私は八雲紫、木の葉隠れの忍者ですわ (アナンちゃん)
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其の一 八雲紫

6年ぶりくらいにリハビリ兼ねて書きます。昔はドラゴンボールの悟飯が東方Projectの世界で活躍する二次創作を小説家になろうに投稿していました。今回こちらにお世話になります。よろしくお願いいたします。


 幻想郷と、八雲(やくも)紫(ゆかり)という名はご存知だろうか。

 

 幻想郷――それは過去に猛威を奮った、妖怪、幽霊や亡霊、そして魔女、はたまた吸血鬼、そして更には神。現代社会において、その存在が脅かされてきた者達が集う、幻想の楽園のことである。

 

 そう、そこは正に魑魅魍魎が跋扈する、という表現が最も似合う場所だ。

 ただの人間が入れば、幻想郷の森に迷い込み、いずれは妖怪に喰われる。妖怪とは、人間を遥かに超えた能力を持ち、昔は――妖怪の全盛期は平安時代である――常に人間と対立してきた存在だ。

 並の者が立ち向かうのならば、それは自殺行為に他ならない。

 

 そんな化物達が平和に暮らす園、それが幻想郷だ。

 

 そして八雲紫。

 彼女はその幻想郷の創設者であり、長。齢千歳を優に超え、圧倒的な力を保持している、幻想郷最強クラスの大妖怪なのだ。

 

 一般には、『妖怪の賢者』と呼ばれているが、彼女の強力無二の能力故に、別の二つ名がある。

 彼女の能力……それは、【境界を操る程度の能力】である。

 その力による、彼女の移動手段。空間の境界を弄ることで発生する歪(ひず)み、そこを通ることだ。

 簡略して説明すると、目の前の空間を弄り、目的地の空間と繋いでしまえば、すぐそこには目的地がある。そういうことである。

 

 その空間の裂け目。

 彼女はそれをこう呼んでいる、『スキマ』と。

 つまり、彼女のもう一つの二つ名は、『スキマ妖怪』というものだった。

 

 大仰に紹介したが、実は彼女の性格は、非常に妖怪のソレとは違った。

 人間の思う妖怪の性格とは、横暴であり凶暴。見境無しに、人間を食い殺したりする化物というのが、普通の人間の見解だろう。

 

 しかし、この八雲紫……に限らず、幻想郷の主要妖怪達の性格は、恐らく人間の想像とは掛け離れている。

 

 確かに、人間を問答無用で襲ったりする妖怪もいる。頭のない妖怪に限って。

 だが、幻想郷の掟は無闇に人間を襲わないことにある。少ないながらの規律があるため、幻想郷に住む人間は、あまり妖怪に襲われたりしない。下手に生息地に迷い込んだりしなければだ。

 

 そのため、意外と温和な妖怪も多いのだ。

 人間を相手にして商売する妖怪もいれば、逆に、妖怪を相手にして商売する人間もいる。この幻想郷に来る妖怪は、確実に丸くなるのだ。

 平和な環境に馴染んでしまった妖怪。良く言えば、安全な妖怪。悪く言えば、平和ボケした妖怪。

 

 八雲紫も、それに該当していた。

 彼女はその妖怪達と一線を画して、友好的。人間にも普通に接する、寧ろ人間に友人がいるくらいだ。

 

 しかし、彼女の性格には大きな穴があった。

 彼女の巷での噂。要約すれば、神出鬼没な妖怪だ。

 加えて、何を考えるのか分からないのだ。何がしたいのか分からないと言ってもいい。

 

 彼女の行動は気まぐれで決まる。

 

 諸説には、様々な地を巡り歩いているとか、冬眠しているだとか。誰も確かめようが無いため、今ではもう半分諦めているのだが。

 

 彼女を詳しく知る者は殆どいない。つまり、今どこで何をしているのか、そんなことは誰も気に止めなくなった。

 いつの間にかいなくなっていて、いつの間にか帰ってきていた、それの繰り返しである。

 

 今回も、その気まぐれが作用した行動。

 彼女は、暇を満たしたかった。

 

◇◆◇◆◇

 

「さぁて、ここはどういう場所かしらね?」

 

 そう呟くは、金髪が陽に反射して輝き、髪を靡かせながら悠々と歩いている女性。

 

 紫色のドレスを身に纏い、白いナイトキャップを被った、扇子を扇いでいる美人だ。

 身長は女性にしては高い。体型は、どんなモデルさえも眩んでしまうほどの、美貌の持ち主。

 胸は非常に大きく、女性が羨むパーツを何一つ欠かしていない。

 

 彼女こそが、八雲紫。

 

「それにしても……暑いわねぇ……」

 

 今の季節は、太陽が容赦なく熱気をたたき付ける時期だ。紫の額には欝すらと汗が滲む。

 これは堪らないと、自らのスキマから日傘を取り出し、使用する。スキマは物置としても重宝するのである。

 

 日傘を差しながら、扇子を扇ぎながら歩く美女。それは妖艶な姿を作り上げていた。

 

 紫の目に映るのは、列を成してる民家だ。比較的、赤い色の屋根が多いか。

 この熱さを象徴しているふうにも思えた。

 

 所々に書いてある文字。それをチラリと見ると、漢字や平仮名の表記。

 ここは日本と何かしらの縁がある場所らしい。

 

 とにかく、日本語が通じる場所であることを確認した紫は、次にどんな生物が生息しているのか調べてみることにする。

 

「…………」

 

 歩いていると、紫の脇を通り過ぎて行く人間が数名ほど。

 その者達は奇怪そうな目付きで紫を見てくるが、紫もその者達を同じ目で見ていた。

 あまり見たことのない服装。なんという表現をすればいいのか。

 取り敢えず率直な意見は、こんな熱いときに何でそんな厚着なのだろう、というものだった。

 上も下も、見た感じジャージに近い。それにポケットが異常に多い服、ぐらいにしか見えない。

 靴はサンダル、そして全員共通することは、

 

(おでこにマーク……額当て? この里のシンボルみたいなものかしらね)

 

 額当てである。

 紫はある程度の推測を立てた。

 

(全員が持ってたあのポーチの中身……手裏剣ね。ということは……ここは忍者の世界?)

 

 手には手裏剣が握られていた。すれ違いの際に、スキマで掠め取っていたのだ。

 手裏剣と言ったら、やはり忍者。これしかない。

 いつになく、紫は期待する。

 

(忍者……ね。これは面白そうだわ、それなりの暇潰しにはなりそう。でも、もうちょっと詳しい情報が欲しいわね……)

 

 どうやって情報を集めようかと、思案に耽っていると、紫は足元に違和感を感じた。

 

 カチャリ。

 

 鉄が擦れる音。

 下を見ると、先程の忍者らしき者と同じ額当てが落ちていた。

 手で拾い、紫はそこに描かれているマークを観察する。

 

(……これは何を表しているのかしら。ちょっと特徴が掴みにくいわ)

 

 額当てのマークの意味していることを予想するが、全くもって分からない。

 しばらく額当てと睨めっこをしていると、やんちゃそうな男の子の声が聞こえた。どうやら紫へと呼び掛けているようだ。

 

「あ〜! 姉ちゃん! それ、その額当て俺のだってばよ!」

 

 その声のする方を見ると、これまた奇妙な服を着た少年が現れた。

 金髪の短髪で、顔には左右共に三本ずつ髭のような跡。身長は大分小さく、歳は十代前半あたりだろう。

 そして服装は、夏場なのに冬着ってなんだよ、と言いたくなるほど厚い、上下全部オレンジ色のジャージだ。

 

 この少年には、額当てが付いていない。どうやら額当てを落としたようだ。

 そして、たまたま紫がそれを拾った、それを見付けた少年が慌てて呼び掛けた、そんなところだろう。

 

 ということは、この小さい少年も忍者。

 こんな幼い子供も忍者ということは、誰でも忍者になれる、そう予測を立てることが出来た。

 紫はこの世界の情報を探るべく、中身を掘り出すように対応する。

 

「あら、そうなの。落ちてたから拾ったのよ。大切な物ならもっと大事に扱いなさい」

 

 手に持つ額当てを前に差し出しながら、それを取りに来る少年を観察する。

 

(この足取り……この年代の子なら良い方だとは思うけど、さっきの忍者とは力量の差が激しいわ。

 忍者は忍者でも、歳は歳のようね。

 だけど――)

 

「へへ……! 悪いってばよ姉ちゃん。これからはもっと大事にするぜ! ありがとな!」

 

 屈託のない笑顔で受け取る少年。普通に見れば年相応の表情だ。紫にもそう見える。

 だが、紫は少年の内に秘めている、得体の知れない禍々しい何かを感じ取っていた。

 

(この子の中にあるもの……何か訳ありのようね。それに……ふふふ、もっとこの世界に興味が湧いたわ。まさかこっちにも、同じ存在がいるとわね)

 

 内心で笑う。

 この少年の中に秘められている力。その力は、紫としてもよく知る力だった。

 

「ええ、気をつけなさいな。私は八雲紫、ちょっとした旅人よ」

「俺はうずまきナルト! 将来火影になる、スッゲー忍者なんだってばよ!」

 

 少年は、うずまきナルトと名乗った。

 ナルトの話の内容には、耳慣れない単語があった。興奮して話しているあたりから、その単語の存在はとても重要みたいだ。

 

「火影?」

「おう! 俺は木の葉隠れの里で一番強い男になって、自分の力を認めさせてやるんだ!」

 

 差し詰め、火影とはこの里……木の葉隠れの里で、一番強い者の称号。この里の一番の実権を握る者ということか。

 正しく子供が目指す、夢のような肩書きだ。

 

「今からラーメン食いに行く途中だったからさ、紫の姉ちゃんも一緒に食いに行こうぜ? そこのラーメンがまた美味くてさぁ!」

 

 情報収集するには恰好のチャンスだ。

 この機に色々なことを聞いておきたいが、しかし、一つ問題があるのだ。

 

「誘ってくれて嬉しいわ。でも手持ちが今なくてね。残念だけど、ラーメンを食べれるようなお金は持ってないのよ」

 

 まず、この世界の金の単位が分からない。

 円やドル、ユーロ辺りならまだ対応出来るのだが、ここは忍者の世界。そんな最新の通貨単位は無いはず。

 円はまだ可能性があるが、それもやはり新しい。その線は極めて低いだろう。

 

 そんな心配があったが、ナルトが解決してくれた。

 

「じゃあ俺が奢ってやるってばよ! 額当てを拾ってくれたんだ! それぐらいのお礼はしなくちゃな!」

「あら、いいの? じゃあお言葉に甘えさせていただくわ」

 

 紫はナルトから、なるべく多くの情報を聞き出す為に、ラーメン店『一楽』へと共に歩き出した。

 額当ては既に、ナルトの額へと戻っていた。余程大事な物らしい。

 そこの所もなるだけ詳しく、ナルトから聞き出すことを決めた。

 

 しめしめと内心ほくそ笑みながら、胡散臭い笑顔でナルトの隣を歩く。間違いなく、紫は何かをするつもりだ。

 

 大妖怪、八雲紫は動き出した――



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其の二 木の葉隠れの里

正直この辺は自分が15か16歳の時書いたのでストーリーとか拙いところが目立ちますね。なんでそうなるねん!っていうのがあると思いますが、優しく見守ってください(¦3ꇤ[▓▓]


「――ということよ。その子に興味沸かない?」

「……まあ、興味はありますけど。いい加減放浪癖やめません?」

 

 二人が話すは、木の葉隠れの里の人気のない道。

 そこには長い金髪を華麗に揺らし、扇子を常に扇ぐ、八雲紫がいた。

 今、彼女はある者と話していた。

 

 紫と同じ金髪で、長さは肩口あたりまでのショートボブ。頭部から、二つの出っ張りがある白い帽子を被っている。

 身長は紫より若干低く、服装は古代道教の法師が着ているようなもので、ゆったりとした長袖ロングスカートの服に、青い前掛けのような服を被せている。

 雰囲気、中華風だ。

 

 手は左右の袖の中に隠していて、見える肌は顔しかない。取り敢えず、物凄く暑そうだ。

 紫に見劣りしない美貌で、男性を魅了するには充分すぎるほど。

 

 そんな彼女は、八雲 藍(らん)と名乗っている。

 

 彼女は紫の式神……平たく言うと、召し使いなのだ。

 主である紫の突拍子もない行動や命令にも、少しの愚痴を漏らしながら実行するほどの忠誠心を持っている。

 彼女も同じく、長い年月を生きてきた。紫ほどではないにしても、強大な力を持っているには違いなかった。

 

 しかし、式神の彼女は妖怪ではない。人間からしたら同じかも知れないが、妖獣なのだ。それも、とんでもなく位の高い妖獣だ。

 

 二人が話している内容は、二つほど。

 その内の一つは、この里に来て最初に会った少年、ナルトについてだった。

 しかも、そのナルトの内包する力についてだ。紫がその力を初めに感じた時の驚きは、今も忘れていない。

 藍が興味をそそられたのは、正にこの部分で、藍にとっては重大なことだった。

 

 そしてもう一つ。里としてはかなりの一大事かも知れないこと。

 

「それにしても、甘いわよねぇ。私達みたいな者を簡単に受け入れるなんて」

 

 紫の手には、日光に反射する鉄の何かが握られていた。

 それは額当てだった。

 忍者の証である額当てを、何故この二人が持っているのか。理由を知るには、数刻遡ることになる。

 

◇◆◇◆◇

 

 彼女達は、火影室という所にいた。

 ラーメン店『一楽』でナルトの話を聞き、この場所へと赴いたのだ。

 

 ナルトの話で得られた情報は、ほんの少ししかなかった。

 誰でも知っている、一般常識にも満たない情報だ。

 それでも、何も持っていなかった紫にとっては、それなりの収穫だった。

 時々、ナルトの説明に補足を付け加えるように、一楽の店主も詳しく教えてくれた。

 

 その後、紫は更に詳しく情報を得たかったので、その情報源が何処にあるか聞いたところ、この火影室に辿り着いたというわけだ。

 「火影のじいちゃんに聞いたらどうだ?」とナルトが案内してくれ、案外楽に里の長との面会が実現出来た。

 ナルトと火影はそれなりに親密な関係らしい。

 

 許可を取る為か、先にナルトが入ってくれて話を付けてくれた。結構役に立つ。

 火影は許可を出し、ナルトを部屋から出て行かせてから、紫と火影との一対一……いや、一対二の対話が始まった。

 

 まず、紫の当たり障りの無い会話から、この面会はスタートした。

 

「初めまして。ナルト君から紹介があったかも知れませんが、私、八雲紫と申します」

 

 自己紹介から切り出す。

 紫と対面するのは、これまた好々爺然とした老人だった。見た目は還暦をとっくに超えている。

 しかし、この老人は流石に里の長というところだろうか。醸し出すオーラが、やはり一般のソレとは遥かに違う。

 歴戦の忍者。最初に見ただけでも、この老人が相当の強者だというのが分かった。

 

 好々爺らしく、そんな温和な姿勢を崩さず、紫へと優しく語りかけた。

 

「うむ、木の葉の里へようこそ。ワシは三代目火影をやっておる、猿飛ヒルゼンじゃ。どうかな、この里に来た感想は」

「大変素晴らしい里ですね。平和という言葉がぴったりですわ」

「そうかそうか、それはよかった」

 

 世間話から入った会話だが、木の葉の里を褒めると、三代目火影はまるで自分のことのように笑顔を浮かべた。

 

「お主がどこから来たのか聞かせてもらってもいいかな? あと旅人と聞いたがそれは本当か?」

「遠い遠い海を越えたその先の東の国から私はやって参りました。そこから海を越え、様々な異国の地を巡り歩き、自由気ままに旅を楽しんで、そしてこの里へと辿り着きました。

 そして私が旅人かと聞かれると、実は少し違いますね。私はいわゆる陰陽師と言われる者です。ここ一帯ではあまり有名ではないため、便宜上旅人と称させていただきました」

「陰陽師とな? 申し訳ないが聞いたことないのぉ。どういったことをする者なのじゃ?」

「私の住んでいた場所には妖怪という者が出没します。聞いたことはあるのではないかと思うのですが、私はそれを退治する仕事を生業としています」

 

 堂々と嘘をつく。むしろ、彼女は本来狩られる側だが、人間であることをアピールするために陰陽師と名乗った。まだ陰陽師が存在していた頃は、ほとんどの妖怪は陰陽師のことを憎んでいただろうが、紫にとっては強力な妖怪だったためかさほど思うところはない。

 もっとも、幻想郷にいる紅白巫女が陰陽師のような役割を担っているから、今更それに対してどうこう思うのもおかしい話でもあるのだが。

 

「ほお妖怪か、聞いたことはあるがこちらではあまり一般的ではないな。しかし世界には何があるか分からんからな。そういう存在があってもおかしくはない」

 

 妖怪が存在するかどうか火影には分からないが、紫の話を聞きそういった者がいても変ではないと結論づける。

 次に火影は本題に入るためか、少し雰囲気が変わった。

 

「おぬしが本当に旅人かどうか聞いた理由としては、この里に辿り着く前に色々あったと思ったからじゃ。遠い場所から来たのだから、何回かは野盗だとかの何らかに襲われたじゃろう。ただの旅人にそれが防げるとは思えないから聞きたかったじゃ。

 さて、おぬしはそれなりに力を持っているとの認識でいいのかな?」

「まあ、そうなりますわね。私としては、陰陽師というのは忍者に負けないくらいの能力があると考えています。また、あと一人同行人がいたというのもありますが」

 

 紫は火影室の扉を一瞥し、外で待っている従者を呼んだ。

 

「藍、入りなさい」

 

 すると、扉がゆっくりと開かれ、藍が紫の側までゆっくりと歩いて来る。

 紫の左斜め後ろに位置を取ると、小さくお辞儀をし、簡単な自己紹介をした。

 

「八雲藍です、紫様に仕えています」

 

 紫に続いてこれまた美人な女性が現れたと火影は息を飲む。        

 

「ほう、おぬしたちは二人で襲撃してくるものを撃退しながら旅をしていたのか」

「ええ、ここの藍も陰陽師でして腕が立ちます。全く問題ありませんでしたね」

 

 扇子を扇ぎながら丁寧に答え、次の話へと切り替わっていく。

 

「木の葉隠れの里の長であるワシと面会する理由としては定住したいという思惑があってかな?」

「ご明察、今まで見てきたどんなところよりも平和そうな里がありましたので。

 旅もひと段落つけて、この里に住ませていただきたいというのが、私共の願いですわ」

 

 正直旅をし続けてもいいのだが、拠点となる場所が紫は欲しかった。そこまで急いでいるわけでもなく、ただ暇を満たせればいいので、のんびりとこの世界を楽しもうと考えていた。

 火影は深く考え始める。

 少しの時を挟むと、何か確認したい事柄があるような語気で喋りかけてきた。

 

「……だとしても、ワシと面会せずとも暮らすことは可能じゃろう。その手続きはワシを通さなくてもいいはずじゃ。他に何かあるのか?」

「ナルトくんを通じて来てみたら、まさか本当に火影様に会えるとは思っていなかったのが正直なところです。まあ運が良いとも言えるかもしれませんがね。

 他に何かあるというのは当たりです。この里での身の振り方についてです」

「なるほどな、確かに定住するとなったら職は必要じゃろうしな。しかし、旅の間は適当に野盗を狩れば路銀を稼げたが、この里に住むとなったら中々その手段は取りづらいということでの相談か」

「話が早くて助かります」

 

 今までは野盗などを撃退して稼ぐことができたかもしれないが、この里ではそれは忍びの領分だ。この里に住む以上、依頼は全部忍びが処理してしまうため、その仕事では稼ぎづらくなる。なら他の仕事を、と考えてもいきなり定住するまで稼ぐのは中々難しいと判断した上での相談だと火影は認識した。

 トントン拍子で話が進んで行くなと思いながらも、紫は火影に対して相談を始めた。

 

「火影様に提案ですが……。

 私どもの能力は保証いたしますし、それに……抜け忍でしたか? おそらくそういった者も撃退したことがあります」

「なっ……、抜け忍を!?」

 

 つまり、と溜める。

 

「この里の忍者として、恐らくやっていけると確信しています」

 

 火影はただの野盗ではなく、抜け忍も撃退したことがあるという紫の言葉に驚愕する。ただの護身術を持つ程度の人間では抜け忍に勝つのは不可能だからである。つまり、紫たちはかなりの実力者であると伺える。

 火影は、紫と藍の姿を観察――力量を見抜こうと試みる。これほどの忍者なのだ。洞察眼は群を抜いているだろう。

 

 しかし、その視線があまり好きじゃなかった紫は、別の代案を提示する。

 

「私達の力量を確かめたいのなら、近々丁度良いイベントがあるじゃないですか。

 中忍試験……でしたっけ? そこなら火影様も見れるでしょうし、私達としても一般の忍者の力量を肌で感じることが出来ます。

 良い機会じゃありませんか?」

 

 忍者には階級のようなものがある。

 下から、下忍、中忍、上忍の三つが代表的なものだ。

 中忍試験とは、中忍へと昇格のチャンスがある試験。下忍の者にとっては、この上ないほどに受験をしたいものなのである。

 

「中忍試験のことを知っておるのか?」

「ナルト君が嬉々として話していましたから。意外にナルト君との会話で一番印象に残ったのは、中忍試験のことかも知れないですね」

「あやつにとって中忍試験なんてものは、楽しみでしょうがないものなんじゃろう。興奮しながら喋るのも想像がつく。

 それで、おぬしはその中忍試験に出たいとな?」

「先程も言った通り、火影様が力量を確かめるには、それが一番手っ取り早いというだけですわ。私も忍者の力が如何程のものなのか、非常に興味がありますし。

 しかし、試験を受験する条件……まあ当然ですが、下忍でなければいけませんよね? つまり、私達は下忍になる必要があるわけです」

「…………」

「そこでです。私達を下忍として、この里に置いていただけないでしょうか?」

 

 相変わらず扇子をパタパタと動かしながら、火影に問い掛ける。

 藍は顔はあまり引き締まってなく、興味なさげである。だが、話を聞いていないわけではなく、下忍になる過程が面倒臭いだけだろう。

 今は主である紫に任せる。

 いつも面倒を見てあげているんだ、自分で思い立った行動には、たまには自分でどうにかしてくれ、そんな藍の心情がひしひしと伝わって来る。

 

 普段は苦労人な藍。突然、紫から召喚され、若干不機嫌なのだ。もしかしたら、その時は自分の式神と遊んでいたのかも知れない。

 そんな藍の気持ちをいざ知らず、いや、無視をして、紫は交渉紛いを始めていた。

 

「そうは言ってものぉ……」

 

 下忍になるためには、何かしらの順序はあるのだろう。

 ナルトも踏んだであろう、下忍になるための経路を、何処出身なのかも分からない、実力も分からないような者に対して、省いていいのか。

 格式というわけでもないが、やはりこの里出身でない者に、いきなり下忍の位置を与えるのは、些か気が乗らない。

 

 こんな御老人でも、里の長であり、最高権力者なのだ。

 どんな小さな者でも、いつかは里に大きな影響を与えてしまうような、バタフライ効果(エフェクト)が起きることも否定出来ない。

 最高権力者である以上、安易な考えは里を破滅に導く。熟考の末、決断を下すのが定石なのだが……。

 

 同じ立場である紫には、火影の懸念は考えずとも分かる。対立国というのが無い分、幻想郷の紫のほうが遥かに決断は軽いが。

 それでも、火影の気掛かりは分かるので、長なら長なりの、少しは安心出来るような条件を、紫は挙げてみる。

 

「忍者の仕事はしっかりと遂行します。下忍の仕事から、下忍の身にあまるような仕事まで、大体の仕事は請け負いますわ。少ないよりは、多い労働力のほうがいいでしょう?

 もし、私達の存在が、この里の不利益となるならば、私達を国から追放……忍者の権利を剥奪、或いは抹殺してもらっても構いません。

 私達の真意は、この里を陥れることではなく、安住出来ることにあるのです。その里を平和にするのに、努めない理由はありませんわ。

 どうでしょう、一度騙されたと思って、私達を忍者にしてくれませんか?」

 

――私達ほど使いやすい者はいませんよ?

 

◇◆◇◆◇

 

 その後、里の空いている忍者と多少の隠行と手合わせをする試験を行った。隠行はそこそこにこなしたあと手合わせをしたのだが、たまたま手の空いている忍びが下忍から中忍の間程度の力量だったためボッコボコにした、主に藍が。

 試験を頼まれた忍者がボロボロになって帰ってきたのを見て、紫たちが下忍レベルの能力を持っていると判断し、火影は紫と藍の下忍を認めた。

 正直大したことはしてないため説明は割愛させていただく。ただ試験を行った忍びは、「とんでもなく強い」と評した。

 

 そして先の紫の発言に戻る。

 安易に決めてはならないということは分かっているとは思うのだが、やはりそれが温く感じてしまう。やるなら徹底的にやる、その部分が火影には少し欠落していると、紫は率直な意見を持った。もっとも、ダメな場合は追い出すという前提なので、そこまで深くは考えていないのかもしれない。

 

 そのことには藍も否定せず、火影の甘さを感じていた。

 

「ですが、それが反(かえ)って、ここの住人の信頼を得ているようですね。火影はこの里の皆から、絶大な人気を誇っています。それは里人を見て、すぐに分かりました。

 見た感じから温和ですからね。包容力というんですかね、お爺ちゃん気質の持ち主でした」

 

 この二人から見ても、火影の放つ包容力というのは優しいものがあった。

 長年生きてきた二人が感じたのだ。普通の人間なら尚更だろう。

 

「まあどうでもいいけど、なんか担当上忍とやらが私達に付かなくてよかったわ。そっちのほうが動きやすいしね」

 

 基本、下忍は三人一組(スリーマンセル)に、担当者として上忍をつけたものを一班とする。

 ナルトの班も、彼と一緒に、うちはサスケと春野サクラ、上忍にはたけカカシの第七班として活動しているらしい。

 このように、下忍三人と上忍一人で班を作るのが慣わしとなっている。

 

 しかし、その上忍も里にとっては大きな労働力。よそ者の新参者である紫に、そんな貴重な存在は宛がえるはずがない。

 と、紫は説明した。

 

 当初は火影は上忍を配属させるつもりだったのだ。それを紫が拒否した、先のことを言って。

 見張りとして上忍を置きたかったのだろうが、人手が足りないのも事実。已むなく、二人で一組を認めざるを得なかった。

 

 そんなわけで、これからは紫と藍に任務が与えられる。

 期待半分、興味半分といったところ。紫は楽しみにしていた。

 

 特に、中忍試験というものに。

 

 そして藍も楽しみにしていた。

 紫が最初に会った少年、ナルトに。その封じ込められている絶大な力に。

 

 大妖怪と、その従者は各々興味を持つ。

 紫の奇行に、今回は珍しく藍も乗り気だ。それ程ナルトに興味がある。

 

 二人の化物は、忍者となって暇を潰しはじめた。

 それは、永年生きてきた者特有の動機、気まぐれによるものなのだ。

 

 二人の行動は、誰も予測が出来ない。




めちゃくちゃご都合主義ですね。まあ序盤の細かい部分は適当にやりましょう( ˙³˙)( ˙³˙)( ˙³˙)( ˙³˙)
どんどん進めていきたいですね。


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其の三 忍者の実態

この作品は戦闘描写をメインに練習したいがために始めたんですが、中々入れませんね……


 鬱蒼と生い茂る木々、日の入る余地もないこの森に――私はいた。

 藍を従え、この森に入り込んだ理由。今、私は超重大な任務を授かっているのだ。

 忍者としての初任務、やはり忍者というのだから隠行を完璧に熟(こな)し、忍ぶのである。

 

 現に、私と藍は木に身を隠し、姿を現す時機を伺っている。

 本部から普及されたトランシーバーで、疎通を諮る。

 ……ツッコミを入れてはいけない。トランシーバーなんてものが忍者の世界にあることは……ツッコんではならないのだ。

 

「こちら紫、紫。藍隊員、応答せよ」

 

 擦れた声が、トランシーバーから聞こえてきた。

 

『こちら藍、藍。標的を確認した。距離は約十メートル、奇襲の用意完了。

 ……なんですかこの茶番』

「まずは雰囲気からよ。忍者らしく! 忍者のように! 忍者の仕事を遂行するのよ!」

『忍者というより、これじゃ軍隊ですよ……。

 ってこの任務なんなんですか? あまりにも簡単過ぎじゃ……』

「トランシーバーがある時点で、とっくに普通の忍者の世界とは掛け離れてるのは分かってたでしょ?」

『それはまぁ……でも別に忍者じゃなくても出来るじゃないですか。なんで態々私達が?』

「忍者にしてもらってるんだから文句言わないの。まあ概ね同意だけどね。

 さあ! 早く終わらせるわよ! 藍、捕獲しなさい!」

『はいはい。紫様がスキマに落とせば一番早いのに……。じゃあ捕獲ジッコーしまーす』

 

 向こうの茂みがガサガサと音を立て、標的に飛び掛かった。

 あれくらいの距離なら直ぐ捕まえられるでしょ。たかが“普通の猫”だし。

 次に藍の声が聞こえたのは、私の背後からだった。

 

「任務完了。迷い猫のトラで間違いないですね。

 ふむ……まあまあ可愛いが、私の橙(ちぇん)ほどじゃないな」

 

 斜め背後にいる藍のほうへ振り返ると、猫の両脇を両手で支え、顔をまじまじと観察していた。そして、そのあとすぐに抱き直し、猫……トラが安定する体勢を作る。

 妙に藍に懐いているようだ。頭を優しく撫でられ、心地よさそうな表情をしているふうに感じる。

 何やら比較をしていたが、満足そうな表情で、その鑑定を終わらせた。

 

「橙は置いといて、早く帰りましょう。もう三十分も経ってるんだし、時間の掛かりすぎよ。

 でも、なんで逃げ出したのかしらね。見た感じは、ちゃんと可愛がられてるようだけど……」

 

 橙というのは藍の式神。藍の子供のような、又猫の式神だ。

 その愛くるしさ故に、藍は親バカをいつも発揮させている。溺愛もここまでくれば、もはやウンザリするくらいだ。

 二人のやり取りに、私は時々白い目で見ている。それほどに、藍の愛情の注ぎ具合は凄いのだ。

 もし橙に嫌われるのならば、確実に首吊って自殺するだろう。絶対そうだ。

 

 尤も、私も橙のことは可愛いと思ってる。だって家族だし。可愛くないわけがない。

 逆に可愛くないなんて言ったら藍に殺されちゃうわ。死ぬ気なんて毛頭ないけどね。

 

「飼い主が嫌なんですって。愛されてるのは分かるけど、寧ろそれが逆にキツイらしいですよ?」

「貴女はいつから猫語が分かるようになったのしら? そしてそれは藍にも言えることじゃ?」

「失敬な。私は節度を弁えてますよ。それと猫語は第二外国語みたいなものです」

「よく言うわよ。あんだけイチャイチャしてるのにねぇ? それに猫語が第二外国語ってのも意味分からないわよ。動物の言葉なんて習得できないわ〜」

「じゃあ今度、橙がリーダーでやる、猫の合唱に行きますか? 橙が輝いてますよ!」

「勝手に行ってなさい。誰が好き好んで、ニャーニャー鳴いてる猫の歌を聞かなくちゃならないのよ。そんなに猫語なんて覚えたくないわ」

「えー、面白いのにー……。まあいいです。

 それで、火影室に行って任務成功の旨を伝えるんですよね。行きましょうか」

「だるっ、スキマ使おっと」

「猫もそれで捕まえればよかったのに」

 

 無駄口を叩きながら、迷い猫のトラを抱え、スキマへと入っていく。

 藍も私の式だから、一応スキマ使えるんだけどねぇ? そういえば、あんまり使ってるとこ見たことないわね。

 慣れないと使いづらいから、しょうがないと言えばしょうがないけど。ま、どうだっていいわ。

 

 とにかく、初任務無事に完了ね。楽過ぎるわ。退屈しないかしら?

 

◇◆◇◆◇

 

「トラちゃぁぁ〜ん、探してたのよぉぉ! もう絶対に離さないわぁぁ〜!」

 

 無事、トラを火影室まで連れて来ると、即座にそのトラを掻っ攫って抱き着いたのが、今目の前にいるマダム的な婦人だ。

 その抱きしめる力が尋常じゃない。今なら私でも猫語が分かる気がするわ。

 こりゃ逃げたくなるわよ。むさ苦しいのなんのって。

 

 ほら、トラが断末魔の声あげてるじゃない。藍、助けてあげなさい。あの哀れな猫を救いなさい。

 見てるこっちが気分を害すわ。

 

「確かに愛されてるけど、これじゃあなぁー」

 

 と、藍に反応させるように、そっちの方向を見て呟いた。

 案の定、藍はカルチャーショックを受けていた。いや、カルチャーじゃないけども。

 

「……もしかして私こんな感じですか?」

「貴女は容姿が良いから絵になるけど、もし関係なかったら、大体こんな感じよ。少しは自重しなさい」

 

 この婦人の容姿はまあ物凄いので、非常に目に良くない。藍とかがやれば、一般的には眼福というものになるんだろう。同じ行動なのに不条理ね。

 トラも、藍のことを苦しみながらも見つめている。余程藍の世話の仕方が良かったらしい。

 戻りたそうに、ずっと藍へ助けを求めていた。本当に助けたくなりそうだわ。

 

「まったく……あの貴婦人は一番依頼が多いと言ってもいいかもしれないのぉ。それも毎回迷い猫の依頼じゃ」

 

 一人の幸せそうな婦人と、一匹の辛そうな猫が帰り、私と藍、それと火影だけが残った。

 結構な回数を依頼してたのね。ナルトくんあたりも、やったことがあるかもしれないわね。

 

「猫が可哀相ですわ。動物の逃げ込む施設でも作ってあげればいいのにと思うのですが」

「言いたいことは分かる。じゃが、今や動物は忍びの武器にも使われとる。大切にはするだろうが、そこまで厳しいものではないのじゃ。

 それに、猫を引きはがす理由もない。可哀相というだけじゃ、まだまだ弱い。マダムも悪意があるわけじゃないからのぉ……無理じゃな」

 

 確かに手入れはされていたし、トラの実際の感情はともかく、あの溺愛っぷりは相当なもの。あそこまでになると、尊敬の念も湧き出てくるわね。

 通じ合えない愛情……あらぁ、マダムも可哀想に思えてきたわ。

 

「それにしても早かったの。普通なら猫を見つけるだけで、それなりに時間が掛かるはずじゃ。三十分程度しか経っていないんじゃないか?」

「ここに愛猫家がいますから。匂いですぐに場所が分かるんですよ。

 でも三十分も掛かったのですよ。少し時間の掛かりすぎだと思いますが……」

「充分じゃ。今までの迷い猫依頼で一番早いくらいじゃよ。

 そうか……藍は猫が好きなのか。なら今度から、迷い猫系の依頼は全て藍に任せたほうがいいのかもしれんな」

「やめてください。それに、猫が好きというよりは、私は自分の猫が好きなんです。

 それに紫様、三十分で遅いとおっしゃられるのなら、貴女も参加すればよかったじゃないですか。十分も掛かることはなかったですよ」

「え〜、だってだるいじゃない。せっかく気を紛らわせて軍隊ごっこやってたのに〜」

「何がだるくて何がだるくないのか分かりませんけどね。ああ、トランシーバー返します」

 

 袖の中からトランシーバー一式を出し、火影の机の上に置いた。

 コードネームを設定したほうがよかったかしら。

 勿論、ゆかりんでね。藍は……特にないわね。もう……名前に取り柄がないと、あだ名に困るわ。

 

「ご苦労じゃ。役に立ったか?」

「役に立つうんぬんより、なんでそんなものがあるかのの疑問のほうが大きいですわ。

 無線機ですよね? それ。ここの里の技術はどのくらいまで発展してるのですか?」

「ん〜……まずガスコンロは一般家庭にある。あとテレビもあるか、液晶画面のな。あとは……特にめぼしいものはないかな」

 

 うん、忍者の世界なんて辞めればいいのに。

 忍術より絶対に科学兵器のほうが強いって。もう忍者じゃなくてもいいじゃない。

 どうしてこうも可笑しい世界なのよ。

 

「……まあいいわ。えーと、次の仕事はなんですか?」

「うーむ……草むしりや犬の散歩、あとは配達とか……そのあたりだろうな。ちなみに全部Dランク任務じゃ」

 

 任務にはランクがあり、下からD・C・B・Aとある。Aに近いほど難易度が高く、Dに近いほど難易度は低い。

 AやBランクの任務は、上忍が受けることが多いらしい。稀に下忍も高難易度の任務をすることがあるが、実質無いと言っても過言ではないようだ。

 

 そしてAランクの上に、Sランク任務というのがある。

 これは国家機密や、国の重大なことに関わる任務だ。上忍ですらも、このランクの任務は全くない。暗部という、影の存在が遂行することが殆どらしい。

 とにかく、私達には縁がないものよ。多分ね。

 

「さっきの迷い猫の件もそうですが、ちょっと簡単過ぎませんか? 下手したら一般の子供でも出来ますよ。忍者がやることではないと思うんですが……」

 

 藍の疑問も尤もだ。

 しかし、私達の価値観とは大分異なる時点で、忍者の認識というのは変えなくてはいけない。

 どんなに私達の常識に当て嵌めようとしても、それは無理なことなのだろう。先の、トランシーバーのように。

 

 幻想郷も人のことは言えないか。こっちのモットーは常識に捕われないだ。仮にここの忍者が幻想郷に入れば、確実に価値観は変わる。

 

 良くも悪くも、幻想郷は化物の巣窟だ。

 忍者だけの世界ではないのだ。こっちには、神もいる。

 平和には変わりないんけどね。でも、来たら来たで、それなりに力があれば楽しめるかもしれないわ。

 強者もざらにいる。私を含めて。もっとも、ガチバトルは禁止だけど。

 

 話が脱線したわ。こんな任務ばっかだったら、絶対に飽きちゃうわね。なにか面白いやつはないのかしら?

 私の三日坊主ぶりには定評があるのよ。

 

「下忍は小さなことから始め、いずれは大きなことへと発展していく。Dランク任務は、その階段のようなものじゃ。

 依頼主とのコミュニケーション能力を養うこと、班で動くチームワークを強化するといった理由もある。

 意外と、簡単な任務でも得るものは多い。Dランク任務をナメてはいけないの」

 

 まあ確かに、ってところかしら。

 ただ私としては雑用ばかりやっても面白くもないしなぁ。そんな悠長なことばかりやっても仕方ない気がするわ。時間の無駄ね。

 千を遥かに超える年月を生きてる私が言う言葉じゃないけど。

 

「でも草むしりって……本当に雑用じゃないですか」

「端的に言えば、そうかもしれないな。下忍には色々なことを経験してほしい。

 時には、その経験が役に立つことがあるやもしれぬ。やって損はないな」

「時間の無駄では? そんなことをしてる暇があったら、修業の時間に充てたほうがずっと有意義だと思いますが」

「なにも強さだけが、忍びに求められるわけじゃない。信用も重要なものだ。

 信用を得るには、任務を成功させなくてはならない。より多くの任務を達成したほうが、信用というのは付くものであろう?

 一般の里人には任務の達成率でしか判断が出来ない。実績のない者に任せるのは、些か不安が生まれるもの。信用を得るためにも、そういうことは大事なのじゃ。おぬしも従者なら、強さばかり求められているわけではないというのは分かるじゃろう」

「まあそれはそうですが……。しかし、従者とちがって国の武器である忍者なのだから、強さはなくてはならない、忍者が強くないなら本末転倒です。やはり、私には修業に時間を割いたほうが、幾分効果的だと感じます」

「勿論、強さを蔑ろにしては駄目じゃ。強さが忍びにとって、最も信用を得られるものだしの。

 だから、中忍試験なんてものがあるのだ。なんで他国の下忍と争わせる必要があると思う?」

「さあ……他国の忍びを見てより修行に励むとかでしょうか」

「それもある。他国のレベルの高い忍びを見て、自分も修業しなくてはいけないということを、本能的に分からせること。

 他にも大きな目的があるが、それは中忍試験の時に話そうかの」

「まあ、楽しみに待ってます。ただ、そんな状況にならなくちゃ修業しないなら、忍者なんてものはやめてしまえばいいと個人的には思いますがね」

「手厳しいのぉ、おぬし」

 

 藍は自分にそれなりに厳しいからね。

 ただ、忍びの世界と考えた場合、他人に影響されなきゃ修業をしないなら、確かに辞めた方がいいかもしれないわね。強くある必要があるわけだから。

 幻想郷は強くある理由がないから、あんまりその考え方はないけど、力が重要な世界と考えたとき、普通に考えたらたどり着くのはこの答えね。

 大した修業をしなくても目茶苦茶強い、本当の化物みたいな天才は例外として。

 

「……まあいいです。次の仕事はなんですか?」

「先程も言った通り、Dランクの任務じゃ。当分はそれくらいのものを熟(こな)してもらう」

 

 だるいわね〜……、キリがないわ。こんな調子だとわたしが飽きてしまうわよ。

 よし、聞いてみるか。

 

「ナルトくん達の班はどれぐらいの任務を受けてるのですか? ほら……Dランクをどれくらいやって、Cランクに移ったとかです。目安としてほしいところですわ」

「大体……20弱くらいだったかの、あの子達は。だがあれはCランクとは呼べないしの……Bランクとして扱ったほうがいいか? いや、だがしかし……うーむ……」

「何を迷っているのか、差し支えがなければ教えていただけません?」

 

 一人でウンウン唸ってても、何がなんだか分からない。一体何に迷ってるんだか。

 

「ナルト達の班は一度Cランク任務を受けたことがあるのじゃ。その時はナルトが駄々をこねたからなのだが……。

 それで、ランク的にはCだったんだが、実質Bランク……もしかするとAランク級の任務だった。依頼主が依頼内容を偽ったせいでな。

 だからあやつらは既に、Aランク任務をした経験があるということなのだ。記録ではCランクとなっているがの」

「なるほど……それはつまり――下忍でもBランクを達成すること自体は可能だと?」

「その任務は、桃地再不斬と言われる、超やり手の忍びとの交戦があったのじゃよ。上忍でも倒すには少々骨が折れる相手だ。

 しかし、ナルトの班の担当上忍も相当強い。上忍の中では恐らくトップであろう。それのおかげもあり、ナルトの班はその任務を達成出来た。

 決して、下忍が二人だけで成功出来るような任務ではないのじゃ」

 

 なんかナルトくんから聞いた覚えがあるわね、結構興奮しながら喋ってたわね。

 あとナルトくんの担当上忍って、確かカカシって人だったかしら? 見たことはないけど、それなりに強いのね。

 今度機会があったら話してみましょう。

 

「私達の力は下忍レベルじゃないという自信はありますがね。

 まあ、いいです。なら目安としてどれ程のDランク任務を受ければ、Cランク以上の任務をやらせていただけますか?」

「そうだのぉ……ざっと、五十くらいかな。それぐらいやったらCランクを考えよう」

「ちなみに、Cランクをどれくらいやったら、Bランクになりますか?」

 

「気が早いな……。大体、三十くらいか。

 おぬし達は生粋の木の葉ではないから、少し厳しめにしてある。まあ、妥当であろう?」

 

 Cランクに行くには、Dランクを五十回。

 Bランクに行くには、Cランクを三十回。

 めんどくさいには変わりない。

 だけど、Dランクの任務がさっきの迷い猫くらいの難易度だとしたら……よし。

 

「藍、役割分担よ。私は配達、物を運ぶ系統の仕事を担当するわ。貴女はそれ以外やりなさい」

「配達系終わったら私の手伝ってくださいよ。何日でやりますか?」

「極力早くよ」

「はぁ……御意」

「なんの話じゃ?」

 

 あとはここのお金も貯めなくちゃいけないわ。Dランクの任務だと額が不満だけど、数を多くやれば報酬が少なくても多少貯まるわ。

 手持ちに余裕が出来るくらいは集めないとね。家は用意してくれてるけど、殆ど使ってないし(幻想郷に帰って寝てるから)、浪費するのはここの食費だけ。

 時々家も使わないと怪しまれるから、そのうちはこっちに住まなくちゃ。だってこっちのほうが、幻想郷よりも便利なんですもの。ガスコンロとか。

 

 いずれにしろ、食費以外に、そのうち賃貸料も渡さないといけないから、お金は多いに越したことはないわね。ここの世界の便利な品物を集めるためにも。

 

「火影様、今溜まってるDランク任務をたくさん私達に回してください」

「どういうことじゃ?」

「そのままですよ。私達二人でDランク任務を消化します。そちらとしても有り難いでしょう?」

「ちょ、ちょっと待て。Dランク任務なんて馬鹿みたいにあるんだぞ? さっきの会話からすると、それをたった二人で数日の間で行うということか? 無理にも程があるぞ!」

「私の速さを舐めないでください。

 配達なら、物品と場所さえ分かっていれば二十秒で終わる。

 見たところ、配達の仕事は多いですし、かなりの数をこなせるでしょう。あとは藍の要領次第ですが」

「まあ適当に……痛い痛い! 叩かないでください、分かりましたよ! 頑張りますから!」

「そう、さすが藍。

 ということで火影様、早く依頼の品をください。リストはここにあるので」

 

 私の手には何枚かの紙がある。Dランクの依頼内容の詳細が載っている紙よ。これがあれば、仕事はスムーズに進むわ。

 

「な! いつの間に!?」

「掠め取りは紫様の専売特許ですからね。こんなのに一々驚いていたら、身がとても持ちません。理由を追求するより、慣れたほうが気が楽です」

 

 理由もなにも、スキマで取っただけじゃない。それに私は基本盗まないわよ。

 一回取った手裏剣も、あのあと通り過ぎた忍者のポーチに戻したもの。大妖怪たるもの、盗み行為は恥になるのよ。

 この紙も盗んだんじゃなく、借りたの。どっちみち渡されるんだから、さっさと貰ったほうが時間の短縮になるわ。

 掠め取りなんて人聞きの悪いこと言って……物は言いようなのよ。

 

「じゃあ行ってきますわ」

「ま、待て! そんな数の依頼を数日中に終わらせるなんて常識的に考えて不可能だ! どうするつもりなのじゃ!」

 

 扉から出ていこうする私と藍の背に、火影の疑問視する声が呼びかけられる。

 別に急いでいるわけでもないけど、早くしないと私の熱が冷めてしまうわ。たまにしか仕事しないのだから。

 それに……

 

 振り返りながら扇子を開き、口元を隠しながら火影を見据える。

 今の私の顔は、どうしようもなく笑みを浮かべているだろう。

 だって、可笑しいんだもの。火影の顔が実に、ね。

 

「私達に常識は通用しませんわ――」

 

 最後に見たのは、火影の凄く困惑した顔だった。

 キセルが口から落ちそうになってたのは笑えたわ。

 

 

 

 

 

「めっちゃキメ顔でしたね紫様。とても笑えまし痛たたたた――!」

 

 最近藍が私に対してひどい。今度毛でも毟ってあげようかしら。

 

◇◆◇◆◇

 

 ここ数日で、紫達は見事多数の任務を終えてみせた。

 それを聞いた皆が驚愕したほかに、下忍班の仕事が減ったのは余談だ。

 

 何人かは、紫達を警戒し始めるのだった。

 




あと少しでストックがなくなってしまう……


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其の四 いざこざ

バレンタインデーどうでしたか? 自分はチョコレート手作りしましたよ(✪‿✪)ノ


 先日、数多くの任務を終えた私達は、早くもCランク任務を遂行している。

 短時間でCランク任務を任されるっていうのは凄いらしいわね。他の忍者からも驚かれただとか……、警戒する人は当然出るかな? まあ構わないけどね。別に隠れて暗躍しようとしてるわけじゃないし、正々堂々と里に貢献してやってるんだから、感謝こそあれ、疑われる筋合いはないわ。

 仮に、疑われたところで痛くも痒くもない。ただの暇つぶしだもの。

 

 そしてCランクを今現在やっているのだが、今までと比べ多少時間がかかることが増えた。Dランクはまだ足の速さだけでよかったけど、Cランクから護衛任務が混じってくるから、多少時間が掛かってしまうのだ。

 護衛と言っても、戦闘らしい戦闘はない。あるとしても夜盗とか、ただのならず者よ。退屈ったらありゃしない。

 

 護衛の他にも、まだ配達系統のものは数多くある。重くて運ぶのが大変な物を、違う町に送り届けたりする任務ね。スキマには重さとか関係ないから、こういう任務を優先的に請け負っている。だって数分で終わるし。

 その後帰宅するたびに火影が疑問の声を上げている。「いくらなんでも早すぎるじゃろ……」と言った具合に。

 まだスキマの秘密は教えてないから(別にバレていいけど)、適当にはぐらかしているわ。「ヒ・ミ・ツ!」と言いながら、投げキッスしてる。

 その度に藍が「うわぁ」と言っているが、あと何回引っ叩けば気がすむのかしら。

 

 それで任務を始めてから大分経ったわけだ。一ヶ月もやった。

 私にしては凄いほうよ。藍も感激してるもん。普段もこのくらい働いてくれれば文句ないんですがね……、と。

 呆れてるんじゃないかって? うん、多分そう。いやでもね、働いてるのよ、この私が。これは快挙よ、讃えてもらってもいいわね。幻想郷を作り上げた頃からそんなに仕事してなかったし。

 

 依頼数もD以外に相当数こなし、Cもそろそろ三十くらいに差し掛かる頃だ。というか越えてるかもしれない。

 

 もうBランク入っちゃうんじゃない? というか早くやってみたい。もう少し忍者っぽいものがしたいのよ。

 

「任務完了。火影室に帰りますか」

「そうね。さっさと戻りましょ」

 

 いつも通り任務を完遂し、その報告の為火影室へと向かう。ちなみに今回の任務も配達だった。

 配達の場所は里内だったが、荷物が今までに無いくらいに重かった。忍者といえど子供にやらせるものではないと思ったくらい。下手したら虐待よ。

 まあ私は楽々と運べるから問題なし。だから火影も頭を捻らせてるんだけどね。

 

 里内の任務だったので、今は木の葉隠れの里にいる。火影室のある建物も歩いていける距離だ。久しぶりに普通に向かおうかしら。

 突然火影室の前に出て来て、誰かに目撃されたら説明がメンドイしね。

 今更だけど。

 

「あら? なんか起こってるわね」

 

 帰ろうとした矢先、私の目に映る遠い光景に何かが起こっていた。喧嘩かしら?

 片方は見たことある顔ね。ナルトくんみたい。

 

「どうしましょう、間に入りますか?」

 

 藍がはっきり言ってどうでもよさ気な感じね。藍にとっちゃ『アレ』がナルトくんとは教えてないから当たり前か。

 でも教えたら……一気に藍の興味が惹かれるはず。言ってみるか。

 

「あのオレンジの子……いるわよね。あれが前に言ったナルトくんだったらどうする?」

「……へぇ」

 

 目を細めた。

 藍にとっては、『アレ』が自分と似たような存在なのだからね。

 

「……私としては、接触しておきたいというのが本音です」

「いいんじゃない? 喧嘩を止めるという口実もあるし、近付いても不自然じゃないでしょう。

 他の『下忍仲間』も見てみたいし、異論はないわ」

 

 私が下忍になってからそういえばナルトくん以外の子に会ったことがない。そろそろ、多少なりとも交友を広めてもいいかもしれない。

 

「普通に止めますか?」

「基本的には成り行きに任せるけど、あまりに度が過ぎそうだったら止めるかもね。まあ多少の小突き合い程度なら丁度いいわ。なにか心配でもあるかしら?」

「いや、紫様のことだから、また変なことを仕出かすんじゃないかと思いまして……」

「貴女は私を何だと思ってるのよ……」

「愉快犯?」

「よし、スキマツアー一週間の旅ね」

「そんなことして困るのは紫様では? 一週間も私がいなかったら何も食べれませんねぇ、ああ、家事もやる人がいないから洗濯とか掃除も紫様がやるんですか。

 それはいいですね、紫様が家事も学ぶというのなら喜んで一週間何もしません。心行くまで料理を堪能してください。随分前に出来た暗黒物質よりかはマシなことを祈ってますよ。

 私の仕事を全部やってくれるとのことなので、今から仕事を教えますね。ええ、掃除、洗濯、幻想郷の結界の修復、橙の世話、そしてその猫達の世話、一日三食の料理、あ、掃除は隅々までやってくださいね。部屋がたくさんあるので少し面倒ですが、まあ紫様なら大丈夫でしょう。それから――」

「ああーー、ギブギブ! 悪かった、私が悪かったわよ!」

「ええ? やらないんですか? 日々の私の苦労を理解してもらおうと思ったのに……」

「今更だけど藍がいて良かったわ……。今度油揚げでも買ってあげるわよ……」

「ここの里のもお願いしますね、食べ比べしてみたいので」

「はいはい……お好きなだけ食べて……」

「ありがとうございます。じゃ行きましょうか、喧嘩を止めるのでしょう? ささっ、紫様が前に出ないと始まりませんよ!」

 

 まったく……あんな笑顔で喋られたら何も返せないじゃない。相変わらず反則的な可愛さね。いや、綺麗なんだけどね。

 あ〜あ、それにしても簡単に言いくるめられちゃったなぁ。藍も手に負えなくなってきたわ。

 精々毒入り油揚げでもプレゼントしてやろ。な〜んか癪だし。

 なんで後ろから私を押してるんだか。何故にノリノリ? ああ、油揚げか……。

 やっぱり今度スキマにたたき落としてやる。

 

 ドレスを翻し、扇子を小さく扇ぎながら優雅に歩き始める。

 今のところ見えるのは、小さい子が三人と、ナルトくんくらいの年代の子が四人。

 何やら小さい子のうちの一人がなにかを仕出かし、黒い男の子の機嫌を悪くしたようだ。襟元を持ち上げ、宙吊りにして苦しそうにしている。

 ぱっと見悪そうなのは男の子だが、後ろの仲間のような女の子が、呆れた顔して溜息を吐いている。

 手を離せと叫んでいるのが、ピンク色の髪をした女の子と一緒にいるナルトくん。

 

 以前見たときから違わず、相変わらず慌ただしい性格のようだ。本当に忍者には見えない。

 よく分からない状況だが、敢えて私はど真ん中に入ろう。 単純に面白そうだからね。

 

◇◆◇◆◇

 

「離せ! この、ブタ!」

 

 ナルトの制止を求める声が響き渡る。自分の幼き友人である木葉丸に暴力を振られ、多少棘のある言葉を発している。

 木葉丸の襟元を掴んでぶら下げている黒くずめの男、カンクロウはナルトの声に顔を苛立ちの色に滲ませた。

 

「うるさい餓鬼じゃん。殺してやろうか?」

『!?』

 

 一見残虐に聞こえる発言に、ナルトだけではなく、桃白色の髪が特徴的な少女、サクラも息を飲んだ。

 ぶら下げられている木葉丸も恐怖で一杯になり、上手く動揺を隠せていない。助けの呼び掛けをナルトに微かに送るが、ナルト自身も動揺していた。

 簡単に人を殺すという、その行為に躊躇も何もないと思わせる残忍な性格。本来、忍者の性格としては良いのかもしれないが、ナルトは理解出来ていなかった。

 二人の木の葉の忍びは静まり返ってしまった。

 

 そんな空気の中、紫は現れた。

 

「なに喧嘩してるの? 暴力は駄目よ〜」

 

 胡散臭い顔を扇子で隠しながら、一同の中に割り込んでいく。藍は一応後ろに付いていくが、なるだけ目立たなくしようとしている。端にちょこんと立っているだけだ。

 面識のあるナルトは当然、紫に声を投げ掛ける。

 

「ゆ、紫の姉ちゃん!? どうしてこんなとこにいるんだってばよ!?」

 

 ナルト以外は紫の顔を知らないので、サクラや木の葉の子供達、カンクロウも胡乱げな視線を紫に向けていた。

 取り敢えず紫は、首を吊られて苦しそうな木葉丸を抱えて降ろしてあげる。カンクロウは手を無理矢理解かれたので、更に不機嫌な表情へと変わるが、紫は特に気にしなかった。

 

「なにしやがるんだ」

「ちょっと待ってね」

 

 カンクロウが文句をつけようとするが、紫は制止し、木葉丸に声をかける。

 

「気をつけなくちゃダメじゃない」

 

 地に足を付けることが出来た木葉丸と同じ目線へとしゃがみ、妖艶な笑みで優しく頭を撫でた。

 

「あ、ありがとうだな、これぇ!」

 

 顔をほんのり朱に染めて、紫の美しい表情に見入ってしまった。その気恥ずかしさで言葉を慌てて繕うことから、幼い虚勢を張るのがまた愛らしい。

 立ち上がり体勢を整えると、次に紫に声を掛けたのはナルトだった。

 

「紫の姉ちゃん、木葉丸を助けてくれてありがとうだってばよ!」

「ふふふ、同業者は助けなくちゃね」

「同業者? それってどういう意味……」

 

 ナルトの視点は紫の顔から、その肢体を辿り二の腕あたりに移った。そこで目に入ったのは、しっかりと縛られている、よく目にしたことのある木の葉の額当てだった。

 目が自分の額当てに向いていることに気付くと、紫は微笑みながら楽しそうに声を弾ませる。

 

「火影様に忍者にしてもらったのよ。君と同じ、下忍にね」

「マジかよ! 紫の姉ちゃん忍者だったのか!?」

「違うわ。元は旅人のようなものだけど、火影様の配慮で下忍で扱ってもらえるようにね。ちょっと任務がつまらないけど」

「だよなぁ〜、ホント下忍の任務ってつまらないぜ。もっと難しい任務とかさぁ、激しい任務がやりたいんだってばよ!」

「気が合うじゃない。私ももうちょっと難しいのやりたいわ。あんまり強い敵もいないし、ただの盗賊程度じゃあ張り合いがないもんね」

「そぉそぉ、ホントつまんねえぜ。ってか紫の姉ちゃんも戦えるのか?」

「まあ旅人だったしね。そこら辺の人なら余裕よ。ナルトくんも倒せちゃうかもね?」

 

 挑発するような言動を取る。その挑発を分かってて、敢えて乗ったのか分からないが、ナルトは屈託のない笑みで、紫に向かって好戦的な口調へと変化させた。

 だが、その声色も大して力を入れてないことから、ナルト自身もそこまで本気じゃないらしい。

 

「へへ〜ん! 流石に紫の姉ちゃんには負けないってばよ〜!」

「さぁて、どうかしらね。割と強いかもよ?」

「あんまりそうは見えねえけどなぁ。そういや、紫の姉ちゃんは一人で任務やってんのか? スリーマンセルとかの班じゃないの?」

「一人じゃないわ。スリーマンセルでもないけど。私達は二人で班を作って行動してるの。そこにいるわよ」

 

 紫の指先は、端っこでちょこんと立っていた藍を指していた。その指に気付いた藍は、ナルトの全体像をよく観察しながら、紫の側まで寄って来る。

 微かに口元に笑いを含ませながらも、普通にしていれば全く気付かれることのない表情でナルトの正面へと立つ。

 ナルトは新しく現れた女性を見るも、その美しい容姿に見取れていた。その視線を感じつつ、藍とナルトの初めての会話は幕を開けた。

 

「……君がナルトくんかな?」

「お、おう、そうだってばよ」

「先日、紫様が君から食事を御馳走してもらったらしいじゃないか。私からも礼を言わせてもらうよ、ありがとう」

「別にいいってばよ。俺も額当てを拾ってもらったし、それのお礼と考えれば安いもんだぜ」

「そうか……。私の名前は八雲藍。紫様の従者をやらせてもらっている。よろしく」

「じゃあ、藍の姉ちゃんと呼ばせてもらうぜ。それにしても……なんでそんなに俺の顔をジロジロ見てるんだってばよ? ゴミでも付いてんの?」

 

 藍の、内を探る眼に気付いた。内心見すぎたかと思う藍だが、あくまで平静を装う。

 

「いや、なにもないよ。少し、君が気になっただけさ」

「?」

 

 ナルトは一瞬意味が分からなかったが、すぐに思考を放棄した。相変わらず考えるのは苦手のようだ。

 

「藍の姉ちゃんって紫の姉ちゃんの従者……召使いなんだよな? なんでそんなんしてんだ?」

 

 純粋な子供の疑問なのだろう。しかし、それを語るには少々ナルトには早過ぎる。それに話も長くなり過ぎる。

 適当に、簡潔に答えた。

 

「まだ君には分からないよ。私と紫様の関係は長いからな。まあ色々と困らせてくれるが、そこそこに楽しいよ」

「ふーん……、色々あるんだな。まだ俺には分かんなそうだ」

 

 手を後頭部で組み、既に思考を止めて怠そうにしていた。どれほど考えるのが苦手なんだろうか。

 藍とのファーストコンタクトを終えたのを確認した紫は、話題を転換させる。

 

「そういえばこんなとこで何してたのかしら? 挙げ句の果てには絡まれたりして」

「んなもん俺が知るかよ! いきなりコイツらが手ェだしてきやがったんだ!」

 

 指をカンクロウに向けながら、事の発端はコイツだということを必死に説明している。確かに、少し小突いたくらいでここまで怒ることはないだろう。短気な性格と言えばそれまでだが、ナルト達よりかは年長者なのだから譲歩するくらい出来なかろうか。

 とは思うも、木葉丸が何もしてなかったら怒らないのも事実。向こうの言い分も聞いておくのが得策か。

 

「君はどうしてこんなことをしたのかしら? どうやら怒っているようだけれど」

 

 黒づくめの少年カンクロウは手を無理やり紫に解かれたときの不機嫌さそのままで、紫に対してイライラしながら答える。

 

「ガキからぶつかったのにも関わらず、謝らずにその上馬鹿にしてきてるんだから当然じゃん。それより、テメーは関係ねぇだろ」

(ただの子供のケンカね。忍者と言っても、大して変わらないものなのね、やっぱり)

「一応仲間みたいなものだしね。見知らぬ者に絡まれてたから、仲裁に入ったに過ぎないわ。面倒ごとになるのも嫌でしょう? それにあの子達よりは年長者なのだから、それぐらいの譲歩はしてあげないと」

「ケッ」

 

 尚、不機嫌な様子。後ろにいる巨大な扇子を持った少女も面倒臭そうな表情をしていた。

 だが、その少女の顔は一転。いきなり焦りを含む顔になり、今すぐ静止の声をかけようとしていた。

 カンクロウが、背に背負っていた包帯でぐるぐる巻きにされている何かを前に出し、今すぐにでも襲いかからんとしていたからである。

 

「本当にイラつくじゃん。殺してやろうか?」

「やめろカンクロウ! カラスまで使うつもりか!?」

 

 カラスという存在が、カンクロウの武器なのであろうことが容易に想像がつくが、この状況で紫は呑気にくだらないことを考えていた。

 

(カラス……? 鴉? なに、あの子は天狗でも使役しているかしら? ……なわけないか、包帯でぐるぐる巻きにされた天狗なんていたら哀れ過ぎて笑っちゃうわね。そういえばこっちにも新聞はあるのかしらね)

 

 紫の全くどうでもいいことを考えている姿を見て、怖気付いたんだとカンクロウは勘違いしてしまった。優位に立てていると思った彼は、不敵に笑い、攻撃に移ろうとしたが、またもや邪魔が入ってしまった。

 思ったより不幸体質なのだろう。因果応報と言い換えた方がいいのかもしれないが。

 

「痛っ!」

 

 木の上から石が飛んできて、カンクロウの手にヒットした。素晴らしいコントロールである。

 一同が木上を見ると、ナルトと年齢が変わらぬ少年が石を手に持ち、枝に座りながら地を眺めていた。

 

「よそんちの里で何やってんだテメェらは」

「キャーサスケくんカッコいい!!」

 

 サスケという少年のことをカンクロウは睨み付けた。ちなみに、ピンク色の髪の少女はサクラ、巨大な扇子の少女はテマリという。

 

「失せろ」

「ムカつく奴らが湧いて出てきやがって……」

 

 紫とサスケを交互に見るが、サスケはともかく、紫に至ってはまだ考え事をしていた。勿論、どうでもいい内容なのだが。

 

(木の上から態々石を当てなくてもいいのに……まあカッコつけたいお年頃だもんね。でもコントロールはいいわね)

 

 結構失礼なことを考えていた。言葉にしたら間違いなく顰蹙を買う(何名かは賛同するだろうが)ので、本心は口にはしない。無駄に相手を貶すような真似をしないのが大妖怪の礼儀。一部例外は除く。

 

「ガチで殺してやるよ……!」

 

 今度こそ本気でかかってくるようだ。殺気が今までと段違いである。

 カラスの包帯を解こうとするが、またもや邪魔が入り、それは叶わなかった。

 

「やめろカンクロウ……里の面汚しが……」

 

 そろそろぐるぐる巻きの鴉……ではなく、カンクロウが哀れに思えてきた紫だった。事の発端は、どちらが悪いのか紫は知らないのだが、少し可哀想に思えてきた。

 

(今出てきたあの子……目付き悪いわねぇ。それに、おっきい何かを、ナルトくんと似たような何かを持ってるし……藍も気づいたようね)

 

 木の枝にぶら下がるように出て来た瓢箪を背負った少年。間違ってもあの瓢箪に酒は入ってないだろう。どこぞの鬼とは違い、妙に砂っぽい。

 そしてとてつもなく目付きが悪い。物凄い寝不足にしか見えない。目の下の隈が物凄いことになっている。

 気づいたのは紫と藍だけだが、この少年にもナルトと似たような存在が秘められていた。

 

「が、我愛羅……」

 

 名前を我愛羅というらしい。にしても、カンクロウは怯えすぎではなかろうか。紫は思う。

 

(恐怖政治ってや〜ね〜、私みたいに身内には優しくしとかないと反逆者が出てきちゃうわよ……私は言えるはず、うん、大丈夫よね)

 

「ち、違うんだ。あいつらが先にやって……」

「黙れ。殺すぞ」

「!!」

 

 我愛羅の言葉に、テマリとカンクロウは恐れながら答える。確かに、我愛羅の放つ殺気は、先程のカンクロウの殺気とはまるで桁が違った。幼い子供ならば、その殺気に震え上がっても致し方ないだろう。

 

「ご、ご、ごめんね、お姉さん達が悪かったから……」

「わ、分かったから、俺が悪かったじゃん」

 

 今までと打って変わり、我愛羅に対して平伏するような態度になってしまった。まるで蛇に睨まれた蛙ようなという状況にふさわしい。

 我愛羅はナルト達に声をかけた。

 

「君たち、すまないな」

 

 ぶら下がっている状態から、消えるようにして地上へと降り立った。木の上にいるサスケは動揺を隠し切れない。我愛羅の力の一片を感じ取れたためである。

 

「なんのために木の葉に来たのか分かっているんだろうな? 遊びに来たわけではない。行くぞ」

「待て、お前の名前を教えろ」

 

 三人が立ち去ろうとしていたところ、木から降りてきたサスケが呼び止めた。その目は我愛羅に興味を写していた。

 

「……砂漠の我愛羅。俺もお前に興味がある……」

「……うちはサスケだ」

「あのさ、俺は、俺は!?」

「興味ない」

 

 哀れ、ナルト。

 

 我愛羅はそのまま視点を反対にせず、紫と藍へと向ける。

 

「うちのカンクロウが失礼した」

「あらあら、ご丁寧にありがとう。別に気にしてないわよ」

 

 一見切れたナイフのような印象を受けたが、なかなかどうして礼節を弁えた対応している。中の存在の悍ましさと正反対のような対応が、ある種の不気味さを醸し出している。

 我愛羅は紫達に対して思案していた。

 

(カンクロウが殺気を放った時もまるで動じていなかった……できるな、この二人)

 

「お前達の名前も聞かせてもらっても構わないか」

 

 紫と藍の佇まいを見て、只者ではないと予測をつけた我愛羅は、二人に対して名を尋ねた。

 

「こらっ」

 

 ぺちっ。

 

「なっ!?」

 

 名前を尋ねられた紫は突然我愛羅の額を扇子で軽く叩いた。その一連の行動を見たカンクロウとテマリは顔に驚愕の色を浮かべた。

 紫は出来の悪い子供を諭すように話し始めた。

 

「初対面の年長者に対してお前なんて使わないの。言葉遣いはしっかりしないとダメよ? 今はまだ子供だからいいけど、もう少し大人になってからはちゃんと使い分けなくちゃいけないんだから」

 

 指を立てながら先生のように指導している。

 額を叩かれた我愛羅は額を軽く触りながら、ほんの少しだけ呆然としていた。まず軽く叩かれたことに対してもそうだが……、なぜ叩けたのかがまず疑問に思ったのだ。

 我愛羅には秘密がある。その秘密があるにも関わらず、なぜ叩けたのか。

 

 あと不思議と苛立ちがない。そうされても立場的なものなのか不明だが、無意識に受け入れてしまった。

 

「ああ……すまない。そちらの名前を教えてくれないか」

 

 我愛羅の訂正した問いに満足したのか、紫は笑顔で答えた。

 

「ふふ、偉いわね。

 私は八雲紫、最近忍者になったものよ」

「私は八雲藍、紫様に同じく、最近忍者になった」

「そうか……中忍試験を受けるのか?」

「ええ、私たちは二人だけだけどね」

 

 紫達の名を聞いた我愛羅はその二人の名前を刻み込むようにして覚えた。中忍試験の楽しみが増えたということでもあろう。

 我愛羅は満足したかのように、その場を立ち去ろうとする。

 

「ではそろそろ行く」

「ええ、お互いに頑張りましょう」

 

 笑顔で紫は答える。紫もまた、面白くなりそうだと楽しみが増えていた。

 ナルトの中のものと、我愛羅の中のもの、そして忍者の能力、紫にとって面白そうなことはたくさんあった。この世界に来て正解だと内心考えていた。

 

 我愛羅達が去ったあと、ナルト達は紫達に話しかけていた。

 

「なんだ、紫の姉ちゃん達も中忍試験受けんのか。楽しくなりそうだな!」

「本当に綺麗な人たち……」

 

 ナルト、そしてサクラは各々先ほどのやりとりに関し感想を言っていた。特にサクラは、紫達に羨望と尊敬の念を込めた目で見ていた。

 しかし、その時サスケは紫達のことを鋭く見つめていた。

 

「最近忍者になったと聞いたが、何者だ?」

 

 サスケもまた我愛羅と同じく、紫達が只者ではないと感じていた。あの我愛羅に対して全く物怖じしない態度、余裕。最近忍者になったと聞いて、より得体が知れないと考えていた。

 

「元々は旅人みたいなものだったんだけど、木の葉隠れの里に定住したいと思ってね。力はある程度あったから忍びにさせてもらったのよ」

「……まあいい」

 

 あまり納得してなさそうだったが、どうせ中忍試験で分かるだろうと考え、ナルト達に声をかけた。

 

「おい、行くぞ」

 

 少々不機嫌そうに踵を返した。ナルト達は紫達の方を向き、手を振りながら歩いて行った。

 

「じゃあまたな! 紫の姉ちゃんと藍の姉ちゃん! 中忍試験で会おうぜ!」

 

 紫は立ち去って行くナルト達に手を振っていたが、遠くなっていくサスケを見て一つ思うところがあった。

 

「なんだか余裕ないわね、サスケくんっていう子」

「そうですね、強さを求めている感じでしょうか」

 

 サスケの雰囲気を見て、何かに取り憑かれているように感じた。長く生きた二人にとって、そういった者はごまんと見てきた。

 サスケがなんらかのために力を追い求めているのは明白だった。

 

「あまり変な方向に進まなきゃいいけど」

 

 老婆心から少々心配したが、紫達もその場から離れ、帰路に着いた。

 近いうち中忍試験が始まる。これから様々なことが起きてくれそうで、紫はいつになく楽しそうにしていた。

 

 そのまま自宅もとい幻想郷の自宅に帰ろうとしていたが、

 

「あ、火影室行くんでしたよ、元々」

「うわ、そういえばそうだ。だるいなぁ」

 

 帰路に着く前に、ぶつくさと文句を言いながら火影室へと方向を変えた。

 

 あと少しで中忍試験が開催される。

 

◇◆◇◆◇

 

「おい我愛羅」

「……なんだ」

 

 あの場を去ったあと、ずっと静かだった三人組だが、先程の出来事について尋ねるためにテマリが声をかけた。

 

「さっきの八雲紫という女……何者だ?」

 

 先の場で起きたことはこの集団の中では信じられないことなのだ。我愛羅の秘密を知るこの二人は、紫がとった行動に対して疑問符でいっぱいだった。

 

「……さあな、中忍試験で分かることだろう」

 

 テマリ達に対して取りつく島もない。ただ、我愛羅の心中は様々なことが回り回っていた。

 

(あの額への小突き……まるで反応できなかった)

 

 あの瞬間、正直何が起こったか把握できてなかった。少し経ったあと、やっと状況を認識したほどだ。

 我愛羅は歩きながら、口元に笑みを浮かべていた。

 

(思ったより面白くなりそうだ……)

 

 数多の人が来る日を楽しみに待っている。




フランス旅行行くのでここから更新がある程度遅くなります、すいませんm(_ _)m
感想および評価など是非お願いします(๑•̀ ₃ •́๑)‼
そういえば原作ではこの機会にナルト達は中忍試験の存在を知ったんですよね、本作品では少し入れ替えました(¦3ꇤ[▓▓]


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其の五 集う下忍達

フランスから予約投稿です。でもまだ飛行機の中にいるかもしれません( ˙³˙)


 某日、火の国を象徴するような快晴の今日、中忍試験が開催される日である。各里の下忍達はこの日を待ちわびていた。

 中忍試験を行う会場に向かって、ぞろぞろと忍び達が歩みを進めている。皆の目指すものはただ一つ、中忍の資格だ。

 

 それは木の葉の下忍達も同じ想いだった。

 

「はあ〜やっと今日がやってきたってばよ」

「ふん……」

 

 ナルト達も会場へと向かって期待を抑えきれない様子だ。前から長い間この日を待っていたのだから、この試験に対し気合は十分といったところだろう。

 どんな試験があり、どんな相手と戦うのか。好戦的な忍び達の楽しみは尽きない。

 

◇◆◇◆◇

 

 ナルト達は下忍達が集まっている部屋へと辿り着いた。この部屋にたどり着く前に色々と悶着はあったが、無事試験に参加できるようで、サクラなどは内心はホッとしていた。

 

(ふぅ……なんとか大丈夫そうね。

 サスケくんとリーって奴との戦闘もそうだし、ついさっきあった子供騙しの幻術騒動とかもそうだし、試験前に色々起こりすぎなのよ、もう……)

 

 試験に集中していきたいサクラだったが、様々な出来事のせいで精神をすり減らし、不満の一つや二つ湧き出ていた。今ではホッとしているが、これ以上無駄に精神的に疲れたくないというのが正直なところである。

 しかし、中々そうはいかないのが中忍試験である。

 

(うわぁ……なんて人数なの……。これ全員受験生? しかもみんな、なんか凄そうな奴らばっかりに見えるわ……)

 

 下忍達の集う待合室に入った瞬間目に入ったのは、鋭い目つきで入室してくるものを睨む他の受験生達だ。模様の違う額当てを各々所持していることから、それぞれが競争相手だと認識しているようだった。試験前ということもあり、非常に張り詰めた雰囲気を醸し出している。

 

 まるで蜂の巣のように視線を当てられ、気後れしているサクラだったが、突如場にそぐわぬ幼い声が響き渡った。

 

「サスケくんおっそーい!」

 

 長い金髪を一つにまとめた少女がサスケの背後から抱きついた。どうやら彼女もサクラと同じ、サスケに対して恋慕を抱いているようだ。

 

「サスケくんから離れろーー! いのぶた!」

「あら、サクラじゃな〜い、相変わらずのブサイク〜」

「なんですってぇ!!」

 

 少女の名は山中いの言う。事あるごとにサクラと張り合っている。

 続々と他の下忍達も集まりだす。

 

「お! オバカトリオか!」

「その言い方はやめー!」

 

 ナルトはめんどくさそうに雰囲気を隠そうともしない少年達に対して声をかけた。奈良シカマルと秋道チョウジといい、いのと同じスリーマンセルを組んでいるメンバーだ。

 

「ひゃほ〜みーっけ!」

 

 また別の方向から声が聞こえてきた。肩に犬を乗せながら、挑発的な視線でナルト達を向いている。

 彼もまたナルト達と同じ同期の下忍であり、犬塚キバという。その後ろから彼の班員として、油女シノと日向ヒナタもナルト達と合流した。

 

「く〜なるほどねー、今年の新人下忍9人全員受験ってわけか! さてどこまで行けますかねぇ俺たち、ねぇサスケくん?」

「えらく余裕だなキバ」

 

 サスケに対して対抗心を募らせているキバだが、それに応酬するように不敵な笑みを浮かべたサスケ。新人下忍9人全員が受験するということで、どことなく見知った顔が増えたことから精神的に余裕のできたサクラだが、一つ疑問が湧き出た。

 

「あれ? そういえば紫さん達も新人に入るのかな?」

 

 初めて紫達に会った際に、彼女らも中忍試験に参加するということをサクラは思い出した。それを聞き、ナルトもそういえば、と声を発した。

 

「そういや受験するって言ってたもんな〜、ってことは紫姉ちゃん達も新人ってことか?」

「あん? 誰だよその紫姉ちゃんっていうのは」

 

 聞きなれない名を聞きキバはナルトへと問い返したが、疑問符を浮かべたのはキバだけではない。他の新人下忍もお互い顔を見合わせて、初めて聞く名に対し私は知らないと確認しあう。

 

「元々旅人だったらしいんだけどよ、木の葉に住みたいってことで下忍にしてもらった人だってばよ。

 あと藍の姉ちゃんって人もいるんだけど、どっちもすっげ〜美人なんだっ!」

「そうなのよ! ホントにすっごい美人さん達なんだから!」

 

 ナルトとサクラが紫達の美貌についての説明で盛り上がっている中、それを聞いているサスケは思案に耽った顔へと変わった。

 あの日のやり取りを思い出し、得体の知れない人物達だと警戒しているからである。

 

 そしてまた一人、シノもその話を聞き、あることを思い出しながら声を発した。

 

「そういえば聞いたことがある……。二人の女性が下忍として認められ、ツーマンセルとして活動していることを。

 そして……」

 

 シノの話を食い入るように皆が話を聞いている。

 ただの旅人が下忍として認められただけでなく、通常スリーマンセルとして活動するはすだが、ツーマンセルでの活動をしているという珍しさ。またナルトとサクラによるととんでもない美貌の持ち主達。

 新人下忍達が興味を持つのも当然だった。

 

 しかし、次のシノの喋る内容が下忍達をより驚愕させた。

 

「――史上最速のペースで任務を達成していっているらしい」

『!?』

 

 その場にいた者全てが信じられないと言った反応見せている。

 

 史上最速。

 

 この言葉の意味を正確に理解しているものほど、なおさら信じられない出来事だと認識しているのである。

 これは他の里ほど、もしかしたら驚く出来事ではないのかもしれない。里としての歴史が浅い国だと、記録を更新すること自体はそう珍しくないからだ。

 里の歴史が浅いということは、すなわち里がさほど大きくないことが多いと言い換えることもできる。歴史に比例するように規模が大きくなるものだからだ。

 当然、規模が小さい里は忍びの数も大国と比べると少ない。そうなると史上最速、史上最強といった言葉は、すごいことはすごいと言えるのだが、所詮小国での話だと周囲からは思われるのである。

 

 しかし、今回は違う。

 

 木の葉の里での、史上最速だ。

 

 世界で見ても、最も長い歴史を持つ里である木の葉の里での史上最速。

 

 他国との重みがまるで違う。それこそ、歴史上で見てもトップクラスのものと判断できるだろう。

 

 それを、この場にいる者は理解したのだ。

 それがどれほどのことなのかを。

 それがどれほどの能力が必要なのかを。

 

 少なくとも、旅人から忍びになって間もないような人間ができることではない。

 

 そう――人間には、できないのだ。

 

(チッ……世界は広いってことかよ…… )

 

 この話を聞き、サスケは一人毒づく。自分は強くならなくてはならない、焦りと共に中忍試験を受けたはいいが、次から次へと想像できないほどの者達が現れる。

 サスケの焦りと苛立ちは、より加速していた。

 

「おい君たち! もう少し静かにした方がいいな……」

 

 紫達のことを聞いて驚愕していた一同のところへ、眼鏡をかけた一人の男が声をかけてきた。

 見たところナルト達よりも一回り近く年上に見えるが、それに構わずにいのが噛み付く。

 

「なによあんた、偉そうに」

「こんな殺気立ってる空間の中できゃっきゃしてたから注意しようと思ってね。君たちかなり浮いてたよ」

 

 眼鏡の男は会場を見渡すように促す。改めて見るとこちらを鋭く睨み、初めよりも殺気がかなり強くなっていった。

 ふー、とため息をつきながら男は話す。

 

「まあ最初だから浮き足立つのは仕方ない。でも気をつけた方がいいね。

 ああ、そういえば自己紹介がまだだった。僕は薬師カブト、年齢でも中忍試験でも君たちよりも一応先輩だ」

 

 優しく微笑みながらも、その笑顔の中には少々自虐が混じっているように見えた。中忍試験でも先輩と言うところに恥ずかしさを感じているようだ。

 サクラが疑問に思ったようで、カブトに質問を投げかけた。

 

「えと……カブトさん? もう前に中忍試験を受けたんですか?」

「うん、7回ほどね」

「へぇ……」

 

 7回と答えた瞬間に反応に困るサクラだが、それを見たカブトは苦笑し、気を使うように別の話題へと転換した。

 

「まあ、というわけで結構中忍試験には詳しいんだ。いくつか君達にも教えられることはあると思うよ。

 たとえば……」

 

 自身のポーチからかなり量の多いカードの束を取り出した。そのうち一枚を指に挟み、ナルト達に見せるように説明を始めた。

 

「これは忍識札っていってね、たくさんの忍びの情報が入ってる。誰か知りたい人の情報があるなら見せてあげるよ」

 

 サスケがいの一番に出てきて、カブトに情報の欲しい人間の名を告げる。

 

「まずロック・リー、次に砂漠の我愛羅を見せてくれ」

「うん……これかな」

 

 二枚の取り出した忍識札をカブトは指でくるくると回し始めた。すると煙と共に、白紙だった忍識札に様々な情報が浮かび上がってきた。

 容姿や任務達成数、また戦闘スキルをグラフ化して示している。

 

「ロック・リーはこれだね、班員は日向ネジとテンテン。戦闘スタイルは主に体術で非常に伸びてるが、他がてんでダメだな。

 Dランク任務が20回、Cランク任務が11回。昨年期待の新人下忍として注目されたが、この中忍試験には出てこなかった。君たちと同じで今回が初受験だ」

 

 忍識札に記載されている情報を読み上げていく。続いて我愛羅の情報も読み上げる。

 

「じゃあ次だね、班員はカンクロウとテマリ。Cランク任務が8回、Bランク任務が1回。すごいな、下忍でBランクか……。

 他国の忍びでしかも新人ということもあってこれ以上詳しい情報はないけど……ただ、任務は全て無傷で帰ってきているらしい」

 

 読み上げられる情報を聞きサスケはより表情歪める。リーはともかく、我愛羅はこの話を聞いていても厄介な者と判断できるからだ。

 サスケもBランク、もしかするとAランク相当の任務を過去にやったが、無傷で帰ってくるなんて不可能だと認めざるを得ない。自身よりも上のランクだということを否応なしに認識させられる。

 

 そして次に、先程の下忍達との話でも出てきた、今最も気になる人物。

 史上最速と言われている、かの女性。

 これはサスケだけでなく、ナルトやサクラ、他の下忍達も聞きたいであろう者の情報を彼は求めた。

 

「……八雲紫という女の情報もあるのか」

「八雲紫……一応、あるね」

 

 同じく指で忍識札をくるくると回し始めた。情報が出てくるまでの間、どことなく緊張が走ったような空気にカブトは違和感抱いたが、構わずに続ける。

 皆が噂の八雲紫の情報を見たがっているようだ。どのような人物なのか、下忍達は札を食い入るように凝視する。

 

「……出てきたね――これは……!」

 

 さっきまでとは違う様子のものが浮かび上がってきた。

 まず容姿の記載がない。他国で情報が少ないはずの我愛羅でさえも容姿は表示されていたが、紫の姿はどこにもない。

 どのような戦闘スタイルかも分からず、分かることといえば班員が八雲藍であるということ。

 

 そして最も目を引くのは――任務の達成数。

 

「な、なんだこれは……」

 

 カブトは驚きを隠せずに声を漏らし、サスケは内心信じられないと目を剥いた。他の者もこの数字を見て同様のことを考えていた。

 

 こんなことが果たして可能なのか?

 下忍になってまだ日が浅いはずなのに――

 

 Dランク任務53回

 Cランク任務38回

 Bランク任務9回

 

 どう考えても達成不可能なこの数字、忍識札を何度見返しても、なんの変化も見られない。正真正銘、紫がこなした任務である。

 

「す、すっげぇってばよ」

(この短期間での任務達成数……どうなってやがんだ)

「これは……驚いたな、まるでベテランだ……」

 

 史上最速のペースというのは間違いないのだろう。こんな数字、過去にもできた奴がいてたまるかと、この場にいる忍び達は全員が同じことを考えていた。

 

「どんな見た目かも記録できてないほどに、本当にここ最近下忍になったようだよ、この女性は」

「もし俺と初めて会ったその日に下忍になったって考えても、実際そんなに前じゃねーってばよ……」

 

 なおさらおかしすぎる数字だ。これは忍びになってから、かなりの年数を経ないと達成できない。いくらDランクやCランクが簡単だからと言っても、時間はどうしてもかかってしまうものだ。

 新人下忍だけでなく、この情報を見たカブトでさえもこの異常さには驚きを隠せない。

 

(……こんな者が存在するのか、あの方に報告しておかなくては。とんでもなく大きい障害となり得るかもしれない……)

 

 忍識札の情報は正式なデータならば自動更新だ。名前自体登録したことは覚えているが、それから全くカブトは紫に注視してなかった。

 そういえば、とカブトは思い出したかのように過去に聞いたことを思い出す。「最近やたらと依頼の処理数が多い」という噂だ。この時、サスケのこともあってか、優秀な新人下忍が複数人現れたのかと安易に考えていた。

 

(八雲紫……彼女のことだったか……)

 

 これを機に、カブトは一気に紫の警戒レベルを引き上げた。

 

 そして、サスケも未だにこの事実を素直に受け入れることができていない。

 

(……ありえねェ)

 

 一筋の汗が頬を伝う。

 

(マジで人間業じゃねえ。物理的に考えても、こんなの不可能だ……)

 

 ナルトの話を聞いても、紫が下忍になってからまだ数ヶ月も経っていない。なのに、この任務達成数は時間で考えても、能力で考えても、如何なる方法を考えても、明らかにおかしい。

 

 サスケはある意味、限りなく正解に近い答えを脳内で反芻させていた。

 

――本当に人間じゃねぇのかもな……

 

「ハッ……」

 

 そんなわけないか、とサスケは自虐的に自らの浅はかな考えを否定した。どうやったかなんて相変わらず見当はつかない。

 そんな中、いのは疑問を投げかけた。

 

「それで、その当の本人はまだ来ないのかしら」

「そういえば、まだ見ないわね」

 

 会場を見渡すように、サクラは記憶の中にある紫の姿を探すが、どこにもその存在はない。あれだけ目立つ容姿をしているのだから、絶対に気付かないなんてことはない。

 

「時間もうそろそろよね? 紫さん大丈夫かな……」

 

 時間が近くなっても現れないことを心配するが、それは杞憂に終わった。

 

 ギィ……。

 

 会場の扉が開く音が響き渡り、受験者は一斉にその方向を向いた。

 

 入ってきた者の姿を見た瞬間、全員の目が釘付けとなった。

 

 見た目は明らかに忍者とは思えないほどの豪奢なドレスに、まるで金を伸ばし糸のように加工したかのような輝くブロンドヘア、そしてそれらをさらに引き立たせるような抜群のスタイルの持ち主の女性がこの中忍試験の会場へと現れた。

 彼女こそが八雲紫。ありえない数と言われるほどの任務をこなし、新人下忍達の話題の中心だ。

 紫の後ろをつくように歩く八雲藍も、紫に負けないような美貌の持ち主だ。

 

 磁石のように視線を集める二人は、ナルトなどの新人下忍達を見つけ歩み寄っていく。

 

「久しぶりね、ナルトくん。時間に間に合ってよかっ……どうしたのかしら、みんな私のことジロジロ見てるけど……?」

 

 きょとんとしたような顔をしながら、不思議さを交えた口調でナルト達に話しかけた。

 

「久しぶりだってばよ、紫の姉ちゃん。紫の姉ちゃんの話を聞いて、みんなすげー興味持ってんだ」

「私の話? 何か変なことでもしたかしら?」

「変なことというよりは、とにかくすげーことだな」

「??」

 

 何故自分がそこまで興味を持たれているのか本気で予測がついてない様子だ。その悩む仕草でさえも、人形のように可愛らしい芸術的なものを感じさせる。

 初めて紫達を見る者は、その美貌に対し驚きと羨望を込めた瞳でその姿を見つめる。何から何まで次元が違う容姿に嫉妬すら湧き上がらない。

 

「姉ちゃん達のやった任務の数を見て驚いてんだってばよ、こんな短い間にすげーって感じでさ!」

「あぁ、なるほど」

 

 手をポンと得心がいったように叩く。

 

「ほら私は特例で下忍にさせてもらった身でしょ? 上のランクの任務をやるのに、普通よりも厳しめの条件だったのよ。

 だから多く感じるってことだと思うけど……違うかしら?」

「なるほどなぁ〜、でもそれ抜きにしてもとんでもない数だってばよ。何かコツみたいのがあんのか?」

「ふふ、企業秘密ー。女性の秘密を暴こうとするのはダメよ〜」

 

 ナルトの口を塞ぐように人差し指をつける。ナルトの頬は若干赤く染まった。

 

「えぇーずりぃよー! いいじゃんいいじゃん、ちょっとでもいいから教えてくれよ〜!」

「教えたところで貴方達じゃできないわよ、まあ諦めなさいな。

 さて、そろそろ時間かしらね?」

 

 ちらりと会場の時計を見て、試験の開始時刻が近いことを確認する。見たところ、もうほとんどの受験生が集まっており、いつ始めても問題がないほどだ。

 

(なーんか私のことを監視するような目が多いわね、ゆかりんは魅力的すぎちゃうのかしら……罪な女ね)

 

 戯けたことを考えるが、そんなことを本気で考えるほど紫は馬鹿ではない。単純な頭脳でも幻想郷随一と言われているほどだ。冷静に思考することができる。

 

(まあ、こうなることは予想がついてたわ。敢えて面倒ごとに巻き込まれるために意図的に目立つ行動をしてきたのだから。

 この世界、そろそろ面白くなってきそうね)

 

 大妖怪は暇を持て余しているがために世界を闊歩している。自身が楽しむためなら種をそこら中に巻き続けるだろう。紫の期待は徐々に膨らみを帯びてきた。

 

 時計が予定時間をちょうど指したとき、会場の前方に煙がボンと巻き起こった。その煙が晴れると、そこには多数の試験官と思わしき者たちが現れ、全受験先の視線はそちらに移行した。

 試験官達の中で最も目立つ風貌をした男が声をあげる。この中でのリーダーを務めているのだろう。

 

「待たせたな……中忍選抜第一の試験、試験官の森乃イビキだ」

 

 受験生全員に語りかけるようにイビキは開始を告げる。

 

「ではこれから、中忍選抜第一の試験を始める。座席番号の札を受け取り、その指定通りの席につけ!

 その後筆記試験の用紙を配る……」

「へっ?」

(へっ?)

「ペッ……ペーパーテストォオォォオ!」

(ペッ……ペーパーテストォオォォオ!)

 

 ナルトと紫の感情が一致した。しかし、その理由は大きく異なる。ナルトは学力的な意味で筆記試験が苦手なだけだが、紫はとてつもなく頭が良い。他に理由があるのだ。

 

(な、なんで忍者の世界まで来て筆記試験なんてやらなくちゃいけないのよ! 全然忍者っぽくなぃ……)

 

 忍者のような試験を期待していたが、全くの想像外の試験だったので落胆してしまう。

 様々なルールを説明されたが、いずれにしても紫達にとっては簡単な試験だったため、大したことは起きずにそのまま第一の試験通過した。

 

 試験中は何かと騒動が起きていたが、紫にとっては気に留めるほどのことではなかった。

 

(はぁぁぁ……つまらないいいぃぃぃ)

 

 退屈な時間を過ごした紫だが、次の第二の試験の内容は元気を取り戻すような内容が行われることになる。

 

 第二の試験は、『忍者っぽい』サバイバル合戦だったからだ。

 

 紫達の能力が徐々に発揮されていく。




この小説の方針としては原作と変わらないストーリーの場合は基本的に端折ります。紫達が関わることで変化した部分だけ描写したいと考えているのでご了承下さい(>人<;)
感想、評価お願いします(^з^)


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其の六 中忍選抜第二試験-1

フランス旅行から帰ってきました٩(๑•̀ω•́๑)۶
フランスにいる間度々みてましたが、突然お気に入り数が爆増して大変びっくりしました。旅行中で更新できなかったこと大変申し訳なく思っています.°(ಗдಗ。)°.
評価ゲージも色がついたようなので、赤色にできるよう頑張りたいです(๑•̀ ₃ •́๑)‼


 第一の試験であるペーパーテストを通過した下忍達は、先ほどまでいた会場とは別の会場にいた。筆記試験終了後、第二の試験を担当するみたらしアンコに連れられ、広大な鬱蒼とした森の前へと移動したのだ。

 ここは別名、死の森。

 第二の試験はここで五日間のサバイバルを行い、初めに配られた「天」と「地」の巻物を二つ揃え、森の中央部にある塔へと向かうという試験だ。

 しかし、初めに渡される巻物はどちらか一つ。つまり、この森の中で欠けている方の巻物を巡り、他班との争奪戦を行うのである。

 この試験から死人が出るらしく、下忍達は冷や汗を流しながら緊張していた。

 

 そんな受験生の中で、紫は今か今かと待ちわびていた。やっと忍者風味のことができると喜んでいるのだ。

 

(やっとそれっぽいのきたーー! ここからスキマ忍者八雲紫の物語が始まるのねっ!)

 

 忍者の憧れが元々あったのか、まるで子供のように目を輝かせながら期待に満ちた表情で死の森を見つめていた。サバイバルなど、正に忍者そのものである。

 楽しそうにしている姿を藍は見つめているが、その姿があまりに子供のように見えているせいか、非常に可愛く感じている。歳で言えば、かなりの差がある二人だが、今回ばかりは従者の立場から失礼を承知で、紫のことを微笑ましいと思っていた。

 

「お金を手っ取り早く稼ぐために、Bランク任務でも配達がメインでしたし、たまにある戦闘も大した敵ではなかったですしね。

 一般的に考える忍者の活動は、もしかしてこれが初めてかもしれませんね。私も何気に楽しみです」

「そうでしょうそうでしょう! いやーここに来てよかったわね!」

「ふふふっ」

 

 二人の会話の内容を下忍達は全く聞こえないが、周囲と比較し明らかにこの二者だけ雰囲気が違う。恐れや緊張は無く、ただただ楽しい遊びを始めたいというようにしか見えなかった。

 死の森を前にして何を考えているのだとほとんどの人間が考えていた。

 

「みんな巻物は持ったわね! それでは、第二の試験……始めッ!」

 

 周囲を確認したみたらしアンコは開始を宣言した。

 森への入口を開け、下忍達は一斉に森の中へと駆けた。紫達も期待に胸を膨らませながら、ゆっくりと森へと歩みを進める。

 

 中忍選抜第二の試験がスタートした。

 

◇◆◇◆◇

 

 一歩歩けば何某かの生き物が湧いてできそうに思わせるような日の入らない空間が死の森には形成されていた。試験説明の際に幾多もの野生の動物や毒を持つ植物が存在すると言われていたが、説明されずとも直感で察してしまうような雰囲気が辺りを漂っていた。

 そんな森を浄化するのではと勘ぐらせるほどの華美なドレスを着ながら、ゆったりと歩いている女性が二名いた。

 

 我らがスキマ忍者の八雲紫と、その従者八雲藍である。

 彼女らはこの試験での身の振り方を話していた。

 

「それでどう動きましょうか。ゴールをすぐには目指さないでしょう?」

「もちろんすぐに終わらせたりなんかしないわよ。せっかくの機会なんだから忍者体験しないと勿体無いわ」

「じゃあこの森で寝泊まりするんですね」

「それは嫌」

 

 反射的に手でバッテンを作り、当然のように拒否した。紫の中の就寝場所は、自宅であることが確定しているようだ。

 

「忍者に野宿なんて当たり前のことでしょう………」

「それはそれ、これはこれよ。忍者の野宿なんかしたくないわ。あくまで活動という意味で忍者の体験をしたいだけなんだから」

「なんとまあ選り好みする忍者ですね……それで結局この試験ではどう行動するんですか?」

 

 我儘な主人に対して半ば呆れが生じているが、よくよく考えれば自分もこんな森で野宿がしたいわけではないので、本題へと話を戻す。

 

「そうねぇ、私たちの巻物は普通に正々堂々と集めればいいとして、あとは適当にその辺ぶらぶらしながら知り合いの実力を見てみたいって気持ちはあるわね」

「私としてはナルトくんに勝ち進んでほしいので多少の手助けならしてあげてもいいんですけどね」

「明らかに異常な事態が起きたら助け舟を出すのはいいと思うわ。でもゴールまで何から何まで助けてしまうのは不公平だからだめよ?」

「それはもちろん。ただ、ナルトくんの中のものもそうですし、同じ班のサスケくんも一族関係から周囲に狙われる可能性があると考えられるので、あくまで緊急事態が起きた時だけ助けます」

 

 ナルト以外にも下忍の中で有名な人物は二人の耳に入ってきている。

 

「まるで保護者ねぇ?」

「年長者としての役目のようなものですよ」

 

 元々ナルトと通ずることがあるがために紫に付き添っているため、その目的を果たすために多少の労力は厭わない。

 あとは個人的に良い子そうだと考えているということもあり、世話付きな一面が見えていた。紫も妖怪の中では人間にかなりの世話を焼く方ではあるが。

 

「とりあえず私達の分を集めましょうか」

「そうね」

 

 ある程度の指針が定まったが、初めに自身の合格を目指すことに決めた。さて探してみようかと考えていたところ、二人にとって間の良い出来事がやってきたようだ。

 

「藍、分かってるわね?」

「ええ、もちろんです」

 

 紫達は歩いたまま意思の疎通を図る。紫は相変わらず優雅に足を運んでいるが、藍は匂いを嗅ぐように鼻だけ僅かに動かしていた。どちらも周囲から見て全くの無防備と思えるほどに終始行動に変化はない。

 

 なにかが二人に刃を向いた。襲撃者だ。

 

 生い茂った木々の間を縫い軌道を隠すように投擲されたクナイが死角から藍を襲った。

 投げた本人は何も反応を示さない藍を見て勝利を頭に浮かべた。角度、速度、着弾点の全てが完璧に思えた。

 しかし、伝説の妖獣に対しては、あまりに非力な攻撃だった。

 

「足りないな」

 

 藍は視認することなく、さも当然かのように右手の指二本で挟み込むように防いだ。そのあまりに余裕な態度を見ていた襲撃者の一人が動揺したことで、隠れている幹の裏に生えている枝の揺音を起こしてしまい藍に居場所を教えてしまった。遠い場所だったが彼女の耳には十分だった。

 

「返すぞ」

 

 投擲された位置とは別の位置にクナイを投げ返した。遠くにいても風切り音が響き渡るほどに鋭い腕の振り。空気抵抗により歪んでしまっているのではないかと思わせるほどに尋常ならぬ速度で飛んでいく。

 

 音を起こした者は焦りはしたものの、そこまでの危機感を感じることはなかった。揺らした枝の位置は藍から見て幹の裏側だったので、クナイの攻撃ならば自分に当たるはずがないと思い込んでいたからだ。

 投げる瞬間だけは確認できたため、次に取る行動に関し思考を巡らせかけていた。

 しかし、彼女のクナイはそれを許さなかった。

 

「ぐっ!? ば、バカな、何故っ……!」

 

 突然の鋭い痛みは思考を叩き切った。足を見ると腿に深々とクナイが刺さっていた。間違いなく班の仲間が投げた物で、藍が投げ返したものに違いない。

 痛みの中、変に焦げくさい匂いを感じたので、ちらりとそちらに目を向けた。

 

 なんとクナイは隠れていた木の幹を貫通していた。

 

 幹の裏にいて幸運と言えるだろう。何故なら、幹がなければ今頃足は体から消滅していたと容易に予測がつくほどの威力を誇っていたからだ。

 

「ンだよっ、この化物は……! おい、大丈夫か!」

 

 このまま一人にしてはおけないと、紫達を包囲するように隠れていた者達は傷を負った仲間の元へと駆けつけた。

 穴の空いた幹と仲間の傷を見比べ生唾を飲み込んだ。この場をどう乗り切ればいいか必死に考えを張り巡らせている。

 

「見たところまだ動ける。あの化物に遠距離は無理だ! 近接戦に持ち込むぞ!」

「ああ、すまない……」

 

 簡易的な止血を施したあと、紫達の目の前に三人同時に飛び出した。

 前方に現れた忍びは、目つきの悪い大きな唐傘を背負った大男が一人と、二人の小柄な男達だった。ちなみにクナイが刺さったのは小柄なほうの一人だ。

 額当てには縦線が四本の模様がなされていた。

 

「あの模様は確か雨隠れのものだったかしら」

「そのようですね」

 

 大男がリーダー格なのだろう。藍を見つめ忌々しく言葉を吐き捨てた。

 

「このクソ女が……忍者とは思えねぇ格好しやがって舐めてんのかよ」

「あら、怖い怖い雨隠れのおじさんねぇ?」

「チッ、てめぇも腹立つ反応しやがって」

 

 雨隠れの面々は紫達に対し苛立ちを隠そうともしない。

 おもむろに背負っていた傘を手に持ち殺気を放つ。

 

「一瞬で終わらせてやる」

 

 手を大きく振り上げ傘を複数上空へと投げ上げた。くるくると回りながら上がるにつれ、傘が徐々に開いていく。ピタリと上空で止まると、男は印を結び紫達を睨む。

 

「厚さ5ミリの鉄板でも貫く千本だ。これでお前らを針の筵にしてやる」

 

 印を組んだ手に力を入れると傘がカチッと音を立てた。

 

「死ね! 忍法・如雨露千本!!」

 

 多数の千本が複数の傘から射出された。まるで如雨露で花に水をかけるように、千本が紫達に降り注いだ。確かに厚めの鉄を貫通できるほどの威力があるように思えた。

 

 千本が紫達のいたところに着弾し巨大な砂埃が巻き上がった。男達は全く避けようと動いていない姿を見て仕留めたと確信していた。砂埃の中に剣山のようになった姿を幻視する。

 煙が晴れた。

 

「なっ……!? どこにもいねぇっ」

 

 剣山になった姿どころか、そもそも最初から存在していなかったのではと錯覚させてしまうほどに、地面には無数の千本しか刺さっていなかった。音もなく、閑散とした空気が漂っていた。

 

「確実に命中したはずだ! 奴らはどこに――」

「ここにいるぞ」

「なんだと……!?」

 

 雨隠れの忍び達の背後に二人は現れた。千本の一つも刺さっておらず、さらにドレスにも汚れ一つ付いていない。

 男達の顔は信じられないものを見るものだ。当たり前だ、文字通り逃げ場などなかったはず。何か盾のようなもので防ぐならば可能だが、それらを持っている様子はない。

 隙間なく射出された千本を一つも当たらずに避けるのはどんな人間でも不可能である。

 それこそ超ハイレベルな時空間忍術を使わなければ――と男は考えるが、動揺により動きが止まったその刹那の時間だけで藍には十分であり、その思考は無意味と化す。

 

「ガハッ……!」

 

 いつの間に距離を詰めたのだろうか。雨隠れの大男は鳩尾に藍の拳を喰らい、体がくの字になりながら後方に飛んで行った。

 彼からすると、気付いたら体が宙に浮いていたと感じるほどだ。そのまま気を失い地面に横たわった。

 

「ひ、ひぃ……」

 

 他の男達はリーダー格の男が吹っ飛んで行ったのを見て、もはや勝つ意欲を失った。

 

「や、やめてくれ、巻物は差し出すから見逃してくれ!」

 

 一人が藍に向かって懇願するように巻物を差し出した。それは『天』と書かれており、紫達の持ってるものとは違う。

 この瞬間、紫達の合格が確定した。

 

「殺すわけではないのだがな……その男を連れて早く立ち去りなさい」

 

 地面に置かれた巻物を手に取ったあと男達にそう告げた。

 雨隠れの忍び達は気絶した仲間を背負い、紫達の前から逃げるように立ち去った。

 

「都合良く天の書ですね」

「そうね、あとは無駄に戦わなくてもいいわ」

「あとは適当に下忍達のことを遠目から見ましょうか」

「ええ」

 

 早々に巻物を揃えた二人は当初の目的を行うことができそうだ。忍者ごっこを行うついでに下忍仲間の能力を見ること。9:1程度の比率だが、せっかくの機会なので楽しもうと考えている。

 スキマ忍者八雲紫の物語が今始まる、となったところでまた新しく出来事が巻き起こった。

 

 ゴウッと突風が遠くから吹き荒れたのか、強めの風が二人のドレスをはためかす。

 

「なんか起きてるわね」

「行きますか?」

「もちろん!」

 

 急な事態に紫は目を細めたが、すぐに自らの目的を思い出し、楽しそうな様子で藍に告げる。

 遠足気分で突風源に向かった。何が起こるのか、紫は笑顔だ。

 

◇◆◇◆◇

 

 突風が吹き荒れてからしばらく経ったあと、その発生源となった箇所は荒れ果てていた。まるで巨大な獣達が争っていたかのように木々が倒れている。ここで壮絶な戦いが行われていたのだろう。

 その場には三人の子供の姿と、一人の顔が焼け爛れた忍らしきものがいた。子供達は苦戦を強いられ今にも全滅しそうなほどに疲弊しており、現に一人のオレンジのジャージを纏った男子、ナルトは気を失っている。

 

 黒髪の子、サスケは相手の顔を焼くほどまで対抗した様子だが、遂にそれも終わりを迎えたようだ。

 謎の忍にとって、元々この戦いには意味があったのだろう。サスケの力量を確認し終えたあと、長髪の者は不可解な動作をした。

 なんと首を長く伸ばし、サスケの首筋めがけ噛み付こうとしたのだ。かなり素早く、サスケはほとんど反応できていない。このままならば間違いなく噛み付かれてしまう。

 

 その者にはなんらかの思惑があるのだろう。

 首筋に噛み付くことにより何かがあるのだろう。

 本来であれば、それは防がれることはなかっただろう。

 このまま目的を達成できたことだろう。

 本来であれば――

 この世界に何も変化がなければ――

 

――かの大妖怪達がいなければ――

 

「ぐっ……!!」

 

 突然何者かに顔が凹むほど殴られ、盛大に吹っ飛ばされた。

 荒れ果てた空間の数少ない木々が後を追うように折れ、元々なぎ倒されていた木々は粉々になる程の勢いで謎の忍は飛んで行った。

 

「気色の悪い奴だ」

 

 殴りつけた張本人である八雲藍は、かの者に対し自身の拳を見ながら違和感を覚えていた。

 

「お前、普通の人間ではなさそうだな」

 

 相手の忍は首を伸ばしたり、サスケ達と戦っていた時は舌をとてつもなく長く伸ばしたりしていたので、通常の体とは大分異なるのだろう。殴りつけた時の感触に疑問を覚えていた。

 しかし、そんなこと人間ではない藍に何も関係がなかった。

 

「まあいい、サスケくんはついでだったが、お前も片付けておこう」

 

 全くもって藍は歯牙にかけていなかった。適当な対応で十分だと言わんばかりの口調だ。実際、彼女にはそれができるだけの歳月や経験を積んできている。如何に下忍を相手に圧倒したとしても、それは大した情報になり得ない。

 

 本気で相手にしていない。

 

 それを感じ取ったのだろう。飛ばされた者は、嘯く藍を最大限の殺気を込めた目で見ていた。サスケ達に向けていたものと全く質が異なる。

 現にまだ意識を保っているサスケとサクラは、その殺気が自分に向けられていないのに身動き一つ取れなかった。仮にこの殺気を自身に向けられたならそのまま惨殺されていた。

 それほど濃密な殺気だった。

 

「く、くく、ククククク……舐められたものね。下忍の分際で。

 いいわ、この私があなたを殺してあげるわ。ただし簡単には殺さないわよ、最大限の苦痛を与えて後悔を――」

「御託はいい、さっさと来い。ビビっているのか?」

「本当に殺してあげるわ……!!」

 

 先程まで行われていた戦いとは、レベルの違う戦いが行われようとしていた。八雲藍と謎の忍、とても下忍同士の戦いではない。

 この場におり、かつ意識のあるサスケとサクラはただ見ていることしかできない。

 

 しかし、サスケは少し違った感情でこの戦いを見る。

 力のない自分にもしかしたら道を示してくれるかもしれない――そう思っていた。

 

 両者の戦いが始まった。

 

 そして離れた場所で紫も見物していた。




雨隠れのおじさん達は無事生存ルートです(別に今後出てきませんがƪ(•̃͡ε•̃͡)∫ʃ)
パリの電車でスリに遭いかけました。小さい女の子がやるとはおもわなかったので皆さんも気をつけてください。私みたいに近くに優しいお兄さんがいるとは限らないので(。•́︿•̀。)
感想、評価よろしくお願いします(•̥̀ ̫ •̥́)


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其の七 中忍選抜第二試験-2 八雲藍vs大蛇丸

原作と大きく異なります。あと今までの話含め、文体変えました。具体的にはセリフ間の行間があると間延びするかなって思ったので詰めるようにしました。もし見辛くなったとかあれば言ってください(◜௰◝)
時差ボケが微妙にありますね。昼ぐらいにやたらと眠くなっちゃいます(¦3ꇤ[▓▓]


 藍と顔の焼け爛れた者は対峙している。しかし、ただ焼けているようには見えない。溶けた皮膚の裏には、また違う顔があるように見えているからである。

 これから戦う際に鬱陶しく思ったのか、手で覆ったマスクを剥いだ。下から現れたのは、蛇のような目付きの印象を受ける白い男の顔だ。

 人によっては生理的に恐怖を感じる顔だろう。

 

「私のこの顔を知っているかしら?」

「知らん、つい最近この里に来たものでな」

「なるほど……道理で私が知らないわけね……」

 

 藍が自身のことを知らないことと、逆に自身が藍のことを知らないことに得心がいった。でなければ、あの自分が顔を殴られあそこまで吹き飛ばされてしまうような存在を知らないわけがないからだ。正直、あの力は尋常ではなかった。

 

「私は大蛇丸……流石に知っているでしょう?」

 

 この大蛇丸が飛ばされる……生半可な力量では不可能なことだ。単純な力で見ても、かつて同士であった綱手姫と同等以上のものを持っていると見た。

 

「どこかで聞いた名だな」

「くくく……嫌でも思い出させてあげるわ」

「ほう? それは楽しみだ」

 

 互いに不敵な笑みを浮かべた。藍はようやく歯応えのある相手を見つけ、この戦いを楽しもうとしているのだろう。

 大蛇丸はそんな様子の藍を見て苛立ちをさらに募らせる。私はあの恐怖の大蛇丸だ、楽しむなんて余裕は許さない。

 体内のチャクラを漲らせる。どこの誰かは知らないが、戦ったことを後悔させてやると彼はドス黒い感情を中に渦巻かせた。

 

「…………」

 

 サスケはこの二人の戦いを目に焼き付ける。今の自分では歯が立たなかった大蛇丸にこれほどの余裕を見せつける藍に、どれだけの力を内包しているのか興味は尽きなかった。そして自らの野望の指針を揺り動かすものになるのか。

 この二者の戦いはサスケの道標だ。

 

「さあ、行くわよ」

 

 口から剣を吐き出した大蛇丸は、それを手に握り刀身を藍に向ける。業物なのだろう、鈍い色を放ちながらも鋭い切れ味を感じさせる。

 

「これはこれはご丁寧にありがとう。何も言わずに搦手を責めてもよかったのだがな?」

「さっきから、挑発のつもりなのかしら。私はそんなのには乗らないわよ」

「挑発じゃないよ」

 

 口元に笑みを浮かべたまま首を振る。

 

「先手くらいくれてやらないと、勝負にならないだろう?」

「小娘め……その余裕を、誰に対して向けていると思っているかしら?」

 

 舐めている。大蛇丸はそうとしか思えなかった。明らかに大きく歳の下回る相手ここまで舐められることなどそうそうない。

 しかし、それは藍からすれば違った。

 

 一つ瞬きをした瞬間、何かが破裂したような音が大きく鳴り響くと同時に、大蛇丸は最初と同じように凄まじいスピードで飛んで行った。藍がまた頰を殴りつけたのだ。

 

「何度も言わせるな。別に挑発してるつもりでも、舐めているわけでもない」

 

 ようやく体が止まった大蛇丸に対し、教え諭すかのような表情で告げる。

 

「そうしないと、一方的なだけで終わってしまうだろう? せっかくのそこそこの相手なんだ、ちょっとは楽しませてもらわないとな」

「図に……乗るなよッ! 小娘が――!!」

 

 持っていた剣――草薙の剣――を振りかぶりながら藍に接近する。「まあ、小娘かどうかは置いておいて」と小さく呟いた藍はその剣をわずかの距離で見切り、横を通り過ぎていく大蛇丸に対し足を引っ掛ける。

 一瞬体勢を崩したがすぐに立て直し、血走った蛇のような目で彼女を見る。怒りからか手が震えていた。足を掛けただけで追撃してこないことに、とことんまで馬鹿にされていると感じているのだ。

 

「どこまでも……この私をっっ!!」

 

 プライドをかけ全身全霊で飛び込む。なりふり構わず、今大蛇丸の出せる本気ということが分かった。

 

「それでいい」

 

 出し惜しみしない相手と戦いたかった。大蛇丸がこの世界でかなりの実力者というのは見て分かる。だからこそ、藍はその実力を味わってみたかったのである。

 

◇◆◇◆◇

 

「なん……だってんだ、よ……」

 

 乾いた打撃音が響き続ける。

 

「おかしいだろうよ……こんなん……」

 

 時折剣が弾かれたような鈍い音も響く。

 

――ほら、今も爪で剣を弾いた。

 

「俺は……何を見てるんだ――?」

 

 先程から信じられない光景を見て、未だにそれが現実だと認識できていないような口調で一人話しているのはサスケだった。

 これまで人生、いろいろ見てきたつもりだった。だからこそ自身の力不足を呪い、自身を高みにあげるためならなんだってしてこようと考えていた。野望を達成するため、どんな苦しいことだって乗り越え、いずれ力を手にしたかった。

 

 この中忍試験だってそうだ。

 

 幾人もの強者と戦い続け研鑽を積む、こうしていればサスケはいずれ届くと考えていた。確かに焦っていた、こうしている間に野望の相手との差が縮まっているとは思えなかった。

 だが中忍試験を経て、次に上忍試験を経て、次々にステップアップを図ればいずれ届くだろうと――思っていた。

 そうして挑んだ中忍試験の初めに、とんでもない存在と遭遇した。

 大蛇丸。

 今まで戦った中で最も勝ち目がないと思った忍だ。これまで身近なところではカカシが強かった。自分じゃあまだ勝てない、ずっと思っていた。

 しかし、上には上がいた。カカシなんて目じゃない。サスケは大蛇丸に対しここまで差があるのかと絶望感を感じた。奮闘はしたかもしれない、だがそれでも差はあまりにも大きい。

 コテンパンにやられてしまった。それ以前に戦意喪失も最初はしていたのだ。

 遠すぎた。無理だ。そう感じさせた相手だ。

 

 そう感じさせた相手、だった。

 

 この光景はなんなのだ。この鳴り止まぬ音々はなんだ。

 

 かつてない絶望を味合わせた大蛇丸が……

 

――全く手も足も出ない

 

 音達は全て大蛇丸から発せられていた。

 大蛇丸は本気だ。先程サスケと戦っていた時の手を抜いた状態とはわけが違う。仮に自分があの場に立てば、瞬き一つする間も無く切り刻まれてしまうだろうと確信していた。

 なのに、かすり傷一つ藍に付けられない。

 

 大蛇丸が剣を鋭く振り下ろすも、何も気負うことなく紙一重のところで躱し、重い拳を浴びせる。

 斬撃をフェイントにし、自らの肉体でどうにか藍に攻撃しようとしても全ていなされ、最後には体が破裂してしまうのではないかと思われるような反撃を喰らう。

 剣を爪で防いだときも、そのまま体を切り裂く。まるで業物を複数同時に横薙ぎしたかのような傷が体に走る。

 

「グゥ……!」

 

 そしてまた、鳩尾に藍の膝が無慈悲に突き刺さる。

 もう何度飛ばされたか分からない。大蛇丸は全身が血まみれになり、息も絶え絶えになるまで追い込まれていた。

 

「はぁ……はぁ……ッ!」

 

 アレはなんだ。なんなのだ。

 忍者とは思えないふざけた服装をしながらこの強さはなんなのだ。

 大蛇丸はもう足元が覚束ないほどに疲弊しているにもかかわらず、藍は戦う前と何も変わらぬ状態でいた。

 息一つ乱さず、服も汚れず、何もなかったかのように堂々と立っている。

 

「くそっ……風遁――」

 

 肉弾戦では勝ち目がないと、別の活路を見出すため大蛇丸は印を結んだ。

 多少なりとも動きを止めることができればと考えていた。

 

「大突破ッ!!」

 

 暴風が藍を襲う。このとてつもない風量の前には藍がいくら強くとも、倒せはしないだろうがある程度遠くへ飛ばせるだろう。サスケは良い手だと考えていた。

 そういえばと、サスケは失念していた。あの術の放射経路は木に留められているナルトと、いつのまにか気を失っていたサクラ、また自分がいるじゃないかと。このまま藍が避けるだけだと、まず間違いなく自分たちが喰らってしまう。

 そう認識したサスケは焦るように立ち上がり、足に力を込め今すぐに駆け出そうとしたが、それを制止させるように藍が手を向けた。

 動かなくていい、そんな表情だった。

 常識的に考えたら無理だろう。この術から完全に逃れるのは至難の技だ。しかしサスケは、これまでの藍の異次元の実力を見て、どこか安心して動きを止めた。

 守ってくれる。そう思った。

 身を委ねたサスケを見てくすりと笑った藍は、迫り来る暴風に対し爪で切り裂くように、腕を鋭く横に薙ぎった。

 

 パンッ……パァァアァンッッ!!

 

 腕が見えなくなった瞬間に大きく音が鳴り響く。これは聞いたことがある、音速を超えた時にこのような音が発生するらしいとサスケは脳内に浮かんだが、その次の音は想像より遥かに大きなもので、辺りを支配した。

 音速をさらに超えたようだ。

 目眩がしてしまうような爆音を奏でた藍の腕は、暴風の中心を捉える。

 すると、暴風が切り刻まれたかのように、藍の前で霧散してしまった。無数の弱い風に分裂してしまった大蛇丸の風遁は、完全に打ち消されてしまったのだ。

 

 たった腕の一振りで相殺ッ!

 

 もし大蛇丸が藍の存在がなんたるかを知っていたら、こんな手は取らなかっただろう。伝説の存在に対し無謀であると、思考する前から答えは出ている。知っていたら別の手を講じていた。

 しかし、残念なことにまだ誰も知らない。故に、勝ち目など最初からなかったのだ。

 

「ふむ……まだなにか、あるのかな?」

 

――出し惜しみしているのなら全て出してこい

 

 一語一句違わず、大蛇丸に向けて言い放った。まるで、弟に対しお前の実力はそんなものではないだろうと言うかのような口調だ。

 先程なら舐めたことを言うなと一言や二言言い返すのだが、大蛇丸はこの自分の姿を見て、とても舐めてるだなんて言えなかった。ここまで差がつくことなど初めてかもしれない、完膚なきまでという言葉は正にこのことだと薄らと実感していた。

 しかし、大蛇丸の持つプライドはまだ終わっていない。

 

「この、伝説の三忍と言われたこの私に対してここまでとはね……」

「……ああ、聞いたことがあると思っていたら、そうか。伝説の三忍のうちの一人、大蛇丸か」

 

 木の葉の里に来てから少しずつだが情報を集めていた時に、この伝説の三忍についての文献を読んでいた。確かに、他の二人と大蛇丸の名があった。ようやく藍は頭の中につっかえていたものが取れた気がした。

 なら、と。まだ、なにか……あるだろう。

 伝説とまで言われる忍なのだ、その所以はまだ残っているはずだ。

 

「お前はまだ見せていないものがある……」

 

 藍はまだまだ面白いものが見られると期待する。

 大蛇丸がこの程度の忍なわけがないと、ある種の信用をしていた。

 

「来い」

 

 油断なく構える藍の姿を見て、いよいよ頭の中に先程から浮かんでいた突破法を行使せざるを得ないと理解する。

 まあ、いいのかもしれない。

 この場を乗り切るにはこの術しかないと大蛇丸は判断すると同時に、実験として行っても悪くないと頭を切り替える。

 

 おもむろに大蛇丸は手を合わせる。

 

「口寄せ――」

 

 今回の計画の切り札となるはずだったこの術。早く披露してしまうことになるが仕方ない。大蛇丸はニヤリと笑った。

 

「穢土転生ッ!!」

 

 手のひらを地に力強く叩きつけた。すると地面から二つの石棺が現れ、ゆっくりとその扉が開かれた。

 その中に入っていたのは大きな剣を背負った大男と、面を被った小柄な子供だった。体の皮膚はひび割れているように見え、どうも血色も悪い。

 まるで死人のようだ。

 

 二人を見たサスケが突然大きな声をあげた。

 

「そんな、なぜ……!」

 

 サスケは見覚えがあった。何故ならつい最近死闘を繰り広げた相手であったためだ。

 

「なぜ、桃地再不斬と、白がいるんだっ……!」

 

 そしてサスケ達、第七班が最期の姿を見届けた者達なのである。

 

 穢土転生――それは死者を現世に呼び寄せる最悪の忍術だったのだ。




あの術が登場しましたね。まだあの人達は出てきませんよ( ˙³˙)
あと紫はまだ当分戦わないと思います。
評価、感想よろしくお願いします(。・ω・。)


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其の八 中忍選抜第二試験-3

皆さま

 長らく投稿できず誠に申し訳ございません。少し書かないでいたら数年間経っておりました。
 不定期となってしまいますが、時間ができれば少しでも書き進めたいと思いますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。


 死者が復活する術、穢土転生により現れた再不斬と白が動き出した。しかも、ただ動いただけでなく、意思を持って喋り出した。

 

「あぁ? なんでうちはのガキ……だけじゃねえか。カカシのところのガキ共がいやがるんだ。しかも白も……俺らは死んだんじゃねぇのかよ」

「どうやら僕達は生き返させられたみたいですね、後ろにいる者に」

 

 再不斬が後ろをちらりと見る。

 

「こいつは……確か三忍の大蛇丸だったか。気色悪りぃ面してやがる」

 

 蛇のような白い顔を見た再不斬は悪態を吐く。死後呼び起こされたことに苛立ちを覚えていた。

 

「クソ野郎が……何をさせようたってんだ」

「いやね……ちょっとそこの女と戦って欲しいのよ。私じゃ勝てそうになくってね……」

「あァ? 言いたかねぇがテメェほどの忍がこの女に勝てそうにねぇってどういう冗談言って――」

 

 疑いを含めた声色で非難していた再不斬だが、大蛇丸の姿を見て状況を察すると同時に目線を前へ向けた。

 

「チッ……自分の意思じゃ動けねぇみたいだし、コイツの言いなりになるしかねぇみてぇだなぁ、白」

「確かに少し癪ですが、悪いことばかりでもないです。こうして再不斬さんともう一度話すことができましたから」

「フンッ……」

 

 花が咲いたような白の笑顔に、照れ隠しで顔を背けた。確かに悪いことだけではない。生前死に際に自らの想いに気づけたからこそ、今できることがあると再不斬は頭を切り替える。

 

「これはまた……随分と興味深い……」

 

 藍は驚きと感嘆を込めた表情を浮かべる。

 魂を現世に召喚すること、それ自体は紫達の住む幻想郷でも考えられなくもない。現に紫の親友でもある亡霊や、ゾンビの妖怪が存在しているからだ。

 ただし、この術は藍たちが認識するそれよりも精度が高いように見受けられる。サスケが言うには数ヶ月前に死んだ者達であり、その頃から随分と時が経っているいるにも関わらず記憶や自我を失っていない。

 仮に藍が死者を使役できるかと聞かれれば、可能、と答えられようが、この穢土転生と同じ水準の再現は難しい。主人である紫にしても、親友の死後に亡霊として実現したものの大規模な術式が必要だったはずである。しかも、生前の記憶を残すことはできなかった。

 

 目の前にいる再不斬達は違う。

 明らかに記憶を有しているし、なにより思考が通常の人間と変わらない。幻想郷の常識では考えられない。

 そんな事象を、たったの少しの印を結ぶだけで可能にするこの術は藍だけでなく、遠くで見ている紫さえも興味を惹かせた。この世界にはまた違った理論がある、大変面白いと二人を思わせたのだ。

 

 そして再不斬も興味のこもった視線を藍に向ける。一見忍とは思えない身なりをしているが、三忍の大蛇丸に敵わないとまで言わせるその強さ。損な役回りを背負わされているが、再不斬自身も藍の力には多少なりとも興味はあった。せっかく生き返ったのだ。白と会話をするだけでなく、今一度強者と相対することも喜びになり得よう。

 背にある巨大な剣を前に構える。

 

「別にこいつのいうことを聞くわけじゃねぇが。やるしかねえみてぇだからな、楽しませてもらうぜ」

「大変申し訳ありませんが、お願いします」

「ああ、私も大変興味深く見させてもらってるよ。こちらこそよろしく頼む」

 

 命をかけた戦いには見えないやりとりである。蘇った二人を見るサスケは当然ながら驚きが隠せない様子ではあるが、先程の戦いを見ていたためこの二人がとても藍に勝ち目があるとは思えなかった。

 大蛇丸よりはるかに劣る二人が、大蛇丸よりはるかに強い藍に勝てる道理はない。

 

「フンッ!」

 

 大きく腕を振り回し大剣で藍に襲いかかった。追随するように、白は氷で作られた鏡に体を沈ませることで藍の背後へ瞬間的に移動し、そのまま千本で斬りつけようとする。 

 殆ど同時に二方向から攻撃を浴びせられるが、先ほどまで大蛇丸との戦いを見ていたサスケの目から見れば、到底藍に傷を負わせられるようには見えなかった。

 必然。藍には通じない。

 

「なっ!?」

「どこにっ!?」

 

 直撃する瞬間、藍は突然姿を消したように上空へと避けた。離れたところから見ていたサスケだから上に躱したと分かるが、目の前で先の動きをされれば自身でも目で追うことは不可能だろう。

 空中にいる藍は躱しざまに躰を回転させ、二本の足で再不斬と白を反対方向に蹴り飛ばす。

 

「ぐっ」

 

 あまりの蹴りの威力に二人は吹き飛ばされるだけでなく、体の一部が欠けてしまった。しかし、周囲に散らばった無数の紙切れのようなものが欠損部分に集まりだし、最後は元通りに修復された。

 

「さすが死者なだけあって不死身というわけか」

 

 ゾンビといえばそうと相場が決まっている。驚くことはないが、対処法無しに戦えばいつまで経っても終わらないと藍は考える。

 

「なるほどな、奴が血まみれになってるわけだ。化物だな」

「勝ち目はないですが……どうやら負けることもないようですね」

「俺たちにとっちゃありがたいが……気味が悪ィ術だ」

 

 穢土転生の性能の良さに、この場にいる全てのものが感嘆する。

 

「さて、どうしたものかなっ」

 

 不死身ということは分かったが、ではどのように対処をするのか藍は考えを張り巡らせながら再不斬へと駆け、爪で肉体を貫く。先程と同じように血などは出ず、無数の紙がその周囲に広がった。再不斬の顔を見ても痛みなどは感じていないらしく、顔を苦しく歪めることはない。

 

 体を貫かれた状態のまま再不斬は大剣を振るうが当たるはずもなく、再び藍は距離を取り呟くように声を発する。

 

「このままでは埒が明かないな。負けはしないが、勝ちもしな――うん?」

 

 妖怪である藍は体力も人間とは大きく異なる。普通の人間ではいずれ限界が来るのだろうが、最上位格である藍にとってはこの程度の動きであれば一厘の疲労さえ生じない。

 この場合、術者を叩くことが定石となりうるのだが、実はこの場から既に大蛇丸は逃亡している。というよりたった今逃亡を完了したところである。

 

(全く、紫様は何を考えているのやら……)

 

 大蛇丸が穢土転生を使用して再不斬と白を召喚した理由は二つ。

 一つ目はまず術の精度を見るためだと考えられる。口ぶりからしても、何らかの()()に向けた予行演習を行ったことは明らかだ。

 二つ目は単純に自身の逃亡するための時間を稼ぐためだろう。勝ち目のない戦いでは逃げることを第一に考えるはずであり、それは三忍と讃えられていた過去のある大蛇丸にとっても同様である。

 

 そういった企みを持っていることは藍も気づいており、再不斬達と戦闘を行っている間も大蛇丸から注意を外していなかった。実際大蛇丸が逃亡する素振りを見せたことを察知していたし、逃がしはしないと追おうとしたのだが、遠くで見ている主人の紫から制止が掛けられたのだ。

 紫は敢えて、大蛇丸をこの場から逃すという選択を取ったのである。

 

 そのことを紫と藍以外は認識しておらず、変わらず攻撃を仕掛けようと再不斬は接近と同時に上段に構えた大剣を振り下ろす。

 藍が迎撃しようとしたその時、満を持したかのように幻想郷の賢者がスキマから突如登場した。

 

「は~い、しゅーりょー!」

「!?」

 

 振り下ろされた刃がピタっと停止した。

 そして、動かない。

 

「こいつ……何者だ――!」

 

 誰が発した声だろう。いや、発していなくてもこの光景を見る()()は皆一様の反応をしているに違いない。

 豪奢なドレスを身に纏い、金糸を束ねたような髪を靡かせ現れた一人の女性。手に持った扇子で口元を隠しつつも、場違いなほどにこやかな笑みを顔に浮かべていることがわかる。その姿はただでさえ忍らしくない藍以上に浮いた存在感を醸し出していた。

 そんな到底忍には見えない華奢な女性が、一回りも二回りも大きい体躯を持つ再不斬の大剣を止めている。

 

――二本の指で挟むことで

――再不斬が力を込めてもピクリと動かせない

 

「このあと、何を考えられているのでしょうか?」

「特に。面白そうであればなんでもいいかな」

 

 彼女の名前は八雲紫。

 藍を仕える、幻想郷最強の妖怪である。

 

 何事もなく、なんてこともなかったかのように二人の会話は進む。

 

「奴……大蛇丸は気にしなくてもよろしいのでしょうか?」

「なんとなく悪い企みを持っているような気はしたけど、そこまで大きく干渉しようと決めたわけじゃないしね。何よりちょっと気持ち悪い奴だったし」

「殴った感じも普通の人間ではなさそうでしたね」

「とりあえず、この術について色々知りたいことが多いから調べましょ」

 

 現在も武器を取り返そうと躍起になっている再不斬、そして白に視線を移し、手に持った扇子をひらりと振る。

 その行為に意味があるようにはとても思えないが、結果は当人から早々に判明した。

 

「……ん? 奴の支配から逃れたのか?」

 

 紫に抑えられている武器への力を抜き、片方の手のひらを見詰めながら状況を把握する。

 

「ええ、私の力であなたたちを解放したの。感謝しなさいな」

「さっきまで戦っていたそこの女も、お前も、一体何者なんだってんだよ……」

「美少女忍者、ゆかりんでーすっ!」

 

 教える気がないことを理解した再不斬はあきれた表情を浮かべながらも、紫に対し底知れない何かを感じている。それこそ、自身を含め大蛇丸でさえ歯が立たなかった藍以上のものを。

 

「奴との繋がりを断ち切っても術が解ける感じはないわね。色々と安心したわ」

「恐らく大蛇丸は気づいていると思いますがどうなさいますか?」

「あ、それは大丈夫」

「?」

「ちょっと細工をしたのよ。五感まで共有しているわけじゃなさそうだったから、適当な石ころに使役対象を移し替えたの。多分それで解放したことは離れていれば分からないと思うわ。まあ、気づいたところで別に構わないんだけど、変に粘着してきたら嫌だったし」

「なるほど」

 

 さて、と改めて再不斬達のほうを向く。

 

「晴れて自由の身になったわけだけど、どうしたいかしら?」

「どうって言ったってな……」

 

 彼らからすれば、突然生き返って、突然戦って、突然完膚なきまでに叩きのめされたわけであり、自由になったと言われたところで何をすればいいか見当がつかないのは当然だろう。最初から最後まで、訳の分からない存在に振り回されっぱなしなわけであり。

 

「やることなんてないものね。じゃあ、私たちに協力するってことでいいわよね?」

 

 あたかも当然かのように言い放つその笑顔は、問いを投げかけるように見せかけ、否定を認めない遥か高みから向ける表情であった。いつもの再不斬であれば、このような態度を見せれば自らの得物で首を斬り飛ばしていただろうが、直接手合わせしていなくとも自身との格の違いを理解していることもあり、ただ何も言えず佇むしかなかった。それ即ち、首肯と同義であるということだ。

 

「まあ別に、私はあなた達が生き返ったその術を調べられれば十分だから、その後はどこへ行こうが自由にしてもらっても構わないわ。それとも? この美少女ゆかりんに従いたいっていうならこき使ってあげるけどね?」

「はぁ……お前たちがどんな奴らかよくわかんねェぜ」

「もう、さっきから言ってるでしょう? 美少女忍者ゆかりんよっ!」

 

 ポーズをとりながらキメ顔をするその姿に対し深いため息で返事をし、そして再不斬は考えることを諦めた。

 ふと、隣に立つ少年を見る。

 

「白、お前はどうしたい」

 

 生前想いを伝えることができなかった事を悔いこの世を去ったが、思わぬところで再会を果たすことができた。可能な限り、この小さな少年の意を汲もうと考えていたが、昔から変わらない嬉しげな笑みを湛え再不斬を見つめる。

 

「再不斬さんの側にいることができれば、それ以外は何も望みません。再不斬さんが決めた道を、僕はただ共に歩いていくだけです」

 

ーー変わらねェな……

 

 顔に巻いた包帯により表情は見えないが、隙間から覗くその目の奥には安堵が映る。一寸思考をまとめ、紫を見やる。

 

「俺たちはーー」

 

◇◆◇◆◇

 

 話を終えたその場には、既に再不斬たちはいない。残っているのは紫達とサスケ、意識を失っているナルトとサクラである。一部始終を見ていたサスケは、今でも現実に対し信じることができないような表情を浮かべている。先までの、藍が戦っているときから、その顔はいまでも形を変えていない。

 その表情を見て、クスリと扇子で口を隠しながら笑う紫は声を掛ける。

 

「もしもーし、大丈夫かしら?」

 

 初めて見た時から掴みどころがないと思っていたが、いよいよその得体の知れなさに恐怖さえ感じつつあった。若干怯え気味のサスケを見た紫は安心させるような口調で話す。

 

「そんな警戒しなくていいのよー? 取って食べたりなんかしないのにー」

「その話し方が逆に恐怖煽ってるの分かってますか?」

「えー」

 

 指摘をされてむくれる姿はとても千年を優に超えて生きている大妖怪には見えない。先ほどまでの戦いややり取りと、現在のギャップを脳内で処理しきれないサスケは言葉を発することができないでいる。

 

「あの二人もそろそろ目が覚めると思うわよ。じゃあ、私たちは行くから、この試験頑張ってねー」

「ま……」

 

 大蛇丸も去り、大きな障害がなくなった今彼らが試験を突破できない可能性は低くなった。当初言っていた過剰な手助けは不必要という考えに則り、あとは自らの実力のみで切り進んでいくことを期待し紫はその場を後にしようとする。

 

 意味がわからない、サスケはただ思う。

 

 大蛇丸が襲ってきたこと、紫たちが現れて自分たちを助けたこと、再不斬たちが生き返ってからのこれまでのやり取りのこと、そして何より理解できないその強さのこと。

 何一つとして理解できないその事実がサスケを襲い、堰き止めた空間が決壊するかのように声が発せられる。

 

「ばいば〜ぃ……」

「待てッ!!」

 

 やや後ろに体を傾けたまま、きょとんとしたような表情を貼り付け顔のみサスケに向ける。

 

「一体……一体何を企んでいるんだっ! 何をしようとしている!」

「やーねー、何も企みなんてないわよ。ただ同胞であるあなた達を助けただけじゃない」

「お前たちは最近この里に来た余所者だろ! 俺たちを助ける理由なんてないはずだ! あんなヤツが現れることさえおかしいのに、図ったようにお前たちが出てきたことを偶然で済ませられるかっ!」

「助けるのにそこまで深い理由なんていらないと思うんだけどねぇ……」

 

 そのあと小声で、「もっとも、偶然が重なりすぎてるのは確かね」と呟くがサスケには聞こえない。

 

「まあ、助かったんだからそれでいいじゃない。生きていることが何よりも大事なことよ」

()()()()たんだ! ただ助けられたのとは訳が違う、簡単に済ませられる訳ないだろう! お前たちは一体なんなんだ!」

 

 二人に向けるその視線は強い疑いを依然として込めている。サスケの理解を得るにはこれまでの問答では到底足りなかった。

 

 一方、紫からしたときこの少年に理解してもらおうとなんて毛頭考えていない。

 大妖怪は、自らの意志で動きたいように行動するだけである。

 

「この世には貴方の理解の及ばないものなんて無数にある。そもそも知れる段階にすら至ってないこともね……」

 

ーー生きている、今の貴方にとってはそれだけで十分なのよ

 

 僅かな笑みを浮かべながら、扇子を閉める小気味良い音が響く。そのあまりの余裕に、底知れない何かが内に隠されていることが嫌でも分かる。これ以上追及したらどうなってしまうのか、何を言っているわけでもないのに自らの末路が勝手に想起されてしまう。

 言葉を発する行為自体が恐ろしくなり、声の代わりにこの不規則な呼吸音しか返すことができなくなってしまった。

 

 今度こそ、紫たちは背を向けた。そして、ゆっくりと歩き出す。

 

「じゃあ、頑張ってね。ナルトくんたちと共に、試験を勝ち抜いてごらんなさい」

 

 遠くなっていく背中を見て、サスケは結局何一つ理解することができなかったと思い返す。

 いや、唯一理解できたことがあった。

 

 アレは、

 

ーー化け物だ

 

 虚空に掠れた音が霧散する。

 ナルトたちが目を覚ますまで、サスケは紫たちが去っていた方向から目を離すことができなかった。




※原作と変わらない展開の部分はカットしていこうかと考えております。


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其の九 中忍選抜試験予選-1

 サスケたちと別れた二人は早々に目標地点へと向かう。忍者体験という名目で始めたこの試験ではあるが、最初のハプニング発生により十分楽しむことはできたし、一定程度目的が達成できた今、好き好んで長居したいと思えるほどこの森の魅力度は高くなかった。いくら紫でも無数の虫が生息する環境にいたくないのだ。また、向かうといっても歩いていくなんて選択肢は初めからなく、ゴール地点にただスキマを繋げてそこを通るだけである。

 あまりに味気ないが、この森の中で行われる忍者体験への想いはその程度であるということだ。

 

「はい、到着っと。……あら?」

 

 ゴールと設定された森の中心部にある塔の近くにスキマを繋げ、地に足を下ろす。目の前には塔が聳え立ち、ここが目的地であることが容易にわかる。

 ふと、視界の端に別の者たちが映った。

 

 先客だ。

 

「ついこの間見た顔ですね」

「あ〜、あの子たちね」

 

 中忍試験の開催前、ナルトたちとちょっとしたいざこざを起こしていた集団であり、紫たちが仲裁を行うことで短い間だが面識ができた。

 

「やっほー。もう試験突破しちゃうの? 優秀ね〜」

『!?』

 

 いきなり声をかけたことで三人は臨戦体制を取った。そんな姿を見た紫はけらけら笑いながら手を横に振る。

 

「別に襲ったりなんかしないわよ、私たちだって巻物揃ってるんだから」

 

 思いもよらない者の出現から未だに構えを完全には解いていないが、そんなことを一切気にせず紫たちは一歩ずつ呑気に距離を縮めていく。

 

「えーと、我愛羅くんだったかしら? 試験は余裕だったみたいね」

「八雲……紫」

「おお、よく覚えていてくれたわね、嬉しいわ」

 

 先に塔へ着いていたのは砂隠れの忍びである我愛羅たちだった。紫自身もかなり早く到着したつもりでいたが、道中大蛇丸の襲撃などのハプニングがあったことから、存外時間が経っていたのだなと思い返す。

 理由はどうであれ、この速さは素晴らしい。紫たちはスキマを使って移動したにもかかわらず、それよりも一歩早く試験を突破したわけだ。同期の忍びの中では飛び抜けて優秀であることがわかる。

 

「おい、何しに来たんだ」

「声を掛けただけよ、いけない?」

 

 警戒を解かずにカンクロウは声を発する。近くのテマリもいつでも攻撃できるように身構えているようだ。

 

「他国の忍びにただ声をかけるほど怪しい行為はないな。私たちの巻物を狙っている、それが普通の発想だ。たとえお前たちが巻物を揃えていようとな」

「なるほど、確かにそうね」

 

 巻物を一つ余分に手に入れれば、それだけ次の試験に進む班を減らせるのだから、戦略としては至極真っ当なものだろう。

 

「であれば不意打ちしてるわよ、忍者ってそういうものでしょ?」

「だから意味わからねぇ怪しい行為って言ってんだよ。こんな目的地直前で、わざわざ声をかけてくるなんて何かを企んでるようにしか思えないだろ」

「行動全てに意味がないとおかしいって思うものなのねぇ。忍者って難儀な職業だわ」

「忍者じゃなくても紫様はめちゃくちゃ怪しいと思いますけどね」

 

 パシっと藍の額に扇子があたり、悲鳴を孕むくぐもった声が漏れる。

 

「いずれにしろ、戦いを挑もうなんて考えてないわ。一番乗りは譲ってあげるから、早く中に入りなさいな」

 

 それとも、私たちと戦いたい?

 

 くつくつと笑いながら、冗談めいた声色を紡ぐ。明らかに下に見ていることは分かるが、これまで出会った者たちと比べあまりにも雰囲気が異なるため、どう対応するのが正解か見当がつかない。

 強さも、いまのカンクロウたちには読み取ることはできない。

 ただ、ほんの少しだけ矜持が残ってたのか、カンクロウはどうにか言い返す。

 

「けっ……馬鹿にしやがって。おい我愛羅! どうするんだっ!」

「お、おい、戦わないって言ってるんだから無益な戦闘は避けるべきだろう! 我愛羅と違って、私たちにそこまで余裕があるわけじゃないって、お前もさっき言ってただろう!」

「他里の連中に舐められっぱなしでいいわけないじゃんよ! それにここでこいつらをやれば、次の試験では楽になるだろうが。我愛羅もそれでいいだろ!」

 

 カンクロウはけしかけるように我愛羅を呼ぶ。普段の弟なら嬉々として戦いを選び、そして相手を亡き者にする、そんな光景を何度も見てきた。

 しかし、いつも暴力的に振りまいている殺気がこの時は感じられず、本人の表情も塔に来るまで見せていた表情とは大きく違っていた。

 

「……いい、いくぞ」

 

 紫たちから視線を外し歩き出す。

 その姿にカンクロウは勿論、戦う意志を持っていないテマリでさえ驚愕する。

 

「なっ……普段のお前らしくねェじゃん……!」

「テマリの言ったとおり、無益な戦闘は避ける……それだけだ」

「が、我愛羅……」

 

 「ありえない」と、血の繋がった兄弟である二人は信じられない表情で我愛羅を見る。そんな二人を他所に、一人塔へと向かっていく。

 

「頑張ってね〜」

 

 紫の軽い言葉に我愛羅はピクリと動きを止め、顔だけを紫に向ける。

 

「お前た……あなたたちもな」

 

 以前、紫から思わぬ指摘を受けたことを思い出し、途中で訂正した。その様子を微笑ましく思った紫は満足げに頷き、それを確認した我愛羅は再び歩き出す。

 その光景に兄弟は驚愕していたが、遅れないように弟の後をかけていく。その際、未知の生物を見るかのように紫たちに目を向けるが、それに気づいた紫は無邪気に「ばいばーい」と手を振る。それも特別な意味など込められていないことに今では分かるが、不気味な存在であることには変わりなく、逃げるように紫たちから去っていった。

 

 我愛羅たちが塔の中へと入ったことを見届け、別の扉から入るため二人は歩き出す。

 

「流石、()()を手懐けるのはお手のものですね」

「なに? 自分のことを言ってるのかしら?」

「さあ、どうでしょうね」

 

 藍は心の内で思う。

 この世界には自分たちの知らない存在がいる。自分にしたようなことを、きっとここでもするんじゃないか。でも、何もしないのかもしれない。

 何を考えているのかは分からない、主人は気まぐれだから。

 

「……ふふっ」

「なによ気味悪いわね」

「いえ……じゃあ、行きましょうか」

 

 一緒にいて、やはり面白い。藍は改めてそう思った。今後起こることに期待しながら、主人の斜め後ろからついていく。

 

「さて、次はどんな試験なのかしらね」

 

 幻想郷の賢者は次の試験へと駒を進めた。

 

◇◆◇◆◇

 

 到着後少々のやり取りはあったものの、無事合格であると告げられた紫たちは第二試験のタイムリミットまで幻想郷に帰っていた。五日間も塔でじっと過ごせるほど我慢強い性格ではないのだ。

 その間行方不明になっていたわけであり、試験官の間で騒ついていたのはまた別の話である。

 

 さて、現在は二次試験が終了し、試験を突破した忍びたちが一堂に会し、次の試験である中忍試験本戦に向けた予選の説明を受けていた。

 この場には紫たちは勿論のこと、同時に試験を突破した砂隠れの我愛羅たち、大蛇丸に襲われたサスケやナルトたち、その他木の葉の忍びが割合多く占めている。

 それぞれが忍装束を着こなす中、紫たちの出立ちはあまりにもこの場に似つかわしくないが、それ自体は何名かは慣れてきている。ただし、紫たちの特異性を見てきた一部の者たちは、一層注意深く視線を向けていた。

 最も厳しい目を向けていたのは、やはりサスケだった。遠くで見ている担当上忍でさえ気付いてしまうほどの警戒ぶりは、最も近くにいる仲間にも疑問を抱かせてしまうのは必然だった。

 

「な〜に怖ェ顔してんだってばよ。誰のこと見てんだ?」

「……なんでもねぇ」

「サスケくん……」

 

 ナルトたちに言ったところでどうにもならないため、大蛇丸との騒動の後ですら特に紫たちのことは話していなかった。大蛇丸だけでも大きな問題であったのに、それよりも明らかに爆弾となりうる紫たちのことを話せば試験を突破するのに支障が生じると考えたためだ。

 

 気付けば予選の説明が終わっており、サスケが初戦であると告げられていた。サスケ以外の忍びたちがそれぞれ観戦席へ向かっていく中、担当上忍であるカカシは様子のおかしいサスケの元へ近寄る。

 

「どうした、さっきから怖い顔しちゃって。あの女性たちのこと気になっちゃってるの?」

「……」

「まっ! ちょっとこの試験に変なやつが紛れているみたいだが、お前に何かあったわけじゃないみたいでよかったよ」

 

 声をかけても厳しい表情が変わらないのを見て、試験中に何かあったのだと想像が付いた。ただカカシとしては事前に聞いていた情報の張本人が、サスケのいる第七班に危害を及ぼしていなさそうと知り安堵していた。

 しかしサスケにとって、恐らくカカシの言っている人物に対して今は微塵も興味を抱いていない。それを遥かに上回る鮮烈な光景がそのとき脳裏を埋め尽くしてしまったためだ。

 

「……ふん、大蛇丸のこと言ってんのか?」

「……!? 接触ーーしたのか……? であれば、何故なにも……!?」

 

 「なにもなかったのか」と続けようとした瞬間、先ほど来からのサスケの表情と、その視線を向けていた先、そして最近耳にしていた噂が突如頭の中を駆け巡り、パズルのピースか嵌っていくように限りなく確信めいた仮説がカカシの中で出来上がった。

 

「まさか……そんなーー」

「カカシさん、試合を始めますので席のほうへお願いします……」

 

 予選の審判を担うものーー月光ハヤテーーから催促がなされた。動転してしまっていたとカカシは反省しこの場から離れようとするが、つい視線を紫たちへと向けてしまった。

 

 サスケと会話をしているからだろう。こちらを見て薄く笑みを浮かべている、ただそれだけ。

 それだけなのだが、その瞳の奥底に何かを感じる。

 

ーー違和感……?

ーー何か違う気がする……

ーー人間……か?

 

「いや……何を……」

(……何を考えているんだ、俺は)

 

 無意識に、浮かんできた謎の思考は、カカシ本人も理解できないうちに霧散する。朝に見ていた夢がなんだったか思い出せないように、いま何を考えていたのか、何が浮かんできていたのか、カカシはもう思い出すことができなくなっていた。

 ただ残ったのは、強烈な違和感だけである。

 

「……この試験で、あいつらも戦うんだ。その時、嫌でも分かるだろうよ……何があったのか」

「……そうだな、遅かれ早かれ分かることだ。まあ……まずはお前自身の試合、気を抜かずにしっかりやれ」

 

 激励の言葉を後に、カカシはその場を去る。相手を見たが、現状ハンデを背負ってないサスケの敵ではないと内心考えており、それ自体はなんら心配はしていない。

 ただ先ほど感じた瞳の違和感が、先ほどからずっと拭えずいた。目を見ることにどこか恐怖を感じ、担当する第七班のメンバーが待つ場所に着くまで紫のほうへ視線を向けることができなかった。

 

 カカシにしこりを残したまま予選が開始される。

 

◇◆◇◆◇

 

「こうやって見てると、結構興味深い戦い方をしてるわね」

 

 予選が始まり下忍たちが各々の戦いを見せ、その姿に半ば感心するように呟く。既に予選は折り返し地点を過ぎており、半数以上は戦いを終えている。

 初戦のサスケは火遁の術を織り交ぜながら、体術で翻弄しセンスのある戦い方で危なげなく勝利を収めた。これがもし何らかが理由で忍術が使えなかったならば苦戦していただろう。

 ナルトも意外に機転のきく戦いをするものだった。最初はキバの速さについていけていなかったが、要所で発想を活かした対応をしていたし、スタミナを必要とする影分身を中心とした戦法はナルトならではのものだろう。

 他にも影を操る特異な術、内臓にダメージを与える柔拳と呼ばれる体術など、あまり見ることのない技術を用いた戦闘は紫でさえ存外飽きずに見ることができた。

 

「さてさて……そろそろ私たちも来るかしらね?」

 

 徐々に人数が減ってきたのを見て、次のカードはどうなるのか電光掲示板を見る。誰と当たっても負けることはないと考えているが、ここまでの予選での戦いを見て単純な勝ち負けとは違う、面白い戦いができるのでは紫は期待しているのだ。

 

 目まぐるしく変化する電光掲示板の表示が止まり、次の対戦を伝える。

 

『八雲藍 対 ロック・リー』

 

 おっ、と紫の呟きが会場の隅で漏れた。




中忍試験の予選って三代目火影っていましたっけ? 手元に本がなくうろ覚えです……。


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