皇軍魔導士七尾理奈 (.柳)
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蒼島の戦い
蒼島の戦い①
20世紀、皇国軍は蒼島《ツァンダオ》で帝国軍と戦闘を繰り広げていた。戦闘は日を追う毎に激しさを増し、犠牲者を増やしていった。争いは空にまで及び戦闘機や魔導士が戦っている。今までの突撃戦術は意味を成さず毎日新たな戦術が生み出され、それが塗り潰される新たな戦争。大規模徴兵、大砲、自動小銃、塹壕、毒ガス、戦闘機。そう、今まさに人類初の世界中を巻き込んだ総力戦が起きているのだ。
激戦区から僅かに離れ、塹壕上空。
「女性というのはまったく未知で恐ろしくそして魅力的だ」
短髪の少女が双眼鏡を覗きながらそう呟く。だが少女は兵士にしては幼すぎる。肩には身長に不釣り合いな小銃が掛かっており、それが少女の幼さを強調している。
「【七尾】、急にどうした。それに貴様だって女だろう」
隣で浮いている青年魔導士は不思議そうに聞くと七尾は「女でも女について理解するのは非常に難しいのさ。何せ秋の空だからね。南條」と答えた。
南條は難解な顔をしながら話を続ける。
「そう言えば帝国軍のあの魔導士を知っているか?」
「あぁ、彼女だろ。近い歳の子の話題だから知ってるよ。だけど今の私たちには関係無い。関係しているのは共和国軍くらいかな」
七尾はその帝国軍の少女に興味を持っていなかった。答えがはっきりとしているからだ。その少女は私と同じ「2周目」だ。そもそもあの戦績だって、戦局を放置していたらあの帝国が滅びる事を知っていての事だろう。私もあの未定形に連れてこられたのだから。
こちらに生まれ変わってから時折、幻聴紛いの声が聞こえる。未定形の声だ。奴はいつも「信仰をせよ」と私に囁く。耳障りだ。奴は神を気取った陰湿なストーカーだ。未定形の息の根を止められるのであれば私はどんな手段を使ってでもそれを完遂する。
「七尾!」
南條の怒鳴り声に近い声が七尾の耳に刺さる。
「なに?」
「なにじゃない!通信を聞いていなかったのか!敵魔導中隊がこっちに飛んできてるんだぞ!」
「は!?先に飛んでいったこっちの部隊は?」
「全滅だ!今残っている魔導士は我々5人だけだ」
南條のあの言い方からしてこちらの本日中の増援は臨めないのだろう。あ、そう言えばうちの海軍の輸送船が昨日帝国軍に沈められたらしい。なんだか最近悪い事が起きている気がしてきた。
「まぁ、頑張ろうよ」
七尾がそう答えると南條は呆れながら「貴様はこういった時程そうだ。いつも落ち着いている。心底羨ましい」と言ったがそれは違う。何も考えていないだけだ。七尾をひとしきり羨ましがった後に南條は小銃に銃剣を取り付け七尾もそれに続くように銃剣を取り付ける。後ろにいる3人の候補生達に七尾はひとつ命令を出した。
「あー、候補生の3人。最低1人は仕留めて。それから危なくなったら死なないように気を付けるように」
「たったひとり!?少尉!俺はもっと撃破出来ますよ!」
候補生の1人が威勢良く答える。この時、七尾は彼は死ぬなと思った。彼の声が大きくなったのは気合いが入っているのではなく、緊張で全身に力がガチガチに入っているからだ。
帝国の魔導中隊は予想していたよりも早くこちらに向かっており、こちらの塹壕が潰されるのも時間の問題だろう。彼らは確実に塹壕を潰し我々をハエのように叩き落とす気でいる。それならば我々が先に彼らを潰してやれば良い。
「南條、奴らは何人だ」
「20人。やれるか?」
「勿論」
七尾がニヤリと笑うと彼女の宝珠『スクナビコナ伍式』は青白く光り初め、敵を討つ為に中隊へ猛スピードで突っ込んでいった。
「なんだあの魔導士は!」
銃剣を構え猛スピードで飛んでくる七尾を見て敵の中隊長は驚いていたが中隊に七尾を撃つように命じる。彼らから飛び出した銃弾が彼女を貫こうとするが高速回転をしこれを回避。彼らが再び彼女の姿を見たとき彼らの仲間の1人は頭を無くしていたが頭はすぐに見つかった。
「まずはひとり」
七尾は敵魔導士の頭を持っている。
「…っ!撃てっ!」
今度は先ほどより低速で動いているものの、結界で銃弾から身を守りながら術式を狙い敵を牽制。そうしている間にひとり、二人と七尾は敵を減らしていった。二人目の頭に銃弾をめり込ませた辺りで南條たちが追い付き、敵は更に減っていった。
「くたばれ!くたばれ!」
先ほどの声の大きい候補生が息を荒くしながら乱射している。やはり私の予想通りだ。彼は緊張しきっている。
「伍長!お前は撤退しろ!そんなに興奮していたら当たる的も当たらない!」
「そんな事ありまっ!」
反論仕切る前に彼の頭は飛び散った。やっぱりだ。やっぱり興奮する奴はすぐに死ぬ。当たり前の事だ。興奮すると周りが見えなくなる。兵士にとって周りを正確に判断するのは基本中の基本。基本を守らなかった彼が死ぬのは必然だ。
「七尾!伍長は死んだ!」
「あいつが悪い!」
敵を半分程削るとブゥゥゥーーン!という大きな音が近づく。戦闘機のエンジン音。友軍機が機銃を敵魔導中隊に撃ちながら颯爽と登場してきた。戦闘機の機銃掃射により敵魔導中隊は壊滅。残った敵たちは撤退していく。我々は生き残る事ができた。
安全圏に帰る途中、南條に「ひとりで突っ込むな」と七尾は叱られた。
「分かってるよ」
「何度目だ。まったく。いつか死ぬぞ」
南條にこんな風に言われているとなんだか兄妹のようだ。南條、見てみろ。後ろで二人の候補生が微笑んでいるぞ。
「まぁ、善処するよ」
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蒼島の戦い②
あの戦闘から数時間後、南條率いる我らが魔導小隊は魔導大隊長より今後の指令を受けている。壮年の大隊長の顔には深いシワと傷が刻み込まれており、誰が見ても歴戦の軍人と分かるがそれと同時に穏やかさも持ち合わせていた。
「南條君たち偵察小隊は明日より偵察範囲を広げ、敵残存兵力を探し出してくれ」
「了解しました!」
南條は勢い良く敬礼をする。いつ見ても南條の敬礼は綺麗だなと感じつつ七尾も敬礼する。
「二人とも、もう下がって良い。今日はご苦労であった」
テントから出ると二人の候補生が土産を持ってきた表情で七尾と南條を待っていた。
「どうしたの?」
「南條小隊長殿、七尾副小隊長殿!良い知らせが入ってきました!」
「何だ。言ってみろ」
南條がそう聞くと候補生は私たちに付いてくるように言ったので言われるまま行くとそこは捕虜の一時収容所の面会室であり、向かいの椅子にはつい数時間前まで戦っていたはずの敵魔導中隊長が座っている。
「少し前に哨戒中の歩兵が大量の爆薬を持っていたこいつを拘束したとの事です」
二人の候補生は私たちに敬礼をすると出ていった。中隊長は不服そうな顔をしており、とても情報を吐くとは思えない。一体どうするべきなのだろうかと考えていると南條が穏やかに話し始めた。
「君の発言は非常に重要だ。分かるかね?」
「…」
「別に話さなくても良い」
「え?」
敵中隊長が思わず驚いたが七尾もなぜ南條がそんな事を言ったのか理解できないでいる。
「君が別に話さなくたって私は俺は別に困らない。何故なら我々は探し物を探すのが得意だからだ。だが、話さない事で不利益を被るのは君だけだ。分かるか?」
南條は息継ぎをせずにそう言い切ると勢い良く自身の拳銃を机に置き素早く安全装置を外すと再び話を始めた。
「話さないのならこれで貴様の手を撃つ」
その話し方は非常に穏やかであり、とても恐ろしいものである。すると南條は机に置いた拳銃を拾い中隊長の頭を机に叩き着ける。無論、拳銃を彼の手に押し付けた状態で。
「答えろ。貴様らの魔導部隊はどこにいる」
南條がそう聞いても中隊長は話す素振りすら無く、私は少しだけ関心しているがすぐに正気に戻り南條に拳銃を向けるのをやめるように言う。
「南條、よせ!国際法違反になるぞ!それに規則を破るのはお前らしくない!」
そう言って南條を静止しようとすると南條は私の肩をつかみ耳元で囁く。
「七尾、分かっている。それにこれは銃弾は入っていない。国際法上これは尋問になる。心配をするな」
「分かった。私は南條を信じる」
七尾がそう答えると南條はありがとうと言い、「尋問」を再開した。
数時間後、外を覗いてみると日が登っておりいつの間にか次の日がやって来ている。それでも彼は一切情報を話さずただただ尋問に耐え続けているのだ。南條もそろそろ痺れを切らしかけており、引き金を引くのも時間の問題になり初めている。南條はこれを見越して銃弾を拳銃から抜いていたのだろう。苛ついているのはなんとなく感じられたが表情や態度からは苛立ちはあまり漏れていない。それでも、疲れは見えた。そこで私は南條の肩を叩き「もう良い」と言って彼を面会室から追い出して代わりに私が中隊長に話を始めた。
「話す気なんかはじめから無いんでしょ?」
「…」
「別に良いよ。あんたが話さなくたって私たちは見つける自信があるから」
「…君はどうして軍にいるんだ。まだ小さいだろ」
尋問が始まってから数時間も経ってようやく彼は口を開き私に質問をした。これは大きな進歩だなと七尾は考える。
少し考える素振りを見せ、相手が更に考えそうな答えを出す。
「やっと話した。そっちの方の魔導士と理由は多分同じだと思うよ」
「どういう事だ?」
七尾はその質問には答えず、監視をしていた下士官に彼の尋問は終えたと伝えるとその下士官は彼を元の場所へと連れていった。彼がいなくなったのを確認すると七尾は面会室から出て、外で待っていた南條に成果を報告する。
「成果は無し。大人しく探そう」
「分かった」
彼のようなタイプの人間は精神力が異常に強い。どれだけ長時間の尋問をされても、どれだけ過酷な拷問を受けたとしても情報を話すことは無い。正直、尋問や拷問もするだけ時間の無駄となるので私は早々に切り上げたのだ。しかし、あてが無い時はどうするべきか。こういった場合非常に面倒だが有効な方法がある。これは1周目も使った事がある。非常にシンプルだ。それらしい場所をひとつひとつ確認する事。いわゆるローラー作戦だ。
「よし、しらみ潰しだ!」
「分かった。連隊長殿に掛け合ってみるがあまり期待はしないでくれ」
「大丈夫だよ南條なら。お前頭良いし」
七尾がそう言うと南條は軽く手を上げ、自信が無さそうに連隊長のいる司令部へと歩いて行った。南條の事だ。なんとか話を着けて歩兵に探させる事が出来るだろう。さて、南條が話をしている間に私は眠らせて貰おう。南條も眠いのかも知れないが私だって眠いのだ。南條も話が終わって戻ってきたら眠るように言おう。そう誓いながら私は眠りに就いた。
眠りに就いてからしばらく経つと誰かが私を揺らしている事に気が付いた。私も少し意固地になり、狸寝入りをしているととうとう私を揺らしている奴は突き飛ばした。
「私の眠りを邪魔するな!」
「七尾!起きろ!」
南條が少し不機嫌な顔をしているがそれと同時に嬉しそうだった。私の予想が当たったらしい。
「どうだった?」
「歩兵連隊を丸ごと使って本拠地を探す事になった」
「よし!出撃だ南條!」
「待て七尾。作戦は後日だ。我が小隊の今の任務は拠点周辺の哨戒だ」
「分かったよ。お兄ちゃん」
「うわ!やめろ!寒気がした!」
仕方がない。今日はそれで我慢しよう。しかし、これから敵に決定的な一撃を加えられると思うと心が踊る。私は嬉々として出撃準備を整え、空へ飛んでいった。
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蒼島の戦い③
「あぁ、爽やかな朝だ。飛んでいて気持ちが良い」
朝からの出撃はしばらくぶりであり、私は気分が高揚していた。それを落ち着かせるかのように朝特有の涼しい風が私の頬を撫で、精神を日本刀のように研ぎ澄まさせる。息を吐くと白い息が飛び出して後方へと飛んでいく。やっとだ。やっと蒼島の戦いの終止符を付けることができるのだ。やっと一段落できるのだと考えながら南條を見るといつも通りの難解そうな表情をしていた。多分彼なりの考えがあるのだろう。二人の候補生はというと一度戦闘を経験したからなのか前回程は緊張していなく大分落ち着いている様子である。 かなりの時間飛んでいるが周辺は至って平和で地上を歩いているのは友軍の歩兵のみであり、それ以外といえば投降してくる本隊からはぐれた帝国軍の兵士ぐらいだ。これでは遊覧飛行と変わらない。七尾はそう考えながらも頭のどこかでこの状態が続いて、違う部隊が本拠地を見つけて自分達は後片付けをするだけなら良いのにと思っていたが遊覧飛行もそう長くは続かなかった。
遠くを見つめてみると鳥のような何かが飛んでいるのに七尾は気付き、悪い予感がしながら双眼鏡で覗くと予想的中。鳥のような何かは敵魔導士だった。幸運な事に彼はこちらに気付いてなく、本拠地に帰る途中のようであった。
「追跡してくる」
七尾はゴーグルを装着すると敵魔導士のストーキングを開始した。
「小隊長殿、副小隊長殿ひとりで大丈夫なんですか?」
伍長が不思議そうにそう聞くと南條は呆きれ顔で「七尾は人数が少ない方が気楽で良いらしい」と答えると伍長僅かながら不満そうな表情を浮かべている。
「副小隊長殿は出世する気が無いのでしょうか」
「だろうな。この小隊も本来は優れた魔導適正を持っているあいつが小隊長になる予定だったのに柄じゃないと言って辞退したんだ」
「不思議な人ですね」
「それは俺が一番分かっている」
七尾が小隊から離れて数十分後先程の帝国魔導士を捕捉し、気付かれないように気を付けつつ追跡を続けていた。敵も警戒しているのかしきりに周りをキョロキョロと見渡し、怖がっているようであり、敵の本拠地が近くにあるのではないかと七尾を期待させる。双眼鏡で再び敵を良く見てみると負傷しているらしく帝国軍の人員の少なさを示しており、この戦いの終わりを告げているようだ。
捕虜にしたらすぐに手当てをさせなければと考えていると敵は休憩をする為なのか廃墟と化した市街地へと消えていった。
「本拠地はこの辺りなのか?」
七尾は背負っている通信機を使い、南條に報告をする。
「こちら七尾。敵魔導士は市街地に消えた。繰り返す、敵魔導士は市街地に消えた。これより私も着陸し追跡を再開する」
「こちら南條。了解した。無理はするな」
「了解」
なるべく音を立てないように地面へ足を着け、ゴーグルを外す。この市街地が僅か二月前までここが人々で賑わっていたとは到底信じられない。七尾は銃を構えながらそう思っている。もし、敵がこちらに気付き攻撃しようとしたら間違いなく撃たなければいけない。私だって手負いの敵を殺すのは御免だ。出来ることならば天寿を全うさせたい。
「今日は殺したくないんだ」
適当な建物に入るとカランという缶の落ちる音が聞こえ、ゆっくりと二階の扉を開けると1人の魔導士が包帯を巻いていた。彼女は私に気付くと咄嗟に拳銃を向けた。不味い、殺さなければいけなくなる。
「待て!殺す気は無い!」
私は慌ててライヒの言葉でそう叫ぶ。だが、敵の言葉をそう易々と信じる訳は無く、まだ拳銃を向けている。
「え?子供?」
彼女は案の定の反応をしてきたので私はそれをあまり気にせず、無作法に彼女の隣に座る。
「ライヒにだっているでしょ?私くらいの年の魔導士」
「そうだけど。それでも信じられない」
「信じるしか無いよ。目に見えるものはある程度真実だからね」
彼女はかなり落ち着いたらしく、威嚇する獣のような表情から穏やかな表情へと変わっていったがそれでも拳銃を離さない。まだこちらを恐れている訳だ。まぁ普通だ。むしろ敵同士が座って話しているこの光景の方がよっぽどおかしい。彼女を見ると血が滲み、健康な状態とはいえない。だから敵が隣に座っていても落ち着いているのだろうか。それとも諦めているのか。どちらが正しいのかは私には分からない。
軍隊で最も尋問や拷問を受けやすいのは誰だか分かるだろうか。勿論、受けやすいのは多くの情報を持っている者つまり士官が受けやすい。だから第二次世界大戦末期の日本軍は階級章を外し、階級が分からないようにしていた。そしてそれと同じ事が今ここでも起きている。そう、彼女の戦闘服には階級章が付いていないのだ。つまり、この戦いも終わりが近いという事だ。
そしてこの時私はあることに気付いた。彼女は諦めているのではなく、落ち着いているだけだったのだ。まるで負けるのが分かっていたかのように。
「あなた、なんて名前?」
「私は七尾。あなたは?」
「ガーデルマン」
ガーデルマンは自身の名前を言うと両腕を出した。縛れという事らしい。私も素直な人間だ。ガーデルマンの両腕を縛り、通信機で南條に報告をした。
「こちら七尾。敵魔導士をひとり拘束した。そっちに合流する」
「こちら南條。了解した。何か情報を持っていると良いんだが」
ここで通信が切れる。するとガーデルマンは私に微笑みこう言った。
「本拠地の場所なら教えるわ」
今更のキャラクター紹介
七尾理奈(ななおりな)
本家同様にこちらの世界に転生してきた。こちらの世界では捨て子であったがある寺の住職に拾われ養子となる。二歳の時に前世の記憶を取り戻し、枢軸勝利という歴史に変える為軍を志す。
非常に優秀な魔導適正を持っており、若冠6歳にして士官学校の入学を許された。
所属
第22魔導大隊(第18師団)
南條英敏(なんじょうひでとし)
軍人一家に生まれた秀才。幼い頃から英才教育を受けており、士官学校を首席で卒業。魔導適正があった為、魔導士官となる。丸眼鏡。所属は七尾と同じ
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蒼島の戦い④
「それでその魔導士が情報を持っているという事か?」
市街地に到着した南條がガーデルマンを監視するように見ながら七尾に聞くと七尾は「そうらしい」と答え、帝国軍の拳銃を観察していた。尺取り虫のような部品を上部に装着しているこの拳銃は七尾も1周目に博物館で見たことがあり、少し感動もしている。これを戦利品にしようか。七尾の頭に一瞬そういった考えが浮かんだが賊と同じ事をするのかと自らを叱り、帝国軍の拳銃を南條に預ける事にした。彼が一番信頼できるし盗む事も無いだろうと考えたからだ。
「変な形の拳銃だな。それより、本拠地を教えると彼女は言っていたが七尾に話したのか?」
南條も拳銃を見ると私と同じ感想を言った後すぐに本題に戻った。やっぱり南條は真面目だな。
「いや、まだ。小隊長が来るまでは話さないと言っていたから。ほら、ガーデルマン。小隊長が来たぞ話してくれ」
七尾がガーデルマンに話すように勧めると昔話をするかのように始めた。
「そうね。まずはこちらの魔導士の数について話しましょうか。残りの数は私を含めてたったの2人、制空権はそちらに支配されたわ。歩兵は三千人、壊滅状態よ。それからこれを渡しておくわ」
そう言うとガーデルマンは南條に本拠地が標された地図を渡した。良かったな南條、勲章ものだぞ。私がそう思いながらニマニマしていると南條が「七尾、勲章ものだなとでも思っているだろ」と言ってきた。彼はエスパーなのだろうか。
「情報が手に入ったのは有難い。だが貴様は俺たちに味方を売るような真似をしたんだ?」
「売るなんてとんでもない。味方を守る為にやっているのよ」
ガーデルマンは飄々としていた。特に嘘を付いている様子も無いなと七尾は考えていたが、南條はガーデルマンを疑っている。冷静に考えればガーデルマンはかなり怪しい。もしかしたら彼女は我々を罠にはめるかもしれない。だが、それにしては妙に誠実さが感じられるのだ。確証は一切無いが七尾はそう感じたのだ。
「俺がこの情報を信用できる証拠は?」
「あら、嘘を付いている人間がこんなにも落ち着いているとでも思うの?」
ガーデルマンが南條に子供をたしなめるようにそう言うと南條の眉間にシワが入り、更に難解そうな表情にした。
「だがそれでは証拠には、」
「南條、彼女を信じてみれば?責任は私が取るからさ」
「ウーム。しかしなぁ」
「なるほど、南條は私を信頼出来ないと。士官学校で周りに友人と呼べる人物がいなかったお前の数少ない友人である私を信頼出来ないと」
私がふざけるようにそう言うと南條は違うとすぐに否定した。そもそも南條は真面目すぎる。
だから士官学校でかなりおしゃべりな私くらいしか友人が出来ないのだ。あの頃はなかなか面白かった。何せ1度南條は小児性愛者なのではないかという噂が士官学校に流れ、南條は教官室に引き摺られていくわ、私は女子の士官候補生に同情されるわでなかなかの騒ぎだった。まぁ、仕方が無かったのかもしれない。南條も南條で私が近くにいても嫌な顔をしなかったのだから。ただ、私にとってはクソ真面目な友人としか見えないが他の奴らから見ると南條は南條英敏とは見られておらず陸軍中将である彼の父親、南條英勝《ひでかつ》の息子としか見ていないらしい。それでは周りがあまりにも不憫だ。南條は非常に正義感の強い私目線では善人なのにそれを気付く奴がなかなかいないのだから。
「七尾、負けたよ。そいつの情報を信じるよ」
「それは良かった」
「あの、小隊長殿」
ひとりの候補生が話の腰を折ってしまい申し訳ないとでも言いたげに南條に何かを質問したがっている。
「ん?どうしたんだ」
「司令部より通信です。日が暮れたので戻れと」
「了解した。土産を手に入れた事だしな」
我らが魔導小隊は重要な情報を土産に司令部へ意気揚々とガーデルマンを連れて飛んでいった。
そして運命の翌日、皇国軍の士気は非常に高まっておりどんな事が起きても勝てるような頼もしさをその心に備え、燃えるかのように陸軍旗や師団旗、連隊旗を振るい本拠地へと行軍を開始した。無論我々魔導部隊も最前線で戦う事になる。この戦いに勝てば帝国軍の植民地であるこの蒼島が手に入り、皇国は列強に並ぶ強力な国力になる。そうすればこの国の軍が解体されないかもしれない。それならば更に身体に力が入る。高揚する戦意がこの小さな身体から溢れだしそうだ。そう考えながら武者震いしていると南條が私に「怖いのか?」と変な事を聞いてきたのですぐに私が「ひとりで敵の魔導中隊に突撃する奴が怖がると思うか?」と答えると南條は「そうだった」と笑った。 そうこうしている内に敵の本拠地が見えてきた。やっぱりガーデルマンは嘘を付いていなかったのだ。帝国軍は疲弊しているものの、対空砲や機関銃を備えた塹壕を構えて我々を討とうとしているので決して油断は出来ない。そこから両軍のにらみ合いが始まり数十分経ってその沈黙を破ったのは皇国軍だった。銃声が辺りから鳴り初め、それを皮切りに蒼島の戦いの終止符を打つ為の戦いが始まった。
「さて、私たちも対空砲を潰しますか」
「七尾、前みたいに突っ込んでいくなよ」
「南條、私は成長する女の子だよ?」
「あー、そうだな」
南條は私の最後の一言をどうしても耳に入れたくないらしく、適当にあしらってきた。全く、女の子は傷付きやすい事を知らないのか。中身は男だけど。そういった風にひとりでボケながら七尾は対空砲を撃っている兵士の頭に照準を合わせた。
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蒼島の戦い⑤
当たり前の事のように小銃の引き金を対空砲を撃っている兵士に向けて引く。するとごく当たり前に弾が発射され、その兵士の頭から血などが飛び出し死ぬ。戦場では良くある話だ。それを皮切りに敵塹壕への攻撃を開始する。銃弾に魔力を込め塹壕に撃ち込むとまるで手榴弾のような爆発が起き、敵が何人か吹き飛ぶ。そういった工程を何度か行うと塹壕に友軍の歩兵たちを侵入させる事が出来た。敵の死体が少しずつ増え、勝利に近づいていた。だが、友軍も僅かながら犠牲者が発生しており、私も真下で殺されそうになっている味方の歩兵を何度か助けた。彼らは一様に感謝してきたが感謝をする時間があるのであれば早く銃を拾い、敵を倒してくれと思ってしまった。私は私が少し恥ずかしかったが、もしかしたら私は照れているのかもしれないとも七尾は考える。
戦闘が開始してからしばらく経つがあと数時間はかかるなと私は思っていたが、他の小隊の隊員達も同じような事を考えていたらしい。これを終わらせるには大火力で一気に叩くのが最良の手段だ。だが、数日前厄介な事に大量の砲弾を積んだ皇国軍の輸送艦が帝国軍の駆逐艦に沈められた為、砲弾が底を付いている。つまり、砲撃支援をする事が出来ないのだ。だから歩兵や私たち魔導士でと攻めていくしかない。それならば我々が出来る限り素早く作戦を進め、早く本土に帰るまでだ。
「よし!やるぞ!」
私は自身に喝を入れると敵塹壕への激しい攻撃を再開した。そして再び隙を作り、地上で戦っている歩兵にそれを教える。
「あそこから突撃出来るぞ!」
「了解しました!魔導士殿!」
歩兵はそこから敵の塹壕に侵入し、隠れている兵士を倒していく。そんな事を何度も繰り返していた。その時ふと「神とやらに祈ってみるか」と考えた。だが、未定形に頭を下げるのは御免だ。それならばすべての銃弾を敵に向けて撃ち込み、銃剣のみで斬り込みにいって玉砕した方がずっとましだ。
「七尾、砲撃支援が出来ない時貴様ならどうする」
「南條は私がそういった事を考えるのが苦手なのを忘れたのか?」
私がそう答えると南條は呆れるように「苦手だというのは嘘だな。軍刀組だろ」と言ってきた。確かに私は軍刀組だ。だが、教本通りに答えただけなので実戦で上手くいくとは限らない。事実、南條は私よりもよっぽど柔軟に小隊を動かせる。だから私は小隊長を辞退したのだ。
「頭脳労働は南條の担当だ。私は敵を倒すしか能が無いし、南條は賢いし。まぁ、あれだよ。砲撃と同じ事をすれば良いんだから魔導士全員で魔力を込めた弾を塹壕に撃ち込めば良いんじゃない?」
「それだ七尾!思い付くじゃないか!」
まさか私の適当なアイデアが採用されるとは、とうとう南條も自棄になってしまったのだろう。可哀想に。
「南條、疲れてるの?」
「安心しろ俺はまともだ」
そう言うと南條は通信機で周りの魔導士に私のアイデアを伝えだした。やめろ、なんだか教科書の落書きをみんなに見られたみたいで凄く恥ずかしいから。まぁ、こんなふざけた意見が通る訳が無い。9歳児の思い付いた事だしな。
「ダメだったろ?」
「七尾、みんなが賛成したぞ!」
「えぇ、」
そして南條の通信を聞いた味方の魔導士達が続々と集まってきた。その光景は今にでもワルキューレの騎行が流れ出しそうである。それよりも何故私のようなほぼ新入りのアイデアが通ったのだろうか。それが分からないが考えれば考えるだけ無駄なのだろう。おそらく私の目は色々と投げ出した目をしている。あぁ、考えるのが面倒だ。もう良いや、やろう。そう思いながら我々は銃を構え、魔力を込める。その時の光と音はさながら黙示録のラッパ吹きであり、地上の敵兵達の表情は見えないが震え上がっている事だろう。
「撃てぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
壮年の魔導大隊長の声を合図に一斉に撃ちだす。さて、考えて貰いたい。魔力を込めた弾の威力は手榴弾を超える。そんな弾が1度に数十発撃ち込まれる。地上はどうなるだろうか。簡単に言えば元々地獄のような場所が更に恐ろしい場所へと姿を変えるのだ。阿鼻叫喚。そんな言葉が似合う場所へと。
そんな事も何度も行った。すると敵は見えなくなり、歩兵による後片付けとなった。塹壕があったはずの場所は跡形も無く潰され、全く違う地形となっている。
「私達は勝ったのか?」
「恐らく、俺達の勝利だ」
「これで本土に帰れるよ」
「あぁ。そうだな」
これでふかふかの布団で眠る事が出来る。前線の固いベッドは腰に悪いからしばらくは勘弁して貰いたい。9歳で腰痛持ちなんて笑えないぞ。そう考えていると口からあくびが漏れだすと釣られて南條もあくびをした。
「伝染った」
南條はそう言うと涙を拭きながら塹壕があった場所をじっと見ている。私はそれが不思議に感じ「なんで地上をジロジロと見てるの?」と聞いたが南條は答えなかった。ただ見ているのだ。
司令部に戻ると今までの疲れがやって来たのか地面に座り込んで眠りかけてしまった。
「やっぱり、私は幼いんだね」
「そうだな。貴様はたまにそれを忘れている。だから無理をするなと言っているのだ」
「優しいな、南條は」
「そうか?」
「それに謙虚だ」
私は常々南條は周りの奴らを良く観ていると感じている。部下のちょっとした事に気が付くから的確な判断を下せる。だが、人を見る目はあまり無い。現に少し前に死んだ候補生を南條は優秀な奴だと評価していたが、その候補生は誰がどう見ても頭に血が上りやすいポンコツだった。そう、南條は人を見る目以外は非常に優秀なのだ。
まぁ、何がともあれ私たちの仕事はこれで終わりだ。私は仮眠を取るとしよう。
軍刀組とは
首席者や次席以下、卒業席次上位数名の事。要は成績優秀者です。
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迺天
迺天①
魔導大隊が帝国軍の塹壕を叩き潰してから数日後、帝国蒼島軍が全面降伏した事により蒼島の戦いが終結。皇国軍の華々しい勝利となった。私と南條は敵本拠地を発見したとして陸軍大本営から「功五級金櫻勲章」の叙勲を受ける事になった。つまり、私の考えていた「勲章ものだな」というのは現実になったという事だ。そんな訳で私はしばらくぶりに軍服に袖を通す事となった。
「南條少尉及び七尾少尉。貴殿らの蒼島の戦いの武功に対し勲章が与えられる」
師団長殿がそう読み上げると南條と私の左胸に勲章を付け、私と南條は敬礼をした。叙勲を受けるのは気分が良いが、どうも緊張してしまうのだ。
これでしばらくはやる事が無くて平和だなと考えていたが私は非常に面倒な噂を思い出した。現在、皇国は国民政府の近くに迺天という租借地を持っており迺天軍が駐屯しているのだがそこの総監「石岡謙治」が国民政府の領土を少し頂こうとしているらしい。だがそんな事をしたら国民政府も黙っていないし国民政府と戦っている隙に連邦が迺天に攻めてくるかもしれない。つまり両挟みになってしまうという事だ。敵が苦しむのを見るのは別に問題は無いがいざ自分たちの国となるとそれは非常に問題だ。もしも迺天軍が迺天で何か行動を起こしたとしたら大本営も何かしらの対処をしなければならない。でなければ面倒な事態に陥る。つまり、私は再び戦場に行かなければいけなくなるという事だ。噂であれば良いのだが。
そんな感じで蒼島の戦いで勝利を治めてから数ヶ月後、七尾は軍大学にいた。というのも士官学校を卒業してから1年程経った士官は1度強制的に軍大学を受験させられる。仮に不合格であっても再受験出来るが受験出来るのが少尉と中尉だけのうえ、軍大学を卒業しないと中佐から上に上がれないのだ。
「しかしよく私が合格したと思います」
「そう自分を卑下しない方が良い。実力があったから入れたんでしょ?」
「栗林殿は優しいですね」
「敬語はやめて。名字だけで良いから。数少ない同性なんだからさ」
そういえば受験日の1ヶ月前からは睡眠時間が4時間を切っていたな。我ながら良く頑張っていたな。七尾はそう思い出していると何かに足を引っ掻けて分厚い教本を数メートル先に投げ飛ばし、それが私たちを横切る男の顔に命中してしまった。
「すみません!大丈夫ですか?」
私がそう聞くと彼は自身の顔をさすりながらヒビの入った丸眼鏡を拾う。
「しばらくぶりだな。七尾」
「南條か。すまない、眼鏡壊しちゃったな」
「別に気にするな。避けられなかった俺が悪いのだから」
「弁償させてくれ。そうしないと気が済まない」
「駄目だ」
そう言うと南條は足早にその場を立ち去ってしまった。七尾は少し寂しい気持ちになりながら分厚い教本を拾い、栗林を見ると少し困り顔になっていたので理由を訪ねると栗林は私と知り合ってから私が何度も教本を落としていると指摘してきた。確かに軍大学で使う教本は辞書並みに大きく分厚いのが多く、私のような幼女が持つには苦労する。さて、どうするか。私は少し考えると簡単に解決法が浮かんだ。リュックに入れれば良いのだ。そうだ、何故そんな簡単な事を思い付かなかったのだろうか。そうしていると栗林に「何か良いの思い付いた?」と尋ねられたのでその案を伝えると納得した表情を浮かべながら私の方を見ると思い付くのが遅いと言う。確かにそうだ。もっと早くそれを行っていれば南條の眼鏡が壊れる事は無かったのだろう。そう思うと自身の頭の回転の遅さを思い知らされる。まだまだ私も経験不足だな。もっと色々な事を知らなければ。
翌日私は早速、教本をリュックに入れて移動する事にしてみた。ごく当たり前の事なのだがやはり両手が空いていると体にかかる体感の重さもかなり違う。しかし、この見た目でリュックを背負うとなんだか小学生に見えてしまうのだ。年齢的に小学生に見えるのが正しいのは知っているがそれに少し抵抗感があったものの実用性には変えられない。そう私自身に言い聞かせながら歩いていると栗林を見つけた。
「やぁ、小学生みたいじゃないか」
「栗林は私が気にしていることを随分と正直に言うんだね」
「悪気は無かったよ?」
「栗林のそういう所は好きだし嫌いだよ」
「あら、どっち?」
「どっちも」
幼い魔導士に女軍医。ただでさえ女性の少ない陸軍。それも更に女性率が下がる軍大学ではかなり目立っている。その上私の左胸に付いている勲章の略章となる緑の紀章と蒼島の従軍章のお陰で更に目立つ事となっている。南條も付けているものが同じなのだが、陸軍中将の息子なので注目されていたからか今までとあまり変わらないようだ。軍人一家の長男というのも大変らしい。
今日はひとつ大きなイベントがある。軍大学では様々な課程があるのだがそのひとつに自身の兵科とは違う兵科での研修というものがあり、誰がどの兵科で研修を行うのかというのが今日発表されるのだ。だからなのか周りの学生たちも妙に浮き足だっている。私と南條は恐らく歩兵科での研修になるのだろう。航空科は魔導科と似た兵科なので最もあり得ないだろうが。そう考えながら発表の掲示板に向かう途中南條と出会った。眼鏡は買い換えたのか予備があったのかは分からないが新しいものに変わっている。
「おはよう、南條」
「まだ頭が少し痛い」
「あれは本当に済まなかった。だから今日から教本はリュックに入れて持ち運ぶ事にしたよ」
私がそう言うと南條は私を見て年相応だなと笑いながら言ってきたので本当に怒っていないようだ。そういえば南條が怒っている時は口も聞いて貰えなかったな。
「それはさっき栗林にも言われたよ。やっぱりそうなのかな」
「そうだな」
さて私はどこの兵科で研修をするのだろうか。そうワクワクしながら発表の掲示板を見る。結果は案の定歩兵科であったが面倒な事に研修先が最近話題の迺天軍第39師団だ。何でも石岡は南條の父親と犬猿の仲らしく、大本営も2人を引き離す為に石岡を迺天軍総監にしたそうだ。それにその息子の友人、絶対何か言われる。石岡本人でなくともその側近だとか迺天軍の師団長とかに。だが命令に背く訳にはいかない。卒業できなくなるし。多分今後これより嫌な事はやって来るだろう。それならそれの予行練習とでも思ってしまえば良い。そう考えると気が楽になってきた。
「お、南條はどこだった?」
「第1師団だ。七尾はどこだ?」
「第39師団」
「そうか。迺天軍か」
「やっと本土に帰ってこれたのにまた大陸だよ。でも南條の方が大変なんじゃない?」
第1師団の研修に行ける学生はほとんどおらず成績優秀者しか行けないので将官確定と言われているので南條はかなりの秀才である事が証明されたという訳である。迺天軍は知らない。
「あ、理奈。それに昨日の人だ」
「夏美、彼が私の話に出てくる南條だ。南條、彼女が栗林。軍医だよ」
「そうか、済まない。教官殿に呼ばれているんだ。また今度」
南條は忙しそうに歩いていってしまった。
「理奈の友達は随分素っ気ないんだね」
「会話に無駄が無いだけだよ。根は優しいから」
「なるほど」
私はその日の夜のうちに腐らないものだけ、荷物の用意を進める事にした。日用品は少なめでも大丈夫だろう。どうせ迺天でも売っている筈だ。
そして翌週、私は同じ師団で研修を行う軍大学生数人と共に本土と植民地を繋ぐ輸送船に乗っていた。だが船に乗る前に数日間列車に揺られ、植民地に到着した後もまた数日列車に揺られる事になるので道のりはまだまだ長い。この面倒な移動での唯一の幸運は栗林がいる事だろう。そして現在起きている身近な不幸は私の隣の学生のひとりが船酔いに襲われ今にも吐きそうになっている事だ。
「オエェ…」
耐えきれなくなってしまったのか彼はとうとう海に向かって吐いてしまった。
「あいつ大丈夫かな」
「ただの船酔いでしょ?大丈夫大丈夫」
成る程、彼はあと数時間の地獄を味わうという訳だ。そう思うとこれ程までに船酔いしない自分自身がとてもありがたいものに感じるのである。南條はとっくに第1師団での研修を始めている事だろう。軍大学からは徒歩で数分しか離れていないのだから。全く羨ましい限りだ。景色は前方に大陸の半島が見え、後方は海が広がる。列車に揺られるまであと数時間と言った感じだ。
「平和だなぁ」
「理奈、戦争は終わって無い。現に欧州では激しい戦闘が続いてるし、合衆国が参戦したら更に激しくなると思う」
【合衆国】。私にとってそれは非常に恐ろしい存在だ。皇国と同等かそれ以上の技術力を持ちながら豊富な資源もある。皇国がいつ合衆国と戦ったとしても必ず白旗を挙げる事になるだろう。できれば戦いたく無い相手だ。だが時間はまだある。ゆっくりと考えれば良い。子供はそんな事を考えなくていいんだ。子供だもん。
そう考えていると船内放送が流れる。
『軍大学生に告ぐ。あと1時間程で半島に到着する。各自準備をしろ』
「理奈、そろそろだね」
「だな。でもあと何日かは列車に揺られるんだよね」
「まぁ、そうなるよ」
そうしている内に輸送船は港に到着し、学生達は待ってましたと言わんばかりに降りていく。するとその船を取り囲むように「果物はいかが?」「弁当はいかが?」と商人が集まってくる。忙しいので当然断るのだが、そんな程度では無論引き下がる訳は無く、私は栗林に手を引かれてようやく商人の軍団からの脱出に成功できた。
そうしている内に我々はさっさと半島から迺天に繋がる東迺天鉄道に乗車し、再び迺天へ向かっていくのだ。本を何冊か持ってきて本当に助かった。これのおかげで栗林との話題の種もそれなりに補給でき、会話に困らない。だが、世界的に軍事的緊張が続いているからなのか話題が自然と欧州関連、特にライヒの話題が主になっていた。
「理奈、車内販売だよ。何かいる?」
「じゃあ、サイダー水を」
栗林は販売員にそれを伝えるとサイダーの瓶を2本手渡した。どうやら栗林もサイダー水を買ったらしい。
「それで、ライヒの魔導士は強かった?」
「そうだね。恐ろしく強かった」
「えー?何人も撃墜したのに?」
栗林は目を見開き、わざとらしく驚く。
「あれは南條達の援護があったから。無ければ死んでたよ」
「理奈は謙虚だね」
栗林は時折、私を褒めてくれる。私が幼いからだろうか。答えを知る気も必要も無いが、少しだけ不思議に思っている。そんな小さな疑問に踊らされている私をよそに栗林は私から借りた魔術に関する分厚い本を熟読している。何故、魔導士でないのに魔術を学ぶのかは謎だ。
東迺天鉄道は特にこれといったトラブルも起こさず、燃料補給を挟みながら数日程掛けて私達は迺天に到着した。
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迺天②
『発展途上の街』それが迺天の第一印象だ。人は多く、賑わっているが人々の服装が少し古いのである。
「おい!お前ら!降りろ!」
突如として私達に怒号が飛んでくる。その怒号の主はどうやらこの大尉のようだ。何をこんなに怒っているのかは分からないが物凄い怒り具合だ。そして私を見るなりずんずんと偉そうに歩いてくる。
「お前が七尾か!」
「はい。本官が七尾少尉です。大尉殿」
七尾がそう答えると大尉は七尾の勲章の略章を見ながら舌打ちをし、顔を近付ける。
「その勲章はどの変態から貰ったんだ?」
要するに私の金櫻勲章を羨ましがっているらしい。
「鼻の高い空を飛ぶ変態を何人か撃墜したら貰えました」
「ふざけるな!」
大尉は非常に不機嫌な態度で怒鳴る。
急に子供の私に凄んできて一体どういうつもりなのだろうか。七尾は答えを助けを求めるように栗林へ目線を送るが栗林も意味が分からないといった具合だ。ふと大尉の軍服を見てみると右胸には軍大学卒業徽章が付いておらず、それとなく察する事が出来た。どうやら彼は軍大学に入れず腐ってしまった奴のようだ。だから軍大学生である私達に八つ当たりしているのだ。恐らく無関係の部下にも当たっているのだろう。戦場でどの部下に背中を撃たれるか見物だ
私達が大尉に急かされながら駅を出ると軍用のナンバープレートを付けた車が待機しており、足早にそれに乗り込み、十数分経つともう駐屯地に到着した。見た目は普通の駐屯地なのだが、七尾は僅かに違和感を抱いた。これは少し前まで戦場にいたからこそ分かるものであった。そう、この駐屯地にいる将兵の雰囲気と戦場の将兵の雰囲気が一致したのだ。確かに今は戦争中だが、この駐屯地は現時点では後方中の後方。ここまで緊張した空気が漂っているのは明らかに異常だ。
「ほら、さっさと司令殿に挨拶しろ。第39師団長でありここの司令でもある、『澄田治朗』閣下だ」
大尉が再び私達を睨む。彼は恨まれるかも知れないと考えた事は無いのだろうか。
私達がひとりひとりそれらしい挨拶をした所で澄田閣下は口を開く。
「戦争で誰しもが忙しい時に良く来てくれた。第39師団は君たちが一人前の将校である事を期待している」
師団長を初めとして、それから私達はお偉いさんへの挨拶周りが始まった。
殿や閣下などに延々と挨拶回りをしているのでそれが終わる頃にはすっかり終業の時刻になっているのだ。そんな具合に研修の1日目は終了し、私は師団が予め用意してくれた宿舎の個室でベッドに沈み込んでいる。
「はぁ、もう3日くらい人と話したくない」
そう呟くと急に眠気が襲ってきた。長旅の疲れも溜まっているのだろう。少し目を閉じるとすぐに眠りに着いた。
私はある夢を見た。とても不吉な夢だ。どこかの線路が爆発し、列車が横転。誰がどう見ても大惨事だ。その列車から立派な格好をした燃えた男が這い出てきて私の方を見てこう言った。
「過ちを繰り返してはいけない。君は結末を知っている筈だ」
「何の話だ」
「力を持った者が誤った欲を抱けば、多くの人々が死ぬ」
男は焦げた唇を微かに動かしそう言う。
「どうすればその過ちを繰り返さずに済むんだ」
「それは…」
男が何かを答えようとした瞬間に炎は更に燃え上がり、遂に答えを聞く事は叶わなかった。そして、奥には凶兆の知らせのように巨大な熊が立っている。
そこで私は汗を大量にかいた状態で目を覚ました。なんて最悪の夢なんだ。これも未定形の仕業なのだろうか。それでもはっきりしているのはあの男が実在し、このままでは殺されてしまうという事だ。七尾はそう考えながら汗を手で拭い窓を開けると迺天の夜の街並みが広がっていた。本土の都市部よりは明かりは少ないものの、そこには穏やかさがありそのお陰で夢の事を少しだけ忘れる事が出来たのだった。
すると誰かが扉を叩く音が聞こえた。扉を開けると栗林が立っており、外で何か食べないかと私を誘ってくれたので私は喜んで外出した。
「さぁ、理奈。私の奢りだからドンドン食べて」
栗林がそう言うと早速注文を始める。私も品書きを見てそれらしいのを注文すると給仕はかしこまりましたと頭を下げ、厨房へと消えていく。
「そういえば、どうして理奈は軍に入隊したの?それもそんな年齢で」
「すべて偶然だよ。故郷での健康診断でたまたま魔法が使えた事が分かって、たまたま士官学校に入学出来る学力があっただけ」
「じゃあ、特に深い理由は無かったんだね」
栗林は首を傾げながら納得する素振りを見せる。そうしている内に作られた料理がテーブルに運ばれてくる。料理にあまり詳しくないので細かい事は分からないが、近くに遊牧民の国があるからだろうか羊肉を使った料理のようだ。それから淡水魚の煮付け、水餃子などが置かれた。給仕は「ごゆっくりどうぞ」と言うと再び厨房に消えていった。
「理奈、食べようよ」
「そうだね」
七尾は羊肉の炒め物を口に運ぶ。
「やっぱり美味しい。羊の肉は昔から好物だ」
「でも、癖のある臭いだよね」
「それを差し引いても美味しい」
「理奈は変わっているよ」
しばらく迺天料理を楽しんでから、私たちは店を後にした。
「理奈」
帰り道の途中で栗林は突然真剣な表情になる。
「どうしたの?」
「何か悩んでるなら、私に相談して。かなりうなされてたから」
「聞こえてたのか。とりあえず今は大丈夫。ありがとうな」
「どういたしまして」
そんな具合に私たちの迺天研修1日目は終了した。
帰ってすぐに寝たからなのか、それとも慣れない場所で眠ったからなのかは不明だがあまり眠る事が出来ず、七尾は普段より1時間程早く起きてしまった。無理やり眠ろうと再び布団に潜り込むがそれでも眠れないので七尾はとうとう布団から這い出て、窓を開けた。すると朝の新鮮な空気が部屋を満たし、七尾の僅かに残っていた眠気を吹き飛ばす。まだ日の昇りきっていない街並みも気分の良い薄暗さのお陰で昨夜とはまた違った表情を七尾に教えてくれた。
「しかし、あの大尉は随分と器の小さい奴だったなぁ。子供相手にムキになって。プライドってものが無いのかね」
突如出来た時間は誰にとっても扱いに困る。それは七尾にとっても例外ではなかった。そのせいでつまらない奴の事を思い出してしまった。かといって眠気もすでに吹き飛んでおり、余計に始末が悪くなっている。そこで七尾はまだ終わっていなかった荷物の整理を始めた。整理と言っても必要な教本やその他資料などを自身の机に置く程度なのですぐに終わってしまう。数分後、七尾は小さな音量でラジオを聞いていた。何故、迺天の将兵達があそこまで気を張り詰めていたのか知るためだ。
「駄目だ。自動放送のクラシックしか流れてないな」
結局七尾は予め持ってきた小説を読んで時間を潰していた。
しばらく経ってから時計を見ると出発の準備をするべき時間になっており、七尾はそそくさと軍服に着替え、自室を出た。
「あ、おはよう」
「おはよう。栗林」
七尾が部屋を出るのと同じタイミングで栗林も部屋から出て来た。
「今日からだね。連隊教練」
「だね。栗林と同じ連隊で助かったよ」
「私も理奈と一緒で嬉しいなぁ」
栗林はいつもそうだ。自分が言ったら照れてしまうような事を平気で言う。それが栗林の良いところなのだ。「天真爛漫」、そんな言葉がとても似合う。だが、私は栗林が軍医学校に入るより前の事はひとつも知らない。知ろうとしても毎回はぐらかされてしまう。だから私も知ろうとはしないようにしている。それが栗林の為になるというのなら尚更だ。
「さ、行こ。理奈」
「あぁ、行こう」
七尾と栗林はふたり仲良く職場へと向かっていった。ようやく始まる研修は昨日とは違い、駐屯地ではなく大砲をいくら撃っても迷惑が掛からないような大規模演習場で始まるのだ。
「福原連隊長殿。本日よりよろしくお願いします。本官は栗林中尉です」
「小官は七尾少尉です。連隊長殿、よろしくお願いします」
「よろしく。栗林君に七尾君。そんなに緊張をしなくて良い」
連隊長殿は微笑みながらそう言った。年齢は30代半ば位だろうか、少し若いという印象だ。
「この演習場は広い。馬を用意したから乗りなさい」
この時、七尾は嫌な汗をかいていた。原因は分かっている。七尾は天才的に乗馬が下手なのだ。背が低いのもあるが、それ以上に乗馬に関するセンスが徹底的に欠けている。だから士官学校の乗馬の授業の際は馬にしがみつくのが精一杯で危うく落第しかけたという嫌な思い出がある。その際は騎兵に関するレポートを提出する事によって難を逃れたが、とにかく乗馬は苦手だ。だが特に気にしてはいない。何故ならば私は魔導士であり、騎兵ではないからだ。
「どうした七尾君。乗らないのか?」
福原殿が心配そうに私を見つめてくる。まずい。覚悟を決めなくては。そう考えていると馬も同情してくれたのか姿勢を低くし、乗りやすくしてくれた。随分と賢い馬だ。
「いえ、乗ります」
賢い馬に跨がると馬は立ち上がる。すると、いとも簡単に落下し尻餅を付く。無論私だ。周りでは何とも言えない空気が漂っており、非常に恥ずかしくなってきた。
「仕方がない。私の前に乗りたまえ」
福原殿はそう言うと自身が乗っている馬に私をひょいと乗せてくれた。39師団の人たちはあの大尉を除いて良い人ばかりだ。変な心配をするべきでは無かった。上司の個人的な考えがそう易々と遠い部下に届く訳が無い。
「すみません」
「謝る事は無い。私も格闘術で落第しかけた事がある。出来ない事があるのは人として当然だ」
福原殿がそう言ってくれたのは七尾にとって救いであった。やはり上に立つ者はこの位の器が無くては。しかし、魔力適性があって本当に助かった。仮に乗馬がそれなりに出来てもこの体格では足手まといになってしまう事は目に見えている。それに戦場での馬の出番は徐々に無くなっていくのだろう。車両の方が扱いやすいうえに馬と比べて面倒も見やすいからだ。
「さぁ、行くぞ。研修はこれからだ」
といった感じにやっと研修が始まるのだ。
~キャラ紹介~
栗林夏美
陸軍軍医。七尾曰く「天真爛漫」。胸が大きい事を気にしている。
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迺天③
「ところで七尾君」
「なんでしょう福原連隊長殿」
「これからの戦争はどうなると考える」
演習場の目的地に向かっている際にそう聞かれた。なるほど。とうとうこの質問が来たか。この研修、研修とは言っているものの実際の所は実地試験の性格が強い。内容としては軍大学生が答えるのは困難な質問を研修先の連隊長が投げ掛け、その反応を見るというものだ。やはり軍人足るもの冷静沈着でなければならないという事なのだろうか。
「そうですね。まずは小規模な戦闘が今までよりも多くなると思います。それによって中隊規模ではなく小隊、分隊単位での戦闘を更に重要視すべきになるかと」
私がそう答えると福原殿はしばらく考える動作をすると次は栗林にも同じ質問をした。私の答えは本当に合っているのかが心配になってきた。この数ヶ月間、私の頭はうまい具合に回り続ける事が出来るのだろうか。
「私は民間人の犠牲が更に増えると考えています」
栗林は質問にそう答えた。
「何故栗林君はそう考える?」
「欧州で航空機による爆撃が行われているからです。ひとつの街を丸ごと攻撃するので高確率で民間人が巻き込まれます。それに爆弾も威力も航空機の性能も年々向上しているので単純に考えれば更に人が死ぬ事になります」
どうやら栗林には先見の明のようなものがあるらしく、今回のように先の事を当てるのは初めてではない。以前も「もう1度世界大戦が起きるとしたら東亜も主な戦場になると思う」などと言っており、仮にこの世界の歴史も前世の史実通りに進むのだとすれば当たっている。今答えたのも恐らく当たっているのだ。
「なるほど」
福原殿は良いとも悪いとも言わず無地の表紙の本を開く。その本をしばらく凝視すると再び七尾と栗林の方を見る。
「こちらの用意していた答えには無いがふたりとも道理が通っている。見事だ」
この一問一答。実は答えが予め用意してあり、本来はこの答えを言うのが正しいのだが道理が通っていれば正解になる。
そのあとも難解な問題をいくつも答え、当たったり外したりを繰り返しつつ歩兵連隊の動きを福原殿の指導の下、七尾と栗林は見学をしていた。途中に小銃を撃ったが七尾は普段使う銃よりも長さのある通常兵のものだったので扱いづらく、栗林も普段銃を持たないので苦労している。午後は生まれたての欧州前線での最新戦術をみっちりと終業時刻までと軍大学の1日よりも濃厚でハードな1日となった。だが、恐ろしいのはそこではない。あと数ヶ月はこれが続くということだ。人間、慣れがあるとしても限界がある。果たして私の肉体と精神は数ヶ月持つのだろうか。いや、持ってくれなければ困る。
研修初日を終えた七尾と栗林はへとへとになって寮へと歩いていた。誰がどう見ても疲労困憊であると分かる。今ふたりが欲しているのは夕食ではない。今日のように濃厚でハードな明日を乗り越える為の睡眠だ。
「理奈、なんだか疲れたね」
「なんだか本土にいた時よりも頭を使ったからね。私は頭脳労働が苦手だよ」
「私も」
「でも戦場でこれが生きるんなら私は頑張るよ」
七尾は弱々しくガッツポーズを栗林に見せてそう言う。
「理奈は頼もしいねぇ」
栗林はニヤニヤとしながら七尾を見る。
「ただの空元気みたいなものだよ。そうでも言っておかないと持たなそうで。精神的に」
そう言うと七尾は大きくため息をつき空を見上げる。そこには美しい夕焼けが広がっている。本土にいる南條もこの夕焼けを見ているのだろうか。
そう考えながら歩いているといつの間にか寮にたどり着く事が出来た。やっとベッドで横になることが出来る。ここまで布団が恋しくなったのは蒼島の戦い以来だ。廊下で栗林と別れると早速私はベッドで横になった。するとあっという間に深い眠りへと誘われていった。
それから1ヶ月。どうやら私は自分自身を見くびっていたようだ。1週間も経つと案外慣れてしまった。初日こそへとへとだったが4日目辺りから急に楽になり、先週からはそこまで疲れなくなってしまった。そして慣れてくると余裕も生まれてくるので吸収力も段違いだ。それでも七尾の頭からはあの夢が離れない。ぐちゃぐちゃになった線路、燃える男の意味深な言葉。そして巨大な熊。すべてが気になる。夢は一種の予言とも言われており、その事が余計七尾の興味を深くさせた。とにかく七尾は歩き続けた。
「あれ?理奈?」
「栗林、どうして駅に?」
「駅の中にある喫茶店のケーキがすごく美味しいって聞いたから来たんだ。理奈は?」
「気がついたらここに」
「気がついたら?理奈は疲れてるんだよ。とにかく一緒にケーキを食べようよ」
「良いねぇ。何のケーキ?」
「ショートケーキだよ」
「最高だ」
七尾は喫茶店でケーキを味わいながら悪夢の内容を伝えると栗林は興味深く内容を聞いてくれた。
「随分生々しい夢だよね。まるで本当に起きそうな」
「そうでしょ、だから何かが起きそうで気が気でないんだ」
「燃えていた男の人は知ってる人?」
「いや、初めて見る顔だった。でも貴族みたいな格好をしていたよ」
七尾が答えると栗林はそれをメモに取り、次の質問をした。
「『過ちを繰り返すな』これが引っ掛かるなぁ」
「また、この大陸で争い事が起きるのかも」
「蒼島みたいな?」
「いや、それよりも大規模な争い事が」
栗林は再びメモを取ったがもう質問はしてこなかった。栗林はメモ帳を仕舞うと七尾の頭を撫でる。
「理奈は考えすぎなんだよ。もっと楽しい事を考えようよ!そうだ、明日はお休みだし気晴らしに上華民国に旅行に行こうよ。ほら、あそこは遺跡とかが多いからさ」
「国民政府か、行った事無いな。そうだね行こう」
「旅券を忘れないようにしなきゃ。さて、ケーキも食べたし帰ろっか。あ、夜になったら私の部屋に来てね」
栗林は可愛らしい顔を七尾に向ける。こんな顔を向けられたら行くしかない。
「何をするんだ?」
「それは来てからのお楽しみ」
栗林はいつも楽しそうにしている。七尾は夜になると言われた通りに栗林の部屋に入れて貰った。
「はい、どうぞ」
栗林は私にティーカップを手渡す。ティーカップからはとても落ち着く香りが広がり、気分を良くさせる。飲むと口にも香りが広がって更に気分が良くなる。
「美味しい?」
「うん、一体何のハーブを使ってるんだ?」
「カモミール。安眠効果があるんだよ。ほら、理奈が悪い夢を見たって言ってたからさ」
栗林は私を思ってもてなしてくれたようだ。その思いやりに感謝をしてカップに残るハーブティーを一息で飲み干した。とても旨い。ファンになってしまいそうだ。
「栗林、ありがとうな」
「友達なんだからこのくらい当たり前だよ。良い夢見てね」
栗林に礼をして自室に戻ると早速布団に入り込む。今日は良い夢を見られそうだ。そう期待しながら私は眠りに付いた。
結局は夢を見なかったが栗林のハーブティーのおかげで悪夢を見ずに済んだ。
「おはよう、どうだった?」
「悪い夢を見ずにぐっすりと眠れたよ。ありがとう」
「それは良かった。じゃ、出発だね」
「だな」
七尾と栗林は国民政府行きの切符を購入して特急列車に乗り込む。特急と言うだけあって椅子もふかふかで腰を痛める心配も無さそうだ。ふたりが乗車のは2等車なので余裕があるがもしも3等車の切符を購入していたらぎゅうぎゅう詰めの中国民政府を目指す事になっていただろう。
「理奈は何が楽しみ?」
「やっぱり首都の近くある皇帝の墓かなぁ。なんだか得られるものもありそうだし。栗林は?」
「私はやっぱり上華料理だよ。特に海鮮系!想像するだけでよだれが出ちゃうよ」
「本当に出てるぞ。拭け拭け」
「あ、ごめん」
栗林は慌てて口から出てきたよだれを拭う。その様子は今までの可愛らしいとは違って妙に色気があり、七尾は思わず頬を赤らめてしまった。
「1等車に乗る人ってどんな人なんだろうね」
「金持ちとかでしょ。中はすごく豪勢な造りらしいよ」
「なんだかすごいね」
「人から聞いた話だけどね」
しかし、その1等車に夢に出てきた人が乗っていたらどうする。この列車は爆発により横転する事になってしまう。
「理奈、夢と現実は違うよ?」
私の心配事は栗林に見透かされていたようだ。南條もそうだが私のふたりの友人はどちらも人の表情から考えが読めるのかもしれない。
「栗林、話は変わるけど昨日のハーブ」
「あー、カモミール?」
「あれってどこで買ってきたんだ?」
「宿舎の近くにバールアからの輸入品を取り扱っているお店があるんだよ」
「知らなかった」
「今度行ってみたら?」
「そうしてみるよ」
戦争の影響でバールア人も前線に送られているらしいが、植民地の人々はどう考えているのだろうか。今まで見た事も無かった宗主国の人間に対して何を思うのか。
そこまでは私は分からない。ただ、その中の誰かは死ぬかもしれない。誰も死にたくない筈だ。戦争はまだ続いているのだ。その飛び火がいつ東亜に皇国にしても可笑しくない。ひょっとしたら連邦が迺天に攻めてくるかもしれない。とにかく、欧州で争っているふたつの勢力のうち、どちらかが倒れない限り戦争は終わらない。
「また難しい顔してるよ?」
「ごめん。バールアについて考えていた」
「ひょっとしてカレー?」
「そんなところだ」
「そういえば、私たちの知ってるカレーはアルビオン式なんだって。バールアのカレーとはまた違うんだって」
本当に栗林は食べる事が大好きなようだ。妙に料理の歴史に詳しく、作るのも得意だ。以前本土にいた時も私にオムライスを振る舞ってくれたが、非常に美味しかった。考えてみると栗林との初対面の場も食堂だった。あの時は確か美味しそうに定食を食べていた彼女に引き寄せられるように向かいの席に付いたのが仲良くなった切っ掛けだった。南條が委員長タイプなら栗林はクラスの人気者といったところだろう。
「それは初耳だ。しかし栗林は料理に詳しいな」
「それほどでもないよ」
「いや、それほどでもあるよ。栗林の魅力のひとつだ」
「理奈ったら」
特急列車が駅を出発してから数時間後、列車は国民政府の首都である繁京(ファンジン)に到着した。
バールア(アルビオン領バールア国)
アルビオン連合王国の植民地。一次生産品が主に経済を支えている。特産品は茶葉とハーブ。
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迺天④
「どこに行く?」
「そうだねぇ。私が行きたいお店に行っても良い?理奈はお腹空いてる?」
「ペコペコだよ。それで、どんなお店なの?」
「美味しいって評判の上華料理のお店」
列車から降りた七尾と栗林はある料理店へと向かう。どうやらその店は栗林は前からこの店に行きたかったらしくこの瞬間を迺天に着いてから楽しみにしていたようだ。店はピークを過ぎたからなのか比較的空いていてすぐに座ることが出来た。栗林は迺天の料理店同様、どんどん注文をする。円卓には美味しそうな料理が置かれ、香りが胃を刺激する。
「なんだこれ、旨いな」
「理奈、これも美味しいよ。辛さもほどほどだし」
「本当だ。私でもいける辛さだ」
こうして上華料理を堪能した七尾と栗林は大満足のままで店を後にした。
次に訪れたのは宮殿。何でもこの宮殿はこの国を治めていた皇帝の居城で、上華民国の昔の姿である大華帝国の中枢だったそうだ。そんな歴史的な遺跡なだけに啓蒙的な雰囲気を漂わせており、より一層七尾の知的欲求を強くさせる。次はここを見たい、そこを見たいと目を忙しく動かすが肝心の体が動きに付いていかず非常にもどかしくなる。
「ほら、遺跡は逃げないから落ち着こうよ」
「ごめん。はしゃぎすぎちゃった」
「やっぱり可愛いところがあるよねぇ」
栗林のお陰で落ち着きを取り戻した私はゆっくりと遺跡とふれ合った。この遺跡は博物館にもなっており、大華帝国だけでなく、上華民国の現在についても知る事が出来た。
大華帝国では相手を理解して共に歩む王道を美徳としてきたが、いつの間にか相手を力でねじ伏せる覇道になってから急速に衰えたらしい。これが夢で男に言われた「力を持った者が誤った欲を抱く」が実際に起きた例なのだろうか。しばらく栗林と共に博物館を楽しんでいると男にぶつかってしまった。
「お嬢さん、大丈夫?」
相手はこちらの言葉を使い、片言で私を心配してくれた。私は申し訳ないと謝罪して立ち去ろうとしたが嫌な感覚がまとわりつくように全身を襲う。男の顔を見ると夢で見たあの燃える男と瓜二つだ。こんな偶然があり得るだろうか。私は動揺してしまったのか、男の目を直視したまま固まってしまった。それから十数分にも感じられる一瞬の後に私は言ってしまった。
「あなたはこのままでは命を落としてしまう!」
「どう言うことですか?」
「線路が爆発して、列車が横転して」
「?」
ここで私は我に帰り、逃げ出した。
「ちょっと!理奈!」
栗林も男に謝罪し、七尾を追い掛ける。
七尾はトイレでうずくまっていた。全身を回る気持ち悪さが抜けない。それに頭を締め付けるような頭痛も最悪だ。何度もさっきの会話のようなものが頭の中で何度も流れる。駄目だ。あの男は何者なんだ?なぜ私はあんな事を口走ったんだ。意味が分からない。まるで、まるで気がおかしくなったみたいだ。そんな考えが吐いている七尾の頭を埋めている。
「理奈、大丈夫?」
個室の外から栗林の声が聞こえる。私を心配して追いかけてくれたらしい。だが、気持ち悪さのせいで録に話す事が出来ない。それでも、なんとか力を振り絞り夢で見た男とそっくりだったという事を伝えられた。
「それってあの燃える男の事?」
やっと落ち着きを取り戻し、個室から出てくる事が出来るようになってから話を続ける。
「栗林、あの男が誰だか分かる?」
「前に新聞で見た事があるよ。でもどんな人だったかは覚えてないなぁ。理奈はあの人に覚えはある?」
「いや、全く無い」
気分が良くなったとはいえ、まだ心臓は激しく鼓動を打ち続けている。まだ動揺しているらしい。
先程の男がいた場所に戻ると男はまだそこで展示物を見ていた。私に気が付くと手を振ってくるではないか。男は掴み所の無さそうな雰囲気をしており、僅かに警戒心を抱かせた。
「やぁ、気分はどうだい?」
男は優しい顔で七尾にそう尋ねる。
「大分良くなりました。先程はすみません」
「何で君は私が死ぬと?」
ここで私はあの夢の内容を男に話した。男は笑うでもなく怒るでもなく、ただ真剣に私の話を聞いてくれた。そして複雑な表情をしている。
「列車に乗る予定があるのですか?」
「あぁ、2週間後に迺天に行く。敵対している軍閥との停戦協定を結ぶ為に」
「上華で内戦が?」
「いやいや、そんな大げさなものじゃない。少しだけにらみ合いが起きてるだけだよ」
「そんな事が。あの、私の言った事。忘れて下さい。どうせ夢の中の話ですし」
「夢は人に警告してくれる時がある。お嬢さん、ありがとう。列車は前の日に乗る事にするよ」
「そうですか。迷惑をかけてしまいました」
「なに、気にしてないさ。むしろ感謝している。自己紹介が遅れたね。私は張作栄。それじゃ!」
男はどこかへと行ってしまった。それに張作栄という名前はどこがで聞き覚えがある。なかなか思い出せずに悩んでいると栗林は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしていた。
「どうしたんだ?」
「理奈、あの人上華民国のトップのひとりだよ」
「二大軍閥の事?」
「その軍閥、ふたつとも言える?」
「磨家軍閥と張軍閥でしょ?張軍閥、あ!」
「そういうこと。ひょっとしたら理奈の夢は本当に警告なのかも」
それから七尾と栗林はごく普通に観光を楽しみ、2日間の旅行は無事終わった。だが、今回の旅行で大きな問題が起きてしまった。燃える男が実際に存在することと近いうちに列車に乗ってしまうということだ。彼は前の日に乗ると言っていたがもしかしたら子供が適当な事を言ったと思っているかもしれない。それに今は悪夢に過ぎず、本当に起きると決まった出来事ではないから杞憂で終わる可能性だって大いに存在する。
「爆発するって事は誰かが爆発物を仕掛けたって事でしょ?」
「そういうことだな」
「でも誰が仕掛けたか、そもそもどこで起きるかが分からない」
「手も足も出せないって事だな」
「どうするの?」
「ひとまずは大人しくしてるしかないよ」
「だよね…」
いくらふたりが憂鬱な気持ちになっても列車はそれなりに定刻でやってくる。ひとつだけ分かるのはこの列車は爆発しないということだけだ。どうすれば、張作栄を救えるのか。そもそも爆発物を仕掛けたのが誰なのか。
「栗林、迺天軍の噂って知ってる?」
「領土を拡大しようとしてるってあれ?」
「張作栄死亡のゴタゴタに乗じて拡大しようとしていたら?」
「それって」
「あくまでも推測の域を出ないけど、夢の内容と張作栄が迺天に行く事。それに迺天軍の噂。なんだか辻褄が合うんだよ」
迺天軍全体がそうなっているのだとしたら最早お手上げ状態に近い。なんとかして起こるであろう事件の証拠を本土に送る事が出来たのならそれを避けられるが、迺天軍が郵便物の検閲を行っている可能性だって十二分にある。最悪なことに張作栄がその列車に乗らなかった事が犯人に気付かれなかったとしても他の乗客が死ぬ。元々が邪魔者を消そうと考えている人物なのだから関係の無い民間人を巻き込むのも仕方ないと思っているはずだ。
「なんとかして止めなきゃ」
七尾の眉間にシワが寄る。爆発物を見つけられればそれを取り外し、出来ることならば犯人も特定したい。
「誰か危なそうな人って迺天にいないものかな」
「軍のなかにはいるね。大秋津洲主義の軍人とか」
栗林は特に過激な考えの派閥を出した。大秋津洲主義。文字通り大きい秋津洲皇国を目指す派閥であり、その為なら戦争もやむを得ないと考えているかなり過激な奴らだ。確かにあいつらならやりそうだが、派閥自体も噂程度の存在の上、今は平和な秋津洲周辺でそんな事をするのも自殺行為に過ぎない。下手したら疲弊している隙に連邦が攻めて来る可能性もある。
「怪しい奴なんてこの世の中にはいくらでもいるもの、誰だってその可能性があるから余計わからなくなってくる」
「じゃあ、その中でも特に怪しい人はいないの?」
「特には。今のところ迺天軍の関係者全員が犯人に見えそうだ」
姿も分からない敵に勝手に翻弄されていると急に視界がぼやけた。この2日間。特に初日が濃厚だったのが原因だ。目をこすると何故か栗林がいなくなり、代わりに未定形が座っていた。趣味の悪いことに私と瓜二つで。
「人よ、この悲劇は必ず起こる事だ。何も触れず、神の意思に従う事こそが最善の道だぞ」
こいつはいつも余裕そうにしている。流石に神を自称するだけはある。
「その神様とやらに逆らってでも誰かの命を助ける事も人の仕事だ」
「そんな事を我は定めていない」
「だろうな。お前は神モドキの陰湿なストーカー野郎だしな。だからそうやって私にブツブツと小言を言うことしかできないんだろ?」
「ハハハ!」
未定形が急に笑いだす。一体このやり取りのどこに笑う所があったというのか。
「所詮はお前も矮小な存在のひとつ。いつまでその虚勢が続くか見物だ。いいだろう。もうしばらくその愚行。観てやろう」
「このストーカーが!」
七尾が拳を振り上げると未定系は消え、驚いた栗林がいた。どうやら現実に戻ってこれたらしい。
「理奈、どうしたの?急に寝たと思ったら殴りかかろうとして」
「ごめん、嫌な夢を見てた」
「すごくうなされてたよ。大丈夫?」
「夢で相手を殴ろうとしたんだ。そこで目を覚ました」
最近は気配すら感じなかったのにまるで私をあざ笑うかのようにあいつはまた現れた。本当に腹が立つ。私の機嫌を悪くさせるだけでそれ以上の事をしてこない。目的も一切不明。分からないせいでより不愉快だ。
「やっぱり疲れてるんだよ。帰ったらすぐに寝た方が良いよ」
「そうする。栗林はケガしなかった?私の手が当たったりして」
「当たってないよ」
「良かった」
栗林に被害が及んでいない事を確認して私は再び目を閉じる。これで栗林がケガをしていたら間接的にとはいえ、私の未定系に関する問題に巻き込んでしまう事になっていた。少なくとも他人をこの問題には巻き込みたくない。たとえ抱え込みすぎてしまったとしても。
「駅に着くまでまた寝ておく」
「もしも私が寝てたら?」
「どうせ終点だから駅員に起こして貰おう」
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迺天⑤
時間というものはなんて意地悪なのだろうか。少しでもゆっくりと進んで欲しい時ほど早く進んでいく。そんな訳で今日も今日とて思い気持ちと共に連隊での研修に励んでいた。
「七尾君、どうしたんだね。心ここに在らずといった感じだが」
「いえ、気にしないで下さい福原殿」
この1ヶ月で福原殿が周りの事を良く見ていて心配もしてくれる寛大な人物である事は良く理解していたが、一昨日の出来事のせいで怪しく見えてしまう。タイムリミットは約2週間。それまでに実行犯を特定出来なければ関係の無い大勢の民間人が死ぬ。張作栄が実在していた事が分かった時にはまだ半信半疑だったが、帰りの列車で未定形が現れて私を挑発したのだから確実に起きる。それに私が大勢の人を守れないと期待している。張作栄の暗殺を阻止するのは彼の為では無い。ましてや民間人の為でもない。少しでも未定形の機嫌を悪くさせたいだけだ。結局の所は自分の名誉の為である。
だが、今はそれを少しだけ忘れなくてはならない。少し前から研修は演習場で見学するものからテーブルの地図と睨み合うものへと変わったのだ。簡単に言えば隊の動かし方について学んでいる。隊の指揮は士官学校でも習ったが知っているのは基本中の基本であり、不測の事態を盛り込んだものに関しては無知に等しい事を私は思い知らされた。
「七尾君、本日2度目の全滅だ。こういった地形はもう少し慎重に動かせ」
福原殿が全滅した私の部隊の駒を元の位置に戻し手本を示す。ここ数日はずっとこんな調子だ。ちなみに私の部隊は今回、敵に全方位囲まれた。その前に起きた正面突破を行い全員が即死するよりは幾分かましではないかとも考えたがどちらも全滅には変わらないので開きかけた口を閉じた。
「理奈は大胆過ぎるんだよ」
「栗林は今日だけで4回も全滅してるでしょうが」
「習ってるんだから失敗しても大丈夫だよ」
「いや、栗林君は流石に多すぎるから気を付けてくれ」
「すみません」
やはり栗林は死なせ過ぎだったようだ。これが現実だったら死神というあだ名を付けられていたことだろう。失敗しても現実には影響は無い。それでも成功した方が良いし、何より気分も良い。
「どちらもまだまだ改善点はあるが筋は良い。ふたりとも流石は蒼島を経験しただけある。さて、七尾君も自身の欠点が良く分かっただろう。もう1回だ」
「え!?栗林もあそこにいたの?」
「いたよ、後方だったけど」
「初耳なんだけど」
「ほら、お喋りは後だ。今は目の前に集中してくれ」
結局、私と栗林は午前いっぱいこの机上の模擬戦に挑み続けた。そして散っていった。
「まさかあんなに全滅するとは思ってもなかった」
私は味噌汁を飲みながらそうぼやく。
「理奈は良いよ、私なんて1回しか上手くいかなかったんだから」
「それは流石に不味いんじゃ。というかご飯何杯目?」
「3杯目」
「すごい食べるね」
「理奈があんまり食べないだけだよ」
栗林はそう言いながらモリモリと食べているが私がまだ10歳だとという事を理解しているのだろうか。しかし食べたものはあのスリムな体の何処に消えていくのだろうか。
「そういえば、後方って言ってたけど。やっぱり軍医として赴任してたの?」
「うん。見習いだったけどね」
そう答える栗林の茶碗に盛られていたはずのご飯の半分が既に消滅していた。
「どんな事やってたの?」
「食事中にする話じゃないかな」
栗林の一言で彼女が蒼島でどんな職務に就いていたかは容易に想像できた。皇国も私のようにやたらめったら壊す者ではなく、栗林のように多くの命を救った者にこそ勲章を与えるべきではないだろうか。
昼休みが終われば今度は机でお勉強。それも軍大学で習う内容よりも実践的なものを。軍大学の講義もハイレベルだったが、それが優しく感じる程の難しさだ。
だが、私と栗林の1日はまだ終わらない。ふたりで軍閥に関する情報と軍の噂を駐屯地の図書館で徹底的に調べる。だが、それでもなかなか怪しい奴の情報は出てこない。
「もう事件が起こらないように祈るしかないんじゃない?」
「栗林、張作栄がいたんだ。起こる可能性が高い」
私は迺天軍に関する資料をかじりつくように調べているが、確かに栗林の意見も一理ある。だが、ワガママかもしれないが少しでも悲劇の起きる可能性があるのなら限りなく無くしたい。
「この資料は読んだの?」
栗林が分厚い資料を目の前に置く。題名を見る限り軍の「都市伝説」が載っているものだ。
「どうせ録な内容じゃないよ」
「とりあえずとりあえず」
「じゃあ。あれ?」
資料を読んでみて私は夢なのではないかと思ってしまった。この都市伝説、迺天で起きた未解決事件の詳細な記録だ。それも上華人の殺害事件ばかり。都市伝説にしては出来が良すぎる。
「これって」
「ね、怪しいでしょ?そんな物騒な事件ばっかり載ってて」
「何でこんなものが普通の本棚なんかに」
もう一度表紙を見てみると持ち出し禁止を意味するシールの上に機密と手書きで書いてある。どうやらこの未解決事件たちは線路の爆破を防ぐ大きな手掛かりになるかもしれない。
そうなれば、できるだけこの資料を調べなければ。私はメモ帳を取り出し、出来るだけ素早く箇条書きで書き込む。
「まだ帰っていなかったのか」
私の背後から聞き慣れた声が聞こえる。
メモ帳をポケットに隠しながら振り向くと福原殿が不思議そうに私たちを見ていた。
「ふたりは一体何をやっていたんだね?」
「迺天についてまだ知らない事が多いので栗林中尉殿と調べていたのです。しかし連隊長殿はどうして駐屯地に残っているのですか?」
少しだけ嘘を付き、話も反らす。これが上手くいったのか私と栗林が図書館に残っているのはさほど気にならなくなったらしい。
「書類が残っていてね。連隊長も忙しいのだよ」
福原殿はそう言いながら目線を降ろし、私の見ていた資料を見つけてしまった。すると彼は血相を変えて取り上げた。
「七尾少尉!一体これをどこで見つけたんだ!」
「普通の本棚に入っていましたよ」
「誰がそんなところに。それに機密と書いてあるだろ」
「気付きませんでした。申し訳ありません」
やはり面倒事を素早く終わらせるには少しの嘘は有効らしい。それでも嘘は出来るだけ付きたくは無いものだ。
「とにかくこれは然るべき場所に戻しておく」
そう言うと福原殿は大切な資料を持っていってしまった。ここで大きな壁が立ちはだかるのは想定内ではあったものの、凄まじくもどかしい気持ちになる。
「なんだか苦しそうな顔してるけど大丈夫?」
「実際に苦しいんだ。栗林」
「重要なもの持ってかれちゃったもんね」
「また振り出しに戻るだけだ。大丈夫、始めから大して進んでないから」
「それって自分に言い聞かせてる?」
「当たり」
「今日はそういう日なんだよ。帰ってゆっくり休もうよ」
確かに栗林の言うとおりだ。重要な情報を持っていかれてしまった以上、今日は何もする事が出来ない。次の日はなんとかしてあの資料を手に入れてやる。
そうして夜は過ぎていった。
翌日、研修の合間に休憩していると福原殿の部下に話し掛けられた。
「あぁ、良かった。ふたりともいて」
「中佐殿。何かあったんですか?」
私がそう聞くとどうやら福原殿が私と栗林を探しているようだ。十中八九昨日の件だろう。
「福原連隊長が?」
「そうだ」
額から嫌な汗が流れる。
「ここにいても何も進まないよ。行こうよ」
「だな」
連隊長室に向かう時もゾワゾワとした嫌な感覚が全身を廻る。気を抜いたら歩けなくなりそうだ。そして扉を開けると福原殿がいる。
「福原連隊長。本官たちを探していたと言っておりましたが。どのようなご用件で」
まるで生きた心地がしない。
「あの資料を読んだのか?」
「え?えっと」
「大丈夫、私が言うから」
栗林はそう言いながら私の肩をポンと叩く。そして何故あの資料を読むに至ったかを簡潔に説明するではないか。事件に関わりそうな人物にそんな説明をするのはどう考えても自殺行為だ。栗林は何を考えてるのか理解できない。
「君たちが何をしたいかは簡単に想像できる。実は私もその想像をしているんだ。迺天軍の暴走を未然に防ぎたい」
「意味がよく分からないのですが」
「あの資料は私がわざと置いておいたものなんだよ」
福原殿は笑いながら種明かしをする。どうやら私と栗林はまんまと福原殿に誘導されたらしい。それにあの資料の中身はそれらしいだけで事件にはあまり関係の無いものばかりなのだと言われた時は全身から力が抜けた。
「では福原連隊長。本当の資料は存在するのですか?」
「あ、それって私も気になります」
「安全な場所にある。安心してくれたまえ。ところで七尾君」
「なんでしょう」
「この計画をどこで知ったんだ?」
「夢で見ました」
すると福原殿は突如笑い始めた。本当の事を言ったのに笑われるとなんだかモヤっとする。
「全く、とんだ占い師が居たもんだ。とにかく今まで通りにしておいてくれ」
「了解しました」
連隊長室から出た途端、思い切りため息を出すと栗林が見つめてくる。
「今までの頑張りは意味が無かったのかなってさ」
「そんな事ないよ。味方が見つかったんだから、むしろ前進だと思うけどね」
「そうだな。何事も前向きに考えた方が良いもんな」
そして翌日、再び連隊長に呼ばれた。室内には昨日とは違う空気が流れており、まるで戦争でもするのではないかといった雰囲気をしている。その上福原殿の表情も険しい。絶対に何かある。
私と栗林が入室してからおよそ数十秒。福原殿は口を開く。
「これから話す事は君たちにとって機密事項になる。心して聞くように」
「はい」
「了解しました」
「10日後に起こるであろう事件を私の歩兵連隊で止める。これは無断なので他言無用とする」
福原殿の他言無用の言い方はまるで私たちを脅すような言い方に近く、元から物々しかった空気がより重くなる。
「何故無断なのでしょうか」
「七尾君。その理由は最後に話す。まぁ、聞けば納得する。作戦は大きく2つに分ける。1つ目は列車を止める。2つ目は実行犯の確保だ」
「私たちは作戦に参加するのですか?」
私がそう尋ねると福原殿は私をジロリと見つめる。
「七尾君たちにも勿論参加してもらう。栗林は何か質問はあるか?」
「特にはありません」
「分かった。では、この事が他言無用である理由を話そう」
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