腹にくくった“一本の槍” (あいうえおあおあお)
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ハジマリ

ソラやゼフの愛や教えをもとにサンジが自分を見つめ直す話です。時系列的には90巻の902話が終わった後の話。
芥川龍之介の杜子春https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/170_15144.htmlの後半も参考にさせてもらっています。その影響と舞台装置としての役割のため仙人的な老人が急に出てきますが、書いている本人もよく考えていないのであまり気にしないでください


元々pixivに投稿していた作品(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9601451
)なので勝手がわからないとこもあると思います、何か間違えていたらすいません。
ハーメルンでは連載小説という形で少しずつ投稿していくつもりです。続きが早く読みたい方はPixivの方をどうぞ。


はじまり①

 物思いにふけるとき、麦わらの一味の料理人であるサンジは煙草を吸う。

 

 

 

 昼。四皇のナワバリを抜けた少し先を見てみると、深い霧の中でライオンの船首を持った船が海上で波に揺られているのがわかる。周囲には船の影はなく、当然人の影もない。唯一ある人影は、愛用の煙草を吸いながら、サニー号の甲板で壁にもたれかかって座っているその船の料理人。

 部屋の明かりは消した。霧ははれそうもない。今この時、この空間にある光は、霧の隙間からのぞく微かな日の光と、目の先数センチの煙草の火の光のみ。

 その煙草の光を目でかすかに追いながら、ゆっくりと肺の奥まで煙を通すと、サンジは自分がようやく四皇のもとから解放されたことが実感できた。風向きの変化で、吐いた煙が顔にかかるのすらどこか心地よい。

 

 風切り音を無視して耳を澄ましてみると、野郎共のうるさい寝息とレディ達のかすかな寝息の音以外は何の音も聞こえてこない。それもそのはず、数時間までやっていたのは四皇相手の決死の闘い。誰が勝ったか一大興行。誰も彼もが疲れていた。

 だからナミさんがカカオ島で買ってくれていた食糧でめいいっぱい振る舞った料理をあいつらが腹一杯食べた後はあっという間。半刻も経たないうちに皆は寝室で眠ってしまっていた。もっとも、ルフィは食堂で食べ続けながら寝ていたが。

 

 皿洗いや後片付けが済み、力尽きたルフィを寝室まで持って行くと、軽く部屋を廻り灯りを消す。それが済むと休息と見張りがてら甲板に出た。これでようやく落ち着いて煙草が吸える。

 そんな風に思ったことで気が抜けたのか、つい疲れから座ってしまう。甲板に来た理由は見張りのためでもあるというのに。しかし、立ち上がる気力は起きない。そのまま煙草を吸い始める。

 

 

 朝に食事を始めたはずが、後片付けを始めるときにはいつの間にか昼を迎えている。全くこの船の料理人は大変だ。だが、サニー号でこんな平穏を過ごせるということがたまらなく嬉しい。もっとも、そんなことはこっぱずかしくてとてもあいつらには言えないが。

 

 ただ、その平穏にも影はある。

 

 一味の一員となり、サニー号を何度も助けてくれた海侠のジンベエ。

 そんな彼やその仲間であるおれ達を助けるためにナワバリウミウシの無力化やしんがりを引き受けてくれたアラディン率いるタイヨウの海賊団の面々。

 面子のためか報復のためかおれ達を援護したクソ親父にクソ兄弟。ジェルマと命を共にすることを選んだおれの姉レイジュ。

 そして自身の命と引き替えにサニー号をペロスペローの手から解放して出航させたペドロ。

 

 

 あいつらを残しておれはサニー号に戻った。

 

 

 

はじまり②

 「それで君は何に後悔しているんだ?」

 床から生えてきたのかと思った。

 瞬きをすると、そこには老人がいた。口調は若いが、齢は80は過ぎてるだろう。背中は丸くシワも多い。白い髭は胸まで届いてるし、声はしゃがれている。しかし、周囲には船の影はなく、当然人の影もない。そんな時に気配も出さず突然現れたその男が、ただ者ではないことは火を見るより明らか。当然警戒すべきであり、いっそ攻撃でもしかけるのが適当であったのだろうが、なぜかその物腰穏やかな老人に敵対する気は起きず、サンジは質問に答えてしまっていた。

 

 「別に。ただ、もう少しやりようがあったんじゃねェかと思うだけだ」

 

 目を閉じて少し思い返す。

 おれが城の崩壊の際にブリュレを奪い返していれば、当初の作戦通り楽に逃げられたんじゃないか。

 おれがダイフクを倒していれば、キャロットちゃんが無理をすることもなく敵の艦隊を無力化出来たんじゃないか。

 おれに速さがあれば、ジェルマの援護は必要なくあいつらが取り残されることもなかったんじゃないのか。

 おれがオーブンを倒していれば、タイヨウの海賊団の奴らやワダツミが苦しめられることもなかったんじゃないか。

 

 おれに。力が。あれば。

 

 全てが変わったんじゃないのか。

 

 上から気配がする。座ったまま顔のみを上に向けて見上げると、そこには皺だらけの顔があった。いつのまに移動していたのか。サンジは手持無沙汰になっていた右手で、口から煙草を拾い上げ息を吹いて火を消す。その亡骸を中心の位置で折り、火が再燃する恐れが無くなるのを確認すると、そのままポケットにしまった。

 だが、老人を見ると、そのことを気にする様子は一切ない。煙など意に介していなかったようだ。要らん配慮だったか。

 

 

 「『おれに力があれば』か。それは傲慢というものだ。相手は海の支配者。君が多少善戦したところで、彼らはすぐに対処してくる。君もその片鱗は味わったろう」

 

 

 確かにそうなのだ。そもそも自分たちが逃げられたのだって仲間たちの助けと城の崩壊やマムの食い煩いといった偶然があったから。それは分かっている。

 

 それでも後悔は残る

 

 

 老人はなおも微笑んでいた。その微笑みは人を馬鹿にしたところは一切なく、ただ純粋に楽しんでいるものだった。随分とのんきなものだと思う。四皇のナワバリの近くにたった一人で、なおも笑っているその神経はいったいどれほど厚いのか。うちの船長といい勝負だ。そして老人は微笑みを抑え、しかして口元が吊り上がっているままで、愉快そうにサンジに話しかける。

「そこまで求めるなら力をくれてやろう。お前がどれほどの力を持てるかは分らんが、あって困るものではなかろうよ」

 

 随分と都合のいい話だ。まるでおとぎ話。嘘つきノーランドやジェルマ66のような。

 だがその二つは実在しているし、なぜだか目の前にいる老人が嘘をついているようには思えない。

 

 続く老人の言葉は物騒ではあったが、それでも顔の笑みは消えていなかった。

「そうそう言い忘れていたが、力を得るにあたって試練の類が無いというわけではない。力を得るためには、自身のトラウマと向き合う必要がある。自分の過去や弱みと対峙し克服しなければならない。心が折れる者や死んでしまう者も少なくない。それでもやるかね」

 

 

 自分でも深く考えて決断をしたわけではないと思う。

 けど、答えは決まっていた。



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ゲンエイタイケン

ソラやゼフの愛や教えをもとにサンジが自分を見つめ直す話です。時系列的には90巻の902話が終わった後の話。
芥川龍之介の杜子春https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/170_15144.htmlの後半も参考にさせてもらっています。その影響と舞台装置としての役割のため仙人的な老人が急に出てきますが、書いている本人もよく考えていないのであまり気にしないでください


元々pixivに投稿していた作品(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9601451
)なので勝手がわからないとこもあると思います、何か間違えていたらすいません。
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ゲンエイタイケン①

 瞬きをすると、そこは檻の中だった。

 その檻の中には生活に必要なものだけでなく、テーブルや椅子や棚まで揃っていた。料理の本や道具まである。囚人に与える設備としては破格だろう。しかしそれが王族、いや親が子供の存在を隠すための場所と考えたらどうだ。親が子供を死んだものとするための場所と考えたらどうだ。

 きっとその子供には恨みしかないのではないか。

 事実、サンジの目の前にいる鉄兜を被った少年はとても幸せそうには見えなかった。

 

 

 胸糞悪いとは思う。おれを檻に入れる時のクソ親父の顔を思い出すと反吐が出る。しかし、ただの幻覚だ。これのどこが試練なのか。当時のことは忘れたくても忘れられない。いまさらこんなもの見せられたところで、どうということはないというのに。

 そうした考えを持ちながらも、その子供に目を離せないでいると、突如なぜだか引き込まれるような感覚に陥る。周りを見てみても特に変化はない。自分もその場を動いていない。だったら何が変わったのか。何が試練なのか。そう疑問に思っていると、妙な錯覚に陥る。

 

 

 認識と感覚が喰い違う。行動と反応が喰い違う。まるで、キツネに化かされたよう。さっきまで自分の胸にあったのはジェルマへの恨みと怒りだ。だが、今は虚無感に似た悲しみを感じている。苦しみながらも全てを諦めている。自分には父の愛も兄弟と同じ身体能力もないから。おれの心は真っ白だ。何もない。

 

 

 そこで気づく。今、おれの心は一つじゃない。おれは今、昔の自分と繋がっている。

 

 

 

 憑依といった方が正確だろうか。当時のおれの感情が一方的に流れてくるだけで、おれの思いがあちらに伝わることはない。ただ、昔のおれの苦しみが自分に流れ込むだけだ。記憶自体は忘れたことがない。だが、あの頃の苦しみはこれほど酷いものだったか。

 

 当時、レイジュがおれのことを助けてくれたこともあったが、レイジュにも立場がある以上それも時折のことだった。そのことを責めるつもりはないし、責められるはずもない。だが、暗い檻の中を一人で過ごすのはたまらなく寂しいし、誰からも必要とされないというのはたまらなく苦しい。

 その辛さに、ただの無力な子供だったおれが耐えられたのはなぜか。

 

 その時、急に記憶が流れ込んできた。目の前の幼少時のおれが思い出しているのだろうか。それは初めて母さんに弁当を作った日の思い出だった。

 

 初めての弁当は酷いものだった。料理となんざとても言えやしない。ただ調味料で味付けした具材を、弁当箱につめただけのものだ。それだけなら、まだ食べ物とは言えたのかもしれないが、その後その弁当を途中で転んで落としたし、つぶしてしまったし、雨にもぬらしてしまった。これじゃとても食えたものじゃない。

 だが、母さんは笑顔でその弁当を喰っていた。先に味見をした侍女のエポニーも驚いてたっけ。一方でおれは何も考えずただ母の笑顔に喜んでいた。また作って欲しいという母の言葉に喜んでいた。

 

 檻の中に戻る。記憶を振り返って改めて確信する。

 

 無力だったおれが檻の中で堪えられたのは、海に出ようと決心したのは、母親との思い出があったからだ。ヴィンスモーク・ソラがおれにコックという道を指し示してくれたからだ。おれは母さんの笑顔に救われていた。

 

 そう確信した一瞬間、母の顔が見えた気がした。

 

 瞬きをすると当然のように母の姿は消え、檻も鉄仮面の少年もいなくなっていた。

 

 

 ゲンエイタイケン② 

 目を開けたとき、そこは海に囲まれた岩山だった。

 

 その岩山には木の実もねェ。動物もいねェ。頼りの海には魚くらいはいるだろうが、岩は波にえぐられて、一度降りたら帰ってこれねェようなねずみ返しになっていやがる。つまりは食い物は一切手に入らない。絶望だ。

 

 そういうわけで食料を切らした金髪の少年と片足を無くした一人の老人は空腹から疲弊していた。座ってもいられないのか、二人とも体が傾いて、片手を地面につけている。それでも、殆ど開かない目を開けているのは、ここを通る船を決して逃したくないからだろう。その疲弊具合からして、漂流から70日は過ぎているか。顔はやつれきっていた。

 

 そしてまた、あの感覚がやって来る。一気に視界がぼやける。頭は回らないし、手足はいうことを聞かない。胃酸が逆流しきっているのか喉の違和感が酷い。そのくせ吐くものもないのに吐き気はするし、腹痛も頭痛は収まる気配がない。呼吸でも体力を使うという当たり前の事実を思い知らされる。

 

 気を抜いたらこのまま意識が持っていかれそうだったが、必死に耐える。ここで意識を失っても現実に帰ってこれる保証はない。四皇のナワバリを抜けられたばかりだというのに、こんな幻覚で死ぬのなんざまっぴらだ。

 

 突如、頭に何か、人間の手のようなものが触った気がした。当然、驚いた。おれの側に誰かいるはずもないのだから。だが、すぐにさわられたのが、感覚を共有している子供のおれだということが分かった。触っているのはもちろんクソジジイだ。

 そこで、当時の自分の方を見ると、空腹からクソじじいの方に倒れてしまっていたおれの髪を、ジジイが触っていた。

 

(おれの髪を触っているのはジジイか。そういえば、なんでおれはこいつと一緒にいたんだっけ。確か互いに反対側を見張っていたはずだったのに。)

 

 どうやら当時のおれは記憶を混濁しているらしい。なぜ、自分がクソジジイに気を許しているかも忘れているようだ。

 

(ああ、そうだ。思い出した。漂流から70日目のあの日。包丁を持ってこいつの所へ訪れたあの日だ。あの日からずっとおれはこいつの側にいた。)

 

 そして、また記憶が流れ込んでくる。漂流から70日目。それはおれがクソジジイの食糧を奪いに来た日。クソジジイの夢を聞いた日。

 

 

 包丁を人に向けたのは生涯二度目だ。一度目は客船からクソジジイを追い出そうとした時。二度目がクソジジイから食糧を奪おうとしたした時。空腹で判断は鈍っていたとはいえ、包丁を持ったところで勝てない事なんざさすがに分かっていたと思う。一度目の時に思い切りやられたんだから。でも、おれは包丁を持っていった。

 

 あの時はジジイを殺すつもりだったが、今思えば殺されるつもりだっただけだろう。死ねば空腹からも逃げられるから。だが、ジジイはおれを殺そうとせず、満杯の袋には宝しか入っておらず、ジジイは自分の足を喰って生き延びていた。

本当にバカなジジイだ。同じ夢を持っていたからと、たかがガキ一匹生かすためにでけェ代償払いやがったクソ野郎だ。

 だが、おれはそんなジジイに何もかも教わった。恐竜の時代の流儀も、赫足と呼ばれた足技も、おれが追い求めていた料理の技術も。

 

 

 檻の中にいた時と何も変わらず無力だったおれが一流コックになれたのは、麦わらの一味として海に出ようと決心したのは、あのジジイの教えがあったからだ。あのジジイがおれを送り出してくれたからだ。おれはあの偏屈なジジイに救われていた。

 

 そう確信した一瞬間、母の顔が見えたのと同じように、東の海にいるはずのジジイの顔が見えた気がした。

 

 

 瞬きをすると当然のようにジジイの姿は消え、岩山も衰弱しきった少年もいなくなっていた。



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ゲンエイチョクメン

ソラやゼフの愛や教えをもとにサンジが自分を見つめ直す話です。時系列的には90巻の902話が終わった後の話。
芥川龍之介の杜子春https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/170_15144.htmlの後半も参考にさせてもらっています。その影響と舞台装置としての役割のため仙人的な老人が急に出てきますが、書いている本人もよく考えていないのであまり気にしないでください


元々pixivに投稿していた作品(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9601451
)なので勝手がわからないとこもあると思います、何か間違えていたらすいません。
ハーメルンでは連載小説という形で少しずつ投稿していくつもりです。続きが早く読みたい方はPixivの方をどうぞ。


 次は何だ。次はいつだ。子供の時のイチジ達からの暴行か、出て行くときのジャッジの発言か、バラティエの奴らにおれのスープを床に落とされた時か、ボン・クレーに言いようにあしらわれた時か、CP9のカリファの泡による戦闘不能か、スリラーバークでのくまとの遭遇か、シャボンディ諸島での一味崩壊か、カマバッカ王国での追いかけっこか、それともあれか、いやあれか。

 そんな風に身構えていたものだから、まぶたを開けて、サニー号の甲板が見えた時は少々あっけにとられた。

 

 だが、すぐに異変に気づく。帆は風を受けていないし、風切音も聞こえてこない。それは船の停止を意味するが、碇が下ろされてもいないのに、こんな海の真ん中で何も起きず止まるはずがない。おれは壁にもたれかかって座っていたはずなのに、まぶたを開けたときからずっと立っている。それに現実では昼だったはずなのに、空を見ると星が煌めいている。

 何もかもがおかしい。現実ではありえない。つまり、これはまだ幻覚の中だ。

 

 その瞬間、星が目の前を流れた。強烈な光だ。とても前を見ることすら出来ない。だが、その瞬間に誰かが目の前に現れたということだけは分かった。気配からして二人だろうか。一人は歩いているのか、その足音はなぜか金属音のように響く。粗い呼吸音と衣擦れの音からして、もう一人は倒れているのか。

 歩いている方は恐らく老人。倒れている方は雰囲気からして女性。一体女性はなににおびえているのか。

 

 だんだんと光に目が慣れ、周囲の光景が理解できるようになると、そこにサンジはあり得ないはずのものを目にする。

 

 

 

 クソジジイが死んだはずのおれの母親を蹴ろうとしていた。

 

 

 

 いや、おれが見た時はすでに蹴っていたのだろう。母さんの顔には青色の痣が痛々しく残っていた。大した意味はなかろうに、かよわい左手でその青くなった顔を遮り、もう片方のかよわい右手で辛うじて自分の体を支えている。怖いのだろう。歯は噛み合っておらず、足も震えている。一方のジジイは無表情。このような顔をしているクソジジイを見るのは両手で数えるほどしかない。

 

 一体何が起きているのか。今、自分が見ているものはなんなのか。

 

 幻覚だと分かっていたはずなのに。幻覚だと気づいていたはずなのに。あり得ない光景に思考が歪む。あり得ない光景に理解が拒む。あり得ない光景に血が沸き立つ。自分がどうすればいいか分からない。

 必死になって自分の心を落ち着けようとする。先ほどまでのように昔の自分の意識を共有もしていないというのに、先ほど以上に心と体の不一致を感じてしまっている。だが、それもほんの一時のことだった。すぐに、また何も考えられなくなった。

 

 母さんがこっちを見ていた。

 

 偶然でもなければ勘違いでもない、間違いなくこちらを見ていた。驚いたかのように一瞬目が見開いた後、すぐにその目は当時の柔和な色を取り戻す。おれを無感情のマシーンにしないために、自ら血統因子に影響を与えるほどの劇薬を飲んだ母さん。何も知らずただ愛を求めていたおれや薬の後遺症でみるみる衰弱していく自分の体に、恨みや後悔があってもいいだろうに、母さんの目は昔も今も変わらず優しかった。

 私の事なんて気にしないでいい、わたしは充分あなたが人間として生きてくれたことに救われたから。口に出してなどいないのに、そう思っているのが伝わってきた。お茶会でのレイジュの目もそんなことを言っていたように思える。本当に二人はよく似ている。

 

 

 そんな目をされたら、こちらがやることなど決まっている。

 

 

 後ろ足を踏み込み、前足は浮かせる。片手を地面に置き、後ろ足で全力で地面を蹴る。

 サンジは回転した。その技の名前は粗砕(コンカッセ)。

 回転の勢いはどんどんと増し、手を離し、再び地面を蹴る。足の先が黒くなる。どういう手加減も無しに、ゼフの方へと進む。

 

 ゼフの足はそのとき、ソラの顔の目の前にあった。あと一秒遅ければ、そのままソラは吹っ飛んでいたろう。海へ落ちたかも知れない。だが、ゼフの足はソラに当たることなく、吹っ飛ばされたのはソラではなくゼフの方で、海に落ちたのもゼフの方だった。海へ落ちるとゼフの幻は消え去った。

 

 だが、サンジはゼフの方を見てはいなかった。サンジはその時なにもかも忘れて、転がるように母の元へ近づき、その青くなった顔を抱いて、たった一言。

 

 

 

 「お母さん」

 

 

 

 母さんは笑っていた。笑ったまま泡のようになって消えていった。



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ゲンエイリカイ

ソラやゼフの愛や教えをもとにサンジが自分を見つめ直す話です。時系列的には90巻の902話が終わった後の話。
芥川龍之介の杜子春https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/170_15144.htmlの後半も参考にさせてもらっています。その影響と舞台装置としての役割のため仙人的な老人が急に出てきますが、書いている本人もよく考えていないのであまり気にしないでください


元々pixivに投稿していた作品(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9601451
)なので勝手がわからないとこもあると思います、何か間違えていたらすいません。
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 「試練は超えられなかったな、いいのか恩師を蹴り飛ばして」

 

 上を見上げると、舵輪の側にあの老人がいた。少しずつこちらに近づいて来る。あの微笑を残したまま。

 

 「おれが男の道を踏み外した時はおれの金玉かっ切って自分も首を切るって言ってたのがあのクソジジイだ。」

 「相手がそのクソジジイの幻だろうがなんだろうが、ここで動かなきゃいまもあのクソレストランで誰それ構わず飯を作ってるであろうそのジジイに蹴られちまう。あの人に顔向けできねェ様な生き方をおれはしねぇ」

 

 老人は目の前まで近づいていた。なおも微笑は崩さない。

 

 「それが君の弱さだ。母親から受け継いだ人の心、恩師から受け継いだその信念。今回、君が手を出さなければそれを捨てられた。そうすれば、もっと楽に生きられたろうに。」ㅤㅤㅤㅤㅤ

 

 楽な生き方なんざクソくらえだ。ㅤㅤㅤㅤㅤ

 

「全身に何百の武器を仕込んでも腹にくくった“一本の槍”にゃ敵わねェこともある。感情を捨てて、ヴィンスモークのバカどもと同じになるのなんざまっぴらだ。」

「おれはおれのやりたいように生きる。おれはおれのまま強くなって仲間に尽くす。おれはおれを捨てねェし「ジェルマ」にだって成り下がらねェ!!!」

ㅤㅤㅤㅤㅤ

 それにうちの船長曰く、ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 

「メシ炊きに従事して仲間に料理を振る舞ったり、つまらぬ情に流され弱者の為に命を危険にさらすような脆弱な精神がおれのいいところらしいからな」ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 

 そのサンジの答えには今までにない晴れ晴れとした調子がこもっていた。

 老人は笑った。心底楽しそうに笑った。ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 

 

「その言葉を忘れるなよ。おまえは試練を超えられなかったが、試練を得て自分を知ることが出来た。それも、また一つの答えだ。もう二度と会うことはないだろう」

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 

 そのままふわりと見張り台まで飛び、もう一度飛ぶかのように見えた時に、再度こちらに振り返ると

 

「そうそう君の船長はこうも言うぞ。科学の力は立派な“人の力”だと。腹にくくった“一本の槍”を捨てないでいられるのなら、それに頼るのも悪くない。目が覚めたら船長のポケットをあさってみるといい」ㅤㅤㅤㅤㅤ

 そう愉快そうに付け加えた。ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 

 その言葉に疑問を感じる暇もなく、老人が空に消えたその瞬間サンジの意識も途絶えた。



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ゲンジツ

ソラやゼフの愛や教えをもとにサンジが自分を見つめ直す話です。時系列的には90巻の902話が終わった後の話。
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元々pixivに投稿していた作品(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9601451
)なので勝手がわからないとこもあると思います、何か間違えていたらすいません。
今回で完結です。


 目が覚める。霧は晴れていて太陽が眩しい。ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 

 ゆっくりと立ち上がり周囲を見渡しても、老人は当然見当たらず、いた痕跡もない。

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 全部夢だったんだろうと思う。おそらく、自分が疲れから座ってしまった時にそのまま眠って、そこで夢を見たんだと思う。あの老人とのやりとりは、自分を納得させるために夢の中で言い訳をしてただけなんだろうと思う。きっとチョッパーに夢の内容を話してもそう診断されるはずだ。だが、まあそれでもいい。多少なりとも気は晴れた。

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 太陽の光を浴びながら、体を伸ばす。大分寝ていたようだ。そういえば、練る前に煙草を吸っていたはずだと思い、床を見渡すも煙草は無い。風で海に落ちたか、それとも吸っていたのも夢だったのか。まあ、どちらでもいい。ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 遅い昼飯の下準備でもしようかと思いキッチンに戻ろうとすると、ふとズボンのポケットに何か違和感を感じる。

 

 サンジは立ち止まってポケットに入ったものを取り出し、それを数秒見て海に捨てる。ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 再びサンジは歩き出す。ただし、行き先をキッチンからいまだに寝息がうるさい男部屋へと変えて。ルフィのポケットに入っているかもしれない“人の力”とやらを確認するために。ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 中ほどで折れた煙草の亡骸は、そのまま波に揺られて消えて行った。ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ




サンジが自分を見つめ直す話しはこれで完結です。ありがとうございました。


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