Under the dark blue sky (ローグ5)
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本作品はエースコンバット7の灯台戦争を主題とした二次創作です。性質上エースコンバット7のネタバレが多く含まれていますので、ご注意の方をお願い致します。全部で2~4話の予定です。


時は2019年。ようやく平和の兆しを見せたユージア大陸は、オーシア大陸の強国オーシアの軌道エレベーター権益に不満を持ったエルジア王国軍が無人機を駆使しオーシアを奇襲した事から再び戦禍に包まれた。ある出来事をきっかけに泥沼となった戦争にオーシアもエルジアもいつしか疲れ果てていたものの、エルジア主流派はこの状態でもなおもアップデートを続ける無人機を操り戦争を続けようとしており、この戦争の惨禍はまだ続こうとしていた。が、一人のオーシア兵の呼びかけをきっかけに戦争を終わらせようとする勢力が国をあげて集結、無人機工場に電力を送り続ける軌道エレベーターの破壊作戦を実行に移した。

 

ライトブルーの空の下をアーセナルバードから放たれた無数の無人機が乱舞する。無人機は疲れ知らずなうえGの制限もなく完璧でミスを犯さない存在だ。およそ面白みのない真っ白な無数の鳥たちはこの戦争の初期から空を我が物顔で飛び回りオーシア軍に甚大な被害を―――そして今になっては人類その物へ甚大な被害を与えようとしていた。

 

 

しかし対する有志連合―――無益な戦争の火消しのために戦う彼らは意気軒高。オーシアとエルジア、そしてユージア各国の軍隊が一丸となって戦う彼は共通の目的の為果敢に挑みかかる。エルジアのSu-27がミサイルを放ちまた一機無人機を打ち落とし、爆炎に紛れて接近したオーシアのF-16が機関砲で別の無人機を撃ち落とす。さらに別の場所では有志連合に向けて打ち上げられる対空砲火をノースポイントのF-2とサンサルバジオンのF/A-18の編隊が対地ミサイルで破壊していく。それはこの戦争の成り行きからすれば奇妙な光景ではあったが何処か美しさのある光景でもあった。

 

その光景の中心にあるのはアーセナルバードと直掩機に果敢に接近し直接攻撃を挑むオーシアの飛行隊。アーセナルバードを直接叩く尾翼に爪跡の如き三本線を描いたF-22とそれを援護するかのように動く数機のF-15C。彼らがこの紛れもなくこの戦場の主役だった。

 

さらにその外縁でもエルジア主流派の生き残りと有志連合の激しいドッグファイトが続く。鋭い奇跡の飛行機雲を描きながら幾つもの飛行機が乱舞し、互いに致命打を狙って喰らいあう。

 

「スプリガン1FOX2!」

 

翼に緑色の妖精のエンブレムを描いたF-15Cがエルジア主流派のtyphoonにミサイルを放つ。背後から一瞬の隙をついて放たれたミサイルはtyphoonの尾翼を吹き飛ばし、パイロットが射出された。

 

『やられた…!高度が保てない、脱出する!』

 

「これで6機目…アーセナルバードの撃墜はまだか!?」

 

F-15Cのパイロットであるオーシア軍オーシア国防空軍第522戦術戦闘飛行隊「スプリガン」の隊長、TACネームレッカーの顔には強い焦り。長時間続いた戦いにより彼の部下は全機帰投し彼自身もミサイルを今の一撃で残り2発だ。最早彼と同様に多くのパイロットと機体が消耗しつくしていた。

 

『こちらAWACSスカイシーカー。現在アーセナルバード破壊作戦は最終段階まで来ている。もう少しだけ持ちこたえてくれ!』

 

「了解…ぐぅっ!」

 

彼もまた先のtyphoonと同様に一瞬の隙をつかれて無人機に背後をとられた。無人機が彼に機銃弾を浴びせかける。まるで熟練パイロットのそれのような巧みな射撃はレッカーの回避行動を徐々に制限していく。さらに不運な事にもう一機が背後に位置取り、ミサイルを浴びせかけようとする。

 

「糞ッ…やばっ……!」

 

『FOX2!』

 

しかし無人機のミサイルがレッカーを捉えることはなかった。エルジア軍のSu-37が背後からミサイルを撃ち放ち、レッカーを撃墜しようとした無人機を逆に撃墜し、さらにもう一機に機銃を浴びせ牽制する。形勢逆転。

レッカーは巧みな操縦で鋭い軌道を残しインメルマンターンを敢行。強引にヘッドオンの状態に持ち込み無人機を撃ち落とす。すれ違いざまに爆炎に包まれていく無人機が一瞬キャノピーに大写しとなり、すぐに後ろに消えていった。

 

「撃墜七……すまない助かったよ」

 

『気にしないでください。この乱戦では助け合わなくては』

 

通信機越しに聞こえてきたのは女性の声。聞き覚えのある声は確かエルジア軍の――――

 

「ああそうだな…ところで君も一人か?」

 

『ええ、他の仲間とははぐれてしまって……あなたも?」

 

「そうだ。臨時になるけど俺と組まないか?自慢じゃないけど……腕はそれなりに保証するぜ」

 

『…!了解しました!頼りにしてますよ"レッカー"!』

 

それ以上の言葉はお互いに不要。Su-37とF-15C。スキンも形状も、国籍も異なる機体が流麗なエレメントを構成し、戦場へ突入していく。それは国境に縛られないダークブルーの空で繰り広げられる光景の一つであった。

 

 

 

 

 

かつてベルカ戦争に従軍したという父は凄惨な戦争の最中も、国境を越え人々が互いに助け合う光景を見たという。七発の核までもが使用され多くの人が死んでいった戦争の最中においても未来を掴む為に国家の枠を超えて人々が共に戦ったその光景はたいそう美しかったとか。そしてその光景は父を始めとする多くの人に国という枠を超えて人々がつながり合う明るい未来を感じさせたとも。

 

だがレッカーはそうは思わない。父の事は尊敬しているが結局のところ人間は国境に縛られ争いを繰り返すし、それは人間の愚かさの証明ではなく仕方のない事なのだと考えている。だってそうだろう。ユージア諸国もオーシアも幾度となく戦争の惨禍に苦しみ、ようやく手を取り合い平和への道に進み始めた矢先にまたしても戦争を始めたのだから。結局の所、バベルの塔(軌道エレベーター)が神に罰せられることがなくても、人々は無理解のまま勝手に戦い続けるのだ。

 

 

彼方にて長さ1万2千メートルを超す巨大な軌道エレベーターが彼方にそびえ立ち、曇天に包まれた空が一面に広がるその光景は決して美しいとは言い難いが雄大な物。されどこの空に陸にいる者達が風景に目を向けることはない。彼らは目の前を行く敵を倒し生き残る事のみで手一杯だからだ。赤茶けた陸地では戦車が、灰色の空では戦闘機同士が互いの身を狙いあう。いつ果てるとも知れない戦いの趨勢は明らかに星のエンブレムを抱いた国―――オーシアの側に傾いていた。オーシア側の被害も甚大ではあったが数で勝る彼らがエルジア空軍を蹴散らしたのだ。

 

エルジア軍仕様のSu-33がオーシアのF-15Cに追われて必死に逃げまとう。シザース軌道を挟むが背後のパイロットは手練れなのかぴったりと背後にくっついて離れない。とうとうしびれを切らしたSu-33のパイロットはイチかバチかでコブラ機動を敢行。機体を垂直に立て急減速をすることでF-15Cに追い越させ背後をとることに成功するが―――

別のF-15Cが降下による加速を利用したパワーダイブを仕掛けていたことに気づかなかった。

 

「スプリガン1FOX2」

 

加速の勢いを載せ高速で射出されたミサイルがSu-33を爆散させた。パイロットの脱出はなし。これでこの空域のエルジア側の航空戦力はほぼ壊滅。あとは撤退していく数機のみとなった。

 

『こちらスカイシーカー。当該空域の敵軍壊滅を確認。後はガーゴイル隊及びナックラヴィ―隊に任せて帰投せよ』

 

F-15Cの下を飛翔するのはガーゴイル隊のF-14とナックラヴィ―隊のA-10。彼らは陸空のエルジア軍の残敵を掃討しに行くのだろう。どこか煤けたスプリガン隊の機体と異なりその塗装はまだ真新しく見えた。

 

「スプリガン1了解。RTB」

 

スプリガン1のコールサインを持つレッカーは機体を翻し進路を基地へと向ける。スプリガン2とエレメントを組みなおし向かっていく先には同様の塗装を施した2機のF-15、スプリガン3と4の機体を見つけてほっと息を吐く。どうやら今回が戦闘参加が三回目の新人二人も生き残れたようだ。

 

「こちらスプリガン1レッカー。スプリガン3及び4、無事だったか?」

 

『スプリガン3。問題ありません。右翼に何発か貰いましたが特に飛行に支障はなしです』

 

『ス、スプリガン4は無事です。ただ…あのっレプラコーン1、アドニス中尉が……』

 

少女らしく高い声を涙で濡らしたスプリガン4の言葉にレッカーは眉を顰める。レプラコーン1のアドニス中尉、陽気な好青年で開戦前から男女問わず基地の人気者だった彼が

 

『しょ、正面からミサイルの直撃を受けて、あれじゃあ脱出も』

 

「しっかりしろスプリガン4!いいかまずはゆっくりと深呼吸するんだ!中尉のことは残念だったが彼の事を考えるのは後だ。まずはしっかりと基地にたどり着いて着陸するんだ。いいな?」

 

『りょ、了解です……』

 

スプリガン4の機体は安定を見せているがそれとは裏腹に通信機越しに聞こえる荒い息遣いと嗚咽は徐々に、本当に徐々に収まっていく。一見軍人らしからぬその様に僚機の面々が苛立ちを覚えることはない。スプリガン4はまだ18歳の研修生であり、しかも入隊事情は人によっては同乗に値する物。なまじ腕がいいために航空隊に配属されてしまったが故の消耗であったからだ。それに誰しも彼女と同じ気分だった。中尉の死を皆が痛んでいたのだ。

 

曇天の空の下、4機のF-15Cが基地へ帰還する。その姿は彼らの心理を反映して勝者とは思えぬほどに陰鬱な静けさに満ちていた。

 

 

 

 

 

正直に言うとレッカーはこのくだらない戦争の始まりをよく覚えていない。ただそう遠くない以前にいきなりエルジアから奇襲攻撃を喰らい、当時スプリガン3だった自身の背後で僚機が爆散するのを感じながら必死で飛び立ち、爆撃機に遮二無二向かっていった記憶しかない。

 

レッカーの感覚からすれば逆切れでしかない理屈でエルジアがオーシアの権益に不満を持ち、引き起こしたこの戦争においてレッカーの所属する基地は地政学的な面から戦略的な価値が高く、幾度なく襲来するエルジア軍の標的となった。予測不能な動きを見せる無人機の増加もあり、そのすべてを航空隊の奮闘で押し返すことができたが基地の被害は大きかった。レッカーを教育した先代のスプリガン1は戦死し、他の同僚も半数近くが戦死するか後方送りになった。馴染みの整備兵や基地要員も何人か死んだ。

 

そうしてようやく一息ついたあたりで転属が本国から発令された。風の噂によると長距離戦略打撃群というオーシア軍が本戦争の要として組織した部隊の支援などの目的の為に、幾つかの部隊が再編されたのだという。その影響を受けてレッカーも別基地で新生スプリガン隊の隊長を務めることになったわけだ。

 

新しい基地に着任したレッカーは新しく同僚となるメンバーとなる三名を見て、この戦争に抱いていたうんざりとした気分をさらに強めた。前大戦のレッカーより年上のスプリガン2は頼りになる。しかし問題は3と4だった。親である高官の見栄や故郷の政治的状況により無理やり「将来有望な士官候補生」として入れられた二人の顔は真っ青。とてもではないがこの過酷な戦場を生き残れるようには見えず、こんなまだ18歳の新兵未満の若い奴まで戦争に投入しなくてはいないのかと彼は祖国に対する失望の度を強めた。

 

そう、レッカーはうんざりしていた。わざわざ大陸の向こうまで攻めてきておきながら戯けた理想論を振りかざす王女様にも、そんなものに同調する世論やユージア各国にも。外交の不手際を繰り返した挙句、こんな若い奴まで前線に引きずり出す祖国オーシアにも。国境なき世界なんて夢物語。本当にくだらない戦争だと彼はうんざりと感じていた。

 

だがそれももうすぐ終わる。基地に着陸した後、スプリガン4と仲の良い基地要員のWAVEと共に彼女を落ち着かせ、スプリガン3を励まし、スプリガン2との折衝を終えた所で基地司令から告げられたのはこの戦争のオオトリとなるエルジアの首都、ファーバンティ攻略作戦の発動。件の長距離戦略打撃群も参加し、かつてない規模の戦力が結集する本作戦は後退を続けるエルジアにとどめを刺す為の一大作戦だった。

 

かつてISAFの伝説的パイロットをリーダーとした部隊がそうしたように、航空戦力で一気に首都を叩き戦争を終わらせる。この作戦の成功は戦争の終結を意味するのだ。

 

「ようやく、ようやく終わんのか」

 

混乱に満ちたこの戦争の終わりを前に、肩をすくめさせレッカーは空を見上げる。自身も戦争の毒に身を浸したからだろうか、あれほど憧れていた青い空は暗く濁って見えていた。

 

「本当に疲れたなぁ……」

 

 

 

 

 

戦禍の果てに炎や煙に包まれたファーバンティの街を幾つもの戦闘機が飛んでいく。それらはオーシアかエルジアの機体が混じっているが彼らの機動は一様に困惑しているかのように精彩を欠いており、互いを攻撃しあう事すらない。当然ではある。衛星から送られてくる各種情報、現代戦では不可欠なそれが数分前から完全に途絶えているのだから。

 

4機揃ったスプリガン隊も彼らと同様。ぎこちない編隊を組み、時折すれ違う機体にびくつきながらも彼らは街の外縁部を飛行する。一体何が起こったのか、それに気づくものは誰もいなかったが、やがてスプリガン4が空の彼方のそれらに気づく。

 

『た、隊長あれは……!』

 

「なんだあれ……今は夕方だよな?なのになんで星があんなに?」

 

レッカーもまた不可解かつ予想外の光景に疑問を抱く。茜色の空の彼方で輝くのは無数の星々。彼らはまだ知らなかったがそれらはオーシアとエルジアが偶然にも同時に行った衛星破壊作戦の結果。特殊ミサイルにより破壊された無数の衛星が醸し出す破滅の美であった。

 

 

その日、ユージア大陸は混乱と恐怖に包まれた。そして、戦争はまだ終わらない。




・オーシア軍オーシア国防空軍第522戦術戦闘飛行隊 スプリガン

IUN国際停戦監視軍の構成部隊の一つとしてユージア大陸の治安維持に当たっていたがエルジアの奇襲とその後の戦闘で部隊は壊滅。スプリガン3であったレッカーを隊長として
長距離戦略打撃群の支援の為再編成された。乗機はF-15Cで統一されている。

部隊員は隊長のTACネームレッカーと呼ばれるパイロットのスプリガン1。前大戦を生き抜いたベテランのスプリガン2。新人の候補生が臨時に編入されたスプリガン3・4の四名で構成されている。


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2

「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として 」確かユークトバニアの思想家がベルカの哲学者の言葉を引用して言った言葉だ。どういう状況で言われたのか詳しい事はもう忘れたが今のユージア大陸の状況には実に適した言葉だといえよう。

 

その日ファーバンティ攻略戦の裏側でオーシア国防空軍とエルジア空軍は同時にある作戦を実行に移していた。

その内容は衛星破壊作戦―――両軍の軍事衛星(エルジア側の物はオーシア軍の物をハッキングで乗っ取ったものである。なんというかまあ色々な意味で馬鹿げた話だ)を破壊する為、専用のミサイルを搭載した戦闘機を偶然にもほぼ同時に発進させた。後に起きた結果はご覧の通り。両軍の軍事衛星は完膚なきまでに破壊しつくされ、さらにその破片が無関係な衛星までもを破壊。通信網を完膚なきまでに破壊されたユージア大陸は未曽有の混乱に陥った。

 

まるでパンドラの箱が開け放たれたかの如く通信網の完全崩壊は数々の禍をもたらした。復興しつつあったユージア大陸の経済に大ダメージを与えただけでなく、同時にエルジア王国にかつて併合された国々が独立を狙って蜂起した。これを鎮圧するべきオーシア軍も指揮系統の混乱から同士討ちまでに発展し不毛な争いを繰り広げた。

 

2019年、ユージア大陸は灯台戦争を発端とする混乱に覆われていた。

 

 

 

 

群青の空の下を幾つもの飛行機雲が切り刻む。いずれも鋭い奇跡を描くそれは紛れもなく戦闘機の機動に拠る鋭い物。機関砲の銃弾とミサイルでそれぞれが狙いあう戦闘機たちは2つの勢力に分かれていた。一つは茶と濃い緑の砂漠仕様に近い迷彩模様の機体。彼らが狙うのは敵側の戦闘機だけではない。戦禍を避ける為なのか低空を飛ぶオーシア国籍の民間機にすら狙いを定めていた。

 

対するは青系統の塗装がなされたF-15CとF-2支援戦闘機(海洋国家であるノースポイントがF-16の航続能力と積載能力を魔改造したもの。一部は輸出されユージア大陸各国の空軍で使用されている。)で構成された8機編成の部隊。およそ同一の勢力の所属に思えるそれらの所属は実は異なる。F-15C4機で構成された部隊はオーシア国防空軍第522戦術戦闘飛行隊スプリガン隊。新人二人も含めて一個の飛行隊として完成しつつある彼らは果敢に反撃し、エルジア機の猛攻をはじき返す。

 

さらに彼らと翼を並べて飛ぶのはユージア大陸にある数少ない親オーシア国、ノースポイント国防空軍の機体。下を飛ぶ民間機を守るという志を同じくする彼らは決死の覚悟でエルジア軍機と空中戦を繰り広げる。

 

『スプリガン4FOX…2!』

 

『XXX万歳っ……!』

 

どおん、と腹に響く音を立ててエルジア軍の戦闘機が爆散する。レッカーにXXXの部分は聞き取れない。おそらく彼が生まれるはるか前に失われた国の名前なのだろう。だがそれが民間機を寄ってたかって撃墜しようとする蛮行と何の関係があるのか全く分からなかった。

 

「よくやったスプリガン4!これで残りは4…いや3!」

 

レッカーのF-15Cに搭載された機関砲がうなりを上げて機関砲弾の鞭を形成しエルジア機の右翼を打ち据える。

バランスを崩し錐もみ状態で回転し堕ちていくSu-27をよそにF-15Cは機首を上げ上空の敵機の牽制に移行する。しかしそこでレッカーは肝を冷やした。残るエルジア軍機のうち1機、煙をあげながらもしぶとく生き残っていたMig-29が降下を利用して加速し民間機に特攻を仕掛けたのだ。

 

『オーシア人共に……天誅を負おおおおおおおおおお!!』

 

「あのエルジア人…いかれてんのかっ!?」

 

流石に民間人を殺す為に特攻するとは彼にとっても予想外。ほぼ180度機首を下げとっさに特攻への迎撃に移ろうとしたがそこでMig-29を追う機影に気づく。それはF-16の飛行隊の一番機の機影だった。そしてさらにレッカーが肝を冷やしたことに彼は2機のエルジア軍機に追われながらも必死にMig-29に追いすがっていた。

 

「そこの1番機!後ろから二機来てるぞ!早く回避を……!」

 

『それは…できない例え他国の人間だろうと……民間人を見殺しにするわけにはいかないだろ…う』

 

機銃弾にその身を抉られても、レッカーに聞こえるほどにロックオンの警告音が鳴り響いても彼は一直線の最短軌道を辞めない。そしてとうとうMig-29の背を捕らえた。

 

『捕らえた……FOX2!』

 

白煙を引き放たれたミサイルは正確にMig-29を捕らえ爆散させる。一連の行動による民間機への被害は皆無。しかしその代償に―――――

 

「そこのあんた!今助けに――――!」

 

『無理だ…間に合わないしフレアも尽きた。ああ…それにしても』

 

先程の彼と同じように2機のエルジア軍機が完全に背後をとり射撃ポジションに入ってミサイルをその背に

 

『死ぬのは、怖いもんなあ……』

 

しかし勇者の首に無慈悲な死神の鎌が振り下ろされることはなかった。突如として飛来したミサイルが2機のエルジア軍機を爆散せしめたのだ。

 

『へ?』

 

F-2のパイロットはどこか間の抜けた声を上げる。突然に遠ざかった死に理解が追い付かないのだろうか。スプリガン3がミサイルの射手の正体を誰何する。

 

『祖国の援軍でしょうか?いやこれは違う――――』

 

『こちらはエルジア軍第306飛行隊。味方の愚行防いでくれたことに感謝する』

 

レーダーの範囲ギリギリを飛行しているのは数機のF-14D。おそらく先程の狙撃はF-14Dの代名詞たるフェニックスミサイルによる物。先程の機体と同じエルジア軍仕様のカラーリングの彼らは味方を撃ったという事なのだろうか。

 

『そして、貴官らの技量と勇気に敬意を表明する。……願わくは平和な空を共に飛びたいものだ』

 

そう言ってエルジア軍のF-14Dは空の彼方に去っていく。レッカーがかつて見たF-14の飛行隊、いまだにオーシア国内では英雄として人々に信奉されている彼らの気高い姿と

エルジア軍機の姿は一瞬重なって見えた。

 

 

 

 

ユージア大陸の混沌とは裏腹な明るい空の下に広がる広い滑走路を第三便の輸送機が出発していく。戦闘機とは似てもつかないふくよかな機体に満載された物資は、干上がりつつあったユージア領内のこの基地にとってはまさしく慈雨というべきものであり、この基地の将兵には大歓迎された。事実飛び立ちゆく輸送機の見送りには幾人もの兵が押しかけ歓声を上げ手を振っている。

 

それを見送るレッカーやTACネームのコダチ―――――スプリガン2である曹長の表情にも余裕がある。ノースポイントからの支援は機体の部品から嗜好品を含む食糧まで豊富に存在し、彼らの飢えだけでなく精神までも潤していた。

 

「しかしノースポイントもよくやったもんですね。連絡を確立したのは偶然とは言えこれほどの物資を送り込んでくるとは」

 

「これで戦後のオーシアとノースポイントの関係はますます密接になる。ローリスクハイリターンで良い手だし、俺が政治家でもそうするだろうな。なあセンベイの代わりにチョコ貰っていいか?昔から好きなんだよなこの銘柄」

 

輸送機の護衛に離陸していくF-2支援戦闘機を横目に上機嫌でレッカーはチョコをつまむ。子供のころから慣れ親しんだ味、実際のうまみ以上に心を落ち着かせる味だった。

 

「それにコイツはうまいだけじゃない。エストバキアやレサスの腕利きがいたらこれで買収できるかもしれんぞ?」

 

「それは与太話でしょうに…」

 

貧困国であるエストバキアやレサスでは一部の嗜好品は金銭と同じ扱いをされているという与太話をレッカーは持ち出した。そうして二人は久々に談笑していたがやがてふとレッカーは笑いを止めた。

 

「曹長。ちょっと聞いていいか?君は確か10年前の環太平洋戦争にも出たんだよな?」

 

「特に何か特別な事があったわけではありませんでしたが…ええ前線の方にも行きましたね」

 

「そっか……無礼を承知で聞きたいんだけどさ、例えばあのはーリング大統領の演説の前にユークトバニアの市民がオーシア軍、或いはユーク軍でも何でもいいんだけど殺されそうなところにかち合ったら―――助けたか?」

 

レッカーの脳裏に映るのはあの時命がけでオーシア国籍の民間機を救ったF-2のパイロットの姿。厳格そうな顔つきと裏腹に恐怖と緊張で顔を真っ青にした彼はそれでもなお、同盟国とはいえ他国の民間人の命を自分の命を危険にさらしてまで救ったのだ。今さっき部下と共にノースポイントの物資集積地まで飛び立っていった彼のあの時の雄姿はレッカーの目に強く焼き付いている。

 

「……正直言って実際にそうした状況に直面しないと分かりませんが、可能な限り助けるでしょうな。あなたらしくもない質問ですが、どうしたんです?」

 

「ああ……ちょっと思う事があってさ。なあ曹長。三度目だぜ三度目」

 

レッカーは三本の指を立てる。それが意味することはコダチにも無論わかる。1995年のベルカ戦争。2010年の環太平洋戦争。そして今回の灯台戦争の事を差しているのだと。

 

「ユージア大陸もオーシア大陸も戦争まみれで平和なんてつかの間のものだけ。ようやく戦争が終わったと思ったらまた開始する。今回もまたそうだ。ユージア諸国もあれだけだけ戦争で悲惨な目に遭ってそれでも15歳の王女様の言葉に乗せられてオーシアをやっつけろ、オーだ。正直言ってうんざりだと思わないか?」

 

何処か物憂げなレッカーの表情は物憂げだ。その脳裏には憧れの色あせた空への思いと、自身が命を預かる新人二人への憐憫がある。環太平洋戦争の後もオーシアの国内では軍人の社会的地位は低くない。今回の戦争がなければ二人とも実際に戦争を体験する事なく俗な言い方だが人生にハクをつけて、豊かな人生への道しるべが出来たのだろう。二人とも訳アリとはいえ裕福で社会的地位の高い家に生まれたのだから。

 

「俺もここらに配属が決まった時には軌道エレベーターを見ながら飛べると喜んだんだが、人生はうまくいかないなぁ……悪い、愚痴りすぎたな」

 

「いえ、こういうの副官の役目ですから。ただもう十年以上も軍人なんぞやっている私が言うのも何ですが。死をもって罪を償うしかない人間、例えばユークトバニアの民間人を虐殺した8492飛行隊。ああいう人間以外は誰一人として死ぬべきではないと思います」

 

注の断固とした口調は普段の彼からすれば考えられない程饒舌な物。しかし彼はこの若い上官にどうしても一度伝えておきたかったのだ。

 

「生きていれば良い事もある、生きていれば反省する機会もある、それに仮に罪を犯したとしても償う機会もありますからね」

 

「……そうだな。古来より円卓でも至上命題は一つ。『生き残れ』っていうしな。俺たちもアイツらも、まずは生き残ってからあれこれ考えるか」

 

ふっと、一息ついてレッカーは立ち上がる。そういう理屈遊びはまず生き残ってオーシアに帰ってから。そうでなければあの国境なき世界――――ベルカ戦争において国家のエゴに絶望し蜂起した彼らの二の舞になってしまうだろうから。立ち上がったレッカーはおよそ軍の基地にはふさわしからぬ少女らしい声で呼びかけられた。彼を呼ぶのはスプリガン4。これまた軍人には見えない顔つきの少女が自分の事を呼んでいる。どうやら補給で物資が潤沢になった影響なのか当たらしい任務が下されたようだ。

 

彼女に呼びかけながらレッカーはヘ傍らに置いてあったへルメットをとり歩き出す。そう、まずは生き残ってからだ。

 

 

 

 

 

『降ってきたな』

 

『ああ、うっとおしいったらありゃしない。まったく秋らしくカラっと晴れろってんだよ』

 

いずれかの機体のパイロットが苦々しげに吐き捨てた。曇天の下小雨が降りだす中をおよそ10機以上を超す戦闘機と一機の空中給油機が飛行する。その全てがオーシア軍の機体だった。今回レッカーたちが受け持ったのは撤退する友軍の護衛任務。エルジア軍の内紛によりタイラー島から撤退してきた部隊、その中でも本隊から落後した空母ウェラントを中心とする部隊をこちらの基地まで護衛する事。

 

事実これまでの激戦が嘘のように簡単な任務だった。敵と言えばどこからかついてきたエルジア軍の追跡機1機をミサイルで撃ち落とした後は全くの敵なし。後は基地まで彼らを無事エスコートすれば完了だ。

 

『それも後少しの辛抱です。こちらの基地には部品や燃料だけじゃない、ビールも沢山ありますからね』

 

『それはありがたい!……しかしこれでようやく休めるのか。もう戦いはこりごりだよ』

 

タイラー島は地獄だったからな。隊長機がそうつぶやくと周囲の機体のパイロットが一斉に押し黙る。タイラー等ではエルジア軍がいったい如何なる理由なのか民間人を虐殺し、オーシア軍も彼らとの白兵戦までもまじえた激戦で甚大な被害を受けたという。そうした地獄のような状況を鑑みれば彼らの疲労も当然であろう。

 

『だがもうそれも終わりだ。基地からはすでに友好国やオーシア本国への移動の準備が始まっているんだろう?そうなればこんなところに用はない。さっさと帰ってオーレッドナショナルズの試合を――――』

 

『警告!こちらスカイシーカー。諸君らの進路方向において戦闘状態が発生している!IFFがない為に勢力は不明だが―――――相当な規模だ!』

 

「なっ…冗談じゃないこのままだと戦闘空域に突っ込むぞ!?燃料はあるし戦闘機はいいとしても船が……!」

 

『だが友軍ならば見捨てるわけには……!』

 

スカイシーカーが息をのむ。レッカーはその意味を誰何しようとしたがそうするまでもなかった。スカイシーカーが偵察に回した機体から送られてきた映像は彼が危惧した物とは異なっている。

 

そこに映っているのは大量の輸送船。カラーリングからすると民間の船も混じったそれらをある戦闘機や攻撃機は襲おうとし、また別の戦闘機はそれを防ごうとする。だが二者の違いはオーシア軍の所属であるレッカーたちからするとあまりにも判別し難かった。

 

機種やカラーリングからすると双方ともにエルジア軍の機体だったからだ。そう、今日のこの海域ではエルジア軍同士が凄絶な戦いを繰り広げていた。



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3

先週のF-15Xスーパーイーグルの発表本当に驚きました!早く実際に跳んでる姿が見たいなあ……


青と雲の白の二色で塗り分けられた空と対照的な群青色の海面にまた戦闘機が堕ちる。エルジア軍のエンブレムをつけたラファールが半ば砕けた機体を海面に叩きつけられ、まるで床に落ちた皿のように粉々に砕けていく。その上をどこか奇妙な音を残して1ミリのずれもないほどの流麗な編隊を組んだ無人機が飛んでいった。

 

変幻自在の機動を見せる無人機は機銃とミサイルを駆使し数で劣る敵、エルジア軍穏健派を次々と駆逐していく。しかしそれでもF-14DからSu-37まで雑多な機体の寄せ集めである彼らは引かない。いや引く事が出来ないのだから。彼らの機体を隔てた海の向こうには多数の避難船が逃れようとしているからだ。

 

 

『ブルー7!そっちに二機抜けた!何とか抑えてくれ!』

 

『数が多すぎる…!敵に回すと此処までうっとおしいのかよ無人機ってやつは!』

 

 

懸命な回避機動に集中力を極限まで駆使したミサイルによる狙撃。彼らは必死の抵抗を続け何とか避難民や難民の乗った船を逃がそうとする。しかし

 

 

『警告!6時の方向よりHVAA(高速飛翔型対空ミサイル)in coming!何とかよけ―――――』

 

 

船団防衛の要であった電子戦機と共に複数の穏健派の機体が爆発四散する。その無残な光景を見たエルジア軍人たちの目には驚愕と絶望。ただでさえ少なくなっていた僚機が減ったこともそうだが問題は敵の兵装にある。HVAAを搭載可能な機種はエルジア軍に配備された機体には少ない。だがその数少ない機体を運用する部隊には彼らは覚えがあったのだ。

 

『グレイリーダーから2to8。残敵はこちらと同数程度。迅速に掃討し、害虫駆除に入るぞ』

 

それはYF-23を装備する、今やエルジア軍では片手数えきれるほどしかいない特殊航空部隊の一つ。

 

『了解。売国奴どもには冷たい海の底がお似合いですからね』

 

『……』

 

彼らの声音は一様に酷薄。本来味方であるはずの部隊と抵抗する術を持たない民間人たちを躊躇なく標的にすることからも彼らの冷酷さがおのずとしれよう。

 

『グレイ、隊……!』

 

エルジア軍第4師団13飛行隊、通称グレイ隊。エルジア軍でも超タカ派と目される彼らがエルジア軍穏健派と難民を強いエルジアを蝕む病巣と断じ討伐に、いや虐殺に来たのだ。

 

ダークブルーの海の上が絶望に覆われていく。

 

 

 

 

『見た所穏健派と主流派の争いのようだがあいつら……民間の船団を襲っているのか?見たところタンカーでもない客船も混じっているぞ!?』

 

『そのようだ。おそらくは内部対立か何かだろう』

 

『糞ったれ!エルジア軍の奴らは全員変なクスリでも決めてんのか!?何でこんな真似をやってやがる!』

 

 

目の前で繰り広げられようとしている惨劇に撤退しつつあったオーシア軍の一同はどよめく。エルジア軍に味方が襲われているのかと思えばまさか同士討ち、しかも民間人の虐殺までしようとしているとは。

 

 

『どうする?こちらの燃料と弾薬は問題ないが……』

 

『……だが危険すぎる。あの数に対抗するのは……』

 

『……隊長』

 

 

スプリガン4の苦しげな声が響く。およそ軍人らしからぬ心優しい彼女はこの惨劇に胸を痛めているのであろう。

だがスプリガン隊の隊長であるレッカーは彼らを救えと命令を出せない。いやだせない。

 

(エルジア軍主流派の数や機体を考えると俺たちが加勢すれば戦局をひっくり返せる可能性はそう低くない。だが俺はこいつらに敵国の、それも無理やりではなく軽はずみに戦争を起こしたエルジアの人間を助けるために彼らの貴重な命を散らさせるのか?)

 

レッカーの脳裏には疑問。開戦当初の奇襲から散っていった仲間達。婚約者がいた者もいれば田舎の両親に孝行したいと語っていた者もいた。彼らの血脈はエルジア軍の奇襲によって断ち切られた。そんな彼らの後を部下たちに、寄りにもよってエルジア人の為に追わせたくない。

 

(……そうだな。この場は混戦の隙をついて逃げよう。あいつらは罪悪感に苦しむかもしれないがいずれ時が癒してくれる。そう、生きていれば次がある)

 

そう思いレッカーは口を開き撤退の命令を部下に下そうとする。その目には一人目が撤退を言い出せばまた他の人間も罪悪感なく追随できるだろうというある種自己犠牲的な打算があった。そうして彼は命令を発しようとして、彼がこれまでエスコートしてきた戦闘機隊の一部が隊列を離れていくのを目にした。

 

 

『こちらドルイド1。IUN国際停戦監視軍所属飛行隊として、エルジア軍の虐殺行動の阻止に入る。7,8はウェラントの直掩につきそのまま退避せよ』

 

「ドルイド隊……!何をしているんです!なぜこんな時にわざわざこんな事を!?」

 

 

レッカーはドルイド1に呼びかける。どういう訳か彼の行動はその他の隊員にとっても予想外ではないようであり、流麗な編隊を崩すことなく戦地へ方向転換していく。おそらくスプリガン4と同年代であろう7と8のみが自分たちも参加させろ抗議の声を上げるが老練な彼は取り合わない。

 

 

『言った通りだよスプリガン1。我々は本来IUN国際停戦監視軍の所属だ。ユージア大陸の治安維持が本来の任務だ。それに……ベルカのホフヌングからタイラー島まで、民間人の死体はもう見あきた。ここらで少々帳尻を合わせておきたいんだよ』

 

 

彼らの行く先には混迷の戦場。しかし彼らの駆る戦闘機の切っ先はぶれることはない。何故なら彼らのやるべきことは決まっているからだ。オーシア人として、軍人として以前に人間としてなすべきことが彼らにはあった。そして何らかの混線を中継してか防衛側のエルジア軍の声も紛れ込んでいく。

 

『怯むな…!一隻でも多くの船を脱出させるんだ!エルジア空軍魂を見せてやれ!』

 

『子供の死体なんてもう見たくないんだよ!だからさ!』

 

『ブルー5 FOX2!FOX2!まだまだいけます!』

 

彼らの姿は一様に気高い。誇り高き大空の戦士たちは並みいる敵に対して一歩も引かない。極度の疲労の中でも彼らは鋭い飛行機雲を描き懸命な防戦を続ける。そしてその中の1機、先日見かけたのと同じF-14Dが幾度なく被弾しながらも不屈の闘志で飛び続ける姿はレッカーにある光景を幻視させた。

 

それはレッカーがまだ首都のオーレッドに済む学生だった頃に見た光景。スタジアムの人々を守る為ユークの戦闘機の大群に立ち向かっていき、一人の民間人の犠牲も出さなった戦闘機隊の、そして戦争の最後に巨大兵器とベルカの怨念を打ち破り平和をもたらした戦闘機隊の朧げだが瞼の裏に焼き付いた光景。一説には同じ部隊であるという彼らの姿こそがレッカーにこの道を歩むことを決意させたのだ。十年近くも前に感じた言いようのない憧れと希望。今確かに彼の胸の中に蘇ったそれは彼の中に遭った靄を打ち払った。道は決まった。ならばやることは一つだ。

 

「こちらスプリガン1。ドルイド隊に引き続き虐殺の阻止に入る。他の参加希望者は―――」

 

間髪を入れずに2から4までの承諾の声が響く。全く良い部下を持ったものだ。この仲間たちとともに飛ぶことが出来るのはこの戦争の中で得た望外の喜びだ。レッカーは自然にそう感じ、口元が緩むのを抑えきれなかった。

 

『こちらスカイシーカー。諸君らの意図は了解した。ウェラントや当機の護衛にはドワーフ隊をつける』

 

「こちらドワーフ1。君たちの帰る場所は命を懸けて守り通す。だから存分に暴れてくれ』

 

『そして、ドルイド隊及びスプリガン隊の任務を更新する。諸君らの作戦目的は難民船団の救護。如何なる方法を以てしても彼らを救い、共に帰投せよ!以上だ!』

 

 

 

 

 

エルジア軍穏健派の部隊に所属するアンナ・ベルディエ少尉はいよいよ自分の死がまじかに迫ってきたことを感じた。彼女の乗るSu-37は配備から20年近くたった今でも最高クラスの格闘性能を有し、かつ彼女もエルジア軍の数少ない若手のホープとして将来を嘱望された存在。そんな彼女にしてもこの状況は過酷過ぎた。すでに彼女の機体には幾つもの弾痕が穿たれ薄くだが後部から煙を吹いている。更にミサイルも機銃も武装はほぼ使い果たした。最早虫の息に等しい状態の彼女はそれでも避難船を攻撃しようとする無人機を撃ち堕とす。残弾残り100。

 

(いよいよ限界、かな。でも、せめて後少し――――)

 

方で息をする彼女の脳裏には必死の航行を続ける船に乗った人々の姿。あそこには彼女の姉弟も友人も載っているのだ。この身を立てにしてでも引くわけにはいかなかった。

 

『捕らえた。堕ちろ蚊トンボ!』

 

「あ……」

 

だが彼女の後ろにはすでに死神が忍び寄っていた。グレイ隊のYF-23のうち一機が6時方向に陣取りその無慈悲な目を彼女の機体に注いでいる。ベルディエ少尉は何とか回避しようとするがすでに流れた機体は船団の上にあり、もし彼女が回避すれば流れ弾が被害を出すだろう。彼女は死の恐怖に目をぎゅっとつぶりながらも、それでも無力な人々を守ろうとする。

 

(嗚呼…母さんどうか長生きしてね。ジャンもアンジーも元気で……そして父さん――――)

 

彼女の脳裏を流れていくのは後に残してしまう家族の事。母の、姉弟の、そしてかつて大陸戦争のおり、ファーバンティの赤い夕焼けの空の下、黄色の13と共にISAFのリボン付きと戦い誇り高く散っていった父の姿。私は父のようなパイロットになれただろうか――――そんな彼女の末期の思いは背後で起きたYF-23の爆発で中断された。

 

「え……?あっ……オーシア軍!?」

 

YF-23を撃墜したのはオーシアの星のエンブレムをつけたF-15C4機の飛行隊。その翼には緑色の妖精が描かれている。また遠目にもF-18で構成された飛行隊が一斉にミサイルを撃ち、無人機による包囲網に風穴を開けていた。

 

「こちらはオーシア国防空軍第522戦術戦闘飛行隊。エルジア軍による民間人虐殺阻止の為本戦闘に介入する」

 

並行して飛行するボロボロのSu-37のパイロットが驚いたように振り向くのに合わせレッカーは左手を上げサムズアップした。それを見たエルジアのパイロットこちらの意図を把握したのかうなづいた。

 

「見た所アンタの機体はもう斬弾がないようだ。蜘蛛の退治は俺たちに任せて船団の直掩を頼む。」

 

『ROG。申し訳ありませんが後は任せます……本当にありがとうオーシアの誇り高きパイロット達』

 

そう言ってエルジアの女性パイロットは機体を翻し船団の直掩に向かう。彼女たちはやるべきことをやった。今度はこちらが人としてすべきことをする番だ。

 

「スプリガン隊各機!相互の連携を忘れるなよ!」

 

『『『了解っ!』』』

 

F-15C、レッカーたちの駆る、今なお空の王者であり続ける誇り高き戦闘機はそのスピードを生かし戦場に突入する。まず真っ先にその鋭い爪にかかったのは2機の無人機。レッカーが引き金を引くと同時に飛び出した機関砲弾が綺麗に2機をまとめて撃ち抜き、爆散させる。さらにもう1機ほぼ抵抗できない機体を追うのに夢中になっていたMig-29をロックオンするや否やミサイルを発射。動揺したMig-29は急上昇で何とかレッカー機のミサイルを躱すものの、回避のために速度を殺しすぎた。後続のスプリガン3の機銃弾がそのエンジンをハチの巣に変え爆散させる。

 

『あの敵増援…速いぞ!?』

 

『オーシアの飛行隊だと……?しかも緑の妖精のエンブレム、オーシアの精鋭か!』

 

予期せぬ敵の増援にエルジア軍主流派がどよめく。一瞬であるが空戦においては致命的な隙。ドルイド隊のF-18の半数とエルジア穏健派の機体がそれぞれ4AAMとなけなしのミサイルで十字砲火を形成。情け容赦ない火力の網にエルジア主流派の機体が喰われ、幸運にも砲火を逃れた機体も待ち構えていたドルイド隊の残りが格闘戦で仕留めていく。半数が特殊兵装による後衛を、もう半数が格闘戦を担当し動揺した敵機を狩るというドルイド隊のコンビネーションの面目躍如であった。

 

『なぜ邪魔をするオーシア人どもっ…がぎっ!』

 

怨嗟の言葉を上げるパイロットの言葉をすれ違いざまの機関砲弾で断ち切りレッカーはさらに無人機にミサイルを撃ち込んだ。爆発の中を潜り抜ける彼の機体は急な左旋回で背後に忍び寄りつつあった機体を振り切る。困惑した機体がスプリガン2に堕とされるのをよそにその僚機の背後に巧みな加減速で回り込む。レーダーロック。AAM発射。至近距離から尾翼を吹き飛ばされた機体は独楽のように回り落ちていく。

 

「これで5機目……!スプリガン4ダイブで逃げろっ!』

 

『りょうか…きゃあっ!』

 

太陽を背に直上から忍びよったYF-23の機銃掃射が彼女のF-15Cをかすめていった。そのままフレアからの左ロールでミサイルを躱したYF-23はこちらへと向かってくる。動きの切れからするとおそらくは精鋭部隊の一員。この部隊の隊長である自分が仕留めるべき相手だった。

 

「こいつは俺がやる!スプリガン2から4は周囲の無人機を頼む!」

 

幾度なく交差しあうレッカーのF-15Cとエルジア軍主流派のYF-23。彼らは機銃を撃ち合い互いの身を削ろうとする。

 

「さすがエルジアの精鋭部隊、いい動きしてやがる」

 

『……』

 

このYF-23のパイロットは他の機体と違い無口その物。だがその機動には殺意が乗っている。そして様々な思いからくるいら立ちも。そんな内面を機体に反映させたのかYF-23はアフターバーナーによる加速からのミサイルを発射。負けじとレッカーもミサイルを撃ち返す。

 

だが双方のミサイルは回避行動により互いを捕らえることなく、近接信管の作動による爆焔を生じさせたのみで大した手傷を追わせなかった。だがYF-23の高いステルス性はF-15Cよりはるかに回避にかかる手間が少なかった。大きく身をそらしたレッカーのF-15Cが減速した隙をついてYF-23が背後に高速で突っ込んでいく。距離、角度共に絶妙極まりない動きにミサイルアラートが鳴りひびき、にレッカーは万事休すと思われたが

 

「負、け、る、かあっ!!」

 

『……!!』

 

レッカーのこれまでの訓練が、機体特性へのたゆまぬ理解が生み出した動きにYF-23のパイロットは動揺する。彼がF-15Cを操り繰り出したのはクルビット。ほぼ空中で一回転するその動きは本来F-15Cでは不可能に近い物。そのパイロットが驚愕したのも無理はない。だが今、この状況においては驚愕は命取りに過ぎた。速度の付きすぎたYF-23は急減速できない。一瞬にしてF-15Cが後方に遷移し攻守が入れ替わる。

 

「堕ちろォォォォォ!!」

 

裂帛の気合と共にレッカーは機銃とAAMを同時発射。ステルス性を活かしミサイルはギリギリで回避した物のYF-23のなめらかな機体に幾つもの弾痕が描かれ爆発。エンジンを停止させた機体はパイロットを吐き出した後大海原へ落ちていった。

 

「こちらスプリガン1敵精鋭部隊機を撃墜!」

 

レッカーの戦果にオーシア軍機、エルジア軍穏健派を問わず歓声が上がる。そしてさらに彼らの不屈の敢闘に応える者達がいた。彼方にてさらに2機のYF-23が爆散。黒煙を突き抜けてこちらに向けて飛翔するのは数機のF-15CとF-22の混成部隊。

 

『こちらはオーシア国防空軍ロングレンジ部隊。どうやら間に合ったようだな』

 

彼らに続きエルジア軍機とオーシア軍機が次々戦場に突入していく。その先頭に立つ三本線を垂直尾翼に描いたF-22がまた1機YF-23を堕とした。

 

 

 

 

増援の航空部隊と共にエルジア軍主流派を退けた後の展開は早かった。彼らはエルジアにおけるオーシア軍の中核たるロングレンジ部隊から、混乱の中エルジアから独立したボスルージ共和国空軍、さらにはノースポイントやサンサルバジオンから派遣された部隊までもが呉越同舟する有志連合だという。彼らの目的はただ一つ。今やかつてのベルカのような混乱の源と化した軌道エレベータからの無人機工場への電力供給の元を絶ち、直も戦争を継続しようとするエルジア軍主流派を壊滅させ戦争を終結させること。国は違えど戦争を終わらせるという共通の目的にまい進する彼らの士気は非常に高い。戦争の経緯から時に退院同士で反発が起きることもあるが大きな争いは起きずただ来るべき決戦への熱のみが高まっている。

 

「あー疲れたぁ……」

 

 

集結した基地のPXに設けられた休憩スペース。そこに入っていくのはやや疲れた顔のレッカーだ。各国が共同で動く事への調整の為に駆り出されていた彼は慣れない仕事の連続で疲れ果てていた。ああ、書類仕事とはここまで労力を要する物だったのか。

 

入り口まで来たところで何やら騒がしい事に気づく。どうやらこの基地に保護された難民の子供なのだろう。何人もの子供達が喧嘩でもあったのか泣きわめいている。周りの人間は子供の相手に慣れていない軍人ばかりだからかおろおろするばかりで戦闘の時のような機敏な動きは見られない。

 

そんなところに駆けつけてくるのはエルジア空軍のフライトジャケットを来た女性だった。厨房から子供たちをなだめるために持ってきたチョコバーを配り子供をあやしていく。その銘柄はレッカーも子供時代から好きな銘柄、今も懐の中に幾つか入れているな事を見て取ると、レッカーは不意におかしくなった。エルジアの人間もあれが好きなんだなと。

 

不意に女性の動きが停まった。どうやらチョコバーの数よりも子供の数の方が多かったらしい。貴重な甘味への機体に満ちた子供達の視線にあらがえず宙に視線を彷徨わせるが、不意にぴたりと視線を止める。それは残りの子供達の人数分あるチョコバー。レッカーが差し出したものだった。

 

自分でも不思議なほど穏やかな気持ちのレッカーはエルジア軍の女性と目が合う。そして同時に笑い出した。その様子を子供達が不思議そうに見つめる。不思議な、そしてどこか穏やかな時間が殺伐としているはずのエルジア大陸に流れていた。

 




次回でひとまずはラスト、その後はZERO~7にまつわる話を単発で不定期に登校していきたいと思います。


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4

レッカーの本名は『レオナルド・ジョーカー』とかたぶんそんなんだと思います。


軌道エレベーターを中心に抱く港湾都市セタラプラ。冬にもかかわらず澄み渡った空の下では戦争が始まる以前の繁栄を取り戻そうと忙しく動き回る人々の姿が見えた。

 

そう、戦争は終わった。10月31日に行われた軌道エレベーター攻略戦は有志連合の奮闘により彼らの勝利に終わったのだ。ロングレンジ部隊を中心とする航空部隊にアーセナルバードは撃墜され、その後に現れた無人機も最終的に滅び去り、人類が空を失い逼塞する最悪の事態は避けられた。争いの理由を失ったオーシアとエルジアの停戦への動きは早く二週間前には早くもエキスポシティーで停戦協定が結ばれ此処に戦争は終わりを告げた。

 

それでもこの灯台戦争によるオーシアやユージア各国への被害は深刻に過ぎた。開戦当初を除きオーシア本国への被害は軽微であったものの、戦費の増大や衛星の破壊により経済には大きな悪影響が発生しており、また開戦経緯からオーシア第一主義を標榜する政治家及び政党が支持を集めているという。

 

それでもユージア大陸諸国よりはましだった。ノースポイントのような軍事力と資金を温存できた一部の国を除けばほとんどの国が戦争の影響、もろもろある中でもオーシアと同様に衛星の破壊により深刻なダメージを受け衰退しつつあある。特に大陸でも最大の国家であったエルジアはボスルージを始めとするかつての構成国が次々と独立していったこともありその影響力を減衰させるのみならず、各国との大きな火種を抱えることになってしまい、最早かつての大国の面影はベルカのように完全に消え失せている。更にはユージア大陸各国には国家にも匹敵する規模に成長しつつある多国籍企業が手を伸ばしつつあり、専門家の一部からは早くもユージア大陸が企業の統治下におかれる可能性について指摘されている。なんとも混沌とした状況であった。

 

それはこの豊かなセタラプラでも同じこと。戦争の発端となった軌道エレベーターについては市民の間でその是非をめぐって論争が起き、また戦中に軌道エレベーターの足元に築かれた難民街との諍いもすでに起き始めている。しかしそれでも、それでも人は空を、平和永遠にを失うことなく、まだその手に無限の可能性を秘めたままこの世界に満ち溢れている。それだけは幾度なく戦争にあふれたこの世界においても確かな事だった。。

 

 

 

 

軌道エレベーターの建造された地という唯一無二の重要性から現在のセタラプラは臨時とはいえ、新たな軍事基地が各国の肝いりで設立され幾つもの国家の軍人が忙しく働いている。まだ簡易的な建物や設備が目立つその基地には軌道エレベーター防衛の中核となる部隊が配置されていることもあり、その基地に人々が抱く第一印象よりはるかに施設の警備は厳重であった。しかしそれでも少し離れた所からは基地の中身が金網越しであるが見渡すことができた。

 

背格好も雑多な子供達が我先にと集まって見ているのは何事かあったのかあわただしく離陸し征く戦闘機の姿。戦争の惨禍よりも兵器のかっこよさに目を奪われる年頃の彼らは、その種類や飛行の目的に対しててんでに話し合っている。しかし人の塊の後ろに居るまだ幼い少年はその中になじめていないようであった。そうした様相は彼が他所の人間、すなわち軌道エレベーター付近まで流れてきた難民であることを意味する。彼自身も自身の身の上に思うところあるのか、戦闘機は見たいもののなかなか近づけない。

 

不意に後ろの方に立っていた背の高い少年が難民の少年に気づいた。難民の少年は思わず身構えるが長身の少年は彼を手招きし、周りに場所を少し開けるように言い、そして少年が飛行機を見れるようにしてくれた。

 

難民の少年はどういたしまして、と鷹揚な態度の彼に何度も礼を言い、見たかった戦闘機を思う存分見物する。今離陸しようとしているのはあの日、巨大な白い鳥を堕とした平べったい機体、三本爪のマークを垂直尾翼につけた機体だった。何処か黒のかかったダークブルーの空に三本爪をつけた機体が飛び立っていく。難民の少年はその機体を指さし、機体の名称を叫ぶと周りの少年達がよく知ってるなあと感心した。彼はどうやらセタラプラの人々の中になじめたようだ。

 

ダークブルーの空をまるで国境などないかのように戦闘機が飛んでいく。

 

平和と戦争、融和と排他、そういったこの世界の対照的な現状を表すような光景がセタラプラの近海で今も繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

空を舞うのは多数の無人機を中心とした部隊であった。灯台戦争において猛威を振るった彼らは今も暗躍を続けるエルジアの元主流派閥の戦争継続派が掌握した施設から送り出され、その身に抱えた弾薬で軌道エレベーターに害をなそうとする。エルジアの王女によって発見された壁画から再び人類の共通財産としての地位を確立しつつある軌道エレベーターに対しての蛮行は最早彼らの理性が吹き飛んでいる事、そしてこの世界において幾度なく起きてきた惨劇の新たな火種になった事も示していた。

 

だが反対に幾度なく起こる惨劇に抗い、平和のために飛び続ける者達もいる。無人機相手に後退するどころかむしろその技量を十全に発揮し押していく者達だ。

 

オーシア国籍のF-15C四機とエルジア国籍のSu-37ニ機で構成された混成部隊のファイター達の部隊名はスプリガン隊。人類の至宝たる軌道エレベーターとその根元に住まう人々を守る為に戦う彼らの士気はかつてと同じように一様に高い。

 

 

『スプリガン2FOX2!Fox2!』

 

『こちらスプリガン3!無人機に紛れていた電子戦仕様機を撃墜しました!スプリガン4to6は無人機の群れを排除してください!』

 

スプリガン2と3が少数混じっていた電子戦機を撃墜し、無人機より一回り大きな爆炎を空に咲かせる。空と同様に澄み渡ったレーダーを用いて後衛にいたスプリガン4のF-15Cが、5と6のSu-37が一斉にミサイルを放つ。

大量に放たれたミサイルは過たず無人機群を撃ち抜き爆発させた。そしてその爆炎を突き抜けて飛翔するのはスプリガン隊のエースであるスプリガン1、レッカーだ。

 

『スプリガン1がまた一機喰った!』

 

無人機の中継役を担うエルジア継戦派のS-32四機のうち一機に真正面から突っ込む。突如無人機の盾が壊滅したことに動揺したかS-32の機動は鈍くヘッドオンでの相対はレッカーに軍配が上がった。ズガッという音を立て

砕けていくS-32をそのままに空を駆けるレッカー機に慌ててS-32の残りは反転しようとするがうかつな反転は後続の機体の餌食になった。二機がミサイルを浴びて撃墜され、残る一機は煙を引きながら逃げていく。この空域での戦いは彼ら元有志連合軍の圧勝であった。

 

『敵勢力の後退を確認。スプリガン隊は帰投せよ』

 

『了解。敵の本隊はいいのか?』

 

スカイシーカーの指示にレッカーは疑問を呈する。レーダー上には敵の第2波が接近中であることが示されている。第1波以上の襲撃規模にの敵襲に対応しなくてもいいのか彼は疑問を呈した。

 

『問題ない。第2波は彼らが処理する』

 

『彼ら―――というとああ、そうか奴らなら心配ないな』

 

納得しつつ基地への帰投コースをとるレッカーたちと、すれ違うようにして戦闘空域へと向かうのは10機ほどの戦闘機隊。F-22toスプリガン隊と同じF-15C、さらにエルジア国籍のSu-30M2で構成された彼らはオーシア国防空軍第124戦術戦闘飛行隊ストライダー隊、オーシア国防空軍第122戦術戦闘飛行隊サイクロプス隊、第68実験飛行隊ソル隊による混成部隊。この戦争の終結に多大な役割を果たした現有志連合軍(実質的なユージア平和維持軍)のトップエースたちだった。

 

彼らの戦果と気高さに対して機動で敬意をを表明しレッカーたちは基地への帰路をとる。返礼にとストライダー隊を始めとする機体も軽く機動で返礼し、無線を通して双方の笑い声が満ちた。

 

戦場の最中とは思えない、和やかな光景だった。

 

 

 

 

 

夕日が落ちて空から赤の色が去り、ほぼ黒色に空が染められていく中、レッカーは先日完成したばかりの基地者の屋上から基地を見下ろしていた。彼はようやくエンジンのかけ方を覚えた新米の頃からこうした高い場所から基地全体を見渡すのが好きだったし、今日は冬の割には暖かく程よい気温で飛行の為温まった体に心地よい。

 

私物の双眼鏡であたりを見渡すとスプリガン隊の各員が思い思いに過ごしている姿が見えた。スプリガン4はスプリガン5と共に基地の近くに集まった子供たちと話し合っている。その顔は少なくともこの戦争が始まってから見た事がないほど明るい。

 

スプリガン3と6はオーシア人とエルジア人という人種を超えて、真面目な気質と年が同じことで気があったのか格納庫近くで空戦機動らしき事柄について激論を交わしている。膝の上にはノートがあるあたり二人とも本当にまじめだ。

 

スプリガン2は海の向こうから来たユークトバニアの人道支援に来た軍や、物資配給を担当しているベルカ人の元傭兵(確かジョルジュと言っただろうか?)と物資の配分について確認している。いかつい風貌に似合わず細かい気づかいのできる彼には世話になってきたしこれからもなるだろう。……自分も人のことは言えないが後は彼に彼女が出来ればよいのだが。

 

その他にも難民から人道支援に派遣された部隊の隊員までこの基地には両手の指では数えきれないほどの国の人間がいる。そして彼らの目的は有志連合の結成から平和という点では一致し続けている。

 

(結局のところ陳腐な話だけど……同じ人間なんだよな)

 

そう、結局国は違えど皆同じ人間という事には変わりない。違う点もあれば同じ点もある、同じ時代を共に生きる人間であるという時点で違いはない。だからたとえイデオロギーや経済上の問題によって争いあう事があってもきっかけがあれば手を取り合う事が出来る。その事を肌で感じられたことがこの戦争において得た数少ない収穫なのかもしれない。

 

エルジア軍の過激派はまだ暗躍を続けており、あの時戦った精鋭部隊の生き残りもその中に加わっている。

ユージア大陸は荒れ、オーシアもまたダメージは大きい。しかしそれでもベルカ戦争のように、環太平洋戦争のように、今回もまた人々はその中に見出した光を糧に協力し合う事が出来るのではないか。そう考えるのはロマンチストに過ぎるだろうか?

 

思案するレッカーの視界の中に1機も欠けることなく帰還してくる戦闘機隊が映る。見事な腕前で滑走路に着陸していくそれらの戦闘機には三本爪のエンブレム。

 

三本爪。今回の戦争で名を上げた撃墜王、トリガーのエンブレムをこの戦争の期に国という外縁が引き裂かれていくことの象徴と見なす者もいる。しかしはーリングの鏡――――物事はそれを見る者の心によってその在り様を変えるという定着しつつある言葉に沿って考えれば、レッカーはそのエンブレムにむしろ希望を見出している。世界を国をつなげていく端緒となる希望を。

 

「明日の飛行もあるし……そろそろ戻るか}

 

レッカーは踵を返し屋上を後にしゆく。彼の上にか輝くのはダークブルーの空と、自由奔放な奇跡を描く飛行機雲。青く暗い空の下、人々は手を取り合い一歩ずつ進もうとしていた。




これにて一旦終幕。次の話からは1話完結の短編形式になる予定です。


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その日、ディレクタスにて

ちょっと以前からやってみたかったこともありモキュメンタリ―風の短編作品を投稿します。

2030年のストレンジリアル世界においてウスティオのテレビ局が制作・放送したベルカ戦争を題材にしたドキュメンタリー番組のワンシーンという設定の作品です。


 2030年を迎えたばかりディレクタスの上空、郊外にあるウスティオ国防軍首都防衛隊の基地から幾つもの戦闘機が飛び出していく。テニスコートのめいて巨大な翼を持った機体は見事な安定感で高度を上げると、哨戒の為に高度を上げていくのが今もそびえ立つ鐘楼や戦争記念博物館越しに見えた。

 

「あれはF-15、それも比較的新しいEX型ですな。いまだに我が国ではF-15の系列機が多い」

 

 我々UBCの取材班にそう答えるのはヨナタン・エルンスミス氏。エルンスミス氏は1975年にウスティオ、当時はベルカ南部の地方都市に生まれた後、1993年にウスティオ共和国空軍に入隊、戦闘機パイロットとして選抜された後、2025年の退役まで中佐として軍務についていた。現在ではディレクタスに本拠を置く食品系商社ディレクタス生鮮産業社の取締役を務めている。

 

「最も俗に言う天下りのような物ですがね。一応長年飛行機に乗っていたので輸送ルートの選定などで、まぁ若い人たちの邪魔にならない程度には働こうと思っています」

 

 そう苦笑するエルンスミス氏の面持ちは柔和である。が、話題が本題──────────ディレクタス解放作戦の話題になると鋭さを増した。

 

 ここで周知の事ではあるがディレクタス解放作戦について改めて周知しておこう。

 1995年にベルカ公国(現在のベルカ共和国)はウスティオやサピン、オーシアへと侵攻を開始、伝統の空軍を基幹とした戦力で瞬く間にウスティオのほぼすべてを支配下に置いたが4月2日のクロスボー作戦の失敗より一点後退を続けた。最終的にはディレクタス近郊のソーリス・オルトゥスをも失ったベルカ軍ウスティオ方面軍は首都ディレクタスに集結。ここでオーシアを中心とした連合軍はディレクタス解放を目的としたコンスタンティーン作戦を発動。5月13日に作戦開始となった。

 

「あの時はそれはもう緊張した物です。祖国の首都を開放するという大一番であることもそうでしたが当時の私にはあまりにも場数が足りなかった」

 

 エルンスミス氏は長年ウスティオ空軍の中核としてオーシア主導のIUN国際停戦監視軍にも参加、2019年の灯台戦争時には不足したIUNのパイロットの穴埋めとして参戦し、複数のエルジア軍機を撃墜している。そんな彼も当時はウスティオのルーキーパイロットの一人でしかなかった。

 

「私たちの所属していた第8航空師団の飛行隊は幸運だった。ベルカ軍の侵攻当時はサピンとの合同演習を行っていまして、不幸中の幸いというのでしょうか彼らと連携して持ちこたえる事が出来ました。それでも……犠牲は大きかったですね」

 

 エルンスミス氏の戦歴はここから始まった。ウスティオ深くまで侵攻したベルカ軍との戦闘では敵側に一部の戦線で見られたような最新鋭機こそいなかったが数も質も盛況で、幾度なく攻め入るベルカ軍に対して周りの事を気にする余裕もなく熾烈な戦いを続けていたという。

 

「私が初めて敵機を撃墜したのは2回目の戦闘の時でした。高地に展開するサピンの……砲兵部隊を狙おうとしたベルカのF-16を後ろからミサイルで落としました。その時の事はこのままでは友軍が死ぬ! と、焦りながらの事だったのでよく覚えていませんが不思議に覚えていることがあります。ミサイルを受けて墜落していくF-16から脱出したパイロットのパラシュート。あれを見て初めて敵機に人が乗っている……そんな当たり前の事を初めて認識した記憶があります」

 

 その後ウスティオの巻き返しに伴い撤退するベルカ軍の追撃戦へとエルンスミス氏は参加。5月初頭にはかの有名な傭兵部隊を擁する第6航空師団やオーシア軍と合流し、貴重な損耗の少ない航空部隊と一つとして解放作戦に参加する事となった。

 

 本番組の制作にあたってウスティオ軍広報部より提供された資料によると当時のエルンスミス氏の所属は第8航空師団03飛行隊シュライク隊。乗機はJAS-39(グリペン)であったとされている。

 

 またしても横道にそれるが現在もF-15及びF-16系列を編成の中心とするウスティオ空軍と違い、当時のウスティオ空軍は多数の機種を保有するベルカ空軍の軍制及び装備を領土割譲時に受け継いだ事から何種類の戦闘機が配備されていた。特にJAS-39はそれらの中でも内陸国であるウスティオの国情と合致した事からまとまった数が導入されおり、ベテランから新米パイロットまで多数のパイロットに使用された。そんな事情もあって当時のシュライク隊の乗機は全てJAS-39で統一されており、補給パーツも十分にあったという。

 

 閑話休題。ウスティオ首都の開放というベルカ戦争の趨勢を決定付ける作戦に当然ながらウスティオ軍を始めとする連合軍の士気は最高潮となる。本番を控えた前日に至っては嫌が応にもボルテージは上がり、一種熱狂ともいえる空気がエルンスミス氏がいたソーリス・オルトゥスの基地には漂っていた。

 

「整備兵にもよく言われましたよ。俺らの代わりに頼むと。だけど当時の私には興奮の他に恐怖の感情も強かったです。私の担当していた戦線のベルカ軍は精強であっても伝統のエースのいない部隊……それでもあそこまで手ごわいのなら明日戦う部隊はどれほど強いのかとね」

 

 同年代の仲間と話すうちにエルンスミス氏の仲間もまた同じ恐怖を抱いていることが分かった。しかしそれでも彼らは作戦当日勇み祖国の開放に向かっていった。

 

「私たちの祖国はベルカから独立したばかりでまだ生まれて10年もたっていない。そんな生まれたばかりの祖国を、皆で取り返そうという気持ちは皆同じでしたから。その思いは────」

 

 作戦開始は16時30分。市街地へ突撃する地上部隊に先んじて複数の基地から戦闘機及び攻撃機が飛び立ちディレクタスへと飛翔していった。最前線に近いソーリス・オルトゥスにおいて最初に飛び立ったのは最も数の多いオーシア空軍の航空隊、続いてエルンスミス氏の所属するウスティオ軍第8師団の航空隊が飛び立っていった。夕刻を迎え夕陽の照らす中幾つもの戦闘機が隊伍を組み一直線に向かう姿は壮観だったというが、何よりもエルンスミス氏はいよいよディレクタス周辺の空域に差し掛かった際の夕日と、それによって照らされる夕陽の美しさを今もまだ忘れていない。

 

「あの時、夕日と鐘楼を見た時にさらに強くなりました。だからか私はその時こう呟きました。帰ってきたぞと、ね」

 

 あらかじめ予想されていた大群の来週に、ベルカ軍からも迎撃機が飛び立ち対空砲火が開始され、ディレクタス解放作戦が始まった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

「俺が当時乗っていたのはEA-18G(グロウラー)。電子支援の為戦域から外れた高空に居たからディレクタスの戦場がよく見えた。レーダーやキャノピー越しの視界に映るのはただひたすら、見たことない程の猛烈な勢いでこちらの航空機も対空砲火も攻略し中心部へ進んでいく連合軍。あの姿を視て思ったことはシンプルにただ一つ。嗚呼これは負けるなってことだったね」

 

 当時元ベルカ公国空軍第12航空師団第29戦闘飛行隊に所属しており、ディレクタス解放作戦にもベルカ側で参加したラマール・ジマーマン氏(ディンズマルク第二大学で通信工学教授として教鞭をとっている)は2020年度のBHK(ベルカ国営放送局)制作の『黄昏の羽』にてこう述べている。

 

 ベルカ軍は優れた練度を活かし事前に強固な防衛陣を気づいていたが勢いづく連合軍を止める事は出来なかった。如何に強固な阻止攻撃でも大挙して押し寄せる航空機具群を差し止める事は能わず、さらにディレクタスへ潜入したオーシア軍特殊部隊と呼応して蜂起したレジスタンスの妨害活動もベルカ軍の足を止めた。指揮系統の混乱もあり瞬く間にベルカ軍は混乱に陥り市内各所で潰走し始めた。連合軍の戦闘機がベルカ軍の戦闘機と空中戦を始めるころにはディレクタス中心部の鐘楼がたどり着いた勇敢な市民によって封を破られて鳴らされ、一躍人々を勇気づけた。

 

 エルンスミス氏の部隊、シュライク隊はオーシア国防空軍第5師団06戦闘飛行隊、後代には灯台戦争でも活躍した伝統ある通称ゴーレム隊と共に制空権の奪取を任されていた。ベルカ空軍との正面戦闘が予想される危険な任務だが鐘楼の音が鳴り響く中勇気づけられた彼らは迷わず敵機に向かっていく。まず哨戒に出ていたらしきMig-29をミサイルで撃墜すると数分後にスクランブルしてきた迎撃機との交戦に入った。

 

「最初に遭遇したのはベルカ空軍のトーネードADV6機。旧型でしたが精鋭ぞろいの相手はこちらとしても鎧袖一色で倒せる相手では無論なく、長距離ミサイルが交わされすぐにドッグファイトが始まりました。そこで私は確か、挑みかかってきた1機をいなして後ろをとり機銃で撃墜しました。それからゴーレム隊の1機と連携してさらに共同撃墜で1機。他の機体も短い時間で6機すべてを堕として思わず安堵の息を吐きました。油断してましたね。それがまずかったのでしょう」

 

 次の瞬間、左下から飛んできたミサイルの直撃を受けゴーレム隊のF-16の内1機が粉砕された。低空から攻撃を仕掛けてきたのはベルカ空軍のF-15C(イーグル)。続いてもう1機ゴーレム隊の機体が1機すれ違いざまに胴体を撃ち抜かれて堕とされた。その時AWACSからもたらされた情報は最悪の一言。すなわちエルンスミス氏たちが恐れていたベルカのエースパイロットの来襲だ。

 

 その時両隊に襲撃を駆けてきたのはベルカ公国空軍第11航空師団第18戦闘飛行隊アイビス隊所属のエースパイロット、ダビド・ハートマン氏(戦後ストーンヘンジの運用に携わり、現在はユージア大陸某国に在住)の駆るF-15C。通常の機体とは全く異なる鋭い機動で一撃離脱を駆ける彼の機体に対して両隊の残存機は苦戦を強いられた。さらにフェザント隊のグリペン1機が堕ち、脱出したパイロットに気を取られたエルンスミス氏は流麗なインメルマンターンでミサイルを躱し自身へ向かってきたF-15Cに面食らった。機銃にしろミサイルにしろあからさまに直撃する機動だったからだ。

 

「正直に言うとあんな風に戦闘機相手にヘッドオンで相対するのは初めてでした。技量以上にそれは空戦において致命的に過ぎましてね。本能的にこれはもう駄目だと感じたものですが──────一瞬後に煙を吹いて落ちていったのはあちらのF-15Cです。いや何、私が堕としたわけじゃなりません。いつの間にか近づいていた両の翼を鮮やかな蒼に染めたF-15C──────ウスティオの鬼神が堕としたんです」

 

ベルカ戦争の伝説的エースであるウスティオの鬼神は一瞬にしてベルカ空軍のエースを屠ると、次は僚機と共に地上部隊へと対地攻撃を行うA-10(サンダーボルト)A-10へ向かっていった。あまりの早業に彼が礼を述べる間もなかったという。

 

「傭兵にはもとより隔意はなかったつもりでしたがあれは凄かった。本当に簡単にでも礼を言えれば良かったのですが……」

 

 しかし作戦中故に時間がない。3機を堕とされたシュライク隊及びゴーレム隊は隊列を組みなおしディレクタス上空の残敵掃討に当たった。ほぼ趨勢は決まりかけていたがそれでもベルカ空軍は全滅したわけではない。対地攻撃機2機に戦闘機1機、その他に輸送機1機をさらにこの部隊は撃墜したとされ、それは公式記録に残っている。

 

 そしてそれ等の残敵掃討も終わる頃にはディレクタス全域が解放され、銃声ではなく市民の歓声が鳴り響くようになった。その歓喜の声の激しさは低空を飛べば戦闘機の中からも聞こえる程だったとは多くのパイロットから証言が取れている。

 

 こうして連合軍の、ひいてはウスティオ軍の至上目標であるディレクタスは解放され、ベルカ軍は去った。

 

 だがこの地を占拠していたベルカ軍の抵抗はまだ完全に終わってはいなかった。

 

「解放の戦勝気分に私達も沸く中、急にAWCSから緊迫した声が聞こえてきたんです。ベルカの『黄色』が来た。奴ら今更来やがったと。私たちはそれを聞いて耳を疑ったものです。そして私は見ました。ウスティオのエンブレムを付けた2機のF-15C、先ほど私を救った両翼を蒼に染めた機体と片翼を紅く染めた機体の2機が飛んでいくのを」

 

 別戦域から急遽援軍に駆け付けたベルカ公国空軍第5航空師団第23戦闘飛行隊ゲルプ隊、紛れもないベルカのトップエース部隊に対するは連合軍最強と噂されるウスティオ空軍第6航空師団第66飛行隊ガルム隊。

 

 ここにディレクタス解放の終章たる空戦が幕を開けた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

 ベルカ公国空軍第5航空師団第23戦闘飛行隊ゲルプ隊。オルベルト・イェーガー少佐及びライナー・アルトマン中尉が操縦する2機のSu-37(ターミネーター)で構成されたこの部隊は対ウスティオを始めとした各戦線において戦果を挙げており、連合軍兵士にとっては恐怖の、ベルカ軍兵士にとっては希望の象徴であった。

 

 対するウスティオ空軍第6航空師団第66飛行隊ガルム隊の『鬼神』『片羽の妖精』もまたベルカ空軍のエース部隊を次々と打ち破り人々の希望となっていた。

 

 両者の2対2のドッグファイトが実際に行われたのは1分足らず。両軍希望を集めるトップエース同士のドッグファイトはごく短い間に終わった。

 その時の様子についてエルンスミス氏はこう述べている。

 

「彼らは互いに異様なほど小さな旋回半径でそれぞれが互いを喰らいあっていました。まるで空に幾つもの結び目を作るような、流麗なリボンを描くような幻想的ですらある動き。あれが戦闘機の理想的な動きなら私はついぞあの領域に達しませんでしたが……失礼、とにかく凡人の語彙では表現しきれない凄まじい戦いだったことは今でも覚えていますあの戦いは本当に、すごかった……」

 

 最終的にはSu-37に試験的に装備された後方へのミサイル発射という切り札もいなされ、心理的、位置的優位をとったガルム隊にゲルプ隊の機体が1機、まず1機と堕とされた事で最終的にガルム隊の勝利に終わった。この歴史的瞬間をある市民は鐘楼から、またある市民はビルの屋上から、ある兵士は戦車の上から見ていたという。エルンスミス氏もまたその光景をしっかりと愛機の中から目に焼き付けた。

 

「Su-37が堕ちた後、夕日に照らされた街の上を帰還していく2機の戦闘機。あの光景は美しかった」

 

「当然ながら私は二度と祖国が戦果に包まれないように祈っていますしその為にできる限りのことはしてきました。あんな戦争は2度とごめんです。しかしそれでも私は、あの日ディレクタスに居た人々はガルム隊の2機の雄姿を死ぬまで忘れることはないでしょう……」

 

 そう言ってエルンスミス氏は目を空に向ける。夕闇の迫るディレクタスの空を飛ぶ鷹の如き雄々しき機影は機体もパイロットも違う、けれどあの日の英雄たちと同じF-15Cだった。

 




2030年5月13日放送
ベルカ戦争ディレクタス解放35周年記念特別番組『その日、ディレクタスにて』
より抜粋


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