自分勝手な英雄譚 (閏 冬月)
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自分勝手な英雄譚

英雄というものは皆等しく、人を何らかの形へ導くものである。導かれるのは栄光か、破滅か、どちらでもよい。

意図して栄光へ導く者はいようとも、意図して破滅へと導く英雄はいないと断言出来る。

それが我々が思い描く、一般的な英雄なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

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「ミミクリーって植物をお前は知ってるか?」

 

人間とは斯くも愚かなものだ。この世界で信じられるものは自分だけだというのに。

 

「ああ、知っているとも。擬人植物、人に化けることが出来、人を捕食して栄養分とする植物であろう?」

 

人間とは愚かだ。

裏切られたとしても、裏切られることを恐れずにまた、他人を信じることが出来る。

 

「もし、俺がミミクリーだって言ったらお前はどうする? 勇者さんよ」

 

その愚かさのおかげで、人間は繁殖することが出来た。そして、発展することが出来た。

それこそが人間にとって最も重要な武器であり、儚いものだと言えるだろう。

 

「あなたがミミクリーだったとしても、私はあなたを殺さないと約束しよう。あなたは私の仲間であるからな。まだ会って、一緒に行動する日があまり長くはない、だからあなたは、信用出来ない私を殺してしまうかもしれない」

 

その愚かさは人であることをやめない限りつきまとう。それは人から外れたと言われる勇者や英雄であっても。

 

「しかし、私は確信している。あなたがそうであったとしても、未来の時間においてはあなたは私を殺さないと。そう信じていなかったら、私は仲間にあなたを受け入れていない」

 

これだから、人というものが儚くも愛おしいものだと感じるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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「なあ勇者さんよ、いつの日にか尋ねたよな。俺がミミクリーだったとしたらって話」

 

「ああ、いつの日だったか、忘れたけれども」

 

「あれは真実だ。俺はミミクリーだ」

 

「それを私に言うということは私を信頼してくれている、ということと受け取ろう」

 

勇者は俺によく、英雄とはどうあるべきかを聞かせた。どのような形であれ、人々を導くものだと。そして、人に自分という存在を信じさせるものだと。

 

「俺はお前と一緒に行動していて、人はとても尊い存在だと認識させてくれた」

 

勇者は感慨深いように聞いている。

ああ、人間はとても尊い存在だった。

 

「壊したくなるぐらいには」

 

「は?」

 

「俺はこれから英雄になろうと思うよ、勇者」

 

トボけた顔は引き攣り、少しずつ憤怒が彼の表情に現れる。壊したくなるような、穢したくなるような怒り一色。

 

「貴様ぁあっ!」

 

「残念ながら、俺はお前の敵対する魔王の下っ端だ」

 

右手を根に変えながら、勇者とやらの口に突っ込む。

どんなに噛みちぎろうとしても、ミミクリーの根は頑丈だ。なにせ、こういう風に人を食うのだ。体内に侵入した際、噛みちぎられては俺たちは繁殖することも出来ない。

 

「大丈夫だ、お前の言う英雄に俺がなってやる。だから安心して眠れ。これが俺のお前への敬意と優しさだ」

 

「ゥァッ……」

 

「なあ、魔王様も見てるんだろ? 見てくれよ、これが勇者の成れの果てになるかもな」

 

「ァッォォッォ……」

 

あと、と呟き、勇者に向きながら言う。

 

「信じてたのに、なんて台詞は吐くなよ。信じさせたってだけだからよ」

 

そして、勇者は息を引き取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ミミクリーよ、よく勇者を殺してくれたな」

 

「まあ、それが俺の役目でしたし?」

 

「褒美といこうではないか。何が欲しい?」

 

欲しいものは特にはない。魔王のような強さも勇者のような尊さもいらない。

 

「そうですねー。なら質問です」

 

「何でも答えてやろう、我が信頼を勝ち得た最大の部下よ」

 

その言葉に思わず笑いが溢れてしまう。魔族なんて呼ばれる種族も人間と一緒なんだと。

 

「ミミクリーって何だか知っています?」

 

「愚問だな。お前のようなものをミミクリーと呼ぶ。これ以上に相応しい解はあるか?」

 

「質問のやり方が悪かったですね。問い直そうか、ミミクリーってどんな種族だ?」

 

「人に擬態し、根を人間の体内に刺し込むことによって栄養を得る。そして、その得た栄養分から種子を生み出し繁殖する。これでどうだろうか」

 

「半分正解ってところか」

 

そろそろ苛立ってきた頃合いだろうか。

俺の言葉から徐々に敬意というものが消えていることは魔王自身も気付いているはずだ。

 

「確かにそれは俺らの種族の有名な部分だな。しかしよ、その種子っていうのはどこに植え付けると考える?」

 

「だれかの体内であろう?」

 

「そうだとも。それはどんな奴の体内でもいい。まあ、強靭な肉体であればあるほど、いいんだけどな」

 

淡々と述べる俺の言葉に、魔王は疑問符を浮かべる。

 

「魔王よ、お前は俺に対し最初に何を望んだ?」

 

「誓いの盃として、互いの血液を交わしたな……ッ!?」

 

どうやら気付いたようだ。ミミクリーの種子は体液中に含まれる。それをそのまま経口摂取をすることで種子は肉体に根を張るようになる。

 

「キサマ……!」

 

「あいにく、ミミクリーの子は理性を持たずに暴れまわる。このように喋ることが出来るミミクリーは俺だけなんだよ」

 

そして、俺は告げる。

 

「ミミクリーってのはどっかの誰かが作った、全ての種族を滅ぼすためだけの生物兵器。だけども、勇者の言葉に俺は感銘を受けた。英雄とはどんな形であっても、何かを導くものだってね」

 

ミミクリーの発芽タイミングはこちらが操作できる。今ここで発芽させることも可能だが、もう少し遊んでやろう。そんな思いが俺の中に生まれ始める。

どうせなら、痛ぶってからのほうが楽しい。

 

「お前ェっ!」

 

「おっと、もう少し待ってくれ。ここから最後の演説だ」

 

息を吸い直し、魔王に向かって俺のこれからを語る。

 

「俺は勇者との約束通り、英雄になってやろうと思う。どんな形であっても導けばいいのだ。破滅へと導いても英雄だ。人々から信じられるのが英雄ならば、人々から信じられる者は俺を信じた。つまりは俺は英雄として資格は充分だろう! 自分勝手だろうか、いや、自分勝手であろうがあるまいが、俺が記憶している英雄というものは皆が皆、自分勝手であったろう!」

 

「ミミクリー、お前だけは絶対に殺してやる。何があったとしても!」

 

「魔王よ、お前も自分勝手であっただろう。それのツケが回ってきたのだ」

 

パチンと指を鳴らし、根を張った種子は魔王の身体の内側から成長を始める。

 

「アッ……! ガッ……ッ! せっかく、ウガッ、信じてやった……もの……を……!」

 

「あれ、聞こえてなかったか? あの言葉。聞こえてなかったのならばもう一度言ってやろう」

 

成長した植物は魔王の身体を貪り尽くした。口から枝を伸ばし、膝から崩れ落ちている姿はまるで磔刑にあったかのようであった。

 

「信じてたのに、なんて台詞は吐くなよ。信じさせただけだからよ」

 

こうして、俺の生物を滅亡させるための英雄譚は始まった。



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