早坂愛に愛されたい (年中有給)
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第一話 プロローグ

(あーなんのやる気もでない……)

 

 高校二年生の一学期もある程度が過ぎ、ボクが通う秀知院学園にも待望の大型連休がやってきた。それがだいたい一週間前、今日が連休ラストだ。連休中、ボクは特に何をすることもなく無気力に過ごしていた。というより、何をする気にもなれなかった。休みに入ってからずっとこんな感じだ。いい加減部屋も汚れてきているし、洗い物も溜まってきている。どうにかしないと思うけど、体を動かす気力がない。こうなった理由は見当つく。

 

(席替えねぇ……なんでそんなものがあるんだ)

 

 みんなが新しいクラスに馴染み始めたぐらいの時期、ボクらのクラスにもそれはやってきた。席替えである。席替え程度でこんなに気を病むのか、と思うかもしれない。もちろん、これには理由がある。というのも、ボクは早坂さんに片思いをしている。ボクの名前は林田だ。そしてボクのクラスではこれまで一度も席替えをしていなかった。つまり何がいいたいのかって言うと、ボクの前の席に早坂さんが座っているってことだ。

 

 早坂さんとは一年のときも同じクラスだったけど、特に何の進展もなかった。毎日、彼女の姿を脳内フォルダに保存していたら、気づいたときにはもう一年経っていた。彼女がボクの好みに合いすぎているのが悪いのである。や、言い訳はよそう。進展がなかった理由は単純明快だ。単にボクの勇気が足りなかっただけである。嫌われたらどうしようとか、恥ずかしいとかそんな考えが重りになって何もできなかった。

 

 春休みに死ぬほど後悔して、二年生も同じクラスになれたら悔いのないようにやろうと決心した。その甲斐もあって、それなりに話をする程度の仲まで進展することができた。お互いに親しい友人が違うクラスにいて話し相手がおらず、一年生のときに同じクラスだったという共通点があるのがでかかった。

 

 早坂さんとここまで仲良くなれたのは偏に席が近かったためだ。お互い座ったまま喋れるっていうのは大きい。でもそれももう終わりだ。休みが明けたら席替えが始まる。異性の席まで移動して話すとか今のボクにはハードルが高い。……あくまで「今の」ボクにとってはだ。未来のボクならできるはずだ……きっとたぶんおそらく。

 

 そもそも後悔しないように行動するんだから、普通に話しかけに行けばいいと思うかもしれない。ボクは早坂さんとのお喋りが楽しかった。生きがいだったと言っても過言ではない。でも、早坂さんは違うだろう。ボクのことは暇つぶし相手程度にしか思っていないはずだ。そんなやつが自分の席まできて話しかけてきたら、気持ち悪いと思うだろう。もしも早坂さんに気持ち悪いだなんて思われたら終わりだ。早坂さんに嫌われるくらいなら彼女を殺してボクも死ぬしかない。

 

(まあ、何はともあれ行動しないことには始まらないか)

 

 寝転がった体を起こす。体中からポキポキと音がした。仕送り分が入った封筒を手に取り、久々に出かける準備をする。行き先は近所の神社。神頼みである。

 

 その後神社まで行って、賽銭箱に有り金全部入れてきた。別に全財産入れる必要なんてないかもしれない。まあ、これはボクの気持ちの問題だ。

 

 これで近くの席にならなかったらどうしようか。そうなったら、そのときに考えよう。幸福で完璧な未来のボクに任せよう。や、そもそも、ならなかったときのことなんて考える必要もない。生活費を考えずにお金を犠牲にしたのだ。なってもらわないと困る。

 

 さあ、これで人事は尽くした。あとは天命を待つのみだ。食事については次の仕送りまで、石上君にたかればいいだろう。

 

 

「……それで僕に飯をたかりにきたんですか?」

「ご馳走になるよ、石上君」

 

 正面に座る石上君に財布をひっくり返しながらにこりと言う。もちろん財布からは一円たりともでてこない。

 

 願掛けをした後、お腹がすいたので石上君にご飯を食べようと誘った。ご飯を食べ終わり会計をしようとするところで、ボクは無一文であることを切り出した。好きな人がいて、その人と一緒になるために身代を投げ捨てたのだとも伝えた。

 

「後輩に奢られる先輩って構図、めちゃくちゃカッコ悪くありません?」

「もちろん返すさ。次の仕送りまで頼むよ」

「まあ正直、好きな人と一緒になるために全財産投げ打つっていうのはちょっとかっこいいかなぁって思いましたよ。でも、生活費も残さないのはどうなんですか? 先輩実はバカでしょ?」

「バカって言うやつがバカなんだぞ」

「うわ、すごいバカぽい発言」

「ボクがバカかそうじゃないか、そんなわかりきった命題は置いといてさ。正味な話、頼れるのが石上君しかいないんだよ。ほら? 白銀君にこんなこと言えるわけないだろ?」

 

 もちろん、命題の答えはバカじゃないだ。

 

「先輩、友達少なそうですもんね。あと確かに会長には言いづらいっすね」

 

 ボクの友達である白銀君は人がいい。困ってる人に手を差し出すことができる人格者だ。でも彼は有り体なく言うと貧乏なのだ。そんな彼にご飯をたかるなんてできるわけがない。彼の人のよさに付け込んでいるみたいで、ボクの良心が痛む。

 

「その点、君ならボクの良心にノーダメージだ。なんたって玩具会社の社長の子だもんね。お小遣い沢山もらってそうだもん」

「本当に最低って言う言葉が歩いているような人ですね。言っときますけど、そんなにお小遣いもらってませんからね? 大体まず親に頼んでみたらどうですか?」

「その正論の連打はやめてくれ、ボクに効く……正直すまんかった。でも親には言えません。恥ずかしく死んじゃいます」

 

 観察力のある石上君に最低と言われると、結構ダメージでかい。

 

 石上君にしてみると、ご飯に誘われたら急に2人分の食事代を出す羽目になったのか。なんだそれは。控えめに言っても最低なやつだな。死ねばいい。誰だよ。ボクだよ。……次は生活費ぐらい残そう。

 

「まあそうなりますよね、言ってみただけです。話変わりますけど、先輩、僕が言うのもなんですけど好きな人がいるならもう少し身なりに気を使った方がいいですよ」

 

 身だしなみを整える気力もなかったので、そのまま出掛けたのだ。

 

「や、石上君だからいいかなって。ああもちろん、ボクだって必要な場面ではしっかりするよ?」

「それはアレですかね? 僕如きに身なりを整える必要性が感じられないっていう……。すみません、当たり前のことでしたね。何言ってんだろう僕……」

「ちがうちがう、身なりを気にする必要がさほどない間柄っていう意味だよ。連休入ってから無気力すぎて、身だしなみに気を使う力すら湧かなかったんだ」

 

 石上君は過去の出来事にせいで時たま過度にネガティブになる傾向がある。ぶっちゃけめんどくさいが、それを補ってなお余る魅力が彼にはある。

 

「なんだそういう理由だったんですね。安心しました。だから、ゲームの方にも全然オンしてなかったんすね。ハーサカのやつが気にしてましたよ」

「そうか、それは悪いことをしたな」

 

 ボクと石上君の関係は同じ生徒会メンバーという他に、ゲーム仲間という共通点がある。最近はオンラインゲームをやっていて、ハーサカというのはそのゲーム内でのフレンドだ。

 

「それで先輩、好きな人ができたんですね」

「まあな」

「ならやっぱり、一層身だしなみには気を使った方がいいですよ。今の時代、どこに人の目があるかわかりませんから。先輩のそのみすぼらしい姿を誰かに撮られて、SNSにあげられたらもうお終いですよ? 特に女子なんて、すぐに情報が伝わりますから」

「なにそれコワイ」

 

 ……その可能性は考えていなかった。これからは身なりを整えてから外に出よ。今のボクの姿が早坂さんに見られたら、きっと「林田君ってキモイね」とか言われるのだ。そうなったら、早坂さんを殺してボクも死ぬしかなくなる。好きな人に嫌われるぐらいなら誰だってそうするだろう。

 

 少しばかり絶望していると、石上君の方からシャッター音が聞こえた。

 

「……い、石上君、今のってカメラのシャッター音だよね?」

「はい」

「り、理由を聞いてもいいかな?」

「保険です。今回は仕方ないので僕の方でお代を払いましょう。先輩、踏み倒せるとは思わない事です。情報というのは簡単に広がりますから」

「はい、しっかり払わせていただきます」

 

 その後、ボクたちは店の外に出た。外はもう暗くなりかけていた。ボクの心は暗くなっていた。

 

「……先輩、もしも僕が2人分の食事代を持っていなかったらどうしてました?」

「ああそのときはトイレに行くふりをして、そのまま帰ろうかなって」

「……」

「石上君……? なんでSNSを開いて、さっきの写真にチェックをつけて送信ボタンを押そうとしているのかな?」

「ああ、すみません無意識でした」

 

 ……できるだけはやく食事代を返そう。白銀君におすすめのバイトでも聞くか。でもまずは家に帰って身なりを整える必要があるな。その後は家の掃除だ。

 

 石上君と話をしたおかげか、あの虚無感はどこかに消えた。気持ちは暗いが、無ではない。急な呼び出しに付き合ってくれた上に、ご飯まで奢ってくれたんだ。とりあえず石上君には言うべきことがあるな。

 

「石上君、今日はありがとうな」

「……いいっすよ、別に」

 

 帰り際に石上君から諭吉さんを貰った。なんだただのイケメンか。切り詰めれば次の仕送りまでギリギリ持つかもしれない。持つべきものは友である。や、友より恋人の方が持ちたいわ。

 

 そんなこんなで連休が終わり、ボクのクラスでは予定通り席替えが行われた。朝のHRでくじを引き、そこに書いてある席に座る。

 

 どうやら神様は――いるようだ。

 

 

「早坂さん、また近くだったね」

「あ、林田君だぁ~。よろしくね!」

 

 席替えの結果、早坂さんの席は廊下側の一番後ろの席、教室の後ろ端だった。ボクはその隣である。また早坂さんの近くの席だ。やったぜ。今なら駅前の胡散臭い募金活動にだって笑顔で札束を入れられる気がする。

 

 後どうでもいいけど、同じ生徒会メンバーの四宮さんは早坂さんの2つほど前の席だ。

 

「林田君は連休中なにしてたぁ?」

「家でゆっくりしてたよ。しいて言えば、生徒会の後輩と一緒にご飯食べに行ったぐらいかな。早坂さんは?」

「ウチはバイトかなぁ~。白銀君は誘わなかったのぉ?」

「後輩に用事があっただけだからね。白銀君は誘わなかったんだ。それに彼は連休中もバイトと勉強で忙しいだろうし」

「ふぅ~ん、じゃぁさ、白銀君も連休中なにもしてないんだぁ~」

 

 声音を変え、声を少し大きな声で早坂さんは、まるで誰かに知らせるようなそんな口調でそう言った。声の大きさが大きくなったといっても、本当に気持ち大きくなったという程度だ。不自然だと思うほどでもない。声音の方もそうだ。四六時中、早坂さんを観察していたボクでないと見逃してしまうほど些細な変化だ。もちろんボクがそれについて早坂さんに何か言うことはない。理由はわからないけど、秘密にしたいからこのような方法をとっているのだ。なら知らないふりをするというのが、できる男というものだ。

 

「遊びに行ったとかはないと思うよ。そういえば、早坂さんっていつもバイト忙しそうにしてるけど何しているの? 飲食店で給仕とか?」

「そんな感じのこともやったことあるけど~、今は子守みたいなことをしてるよ~」

「子守? 珍しいバイトもあるんだね」

「ママの知り合いの子なんだけどね~。その子の親が忙しいから、代わりに面倒みてあげてるんだぁ。結構時給いいんだよぉ?」

 

 早坂さんは子守のバイトをしているのか。なんか意外だ。早坂さんはアクセサリーをつけたり、制服の上着を腰に巻いたりする女の子だ。子守みたいなあんまりイケてないバイトをするとは思わなかった。

 

「意外だ。実は早坂さんって結構真面目?」

「実はってなんだし! 実はって! 普通に真面目だしッ!!」

 

 早坂さんはややテンション高めで突っ込んだ。ボクは突っ込まれた。いつか逆の立場で同じことヤリたい。もちろんボケと突込みっていう意味だよ? 本当だよ?

 

「ごめんごめん。早坂さんはそういうバイトはあんまりしないかなって思ってたよ。見た目的に」

「いや別に見た目は関係なくない!?」

 

 この打てば響くようなテンポが楽しくてしょうがない。

 

「そっか、早坂さんは子守をしているのか。でも子どもの面倒みるのも大変じゃない? わがままそうだし」

「うーん、確かにわがままで世間知らずで手のかかる子だけど、かわいいところもあるよぉ?」

「手の掛かる子ほどなんとやらってやつか」

「あ! それそれ! そんな感じ!」

 

 早坂さんは思わずといった具合に手を叩く。相変わらず無駄のない動作だ。人からどう見られているのか知っている動きだ。ギャルみたいな見た目からは想像できない。早坂さんの浮かべる表情、仕草、声のトーン、匂い、雰囲気、どれをとっても洗練されている。ボクは彼女に惚れた理由はここにある。早坂さんを構成する数字はどれも美しいのだ。黄金比のような美がある。次点で四宮さん――本名、四宮かぐや――だが、早坂さんと比べると月とすっぽんだ。彼女の前ではかぐや姫も爬虫類である。

 

 結果には過程がある。早坂さんがどのような事情で、あのような数をはじくようになったのか興味が尽きない。いつか彼女の口から聞きたいものだ。それから、機械のように算出されるあの数字をぐちゃぐちゃにしてやりたい。そのとき彼女はどのような表情をするのだろうか。




ギャルっぽい口調、難しい


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第二話 お弁当

一話の続き


 昼時になった。

 

 ボクは昼食を生徒会室でとっている。流石に昼食を早坂さんと一緒に食べるとかそういうイベントは起こらない。そこまでの仲ではない。今のボクは暇つぶし相手程度だろう。同じクラスの男子っていうレベルからはランクアップしたと思う。……ランクアップしたよね?

 

「こんにちはー」

 

 挨拶をしながら生徒会室に入る。いるのは同じクラスの四宮さんだけだ。どうやら先に来てたらしい。

 

 四宮さんは生徒会の副会長だ。ちなみにボクは庶務、大雑把にいうと雑用係だ。少し前までは会計だったけど、その役目は石上君に譲った。彼の方がボクよりもうまくやるからね。適材適所ってやつだ。や、この言い方だとまるでボクが石上君に劣っていて、雑務ぐらいしかできない能無し野郎みたいに聞こえる。やっぱ今のはなし。石上君は会計ぐらいしか適性がなかった、それを哀れんだボクが役職を譲ってあげたのだ。うん、こっちのがいいね。しっくりくる。

 

 ちなみに生徒会のメンバーは全員で5人だ。2年A組のボクと四宮さん。B組の藤原さんと白銀君。あと一年の石上君だ。役職はボクが庶務で、四宮さんが副会長。藤原さんが書記で、白銀君が会長。あと石上君が会計である。

 

「こんにちは、林田くん。B組は授業が少し長引いてるみたいですね」

「昼休憩中も勉強できるなんて羨ましいかぎりだ。彼らも喜んでるはずさ」

「藤原さんはきっと嘆いていますよ。会長は……ちょっと否定できませんね」

 

 容易にそんな彼の姿を想像できたのか、四宮さんは苦笑いだ。会長こと白銀君は、偏差値77あるこの学園で一位をとる程度には勉強狂いだ。もしこの学園に組み分け帽子があったら、彼は間違いなくレインブローの生徒だ。ちなみに、目の前にいる四宮さんはスリザリンだろう。

 

「いつくるともわからない白銀君たちはほっといて、先に食べちゃおっか」

「ふふ、ならそうしましょうか。……あら、今日は購買で買ったものではないのですね。それは?」

「これ? これはアレだよ、健康食品だよ。最近健康に気をつかってんだ」

「へぇー、それがあの」

 

 嘘である。次の仕送りまで節制に努める必要があるから食べてるだけだ。健康なんて糞食らえだ。

 

 もし素直に「お金に困っているからこれを食べているんだよ」なんて言おうものなら、四宮さん経由で早坂さんの耳に入ってしまうかもしれない。というのも、四宮さんからほのかに早坂さんの匂いがするのだ。学校内で一緒になっているところは見たことないから、放課後に会っているのかもしれない。

 

 大体、貧乏な男なんて余程内面がよくない限りマイナスポイントだろう。もっとも万が一、早坂さんの耳に入ったとしてもボクほどの聖人君子なら減点は限りなくゼロだけど。まあ念には念をいれてね? 決して自分に自信がないとか、石上君に最低って言われたのを気にしているわけではない。ないったらない。

 

「四宮さんは食べたことある? ボクは最近初めて食べたけど、見た目より腹が膨れるんだよ」

 

 ボクが今食べているのは、今やロングセラーとなった一箱に二袋四本入っている棒状のバランス栄養食だ。これを一袋ずつ昼と夜で食べている。朝ごはん? ヤツは死んだ。ボクの懐事情とともに。

 

「いいえ、そういったものは家の方針で食べれませんので」

「本当に期待を裏切らない家庭だなあ。でも存在自体は知ってるんだね」

 

 四宮さんの実家は日本は言わずもがな、世界でも有数のお金持ちだ。四宮さん自身も容姿端麗・才色兼備を地で行くスーパーウーマンである。

 

「流石に知ってますよ。そこまで箱入り娘ではありません」

「ちなみにどのレベルまで知ってるの?」

「そうですね……チョ○ボール程度までは」

「案外知ってるね!?」

「まったく、何を驚いているのですか。購買で売っているものなので、誰だって知っていますよ」

「や、四宮さんが購買に行く姿がイメージできないからさ」

「以前、付き合いで購買に行く機会があったのです。そのときに色々と見させて頂きました」

「なるほどそれでか。でも食べたことはないんだ?」

「家の方針ですので」

 

 俗世の食べ物を認知していることはあっても、食べたことはないみたいだ。『四宮』というブランドイメージがある以上、人目のある場所ではそういったものを食べれないのだろう。

 

「気になる? どんな味がするか」

「まあ気にならないと言えば嘘になりますね」

「今なら誰も見ていないし、仮にそういったものを食べようと思ったら食べれるわけだ」

「まあ、そうなりますね」

「なら交換する? お互い昼食を半分ずつさ。君は味が気になるコレを食べれて、ボクはお腹を満たせる。お互いにハッピーだ」

「馬鹿言わないで下さい。量と質が違いすぎます」

「ははは、冗談だって」

 

 四宮さんのお弁当は季節限定・産地直送とかそんなうたい文句がつきそうな食品で彩られてる上に、家からできたてが届けられるというおまけつき。ボクの健康食品よりも健康にいいに違いない。もっとも理想的な食事をしてもそれなんだから、四宮さんのそれが藤原さんのそれに勝つことは未来永劫ないだろう。現実は非情だ。四宮かぐやは胸部の敗北者じゃけぇ。思っといてなんだけど余りにも憐れだ。仕方がないから四宮さんを励ましてやろう。

 

「確かに量も重要だけど、大事なのは質だよ四宮さん」

「……急に何なんですか。どう考えてもそれが私の弁当と質的にも釣り合ってるとは思えませんが」

 

 四宮さんは呆れ顔だ。付き合ってられないとばかりに箸を進める。ボクも応援メッセージを伝えることができて満足だ。食事を再開するとしよう。

 

 

 ボクと四宮さんは昼食を食べ終わった。雑談をしながら、四宮さんからほのかに漂う早坂さんの香りで空いた胃を満たしていると、生徒会室の扉が開いた。

 

「やっと昼食だ!」

「あの先生、授業長すぎますよぉ~」

 

 白銀君と藤原さんだ。白銀君は気だるそうに、藤原さんは心底うんざりしたように。気持ちはわかる。授業が延長しても次の授業時間は変わらない。学生にフレックスタイム制は適用されないのだ。もっとも、社会人の間でも有名無実と化しているらしいが。

 

「会長、藤原さん。お疲れ様でした。災難でしたね」

「林田庶務も四宮ももう食べ終わったのか。まったく多少長引くのは構わんが、こうも伸ばすのは流石に勘弁してほしいものだ」

「あ!? かぐやさん! もうお弁当食べ終わっちゃったんですか!?」

 

 酷い裏切りだと言わんばかりに藤原さんは叫んだ。

 

「別に昼休憩中は一緒にいるのですから、いいではないですか」

「そういう問題ではありません! ご飯は誰かと一緒に食べた方がおいしいに決まってます!」

「そういうものでしょうか……」

「そういうものですッ!!」

 

 あれは一緒に食べたいから言ってるわけではないだろう。や、そういう意味もあるが、本心は別だ。自分が授業を受けている最中に、のほほんと昼食をとっていたのが許せないのだろう。藤原さんのぽわぽわした見た目に騙されると痛い目にあう。ボクはそれを生徒会に入ってからの半年間で学んだ。外見と中身は必ずしも一致しない。ちなみに、石上君でも藤原さんの考えをある程度推測できるだろう。ボクと石上君の違いはそれを口に出すか出さないかだ。

 

「藤原さん、ボクが四宮さんと一緒に食べたから大丈夫だよ」

「……あれを昼食といっていいものでしょうか?」

「何を食べたんだ林田庶務」

「健康食品」

「なんだそんなもの食べていたのか。もっと体に気を遣った方がいい」

 

 健康食品を食べているのに健康に気を遣われた件について。

 

「なんなら俺がつくってきてやろうか? 田舎のじい様とばあ様が野菜をたくさん送ってきてくれたのだ。嬉しいのだが、正直処理しきれん」

「えッ? いいの?」

 

 マジか。棚ぼた案件。そういうことをさらりと言ってしまう所は流石だ。目の下のクマさえなければ、ボクに比肩していたかもしれない。

 

「あー林田くんばかりずるい! 会長! 私の分は!!」

 

 女の子が男の子に手弁当を求める。普通であれば、女の子は男の子に気があるんじゃないかと邪推するだろう。だが、藤原さんに限ってそれはない。あれは単純に仲間はずれになりたくないから言っているのだ。今回は額面どおりに受け取ればいい。藤原検定三級のボクが言うんだ、間違いない。正答率は30%ぐらい。大丈夫、一撃必殺は当たるし、雷と気合玉は外れる、つまりそういうことだ。

 

「もちろん、藤原書記もかまわんぞ」

 

 白銀君は四宮さんの方を一瞥する。その顔はまるで『四宮がどうしてもと頼むなら、お前の分も用意してやらんでもない』と言いたげだ。四宮さんはプライドが高いので、もちろんそんなこと頼むわけない。白銀君も四宮さん並にプライドが高いので、学校で噂になっているように2人が恋したら大変だろうな。両片思いで卒業しそう。もっとも、2人が恋仲であるはずがない。半年間一緒にいたボクが保証する。藤原さんだって太鼓判を押す。……ダメだ、彼女の判子全然信用できないわ。ボクの保証も詐欺にみえてくる。

 

「よかったですね、林田くん。明日はちゃんとしたものが食べれそうじゃないですか」

 

 そう言う四宮さんの目は――昏かった。ボクと藤原さんを薄汚い物乞いを見るかのような目で見ている。言葉と行動が一致していない。声音のやさしさが目の異様さを一層際立たせる。そんなに人にものをたかるのが許せないのか!? あの目で見られると、自分が本当に穢らわしい物乞いになった気になる。白銀君にたかるゴミ屑。金魚の糞。良心に付け込む詐欺師。嫌なワードばかり頭に浮かぶ。呼吸が苦しくなる。自分のすべてを否定されたような感覚に陥る――

 

「どうしたんですかー? 顔色が悪いですよー」

 

 藤原さんがのんきに言ってくる。こいつ、四宮さんに背を向けているせいでアレに気づいていないのか。なぜボクだけこんな思いをしなくちゃいけないのだ。お前も同罪だろう。能天気な藤原さんを見ていたらムカついてきた。……というか、君たちは友だちじゃなかったのか? あれは決して友を見る目じゃなかった。もしかして友だちと思っているのは藤原さんだけなのか? ……そう思うとこのお花畑が可哀想に思えてきた。ボクの心にも平穏が訪れた。

 

「なんでもないよ藤原さん」

「今度は清清しい顔になってる!?」

 

 藤原さんにはもう少し優しく接してやろう、ボクはそう心に誓った。

 

 

「藤原書記、そろそろ俺たちも昼食にしよう。午後の授業に遅れては不味いからな」

 

 白銀君は弁当を机に広げる。中身はどうだろうか? 未来のお弁当をチェックだ。なるほど、いい感じにまとまっているな。お、タコさんウインナーもある。さては君、意外と女子力高いな?

 

「あ! 会長のお弁当おいしそー! いいなー」

「焦らなくても明日食べられるから安心しろ。でもそうだな……少し早いがこのハンバーグをやろう」

「やったぁ! そうだ会長! さっき校庭で見掛けたやつやって下さいよ!! あ~んってするやつ!」

 

 ……本当に藤原さんって白銀君に気があるとかじゃないんだよね? ちょっと自信がなくなってきた。これは三級の看板も取り下げなくちゃいけないかもしれない。

 

「う、うむ。問題ないぞ。ほれ」

 

 白銀君はハンバーグをあ~んと開けている藤原さんの口に入れた。白銀君の耳は真っ赤だ。ちょっと照れてるな。一方の藤原さんはいつも通り……ではなく、こっちも若干顔が上気している。ああもうなんか、全然昼食食べてないはずなのに、お腹いっぱいになってきた。

 

「ハ、ハンバーグおいしいですね。さ、流石は会長です」

「そ、そうかそれはよかった」

 

 お互いに顔を顔を紅潮させて、俯いている。なんだこれは。いたすらむず痒い。意味もなく『あー』とか言いたくなる。ラブコメの波動を感じる。藤原さんに限ってそれはないと思っていたのに。ボクは半年間で何を学んでいたんだ? まるで成長していない。

 

 ……さっきから意識しないようにがんばっているけど、四宮さんの目がすごい。藤原さんを乾いた吐瀉物を見るような目で見ている。藤原さん、君は四宮さんに一体何をしたんだ? 前に『かぐやさんは私の親友です!』と笑顔で言っていた藤原さん。そんな彼女の姿がまぶたの裏に浮かぶ。余りにも痛々しい。まるで学園系乙女ゲームのヒロインだ。ヒロインを虐める悪役令嬢はもちろん四宮さん。結末はこうだ。卒業式に白銀君と藤原さんが四宮さんの悪事を公表して、2人は結ばれる。悪役令嬢は家から勘当されて修道院送り。ボクはわがままな悪役令嬢に翻弄される従者を救い出す。完璧だ。

 

 ちなみに、白銀君は藤原さんとの出来事にいっぱいいっぱいで四宮さんの雰囲気に気づいてない。クソが、羨ましいやつめ。

 

「白銀君は料理が得意なんだね。羨ましいよ、ボクはからっきしだからさ」

 

 この空間の居心地の悪さは異常だ。これ以上はたまらない。話を変える。四宮さんの方をちらりと見る。その目は若干光を取り戻していた。ボクは口角を上げる。よくわからないけど、四宮さんの闇が弱まった。

 

「ああ、親が作らないからな。代わりに作っているうちにそこそこできるようになった」

 

 白銀君は嬉しそうだ。自分が作った料理を褒められるのは存外に嬉しいものなのかもしれない。ボクは自分で料理を作らないし、食べてくれる相手もいないからわからないけど。

 

「知ってますか? 会長には妹さんがいるんですよ~。圭ちゃんって言うんですけど、それはもう可愛くて! 会長は圭ちゃんの分のお弁当も作っているんですよね?」

「まあな」

「会長、妹さんがいるのですか?」

「ああ、中等部の生徒会で会計をしていたはずだ」

「それはいつか会ってみたいものです」

 

 太陽のように微笑む四宮さん。暗黒面からは抜け出せたヨーダ。それより、白銀君には妹がいるのか。彼の弁当にタコさんウインナーがあった理由がわかった気がする。

 

「藤原さんは白銀君の妹さんに会ったことあるんだね。きっかけとかあるの?」

「私の妹、あっ萌葉って言うんですけど、萌葉が中等部の副会長をしていて圭ちゃんと友達なんです。その関係で私も圭ちゃんと知り合いました。圭ちゃん、本当に可愛いんですよ! この前に泊まりに来た時なんて、ちょっと照れながら初めて千佳姉(ちかね)ぇって呼んでくれたんですッ!!」

「藤原書記の家族にお世話になっているらしいな。迷惑とかかけてないよな……?」

「全然問題ないですよ! それに――」

 

 2人は妹の話題で盛り上がる。ボクと四宮さんは蚊帳の外だ。なんだこれは? 白銀君と藤原さんは兄妹共々生徒会メンバーで、白銀君の妹さんは藤原さんの家族と仲がいいときた。どこのラブコメ設定? そのうち千佳姉(ちかね)義姉ぇ(ちかね)になったりするの? 

 

 ……ちらりと四宮さんの方を伺う。そこには――闇堕ちした彼女がいた。纏うオーラはおどろおどろしく完全にラスボス、や、覚醒後の裏ボスである。見るだけで精神が汚染されそうだ。視線を外し、白銀君と藤原さんを見る。取り巻くムードは甘く明るい、世界を救った勇者と姫みたいな雰囲気である。もっとも、この後闇落ちした親友を討伐する心悲しいイベントが待っているが。

 

「そ、そろそろボクは教室の戻ろうかな」

 

 たぶん誰も聞いてないだろうけど、一応ひとこと言ってからボクは部屋から抜け出した。このままここにいると、光と闇に挟まれて対消滅しそうだ。

 

 

「林田くん珍しいね、こんな早く戻って来るなんて」

 

 教室に戻り、残りの昼休憩時間を机に突っ伏して過ごそうと思っていたら、早坂さんが話しかけてきた。いや、お声をかけて下さったのだ。ボクはいつも次の授業ギリギリに戻ってくるから、不思議に思ったのだろう。

 

「生徒会室がいつもより混沌としててさ。どうにも居心地が悪くてね?」

「え!? なにそれ! 超面白そうじゃん!」

 

 詳細を知りたいらしい。

 

「ラブ&ピースからピースを抜いた雰囲気がね、ちょっとね?」

「恋バナじゃん! 白銀くんともう一人は!? やっぱ、噂通り……」

 

 ボクは教室に居るから除外されるとして、ナチュラルに選択肢から外される石上君……まて、そもそも生徒会メンバーとして認識されてない可能性もあるか。や、どう考えてもそっちのが可哀想だわ。

 

 そういえば噂だと、四宮さんと白銀君は付き合ってるんだったな。今ここで白銀君と藤原さんのさっきの出来事を話したら、四宮さんは振られた女、や、親友に寝とられた女になるのか……。なにそれ滅茶苦茶面白いじゃん。

 

「早坂さんだから言うけど、他の人には絶対言っちゃだめだからね」

 

 『絶対言っちゃだめ』っていうのは、『他の人にも言ってもいいよ』っていう意味の隠語(ジャーゴン)だ。本当に誰にも言って欲しくないときはどう言えばいいのか? ボクも知らん。

 

「ウチこう見えて口硬いから大丈夫!」

 

 早坂さんの耳に口を近づける。あ、やば。柑橘系のいい香りがしてきた。表情筋が緩みそうになる。具体的には口元当たり。

 

「えっとね、白銀君の相手は……藤原さんだよ」

「えッ!? ……それマジぃ?」

 

 目を大きく開けて驚いている。ボクも同じこと言われたら、同じリアクションするだろうな。なんたってあの藤原さんだ。大体のことを『まあ藤原さんだから』で済まされてしまう藤原さんだ。

 

「でも藤原さんだからね? 何かの間違いかも知れないよ。今日だけたまたまかもしれない」

「うん……書記ちゃんだもんね。……でもそっかぁ……書記ちゃんかぁ……」

 

 早坂さん的には、ボクの口から紡がれる人は四宮さんだと思ったのだろう。早坂さんの口から吐き出されたその言葉には、様々な意味が乗せられていた。ボクにはわかる。彼女はわかりやすいのだ。その言葉には親愛と呆れ、それからもどかしさが入り混じっている。

 

「や、でも逆に藤原さんだからこそっていうのはあると思うよ」

「う~ん、でもなんで書記ちゃんが白銀くんを~?」

「さあ? でも、藤原さんについて頭を悩ませるのは思考の無駄遣いだよ。もっと他のことを考えた方がいいとは思わない?」

 

 半年間、藤原さんの思考回路をトレースし続けて正答率30%なのだ。ボクの能力の99%が早坂さんのために使われているとは言え、この数値だ。しかも増加幅は対数的成長ときた。ここ最近全く正答率が上がっていないのである。不毛この上ない。彼女は混沌(カオス)でできている。

 

「あ、ひど~い。林田くん、書記ちゃんのことそんな風に思ってたんだぁ!」

「でも、早坂さんだって同じじゃない?」

 

 ――空気が変わった。ボクは早坂さんの目を見る。早坂さんもボクの目を見る。彼女の目は普通の人には気付かれない程度に細められ、警戒の色が浮かんでいる。彼女の目には僕だけが映っている。好きな人に自分だけを見てもらう、それがこんなにも嬉しいことなんて知らなかった。とても気分がいい。

 

 早坂さんのクラスでの評価は、人当たりが良くて、明るくて、ちょっとチャラそうな女の子というものだ。そんな彼女の人物像を信じている人の口から、ボクが今言ったような言葉が出るはずもない。言っても冗談半分だ。もちろん、ボクはそんな口調で話していない。

 

 ボクが思うに、彼女の本性はクラスのみんなが描くそれではないと思う。早坂さんは頭の弱そうな喋り方をしているが、それは外面だけだ。ものの見方は違う。彼女の仕草や声質から導かれる数字を見ればわかる。早坂さんは実に合理的で打算的だ。行動を予測出来ず、思考も読めない藤原さんのことを考えても無駄なのは彼女自身よくわかっているはずだ。ボクはそれを指摘した。そして、彼女はボクを警戒した。警戒するということは、つまりそういうことだ。

 

「残念だけど、別にウチはそんなこと思ってないしぃ? 林田くんの勘違いだよぉ?」

「そっかぁ、ボクの勘違いだったか。自信あったんだけどなぁ。ゴメンね」

 

 早坂さんがそう言うなら、そういうことにしておこう。ボクも深追いはしない。時間はある。今日のはちょっとしたジャブだ。これをきっかけに早坂さんもボクのことを少しでも考えるようになってくれたら、それでいい。相手に自分のことを考えてもらえなければ、恋は始まらないのだから。

 

 なぜ彼女がありのままの自分を隠し、正反対の人格を演じているのか不思議でしょうがない。人というのは、本来の自分とギャップがあればあるほどストレスが溜まるものだ。実際、早坂さんのその数値は日に日に貯まっていく一方だ。それでも、彼女は自分を押し殺して演技をする。本当に彼女のそういうところが微笑ましいし、愛らしい。

 

 早坂さんはボクから視線を外し、スマホをいじり始めた。話をするような雰囲気ではなくなった。ボクは昼休憩が終わるまで、前の席に座る早坂さんの後ろ姿を眺めていた。本当に彼女は可愛い。

 

 

 翌日の昼時、僕と四宮さん、藤原さんは生徒会室にいた。白銀君だけいない。最悪、彼はいなくてもいいけど、ボクの弁当がないのは困る。

 

「あれ? 白銀君は?」

「会長なら部活連の会合ですよー。はい、これ。林田くんの分ですよ~」

「あー、もうそんな時期か。藤原さん、ありがとう。四宮さんは部活連のこと覚えてた?」

 

 良かった。弁当はあったみたいだ。ならなんの問題もない。

 

「も、もちろんですよ。さあ、みなさん。会長はいませんが、お昼にしましょう」

 

 目が少し泳いでいるし、いつもより早口だ。アレはウソだ。ウソをついた理由も見当つく。単純に、藤原さんが覚えていたのに、自分が忘れていたという事実を認めたくないのだ。ボクとしてはそれくらいいいじゃんと感じるが、彼女にとっては違うのだろう。誰しもプライドを持っているが、あそこまで高いのは四宮さんと白銀君ぐらいだ。

 

「藤原さんは弁当の中身知ってる?」

「海苔弁って言ってました」

 

 海苔弁。いいよね、海苔弁って。白銀君らしいチョイスだ。一般家庭の弁当って感じが実にいい。

 

 いつもの定位置について弁当を広げる。ボクと藤原さんは白銀君の手弁当。四宮さんはいつもより豪華な弁当だ。匂いだけでわかる。アレはかなり美味しいやつだ。ダクト飯が渋りそうなぐらいに。

 

「わー! かぐやさん、すごいですね!」

「え、ええ。今日はたまたま届けられた食材が良かったので、料理人たちも興が乗ったのでしょう」

 

 それもウソだ。どこが?って言われたら困るけど。強いて言うなら全部だ。その言葉全てがウソだ。四宮さんが何のためにその弁当を用意させ、わざわざウソをついているのか。推測しようと思えばできるだろう。でもしない。する必要を感じないし、ボクに関係なさそうだし、なにより早坂さんが関わってなさそうだから。

 

「や、でも本当にそれ美味しそうだね。どう交換しない? お互いの弁当を半分ずつさ」

 

 昨日の言ったことをもう一度言う。お約束ってやつだ。四宮さんはもちろん断るだろうけど――

 

「いいですよ」

「えッ? ゴメン、もう一度言ってくれない? なんか『いいですよ』って聞こえたんだけど」

「ええ、だからいいですよって言ったんです」

 

 マジか。まじか。本気か。どういう風の吹き回しかは知らないけど、高級料理ゲットだぜ。理由は聞かない。藪蛇して交換を取り消されたら困るから。まったく気分はわらしべ長者だ。人から貰った弁当を他人のものと交換する……まあ白銀君に知られなければ問題ないか。

 

「えー! かぐやさんいいですか!? かぐやさん! 私の――「言っておきますけど、藤原さんとは交換しませんからね」」

「けち! かぐやさんのけちんぼッ!!」

 

 藤原さんはぷいと顔を背ける。四宮さんのこれは昨日の仕返しだろう。

 

「はいこれ、四宮さんの分ね」

 

四宮さんの弁当の蓋に、白銀君につくって貰った弁当を半分のせる。

 

「ではこちらが林田くんの――なんですか? その口は?」

 

 ボクは四宮さんの方に少し身を乗り出して、口を開けている。

 

「ほら、昨日のアレやってくれないかなって? 藤原さんと白銀君がやってたやつ」

 

 四宮さんはため息をつきながら、弁当の中身を蓋に移す。

 

「私がそんなはしたいないことするわけないでしょう」

「ははは、冗談だよ」

 

 九割九分九厘やってくれないと思っていた。藤原さんを見返すためにワンチャンあるかなって。まあ、彼女にやってもらったところで嬉しくもなんともないけど。……早坂さん、バイトする程度にはお金に困ってるんだよなあ。お金払ったらやってくれないかなあ。やってくれないよなあ。ギャルっぽいのは見た目だけだからなあ。

 

「では食べましょうか」

「そうだね」

「もうかぐやさんのことなんて知りませんッ!!」

 

 藤原さんはまだ拗ねている。四宮さんの方を横目で見る。彼女が何もしないのならば、ボクが藤原さんに四宮さんから貰った分を少し分けてあげよう。昨日の藤原さんは余りにもむごかった。ボクだけでも優しくしてやろうと決めたのだ。

 

「はぁ、本当に仕方ありませんね。藤原さん、半分こしましょう」

「かぐやさーん!!」

 

 藤原さんは四宮さんに抱きついた。感極まるといった具合だ。

 

 この様子だと、ボクが分けてやる必要はなさそうだ。なんだかんだ四宮さんは藤原さんに甘いのだ。

 

「でもかぐやさん、いいですか? かぐやさんが持ってきた弁当全部なくなっちゃいますよ」

「いいんです。この弁当なんかより大切なものが手に入るのですから」

 

 眩しいぐらいの笑顔だ。この言葉の裏を読むなんて無粋なことはしない。それくらいの分別はある。

 

 昨日の混沌が嘘と思えるほど、和やかな昼食が始まった。

 

 




大切なものって何でしょうね?


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