【完結】秘封道楽 〜少女達の食探訪〜 (ユウマ@)
しおりを挟む

カフェテラスのガトーショコラ

初めての秘封倶楽部
文章力は見逃してくだしあ


「はあ…」

とある大学内のカフェテラス。私は既に講義が終了した後のそこで、相棒(腐れ縁ともいう)を待っていた。既に予定の時間を過ぎているが、いつもの事なので慣れっこである。

 

「呼び出したのはあっちでしょうに…」

ぼやいても時間の進みは平等だ。結局予定時刻から長針が数字1つ分過ぎた頃、彼女はやってきた。

 

「ごめんごめん、お待たせメリー」

「5分遅刻よ、いつになったら遅刻癖が治るのかしら?」

 

はぁ、とため息をついて、私ーーメリーことマエリベリー・ハーンは目の前の相棒をジト目で睨む。

 

そんな事を気にもせずに、相棒ーー宇佐見蓮子(うさみれんこ)は私の前に座りメニューを開いていた。

 

「まあまあ、私が遅れてくるのは分かってた様なものなんだし、それより今はケーキよケーキ」

「自分で分かってるなら早々に治してほしいものね」

 

店員が注文を取りに来る。

私はメニューをざっと見て、ふと目に止まったものを注文した。

 

「えっと…ガトーショコラと紅茶で」

それを聞いた蓮子は若干のキメ顔をしてーー

 

 

 

「じゃあ私はコーヒーと…シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを」

「…はい?」

 

店員が目を丸くする。そうだろう、そのシュヴァ何とかなんてメニューに載っていない。

私と店員の反応を見た蓮子は少し停止して、

 

「…コーヒーとガトーショコラを」

「か、かしこまりました」

ぶっきらぼうにそう答えた。店員が困惑の抜けない顔で去っていく。

 

「……何?今の」

「メリー知らないの?ガトーショコラもシュヴァルツネッガーも同じようなものなのよ」

「何がよ…それに間違えてるわよ。さっきは…なんて言ってたかしら」

無闇に長い名称で呼ぶ必要は無いと思うのだが。けれど最初からガトーショコラって言えば、とは言わない。そんな事で止まるような相棒では無いし、何より一々言っていたら身がもたないのだ。

 

「だからってメニューに無い言い方をしたら普通は伝わらないものよ」

「この位基本よ基本。メリーも食べ物の別称くらい覚えていても損は無いわよ」

「覚えるメリットの方が少なそうだから遠慮しとくわ。大体基本かどうかを決めるのは個人であって蓮子じゃ無いのよ」

「それを言われたら何も言えないわ…」

 

そんな雑談をしているうちにケーキが運ばれてくる。ココア色のスポンジをチョコレートで上からコーティングした、艶のあるごく一般的なガトーショコラ。

結局チョコレートケーキよね、と思ってしまうのは蓮子と同じ別称云々の問題なのだろうか。

 

「ん?どったのメリー?」

「いえ…どの呼び方でも結局チョコケーキよね、って思っただけよ」

 

何気なく抱いた感想。けど蓮子は何故か目を輝かせて、

 

「そうよそういう事よ!だから私があの長い名前で呼んでもーー」

「それはそれ。というか私の意見に賛同するならチョコケーキでいいじゃない」

「むう〜っ、あんまり理屈ばっかり並べてると友達減るわよ」

「あいにく非公式サークルなんかしているせいで友達の数も少ないですわ」

 

ガトーショコラの先端を切って口に運ぶ。

しっとりしたスポンジとほんのりと甘いチョコクリーム。甘すぎないおかげで大してしつこくもないそれは、このカフェテラスの中でも人気のケーキだ。

口に残ったチョコの風味を紅茶で飲み込む。講義を終えた学生の身分には甘味が染み渡るようだ。

そんな事を思いながら、ふと気になった事を蓮子に尋ねた。

 

「そういえば蓮子。ガトーショコラもシュヴァ何とかが同じようなものってどういう事なの?」

「んー?ああ、それはね」

私より断然早くガトーショコラを食べ勧めていた蓮子は、「コーヒーとも意外と合うわね」とコーヒーを啜った後に語り出した。

 

 

 

「ガトーショコラって言うのはフランス語が元になっているわけだけど、別にガトーショコラっていう名前自体は固有名詞じゃないのよ。ガトーショコラはフランスにおけるチョコケーキの総称、つまりフランスではガトーショコラって言っとけば何かしらチョコケーキが出てくるのよ」

 

「流石にそれは言い過ぎな気もするけど…それで?」

 

「そして私が言ったシュヴァ何たらはドイツにおける呼び方。他に有名なのを挙げるならブラウニーね、あれは確かアメリカだったかしら。まぁともかく、場所によって呼び方はあれど、結局メリーの言ったようにチョコケーキを頼んでいるだけ、っていう事よ」

 

「…よくもまぁ、そこまでスラスラ出てくるわね」

 

蓮子は意外と頭が回る。それは知っていたがケーキ1つの知識がこうもあっさり出てくるとは。もう少し学業にその頭脳を生かした方が良いと思う。

 

「そりゃ私から言わせてもらえば結構な頻度で来るカフェな訳だし、甘いものは好きだしね。興味本位よ、興味本位」

 

「はぁ…まあ良いけど。それより私としてはこのカフェに呼んだ理由を聞かせて貰いたいわね」

 

つい聞いてしまったが、私はガトーショコラに関する豆知識を聞くためにここに来た訳ではない筈だ。

 

「んあ、そう言えばそうだったわね」

そう言って鞄をあさる蓮子の皿にはもうガトーショコラは無い。もっと味わって食べるべきね、何て思っていると、蓮子は数冊の雑誌を取り出した。

 

「まぁ呼んだのはいつも通り、秘封倶楽部の打ち合わせだけどね」

 

そんな事だろうとは思っていた、というより他の理由はほぼ思いつかなかったが。

 

 

私と蓮子は、この大学で“秘封倶楽部”というサークルを作り活動している。メンバーは私と蓮子の2人のみ、おまけに大学側に申請もしていないという完全な闇サークルだが。

活動内容は毎回概ね同じ。この世界とは違う、私達にしか見えない“神秘”を暴くこと。早い話がオカルトサークルの様なものだと思ってくれて構わない。

そんな訳で、蓮子は毎度怪しいオカルトスポットに関するものを集めてくるのだが……今回はそれだけでは無かった。

 

「いつもの怪しい雑誌に…何これ?グルメ雑誌?」

 

蓮子が持ってきた各地の怪しい情報が載った雑誌。それに対応するように同じ区域のグルメに関する雑誌までセットになっていた。

 

「私達はオカルトスポットを見に行くだけなんだから別に現地の食べ物なんかわざわざ調べなくても…」

「違うわよメリー、私達は今までオカルトスポットにばかり注目してきたわ。でもそれだけじゃ駄目だと気づいたの」

「…というと?」

 

ふふん、と蓮子は得意げにグルメ雑誌を開いてみせる。手元を見ていないせいでページを開くのに苦戦しているので台無しだが。

 

「今まではオカルトスポットだけ見て収穫が無かったらさっさと撤退してたけど、何も各地にあるのはオカルトスポットだけじゃ無いわ。そこにまつわる様な料理を食べたら、もっとこう…縁が出来るというか…上手く見えたりするかもしれないじゃない?」

 

「……理由としては随分苦しいわね。ただ自分が美味しいもの食べたいだけじゃないの?」

 

う、と蓮子が言葉につまる。やっぱりかと蓮子を睨むと、苦笑いで頬を掻きながら蓮子は続けた。

 

「だって学生としては折角遠出をするならそこの名物だって食べたいし…食べるならメリーも一緒にと思ったのよ!2人で1つの秘封倶楽部なんだし!」

 

「…はぁ。分かったわよ。現地の名物か何かもついでに食べに行くのね?」

「いいの!?」

「ええ。スポット以外にも目的があった方が蓮子も張り切って活動しそうだしね」

 

それに、と心の中で加える。サークル活動となればオカルト一直線だった相棒も、私の事を考えたりしてくれてるんだと思うと、少しは嬉しい気持ちも無くはない。そう思うのは私が甘いからだろうか。

私はテーブルに置かれた雑誌の1つを手に取り開く。同時に残っていた一欠片のガトーショコラをフォークに。

 

「そうと決まれば、早速行き先を決めましょう?私達の活動のね」

「そう来なくちゃ!面白そうなのは目をつけてあるわ。例えばこの雑誌のーー」

 

 

嬉々として語る蓮子の話を聞きながら食べた最後の一口は、心なしか少し甘さが増しているような気がした。

 

 




<NEXT>
「さあメリー、ここが今回の目的地よ!」
「ここって…何か気になる所でもあるの?」
「あ、ここは後でか…先にオカルトスポットの方ね」
「……やっぱり許可しない方が良かったかしら」
「わー待って待って!ここは本当美味しいらしいんだって!メリーもこの味を食べないと損するわよ!」

【第2話 大阪城下のオムライス】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大阪城下のオムライス

大阪遠征だよやったね!作者は行ったことないよ!
科学世紀に大阪城は残ってるの?なんて事は置いといて。


「あ、いたいた!メリー、こっちこっち!」

「珍しく遅刻してないのね。遅刻してたら置いてく事も考えてたけど」

もっとも置いていく事は現実的に不可能なのだが。

カフェテラスで今後の予定を話し合った後の週末の早朝、私達は新幹線のホームに立っていた。無論秘封倶楽部の活動のためなのだがーー

 

「……私、今日の行き先聞いて無いんだけど」

「あれ?言ってなかったっけ?」

などとのたまう相棒からは、昨夜メールが届いたきりだ。しかも内容は、

 

 

『明日は朝から活動よ!新幹線に乗ってくから準備してホームに集合ね!』

という1文と当日の時刻のみという手抜きぶりだった。今すぐモバイルを起動してメールを叩きつけてやりたい気分だったが、軽く蓮子の足を踏むに留めておいた。

 

「痛い痛い、冗談だって。今回はなんとね…大阪まで出向くわよ!」

「大阪ね…何処か怪しい所はあったかしら」

カフェで蓮子に見せてもらった雑誌には確かに大阪も載っていたが、さしてめぼしいモノは無かったと思うのだが。

 

「それがね、あの後調べてみたの。そしたらなんと、大阪城に着物を着た女が徘徊しているそうよ!」

「百歩譲ってそれが本当だったとしても、それは私達の探してる様なモノとは違うんじゃない?」

「そこはほら、その女のところに境界があるかもしれないしね」

「適当ね…」

 

適当なのはいつもの事なのだが。そのタイミングでちょうど列車がホームに到着した。

 

「何はともあれ、詳しくは向かいながらよ!」

乗り込みながら蓮子が笑いかけてくる。やれやれと肩を竦めて、私も列車に乗り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてやって来たるは大阪である。かつて「天下の台所」と呼ばれた様に、ここには様々な食文化が集まっていた。科学世紀になり天然の食材が滅多に食べられなくなった今でもそれは健在で、ここにある多種多様な食を求める人々は多いようだ。

我が相棒もさぞ喜ぶ事だろう。相棒の様子が普段通りであれば、の話だが。

 

 

「……大丈夫?」

「うう…飲み過ぎたかも…」

「かもじゃないわよ。いくら時間があるからって朝から飲酒は…オススメしないわ」

この相棒、乗るやいなや荷物から酒やらお菓子やらを引っ張りだし、そのまま小宴会みたくなってしまったのである。私は酒に強いわけでは無いのでお菓子をつまむ程度にしたのだが、正解だったようだ。

 

「とりあえずホテルでも取りましょう。しばらく休んだ方が良さそうだし、大阪まで来て日帰りする気なんてないでしょ?」

「流石メリー!分かって…うぷ…」

「はいはい分かったから。ホテルまでは頑張ってちょうだいね」

 

幸いにも明日は休日だ。そうでもなければ新幹線の距離をサークル活動には費やしはしないだろうと、私も蓮子も最低限の道具は持って来てある。

駅から近いホテルに入り、活動の時まで休む事となったのだった。

 

 

 

 

 

そして夕刻。

 

「蓮子さんふっかーつ!いやぁ空気が美味しいわー」

「ホテルを出るまで寝てただけでしょ、まったく」

ホテルに着くなり蓮子は寝てしまい、昼前の大阪に1人になった私は折角だからとたこ焼きなどの大阪名物を堪能し、趣味である本屋巡りをしてからホテルに戻り蓮子を叩き起こした。

そのまま蓮子をホテルから引きずりだし、目的の場所までのタクシーに乗り込み今に至る。

 

「もうちょっと優しく起こしてくれても良いじゃない…」

「そんな事してたら真夜中になるわよ。ほら、着いたわ」

タクシーを降りると、眼前には大阪城が広がっている。観光地としてある程度整備されており、夕刻でも観光客はそれなりにいる。

 

「よし、着物女が徘徊してるっていうのが本当か、確かめに行くわよ!」

「それ、今行って意味あるの?幽霊は夜に出るものよ」

「昼間でも目撃情報があるらしいから大丈夫よ!ほら、メリーも早く!」

 

…それは幽霊とは言えないのではなかろうか。何はともあれ、ここまで来たからには引き返す余裕も無い。私は蓮子に続いて大阪城への階段を登った。

 

 

 

 

ーーそして、結果から言えば何も得られなかった。

「もー、何よスタッフってー!紛らわしい格好してんじゃないわよ!」

「噂なんてそんなものよ。大体昼間にもいる時点で察しはついてたでしょ?」

 

私達が城内を見回っている時、観光客に紛れて確かに着物姿の女性はいた。だがそれを蓮子が先走って問い詰めた結果、その人はただの案内役のスタッフだったというオチだった。それでも負けじと隅々まで調べていた蓮子に付き合っていたおかげですっかり夜になってしまった。

 

「はぁ…無駄足…お腹空いたぁ…」

「蓮子はお昼も食べてないものね。コンビニで何か買ってーーあら?」

前方の明かりにふと足を止める。来た時は夕方だった為気づかなかったが、視界の隅にひっそりと営業中の店があった。すぐ隣の看板には「食事処」の文字も。

 

「あ、あれお店じゃない!やった、今夜はあそこで食べていきましょう!」

「あ、ちょっと蓮子…!」

言うやいなや猛然と走り出す相棒に慌てて追いすがる。そこまでお腹が空いていたのか。

 

 

「いらっしゃいませー」

店内は思ったよりも混んでいた。他の客も大阪城の見物帰りだろうか。店員さんの案内で2人がけのテーブル席に着いた。ちょうどおしぼりとお冷が置かれる。

 

「さてさてメニューメニューっと。ぱっと見洋食屋さんよねぇ、何食べようかしら」

「そうねぇ、折角なら普段食べない様なものを食べてみたいけれど」

とは言え、この時代に生きている身としては高級品以外で普段見ないようなものはあまりないのだが…と、蓮子がふと壁を指差した。

 

「メリー、おすすめだって。あれにしない?」

 

蓮子の指差した壁には、「人気No.1、オムライス」とでかでかと書かれた張り紙があった。

 

「あら、そういえばここ最近食べてないしそれにしましょうか」

「そうと決まれば善は急げよ。すいませーん!注文お願いしまーす!」

頼むからそんな大声を出さないでほしいのだが。他の人の視線が多少なりとも向けられ若干気まずい。相棒はそんな事気にも止めていないだろうが。

 

「オムライス2つで!」

「オムライスお2つですね。ケチャップかデミグラスソースお選びいただけますが」

おっと、予想外の選択だった。私と蓮子は一瞬顔を見合わせてーー

 

 

「私はケチャップで」

「私はデミグラスで」

 

店員さんが去っていく。お冷を飲んで一呼吸置いて、私と蓮子は向き合った。

 

 

「…蓮子、オムライスにはケチャップが王道よ」

「その考えは古いわメリー、メリーの事だからデミグラスはハンバーグにしかかかってないと思っているようだけど、今やデミグラスのオムライスの方が多いと私は思っているわ」

無言でしばし睨み合う。再び口を開こうとしたところでオムライスが運ばれてきた。

 

「お待たせしました、オムライスになります」

 

わあ、と私と蓮子は同時に声を上げた。

とろとろになった卵で覆われた端からケチャップライスが覗いている。その上に薄っすら光沢のあるソースがかけられて艶を出している。

 

「美味しそうね…」

「そりゃあ大阪はオムライス発祥の地の1つって言われてるくらいだからね。色々穴場とかもあるかもよ」

 

「へえ…」

蓮子が大阪に行くと決めたのはこの為じゃないでしょうね。なんて思いながらスプーンを入れる。まずは何もかかっていないところから一口。

 

「あ、美味しい…」

 

ケチャップライスと卵が互いを邪魔せずいいバランスで混ざり合っている。ケチャップライスに入っているコーンや鶏肉のお陰で食感も良い。

ケチャップのかかった部分もケチャップの酸味が効いていて美味しい。割と多めに盛られているが飽きずに食べ切れそうである。

 

「うんうん、やっぱりここにして正解だったわね!こっちも一口食べる?」

「あ、いいの?」

蓮子は頷くとスプーンを持ち上げて、

 

 

「はい、あーん」

「……」

一瞬動作が停止する。何食わぬ顔でスプーンをこちらに差し出す蓮子を見て、

 

「…ここお店の中なんだけど」

「大丈夫大丈夫、誰も気にしないわよ。それともいらない?」

「……」

ええい、なるようになれ。蓮子の差し出したスプーンを素早く口に運ぶ。

 

「…あ、こっちも美味しい」

デミグラスの方は旨味が凝縮されていて濃厚だった。もし次来る事があればこっちも試してみようかしら。

 

「うん、ケチャップもいけるわね」

蓮子の方も私のオムライスを勝手に食べていた。お互い様なので構わないのだがそれは私のスプーンでは無いのか。

 

「メリーだって私のスプーンで食べたんだからこれこそお互い様よ」

意地の悪そうな顔で言う蓮子。人の心まで読まないで欲しい。

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

食べ終わり、店から出ると空には星が広がっていた。

 

「はぁ、美味しかった。どうメリー、私の言った案も中々のもんでしょう?」

「少なくとも今回に関しては認めざるを得ないわね」

オカルトの方は振るわなかったが、確かにあのオムライスも中々のものだった。さっきのようにスプーンを差し出されるのは出来れば遠慮したいが、それを相棒に言っても詮無い事だろう。

 

「あ、ここ以外とホテルから近いみたいよ。行きにタクシー使う必要なかったわね」

モバイルの地図を広げながら蓮子が言う。確かに距離はそれほどでも無いが、よもや忘れているのだろうか。

 

「タクシーを使ったのは主に蓮子の体調面を考えての事なんだけど、それについて何か言う事は無いのかしら?」

「……ゴメンナサイ」

「まぁ、オムライスを食べれたのは蓮子のおかげという面もあるし、これでチャラね」

微笑みながらそう言うと、蓮子も笑っておもむろに歩き出す。私も同じ足取りで蓮子に並ぶ。

 

「そうこなくちゃ!さあ、夜もいい時間だし、星でも見ながら帰りましょう?」

「ええ、はしゃいだりしないようにね」

 

満天の星空の下で、私達は歩き始めたのだった。

 

 




<NEXT>
「決まってないって何よ!」
「ま、まあまあ…元々ネタが浮かんだら書くくらいらしいから仕方ないんじゃない?」
「もうバレンタインよ!?私とメリーのバレンタインの事とか書くことは山ほどあるでしょうが!」
「なにかあったかしら」
「ひどい…」
「まぁ可能性ね。それが駄目なら…そうね、私と蓮子の出会いの話でもしましょうか」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バレンタイン短編 とある日のチョコレート

バレンタインだーと言う事で急ごしらえで。短いのでサクッと読めまする。てか食というより割とちゅっちゅだよねコレ……


「ねぇメリー、今日何の日か知ってる?」

「私達にとってはごく普通に大学に行く平日ね」

 

そんな事を言いながら蓮子と並んで大学からの帰り道を歩く。もちろん今日が何の日かを知らないわけではない。

2月14日。誰がそう呼んだか忘れてしまったが、今日は世間で言うバレンタインデーである。女性から男性へチョコレートを送る特別な日。だがそれを全うするには私にも蓮子にも障害があるわけで、

 

「けど蓮子、私も貴女も特に誰かと付き合っているわけじゃないでしょう?」

「何も恋人にだけあげる訳じゃないでしょ。ほら、友チョコなるものだってあるし」

「そうなると、いつも半ば無理やりサークル活動させられている身としては蓮子に送る義理は無いわね」

「えー、メリーひどーい」

わざとらしく空を仰ぐ蓮子。私の言ったことを否定しないあたりが蓮子らしいところだ。

 

「で?この後はどうするの?いつもの喫茶店で活動内容の話し合いでもする?」

「それも良いけどうーん…あ、丁度見つけたしあそこでも寄っていきましょう」

蓮子が指差した先は小さな公園だった。この季節はまだまだ寒いためか他の人の姿は見られない。

 

「えー…寒いしいつものとこで良いじゃない」

「まーま、そんなに長居はしないから大丈夫よ」

そう言って私の手をとって公園へと入ってしまう。まぁ家に帰ったところで何をするでも無いから構わないか。

 

 

「公園なんて来るの久しぶりね」

「メリーはインドア派だものねぇ。私はちょくちょく来てるんだけど」

「蓮子のことだから、どうせ遊具ではしゃいでそうね」

「何歳だと思ってんのよ。流石にそんな事しないしない」

そう言う蓮子は今ブランコを立ち漕ぎしている為怪しい。1人だったらとっくにはしゃいでいそうなものだが。ちなみに私は運動がそこまで得意ではないので近くのベンチでそれを眺めている。

 

「で?ブランコに乗りたいだけなら私は今すぐ蓮子を置いて喫茶店に避難する選択肢があるんだけどー」

「つれないわねメリーも」

「蓮子と違って私は寒いのが苦手なのよ」

 

途端に冷たい風が吹き抜けてきて、ぶるりと身をすくませる。正直なところさっさと帰りたいのが現状なのだが。

 

「メリーってばほんと寒さに弱いわねー。じゃあ早めに帰るとしますか。ちょっとこっち、私の前来てー」

 

相棒がその気になってくれたのはありがたい。鞄を掛けて言われるままに蓮子の正面に立つ。蓮子はゆるく立ち漕ぎをしながら片方の手で器用に鞄を探っていた。そのまま足でも滑らせないかなーとぼんやり考えていると、不意に蓮子は鞄の中から何かを取り出してーー

 

 

「ほらメリー、キャッチキャッチ!」

「え?っとと…」

 

唐突に投げ渡されたそれを何とか受け止める。投げられたのは小さめの四角い包み。これはもしやと思い蓮子を見やると、

 

 

 

ーー蓮子が私目掛けて真っ直ぐに飛び込んできていた。ご丁寧に両腕まで広げて。

 

 

 

「そぉーれっと!!」

「ちょっ、わぷっ!?」

 

動きの止まった私は、必然的に蓮子に抱きしめられる形になってしまう。呆気にとられて蓮子の顔を見つめていると、蓮子はいつも通り笑っていた。

 

 

 

 

「たまにはこういうのも良いかと思ってね。ハッピーバレンタイン、メリー」

 

そんな事を言われた私はようやく我に返り、

 

「ちょ、ちょっと何してるの、よ!」

「あ痛ぁっ!頭はたかないでよメリー!」

「はぁ…全くもう」

 

頭を抑える蓮子に背を向ける。抱きつかれたせいか体温が若干高くなっている気がする。ふぅと深呼吸して私も鞄の1番上に置いてあった中身を取り出す。

 

「悪かったわよ。まさかそんな反応されるとは思わなくて…」

「…それはもう良いわ。それよりはいコレ」

「ん?包み?ってコレはもしかして…チョコ⁉︎」

 

受け取るやいなや私から離れて包みをしげしげと眺める蓮子。その姿が少しおかしくて、私は笑いながら蓮子に言われた言葉を返す。

 

 

 

 

「ええ、そうよ。ハッピーバレンタイン、蓮子」

 

せっかくだし公園で食べていきましょう!とは意気揚々という蓮子を抑えて私の家まで歩き、そこで蓮子とは別れた。

 

「じゃね、メリー!また明日!」

 

いつもより若干声色の上がった蓮子を見送ってから、私は蓮子から貰った包みを開ける。

中から出てきたのはごく普通の、市販品のブラックチョコレート。けれど蓮子から貰えたという事が嬉しくて。

 

「紅茶でも飲みながら、頂きましょうか」

 

自分の部屋へと歩を進める。一口だけ先につまみ食いしたチョコレートは、ブラックとは思えない位に甘かった。




<NEXT>
「メリーのチョコうまい」
「はいはい、食べてないで次回予告は?」
「えー、前回だってまともなのじゃ無かったし…もぐもぐ」
「そうね…ならそう、前の通り私達が出会った時の事でも話しましょうか」
「良いわねーそれも。確かあの時はーー」

【第3話 河川敷のバーベキュー】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バレンタイン・アナザーサイド

もうバレンタインは過ぎたって?思い続ける限りバレンタインだと思うの


バレンタインデー。恋人や友達なんかにチョコレート等を送る特別な日。特別な日なら学校が休講になればいいのにと思っているのは私だけでは無いはずだ。実際のところそんな事はありえずいつも通りに講義を受け、私は相棒の元へと向かう。

私、宇佐見蓮子は大学でオカルトサークルの部長をしている。といっても部員は私と相棒の2人のみ、サークル活動以外でもほとんど相棒としかいない為、交流は広くないのだが。そんな私にも今日ばかりは利点があった。

 

「こういう日には準備が少なくて楽なのよねー」

 

そんな事を呟きながら歩く私の鞄の中には、1つの包みが入っている。相棒に送る、バレンタインチョコレート。私は料理、もといお菓子作りはまっさらなので市販品だが。

 

「まぁ、送る日ってだけでものの出来は何とも言われてないしね。って、呑気にしてる場合じゃないわ、急がなきゃ」

 

モバイルの時計は既に相棒との待ち合わせ時間を示している。遅刻常習犯の私でもこんな日位は間に合うようにと思っていたが、こんな日でも私の遅刻グセは相変わらずなようだ。

相棒の機嫌が悪くなっていませんように、と小さく祈って私は待ち合わせ場所に走った。

 

 

「ごめんごめん、お待たせメリー」

「5分遅刻よ、蓮子。毎回きっちり5分遅刻してくるんだから、その分先読みで行動出来ないの?」

「蓮子さんは感覚で動くからね、何処かで5分早く行動したらその分何処かで5分ロスするのよ」

「そこ自慢されても困るんだけど…」

 

呆れたように首を振る我が相棒、メリーをまあまあとたしなめながら2人並んで大学からの帰り道を歩く。さて、何処かにチョコを渡すいい場所はあったろうか。会った時にサッと渡してしまっても良かったが、何となく味気ない気がしてそれは避けた。やはり特別な日にはそれなりに特別な感じにしたいと思う位には今日という日を楽しんでいるのだ。

 

「ねぇメリー、今日何の日か知ってる?」

「私達にとってはごく普通に大学に行く日ね」

 

ありゃ、案外つれない。メリーは甘いもの好きだからむしろチョコを要求してくるかと思ったんだけど。ただ口に出すと同じ言葉を返されそうなので黙っておく。

 

「大体私も蓮子も恋人なんて居ないでしょ?」

「いやいや、何も恋人にあげるだけじゃないのよ。友チョコだってあるし」

 

因みに私は友チョコすら1つも貰っていない。大学も多少はバレンタインムードだった為何とも物悲しい話だ。恐らくメリーも貰ってはいないのだろうけど。

 

「で?この後はどうするの?いつもの喫茶店で活動内容の打ち合わせでもする?」

「それもいいけどうーん…」

 

喫茶店でチョコを渡してしまうと完全に喫茶店のケーキに埋もれる未来が見える。別にその場で食べるわけでは無いから構わないのだけど…。

そんな事を考えていると、ふと公園が視界に入ってきた。公園、公園でチョコ。いける。何となくだがムード的なものだってあるだろう。

 

「丁度見つけたしあそこでも寄って行きましょう?」

「えー…?寒いしいつものとこで良いじゃない」

はっきりと眉を寄せるメリー。だが蓮子さんは決めた事はある程度曲げない主義なのだ。素早くメリーの手を引いて公園へ歩き出す。

 

「まあまあ、そんなに長居はしないから大丈夫よ」

後はこれでベンチでも座ってチョコを渡せばオーケー。そんな気持ちで私は公園へと足を踏み入れた。

 

 

 

そして今、私は1人でブランコを立ち漕ぎしている。

正確に言えばメリーも公園にはいる。ただブランコには乗らずにベンチに座っているが。私もそこに座れば良いのだが、何となく目についたブランコを漕ぎ始めてしまい、それをやめられずに今に至る。

 

「蓮子のことだから、公園に1人で行ったら遊具ではしゃいでそうね」

「私を何歳だと思ってんの。流石にそんな事しないしない」

 

口ではそう言うが、実際に遊具を漕いでいる人間が言っても説得力が無いだろう事は分かる。現にメリーも疑いの目でこっちを見ているし。何はともあれコレはあれだ。

 

完全にチョコを渡すタイミングを失った。

 

どうにかしてチョコをスマートに渡さなければと頭を回転させていると、不意にメリーがじと目で告げてきた。

 

「で?ブランコに乗りたいだけなら私は今すぐ蓮子を置いて喫茶店に避難する選択肢があるんだけど」

「つれないわねメリーも」

「私は蓮子と違って寒さに弱いのよ」

 

まずい。メリーからは大して機嫌の悪さは感じられないが、万一メリーの機嫌が悪くなったりでもしたら完全にチョコを渡すタイミングが無くなる。別に私はブランコを漕ぐために公園に来たわけでは無いのに…。

ふと、自分の鞄を見やる。メリーに渡す包みは片手で十分持てるサイズだ。そして私は今ブランコを立ち漕ぎしている。

何となく、閃いた気がする。普段は絶対にやらない様なモノの渡し方。バレンタインらしいかどうかは置いておいて、思いついたからにはやってみるしかないだろう。

 

「メリーってばホント寒さに弱いわね。じゃあ早めに帰るとしますか。ちょっとこっち、私の前来てー」

メリーが私の前に歩いてくる。それを見ながら、私は片手でどうにか鞄を漁り、目的の包みを掴む。それを引っ張りだしながら、

 

 

「ほらメリー、キャッチキャッチ!」

 

メリーの方へと放り投げた。

 

「え?っとと…」

若干もたつきながらも、メリーはどうにか包みをキャッチする。それを見届けてから、私はブランコをゆるく漕ぎ。

 

 

 

 

ーーメリーの目の前に、身体を躍らせた。両腕を広げて、まるで抱きしめるように。

 

 

「そぉーれっと!!」

「ちょ、わぷっ!?」

 

そのままメリーに勢いよく飛び込む。いつもより若干テンションが高い様な気がする。だが私は気にもせず、いつも通りに笑ってメリーに告げた。

 

 

 

 

「たまにはこういうのも良いかと思ってね。ハッピーバレンタイン、メリー」

 

飛び込まれて呆然としているメリーはその一言で目をわずかに見開き。

 

 

「ち、ちょっと何してるの、よ!」

 

その言葉と同時に返ってきたのは、頭に猛烈に響く痛みだった。

 

「あ痛ぁっ!頭はたかないでよメリー!」

 

そのままメリーはそっぽを向いてしまう。はたかれた頭がじんじんと痛む。だがそれと同時に自分のやった事がとてつもなく恥ずかしい様に思えてきた。体温が急激に上昇していくのを感じる。

 

だから、一瞬気付かなかった。

 

いつの間にかメリーが振り向いて、私に包みを差し出しているのを。

 

「ん?包み?コレってもしかして…」

私が投げ渡した包みと少しだけ似ているラッピング。そうでなくてもこんな日に渡すものは、

 

「もしかしてチョコ⁉︎」

 

まただ。また体温が上がっていくのが分かる。とっさにメリーから身体を離し、包みを見つめる。

 

ーー何だか、あれこれ考えて渡したのが馬鹿らしくなるわね。

 

何故私はさらりと渡す事にしなかったのだろうか。考えてみれば特別な日ではあっても私達にとってはただの日常だというのに。

思考が上手くまとまらない。ただ、目の前のメリーが笑っていて。

 

 

 

 

「ええ、そうよ。ハッピーバレンタイン、蓮子」

 

 

告げられた私と同じ言葉に、私はメリーの顔をまっすぐに見れずに。私はわずかに目を逸らしながら笑ったのだった。

 

 

 

 

その後、公園でチョコを食べようという私の提案は見事に却下され、ぶらぶら歩いてメリーの家の前まで歩いてきた。

 

 

「またね、蓮子」

 

いつもより機嫌の良さそうなメリーと別れて、1人帰路を歩く。ふと気になって、メリーから貰った包みを開けてみた。中身は、ごく普通のブロック状のミルクチョコレート。私が貰った、唯一のバレンタインチョコレート。

時折体温が上がったのは、チョコレートを貰えて嬉しかったからなのか、それともーー。

 

「……甘い」

 

チョコレートを1つだけ食べて鞄にしまう。どうせならコーヒーと一緒に食べた方が合いそうだ。

空は暗くなってきていた。どうせなら星でも見ながら食べる事にしよう。

 

未だ回転の鈍い頭のまま、私は星の出始めた道を歩き始めた。

 

 

 




メリー編より文字数が多いという事実


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

河川敷のバーベキュー・星の編

えー、物語の都合(と言うか作者の個人的な感覚)により、2話構成となったのですが、ただ上下だとなんかなーと思ったので上に当たる今回は星です。星という事はこっちの視点になっております。


ーーメリーと始めて会った時?そうねぇ。

 

 

テンションの低いやつと、最初はそう思ったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

大学に入学して間もない頃、大学全体を挙げてバーベキューをするイベントがあった。随分異例だが、いわゆる親睦会もとい顔合わせ、の様な意味だったと思う。

場所は大学近くを流れる川の河川敷。そこに大まかな学科ごとに集まってバーベキューをする、ただし別学部に混ざる等の事は良しといった感じだった。

 

 

「……暇ねぇ」

 

物理科に通う学生の私ももれなくそこに居た訳だが、なにぶん私は友達が多いという事も無い。親睦会とはそういう人間が友達を作るという事も目的ではあるのだろうが、あいにく私は進んで友達を作るタイプでは無かった。

 

「特に共通の趣味がある訳でも無いしねぇ」

 

というか、私と同じ趣味の人間なんてそうそう居ないのではなかろうか。

神秘の探求。私の趣味と呼べるものはコレだ。もっとも私1人で出来る事なんて限られているから、怪しいオカルトスポットを調べてそこに出向く位しか無いのだけれど。

そんな事をしている女子大生が話題を出したり会話に入れるわけも無く。結局私は串に刺さった肉を手に比較的目立たない様な木陰に入り、

 

 

 

 

 

ーーそこで、彼女と出会った。

 

「……何か用?」

 

紫がかった服装に金色の髪。この国ではあまり見ない青の瞳と合わさって、彼女が日本出身でない事は容易に分かった。そして何よりも、私はその雰囲気に興味を惹かれていた。

それはただ珍しい容姿が気になっただけかもしれないし、私と同じ様にどことなく馴染めない人が他にいたという安堵だったのかもしれない。

それでも、私の口は普段よりも軽く動くのが分かった。

 

 

 

 

 

「……食べる?」

「は?」

 

ただし口から出たのは、ひどく間抜けな言葉だったが。

 

 

 

 

 

「私は宇佐見蓮子。それで、貴女の名前は?」

「…ハーン。マエリベリー・ハーン」

「マ、マエ…。オーケー、ハーンさんね。それにしても、何でこんな所にいるの?折角の親睦会なのに」

「その親睦会中にこんな所に来る貴女に言われたくないわね」

 

じと目で睨まれそう言われては、私は苦笑するしか無かった。彼女にも串を渡して同時にかじる。冷めてた。

 

 

 

「私はねー、何というか、あんまりあそこの人達と話が合わないのよ。そりゃあ、必要とあらば話すけど、わざわざこんなイベントで自分から話しに行く程でも無いわ。貴女も同じ様な事情なんじゃない?」

「…そうね。趣味が合わない様な人間と無理に話す必要は無いわ。その理屈でいうと私と貴女も趣味が合う様には到底思えないんだけど?」

「まあまあ、まだ会って間もないんだし、もう少し話してから決めつけてちょうだいよ」

「話もせずにさっさと抜け出したのは貴女も同じでしょうに…」

 

まあね、と肩をすくめて串に残った肉を頬張る。…やはり取ってくる串を間違えたかもしれない。脂がすごい。

 

「ところでえーっと…宇佐見さんだったかしら」

「蓮子で良いわよ。で、何?」

「えっと、この串…野菜は、無いの?」

 

彼女の持っている串にはまだ半分ほど肉が刺さっているが、私が持ってきた時もう半分も肉だった。もちろん私の食べた串も全部肉だ。

 

「それがねー…体力つけろーとかいう講師達のせいで焼いてるのは肉ばっかなのよ。ざっと見たところ野菜はありそうも無いわね」

「何よそれは…バランスよく食べないと体力もへったくれも無いじゃない」

「私に言わないでよ。まぁ安心しなさい、この後しっかり出てくるから」

「はぁ…本当でしょうね?」

ため息をつきながら肉を食べきった彼女を見て、きっと、と心の中で加える。流石に肉だけ食べて終わりは無いと信じたい。それ以外のイベントも無くは無いのだけれども。

 

「あ、そうそう。この後夜までこのイベントやるから、ここで1人で乗り切るのは辛いものがあるわよ?」

「え」

 

目を少し見開いて固まる彼女。確かに夜までやるとは私も思っていなかったが、長い間交流させようという狙いなのだろう。

憂鬱そうな顔でいる彼女に向けて、私はニッと笑ってみせた。

 

 

 

「大丈夫よ、メリー。1人で無理なら2人で、私と一緒に楽しみましょう?」

そう言って私はメリーの持っていた串を取って、自分の串も新しいものを取りに歩いた。河川敷にいくつか設置されたゴミ袋に串を放り込んで、鉄板から新しい串を取り上げる。今度のは焼き立てだった。

 

 

「はいメリー、新しい串」

「…どうも。って言うか、そのメリーって何よ?」

「ん?あー…」

 

ふむ、つい口から出てしまったのだが、どう説明したものか。頭を回転させながら肉を頬張る。ソースがかかっていたのか濃いめの味で美味しい。鶏肉なのか脂も少なめだった。

 

「そうね。アレよ、愛称」

「愛称?初対面でいきなり?」

 

またもじと目で睨むメリーは串から肉を食べるのに苦戦していた。少し熱かったかもしれない。そんな様子を見ながら私は頷いた。

 

 

「ええ、そうよ。マエリベリーもハーンさんも呼びにくいからね。とりあえず呼びやすい様にって考えたら、やっぱメリーじゃ無いかしら。それっぽい見た目もしているしね」

「どんな見た目よ…」

「まあまあ、この呼び方じゃダメ?」

 

このとーり、と両手を顔の前で合わせた私を見て、メリーは大きくため息をつき、串を大きく頬張った。

 

 

 

 

 

「はぁ…分かったわよ。好きに呼びなさい」

「やった!」

 

 

どうしてメリーに対して話しかけに行ったのかは分からない。もしかしたらその時からすでに長い付き合いになる事を本能的に分かっていたのかもしれない。それはあまりに論理的で無いけども。

 

 

 

どうあれ、ここで私とメリーは出会って。2人木陰に並んで、そうして時間は過ぎていく。

 




殆ど食いもんの話してないって?れ、蓮子は食レポ苦手なの!

次回【河川敷のバーベキュー・境の編】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

河川敷のバーベキュー・境の編

メリー視点なーりー


ーー蓮子と初めて会った時?そうねぇ。

 

 

テンションの高い奴ねと、最初は思ったわ。いえ、今もそれは変わっていないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

1人木陰で何をするでも無くぼんやりしていたところを蓮子に出会い、なし崩しにその日を過ごすことになってしまったバーベキュー。蓮子と他愛もない雑談をしているうちに、何だかんだ夕暮れとなっていた。

 

 

「ん、もう夕方ね。ほら、1人でいるより時間の流れは早いでしょう?」

「そうね、ほんの少しだけ」

「つれないわね、メリーったら」

 

そう言って頬を膨らませる蓮子。確かに1人でいるよりもずっと早く時間が流れている。でも、そもそも初対面の蓮子にそれを素直に言うのは、何だか少ししゃくだった。当の蓮子はそんな事気にもしないのだろうが。

 

 

「さてさて、それじゃ私は少し準備があるから抜けるわね」

「準備?そろそろ解散?」

「違う違う、夜までって言ったでしょ。そんなに時間はかからないと思うから、そういう事で」

「あ、ちょっと…」

 

私が何か言う暇も無く蓮子は小走りにバーベキューの鉄板の方へ行ってしまった。

 

「はぁ…」

 

なぜこんな事になってしまったのか。私はただ退屈なイベントをひっそり乗り越えようとしただけなのに。しかし、蓮子といて思いのほか退屈しなかったのも事実だ。愛称までつけられるのは予想外だったが。

 

 

「メリー…メリーねぇ…」

 

やはりマエリベリーは言いにくいのだろうか。それならばハーンでいいと思うのだが、今更彼女に言っても変わるとは思えないし、どの道この先大して関わることも無いだろうから良いだろう。

それにしても、だ。

 

「…遅いわね」

 

蓮子が行ってから割と時間が経っている。そのおかげで周囲も大分暗くなり、バーベキューの鉄板を熱する火の灯りが眩しい。もしや迷っている事も無いだろうがと、そこまで考えてふと気づく。

 

「自分で関わる事も無いなんて言っておきながら、こんな事考えるなんてね…」

 

自分でも驚くくらいだ。久しぶりに講義以外でまともに人と話したせいで思考がまとまらないのかもしれない。

 

 

「あ、いたいた!お待たせ、メリー」

「いたいた、じゃ無いわよ。何処かに行ったのはそっちでしょう?」

「そうだけどさ、こんな木陰にいるくらいだから私が行った後別の場所に移動してないかなーって、少し心配だったのよ」

「…そんなに信用ないかしら」

 

初対面の相手に信用もへったくれも無いのは重々承知だが、こうもきっぱり言われると多少なりともくるものがある。移動する可能性を考えていなかったわけでは無いので反論は出来ないが。

 

 

「それで、何してたの?」

「そうそう、これこれ。はいメリー」

 

そう言って差し出してきたのは四角い紙パックと割り箸だった。

 

「バーベキューだけじゃ無いのよこのイベント。夕飯がわりにって事でね。言った通り野菜もたっぷりよ」

 

躊躇無く私の隣に腰を下ろす蓮子の手にも私と同じものがある。確かにお腹は減ってきていたのでありがたい。紙パックを開けると、中でわずかに湯気を立てているのはーー

 

 

 

 

 

「…焼きそば、よね?ソースっぽい色はしてないけど」

「そうよ、塩焼きそばってやつね。バーベキューのシメと言ったらコレでしょう。濃い味の連続だと飽きるしね」

 

パックのギリギリまで具沢山の焼きそばが詰められている。前半のバーベキューと違ってキャベツ等の野菜も豊富だ。

実物を見ると急にお腹が空いて来たような気がして、とりあえず割り箸を割る。私は割り箸を割るのは苦手だ。もう少しスムーズに綺麗に割れるように作れないものか。

ともあれ焼きそばを口に運ぶ。何故か蓮子がこちらを見ているが気にしない事にする。

 

 

 

「あつつ、あつ……うん、美味しいわね」

 

冷まし忘れた為だいぶ熱いが、確かにバーベキューとは違ってやや薄味であっさりしている。肉も多めに入っているし…コレはバーベキューのと同じ肉だ。濃いもの続きは飽きるのではないのか。

だが野菜が多めに入っている分そこまで濃くは感じない。上手くバランスが取れていて、これがイベントで食べれるのなら上々だろう。

 

 

 

「うんうん、それなら作ったかいがあるってものね」

「……コレ、貴女が作ったの?」

「ええそうよ。メリーの要望通り、野菜たっぷりにしましたとも」

「…なら、バーベキューの方も野菜を入れてほしかったものね」

「そこは私の担当じゃないもの。あくまで焼きそばだけだし」

 

蓮子に料理ができるとは意外だった。若干失礼かもしれないが、性格的にてっきり出来合いのもので済ませるタイプだと思っていたのだが。

そんな私の思いを表情から察したのか、蓮子が不機嫌そうな目でこちらを睨んでくる。

 

「何よ、その顔。今どき簡単な調理くらい誰でも出来るでしょ?」

「はいはい、それは悪うございました」

「信じてないわね…」

 

さっきよりも不機嫌さの増した顔でこちらを見てくる蓮子をなだめて、焼きそばを食べ進める。普段はあまり食べないし、食べたとしてもソースばかりだったが、たまにはこういう味も良いと思う。もっとも、そういう時に限って予想外の出来事が起こるのは遠慮したいものだが。

蓮子と同時に食べ終わり、蓮子がとってきたペットボトルのお茶を飲んで一息つく。本来なら人と話す予定は無かったのが、私にしては随分とよく喋ったとふと思う。蓮子のぐいぐい来る性格に押されたのもあるかもしれないが、

 

「たまには人と話すのも、悪くないかもね」

「うん?何て?」

「何でもないわ」

 

そう答えて、立ち上がって木陰から出る。ちょうど解散になったのか、鉄板の火はすでに消え、まばらに河川敷を後にする人の姿も見える。

 

「あら、もう解散?早いものねぇ」

「もっと早くても良いくらいだわ、明日の講義に支障が出たら困るもの」

「真面目ねぇ、メリーは」

「不真面目なら大学なんて来ないわよ」

 

それもそうね、とぼやいて蓮子も木陰から出てくる。この短時間の付き合いで判断すると蓮子もそこまで真面目には見えないのだが。

 

「じゃあ、私達も帰るとしましょうか」

「ええ、そうね」

 

蓮子に促され、河川敷から斜面を登って道まで出てくる。蓮子はそのまま行こうとしたが、あいにくここからでは私の家は反対方向だ。

 

「じゃあ、私はこっちだからこれで」

「あら、そう」

私の言葉に蓮子は振り向いて、

 

 

 

 

「じゃあね、メリー。また明日」

 

そう言って夜道を歩いて行った。それを見て私も踵を返す。

歩き始めたところで、ふと今の言葉を思い返す。

 

「……また明日?」

 

いや、きっと聞き間違いだろう。互いに連絡先の交換はしなかったし、そもそも学部も違うのだ、そうそう会えるものではない。

それでも。ふと今日のやり取りを、蓮子を思い返して。彼女なら、また私に会いに来るのでは無いかと、そんな事を思って。

 

 

 

「…ええ、また明日」

 

そう呟いて、私は1人夜道を歩き出した。

それが、私達の最初の出会い。そしてこの時の私は、蓮子との付き合いがとてつもなく長くなる事を、まだ分かっていなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

「こうして思い出すと、まさかこんなに長い付き合いになるなんて思わなかったわね」

 

いつもの大学のカフェテラス。講義終了後に集まった私と蓮子は、雑談ついでに昔話をしていた。

 

「そうねぇ。でもまぁ、結果的に私があそこに出向かなきゃ、私とメリーは今こうして話すことも無かったわけで」

「そうね、貴女のその行動力を尊敬するわ」

 

たわいも無い話をしながら、ふとなんでこんな話をしていたのか思い出そうとする。だが思いのほか昔話が長くなったのか、どうにも思い出せない。

 

「ねぇ蓮子、私達どうしてこんな話してたんだっけ?」

「メリーも意外と忘れっぽいのね。そりゃもちろん、今年ももう少しでそのバーベキューのイベントだからよ」

 

ああ、そうだった。別に新入生用のイベントなのだから、本来は話題に上がりはしないのだが、それは私だけの理由だった。

 

「そういう事で、私は今年も焼きそば作る羽目になったのよね」

「その分じゃ毎年焼きそばを作る事になりそうね。いっそ文化祭でお店でも開いたら?」

「えー、嫌よ。軽く作る分には良いけど、お店なんか出したら大量にやる羽目になるじゃ無い。そんなのごめんだわ」

 

やる気なさそうに机につっぷした蓮子をたしなめながら、頭の中でイベントの日のスケジュールを確認してみる。うん、その日は特に予定は無い。

 

「ねぇ蓮子。そのイベント、私も行って良いかしら」

「え?珍しいわね、メリーがこの手の奴に行くなんて。また木陰に引きこもるつもり?」

「1年前よりも社交性はありますわ。ただふっと思ったの」

 

 

「また蓮子が作った焼きそば、食べてみたいなって。作ってくれるかしら?」

普段なら食い意地が張ってると言われそうなこの言葉に蓮子は少しだけ目を見開いて。それから得意げに笑ってみせた。

 

 

「ええ、もちろんよ。蓮子さんにおまかせあれ、ってね!」

 

 

 

「じゃねメリー、また明日!」

そうして、蓮子の家まで歩いて。蓮子はいつものように笑ってこちらに手を振ってきて。

私は、蓮子との約束を胸に、やや上機嫌で返すのだった。

 

 

 

 

「ええ、蓮子。また明日」




<NEXT>
「…メリー、それ何?」
「中華鍋よ中華鍋。こういうのは形から入るのよ蓮子」
「それを私の家の台所に置かないでって言ってるの!言っとくけど私使わないからね!?」
「えー…。楽しいのに」

【第4話 秘封流炒飯 〜パニック・ホリデイ〜】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秘封流炒飯 〜パニック・ホリデイ〜

今回は食べるだけで無く自ら(主に蓮子)の手で作り出すのだ


「よっ、と。お邪魔しまーす」

「はいはい。靴は揃えてよ?」

 

玄関から聞こえる蓮子の声を聞きながらエプロンを着ける。時刻は昼前。普段なら大学で講義を受けている時間帯だが、今日は私も蓮子も、ひいては大学の皆が休講だ。

 

創立記念日。

 

今までの私なら1日中本でも読んで過ごしただろうが、今私は蓮子と共に台所に立っている。いつも通り、蓮子の思いつきで。

 

 

『せっかくの休みだし、2人でお昼でも食べましょう!』

 

そんなメールが早朝に届き、寝ぼけながらもその位ならと了承した結果、材料を買っていくとのメールが届いた時点でようやく蓮子の考えに気づいたが、その時には手遅れだった訳で。

 

 

 

「さて、とりあえず作り始めましょうか」

 

蓮子の買ってきた食材は、卵にネギ、それとエビ。加えてカニの缶詰だった。主食は私が用意しろと言うことか。

 

「でも何作るの?というか野菜類…」

 

「いや、野菜類買ってくるのは金額的にも体力的にも無理だったわ。一応チャーハンを作るつもりだから、そんなに野菜入らないしね。とりあえず、メリーはお米を炊いてくれる?」

 

「なるほどね。あ、お米なら作るのが面倒な時用に冷凍してたのがあるけど」

 

「ナイスよメリー、それじゃあここは蓮子さんの腕の見せ所ね」

「頼もしいわね。それじゃあ料理は蓮子に任せて、私は本でも読んでるわね」

台所に背を向けてエプロンを取ろうとしたところで手を掴まれた。

 

「何言ってるの。もちろんメリーにも手伝って貰うわよ?」

言い出したのはそっちだろうに、それに私は切れた調味料とかを買ったりしたかったのだが…。どうあれ勝手に台所を使われて変にされても困る。結局私は蓮子と共に昼食を作り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、何でチャーハンにカニ?普通チャーシューとかじゃないかしら」

「普通はね。でもほら、普通のチャーハンより変わったものが良いじゃない?」

「それで失敗しなければね。それじゃあこのエビは?」

「確かチャーハンに入ってなかったっけ?」

「……ピラフと勘違いしてない?」

そうだっけ、と首を傾げながらネギを切る蓮子。チャーハンにも入っていないわけでは無いだろうが、やはりそこはピラフだろう。

 

「まぁ良いわ。フライパン温めとくから卵溶かしといて」

「はーい」

 

卵を手にとり、ボウルのふちで軽く叩いてヒビを入れる。はて、私はチャーハンを作った事が無いのだが、いくつ位入れるものなんだろうか。

 

 

「……まいっか。入れすぎても不味くはならないでしょ」

 

私も、多分蓮子も卵は好きだろう。多く余っても使うとは限らないし、4つ位入れてしまえ。

 

 

「溶けた?じゃあ先に卵を…って何か多くない?」

「大丈夫よ。人間は多い方が嬉しいものよ」

「そういう話じゃなくて…」

 

フライパンに卵を注ぎ入れる。入れたら半熟状になるまでかき混ぜて、一旦取り出すのが普通なのだが。

 

 

 

「……これ、半熟になりきる前に固まらない?」

「誰のせいよ!とにかく、多少の固まりは問題ないわ。どうせ混ぜながら炒めるんだし。…よし、こんなとこね。じゃあ一旦取り出して、次はエビとカニね」

 

一部固まってるが、固まらないよりはマシだろう。油を引きなおしてエビとカニの缶詰をーー

 

 

 

「……あ、缶詰開けてない」

「え」

 

既にエビを投入していた蓮子の動きが一瞬固まる。卵に夢中ですっかり忘れていた。

 

「えーっと缶切り缶切り…」

「急いでメリー!エビが焦げる!」

「フライパン上げとけば良いでしょ…」

 

あった。家に缶切りがあるかも不安だったが、どうやら昔の私は缶詰にお世話になったようだ。封を開けて水を切ったカニをフライパンに投入する。

 

「カニとは言ってもほぐしてあるのね。もっと豪快な感じのカニかと思ってたけど」

「安物の缶詰だからねぇ。と言うか缶詰にそんなのを求めないでよ」

「分かってるわよ。ええと、次はご飯だったかしら」

 

冷凍庫からご飯を取り出す。多めに炊いておいたとは言え2人分になるのやら。

 

「ええ、ほいっと。そしたらエビとかと軽く炒めて、卵も投入と」

 

順番に具材を入れて炒めていく蓮子。意外と手慣れているようで、手の動きに迷いがない。

 

「蓮子のことだから、てっきりテレビの真似でもしてフライパン振るのかと思ったわ」

「あれだってふざけてやってる訳じゃないでしょ。フライパンだとこぼすからやりたく無いし。メリー今度中華鍋でも買っといてよ」

「嫌よあんな重いもの。手入れも大変だし自分で中華作ろうなんて思わないわよ」

「ごもっとも。さて、後は味付けして軽く炒めれば完成よ」

「はいはい、ええと普通の味付けでいいのよね?」

「そうよ、塩と胡椒ね」

 

はいはいと、私は塩と胡椒の入った瓶を取ろうとして。

 

 

 

 

 

 

 

私の手が、止まった。

 

 

「……ねぇ、蓮子」

「んー?」

 

 

 

 

 

「塩も胡椒も、切らしてる」

「……は?」

 

 

一瞬にして台所が凍りつく。そうだ、私は今日そもそも調味料を買うつもりだったでは無いか。よもやピンポイントで無いとは。

私がそんな事を思いながらフリーズしている間に、蓮子はハッと頭を振って、私に木ベラを握らせた。

 

「とにかく、メリーは焦げないようにしてチャーハン混ぜてて。塩胡椒は私がダッシュで買ってくるから」

「…お願い」

 

言うが早いか蓮子は台所から出て行った。その音を聞きながら、私は木ベラを持ったまま半ばフリーズした頭でチャーハンを混ぜ始めた。

 

 

 

 

「……ひどい目にあったわ」

「ええ、まさか今日に限って塩胡椒が無いなんてね…」

 

あの後、超速で近所のコンビニにダッシュして塩胡椒を買ってきた蓮子のおかげで、今私たちの前にはチャーハンが出来上がっていた。

見た目としてはある程度整っているが、実際は米と卵の比率が釣り合いそうになっていたり、味付けの塩胡椒をぶちまけかける等で味についての保証は出来ない。

 

 

「…と、とりあえず食べましょ!作り方自体は違ってないから味も良いはずよ!」

「…ええ、そうね」

 

恐る恐るチャーハンを口へと運ぶ。いや、これはむしろチャーハンなのか。半分米だが半分卵の炒り卵かもしれない。

 

 

 

「ああ、うん。チャーハンの味ね」

 

確かに卵は入れすぎてしまったようだが、その分多めに振られた塩胡椒で丁度いいバランスになっている。ネギは若干しょっぱいが、まぁ他の具材より少ないのであまり気にならない。

そのままではすぐ飽きそうなものだが、加えたエビとカニがアクセントになって飽きない味になっている。もし普通のチャーハンの様にチャーシューだったら塩気が強かったかもしれない。

結果的に美味しくなったものの、偶然に助けられた所が大きいと言う訳だ。

 

「うん、美味しいは美味しいけど、これじゃ半分スクランブルエッグね」

もう半分を食べ終えた蓮子がそうぼやく。私も同じ感想だ。だがその分米がかさましされて丁度良かったのかも知れないが。

 

「これはリベンジしたいわね…。メリー、今度中華鍋買っといてよ。後調味料もね」

「悪かったわよ…。それでも中華鍋は買わないわよ」

「そうね。というか、フライパンで作ってアレだものね…」

蓮子が苦笑しながら台所に続くドアを見やる。

ドアの先には未だ片付けていない台所が広がっている。具材を切ったまな板やフライパンはもちろん、おそらくぶちまけかけた際に漏れた塩胡椒でも散らばってるかもしれない。

 

 

 

「憂鬱だわ…」

「ま、まあまあ。またいつかリベンジしましょ?私も片付けるからさ」

「…そうね、リベンジよ。このままでは終われないわ」

思わぬ失態を見せてしまったが、次こそは完璧なチャーハンを作ってみせようでは無いか。

 

 

「ええ、その意気よ、メリー。さ、そろそろ片付けに行きましょ」

「ええ、そうね。さっさと片付けて紅茶でも飲みたいわ」

 

 

「あ、あれ?これ洗ったやつだっけ?」

「違う、それはもう乾かすだけだってば!」

 

 

しかし、今度は蓮子の方がヘマを連発してしまい。

私達の休日は、チャーハンとその片付けに大部分を割かれる結果となってしまったのだった。




<NEXT>
「メリーって意外と天然なのね」
「いいえ、あれは急に連絡を入れた蓮子が悪いわ。それより次回予告」
「きまってない」
「」
「冗談よ」

【第5話 学食の生姜焼き】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学食の生姜焼き

生姜焼き単体だと豚肉のやつになるらしいですね
他の肉の呼び方見たこと無いけど。


「つ、疲れた…死ぬ…これだから休み明けの講義ってやつは…」

「蓮子は年がら年中そんな感じじゃない。何で大学来たのよ」

「それとこれとは別でしょ…。何でメリーはそう平然としてられるわけよー」

「周りを見てみなさい。蓮子ほど疲れ果ててる学生なんて居ないわよ」

 

私達は今学食に入ってきたところだ。記念日という事で休講を貰った私達だったが、翌日から講義だというのに蓮子は夜中までオカルトスポット探しに精を出していたらしく、このざまである。というか、蓮子と一度だけ一緒の講義だったが、その時蓮子は寝ていた気がするのだが。面倒だったので起こさなかったけれども。

 

「ん、今日はあんまり混んでないわね。さて、何食べようかしら」

「そうねえ、最近自分で作ったばかりだったから学食は久しぶりね」

 

私達の大学の学食は値段の割に量が多いという事、それと無駄にメニューが多い事が特徴だ。定番の定食や丼モノから何処で作っているのかたこ焼きやアメリカンドッグ等々がある。ちなみに最近の人気メニューは焼肉定食らしく、今学食にいる生徒の大半も焼肉定食を食べていた。

 

「あんま長く考えても混んじゃうし、私は日替わり定食にするわ。メリーは?」

「ん。じゃあ私もそれにするわ」

 

もちろん日替わり定食だってある。私はこれを頼むのは2度目なのだが、正直1度目は失敗だった。ゴテゴテに盛られた肉ばかりのメニューで目を剥いたモノだ。あの時は死ぬかと本気で思った。

 

「何遠い目してるのよメリー。そんなにお腹空いたの?すいませーん、日替わり定食2つー」

 

蓮子が注文をしている間に私は席を確保しておく。蓮子は蓮子で私の知る限り日替わり定食は初めての筈だが、内容の分からないものに首を突っ込むのは蓮子らしいと言えばらしいか。

手荷物を置いて蓮子の元へと向かう。トレイを持っているところを見るともう出来上がったらしい。

 

蓮子に続いて私もトレイを受け取る。さて今日のおかずは何になる事やらーー

 

 

 

「これは…生姜焼き、だったかしら」

 

トレイの上にあるのは普通のご飯と豆腐の味噌汁、それと大きめの皿に盛られたサラダと焼いた豚肉だった。ほのかに生姜の香りがするので恐らく生姜焼きだろう。

 

「だったかしらって、もしかしてあんまり食べた事ない?」

「そうね。私どちらかと言えば魚派だし」

 

肉も嫌いなわけではないが、私にとっては少し油が多い気がする。蓮子の向かいに座り、同時に手を合わせる。

 

 

「んじゃ、いただきます」

「いただきます」

 

まずは味噌汁からにする。何気に豆腐の味噌汁は久しぶりに飲むなと思いながら少し冷ましてすする。やはり暖かい汁物は落ち着く。と、

 

 

「……この味噌汁、豆腐しか入ってないわね」

 

先に味噌汁を飲んでいた蓮子が眉を寄せる。私も箸で中を少し探ってみたが、確かに豆腐以外の具は入っていなかった。

 

「あはは…ここの日替わり定食は何かしら抜けてるところがあるらしいわね」

「全くもう、もう少しくらい何か入っててもいいじゃない」

 

肩をすくめる蓮子をよそに、今度は生姜焼きを食べる事にする。既にある程度切られているので自分で切ったりする必要が無いのがこういう料理の利点だと思う。

 

 

「うん、美味しい」

 

タレの味に僅かに辛味があるおかげでご飯が進む味付けだ。生姜も効きすぎておらず飽きも来にくい。出来ればポン酢が何かでも食べてみたい。

 

「そうそう、メリー」

「何?」

 

既に半分程食べ終えた相棒が話しかけてくる。何故蓮子はこうも食べるのが早いのだろうか。私が遅いわけではないと思うのだが。

 

「メリーが遅いだけよ。それでね、この生姜焼きって、昔は焼肉なんかと割と混同されてたらしいわよ」

「心を勝手に読まないで…。で、これと焼肉が同じように見られてたって?」

「そうみたい。まぁ、私からしてもどっちも肉を焼いたものには変わりないし、多少味が違うだけだから分からなくも無いけどね。焼肉の方が味が濃くて米が進むー、ってのも聞いたけど」

「そうかもね…」

 

最後の一口を頬張る蓮子を見ながら、何となく蓮子の言う光景を思い浮かべてみる。

味や名前は違うのに、見た目の類似で纏められてしまうもの。食べものに限らずそう言う事例はあるだろう。むしろ食べ物以外の方が多いに違いない。

けれど。

 

「やっぱり生姜焼きは生姜焼きだわ。この料理にしかない味だもの」

「あら、メリーにしては珍しい発言ね。メリーの家の本みたいに全部一緒くたにするかと思ってたんだけど」

「失礼ね。私の持ってる本は全部ちゃんと分けられてるの。中身や作者とかね。大体蓮子はそういう所が甘いからーー」

 

 

 

ーーそこから先はあまり覚えていない。柄でもなくヒートアップして何かを語った気がするが、気がついた時には蓮子と並んで帰り道を歩いていた。

 

「おーいメリー、だいじょぶー?」

「大丈夫よ。何を蓮子に話したかは覚えてないけど…」

 

私が言うと蓮子は少しだけ顔を背けた。そしてぼそりと一言。

 

 

「あれは…うん、ヤバかったわ」

 

…どうやら学食の私は随分と喋ったようだ。この相棒をここまで疲弊させる位なのだから。

 

「いやー、あんなメリー始めて見たわよ。本のことになると怖いわねー」

「んー…ぼんやりとだけど本の事だけじゃなくてね」

「うん?」

 

多分、直接的な原因は蓮子の言った生姜焼き云々の話だろう。食べものに限った話では無く、私は恐らくーー

 

 

「ーーただ、いくら似ていてもソレは偽物だって、言いたかったのかもね」

 

「…なるほどね。大丈夫よ、本物との区別、私がつかない訳ないわ」

「別に私に関して言ってるわけじゃないんだから…」

 

まあまあと笑う蓮子をよそに、昼に食べた生姜焼きを思い返す。

偽物云々で話が逸れてしまったが、とりあえずあれは美味しかった。正規メニューに無くて日替わりの一つだと言うことは、あまり人気は無いのだろうか。

 

「…まあ、美味しかったしいずれメニューにも入るでしょう。焼肉とかにも負けないくらいには、ね」

「ん?どったのメリー?」

 

何でも無いわ、と首を振って歩き始める。まだまだ大学生活は長い。その間に、もしかしたら全てのメニューが成立して、日替わりメニューなんてものも無くなるのかもしれない。

それはそれで面白みに欠けると思うのかも知れないが、そんな日もいずれ見てみたいものだ。

 

今日の夕飯は何にしようか、なんて考えながら、私達は帰路を歩くのだった。

 

 

 




<NEXT>
「ここは…どこ?」
「ん?ここらじゃ見ない人だね」
「貴女も早く帰った方が身のためかもね」
「貴女は……食べてもいい人間?」


「あら、こんな夜中に迷い込むなんて…不運な人間ですこと」

【第6話 幻視・■■■■■】
お楽しみに〜
※いつもと同じグルメだよ!ホラーとかじゃないよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幻視・夜雀の屋台

新天地(?)だよ!登場機会は多くないんですがね


ーー夢、なのだろうか。

目を開けた時、私は見知らぬ森の中に立っていた。

 

「ここは…どこ?」

確か私は、いつも通り蓮子と帰って、いつも通りの時間に寝てーー目が覚めたらという訳だ。

私は夢遊病の類では無いし、そうでなくとも京都にこんな森は無いはずだ。格好も寝巻きでは無くいつもの服装だし。夢だとしたらと自分の頬をつねってみるが。

 

「…痛い」

 

痛みも肌に触れた感触もいつも通り。こういう時はどうすれば良いのだろう。辺りを見回そうにも、夜の暗闇と木々が生い茂っているせいでほとんど判別出来ない。僅かに漏れる月明かりで前方に道があるのが何とか分かる位か。

こういう時に蓮子がいれば面白がって色々調べだすのだろうが、あいにく私にそんな度胸は無い。とりあえず進んでみようか、と足を踏み出した所で背後から物音がした。私は恐る恐る振り返ると、ソコにいたのはーー

 

 

「…女の子?」

 

背丈は小学生ほどだろうか。私と同じ金髪の女の子が佇んでいた。顔は俯いていて表情は分からない。闇に溶けるように顔から下が見えないのは、黒い服でも着ているのだろうか?

どうあれこんな所に1人でいるような感じでは無い。私は少し迷って、少女に声を掛けようとした時、

 

 

「ねぇーー」

 

少女が口を開いた。あどけない様な声に安堵しようとした所で、

 

 

 

ーー無意識に、私は一歩後ずさった。

はっとして少女を見る。よく見えなかった顔がゆっくりと上がっていく。少女の口元は、小さな笑みを浮かべていて。その顔が完全に私に向けられーー

 

 

 

 

 

「ーー貴女は、食べてもいい人間?」

 

 

ーー少女の赤い瞳と、目があった。

 

「っ!」

 

次の瞬間、私は全力で逆方向へと走り出した。

理屈はよく分からない。でも、私の本能が全力で警鐘を鳴らしている。あの少女はマズイと。月明かりで僅かに見える道を走る。追ってきている様な気配はしないが、だからといって立ち止まって確認するという考えは私には無かった。

視界の先で木々が徐々に減っていく。それと同時に、月明かり以外の光がちらりと見えた。

 

 

「あそこまで行けば…」

 

行ってどうなるか分からないが、あの少女が霊的なナニカだった場合は光は苦手な筈だ。それとも科学世紀の幽霊は光を克服しているだろうか?

めちゃくちゃな思考のまま森を抜け、光がより大きくなる。屋台か何かだろうか、その光の元に、私は全力疾走のまま飛び込んだ。

 

 

 

 

 

「うわぁ⁉︎い、いらっしゃいって…スキマ妖怪⁉︎こんな時間に何の用?」

 

「はあ…はあ…」

 

正面から先程とは別の少女の声。息を整えて見上げると、鳥の羽の様な装飾がついた帽子を被った少女がこちらを困惑した様な顔で見つめていた。

 

「あの、私森で…女の子が…」

 

上手く説明が出来ない。そもそもあの少女が本当に逃げなければいけない様な存在なのかも分からないのだ。言葉に詰まる私に少女がグラスを差し出した。

 

 

「人違いかな…?でもただの人間じゃない様な感じもするし…うーん、まあ良いや。お客なら歓迎するよ。取り敢えずそれ飲んで落ち着いて」

 

グラスを一息に飲み干す。ごく普通の水だったが、全速力で走った身体にはよく染みた。

 

「落ち着いた?この辺におっかないような妖怪は居ないと思ったけど、とりあえずココでいきなり暴れたりする様なのは居ないから安心してよ。ハイ椅子」

 

「…ええ。ありがとう」

 

どこから取り出したのか丸椅子に座り少女に微笑みながら、少女の言葉について考えていた。

 

 

妖怪。彼女は何度かそう言った。ここが何処かはまだ分からないが、ここでは危険な人物や怪しい者をそういうのか。それとも、

 

 

 

 

ーー本当に、妖怪がいるとでも言うの?

 

 

ありえない。だが、ココは夢である可能性が高い。少女達を見た覚えは無いが、蓮子との活動や私の記憶から見ている夢だと考える方が自然だろう。

そんな事を考えていると、不意に私の前に皿が置かれた。

少女を見ると、少女は笑いながら別の皿を手にとって、

 

 

「いやー今日はお客さんが来なくてね、サービスよサービス。あ、お酒もあるけど飲む?」

 

「い、いえ…」

 

一応お酒も飲める年齢ではあるが、私はあまり強くはない。差し出された皿を見ると、中は普段あまり見慣れない食べものだった。

 

 

「これ…蒲焼き?」

「そそ、ウチの屋台の定番よ。意外と人気なのよー」

 

タレがかかったそれは、確かにウナギの蒲焼きに見える。ここまで来ると余計に現実離れしている感じがするが、やはりココは夢なのだろうか。妙な夢だが、特に深刻に思っていないのは蓮子と一緒にいる弊害だろうか。

 

「…いただきます」

 

どうあれ蒲焼きを食べて命の危機に陥る事もあるまい。蓮子との話のネタにはなるだろう。皿に添えられた割り箸で蒲焼きを半分に切って口へと運ぶ。

 

 

「……おい、しいけど…」

 

とてもクセが強い味だ。食感も魚のようにほろほろした感じでは無く、もっと歯ごたえのある感じだ。ひょっとしたらウナギの蒲焼では無いのかもしれない。

 

「ありゃ、苦手だった?ヤツメウナギは初めて?」

「や、ヤツメウナギ?」

 

意外な名前に軽く目を見開く。ヤツメウナギと言えば、今の時代滅多に食べられる事のないモノだ。私も名前を聞いた事がある程度のものだが、そんなものまで夢に出るのか。

改めて蒲焼きを口に運ぶ。確かにクセが強いが、食べられない程のものでもない。タレが濃いめで、上手く打ち消されている為だろうか。

とはいえ万人受けはしないでしょうね、と思いながら食べ終えるとそれを見計らった様に新しい皿が置かれた。

 

「んー、ヤツメウナギが苦手ならこっちはどう?最近は人里でも売ってるみたいだし」

 

皿で湯気を立てているのは、何らかのつゆと私もたまに見る食材、こんにゃくや卵にちくわぶ。つまるところ、

 

 

 

「おでん、ね」

 

こんにゃくを切って口に運ぶ。私のよく知る、ごく普通のおでんの味。随分長く煮込まれていたのか若干ふやけ気味ではあるが、その分つゆが染みていて温まる。

 

「美味しい…」

「うんうん、気に入って貰えて良かった良かった。どんどん食べてって言いたいけど…そろそろ屋台を畳まないと」

 

外を見ながら少女が呟く。つられて外を見てみると、既に日が出ようとしていた。そこまで長くいたつもりは無いが、すっかり夜も更ける頃合いらしい。

そこまで考えて、ふとある事に気づく。

 

 

「あ、えっとお代…」

 

夢の中で何を言っているのだろう、と一瞬思ったがここは夢にしては随分リアリティがある。そのせいで口をついて出たのかもしれない。

だが少女は笑って首を横に振ると、小さな包みを渡してきた。

 

 

「いーのいーの、お客来なくて暇してたからさ。それに貴女はウチ来るの初めてでしょ?今後ともよろしくって事で、はいこれ。お土産に」

 

思わず受け取ってしまう。返そうかとも思ったが、少女は既に屋台の掃除を初めていた為どうにも言いにくい。と、不意に背後から足音がした。少女が「もうお店閉めるんですー」と声を上げるが、足音は止まらない。何だろうかと私が振り返ると、

 

 

 

 

「ええ、貴女も早く帰った方が良いわ。これ以上、迷い込みたく無いのなら、ね」

「え……?」

 

目の前にいたのは、日傘をさした金髪の女性。だが、その姿はあまりにも。

 

 

 

 

 

ーー誰かに、似てー

 

 

そんな考えが頭をよぎる瞬間、強烈な眠気に襲われる。とても抗う事が出来ず、私は屋台の机に突っ伏してしまう。少女が何事か声を上げ近づいてくるが、それより先に急激に意識が遠ざかる。

目を瞑る前に見たのは、先程の女性の顔。私を見下ろすその女性は、金の髪に紫がかった瞳。それは、まるでーー

 

 

 

 

 

ーーわたし…?

 

 

 

そのまま、私の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

「変な夢を見て、見覚えの無い包みがあった、ねぇ…」

大学の学食。私と蓮子は昼食をとりながら、私の見た夢についての議論をしていた。

次に目を開けたとき、そこはいつもの、私の部屋だった。ぼんやりする頭で、ああやはり妙な夢だったなどと考えていた時にふと机を見ると、昨夜には無かった筈の、あの夢で少女に渡されたものと全く同じ包みが置いてあったのだ。

 

 

「それも不思議だけど。あと1人の顔だけさっぱり思い出せないって、本当なの?」

「ええ…」

 

夢の内容は、割と鮮明に覚えている。金髪の少女から逃げ、森を抜けた先の屋台で少女に色々振舞って貰った。

だが、そこまでだ。もう1人、誰かを見た覚えがあるのだが、そこだけがすっぽりと抜け落ちてしまっていて、思い出せないのだ。

悩む私をよそに、蓮子は包みを開け始めていた。

 

「とりあえず、この中に手がかりがあるかもしれないしね。何があるかなーっと…」

「呆れる程前向きね…」

 

夢の感じ的に危険物が入っているとは考えにくいが。包みを開け出てきたのは小さな箱。そのままの勢いで箱も開けた蓮子は、少し眉を寄せて疑問の声を上げた。

 

「…何これ?蒲焼き?」

「え?」

 

箱を覗き込むと、確かに私が夢で食べたのと同じ見た目の蒲焼きが入っていた。やや小ぶりではあるが、ヤツメウナギなのだろうか。

私が考える間に蓮子は蒲焼きを1つつまむと、一瞬眺めてから口に放り込んだ。

 

「んー…何というか、ウナギっぽくは無いわねぇ。私はあんまり好みじゃないわ」

 

私も1つ口に運ぶ。確かに夢で食べたのと同じものだ。あれよりも若干タレの味が濃くなって食べやすくはあるが、やはり慣れない人にはクセが強いようだ。

と、不意に蓮子が目を輝かせて私の手を掴んだ。

 

「…何?」

「何って、コレは今日の活動は決まりよ!実際に夢で食べたものがここにあるなら、その屋台自体も何処かにある筈よ!今日は夜まで待って、その屋台を探しに行きましょう!」

 

どうやら、スイッチが入ってしまったらしい。はしゃぐ蓮子をよそに、私はため息1つ。

 

「あのねえ…大体どう考えても怪しいでしょう?ない筈のものが勝手に机にあるなんて」

「そんな事言っても、実物を見たからには信じるしかないじゃない。それともメリーはそれが夢かどうか分からないままで良いの?」

「…そうは言ってないけど」

 

駄目だ、もう止まる気はないらしい。そもそもこういう話を蓮子にした時点で結果は分かりきったものではないか。

とは言え。私もこの包みがなぜあるのか、あの屋台が実在するのか気にならない訳はない。もしかしたら当事者の私からしたら蓮子よりずっと知りたいという欲求があるのかもしれない。

 

「…そうね。夢なのか何なのか、ハッキリさせたいわね」

「その意気よ!よし、それじゃ早速情報収集よ!」

 

はしゃぎながら学食を出る蓮子を追って、私は包みを持って後を追うのだった。




<NEXT>
「穴が空いてればゼロカロリーよね」
「何メリー、今時そんなの信じてるなんて乙女ね」
「意外と大事なことよこれは。この理論が正しければ穴の空いた食べ物がこれから主流になっていくのよ?」
「……現実は?」
「うう…」

【第7話 喫茶店のバウムクーヘン 】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

喫茶店のバウムクーヘン

3月4日はバウムクーヘンの日ーという事でネタと被ったのでこの日に。前回に比べればかなり短めよ。


「何の、成果も、なし‼︎」

週末の夕刻。私達2人とも午前で講義は終了という事で、サークル活動に息巻いていた蓮子に付き合う事数時間。私はがっくりと肩を落とす蓮子の隣を半ば呆れながら歩いていた。

 

「ううー、もう京都にはオカルトなんて無いっていうの…?」

「そもそも今まで大したオカルトを見たことなんてないでしょ」

 

ため息をつきながら空を仰ぐ蓮子を僅かに睨んでそう返す。今まで幾度も活動している私達だが、蓮子の情報についていってロクなものを見た試しがない。記憶に新しいのは大阪城にまつわるものだったか、結局オカルトなんてものは今の時代においてただの迷信なのだろう。

 

「メリーの見た夢の件もさっぱりだしね」

「そうね…。蒲焼きを買ったのを忘れて夢を見ただけかって思い始めたところよ」

「まあ、そこも含めて話し合うとしましょうか」

 

一軒のお店の前で蓮子が足を止める。私も同時に立ち止まる。私達が訪れたのは小さな喫茶店。元々は私がひっそり過ごす場所だったが、蓮子と出会ってからはこうしてサークルの話し合いの場として使う事が多い。

 

 

「いらっしゃいませー」

 

店員に案内されて席に着く。いつも紅茶とショートケーキしか頼んでいないが、今日もそれにしようと思ったところで先にメニューを見ていた蓮子が声をあげた。

 

「そうそう。メリー知ってる?今日はバウムクーヘンの日なんですって」

「…そうなの?別に語呂があっている訳でも無いけど」

 

今日は3月4日。普通そういう日は何かしら語呂合わせをして無理やり読む場合が多いのだが、

 

 

「違う違う、そういうのじゃなくて、今日は日本でバウムクーヘンが初めて売られた日、って事らしいわよ」

「なるほどね。それなら折角だし私はバウムクーヘンにしようかしら」

「あ、じゃあ私も。すいませーん!バウムクーヘン2つー!」

 

注文をする蓮子をよそに、ふと頭に思いついた事があった。本来はドーナツに対して言われていたことだった気がするが、同じ形のバウムクーヘンでもそうだろう。

 

 

「ねえ蓮子」

「んー?」

 

 

 

「聞いたことがあるんだけど。“穴が空いている食べ物はゼロカロリー”って理論、貴女信じる?」

 

 

その時の蓮子の同情に満ちた視線を私は忘れないだろう。

 

 

「…メリー、いくら成果が無かったからって私が求めてるのはそういうオカルトじゃ…」

「ち、違うわよ。昔何かで見たのよ、穴の空いてる食べ物はゼロカロリーって。確かカロリーが真ん中に集まるからって」

「良いメリー?バウムクーヘンを焼く時に真ん中にあるのは回すための棒よ。カロリー以前に食べ物ですら無いのよ」

 

私が口を開く前にバウムクーヘンが運ばれてくる。皿の上のバウムクーヘンは大方の予想通り、中心が丸くくり抜かれた形状をしていた。

 

「ま、まあとりあえず食べましょう?」

「…そうね」

蓮子に促され、バウムクーヘンをフォークで切り分ける。

口に運ぶとケーキの甘さとは違う、バターの味が強い甘味がする。これは喉が渇きそうな感じだ。そうでなくても甘味の口直しに飲み物は飲むけれど。

追加で私は紅茶を、蓮子はコーヒーを注文。すぐに出された紅茶を飲んでとりあえず口直しをする。

 

「それで、落ち着いた?」

「…私が落ち着いていないような言い方ね。さっきのカロリーについての話は場を繋ぐための単なる話題よ」

「分かってるわよ。でも場繋ぎにカロリーの話を持ってくるなんてメリーも案外気にしてるのねえ」

そう言って頬杖をついて笑う蓮子の頭をとっさにはたきたくなったが、一応公共の場という事でこの場では止めることとする。

はたこうと伸ばしかけた手を戻したところで、バウムクーヘンの皿の端に何か小さなピッチャーがある事に気がついた。

 

「あら?何かしら」

「ん?あ、私のとこにもある」

 

蓮子と同時にピッチャーを手にとる。中に入っているのは何だろうと匂いを嗅ぎ、

 

 

「コレは…チョコレート?」

「みたいね。バウムクーヘンにかけろって事ね」

 

言いながら蓮子はチョコソースをかけていた。私もそれに続いて残り半分程のバウムクーヘンにソースをかける。

チョコでコーティングされたそれを大きめに切って口へと運ぶ。

 

 

「んん、そのまま食べるには苦そうなチョコの味ね」

 

ブラックチョコなのだろうか、随分苦味のあるチョコソースだ。それ自体に甘味はさほど感じないが、成る程バウムクーヘンと合わさる事で良い感じに混ざり合って美味しい。

 

「そうね。ここのスイーツ、ケーキ以外も案外イケるわね」

そう言う蓮子の皿には既にバウムクーヘンは無く、のんびりコーヒーを飲んでいた。コーヒーに砂糖なりを入れる所を見ていないが、コーヒーもブラックならかなり苦いのでは無かろうか。

 

「ちょっと待って、私ももう食べ終わるから」

「ええ。にしても、さっぱり活動の話しなかったわね。メリーの説は面白かったけど」

「いつまでもそれを引きずらないの。活動の話はしょっちゅうするから良いでしょう?」

 

確かにね、と苦笑する蓮子に軽くため息をついて、バウムクーヘンの最後のひとかけらを放り込む。

紅茶と共に食べたバウムクーヘンは、すっきりとした後味を残して消えていった。

 

 

 

「さてさて、次はどんなとこに行こうかしらね!」

「そうねぇ、また変な情報に振り回されない事を祈るばかりだわ」

 

星が出始めた道を蓮子と共に歩く。

帰ったら、私も面白そうなスポットを探すのも良いかもしれない。

 

「そうねえ、今度は何処か静かなところが良いかしら」

「まっかせなさい!蓮子さんがエスコートするわよ」

 

帽子を押さえて笑みを浮かべる蓮子に笑みを返して、私達は夜道を行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで蓮子」

「何?」

「女の子にカロリーの話はタブーよ」

「あだっ」

 

 

もちろん蓮子をはたくことも忘れずに。




<NEXT>
「未定よ」
「ええ…」
「作者的にハイペースだからネタが無いのよ」
「そうねぇ、そろそろパンとか麺類とかが良いわね」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秘封大戦 〜タケノコメリーvsキノコレンコ〜

パッとタイトルが出てそこから気分上がって書いた、後悔はしていない。ギャグに走った上に短いです。ゆるして。


譲れないものというのは誰しも持っているのでは無いだろうか。

信念しかり好みしかり、ソレは人の数だけあると言って良いだろう。

しかし、それが相反する場合。その時は互いに全力で譲れないものを守り通す為に戦うことになるだろう。ちょうど、今の私達のように。

 

 

 

 

 

要するに。

 

 

 

 

「あら蓮子、その手に持ってるモノは何?」

「私も気になるわメリー、なんで貴女がそんなモノを持っているのか」

 

 

 

私達秘封倶楽部の、結成以来初の大勝負が始まろうとしていた。

 

 

 

 

事態は少し前にさかのぼる。

いつものように講義を受けていると、蓮子から1通のメールが届いた。内容自体は放課後に集まるという事だったが、その後に、普段は見ない1文が添えられていた。

 

『悪いけど、適当にお菓子でも見繕って来てくれない?私は私で買っていくからさ』

 

そういう訳で、集合場所に指定されたカフェテラスに大人気のお菓子である“タケノコノサト”を買っていったのだが。

あろう事かこの相棒は、私より先にカフェテラスに座って天敵たる菓子“キノコノヤマ”をかじっていたーーという事である。

 

それはともかく。

 

蓮子の正面に座ってタケノコノサトの封を切る。表情は崩していない筈だが、心なしか蓮子を見る目が若干違っているのが自分でも分かる。蓮子もそれは同じようで、流れる空気が僅かに緊迫したものとなる。

 

先に口を開いたのは、私だった。

 

「私は蓮子とつまむように“タケノコノサト”を買ってきたのだけど…。余計なお世話だったかしら」

「そうね。やっぱつまむお菓子といったら“キノコノヤマ”よ。タケノコよりも食べた気になるしね」

「……その意見は賛同しかねるわね」

 

自信に満ちた目でこちらを見る蓮子に対し、私はタケノコノサトをつまんで口に放り込む。

 

「キノコはチョコとクラッカーが分離しているわ。その分一緒に食べた感覚が薄くなりやすい。対してタケノコはクッキーに直接チョコをかけているからクッキーとチョコの一体感が楽しめて量も多いの」

 

ただし喉が渇きやすいわね、と心の中で呟いて持参した紅茶を飲む。甘すぎないチョコのお陰で紅茶とも意外に合う。私にとってキノコのチョコは少し甘すぎるのだ。

そう思っていると、蓮子が不意に笑みを深めた。キノコを食べていつのまに頼んだのかコーヒーを飲み息をつく。

 

「なるほどね。確かに一体感という面では敵わない。だけどね、メリー」

 

言葉を切り、蓮子はキノコをこちらに突きつけた。

 

 

「タケノコには、貴女にとって最大の弱点があるのよ」

「…何ですって?」

「メリー、貴女の指を見てみなさい」

 

言われるがままに自分の指を見る。そこにはタケノコをつまんだときに着いた、クッキーの粉。

 

 

「まさかーー」

 

「そう。タケノコはクッキーを使っている為に粉が落ちる。いくらチョコでコーティングされているとはいえ、下の部分はクッキーのままだわ。そしてタケノコは確かにキノコより量が多い。でもそのせいで、移動の時とかに袋の中で振られた衝撃でクッキーの粉は舞う。コーティングの部分にさえ、粉は及んでしまうのよ」

 

蓮子は余裕のある表情でコーヒーをすすり。

 

 

「カフェで食べ物をつまみながら本を読むメリー、貴女にとってそれは致命的と言える筈よ!」

 

キメ顔でこちらに指を突きつける蓮子に、私は俯いてしまう。

 

その可能性は考慮していなかった。私が本を読みながら食べなければ良いのだが、そうではない。これに対して反論をしなければ、その時点で私の、タケノコの負けなのだ。

考えろ。私は頭を回転させる。ふと、目の前の蓮子を見る。勝ち誇った顔をした蓮子をみて、1つ思った事があった。

 

「…ねえ蓮子。貴女今日は遅刻しなかったのね」

「ん?ええ。たまにはと思ったけどコレ買ってたらギリギリになっちゃったけどね」

「そう…」

 

ならば。私は蓮子を見据えて口を開いた。

 

「なら蓮子。私は貴女に対する反論が出来るわ」

「…へえ?」

「蓮子。下の方のキノコを取ってみて?」

 

蓮子が袋に手を入れ、袋の隅の方のキノコを取り出す。だが、その時。

 

 

 

キノコの傘の部分ノチョコレート。そこがクラッカーから外れ、机の上に転がった。

 

 

「…!」

「キノコはつまんで汚れないのはクラッカーの部分だけ。どちらにせよすべからくチョコを触れば汚れるわ。そしてキノコはチョコとクラッカーが分かれている構造上分離しやすい。更に蓮子、貴女の発言からして、ギリギリになったという事は走ってきた筈。その構造で走ったりなんかしたら、キノコがどうなるか…分かるわね?」

 

蓮子が項垂れる。それを見て私は笑みを浮かべながらタケノコをもう1つつまんだ。程よい甘みとクッキーの食感が丁度いい。

やはりチョコにはクラッカーよりクッキーが合う。クラッカーにはやはりジャムなり何なりをつけるべきだろう。

 

ふと、蓮子が立ち上がった。

 

「なるほどね…どうやら、いくら議論を重ねても無駄みたいね」

 

つられて私も立ち上がる。

 

「ええ。話し合いで分かってもらえればそれが一番良かったのだけれどね?」

 

互いを見据える。徐々に距離が縮まる。

どちらとも無く手を伸ばしかけた所でーー

 

 

 

 

「貴女達、さっきから何を話しているの?」

 

突如かけられた呆れ声に私達は揃って声の方を向いた。

 

目に飛び込んで来たのは、赤だった。

赤い髪に赤い服。おまけにこれも赤いマントの様なものを羽織っている。私達とそう変わらない身長だが、うちの大学にこんな目立つ生徒がいただろうか。すると、蓮子が僅かに目を見開くのが見えた。

 

「お、岡崎(おかざき)教授⁉︎」

 

慌てた様子で蓮子が頭を下げる。それを見て私は蓮子に小声で話しかけた。

 

「知ってる人?」

「知ってるも何も私の物理学の教授よ。類を見ない変じ…変わり者でね、講義以外で滅多に研究室を出ないんだけど」

「へえ…」

 

蓮子に変人と言われるとは可哀想な人だ。教授を見ると、キノコとタケノコを勝手につまんでいた。

 

「そうだ!教授はどっちがお好きなんですか?」

 

思いついた様に蓮子が叫ぶ。待て、その手段はもしや、

 

「ちょっと蓮子、」

「こうなったら多数決よ多数決。多かった方が正義、これぞ今の日本だわ」

「勝手に国レベルにまで発展させないでよ…」

 

勝手に盛り上がる蓮子をよそに、岡崎教授は当然と言った様子でこう答えた。

 

 

「どっちも、と言うよりお菓子なんてどれも同じような物でしょう?」

「え…?」

 

固まる蓮子をよそに教授は続ける。

 

「この2つに限って言えばそうね、どちらもサクサクした食感のものにチョコを加えただけ。この程度のものなら形を変えれば幾つでも類似品は作れるし、何よりお菓子なんて食べるのがいいんだから、一々議論なんてしてたらキリがないわよ」

 

そう言って、教授は踵を返す。カフェから出る寸前に、もう一度私達に顔を向けた。

 

「そうそう、宇佐見さん」

「は、はい」

 

応じた蓮子に、教授は僅かに微笑んで、

 

 

「彼女と議論も良いけれど、次のレポートは遅れないで頂戴ね?そろそろ私も色々考えるわよ?」

 

そう言い残して、教授はカフェから出て行った。呆気にとられた私達は、どちらとも無く座りなおして、それぞれのお菓子をつまんだ。

 

「…何だか、さっきまでの議論が馬鹿馬鹿しく思えてきたわ」

 

そう蓮子がぼやく。私も全く同意だった。

確かに、ほとんど同じ食べ物だ。多少好みが違ったとて、議論を展開する必要は無いのかもしれない。

 

 

「そうね。それに、貴女にはお菓子以前にレポートについて話をする必要がありそうね?」

「あ、あはは…。ほ、ほら、それよりももう少しで春休みよ。そこの予定とか、決めない?」

「はいはい、レポートはその後ね」

 

苦笑する蓮子の手元にあったキノコノヤマを1つつまんで放り込む。私には甘すぎるチョコレート。だがそれも蓮子にとっては丁度良いのだろう。

 

ーもう少し、議論をするのも楽しそうだったけどね。

 

そんな思いはいざ知らず。いつも通りの日常を、私達は過ごすのだった。




<NEXT>
「何だったのあの茶番」
「茶番とは失礼ね!秘封倶楽部解散の危機だったでしょ!?」
「あれで危機なの…」
「まあそれはともあれ春休みよメリー」
「そうね。確か蓮子のエスコートで東京に行く計画だったかしら」
「そうよ。蓮子さんのエスコート力を見せてあげるわ」

【第9話 蓮子の東京エスコート? 〜江戸前寿司編〜】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蓮子の東京エスコート? 〜江戸前寿司編〜

前書きで話すことがなーい!
強いて言うならリクエストに応えられたか甚だふあーん!


「あ、メリー!こっちこっち!」

久しぶりに訪れた駅のホーム。そこでいつもより大きめのリュックサックを背負った蓮子は笑顔で私に手を振っていた。

 

「そんなにはしゃがないでよ蓮子…」

「いいじゃない。折角の小旅行何だし、メリーも楽しまなきゃ損よ?」

「楽しむのは東京に着いてからね。というか、蓮子にとっては里帰りでしょ?」

そう言って笑う蓮子に対して私はため息1つ。そんな私の手にもいつもの大学用より大きな鞄が握られている。

 

 

 

春休み。

大学生たる私達は若干ながら早めの春休みを頂き、その間に蓮子と共に日帰りで東京へと向かう事になった。

蓮子曰く「東京は東京でオカルトとかは沢山あるのよ。私にとって庭みたいなものだから、案内は任せといて!」との事。非常に不安だが、かと言って蓮子がいないよりはマシだろう。

 

僅かにテンションの上がった私達の前に、丁度列車が滑り込んでくる。ただの列車では無く、京都と東京を高速で結ぶ、通称“ヒロシゲ”。およそ1時間もあれば着いてしまう列車に、蓮子は嬉々として乗り込んでいく。

 

「ほらメリーも。着いてからの計画でも話しながら行くとしましょう!」

「はいはい。はしゃいで肝心な時にエネルギー切れにならないようにね」

分かってるわよ、と返す蓮子に苦笑を返して、私もヒロシゲに乗車する。

こうして、私達の小旅行が始まったのだ。

 

 

そしてやってきたるは東京である。

かつて首都であった東京だが、今でも都会に変わりはない為、首都だった頃と同等以上には人が住んでいるらしい。

「それで、まずは何処から行く?」

「そうねえ、とりあえず東京タワーかしら。建ってから随分経つってのに、まだ人は見にくるからね」

「今となっては東京も珍しいものが多いものね」

「それもそうね。さ、行くわよメリー」

 

そう言って、蓮子は私の手を握る。呆気にとられている私をよそに、そのままてくてく歩き始めた。

 

「ん?どしたのメリー」

「…何でもないわよ」

確かにエスコートは任せると言ったがそういう意味ではない。が、それでわざわざ手を離さない私も私なのだろうか?

蓮子に手を引かれながら、私はそんな事を思うのだった。

 

 

 

「いやー、やっぱり高いもんよねー」

「そうねえ。でも1番高いのは別の建物じゃ無かったかしら?」

 

今私達の眼前には蓮子の言う東京タワーがそびえ立っている。少し剥げ気味の赤の塗装で、それでも周りに観光客と思しき人は多かった。

 

「そうよ。でもあっちは逆に人が多すぎるのよ。中からの景色も京都とそんなに変わらないしね」

「あっちは色も普通だしね。そう言えば、この色合いを見てるとこの前会った岡崎教授を思い出すわね」

「思い出さないわよ。メリーは変なところで思い出すんだから」

 

軽く憤慨している蓮子を見て小さく笑う。憤慨したまま、蓮子は自分のリュックを漁り始めた。そのまま見守っていると、取り出されたのはまさかの大きめの三脚とカメラのセットだった。

 

「…どうしたのそれ」

「んー?日帰りとは言え旅行に行くなら写真くらい撮りたいじゃない。モバイルだと景色映らないからね」

そう言う間に手際よく三脚を組み立て、カメラを乗せる。そして何事かカメラをいじると、突然私の方に走ってきた。

 

「ちょっと蓮ーー」

「はいメリー、笑って笑って!」

 

そのまま私の肩を組み、そうまくし立てる。私がまごついているうちにカメラからシャッターの音と僅かなフラッシュ。

 

「…写真撮るなら先に言ってよ」

「ごめんごめん、突然言った方が驚くかなーって思って」

「そりゃ驚くわよ…」

 

三脚を畳む蓮子の横でカメラを覗き込む。そこには、満面の笑みを浮かべる蓮子と、半端に笑う私が写っていて。

 

「あら、メリーったら顔固まってるじゃない」

「…いきなりやった誰かさんのせいでね」

「ごめんってば。ほら、まだ旅行は始まったばっかりよ?もっといい写真でも撮りましょう?」

カメラをしまい、蓮子がまた手を差し出してくる。

 

「…まあ、良いけどね」

 

その手をとって、私達は再び歩き始めた。

 

 

 

「…それは良いんだけどね」

「うん?」

「ちょっと…ううん、大分お腹が空いて」

 

既に京都を出てから大分時間が経って時刻は昼時。ヒロシゲに乗っている間も何か食べはしなかったので何かお腹に入れたいのだが。

 

「うーん、どこか食べれるところ…」

蓮子と共に辺りを見回す。とは言えここの地理を知らない私が何か見つけられるとは思わないが。

 

「あ、あそこにしましょう!」

 

蓮子が1箇所を指差す。そこにあったのは一軒のお寿司屋だった。

 

「お寿司ね。最近、というかほとんど食べた事ないわね」

「ふふん、東京は寿司発祥の地だからね。割と寿司屋が多いのよ」

「それなら期待出来そうね」

 

蓮子と共にのれんをくぐる。中に他のお客はおらず、店主らしい男性が1人いるのみだった。

 

 

「いらっしゃい。好きなところに…といってもカウンターしか無いが」

男性の言う通り、中は意外と小さくカウンターが数席のみ。個人的にカウンターはあまり得意ではないが、どうとでもなる。その為に蓮子がいるのだ。

 

「ふむふむ、今時こういう店も珍しいわね。んーと、私サーモン尽くし!」

早速蓮子は注文をしている。さて、私は何を食べようか、と。

 

「彼女にも同じのを!」

「おい」

勝手に決めないで貰いたい。ついでにその言い方も。

 

「何よ、メリーったらこういうカウンターで声はるの苦手でしょ?」

「他のお客さん居ないんだから別に小声でも良いじゃない」

 

と言うかお店でそんな事を言わないでほしい。男性を見ると、何がおかしいのか僅かに笑いながら魚をさばいていた。

 

「お嬢さん達仲が良いねえ。そっちの金髪の子は何にするんだい?」

「…私もサーモン尽くしで」

あいよ、と男性が再び魚をさばき始める。隣の蓮子が軽く吹き出していたので軽く蹴りつけておく。

そうしているうちに、素早く注文したものがやってきた。

 

「はいお待ち、サーモン尽くし2つね」

 

よくお寿司が乗っている木の台のようなものに、意外と沢山の種類のサーモンが乗っている。矛盾した言い方だが、そのままだったり炙ってあったりしてあるため間違いではない。

 

「おお、これは凄いわね」

 

蓮子が目を輝かせてそう呟く。何だか観光より食事目当てに来たような感じもするが、一々言うのも野暮だろう。

 

「よし、いただきます」

「いただきます」

 

箸をとり、まずは炙りサーモンから食べる事にする。

これは醤油をつけるものなのだろうか。テレビ等を見る限り意外と別れているが、これといって決まってはいないらしい。私はそのまま頂くことにする。

 

「…意外に、柔らかいものなのね」

炙ってあるぶん身が固くなってるかと思っていたが、そんな事は無かった。炙られたお陰で余分な脂が落ちて私好みの味だ。

続いて普通のサーモンに醤油をつける。蓮子はシャリごと箸で掴んでつけているが、あれだとシャリが醤油に落下するのが怖いので私は魚だけさっとつけて終わりだ。

 

「ん、こっちも柔らかくて美味しい」

 

若干醤油をつけすぎたかしょっぱくなっているが、それでも味を損なわず口の中で溶けるように柔らかい。

 

「…メリーったら食べるの早いわねぇ。そんなにお腹空いてたの?」

 

ふっと蓮子の言葉で引き戻される感覚がした。蓮子の方を見ると、まだ半分ほど残っている。大して私はもう殆ど食べてしまい、後は巻き物のみになっていた。

 

「メリーったらそんなに一気に食べたら太るわよ?」

「…その話はしない。それにお寿司はカロリー低いのよ」

多分。私は残った巻き物を口に入れる。

 

「…これもサーモン?」

「尽くしだからね。サーモンの巻き物はウチ位しかやってないよ」

 

男性の言葉通り、巻き物の具はサーモンと、後はキュウリだろうか?巻き物は鉄火巻きと河童巻きくらいしか食べた事は無いが、先程食べた2つより食感がしっかりしていてこれまた美味しい。

最後に一緒に出された緑茶を飲む。お寿司と一緒に飲む組み合わせとしてほぼ一択のような感じがするが、それも納得の相性だ。

 

「ふう…ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでしたー」

 

私と蓮子がほぼ同時に食べ終わり、手を合わせる。と言うか、蓮子も結局食べるのが早いではないか。ただ蓮子は体重の事など大して気にしていなさそうなので、私だけ気にしているようでシャクなので言わないが。

 

「お粗末様。お嬢さん達は観光で?今ならスカイツリーが人少なめでオススメだよ」

「あ、そうなんですか?行ってみます!行きましょ、メリー!」

「初めて来る私よりはしゃいでるわね…」

 

会計を済ませてお店を出る。次にお寿司を食べる機会があれば、他のネタも食べてみたい。流石は発祥の地だろうか。

 

「あ、スカイツリー、ここから見えるのね」

「え、本当?」

蓮子が見ている方向を見やる。だが、そこには空が広がるばかりでスカイツリーは一向に見えない。

 

「メリーよりは目が良いのよ。さ、行きましょ?」

いや、単に視力の問題では無いと思うのだが。ともあれ、私は先んじて蓮子の手を取って歩き出す。

ぽかんとしている蓮子に私は告げる。

 

「ほら、行きましょ?エスコート、してくれるんでしょ?」

 

蓮子が一瞬だけ、顔を背けて。すぐに笑って、私の手を握り返して歩き出す。

 

「ええ、もちろん。まだまだ行くわよ、メリー!」

 

 

こうして、蓮子と共に様々な所を回って。思えばオカルトスポット以外で旅行をするのは初めてかもしれないと、そんな事を思いながら、蓮子との時間は過ぎていった。




<AFTER>
「はぁ…やっと帰ってこれた…」
「あはは…まさか帰りのヒロシゲを逃しかけるとは思わなくてね」
「大体は蓮子のおかげだけどね…」
「ま、まあまあ。ほら、次回予告次回予告」
「次回?んー、確か麺だったわね」
「メリーの予告が段々と雑になっている…」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蓮子のお見舞い天玉うどん

やや久々の蓮子サイドー
そして短い!今の僕にこのシチュで長文書く力は無い許して!


部屋に電子音が鳴り響く。

「うう…ん」

メリーがベッドから上体を起こす。今は春休みの昼前、目覚ましをかけるには少々遅い時間だが、この電子音は目覚まし時計からのものでは無かった。

「ほい、見して」

「ん…」

メリーの手から電子音を立てたモノを受け取る。今時逆に珍しい、脇に挟むタイプの体温計。

 

 

これが示す事実としては。

 

 

「ふーむ、まだ若干あるわね。まあ明日明後日には大丈夫よ」

「……」

 

相棒の風邪の看病をしているという事だ。

 

 

 

 

春休みを利用して東京へ行った私達だが、帰ってきた翌日にメリーは風邪をひいてしまった。ちなみに私は健康体だ、昔から頑丈さには自信がある。

ともあれ私はメリーの看病の為、こうしてメリーの家にお邪魔しているのだった。

 

「さて、そろそろお昼作ってくるわね」

「ん…。ごめんなさい、蓮子」

「気にしない気にしない。私とメリーの仲でしょ?」

 

メリーの声を背中で聞いて台所へと向かう。今日のお昼は既に決めてあるし、材料は既に買い揃えてあるので安心だ。

 

 

「さて、パパッとやりますか」

 

鍋に水を張り火にかける。同時にネギと玉ねぎを細かく刻んで、鍋が沸騰する間にうどんの袋麺を取り出す。

 

「茹でれば即食べれる時代になったものねぇ」

 

それは随分昔からそうではあるのだが。ともあれ病人が居ても手軽に作れるのは良い事だ。沸騰した鍋に麺を投入し、一緒に卵も投入する。

 

「別々にやった方が良いらしいけど…まいいでしょ」

 

茹でている間に衣を準備し、ネギと玉ねぎをくぐらせる。もう一つ鍋を準備し、揚げ始める前に一旦メリーの所へ。

 

 

「もうちょい待っててー。ハイ飲み物」

グラスにスポーツドリンクを注いでメリーに渡す。当のメリーは枕に突っ伏していたが、私の声にのそりと起き上がってちびちび飲み始めた。

 

「……蓮子にあれこれされるのは何だかシャクね」

「あら、じゃあ自分でやる?」

「…そういう訳では、無いけど」

「なら良し。さて、じゃ仕上げてくるわね」

 

再び台所へと向かい、衣をつけた野菜を揚げ始める。卵とうどんも鍋から引き上げ、うどんを先に器に盛る。つゆも出来合いのものが売られているため、この辺りはほんとに楽だ。私自身料理をそこまでしないけど。

 

「おっと、油がはねるはねる」

 

きつね色になった天ぷらを引き上げる。かき揚げの形に揚がったそれを器に盛り、余ったネギをちらす。

 

「うーん、もうちょっと何か…」

 

これだけだと何となく寂しい気がして冷蔵庫を開ける。ちょうどカマボコがあったので拝借し、切って盛り付け。

 

 

「ん、こんなもんね。おっと、卵があったわ」

 

最後に卵を落とす。半熟にしたつもりが若干固くなっていたが、まあ味に変わりは無いので良いだろう。

 

 

 

「よし、完成。お待たせメリー」

 

箸と一緒に器を運ぶ。メリーは完全に起き上がっていて、スポーツドリンクをおかわりしていた。

 

「うどん…こんなのも作れたのね」

「半分くらい出来合いものだけどね。さ、食べましょ食べましょ」

 

 

「はあい、いただきます」

「いただきます」

 

一口麺をすする。うん、さっと茹でただけだから固いかと思っていたが、案外丁度いい固さだ。つゆは温めただけなので不味くなる訳もなく、あっさりしている。

メリーを見ると、「うどん、あったかい…」と大きく息をついていた。普段とのギャップに思わず笑みがこぼれる。

 

「うんうん、卵もまあまあイケるわ」

 

本来の半熟とは違うが、入っているだけでアクセントにはなる。我ながら力作だと思う。

 

「さて後は天ぷら…」

というよりかき揚げか。つゆを吸ったかき揚げを口にして、

 

 

「…んー?」

「…天ぷら、油っこい…」

 

同時に天ぷらを食べたメリーが顔をしかめる。慣れないことをするべきでは無かったか、食べられない訳ではないが確かに油っこい。というか、仮にも病人のうどんに天ぷらをのせるのは流石にまずかったか。しかもそこまで美味しくないやつを。

 

「あはは、ごめんメリー、それ私が食べるわ」

「んー、もう食べ終わるから、いいわ…」

 

見ると、もううどんは殆ど無くなっていた。普段は私に食べるのが早いと言うくせに、こういう時は早いのか。

私も残りのうどんをかきこむ。残ったかまぼこを放り込んで、器を手に立ち上がった。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さま。じゃ、片付けてくるからメリーは寝てて」

「ん…」

 

既に眠そうにあくびをしているメリーをちらりと見て、台所に向かう。洗うものも大してないから、すぐ片付けも終わるか。

 

「よし、やりますか」

 

 

 

 

 

 

 

片付けを終えてメリーの所に戻ると、案の定メリーは寝息を立てていた。

 

「…割と寝相が悪いのね、メリーったら」

 

掛け布団が大きくずれている。見た目がお嬢様らしいせいで生活態度もきっちりしていると思っていたが、眠っている限りはそうでも無いらしい。きっちりしている人はオカルトサークル何かに入りはしないだろうが。

 

「……」

思えばメリーの寝顔を見るのは初めてな気がする。これまで私が居眠りをしてメリーに起こされる事は何度もあったが、逆は珍しい。

 

 

ーーもう少し、近くで見てみようか。

 

 

不意にそう思い立って、そのままメリーに顔を近づけて。そのタイミングで、腕を何かに掴まれた。

 

「…んあ?」

 

掴まれた腕を見る。掴んでいたのは予想通り、この部屋に私以外う唯一いるメリー。だが両腕でがっしり掴まれている。一瞬困惑し、とりあえず腕を外そうと動きかけたところで。

 

 

 

 

 

ーー私は、一気にメリーのベッドに引きずり込まれた。

 

 

「ちょっ…⁉︎」

 

そのままメリーに、抱きすくめられる様に密着する。慌てて手を外そうとするが、そういう時に限って中々思うようにいかない。

 

 

「んー…蓮子、あったかい…」

 

加えてメリーの言葉が、私を僅かに混乱させる。普段とのギャップがありすぎでは無いか、これでは。

 

「んー…あつい…」

 

そうこうしているうちに、メリーの腕の力が緩んだ。好機と腕を外し、ベッドの外へと脱出する。メリーは意にも介さず幸せそうに寝息を立てたまま。

 

「全くもう…」

 

1つ息を吐き、スポーツドリンクを注いで飲み干す。少し、ほんの少しだけ鼓動が早かったが、それももう落ち着いた。

 

「普段とは真逆ねえ…」

 

少しだけ呆れの混じった声が漏れる。寝ているメリーの顔は変わらず、眠り続けている。

 

「どれどれっ、と…」

 

私はもう一度、メリーに顔を近づける。今度は思いつきでは無く、熱を測る為だ。

 

 

「ん、もう殆ど無いわね」

 

そのまま、メリーの額に自分の額を当てる。体温計を使いたいが、寝ている状態では難しい。ともかく、もう熱は殆どない。これなら起きた時には引いているだろう。

これなら後はメリーだけで大丈夫だろう。最近はオートロックが堅い為、こういう時に外出もお手の物だ。台所に向かい、うどんをもう一回すぐに作れるように支度をしておく。部屋に戻り、うどんの事をメモに書き留めて立ち上がる。

 

眠っているメリーをもう一度見やって、部屋を後にする。

いつもとは逆にメリーについてあれこれ考えた気がするが、たまにはそういうのも悪くない。今まで振り回した分バランスが取れているというものだ。

 

 

 

「それじゃ。おやすみなさい、メリー」

 

 

小さく呟いて。そのまま私はメリーの家を後にした。

 




<NEXT>
「…ん?あ、メリーは今回居ないんだっけ」
「うーん…とは言えメリー抜きだと間が…」
「そ、そうね。メリーの風邪が治った時の予定でも決めときましょう」

【次回 秘め封じられた葡萄酒 〜焼肉を添えて〜】
次回もお楽しみに〜

「焼肉が…メインじゃ、無いの…」
「はいはい、メリーは寝てる」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秘め封じられた葡萄酒 〜焼肉を添えて〜

あ、もちろん焼肉メインですよ?
葡萄酒が添える方ですよ?(すっとぼけ)


「カンパーイ!」

「…かんぱーい」

 

私の目の前にはご機嫌でグラスを傾ける蓮子の姿がある。私の手にもグラスはあり、中には蓮子のグラスと同じ、赤紫の液体が注がれている。

 

 

『私の家でパーティーするわよ!』

 

と、そんなメールが届いたのがほんの1時間前。日も落ちかけた時間帯に何をいきなりと思ったが、私も予定があるわけでは無い。そうして蓮子の家に着くなりこの相棒がワインを引っ張り出してきて、今に至る。

 

「大体、何のパーティーなのよ…?」

「理由なんて何でもいいのよ。騒ぎたい時に騒ぐ!コレが秘封倶楽部のモットーよ!」

「…貴女、もう酔ってない?」

 

平気平気、と言う蓮子は確かに見た目の変化は無いが、いつもよりハイテンションになっていないか。もしかしたらいつもの事かもしれない。

私もグラスを傾けワインを飲むことにする。大してお酒に強くない私でも、グラス1杯程度なら問題は無いだろう。

 

 

「甘…。これじゃ殆どジュースみたいなモノね」

 

ワインと言えば酸味が強めかと思っていたが、蓮子の用意したこれは相当に甘味が強い。後の方に僅かながらに酸味はあるが、強くない私でも滅多な事で酔ったりはしないであろう味わいだ。

と言うか蓮子はコレで酔うのか。本格的にお酒を飲んだらまともに飲めずにダウンするのではなかろうか。そんな懸念を他所に、蓮子は不意に立ち上がった。

 

「そうそう!今日のメインを持ってきてなかったわ。ちょっと持ってくるわね!」

「あ、うん…」

 

いつもより大きめの声で告げ、蓮子はずんずん部屋を出て行ってしまった。

 

 

「…これは、あんまり長居しない方が良さそうね…」

 

はぁと息を吐く。本当に酔っているのか知らないが、少なくともあのテンションでは下手に何か言うと絡まれるのが目に見えている。そうならないうちにささっと抜け出すのが吉ね。

と、蓮子が部屋に戻ってくる。その両手には大きな何かと、その上に乗ったいくつかのパックの様なものが見えた。

 

「おっとと…ちょっと、メリー持ってて」

「はいはい…」

 

蓮子から積まれたパックを抱えるようにして取る。ざっと見た感じ全部お肉のパックの様だ。もしやと思い蓮子を見ると、テーブルの上にさっきまで抱えていたものを下ろしていた。すぐさま蓮子がスイッチを入れる。

 

「ホットプレート…。じゃあコレは」

「そそ。レッツ焼肉よ、メリー」

 

そう告げる蓮子の調子はいつも通りで、さっきまでのテンションの高さは見られない。

 

「何?メリー」

「いいえ…貴女って酔いが回るのも抜けるのも早いのね」

「まあね。大体あれくらいでそんな深酔いはしないわよ」

「本当かしら…」

 

私が疑っている間にも、蓮子は慣れた様子でホットプレートに肉を並べていく。私も手伝おうかと手を伸ばしかけて、ある事に気付いた。

 

「…ねえ、蓮子」

「うん?」

 

 

 

 

「……野菜は?」

「……」

 

私の問いに答える事なく、蓮子は肉を焼き続けている。私が一歩踏み出したところで、ようやく蓮子はこちらを向いた。

 

「…メリー、私がさっきなんて言ったか覚えてる?」

「焼肉ね」

「そう、焼肉。いいメリー、今日焼くのはお肉。野菜の出番はどこにもーー」

「冷蔵庫に何かしらあるでしょ?野菜」

「いや、まああるけど…」

「じゃ、それも焼くわよ」

「え、いや…」

 

 

「焼くわよ?」

「……ハイ」

 

どうやら分かってくれたようだ。若干冷や汗をかいている様な蓮子に背を向け、私は台所に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、怖かった…」

「元はと言えば蓮子のせいでしょう。お肉だけだとバランス崩れるわよ」

「それはそうだけど…」

「苦手って訳でもないでしょ。早く食べないと冷めるわよ」

 

恨めしそうにこちらを睨む蓮子をあしらって、ホットプレートで湯気を立てる食材達を小皿に盛っていく。私が野菜を多めに投入したせいで肉野菜炒め同然になってしまったが、正直タレを絡めれば焼肉は成立するだろう。別の小皿にタレを入れ、野菜と肉をくぐらせて、口に運ぶ。

 

 

 

「あつつ…うん、ホットプレートでも焼けるものね」

 

やや辛口のタレによく火の通った肉、野菜のおかげでくどくもなくある程度さっぱりと食べる事が出来る。

私は肉の部位とかには詳しくないが、蓮子はどの部位がどうとか知っているものなのだろうか。目の前でいつも通りがっついている蓮子に声をかける。

 

「蓮子は焼肉の部位とかそういうのには詳しいの?」

「んーん、全然。スーパーのやつだからそこまで良いのある訳じゃないしね。単純に安いのかっさらってきただけよ」

「ふーん…」

「あ、ワイン飲む?」

「…いただくわ」

 

差し出したグラスにワインが注がれる。もう1枚肉を食べ、その後にワインで残った脂を落とす。

 

「ん、単体だと甘いけど。合わせるとイイわね」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう」

 

ワインにしてはやや強い部類の甘味も、肉の味の濃さである程度中和されている様に感じる。それとも私も多少ながら酔いが回ったのだろうか、普通に食べるお肉よりも上質でとける様な味わいを感じる。

蓮子と食べるというのも、プラスはされているのかも知れない。

 

 

 

「ほらメリー、まだお肉もあるから、ドンドン食べるわよ!」

「はいはい、野菜もね」

 

いつの間にやら再びハイテンションになっている蓮子がグラスを掲げる。私も、普段よりは心持ち高い声音で応じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそして、ふと気付いた時にはすっかり暗くなっていた。

 

「ん、んー…」

 

瞬きをして辺りを見やる。蓮子の部屋だった。ホットプレートの電源は消され、中身の殆ど無くなったワインボトルが転がっている。

 

 

「寝落ちなんて…珍しい事もあるものね」

 

まだクリアでない頭で判断し、大きくため息をつく。普段はまるでそんな事は無いのだが、多少なりお酒が入ったせいだろうか。

目の前を見る。若干顔の赤くなった蓮子が、机に突っ伏して寝息を立てていた。

 

 

 

「…まったくもう」

 

モバイルの時計を覗き込むともう真夜中で、とてもでは無いが歩いて帰るには向かないだろう。

「1日くらい、こんな事もあるわよね」

 

立ち上がり、蓮子を抱え起こす。そのまま蓮子をベッドまで引きずって、寝かせて毛布をかけておく。そのまま毛布を1つ拝借して、側にあったソファに寝転がる。起きたら多少体は痛むだろうが、ベッドを借りて眠るわけにもいくまい。

 

 

 

「それじゃあ、おやすみなさい……」

 

どことなく夢心地のまま。またこんな事があっても良いかも知れないと、そんな事を思いながら、私も意識を沈めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

次の日に、目覚めて蓮子共々慌てる事になったのは言うまでも無いだろう。

 




<NEXT>
「何かめぼしいオカルトはあった?」
「さっぱりよ。春だからって怖気付いて隠れたんじゃ無いでしょうね」
「春だからって怪しい所にさっぱり出向かなくなった人が何を言うのかしらね」
「あぐ…!メリー、随分痛い所を突くようになったわね…!」

【次回 押しかけ焼餃子 〜秘封初共同作業?〜】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

押しかけ焼餃子 〜秘封初共同作業?〜

そろそろパン系やりたいですねぇ


「メリー、結局何作るのー?」

「ちょっと待ってー。と言うか、いきなり来てその物言いは無いでしょ?」

「だってー、まさか急に水道管壊れるなんて思わないじゃない」

 

現在地は私の家。少し前に連絡があり、なんと蓮子の家の水道管が破裂しただかで使えなくなり、夕飯の支度が出来なくなったとのこと。レトルト食品も無い様で、蓮子に夕飯を共にするよう頼まれ、2人で台所に立っていた。

 

 

「よし、とりあえず材料はあったから、ささっと作るわよ」

「んー?この材料は…餃子かしら」

 

台所に出した食材を見て蓮子が首を傾げる。蓮子の言うとおり今日の夕飯は餃子だ。1人で作るには多少面倒なところもあって中々やらずにいたが、蓮子もいるし丁度いい。2人でやればさして時間もかからないだろう。

 

「とりあえず蓮子は野菜切っといてー」

「はいはい、了解ですよっと」

 

白菜を切り始めた蓮子の隣で、私はボウルに豚ひき肉をあける。そこに調味料を加えて混ぜていく。

 

「これ、馴染むように混ぜるって聞いたような気がするけど、どうすれば馴染んでるかって分かるのかしら」

「んー?食べてみれば?」

「生のひき肉なんて食べたらお腹を壊すわよ。…蓮子ならお腹丈夫そうだし食べてみない?」

「丈夫じゃないわよ!と言うか、この時代にそこまで胃腸の強い人居ないと思うわよ⁉︎」

 

「冗談に決まってるでしょ。ほら、そっちは野菜切れた?」

「…メリーが冗談言うのも珍しいわね。ん、全部切っといたわよ」

 

蓮子からみじん切りにされたキャベツとニラを受け取り、ひき肉のボウルに投入する。

そのまま軽く混ぜ合わせ、そのボウルを1度冷蔵庫の中へとしまう。

 

 

「あれ、まだ焼かないの?」

「まだ夕飯には若干早いでしょ。それに、少し置いておくと味がなじむそうよ」

 

と、何かで言っていた気がする。餃子を作る事なんて滅多に無いので分かってないところも多いが、まぁそういう時はレシピを調べる事としよう。

待ってる間に特にする事もない為、お湯を沸かしてコーヒーを淹れる。特に本格派のものを作る気も無いので、多少休憩したら再開していいだろう。

2人分のカップを持って私の部屋に行くと、既に蓮子は我が物顔でくつろいでいた。

 

「はい、コーヒー」

「あ、ありがと。それにしても、餃子食べるのなんて結構久しぶりだわ」

「あら、蓮子餃子好きなの?」

「ええ、あの肉汁たっぷりの餡にニンニクの感じがね。何だか女子らしく無いって意外と言われるんだけど…」

「…んー、甘いもの好きなのが普通なんじゃ無いかしらね」

 

とは言えもちろん蓮子のように例外はあるだろうし、私も餃子は嫌いではない、だから蓮子に同意しかけて。ふと気づいた事があり、蓮子に声をかける。

 

 

 

「あ、でも」

「ん?」

 

 

「今日の餃子…ニンニク入ってないわ」

 

「……え」

 

 

一瞬だけ、蓮子の動きが止まった気がした。だがそれも瞬き1つする間に元通りになった。

 

 

「…メリーって餃子にニンニク入れないタイプなの?」

「いいえ、そういうワケじゃ無いけど…。元々私ニンニクとか常備しないし、無くても困らないわよねって」

 

というか、私は普段ニンニクを使う料理を全くと言っていい位に作らない。美味しいとは確かに思うが、それでも色々気にするところはあるのだ。

そんな事を考えているうちに、蓮子がコーヒーを一息に飲み干して立ち上がった。

 

「ま、それなら今度私がニンニクたっぷりの餃子を作ってあげようじゃないの!きっとメリーもニンニク常備したくなるわよ」

「そうなれば良いわね…。って、蓮子はニンニク常備なのね」

「私の料理の半必須調味料ですわ。さ、そろそろ焼き始めて良いんじゃない?」

 

蓮子の言葉に頷いて私も立ち上がる。残りのコーヒーを飲み干しながら台所へ向かい、とりあえず寝かせておいた餡を取り出す。

 

「…見た目じゃどうこう言えないけどまぁ、味はちゃんとするでしょ」

「不安ねぇ。メリーってばもしかして作るの初めて?」

「…初めてで悪かったわね。蓮子は作ったことあるの?」

「いいえ、全然」

 

結局自分も無いでは無いか。私はため息をついて台所からスプーンと、材料と一緒に買っておいた餃子用の皮を取り出した。

 

 

「さて、どの道焼く前の包む作業は経験なくてもできるでしょうし、パパッとやって貰うわよ」

「はーいはい。私の手先の器用さを見せてあげようじゃない」

「どうだか…」

 

蓮子にスプーンを渡し、間に餡と皮を置く。

開いた皮を置き、真ん中に餡を盛っていく。2人分だし、多少多めでも問題なかろうと次々に同じ事を繰り返す。余る事があればそれは後日の私の食事になるのでそれはそれでアリではあるが。

餡を盛り終えた皮をつまみ、よく見るヒダのようなものがある形に整えていく、が。

 

 

「あ、あれ?上手く出来ない…」

蓮子の焦ったような声が聞こえてくる。見ると上手く形を作れないのか、やや歪んだ形をした餃子が量産されていた。

 

「…ふふっ」

「な、何よ!メリーだって大して……出来てる」

「私は手先が器用なのよ。蓮子と違ってね」

「ぐぬぅ…!」

 

更に焦って変な形を作り続ける蓮子をよそに、フライパンに油を引く。そこに包み終わった私の餃子を並べ、蓋をしてしばし焼く。

その間にもう一つフライパンを準備し、そちらも油を引く。私の家は何故かフライパンが2つあり、洗い物をする気力が無い時にも替えが効くのだ。その後の洗い物が増えるというのは気に留めず、だが。

 

 

「ほら、蓮子も包み終わった?」

「ううー…いつかリベンジしてやるわ…」

「はいはい、楽しみにしてるわね」

 

不服そうな蓮子から餃子を受け取り、同じように焼いていく。こうなれば後はどうとでもなる。私は焼きあがるまでの間、すっかり拗ねてしまった蓮子をなだめる作業に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、完成っと」

「おおー、美味しそうねぇ」

 

焼きあがった餃子を盛り付け、食卓に並べる。すっかり機嫌の直った蓮子も目を輝かせている。完成前に炊いておいたお米もよそい、夕食の準備を終えた。

 

 

「よーし、じゃ早速食べましょ食べましょ!」

「そうね。いただきます」

「いただきます!」

 

と、その前にタレを忘れていた。席を立ち、取り敢えずお酢とラー油を取ってくる。

 

「蓮子はタレどうするー?」

「あ、私醤油とラー油でー」

 

珍しい組み合わせだ。追加で醤油も取って戻り、餃子の皿にタレを作る。

 

「あら、メリーは醤油使わないのね」

「餃子には何かね…蓮子こそお酢はつけないの?」

「私も餃子にお酢はちょっとねぇ…」

 

随分変わった好みである。もっとも蓮子からしたら私の方こそそう思われているかもしれないが。

 

餃子をタレにつけ、口へと運ぶ。噛んだ時に溢れる肉汁で口内が熱い。

 

 

「んー、ニンニク無しでも美味しいわね!」

 

熱がる私に変わり、蓮子が声をあげる。皮はもちもちしていて歯応えがあり、中は野菜多めでシャッキリしている。どちらかと言えばヘルシーな方の餃子だが、それでもはっきりある肉の食感と肉汁で十分おかずとして機能するレベルだ。

次にお米と一緒に食べる。ラー油のピリッとした辛みで味が整い、ご飯が進む。辛味は1番ご飯が進む味付けと思っているが、やはりそうなのだろう。

 

「メリーの貰いっ!」

 

ふと、そんな声が聞こえて。前を見ると、蓮子が私の餃子を1つ、颯爽と持ち去っていた。

 

「あ、ちょっと…!」

 

止める間もなく、あっという間に蓮子はそれも食べてしまう。しばし味わうように目をつぶっていたが、やがて少し眉を寄せて首を傾げた。

 

「むぐ…やっぱりちょっと酸っぱくない…?お酢強いわよコレ…」

「ええ…?」

 

自分で奪っておいてその言い草は無いだろう。と言うか自分でお酢はちょっととか言っていたでは無いか。

けれども、僅かに顔をしかめる蓮子が少し微笑ましくて。

 

「なーに笑ってるのよ?」

「いいえ、別に?」

 

蓮子の皿に箸を伸ばし、お返しに餃子を1つ取っていく。

 

「あっ!」

「お返しよ、お返し」

 

食べた餃子は醤油のせいか味が濃いめで、やはり私は少し苦手だけれども。

こんな風に話しながら食べれるのなら、大した違いは無いのかもしれない。

 

一瞬だけ頭に浮かんだその思考を、らしくないと頭を振ってかき消して。私達は再び、話をしながら食事を進めていくのだった。




<NEXT>
「パスタが食べたいわ」
「急ねメリー。学食でも行く?」
「いいえ蓮子。この前美味しそうなお店があったから食べに行くわよ」
「いやでもそろそろ倶楽部活動」
「グルメも活動でしょ?ほら立った立った」


【次回 メリー・エスコート 〜パスタを求めて〜】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メリー・エスコート 〜パスタを求めて〜

お ま た せ



「……」

今、私は大学で講義を受けている。受けているのだが、今日ばかりはスクリーンに映し出される文字列を律儀に全て書き写す気にはなれなかった。

 

時刻は昼前、この講義が終われば昼食の時間。私は蓮子ほど食い意地が張っているわけでは無いが、食べるのが嫌いなわけでは無い。ましてや今日のように何時もとは違う場所で食べるとなれば、尚更。

 

講義終了のチャイムが鳴る。他の生徒が話しながら片付け始めるのに先立って、私は講義室を後にした。同時にデバイスで大学周辺の地図を表示する。

そのまま足を止めずに講義室をいくつか通り過ぎ、入り口から最も近い講義室に入る。講義を受ける訳ではない。ここでは蓮子がさっきまで講義を受けていたのだ。

 

 

「んあ、メリー?どしたのここに顔出すなんて」

「どうしたって、言ったでしょ?今日お昼食べに行くって」

「そんな事もあったわねぇ。ウチの近くに出た喫茶店だっけ?」

 

 

蓮子の言う通りである。数日前、大学の近くに新たに喫茶店が出来たのだ。そこは割と本格的な食事も出来るようで、美味しいと周りで評判だった。そこで私も興味が湧き、放課後に何度か立ち寄ったのだが全て入れず。

そこで私は人の少ないであろう平日の昼時に大学近くという事を利用して食べよう、という事だった。

 

 

「ええそうよ、だから早くしないと置いていくわよ?」

「それは置いて行きながら言うものじゃないわよ…。メリーも何だかんだ乙女ねぇ」

「そう?」

「今どきの流行りに乗っかる様子はそれはもう乙女って感じよ」

 

 

私がそうなら全くそんなものに流されない蓮子はもう老婆レベルなのだろうか。それはともかく、足早に大学を出た私達は表示した地図を頼りに目的の店を探す。多少時間が掛かっても幸い次の講義は空きだ。蓮子がどうかは知らないけども。

 

 

 

「あ、アレじゃない?」

 

 

蓮子が指差す先には確かに、見覚えのない喫茶店が営業していた。店内を見た限り、まだほとんどお客の姿は無い。

 

 

「よし、セーフね。早く行くわよ」

「おっと、メリーったら張り切るわねぇ。そんなにパスタ食べたいの?」

「人並みには食欲はあると思ってるわね」

 

思わず蓮子の手を引いて急かしてしまったが、よもや食い意地が張ってると思われていないか多少心配である。

ともあれ無事店内に入り、店員の案内で隅の方の席に座る。置かれたメニューを見てみると、確かに喫茶店というよりレストランと言ったほうが良いかも知れないメニューが並んでいた。

 

中でも種類が多いのが、パスタ。基本的なものからオリジナルなのか少し変わったものまで、他のメニューに比べて相当の数があった。

 

「んんー…パスタ多いわねぇ」

「そりゃここで1番美味しいやつだもの。私はパスタにしよーっと」

 

蓮子はのんきに鼻歌を歌いながらメニューを眺めている。と、今蓮子は何と言った?1番美味しい?

 

 

「蓮子はここに来たことあるの?」

「ん?ええ。オープン日にこっそりーーあ」

「へぇ…」

 

 

蓮子がやってしまったとばかりに苦笑している。普段ならその顔に文句の1つでも言うところだが、こうして来れているので今回は不問にする。何か知らないスイーツでも食べてたら別だが。

 

 

「というかここ…どう注文するの?特に運んでる人とか居ないけど…」

 

見る限り、奥の厨房らしき所で料理している人と入った時に案内してくれた人以外、店員らしき姿は見られない。案内してくれた人も、お冷やを置くと厨房に戻ってしまった。

 

 

「ここはねー、注文も運ぶのも機械になってるのよ。タッチパネル式のやつね」

 

言われてみれば、確かにテーブルの隅に端末が置かれていた。起動すると、低めの電子音と共にメニュー一覧が表示される。私は少し悩んで、カルボナーラを選んで端末を蓮子に渡す。

 

 

「お、メリーはカルボナーラね。私はんー…アラビアータで」

「パスタ推すわねぇ」

「そりゃ美味しいからね」

 

流石に慣れた様子で端末を操作してテーブルに戻す。あまりこういったタイプの店は見たことが無い為、少し新鮮に感じる。

とは言えお客以外に殆ど人の声が聞こえないというのは、やはりどこか落ち着かないもので。

 

 

 

「…話しづらいわね」

「あらそう?メリーはもっと騒がしい方がお好み?」

「そうじゃないけど…私達以外にあんまり人もいないし、多少の喧騒は必要だわ。食事の時くらいね」

 

私が慣れていないだけかもしれないが、どうにも音が少なくて逆に耳が痛い。厨房から料理の音でも聞こえてくればまだ良かったのだろうが、あいにく見えるだけで音は聞こえて来ない。

 

「大体学食で食べてるものねぇ。お、来た来た」

 

小さく、機械の駆動音が聞こえて。私達のテーブルの横に、パスタの皿が置かれた台車の様なものがひとりでに走ってきて横付けされた。

 

「こんな風になるのね…確かにハイテクだわ」

「そして食べたらお皿と一緒に支払いもしてお会計も終わり。科学の進歩した側面ね」

 

パスタの皿を取りながら感嘆する。メニューが多いのは極力人を調理に回したから出来た事だろう。確かに効率的ではある。いや、私の落ち着かなさもその弊害と考えると複雑ではあるけれど。

 

 

「ま、今はパスタを楽しむとしましょう?メリーは講義が無くても私はあるんだから」

「あら、なら食べて先に戻っててもいいわよ。私は読書する時間になるし」

「えー、メリーひどーい」

「冗談よ」

 

改めて、カルボナーラに向き直る。ここのものは卵があるタイプの様で、黄色い麺と白い卵が綺麗に整えられている。テーブルに備えられていた黒胡椒を取って軽く振りかける。以前多めに振って痛い目を見たので様子見だ。

最初は卵を割らずに、フォークで麺を巻き取る。目の前で思い切り頬張っている蓮子に苦笑しながら口に運ぶ。

 

 

 

 

 

 

「ん、美味しい…!胡椒かけなくても良かったかも」

 

出来立てな分ソースがよく絡み、味が濃いめでしっかりとしている。黒胡椒はほのかに味がするものの、全体の味に少し押されている感じだ。

今度は卵を割ってみる。半熟の黄身が広がっていく上に、追加で黒胡椒を少し多めに振りかけ再び巻き取る。

 

 

 

「うん、うん…コレも良いわね」

 

黄身が追加されてややまろやかになった所に黒胡椒がアクセントになってとても美味しい。確かに人気が出るのも頷ける様な味だった。

 

「メリーも良い顔するわねぇ」

「え、そんな顔してた?」

「それは美味しそうな笑顔で食べてましたわ」

「…美味しいからね、当然よ当然」

くすくす笑う蓮子に少しかちりときて、蓮子の皿からアラビアータを少し強奪する。

 

 

「あ、ちょっと私の!」

「対価よ対価。私の笑顔はタダじゃないのよ」

 

そのままアラビアータを口に運ぶ。トマトの酸味が効いていてこっちも美味しいが。

 

 

 

「…ちょっと、辛くない?」

「そう?メリーのカルボナーラがまろやかすぎるだけじゃない?」

 

 

そういう蓮子もカルボナーラを勝手に巻き取って食べていた。これ以上取り合うのはやめにして、カルボナーラを口に運ぶ。粉チーズとかをかけても良いかも知れない。あまりかけすぎるとその味しかしなくなるので普段はあまりそう思わないのだけど。

それくらい美味しいって事かしらね、とぼんやり考えていると、もう完食したのかフォークを置いた蓮子が口を開いた。

 

 

 

「そうそうメリー、今度お花見にでも行きましょう!」

「…また突然ね。もうそんな時期じゃないと思うけど?」

「だからこそよ。満開の時には出来なかったからね、咲いてる内にってね」

「そうねぇ…枯れてしまったのも風流と言えばそうだけど、やっぱり咲いている内が良いものね」

 

そんな事を言っている内に私も食べ終わってしまった。未だテーブルに横付けされた台車にお皿と一緒に代金を置く。するとそれを認識したのか、2人分の皿と代金を載せた台車は1人でに厨房まで走って行ってしまった。

 

 

「さて、食べ終わったし出ましょ出ましょ。何気にそんな時間も無いしね」

 

 

頷いて、蓮子に連れ立って外に出る。確かにとても美味しいところではあったが、やはり静かすぎる気がする。また食べたいと思った時があれば、蓮子を連れて来るくらいが丁度いいだろう。

 

 

「静かすぎたって顔ねぇ」

「人の心を読まないで…。まあそうね。騒がしいのは好きじゃないけど、あそこまで静かだとね。あそこまで静かなのは、図書館かよっぽど仲のいい友達といる時くらいにしたいわね」

「ん、それじゃ私といる時は?」

 

 

歩きながら、蓮子が振り返る。ふむ、蓮子といる時はまあ、大体は。

 

 

 

「いつも蓮子が騒ぐから、論外ね」

「ちょっ…流石に酷くないかしら!?」

 

頰を膨らませる蓮子に小さく笑って、私は蓮子の前に出て足早に歩く。このまま蓮子をいじるのも楽しそうだが、それでは蓮子が講義に遅れてしまう。

 

 

 

「それは悪うございましたわ。早くしないと遅れるわよ。もし遅れたらお花見の件は白紙にしますからね」

「ぬぬ…分かったわよ!じゃ、また後でね!」

 

こちらに向かって小さく舌を出しながら、蓮子は見え始めた大学へ駆けて行った。それをゆっくり追いながら、私は少し、考えを巡らせる。

 

 

 

 

……蓮子といる時、ね。

 

 

 

 

 

友達と呼ぶには関わりすぎている気もするし、それ以上かと聞かれれば首を横に振らざるをえないだろう。でも、ただの同じサークルのメンバーとして纏めるのは何だか釈然としなくて。

 

 

 

 

 

ーー私にとって蓮子は、どんな存在なのだろう?

 

 

 

 

 

大学へ向かっていた足に、踵を返す。どうせなら、喫茶店でゆっくり考えてみようか。どの道すぐ答えが出るようなものでもあるまい。

 

 

 

「…お花見の予定も、決めとかなくちゃね」

 

 

 

 

私は1人、桜の散り始めた道を歩くのだった。




【NEXT】
「月というより貝みたいな形じゃない?」
「貝より月の方がロマンがあるでしょ?」
「月が食べられるなんて、凄い時代になったものね」
「焦げ目ついてるけどね」


【次回 桜花の下のクロワッサン】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

桜花の下のクロワッサン

平成最後の更新!つまり!みじかい!


春もそろそろ終わるという頃、私は蓮子に誘われて近所の公園を訪れていた。曰く、桜が咲いているうちに花見をしたいと。

 

「花見ねぇ…そういえば殆どした事無かったわね」

 

私の手には最近新しく出来たパン屋の袋がある。蓮子のことだからどうせ長々居ることになるだろうと買ってきたものだ。

それにしても蓮子の姿が見当たらない。見通しは良いはずだがよもやそんなに奥まで行ったのかと奥へ進むと、視界の端に見慣れた帽子が入り込んできた。

 

 

 

「メリー、こっちこっち!」

「先に行くなら一言言ってからにして欲しいわね」

「ごめんごめん。場所取られてないかちょーっと気になってね」

 

 

苦笑する蓮子に首を傾げる。私達は桜の木の根元に居るが、その木に別段花が咲き誇っているような様子は無い。入り口の近くにもいくつかもっと咲いている場所はあるし、わざわざ奥に行く必要はない気がするが。

 

 

「んー、メリーは人多いの苦手でしょ?まだ時間早いから良いけど、もう少ししたらシャレにならない位大人数が来るわよ、ココ」

「勝手に心を読まないでってば…まぁ、確かに人が多いのは得意じゃないけど」

「だから奥にしたのよ。ささ、せっかくのお花見なんだからのんびりしましょう?いくつか食べ物とかも買ってきたし」

「蓮子の場合そっちがメインでしょうね…」

 

 

鞄から何やら取り出している蓮子にならって、私も腰を下ろしてパン屋の袋をあさる事にする。

 

「ん、それクロワッサン?メリーも買って来たの?」

「…てことは、蓮子も?」

「ん。私のはチョコのやつだけどね」

 

 

見れば蓮子も私と同じくクロワッサンを手にしている。私の普通のやつとは違うチョコ色のやつだ。チョコ味も嫌いではないのだがやはり普通が一番と言うことでチョコは買ってこなかった。

 

「この時代になっても勝手にパンを温めてくれるような物は無いのよね、そういえば」

「焼きたてが良いなら自分で焼くか開く前のパン屋にでも並ぶしかないんじゃない?」

「…というかメリーのクロワッサンまだ温かそうだけど」

「そりゃあ近くのパン屋で買ってまだそこまで時間経ってないもの。いつもコンビニで済ます蓮子のとは違うのよ」

 

袋からクロワッサンを取り出して一口かじる。蓮子の言う通りまだ温かく、外側のサクサクした食感が小気味いい。

 

 

 

「うん…うん。やっぱりパンは焼き立ての方が美味しいわ」

「…なんだろう、今すっごくメリーに煽られてる気がするんだけど」

 

私としてはそんなつもりは無いのだが。ともあれバターの風味に口がいっぱいになって言い返すのも難しい。

普段は食パンくらいしかパンは食べない私だが、久しぶりに食べてみるとしっかりバターの味がして良い。ジャムなりをつける事もしていない為、これからは朝食に採用するのもアリかも知れない。

 

 

「甘くないクロワッサンなんてのもあるらしいわね、そういえば」

「甘めの方こそ日本特有なんて説もあるけど…そういうのはメリーの方が詳しいんじゃないの?」

「日本に来てからは米食だから、すっかり忘れてしまいましたわ」

 

 

ぱくぱくとクロワッサンを食べ進める。だが最後の一口になった時、不意に目の前から持っていたはずのクロワッサンが消えた。

 

「え?」

「うんうん、焼き立てとまでは言わないけど美味しいわねぇ」

「蓮子…」

 

 

最近はよく蓮子に食べ物をとられている気がするのは気のせいだろうか。最後のひとかけらを美味しそうに頬張る蓮子に苦情を言おうと口を開いたところで、ナニカが私の口に突っ込まれた。

 

 

「むぐっ…⁉︎」

「私のチョコクロワッサンよ。交換交換」

 

 

口にチョコの味が広がる。この手のパンにしては珍しくチョコの味の方がパンより濃くて、チョコスポンジでも食べてる感じだ。ただ、さっきまでの私の食べていたのに比べると、

 

 

 

「ぱさぱさしてる…」

「パン屋のとは違うって言ったのはメリーでしょ。コンビニとかにも慣れとかないとお金がなくなった時辛いわよ」

「私は蓮子と違って無駄使いはしないのよ…」

 

 

2つ食べたせいですっかり喉が渇いてしまった。ペットポトルの紅茶で喉を潤して、残りのチョコクロワッサンを放り込む。蓮子を見ると、何やら公園の入り口辺りを見ながらカバンに荷物をしまい始めていた。

 

「どうしたの?」

「んー?ほら、もう人すっごい増えてきたわよ。パンも食べちゃったし、後は喫茶店かどこかで活動の話でもしましょう?」

「ん、それもそうね」

 

結局、桜なんて殆ど見なかったような気がするが、まぁある意味私達らしいといえばらしいだろう。荷物をしまい立ち上がると、蓮子は既に歩き始めていて、私はそれを慌てて追いかける。

 

 

「ちょっと蓮子、待っーー」

 

 

 

 

 

その時、強い風が吹いて。桜の花びらが舞い、前方を隠してしまって。

 

 

 

「あっーー」

 

 

無意識に手で前を覆う。けれど風の強さによろめいて、体制が崩れ、そのまま倒れこむーー

 

 

 

 

 

寸前に、手を掴まれて。そのまま手を引かれるままにその腕に倒れこんでしまう。

 

 

 

「確かに風は強いけど、メリーももっと体力つけた方が良いわよ?」

 

 

すぐ近くで声。見れば蓮子が、困ったような笑顔でこちらを見ていて。

そこでようやく、状況を理解する。

 

 

 

 

ーー蓮子の腕に、すっぽりと収まってしまっている。

 

 

少しの間、思考が停止する。けれどすぐに、我にかえって。慌てて蓮子の腕からするりと抜けだした。

 

 

「ご、ごめんなさい。よろめくと思わなくて…けど体力は無いわけじゃないわよ」

「あるに越したことはないわよ。とりあえずほら、喫茶店行きましょ?」

「え?」

 

 

目の前に、蓮子の手が差し出される。意味がわからず眺めていると、蓮子はにやにやとしながら、私の手をとった。

 

 

 

「またさっきみたいに転ばれても困るし、手でも繋いでいく事にするわよ!」

「ちょっと、私は別に平気ーー」

「さっきよろめいた人が言っても、説得力無いわよ。大人しく着いてくることね」

 

 

 

そう言われては、何も言い返せない。私は蓮子に勝てるほど口が回るわけでは無いのだ。

でも、こんな事も、たまには。本当にたまには、であるけれど。

 

 

 

 

 

 

ーー2人でなら、こんな事もいいかもしれないわね。

 

 

 

 

 

 

再び風が吹き、桜が舞う。そんな花吹雪の中を、手を引かれながら行くのだった。

 




<NEXT>
「いい加減活動もしっかりしないとね!」
「そう言われても、近頃怪しい噂なんて聞かないけど」
「だから私達が足で探すのよ!…ところでメリー、あんな所にお店なんてあった?」
「新しく出来たんじゃない?それにしては古そうな外観だけど」
「よーし、なら今日の活動場所はあそこにしましょう!」


【次回 ■■・■■■■■■■】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バー・オールドアダム

おまちどーん
またせたわりに短いよゆるして
まえがきにかくことがないよ


「んー…今日もハズレかぁ」

 

隣を歩く蓮子がぼやく。それを聞いて、私は積もる不満をため息と共に吐き出した。

時刻は夕方に少し早いくらい。2人とも午後の講義が休講になったのをいい事に、最近ないがしろになっていた秘封倶楽部の活動をしようと張り切る蓮子に引っ張られる事数時間。先ほどの様子から何か有益な情報やオカルトを得られた筈もなく、こうして並んでいつもは通らぬ道をぶらついている、という事だ。

 

 

「今日のところはここまでにしない?このままあてもなく歩いても、迷子になるだけで終わりそうだわ」

「ぐぬぬ…何か1つくらいはそれっぽいオカルトがあると思ったのに…!」

「オカルトは常人には見えないからオカルトなのよ。私達には見る資格無しって事ね」

「そんな訳無いでしょ!私達は既に何度も遭遇したじゃない!」

「…そんな事あったかしら」

 

 

今までそれらしいモノを見るどころか掠りもしていないような気がするが、それを言えば蓮子が更にムキになるのは分かりきっている為心の中に留める事にしよう。

そんな私の内情などお構いなしに、蓮子は通りをずんずん歩いていく。この辺りはお店や人通りの少ない所だがオカルトは流石にいない、いるモノといえば野良犬程度のものだ。

 

「ここいらで猫又でも出てきてくれないかしらねー…」

「最近は尻尾が2本の種類なんかもいるみたいね」

「いちいちうるさいわよメリー!乙女の夢を壊さない!」

 

 

本当の乙女はオカルトなんか求めない、という言葉をぐっと飲み込む。蓮子が乙女じゃ無いのは今に始まった事ではないし、言い返す私も到底そうとは言えない身なのだ。言ってて虚しくなる訳では無い、決して。

ぼんやりと店の増え始めた通りを歩いていく。すると、少し前を歩いていた筈の蓮子がすぐ近くにいて、何やら首を傾げていた。

 

 

「どうしたの?」

「ん?んー…こんな所にこんなお店あったかなぁ、って」

 

 

蓮子の見ている方向を覗き込むと、やや年季の入った建物の前に小さな、これも多少使い込まれたような立て看板が置かれていた。装飾などは一切無く、チョークの様なもので掠れ気味に店名とおぼしき英語が書かれている。読みにくい事この上ないが、どうにか口に出してみるとーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バー…オールド、アダム?」

 

 

 

 

聞き覚えの無い名前だ。この通りは回数こそ少ないものの通った事が全く無い訳では無いので、こんな店があれば見逃す筈はないのだが…。

 

 

 

「新しく出来た店、の割には古い建物よねぇ。雰囲気を大事にしてるって事で中は綺麗だったりするのかしら。ともあれコレはチャンスよ、メリー」

 

 

隣から蓮子の好奇心を含んだ声が聞こえる。この流れは非常によろしくない。よろしくないのだが、こうなってしまえば私に最早選択肢は無いと言っていいのだ。

 

 

 

「どーせオカルトなんて見つかりっこ無いことだし、今日はここで飲んでくわよ!値段の相場とかよく知らないけど、まぁ大丈夫でしょ!」

「大丈夫って、そんな軽いノリで…」

 

 

私の声も聞かず、蓮子は躊躇なく扉を開けて中へと入って行く。ええい、こうなればなるようになれだ。私も蓮子の後を追い、未知のバーへと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…暗いわね」

「ええ、暗いわ。バーだからと言ってもちょっと暗すぎるわね」

 

 

 

中は薄暗闇の中だった。ぼんやりと照明の様な明かりはついているものの、室内だからか非常に暗い。視界が奪われる程でもない為、そういう店と言ってしまえばそれまでだが。

正面にあるカウンターらしい場所では、マスターだろうか、酒のようなモノを作っているのが見える。それだけでなく、思った以上にお客も入っているようだ。

 

 

「なんだか、変わった所ね…バーってこういう場所なの?」

「さあ?私も入った事は無いし。それよりメリー、何飲むか決めましょう!」

 

もう呑むことしか考えて無いんじゃなかろうか。嬉々としてメニューに目を滑らせる蓮子の顔は、だがすぐに怪訝そうな顔に変わった。

 

 

「メリーメリー」

「ん?」

「ここ、見た感じ旧型酒しか置いてないわよ、しかも値段も安いし」

 

 

旧型酒、とは言ってしまえばお高いお酒だ。置いているバーもあるだろうが値段はするだろうし、ましてやそれのみしか置いていないとなれば怪訝な顔もするか。

 

「ちょっと大丈夫なの?危ないお店とかじゃ…」

「マスターにツテとかあるんでしょ。マスター、えーと、“フォービドゥンサイダー”2つー!」

「……」

 

 

聞いちゃいない。頼んだものが何かも検討がつかないし、私には大人しくしている位しか道が無い。

もう一度、メニューを覗き込む。…見慣れない名前ばかりだが、確かに普段目にする名前が無いと言う事は、蓮子の言う通り旧型酒しか無いのだろう。それよりも、気になったことがあった。

 

 

「と言うか蓮子…ここっておつまみとか無いの?」

「私だって来た事無いんだって…メニューには無いけど、他のお客さんは何かしら食べてるみたいだし、持ち込み制なんでしょ。ジャーキーとチーズならあるわよ」

「なんで持ってるのよ…」

 

 

一応女子大学生なのだから、もう少し洒落たモノを、と思ったが蓮子に限ってそれは無いか。ともあれ、蓮子からジャーキーとチーズを貰って少しかじる。

 

 

 

 

 

「久々に食べたけど、やっぱりジャーキーって塩っぽいわね…」

 

お酒等と合わせてないから当然かもしれないが、ジャーキーの強い塩気が舌にくる。肉の味も濃いためやはり単品で食べるには私にはハードルが高い。お米と一緒に食べる人とかいないのだろうか。

 

「いくらジャーキーが肉だからって、流石におかずにはならないと思うけど」

「軽く思っただけよ」

 

 

 

口直しの意味もこめて今度はチーズを放り込む。一口大の割にこちらも濃厚な味わいで、お酒のあまり得意ではない私でも多少は飲む気になるような、そんな味だ。

だがどちらも味が濃いのも事実。そろそろ水分が欲しい、そう思った時に丁度よくグラスが置かれた。

 

「お、来たわね」

「ところで蓮子、迷いなく頼んでたけどこれ飲んだことあるの?」

「いえ全く。響きが良かったから頼んだだけよ」

 

 

 

ひどい話だ。せめて自分の分だけにしてくれたらいいモノを、何故私の分まで頼むのか。なんだか今日はあまりついてないなと、出そうになった2度目のため息をグラスに注がれたカクテルで流し込んだ。

 

 

 

 

「…ん、甘い」

 

 

林檎酒だろうか、甘味と僅かな酸味があるが、さらりとしているので飲みやすい。どちらかと言えばジュースに近いような味がする。隣を見れば、蓮子も一息にカクテルを飲み干していた。

 

「ん〜、疲れた体にはしみるわねぇ」

「調子にのって飲みすぎないでよ?」

「分かってる分かってる!」

 

 

 

言いながら2杯目を頼んでいる。今度こそため息をついて、私も2杯目を頼んだ。

そこで、ふと周りに視線をやって。他のお客が、何やら話をしているのに気がついた。

 

 

 

「…?」

 

 

何を話しているかは聞こえない。だが雰囲気からして、どうにも明るい話という訳でもないらしい。

 

 

「…気づいた?メリー」

 

 

隣では2杯目も飲み干した蓮子が、同じく他のお客に視線をやっていた。

 

「何か、話しているみたいだけど…」

「ええ。しかも聞く限りじゃ、どうも私達の常識とは違う事を言ってるみたい」

「常識と違う…?」

 

 

いつのまにか出された3杯目を飲み干して、蓮子は続ける。

 

 

「ここでは無い何処か。もしかしたら、私達が追ってるオカルトのようなモノも…ううん確実に混じってるわ、そうに決まってる」

「れ、蓮子…?」

 

 

 

いつになく熱弁を振るう蓮子は、私には聞こえない声で何事か呟いた後ーーそのままカウンターに突っ伏してしまった。

おそるおそる揺すってみる。するとすっかり赤くなった顔で寝息を立てているのが聞こえた。

 

「ええ…飲みすぎるなって言ったのに……」

 

 

思いのほかアルコールが強かったのか、はたまた蓮子が弱いのか。蓮子は強い方だったと思うけど、もしかしたらストレスでも溜まっているのだろうか。

私の前に置かれた、すっかりぬるくなった2杯目を飲み干す。冷たすぎない方が丁度よく林檎の味がして美味しかった。

 

さて、蓮子が寝てしまったとなれば、帰りはどうしようか。引きずって帰るわけにもいかないし、と若干憂鬱な気持ちで眠りこける蓮子を見やる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その顔が、不意にぐにゃりと歪んだ。

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 

 

いや、蓮子の顔だけでは無い。身体も視界に映るバー全体も、全てがいびつになっていく。

同時に強烈な眠気。私は抗おうとして、咄嗟に蓮子の手を掴んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま、私の意識は暗転した。

 




<NEXT>
「ここ…以前の」
「夢の世界って事?ならじっとしちゃいられないわ!早速活動を始めるわよ!」
「この前の人じゃん。そっちの人は友達?」
「そーなのかー」


【次回 幻視・再会の屋台】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幻視・再会の屋台

短い上に次の話のネタが決まってないヨ


「う…んん…」

 

目を開ける。そこは私がさっきまで居たバーでは無く、多量の竹が伸びる竹林だった。

日の光が薄っすらと差し込む竹の1本に、私はもたれるように座り込んでいた。

見れば、蓮子も私のそばで寝転がってのびている。ひとまず私は蓮子を起こして状況を確認する事にした。

 

「蓮子起きて。起きてってば」

「んぁ…あれ?私達バーに居なかったっけ?」

 

寝ぼけ眼で辺りを見回してぼやく。困った事に、デバイスを使おうとしても電波が悪いのか繋がる気配すらない。薄暗いこの場所ではライトがわり程度にしかならなそうだ。

私が悩んでいる間に、蓮子は鞄からジャーキーを取り出してかじっていた。呑気なものである。と、唐突に蓮子が顔を上げた。

 

 

「…ねぇ、メリー」

「ん?」

「メリー、確か以前に不思議な事があったって言ってなかった?夢だけど夢じゃ無かったみたいな」

「……そういえば」

 

すっかり忘れていたが、以前にも同じような事はあった。訳も分からぬ所で目を覚まして、あの時は屋台でヤツメウナギやおでんを食べた記憶がある。

 

「じゃあここはメリーの言ってた場所!?なら秘封倶楽部の活動にピッタリじゃない!」

「ち、ちょっと待って蓮子!」

 

 

意気揚々と立ち上がる蓮子を慌てて制止する。思い出されるのは以前見かけた、何やら只者ではなさそうな少女。

 

 

「蓮子には言ってなかったけど、あの時…何か、嫌な雰囲気の女の子に会ったの。その、食べてもいい人間かって……」

「んー…でもメリーは食べられて無いじゃない?」

「そりゃあ、驚いて走ったからね」

「なら大丈夫よ。私より足の遅いメリーが逃げ切れたなら、今回も平気よ平気」

「そんな適当な…」

 

 

そんな声は届かず、既に蓮子はすたすたと歩き始めている。ため息をついて追おうとしたところで、 それに、と蓮子が振り返った。

 

 

「ここから出る方法だって分からないし、足で稼がなきゃね。それに、こんな不思議な事は中々無いわ!秘封倶楽部として、これほど心踊るものは無いわよ!」

「はぁ…分かったわよ。どの道じっとしてるわけにもいかないしね」

 

 

 

幸い竹林は薄暗いものの、端の方なのか道らしきものが薄っすら見える。蓮子も気づいたようで、2人揃って竹林を抜け出す。抜け出した先は見晴らしの良い草原のような場所で、整備のあまりされてなさそうな道が1本伸びているだけだった。

 

「んー…ど田舎って感じねぇ。何処か建物でもあれば良いんだけど…」

「あ、あれ…」

「ん?あら、屋台…。ちょうど良いわ、あそこで道でも聞いてみましょう!何か珍しい食べ物とかもあるかもしれないし!」

 

 

結局食べる事に繋がるのか。とにかくあの屋台は私の記憶違いでなければ以前出会ったヤツメウナギの屋台で間違いないだろう。だとしたら面識がある分危険も特にない筈だ。

 

 

「すいませーん!」

 

屋台に駆け寄った蓮子が声を上げる。それを聞いてか屋台の裏側から出てきた人影は、確かに以前出会った少女だった。

 

 

「はーいいらっしゃーい…あれ、外来人?と、この前の人じゃん。また来たのね」

「え、ええ…その.、道に迷って」

 

私がそう言うと少女は半ば呆れたような顔をしたが、私達の背後に広がる竹林を見て何処か納得したような顔になった。ちなみに蓮子は既に屋台の所に座っている。

 

「あー、あの竹林迷いやすいからねー。こっちは人里側じゃないから焼き鳥屋も居ないし…良かったら送ってこうか?」

 

人里なる所がどんな場所かは知らないが、送ってくれるとあれば好都合だ。そうしてもらおうと口を開きかけた所で、ひょいと伸びた蓮子の手がそれを遮った。

 

 

「あー、私ちょっとお腹空いちゃって…良い匂いもするし、何か頂けません?」

「ちょっ…」

 

 

何を言っているのだこの相棒は。さっきまでバーで飲み食いした上にジャーキーまでかじったではないか。だがそれを聞いた少女は得意気な顔で屋台に入ってしまう。

 

「おっ、それならいくつか新メニューがあるよ。ヤツメウナギはあんまり好評じゃ無かったけど、これなら外の世界でも食べられてるらしいし大丈夫でしょ」

 

 

…どうやら私1人反論したところで無駄なようだ。そもそも私は蓮子1人説得出来るのかも怪しいのだが。ここ数日でめっきり増えたため息と共に、私も蓮子の隣に腰を下ろす。確かに良い匂いが漂っている。

 

 

「…此処がどんな所なのか、イマイチ分からないわね。あんな竹林が広がってるなんて、余程の辺境だろうとは思うけど」

「あれ、そっちの人は幻想郷初めてなの?金髪の人は来たこと覚えてると思うけど」

「ええ初めてですわ。私達の住んでる所とは大分違うみたいですけど」

「そっちは随分発達してるってね。着てる服もなんだかおしゃれだし、私も行ってみたいなぁ。ヤツメウナギを広めにね」

 

 

 

ヤツメウナギは味は美味しかったのだけど、独特の匂いやら何やらがあるため、科学世紀の人間に広まるかどうかは微妙な所だ。広まったとて、何処で獲れるかさっぱり分からないため珍味としてごく一部の富裕層にでも渡るのがオチだろうが。

 

と、そんな夢も希望もない事を考えてるうちに少女が何かを皿にのせた。何かの串焼きのようだが、ヤツメウナギに比べて横幅がスマートになっている。

 

 

「ほい、お待ちー。なんだっけ、焼き豚?とか言うらしいやつ」

 

 

 

少女の言う通り、確かに焼き鳥の豚版だ。僅かに焦げ目のついた豚肉にタレがかけられて艶を放っている。

 

「おお…焼き立てはいいものねぇ。串焼きなんて滅多に食べないし」

「入荷した甲斐があったよー。あ、お酒もあるよ?」

「ホント!?じゃあそれも!」

 

 

蓮子はすっかり上機嫌だ。と言うか、また呑むのか。そもそもこの世界では通貨も同じとは限らないでは無いか。

こっそり財布を開く。そこには普段の通りの硬貨の他に、何やら見覚えの無い硬貨が少し混じっていた。

 

「これって…」

「ん、私の財布にも入ってたわ。見覚えはないけど…」

「ああ、それ幻想郷の通貨だよ。外の世界のやつでも駄目じゃないけど、どっかで落ちてたのかな?」

 

 

蓮子と揃って首を傾げる。だがこの場所を殆ど知らない私達が何故ここの通貨を持っているかなど分かるはずもなく。

 

「…ま、とにかく冷めないうちに食べちゃいましょ」

「んー…そうね」

 

 

蓮子にならって豚串をかじる。串ものを食べる機会なんてここ最近無かったので手でもって食べるのが新鮮に感じる。

 

 

 

「んん、美味しい。この味だと確かにご飯とって言うよりお酒のつまみって感じね」

「そうね…何だか最近味の濃いものばかり食べてる気がするわ」

 

 

 

よく焼かれた豚肉に濃ゆいタレが絡んで自然と手が進む。蓮子の言葉を待っていたように、私達の前にグラスが置かれた。中にはお酒であろう液体が注がれている。

 

「はい、ウチはお酒それしか無いんだけど…味とか大丈夫かな?」

 

中身をちびりと飲む。さっぱりした味わいでもいいタレと肉のこってりさを流してくれる感じがして、良く合っている。隣を見れば蓮子は既に飲み干して2杯目を頼んでいた。

 

 

「ちょっと蓮子…まだ呑むの?」

「いやぁ、せっかくこんな美味しいのに出会ったら呑まずにはいられないというか、ね?」

「ね?じゃないわよ…」

 

だが蓮子は止まる様子は無いし、私のグラスにも2杯目が注がれている。

 

 

 

 

……まぁ、多少は呑んでも平気だろう。

 

 

 

そんな思考と共に、2杯目を飲み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそして、どれくらい経っただろうか。

 

私自身はそこまで呑んだ覚えは無いのだが、眠気が酷い。蓮子に至っては呑みまくったのか半分船を漕いでいる状態だ。

 

「ちょっと蓮子、しっかりしてよ」

「んんー…あと1限で終わりだから…」

 

 

駄目だ、完全に寝ている。私も、どうにもこの眠気は堪えられそうに無い。そういえば、少女は何処に行ったのだろう。お酒を出してくれていた覚えはあるのだが、今屋台には居ない。

辛うじて、首を動かす。すぐそばに、少女の姿ともう1人、人影が見えた。

 

「…!」

 

そこに居たのは、以前見かけた金髪の女性。私によく似た、けれど異質な感じのする女性が、私のすぐ近くにいる。

背を向けているため、どんな表情なのか読み取る事は出来ない。だが、私の本能が確実に警鐘を鳴らしているのが理解できる。

 

ゆっくりと、女性がこちらを振り向こうとする。私は咄嗟に、蓮子の手を掴んで立ち上がろうとして。

 

 

 

 

 

 

 

けれど、それが限界で。私の意識はぷつりと切れるように、そこで暗転してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

「…リー、メリーってば!」

聞こえた声に飛び起きる。見れば心配そうな顔の蓮子が私を覗き込んでいた。

 

「蓮子…?あれ、ここ…」

 

辺りを見回す。薄暗い室内と目の前に置かれたグラス、広げられたままのチーズやジャーキー。さっきの妙な場所に行く前の、私達が元いたバー、オールドアダムの店内だ。

 

 

ーー今のは……夢?けど…

 

 

 

あの場には確かに蓮子が居た。会話が噛み合わない様子も無かったし、一体なんだと言うのだ。そんな私の思いを読んだかの様に、蓮子もやや困り顔をしている。

 

「ねぇメリー、さっきまで私、メリーと屋台で豚串食べたりしてたんだけど…メリーの困惑顔を見る限り、夢ってわけじゃなさそうね?」

「ええ…私も、蓮子と同じ屋台に居たわ。けど、これは…」

 

 

眠っている間に、2人揃ってあんな現象が起きるのだろうか。デバイスで時間を確認してみたが、バーに入った時からさほど経っている様子は無い。少なくとも、竹林から歩いて屋台で呑む様な時間は。

分からない事だらけで頭が痛くなってくる。だが私と同じ体験をした蓮子は、何やら楽しそうな表情だ。

 

「メリー、これはココに定期的に来る必要がありそうよ」

「ええ?何でよ…」

「ココは何処か、普通のバーとは違うのよ。周りの客が訳の分からない話をして、ココに居た私達も、あんな不思議な現象を体験した。その謎を解き明かすには、同じ場所に足を運ぶのが1番でしょう?」

「……」

 

 

一体全体何を言っているんだか。だが私も謎が残ったままでは気分が優れない。きっと解き明かすのは随分先になるだろうと、そんな気がするけれど。

 

「はぁ…こうなったら蓮子は止まらないものね」

「よく分かってるじゃない。そうと決まれば、帰って活動スケジュールの練り直しよ!」

 

 

最近の私は疲労が、主に蓮子に振り回されるせいで溜まっていくのだが。さりとて蓮子の楽しそうな顔を、見ていて気分を害する訳でもなし。

 

 

 

 

未知への興味に心躍らせる蓮子の隣に立って、私達は不思議なバーを後にした。




<NEXT>
「結局夢だったのかしらね」
「2人同じ夢を見て覚えてるなんて事ある?」
「それはそうだけど…私達じゃ説明つかないわね」
「ま、おいおい解明していくことね」

【次回 食後の空に見るモノは】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

食後の空に見るモノは

短しって言おうとしたけどいつもと変わらんばい、そして20話までいってしもたわーい


「すっかり暗くなっちゃったわねー」

「そうね…今日は疲れたわ、主に振り回す誰かのせいで」

 

う、と蓮子は大げさに体勢を崩してみせる。その真横を素通りして私はデバイスで時間を確認する。まだ完全に暗くなるまで時間はあるが、そろそろ夕飯にするべきかもしれない。正直に言えば、今日の疲れ具合で帰って夕飯の準備をするのは面倒くさいのだが。

 

 

「あ、この近くにお好み焼き屋があるらしいわよ」

「お好み焼き?こんな所で珍しいわね」

 

 

いつの間にか私の前でデバイスを弄りながら蓮子が言う。お好み焼きと言えば、昔は地方によって作り方だか味だかが違うとかで分かれていたんだったか。今となっては食べられれば問題ないという姿勢が普通なため、ちゃんとした違いを分かっている人などそうはいるまい。

 

 

 

「えーと場所は…ん、すぐそこね」

 

 

顔を上げれば、すぐそこにのれんの様なものが見えた。それを見るなり、蓮子は小走りに近寄っていった。

 

「はぁ…これじゃオカルトサークルじゃなくてグルメサークルね」

「聞こえてるわよー!良いじゃん美味しいものを食べるのも!」

 

 

食べるのも、ではなく食べる事が主目的では無いかとこれまでの活動からして思うのだが。蓮子に言えば憤慨するのは目に見えているので、口を滑らすことはしない。

 

ともあれ、実際にお店に近づくと良い匂いが漂ってくる。やや空いてきたお腹を軽く押さえて、私達はのれんをくぐった。

 

 

「いらっしゃーい」

 

 

店員さんに席に通される。まだピーク時では無いのか人もまばらだ。

 

蓮子と向かい合うように座る。同時に、席に置かれていた端末の起動音がした。どうやらこの店も、これで注文する形式のようだ。

 

 

「うーん…正直、何がどう違うのかよく分からないのよね…」

「メリーったら変な所で大雑把ねぇ。どれも相当違うわよ。まぁ、お店によってはソースがっつりでソースしか感じないとかもあるけど」

 

 

いや、具材が違うというのは分かる。それによって味も違うのだろうと想像はつく。けれど、私の運がないのか今まではソース味しかしないようなのばかり食べていたのだ。

 

メニューをざっと見て、変わり種にする必要も度胸もないかと豚玉を選択する。蓮子はモダン焼なるものを選択していた。

 

 

注文をして、備えつけのお冷を注ぐ。一口飲んでから、私は思いきって蓮子に尋ねてみた。

 

 

「ねぇ蓮子」

「んー?」

「私、お好み焼きって焼いた事無いんだけど…」

 

 

私と蓮子は向かい合って座っていて。間には、店内の光を受けて薄く光沢を放つ鉄板が鎮座している。

私はこれまで冷凍ものか、せいぜいカウンターで焼いてもらうタイプしか食べたことがない。実際に自分で焼くのはこれが初めてなのだ。

私の言葉に蓮子は少し驚いたような顔をして、その後噴き出すように笑った。

 

 

「大丈夫よメリー。最近はやり方は端末に出てくるし、ひっくり返す時も知らせてくれるわ。どうしても無理だったら私が焼いてあげるわよ」

「れ、蓮子は焼いたことあるの?」

「ん、無いけど。焼きそばは焼いてたからね、ヘラの使い方なら任せてもらって大丈夫よ」

 

そういえばそんな事もあった。器具が同じなら経験が無くても何とかなるのかもしれない、と、端末が起動し、画面が切り替わった。そこには焼き方の手順が事細かに記されている。

同時に、店員さんがボウルを運んでくる。テーブルに置かれたそれは、生地は整えられて後は焼くだけという、私にとっては嬉しいものだった。

蓮子の方を見ると、私とほぼ変わらない中身のボウルの他に、何故か焼きそばまでついてきていた。だが具が一切無い。

 

 

「蓮子…流石に具なしの焼きそばは…」

「メリー、モダン焼知らないの?お好み焼きの中に焼きそば入ってるやつ」

「…なんで炭水化物の中に炭水化物を入れるのよ」

 

どちらか一方で良いのではないか。まぁ、世の中にはお好み焼きで米を食べる人もいるようだし、蓮子もその類をこじらせたようなものだろうけど。

鉄板に火がつけられる。端末に従えば大丈夫とは思うが、心配と言えば心配だ。

 

 

 

油が少しひかれた鉄板に生地を流し込む。付いてきたヘラを使って、丸くなるように整えていく。

焼くときはヘラを押し付けたりするのはよろしくないらしい。てっきりそうするものだと思っていたけれど、蓮子を見る限りそんなことをする様子はない。

 

「ええっと…次はお肉をのせればいいのね」

 

生地の上に豚肉をそっと置く。生地が柔らかいせいか沈んだりしないかと思っていたが、幸いそんな事にはならなかった。

蓮子はといえば、流し込んだ生地の上に大量の焼きそばをのせ、更に生地で蓋をしている。見ているだけでお腹いっぱいになりそうなサイズだ。

 

ぼんやりしているうちに、生地の端からきつね色が見え始める。端末の指示に従って、次はひっくり返すようだ。私はおっかなびっくりで両手にヘラを持ち、すくい上げるようにして回転。

 

 

「…ふぅ」

 

どうにか形が崩れることも無く、無事ひっくり返ってくれた。後は焼き上がりを待つだけのようだ。目の前で、同じく綺麗にひっくり返る蓮子のお好み焼きの姿があった。

 

 

「メリーもちゃんと出来てるじゃない。私が手を貸すまでも無かったわね」

「ここがずいぶん丁寧に説明してくれたからね…それより蓮子、それ食べきれるの?」

「もちろん。少食のメリーとは違うのよ」

「…そんなに少食かしら」

「私からしたらね。ほら、焼けたみたいだし、早速食べるとしましょ」

 

 

端末に、焼き上がりを示す画面が浮かび上がる。それに連動してか、鉄板の温度が下がっていく。程よい温かさになったところで、端末は不意に沈黙した。

テーブルに備え付けられたソースを手に取る。他にもテーブルには青のりやかつお節なども置いてあったが、あれらは歯にくっつくからあまり食べない。蓮子はがっつり振りかけていたけども。

 

ソースとマヨネーズを多すぎない程度にかける。食べやすいサイズに切り分けて、取り皿に移して頬張った。

 

 

 

「あつ、あつつ…出来立ては美味しいわね」

 

 

若干甘めのソースが生地と混ざったキャベツによく絡んでいる。マヨネーズとの組み合わせはやはり間違いないようだ。

生地もキャベツの食感が残っていてしゃっきりしている。下の方の豚肉も、元々が大きいおかげで焼いてもさほど小さくならずに存在感を示している。

 

「うんうん、美味しいわねぇ。モダン焼だから流石にご飯は食べないけど、今度来るときはご飯と普通のお好み焼きにしようかしら」

 

 

そう言いながら、蓮子は分厚いモダン焼をざっくり切って食べ進めている。足で稼ぐ活動とは言え、いくらなんでも食べすぎではなかろうか。

私がじっと見ていると、蓮子は何を勘違いしたのかモダン焼を一切れ取り皿に取ると、私に向けて差し出した。

 

「ん」

「いや、別に食べたいわけじゃ…」

「いいからいいから。1回食べればメリーもきっとハマるわよ」

 

 

半ば押し付けられる形で皿を受け取る。私のお好み焼きの倍はあるであろう大きさだ。麺もぎっしり詰まっている。

まぁ、一切れならなんとかなるだろう。マヨネーズを追加で少しかけて、半分に切って口へ運んだ。

 

 

「んむ、麺もお肉も多いわね…」

 

 

生地よりも焼きそばの主張が強いが、そのせいか濃い味の焼きそばを支える形で生地の優しめな味がする。豚肉も結構な量が入っていて、ますます女子が食べるようなものではないよなぁ、と思ってしまう。

 

 

「なんか失礼な事思ってない?」

「…思ってないわよ。それより、今日は随分不思議なことが多かったわね」

 

 

相変わらず勘の鋭い事だ。私は深く聞かれる前に話題転換を図る。とは言え、不思議なこと、の一言で済まされるものかどうかははっきりしないのだけど。

 

「そうねぇ。奇妙なバーに、2人揃って同じ夢を見て…。偶然にしては会話も噛み合ってる」

「何より、これまでメリーしか認識していなかった世界を、私も認識できた…なんでそうなったのかは分からないけどね」

 

 

そこで、会話は途切れる。推測しようにも、あまりにも情報が少なすぎる。そもそも、他人と全く同じ夢をそれぞれの視点で共有することは可能なのだろうか?

 

「んあー…こういうのは岡崎教授とかの方が詳しそうね。私達じゃあ考えるにも限度があるもの」

「あれこれ考えてるうちにお好み焼きも冷めそうだしね」

 

残りの一切れを大きく口を開けて放り込む。紅ショウガでも多く入っていたのか、独特の風味が鼻をつく。同じく蓮子も最後の一切れを食べていた。

 

 

「むぐむぐ…ご馳走さま。目玉焼きなんかものっけたいわね」

「…また来る機会があればね」

 

この先にあるバーに今後も行きたいと言っていた為、必然的にここにも訪れる回数が増えそうではあるけども。ひとまずは秘封倶楽部らしい目標が出来たと言うことで、それもありかもしれない。

 

「また来るわよ。もちろん、メリーも一緒にね」

「はいはい、分かったわよ」

 

 

 

 

会計を済ませて、お店を出る。辺りはすっかり暗くなり、星もまばらに出始めていた。

 

「さーて、秘封倶楽部当面の目標も決まった事だし、これからは活動ペース上げなきゃね!」

「その分食べるペースも上がるのね…運動しなさいよ?」

「本ばっか読んでるメリーこそね。活字に触れるだけじゃ脂肪は燃えないわよ」

 

 

大きなお世話だ。私はため息と共に空を見上げて、

 

 

 

 

 

その視界に、不自然に走る亀裂を捉えた。

 

 

 

 

「えっ…?」

 

 

空に、亀裂が走っている。妖しく紫の光を放ち、空を割らんばかりにばりばりと、まるで稲妻模様のように。

 

 

「どしたの、メリー?」

 

隣で蓮子の声が聞こえる。私は咄嗟に顔を伏せると、なるべく空を見るまいと帽子を深く被った。

 

 

「ううん、何でもないわ…ちょっと、視界がぼんやりしちゃって」

「秘封倶楽部始まって以来の不思議な事だらけだったからねぇ。疲れてるんじゃない?さっさと帰りましょ」

 

 

そう言うなり、蓮子はさっさと歩き始めた。私も慌ててその後を追う。去り際にちらりと見た空に、もう亀裂は無かった。

 

これも、不思議な事の一環だろうか。奇妙な体験をした私の疲れからの幻覚なのか。もしも、そうでなかったとしたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー私は一体、何を見たのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

「えっ…?」

 

隣から、メリーの間の抜けた声が聞こえる。見れば、メリーは空を見上げてぽかんとしていた。

 

「どしたの、メリー?」

 

 

私が聞くと、メリーは顔を伏せてしまって。そのまま、帽子を深く被ってしまった。

何事かと、私は空を見上げる。そこは至って普通の空、ただ月と星が出ているだけのーー

 

 

 

 

 

そこで、私の視界に唐突に、ノイズが走った。

 

 

 

「っ…」

 

 

ノイズではない。正確には、数字。星と月を視界に入れると、そこから滲むように数字が出てくるのだ。

何なのかは、分からない。けれど、数字はどれも、同じ4桁に決まっていて。

 

 

「ううん、何でもないわ…ちょっと、視界がぼんやりしちゃって」

 

違う。きっとメリーも、あの空に何かを見たのだ。それが私の見たものと同じか、その確証は無いけれど。

 

 

 

「秘封倶楽部始まって以来の不思議な事だらけだったからねぇ。疲れてるんじゃない?さっさと帰りましょ」

 

そう言って、私は帽子を目深に被って踵を返した。もう夜も遅い時間だろうし、あんな奇妙な事があった後だ。きっと気づかない疲労が溜まっているのだろう。

 

 

 

そう思い、デバイスを起動する。そこに浮かんだ、現在時刻は。

 

 

 

 

 

 

 

視界に映った数字と、寸分の狂いなく合致していた。

 

 

「嘘…」

 

声にならない声が漏れる。私の眼は一体どうしたというのだ。

現在の時間を、この目で空に見た。そんな事があり得るはずはない。ない、筈だけれど。

 

 

 

 

 

そっと空を見上げる。そこにもう、数字は浮かんで来なかった。

 

 




<NEXT>
「そういえば蓮子、貴女そろそろ試験じゃ無かった?」
「ああ、もうバッチリよ」
「頭の回転は速いものねぇ」
「バッチリ、教授にしぼられたわ…」
「……」


【次回 学食日替わりメニュー 〜ドライカレー編〜】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学食日替わりメニュー 〜ドライカレー編〜

今回はみじかいのね〜


「……」

 

黙々と、キャンパス内を食堂に向かって歩く。いつもなら隣に蓮子の姿があるが、今日は私1人だ。

蓮子はといえば、何やら講義の事で岡崎教授に呼び出されているらしい。テストの成績はともかく遅刻癖のありそうな蓮子のことだ、出席数が足りずに単位が取れない、なんて事にならなければ良いのだけど。

 

どうあれ、そのせいでお昼は別行動となった。私は講義が終わるや早足で食堂に向かい、どうにか空いている席を確保する。

 

 

「ええっと…特に食べたいものが無いのよね…」

 

 

学食のメニューの前で頭を悩ませる。蓮子がいれば同じものに合わせていて考える事は無いけれど、その機会が多かったせいか1人で学食となると食べたいものがあまり浮かんでこないのだ。

 

「…日替わりでいいかしら」

 

 

確か、前は生姜焼きだったろうか。たまにはランダムなのも良いだろうと、日替わりメニューを選択して受け取り口に行く。正面に立つと同時に皿の載ったお盆が流れてくる、そこに盛られていたのは。

 

 

 

 

 

「ええっと…ドライカレー、だったかしら?チャーハンがどうみたいな名前もあった気がするけど…」

 

 

カレー色をしたご飯にみじん切りにされた野菜、それに不釣り合いな位に大きな鶏肉に、輪切りにされたゆで卵がのっている。受け取って近くに持ってくると、ほのかに漂うスパイスの香りが鼻や食欲を刺激した。

これは意外と辛そうだ。気持ち水を多めについで、スプーンで小さくすくいとる。そのまま鶏肉と一緒に一口。

 

 

 

 

「はふ、美味しい…ん、でもちょっと辛い…」

 

 

見た目以上に鋭い辛さに、思わず目をつぶる。出来立てのそれをどうにか飲み込んで、水を飲んで一息いれる。

 

 

「ふぅ…思ったより、割と辛いのね…」

 

 

メニューを遠目に見れば、確かに隅に小さく“辛さ注意”の文字が見えた。もっと見える位置に大々的に書いてほしいものである。

と、ふと思い当たる。ゆで卵はこういう時のためのものでは無いのか。早速今度はゆで卵も一緒に大きく一口食べる。

 

 

「うん、うんやっぱり」

 

 

ゆで卵のお陰でいくらかマイルドになり、より楽しめるような味だ。入っている大ぶりの鶏肉も若干スパイシーでどんどん手が進んでいく。あっという間に、半分程食べてしまった。

 

 

「ふぅ…」

 

 

水を飲み干し、口を休める。その間に、ふと、この間の事を考えていた。

 

蓮子と2人、不思議なバーに行った帰り道。バーでの出来事も充分不思議ではあったけれど、それを上回るであろう事が起こってしまった。

 

 

 

私は、視界に謎の亀裂を見た。

 

 

一瞬の出来事であったから、疲れていたのだと言われればそれまでかもしれない。けれど、私はどうにも、それで納得できる気はしないのだ。いつか、またあの亀裂を空に見るような気がして、どうにも落ち着かないのだ。

 

 

 

「ねぇ、蓮子はどうーー」

 

 

 

無意識に、目の前に話しかけようとして、口を閉じる。今は、私1人だけで。蓮子がいない事を、すっかり失念してしまっていた。

 

ここ数ヶ月、秘封倶楽部の活動が盛んで、蓮子と一緒にいる機会が増えたからだろうか。なんとなく、蓮子が居ないと落ち着かないのだろうか。

 

 

「…まさか、ね」

 

 

蓮子に振り回されるせいで、それが一般化してしまっただけだ。一般化して欲しいとは、そこまで思っていないけれど。

 

どうあれ。帰る時には、蓮子と一緒に帰れるだろうか。食べ終わったらメールでも入れる事にしよう。

水をおかわりして、残りのドライカレーを口に運ぶ。下の方が辛味があるのか、先程より強いしびれるような辛さの中、どうにか完食したのだった。

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした、と」

 

思ったよりも時間がかかってしまった。3杯目になる水を飲み干し、カレーの皿を返却する。食べながらデバイスを眺めたりはしていたが、やはり蓮子がいないとどこか寂しく感じるものだ。そう思うあたり、私も蓮子の影響を受けているといえるかもしれない。

 

 

 

「さて、蓮子にメールを…と」

 

 

幸いこの後講義は無いため、蓮子の方が終わるまで図書館にでも行って時間を潰すとしよう。

そう思いデバイスを開こうとすると、丁度メールの着信音が響いた。表示された名前は、蓮子のもの。

 

 

「あら、何かあったのかしら…」

 

 

活動に関する何かか、あるいは今の用事の事か。そう思いメールを開いた私は、しばし呆然とするほか無かった。

 

 

 

「……え?」

 

 

メール自体は、急いでいたのかたったの1文だけのそっけないもの。けれど私は、その普段見ない内容を、しばし認識出来なくて。

 

 

 

 

つまるところ。

 

 

 

 

 

『ごめんメリー、今日、メリーの所に泊まらせて!』

 

 

 

 

 

ーーたったこれだけを把握するのに、私は数分の時間を要することになったのだった。




<WARNING>
「……」
「こ、これから来るの⁉︎」
「とりあえず、部屋を掃除しないと…」


【次回 緊急、秘封お泊まり会⁉︎】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

緊急、秘封お泊まり会⁉︎

おとまりかいですって


「はぁ…はぁ…」

 

息を切らす私の前には、どうにか人を招ける程度には片付けられた部屋。先程蓮子から送られた一通のメールによって、私は大急ぎで帰るなり部屋を片付ける事になってしまっていた。

 

 

 

 

ーー今日、メリーの所に泊まらせて!

 

 

 

 

思えば、蓮子と2人で活動する事は多いけれど、互いの家に行った事は殆どない。私の家となると、なおさら。

それを、どんな事情があるかは分からないがいきなり泊めるとなると…なんとも言い難い感じがする。別に何をされる訳では無いと思うのだけど。

 

 

「っと…もうこんな時間」

 

 

 

時刻は夕暮れ、窓の外から夕陽が差し込んできている。そろそろ蓮子が来る時間だ。夕飯の材料はあったかと冷蔵庫を覗き込む。

 

 

 

「んー…まぁ、今日の分なら何とかなるかしら」

 

 

蓮子の事だ、どうせ酒とつまみでも持ってくるだろう。私達はそこまで食べる方でもなし、とりあえず下準備だけでもしようとした所で、狙ったように玄関のチャイムが鳴った。

 

 

「メリー、あけてー」

「はいはい、今開けるわよー」

 

 

ドアを開けると、予想通りか大袋を抱えた蓮子の姿があった。

 

 

「…その袋、何?」

「お酒とおつまみ。泊まるとなったらパーっとやるもんでしょ!」

「相変わらず強引ね…というか、何で急に泊めてだなんて」

「いやーウチのエアコンとか水道とか壊れちゃってね。修理はまだだし最近の暑さだとエアコン無しじゃあ乗り切れないしで、メリーを頼った次第よ」

 

 

 

などと苦笑しながらのたまう蓮子の顔に妙に腹が立って、いっそ蓮子だけ布団ですまきにして別室に放り込んでやろうかと思ったが、それはそれで翌朝干上がった蓮子を見るのもアレなのでやめておく。そもそもウチに人をくるみ込める程の布団もそれを放り込無視スペースも無い。

 

 

 

「ま、とにかくお邪魔しますよーっと。あ、夕飯どうする?何処か食べにでも行く?」

「今からまた外に出るのは遠慮したいわね、暑いし。あるもので何か作るわよ」

「メリーの料理食べるの久々ね。1人で作れる?」

「1人暮らしはそれなりに長いから平気よ。まぁ手伝ってはもらうけど」

 

 

まだ夕飯時には少し早いが、お酒を飲む事になるなら早めに食べておくのが良いだろう。冷蔵庫から鶏肉を取り出し、フライパンで軽く焼く。その間に鍋でお湯を沸かし、勝手に酒を冷蔵庫にしまう蓮子に向けてマカロニの袋を投げ渡した。

 

 

「おっと。マカロニ?グラタン?」

「そうよ。先に具材を炒めとくから蓮子はその間にマカロニ茹でといて」

「りょーかいよ。マカロニなんて久しぶりに食べるわね」

「つまみ食いは駄目よ」

「茹でただけのマカロニをつまみ食いする程お腹は減ってないわよ、失礼ね」

 

 

炒める方だったらつまみ食いしてたのか、それは。隣で蓮子がマカロニを投入する中、焼き目のついた鶏肉を取り出して油を切る。フライパンの油も捨て、次は玉ねぎとバターを投入して軽く炒める。

 

 

「……あっついわね」

「エアコン付けてもこっちまで届かないのよ。届いても思いっきり調理中じゃ中々ね」

「先に部屋でお酒飲んでちゃダメ?」

「良いわよ、別に。蓮子の夕飯が無くなるだけだから」

「分かったわよ、手伝うわよー」

 

 

なんだかんだ言いながらもマカロニはしっかり茹で上がっている。こちらも玉ねぎが丁度良い色になってきたため、缶のホワイトソースを取り出す。やはり缶やレトルトは1人暮らしに、というか私にとっては必須レベルのものだ。

 

冷蔵庫から牛乳を取り出し、ホワイトソースと一緒に投入する。これをしばらく混ぜたら、後は他の具材も混ぜて焼くだけだ。

 

「じゃあ私は鶏肉切っとくわね。豚とかのグラタンって無いのかしら」

「鶏肉が無かったら豚肉だったわよ。正式じゃないレシピなんてそれこそ山のようにあるだろうし、美味しかったら割と何でも良いのよ」

「それもそうね」

 

 

ソースがなめらかになった所で茹でたマカロニとカットされた鶏肉も入れて更に混ぜる。そういえば耐熱皿は良いとしてチーズはあっただろうか。無ければ蓮子がおつまみとして持っている事に賭けるのだけど、冷凍庫に無事入っていた。

 

 

 

「さて、後は焼くだけと」

 

 

耐熱皿に移し替え、上からチーズを散らす。蓮子の皿には並々チーズがあったが、もしやもう酒を飲む気ではあるまいな。

ともかくオーブンに入れてしばらく焼けば完成だ。本当はスープでもあれば良かったが今から買いに行くのも面倒なので良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、こんがり焼けたわね!」

 

 

 

そうして無事に焼き上がり。私達はグラタンを前に食べる準備をしていた。

 

 

「ところで蓮子、なんでもうお酒を飲もうとしてるのかしら?」

「いやー、やっぱり美味しいご飯には美味しいお酒が」

「せめて食後にする事ね」

「はぁーい。そんじゃま、いただくとしましょうか」

「そうね、いただきます」

 

 

 

フォークを刺す。グラタンはスプーンとフォークどちらが食べやすいのかは意見が分かれる気がする、私はフォークしか使わないが。

 

 

 

 

 

「あっ、あつつ…はふ、ふう」

「メリーったら意外と猫舌なのねぇ。火傷しないようにね?」

 

 

 

 

舌が少しひりひりする。とは言え味は上々だ。

ホワイトソースが充分に絡み、鶏肉のおかげでボリュームもそこそこある。何か野菜を入れたらもっと良かったかもしれない、流石に玉ねぎだけではバランスが偏ってしまうか。

チーズはかけた量が少なかったのかほんのり感じる程度だが、そのおかげで濃すぎて飽きるという事態も起きなさそうだ。

見れば、蓮子はかけすぎたチーズの重みにやや苦労しながらどうにか食べていた。熱いものが大丈夫なのは羨ましい事だ。

 

 

「んー…ん、そういえばコレがあったわね」

 

 

 

ふとそう言うと、蓮子はおつまみの大袋を漁り始めた。すぐに取り出したのは、市販の黒胡椒。それをぱらりと振り掛けると、私に差し出した。私も蓮子にならって少しだけかけて口に運ぶ。

 

 

 

 

「んむ、こっちのが美味しいわね。あんまりコショウとか食べないけど、これなら」

 

 

後から来る辛味が味を整えてくれる。普段は何かをかけたりせずに食べていたが、これからはかけるのもアリかもしれない。どちらかと言えばお酒と合いそうな味だけど。

 

 

 

 

……お酒?

 

 

 

ふと視線を戻せば。蓮子はいつの間に持ってきたのか酒を片手にグラタンを頬張っていた。

 

 

「…いつの間に」

「ふふん、メリーの分もあるわよ?」

 

 

にやりと笑いながらビールの缶が渡される。本来は食後にでも飲もうと思っていたが、お酒に合うと思ったのもまた事実。

 

 

「……ま、早まっただけならいいでしょ」

「そうこなくっちゃ!」

 

 

そう言うなりおつまみを出してくる蓮子の皿にはもうグラタンは残っていない。

すっかり飲む気の蓮子に苦笑しながらも、私もグラタンを食べきった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のは良いのだが。

 

「………」

「ちょっと蓮子、寝るならベッドにしなさいな」

 

 

 

飲み始めてから少しして、蓮子は早くも舟を漕ぎ始めてしまった。いつもなら私の倍は飲むと言うのに珍しい事もあるものだ。そう思い時計を見てみると、もう寝るにも良い時間となってしまっていた。

 

 

「あら、こんな時間…蓮子、もう寝るわよ」

「あーい…」

 

 

答える蓮子はもう寝る寸前のようだった。そんな蓮子をどうにか引っ張って、ベッドへと寝かせる。後片付けは既に済ませてあるのが幸いか。シャワーは朝に浴びれば良いだろうと、寝巻きに着替えて私もベッドに潜り込む。

 

 

急すぎて寝床を確保出来なかった為、2人揃って私のベッドに横たわっている。若干窮屈には感じるが、かといって蓮子を蹴落とす事もしづらい。

蓮子は既に寝息を立てているようだし、私も眠気が増してきた。落ちそうになる瞼をどうにか開けて、目覚まし時計のアラームをセットする。

これでいつ寝ても良いだろう。そう安心したと同時に、眠気がより強いものとなる。

その眠気に抗う事なく、意識を沈めーー

 

 

 

 

 

その、寸前に。私は、何かが私の身体に回される感触で、一気に眠気が吹き飛んでいった。

 

 

 

「…!」

 

 

 

確かめるまでもない、ここには私と蓮子しか居ないのだ。ゆっくりと首を動かせば、蓮子は私の身体に腕を回して、まるで抱きつくかのようにして眠っていた。

 

 

これは、どうすれば良いのか。急すぎて頭が追いついていない。眠気がまた増し始めた。

そんな時に、蓮子の顔がふと見えて。その顔が、あまりにも安心したような顔だったから。

 

だから、私はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

無意識のうちに、メリーに抱きつくようにしてしまっていた。

 

「……」

 

 

メリーは反応を返さない。もう眠ってしまったのだろうか。

何故、こんなことをしてしまったのか、はっきりと分かるわけではない。今だけではなく、最初から。

 

 

 

ーーエアコンも何も、壊れてなんていない。

 

 

本来ならば、私が今日メリーの家に来る理由なんて1つも無いのだ。だというのに、急に押しかけてしまったのは、何故だろうか。

 

 

 

会いたいから、という理由も確かにそうだ。けれど、やはり1番は。

 

 

 

僅かに開いたカーテンから、外の景色が見える。それらから、私は逃げるようにして、目を伏せる。

 

 

 

 

不思議な事があってから、私は度々夜に数字を見る事が増えた。少しずつ、ペースを増して。

 

 

今まで、なんてことないオカルトばかりだった私にとっては、それはあまりにも理解の及ばない現象だった。誰に言うわけにもいかず、原因も何も分からない。

分かっまのは、ただこの数字が現在の時間を表すという事だけ。それすらも、時折違って見えるけれども。

 

 

 

つまるところ、私はメリーに縋るために、こうして来ているようなものだ。たった1人、私の事を理解してくれると思ったから。

そう思うと、心が安らぐのが感じられるのだ。私だけが感じるのかもしれないが、確かに。

 

回す腕に、わずかにが入る。すると不意に、メリーが少し此方を向いて。

 

 

 

 

 

ーー私は、抱きしめ返されるように、メリーの腕の中にいた。

 

 

 

「め、メリー…?」

 

 

 

小声で声をあげて、ふと気づく。メリーの顔は、こちらを向いていて。その顔は、既に小さく寝息を立てていた。

 

 

「……寝ぼけただけ、か」

 

 

 

漠然と、何とも言えない気持ちがこみ上げてくる。けれどそれも、メリーの寝顔を見ていると安堵の方が上回って。

途端に、眠気が押し寄せてくる。私は、抗う事なく目を閉じる。同時にほんの少しだけ、さらにメリーに身体を寄せて。

 

 

 

ああ、けれど。こんなにも、メリーに対してだけは、色々な感情を抱くなんて。

 

 

私は、もしかしたらーー

 

 

 

 

 

 

 

ーーメリーのことが、■■なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

そんな考えが、頭の中に生まれて。

 

その時にはもう、私の意識は沈んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

「ん……」

 

眼を覚ます。既に日は上りきっていて、今日午前の講義が入っていたら危ない時間帯だ。

 

 

「アラーム…」

 

 

作動こそしていたようだが、止められた形跡があった。恐らく蓮子だろう、ベッドの上に既に姿はない。

半分動いていない頭で起き上がると、机の上に先に出ている旨のメモ書きが残されていた。

 

 

「ん〜…」

 

それを見ながら、ふと昨夜の事を思い出そうとする。確か、蓮子の寝顔を見た所までは覚えている。けれど寝ぼけた頭では、それ以上思い出す事は出来そうに無かった。

 

 

 

「…まあいっか」

 

何かされたわけでもしたわけでもなし、特に問題はないだろう。いきなり泊まりに来た時はどうなるかと思ったが、意外にも楽しかったし。

 

 

 

「今度は蓮子の所にも泊まってみたいわね」

 

 

 

そんな呟きと共に、私は講義の準備を始めるのだった。




<NEXT>
「未定ね」
「メリーは海とか行かないの?」
「日差しの強い場所はあんまり。蓮子は泳ぐの得意なの?」
「海の家にしか行った事無いわ」


次回もお楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話 最悪の季節、到来

お久しぶりになるのかしら
だから感覚戻しにクッソ短いよゆるして()


当然の事ながらこの世界は4つの季節を繰り返している。

春夏秋冬、乱れる事なくほぼ一定の周期であるが故、好きな季節も嫌いな季節も平等に降りかかってくるのだ。

 

 

そんな事を普段より大分遅めの速さで口走るのは、カフェテリアのテーブルに死んだように突っ伏す相棒だ。

 

「そうね、季節は平等だわ。だから比較的温度も管理されてるカフェで涼もうって言ったのは蓮子じゃない」

「だからって、道中でこんなに暑かったら殆ど意味ないわよ…次からタクシー使わない?」

「そうしたら蓮子のお財布がますます軽くなるわよ?私は別に構わないけど」

「うむむむむー…」

 

 

蓮子は唸って財布とにらめっこをしている。そんな様子も程々に、蓮子はガタリとテーブルを揺らして立ち上がった。

 

 

「ま、そん時はそん時よ!取り敢えず今は冷たいものでも買ってくるわ」

「投げたわね…私のもお願い」

 

 

いつもかぶっている帽子を椅子に置き、小走りに駆けていく。動くのが億劫だったので頼んでしまったが、よもや妙なモノを買ってこられたりしないだろうか。蓮子が好奇心を発揮しないよう祈るばかりだ。

 

 

「はいメリー、おまたせ」

「十分早いわよ。…これはまた、懐かしいのが売ってたわね」

「これが1番安かったしね。涼しくなるにはうってつけよ」

 

 

目の前には昔ながらの紙容器と、そこにうず高く盛られた削られた氷。頂上にかけられた赤が眩しいレベルで真っ白だ。

 

早い話がかき氷というやつだ。今となっては殆ど目にする機会は無くなってしまったが、昔はお祭りの定番だったようだ。

 

 

「今はお祭り自体珍しくなっちゃったからねぇ。氷食べる人なんて今時居ないって事でしょ」

「そうかもね。昔の文化が無くなるのは物悲しいものね」

 

 

 

スプーンで氷を崩して口に運ぶ。冷たさにイチゴの味がほんのり染みて心地良い。

 

「うん、まぁ不味くはないわよね。私実はかき氷って初めて食べたんだけど」

「日本在住の貴女より私の方が食べた事あるってどうなの」

「好みの問題よ。大体夏にしか食べる機会無いじゃない」

 

 

確かにどこまでいっても氷は氷、シロップで味があるとはいえ現代人にとってはわざわざ買って食べるまでも無いのかもしれない。

 

 

と、

 

 

 

「ーっ!」

「あはは、メリーったら普段気温の変化が激しくないから、こういう時にすぐ頭痛くなるわよね」

「かき氷で頭痛を起こすのは定番でしょ。蓮子こそ痛くならないの?」

「私はメリーと違って頑丈だからね」

 

 

どういう理屈だ、それは。まだ痛む頭を抑えつつ、かき氷を流し込む。既に少し溶け出していたようで、シロップと混ざってどちらかと言えばジュースのようになってしまっていた。

 

 

「さてと、そろそろこの夏の活動を考えないとね」

「私は家で読書でもしたいのだけど…」

「メリーは年がらそうでしょ。夏だからこその体験をしたいじゃない」

「今食べたじゃない、かき氷」

 

 

そう言うと、蓮子は無言でこちらを睨みつける。私は別に間違ったことは言っていないと思うのだけど。

と、そんな顔もすぐに元どおりになり。蓮子は何やら鞄を漁り、中から1枚の紙を取り出して手渡してきた。

 

 

「何これ…夏祭り?ウチの大学で?」

「そそ。今年からの新たな取り組みってやつね。ねぇメリー、一緒に見て回りましょうよ!花火もあるらしいわよ!」

「夏祭りねぇ…」

 

 

 

正直に言えば、あまり乗り気ではない。けれど、こちらに詰め寄る蓮子の顔を見ると、なんとなく…なんとなくだが、行く必要を感じてしまう、気がするのだ。

 

 

だから、結局。

 

 

 

「…分かったわよ。けど、行くならちゃんとエスコートしてよ?」

「まっかせなさい!完璧にしてみせるわよ!」

 

 

蓮子が目を輝かせて笑う。その顔を見るのが、何となく嬉しくて。

 

 

早速当日までの予定を立て始める蓮子に苦笑して、私は額の汗を拭った。

 

 

 

 

案外、夏というのも悪くは無いのかも、しれない。




<NEXT>
「お祭りまで随分日があるわね」
「早めに予定を立てておくのも大事よ」
「早く立てても遅く立てても遅刻してくる人もいるけどね」
「うっ…」

【次回 岡崎研究室の叡智?】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

岡崎研究室の叡智?

さっぱりした物が食べたくなる季節ですねぇ
ところで岡崎研究室の面々はイマイチ喋りが掴めないのが…


晴れ渡った青空に、セミの鳴き声が響いている。

部屋で読書をする分には中々聞こえてこないものだが、この夏に外を歩くとなれば必ず聞こえてくるこの音は、なるほど確かに暑さとの相乗効果で外出意欲を削がれるものだ。

 

 

「あっつい…こんな日に外出なんてしたら干からびるわよ…」

「それに付き合わされてる私の身にもなって欲しいものね…」

 

 

いつもは無駄に元気な相棒も、こんな日には流石にいつも通りとはいかないようだ。トレードマークの帽子を深く被り、うなだれながら歩く姿はさながらゾンビだ。私もうなだれてこそいないものの、いつもの帽子に加えて日傘をさす位には参っている。

 

 

 

「…それで、なんで私まで外に連れ出されてるかって話なんだけど」

「しょうがないじゃない、教授に友達も連れてきていいなんて言われたけど、思いつくのがメリーしか居なかったのよ」

「よりによって1番暑い時間帯に……」

 

 

今私達が歩いているのは、普段に比べてめっきり人の減った大学のキャンパス。蓮子が何事か教授に呼びだされた言わば付き添い、悪く言うなら巻き添えだ。

昼前に急に呼びだされ、こうして蓮子と歩いているわけだが。私はもちろん、当の蓮子すら呼びだされた理由は知らないという。てっきり課題が終わっていないだけだろうと思ったが、それなら私を呼ぶ必要もなし。

 

そんなことを考える内に、蓮子の足が止まった。だが足を止めた場所は普通教授のいる研究室では無く、大人数の講義などで時たま使う講堂だった。

 

 

「ここで良いの?」

「ここって言ってたけど…なんなのかしらね」

 

 

蓮子も困惑した様子で、扉に手をかける。ゆっくりと開かれた扉の向こうには、

 

 

 

「失礼しまーーうわぁ…」

 

 

蓮子が口を開けたまま半分固まっている。私も目に入ったそれを、何なのか理解できずにいた。

 

 

 

そこは、普段目にする講堂では断じて無く。

 

 

恐らく金属製であろう、異常な形をした管のような物が不規則に組み合わさり、さながら鉄の迷路のような光景だ。あまりにも巨大なそれが、講堂の大部分を占拠してど真ん中に鎮座していた。

 

 

「おっ、来たわね」

 

 

何処かから声が響く。見渡せば、壇上に真っ赤な影があった。確か以前に1度だけ会った蓮子の教授、岡崎教授だ。

 

 

「教授…コレ、いったい何です?」

「見てわからない?」

 

 

驚き半分、呆れ半分といった調子で蓮子が尋ねる。見て分からないかと聞かれれば、全く分からない。蓮子もそれは同じようで、様々な角度から見ては首を傾げている。

 

と、背後の扉が勢いよく開かれた。

 

 

 

「おーい教授ー、作って来たぜー…って、ん?」

 

 

入ってきたのは、小柄な少女。薄く金色をした髪をサイドでまとめて、何故か今のご時世見ることの無くなったであろう制服の様なものを着用している。確かセーラー服といっただろうか?

 

手には相当大きな鍋。彼女は私達を見て一瞬疑問を浮かべた様だったが、すぐに教授の元へ鍋を運んでいった。

 

 

「ありがと、ちゆり。2人もこっちに来て、始めるわよ」

「だから何をですか…?」

 

 

今度こそ呆れ全面で蓮子が問う。その問いに大して、教授は懐から長い箸を取り出した。

 

 

 

 

 

「そりゃあ夏といったら、流しそうめんよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

流しそうめんというのは、本来家の庭程度の広さの場所で行う物だ。竹を半分に割った物だかを用意して水を流し、そこにそうめんを流して食べる。

 

断じてこんな講堂で、曲がりくねった金属に流して行うものではない筈だ。

 

 

「お昼食べるなら先に言ってくださいよー」

「先に言ったらつまらないじゃない、サプライズも大事よ」

「限度があります!」

 

 

そう言う蓮子は言葉ほど憤慨してもいない様で、お椀と箸を手にそうめんが流れてくるのを待っている。

私の手にも、お椀と箸がある。右に蓮子、左にはセーラー服の少女がいる。岡崎教授は講堂の反対側からそうめんを流す役割らしく、視界の端に赤色がちらつく程度である。

 

 

 

「そういえば自己紹介してなかったな。私は白北河ちゆり、教授の助手だ。しかし、教授の講義とかよく受けてられるよな」

「…何か問題でもあるんですか?」

「教授は変わりもんだからな。講堂にこんなデカい物作っちまった時点で完全にヤバいやつだぜ」

「ちょっと、聞こえてるわよ?」

 

 

反対側から教授の重い声が響く。ちゆりさんはやべ、と困ったような笑みを浮かべていた。

 

 

「メリーメリー、そうめん来たわよ」

 

横から楽しそうな蓮子の声。見れば、鉄の迷路をそうめんが駆け抜けて来ていた。迷路が長いからか結構な速度が出ている。

 

 

「おっ、とと」

 

 

逃しそうになりながら、どうにか蓮子がそうめんをキャッチする。どんどん流れてくるそうめんを、私もどうにか箸ですくってお椀に移していく。

 

 

「よいしょ、っと…」

 

 

さっと麺つゆにつけて、口へと運ぶ。しっかり冷やされたそうめんの涼しさが心地良い。

普通のそうめんよりも随分甘味の強い味がする。それでもすっきりとした後味なのは、やはり夏に冷たいものを食べているからか。

 

 

流れてくる量が、段々と多くなってきた。殆ど矢継ぎ早と言っても良いペースだ。流しそうめんはこんな具合に自分のペースで食べる事が中々難しい点はあるが、それでも嫌いではない。

 

 

隣では、蓮子が嬉々とした様子でそうめんを食べている。ちゆりさんも、教授の事を変わり者と言いながらもこのそうめん自体は特に文句もないようで、黙々と麺をすすっている。

 

 

 

と、少しの間そうめんの供給が止まった。すぐにまた流れてきたが、少し、いやかなり変わった麺だった。

 

 

「何かしら、この麺…」

「薄っすらピンクだけど、うーん」

「ああ、苺そうめんな。教授がどうしてもって言うから買ってきたんだ」

 

 

 

そんなものまであるのか、今は。隣を見れば、蓮子も引きつった顔で苦笑いをしていた。

 

 

「苺好きってのは知ってたんだけどね、ここまでとは…」

「苺系なら何でも食いつくぞ、教授は。単位がヤバくなった時にケーキでも持ってけば多分1発だ」

 

仮にも助手の立場の人が言っていい事なのか、それは。そういえば助手と言ってはいても、ちゆりさんは私達よりも小柄だ。いったい何歳なのだろうか。

 

 

ともかく、苺そうめんとやらをつゆにくぐらせる。蓮子はつゆが合わないと思ったのか、そのまま意を決したように食べていた。

 

 

 

 

「んー…ほんのり、香りがするわね」

 

 

普通のそうめんよりも少しだけ弾力があり、食感としては楽しい感じだ。苺の風味が少し感じられるものの、味が前面に出ているわけではない。少し甘い位のつゆと相性ピッタリな味だ。

 

 

「気に入ってもらえたかしら?」

 

 

いつの間にか、すぐ近くに教授がいた。前と同じ真っ赤な衣装で、手に持ったお椀には苺そうめんがいっぱいに入っている。

 

 

「は、はい…」

「教授の変人っぷりはしっかり教えといたぜ…ぎゃふっ」

 

 

胸を張るちゆりさんの頭に教授の拳が振り下ろされた。動きが全く見えなかった。

 

 

「2人の中に割って入るのは悪いとは思ったんだけど、誰かに完成品を確かめて貰いたくて」

「はぁ…2人のって?」

「え?」

 

 

私の問いに、教授は僅かに目を見開いた。

 

 

 

 

 

「宇佐見さんとハーンさんってそういう関係じゃないの?」

「違います‼︎」

 

 

 

何て事を言うのだ、この人は。よもや蓮子が何か言ったのかと蓮子を見れば、蓮子も何やら慌てた様子で目を見開いていた。

 

 

「そ、それよりこの迷路、何でこんなところに作ってあるんですか?」

 

 

これ以上追求されまいとしたのか、蓮子が素早く話題転換をする。それに対する教授の回答は意外なものだった。

 

 

「ああ、近々ウチで夏祭りがあるでしょ?私達の研究室でコレ出すの」

「…この迷路をですか?」

「もちろん。最高の流しそうめん体験が出来ること間違いなしよ!」

 

 

 

 

 

自信満々にそう言ってのける教授に、私達は3人揃って苦笑いを浮かべるしか無かった。

 

 

 

 

 

 

「そうそう、宇佐見さん」

「はい?」

 

 

全てのそうめんを食べ終わり、そろそろお暇しようとしたところで教授から声がかかった。

 

 

「貴女にちょっと話があるんだけど。主に夏前に出した課題について」

 

 

 

蓮子が何度目かの引きつった様な顔を浮かべる。その後、私に困り顔で振り返った。

 

 

「…そういう訳だから、先に帰っててもらって良い?」

「元々そのつもりだったから問題ないわよ。しっかり叱られてくる事ね」

「メリーひどーい…」

「自業自得でしょ。じゃあまた、夏祭りにでもね」

 

 

蓮子は何事か言おうとしたが、教授に襟首を掴まれて引きずられて行く。

 

普段は見られないその姿を少しおかしく感じながら、私は講堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

「ちょ、離してくださいってば〜!」

「あら、ごめんなさい。ついうっかり」

 

 

ひょいと襟首から手が離される。メリーが講堂を出てすぐの為、まだ講堂の中だ。

 

「ついじゃないですよ…」

「そうそう、それで話ね。課題は全然関係ないんだけど」

「ええ…」

 

 

 

「貴女、本当にハーンさんが好きなのね」

「!」

 

 

思わず表情が強張る。それを見て、教授はからからと笑った。

 

 

 

「やっぱりね〜。学内に夏祭りの案内が出る前に私に祭りの事を聞いてきたから、そうなのかなって思ったのよ。最近はいつもハーンさんと一緒に居るじゃない?」

「だからって、それは友達としてで…!」

「私は別に“恋愛対象として”なんて言ってないわよ?」

「…!」

 

 

教授の笑みが更に深くなる。そして懐から、1枚のメモ用紙を手渡した。

 

 

「はいこれ。当日あんまり人の来なさそうな出店と、良さそうなスポットね。屋上の鍵もこっそり開けておくからそこでも良いわよ」

「ちょ、ちょっと…!」

 

 

話の進みについていけない。だが教授はぐいとメモを押し付けると、そのまま踵を返した。

 

 

 

「まぁ考えるのは貴女だから、そこはちゃんとね。私はその先の行動を応援するだけだから」

「…教授は、変だと思わないんですか?私が、メリーを…」

「さあ、私は“変わり者”だから。ちゃんとやりなさいよ?」

 

 

 

そう言って、教授は講堂から出て行った。

 

 

 

その背中に小さく、頭を下げて。

教授からのメモを手に、私も講堂を後にした。

 

 

 




<NEXT>
「ねぇ、メリー」
「……」
「私、貴女の事がーー」


【次回 夏空に響く言葉は】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏空の下で儚く

まだ終わらんよ


「…時間5分前、と」

 

時間を確認し、ほうと息を吐く。周りでは屋台を構える学生の声がざわざわと響いてくる。

 

来たる夏祭り当日。こんな日くらい遅れるわけにはいくまいとメリーに先んじて校門に来たわけだが、どうやら上手くいったようだ。

せっかくだから浴衣でも着てこようかとも思ったが、生憎そういった風情のある事には疎い為、用意が間に合わなかったのだ。

 

 

 

「…蓮子が先に来てるなんて、どういう風の吹きまわしかしら?」

 

 

 

驚きと呆れの混ざった声。振り向けば、薄紫の浴衣を着こなしたメリーが何故かジト目で立っていた。

 

 

 

「まぁ、こんな時位はね。メリーはなんでそんな顔してるのよ?」

「…こんな時以外でもちゃんと時間厳守でお願いして欲しい私のささやかな抵抗よ」

「ならメリーも5分遅れて来れば解決ね」

 

 

呆れた様子で額を抑えるメリーに笑みを返して、屋台の方に踵を返す。何がしか話でもするべきかもしれないが、浴衣姿のメリーは目に毒だ。

 

「とりあえず、混まないうちに何か買っちゃいましょ。教授からいい場所を教えてもらったの」

「そうね。確か花火もあるんでしょ?よく見えたら良いんだけど」

 

 

今の所、空は雲1つない。確か今後もそんな予報は無かったため、まぁ大丈夫だろう。雨に降られれば花火のみならず私達まで濡れる場所に行くわけではあるが。

 

 

とにかく、近場の屋台でそれぞれ食べ物を購入する。私はたこ焼きと大判焼き、メリーの手には焼きそばとこれまた大判焼きがあった。

 

 

「あら、メリーも大判焼き?他にも売ってるとこあったのね」

「これは今川焼きよ。わざわざ名前を変えてるって事は多分別物でしょう」

「そんなものかしら」

 

 

なんでもない会話をしながら、メリーの手を引いて目的地へと向かう。その途中でふと気になって、訪ねてみる。

 

「ねぇ、メリー」

「ん?」

「メリーは、その…好きな人とかいるの?」

「んー…」

 

メリーはしばらく考え込んだ後、呆れたようにため息をついた。

 

 

「そんな事してる暇ないくらいには蓮子と一緒にいたから、あんまりないわね」

「…そっ、か」

 

それならば、あるいは。

 

無人であろう校舎に入り込み、階段を上る。1番上、屋上に続く扉の鍵は、教授の言った通り開いていた。

 

 

「ここ、普段は開いてないのに…また何か変な手段でも使ったんじゃないでしょうね?」

「失礼ね、毎度そんな姑息な手を使うわけ無いじゃない。でもほら、ここからなら良く見えるでしょ?」

 

見下ろせば、祭りの全てが一望できる。少し離れたところでは、花火を打ち上げるのだろう場所も確認できた。何故かそのすぐ側に、教授の巨大そうめんマシンが鎮座している。

 

 

「確かに見晴らしはいいわね」

 

隣を見れば、メリーは床に座り込んで焼きそばを広げている。私もならって、座ってたこ焼きを頬張る事にする。

 

 

「教授もたまには気がきくって事ね。…熱ッ」

 

 

受け取ってからある程度時間は経っているはずだが、まだまだ中は熱々で外も香ばしい。具はタコ以外に分かるものが無いが、その代わりかタコの大きさははち切れんばかりだ。

 

とはいえ、一般的な6個入りの為夕飯として足りるかは微妙な所だ。その為の大判焼きではあるけれど、どちらかといえばあれは別腹認識である。

隣を見れば、メリーは美味しそうに焼きそばを頬張っていて。私はそれを、何も言うことなく見つめている。

 

 

 

───言うべき、なのだろうか。

 

 

今日この日に言うと、決めたけれど。私はそれを、怖いと感じている。

いつからかは、よく分かっていない。もしかしたら、初めて会った時からだろうか?

今の私は、メリーの居ない人生を想像することが出来なくて。それは、もしかしたら付き合いの長さが見せる錯覚のようなものかもしれないけれど。

 

 

 

他人に言わせれば、それは恋慕と言うのだろうか。それとも、ただ居なくなる事に恐怖しているだけだと言うだろうか。

 

 

…メリーは、どう言うのだろうか。

 

少なくとも、私は───

 

 

「…蓮子?」

「…あ、ごめんごめん。どうかした?」

「こっちの台詞よ。ぼーっとして…もう花火始まるわよ?」

 

視線を移すと同時に、花火独特の発射音。空まで飛び上がったそれは、特大の華を咲かせてみせた。

 

 

「おお…以外に迫力があるわね」

「今年からの試みだそうよ。来年からは蓮子も混ざって来たら?」

「…それは飛ばされる方じゃ無いわよね?」

「大丈夫よ、骨は拾ってあげるから」

 

 

すまし顔で言うことか。そうしている間にも、大小さまざまな花火が次々に打ち上がっていく。

 

 

とりあえず、食後の大判焼きでも食べる事にする。まだ十分温かいそれを2つに割って、片方をメリーに渡す。

 

「あら、良いの?」

「たこ焼きが意外と膨れてね」

 

 

半分になった大判焼きを大きくかじる。中のクリームは丁度いい甘さで、もちもちの皮と合わさってたこ焼きの油分を洗い流してくれる。

 

半分は意外と少なかった。食べ終わった所に視線を感じて目をやると、メリーが笑いをこらえるような顔でこちらを見ていた。

 

 

「…何?」

「口の端に随分クリームついてるわよ」

「えっ」

 

 

慌ててポケットティッシュを取り出し口の周りを拭き取る。安堵していると、メリーの顔が急接近してきて、思わず身を縮ませる。

 

「んっ」

 

そのままメリーの指が伸ばされ、私の頬を撫でていった。見れば僅かにクリームがついていて、メリーはひょいとその指をくわえてしまう。

 

普段なら、そこまで気にもしなかっただろう。けれど私は、思わずメリーから顔をそらしてしまう。

 

 

顔が熱い。心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。

メリーは、私の方を見ていない。打ち上がる花火を目を細めて眺めている。

 

 

 

今なら、言えるだろうか。

 

本当は、向かい合って言うべきなのかもしれない。けれど、今の私にそんな勇気は無くて。けれどこのまま押し込めるのもまた怖い。

夏ならば、少しは本能に従ってもいいのでは無いか。理性で何かを考えるよりも、優れた時とてあるだろう。今この瞬間のように。

 

他人がどう言うなど分からないけれど。少なくとも私は、この気持ちをメリーに対する、恋だと信じて疑わない。

 

 

 

 

だから、私は。

 

 

 

「───ねぇ、メリー」

 

 

冷たい地に置いていた手を、ゆっくりとメリーの手に近づける。

 

 

「私、」

 

 

メリーは、こちらを見ていない。

早鐘を打つ心臓を押さえて、私は、勢いに任せて、

 

 

 

「私、貴女の事が───」

 

 

 

 

 

───メリーの横顔が、目に入る。

 

そこに映っているのは、私と一緒に居る時に見せてくれる、純粋な楽しみ。

 

けれど、それは“秘封倶楽部”の私に対してのものだ。

 

 

 

この気持ちを、打ち明けたら。メリーはなんと言うのだろうか?

 

 

 

脈が更に早まる。喉まで出かかった言葉が、詰まる。

私の知る、私の信じるメリーなら、きっと。それを拒む事はしないのだろう。

 

けれど、私がこれから見るのは、私の知らないメリーなのかもしれないのだ。

そうなれば、私達の関係はどうなる。もしも、拒まれなどしてしまえば。

 

 

 

 

「どうしたの、蓮子?私が、どうかした?」

 

 

 

気づけば、メリーの顔は正面にあって。

 

 

その瞳を見て、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───なんでも、ない」

 

 

 

 

 

絞り出すように、それだけを口にして。帽子を目深に被って踵を返す。

 

 

 

結局の所、私は逃げた。メリーの事を、信じ切る事が出来なかった。

 

理性と本能の押し合いには、理性が勝って。ならばこれ以上、私がここに居る意味などない。

 

 

 

「…そろそろ私は帰るわ。教授に出されたレポート、早めに片付けとかないと」

「あら、そう?折角だし、私はもう少しここに居るわ。気をつけてね」

 

 

メリーの声を背中で聞いて、足早に校舎に入り込む。今は、メリーに顔を見られたい気分では無かった。

 

 

「……」

 

階段上で、立ちすくむ。あれほど早くなっていた脈は、まるで安堵しているようにいつもの調子に戻っていて。それがまた嫌で、私はまた早足に歩く。

 

 

 

 

今だけは。今だけで良いから、理性なんて、無くなってしまえばどれ程楽だっただろうか。

 

外から、異様に冷たい風が吹きつける。溜め息と共に見上げた空には、星も花火も、何も見えない。

 

 

 

「……メリー」

 

 

 

振り返ろうとして、振り返らずに、足を進める。

 

 

 

月だけが照らす空を、私は独り歩く他無かった。

 

 




<NEXT>
「また、夢…」
「…これ、血とか入ってたりは…」
「貴女、だぁれ?」


次回もお楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幻視・紅の館のティーパーティ 前編

章区分でもしようかと思ったけど良さげなタイトル思いつかなかったから無しよ
ちなみに前編なので食描写はナイヨ


遥か下に、いつもより重い足取りで歩く相棒の姿が見える。僅かな明かりに照らされていた姿もすぐに見えなくなってしまって、私はそっと踵を返した。

 

 

「……」

 

 

さっき、蓮子は何を言おうとしたのだろうか。本人は何でもないと言っていたが、流石の私でもそうでないことは何となく分かった。

 

 

「でも、本人に聞くのもあれよね…」

 

 

まぁ、言わないという事はさして重要なことでもないという事か。私は1人、月の照らす帰路につく。

 

 

今度会うときは、何か蓮子の好物でも奢ってやった方がいいか。ぼんやりとそんな事を考えながら、家に入ってそのままベッドに倒れこむ。

 

 

 

「……」

 

 

いっそ、本人に聞いてみようか。そう思ってデバイスに伸びた手は、けれど画面に触れる前に引っ込められる。

 

言い辛い事を、無理に言わせる必要もない。けれど、今日の蓮子がどこかおかしかったのもまた、気にかかるのだ。

 

 

いつもよりぼうっとする時が多かったり、いつもよりこちらを見ていなかったり。普段なら私を振り回してばかりの相棒が、今日はやけに大人しいように、感じたのだ。

 

どうあれ、いつ何を言うかなど蓮子の自由だ。無理に私が介入する必要は、やはり無いのだ。半ば無理矢理に言い聞かせて、目を閉じる。

 

 

蓮子の事だ、きっと明日にはいつも通りに戻っているに違いない。もしくは今日感じた事も、ただの私の勘違いか。

 

 

そうであってほしいと、心の何処かで思いながら。私はそっと、睡魔に身を任せて───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

「う……」

 

目を開けたそこは、見知った場所ではなく。薄く霧のかかった場所に1人で、ぽつんと突っ立っていた。

 

 

「…また、夢…?」

 

 

霧の中を1歩前に進む。すると、前方に巨大な建物の影がうっすらと浮かび上がってきた。同時に、頬を冷たい感触が撫でる。

 

 

「やだ、雨…」

 

 

呟く間にも、段々と雨が降り注ぐ。とりあえず、前方に見える建物に向かって走る。だが建物がはっきりとしてくると、私の足はむしろ遅くなっていった。

 

 

視界に映るのは、紅。全体を紅く色づけられた館が、目の前に鎮座していた。

 

 

流石にここに雨宿りに立ち寄るのはまずくはないか。そうも思うけれど、ますます強くなる雨に他に対処ができるわけでも無し。私は走る速度を上げ、眼前に広がる門を押した。

 

 

 

門には、鍵がかかっていなかった。抵抗なく開いたそれに一瞬躊躇して、それから1歩踏み込む。そうして辿り着いた館の扉を、気持ち強めにノックする。

 

 

「ごめんくださーい…」

 

 

反応はない。聞こえていなかったかともう数回ドアを叩くが、同じ。留守かとも思うが、ならば門にも鍵くらいはかかるはずだ。

 

 

そっと扉に手をかける。ゆっくりと扉を押すと、これも抵抗なく開いてしまった。

 

 

「……」

 

 

 

静かに足を踏み入れる。誰かいないか探して、それから改めて雨宿りを頼めば良いだろう。そう思って、館を進もうとした時だった。

 

 

 

 

「…貴女、だぁれ?」

「!」

 

 

子供のような声。振り返れば、扉の前に少女が立っていた。

金色の髪に真紅の目、手には1冊の本。

 

 

 

けれどそれよりも目を引くのは、少女の背から伸びる、七色の結晶のような物がついた羽だ。

 

真紅の瞳がこちらをじっと見つめる。なんとも言えない息苦しさを感じて、私の言葉はしどろもどろになってしまう。

 

 

「あ、ええっと…雨宿りを…」

「雨宿り?なら、こっちで私達とお茶しましょう!」

 

 

目を輝かせて言うや、こちらの裾を引っ張ってくる。断るわけにもいかず、引っ張られるまま少女についていく。

 

 

 

「私、フランドール!フランって呼んで!貴女は?」

「私は…メリーって呼んで」

「メリーね!早く行きましょう!」

 

 

引っ張る力が相当に強い。嬉々として走る少女…フランちゃんとでも呼ぼうか。その足は、ある部屋の前で止まった。そのままの勢いで扉を開け放つ。

 

 

 

 

「お姉様ー!」

「フラン、そんなに大声を出さないの…誰それ、人間?」

「うん。雨宿りしたいって言うから、連れてきちゃった!」

 

 

 

 

中には様々なお菓子の並べられたテーブルと椅子。その内の1つに、少女…フランちゃんと同じくらいの背丈をした、もう1人少女が腰かけていた。

同じく紅い瞳。やはりと言うべきか、背から羽も伸びている。こちらはコウモリなんかが持つ様な羽だ。

 

 

「ふぅん。まぁ良いわ。そいつの分も咲夜に紅茶を持って来させるわ。アンタ、名前は?」

「あ、メ、メリーです」

「メリーね。…咲夜、いる?」

 

 

少女が声をかけると同時に、背後に気配。見れば、綺麗な銀髪のメイドさんがその場に佇んでいた。足音も、扉を開ける音も聞こえなかったというのにだ。

 

 

「お持ちしました、お嬢様」

「ん、ありがと。じゃあ、皆でお茶会…と思ったけど、パチェが居ないじゃない」

「パチュリー様はまだ図書館に。妹様に本を返してもらうと仰っていましたよ」

「あ、忘れてた。すぐ返してくるわ!メリー、行きましょ!」

 

 

何やら話した後、何故かフランちゃんは私の裾を再び引いた。

 

 

「え、ええっと…」

「悪いけど、行ってあげてくれる?フラン、1度言い出したら聞かないのよ」

「はぁ…」

「でしたら、こちらを。パチュリー様の分の紅茶はお届けしましたが、まだメインの焼き上がりにはかかりますので」

 

 

言葉と同時に、私の手に突如小さめの銀盆が現れる。載っていたのはクッキーと紅茶だ。見れば、フランちゃんも同じものを抱えていた。

 

「図書館へは、妹様に着いて行って下さい。申し訳ありませんが、お願いします」

 

メイドさんが軽く頭を下げる。私も礼を返したところで、フランちゃんが待ちきれないと言わんばかりに部屋を出て行った。慌てて私も後を追う。

 

 

 

「早く早く〜」

 

廊下ではフランちゃんがクッキーをぱくつきながらこちらを見ていた。慌てて駆け寄ると、フランちゃんは図書館とやらへと向かって歩き始める。

 

 

 

「えーっと…」

 

 

こういう時は何か話すべきだろうか。だがあまりに急すぎて何を話して良いやら分からない。そもそも何故私は紅茶を手に歩いているのか。

 

 

「ねぇ、メリー」

「あ、…何?」

「この本、パチェから借りたんだけどよく分からなかったの。外の世界の本だって言うから、メリーなら知ってる?」

 

 

そう言って、ひょいと本が手渡される。見れば、なるほど有名な作家の本だった。

 

 

 

「えーっと、“そして誰もいなくなった”ね…確かクリスティの推理ものね」

「クリスティ…?それ、面白いの?」

「ええ。ただ小さい子の読むようなのじゃないと思うのだけど…」

「えーっ、フランはメリーより歳上よ。人間で私達より長生きなのなんて殆どいないんだから!」

「そうなの…?」

 

 

やはり、彼女は人間ではないのか。羽が生えている時点で何となくわかってはいたが、そういうモノと今肩を並べて歩いているのか。

何とも返せず、視線を本に戻す。すると、何か違和感を覚えた。

 

見た目は、確かに私の知っている本だ。けれど何か、いまいちこれがクリスティだと言われてもピンとこないような、そんな感覚。

その感覚は、本を開いてある種の納得へと変わった。

 

 

 

「これ…本物じゃないのね」

 

 

中の文は全て手書きか何かで書き写されていた。表紙も模写でもしたのか、かなり精密ではあるが目を凝らせば微妙に違う。とは言え、少し見ただけでは分かりようもない。これでは体のいい贋作同然ではないか。

 

 

「…?パチェが貸してくれた時からその本はそのままだったわよ?パチェから何か知ってると思うから、聞いてみましょ!」

 

 

 

足が止まる。目の前には、少し古びた扉が鎮座していた。フランちゃんがゆっくりと扉を押し開ける。そのまま中に入り込むのに私も続く。

 

 

 

夢にしては、随分と長い夢だ。こんな館も少女も、全く覚えのないものである。けれど、何故か今それよりも重要な事に思えるのは。

 

 

 

 

 

 

 

───図書館なら、内部での飲食はご法度ではないのか。

 

 

 

 

 

そんな、夢ならどうでもいいような事を思いながら、私は扉の向こうに足を踏み出した。




「妹様とお嬢様は大変仲がよろしいのですわ」
「以前に喧嘩で館を飛び出したりもしたけどね」
「ねぇ、メリー。また会える?」


【次回 紅の館のティーパーティ 後編】
お楽しみに〜
食要素無くてスマンノ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幻視・紅の館のティーパーティ 後編

ウチのお嬢様はおぜうではないよ、きっと


「フラン…その人間は?」

「雨宿りだって!はいパチェ、借りてた本!」

 

図書館の中はわずかに埃っぽく、それでいて高い本棚の並ぶ、図書館というより本の倉庫とでも言えるような場所だった。

 

その一角に備えられた小さなテーブル、そこで眠たげに本を読んでいた少女が、こちらを見るなり眉を寄せて尋ねる。それを軽く答えて、フランちゃんはパチェ、と呼んだ少女の方へと駆けて行く。私もそれについて少女の元へと向かう。

 

 

 

 

「クッキーもあるから一緒に食べましょう!」

「そうね、レミィ達に呼ばれるまでまだ時間があるようだし…」

「あ、これを…」

 

 

私は手に持った紅茶とクッキーをテーブルに置く。そこで、彼女のそばに同じカップが置かれている事に気づいた。

そういえば、メイドさんは紅茶はすでに届けたと言ったはずだ。ならなぜ紅茶まで持たせたのか…ぼんやりと考えていると、背後から物音がした。

 

 

振り向けば、立派な椅子がその場に鎮座していた。少し躊躇してから、腰掛ける。

それを見て、少女はクッキーに手を伸ばす。その目は常に眠そうなままだ。

 

 

「多分、その紅茶は貴女の分ね。あの子はたまに抜けてるところがあるから、言いそびれたのかしら」

 

 

ならばまぁ、私が飲んでも問題はないか。ひと息ついて、紅茶を口に運ぶ。私が普段飲んでいるような、穏やかな甘味が口に広がる。

 

 

「私は次の本を選んでくるわ!すぐ戻ってくるからー!」

「ええ。こあに聞けば何がいいか教えてくれる筈よ」

 

そう言ってフランちゃんは背中の羽らしきものをぱたつかせ、本棚の向こうへと消えていってしまった。残されたのは少女と私。

 

 

「……」

「……」

 

 

 

沈黙。静寂。

何を話していいか分からずその場に固まる。少女は先程フランちゃんから渡された本を数回捲り、それから小首を傾げてこちらに言葉を投げかけた。

 

 

「そういえば、ここの前で何か教えてもらうとか言ってなかったかしら?」

「ええと…その本、本物じゃないようなので、なんでそんなものがあるのか聞きたくて…」

 

「この本は…鈴奈庵のとこのね。期待されてあれだけれど、これを直接買ってきたのは咲夜なの。何か適当に本を見繕って来るように頼んだのは私だけどね。だから、知りたいなら咲夜に聞くのが良いわ」

 

「咲夜…さん、ですか」

 

「ええ。咲夜はメイド長…この館全般を取り仕切っているし、背も高いから、見れば分かると思うけれど。クッキーを持って来るように言われたでしょう?」

 

「あの人が…」

 

「ええ、そうよ。この館で唯一の人間よ。もっとも、まともな人間かと聞かれれば、そう答えて良いかは分からないけれど」

 

「唯一、の…」

 

 

フランちゃんもお嬢様とやらも、人間でない事はうすうす分かってはいた。けれど目の前に座る少女は、どうにもそういった雰囲気が見られないのだ。

 

「そうよ。私も人間じゃあない。私はそうね…

 

 

 

 

───捕まえた人間を調理して食べてしまう魔女、といった所かしら?」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

何故か少しどや顔気味に告げる少女に対してなんと言っていいか分からず、私は静かに目線を逸らしてクッキーに手を伸ばす。かじったクッキーは塩気が効いていて、口の水分を持っていかれる感じがした。

 

咳払いの音が図書館に響く。少女は涼しい顔でクッキーを手にしてもそもそと口に運んでいる。

 

 

「…とにかく、私は良いけどレミィとフランは、本当に調理して食べかねないから注意する事ね」

「はぁ…」

 

 

少女の顔は心なしか赤いような気がしなくもなかった。

 

 

 

重々しく、ドアの開く音がした。次いで、すぐ近くに人の気配。

 

 

 

「失礼します。パチュリー様達を呼んでくるようにと」

「ああ、もうそんな時間なの。フランは…いえ、言わなくても分かるわ」

 

 

言葉と共に、フランちゃんが本棚の上からひょこりと顔を出してみせた。その様子を微笑むような表情で見ながら、メイドさん…咲夜さんだったか、彼女は手早くカップを回収していく。

 

 

「では行きましょう。お嬢様がお待ちですわ」

 

 

咲夜さんの言葉に従って、私達は図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

そして、やって来たるは元の部屋。テーブルには私とフランちゃん、お嬢様に眠たげな少女。加えてお菓子を並べる咲夜さんの姿がある。

 

 

卓上には大量のお菓子に飲みものが並べられ、フランちゃんはそれらに目を輝かせている。

 

 

「パチェが1回呼んでくるなんて珍しいわね」

「断っても何度も来るからでしょう。別にお茶するのは嫌いではないし」

「あんまり甘いものばっかり食べると太るわよ?」

「私はレミィと違って本を読んでカロリー消費してるから平気よ。レミィこそ毎日食べている割にどこにも栄養はいっていないようだけれど」

 

 

 

目の前では何やら不穏な言い争いが繰り広げられているが、関わると何やらよろしくない気配がするので沈黙を決め込む。私は蓮子と違って慎重派なのだ。

 

 

隣には咲夜さんが控えている。だがその顔は笑いを堪えているような、なんとも言えない表情だった。

私の目線に気づいたか、苦笑して軽く頭を下げてくる。

 

 

「お二方はいつもあの調子ですので、ご理解いただければ助かりますわ」

「はい…あの、」

「何でしょう?」

「あの人に頼まれて買ってきたっていう本の事を聞きたくて…」

 

 

私が指をさすと、咲夜さんは少し考え込む素振りを見せ、

 

 

「あの本は…私が直に作成を依頼したものです。本当は原本を持ち帰るつもりだったのですが、店主の方がどうしても駄目だと言うので、同じ物を書き写して頂いたのです」

 

「どうしてもって…そんなに貴重なものでは」

 

「外の世界の本は、中々入っては来ませんから。それに店主の方が言うには、外来人の方から頂いた特別な本だと。何にせよ、アレは貴女様からすれば偽物、という風にはなってしまいますが」

 

 

目の前から咲夜さんの姿が消える。視線を巡らせれば、私の隣の椅子に腰かけた咲夜さんはテーブル中央に置かれていたタルトを切り分けて食べていた。私の前にも同じものが置かれている。

 

 

咲夜さんに目線で促され、タルトにフォークを通して口に運ぶ。タルトは口溶け良くすぐに口の中で形を失っていく。

 

 

「…!」

 

 

タルト自体は、ごく普通のカスタードだ。けれど濃厚なクリームとクッキー状の生地の相性が、今まで食べたタルトよりも断然美味しく感じられる。

 

 

「気に入って頂けたようで何よりです」

 

 

気づけば私の皿にもうタルトは残っていなかった。言い争っていた2人もきょとんとした顔でこちらを見つめている。そんな顔をされる程がっついた覚えはないのだが。

 

 

「咲夜の作るお菓子は全部美味しいんだよ!」

 

フランちゃんが羽をぱたつかせながらタルトを頬張る。こぼれて口の周りについたタルト生地は、すぐにお嬢様の手で拭われる。

 

その光景が微笑ましくて、私は少し笑みを漏らす。人間でないとは言っていたけれど、この様子を見る限りはただ仲睦まじい姉妹にしか見えないものだ。

 

 

「2人は仲がいいんですね」

「ええ、それはもう。以前には喧嘩もありましたが、今ではすっかりあの様子ですわ」

「あの2人が喧嘩すると大変なのよ。フランは館に穴を開けるしレミィは顔真っ赤にして家出するし…」

「ちょっとパチェ、聞こえてるわよ!」

 

 

いつの間にか少女の背後に回り込んでいたお嬢様が、少女の後頭部に手刀を振る。鈍い音が響き、少女は「むぎゅっ」という独特の声を上げて机に突っ伏してしまった。

 

 

「全くもう…そんな昔の事を客人の前で言うことないでしょ」

「お姉さま、顔真っ赤だったの?」

「そんなわけないでしょ!」

 

 

フランちゃんの言葉にそれこそ顔を赤くして反論する。誰が見てもバレバレな対応だが、咲夜さんの口に指を当てるジェスチャーに従って、余計な口出しはすまい。

 

 

「ねぇメリー、雨止んでるよ!」

「…あ、いつの間に」

 

 

窓から微かに見える空は青く雲ひとつない。どれくらい時間が経ったか分からないが、そろそろお暇するべきだろう。行くあても無いが、夢なら何とでもなるだろう。

 

 

「じゃあ、私はそろそろ…。色々ご馳走さまでした」

「門までお送りいたしますわ」

「私も行くわ!」

 

 

私の言葉に咲夜さんとフランちゃんが立ち上がる。お嬢様は突っ伏した少女を抱えて何処かへと出て行った。

 

 

 

 

 

長い廊下を、3人並んで歩く。なんだかいつもより疲れた気がするが、まぁこの程度の振り回され方は良くあることだ。

 

「メリーともっと話したかったなぁー」

 

 

フランちゃんが拗ねたようにぼやく。人付き合いがそこまでないせいか、こういう時に何を返せばいいか分からないのだが…。

 

 

 

「んー…次、また会った時にはもっと沢山話しましょう?私も、何か話せるようにしてくるから」

「本当?また会える?」

「きっとね」

「じゃあ、その時までにメリーが驚くような話を用意するわ!」

 

 

目を輝かせてぴょんぴょん跳ねるフランちゃんを見て、私は咲夜さんと顔を合わせて微笑んだ。

 

 

 

 

「そういえばお客様、名前を伺っていませんでした」

 

館の前にそびえる門まで来て、ふと咲夜さんが口を開いた。フランちゃんは何故か館の入り口までで、やや名残惜しそうに手を振っていた。

 

 

「えっと、メリー…マエリベリー・ハーンです」

「…ではハーン様、これを」

 

 

手渡されたのはクッキーの袋と、時計のマークが彩られた紅い細長いもの。感触からして栞だろうか。

 

 

「その栞を門番に見せていただければ、いつでも通すように言っておきます。どうぞいつでもお越しくださいませ」

「あ、ありがとうございます…」

 

 

…次はいつ来れるかなぞまるで分からない訳だが、そんな状態で貰っても良いのだろうか。いや、そもそも夢では無いのか、これは。

 

 

「私はこの紅魔館のメイド長、十六夜咲夜といいます。もしその栞を

お忘れの際は、私の名前を出して頂ければ」

 

「えっと、でもいつ来るかなんて私…」

 

「構いません。ハーン様が図書館に向かう時、お嬢様は貴女に興味がおありのようでした。そしてまた、ハーン様と会うだろうとも」

 

「はぁ…」

 

「お嬢様がそう言ったのであれば、そうなる(・・・・)のです。先程言った通り、いつでも構いませんわ」

 

 

そう微笑むと同時に、門がゆっくりと開いていく。

 

 

 

お嬢様がそう言ったのならば、そうなる。

一体どこに根拠があるのかはまるで分からないけれど…きっと彼女は、お嬢様を信じているのだ。何事でも揺らがない位の、絶対の信頼を。

 

 

 

それが、なんだか少し、羨ましくて。

 

 

私は僅かに目を伏せて、紅の館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

───そこから先は、よく覚えていない。

次に気がついた時には、私は自分の部屋で夢うつつの状態で目を覚ましていた。

 

 

「……夢…?」

 

 

随分と、長い夢だ。乱れた髪を軽く整え、時計を見やる。

いつもより遅い起床時間。今日は大学は休講の為、もっと寝ていても良かったのだが、目覚めたものは仕方がない。

 

 

遅い朝食でも食べようかと、部屋から重い足取りで出る。目の前のリビング、その中央の机に、見覚えのある袋が置かれていた。

 

 

 

「これ……」

 

 

 

夢で貰ったクッキーの袋。隣には、栞も置かれている。

 

 

「……」

 

 

また、これだ。夢で見たものが、受け取ったものが、現実にも存在している。

少なくとも起きている間に、私はこれを受け取った記憶はない。電子ロックの時代に他者の家に踏み込む人間などもいない為、誰かの悪戯でも無い。

 

 

 

───夢では、ないのか?

現物を目の前にして、夢だと思う方こそ、間違っているのだろうか?

 

 

頭が痛い。寝起きの頭では、上手く思考がまとまらない。

 

 

 

…とりあえず、蓮子に連絡してみようか。

いくら時間にルーズな蓮子でも、この時間なら起きているだろう。これなら絶好の活動のネタになりそうだとすっ飛んでくるかもしれない。

 

 

部屋に戻り、携帯端末を操作する。そのまま慣れた手つきで連絡を───

 

 

 

 

 

「……え」

 

 

 

見つめる連絡先画面に、蓮子の表示が、無い。

 

いくら見つめても、端末をどの様に操作しても、蓮子に通ずる手段は何も、残っていなくて。

 

 

 

「蓮、子…?」

 

 

私は、ついに訳の分からなくなった頭を抱えて、一目散に家を飛び出した。




<Incident>
「ど、どうしたのよメリー」
「……」
「大丈夫よ。蓮子さんに何かあるわけないでしょ?」


【次回 ターニング・ポイント】
お楽しみに〜

お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ターニング・ポイント

もう1年の6割終わったってマジ……?


走る。

走る。

 

 

蓮子の家はそう離れているわけではないけれど、いつまでも進めていないような錯覚をして、頭を振る。

 

呼吸が荒い。足が重い。恐る恐る端末を覗き込んでも、蓮子の表示は、やはりどこにもない。

 

 

「蓮子…」

 

 

視線を上げれば、蓮子の家はすぐそこだった。私は駆けより、はやる気持ちを抑えてインターホンを鳴らす。

 

 

大学が休講の今日、この時間から蓮子が外に出る用事など普通はない筈だが、もしも反応が無ければ。

 

 

 

 

 

そんな思いは、目の前であっけなく消え去った。

 

 

 

 

 

鳴らしてすぐに、解錠音が響く。中から姿を現した人物を、私が見間違うハズも無かった。

 

 

 

 

「蓮子…」

 

「ん、おはよメリー。こんな時間にどうしたの?」

 

 

 

目の前には、いつも通りの蓮子がいて。いつものように、笑っていて。

 

 

 

 

「───っ!」

 

 

 

 

 

 

気付けば私は、半ば突っかかるように、蓮子に身体を預けていた。

 

 

 

「わ、メ、メリー?」

「……」

 

 

口から漏れるのは、安堵の息。私の腕の中にいる相棒は、困惑しながらも私の頭にそっと手を乗せてくれた。

 

 

 

「端末から、蓮子のデータが消えてて…何か、あったのかって…」

「大丈夫大丈夫。ホラ、この通り、何ともないわよ」

 

 

僅かに頬を赤くした蓮子が大仰に手を広げてみせる。同時に、頭をわしゃわしゃと撫で回される感覚。

見れば、蓮子は今までのどの顔よりも優しげな顔で私を見つめていて。

 

 

 

「大丈夫、蓮子さんに何かあるわけ無いわよ。まだ2人でやりたい事だって沢山あるんだから、ね?」

「……そう、ね」

 

 

面と向かって告げられた言葉に、私はわずかにそっぽを向いて応える。真正面からこういった言葉を言える蓮子は、正直少し羨ましく思うところもある。

 

ともかく、蓮子に何もないようで何よりである。そう思うと、急に眠気が顔を出してきた。噛み殺す必要も無いかと大きく欠伸をしていると、蓮子が吹き出すように笑い出した。

 

 

 

「メリーったら、そんなに急いで起きてきたの?すごい眠そうな顔してるわよ」

「ええ、誰かさんのせいでね…ふあぁ」

 

 

目元を擦っていると蓮子がくいと自分の部屋の方を指差した。なんだろうかと見てみれば、先には案外綺麗に整えられたベッド。

 

 

「……何」

「ん?眠いなら寝ていいわよ、って事だけど?」

 

 

事だけどではない。簡単に自分のベッドを明け渡すやつがいるか…と、思いはするが。考えてみれば別に見ず知らずの異性でも無いのだから、遠慮は必要ないのかもしれない。

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えて少し寝させてもらうわ」

「あら、もう少し何か言ってくるかと思ったけど意外ね」

「眠くてそれどころじゃないのよ…どうせ大学も休みだし」

 

 

すっかり寝る気万全の声だなと自分でも薄々自覚しながらも、歩みを進めて蓮子のベッドに潜り込む。途端に押し寄せる睡魔に抗う気も無く、瞼が落ちる。

 

 

「───」

 

 

何事か、蓮子が呟く。聞き取れず、薄く目を開けて、蓮子を見て。けれどそれ以上の事は出来ずに、私の意識は沈んでいく───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

はっとして、飛び起きた。

身体を預けているのは、蓮子のベッド。外からは鳥の鳴き声が聞こえて、どうやらそう長くは眠っていなかったのだと思う。

 

端末を見れば、お昼を少し過ぎた程度。そのせいか台所と思わしき場所から何やら調理する音が聞こえる。

その音を聞きながら、私は軽く寝返りをうってため息をついた。

 

 

いくら予想外だったからと言って、柄でもない事をしてしまったと、冷静になった今になって思う。

 

 

 

 

───けれど。けれど私がああまでする程に、私の中で蓮子の存在は、大きくなってしまっている事もまた、事実なのかもしれない。私がまだ、それを自覚できていないだけで。

 

 

 

 

「あ、メリー起きてたのね。軽くだけどお昼作っちゃったから食べましょ?」

「…蓮子って料理するのね」

「少なくともメリーより出来る自信はありますわ」

 

 

 

食卓に並ぶのは白米と肉野菜炒め、ここ最近あまり見ない和食だ。蓮子はどちらかといえば和食が好みな気がするが、まさか自分で調理するまでとは思ってもなかった。

 

 

「…ねぇ蓮子」

「んー?」

「私の端末には蓮子の連絡先とか無いんだけど…蓮子の方は大丈夫なの?」

 

 

箸をとる前に私が言うと、蓮子はどこか気まずそうな顔をして、自分の足元に置いていた端末を差し出した。

 

 

「それが昨日、メリーと別れてから急にデータが飛んじゃって…復旧まで少しかかるとかで、貸し出された端末なのよ、今持ってるの。だから少し経ったら元通りになると思うんだけど…」

「……」

 

 

 

何があったかと思えばそういうことか。差し出された端末も、少し古いものになっていた。

 

 

「ならその時点で連絡くらいしてくれたっていいじゃない。アドレスは分かるでしょう?」

 

「このご時世に非通知で電話かけても普通は拒否されちゃうわよ。設置型電話なんてもう殆ど普及してないし、何よりメリーは非通知でかけても取らない確信があるわよ」

 

「…確かにね。端末1つで片付けようとするのも、色々問題ね」

 

 

そんなわけでこっちのアドレスも一応登録しといて、との蓮子の言葉に従って登録する。何はともあれ、これで万事解決だ。

 

 

端末をしまって、食事に手をつける。やや塩味が強いが、充分美味しいレベルの野菜炒めだ。下手に口を出すとまた私よりも料理が出来るなどと言うので口に出しはしないが。

 

 

 

「美味しい?」

「…まあまあね」

「素直じゃないわねぇ」

 

 

大仰に肩をすくめる蓮子から、僅かに視線をそらす。

 

 

 

 

…何故だろうか。蓮子の顔を、上手く見れない。さっきまでの取り乱しぶりのせいだろうか。

 

 

「メリー?」

 

 

 

蓮子が首を傾げる。私は何でもないと首を振り、もそもそと食事を口に運ぶ。

 

 

 

 

 

「いやーでも、まさかメリーがあんなに慌てて家に来るなんて思わなかったわ。蓮子さんも案外大事にされてるのね」

「……」

 

 

 

悪戯っぽく笑う蓮子に、いつもの私なら何がしか言い返していただろう。

 

 

けれど今の私には、どう返していいのか分からなくて。

 

 

 

……私は蓮子の事を、大事だと思っているのだろうか。

大学で最初にできた友人で、それからよく分からないサークルに引きずり込まれて。

付き合いの長さはともかく、濃さで言えば間違いなく今までで最大のものだ。

 

 

 

けれど。

いくら付き合いが濃いからと言って、友人相手にこう思った事など1度もない。少なくとも私はそうだ。

 

 

 

蓮子なら、こんな悩みでも理解してくれるのだろうか?

 

 

一瞬だけ視線を移して、すぐにまたそらす。私個人の勝手な悩みに、蓮子を巻き込むわけにもいくまい。

 

蓮子はやはりいつも通りのままで。それがほんの少しだけ、恨めしいくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局最後まで、その疑念が晴れることはなくて。食事を終えた私は軽く礼だけ言って、家を後にする事にした。

 

 

 

「…じゃあ、私はそろそろ行くわ。急に押しかけて、ごめん」

「大丈夫よ。どうせ大学さえ無かったらお互い暇でしょ?」

 

 

快活に笑う蓮子に、私も軽く笑みを返して。踵を返そうとしたところで、不意に蓮子から呼び止められた。

 

 

 

 

「メリー」

「何?」

「んー、えっと…」

 

 

珍しく歯切れが悪い。少しだけ悩むような素振りを見せた後、蓮子は少し照れたように笑って。

 

 

 

「メリーが慌てて来てくれた時ね…あんまり上手くは言えないけど、その…嬉しかったわ。それだけ」

「……」

 

 

 

 

どくん、と。心臓が跳ねたような、そんな音が聞こえた。

 

 

動悸が早まる。何とか表情には出さないようにしながら、私は今度こそ踵を返す。

 

やはり、今日の私は変だ。今蓮子の顔を直視しようと、出来ない。目を合わせてしまったらどうなってしまうのか、私は想像出来なくて。

 

 

 

 

 

「…別に、少し焦っただけよ。次からは何かあったら連絡くらいしてよ?」

 

 

 

それだけ言って、歩き始める。背後で扉を閉める気配。振り向けば、笑顔のままの蓮子が手を振っていて。私も手を振り返して、扉は閉ざされる。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

しばしその場に佇んで。私は帰路に向かって歩き出す。動悸はいつのまにか元通りになっていた。

 

 

 

 

何故突然、こんな事になってしまったのか。今日目が覚めるまでは、何も異常なぞ無かったというのにだ。

 

「…蓮子」

 

 

呟くように、名前を呼ぶ。その時の私は、どこか安心したような気持ちで。その気持ちに1つの心当たりを覚えて、私は首を振る。

所詮、多少本をかじって得ただけのものだ。うかつに信じ込むような真似をするものではあるまい。

 

 

 

けれど頭の中では、蓮子の事をずっと、考えてしまっている。

 

頭の中で思い返すのは、先程の光景。蓮子は変わらぬ笑顔で、手を振ってくれていた。きっと再び同じ顔をされても、私は同じように顔を背けてしまうだろう。

 

 

その中に何か引っかかるものを感じて、私は頭を押さえる。

 

 

 

確か私は、眠る前に何かを言われて、その時に蓮子の顔をちらりと見た。さっきの蓮子は、その時と同じ顔をしていたように、思うのだ。

 

 

 

分からない。今までで1番思考がまとまらない。蓮子について考えようとすると、また動悸がするのだ。

深呼吸をして、私は再び歩きだす。きっと連絡が通じないハプニングからくる一時的なものだろう。明日からはまた大学で顔を合わせる。その時には、いつも通りになっている筈だ。

 

 

 

ただ1つ、気になることは。

 

 

 

私に手を振っていた蓮子と、何事か私に話しかけた、眠る直前に見た蓮子。

 

 

 

 

 

───その顔が、とても辛そうな…何かを堪えるような顔をしていたように見えたのは、私の気のせいなのだろうか?

 

 

 




<NEXT>
「私には、見守ることしか出来ないわ」
「別にいいと思うぜ。自分に正直に、だ」
「……」



【次回 カタオモイデオロギー】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カタオモイデオロギー・表

お ま た せ !!(土下座)
リアルがひと段落したりしなかったりしたのでふっかーつ!


───最近、彼女の事ばかり考えている。

初めて出会った時には、ただ変わっているなと不思議に思っていただけだった。けれど今は、違う。

 

どう思っているのかなど、もはや誰の目にも明らかで。後はこの想いを口にするだけ。

 

 

 

……それだけ、だったのに。

 

 

 

「……」

 

 

結局、私は口にする事が出来なかった。1歩踏み出す事を恐れてしまったのだ。それは、今も変わらないままで。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

口から重い溜め息が出る。鉛の如く沈んだ気持ちを表す様なそれを誤魔化すように軽く頭を振る。

 

そもそも今更私がこんな事を話して後悔しているのは、大学での祭りの日の出来事を聞かれたからであり。

 

 

 

「それでそのまま言えずじまいと…難しいものね」

 

 

 

目の前で困り顔をしながら苺をつつく教授の元へと、縋るような思いで訪れたからであった。

 

 

 

「それで、今日はハーンさんとは?」

 

「…会ってません。いつも居そうな場所にも、居なくて」

 

 

今日は、まるでメリーの事を見かけない。その気になれば連絡なりして確かめればいいだけなのだが、連絡をしようにもとても、指が重いのだ。

 

「ううん、私も何度か教え子の相談には乗ってきたけど…恋愛相談なんてされたのは初めてだから、中身のある事は言えないのだけど」

 

 

俯きかけた視線を戻せば、教授が新たに苺を頬張りながらフォークを弄んでいる。その視線が何かを探すように宙を彷徨い、最終的に私に向けられる。そのまま教授は、私に向けて苺の盛られた皿を差し出してきた。

 

 

「とりあえず苺でも食べて考えましょう」

「……」

 

 

相変わらず、ブレない人だ。肩をすくめて苺を手に取り、口に放り込む。

 

「……酸っぱい」

「あら、そう?甘そうなの選んで買ってきた筈だけど」

 

 

試しに他の苺も食べてみるが、どれも甘味より酸味が際立っていた。恐らく教授は食べ過ぎて味覚がマヒでもしているのだろう。

 

 

「失礼ね。味覚が変わる程食べてなんていないわよ」

「…勝手に人の心を読まないで下さい」

 

「貴女が顔に出やすいだけよ。さっきだって尋常じゃないくらい暗ーい顔をして。そんな顔をするくらいなら、結果はどうあれ話してしまった方が楽ではないの?」

 

「……」

 

 

…話してしまえたら、どんなに楽だろうか。

けれど私は、まだ怖い。この気持ちを打ち明けた時、メリーがどんな顔をして、どんな言葉を投げかけてくるかが。

 

でも。でも私は、この気持ちを───

 

 

「ハーンさんに言えないままではいたくない、って?」

「…はい」

 

 

伝えないままでは、駄目なのだ。伝えないままメリーと一緒にいる事は出来ないし、何より。このまま隠し通す事は、きっと出来ない。いずれ、私の感情が決壊する時が来てしまう。

 

そんな無様な終わりは、迎えたくなくて。だから私は、メリーに、伝えなければならないのだ。

 

 

「…ねぇ、宇佐見さん」

「はい?」

 

「宇佐見さんは、ハーンさんの事が好き?」

「…はい」

「それはどうして?」

「それは…」

 

 

口ごもる。何故好きかなど、とっくに分かっている。けれど、口が動かない。それは、本人に言わなければ意味のない事だ。

 

 

「それが分かっていれば、後は簡単よ。貴女はその気持ちを原動力にして、ハーンさんにぶつければいいの。実験と一緒よ、失敗を恐れてたら、結果なんて出るものじゃないわ。結果が出る良いにせよ、悪いにせよ」

 

「…実験と一緒にされるのは、少し複雑なんですけど」

 

 

「なら貴女達がやっている“倶楽部活動”と同じとでも言いましょうか?貴女は最大級の興味があるモノを目の前にして、わざわざ背を向けるような人じゃあ、無かったハズだけれど」

 

 

「……そう、ですね」

 

 

大きく、深呼吸をする。今行動を起こさなければ、きっと私はダメになってしまう。こうして教授に頼るのも、今回が最後。

 

 

端末を取り出して、メリー宛にメールを打ち込む。中身はとても単純、要件と場所を伝えるだけだ。

送信された事を確認して、端末をポケットにしまう。相変わらず苺をつまむ教授に1つ頭を下げて、踵を返した。

 

 

「相談に乗ってくれてありがとうございました、教授」

「私は殆ど聴いてただけな気もするけど。まぁ、やるからには応援するわ。…だから、いってらっしゃい」

 

 

「───はい、行ってきます!」

 

 

研究室を後にして、歩を進める。きっと、メリーは来てくれるだろう。私に出来るのは、最大限信じることと、自分の思いを告げる事だけ。

 

私達が、いつも通りから少し、踏み出せるように。

……もう、後戻りは出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

───彼女の事をこんなに意識してしまうのは、何故だろうか。

 

ちらりと視線を外に移せば、もうしばらくで日が落ちるだろう時刻。私は窓際に腰掛けて、1人読書に興じていた。

 

 

けれど、ページは進まない。理由は単純、他の事を考えるせいで、中身が少しも頭に入って来ないからだ。

 

 

「ふぅ…」

 

 

溜め息をつき、栞を挟んで本を閉じる。とてもではないが読書を続けられるような気分では無かった。

 

 

…頭の中では、蓮子の姿ばかりが浮かんでいる。以前、蓮子の端末が壊れて連絡がつかなくなった、あの日からだ。

あの時の私は、ひどく慌てていたと自分でも思う。私は、蓮子の身をこれ以上ないくらいに案じていたのだろう。それは、ほぼ唯一と言っていい付き合いの長さ故か、それともただ知り合いに連絡がつかない事を不安に思ったのか。

 

 

恐らく、どちらでもないのだ。けれどそれ以外に、思い当たる感情は無く。そのどちらも、私の気持ちとはどこかズレている。

 

 

「……」

 

 

分からない。何も、分からなかった。あそこまで取り乱した理由も、蓮子の事ばかり考えてしまう理由も。この場にはただ、得体の知れない想いに振り回される私がいるという、それだけ。

 

「蓮子…」

 

結局、今日は大学に足を運んでいない。講義が面倒などでは無く、どう蓮子と接すれば良いか、分からなくなってしまったから。

 

 

……蓮子なら、これが何なのか、分かるだろうか。私より余程頭の回る相棒なら、私の気持ちなぞたちどころに理解してしまうのだろうか。

端末を手に取り、蓮子の番号を呼び出す。けれど何を言えばいいのか分からず、私はベッドに向けて端末を放った。

 

 

考えがまとまらない。私はベッドに身を投げて、埋もれるように身を預け、目を伏せる。分からない感情から、逃げるかのように。

 

 

今日は、もう眠ってしまおう。この感覚も、目覚める頃にはきっと元通りになっている。

そんな思いを、口にする。そんな事は無いのだと、頭では分かっているのに。

 

差し込む光に薄眼を開ける。夕日のせいか、本に挟んだ栞が紅い光を放つような、そんな錯覚を最後に、目を閉じる。

 

 

 

 

 

───明日は、蓮子といつも通りに会えるように。

 

 

そんな願いと共に、私の意識は沈んでいった。




【次回 カタオモイデオロギー・裏】
お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カタオモイデオロギー・裏

書くことがねぇ!蓮メリもっと広まって!


「う……」

目を開ければ、視界に紅が広がった。

反射的に目を細める。いきなり自室の天井が真っ赤に染まっているとなれば穏やかではあるまい。

けれど、自室とは違う点が次々と出てくる。私が寝転んでいるのは自分のそれより遥かに肌ざわりの良いベッドだし、読みかけの本もテーブルも、本来ある場所には無く。

 

代わりに、ぽつんと置かれた椅子に腰掛け、ティーカップを傾ける小柄な人影があった。

 

「目は覚めたかしら?」

 

次いで、人影から声。ゆっくりと立ち上がり、近づいてくるその姿が段々と明瞭になっていく。それは、私が以前にほんの少しだけ会ったことのある人で。

 

 

 

「貴女は…咲夜さんの…」

「あら、覚えてくれていたのね。以前にココに来てからそれなりに時間は経っていたと思うけど」

 

そう言って、少女はコウモリの様な羽を揺らしながらくすくすと笑ってみせた。

 

 

 

「咲夜、いる?」

「ここに」

 

 

以前と同じように、少女は声を上げる。次の瞬間には、見覚えのあるメイドさんがトレイを持って隣に立っていた。

 

「紅茶を淹れてきてちょうだい、3人分。パチェは多分出てこないでしょうし、フランはまだ帰ってこないでしょうから、ゆっくりお願いね」

「かしこまりました」

 

 

そう言って、メイドさん…咲夜さんは、普通に扉を開けて歩いて行った。それを眺めていると、視界に割り込むように少女の顔が映る。

 

「ふーん…」

「…えっと、何か…?」

 

たじろぎながら顔を引くと、どこか少女は満足そうに頷いて。

 

 

「いえ、以前貴女を見た時に運命がよく見えなかったから、近いうちに死ぬんじゃ無いか、とか思ってたから。今はちゃんと見えるから、一時的なものでしょ」

「はぁ…?」

 

運命が見える見えないとは、また変な話を聞かされる気がする。確か以前に会った時、咲夜さんが妙なことを言っていた。お嬢様がそうなると思えば、そうなるのだと。

 

 

「そういえば、以前は名乗ってなかったわね。私はココ…紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ。長いからレミィで良いわ」

「は、はい。ええっと、私は…」

 

「咲夜から聞いてるから平気よ。それより貴女、身体は平気?」

「身体…?」

 

言われて軽く身体を動かしてみるが、特に何かあるわけではない、いつも通りだ。そういえば何故私はレミリアさんの館のベッドで寝ているのか。

 

 

「ウチの庭で倒れてるのを、咲夜が見つけて運んで来たのよ。外傷なんかは特に無かったけど、念のためね」

「倒れてたって…」

「それで、運び込んだら雨は降ってくるし…。前に来た時も降ってなかったかしら?全く…」

 

レミリアさんが壁に備えられた小さな窓を指す。立ち上がって見てみれば、確かに小雨とは呼べないくらいの雨が降っていた。傘の類は持っていないので、また止むまで待つ必要があるだろう。

 

それよりも、1つ気になることが。倒れていたというのも気になるが、彼女が先程言っていた言葉。

 

 

「あの…」

「うん?」

 

「運命が見える、って…どういう事ですか?」

「言葉の通りよ。私は運命を視て、操る…それが出来るの」

 

 

そう言うレミリアさんの目は、今までより心なしか紅に深まっていて。吸い込まれそうになるそれから、ほんの少しだけ目をそらす。

 

 

「だから、見ようと思えば、貴女の運命も視えるの」

 

ゆっくりと、レミリアさんが立ち上がる。

 

「貴女の運命…未来で何処にいるのか、何をしているのか」

 

 

 

「───貴女が、誰と一緒にいるのかだって、ね」

 

「…!」

 

瞳に、覗き込まれる。レミリアさんは笑みを浮かべているけれど、その笑みがどこか現実離れしているような、そんな錯覚。

そうして目が合っていたのは、どのくらいだったか。扉をノックする固い音が響いて、レミリアさんはふいと私には背を向けた。

 

 

「ん、咲夜ね」

 

 

レミリアさんが声を上げた次の瞬間、テーブルには紅茶の注がれたティーカップとクッキーの盛られた皿が置かれた。

 

「咲夜、3人分って言ったじゃないの」

 

 

声がして、気付く。テーブルに置かれたカップは2つのみだ。咲夜さんは困ったように微笑んで、

 

 

 

「私もお嬢様達とのお茶会に参加したいのですが、パチュリー様に呼び止められてしまって。紅茶をお持ちしてからにいたしますわ」

 

 

そう言って、私にちらりと目を向ける。慌てて頭を下げると、咲夜さんは微笑みながら一礼して、再び部屋を出て行った。

 

「パチェ…ま、良いわ。とりあえず貴女も座ったら?前も食べたでしょうけど、咲夜のクッキーは美味しいわよ」

 

 

レミリアさんに促され、おそるおそる椅子に座り、クッキーを口に運ぶ。

以前に咲夜さんから貰ったクッキーを食べたが、それに負けず劣らずの美味しさだ。バターの香りが心地よい。

目を向ければ、レミリアさんも美味しそうにクッキーを齧っている。その顔は、今しがた私に向けられたものとは、やはり違っていて。

 

 

 

レミリアさんが言った、“運命が見える”というのは、本当なのだろうか?

馬鹿げたことだ、とも思う。けれど、もし本当なら。

 

 

 

知りたい事が、ある。本当ならば、私が目を覚ます前の不安を全て、解決出来る筈だ。

 

 

「…レミリアさん」

「何?」

「運命が見えるというのは、本当なんですか?」

 

私の問いに、彼女は少し不満げに眉をひそめた。

 

「そんな子供じみた嘘をつくような歳じゃないわよ、私は」

「す、すみません。…なら、ええと」

 

口が渇く。徐々に高鳴る鼓動を落ち着かせる為に、紅茶に口をつけて、息を吐く。

私の頭にちらつくのは、相棒の姿。

こんな事を口にしようとする私は、きっと蓮子の事が───

 

 

 

 

「…本当なら、教えて貰いたいんです。未来に私が、誰といるのかを」

 

 

 

レミリアさんは私の言葉に、今度は目を丸くする。

 

 

「…それは、貴女の恋路を私に教えろという事?」

「……はい」

 

 

認めるしか、無いだろう。私が蓮子に抱く感情。私の知る感情とはどれも違くて、それでもこんなにも、彼女の事を思ってしまうのは。

けれど、それを蓮子に直接打ち明けられる程、私は強くないのだ。だからこうして、目の前の少女の有るかも分からない力に縋っている。

 

 

レミリアさんから、答えはない。気まずい沈黙の中で紅茶を口につけていると、レミリアさんがやや伏し目がちの顔をしながら口を開いた。

 

「…私なら確かに、貴女の知りたがっている事は分かるわ。でもね…」

 

 

「貴女に、それを教える事は出来ないわ」

 

 

そう言われた時の私は、どんな顔をしていただろうか。

 

「出来ないって…」

「しない、と言った方が正しいかしら。貴女が誰を思い浮かべているかは知らないけれど…もしも貴女の望む人が隣に居なかったら、貴女はどうするの?」

 

「そ、れは…」

「それに、私は自分の能力を使うのは嫌いなの。運命を操れるからって、全て自分の思う通りにしてしまうのは、つまらないから」

 

 

ずいと、レミリアさんは顔を近づけて来る。その目は、また妖しく細められていて。

 

「ねぇ、貴女はその人のこと、好き?」

「…はい」

「まだその人は、手の届く場所に居る?」

「……はい」

 

 

それだけ聞くと、彼女はにっと笑ってまた席についた。そのまま上機嫌そうにクッキーを放る。

 

 

「なら、私なんかに頼らなくても大丈夫よ。届かなくなる前にちゃんと、自分の想いを伝えれば。…なんて、私が以前言われた事だけど」

 

「届かなく、なる前に…」

 

「そう、貴女なら出来るわよ。私やフランに会って、戸惑いはしても恐怖なんてまるで覚えなかった、そんな勇敢な貴女なら。

……ほら、雨が止んだわ。そろそろ、帰った方が良いんじゃない?咲夜に門まで送らせるわ」

 

 

 

 

いつの間に、雨は止んでいた。日の差し込む庭を、私は咲夜さんについて歩いている。

 

 

 

「ハーン様」

「あ、はい…」

「先程、お嬢様とお話されていた事ですが」

 

 

ぎょっとする。まさか聞かれていたとは思わなかった。私の反応を見てか、咲夜さんはくすくすと笑いながら、ゆっくりと門を開けていく。

 

 

「申し訳ありません。割って入るのは、気が引けたものですから。…微力ながら、私も応援させていただきますわ」

「…ありがとうございます」

 

 

門の外で軽く別れを言い合い、私は歩いていく。門から出た瞬間から、異常なまでの眠気に襲われる。今までの経験からして、ずっと立ち止まっていても気付いた時には家のベッドに寝ているのだろう。

 

けれど、私は歩みを止めない。目が覚めた時に、また歩いていけるように。私の大事な相棒に想いを告げる事を、躊躇わない為に。

 

 

想いを告げる事への抵抗や恐怖は、今はもう無い。レミリアさんとの会話で、確かに私は背中を押して貰った。

部屋を出る前に投げかけられた、最後の言葉を思い返す。

 

 

『運命っていうのは、自分で選ぶからこそのものよ。次に会う時に、良い報告を期待しているわ』

 

 

私の運命は、どうなっているだろうか。それを決める為に、私は歩くのだけれど。

 

 

 

───この想いを伝えられたら。私と蓮子との関係はどう変わってしまうのだろうか。

願わくば、良い方向に向かうように。私達がいつもより少しだけ先に、進めるように。

 

 

 

そんな願いを抱きながら、私の意識は急速に溶けていった。

 

 

 




<THE LAST EPISODE>
もう、後戻りは出来ない。
少しだけ、先に進めるように。


───そんな2人の、1つの終わり。


【次回 最終話 秘め封じられぬ、想いの果て】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秘め封じられぬ、想いの果て

次に目を開けた時には、私は自室で横になっていた。

何度か経験しているから戸惑いこそしなくなったものの、結局夢かどうかの判断なぞついてはいない。

 

 

ともかく、私のやる事は1つだ。

外を見れば、もう月が顔を出そうという所だった。大して遅い時間でもない為、早速行動に移すことにする。

 

ひとまず会えるか連絡をしようと端末を手に取ると、少し前に蓮子からメールが届いていた。開いてみればいつもの活動の話…ではなくて、話があるから会えないかとそれだけの簡単な文章だった。ご丁寧に場所も指定されている。

 

蓮子がどんな話で私を呼び出したのかはわからないが、何にせよコレは絶好のチャンスだ。すぐに行くという返信を返して素早く身支度を整える。

 

 

部屋を出る直前に。私は少しだけ立ち止まって、深呼吸をする。

 

想いを告げる、口にしてしまえば簡単なそれが難しいのは、当然ながら言うまでの過程だ。相手からの言葉を無意識にせよ、恐れてしまうから。

 

けれど、今は。今だけは、その恐れを跳ね除ける勇気があるから。

 

 

ほんの小さな声で、名前を呼んで。私はともすれば人生最大の大勝負の為に、歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

私がメリーを呼び出したのは、大学からほど近い河川敷。いつだったかにバーベキューをした、私達の出会った場所。

月が細々と照らす暗がりに、まだメリーの姿はない。ついさっき返信が来たから、来るのはもうじきだろう。

 

 

「…」

 

 

斜面に敷き詰められるように配置された人工芝の上に寝転がり、目を伏せる。もうすっかり気温は下がり、いつもの格好で過ごすには少し肌寒い。

 

 

 

そっと小声で、言うべきことを口に出す。誰に伝えるわけでもない、ただ私を奮い立たせるためだ。今まで散々悩んでいたと言うのに、一度決めてしまえば、その言葉は憎らしいほど軽々と口にすることができて。

後は、本人を前にして、口にするだけだ。

 

 

「…よし」

 

「何がよしなの?」

 

 

上体を起こしながら漏らした言葉に、背後から応える声。私は起こしかけた身体を再び寝転ばせ、瞳に逆さに映る相棒を見上げた。

 

 

「何でもないわよ。明日はいい日になるんだろうなーって、勝手に思ってただけ」

「へぇ、何かいい事でもあるの?」

「もちろん、これからね。ってメリー、貴女マフラーなんて持ってたの?」

「冬場になっても誰かさんに連れ回される機会が多そうだからね、事前に買っておきましたわ」

 

 

私の隣に寝転がりながら、メリーはジト目でこちらを見やる。実際に季節関係なく活動はする気でいたから、弁明の余地はあるまい。

 

やや長いマフラーを器用に着こなすメリーの顔は、いつもより、心なしか明るい気がして。けれど、どこか固いようにも見える。元々外に出るタイプでは無いから寒いのかもしれない。やるべき事は早めに済ませてしまうべきか。

 

 

「それで、話って?」

「あー…」

 

 

どう切り出したものかと、少し言葉を濁す。メリーは眉を寄せるものの、何も言わない。

 

 

「メリー」

「何?」

「私…私ね」

 

 

 

───言え。

今言わなければ、もうチャンスは来ないと、本能が告げている。

 

 

 

「私、貴女の事が───」

 

 

───脳裏をよぎるのは、以前の記憶。告げようとして、告げられなかった苦い記憶。

あの時と、私はこれっぽっちも変わってなどいない。

 

けれど、貴女に対してだけは。変わらなければ言葉は届かないと、痛いほど分かったから。

だからあと少しだけ、勇気を───

 

 

 

 

 

「ねぇ、蓮子」

 

 

 

ふっと、メリーの顔が緩んだような気がした。そのままゆっくりと上体を起こして、こちらにそっと手を差し伸べる。

 

 

「私も、貴女に言いたい事があるの」

「え…?」

 

距離が縮まる。メリーはもう、顔がぶつかるくらいに近くにいて。間近に見る顔は微笑んでいるけれど、その瞳がどこか、揺れているように見えて。

 

そのまま、彼女は私の頬に、そっと手を当てた。

 

 

 

 

「───私、蓮子の事が好き。秘封倶楽部としても、私個人としても…貴女が、好きなの」

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

口にした時の私は、どんな顔をしていただろうか。

ちゃんと、笑って言えていただろうか。

 

蓮子は少しの間、呆然としていて。やがて、瞳にじわりと涙を滲ませたかと思えば、帽子を目深に被って顔を隠してしまう。

そんな仕草も、今の私には微笑ましくて。頬に当てた手を離して、蓮子を優しく抱き留める。

 

 

 

「…なんで、このタイミングで言うのよ」

 

 

くぐもった涙声が、腕の中から響く。ゆっくりと顔を上げた蓮子は、目にいっぱいの涙を溜めていて。

 

 

 

「私が、言おうとしたのに」

「…蓮子が、言おうとしたのが分かったから。先に言われたら、自分からは言い出せないって、思って」

 

 

いつも振り回されているお返しだなんて、思うのはただの強がりだ。そうでも思っていないと、私も泣き出してしまいそうだったから。

それでも滲み始める視界は、抑えきれなくて。私は蓮子から顔をそらすようにして、彼女の肩に頭を預ける。

 

 

「…そんな事言われたら、私が言えなくなっちゃうじゃない」

「大丈夫よ。蓮子は、私よりずっと強いから」

「…そんな事、ないわ」

 

涙声で、蓮子が答える。私は、少しだけ涙声になりながら、静かに蓮子の顔をのぞき込む。

いつも活発な笑みを浮かべていた顔は、涙に濡れていて。その瞳にはまだ、星のように煌めく涙をいくらか滲ませている。

 

 

そんな蓮子の顔を、正面に見据えて。私は囁くような音量で、彼女に声をかける。

 

 

 

「私は、貴女の事が好き。じゃあ、貴女は───

 

 

 

 

───宇佐見蓮子は、私の事、好き?」

 

 

 

蓮子の瞳にまた、涙が滲む。私の視界もぼやけているけれど、今度はそれを、隠そうとはしないで。

 

 

「…ずるい。私がどう思ってるかなんて、知ってるくせに」

 

「ええ、知ってる。けど私は、貴女から直接聞きたいの。他ならない、蓮子の口から」

 

 

口元だけ、悪戯っぽく笑って。それを見て蓮子は、自分の目元を少しだけ乱暴に拭って。

その顔に、いつもと変わらない、笑みを浮かべた。

 

 

 

「……私も、貴女の事が好き。誰よりも、メリーの事が、大好き」

 

「…ん。ちゃんと、言えるじゃない」

 

「私は、メリーより強いのよ。さっきまで強がってた、泣き虫の貴女よりね」

 

 

「…失礼、ね。私、蓮子の前で泣いた事なんて、無いわよ」

 

 

 

顔を隠すように、蓮子の身体にもたれかかる。そんな私に、蓮子は優しく頭を撫でてくれて。

 

 

 

小さな嗚咽が2つ、月の下に少しの間、響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

嗚咽が、少しずつ止んで。私と蓮子は揃って河川敷に寝転がり、夜空を見上げていた。もっとも、蓮子は帽子で顔を隠してしまっているから実質私だけではあるが。

 

 

胸に広がるのは、安堵感。想いを伝える事が出来たことの、そして蓮子も、同じ想いだった事への。

 

 

「……変に悩む必要なんて、無かったわね」

 

 

上体を起こして、蓮子が呟く。私も起き上がりながら同意を返す。もっとも、それだけでは無いが。

 

「そうね。でも私は満足よ?滅多に見られない蓮子の可愛い顔が見れたから」

「んなっ…!…メリーったら、いつもより機嫌がいいわね」

「ええ、もちろん。蓮子もそうでしょう?いいこと(・・・・)があったんだから」

「…そうね」

 

 

立ち上がり、息を吐く。まだ白くはなっていないが、いつもの服装にマフラーを足しただけでは肌寒い。蓮子と話している間は、そんな事を気にする余裕は無かったけれど。

 

 

「…とりあえず、帰りましょうか。ずっとここにいたら、流石に風邪をひくわね」

「…そうね」

 

蓮子は少しだけ、目線を逸らしながら答えて。そんな蓮子の手を引いて、私は歩き始める。

 

 

 

 

「大丈夫よ。目が覚めても、夢だったりなんてしないわ。明日も明後日もこれからも、いつだって会えて、話せるわ。秘封倶楽部としても、それ以外としても、ね」

 

「……そうね、そうよね、うん」

 

 

そう呟くと同時に、蓮子は私の前に躍り出て。躊躇う私に身体を寄せて、再び歩き始める。

 

 

「ちょっと蓮子、くっつかないでよ」

「いいじゃないの別に。メリーだってまんざらでもない顔してるわよ?」

 

悪戯っぽい笑みで言われて、私は顔をそらす。実際、別に離れようなどとも思わない。

 

 

今日は少し肌寒い。けれどそれは、私達が1人ずつでの話だからだ。

2人で並べば、それも丁度いい暖かさになって。

 

 

 

 

隣を向けば、蓮子が笑っていて。それにつられて、私も笑みを返す。それがとても、心地良くて。

 

 

 

 

私達は寄り添いながら、月の照らす道を2人で、歩いていった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
色々と言う事はありますが完結に水をさすのも考えもの、後ほど活動報告を更新させていただきます。

この場では、読んでいただいた方々への感謝を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。