兎は月に恋い焦がれる (タタリ)
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第1章
プロローグ


初投稿です。

杏奈ちゃんの小説の少なさに絶望した勢いで書いた。
文才/Zero&PLv20だって書いたんだから熟練Pもはやく書いてやくめでしょ(自爆テロ)


 ──────カチャカチャカチャ

「お、ダウンした」

「グッジョブだよお兄ちゃん! とどめは任せて!」

 

 よろしく、と言いながら操作をオートに切り替え、隣の少女──望月杏奈を横目で見やる。年はいくつだっけな。俺の二つ下だから……十四か。今はピンク色でモコモコとした、ウサミミがついたフードのあるパジャマを着ている。杏奈のお気に入りらしく、家にいるときは常にこの格好だ。

 杏奈とは二年前に望月家がうちの隣に引っ越してきてからの付き合いで、今では良きゲーム仲間だ。時折勉強もみているからどちらかというと妹分という方が近いか。

 彼女から視線を外し手元に置いていたモバイルを手に取って時間を確認すると午後八時になろうとしていた。窓の外を見るとここに来た時はまだ明るかった空がすっかり暗くなっている。

 今の季節は春。だいぶ暖かい日が増えて太陽が出ている時間も長くなりつつあるが、ゲームをしていると時間があっという間に過ぎていく。

 俺、広瀬那月が高校に入学してもうすぐ一か月。入学直後のゴタゴタが落ち着いたため、今日は久しぶりに杏奈と遊んでいたのだが──そろそろ帰らないとなぁと外を眺めながら考えていると

 

「これで終わりっ! ビビットストライク!」

 

 杏奈の声が聞こえたので視線をテレビ画面に戻す。騎士が派手なエフェクトと共に必殺技を放った。残り僅かだった敵のライフがなくなり、敵が消えてクエストクリアを伝える効果音が流れる。

 

「やったね!」

「助かったよ、ありがとう杏奈!」

「お安いご用だよー!」

 

 そう言ってかぶっていたフードを外しこちらを上目遣いでじっと見てくる。ゆらゆらと揺れるアホ毛ごと頭を撫でてやるとほにゃりと顔を緩めた。かわいい。

 ムツゴ〇ウさんばりに撫でた後、意識を後片付けへと切り替える。

 

「さて、適当に終わらせますか」

「ん、もう……こんな時間?」

「うん、そろそろおじさんたちも帰ってくるでしょ」

「うん……そう、だね……」

 

 さっきまでとうって変わって静かになる杏奈。とても落ち込んでいる……という訳ではない。彼女はテンションによって性格が変わるのだ。さっきまでの明るい性格はテンションが上がってスイッチが入った状態、名付けてON奈。そして今のように無口で大人しい性格がスイッチが切れた状態のOFF奈である。

 俺も最初は戸惑ったが二年も接していれば慣れるもので、今では直接話さなくてもアホ毛を見ただけでどっちの状態なのかがわかるようになった。さっきまで立っていたアホ毛が、今は垂れ下がっている。

 

「えっと……お兄、ちゃん……?」

「……あ、ごめん!」

 

 顔を仄かに赤くした杏奈の声で我に帰る。色々と思い出していたらいつの間にか杏奈のアホ毛を触っていた。いや何やってんの俺!? 

 

「ご、ごめんね、ちょっとボーッとしちゃって」

「ん、大丈夫……許して、あげる……♪」

 

 そう言って微笑む杏奈。天使かな? いや許してあげるって言い方はむしろ小悪魔だよな、と沸き出る煩悩をぐるぐるとかき混ぜながらゲームの後処理を済ませて機械の電源を落とした。持ってきた手荷物をまとめたところで玄関の開く音が聞こえた。

 

「「ただいまー!」」

「おかえりなさい!」

「おかえり……♪」

 

 おじさん(杏奈父)達が帰ってきた。おじさんはやや大柄で肌は健康的な小麦色、黒く短い髪でシックなデザインのネクタイがよく似合っている。おばさんはおじさんとは対照的で、やや小柄で色白、肩まであるダークブラウンの髪は染めているわけではなく、地毛である。

 よく見るとおじさんの手には惣菜や肉、野菜などが入っているビニール袋があった。荷物持ちを任されるのはお父さんの宿命か……

 

「おう、こんばんは那月(なつき)くん! 元気か? 元気だな! 下の元気はど」

「こんばんは、那月くん。いつも杏奈と遊んでくれてありがとね」

「こ、こんばんは、おじさんにおばさん。お邪魔してます」

 

 おばさんがニコニコしながら話しかけてくる。……おじさんが途中で固まってから凄い汗かいてるんだけど……

 

「広瀬さんから連絡はもらってないけれど、どうする? 今日はうちで食べていく?」

「あ、いえ、今日はただ遊びに来ただけで、親も帰って来るので家で食べます」

「そうなの? まあ何時でも食べにいらっしゃいな」

「あはは、もう俺も高校生ですしいつまでもお世話にはなれませんよ。でもありがとうございます」

「うむ、まあそんな固いことをいってくれるなよ那月くん」

 

 あ、おじさんが復活した

 

「君はもううちの家族のようなものなんだ。自分の息子を可愛がるのは親として当然のことだろう?」

「おじさん……」

 

 俺には父親がいない。物心ついたときにはもう母親だけが家族だった。その母親も朝早くから夜遅くまで働いており、一緒にいられる時間は少なかった。望月家との付き合いが始まる前の俺は見事にぼっちをこじらせていたが、望月一家はそんな俺を受け入れてくれた。そのおかげで俺は人とコミュニケーションがまともにとれるようになったのだ。それでもあくまで他人の家庭である以上迷惑をかけまいと線引きをしていたが……

 

 ──もっと甘えても良いのかもな……

 

「というか娘と結婚すればっふぁ!」

「おじさん!?」

「余計なこと……言わなくて、いい……!」

 

 一瞬の出来事だった。

 昇竜拳を放つ杏奈

 膝から崩れ落ちるおじさん

 いつの間にかビニール袋を回収していたおばさん

 なんかもういろいろ台無しだった。

 杏奈ちゃん、君そんな動き誰に習ったの? 格ゲー? そしておばさんはなんでそんな満足そうな顔をしているんです?? 

 

「もう……帰った方がいい、よ……?」

「ハ、ハハ……うん、そうするよ」

「フフ、広瀬さんによろしく伝えといて?」

「はい、今日はお邪魔しました。またね、杏奈」

「うん……またね……♪」

 

 玄関まで見送ってもらい、通路に出てから徒歩五秒で帰宅。俺たちはマンションに住んでいるため、気軽に行き来できるのだ。ベランダも隣接しているため、遊びの予定を立てるときは電話やファインよりもベランダ越しに話したほうが早いレベル。

 ただ、行き来が楽なのはいいけどここまで近いと余韻もへったくれもないなぁ。

 苦笑しながら手荷物をばらしているとスマホのファインに新着メッセージが来ていた。杏奈からだ。

 

 AnnA「さっきはお父さんが変なこと言ってごめんね(>_<)普段はちゃんとしてるのにすぐ調子に乗るのほント止めてほしい!! ((ヾ(≧皿≦メ)ノ))』

 広瀬 那月『おちつきたまえ(^^;)気にしてないから大丈夫だよb』

 AnnA『すごく落ち着いた(^^)また明日も遊ぼうね! おやすみなさい(-_-)zzz』

 広瀬 那月『(「おやすみ」の文字の下で兎が丸まって寝ているスタンプ)』

 

 おじさんは俺と話しているときはすぐに下ネタを投げてくるからなぁ、思春期の娘から見たら確かに嫌にもなるだろう。それでも嫌いと言わなかったり普段はちゃんとしているといってもらえているあたり、おじさんはきちんと家族を愛し、愛されているのがわかる。

 

「朝の作り置きは……二人分残ってる。なら適当にサラダ作るだけでいいか」

 

 ファインのやりとりを終えた後、冷蔵庫を確認して簡単に献立を頭の中で組み立てた。その後は自分の部屋で宿題を片付けてスマホを適当にいじっていたら玄関の開く音が聞こえた。

 

「ただいま~!」

「おかえりー」

 

 玄関で母を出迎える。母は肌が色白で黒髪のセミショート、背丈は俺よりもやや低い。俺の身長が大体170cmだから女性の中では十分長身だろう。

 

「うわああああん疲れたもおおおん!」

 

 そういって母はこちらに倒れこみ、そのまま俺の頭をわしわしと撫でてくる。

 

「は~~那月はホントに可愛いねー! 濡れ羽色の髪と対象的な白い肌! 好き!! あ、でも個人的にはもう少し筋肉あったほうがいいかなー抱き着いたときにがっしりと受け止めてくれる胸板とか最高じゃない? それと髪ももう少し伸ばしたほうが絶対モテると思うんだけどどうかしら!」

「はいはいお疲れさまー」

 

 ……これで酔っていないのだから恐ろしい。それ以上にコレに慣れている自分も恐ろしいが。俺が中学の一年か二年のときに来た反抗期もこの過剰な愛情の前に一瞬で終わったんだよな……期間が短すぎてろくに覚えていないが。

 遠い目になりながら適当に受け流した後は母が着替えるのを待ちつつ晩御飯の準備を進めた。

 

 もうすぐ午後十時。晩御飯と入浴を済ませた俺たちは母が取りためた録画の消化にいそしんでいた。といっても俺はニュース以外の番組には興味がないからスマホのゲームをしている。

 

「それで、学校での調子はどう?」

 

 母がテレビを見ながらそう聞いてきた。いきなり聞かれてもな……友達はできたけど二人だけだし、まだ一か月だから勉強も中学の範囲の振り返りだけだし……

 

「んー、別に……普通? だよ」

「出た、普通。やめてよねー、なにも伝わってこないし聴いててつまらないし」

「ぐぬ……」

 

 ぼこぼこである。しょうがないじゃないか、これといったイベントがなかったのだから。でもお母さんの言うこともごもっともだしな……

 

「じゃあ学外ではなんかなかったの?」

 

 黙り込んだ俺を見かねて話題を変えてくれた。無茶ぶり度合いではあまり変わらないような気がするが。

 

「そういえば今日学校から帰るときに寄った本屋でかわいい女の子と話したよ」

「ほーう! 詳しく!!」

 

 グリンという音が聞こえそうな勢いで母がこっちを向いた。

 

「や、まあ同じ本を手に取ろうとして、一冊しか残ってなかったからどうぞどうぞってしただけなんだけど」

「え、それだけ?」

「それだけ。その女の子がかわいかったから記憶に残ってただけ」

 

 はぁ……と大きなため息をつかれた。

 

「それは話したとは言わないとお母さんは思うなー」

「俺もそう思う」

「どうせ那月のことだからドキッ! とかもなかったんでしょ?」

「当たり前でしょ。そこまで飢えてるわけじゃないし」

「なのにかわいいって表現を平然と使うのがつまらないんだよなぁ」

「なんという理不尽……でもちょっと見ただけなのに顔を覚えてるって俺にしては珍しいから!」

 

 そう、俺はどうにも人の顔を覚えるのが苦手で思い出そうとしても顔にだけ()()がかかってしまうのだ。特別親しい人ならそんなことはないのだが、普段接点がない人が相手だと一日と持たずに忘れてしまう。そのためテレビでアイドルや芸能人を見ても誰が誰だかさっぱり分からないのだ。そんな俺がドラマを見ても、誰がどの俳優なのかが分からない以上原作で良くね? となってしまうのである。

 

「いやいや、何回も言うけど那月の()()は単純に人に対して興味を持ってないだけだから」

「そんなことはないと思うけど……」

「だってあんた、基本誰にどう思われようと関係ないとか思ってんでしょ?」

「そりゃ赤の他人にどう思われていようと俺の人生になんの影響もないでしょ」

「そういうとこだぞ那月」

 

 すんごい冷めた目で見られた。どういうとこなんですかね……よくわからんが旗色は悪いということはわかる。

 

「……部屋で学校の宿題片付けて寝る」

「はいはい、おやすみー」

「おやすみー」

「──そうそう、そのかわいい女の子と仲良くなれたらいいわね?」

「うん? あー、そうね」

 

 本を譲っただけの名前も知らない相手と仲良くなるねぇ……うん、無いわ。とは口に出さずに俺は自分の部屋にもどった。

 

 

 

「……はぁ、どうでもいいって聞こえてくるような返事だわ。望月さんちに仲良くしてもらってもあの子の悪癖までは治らないか。杏奈ちゃんと接していればあるいは、と思ったんだけどなぁ」

 

 リビングに残った母がそう独り言ちることを俺が聞くことはなかった。




杏奈ss(後半出番無し)
どうしてこうなった……

応援ください!感想もください!杏奈ssもください!


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普段大人しい人が爆発するとえげつないことになる

初投稿時「14歳相手にR15なことはしないでしょ(笑)」

今回執筆後「あれ、これR15タグ必要になるのでは……?」

そんなお話です。


 五月に入り、窓からの風がすっかり心地よく感じる季節になった。空気が暖かくなっていくとともに、通学路で目にする街路樹や低木の緑に宿る生命の光が増していくのがわかる。俺はこの時期が一番好きだ。暑さもそこまで厳しくなく、鮮やかな若葉色が日常の風景に混ざっていくのを見るとなんとなく嬉しくなるからだ。

 

「うぅ……」

 

 自然に限った話ではないが、若々しく生気がみなぎったものを見るとこちらも癒されるし、元気がもらえる気がする。学校で体育があってへとへとに疲れた帰り道で、背が親のお尻くらいまでしかない子どもが親の手を引っ張って『おいで!』とか言っているのを見るだけで足取りが羽のように軽くなる。なんならスキップで帰ってもいいまである。しないけど。

 

「う゛うう~~……」

 

 同様に、杏奈も俺に癒しと元気を与えてくれる存在である。普段のふるまいこそ無口でおとなしい印象を受けるが、根っこの部分は明るく、物事をポジティブに捉えて積極的に取り組む姿勢を持っている。その姿はむしろ活発な性格であるといえるだろう。彼女の口からたどたどしく紡がれる言葉には活力があふれ出ており、そのギャップが俺に明日を生きる力を与えるのだ。さて、そんな彼女は今……

 

「もう、無理……」

 

 しおっしおのかっぴかぴに干からびていた。

 

「もうやだ……勉強したく、ない……」

「まだ始めてから一時間も経ってないんだけどなぁ……」

 

 干し芋……? という言葉がのどまで出かかったが鋼の意思で抑え込んだ。今の時刻は午後五時四十分。勉強を始めたのが午後五時である。まさかここまで勉強が苦手だとは……やっぱりもっと頭のいい人に見てもらうほうが良かったんじゃ……? 俺は心の中でため息をついて、杏奈の家庭教師を引き受けたことを軽く後悔していた。

 

 

 ────約一ヶ月前

 

「那月くん、ちょっと手伝ってくれないかしらー」

「! 、わかりました」

「……? 、珍しい、ね……お手伝いを頼む、なんて……」

 

 その日は望月家で晩御飯をごちそうになっていた。というのもおばさんから話があると言われたからだ。晩御飯の間はそれらしき話がされなかったため首をかしげていたところ、晩御飯を食べ終えて席を立ったおばさんからお皿洗いの手伝いを頼まれた。いつもなら俺から手伝いを申し出ても『杏奈と一緒にいてあげてー』と断られていたのだ。正面に座るおじさんを見ると目でうなずきを返された。隣に座る杏奈は不思議そうにしているあたり、彼女には聞かれたくない話なのだろう。

 

「杏奈も、やるよ……?」

「那月君がいれば十分だから、杏奈は先に部屋に戻ってて大丈夫よ?」

「え、でも……」

「俺は大丈夫だから、杏奈は先にゲームの用意しといてくれる?」

「……わかった。じゃあ……待ってる、ね」

「うん、やるのは『グランツーパスモ』でよろしく!」

「ん……!」

 

 俺が駆り出されるのを見て自分も手伝おうとする杏奈をおばさんと二人がかりで止めた。最後らへんは勢いでサムズアップしたら杏奈も小さくグッと応えてくれた。杏奈ちゃんマジ天使、略してあま天。なんかおいしそうになった。

 

「……それで、話というのはなんですか?」

 

 杏奈が自分の部屋に戻った後、おばさんが洗い終わったお皿を拭きながら尋ねる。おばさんはお皿洗いの手を止めないまま答えた。

 

「那月君にね、杏奈の家庭教師をお願いしたいの」

「……なるほど」

 

 なるほどー、だからかー。……なるほど~。

 ……さっきから言葉のレパートリーが『なるほど』と『だからか』の二つしか出てこないんだけど。人間あまりにも綺麗に腑に落ちると逆に頭真っ白になるらしい。思わず手を止めて神妙にうなずく俺をみて、おばさんがクスクスとおかしそうに笑った。

 

「驚かないのね?」

「いえ、驚いてはいるんですけど……その、それ以上に納得しちゃって」

 

 そうなの、といってまたしてもおかしそうに笑うおばさん。……クッソ恥ずかしいんだけど。納得しすぎて取り乱すってなんだよ……! 恥ずかしさで耳が赤くなっていくのを感じながらそれを誤魔化そうと、止まっていた手を再び動かした。

 

「那月君はこれからアルバイトをするつもりでしょう?」

「ええ、まあ。といっても高校での生活に慣れてきてからではありますが」

「そこで、望月家は君を家庭教師として雇いたいと考えています!」

 

 話を聞くところによると最近、杏奈が学校の授業に追いつけていないらしい。塾を面倒くさがり、通信教育も同じ理由で手を付けないらしい。ならば家庭教師はどうかと提案したところ……

 

「知らない人を家に上げるなんて絶対ヤダ! って聞かなくて……」

「なるほど」

「でもね、それってつまりは知っている人ならオッケーってことじゃない?」

「なるほど?」

「で、杏奈が慕っていて勉強ができて、アルバイトを始めたがっている人物がうちの隣に住んでいるわけで」

「……なるほど」

「杏奈の家庭教師になれば、那月君は最高の環境で働ける。そちらにとっても、悪い話ではないと思うわよ?」

 

 ……最後だけイラっとしたけど確かにおばさんの言う通りだ。俺としてはシフトが柔軟に決められて、かつ勉強の妨げにならない程度で働けるのであれば職種と給料の額を問わずそこで働くつもりだったのだ。杏奈の家庭教師になればそのすべての条件を満たし、勉強の妨げになるどころか復習も兼ねることができる。家庭教師として求められるレベルも高くなく、正直断る理由がない。あとはせいぜい給料の額がどのくらいなのか程度だが……

 

「お給料はそうねぇ、今のところ週二日で、一コマ二時間だとして……」

「……へぅあ?」

 

 これくらいでどうかしら、と言われた金額は想定していたよりも断然多かった。え、まじで……? 時給換算したらこのあたりの最低賃金と比べて倍はあるんですけど……? さてはほぼ身内だからって甘やかそうとしているな? 

 

「那月君はまだ高校生だから家庭教師としてはちょっと少ない金額だけど、足りないかしら?」

「!?」

 

 嘘だろ……? カテキョってそんな儲かるの……? とショックを受けている俺を見たおばさんは、お給料の方は大丈夫そうねと苦笑していた。

 

「あとは杏奈の意思次第だけど、那月君がやってくれるなら秒で説得できるから心配はいらないわよ♪」

 

 おばさんがウインクしながらそう言うころには、俺の手元にはもう拭くお皿は残っていなかった。

 

 

 ────で、冒頭の場面に至る。あれから杏奈と話し合った結果、彼女の部屋で英語を教えることになった。そして今日は授業初日ということで、最初に中一までの範囲を一通り出したテストを解いてもらい、できているところとできていないところをはっきりさせることからやっていたのだが……

 

「英語、苦手……わからない……」

「いやぁ、でもちゃんと単語の意味を把握してるのはすごいよ!」

「でも、百点中……三十点、だった……」

「テストの点は気にしないでいいものだから! 低くて当たり前なのであって高いと逆に困るから!」

 

 俺は部屋の中央にでかでかと置かれたベッドに腰掛けながら見ていたが、彼女はどうやら英単語を日本語に訳す問題が得意らしい。その他、特にライティングは苦手のようだ。中でもスペルミスが目立つが英語はとにもかくにも慣れである。これから英語を勉強していくとともに直ってくるだろう。うん、想像していたよりも教えやすいかも! ……でもまずは習慣作りからかな。いちいち杏奈から乾奈になられても困るし。

 

「うん、じゃあ十分休憩にしようか!」

「ん……」

 

 蚊の鳴くような声を返した杏奈は、机に手を付けて椅子からゆらりと立ち上がるとすぐ後ろにあるベッドにうつぶせに倒れこんだ。それからピクリともしない様子を見ると相当お疲れらしい。このまま寝られても困るのでこんなこともあろうかと持ってきた秘密兵器を足元に置いていた鞄から取り出した。

 

「甘いもの持ってきたけど食べる?」

 

 チョコレートやビスケットなどの一口で食べられる甘味である。加えて煎餅などのしょっぱいものも持ってきている。この悪魔的な布陣を前にあらがえるものなどいないだろう。クク、我ながら恐ろしいラインナップよ! 

 

「ん……あー」

 

 杏奈はおもむろに体をひっくり返して仰向けになると、口を開けて見せた。……え、食わせろと? 

 

「えー、と。杏奈サン? 食べるのはご自身でやっていただいてですね?」

「……」

 

 やんわりと拒否すると杏奈はむっとした顔になって、ゴロンとうつぶせに戻ってしまった。そして

 

「……ぐぅ」

 

 寝た。

 

「待って待って待ってわかったから食べさせるから!」

「……あー」

 

 俺が慌てて降参すると安奈は再び仰向けになって口を開けた。脅迫の仕方が新しすぎる……とりあえず個包装の封を開けて、中のチョコを取り出す。……これ杏奈の頭が奥にあるから俺も合わせて体を伸ばす必要があるのか。いや面倒くさいな。杏奈の横に座りなおせばいいだけじゃん。

 よいしょ、と杏奈の横にあぐらをかく形で座りなおした。そのときにお菓子の入った鞄を自分の組んだ足の上に持ってくる。

 

「ほら、あーん」

「あーん……んふふ!」

「姫が楽しまれているようで何よりですよチクショウ」

 

 いかん、個包装の小さいものだと指ごとぱくりといかれる……! 食べやすさを意識したのが完全に裏目った! さっきは紙一重で回避できたけど次はない……が、スティック型のお菓子だってある。本当は授業が終わった後に食べる用だったんだけど仕方がない。最後までチョコたっぷりなお菓子を一本取り出して杏奈の口に近づける。

 

「んー♪」

 

 ポリポリと食べていく様は完全に兎のそれであった。かわいさのあまりこのまま眺めていたくなる衝動に駆られたが、鋼鉄の理性で耐えた。休憩時間もあと僅か……そう、今は休憩する時間なんだよな。なのになんで俺はこんなに疲れてるんだろう……まあいいや。次で最後にしよう。取り出したるは歌舞伎揚げ。このままだと一口に収まりきらない大きさなので半分に割ってから封を開けた。二つに割れたうちの一つを取って杏奈の口に近づける。……三回もやれば慣れるな。精神的に。

 

「ほれ、あーん」

「あー……」

「……? 食べないの?」

 

 そのまま口を閉じればお菓子をくわえられるはずなのに杏奈は口を開けたままこちらを見ていた。ど、どうゆうことだってばよ? と戸惑っていると、杏奈が目を細めた。まるでこちらを挑発するように……って、まさか

 

「もっと奥まで入れろと?」

「あ!」

 

 杏奈は挑発的な目線をこちらに送りながら首肯した。チキンレースのお誘いである。……はっはっは、なるほどなるほど。

 

「断る」

「んぐぅ!?」

 

 お菓子をつまんでいた指をパッと離す。姫はどうやらご自身の体勢をお忘れになったらしい。もともと杏奈は仰向けの状態で上から物を口に入れていた。つまりわざわざ口の奥まで入れなくてもお菓子から指を離せば重力に従って口に入るのだ。

 杏奈にとっては完全に不意打ちだったらしく、慌てて体ごと横を向けていた。少しして落ち着いたらしい杏奈は仰向けになってこちらを睨みつけてきた。

 

「なんてことするのお兄ちゃん!」

「妙なことを考えた杏奈が悪い」

「だからって口に放り込むことはないでしょー!?」

「嫌なら自分で食べればいいじゃないか」

 

 俺がそういうと杏奈はむー、とむくれた後、

 

「……あ」

 

 口を開けた。

 

「いや、懲りようよ……」

「いいの! あー!」

 

 わ、わっかんねぇ……ここまでされておいてまだやるか普通? まあ歌舞伎揚げはまだ片方残ってるからいいけどさ。杏奈が自分から食らいついてくることを想定して、なるべく端っこを持って杏奈の口に近づける。

 

「じゃあはい、あーん」

 

 指が入らない程度にお菓子を口に入れた、その時

 

「あむ」

「──え?」

 

 杏奈に俺の手首を掴まれて引き寄せられたかと思うと、持っていたお菓子が食べられていた。──俺の親指と人差し指ごと。

 

「うおおおお!?」

 

 何やってんのこの子ー!? うわなんか指先があったかいんだけどってか今指にあたってるのって舌なんじゃ

 ──ぬるり、と指先にソレが絡みついてきた。ソレは愛おしそうに人差し指の第一関節、第二関節と這いずり回り、その度に指が蕩けていくような感覚に襲われる。

 杏奈の目を見て、ぞっとした。そこには彼女がいつも宿していた光はなく、代わりに夜の闇を限界まで煮詰めたような黒があった。その黒は十四の少女には似つかわしくないほどの淫靡さを湛えていたのだ。ずっと見ていたら飲み込まれてしまいそうな──

 

「~~~~っ!」

「ぷぁ!」

 

 空いていた片方の手でおもいっきりデコピンをかます。ひるんだ隙にくわえられていた指を引き抜くと、杏奈の口との間につぅ、と鈍色の橋がかかった。杏奈は口元を手の甲で拭うと、もう味がしないやと言いながら歌舞伎揚げを咀嚼し、飲み込んだ。

 うわあホントに唾液で橋がかかるんだエッロ……じゃない! 指! あるよね!? ある! よかった! ……でもなくて! 

 

「な、なん、なんなっ!?」

「あはは! お兄ちゃん顔真っ赤だよー?」

 

 激しく動揺しているせいでまともに言葉が出なかった。杏奈はそんな俺を見てケラケラと笑う。いつの間にか彼女から発せられていた妖艶な雰囲気は霧散し、いつもの杏奈に戻っていた。あまりにもいつも通りに笑う杏奈を見ていると、先ほどまでの出来事は夢か何かだったのかと錯覚しそうになる。指に残るてらてらと光る熱が先ほどの出来事が現実のものだと嫌になるほどに物語っていた。それを意識したとたん既に赤くなっている顔がさらに熱くなっていくのがわかる。

 

「なんてことしてんだ!?」

「ふふん、さっきのお返しだよ!」

「それにしたってやりすぎだろ!」

「うるさい! 知らないもん!」

 

 そういって杏奈はうつぶせになった。……知らないもんって君ねぇ……って休憩時間過ぎてるし。

 

「……はぁ。とにかく手を洗ってくるから、俺が戻ってくるまでに勉強の準備をしておくこと!」

「……はーい」

 

 部屋を出て洗面台へ。手を洗うついでに顔も洗って物理的に頭を冷やす。

 ……明らかにさっきの杏奈は異常だった。その直後に知らないと言っていたし、本人も感情と行動を制御できなかったのだろう。つまり彼女からしたらもともと口にくわえる程度のいたずらにするつもりだったが、実際やったら引っ込みがつかなくなった……と、こんなとこか。感情のコントロールが得意な杏奈らしくもないが、まだ中二だし偶にはそんなこともあるよね。うん、分析完了。結論、忘れよう。なかったことにしよう。

 

 部屋に戻ると案の定ベッドでうつぶせに寝そべったままだった。……あんた散々楽しんでたでしょうが! 

 

「おーい、再開するよー」

「……やだ」

「おいおい、俺にいろいろやらせて満足しただろうが」

「……それとこれとは別、だもん」

 

 はっはっは。そうかそうか。ふざけんな。

 

「……」

「……?」

 

 うつぶせになっている杏奈のふくらはぎの上に、足先の方を向いてまたぐように座る。不思議に思った杏奈が身をひねってこちらを伺うのがわかるが、もう遅い。俺の両手を杏奈の両足の裏にそえて──

 

「いいかげんにしろおおおお!」

「~~~~っ!?!?」

 

 両手の指を使って足裏をくすぐった。その途端に杏奈の全身が跳ねる。

 

「あ、あはっ!? ちょ、おにいちゃっ! あははは!」

 

 足をばたつかせようとしているが無駄である。ふくらはぎを抑えられれば動かせるのは足の関節よりも上だけ。体格差もこちらが上回っている以上振り落とされることもない。

 

「や、やめっ、ひぁ! ははは! あっ! やめてぇ……!」

「……」

「ご、ごめんなひゃっ……! あ、あやまる、ひぃっ、あやまるからぁ! あはっ!」

「……ちゃんと勉強するか?」

「ひんっ、する……ぁんっ、しゅるからぁ……!」

「……よろしい」

 

 くすぐりをやめて足の上からどいた。見ると杏奈は時折体をピクピクさせながらベッドのシーツを強く握りしめ、肩で息をしていた。……やりすぎたかな? 

 

「ほら、勉強するよ」

「ま、待って……少し、休ませて……」

「……うん、ごめん」

 

 このあと滅茶苦茶勉強した。




前回のあとがきに感想くださいと書いておきながらログインユーザーしか書けないように設定していた作者がいるらしい。私だった。

許してくださいなんでもしますから!


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誕生日が近いときは一緒に祝うほうが楽・前

前編です。


 五月半ば、本格的に夏を感じてきたころ。暑いは暑いが家にいる分には窓を全開にして半袖でいればまだクーラーをつける必要はない程度。そろそろ扇風機を追加してもいいかもしれない。我が家では扇風機でなるべく粘って、それでも耐え切れなくなったらクーラーをつけるのだ。そしてその時期になると毎年節電のために俺と杏奈のどちらかが互いの家に避難しあうようになる。今までは杏奈と一緒にゲーム三昧の毎日だったのだが、今年からは家庭教師として接する時間も増えるだろう。

 なんにせよ、本をゆっくり読む時間はあまりとれなくなるよなぁ……。今のうちに気になる本を片っ端から読み倒していくのが丸いか? 面白そうだし、近いうち図書館に寄ろうかなぁ。

 

「お兄ちゃん……聞いてる……?」

「──へ?」

「……やっぱり……聞いてない……」

「ご、ごめん」

 

 今日はショッピングモールに杏奈と二人で互いの誕生日プレゼントを選びに来ていた。二人とも学校から直接来たため恰好は制服のままだ。平日とはいえ午後になると人がそれなりに来るらしい。モールの中は移動には困らないとはいえ長居はしたくない程度に混んでいる。

 五月三十一日に杏奈の誕生日があり、その二日前に俺の誕生日があるのだ。去年までは互いに相手が喜ぶものを渡していたが、今年は『相手の家にあると自分が嬉しいもの』をテーマに二人で一緒に考えることになった。このわけのわからんテーマを決めたのは杏奈であり、すでに渡すものも決まっているらしい。それを聞いたときに『早く言ってくれれば用意したのに……!』とこっそり落ち込んだのは内緒。ちなみに個人で買った物を持ち込めばいいじゃないかと言ったらそれじゃつまらないと返された。解せぬ。

 

「だから、その……プレゼント……お兄ちゃんは、決まった……?」

「あぁ、まあ大体は。あとはそれがあるかどうかなんだけど」

「ん……何にしたの……?」

「本棚とかどうかなって思ってる」

「え……本棚……?」

「うん、と言っても組み立て式のちっちゃなやつだけどね」

 

 これから勉強をしていくのなら必要になっていくだろうし、杏奈に読んでほしい本を置いておくこともできる。もしスペースが余ってもゲームソフトを入れておけばいい。むしろなぜ今まで置いてなかったのかと。自分の机があるなら隣に本棚もあってしかるべきだと思うのだが。

 

「ん……そっか……わかった」

 

 思いのほか反応が微妙なような……? いや、俺が変に期待しすぎてたせいでいつも通りの彼女の反応が微妙に感じられるだけか? 

 

「本棚はそれなりに重いはずだし、まずは杏奈の選んだものから見に行こうか」

「うん……杏奈は……クッションにした、よ……!」

「へえ、クッションか。確かにうちにはなかったな」

「ん……だから……いいかな、って」

「うん、俺も家にあったら嬉しいし、いいチョイスだと思う」

 

 俺が首肯すると杏奈は柔らかい笑みを浮かべた。マジ白魔法。

 

「売り場はどこ?」

「ん……こっち……」

 

 モールの中央にあるエスカレーターで上に上がって道なりに進んでいくと目当ての店が見えた。

 

「クッション専門店……?」

「前、ゲーム見に行ったときに……見かけた、から……気になってた」

 

 扉を開けて店の中に入ると店の奥のカラフルな壁が目に入る。よく見るとそれは色とりどりのクッションが棚に並べられたものだった。店の中央には大きなかごが設置されており、その中には棚に並べられたものよりも一回り大きいクッションがゴロゴロと入っている。視界に押し寄せるクッションの量に圧倒されながらも奥に進む。クッションは形とサイズによって分けられており、中には動物の形をしたものもあった。ウサギのクッションは杏奈が特に気に入りそうだ。教えてあげようと後ろを振り向くと──

 

「ふかふか……」

 

 ──かごに入っていたクッションを抱きしめていた。

 

「むぎゅー……」

 

 杏奈が抱きしめる力を強めるとそれに合わせてクッションが形を変える。大きめのクッションらしく、杏奈の顔が完全に埋もれた。そのままぐにぐにと感触を楽しむように腕を動かした後、顔を上げた。

 

「……ぷは」

「……それにするの?」

「ん……まだ……」

 

 クッションをかごに戻してふらりと店内を進んでいく。時折足を止めてはクッションを抱きしめて、気が済んだら戻すという作業を繰り返していた。

 ……見た目以外はどれも同じに見える、とか言ったら怒られるんだろうな。どうせ長引くだろうし、せっかくだから俺も色々試してみるか。

 目の前にある棚から丸い形をしたクッションをひとつ手にとって、握ったり押し潰してみる。そうする度にクッションは柔らかく形を変えて、手が沈み込む。それでいて手を離すと何事もなかったかのように元の形に戻っていく。なるほどこれはいい、と思った次の瞬間にはもう次のクッションに手が伸びていた。四角い形をしたそれは最初に手に取ったものよりもやや硬い感触だった。しかしその硬さは嫌味を感じさせず、むしろ癖になるようなものだった。これは思ったよりも奥が深いかもしれない──

 

 ──時間の感覚がなくなっていたのはそう思ったあたりからだろう。気が付いた時には杏奈が隣に立っていて、生暖かい目で見守っていた。

 

 このあと滅茶苦茶言い訳して二つクッションを買った




前編とはいえ短いって?私もそう思う。


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誕生日が近いときは一緒に祝うほうが楽・後

後編です。


 クッションを買って店を出た俺たちは本棚を買うために『湯印』まで来ていた。湯印は衣料品から食品まで、様々な種類の商品を幅広く取り扱っている小売店である。店の大きさがフロアの一角を占めるほど大きく、家具も取り扱っているため本棚も置いてあるだろうと考えたのだ。いざ行かんと店に入ろうとしたときに杏奈から声をかけられた。

 

「やっぱり……クッションにしない……?」

「……? 何の話?」

「その……プレゼント、を……」

「へ?」

「せっかく……二つ、買ったんだし……」

 

『悲報:自分の選んだプレゼントがドタキャンされる』

 

 思わずそんな字幕が頭に浮かんだ。

 いやいや待て待てなんでだ。さっきは本棚にするって言ったときにはわかった言うてたやんけ! いや確かにその時もあまり喜んでなかったけども! 

 

「や、別にそれでもいいけどさ……嫌だった? 本棚」

「嫌じゃない……! けど……その……」

 

 若干傷つきながら聞くと食い気味に答えられた。本当に嫌だったらスイッチを入れてでもそう主張してくるのが杏奈だし、嘘ではないのだろう。その割には奥歯に物が挟まったような物言いなのが気になるが……? 

 

「……もういい、行こう?」

「お、おう?」

 

 答えを聞く前に杏奈が考えるのをやめた。

 いやそっちにやめられるとこっちは一生わからんのですがそれは。

 

 

 

 

 

「あー……そういうことかー……」

「ん……そう」

 

 結果としては実際に見たほうが速かった。というか見ないと気づかなかった。

 店の広さで若干迷いながら家具のコーナーに着いた俺たちを待ち受けていたのは、想像していた通りの形と大きさの本棚と、まったく想像していなかった現実があったのだ。

 

()()()()()()()使()()()()んだな、本棚って」

「そう……。使えないわけじゃない、けど……」

 

 杏奈の部屋は中央に巨大なベッドが置いてあり、部屋のほとんどの面積がそれに占められている。そのため通路が狭く、高低差のある部屋になっている。つまり床に座ったり壁に向かってしゃがむことができないのだ。そこに本棚を置いたとしても、下段が完全にデッドスペースとなってしまう。小さい本棚だと使いづらい。大きい本棚は上段にも届かない。杏奈は背が低いのだ。しかも部屋に圧迫感を生むため、快適さが失われてしまうだろう。だから杏奈の部屋に本棚がなかったのかと今更合点する。

 完全に盲点だった。俺の部屋は布団だし、空きスペースが広い。背丈もそれなりにあったから想像できなかったのだ。

 なんて情けない。勝手知ったるという顔でいながらその実何もわかっていなかったのだ。本をよく読むからと想像力にも自信があったが、それも現実で発揮されなければ意味がないではないか。

 

「……ごめん。実際に見てみて初めて気づいたよ」

「ん……別に、怒ってるわけじゃない、から……」

「うん。それでも、ごめん」

「じゃあ……ゆる……」

 

 杏奈はそこでピタリと言葉を止めると、少し考えて

 

「許さないから……ゲーセン、行こ?」

 

 いたずらっぽく笑ってそう言ったのだった。

 

 

 ゲームセンターに入ると同時に音の嵐に襲われる。しかし慣れというのは恐ろしいもので、初めてゲーセンに入ったときは耳をふさいでも5分ともたなかったが、今では両手が荷物でいっぱいでも余裕で居られるようになった。思えば遠くまで来たものだ……

 

「お兄ちゃん! あれやろうあれ!」

 

 スイッチの入った杏奈がそう言って指をさした先には見覚えのないアーケードゲーム機が並んでいた。

 

「へー! 、新しいやつ!?」

「そう! こないだ来た時からやりたいと思ってたんだー!」

 

 騒音の中で自然と大きくなる声で聞くと、同じように大きくなった声が返ってくる。最も、杏奈は純粋にテンションが上がっているだけだろうが。

 しかし新しいゲームの割には並んでいる人が少ないし置いてある台の数もたったの2台。この店が不人気というわけではないし、今は別に人が少ない時間というわけでもない。現にゲーセンの中には俺や杏奈と同じ制服を着た学生を多く見かける。さすがに並ぶ必要はあるが、それでも二人待ち程度だ。何か理由でもあるのだろうか。不思議に思い杏奈に尋ねると

 

「あのネクストが作ってるからだと思う」

「なるほど」

 

『ネクストソフト』、通称ネクストは全方面において非常にクオリティーの高いゲームを出し続けているゲームメーカーである。ただ生み出したゲームの悉くが殺意と悪意にまみれた難易度となっており、あの杏奈でさえ心を折られて手を付けなかった時期があった。文字通り次世代(ネクスト)級のゲームを創り出すため、コアなゲーマーには根強い人気があるのだが……

 

「あのネクストが新作を筐体で出すってなったときはネットで祭りになってたよ!」

「だろうね。どう考えても地獄だもん」

「出来の方もちゃんといつものに仕上がってるんだって!」

「もうそれ貯金箱じゃん……」

「だもん、やるっきゃないよね!」

「当然!」

 

 無論、今は俺と杏奈も立派なネクストユーザーである。後ろからちらちらと見えるゲーム画面がもう面白そうでワクワクする。

 このテンションをどうにかしようとモバイルでこのゲームについて調べたところ、どうやらこのゲームは専用のカードに記録しながら進めていくアクションゲームらしい。このゲームにはコンティニュー機能がついているらしく、連コ推奨だそうな。……これ始めるのにも続けるのにもめっちゃお金必要ですやん……。

 と思った瞬間にちょうど前の二人が空いた台に入っていく。どうやらさっきまでプレイしていた二人は対戦していたらしい。遊ぶなら今のうちにお金を崩してこなくちゃダメだな。

 

「対戦もできるみたいだけど、どうする?」

「うーん……どうしよう……」

 

 初めて触るし最初はストーリー? でもせっかく二人で来てるんだし……と悩み始めた杏奈にお札を換金してくることを伝えてその場を離れた。

 

 今日がとびきりの厄日であることにその時の俺は気づいていなかったのだ。

 

 

 

 

 

「君こんな可愛いのに一人でゲームセンターに来るんだねー! 名前なんて言うの?」

「俺らもゲーム大好きだからさー、一緒に遊ばない?」

「い、いや、その、えっと……!」

 

 お金を崩して戻ってくると、杏奈が若い男二人にナンパされていた。

 

 ……

 …………

 ………………あー。

 なるほど殺そう。

 

 というのは冗談として、どうしたものか。見たときは一瞬焦ったが、今の彼女はON奈だ。これを機にナンパのあしらい方を覚えてはどうだろうか。杏奈が自身の自己評価を改めるにもいい機会だろう。杏奈は自分の可愛さを自覚するべきだとは前から思っていたし。いざというときは俺が助けに行けば問題ないだろう。

 

「あ、杏奈は、その、一緒に来ている人がいるから! だから」

「え! そうなん? じゃあその子とも一緒に遊ぼうよー! てかアンナちゃんていうんだねー!」

「バッカお前、そのお友達が男だったら同じこと言えんのかよー」

「大丈夫ダイジョーブ! 男だったらこんなかわいい子を一人にしたりしねーから!」

「あー確かに俺だったら一人にしねーわ」

「だろー? だから杏奈ちゃんのお友達は間違いなく女の子! QEDQED!」

「言いたいだけだろそれ!」

 

 ゲラゲラと笑う男二人とそのテンションに気圧されて半泣きになる杏奈。なかなかの惨状だった。一瞬で名前バレしたしおそらく大学生であろう二人組は話を聞かないうえにアホだった。まあ頭が緩くなければ明らかに中学生とわかる子に声をかけたりはしないだろう。ロリコン認定待ったなしである。

 ……流石に二対一は分が悪かったか? でもナンパなんて大体は数人でかかるからなぁ。男たちの見た目もヤンキーってわけでもなく普通の優男だし、まだ優しいほうだと思うのだが。……あ、杏奈と目が合った。

 

 杏奈は俺を見つけたとたん目をむいて訴えかけてくる。

 

 ──何やってんのお兄ちゃん!? 助けてよ! 

 いい機会だからナンパされたときの対処方を学べばいいと思って。

 ──何言ってんの? ホント何言ってんの!? いらないからそういうの!! 

 いざというときは助けるから頑張って! 

 ──いや無理だから! 杏奈には無理ゲーだから!! 今! 今助けてよ!! 

 じゃあ店員さん呼んでくるから待っててー

 ──はああああ!? 助けるってお兄ちゃんがじゃないの!? あーもういい!! 

 

 ちょっとしたジョークだったのだがアイコンタクトでは伝わらなかったのか、杏奈はこっちを睨みながら駆け寄ってきた。

 なるほど、物理的に逃げるというのも有効ではある。ただ杏奈は足がそこまで速いわけではないし、簡単に追いつかれてしまうのではないか。現に男たちも追いかけてきてるし。

 俺が杏奈の行動の是非について考えている間に杏奈は俺の腕をつかむと一瞬の逡巡の後、そのまま腕を組んできた。

 ハハハ杏奈さんそんな顔を赤くして腕を絡められると俺も照れちゃああいたいいたいいたいミシミシいってるんですけどとれちゃうんですけど

 

「あ、あの杏奈サン?」

「うるさい黙って杏奈に合わせて」

「えぇ……」

 

 杏奈を追いかけてきた男二人組が俺をじろりと見てきた。

 

 ──なんだこいつ……

 ──まさかアンナちゃんの……

 

 なーんて思ってるんだろうなぁわかりやすい。声が聞こえてくるようだ。

 あまりに不躾な視線にあきれていると、下を向いていた杏奈が突然顔をあげて

 

「杏奈は、お……この人と、かか、彼氏……と! 来てたの!」

「「!?」」

 

 そんなことを大声で言ってのけた。

 ……まぁ、腕を組まれた時点で予想はしてたけども。実際杏奈が言わなかったら俺から言ってたとこだし。流石にそうまでされたらナンパも形無しだろう。とはいえここで食い下がられても面倒だし、こっちからダメ押ししておくか。

 

「……一応言っておきますけど、嘘じゃないですよ。なんなら証拠、見せましょうか?」

「「「!?」」」

 

 そう言って組んでいた腕をほどいて杏奈の腰に回して抱き寄せる。そして動揺して固まっている杏奈にゆっくりと顔を近づけていく──

 

「ッチ、気持ち悪いモン見せんな!」

「はーあほくさ。帰るぞ」

 

 本当にキスすることになるかもなぁ、と後で杏奈にボコボコにされる覚悟を決めていると、男二人がそそくさと去っていった。間一髪だった。いろいろと。

 杏奈はというと目をギュッと瞑って顔を真っ赤にしながらプルプルと震えていた。

 

 どうする? 

 

 >声をかける

 >キスをする

 >このままながめてるのもいいか

 

 ……うん、真ん中と下はバッドエンド待ったなしだし、普通に声をかけよう。

 

「杏奈、もう大丈夫だよ」

「…………え? ……あ」

「一人でよく頑張ったね。同行者のとこに逃げるってのもナンパの対処方としては有効だし、うん、えらいえらい!」

「……か」

「え?」

「お兄ちゃんの、ばかあああああああ!!」

 

 あんなの せいけんづき! 

 きゅうしょに あたった! 

 なつきは たおれた! 

 …… …… ……

 …… …… ……

 なつきは めのまえが まっくらに なった! 

 

 ひんしの さいふと きげんがなおった あんなとともに

 ゆっくりと じたくへ かえるのであった




OFF奈はセリフに特徴があるからいつしゃべっているのかが分かりやすい
ON奈は三点リーダーいらないからセリフが書きやすい
ということで杏奈は書きやすいからみんなも杏奈を主人公・ヒロインにした小説を書きやがれくださいお願いします!


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イメチェンは変わるまでが難しい

令和記念投稿失敗


 杏奈の怒りを買って素寒貧になった日の翌日のこと。俺は杏奈へのプレゼント用に買ったクッションの使い心地を試しながら本を読んでいた。クッションはそこそこ大きいサイズであり、抱えると上に腕を乗せることができるため本が読みやすかった。

 なかなかいい買い物をした……と満足していると家のチャイムがなった。誰かと思って出てみると、暗い顔をした杏奈が立っていた。

 いつも遊びに来るときは来る前に一言メッセージを入れてくるのだが、モバイルを見ても通知は入っていなかった。不思議に思いながらもとりあえず中に入ってもらい、飲み物を用意しながら話を切り出してみる。

 

「今日はどうしたの? 遊びに来た割には暗い顔してるけど」

「違う……その、昨日のことで……」

 

 まさかの追撃である。緊急事態だったとはいえキスをしようとしたことは杏奈を傷つけるものだったと深く反省したし、杏奈にも謝って何とか許してもらえたと思っていたのだが……。流石にもうゲーセンに付き合えるほどのお金が残っていないので命乞いをしてみる。

 

「……ごめん。そのことについてはあの後とっても反省したから許してほしいんだけど……」

「あ……そうじゃなくて、むしろ杏奈が謝らなきゃって、思って……」

「え? いやあれは俺が完全に」

「それは! ……もう、いいから……。それで、杏奈もやりすぎた、から……」

 

 俺の言葉をさえぎってまで謝ってくる杏奈。どうやら慰謝料請求の類ではないらしい。そのことに少しホッとしながら話を聞くと、杏奈は昨日、頭に血が上って必要以上に俺にあたったことを気に病んでいるらしい。今日はそのことを謝りに来たそうだ。

 

「ごめんなさい……」

「いやいや、俺の自業自得だから。だから杏奈が謝ることないよ」

「でも……」

「それにお金があっても本ぐらいにしか使わないからね。杏奈と楽しく遊ぶために使ったと思えば安いものだよ」

 

 ちょっと一度に使いすぎたけどネ! 

 

「……」

「さ、この話は終わり! せっかく来たんだしゲームでもしてく?」

「……うー」

 

 我ながらスマートな対応ができたと思ったが杏奈はそれでは不満らしい。コミュニケーションは教本どおりにいかないものだな、と心の中で苦笑する。

 

「……それじゃ気が済まない?」

「ん……」

 

 さてどうするか。杏奈は妙に敏いところがあるから適当にあしらうのはダメだ。俺がそこそこ得をして、かつ杏奈に辛い思いをさせない案を考えねば……。

 杏奈と一緒にゲーム、で良ければさっき聞いたときにうなずいてるか。

 今度は杏奈のおごりでゲーセン? ヒモみたいでちょっとやだな。うーん、杏奈としたいこと……杏奈にしたいことでもいいのか。

 ……杏奈の髪に顔をうずめたい? いやいやいや論外だわ。そんなことを言ってみろ俺の信用は今度こそがた落ちだ。もう少し変態度を抑えたやつで……あ、でもそうか。髪か。

 

「じゃあちょっとやってみたいことがあるんだけどさ……」

「ん……なんでも付き合う、よ……!」

 

 

 ・・・・・・

 

 

「……髪型を、変えてみる?」

「そう。そしてそれを俺に手伝わせてほしい!」

「……まぁ、いい……けど」

 

 洗面台の前に無理やり部屋から持ってきた椅子を置いて、杏奈に座ってもらう。俺はその後ろに立って杏奈の髪型を変えていく。

 ……完璧だ。完璧な計画だ。俺は役得で、杏奈も納得できて、彼女の新しい魅力を見つけることができる。三方良しとはこのことである。

 

「……お兄ちゃんは、髪フェチなの……?」

「……いや、違うよ?」

 

 多分。きっと。メイビー。

 

 鏡ごしにジトッとした視線を送ってくる杏奈と目をそらす俺。……あれ、目をそらした時点で認めているようなものでは……? いやそんなことは……。

 

「……そうなんだ」

 

 そう言って杏奈はくしくしと前髪をいじった。

 ……え、どっち? どっちの意味のそうなんだなの? お兄ちゃん違うって言ったからね!? 

 

「それで、どうするの……?」

「む、そうさな……」

 

 そうなんだの意味は気になったが、それは後だ。今大事なのは杏奈の髪型である。

 最初だし簡単そうなやつにしよう。となると……

 

「ポニテにしてみよう」

 

 いざ、と杏奈の髪を前髪を残して一つにまとめていく。……頭をなでる度に思ってはいたけど、杏奈の髪は割としっかりした髪質だ。それでいて量があるためフッカフカだった。しかし感触はなめらかでしなやかに指を通すため、まとめようとするとするりと手から髪がこぼれるのだ。細かい毛までまとめようとしてうっかり杏奈の首や耳の後ろに触ると杏奈がピクッと小さく跳ねて若干気まずい空気になるし。俺自身慣れない中、モバイルを駆使して苦労しながらもなんとかまとめると……

 

「これは……ポニテっつーか……」

「ゲームに出てくる剣士、とか……侍みたい、だね……」

 

 腰まである長さの髪をそのままポニテにしようとするのは無理があったようで、杏奈の言う通りゲーム内だからこそ許される髪型になってしまった。

 

「現実でやるには少し違和感あるなぁ」

「だね……あと、頭が……後ろに、引っ張られる感じ……」

「あぁ、一つにするとそうなるのか」

 

 残念ながらポニテは却下である。後ろから見るうなじはなかなか良かったのだが。

 

「じゃあ次はツインテ行ってみるか」

「……それこそ、二次元でしか許されないような……」

「まあ物は試しって言うし」

 

 やってみた。

 

「……杏奈ってゴスロリ持ってたっけ」

「持ってるわけ、ない……」

「普段着てる服には似合わないよなぁ」

「ちょっと、無理がある……ね」

「次だな」

「……かんちがいしないでよね」

「急にどしたの」

「せっかくだから……言ってみた」

「杏奈も割とノリノリだよね」

 

 その後もスマホで検索しながら試していった結果、結局いつもの髪型がしっくり納まることがわかった。まあ俺たちの技量でできて、杏奈が面倒くさがらない髪型という時点で大体予想はついていた。遊んだ側の俺はその結果でも満足していたが、遊ばれた側の杏奈はがっくりとしていた。それでも俺が楽しめたことと、それについての感謝をすると、杏奈はよかったと優しい笑みを浮かべたのだった。




今更ですが、UA1000突破しました!
……本当に今更すぎる。なんかもう1500行きそうなんですけど!

勢いで始めたこの小説は今でも書き方を模索しながら執筆しています。これからもマイペースではありますが書き続けていきますので、応援のほどよろしくお願いします!


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望月杏奈改造計画(なお本人の同意は得ていない)

『プロデューサーレベルを上げる』『小説も書く』どっちもやらなくっちゃあならないってのが「作者」のつらいところですね。


「アンタ何言ってんの?」

 

 杏奈が帰った後、母に今日の事を話したときの反応がこれである。

 

「え? だから杏奈の髪型はいつものが一番だなって……」

「アンタ何言ってんの?」

「色々試してみたけどいつものに比べると微妙だったし……」

「アンタ何言ってんの?」

 

 こ、怖え……! ひたすら叩き潰してくるんだけどこの人! 

 俺が黙っていると母は大きなため息をついて、直接見たわけじゃないからあまり強くは言えないけど、と前置きしてからこう言った。

 

「杏奈ちゃんの髪型はあれ以外似合わないなんてよくも言えたものよね」

「い、いや似合わないとは言ってないよ。ただいつものが一番自然だなって」

「同じことよ。いい? その人がいつもしている髪型が一番だなんてのは当たり前なの。本人もそう思ってるからそうしてるわけだし。それに見る側にもその方が変化がないから安心するっていう心理がはたらくからね」

「……!」

「だからいつものが一番って思うのは悪いことじゃないけど、那月はそれでも髪型を変えてみようとしたんでしょ? だったら変化があって、ある程度の違和感があるのは当然のこととして受け入れなきゃ」

「うぐ……」

「というかあの天使を素材に使って微妙なもの生み出す那月にびっくりだわ。……まあ那月は不器用だからしょうがないか」

「ご、ごめんなさい……」

 

 それはもう、切られに切られまくった。

 俺の心はバラバラ死体。

 なんか売れないロックの歌詞みたいになった。というか十分強く言ってますお母様……! 

 

「私に謝ってもしょうがないでしょうに。……わかった。じゃあ今度の休みに杏奈ちゃんの予定を取っておきなさい。お家デートしませんかーとかいって」

「え? 何故に?」

「ふふ、私……いや、私たちに任せなさい。那月の目の前で分からせてあげるわ」

「いったい何が始まるんです?」

「第さん……じゃない、二次杏奈ちゃん革命よ!」

 

 

 ・・・・・・

 

 

「第二次ー!」

「杏奈ちゃん改造大作せーん!」

「「イエーイ!!」」

「いよっ! 待ってましたー!」

「……え。……えっ?」

 

 ……なぁにこれぇ

 

 日曜日、杏奈の家に広瀬家と望月家の全員が集まっていた。

 おもむろに杏奈を連れて前に立って盛り上がる母親たち。隣に座っているおじさんもノリノリである。杏奈本人が置いてかれてるんですがそれは。というか革命じゃなくなってるし。

 

「説明しましょう! これはこともあろうに杏奈ちゃんに向かっていつもの髪型以外は似合わないと言い放ったうちのバカ息子に再教育させるために杏奈ちゃんママと一緒に杏奈ちゃんを可愛くしちゃおうという企画よ! ほんとうちの唐変木が失礼しました!」

「え、いや……え、何て……?」

「いいのよー、那月くんは男の子だし、悪意があって言ったわけでもなさそうだし」

 

 それにこんな面白そうなことができるんだもの、と笑うおばさん。

 うん。なんというかもうね、制御不能。

 ツッコミがあの場にいないんだもん。

 状況が理解できていなくとも身の危険を本能的に察知したのであろう杏奈が俺に助けを求める視線を送ってくるが、今回のは本当に無理だ。俺が原因である以上発言権などないのだから。

 黙って首を横に振ると杏奈の顔が絶望に染まる。

 

「じゃあ早速やっていきましょう!」

「おー!」

「ちょ、ちょっと、待っ……」

 

 杏奈は抵抗むなしく奥の部屋に連れ込まれるのだった。

 

 ──10分後

 

「第一弾! どうぞ!」

「おお……」

 

 そのかわいさのあまり思わず声がもれた。

 部屋から出てきた杏奈は髪をヘアゴムで首の後ろあたりで緩く束ねていた。しっかりと束ねているわけではないため、きっちりしすぎず、広がりすぎずのボリュームを保っている。

 これと同じような髪型は前回試したが、俺の時とは違った印象を受けた。

 俺がやったときはきっちりしていてメガネがあれば似合うかなぁ程度だったのが、今の杏奈はメガネをかけていなくてもすっきりとまとまった清楚な印象だ。こんな同級生がいたらと思わずにはいられない。

 ……というか本当に杏奈が綺麗になっている気がするような? 

 

「一応薄ーくナチュラルメイクはしてあるわ。まだ中学生だから本当に薄くだけどね」

「若いっていいわねー、羨ましいわぁ」

 

 俺の疑問を母が説明し、おばさんは顔に手を当てて軽くため息をつく。

 おじさんが、お前も十分綺麗だぞ! と言うとおばさんがやだもうと照れながらその場でデコピンのようなしぐさをした。ビッ! という音が聞こえたかと思うと隣でおじさんが崩れ落ちた。

 ……え、何メートルか離れてたよね? 直接当ててないよね? どういう理屈? 

 

「そしてそこからの~……こう!」

 

 その場で母が杏奈の髪をほどいて今度はポニーテールに仕上げた。これまた俺の時と違い、顔の横の髪を長く残しているためバランスがとれている。なるほどこれなら侍なんかじゃなくてスポーティーな少女に見える。ジャージや体操服が似合いそうだ。

 

「私はこういうのもいいと思うのだけれど」

 

 おばさんがそう言って、ポニテを半分に折りたたんでヘアクリップでまとめた。

 

「あら、いいわね!」

「でしょう?」

 

 後ろに流れる髪を一つにまとめたものを半分にしたことで、ショートヘアのように見える。そのためややいつもよりも幼く見えた。

 先ほどから慣れない化粧をさせられて、それを家族や俺に見られていることで顔を赤くさせている杏奈が、目を潤ませながらこちらをやや上目遣いで見つめてくる。髪型も相まってめっちゃかわいい。思わず抱きしめて通報されるレベル。抱きしめるのはまずいから登下校中ずっと見守るだけにしよう。そしたら被害届を出されるだけで済むし。どっちにしろアウトだった。

 

 ……お昼ぐらいまで続くんだろうなぁこれ。変なことに巻き込んでごめん。そう心の中で杏奈に謝りながらも、ショーを楽しむことにした。

 

 

 ・・・・・・

 

 

「いやあ今日は楽しかったー!」

「そうねー! 久しぶりに杏奈と遊べた気がするわ♪」

「最近はあまり構えてなかったからなぁ! いやあ満足満足!」

「……無理。もう、むり……」

「……女性の買い物っていつもこうなのか……?」

 

 その後も髪型の次はおしゃれだとテーマが変わり、外で服を試着しまくった。それはもう幅広く。母たちの服選びのセンスは非常に良く、いつもの杏奈とはまるで違う服であっても違和感を感じさせない着こなしでコーディネートされていた。俺も杏奈の新しい可能性を知ることができたのでそれは良かったのだが、いかんせんこなした数が多すぎた。

 途中うっかり杏奈が、あとはアクセサリーがあれば一式スキルが発動するね、などと口走ったものだから母たちが小物にまでこだわりはじめた。自分の失言に気づいた杏奈の顔もまた、新しい一面のうちに入るレベルだった。

 全て終わるころには空が赤く染まり、男たちの手にはいくつかの紙袋が握られていた。俺と杏奈は体力と精神力が削り取られてげっそりとしていたが、大人組は反対につやつやとしていたのだった。

 

「あ、帰ったら新しい服に似合う髪型も研究しなくちゃね!」

 

 その言葉を聞いて、杏奈の目から光が消えた。




最近新しいネタが浮かんできたので桜守さんについて書きたいと思っているのですが、このタイミングで新規小説を書くのはさすがに無茶がありますかね?


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風の戦士は嵐を巻き起こす

大変お待たせしました。投稿ペース的にも話の進展具合的にも。
やっとストーリーが進みそうです。

感想・評価が露骨にモチベーションに関わってくることが判明したので、ぜひぜひ応援のほどよろしくお願いします!


 ──Lily knightからパーティー申請が届きました! 

 

「あ……」

「お?」

 

 とある日のこと。杏奈とゲームをしていたら知らない人からパーティー申請が届いた。今やっているのはオンラインゲームだからこういうことは日常茶飯事ではあるのだが、今はお互いのフレンド以外からの申請は受け付けていない。つまりは杏奈のフレンドの一人なのだろう。

 

「ど、どうしよう……」

 

 クイ、と困ったように上を向いて俺の方を見てくる杏奈。彼女はゲーセンの一件以来、俺の膝の上でゲームをするようになったのだ。小さくてかわいくてやわらくてあったかかった。かわいさの暴力。語彙力の喪失。

 それはともかく、フレンドと遊んでいるときに他のフレンドが入ってくる。これはオンラインゲームあるあるの一つだろう。仲介人となった人はそれぞれに説明と確認をとる必要があり、知らないフレンド同士は互いにやりづらくなることも多い。

 このLily knightという人は杏奈がログインしているのを知って自分から申請を送ってくるあたり、杏奈とはよくパーティーを組んでいるのだろう。申請を受けるのは杏奈本人からしたら微妙に気まずいだろうが、だからといって断るのも味が悪いだろう。

 

「別に俺は気にしないよ」

「ん……ありがと……」

 

 ──Lily knightがパーティーに加わりました! 

 

 Lily knight:ビビットさんこんにちはー! 

 vivid rabbit:リリーさんこんにちは! 

 moon light:こんにちは! 

 Lily knight:わ、moon lightさん初めましてー! よろしくお願いします! 

 moon light:よろしく! 

 

 ショートカットに登録している挨拶を送る。……んー、どうしようか。

 

「リアルで一緒にいることは話す?」

「ん…………お兄ちゃんが良いなら……話した方がいい、かも……」

「おけ、じゃあ俺の言葉も杏奈が代わりに入力すればいいか」

「ん……そうだね……」

 

 vivid rabbit:実はmoon lightは今、私と一緒にいるんだよ! 

 Lily knight:え、リアルで? もしかしてお邪魔しちゃった!? 失礼しました! 

 vivid rabbit:まって

 moon light:ちょっと待って! 

 

 今にもログアウトしそうなLily knightを慌てて止める。……ショートカット使った俺より杏奈のタイピングの方が速いってどういうことなの……。数秒経ってもログアウトされないのを見て、二人してほっと息をついた。

 

 vivid rabbit:全然邪魔じゃないよ! リリーさんも一緒にやろう? 

 Lily knight:でも、せっかく二人で遊んでたのに……

 vivid rabbit:私はリリーさんとも一緒に遊びたいな! moon lightもそう言ってるよ! 

 ──moon lightはサムズアップした。

 Lily knight:ビビットさん、moon lightさん、ありがとう! じゃあ改めてよろしくお願いします! 

 moon light:よろしく! 

 vivid rabbit:よろしくね! 

 vivid rabbit:あ、moon lightの言葉はこれからは私が代わりに打つね! 

 vivid rabbit:一つしかないキーボードを私が独占してるから(笑)

 Lily knight:そうなんだ(笑

 Lily knight:了解! 

 

 その後は、三人でクエストをこなし、ダンジョンをひたすら周回した。パーティーを組んでクエストをいくつか消化したあたりから、俺とLily knightはお互いに、ナイトさん、月光さん、というコールネームで呼び合うようになっていた。

 ちなみに女性のアバターで百合の名前が入っていたことから、最初はナイトさんではなく百合子さんと呼ぼうとした。本人に恥ずかしいからそれはやめてほしいと言われたために変えたのが今の呼び方である。良いと思うんだけどなぁ、百合子さん。わかりやすくて。でも杏奈もちょっと嫌そうだったしなぁ。……あれ、もしかして俺のセンス酷かったりする……!? 

 

「しっかしナイトさんつえぇな」

「そう……すごく、上手……だから……一緒だと、頼もしい……!」

 

 ナイトさんは味方のサポートにとても長けていた。常に味方のバフを切らさず、杏奈の体力が減ったら回復をかけた。ボス敵の大技が来そうになってもすかさず回避バフをかけたため、杏奈は攻撃の手を緩めることなく敵に張り付き続けた。さらにナイトさんはタンクとしても活躍できるスキル構成にしているようで、ボス戦では雑魚敵のヘイトを引き付けていた。

 本人曰くパーティーで活躍できるように色々やろうとしたら器用貧乏になったと言って笑っていたが、ナイトさんのプレイングスキルは見るものにそう思わせないほどの冴えを持っていた。

 

「杏奈も随分ナイトさんのことを信頼してるんだな」

「ん……杏奈が、このゲームを始めたときからの……フレンドだから……」

「そうなのか」

「お兄ちゃんとは……年季が、違う……♪」

「ぐへぇー、参りました!」

 

 クスクスと楽しそうに笑う杏奈。杏奈は自分の相棒が褒められて嬉しいのだろう。静かにナイトさんを誇る姿はまるで長年付き添った夫婦のようだった。

 

「……でも」

「うん?」

「お兄ちゃんも……杏奈にとって、大切な人……だよ……?」

 

 そう言って杏奈は、やや顔を赤らめながら上目づかいで俺の顔を見た。

 

「そういうことは簡単に異性に言っちゃダメだぞ」

「……無言で、頭をなでられるから……?」

「いつの間に!?」

 

 無意識のうちに杏奈の頭をなでていた。いやあすごい破壊力だった。うっかり勘違いするところだった。

 

「それなら……お兄ちゃんだけに言う、ね……♪」

「はははうれしいなぁ」

 

 二回攻撃ってずるいよね。されるとすごいびっくりするよね。ダメ押しは対人において最強……。

 ……ちょっと電波が飛び交ってますね……。

 

「さて、せっかくだしナイトさんともフレンドになっておこうかな。これからもお世話になりたいし」

「ん………………だめ」

「えっ」

 

 話題を強引に変えると、杏奈の顔が急に曇った。……なんでや! いくら俺が基本ソロプレイヤーだからってフレンドは増やしたいんだぞ! 

 

「…………その、リリーさんに、悪い虫が寄らないように……」

「俺って悪い虫なの!?」

 

 まさか過ぎる表現だった。

 

「いや、俺がそうだったとしてもナイトさんは男かもしれないし、関係ないんじゃないか?」

 

 そう言った途端に心がもやっとした。……や、それこそなんでだよ。自分でツッコんじゃったよ。ナイトさんの性格は俺たちにとってどうでもいいはずだ。……そう、そのはずだ。

 

「ん……でも……」

「じゃあいったん聞いてみて、ナイトさんが断ってきたら諦める。こうしよう」

「……それ、変わってない……」

「いいじゃないか。ほら、早く聞いてみてよ」

「………………ん」

 

 仕方なく、といった風に杏奈にしてはゆっくりなスピードでキーボードをたたく。カタカタという音が静かな空間に響いた。

 

 vivid rabbit:リリーさん、月光がリリーさんとフレンドになりたいってさ

 Lily knight:え? うん、いいですよー! 

 vivid rabbit:本当にいいの? 月光さんは男だよ? 

 

「おい」

「…………ひゃめへ」

 

 むにー、と杏奈のほっぺをつねる。一瞬だけ杏奈のアホ毛が犬のしっぽのようにゆらゆらと揺れたが、すぐに不機嫌そうな声が返ってきた。

 そしてリリーさんからの返事は少し間が空いてからだった。

 

 Lily knight:返事が遅くなってごめんね! ちょっと別のとこに行ってた! 

 Lily knight:月光さんが男でも全然かまわないよ! 

 Lily knight:というか性別関係ないし(笑

 

「やったぜ」

「……むぅ」

 

 すぐさまナイトさんにフレンド申請を送る。これまたすぐに申請が受理された。

 

 moon light:ありがとう! 

 moon light:よろしく! 

 Lily knight:月光さん、これからよろしくお願いします! 

 

 その後、ゲームからログアウトした後も杏奈はどこか不機嫌そうだった。どこか不安そうだった、ともいえる。俺の信用がなさ過ぎてつらい。

 まぁ親しい友人に他の友人ができるとちょっとジェラシー感じるよね。わかるわか……

 

「……これからリリーさんと……遊んだときは、教えてね……?」

「いやこえーよ」

 

 ……あれ、杏奈ってもしかして独占欲が強い……? 

 

 まるで生乾きのシャツのようにじっとりと張り付く杏奈の視線に、俺は冷や汗を流したのだった。




「お、男……?そっか、二人はリアルで一緒なんだもんね」
「あれ?月光さんは男って……まるでビビットさんが女みたいな……まあその方が納得はするんだけど。むしろビビットさんが男って言われた方がショックかもしれない」
「……でもちょっと違和感あるなぁ、ビビットさんの言い方」
「……もしかしてビビットさんは月光さんのことが好きだったり!?」
「で、やきもちのせいでどこかトゲのある文章になっていると!」
「じゃあ私という存在のせいで二人の間に変化が……!」
「……ハッ!?だ、ダメダメ!ビビットさんも男っていうこともあるし女でも月光さんに気があるとも限らないしなによりビビットさんがこうしてメッセージを書いてるんだからなんであれ合意の上だよね。うん!返事をしなきゃ!」


というのが裏であったりなかったり。
どっちかっつーと小鳥さんっぽいなこれ。


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七尾百合子との遭遇

お待たせしました!

違うんですよ(初手言い訳)
小説を書くために小説を読んでいたらこう……書く時間が……ね?
危うく冒頭部分を変える必要が出てくるところだったぜい……。

で、では、どうぞ!


 五月下旬、いよいよ俺と杏奈の誕生日が近くなって最近そわそわすることが増えてきた。自分のことはどうでもいいが、杏奈の誕生日となると途端に特別感が出てくるのはどう考えても杏奈がかわいすぎるのが悪い。ラノベ風。長いうえに当然の帰結だった。

 さて、そんな俺は今日、図書館に来ていた。自動ドアをくぐる時、普段であれば快晴であるはずの俺の心にはぶ厚い雲がかかっていた。

 

「まさか高校生になっても読書感想文を書かされるとはなぁ……」

 

 国語の授業にて、指定された本を読んで、四百文字程度で感想を書くという課題を出されたのだ。書く量こそ少ないが、俺はどうにもこの読書感想文というものが嫌いだった。俺の中で本とは娯楽・嗜好品であり、他人に強制されて読むものではないと考えているし、読んだ感想を文字に起こすと途端に陳腐になってしまう気がするからだ。自分の本の読み方の問題だとか、感想を言葉にできるだけの語彙力がないのが悪いというのは分かってはいる。分かってはいるがとにかく気に食わないのだ。

 

「はぁ……とはいえ出さないわけにもいかないしな。読むだけ読んで、適当に書くか」

 

 図書館内を適当に見回りながら良さげな席を探す。この図書館はそこそこの規模で、大きく分けて『文庫本』『雑誌・新聞紙』『絵本・図鑑』の三つのエリアに分けられていた。『雑誌・新聞紙』のエリアはすでにおじいちゃんおばあちゃんたちに占領されていて、『絵本・図鑑』エリアには小さい子どもたちが居て、紙を広げてペンを動かす気にもなれなかったため、残った『文庫本』エリアで席を探すことにした。そこのエリアを利用する人はその場で読むのではなく借りて帰る人が多いようで、空いている席はいくらでもあった。さてどこに座ろうかと悩んで精一杯の時間稼ぎをしながらうろついていると、一人の少女が目に留まった。

 

 藍色の髪に、ぱっちりとした瞳。肌は色白で本を読む姿がよく似合う、いかにもな文学少女。俺はこの少女をどこかで見たことがあるような気がした。が、すぐにありえないとかぶりを振った。俺が顔を覚えているのは家族ぐらいなものだ。……まあ、それとは関係なしに美少女が視界に映っている方がやる気が出るというもの。俺は少女の斜め前からさらに二つほど席を離したところに座った。そして鞄から本と筆記用具を取り出した。嫌だなぁ……。

 

 

 ・・・・・・

 

 

「普通に面白いんだけどさ……」

 

 本を読み終わって、ポツリとつぶやく。

 そう、本自体は面白いのだ。しかしこれから感想文を書かなくてはいけないと思うとせっかくの読了感も台無しである。まあたった四百文字だし、気に入った場面を一つ二つ書けばよかろうと腹をくくり、シャーペンを手に取った。その時だ。

 

「あれ?」

 

 という声が聞こえたので顔を向けると、藍色の髪の少女が俺を見ていた。……え、俺? 

 

「……」

「……どうも?」

「……!」

 

 少女は首をかしげながらじっと見つめてくる。訳も分からず会釈をすると、少女は驚いたように目を見開いた後、勢いよく席を立った。そしてそのまま荷物を持って近づいてきて、俺の正面に座る。少女の唇はきゅっと横に引き締められ、透き通った黄緑色の瞳が爛々と輝いていた。正直怖い。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………えーっと?」

 

 呼吸を止めて数秒、あなた真剣な目をしたから。息が詰まるとはまさにこのことだな。沈黙に耐えきれずに俺が声をかけると、少女はピクリと肩を跳ねさせて慌てたように言った。

 

「あ、あの! 私、七尾百合子っていいます!」

「……はぁ」

「あっ、違う、いや違わないけど違う! ちょ、ちょっと待ってくださいね!」

「……は、はい……」

 

 その少女──七尾さんは真っ赤になりながらいきなり自己紹介をぶつけ、真っ赤になりながら慌ててタイムを要求した。深呼吸を数回繰り返し、きりっとした顔で仕切りなおした。

 

「あの時はありがとうございました!」

 

 そう言って、勢いよく頭を下げる少女。正直怖い。

 

「あ、あの……?」

「……あ、ごめんなさい」

 

 俺が何も言えずにいると、七尾さんは俺の反応がないことを不思議に思ったのか恐る恐るといった様子で顔を上げてこちらをうかがってきた。俺は困惑しきりの脳内で必死に言葉を選んで、口を開いた。

 

「えっと、すみません。俺はあなた……七尾さん? と、なにかありましたっけ」

 

 ぎこちなく愛想笑いを浮かべながら聞くと、七尾さんは驚いたように聞き返してきた。

 

「お、覚えていませんか? あの、大体一か月前くらいに本屋で同じ本を取ろうとして……!」

 

 一か月前……? 本屋……同じ本…………あ! 

 

「あぁ! あの時のかわいい娘!」

「そうですあの時の……ってうえぇ!?」

「あ」

 

 思い出した弾みでとんでもないことを俺が口走ると、目の前の七尾さんはボンッと顔を赤くしてフリーズした。……うん、俺たちはちょっといったん落ち着こうか。じゃないと一生話が進まねーわ。

 

 

 ・・・・・・

 

 

 数分後、再起動した七尾さんに俺が謝ると、彼女は「いえいえこちらこそ……」と謎の返しをしてきて俺が思わず吹き出すと、七尾さんもつられて笑った。その後周囲からの視線に二人そろって身を縮こまらせた。

 

「あの、もしよかったらお名前を教えて頂けませんか?」

「あ、そういえば名乗ってませんでしたね。俺は広瀬那月です」

「広瀬さんですね。改めて、あの時はありがとうございました!」

 

 そう言って再び頭を下げる七尾さん。なんというか、律儀な人だ。

 

「いえ、あの本はどうでした?」

「とっても素敵でした!!」

「……そ、そうですか」

 

 食い気味に返されて少しひるむ。七尾さんはそれを見て「ご、ごめんなさい」と謝って、

 

「広瀬さんはあの後読まれましたか?」と、聞いてきた。

 

「もちろんですよ」

「ああ、良かった! 私のせいで読めてないんじゃないかとずっと不安だったんです」

「いやいや、流石にそれは気にしすぎですよ」

 

 安心したように笑う七尾さんに、俺は苦笑した。

 

「それでも気になってたんです!」

 

 そう言って、えへへと笑う七尾さん。それにつられて俺も笑顔になりながら、

 

「とにかく、ちゃんと読みました。なんなら内容と感想について語り合いますか?」と、言った。言ってしまった。

 七尾さんはそれを聞いた途端に目を輝かせて、

 

「いいですね! やりましょう!!」と言った。

 

 俺はこの時、猛烈に嫌な予感がした。しかしそこで引くことはしなかった。俺自身、本仲間に飢えていたのもあり、存分に語ろうと意気込んでさえいたのだ。

 

 その後七尾さんと、本について図書館が閉館するまで語り合った。七尾さんと話すきっかけとなった本についてから始まり、途中で何冊か本が変わって、そのたびにあれがどうだったこれがああだったと語りつくした。七尾さんの本への熱意は目を見張るものがあり、俺は久しぶりに本気で熱い語り合いができたと思った。それは七尾さんも同じだったようで、とても満足そうな顔をしていた。しかし流石に疲れた。何時間もぶっ続けでしゃべり続けたため、脳疲労が限界までたまっていた。とはいえ、最終的には七尾さんとファインを交換する程度には仲良くなったため、後悔はしていない。七尾さんからは定期的に会いませんかと言われて、その時は流石に疲れると断ったが、不定期であれば良いと言ったため、そういうことになった。

 そうして俺は、読書仲間ができたことの喜びをかみしめながら帰路に就くのだった。

 

 ……ちなみに。

 

 AnnA『お兄ちゃん一緒にゲームしない? (`・ω・´)』16:12

 AnnA『もしや気づいていないな? 杏奈、突撃しまーす! (≧▽≦)』16:30

 AnnA『あれ? お兄ちゃんまだ帰ってないの?』16:34

 AnnA『早く帰ってこないと部屋を探索しちゃうぞー? ( *´艸`)』16:34

 AnnA『おーい』17:30

 AnnA『お兄ちゃん遅くない?』17:30

 AnnA『返事しなくてもいいから既読つけてー』18:27

 AnnA『お兄ちゃん今どこ? 大丈夫?』19:10

 

「……やっべぇ」

 

 このあと滅茶苦茶説教された。




メインヒロインの座をかっさらっていく勢いで仲良くなりました。
正直、百合子は杏奈以上にヒロインらしくなると思います。頑張れ杏奈!

さて、真面目な話をします。
勢いだけだとやらかすことがはっきりしたので、勢いだけで走ってきた作者は一度立ち止まることにしました。そして小説の質の向上に力を入れていきたいと思っています。

今は、改めてプロットを確認したり、
文章力と語彙力を増やすためにラノベを読み漁ってそれを自分のものにしようとしたりと
クオリティ改善のために色々やってたら遅くなりました。
某何気ないエロスの人リスペクトです。

ということで活動報告にて皆様のおすすめの本を募集します!これはいいものだと言わんばかりの勢いで教えてください!

そして、ご意見・感想・評価をお待ちしてます!
\応援ください!/


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5/31 前編

初めて投稿予約機能を使いました。どうか誕生日ぴったりに投稿されますように……!

最近Pレベルが50になりました。一気にアイドル達が押し寄せてきました。コミュの大渋滞やでぇ……!
しかも私の誕生日も重なりまして、さらにアイドル達のお祝いが襲い掛かってきました。幸せすぎて死にそう。
そして杏奈ちゃんマジ天使。

前編です。


「えー、こほんこほん。……杏奈、そして那月くん。二人の……私たちの大切な家族の生まれた日を祝いまして!!」

「「乾杯!!」」

 

 星空の広がる午後七時。おじさんの音頭で俺たちのささやかな誕生日パーティーが盛大に始まった。杏奈の家で五人の声が重なる。大人組はお酒を、俺と杏奈はジュースを手にもって全員と乾杯していく……つもりだったが、音頭が終わるなり大人組が一斉に俺と杏奈に群がって、ガシャガシャと乾杯を済ませてさっさと離れていった。

 

「……これ、俺たちの誕生日パーティーだよな?」

「あ、アハハ……」

 

 思わずつぶやくと、隣に立っている杏奈が苦笑いした。ON奈が引くってよっぽどだぞおい……。

 大人組の自由さにあっけにとられながらも、残された杏奈と二人で軽くグラスを合わせた。

 

「杏奈、誕生日おめでとう」

「お兄ちゃんも、誕生日おめでとう!」

「とりあえず、一緒に何か食べよう」

「そうだね! どーれーにーしーよーおーかーなー♪」

 

 用意されたテーブルの上にはいつもスーパーに売られているお寿司や、パーティー用のローストビーフ、エビフライなどが並べられていた。それぞれ自分が食べたい分だけ取っていくバイキング形式だ。

 

 杏奈は並べられたご馳走を品定めするように見回した。しかし見ていたのは最初の数秒だけで、彼女はすぐにひょいひょいと手の持った紙皿に片っ端から取っていった。

 本当に、幸せいっぱいって感じだ。テーブルの上も、食べるものを選んでいる杏奈も。杏奈の楽しそうな笑顔を見ているとこちらまで楽しくなってきた。うかうかしてると杏奈に全部食べられてしまうな、なんて笑いながら俺は杏奈を追いかけた。

 

 

 ・・・・・・

 

 

「むぐむぐむぐむぐ……おいしい!」

 

 ほっぺをいっぱいにして一生懸命食べる杏奈。リスかな? 

 

「あんまりいっぺんに食べると喉詰まらすよ?」

「おいしいから大丈夫だよ!」

「いやそのりくつはおかしい」

 

 突然ぽっちゃりになった杏奈を幻視した。……まあそれはそれで……いや、でも杏奈が一度太ったら絶対元に戻らなくなりそうだしなぁ……。

 

「……お兄ちゃん絶対今失礼なこと考えてたでしょ」

 

 スッと目を細めて射貫くような視線を送る杏奈。す、鋭い……! 

 

「……そんなことはないよ?」

「うっそだぁ! 絶対いろんな方向に失礼なこと考えてたよ!」

「いや怖いよ!?」

 

 なんでそこまでわかるの!? エスパーなの!? 

 

「まったくもうお兄ちゃんは……むぐむぐむぐ……」

 

 読心めいた鋭さで俺を追い詰める杏奈だったが、今は目の前のご馳走の方が優先度が高いらしい。杏奈は追及を止めて食事を再開した。

 

「あ、おべんとくっついてるぞ」

「むぐ?」

 

 杏奈の口元に米粒が付いていた。杏奈の両手はそれぞれ食べ物が乗った紙皿とスプーンで埋まっていて、口は物が入っているため自力で取るのは難しいだろう。そう思い、付いている米粒をひょいと取って、食べた。ピラフだった。うまい。…………あ。

 

「~~っ!? ~~~~っ!!」

 

 顔を真っ赤にしてもがもがと怒る杏奈。

 

「ご、ごめん! つい!」

「……ゴクン。プハァ! ついじゃないよ! なにやってんのお兄ちゃんそういうところだよわかってるの!?」

「ごめん! ほんとごめんー!」

「もう! ほんとにデリカシーがないんだから!」

 

 ぷりぷりと怒りながらガツガツとさっきよりも勢いよく食べ進む杏奈。あぁ、そんな食べ方をしたら……

 

「もぐもぐ……んぐ!?」

「やっぱり! ほら、水飲んで!」

「んぐ、ごくごくごく……プハ! ありがとお兄ちゃん!」

「ご飯は逃げないからゆっくり食べような」

「はーい。……でも今のはお兄ちゃんも悪いから!」

「ご、ごめんって」

「……別に、良いけど」

 

 杏奈は、ぷい、と料理を取りにテーブルへと行ってしまった。彼女を目で追うのもなんとなく気が引けたためちら、と大人組を見ると、全員がこちらを見ていた。ぎょっとすると、母が小さく手招きした。席を立って近くに寄ると、むわっとした酒の匂いが鼻を突いて、思わず顔をしかめてしまう。

 

「……何?」

「いいモン見させてもらいました!」

「……うるさいよ」

 

 なにかと思えばただの冷やかしだった。これだから酔っ払いは……というかおじさんたちまでニヤニヤ見てるとかどういうことなの? 普通咎めたり怒ったりしない? 

 

「そうそう、そろそろプレゼント交換するから杏奈ちゃん呼んできなー」

「……ああ、了解」

 

 去り際にぽろっと言われた。おそらくこちらが本題なのだろう。俺は短く返事を返してご馳走を前にして再びご機嫌になった杏奈のもとへと向かった。杏奈ちゃん機嫌戻るの早くない? 

 

 

 ・・・・・・

 

 

「ではでは! プレゼント交換のお時間です!」

「「イエーイ!!」」

「……お、おう」

 

 今度は母の音頭でプレゼント交換が始まった。まあ実際交換するのは俺と杏奈の間でだけなのだが。というか、え、何? こういうノリでやるの? 俺以外みんなノリノリだけども。え、俺がおかしいの? 

 

「では那月と杏奈ちゃんは前へ!」

「え、見られながらやるの?」

「そっちのほうが盛り上がるでしょ。ほら、杏奈ちゃんが待ってるわよ」

「お兄ちゃん早くー!」

 

 ノリノリかよ。

 

「マジか、恥ずかしいんだけど……」

「何男子高校生っぽいこと言ってんの、さっさとする!」

「や、俺男子高校生だからね?」

 

 母に背中をたたかれた俺は、男子高校生扱いされていないことにショックを受けつつ前に出た。

 

「お兄ちゃん、改めてお誕生日おめでとう!」

 

 杏奈はそう言って、ずい、とピンクのクッションを渡してくる。俺はそれを受け取って、青のクッションを杏奈に渡す。

 

「杏奈も、お誕生日おめでとう。これからもよろしくね」

「うん! こちらこそよろしくね!」

 

 キラキラと光る眩しい笑顔でクッションを受け取る杏奈。……やだ、この子笑顔だけでハゲを三回くらい殺せる……! 

 

「……えへへ、お兄ちゃんの匂いがする!」

「え! ごめん、臭い!?」

 

 嬉しそうにクッションを抱きしめる杏奈と、加齢臭ってこの年から出るんだっけ!? と激しく狼狽する俺。

 

「ううん、全然臭くないよ! ……むしろちょっと好き……かも」

「え」

「なんだか安心するっていうか……」

「え」

 

 目をとろんとさせながらクッションに顔をうずめる杏奈。まってめっちゃ恥ずかしいから! 

 

「あ、杏奈? 見られてる、見られてるから……!」

「いいのよ杏奈ちゃん! 続けて続けて!」

「うふふ、青春ね!」

「うむ、杏奈は匂いふぇちというやつだったか」

「…………あっ」

 

 楽しそうにひそひそと小声で話し合う大人組の視線に気が付いた杏奈は、一瞬で顔を赤くした。

 

「わ……わ、わ」

「わ?」

 

 杏奈は慌ててクッションから顔を離し、プルプルと震えながらクッションを持つ手に力をいれた。そして、

 

「わ、忘れてええぇぇ!!」

 

 そう叫びながら杏奈は自室へと逃げ去った。なお親たちの反応は、

 

「キャー! 杏奈ちゃん可愛いー!」

「お酒が美味しいわー♪」

「匂いか、そうか……なあ母さん、俺はまだ匂ってないよな?」

「……」

「え、嘘、匂ってる? 加齢臭してる? え、嘘だよね? え?」

 

 自由極まりなかった。鬼かよこの人たち。おじさんは強く生きて……! 

 

「あんたらね……」

「いいじゃないのー。那月もせっかくだし嗅いでみたらー?」

 

 一言物申してやろうとテーブル近くで飲んだくれている大人組に近づいたら、セクハラまがいの言葉が飛んできた。

 

「なっ……す、するわけないだろ!?」

「えー。杏奈ちゃんの匂いがするかどうか気にならないの?」

「き、気になるわけないだろう!」

「あら、じゃあ那月くんの匂いを嗅いだ杏奈はおかしいのかしら」

「お、おばさんまで!? 、そう言っているわけではなくてですね……!」

「アッハッハッハ!」

「笑うなー!!」

 

 瞬く間にペースに巻き込まれた。叱るどころかからかわれる展開になった。俺は顔をゆでだこのようにしながら対応するも、アルコールで勢いづいた大人の前では会話についていくので精一杯だった。

 

 だからだろうか。乾いたのどを潤すために手を伸ばしたグラスが、自分のではなかったことに気が付かなかったのだ。ぐい、とグラスを空にして、のどが焼け付くように熱くなって、さっきまで楽しそうに笑っていた大人たちが慌てたような顔になっているのをおかしく感じて──

 

 ──俺の意識はぷつんと途絶えた。



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5/31 後編

主人公がいつにもまして気持ち悪いですがこれでもだいぶ修正してます。

後編です。


「バカバカバカ杏奈のバカ……!」

 

 (杏奈)は自分の部屋に戻るなり、ベッドにダイブしてひたすらに自分を呪っていた。

 

「お、お兄ちゃんの前で、あんなこと言うなんて……!」

 

 さっきまでの自分を思い出す。

 

 ──むしろ好きかも……

 

 ──なんだか安心するっていうか……

 

「~~~~!!!!」

 

 ……は、恥ずかしすぎる! 本人の前でなんてことを言ってしまったのだろう! 

 

 ──杏奈は匂いふぇちというやつだったか

 

 お父さんの声が再生された。

 

「……違うもん。杏奈はそんな変態じゃないもん」

 

 ちら、とお兄ちゃんからもらったクッションを見る。

 そうだよ。さっきのは何かの間違い。匂いで興奮するなんてことあるわけが……

 

「……」

 

 あ、あるわけが……

 

「……すんすん」

 

 …………いいにおい。

 

「………………」

 

 激しい自己嫌悪が私を襲う。自分が匂いフェチだったことと、私は何をやってんだろうという気持ちの合体攻撃である。

 

「はぁ……戻ろ」

 

 パーティーはまだ続いているのだ。さっきのことはなかったことにして、残りの時間を楽しもう。そうだ、それがいいと自分に言い聞かせて部屋のドアに手をかけた。

 

 

 ・・・・・・

 

 

「……? ああ、杏奈じゃないか」

「──え?」

 

 リビングに戻ると、顔を真っ赤にしたお兄ちゃんと目が合った。

 

「しまった! 杏奈、逃げるんだ!」

 

 床に膝をついていたお父さんが叫ぶ。その顔は涙で濡れていて、その隣にはお母さんも一緒に泣き崩れていた。さらにお兄ちゃんの足元にはおばさんが血を流しながらうつぶせに倒れていた。

 

「え……え……?」

 

 あまりの惨状に思わず動けないでいると、お兄ちゃんがゆらゆらとおぼつかない足取りで近づいてきた。

 

「杏奈……こっちにおいで……」

「ひ……!?」

 

 訳もわからず後ずさろうとすると、いつの間にか閉まっていたドアに背中がぶつかった。……に、逃げられない!? 

 

「つかまえた」

「きゃ……!?」

 

 ドン! と、お兄ちゃんは私の寄りかかるドアに手をついて、頭上から見下ろしてきた。

 

 ──こ、これってもしかして壁ドン!? 

 

 どこか場違いな思考が脳裏をよぎるが、それ以上にお兄ちゃんのあまりの変貌ぶりへの恐怖が感情として勝った。

 

「お、お母さんたちに何をしたの……!」

「……? なにもしてないよ。おばさんたちが勝手にああなっただけだから」

「そ、そんなわけ……!」

「ああ、でも、今までやりたくても出来なかったことをやったかな」

 

 おかげでスッキリした、と笑って言うお兄ちゃん。お兄ちゃんの表情は確かに清々しそうなものだったが、その瞳は虚ろであった。……今のお兄ちゃんは狂っている。私が何とかしなくっちゃ……! 

 そう覚悟を決めていると、お兄ちゃんはおもむろに空いている手を私の顔に近づけた。

 

「っ……!」

 

 思わず目を強く瞑ると、お兄ちゃんはその手で──

 

 ──頭をなでてきた。

 

「嗚呼、杏奈は本当に可愛いなぁ!」

「……へ?」

「よーしよしよしよし!」

「ひゃ! わ、わ……な、なに!?」

 

 お兄ちゃんは壁についていた手を私の後ろに回して抱きしめる。

 

「杏奈、いつもありがとう」

「へぁ……!?」

「杏奈は俺にとって特別な存在なんだよ?」

「な、な、なな!?」

 

 ちょっとまってりかいできないあたまがおいつけないからまっておねがいどういうことなのあたまのなかはもうぐっちゃぐちゃだよえらーえらーえらー! 

 

 オーバーヒートを起こしながらお父さんに説明を求めた。

 

「ど、どうなってるのお父さん!?」

「説明しよう! 今の那月くんは酔っぱらっている!」

「そんなことは見たらわかるから!?」

「そして彼は今お酒の力でとても素直で自分に正直になっているんだ!」

「……ん、んん? ど、どういうこと?」

「俺と母さんはこれまでの思い出と感謝を伝えられて、そこの広瀬さんも同じようにされて鼻血を出しながら倒れたんだ!」

「いやホントどういうことなの!?」

 

 つまり、お父さんとお母さんは感動していて、

 壁ドン最高っす……! って言いながら痙攣しているおばさんは色々手遅れなだけ……? 

 

「……つまり杏奈は俺の天使なんだ」

 

 さっきからぶつぶつとなにかを言っていたお兄ちゃんがほっぺたを合わせてくる。やばい。ずっとこのままでもいいかも……っていけないいけない! 

 

「どうしてこんなになるまで飲ませたのお父さん!」

 

 流されそうになる気持ちをぐっとこらえて、お父さんたちを叱る。お兄ちゃんがいくら大人っぽくてかっこいいからってお酒を飲ませていいわけがないじゃない! お兄ちゃんはまだ高校生になったばかりなのに! 

 

「……事故だったんだ。彼は間違えて広瀬さんのグラスを取って、中身に気づかないうちに飲んでしまってね。幸いにも残っていた量はグラスの半分もなかったんだが……」

「そんな……じゃあお兄ちゃんはそれだけでこんな感じに?」

「そうだ。慌てて俺らも彼に水を飲ませたから、もう少ししたら酔いもさめるはずなんだ」

「あ、だからさっき逃げろって……!」

 

 ま、まぎらわしすぎる! おばさんが血を流して倒れてるから事件かと思ったよ! いや、十分事件だけどさ! 

 そう心の中で突っ込んでいると、再びお兄ちゃんが口を開いた。ふわりとアルコールの匂いが鼻を突いた。

 

「杏奈のほっぺはもちもちだね」

「ああもう、お酒くさいし鬱陶しい! ちょっと、お兄ちゃんいい加減に……!」

「俺はね、杏奈……君のすべてが大好きなんだ。愛しているといってもいい」

「んきゅぇっ」

 

 喉からすごい音がした。……い、い、今なんて……? 

 

「最近ますます綺麗になった髪も、宝石のように透き通ってきらめく瞳も……もちろん見た目だけじゃない」

「ま、まって……」

「スイッチの入っている杏奈は輝いているよね。それは杏奈の綺麗な心がそのまま表に出てきているからだと思っているんだ。純粋で、まっすぐでいる杏奈を見ると俺も元気がもらえるんだ」

「も、もういいから……!」

 

 お兄ちゃんは私の耳元で歯が浮くような、浮きすぎて全部の歯が抜け落ちそうな言葉をささやいた。耳が孕むという表現をよく目にしたけど、これはきっとこういうことなのだろうな、と私は現実逃避をしながら耐える。九割は貫通してるけどね! 意味ないね! 

 

「でもね杏奈。俺は普段の、スイッチが入っていない杏奈も大好きだよ」

「ひぅ……!」

「杏奈はスイッチの入っていない時の自分のことを良くないもののように思っているみたいだけどさ」

「……そ、そりゃそうでしょ。暗いし、無口だし……こっちの時のほうがいいに決まってるじゃん!」

 

 ここしかないと口をはさむ。ずっとお兄ちゃんのペースでいられると色々もたなくなる! 

 確かにそうかもね、とお兄ちゃんは笑う。これは俺の勝手な想像だけど、と前置きをして口を開いた。

 

「杏奈はきっと、もともとはスイッチの入っているときの性格だったんじゃないかな」

「──!」

「でも度重なる転校で、失うことが怖くなったんだよね」

「……」

「だから杏奈は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私は言葉を返すことができなかった。

 

 ……すごいなぁ、お兄ちゃんは。もう私だって忘れてた杏奈()を見つけちゃうなんて。

 そう思って、この人はどれだけ私のことを見ているのだろうかと苦笑した。

 

「それを続けているうちにいつしかそっちが素になって、戻れなくなったんじゃないか?」

「……そうだよ。いつの間にかうまく口が動かなくなって、気持ちの表し方がわからなくなっちゃった」

 

 今はもううまく思い出せない元の自分。思い出そうとしたら代わりに口から自虐的な言葉が滑り出た。

 どうせ会えなくなるから。お別れのたびに悲しむのは疲れるから。友達の代わりを探していた時に見つけたのがゲームだった。初めてやったときは感動したなぁ。一人でも、口が動かなくても多くの人とおしゃべりができて。親切な人がたくさんいて。夢と希望にあふれる世界だった。

 当然私は夢中になってのめりこんだ。キーボードを叩く速度が上がるたびに口が動かなくなった。ゲーム内でフレンドができるたびに現実の友達は減っていった。それでも私は満足だった。私の世界は現実ではなくゲームの中にあったのだ。

 そんなときにまた引っ越しがあって、親に連れられて近所に挨拶したときに初めてお兄ちゃんに会ったのだ。

 

「最初は大変だったなぁ。引っ越してきたばかりの杏奈はハリネズミのようだったから」

「……それは、お兄ちゃんもでしょ」

「そうだね、あの時は俺もひどかった」

 

 そう言って、お互いに苦笑交じりに笑った。

 あの時はお互いギスギスしてた。親に言われて仕方なく私に話しかけるお兄ちゃんと、人とコミュニケーションを取ろうとしない私。私たちの間には喧嘩すら起きなかった。喧嘩が起きるほど言葉を交わしたこともなく、相手に興味を持ったことすらなかったのだ。

 今思えば、もっと早くに私が変われていればよかったのだと思う。大して何かが変わるわけではないけど、その方が良かったにきまってる。

 

「俺はね、杏奈は人一倍の勇気を持っていると思うんだ」

「……どういうこと?」

「人はどうしても何かを変えるときに勇気が必要なものでね。それが習慣になってたりすると特に思い切りが必要だと思う。例えば、髪を染めるというのは最初は勇気がいるものでしょ?」

 

 お兄ちゃんは、俺は染めたことないから想像だけどね、と笑って続ける。

 

「ところが杏奈は自分で自分の性格を変えた。自然とではなくて、自分から意識して変わったんだ」

「あ……」

「これはなかなか難しいことだよ? それをたった一人でやったんだ。だから、今でいうスイッチの入っていない状態こそが杏奈の強さの証なんじゃないかな」

「──!」

 

 その言葉は他のどんな言葉よりも私が生まれたことを祝福してくれていた。

 

 ぐっ、と喉の奥が閉まって、目の周りが熱くなる。

 お兄ちゃんは「だから」と口を開いて、言った。

 

「自信を持て、杏奈。恐れずに、どこまでも進んでいけ……!」

 

 そんな、酔っ払いの説教臭い言葉。

 なのにそれを聞いた瞬間に、嬉しいような、恥ずかしいような、そんな感情が爆発して、ぐちゃぐちゃになってあふれ出た。顔を見られたくなかったからお兄ちゃんの胸に顔をうずめると私の好きな匂いがした。

 

「……お兄ちゃん、あのね?」

 

 心の中で何百回も言った言葉が、

 

 結局今まで一回も言えていない言葉が、

 

 ──今なら言える気がした。

 

「杏奈も、お兄ちゃんのことが──!」

 

 顔を上げて、お兄ちゃんの顔を正面から見据えた──が。

 

「……ぐぅ……」

 

 眠っていた。それはもうぐっすりと。

 

 私はぽかんと十秒くらいお兄ちゃんの顔を見つめて、ふっと息を吐き出して言った。

 

「……大好きだよ。ばか」

 

 そして再びお兄ちゃんに顔をうずめた。しばらくそうしているうちに、私の意識は幸せの中に溶けていった。




杏奈ちゃん誕生日おめでとー!!!!

いやあめでたい!実にめでたい!杏奈ちゃんを愛でたい!!……ふぅ。

今回、初めて推しの誕生日を迎えます。なんか、こう……これからもよろしくねー!ってなりますね。(持ちうる限りの語彙力)
きっとここのあとがきに奇声が追加されると思いますが気にしないでください。

ついでにこの小説もUAが3000突破しました。
初めて投稿したときに比べたら少しはマシな文章になっているでしょうか。これからも一歩ずつ成長していきたいですね。
しかしこうして数字が増えていくのを見ているのは幸せな気持ちになりますね。
だからプロデューサーさんは自分たちの推しを小説で表現してみませんか?(ステマ)

それと、活動報告にて読者の皆さまがおすすめする小説を募集しています。
良質な小説を読んで、それを自分の力にしていきたいと考えていますので、よろしくお願いします。

これからもこの小説ともども望月杏奈の応援のほど、よろしくお願いします!
……詰め込みすぎた!

追記:甘かった……!規制……もとい奇声なんてもんじゃあ足りない……!怪文書になっちまわぁ……!


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…In The Name Of。…LOVE!?

まかべーが出るわけではありません。
まかべー担当Pの方、ごめんなさい……!


「──ん、んん……?」

 

 目を開けると、天井に設置された皿のような電灯が薄闇の中にうっすらと見えた。

 知らない天井──というわけはなく、自分の部屋の天井だ。しかし、いつも目が覚めた時に見る光景とは微妙に違う気がする。気のせいだろうか。まだ部屋が暗いせいかもしれない。今は何時くらいなのだろうか。

 俺は枕元に置いてある目覚まし時計で時間を確認するため、仰向けの体を回転させようと右に体をよじると、

 

「すぅ……すぅ……」

 

 天使の寝顔が目の前にあった。

 

「……!?!?」

 

 心臓に押されるように体が跳ね、ギシリと俺の体の下からベッドの軋む音がした。

 

「んぅ……?」

 

 俺の隣で寝ている杏奈がそれを聞いて身じろぎする。……が、目は覚めなかったらしい。むにゃむにゃと動く唇に思わず目線が吸い寄せられて、慌てて目をそらす。……何見てんだ俺! 

 俺は邪念を消すようにふるふると頭を振って、ここが杏奈の部屋であることを改めて確認する。……どうりで自分の部屋にしては違和感があると思った。おそらくおじさんが運んでくれたのだろう。どうせなら俺の部屋まで頑張ってほしかった……! 

 杏奈を起こさないよう慎重にベッドから出る。音をたてないように静かにドアを開けて廊下に出ると、居間から物音が聞こえた。居間に向かうと、おじさんとおばさんがいた。

 

「……おはようございます」

「おう、おはよう那月君」

「おはよう、早いのね?」

 

 おばさんにそう言われて壁にかかった時計に目をやると、朝の5時だった。まぁ、確かに早いっちゃ早い。

 

「……その、お世話になったようで。ありがとうございました」

 

 そう言って頭を下げる。おじさんたちは笑顔で気にするなと言ってくれた。

 

「昨日のことは覚えているのかい?」

「──いえ。ただ、途中で意識が途切れたことは分かります。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いや、それはいいんだが……そうか……」

 

 おじさんが何かを考えるように黙り込んだ。それを見ておばさんが割って入ってきた。

 

「那月君、朝ご飯作るから杏奈を起こしてきてくれない?」

 

 俺はゆっくりとかぶりを振って口を開く。

 

「いえ、朝食は家で取ることにします。家には母もいることですし。杏奈は……ほら、せっかくの休日ですし、好きなだけ寝かせてやってください」

「そう? 遠慮してる……わけではなさそうね。残念」

「すみません。では、失礼します」

 

 あいさつを適当に済ませ、自宅の玄関を通って自室まで帰った。そしておもむろに床に寝っ転がって──

 

「ぬああああああ!!」

 

 ごろんごろんと左右にのたうち回った。

 

「覚えてるよ! バッチリ覚えちゃってるよ! うああああ!!」

 

 正確には思い出した、である。杏奈の顔を見たときに全て思い出したのだ。

 

 大人組と杏奈に自分の気持ちを全て吐き出したこと。

 杏奈に壁ドンをかました挙句、過度なスキンシップをとったこと。

 何より──告白まがいのことを口にしたこと。

 

 身に覚えのない、確かな記憶が脳内を駆け回る。

 

「~~~~~~!?」

 

 途中、勢いあまって椅子の足に左肘が直撃した。角度と当たった箇所が悪かったのか、骨に響く痛みが左腕を襲った。

 痛みが引くころにはすっかり頭に上っていた血も引いていた。俺は改めて自分の言動について振り返ってみた。

 

 ──杏奈は俺にとって特別な存在なんだよ? 

 ──君のすべてが大好きなんだ。愛しているといってもいい。

 

「なにいってんだぶっとばすぞ」

 

 あまりの気持ち悪さに思わずつぶやいて、続けて口を開く。

 

「何であんなこと言ったんだろ」

 

 この一言に尽きる。正直、他の発言のことはどうでもいい。まぎれもない自分の本心であり、それを口にしていただけのことだからだ。……いや、うん。それはそれで死ぬほど恥ずかしいから全然良くはないのだが。ともかく、問題なのは特別な存在だの愛してるだのの発言が、自分の中でどうにもしっくりこないというか、違和感を感じるものだったということだ。

 

「『Like』に決まってるよな……?」

 

『Like』か……それとも『Love』か。

 そう聞かれたら真っ先にそう答えるだろう。……ただ、口に出して言うとなぜか心に影が差したような、気がする。多分。

 

「……いいや、『Love』だね! 俺は杏奈を恋人にしたい! き、キスしたい!」

 

 半ばやけっぱちで逆の可能性も口に出してみる。最後の方でどもったのが最高に気持ち悪かった。

 違和感的にはこっちのほうが激しい。まあ当然ではある。今まで杏奈を恋人に、だなんて考えたことは一度もなかったのだから。……でも、こう……なんというか、違和感の種類が違う気がする。前者は本能が否定してきて後者は理性が否定してくる感じというか……。

 

「……いや、いやいやいや」

 

 何を考えているんだ。それじゃあまるで『Love』の方が本心みたいじゃないか。ありえない。どうかしてる。妹みたいなものだぞ……!? ……あぁ、そうか。昨日のアルコールがまだ残っているんだな。そうに違いない。

 迷走する思考に歯止めをかけるべく無理やり結論づけ、このままもう一度眠ってしまえと目を閉じた。しかし、すっかり目がさえてしまったようで、睡魔が襲ってくる気配は1ミリたりともない。むしろ視界が閉ざされた分、頭が回るばかりであった。

 

 ──ひ……!? 

 ──お、お母さんたちに何をしたの……! 

 ──鬱陶しい! ちょっと、お兄ちゃんいい加減に……! 

 

 恐怖、悲しみ、嫌悪。

 頭に浮かぶのは、そんな悪感情を発する杏奈の顔。

 

「……仮に、俺が杏奈のことを恋愛的な意味で好きだったとして」

 

 その思いが受け入れられることは、もう無いのだろうな。

 そうひとりごちて、自虐的に笑う。

 胸が苦しいのは、妹に嫌われた兄としての感情からだ。そうに決まっている。ああそれと、さっきはおじさんに嘘をついちゃったけど、どうしようかな。謝って全部話すか、墓場まで持っていくか……。って、……このままじゃ本当にドツボだな。

 

 気を紛らわすべく起きあがり、適当な本を読もうと本棚に目を向ける。しかし、少し考えた末に手に取ったのは、本ではなくスマホだった。

 

「いきなり相談とかされても七尾さんは困るよな。……うん、まぁ、あくまで、読書会だけってことで」

 

 自分でもよくわからない言い訳をしてから、七尾さんにメッセージを送った。

 

 

 ・・・・・・

 

 

「ん……」

 

 目が覚める。カーテンの隙間からは光が差し込み、外からは鳥の鳴き声が聞こえた。

 寝ぼけ眼をこすりながら目覚まし時計を確認すると、朝の6時だった。

 休日の割には早く起きちゃったな……と思ったけど、よく考えたら昨日はパーティーの途中で寝ちゃったんだった。いつもより早く寝たらその分だけ早く起きるのは当然か。あれ、じゃあ私はなんで自分の部屋で寝てるんだろう。お父さんが運んでくれたのかな? ……ということは、もしかしたらお兄ちゃんも居間のあたりで寝てるかもしれない。

 手櫛で簡単に髪をとかして、音を立てないように慎重に部屋を出る。廊下からこっそりと居間をのぞくと、お母さんが冷蔵庫の中を確認していた。お兄ちゃんは見当たらない。やっぱりあの後自分の家に帰ったのかな。

 

「お母さん、おはよ……」

「あら、おはよう」

「お兄ちゃんは……?」

「杏奈と一緒に寝てたけど、さっき慌てて帰っちゃった」

 

 ふーん、私と一緒に…………えっ。

 

「い、一緒……に……?」

「うん。せっかくだったから♪」

 

 な、なにがどうせっかくなのかがわからないんだけど!? 

 ま、待って。お兄ちゃんが私と一緒に寝てて、先に起きたってことは……! 

 

「ね、寝顔……見られた……!」

「……そこで変なことをされたって言われないあたりが那月君よね」

 

 お母さんがそう言って、苦笑する。……だってお兄ちゃんだもん。

 

「……どうせ、杏奈のことは妹としてしか見てないよ。お兄ちゃんは」

「あらあら。でも昨日は愛してる~って言ってくれてたじゃない」

「お兄ちゃんのことだから、家族として、って意味のやつだよ。絶対。特別~っていうのもどうせそっちの意味でしょ」

「もう、杏奈ったら卑屈になっちゃって。少なくとも悪しからず思ってくれてるんだから告白しちゃえばいいのに」

「……いいの。杏奈は今のままでも充分……だから」

 

 好きなら告白すれば、なんて、簡単に言わないでほしい。明らかに意識されていない相手に賭けられるほど安いものじゃないのだから。今の、お兄ちゃんとの関係は。

 

「ふーすっきりすっきり。今朝のはなかなか強敵だったぜぃ……って、えっ。何この空気?」

「……なんでもない。ご飯にしよ、お母さん」

「そうね。もうすぐできるからお箸の用意しておいてね」

 

「……こ、怖いよ那月くーん! 帰ってきておくれー!」




お待たせしました!
長くなりそうなことは活動報告で書くのでここでは最低限書きたいことだけ書きます。

1:White Vows
ずるい……ずるくない?だってさぁ!風花さんでさぁ!あんなさぁ!(最低限書きたいこと)

2:評価バーに色が付きました!やったぜ!
皆様、応援してくださりありがとうございます!これからも頑張ります!

3:おすすめ小説募集中!
まだまだ募集してます。ガシガシ読んで、ガシガシ書きます!

感想、評価、誤字脱字報告等々、お待ちしてます!


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自分が変われば世界が変わる(なお変わりすぎることもある)

お待たせしました!


「それは! 絶対!! 『Love』ですよ!!」

 

 目をキラキラ……というよりギラギラさせながら、俺に噛みつかんばかりの勢いで身を乗り出す少女。

 やはり人選を誤ったか……と内心ため息をつきながら、俺は口を開いた。

 

「……七尾さん。ここ、図書館だから」

「……あ」

 

 今は午前10時を少し過ぎた頃。まだ朝の時間帯とはいえ、俺たちの他にも利用者は存在する。椅子から腰を浮かせて、ボリュームの増えた声を出した七尾さんはひどく注目されていた。もちろん、悪い意味で。

 恥ずかしそうにしおしおと小さくなりながら椅子に座りなおす七尾さん。俺は彼女に気を付けるよう釘を刺してから十何秒か前と同じように口を動かした。

 

「それで……七尾さんは、その……これは恋愛感情だと思う?」

 

 俺は結局、七尾さんに相談に乗ってもらっていた。今朝、メッセージを送るとすぐにOKの返事が届いたのだ。だいぶ朝早くに送ってしまったけど、七尾さんも朝早い人だったのだろうか。

 ちなみに、最初は普通に読書会をするつもりだったのだが、相談に乗ってほしいとダメ元で頼んでみたら、

 

『恋バナですか? 恋バナですね? いいですよ!!』

 

 ──と、ノリノリで了承されたのだ。ちょっと不安ではあったが、背に腹は代えられなかった。俺の周りでこの手の相談に乗ってくれる人は七尾さん以外いないのだ。ちょっと不安ではあったが。不安ではあったが。

 

 七尾さんには、昨晩の経緯を一通り教えた。

 

 妹のように可愛がっていた女の子がいること。

 俺がうっかりお酒を飲んで酔っ払ったこと。

 本心が垂れ流しの状態になったこと。

 散々ぶっちゃけた挙句、勢いで女の子に愛していると言ってしまったこと。

 酔いが覚めた後で、その言葉の意味が自分でも理解できなくなっていること。

 

「絶対そうですよ! ……今まで妹のように思っていた女の子が、ふとしたきっかけでそうは見えなくなってしまう広瀬さん。距離感がうまく掴めなくなってしまっている間、女の子に魔の手が伸びる! 悪者の手によって操られてしまう女の子に、広瀬さんは攻撃できなくって一方的に攻撃されてしまう……ああっ、どうすればいいんだろう! そんなとき、私が風と共に現れて……!」

 

 ……それらを全て踏まえた結果、彼女の中でバトルが繰り広げられていた。なにそれこわい。

 

「……ちょっと、七尾さん?」

「……クライマックスでは広瀬さんが女の子に大声で告白しながら突撃して……!」

「七尾さん? 七尾さん!?」

「……はっ! ご、ごめんなさい! ちょっとトリップしてました!」

「えぇ……」

 

 心の中で七尾さんのことを、あわてんぼうの文学少女から怪電波少女へと格下げしたのが分かった。意識してではなく、自動的に処理されたのだ。

 彼女はコホンコホンと顔を赤らめながら咳ばらいをして、勢いよく俺を指さした。

 

「広瀬さんのその感情は間違いなく、恋です!」

「そうかなぁ」

 

 改めてはっきりと言われると、少し恥ずかしい。それに、正直ピンとこない。恋というのはもっと、こう……劇的なものではないのだろうか。

 

「だって、ええとその……女の子って言いづらいですね……」

「あー……じゃあA子で」

「えー……」

「……Aだけに? 2点。10点中ね」

「違います! あまりにも適当な名前に引いてるんです!」

「適当とは失礼な。ちゃんと考えてるぞ」

「え、そうなんですか?」

「ああ。その子のイニシャルもAなんだよ」

 

 なんとなく、杏奈の名前をはっきりと声に出すのに抵抗があった。とっさに出てきたのがイニシャルだったが、七尾さんには適当に考えたように見えたらしい。

 考えてみれば、七尾さんと杏奈の間に関係はないだろうし、本名を出しても特に問題はなかったのではないか。それこそ仮名として扱ってしまっても良かったのだから。

 

「おぉー……ご、ごめんなさい。失礼なこと言っちゃいました」

 

 申し訳なさそうな顔をする七尾さん。俺は彼女に動揺を悟られないように口を開いた。

 

「いいよ別に。そうでなくてもA子にしたんだし」

「……やっぱり適当なんじゃないですか!」

「だって呼び名なんて何でもいいし……」

「そ、それはそうですけど……!」 

 

 七尾さんはぐぬぬ……とひとしきり俺を睨んだ後、軽く息を吐いた。

 

「……コホン、えーっと、そう、広瀬さんはA子ちゃんに恋愛感情を持っているって話ですよね」

「違う。持っているのかどうかがわからないって話だから」

「あぁ……はい、そうでしたね」

「そうでしたねって、そんなどうでもよさそうに……」

「いや、だって私から見れば明らかに恋してるんですもん……」

「な……ん、で、そう思うのさ」

 

 喉を詰まらせつつそう尋ねると、七尾さんは「そうそう、その話でしたね」と話を切り出した。

 

「だって、A子ちゃんに愛してるって言ったことだけが気になっているんですよね?」

 

 頷く。

 

「で、A子ちゃん以外の人にも同じように色々言ったけど、それは特別気になるものではない、と」

 

 頷く。

 

「言い換えると、A子ちゃんのことだけが気になっている訳で」

 

 頷く。……ん? 

 

「ね? 恋してるでしょう?」

 

 いやそのりくつはおかしい。

 

「そりゃ、誘導尋問ってやつだろう」

「ど、どこがですか?」

「言い換え方に他意を感じたぞ?」

 

 ジトッとした目で見てやると、七尾さんは目をそらしながら口を尖らせ、ひゅうひゅうと口から息を吹いた。口笛のつもりだろうが全く音が出ていない。……というかこんなベタなごまかし方をする人初めて見た。確かにあざとかわいいが、それで追及をかわすのは無理があるだろうに。

 

「で、でもですよ? その言葉だけがすんなり飲み込めていないっていうのは、そういうことだと思うんです!」

 

 誤魔化せないことを悟った七尾さんは、両手をわたわたと動かしながらそう言った。

 慌てて取り繕うように出されたその言葉は、しかし正鵠を射るもので──

 

「……むぅ」

 

 口に含まれていた否定の言葉が、喉の奥で滲んで消えた。

 確かに、そうなのだ。自分でも妙だなとは思っていた。骨ごと呑み込んだ黒歴史に、引っ掛かりを覚えるはずがないのだから。

 問題なのは『愛していると言ったこと』ではなくて、その言葉に含んだ意味。つまり、引っ掛かった小骨は、飲み込んだものにあったものではなく、元々自分の中に存在していたことになる訳で……。

 

「……納得、できませんか?」

 

 机に組んで置いている自分の両拳が映る視界の端に、七尾さんの顔が入ってきた。

 ここでようやく、自分がうつむいていたことに気づく。そっと苦笑しながら顔を上げると、こちらに身を乗り出すような姿勢だった七尾さんも、合わせて体を戻した。

 

「どう、なんだろうね。分からん」

「広瀬さん、難しそうな顔してますもんね」

 

 誤魔化すように頭をガシガシと掻いて言うと、七尾さんはクスクスと笑った。

 む、かわいい。……こうしていれば、真っ当な美少女なんだけどなぁ。妄想爆裂娘なんだよなぁ。

 

「どうしたものかね、ホント」

 

 そっと視線を七尾さんから外しながら言う。彼女は特に気にすることもなく、何かに気がついたように手を合わせた。

 

「じゃあ、意識することを意識してみたらいいんじゃないですか?」

「ん、ん? どういうこと?」

 

 俺が首を傾げると、七尾さんは得意げに話し出した。

 

「A子ちゃんと付き合いたいーって、日頃から意識するんです」

「お、おう?」

「それでそのまま、あぁ好きだなー恋人同士になりたいなーってなれば、それが答えになるじゃないですか!」

「……なるほど。あ……A子のことをそういう目で見るのは無理だったとしても、答えは出たことになる……と」

「はい! どうですか、この案!」

「……間違いなく俺が羞恥心に襲われることを除けば、いいと思う」

「あー……でも、行動しないといつまでも変わらないですし、そこはこう……頑張ってください!」

 

 グッ、と親指を立てる七尾さん。おのれ他人事だと思ってからに……。

 ……でも、七尾さんの言っていることも正しい。やってみないことには、始まらないのだ。どうせ、このままでいてもきっとギクシャクしてしまうのだ。だったら、さっさと答えを出してしまった方がいいはずだ。

 俺はため息を一つ吐いて──

 

「……わかった。やってみるよ」

 

 七尾さんの目を見ながら、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

 …………

 

 

 

 その後、七尾さんが「せっかくですから恋愛をテーマにした本を読みましょう!」と言って、読書会もすることになった。それでも気を使ってもらったのか、一冊読み終わった頃に彼女の方から解散を提案された。そのため、図書館を出たのは昼時を少し過ぎたころであった。

 今思えば、本を読もうと言ってきたのも読書会の体裁を整えるための気遣いだったのかもしれない。もしそうなら七尾さんは相当なやり手だな。

 そんな益体も無い想像をしながらマンションのエレベーターを待っていると、後ろから声が聞こえた。

 

「……あ……! お、お兄ちゃん……!」

 

 振り向くと、今一番会いたかったような、会いたくなかったような相手──杏奈が、マンションの入り口に立っていた。

 

「あ……杏奈か。……って……」

 

 よく見ると杏奈は若干息が乱れていて、前髪が額に張り付いていた。

 俺の知っている杏奈は、学校に遅刻しそうな時だろうと歩いて登校する少女である。しかも、今の杏奈はOFF状態だ。ON奈ならともかく、OFF奈が肩で息をしているところなんて、俺は今まで一回も見たことがなかった。

 

「どうしたんだ杏奈、そんなになって」

 

 ハンカチを使って、杏奈の前髪を整えつつ額の汗を拭う。

 

「あ、ありがと……じゃなくて、えっと……あの……!」

「落ち着け。深呼吸だ杏奈」

「う、うん……すぅ、はぁ……。……、ふぅ……」

 

 杏奈がここまで取り乱すなんて、ますます珍しい。部屋で遊んでいたときに、黒光りするアイツを見つけたときだってもう少し落ち着いていた。

 

「で、何かあった?」

 

 杏奈が落ち着いたころを見計らって聞いてみると、杏奈はゆっくりと言葉を探し出す。

 

「その……あのね、お兄ちゃん……!」

 

 杏奈は俺と目を合わせては逸らしを繰り返しながら、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

 息はもう整っているにも関わらず、頬の赤みが引いていない。声も、いつもより一回り大きかった。

 

「杏奈……杏奈ね……!」

 

 そして、へその辺りで組んでいた両手に力を入れながら、しっかりと俺に目を合わせた。

 

「アイドルになる、よ……!」

「………………は?」

 

 チーン、という音とともに、エレベーターの扉が開いた。何もできずにあんぐりと口を開く姿は、どうしようもなく間抜けに見えたのだった。




改めまして、大変お待たせしました!

まずい、すっかり月一ペースに落ち着いてしまっている……!
3~4000文字程度なら毎日投稿できると思っていた時期が私にもありました。くそう。
習慣ができればもう少し投稿ペースを上げることもできるのかなぁ。

お気に入り、評価、感想、本当に本当にありがとうございます!
とっても励みになるのでもっとください(スペシャルアピール)
杏奈ちゃんの小説もください(アナザーアピール)


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人は過ちを繰り返す

お待たせしました!


「……それで、どういう経緯でアイドルになることになったわけ?」

 

 一息で中身が飲み干されたコップから、カランと涼やかな音が鳴る。お兄ちゃんは私から視線を外さずに、コップを脇によけた。お兄ちゃんの家で、二人っきりで、お兄ちゃんが私だけを見てくれているというこの状況。だというのに一向にときめかないのは、お兄ちゃんの目が刑事のそれと同じものだからだろう。

 おかしいな。私が想像してた反応とだいぶ違う。もっと、こう……

 

『アイドル!? すごいじゃないか杏奈!』

『えへへ、ありがとうお兄ちゃん! 応援してね!』

『もちろん応援するよ! 頑張れ杏奈!!』

 

 こんな感じになるはずだったのだが。

 お兄ちゃんは喜ぶどころか怖い顔をしているし、私のテンションもすっかり落ち着いてしまっていた。

 

「その……スカウト、された……から……」

「そりゃそうだ」

 

 そりゃそうだ。私がオーディションに申し込むわけはないし、仮にしたとしてもその前に真っ先にお兄ちゃんに相談していただろう。

 それは分かっているとバッサリ切り捨てられて、思わず縮こまる。

 ……しかし、話せる情報だけを抜き出すとどうしてもこうなってしまうのだ。それもそのはず。何せ──

 

 アイドルごっこをしているところを見られてスカウトされたのだから。

 

 

 

 …………

 

 

 

 私はアイドルが好きだった。かわいい衣装を着て、キラキラのステージの上で、たくさんの人に応援されて踊る姿はとっても眩しくて……。好きというよりも、憧れていたという方が近いかもしれない。

 明るくいられたころの私は、よく友達とアイドルごっこをして遊んでいた。ユニットの名前を考えたり、新曲の歌詞を真剣にノートに書き綴った。センターを順番で決めたり、引退宣言なんかもしたりして。いわゆる黒歴史ではあるのだが、時折心の奥底から取り出して眺める程度には楽しかった思い出だった。

 

 朝食をとった後、私は昨晩のやりとりをふと思い出して、こう思った。

 

 ──お兄ちゃんは今の私も好きって言ってくれたけど、やっぱり明るい私に戻れた方がいいよね。

 

 ここまではいい。ここまではよかったのだが、そのころの私のエピソードが連想されてちょっとわずかに懐かしいなーとかまたやりたいなーなんて気持ちがあったりなかったりした結果──

 

 ──そうだ、手始めにそのころやっていたアイドルごっこをやってみよう! 

 

 こうなった。なってしまった。今思い出すと意味が分からない。ちょっとお兄ちゃんに褒め殺しを受けたからって調子に乗ってるんじゃないの? そうだよ! 

 しかもその時の私はそれを外で行ったのだ。いや、まあ、そのことについては一応、理由はある。家だと気分が乗らないし、カラオケだとお金がかかるからだ。じゃあもう諦めて他のことにしなさいよって。ああもう、どうしてその時の私はおかしいと思わなかったんだろう……! 

 ……脱線した。ともかく、私は人気のない公園を見つけて、アイドルごっこを楽しんでいたのだ。

 最初に人がいないことを確認して、1曲目を歌いきることができた。その後再び周囲警戒をしてトークに入った。それも終わって2曲目に入ろうとしていた時のことである。

 

『イエーイ! ビビっと新曲、いっくよー!!』

『素晴らしいステージだすばらしい』

『!?』

 

 突然男の人が出てきて、名刺を渡されたのだ。

 ……正直、そのあとの記憶はぼんやりとしていて、よく思い出せない。はっきりと覚えているのは、その人は自称アイドルのプロデューサーであること。私がスカウトされたこと。興奮と混乱が極まってその場でOKしてしまったことだけだ。確か、名刺に書かれている連絡先に電話するようにとも言われた気がする。

 ……要点だけは押さえているあたり、我ながらちゃっかりしてるなぁ。

 その人とはもっと他の話もした気がするけど、そっちは全く覚えていない。見られたことへのショックで茫然としていたのだから仕方のないことだと思う。

 とにかく、その後はぐちゃぐちゃになった心のまま走って、走って、走って──気が付いたら目の前にお兄ちゃんが居た。私はとにかく安心して、一刻も早く伝えたくて……半ば衝動的に口走っていた。

 

『杏奈ね……アイドルになる、よ……!』

 

 

 

 …………

 

 

 

 まさか話すコマンドが強制戦闘イベントのトリガーになるとは思わなかったなぁ……。やり直したいポイントが多すぎてもうダメ。セーブデータがいくつあっても足りやしない。まあセーブもロードもできないどころか一時停止もできないんだけど。やはり現実はクソゲー。KOTYノミネート待ったなしだね。まとめ動画早く作られないかな。

 ……現実逃避終了。さて──

 

 ──アイドルごっこしていたこと(私の黒歴史)を、何としてでも隠し通す……! 

 

 思考回路を過去から未来へと切り替え、全神経を使ってここからの勝ち筋を探していく。

 勝利条件は相手に知られない事。ひいては何か隠していることを悟られない事。

 敗北条件は単純明快、お兄ちゃんにバレることだ。もしお兄ちゃんにアイドルごっこをしていたことがバレようものなら、ドン引かれるか、お可愛いことと笑われてますます子ども扱いされること請け合いである。それだけは何としても避けなければならない。

 ゲームに通ずるものは万に通ず。私の持論である。ゲームには様々な環境と、それに適応した人物が存在している。そのため、状況に応じてキャラクターの真似をすれば、どんな状況にも対応できるのだ。当然そのキャラクターへの愛とゲームのやりこみが必要となる。そのうえ本人のセンス次第なところも多いが……そこは気合である。

 私は、すべてを欺き翻弄する詐欺師の思考をトレースしていく。

 深呼吸。これはルーチンワークのようなもの。

 集中。頭の中を真っ黒に塗りつぶしていく。

 想像。ゲーム内の情報からキャラクターの心理を読み取る。

 投影。イメージ完了。彼の思考をなぞっていく。

 適応。彼なら、この状況でどう考え、どう動くか。

 ──完了。……嘘は真実の中に紛れ込ませるものらしい。嘘を混ぜるのは隠したい部分だとして、次は嘘の内容だ。違和感なく前後が繋がる話でないといけないのだが……。

 

 ……あれ、これ外に出た理由の時点で詰んでない? 私、基本外に出ないんだけど。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 どうしようどうしようどうしよう!? 

 おおお落ち着こう。私は常に冷静沈着な詐欺師。すべてを欺くクールな詐欺師……! 

 

 私はお兄ちゃんの真似をするように手元にある麦茶を喉に流し込む。唇に当たった氷もえいやと口に含んだ。

 

「……ふめはぃ」

 

 思ったよりも氷が大きく、冷たかった。踏んだり蹴ったりである。一度口に入れた以上はコップに戻すわけにもいかず、もごもごはふはふと氷を溶かしていく。

 

「何やってんのさ」

 

 若干涙目になっている私をみて、お兄ちゃんが苦笑する。思いのほか私へのダメージが大きかったものの、時間稼ぎと雰囲気を和らげることに成功したようだ。

 なんとか……なんとかこの氷が溶ける前に上手な嘘を思いつかなきゃ……! 

 

 

 

 …………

 

 

 

「さて、そろそろ大丈夫かな?」

 

 口の中でカロカロと音を立てていた氷もなくなり、元の活舌を取り戻してしまった。その様子を見て、お兄ちゃんが口角を少し上げた。本人的には笑顔のつもりなのだろうが、目が笑っていないため恐怖しかない。

 

「スカウトをされたのはわかったから、今度はそのときの状況を教えてくれるかな」

 

 私はできるだけ不敵に笑って、言った。

 

「……道を、歩いてたら……スカウトされた……よ?」

「……」

 

 ああ終わったもうだめだ! 

 外を歩いてたらって何!? 

 そんなお金拾う感覚でスカウトされるわけないじゃん! 

 すべてを欺く詐欺師はどこにいっちゃったの!? 

 

「なるほど」

「……ぇ」

 

 あれ? 

 

「道っていうのは、どこかの裏通り? それとも大通り?」

「え……っと、お……大通……り……?」

「そっか。じゃあ周りに人は居たんだね?」

「う、うん……?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問に戸惑いながら答えると、お兄ちゃんの顔がわずかに緩んだ。訳が分からず首を傾げていると、お兄ちゃんはやや力の抜けた声で言った。

 

「いや、杏奈が騙されてるんじゃないかって思ってさ」

「……え?」

「だから、その……アイドルになれるーとか言って建物に連れ込んで……ってやつかもしれないからさ」

 

 そう言って、お兄ちゃんは私から目をそらしながら頭をガシガシとかいた。

 ……えーっと、これはつまり……

 

「お兄ちゃん……心配、してた……?」

 

 私がそう聞くと、お兄ちゃんは私から目をそらしたまま、口をもごもごとさせる。やがて観念したように、言葉を長い息とともに吐きだした。

 

「……そうだよ。杏奈が無事で、よかった」

 

 ……えへ。

 えへへ。

 これで目を合わせて優しい笑顔でだったらもっとよかったなぁ……って、ちがうちがう! 

 

「……杏奈、なにもされてない……よ?」

「ああ……でも、まだわからないからね」

 

「連絡先を交換してからっていう手口もあるだろうし」と続けるお兄ちゃんを見ながら、緩みそうになる頬と気持ちを必死に抑える。

 まだ安心するには早いのだ。何かの拍子で外に出ていたことを疑われても困るし、ただ歩いているだけでスカウトを受けるのはおかしいとツッコまれたら一発でアウトだからだ。

 それでもチェックメイトはもう目の前。大胆に、攻める──! 

 

「お兄ちゃん……嘘だ、って……思わない、の……?」

「え、何で?」

 

 私からの唐突な質問に、今度はお兄ちゃんが戸惑って、その答えに私も戸惑った。

 

「だって……杏奈……外だって、出ないし……」

「いや何か用事があれば普通に出てるでしょ」

「……歩いてるだけでスカウト……なんて……ありえない、し……」

「いやぁ、杏奈なら別にありえない事じゃあないでしょ」

「そ……そんなこと、ない……」

 

 ずっと気になっていたことをあまりにも簡単に否定されて、思わず自虐のトゲが飛び出した。

 

「そんなことなくない。だって杏奈はかわ……」

「……?」

 

 お兄ちゃんは突然言葉を止めて、「あー」とか「うー」とかうなり始めた。

 やっぱり、今日のお兄ちゃんはどこかおかしい。思えば私が氷を溶かしている間もボーっとしてたし、心配していたと言ってくれた時も様子がおかしかった。顔も赤いし、昨日の暴走がたたって風邪でもひいたのだろうか。

 

「……なんでもない。とにかく、杏奈がスカウトされるのは全然おかしくないから」

「う、うん……。お兄ちゃん、大丈夫……?」

「……大丈夫。さ、話を戻そう」

 

 お兄ちゃんは何もなかったかのように微笑んで、続ける。

 

「名刺とかはもらわなかった?」

「……ん。もらった……よ」

 

 連絡するようにも言われたことを伝えながら、デニムスカートのポケットに入ったままだった名刺を取り出す。体温が移ったのだろう、名刺が若干温かくなっていた。指先から伝わる生々しさに、思わず顔を赤らめる。

 

「……どうしたの?」

「ちょ、ちょっと待って……!」

「もしかしてなくしたとか?」

「ちがう、けど……!」

「??」

 

 不思議そうにするお兄ちゃんに愛想笑いを返しながら、机の下でパタパタと名刺を振る。

 

 ……うん。

 スカウトされたのは嬉しいけど……

 

「今日は……厄日……」

 

 私は小さく呟きながら、必死に名刺で風を起こし続けたのだった。




8月に入って早々に胃潰瘍からの脱水症状のコンボで死にかけてました。生きてるって素晴らしい。
皆さんも体調にはくれぐれもご注意ください……!

それにしてもクロノレキシカはいいイベントでしたね!
誰か百合子の小説とかエクストリーム氷鬼の様子とか書いてくれないだろうか。

時間の確保ができたので、投稿ペースを上げていきたいです。(願望)

私感想評価誤字報告心待。
杏奈共々小説応援求。
中国語偽装失敗作者。


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月は決して光らない

「お、お待たせ……」

「あぁ、見つかった?」

 

 杏奈がおずおずと名刺を取り出して机に置いた。杏奈が名刺を探している間に聞いたところ、道を歩いていたら突然男から話しかけられて、これを渡されたという。

 名刺の左上にはその男の名前と肩書が、右上には『765』のロゴが大きく入っている。ロゴの下には『765プロダクション』の文字。右下には事務所の電話番号やSNSのIDが小さく記されていた。

 

「な、765プロ!?」

「う、うん……すごい、よね……!」

 

 765プロといったら芸能界に詳しくない俺でも知っている。数多くのドラマや映画、CMに起用されている『ホシイミキ』や、ハリウッドで通用するほどの歌唱力を持つ『キサラギチハヤ』が所属している事務所だ。確か事務所専用の番組も持っていたはずだ。その番組は事務所の圧力でごり押して強引に認めさせたとかなんとか。まぁその噂が本当だろうがなかろうが、少なくとも今は世間に認められるほどの実力を持った事務所であることに変わりはない。杏奈が興奮するのも無理もない話だった。

 

「まぁ……本物だったらね」

「ん……まだ、疑ってる……?」

「……いや十中八九本物だとは思う」

 

 いくら人目があったとはいえ詐欺にしては手口が悠長だし、騙るにはあまりにリスクの高い事務所を名乗っている。とはいえ、裏の裏をかいてという可能性もあるため、確認だけはしておきたい。

 

「でも一応確認させてね」

 

 そう断りながら、近くで見ようと机に置かれた名刺に手を伸ばした瞬間、

 

「だ、ダメ……!」

 

 素早く杏奈に回収された。

 ……え、なんで? 

 

「……杏奈さん?」

「……触るのは、ダメ……見るだけ……!」

「えぇ……?」

 

 急に小学生みたいなことを言い始めたんだけどこの子。

 

「別に取らないから、貸して?」

「……そうじゃ、なくて……あ、ピンセット……使うなら……」

「ピンセット!?」

 

 杏奈ってそんなに潔癖だったっけ!? 

 

「……わかった。じゃあ触らないから、近くで見たいな」

 

 右手にスマホを持ち、左手を上げてアピールする。

 杏奈は一瞬迷った様子を見せた後、俺の近くに名刺を置いた。

 

「……手は離さないのか……」

「ん……」

「……」

 

 

 

 …………

 

 

 

 そっと心の涙をぬぐいながら確認した結果、名刺に書かれている連絡先は本物であることがわかった。

 ひとまず詐欺ではなかったことに安心すると、すぐにじわじわと熱が沸き上がってきた。

 

「……すごいな」

「……!」

「うん、すごい。……すごい、すごいぞ……。アイドルだぞ、杏奈!」

「うん……うん……! 杏奈、アイドルに……なれるんだ、よ……!」

 

 その熱を噛みしめるように言葉にしてみれば、どんどんと胸の奥が熱くなっていく。

 杏奈はそんな俺に共鳴するように感情を昂らせ、机の上に身を乗り出した。

 

「お兄ちゃん! 杏奈、頑張るから! 絶対ぜったい、トップアイドルになってみせるから!」

 

 杏奈が、アイドルになる。ステージの上で歌って踊る、多くの人から愛される、特別な存在になるのだ。アイドルになった杏奈は今よりも更に輝くだろう。それはとっても素晴らしいことで、喜ばしいものだ。全力で応援するし、困ったときには力になってやりたい。

 

「だから、だからね……!」

 

 だというのに、俺の心にはいつの間にか──

 

「これからずーっと! 応援ください!!」

 

 一緒にいられる時間が少なくなるのが寂しい。

 どこの馬の骨ともわからん奴らに笑顔を振りまく杏奈を想像したくない。

 杏奈の名前がそいつらに呼ばれることを考えると虫唾が走る。

 

 そんな、醜悪極まりない感情も共存していた。

 

 立ち上がってとびっきりの笑顔を向けてくる杏奈に、俺は──

 

 

 

 …………

 

 

 

 七尾さんが提案した、意識することを意識する作戦。その効果はあまりにも効果的だった。

 出合い頭にアイドル宣言されたときは流石に意識する余裕もなかったが、家にあがって一息つくと途端に杏奈の動作一つ一つに目が吸い寄せられた。

 麦茶を飲みほした時の喉の動きに気恥ずかしくなったり、氷をほおばっていたときの口を見てドキドキしたり。

 そのうえ、前は素直に口に出せていた言葉がのどに詰まるようになった。目線の動きは悟られずに済んだが、この時は怪訝そうな顔で見られた。さもありなん。

 ともかく、自分でも驚くほど簡単に杏奈への意識を変えることに成功した。そのせいで今まで見てこなかったものが目に入ってきて──ようやく理解した。

 

 俺は、杏奈のことが好きなのだ。家族としてではなく、異性として。

 

 思えば意識の切り替えがここまで簡単にできたのも、最初からそういう目で見ていた自分がいたからなのかもしれない。杏奈と接するうちに知らない感情が生まれて、戸惑って蓋をして、見ないようにしていただけ。……結局、その蓋を自分で開けてしまっては意味がないのだが。

 恋というのは想像よりもだいぶ汚くて、醜いものだった。ずっと一緒にいたいとか、見つめていたいとか、ストーカーの思考じゃねーか。他の男と仲良くしてほしくないとか、何様かと。

 だけど胸が高鳴る感覚は、まぁ、悪くないもので。自分の気持ち悪い部分もひっくるめて、甘酸っぱいと評されるのだろう。ただ想うだけでこうなのだ。表現できる関係になれたなら、さぞ幸せなことだろう。

 

 あぁ、けれど。

 俺の想いは杏奈にとって邪魔にしかならないもので。

 杏奈が好きだからこそ、重荷にはなりたくないから。

 

 この想いは、杏奈にだけは知られてはならないのだ。

 

 

 …………

 

 

 

「──もちろん、応援するよ!」

「えへへ! ありがとうお兄ちゃん!」

 

 ──俺は、とびっきりの笑顔で返した。

 それを受けた杏奈も顔をふにゃふにゃにして喜んでくれた。

 

 これでいい。杏奈の求める理想の俺は、杏奈がアイドルになることを引き留めたりしない。一緒にいられる時間が減って寂しいだなんて言わないし、ファンと交流しているのを見て嫉妬するようなことはしないのだ。

 

「ね、ね、お兄ちゃん」

「ん、何?」

 

 杏奈がパタパタと俺の隣に回り込んだ。

 

「あ、ちょっと椅子引いて?」

「え、はい」

 

 言われるがままに腰を浮かして椅子をずらすと、杏奈は俺の膝に座った。

 

「……!?」

「えへー、えへへー♪」

 

 俺にもたれかかりながら、楽しそうに足を前にプラプラさせる杏奈。

 

「あ、ダメだよお兄ちゃんこういう時は腕を前に回さないと!」

「あ、ハイ」

 

 腕を杏奈の腰に回す。

 

「んふへー♪」

 

 杏奈から満足したような声が聞こえた。

 

 ……落ち着け俺。杏奈が求める俺はこの程度じゃ決して欲情したりはしない。優しく、微笑みを湛えながら包み込むのだ。だから上に乗っかってるお尻がゆさゆさ揺れても問題ない……あっまずいちょっとこれはまずいまずいまずい深呼吸、深呼吸……あああああちょっといい匂いしたああああ! 

 

 心の中でのたうち回っていると、ふいに杏奈が足を揺らすのを止めた。

 

「ねえ、お兄ちゃん」

 

 杏奈はむこうを向いたままで、彼女の声だけが届いた。

 その声色はさっきまでのふやけきったものとは違い、ややこわばったもの。

 

「……な、何かな」

「お兄ちゃんは、昨日のこと覚えてる?」

「──!」

 

 頭に上った血が一気に引いた。昨日のこと。それは即ち『愛してる』のくだりのことだ。……おじさんとおばさんに聞かれたときは覚えていないって言っちゃったけど、今は、正直に言える。

 

「……うん。覚えてる」

「……そっか」

 

 その声は平坦で、感情を読み取ることができない。

 

「ごめん。あの時のことは……」

「謝らないでいいよ。杏奈ね、嬉しかったんだ」

「……え?」

 

 え、嬉しかったって……え、愛してるって言われたことが? 

 

「お兄ちゃんにたくさん肯定されて、自信を持てって言われたこと」

「あ、あぁ……」

 

 そっちね。と言いかけた言葉を飲み込んだ。

 

「アイドルになろうって思えたのはお兄ちゃんに背中を押されたからなんだ」

 

 杏奈はそっと俺の腕に触れた。

 

「お兄ちゃんの言葉がなかったら、きっと勇気が出なかったと思う」

 

 杏奈は首を上に向けるようにして俺と目を合わせた。

 

「だから、お兄ちゃんは謝らないで……?」

「──っ、わか、った……」

 

 その上目遣いは反則だって……! 

 顔が熱くなって、目をそらす。杏奈もそんな俺を見て、うつむいてしまった。お互いに気恥ずかしい沈黙が数秒間。

 

「……お、お兄ちゃんはさっき、なんだと思ったの?」

「へ?」

 

 沈黙に耐え切れないといった様子で杏奈が口を開いた。

 

「さっき、お兄ちゃんの反応が『そっちか』なんて言いそうなやつだったんだもん」

「うぐ……!?」

 

 鋭い……! 

 

「やっぱり他のことだと思ってたんだ?」

「いや、その……愛してる、って言ったときのことかと……」

「あぁ……」

「……」

「……」

 

 杏奈が再び俯いて、訪れるもじもじタイム。もはや気まずいレベルなんですけど……! 

 

「お……お兄ちゃんはどうせ、家族として愛してるって意味で言ったんでしょ?」

 

 杏奈の声は若干震えていた。ここで違うと言われたらアイドルになるにあたって大きな問題になるからだろう。もちろん杏奈にそんな面倒をかけるつもりはない。

 

「……そう。そうだよ」

「……ほらね、そうだと思った」

 

 最初から1つしかない選択肢を声に出すと、低い声が返ってきた。なんでさ。

 

「杏奈、わかってるから。気にしてないよ」

 

 杏奈は俺の腕を外して立ち上がった。

 

「今日はありがと。お父さんとお母さんにも報告しなくちゃだから、帰るね!」

 

 くるりと回ってこちらを向いた杏奈は笑顔で、声の高さもいつも通りだった。

 

「お、おう? おう」

 

 そんな杏奈に気圧された俺はただ頷くことしかできなくて。その間に杏奈はテキパキと後片付けを済ませて、帰っていった。

 

「……帰っちゃったよ」

 杏奈が家を出た途端に、我が家が耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。

 ……最後、なんで不機嫌になったんだろう。途中まではめちゃくちゃ機嫌よかったのに……。乙女心と秋の空なんていうけど、晴れた空からいきなり振り出すあたり夏の夕立の方が近いのではなかろうか。

 大きくため息をついてグラスを振ると、ちゃぷちゃぷとした情けない音が聞こえた。

 

『杏奈、わかってるから。気にしてないよ』

 

 ふと杏奈の言葉を思い出して、

 

「……脈なし上等だコノヤロー」

 

 ぐい、と溶けた水を飲み干したのだった。




シリアス感出してるけどこれからどんどん主人公が壊れてギャグ次元に入っていくと思います。この小説に不足しているラブ成分とコメディー成分を増やしたい所存。ラブコメとは。
携帯端末の呼び名をモバイルからスマホへと変更。ミリシタではスマホのことをモバイルって言うのかと思ってたけど普通にスマホでした。ガバガバ設定に修正を繰り返す作者って……。

ナンスのインタビューで、「オフ奈が自然体である」とがっつり言及されました。
この小説では、オフ奈は後天的に身に付いた性格として書いていきます。だからといって最終的にオン奈だけになるような事はありません。あくまでどちらも自然体であると解釈して進めていくので、ご了承ください。

前回投稿時点で、お気に入り件数100人突破しました!
皆様、たくさんの応援ありがとうございます!
お気に入りに限らず、評価・感想・ミリシタSSも絶賛募集中です!
これからもどんどん書いていくので、杏奈ちゃん共々この小説をよろしくお願いします!

次回はおそらく番外編です。
イチャイチャが書きたいんじゃ。


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第2章
ぼっちにオンゲは難しい


お待たせしました!
アイドル編スタートです!


 ──カチャカチャカチャカチャ

 

「……」

「……そろそろマヒるかな」

「……ん」

 

 俺の言葉に、隣でベッドにうつぶせになっている杏奈が従う。ちなみに杏奈の格好はいつものもこもこピンクウサミミフードパジャマに短パンである。本人曰く、夏仕様らしい。夏らしさが短パンからしか感じられないんですけど……。

 杏奈は寝そべったまま操作をオートに切り替えてキーボードを素早く叩いた。

 

 vivid rabbit:麻痺るよ! 

 Lily knight:了解です! 

 

 一瞬で送信し、操作を再びマニュアルに切り替える杏奈。杏奈がコントローラーを握る時には既に返事が返ってきていて、あっという間にvivid rabbitの体力ゲージの下に攻撃力強化のアイコンがずらりと並んだ。それに合わせてちょうど敵の動きが止まり、細かく痙攣し始めた。麻痺状態である。

 

「お、ぴったりじゃん」

「ん……位置も、バッチリ……!」

 

 vivid rabbitの目の前には敵の弱点部位がさらけ出されていた。杏奈が攻撃するごとに敵の体力ゲージがゴリゴリと減っていく。杏奈の手つきも心なしか荒々しくなっていた。

 

「……10を超えるバフによる強化状態の圧倒的破壊力はまさに歯車的砂嵐の小宇宙!」

「……え……?」

「ごめん、なんでもない」

 

 杏奈に不思議そうな顔をされた。そうか、通じないのか……。

 俺が軽くしょげている間にも敵の体力はどんどん削られる。しかし残り僅かとなったところで麻痺が解けて暴れだした。敵に密着していたvivid rabbitは敵の攻撃範囲から逃れることもできず、防御・回避系のバフもない。瞬く間にvivid rabbitの体力が2割を切った。

 

「……押し切る……!」

 

 それでも杏奈は敵から離れず、むしろ自ら突っ込むようにして強引に必殺技をぶち当てる。弱点部位には当たらなかったものの、それでも必殺の名に恥じない威力のそれは敵の残りの体力ゲージを吹き飛ばした。

 派手なエフェクトと共に敵が倒れ、画面いっぱいに表示された『クエストクリア』の文字。

 

「……ふぃー、お疲れ様ー」

「おつかれさま……です♪」

「ご機嫌だね」

「ん……バッチリ、決まった……っつ……!」

 

 杏奈が足をパタパタと動かそうとして、思いきり顔をしかめた。

 

「……いたい……」

「そういえば筋肉痛だったね、杏奈」

「……」

 

 一転して不機嫌そうな顔になる杏奈。気持ち良くなっていたところに水を差されたのだから仕方ない。筋肉痛は事あるごとに自己主張してくるからな……。

 

 杏奈がスカウトされた日から1ヶ月が経った。

 一般人の、しかもインドアの杏奈がすぐに歌って踊れるようになるわけもなく、今は基礎体力作りを中心としたレッスンに励んでいるらしい。

 当然、杏奈は毎日のように筋肉痛で苦しむようになり、ゲームもログインボーナスを貰うためだけに入ることも多くなった。腕が鈍ると悔しそうにしていたことも記憶に新しい。

 

「せめて痛みだけでも変わってやれればなぁ……」

「ん……大丈夫……ありがと……です……」

「偉いな、杏奈は」

「……レッスンは、大変……だけど、楽しいから……平気……」

「……そっか」

 

 全身が痛くて、ゲームが出来る時間も減って、それでも楽しいと杏奈は微笑んだ。その瞳はテレビ画面ではなく、どこか遠くを見ているようだった。

 ……最近は、よくこういう表情をするようになった。ゲームの話をしている時とは違う輝きを持つ、そんな表情。

 俺は、その表情の杏奈を見るたびに胸が苦しくなる。そして次にそんな自分を嫌悪することになるのだ。

 

 女々しすぎるぞ、俺……と、内心苦笑していると、杏奈が僅かに顔をこちらに向けた。

 

「……でも」

「ん?」

「お兄ちゃんと……リリーさんと……遊べないのは、やだ……」

 

 ……

 …………

 ………………泣きそう。

 

「……ありがとうな……」

「……いきなり、上見て……どうしたの、お兄ちゃん……?」

「ちょっと待ってね……」

「う、うん……?」

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 Lily knight:でも本当に3人で遊ぶの久しぶりですね! 

 vivid rabbit:ホントだよー! 

 vivid rabbit:最近全然遊べなくってイベント走れてない……

 vivid rabbit:でもリリーさんは月光と遊んでたんでしょ? 

 vivid rabbit:リリーさんずるい! (´Д⊂ヽ

 

「いや、それが最近ナイトさんとも会わなくてさ」

「え……?」

 

 Lily knight:それがねー

 Lily knight:実は私も最近ログインできなかったんだよー! 

 

「ちょうど杏奈と同じ時期からね。いつもの2人がいないーってゲーム内じゃちょっとした話題になってるよ」

「……そうなんだ……」

 

 杏奈がフードを目深にかぶった。……緩んだ口元が隠しきれていないあたり、まんざらでもなさそうだ。

 ちなみに、俺がその2人とよく組んでいたからか、いきなり知らない人から事情を尋ねられたことが何回かあった……というか今でもたまにあるが、全て知らぬ存ぜぬで通している。……ただ、これは伝えない方が良さげだな。

 

「……そんなわけで、最近は1人でクエ回してた」

「……これ、オンラインゲーム……だよ……?」

「う、うるさいな。中途半端に上手い人とやるよりもソロの方が効率いいんだよ、俺は」

「……これからは、なるべく遊べるように頑張る……ね……!」

「やめっ……な、生暖かい目で見るのはやめて!?」

 

 vivid rabbit:月光、最近ずっとソロでやってたって(´艸`)

 Lily knight:えっ

 Lily knight:これ、オンラインゲームですよ……? 

 

「おい、こら、おい」

 

 小さく噴き出した杏奈の頬を指で突いた。……え、なにこれ柔らかっ。餅か何か? 

 

 Lily knight:でも、プレイスタイルは人それぞれですからね! 

 

「お、ほら見ろ杏奈。ナイトさんは優しいな!」

「む……」

 

 vivid rabbit:駄目だよリリーさん! 

 vivid rabbit:そんなこというと月光はつけあがるんだから! 

 Lily knight:(笑

 Lily knight:でも、私は月光さんの言うこともわかるなー

 

「……え」

 

 一瞬だけ杏奈の手が止まった。

 

 vivid rabbit:そうなの? 

 Lily knight:うん

 Lily knight:私も人見知りする方だから(笑

 

「へぇ」

「……そうなんだ……意外……」

 

 Lily knight:だから、知らない人と一緒にプレイするのは抵抗あるってこと

 Lily knight:わかりますよ月光さん! (笑

 

「はー素晴らしい。俺の理解者はナイトさんだけだなー!」

「…………」

 

 Lily knight:でも、せっかくのオンラインですし

 Lily knight:私、これからはなるべく月光さんと遊べるように頑張りますね! 

 

「」

「……っ! ……っ!」

「わ、笑うな!」

「た……確かに……お兄ちゃんの……り、理解者……!」

「うるさいよ!」

 

 このあと滅茶苦茶杏奈にイジられた。




内容が薄い気がするけど楽しく書けたからOKです!
……ごめんなさい、精進します……!

アンケートへのご協力、ありがとうございました!
今後はコメディーを(もちろんラブも)強化していく方向で頑張ります!

オファー機能、いいですね!この供給を元にミリシタ小説が増えるのでは?
メモリアルも解放されつつありますし、今が絶好の書き時ですよ皆さん!

皆様、いつもお読みいただきありがとうございます!
作者は例によって鯉のごとくお気に入り・評価・感想・ミリシタ小説をお待ちしております。
担当の杏奈共々この小説の応援のほど、よろしくお願いします!


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劇的な登場(当社比)

お待たせしました!


「──え、杏奈が弁当を忘れた?」

 

 俺が聞き返すと、おばさんが困ったような顔で頷いた。

 

「今日は朝早かったし寝ぼけて忘れたのね、きっと」

 

 休日の朝。

 爆睡している母をよそに遅めの朝食をとり終えた時に、おばさんから連絡が入った。

 おつかいを頼みたいと言われたときは首を傾げたが……なるほど。

 

「それで俺が呼び出されたんですね」

「ええ、場所は教えるからお願いしてもいいかしら?」

「杏奈に弁当を届ければいいんですよね。任せてください!」

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「……で、着いたのはいいんだけど……」

 

『765プロライブ劇場』

 

 通称『劇場』と呼ばれるこの場所で、杏奈たちは日夜レッスンに励んでいるらしい。

 行き方が書かれたメモのおかげでここまで迷わずにたどり着くことができたのだが……。

 

「閉まってるんですけど」

 

 劇場の入り口は固く閉ざされていて、扉には『準備中』と書かれた貼り紙が貼ってあった。余白の部分にチョウやクマ、カブトムシの絵が落書きされている。

 大人によってパソコンで作られたモノクロの張り紙。それが子供たちの個性あふれるカラフルな絵によって彩られているというギャップが良い。

 

「……んん?」

 

 ついつい足を止めて眺めていると、落書きの中でもひときわ異彩を放つものを見つけた。

 色鉛筆やクレヨンで描かれた絵の中でひとつだけ鉛筆で描かれてあるそれは、見ていると不安になるというか、どこか狂気を感じる絵であった。

 

「なんだこれ……動物、だよな……?」

 

 一度気が付いてしまうともう目が離せない。俺は思わず貼り紙に近づいた。

 それには耳(らしきもの)があって、目(狂気的な三白眼)があって、……口……? も、ある。

 

「ということはここが頭か。じゃあその下から伸びてるのは首で……キリンか? いや、その割に途中で曲がってるんだよな……そもそもこれは本当に動物なのか……?」

 

 どちらかというとエイリアンの方が近いような……そうか! 

 

「わかったぞ、これはエイリアンだな!」

「残念、それはアルパカだ」

「っ!?」

 

 急に後ろから聞こえた声に振り返ると、そこにはいかにもサラリーマンといった格好をした男が立っていた。……誰……いや、もしかして……。

 

「あ、えっと……」

「おっと失礼、俺はこういうものです」

「はぁ、どうも……」

 

 差し出された名刺は、やはりというか、以前杏奈に見せてもらったものと同じものだった。思いっきり肩書のところに『プロデューサー』って書かれてるけど、プロデューサーってアイドルをスカウトするところからやるのか。すげーなプロデューサー。

 

 プロデューサーは短めの黒髪で中肉中背。やや童顔であることを除けば……いや、除かなくても平凡な見た目だった。その顔立ちも相まって、一見頼りなさそうな印象を受ける。

 

「今のところ、ここは新しいプロジェクトに合わせて開かれる予定なんだ」

「そうなんですか」

「ああ。だからここが開いたときにまた来てくれよな!」

 

 しかしそんな見た目とは裏腹に、ハキハキとした話し方や自信に満ちた立ち振る舞いは接していて信頼感を感じさせるものだった。少し話しただけで、この人の下なら杏奈も最高のパフォーマンスができるだろうと思ってしまうほどに。

 

「──プロデューサーさん、いつも杏奈がお世話になっております」

「……え?」

 

 俺が頭を深く下げると、プロデューサーは戸惑いの声を上げた。

 

「おれ……私は杏奈の家の隣に住んでいる広瀬那月と申します」

「杏奈の、お隣さん……?」

 

 途端に怪訝そうな顔になるプロデューサー。……いかん、話の順番を間違えた。これじゃただの不審者だ。

 

「ええと、杏奈とは日頃から仲良くさせてもらってて……」

 

 頭の中で順番を整理しながら必死に言葉を探していると、プロデューサーがいきなりパッと笑顔を浮かべた。

 

「そうか! 君が例のお兄ちゃんか!」

「今日は杏奈のお母様に頼まれて……って、え?」

「杏奈から君のことは聞いてるよ。なるほど、君が……ふーむ」

 

 しげしげと興味深そうに俺に視線を走らせるプロデューサー。そして何回か頷いたところで、プロデューサーは思い出したように口を開いた。

 

「……あ、じゃあ那月くんは杏奈に会いに来たのかな?」

「あー……いえ、杏奈が忘れた弁当を届けに来ただけで……」

 

 直接渡そうかとも思ったが、そもそも俺は部外者だ。中に入ることなど出来る訳がないし、プロデューサーに届けてもらえればそれで済む話である。

 俺が首を横に振ると、プロデューサーは「そうか」と頷いた。そして再び俺をじっと見つめた後、ニヤリと笑った。

 

「せっかくだし、杏奈がレッスンしてるところも見ていかないか?」

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「あの、プロデューサーさん」

「さん付けはいらないって言ったろ?」

「……プロデューサー、本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫。俺が一緒にいれば注意されることはないさ」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 ここは最近建てられたばかりの劇場の内部。

 ステージを裏側で支えるスタッフが今後幾度となく行きかうであろう場所。

 関係者以外立ち入り禁止の秘境。

 

 俺は緊張と少しの高揚感を胸に、まだ人や埃の臭いとは無縁の廊下をプロデューサーと一緒に歩いていた。

 ……部外者がこんなところに入って良いのだろうか。企業秘密的なアレコレはないのだろうか。プロデューサーが大丈夫というなら大丈夫なのだろうか。

 

「ここだ」

「──え、もう着いたんですか?」

 

 そんな考え事をしている間に、俺たちはレッスン場と廊下を仕切るドアの前に立っていた。ドアには丸窓があり、そこから中の様子が見える。……うわぁ、床が体育館だ。すげー……。

 

「ははは、取って食われる訳じゃなし。緊張しなくても大丈夫さ」

「は、はぁ……」

 

 プロデューサーが丸窓をちょいちょいと指でさした。俺はそれに従ってこっそりと覗き込むと、3人の女子が鏡張りの壁を前にして踊っていた。

 鏡越しに杏奈が座ってゲームをしているのが見える。今は休憩中なのだろう。

 

「……どうだ?」

「アイドル達が踊っています」

 

 俺の隣でプロデューサーが軽く噴き出した。

 

「すまん、言い方が悪かった。杏奈は踊ってるか?」

「いえ、休んでます」

「ありゃ、そうか……」

 

 いったん窓から顔を離すと、プロデューサーは腕時計を確認していた。

 

「時間的に、昼休憩の前にもう1回杏奈の番が来るはずだな」

「はぁ」

 

 ……プロデューサーがやろうとしていることが掴めない。

 目で尋ねると、プロデューサーは悪戯っぽく笑った。

 

「杏奈が踊る直前に突入したら面白いだろ?」

「……怒られませんか、それ」

 

 トレーナーとか、アイドル達とか……つまり、全員に。

 

「なあに、責任は俺が取る!」

「えぇ……」

「おっ、そろそろ交代するぞ」

 

 プロデューサーが音をたてないようにそっとドアを開くと、僅かにできた隙間から曲が聞こえてきた。やたらと慣れている手つきだったことは気になるが、今はとりあえず後回しにして耳をすませることにする。

 曲は段々と小さくなっていき、やがて完全に止まるとトレーナーの指導が始まった。踊っていた3人が、できていた点とできていなかった点をトレーナーから細かく指摘されている。

 

「……厳しいですね」

「本気だからな」

 

 プロデューサーの、先ほどまでとは少し違う声。

 俺の横目に映ったプロデューサーは、まるで眩しいものを見ているように目を細めていた。

 

「──次! 杏奈、志保、ひなた、可奈!」

「「「「はい!」」」」

 

 やがて3人への指導が終わり、杏奈の名前が呼ばれた。

 

「よし、まずは俺が入る。俺が呼んだら入ってきてくれ」

「わかりました」

 

 プロデューサーが勢いよくドアを開いて大きな声で挨拶しながらレッスン場に入っていった。中にいたアイドル達がプロデューサーに挨拶を返していく。

 

「あ、プロデューサーさんだ! 杏奈、ビビッと頑張るから見ててね!」

 

 杏奈はレッスンの時にはON奈になるらしく、元気良く挨拶を返していた。そして、プロデューサーはそんな杏奈に対してニヤリと笑う。

 

「ああ、バッチリ見てるとも。……彼と一緒にね」

「え?」

「おーい、入ってきてくれ!」

 

 深呼吸。

 男は度胸だ。せめて杏奈の知り合いとして、恥ずかしくない振る舞いをしよう。

 

「──はい。失礼します」

「……え、今の声って……」

 

 普段よりも姿勢を意識しながらプロデューサーとアイドル達の下へと向かう。……プロデューサーはともかく、他の子達の視線が痛い。さくっと自己紹介をしてさくっと練習を再開してもらおう。

 

「初めまして。俺は」

 

 俺の渾身の爽やかスマイルと共に切り出した自己紹介は――

 

「──ええええええええええええ!?」

 

 杏奈の絶叫にかき消されたのだった。……耳が……!




やっぱミリシタって神だわ。

読者の皆様、いつも応援ありがとうございます!

今回から、投稿ペースを定期的なものにしてみよう大作戦を開始します。
目指せ定期更新の看板!

今後はイベント終了時に合わせて投稿する予定です。
ちなみに書きだめはありません。
次回の時点で失敗したらごめんなさい。(超弱腰)

お気に入り登録、感想、評価、ミリシタ小説をお待ちしております!


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劇的な展開(なろう風味)

あかんミリラジに時間を吸われる


「……杏奈、俺の自己紹介を遮らないでくれるかな」

「え、い、いや、だって……え、えぇえ……!?」

 

 狼狽しきりの杏奈。

 音の爆発をまともに受けて呆然とするアイドルとトレーナー。

 思いのほか驚かれてビビる俺とプロデューサー。

 

 ついさっきまで温まっていた空気は、杏奈によって完全に吹き飛ばされていた。

 

「どうしてくれるのさ、この状況」

「う……お、お兄ちゃんが驚かせるのが悪いんだもん」

「うぐ……」

 

 杏奈が可愛すぎて思わず言葉に詰まる。……なんか俺、杏奈に対して確実に弱くなってない? 

 

「……杏奈ちゃん、その人は杏奈ちゃんのお兄さんなの?」

「あ、可奈……え、ええっとー、そうだけど、そうじゃないっていうか……!」

「?」

 

 会話が途切れたタイミングで、赤みがかった茶髪の少女が杏奈に声をかけてきた。カナちゃんというのだろうか。

 

「えーっと……そう! 近所のお兄さん、みたいな!」

「そうなんだ!」

 

 これだ! と言わんばかりに答える杏奈と、あっさり納得するカナちゃん。

 ……その答えはちょっと距離感が遠くないだろうか。自惚れとかじゃなしに、その答えだと問題があるというか。

 

「……プロデューサー、杏奈の家の近くに住んでいるお兄さんというだけでここに入れたんですか?」

 

 利発そうな黒髪の少女がプロデューサーをじろりと見た。

 ……うん、そりゃそうなるわ。プロデューサーも苦笑いしてるし。

 

「違う違う。彼は広瀬那月くん。杏奈のお隣さんで、家族ぐるみの付き合いらしい。そうだよな?」

「はい。今日は杏奈のお母さんに頼まれて弁当を届けにきたら、プロデューサーに見学に誘われまして……」

 

 俺が全力で下手に出るのを見て、その少女は若干気まずそうな顔をした。やさしい。

 

「……それでも、外部の人を入れるなんて……!」

「まぁまぁ、いいじゃないか。アイドルは人に見てもらってなんぼだし、純粋にお客さんとしての目線から見た感想が聞ける貴重な機会だ」

 

 それとも、とプロデューサーは続ける。

 

()()()()()を貰うのが怖いか? 静香」

「っ! そんな訳ないじゃないですか!」

「じゃあ見学してもらっても構わないよな?」

「……っ、もう勝手にしてください!」

 

 シズカと呼ばれた少女は顔を真っ赤にしてそう言ったきり、黙り込んでしまった。すると今度はシズカの周りにいた少女たちが近づいてきた。

 

「私、伊吹翼っていいまーす! 那月さんってー、杏奈のカレシなんですかー?」

「「!?」」

 

 やや気まずげな雰囲気の中、ツバサが笑顔で爆弾を投げこんできた。

 

「な、何言ってるの翼!」

「えー、違うの?」

「違うよ! お兄ちゃんとはまだそういうのじゃなくて……!」

「……ふーん? じゃあ那月さん、今度私とデートしませんかー?」

「えっ」

「な、ちょ、だ、ダメ! 絶対ダメ! ……お兄ちゃんも嬉しそうな顔しない!!」

「いや、してないしてない!」

「してたもん! お兄ちゃんのバカ!」

「アハハ、杏奈と那月さん面白ーい! ね、未来?」

「ね! 杏奈も顔まっかっか!」

「も、もう! 翼も未来もからかわないでー!」

 

「──あの、そういうの、後にしてもらえませんか」

 

 ぐちゃぐちゃだった空間を、凍てつくような冷たさをもった一言が支配した。

 皆が口を閉ざしてその声の主に目を向ける中、杏奈が小さな声で「志保……」とつぶやくのが聞こえた。彼女の名前だろうか。

 シホと呼ばれる少女は、この場にいる全員の視線を受け止めても動じる様子を見せずに、淡々と続けた。

 

「今はレッスンの時間ですよね。中断するのであれば言ってください。私は別の場所で練習するだけですから」

「ご、ごめんなさい……」「はーい……」

 

 静かな怒りを纏ったシホによって、レッスンが再開されたのだった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 流れる音楽に合わせて、シューズとフローリングが擦れる音が鳴り響く。俺はプロデューサーたちと一緒に、レッスン場の後ろから杏奈たちのレッスンを眺めていた。

 杏奈は普段からは考えられないほどにキレのあるダンスを踊っている。基本的にこちらからは後ろ姿しか見えないが、ターンが入るたびに真剣な眼差しが目に入ってきた。

 

「すごいな……」

「ふふん、凄かろう」

 

 思ったことが口から零れ落ちていたのか、プロデューサーが自慢げに笑っていた。

 

「杏奈、す-っごくかっこいいですよね! 普段はおとなしいのに、レッスンの時にはブワーって、キラキラーってなるんですよ!」

「……でもさっきの那月さん、杏奈の様子に驚いていませんでしたね」

「あのモードの杏奈って普段でも見るんですかー?」

「……あぁ、スイッチが入った時の杏奈も知ってるよ。テンションが上がるとよくああなるね」

「「「へー……!」」」

 

 初めて知った、という顔をする赤、青、黄色のウェア3人組。

 そういえばツバサとシズカはわかるけど、赤い子の名前を聞いていなかった。

 

「それで、その……君は……」

「……あ、自己紹介するの忘れてた!」

「もう、未来ったら……」

「……そういう静香もしてなかったよね?」

「……あっ!」

 

 わたわたとした様子でミライ(?)とシズカが俺に向き直った。

 

「私、春日未来です! 生クリームが好きです! よろしくお願いしまーす♪」

「最上静香です。よろしくお願いします」

「ミライに、シズカね。よろしく」

 

 2人の自己紹介が終わったのを見計らって、ツバサが楽しそうな顔で声をかけてきた。

 

「ところでさっきの話なんですけど、ホントに杏奈と付き合ってないんですかー?」

「……うん、ホントにそういうんじゃないよ」

「なーんだ、つまんないのー」

「ハハ……」

 

 ツバサの、けろりとした態度に乾いた笑いが出た。

 アイドルなんだから恋愛はご法度。とはいえやはりお年頃の女の子である。そういう話に飢えているのだろう。俺だってツバサのご期待に添いたいよちくしょう! 

 若干遠い目になっていると、プロデューサーがコホンコホンと咳払いをした。

 

「恋愛トークもいいが、プロデューサーとしては4人のレッスンを見ての感想が聞きたいなぁ那月君?」

「あ……感想、そうですね……」

 

 まず、一番右にいるシホと、その隣の杏奈。この2人は俺から見たら完璧に踊っているように見える。振り付けやステップはよくわからないけど、ちゃんと踊れているのはわかる。

 ただ、個人的に気になるのはシホという子だ。さっきの態度やダンスから感じる気迫は、まるで世界には彼女自身しかいないような、冷たい強さがある。いつか、ふとした拍子でダメになりそうな、そんな危うさを彼女から感じた。

 残りの左の2人──カナと、ヒナタという名前らしい──は、なんというか……頑張れって感じがすごい。微妙に音楽からずれてるし、足元が危うくなることも多い。……それでもこう、許せるというか、身近に感じるというか……不思議な魅力のある2人だった。

 

 それをプロデューサーに伝えると、彼は楽しそうにうなずいた。

 

「そうだよな、そう、そういうのでいいんだよそういうので」

「……は、はぁ」

「プロデューサー、適当すぎます。しっかり言葉にしてください」

 

 俺の代わりにバッサリと切り捨てるシズカ。た、頼もしい……! 

 プロデューサーはウウムと唸った後、

 

「うん、うん、よし。ちょっと俺についてきてくれるか」

「……え、は、はい」

 

 えらく真剣な顔つきをしたプロデューサーに連れられてレッスン場から外に出ると、プロデューサーは俺に向き直った。

 そして──

 

「那月君、うちの子にならないか?」

「……は?」

 

 プロデューサーは変わらず真剣そのものの顔で、まるで意味が分からないことを言い放つのだった。




Pの皆さん、イベントお疲れ様でした!

ちょっと執筆時間が取れなかったせいで危うく定期更新チャレンジが二回目で終わるところでした。ちょっとやっつけ仕事になってしまっていないだろうかとドキドキでございます。
次からはちゃんと自信をもって投稿できるようにならねば……!

お気に入り登録、感想、評価、SS、待ってまーす!(最近知った)


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未来はいないが過去がいる

(無言の焼き土下座)


 午前のレッスンが終わり、昼食の時間。休憩室で皆がお弁当の蓋を開けたり、惣菜パンの袋を破る中、俺の正面に座っている杏奈が割り箸を取り出しながら口を開いた。

 

「……さっきのは……どういうこと……?」

「さっき……あぁ、俺がプロデューサーの補佐をすることになったって話か」

「プロデューサーさん……お兄ちゃんが劇場に来るようになるって、言ってたけど……本当……?」

「うん。俺を雇った理由もプロデューサーの言った通りだけど」

 

『那月君、うちの子にならないか?』

 

 そんなセリフから始まった話は、いわゆるスカウトの話だった。

 同性だけでなく、異性の刺激を取り込むことでより良いステージが生み出せるのではないか。プロデューサーはそう考えたらしい。俺がアルバイトとして雇える中で最年少であり、杏奈が所属している劇場でバカをすることもないだろうという打算もある、とも言っていた。

 元々やりたいこともないのだ。杏奈の力になれるのであればそれでいいと、俺はその話を受けることにした。

 

 その後はプロデューサーがタイミングを見計らい、皆に俺を補佐として雇うことを話してくれた。その際、理由(打算は除く)も、説明されたはずなのだが……。

 

「……」

「杏奈?」

 

 杏奈は割り箸を割らずにじっと見つめている。俺が声をかけると、杏奈は何かを決意したような表情で俺を見た。

 

「……杏奈、頑張る……ね……!」

「お、おう……頑張れ?」

 

 パキリと音を立てて割り箸を割る杏奈。よくわからないが、杏奈の中で色々あったのだろう。多分。

 はむはむとお弁当をほおばる杏奈を見て、俺も自分の昼食に手を付ける。劇場に置いてあったカップ麺を分けてもらったのだ。……あったけぇなぁ……。

 

「……あ、あのっ!」

「ん、君は……」

 

 杏奈の左隣にいる少女が声をかけてきた。

 

「私、矢吹可奈です! よろしくお願いします! えっと、那月……プロデューサー、ホサ……さん?」

「う……うん。よろしく、カナ。……ただ、俺はプロデューサーじゃないから普通に那月でいいよ」

「そ、そうですよね! プロデューサーさんのお墨付き~♪ 広瀬那月~♪」

 

 急に歌われた。なんじゃいな。

 

「……可奈は、歌が好きで……よく、歌う……」

「そ、そうなのか」

 

 音程はだいぶアレだが、歌が好きな気持ちが伝わってくるのは確かだ。

 

「可奈とは……転勤する前……友達……だった……」

「え、マジで?」

「そうなんです! 同じ小学校で、一緒によくアイド──むぐぅ!?」

「……よく……遊んだ、よね……?」

「……! ……!」

 

 意気揚々と話し始めようとしたカナの口を杏奈が押さえつけた。と思ったらカナが勢いよく頷いて、杏奈の手から解放された。

 

「え、何? 何なの?」

「何でもない……ね、可奈……?」

「なんでもないです! いっしょによくあそんでいました!!」

「涙目じゃねーか」

 

 何事もなかったかのように食事に戻る杏奈と、ひんひんとパンをくわえる可奈。こえーよ。一体2人の間に何があったんだよ。

 

「2人は仲がいいんだねぇ」

「せやろか……あっと、君は確か……」

 

 右から聞こえた、のほほんとした声にうっかり突っ込んでしまった。隣を見ると、くりくりとした丸っこい頭にリンゴのヘタのようなアホ毛を生やした少女が微笑みを浮かべていた。

 

「ひなただよぉ。木下ひなた。よろしくねぇ、那月さん」

「あ、あぁ。よろしく、ヒナタ」

 

 やわらかな笑顔と訛りは強いがゆったりした話し方に、肩の力が抜けた。まだ緊張が残っていたことと、それをたった一言でほぐされたことに若干戸惑いつつ挨拶を返す。

 

「ところで、少しいいかい? 那月さん」

「ん、何かな?」

「プロデューサーの補佐っていうのは、いったいどんなことをするんだべさ」

「んー! ふぉへ、ふぁふぁふぃもふぃひふぁひふぁふ!」

「可奈……全然わからない、よ……」

「それはプロデューサーから聞いたほうが……って、ここにはいないんだっけか」

 

 休憩室を見回しても、俺と杏奈、カナ、ヒナタ、それと軽くクセがかった黒髪の少女の5人しかいない。

 

「プロデューサーさんは……未来、翼、静香の3人と、一緒……」

「そうだった。外食組もいたんだったね」

 

 プロデューサーに頼れないなら仕方ない。プロデューサーとのやり取りを思い出すことにしよう。

 

『──でも俺、皆の役に立つようなアドバイスとか意見は言えませんよ?』

『あぁ、そういうのは出来なくてもいいよ。その辺りは俺やトレーナーさんの担当だからな』

『え、じゃあ具体的に俺は何をするんですか?』

『そうだな。例えば──』

 

「例えば──掃除」

「……え……?」

「他にも、備品の整理や補充もしろって言われてる」

「そ、それってー……」

「補佐じゃなくて、雑用ってことかい?」

 

 皆から不思議なものを見るような目で見られる。名も知らぬ少女よ。お前もか。

 

「冗談ジョーダン。……いや、そういうこともやるけどさ。雑用をこなしながら皆のレッスンの様子とかも見て回って、いろんな子とコミュニケーションをとっていくのが仕事かな。プロデューサーがいない間に起こったあれこれを報告してほしいんだってさ」

「……つまり、私たちは那月さんと仲良くすればいいんですね!」

「可奈、それは……違う、の、かな……?」

「いや、杏奈。カナが大体あってると思うぞ。俺も」

「そ、そうなんだ……」

 

 カタンと少し離れたところで椅子を引く音が鳴った。目を向けてみると、黒髪の少女がお弁当箱を片付けて席をたつところだった。少女と目が合うも、すぐに外された。

 

「──待った。ごめんだけど、君の名前を教えてもらっていいかな?」

 

 休憩室を出ようとする少女の背中に声をかけて、名前を尋ねた。少女はこちらに振り向いて、座っている俺を見降ろした。

 

「……北沢志保です。よろしくお願いします」

「……シホね。よろしく」

「はい。失礼します」

 

 互いに軽い会釈。シホの足音が聞こえなくなってから杏奈に小声で尋ねた。

 

「シホって子、もしかして……」

「……うん。前のお兄ちゃんと……似てる……」

「……だよなぁ」

 

 椅子の背もたれに体を任せる。そのままぐいと背伸びをして、湧いて出た過去の自分を振り払う。

 ……あの子の目は、自分の世界に自分しかいない目だ。自分の器以上に強くならなくちゃいけなくて、強引に鍛えられた哀しい目。

 俺と彼女は別人だし、必ずしも過去の俺と同じとは言えないが……どちらにせよ──

 

「あの子とは、仲良くできそうだ」




お待たせしました……!うわぁ楽曲コード入力欄なんてのができてるぅ!?

定期更新始めるなら出来ない場合のお知らせ機能も必要だなぁと痛感しました。
そこで、Twitterにアカウントを作りました。まだ仮組みではありますが、タタリPと打ってクッソ適当な画像とプロフィールが出てきたらそれが私です。
ただの連絡用ではなく、ミリシタに関してのはしゃぎツイートも流す予定なのでご了承ください。

今回のツアーでドリンクが溶けました。軽くジョギングしただけでこれとか聞いてない!
これで次に杏奈イベあったら死ぬんじゃが……。

お気に入り、感想、評価、ミリシタSS、ください(余裕無)


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帰り道での一幕

「──はい、今日のレッスンはここまで!」

「「ありがとうございました……!」」

 

 トレーナーの言葉に杏奈達が挨拶を返す。張り詰めていた空気が、一瞬にして疲労と達成感が入り混じった吐息で上書きされた。

 

「んーっ……! 終わった~!」

「あ、翼! 寝っ転がらないの!」

「だってこうすると冷たくて気持ちいいんだもーん」

「いいなー! 私もやろっと!」

「未来!!」

 

 その場で寝転がったり、

 

「ふぅ……」

「志保ちゃん、お疲れ様!」

「矢吹さん。……えぇ、お疲れ様」

「今日もたくさん頑張ったねえ」

 

 汗を拭きつつ息を整える等、それぞれが思い思いの方法で体を休める中、杏奈が真っ先に俺のところにやって来た。俺は杏奈をねぎらうべく声をかけた。

 

「杏奈、お疲れ」

「……ん……」

 

 杏奈はそれだけ言うと俺の隣に置いてあった荷物を掴んで、そそくさとレッスン場から出ていった。

 ……いくら疲れているとはいえ、あまりに無愛想すぎないか杏奈よ。他の子とも話さずにこっちに来たし、杏奈はレッスンの後はいつもこうなのだろうか。

 

 あまりらしくない杏奈に首をかしげていると、やり取りを近くで見ていたプロデューサーが顎に手をやって「ふうむ」と唸った。

 

「珍しいな。いつもレッスンの後は皆と話したりしてゆっくりしてるのに」

「あ、じゃあ普段はああじゃないんですね」

「うむ。……ふふん、杏奈もオトシゴロだったんだな」

「お年頃? ……反抗期的な?」

 

 さっきの杏奈、めっちゃよそよそしかったし。え、どうしよう。『お兄ちゃんウザい』とか言われたらちょっと立ち直れる気がしないんだけど。

 

 反抗期の杏奈を想像して震えていると、プロデューサーが呆れた顔をした。

 

「どうしてそうなる。思春期だ思春期!」

「……思春期?」

「汗臭いと思われたくなかったんだろって話!」

 

 プロデューサーにズッコケながらのツッコミを入れられて、ようやくプロデューサーの言葉を理解した。

 

「あ、あぁ! ……俺、別にそんなこと思ったりしないのに……」

「そういう問題じゃない。……まったく、杏奈も苦労するわけだ」

 

 ポンと手を打つと、プロデューサーに大きなため息をつかれた。

 い、いや、だって杏奈が今更そんなこと気にするなんて思ってなかったし……! それに、杏奈に苦労をかけた覚えはないぞ。

 無言で抗議の目線を送っていると、プロデューサーは軽く咳払いをして「ともかく」と口を開いた。

 

「杏奈はシャワー浴びに行ってるだけだろうから、俺たちも適当に移動しよう」

「……わかりました」

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 シャワールームと同じ1階にある事務室でプロデューサーと話をしながら杏奈を待っていると、入り口のドアが開いた。

 杏奈だ。俺たちがいる場所を知っているのは、杏奈の後を追ってシャワーを浴びに行った他の子から聞いたのだろう。

 

「あ……。えと……お待たせ……です……」

「杏奈。……眠そうだね?」

 

 まだ乾ききっていない髪。血色の良くなった肌。レッスンウェアから私服に着替え、身体全体からほこほこと湯気を立たせている杏奈は、今にも閉じそうな瞼を懸命に持ち上げていた。

 

「ん……杏奈、充電切れ……」

 

 覚束ない足取りで近づいてくる杏奈。慌てて席を立って杏奈の肩を支えると、ふらりと体を預けられた。

 

「…………だいじょうぶ……あんな、おきてる……よ……」

 

 杏奈は消え入りそうな声でそう言って、こっくりこっくり船をこぎ始めた。

 ……本来ならこの後、プロデューサーに劇場の案内をしてもらうつもりだったんだけど……。

 

「……プロデューサー」

「あぁ。劇場の案内はまた今度だな」

「すみません」

「別に急ぐ話でもないから大丈夫だ。ただ、悪いが送ってってやることはできないが……」

「それはまぁ、俺が一緒に帰ればいいだけですから」

「頼もしい。じゃ、気を付けて帰れよ」

 

 プロデューサーに挨拶を済ませ、半分意識が落ちている杏奈の手を引いて事務室から出ると、ちょうどシャワールームから出てきた子と鉢合わせた。

 あー……なんだっけな、この子の名前……。黄色のウェアの……なんか、羽みたいな……。あーちくしょう出てこねぇ! 

 

「あ、那月さんだ! 杏奈は……起きてる?」

「あーっと……お、お疲れ……」

「? ……那月さん、帰っちゃうんですかー?」

「あぁ、うん。杏奈がもう限界みたいで、連れて帰るところなんだよ」

「えぇー……。後で私が劇場を案内しようと思ってたのに~……」

 

 本人の目の前で堂々と意気消沈して見せる羽っ子(仮名)。この子はレッスン中もそうだったけど、結構フリーダムな子のようだ。さてどう切り抜けたものか。

 

「……だめ」

「ぬおっ、……杏奈?」

 

 そう考えていると、突然杏奈に右腕を強く引かれた。杏奈の声は依然弱々しく、起きたわけではないようだ。

 

「おにぃちゃんは、あんなの……」

 

 寝ぼけているのだろうか。杏奈はそのまま俺の右腕に引っ付いてきた。

 正直嬉しいだけなのでもっとやって欲しい。そしてできれば杏奈の何なのかまでちゃんと言ってほしい。超気になるから。

 

「──アハハ! 杏奈、可愛い~♪」

 

 そして羽っ子がそんな杏奈を珍しそうに見て、楽しそうに笑った。

 

「今の杏奈、すっごく可愛くなかったですか~?」

「あ、あぁ、まぁ……?」

「杏奈って、ホントに那月さんのことが好きなんですね! ステキ~♪」

「んぐ、んぉ、おう……」

 

 きゃあきゃあと何故か盛り上がる羽っ子。照れてどもりまくる俺。……もぅやだおうちかえる……! 

 

「……翼、あんまり那月君を引き留めるんじゃない」

「あ、プロデューサーさん! お疲れ様でーす♪」

 

 俺の後ろでガチャリと音が鳴って、プロデューサーが出てきた。

 プロデューサー、ナイスタイミング。そしてナイスフォロー。そうだ、ツバサだ。なんだよ羽って。

 

「那月君はもう帰るんだから、困らせてやるな」

「え~!? 私、別に困らせてないですよー」

「……ハハハ……」

 

 ぷぅ、と頬を膨らませるツバサ。プロデューサーはそれを見て大きくため息をついた。

 

「……まったく。那月君、行っていいぞ」

「……すみません、ありがとうございます。ツバサ、案内はまた今度頼むよ」

「はーい。……バイバイ、那月さん♪」

 

 俺は空いている手でツバサに手を振りつつ、未だ腕から離れない杏奈を引きずって帰路に就いた。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「杏奈も、頑張ってるんだなぁ……」

 

 ──? 

 

 ゆさゆさと心地の良い波の中、お兄ちゃんの声が聞こえた気がした。まどろみが消えていき、段々と意識がはっきりしてくる。

 独特の浮遊感と安心感、呼吸をするたびに感じるお兄ちゃんの匂い。さっきの声は耳のすぐ近くから聞こえた声で……。

 何事かとうっすらと目を開けてみると、お兄ちゃんの横顔が視界いっぱいに飛び込んできた。

 

「──!?」

「うわっと……!」

 

 気が付いたらお兄ちゃんにおんぶされていた。

 

 そんな驚きは声にはならず、(杏奈)の全身が震える形で表出した。

 お兄ちゃんは体勢を崩しこそしなかったものの、その場で立ち止まる。私は咄嗟に寝たふりをした。

 

「杏奈……? 起きたのか?」

「……!」

 

 ……ちょっと待ってちょっと待って! 意味が分からないんだけど! えーとえーっと、今日のレッスンが終わって、シャワー浴びに行って、途中で眠くなって……そっか。電車の中で座ったときに寝ちゃったんだ。あぁあー……。

 いや、後悔は後! 今はとりあえずこの場をどうするかだよね! い、今起きたことにすればいいかな。

 

『ごめーん、寝ちゃった☆』

『しょうがないなぁ杏奈は!』

 

 良し。これでいこう。……あ、でも……寝たふりをすればお兄ちゃんの背中を味わえる……? 

 

「……ジャーキングってやつか。ビックリした」

「……」

 

 立ち止まってから十数秒。お兄ちゃんはそう言って再び歩き出した。

 結局、私は寝たふりをし続けることにした。ごめんお兄ちゃん。私は悪い子です。

 

「……杏奈が俺のことが好き、か……」

「!?」

 

 お兄ちゃんがぽつりと呟いた言葉にまたしても心臓が跳ね上がった。今度は体には出なかったと思う。多分。

 翼がお兄ちゃんに言い寄ってきて、私がそれを守った夢を見た。その夢の中で翼がそんなことを言っていたが……どうやら夢ではなかったらしい。

 ……え、じゃあ私が夢だと思っていたものは、リアルだったってこと? ……夢の中の私、なんて言ってたっけ……!? 

 

 すでに赤い顔が更に熱くなる。穴があったら入りたい。

 雪歩さんを呼ぶ代わりに、お兄ちゃんの肩に顔をこっそりうずめた。……これで安心してしまう自分が少し悔しい。

 

「あの羽っ子……翼! ……翼からしたらそう見えるんだろうな……」

「!?!?」

 

 私は顔をうずめたまま、さらなる衝撃に目を見開いた。

 

 ……お兄ちゃんが、人の名前を、覚えた!? 日高舞の名前すらうろ覚えのお兄ちゃんが!? 

 

「でも、杏奈の好きはそういう好きじゃないんだよな……はぁ……」

「お、お兄ちゃん……!」

「──っ!?」

 

 気が付けば、私は寝ているふりも忘れて声をかけていた。お兄ちゃんはピシリと固まったまま動かない。

 

「あ、杏奈、いつから起きてたんだ……?」

「それより、お兄ちゃん……今、翼の名前……」

「え……あ、あぁ。覚えたぞ」

 

 少し嬉しそうにドヤ顔をするお兄ちゃん。

 そうだよね。嬉しいよね。お兄ちゃんが名前を覚えるなんて、滅多にないもんね。

 ……何かよほどのことがないと、お兄ちゃんは人の名前を覚えられないから。

 

「……をされたの?」

「ん? 悪い、もう1回……」

「──翼に、何をされたの……?」

「……え?」

 

 両腕をそっとお兄ちゃんの首に絡める。

 

 多分、レッスンが終わった直後。私が1人でレッスン場を出てから、翼はお兄ちゃんが名前を覚えるほどの何かをされたのだ。

 迂闊だった。翼のデート発言は冗談でも何でもなかったのだ。翼は私がいなくなった時を狙って、お兄ちゃんに近づいたのだ……! 

 

「答えて……!」

「待て待て待て、何かってなんだ!? 俺は何もされてない!」

「嘘……。お兄ちゃんが何もされてないのに、人の名前を覚えるわけ、ない……!」

「いや酷くない!?」

 

 ゆっくりと腕の間隔を狭めていく。

 

「うおおおお!? 本当だって! 俺だって同じ日に何回も話した子の名前くらい覚えられるっての!」

「……今日のレッスンメンバー、全員言える……?」

「そ、それは……」

「……ぎゅー……」

「ちょ、待っ……ぐええー!?」

 

 その後、お兄ちゃんの説明で私の考えすぎであることがわかり、滅茶苦茶説教された。




お待たせしました……!

那月君がどうして翼の名前を覚えられたのかは秘密。

翼ってこんな感じで合ってるのかなぁ……と四苦八苦。
担当Pの方がいたらごめんなさい。

Twitter、楽しいですね。
いずれ、お題箱なるものに挑戦してみたいです。その前に定期更新を安定させる必要がありますが。

この小説は、杏奈への愛と読者の皆さまからの応援でできています。
お気に入り登録、評価、感想の三大栄養素を作者にお恵みくださいませ……!
ちなみにミリシタ小説はビタミンとミネラル級。これが無いと作者が身体を壊します。ください。

担当の杏奈をこの小説共々、応援ください!


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導かれちゃった風の戦士 前編

復☆活!

前編です。


 いつものように放課後を迎え、いつもの道を通って駅の改札をくぐる。いつもとは反対の電車に乗り、適当な席に座って本を開いた。端の席ってなんでこんなに居心地が良いのだろう。

 

 今日は俺が劇場スタッフになってから初めての勤務日である。昨日、杏奈と話して同じ電車に乗ろうと決めていたのだが、昼休みの時間に『間に合わないかもしれない』と連絡が来ていた。

 残念だが、学校の用事ならば仕方がない。杏奈は何とか頑張ってみると言っていたが、無理はしなくても良いと返信してある。もともと今日は杏奈のレッスンが入っていない日なのだ。

 

 そんな訳でひとりでゆらゆらと電車に揺られながら本の世界に潜って少しした頃。

 

「はぁ……はぁ……っ、お、お兄、ちゃん……!」

 

 頭上から杏奈の声が聞こえた気がして、本から現実へと意識を引き戻す。

 いつの間にか電車は止まっていて、顔を上げると目の前には肩で息をしている杏奈が立っていた。

 

「杏奈!? そんな、別に走ることなかったのに……!」

「はぁっ、はっ……だ、だって……」

「と、とりあえず座りな。ほら」

 

 俺が本をしまいながら杏奈に座るよう促すと、杏奈は隣に座って息を整え始めた。全力で走ったのだろう。前髪が汗で額に張り付いていて、杏奈の体温が空気ごしでも伝わってくる。

 少しでも熱を逃がそうと制服の胸元を緩める杏奈から目を反らしつつ、俺はハンカチを取り出した。

 

「大丈夫?」

「んっ……ふぅ……大丈夫……」

 

 杏奈は俺が差し出したハンカチを見て、ゆっくりと横に首を振った。杏奈の整いつつある吐息が何だか色っぽい。

 

「そんなに無理しなくても、言ってくれれば駅で待ってたのに」

「……それだと、一緒にゲーム……できない、から……」

 

 そう言っていそいそと自分のカバンからゲーム機を取り出す杏奈。ここで取り出すのが単語帳であったならと思わなくもないが……そこはまぁ、ご愛嬌だろう。俺もこっそり持ってきていたゲーム機を取りだした。

 

「降りる駅まで……10分ある、から……3周できる、ね……」

「いや、コイツ大体1周5分かかるんだけど」

「……お兄ちゃん……。周回くらい……本気装備で、行こうよ……」

「んー……そうさな。ガチるかー」

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「まさか10周できるとは……」

「宝玉も出たし、満足……♪」

 

 そこにはホクホク顔の杏奈と、げっそりとした俺がいた。

 ……途中から杏奈が俺にもたれかかったり、『わ……たくさん、出た……♪』とか呟いたりし始めてもうダメ。4週目過ぎたあたりからはもう自分との戦いだったね。

 

 ゴキゲン杏奈と適当に駄弁りつつ、劇場の廊下を通って事務室でタイムカードを押した。……なんだか、大人っぽい。これがゲームなら実績解除されそうだ。『初めてのタイムカード』的な。

 その後、杏奈は着替えのために更衣室へ。俺は一足先にレッスン場へと足を運んだ。

 

 階段を上ってレッスン場の目の前まで来たところで、ふと思い出す。

 

「……やべ。今日来るメンバー確認し忘れた」

 

 確か事務室にあったホワイトボードに、いつ誰が何をするのかが書かれているはずだ。プロデューサーがそう言っていた。

 どうしよう。名前は互いに把握していないだろうし、わざわざ事務室まで戻らなくても何とかなるとは思うが……。

 

「だとしても、どこで何をするのかは知っとかないとまずいか」

 

 やはり確認しておこうと踵を返して階段を下ろうとしたその瞬間。

 

「うぅ……今日こそ、今日こそちゃんと踊りきらなくちゃ……!」

 

 少女の──めちゃめちゃ聞き覚えのある声が下から聞こえてきた。

 

「……この声って」

 

 まさか。そんなわけない。

 いつもは人探しお断りのくせに、こんな時ばかり仕事をする俺の記憶を必死に否定する。

 下に通じる道はこの階段しかない。そもそも、逃げることも隠れることも無駄である。理性の金縛りにかかった俺は、ただこちらに近づいてくる足音を待つことしかできなかった。

 やがて、重たい足取りで階段を上る少女が視界に入ってきた。

 

「……嘘だろ、おい……」

「え? ……ええっ!?」

 

 俺の呟きが耳に入ったのだろう。少女が俺の方に顔を向けて、大きな目をさらに大きくして驚いた。

 

 藍色の髪。

 透き通った黄緑色の瞳。

 何度も本について語り合った友人。

 俺が覚えている中で唯一杏奈との繋がりを持たない人物。

 いくら俺でも、そんな彼女の名前は忘れない。どうして、どうして──! 

 

「「──どうして七尾(広瀬)さんがここに!?」」

 

 ……

 …………

 ………………

 

「まさか七尾さんもアイドルになっていたとは……」

「こ、こっちだってびっくりしましたよ。広瀬さんが杏奈ちゃんの知り合いで、しかもここで働くなんて……初耳です」

 

 俺の正面に座って、「もっと早く言ってください」と言外で刺してくる七尾さん。しかしそれはお互い様である。七尾さんもそれは分かっているようで、俺が沈黙で返してもそれ以上何かを言うことはなかった。

 今、このレッスン場は俺と七尾さんしかいない。気まずい沈黙を破ったのは七尾さんだった。

 

「……そっか。杏奈ちゃんのお兄さんって、広瀬さんのことだったんですね」

「あぁ。……あのさ、その『杏奈の兄』ってのは全員が知ってる感じなの?」

 

 正直、行く先々で自分のことが知られているというのは落ち着かない。というか、アイドルに知られている一般人ってなんだよ。逆だろ普通。

 

「……」

「……七尾さん?」

 

 七尾さんは、なにやらぶつぶつと呟きながら考え込んでいた。……自分から話を振ったんだから途中で旅立たないでほしいんだけど……。

 もう一度呼びかけようと大きく息を吸い込んで──

 

「……広瀬さんが言っていたA子ちゃんって、杏奈ちゃんのこと……ですよね」

「──!」

 

 ぎくりと身体が強張り、文字通り息をのんだ。

 七尾さんが杏奈と一緒にアイドルになる以上隠すことはできないと覚悟はしていたが……こうも正面切って言われるとひるんでしまう。

 七尾さんはそんな俺の反応を見て、表情をパッと明るくした。

 

「わぁ……! やっぱりそうなんですね!」

「……ま、まぁ……ね」

「確か、結局広瀬さんはA子──杏奈ちゃんが好きだったんですよね」

「う、うむ……まぁ……」

 

 まずいことに、七尾さんには相談にのってもらってからの経緯を話してある。杏奈の名前と、アイドルになったことは隠していた。つまり七尾さんには『俺はA子のことが好きで、だけど今まで攻めあぐねている』というふうに伝わっていたのだが……。

 

「広瀬さんが奥手なだけかと思っていましたけど……杏奈ちゃん、レッスンの後はいつも眠そうにしてました。単純に会って話せる時間がなかったんですね」

 

 今となってはこの通り、全てまるっとお見通し状態である。……このフレーズ、もはや死語だろうか。

 さて、七尾さんの口を封じるにはどうすれば良い? このままでは一瞬でウワサが広まって俺が社会的に死ぬ。考えろ俺……といっても、ただ頼み込む以外にやりようはないか……。

 

「……あの、七尾さ──」

 

 ──ガチャリ

 

 俺が口を開いた瞬間、レッスン場に扉の開く音が響いた。

 七尾さんと一緒に入り口に顔を向けると、黄色いレッスンウェアに着替えた杏奈が、手荷物を片手に入ってきた。

 

「……お兄ちゃん……と、百合子さん……?」

「あ、杏奈……!」

 

 杏奈が少し驚いたような顔をしながらトコトコと近づいてくる。

 ……最悪だ。この場で七尾さんに話されたら止めようがない……! 

 そっと青ざめながら七尾さんを窺うと、俺ほどではないが顔が強張っていた。……え、なんで? 

 

「……あ、杏奈ちゃん、こんにちは!」

「こんにちは……何の話してた、の……?」

「あぁ……っとだな。えー……」

 

 杏奈は俺の隣に腰を下ろして、俺を見つめてきた。

 すっかり散らかってしまった俺の脳内で誤魔化し方を考えてみても、すんなり思いつくわけもなく。

 

「──そうだ杏奈ちゃん! 杏奈ちゃんはもし広瀬さんが宇宙人と入れ替わっちゃったらどうする!?」

「「……へ?」」

 

 へどもどと醜態をさらしていた俺をフォローするように、七尾さんが割って入ってきた。……意味不明の話題を引っさげて。

 

「広瀬さんはある日宇宙人に食べられちゃって、宇宙人は広瀬さんの姿になるの。そして宇宙人としての記憶はなくなって、広瀬さんの記憶を受け継いで、広瀬さんとして生きていくの!」

「……?」

 

 ……なるほど、スワンプマンか。もともとは思考実験の話だけど七尾さんがうまい具合にアレンジしているから単なる妄想話のようにも聞こえる。七尾さんなら本当にこういう話題を振ってきそうだ。

 ……七尾さんがチラチラと俺にアイコンタクトを送っている。色々気になることはあるが、今はありがたく乗っからせてもらおう。

 

「そうそう。そんな宇宙人がこの地球に侵攻してきていたらって話を七尾さんとしてたんだよ」

「……ふぅん……」

 

 杏奈は納得したように頷いた。何とか誤魔化せたらしい。

 ……七尾さんの咄嗟の機転に助けられた。更に言うなら、真面目な性格に助けられた。七尾さんが『良かれと思って』で人のプライベートを暴露するような人でなくて良かった。

 俺が心の中で七尾さんに拝んでいると、ふいに杏奈が横から寄りかかってきた。

 

「……お兄ちゃん……百合子さんの名前、覚えたの……?」

「え? あぁ、七尾さんとは元々知り合いだったんだよ」

「そうなんだ……」

 

 そうか。杏奈にはまだ話していなかったか。

 

「いや、七尾さんとは不思議な縁があるらしくてさ。何故か最初から顔を覚えられたんだよね」

「……! そうなの……?」

「そう。初対面は本屋で本を譲っただけなのにだよ? おかげで次に会ったとき──あぁ、図書館で偶然会ったんだけど。その時にすぐにわかってさ、思わず本人を前にして『あの時の美少女!』だよ。いやぁ、ないわー」

「……ふーん……」

「んで、それからは本好き仲間として仲良くなったんだよ」

「……そうなんだ……」

 

 ……あれ、なんかゾクってきた。風邪かな。

 ふと隣を見れば何故か杏奈が不機嫌になってらっしゃる。……最近俺が機嫌よくしてると杏奈が不機嫌になるんだよなぁ……本当に何でだろう。

 助けを求めて七尾さんに視線をやると、呆れたようなジト目とぶつかった。

 

「広瀬さん……流石に今のはフォローできないです……」

「……解せぬ」

 

 杏奈に脇腹をつつかれながらこぼした言葉には、誰も答えてくれなかった。




皆様お待たせしました……!

ゾンビが無理に走ると足がもげることが分かったので定期更新をいったん止めて不定期に戻します。

エタりません。勝つまでは!
むしろ最近はミリシタ小説が増えたり好きな作者様に褒められたりでもうやる気しかない。

走れないゾンビな私ではありますが、これからもよろしくお願いします!

お気に入り登録、評価、感想、ミリシタ小説、お待ちしてます!
あぁ、これを書くのも懐かしい……!これがシャバの空気……!


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導かれちゃった風の戦士 後編

お待たせしました。後編です!


 七尾さんに見守られながら杏奈の繰り出す刺突を脇腹に受け続けること数分。そろそろどこかの秘孔を突かれて爆発するのではないかと思えてきた時である。

 

「おーっす百合子……お?」

「むぐ! ……スバル! いきなりストップしないでください!」

「どうかしましたか、昴ちゃん……おや~?」

 

 レッスン場に3人の少女が入ってきた。

 

 声に似合わぬボーイッシュな挨拶をしてきた、スバルと呼ばれた少女。

 突然立ち止まったその子に思い切りぶつかった、ヘッドホンを首にかけている少女。

 そんな2人の後から入ってきたお団子頭の少女。

 

 3人とも青色のレッスンウェアを着ているせいか、統一感がある。さしずめ青い三連星と言ったところか。超強そう。

 スバル(仮)とお団子少女は俺を見て驚いていた。ヘッドホン少女もすぐにこちらに気づいて目を丸くした後、

 

「……誰ですか?」

 

 キョトンとした様子で、当然の疑問を投げつけたのだった。

 俺が自己紹介をしようと立ち上がるよりも先に、七尾さんが座ったまま応じた。

 

「この人は広瀬那月さんといって、これからプロデューサーの補佐をされるそうなんです!」

「プロデューサーのアシスタント……あぁ、アンナのディアパーソンですか」

「!?」

 

 さらりと放たれた言葉に思わずむせかける。

 杏奈は俺のことを劇場の皆にどう話しているんだ……!? 

 

「ディア……? 兄ちゃんだろ? ブラザーじゃねーの?」

「……そうですね~。ただ、この場合はbrotherよりはdearの方が近いかもしれません~」

「ふーん?」

 

 スバルは「まぁいいや」と言って俺の傍に胡坐をかいて座った。

 

「オレ、永吉昴! 昴って呼んでくれよ。オレ、敬語とかニガテでさー。そっちのことも名前で呼びたいんだけど、ダメかな……?」

「あ、あぁ。全然いいよ。よろしく、スバル」

「ホントか! へへ……よろしく、那月!」

 

 さっぱりとした笑顔で差し出された右手を、同じく右手で握る。む、意外と力が強い。口調や座り方もそうだけど、いちいち男っぽいな。声は可愛いけど。

 

「……むぅ」

「杏奈ちゃん、昴さんは誰にでもあんな感じだから……!」

「……知ってる……」

 

「──コホン! ハローです、アシスタント!」

「え、お、おう」

 

 スバルの自己紹介が終わると、今度はさっきからそわそわしていたヘッドホン少女が待っていましたと言わんばかりに話しかけてきた。

 

「ロコはロコです! そのままロコとコールしてください!」

 

 両手を腰にあててドヤ顔をするロコなる少女。本人的に今の挨拶は完璧にキマっていたのだろう。確かに度肝を抜かれる挨拶だった。どうしよう。めっちゃキャラ濃いよこの子。

 

「……お、オーケーだ、ロコ。俺のことは那月と呼……コールしてくれ。アシスタントじゃ長……あー、ロングだからな」

「!! ラジャーです! これからよろしくです、ナツキ!」

 

 良かれと思って口調を合わせてみるとすごく嬉しそうな顔をされた。

 ……ごめん、俺はまだ君の理解者にはなれてはいないんだ……! 

 

「……お兄ちゃん、無理に合わせなくてもいい、よ……?」

「ロコとは何となくのニュアンスで会話するとうまく行くんだよなー」

「そ、そうか……」

「アンナ! スバル! ロコのコムラードに何てことを言うんですかー!」

 

 ロコは杏奈とスバルに噛みつきながらスバルの隣に座った。

 というかコムラードって……同志として思われてるし。ううむ、思いのほかなつかれてしまった。いや、それはいいことなんだけど、このキャラを続けていくのは辛すぎる……! 

 

「──そうですね~。己を偽らず、ありのままの姿で皆さんと接するべきですよ~?」

「っと……君は……」

 

 内心ダラダラと冷や汗を流していると、今まで俺たちの会話を後ろで聞いていたお団子頭の少女が交ざってきた。

 俺が体ごと動かしてお団子頭の少女を見ると、少女はニッコリと笑顔を浮かべた。

 

「初めまして、天空橋朋花と申します。これからよろしくお願いしますね~♪」

「うん。よろしく、トモカ」

 

 トモカは洗練された動きでこちらに一礼し、ロコの隣に正座した。

 礼儀正しい子だ。立ち振る舞いも楚々としている。よかった。この子はいい子そうだ……! 

 

「……」

「……?」

 

 トモカは自己紹介の終えた後も、俺から目を離さずにじっと見つめてきた。

 ……アイドル級の美少女に見つめられているというのに色気やらロマンスというものを一切感じない。トモカの眼差しがこちらを探るような、奥底を見透かそうとするものだからだ。うーん……まぁ、初対面の異性に対しての年頃の女子の反応なんてそんなものだろう。気にしない気にしない──

 

「──皆の名前、ちゃんと憶えてくださいね~?」

「!?」

 

 すぅっと目を細めるトモカなる少女。

 途端に、まるで吹雪のように冷たく激しいプレッシャーが襲い掛かってきた。ちくしょうこの子もタダモノじゃなかった……! 

 

 ガクガクとヘドバンする勢いでうなずくと、ふいにスバルが「名前といえばさー」と呟いた。

 

「那月はどうして百合子のことを『百合子』って呼ばないんだ?」

「えっ」

「確かに、ユリコのことだけファミリーネームでコールしていますね?」

「何か、特別な理由でも~?」

 

 興味津々といった視線を送る3人娘。……いや、そんなことを言われても……。

 

「……ただ何となくなんだけど……」

「「「……」」」

 

 しらっとした空気が辺りに広がった。悪かったな何もなくて……! 

 多少無理やりにでもボケるべきだったか……? と脳内で反省会を開いていると、横にいる七尾さんが定冠詞が付くような苦笑いをしながらおずおずと口を開いた。

 

「……えっと、じゃあこれからは私のことも皆と同じように名前で呼んでもらっても良いですか? このままだとひとりだけ仲間外れみたいで、ちょっと……」

「あ、あぁ……全然良いよ。……えー……、百合子」

「はいっ。……あはは、な、なんだか照れますね……」

「……こっちも、しばらくは慣れる気がしないな……」

 

 呼び方を変えただけなのに、妙にむず痒い。杏奈の名前を呼び捨てに変えた時はここまで違和感なかったんだけどなぁ……。あ、でも杏奈と話すようになったときに『望月さん』だと紛らわしいからって理由で『杏奈ちゃん』って呼ばなくちゃいけなかった時点であらゆる違和感乗り越えてたわ。

 スバルとか他のメンバーのことを名前で呼ぶこともかなり意識してやってるし、要は気合いと慣れなのだろう。百合子呼ばわりにもそのうち互いに慣れるはずだ。

 

 ……違和感といえば。『百合子』ってワード、どこかで聞いた、いや言った……? ような気がする。七尾さん改め、百合子のことをそう呼んだのはこれが初めてのはずだが……。

 俺の知り合いにユリコさんはいないし、母さんからか望月家にお邪魔した時に聞いたのだろうか。ううむ、まったく覚えてない。

 

「……ん、どうした……?」

 

 考えに耽っていると、杏奈にクイクイと袖を引かれた。顔を向けると、杏奈の翡翠色の瞳と目が合った。

 

「……」

「……杏奈?」

「……ん」

「……」

「……」

 

 ……やばい。ずっと見てられる。

 でも杏奈が何をしたいのかがわからない。声をかければ反応が返ってくるけど、流石の俺も1文字だけで杏奈の気持ちを察することはできないんですケド。

 

「……なぁロコ、那月と杏奈は何やってんだ?」

「……さぁ」

「わ、私もちょっと分からないんですけど、朋花さんは分かりますか?」

「……きっと、杏奈ちゃんも名前を呼んでほしくなっちゃったのかもしれません~」

「なるほど、ジェラシーですか」

「かわいいなぁ、杏奈ちゃん……」

「……??」

「……昴さん、少女漫画とか読んだことありますか?」

「え、ないけど?」

「今度私のを貸してあげますから、読んでみてください」

「えぇ……?」

 

 ……なんか外野が盛り上がっている。いや、それよりもだ。

 

「杏奈、そうなのか?」

「……っ」

 

 頬を染めながら、スッと目をそらす杏奈。可愛さで血を吐きそう。

 

「杏奈」

「……」

「杏奈、別に俺はどこにも行ったりしないぞ?」

「……知ってる……」

 

 怒っているわけではない。杏奈は自分でも分からないような不安に襲われているのだろう。むすむすとした杏奈も可愛らしくはあるが……。ふむ。

 

「……そういえば、杏奈のことを最初は杏奈ちゃんって呼んでたっけな」

「……ううん、違う……よ?」

「えっ」

 

 軽く話題を投げてみると、杏奈はアホ毛を揺らして反応した。

 俺に向き直った杏奈は──やや意地悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「それよりも前……望月さん、って……呼ばれてた……」

「う゛!? いやそれはなんというか、ノーカンというか……!」

「あの時のお兄ちゃん……杏奈の名前……憶えてなかった、よね……」

「う、ぐ……あの時の俺はホントアレだから、勘弁して……!」

 

 いやあああ……と悶える俺を見て、杏奈はクスクスとおかしそうに笑った。……うん。それだけで地雷原である思い出話を持ち出した甲斐があるというものだ。まさか地雷を掘り起こして投げつけられるとは思わなかったけど。

 

「……なんか、那月ってあんまり兄ちゃんっぽくないな」

「おおっ、分かりますか昴さん! そうなんですよ! 2人の関係はもっと複雑な、煩瑣きわまるものなんです!」

「え、お、おう。そうなのか?」

「そうなんです! 兄妹じゃないとしたら、なんだと思いますか!?」

「……またユリコがランナウェイしてますね」

「しばらくしたら収まるかと~」

「いや、助けてくれよ……! ええと、そうだな……幼馴染とか?」

「あぁー……」

 

 

 

「少女漫画、39巻あるので全部持ってきますね」

「うえぇ!?」




15歳組が一度しゃべりだすとグワー広がる。強い。
一切話が前に進まないあたり日常感ありますよね。ね!

とうとう杏奈コミュ来ましたね!話はもちろんですが、特に動きがかわいくて最高でした!!しかもソロの2曲目も控えているという。わくわくがとまらない……!

今年中にもう1話は難しそう。
クリスマスネタは皆様にお任せします……!(強欲)

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超常現象? アイドルちゃん!?

お待たせしましたァー!


 今日も今日とてアルバイト。杏奈たちのレッスンが終わる時間に合わせて、2階の給湯室で冷やしてあったドリンクをレッスン場へと運んでいる最中の出来事である。

 クーラーボックスを肩に下げて廊下を歩いていると、楽屋につながるドアの向こうから物音がした。

 

「……うん? 今、何か聞こえたような……」

 

 その場で立ち止まって耳を澄ませてみると、楽屋の中からシャッター音が聞こえた。

 どこかの記者がうちを取材しに来ている……ということはないだろう。いくら何でも早すぎるし、そうだとしたらプロデューサーから連絡が来ているはずだ。補助役として働いている俺が特に何も聞かされていないというのはおかしい。

 

 ……くぐもっているが、シャッター音と一緒に、何やら興奮したような声も聞こえる。

 良識のないオタクでも入ってきたのだろうか。噂に聞く961プロの回し者という線もなくはない。何であれマトモな手合いではないだろう。

 

 注意しなきゃなー。嫌だなー、怖いなー……。オバケも怖いけど生きている人間が一番怖いよね。なんせコミュニケーション取らないといけないから。なんなら思いっきり叫んでも嫌な顔しない分オバケの方が接してて楽なんじゃなかろうか。……戦わなきゃ現実と。つらい。

 

 心の中で愚痴りながら覚悟を決めて、音をたてないよう慎重にドアを開いて中を覗いた。

 

 そこには、うちのアイドルにも引けを取らないほどに整った顔立ちの少女が座っていて──

 

 

 

「はああっ! こ、これはもしやあの伝説の……!? え゛ぇ! こ、ここは天国ですか!?」

 

 

 

 ──目をギラつかせ、鼻息を荒くしながら雑誌のページをめくっていた。

 

 

 

 ……えぇー……。

 

 楽屋の中にいた不審者が美少女だった件。

 ……まんますぎて売れないパターンのタイトルだぁ……じゃない! 

 この子は何だ、誰だ? こんな見た目をしてるくらいだし、俺がまだ会っていないアイドルだろうか。

 ……プロデューサーに全員分の名簿を見せてもらったことがあるくせに覚えていないという体たらく。つくづく自分が嫌になる……! 

 

「あのー、すいません」

「ムフ、ムフフ…………はぉあっ!? だ、誰ですか!?」

「や、こっちのセリフなんですけど……」

 

 入り口から声をかけると不審者は俺に気が付いたようで、慌てたように椅子を引いて立ち上がった。

 

「も、もしかしてアイドルちゃんが好きすぎて勝手に入り込んできた同胞ですか!?」

「は?」

 

 そして、その勢いのまま不審者が素っ頓狂なことを言い始めた。俺がぽかんと口を開けている間に不審者がずんずんと近づいてくる。

 

「いいですか! そのアンテナと行動力は認めますがオタクにだって犯しちゃいけない領分というものがあります! ここはアイドルちゃんのための神聖な場所です。ステージの裏側です! たとえオタクであっても……いえ、オタクであればこそ! 踏み入るべきではありません!」

「いや、あの……」

「ええ、わかります。アイドルちゃんのことなら何でも知りたいというあなたの気持ちはありさもよーくわかります! ……今なら同族のよしみで見逃してあげますから、こっそり裏口から帰ってしまいましょう。そして今度は真っ当な観客として、ファンとして、お越しくださいませさあどうぞさあさあさあ……!」

 

 不審者はそう言い切ると俺の肩に両手を置いて、くるりと後ろを向かせた。俺はそのまま背中をグイグイと押されて廊下へと連れ出され──

 

「──って、待て待て待て!?」

 

 廊下へと足が出た瞬間に慌てて振り向くと、今まで俺の背中を押していた不審者の少し驚いたような表情が目に入る。俺は畳みかけるべく反射的に啖呵を切った。

 

「話を聞けっ! この──」

 

 しかし、特に何て言うかも決めておらず機転の利かない頭ではまともな啖呵など切れるわけもない。であれば、咄嗟に目に映った情報をそのまま吐き出すしかない訳で。

 

「この──ツインテ美少女っ!!」

「は、はひょえぇ!?」

 

 結果、目の前の不審者に負けず劣らず素っ頓狂な言葉が口から飛び出した。

 心の中でやっちまったと叫ぶも時すでに遅し。ぼぼぼ、という音が聞こえそうな勢いで不審者が顔を赤くした。

 

「あ、な、そ、何言ってるんですか! ありさはそんな、び、美少女じゃありません!」

「い、いや、間違えた! いや言ったことは間違っちゃいないんだけど!」

「ど、どういうことですか適当なことをいってもありさは誤魔化されませんよ!?」

「うん、ごめん! いったん仕切りなおそう! な!?」

 

 下手な啖呵は身を滅ぼす。

 俺は不審者との地獄のようなやりとりを交わす中で、その言葉を魂に深く刻み込むのであった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「なるほど! あなたが例の『お兄ちゃん』さんでしたか!」

 

 どうにか立て直してから改めて名乗ると、目の前の不審者からそんな反応が返ってきた。……もうツッコまないからな。絶対。

 

「……君もうちのアイドルだったか」

「え? あ、はい。……こほんこほん。ワタクシ、松田亜利沙と申します! 那月さんのお察しの通り、アイドルちゃんやってます!」

 

 そう言いながら左手を腰にやり、右手でピースを作って指の間に目が来るように顔に当てる不審者──もとい、アリサ。ポーズ自体は使い古されたド定番のものではあるのだが、アリサのそれからは不思議と古臭さを感じない。顔が良いからというのもあるのだろうが……何となく、それだけではないようにも思える。プロデューサーならこの感覚の正体がわかるだろうか。後で聞いてみよう。

 

「……ところで那月さん。杏奈ちゃんのことは好きですか?」

「──はっ?」

 

 俺の意識がアリサの一言で現実まで引き揚げられた。同時に杏奈のことが頭に浮かんで、顔が熱くなる。

 アリサはそんな俺の顔を見て、ニヤ―っと悪そうな笑みを浮かべた。

 

「……ムフフ♪ なるほどなるほど! ありさ、わかってしまいました!」

「ま、待てコラ! 何が……何のことだ!?」

「いえいえ、杏奈ちゃんの泣き顔は見なくて済みそうだと思っただけですよぅ」

 

 は? 

 

「ちょっと、杏奈が泣くって何。どういうこと」

「ひぃ!? 那月さん、顔が、顔が怖いです!?」

 

 語調を強めて詰め寄ると、アリサはゆるゆるの表情から一転して顔を青くした。しかしその程度で追及の手を緩めるつもりは毛頭ない。

 

「いいから、答えて」

「いいいいいえ今のはちょっとした言葉のあやでして実際に泣くかどうかは那月さん次第といいますかなんというかそのですね」

「俺? 俺が杏奈を悲しませてるってこと?」

「いえいえいえいえ! そうではなくですね!! ああああしかしこれをありさが教えてしまうのは一種の冒涜というか馬キック案件であって……!」

 

 壁際に追い込まれてなお口を割らないアリサ。……ええいしぶとい! 早くドリンク運ばなきゃなんだからさっさと吐け! 

 

 アリサの頭上のスペースに前腕を叩きつけると、思いのほか派手な音が出てアリサが竦みあがった。

 罪悪感を押し殺しながら詰問しようとした──その瞬間。

 

「きゃー♪ 那月さんが壁ドンしてるー!」

 

 横から黄色い声が聞こえて顔を向けると、なんと翼がスマホをこちらに向けて立っているではないか。

「亜利沙さん、いいなー!」と言いながらピロリンピロリンと無遠慮に俺たちを写真に収める翼。

 

 ……えーっと。壁ドン? ……なるほど。俺はアリサを壁際に追い詰めて、壁に腕を押し付けている。確かにこれは壁ドンですね間違いない。んーなるほどー。なるほどねー? 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「誤解だ──────!?」

「隙あり! アイドル忍法フォト隠れの術!!」

「うわっぷ!?」

 

 俺が翼に気を取られていると、突然アリサが俺めがけて大量の写真をばらまいた。俺がひるんだ一瞬をついて壁際から逃れたアリサは、「写真は全てさしあげますので、今はそれでご容赦くださいーっ!」と言って走り去っていった。……逃げられた。俺が杏奈を泣かすってどういうことだよ……。

 

「……よくわかんないけど凄かったですねー?」

「翼……お前……」

 

 逃げられた原因であり、とんでもない爆弾をこさえてみせた翼を恨みがましく睨んでみると、翼はまるで心当たりがないと言わんばかりの表情で小首をかしげた。

 

「……? もしかして私、なにかやっちゃいました?」

「……いや、もういい。……でもさっき撮った写真は消してね」

「はーい♪」

「本当だよ? ちゃんと消してね? 約束だからね?」

 

 本当にわかってるのか不安になりながらも、ばらまかれた写真を集め始める。……何枚あるんだコレ。あげるとか言ってたけど、いったい何の写真なんだ? 

 適当にかき集めた写真の一枚を手に取って表に返すと、そこにはレッスンウェアを着た杏奈が踊っているところが写っていた。……ローアングルから。

 

「……これは……」

「わぁ、これ全部杏奈の写真だ! ……んー、でもこれ、なんか盗撮っぽーい」

 

 レッスンウェアを着た杏奈はカメラに目線を向けておらず、真剣な目つきで正面を向いている。角度的に、おそらく離れたところで寝そべって撮ったのだろう。はためくウェアからほんの僅かに脇腹が見えていた。

 これはレッスン場での1枚だからもしかしたら本人への許可は取れているかもしれないが、他の写真は明らかに盗撮だとわかるものばかりであった。

 

「…………松田亜利沙ァ! 次会ったらお説教だから覚えとけよ!!」

「そう言いながら写真は丁寧にしまうんですねー?」

「……放置しておくわけにもいかないから……」

「あはは! そうですねー♪」

 

 その後は無事に亜利沙コレクションを回収し、杏奈たちにドリンクを届けることができた。

 ちなみに壁ドンの件は翼がレッスン場に入った瞬間に広まった。杏奈を含む全員から問い詰められてちょっとした地獄を見た。その時に次のレッスンで差し入れるドリンクの中身を翼の分だけお汁粉にしてやろうかと本気で考えたのは内緒のお話。




杏奈の出番がないとかありえない……。
おまけとして壁ドン小話書こうかしら。特別編か、おまけとして。

2月中旬まで滅茶苦茶忙しくなるため、続きはまた遅くなりそうです。ごめんなさい!

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特に今回は「松田ァ!」と叫ぶだけでも大体感想として成り立ちますので、お気軽にお声がけください(?)


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真壁瑞希の受難

「……おわった……」

「お疲れ様です、望月さん」

 

 私がそう言うと、望月さんはぐでーんと机に突っ伏しました。大変お疲れのようです。無理もありません。望月さんは先ほどからずっと英語の宿題に取り組んでいたのですから。……ふむ。自分でしっかり丸付けもできていますし、単語のスペルミスこそありますが、ちゃんと英語に訳せていますね。……えらいぞ。

 

「瑞希さん……もう、ゲームしていい……?」

「はい、良いですよ」

「ん……」

 

 望月さんが机の脇に置いていたゲーム機で遊び始めました。望月さんの目に段々と光が戻っていくように見えるのは目の錯覚ではないのでしょうね。

 ……そういえば、なぜ望月さんは一人で宿題に取り組んでいたのでしょう? 望月さんは宿題や勉強等は必ずと言って良いほど広瀬さんと一緒に取り組んでいたのですが……。

 

「望月さん、今日は広瀬さんと一緒ではないんですか?」

「うん……お兄ちゃんは今、可奈たちのレッスンを見てる……よ」

「なるほど、そうですか」

 

 時計の針は正午より少し前を指しています。矢吹さんたちのレッスンは正午までなので、確かに広瀬さんはまだレッスン場にいるのでしょう。ちなみに私と望月さんのレッスンは13時からです。

 

「……」

「……」

 

 ……会話が終わってしまいました。困ったぞ瑞希。

 最近の望月さんはいつも広瀬さんと一緒にいるイメージがあったのですが、望月さんはレッスンを見に行かなくて良かったのでしょうか。望月さんがわざわざ広瀬さんから離れてまで、苦手な勉強をしていた理由……もしかして、お二人は喧嘩してるのでしょうか。だとすると、まずは望月さんから訳を聞いて──

 

「……瑞希さん、あの……違うの……」

「違う……というと?」

 

 望月さんはいつの間にかゲームの手を止めていました。……どうやら、眉間にしわが寄っていたようです。ほぐしほぐし。

 続きの言葉を待つこと数秒。望月さんはやや顔を赤くしながらぽしょぽしょと口を開きました。

 

「……お兄ちゃん、喜ぶかな……って……」

「喜ぶ、ですか?」

「ん……えっと、ね……」

 

 それから望月さんは、たくさん時間をかけて、ゆっくり話してくれました。

 もともと、広瀬さんが戻ってきた後、一緒に望月さんの宿題を片付ける予定だったそうで、望月さんはそれよりも先に宿題を終わらせることで広瀬さんを驚かそうとしていたのです。広瀬さんのタスクを減らすことにもつながって、喜んでもらえるかも……と考えたのだそう。

 なんて健気なのでしょう。途中からパーカーのフードを被りながらも必死に話す姿の愛らしさも相まって、思わずときめいてしまいました。……きゅん。

 

「なるほど。では広瀬さんがレッスン場から戻ってくる前に、机に出ているものを片付けておきましょう。……サプライズ、だぞ」

「……! うん……!」

 

 私がそう言うと、望月さんは机に広がっている問題集と筆記用具をいそいそと片付け始めました。……いい笑顔です。僅かに口元が緩んでいるだけなのに、楽しそうな様子が伝わってきます。思わず懐から名刺を取り出しそうになりました。いえ、名刺は持ってはいませんが、なんとなく。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「……!」

「来ましたね。……望月さん、ぐっどらっく」

 

 机の上を片付けて二人でそわそわと待つこと数分。廊下から僅かに足音が聞こえてきました。基本的に私たちはレッスンが終わった後は直接シャワー室に移動するので、この足音は間違いなく広瀬さんのものでしょう。望月さんはゲーム機を起動し、私は適当な本をカバンから取り出して、普段の自分を装います。……心なしか望月さんの頭から飛び出た髪がぴょこぴょこと動いている気がします。……大丈夫かな。

 

「ただいまー。杏奈ー?」

 

 間もなくして、ドアの開く音と共に広瀬さんが入ってきました。ここからはいかに『何もしていなかった感』が出せるかが勝負になり、私たちの演技力が試されます。私はこう見えて、ポーカーフェイスが得意なのです。得意すぎて宣材写真を撮る時、全力で笑っているのにも関わらずカメラマンに「瑞希ちゃん笑ってー」と言われました。しっかり笑っているとです……瑞希です……。という冗談はさておき、望月さんはどうでしょうか。

 

「おおお兄ちゃんおかえりっ!」

 

 ……えっ。

 

「おおっとテンションが高い。何かいいことでもあった?」

「え! ……う、ううん? 杏奈はただ普通にゲームしてただけだよ?」

「ほーん?」

 

 ……どうしましょう。思っていたよりも望月さんが浮かれていました。さっそく広瀬さんが不思議そうに首をかしげています。……望月さんに若干泣きの入った顔で見られてしまいました。私は傍観者に徹する予定でしたが、仕方がありません。

 

「広瀬さん、こんにちは」

「あ……ええっと」

「みじゅき……噛みました。瑞希です」

「あ、ご、ごめんなさい。ミズキさん、こんにちは」

 

 広瀬さんに名乗るのは、これで2回目。望月さん曰く広瀬さんは人の名前を覚えることが苦手とのこと。ここでインパクトを与えれば広瀬さんの意識をこちらに向けつつ、名前も覚えてもらうこともできますね。

 

「広瀬さん、突然ですが問題です。ででん」

「!?」

「私の苗字は何でしょう。ちなみに川島ではありません」

「え、えぇ……?」

「大ヒントです。川島ではありません」

「めちゃくちゃ念押ししてくる……!」

 

 「えぇえ……?」と必死で思い出そうとする広瀬さん。突然のフリにも真面目に付き合ってくれるのが広瀬さんの良いところだと思います。さあ望月さん、今のうちに深呼吸です。……落ち着きましたか、良かった。

 

「ところで広瀬さん」

「う、ごめんなさい、まだちょっと思い出せなくて……」

「いえ、今のはちょっとしたジョークだったので、気にしないでください」

「えっ」

「そんなことより、広瀬さんは望月さんに何か用があったのでは」

「っと、そうだった。杏奈、宿題とご飯どっち先にする?」

 

 さりげなく望月さんにバトンタッチします。……我ながら良い仕事をしたのではないでしょうか。

 

「……その……宿題なら、もう終わった……よ……?」

「え?」

「……み、見る……?」

 

 望月さんはそう言って、先ほどしまった宿題をもう一度広げていきます。望月さんは自分できちんと丸付けをして、間違っていたところには赤ペンを入れていました。私が見たかぎり、とてもしっかりできていると思います。さあ、広瀬さんはどう反応するのでしょう。

 

「……すげぇ」

「!」

「凄いじゃないか杏奈! 偉い! え、丸付けはミズキさんにやってもらったの?」

「……う、ううん。杏奈が……答え見ながら、自分で……」

「マジか!? そこまでちゃんと出来て……偉いぞ杏奈! うわあぁ、マジか、マジかぁ……!」

「……えへ……お兄ちゃん、嬉しい……?」

「あぁ、めちゃくちゃ嬉しい! 成長したなぁ……!」

「……♪」

 

 広瀬さんがとても嬉しそうに、望月さんの頭をゆっくりと優しく撫でていて、望月さんも心地よさそうに目を細めています。サプライズ大成功、だぞ。

 

「杏奈がせっかく頑張ってくれたんだし、浮いた時間は一緒に遊ぼうか」

「え……いいの……?」

「もちろん。……あ、でも今日ゲーム機持ってきてたかな。……あっ、ない」

「ん……そっか……」

「……ごめん。よりによって今日持ってきてないとか……」

「ううん。杏奈……その、お兄ちゃんと一緒なら……それでいい、よ……?」

「っ!? っ、あ……そ、そ、そっか……」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 困ったな、一瞬で居場所がなくなってしまったぞ。

 お二人は兄妹のような仲だと聞いていたのですが、これでは兄妹というより、恋人と言った方が正しい気がします。それとも私が知らなかっただけで、兄弟のような仲というのはこういうものなのでしょうか。……考えてみれば、この小説に出てくる兄弟も、目の前のお二人と似たような距離感で描写されています。今までフィクションだと思って読んでいましたが、私が間違っていたのでしょうか。ということは、我那覇さんは私の間違った常識を正すためにこの小説を勧めてくださった……? なんて、いくら何でも無理がありますね。

 

 ……矢吹さんたち、早く帰ってこないかな。……へるぷみー。




可奈「レッスン終わり~♪体もさっぱり~♪」
志保「はぁ……矢吹さんはもう少し真剣に――」
瑞希「矢吹さん! 北沢さん……っ!」
かなしほ「「!?」」



的なことがあったりなかったりしてほしい。

皆様お待たせしました!いつも読んでいただきありがとうございます!
生きてます!書いてます!1日100文字ペースで!ツイッターかな??

杏奈は可愛いし書いている途中でどんどん新しいネタが浮かぶしで今回は楽しく書けました。おそらく次回も楽しく書けると思います。何せネタが良いですからね。ムッフッフ……ご期待ください。

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情けは人の為ならず 前編

お待たせしました!
プラチナスターツインステージに合わせて前後編に分けました!
いや別に思ったより長くなったとかそんなんじゃ


 夏が本番を迎え、劇場に塩飴が常備されるようになった頃。

 杏奈を含め、ミリオンスターズ全員に基礎体力がついてからは、いよいよ本格的なボーカルレッスンとダンスレッスンが始まっていった。

 レッスンの内容が難しくなっていくと、メンバーそれぞれの強みと弱みが見えてくる。

 例えば、杏奈は歌が得意でダンスが苦手だ。歌声は腹から出せているが、ダンスは勢いに任せてばかりで、粗が多いのだ。杏奈は別に音ゲーが苦手な訳ではないため、リズム感が駄目ということはないはずなのだが杏奈曰く、踊っているうちに楽しくなって振りとリズムを忘れてしまうとのこと。それならばと手本の動画を見ながら踊れば良いとアドバイスをしてみたが、いざやってみると今度は歌の音程がとれなくなった。

 課題は、簡単に解決しないから課題なのだ。

 杏奈に限らず、他のメンバーも同じように課題を抱えながらレッスンに臨むようになった。レッスン中の空気に緊張感が生まれ、終わった後も自主練のために劇場に残る子が増えた。

 今の劇場には、彼女たちの本気が渦巻いているのだ。

 

「……お兄ちゃん……楽しそう……」

「ん、そう?」

 

 土曜の朝。バスを降りてから劇場に向かっている途中、隣を歩く杏奈に顔を覗き込まれた。

 紙袋を持っていない方の手で口を触ってみると、確かに口角が吊り上がっている。いつの間にか顔に出ていたらしい。

 杏奈は俺が手に持っている紙袋に目をむけた。

 

「……やっぱり、これ……?」

 

 俺はレッスンに本気で取り組む彼女たちに応えるべく、数日前からとあるものを仕込んでいた。

 今日のレッスンで皆に渡そうと紙袋に入れて持ち歩いていたのだが、杏奈はずっとコイツを気にしていた。

 

「まあね。……でも、レッスンが終わるまではヒミツな」

「……」

 

 むぅ、と僅かに眉を寄せる杏奈。

 すると、杏奈は静かに俺の後ろに回り込んできた。俺が体の前に紙袋を運ぶと、再び隣に戻ってくる。杏奈と反対側の手に紙袋を持つと、杏奈はまた後ろに回り込もうとした。……いやしつこくない? 

 

「こら」

「……!」

 

 杏奈の小さな手を掴む。

 柔らかっ。……じゃないじゃない。一瞬でやること忘れるところだった。

 

「……このクソ暑い中で俺と手をつなぎ続けるのと潔く諦めるの、どっちがいい?」

 

 俺は優しいから選ばせてやろう。ただし実質一択だがな! 

 心の中でそう言いながら、有無を言わせないように微笑みかけると、杏奈は一瞬だけ俺との繋ぎ目を見た。

 

「……お兄ちゃん……手を、つなぐの……いや?」

「えっ……いや、俺は別にいいんだよ? このまま劇場までつないでいっても。何なら指を絡ませてもいい」

 

 杏奈の想定外の言葉にひるんだが、ここで弱気になってしまっては意味がない。強気に胸を張ると言葉の最後に言わなくてもいい欲望が混じってしまったが、まあ気持ち悪さが増したのでよし。よくないけどよし。

 

「……じゃあ、諦めない……です」

「えっ」

 

 杏奈の華奢な指が、戸惑う俺の手にするすると絡まった。

 俺の手を弱々しく握る杏奈のそれは、簡単に振り払えるもののはずなのに。

 

「……あ、暑くないんすか杏奈さん」

「……ん……熱い……」

「なら離したほうが涼しくないすかね……?」

「……」

「……」

 

 まいった。まるで振り払える気がしない。

 顔、あっつ……。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「……手をつないでのぼせるってお前……」

「も、申し訳ないです……」

 

 劇場で杏奈と別れ、ふらつく足取りで事務室に向かった俺は、そこでプロデューサーの顔を見た途端にぶっ倒れた。今は事務室の中にある仮眠室のベッドの上で転がっている。扇風機の風が心地良い.

 プロデューサー曰く、軽い熱中症らしい。しばらく横になって体を冷ましていれば直るとのこと。

 

「袋の中身は冷蔵庫に入れといたから。それとほら、スポドリ」

「ありがとうございます……」

「ゆっくり飲めよ」

「はい……」

 

 飲むというよりは舐めるようにスポドリを口に含みながら、目の前の呆れ半分心配半分といった表情を浮かべるプロデューサーを見た。

 雨の降りしきる梅雨の時期に、アイドルが熱中症になったときの対応をプロデューサーと一緒に確認したのを思い出す。

 名前は例によって忘れてしまったが、元看護士だというアイドルに教えてもらったのだが……。

 

「まさかアイドルよりも先に那月が倒れるとはな」

「まったくですね……」

 

 俺とプロデューサーは笑った。プロデューサーはケラケラと、俺を元気づけるように。俺は鼻息だけで、弱々しく。

 いやあ、不覚。一生の不覚だ。杏奈に倒れたところを見られなかったのは不幸中の幸いだった。……あれ、待った。

 

「……プロデューサー」

「なんだ」

「杏奈を見てきてくれませんか。俺みたいに倒れるかもしれない」

「ははは、杏奈も手をつなぐだけでのぼせるなんてことは……あるか。全然あるわ」

 

 笑顔から一転して真顔になるプロデューサー。

 気温の上がりきっていない朝とはいえ、真夏の外を日傘も無しに手をつないで歩いていたのだ。体力がついて、レッスンから帰ってきた後もゲームができるようになった杏奈は再び夜更かしを始めている。杏奈が熱中症で倒れるリスクは、俺なんかよりもずっと高いはずだ。

 プロデューサーは、「ちょっと行ってくるな!」とだけ言って、仮眠室を飛び出した。

 ゆっくりと首を振る扇風機の音だけが残される。

 スポドリがやたらと美味い。

 ……眠い。

 

 扇風機の風が顔に当たって目を閉じると、俺の意識はそのまま闇に溶けていった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 昔から人に尽くすことが好きだった。

 小学校の時は掃除とか、給食とかの当番を率先して手伝っていた。俺がそうすることで、誰かが喜んでくれることが嬉しかった。

 勉強も頑張った。授業を真面目に受けて、宿題をきっちりこなすだけで他人から頼られることが増えたから。

 少しだけ、打算もあった。情けは人の為ならず。いつも皆のために頑張っていれば、いつか自分が困ったときに助けてもらえるんじゃないか。

 度し難いことに、中学に上がるまで俺は本気でそう考えていたのだ。

 

 きっかけは、ほんの些細なやり取りだった。

 俺が掃除当番を務める日に、友達──少なくとも俺は友達だと思っていたやつに、当番を代わってほしいと言ったのだ。その時は母さんが風邪をひいていて、一刻も早く帰りたかったのもあり、ほんの軽口のつもりで「いつも手伝ってやってるだろー?」なんて冗談めかして。

 今思えば、それがいけなかったのだろう。

 

「え、だってお前が勝手にやってただけじゃん」

「え……?」

「それをさ、いかにも君のためにやってましたーなんて恩着せがましく言われたくないわけ」

「い、いやいや冗談だって。俺はただ、ちょっと今日の掃除を代わってくれって言っただけだろ?」

「前から言おうと思ってたんだけどさ、お前、ウザいんだよね」

 

 俺が勝手に友達だと思い込んでただけで、向こうからしてみれば俺はただのクラスメイトで。そんなやつから普段手伝ってやってるんだから代わってくれと言われたら、キレるのも当然だったのかもしれない。……俺は今でも、納得はできないが。

 

「なんだよそれ……お前だって、全部俺に任せっきりだったじゃねーか!」

「そりゃあやってくれるやつがいるんだったら利用するだろ普通」

「だ、だったら今日ぐらい代わってくれてもいいだろ!?」

「やだよ、俺は別に頼んでやってもらってたわけじゃねーし、お前が勝手にやってきたことに恩を感じてなんてねーんだよ。言っとくけどこれ、俺だけじゃないからな?」

「なっ……」

「クラス全員そう思ってるよ。頼んでもいないのに首を突っ込んできてウザいって。お前がいつまでも理解しないから、優しい俺がわざわざ教えてあげてるワケ。わかってくれよ?」

 

 キレて殴って殴られて、先生にめちゃめちゃ怒られた。

 結局、母さんにも迷惑をかけてしまった。キレたことでも殴ったことでもなく、そのことをひどく反省したのを覚えている。

 とにかく泣いて、泣いて、泣きまくって──涙が枯れるほどに泣いた、その翌日。

 

 俺は、他人の顔が見えなくなっていた。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「──ぅ……」

 

 目が覚めた。腕に風を感じて横を見てみれば、ゆっくりと首を振る扇風機がある。

 ……なんだか嫌な夢を見た気がする。内容は覚えていないが、とにかく不快な目覚めであった。

 のろのろと起き上がってベッドから足を下ろすと、足の裏に何か丸いものが当たった。スポドリだ。俺が寝落ちた時に床に転がったのだろう。蓋を閉めていて本当に良かった……。

 

 枕元に置いてあるスマホで時間を確認すると、もうすぐで午前の11時半になるところだった。

 劇場に着いたのが9時前で、事務室で倒れてから寝落ちるまでそこまで時間はかかっていないはず。大体9時半前後といったところだろうか。つまり2時間眠っていたことになる。

 スマホの横にはメモが置いてあり、『杏奈は元気だった。今日はゆっくり休んでくれ。P』と書かれていた。

 杏奈が無事だったことに胸をなでおろしつつ、ベッドから立ち上がって軽くストレッチをしてみる。

 

「ん、よし。身体はすっかり軽くなってるな」

 

 まだ気だるくはあるが、ふらつくことはない。

 俺はすっかりぬるくなったスポドリを飲み干し、レッスン場へと移動しようとして、やめた。

 

「もうすぐ昼だし、先に下拵えくらいはしておくか」

 

 この季節は、とにかくお弁当が傷みやすい。冷蔵庫はあるが、電子レンジは1つしか置かれていないため、レッスンを行う人数が多いと温めなおすのにも時間がかかる。

 しかし幸いにもこの劇場にはキッチンが備え付けられており、コンロもバッチリ設置されていた。

 俺とプロデューサー、それとポニーテールのアイドルとで話し合った結果、各自でお弁当を持ってくるよりも劇場で作ってしまった方が早いうえに安全だという結論に至ったのだ。

 

 今日の料理当番はその時のポニテアイドルだ。実家が中華料理屋らしくその腕は本物。皆からの評判も良い。料理を超がつくほど大量に作る悪癖こそあれど、皆で分け合えば意外と丁度良い量だったりするため、おかわりさえ作らせなければ彼女ほど料理番にふさわしい人物はいないのだ。

 俺が先んじて下拵えを済ませてしまうのも彼女の手間を省くためというより、これ以上は作るなというメッセージを込めてのことである。作るものを勝手に決めつけてしまうのは気が引けるが、これも杏奈たちの胃袋を守るためだ。許せポニテ……。

 俺は夢のことなどすっかり忘れて、冷蔵庫の中に入っている材料を見ながら献立を考え始めるのだった。




じりじり進んでいきます。じりじり。


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情けは人の為ならず 中編

後編になるつもりがあまりにも杏奈が可愛すぎたので中編になりました。
次回を後編にしたいです。(願望)


 俺も決して料理ができないわけではないが、量が量なうえに一人で作業しているため下拵えには結構な時間がかかる。

 キッチンに時計はなく、両手がふさがっていてスマホも取りだせない。先にスマホを取り出してから始めればよかったと後悔しながらもどうにか下拵えを終えて使ったまな板を洗っていると、例のポニテアイドルが小走りでキッチンに入ってきた。

 

「あ! 那月くん、下拵えしてくれてたんだ!」

 

 ありがとう、と笑顔を浮かべる彼女は、レッスンで使っていたのであろう汗拭きタオルを頭に巻きつけていた。

 やや火照った頬を見るに、彼女はレッスンが終わってすぐに駆けつけてきたのが分かる。……相当疲れているだろうに、これからさらに鉄鍋をふるうことになるのか。

 

「いえ、このくらいはさせてください。……あ、まな板洗っちゃったな」

「あはは! 大丈夫、また使わせてもらうね!」

 

 ただの呟きにもひまわりのように明るい笑顔を返してくるポニテアイドル。

 彼女の名前を覚えていないうしろめたさを抱えた俺にはその笑顔が少しばかり眩しく、無理やり笑顔を返そうとすると自然に眉尻が下がってしまう。

 そして、彼女もそれを見逃すほど鈍感ではなかった。

 

「あ、そっか。名前、まだ覚えてないよね」

「す、すみません……」

「ううん、大丈夫! 私、美奈子。佐竹美奈子だよ!」

「ミナコ……あ、そうだミナコさんだ」

 

 脳内の検索エンジンにかけて、ようやく名前を引っ張り出してから名前を呼ぶと、ミナコさんはひとつ頷いてから調理に取り掛かった。

 手順的にはもう鍋やらフライパンやらに材料を突っ込むだけなのだが、やはり純粋に量が多い。ミナコさんはレッスンの疲れもあるだろうし、俺も手伝った方が良いだろう。

 

「ミナコさん、手伝います」

「わ、ありがとう!」

「……まあ、フライパン温めたり洗い物したりするだけですけど」

「ううん、十分だよ! お礼に那月君の分は大盛にしてあげるね♪」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

 とんでもないことをいいやがる。

 やはり情けは人の為ならずなんて言葉は嘘っぱちだな。信じて送り出した情けが返ってきたときには死の概念になってるんだもん。

 

「ダメダメ! 那月君は男の子なんだから、たくさん食べなきゃ!」

「だからといってご飯の量をキロ単位でよそるのはちょっと……」

「今の那月君は食べ盛りだから大丈夫! 食べたら食べただけ大きくなるんだから、ね?」

「食事にも用法用量って言葉はあるんですからね?」

 

 ミナコさんの怪しい目つきに震えながら使った容器を洗い始めると、キッチンの入り口からひょこっと杏奈が覗き込んできた。他にも、姿は見えないが数人の話し声が近づいてくる。皆がレッスン場から戻ってきたのだろう。

 俺が首だけを杏奈に向けて声をかけると、杏奈はミナコさんと俺を交互に見ながらこちらに近づいてきた。

 杏奈は何も言わずに俺の隣に立つと、ふんす、とやる気に満ちた顔で袖まくりをしようとして、自身が着ているレッスンウェアが半袖であることに気が付いてほのかに顔を赤らめた。……なにこの可愛い生き物……。

 

「……手伝ってくれるのか?」

「……う、うん……」

「うし、じゃあ俺が洗ったものをどんどん拭いてってくれ」

「ん……わかった……」

 

 杏奈は何事もなかったかのように引き出しの中からふきんを取りだした。……うん、そういうことにしてあげよう。

 

 俺がにやける顔を必死に上に向けながら洗い物をした時には杏奈とミナコさんからおかしなものを見るような目を向けられたが、それ以外は何事もなく調理が進んだ。

 洗い終わった最後の容器を水を切った後で杏奈に手渡してから、引き出しの取っ手にかかったタオルで自分の手を拭いていると、ミナコさんが菜箸でエビチリのエビを一つ摘まんで味見をした後に、俺にも同じようにして箸を差し出してきた。

 

「那月君、はい、あーん」

「……!?」

「ん、いただきます」

「!?!?」

 

 ぱくりと食べてみると、ソースの甘辛い味が口いっぱいに広がって、弾力のあるエビをかみしめると優しい甘みがじんわりと染み出した。

 ……味見のはずなのにもう一口欲しくなる。ご飯と一緒にかっこんだら絶対に幸せになれるぞこれは。

 

「……めちゃくちゃうまいです」

「わっほーい! はい、杏奈ちゃんも、あーん♪」

「………………あむ」

 

 杏奈は差し出された箸を見て、ミナコさんを見て、最後に俺を見てからようやくエビを食べた。

 

「……おいしい」

 

 その言葉に反して、非常に複雑そうな顔をする杏奈。

 ……口に合わなかったのだろうか。辛さはそこまでなかったような気がするが。

 

「杏奈ちゃん、もしかして口に合わなかった?」

「ううん……すごくおいしい、よ……」

「その割には顔に元気がないじゃんか。どうした?」

「……」

 

 杏奈がいきなり無言で頭突きしてきた。力こそ弱いが、みぞおちの少し上あたりに入ったため地味に痛い。

 そのまま料理を持ってスタスタと行ってしまう杏奈を見て、俺とミナコさんはそろって首をかしげるのだった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「──よし、今日のレッスンはここまで! 指摘されたところは各自でしっかり練習しておくように!」

『はいっ!』

 

 午後のレッスンが終わり、トレーナーがお決まりの言葉で締めると杏奈を含めた13人の返事がレッスン場に響いた。

 それぞれが自分の荷物を置いてある場所に散らばって水を飲んだり汗を拭くなどする中で、俺は紙袋片手に皆を呼び集めた。皆が不思議そうな顔をする中で、杏奈が首を小さくかしげながら口を開いた。

 

「……お兄ちゃん、どうしたの……?」

「ふふん。……だんだんレッスンも厳しくなってきた中で頑張っている皆に、今日はご褒美を持ってきました!」

『わぁ……!』

 

 杏奈に答える形で紙袋を掲げて見せると、皆の表情が明るいものに変わる。昼から若干ご機嫌斜めだった杏奈も嬉しそうにしていた。

 俺は皆の反応に満足してから、紙袋から手のひらサイズのタッパーを取りだした。

 タッパーの青いフタには今日のレッスンに参加しているメンバーの名前と、デフォルメされた似顔絵が書かれている。これを見れば誰がなんという名前なのかが分かるため、渡し間違いが防げるのだ。

 一番最初に取りだしたタッパーには、偶然にも杏奈の名前が書かれていた。

 

「おっと、杏奈のか。練習お疲れさま、杏奈」

「ん……ありがと……」

「杏奈ちゃん何貰ったの? みせてみせて!」

「可奈……。……ちょっと、待って……」

 

 杏奈がその場でタッパーを開けると、あたりにふわりと甘い香りが広がった。中にはつやつやと琥珀色にきらめくはちみつがたっぷりと入っていて、薄くスライスされたレモンが数枚ほど漬けられている。

 

「うわぁ……!」

「……これ……レモンの、はちみつ漬け……?」

「レモンのはちみつ漬け!? やったー!」

「レモンの、お漬物? あのっ、未来さんは食べたことがあるんですか?」

 

 目を輝かせた杏奈と可奈が声を上げると、それを杏奈の後ろで聞いていた未来が万歳をして喜んだ。その一方で、未来と同じく後ろにいたアッシュブロンドの髪をツインテールにした少女──星梨花は、頭の上にはてなを浮かべていた。

 

「うん! 陸上部とか、テニス部とかでよく食べてたんだー! 星梨花は知らないの?」

「はい、初めて知りました!」

 

 お漬物、と口にしているあたり彼女がイメージしているのは浅漬けや味噌漬けのような香の物だろう。レモンのはちみつ漬けはそれなりに有名だと思っていたのだが、漬物=香の物の等式が成り立っている彼女にとっては宇宙からやってきた侵略者のような存在かもしれない。

 そんな代物をよく食べていたと豪語(というほど大したことではないが)した未来が星梨花には頼もしく映ったのだろう。星梨花は「すごいです!」と未来を尊敬の眼差しで見つめていた。

 未来は調子を良くして、だらしなく笑ってから得意げに口を開いた。

 

「あのね、レモンがペラペラで、食べるとふわってなって、じゅーってなるんだよ!」

「……未来は食レポ番組には出せないわね」

「ええっ!? 静香ちゃんひどい!」

「あはは! 未来っておもしろいね♪」

 

 ドヤ顔の未来に、その隣にいた静香がツッコミを入れて、それを見ていた翼が楽しそうに笑う。

 この3人の漫才めいたやり取りは劇場の中ではおなじみとなっており、彼女たちがレッスンウェアを着て揃うと赤、黄、青と並ぶことから、『信号機トリオ』という呼び名までつけられていた。

 そんな信号機トリオに皆の視線が向けられる中、星梨花だけはキラキラした瞳をこちらに向けていた。未来の食レポは味の情報こそなかったが、星梨花の好奇心を大いにくすぐったらしい。

 星梨花の「私、気になります!」と言わんばかりの目力に苦笑しつつ紙袋に手を入れると、彼女の視線は俺の手先を追って下がっていった。わ、わかりやすい……。

 

「……えー、次、星梨花」

「! はいっ!」

「今日もレッスンお疲れ様。さっき出しそびれちゃったけど爪楊枝があるから、それを使って食べてね」

「わかりました! ありがとうございます、那月さん♪」

 

 星梨花は一点の曇りもない笑顔を振りまき、円柱型のケースにぎっちりと詰まった爪楊枝を2本抜き取ってから、壁際でゲームをしている杏奈の方に小走りで向かっていった。

 

「杏奈ちゃん、どうぞ!」

「あ、爪楊枝……ありがとう……」

 

 杏奈は星梨花から爪楊枝を手渡され、笑顔で受け取った。しかし杏奈はレモンのはちみつ漬けに手を出そうとはせず、そのままゲームを再開する。

 それを見た星梨花は杏奈の隣に体育座りをして、膝にタッパーを抱えながら不思議そうに尋ねた。

 

「杏奈ちゃんは食べないの?」

「ん……可奈と一緒に……食べようかな、って……」

「そうなんだ! あのっ、わたしも一緒に食べていいですか?」

「うん……いいよ……♪」

「えへへ、ありがとうございます♪」

 

 星梨花はタッパーを床に置くと、杏奈が遊んでいるゲームを興味深そうに見始めた。杏奈も星梨花が見やすいように、ゲーム機を星梨花の方に寄せている。

 

 ……ふたりがかわいすぎてしんどい。

 形容しがたい感情の熱をため息にして吐き出してから、俺は三度紙袋のタッパーに手を入れるのであった。




杏奈に接するときの星梨花の口調がよく分からなかったので、ふたつの独自解釈をしました。

・星梨花は敬語が癖になっていて、タメ口は意識しないと使えない。主に年下に対して頼れるお姉さんぶろうとして頑張って使っている。

・初めのころは年上の杏奈に対して敬語を使っていたけど杏奈が意外とだらしがない(勉強が嫌いでゲームばっかり)ことを知ってからは母性のようなものが無自覚にはたらいて自然とタメ口になっていき、今では敬語とタメ口がまじりあっている。

あんせり有識者の方がいらっしゃいましたら、正しい情報をもとに小説を書いてハーメルン内に投稿していただければ幸いです。はりーあっぷ。

お気に入り登録、感想、評価、ミリシタ小説をお待ちしてます!


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情けは人の為ならず 後編

こちら、後編になります。

~前編・中編のあらすじ~
デビューが近づいて、厳しさを増すレッスンを頑張る皆に、那月くんがお手製のレモンのはちみつ漬けを差し入れしたよ!あんせりの破壊力やばいね!

以上。


 やはりアイドルになるだけあって、タッパーを受け取ったときの反応ひとつとっても実に個性的だった。

 例えば、名前と共に描かれていた似顔絵を見た時に「へー、これアタシ? にゃはは! よく書けてんじゃん!」と冗談半分で褒めてくれる子だったり、「これは、もしかして私ですか? そ、そうですか。……うちの顔、こんなちんちくりんながや……?」と一人でへこみ始める子がいた。

 前者はともかく、後者のリアクションは完全に予想外で、これは似顔絵といってもデフォルメしたものであると説明したところ、紛らわしいと怒られてしまった。反省。

 ちなみに静香には勝ち誇るような顔をされた。どうやら静香は絵が得意らしく、今度見せてもらえることになった。歌唱力があって絵も得意となれば、そのうち教育番組などで『うたのおねえさん』として活躍できそうだ。後でプロデューサーに提案してみよう。

 

 そんなこんなで紙袋が軽くなっていくにつれて、目の前の人垣も少なくなっていく。やがて最後の一人となった少女を見て、俺はタッパーを見ずに彼女の名前を呼んだ。

 

「最後は志保か」

「はい」

 

 北沢志保。彼女はある意味で、劇場のメンバーの中で最も目立っていた。

 誰よりも早く来て、誰よりも早く帰る。……それだけなら良いのだが、レッスン中でも他人と関わろうとせず、鬼気迫る表情でひたすら自主練を繰り返すものだから、周囲からはとっつきにくいと思われているのだ。

 劇場のメンバーは志保を見てやる気を出してくれる子がほとんどではあるが、中にはその態度を良しとしない子もいる訳で。志保はいわゆるトラブルメーカーというやつだった。

 

「ほい、今回もレッスンお疲れ様」

「ありがとうございます。……やっと覚えたんですね、私の名前」

「はは、まあね」

 

 淡々と、しかしどこか呆れたような志保に対し、俺はなるべくトゲが混ざらない言葉を選んで無難に返事を返した。もしここで「お陰様でなぁ!」などと返そうものならたちまちレッスン場が凍り付くこと間違いなしである。……そう返してみても良いかもしれないと思ってしまうあたり、年上ぶってる俺もまだまだガキなんだろうな。

 志保が俺からタッパーを受け取って、誰もいないスペースへと踵を返したその時、可奈が志保に向かって大きく手を振った。

 

「志保ちゃーん! 一緒に食べよー♪」

「……」

「こらこら、嫌そうな顔をするんじゃない。自分と違うタイプの人と関わることは表現力の成長にもつながるんだぞ」

「……はぁ。それ、絶対適当に言ってますよね」

「いや、プロデューサーの受け売り」

「だとしても、あの中に混じって自分が成長するとは思えません」

 

 きっぱりと言い切る志保に、俺は思わず苦笑した。

 たしかに普通はあの形容しがたい癒し空間を成長の場と言われても違和感しかないだろう。いろいろと緩みはすれど引き締まるようなことはないのだから。

 

「でも、今の志保には必要な場所だよ」

「……それは、どういう……?」

「ん。……まぁ、ねじも締めすぎは良くないってこと。ほら、一緒に行こうぜ」

 

 不思議そうにする志保に俺が紙袋を軽く振って答えると、志保は視線を俺から可奈たちに向けた。

 可奈はこちらを若干寂しそうに見つめていて、一緒にいる杏奈と星梨花も食事の手を止めている。俺が軽く手を振ると3人とも手を振り返してくれた。とてもかわいい。

 ……視界の端で歌織さんが胸を押さえてうずくまるのが見えたが、一緒にいる風花さんと莉緒さんは苦笑するだけで慌てた様子ではないし大丈夫だろう。志保も成人組を一瞥はすれど、すぐに視線を可奈たちの方に戻した。

 

「広瀬さんもアレに混じるんですか」

「そう。だから志保が一緒に行ってくれないと俺の頭がおかしくなってしぬ」

 

 俺が3人への笑顔を崩さないまま小声で答えると、志保は諦めたようなため息を吐くのだった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「あのっ! 志保さんはレモンのはちみつ漬けって食べたことありますか?」

「え……いえ、これが初めてだけど」

「そうなんですか? 実はわたしもなんです! えへへ、おんなじですね♪」

「そ、そうね……」

「志保ちゃんも食べたことなかったんだ! みんな初めて~♪ レモンのはちみつ漬け~♪」

「……」

 

 俺たちが癒し空間に踏み込んだ瞬間、志保があっという間に星梨花と可奈にじゃれつかれた。戸惑いながらも邪険にはしないあたり、志保は別に人間嫌いという訳でもないらしい。もし志保がここで暴れたらどうしようかとも考えていたが、ひとまず安心である。

 ……安心したところで、さっきから隣で俺をちらちらと見てくる杏奈の相手をするとしよう。

 

「……杏奈は志保に絡みにいかなくていいの?」

「ん……後で、いく」

「……あ、もし俺が邪魔だったら外すけど」

「違う……! から……」

「そ、そうか」

 

 杏奈は立ち上がろうとした俺の手を慌てたように掴んで止めてきた。どうやら俺は、まだ杏奈の手の感触に慣れていないらしい。

 仕方なく座りなおしたところで、杏奈がおもむろにレモンに爪楊枝を突き刺して、俺の口元に向けてそっと持ち上げた。……これは、食えということだろうか。

 戸惑いながら杏奈を見ると、上目遣いで俺を見る杏奈と目が合って──てろりと滴り落ちるはちみつのような翡翠色の瞳に、心臓を握られた。

 

「あ、杏奈……?」

「……ぁ、あーん……」

 

 何とか声を絞り出して杏奈の名を呼ぶと、その何倍もか細い声が返ってきた。

 顔を耳まで赤くした杏奈は、微かにぷるぷると震えていて──ふわりと鼻腔をくすぐるはちみつの香りに、俺は訳も分からないままレモンをぱくりと咥えた。

 昨晩に味見した時よりも甘くなっているものの、一切運動していない俺にとっては少し酸っぱく感じる。しかし味なんてのはどうだって良いのだ。いや良くはないけど、今はそれどころじゃない。杏奈はいったいどうしたんだ。

 

「……」

「……っ」

 

 もぐもぐと咀嚼しながら杏奈に目で尋ねようとすると、杏奈は恥ずかしそうにサッと下を向いてしまう。……そういう反応は、朝の一件も含めて勘違いしたくなるからやめてほしい。

 俺は、甘酸っぱいレモンをごくりと飲み込んだ。

 

「……うまい。前に一応味見はしたんだけど、その時よりもおいしくなってる」

「そうなんだ……」

「ああ。カレーと同じように一晩寝かしただけで美味しくなるものなんだな」

「ん……」

「……その、ありがとう……?」

「ど……どういたしまして……です……」

 

 会話終了。なんだこれ。

 ……しかし「杏奈はどうして俺にあーんをしてきたの?」なんて聞ける訳もなし。というかよく考えたら別に聞かなくても良くない? うん、何となく杏奈がやりたくなったからやったでいいよ。いい。誰かに迷惑をかけたわけでもないし。よし、この話おしまい! 

 そんな具合に精神を立て直してから、そういえば志保たちはどうしているだろうと顔を向けると、 

 

「「「……」」」

「うわぁ!?」

 

 向かって左から順に星梨花、可奈、志保と並んでいる3人がどこか不満そうな顔で俺達を見守っていた。いや、志保はいつも通りの表情だが。

 

「なっ……見てたのか!?」

「えっ、み、見てはいけないものでしたか……?」

「あ、あはは~、なんだか少女マンガみたいで、つい……!」

「そもそも、あれだけ堂々とされたら見ない方が難しいと思いますけど」

 

 男子が女子3人に勝てる訳もなく、俺は言葉もなく撃沈した。君たちいつの間にそんなに仲良くなったの……? 

 俺がJCの団結力に戦慄していると、気まずげな笑みを不満そうな表情に変えた可奈が勢いよく手を上げた。

 

「那月さん! あーん返しはしないんですかっ!?」

「は?」

 

 なにその頭悪いワード。

 

「あーんをされたらあーんをお返しするって今月の『りるきゃん』に書いてありました!」

「……ほう」

 

 杏奈の方を向くと、思いっきり顔を反らされた。……そ、そういうことだったか……! 

 杏奈もそういうのを見るんだなぁとか、そんなの言ってくれればいつだってやってあげるのに……とがっくりくる暇もなく、俺達の下に黄色い悪魔がやってきた。

 

「なになに? りるきゃんの話~? 私も混ぜてーっ♪」

「あ、翼ちゃん! あのねー!」

「やめろぉ! 翼まで来たら話がデカくなる!!」

 

 そんな俺の訴えが届くはずもなく、翼と、それについてきた未来と2人の保護者である静香まで輪に入って来た。女子会(地獄)の完成である。

 可奈の説明を聞いた翼は紅い双眸をきらめかせて絡んでくるし、星梨花と未来はそわそわしながら見守ってるし、志保は我関せずと言わんばかりにレモンを食べている。杏奈と静香は俺と一緒に抵抗してくれてはいるが如何せん意思が弱い。たすけてプロデューサー。

 

「さぁさぁ那月さん♪ 私たちのことは気にせず、杏奈ちゃんとイチャイチャしてくださーい♪」

「いや、出来るわけないだろーがっ!?」

 

 期待と好奇心でキラキラと見つめてくる翼と未来、可奈と星梨花の4人に向けて叫ぶも効果はなく、杏奈と共にじりじりと壁際に追い詰められていく。

 静香、きさまもなんだかんだで見たがっているのは分かってるからな!? 

 志保ォ! 止めてくれ志保ォ! 

 

 ──あぁ、もうやってられるか! 

 

「杏奈!」

「っ!」

 

 俺は真っ赤な顔で杏奈の名前を呼ぶ。そして、びくりと肩を震わせる杏奈の耳元に素早く口を近づけて、翼たちに聞こえないように口を開いた。

 

「……家でたくさんしてあげるから、今は我慢してくれ」

 

 別に、あーん返しとやらをすること自体はいいのだ。そもそも、俺は杏奈が望むならなんだってやってやる。ただ、周りから求められ、煽られてやるのは違う……と、思う。期待していた杏奈には俺のエゴを押し付けてしまうようで申し訳ないが、俺は杏奈とのふれあいをそんな安っぽいものにしたくないのだ。

 

 ご機嫌取りと謝罪の意味を込めて杏奈の頭を軽くなでてから立ち上がると、翼たちはさっきまでの勢いが嘘のように静まり返っていた。

 なにこれ怖い。……とはいえ、抜け出すならば今しかあるまい。

 

「じゃ、俺は他の仕事があるからこれでっ!!」

 

 そんな捨て台詞を吐いてから、俺は足早にレッスン場を後にするのだった。

 ……さて、まずは顔を洗いに行こうかな……。




なんとぉ!「兎は月に恋い焦がれる」が先日の日間ランキングに載りました!
皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございます!
これをきっかけにお気に入り登録者数も200人を突破し、杏奈の可愛さが着々と広まっていくのを感じております。
皆様から頂いた評価に恥じない作品にできるよう、もっと文の質と糖分を高めていきますので、これからも杏奈ともども応援ください!

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夏の魔物の正体は人から思考力を奪う気温だと思う

お待たせしました!(焼き土下座)


 その日は猛暑日だった。

 温度調節機能が窓の開閉と隅に設置された扇風機に限られているレッスン場の空気はサウナのごとく蒸し暑く、扇風機の脇で座っていただけの俺でさえ背中にシャツがべっとりと張り付いている。そんな中で踊り続けた杏奈たちの顔には当然大粒の汗が浮かび、ステップを踏むたびにぽたりぽたりと滴り落ちていた。

 レッスンはトレーナーの判断で普段の半分の時間で切り上げられたが、それでも杏奈たちは普段以上に体力を失っており、全員ぐったりとした様子で扇風機の前に座り込んでいた。

 そして、そのうちの一人が何気なく零した一言から今回の話が始まる。

 

「あつぅーいー……プール行きたーい……」

 

 黄色い小悪魔、伊吹翼である。

 普段はレッスンをサボりがちな彼女が、よりにもよってクソ暑い日に真面目に受けに来たのは正直意外だった。つい先ほど労いがてら理由を尋ねたところ、「だって今日は杏奈と一緒なんだもん」と返された。どうやら翼は杏奈のことを気に入っているらしい。

 扇風機は翼の言葉を羽で小刻みに揺らした後、ゆっくりと顔を反らしていく。

 

「にゃははー……いいねー……」

「私はアイスが食べたいな……」

「コトハ、アイス好きだもんネ!」

「エレナは元気やなぁ……さすがブラジル出身や……」

「プールかぁ……たしかに気持ちよさそう……」

「…………」

 

 メグミ、コトハさん、エレナ、ナオ、百合子、杏奈の順でそれぞれの前髪が風で舞った。

 彼女らの声は一様にハリがなく、杏奈に至ってはただ頷くことしか出来ていない。2本ずつ配ったドリンクも今はただ空の容器が転がるばかりで、そのすぐそばにはぬるくなった保冷剤も捨て置かれている。控え室に行けば冷房もしっかりかかっていて涼しいのだが、それが分かっているのにその場に座り込んでいるのは単に立ち上がる気力と体力が尽きているからだろう。

 ドリンクと保冷剤、ついでに塩飴とうちわも持ってくるべきか……なんて考えながらクーラーボックスを抱えて立ち上がった俺に、翼が声をかけてきた。

 

「那月さ~ん、一緒にプール行きませんか~?」

「あー……? そうな、今度なー。……じゃ、ドリンクと保冷剤持ってくるわ……」

「あっ、ワタシも手伝うヨ!」

「おう、助かる……」

 

 俺はそのままエレナと一緒にレッスン場を出てから、控え室に向かって微妙に熱のこもった廊下を歩く。

 ……今思えば、その時の俺は頭がぐらぐらに茹で上がっていたのだ。俺は、翼に対して()()()()返事を返したことに何の違和感も持っていなかった。エレナ以外からのリアクションは特になかったし、俺に話を振った翼でさえぼーっとしていたのだから多分杏奈たちも俺と同じように頭がやられていたんだと思う。

 

「……でも、本当に良かったノ?」

「ん……? え、なにが?」

「ツバサとプールでデートするんでしょ? アンナ、きっとジリジリしちゃうヨ!」

 

 ──だからきっと、俺と杏奈たちが返事の意味に気が付いたのはほぼ同時だったのだろう。

 俺がクーラーボックスを取り落とすのと同時に、後ろの方からバァン! と派手な音が鳴った。振り返るとそこには慌てたような表情を浮かべた杏奈と、キラキラとした笑顔を浮かべる翼がこちらに向かって走ってきていた。かたや全力で、かたや手をぶんぶん振りながら。杏奈は翼を途中で抜かし、勢いそのままに俺の腹に突っ込んできた。次いで翼が俺の目の前で止まる。……君たち、ついさっきまで立ち上がるのもだるそうにしてませんでしたっけ? 

 

「おおおおおお兄ちゃん、ホントに!? ホントに翼とプールに行っちゃうの!?」

「こほっ……あ、杏奈、それは」

「那月さーん! 今度って、今度っていつですか~?」

「翼……その、さっきはちょっと適当に答えちゃったというか……」

「ええーっ!? じゃあ、私とデートしてくれないんですか?」

 

 ストレートな言葉に思わず言葉が詰まる。さっきは一緒にプールに行くことに同意してしまったが、二人きりでとは聞いていない。……それでもあの時の翼の言葉にはそういうニュアンスがあるのは明らかだったし、だからこそ俺も焦っているわけだが。

 口をパクパクとさせる俺に代わり、杏奈が翼の方に体を向けた。

 

「だ、ダメ! お兄ちゃんは……そう、勉強! 勉強で忙しいからダメなのっ!」

「えーっ? 那月さん、そうなんですか~?」

「あ、あー……うん。そうなんだよ、うん」

「むぅ……」

 

 ……翼の攻勢が途切れた。グッジョブ杏奈。

 感謝の意味を込めて杏奈の頭を軽くなでると、頭に置いた指の間でアホ毛がぴょんと揺れた。「ドヤァ」という効果音が聞こえるのは気のせいだろうか。気のせいだろうな。

 杏奈と翼がにらみ合って膠着状態となる中で、恵美たち4人がレッスン場から出てきたのを見たエレナが俺の隣で明るい声を出した。

 

「……そうだ! 二人じゃなくて、皆でプールに行けばいいんだヨ!」

「「えっ」」

「……たしかにそうかも! エレナさん頭いい~!」

 

 戸惑う俺と杏奈をよそに、翼がエレナに全力で乗っかっていく。メグミとナオも「いいじゃん!」「ええなぁ!」とノリノリだった。

 

「えっと……私は遠慮しようかな。まだ練習が必要な部分も残ってるから」

「わ、私もプールはちょっと……! その、あんまりスタイルも良くないし……!」

 

 しかし幸いなことにコトハさんと百合子が難色を示してくれた。直接言葉にはしていないがこちらを伺ってくる様子から察するに、俺に水着を見られるのが恥ずかしいようだ。さもありなん。

 

「なら、俺抜きでいけばいいんじゃないかな」

「それじゃあつまんないじゃないですか~。……ねぇねぇ杏奈、ちょっとこっち来て!」

「……?」

 

 翼は杏奈を連れて俺から何メートルか距離を取ると、露骨に内緒話を始めた。話の流れからして俺をどうにかするために杏奈に何かをしているのだろうが……どうやら当たっているらしい。杏奈が俺を見ながら顔を赤くしている。多分ろくでもないことを吹き込まれていますねあれは。

 やがて杏奈が微妙にぎこちない笑みを顔に張り付けて戻ってきた。スイッチが入ってると表情がもろに出るからわかりやすい。

 

「お、お兄ちゃんっ!」

「……どしたの」

「杏奈、お兄ちゃんと一緒にプールに行きたいなっ!」

「…………………………いや、百合子たちに悪いし俺は遠慮しとくよ」

 

 「いや葛藤長すぎるやろ!」とナオに突っ込まれた。しょうがないじゃないか。俺だって男なのだ。杏奈の水着姿が気にならないわけがない。ないが、俺の個人的欲求のためにアイドル間で親睦を深める機会を奪うなど言語道断。ここは一スタッフとして最も正しい選択で──

 

「……わ、わかりました。杏奈ちゃんがプールに行くのなら、私も行きます!」

「なん……だと……?」

 

 百合子、ここにきてまさかの参加表明。杏奈に続いて秋の空もびっくりな心変わりを見せた。

 なぜ、と俺が口を開くよりも先にメグミとエレナが動く。

 

「ねえ琴葉、一緒に行こうよ。どうせアイドルになったら水着のグラビアだって撮るんだしさ!」

「コトハも一緒に遊んだらきっと恥ずかしくなくなるヨ!」

「え、う、うーん……そう、かな……そうかも……?」

「琴葉!」

「コトハ!」

「……わかった。せっかくだし、私も行こうかな」

「「やったー!」」

 

 速攻であった。コトハさん……。

 

「お、お兄ちゃん……その、だ、ダメー?」

「……顔真っ赤にしてまでやらなくて良いから」

 

 ……もともと、俺はプールに行くこともやぶさかではなかったし、皆の親睦が深まるならそれでいいし、俺がいればナンパ避けにもなるだろうし。最後の砦も無血開城してしまった今、俺に行かない選択肢はないよな、うん。

 

「じゃあ、控え室でスケジュールの確認をしようか」

 

 俺がそう言うと、杏奈たちはそそくさと着替えに向かう。

 彼女たちはいったいどこからその元気を拾ってきたのだろうかと苦笑しながら抱え直したクーラーボックスは、不思議とさっきよりも軽く感じるのだった。




夏と言えばプール!プールといえば水着!そして……という話になります。
前中後としても良いのですが、それをするには話の構成が微妙なのでそうしていません。ごめんなさい!

評価バーが少し伸びました!評価をつけてくださった皆様、ありがとうございます!
作品の中身が外見に見合ったものになるようにこれからも書き上げていきますので、応援のほどよろしくお願いします!

最近はミリマスの作品が一気に増えて筆者はニコニコしています。MOTTO!MOTTO!
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番外編
番外編:那月がお隣の仲良し姉妹に影響されたようです


カッとなって書いた。書くしかないと思った。

注意!! 以下の要素が含まれます。

・知らなくても楽しめる程度のシャニマス要素
・3人称視点


 ある日のこと。

 望月家の居間にて、真剣な表情をした少年と、困惑の表情を浮かべた少女が向き合っていた。

 

「……よく、聞こえなかったから……もう一回、言って……?」

 

 少女──望月杏奈は戸惑いを隠せない様子で口を開いた。

 それに対し、少年──広瀬那月は間を開けずに答えた。

 

「杏奈を一日お世話したい」

「……」

 

 聞き間違いではなかったことに杏奈は心の中で頭を抱えた。

 もしこの場面に知り合いがいれば、「いやなんでやねん!」とツッコミをいれていたことだろう。

 だが悲しいかな今この家には二人しか存在していない。この状況をなんとかできるのは杏奈以外に誰もいなかった。

 

「じゃあ早速昼ご飯作るね」

「ま……待って……!」

「ん、どうしたの?」

 

 パッと立ち上がる那月を、杏奈は必死に呼び止めた。那月は再び席に着くが、杏奈は未だ混乱の最中である。

 

「あ、杏奈のお世話って、何……?」

「何、って言われてもな……」

 

 那月は困ったような表情を浮かべた。

 

「食事を作って食べさせたり、歯を磨いてあげたり?」

「……え、……えっ」

 

 杏奈は那月の言ったことを想像して、顔を赤らめた。

 杏奈は765プロ所属のアイドルだ。個性の強すぎるアイドルたちと共に突飛な内容の仕事をこなしてきた杏奈は、既に先の発言を受け入れ、妄想を膨らませる余裕すらできていた。

 

「風のうわさで、姉の面倒をみる妹の話を聞いてね」

「……」

「なんでも、食事や着替え、お風呂なんかもお世話してあげているらしい」

「それ……お世話と、いうより……介護……」

「流石に着替えとお風呂はアレだから、せめてそれ以外のことをやろうと思ってる」

「……ん、わかった……」

「よし、じゃあ昼を作っちゃうね」

 

 なんだっていい。愛しの彼氏とイチャイチャするチャンスだ。杏奈は己の羞恥心を投げ捨てた。

 なんやかんやで付き合い始めて数か月。最近は忙しい日も多くなり、二人でのんびりすることもできていなかったため、お互いの頭のネジは緩み切っていた。

 

 数十分後。

 

「お待たせー」

「ん……わ、から揚げ……!」

 

 那月がテキパキと食卓に料理を並べていく。

 クッキングシートが敷かれた大皿の上に並べられたから揚げ。

 底の浅い小皿にさっくり盛り付けられたサラダ。レタスの上に、半分に切られたプチトマトとコーンが散らされている。

 箸が2膳、同じ位置に置かれたときに電子レンジから音が鳴った。

 那月はレンジから取り出した白いご飯をそれぞれの位置に置いて、席についた。

 

「おいしそう……いただきま」

「あ、いけね忘れてた」

 

 杏奈が手を合わせた瞬間に那月が立ち上がって台所へと戻っていく。

 おあずけを食らった杏奈が恨みがましく視線で追ってみると、那月は引き出しから個包装に入ったストローを取り出していた。

 

「ごめんごめん」と言いながら、那月がストローを杏奈のコップに入れた。

 

「……?」

「よし、いただきます」

「……ん、いただきます」

 

 杏奈と那月が共に手を合わせる。

 杏奈は習慣に従って、手元に置かれているはずの箸に手を伸ばした。

 

「……あ、お箸……そっちに、置かれたまま……あっ」

 

 杏奈が顔を上げると、目の前には笑顔でレタスの葉を差し出している那月がいた。

 

「……ホントに……やる、の……?」

「やるとも。ほら、あーん」

「……あ、あーん……」

 

 杏奈は顔を赤らめながらレタスを口に含んで、咀嚼する。ドレッシング等がかかっていないため味はしないが、シャキシャキとした感触とみずみずしさが口の中を楽しませる。それを飲み込むと、今度はから揚げがさしだされる。半ばヤケになって食らいつくと、衣の中からじゅわっと肉汁があふれ出た。

 

「んっ……おいひい……!」

「それは良かった。はい、ご飯」

 

 杏奈は程よい弾力の鳥肉から湧き出るおいしさの泉を口に残しつつ、絶妙のタイミングでさしだされた白米に恥を忘れてぱくついた。

 

 杏奈のお椀によそわれたご飯が半分ほどになった頃、杏奈はふと水分が欲しくなった。

 

「はい、お茶」

「……」

 

 そう思ったときには既に口元にストローの先端が寄せられていた。

 そう、那月は杏奈に水を飲む手間すら省かせるために、普段使わないストローを投入したのである。

 

「……お茶くらいは、自分で飲む、よ……?」

「大丈夫、杏奈の欲しいものと欲しくなるタイミングは大体わかるから!」

「……」

 

 違う、そうじゃない。

 杏奈はそう言いたい気持ちを烏龍茶と一緒に飲み込んだ。この試みに同意した以上、無理に拒否をしても仕方がない。もはや全て乗り切るしかないのである。

 

「ごちそうさま、でした……」

「おそまつさまでした」

 

 幸いにも、それ以降はつつがなく食事が進み、スムーズに終えることができた。むしろ後半からは杏奈もこの状況を楽しんでいた。

 緊張やら恥ずかしさやらで味を感じない1口目をレタスで凌ぎ、ピークを避けてメインの料理を味わわせる。杏奈はもちろん那月本人も気が付いていないが、これ以上ないほどの滑り出しで食事が始まったことが成功の理由であった。

 なお、顔をほにゃほにゃに綻ばせる杏奈を見て那月が心で叫んでいたのは本人のみぞ知るところである。

 

「あ」

「……?」

 

 綺麗に中身が平らげられた皿をまとめていた那月が手を止めた。そしておもむろに杏奈の顎に左手を添えて、軽く持ち上げた。

 

「……っ!?」

「動かないでね」

 

 那月は右手で素早くティッシュを取り、驚愕に目を見開いている杏奈の口元を拭った。

 

「これでよし」

「…………」

 

 全然よくない。

 杏奈は心の中でそう叫んで、皿を台所に運び終えたタイミングで那月に近づいた。

 

「お兄ちゃん」

「うん? 何?」

 

 那月が杏奈の顔を見た瞬間、杏奈は那月の頬に両手を添え──

 

「ん……」

 

 那月の唇を奪った。

 

「!?!?!?」

「……その……さっきの、仕返し……だから……」

 

 一瞬のキスと蚊の鳴くような声の言い訳を残して、杏奈は小走りでリビングに戻っていった。

 那月はたっぷり数十秒の時間をかけてようやく再起動した。

 

「……仕返しって、何の……?」

 

 タイムラグを起こしたつぶやきは、杏奈に届くことはなかった。

 

 

 

 …………

 

 

 

 夜。

 洗面所にて。

 やや緊張した面持ちの二人が向き合っていた。

 

「……いくよ」

 

 那月は先端に歯磨き粉のついた歯ブラシを持ち、

 

「……ん」

 

 杏奈はそれを見てゆっくりと頷いた。

 

「はい、いーして」

「いー……」

 

 杏奈の口が横に引き伸ばされ、綺麗に並んでいる白い歯が空気にさらされる。

 もし磨き残しでもしてこの歯に虫歯が出来たらことである。那月はそう自分に言い聞かせてから、歯ブラシを杏奈の前歯に軽く押し当てた。

 

「……」

「……っ」

「……あー」

「あ、あー……」

 

 真剣そのものな表情で奉仕する那月。奉仕される側の杏奈はただひたすら照れていた。

 本来なら人目にさらすことのない口内を見られている。

 本来なら自分で行うべきことをあえて人に任せている。

 杏奈の中では、投げ捨てたはずの羞恥心と常識から離れることへの背徳感が渦巻いていた。それにガチ恋距離によるときめきと照れが加わった結果、非常にイケナイ気持ちが生じていた。

 後に杏奈は「口の中のミントの香りで理性を保っていた」と百合子に語る。

 

「……ぁ……は……!」

「ん、いったん泡、ぺってしようか」

「…………ぺっ」

「うん、じゃあ続けるね」

「……あー」

 

 では那月の方はどうかというと、やはりこちらも似たような心境であった。

 はしたなく開かれる口から見える口内はなまめかしく映り、うっすらと細められた潤んだ瞳はもはや妲己のごとく。あくまでも杏奈は那月の要求に従っているだけである。それを理解していても、誘われているのではないか。この少女を自分の思い通りにできるのではないか。そんな獣の囁きが脳裏にチラついていた。

 後に那月は「握っていた歯ブラシが最後の楔だった」と百合子に語る。

 

「はい、口ゆすいで」

「ん……ぺっ」

「もう1回」

「……ぺ」

「まだ残ってる感じはある?」

「ん……大丈夫……です……」

「そっか」

「……」

「……」

 

 なんとか全ての歯を隙間なく磨き終えたときには、とてもとても気まずい雰囲気が広がっていた。

 互いに、歯磨きで興奮しましたなどとは言えず、かといって自分の中で消化するには時間のかかる感情である。

 いっそのこと全てを放り投げてここで襲ってしまおうか。そんな考えに両者が至り、どちらからともなく顔が近づいた時──

 

「あー、ふたりとも、そろそろ変わってもらえるかな?」

「ごめんなさいね、那月くん」

「「!!」」

 

 突然声をかけられて離れる2人。

 洗面所の入り口を見ると、そこには杏奈の両親が顔だけを覗かせていた。

 ここは杏奈の実家であり、当然杏奈の親も夜には帰ってきていた(晩御飯は2人きりのうちに済ませた)。那月が事前に話を通していたため、今までは空気を読んで洗面所に近づかなかっただけなのだ。が、今の2人はそれをすっかり忘れていた。

 

「……い、い、いつから……?」

 

 杏奈が口をぱくぱくとさせながら声を絞り出すと、杏奈父が慌てたように首を横に振った。

 

「いや! 今、今だ! 水を流す音が聞こえたからそろそろかと思ってだな!」

 

 杏奈が無言で杏奈母を見ると、「本当よ」と苦笑まじりに頷いた。

 

「もう、あなたったら何を照れてるのー?」

「い、いや……なんというか……中てられてな」

 

 普段なら嬉々としてからかってくる杏奈父が本気で恥じらうのを見て、那月たちは改めて今やろうとしていたことを振り返り、揃って顔を赤くした。

 

「~~~~~~っ! い、行こう、お兄ちゃん……!」

「そ、そうだね! そうしよう、うん!」

 

 そそくさと洗面所を出る杏奈と那月。

 

「ねぇ、あなた」

 

 2人が出ていったあと、ポツリと杏奈母がつぶやいた。

 

「な、なんだ?」

「今度、私たちもやってみない?」

「え゛!?」

 

 

 

 …………

 

 

 

「……見られた……!」

「……まぁ、うん。ごめん」

 

 寝室にて、ベッドで頭まで毛布を被ってうずくまる杏奈とその隣に腰掛ける那月。

 

「……ん、悪いのは、杏奈……」

「いや、俺が悪かったよ」

「違う、もん……」

「いやいや……」

「……えへ」

「……はは」

 

 なんとなく互いが互いのことを察して、笑いあう。

 杏奈は毛布から顔を出して那月を見た。

 

「……ね、お兄ちゃん」

「んー?」

「その……今日は、どう、だった……?」

「……あー……」

 

 今日、杏奈のお世話をしてみての感想。

 那月は内容をまとめようとしばらく考えて、話し出した。

 

「まず、楽しかった。杏奈にご飯を食べさせてあげるのも、歯を磨いてあげるのも、全部」

「……ん。杏奈も……少し、恥ずかしかったけど、その……よかった……と、思う……」

「そっか、それはよかった。……だけど」

「……うん。だけど……」

 

 2人は目を合わせて、言った。

 

「「ハマりそうで怖い」」

 

「なまじ毎日でもできる分ハマったときに抜け出せる自信がないぞ俺は」

「杏奈も……、毎日でも、やって、欲しい……今日、レッスンのある日だったら……多分、堕ちてた……」

「あぁ……確かに」

「でも……やっぱり、こういうの……ダメだと思うから……」

「そうなー、杏奈のためにならないし」

 

 あまりにも、楽しすぎた。ずっとそうしていたくなるような魔力を持っていたのだ。だからこそ2人は、恐れた。互いを大切に想うからこそ、織姫と彦星になることを恐れたのだ。

 

「だから……封印、しよ……?」

「封印……そうだな、封印だ」

 

 そうして2人は後ろ髪を引かれながら、今日のようなことは二度としないと決めた。

 

「……じゃあ、おやすみ、杏奈」

 

 そう言って腰を浮かせる那月の服を、杏奈が掴んだ。

 

「……?」

「……そ、その……今日はまだ、終わってない……よ……?」

「……えーっと?」

「……だ、だから……!」

 

 杏奈は口元まで毛布を引っ張った。

 

「……杏奈が寝る、まで……お世話、して……?」

 

 

 

 …………

 

 

 

 なお、この封印はちょくちょく本人たちによって破られることになる。

 

 また、百合子が恋をテーマとしたユニット曲に挑戦する際、プロデューサーとユニットのメンバーから恋について尋ねられたときに「身の回りの世話を焼くこと」と答えてドン引かれることになるのはまた別のお話。




Before百合子「恋(手をつないだりキスをしたり)しますよ! いいんですか、しちゃいますよ!?」

After百合子「ええっ!? こ、恋(料理を全て食べさせてあげたり)って、恋(歯を磨いてあげたり)ですよね? そ、それは……ない、です、ね……」

P「なんだ、百合子は恋をしたことがなかったんだな」
A百合子「あ、当たり前じゃないですか! 私をなんだと思ってるんですか!?」
P「え、えぇ……?」

はい、妄想です。
異論しかないと思うけど許してくださいなんでもしますから!


今回はシャニマス始めました記念で書きましたが、本編はミリオンのみで行こうと考えています。シャニマスの子を出したとしても今回みたいに、名前は出さずに一般通過アイドルという感じで書くことになるかと。しっかり出すなら新しく短編で、ですね。

意外と今までの雰囲気を支持してくれる人が多い……これからこういうノリを増やしていきたいけど受け入れてもらえるかどうかわからない……真乃……めぐる……!

という訳で今月締めきりのアンケートに挑戦してみます。
2つ作りましたので、ご協力のほどよろしくお願いします!


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番外編:夏祭りの思い出

連続で番外編ってどうなのとか思わないでもないけど担当の限定が出たことを特別扱いしないプロデューサーはいないよねってことで許してください何でもしますから!


「ハァ……」

 

 ざわざわとした人混みの声。

 それに負けないほどに大きな、祭囃子の音色。

 

 俺はそれらの音を公園の入り口で聞きながら、ため息をついた。

 

 俺は夏祭りを楽しいと感じたことは一度もない。

 馬鹿みたいにはしゃぐ馬鹿に、道幅も考えずに横に広がって歩くリア充。ただでさえクソ暑いのに、そんなやつらの寄せ集めでできた人混みの中に入るなんて考えただけで気が滅入る。それを我慢したところで目に入ってくるのは微妙な味の焼きそばや当たっても倒れない射的の屋台だけだ。家庭では作ることのできない綿あめや生き物を狙える金魚すくいはまともな部類の中に入るとは思うが、どちらも特に興味がない。最も理解に苦しむのは中央で行われる盆踊りだ。激しく動くわけでもなく、ただただゆったりと太鼓の周りをまわりながら手を上げ下げしたりすることの一体何が楽しいのだろう。見ていて楽しいものでもなし、踊って楽しいものでもなし。そんなもののためにスペースが用意されていて、その分人混みの密度が上がっていると考えると盆踊りが余計なものとさえ思えてくる。

 

「嫌だなぁ……」

 

 これからその夏祭りに参加しなければいけないことを考えて、鉛のようなつぶやきを吐き出した。

 

 最近、隣に越してきた夫婦と母が仲良くしていた。その夫婦には娘がいるのだが、母は俺にその子と仲良くなってほしいらしい。ちょうどその時に夏祭りのポスターを目にしたらしく、その子と一緒に行ってこいと言われたのだ。

 俺も一回顔を見たことはあるけど、どう見てもこの手のイベントを好む子には見えなかったんだよなぁ……。

 

「……っと、来たか」

 

 遠目に紫色の小柄な影がこちらに歩いてくるのが見えた。ベンチから立ち上がりながら、思考をコミュニケーションモードに切り替える。

 おぼつかない足取りでカポカポと音を鳴らしながらやってきた彼女は、下を見ながら口を開いた。

 

「…………」

 

 ……き、聞こえねぇ……! 

 何か言ったのは分かるけど声が小さすぎて全然届かない……! 

 ま、まぁ状況と口の動きから考えるに「お待たせしました」的なやつだろう。多分。

 

「ううん、全然大丈夫だよ」

 

 ざっくりとした返事を返すと、彼女はわずかに安心したような表情を見せた。よし。

 続いて、彼女の格好に目を通す。

 

 薄紫色の浴衣に紅色の帯。浴衣には白とピンクの花の模様があしらわれている。髪はお団子のように一つにまとめられ、以前見た時よりもさっぱりとした印象になっていた。

 

「浴衣、かわいいね。よく似合ってる」

 

 母の教えに従って適当に褒める。ちなみに俺の見た目は半袖半パン。下駄を履いている少女と違ってバリバリのシューズを履いている。

 

「……ありがと……ございます……」

 

 彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに元のぼうっとした表情に戻った。

 

「……じゃ、今日はよろしく」

「……」

 

 少女は黙ったまま首を縦に動かした。

 

 ……浴衣を褒めた時のあの目。諦観と言えばよいだろうか、全て悟ったようでただ諦めているだけの、そんな目をしていた。

 ……まだ小学生のくせに、生意気な。この子はなんていう名前だったか……。望月、望月……いいや面倒くさい。

 

「望月さん、はぐれるといけないから手をつなごうか」

 

 そう言って手を少女に差し出す。

 

「……いい、です……」

 

 が、少女はその手に目を向けることすらせずに拒否した。

 

「あー……そか。ごめんね」

「……」

 

 持て余した手を自分の頭に回して、ポリポリと掻いた。

 

 ……キッツいなぁ。

 

 そう心の中で呟いて、寡黙な少女と一緒に夏祭り会場へと飛び込むのだった。

 

 

 

 …………

 

 

 

 甲高い笛の音。一定の間隔で鳴り続ける太鼓の音。

 正面からは人の波。背後からも人の波。

 四方八方から聞こえるはしゃぐような笑い声。

 

 押し寄せる人混みの中を、隣の少女と一緒にゆっくりと練り歩く。

 

「どれかやりたいものがあったら言ってね!」

「……」

 

 雑音でかき消されないように大きな声で話しかけても、少女は黙って頷くばかり。

 こっそりため息をついてこれからのプランを脳内で組み立てていると、

 

「うわ! バッカお前こっちくんな!」

「うらあああ助けろおらああ!!」

「ホントやめろお前、うわきったねえ!」

「やべえあいつ! 逃げろ逃げろ!」

 

 バタバタとした複数の足音が品のない笑い声と共に前から近づいてきた。

 動物園に帰ってろ猿ども。小さく舌打ちしながら左に避ける。

 ……が、少女は右に避けていた。

 

「……ちょ」

 

 俺と少女の間を野郎どもがどたどたと横切っていく。群れの規模が想像よりも大きく、最後の1人の背中が見えた時、すぐそこにいるはずの少女はコツゼンと姿を消していた。

 

 

 

 …………

 

 

 

 ……まさか広瀬さんが逆に行くとは。まあうるさい人たちが向こうにいったら合流しよう。

 

 そう考えていると、ドンと前から来た人にぶつかった。

 

「きゃ……!」

「おっと、悪いな嬢ちゃん」

 

 尻もちをつきそうになるのをなんとかこらえて反射的に相手の顔を見上げると、顔に大きな傷の入った、スキンヘッドの大男だった。頭上からぎろりと睨まれて、すくみあがる。

 

「……!」

 

 声がうまく出なかったため頭だけ下げて、とにかくその場を離れたい一心で逃げ出した。

 そして冷静になって広瀬さんの存在を思い出した時、

 

「……ここ、どこ……?」

 

 私はいわゆる迷子になっていた。

 連絡を取ろうにも電話番号も知らないしファインの交換もしていない。

 

「……」

 

 まぁ、いいや。独りでいるのは慣れてるし、なんなら今の方が気楽でいい。

 幸いにも今いる場所は人が少ないし、ここで待っていれば見つけてもらえるだろう。

 

 私は近くのベンチに座って、スマホを横に持ちながら待つことにしたのだった。

 

 

 

 …………

 

 

 

 複数存在する公園の出入り口を全て回っても見つからず、屋台のおっちゃんに聞いてもわからないと返されて、これでだめなら親に連絡とるしかないと思いながら高台へと向かう。

 少女はそこで、ベンチに座りながらゲームをしていた。

 

「……や、やっと……見つけた……!」

「……ぁ……」

 

 肩で息をしながら近づいて声をかけると、少女も画面から顔を上げた。

 

「……ごめんなさい」

 

 そう言って頭を下げる少女。

 それはあの場から勝手に離れたことへの謝罪なのか、それとも人が必死になって探していたのに自分だけのんびり遊んでいたことについてなのか。……イラついてんな、俺。落ち着け。

 

「……いや、無事に見つかってよかったよ」

 

 深呼吸で乱れた呼吸と心を整えて、パッと笑顔を張り付かせる。

 そして、手に持っていたラムネを1瓶渡す。途中で買ったそれは、すっかりぬるくなっていた。

 

「……ありがとう、ございます……」

 

 少女は申し訳なさそうにそれを受け取る。

 

「……」

 

 そして、不思議そうに飲み口をじっと見つめた。

 

「……もしかして、望月さんってラムネ飲んだことないの?」

「……」

 

 こくりと頷く少女。

 まぁ普段はこういう場には出なさそうだし、知らなくてもおかしくはないか。

 そう思いながら、俺は自分の分を実際に開けて見せる。ポンッという音と共にビー玉が瓶の中に転がると、少女は小さく驚きの声をこぼした。

 

「おもしろいでしょ」

「うん……すごい……」

 

 キラキラと目を輝かせてビー玉を見つめる少女。……この表情を引き出すことができたなら途中で買った甲斐もあるというものだ。

 

「杏奈も……」

 

 杏奈(今思い出した)はそう言って、俺の真似をするようにポコンとビー玉を落とした。……が、

 

「……!? え、え……!?」

 

 ぷしゅぷしゅと入り口から泡が噴きだして、杏奈の手を汚していく。

 

「あー……そっか、忘れてた」

 

 おろおろとパニックになっている杏奈の手をハンカチで拭う。浴衣に滴り落ちるとか悲劇以外の何物でもない。

 噴出が落ち着いた後も杏奈はいったい何が起こったのかという様子で放心していた。俺が説明すると杏奈から若干恨みがましい目で見られ、滅茶苦茶謝った。

 

「コホンコホン、気を取り直して……乾杯!」

「ん……」

 

 互いの瓶をこつんと合わせて、飲む。

 喉に流し込んだラムネはぬるく、甘ったるい。しゅわしゅわとした炭酸だけが救いであった。

 

「んぐ……やっぱぬるくなるとダメだな、ラムネ」

「……ううん……おいしい、です……」

 

 しかし、杏奈はそんなラムネを美味しそうに飲んでいた。一応拭いたとはいえ、手もまだベトついているはずなのにも関わらずだ。

 

「おいしい……本当に……」

 

 俺はその時の杏奈の表情を、今でも覚えている──

 

 

 

 …………

 

 

 

「……へぇー、那月さんと杏奈ちゃんにもそんな時があったんですね!」

「いやー黒歴史だわ」

「……あの時のことは、ノーカン……」

 

 ファミレスにて。

 目を丸くした百合子と、うつむく俺と杏奈がいた。

 

「え、それで、その後はどうなったんですか?」

 

 百合子が手元にあるアイスを口に運ぶ。

 

「いや、それがその時の杏奈が下駄の鼻緒で擦り傷作っててさ」

「おぶって、もらった……」

「帰り道はなんか互いに気まずかったよね」

「うん……だから、それ以来……お祭りは行ってない、よ……」

「へえぇー……!」

 

 百合子は最後の一口を飲み込むと、「でも」と続けた。

 

「それが今では身の回りの世話を焼いたり焼かれたりする仲なんですね~」

 

 正面から発せられる針山のような言葉に俺と杏奈はたじろいだ。

 

「……百合子さん……まだ、怒ってる……?」

「怒ってるよ! 2人のせいでプロデューサーさんと静香さんと昴さんにすっごい驚かれたんだからね!?」

「……そ、それは……」

「ご、ごめんて……」

「ううっ……思い出すだけで恥ずかしい……! 何よりも信じていた私が恥ずかしい……!」

 

 小皿を通路側の脇に寄せてから、テーブルに突っ伏す百合子。

 

「いや……百合子に聞かれたときに最近やったことがそれだったからさ」

「それを当たり前のような顔で話されたらそれが普通なのかなって思うじゃないですか!」

「あ、杏奈は……当たり前とは、思ってない……よ……?」

「杏奈ちゃんは自分で気が付いてなかったかもだけどすっごい幸せそうな顔だったからね!?」

「……え……っ」

「へぇ」

「片や大真面目な顔で、片や幸せいっぱいの顔で聞かされたら信じちゃうじゃないですかー!」

 

 うわーん! と、テーブルに思いのたけを吐き出す百合子。杏奈は思わぬ流れ弾を食らっていた。かわいい。

 あとで滅茶苦茶イジってやろう……と考えていると、百合子が顔だけを杏奈に向けた。

 

「ねぇ、杏奈ちゃん」

「……なに……?」

「今年の夏祭り、一緒に行こうね」

「……うん……いいよ……?」

「夏祭りの思い出が全然ない、なんて……寂しいもん」

「百合子、さん……」

 

 もともとこの集まりは百合子が俺に昼食を奢れと言ってきたのが発端であった。しかし実際は、杏奈がプロデューサーに「夏祭りの思い出がない」と言ったことについて、本人も交えて俺に話を聞きたかったらしい。杏奈は本当に、いい友達を持ったと思う。

 

「私も人混みはニガテだけど、杏奈ちゃんと一緒なら楽しめる気がする!」

「ん……杏奈も……楽しみ……」

「かき氷とか食べようね! ……今度はティラミスにしようかなー」

「ヨーヨー……釣りたい……。杏奈も、ティラミス……」

 

「……諭吉さん、一緒に生きて帰ろうな……!」

 

 すっかり2人の世界に入ってしまった杏奈と百合子がメニューを広げ始めたのを見て、俺は黙って諭吉さんが生き延びることを願うのだった。




ガシャ初日に40連目で出ました。書けば出るって本当なんだなぁと感動しながらコミュを見たところ、

杏奈「夏祭りの思い出が全然ない」

とのこと。

最初は、最高の思い出を作らせるぞオラァ!だったんですけど、そっちはせっかくなら本編で取り組みたいと思いまして。
今回は真逆のアプローチとして、ネガティブな思い出をちょっとだけ書きました。
2人の距離感や温度の違いを感じて頂けたらと思います。

お気に入り登録・感想・評価・ミリシタ小説(できれば杏奈の)、お待ちしております!書けば出ます。出るんです!だから書きましょうお願いします!
アンケートもまだまだ募集しています。ぜひご協力くださいませ!

特に最近はキーボードの調子が絶不調で、誤字脱字があるかもしれません。
誤字報告もお待ち……はしてないですが、無いに越したことはないのですが!
もし見つけた際は報告していただけると助かります……!


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特別編:言わぬなら 言わせてみせよう OFF杏奈

スぺアピでもアナアピでもON奈だったからカッとなってやった。


「お、杏奈に亜利沙、お疲れ様です」

「あ……お兄ちゃんだ……お疲れ様、です」

「那月さん、お疲れ様ですー!」

 

 今日、俺は裏方雑用のアルバイトで、杏奈たち──ミリオンスターズのライブについてきていた。プロデューサーからその話を持ち掛けられて、袖からチラ見できればと思って引き受けたのだ。……が、プロデューサー曰く、本番の準備が終わったら関係者席でライブを見ても良いらしい。本当にプロデューサーには頭が上がらない。

 

 さて、このライブ、驚くべきは開催場所だ。

 なんと、教会。教会である。教会で、ライブを行うのだ。なんでも、ハピダリ……ハピマリ? だかなんだかいう結婚情報誌とのコラボなんだとか。

 メンバー全員の衣装がウエディングドレスであり、右を見ても左を見ても花嫁がいる。俺の格好は半袖にジーパンと、場違い感MAXだった。まあそれはスタッフ全員に言えることなのだが。

 ひとつの場所にフォーマルとカジュアルの両極がひしめいているというのは……こう言っては何だが、異様な光景だ。

 

 当のアイドル達はいつも以上のやる気を持ってリハーサルでの確認作業に取り組んでいた。やはりウエディングドレスは女性にとって特別な衣装なのだろうか。

 なんにせよ、おかげで予想よりも早くにリハーサルを終えることができたため、俺は杏奈たちの様子を見て回っていた。

 

「……杏奈たちの、リハーサル……どう、だった……?」

「みんな絶好調だったね。心なしかいつもとオーラが違った気もしたし」

「それは当然でしょう! 滅多に着られないウエディングドレスですからね!」

「やっぱりそうか。……アイドルがウエディングってのは亜利沙的にはどうなの?」

「……そうですね、確かにアイドルちゃんが結婚するなんてご法度であってスキャンダルでもあります。ともすればそのまま引退なんてことも珍しくありません。……ですが!」

 

 亜利沙はどこからか取りだしたカメラを片手に、力強く言い放つ。

 

「それはそれ、これはこれです!」

 

「……お、おう」

「アイドルちゃんのウエディング姿……しっかりと焼き付けなければ! ……というか那月さん、杏奈ちゃんをかっさらったあなたに言われたくありません!」

「か、かっさら……こら、言い方こら」

「……♪」

「ふおぉぉぉぉぉ! 杏奈ちゃんの嬉し恥ずかしハニカミスマイルいただきました!」

「……そうそう、曲の途中のセリフあるじゃん」

「……うん」

 

 こうなった亜利沙はもうダメだと俺たちは知っている。俺たちはアイコンタクトを取って、亜利沙を放置することにした。亜利沙も「プライベート、完全プライベート写真です!」と喜んでフラッシュを焚いているから問題はないだろう。

 

「あれって、言うときはスイッチ入れてるんだ?」

「それは……そうしないと……言えない、から……」

「あぁ、テンポとかあるもんね」

「ん……それもそう、だけど……」

 

 杏奈がもじもじとしながらその続きを口にした。

 

「スイッチ入れないと……恥ずかしい……から……」

「「……!」」

 

 杏奈がぽしょぽしょと呟いたその瞬間。俺と亜利沙に電撃が迸る。

 

 ──OFFバージョンを聞いてみたい! 

 

 大変不本意ながらも、その一瞬だけは俺と亜利沙は完全に通じ合っていた。

 

 最初に、亜利沙が素早く切り込んだ。

 

「ありさ、今の杏奈ちゃんでのセリフを聞きたいです!」

「え……やだ……」

「そんなことを言わず! 那月さんも、那月さんも聞きたいですよね!?」

「ききたい。とても、ききたい」

「ですよね!」

「えぇ……」

 

 続いて、俺が攻めていく。亜利沙を味方につけた時の安心感は異常。

 厄介なことになったと顔をしかめる杏奈に内心で頭を下げつつ2人で詰め寄っていると、横から小さな女の子──中谷育が入ってきた。

 

「こら、亜利沙さん! 恋人の邪魔をすると馬に蹴られちゃうんだよ!」

「ヴァ!? い、育ちゃんが……育ちゃんが、ウエディングドレスを……!?」

 

 亜利沙は育の姿を見ると、ビシリと固まって動かなくなった。そして次第にその体が震えだし、

 

「ヴァァァァ!? 育ちゃん可愛すぎますぅぅぅ! こんな……こんな可愛さがあってしまって良いんでしょうか! あああああでも育ちゃんがお嫁に行ってしまうなんてありさは耐えられません! どうすれば、どうすればいいんでしょう!!」

 

 亜利沙は瞬間移動どころか影分身を作り出す勢いであらゆる角度から育の写真を撮り始めた。

 ううむ、まさかの伏兵。亜利沙の意識が引っ張られてしまった。亜利沙はリハの時に育のことは見ているはずなのだが。これも、『それはそれ、これはこれ』なのだろうか。

 

 当の育は、発狂する亜利沙に動じることなく懐からメモを取りだした。

 

「えーっと、亜利沙さんがこうなったら、このセリフを笑顔で言う……」

 

 育は何かを確認すると、ひまわりのような笑顔を亜利沙に向けた。

 

「亜利沙おねえちゃん、大好き!」

「ォアッ」

「わ! 本当に止まった! 百合子さんすごい!」

 

 育が喜びながら去っていき、その先には百合子が物陰に隠れて立っていた。

 百合子は俺と目が合うと口パクで何かを言って、ドヤ顔でサムズアップした後に去っていった。

 

「……?」

 

 何を言っていたのかさっぱり分からずに首を捻っていると、恥ずかしそうにうつむいた杏奈がシャツの裾をちょんとつまんだ。

 

「……百合子さん、『これで2人きりですよ』……だって……」

「え……えっ」

 

 杏奈がバッチリ読み取っていることに驚いて、次にいつの間にか周りの人がいなくなっていることに驚いた。杏奈が百合子と通じ合うのは分かるが、周りに誰もいないのはなぜだろう。時間もまだ余裕があるはずだが。

 

「……多分、気を使ってもらった……?」

「……そ、そうか……」

 

 何となく気恥ずかしくなること数秒。杏奈が深く息を吸って、吐いた。

 

「……お兄ちゃん」

「ん?」

 

 杏奈はおもむろに俺の右手を両手で包んで、ふわりと微笑んだ。

 

「──出会ってくれて、ありがとう……!」

「っ!?」

 

 心臓が蹴っ飛ばされたようだった。

 一瞬で顔に血が上る感覚。急に鳴り出す自分の鼓動。

 頬を染めて悪戯っぽい笑顔の杏奈を前にして、俺は何も言うことができなかった。

 

「なんっ……そ、そんな突然に……!」

「ん……突然じゃ、ない……よ……?」

 

 俺が口をパクパクとさせているのを見て、杏奈が静かに笑った。

 

「……杏奈……いつも、そう思ってる……から……」

「杏奈……」

 

 胸の奥が燃えるように熱くなって、杏奈とつないだ手に力が入る。

 

 杏奈が隣に越してきて、話すようになって、一緒に遊ぶようになって……俺は変わることができた。

 もし、杏奈と出会っていなかったら俺はどうなっていたのだろう。想像もできないが、少なくとも今ほど楽しく幸せに生きてはいないということだけは分かる。

 

 ──ああチクショウ、抱きしめたいなぁ。

 

「……俺もだよ、杏奈。俺と出会ってくれて、ありがとう」

「……♪」

 

 当然、抱きしめようものならドレスが乱れるため、髪型を崩さない程度に頭をなでることにした。このライブ終わったら滅茶苦茶に可愛がろうと、そう思いながら。

 

 そうしていると、隣からバシャバシャとシャッターを切る音が聞こえた。

 

「いい! いいですよ那月さん! 超貴重なデレデレ杏奈ちゃん、これはまさしく最高の一枚ですっ!」

「げ、復活した」

「……」

 

 衝撃で止まった心臓が再度の衝撃で動き出したらしい。余韻もへったくれもなかった。

 

「さあ杏奈ちゃん、そのままありさにもオフでの一言、お願いします!」

「……亜利沙には、別に……」

「ふおぉぉぉぉぉ! 杏奈ちゃんの塩対応いただきました! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「無敵かよ」

「……亜利沙……うるさい……」

 

 その後、プロデューサーが様子を見に来るまで亜利沙に張り付かれ続けた。

 ……撮られた写真は後で回収しておこう。そのためにも今はしっかり金を稼がなくては。




すみませんでした。(土下座)

ウエディングのネタがその後の怒涛の更新で押し流されていくのを見ながら、これどうしようと思いながら書いていました。
まったく、いくももきゅんパイアだのキラメキラリだのヒーローズだの……いいぞもっとやれ。

そろそろ本気で特別編を自重しないとですね。
まぁ当分杏奈ガシャも来ないでしょうし、コミュや新曲は特別編というよりは本編のフックになりそうだから大丈夫でしょう。

千鳥足で進む拙作ではありますが、今後ともよろしくお願いします!


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