あべこべ?! ソードアート・オンライン 俺の受難な日々 (あるく天然記念物)
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受難な日々の始まり

何年ぶりだろうな、新作書くの。適度に楽しんでください


 拝啓

 前世のお父さん、お母さん。

 先立つこの身をお許し下さい───って、こんなキャラじゃないな。

 改めて、先に死んでしまってごめん。

 いやー、まさかトラックに引かれそうな幼女をこの目で見る日が来るなんて思ってなくてさ~。気が付いたら勝手に走り出して身代わりになってしまったよ。ほんと、トラックの運転手には悪いことしちゃったな~。とりあえず責めるのだけは駄目だからね、絶対だからね! どっかのお笑い芸人よろしく振りじゃないからね!! あと、葬式は地味でいいから。というか、ニュースに出るレベルとか勘弁やで!!

 さて、こうしてサクッとマ○オがごとくあっさり死んでしまった俺ではあるが、なんと嬉しいことに来世があるようだ!

 「死んでしまったな~」とか思っていたら、目の前に後光がやべー爺さんがいきなり出てきて、「実は、お主はあのとき死ぬべき運命では無かったのだ。いや~、誤ってお主の人生が載せられた書類にカフェオレこぼしちゃって……ごめんね! お主の希望に合わせた来世に送り出してあげるから、ね! 許してちょ!」とか言われたのだ。

 とりあえずお父さん、お母さん、コイツは責めていいと思う。というか、コッチにいつかはくると思うので、その時には容赦なくキャメルクラッチでもやっちゃってください。

 そんなわけで来世への切符を手にした俺は喜んだ。

 だって、自分の希望した世界に行けるんだよ? 志望校がハーバードだろうと合格確定だぜ? テンションは有頂天にもなるってもんだ。

 あれやこれや考えた末、転生する世界はソードアート・オンラインの世界に決めた。

 なぜデスゲームの世界なのか? とか思うかもしれないが、これには理由もちゃんとある。

 何故なら、爺さんに聞いたところ、テンプレがごとくオマケ要素をくれるそうなのだ。

 つまり、デスゲームだろうが余裕でクリアすることも不可能ではないし、主人公に惚れるかわいい女の子達も、俺の頑張りしだいなら惚れてもらえる可能性だってある。ついでに俺の好きな作品でもあるし。あっ、最新ゲームは遊べなくなってしまったのは心残りです。発売、おめでとうございます。

 と言うわけでお父さん、お母さん。俺は来世で楽しく暮らしていくから心配しないでね!!

 敬具

 

 追伸

 なんか、転生する前に見た後光がやべー爺さんの顔がゲスかったのは気のせいだよね?

 

…………

 

……

 

 

 《ソードアート・オンライン》

 稀代の天才が生み出した最新のVRゲーム。

「これは、ゲームであっても遊びではない」

 希代の天才はそう言った。

 事実ソードアート・オンラインは現実と何一つ変わらないくらいに凄かった。

 衣食住はもちろんのこと、戦闘においての臨場感は現実ではとうてい味わえないほどに手汗握るもの。

 そしてそのゲームが、遂に、遂に今日配信なのだ!!

 待った。

 待ち焦がれた。

 待ちに待ちすぎで発狂してしまうかと思うほどに待ち望んだ!!

 前世と今世を含めて三十数年。

 ようやく待ち望んだ瞬間が来たのだ!!

 どうも、転生した俺こと吉田です。

 正式名称は吉田真琴(よしだ まこと)。

 現在ピカピカの高校一年生です。

 後光のやべー爺さんとの会談によって転生した俺は無事、ソードアート・オンラインの世界に生まれることができた。

 嬉しいことによく見る転生物の二次小説で発生する幼児プレイはカットされ、五才児からのスタートだったし、下手なTS要素もなく息子も無事だった。

 また前世とは違う両親に対してうまくやれるか心配だったが、どうやら身体に精神は左右されるようで、特にこれといった障害なく馴染めた。

 というかもてはやされた。

「どこの小皇帝かよ!」

 というツッコミを入れたいレベルで溺愛された。

 そんでもって両親が美形だこと。あれだね、アニメに出てくるレベルだわ。あっ、この世界アニメの世界だったわ。お父さん──はいいとして、お母さんは有数なIT企業に勤めるほどで、家庭は前世よりも豊かだった。どれくらいかと言えば一人の部屋に対してテレビと冷蔵庫があったくらいだ。

 さて、何の障害もなく第二の人生を謳歌できた俺は、遂に憧れたソードアート・オンラインをプレイする事ができる。

「さぁて、ここからだ。ここから俺の物語が始まるんだ」

 手にしているのは頭をすっぽりと納める大きさもあるヘッドギア。

 ナーヴギアだ。

 これをかぶり、あの言葉を言えば、あの世界へと足を踏み入れることができる。

 デスゲームではあるが、前世ならきっぱりと諦めるしかなかった世界。何も知らない人からは怒られてしまうだろうが、爺さんから貰った特典も大丈夫。なら、あとは全力で楽しむだけだ。

 実のところ、ソードアート・オンラインの世界に行くのは初めてである。

 なにしろ体験版であるβ版は落選してしまい、正式版も苦労して早朝からゲームショップに並んで買うしかなかったのだ。

 まあ幸運が重なったことにより無事に買えたのは幸いだった。

 さすがにせっかく転生した世界の代名詞とも呼べるゲームに不参加とかあり得ない。

「おっと、もうこんな時間か」

 時計を見るとこれまでの人生に対して感傷に浸りすぎたのか、時刻は既に一時を迎えていた。

 正式サービス開始時刻である。

「ふぅ────よしッ!!」

 意を決し、ベッドへ体を預けた後、ナーヴギアを被った俺は口にする。

 空中の城。

 アインクラッドへの扉を今こそ────開ける!!

「リンク────スタート!!」

 目の前が一瞬白くなった後、色とりどりの線が目の前を通過していき、あの文字が目の前に浮かび上がった。

 《Welcome to Sword art Online》

 いよいよだ、遊びではないゲームの世界。

 ここから、俺が夢にまで見た冒険が始まる!

 待っていろよ、俺の世界、ヒロインたちよ!!

 

…………

 

……

 

 

 あれ?

 

「あの、一緒に狩りに行きませんか?」

「すみません! 私とそこの喫茶店でお茶しませんか?」

「このゲームには馴れました? よろしければβテスターの私が色々と教えてあげましょうか? そう、イロイロと」

「ちょっと、私が先に声をかけたのよ。邪魔しないでくれない?」

「はぁ? そっちこそ、私が目を付けた彼にいきなり声をかけたのでしょうが」

「はいはい、βテスターの私と比べた二人ともどっこいどっこいなんだから、私に譲ったら?」

「「はぁ?! あなたこそでしゃばらないでよ、βテスター如きが!!」」

「なっ?! 何ですってー!! ねぇ、君も私と一緒に行動した方がいいよね?」

「わ、私の方だよね!」

「お茶しよ! お茶!」

「「「だから、あなた達は黙って!! というか、私とフレンドになりませんか!!??」」」

 

 目の前で広がるキャットファイト…………いや、ドッグファイトか。

 ソードアート・オンラインが始まって、二年が過ぎた。

 現在の攻略層は74層。

 未だにゲームはクリアされていない。

 そして、目の前で起こっているこういった争いは日常茶飯事。

 内容は男の俺を巡って女性達が我先にと誘おうとしての軋轢。

 どう考えても逆。

 そう──“逆”なのである。

 はい、ここで衝撃の真実。俺は皆さんに嘘付いてました。

 何の問題もなく人生を謳歌したって言ったけど、あれは間違いです。

 問題だらけの人生でした。というか、今も問題だらけです。

 

 拝啓

 前世のお父さん、お母さん。

 どうやら転生直前に見た後光のやべー爺さん顔がゲスかったのは気のせいではなかったようです。

 俺、あこがれの世界に────あべこべで転生しちゃったようです。

 何故にこうなったし。

 

…………

 

……

 

 

 13:1

 この数値が何を表すのか、察しのいい人は分かるだろう。

 これ、俺の生まれた世界においての…………男女比率だ。

 どっちがどの数値かは言わずもがな、男が“1”の方だ。

 この比率がどれだけヤバいのか想像するのは難しいかもしれないから、たとえ話をしよう。

 現在の日本の人口を少子化を無視して一億四千万だと仮定しよう。

 この内、一億三千万もの数が女性となり、残りの一千万が男性となる。

 ほら、この時点でヤバいのが伝わるだろ。

 もう圧倒的なまでに男が少ないのである。

 そのためか、あるいは神の悪戯か遊びなのかは定かではないが、価値観も前世に比べて大きく変わってしまっている。

 男が家を守り、女が外で働く。

 これが今の世の風潮だ。

 いやむしろ、家を守るどころか国や市町村総出で男を守る、というのが正しいかもしれない。

 この世界において男というのはものすごく貴重な存在として扱われていた。数が少ないことを筆頭とし、まるで無限の成層圏で扱われる女性レベルで男性が国から手厚く守られている。

 どれほどかと言えば満員電車の中、俺がテキトーな美女を指差して「この人痴漢です」と一言でも言ってしまったら、どんな後ろ盾があろうとも指された人は一生日の光を浴びることはないし、そうした冤罪対策で男性専用車両(十分毎に一台くる)もあり、女性は女性で両手で吊革を掴むスタイルが一般的だ。

 ホントにおかしな世界に転生したものだ。

 いや、ソードアート・オンラインにログインする前に気づいていたよ? この惨状についてさ。

 冒頭の今世においての両親の話だってボかしてしまったけど、家のお父さんがなよなよしてて専業主婦ならぬ専業主夫をしてたんだから。

 転生した当初は「うわぁ、家のお父さん女々しすぎ(笑)」としか思ってなかった。

 でも、日を過ぎる毎にお父さんどころか世界がおかしなことに気づかされたよ。

 テレビニュースを見たら女性アナウンサーが「本日のニュースです。男性に対し連続強漢を働いた女性が、本日遂に逮捕されました」というようなニュースを読むのが当たり前。漢字が間違いだろ、なんで漢なんだよ! 姦だろうが! と思ったのは多分、世界において俺一人だけだろうな。

 他にもコンビニへ行ったとき、店員は女性しかいない上に俺をガン見してきたし、成人誌のコーナーには前世だったら吐くのは間違いないであろう解放しきったガチムチの男が表紙の本しか置いておらず、極めつけは買い物をした後、お釣りを店員からもらう際に異様なまでにじっくりと手を握られた(その時の店員さんは美人だった)。

 それくらいこの世界において男は貴重であり、それ相応に扱われた。

 俺が両親から溺愛されたのは男である事が大きいのかもしれないが、妹(美人です)も俺と同じくらい溺愛されていたから、その可能性は低い。普通にあれが両親のスタンダードだろう。

 ともあれ、そんな世界でもソードアート・オンラインには変わり無いため、茅場晶彦はちゃんといた。

 稀代の天才“美男子”だったけど。

 ちなみに面倒だけど美女はこの世界だと美男子になる。覚えておくように。

 さて、そんなあべこべ世界のソードアート・オンラインだが、このような世界故なのだろうか、原作からかなり乖離しちゃっている。

 男女比率から察せる人は気づいちゃっただろう。

 ソードアート・オンラインだと、男女比は現実世界よりもひどい物になってしまっている。

 ソードアート・オンライン。その正式版の初回ロットの数──一万本。

 さーてここで簡単な算数の時間だよ~。一万を十四で割ったら幾つになるかな? はい、正解です。約七百十五となります。

 よって、このアインクラッドには男性が“七百十五”人以下しか存在しない!!

 だからこそのあの、キャットファイトならぬドッグファイトになるわけだ。

 それだけに女性──じゃなかった、男性を取り合う争いは醜いのだ。

 しかも悲しいことにソードアート・オンラインには現実の法はあまり機能しない上に警察もない。辛うじてハラスメントコードが一線を守ってくれるが、多少強引に迫ろうとも誰も咎めないのだ。だからこそ、女性はこれを好機としてハメをバカみたいに外し、狼となるのだ。

 茅場……いや、かやばーんよ! これが……これがお前が作りたかったのはこんなアインクラッドなのかよぉおおおおおおおおっ!!!!

 

 俺の悲痛な叫びに答えてくれるGMなんていなかった。

 それが、俺が生まれた世界、並びにアインクラッドの実情だ。

 もう一度言おう、何故にこうなったし。

 

………

 

……

 

 

「あぁ、今日もひどい目にあったもんだ」

 あのドッグファイトを命からがら──(いきなり三人が血迷って俺の服を脱がしにかかったためにハラスメントコード使用)──抜け出した俺は自分のホームのある層へ転移し、帰路についていた。

 現在の層は三九層。

 《メロディーフロンティア》と呼ばれる主街区だ。

 適度な気候と音楽が特徴なこの層は、街が音楽の都であり、中心の街では至る所でNPCによる演奏が毎日定期的に流れる。

 《メロディーフロンティア》は円を二分割したような構造をしており、この街の中心にある転移門から前後に延びる大きな道。この大きな道を中心線として左右で居住区と商業区に分けられる。

 転移門から出てきて右手の方に居住区が存在し、左手に商業区が並び立つ。

 そして大きな道、この道を真っ直ぐ進めば大きな建物が存在する。この建物はこの層を象徴する《コンサートホール》で、ここでは毎日シェイクスピアを筆頭とする多くの劇やオペラ、オーケストラの演奏を公演しており、NPCの演奏とはいえ本物と遜色のない物を見ることができることもあって、日々の争いを忘れることのできる俺の数少ない心のより所でもある。

 そしてこの《コンサートホール》の反対方向へ進めばこの層のフィールド、迷宮区に向かうことができる。

 音楽が象徴的なこの層は特にこれといった攻略における問題や強敵はおらず、僅か十日で突破してしまうほどに緩い層だ。

 転移門から続く道を《コンサートホール》へ向かって十分ほど直進した後、住民区の右へ曲がり、更に少し直進したところにある小さめの家、ここが俺のホームだ。

 中二病を前世で煩ったことからシェイクスピアにハマり、今世でも暇があれば劇を見たりしてたことや、娯楽の少ないアインクラッドにおいて劇をすぐに見ることのできるこの層に心引かれた俺は、当時持っていたレアアイテムと有り金を全てはたいてこの家を購入した。後先考えずに無一文になってしまったが、いい買い物をしたと今でも思っている。

「ただいまー」

 ドアを開け、中に入る。

 リビングへ向かうとそこには一人のプレイヤーがいた。

 これが赤の他人であれば即刻ハラスメントコードの使用も躊躇わないが、あいにくの知り合い、というか数少ない心を許せる“男プレイヤー”だ。

「お帰り、オルフェお兄様」

 黒色の少し長め髪。

 身体はどこか少女のようでありながらも肉質は男のそれで、しっかりとした印象を受ける。

 盾を装備せず、背中に背負う一本の黒色の直剣を片手で扱い戦う。

 そのプレイヤーの名は──キリト。

 この世界の本当の主人公だ。

 本来ならメインヒロインのアスナとちちくりあっている筈なのであるが、この世界だと出会い方を間違えたのか、俺の前世の価値観だとこの世界のキリトは俺に付き従う妹的存在だ。だからこそお姉様ならぬお兄様となっている。お兄様って呼び方、どっかの魔法がはびこる高校でしか存在しないと思ってたよ。まさか俺自身が呼ばれる日が来ようとは。

「なんだ、まだいたのか。てっきり最前線の層で宿を取ってるもんだと思ってたぜ」

「えぇー? だって、俺がいないと晩御飯適当に済ませちゃうでしょ、お兄様は。それと言葉づかい。また荒くなってる。少しは直そうよ」

 せやな、言葉づかい以外は全く持ってその通りや。未だに俺は一層から食べ慣れたパンを延々と食べ続けているため、キリトに対して反論ができない。仕方ないやん、食べ慣れたら癖になったんだもん。だがしかし、やっぱり言葉づかいは無理だわ。だって男だもん……あっ、この世界男だから荒いの駄目やん。あぁもう、面倒な世界だな!

 オルフェというのは俺のプレイヤーネーム。真琴という名前から琴、ハープ奏者のオルフェウスを連想し、そのオルフェウスから取ってオルフェ。前世で大ファンだった鉄○のオルフェンズからもモジっていたりもする。

 しかしキリトよ、攻略よりも俺の飯の心配か。原作の攻略大好きだったのを知ってるこっちの身としては何だかなぁ~ねぇ、と思ってしまう。

「キリトよぉ、何度も言うが、別に頼んだわけじゃない。だから、無理して俺の世話をしてくれなくても──」

「そんなことないよッ!!」

「わっつぁっ?!」

 俺の言葉に声を荒げるキリト。

 見れば手を思い切り握り締め、力強く俺を見つめていた。

「だってお兄様は、俺を身を挺して守ってくれた! 第一層の頃からずっと……それこそ俺がβテスターを守ろうと孤独になりかけた時だって俺の味方になって、キバオウさんやディアベルさん達に堂々と言い返してもくれた! だからこそ今でも俺を含めてβテスターの風当たりは悪くなってない! 俺はお兄様に感謝しかないし、憧れてるんだ! だからお世話してるの! 全然無理なんてしてないんだ! だから、そんなこと言わないでよ……お兄様」

「あっ、あぁはい。了解です。いつもありがとうございます」

 キリトの気迫と最後の方の消え入りそうな言葉に思わずたじろいでしまう。

 仕方ないやん、主人公の台詞だぜ、今の。どこのヒロインだと言いたい。まあもっとも、この世界だとキリトは正真正銘ヒロイン当たるからあながち間違いでもない。というか、腐った人が喜びそうなシチュエーションだなぁ。おぇっ、吐き気がしてくるぞぉ~。

 ちなみにキリトが言っていたことは半分は当たっている。

 というのも、第一層攻略時、俺は事前に知識や特典もあってそれなりに強いプレイヤーだった。原作通りにアスナとパーティーを組んだキリトたちとパーティーを組み、そんで攻略の際、一人でツッコんでいったディアベル(男)を特典を力に余裕で助け、キリトと共にボスを倒した。んで、キバオウ(男)がキリトや俺を糾弾し、βテスターへの風当たりが悪くなるのを察したキリトが悪役となろうとした──のを、俺が正論で負かしてやった。

 ふっふっふ、伊達に二度目の人生をしているわけではない。原作知識や男としての発言力を大いに活用して討論してやったぜ。結果は当然俺の大勝となって、見事キリトはビーターになることなく、βテスターは今でも全体的に悪い噂は立っていない。

 何故ここまでしたのかと言えば、ディアベルが生き残り、なおかつキリトがしたビーターといった軋轢を一切無くしたら攻略のスピードが上がるのでは? と思ったからだし、それに原作主人公に肩入れしたらヒロインの一人くらいおこぼれ貰えるのでは? というゲスな理由もあったからだ。だからこそ、キリトの言うことが半分当たっているというわけ。

 そしてそういうゲスな理由もあったからこそ、俺はキリトの献身的なお世話を未だに素直に受け入れにくいのだ。もっとも、俺が受け入れようと受け入れまいと、その一層での活躍からいろいろ噂が尾鰭やら胸鰭がついて周りのプレイヤーからもてはやされ、挙げ句の果てにキリトは俺を兄さんと慕うことになってしまったから、どうしようもないんだけどね! 完全に自業自得です。俺のバカ!!

 もう、現実がキツいよ。

「はぁ、なんか疲れた」

「大丈夫、お兄様?」

 心配そうに声をかけてくれ、近寄ってくるキリト。

 ごめんな、主人公らしいその優しさは買うが、やっぱり思考回路がこの世界とは180度違う俺にはキツすぎるんだ。特に男から真顔でお兄様は無理だよ…………前世でお姉様と慕われ困っていたビリビリの人の気持ちが今ならよくわかる。が、やってしまった物は仕方ない。いつかはゲームクリアして忘れよう。

「まあ気にしても今更だし、飯にしようか。だからキリト、もう少し離れてくれ、近い」

「あっ、ごめんお兄様。それとご飯はもう用意してあるよ。一緒に食べようね」

 屈託のない笑みを浮かべて俺の手を引いてテーブルに向かうキリト。だから近いって言っとるだろうが──あっ、もの凄くだらしない笑みを浮かべてらぁ。これって、ここの世間だと百合になるのかね? 俺はどうしてもそっち系にしか感じれない……うーん、ジレンマやな。

 ほんとにかやばーんよ、おまえの作りたかったアインクラッドってこんなんなの?

 だれか、答えを教えてくれ。

 

 当然、答えてくれるGMなんていなかった。



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逆の立場

ほぉ、一話投稿でこのお気に入り数。
ビックリついでに次の話を投稿です。
次は気長にお待ちを。


 朝。

 心地の良い音楽が耳に入り、目を覚ます。

 上半身を起こそうとしたところで、不意に違和感を感じた。

 視線を違和感の感じる方へ向けたら、そこには……腕を俺の腰あたりに巻き付けて寝ているキリトがいた。

「えへへぇ……オルフェお兄様ぁ」

 今回もだらしのない笑みを浮かべて。

 というか寝言どうにかしろや───って、あれ? おっかしいなぁ~、キリトのベッドは客間に用意してたんだけどなぁ~……どうしてここで寝ているの?!

 俺の買ったプレイヤーホームは2LDKの一階建て。そのために部屋は俺の部屋と友人が来たときようにと客間があり、キリトは基本的にそこに寝てもらっていたはず。しかも全財産をはたいて買った家なだけあり、基本的に部屋には解除が不可能に近い鍵がつけられている。そして俺は寝るときには部屋の鍵を閉めるタイプの人間だ。

 謎が深まっていくばかりだ。どうやればキリトがこのベッドに潜り込めるんだ? 考える俺、そして俺は遂にある一つの可能性に気が付いた。

 トレジャーハントスキルならワンチャンあるかも……はっ! こ、こやつ……カンストさせやがったな!!

 トレジャーハントスキルというのは文字通りトレジャーハントに関するスキルで、その中には鍵やトラップの仕掛けてある宝箱開けるスキルがあるり、カンストすれば全ての宝箱をあけることができる。

 全ての宝箱ということは、全ての鍵をあけられるということになる。

 つまりキリトは、俺の部屋の鍵を開けるためだけにスキルを一つカンストさせてしまったということに?!

 もういやだよ、こんなアインクラッド望んでねぇよ……おい。

 その執念か、欲望か、或いはどちらかを攻略に使ったらもうソードアート・オンラインクリアしてんじゃね? とか思いつつキリトの手をどかして起きる。

 朝から無駄な気力を使ってしまった。

 とりあえず俺は見なかったことにしよう。そうしないと精神がもたない。あぁ、胃薬が欲しいよ。

「さて、朝御飯でも作ろ」

 ベッドでの出来事をわすれるかのように部屋を出てリビングへ行き、キッチンに立つ。

 エプロンを着用し、人差し指を上から下にスライドしてアイテムウィンドウを表示させる。

「ん~《ビリーバードの卵》と《ネストポークのベーコン》があるから、簡単なベーコンエッグにするか」

 必要なアイテムを実体化させ、調理に取りかかる。と言っても、メインヒロインであったアスナが言っていたように、ソードアート・オンラインにおける料理はかなり簡略化されていて、やることなど殆どないに等しい。そのためか俺には物足りなく感じてしまう。基本的に個食な俺であるが、別に料理が嫌いというわけではない。むしろ趣味と言えるほどに得意な部類だ。お父さんから家事全般を教え込まれ、特に料理が楽しいと感じてしまい趣味に転じた形だ。だから暇があれば作ったりもしてて……気が付いたときには料理スキルもカンスト済みになってた(白目)。なんか、着々とこの世界に馴染んでしまっている気がしてならないぞ──んんっ! さーて、料理して忘れよう!

 心機一転、フライパンをコンロに置き、ベーコンと卵を入れたら後はメニューウィンドウを表示させて焼く時間を設定して終わり。ホントに物足りない料理である。

 後はサラダを用意したら朝食の準備は完了だ。

「今日は確かあの日だよな。飯食ったら行こうかな──っと」

 ぴぴっ、ぴぴっ。

 ベーコンエッグが焼ける音を聞きつつ、今日の予定を思いだしながらサラダを作っていたら設定時間終了のアラームが流れた。

 完成したベーコンエッグをお皿に移し、適当に用意したサラダと一緒にリビングへ持って行く。

 やはりと言うべきか、料理を運んだそのテーブルには既にパンと食器が揃っており、黒髪の少年が席に着いていた。

「お兄様、パンの準備はしておいたよ。それと朝ご飯の準備も起こしてくれたら俺がしたのに……まあ、お兄様のエプロン姿が堪能できたのである意味役得だったけど」

 俺はその言葉で損してるよ、主に胃痛的な何かでな。

 しかし、思惑はどうであれキリトが朝食の手伝いをしてくれたことには違いはないため、ありがとうと感謝の言葉を伝えておく。その時にキリトが「そんな、お兄様からありがとうだなんて」とかなんとか言って身悶えしていたのは見間違いだろう。

 そう思いながらキリトの用意してくれたパンにベーコンエッグを乗せて一口。

 もきゅもきゅ……うん。簡略化されていることから分かってはいたが、ソードアート・オンラインの料理はなんか味気ないな。どことなくインスタントな感じがしてならない。

「俺はお兄様の作ってくれた料理はソードアート・オンラインであろうとなかろうと至高だよ!」

「んなもん誰も聞いてねぇよ、つーか俺の思考を読むな」

 今日もキリトは通常稼働のようだ。

 

…………

 

……

 

 

 もはやいつも通りとなりつつある二人での朝食を終えて食器などの洗い物をすませた後、俺はホームを出てとある街に向けて出かけた。

 大抵はキリトと行動をともにする──勝手に着いてくる──のだが、今日は珍しく一人で行動できていた。

 というのも、最初俺について行きたそうにしていたが、何やらメッセージを受け取ったかと思えば「定例会議の日でした。急ぎ行ってきます」と言うやいなや風のように何処かへ行ってしまったのだ。

 一体全体何があったのやら。ただ、定例会議ということは何かしらの集まりだと推察できてしまうのだが、その集まりの正体を知ったら胃がさらなる追い打ちを受けると気がしてならないため気にしないことにする。

 ホームをでて数分。転移門へと到着し、目的の街へと向かう。

「転移、《リンダース》」

 全身が淡い水色の光へと包まれると同時に、視界がホワイトアウトする。

 

 だんだんと目の前が白い色から変化していく。

 数秒後、目の前には《メロディーフロンティア》とはまた違った趣のある街並みが広がった。

 四十八層主街区《リンダース》。

 この街に目的地が存在する。

 転移門から歩いて十数分。ようやく見慣れた水車が視界に入ってきた。

 俺のホームと同じようにあまり大きくないが、水車が特徴的な建物。

 《リズベット武具店》

 それが俺の目的地であり、目の前の建物の名だ。

 本来であればキリトが二刀流でつかう《エリュシデータ》の対となる名剣《ダークリパルサー》が生まれた店であり、原作ヒロインの一人、リズベットが運営する施設だ。

 店のドアを開けて中へはいる。

「はーい、いらっしゃいま……せ……」

 入ると同時に言われるお店では定例文と化してる挨拶が途中で途切れた。

 武具店にはカウンターに一人のプレイヤーが立っている。

 ウェイトレスに近いピンク色の服装を身につけ、ゆるふわなこれまた服装と同じようなピンク色のゆるふわなショートヘアが特徴的。

 こちらを唖然とした顔で見つめており、俺は片腕を軽く上げ、そのプレイヤーに向けて挨拶を返す。

「よっ、来たぜ、リズベット」

「──えっ?! オッ、オルフェ?! ひひ、一人で……えっ、えぇっ?! ちょっ──えぇー!!」

 この俺の登場程度でヤバいほど取り乱しているのが原作ヒロインの一人、リズベット本人だ。というか、リズベット武具店にはリズベット一人しか働いてないから絶対に本人に会える。

 リズベットと俺の出会いについてだが……まあ簡単に言うなら、武器を強化してもらうにはリズベットが一番と思い、店がオープンしたと同時に会いに行った、ということになる。それからは男と言うこともあってどぎまぎされながらも、原作キャラと親密になりたいという下心ありまくりな俺は自分から色々話しかけ、リズベットとフレンドになったのである。

「あ………あぁ───ッ!!」

「おいおい、俺が一人できただけで驚きすぎだろ。おい、大丈夫か?」

 確かにいつもは一人ではない。頼もしいセ⚪ム(キリト)が強制で同伴だ。

 今回初めて一人で訪ねて来たわけだが、これは異常なまでな驚き方である。なんか、心配になってきた。

 顔を真っ赤にして口をぱくぱくと金魚のように開けて放心しかけたリズベットに、俺は近づいて軽く背中をさすってやる。

 そのかいもあって少しは落ち着いたリズベットは顔を赤らめたまま咳払いを二回ほどした後、挨拶を改めて返してきた。

「い、いらっしゃいませ。というか、いきなり来ないでよ! ビックリしたじゃない! というか、ちち、近い! 近いってば!!」

「ああ、わり」

 リズベットに言われて背中をさすっていた手を戻し、少し距離を開ける。

 ついついあべこべなのを忘れて彼女の背中をさすってしまったが、これって結構ヤバかったりする。だって、さっき俺がしたのを前世の価値観に変えたら、女の子が「大丈夫?」って言いながら優しく異性の背中をさすってあげてるというシチュエーションになるからだ。全く持ってややこしすぎるわ。

 そんなハプングにみまわれたためだろう、未だにリズベットの顔は赤い。トマトと同じくらいに赤い。マジで誰得だ。

「えっと……とりあえず落ちついたか?」

「えっえぇ。なんとかね」

 どうにか落ち着いてくれたようだ。

「それと、あっ、ありがとうね、背中さすってくれて。でもオルフェ、さすがに無防備すぎるわよ。わ、私だったからよかったものの他の女の人だったら……お、襲われていたわよ?」

「そうだな、反論したいのに材料がないのがつらいな」

 リズベットの言うとおり、これがリズベットではない人であったら俺は何度使ったか覚えてないハラスメントコードを使用する結果になっていただろう。それだけこの世界においての女の子は狼なのだ。

 しかし、目の前の女の子はそうじゃないのは知っているから安心だ。

「でも、リズベットは大丈夫だろ? それにかわいい女の子が取り乱したら心配するのは当たり前だろ」

「かわっ?! っ───?! だ、だからっ、そういうことを言うのが無防備なんだって!! …………だいたい、私にだって我慢の限界ってものが」

「えっ、なに?」

「う、うぅん! 何でもない!!」

 万能スキル、えっ、何だって(難聴気味)? をとっさに使ってしまった。というか、えっ? 難聴気味な主人公スキルで受け流したけども、バッチリ聞こえてたからね?! 嘘だろおい、リズベットもドッグファイト軍団と同じなのか? えぇ、それ困る。いや、事にいたっても嬉しさしかわいてこない自分に困る。ついでに腹が立つ。その、俺も下心マックスで転生したけど……せめて初体験ぐらいは相思相愛がいい……ってぇ、俺何言っとるねん!!

「えっと…………あぁ! と、ところでオルフェは今日何をしに来たの?」

「あっあぁ、言い忘れていたな」

 先ほどの会話を断ち切る勢いでリズベットが話題を振ってきた。

 俺としても渡り船であったためその話題に乗る。

 これ以上ボロを出すのは俺の操的にもヤバかったからな!

「今日は武器を受け取りに来たんだよ。つーか、今日来いって言ったのはリズベットだろ?」

「武器? …………あぁ、そう言えばそうだった」

「忘れてたのか?」

「そそ、そんな訳ないじゃない! 武具店としてあり得ないわ!」

 そういって胸を張るリズベット。しかし、その目は俺ではなく明後日の方に向けられていた。

「はぁ……。で、終わってるのか?」

「だからちゃんとしてるって! ちょっと待ってなさい」

 ずかずかという効果音が出てきそうな勢いで店の奥へ消えていった。

 どうやら納期は忘れていたようだが、仕事は覚えていたようだ。安心である。

 十秒か、二十秒か、もしかしたらそれ以上待ったのかもしれない。

 ガリガリ、ガリガリガリ──!!

 まるで黒板を爪で引っ掻いたかのような不協和音を奏でながら、リズベットは刃を上に向けて引きずるようにその武器を持ってきた。

「全く、男の子なのにどうしてこんなに馬鹿でかい剣が必要なのよ──っと! あぁー重かった~」

 ドスンッ! と重厚な音と上げながらカウンターに載せられた剣。

 その大きさはリズベットとほぼ同じ。

 大剣。

 そう部類されるこの剣こそ、俺がリズベットに依頼した武器であり、攻略において唯一無二の相棒の《バスターソード》だ。

 あっ、いきなりで悪いが俺が爺さんから受け取ったオマケ要素について教えておこう。もっとも《バスターソード》の時点で察せるようにF○7の○ラウドの能力がその特典だ。そのため現実世界の俺の姿はまんま○ラウドだ。

 ○ラウドの持つ驚異的な身体的能力の再現だけがソードアート・オンラインにおいて発揮され、リミットブレイクの技の数々はユニークスキル《剛剣》として発動することができる。ただ、原作同様大剣を自由自在に扱う性質上ステータスは筋力に極振りする結果になってしまった。しかし、そこはユニークスキルの凄いところ、敏捷を犠牲にした分の戦闘力は保証されている。

 しかし、予想外だったのは○ラウドの容姿であべこべの世界に来てしまったことだ。俺にとってのイケメンである○ラウドはこの世界にとっては美女として扱われる……つまりはコスプレ○イトニングさんですね! 分かります! …………嬉しくねぇよ。

 とまぁ、なんちゃって○ラウドの俺は一層から爺さんの粋な計らいで手にしていた《バスターソード》を扱い、今の今までずっと強化し続けながら闘い続け、今回で通算八回目の強化をリズベットにお願いしていたというわけだ。

「さぁ、持ってみてよ」

「りょーかい。よっと……うーむ────ッハァッ!!」

 鍛え終わった《バスターソード》を片手に持ち、軽く地面に向けて斜めに振り下ろす。

 ブォン! という重厚でありながらも風を両断するかのような鋭利な音を店内に響かせる。

 この一振りでわかった。また、強くなったみたいだな、相棒。

「どう? 今回の出来は?」

 《バスターソード》を背中に背負い、俺率直な気持ちを伝えた。

「いい仕事だ。感謝しか言葉にできないな」

「へへっ、どういたしまして」

 リズベットが満面の笑みを浮かべて喜ぶ。その様子から今回の仕事にどれだけ力を入れていたのかがわかる。大変な仕事を押しつけてしまったな。武器の強化は回数を重ねる毎に成功率を下がっていき、八回目ともなれば異世界の境地だっただろう。それでも成し遂げるとは、さすがは原作でも随一だった鍛冶の腕だ。

 

 この後の俺は、相棒が強くなったことに喜びすぎて、どこかテンションがおかしかったのだろう。

 

「本当に最高だ。なんか、代金とは別にお礼がしたい気分だ」

「そんな、大げさだって」

「いやいや、謙遜するなって、マジで感謝してるんだから!」

 

 こんな事を言ってしまったのだから。

 

「俺ができることなら何でもするよ!」

「────え?」

 

 空気が凍った。

 

「なん……でも?」

「あぁ! 俺にできることならなんだって──」

 「するさ」と言う前に俺の身体は壁に押しつけられた。

 壁どん、と言うヤツであろうか。

 私だけを見てとばかりにリズベットの顔が目と鼻の先にある。少しでも顔を傾けたらキスでもできそうな距離だ。互いの吐息をかんじてしまう。そして退路をふさぐようにリズベットの手が俺の顔の横につけられている。

 はて? 一体何が? どうして俺はリズベットから壁に押しつけられているんだ? というか壁どんだと?!

「オルフェ……あんたさぁ、わざとやってるの?」

「え?」

 どこか氷をイメージさせる冷たい声。その声を発していたのは目の前のリズベットであった。

 その声の変化に対して驚きが大きく、今一状況が掴めない。

「あ、あの……そのぉ……」

「私も女の子なんだよ? それなのにオルフェは躊躇わずにかわいいとか言ってくるし、挙げ句の果てにはお礼に“何でもする”ってさ。いくら私でも──我慢の限界だよ」

 リズベットの顔は俺が突然声をかけてたときと同じぐらいに朱くなっていた。だが、あのときとは違ってリズベットはあわてる様子もなく、目に至っては真剣な眼差しそのものだ。なんか、決意した顔をしてらっしゃる。

 アカン、これはガチでヤバいヤツや。

 どうしてこうなったのかは、深く考えてみたら直ぐに気が付いた。

 先ほど俺の言った「何でもする」と言う言葉。

 これは麻薬にも等しい悪魔の囁き、絶対にこの世界で男性が女性に対して言ってはならない禁句ワードスト一位であった!!

 この世界は何度も言うが女性は淑女ではなく狼。俺がしでかしたのは、自身を調味料で味付けして「食べてください」と狼たちに言っているようなものである!

 ということは…………しまったぁ! 原作キャラであることや、相棒の進化で浮かれすぎたぁぁあぁっ!!! かつてない程の危機を自らて招いてしまったぁぁあっ!!!!!

「ねぇ、オルフェ。お礼に欲しいものがあるんだけど、くれるんだよね?」

「えっ?! えぇっとぉ……」

「さっき、“自分にできるのは何でも”ってさ」

 すでにキスしてしまいそうな距離にも関わらず近づいてくるリズベットの顔。

 ちょっ、ちょっとまってぇぇ!! アカン……アカンて!! さすがにこれ以上は!! これ以上はぁッ!!

「だったら──」

 俺とリズベットの距離が縮まっていく。

「私は──」

 三センチ。

「オルフェが──」

 二センチ。

「──欲しいな」

 一センチ。

 こ、心の準備がぁぁぁっ!!!!



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汚物は排除+雪山ハイキング=やべーい

見間違いだろうか。
なんか、お気に入りの数がえげつない。
二話目でお気に入りが十倍になるとは。いやはや、こいつは驚きだ。
そんなわけで三話です


「さ せ ま せ ん よ───こぉおんのぉおおお──変態武具屋店主がぁぁぁああッ!!!!!」

「へっ? ────ごふぅぅぅぅうぅううっ??!!」

 電光石火。

 目の前で起こった出来事を表す場合、これ以上にあう言葉はない。

 俺の自業自得で招き、女ってこの世界だと狼やぁ! と実感しつつリズベットにキスをされてしまう、まさにその瞬間。

 一筋の黒い光がリズベットを吹き飛ばし、激しい音を立てながら彼女をカウンターに叩きつけた。

「大丈夫ですかお兄様!? 変態に何かされませんでしたか!?」

「…………えっ? あっ、あぁ大丈夫」

 あまりの出来事に頭がぼんやりとしていたが、数秒時間が過ぎればあらかた整理がつく。

 改めて俺を助けた黒い光を見るとそれは──キリトであった。というか俺に対してお兄様なんて言うのはキリトしかいないから当然と言えば当然か。

 助けてもらえたことには感謝しかないが、それ以上にコイツに対して疑問が出てくるから率直に訪ねてみた。

「なぁキリト、なんでここにいるんだ? というか、なんでここにい俺がいるって分かったんだ?」

「そんなの、お兄様の行動は逐一把握してるからに決まってるじゃないですか。定例会が終わって確認してみれば、お兄様が変態武具店に入るの見て、何かあったら大変だと思って助けに来たんです!」

 至極当然といった感じに言われてしまった。

 どうやら主人公は、ストーカーという存在にまで堕ちてしまったようだ。

「いたた……誰よ、いいところをじゃましたヤツは……」

 あっ、リズベットが復活した。

 少し身体をよろめかせながら立ち上がるリズベット。

 圏内での攻撃は不可視の壁に阻まれてHPは絶対に減少しないが、衝撃は普通に流してしまう。そのため圏内で攻撃を受けたプレイヤーは精神的にはダメージを負ってしまうため、今のリズベットのようになってしまう。

「あっ、リズベット、大丈──」

「まだ生きていましたか!! この変態がぁっ!!!!」

「夫──って、キリト君?!」

 精神的に大丈夫かとリズベットに訪ねようとしたら、まるで止めをさしに行く勢いで片手剣を片手にキリトがリズベットに飛びかかった。

「死んでわびろぉおおお!!」

「くっ! やっぱりあんたの仕業だったのね、キリト!!」

 しかしリズベット、予め想定していたかのように素早くメイスを実体化させ、キリトの片手剣を防いだ。

 激しいライトエフェクトが店内を照らし、爆音に近い音が響く。

 というかキリト君? 君、リアルで殺しに行ってるよねぇ?!

「とうとう本性見せましたね? お兄様がみんなに対して優しくしているのを勘違いしただけでなく、あまつさえその尊い唇を奪おうと!!」

「失礼ね! 私はオルフェ自身がお礼に“何でも”してくれるって言ってもらったからオルフェ自身を貰おうとしただけよ! つまり、私は正当なの! 一層攻略の時、たまたま助けてもらっただけで、ストーカーよろしくつきまとうあんたには一生分からないでしょうけどね!!」

「な、なんですと?! と言うかお兄様、そんな爆弾発言をこんな変態の前で言ったんですか?!」

「あぁ、その──はい」

「なんて危ないまねを?!」

 ついうかっり。いや、テンションがおかしかったんです。本当に何であんなことを──って、後悔してる場合じゃねぇよ。

「とと、とりあえず二人とも落ち着け! さっきの出来事は……そう、事故! 事故だったんだよ!! というかそう言うことにして!! はいっ! 喧嘩はお終い!!」

 おまえが言うな!

 というセリフをどこから受けてもおかしくない事をぬかしつつ、俺は二人の仲裁をする。

 圏内だから殺人事件は起きないとは思うが、放っておいたら完全決着の《デュエル》に発展しかねない。……そもそもの発端は俺だし。

「…………分かりました。お兄様がそう言うなら、そう言うことにしましょう。よかったですね、変態。命拾いしましたよ?」

「…………そうね、私もストーカーとはいえオルフェの友人を手に掛けたくなかったし」

「またまたそんなことを~(いつかぶちのめす!)」

「そんなこと無いわよ~(やってみろよ、ストーカー君?)」

 何やら言葉の裏にものすごいトゲを感じてしまうが、どうにか二人は矛を収めてくれた。自分が招いた事ではあるが、この二人の俺に対する反応がオーバー過ぎて偶についていけねぇよ。

 しかしながら、とりあえず貞操は無事に守れたようです。

 ただ、ちょっぴり残念だと思ってしまう俺は、やはり少しだげクズなんだなと改めて自覚した。

 

…………

 

………

 

 

 雪山って、どうしてこんなにも寒く、辛いのだろうか。

 ザクザクと、足を一歩踏み出す度に雪によって足首まで埋め、再び踏み出しては埋める。

 この作業が果てしないほどに永遠と続いてゆく。

 そして追い討ちをかけるかのごとく吹き荒れる吹雪。寒さが尋常ではない。

 日本でも毎年何人かは雪山で命を落とすらしいが、こんなに厳しい環境下での登山なら納得だ。もしゲームじゃなかったら俺の人生なんて二、三回くらいリセットしてると思う。

 まあ、横を歩く二人には関係のない話かも知れんが。

「ほらオルフェ、そんな格好じゃ寒いでしょ? わ、私の上着を──」

「お兄様、これ、上着です。お兄様の為に夜なべして作り上げました。ですので、変態の上着なんか受け取らないでください。汚れてしまいます」

「………(ブチッ。ストーカーお手製の上着なんて何が仕込んであるのかわからないものより、私のを使った方がマシよ?」

「…………(ブチッ。何ですか、やるんですか?」

「そっちこそ。私は別に構わないわよ?」

「上等です。変態なんて、殺処分がお似合いです」

 わーわー、ギャーギャー。

 こんな雪山においてもキリトとリズベットは元気に喧嘩(デュエル)です。よくもまぁこんな悪環境の中ガンガン動けるものだと感心してしまう。

 普通に考えたら二人を止めるべきであろうが、今の俺にはどうでもよかった。

 別に寒さで思考回路が死んでしまったわけでも、苦行で心が疲れ果ててしまったわけではない。

 その理由は俺の腕の中に───。

「オルフェさん、お二人を止めなくてもいいのですか?」

 コテっと首を傾げてこちらを見上げる小柄なツインテールの女の子。

 天使。

 そうとしか表現のできないプレイヤー。その名は──シリカちゃん!!

 小柄であり、可愛らしい容姿。ホント天使。それでいて俺に対して狼にならずにトテトテと後を追いかけてくる愛くるしさ。マジで天使。ご飯を食べるときには口いっぱいに物を頬張る小動物感。もうヤバいくらいに天使。

 とにかく、そんな天使のシリカちゃんが俺の腕の中──俺がシリカちゃんを肩ごしに手を伸ばして抱きしめる形──に居るのだ。俺の憔悴しきった心は癒やされ、キリトとリズベットに対して慌てふためく事はない。とどのつまり、もの凄く癒されてます。リアルでシリカちゃんからはマイナスイオンでも発生してると思う。

「別にいいだろ。そのうち我に返って追いついてくるさ。それよりもシリカちゃん、寒くない? 寒いんだったらお兄さんにもっとくっついてもいいんだよ?」

「────ッ!!!!???? こここ、この状況でもててて、天国なゃのょに、ももも、もっとくっついても?!?! そそそ、それは───プシュー……」

 処理しきれなかったか。

 シリカちゃんは顔を慌てふためいたリズベット以上に赤くさせ、ガクッとよろめいてしまう。

 もちろん紳士の俺はシリカちゃんを強く支える。

「大丈夫? ほら、しっかり」

「は、はふぅ。ありがとうございますオルフェさん。そのぉ……本当にもっとくっついてもいいんですか?」

 再び俺を見上げてくるシリカちゃん。あぁもう、可愛すぎで悶え死にそうです。

「いいよ、シリカちゃんなら大歓迎さ。ほら、おいで」

「で、では、失礼して──」

 ピトッと互いの体温がより親密になり、俺の腕をぎゅうっと握りしめるシリカちゃん。

 あぁ、理想郷はこんなにも近くにあったのか。

『キュー』

「おっ、ピナさんも一緒にくっつくか──って、服の中に入ってくるのっ、や、やだピナさんくすぐったいって──あっ、そこは本当にくすぐったいってー!」

 シリカちゃんのテイムモンスターであるフェザーリドラのピナさんは何を思ったのか俺の服の中に入り込み、もぞもぞと動き回ってくる。冗談抜きにくすぐったい。

『キュ~』

「はぁ……はぁ……」

 あちこち舐めて満足したのか、俺の胸元からひょっこり顔を出してきた。

「……まったくピナさんは甘えん坊さんだな~って、シリカちゃん、鼻押さえてどうした?」

「…………い゛え゛、気にしないでください」

 そうは言うが、顔が物凄く赤いシリカちゃん。もしかして霜焼けにでもなってしまったのだろうか。

「…………ねぇ、私たち、何してるんだろう」

「…………言わないでください。今真剣にお兄様のあの場所をちんちくりんから取り返す算段を考えているんですから。そしてあのトカゲはいい仕事をしてくれました」

「あんた、本ッ当にぶれないわねぇ。でもピナに関しては同意見よ」

 後ろが急に静かになったと思えば、キリトとリスベットの喧嘩が収まっていた。二人ともシリカちゃん同様に鼻を押さえて。

 二人とも霜焼けかと思ったが、二人に限ってそれはない。しかしながら真実を知れば俺の胃が更なるダメージを負うと感じたため、追求することを辞めた。

 とぼとぼと二人は俺とシリカちゃんの後をついてきて、俺たち四人組の雪山登山は割と順調に進んでいった。

 

 さて、どうして四人で雪山で登山をしていたのか。

 それを説明するためには、時計の針を少し前に戻す必要がある。

 

 リズベット武具店におけるキス未遂事件。

 俺の必死の事故処理によって何とかあの場は収まった。

 何事もなかったかのように解散宣言をし、強くなった相棒(バスターソード)を片手に試し斬りしに最前線である七十四層の迷宮区に行こうとした俺であったが、そこに待ったの声をかけたプレイヤーがいた。

 リズベットだ。

 俺は失念していた。原作ではそうではなかったのかも知れないが、この世界における女性、リズベットはただでは起き上がらない。

 リズベットは俺に対し「何でもはやりすぎだったけど、お礼はもらえるのよね?」と、いい笑顔で話してきた。

 さすがはリズベット、抜け目がない。

 要求してきたのはとある鉱物の採掘クエストの同行。

 なんでも今ある採掘クエストの中でも最も素晴らしい鉱物が手にはいるらしいが、そのクエストが受けられるのが五十五層なために一人だと安全マージンがとれないから一緒にきて欲しいと。

 あれ? 五十五層での採掘クエストって、なんか覚えがあるな~、っと思った方は正解です。はい、本来ならキリト君が手伝い、後にダークリパルサーが生まれる、あのクエストです。

 しかし、キリトとリズベットの様子を既に見たように、二人の中は悪い。根幹の原因は俺にあるのかも知れないが、それを抜きにしても壊滅的なまでに悪いのである。そのため、こっちのキリトは七十四層時点で二刀流のスキルこそ持ってはいるものの、未だにエリュシデータと対になる剣を持っていないのだ。

 そこで俺は考えた。ここでリズベットのクエストに同行し、得た鉱物を使いキリトに片手剣を与えたら一石二鳥ではないか? と。

 今後の攻略においてキリトの二刀流は必須だし、ここいらでダークリパルサーなり何なり手に入れておかなければ後々面倒に違いない。それにリズベットのお礼も同時にこなせる。まさに良いこと尽くし。

 そんなわけで俺はリズベットの依頼を快く快諾。

 だが、その俺に待ったをかけたプレイヤーがいた。

 はい、キリトです。

 キス未遂事件の事もあり、リズベットを敵視を超えた憎しみの視線で睨みつけることのできるキリトは俺とリズベットの二人だけでクエストに行くのに猛反対。

 リズベットはリズベットでお礼だから二人で行きたいと主張するも──すっかり俺も忘れていたが──「ハラスメントコードを使われてもおかしくないことをしでかした事には変わりないです。というか死んでください」とキリトの反論によってあっさり論破。

 結果、監視というなのキリトも一緒に行くこととなり、三人でクエストを受けることとなった。

 そこまでは良かったのだが、その道中は常にリズベットとキリトが言い争いやらデュエルやらを行おうとして俺が仲裁する場面ばかり。

 おかげさまで俺の精神はものすごくすり減らされまくった。

 そんなときであった。俺が天使と再会したのは。

 五十五層のクエストが受けられる場所になんとかたどり着いた──俺の精神は疲れ果てていた──俺たち。

 さっそくそのクエストを発注しようとしたときであった。「オ、オルフェさーん」と、俺に遠慮しがちな声がかけられたのは。

 その声に俺は条件反射で駆けだしていた。

 最優先の音声確認。視界良好。脚力正常。全力全開、最初からフルパワーで行く!

 どこからか聞こえる「待てって!! おい、刹◯!!」という幻聴を聞き流しつつ対象に抱きついた。

 シリカちゃーーーーーーん!! と。

 「にょわぁーーー!?」といった謎の奇声を上げながら俺に抱きつかれた存在こそ、俺の癒やし、マイスィートエンジェルことシリカちゃんである。

 俺はすり減った精神をシリカちゃんに抱きつくことで補給しつつ、どうして五十五層にいるのか訪ねた。

 男の俺に抱きつかれたことで顔を真っ赤にし、言葉に詰まりながらシリカちゃんはNPCから採取クエストを頼まれたのだと教えてくれた。ついでにその採取フィールドも俺たちと同じ場所とのこと。

 ここまで来たらこの先の展開を予測するのは容易い。

 行く先が同じなら一緒に行かないかと、俺はシリカちゃんを誘った。

 俺の誘いに「えっ!? いいんですか!」とシリカちゃんは純粋に目を輝かせ、純粋とはかけ離れたキリトとリズベットが「「そんなのダメです(よ)!!」」と抗議してきた。

 しかしながら俺の中では既にシリカちゃんをお持ち帰りするのは決定事項であるため二人の意見を無視し、クエストに同行させることにした。

 

 以上が事の顛末。いやはや、これも全てシリカちゃんが天使なのが悪いのだ。俺は悪くない。

 ここでシリカちゃんと俺の出会いを熱く語りたいが、それをすれば三日はかかってしまう。簡単に言えば、原作キリト君と同じことをしたのだ。下心? ははっ! 天使のシリカちゃんを始めて見たとき(小説)からあったさ!! よくやったぞ、俺!!

 

 雪山を歩き続けて早一時間。ようやく麓の村にたどり着いた。

 立ち並ぶ民家はどことなく日本の昔ながらの家屋を連想させる。

 個人的には少し探索してみたいが、リズベットから特にめぼしいアイテムが売っているショップは無いと教えられようなので止める。

 リズベット案内の元クエストを発注しているNPCが住んでいる小屋に入ると、そこには一人のお爺さんがいた。

 リズベット曰わく、このお爺さんがクエストを発注しているNPC、村の長だそうだ。

「こんな寂れた村によくきましたな~。もてなす物もあまりありませんが、ゆっくりしていってくだされ」

 お爺さんの後に付いていくと、五人ほどならゆっくり足を伸ばせるほどの広さがある居間へと案内された。暖炉の炎がが赤々と燃えており、部屋中を暖かく照らしている。

 麓に着くまで雪山を登り続けていたため、休憩がてらお爺さんの言葉に甘え休むことに。

「シリカちゃんって、暖かいんだね~」

「わふぅーーッ?!」

「…………(ギリギリ)」

 俺がシリカちゃんを抱きしめながら暖炉でほっこりする中(物凄い歯ぎしりが聞こえたのは気のせいだと思いたい)、リズベットは休むことなくお爺さんに話しかけた。

「お爺さんって昔鍛冶職人だったんですか?」

「ほぉ、よぉく知っとるなぁ~嬢ちゃん。少しばかりこの錆びてしまった爺さんの話を聞いて貰えんか? 実はのぉ─────」

 

 ────一時間後。

 

「憧れというモノを、ワシは子ども心ながらに抱いた。それでのぉ────」

 

 ────二時間後。

 

「いざ父親の仕事を手伝うことになったが、それは大変なことであった。なにしろやることなすこと全てが難しい。ワシは思わず────」

 

 ────三時間後。

 

「一人店を構え、打った武具が売れたとき、ワシは思わず目から涙を流した。世間から認められたと感じたからじゃ。そして────」

 

 ────四時間後。

 

「ワシは更なる武具を打つため、伝説の竜を探すことになった。それはそれは途轍もない旅であった。先ずやったことは────」

 

 ────五時間後。

 空が夕暮れに染まる頃、ようやくクエストマークがお爺さんに現れ、クエストを受託することに成功した。

 クエスト内容はドラゴンが持つとされる鉱石の採取。報酬もその採ってきた鉱石。

 日を改めて攻略しようかと俺は考えたが、この際だから一気に終わらせようとキリトがやる気を出して押してきたことや、リズベットが長話で精魂尽き果てていたので早く休ませた方がいいと思いそうすることに。

 再び歩くことになった雪山の道中、キリトが「はぁ」と息を吐いた。

「なんでクエスト一つ受けるのに五時間も話を聞かないといけないのですか。お兄様の貴重な時間をどうしてくれるのですか?」

「うるさいわねぇ、私だってまさかこんなに時間がかかるって思って無かったのよ」

「はぁ、これだから行き当たりばったりの女は困るのです。人の迷惑も考えないのですから」

「迷惑だと思うならあんただけでも帰れば? あたしもあんたに迷惑をかけるのは心苦しいから。てか、普通なら明日攻略する予定だったのが、あんたが余計なこと言うから今日に変わったのよ? これだからせっかちな女は面倒なんだよね~」

「…………やるんですか?」

「…………そっちこそ?」

 ワーワー! ぎゃーぎゃー!

 お爺さんの長話を聞いた後に至っても、二人は元気です。

 そうやって再度雪山を登ること数10分、ようやくクエスト場所である水晶で造られたツンドラ地帯にたどり着いた。

 ここにクエスト対象の鉱石を持つとされるドラゴンがいる……はず。

「へぇ、なかなかに幻想的な場所だな」

「そうですね。できることならお兄様と二人きりで来てみたかったです」

「安心しろ。そんな未来は一生こないから」

「────ッ……」

「…………なんでこの世の終わりみたいな顔してるんだよお前は。てか、いねーなー」

 キリトとたわいもない話をしつつ辺りを見渡すが、それらしいモンスターは見つからない。

 俺の擦れに擦れきった知識と爺さんの話だとかなりの大きさだから直ぐに見つかると思っていた手前、四人パーティーだと出現しないのかと若干の不安を感じてしまう。そんな気持ちを持ちながら探索を続けると───

「……すごっ」

 周りを水晶の柱で囲まれた直径十メートルはあろう大きな穴が見つかった。

 その非現実的な存在に圧倒され、簡単な言葉しか出てこない。

「……これはかなりの深さですね、音が戻ってきません」

 キリトは腰に装備している投擲用のピックを穴に落とすと、一瞬キラリと光ったと思えばそのまま音もなにも返ってこなかった。

「とりあえずシリカちゃん、落ちないようにお兄さんにくっついておきなさい」

「わふっ?! お、オルフェさん……ああ、ありがとうございます」

「…………(ギラギラ)」

「…………あー、キリト君、君も危ないから俺のそばに来なさい」

「はい!」

「…………あっ、あたしも落ちたら怖いな~。だからオルフェのそばに──」

「だが──リスベットはダメだ」

「なんでよっ!!」

「そこは察して───っ!?」

 リスベットが密着することによる俺の理性へのダメージを考えた時であった。突如として雷鳴のごとき咆哮が辺りを轟いたのは。

「お兄様!」

「あぁ、シリカちゃんとリスベットは隠れててくれ。いくぞ、キリト!!」

 手短にあった水晶柱に二人を誘導した後、武器を構えて咆哮が聞こえた方角を向いた。

 無数のポリゴン体が集まりだし、やがてはゴツゴツとした塊が創られていき、最終的には一体のドラゴンが誕生した。

 体中を水晶の鱗で覆い、俺たち4人を足しても余りある大きさの翼をはためかせ、空中で待機している。

 間違いない。コイツが水晶を作り出す原作のクエストモンスターだ。

「お兄様、このドラゴンの攻撃パターンは爪撃とブレス、それから突撃の3パターンです」

「なんでクエストに乗り気でなかったお前が詳しく知ってるのかはこの際聞かないが、了解。んじゃ、サクッとやりますか。向こうさんも待ちきれないようだし」

 キリトがドラゴンの情報を言うやいなや、ドラゴンは大きく空気を吸い込むと、それを俺たちに向けて放ってきた。

 ブレス攻撃だ。

 俺たちは左右に分かれ、挟撃の形でドラゴンに向かう。

「はぁっ!」

 一番槍となったのはキリトであった。

 敏捷特化のキリトは原作同様の反則レベルの速さでドラゴンの元へたどり着くと、その速さを余すことなくジャンプ力へ変換した。

「せいっ!」

 大きくジャンプしたキリトは右手に持つ片手剣、エリュシデータを構える。

 エリュシデータの黒の刀身が赤く光ると、ドラゴンに向けて2連撃を撃ち込んだ。

 片手剣ソードスキル、バーチカルアークだ。

 高レベルに見合ったダメージを叩き出したようで、HPバーは緑から黄色へと変わり、ドラゴンは大きく身をよじる。

 その隙をつくようにキリトは追撃をしようとしたとしたが、ドラゴンの方が少し早かった。

「くっ……」

 ドラゴンは体勢を整える為に大きな翼を羽ばたかせ突風を巻き起こし、キリトは巻き込まれてしまう。

 キリトの追撃を逃れたドラゴンは、突風によって無防備状態であるキリトに向けて鋭い牙を向けた。

 数秒後にキリトはドラゴンの餌食となることは誰もが予想できてしまう状況なのだが、キリトに焦りはない。

 なぜなら、今度はドラゴンの方が“遅かった”からだ。

「せいやぁッ!!」

 バシュ!! という鋭い音と共に、大きく横へ反れるドラゴンの頭。

 いや、それだけではない。頭だけではなく、その大きな巨体すらも吹き飛ぶような勢いで反れ、キリトから二十メートルほど離れた雪面へ落ちていったが、そのまま雪面に触れることなくポリゴン体へと姿を変え、バラバラに砕け散っていった。

 この一連の出来事、実はとりわけ難しい理由は存在しない。

「よぉ、無事か?」

「お兄様、流石です!!」

 ただ俺がドラゴンの元にたどり着き、得物であるバスターソードをドラゴンの頭に叩きつけただけだ。

 剛剣ソードスキル、エリアルスマッシュ。

 思い切り大剣を振り下ろす1連撃のソードスキルだが、ユニークスキル故にその威力は絶大。プレイヤーの筋力数値で最大50%の威力補正が入り、さらに巨大エネミーには特攻判定も入る。

 今回はそのどちらも含まれ、さらにはキリトが事前にダメージを与えたこともあり、ドラゴンを一撃で倒すことを可能としたのだ。

「キリト、さすがに俺が助けに来るからって余裕に構えすぎてないか?」

 無事にキリトと共に雪面に降りた俺は先ほどのことを注意するが、キリトは気にする様子はない。

「余裕に構えすぎてません。ただお兄様の戦う姿を間近で観たいがため、あえてそうしたのです」

「よけいに悪いわ!!」

 あろうことか開き直ってきたキリトに対し、俺は頭を抱えてしまう。

 そうでした、こやつはそういう奴でしたね。

「キリトのいつも通りさに俺は悲しみしかないよ──っと、ありゃ、泥ってないな」

 指をスライドしてメニューを開き、持ち物を確認したが、お目当てのアイテムはドロップしていなかった。見落としが無いようにもう一度確認しても、結果は同じ。

「クエストアイテムですし、簡単には落ちないのでは?」

「あぁ、多分な」

 ソードアート・オンラインに限らず、オンラインゲームのクエストアイテムのドロップ率は無料で遊べるスタンスから、基本的低い。

 となればやることは一つ。

 脳死周回。

 ただ、ただ、欲しいアイテムや素材が出てくるまでひたすらにモンスターを狩る作業。

 人はこれを苦行という。

「ひとまず100体は倒しましょうか、お兄様」

「だな。回転数こそが正義だ」

 祭りの始まりだな。

 そう思った矢先、俺たちの前にポリゴン体が集まり始めた。

「さっそくポップしましたね」

「だな。さーて、数こそが正義。ちゃっちゃと────」

 続きの言葉を、俺は言うことが出来なかった。

 目の前の風景が、あまりにも現実から遠かったから。

「…………キリト、つかぬ事を聞くが、俺は夢を見ているのか?」

「お兄様、俺も見てるようですから、お揃いですね」

「うん、そうだね。お揃いだね」

 だって、こんな光景はあり得ないって。

 なんで、なんでドラゴンが“視界いっぱい”にいるのだろうか。

 十や二十なんか数ではない。針程度の隙間が見えるぐらいの密集率でドラゴンがいる。

 俺の背中に、嫌な汗が伝ったような気がした。ゲームなのにおかしな感覚だ。

 それと同時に、ドラゴンは上を見上げ、咆哮をあげた。

 次の瞬間、俺とキリトは────

「あぁぁあああぁっ!!??」

「うぉおおおぉおおおぉっ??!!」

 風となった。

 数は正義と言ったさ。それを否定はしない。でもね、人のキャパシティーを越える数は求めてないよ!!

「うぉおおおおっ!! 駆けろ俺!! トロン◯の如く!!!!」

 わき目もふらず、一心に走る。

 どこに逃げるのか。

 それは────リズベット達のいる方向に。

「ちょっ?! なんかいっぱい来てるんですけどぉ?!」

「えっ、えぇっ?!」

 引き連れている大量のドラゴンを見て驚くリズベットとシリカちゃん。

 仕方ないよね、人はとっさに人が多いところに逃げ込む習性があるからね!!

 などとバカなことを考えている暇などない。

 別になにも考えずに二人のところへ逃げたわけではない。

 さすがの俺とキリトであっても、1体2体ならまだしも画面一杯のドラゴンと戦って安全な保障がないのだ。

 そして二人が安全でないということは、リズベットとシリカちゃんなど安全どころか危険のレッドゾーンである。

 二人のためにも、ここは逃げの一手しかないのだ。

 べべっ、別に大量のドラゴンが怖いんじゃ無いんだからね!! などと一応いいわけをしてみた。

「ちょっ?!」

「ひゃぁ!?」

 俺はリズベットたちと合流と同時に二人を小脇に抱え、再び走り出す。

 シリカちゃんはともかく、意外にもリズベットが軽く、あぁリズベットも女の子なんだなぁって思ってしまうも、そんなこと考える暇など無いことをすぐに思い出し、気持ちを入れ替える。

「ちょっと、お兄様?! いくら焦ってるからと言ってそんなうらや──うら──羨ましいことしてるんですか?!」

「この状況だから言うかどうか迷ったが、やっぱり言うわ。お前とうとう言葉を隠すのを止めたな!!」

 キリトとあーだこーだ言い合いながら逃走を続ける俺たち。

 だが、言い合いしながら、というのがいけなかったのだろうか。

「オルフェさん、前!! 前!!」

「えっ?」

「はい?」

「ちょっと?! その先はー───」

 ふと、足にかかる負担がなくなった。

 女の子ではあるが、人二人を抱えていたにも関わらず、まるで重力から解放されたかのように足が軽いのだ。

 あぁ、天使の羽を身につけた小学生はこんな気持ちなのだろう。などとバカなことが、頭によぎった。

 完全に錯乱していた。

 だって、現実を直視したくないのだ。

 現在進行形で、俺とキリトの足場は─────無いのだから。

 俺たちが走っていた先にあったもの。それは、このエリアで見つけた大きな穴だ。

 リズベットの警告むなしく、風となっている俺たちは────急には止まれない。

 そして当然ながら。

「あぁああああああああっ!?」

「おっ、お兄様ぁあああいぁっ?!」

「きゃぁああぁあああ?!」

「落ちちゃってますぅっ?!」

 重力という、無慈悲で公平な力によって、俺たち四人は仲良く穴の中へと落ちて行く。

 落下の最中、思うことはただひとつ。

 ザクロは……ヤだな。




次の更新は再び未定です


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