天狗道は全てを鏖殺する (第八天黒鴉)
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1話
──この世界の座と呼ばれる場所において
──最強最悪の邪神は己の兄弟に敗れた
──正史に置いて消えるはずの存在は
──有り得ない異常によって異世界へと転生する
これは、慈悲も容赦もなく一方的に
狂った邪神が鏖殺の呪いで独りになるまでの話
ある日、気がついた時から不快だった。
何かが俺に触れている、離れることなくへばりついて消えてなくならない。
それもようやく終わると思ったのに・・・・・
俺はようやく、何も干渉することの無い、無謬の平穏を手に入れられたと思ったのに
ああ、何だこれは、気持ち悪いぞ消えてなくなれ
ここには俺だけあればいい。
故にこそ、それが触覚を地上に放り込むことは当然の帰結。
遂に独りになったと思った矢先、訳の分からない場所で再び魂に干渉されたのだ。発狂するなと言うのが無理な話。
触覚を放り込む場所は海に浮かぶ
その中心で
観客が最高潮に湧いているその場に、
邪神の触覚は降臨する
「俺に、触れてんじゃねぇぞォォォォ!」
瞬間、鼓膜が破れるのではないかという轟音と共に、一人の男が障壁を突き破って侵入する。
決勝で戦っていた二人は突如発生した異常事態に距離をとる。
「何だ・・・?子供・・・・・・?」
機械のような柄と純白の刀身の
たったそれだけの事で、まずレヴォルフ黒学院の序列一位、オーフェリアの上半身が消し飛ぶ。
そして、その次の瞬間には下半身を含め、腕や手と言った僅かに残った部位も跡形もなく消え去った。
「オー・・・・・・フェリア・・・・・?」
観客席は勿論、世界中の時が止まったような錯覚に陥る。
有り得ない、相手は無敗を誇る序列一位だ。
それがこうもあっさりと──。
どうか嘘であって欲しいと、彼女の親友であったユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは呆然と呟く。
目の前の男、第六天波旬は綾斗の方を向く。それだけで本能が全力で警報を鳴らし、反射的に波旬に肉薄、その首へ向けて『
──しかし、
「あ?痒いな、蝿でもいたか?」
万物を切り裂くと恐れられた四色の魔剣の一本が、首を切断するどころか薄皮一枚斬ることが出来なかった。その現状に驚愕するが退避よりも速く波旬は腕を振るう。
かつての世界で求道型の覇道神と呼ばれた波旬は、魂の総量がそのまま強さに変換されるという常識を無視した存在。
徹頭徹尾己のみを求めた唯我の星は、魂が減るごとに強くなるという正反対の性質を有した。
ならば座は存在していても、誰も座っていないこの世界ならばどうなるか。即ち、本来の求道神として完成されることに他ならない。
唯我独尊、滅尽滅相を完全に体現したその一撃は推して知るべし。
天霧綾斗も消し飛ぶかと思いきや、それを間一髪で防いだ者がいた。
だが、世界最強と名高い彼女の最大の防護術を持ってしても受け流すので精一杯であり、逸れた重圧は天井を障壁ごと抉り取っていた。
「生きておるか、小僧。こやつはお主一人では勝てぬよ」
「私達も加勢するよ綾斗くん」
綾斗の後ろから声をかけてきたのはクインヴェール女学院の序列一位、シルヴィア・リューネハイム。他にも聖ガラードワース学園の《
今シーズンの
「クハハハハハハハハァ!なんだテメェら、小指一本で十分な
最低でも二十名以上はいる中、一切余裕を崩さない波旬の態度が琴線に触れた者もいるのだろう。
戦意は十分にある。油断も慢心もしない。
負けるはずがない、誰もがそう思った。
確かに彼らに勝てる相手はいない。それが波旬という文字通りの規格外でなければ──。
『アクタ・エスト・ファーブラァ!』
波旬から紡がれるのは水銀の祈り。
『まず初めに感じたのは《諦観》──求めしものは未知の祝福
飽いている 諦めている 疎ましい 煩わしい
ああ、何故 全てが既知に見えるのだ
輝く女神よ 宝石よ どうかその慈悲をもって 喜劇に幕を引いておくれ
あなたに恋をしたマルグリット! その抱擁に辿り着くまで
那由多の果てまで繰り返してみせん──永劫回帰』
座を握っていない波旬には本来使用不可だが、何故か知らんが使えるのだからどうでもいい。そんな下劣な思考とともに水銀の最大最強の技が放たれる。
『
それは小規模の暗黒天体創生。滅尽滅相により威力が底上げされた暗黒天体はアルディの防御壁を知ったことかと磨り潰し、呑み込む。
たったそれだけで手練と呼べる人が死んでいく。
死体も残らず、形も残さず、初めからいなかったかのように消えていく。
「そん・・・な・・・・・」
「怯んではダメだ。ここであれを倒さなければ他の人々も犠牲になってしまう」
愕然とする一同にアーネスト・フェアクロフは声を掛ける。ここで屈しては犠牲が増えてしまうと。
気を引き締め、界龍のチーム黄龍が接近する。久しぶりの連携であってもその技術は衰えた様子はなく、むしろ洗練されている。
否、もはや防ぐとさえ言えず、自然体で無力化したのだ。
そして、隙が出来ようが出来まいが関係ない。
『我が愛は破壊の情 』
黄金は目覚める。己の渇望に──。
『まず感じたのは《礼賛》──求めしものは全霊の境地
ああ なぜだ なぜ耐えられぬ 抱擁どころか 柔肌を撫でただけでなぜ砕ける なんたる無情
森羅万象 この世は総じて繊細にすぎるから
愛でるためにまずは壊そう 死を想え 断崖の果てを飛翔しろ
私は総てを愛している──修羅道至高天!』
次はこれだと言わんばかりに高らかに宣言する。
俺が愛するのは俺のみだと。
『
波旬の背後より黄金の槍が射出される。
その槍は縦横無尽に駆け巡り、チーム黄龍の全てを奪っていく。
それのみに飽き足らず地面を抉り、生者を喰らって突き進む。また死んでいく。波旬にとって己以外などただの塵でしかないのだから、なんの感慨も抱くことはない。
「あぁああ、何故だ。何故抗う。所詮お前ら
突如として激昴した波旬はシルヴィアに突貫、殴り飛ばす。一撃では死なせない、何度も、何度も何度も何度も何度も、踏み潰す。
腕を潰した、足を潰した、胸を潰した──、
頭を潰した。
「ああ、なんて清々しい気分なんだ。お前達が減っていけば俺は俺として純化していく。さあ、それでは終わらせようか」
次に放たれる技が最後だと察した彼らは、半ば特攻に近い形で仕掛ける。仲間を殺された怒り、シルヴィアを惨殺された怨み。あらゆる全てが原動力となり今までで最高の動きを見せる。
尤も、そんな付け焼刃のなまくらなど通じないし、他者を思う気持ちなど一生理解はできないこと。
「クハハハハハハハハハァ!許さねぇ、逃がさねぇ。テメェらだけは俺が掻きむしって、滓も残さずばら撒いてやらァ!」
願うは太陽。己以外消えて無くなれという万象滅相の祈り。
光とは命を消し去る放射能であるべきであり、救いなど存在しない波旬の全身全霊を込めた一撃。
『──
膨大な圧力がこれが無限の曼荼羅を埋め尽くしていることを嫌でも理解させる。即ち、この大曼荼羅こそ波旬の存在そのものを表す。
背後に曼荼羅が輝き、後光のように阿頼耶識の卍となって無限の平行宇宙を掌握するものだと告げる。
その様は、まさしく神座。こいつこそがその頂点に君臨する者だと、見るもの全てに理屈抜きの畏怖を叩き込む。
独り言のように紡がれる
波旬の殺戮と排除の神威がこれ以上ないという質量を持って宇宙を押し潰す。
神にはなれない彼らに抗う術はなく、無慈悲な光を受け入れ消え去るのを待つのみ。
それを防いでくれる英雄はいない。唯一対抗できる兄弟も既に知覚外。定められた運命通り、地球という星は消滅した。
「起伏はいらない、真っ平らでいいんだよ。色は一つ混じるものナシ。これこそが俺の望んでいた平穏だ」
クハハハハハハハハハハハハハハァ!
己以外の魂が存在しない宇宙において再び座を握った波旬は、喜びと共に那由多の果てまでそこにいるだろう。
──有り得ないはずの運命
──変えられた結末
──この歪んだ歴史を正せるのは『
──嚇怒の雷火の目覚めはまだ遠く
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