私の名前はトム・マールヴォロ・リドル (ライアン)
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運命の出会い

タイトルは「お辞儀をするのだ!」とどっちにするか迷いました。


 トム・リドルは夢のような心地だった。

 ちっぽけな孤児院の中の閉じた世界、それが今までのトムの世界の総てであった。

 だがどうだろう、今目の前に広がる光景は。まるで王侯貴族が住まうような荘厳で幻想的な城、今日からそこが自分の居場所なのだ。

 なぜならば自分は魔法使いーーー孤児院に居た凡俗共とは違う特別な(・・・)存在なのだから。

 

(そうだ、あんな場所は僕の居るべき場所ではなかったんだ)

 

 瞬間、トムの脳裏に過ぎるのは『化け物!!』とこちらを罵る孤児院の連中の姿。

 それらを振り払うように頭を振る。あんな世界は自分の居るべき場所ではなかったのだと決別を告げるかのように。

 

 トム・リドルは両親を知らない、所謂孤児であった。

 そんな孤児院で育った彼であったが、平凡とは言い難い子どもであった。

 彼は魔法使いであったーーーそれもその頃の彼はまだ知るよしもなかったが、歴史上の中でも屈指と言えるだけの才を持つ。

 彼にとっては魔力を操るというのは呼吸するのと同然の当たり前の事であった。

 手を触れずに物を動かす事も、更には蛇と会話する事さえも出来た。

 彼はそれを隠そうと思わなかった。何故ならばそれは彼にとって当たり前の事だっただから。

 孤児院には歌が上手い子も居る。運動が得意な子も居る。あるいは絵を描くのが得意な子も居る。

 彼にとって魔法、その時には自覚がなかったが、を使えるというのはそういうものだと思っていたのだ。

 だが彼の周囲はそう捉えなかった。人は自分に理解できない物を恐怖し、排斥する生き物だ。

 普通の人間には出来ない事を出来るトムの事をいつしか周囲は「化物」と呼ぶようになった。

 

 人間の人格というのは幼少期の環境に依る部分が大きい。

 「化物」と周囲から蔑まれるような環境でも歪む事無く、優しさという強さを持ち続ける事が出来る者、そんな存在は皆無というわけではないが極めて稀である事は間違いがないだろう。

 当然のように両親からの愛を受ける事が出来ず、同じ境遇であるはずの仲間からも化物と蔑まれたトム・リドルの性格は歪んだ。

 何時からか彼は、皆に褒めてもらいたい認めてもらいたいーーーそんな思いで使っていた魔法を自分を虐げる者達への仕返しに使うようになった。

 それ以来、表立ってトムを「化物」と呼ぶ人間は消えた。ーーーだけど同時に彼を庇ってくれる人間も今度こそ誰一人として居なくなった。

 寂しかった。「自分はあいつらとは違う特別な存在なのだ」とそう自らに言い聞かせても、どうしようもなく孤独だった。

 

 そんなトム・リドルに転機が訪れた。

 アルバス・ダンブルドアと名乗る長身の男性が孤児院を訪れたのだ。

 『トム。お主は魔法使いじゃ』

 そんな事を告げてきた男性の事をトムは当初自分を精神病院に送り込もうとしている医者かなにかだと思っていた。

 ついに自分を手に負えなくなった孤児院の人間が自分を追い出そうとしているのだと、そう思ったのだ。

 だが違った。彼はトムの目の前で魔法を使ってみせたーーーそれもトムが使うよりも遥かに洗練されて居る事がわかる芸術的とさえ言えるほどの素晴らしい魔法を。

 天才は天才を知るという言葉があるが、トム・リドルとアルバス・ダンブルドアの2人がまさしくそれであっただろう。

 トム・リドルはその天性の才能故に、アルバス・ダンブルドアがどれほど素晴らしい魔法使いなのかをそれだけで悟った。

 

(この人は僕と同じなんだ!)

 

 ダンブルドアの語った言葉が嘘でも何でも無い真実なのだと理解した瞬間、トムの心を歓喜が満たした。

 同じ力を持つ仲間達と競い合い、笑い合い、夢を語り合う。ーーーああ、ああそれはなんて素晴らしい日々なんだろう!!!

 

「ダンブルドア先生、ホグワーツに行けば僕にも出来ますか……友達が」

 

 感激の余りだろう、気がつけばトムの口からはそんな本音がこぼれ落ちていた。

 ずっと自分は特別だから、こいつらとは違うから仕方がないのだと自らに言い聞かせていた仮面が剥がれ落ちて。

 

「ーーーああ、勿論じゃとも。君はきっとそこで多くの友を得る事が出来る。君自身が善き友足らんとすれば、自ずと周囲も応えてくれるものじゃ」

 

 優しい微笑みと共に告げられた言葉にトム・リドルは久方ぶりに心の底から笑った。

 それは自分を虐げていた連中に仕返しをした時のような昏い喜びではない、本当に純粋な子どもらしい笑顔であった。

 そこからダンブルドアはトムへと魔法界の事情について一通り説明を施した。

 終始目を輝かせていたトムであったが、ダンブルドアが魔法界の法律、中でもマグルに対して魔法を使ったり、未成年の魔法使いが許可なく魔法を使うことは禁じられており、魔法に関する情報漏えいはどんな些細なことでも処罰の対象となる事について説明を受けた時だけはしかめっ面を浮かべた。

 何故優れた存在である魔法族がマグルに配慮等しなければならないかが彼にはわからなかったからだ。

 そのトムの様子はダンブルドアにとって若かりし頃の自分を想起させるものであり、彼の中に存在したトムに対する警戒心を深めたが、少年のような無垢な輝かんばかりの笑顔で魔法界の事を質問するトムの姿がそれを和らげた。

 そうして最後にホグワーツで使用する教材はダイアゴン横丁で揃えれば良いこと、ホグワーツには9と4分の3番線を用いて行けば良いことを告げてダンブルドアが立ち去ろうとするとーーー

 

「あの、ダンブルドア先生!僕、魔法界の事を何も知らないのです。なので、その……」

 

 名残惜しさと不安の同居した表情を浮かべながら自分に伸ばされた手。

 それを見た瞬間にアルバス・ダンブルドアの心に激しい羞恥が襲った。

 

(儂は一体、何をそんなに恐れていたというのだろうか……)

 

 魔法を使って孤児院の仲間を虐げていた?それは一面の事実ではあるのだろう、だがそれは彼を恐れる者達の一方的な意見だ。何故そのような事をしたのかを、自分はこの少年に問い質していない。それだけで彼だけが一方的に悪いなどと決めつける行為は短慮の誹りを免れないだろう。

 この少年の中に残酷さと支配への欲求を見て取ったから?そんなものは他ならぬ自分も若い頃抱いていたものではないか。

 

(ああ、そうじゃ……一人でも多くの若者に儂と同じ過ちを繰り返させぬために……儂は母校の教師となったのではないか……!)

 

 目前の少年は確かに危険だ。類まれな才能を持ち、自身を特別視し、マグルに対する強い隔意を抱いている。ーーー若かりし頃の自分と同じように。

 そう、目の前に居るのはかつての自分なのだ。甘美なる野望に溺れ、ささやかだが確かに存在した幸福を蔑ろにして、愛する妹の死と引き換えにようやくその過ちを悟ったどうしようもなく愚かで傲慢だった。

 ならば、そんなかつての自分を見て教師たる(・・・・)自分が為すべき事は警戒し見張り続け、いざ彼が悪事を起こした時にこうなるとわかっていたと賢しらげに予言者ぶる事か?

 否、違うはずだ。教師の役目とは若者を導く事。自らの経験から悟った事を年長者として伝える事なのだから。

 ーーーこの少年はなにか取り返しのつかない過ちを既にしてしまったわけではないのだから。

 この類まれなる才能を持ったどこにでもいる少年(・・・・・・・・・)が善を為すか、悪を為すかそれは教師足る自分達次第なのだから。

 

 トム・リドルが自分は特別だという強がり(・・・)によって隠していた真実の想い。

 初めて出会った自分を認めてくれるかも知れない存在を前にして曝け出された、それはアルバス・ダンブルドアという偉大な、されど自分自身の過去に怯える男の心を確かに揺り動かした。

 

「勿論、何も知らぬ君を一人で放り出すような事をせんともトム。

 これから一緒に(・・・)ダイアゴン横丁で学用品の買い出しを行うとしよう」

 

「はい!ありがとうございますダンブルドア先生!」

 

 告げた自分の言葉に心の底から嬉しそうな笑顔を受けるトムの姿を見て、ダンブルドアは改めて決意を固めるのだった。

 

・・・

 

 ダイアゴン横丁での夢のような時間が終わるとトムは再び入学までの時間を孤児院で過ごす事となった。

 以前と変わらぬ怯えた目で遠巻きにされる日々はトムにとって苦痛そのものであったが、それでも以前よりははるかにマシであった。

 ホグワーツに入学して自分と同じ力を持つ仲間達と競い合い、笑い合い、夢を語り合うーーーそんな希望が出来たから。

 今少し、自分が本来自分が居るべき場所に行くまでの辛抱なのだと言い聞かせながら購入した中古の教科書を読み耽り、魔法界への知識を深めた。

 

 そして今、トム・リドルは……

 

「スリザリン!」

 

 スリザリンに往けば偉大になれる、真の友を得られる。

 そんな組分け帽子の言葉に惹かれてスリザリン生へとなった。

 スリザリンから歓迎の意を示す、拍手が木霊する。

 それだけでトムは自身の選択が誤って無いと思えた。

 ただ、一つ懸念があるとすればそれは自分を魔法界へと導いてくれた恩人でもあるダンブルドアの事であった。

 アルバス・ダンブルドアはグリフィンドールの出身であり、グリフィンドールとスリザリンは不倶戴天といえる仲である事をトムは読み終えた本から知っていた。

 トムに言わせれば余りに馬鹿らしいことだと思う。寮が違う程度で何故いがみ合うのかと。

 自分達は同じ力を持った仲間ではないかーーーと。

 

 ただトムの個人的な思惑とは別にそうしたくだらない違いを重視する者もある程度居る事をトムは此処に来るまでの列車の中で悟っていた。

 無論、教師であり自身の恩人でもあるアルバス・ダンブルドアがそのような狭量な人ではないとトムは信じている。

 信じてはいるがそれでも……

 

 チラリとトムは席に座るダンブルドアの方を窺う。

 視線に気づいたのだろう、ダンブルドアは静かに入学を祝うように微笑んでくれた。

 唯一の懸念が消えたトムの心にはただ喜びと希望だけが溢れ出した。

 此処から自分の本当の人生が始まるのだと、トムは無邪気な笑顔を浮かべるのであった……

 

 

 

 




このパターンでトムがヴォルデモート卿になるとダンブルドアとの関係がまんまオビワンとアナキンみたいなアレになりますね。


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父親

トムパパとかいう美しい事が罪であったと言わんばかりの何も悪いことはしていない完全な被害者


 スリザリンには優秀な生徒が多い、何故かといえばそれは寮を構成する生徒の多くが純血ーーーすなわちホグワーツに入学する前から英才教育を受けた者だからだ。

 一方マグル生まれの生徒は入学してからしばらくはそれまで培った常識の差異故に溶け込むので精一杯となる事が多い。

 だからそう、もしも入学したばかりの新入生であらゆる授業に於いて秀でた才を示すようなスリザリン所属の生徒が居たとするなら、本人が自分から吹聴でもしない限りマグル出身等と思う者は凡そ皆無という事でありーーー

 

「見事じゃミスタ・リドル。スリザリンに5点与えよう」

 

 トム・リドルという同学年の誰よりも秀でたスリザリン生が周囲から純血なのだとみなされるのはある種の必然とさえ言えただろう。

 それは名家出身のある種の矜持が為せるものでもあっただろう、偉大なる先祖の血を受け継ぐ自分達が魔法に於いて負けるとすれば、それは同じ純血でしか有り得ない。ーーーもしも自分よりも遥かに優れた才を見せる彼がよりにもよって穢れた血(・・・・)などであればそれは彼らにとって偉大なる父祖に泥を塗ったも同然。だからこそトム・リドルは純血に決まっているし、純血でなければならない(・・・・・・・・・・・)ーーーそれがスリザリン生の多くの認識であった。 

 

 そんな周囲の態度はトムの心を徐々に蝕みだす。

 自分は純血なのだとそう信じようとする。何故ならば自分は純血でなければならないのだから。

 ーーーそうでなければ、また自分はようやく出来た居場所を失いかねないのだから。

 だが、だとするならば何故自分は孤児院に捨てられ等したのか?という疑問へとトムはぶつかる。

 そんな疑念が心の中にあったからだろうーーートムは同じスリザリンの生徒程マグル生まれの者に辛辣になれなかった。もしも自分の両親もただのマグルだったら?そんな疑念が彼の態度を謙虚で親切な物にしたのだった。

 長いホグワーツの歴史でも屈指と呼べる才。そしてその才に奢る事のない謙虚で親切な態度。

 何時しかトム・リドルは「アルバス・ダンブルドアの再来」と讃えられるようになっていた。

 

「ダンブルドア先生、先生は僕の両親についてご存知ですか?」

 

 ある時トムは最も敬愛し自分を魔法界へと連れてきてくれた恩人へとそう問いかけた。

 自分を孤児院から連れ出してくれた目前の人物が、自分の下へと訪れたのは自分の実の両親の知り合いだったからではないかと考えたからだ。

 ーーーあるいはこの偉大なる魔法使いこそが自分の本当の父なのではないか、そんな細やかな願望もそこには込められていた。

 

「残念ながら君の両親については儂も知らぬ。だがトムよ、どうか覚えておいて欲しい。

 儂が君をホグワーツへと連れてきたのは君の先祖に偉大なる誰かが居たからではなく、君自身にこの学校で学ぶ資格があったからということ。つまり、君が君自身であったという事それこそが最も重要であったという事じゃ」

 

 ダンブルドアの返答はトムの疑問に応えるものでこそなかったものの彼の心を安心させた。

 トム・リドルが最も尊敬して止まぬ人物は、彼の両親が如何なる人物であろうと自らの態度を変化させることはないと、そう保証してくれたからだ。

 

 魔法について学べば学ぶほどトム・リドルのアルバス・ダンブルドアに対する尊敬の念は強まっていった。

 アルバス・ダンブルドアがどれほど偉大で優れた魔法使いなのかを否が応でも実感させられた。

 魔法界へと自分を連れ出してくれたという恩義、自分を見守り導いてくれる優しさに満ちた眼差し、自分を遥かに上回る素晴らしい魔法の腕ーーートムは何時しかダンブルドアを父親のような存在とみなす様になっていった。

 

 

 だからだろう、一年目の終わりを前にしてトムはダンブルドアにある我儘を願い出ていた。

 

「先生、お願いします!僕はもうあんなところには戻りたくないんです!雑用だって何だってやりますから!!!」

「トム、申し訳ないが君の望みは叶える事は出来ない。これは君だけではない、如何なる生徒も例外の無い事じゃ」

 

 無情なる返答にトム・リドルはこの世の終わりのような顔を見せる。 

 トムにとっての悪夢、それは他でも多くの学生にとっては喜びである行事、夏季休暇であった。

 ホグワーツに於いてクリスマス休暇とイースター休暇に関しては望めば寮に残ることが出来る、しかし夏季休暇だけは総ての生徒が帰省する事を義務付けられているのだ。

 そしてそれはすなわち、両親の居ないトムは孤児院にーーーあの自分を化物と蔑む連中しか居ない牢獄に居なければならないという事を意味する。

 しかも、未成年者である自分がホグワーツの外で魔法を行使すれば退学になるというトムにとっては絶望しか無い法律までも魔法界には存在するのだ。

 もしもそれを万が一にでも孤児院の連中が知れば、間違いなく自分に対する報復を行ってくるのは目に見えていた。だからこそトムは必死だった。

 友人の家に泊めてもらうという選択肢は残念ながら存在し得なかった。

 彼の友人の多くは、彼を純血だと思っている。家族の話題についてはなんとか暈しているが、夏休みの間ずっと滞在する等となれば自分の真実が露見してしまう事は火を見るより明らかだ。

 だからこそ、トムにとっては自分の事情を知っているダンブルドアに縋る以外の方法はなかったのだ。

 

「お願いします先生!お願いします!」

「どれだけ頼まれても、これは規則として定まっている事。君を夏季休暇中、この学校へと置くわけにはいかんのじゃ」

 

 徐々に目前の人物に対する失望がトムの心を満たし始める。

 「先生だけは僕の事をわかってくれると思っていた」そんな期待を裏切られたという想いはトムの中にそれまで存在したダンブルドアに対する尊敬の念を一気に反転させかねないものであった。

 だから、もしもこのままダンブルドアが、教師としての分を超える事無くトムの懇願を跳ね除けていたら、トム・リドルの開き始めていた心は再び閉ざされていたかも知れない。

 しかし、ダンブルドアはそれまでの厳粛な教師としての表情を取り払いどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて

 

「そう、君を夏季休暇の間ホグワーツに置く事は出来ない。しかし、極めて優秀で熱意のある生徒の指導を教師がしてはならんという法も規則も存在しない。

 君にさえその気があるというのならば、儂には極めて優秀なホグワーツ始まって以来の秀才に教師として出来る限りの事をする用意はある。

 トム、儂の家があるゴドリックの谷は正直何も無い田舎じゃ。若さに満ち溢れた君にとってはそんなところでこんな男と一緒に居るという事をきっと退屈極まる時間じゃろう。

 それでも君が良いというのならばーーー歓迎させてもらおう」

 

 ウインクと共に告げられた言葉を理解した瞬間、トムの心に歓喜が溢れ出す。

 夏季休暇中もこの偉大なる魔法使いと一緒に居られる!しかも、一対一で教えを受ける事が出来る!

 それはーーーそれはなんと夢のような時間なのだろうか!

 

「先生……ありがとうございます!お世話になります」

 

 満面の笑みを浮かべる教え子の姿にアルバス・ダンブルドアは自分の判断が間違っていなかったとの確信を抱く。

 正直に言えば、ダンブルドアはどうすべきか迷っていた。何せ自分のやっている事は明らかに一教師としての分を超えた行いなのだから。依怙贔屓の誹りを受けたとしても、それに反論する事は出来ないだろう。

 だが、それでもダンブルドアは誓ったのだ。このトム・リドルという少年を導く事を。

 そして、心を通わせたものが誰一人として存在しない、あの孤児院で再び過ごす事は目前の少年の成長に寄与するどころか、間違いなくマイナスに働く事だろう。

 ーーー何せ、かつての自分は血の繋がった妹との日々でさえ足止めされている、時間を浪費しているとしか思えなかったのだから。

 少しずつでいい、この少年に教えよう。魔法族とマグルは決して相容れぬ存在ではないという事を、マグルと魔法族が共存する自分の故郷ゴドリックの谷での暮らしで。

 

 夏季休暇の間、トムはダンブルドアに多くの事を教わった。

 それは魔法のことだけではない、共に料理を作り、時にハイキングへと出かけたり。

 ーーーもしも自分に父親が居たらとかつて夢想した多くの事を経験した。

 

 夏季休暇が終わり2年生となる頃、トム・リドルにとってアルバス・ダンブルドアは実の父も同然の存在へとなっていた。

 




トムの父親代わりになれる存在が居たとすればそれは多分ダンブルドアだけだったと思うんですよね。


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スリザリンの超克者

トムって歯車が一つ違っていればむしろ純血主義を鼻で笑う感じになっていたとしてもおかしくなかったと思うの。


 

 夏季休暇中トムは多くの事をダンブルドアと語り合った。

 その中にはトムにとっては余り思い出したくない孤児院での出来事も含まれていた。

 

「トム、孤児院で儂は君に出会う前に君に関する良くない噂を聞いた。

 だがこうして君と多くの時間を共にして、君がただ徒に他者を虐げるような子だとは思えん。

 無理にとは言わん、よければ話を聞かせて貰えんかな」

 

 そう問いかける恩師の言葉にトムは必死になって言葉を重ねた。

 自分にとって魔法が使えるという事は当たり前のことだった。歌の上手さや絵の上手さを誇るように、自分はこんなにもすごい事が出来るのだと自慢したかったのだと。

 だが、マグル共はそんな自分を褒めるどころか、気味悪がり、「化物」等と自分を虐げてきた。だから自分は自分自身の尊厳を守るために戦ったのだーーーと。

 ダンブルドアはそんなトムを叱るでもなく褒めるでもなく、ただ黙って話を聞いていた。そして話を聞き終えるとただ一言こう言った。

 

「トム、それで君の心は晴れたかのう?」

 

 勿論だとトムを答えるつもりだった。いい気になって自分を馬鹿にしてきた連中が怯えすくむのを見るのは最高の気分だったーーーと。

 だが、言えなかった。ダンブルドアの優しくも総てを見透かすような瞳で見つめられると、トムはちっぽけな自分の強がり等すぐに見抜かれてしまうように思えた。

 

「僕はただ、認めて貰いたかっただけなんです……」

 

 あらゆる虚勢が剥ぎ取られたトムは気がつけば一滴の涙と共にそんな本音を溢していた。

 そうーーー自分はただ認めてもらいたかっただけだった。

 歌を褒めてもらったマイケルのようにーーー

 絵を褒めてもらったアリスのようにーーー

 こんな事が出来るなんてトムは凄いね!と褒めてもらえるとそう思ったのだ。

 だが違った。自分が魔法を使って見せた時、返ってきたのは称賛ではなく恐怖に満ちた眼差しであった。

 嗚咽と共に吐露されたトム・リドルという少年の真実をダンブルドアは黙って聞いていた。

 

「トム、どうか覚えておいて欲しい。

 力による恐怖で人を従える事は出来る。

 だが、そうして得られるのはあくまで表面的な態度だけ。

 真実の愛というのは決して力によって得られるものではないのじゃよ」

 

 孤児院の時にはついぞ得ることが出来なかった確かな温もりが、優しく自身の頭を撫でるダンブルドアの大きな掌から伝わってきた。

 

「でも……先生が僕をあそこから助け出してくれたのは僕に特別な才能があったからじゃありませんか」

 

 ダンブルドアは静かに頭を振った。

 

「トムよ、それは違う。儂が君の手を取ったのはあの日、君が儂に対して助けを求める手を伸ばしたからーーーただそれだけの事なのじゃよ。ホグワーツでは助けを求める者には、必ずそれが与えられる。その事をどうか覚えておいて欲しい」

 

・・・

 

 

 夏季休暇が明けて2年生となったトムは順調そのものの学園生活を送っていた。

 初めて出来た後輩の面倒ーーー特にマグル出身者の面倒をトムは良く見た。

 「誰もが君のようにすぐさま魔法界に溶け込めるわけではない。無論、そうした子たちが安心して学生生活に送れるようにするのが我々教師の役目だが、それでもどうしても目と手が届かないところが存在する。先輩として君がそうした子達を助けてくれれば儂はこの上なく嬉しい」

 そう彼がこの世で最も敬愛する人物に頼まれればトムとしては選択肢などあってないようなものだ。

 スリザリンには純血の生徒が多いーーーしかし、マグル生まれやマグル育ちの生徒が全く居ないというわけではない。

 そうした生徒がどうなるかと言えば、それは所謂イジメの標的へとなるのだ。

 

 トム・リドルは自身の所属するスリザリンを素晴らしい寮だと思っていたが、唯一純血主義については馴染む事が出来なかった。

 それは自分自身が果たして純血の魔法使いなのかという不安を抱いていたのもあったが、何よりも彼が最もこの世で敬愛する父親同然の存在、アルバス・ダンブルドアが純血主義に対して反対の立場をとっていたのが大きかっただろう。何故ならば子どもというのは自分を庇護してくれる()に自然と好かれようとするものだから。

 

 無論親が一方的に自分の思想を押し付けるような真似をすれば、それに対して反発するという事も起こりうるだろう。

 だが、アルバス・ダンブルドアは決して自分の思想を押し付けるような事はしなかった。

 彼はどこまでも誠実に、そして慎重にトムを導いた。あくまで何が正しいと判断するかはトム自身の自由意志に委ねたのだ。

 後は当人がどちらの思想をより信じたいかという問題であった。

 純血以外にホグワーツで学ぶ資格など無いと言い放った友人の言葉とーーー 

 両親の事など関係なく自分を認めてくれた偉大なる恩師の言葉ーーー

 一体どちらにトム・リドルが救われたかと言えばーーーそんなものは明らかであった。

 人は自らが信じたいものをこそ信じる。両親が純血の魔法使いである保証の無いトムにとって、アルバス・ダンブルドアの言葉こそが真に信じるに値するーーー否、信じたい思想だったのだ。

 加えて彼は才能を持った魔法使いの子どもがマグルにどのように扱われるかをその身を以て知っていた。

 「化物!」と周囲から罵られ、排斥され、ようやくたどり着いた魔法界でも自分の居場所はなかったと悟った時の絶望を思うとトムはとても他人事だと思えなかった。ーーー何せそれは他ならぬトム自身が一年の頃抱いていた悩みだったのだから。

 

 故にこそトムはそうした生徒を積極的に庇った。

 そうして助けられた者達が紡ぐ感謝の言葉はトムの気分をこの上なく良くすると同時に、彼がなりたい存在を明確にした。

 すなわち慈悲と助けを与える者(・・・・)

 かつて自分を地獄からすくいあげてくれた恩師のようにーーーマグル生まれ、マグル育ちの者達に手を差し伸べる事を通してトム・リドルは昔の自分自身を救っていたのだ。

 つまるところ、トム・リドルはアルバス・ダンブルドアになりたかったのだ。

 

 トムにとって幸運だったのはダンブルドアの次に自分に目をかけてくれていたスリザリンの寮監ホラス・スラグホーンが聖28一族でありながら、そうした差別意識を持っていなかった事だろう。

 彼はマグル生まれだろうと決して差別せずに寮を問わずに才能あふれる生徒を集めた「スラグ・クラブ」と呼ばれる交流会を開き、当然のようにトムもその会へと積極的に参加した。寮の垣根を越えて多くの友人、そして彼を慕う後輩が出来た。

 

 ただトムにとっては残念な事に何もかもが順風満帆というわけには行かなかった。

 そんなトムに対して次第に一部の純血の生徒たちは距離を置くようになり始めたのだ。

 ーーートム・リドルがああまで穢れた血に甘い態度を取るのは、自身も穢れた血だからではないか、そんな風に考えたからだ。トムが今まで実の両親について暈した態度をとっていた事もその疑惑を加速させた。

 

 一年の頃はアレほどまでに「スリザリン生の鑑」等と評して讃えてくれた多くの学友やスリザリンの先輩たちがこぞって掌を返す様にトムは深い哀しみを覚えると同時に強い憤りを覚えた。

 己が両親や先祖を誇る事、それ自体は当然だろう。自分とてもしもダンブルドア先生のような偉大な人が自分の本当の父ならばと何度も夢想した。

 だが、だからといって両親が魔法使いで無ければ、どれほどの功績を積み上げようと決して認めぬというのならばそれはーーーそれは余りに狭量過ぎるではないかと。

 トム・リドルにとってマグル生まれ、マグル育ちの魔法使いとは愚かなマグルに虐げられた可哀想な、庇護の対象であった。

 なのに純血主義を掲げる者達は本来手を差し伸べて然るべき上の立場に有りながら、見下すだけではなく、迫害さえする始末。

 なんたる驕慢!なんたる怠慢!己が真に選ばれた者という自負があるのならば、迷える同胞に手を差し伸べるべきではないか!

 だというのに、彼らは純血でないかも知れないという理由だけで学年で首席たる自分を見下し、半小鬼というだけで次席たるフリットウィックを見下す。

 

 そんな純血主義を掲げる同級生たちの余りに器の小さい様子はトムの心に強い失望を齎した。

 つまるところ、彼らは自分自身に自信が無いのだろう。

 だからこそ、血統などという当人自身にはどうにもならぬ物を拠り所にするのだと彼には思えたのだ。

 そしてそれは血統等気にかけずただひたすらに魔法の腕と知識を深める事に邁進する「スラグ・クラブ」の面々に比して、余りに狭量かつ幼稚な態度と思えた。

 トム・リドルにとってもはや純血主義とは仰ぐものではなく、その逆の超克の対象となり始めたのであった。

 

 当然のようにスリザリンの中で次第に孤立し始めたトムだったが彼に恐れは無かった。

 孤児院の頃と違い、寮監であるスラグホーンを始めとした多くの教師、「スラグ・クラブ」にて知り合ったレイブンクローのフィリウス・フリットウィックを筆頭にした多くの他寮の友人、彼に庇われたマグル育ちの生徒たちーーーそうした多くの味方が彼には居たからだ。

 

 何よりも

 

 「トム、君の行動は決して間違っていないと儂は思う。真の友とは決して一度も喧嘩しない存在の事を言うのではない。時にはぶつかり合う事も必要じゃろう。トム、儂はな君がそうして時に友人とぶつかり合う事も恐れぬ勇気を持っていた事、何よりも悩める友に手を差し伸べる優しさを持っていた事が、本当に嬉しい。そして君のような生徒を持てた事を教師として心より誇らしく思う」

 

 そう、トム・リドルが世界で最も尊敬する人物が自分は間違っていないのだと太鼓判を押してくれたからだ。

 それだけでトムはどんな相手にでも立ち向かえる気がした。

 基よりトム・リドルは才に溢れ、その才に裏打ちされたプライドの高さを持つ自信家だ。

 心から信じられる偉大な存在に認められたという事実は、彼の奥底に植え付けられていた孤立への恐怖を取り払ったのだ。

 トムは高慢ちきな純血主義者共の蒙を啓かせるためにどうすれば良いか、その聡明な頭脳をフル回転させ始めた。

 決闘なりで叩きのめす事は彼にとって余りに容易であったが、それでは真の意味で相手にこちらの正しさを理解させた事にはならないと考え、まずは純血主義等というものがどうして生まれたのかを深く学んでいった。

 そうして彼はたどり着いた、代表的な純血主義者として知られるサラザール・スリザリンの残した、彼の後継者のみが受け継ぐ事のできる秘密の部屋がこのホグワーツに存在するという事を。

 

 スリザリンの後継者が他ならぬサラザール・スリザリンの提唱した純血主義を否定するーーーそれは彼らに大きな衝撃を齎すだろう。

 そして目論見通り、トム・リドルはスリザリンの秘密の部屋へとたどり着き、その功績を以てホグワーツ特別功労賞を受賞し、自身の本当の母親を知るのであった……

 

 




なお、マグル嫌いは特に変わっていないので魔法族によるマグル支配を唱えるゲラート・グリンデルバルドとの相性は抜群だ!
ゲラート「魔術の暗黒面を学ぶのだ……若きマールヴォロよ」


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後輩

「ワイはハグリッドと約束したから人間食べんぞ!」←ほーんなるほどな、ハグリッドは無実だったんやな
「でも、それはワイとハグリッドの間の約束であってワイの嫁や子どもにとっては関係ない話やろ?」←所詮は畜生か……


 トム・リドルが秘密の部屋を発見したという事は当然ながら大きな話題となった。

 多くの生徒たちは困惑した。スリザリンの秘密の部屋を継承する事が出来るのはサラザール・スリザリンの後継者のみであり、その証拠とばかりにトムはサラザール・スリザリンと同じパーセルマウスであり、秘密の部屋に存在したバジリスクを自分の物としたからだ。

 

 これがトムが入学したばかりの一年の時であれば、多くの者は困惑する事無くスリザリン所属のこの上なく優秀な生徒がスリザリンの後継者となったことを納得して受け止めただろう。純血主義の生徒はかのスリザリンの後継者が現れた事を喜びトムを純血主義のプリンスとして仰ぎ、そうではないマグル生まれの生徒などはトムがバジリスクを自分達にけしかけるのではないかと恐怖するという真逆の反応で以て。

 しかし、トム・リドルがマグル生まれ、マグル育ちの人間を迫害する純血主義者どころか、そうした生徒をむしろ積極的に庇い純血主義について散々に懐疑的な立場を取っていた事はホグワーツに於いてはもはや周知の事実だ。故にこその困惑。何故彼がスリザリンの後継者になったのか?と誰もが訝しがった。

 

「その理由は至って簡単。この僕トム・リドルはスリザリンの後継者等ではなく、サラザール・スリザリンを超える者だからだ。サラザール・スリザリンは確かに偉大な魔法使いだったのだろう、彼の掲げた純血主義にも確かな理が彼の存命時(・・・・・)に於いては存在したのだろうーーーそれは認めよう。だがしかし、彼がこの世を去ってから一体どれだけの時が流れたと思う?魔法界には彼の掲げた純血主義を超克すべき時代が来ているという事であり、それを果たすのが偉大なるアルバス・ダンブルドアの愛弟子たるこの僕トム・リドルであるというだけの事さ!」

 

 日間予言者新聞のインタビューに於いてトムは自信に満ちた態度で応えた。

 彼のこの宣言は純血の王とも謳われるブラック家を筆頭に多くの純血の名家から憎悪を買った一方で、純血主義に反感を抱いていた多くの魔法使いから歓迎された。

 またホラス・スラグホーンのように純血の名家の生まれであってもトムの味方をしてくれる者も居たーーーただ自分も精一杯目をかけているつもりのトムが恩師としてダンブルドアの事ばかり語るのには多少スネた態度を見せたが。

 

 如何に優秀とは言えバジリスクを一生徒に委ねるという行為に対する危惧の声も挙がった。

 バジリスクは毒蛇の王とも謳われる極めて危険な生物である。魔法省の分類に於いて魔法使い殺しであり、訓練することも、飼いならすこともできない存在たるXXXXXへと分類されており、その飼育が禁止されている生物だ。

 ましてサラザール・スリザリンが残して1000年もの間生きた存在ともなればその脅威は通常のバジリスクを遥かに超える事が予想された。如何にダンブルドアの再来等と囁かれている才気溢れる魔法使いとは言え、トム・リドルは未だ12歳の少年。任せるには余りに未熟であり、魔法省の管理下に置くべきだとそう考える者が出るのはむしろ必然とさえ言えただろう。そしてそれを覆すには未だ学生の身であるトム・リドルには余りに実績というものが不足していた。

 

 故にトムにとっては甚だ不本意ながらも、バジリスクはトムから引き離されようとしていたのだがーーー

 

「諸君は彼が余りにも幼く未熟故にバジリスクを飼育出来る実績が不足していると言う。

 しかし、そもそもそう言う諸君の中に果たしてバジリスクを飼育したという実績を持つ者が居るじゃろうか?

 無視し得ぬ事実としてそもそもバジリスクが主として認めているのはトム・リドルのみであり、そしてかのバジリスクは主である彼の命を守り他者を害するような行いを働いた事はない。それこそが何物にも勝る実績と言えるのではないかな?」

 

 そうダンブルドアはトムを擁護すると共に、自身がトム・リドルの後見人を引き受けてもしもバジリスクが彼の制御から離れて誰かを害するような事があれば、自分が責任を取って始末するとまで宣言。イギリス魔法界最強の盾にして史上最悪の闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルドを唯一打倒し得る魔法使いとして尊敬の念を集める、この偉大な魔法使いに此処まで言われては魔法省としても引き下がる他無かった。

 当然のようにトムのダンブルドアに寄せる尊敬と信頼の念はますます深まった。彼にとってダンブルドアからの信頼を裏切る行為は何物にも勝る禁忌となった。彼はバジリスクに自身が考える最もハイセンスで素晴らしい名前である「ヴォルデモート」*1という名前を贈ると同時に、決して人を傷つけないよう命じた。

 

「ヴォルデモート、もしも君がこの禁を犯した時は僕は友である君をこの世で最も信頼する父が殺す事となるのを認めなければならない。そんな事は僕にとってはこの身を引き裂かれるような悲劇だ、わかってくれるね?」

 

 主となったトムからの言葉にヴォルデモートは全面的に従った。元々彼はこの千年間自ら人を襲った事はない、主である継承者から命じられれば何の抵抗もなくそれをするし、襲われれば抵抗もするが、そうでないのならば自分から人間をわざわざ襲う理由は彼には存在しなかった。

 バジリスクを従えたトムに対立状態にあった生徒たちは完全に恐れを為した。そうした生徒たちの下をトムは微笑を湛えながら訪れ、過去の諍いを水に流して魔法界の同胞として、ホグワーツの仲間として下らない差別など止めて共に切磋琢磨していく事を提案した。バジリスクを従えたスリザリンの継承者から差し伸べられた手を払いのけるような度胸のある者はおらず、表立ってのマグル生まれやマグル育ちへの嫌がらせはなくなり、トムは彼らから深く感謝されたのであった。

 

・・・

 

 3年生になったトムは相も変わらず順調そのものの学生生活を送っていた。

 極めて優秀で優れた精神ととてもハンサムなトムは教師から目をかけられ、先輩からも可愛がられ、多くの友人が出来て、多くの彼を慕う後輩が出来た。そしてそんな彼を慕う後輩の中にルビウス・ハグリッドという生徒が存在した。

 

 ハグリッドは魔法使いとしてはお世辞にも優秀とは言い難く、また短慮で口が軽く、欠点を挙げだせばキリがない少年であった。しかし、トムはこの寮の違う手間のかかってしょうがない後輩を殊の外可愛がった。それは手間のかかる後輩でも決して見捨てない彼の人格の公正さと素晴らしさの表れという部分も存在したが、それだけならば後輩の中でもハグリッドを特に目にかける事は無かっただろう。彼がハグリッドを特別可愛がった理由、それはハグリッドがヴォルデモートの素晴らしさを理解する数少ない、生徒の中では唯一の、存在だったからだ。

 

 それまでの評判と日間予言者新聞での宣言、そしてダンブルドアが後見人となった事でトムがパーセルマウスの使い手だと判明しても、友人たちはトムを怖がったりはしなかったが、ヴォルデモートに関しては別だった。何せかのサラザール・スリザリンが残した毒蛇の王、どれほどトムが大丈夫だと保証しても進んで会いたいと思う者等そう居るはずもなかった。だがハグリッドだけは違った。彼は入学してトムがバジリスクを従えているとしるや否やその目を輝かせながらトムへと頼み込んできたのだ。是非ともバジリスクに会わせて欲しいと。

 

「すげぇ……綺麗で……素敵だ……」

 

 興奮を顕にうっとりとした様子でヴォルデモートを見つめるハグリッドにトムはすっかり気分を良くした。

 

「先輩はヴォルデモートと話せるのか!?なんて凄いんだ!!!」

 

 トムがパーセルマウスである事を知ったハグリッドはそんな風にトムを尊敬の眼差しで見つめてきた。

 秘密の部屋を出る頃にはトムはすっかりこの2つ年下のグリフィンドールの後輩の事を気に入り、何か困った事があれば先輩として最大限力になると約束し、ハグリッドはそんなトムに満面の笑みでお礼を言いーーートムが思わず安易に約束した事を後悔する程のレベルでトムに苦労をかけた。

 

 しかし、トムはこの欠点は挙げだせばキリがなく凄まじく手はかかるが自身への尊敬の念を顕にしてくる気のいい後輩を見捨てる事は出来ず、ハグリッドの方はハグリッドの方で凄まじく優秀で何かと自分を助けてくれる優しい先輩をそれこそ兄のように慕い、両者の関係は生涯に渡って続く事となったのであった。

 

*1
フランス語で死の飛翔を意味しており、死の魔眼を持つバジリスクにピッタリな素晴らしい名前だとトムは自負している




トム「ダンブルドア先生は本当に素晴らしい先生なんだ!」
ハグリッド「トム先輩は本当にすげぇ先輩なんだ!」
ハリー「誰だこいつら」


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出生

おかしい……当初は3話位で終わるやろと思っていたのにもう5話だ……多分7話で完結になります。


ルビウス・ハグリッドや主に魔法生物好きな2つ年下のグリフィンドール生の面倒に手を焼かされながらもトム・リドルは大過なくホグワーツでの三年目を終えた。そうして4年生になったトムであったが、此処で奇妙な噂が流れ始める。曰くーーートム・リドルの本当の父親はアルバス・ダンブルドアなのではないのか?というものだ。

 

 明確な証拠があったわけではない。

 しかし、この噂はある程度の信憑性を以て受けとめられた。

 何せアルバス・ダンブルドアのトム・リドルに対する態度は一生徒に対する一教師の分を明らかに超えていた。

 夏季休暇の際には自らの家に招き、彼がバジリスクの主となった際には後見人まで引き受ける等ーーーそれでは教師と生徒というよりはまるで父と息子ではないか、と。ダンブルドアが未だ独身であり、その女性関係が謎に包まれている事も疑惑を加速させた。何らかの事情で離れ離れになった妻の忘れ形見の息子を見つけて、その償いをしているのではないかーーーというわけだ。

 

 トドメとばかりにトム・リドルはアルバス・ダンブルドアの再来等と称される程に魔法使いとして類稀な才能を有していた。純血思想に代表されるように親の魔法の才能が子どもに引き継がれるという考えは、魔法界に根強く存在する。もしもアルバス・ダンブルドアがトム・リドルの本当の父だというのならば、トムが凄まじい才を有しているのも納得であるーーーというわけだ。

 

 明確な証拠は何一つとして無い、しかし、状況証拠という点ではこの上ない程に揃っていた。

 トムはにわかに自身の本当の親というものが気になりだした。

 かつてトムはダンブルドアに自身の親について知らないか?と問いかけ、彼は知らないと答えた。

 トムはそれを信じているーーー信じているが、それでも、もしかして本当は?と周囲に噂された事によってトムの心に一片の疑念が浮かび始めていたのだ。

 折しもトムも15歳、どれだけ偉大な存在だろうと父の言うことを何もかもを鵜呑みにするような子どもではなくなっていた。

 

(僕は先生の言うことを疑っているわけじゃない、これは変な噂をされて迷惑している先生の潔白を証明するためなんだ!)

 

 そうして彼は自分自身に言い訳をしながら自身のファミリーネームであるリドル、そしてミドルネームであるマールヴォロという名前を調べ始めた。

 ヴォルデモートから自身の先祖を辿っていけばサラザール・スリザリンに行き着く事を聞いていたのも相まって調査の結果はすぐ判明した。マールヴォロ・ゴーントそれが彼のミドルネームであるマールヴォロの名前の由来であり、その娘であるメローピーが自身の母なのだと突き止めたのだ。

 

 5年生となる直前の夏休み、彼は敬愛して止まぬ偉大なる父に初めて嘘をついた。

 友人の家に遊びに行くと伝えて、母の実家であるゴーント家が存在するリトル・ハングルトンを訪ねたのだ。

 

「トム、気をつけてな。ちゃんと帰ってきておくれ」

 

 ダンブルドアはそれだけ告げると温かくトムを送り出してくれた。

 そうしてたどり着いたゴーントの屋敷でたどり着いて聞き出した内容はーーートムの期待していたものとはまるで真逆な内容であった。

 ハングルトンに屋敷を構えるリドル家と呼ばれる裕福なマグル、その家の一人息子こそが自身の父親なのだとトムは知ったのだ。それもーーーあろう事かその男は自分を身ごもっていた母をある日捨てたというおまけつきで!

 トムの中で急速に憎悪が膨れ上がった。彼の脳裏に過ぎるのは孤児院での日々。自分があんな屈辱的な日々を送ったのはマグルの父が魔法使いの母を捨てたせいだったのだ!

 怒りと共にトムはリドル家を訪れ、魔法を使い驚愕するその場に居る人間全てを拘束し、恐怖に満ちた視線を向けてくる自分そっくりの顔を持つ男へと問いかけた。何故母を捨てたのか!と。今すぐにでも目前の男を八つ裂きにしてしまいたい胸の中で燃え盛る憎悪を必死に理性によって抑えつけながら。

 

 ーーーもしも、もしもトムが夏季休暇の間ゴドリックの谷に存在するダンブルドアの家ではなく孤児院で過ごしていたならば、あるいは彼は怒りの余り理性を喪失し、自らの父の弁明を聞くこと無くその手で殺していたかもしれない。だが、孤児院をでてから5年もの歳月が経過していれば流石に憎悪もある程度薄れはする。それがギリギリのところで感情と理性の均衡状態を齎していた。

 

「お、俺は悪くない!アイツがアイツが俺に怪しげな薬を飲ませていたんだ!そのせいで俺は正気じゃなかった!そうでなければ誰があんな陰気な女の相手をするものか!!!」

 

 そうしてトムそっくりの外見をしたマグルの男は必死に弁解を始めた。

 メローピーは自分に奇妙な薬を飲ませており、それを飲んでいる間どういうわけだかを自分はメローピーの事がとても魅力的に見えて愛しくてたまらなくなっていたのだと。

 だがある日、その薬を飲むのを止めた途端、急に自分は正気に戻って慌ててこの屋敷に逃げ帰ったのだと。

 

 それを聞いた瞬間、トムの明晰な頭脳は急速に理解を示した。

 一般人が聞けば、見苦しい言い訳にしか聞こえないだろう。散々女を弄び捨てた身勝手な男の言い逃れだと。

 しかし、メローピーは魔女であった。そしてトム・リドルも魔法使いだった。それがトムに真相へと気づかせた。

 すなわち、メローピーは愛の妙薬を使ったのだ。ゴーントの家でメローピーが兄であるモーフィンと父であるマールヴォロより虐待を受けていた事を、トムは酔いつぶれたモーフィンから聞き出していた。*1

 そんな彼女にとってこの見てくれだけは良い男は、とても魅力的に映ったのだろうーーーそれこそなんとしても手に入れたいと狂おしく思う程に。

 

 『真実の愛というのは決して力によって得られるものではない』

 

 かつて告げられた恩師の言葉がトムの頭に過った。

 結局母は薬という力に頼ってしまったことで、真実の愛を手に入れる事が出来なかったのだろう。

 そして愛する人の心を薬で捻じ曲げているという罪悪感に耐えきれなくなり、投薬を止めーーーそして当然のように捨てられた。

 目前の男に対してトムの心の中で燃えたぎっていたはずの憎悪が急速に霧散した。

 普段の素行はどうあれ、こと母との関係に於いて目前の男は明確な被害者だ。

 魔法の力によって強引に心を捻じ曲げられ、好いても居ない女と一緒に居る羽目になったのだ。

 そんな風に自らの心を操られて自覚がないままに作らされた子どもを我が子だと思って愛す事が出来なかったからといってそれを責める事は出来ないだろう。

 

 ーーーならば、自分は母を憎めば良いのだろうか?

 だが、それをする事はトムには出来なかった。

 母は哀れな女だった。家族からの愛を受ける事もできず、それどころか虐待を受けていた。

 そんな哀れな女にとってみれば、ある日心の中に燃え盛った恋心は文字通り唯一の生きる希望だったのだろう。

 心の赴くがままに悪魔の囁きに耳を貸したからといって、どうしてそれを責める事が出来るだろうか?

 実際に自分は母よりも遥かに恵まれた立場にありながら、心に溢れ出した感情の赴くままに無力な相手に魔法という力を振りかざして、一歩間違えば取り返しのつかない事をするところだったではないか。

 

 憎悪の炎が鎮火された事でトムの瞳に急速に普段の思慮深い理性が戻った。

 トムは自分の魔力で散乱した部屋を戻すと、リドル家の者に忘却呪文をかけ、一連の出来事を忘れさせるとすぐにその場を立ち去り、リトル・ハングルトンを後にした。自分の父親は愚劣なマグルであり自分を捨てた。ーーーそれだけならばトムは心置きなくマグルと父を憎む事が出来ただろう。

 だが、自分という存在が生まれたのはそもそも母が魔法の力を以て、父の心を捻じ曲げたせいであり、そんな母は父と兄から虐待を受けていた哀れな女だったという事実が怒りの矛先を無くし、トムの心をひたすらに疲弊させた。ーーーただただトムはダンブルドアに会いたかった。

 

「おかえり、トム」

 

 優しい笑顔を浮かべながらダンブルドアはおかえり(・・・・)と、そう言ってくれた。

 その言葉だけで、トムは沈んだ心が救われた思いだった。此処こそが自分の居場所なのだとそう思えた。

 ダンブルドアはトムの疲れた様子を感じ取ったのだろう、温かいホットチョコレートをいれてくれた。

 

「トム、楽しかったかのう」

 

 優しいながらも総てを見透かすかのような瞳でダンブルドアはトムを見つめ、友人での家の日々について聞いてきた。

 

「ごめんなさい、ダンブルドア先生。僕は先生に嘘をつきました」

 

 トムは観念したかのようにありのままを告げた。

 ダンブルドアに隠し事をしているという事に耐えきれなかった事もだが、何よりも誰かに自分の知った真実を打ち明けてしまいたかったのだ。一人で抱え込むにはトム・リドルという少年の出生は、余りにも救いのないものであったのだ。

 そうして話を聞き終えたダンブルドアはどこまでもどこまでも優しい瞳でトムを見つめて

 

「トム、確かに儂と君は血の繋がった親子ではない。

 だがなトム、君は儂の息子も同然だ。それでは、駄目かな?」

 

 ダンブルドアはそう告げるとその大きな掌でそっと頭を撫でてくれた。

 限界だった。トムの瞳から大粒の涙が溢れ始めた。

 

「先生……僕も……僕も先生が僕の本当の父親だったらと……ずっと、ずっと……」

「そうか、いや正直言って不安だったのじゃよ。こんないい歳して嫁さんも貰えていない寂しい男にそんな風に思われて、気持ち悪くないだろうか……とな。そうか、君はそんな風に思ってくれていたのじゃな……本当に、良かった」

 

 その言葉がトムにとっては総てだった。血のつながりなど無くてもアルバス・ダンブルドアこそがトム・マールヴォロ・リドルにとっての父だった。

 トムはダンブルドアの胸の中で子どものように泣き続けた。

 

「さてトム、明日一緒にレオナルド*2に詫びに行こう。

 いくらショックだったとは言え、君はマグルに対して魔法を使ってしまったのだからな。

 何、心配する必要はない。事情を考えれば止むを得ない部分もあるし、何より君は取り返しのつかない過ちをしてしまったわけではない。レオナルドもその事は十分にわかってくれるじゃろうて」

「すみません先生……僕のせいで……」

「気にすることはない。親が子の為に頭を下げる等という事は当然の事なのじゃからな」

 

 翌日トムはダンブルドアと共に魔法省を訪れて謝罪を行った。

 初犯であった事、平静を乱しても無理のない事情があった事、かのアルバス・ダンブルドアが後見人を務めている事、そしてトム・リドル自身が極めて優秀な優等生であった事が総て加味された結果、口頭での注意で終わり、トム・リドルは無事無罪放免となり、晴れやかな気分で新学期を迎えるのであった。

 

 

*1
モーフィンはとても愉快げに、自慢げに語っていた!

*2
レオナルド・スペンサー-ムーン。現在の魔法大臣




【朗報】トム・リドルシニア見事生還を果たす。


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ルビウス・ハグリッド

トム「自分の父親がマグルの男が何故純血主義を?自己否定をしているも同然では……?」
ヴォルデモート(原作)「なんだぁ……てめぇ……」

7話で終わると言いましたが、7話では多分終わりません。


 5年生が始まる直前、己の出生を知ったトムはダンブルドアからある申し出を受けていた。

 

「トム、君が望むのであれば儂は君を正式に儂の養子に迎え入れる用意があるが、どうかな?」

 

 それはトムにとっては願ってもない提案であった。きっと少し前にこの提案をされていればトムは一も二もなくこの申し出を受け容れていただろう。

 

「ありがとうございます、ダンブルドア先生。でもきっと僕がダンブルドア先生の養子になったとなれば、皆噂する事でしょう。やはり、僕はダンブルドア先生の隠し子だったんだなんて風に。先生に迷惑をおかけしてしまいます」

「トム、子どもというのは親に苦労をかけて大きくなるものじゃよ。気にする事はない」

「ありがとうございます、でも良いんです。ダンブルドア先生が僕の事を、息子のようだと、そう思ってくれていると知れただけで僕は十分なんです。それに、僕がダンブルドア先生の息子だと、そうなったらきっと魔法界に存在する純血主義は無くならないと思うんです。トム・リドルが優秀だったのはアルバス・ダンブルドアの息子だったからーーーやはり、親の才能というのは子どもにも受け継がれる、だから純血主義は間違っていないんだとそんな具合に。僕は、それが嫌なんです。僕は皆の希望になりたい。純血の魔法使いの母とマグルの父との間に生まれた僕でも、こんな立派な魔法使いになれたんだ。だからーーー純血じゃなかったとしても自分の出自に負い目を覚える必要なんて無いんだと示したい。「あのトム・マールヴォロ・リドルだって父親はマグルだったじゃないか」とそんな風に言われるようになりたいんです」

 

 ダンブルドアは雷に打たれたかのように一瞬固まった。そして、感極まったようにゆるゆると首を振った。

 

「トム、君は儂にとっての誇りじゃ。君という生徒を、そして息子を持てた事を儂は心より誇りに思う」

 

・・・

 

 5年生となったトムは当然のように監督生になったーーーそして自身の両親についての話をするようになった。

 家族から虐待を受けていた哀れな女メローピー・ゴーント、そしてそんなメローピーが悪魔の囁きに耳を貸して欲望の赴くがままに、マグルの父親に愛の妙薬を使い、出来た子どもが自分なのだと。純血の魔法使いにして碌でなしの祖父マールヴォロ・ゴーント、そしてマグルにして母によって人生を狂わされた父親トム・リドル、それを持つのが自分トム・マールヴォロ・リドルなのだと。

 

 トムを快く思って居ない者は当然のようにトムへの罵倒にそれを利用するようになった。

 とてもハンサムな上に、監督生に選出される程に優秀で親切なトムは当然のようにモテたので、リドルは母親と同じように愛の妙薬を使ったに違いない等とそんな具合にだ。

 そうした罵倒をトムは鼻で笑った。自分の出自を明かした時にその手の程度が低い煽りをしてくる者が出てくる事など、トムはとっくの昔に想定していた。「モテない男の嫉妬は醜いものだね」「君たちが言うところの自らの血を裏切った売女が穢れたマグルと交わった末に出来た子どもが、君たちの崇めるサラザール・スリザリンの後継者に選ばれたわけだが、その辺り由緒正しき血統を持たれる純血のお方々はどうお考えなのかな?」と小馬鹿にするように笑いながら言ってやると、相手は忽ち顔を真赤にしてこれまた程度が低い罵倒をしてきたが、それらはトムにとっては何ら痛痒を覚えるものではなかった。

 

 また、純血の中にもそうした罵倒に参加しない者も居た。彼らはいい意味での名門としての誇りを抱いている者達であった。「純血主義が間違っているとは思わないが、それはそれとしてトム・リドルの優秀さは認めざるを得ないーーーだからこそ誇り高き純血の名門である自分達はトム・リドルよりも優秀である事を示す事で自らの正しさを証明しなければならない。程度の低い罵倒をしている暇があるのならば自らの力を高めるべし」と言うわけだ。決して仲が良いというわけではない、だがそうした者達の向けてくる清廉な競争意識はトムにとっても心地良いものだったし、互いの間には確かな敬意が存在した。

 

ーーー真の友とは決して一度も喧嘩しない存在の事を言うのではない。時にはぶつかり合う事も必要じゃろう。

 

 かつて偉大なる恩師がスリザリンの中で自分が孤立した時に語ってくれた言葉をトムは思い出した。

 そして同時にスリザリンでまことの友を得るという組分け帽子の歌が嘘ではない事をトムは理解した。

 きっと友情にはこんな風に互いに意地を張り合いながら、刺激し合うそんな関係もあるのだ。

 

 そんなわけでトム・マールヴォロ・リドルの中にはもはや自身の出自に対する恐怖や負い目というものはほとんど消えていた。

 何故ならばこの世で最も偉大な存在が、自分を息子のように思っていてくれたのだという事をトムは知ったから。そしてそんな出自等気にせず変わらぬ友情を以て接してくれる多くの友人が居たから。「出自を明かした自分の堂々とした態度に勇気づけられた」そんな事を言ってくる多くの後輩が居たから。トムが特に目をかけて、手をかけさせられている可愛い後輩ルビウス・ハグリッドもそんな一人であった。彼はトムへと告白した。実は自分の母親が巨人である事を。そしてその事で他ならぬトムに、優しくて素晴らしく優秀な魔法使いな偉大な先輩に対してコンプレックスを抱いていた事を。

 

「実はずっと不安だったんだ……先輩は俺なんかと違って優しくて、賢くて、ダンブルドア先生の再来なんて言われる位に優秀で、皆からも慕われて監督生にまで選出された。一方の俺と来たら、図体ばかりでかくて、間抜けで、ドジで、先輩やダンブルドア先生に迷惑かけてばかりの問題児だ。だから、ダンブルドア先生が実は先輩の親だって噂聞いた時俺は思ったんだ。ああ、やっぱり先輩のような立派な人の親はダンブルドア先生のような立派な人なんだ、俺みたいな半巨人はどう足掻いたところで先輩のようにはなれないんだって……何時か先輩に愛想を尽かされるんじゃないかって、母親が巨人だって知った先輩が冷たい目を向けてくるんじゃないかって……そんな失礼な事を考えとったんだ」

 

 何時になく弱々しい様子で語る後輩の言葉にトムは黙って耳を貸していた。

 そして彼の最も尊敬する人物を意図的に真似て、とても穏やかな口調で語りかけた。

 

「ハグリッド、君には確かにいくつもの欠点がある事を僕は良く知っている。だけどそれ以上に君の良いところも知っている。気にする必要はないんだよハグリッド、君は君だ。母親が巨人だったからなんて事にコンプレックスを持つ必要なんて無いんだ。次席のフリットウィックだって半小鬼で首席の僕だって母親が愛の妙薬で父親をたぶらかして生まれたんだぜ?な、気にする必要なんてない事がわかるだろ」

「先輩……!」

 

 泣きじゃくり続ける自分よりも大きな図体を持った、されど小さな弟のような後輩にトムはしばらく胸を貸してやった。ようやく解放された時には、トムの服はハグリッドの涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていてその事に気がついたハグリッドは慌てて平謝りしてきたが、トムは「気にしなくていい洗えばいいだけの事さ」とだけ伝えて、その場で魔法で綺麗にし、笑って許してやるのであった。

 

ーーー後日ハグリッドがバジリスクと同じカテゴリー:XXXXXに分類されるアクロマンチュラを密かに飼育していた事を知った際は流石に笑って許してやる事は出来ず、常に無い剣幕で真剣に叱った*1が、それでもトムはこの手のかかってしょうがない後輩を見捨てることはせず、そのアラゴグなるアクロマンチュラはハグリッドに懐いており決して人を襲わないとハグリッドと約束した事、校内にはアクロマンチュラの天敵として知られるバジリスクのヴォルデモートが目を光らせている*2為万が一は無いこと、監督生である自分が二度とこのような事は無いようにハグリッドをきちんと教育する事を約束する等、八方手を尽くした事でなんとかハグリッドは放校処分を免れたのであった。

 当然、ハグリッドは自身を庇ってくれたトムに誠心誠意お礼を言い、そんなハグリッドの様子にトムは毒気を抜かれたようにため息を漏らしながら、この手のかかる弟分に対して必死に常識というものを一年かけて叩き込み、トム・マールヴォロ・リドルのホグワーツに於ける5年目の時間は過ぎて行ったのであった……

*1
尊敬する兄のように慕っている人物の常に無い剣幕を前に流石のハグリッドも反省した様子を見せた。

*2
しっかりトムの言いつけを守って誰も襲わず2年以上経った事でヴォルデモートが見境なく人を襲うような存在ではない事をようやく理解してもらえるようになってきた




トム「ハグリッドの大馬鹿野郎はどこだ!どこへ行った!」
マクゴナガル「ドラゴンを育てにノルウェーに行くと……」


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アルバス・ダンブルドア

最強の杖を手に入れていたのにその上で真っ向勝負で打ち破られた時グリンデルバルドはどんな心境だったんでしょうね?


 自身の父親がマグルであったーーーそれも、愛の妙薬の力で強引に魔法使いの母に心を歪まされていたという事実はトム・マールヴォロ・リドルの精神に大きな影響を及ぼした。

 これまでトムにとってマグルは憎悪と軽蔑の対象であった。ダンブルドアと過ごす日々で多少は和らいだものの、それでも彼の心の中には確かなマグルへの怒りが存在した。

 マグル生まれ、マグル育ちに対する差別心ーーーそうしたものはトムの心の中には存在しなかった。何故ならば彼らは自分と同じ魔法族、手を差し伸べるべき同胞だったからだ。

 しかし、それはあくまで同じ魔法族に対してのみで、彼の中には依然としてマグルに対する確かな隔意が存在していた。何故ならば彼にとってのマグルとは自身を迫害した孤児院の連中であったから。魔法という自身には存在せぬ素晴らしい力を妬み、あまつさえ排除しようとする醜い連中。それがトムの知っているマグルであった。

 

 だからそう、現在魔法界を騒がせている最も恐ろしい闇の魔法使いであるゲラート・グリンデルバルドの掲げる思想にも本音を言えば、トムはどこか惹かれていたのだ。何故優れた存在である自分達魔法族がマグルに配慮して隠れて暮らさなければならないのかーーーという彼の主張は若く己の才能に絶対の自信を抱くトムにとってとても魅力的に映った。

 しかし、魔法族がマグルに対して魔法を使う事を一切躊躇わなかった結果がメローピー・ゴーントがトム・リドル・シニアに対してした事であり、それは誰も幸せにしなかった。父親は人生を台無しにされて、母親は一時の幸福の後の絶望を味わい命を落として、トム自身も孤独な幼少期を送った。

 

ーーー魔法族はやはりマグルと距離を取るのが正解なのだろうか?

 

 そうだと言える気もしたし、そうだとも言えない気もした。

 何故ならば、魔法族の存在がマグルに明かされていないからこそ、マグルは自分のような魔法族を未知の怪物として扱ったのだから。もしも魔法族の存在が公になっていれば、それこそすぐに自分は選ばれた魔法族として相応しい敬意と待遇を得られていただろう。今が正しいと胸を張って言うには魔法界が閉鎖的であることの被害を受けている者が余りに多い気がした。親を知らなかった自分自身の事だけではなく、マグル生まれの者にはそれが原因で魔法界に来るまで孤独な幼少期を過ごした者が多く存在したーーー無論、そうでない者も居たが。

 

ーーーならばやはりグリンデルバルドの考えは正しいのではないか?

 

 それも、どうなのだろうか。

 そう言うには彼のやり方は余りにも乱暴過ぎた。

 多くの罪なき人をーーーマグルだけではなく同胞であるはずの魔法族も彼は殺めている。

 自分一人では答えが出そうになかったトムは真っ先に敬愛する父に問いかけてみた。

 

 「先生はゲラート・グリンデルバルドの考えについてどう思いますか?」と。

 ダンブルドアは何かを振り切るようにしばらく逡巡するかのように目を閉じた。

 そしてその後で常と変わらぬーーー否、常とは異なる静かな決意を宿して穏やかな口調で語り始めた。

 

「そうじゃな、彼の思想はとても危険でーーーそしてそれ故に魅力的じゃ。

 彼の言葉には確かに人を惹きつける魅力がある。

 彼の考え総てが間違っているーーーとは言えないだろうて。

 だが、彼と彼の考えを支持した者達が決定的に誤ってしまった点がある。

 それは自らの意に従わぬ者を敵と定めて、力で以て其の者を排しようとしてしまった点じゃ」

 

 ダンブルドアの言葉が一度そこで止まった。

 ダンブルドアは酷く迷いーーーそして怯えているようであった。

 それはトム・マールヴォロ・リドルにとっては見たことのない弱々しい姿だった。

 

「ある一人の愚かな男の過ちの話をしよう。己が才に驕り、甘美なる野望に惑わされ、大切な者を失ってようやく己が過ちに気づいた信じがたいほど救いようがない、とても愚かな男の話じゃ」

 

 ダンブルドアはそうしてゆっくりと語り始めた。

 かつてグリンデルバルドが自分にとって無二の親友ーーー否、それ以上の存在であったことを。

 彼の甘美なる野望に魅せられて、共にマグルを支配しようとしていたことを。

 そしてその結果、失ってようやく気づくことの出来た大切なーーー大切な妹を失った事を。

 心の底より敬愛する、この世で最も偉大な人物からの告白をトムは黙って聞き続けていた。

 

 この世で最も敬愛する人物が自らを責め続け、卑下し続けるのを見るのは辛かったが、そこから目を背けることも、否定することもトムには出来なかった。何故ならば、ダンブルドアがこの事を話したのは自分の為なのだと、トムにはわかってしまったがために。大切なとても大切な事を、目の前の恩師は自分に伝えてくれているのだと思ったがために。

 

「トム、覚えておいて欲しい事がある。どんな世界であれ、そこには確かに生きている人が居る。

 それはマグルの世界であれ、魔法界であれ同じ事だ。どれ程今が間違っているように見えても、そこには今を生きる無数の人々が存在する。権力を手にして良いものとはそれらを背負い根気強く向き合っていく覚悟のある存在だけなのじゃよ。

 何が正しいか、何が間違っているかは君自身が決める事じゃ。だが、決める際にはよく考えて貰いたい。

 君がその決断を下した時、君が大切に思い、君を大切に想う者は果たしてそれを笑顔で祝福してくれるか?という事を。そして迷った時はその者達にきちんと相談して欲しい。取り返しのつかない過ちを犯してしまった、愚かな男の心からの願いじゃ」

 

 トム・マールヴォロ・リドルにとってアルバス・ダンブルドアとはこの世で最も偉大で無謬にして無敵の存在だった。

 何故ならば彼は真実偉大な存在でありーーートム・リドルにとっては父も同然の存在であり、男にとっての父親とはそういう存在なのだから。

 しかし、そんな偉大な父親も一人の人間だとこの時トムは知った。

 ならば、トム・マールヴォロ・リドルの心に浮かんだのは目前の存在に対する失望だろうか?

 ダンブルドアはそう思っていた。きっと自らの過去を明かせば、目前の少年の自分に対する尊敬の眼差しは失望へと変わるだろうとーーー恐れていた。だからこそ今まで打ち明ける事が出来なかった。

 

「先生……でしたら先生もどうか覚えておいて下さい」

 

 しかし、そんなダンブルドアの怖れとは裏腹に、トムは先程までと決して変わらぬ尊敬に満ちた眼差しをダンブルドアへと向けて自らの思いを伝え始めた。

 

「この僕をトム・マールヴォロ・リドルを救い、此処まで導いてくださり、今もまた大切な事を教えてくれたのは他の誰でもないアルバス・ダンブルドアなのだという事を。

 迷った時は先生にきちんと相談します。だから先生も一人で抱え込まずに、迷った時は僕に相談して下さい。今はまだまだ未熟で頼りないかもしれないけど、先生の背負う荷物をせめて半分位は背負えるようになってみせますから」

 

 子どもにとって親とは絶対的な存在だーーーだが、どれほど偉大な親であっても一人の人間である事をやがて知る事となる。そうして人は子どもから大人になるのだから。

 トム・マールヴォロ・リドルという少年は親であるダンブルドアが思う以上に成長して大人になっていたーーー要はそういう事なのだ。

 

 微笑みと共に告げられた己が息子からの言葉にダンブルドアは大きく眼を見開いた。

 やがて、一滴の涙を零しながら微笑んだ。

 

「トム、本当に……本当に君は……儂には勿体無い自慢の息子じゃて」

「それはもう僕の父はなんと言っても、あのアルバス・ダンブルドアですから」

 

 微笑みながら告げられた自慢の息子の笑顔。

 それがダンブルドアの心にあった怯えを拭っていく。

 ダンブルドアはずっと恐れていた。自らの過ちを直視する事を。

 妹であるアリアナを本当に殺したのが誰かを知る事を。

 それ故、彼はかつての親友に会う事から逃げ続けていた。

 

(じゃが、もうそれは終わりにするとしよう)

 

 何故ならばそれは親として余りにもカッコ悪い事だ。

 自らの過去を知り、それでもそれに負ける事無くトム・マールヴォロ・リドルと胸を張って名乗る自慢の息子に比べて。

 親として子どもに見せるのならば、やはりカッコいい背中だろうと。

 

(息子が自らの過去へと向き合ったのだ。ならば親である儂もそれが出来ずにどうするというのか)

 

ーーー真の友とは決して一度も喧嘩しない存在の事を言うのではない。時にはぶつかり合う事も必要じゃろう。

 

 こんな事を偉そうに言っていた自分が何時までも友人とぶつかる事を恐れ続けるなど、それこそ過ちを重ね続けるも同然だろう。

 静かな決意がダンブルドアの心を満たしていく。それは周囲の求めるがままに応じた偶像としての在り方ではない。

 トム・マールヴォロ・リドルという自慢の息子に対して父として恥じぬ生き方をしたい、誇れる親でありたい、そんなダンブルドア自身の心から湧いた意志だった。

 

 1944年。アルバス・ダンブルドアは大陸で猛威を奮う闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルドを打倒する為にホグワーツ魔法魔術学校の教職を一時的に休職。そして伝説的な決闘の末にこれを打倒。

 マーリン勲章勲一等を受賞し、名実共に魔法界を救った英雄となったのであった……

 

 

 




トム主人公の長編だと多分ダンブルドアがグリンデルバルドに負けてその仇をトムが討つパターン。
グリンデルバルドが討たれたのが1944年なのは作者のミスではなく、トムの影響でダンブルドアが決意するのが原作よりも早かった為です(念の為)


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闇を祓う者

 ゲラート・グリンデルバルドを倒したアルバス・ダンブルドアは魔法界の英雄となった。

 日間予言者新聞を始めとする魔法界のメディアはダンブルドアへの感謝で埋め尽くされた。ありとあらゆる美辞麗句で以てアルバス・ダンブルドアは讃えられた。それは、アルバス・ダンブルドアという一人の人間がまさしく偶像と化していく瞬間であった。ゲラート・グリンデルバルドの齎した爪痕が深く、「魔法族によるマグルの支配」という彼の言葉に魔法族の多くが口ではそれはいけない事だと批難しながら、心の奥底のどこかで惹かれるものがあったからこそ、余計にそれは進んで行く。グリンデルバルドという存在は絶対悪でなければならないし、それを打倒したダンブルドアは一点の曇りもない光でなければならない。ーーーそれがアルバス・ダンブルドアという人物の素顔を知らない大多数の者の思いだったのだ。

 

 ーーーもしも、もしもグリンデルバルドを倒した理由がそうした顔も知らぬ無数の人と魔法界の未来といった最大多数の幸福のためのみ(・・)であれば、ダンブルドアはその役目を死ぬまで演じ続ける事となっただろう。

 しかし、アルバス・ダンブルドアがグリンデルバルドを倒した理由はそうした顔も知らぬ無数の人のためだけではなかった。彼が立ち上がったのは何よりも、愛する息子に誇れる父親で在りたい、そしてそのために魔法界の未来を守りたい、そんな人として当たり前の想いが最終的に彼を突き動かしたのだ。

 

「わしは決して皆が思うような“英雄”等ではない、誇らしき息子に相応しくあれるようにようやく己が過去と向き合う事が出来た一人の人間に過ぎぬよ」

 

 日間予言者新聞のインタビューにダンブルドアはそう応えた。

 そして告白したのだ。若かりし頃の自分がゲラート・グリンデルバルドの野望に魅了されていたという事を。自分が彼を打倒したのはいわばある種の禊であり、決して称賛されるようなものではないのだと。

 

 人間というのは不思議なものだ。例えばこれが、アルバス・ダンブルドアという存在が完全に理想の英雄、聖人として偶像と化した後にそうしたダンブルドアの過去の過ちーーー汚点が明るみに出れば人々はこぞって、無論擁護する者も当然いただろうが、彼を罵倒しただろう。勝手に抱いていた“夢”を勝手に「裏切られた」と思って。かつて抱いた感謝の心は色あせて。

 しかし、ゲラート・グリンデルバルドという脅威から救ってもらったという感謝の心が真新しかった頃、未だダンブルドアが完全な偶像となる前に、他ならぬ本人の口から自身の過ちについて告白された事で、大半の人々は自らを責めるダンブルドアを、彼自身が望んでいたかは不明として、むしろ積極的に擁護した。

 「過ちを犯さない人間など居ない。大切なのは犯した過ちときちんと向き合えるかどうかだ。その点アルバス・ダンブルドアは自身の過ちと向き合って、その上でかつての親友を止めたんだからやはり偉大な人なんだ」とそんな具合である。勿論、中にはダンブルドアが若き日にグリンデルバルドを止めて居ればこうはならなかった等と言うものも居たが、そうした人物も「ならば貴方はアルバス・ダンブルドア以上の事が出来たのか?」と問われれば閉口せざるを得なかった。結局のところゲラート・グリンデルバルドを止めて魔法戦争を終結に導いたのがダンブルドアであるという事は確かな事実であったが故に。

 

 かくしてアルバス・ダンブルドアは魔法界の英雄となった。

 染みや汚点を何一つとして持たぬ“聖人”としてではなく、過ちを犯したがそれを乗り越えた立派な“人間”として……

 

・・・

 

 1945年。トム・マールヴォロ・リドルはホグワーツ魔法魔術学校を卒業した。

 卒業時に受けたN.E.W.T.(いもり試験)の結果は当然のように総て満点。まさしくアルバス・ダンブルドアの再来だと讃えられた。

 トム・マールヴォロ・リドルが如何なる道に進むかはホグワーツ及びイギリス魔法界の注目の的であった。

 特に闇祓い局はこの若き天才に熱い視線を送った。折しも魔法大戦が終結したばかりの時期。闇の勢力の残党が未だ活発に動いていた事も相まって、魔法界の英雄アルバス・ダンブルドアの秘蔵っ子にして彼の再来とも謳われるトムは是が非でも欲しい存在だったのだ。

 

 トムは迷っていた。

 彼にとっての夢は偉大なるアルバス・ダンブルドアのようになる事ーーーホグワーツの教師となる事であった。

 しかし、同時に教師になるならばもっと多くの経験を経て、偉大なる恩師にして父の手元から離れて一人の人間として一人前になるべきではないかとも思えた。教師となって人を導くには余りにも自分にはまだ経験というものが不足しているように思えたのだ。また、卒業してすぐに教師になることの懸念はそれだけではなかった。それは他ならぬトムが弟のように思い、とてもとてもーーーとてつもなく手間がかかる後輩ハグリッドの事であった。

 

 ハグリッドが入学して以来、トムはハグリッドの面倒をよく見た。根気強く導き、ハグリッドはトムを兄のように慕い、トムもまたハグリッドを弟のように可愛がった。麗しき関係と、そういうべきだろう。しかし、トムは先輩として余りにも頼りになりすぎた。アクロマンチュラの無断飼育を始めとした本来なら退学処分になるようなやらかしをハグリッドが行った際も、トムはなんだかんだで気のいい後輩を見捨てる事が出来ず庇ってやった。

 だからだろう、ハグリッドの中には恐らく本人も意図していない領域でどこか甘え(・・)が存在している。自分がなにかしても先輩であるトムが庇ってくれるというそんな無意識下の甘えが。そして自分が何だかんだでそれに応えてしまうであろうという事がトムにはわかっていた。

 故に、もしもトムがこのままホグワーツの教師となれば、ハグリッドは卒業までの間ずっとトムに甘え続けるだろう。それは駄目だとトムは思った。何時までもーーー何時までもハグリッドの面倒を見てやる事はトムには出来なかった。教師になればハグリッド以外にも目をかけなければいけない生徒は居て、ハグリッドは先輩としてむしろ後輩の面倒を見る側に回らなければいけないのだから。

 

 結局、それが決定打となった。自分自身が偉大なる父の下から離れて一人前となる為にも、ホグワーツを卒業したトム・マールヴォロ・リドルは闇祓いとなった。

 闇祓いは一人前となるまでに本来ならば3年間の修行が課されるが、トムは噂に違わぬ実力を見せつけ一年でその総てを終える。そして晴れて一人前の闇祓いとして認められたトムは闇の勢力との闘争へと明け暮れ、多くの伝説的な功績を打ち立てる。

 アズカバンの半分を埋めた男等と称されるほどに多くの闇の魔法使いを捕らえたーーー自らが編み出した箒なし飛行術を用いて高速で追ってくるトムから逃げおおせる者は誰も居なかった。

 許されざる呪文の発動を感知する探知魔法をイギリス魔法界全土に展開して、治安を素晴らしく良くしたーーー許されざる呪文の使用を感知した瞬間に闇祓いの精鋭が現場へと赴く仕組みだ。

 

 誰もがそう遠くない内にトム・マールヴォロ・リドルが闇祓い局長になると噂した。

 人格、実力、実績ーーー総てに於いてトムは傑出しており、まるで非の打ち所がなかった。

 しかし、多くの闇の魔法使いと対峙している間にトムの心の中にはある想いが去来する。

 それは、こうなる前に誰かが彼らを止めてやったり導いてやったりする事は出来なかったのだろうかーーーそんな思いだった。

 グリンデルバルドの思想に魅了された闇の魔法使い達の姿がトムにとってはダンブルドアに出会わずにグリンデルバルドに出会っていた場合の自分、そんな在り得たかもしれない自分の可能性に思えたのだ。

 

(いや、私だけではない。あの偉大なるダンブルドア先生でさえも一時はグリンデルバルドに魅了されていたんだ)

 

 間違いなく今世紀に於いて最も偉大な魔法使いでさえもそうだったのだ。

 それを思うとトムは尚の事彼らが闇へと堕ちる前にどうにかしたいと思った。

 折しも魔法大戦が終結して既に10年、トムを始めとした多くの有能な闇祓いの活躍も相まってグリンデルバルドの残した傷跡も大分癒えつつあった。

 

 一線級の闇祓いとして働き一人前の大人になった自負がトムにはあった。頃合いのように、思えた。

 1955年。次期闇祓い局長として周囲から見られていたトム・マールヴォロ・リドルは周囲から惜しまれつつも闇祓いを休職。校長となった恩師アルバス・ダンブルドアからの要請に応えてホグワーツ魔法魔術学校の闇の魔術に対する防衛術の教授へと就任するのであった……

 

 

 




多分此処のトムのまね妖怪はダンブルドア先生に出会う事無く闇落ちした場合の自分が出てくる。


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ベラトリックス・ブラック(上)

ベラトリックスさんが誰だこいつな事になっています。
まあそもそもトムが誰だこいつな作品なので今更ではあると思いますが。


 

 念願の教師となったトム・マールヴォロ・リドルは学生生活、そして闇祓いの時と同様順風満帆と言って何ら差し支えのない教師人生を送っていた。

 ハンサムで優秀で、そしてかつて偉大なる恩師が自分にしてくれた事を今度は自分がする番だと生徒に対して惜しみない愛情を注ぐトム先生は生徒から慕われ、同僚から頼られ、そして校長からは全幅の信頼を置かれた。

 

「君たちの中には自分は闇祓いに就くつもりはないのだから、防衛術をそこまで積極的に学ぶ必要はないと考えている者も居るかも知れません。しかし、油断大敵。闇の魔法使いはある日君たちの続いていたはずの当たり前を奪い去る。残酷にかつ理不尽に。そうなった時、君たちは後悔の涙を流す事となるでしょう。「自分にもっと力さえあればこんなことにはならなかったのに……!」と。そんなふうに大切な人を守れぬ自身の弱さに後悔の涙を流さない為にも、この授業を通して強くなっておきなさい。自分自身と愛する大切な人を守れる位にね」

 

 トムは防衛術の最初の授業では必ずその話をして生徒たちにまず授業に対するやる気を出させた。

 闇祓いとしての自分自身の経験に基づくトムの授業は極めて実践的かつ刺激的なもので生徒たちの技量を大きく向上させた。天才は劣等生が何故できないかがわからない故に教師に向かないという説が存在するが、トムの場合に於いてはこの説は当てはまらなかった。何故ならばトムは学生時代、ルビウス・ハグリッドというとんでもない問題児の面倒を見ていた*1が故に。問題児、劣等生に対しての教え方、導き方も熟知していたのだ。

 

「ダンブルドア校長から決闘クラブを始める許しを得ました。スラグホーン先生はスラグ・クラブと呼ばれる魔法薬学の勉強会を開いていますが、私がやるのはその防衛術版だと思って下されば結構です。意欲のある生徒は是非参加して下さいね」

 

 トムがそう言うとトム目当てで多くの女子生徒が決闘クラブに参加した。

 そして女子が多く参加した事で女子目当ての男子も参加した。

 真実やる気のある生徒も参加した。

 気に食わない奴に衆人環視の場で恥をかかせてやろうと思って参加する者達も居た。

 トムはそうした生徒を分け隔てなく受けいれた。

 

 トムは寮の垣根を出来る限り取り払うべきだと考えていた。あいつはスリザリンだからーーーグリフィンドールだからーーーそんな理由で級友と仲違いする等、純血だのマグル生まれだのと言った血統で相手を判断するのと同じ位に馬鹿馬鹿しいことだと思っていたがために。幸いな事にトムはどこかの寮の寮監を任される事もなく、ある種身軽な立場だった。スラグ・クラブのように寮の垣根を越えた生徒同士の交流の和を広げるため課外活動の監督者をやる立場としてはもってこいだった。

 そして決闘クラブはそのための第一歩であった。この決闘クラブでトムは違う寮同士の者を積極的に組ませた。仲良くする事を強制するような真似はしない。自分達教師が出来るのはあくまできっかけづくりまでで、でしゃばりすぎては生徒の成長の芽を摘んでしまう事をトムは良くわかっていた。わずかでも良い、寮の垣根を越えた交流が出来るきっかけになればと……そんな程度の取り組みであった。

 その甲斐あってと言うべきだろう、徐々にだが大広間での食事の際に他寮の友人の元を訪れる生徒も少しずつだが確実に増えていった。そんな教え子たちの様子をトムは優しい笑顔で見守るのであった。

 

 トムは多くの生徒に慕われたがトムに反発する生徒も当然だが居た。

 サラザール・スリザリンの遺産を継承しながら、マグルの父を持ち、その事を隠そうともせずあまつさえ純血主義を「古臭い思想」呼ばわりしていたトムは多くの純血の名門から憎悪を買っていたのだ。そして小さな頃の子どもというのは両親との仲が険悪でなければ基本的に親の思想を受け継ぐものである。家で日間予言者新聞にトムやダンブルドアの記事が載る度に苦々しい顔で罵倒する両親の姿を幼い頃より見ていれば、自分自身も親に倣うのはある種の必然だと言えただろう。

 

 ベラトリックス・ブラックもそんなトムに反感を抱く生徒の一人であった。

 彼女はその名が示す通り純血の王と称されるブラック家の人間で、両親から見れば親の言う事をよく聞く極めて素直な良い娘であったーーーすなわち骨の髄まで染まりきった純血主義者だという事である。

 ブラック家から見ればトム・マールヴォロ・リドルは『調子に乗った薄汚いマグル混じり』以外の何者でもなく、そんな彼がスリザリンの継承者となった事は悪夢以外の何者でもなかった。

 

「スリザリンの遺産を取り戻しなさいベラトリックス、アレは薄汚いマグル混じり等ではなく我らブラック家こそが手にすべきものです」

 

 そう強く言いつける両親の言葉にベラトリックスは強く頷いた。

 そして翌日からスリザリンの遺産を奪還するための蛇語習得の勉強が始まった。

 ベラトリックスの両親は大枚をはたいて飲んだくれの碌でなしーーーされどトム・リドル以外では現在唯一蛇語の使い手であるモーフィン・ゴーントを蛇語の教師として呼び寄せた。下品で粗野なモーフィンと接する事はベラトリックスにとっては耐え難い屈辱であったが、総てはサラザール・スリザリンの遺産を継承する為だと言い聞かせた。そして数年に及ぶ努力の甲斐あって彼女はようやくカタコトながらも蛇語を使えるようになった。そんなベラトリックスを彼女の両親はべた褒めした。蛇語さえ習得したならば、純血の王たるブラック家の人間である愛娘と薄汚いマグル混じりの男、どちらをサラザール・スリザリンの遺産が選ぶのかは彼らにとっては自明の理と思えたのだ。

 ベラトリックスには自分が選ばれた者だという自負が確かに存在したーーー事実として彼女は優れた才能を持つ魔女であった。トム・リドルなる調子に乗ったマグル混じりが何するものぞ!自分は純血の王たるブラック家の娘なのだ!すぐにでも追い抜いて見せる!そしてスリザリンの遺産を取り戻すのだと意気揚々とホグワーツに彼女は入学した。

 

 そして、生まれて初めて格の違いというものを思い知らされた。

 彼女と彼女の両親が調子に乗ったマグル混じりと見下していた男、トム・マールヴォロ・リドルはベラトリックスが見たこともないほどに優れた魔法使いだった。なまじベラトリックス自身が優れた才能を持つ魔女であったが故に、自身とトムの間に横たわる絶対的な才能の差というものを実感してしまう。文字通り格が違うのだと、ベラトリックスは気がついてしまったのだ。

 

 これでもしもトムが純血の魔法使いであればベラトリックスは素直にトムを崇拝する事が出来ただろう。

 しかし、彼は穢れたマグルの父を持つ半純血であり、純血を軽んじる許されざる存在だ。膝を折る事などベラトリックスのプライドが許さなかった。そう奮起すれど、彼我に横たわる差は余りにも大きかった。

 才能だけではない、一流の闇祓いとして活躍したトムと入学したばかりのベラトリックスとでは経験ーーー積み重ねた時間の差が確かに存在した。折れそうになる自らのプライドを必死に守るためにベラトリックスは事ある毎にトムに噛み付いた。

 しかし、そんな彼女に対してトムはどこまでも優しい笑顔で応じるばかりであったーーートムにとってはベラトリックスもまた彼の愛すべき教え子の一人であり、彼女のような生徒こそを導くためにこそ彼は教師になったのだから。

 そんなトムの余裕ぶった態度は、ぶったも何もトムは真実余裕だったのだが、ベラトリックスの苛立ちを助長させた。純血の王たる誇り高きブラック家の娘たる自分があの男の前ではまるで子ども扱いなどと!*2こんな事は許されない!絶対にあの男を自分に跪かせてみせる!等と決意した彼女はある暴挙に打って出る。トムがスリザリンより継承した遺産ーーーヴォルデモートを我が物にせんとしたのだ。

 

「さあサラザール・スリザリンの残せし遺産よ!この純血の王たる由緒正しきブラック家が末裔ベラトリックス・ブラックに跪きなさい!」

 

 秘密の部屋に現れて意気揚々とした様子でそんな事をたどたどしい蛇語で言うベラトリックスをヴォルデモートは無視した。彼にとっての現在の主はトム・マールヴォロ・リドルであり、努力は窺えるがそれでも余りにも拙すぎる蛇語で語りかけるベラトリックスの様はヴォルデモートにとっては微笑ましさを抱けど従おうなどとは思えぬものであったが故に。*3

 

 

「何をしているのバジリスク!貴方が真に従うべき主が現れたのよ!!!」*4

 

 苛立ちと共に告げられるベラトリックスの言葉をヴォルデモートは鼻で笑った。

 彼の主たるトム・マールヴォロ・リドルは最初の主であるサラザール・スリザリンにも匹敵する才を持つ魔法使いである。それに比べれば目前の少女は余りにも矮小が過ぎた。飾らずその心境を表すならば寝言は寝て言えと言ったものであったのだ。

 

 

 自分をまるで相手にしないヴォルデモートの様子にベラトリックスは地団駄を踏んで悔しがった。

 何故このバジリスクは自分に従わないのか!自分はあの純血の王ブラック家の人間だと言うのに!マグル混じりのあの男に従いながら、何故自分に従わぬのか!お前はサラザール・スリザリンの意志を実現させる為に居るのではないのか!と。

 許されざる怠慢だとベラトリクスには思えた。粗相をした実家の屋敷しもべ妖精と同様に躾が必要だと。

 

 ベラトリックスはヴォルデモートに向けて呪いを唱えた。

『この無礼者めが!!!』

「ひぃ!?」

 

 そして次の瞬間魂の底から震え上がるようなおどろおどろしい雄叫びを前に小さく可愛らしい悲鳴を挙げて、その場に尻もちをついた。

 ヴォルデモートに彼女を殺す気はなかった。主からそれは固く戒められていたが故に。だがそれはそれとして分をわきまえぬ無礼者相手には相応の()が必要だとも思っていた。

 一体自分が誰に喧嘩を売っているのかをわからせてやらねばなるまいとヴォルデモートは怒りに燃えていた。

 そして本物の殺意というものを味わったことのないお嬢様であるベラトリックスにはそんなヴォルデモートの意志などわからなかった。

 毒蛇の王の怒気を前にして虚勢が剥がれ落ちた彼女は今すぐにでもそこから逃げ出したかった。しかし、出来なかった。腰が抜けてしまっていたが故に。

 にじり寄ってくるヴォルデモートを前に冷静な思考等もはや持てるはずもないベラトリックスは完全なパニックになった。

 

『済まないヴォルデモート、その辺りで勘弁してあげてくれないか』

 

 そして聞こえてきた聞き慣れた流暢な蛇語を前にヴォルデモートはピタリとその動きを止めた。

 無礼な小娘の隣に立つ、己が主の姿を確認して。

 

『生徒の教育はきちんとする事だな、我が主よ』

『ああ、肝に銘じておくよ。済まないヴォルデモート、迷惑をかけたね』

『……今日の夕食に期待しておく』

 

 シューシューと自身にはまるで聞き取れない流暢な蛇語*5で会話するトムとヴォルデモートをベラトリックスは恐怖に満ちた視線で見ていた。

 今更ながらに彼女は自身のこれまでトムにかけてきた言葉を思い出していた。このままバジリスクをけしかけられたらーーー?そんな恐怖で彼女の心は一杯だった。

 

 やがて去っていくバジリスクにホッと胸を撫で下ろすとそこには呆れきった様子の男が居て。

 

「とりあえず、言いたい事は色々とあるけどまあお説教は後にしよう。無事で良かった。立てるかい、ミス・ブラック」

 

「も、もちろんです!」

 

 手を差し伸べてくるトムの手を取らず、ベラトリックスは立ち上がるつもりだった。

 しかし、彼女の身体は彼女の心を裏切った。安心したためか、腰の力が抜けきったままだったのだ。

 何時までも起き上がれないベラトリックスの様子にトムは苦笑を浮かべる。

 

 そして

 

「きゃ、きゃあ」

「君からすれば穢らわしい半純血なんかに触れられたくないかもしれないが、失礼するよ。君も何時までもこんなところにはいたくないだろう?」

 

 急激に顔が熱くなるのをベラトリクスを感じた。

 そっと優しく両手で自分を抱きかかえながら爽やかな笑みを浮かべてウインクをする男の顔を何故だか彼女は直視出来ずベラトリックスはぷいっとそっぽを向く。

 

「非、非常時故の措置として寛大な心で許してあげます。光栄に思うことですね」

「光栄です。ブラックのお姫様」

 

 それからベラトリックスは秘密の部屋を出るまでの間ずっとうつむいていた。

 そして出た後に常にない真剣な様子で自分を叱るトムの言葉は、かつてない程に彼女の心を揺さぶった。ーーー今までは何を言おうが所詮は薄汚いマグル混じりだと、そう思っていたというのに。

 その夜、寮に戻ったベラトリックスは中々寝付けず何故か何時までもトムの浮かべた笑顔がその脳裏にチラつき続けるのであった……

 

 

*1
ダンブルドア以来の秀才と謳われるほどに優秀だったトムは当然のように後輩の勉強も見てやっていた

*2
トムから見れば彼女は子ども以外の何者でもないので当然である

*3
先程のベラトリックスの発言もヴォルデモートからすると次のようなカタコト言葉に聞こえている。「わたし とってもすごくてえらいぶらっくけすえっこべらとりっくす・ぶらっく。さらざーる・すりざりん のこしたいさん あなたわたしのいうことをきくべき」

*4
「ばじりすく おかしい やっていること。あなた わたしにしたがわないとならない」

*5
教科書のカタカナ英語がやっとの日本人がネイティヴスピーカー同士の会話を聞いた場合を想像してもらえばいい




まあハンサムで優しい人格者で強くてカッコいいトム先生は当然のように色んな女子生徒の初恋を掻っ攫っています。トム先生はイケメンですのでそれとなくいなしていますけど。
ちなみにトムとベラトリックスの年齢差は25歳……まあ純血やら半純血やら関係なく大抵の親は反対するだろうなって。


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ベラトリックス・ブラック(下)

お辞儀をするのだ!(感想、評価、誤字報告ありがとうございます)


 例の事件を経てからというもの新入生に於ける反トム・マールヴォロ・リドルの急先鋒にして生粋の純血主義者ベラトリックス・ブラックの態度は急激に落ち着き出した。それまではトムに諭されても馬耳東風と言った様子だったのが、頬を赤らめながら素直に頷く殊勝さを見せるようになったのだ。

 

 トムは素直に喜んだーーーこれまで同様に生徒に自分の誠意が通じたのだと。

 教師となって7年目。既に多くの生徒をトムは送り出しており、その中にはベラトリックスのようにトムに反発する生徒も数多くいた。そんな生徒にもトムは決して押し付けがましくならないように根気強く導き接した。トムを慕ってくれるようになる生徒も居れば、最後までトムに対して隔意を抱いたままの生徒もいた。でもそれで良いのだとトムは思っていた。自分達教師が出来るのはあくまで成長のきっかけとなる事。何が正しいのか、最後に決めるのは結局生徒自身なのだから。それでもトムは思うのだ。やはり、自分の想いが伝わり、生徒が成長した姿を見るのはまさしく教師冥利に尽きるーーーと。

 

 劇的に変わったわけではない。されどベラトリックス・ブラックは少しずつだが確実に変わりつつあった。

 マグル生まれの生徒に対する「穢れた血」という差別的な呼び方ーーーそれを控えるようになった。

 「スリザリンこそ至高の寮である以上他の寮生との交流など必要ありません」ーーーそんな事を言っていたのがトムの主催する決闘クラブに進んで参加するようになった。

 「私を指導したいというのならば最低限純血になって出直して頂けませんか?」と高慢な顔で言っていたのが、照れくさそうに頬を染めながら「あの……その……貴方は半純血ではありますが極めて優れた魔法使いですし、特別にそう特別にこの私を指導する権利を与えてあげなくもないですよ!」ーーーそんな事を言いながらトムに指導を求めるようになった。

 純血の王を自称するブラック家の娘であり生粋の純血主義者であるベラトリックス・ブラックは徐々にだが確実に変わり始めていた。当然トムは笑顔を浮かべながら誠実に彼女を導いた。かつて偉大なる父が自分を導いてくれたように。これまでにも多くの生徒にそうして来たように、このベラトリックス・ブラックという意地っ張りな少女を導くのだと使命感に燃えた。

 

 そんな様子を見ていた同僚にして学生時代からのトムの親友たるフィリウス・フリットウィックはただ一言こう呟いた。「トムがまた一つ罪を重ねてしまった」と。

 

・・・

 

 一体自分はどうしてしまったんだろうーーーそんな事をベラトリックス・ブラックは思う。

 あの一件以来、彼女の頭からは寝ても覚めてもトム・マールヴォロ・リドルの笑顔が離れなかった。

 いつだってーーーそういつだってそうなのだ。「穢れた血」という言葉を使おうとしたときも彼が哀しげな顔を浮かべながら自らを窘めるところが頭を過り、ベラトリックスはその言葉を使う事が出来なくなってしまった。おかげで休暇で戻った際には両親と妹に心配までかけてしまう始末だ。

 自分が、半純血(・・・)マグル生まれ(・・・・・・)に絆されるなどーーーそんな事は、そんな事はありえるはずがないというのに!だというのに、「穢らわしいマグル混じりに絆されたか?」などと余りにも邪推が過ぎるではないか!ただ自分は少しばかりーーーそう、ほんの少しばかり周囲に寛大になってやるのも良いかとそう思っただけの事である。自分が半純血(・・・)であるあの人(・・・)に惹かれているなど、そんな事はーーー

 

「そんな事、有り得ないんですから」

 

 自室で一人になったベラトリックスは頭に過ぎる一人の人物を振り払うようにポツリと呟く。

 そう、そんな事は有り得ない事だ。何故ならば自分は誇り高きブラック家の娘なのだから。

 純血の王たる家に生まれた自分が夫とするのは同じ純血の魔法使いと決まっているのだ。

 何故ならば、それこそがベラトリックス・ブラックが生まれながらに背負う義務なのだから。

 自分は純血の誇りを忘れて家系図から抹消された愚か者達とは断じて違うのだから。

 そんな風に自らに言い聞かせながら、ベラトリックスはベッドの中へと潜り込んだ。

 久方ぶりに帰ってきた実家で愛する家族と過ごす日々に、何故かどこか冷たさと物足りなさを覚えながら。

 

・・・

 

 それからの時間はあっという間に過ぎて行き、気がつけばベラトリックスは最高学年である七年生となっていた。優れた才能を持ち、それに奢ること無く研鑽を重ねた彼女は当然のように監督生となり、首席となった。

 純血主義である事自体は変わらぬものの、「自らを支える誇りにするのは良い。だが、それを他者を見下す道具にしないで欲しい」ーーーとある人物からそんな風に言われたベラトリックスは寛大(・・)に振る舞った。自分にも他人にも厳しくーーーされど面倒見が良く親切で、とても優秀なベラトリックスはスリザリンの女帝と称されて同級生や後輩達から恐れながらも慕われた。

 誰からも将来を嘱望される優秀な魔女であった彼女だが、その彼女をして恩師であるトム・マールヴォロ・リドルは別格(・・)だと言わざるを得なかった。

 入学時とは比べ物にならないほどに成長したにも関わらず、彼女は自分とトムの差が縮まったとは到底思えなかった。

 

 ーーーどうしてあの人は半純血なのだろう。純血でさえあれば私はこんなにも悩まずに済んだというのに。

 

 卒業を間近に控えた事でベラトリックスは両親から結婚を勧められ始めていた。

 同級生のロドルファス・レストレンジがその候補であった。

 しかし、ベラトリックス自身の心はと言えばまるで彼に心惹かれるものがなかった。

 優雅で果断で寛厚で成熟したトムに比べればロドルファスは粗野で優柔不断で傲慢で幼稚にしか思えなかったからだ。

 ーーーただ、それはロドルファス・レストレンジ自身の問題というには余りに酷だっただろう。

 つまるところこれは結局、ベラトリックス・ブラックがトム・マールヴォロ・リドルに夢中になってしまっているというただそれだけの事なのだから。

 だが、それは許されざる恋だった。何故ならばトム・マールヴォロ・リドルは半純血であり、ベラトリックスは純血の王であるブラック家の人間なのだから。

 

「血筋とかそんなに気にするような事?大事なのは姉さん自身の心でしょ?」

 

 ベラトリックスの2つ年下の妹であるアンドロメダは悩める姉に真剣な表情で伝えた。

 

「気にするに決まっているでしょ。私は誇り高きブラック家の人間なのよ。我が家の家訓は知っているでしょ、アン」

「『純血よ永遠なれ』よね。でも純血であることってそんなに大事かしら?うちは純血を保っている事が自慢みたいだけど、それでも家系からスクイブは出ているし、姉さんの愛するトム先生やそのトム先生が尊敬するダンブルドア校長は半純血だけど、この二人以上の魔法使いなんてそれこそ数百年遡らないと居ないじゃない」

「それは……」

 

 ベラトリックスもわかっていた。自分の家の考えは偏っているのだと。

 純血でない魔法使いにも優れた魔法使いはたくさんいるーーー何せ他ならぬベラトリックスが尊敬して止まぬトム・マールヴォロ・リドルとて父親はマグルだったのだから。

 

「まあ日間予言者新聞でその二人の記事が載る度に舌打ちしている父様と母様には認めたくない事なんだろうけどーーーでも、姉さんはそうじゃないでしょ。改めて聞くけど本当に良いの?このまま父様と母様の言われるがままに好きでもない人と結婚する事になって、それで本当に姉さんは幸せ?」

「他人事だと思って簡単に言わないでよ……純血以外の魔法使いと結婚するって事は家から勘当されるって事なのよ?」

「他人事じゃないわよ。だって私も卒業したらテッドと結婚するつもりだもん」

「は?」

 

 聞き捨てならぬ事を聞いたベラトリックスは2つ年下の妹をまじまじと見つめる。

 姉に見つめられたアンドロメダは得意気な顔を浮かべて言葉を続けた。

 

「卒業したらテッドと結婚するって言ったの。知っているでしょ、私と同い年のハッフルパフのテッド・トンクス。彼なんてマグル生まれだもの、一応説得はしてみるけどまあ石頭の父様と母様が認めてくれるだなんて事はまず有り得ないでしょうし、十中八九勘当でしょうね」

「アン……貴方そんなあっさりと言っているけど、怖くはないの?」

 

 ベラトリックス・ブラックは怖い。

 何故ならば家を勘当されるという事はこれまでベラトリックスを支えていたものが消えるという事だからだ。

 ずっとベラトリックスは自身が純血の王ブラック家の人間である事を支えにしてきた。

 だが勘当されてしまえば、もはや自分はベラトリックス・ブラックではなくただのベラトリックスなのだ。

 ブラック家の威光をもはや当てにする事は出来ず、それどころかそれらが敵に回る可能性さえあるのだ。怖くて当然だろう。

 

「そりゃあ不安が全く無いって言ったら嘘になるけど……でもテッドと一緒ならきっと乗り越えていけるって信じているもの」

 

 頬を染めながら告げたその妹の姿は姉であるベラトリックスから見てもとても魅力的で、とても大人びて見えた。自分がうじうじと迷っている間に妹が自分のはるか先へ行ってしまった事をベラトリックスは悟った。

 

「もちろん不安は凄く凄~くあるわけで、そういう意味でとっても優秀でとっても頼りになる姉が先陣を切ってくれたら妹としてはとっても有り難いな~と」

 

 上目遣いでそんな事を申し出る妹の姿にベラトリックスは苦笑する。

 アンドロメダが意地っ張りでいつまでも素直になれず踏ん切りがつけられない姉に妹のため(・・・・)という口実を与えてくれるのだとわかったが故に。

 

「全くこういう時に先に生まれた方は苦労するわね。倣える前例が居ないんだもの。

 私の方の式には呼ぶから、貴方の方も式には呼んで頂戴ね、アン。家族が誰も出席してくれなかったら悲しいもの」

「うん!勿論!……でも姉さんの場合はまずは愛しのトム先生を落とすところから始めないとね」

「ひ、秘策はあります!見ていなさい、私が本気になればトム先生だってすぐに私の虜になるに決まっているんですから!」

「姉さん……一応言っておくけど愛の妙薬は使っちゃ駄目だよ?」

「使いません!」

 

 かくして自らの愛に殉じる事を決めたベラトリックス・ブラックはトム・マールヴォロ・リドルへと猛アピールを開始する。この可愛らしい教え子からの熱烈な求愛に対してトムは自分が歳を取りすぎている事や教え子に対して手を出すなど教師としてあるまじき事だと紳士的に諭して彼女からの思いを、これまでもそうであったように、やんわりと断った。しかし、それでもベラトリックスの愛は変わらなかった。

 1969年、ホグワーツを卒業したベラトリックス・ブラックは両親と猛喧嘩の末、実家を飛び出し闇祓いとなる。そして卒業後もベラトリックスのトムへのアプローチは続いたーーー卒業した以上自分達はもう教師と教え子ではない以上誰に憚る事はないと告げて。

 1973年、根負けしたようにベラトリックスの愛をトムは受け容れ、2人は夫婦となる。この時トムは46歳、ベラトリックスは22歳。父娘程も年の離れた2人の結婚式には、多くの人間がその門出を祝うべく出席したのであった。

 




原作ベラトリックス「アンドロメダは穢れた血とくっついたブラック家の面汚し!」
今作ベラトリックス「アン!私の可愛い妹!」

ニンファドーラから見ると優しいトム伯父さん(原作だと父親と自分の死の元凶)


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セブルス・スネイプ(上)

お辞儀をするのだ!(評価、感想、誤字報告ありがとうございます)

ジェームズ達が入学した年:1971年
正史に於いてトムが手下を引き連れて第一次魔法戦争を引き起こした年:1970年
スリザリン:お辞儀&お辞儀に従う死喰い人の多くを輩出

まあ寮で一括りするのはアレな行為とはいえ、ジェームズ達がスリザリンに敵意持つのも無理ないかなって。


 セブルス・スネイプはその日、常になく浮かれていた。

 何故ならば彼に取って待ち焦がれていたホグワーツ魔法魔術学校への入学が叶う日であったからだ。

 スネイプは純血の魔法使いの母とマグルの父を持つ半純血であった。

 そして両親の仲は極めて悪く、顔を突き合わせればいつも喧嘩してばかりであった。

 スネイプにとって自らの家は安寧の場所ではなく、いつも喧騒が耐えぬ居心地の悪い居場所でしかなかった。

 だから彼はホグワーツ魔法魔術学校へと通う日が来ることをずっと熱望していた。

 そしてそれがついに叶ったのだーーー彼が家族以上に心を許している宝石のような緑玉色の瞳を持つ少女リリー・エバンズと共に。

 そう、スネイプは浮かれていた。つい先程までは。

 

 ケチがつき始めた*1のは同じ新入生のジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックと名乗る二人の男子がリリーと二人きりであったコンパートメントに入ってきてからである*2

 此処でコンパートメントに入ってきたのがスネイプとも相性の良い、物静かで知性に溢れるレイブンクローに高い適性を持つような生徒であれば、あるいはスネイプにとってリリーに続く二人目の友人となり得たかもしれない。

 しかし、コンパートメントに入ってきたジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックの両名は、非常に活動的な自信家、内向的なスネイプに言わせると高慢ちき、であった事が災いした。端的に言えば、この二人とスネイプは性格的に反りが合わなかったのだ。

 ジェームズとシリウスの方もスネイプが自分たちを歓迎していない事を感じ取ったのだろう、初めは和やかな同じ新入生らしい自己紹介から始まった会話も次第に険を帯びた物となり始めていた。

 

「そういえば、ホグワーツには寮が4つあるみたいだけど三人は入りたい寮って決まっていたりする?」

 

 剣呑になり始めた空気を感じ取ったのだろう、リリーは話題を入れ替えるようにそんな事を聞いていた。

 

「スリザリンさ!スリザリンが一番に決まっているよリリー!だってスリザリンはあのトム先生(・・・・・・)の出身寮だ」

 

 先程までのどこか陰のある、活動的なジェームズとシリウスに言わせると陰気な態度から一転し、スネイプはその瞳を輝かせながら答えた。

 その言葉にはさながら子どもが憧れのヒーローについて語るような尊敬と憧れが満ちていた。

 

「ああ、そうよね。セブは憧れのトム先生の出身のスリザリンに決まっているわよね」

 

 そしてそんな友人の様子にリリーもまた微笑まし気にクスリと笑みを溢す。

 

 リリー・エバンズにとってセブルス・スネイプは自分に魔法界の事を教えてくれた初めての友人であった。

 そしてそんなスネイプの憧れのヒーローこそが今から向かうホグワーツで教師を務めているトム・マールヴォロ・リドルであった。

 曰く魔法界の英雄アルバス・ダンブルドアの正当なる後継者、在学時代にサラザール・スリザリンの残した秘密の部屋を発見してホグワーツ特別功労賞を受賞した、アズカバンの半分を埋めた凄まじく優秀な闇祓い、教師としても極めて優秀で多くの教え子が彼を慕っている、教師としての職務の傍らで年に一つのペースで一般的な魔法使いが生涯を掛けて仕上げるような魔法や魔術に関する研究成果を発表している正真正銘の天才、だけど天才にありがちな偏屈さとは無縁な公明正大な人格者ーーー等と耳にタコが出来るような頻度でセブルス・スネイプはまるで自らの父親(・・・・・)について語るような態度で誇らしげにその武勇伝をリリーに教えてくれていた。

 リリーは知っていた。セブルスが両親、特に父親との折り合いが悪い事を。故に気がついていた。セブルスが会ったこともないその先生に父性を求めているという事を。

 

 正直に言えばリリーは心配だった。何故ならば、セブルスが知っているトム先生はどうも日間予言者新聞という魔法界の新聞から得た情報ーーーつまりは外からの受け売りによる物のように思えたからだ。

 憧れた有名人に実際に会ってみたら新聞やテレビで言われていたのとは全然違う様子でがっかりしたーーーそんな事例がある事をリリーは知っており、幼馴染の憧れるトム先生もそうではないかと不安に思ったからだ。

 だが実際に入学案内の為に訪れた実物を見てリリーのそうした不安は、魔法界という得体の知れないところに家族を送る事を不安がっていたリリーの家族と同様に、吹き飛んだ。

 エバンズ家を訪れたトム・マールヴォロ・リドル先生はとても紳士的で、魔法の使えないリリーの家族を見下したような態度も一切取らずに、とても親切に魔法界のことやホグワーツの事を説明し、更に説明した内容が嘘ではない事を証明するために極めて洗練された美しい魔法をいくつか披露してくれたからだ。

 

 そうして同じくホグワーツへの入学案内が届いていた幼馴染と一緒にトム先生に連れられてダイアゴン横丁で入学のための教材を買い終わる頃にはすっかりリリーも父娘程も年の離れた先生の事が好きになっていたーーー無論、前から憧れていた幼馴染程ではなかったが。

 故に今またトム先生への尊敬の念を顕にはしゃいだ様子を見せる幼馴染をリリーはただただ微笑ましく見つめていた。

 

「へー君ってばトム・リドルに憧れているんだ。そうなるともしかして君も彼と同じ半純血だったりするのかい?」

 

 そんなスネイプの打って変わった様子が功を奏したのだろう。

 シリウス・ブラックは年の8つ離れた従姉から散々にトム先生の素晴らしさについて聞かされていた事もあってその従姉と同様にトム・マールヴォロ・リドルへの敬意を顕にしたスネイプへと先程まであった険がほぐれた様子で興味深そうに尋ねる。

 

「そうだけど……それが何か?」

 

「おっと、誤解しないでくれよ!別にそんな君の両親のどちらか、あるいは両方がマグルだからって馬鹿にしようとかそういうつもりはないんだ」

 

「……だけど、君はあのブラック家(・・・・・・・)だろ?」

 

 ブラック家と言えば自らを純血の王等と称し、純血の魔法使い以外と結婚すれば家族でさえも一族から追放される純血主義の生きた標本とも言うべき一族である。そしてセブルス・スネイプ憧れの存在であるトム・マールヴォロ・リドルを“調子に乗ったマグル混じり”と呼び、彼を批判する先鋒に位置する存在だ。そして目の前のシリウス・ブラックはその名字が示すようにブラック家の人間のはずだ。

 故にセブルス・スネイプは目前の二人を警戒していた。自分が半純血であり、友人のリリーがマグル生まれだとしれば露骨に馬鹿にした態度を取るのではないかと。しかし、それでも彼はまだ11歳の少年である。自分のあこがれの人物の話題になった事で思わず素が出てしまった。それは彼にとっては失態であったが、結果で見ればむしろ幸いだったと言えるだろう。

 

「まあ確かにそうなんだが、あいにく俺は家のそういうノリにどうにも付いて行けなくてね……おかげで両親とは喧嘩してばっかりで勘当される寸前の不良息子なんだ」

 

 両親とケンカばかりしているーーーそれを聞いたスネイプは目前の少年への敵意を和らげた。

 自らも両親との仲が険悪な身としてある種のシンパシーを抱いたのだ。

 

「全く馬鹿馬鹿しい事だよなぁ。かのアルバス・ダンブルドアとトム・マールヴォロ・リドルの二人が半純血だってのに今どき純血が云々だとか骨董品の化石かって話だぜ。そもそも本当に純血に拘っていたら僕たち魔法族はとっくに滅んじまっているよ」

 

 何故ならば目前の二人はセブルスが警戒しているような純血主義者ではなくむしろその真逆と言える存在だったのだから。そしてそんな両名にとってスリザリンの継承者でありながら、純血主義の一族に疎まれる事も厭わず躊躇いなく自らの父親がマグルだということを公表したトム・マールヴォロ・リドルは「クールでカッコイイ」存在だった。

 そしてトムの話題になった途端先程までのどこか気取った様子が消えたスネイプの様子に、二人はすっかりと気を良くしだしたと同時に、先程までのスネイプの露骨に警戒するような様子に納得がいったとばかりに笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうか。それで君はさっきまでこっちを露骨に敵視していたんだな。だったら安心してくれよ、俺もジェームズも純血主義なんて心底くだらないと思っているし、トム・リドルの事は最高にクールだって思っているぜ!」

  

「ああ、トム・マールヴォロ・リドルは最高にクールな魔法使いだと思う」

 

 自分が憧れている存在を称賛された事でセブルスは二人に懐いていた敵意がほとんど霧散した。

 

「だけど寮で言うなら僕はグリフィンドールが一番だと思うぜ」

 

 しかし、その上でこれは譲れないとばかりにジェームズは続ける。

 

「なんでだよ、トム先生の凄さがわかっているならそんなトム先生の出身のスリザリンが一番だって事は自明の理だろ?」

 

「だけどグリフィンドールはそのトム・リドルがこの世で最も尊敬している偉大なる魔法使いアルバス・ダンブルドアの出身寮だぜ?」

 

 少し前までであればグリフィンドールとスリザリンの出身者は基本的に犬猿の仲であった。

 しかし、今のイギリス魔法界で代表的なグリフィンドール出身者といえばアルバス・ダンブルドアであり、同じく代表的なスリザリン出身者と言えばトム・マールヴォロ・リドルであり、トム・マールヴォロ・リドルがアルバス・ダンブルドアをこの世で最も敬愛している存在である事はイギリス魔法界の常識だ。

 そしてトム・マールヴォロ・リドルがホグワーツの教師になってから取り組んできた成果もあって寮の違いを基にした諍いというのは大きく減ってきている。そのためグリフィンドールとスリザリン、一体どちらが良い寮かというセブルスとジェームズの諍いは険悪になることもなく、微笑ましいと言える範疇の言い争いに収まっていた。

 

「俺もグリフィンドールの方がスリザリンよりも良いと思うな」

 

 二人の言い争いを聞いていたシリウスはジェームズに味方した。

 彼にとってスリザリンは彼が嫌っている家族の出身寮だからだ。

 生粋の純血主義者であった従姉を改心させたトム・リドルの出身もスリザリンの為、露骨に馬鹿にするような事はしないまでもそれでもスリザリンに入りたいとは彼には思えなかった。

 

「リリーはどう思う?」

 

 二対一となり形勢が不利になったスネイプは縋るように己が幼馴染を見つめる。きっと彼女ならば自分に味方してくれるはずだと信じて。

 

「そうね、私は元々魔法界のことを良く知っているわけじゃないから三人みたいにこの寮に入りたい!っていう拘りみたいなのはないかな」

 

 しかし、そんなスネイプの願いとは裏腹にリリーが告げたのは熱くなっている幼馴染を窘めるような冷静な言葉。その言葉にスネイプは落胆するが、リリーの言葉はそこでは終わらなかった。

 

「でも、もしも寮が別々になったとしてもセブとはずっと仲良くして居たいと思うわ。

 だって、セブは私にとっては初めて出来た魔法使いの友達だもの。

 セブはどう?寮が別々になっちゃったら、もう私とはそれっきり?」

 

「そ、そんなわけないじゃないか!例え寮が別々になったって君は僕にとって大切な友達さ!」

 

「そう、良かった。改めてこれからもよろしくね」

 

 リリーはそうしてスネイプへと微笑みかけると今度はその笑みをジェームズとシリウスへと向ける。

 

「二人もこれからよろしくね。一緒の寮になれるかはわからないけど、せっかくこうして知り合えたんだもの。入学してからも仲良く出来ると嬉しいわ」

 

 リリー・エバンズのその言葉にジェームズもシリウスも笑みを浮かべながら応じる。

 そのまま四人の居るコンパートメントは和やかな空気に包まれ、やがて列車はホグワーツへと辿り着くのであった。

 

 

 

*1
あくまでスネイプの主観に依るものである

*2
スネイプとしてはできればリリーと二人っきりが良かったが、親切なリリーは列車が混雑しているのもあってあっさりと相席を了承してしまい少々切なかった。




セブルス・スネイプ君11歳:自分と似た境遇のトム先生に憧れている。純血主義に対しては自分も半純血で憧れのトム先生が懐疑的なスタンスなのでその影響で割と懐疑的。


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リーマス・ルーピン(上)

お辞儀をするのだ!(評価、感想、誤字報告ありがとうございます)

セブルス・スネイプ(下)はリーマス・ルーピンが終わった後に来ます。


 リーマス・ルーピンという少年は自身の人生を半ば諦めていた。5歳の時彼は狼人間となったからだ。

 魔法界に於いて狼人間は差別されているーーー理由は至って簡単で狼人間は満月の夜にその理性を喪失して、親しい者に噛み付こうとする獣となるからだ。しかも噛まれた側も同じく狼人間になるというおまけ付きで。

 当然そんな人間が全寮制のホグワーツを始めとした魔法魔術学校へと通うとなれば、他の保護者からの反発は必至。故に狼人間の入学というのは認められていないのが現状であった。そして魔法使いであれば必ず通うはずの学校に通うことの出来なかった者のその後の人生がどうなるかと言えば、それは推して知るべしというものである。

 故にリーマス・ルーピンは自分の人生に対してある種の諦観を抱かざるを得なかった。

 

 だが、そんな彼に手を差し伸べてくれる人物が居た。

 アルバス・ダンブルドアーーーホグワーツ魔法魔術学校の校長を務め、今世紀に於いて最も偉大なる魔法使いと称される彼が特別な図らいで入学を許可してくれたのだ。リーマスが狼人間である事を知っているのはダンブルドアだけではない、ダンブルドアから絶大なる信頼を受ける副校長のトム・マールヴォロ・リドル、そしてリーマスが所属する事となったグリフィンドールの寮監を務めるミネルバ・マクゴナガルもリーマスが狼人間である事を知り、彼が問題なく学生生活を送れるように取り計らってくれた。

 

「リディクラス・アペンド・ウェアウルフ」

 

 叫びの屋敷で狼人間と化した教え子に対してトムは呪文をかける。

 そうして狼人間への変身こそ解除されないもののたちまちの内に凶相へと染まっていた教え子の瞳に理性の色が宿りだす。それを見てトムはホッと胸を撫で下ろす。

 

 リディクラス・アペンドはトムが学生時代に本来ボガートへと用いる呪文リディクラスを魔法生物に対しても効果を発揮するように改良・開発した呪文だ。何故こんな呪文をトムが開発したかと言えば、それは死ぬほど手間をかけさせてくれた可愛い後輩ハグリッドに由来する。

 ルビウス・ハグリッドはアクロマンチュラを筆頭にとんでもない魔法生物をこっそりと飼育する常習犯だった。そんな後輩の後始末へとトムは散々に駆り出されたわけなのだが、困ったことにそれを殺処分という形で始末しようとすると大柄な後輩を瞳を潤ませながら「先輩、こいつを殺さないでくれ!俺がちゃんと言い聞かせるから!」等と懇願してくるものだから、トムとしてはできるだけ穏便な形で決着する術を身につけるしかなかった。

 そうしてトムが目をつけたのがボガートへと用いるリディクラスだ。リディクラスは術者の恐怖とは正反対の愉快でバカバカしい空想を対象に叩きつける呪文で、本来であれば非存在にしか効果がない。だがトムは持ち前の天才性によってそれを対魔法生物でも効果を発揮するように改良した。結果この呪文を用いればどれほど凶暴な魔法生物もたちまち愉快な気分となり、すっかりと大人しくなるというわけである。

 トムはそこから更に狼人間の生徒が入学するとダンブルドアより聞かされて狼人間用のリディクラス・アペンド・ウェアウルフを開発したのだ。当然相応の自信はあったものの実証するのはこれが初めてだった為トムとしても多少の不安はあったのだが*1どうやら上手くいったらしい。

 

(人生、何が幸いするか本当にわからないものだ)

 

 学生時代に後輩のために開発した呪文が今こうして教え子を救う結果に繋がるのだから。

 

(ハグリッドの奴は元気にしているかな、まあ憧れのニュート・スキャマンダーの助手になれたんだ。さぞや当人にとっては幸せ一杯の日々を送っている事だろうけど)

 

 そんな風に少しだけトムは手がかかって仕方がなかった、されど何だかんだで可愛い後輩について思いを馳せる。ルビウス・ハグリッドは数多くの問題行動を起こしたもののトムが卒業した2年後に無事(?)ホグワーツ魔法魔術学校を卒業した。卒業後の彼は魔法生物飼育学のパイオニアたるニュート・スキャマンダーへと弟子入りして、彼の助手として世界中を飛び回っている。

 そんな二人にダンブルドア校長はいずれ魔法生物飼育学の教諭を打診しようと考えているようだが、正直トムとしてはニュート・スキャマンダーはまだしもハグリッドを教師に据えるのは辞めたほうが良いと思っている。ルビウス・ハグリッドは研究者としてはある種の鬼才とも言うべき異才だが、それ故に致命的なまでに常識というものが欠けている。

 

(何せあいつと来たらアラゴグが一人じゃ可哀想だからという理由で番を用意しようとしていた男だからな)

 

 遠い目を浮かべながら散々に苦労をかけられた学生時代の記憶がトムの中へと駆け巡る。

 ハグリッドの中に魔法生物と人間を区別する考えは一切ない。彼にとって魔法生物とはどこまでも対等の友人なのだ。そんな男だからこそ飼育不能と考えられていたアクロマンチュラとさえ心を通わせられたのだろうが、それにしたってクレイジーな事に変わりはない。トムはヴォルデモートを愛し、可愛がっているし、ただ危険な存在として恐れられる事を残念に思うが、それでも他人が彼に怯える事も無理からぬと思う程度の分別は存在する。だがハグリッドにはそれがない。

 彼が魔法生物飼育学の教諭となった日にはそれこそ良かれと思って、XXXXX(魔法使い殺し)に分類される魔法生物を生徒達の前へと出す位はやりかねないとトムは思っておりーーーそれは偏見ではなく長年面倒を見た者としてルビウス・ハグリッドという人物の正鵠を射ていた。

 

(ダンブルドア先生は素晴らしいお方なのだがどうにも見込んだ人物に対してお甘いところがある……まあそんな人だからこそミスター・ルーピンのような生徒を自身の立場を危うくするのを承知で入学させるように取り計らったのだろうが)

 

 アルバス・ダンブルドアという人物はとても偉大で大きな器を持った方だが、それ故にどこか大きな穴が開いているのではないかと時折トムは思う。だがそれで良いのだ。望遠鏡が顕微鏡の機能を兼ね備えている必要はない。穴が開いているのならばその穴を副校長たる自分が塞げば良いだけだとトムは考える。

 ハグリッドを教師にする件については全面的に反対だが、リーマス・ルーピンという生徒を招いた件についてはトムは全面的に賛成であった。グレイバックのような外道には断固たる処置が必要だろうが、その被害者達まで差別を受ける世の中が正しいなどとトムはとても思えない。まして学ぶ機会そのものを奪うなど、教育者としてーーーホグワーツでの日々がどれほど素晴らしいかを知っている身として認められるわけがない。

 故にトムは決意する。今年中に開発に成功した対狼人間用鎮静術リディクラス・アペンド・ウェアウルフを汎用化して自分以外の者でも使えるようにして見せると。狼人間が差別されるのは彼らが満月の時に手のつけられない怪物となるのが大きな要因だ。故にこうしてその対処法が見つかったことが判明し、それが自分のような天才のみならず標準的な魔法使いでも十分使えるようになれば彼らへの風当たりは大分和らぐはずだと。

 

 教え子の為という強烈な動機を手に入れたトム・マールヴォロ・リドルは静かにその意志を燃やすのであった……

 

*1
無論歴戦の闇祓いであるトムにしてみれば理性を喪失した狼人間など可愛いチワワも同然なので幾らでも対処の手段はあるが、多少手荒なやり方になるのでリディクラス・アペンド・ウェアウルフが効くのが最も穏便に済むやり方だったのだ。




狼人間の希望の星トム・マールヴォロ・リドル

やっている事はめちゃんこチートですが妙な野望に取り憑かれずその才を建設的な方向へと使ったトム・マールヴォロ・リドルならば出来る!と思って頂けるのではないかと。


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