「迷宮の怪物」(現在スランプ・凍結中) (鉤森)
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「迷宮の怪物」
———
…なに、知ってるって?モンスターがいるなんて常識だ?
はっはっは、そうだね。確かに、迷宮にはモンスターが住んでいるなんてのは常識だ。特に、君みたいな冒険者になった子なら知らないハズはなかったね。…いやいや、バカにしたワケじゃないんだ、そう怒らないでくれよ、愛しき子よ。
ああ、そうさ。バカになんかしちゃあいない。私や他のファミリアの
そう、察しが良いね。賢い子はモテるよ。その通り、これは冗談や教訓の類ではない。
———
お前だけじゃないよ。この
男も女も関係ない。大人も子供も関係ない。強者も弱者も関係ない。神も人も関係ない。皆皆、知らなくてはいけない。だって、
あの怪物には、そんな分別存在しないんだから。
よく、覚えておいで。そう、姿勢を正して、耳を傾けて。…いい子だね。
じゃあ、話そうか。この迷宮都市・オラリオで起きた、忌むべくも忘れがたき惨劇を。
「怪物」の誕生を。
**************
…もう、二十年以上も前になるかね。その頃からこの迷宮都市は大層にぎわっていたんだが、当時はもう少し荒れていてね。治安もすこぶる悪かった。
原因かい?…お前には「最大派閥」と言った方が分かりやすいかな。
そう、今でいう「ロキ・ファミリア」や「フレイヤ・ファミリア」などに当たる存在だ。その当時、ソレに該当する幾つかのファミリアの中に酷いファミリアがあったんだ。
主神の名は故あって口に出来ない。だが、そいつは所謂「邪神」と呼ばれる類の悪神でね。「略奪」と「快楽」の神で、ファミリアの家訓として掲げている内容も最悪だった。
「常に刺激を求め、存分に愉しめ」とね。そいつは自分自身の快楽に通ずる「全て」を容認したのさ。
最悪だろう?奪うもよし、殺すもよし、犯すもよしときた。ただどんな状況も自分で愉しめ…品のない教えだよ。
…でも、それが冒険者の気質に合っていたのかね…次々と入団者は増えていったし、中には高レベルの冒険者が
勿論、他のファミリアだって排そうと動いたさ。ギルドだってね。特に我が子の尊厳や命を奪われた神なんかは、そりゃあもう怒り狂ってねえ…戦争だって何度も起きたのさ。
ああ、ダメだったんだ。誰もヤツを排せなかったし、何柱も送還された。犠牲もたくさん出たんだ。
単純に強かった、というのもあるがね…結束した悪党どもの手腕と、主神であるソイツの采配が尋常じゃなかったのさ。
ああいった連中の結びつきは強固だ。加えて深く広い繋がりがあった。だから、いろんなところに息のかかった連中が潜んでいたのさ。そうなると主神の悪意は多種多様に、実に効果的にそれらを活かした。諜報に不正、人質や妨害なんか甘いもんさ、もっともっと、色々やらかしやがった。
結果、何柱目かが送還された辺りで、もう誰も言えなくなったんだ。
あの憎たらしい猿顔が歯を剥き出して嗤う様、殺してやりたいヤツはたくさんいたがね。折れちまったのさ。
そっからは言った通り、荒れに荒れたんだ。口にしたくもないほど、あらゆる「悪」が広まった。それでもオラリオから人が去らなかったのは、他の派閥、特にかの「大神」の尽力あってこそだったろうねえ…。
うん?怪物はどうしたって?
…ここからさ。もうちょっとだけでも聞いておくれ。
そう、二十年かそこらほど昔、そのファミリアが散々悪さをしていた頃にね。まだ十にも満たないような、一人の小さな「子供」が、そいつのファミリアに入ったというんだ。
すぐに広まって一日で消えたような、小さな噂でしかなかったがね、実をいうと誰も驚かなかったよ。
小さくても「そういうコト」目当てに、あのファミリアの門を叩く人間は後を絶たなかったから。でも皆、同情はしてたね。なぜならそういった目的で入った子供は、皮肉にもドス黒いファミリアの「洗礼」を受けて、大抵死ぬ事が多かったからね。自業自得とはいえ…ね。
だけど、その噂が広まって三日ほどした頃だ。「豊穣の女主人」って酒場あるだろ。そう、あの気の強い女主人のいる。
そこにね、そのファミリアの下っ端が転がり込んできたんだ。どいつもこいつも揃いの黒い毛皮着てやがったからすぐにわかったよ。皆顔をしかめたり、眼をそらしたりしてたさ。
そいつがねえ、こんなことを叫んだのさ。
———『助けてくれ!神サマも他の連中も、あの新入りのガキに殺された!』
…とね。
いや、一瞬静まり返りはしたがね。皆大爆笑したさ。少なくとも人間、子供たちはね。
ざまあみろ、寝惚けたこと言ってんじゃねえよ、お前も殺されて来いってね。乾杯に拍手の嵐、そりゃあ大騒ぎだった。
でもね。私たち「神」は手放しに喜べなかったよ。
だって「嘘」言ってなかったからね、ソイツ。
そしたら騒いでた子供たちも静かに、だんだんと困惑してきてね。真顔の私達と震えるそいつの様子で、どうやら尋常じゃない事態が起きてるってわかったんだろうさ。
とはいえとても信じられなかったろうさ。神は勿論、そのファミリアにはLevel5クラスだってたくさんいたからね。冒険者なら、とても
放置は出来なくてね。そいつギルドまで引っ張っていって事情を話して、半信半疑の連中に査察もかねて調査隊を編成させたのさ。
その調査隊に、神々も同行した。私やロキ、フレイヤ、イシュタル…他にも色々とね。
ぞろぞろ、まあ壮観だったろうさ。あんな光景は今も昔もそうなかったろうね。
そして連中の、品のない本拠地に足を踏み入れた時———
「いた」のさ。「怪物」が。
**************
暗いエントランスのような広い空間にね、そこかしこに、悪神のファミリアの連中の死体があったよ。調査隊は、だいたいそこで吐いてたね。
死体だから…というより、状態がね。酷かったのさ。丁寧に丁寧に
信じられなかったね。これを子供が、そんな小さいのがやったなんて。でも、信じざるをえなかったさ。
なんでかって?そりゃあ、その奥に「いた」からさ。
悪神を
ひっどいモンだったさ。頭は胴から離れて、手足は繋がったまま開かれてたり、切断されてたり、電流が流されてるのかずっとこ痙攣してたり。胴体や頭も見事に開かれててね。ピン止めされたり取り出されたり、
…ん?なんで送還されなかったのかって?
……。
………ソレ、言わせるのかい?わかってるんだろ?
まだ
眼が生きてた。喋れないまま泣いていた。笑ったみたいな顔で固定されたまま「たすけて」と懇願していたよ。
ロキが確か吐いてた。私も、吐いたかもしれない。ここまでくると「どうやって」とかは思えなくてね…ただただ「悍ましい」としか思えなかったよ。
しかも怪物は怪物で、ずっと笑ったままブツブツ言ってるのさ。
———『
ひとしきり色々喋って、そいつは立ち上がった。
そしたらだ。そいつの手元に、赤黒い「光の玉」がふよふよ浮いてたのさ。私達は何だかわからないまま身構えていたらね、フレイヤが吐いたのさ。
信じられるかい?あの、フレイヤがだ。みんなそりゃあ驚いたさ。
…でだ。そのフレイヤがいうにはだね。その赤いの「魂」らしい。
魂が普段から見えるフレイヤだからねえ、よっぽど怖かったのかもしれないよ。なんせ可視化した魂、ソレも「ツギハギだらけ」なんてね。
どうやったら出来るんだか。
…その魂、どうしたと思う?
「喰った」のさ。
あっという間だったよ。卵でも口に放り込むみたいに一口でね、モキュモキュ喰ってる咀嚼音がこっちまでしてきた。もしかすると、他のファミリア連中も…。
悪神が「消滅」したのは…同時だったね。塵一つ残さず消えちまって…何も残らなかった。
そしたら、だ。
「怪物」が、もっと上の「怪物」になった。
見た目は変わらない。でも「中身」が完全に変わったのがわかったよ。直感した、アレはもう、
そこから先はね…。
先は…実は、覚えていないんだ。
いや、齢じゃないよ失礼な!皆ね、頭働かなくなっちまったのさ!
いや、なんというか…怖くて怖くて、仕方がなくなったというかだね?あれは、そう…例えるなら…。
「狂気」…かね。
ともかく、正気に戻った時には、怪物はいなくなってたんだ。
私達はとにかく周辺を探したが見つからなくてね、仕方なくギルドに戻って情報をまとめて、ついでに冒険者登録から名前や情報を割り出そうとしたんだ。
でも、わかったのは名前だけ。スキルは、
正体不明。
震えあがったよ。あんな怪物を、何もわからないまま迎え撃たなきゃいけないなんてね。
そして、
目撃情報、都市の出入り口や、足跡、匂いの痕跡など、多角的な情報を割り出した結果。
「怪物」が、「迷宮」に潜ったことが判明した
私達は、決めたのさ。
あの怪物の名と、惨劇の血の歴史を…せめて忘れぬように伝えよう、とね。
ヤツの名は———
**************
冒険者名
『フランケン・シュタイン』
要警戒・避難対象人物。討伐及び初遭遇からの戦闘を厳禁とする。
特徴・色の抜けた髪、全身の縫合痕、頭部から巨大な螺子。
ステータス不明。スキル・魔法不明。種族不明。
99の悪漢ファミリアと一柱の悪神を殺害・解剖・捕食の罪状。
神々よりの忌み名
『
狂気を流布せし狂気の怪物は。
今もこの、迷宮のどこかに———。
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シュタインとヴァレンシュタイン(前編)
素質はダントツだし
沢山のお気に入り、評価。本当にありがとうございます。
ところでこういったお礼って、名前とかも全部上げた方がいいのか、はたまた名前はそっとしておいた方がいいのか疑問な私です。
「強さ」が欲しい。
強くなりたい。そう考えることは不思議ではないし、実際誰でも一度は考えたことはあるだろう。
だが「強さ」とはなにか?
手垢で汚染されきったような問いかけだ。そしてそんなものに答えはない。何故か?求める人間の価値観と主観が異なるからだと、とりあえず仮定する。
単純に「強さ」を目的か、それとも手段かというだけで解答は変わる。更にあくまで手段であるならば、目的によって到達点、道筋は変化していく。
答えはない。決まった形がない。故にその存在するかもわからない終着点や
他者にそれらを実証する手段を見つけることは、永遠に不可能だ。
さて、ではこのダンジョンを一人突き進むアイズ・ヴァレンシュタインという少女はどうだろうか。
ロキ・ファミリアが「剣姫」。Level5の冒険者。まだ13と幼いながらも才気あふるるこの少女もまた、絶対なる「強さ」を求める者だ。そしてその道の険しさよりも、そのもどかしさにこそ歯噛みしている。
より多くの強敵と矛を交わした。勝利と経験を積み上げ、最速記録を更新した。かつての頃よりも強くなっている自覚はある。
武器も揃いつつあり、頼れる家族の教えも、戦術の手本も事欠かない環境に身を置いている。恵まれた環境、十全の才覚、必要な努力。彼女の「強さ」も「道筋」も、多くの神や人間が認めるところだ。
———だが足りない。彼女は曖昧ながらも確信した事実として、未だ見えない理想への遠い道筋に、その歩みの遅さに歯噛みする。人が、神がなんと言おうとも遅すぎる。焦りと苛立ちは絶えることなく苛み、叱責する。
どうすれば強くなれる。どうすれば、何をしたらいい。もっと強く、もっと速く。私は
苛立ちを募らせながら、その黒いわだかまりをぶつけるように一人モンスターにて剣を振るう。銀の閃きがが鮮やかな軌跡を描き、複数のモンスター「マーマン」の首が躍る様に宙を舞った。
鮮血の一滴さえも浴びることなく駆け抜ける。舞い上がった血飛沫と水飛沫の音が遥か後方で混ざり合う音を置き去りに、金の髪の尾を引かせて疾走する。その疾走は揺るがぬ一条の矢を思わせるが、だが同時に見る者の危機感を煽るような危うさ、明確な焦りが見て取れた。彼女の脚は水辺の多い地形であろうと止まることなく跳ね続け、より下へ、より地獄へと向かうことを望んでいた。
「……っ。」
彼女は現在、このダンジョンの「下層」においてたった一人である。既に日帰りできるだけの階層は超えてしまっているものの、今の彼女にソレを気にするだけの余裕はない。何故か。ソレは強くなっていくと同時に伸び悩んでいたステイタスの伸び具合が、ついに無視できない領域に至ったからだ。
Level5に至れる者は冒険者全体から見れば極々少数だ。まして彼女に限って言えばこの年齢でそのLevelに至ったのはつい先日の話、通常であれば焦りを見せる必要などない。
だがその手の常識は彼女、アイズには当てはまらない。
「足りない…。」
足りない。「強さ」が足りない。「速さ」が足りない。もっと、もっとと鎌首もたげて欲しがる彼女の「内」、こんな程度で満足できるはずがない。元より彼女の精神は、「内」より溢れ出る強欲に抗う術を持たない。この地に来たのも神の恩恵を得たのも、全ては彼女が「強さ」を欲したが由縁だ。故に彼女の渇きは、どれだけの暖かさを味わっても尚癒されることがない。これまでも、そして「このまま」ならばきっと、これからも。
加速する焦燥とは反比例して歯痒く遅くなっていく成長速度。故に彼女は半ば衝動的にダンジョンへ、それも単身での、力尽きるギリギリまで命を振り絞った修練の実行を敢行した。後でこっぴどく怒られたとしても、最早構う余裕などない。
———
「…!!………。」
ここにきてようやく、アイズの足が止まった。荷重をかけて静止した足の重みと衝撃に小さな水たまりが足元で跳ね、小さく音を立てる。その金の眼差しの先には、この
…言うまでもないが思い返したわけではなく、下層への入口、降下を警戒しての事である。彼女のやっていることは無茶で無謀な行いではあるが、彼女は自殺をしに来たわけではないのだ。駆け込んで不意を撃たれれば実力があっても死ぬ、それがダンジョンという場所である。
故に警戒し、慎重に「領域」へと足を踏み入れていった。疲労を無視し、握りしめた剣の柄から引き絞る様な音が響き渡り、無意識のうちにため込んでいた緊張感が更なる覚悟へと昇華していく。
そして。
彼女は「運命」と出会う。
邪悪なる「運命」、彼女の未来を、価値観を、仲間達さえも黒く暗く塗りつぶす———
「
**************
「移動する階層主」の事は、彼女も知識として知っていた。
双子の頭に一つの身体を持つ竜「アンフィス・バエナ」。下層27層
ギルドより認定されたLevelは5。しかし水場という環境、其処を主とする王に挑む場合、想定された実力は必ずしもその限りではない。紛れもない強敵であり、間違いのない絶望。
アイズは期待を抱いていた。その強敵に単身で挑む恐怖も緊張もあるが、それほどの存在であるならば必ず莫大な経験値が得られる。必ず自分は強くなれる。そう信じて疑っていなかった。
熱狂した極度の前傾姿勢。それでいて根は天然な、決意の乙女。確かな実力を宿した強者。
その危うさと若さ故に。想定もしていなかった展開に硬直し、受けた衝撃に腰を抜かすのも無理からぬことだった。
………——————!
27層に降り立ってすぐに、彼女の耳はこれまでの敵とは遥かに格の違う咆哮を耳にした。判断は一瞬、望んでいた強敵の存在の確認に脚は反射的に地を踏みしめ、緊張の硬直を張り詰めた弦として、一条の矢となり解き放たれる。
真っ直ぐ。真っ直ぐ。遮るモンスターは濡れれば切り裂かれる風に命を散らし、時に足場とされ沈められた。気にも留めずに、アイズは声の主に向かっていく。
「…い、た…、————!?」
遠目にも見える巨大な影。水中に潜むこともなく歩みを進める王の姿に、アイズの心臓は大きく跳ねる。肌にひりつく強敵の気配に血は巡り、距離はどんどん狭まっていくのを感じた。
まず狙うのは接敵から
だがソレは、その竜の全身が詳細になってきた辺りで断ち切られる結果に終わった。
アイズは見た。巨大な「迷宮の弧王」、近く…傍らとも言っていい位置に、
一瞬の思考の空白。想定もしていなかった展開。だがこんなもので腰を抜かす彼女ではない。竜が傍らを通過する男に気付き、その大顎を振りかざした光景を見て、その速度を跳ね上げる。思考の空白を塗りつぶし、
「助けないと」———その一心で、前に、竜へと、アンフィス・バエナへと突き進み。
迫る大顎を男が、正面からの「掌打」が迎え撃ち。電の様な輝きが閃いたと同時にその巨体が弾け飛び、内から破砕したことで、今度こそその思考が止まった。
真の驚愕が、彼女の「強さ」を「内」から大きく打ち据えた。
「……え、あっ………!?」
思考が止まれば脚も止まり、水場の泥濘に脚を取られその場に転がる。痛みに呻き、焦って顔を上げれば…その頭上から、赤い温もりが降り注ぎ、白い衣装を鉄臭く染め上げていく。
ザアザアと降り注ぐ文字通りの血の雨。美しいダンジョンの風景が、彼女の髪と同じく汚れていく。だがその他一切が彼女の興味を引くことはない。
彼女の視線も興味も、全て一人の男が独占している。
「…ひひ。ヘラヘラ。ああ、久しぶりに上がってきたのに勿体無いコトした…でも清々しい。調子もどってきたぁ♪」
じぃ~こ、じぃ~こと頭の螺子を一廻し、二廻し。くわえ煙草が血の雨に消され、丸い眼鏡の向こうで爛々と相貌を輝かせる、長身の男。
アイズの記憶にはない怪人だ。あまりにも得体のしれない、その言葉を信じるならば「より下から単身昇ってきた男」。それが意味することは、明確な一つの解答のみだ。
そしてそれは、アイズにとって最も求めていたものだ。
「…で、君は?俺の記憶にはないね…とりあえず立てるかい?」
血の雨が止み、血塗れの男…ツギハギだらけの白衣の男がこちらを見下ろし、歩いてくる。腰が抜けた自分に手を伸ばす怪しい男に、一瞬手を取っていいのか迷いを覚えるが、すぐにその手を握る。
———このチャンスは逃せない。彼が、どんな人物であろうとも。
「ありがとうございます。…それと、」
「ん~?」
「私はアイズ、アイズ・ヴァレンシュタインです。もしよかったら…少し、あなたの話を聞かせてください。」
求める「強さ」がそこにあるのなら。アイズ・ヴァレンシュタインは躊躇わない。
そして、
「…へぇ。いいですよ、俺はそう…「博士」とでも呼んでくれ。」
全てが「探求心」に満ちたフランケン・シュタインは、
二人の邂逅は、そんな数奇な出会いだった。
書いててこの子ヒロインかなと思ったけど愛のないシュタインにヒロインは多分ない…のかな。
多分よからぬことが始まりそう
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シュタインとヴァレンシュタイン(中編)
まあ元から短編予定だったから
今回から非ログインユーザー感想受付設定にしました。
沢山のお気に入りと評価、ありがとうございます
———————………、
「じゃあ、博士はずっと
「ええ、まぁ。やりたいコトがあったものでね。もう何年も…なに、調べれば食用の動植物もいますからね。」
「ソレ、
「どうですかね、まあ便りがないのは元気な証とも言います。…それにウチの神様というのはそうそう動じませんから、存外アッサリこっちが生きてるのも分かってるかもしれません。」
「信頼、してるんですね。」
「ええ…もう血肉の様なものです。」
「…そうですか…。」
迷宮下層27層。ほの暗い静寂と水流の緩やかな囁きが空間を満たすのが常であるフロアに響く、岩肌を背にして座り込んだ二人の男女の声。シュタインとアイズの両名は並んで腰を落とし、旧知の間柄の如く話を弾ませていた。
先程まで空気を満たしていた濃密な血の匂いは既に綺麗サッパリ洗われた衣服の汚れと共に水の流れに溶けて消え失せており、君臨する王が爆ぜて消え去った戦場の周囲には、いまや生き物の気配一つない。話し声を聞きつけ、こちらへ近づいてくるような気配も感じられない状態だ。
実に静かで穏やかな、平和な時間が続いていた。
そう、
当然ながらアイズも幾度となく迷宮に潜った経験を持つ熟練の冒険者である。故に普段なら流石に訝しむような異常だが…どういったワケか、彼女は僅かにも異常に気付くこともない。それどころか,その舌は夢中になって博士と名乗ったシュタインを前に、今も回り続けていた。
始めに問い、浅く答え、追求し、やがて語り、時に同調し…そうしてどれほどの時間が経っただろうか。剣技を語り、迷宮の知識を語り、家族を語り。当初の警戒も何処へやら、僅かな会話の内に緊張も警戒もなかったかのように解けてしまい、既にアイズの秘めた「内」さえも気付かぬうちに会話の端々に顔を覗かせていた。
別に取り立ててシュタイン本人の口が上手いわけではない、いうなればそう、今まで味わったことがない心地よさがあったのだと言える。どんどん自分に正直になれるような感覚、或いは
しかし不意に笑みが引っ込み、その表情に影が差し込む。嘘のように双方の間に僅かな沈黙が流れ、軽く俯き、やがて形のいい唇から言葉が溢れて零れだした。
「…少し、羨ましいです。」
「おや。随分と嬉しそうだったのに、ご自分の家族にご不満が?」
「あ…そういう訳じゃないん、ですが…。」
思わず、といった様子できゅっと膝を抱えて、アイズは一瞬口ごもる。だが言っていいのだろうかという思いは在れど、もはや抱え込みたくないと、秘めたる思いの一端を口にすることを決意する。
勢いと高揚のままに、ソレはさながら零れ落ちる弱音のように吐き出そうとして———
———ゴロリ。
———瞬間、何か致命的なものが転がりだした。本人さえ分からない「境」が、不意に、不用意に乗り越えられる。
「私の家族は優しいです。尊敬できる人たち、命を預けられる人たち、私を…想ってくれる皆。理解しています、嬉しいと、実感もしています。…でも、そう思えば思うほどに私は思うんです。思って…しまうんです。」
「…へぇ?なにをですか?」
「"強さが欲しい"。」
一拍の間も置かずに答えを斬り込む。空気が悍ましく、質量を宿した。
金の眼差しがギラつきながらシュタインを射抜く。二つの視線がレンズ越しに交差する。交わり———同調する。
「知っています。聞きましたから、最初に…ソレで?
「……。」
「ソレだけで思いつめる、とは思えない。なら何を悩む。何を躊躇う。何を君は思ったんです?
射抜くような眼差しが底なし沼もかくやというほどに深く濁った瞳に受け止められる。シュタインの口元に浮かんだ笑み、それと同時に周囲一帯を
———
「"強くなりたい。ならなければならない。だから邪魔をしないで欲しい"。」
それは、紛れもない「目覚め」だ。押し込められた全てが流れ出す。
「魂」にまで色濃く浮かんだ「内」なるソレが、噴き出すように飛び出した。
「———へラヘラ。」
思わず、といった様子でシュタインは笑う。
キッカケは、この出会いそのものだった。素質があり、接触し、
今まで僅かに残っていた「一つ」が消えていく。削れていくのだガリガリと。脳の奥から掻き毟るように、明確な、「一つ」が消えていく。黒く潰れてすりつぶされていく。
「欲しい。」
「私は欲しい。邪魔をされても欲しい。」
「もう取りこぼしたくない。」
「置いて行かれたくない。」
「絶対にその手を届かせたい。」
「二度と奪わせない。」
「欲しい。欲しい。私は欲しい。」
「取りこぼさないための全てが。」
「逃がさないための全てが。」
「奪わせない全てが。」
「奪い返すための全てが。」
「
「
「
「
「
「
「
「私は—————欲しい。」
「ねえ博士。だから博士。」
アイズが身を乗り出す。小さな体で覆いかぶさるように、しかしその手にはいつの間にか抜き放たれた愛剣を握りしめ。
「アナタの強さも、私にください。」
強請る様に甘く、粘着くように悍ましく。
「狂気」に呑まれたアイズ・ヴァレンシュタインは、目覚めたばかりの「狂気」を惜しむことなく曝け出した。
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シュタインとヴァレンシュタイン(後編)
頭に螺子刺さってるけど頭の螺子外れたヤツの口調すごく難しい。変になってたらゴメンなさい。
沢山のお気に入り、しおり。新しい評価に感想ありがとうございます。
感無量です。
「ソレ」に触れた者は、例外なく「狂った」。
最初の犠牲者は、一匹の「マーマン」だった。
二人の邂逅に不吉な予兆を覚えたモンスター達は、皆一様にフロアの果てへ向かって逃げ出していった。ある者は階層を昇り、ある者は身を潜め。そのマーマンもその内の一匹であり、たまたま他のモンスターと比べ敏捷値が低い個体であったために、逃げ出すのがやや遅かっただけの話である。
たまたま、運がなかったのだ。…他と大した差などないのだとしても。
そのマーマンは皆と同じくフロアの果てを目指していたが、自分を急き立てる奇妙な胸騒ぎがふと、圧迫感のようなものに変わったのを感じた。周囲に同族たちの姿はすでになく、マーマンは危険だとはわかっていたが、圧迫感の正体が気になり思わず脚を止めてしまった。次いで首を巡らせ、違和感の正体を探る動きを見せた。
暫し見渡し、首を捻り———やがて、その違和感の正体に一つの思い当たる節を見出す。
———見られている?
喉を鳴らす。警戒する。圧迫感が、僅かばかり増した気がした。
感じた視線らしきソレが唐突に強くなり、違和感はやがて確信へと変わっていく。警鐘を鳴らす本能が脚を動かせと訴えかけるが、マーマンの身体はソレに応えない。視線は落ち、動悸が激しくなり、尾をしならせ、呼吸は荒いものになる。
逃げたい。もう逃げるべきだ。見られている。気配もある。匂いだってする気がする。さあ逃げろ、顔を上げて———
そこで。
眼が、合った。
次の瞬間。
そのマーマンは自分が得体のしれない化け物に喰いちぎられる己の光景を目の当たりにし。
在りもしない怪物に喰われ、狂気に呑まれたマーマンはその骸を転がした。
———それが始まりだった。同じように、モンスターたちは自ら命を絶って逝った。首が落ち、血が流れ、屍は灰に、空間に「死」が満ちていく。水は穢れ、狂気は流れ、巡り、その全てを台無しにしていく。
狂い、狂わされ…やがて27層からその命の全てが潰えるのは、そう時間がかからなかった。
そう。ただ二人を除いて。
**************
『欲しい。』
「俺の"強さ"が欲しいって?」
ズブリと沈む冷たい刃の感触、浅くも裂けて流れた血は異様なほど暗く黒く滴り、患部がたちまち熱を持つ。
首に刃を押し当てる者、対し押し当てられる者。されど双方の口元に浮かぶ笑みは共通して既に一切の正気を持たず、その瞳には見る者の狂気を呼び覚ます「黒」が宿っている。
『欲しい。ほしい。ホシイ。どうか下さい。』
「欲張りなガキめ。」
少女はアイズ。アイズ・ヴァレンシュタイン。迷宮都市オラリオでも才覚と力量の双方ともにトップクラスの冒険者。そしてその力は今や冒険者という枠において初の「発狂」に至り、解き放たれた濃密な「狂気」により、その力は埒外のソレへ至りつつあった。その突き付けられた刃は確定の"死"と同義であることは、疑いようもない。
状況は絶体絶命であり、しかし未だシュタインは防ぐ素振りさえ見せてはいない。そんな些事などどうでもいいとばかりに無視して、乱雑な言葉とは裏腹に心底面白そうに
『
少女の、妖精のような美貌が近づく。舌先から躍り出た言葉が蛇のように絡みつく。
柄を握る手に、踏みしめる脚に力が籠る。なんのために?シュタインの首を落とすためか?シュタインの命を奪うため?
———否だ。結局の所で、アイズの「
ソレを、アイズは口にする。
『「
「ヘララ…イイね、その手段を俺の「波長」から読み取ったのか?感知能力も中々だ。」
危機感を感じさせぬままにシュタインは片手を頭部へと運び、じぃ~こ、じぃ~こと螺子が廻る。
その音を合図にアイズの手は
であれば必然———
———ブツンッ。
呆気なく、遮られることもなく。その首は歪み切った笑みを貼り付けたまま、断ち切られる結果に終わるのみだ。
大きく音を立てながら、首が一つ、新たに転がった。
**************
**************
「……え?」
「幻」が消えていく。都合のいい、甘くて狂おしい少女の「幻」。押し潰されて消え去った。
唖然とするアイズの表情に、シュタインはただただ、嗤うのみだった。
「
刃が、進まない。見れば押し込んだように思えた剣は薄皮一枚斬ったまま、どれだけ力を籠めても前に、奥に進んでいかない。…はたしてこの腕の震えは、単に力を込めているせいなのか?アイズにはわからなかった。
シュタインの眼光が、「狂気」が今までの比ではないほどに放出し、肥大化していく。
アイズを満たした感情は。狂気に満ちた精神を塗り替えていく感情は何だったか。
———語るべくもない。
シュタインの今まで振りまいていた濃密な「狂気」が、まるで冗談か何かだったかのように大きく
「はか、」
「
何かを言おうとした、狂気を放とうともした、でもその一言で「全て」が塗りつぶされ。
なにか重くて大きな衝撃を腹部から「内」ごと受けたとアイズが認識した次の瞬間には、アイズの身体は意識を伴ったまま大きく中空に投げ出されており。
アイズは浮かぶその視界に、
———何かを感じる前に、その意識は闇に閉ざされた。
**************
……。
———ごり。
…………。
———ぐちゃ。ずるり。
……………?
———ごり。
ここは どこ だろう ? なにを してた …?
「堪能したかって?ヘラヘラ。———冗談。俺はまだまだ満足できちゃいないさ。」
暗い。何も———見えない。夢?でも暗転した意識に、何故か博士の声は響いている。———堪能?誰と話してるの?
…私、何してたっけ…?
「バラバラにしたい。したかった。…
…だからこそ足りない。———全然!ああ!足りない!みたい、見たい視たい観たい知りたい、解き明かしてるのに。ひひ、へララ…。」
…何を…言って…?いや、聞こえるのは声だけじゃ…ない?
———ぐちゃぐちゃと耳障りな音がする。お腹よりも深いところ、すごく変な感じがする。
刺さってる?探られてる?動いてる?取られてる?
変…変だ。痛くもないけど、やだ、気持ち悪い。怖い。博士、ねえ、私、一体———
———…バラバラ…ああ、見えないけど———わかった。
博士。私を
「アイズ。アイズ・ヴァレンシュタインか。イイね♪気に入った。魂までバラバラにできたし…なんならそう———今は戻してやるか。もっと
元に?なおしてくれるの、博士?ああ、やった、私、帰れるんだ。元に——…元に?元って…元?
………。
———嫌だ。
声ならぬ声が、零れた気がした。引っ込んだ「ナニか」が顔を覗かせる。
———ドス黒い何かが、溢れ出すのがわかる。でもいい。今の私ならわかる。
———これなら、伝わる。正直になれる。
「…へえ、その状態でまだ
博士。博士。私は———欲しいんです。
メチャクチャでもいい。バラバラでもいいんです。博士の好きにしてください。
…だから
お願いです。欲しいから。どうしても欲しいから。
「一貫してる子供は嫌いじゃない。ソレに、そっちも確かに興味深い…か。」
博士。博士。博士。
「いい。いいよアイズ。俺がしたいようにしてあげる。君が欲しい「モノ」をあげるよ。改造?鍛錬?君の狂気を
———道が欲しいです。
引き留めたいです。
追い付きたいです。
奪い返したいです。
見失いたくないです。
そのための…そのための。
ああ、博士。
—————アリガトウ—————
も少し続きそうなら連載にするかも
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神の疑問。手遅れな目覚め
ランキング入りしてて凄く驚きました(驚愕)
評価も閲覧数もお気に入りも増え、お礼の言葉が浮かばず狂いそうです。
本当に皆様、ありがとうございます。まだこれからも、今暫しのお付き合いをよろしくお願いします。
———狂気は伝染する———
「んー……、…なんやろな…なんか違和感あるんやけどなぁ…?」
のどかな昼下がり。まるで己が時間のピークに高揚し、高笑いを上げているように輝く太陽からの陽光降り注ぐ青空の下。聳え立つ巨大な城を思わす石造りの館に、のどかとは言い難い、どこか曖昧で懐疑的な一つの声が上がる。声の主は一人の女性だ。一見してその容姿は中性的な
そう、彼女はれっきとした
「むぅ、今日も可愛い。…いや可愛いのはいつもやねんケド…ん、んん?ワカラン。はて、ウチは何がこうも引っかかってるんや?」
数多の神とファミリアが存在する中、しかれど
———ならばそのファミリアにおはします神の名は今更問うまでもない。そしてその答えは、女神の背後から近づく二人より紡がれることとなる。
「…さっきからウンウン唸ってどうしたんだい、ロキ。こう言っちゃ何だけどハッキリ言って不審だよ?」
「ン?あ、フィンやーん。…あれ、さっきママと一緒に昼飯行こ言うてへんかった?」
「誰がママだ誰が。もうとっくに済ませている、あれからどれだけ時間が経ったと思っているんだ?」
呆れたように投げかけられる二種の美声。聞きなれた二つの声に応じる女神・ロキの声は、弾むように楽し気だ。
最初に声を投げかけた、少年の如き小さな体躯の男性こそは「ロキ・ファミリア」が誇りし輝ける団長。
その隣に立つのは、神々さえも息を呑むような美貌を持つ、深緑の髪を流したエルフの姫。「
両名とも「ロキ・ファミリア」を代表する冒険者の幹部として迷宮都市でもその名を広く知られており、ファミリア内においても特に強い発言力をもった二名である。そんな両名からの言葉に、石化したように固まるロキ。
「…え、うっそマジで?もうそんなに?」
「自覚もなかったか。」
「まったく、いったい何を見て…中庭の、アレはアイズか?」
日の傾きと、気付けば尋常ならざる空腹感を訴えかける腹の虫。二人の発言が紛れもない事実であり、疑いようもなく飯時を逃したという事態に、思わずロキの表情にひきつった笑みが浮かぶ。
これは深刻だと思案するフィンの傍らで、リヴェリアはため息交じりに先程までロキの視線が向いていた方向を見やり…そこに陽気に包まれて眠る、一人の少女の姿に眼を丸くする。
「せや。可愛いやろ?今日で三日目やけどキチンと
「横の袋はアイズのお気に入りの「ジャガ丸くん」の店の…まさかロキ、謹慎中のアイズに買い与えたのか?それで今まで見惚れていたと…?」
「せやで!…あ、ちゃう!いや違わんけども、ずっと見とったのは違うんやで!ママ!」
「だからママと呼ぶな!」
デレデレと表情を弛緩させるロキに、リヴェリアの僅かに怒気が滲んだ追及が迫る。如何に神とはいえ、組織の長としてその行為はあまりにも他の団員への配慮に欠ける。罰則であるという示しがつかないとリヴェリアが怒りを覚えるのも、無理からぬ話だ。
そのただならぬ様子にうっかり同意しかけたロキは、慌てて先の発言を自らで否定する。しかしその弁明に一層怒りを滾らせるリヴェリア、すわそのまま説教になるかという所で、その物言いに違和感を覚えたフィンが待ったをかけた。
「ならばどんな理由なんだい、ロキ。アイズの謹慎中にジャガ丸くんを買い与えた事は、団長の身である僕としても看過しがたい。」
「うっ……。」
言葉に詰まるロキに、淡々と、畳みかけるようにフィンは続ける。
「だが見惚れていた訳ではないというなら、なんで空腹にも気付けずにアイズを見ていたんだ?なにがそうまで気になっているんだい?」
沈黙する神に、向き合い問いかけるのは勇者の呼び声高き美丈夫。訪れた静寂も相まってさながら神話やお伽噺を思わす場面と言えなくもないが、その沈黙は神聖さよりも重苦しさと「迷い」に満ちていた。
やがて観念したように、ロキの口がゆっくりと開かれる。
「…フィンは、あの日のアイズを覚えてへんか?」
「…忘れるわけがないだろう。」
その言葉によって脳裏に鮮明に浮かぶのは、過ぎ去ってまだ日も浅い騒動の記憶。思わずその声は固く、重いものへと変わっていく。
あの日———突如として飛び出していったアイズが丸一日ダンジョンから帰ってこなかったと思えば、翌日
言うまでもなく誰も彼もが心配した。ロキがパニックに陥りかけ、フィン自らの号令の下で捜索隊を編成した矢先の帰還だった。その帰還にファミリア全体が驚きつつも歓喜し、大いに泣き、抱き着き。ひっぱたき、怒鳴り、しかりつけた。やがて事情を聴き、そのあまりの無茶苦茶ぶりに卒倒しかけ、さらに説教は続いた。フィン自身、心配していただけに激しく怒鳴りつけてしまったのを覚えている。謹慎はその上での処置であり、アイズも納得して粛々と受け入れたので、ひとまず今回は一件落着として場を治めたのだ。
そう簡単に忘れるわけもない。そう告げると、ロキはさらに難しそうに表情を歪め、探るように言葉を続けた。
「なんか、違和感なかったか?アイズたん。」
「違和感?言われてみればたしかに、妙にアッサリと謹慎を受け入れてはいたが…。」
「…ウチもな、なんで引っかかってるか上手く言葉にでけへんねケドな?———なんか引っかかるんよ。」
当初の陽気さもどこへやら。そう告げたロキは正しく子を心配する親そのものといった様子で唐突にへたりこみ、糸目は開かれ眉尻を下げ、今まで内に溜め込んでいたであろう不安と困惑を吐き出す。
…いや、溜め込んだというよりは、吐き出してしまった事でより拍車がかかってしまったのかもしれない。話せば話す程に、彼女の心には
尚も発露される不安と困惑の奔流に、知らず二人は沈黙を余儀なくされた。
「アイズたんは嘘もついてへん。あの日もすっごくすっごく反省して、謝ってくれたやん。頭ァ下げて、もうこんな無茶しないって、目が覚めたって、心配かけへんですって…だからウチも嬉しかったしな?信じてあげなアカン思うんよ。」
「でもなんか———なんかオカシイ、オカシイねん。
「ジャガ丸くんあげたら喜んでた様子も、食べて笑顔になっとるん様子も前とおんなじや。むしろ前より危うい感じもなくなった気がしてんねん。安心したいねん。これが成長なら喜びたいねん!」
「でも、できへん。なあフィン、リヴェリア。なんや、どないや?ウチ…どないしたらエエんや…?」
ひとしきり吐き出し、沈黙するロキ。そしてようやく我に返ったフィンは、その背を叩いて宥めるように、安心させるように声をかける。リヴェリアも方針を同じ方向でフォローに回ることにしたのか、既に怒りはなく、ロキを案ずるように寄り添う。
「ひとまず落ち着くことだ、ロキ。アイズが心配なのは僕たちも同じだ。…同じ
「恐らくアイズも成長したのだろう。きっとアイズも階層主を見て、自らの危うさに気付けたんだ。だがその際に負ったであろう恐怖で不安定に…一次的に精神にブレのようなものが生じているのではないか?さ…ともかく中に戻って、食堂で食事をしよう。空腹のままでいては、余計に不安が募るというものだ。」
泣き出しそうなほどに小さくなった主神を慰めながら、三人は寄り添って館の中へ戻っていく。両側から取りそうカタチで中庭に背を向けて、三人はその場を後にした。
そう。
背後で、眠っていたハズのアイズが。
**************
「———ソウルプロテクトがあっても、「波長」は少し漏れるんだ。あと、フィンには少し薄い。」
金の瞳がいなくなった三人から、自らの「ツギハギだらけの身体」へと移される。自ら以外には見えていない、自分が博士に「バラバラにされた」という明確な
———三日月のような笑みが浮かぶ。ソレは確かに、シュタインのソレに近しい、歪んだ笑みだった。
「ン。上々、かな。」
自ら望んで受けた改造。隠蔽された魔法と、狂気。魂の変質。だが彼女自身が受け入れてしまっているため、拒否反応もなく浸透している。…いや、少し違うか。そういえば博士が言っていたと、アイズは思い出す。
そう。曰く『魔女と精霊・妖精は本質として近しい』…だったかな。
何だっていい。だって博士は欲しいモノを…「強さ」をくれた。そしてこの力は、
———日はやがて沈むだろう。天で三日月が哄笑を上げた時が、動く時だ。
そう。
「ソウルプロテクト解除。」
この湧きだす「
「…『ベクトルサーチ』、開始。」
私を強くする
「…今日も、おいしく…。」
「いただきます。」
私はあらゆる全てを取り逃がさないように。手にするために。
——————
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女神の恐怖、予兆。/ 噂
大変多くの皆様からの声、応援。すごく励みになってます。もうちょっと頑張りたいです。
本当にありがとうございます。
※ちょっと時間進んでます。独自にイベント食ってます。
その夢を見る時は、いつも決まって同じ場面から始まる。
空では大きな三日月が見下ろし嗤う、妖しく不穏な夜空の下。その夢の中で「私」は、今とは少しだけ違う、どこか懐かしい街並みの中を歩いている。何度も見た景色。何度も歩んだ都市の暗い街道。
眺めながら向かう先は…いつも変わらず。決まった場所だ。
———…やめて。
周囲に眼を走らせればギルドの職員たちに幾ばくか、少数精鋭の冒険者たちが、仕える
だが、これは夢だ。過去に見た情景を基にしただけの彼は、覗き見るだけの「私」の気持ちを察してはくれない。
———いや、お願い…やめて…。
やがて、遠目にも見えてくる目的の場所。広大な敷地に築かれた、景観など微塵も配慮しない山岳砦を思わす拠点。夜風にはためく旗印の掲げたその
———ああ…止まって、私の足。わかるでしょう?そこには行きたくないの。見たくないの…。
徐々に近づく、大きく口を開いた巨大な門。黒く塗りつぶされたその先にある光景、その先に潜む存在を思い、「私」は懸命に拒絶する———が、夢の中の「私」の足は、「私」の拒絶を受け入れてはくれず、決して止まってはくれない。…わかっている、何度も見た光景なのだから。
警戒しながらも一行は門を潜り、灯りの乏しい、大きいだけの屋敷の中まで行進を進めていく。
———嫌…いや…イヤよ…。この先は、この先だけは…。
長い廊下をゆっくりと歩んでいく中、ふと涙が零れた気がした。夢の中の「私」ではない、きっと現実にいる「私」が流した涙であろう、冷たい水筋が頬を伝う感触が残る。それでも足は止まらず、瞼もこれ以上は閉じようがない。
そしてエントランスのような、暗く広い空間に出た時、
———あ…———ぁ———…ぁああ…っ。
「ソコ」にあったのは、正しく一つの「地獄」だった。
**************
「———ぁぁああああああぁああああああああッッ!!」
爽やかな朝の空気を引き裂くように、天上の美声をかなぐり捨てた叫びと共に眼を覚ます。
己が叫びで目が覚めたのか、はたまた悪夢からようやく逃げおおせただけなのか。ともかく周囲に地獄の残滓が僅かにもないコトを確認し…夢でしかない以上当たり前だが、それでも影も形もないことに深い安堵を覚えて息をつく。
東から昇る寝惚けたような柔い朝日に包まれて、苦悩するように彼女は自らの額を手で抑える。
「また…また、あの時の、夢…?」
思わず零れ出た自らの呟き、それだけで心底震えが止まらなくなるほどに深く刻まれた「恐怖」の記憶。
二十余年あまりの昔、かの地にて与えられた衝撃は、未だにこの女神を…この迷宮都市において最強と名高き「フレイヤ・ファミリア」が主神・フレイヤの心を手放してはいなかった。優しき
神とはいえ、意思を持ち、感情を宿す知性体である。特に彼女は「美」と「愛」を司る女神であり、その感受性の豊かさは敢えて述べるまでもない。思わずかき抱いた肩に震えが走る事を、誰が責められようか。
「今になって…なにか、なにが起きるというの…?いえ、まさか…。」
だがそんなフレイヤには今回、恐怖以上に不安と疑問が先走った。そこには拭えぬ恐怖の色が見え隠れしていたが、彼女の精神に未だ「狂い」は生じていない。常に瞳に宿る確かな意思の輝きまでを失ったわけではない。
そう、不可解だった。
それら全てをただの偶然と言えれば幸いだが…そう思えるほど、フレイヤという女神の中で、「
「上がってきた?…違う、だったら気付く。
思い出すのは、まだ人間だった筈の頃に視た「フランケン・シュタイン」という少年の魂。小さな肉体からあふれ出し、あの日、エントランスのような広い空間を正しく
なんにせよ無視などできようハズもない。故に、身だしなみを手早く整え、決意したような面持ちでフレイヤは寝室を後にした。
愛する子供たちに警戒を促すために。全信を預ける忠義の剣に、自らの不安と共に新たな使命を伝えるために。
そう、
この愛する
ロクでもない、
**************
『オイ、聞いたか?今度はウダイオスだってよ。』
『また?こないだアンフィス・バエナを
『まだ15にも満たない娘が…。』
『ヤベェよな。ありゃ姫っつーか鬼だぜ、鬼。』
『ハハ!上手い上手い!』
『鬼といやぁよ、こっちは聞いたか?』
『あぁ?また"魔女"の噂か?ありゃ眉唾モンだろ。』
『三日月の夜に現れる魔女が現れると人が死ぬ、か。確かに人死にが多いが、今更だよな。』
『二年ちょっと前くらいから聞いてるが、誰も姿見ちゃいないって話だしなぁ。』
『そうそう。それに最近は肝っ玉が小さいせいかよ、
『それがよ、どうもフレイヤ・ファミリアの連中が動いてるらしい。』
『あ?どういうこったよ。』
『探してるっつーか、やけに熱心にその噂を探ってるらしい。』
『マジか?誰か殺られたのか?』
『わからねぇ。でもそのせいか、ギルドの方も本格的に捜査を始めたらしいぜ。』
『掲示板にゃあなんもなかったがなぁ。』
『まだ噂ってこったろ。混乱させねえためのな。俺は…へへ、懇意にしちゃってるギルドの娘からコッソリな。』
『けっ、羨ましい。しかし…そうなると三日月の月夜は出歩けねえなあ…。』
『バーカ。
『そうだったそうだった!で、じゃあ帰るか?』
『まさか!このまま娼館へゴーに決まってらぁ!』
『ハハ…で、話は終わりか?』
『んにゃ、あと一個だ。そんなこんなで、実はギルドが"魔女"に呼び名をつけたらしい。神々といっしょにな。』
ヒュゥッ…。
『へぇ、なんて?』
スルリ。ス リュ リ。
『足取りも掴ませない、神出鬼没の魔女ってことでな。蛇に因んでシンプルに———
「
ザチュッ。 ゴロロン。
ジュル モキュモキュ。
ゴキュ ゴクン。 …プフゥ。
パシンッ。
「ごちそうさまでした。」
そろそろ原作主人公出しますかな
その前にシュタインか…。
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