イタリア人とタバコは切っても切り離せない関係にある。

 "タバッキ"とはイタリア語でたばこ屋を指す言葉だが、それは単なるたばこ屋ではなく切符まで購入できる地域密着型のコンビニのような存在だったりもするのだ。

 それほどタバコが身近な存在だという事だろう。

 ユーロ圏でのタバコ生産量が最も高い国も、イタリアだったりする。

 

 

 しかしながらそのイタリアが産んだ世界最大の天才の頭を悩ませるとは、カルデアのマスターは本当に問題児なのだろう。

 少し前、俺はDr.ロマ二と彼…いや、彼女から一週間療養を与えられたが、その後にDr.ロマ二も療養期間に入った事を聞いていた。

 きっと交流担当の爺さんがフルマックスでイカれてるのを目の当たりにしたから、ああなる前に一度リフレッシュしようということになったのだろう。

 だが、実際Drがいないとなると、どちらかというと普段は好き放題やっているダヴィンチさんが、彼の心労を味わう事になったのだ。

 

 

「…ま、愚痴ばっかり言っても仕方がない。せっかくこうやって舞台の主役になれたんだ。何か、私に語らせたい事はないかな?ご期待には勿論答えよう。」

 

第四の壁打ち破り過ぎでは………しかし、まあ…お聞きしたいお話がないわけでもないです。」

 

 

 ルネサンスといえば芸術の華が咲き乱れる美しい時代を想像しがちだが、同時にそれはルネサンスの中心となったイタリアにおいては内乱と外敵勢力の侵入が絶えない血まみれの時代でもあったのだ。

 贖宥状、世俗教皇、宗教改革、マルティン・ルター、ハプスブルク家の躍進、フランソワ1世、オスマン帝国の侵入…そして、ニッコロ・マキャベリ。

 ルネサンスの時代は戦争の時代でもあり、さまざまな人物や、出来事や、勢力や、歴史や思想が入り乱れもした。

 

 

「……では、ダヴィンチさんの経歴について」

 

「ダヴィンチ()()()

 

「ダヴィンチ()()

 

「ダヴィンチ()()()

 

「ダヴィンチ()()

 

()()()」「()()」「()()()」「()()」「()()()!!!

 

「わ、分かりました、分かりました。…それで、ダヴィンチちゃんの経歴についてお伺いしたいのですが、よろしいですか?」

 

「ほぅお、私の経歴かい?作品ではなくて。」

 

「作品の方は現代でもすでに有名ですからね。俺が興味を持っているのは、あなたが()()()()()()()です。」

 

「………」

 

「ミラノのスフォルツァ家、教皇アレクサンドル6世とその息子チェザーレ・ボルジア。それに、フランスのフランソワ1世。」

 

「なーんだ、そんなことか。」

 

 

 ダヴィンチさ

 

ちゃん!!

 

 は、はいはい。

 ダヴィンチ"ちゃん"は白けたとでも言いたいかのように、露骨に無愛想な返答をする。

 ぶっちゃけどうでも良かったとでも言い出しそうだ。

 

 

「ああ、確かに仕えたよ。でも、それだけさ。特に語ることなんてありはしない。」

 

「最期に仕えたフランソワ1世とは親密な間柄だったと聞きますよ?…何でも、あなたは彼の腕の中で最期の時を迎えたそうで」

 

やめたまえ!おぞましい!!彼にしてもただのパトロンさ!…そりゃあ、屋敷もくれて金払いも良いんだから良い関係にはなる。当然だろう?」

 

 

 どうやら、俺が知っていた"逸話"はただの"伝説"だったらしい。

 

 

「スフォルツァ家にしても、あの世俗教皇にしても、やっぱりただのパトロンだよ。私からすれば、芸術活動を続けるための関係だったのさ。」

 

 

 フィレンツェのメディチ家は、ミラノ公国のスフォルツァ家と和平を結ぶために、当時フィレンツェで活動していたダヴィンチちゃんに銀の楽器を作らせて、それを土産に彼女をミラノへと送り込んだ。

 その際彼女が書いた書簡の中にこのような文章がある。

 

『私はあらゆる橋の建築方法や、敵の要塞の攻略法を知っております。また、戦車や大砲、投石機、その他にも絶大な威力を発揮する兵器を製作いたします。私にブロンズの馬を制作させれば、貴家にとって名誉となるでしょう。』

 

 ダヴィンチちゃんはこのように、スフォルツァ家に自身を"売り込み"、その結果彼女はスフォルツァ家に招かれる事になったのだ。

 実際、彼女は戦車や連射クロスボウ、果てはマシンガンまで考案していた。

 つまり、彼女は芸術活動の傍ら、軍事の方面にも取り組んでいたのだ。

 

 

「戦車やヘリコプターの製図を見るに、ダヴィンチちゃんは本当に多彩だったんですね。」

 

「ふふん♪私にかかればあの程度すぐに思いつく。でも………」

 

 

 天才が少しだけ…本当にほんの少しだけ寂しそうな顔をした。

 俺はその理由を何となく想像することができる。

 

 

「…あなたはミラノ時代にはスフォルツァの下で戦車を製図し、続いて教皇アレクサンドル6世とチェザーレ・ボルジアの下では軍事技術者として地図の制作に携わった…精巧な地図は勝利に不可欠ですからね。どちらも、戦火に見舞われていた当時のイタリアには必要とされる技術だった。」

 

「ああ、必要とされていた。そして、だからこそ私は彼らの下で働き、芸術活動も継続できた。」

 

「ただし、時としてあなたの携わる軍事という分野が、芸術という分野を破壊した。

 

 

 

 フランス王ルイ12世は先王・シャルル8世から王位を継承すると、自らの血縁の根拠としてミラノ公国の支配権を要求し、軍を動員して侵攻を実施する。

 その頃ダヴィンチちゃんは、当時のスフォルツァ家当主ルドヴィーゴ・スフォルツァから依頼された巨大な騎士像の制作を行っていて、この時期には粘土による原型が出来上がっていたのだ。

 だが、歴史に名を残す事になったであろうその騎士像の原型は、ミラノに侵攻したフランス軍によって破壊される

 騎士像のモデルとなった人物が"傭兵隊長上がり"であったことが面白くなかったからか、或いはスフォルツァ家へのメッセージだったのか、フランス軍は騎士像の原型を射撃演習の的にしたのだった。

 

 

 

「………私は等しく全てを好んでいる。誓うよ、この言葉に嘘はない。軍事の分野も、芸術分野と同じくらい心血を注いでいた。」

 

 

 彼女はパイプから深く煙を吸い込んで、少しの間溜め、そして一気に吹き出した。

 何か複雑な感情が働いている事は、傍目にもわかる。

 だが彼女は煙を吐き出し終わると、意を決したように顔を上げた。

 見るからに、その顔に後悔の文字はない。

 

 

「戦争は悲しい出来事だ。多くの人が死に、多くの土地が荒れ、多くの物が失われる。時には取り返しのつかないモノさえ、平気で破壊してしまう。」

 

「………」

 

「でも私が芸術活動を続けるためにも、やっぱり戦争は必要だった。戦局を打開する為に新兵器を。適切な部隊配置の為に精密な地図を。それが用意できたからこそ、私はパトロンを見つけられたんだ…指折りのパトロンを、ね。」

 

「………」

 

「…私から言える事があるとすれば…そうだな、"戦争は発明の母"。まさにそういう事になるんじゃないかな。私にしてはあまりに凡庸な答えだろうけど。」

 

「…なるほど…いえ、理解はできます。ダヴィンチちゃんが仰ると、言葉の重みも違う」

 

「ただ、"破壊"と"焼却"は別物さ。破壊は新たなるモノを生み出すけど、焼却は煤塵を残すだけ。今までの人類史、数多くの破壊があったからこその文明だろう。それをただ単に燃やす尽くすという考えには賛同しかねるね。」

 

 

 ダヴィンチちゃんは吸い終わったパイプの中身を灰皿に落とす。

 天才の調子はすっかり元のそれに戻り、彼女は私の目の前まで来ると、ウィンクをした。

 

 

「さあ!人類史を取り戻そう!その為に、君にもご協力いただきたい…いいや、ここカルデアのスタッフ全員にね。どうか頑張ってくれると私も嬉しい、ただし、くれぐれも無理はしないように。」

 

 

 天才からの要求は矛盾だらけの無理難題に思えたが、不思議なことに何とかなりそうな気がした。

 

 

 




注:
スフォルツァ家は芸術の造詣も深く、実際レオナルド・ダ・ヴィンチにも芸術作品の依頼を行なったりしています。
その代表的な物として「最後の晩餐」も挙げられますが、今回はミラノ滞在期に製図していた軍事兵器を取り上げました。


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21 〜レイシフト編〜 思いがけぬ事故

とりあえずタイトル回収する事にしました(圧倒的今更感)
例によってキャラ崩壊気味で設定ガバ気味です…苦手な方は回避推奨で…汗
レイシフトの概念んんんんん…



 

 

 

 

 

 

 

 マスターがレイシフトするとなると、カルデアのスタッフ達はその準備に追われる事になる。

 誰もが皆それぞれ役割を与えられているし、どの部署も定員割れを補えるよう最大限の努力をしているが、しかし状況が良くなったわけではない。

 元々定員が少なかった上にレフ・ライノールの爆弾テロ事件で多くを失った"電力部"にとっては、殊の外人員不足は深刻だった。

 だって、定数30名に対して現在員2名なんだもん!

 もう絶望でしょ!

 

 

 

 そんなわけで、大抵レイシフトが行われるとき、俺と爺さんは大忙しになる。

 色んなところを駆け巡って、点検して、試運転して、修繕して…もうやんなっちゃう。

 この日はエジソン博士とテスラ博士のヘルプがあり、その上俺には電動スクーター2号機もあったから普段よりかは楽になったが…しかし、それでもしんどい。

 何なら今すぐにでも逃げ出したいが、そうもいかない。

 何故なら、()()()()()()()()からだ。

 

 このクソ忙しい職務から解放されるには、焼却されてしまった人理を元通りにしなければならない。

 だから俺はそれまで可能な限りの手を尽くして、ベストを尽くすしかないのだ。

 

 

 俺は無線機を片手に、コントロールルームにいるダヴィンチちゃんに連絡を取る。

 

 

「あー、あー、こちらシマズ。第14ブロックの点検完了です。異常は見受けられませんでした、もう一度自己診断をお願いします。」

 

『ダヴィンチちゃん了ーッ解!もう一度プログラムを実行するから、少し下がっていたまえ」

 

 

 

 この日は幸運なことに、問題が起きた箇所は一つだけで済んだ。

 普段レイシフトするって時には平均して5、6箇所は問題が起きる。

 設計時には完璧なシステムだったのだろうが、あの9.11のゼロ・グラウンドは前局長の足下であり、つまり、電気機械室の直上でもあったのだ。

 これが、定数30に対する現在員2名の答えでもある。

 あの時俺はサボ………タバコを吸いに喫煙室へ、爺さんも私室に忘れ物を取りに行っていたがために生き残った。

 

 とにかく、その時の被害のせいでシステムのあちらこちらに綻びが出ていた。

 エジソン博士は俺の特別休養期間に(結局失敗したが)全システムを直流化しようとしていて、そのおかげか彼好みに改装されたシステムの不具合は減りつつある。

 だが、やはりあの時の爆発の衝撃は、未だに爪痕を残しているのだろう。

 

 

 

『……うーん、やっぱりダメだ。すまないが、もう一度点検してもらえないかな?』

 

「承知しました。」

 

 

 俺はため息を吐いて、もう一度問題が起きていると思われる配線を点検する。

 確かにこの区画はエジソン博士が彼好みの改装を施していない数少ない区画でもあるのだ。

 やっぱり何かしらの原因があるのだろう。

 

 

『シマズくん、こちらエジソン。抵抗器の様子を見てみたまえ。』

 

「分かりました、博士。テスターで計ってみます………おおっ!さすが博士です、抵抗器に問題アリですね。…コントロールルーム、聞こえてますか?」

 

『ああ!了解した。マスター達はまだブリーフィング中でまだ時間がかかりそうだから、慌てずにやりたまえ。』

 

「そりゃ有難い」

 

 

 区画のパネルを取り外し、ライトで配線ボックスの中を見る。

 幸いな事に抵抗器は取り外しが容易な位置にあるが、慌ててミスをしてしまえば元も子もない。

 だから"慌てずにやっていい"という助言は、皮肉なしに有難かった。

 

 俺は取り外したパネルを下に置き、工具ボックスを……

 

 

「シマズさん、スパナですか?レンチですか?」

 

 

 はた●く細胞の白血球みたいな作業着を着る皇女殿下が、スパナとレンチを持ってこちらを見ている。

 可愛らしいっちゃ可愛らしいんだが、俺としちゃあ普段両手に持っているヴィイを作業着の谷間に挟んでいる方に目が行って仕方がない。

 ………ダメだ、ダメだ、落ち着け、俺。

 イエス皇女ノータッチ!

 イエス皇女ノータッチ!!!

 

 

「で、殿下。工具はボックスの中に置いてくださればよろしいので」

 

「いいえ、シマズさん!私はこの前あなたに無理を言ってしまいました…せめてもの償いです。どうか手伝わせてください!」

 

「お気持ちは有難いんですが、殿下…」

 

 

 おい、泣くな

 お泣きになるな

 どうかお泣きにならないでください、皇女殿下!

 いつからそんなにあざとくなられたのですか、殿下!?

 いつからそんなに可愛らしいお顔を巧妙に変化させて人心を掌握するような術をご習得なされたのですか、殿下!?

 

 

「そ、それでは、殿下…恐れ多いのですが…ドライバーをいただいても…」

 

「マイナスですか!?プラスですか!?」

 

「ぷ、プラスで…」

 

 

 皇女殿下の高貴なるお手を拝借しながらも、抵抗器を取り外す俺。

 その後、抵抗器は高貴なる白いお手によって部品ボックスに運ばれ、そして替えの抵抗器はまたしても高貴なる白いお手によって運ばれてきた。

 もうワンアクションワンアクションに緊張感が加わってやがる。

 間違ってもこの高貴なるお方のお手を傷つけたくなどない俺は、意図せずとも慎重になり、これまでにないほどの集中力を発揮していた。

 

 そのおかげか抵抗器の交換は何らの問題もなく終わり、思っていたよりも早めに復旧も終わる。

 

 

「こちらシマズ。コントロールルーム、抵抗器を交換しました。自己診断を起動してください。」

 

『了解!……うん、問題なし。お疲れ様、シマズくん。』

 

「ふぅ、良かった。では、パネルを復旧して撤収します。」

 

 

 どうやら、やはり問題は抵抗器であったようで、ダヴィンチちゃんからは問題なしとの返答をいただく。

 さてはてパネルを元に戻すかなぁと思っていた矢先、思ってもみなかった音を聞いた。

 それはママチャリのベルの音で、何事かと思えば廊下の向こうから邪ン姉さんがバスケット片手にこちらへ向かってきている。

 

 

「シマズ〜!差し入れ持ってきたわよ〜!」

 

「おお、ありがとうございます邪ン姉さん!」

 

「だから誰が邪ン姉さんだっつーの!…って、そこの皇女サマは?」

 

「高貴なる者として、その義務を果たさねばなりません。…シマズさんのお手伝いをしていました。」

 

「ふ〜ん。本当に仲良いのね、アンタ達。3人分持ってきて正解だったわ。シマズの仕事がひと段落したら皆んなで食べましょ。」

 

 

 え、何このアヴェンジャー。

 ついこの前まで彼女とはいかないまでも腹を割って話せる女友達あるいはオサナ=ナジミ感半端ない存在だったのに。

 今の彼女ときたらオカンのそれである。

 何というか、自分の息子と同い年の女の子が遊んでるから何かしてるのを微笑ましく見てる感じのオカン

 カノジョすっ飛ばしてオカン

 何一つ違和感がないのが恐ろしい。

 

 

邪ンカァチャン…」

 

誰がカァチャン。」

 

「邪ンヌさん、シマズさんのお仕事は今終わったところですので、これから3人で食堂へ行ってティータイムにするというのはどうでしょう?」

 

「そうね。こんなところでお茶するのも何だし、行きましょうか。…シマズ、とっととそのパネル元に戻しちゃいなさい。」

 

「はい、カァチャン。」

 

「だから。誰がカァチャン。」

 

 

 俺はパネルと向き合って、そいつを取り付けようとする。

 だがその時、無線機からダヴィンチちゃんの声が聞こえてきた。

 

 

『それでは、レイシフト開始!』

 

 

 は?

 

 ちょっと待ってダヴィンチちゃん。

 こちとらまだパネル復旧せなあかんねん。

 復旧する言うたやろうが。

 何してんねん。

 何で確認もせずに勝手にレイシフトおっ始めんねん。

 

 

 俺は大慌てで無線機に手を伸ばす。

 パネルだから多分感電のリスクは低いとは思うけど、万が一の事があっては危ない。

 しかし無情なことに、俺が無線機のボタンを押す前にレイシフトは開始されてしまったらしかった。

 

 

 開けっぱなしの部分から、何らかの理由で電気が漏れ出たらしい。

 パネルを復旧していれば俺自身の感電は防げたかもしれないが、肝心のパネルは俺の手元。

 手元のパネルは漏れ出た電気を吸い上げて、俺に向けて遠慮することなく電気の流れを伝えやがった。

 

 

あぶべべべべべべ!!!

 

「し、シマズ!?」

 

「シマズさん!?」

 

 

 視界があっという間に霞んでいく。

 意識も徐々に遠のいて…

 最後に見えたのはビックリ顔の皇女殿下と、慌ててこちらに手を伸ばす邪ンカァチャン。

 でも最後には何も感じなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、荒れ果てた土地の、よく分からないクレーターの中にいる。

 頭が痛くて、キーンという耳鳴りが響く。

 視界はまだ霞んだままだが、何回か瞬きをすると徐々にそれも回復してきた。

 

 どこからか滑空音が聞こえる。

 機関銃の連射音や、兵士の叫び声、爆発音にエンジン音まで聞こえた。

 一体全体、何が起こっているのやら。

 だが、それを確かめる前に、先ほど聞こえた滑空音が徐々に近づいてくるのを感じた。

 俺は両の手を頭の後ろに置いて、その場に突っ伏した。

 程なく爆発音が響いて、熱せられた土が俺に被さる。

 直撃で死んだか思ったが、幸いにも俺は生きているようだった。

 

 

「く、くそっ…ここは一体…」

 

 

 何処なんだ?

 立ち上がりながら、そう言うつもりだった。

 だが立ち上がったのは不味かった。

 

 

 目の前にシュタールヘルム…そう、ドイツ軍を象徴するあの特徴的な形のヘルメットを被った男達が3人いた。

 そのうちの1人はMG34機関銃を携えていて、俺と目があった瞬間にポカンと口を開ける。

 "こんな近くに敵兵が居るとは思ってなかった"といった顔をしていて、彼は大慌てで機関銃の銃口を俺に向けた。

 

 

「何やってんの、シマズ!!」

 

 

 強烈な閃光と共に7.92mm弾が飛び出る直前に、俺は誰かによって再びクレーターの中へ倒しこまれる。

 頭上ではMG34の強烈な射撃音が聞こえたが、それは若干くぐもって聞こえた。

 何故なら、今俺の頭は…後頭部から耳にかけての頭は柔らかくて暖かいモノに覆われていたからだ。

 

 くんかくんか…この匂いは…

 

 

「邪ンカァチャン!?」

 

正・気・に・も・ど・れ!!

 

 パッチィーン!!

 

「…邪、邪ン姉さん?」

 

「正・気・に…」

 

 

 またもクレーターの近くに砲弾が落着したようだった。

 邪ン姉さんは俺に覆いかぶさったまま呻き声を挙げ、またしても土が上から降ってくる。

 次いで、余り見たくないものも降ってきた。

 先ほどの3人のドイツ兵の誰かが被っていたであろう、シュタールヘルムである。

 

 

「…シマズ、大丈夫?怪我は?」

 

「ないです、邪ン姉さん。姉さんも怪我は?」

 

「だから、だれが姉さん…もういいわ、姉さんで。竜の魔女がこの程度で怪我をするわけないでしょ。…しかしまあ…とんでもないところにレイシフトしちゃったみたいね。」

 

レイシフト?…俺が?」

 

「よくは分からないけど、"巻き込まれた"って感じかしら。…私が近くにいて良かったわね。」

 

 

 いやぁ、ほんとにその通りです。

 しかしながら、何処なんだここは。

 確かついさっきまで抵抗器の交換をしていて、その後に感電してしまったのは覚えてる。

 だがまさかレイシフトに巻き込まれるなんて、思ってもみなかった。

 …てかさ、レイシフトってどうやったら帰れるんだっけ…?

 

 

「え、ヤバないですか、この状況。訳の分からん時代の、それも戦場のど真ん中にレイシフトですよ?ヤバないですか?」

 

「落ち着きなさい、シマズ。とにかく状況を見極める事が先決でしょう?」

 

 

 邪ン姉さんはそう言うと、俺の上からどいて、先ほど土と一緒に落ちてきたシュタールヘルムを拾い上げて俺に渡す。

 

 

「…見た感じ、血も肉片も付いてないわ。」

 

「うへぇ…」

 

「私はサーヴァントだけど、アンタは生身の人間でしょう?…ほら!さっさと被る!」

 

 

 俺は嫌々ながらもロシア式作業帽を脱いでシュタールヘルムを被った。

 まだ何となぁく残っている暖かさに少しゾッとする。

 だが、砲弾片が飛び交う戦場ともなれば贅沢は言っていられない。

 いつ鉄の破片が頭を直撃してもおかしくないのだ。

 

 

「シマズ、アンタなら分かるんじゃない?ここが一体いつで、どこの戦場なのか。」

 

「このヘルメットと、さっきの兵士が持ってた武器からして、第二次世界大戦だと思います。ただ、前線までは。ここがフランスなのか、北アフリカなのか、ユーゴスラビアなのか…」

 

 

 恐る恐るクレーターの中から周囲の様子を伺って見る。

 答えはすぐに得られた。

 

 

 

ypaaaaaa!!!(ウラァァァア!!)

 

Russisch!! (ロシア人だ!!)Feuer!Feuer!!!(撃て、撃てぇ!!)

 

 

 

 クレーターから向かって右側には、大勢の歩兵がいる。

 ギムナスチョルカに身を包み、手にはM1891ライフルやPPsHサブマシンガンを持って、向かって左手に見えるドイツ軍陣地に向かって集団突撃を行なっていた。

 対するドイツ軍は機関銃のフルオート射撃を機軸に、敵の突撃を破砕せんとしている。

 

 

 これだけで、年代と前線が概ねわかった。

 俺と邪ン姉さんは第二次世界大戦の、それも一番最悪な前線にいる。

独ソ戦』。

 この前線の死者数は、他の前線に比べて、群を抜いていた。

 

 

 

 

 




ま、まあ…アレですよね、サーヴァント現界してるってことはその…
立香ちゃんファイト!(←このゲスどうにかしろ)


オリジナルレイシフトさせてすいません。
何で第二次世界大戦にレイシフトする事になったかは、次話以降書いていきます。
作者としては皇女殿下絡みであるエピソードについて書きたかったので独ソ戦にレイシフトさせました。
お楽しみいただければ幸いです


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22 〜レイシフト編〜 2人の男

 

 

 

 

 

「せ、先輩っ!?ここは一体…!?」

 

「よく分からないけど、戦場だっていうことは確かだね。」

 

「でも今回のレイシフトはこんな近代的な戦場ではないはずです!」

 

 

 人類最後のマスター、藤丸立香はマシュ・キリエライトの盾に隠れて、正面から迫ってくる三号戦車の機銃掃射と砲撃から身を守っている。

 彼女達自身、本来行くハズの目的地ではなく、それも戦場のど真ん中に放り出された事に、未だに理解が追いつかない。

 されど、これまでの経験が、彼女達をパニックに陥らせないだけの胆力を与えていた。

 

 

『……ザーッ……あっ!繋がった!藤丸君!マシュ!無事かい?』

 

「ドクター、ここは一体!?」

 

『レイシフト中にアクシデントがあって、君達は目的地とは全く異なる時代に飛ばされている!ええっと…1942年7月のブリャンスク!?激戦地じゃないか!!…それに特異点でもない』

 

「じゃあ強制離脱を…っ!」

 

『ダメだ、レイシフトに巻き込まれたスタッフがいる!場所は君達のいる戦場から北におおよそ30km!ソ連軍はその場所で反攻に出ている。今君達に攻撃をしているドイツ軍部隊を突出・孤立させて包囲する気だ。早くしないとそのスタッフが危ない!』

 

 

 三号戦車が突然火を吹いて、そのハッチから火炎と共に火ダルマになった乗員達を吐き出す。

 どうやらソ連のT34戦車がやってきて、その強力な主砲で三号戦車を仕留めたようだった。

 その隙を見て、人類最後のマスターとマシュは離脱を開始する。

 すぐにサブマシンガンの銃声が後を追ってきたが、幸いな事に9ミリ弾に捉えられる前に遮蔽物に辿り着いた。

 

 

「無茶言わないでよ、ドクター!」

 

『無茶振りしてるのはよく分かってる!でも、やってもらうしかない。彼は今のカルデアでは貴重な人材でもあるんだ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスター達のいる戦場から、北に30kmの地点

 

 

 

 

 

 邪ン姉さんは最初、持ち前の火炎を使っていたが、いつからかソ連製のDP28軽機関銃を分捕って、ドイツ兵ソ連兵問わずなぎ倒している…彼女曰く、「こっちの方が取り回しやすい」らしい。

 俺といえば死体から拝借したMP40サブマシンガンを両手に、そんな邪ン姉さんの後ろをガクブルしながら続いていた。

 我々は這々の体でクレーターから這いずり出て、どうにか塹壕にまで辿り着いたわけだが、まだ平穏とは程遠い。

 俺は邪ン姉さんと一緒に、ドイツ軍のものかソ連軍のものか到底見当もつかない塹壕陣地に迷い込み、邪ン姉さんは俺の前を行きながら、とりあえず出会った兵士をなぎ倒しながら進んでいる。

 こんな事してたらバタフライ効果によって未来が滅茶苦茶になりそうなモンだが、この場にいると大して影響がないように思えた。

 それほど独ソ両軍の戦闘は凄まじく、生き残る者が誰一人いないのではないかと思わされたのだ。

 

 

「チィッ!弾切れ!…シマズ、銃をよこしなさい!」

 

「こ、これ以上殺すのは不味いんじゃ…」

 

「何よ、今更!こんな戦場にいたら、私に殺された人間は生きるのがあと数秒変わったか変わらなかったか、よ。そんな事より生き残る事を考えなさい!」

 

「んなぁ〜」

 

 

 ナ●チみたいな声を挙げながら、俺はMP40を邪ン姉さんに渡す。

 渡しながらも、周囲の状況を良く観察した。

 ソ連軍は猛攻を続けていたが、やがてその勢いも弱まってきた。

 歩兵支援の為にやってきたT26軽戦車がドイツの対戦車砲によって撃破され、ドイツ側が三号突撃砲F型を投入してくると、形勢は完全に逆転する。

 もはやソ連軍を推し進められる要因はなく、ギムナスチョルカを着た歩兵が散り散りになりながら逃げ出していた…そして例によって督戦隊の銃撃を受けていた。

 

 

「………ふぅ…とりあえず一安心ってトコかしら。」

 

「あ、あのぉ…邪ン姉さん?」

 

「何よ?」

 

「安心するにはまだ早いかも」

 

Halt!!(動くな!)

 

 

 鋭いドイツ語が頭上から降ってきた。

 恐る恐る上を見ると、塹壕にいる俺と邪ン姉さんにボルトアクションライフルを向けて睨んでいる連中が10人ばかしはいる。

 特徴的な略帽やシュタールヘルムからして、彼らがドイツ兵である事に間違いはない。

 邪ン姉さんも、さすがにこの形勢では分が悪いと感じたのか両手をあげる。

 俺も邪ン姉さんに続いて両手を挙げたが、そのついでにこっそり耳にダヴィンチちゃん特製翻訳機を当て嵌めて、スイッチを入れた。

 

 

「なんだこいつら、ソ連兵か?」

 

「どうだっていい。捕虜に食わす飯はないんだ。

 

 

 おやおや。

 早速物騒極まりない文言が耳に届いてくる。

 既に彼らの内の何人かはボルトアクションライフルの安全装置を外していて、片目を閉じてこちらを狙っていた。

 俺は彼らに気づかれないよう、そっと邪ン姉さんに話しかける。

 

 

「ど、どうしよう、邪ン姉さん」

 

「ちょっと待ちなさい、今考えてるから。私はこいつらの攻撃なんか屁でもないけど…シマズ、アンタは…」

 

「や、やばたん…」

 

待ちなさい!!

 

 

 どうやら絶体絶命なのは俺だけのようだったが、その絶体絶命の窮地は思わぬ声によって免れる。

 それは凛とした女性の声で、聞き覚えのある声で、そして本当に安心できる声だった。

 我らが皇女殿下、その人である。

 

 

「銃を下ろして!その者たちを撃ってはなりません!」

 

「し、しかし、皇女殿下…こいつら共産主義者(コミニスト)かも知れませんよ?」

 

「いいえ。その者たちは私の従者です。」

 

 

 毅然とした立ち振る舞いの彼女は、ドイツ兵に命令を下す。

 ドイツ兵達はしっくりとこないような顔をしながらも、とりあえず皇女殿下の命令通り銃を下ろした。

 俺は何が何やらわからなかったし、それは邪ン姉さんも同じようで、俺と彼女は少しばかり顔を見合わせる。

 "一体どうなってやがる"

 

 

 答えはすぐにやってきた。

 毅然とした態度でこちらへ進むロマノフ家皇女の隣に、黒縁メガネのロシア人と、完璧に軍服を着こなしたドイツ将校がいる。

 俺はこの2人の顔と名前を知っていた。

 

 アンドレイ・ウラソフラインハルト・ゲーレン

 ウラソフは著名なドイツ協力者の1人である。

 スターリンによる粛清から逃れ、ドイツで反共闘争を掲げる『ロシア解放軍』の総司令官となった人物である。

 ラインハルト・ゲーレンに関しては…語るまでもないだろう。

 対ソ連諜報のスペシャリストであり、東方外国軍課課長、戦後はアメリカに渡って活躍した…言わばスパイの親玉だ。

 

 この2人が皇女殿下の背後に控えているのを見た時。

 俺の背筋には寒気が走った。

 何のことはない、何かとてつもなく嫌な予感がしたからだ。

 

 

「"イヴァン"、"アンナ"。お怪我はありませんか?」

 

 

 ロマノフ家の皇女殿下が、かつての料理人とメイドの名前を使った時、俺は皇女殿下に何らかの目的があり、それがこの2人と関係しているのだと気がついた。

 だが、今は詮索をする余裕も、選択肢もない。

 俺は皇女殿下の"大変有難い"お気遣いを無駄にするつもりはなかった。

 

 

「ええ、ありがとうございます、殿下」

 

 

 邪ン姉さんは未だにキョトンとして、「アンタ何してんの?」的な顔をしていたが、ともかく我々を包囲していたドイツ兵達は銃を下ろして俺に手を差し伸べる。

 泥に塗れた手ではあったが、その握力は確固たるもので、難なく俺は引き上げられた。

 続けて邪ン姉さんも塹壕から引き上げられると、俺は皇女殿下に敬礼した。

 殿下のお気遣いの効果をより高められるように。

 

 

「この"イヴァン"、殿下には感謝してもしきれません」

 

「まぁ。料理人は敬礼なんてしないものよ?ともかく、あなた達が無事で私も嬉しいわ。…こんなところでは落ち着かないでしょうから、どこか落ち着ける場所に行きましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 ドイツ軍陣地

 野営地

 ウラソフの幕舎

 

 

 

 

 

 

「では。改めて私から紹介するわ、"イヴァン"。この方はウラソフ中将。そしてこちらの方はラインハルト・ゲーレン大佐。」

 

「ぐすっ、初めまして」

 

「よろしく」

 

「お二人とも勇敢な軍人よ。あなた達の捜索にも協力して下さった。…そして、とても崇高な意思をお持ちだわ。」

 

 

 

 皇女殿下に救われた俺と邪ン姉さんはどうやら賓客として扱われているようだった。

 目の前には香りの良いサモワールティーが運ばれ、戦時には貴重品であろう角砂糖が瓶ごと置かれている。

 そして、その更に奥には目に涙を浮かべるウラソフ、それに薄笑いを浮かべながら何か考え事をしているらしいラインハルト・ゲーレンが控えていた。

 俺はその2人と握手をし、続いて邪ン姉さんが握手をする。

 ウラソフはやがてメガネを外し、感動のあまり流したとでも言いたげな涙をハンカチで拭き取りながら、感嘆詞をたっぷりと使った言葉を口にした。

 

 

「おお!おお!何ということか!皇女殿下が!ロシアの正統なる統治者の末裔がまだご存命であったとは!なんと!なんと素晴らしい!」

 

 

 俺は少しばかりウラソフから目を逸らして、邪ン姉さんの方を見る。

 彼女も同種の感想を抱いたらしく、こちらに目を合わせた。

 "胡散臭過ぎる"

 だが、皇女殿下はにこやかに微笑んで、ウラソフの手を握る。

 

 

「…ええ、幸運にも一命を取り止めました。私が今ここにいるのは、きっと神の御意志でしょう。」

 

「御意志…ええ!まさしく!その通りに違いありません!あの血に飢えた、不信心者のスターリンに、神が鉄槌を下される時が来たのです!…どうか私にお任せください、殿下!このウラソフが、殿下のご戴冠をお約束致します!」

 

「ええ。今こそロシアの民を獣から救い出すのです。ロシアに栄光と、繁栄のあらん事を。」

 

「で、殿下!なんと貴いお志!…このウラソフ、感服致しましたッ!!」

 

 

 皇女殿下の手を握り返しながらも、更に涙を浮かべるウラソフの傍らでは、ラインハルト・ゲーレンが顔を外の方へと背けている。

 俺としてはウラソフの芝居がかった台詞よりも、この東方外国軍課課長の存在の方がよほど気にかかった。

 

 

 先ほど偶然カレンダーを見たが、どうやら俺と邪ン姉さん、それに皇女殿下は1942年の7月にレイシフトしてしまったようだ。

 この年、ウラソフはレニングラード救援の任に失敗して逆に包囲され、7月にはスターリンの粛清を恐れてドイツ軍に投降している。

 しかし、今の時期といえば収容所でソ連兵に向けて宣伝用のビラを作っていた頃だろう。

 まさかこんなに早くからラインハルト・ゲーレンと会っているとは思わなかった。

 

 

 俺は邪ン姉さんに目配せをしてから、小用を理由にウラソフの茶会から席を立つ。

 邪ン姉さんもしっかりと意図を理解してくれたようで、俺について来てくれた。

 2人で幕舎から距離を置き、人通りの少なさそうな区画を探し、そこへ入り込む。

 誰も来ないのを確認すると、まず邪ン姉さんの方から口を開いた。

 

 

「…で、シマズ。アンタの見解は?」

 

「こんなうま過ぎる話がありますか?…連中、皇女殿下を利用するつもりです。」

 

「その根拠は?」

 

「……アンドレイ・ウラソフはスターリンに猜疑心を持たれるまで、勇敢な赤軍の指揮官でした。彼は若い頃赤軍兵士として白軍と戦っています。そんな人間が王政復古など…彼の目標は()()()()()()()()()だ、()()()()()()()()。」

 

「ならどうすんの?皇女サマは乗り気みたいだし…それに、あの男。何だかあのメガネよりも厄介な気がするわ。」

 

「ラインハルト・ゲーレン…スパイの親玉です。何故こんなところにいるのかは分かりませんが、俺の知る限り、彼はウラソフを反共ロシア人の旗印にしました。」

 

「つまり……あの男たちは皇女サマを反共ロシア人の新しい旗印にしようとしているわけね。でも、王政復古を望んでいるわけじゃない。」

 

「理由は後からいくらでも湧いてくる…つまり、その…宣伝に利用した後に始末する理由は、です。このままでは、殿下が危ない。」

 

 

 

 皇女殿下が何故あの2人と会うことになったのかは分からないが、あの話ぶりからして我々が来る前に2人と出会ったに違いない。

 もっといえば、ウラソフとゲーレンの2人は殿下が来るかなり前に会っている。

 

 2人でソ連軍から転向者を募集するビラを作ろうという時に、ロマノフ朝最後の生き残りを見つけた彼らは、彼女を利用する事を考えつく。

 …筋書きとしては辻褄が会う。

 

 皇女殿下が連中の意図に勘付いていれば良いのだが…

 しかし先ほどの彼女の対応を見るに、恐らく王政復古の事で頭がいっぱいになっている。

 このままでは連中の手に掛かってしまうかもしれない。

 

 

「俺の考え過ぎかもしれませんし、断言はできない。ただ…」

 

「…ええ、分かるわ。連中がもしアンタの言う通りの事を目論んでいたとしたら」

 

「殿下は…2度目の裏切りを味わう事になる。」

 

 

 

 そして、それは彼女の心に大きく深い傷を残す事だろう。

 俺は皇女殿下にその事を伝えたかったが、しかしイマイチ根拠に欠けている。

 物理的な根拠を示せればいいのだが。

 俺は殿下が危機に進みつつあるのに助言もできない自分自身に、大変イラついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






アンドレイ・ウラソフとラインハルト・ゲーレンが42年の7月以前に会っていたというのは創作です。
ウラソフが畜舎で発見されたの自体が7月ですから、時系列的に無理があると思われます。
ただ、ある人物に焦点を当てたかったので間に合うように設定してしまいました。
相変わらずのガバガバェェェ…


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23 〜レイシフト編〜 殿下のトラウマ

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンドレイ・ウラソフは皇女殿下が寝付いた事を確認すると、ある幕舎へと足を向ける。

 そこは彼の"パートナー"であるラインハルト・ゲーレンの幕舎だ。

 ウラソフはまだ彼と出会ってかなりの日月が経ったわけではないが、しかし、この新しい友人の生活リズムについて知っているほどには親しい間柄だった。

 この時間帯ならまだゲーレンは起きていて、ワーグナーを聴きながらワインを一杯やっている事だろう。

 事実、ウラソフがゲーレンの幕舎に到着すると、まさしくその通りであった。

 

 

「やあ。夜分遅くに済まないね。皇女殿下の事で話がある。」

 

「いいんだ、私もその事について君と話しておかなければならないと思っていたところさ。」

 

 

 ゲーレンはグラスをもう一つ取り出そうとするが、ウラソフが右手を挙げてそれを制止する。

 いつもなら喜んで同伴するウラソフが酒を断った事に、ゲーレンは驚きつつも彼がそれほどまでに…つまり、酒を断ってでも素面で話したいほど真剣なのだと言う事に気がついた。

 ゲーレンはグラスをしまう代わりに、ウラソフを対面の席へ促す。

 ウラソフが恭しく席に座ると、ゲーレンは口を開いた。

 

 

「……君の案を熟考したんだ、ウラソフ。」

 

「ほほう。それはありがたい。…して、結果は?」

 

()()()()だ。皇女殿下には、ボリシェビキの打倒後も生きていて欲しい。…それに、まだ彼女が本物だと分かったわけでもない。アンナ・アンダーソンの件は覚えているだろう?…やはり時期尚早かもしれん。」

 

「あの皇女殿下は本物さ。帝政ロシアという時代を生き抜いた人間なら分かる。彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃない。真のロマノフ家後継者だ。」

 

「なら、尚更生かしておくべきだろう。」

 

「いいや、殺す。生かしてはおけない。」

 

「……いったい何故そんなに拘るんだ、ウラソフ。知性的な反共主義者の君なら、殿下の存在こそ大きな力になると分かるはずだろう。」

 

 

 ウラソフは黒縁のメガネをとって目頭を抑える。

 目の疲れを感じたというよりは、遠い昔の記憶を呼び覚まさんとする動作に見えた。

 

 

「君はドイツ人だからな。…分からないのも無理はないが…帝政ロシアの格差社会を身を持って体験すれば、君も考えが変わる事だろう。長い間、我々ロシアの民には()()()()()()()()()()()()()()さえ与えられなかった……私はボリシェビキの蛮行を許しはしないが、同時に王政復古も望んでいない。」

 

「…………」

 

「それに…君が熟考したと言うのなら、実に知性的な理由から彼女を抹殺しなければならない理由については目を通しただろう?」

 

「………ああ。」

 

「ロマノフ家最後の生き残りは、"NKVD(チェーカー)"によって殺害される。我々の手によって、ではない。」

 

「だが…本当に上手くいくと思うのか?」

 

「ああ!上手くいくさ!皇女殿下には連日前線で宣伝活動をしていただく。ボリシェビキに嫌気が差している将兵は…最初こそ疑うかもしれないが…やがて殿下に感化されてこちらへとやってくるだろう。」

 

「………」

 

「だがそこで…バン!皇女殿下は卑劣な"NKVD(チェーカー)"によって捕らえられ、銃殺される。それまでにこちらに寝返った将兵の希望は怒りと闘志に変わる。寝返るか迷っていた将兵達にとっては良い"踏ん切り"になる。寝返る気のなかった将兵達にとっても…考え直すいい機会になる。」

 

「………"良い機会"か。どうだかな、ともかく、今はまだ結論を急ぐ必要もないだろう。…ベルリンの指示も仰がなければ。」

 

「当てようか?総統閣下は良い返事をしない、そうだろう?」

 

「まぁな。総統は我々を煙たがっている。だが、今回の件はあの男も興味を示す事だろう…最も、君のアイデアを打ち明ける気はないがね。」

 

「皇女殿下の件は内密にやれば良いさ。奴に丸々話す必要はない。」

 

「分からないか?…殿下の存在を総統に知らせた時点で、彼女の身に何かあれば私が責任を問われる。……知ってて言ってるんだろうが…はぁ…とにかく、抹殺案は留保させてくれ。今は殿下に宣伝活動に協力していただく。後のことは…まだ決める時間に余裕はあるさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫煙者は朝早く起きた時や、食事を摂った後、更には仕事がひと段落して落ち着いた時、どうしようもなくタバコを吸いたくなる。

 朝タバコが吸えないと1日が始まった気がしないし、食事の後のタバコは格別だし、疲れた時には、タバコは自分のための良い時間を与えてくれる。

 だけれど、タバコを吸おうと言う時に箱の中身が空だったりすると、どうしようもない徒労感に見舞われる。

 "畜生!何だって吸った後に補充しなかったんだ!せっかく人気のないところに来たのに!新しい箱はどこだったか…置いてきたリュックの中だ、くそったれ!"

 

 だから、そんな時に横からスッと一本差し出されると、とても救われた気持ちになるのだ。

 少なくとも差し出した相手に敵意を持つことは極々稀な事だし、大抵の場合はお礼を言う。

 そして、タバコを恵んでくれた素晴らしきお方との会話の糸口が開かれ、新たな友好関係が築かれる事も決して稀ではない。

 

 

 

 山岳帽を被った下士官がタバコの箱を開けて「チッ」という舌打ちをした場面に、幸運にも俺は出くわした。

 例の如く横からタバコを差し出すと、彼は「Dank」とだけ言ってそれを受け取って火をつける。

 煙を吸い込んで一息吐くと、こちらに手を差し出してきた。

 

 

「助かった。俺はホフマン、軍曹だ。…オタクらはロシア人?」

 

「いや……うん、ああ、はい、そうです。皇女殿下の従者で、"イヴァン"という者です。我々の警護のために…こんな遅くまでありがとうございます。」

 

「別に。俺は命令に従っているだけだ。殿下やオタクらを守れって言ったのはゲーレン大佐だ。…彼に感謝した方がいい。特別行動部隊がここに来ないのは、オタクらと接触しない様に大佐が気を回してんだ。」

 

「特別行動部隊?…親衛隊の?」

 

「他に誰がいる?SSの気違い共からすりゃあ、殿下は野蛮なスラブ人、アンタはアジア顔の劣等人種だ。特に、()()()()()()()()()()()()を付けてる奴を見たら絶対に目を合わせるな。」

 

「わ、分かりました……それにしても…大佐は我々をどうする気なんですかね。」

 

「俺に聞かれてもなぁ…大佐も大佐で考えてるさ。ウラソフとかいうロシア人はボリシェビキの将軍にしちゃあ頭のキレる男らしい。2人が会ってから、こっち側に寝返るロシア人は日に日に多くなってる。」

 

 

 アンドレイ・ウラソフがドイツの捕虜になってからまずやった事といえば、ソ連軍将兵に向けての宣伝ビラを作成する事だった。

 このビラは大きな反響を呼び、元々ボリシェビキ体制に疑問を持っていた決して少なくないソ連兵がドイツ側に寝返る事になったのだ。

 

 最終的には、それらの兵士は『ロシア解放軍』と呼ばれる反共組織に纏まるが、それは1944年の話。

 ヒトラーはこの転向したロシア人達を信用せず、ウラソフのことも反共ロシア人の象徴としてしか扱わなかった。

 反共ロシア人達はボリシェビキを敵としたはずなのに、44年までは各方面の後方地域で対レジスタンス掃討作戦に従事している。

 "人種優生学"はせっかくの機会を無下にして、彼らの投入をいたずらに遅延させただけだったのだ。

 

 

 だが、それは今から2年後の話。

 現時点ではウラソフもゲーレンもとりあえず反共ロシア人の同志集めに精を出しているはずである。

 ここで皇女殿下が登場した事で、彼らのスケジュールは大幅に狂った事だろう。

 問題は彼らがスケジュールをどう変更するかというところで、場合によっては殿下が裏切られる。

 少なくとも…俺はその公算が高いと思っていた。

 

 あの2人の考えについて手がかりも欲しかったし、その他の現状についても情報が欲しかった。

 だからこの警護担当の下士官とタバコを吸う機会に恵まれたのは、本当に僥倖だった。

 

 

「大佐は総統から煙たがられている。…彼の仕事は軍のお偉方にさえよく理解されていないんだ、残念な事にな。」

 

「諫言されても無視されるレベルで、ですか?」

 

「あぁ…大佐は彼方此方に走り回って情報網を形成しようとしているが。せっかく情報を集めても、上層部が使い方を理解していなければ無意味さ。」

 

 

 1943年の夏、ドイツは一大反抗作戦『ツィタデレ作戦』を実行する。

 だが、ソ連側の諜報活動により、作戦は敵に筒抜けだった。

 ラインハルト・ゲーレンの諜報組織は情報漏洩を察知、軍上層部を通して総統に諫言するが気にも止められなかった。

 結果としてドイツ軍は周到な防御陣地で待ち受けるソ連軍の猛反撃を受ける事になり、その間に米英軍がイタリア方面での攻勢を開始した事もあって作戦は完全に頓挫してしまったのだ。

 

 

 

「………ま、大佐に感謝と言えば俺も、か。大佐が声をかけてくれなかったら、今頃はスターリングラードにいる。」

 

「えっ?第6軍に?」

 

「ああ。あそこじゃ地獄の市街戦が始まってるらしい。…本当はウクライナに行きたかったんだがな。なんでも、ウクライナ女は美人で明るい…」

 

 ポンッ!

 ヒュゥゥゥウウウ…

 

「迫撃砲!!!」

 

 

 ホフマン軍曹がいきなり大声で叫んだので、俺はかなり驚いたが、それ以上に驚いたのは迫撃砲弾がこちらから見える位置で炸裂したのが見えた事だった。

 破片が飛んできたが、幸いにも被っていたシュタールヘルムに当たって弾かれる。

 だが衝撃は素直に伝わって、俺は頭を後ろへと持っていかれて、仰向けに無様に転倒した。

 

 

「何してる、イヴァン!起きろ!ついて来い!」

 

 

 軍曹の助けを借りて起き上がる。

 彼は俺の腕を引っ張って無理やり走らせながらもある方向へと向かっていた。

 皇女殿下の幕舎がある方向である。

 

 

「畜生!露助(イワン)の夜襲だ!アンタの"お友達"に、もっと時と場合を考えるように言ってもらえないか!」

 

「いや……それはちょっと…」

 

「冗談だ!アンタは殿下の従者だったよな?銃は持ってるか!?」

 

 

「ある」と言いかけた寸前、俺は腰のホルスターが無いことを思い出す。

 カルデア職員正式護身用拳銃・G30は、自分の私室に置いてきてしまった。

 レイシフトの時は大抵走り回るから、規則違反とは知っていても出来る限り身軽な装備でいたかったのだ。

 

 

「ありません!」

 

「分かった!…ちょっと寄り道するぞ!」

 

 

 皇女殿下の幕舎が見えた頃、軍曹は突如右に曲がって別の幕舎へと俺を引き摺り込んだ。

 そこは倉庫代わりに使われているらしく、軍曹はカビ臭い木箱がひしめく中、手早く何かを取り出して俺に渡す。

 デッカいサブマシンガンとピストル、それに弾倉を収めるポーチだ。

 

 

「員数外の鹵獲装備だから問題にならない!こいつを持って大人しくしてろ!」

 

「俺はどこに行けば!?」

 

「皇女殿下を連れて、彼女の幕舎の後方にあるバンカーに退避するんだ!迫撃砲の砲弾くらいなら防げるハズ!…俺は分隊を指揮してバンカーの周囲を固めるから、アンタは殿下の直衛に当たってくれ!迫撃砲が止んだら次は歩兵の突撃だ、寝るんじゃないぞ、LOS!LOS!LOS!

 

 

 追い立てられるように幕舎を出て、皇女殿下のそれへと向かう。

 与えられたサブマシンガンはやけに重く、よく見てみればトミーガンである事が分かった。

 きっとレンドリース品を鹵獲したのだろう。

「いや使い方知らねえし」とは思ったものの、以前遊んでいたスマホのアプリのおかげで、この銃の操作方法はなんとなく分かる…少なくとも、安全装置は。

 ともかく、重いサブマシンガンを背負って、ピストルをホルスターごと腰に差しながら走ったせいで思ったよりも時間がかかったが、どうにか殿下の幕舎には辿り着けた。

 

 

「殿下!殿下!ご無事ですか!?」

 

「シ、シマズさん!?何が起きているのですか!?」

 

共産主義者(コミニスト)の夜襲です!至急退避しなければなりません!…邪ン姉さんは?」

 

「ごめんなさい、分からないわ」

 

「シマズ!アンタ達まだそんなとこにいるの!?さっさと退避するわよ!」

 

 

 邪ン姉さんが続いて幕舎に入ってきて、俺と殿下を急かした。

 3人で殿下の幕舎を出て、軍曹に言われた通りバンカーに向かう。

 その途中に迫撃砲の砲撃は止んで、次いでソ連兵の『ypaaa』という叫び声が耳をつんざいてきた。

 連中の突撃が始まったのだ。

 

 

「はぁ、はぁ、とりあえず、バンカーについたわね。私は入り口を見張ってるから、シマズと皇女サマは奥へ…シマズ、もしも私で対処しきれなかったら、そのマシンガンをぶっ放すのよ?」

 

「う、うん、はい!」

 

 

 俺は皇女殿下と共にバンカーの奥へ行き、殿下を座らせて、自分はその傍に座り、サブマシンガンのコッキングレバーを引いて弾丸を装填する。

 相変わらず重い銃だが、デカさがデカさだけにむしろ安心感さえ持てた。

 後はソ連兵がこのバンカーにまで辿りつかないことを祈るのみ。

 

 

「……………」

 

「ふぅ。…ご安心ください、殿下。周りは精強なドイツ軍部隊によって守られています。もし万が一奴らが来ても、必ず撃退いたします。」

 

「………」

 

 

 皇女殿下は押し黙っている。

 どうしたものかと見てみれば、彼女は座り込み、両手で耳を閉じて震えていた。

 なんてこった。

 バンカーの外は、今では銃声や兵士の怒号で満ち溢れている。

 この状況はまずい。

 殿下にとって、兵士の怒号と銃声はトラウマに違いないのだから。

 

 

「で、殿下。ご安心ください。シマズは必ず殿下の側におりまふゲェッ!?

 

 

 何か、カッコいいことをしたかった。

 震える少女の手を取って、「ご安心ください、姫」みたいな事を言ってみたい願望に駆られていた。

 駆られていたのに、皇女殿下に無下にされる。

 彼女は俺に手を取らせるどころかハグをなさった

 位置が悪すぎる…なんたって、殿下のハグにより、俺の頭は"ウラル山脈"によって挟まれたのだから。

 

 

「………お願い…離れないで。私は、もう…」

 

 

 彼女の声色が、その突然の暴挙の理由を伝えている。

 俺にできることと言えば、彼女の言う通り…1ミリ足りとも離れずに(どうにか理性を保ちながら)攻撃が終わるのを待つことぐらいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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24 〜レイシフト編〜 生還者

この作品はフィクションです。実在の人物や団体などを参考にしていますが、直接の関係はありません(何を今更感)


 

 

 

 

 

 

 わたしは見ていた。

 時代の変遷と、人間の変質を。

 低劣な身分な人々が傲り昂って、不幸にして御加護を失った高貴な身分の人々を虐げているのを。

 人々が寄ってたかって、何百年と続いてきた伝統や歴史を蔑ろにし、全てを正義の名の下に破壊していく様を

 

 私は見ていた

 かつては高邁とされた存在が日々疲れ果てていく様を

 高貴なる者の務めを一心に果たさんと努力していた人々が、そんな事など知る由もない連中に踏みにじられるのを

 何の罪も犯していないのに、その出生のせいで虐げられ、嘲笑れ、そしてまるで虫を潰すかのように殺されていく過程を

 

 

 私は見ていた

 苦悶の叫びを挙げる良心を押さえ込み

 葛藤の中、自身の息を殺しながら

 

 私は見ていた

 何ができただろうか?

 ただただ大きな力に立ち向かうには、私はあまりにも貧相だった

 

 私は見ていた

 そして今は後悔に苛まれている

 何度も過去を思い出すが、しかし、解決策は出てこない

 こんな拷問があってたまるか

 

 私は見ていた

 不公平に悪態をつく

 過去に戻れたとして、そこに希望があるならまだマシだろう

 でも私が過去に戻ったところでそこに希望はない

 ただただ歯痒く、ただただ虚しい

 

 

 

 

 私は見ていた

 

 そう、見ていることしか出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おブェッ、オエッ、おえええッ!!」

 

 

 マシュ・キリエライトは昼食に食べたカツレツを、地面に向かって吐瀉する。

 酸っぱいナニカが食道を駆け上がり、口はエグみと酸味の不快感で一杯になった。

 消化しきれていない豚肉が、ベチャベチャという悍しい音を立てながら地面に伝わり落ちるが、彼女にそれを止める術はない。

 

 

「マシュ!マシュ!…大丈夫!?しっかりして!」

 

「オエッ、おエェッ!…せ、先輩…先輩は大丈夫なんですか?」

 

「うん、何とかね。キャメロットの件があったから…でも、臭いはこっちの方が酷い。」

 

 

 ドイツ軍とソ連軍の前線からどうにか離脱したマスターとマシュは、Dr.ロマニの指示を受けながら行方不明のスタッフを探していた。

 道中の指示は的確で、その根拠となる判断も妥当なものだ。

 こんな近代的な戦場で、戦闘を厭わずに力強くで押し進めば、マシュはともかくマスターが危ない。

 だからDr.ロマニは生体反応を避けて通るように指示を出していたのだが…しかし、その途中にとんでもないものに行き着いてしまった。

 

 

「オエッ………ハァッ!ハァッ!…ど、ドクター、ここは一体…?」

 

『どうやら、村みたいだ…いや、正確には"村だった場所"かな。』

 

「ここで一体何が起きたんですか?…こんな、こんな酷いこと…」

 

『すまない、マシュ、藤丸君。生体反応の回避に没頭するあまり、この戦争の特性を忘れてしまっていた。…第二次世界大戦の東部前線。この戦場は、過酷な戦闘と共にある残酷な歴史的犯罪が繰り広げられた事でも有名なんだ。』

 

「その歴史的犯罪って…もしかして」

 

『そうだ、藤丸君。君も学校で習っただろうけど………『民族浄化(ホロコースト)』…それも、過去最大規模の効率で、広範な範囲と期間の間に行われたんだ。』

 

 

 人類最後のマスター、藤丸立香とマシュ・キリエライトは、虐殺が繰り広げられたロマの村…正確には、荷馬車とテントのキャンプと対面している。

 荷馬車は既に焼け焦げて異臭を放ち、地に掘られた壕には無数の死体が投げ入れられて、テントは血で赤く染まっていた。

 彼方此方に弾痕があり、死体があり、遺品があり。

 そして最後に、空の酒瓶がそこら中に転がっていた。

 

 

 まるで…生きている事自体が大罪だ、とでも言わんばかりの有様に、マシュもマスターも閉口する以外選択肢がない。

 

 

 

「そ、そんな…どうして…どうしてこんな事を……あんな小さな女の子まで…」

 

 

 マシュを一番狼狽させたのは、地面に突っ伏して微動だにしない、少女の死体だった。

 

 片手に熊のぬいぐるみを持ったロマの少女は、後頭部に9mmの大穴を開けられて、緑の地面に赤い染みを作っていた。

 遠慮という言葉を知らないハエの群れが少女の被弾部を中心に飛び回り、傷口には蛆が沸いている。

 そんな凄惨な光景が、マシュの精神を弱らせていく。

 

 

「こんな事…許せない!こんな酷いこと、許せません!人間として!サーヴァントとして!」

 

『落ち着くんだ、マシュ!感情に飲まれるな!』

 

「これが落ち着いていられますか、ドクター!?無抵抗な人々を一方的に殺しています!ふざけ半分に、酒なんか飲みながら!」

 

『落ち着け、マシュ!!!』

 

「ッ!!………ウッ、ゥウッ」

 

 Dr.ロマニが珍しく声を張り上げて、マシュは幾ばくか落ち着きを取り戻す。

 彼女は激しい怒りと深い悲しみを同居させたような顔をしながらも、息を整え、そして泣き始めた。

 マシュがこんな状態なのに、まだ冷静を保っているマスターの存在が、Dr.ロマニには有難い。

 藤丸立香はマシュの元に歩み寄ってその肩に手を置き、Dr.ロマニはため息を吐きながら、マシュに語りかけた。

 

 

『マシュ…この虐殺を行なったのは、恐らくナチス親衛隊の特別行動部隊(アインザッツ・グルッペン)だ。信じられないかもしれないけど、この部隊の仕事はヒトラーへの忠誠心が高い親衛隊においてさえ、一番嫌われる仕事だったんだ。』

 

「………」

 

『確かに酒瓶がそこら中に落ちている。でも、それはふざけ半分に殺していたからじゃない。そうでもしないと、この辛い任務をこなす事が出来なかった…こんな事をした連中も、やはり1人の人間だったんだ。』

 

「…………そんなの…そんなの悲し過ぎます。」

 

『ああ、そうだね。それに狂っている。…こんな場所に誘導してすまなかった。早くスタッフを見つけて、この狂った時代から離脱しよう。こちらが正気を保てなくなる前に。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスター達から北に16km

 

 ドイツ軍野営地

 

 

 

 

 

 

 夜襲は完全な失敗に終わった。

 ソ連兵の波状攻撃はドイツ軍の機銃陣地と105mm軽榴弾砲によって破砕され、陣地前面のキルゾーンは文字通り死体で溢れている。

 腕に赤十字腕章を巻いた衛生要員が死体の片付けを始めているあたり、敵の脅威は完全に排除されたのだろう。

 だが、陣地内のドイツ軍将兵は皆疲れた顔をしていて、安堵というよりは疲労困憊といった様子だった。

 

 

 

 俺は皇女殿下からいただいたハンカチで鼻と口を覆いながらバンカーを出る。

 その後ろからは同じく鼻と口をハンカチで覆う殿下が続き、邪ン姉さんもその後から出てきた。

 

 

「酷い臭いね。言った通りでしょ、シマズ。恥なんか捨てて、皇女サマにハンカチを借りなさいって。」

 

「うん、こいつぁあひでぇや。…ありがとうございます、殿下。」

 

「………いいえ、その…私の方こそお礼を言わせて。………ずっと側に居てくれて………ありがとう

 

 

 

!!ッといかん、尊死する。

 こんなところで尊死なんかしたら前面で死んでるソ連兵達にあの世でリンチされそうだ。

 冗談はさておき、殿下も邪ン姉さんも俺も、昨夜はもちろん一睡もできなかった。

 おかげで我々も随分とくたびれた顔をしているはずである。

 

 そのせいか、ハンカチで鼻を覆う俺に、安っぽい紙巻タバコが差し出された。

 見れば我々よりも遥かにやつれた顔をしたホフマン軍曹だ。

 

 

「吸えよ、ロシア人。そんな可憐なハンカチは、此処じゃなくて別の所で使うべきさ。」

 

 

 可能な限りハンカチを手早くしまい、軍曹からタバコを受け取って火をつける。

 もう、何というかタバコが吸いたくて仕方がなかった。

 だから火をつけて煙を吸い込み、ふぅっと深く吐き出して初めて皇女殿下の存在を思い返す。

 うっわ、やっちまったよ。

 わざわざハンカチまで貸してくれた殿下の横でなんて事してんだよ。

 ちったあ気を回しなさい、なんでなんの抵抗もなくこういう事しちゃうかなぁ。

 

 自分への呆れと共に、傍の皇女殿下を顧みる。

 あわよくば、「申し訳ありません」的な謝罪をしようとしたのだ。

 だが、顧みた先にいる皇女殿下は俺の喫煙なんか構ってもいないようだった。

 彼女の視線は、ある一点に向けられて、そこから微動だにしない。

 

 その視線の先を見る。

 3人のソ連兵が大勢のドイツ兵に囲まれて歩いていた。

 ソリの高い制帽を被った将校を先頭に、モーゼル銃を持った兵卒達が捕虜を引っ立てているようだ。

 向かう先は収容所か銃殺か…考えたくもない。

 

 

「………捕虜が?」

 

「ああ。ソ連兵はあいつら以外皆死んだ。逃げ出した者は誰一人いなかった。露助(イワン)の"ああいうとこ"は本当に恐ろしい。」

 

 

 ホフマン軍曹もタバコを咥えて火をつける。

 煙を吸うと、それを吐き出しながら火のついたタバコで陣地前面の死体の山を指し示す。

 

 

「アレを見てみろ。全員こっちに向かって倒れてやがる。砲兵の仕事が後少しでも遅かったら、俺たちは殺されていた。」

 

「なんてこった…」

 

「ロシア人は諦めない。例え目の前に機関銃があっても降伏せずに突っ込んで来るんだ。…あの3人はよほど"運が悪かった"んだな。」

 

 

 軍曹の言葉に頷きながら再び殿下に目を向けると、彼女は未だに捕虜の方を見据えている。

 捕虜達を連れている将校はよほど苛立っているようで、配下の兵卒達に声を荒げて指示を出していた。

 兵卒達もそのせいでイラついているようで、捕虜を銃床で追い立てるように突っついている。

 

 

 殿下が…少なくとも俺からするとかなり衝撃的な行動に走ったのはその時だった。

 

 彼女はフレグランス極まりないハンカチをその場に捨てると、豪華な衣装に泥が跳ねるのも気にせずに走り出す。

 邪ン姉さんが後を追い、俺も制止の言葉をかけようとするが彼女は止まらない。

 将校が怪訝な顔をしながら殿下を睨み、兵卒達が銃を彼女に向けたが、殿下は止まる事なく捕虜の一人の目の前に躍り出た。

 

 

「…………」

 

「………!?」

 

 

 無言で立ち尽くす皇女殿下と、何か驚いた顔で目を見開く捕虜。

 邪ン姉さんと軍曹と俺は自然と彼女の後を追っていて、その背後2mの距離で脚を止めた。

 軍曹が手を振って兵卒達の銃口を下げさせたが、将校はそれが面白くないのか声を荒げる。

 "なんだ貴様!"

 でも、誰も将校の機嫌なんか気にしてはいない。

 何故皇女殿下が急に走り出し、そして止まったのか。

 この捕虜は何者なのか。

 我々にはそれだけが気がかりだった。

 

 やがて、皇女殿下が、この突拍子もない行動の理由を、口にした。

 

 

 

「……レオニード?」

 

 

 

 赤軍兵士の捕虜は口をアングリと開け、目をひん剥いている。

 何かしらのパニックに陥っているのが手にとるように分かる。

 事実、彼は殿下のお言葉にこう返したのだ。

 

 

「……ッ…バカな!バカな!バカなバカなバカな!!…アンタは、アンタは死んだ筈だ!」

 

「いいえ、私は今ここにいる。あなたに会えるとは思っていなかったけど…生きていたのね、本当に良かった。」

 

 

 皇女殿下が笑みを浮かべている様が、後ろからでもわかる。

 だが赤軍兵士の態度はその180度逆だった。

 おずおずと後退り、目を見張ったまま首を横に振っている。

 まるで、何か出会したくないものにでも…()()()()()()()()()()()()()

 

 

「レオニード、ここの責任者に言って、あなたを解放してもらえるように…」

 

「やめろ、やめてくれ。」

 

「………?どうしたの、レオニード?」

 

「アンタは…アンタはッ、違うッ!!アンタはニセモンだ!!ふざけんな!!俺によるんじゃねえ!!」

 

 

 赤軍兵士が暴れ始め、直後に兵卒の銃床打撃を後頭部に喰らう。

 モロに打撃を受けた赤軍兵士はその場に倒れ込み、ほかの兵卒によって運ばれた。

 軍曹が将校に、この捕虜達の処遇を聞いてくれた。

 

 

「こいつらは銃殺ですか、少尉殿?」

 

「バカ言え、弾の無駄だ。例の如く、まずは尋問からさ。で、無駄飯喰いだと分かったら…」

 

 

 将校が首を掻き切る動作をする。

 どうやらこの赤軍兵士達の命はそう長くないらしい。

 彼らはどう見ても将校や下士官には見えない。

 軍事的に有意義な情報など期待もできない事だろう。

 

 皇女殿下は突然の拒絶があまりにもショックだったらしい。

 俺は茫然としたまま立ち尽くす彼女に歩み寄り、話を聞くことにする。

 あの赤軍兵士がいったい何者で、殿下とどういう関係があるのか。

 

 

 

「大丈夫ですか、殿下。」

 

「……ええ。きっと、彼も気が動転しているのだわ。」

 

「失礼ですが、彼は何者なんです?」

 

 

 殿下はこの問いに答えるために、少し目を閉じて間を開けた。

 まるで遥か昔の良き時代を思い出すかのように。

 

 

レオニード・セドネフ…私達のお皿洗い、アレクセイの遊び相手……イパチェフ館から、ただ一人生き残った生還者よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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25 〜レイシフト編〜 招かれざる客

 

 

 

 

 

 そのキューベルワーゲンは検問所に差し掛かると、荒々しいばかりのブレーキで停止する。

 まるで運転手の不機嫌さをそのまま現したかのような止まり方で、後部座席の機関銃手は危うく前転するところだった。

 だが助手席の将校はそんな運転手のブレーキ操作にはもう慣れてしまっている。

 だから運転手を一瞥しただけで、ひと昔前のようにアレコレ言うつもりもなかった。

 

 

 将校は助手席から降りると、検問所の憲兵に向かって手を挙げながら進み出る。

 所謂ナチス式敬礼で、MP40を抱える憲兵も同じ動作をした。

 お決まりの挨拶を終わらせると、将校は短刀直入に自己紹介と要件を伝える。

 

 

「親衛隊中佐のアルベルト・ミュラーだ。ここから先の場所での任務を付与された。検問を通してもらいたい。」

 

「陸軍野戦憲兵のフロイト大尉です。…残念ですが、この先は誰も通さないよう指示を受けております。」

 

「では、上官に伝えたまえ。我々は総統の御命令で動いている。私の言葉は総統の言葉だ。…私の部隊を通したまえ。もし抗命するなら党に報告する。」

 

「………」

 

「…安心しろ。我々の敵はユダヤ人やロマといった劣等人種、怠惰な共産主義者、脱走兵や軍規違反者といったアーリア人の面汚し共だ。君達のような勤勉な軍人に不利益はない、約束する。」

 

「上官と話させてください」

 

「いや、その必要はない…私が会って直接話そう。悪いが、急いでいるのでね。」

 

 

 これ以上抵抗すれば、憲兵大尉は勿論部下たちの立場も危ない。

 憲兵大尉はため息を吐きながら、背後に控える部下達に頷いた。

 検問が開かれ、親衛隊中佐のキューベルワーゲン、サイドカー付きのオートバイ、そして虚な目をした兵士を満載するオペル・ブリッツが2台通過する。

 その車列を見送った後、憲兵大尉は部下の曹長に向き直った。

 

 

「無線で大佐の野営地に連絡を取れ。親衛隊のクソったれがそちらに向かったと伝えるんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオニード・セドネフは他の2人とは違って、バンカーの独房に移された。

 彼と共に捕らえられた2人が粗末な小屋に押し込められたのと比べると、かなりの好待遇と言えるだろう。

 何故そうなったかというと、皇女殿下がゲーレン大佐に、彼の助命と待遇の改善を懇願したからだ。

 だが、セドネフ当人はそれでも態度を変えていない。

 曰く、「皇女殿下は"ニセモノ"だ!本物はNKVDに殺された!」。

 殿下はあまり顔に感情を出そうとはしなかったが、落ち込んでいるのは側から見てもよく分かる。

 俺も邪ン姉さんも、そんな殿下の事が気がかりだった。

 

 

「ったく、あの兵士。誰のおかげで今の待遇があるのか分かってるのかしら。」

 

 

 邪ン姉さんが野営地の外柵に腰掛けながら悪態を吐く。

 俺はトミーガンを背負ったまま胸ポケットからタバコを取り出して、それを邪ン姉さんに渡す。

 その後自分も一本加えて、ライターで火をつけた。

 

 

「…まあ、当人からすれば正に亡霊でしょうね。皇女殿下は本当に亡くなっているハズですから。彼はイパチェフ館の生き残りです。当然…ふぅ…殿下がどうなるかも知っていた。」

 

「………」

 

「例えばの話です、邪ン姉さん。今ここにピエール・コーション司祭が現れたらどう思います?」

 

「え?…それなんてエネミー?」

 

「そうなるでしょう?…彼の反応は不思議でもなんでもない。彼自身はその目撃者でもあったんです。直接見てはないとはいえ…尚更信じがたい。」

 

「…なるほどね。じゃあ、日数が経てばあの男も信じるようになるかしら。」

 

「どちらとも言えません。ただ俺たちに出来ることといえば、可能な限り殿下をお守りする事でしょう。…カルデアのマスターが我々を見つけるまで。」

 

「皇女サマも大人しく着いて来てくれればいいけど。今の彼女、本気でロマノフ朝を再興する気よ?下手をすれば人理を変えてしまうかもね。」

 

「………ともかく、邪ン姉さんと殿下がサーヴァントである事は可能な限り伏せておくべきでしょう。これ以上目立つのはよろしくない。俺と邪ン姉さんは殿下の従者に徹するべきです。」

 

「ん、りょーかいっ。そうしましょう。サーヴァントの私がいれば、いくらこの時代の兵士でも結構戦えるでしょうし、アンタもアンタでこの時代の知識があるからある程度の予知ができる。うまく組み合わせれば…」

 

「イヴァン!大変だ!」

 

 

 邪ン姉さんと俺の会話に分け入るように、ホフマン軍曹がやってくる。

 何事かと思えば、彼は相当焦っているようで、そしてその理由はごく当然の物だった。

 

 

「何事ですか、軍曹?」

 

「親衛隊だ!!親衛隊の、それも特別行動部隊(アインザッツ・グルッペン)がまもなくこっちに来る!」

 

「なっ!?」

 

 

 驚く間もなく、遠目に一台のキューベルワーゲンが見えた。

 助手席には制帽を被る男が乗っている。

 黒地に白の襟章が嫌というほど目に止まる。

 抽象化された『SS』の2文字。

 間違いない、ホフマン軍曹の言う親衛隊はもう野営地に到着したのだ。

 

 

「イヴァン、お前は例の捕虜がいるバンカーに隠れてろ。アジア面は見つかれば銃殺される。皇室の従卒だろうと、奴らからすれば関係ない!」

 

「りょ、了解しました、軍曹!邪ン姉さんは…」

 

「私もアンタと行くわ、シマズ。もしアンタに危害を加えるようなら、私がこんがり焼いてやるから安心なさい。」

 

優ちぃ優ちぃよぉ

 

「うっさい!とっとと走る!…軍曹、皇女サマは?」

 

「殿下の事なら安心していい。大佐が同行している。」

 

「正直ちょっと不安だけど…今のところ大丈夫そうね。それじゃあ、頼んだわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伍長、あの天幕の前で止まれ」

 

 

 キューベルワーゲンの運転手は言われた通り、親衛隊中佐殿が指定した天幕の前で止まった。

 助手席の将校が降りると、後部座席の機銃手もMP40を手に取って後に続く。

 後続のオートバイやオペル・ブリッツもやがて到着し、武装親衛隊の兵士達を吐き出した。

 

 親衛隊の将校は天幕の前にいるこの野営地の責任者に向かって歩みを進める。

 サブマシンガンを持つ護衛がやや駆け足になるほどの早足でその人物の前へ進み出ると、親衛隊ではお決まりのやり方で敬礼した。

 

 

「ジーク・ハイル!」

 

「………ジーク・ハイル」

 

 

 野営地の責任者の反応は、親衛隊中佐のそれよりも熱意の感じられない物だった。

 まるで、"俺は国防軍であって、総統に忠誠を誓うために入隊したわけじゃない"とでも言いたげだ。

 だが、親衛隊中佐は構わず話を始める。

 野戦憲兵相手にやったように、短刀直入に。

 

 

「本部より命令が降りまして、此方にいる捕虜を確認せよとの事でした。失礼ですが、捕虜収容施設を()()させていただいてもよろしいですか?」

 

「たかが捕虜数人の為に一個小隊送ってよこすほど親衛隊は暇なのかね?」

 

「………ゲーレン大佐、お言葉ですがこれは総統閣下より承った任務です。我々にはアーリア人を劣等人種から守る使命があります。」

 

「総統閣下の御命令が何であれここは国防軍の管轄だ。私の陣地で勝手なマネは許さん。」

 

 

 親衛隊中佐は、この大佐の頭を銃で打ち抜いてやりたい気持ちになった。

 彼自身、好きでこんな部隊にいるわけではない。

 若き日のアルベルト・ミュラーはケルンの大学で化学を学ぶ知的な青年だったのだ。

 だが、国家保安部を率いるラインハルト・ハイドリヒはそういった知識人を軟弱と決めつけて、いわゆる"インテリ肌"を嫌っていた。

 "ヒムラーの頭脳(H H)即ちハイドリヒ(H h)"はそういったインテリ連中を特別行動部隊(アインザッツ・グルッペン)の指揮官にする事で戦争犯罪者に仕立て上げたのだ。

 そうする事で彼らはナチ党と運命を共にするしかなくなり、余計な企てを試みる気を失くさせようとしたのである。

 

 アルベルト・ミュラー中佐は早いところ元の部署に戻りたかった。

 その為にはこの気の進まない仕事を、しかし淡々とこなしていかなければならない。

 著しい業績を挙げれば、その可能性はあることだろう。

 だからこの国防軍の石頭大佐を、総統閣下から与えられた親衛隊員の制服の力でどうにかできないかと考えていた。

 

 

 その時、彼の目に1人の可憐な少女が映る。

 白い華麗な衣装に身を包み、ぬいぐるみか何かを抱いているその少女は、大佐の背後にある天幕から飛び出してきたのだ。

 この泥臭い野営地には不釣り合いなほど高貴な様子の少女は、かなり場違いな存在に見えた。

 

 

「…大佐、彼女は?」

 

「何でもない、我々の協力者だ。」

 

「殿下!殿下!お待ちください!」

 

 

 どうやら、今日はアルベルト・ミュラーにとっては運の良い日のようだ。

 不思議極まりない可憐な少女の背後から、黒縁メガネの男が後を追うように飛び出してくる。

 どう考えてもドイツ軍人の服装ではないし、それはまさしく赤軍の軍服だった。

 

 

「大佐!捕虜を収容していないとは何事ですか!」

 

「彼も我々の協力者だ、貴様には関係ない!」

 

「関係ない?いいえ、大アリです。大佐には随分とスラヴ人の"協力者"が多いようですね。これは"事実確認"をしなければならない。」

 

「ふざけるな!先ほども言ったはずだ!私の陣地で勝手なマネは」

 

「秩序の取れていない野営地は陣地とは言えません!本部もそれを承知で我々をここに寄越したのでしょう!…もし止めると言うのなら、党へ報告します。」

 

「おい、待て」

 

 

 大佐の制止など気にも留めず、アルベルト・ミュラー親衛隊中佐は部下に向かって指示を飛ばし始めた。

 この野営地中を巡って、所謂"劣等人種"を探し出し、そして殺すつもりなのだ。

 親衛隊中佐はゲーレン大佐とその配下の情報機関が総統に煙たがられている事を知っている。

 だからこそここで存分に粗探しをして大佐の不備を見つけ出せば、この不快な任務から解放される日もグッと近づく事だろう。

 その利点は、国防軍大佐を敵に回すことよりもずっと上回って見えた。

 

 

 

「殿下!何故天幕の外に出たのですか!」

 

「シマ…イヴァン達が危ないと聞きました!私には従者である彼らを守る義務があります!」

 

「ご安心ください、彼らは今安全なところに…」

 

「今あなたと話をしていた男達の事は()()()()()()()()お聞きしました。イヴァン達が危ないということも充分に分かります。せめて、私が近くにいるべきです。」

 

 

 大佐の釈明も聞かず、天幕から飛び出した皇女殿下は走り出す。

 ゲーレンはウラソフを睨んだが、ウラソフはまるで気にも留めていない…ややもすると"計算通り"といった顔さえしている。

 彼自身からするとウラソフが先走って余計な事を言ったとしか思えなかったし、事実その公算は高いことだろう。

 

 こうなっては仕方ない。

 皇女殿下には生きていて貰わねばないという考えは、ゲーレン大佐にとって最優先事項だった。

 

 

「ホフマン!」

 

「何でしょう、大佐」

 

 

 ゲーレンは直属の部下を呼んで、耳元でこっそり話しかける。

 あくまでもウラソフの耳には入らないよう、気を使いながら。

 

 

「いいか、お前に特別な任務を与える」

 

「はぁ」

 

「秘密裏に殿下とその従者達をこの野営地から脱出させろ…あの捕虜も一緒にな。」

 

 

 

 

 



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26 〜レイシフト編〜 彼らの真意

 

 

 

 

 

 

 

 

【前回までのあらすじ】

 

 

 

 島津「あぶベベベべッ!!(感電)」

 

 

 Dr.ロマニ「レイシフト中にアクシデントがあって、君達は目的地とは全く異なる時代に飛ばされている!ええっと…1942年7月のブリャンスク!?激戦地じゃないか!!」

 

 

 ………

 

 

 皇女殿下「改めて私から紹介するわ、"イヴァン"。この方はウラソフ中将。そしてこちらの方はラインハルト・ゲーレン大佐。」

 

 ウラソフ「初めまして」

 

 ゲーレン「よろしく」

 

 

 

 邪ン姉さん「で、シマズ。アンタの見解は?」

 

 シマズ「こんなうま過ぎる話がありますか?…連中、皇女殿下を利用するつもりです。」

 

 邪ン姉さん「その根拠は?」

 

 島津「……アンドレイ・ウラソフはスターリンに猜疑心を持たれるまで、勇敢な赤軍の指揮官でした。彼は若い頃赤軍兵士として白軍と戦っています。そんな人間が王政復古など…彼の目標はボリシェビキの排除だ、王政復古ではない。」

 

 

 ………

 

 

 ポンッ!

 ヒュウウウウウ…

 

 ホフマン軍曹「迫撃砲!!!畜生!露助の夜襲だ!」

 

 

 

 

 島津「捕虜が?」

 

 ホフマン軍曹「ああ。ソ連兵はあいつら以外皆死んだ。逃げ出した者は誰一人いなかった。露助の"ああいうとこ"は本当に恐ろしい。」

 

 皇女殿下「………レオニード?」

 

 セドネフ「……ッ…バカな!バカな!バカなバカなバカな!!…アンタは、アンタは死んだ筈だ!」

 

 

 島津「失礼ですが、彼は何者なんですか?」

 

 皇女殿下「レオニード・セドネフ……イパチェフ館からただ一人生き残った生還者よ。」

 

 

 

 ………

 

 

 

 

 マシュ「おブェッ、オエッ、おえええッ!!」

 マシュ「これが落ち着いていられますか、ドクター!?無抵抗な人々を一方的に殺しています!」

 

 Dr.ロマニ「この虐殺を行なったのは、恐らくナチス親衛隊の特別行動部隊だ。」

 

 

 

 憲兵大尉「無線で大佐の野営地に連絡を取れ。親衛隊のクソったれがそちらに向かったと伝えるんだ。」

 

 ゲーレン「ホフマン!」

 

 ホフマン軍曹「何でしょう、大佐」

 

 ゲーレン「秘密裏に殿下とその従者達をこの野営地から脱出させろ…あの捕虜も一緒にな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌ・ダルクはフランスの為に立ち上がった1人の少女だった。

 彼女は大の大人でも怯むような状況でも前に打って出た。

 彼女は現職の聖職者でさえ説得できる敬虔な信徒だった。

 彼女は…当時のフランス国王が中々成し遂げれなかったものを成し遂げた。

 

 だが、そんな彼女は最後には炎にくべられた。

 守ってきた多くの民から嘲られ、聖職者達から罵られ、国王から裏切られた。

 反英雄、ジャンヌダルク・オルタはそんな彼女の非業な最期から生み出されたような存在である。

 人間であるのなら誰しもが持ち得る復讐心と憎悪を持ち、自らを貶めた連中を炎にくべる為に行動する存在として、キャスターのジル・ド・レェの願望を具現化する形で生み出されたのだった。

 

 

 

 だからこそ、彼女にとってレオニード・セドネフは気に入らない存在だったのだろう。

 彼は自身の生命を助けてくれた皇女殿下を偽物呼ばわりし、その謝意を見せる事も恩を感じている様子もない。

 親衛隊員達がこの野営地を後にするまで隠れる為にこのバンカーに入った時から、彼女は砂漠の荒鷲が薄汚いハイエナを見下ろしているかのような眼で赤軍兵士を見ていた。

 腕組みをして、足を組みながら。

 

 

「……アンタ、皇女サマへの感謝はないわけ?他の2人がどうなったかは見ていたハズよ?皇女サマがいなきゃ、アンタだってあのクソ塗れの豚小屋に押し込まれてた。」

 

「……………」

 

「なんとか言ったらどう?この間抜け。」

 

 

 邪ン姉さんは静かなる怒りを抱いていたようだが、俺の方はと言うと、別の考えに至りつつあった。

 

 例えばの話、俺がこの赤軍兵士の立場なら、1も2もなく彼女の事を本物だと断定し、媚び諂い、あわよくば再び従者として迎え入れられるように立ち振る舞う事だろう。

 もし俺が皇女殿下とは何の関係もない人物だったとしても、そうする。

 

 何故ならその方がずっと多くの恩恵を受けることができるからだ。

 実際セドネフは他の2人とは違って特別扱いをされている。

 なら自己の利益に沿うような態度をとるのは当然だろう。

 倫理的に無理だという方もいるだろうが、ここは戦場…それも第二次世界大戦で最も過酷な戦場の一つなのだ。

 倫理観どうこうなど、真っ先に傍に置かれるハズである。

 

 しかしこの赤軍兵士は一向に認めようとしない。

 それが彼に何の利益ももたらさず、かえって不利益が募るばかりだというのにも関わらず。

 何回か否定したとしても、さすがにここまで否定するのは逆に不自然というものだ。

 たとえ彼が、イパチェフ館からの生還者だとしても………

 

 

 

「アンタいったい何様のつもり!?」

 

 

 邪ン姉さんの怒りがヒートアップしたその時、それまで押し黙っていた赤軍兵士がようやく口を開いた。

 そして、彼は俺の憶測が正しい方向にあった事をも証明した。

 

 

「……何様?…何様だと?…ふふっ…アンタらこそ何様なんだ?少なくとも、アンナはフランス女じゃなかったし、イヴァンはアジア人じゃなかった。殿下よりも、アンタらの方がインチキだな。」

 

「はぁ!?何言ってん」

 

「落ち着いてください、邪ン姉さん。…失礼、セドネフさん。あなたが殿下を本物だと認めなかったのは…」

 

「ようやく気づいたのか…アンタらよっぽど間抜けなんだな!!あの男を知らないのか!?アンドレイ・ウラソフは筋金入りの"革命戦士"なんだぞ!?」

 

 

 セドネフが声を張り上げて、今度は邪ン姉さんの方が瞬ぐ。

 

 

「我々は状況が悪かったんです。殿下が我々をご自身の従者として助けて下さった…認める他ないでしょう?」

 

「え?何?シマズ、どういう事?」

 

「彼は…レオニード・セドネフは嘘を吐き続けていたんです…殿下を守る為に。

 

「ああ、その通りだ。ウラソフは勇猛な戦略家だが、革命期には赤軍兵士として戦ってたんだ。そんな男からすれば、殿下はただの道具だろう。」

 

 

 

 セドネフが殿下を偽物だと罵り続けた理由。

 それはウラソフに殿下を利用させない為の努力だったのだ。

 イパチェフ館からの唯一の生還者である彼が否定をする事の意義は確かに大きいことだろう。

 2つの大戦の戦間期にもアナスタシア・ロマノヴァを騙る人物が現れている。

 唯一の生き証人が偽物だと断定し続ければ、ウラソフも殿下の利用を諦める他なく、解放する事になったかもしれない。

 彼の狙いは、まさしくそれであった。

 

 

「アンタ…でも、何故?皇女サマが偽物だと断定されれば、アンタは本格的に用済みになる。」

 

「銃殺隊によって処刑されかねませんよ!?」

 

「…………俺は…俺はあの場所で"ただ見ている"ことしか出来なかった。もう、あんなことは……」

 

 

 邪ン姉さんは今では完全に沈黙している。

 彼女も俺も、セドネフにどう声を掛けるべきか検討もつかないでいるのだ。

「すまなかった」と謝るべきか?

 頭を垂れて、この赤軍兵士の機転に気づけなかったことを謝罪すべきだろうか?

 

 

「今更騒いでももう遅いだろう。…さっき看守の連中が言ってたが、クソったれの親衛隊が来やがったそうだな…悪い事は言わない、ここから逃げた方が良い。」

 

「…ハ、ハッ!その手には乗らないわよ?どうせ、アンタも逃してくれとか…」

 

「いや、俺はこのままでいい。…だが、殿下は……殿下はどうか逃して欲しい。ウラソフの手中にある限り、殿下は安全とは言えない!」

 

「………」

 

 

 邪ン姉さんは再び沈黙する。

 正直俺もこの赤軍兵士の勇気と献身には驚いたが、しかし、直後にもっと驚くべき事が起きた。

 皇女殿下ご自身がバンカーにいらっしゃったのである。

 

 

「シマ…イヴァン!アンナ!それにレオニード、無事ですか?」

 

「ええ、ああ、まあ、はい、無事です、殿下。」

 

「あぁ良かった…3人ともよく聞いてください。今から私達はこの野営地から脱出します。」

 

「へ?」

 

「親衛隊と呼ばれる虐殺者集団がこの野営地に来ています。捕虜を皆殺しにする気だとか。…ホフマン軍曹が先導してくださいます。」

 

「イヴァン、殿下の言った通りだ。他の2人もさっさと準備しろ。」

 

 

 

 殿下に続いて入ってきたホフマン軍曹に急かされて、俺はトミーガンを手に取り、邪ン姉さんも荷物を肩に掛ける。

 マジで姉さんってよりはオカンっぽくなってしまった邪ン姉さんが、「ほら、ちゃんと被んなさい。危ないでしょ」とか言いながら俺の頭に鹵獲品のシュタールヘルムを被せている間にも、ホフマン軍曹が捕虜の拘束を解いていた。

 

 

「…何のつもりだ?ファシストの情けを受けるつもりはない。」

 

「勘違いするな。これも大佐の御命令だ。」

 

「俺が造反せずに従うとでも?」

 

「お前だって分かっているはずだ。NKVD(チェーカー)は捕虜を許さない。」

 

 

 1930年代の大粛清を引き起こしたスターリンの猜疑心は有名だが、彼のそれはまさに一種の病気ですらあった。

 指令第279号は全ての赤軍兵士に敵への投降を禁止した。

 その為、捕虜となった赤軍兵士への共産党の評価は「反逆者」であったのだ。

 

 彼らはソ連赤軍の部隊と合流したとしても、"同志"として迎えられることはなかった。

「反逆者」は収容所に送られてそこで大勢が犠牲となり、運良く生き残っても、向かう先は懲罰大隊であった。

 戦車の"背中"に乗った歩兵は格好良く見えるかもしれないが…しかし、実際には敵の砲火に対してあまりに無防備だ。

 

 

 セドネフもその辺は十分承知しているようで、その後は黙って軍曹の指示に従う。

 軍曹がようやく、捕虜の拘束を解いた時、バンカーの外から2発の銃声が聞こえた。

 

 

「畜生!親衛隊め、捕虜を見つけやがったな。よし、行くぞ、お前ら。離れるなよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍曹の先導のおかげで、我々は無事に野営地の外へと出ることができた。

 だが、俺としては未だ不信感が拭い切れていない。

 それは軍曹への不信感ではなく、ウラソフへの不信感だった。

 アンドレイ・ウラソフは間違いなく殿下を利用しようとしている。

 ゲーレンだってそれは同じだろう。

 なら、何故我々を逃す事にしたのだろうか?

 そもそも戦場のど真ん中に我々を放り出すとは思えない。

 だとすれば軍曹の本当の任務は我々を野へ放つ事ではなく、どこかへ連れて行く事だろう。

 野営地を離れてから随分と経つ。

 周囲も薄暗くなっているが、未だに軍曹が野営地へ引き返す様子もなく、どこへ行くのかも言わない事が、俺にはどうにも不安だった。

 

 

 

「軍曹、我々はどこへ向かっているんですか?」

 

「………」

 

「野営地に戻るのなら、これ以上進むのは…」

 

「………」

 

 

 軍曹が無言を貫き通すので、俺も邪ン姉さんもいよいよ不安になってきた。

 彼女は俺の背後に周り、俺のホルスターから45口径拳銃を音もなく引き抜いた。

 俺の方も出来るだけ音を立てずにゆっくりとトミーガンのコッキング・レバーを動かして初弾を装填する。

 そして安全装置に指を伸ばした時、初めて軍曹が口を開いた。

 

 

 

「そう先走るな。…ちょうどいい、ここで休憩にしよう。」

 

 

 彼は立ち止まると、その場にしゃがんで楽な姿勢になった。

 俺としては出来るだけ音を立てないように頑張ったのに、軍曹にはバレバレだった事に衝撃を受けたが、軍曹は無理もないという風な態度を取っている。

 彼は気怠そうにMP40の安全装置を掛けると、俺と邪ン姉さんの動きを察せられた理由を話した。

 

 

「…夜間ってのは、視界が充分に確保できない代わりに聴覚が働く。ちょうど、全盲の人間の聴覚が発達するようなのと同じだな。慣れてくれば遠くの音まで聞き分けられる。…だから出来る限り音は立てないで欲しいし、タバコ休憩も我慢してくれ。夜間だと300m先のタバコの火だって丸見えさ。」

 

「では、軍曹。教えてください。我々はどこに向かっているんですか?」

 

「安心しろ、お前たちを殺すような命令は受けていないし、寧ろ守り通せと言われている。」

 

「なら何故…」

 

「聞きたいことは分かる。だが…まあ、ここまで来たら、言うしかないだろうな。……殿下にはショックかもしれない」

 

「いいえ、私は大丈夫よ。先の行動について教えてもらう方が優先だわ。」

 

「ではお言葉に甘えて…。あのボリシェビキの将軍は殿下を抹殺したがっている。彼は赤軍時代以来の反体制分子の仲間達との連絡網を維持しているが、その中にはNKVD(チェーカー)の人間もいて、そいつに殿下を殺させる腹づもりだった。」

 

 

 

 俺も邪ン姉さんもセドネフも、ああやはりかという表情になる。

 少なくとも、殿下以外はその事を予想していた。

 元赤軍の勇将が帝政の復活を許容するわけがない。

 しかし、皇女殿下にはやはりショッキングな内容だったようで、彼女は少し寂しそうな顔をする。

 

 

 

「…だが、大佐の考えは違う。我々情報部は転向したロシア人達による部隊を編成したいと考えているんだ。しかし、総統はこの案を承認してくださらない。そこで、殿下にはこの新しい部隊の元首たる存在になってもらう。」

 

 

 史実によるならば、それはウラソフのポジションだ。

 これで、よりハッキリした

 恐らくゲーレンは…いや、ドイツ側は自身がロシアの土地に土足で踏み込んだ侵略者である事を重々承知している。

 ウラソフを中心としたロシア人部隊を編成したとしても、所詮は侵略者の手先としか捉えられないだろうし、占領地の住民からも支持は得られないだろう。

 

 だが、帝政ロシアの後継者を戴きに据えれば話は別だ。

 皇女殿下は前時代の全ロシアの支配者であり、ボリシェビキへの報復を声高らかに掲げて王位奪還に動いたとしても何ら不思議ではない。 

 ロシア内戦中、ニコライ2世の家族を処刑した後も、革命勢力は皇女殿下を取り逃したというデマをまことしやかに流布した。

 それは民衆に革命勢力を敵視させないための策略であり、内戦後もその噂はしばらく流れていたのである。

 

 

 病的なまでの猜疑心を持つスターリンは1930年代に大粛清の嵐を巻き起こし、5ヵ年計画では国内の農民を強制的に集団化させている。

 ソ連国内にスターリンへの不満がないわけがなく、皇女殿下の登場とならば同調するロシア人は桁違いに増えるはずだ。

 少なくとも、ウラソフがビラを作るよりも効果的に思えるし、だからこそウラソフは彼女を排除したいのだろう。

 

 

 要するに、正統性だ。

 

 大佐はソ連に侵攻したドイツ軍に、"古き良き時代の君主"を後押しするという大義名分を与えるつもりなのだ。

 ロシアの人民を抑圧する共産勢力から"解放"するとなれば、占領地の住民も協力的になることが望める。

 補給路をパルチザンの襲撃に悩まされることも、ぐっと減って行くはずなのだ。

 

 

 

「殿下とお前達をこの先の合流点で国防軍の憲兵隊に預けるように指令を受けた。…本来ならもっと大人数での護送になるハズだったんだが…クソったれの親衛隊め。とにかく、これなら殿下は無事だ。少なくとも最前線の野営地よりかはな。」

 

「大佐は、嘘をついていないのですね?」

 

「ええ、殿下。ロマノフ家の再興は大佐にとっても、いや、我々ドイツ軍全体にとっても都合の良い事です。是非ご協力させていただきたい。…さて、と。そろそろ出発しよう。合流予定時間に間に合わなくなる。」

 

 

 

 軍曹が腰を上げ、MP40を抱える。

 

 俺はといえば、大変悩ましい状況について邪ン姉さんと話し合っていた。

 

 

「確かに、それなら皇女サマは安全ね。」

 

「ですが…そうすると今度は人理が…」

 

 

 ここへ来てまさかの人理崩壊の危機である。

 しかし、皇女殿下の希望を奪うのも気が引ける。

 うぅぅぅん、どうすっぺかなぁぁぁぁ。

 

 

 

 

 ゴッ!!

 

 

 

 

 そう思っていた時に、何か硬い物がぶつかる音を聞いた。

 それは俺自身に向けられたものでも、邪ン姉さんに向けられたものでもなく、軍曹に向けられたものだった。

 見ると、長く硬そうな木の枝を持ったセドネフと、地面に突っ伏して動かなくなった軍曹がいる。

 

 セドネフは息を切らしながら、木の枝を捨てて、軍曹が落としたMP40を拾い上げる。

 そして、安全装置を解除して、銃口を軍曹に向けた。

 

 

 

 

 パパパパンッ!!

 

 

 

 

 銃声が鳴り響いたが、軍曹は死ななかった。

 セドネフはMP40こそ持っていたが、微動だにしていない。

 俺の事を驚きの目で見る邪ン姉さんと皇女殿下。

 俺自身、自分の行動に驚いていた。

 

 

「………う、動くな!!」

 

 

 俺は漆黒の空に向けていたトミーガンの銃口を、セドネフの方へ向ける。

 

 

「なんだ!邪魔をするのか!?」

 

「こ、こ、ころ、殺す必要はない筈だ!!」

 

 

 今まで人を殺した事なんてない。

 俺の腕は小刻みに震えていたし、声も同じくらい震えている。

 

 

「ど、どういうつもりなのですか、セドネフ!?」

 

「殿下!コイツを信じるのですか!?ヤツらはファシストの犬です!殿下に危害を加えるに決まっている!」

 

「こうなった以上、ドイツ軍の憲兵隊との合流は無理でしょうね。シマズ、どうする?」

 

「クソッ!今の銃声で一帯の部隊に気付かれたかもしれません。…ソ連兵に気付かれたかも。」

 

 

 セドネフが余計な事をしたせいで状況は一気に悪化した。

 MP40を奪った捕虜と、意識を失っている軍曹。

 この組み合わせだと言い逃れなんてできそうにない。

 

 

「ここから離脱しましょう、可能な限り急いで。………すいません、軍曹。」

 

 

 

 我々は急ぎ足でその場を離脱する。

 意識のない軍曹は武装解除のみをして残置した。

 息はあるから、まだ大丈夫だろう。

 それよりも心配なのは皇女殿下の安全だ。

 

 

 

стоп(止まれ)!!」

 

 

 だが、急ぐ我々を鋭利なロシア語が止める。

 暗闇の視界の悪さのせいか、それとも脱出に集中し過ぎて周囲に気をかけていなかったからか。

 気づくと、我々はソ連兵に包囲されていた。

 

 俺はトミーガンをゆっくりと地面に置いて、両手を頭の上に挙げる。

 邪ン姉さんも同じ動作をしたが、セドネフは左手でMP40を携えたまま、我々を囲むソ連兵の一人に右手を差し出した。

 

 

「曹長?」

 

「……!?お前!セドネフか!?無事だったか!?」

 

 

 

 その瞬間、俺は悟ってしまった。

 セドネフが軍曹を殴ったのは殿下を守るためじゃない。

 自分の部隊に合流するためだったのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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27 〜レイシフト編〜 或る政治将校

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウラジミール・セルゲイが青年共産同盟に入ったのは、彼が熱烈な共産主義者だったからではない。

 彼自身は極々普通な人物で、さらに言えば"()()()()()()()で"怠惰であった。

 出来る限り余計な事はせず、苦労もせず、仕事もせず、のらりくらりと上手くやりたいという…そんな願望を持っていた。

 

 ソビエト・ロシアの政治体制では、青年共産同盟はエリートを目指す上で有利な組織だった。

 父親がソ連共産党員であったウラジミールにとって、少年団(ピオネール)への入団は当然の選択であり、そしてその参加資格は最初から備わっていたのだ。

 彼の父親は息子が熱烈な共産主義者になる事を望んだが、しかしウラジミール自身はといえば"そんなモノ"どうでもよかった。

 彼は分厚いマルクスの著書を読むよりかはゲーテの詩集に触れる方を好むタイプの子供だった。

 

 

 しかしながら、彼は()()()()()()頭の良い子供だった。

 

 

 父親や周囲の人々が詩集を快く思っておらず、彼の"教化"こそを望んでいるのだと理解していたウラジミールは、人々の前ではマルクス主義の優位性を声高に熱弁し、自室に戻ってから詩集に耽るという生活の棲み分けを行うことができる子供だった。

 

 おかげで成長したウラジミールはコムソモール(青年共産同盟)への入団もつつがなくこなせたし、父親や周囲の期待にも応えられる好青年へとなり得た。

 だが、コムソモールの幹部達はウラジミールの二面性を見抜いていた。

 つまり、彼の共産主義への熱心な姿勢は見せかけであり、ドイツ人の詩集に耽ることの方がよほど重要なのだと考えていると断じたのである。

 ウラジミールは出世街道から脱落し、コムソモールでも重要な役割は与えられなかった。

 大粛清の時はどうにか逃れたが、それは地区の党書記係が同名の人物を間違えて収容所送りにしたからだ、と後に知った。

 大粛清の後、周囲からプチブルではないかと陰口を叩かれながら過ごす日々はとても陰惨で苦痛に満ちていた。

 

 

 1941年の6月22日、ドイツ軍がポーランドの"新"国境を越えた時、軍の政治委員として派遣されることが決まった。

 同じ任務を与えられた者達の内、心の底からその任務を喜んだのはウラジミールただ1人。

 ようやく陰口と陰謀に塗れた地区の党組織から離れ、一人前として行動できる。

 前線は危険かもしれないが、今いる場所だっていつ収容所に送り込まれるかも分からない状態なのだ。

 一体何が違うというんだ?

 

 それに、軍の政治委員といっても任務といえば今までと変わらない事だろう。

 部隊の政治統制を行い、逃げ腰の軍人を撃ち殺し、懲罰部隊の連中に向けて機関銃を撃たせれば良い。

 少なくとも自分に危険が降りかかるのは最後の最後。

 それまではゲーテやリルケの詩集を読んでればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、ウラジミール・セルゲイは2年前の自身をぶちのめしたい衝動に駆られている。

 軍の政治委員というポジションをあまりに軽く見ていた。

 

 

 彼は軍の士官達が練る作戦に口出しをしようとしないタイプの政治将校であり、故に軍将校からの評判は良かった。

 根は優しい性格の持ち主でもあったが故に…また政治将校の役割でもあったが故に…文盲の兵士たちに、懇切丁寧な教え方で識字能力を与えた。

 それらの行いの結果……ウラジミール自身にとっては甚だ遺憾な事に……何かあったときに頼られる立場へと立ってしまったのだ。

 

 

 

「いいかい、同志ボリス。まずは大隊の本部でトラックに乗る。」

 

「トラックに乗る」

 

「そのトラックは駅に着くから、駅で列車に乗る……いいかい、サンクトペテルブルク行きの列車に乗る。」

 

「列車に乗る」

 

「その列車は途中で君の村から程近い駅に止まるから、列車を降りる。」

 

「列車を降りる」

 

「2週間実家で休養を過ごしたら、逆の順路でここまで戻ってくる。」

 

「戻ってくる。」

 

「そうだボリス。復唱してみろ。」

 

 

 

 政治将校ウラジミール・セルゲイ大尉はもう一時間近くボリス一等兵と"塹壕戦"を繰り広げている。

 自らの幕舎で机を挟んでお互い椅子に座り、幸運な一等兵にかれこれと教え込んでいる。

 ど田舎出身のボリス一等兵は優秀な戦車兵であり、擱座したT34戦車の砲塔を動かしてドイツ軍の三号戦車を3両撃破した。

 その功績により、中隊から彼に向けて特別休暇という褒賞が与えられたのだ。

 だが困ったことに彼は列車の乗り方はもちろんキリル文字の読み方も知らない。

 彼の中隊長から相談されたセルゲイ大尉は、ボリス一等兵に行くべき場所と行うべき行為を教え込んでいたのだ。

 

 

 

「まずぅ、大隊本部さ行くだ。」

 

「うん、そうだボリス。そこで何をする?」

 

「駅さ行ぐトラックさ乗って…」

 

「よし!そうだ、トラックに乗って?」

 

「駅さ着いだら、サンクトペテルブルク行きの列車さ乗っで」

 

「列車に乗って?」

 

わ〝ーが(私が)徴兵された時に行った駅で降りで」

 

「降りて?」

 

「その後家さ帰っで二週間過ごすだ!」

 

「二週間経ったら、どこへ向かうんだ?」

 

「………」

 

 

 

 おっと、雲行きが怪しいぞ。

 ここまで教え込むのに既に貴重な一時間を消費している。

 そのおかげでもうほぼほぼ完璧になすべき行動を彼の頭に叩きこめているはずだ。

 さあ、ボリス。もう少し。

 最後の最後だ、頑張ってくれ。

 

 

 

「……なんだっぺかなぁ……あっ!んだんだ!!」

 

「よし、二週間経ったらどこへ向かうんだ?」

 

んだば、(そしたら)畑さ行ってかっちゃ(母さん)の手伝いすんだべ!」

 

「な ん で そ う な る?」

 

 

 

 セルゲイ大尉は盛大にため息を吐いて天を仰ぐ。

 これまでの一時間は見事なまでに水の泡。

 いったい全体、どうして擱座した戦車で敵戦車を撃破する事はできるのに、列車に乗って帰ってくることはできないんだ!?

 

 もうダメだ。

 セルゲイ大尉はサジを投げる。

 とはいえ、目の前で申し訳なさそうに頭を掻くボリス一等兵を見捨てるわけではない。

 大尉は机の中から何通かの便箋を取り出すと、何人かの人物に向けて手紙を認める。

 大隊本部の佐官、駅長、そして一等兵の地元にある党機関の支局長。

 どれも青年共産同盟時代の"遺産"だった。

 皆大尉自身よりもよほど出世しているが、しかし共にマルクス主義を学び、訓練で汗をかき、笑い合った同期生は現在の階級の差異に関わらず便宜を図ってくれる。

 誰にでも親切に接したセルゲイには、誰もが親切に応えてくれるのだ。

 

 

 手紙をそれぞれの人物に渡すように指示されたボリス一等兵はドギツイ田舎訛りでなんども謝意を述べて幕舎を去っていく。

 セルゲイはふぅっと息を吐きながら手元の紅茶を一口啜る。

 危うく今日1日をまるっと一等兵の為に使うところだったではないか。

 彼は次いで伸びをして、本日提出予定の書類を取り出した。

 ところがそれに手をかけた時、彼の幕舎に新たな来訪者が現れたのだ。

 

 

 

「セルゲイ大尉、セドネフです。…入ってよろしいでしょうか?」

 

「おおセドネフ!お前生きてたのか!いいぞ、入ってこい!」

 

 

 

 行方不明になっていた者が、そのまま行方不明で終わることも決して珍しくはなく、むしろその場合の方が多かった。

 だから大尉はセドネフの帰還に驚いたし、少しだけ喜びを感じていた。

 青年共産同盟出身者にしては過分な程に情に厚いこの政治将校にとって、せっかく敵の手中から脱出してきた兵士を"裏切り者"扱いすることなぞ考えられなかったのだ。

 

 セドネフが恭しく大尉の幕舎に入ってくる。

 少々緊張した様子で、可能な限り姿勢を正さんとしているようだった。

 そうする理由はよく分かる。

 

 

「お久しぶりです、大尉」

 

「ああ、久しぶりだ。それにしてもよく生きて帰ってきたなぁ!…よくぞ戻った!」

 

「実は…お恥ずかしながらお願い事がありまして」

 

「うん、心配するな。君の行方不明届は出していない。…つまり、上のお偉方には君が捕虜になった事なんて知られちゃいないんだ。君の中隊長とも話はつけてある。戦死確認の取れていない者は全員そうしてあるのさ。」

 

「ありがとうございます……ですが、実はお願い事というのは…その件ではなくて」

 

「ほほう。我儘な奴だな……冗談だ。せっかくナチの魔窟から生きて帰って来たんだ、多少の願い事なら聞いてやる。…ほら、紅茶でも飲むか?」

 

「いえ、遠慮します…それで…その…お願い事というのは……」

 

 

 セドネフが幕舎の入り口を少し開ける。

 "なるほどな"

 セルゲイ大尉は紅茶を口に含みながらも、セドネフの"お願い事"を多少予測する事ができた。

 恐らく、脱出途中どこかで民間人と合流したのだろう。

 そしてその民間人をどこか安全な場所に避難させる便宜を図ってくれということに違いない。

 今まで何回かそういう事があったし、セルゲイ大尉は自身のコネと手腕を最大限駆使してそういった期待に応えてきた。

 辻褄合わせにトコトン苦労するのだが、それで部隊の士気を維持できるのならやる価値はある。

 こちらが恩恵を与えれば、向こうは恩恵で返してくれる事が大半なのだから。

 心配事や憂いがなくなれば、兵士達もそれだけ戦闘に集中できるのだ。

 

 

 セドネフが開いた入り口から、1人の女性らしき人物が入ってきた。

 ほほう、セドネフ。

 お主もやりよるのお。

 いったいどこの避難民を連れてくるかと思えば、そんなうら若き女性を………

 

 

「私はロマノフ家皇女、アナスタシア!」

 

「ブフオオッ!!」

 

 

 大尉は口に含んでいた紅茶を口と鼻から吹き出した。

 あまりに盛大に吹き出したせいで本日提出予定の書類が紅茶塗れになってしまったし、気道に入り込んだ紅茶を排除する為に咳き込むハメになる。

 

 

「ゲッホ!ゲホゲホッ!!」

 

「た、大尉!?大丈夫ですか!?」

 

「………!」

 

 

 大尉は自身を案ずるセドネフをそのままに、幕舎の入り口へ歩んで行ってそこから首を出し、周囲の様子を伺った。

 幸いなことに、辺りに他の人間はいない。

 セルゲイ大尉は確認を取ると、困り果てた…絶望に近い顔でセドネフの元へと戻ってくる。

 

 

「お前いったい彼女をどうしたいんだ!?」

 

「大尉殿…無茶なお願いとは承知していますが、どうか彼女を保護」

 

連れてくるところが違うくない!?彼女を助けたいんでしょう!?助けたいのに政治将校のところに連れてくるバカいる!?ロマノフ家の皇女殿下を政治将校のところに連れてくるバカいるの!?お前アレか!?サイコパスか!?

 

「先任と相談したんです。セルゲイ大尉なら大丈夫だろうって。」

 

 

 政治将校ウラジミール・セルゲイは軽い目眩を覚えて椅子に座り込む。

 今までやってきた事が見事に裏目に出やがった。

 確かに部隊の兵士たちのために、大尉は自身の持てる全てを駆使して尽くしてきた。

 それ自体は間違いのない行為だし、後悔もしていない。

 だけどやり過ぎた。

 まさかこんなのまで頼られるとは……つーか先任曹長、厄介事を押し付けやがったな?

 

 

「お願いします、どうか…どうかっ!」

 

「いや、どうかっつわれてもなぁ」

 

 

 セルゲイ大尉は久々に戦意を喪失するという言葉を体感したような気分になった。

 今度ばかりはどう処理していいか分からない。

 

 

 最も単純な方法はセドネフの頼みを無下にして皇女殿下を殺してしまう事だろう。

 セルゲイ大尉の腰にはTT33自動拳銃がぶら下がっているし、別に一兵卒の依頼を無下にしてもそんなに部隊に影響はない。

 目の前の女の子がどれだけ高貴な立ち振る舞いをしていようとも、どれだけ可憐な姿形をしていようとも、セルゲイは保身のためとなれば必要な処置を下す覚悟がある。

 

 

 だが、問題は彼女を射殺した場合、その保身自体が危うくなりかねないという点である。

 もしセルゲイが何も知らない駆け出しの熱烈共産主義者なら皇女殿下を処刑して鬼の首でも取ったかのように上層部へ報告するだろう。

 だが、セルゲイの見立ててでは、それは長生きできない結果をもたらす事になる。

 

 そもそもニコライ2世の一家は1918年に処刑された事になっている。

 内戦後しばらくアナスタシア皇女の生存説が流布したのは、革命勢力側が民衆の反感を恐れたためのプロガパンダに過ぎないのだ。

 こんな戦時中に、そんなことを掘り起こそうもんなら猜疑心の強いスターリンが何を言い出すか分かったもんじゃない。

 

 まず、当時皇帝の処刑に携わっていた人々は…もし生き残っていればだが…処刑される。

 次に、皇女殿下を処刑した側も処刑される。

 何故って?

 大昔に処刑されたハズの"死人"が、当局の目を逃れて伸び伸びと生き延びていた事が分かったのだ。

 誰かが責任を負わされる。

「反革命分子を長年匿っていた」なんて言われたら…まず間違なく生きては帰れない。

 上層部連中に引き渡したって同じ事だろう。

 

 

 

 こんな時、セルゲイ大尉は自身の保身のためにどうするべきか算段を決めていた。

 "事なかれ主義!"

 共産主義体制では最も手堅いやり方であり、後々この社会が停滞することになった原因ではあるが。

 しかし今は現状をうまく維持して、臭いモノには蓋をしてから地下100メートルにでも埋めてしまった方が良い。

 

 意を決したセルゲイ大尉は、厄介事を持ち込んできた張本人にこう告げる。

 

 

 

「セドネフ、狙撃班のあいつを呼んでこい。うん、そうだ、ソフィアだ。今すぐ呼んでこいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と邪ン姉さんはソ連軍に捕まってから殿下とは引き離され、監房の檻の中に入れられた。

 だが思ったよりかはマシな対応だった。

 流石にトミーガンとピストルは取り上げられたが、タバコとライターはそのままにされたし、時計も奪われなかったのだ。

 シベリアに直送されると思ってたのだが。

 

 

「くそっ!あいつっ!やっぱり最初から裏切る算段だったんだわ!」

 

「早く助け出さないと…」

 

「助け出すって、どうやって?あの裏切り者は私達を檻の中に閉じ込めたのよ?…ホンット…人間ってのはつくづく愚かな生き物ねッ!」

 

 

 邪ン姉さんが檻の扉を八つ当たりとばかりに蹴飛ばす。

 バンッ!………ギギギィ………

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「…開いた?

 

 

 俺はとりあえずそそくさと扉に駆け寄って、邪ン姉さんに蹴り飛ばされただけで開いてしまった檻の扉を元の位置に戻して手で支える。

 直後に2人のソ連兵が監房の前を通って歩いて行った。

 あっぶねえ。見つかるとこだった。

 それにしても管理と警備がザル過ぎるだろ

 

 

「ふ、ふふん♪まあ、私にかかればこんなモンよ!」

 

「サーヴァントェェェ…」

 

「これで皇女サマの下まで行けるハズ。タイミングを見計らって、助けにいきましょう。」

 

 

 

 何分か経ったあと、ソ連兵は誰一人通らなかったので俺と邪ン姉さんは監房の外へ出た。

 とにかく、今は殿下の所在を見つけなければならない。

 銃殺隊の前に並べられる前に救出できることを祈りつつ、我々は歩を早めていった。

 

 

 



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28 〜レイシフト編〜 タタールのくびき

 

 

 

 

 

『状況は好転したと見るべきだろう。これで蹴りがつく。』

 

「お言葉ですが、閣下。当初の計画からは随分と逸れていますよ?」

 

『構わんよ。大切なのは目的を達成する事だ。…部下を引き連れて現場へ向かいたまえ。そこで悪しき時代に最期のトドメを刺すんだ。』

 

「………了解いたしました。」

 

 

 

 ここはある施設の一室。

 頑丈な鍵によって守られた扉は、外部の者を寄せ付けない。

 

 鹵獲したドイツ軍の無線の受話器を置くと、彼は少々首を空回しして一息を吐く。

 あの方の振り回しには、もうそろそろ疲れてくるものがあった。

 昔からあの方は勇猛果敢、頭脳明晰ではあるものの、何を考えているのかはまるでわからない。

 でも、結果は常に良好だったし、それにあの方以上の策士はそうそういないと確信を持って言える。

 

 だから、無線機の前にいる少佐はもう迷ってはいなかった。

 彼はNKVD特有の帽章を掲げる制帽を被り、部屋を出て、部下たちのもとへ向かう。

 

 

「同志少佐殿!御命令を!」

 

「人民の敵がここからほど近くにいると密告があった。」

 

「分かりました、直ちに準備します!」

 

 

 部下たちが慌ただしく動き出し、少佐も革手袋を嵌めた。

 本心を言えば未だ半信半疑。

 だがあの方からの命令という事以上に、少佐の直感が情報の正しさを肯定していた。

 

 

「………過去の亡霊か」

 

 

 少佐はそう呟きながらも玄関へ向かう。

 NKVDの部下たちが既にソ連版ジープであるGAZ64をその先へと回している。

 やがてGAZ64はその助手席に少佐を吸い込んでバルコニーを滑り出て、その後をGAZ-MMトラックが追って行く。

 無論、トラックの荷台にはフル武装の男たちが乗っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソ連兵の武器管理の杜撰さに、俺は内心感謝の意を唱えていた。

 おかげで装填済みのTT33自動拳銃を手に入れられたし、邪ン姉さんに至ってはDP28軽機関銃を担いでいる。

 どちらかといえば、邪ン姉さんがザクマシンガンみたいな機関銃を手に入れた事の方がかなり重要なのだが……しかしながら俺のような人間なら素手よりかは自動拳銃の一つくらい持っていた方が脅威となり得る。

 何故脅威となり得ることが重要かと言うと、これから居眠りしている歩哨でもとっ捕まえて皇女殿下の居場所を吐き出させようとしていたからだ。

 

 

 殿下は共産主義者共に、家族もろとも殺された。

 薄暗くて不衛生なイパチェフ館で横柄な赤軍兵達の虜囚になっていた事は、例えサーヴァントになった後でも忘れ難い屈辱となっているはずだろう。

 俺は殿下の堪忍袋の緒がぶち切れる事より、彼女がイパチェフ館での経験を思い出し、精神的なダメージを負う事の方を心配していた。

 サーヴァントが心を病まないという保証はない。

 仮に殿下に身を守る術があったとして、この陣地中のソ連兵を氷漬けにしたところで病んでしまった心が元に戻るわけがないのだ。

 

 だから俺と邪ン姉さんは先を急いでいた。

 殿下を、過去の忌まわしい体験をフラッシュバックさせかねない環境から救出するために。

 

 

 

「きゃああああ!?」

 

 

 

 唐突に、俺と邪ン姉さんの耳を女性の悲鳴が劈いた。

 その声色には覚えがあり、すぐに殿下の物であることに気がつく。

 俺は邪ン姉さんと顔を合わせ、次いで悲鳴が聞こえてきた方向に視線を向けた。

 そこには一張の幕舎があり、中では少なくとも2人の人物が動いているような影が見えている。

 どうやら片方が片方に襲いかかっているようだ。

 戦争において、兵士はありとあらゆる欲求不満に晒される。

 殿下の高貴な柔肌はそういった連中の"鬱憤"を晴らすのに打ってつけだろう。

 

 

「…!ちょ!待ちなさい、シマズ!」

 

 

 俺は邪ン姉さんの忠告も聞かずに飛び出した。

 殿下が赤軍兵に襲われているとすれば本当に彼女の精神衛生が危ない。

 それは間違いなくイパチェフ以上の屈辱であり、ただでさえ当時と似た環境にいる彼女のメンタルにとっては大きなダメージとなる。

 だからこそ俺はTT33を前に出して、幕舎まで一気に駆け込んだ------

 

 

 

「…あら?シマズさん?」

 

「シマズ?…ちょっと!ここは男子禁制よ!」

 

 

 

 幕舎を開けた瞬間、俺は凍りついた。

 ああ、誤解ないように言っておこう。

 殿下が赤軍兵に襲われて無残な姿になり、その光景を見て衝撃のあまり凍りついたのでない。

 俺が凍りついたのは、幕舎の中で下着姿になっている殿下と、何かしらの着替えの準備を手伝っていたであろう女性兵士の姿を見て、女子トイレに間違って入った中年オヤジみたいな気持ちになったからだ。

 

 

「………こ、これは失礼しました。どうやら幕舎を間違えたようで…」

 

 カチャッ

 

「動くんじゃないよ、このドスケベ。」

 

 

 思わず後退りする俺の後頭部に冷たい銃身が当たる。

 注油の足りない機械のようにゆっくり背後を確認すると、頭をスキンヘッドに剃り上げた女性がいて、ナガン・リボルバーを俺の後頭部に押し当てていた。

 

 

 カチャッ

 

「アンタこそ動かないようにすべきね。」

 

 

 有難い事に邪ン姉さんが後から続いて来てくれたらしく、俺の後頭部にナガン拳銃を押し当てるスキンヘッドのそのまた後頭部にDP機関銃の銃口を押し当てている。

 スキンヘッドはチッと舌打ちをしてから銃口を下ろすと、邪ン姉さんに語りかけた。

 

 

「話し合おうじゃないか、2人とも。アタシはマリア。マリア・チュルキン。狙撃兵さ。アンタらは一体何者だい?」

 

「お、俺はシマズ…殿下の従者です。」

 

「シマズさん、よくご無事で…!」

 

 

 自己紹介を終えるか終えないかぐらいのタイミングで、皇女殿下から抱擁いただくという身にあまりすぎる光栄をいただいた。

 イエス皇女ノータッチの誓いはここに破られ…いや自分からタッチしたわけじゃないからセーフセーフ。

 しかしながら殿下の繊細なスベスベ柔肌の、それもとてつもなく大きなウラル山脈が押し当てられるもんだからさぁ大変。

 

 

「ででででででdddddd殿下!そそそそそそその、ふふふふふ服をお召しになってくださいいいいいい!」

 

「壊れたグー●ル翻訳か、アンタは。」

 

 

 邪ン姉さんの突っ込みを受けつつもどうにか理性を保った俺は、殿下がお召し物を着るのを待って、何がどうなっているのか説明を受ける事にする。

 

 

 

「ある将校の方が彼女を紹介してくださいました。彼女の名はソフィア。私と同じくらい小柄なのに、優秀な狙撃兵なのだそうですよ。」

 

「は、はぁ。」

 

「で、アンタが殿下の腰巾着ってわけね。…セドネフが殿下のお皿洗いってのは分かるけど…皇帝陛下はもっとマシなシェフを雇えなかったのかしら。」

 

「やめときな、ソフィア。…さっきはすまないね。何しろウチの天幕を覗きに来る変態野郎は多いんだ。」

 

 

 その将校が、メス●キっぽくて仕方ない背の低い方がソフィア、丸坊主の大女がマリアという凸凹狙撃兵コンビを殿下に紹介した理由は分からないが、俺としては早くこの天幕から逃げ出したかった。

 こんな女の園のど真ん中とかさ、いるだけで、こう、足元が震えてくるんですよ。

 分かっていただけませんかね?

 さっき言ったようにデパートの女子トイレに間違って入って、そこから出れなくなったら走馬灯がよぎるでしょ?

 今そんな感じなんですよ、俺。

 

 

 

「それで?アンタとその狙撃兵2人がどう関係してくんの?」

 

 

 邪ン姉さんが腕組みをして殿下に尋ねる。

 

 

「将校の方は私に着替えて欲しいと仰っていました…狙われないように、と。」

 

「確かにアンタのあの服じゃ目立って仕方ないでしょうけど…今更って感じよね。」

 

 

 邪ン姉さんは気付いていないが、俺としてはその将校がソ連軍の軍服を着させようとしたのはNKVDの目を逸らすためではないかと思える。

 それにしても色々とおかしいが。

 

 皇女殿下が今仲睦まじく着替えを手伝ってもらっていたのは、時代の違いはあれど、彼女の一族を抹殺した労農赤軍の兵士である。

 カツコフが殿下をここに連れてきたとすれば、殿下もその事に気づかないはずもない。

 しかしながら、今彼女達の方を見ると、代官山を練り歩くJKよろしくキャッキャウフフと徒党を組んでいらっしゃるのだ。

 

 

 

「殿下…その、少々よろしいですか?」

 

 

 殿下は既に家族の仇敵たる労農赤軍の制服に着替えている。

 タイトなギムナスチョルカが殿下のお身体を締め付けて、にも関わらずその豊満なウラル山脈は選挙キャンペーンでもやっているのかというほど自己主張をしていた。

 ほっときゃ郵便投票にケチをつけそうだし、起訴さえ考えてそうなお胸である。

 おまけに革の長靴がサドっぽさを引き立てて…いかんいかんいかんいかん!!

 イエス皇女ノータッチ!!

 イエス皇女ノータッチィィィイイイ!!!

 

 なけなしの自制心をかき集めつつ、俺は殿下に忍び寄る。

 皇女殿下を2人のソ連兵から遠ざけると、彼女のフレグランスな髪の匂いを出来るだけ嗅がないようにしながら耳打ちをした。

 …何故匂いを嗅がないのかは察して欲しい。

 ドーテーは下手をするとそれだけで●つのだ。

 

 

「…殿下、誠に申し上げにくいのですが、ここは……」

 

「……ええ、存じています。ここは共産主義者の軍営。私の家族の仇敵ですね。」

 

「では何故」

 

「何故こんな格好をして、赤軍兵とあんなに楽しそうに会話をしているのか?…彼女達は赤軍兵ですが、決して共産主義者ではありません。」

 

「は…い?」

 

「…まず、ソフィア。彼女のお父様は多くの土地を持つ富農でした。でもそのせいで彼はNKVDに逮捕された…土地は没収され、家族はコルホーズに入れられて…お父様は帰ってこなかったそうです。」

 

「………」

 

「それにマリア。彼女の家族も隣人の密告によって離散してしまったそうです。…2人とも共産党に対しては大きな憎悪を抱いています。」

 

「…殿下、それは……チャンスとは考えませんでしたか?この時代、ソビエト共産党を憎んでいた人間は彼女達以外にもたくさんいました。大粛清や農業集団化、スターリンの政策の皺寄せは常に国民に被せられていたんです。…俺が言うのは変ですし、時代の改変を望んでるわけでもありません。……でも、でももし、俺が殿下の立場なら…少なくともドイツ国防軍と協力して」

 

「勿論です、シマズさん。私がその手を試さないとでも?」

 

 

 え、ちょっとまって、殿下。

 まさか2人に直接誘いをお掛けになったの?

 仮にも赤軍兵にドイツ側に寝返る話を直でしたの?

 デンジャー過ぎないかい、それは。

 

 

「…正直、軽率だとは思いましたけど、その手はセドネフや将校の方にも試しました。彼らも共産党のやり方には不満を持っていたようです。」

 

「では…ドイツ国防軍に連絡しましょう。ウラソフはともかくげーれんなら」

 

「うふふふふふふっ!シマズさん、あなたは私を止めるべき立場ではないかしら?もし成功してしまったら人理は大きく変わってしまうのですから。」

 

「あっ」

 

「でも、ありがとう…私の事を思ってくれて、ちょっと嬉しく思います。………彼らも、そしてソフィアやマリアも、YESとは言いませんでした。」

 

「そりゃロシア語でYESはdaですから」

 

「違いますよ。彼らはドイツ軍には協力できないと。」

 

「共産主義者が憎いんでしょう?なら何故拒絶するんです?」

 

「…………シマズさん。私は大切な事を忘れていました。」

 

 

 殿下は目を瞑り、優しく微笑んだ。

 どれだけ俺が鈍い人間でも彼女が何かに想いを馳せていることは容易に見て取れたし、それが家族の事であるというのも理解できる。

 

 

「…ロマノフ家のツァーリ達は、祖国を外敵から守る使命を果たしてきました。タタール人の支配から逃れて以来、私たちはこの国を守ってきたのです。」

 

「………」

 

「ナポレオンの時もそう。先祖代々受け継いで来た地に侵略してきた敵と通じるのは、祖国への裏切りです。」

 

「殿下、ここはもう殿下の知るロシアでは」

 

「ええ、今は違うかもしれません。でも、いずれこの国の民達は自身の手で共産主義者を倒すはず。外敵のチカラを借りる必要はありません、ドイツ軍は排除しなければならない。」

 

 

 ロシアの社会主義革命は、国家の近代化と引き換えに夥しい犠牲を国民に強いるものだった。

 何千万という国民が死に、収容所に送られ、離散してしまった。

 だが、それでもバルバロッサ作戦が始まると、彼らの殆どはドイツ軍に協力することより"スターリンの名の下に"戦う事を選んだのだ。

 

 勿論、ヒトラーの人種政策もあろう。

 勿論、共産主義の強力な体制もあろう。

 

 しかし、それを考慮したとしても、ウラソフのロシア解放軍には限定的な数の兵士しか徴収できなかったのだ。

 

 ロシアはタタールと呼ばれる遊牧民に支配された歴史がある。

 俗に"タタールのくびき"と呼ばれるこの時代は、ロシア史において少なくない影響を残した。

 ロシア人はスターリンの為に戦ったのではない。

 彼らはタタールのくびき以来の、祖国の危機のためにこそ立ち上がったのだ。

 

 

 

「…シマズさん、帰りましょう。私たちのいるべき場所へ。私たちはここにいるべきではありません。」

 

 

 皇女殿下がそう言って微笑む。

 その笑顔に魅了された時、幕舎の外ではNKVDの車列が急停車した。

 

 



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29 〜レイシフト編〜 明日への希望

 

 

 

 

 

 

 

 ある時、スターリンの息子が父の名を振りかざして大暴れした。

 スターリンは激昂し、自身の執務室に息子を呼びつける。

 彼は息子に、なぜ自身がここまで激怒しているのかよく言い聞かせた。

 

「お前はスターリンじゃない。私もまた、スターリンではない。新聞で読むスターリン、ラジオで語られるスターリン。それこそが、本物のスターリンなのだ。」と。

 

 

 スターリンは身内にも冷酷であったと思われているが、異なる見方もある。

 例えば第二次世界大戦中、自身の長男がドイツ軍に囚われたと聞いた時、彼は「あいつは(自分の頭に向けて)銃をまっすぐ撃つこともできなかったのか」と冷酷に言い放ったと言われているが、実際はその後1人で「あいつなら死を選ぶだろう」と悲嘆に暮れていたという説もある。

 ドイツ軍の司令官に宛てたメッセージには、息子が他の捕虜と運命を共にするという旨も語られている。

 自身の家族だけ特別な扱いをするという事ができなかった。

 

 

 上記のエピソードから見えてくるのは、彼が施政者としての"スターリン"と、本来の自身である"ジュガシヴィリ"を使い分けていたということだろう。

 或いは彼は自分を偽る必要があったのだ。

 ロシアという広大な大地、立ち遅れた工業。

 これらを社会主義的に解決する為には劇薬を用いる人間が必要だったのかもしれない。

 

 ロシアの工業化と、第二次世界大戦。

 2つの困難を克服する為にはどこまでも冷酷な指導者が求められた。

 農民をコルホーズに放り込み、労働者に過酷なノルマを課して、兵士に前線で死ぬまで戦わせるために。

 だからこそ"ジュガシヴィリ"は"スターリン"としての自分を作り上げたのかもしれない。

 

 

 

 

 NKVDはそんな"スターリン"の手駒として働いた。

 スターリンが冷酷な命令を発する立場なら、NKVDはそれを実行する立場だったのだ。

 彼らは命令に対して忠実だった。

 その冷酷さの対象が、自身の大切な友人や隣人、恋人や恩師、或いは親族であったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パァンッ!

 

 外で拳銃の射撃音が鳴り、老若男女の怒声や罵声が後を追う。

 俺と邪ン姉さんは顔を見合わせて、殿下は顔を硬らせる。

 マリアとソフィアはそれぞれ自身の拳銃を俺達に渡すと、スコープ付きのSVT自動小銃を手に取った。

 

 

「アンタ達はこれで身を守んな。NKVDのクズどもが来たに違いない。」

 

 

 実際、外ではNKVDとこの部隊による揉め事が巻き起こっているようだった。

 どうやらセルゲイという大尉が射殺されたらしく、兵士達はそのことに激怒している。

 よほどセルゲイ大尉は人格者だったのだろう。

 部隊がNKVDに反旗を翻すことなど、ないわけではないが殆ど起こらない。

 

 

「大尉が殺された…?え?うそ?」

 

「嘘じゃないよ、ソフィア。あの豚どもはセルゲイ大尉を殺しやがった。この幕舎に踏み込んでくるのも時間の」

 

「入るぞ」

 

 

 黒革コートのNKVD少佐がナガン拳銃片手に天幕に押し入ってきた。

 両手に大きな自動小銃を抱える2人組と向かい合ってさえ、この少佐は全く恐れを抱いていない。

 少佐は天幕のメンツを一通り見渡すと、すぐに皇女殿下に目線を据えた。

 そして感情のない目を彼女に向けたまま、素早くナガン拳銃の銃口を向ける。

 

 皇女殿下は凍りついた。

 なってこった!

 ここに来て彼女のトラウマが再現されてしまった。

 ナガン拳銃にNKVD。

 ロマノフ家の人間ならもう二度と目にしたくない組み合わせのはずだ。

 

 だが皇女殿下にナガン拳銃を向けたNKVD少佐に、今度はマリアが自動小銃を向ける。

 少佐は拳銃の銃口も目線も一切皇女殿下から微動だにさせずに彼女に問いかけた。

 

 

「気でも狂ったのか、上等兵?」

 

「そのようだね。だけど、アタシの気が狂っていようがいまいが、殿下に手を出させるわけにはいかないんだ。」

 

「よく考えることだ上等兵。そこのガキ1人でロマノフ朝の再興が叶うとでも思うのか?」

 

()()()()()()()()()()()()()、このボケナス!」

 

 

 ズドンッ!

 

 マリア・チュルキン上等兵は、驚いたことに愛用の自動小銃でNKVD少佐の頭を撃ち抜いた。

 

 

「ちょっ!?正気かい、マリア!?」

 

「ああ、正気だよ、ソフィア!大尉の仇を取ってやったのさ!!」

 

 

 NKVD少佐"だったもの"が倒れるか倒れないかくらいの時に、天幕の外の彼方此方から銃声が響き渡ってきた。

 拳銃、小銃、短機関銃。

 こちらの天幕にも銃弾が飛んできて、燻んだオリーブドラブの布地に穴を穿つ。

 どうやらブチ切れた部隊側とNKVD側で銃撃戦が始まってしまったらしく、外は想像するまでもなく大混乱だった。

 

 

「ハハッ!こりゃ良いね。覚悟しときなソフィア。コレが終わったらアタシ達全員、良くて懲罰部隊行きさね!」

 

「あ〜あ、もうまったく…そんじゃ、後悔のないように暴れときますか。アンタ達、NKVDの豚共でもこの混乱は制御できないはずよ。今のうちに脱出を!」

 

 

 狙撃兵2人がそう言ってどこかへ走り去っていく。

 俺は皇女殿下に、ここから脱出しよう的なサムシングを言おうとした。

 だが、彼女の様子を見て言葉を失う。

 ロシア帝国最後の皇帝の末娘は、ただその場に立ち尽くして身体を小刻みに振るわせていた。

 間違いなく、過去の経験がフラッシュバックして動けないでいるのだ。

 

 どうすれば良いだろう?

 考える前に身体が動いた。

 今までカノジョなんて物一度もできたことないくせに、この行動を取れたのは驚きに値する。

 俺は自然と殿下のお手を握っていたのだ。

 

 

「………!?」

 

 

 殿下がビクッと反応して、美しい空色の瞳をこちらに向ける。

 俺は殿下のお顔から目を離さずにこう言った。

 

 

殿下、私めはここにおります!殿下のお側におります!ロマノフ家に仕えるものとして、決して離れたりは致しません!

 

「………シマズ…さん?」

 

「はい、そうです!殿下の忠実なる配下のシマズでございます!…殿下、残念ながら急いでこの場から離脱せねばなりません。ここから脱出して、我々が帰るべき場所に帰るのです。よろしいですね?」

 

「…ええ…ええ!そう!帰りましょう、帰らなければ…シマズさん、先導をお願いします!」

 

 

 

 良かった、いつもの殿下が戻ってきた。

 俺は殿下のお手を握ったまま、天幕の出口へと向かう。

 そのまま外へ出ようとしたが、今度は邪ン姉さんに遮られた。

 彼女は俺の耳元でボソッと

「上出来よ、シマズ」

 と言いながら、俺と殿下より先んじて天幕の外に出る。

 

 

「私が先導するわ、シマズ!下着みたいにしっかりと付いてきなさい!」

 

 

 例えがアレ過ぎるのだが、今の邪ン姉さんは本当に頼もしい。

 天幕の外では本当にNKVDと一般部隊が撃ち合っていて、ソ連軍の陣地は戦場と化している。

 銃弾が飛び交う中邪ン姉さんが先導してくれるおかげで、俺は殿下のお手を引っ張りながらどうにか前進することができた。

 

 

「あっ!いたっ!やっと見つけた!邪ンヌちゃん!」

 

「先輩ッ!1人で前に出ないで下さいッ!」

 

 

 

 しばらく進むと、聞き覚えのある声が聞こえて来る。

 その方向を見ると、我々カルデアのスタッフの間ではしょっちゅう備品を壊しまくることで有名なマスターと、ナスビと言われたら最後ナスビにしか見えなくなるマシュ・キリエライトがこちらに向かってくるのが分かった。

 ナスビ(マシュ)が例の馬鹿でかい盾を駆使して流れ弾からマスターを守っているが、マスターがまるで流れ弾を気に留めていないのでナスビ(マシュ)は相当苦労しているようだ。

 

 

「邪ンヌちゃん無事で良かった…アナスタシアちゃんも用務員のおじさんも!」

 

「誰が用務員や!」

 

「マスターちゃん、ドクターに連絡して強制帰還を!」

 

「りょーかいっ!ちょっと待ってて!」

 

 

 我々は無事にマスターと合流する。

 あ、言い直そう。

 無事にマスター達と合流する直前、俺の左脚に激痛が走った。

 

 

 

「うわあああああッ!?クソッ!?やられた、やられたあああ!?」

 

「シマズさん!?」

 

 

 俺はその場に転がって左脚を押さえる。

 ヌルっとした液体が手のひらに伝わる感触がして、それを見ると真っ赤な血の色で染まっているのが確認できた。

 相変わらず痛みは鋭いし、左脚の感覚がない。

 

 

「シマズ、どうしたの!?」

 

「ひ、左脚ガッ!…クソッ!手榴弾でやられた!左脚がなくなった!」

 

「………どう見てもかすり傷よ、それ!ほら、肩貸してあげるから立ちなさい!シャンとする!」

 

 

 邪ン姉さんが肩を貸してくれたおかげで俺はどうにか立ち上がりマスターの方向へ向かう。

 どうやら俺の傷は流れ弾がかすっただけのようだった。

 かするだけでもこんなに痛いのね。

 

 しかしまたしてもマスターに合流する直前に問題が起こる。

 NKVDの歩兵2人が短機関銃を持って俺と邪ン姉さん、それに殿下の前に滑り込んできたのだ。

 恐らく俺が当たった流れ弾はこの2人のうちのどちらかが放ったものだろう。

 2人はこちらに銃口を向けながらも、すぐにその顔を殿下の方に向けた。

 恐らく優先命令として殿下が指定されていたのだ。

 彼らは素早く銃口を皇女殿下に向けなおして引き金に指を掛ける。

 

 俺はこんなザマだし、邪ン姉さんも俺のせいで初動が遅れる。

 マスターとマシュはまだ少し距離があるし、殿下は再び凍りついてしまった。

 実際サーヴァントに銃弾が効果的とは思えないが…

 

 

 その時、2発の銃声が飛んできて、同時に2人のNKVDが地面に倒れ込む。

 銃声の方からは1人の兵卒がやってきた。

 それはTT33自動拳銃を持ったセドネフで、彼は素早く皇女殿下の元へ向かうと、俺がやったのよりよほど効果的に彼女をエスコートする。

 

 

「セドネフ…!」

 

「殿下、早く行ってください!他のNKVDもこちらに向かっています!」

 

 

 邪ン姉さんの肩を借りながらも、俺は再びギムナスチョルカ姿の殿下のお手を引っ張りながらマスターの元へ向かう。

 マスターはすでに強制帰還の準備を終えていて、後は我々を待っている状態だった。

 

 

「ドクター!用務員のおじさんも回収したよ!強制帰還を!」

 

「だから誰が用務員や!」

 

『ああ、良かった…って良くない!怪我してるじゃないか!?』

 

「ただのかすり傷よ。でも出血はしてるから早く処置した方がいいわ。」

 

『ジャンヌ・オルタにアナスタシアも確認…よし、それじゃあ強制帰還だ!1942年から大脱出(地獄の戦場からエスケープ)!』

 

 

 

 どういう仕組みかはすっかりわからないが、我々の身体は淡い光に包まれていく。

 目の前の光景が霞んでいくころ、それまで押し黙っていた殿下が、こちらに背を向けているセドネフに声を掛けた。

 

 

「セドネフ!教えてください!…何故あなた達はここまで…!」

 

 

 セドネフはため息を一つ吐いて、肩越しに振り返る。

 その顔は、なにかを達成して安堵したかのような表情を浮かべていた。

 

 

「"希望"です、殿下。あなたは我々の希望なんです。」

 

 

 そう言った彼の顔が、どこからか飛んできた銃弾によって血に染まる。

 彼の死を目撃した殿下の悲鳴がこだまして、彼の亡骸がドサッと崩れ落ちた時、我々は1942年の東部前線から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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30 〜レイシフト編(終)〜 粗野で野蛮で横暴で我儘で狡猾な兵士達

 

 

 

 

 

 

 

 目覚ましの音で目を覚ますと、うざったいその音を消すために目覚まし時計を手探りで探してスイッチを押す。

 次いでベッドの上で長くあくびをしてからしばらく目を瞑り、やがては諦めて寝床から這い出ていく。

 まずは上半身を起き上がらせ、少し休憩してからベッドの淵に腰掛けて、それから立ち上がる。

 その後は枕元に置いたペットボトルのミネラルウォーターを一口飲んで、洗面台の前に立った。

 

 ドイツ製の電動シェーバーで髭を剃り上げ、顔を洗顔フォームで洗い、清々しいミントの香味を歯磨き粉と電動歯ブラシで味わってから、コップの水で口を濯いで捨てる。

 

 洗面が終わると次は着替えだ。

 カッターシャツを着て、ネクタイを締め、帝政ロシア軍式の作業服に袖を通し、ズボンを履き、そしてブーツに足を収める。

 最後に官帽型の作業帽を被って鏡の前でもう一度身なりを確かめた。

 実は今日は大事な用事があるのだが、そのせいで少しばかり気が重い。

 

 

 部屋を出る直前に忘れ物に思い当たり、俺は一冊のファイルを手に取って部屋を出た。

 その後は食堂に行き、ベーグルとコーヒーの軽い朝食を摂ってから、ある部屋へと向かう。

 その部屋の前には先着の客がいて、俺は彼女に挨拶をした。

 

 

 

「おはようございます、邪ン姉さん。」

 

「ん、おはよう。」

 

「………こういっては何ですが…やはり俺じゃなきゃダメですか?…こういうのはマスターの方が適任かと。」

 

 

 邪ン姉さんはわざとらしく肩をすくませてため息を吐く。

 

 

「アンタ、それ本気で言ってるなら本当に軽蔑するわよ?」

 

「あの、いや、その…嫌だってわけでは」

 

「皇女サマはあの一件があってから塞ぎ込んでるわ。マスターちゃんにも本心を話したがらない。私が話してもいいけれど、私には家族を失うなんていう体験はないし。」

 

「それを言ったら俺にだって」

 

「そうかもしれないけど、アンタには知識がある。この前のレイシフトまでドイツとソ連が戦争してたことも知らなかったマスターちゃんとは違って。…あの娘が困ってて、アンタはそれを救えるかもしれない。それでもやりたくないならご自由に。ただし、もう二度と私の視界に入らないで頂戴。」

 

「…分かりました、やりますよ。でも、その」

 

「ああ!もう!鈍いわねぇ!…私がここにいて、付き添いもしないとでも思ってるの!?」

 

「それならよかった…ふぅ。」

 

 

 俺は一息ついてから、目の前のドアをノックする。

 そして可能な限り調子を整えてから、ドア越しに呼びかけを行った。

 

 

「殿下!シマズが参りました。お部屋に入室させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「……シマズさん?え、ええ、はい。どうぞ入ってください。」

 

 

 皇女殿下の許可をいただいて、俺は殿下のお部屋に失礼フレグランス!

 お部屋の入り口からもうすでにフレグランス!

 何なの、このフレグランス。

 皇女殿下にしても王妃様にしてもさ、なんでここまでフレグランスなの?

 もう存在からしてフレグランスじゃん。

 フレグランスが具現化したらあの方々になりそうな勢いでフレグランスだよコレ。

 

 皇女殿下のお部屋のフレグランス加減を嗅覚で味わいながらも、俺は殿下の下まで進み出る。

 殿下は既に普段の衣装に着替え終わっていて、自らのベッドの端に腰掛けている状態だった。

 

 

「来てくださったのですね、ありがとう。遠慮なさらずに、私の隣に来てください。」

 

 

 殿下のお言葉に甘えて、殿下の隣に腰掛ける。

 ベッドがミシッという音を立てて一瞬躊躇ったが、しかしどうにかベッドが持ち堪えてくれそうなのでそのまま腰掛けた。 

 カルデア色々と予算ケチり過ぎだろ、大丈夫かよ。

 

 邪ン姉さんはベッドに腰掛けずに、腕組みをして壁に寄りかかる。

 俺が中々切り出せずにいると、彼女は咳払いをしてウインクをした。

 "とっとと始めなさいよ"

 意図は十分に伝わるので、俺も咳払いをしてから殿下に話しかける。

 

 

「……殿下、あれから御気分はいかがですか?…あんな体験をして……正直、心配でした。アレでは寝込んでしまってもおかしくはありませんから。」

 

「ご心配なく、シマズさん。…でも、正直に言うとあまり優れた気分ではありません。心に何か…雲のような物がかかってしまったような感じなんです。セドネフは私達を守ってくれた…けれどそのせいで……もう、二度と身近な人間を失うことはないと思っていたのに…」

 

 

 イパチェフ館で殿下と共に生活した者達の内、赤軍の他に生き延びたのはセドネフただ1人だった。

 その1人の死を目撃してしまったとすれば、殿下が塞ぎ込んでしまうのも無理はなかろう。

 俺は持参したファイルを開いて、中身を殿下に見せる。

 

 

「これは、レオニード・セドネフについての資料です。彼はやはり、1942年にブリャンスク方面で亡くなっています。」

 

「…………」

 

「しかし、戦死ではありません。」

 

 

 殿下が目線を、資料から俺のほうに向け変えた。

 

 

「…どういうことですか?」

 

「彼の死亡報告書には、"処刑された"とあります。」

 

「でも…あの赤軍兵達が反乱のことを揉み消そうとして事実を隠蔽しただけでは…」

 

 

 俺はファイルのページを一枚めくる。

 そこには別の記録があり、殿下は再びファイルに目を向けた。

 

 

「"1941年、モスクワ前面で戦死"、"1929年、反革命の罪で処刑"、"1918年、皇帝一家の処刑に続いて処刑"…レオニード・セドネフの死については多くの説があります。…殿下、失礼を承知でお伺いしますが、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…そんなっ…見間違えるわけありません!だって、セドネフは私たちのお皿洗いで…あの家までずっと一緒に…」

 

「では、殿下以外の誰かが、彼のことを"レオニード"と呼ぶのを耳にしましたか?」

 

「…いいえ。でもっ」

 

「はい。確かにこれだけではただの想像に過ぎません。…では、殿下がドイツ軍の陣地で彼を見つけた時、彼がどんな反応をしたか覚えていらっしゃいますか?」

 

「ええ…"私は死んだはず"と。」

 

「…殿下、赤軍は皇帝一家を処刑した後も、殿下の生存説を流布していました…皇帝に親近感を持つ民衆の反乱を避けるために。」

 

「………」

 

「にも関わらず、彼は殿下を見て動揺し、そしてハッキリと"死んだはずだ"と断言しています。()()()()()()()()()()()反応だった。人間がそんな反応をするのは…」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 殿下の声色が、若干だが冷たさを帯びている。

 雰囲気はガラリと変わり、ロシア全土を永久凍土に封じ込めそうなソレに変わっていた。

 ぶっちゃけるとこうなるのは目に見えていたが、だからこそ俺は話を続ける。

 

 

「殿下、そうとも限りません。彼はあの銃殺隊にいたのかもしれませんし、或いはイパチェフ館に出入りしただけかもしれない。今となっては断言はできません。」

 

「どちらにせよ…なんて事。私…どうしてそんな人間をセドネフと間違えたのかしら…」

 

「人間は衝撃的な事件にでくわすと、記憶を自身の都合の良いようにねじ曲げようとします。精神的な防衛機能の一部ですよ。ですから、殿下は何らかの記憶障害によって誤認してしまったのかもしれません。」

 

 

 殿下の腕が小刻みに震え、ヴィイを抱える力が強まっているのも側から見て分かる。

 ヴィイは真っ黒な顔をこちらに向けて、こんな事を言ってる気がした。

 "後で覚えとけよ、オメエ"

 俺はヴィイからは目を逸らし、殿下に向き直る。

 

 

「……分からない、分からないわ、シマズさん!ならなぜ、あの人は私達を守るためにあんな事をッ…」

 

 

 殿下の問いは至極真っ当だ。

 あのセドネフが殿下の皿洗いではなく、1917年以来の赤軍兵士だったのなら、何故命懸けで殿下を守ろうとしたのか。

 この時点ですら俺の話は憶測でしかないし、実際の真実は分からない。

 でも、もしこの憶測が事実に近いのであれば。

 その前提で、俺は自論を殿下に話す。

 

 

「…スターリンとソヴィエト政府の支配は熾烈を極めました。多くの人間が無実の罪でシベリアに送られたし、多くの人間が飢え、多くの人間が死んだ。だからこそ、帝政時代への懐古がなされたのでしょう。」

 

「………」

 

「そしてその象徴が…殿下、あなたです。先にも述べました通り、ソヴィエトはあなたの生存説を流布した。だから、国民の中には、いつかあなたが王政復古を成し遂げて、古き良き時代が舞い戻る事を期待した人間もいるはずです。」

 

「そんな…あり得ないわ。パーヴェル帝以降、ロマノフ家では女性皇帝の即位はできないのに」

 

「根本的には、彼らの羨望は時代そのものへ向けられていました。ロマノフ家の末裔が生きている、それだけで彼らにとっては希望となり得たんです。」

 

「…………」

 

 

 ファイルに染みが広がっていき、なにかを啜るような音が混ざる。

 何事かと思えば、殿下が涙を流していらっしゃった。

 殿下は全てを理解なさったようだ。

 つまりは、あの赤軍兵士達が何故命懸けで殿下を守ろうとしたのかを。

 殿下はソヴィエト治世下の…とりわけスターリン時代のロシアに於いて、まさしく希望の象徴だったのである。

 

 

「…本当に身勝手な人達っ…自分達の都合で私達を殺しておいて…それなのに希望だなんて…」

 

「大衆は常に愚かなものです、殿下。」

 

「ええ、愚か!とても、信じられないくらいに愚か者!…でも……私は…」

 

 

 邪ン姉さんがハンカチを殿下に手渡し、殿下はそれで涙を拭う。

 

 

「………取り乱してごめんなさい…彼女の…マリーの言った事も、今は少し分かる気がするの。彼女は国民を心から愛していた。お父様やお母様もそれは同じだったと思うわ。革命という時代のうねりがやってくるまで、私達はきっと国民からも愛されていた。」

 

 

 殿下は落ち着きを取り戻し、ファイルから顔を上げてそう言った。

 もう殿下は塞ぎ込んだりしそうにはない。

 

 

「少しだけ、スッキリしました。あの、粗野で、野蛮で、横暴で、我儘で、そして狡猾な兵士達を許すつもりはさらさらありません。でも…ほんの少しだけ、気持ちは分かったような気はします。お父様が大切にしていたものや、皇帝家が守ろうとしていたものも。」

 

 

 まあ、ネタばらしをすると、あの空間は史実より少しだけ"逸れた"世界線だったとダヴィンチちゃんから聞いている。

 ひょっとすると、アレは何かしらの啓示だったのかもしれない。

 

 そんなコトを考えていると、殿下に手を握られていることに気がついた。

 殿下は俺をジッと見て、微笑んでいる。

 

 

「臣下として申し分のない働きです、シマズさん。あなたを雇って正解でした。」

 

「こ、これは有難き幸せにございます」

 

「…………では、シマズさん」

 

 

 殿下が少し、ほんの少しだけ顔を曇らせた。

 

 

「臣下として命じます。…掴んだ手を離さないで。私の目の届くところにいて。私の声を聞いたら、いつでも返事をして。………私はもう………失いたくないの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………アレ?

 ひょっとして俺、絆Lv.5?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ふぃ〜…とりあえずレイシフト編はコレで終わりにしたいと思います。
考証の甘さが目立った上、戦闘描写も上手くいかず、最後無理くりねじ込んだようなラストになってしまったのは反省点ですね…全部じゃね?
お楽しみいただけたら幸いでしたが、消化不良になってしまった方は本当に申し訳ありません。
念のために書きますが、レイシフト編での出来事はフィクションです。


次話からはまたオムニバス(?)形式に戻りますので、お楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いします。


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31 備えの本質

 

 

 

 

 

『訓練状況!武装集団が食堂を襲撃!敵の目標はマスターの殺害或いは拉致と考えられる!敵の勢力・装備共に不明!マスターは現在C区画を逃走中!』

 

 

 本日は月に一度のカルデア警備訓練日。

 カッターシャツとベレー帽を着用してP90サブマシンガンを手にしたカルデア保安部の要員達と、ケブラーヘルメットと防弾チョッキに身を包みSCARアサルトライフルを抱えるカルデア警護要員達が施設の中を駆け巡っていた。

 マスターの逃走を手助けできるように誰も彼もが配置につき、小銃やサブマシンガンに弾丸を装填する。

 この弾丸はカルデアと大手銃器メーカーによって共同開発された品で、相手が例えサーヴァントでも一時的に行動不能にすることが可能だ。

 予め定められた通りの初期配置が完了した後、ダヴィンチちゃんが新しい情報を放送した。

 

 

『現在マスターを追跡中の敵は2名!マスターはC区画からD区画に逃走中!』

 

 

 配置についた要員達の内、D区画にいた要員達の方にマスターが走ってきた。

 彼女にとってはフィジカル的に辛すぎるものがあろう。

 既に息は上がっているし、走る速度はみるみる落ちている。

 彼女が無事に修羅場を抜けるためには誰かが時間を稼がねばならず、それを稼ぐのが要員達の使命だった。

 

 

「藤丸さん、こちらへ行ってください!」

 

 

 女性の保安要員が区画の奥の部屋を指差しながらそう言った。

 人類最後のマスター、藤丸立香は彼女が走ってくる方角に銃口を向けている要員達の間を通ってその部屋へと向かう。

 しかし、彼女が部屋に入るか入らないかくらいのタイミングで要員の1人が叫んだ。

 

 

接敵(コンタクト)!」

 

 

 彼らから見て廊下の向こう側に僅かに白い着物の断片が見えた瞬間に、要員達の銃が火を吹いた。

 夥しいばかりの銃弾が白い着物を襲ったが、着物の人物はまるで銃撃も意に介さずに向かってくる。

 その背後から2発の銃声と閃光が見えたのはその時だった。

 巨大なアサルトライフルを構える警護要員2名が眉間に非致死性のゴム弾を喰らって仰向けに倒れる。

 着物の人物はその2人の間を縫って接近し、他の要員達に襲い掛かった。

 

 ゴムナイフの先端が、要員達の首や胸をタップしていく。

 圧倒的に要員達が優位な状況にも関わらず、着物の人物は次々に彼らを仕留めていった。

 

 最後の1人を"倒した"後、着物の人物はマスターが入った部屋のドアの側に背中を当てて、自身の援護役を待つ。

 援護役は素早く彼女に合流して、彼女と同じ体勢を取った。

 

 

「いやあ、速い速い!さすが始皇帝に迫った刺客だね!あんまり速いもんだから援護が追い付かないかと思ったよ!」

 

「要員達の練度が向上している…これでも、以前よりは時間がかかってしまったよ。さて、マスターはこの部屋に逃げ込んだ。さっさと終わらせるとしよう。」

 

 

 着物の人物…荊軻と、援護役のビリー・ザ・キッドはドアを挟んでお互いにうなずいた。

 部屋の表札をみると『電気室』と書いてある。

 中々面白い場所を逃走場所に選んだが、"かくれんぼ"なら時間は稼げても暗殺者を退けることにはならない。

 "マスターも案外、まだ未熟なのかもしれぬな"、そう思った荊軻がドアを蹴破ろうとした時、なにかを感じ取ったビリーが彼女を押し倒す。

 

 

「危ないッ!」

 

「俺の坊やに挨拶しなッ!!」

 

 ドガァアンッ!!

 

 

 次の瞬間にはドア自体が吹っ飛び、続いてM16のフルオート射撃が彼女達を襲う。

 素早く起き上がった荊軻は再びドアがあった場所の淵から部屋の中を覗こうとしたが、5.56ミリ弾が直近に弾着した為に顔を引っ込めざるを得なかった。

 部屋の中にいる人物はグレネードランチャー付きのM16を持ち、怒鳴り散らしている。

 

 

「俺はT・モンタナ!!お前ら俺を裏切りやがったな!!」

 

 

 帝政ロシア式の軍服に身を包んだ男は、そう言いつつも腰だめ射撃で入り口を撃ち続けている。

 どこからか80年代フロリダなBGMまで聴こえてくるし、男の興奮具合からしてコカインでもやってそうだった。

 

 

「かかってきやがれ!このクソッタレ共!」

 

 

 ビリーは盛大にため息を吐きながら、次の手を準備した。

 本当は使いたくはなかったが。

 しかし、あのキチガイをどうにかするにはこれが一番だ。

 彼は訓練用手榴弾を持っていて、そのピンを引き抜くと3秒待ってからそれを部屋に投げ入れる。

 

 

「おうどうした!かかってきぶへあっ!?」

 

 

 手榴弾が炸裂し、男が部屋のより奥へと吹っ飛ばされた。

 荊軻とビリーは素早く部屋に入り、吹っ飛ばされてなお腰の拳銃を引き抜こうとしていた"T・モンタナ"にゴム弾を2発撃ち込む。

 ギャングスタもどきが完全に沈黙したのを確認すると、2人はこの部屋に隠れたマスターを探し始めた。

 しかし、しばらくして、荊軻がチッと舌打ちをする。

 

 

「どうしたんだい、荊軻?」

 

「してやられた。我々の負けだ。」

 

 

 ビリーが荊軻の元へ行くと、そこには取り外された換気口のパネルがあって、マスターはそこから逃げたことを意味していた。

 換気設備を通れば施設の外へさえ逃げれるし、それを虱潰しにする時間もない。

 その時、再びカルデアの放送装置が作動する。

 

 

『状況終了!マスターは無事に保護された!』

 

 

 部屋の外から要員達の歓声が聞こえてきて、荊軻とビリーは顔を見合わせる。

 お互い同じ事を考えていたようで、微笑みながら肩を竦めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「してやられたよ、ホフマン大尉!まさか通気口だなんて、思ってもなかった!」

 

「いや、今回の作戦ではダメだ。最低限の目標は達成したが、D区画の要員は全滅したし、不確定要素が多すぎる。全員が生きて帰れるような作戦じゃないと。」

 

 

 ビリー・ザ・キッドと警備責任者のホフマン大尉がそんな事を話しながら歩いている。

 大尉のチームは今回初めてサーヴァントからマスターを守り抜いたわけだが、大尉はそれで良しとする人物ではなかった。

 ちなみに彼の祖父はドイツ国防軍の軍曹で、42年にはブリャンスクにいたらしい。

 どおりで見覚えのある顔だった。

 

 俺はそんな大尉とビリーの話を小耳に挟みながら、今回使ったM16の手入れをしていた。

 こんなガタのきた旧式銃が役に立つのか疑問に思っていたのだが、幾分かの時間が稼げたのだから良しとしよう。

 警護要員の1人が風邪で寝込んだせいで人数が足りず、協力を…それも準戦闘要員としての協力を依頼された時は驚いたが、いい経験になったし、何より花を持たせていただいたのは良い記憶になるだろう。

 …………アレ、余計な事考えてたせいで分解手順忘れたじゃん。

 

 

 M16の機関部を持ったまま固まる俺の前に、白い着物の暗殺者が現れた。

 言うまでもなく、本日の敵役サーヴァント1号の荊軻さんである。

 彼女は微笑みを浮かべながらこちらにやってきて、その素晴らしい笑みを俺に向けたまま押し黙っていた。

 

 アレかな、お褒めのお言葉でもいただくのかな。

 そんな事を考えていた俺が甘かった。

 こちらが瞬き一つする間に、彼女は短刀を引き抜いて俺の首元に突きつけたのだ。

 何が起きたか分からず、俺は最初笑顔でこう言ってしまった。

「こんにちは、荊軻さん」

 

 

 改めて驚きの表情を浮かべると、彼女はフッと笑ってすぐに短刀を収めた。

 

 

「…大尉の言っていることは謙遜でも何でもない。今日のやり方では不十分だ。」

 

「は、はあ。」

 

「君はあの時、自分を犠牲にしてマスターを助けた。でも、きっとそれはこれが訓練に過ぎなかったからだ。だろう?」

 

「………」

 

「私が君の喉元に刃を突きつけた時、死を覚悟できたか?」

 

「…いいえ」

 

「では尚更だ。もしも今日のような襲撃が現実に起きた場合、大尉の作戦は成功しない。」

 

 

 荊軻さんはそう言いながら、俺がM16の部品をおっ広げているテーブルに腰を下ろして瓢箪を取り出した。

 そしてそのままフタをポンッと開けて、中身をグイッと飲み干す。

 プハァッ!とやってから再び私に向き直ると、瓢箪をこちらに差し出した。

 まだ午後の2時だぜ、荊軻さん。

 俺は丁重に彼女のご好意を断った。

 

 

「君や大尉のチームの全てが悪いと言ってるわけじゃない。警護要員達の練度は間違いなく向上しているし、君のあの発想には驚かされた。…でも、誤解だけはしないでもらいたかったんだ。君達が"実戦"においても、同じ行動を取れるとは限らない。」

 

 

 その発言は、きっと彼女自身の経験に基づいたものだろうと俺は思った。

 秦の始皇帝暗殺に、あと一歩のところまで迫った刺客。

 彼女は友の頼みで始皇帝の暗殺などという大それた事を始めたわけだが、生きて帰れるとは思っていなかった事だろう。

 

 相手はあの始皇帝である。

 いや流石に俺だって最初に麒麟みたいなクリーチャ…こほん、独特なサーヴァントを見つけたときにはそれが始皇帝だとは思わなかったが。

 彼は中華世界に覇を唱えた最初の人物であり、その独裁体制は他が揺るがす事を許さなかった。

 

 中華世界はその長い歴史の中で内乱と統合を繰り返してきた。

 項羽と劉邦、三国志。

 チンギス・ハンに国共内戦。

 彼らの歴史は正に戦争の歴史であるといっても過言ではないかもしれない。

 そんな歴史の中で、天下の統一を志す者にとっては、始皇帝とその帝国は正にバイブルであった事だろう。

 荊軻の暗殺計画はその歴史さえ覆す可能性があったのだ。

 

 

 彼女は周到に準備を進めたが、大きな誤算があった。

 暗殺の助手として連れて行く人物には故郷の友人を計画していたのだが、依頼者が彼女を急かした為に別の人物を連れて行くことになる。

 その人物は腕の立つ仕事人とされていたのだが、肝心の始皇帝の前へ至った時、彼は震えて何も出来なかったのだ。

 

 

「死を覚悟していると言うのは簡単だ。問題はそれを貫き通せるか否か。そして貫き通せる人物はそうそういない。」

 

「………」

 

「…と君に言ったところで仕方あるまい。君は協力を要請されてそれに応えただけだ。作戦の損害の責任は大尉にある。」

 

「うん、まあ。まあまあ。」

 

「気分を害したなら悪かった。飲んだくれはここらでおいとまするとしよう。」

 

 

 4000年を誇る中国史を書き換えかねなかった人物はそう言って俺の目の前から去った。

 荊軻さんは経験によって、大言壮語を口にする人物が信用ならない事を学んだ。

 きっと彼女はその失敗を繰り返してほしくないのだろう。

 例えそれが自分自身に対する物であっても。

 つまるところ、自分を過剰に信じ過ぎるなというところだろうか。

 

 

 まさしく、俺はいざ"本番"という時にスカーフェイスの真似事なんてできそうにない。

 本当に必要なのは"本番"を見据えた行動であって、派手なスタンドプレーではないのだから。

 

 

 

 ………そうは言ってもさぁ、俺を選んだのはミスチョイスじゃない?

 他にもスタッフいるんだからさ、なんで俺?

 戦闘しろって言われてもM16渡されたらスカーフェイスぐらいしか頭に浮かばなかったんだよ!

 ちょっと、ホフマン大尉?

 …M16の分解もう一度教えてもらってもいいですか?



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32 脳筋門番

 

 

 

 

 

 

 

イギリスの淑女達が、なぜこういった催し物をやるに至ったかは分からないし分かりたくもない。

 できれば参加なんてしたくもなかったが、しかしロマノフ家皇女殿下の御命令とあらば仕方なし。

 俺は今ピッチピチの半袖シャツと短パンを着て、ヨガマットの上で屠殺される豚のようにプルプルと震えている。

 脚はガクガクなって内股になっているわけだが、決して恐怖によって内股になってるわけじゃない。

 

 

 皇女殿下は最近ご自身のことを運動不足だと考えていらっしゃった。

 "いや、そんなわけはありませんよ殿下。この前まで独ソ戦の最前線にいたんだし、そもそも私めの肥太り具合に比べたら殿下のそれなんて誤差ですよ、誤差!ガハハハwww"とか言ってたらご機嫌を損ねてしまったらしくこの場に連れてこられてしまった。

 我ながらなんでこう、余計な一言が多いかなぁ。

 

 さて、どこへ連れてこられたかというとカルデアのトレーニングルームの内の一つである。

 それだけならまだ…楽しみとまではいかなくとも諦めはついたかもしれない。

 問題はそこが、エアロビ用のトレーニングルームだったことだ。

 

 

 俺は今両脇をピッチピチのレオタード姿の上乳上と下乳上に挟まれている。

 彼女達は準備体操の真っ最中なわけだが、そのたびにあのバカでかいお胸やエロ過ぎる腋の下が露わになって貞操上よろしくない。

 頑張って目を逸らそうとするものの、目の前一面が鏡張りとなっているせいでどうにもならんのだ。

 

 

「いや、何言ってんだよオメエ。天国じゃねえか!」

 そういう人がいるならぜひこの場に来てください!

 俺と同じように半袖短パンで、この場に立ってみれば良い!

 男性機能が損傷していない限り、あんな長身美巨乳お姉さん2人に挟まれたらおっ勃つのは避けられない!

 そして短パンでその状態に至るということは………

 

 

 

 一種の拷問である。

 嬉しい人はそれでも嬉しいのかもしれないが。

 しかし俺からすると拷問でしかないのだ。

 そもそもの配置が意図されたんじゃないかと言うくらい最悪過ぎる。

 前列は上、下乳上と俺。

 後列には殿下と邪ン姉さんがいらっしゃるのだが、目の前の鏡のせいで俺は自分自身が圧倒的重量物に包囲されているという事実と戦わざるを得ない。

 

 

 以上が、俺が今内股で震えている理由である。

 

 

 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、80年代なラジカセを持った婦長がこれまたピッチピチのレオタードを着てやってきた。

 あのラジカセからは恐らくエリッ●・プライズの『Call ●n me』が流れてくる事だろうが、俺はあのミュージックビデオのように楽しめそうにはない。

 寧ろ婦長が正面に立ち、俺が奇妙なポージングをしているのをジっと見てくるあたり危機感しか感じないのだ。

 

 

「それでは、これから『第一回!カルデア健康☆エアロビ教室』を始めます…が、まずはシマズさん。姿勢の乱れは心の乱れです。姿勢を正しなさい。」

 

「いや、なんといいますか、実際に心が乱れてまして」

 

「問答無用!」

 

 

 婦長が凄まじい腕力で俺の両腕を握って体側まで運びやがる。

 おかげで俺の滾った男性機能が思いっきり露わになってしまった。

 自然と、鏡越しに皆々様の反応を確認する。

 上乳上は「まぁ!」みたいな顔してるし、下乳上はゴミか何かでも見るような目で見下ろしてくる。

 皇女殿下は顔を真っ赤にして両手で口を抑えているし、邪ン姉さんは恐らく俺のことを燃や………待って邪ン姉さん、何その反応は。

 いつもみたいに「燃やす!」的な反応してよ、寧ろその反応が欲しいよ。

 なんでそんな「ああ、アンタもそういう歳になったのね」的な反応してんの!?

 カァチャンって呼ぶぞ!冗談抜きに!

 

 

「………」

 

 

 婦長がいきり立った俺のアレを見たまま黙していた。

 いかん、切除される!

 このままじゃ俺の男としての生涯が

 

 

「…男性機能が正常に働いている証拠です」

 

「は?」

 

「何を恥ずかしがっているのか理解できません。それでは、エアロビを始めます。」

 

「いや、あの、ちょ」

 

『♪Call ●n me〜〜〜〜』

 

 

 婦長はそのままスタスタと歩き去ってラジカセのスイッチを押してしまった。

 俺はエアロビを始めることになってしまったのである…フル●ッキのまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………

 

 

 

 

 

 

 

 いやぁ〜くたびれたくたびれた。

 普通のエアロビでもキツいのにフル●ッキでエアロビしてたんだからキツいキツい。

 

 俺はエアロビを終えた後、風呂桶を抱えてついこの前に修復・再稼働した大浴場へ向かっている。

 前々から浴場自体はあったのだが、"レフ・ライノールの9.11"後は電気系統がアレになって使えなくなっていた。

 ダヴィンチちゃんに修復を依頼された時は「うぇぇぇぇぇ!!めんどくせええええええ!!ええええやんシャワーは使えんやから!!」と思ったものの実際こうやって一汗かいた後だとやっぱり修復して良かったとは思う。

 

 ちなみに女性用の浴場もしっかりと完備されており、婦長に殿下や両乳上、それに邪ンカァチャンはそちらへと行った。

 言うまでもないが、ホームズ氏に悪行が露見してから盗撮なんて行いはしようと思わなくなったし、カメラが殿下を捉えてしまったら罪悪感がすごいことになりそうだ。

 殿下のおかげで俺は少しだけ"マトモ"になれたのかもしれない。

 

 

 

 脱衣所で汗だくの半袖短パンを脱いで着替えを準備した。

 眼鏡を外してロッカーを閉めると、ボディソープとシャンプー、タオルの入った風呂桶と共にいざ浴槽へ。

 温かいお湯でリフレッシュをと考えていたのだが、扉を開けた瞬間に、その欲求が達成されないことがよくわかった。

 

 

 

「ヴァヴァンヴァヴァンヴァンヴァンッ!!アヴィヴァヴィヴァヴィヴァッ!!」

 

 

 

 "良い湯だな"と歌いたいならもう少し暑苦しくない方法でやって欲しい。

 浴槽に下半身をつけて、腕組みをしながら怒声を張り上げているスパルタ人を見て俺はそう思った。

 筋骨隆々な彼のことは言わずもなが知っている。

 伝説のスパルタ王、レオニダス1世である。

 

 

「おおっ、これは失礼!知性的に1人でこの浴場を楽しむ方法を模索していたのですが、まさか他に利用者がいらっしゃるとは思いませんでした!」

 

「…いえ、お気になさらず」

 

 

 レオニダス1世の暑苦しい歌声を聴きながら頭と全身を洗って湯船に浸かった時、かのスパルタ王からそう言われた。

 テルモピュライの守護神たる彼は、自身の事を「スパルタで計算のできる男が私しかいなかった」から王になったのだと述べている。

 しかしながら、現代の基準で言えば彼も立派な脳筋であろう。

 現に彼は脳筋な方法で風呂を楽しんでいたのだから。

 

 さて。

 せっかくのリラックスタイムは全力脳筋タイムによって粉砕された。

 それに彼と何か喋ってないとまた全身全霊のヴァヴァンヴァヴァンヴァンヴァンを聞かされそうな気がする。

 

 だから俺は、どことなく沸いた疑問をそのままレオニダス王に尋ねる事にした。

 

 

 

「…テルモピュライの戦いでのご活躍はまさに伝説ですよね。ペルシア軍10万にたったの300人で立ち向かった。…そこでお聞きしたいのですが」

 

「ええ、何なりと聞いてください」

 

「敵の補給路を叩こうとは思わなかったんですか?」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………是非我が軍の参謀に」

 

 

 うっそやん!!

 スパルタってそこまで脳筋なの!?

 

 大軍を動かすとなると、まず念頭に置かなければならないのはその補給である。

 十万もの兵力を動員するとなると、十万人分の食糧を用意せねばならず、そしてその補給物資を運ぶためにより多くの動員が必要となるのだ。

 そういう意味で、大軍というのは諸刃の剣でもある。

 

 

「というのは冗談です」

 

「ですよね、ビックリした。」

 

「ペルシア軍の動員規模は我々の想像を遥かに超えるものでした。その軍勢を見たギリシア軍は恐慌状態に陥るほどの大軍勢です。クセルクセスは各ポリスに使者を送って降伏を迫り、マケドニアやテーバイはこれに屈した。それに、スパルタもギリシアも大規模な祭典の最中でした。つまるところ、我々は準備を整えることができなかったのです。」

 

「制海権もペルシア側に?」

 

「いえ、そもそもテルモピュライは"それ以前"の戦いです。ダーダネルス海峡を押し通りマケドニアを服従させて迫ってくるペルシア軍をなんとしても止めなければならなかった。…敵の補給路云々を考える前の話だったのです。」

 

 

 いくら脳筋のスパルタ人(失礼)でも好き好んで300人で戦ったわけではない。

 迎撃の初動を担えるのが300人しかいなかった、という方が正しいだろう。

 神聖な祭典の最中に巻き起こった非常事態、それならそういう対応でもおかしくはないのだ。

 

 

「300人という数字は極端に少なく思えるかもしれませんが、地の利は我々にあり、テルモピュライはファランクスによる守備にうってつけの地形でした。実際、我々は敵が回り込むまで持ち堪えていましたから。」

 

「何故回り込まれたんですか?」

 

 

 単純な質問を返したつもりだったが、スパルタ人は少しばかり目を瞑り、額に流れ出る汗をタオルで拭き取りながらゆっくりと話す。

 

 

「内通者が…いたんです。彼はペルシア軍に回り道を教えました。」

 

「あらま」

 

「それでも我々は精一杯戦いました。槍が折れて盾を失っても戦う事をやめなかった。」

 

「…きっとそれは…準備を整えたギリシア軍が仇を取ってくれると信じていたから、ですね?」

 

「その通り。我々は我々が成すべきことに全力を投じました。」

 

「それはそれは壮絶な戦いだったんでしょうね。映画にもなってましたけど、その鍛え上げられた肉体と盾で敵の波状攻撃を受けてから押し戻し」

 

は?…いえ、そんな戦い方はしてませんが…」

 

 

 スパルタ人が「何を言ってるんだお前は」という顔で俺の事を見る。

 ある映画のイメージが先行している俺からすると、こちらも「え?違うの?」という感じ。

 しかしスパルタ人があまりに冷静な話を始めたので、俺は驚かされた。

 

 

「…あなたご自身がペルシア軍兵士だとお考えください」

 

「はぁ」

 

「目の前に長大な槍を持って盾を構えたファランクスがいます。」

 

「はぁ」

 

「…そのまま突っ込みますか?」

 

 

 言われてみればそうである。

 目の前のスパルタ王みたいな筋肉野郎どもがでっけえ槍持って待ってたら普通は接近したくない。

 俺がそう思うなら、ペルシア人も同様であろう。

 

 

「……その映画は少々誇大な表現をしていますね。我々はペルシア軍の歩兵と対峙した時、まず背中を見せて逃ました。」

 

「えっ!?スパルタ人って敵に決して背を向けないんじゃ」

 

「誰がそんな事言いました?……ともあれ、ペルシア軍は逃げる我々を見て追ってきます。そしてペルシア軍歩兵の勢いが乗ったところで突如反転!迎え討ったのです!」

 

 

 ごめん、想像と全然違ったわ。

 想像より遥かに脳筋だったわ。

 

 アレクサンダー大王のファランクス…おそらくはこのスパルタ人のそれよりも長大な槍を装備したファランクスが今度はペルシア世界を蹂躙するのは後の話だが、ファランクスは当時の中でも有用な兵法だったのだろう。

 しかしながらそれにしてもやはり脳筋である。

 反転してからの迎撃で、勢いのある敵の軍勢を止めるとか、余計に脳筋である。

 もっとね、我ながらなんかこう…伏兵で挟撃したのかな、とか、弓兵で射かけさせたのかな、とか考えてたのがバカらしくなるほど脳筋だったわ。

 

 

「あなたが考えていることは大体分かります。」

 

「………」

 

「マスターも同じ顔をするでしょう。しかし、結局のところ私達は誰もが皆できる事を一所懸命にやったのです。自分達が倒れても、仲間が成し遂げてくれると信じて。」

 

「…確かにテルモピュライの後、ギリシアは海戦と陸戦の両方で勝利を収めました。でも…なぜそこまで仲間を信じられたのです?先ほどおっしゃったようにギリシア側全体としてみれば内通者もいたんでしょう?」

 

「スパルタ人は誇り高く内通などしません。それに、私と同じ筋肉を身につけています。」

 

「………」

 

筋肉は永遠の友達ッ!己と同じ筋肉を身に付けた者がいれば、我々の間には何者にも引き裂けない友情が生まれるのですッ!!」

 

 

 うーん、やっぱアレだね。

 脳筋だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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33 叛逆の果て

スパルタクスさんがめっさくさキャラ崩壊してます、すいません


 

 

 

 

 

 1918年、ドイツ人はどん底とまではいかないにしろ、その前兆を味わった。

 

 

 世界大戦は4年間に渡ってドイツ人達に総力戦という過酷な日々を強いたにも関わらず、その結果は無残な物に終わる。

 国民は勿論、兵士達の中にも日々戦局の悪化するこの戦争にウンザリしている者は多かったことだろう。

 総力戦はまさに国家の生命を燃やすような戦争なのだ。

 

 

 春季大攻勢が失敗したにも関わらず、ドイツ帝国海軍は講和会議に反対の立場だった。

 1918年11月、当時のドイツ海軍司令官ヒッパー提督は最後の望みをかけるべく、まだ戦力を温存していた大洋艦隊に出撃命令を下す。

 しかし、現場の水兵達はこの命令に反抗や脱走という形で応えたのだった。

 

 

 ドイツ海軍から始まった反乱に、労働者達も合流した。

 反乱はやがて革命となり、皇帝ヴィルヘルム2世はオランダに亡命せざるを得なくなる。

「古臭った帝政は滅び去った!」…シャイデマンという男がそう宣言した時、名実ともにドイツ帝国は滅亡した。

 

 問題は、帝国が滅び去った後だ。

 誰がこの国家の舵取りを行うにふさわしいか。

 ロシア革命の影響を受けた共産主義者達は、ドイツでもソビエトを作り上げようとした。

 前線から帰ってきた兵士たちの中には、講和を不条理なものと捉えて右傾化する者たちもいた。

 結局のところ、左翼と右翼の衝突は到底避けることなどできなかったのだ。

 

 これよりドイツは右派と左派の戦争時代に突入していく。

 やがては経済が安定するまで右派も左派もお互いを罵り合い、憎み、殴って衝突したのだ。

 その最初期の戦いは、大戦が終わって2ヶ月後にやってきた。

 共産主義者達はロシア革命の再来を狙って武力蜂起を起こし、政府や右派の義勇軍と軍事衝突する事になる。

 今やドイツは国境の外側ではなく、内側で戦争を始めていたのだった。

 

 

 この蜂起は、それを起こした団体の名前を冠してこう呼ばれている。

『スパルタクス団蜂起』と………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 設計図と向かい合うこと1時間、俺はようやくある事に思い当たって無線機を取る。

 呼び掛けた相手は例によってエジソン博士で、彼は今日も今日とて俺の仕事を手伝ってくれていた。

 絶望的に人手不足な我々カルデア電力部にとっては有難すぎるお話だし、博士には本当に感謝しても仕切れない。

 ともかく、俺は無線機でその大恩人を呼び出した。

 

 

「博士、分かりました。…この前、第14ブロックの抵抗器を交換したのを覚えてますか?」

 

『ああ、シマズ君がレイシフトに巻き込まれた時だね。しかと覚えているが…先ほど点検した時は異常はなかった。』

 

「抵抗器自体が問題では無いと思います。恥ずかしい話ですが、ずっとこの事を忘れてまして…あの日交換した抵抗器なんですが、随分と劣化してるように見えました。」

 

『…ほう。』

 

「検査した時、あの抵抗器は基準値よりも抵抗が大きくなっていました。その状態である一定期間動作していたということは、抵抗値が大きくなった分の損失を補える電圧を送り込んでいたはずです。」

 

『おそらくは』

 

「しかし、そこで抵抗器を交換した…抵抗値は基準のソレに戻り、今度は回路に過電圧が流れる…確かあの辺にはヒューズボックスが」

 

『おおっ、シマズ君!上出来じゃ無いか!』

 

「さっそくヒューズボックスを見てきます」

 

『いや、14ブロックなら私の方が近い。ヒューズくらいなら私の方で変えておくよ…君はよくやった、少し休みたまえ』

 

 

 本当いうと抵抗器変えた時点で電圧の方を見ておくべきだったんだろうが、あの時はレイシフトに巻き込まれてそれどころじゃなくなってしまった。

 エジソン博士には申し訳ないし、とてもありがたいが、俺は1時間考え事をしてたおかげですっかりと疲れてしまっている。

 正直誰でも思い当たりそうな事に時間をかけ過ぎなのだが、ここはお言葉に甘える事にした。

 前途のように疲れたし、そして他に理由もある。

 

 

 

 コンコンッ

 

「シマズさん?」

 

「シマズ〜?お茶の時間よ〜?」

 

 

 電気室のドアがノックされ、皇女殿下と邪ン姉さんが入ってくる。

 時計を見ると午後3時。

 メンタルケア的なアレと相まって、殿下と姉さんはこの時間に俺とお茶をするという習慣を提案してくれた。

 おかげで前みたいにひどく疲れるなんてことはなくなってきたし、この時間は格別の癒しを与えてくれる。

 

 

「おお、殿下、姉さん、ありがとうございます。」

 

「最近どう?根気を詰め過ぎてないかしら?」

 

「邪ン姉さん優し過ぎませんか?」

 

「やさっ…ちょっ…ア、アレよ。アンタが交流の爺さんみたくならないか、ちょっとばかし心配だっただけよ。」

 

「良い働きには良い休憩を。今日はシュークリームを持ってきました。」

 

「ありがたやありがたや。それじゃ、俺はお茶の準備を。」

 

 

 いつも通りティーセットに向かって3人分の紅茶を用意する。

 ブランド物の良い香りが部屋を満たす間にも、邪ン姉さんがテーブルとチェアをセッティングしてくれた。

 俺はそのテーブルの上に紅茶を置いていき、殿下はシュークリームを配食する。

 そうして、1日のなかでも格別な時間が始まるのだ。

 

 

「……うふふふっ♪…それでね、その時のお父様ったら」

 

 コンコンッ

 

 

 他愛もないお喋りをしながら殿下のシュークリームを楽しんでいた時、電気室のドアが再びノックされる。

 言うまでもなく、俺と殿下、それに邪ン姉さんは顔を見合わせた。

 

 

「……ああ、エジソンが戻ってきたんじゃないの、シマズ?」

 

「いえ、彼ならノックの後すぐに入室するはずです。」

 

「この時間に訪問される方に、思い当たる方はいらっしゃいますか?」

 

「まったくもってありません。…やはりエジソン博士でしょうか。何か重い物を運んできたのかもしれない…殿下、立席をお許しください。」

 

「構わないわ、シマズさん。」

 

 

 殿下の許可を得てから、俺は席を立ってドアへと向かう。

 アレかな、やっぱりヒューズボックスが問題だったんじゃなくてより大きいナニカが壊れてたりしたのかな。

 そんな不安と共にドアを開けた時、俺はとんでもない物に出会した。

 

 

「叛逆(こんにちは)」

 

「………」

 

 

 

 ドアの向こうには2人のサーヴァントがいた。

 1人はにこやかな笑みを画面に浮かべ、長髪のカツラを被ってスーツを着用、3年J組ハサパチ先生と化した呪腕のハサン

 もう1人は筋骨隆々の肉体をピッチピチのスーツに包み、朗らかな顔をこちらに向けている暑苦しい叛逆者・スパルタクスだ。

 

 

「何の用ですか?」

 

「初めてお目にかかりますな、電気技術師殿。私は呪腕のハサンと呼ばれている者です。このたびは突然の訪問をご容赦いただきたい。」

 

「この度我々は新しい組織を立ち上げた!どうか電気技術師殿にもご参加願いたい!」

 

 

 俺は恐る恐る後方の皇女殿下のご様子を伺う。

 頬をぷっくりと膨らませ、ご機嫌斜めなご様子を繰り広げていらっしゃるのは大変可愛らしいのだが。

 しかしその理由を考えるとあまり萌えてもいられない。

 殿下が不機嫌な理由は恐らく二つ。

 一つ目はお茶会を邪魔されたから、これは単純。

 もう一つも単純だが、こちらは少々厄介だ。

 スパルタクスは筋金入りの叛逆者。

 そんな人物が現れては、叛逆者にご家族を殺された殿下がご機嫌を損ねるのも無理はない。

 そもそもスパルタクスが殿下を見て圧政者判定しないかというところから心配だ。

 

 

「おお…臆することはない、電気技術師殿。かの御婦人は叛逆者によって倒された。よって彼女は圧政者とは言えぬ。既に倒されておるゆえ。」

 

 

 そんな事言う方がよっぽどアレだわ。

 しかし、バーサーカーには珍しくもスパルタクスが耳元でこっそり話すという気の利かせ方をしたため、どうやら殿下は彼の発言は聞こえなかった様子。

 そこで俺はわざと大きな声でこう言った。

 

 

「勿論!殿下が圧政者なわけはありません!頭脳明晰、才色兼備!殿下であればもしご即位なさっても圧倒者などとは程遠い存在だったでしょう!」

 

 

 殿下のお顔がパァッと明るくなる。

 今度はスパルタクスがニィッと笑いかけたので、俺は彼にこっそりこう言った。

 

 

「もっとも、ロマノフ家ではパーヴェル帝以降女性は皇帝に即位できませんが。」

 

 

 

 スパルタクスも殿下も衝突する心配は無くなったので、俺はとりあえずスパルタクスとハサパチ先生をお部屋の中に招き入れる。

 2人分のペーパーカップを用意し、お紅茶を淹れ、砂糖とマドラーを添えて差し出すと、2人ともソレをズズッとやってこう言った。

「結構なお手前で」

 いや、それ違うやつだから。

 それにしてもスパルタクスがここまで落ち着いているとは…普段のイメージだと「アッセイ↑」とか言って暴れてる感じがしたんだが。

 ともかく、バーサーカー筋肉ダルマが落ち着いている内は話を聞いても損は無いと思う。

 いざとなれば我らがカァチャン邪ン姉さんがいるし。

 

 

 

「それで…その…組織というのは、どういった物ですか?いきなり参加しろと言われても」

 

「もっともである!他人の意思も考えずに強制参加なぞ圧倒者の所業!」

 

 前言撤回、全然落ち着いてねえや。

 

「我々がこの度立ち上げたのは、全カルデアの民のための組合だ!名付けて『カルデア職員共済組合』ッ!!」

 

 

 …なんだかなぁ。

 スパルタクスに共済組合って言われても反乱軍っぽくて仕方ないんだよなぁ。

 そもそも打倒圧倒者しか頭になさそうなスパルタクスさんが組合作ったとして到底マトモとは思えない。

 偏見9割で申し訳ないんだけど…まぁいいや。

 偏見だけで物を語るのはよろしくなかろう。

 話だけでも聞くとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30分後

 

 

 

 

 

 

 

「以上が、我々『カルデア職員共済組合』の概要である!」

 

 

 参加してええええええええ。

 思った以上っつーか、想像を遥かに超えてマトモだったわ。

 え、何この組合。

 めっさCOOLじゃん。

 

 

 簡単に言うと、スパルタクスプレゼンツのこの組合は「皆が少しずつ力を出して組合員を助ける」ための純粋な共済組合だ。

 例えば、我が電力部である部品が足りなくなったとする。

 電力部として補充申請を挙げても、そういった物事を掌握しているダヴィンチちゃんやDr.ロマニは普段から忙しくて対応が遅れる事がままあった。

 ましてや外部からの納品がなく、調達方法がレイシフトしかないとなると、在庫切れは死活問題だ。

 

 そこで、俺がこの話を組合に持っていくとする。

 組合はまず、組合員達に同種の部品に余剰がないか確認してくれるのだ。

 組合の参加者は他の部署にも大勢いるらしく、即ち横方向への情報共有が速やかに成される。

 よってダヴィンチちゃんに申請を挙げるよりも早く調達できる可能性があるのだ。

 更には、この組合にはサーヴァントの参加者もいる。

 組合員のサーヴァントがレイシフトに向かう際、組合は他の組合員達の希望を取り纏めてそのサーヴァントに調達を依頼するのだ。

 それまでダヴィンチちゃんによって退けられた要望でも、組合に依頼すれば、よほど馬鹿げたモノでない限りは調達できるようになる。

 必要な調達資金をダヴィンチちゃんに申請する事はできないが、それは組合が集金する会費によって賄われるのだ。

 これが意味するところは、元来必需品に絞って行われていたレイシフト調達において、娯楽品や嗜好品を調達できるようになるチャンスが生まれるということ。

 勿論、組合は組合なりの審査を行なって調達の可否を決めるが、娯楽品・嗜好品の基準は甘く設定されているのだ。

 ゲーム機のように多少値の張る代物でも組合員全員で金を出し合えばそんなに高額にはならないし、タバコやアルコールもまたしかり。

 調達品は組合の管理品とはなるのだが、組合に加入していれば誰だって使う事ができるのだ。

 

 

 

 魅力的。

 実に魅力的。

 圧政者打倒筋肉ダルマバーサーカーが考えたとは到底思えないほど魅力的。

 

 9割方参加を決めていた俺に、邪ン姉さんと殿下が後押しをしてくれた。

 

 

「いい組合じゃない、シマズ。参加しなさいよ。私も参加するわ。」

 

「私も参加します。この組合の考えは、高貴なる者の務めのそれと類似しますから。」

 

「…姉さん…殿下……ハサパチ先生、俺も参加します!」

 

「呪腕のハサン、ですぞ技術師殿。では、こちらの参加希望書にご署名を。」

 

 

 

 我々3名が署名すると、スパルタクスはガタッと立ち上がり、両腕を広げた。

 そしてそのまま俺を抱擁する。

 

 

「我が同志よ!同胞よ!これより民の為に共に邁進せんんんんッ!!!」

 

「ぐへえええ潰れる潰れる潰れる」

 

「おおっ、これは失礼!」

 

 

 どうにかハンバーグにはならずに済んだ。

 スパルタクスが今比較的"マトモ"なのは恐らくこの組合の設立と運営に熱中しているからだろう。

 何せ発案したのはスパルタクスであり、ハサパチ先生に支援を依頼し、ここまで順調に進んでいる。

 叛逆の英雄として有名な彼だが、その叛逆の根本はあくまで"民の為"という善性なのだろう。

 

 しかしながら不思議な点が一つある。

 立案から設計、運営までその中心的な立ち位置にいるのはスパルタクスなのだが、彼は組合の代表に自らを据えなかった。

 組合の代表はハサパチ先生が務めているのだ。

 ハサパチ先生の言うには、スパルタクスの方から頼まれて代表を務める事にしたらしい。

 

 

 

「………少し、不思議ですね。どうせなら代表になられても良かったのでは?」

 

 

 席に座って紅茶を啜るスパルタクスに、雑談がてらそう尋ねる。

 彼は微笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()である。()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。…わかってくれるかね、友よ。」

 

 

 

 とはいえ、スパルタクスは古代ローマにおいて奴隷の反乱軍を取り纏めた張本人である。

 三度起きた奴隷戦争の内、最も大規模な叛逆の首謀者がスパルタクスであり、彼は反乱軍を指揮してローマの軍勢を何度も返り討ちにした。

 それもローマの指揮官が怒りのあまり彼の死体を晒すレベルで、である。

 

 

「それとこれとは別じゃないの?…アンタ、反乱を指揮してたんでしょ?なら組合の代表を勤めても問題ないと思うけど。」

 

「叛逆と治世は勝手が異なるのだ。私は叛逆者としては"一流"だったかもしれぬ。だが…時折少し悩む事がある。もし反乱軍が一定の領域支配の継続に成功していれば…スパルタクスの治世はどのようなモノであっただろうか、と。」

 

 

 ほうほう、これは確かに興味深い。

 スパルタクスの反乱軍は規律が行き届いており、彼は反乱軍に無用な略奪を禁じ、食糧や金品を平等に分配、その独占を禁じたとされている。

 しかし、反乱軍はあくまで街を統治したわけではなく略奪したのだ。

 いくら平等に分配されたとはいえ、それは略奪したものであり、自らで生産したものではない。

 生産された物を奪うのと、物を生産するのとでは確かに別次元のものである。

 

 

「…民は自由であるべきであり、人としての尊厳は決して貶されて良い物ではない。しかし…その両立は果たして可能であろうか。誰しも平等というのは理想だが…私は叛逆の果てに、はたしてそれを為し得たであろうか。

 

 

 思い悩むスパルタクスを見て、俺はある集団を思い出した。

 第一次大戦後にスパルタクス団を名乗った連中のことである。

 かの蜂起を起こしたドイツの共産主義者達はロシアのソビエト政府を理想として戦った。

 しかし、そのソビエト政府の実態はどうであったか。

 結局のところ、決して平等とはいえないのではなかろうか。

 

 プロレタリアートの為に始まった革命は、やがてプロレタリアート独裁と呼ばれる独裁政治を招いた。

 多くの人々が尊厳を奪われて、平等の名の下に自由を抑圧されたのだ。

 他方、共産党の党幹部達は贅沢な暮らしを送っていたのである。

 スターリンは独ソ戦の最中でもキャビアを取り寄せていたし、ブレジネフは自らの制服を勲章で彩り、ホーネッカーは西側の高級車を買い漁っていた。

 誰しも平等とは口で唱えながらも、自分だけは特別と言わんばかり。

 ムッソリーニは共産主義革命を、民衆のための運動というよりは"エリート層の交代"と認識していたようだが、そちらの方がよほど的を得ているように思える。

 

 

 良き指揮官が良き政治家となるとは限らない。

 スパルタクスは叛逆者として倒れたが、はたして彼は良き政治家となり得たであろうか?

 彼はその事に悩んでいるのだろう。

 

 

「…実を言うと、この組織を立ち上げたのは私自身のためでもあるのだ。我が身や我が同胞が流した血の果てに、いつか民の笑顔を見る事を夢見ていた…そう、()()()()()のだ。滑稽な事に、叛逆を起こしておきながら、()()()()()!!」

 

 

 お気持ちは分からんでもない気はするけどさ。

 どうしたのスパルタクスさん。

 ガラじゃないよ。

 いつも通り叛逆叛逆言ってよ。

 何か悪いモノでも食べたの?

 

 

「ゆえに、私はこの組合の運営を通じて身につけておきたいのだ。民の笑顔を絶やさぬためには、自由を与えるためには、尊厳を保持するためには…叛逆だけでは足りぬ。叛逆の果てまで見つめなくてはならぬ。だからこそ、叛逆の果ての治世を身につけるのだ。」

 

 

 バーサーカー、スパルタクスは再び意を決したかのように立ち上がり、ドアに向かって歩み出す。

 俺はハサパチ先生の側にいき、あの叛逆バーサーカーに何があったのか尋ねた。

 

 

「いつからあんな調子なんですか?」

 

「ナイチンゲール殿のプディングを食べてからです。」

 

「あー…あの消毒液臭の塊をよくもまぁ…」

 

「…まぁ、私には彼がそこまで変わったようには思えませぬよ。」

 

「本当ですか?あんな…何か悟った感じなのに?」

 

「ええ。第一、この組合も立派な"叛逆"のひと形態ではありませんかな?現体制への叛逆…言葉を変えれば、"改革"と言う名の叛逆です。」

 

 

 筋骨隆々な叛逆者の背中を見送りながらも、俺はその背中に敬意を表した。

 この叛逆者はどこまで行っても、誇り高き叛逆者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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34 誰も知らないあなたの記憶

サーヴァントのネタバレ注意です(何を今更
あと、キャラ崩壊注意です(何を今更


 

 

 

 

 

 

 

 その日の昼飯を食う前には、仕事はすっかりと片付いた。

 今日の整備は全く持って迅速に進んだし、何か新しい問題が起こったということもない。

 珍しい程全てが上手くいき、俺は意気揚々と自室に帰らんとしていた。

 

 

 何かが上手くいきすぎている時は、どこかに落とし穴があるものだ。

 

 

 俺の場合、それはスパナだった。

 廊下を歩いているときに、一本のスパナが工具箱から滑り落ちる。

 丁寧に清掃された廊下の上をスパナはスケート選手よろしく滑っていき、遂には少しだけ扉の開かれた暗室へと入っていきやがったのだ。

 

 俺は悪態をついて、ポケットからフラッシュライトを取り出した。

 スパナが滑り込んだ暗室は物置として使われている部屋で、普段は使われていない。

 レフ・ライノールがテロを起こす遥か前から物置だったこの部屋は、"爆心地"の近くでもある。

 電気系統は手のつけられないほどイカれているし、よって部屋に電灯もない。

 故に薄気味悪いのが難点だったが、ありがたいことにそれほど広いわけでもなく、オルガマリー前所長の幽霊が出るなんて噂もなかった。

 

 

 スパナは案外すぐに見つかった。

 物置のドアを開けて、それこそ目の前で俺を待っていた。

 俺はフラッシュライトでスパナを照らし、そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、立ち止まった。

 

 

 しばらくそこから動く事も、考える事も出来なかった。

 あの忌々しいスパナの野郎は、暗い物置に転がり込む事で、決して開けてはならないパンドラの箱を開けたのだ。

 

 聞こえてくるのは悲鳴と呻き声。

 周囲に熱源はないのに熱を感じ、嗅覚は存在しない煙を吸い込んで、肺はそれを排除せんと活動する。

 俺がようやく動けたのは咳込み始めて、やがてはそれが酷くなった時だった。

 

 

「ゲホッ、ゲホッゲホッゲホッ」

 

 

 "あの時"も煙は吸わなかったはずだ。

 なのにどうにも生臭い、忌々しい煙の臭いが鼻をつく。

 俺はたまらなくなってその場にしゃがみ込む。

 咳は依然止まらないし、気分も悪い。

 変な汗が額から止めどなく溢れてくるし、目はおかしくなって幻覚を見せている。

 

 

 そう、"あの時"の幻覚だ。

 撒き散らされた肉片に臓物、崩れ落ちるコンクリート…それに身体を潰された、あの…

 

 

 

「シマズ?」

 

 

 ハッと我に返って、俺は額の汗を袖口で拭う。

 スパナを拾って工具箱に放り込むと、ようやく立ち上がって回れ右をした。

 先ほど最悪より下のレベルで悪かった気分は嘘のように晴れ渡っていたが、しかし目の前の相手を見て再び気分を害した。

 

 

 

「フランスツンデレ魔女かと思った?残念、アラフィフの紳士でしたー!」

 

 

 目の前にいたのは、かのモリアーティ教授(新宿のアーチャー)である。

 茶目っ気タップリではあるが、嫌な事を思い出したときに会いたい相手ではない。

 こういう人物とはあまり関わらない方が良いとも言える。

 犯罪界のナポレオンなどという渾名を頂戴している人物ならまさしくそうだろう。

 

 

 

「何か御用ですか?」

 

「つれないネェ、少しくらい合わせてくれても良いだろう?」

 

「…申し訳ありませんが、自室に戻らねばなりません。殿下とお約束がありまして。」

 

 

 俺はアラフィフ犯罪オジサンを横切って自室へと向かう。

 正直言ってモリアーティ教授とやり取りをしている場合ではない。

 閉じたはずの箱が開いてしまったのだ。

 閉じるのにはとても苦労したし、頑丈な南京錠までかけたのに、その箱と鍵はとても…あまりにも脆く崩れ去ってしまった。

 

 箱を元通りにするには?

 開いてしまった記憶を再び閉じ込めて、より頑丈な鍵を掛けるにはどうしたら良いだろか?

 

 そんな事を考えながら歩いている時、後ろからアラフィフ犯罪オジサンが俺に話しかける。

 

 

 

「"箱"は簡単に閉じないヨ。君一人で何をやったとしても徒労に終わる。」

 

 

 

 思わずその場に立ち止まり、ゆっくりとアラフィフ紳士の方へ向き直る。

 今考えている事をピッタリと当てられることほど、気味の悪い事はないだろう。

 俺はせいぜい強がって見せようとしたが、言葉の端々から動揺が滲み出ているのが自分でもわかった。

 

 

「は、箱?何の話ですか?」

 

「記憶という箱だよ。…異常な発汗、息切れや咳込み、茫然自失な態度…何か嫌な事を思い出したね?」

 

「………」

 

「その沈黙は肯定と捉えよう。問題はその記憶が何か、だ。」

 

 

 

 モリアーティ教授は、シャーロック・ホームズに匹敵し得る頭脳を持つ数少ない人物の1人だった。

 自身は計画を立て、配下にそれを授けて実行させ、そして目的を果たして利益を得る。

 組織化された犯罪は、もし立件されたとしても教授本人には被害が及ばない事を意味する。

 この形式による犯罪と司法の戦いは、シャーロック・ホームズ以降さまざまな作品で模倣されてきた。

 モリアーティ教授とその犯罪組織は、そういう意味でまさにモデルケースとも言える。

 

 現代にも通じる犯罪組織を運用していたモリアーティ教授からすると、俺の考えを読むことなど造作もない事なのかもしれない。

 彼は何かの裏付けを取ったが如く、飄々と話し続けた。

 

 

 

「おお、そうか!"あの時"だね?君は"あの時"、偶然にも生き延びた。いやもしかすると必然だったのかもしれないな。…タバコを吸いに行ったんだ。君は"あの時"、自分の同僚や上司たちにウンザリしていたんだろう。そうでなければ、あのタイミングでタバコを吸いになんて行かないさ。」

 

「何が目的だ?」

 

「態度を荒げるのはよくない。相手に図星だと宣言するようなモノさ。…さて、そんな君は上司や同僚と違って生き延びる事ができたわけだが…問題はその後何をしたのか、だよ。君が必死に閉じようとしているのはその時の記憶だ。"忌々しい"、"済んだことだ"、"また蓋を閉じて忘れされば良い"…一度目は上手くやったようだね。でも二度目がやってきた。」

 

「………」

 

「嗚呼、これは困った!一度目のやり方では上手くいくまい!新しいやり方を探さないと!だがしかし!自己に犠牲をもたらさず、忌まわしいあの記憶を閉じる事が果たしてできようか!否、できるわけがない!」

 

「言わせておけばっ…!」

 

 

 怒り心頭になった俺はホルスターから42年ブリャンスクの"お土産"を引き抜いた。

 ナガン拳銃をアラフィフ紳士に向けると、見せつけるようにハンマーを起こす。

 照準を紳士の頭蓋に向けたが、紳士は狼狽えるどころかニヤリと笑ってこちらへ歩み寄ってきた。

 

 

「おほほほっ!これはこれは。窮すれば鈍するとは正しくこのための言葉だネ!…まあ、安心したまえ、その拳銃から弾は出ない。」

 

 

 アラフィフ紳士は余裕タップリの表情で、握った拳をわざとらしく掲げて見せる。

 拳がゆっくりと開かれると、そこからは7発の7.62ミリ弾がポロポロと落ちていく。

 驚きのあまりナガン拳銃のシリンダーを確認すると、そこに弾丸の姿はない。

 

 

「クソぉ!一体何が目的だ!だいたいっ…何で、どうして"あの時"の事を知ってるんだ!?」

 

「何のことはない。監視カメラの映像は誰でも見る事ができるからね。でも私が見れたのは途中までだった。だから教えてほしい…君は"あの時"どうしたんだい?」

 

「………」

 

「そうか!なるほど!()()()()()()()()()()?…ああ、これは何ということか!何と()()()()()なことか!」

 

「し、仕方がないんだ!どうしようもなかった!あんな、あんな事になるなら、最初からくたばってくれてれば良かっ………」

 

 

 とんでもない事を口走り、思わず口をつぐむ。

 アラフィフ紳士は先ほどまでとは打って変わって、真剣な表情を浮かべていた。

 

 

「…今のを、フロイト的失言と呼ぶ。深層心理で思っていた事が、つい口を滑らせて出てしまう。…きっと君は言うだろう。"そんな事はない"と。だが、心のどこかではそう思っているんだよ。"くたばってくれてればよかった"、と。」

 

「……本当に、何が目的なんです?」

 

「うん…そうだね。……フランの動力は電気だ。彼女の活動を維持するためには良質な電気供給が必須となる。…つまりはねえ、君に死なれると困るのだよ。」

 

「…………はい?」

 

 

 

 話がとんでもない方向に飛んでいった気がする。

 そもそも、モリアーティ教授?

 なんか急に父親面になるのはやめてもらえませんか?

 人の心操るマン全開だったのに、急にしおらしくなられて…一体全体何があったと言うのです?

 

 いやいや、人の事心配してる場合じゃない。

 かのモリアーティ教授から、直々に『死ぬ』と言われたのだ。

『殺す』でも『死ぬかも』でもなく、『死ぬ』と言われた。

 言われたからには、その理由を知っておくべきだろう。

 

 

「俺が…死ぬ?…なんで?」

 

「最近、ロマノフ家の殿下に付きっきりじゃないかね?」

 

「………」

 

「理想化と呼ばれる、一種の防衛機制だ。君は皇女殿下と"あの娘"を重ね合わせている。」

 

「馬鹿な!」

 

「本当にそう思っているのかもしれないが、深層心理にはその想いがあるはずだ。でなければ、42年の激戦地にレイシフトした時に皇女殿下の精神状態など心配できないからね。…あのレイシフトの後、看護婦(ナイチンゲール)のカウンセリングには一度も顔を出していないんじゃないかな?」

 

「………」

 

「君の心配事は分からないでもない。"あの時"の事は記憶の箱にしまっておいた…ナイチンゲールなら、そんな箱を放って置くはずもないだろう。嫌な事を思い出すくらいなら墓場まで持っていった方が楽だ。だがね、君。そんな事では、いつか限界を迎える。深層心理の奥底にある箱は知らない間に君を蝕み、いつの日にかピストルの銃口を自分の頭に向けるようになるんだよ。」

 

 

 アラフィフ紳士はそう言って一枚の紙を俺に差し出す。

『カルデア医務室:カウンセリング予約』

 ご丁寧に今日の13時から予約が入ってるし、まるですべての業務が午前中に終わる事を見越したような………いや!もしかして!

 

 

「ま、まさか…今日、何もかも上手くいってたのは…」

 

「…計画犯罪というのは準備で8割が決まるものだ。私が何の打算もなく君に接触すると思うかね?」

 

 

 仕組まれてた!?

 今日の午前中に仕事が終わったことから、そこの物置にスパナを落とすところまで!?

 

 

「とにかく、カウンセリングを受けたまえ。ナイチンゲールなら上手くやってくれるはずだ。…箱の中身をどこまで話すか、或いは話さないのかは君の自由だが…君は一度心と頭をクリーニングする必要がある。」

 

「………」

 

「それでは…しがないアラフィフ紳士はここらで消え去るとしよう。くれぐれも、健全でいてくれたまえ。それがフランの為にもなる。」

 

 

 紙から顔を上げたときには、アラフィフ紳士の姿はそこにはなかった。

 狐に包まれたような気分になりながらも、俺はカウンセリングを受ける事にした…受けなければあのアラフィフ紳士に何を仕掛けられてもおかしくはないし、それに。

 "あの時"の事をぶち撒けるなら今しかないように思える。

 どうかそれだけの勇気が得られますように。

 そう思いながら、俺は自室へ急ぐ。

 昼飯を食べて、カウンセリングを受けるまで40分しかない。

 




モリアーティ教授のキャラ崩壊がやばたにえん……


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35 シェルショック

 

 

 

 

 

 

 半年前

 

 

 

 

 

 

 

「…今日は48名のマスター候補がここで試験を受ける。あくまでも安全を最優先し、候補者達に万全の態勢で試験に……シマズ!聞いてるのか!?」

 

「すいません、主任。その…えっと…あの…」

 

「ハァァァ…タバコか?少しはあの爺さんを見習え!日本人は皆勤勉だと聞いていたが、それはお前を除いた話らしいな!もういい!失せろ!」

 

 

 

 イタリア人の電力部技術主任からすると俺は日本人っぽくないらしいが、主任は誠にイタリア人らしかった。

 すぐ頭に血が上り易いし、ピザをピッツァと言わなければ気が済まない程度にプライドを持ったピザ職人みたいな気質を持ち合わせている。

 俺にとっちゃどっちも無縁な話だし、これからそんなふうになろうとも思わない。

 

 48人のマスター候補が何だって?

 知ったこっちゃないさ。

 俺の口座にちゃんと金が入る内はやる事はやる。

 それだけの話だ。

 変に力んだり、努力する必要もない。

 俺達ゃ組織の歯車であって、求められているのはマクド●ルドのハンバーガーなのに、あの主任は完璧なコンソメを出そうとしてやがるのだ。

 毎日澄んだ琥珀色のスープを出せればそれ以上の事はないが、その品質は日々疲労によって劣化する。

 いつの日にかうたた寝をしながらスープを作るようになり、やがてはとんでもない失態をやらかす事だろう。

 異物を混入させたスープなんて出そうのもなら…

 

 そう思うものの、俺自身には何のイニシアチブもない。

 あの主任の言うようにやる他ないが、息抜きぐらいはさせてもらう事にしよう。

 あの下りの話はもう14回目だ。

 耳にタコができて、そいつでマリネを拵えれるほどには何度も聞いた。

 

 

 そんな事を考えながら、俺は喫煙室に入ってタバコを取り出す。

 この日は中々タバコに火がつかず、それが余計に苛立ったのを覚えている。

 ようやっとタバコに火がついて、一口目を吸ったその時だった。

 

 

 最初に来たのは衝撃だ。

 ズゥゥゥンという低い大きな音がして、次に施設全体が揺れた。

 非常ベルがけたたましく鳴って、煙がやってくる。

 

 しばらく動くことが出来なかった。

 迫りくる煙を見ながらも、タオルで口元を押さえただけでも及第点として欲しい。

 状況を把握しようと動き出したのは随分後の事で、俺は喫煙室から出て、煙がやってきた方へと歩き出す。

 

 

 

 何でこった、グチャグチャだ。

 

 その時電気室で見た光景を、俺はきっと忘れることが出来ないだろう。

 コンクリートの断片や重い機材が倒れ、天井には大穴が開いて、可哀想な犠牲者の肉片がそこから垂れ下がっている。

 思わず床に吐瀉物をぶちまけるほどには、凄惨な光景だった。

 

 

 朝食べたクロワッサンを床にぶちまけた時、俺は確かに誰かの呻き声を聞いた。

 少女の、あまりにも痛々しい声色の、呻き声を。

 俺は腰に差すG30拳銃を引き抜いて、取り付けられているタクティカルライトで声の方向を照らす。

 

 

「…………けて…助けて」

 

 

 その方向にあった物を見て、俺は残りのクロワッサンも床にぶちまけてしまった。

 そこにいたのはまだ年若い少女で、残念なことに、身体の大半をコンクリートの瓦礫で潰されている。

 おそらくは上階の部屋から瓦礫と共に落ちてきたのだろう。

 眼帯を装着している彼女は、片眼の瞳をしっかりとこちらに向けて助けを求めていた。

 

 

「…助けて…お願い……」

 

「………」

 

「ねえ……お願いだから…」

 

 

 俺は静かに首を振る。

 

 

「無理だ…助からない…その傷じゃ」

 

「なら……なら………殺して」

 

 

 眼帯の少女は要求をより悍しいものに変えた。

 その理由は理解できる。

 タクティカルライトの閃光は彼女の華奢な身体が重々しいコンクリートの下敷きになり、臓物を身体の外側へ押し出している事を意味した。

 つまるところ、彼女は今、例えようのない激痛に襲われている。

 

「いっそ、殺して…楽にして…」

 

「な、何を言ってるんだ」

 

「殺して…….殺して!お願い!」

 

 

 少女のか細い声が狂気にも取れる叫びに変わる。

 俺の腕は震えだし、自然と拳銃を少女に向け始めていた。

 そのうちに、上階の爆発現場で起こった火災が電気室にまで手を広げ始める。

 迫りくる火炎の存在を彼女も認知したようで、願いは懇願へと変わった。

 

 

「そう!殺して!一思いに!お願い!」

 

「だ、ダメだ、ダメだダメだ!」

 

 

 そうは言いつつも拳銃の照準器は彼女の頭を捉えている。

 指はいつのまにかトリガーに掛かっていて、あとはそれを引くだけの状態だ。

 

 俺はそのまま拳銃を向けて………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………さん!シマズさん!」

 

 

 ハッと我に帰ると、目の前には英国陸軍の制服を着た婦長がいる。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、いえ、はい。ちょっとした事を思い出していただけです。問題ありません。」

 

「……そうですか。検査結果が出ましたが、あなたのメンタルヘルスには異常は見受けられませんでした。」

 

「それなら、俺はここで失礼します」

 

「待ってください、シマズさん。」

 

「………はい?」

 

「…何か……私に隠し事をしていませんか?」

 

 

 瞳孔が開いてしまったのが、自分でも分かる。

 婦長は検査結果のペーパーを手に持ったまま俺の顔を見つめていた。

 いつも治療治療とけたたましい限りの彼女が、物静かにそう尋ねてくる理由は幾つもあるものではない。

 今回の場合その理由とは、彼女が格別に真剣だからだ。

 

 

「シマズさん、言ってください。あなたは何か隠していますね?」

 

「な、何を隠すというんです?」

 

「…大きな事を…そう、とても大きな事を隠している。私にはそう見えます。」

 

「なら何故今になって気づくんです?婦長なら、ずっと前に気づいていてもおかしくは」

 

「なるほど、()()()あるのですね。私には話せない隠し事が。」

 

 

 しまった。

 墓穴を掘ってしまった…それも特大級にデカい墓穴を。

 

 アラフィフ紳士に"あの時"の事を見透かされ、婦長のカウンセリングを受ける事にした時の決心はどこへやら。

 いざ婦長を目の前にすると、その勇気は空気を抜いた風船のように萎んでいってしまった。

 話せば楽になる、話した方が良いとは分かっていても、何かこう…実際にそのときになると後向きになってしまう。

 躊躇しているうちに悪魔が湧いてきて、耳元でこう囁くのだ。

 "本当に話していいのか?"

 "失望されるのではないのか?"

 "また日を跨げばいいんじゃないのか?"

 

 

「……シマズさん、隠し事があるのなら…後回しにしてはいけません。特にあなたの隠し事は、放っておけば重症になるような兆候が見られます。」

 

「………」

 

「話してください」

 

「………」

 

「話してください」

 

「………」

 

話しなさいっ!(ダァンッ)

 

 

 婦長が口を割らないヤクザを問い詰める刑事が如く机を叩いて立ち上がる。

 俺は心底怯えて、弱々しくこう口にした。

 

 

「今は…その…また日を改めて」

 

「ダメです!なりません!今すぐに話しなさい!…と、一方的に問い詰めても埒があかないことは承知しています。」

 

 

 立ち上がった婦長は、そのまま俺の胸倉を掴むのではないかという剣幕を抑えて静かにそう言って、今度は制服の上着を脱ぎ始めた。

 レッドコートを椅子の背もたれに掛けると、回れ右をして別のテーブルに向かう。

 何やらガチャガチャやった後、彼女は再びこちらのテーブルにやってきて、俺の目の前にマグカップを置いた。

 おお、どうしたどうした。

 次は純情派刑事でもやるのだろうか。

 

 俺の対面に座る彼女もマグカップを持って、それを両手で包んでいる。

 

 

「飲みなさい、ハーブティーです。きっと心を穏やかにしてくれます。」

 

 

 婦長が一口飲んで、俺も一口飲んだ。

 温かくて、柔らかな香りを含んだ紅茶を飲むと、彼女の言う通り少しばかり落ち着きを取り戻す。

 それは婦長も同じようで、静かに目を閉じて語り始めた。

 

 

「………クリミアは激しい戦いでした。少なくとも、19世紀に欧州の英軍が経験した中で最も過酷な戦場だったとも言えるでしょう。」

 

「………」

 

「あなたはよくご存知だと思いますが、陸戦において主導権を握るのは砲兵です。無論、現代では技術の進歩によって、その割合は侵食されているのかもしれませんが。しかし、それでも砲兵の重要性は変わらないはずです。歩兵や騎兵の戦闘領域から遥か遠くで放たれる"確実な死"…砲兵は、時に戦争の"鍵"さえ握っていた。」

 

「クリミアでも、砲兵は"鍵"を握っていたんですね。」

 

「ええ。勿論、英軍も露軍も共に砲兵を活用しました。バラクラバに於ける"軽騎兵旅団の突撃"も、砲兵陣地を巡る戦いのものです。」

 

 

 "軽騎兵旅団の突撃"とは、クリミア戦争における英軍の勇猛さを示すものとして逸話とされているものの一つである。

 英軍補給路を断たんとするロシア軍砲兵の移動を阻止せよとの命令が下ったのだが、伝令が誤った命令を伝えた為に、英軍軽騎兵旅団がロシア軍砲兵陣地に正面から突撃するという事態となった。

 結果として勿論、旅団は大損害を被ったわけだが、この戦いは「無謀なれど勇敢な行為」として評価されている。

 

 

「話を戻しましょう。砲兵の砲撃に晒されると、歩兵にはなす術がありません。長時間にわたり、()が遥か彼方から飛来してきます。」

 

「歩兵はその場に伏せて、近くに砲弾が着弾しない事を祈るばかり。」

 

「そう…だから、砲撃に遭った歩兵の中には、当然ストレスに耐えられず精神状態を病む者も現れます。」

 

「………砲弾神経症(シェルショック)…」

 

「…カルデアには様々な書物があります。これは、その書物のうちの一つです。」

 

 

 婦長はテーブルの上に一冊の書物を広げて見せた。

 書かれていたのは英語の…それも筆記体だったが、幸いな事に、婦長はそれを見せながら内容を読んでくれる。

 

 

「これはある戦争における、戦闘ストレスの戦闘能力に対する影響を調査したものです。調査の結果、ストレスの影響は四期に渡ることが確認されました。まず、一期目。」

 

 

 婦長がグラフの一つを指差し、俺は目でそれを追う。

 

 

「部隊が戦闘に慣れるまでの期間です。おおよそ10日程度。この時点ではさほど影響はありません。…次に第二期、この時期では部隊の戦闘力は最大に発揮されます。この状態が1ヶ月、その後に第三期にはいります。」

 

 

 グラフは第二期で最大値を示し、以降は低下していく。

 

 

「第三期では兵士は疲弊していきます。彼らは過敏になり、戦闘に集中出来なくなる。そして第四期、こうなると兵士は戦闘どころではありません。無気力で、茫然自失な状態となる。」

 

「………」

 

「シマズさん、実を言うとあなただけ()()()()のです。」

 

()()()()……?」

 

「はい。他の方は、カルデアが爆破された後、何らかの形でストレス障害が露見していました。…交流担当のご老人の発狂は職務上のストレスかと思っていたのですが、実は自室に戻るたびにフラッシュバックを起こしていたことが分かっています。」

 

「………フラッシュバック?…そうか!爺さんはあのテロの時に忘れ物を取りに行って、自室にいたから」

 

「他の部署の方にしろ、不眠やフラッシュバックなどの症状に関してご相談を受けています。…でも、シマズさん。()()()()()、そういった相談がない。」

 

「俺…だけ?」

 

「そう、あなただけ。…私はこう考えています。あなたはきっと、アナスタシアに依存する事で何かを忘れ去ろうとしている。」

 

((理想化と呼ばれる、一種の防衛機制だ。君は皇女殿下と"あの娘"を重ね合わせている))

 

 

 モリアーティ教授の台詞がフラッシュバックする。

 アラフィフ教授からも同じ事を言われた。

 婦長もそれを感じ取ったようで、書物を閉じて改めて俺に向き直る。

 

 

「話してください、シマズさん。あなたが忘れ去ろうとしていた物は、もう隠しようがないのです。今まで通り隠していたとして、もしかすると一次は仕事の能率も上がるかもしれません。でも、いつかは限界を迎えます。そうなってからでは遅いのです。」

 

 

 彼女の真摯な表情は、俺に向かって訴えかけているかのようだった。

 

 

「クリミアでもあなたと同じように嫌な経験を隠そうとしている人達を見ました。当時は知られていませんでしたが、彼らも戦争神経症だったのでしょう。私はあの時、彼らを救えなかった……もう二度と、同じ事を繰り返したくありません。」

 

 

 婦長の両手がマグカップを離れ、俺の両の手に添えられた。

 俺ももう限界だ。

 彼女が胸の内を話してくれたからか、話すのに抵抗を感じずに済んでいる。

 話すなら、本当に今しかない。

 

 

 

 

 俺はあの忌まわしい記憶について婦長に話した。

 当時の電力部に嫌気が差していた事、サボってタバコを吸いに行った事、そして眼帯をしたあの娘の事。

 婦長はじっと目を閉じて、すべてを聞き終えるまで手を離さずにいてくれた。

 

 

 

「………もし、答えたくなければ答えなくても構いません。あなたはその時どうしたのですか?彼女を………撃ちましたか?」

 

 

 全てを話し終わった後、婦長にそう質問される。

 その質問は核心をつく物であった。

 記憶の底に沈めたパンドラの箱の、一番奥に埋めてあった真実。

 それを掘り出させない為の方法は、もはや残されていなかった。

 

 

「………撃たなかった…撃てなかったんです!…俺は………俺はあの娘を見殺しにした!」

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

「そう!殺して!一思いに!お願い!」

 

 

 ほぼ照準をつけ終わっていたのにも関わらず、俺は銃を持つ手とは反対の手で腕ごとそれを下に下ろした。

 眼帯の少女は絶望の表情を浮かべながらじっとこちらを見ている。

 

 

「……だ、大丈夫だ、きっと助かる…」

 

「…いや。…待って、行かないで!私を置いて行かないで!」

 

 

 火の手はあっという間に旧電気室を包み込みつつあった。

 俺は踵を返して外へ向かう。

 背後からやってきたのは、怨嗟に近いような少女の悲鳴だった。

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「見殺しに!見殺しにしたんです!まだ撃った方がマシでした!…お、俺は、俺は自分を守る為にあの娘を見殺しにしたんです!」

 

「仕方ありません。人間、自分ではどうにも出来ない事は多々あるはずです!」

 

「…婦長…どうにかできたはずなんです。…少なくとも、俺が引き金を引いていれば、彼女は生きたまま焼かれることもなかったかもしれません。…クソ…クソ!なんで、なんで俺がこんな目に!いっその事こと、俺が来る前にくたばっていてくれれば、こんな思いせずに済んだのに!」

 

 

 あまりに身勝手な暴言にも、婦長はじっと聞き耳を立ててくれる。

 俺はもはや半泣きで、肩で息をしながら、震える両手でマグカップを抱えていた。

 しばらくして俺が落ち着くの待ってから、婦長が静かに口を開く。

 

 

「シマズさん…アレはあなたのせいではありません。あなたに何も落ち度はなく、本来であればそのような決断を迫られる事自体、あってはならないのです。」

 

「………」

 

「……眼帯の少女と言いましたね?…こちらへ来てください。」

 

 

 

 俺は婦長に連れられて医務室を出る。

 そのまま廊下を歩き、階段を下って、とある部屋へと足を踏み入れた。

 最初は暗くて分からなかったが、婦長が部屋の明かりをつけると、その部屋にいくつものコフィンが並べてあるのが確認できる。

 

 婦長は俺の片手を握り、あるコフィンの前に連れて行く。

 そのコフィンに納められている人物の顔を見て、俺は息を呑んだ。

 

 

「………彼女は…生きているのですか?」

 

「はい。重傷を負ってはいますが、このように生存しています。」

 

「な…そんな…あの状況でどうやって…」

 

「………あなたは自身の選択を誤ったと思っていた。彼女を見捨て、自身を守ったのだと。…しかし、結果は逆でした。彼女は生き延びてここにいる。あなたが拳銃の引き金を引いていれば、ここにはいません。」

 

「…………」

 

「…そのお顔を見るに、少しスッキリしたのでは?…あなたは何も誤っていなかった。もうこれで…記憶を隠して自分に嘘をつく必要はない。」

 

 

 

 脚の力が抜けて、俺は両膝立ちになる。

 これまでのクソみたいな苦労が徒労に終わったのがバカバカしくもあり、しかし、同時に事の結末を恐れていた事への安堵感もあり…泣いていいのか笑っていいのか分からない状態だ。

 ふへっ、ふへっ、と奇妙な言葉か何かを呟きながら涙する俺を、婦長がそっと抱きかかえてくれる。

 

 

「…今まで辛かったでしょう。でも、もう安心です。…これからも辛い事があったら、いつでも私のところに来なさい。」

 

 

 婦長のシャツから無香洗剤の匂いを感じ取りながらも、俺は大英帝国の"威光"に顔を埋めてオイオイと泣いた。

 俺は本当の意味で、過去から解放されたのだった。

 

 

 

 

 

 




まあ、アレなんですけどね。
Aチームは結局アレなんですけどね(またガバらせやがったよ)


急にシリアス編投げて申し訳ありません
次話からまたギャグ話に戻ります。
お楽しみいただければ幸いです


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36 ミール・オブ・ブリテン

今回キャラ崩壊多目です(何を今更)
てか一部瓦解してます、すいません


 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな事を考える日が来るとは思わなかったし、できればこんな日を迎えたくもなかった。

 大した事をしてないのにイースターエッグで召抱えられ、42年の東部前線を共に経験した皇女殿下に対して忠誠以外の何物も抱く事はない。

 だけれどもコレはちょっと考えものと申しますか。

 

 

 その日の朝1番から、殿下のご様子は少しばかりおかしかった。

 うん、その…主に声が。

 声がどう考えたっておかしい。

 

 何たって、CV:小山●美…つまるところのバララ●カ

 皇女殿下はその麗しいお見た目にも関わらず、ドスの効いたバララ●カボイスを使いこなしていた。

 

 

「軍曹、支度はできたか?…よし。それでは、これより会合場所へと向かう。先導しろ。」

 

 

 皇女殿下CV:バララ●カの命令により、俺は片手にアタッシュケースを提げて殿下の3歩前を進む。

 眉間にシワを寄せてガンを飛ばしている殿下がその後を歩いて、サングラスを掛けた邪ン姉さんが更にその後に続いていた。

 もうここまで来るとロマノフ家の皇女殿下とは呼べない気がする。

 今の彼女はロシアンマフィアの頭目だ。

 

 

 さて。

 ロシアンマフィアと化した我々が向かっているのは、カルデアの会議室(D)である。

 今日はどうやらそこで、カルデアに巣食う4つの組織の会合があるらしい。

 我々『カルデア=ロマノフ家』はその内の一つとして参加するのだが、議題については何一つ知らされてない。

 それとなく聞いてみたが

 

「心配するな軍曹。貴様は私の側に控えていれば良い。」

 

 と貫禄たっぷりのアネさんボイスで言われた。

 

 

 アネさん皇女殿下と我々従者2人はやがて会議室(D)のドアの前に至る。

 そのドアの両脇にはこれまたサングラスを掛けた燕青と荊軻さんがいて、我々を見るなり声をかけてきた。

 

 

「ん?…ああ、ロマノフ家か。集合時間ジャストタイム、会議はお前たち待ちだ。」

 

「我々は時間通りに行動するように訓練を受けている」

 

 受けてないよ?

 殿下、少なくとも私めはそんな訓練受けてませんよ?

 

「………ボディチェック完了。通ってよし。」

 

 

 俺は燕青の、殿下と邪ン姉さんは荊軻のボディチェックを受けた後、会議室の中へと歩を進める。

 燕青の言う通り、中には4つの勢力の代表たちが卓を囲んで待ち構えていた。

 その内の1人が、少し遅れての到着となった皇女殿下を挑発する。

 

 

「…ふん…やはりロシアの道路は整備が進んでないと見えます。随分と悠長ですね、白雪顔(スノーフェイス)。」

 

「ブリ公の漫談を聞くのが今日の議題?…それならあなたを永久凍土に埋めて、もうお開きにしましょうか、水着獅子王(バニーガール)。」

 

 

 のっけから場の空気に緊張が走る。

 セクスィなバニー衣装に身を包んだ水着獅子王の両脇には、ギラギラしたスーツを纏ったランスロット卿とベディヴィエール卿が控え、こちらにガンを飛ばす。

 あ、あの殿下?

 邪ン姉さんならともかく、俺とか何の戦力にもなりませんよ?

 拳銃置いてきちゃったし。

 こんな事になるんならどっかに隠して持ってくるんだった。

 

 

 顔合わせ早々臨戦態勢をとる殿下と水着獅子王に、またしてもややこしい人物が横槍を入れる。

 

 

「お前ら何マリィをシカトしとんじゃッボケェ!!」

 

「テメェらギロチンにかけてここをヴォルテール広場にしたろかッ!?」

 

 

 何事かと見ればこれまたギラギラしたスーツを着たアマデウスとサンソンが怒声を放っている。

 彼らの間には、普段の帽子を取り外し、見事なブロンドヘアを複雑極まりない形にまとめたマリー・アントワネットがワイン片手に控えていた。

 

 何てこった…もうそろそろ頭痛薬が欲しい

 

 

 

「静粛に!…此度君達を召集したのは、内紛を始めるためではない。その事をどうか忘れることのないように。」

 

 

 静かな語り口が、お互いガンを飛ばし続ける殿下と獅子王、クソ喧しくて仕方のないマリー一味を黙らせたのはその時だった。

 その人物は卓を囲むそれぞれの誰よりも重々しい語り口を用いていたが、その見た目はあどけなさの残る少女のそれである。

 側にクロームのメイドを控えさせるその少女は、卓に両肘をついて、組んだ両手の上に顎を載せながら我々を一通り見回すと、再び口を開いた。

 

 

「…我々は共通の目的のために集ったはずだ。もし、ここで我々が仲違いを起こし、お互いを相手に抗争を始めれば、司法の連中は今日を祝ってパーティを始めるだろうな。」

 

 

 見た目は少女なのに、その言葉には相当な重みがある。

 彼女の名はライネス・エルメロイ・アーチゾ

 若干15歳にして、エルメロイ家の次期当主とされている人物である。

 彼女が今サーヴァントとしてここにいるのは、彼女をある英霊が依代としているからだ。

 その英霊とは司馬懿。

 あの三国志において、諸葛孔明と並び称される軍師である。

 

 司馬懿もといライネス氏の発言には耳を疑った。

 え、殿下って何か犯罪に手を染めてたんですか?

 もしかして俺も知らず知らずの内にその共犯になってたりします?

 そもそも司法って、具体的に誰???

 

 ライネス氏のおかげで内紛は避けられたわけだが、しかし危機が去ったわけではない。

 もしかすると何かしらの悪巧みがこの場で組まれるかもしれないのだ。

 できれば巻き込まれたくもないわけだが、場の雰囲気からして逃げられそうもない。

 挙句のはてには皇女殿下がガンを飛ばしながらも震えるお手で私めの手をギュッと掴んでくる。

 バララ●カ顔でそういうのはやめてもらえませんか殿下。

 

 

「それでは、これより会議を行うとしよう。本日の議題…それは………」

 

「!!」

 

「!!」

 

「!!」

 

 ライネス氏の宣言に、殿下、バニ上、王妃のいずれもが身を乗り出した。

 場は緊張に満ち、何かとんでもない陰謀が企まんとされている空気すらある。

 やがて彼女は静かに、こう言った。

 

 

来月のエミヤ食堂希望献立を決定する!!

 

 

 はい?

 あまりにも突拍子もない発言に、俺は逆に度肝を抜かれた。

 その、何というか…給食委員会みたいなのをこんな重々しい会議をわざわざ開いて決めていたのが信じられない。

 

 そもそも会議しなきゃいけない議題か、これ?

 皆がそれぞれ食べたいモノを各々書いて出せば良いんじゃないの?

 それが本来あるべき姿なんじゃないのかなあ?

 

 俺の個人的な思いを知ってか知らずか、まずは皇女殿下が手を挙げる。

 今まで見たことないほど自信に満ち溢れ、得意満面といった表情を浮かべる殿下もまた可愛らしい。

 

 

「私はカルデア=ロマノフ家の当主として、昨晩じっくりと思慮を重ねて参りました。」

 

 あ、よかった。

 声優が元に戻ってるわ。

 

「…シマズさん、アタッシュケースからボードを。」

 

 

 皇女殿下に命じられた通り、俺はアタッシュケースからボードを取り出して会議の面々に提示してみせる。

 書かれているのは…

 

 

「これが、我々カルデア=ロマノフ家が提示する案…一晩考えを煮詰め、この案に辿り着きました。」

 

 

『牛肉の何か』

 

 

 いや、せめて料理の名前書いてください皇女殿下。

 牛肉の何かってなんですか?

 ロシア料理なら普通にビーフストロガノフって書けば良くないですか?

 ベタ過ぎるけどピロシキやボルシチって書いた方がまだ良かったと思いますよ?

 考え全然煮詰まってませんよね、むしろ半熟ですよね、コレ。

 

 

 今世紀最大級のドヤ顔を披露する皇女殿下の案を、王妃様が鼻先でフッと笑ってみせる。

 

 

「アナスタシア、あなたの案はとても素敵だけれど、後一歩が足りないわ。」

 

 

 そもそも料理名すら決めてないのに"とても素敵"との評価をなされる王妃様の感性に目を剥いていると、横から邪ン姉さんに肘で突かれる。

 

 

「こういうのはマトモに考えたら負けよ、シマズ。」

 

「そ、そういうもんなんでしょうか…」

 

「そういうモンなの。」

 

 

 邪ン姉さんとコソコソ話している間にも、王妃様の隣に控えるサンソンがボードを取り出して我々に提示する。

 

 

「これが、私達『ヴィヴァ・ラ・フランセーズ』の答え。…カルデアの皆様方にも支持されるヴィヴァ・ラ・フランスな案よ!」

 

 

『エスカルゴバター』

 

 

 ハードルが高い

 確かに食べた事はないけどハードルが高い。

 主に心理的なハードルがあまりにも高すぎる。

 

 もっとね、フランス料理なら色々とレパートリーがあると思うんです。

 牛肉のブルゴーニュ風とか、舌ヒラメのムニエルとか、ビスクやポトフという選択肢もあるでしょう?

 何故数あるメニューの中からわざわざエスカルゴを選ぶ?

 何故そんなハードルの高いメニューを選ぶんです王妃様?

 

 

 

 今度は水着獅子王が鼻先で殿下と王妃様をフッと笑い、意見を述べた。

 

 

「お二人共、真に必要とされているモノをわかっていませんね。ここ数日間、カルデア食堂のメニューには肉料理が目立ちます。カルデア職員達の栄養管理の為にも、我々はバランスを取る事を提言しなければならない。」

 

 

 おお!バニ上マトモ!

 このメンツの中で一番まともな提案をしてくれそうな雰囲気のある彼女は、机の下から自らボードを取り出した。

 しかし、俺はそのボードを見てバニ上に幻滅する。

 

 

『ウナギのゼリー寄せ』

 

 

「王よ!ご乱心ですか!?」

 

「正気にお戻りください、我が王!!」

 

「待ちなさい!何も、考えもせずにこの案を出したわけではありません!…その…何というか……あのように雑な料理を味わったことがあるのが我々ブリテンのサーヴァントだけとは、不公平というものではありませんか!」

 

 ただの嫌がらせっつーんだよ、ソレ!

 

「我が王、今一度お考え直しを!アレをエミヤ殿に提案するということは、我々もそれを口にしなければならないということ!」

 

「アレは正に諸刃の剣!我々にも被害が及びかねます!」

 

 

 生物兵器扱いかよ!?

 そもそも提案すんじゃねえよ!

 どうしてくれんのよ!

 王妃様が興味ありげに身を乗り出してんだけど!?

 アレか!?

 大抵うまいモンは食ったから、何かこう、新しいものが食べたい的なアレですか王妃様!?

 

 

「ふん………私としてはコレを推したいと思うのだが…」

 

 

 ライネス氏がため息混じりに手を挙げて、側のメイドさんがボードを掲げてみせる。

 

 

『青椒牛肉絲』(チンジャオロース)

 

 

 それで良いです、てかそれが一番良いですぅ!!

 殿下、ほら出ましたよ!

 アレこそまさしく牛肉っぽい何かですよ!

 

 

「ウナギのゼリー寄せ…確かに美味しそうな」

 

「美味しくないです、殿下。絶対美味しくないです。それより、ほら、ライネス氏の提案に乗りましょう。アレぞ牛肉料理です。」

 

「え?…アレは牛肉料理の名前なの?…初めて見ますね。」

 

「是非とも試された方がよろしいかと。とても美味しい牛肉料理です。」

 

 

 俺が殿下を説得してる間にも、フランス勢はコソコソと話し込んでいる。

 どうやらアマデウスとサンソンが必死に王妃様を説得しているらしい。

 

 ブリテン勢に目を向けると、こちらはこちらで内紛が巻き起こっている。

 

 

「…私の案に賛同できないのであれば代案を示しなさい!」

 

「では、我が王。僭越ながらこのベディヴィエールが対案を提案致します。」

 

 そう言いながらバニ上にボードをみせるベディヴィエール卿。

 

『スターゲイジーパイ』

 

 

 もう正にカオスの状態である。

 

 

 ウナギのゼリー寄せにしろ、スターゲイジーパイにしろ。

 イギリス料理が不味いのには理由がある。

 バニ上や円卓騎士団の時代なら、おそらくは他の欧州諸国ともそれほど差はなかったと思う。

 イギリス料理が本格的に評価を落としたのは、主に産業革命期が原因であった。

 

 

 イギリスは言わずもがな産業革命期の震源地であった。

 労働者階級はそれまでの"陽が登ってから陽が沈むまで"という牧歌的な生活から、時計という精密機械によって縛られる生活へと、その生活様式を変えなければならなかった。

 

 産業革命期の労働とは全くもって過酷なものである。

 まだカール・マルクスもいなかった時代、貧富の格差は急速に拡大。

 資本家はひたすら労働者をこき使い、それを咎めるための法も、労働者同士が結束するための組合も存在しなかったのだ。

 

 資本家達はより大きな利益を挙げるために、安い賃金で労働者を長時間働かせるようになる。

 そうなると、労働者達は自分達の生活のために使える時間を侵食されることとなった。

 つまるところ、イギリス人労働者たちの家庭では夫婦揃って工場勤務ということも珍しくなく、調理に時間をかけられなくなっていったのだ。

 

 その為、食材を過剰なまでに加熱して、衛生的な安全を確保したのちに流し込むという、何かしらの作業に近いことが行われるに至った。

 よって味付けなど気にも留めなかったのだ。

 他にも色々と理由はあるようだが、これがその一説とされている。

 

 

 

 この人類の叡智を集めた施設において、そんな料理出されたらたまったモンじゃない!

 やがてライネス氏が再び静粛を要求し、会議の決を取り始めた時、俺はどうかブリテン勢の要求だけは取り上げられないよう、心の底から祈っていた。

 

 

 

「それでは、結果を集計するとしよう。まずは、水着獅子王の案に賛同する者。」

 

 バニ上1人だけ手を挙げて、後は沈黙。

 

「では、マリー・アントワネットの案に賛同する者。」

 

 王妃様だけ手を挙げて、後は沈黙。

 

「では…私の案に賛同する者。」

 

 

 ライネス氏と、皇女殿下が手を挙げる。

 アーチボルト家次期当主は、ちょっと意外そうな顔をして、口元を綻ばせた。

 

 

「ふむ…なるほど。では、私の案で決まりだな。各勢力は希望献立にこの案を挙げるように。」

 

 

 ここまで来てやっと、俺はライネス氏の目論見に気がついた。

 わざわざこんな会議を開いたのは、集中豪雨的な票集めをして、それぞれにとって最も都合の良い結果を出す為なのだと。

 

 彼女の考えには流石と思わずにはいられなかったが、俺の頭の中でより安堵感を得られた事柄は、ウナギのゼリー寄せやエスカルゴバターを口にせずに済むということだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ライネス先生にはまた今度三国志ネタで出てもらう予定です。
ぶっちゃけると三合会書いてみたかっただけで歴史内容ペラッペラなんですがたまにはこういうのもええかなと


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幕間 蕎麦

蕎麦なんていつぶりに食べた?

 …まあ、一年ぶりかな。

 でも去年食べた年越し蕎麦は、今年ほどに美味しくはなかった。

 それはきっと蕎麦の質というより、蕎麦を食べる環境による。

 

 

 

「あら、アンタまだ起きてたの?…普段ならもう寝てる頃合いじゃない。」

 

「ええ。でも今日は一年の最後ですし、それに」

 

「一人で年を越すより、誰かと過ごした方が楽しめます。」

 

 

 今年の年越し蕎麦は皇女殿下と一緒に食べることになった。

 特に示し合わせたわけでもないのだが、俺が食堂にエミヤさんの蕎麦を食べに来たタイミングで、偶然殿下と居合わせたのだ。

 

 食堂は中々の混み具合。

 中でもカルデアの日本人スタッフ達はやはり蕎麦を食べたくなるらしい。

 交流担当の爺さんは婦長の介護付きで蕎麦を啜っている。

 羨ましいような哀れなような複雑な感情でそれを見つめていると、邪ン姉さんも食堂にやってきたのだ。

 

 

「そ。私もちょうど蕎麦を食べようと思ってたから、一緒にいいかしら?」

 

「ええ、勿論。貴女もカルデア=ロマノフ家の重要な構成員ですから。」

 

 

 殿下、サラッと臣下増やしましたね。

 

 

「今年もようやく終わるわね。…シマズ、今年はアンタにとってどんな年だったのかしら?」

 

「………レイシフト編失敗だっなぁ」

 

「いきなりメタ発言!?」

 

「何か、こう、殿下とイチャイチャしたいという邪過ぎる欲望が具現化しすぎたなぁ…かなり間延びしたし。」

 

「ちょ、アンタねぇ、そういうのじゃなくて…」

 

「でも当カルデアに邪ン姉さんと皇女殿下がいらっしゃった時は本当に嬉しかった。書けば出るって本当なんだね。」

 

「あ、あの!作者の方がこの場に出てくるのはちょっと…

 

「え?…ああ、そう?じゃ作者は帰りますね。………ッ!?俺今何してました?」

 

「あと少しで作者に取り込まれるとこだったわよ、アンタ」

 

「何ですかそのホラーは…で、何の話でしたっけ?」

 

「もういいわ、別の話にしましょう。」

 

 

 邪ン姉さんはそう言って蕎麦を啜る。

 俺はヴァイツェンを一口飲んで、殿下は海老天に齧り付いた。

 3人とも食べたり飲んだりしたものを胃に収めると、邪ン姉さんが口を開く。

 

 

「……正直なところを話すと、私はアンタ達に出会えて良かったと思ってる。聖女サマやマスターちゃんとは違う…何というか、気を使わなくて済むメンツって、大切じゃないかしら?」

 

「そうですね。…私もシマズさんとは出会えて良かったと思っています。」

 

我ら3人生まれた時は違えども、死す時は

 

「シマズ?私と皇女サマは、厳密にはもう死んでるんだけど?」

 

「…マジレスはやめてください、姉さん。俺は、2人に出会えて良かったどころじゃありませんよ。ハッピーハッピーマジ卍。現にこうやって、寂しい独身男の年越しに付き合ってくれる別嬪さんが両脇にいるんですから。」

 

 

 去年の年越し蕎麦は一人で食べていたっけな。

 そう考えると今年の蕎麦は何ともハピネスフルなことだろう。

 エミヤさんが作ったモノだとしても、1人で食べていたのでは、きっとここまで美味しくはなかったと思える。

 

 

「それにしても、日本人ってどうして年越しに蕎麦を食べるのかしら?」

 

「シマズさんなら何か知っているのではありませんか?」

 

「…実を言うとあまり詳しくないんですよ。蕎麦が細くて長いから、長寿を願ったとか。蕎麦が臓物の毒を抜くと信じられていたとか。色々と説はありますし、どれが正解というものはないでしょう。」

 

「蕎麦が脚気に有効だと信じられていたから、という説もありますね。」

 

 

 うわビックリした。

 誰かと思えばエール瓶を片手に持った婦長が俺と邪ン姉さんの間に押し入って来ていた。

 彼女は例によってエールをクイッとやると、馬鹿でかいお胸で俺の顔面を挟みながら話を続ける。

 

 

「実際には白米と偏食によるビタミンB1の不足が原因なのですが、理解されるのは20世紀に入ってからです。…シマズさん、あなたの食事は栄養バランスが保たれていますか?」

 

「€°\〒○%」

 

「ナイチンゲールさん、シマズさんを離してください。窒息してしまいます。」

 

「仕方ありません…はい、解放」

 

「ぷっはあ!…死ぬかと思った。…あ、あの婦長?爺さんはどうしたんです?」

 

「ご老人なら酔い潰れて寝てしまいました。」

 

 

 婦長が指差した先には、満足げな表情で机に突っ伏す爺さんがいる。

 涎を垂らして寝ているが、婦長はそんな彼のために上衣を毛布がわりに掛けていた。

 正にクリミアの天使だな、おい。

 

 そんなこんなをしていると、時刻は来年まであと5、6分といったところ。

 俺はヴァイツェンをグビッと飲んで、年越し蕎麦に付き合ってくれた方々に向き直る。

 

 

「皆さん、今年もお疲れ様でした!来年もご迷惑をかけると思いますが、どうかよろしくお願いします。」

 

「ご安心くださいシマズさん。殺してでも救います。」

 

「ブレませんね、婦長。」

 

「まったく、仕方ないわね!もっと頼ってもいいのよ?」

 

「ドヤ邪ンヌかわええ…」

 

「来年もカルデア=ロマノフ家の臣下として精進してください♪」

 

「かしこまりました、殿下。」

 

 

 時計の分針が『12』に近づきつつある。

 今年も色々なサーヴァントに話を聞けた。

 サーヴァントと共に、マスターよろしくレイシフトもした。

 でもまだ会っていないサーヴァントもいるし、聞けたエピソードはきっと全てではない。

 来年はどんなサーヴァントと出会い、どんなストーリーを聞けるのだろう。

 

 まだ見ぬ出会いに期待を膨らませながらも、俺はヴァイツェンの残りを頭上に掲げる。

 

 

「それでは皆さん、ハッピーニューイヤー!」

 



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37 テロルの正義

 

 

 

 

 

 

『職場や学校、大凡公共の場におけるテロルに対抗し得るのは、同等の威力を持ったテロルのみである。』

 

      (アドルフ・ヒトラー、『我が闘争』)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおッ!大統王ォォォオオ!」

 

 

 褐色肌に白髪の人物が、手にするハンドガンを撃ちまくりながら大統王にして発明家のエジソンに飛びかかる。

 彼はそのまま大統王を押し倒し、セダンの影に退避させた。

 ハンドガンの銃弾は大統王に襲い掛からんとする襲撃者2人を捉え、大統王自身は間一髪で銃弾から守られたのだ。

 

 

「おおっ、危ないところだった!」

 

「お怪我はありませんか、大統王?」

 

「どうにか無事だよ。君のおかげだエミヤ君。」

 

「まだ安心するには早すぎます。」

 

 

 彼の言う通り、セダンにはすでに多くの弾痕が開いている。

 それだけの銃弾を撃ち込んでなお、襲撃者達のボスの目的は暗殺ではないようだ。

 エミヤはエミヤでもアサシンのエミヤである彼は、セダンの影からどうにか目線だけをのぞかせて、襲撃者達の奥にいる少女を観察する。

 

 

「何をやっているのです、シマズさん!大統王を拉致すればサミットは中止、ロシア大統領の権威を失墜させればロマノフ家再興のスキができるのですよ!」

 

「申し訳ありません、殿下!」

 

「謝罪が聞きたいわけではないわ!今すぐに彼を連れてきなさい!」

 

「ハッ!仰せのままに!」

 

 

 時代錯誤も甚だしい軍服を着た男達が、AK47を撃ちまくりながらエミヤと大統王に迫る。

 エミヤはセダンの影に隠れたまま、装着したヘッドセットで後方支援要員と連絡を取った。

 

 

クロエ!航空支援はまだか!このままでは回り込まれる!」

 

 

 本部ではクロエと呼ばれた少女がディスプレイを睨みつけながらこれでもかという速さでキーボードを叩きつけていた。

 ディスプレイに表示されているのは『akojwefiqrs412563…』といった文字列で、要するにこの少女が何一つさえ考えずにとにかく入力を手早く行っている事を意味している。

 彼女はその適当極まりない作業の合間にも、被っているヘッドセットを使ってアサシンエミヤに指示を与えた。

 

 

「航空支援はまだ来ないわ!どうにか耐えて!」

 

「無理だ!これ以上は持たない!至急援護を遣してくれ!」

 

 

 その時、AK47の連射がエミヤの近くに着弾し、彼は自然とセダンに身を隠す。

 僅かな隙を突いて敵が3名接近すると、手早く大統王のスーツを掴んで向こう側へと拉致していった。

 

 

「クソッ!クロエ!大統王が拉致されたッ!」

 

 

 エミヤはセダンの影で体制を立て直し、大統王を拉致した敵に向けて発砲する。

 しかし別の方向から牽制射撃を受けた為に2発放つのが精一杯だ。

 2発の弾丸は大統王を連れ去った3名の内2名を倒したが、残りの1人が大統王を連れ去っていく。

 やがては1台のSUVが現れて、例の少女と副官、それに大統王を吸い込んで急発進した。

 

 

「クソ!最悪だ!大統王が行ってしまう!…チクショウッ!大統王!大統ォォォオオオ!!

 

「カァァァットッ!!!」

 

 

 アサシンエミヤの悲嘆の叫びが終わるあたりで、凛とした少女の声がこだました。

 SUVは停止して乗員を吐き出し、敵兵はAK47を肩から外し、そしてアサシンエミヤは立ち上がって「ふぅ」とため息を吐く。

 "カット"の号令を掛けた少女は満足げで、彼女の為に働いていた人々に労いの声をかけた。

 

 

「皆の者、実によくやってくれた!誠に良き働きであったぞ!…それでは、休憩を取る!次の撮影は30分後!皆の者よく休むが良い!」

 

 

 そう。

 我々は現在"ネロッティーノ・クラウディーノ"監督最新作の撮影中である。

 最初は散々であった彼女の映画も(パクリ癖は全く治っていないが)今ではかなりの完成度を誇るようになっており、カルデア共済組合が配給を行う作品の中ではそれなりの人気を誇っていた。

 

 

 

 俺はSUVから降りると、アサシンエミヤと同じように「ふぅ」と一息を吐いた。

 皇女殿下のドアマンをして高貴なるお方に降りていただくと、肩に掛けるAK47を下ろしてタバコを取り出した。

 

 

「博士、ご一緒に一服どうです?…人質役は疲れるでしょう?」

 

「ああ、まったくだ、シマズ君。映画に出演するのは楽しいが、いかんせんくたびれるな。」

 

 

 皇女殿下に一言申し上げると、殿下は快く許可を下さったので、俺はエジソン博士と共に

 喫煙所に向かう。

 俺はペットボトルのカフェラテを持っていたし、博士はタンブラーにエスプレッソを入れて持っている。

 2人とも、飲み物とは別の手にタバコを持っていたが、喫煙所にいた先客はそのどちらも持っていなかった。

 

 

「…………ッ…」

 

「…どうぞ、もしよろしければ」

 

 

 喫煙所にいた先客、それは新作映画の主人公『ジャックエミヤー』を演じるエミヤ(アサシン)さんだ。

 彼が持っていたのは空っぽのタバコ箱。

 故に一本差し出したのだが、彼は咄嗟に警戒をしたような仕草を見せる。

 だがそれも束の間で、こちらから差し出された一本を受け取った。

 

 

「……どうも、すまない…礼を言う。」

 

「お気になさらず。…アサシンのエミヤさんですね?」

 

「ああ、そうだ。…あんたは?」

 

「電気技師の島津です。彼は大統王エジソン…と言っても、彼とは初対面ではないでしょうが。」

 

「素晴らしい演技だったな、エミヤ君!」

 

「ふっ、あんたも良い演技だった。…まるで本物の警護対象そのものだったよ。」

 

「褒め言葉として受け取っておこう。」

 

 

 我々はそれぞれのタバコに火をつける。

 最初の一口を吸い込んで、ぷかぁ。

 いつも通りの通過儀礼を済ませると、喫煙所でサーヴァントの方と一緒にいる時はいつもそうするように、俺は彼に話しかけた。

 

 

「…エミヤさんは…その…」

 

「以前もこういう仕事をしていたか?」

 

「!?…ええ、はい」

 

「そう驚いた顔をしないでくれ、あんたの顔に質問が書いてあったのさ。結論から言うと、生前の僕はこういった…警護を"破る"方専門だった。」

 

「つまるところ…読んで字の如く"アサシン"だったわけですな?」

 

「……ああ。何も誇れるところはないよ。僕は何かを切り捨てることでしか使命を果たせなかった。」

 

「………」

 

 

 お、重い

 軽いおしゃべりの時間にしたかったのに何故かとてつもなく重い話になってしまった。

 黙々とタバコをふかす彼の目は沼の底のようにドンヨリとしていて、俺は何か悪い地雷を踏んでしまったのではと後悔する。

 親睦を深めたかっただけなんです、信じてください。

 

 場の空気がとんでもなく重い物になっていたから、エジソン博士が重々しい語り口で話し始めた時はそんなに驚かなかった。

 

 

「そう悲観的になるな。…暗殺というのは、歴史をも変えてしまう。暗殺者が放った銃弾、振り下ろした刃、盛った毒で一つの国の歴史が…下手をすれば世界が変わるのだ。」

 

 

 エジソンはそう言いながら2本目のタバコに火をつける。

 そういえば、彼の霊基には歴代アメリカ合衆国大統領の霊基が合成されているが、その中には暗殺された4人の大統領もいるはずだ。

 その事もあってか、彼はいつもとは違う語り口をしている。

 

 

「我が国では…少なくとも4回は暗殺者によって歴史が書き換えられた。」

 

「最後のはJ・F・K(ケネディ)の暗殺事件だな。ダラスの教科書ビルから撃った。」

 

「………まあ、彼の件の真相は2039年まで待たねばならんな。そのためにも人理を取り戻さねば。」

 

 

 エジソンは喫煙者ながら、自身の喫煙癖について心配しているかのような言葉を口にする事がたまにあった。

 だからこそ、その彼が3本目のタバコに火をつけた時は驚いた。

 エジソンはいつもなら3本もチェーンスモーキングなんてしない。

 

 

「ふぅ………エミヤくん、君は先ほどこう言った。"何かを切り捨てる事でしか使命を果たせなかった"と。」

 

「…ああ。」

 

「君は…切り捨てた事によって、()()()()()()()()()を見てきたかな?」

 

「…………?」

 

「先も言っただろう。暗殺という行為は歴史を塗り替える行為だ。君が果たした"使命"は大なり小なり影響を及ぼしたはずなのだ。」

 

 

 暗殺という行為によって塗り替えられた歴史は多い。

 カエサルに織田信長、フランツ・フェルディナント大公。

 その時に繰り出された刃が、火矢が、銃弾が歴史を大きく変えた。

 

 

「もちろん、殺人という行為は悪には違いない。だがね…いや、だからこそ、それを簡単に悲観して欲しくはないのだよ。」

 

「………」

 

「君の放った暴力は少なくとも歴史を創り出したはずだ。それまでには存在し得なかった歴史を。」

 

「だが、僕は正義を」

 

「正義?…正義とは何かね?主観に依らない正義などというものは、果たして存在するだろうか?」

 

 

 エジソンがタバコをふかし、エミヤさんも同じようにタバコを咥える。

 

 

「私と霊基を合成した人物の中に、エイブラハム・リンカーンもいる。彼は黒人奴隷の解放を謳って南北戦争を始めた。」

 

「まさに"正義の味方"だな。」

 

「とんでもない!南部人から見れば、奴隷解放宣言はそれまでの経済構造を真っ向から否定されたに等しいものだった。南北戦争の本当の原因は、工業化を推し進める北部とプランテーション産業に依存する南部との経済構造の違いだったと言っても過言ではないだろう。リンカーンは善人だったかもしれないが、"正義の味方"とは呼べない。彼が尊敬を集めるのは…言い方は悪いが…戦争に勝ったからだ。」

 

「………」

 

「…そう思いつめる事はない。君のような人間の事だ、仕事も選んできたんだろう。少なくとも、でき得るかぎり自身の良心に従って来たはずだ。もちろん全てがその通りに運んだわけではないだろうが、しかし、君は善意に沿った変化をもたらして来たはずなのだ。…そうでなければここにはいまい。」

 

「………」

 

「人生とは不条理なものだ。テロルによってテロルを防がなければならない時もある。テロルにはテロルでしか対抗できないのだから。テロルによって救われる命もある事だろう。或いは歴史そのものが守られたかもしれない。」

 

「………なるほどな、アンタのおかげで少しだけ気が楽になった。」

 

「本当にほんの少し、だろうがね。…ああ、悪意はない。つまらない能書きを垂れてしまったが、どうか老婆心故の言動だと思ってくれ。」

 

「いや、本心だ。…生前自分がして来た事に、前々から悩まされていた。だが……まあ、見方を変えればある程度気が楽になるのかもしれないな。…おっと、次の撮影まであと5分だ。準備をした方が良さそうだな、"大統王"閣下。」

 

 

 

 アサシンエミヤさんはそう言って喫煙所から立ち去っていく。

 彼の背中を見送りながら、俺は"大統王"に話しかけた。

 

 

「……せっかくならご自身の名前をご披露いただければ…」

 

「おや?…()()()()かね?」

 

「そりゃあ気づきますよ。普段の博士なら、まずあんな事は言わない。」

 

「ふはは、そうか。…では、改めて。私は第16代アメリカ合衆国大統領、『エイブラハム・リンカーン』だ。」

 

「お会いできて光栄です、閣下。…しかしまあ、ご自身の事を()()()()()に評されるとは。」

 

「何も、嘘を吐いたわけではない。"人格とは木のようなものであり、評判はその影のようなものである。"…人々が私をどう評価しようと、それは影に過ぎない。つまりは、誰がどこから見るかによって、影の形は変わってくるのだよ。」

 

「…なるほど」

 

「……さて、私もエジソン博士にこの身体を返そう。あの暗殺者を見ていると、どうも放って置けなかった。彼もまた心に深い傷を負っている。」

 

「閣下のおかげで少しは癒えたかもしれません。」

 

「いいや、彼が負っている傷は私では到底癒せまい。せめてもの発破をかけただけだ。だが…少しは関心をそこから逸らせたかもしれないな。」

 

「………」

 

「…それに引き換え、君の関心事は…あの暗殺者に比べると実に分かりやすいな。」

 

「はぁ」

 

「時間が許せば"彼"に変わりたいのだが…ああ、そうだ。"彼"から伝言を授かっていたな。」

 

「"彼"?」

 

「"彼"曰く、"真実を知りたいのなら、人理修復に全力を注ぐこと"」

 

 

 先ほどから大統領のお話を聞いている間に、俺の頭はジョン・F・ケネディの暗殺事件の真相…というより、本人自身の意見を聞きたいという事に関心を抱いていた。

 残念ながら、この下心は本人の霊基からしても筒抜けだったに違いない。

 もうこうなっては俺の企図は破れたと見る他ないな。

 黙って仕事をこなし、人理を取り戻そう。

 その後は2039年まで待てばいい。



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38 家長の錫杖

 

 

 

 

 

 

 ロシアで最も偉大な将軍は誰であろうか。

 それは間違いなく、『冬将軍』であろう。

 かの名将はナポレオンの大陸軍を打ち破り、そしてヒトラーの第三帝国からモスクワを守りきった。

 ドイツ人達はさぞ驚いたことだろう。

 戦車のエンジンから機関銃のガンオイルに至るまで。

 ロシアの冬将軍は文字通り、ありとあらゆる物を凍らせたのである。

 

 

 1941年から始まった独ソ戦は間違いなくロシア人達にとっては過去最大級の苦難であった。

 この間、ロシア…当時のソ連のトップを務めていたのが、ヨシフ・スターリンである。

 

 実はスターリンという名前は、本来の彼の名前ではない。

 彼の本当の名前はヨシフ・ディッサリオノヴィッチ・ジュガシヴィリであり、スターリンは「鋼鉄の人」を意味するペンネームに過ぎないのだ。

 以前書いた通り、彼はスターリンとしての自分と、ジュガシヴィリとしての自分を使い分けていた。

 ソビエト共産党の指導者としてのスターリンと、本来の自分であるジュガシヴィリとを。

 

 そんなスターリンが崇拝し、参考にしていた人物がいる。

 

 

 イヴァン4世……又の名を、イヴァン雷帝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会は教会でも、ローマ法王をその頂としない教会ってな〜んだ?

 色々とある。

 ロシア正教会もその一つであり、その第一人者は総主教なのだ。

 

 

 カルデアには、そこに召喚されるサーヴァントや勤務する職員達の為にさまざまな宗教施設が完備されている。

 煩悩の塊みたいなキアラさんが仏像を拝みに行く姿も見れるし、ハサパチ先生が他の教徒と共にメッカの方向へお辞儀するのも見れるし、白聖女やマルタさんが聖歌を歌うのだって見れるのだ。

 もちろん、正教徒のための施設も用意されていて、俺は今そこで震える子豚と化していた。

 

 

 隣に座る皇女殿下が、震える俺の双肩に手を添えてくれている。

 

 

「あ、安心してください、シマズさん。雷帝は…その…確かに気性の激しい方ではありますが………」

 

「大丈夫なんですよね!?殺されませんよね!?」

 

「だ、大丈夫、大丈夫ですよ!」

 

「だって俺ッ…モンゴル顔じゃないですか!?…イヴァン雷帝って、遊牧民の国滅ぼせなかったから大聖堂建てたんですよね!?」

 

「雷帝もシマズさんのお顔だけで殺したりはしません!もう少し落ち着いてください!」

 

「そもそも、本当にお会いしないとダメですか?」

 

「…シマズさん、あなたはこの度カルデア=ロマノフ家の将校に任ぜられます。これは大変名誉のある事なのですよ?ちゃんと品位を保っていれば、雷帝も不用意に殺したりしません。…私も付き添いますから、どうか落ち着いて。」

 

 

 殿下がそう仰ってくださっても尚震えは止まらない。

 そうするうちにズシンッ、ズシンッという重々しい足音が聞こえてきた。

 何事かと音の方を振り返り、思わず口をアングリと開ける。

 そこには5mはあろうかという巨大なナニカがいて、俺は言葉を失った。

 

 

余だよ。

 

「ご機嫌麗しゅうございます、陛下。このたびは我が臣下に御謁見いただく事、誠にありがとうございます…ほら、シマズさん、挨拶して。」

 

「お、おおおおおおお初にお目にかかります。ででででででんき技師のシマズという者です。おおおおおおおおお会いできて至極光栄にございます。」

 

「………ふむ。汝が、アナスタシアの言っていた電気技師か。…彼女から色々と聞いた。塞ぎ込んでいたのを、助けてもらったと。」

 

「………へ?」

 

「なればアナスタシア、汝の好きなようにするが良い。この男を士官にしたいと言うのであれば、そうせよ。…ただし、その職は名誉職的な物である事に留意せねばならん。」

 

「ありがとうございます、陛下。」

 

 

 あれ。

 案外普通の君主じゃないか、イヴァン雷帝って。

 雷帝って言うからにはもっと苛烈な人物像を想像してたんだけどなぁ。

 

 

汝相手に下手をするようなら、余に話せ。そっ首斬らねばならん。

 

 

 はい、前言撤回

 薩人マシーン顔負けの首斬り宣言いただきました。

 ただし首斬り宣言は真っ当な理由によるものなので致し方なしな気もする。

 この場合は"下手"というのが殿下のお手を取るところから始まるのか、それとも本格的なゴータッチに至る事を言うのかという方が問題となるであろう。

 つまるところ…肩の緊張を抜くわけにはいくまい。

 

 

「……ともかく、アナスタシア、汝の願いはしかと聞き入れた。余は自身の要件に入ってもよいか?」

 

「勿論です、陛下」

 

 

 皇帝は殿下の要望を受け入れると、自らイコンの方へと進み、彼専用に用意されたと思わしき巨大な椅子に腰をかける。

 そしてそのまま、まるで司祭がいないのが残念だと言い出しそうな雰囲気で祈り始めた。

 両の手を眼前で組み…最もどこが眼なのかは分からないが…頭を垂れている。

 その様は敬虔な信者のそれのようにも見えたし、過去の行いの赦しを請うようにも見えた。

 

 

 イヴァン雷帝と宗教は切っても切り離せない関係にある。

 

 彼は幼少期より塔から小動物を突き落とし、ノヴゴロドを虐殺し、そして息子をも手にかける冷酷な人物であった。

 特に彼とオプリーチキニがノヴゴロドを焼き払い、田畑を荒らして、その繁栄に終止符を打った事件は有名だ。

 いわゆる『ノヴゴロド虐殺』は彼のパラノイアと残虐性の象徴とさえ見られている。

 しかしながらその事件の最中でさえ、ノヴゴロド大主教を罵りながらも宗教行事には参加しているのだ。

 また、同じような事がプスコフという場所で起きたが、この時彼はそこに佯狂者と呼ばれる一種の聖人が住んでいることに配慮して虐殺の規模を縮小している。

 スターリンはイヴァン雷帝の統治に影響を受けたと言われるが、雷帝からすれば不信心の共産主義者など即刻処刑モノかもしれない。

 

 

 

 雷帝はやがて祈りを終えてため息を吐き、ゆっくりと頭を上げる。

 俺はその様子を見ながら隣にいる殿下にそっと聞いてみた。

 

 

「陛下は何を祈られたのですか?」

 

「いいえ、シマズさん。陛下は祈ったのではなく、痛悔機密を行われたのかと思います。」

 

「痛悔…機密?」

 

「カトリックで言う告解です。罪を告白して、神様の赦しを請う。通常は神父様を通して行いますが…残念ながらカルデアに神父様はいらっしゃいませんから…」

 

あっ、こんにちは麻婆神父。どうかお帰りください。呼んでませんし、あなたの出る幕じゃ無いと思います。…それで、陛下は一体何の赦しを請われていたんでしょう?」

 

「さぁ、それは私にも…」

 

「………昨夜夢を見た。遠い昔の、忌まわしい出来事の夢だ。…我が息子、イヴァンを…余は………」

 

 

 いつのまにか雷帝がこちらに向き直ってそう言ったが、少しばかり嫌な予感がする。

 ボールの上にプレートを乗せて、上に2つのグラスを置いていたとして。

 今の陛下の状態は、例えるならプレートが左右に揺れ動いている状態に見える。

 その右手には錫杖が握られているし、錫杖は震えているようだった。

 5mの巨体からあんな錫杖が振り下ろされたら、俺は踏み潰されたパンケーキみたいなるだろう…ぺっちゃんこに。

 

 

「へ、陛下、僭越ながら…陛下には家長権がありました。よりにもよって、ツァーリの家長権が。」

 

「言うまでもない。余には皇室の家長権のみならず、ロシアそのものの家長権があった!」

 

 

 家長権とは、呼んで字の如く家長が有する権利のことである。

 古代ローマでは家長が家族の殺生権さえ握っていたらしい。

 ことロシアにおいて家長権は絶対の権利とみなされていた。

 彼は幼少期の教育でこのように言い聞かせられていたのだから尚更であろう。

「家長権を行使するように、ツァーリはロシア全体に家長権行使する」

 

 

「陛下、陛下は家長です。家庭のみならず国家全体の。であれば、陛下のご決断に間違いはございません。」

 

「………」

 

「このシマズめは、陛下のご決断をいつでも信頼致します。」

 

 

 事の発端は息子の妻であった。

 妊娠中の彼女が、正教徒の戒律に従っていなかった事が雷帝の逆鱗に触れてしまった。

 彼女は雷帝自身が家長権に基づいて息子に選んだ妻だったが、次第に気に入らなくなり暴力を振るう事が多々あったようだ。

 息子も家長権を尊重していたが、しかし、今回ばかりは黙っていられない。

 息子はついに雷帝の手を押さえようとしてしまった。

 敬虔な雷帝は戒律が蔑ろにされた上に家長権まで侵害されたと感じて、その怒りは頂点に達する。

 我を忘れた彼は錫杖を振り回し、気づいた時には………

 

 

 だが、今回その錫杖は震えを治めた。

 ボールの上のプレートは安定感を取り戻したのだ。

 俺はホッとすると共に、これがいわゆる"嵐の前の静けさ"でない事を祈る。

 幸いなことに杞憂だったようだ。

 

 

「…………シマズといったな。改めて、余とアナスタシアに仕えることを許そう。」

 

「有難き幸せにあります、陛下」

 

 

 精一杯姿勢を正して跪いたつもりだったが、隣の皇女殿下にあれこれ姿勢を正されるあたり酷く不格好だったに違いない。

 雷帝は今度は少し笑い声を漏らし、続けてこう言った。

 

 

「さて、早速だが汝に任を与えよう。」

 

「はっ!」

 

「余が拡大に手を貸した図書館の整理が進んでおらんようだ。アナスタシアと共に赴き、整理を進めよ。」

 

「はっ!喜んで!光栄にあります!」

 

「…ツァーリは間違えを犯さぬ。くれぐれも、余の期待を裏切ってはならん。」

 

 

 最後の一文に、背筋も凍るような冷徹さが含まれていた。

 俺は若干の身震いを覚えながらも、何度も首を縦に振る。

 正直この皇帝の精神状態には不安定なモノをビンビン感じ取れるが、それを直言できるような肝っ玉なんて、このカルデア中を探してもいないに違いない。

 

 

「では、陛下。これにて私とシマズさんは図書館に向かいます。此度の謁見、誠にありがとうございました。」

 

「構わん、()け。」

 

 

 俺と殿下は回れ右をして歩き出す。

 正直身体がずっと震えていたし今も震えていたが、雷帝と謁見できた事で、殿下と一緒にいただけで撲殺されるなんて事にはならずに済みそうだ。

 何より、雑用とはいえあの雷帝から仕事を任されたことも少し嬉しく思えた…まぁ、しばらくしたら後悔するかもしれないが。

 

 

「シマズさん、言った通りでしたよね?」

 

「ええ、殿下。しかし…なんというか…心配は残ります。」

 

「それは分かりますが…シマズさん、あなたが忠誠心を向け続ける限り、陛下は応えてくださいます。」

 

「だといいんですが…俺の心配は彼の」

 

「しっ!…シマズさん、それは胸の内に秘めておいてください。さもなければ…」

 

 

 

 そこまで会話した時、背後から婦長の声がやってきた。

 

 

「イヴァン雷帝!あなたの精神状態には問題があります!今すぐカウンセリングを!」

 

 

 続いて咆哮、戦闘音、婦長と雷帝の二人の雄叫び。

 俺は殿下と共に足早に教会内を去る。

 いた、いやがった。

 あの雷帝相手に真正面から"異常"だなんて言える肝っ玉の座った女丈夫が1人いるのを、すっかり忘れてた!!




機密の類の話はにわかのまま描いてしまったところがあるので、なんしゃそりゃと思われた方がいたらすいません。
本当はもう少しちゃんと調べたかったんですが、正教会関係調べてたら頭がこんがらがってショートしちゃったんです許してください。


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39 国が民を焼く時

 

 

 

 

 

 カルデア図書館

 

 

 

 

 

 

 静寂なる図書館に、コツコツという長靴の足音がこだまする。

 司書は一冊の書物を読んでいたのだが、突然の来訪を告げるその足音に、何事かと顔を上げた。

 見れば4人の男と2人の少女が、彼女の"聖域"に足を踏み入れてこちらに向かってきている。

 

 聖域という言葉は往々にして、決して土足では踏み込まれたくないものを指す。

 エルサレムにイスラム教徒が土足で踏み入ればイスラエルとキリスト教圏が怒る。

 メッカにユダヤ人が入れば、たちまちに袋叩き。

 上記は偏見に満ちた"聖域"の解釈ではあるが、図書館の司書たる彼女にとってはこの施設はそういった意味合いの強い"聖域"である。

 

 男達は軍服を見に纏い、小火器を肩に掛けていた。

 2人の少女…ロマノフ家のアナスタシア皇女とジャンヌ・ダルク・オルタは全く問題のない状態であったが、男達は違う。

 司書は少しばかり眉を潜め、図書館の"ドレスコード"をぶち壊しにしかねない男達に非難の声を浴びせる。

 

 

「そこの殿方の皆様!…ええ、貴方達です。お持ちになっている武装は、どうかこちらにお預けください。」

 

「ん?…ああ、すいません。…よし、それでは君達、武器をあの司書さんに預けるんだ。」

 

 

 4人の男達の内、先頭の男…即ち俺は後ろを振り返って"部下"の面々にそう命じる。

 正直こういう役回りを一度でもやってみたかった。

 何かこう、部下を率いてる将校ポジってカッコいいじゃん?

 俺もカッコよくなってみたかったのよ!

 

 しかし、残念なことに俺の"部下"であるはずの男たちは俺の言うことを聞いてはくれなかった。

 それどころか、彼らは戦場でそんな事を言ったら銃殺刑間違いないの罵詈雑言を浴びせてくる。

 

 

「武器を預けろだあ?」

 

「何言ってんすかw」

 

「手元に武器がないときにドイツ兵に襲われたらどうするんじゃ!!」

 

 

 

 少し話を巻き戻そう。

 俺は教会でイヴァン雷帝直々に召し抱えられるという身に余りすぎる光栄と、最初の任を与えられた後、皇女殿下とこの図書館へと出向いた。

 雷帝から与えられた任がその図書館の整理であったからだが、その道中に、この3人の男達が"部下"として合流したのである。

 

 彼らは『オプリチニキ』と呼ばれる…よくは分からないが、イヴァン雷帝の宝具による使い魔だそうだ。

 イヴァン雷帝は精神的に不安定であっても決して愚帝というわけではなく、ちゃんと俺に与えた任をこなせるだけの"材料"を用意してくれたのである(最も、雷帝ご自身は今頃教会で婦長との戦闘の真っ最中であろうが)。

 

 この使い魔達は、どうやら本来の姿とは異なる"仕様"となっているらしい。

 皇女殿下によると、彼女自身の記憶にあるロシア帝国軍兵士達の姿と性格を模したようだ。

 恐らく雷帝は本来のオプリチニキの恐ろしい見た目と残虐な心では、俺をあっという間に殺してしまいかねないから、皇女殿下が生前の奉仕活動で触れ合った兵士たちの姿を纏わせた方が良いと考えてくれたに違いない。

 あまりにも寛大なお心遣いには感謝しきれない…仕切れないけれども………

 

 

「あなた達!シマズ"中尉"はあなた達の上官に当たります。ロシア帝国軍の忠実なる兵士なら、雷帝陛下や私に従うように、彼にも従いなさい。彼の言葉は私の言葉です。」

 

「……殿下がおっしゃるなら仕方ねえ。」

 

「アイアイ、従いますよ」

 

「不安じゃのぅ、不安じゃのぅ」

 

 

 俺の思うに、コピー元の兵士達があまりにも個性的すぎる。

 まず、強面の『アンドレイ』。

 某FPSゲームで「マガダンの怪物」と言われてそうなくらいの大男で、正直な話彼なら素手でも俺を殺せるはずである。

 次にインテリ臭の凄い『ウラジミール』。

 スラリとした体型で、上品なメガネをかけた上品な青年だ。

 本人曰くサンクトペテルブルク大卒らしく、常に鼻先で笑われてる気がする。

 ちなみに法学科出身らしい…さてはスパイだなオメ[検閲により削除]

 最後に『ドミトリー』。

 しわがれた声が特徴の老人で、他の2人によると第一次大戦の初めから従軍している歴戦の戦士らしいが、タンネンベルクの戦いに参加したときによほどのトラウマが出来たらしく妄想癖が凄い。

「ドイツ兵ガー」というワードが口癖になっている。

 

 以上が俺が率いることになった『栄光あるイヴァン雷帝の忠実なるロシア帝国軍親衛隊シマズ分遣隊』の愉快なメンバーだ。

 

 

 

 つまるところ俺のいうことを聞いてはくれない"部下"の面々は、皇女殿下の御命令を受けて渋々それぞれの武装…アンドレイのルイス機関銃とウラジミール、ドミトリーのモシンナガン小銃を司書さんに預ける。

 俺も彼らに引き続いて腰にぶら下げるナガン拳銃をホルスターごと司書さんに預けると、この面白おかしくて仕方のない面々がこの図書館のためにやるべきことについて問うことにした。

 

 

 

「………それで…司書の方。我々は偉大なるイヴァン雷帝の御命令で馳せ参じました。どうぞ御命令を。」

 

「そうでしたか。皆様、本日はありがとうございます。イヴァン様には新しく入荷した書物の整理のお手伝いをお願いしていましたから…ありがたい限りです。それでは、皆様。どうぞこちらへ。」

 

 

 恐らく彼女は、日本のサーヴァントの方だろう。

 彼女の艶やかな黒髪と柔らかい日本語が、俺にそう直感させる。

 大抵の場合俺の直感は間違っているのだが、今回は正しかったようだ。

 

 

「申し遅れました。サーヴァント、紫式部でございます。」

 

「うえっ!?あのシキブ=ムラサキ!?」

 

 

 俺自身驚いたが、もっと驚いたのはウラジミールの方のようだった。

 さすがはサンクトペテルブルク大法学科卒といったところか、彼は紫式部のことを知っていたようだ。

 

 正直なところ、俺はウラジミールほど紫式部に詳しくはないだろう。

 俺が中学生の時、彼女は天敵だった。

 平安時代の貴族社会に関心を持てない人間にとって…俺だけかもしれないが…彼女と清少納言は極めて混同しやすい存在だったのだ。

 カルデアに来たことの利点を挙げるとすれば、英霊としての姿とはいえ歴史的人物に直接会える事で、俺はおかげで紫式部と清少納言の区別がつくようになった…洋服美人とヒッピーという真反対の存在として。

 

 

 ウラジミールが有頂天になって、他の文盲なロシア兵2人に『ゲンジ=モノガタリ』の"素晴らしさ"を説いている間にも、我々は紫式部さんに引き続いて図書館の奥へと向かう。

 たぶんウラジミールはそこまで源氏物語を読み込んではいない。

 言葉の節々から『ニンジャ』とか『サムライ』とか『ブシドー』とかいうワードが出てくる時点で何か別のものと間違えている気がした。

 それを指摘するかしないか悩んでいるうちに、紫式部が立ち止まる。

 彼女の前方を見ると、8つばかしの本棚と、その本棚に納められる予定の書物が山と積まれていた。

 

 

「今日はこの区画の整理を致しましょう。少し肉体的に辛いかもしれませんが…」

 

「いやぁ、これは…しかしよく集められましたね。」

 

「ええ。イヴァン様とイスカンダル様が蔵書の充足化を手伝ってくださいましたから。それでは、この本棚から始めましょう。」

 

 

 

 俺としては将校っぽく命令を出したいところだったが、どうやら兵卒の3名は俺よりよっぽど優秀らしい。

 彼らは特に命ぜられることもなく、まるで手慣れたように作業を始めてしまったのだ。

 アンドレイが大量の本が入った箱を運び、ウラジミールの指示のもと、ドミトリーが本棚に本をサクサクと並べていく。

 いやぁ、これまた見事なものである。

 

 なんというか、部下よりよほど仕事ができない感じのクソ将校ポジション…映画で言えば後ろから撃たれるやつのポジションに立ってしまったことに意気消沈していると、後ろから肩を叩かれた。

 振り返ると、もう姐さんどころかカァチャンの顔をしている邪ン姐さんがいる。

 彼女の表情が、その主張を代弁していた。

「アンタ、そんなことは初めから分かってるんだから、下手に背伸びせずに私たちと頑張ればそれでいいのよ」

 ………いいもんね!姐さんと皇女殿下と作業できる時点で勝ち組だもんね!!!

 

 

 俺と姉さんと殿下、ロシア兵卒3人組の2チームに分かれて作業を進める内に、空の本棚はあっという間に埋まっていった。

 式部さんは細やかな…これをあちらへ、あちらをこちらへ、といった指示をしてくれたから、作業は余計に捗っていく。

 8つある内の4つの本棚が埋まると、式部さんは我々に提案をした。

 作業の半分が終わったので、休憩をしようというのである。

 

 

「それでは皆様、お茶をお持ちしますので少々お休みになってください。」

 

 

 式部さんが去った後、俺は手近にあったテーブルに姐さんと殿下と共に座った。

 制帽を脱いで肩を回しながらも、山と積まれている本の内の2冊を、何の気無しに手に取ってみる。

 他のテーブルに座ったロシア兵3人組も、それから姉さんに殿下も本を手に取っていた。

 

 本を読むなんていつぶりだろうか。

 図書館自体、行ったのはかなり昔の話になるだろう。

 久々に書物の質感を感じながら1ページ目をめくった時、俺は衝撃のあまり本を落としそうになる。

 

 

『資本論』

 

 

 おうっしょ、いかん!

 これは殿下の御前で読んでいい本じゃねえ!!

 俺は大慌てで本を閉じ、別の本を手に取る。

 

 

『共産党宣言』

 

 

 いかんいかんいかんいかん!!

 専制政治の全否定本は別の機会にしなければ!!

 俺は2冊の本を本の山に戻して、別の2冊の本を取ってくる。

 

 

『閨房哲学』

『ジュリエット物語あるいは』

 

 

 はいはいはいはい、アウトアウトアウトアウト。

 いくら歴史的な小説家とはいえナポレオンが投獄するような男の本をまだ17、18そこらの淑女の目の前で読めるほど俺ぁ"サディスト"じゃあねえぞ!!

 

 

 

 俺はそこで初めて、今この区画で整理していた本の数々がそういった…なんというか…比較的"過激"なものばかりだと気がついた。

 そこで慌てて、邪ン姐さんと皇女殿下が読んでいる本のタイトルに目を向ける。

 俺がこの類の本を手にしたということは、姐さんと殿下も………

 

 なんてこった、邪ン姐さんが読んでるのは恐らく1920年代のベルリンから持ってきたであろう『我が闘争』、殿下の手にあるのは『剣スロ×ベティ 〜禁断の果実〜』というあまりにもアレなタイトルである。

 後者はともかく、前者はある意味問題であろう。

 そうでなくとも邪ン姐さんの歴史観は偏っている節があるのに!

 

 しかし『我が闘争』に対する邪ン姐さんの反応は、俺の予想の斜め上のものだった。

 

 

「………焚書。」

 

 

 邪ン姐さんがそう述べた時、俺は別の方向からも殺気を感じる。

 何事かと振り返れば、ロシア兵3人組が先程俺が元に戻したカール・マルクスの著書を手に取って睨みつけている。

 ウラジミールが文盲の2人のために小声で内容を読み上げているが、恐らくは怒りのせいで声が震えていた。

 彼らは皇女殿下の記憶に残るロマノフ家の兵士で、つまりは専制君主への熱烈な支持者に違いない。

 そんな彼らからすれば、カール・マルクスなど論外も論外であろう。

 

 彼らはすでにマルクスの著書を閉じ、他の共産主義関連の本と併せて集積を始めた。

 アンドレイが腕いっぱいに本を抱えて持ってきて、ウラジミールはライターを取り出し、ドミトリーはガソリンを探し始める。

 邪ン姐さんも『我が闘争』を閉じたので、彼らと同じ考えに至ったに違いない。

 恐らくは彼らと姐さんはこの図書館で危険極まりない行為をしようとしている。

 しかし、俺に彼らが止められるかは分からない。

 理性は止めなければならないと言っているが、正直なところ、殿下の御前にこの類の本を存在させてはならないという考えが頭の隅にあった。

 

 

 ドミトリーはガソリンを見つけられなかったが、乾いた本は容易に燃え上がるはずだ。

 アンドレイはひとしきりの本を集め終わり、ウラジミールがライターに火をつける。

 凛とした女性の声がこだましたのはその時だった。

 

 

 

「あなた方!何をなさっているのです!」

 

 

 式部さんは手近のテーブルにお茶を乗せたプレートを置いて、こちらに向かってツカツカと歩み寄ってくる。

 そしてそのまま、この勇気ある女性はアンドレイの右頬にビンタをした。

 ウラジミールにもビンタをしたし、老人ドミトリーにも容赦はない。

 何故か邪ン姐さんはスキップされ、俺は何もしていないのにビンタされた。

 

 

「いや、なんで俺」

 

「貴方は将校のはずです!部下の統制を行う立場にあります!ただ部下の暴走を見てて良いわけではなく!………まったく…」

 

 

 彼女は、この暴挙をただただ静観しようとした俺にも怒りを感じたのだろう。

 俺という人間は自身に決断を迫られた時、より中立的な立場にいようとする悪癖がある。

 確かに彼女の言う通り、俺は彼らを止めるべきだった。

 

 

「……す、すいません」

 

「………わかっていただければ結構。さて、あなた方。もう一度、よくお考えになってください。先程私が言った通り、この蔵書の充足には()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 今度はロシア兵3人組の方へ向き直って、彼女はそう言った。

 

 

「あなた方はイヴァン様の使い魔ではありませんか?…ならば、お分かりになるはず。イヴァン様の信心深さなら、無神論を主張する社会主義は決して許容できるものではなく。にも関わらず、イヴァン様はこの本の収容をお決めになられたのです。」

 

「「「…………!」」」

 

「お気づきになられたようですね。イヴァン様は決して道理を弁えないような御方ではありません。この本には良き事と悪しき事の両方が書かれているのかもしれませんが、それならば良き事のみを取り出して吸収すれば良いのです。内容を最後まで読むわけでもなく、まして焚書などっ………」

 

 

 

 彼女はやがて落ち着きを取り戻し、我々が整理していた書棚の、一番初めの本を取り出して持ってきた。

 その本のあるページを開きながら、彼女は語りかける。

 

 

「これはハインリヒ・ハイネという御方の著作です。この本をこの区画の始まりに置いたのはちゃんとした理由がございます。皆様お気づきかもしれませんが、この区画は少々極端な思想を取り扱っていますので……」

 

『本を焼く国家は、やがてその国民を焼くようになる』

 

「!…その通り、よくご存知のようですね。」

 

 

 そのページを読む以前から、俺はハイネの有名な格言を知っていた。

 連想されるのはナチス・ドイツの焚書である。

「非ドイツ的魂への抵抗」をスローガンに行われたこの国家規模の焚書には、警句を発したハイネの詩集も含めて容赦なく火に焚べられた。

 その後ドイツがどうなったかは、紳士淑女の皆様のご存知の通り。

 ドイツは炎に包まれて、最期には西と東に分裂してしまった。

 

 

 人類の歴史の中で、焚書は繰り返されてきた。

 だが大抵の場合、書物を焼き払った国家は自身にも火を放つようになるのである。

 ドイツではナチスが国民の思想を統制するのに焚書が役立ったが、国民は思想の自由を奪われることになったのだ。

 その結果、政権が戦争に向かい始めても、誰もそれを止めようとはしなくなってしまった。

 

 ある映画でこんな言葉を聞いた事がある。

「10人の人間が隊列を組んで立っていたら、最後の1人は他の9人とは別の方を見ておかなければならない。」

 ナチスの焚書は最後の1人の目を塞いでしまったのだ。

 だから隊列がおかしな方向に向かい始めても、誰もそれに気づかなかった…あるいは見て見ぬふりをしたのだ。

 

 もちろん、そうなったのは焚書だけのせいではないが、焚書がその一翼を担ったのは否定できない。

 より良い人間になろうとするならば、一方の思想に傾倒するのではなく、もう片方からも吸収するべきではないだろうか。

 イヴァン雷帝がわざわざマルクスの著書をこの図書館に運び込んだのも、それが理由かもしれない。

 

 

「この度は申し訳ありません」

 

「…シマズ"少尉"、貴方はもう少しご自身に自信を持つべきです。とはいえ、本来は書を好む方だということがよく分かりました。また此方で本に親しんでいただければ、この香子、何よりの幸せです。…さて、それでは皆様、お茶をお持ち致しましたので、もう一息入れましたら、続きを致しましょう。」

 

 

 式部さんはもう怒っておらず、ロシア兵達も本を燃やそうとはしていなかった。

 邪ン姐さんも『我が闘争』を本棚へと戻して、俺にこう言った。

 

 

「私とした事が…馬鹿な事考えたわ。ここにある本は貴重なモノばかりなのに。」

 

「俺も止めるべきでした…それはそうと、殿下は………?」

 

 

 俺は先ほどから脇目も振らずに『〜禁断の果実〜』を貪るように読んでいる皇女殿下に目を向ける。

 恐るべきはそのスピードで、すでに本の半分以上を読み終えていた。

 薔薇の花びらが舞い散るベッドの上で、シャツをはだけさせたランスロット卿とベディヴィエール卿が絡み合うと言う余りにもアレな表紙から見るに、ロマノフ家の皇女が読んでいい本ではない。

 にも関わらず、皇女殿下はそれを興奮気味に読んでいるし、ヴィイがそれを止めようと腕に纏わりついているものの、殿下は構うことなく読み続けている。

 

 

「アナスタシア様、そちらの書物がお気に召しましたのなら、是非こちらの書物も…」

 

 

 そんな皇女殿下に、式部さんが新しい本を持ってくる。

 半裸の円卓の騎士達が、薔薇の花びら舞うベッドの上で絡み合う表紙絵。

 俺も今度ばかりは、"中立的な立場"にとどまるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




焚書やる人が欲しくて無理やりオプリチニキ引っ張って無理やりロシア兵にしました。
設定ガバらせまくって申し訳ありません…


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