魔法少女リリカルなのは外伝 リトルウイング (紅乃 晴@小説アカ)
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.序章

全ての魔法少女リリカルなのはファンへ捧ぐ。

 

これは、高町なのはが「エースオブエース」と呼ばれるきっかけとなった物語。

 

 

 

 

 

 

 

////

 

 

 

 

 

古き、ベルカの時代。

 

我が国は、三つの大国に囲まれた小さな国だった。

 

小さいながらも我が国は、川にも山の幸にも恵まれた豊かさがあった。

 

先代の王たちから続いてきた政治も、民と国を重んじた素晴らしいもので彼らの真摯な国つくりによって、大国との国交も穏やかなものであった。

 

しかし、戦争が起こった。

 

我が国を囲む大国同士の大きな戦。

 

大国に囲まれた我が国に、その大戦を止める術はなく、広がり続ける戦火は、もはや外交や政治的な話し合いで解決できる範囲を超えていた。

 

そして彼らは、我が国唯一の現産物に目をつけた。

 

国の中でもたったひとつの山からしか採れない高密度魔力結晶体、アルメニア鉱石。

 

通称、魔石。

 

魔石には自然界に存在する魔力素が何倍、何十倍といった魔力となり圧縮内包され、自然にできた特殊な鉱石だった。使い方によっては現存したどんな魔法技術よりも強大なエネルギー源となる。

 

それを危惧した過去の先人たちにより、魔石は民を豊かにするためのみに使われ、国の法や掟として戦や兵器へ用いることを徹底して禁じられていた。

 

それは周知の事実であったにも関わらず、だ。

かの王たちは魔石に目をつけた。禁断の果実を掴もうとした。

 

我が国は永続的な中立を宣言していたが、そんなもの構いもせずに彼らが小国へなだれ込んできたのは、必然だったろう。

 

だが、我らとて屈しはしなかった。

 

大国のどこかに屈しようならば、地続きで繋がっている他の大国から明確な敵と見なされ、攻め入られることになる。その先にあるのは破滅的な結末だと国の誰もが予見できた。

 

故に大国へ屈しないため、自らも先人たちの禁を破ると知りながら、我らは魔石の力に手を出した。

 

攻め入る大国の軍勢に抗うため国中で名を馳せる者を集め、魔石の悪用を厳正に禁じ、管理するための騎士団が作られた。

 

これがアルメニア騎士団の誕生の物語であった。

 

魔石を織り込んだ騎士甲冑を身に纏い、彼らは王たちが送り込んだ兵を圧倒的な魔力で迎え撃った。

 

我らは戦った。

 

華々しく、悠然と攻め入る敵をなぎ払い、勇敢に立ち向かった。

 

魔石から得た力で、自分たちの国を救うことができると信じて、我らは突き進んだ。

 

後にアルメニア事変と呼ばれる戦いはーーアルメニア王国崩壊によって幕が降りる。

 

いくら魔石による力が強くとも小国に大国と争う国力も力もなかった。騎士は減り、彼らが守っていたはずの国は飢えと貧しさに苦しめられ、たった2年と言う、あまりにも短い時で国は崩壊に追い込まれた。

 

魔石が大国の王たちの手に渡ってから、ベルカの戦争は急速に飛躍した。技術的な競争が群雄を割拠し、我らの戦いで得た技術を魔石を用いて再現し、改良し、互いを燃やし尽くすために作った兵器が戦場を闊歩し、戦火を広げ続ける。

 

大国同士が滅ぼし合う戦いの中、我が国で起こったほんの僅かな戦いは、歴史に名を残すことなく、闇の中へと消えていったのだ。

 

我らは、国を失った王と騎士団。

 

帰る場所を見失った流浪の旅路を我らは長い年月の間、歩み続けてきた。

 

ベルカが滅び、新たな秩序と時代が幕を開けても我らの夜明けは訪れていない。

 

故に彷徨うのだ。

 

失われた我が国の証である「魔石」を求めて。

 

 

 

魔法少女リリカルなのは外伝

リトルウイング

 

 

 

 

////

 

 

 

 

 

「それで?我が国の財を使おうとする不届き者は何という組織なのだ?」

 

次元空間を漂う、薄暗い"キャメロット"の中で、王は玉座に肘かけてそう言った。

 

「時空管理局。ベルカが滅び、暦が移り変わってから急速に勢力を伸ばした司法組織なる者です」

 

空間に投影されるモニターを操作しながら、王へ説明するのは、王に忠誠を誓った騎士団の副団長だった。先代の王が崩玉する前に、騎士団の団長は、放浪する王達を見放して、姿を消した。そういうことに"なっている"。

 

「ふむ、時代が移り変わろうとも魔石を悪用しようとする存在はあり続ける、ということか」

 

王は侮蔑の目を投影されたモニターに向ける。その瞳は明らかに怒りと敵意に満ちていた。

 

王にとっての魔石は、祖国が「存在していた」という唯一の証明証拠であり、それを悪用する者は何人たりとも許しはしなかった。

 

魔石を健全に使役し、悪用する者を罰し、それを阻止するために結成されたのが、王のもとに集った騎士団、「魔石騎士団」なのだ。

 

悪用するならば、武力の行使も辞さない。それが王や国のやり方だった。たとえそれで破滅が訪れようとも、だ。

 

「けれど、王様。あいつらどうやって魔石を手に入れたんだろう?」

 

玉座の左右に座していた王の側近二人の片割れが、そんなことを問う。この広大に広がる次元世界で、どうやって魔石を見つけたのか?単純な疑問だった。

 

「魔石は、我らが国を失った後にさまざまな物へと形を変えて現代に伝わっています」

 

と、もう一方の側近が淡々とした口調で答えると、問いを投げた側近は「なるほどぉ」と妙にわかりやすく首を頷かせていた。

 

答えた側近は、自分の目の前にも投影モニターを出現させ、いくつもの資料を王の前へと出した。神々と煌めくモニターには、姿や形が違えど、「ひとつの共通点」を持った物が表示されている。

 

「剣や盾になどの武具。繊維状にされた本。そして結晶体。魔石の力を存分に発揮させるため、あらゆる方法を用いて魔石を改造し尽くしたのが、過去の文明が残した負の遺産なのです」

 

ほんの一欠片で大国を混乱の渦へ突き落とした魔石。それが結晶体や、武器などに転用された結果、世界は滅び、それらのアイテムは次元世界中へと散らばった。名を変え、姿を変え、後に「古代遺失物」と呼ばれる物に変貌して。

 

「うむ。我らはそれを管理し、守らなければならぬ。そのために騎士団があるのだからな」

 

「では、どう致しましょうか?王よ」

 

「そんなもの、とうの昔に答えは決まっておる」

 

側近の言葉に、王は凛々しく、威風堂々と玉座から立ち上がった。為すべきことは決まっている。王が民を失った時から。騎士団が守るべきか弱き者を見失ってから、ずっと。遥か昔から。

 

「即時返還を要請。応じなければ、力で取り返すまでのこと!!」

 

はっ、とその場に居た誰もが王へと跪いた。

 

すべては、星光の導くままにーー。

 

 

 

 

 



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第1話「闇の書事件から、その後」

新暦0071年。

 

上空4500メートル。

 

雲すら眼下に見下ろせる青空の中を、高町なのはは飛行用の魔力フィンを羽ばたかせながら飛んでいた。

 

彼女の身はレイジングハートのバリアジャケットに覆われている。そのジャケットは、高度な魔法技術が集約されたものだ。

 

4500メートルという過酷な高高度にいるにも関わらず、彼女の意識や身体気管、感覚は気圧や外的要素を一才受けていない。すべては、彼女を守るバリアジャケットが防いでくれていた。

 

そして、下から同じように雲を突き抜けて上昇してきたフェイト・テスタロッサ・ハラオウンにも同じことが言える。吸い込まれそうな空を見上げ、なのはは、息を付く。

 

フェイトの背後で黄色のまばゆい魔力光が瞬いた。

 

負けじとこちらも周囲に桜色の魔力光弾を展開する。

 

距離があるからか、フェイトの声は聞こえないものの、彼女が後で戯れさせていた黄色の魔力光弾が一斉に弾き出された。

 

「アクセルシューター!シュート!」

 

桜色と黄色の閃光が交差する。

 

彼女たちはまさに戦闘状態だった。

 

 

 

 

 

「なのはちゃん、爆炎に紛れて右側からくるで。旋回して!」

 

模擬戦闘をモニタリングできる司令室から発せられた通信を受けて、「了解」と答えたなのはは、右へと大きく旋回する。

 

誰もが注視するモニターでは、光が散りばめられて、弾けては消える。

 

通信の内容通り、爆炎を切り裂いて、フェイトがさらに上空へと登っていくのが見えた。

 

八神はやては、慣れないインカムを支えながら、戦況の行方をイメージしていた。

 

レイジングハートから刻々と送られてくるアラートの嵐。フェイトと戦うときの、なのはの愛機はいつも忙しない。途端、サイズフォームだったフェイトの愛機、バルデイッシュが巨大な光剣と化す。

 

「フェイトちゃんから高魔力反応!!2時の方向から死角を突いてくるから気をつけて!」

 

険しいはやての声が司令室に響く。

 

二人の模擬戦闘が開始して、すでに三十分が経っていた。

 

なのはもフェイトも、お互いに疲労と疲弊を感じている。二人が大技を決める機会を伺っているのは、すぐにわかった。

 

フェイトに習うように、なのははレイジングハートを構えた。先程ぶつりかりあった魔力光弾の残留魔力素が渦巻きだす。

 

「行くよぉ!フェイトちゃん!」

 

収束魔法がかき集めた魔力をさらに高め、圧縮してゆく。

 

「ちょぉ!!収束魔法は無しやで!!二人とも!!」

 

それを見たはやてがインカム越しに叫んだが、最高潮に達した戦いの熱は冷めようがなかった。

 

相対するように、晴天だったはずの空に雷が轟く。フェイトの準備も万端だ。

 

互いが認めあった最高の魔法で戦う。

 

「はぁぁぁあ!!疾風迅雷!!」

 

フェイトが一閃を煌めかせ、雷が空をかける。

 

「スターライト!ブレイカー!!」

 

収束が極致に達したと同時に、なのはも閃光を弾き出す。

 

ほとばしる雷と閃光がぶつかり合い、司令室のモニターは真っ白になった。

 

 

 

****

 

 

 

新暦0070年以降。

 

闇の書事件以降からの数々の痛手を経た管理局は、本格的な魔導師育成に力を入れるようになった。

 

しかし、魔導師の育成には広大な練習場と莫大な費用が発生する。推進する教育の導入はあまりにも低速だった。

 

戦術シュミレーション用のオブジェクトや訓練施設が不足する中で、いち早く開発されたのが擬似的な痛覚を装着者に体験されるデバイスだった。

 

骨折や打撲といった痛覚を装着者に体験させることにより、より実践に近い訓練を行うことができる。

 

なのは達が大空で戦っていたのは、そのデバイスのテストのためだった。

 

オブジェクトや訓練施設が必要とならない高高度での模擬戦は、結局のところ引き分けで終わることになった。

 

「二人ともやりすぎだよぉもう」

 

はやてと同じく、司令室で擬似的な痛覚機能を計測していた技術部顧問、マリエル・アデンザは、モニターに表示されている結果を見て頭を抱えた。

 

「すいません、マリーさん。私が最初に収束魔法は禁止と言っていれば」

 

インカムを外したはやてが、頭を下げるが、マリーは仕方ないと肩を落とした。

 

はやては今回は模擬戦に参加せずに、なのはの「オペレーター」として模擬戦に参加していた。フェイトのオペレーターには、シャリオとアルフが付いている。

 

オペレーターの導入も本格的な魔法戦術の中で考案されたものだ。魔導師の資質とデバイスの能力に頼った索敵だけではなく、現場にいる部隊の第3の目として機能するのがオペレーターだ。

 

オペレーターが機能することによって、魔導師にとっての情報量は格段に向上する。その有効性を示すために、空間掃討能力に長けたはやては、オペレーターを務めていたのだった。

 

そして一連のテスト。

結果を一言で言い表すならば、大成功。

 

二人の肉体には擬似的な痛覚の反応がモニタリングできた。

 

擬似的な痛覚というのは、適度なダメージと均等になるように設定されるものであり、人体に致命的なダメージが生じると、それに伴って擬似痛覚も発生する。

 

しかし、あまりにも強い擬似痛覚はら使用者の精神に恐怖や不安などの悪影響を及ぼすことになるため、痛覚の上限にリミッターが設けられている。

 

二人の戦いは、そのリミッターを軽々と越えたのだ。

 

そこから先は計測できず、マリエルは想定外な結果に頭を抱え、模擬戦は終了したのだった。

 

「まさか、上限を軽く越えちゃうなんてなぁ。あの二人らしいと言えば、あの二人らしいけど」

 

マリエルが計測したデータを眺めがら、はやては呆れたように言った。

 

しかし、文句を言おうと結果は結果だ。

 

多忙な二人にお願いしたテストではあったが、また後日に検証し直す必要があるだろう。

 

もちろん、「常識の範囲内で戦闘を行うこと」と釘を刺してだが。

 

「で、どうでした?二人の模擬戦は」

 

マリエルとはやては振り替える。そこには、腕を組んだまま真っ直ぐな眼差しで模擬戦の一部始終を写したモニターを見つめる女性が居た。

 

服装は群青色の管理局指定の制服だったが、彼女は現場で指揮を執ったり、誰かの上司というわけではない。どちらかというと、「教育」する立場の人間だった。

 

彼女はふむと考えるように唸ってから、二人へ一礼を返した。

 

「ありがとう、大変興味深いものが見れました」

 

「いえいえ、貴方とは旧友の仲ですから。これぐらいの事はさせて下さい」

 

「そうですよ。気にせんといて下さい」

 

三人は旧知の仲だ。

 

マリエルは同僚として、はやては過去に師事を受けた立場として、彼女の素性や、考えていることを二人は承知しているし、マリエルにとっては、お互いに悲しみを分かち合った仲だ。

 

彼女が「二人」の魔導師としての純度、資質を知りたがったので、マリエルはこの模擬戦に彼女を招待していた。

 

「ふふっ、これは確かに〝魅力的な素材〟ではありますね」

 

そう言う彼女の目は何かに満ち溢れていた。

 

まるでごちそうを目の前にする子供のような無邪気さと、倫理を兼ね備えた大人らしさが混在するような瞳。

 

はやては知らないだろうが、マリエルは彼女が起こす行動を何となく理解していた。

 

モニターでフェイトと楽しそうに話すなのは、そして隣で首を傾げるはやて達の先を案じて、マリエルは心の中で合掌するのだった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「訓練教導隊?」

 

模擬戦後、なのはとフェイト、はやての三人は、マリエルの元でデータ解析を終えて本局へ戻ってきていた。

 

そこで彼女たちを待ち受けていたのが、本局勤務となったクロノ・ハラオウンとレティ・ロウラン提督だった。

 

「そうだ。三人には半年ほどそのプロジェクトに参加してほしいんだ」

 

執務室へ案内された二人は、クロノから告げられたことに困惑していた。

 

訓練教導とは言え、なのはは魔導師として次元航行部隊として働いているし、はやては人事部での業務、フェイトも執務官としての業務に追われている。そんな中でこのプロジェクトは、三人に訓練生に戻れと言っているのだ。

 

「けれど、残念ながら、このプロジェクトは管理局としての正式な辞令なの」

 

戸惑うなのは達を察してか、今度はレティがそう話す。

 

「魔導師としての能力をちゃんと育成するために、今の管理局は教育現場に力を入れているの。莫大な投資と時間をかけてね」

 

その事は、三人とも深く承知していた。

 

訓練学校の充実化や、訓練施設の強化や改善が今の管理局では急ピッチで進められている。先の擬似的痛覚デバイスのテストも、オペレーター制の導入も、その動きの一環だった。

 

「けれど、今の教育現場に必要なのは、資金や施設だけじゃない。もっと大事なことが欠けているんだ」

 

クロノは眼前に展開される光学モニターを指先で操る。

 

なのはたちに見えるように展開された資料には現在の管理局が抱える教育現場の資料だ。そこには訓練に励む管理局の訓練魔導師が写っている。

 

しかし、それはなんとも、なのはたちから見たら「物足りなさ」を感じさせるものだった。

 

「いくら資金や施設を充実させても、教育の〝質〟が悪ければなんの意味も無いんだ」

 

クロノは、三人が感じた「物足りなさ」の核心を突いた。

 

「教育する側も、教育を受ける側も、修練する、訓練するということが、いまいち把握できてないのよ」

 

レティは現状の管理局が直面していた教育の限界を憂いた。

 

おぼろげにしか見えていない教育方針では、いくら魔導師を訓練したとしてもそのポテンシャルを全て引き出すなど、到底無理な話だ。必要なのは、魔導師の質を高めるもっと別のものだ。

 

「君たちは、独自の学習と訓練でジュエルシードを、そして闇の書と戦えるほどの能力を開花させた。その実戦経験を活かして欲しいんだ」

 

そのための「訓練教導隊」だ。

 

優れた技術を持つ魔導師を訓練生として招き、実戦に役立つ訓練カリキュラムとノウハウを養うプロジェクト。そこで抜擢されたのが「高町なのは」と「フェイト・T・ハラオウン」、「八神はやて」だった。

 

「今受け持ってる仕事は他の者が引き継ぐ手はずになっている。なのはの仕事はヴィータが。はやての仕事はレティ提督が。フェイトの仕事はボクが引き継ぐ。三人は半年ほどプロジェクトに参加してもらってから、また現場に復帰してもらう」

 

それに、とクロノは少し困ったように頭をかいた。

 

「君たちは独学で魔導師となっている。それを良しとしない者たちにも示しを付けるいい機会だともボクは思ってるんだ」

 

管理局に所属する魔導師の大半が訓練学校での修練過程を卒業して、魔導師となっている。

 

クロノもエイミィも例外じゃない。その者たちの中に、独学で魔導師となったなのはたちを気に入らない者がいるのも事実だった。

 

「半年間、自分を鍛え直す機会だと思って挑んでほしいの。それに君たちを教導する者もかなりの〝キレ者〟なのだし」

 

レティの言葉のすぐ後に、まるで図ったかのように執務室の扉が開いた。

 

「あら、レティさん。その言い方は少し酷いですね」

 

真珠色の髪の毛を揺らし、部屋に入ってきた女性は、ころころと鈴を鳴らすように笑った。

 

群青色の管理局指定の制服。

 

その胸元には教導官であることを示すバッチが輝いていた。

 

「キレ者というのは間違いでは無いでしょう?」

 

負けじとレティもそう返す。

 

それもそうだった。

 

提督の椅子に、すぐにでも座れる程の実力を持ちながら現場にこだわり、あげくの果てには訓練学校での教導官になるような魔導師なのだから。

 

まぁ、その方が彼女らしいともレティには思えた。

 

「お久しぶりですね」

 

その言葉になのは達は、しゃんと背筋を伸ばした。

 

「あなたたちの担当教導官を務める、ファーン・コラードです。よろしく」

 

大空を舞う三人の小さな魔導師。

 

彼女達を見ていると、あの冬の空の記憶が、ふとファーンの中に過った。

 

あの日を超え、そして魔導師として戻ってきたなのはがどれほど成長し、そしてどれほどの魔導師になるか、ファーンの胸の中には静かにそんな期待が膨らむのだった。

 



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第2話「原点回帰」

 

ファーン・コラード。

 

彼女は三等空佐という階級を持ちながら、管理局の上層部などには一切の興味を示さず、時空管理局、訓練校学長として職務に就いている歴戦の魔導師だ。

 

後の新暦72年で、スバル、ティアが在籍することになる陸士訓練校でも校長として彼女達の行く先を示すことになるファーンは、過去に本局の戦技教導隊に所属していた。

 

ファーンと出会ったのは、10年前だ。

 

当時は、なのは、フェイトたちの指導という名目で出会い、そして二人を鍛えた。ファーンの魔導師としてのランクはAAだが、卓越した状況分析能力と、培われた技術と経験を最大限に引き出すことを得意とする彼女を、十年前の段階でAAAランクだったなのはとフェイトが、二人がかりでも倒すことができなかった。

 

二人が出会った最初の大きな壁。そして目標ともなったファーン。その関係は今でも続き、そしてはやてもファーンと出会っている。

 

また、後になのはがスバルに出すことになる問題、「強さの意味」を、なのはとフェイトに出題した人物でもある。

 

しかし、それはまだ未来の話。

 

今でも、なのはとフェイトは、強さの意味の答えを見出せていなかった。

 

 

////

 

 

訓練教導隊プロジェクトは、正式になのはたちへ伝えられることになった。

 

三人が受け持っている仕事は、順調に後任であるヴィータとレティ提督、そしてクロノへ引き継がれ、なのはたちは訓練教導隊の一員として以前、自分たちが通っていた「訓練学校」へと訪れていた。

 

「なんだか、改めて魔法を学ぶって変な気分だよね」

 

いつもの青と白の管理局制服ではなく、訓練生用の士官服を着ているなのはは、同じ服を着るフェイトに困ったように笑った。

 

「私も、リニスに魔法を教えてもらった事しかないから少し不安だけど。ミッドチルダの魔法と管理局としての魔導師の考え方とか学ぶにはいい機会だと思ってるよ」

 

フェイトの言葉に、なのはも同意だった。

 

自分達の培ってきたものが、どこまで通用するのか、管理局の魔導師として、どう映っているのか、そういう自己採点もできるのではないかという期待も確かにあった。

 

「けれど、こういうことはもう少しはよー言ってもらいたかったわ…」

 

なのはとフェイトの後ろ。

 

覚束無い気だるげな足取りで、二人と同じく士官服を着こなしているはやてが、そう愚痴めいたように肩を落とした。

 

「はやても、引き継ぎ作業お疲れ様」

 

大丈夫?と声をかける二人に、はやては軽くてを挙げて答えた。

 

「ほんまに疲れたわ、こっちは引継ぎというより〝やり終い〟やったからね」

 

はやてが所属していたのは人事部。いわゆる実動部隊の裏方の人間として仕事をしている。

 

確かに、なのはやフェイトと同じように現場で働くという選択肢も勿論あった。

 

しかし、はやては裏方を選んだ。

 

推薦してくれた多くの知り合いも、理由もいろいろあったが、いちばんてっとり早く「上」に登れるという事が、はやてがその仕事を選んだ理由のひとつだ。

 

昨日のオペレーター役を引き受けた理由もそこにある。

 

はやて自身、現場に出て先陣を切って戦うよりも、後方から全体を管理し、統制や指示を出すことのほうが、自分の能力を最大限引き出すことができると実感していたからだ。

 

夜天の主人としての能力は、前衛に出て戦うには不向き。守護騎士や護衛してくれる存在がいて、初めて成り立つ能力に偏っている。ならば、いっそのことと思い、彼女は現場よりも陰謀渦巻く後方に自分の活路を見出したのだ。

 

「けど、引継ぎできないっていうのも大変だね。はやてのお仕事も」

 

「そーやねん、引継ぎしようにも他の人に知られたらまずいことばっかでなぁ。あ、どんなことやってるか聞く?」

 

「遠慮します」

 

意地の悪い笑みを浮かべるはやてに、二人は乾いた笑いを返した。

 

この数年ではやてはかなり肝が座ったような気がする。夜天の主、もとから器は大きいと思っていたが、裏方に回ったことにより更に磨きがかかったようにも見てた。

 

「けど、今更ながらって感じがあるのも確かやなぁ。このプロジェクト」

 

訓練学校の校門をくぐってから、はやてが考え込むようにそう言った。

 

基礎の勉強や、いい機会だと言っても、「今更」というものが否めなかった。

 

なのはたちは、今や誰から見ても一人前の魔導師だ。実力も、実績も、能力も申し分ない。

 

それこそ、「実力のある者」と言うならば、クロノや、もっと上級魔導師に適任者がいるはずだ。

 

それが何故、自分達なのか。

 

なのはもフェイトも、そしてはやても心のどこかで納得がいってなかった。

 

「それは、私があなた達をこのプロジェクトに推薦したからですよ。高町さん」

 

校門から少し歩いた場所。

 

正面玄関の前で、彼女たちの到着を待っていたのは、ファーン・コラードだった。なのはたちは、待っていた彼女へ敬礼を返す。ファーンも敬礼に応じた。

 

「推薦したとは、どういうことなのですか?」

 

三年前に現場から訓練学校長として勤務するファーンは、教導員として教鞭を振るっている魔導師。

 

その実力はリンディやレティに並ぶほど高く、そして思慮も深い。そんな彼女がなぜ自分達を目にかけ、そして訓練教導隊へ推薦したのか?

 

「あなた方は、確かに魔導師としてのポテンシャルが非常に高く、行動力も、それを実行する勇気も兼ね備えている立派な魔導師です」

 

真っ直ぐとした目で見据えるファーンに、三人は思わず恐縮してしまう。けれど、それはあくまで彼女が三人を評価した意味。選んだ理由は別にあった。

 

「あなたたちには、魔導師として決定的に足りていないものがあります」

 

その言葉になのはたちはお互いの顔を見合わせた。

 

決定的に足りていないもの。

 

幾ばくか頭のなかで考えてみるものの、それに当てはまる明確な答えは、三人の中には思い浮かばなかった。

 

「この訓練は、それを再認識、または自覚することがいちばん大切なのだと思い、私はあなたたちをプロジェクトに推薦しました」

 

足りないもの。

 

それは今は許されるのかもしれない。

 

若さゆえの無謀さ、力強さ、そして勇敢な心。

 

けれど、その綻びはいつか自分の中へと突き刺さり、大きなキズの原因にもなりかねない。

 

自分を過信し、限界を知らずに身を削り、そして振り返った時には、大切なものを取り零していた現実に打ちのめされる。過去の自分のように。

 

「私たちに足りないもの、ですか」

 

フェイトとはやては僅かに首を傾けた。

 

そしてその正体は、なのはにもおぼろげにしか見えない。

 

思い出すのは、寒い冬の日に堕ちた時。

 

きびしいリハビリを乗り越えてここまで戻ってくることができた事。

 

それと同じように、あの日からなのはの心の中には、冷たく這い寄る何かがじっとこちらを見ているようだった。

 

ファーンの言葉に、なのはは冷たく這い寄る存在を痛烈に感じた。

 

「あなた方には、その〝足りない部分〟を、ここで学んで貰います。魔導師として、そして人として前に進むために」

 

ファーンは穏やかにそう言って、三人へ手を差しのべた。

 

「ようこそ、訓練教導隊へ」

 

彼女なら、この這い寄る冷たい何かの正体を教えてくれるかもしれない。

 

三人はファーンの手を取った。

 

それは後に、高町なのはたちが「エースオブエース」と呼ばれる大きな起因となる瞬間だった。

 

 

 



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第3話「問題児」

 

気がつくと、自分の周りは炎によって形作られた地獄だった。

 

歴史的な風格を持っていた建物の全てが炎に包まれ、それを支える柱には、まるで蛇のように火が渦巻いて立ち上っていた。

 

はるか上に、焼け爛れ朽ちた階段が見える。

 

そうだ。自分は、あそこから落ちたのだ。朧げな意識の中、階段を下りていたところから記憶が抜け落ちている。

 

呆然とそれを見上げながら、そんなことを考えていた。

 

体を起こそうとしてみたが、床に体がめり込んでいてうまく動けない。そして全身に想像絶する痛みがあった。痛みで意識が遠退くどころか、逆にハッキリとしていく。強烈な力で押し潰されそうだった。

 

這うように体を逃すと、今度は口が鉄の臭いと生臭さで充満していて、耐えられず何度か咳き込んだ。

 

口の中にある不快感を吐き出すと、燃える炎に負けないほどの鮮血が目の前で床に叩きつけられる。

 

何が起こっているのか、まったくわからなかった。当然、この非日常に放り込まれたような感覚だった。

 

記憶にあるのは、眠っていたところに今まで見たことがない表情をした両親が入ってきては、自分を抱えて部屋から出たところまでだ。

 

階段を飛ぶような速度で駆け降りようとしたところでその記憶は完全に途絶えている。

 

血で濡れた床から顔をあげると、目の前には炎によって崩れ落ちた瓦礫があった。

 

よく家の中で見ていた肖像画や、置物や、壁の柄が乱雑に折り重なって、瓦礫と化して炎に包まれている。

 

その中に、両親がいた。

 

見るも、無惨な姿で。

 

それは自分の知る人の死に方ではなかった。姿形は、まともな物ではなく、自分が吐き出した血も思い出せなくなるほど、その姿は悲劇的なものだった。

 

「かぁ…さま…父…さま」

 

血が喉に絡み付いて声が出なかった。

 

全身を駆け巡る痛みは、それだけで自分に残された気力と体力を削り取っていく。

 

それでも、手を伸ばした。

 

炎に飲まれていく両親へ。

 

そんな光景を遮るように影が真上から降ってきた。

 

降りてきた衝撃で木製の床が轟き、木片を吹き上げて砕ける。

 

その影を見上げた。

 

全身が人間の物とは思えない形をしていた。

 

炎に照らされて見えるそれは、昔見た絵本の中に登場した「騎士」が着る純白の甲冑のようにも見えた。

 

剣と盾を携えて、その影は自分を見下ろしていた。

 

あなたは、誰だ。

 

そんな疑問も、せりあがってきた痛みと嘔吐感によって遮られる。

 

再び血を辺りに撒き散らして、ついに意識を手放した。

 

 

////

 

 

冷や水を被せられて、サガミ・バルディオの意識は微睡みから引き戻された。

 

「生きてるかー?バルディオ訓練生。生きているなら、さっさと起きろ」

 

顔に残った水を手で拭うと、バケツを携えた訓練教官が、サガミを見下ろしている。彼は訓練服のまま、地面に大の字となって寝っ転がっていた。

 

教官の手を借りて起き上がる。

 

バケツいっぱいの冷や水を被せられて起きるなんて、古典的な起こし方なのだろうかと思うが、この目覚め方は一度や二度目ではない。

 

何事もなかったかのように去っていく教官の後ろ姿を眺めながら、「またか」とサガミは苛立った声で喘いだ。

 

教官に向けてではない。自分に向かって。

 

「くそ、またあの夢か…なんだっていうんだよ。全く…」

 

訓練中に意識を失うたびに見る夢。

 

炎の中で始まるその夢には、非力な自分と、それを見下ろす騎士が出る。そんな記憶など無いというのに、夢で見た炎の熱さや痛みは鮮明に伝わってくる。

 

ふと、自分の足元に、カード状態となった訓練用デバイスが落ちていた。拾い上げて、展開する意識を向けてみたが、訓練用のデバイスは何の反応もない。

 

完全に機能が壊れている。

 

「これで、26機目か」

 

サガミは諦めたように肩を落として、壊れたデバイスを懐へ仕舞った。

 

サガミ・バルディオ。

 

彼は、管理局へ入局した訓練魔導師だった。魔力適性もあり、ランクはAA。期待の新人として訓練施設に入ったわけだが、彼には大きな欠点があった。

 

彼が扱ったデバイスは、特性や形式を選ばずに、全てが短期間で故障するのだ。

 

これがデバイスの不具合と言えれば良かったが、訓練し始めて3カ月が経過した今でも、デバイスは破損し続けている。

 

原因は不明。

 

技術部が言うには、破損箇所が普段なら考えられない箇所であるという事しか分かっていない。

 

いくら安価な訓練用とは言え、デバイスはデバイス。破損するだけで大きな痛手になる。しかも責任を取らされるのは教官といった具合で、サガミは教導官たちから軒並みに腫れ物扱いされていた。

 

そんな中で自分に付けられたのは「落ちこぼれ」の烙印だ。辺りを見渡せば、自分を影から笑うものたちの視線で溢れている。

 

先程、冷や水を被せた教官も、サガミというジョーカーせいで、訓練部隊をたらい回しにされた結果、運悪く引き当ててしまった内の一人だ。

 

「…嫌味を漏らすなら、もっとマシな方法もあるだろうに。まったく」

 

自分の能力不足が原因とは言え、文句の一つでも言いたい気分だった。

 

サガミと同じタイミングで入局した訓練生は、全員がバディ(2組1小隊)の相手を見つけて、コンビネーションや空戦訓練に励んでいるというのにーー。

 

自分は未だに空を飛ぶことすら覚束ない。

 

団体訓練の足並みを見出すものは、どこであっても煙たがられるものだ。

 

サガミは早々に打ち砕かれたイメージを捨て去って、現実的に管理局を見ていた。

 

そして、彼が訓練部隊をたらい回しにされる理由はもう一つあった。

 

 

////

 

 

話にならない。

全くもって話にならない。

退屈で、為にならなくて、無意味。

 

ミッドチルダは古来より、魔法技術を苗床として進歩してきた世界だ。

 

故に技術の進歩に貢献した者や魔導師は相応の役職や地位を持つ。

 

管理局の戸口を叩いたばかりであるメリー・ダグマイアも、ミッドチルダで多くある魔導師名家の出身だった。

 

歴代の当主は優秀な魔導師や魔法技術者ばかりで、その誰もが歴史や時代に名を残している。

 

故に話にならなかったのだ。

 

家を出て、管理局に属した彼女は、目の前に転がる同学年の訓練魔導師たちに心底うんざりしていた。

 

メリーは、幼い頃からダグマイア家お抱えの魔導師によって、厳しい訓練を受け、ダグマイア流の魔法技術の修練に励んできた身だ。基本的な魔法技術はすでに身についてる。

 

しかし、訓練相手は素人も同然。

 

戦っているというのに回避しない、身を隠さない、理論的な戦術もなく立っているだけの相手を何人模擬戦したところで、得られるものは何もなかった。

 

しかし、規律だ、ルールだ、集団訓練だと歌って、管理局の教官たちはメリーの不満に耳を貸そうとしなかった。

 

出る杭は打たれる、というより、無視されているに等しい。

 

故に、メリーは最近では教官の指示や、訓練カリキュラムに従わなくなっていた。つまらないというよりも、無意味だと思ってしまったからだ。自分より劣る相手と足並みを揃えたところで、成長も栄光を掴むこともない。そう信じてしまっている。

 

メリーは訓練用のデバイスを待機状態にして、一人で訓練施設を後にした。出口に差し掛かったところで、いつもここで待っているはずの「付き人」を探す。

 

「サガミ。今日の訓練も実に無意味なものだったわ」

 

彼女、メリー・ダグマイアが、サガミ・バルディオと共に訓練部隊をたらい回しにされる大きな原因だった。

 

上司の指示を聞かずに、独断で訓練カリキュラムをサボったり、姿を消したりすればどうなるか?当然、叱責や謹慎。最悪、除隊処分を受けることになってもおかしくない。

 

しかし、メリーはミッドチルダでも名のある魔導師名家の娘。それに口だけではなく技術も持っている。そんな彼女と、ダグマイア家の付き人であるサガミを、体裁や威厳にこだわる管理局が無下にするわけもいかず。

 

結果、二人は訓練部隊をたらい回しにされることになったのだ。

 

サガミは思う。ここも、もうダメなのだろうと。魔力適性があったから、メリーと共に管理局へ所属したが、うまくいかないものだ。

 

さて、次はどこへ飛ばされることやら。

なん度も繰り返した問いに、サガミはうんざりする。

 

サガミは苛立ったまま宿舎に歩いて行くメリーについて行くことしか考えないようにするだけだった。

 

 

////

 

 

「以上が、サガミ・バルディオ訓練生と、メリー・ダグマイア訓練生の現状となります」

 

一通りの資料と説明を受けたファーンは、二人の担当教導官に一礼して、部屋を後にした。

 

メリー・ダグマイアは教官の言うことを聞かない問題児。サガミ・バルディオは不具合がある落ちこぼれだった。

 

二人を教導した顔見知りの魔導師たちは、全員が揃ってそう言った。

 

人を教える身である彼らが言った言葉を、本来なら咎めなければならないだろうが、ファーンは事前に目を通した資料を思い出しては、彼らが何故二人を「問題児」と言うのかを真剣に考えることにした。

 

資料を見る限りでも、たしかにメリー・ダグマイアは自身の実力を過信した側面を持ち、サガミ・バルディオの成績は酷いものだった。

 

魔法実地訓練での成績は最下位。

 

素質的な才能に左右されない基礎魔力テストも酷いものだ。

 

いや、ひどいと言うのもおかしい。

 

彼はそもそも、魔導師を志す上で決定的に欠落しているものがあった。

 

サガミが扱うデバイス、その全てがことごとく自爆、または暴発しているのだ。どんな種類、どんな機能、どんな性能をもったデバイスでも等しくだ。

 

教導する誰もが首を傾げた。

 

過剰な魔法酷使による自滅や暴発は考えられるが、訓練用、それも訓練を開始して早ければ数分で彼が握ったデバイスは壊れたのだ。

 

訓練用デバイスを点検する技師が調べた結果、魔法を行使するためにある変換器や、魔力を充填するタービンが破損していると言う話だ。本来なら壊れることのない最も強固な部品が、使用してものの数分で完全に破壊されるなど、あり得ないことだった。

 

故に二人は問題児の烙印を押された。

 

メリーは自分の実力に付いてこれない相手に不満を抱き、サガミは不安定すぎる魔力量による不具合と判断され、訓練部隊を追い出されている。

 

ファーンは満足そうに微笑みながら通路を歩む。面白そうだ。この二人を、自分の部隊へ入ってくる三人の魔導師とぶつけたらどうなるか。

 

出る杭と出る杭を組み合わせた時に何が起こるか。

 

まだ誰もなしたことのない教導仕事に、ファーンは久々に熱い何かを感じるのだった。

 

 

 



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第4話「ファーンの思惑」

 

訓練部隊という物は、総じて模擬訓練や魔法を用いた航空戦闘のシュミレーションや、座学を中心とする。事実、なのはたちが過去に受けた訓練も同じような流れだった。

 

久々の訓練学校の門をくぐった今日は、なのはたちにとっての入隊日になる。

 

「さっそくですが、あなた達には模擬戦をしてもらいます」

 

なのはたちの前を歩くファーンから告げられた突然の言葉。通路を歩む彼女の歩幅は揺らがずに、三人へ唐突に出された言葉も、なんてことない事を言うようなものだった。

 

「戦闘二回。初手は高町さん、そして次手にハラオウンさん。八神さんには先日と同じように二人へのバックアップオペレーターを務めてもらいます」

 

互いに顔を見合わせるなのはたち。

 

訓練部隊はあくまで名目。仲良く共に訓練するといった甘い部隊ではない。この部隊の設立は「効率的で現実的な魔導師育成法の模索」が根底にある。それに、ファーンには確かめたいことがあった。

 

「私が教導を行ってから、どれだけの力を身につけたのか。まぁ、テストのようなものです」

 

「けど、ファーンさんと模擬戦だなんて…」

 

「ちなみに、今回の相手は私ではありません」

 

恐る恐る言ったフェイトの言葉に、ファーンは三人が顔を合わせた理由に内心で納得がいった。彼女たちは、模擬戦の相手が自分だと思ったのだろう。なのはたちが幼い頃、ファーン・コラードという魔導師相手に手痛い敗北を喫したこと。そんな相手をその日すぐ様、相手をすると言うことに僅かながら動揺したのだろう。

 

しかし、手痛い敗北は過去の話だ。

 

ファーン自身も、昔ならいざ知らず、第一線の空から引退し、教導官として、訓練学校の校長としての「第二の人生」をすでに歩んでいる。実力を更につけたなのはたちを相手にして、勝てる自信など無かった。

 

だからこそ、とファーンは立ち止まった。目の前には模擬訓練用の施設につながる扉がある。

 

「あの頃と違って、私は本格的に教導する身になりました。そして、私が送り出した生徒は貴方達だけではありません」

 

教導官、そして校長として、彼女は既に自分の教え子を輩出している。隣にいる友と、市民を守る誇り高き魔導師たちを。そして、その中で見つけた「ダイヤの原石」があった。

 

「それに、私が見込んだ生徒も、貴方達だけではありませんからね」

 

施設への扉を開くと、簡易的なブリーフィングルームがある。扉を入って真正面を見ると、模擬戦や訓練を行うための円状のアリーナが広がり、アリーナを挟んで、こちらとは反対側に位置する場所に二人の人影が見えた。

 

ファーンが呼び出した「ダイヤの原石」。

振り返ると、さっきまでの幼さや、あどけなさを感じていた表情は消え、緊張感と真剣さを帯びた目をしたなのはたちがいる。

 

「現、私の直轄で教導を行っている生徒。この二人と模擬戦をしてもらいます。一筋縄ではいけませんよ?頑張りなさい」

 

そんな三人へ、ファーンは小さな激励の言葉と、余裕とも伺える笑みを送るのだった。

 

 

////

 

 

「メリー・ダグマイア。この人が、なのはちゃんが相手をする訓練生やね」

 

ファーンが観戦用ルームへ移動した後、なのはたちは早速ブリーフィングをはじめる。オペレーターを務めるはやての手元にあるものは、ファーンから渡された相手の情報だ。

 

「使用デバイスは、アームドデバイス。得意とするのは近中距離での近接戦闘、と。ファーンさんから提示された資料はこれだけやね」

 

名前、性別、使用デバイスと戦闘傾向。

ファーンから渡された資料に記載された情報はそれだけだった。反対側で待つ二人の姿が見える。

 

一人は、ショートヘアをした少女。そしてもう一人は青色の長い髪を後ろでくくりあげている少年だ。ショートヘアの少女が、なのはの対戦相手となる。

 

「実際に模擬戦をしてみないと、わからないことだらけだね」

 

考え込むようにあご先に手を添えながら、なのはは資料とにらめっこしている。なのはは、実戦で相手を知り、その傾向を見て、イメージを修正していく戦術を得意としている。

 

隣にいるフェイトや、はやての守護騎士であるヴィータと相対した時も、敗北から相手を学び、そして学んだ事を生かした戦闘を確立させ、二人と接戦を繰り広げたのだ。

 

相手がどうあれ、模擬戦が始まればしばらくなのはは相手の様子見に徹することになる。

 

ふと、はやてはこの模擬戦についてある疑問が浮かんだ。

 

「けど、砲撃型のなのはちゃんに近接戦を得意とする相手をぶつけるなんて。距離を取れば、なのはちゃんが有利なのは目に見えてるのに」

 

近接、中距離を好むと言うなら、遠距離からの砲撃を得意とするなのはより、接近戦を主体としたオールラウンダーなフェイトと対戦させたほうが良いだろうに。

 

そんなはやての疑問に、フェイトは首を振った。

 

「油断はできないよ。なんて言ったって、ファーンさんの教え子だし」

 

フェイトの言葉に、なのはも頷く。

二人の敗北経験は、思いのほか根深く残っているようで、普段では見せない慎重ぶりに、はやては肩をすくめた。

 

「もー、なのはちゃんも、フェイトちゃんも!ファーンさんに苦渋を飲まされた気持ちはわかるけど、それを引きずってたら出せる力も出されへんようになるで?」

 

そんなはやてに、二人は乾いた笑いでごまかして、あえて言葉にしなかった。けれど、これは自分の成長を試すチャンスでもある。

 

あの手痛い敗北から、自分はどれだけ前に進めたのか。

 

あの冬の墜落から、自分はどれだけ成長したのか。

 

パンっと、なのはは気合を入れるように両手のひらで頬を叩いた。抑鬱的に考えるのは、模擬戦を終えたあとだ。

 

「うん!いつも通り、全力全開!」

 

「だね!」

 

「うん!」

 

今は自分の全力に集中する。なのはは、ただそれだけを胸に、アリーナへ歩み出て行く。

 

 

////

 

 

「コラード校長。よろしいのでしょうか?ダグマイアを彼女達と組ませるのは」

 

観戦ルームで、ファーンにそう言ったのは、ファーンの側近であり、彼女が来る前に、教え子二人のブリーフィングを担当していた女性だ。

 

その表情は、事の行く末を心配するかのような焦りと戸惑いがあった。

 

「あら?そうかしら?」

 

そんな側近に、ファーンはあっけらかんと答える。

 

「良いテコ入れになると、わたしは思ってるわ」

 

ファーンが教える二人は「ダイヤの原石」。

 

しかし、魔導師として、なのはたちに劣るところを持っている。そして同時に、彼女たちに勝るものも持っている。まだまだ発展途上な教え子をぶつけることで、互いに良い何かを見つけることができるかもしれない。

 

そんな期待感が、ファーンの胸にあった。

 

「それに、それを必要としてるのは何よりも彼女なのだから」

 

ファーンが見つめる先には、自信と未知との戦いに真剣みを出すなのはとは正反対に、退屈さや気だるさ、諦めに似た表情をする、ひとりの少女「メリー・ダグマイア」が写っていた。

 

 



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