死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~ (ぎむねま)
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序章 馬鹿と天災は紙一重

 俺はどこにでもいる普通の中学生、に見せかけた、日本一不幸な中学生。

 いや、生まれつき障害が有るでもなく、病気もなく至極健康に育ってますよ?

 

 それだけで幸せだろうって言うのは解ります、解りますとも。

 

 でもね、例えば前からスマホでわき見運転の車が突然右折してくるでしょ?

 最近のハイブリットカーは音が無いから困りますよね。ここまではまぁ、無いでは無いでしょう。

 で、慌てて道路脇へ逃げ込んだら、側溝のコンクリの蓋がバカッと割れてそのままドボにドブん。

 そんな運の無い俺の頭上にハトがウンコをおすそ分けですわ。

 

 これアレだよね? 明らかに俺をハメて喜んでる奴居るよね?

 こういうゲーム知ってるよ、でも古びた洋館でやってくれな、明らかなレギュレーション違反。

 

「そ・れ・で、お前体育の前からジャージ履いてたの? フツー落ちるか? ドブって単語久しぶりに聞いたんだけど! さっきのもっかい言ってくんね? ドボにドブん! ドボにドブん!!!」

 

 なんかやたらウケてるのが俺の親友の田中。四角い黒縁めがねにパリッとした髪型からの、期待を裏切る糞馬鹿である、頭が悪いと言うより興味を持つ対象が偏ってる、つまりオタクだ。

 大変笑って頂けているので、俺も不幸に成った甲斐が有ったと思うことにしたい。後、ドボにドブんは言い間違えただけとは言い出せない。

 

「いや、でもそういう事故ってのは誰にでも起きてるんだと思うぜ。起こる可能性の有る事故は必ず起こる、トーストはバターを塗った面から地面に落ちる。そういうもん」

 

 急に冷静に分析しだすのは木村。ちょっとチャラいが立派なオタクである。

 

「つまりマーフィーの法則的にバターを塗るのが悪い。んークロワッサンにしようぜ」

 

 マジで言ってる意味が解らないのが凄い。

 

 ちなみに俺はバターが塗ってない面から緊急着陸してくれたトーストを見たことが無い。

 

 ってか、みんなバターは塗るんだから事故は有るって言いたいのか?

 慰めてくれてるのか知らないけど流石になぁ……

 そういうレベルじゃないだろ、もっと真剣に考えてくれと。

 

「おいおい、それを言うならハインリッヒの法則って知ってるか? 一つの重大事故の裏には軽微な事故が29個、ヒヤリハットな事例が300は有るって奴」

 

 現場監督の親父がよく言ってる奴の受け売り、だがそこに何故か田中が割り込んできた。

 

「それ知ってる! 大きいゴキブリを1匹見つけたら、中ぐらいのゴキブリが29匹、小さいゴキブリが300匹いるって奴だろ?」

 

 はい糞馬鹿である。

 この馬鹿話に食いつくのは木村ぐらいだ。

 

「待てよ田中! つまり普通のゴキブリを300匹用意すればどうなる?」

 

「そりゃー29匹の巨大ゴキブリと」

 

「「一匹のキングゴキブリ」」

 

 糞馬鹿が増えた、キング糞馬鹿になる前に何とかしたい。

 

 なんかグラウンドにキングゴキブリが破壊光線出してる絵を描き始めたし、程よくデフォルメが効いてて無駄に上手い。

 体育のサッカーをサボって堂々お絵かきってどうなんだ? いや体育より俺の命のが大事なのは間違いない。

 

「いやいやいやいや、ちっとは心配してくれよな、このままじゃデカい事故が起こった時、俺死んじゃうよ?」

 

 俺の話はどうやら完全に無視する方向でお絵かきに夢中な二人。

 

「いやいや、流石にキングゴキブリには敵わないよ……」

 

 なんでゴキブリと戦う前提なのか? そしてなぜゴキブリが光線を出すのか、

 ビルをなぎ倒しているキングゴキブリのスケール感がどうなっているのか、

 どこから突っ込んで良いか解らない。

 

「ゴキブリから離れろよ、いや、この際離れないでも良い! キングはともかく、巨大ゴキブリが襲ってきたら助けてくれよな!」

 

「嫌だよ、怖いし、齧られそうだし」

「田中さん御自慢の剣術の見せ所じゃないですかー、何とかしてくださいよー」

「俺の剣はそんな事のために有るんじゃない」

 

 じゃあ何の為に有るんだよカス。いい加減にしろ!

 いやまて、怒るな、このままじゃ俺は遠からずゴキブリに頭を齧られて死ぬ。

 あらやだ……俺もゴキブリから離れられなくなってる!

 

 ともかく、ピンチの時に親友すら助けてくれないのはやばい。

 ちなみに俺は田中が巨大ゴキブリに襲われてたら、ちゃんとバルサン買うためにお小遣いを貯め始めるよ。

 

「おいおい、水臭い事言うなよ、俺たちもう友達だろ?」

 

 俺はそう言って親指をピッとおっ立てた拳を横に倒して田中に突き出す。

 拳を合わせて、健闘を称えるみたいな挨拶はフィクションでよく見るが、これは今流行のアニメ「ガイルランダー」で主人公がやるやつ。

 ホントは助ける側が言う台詞であって、助けられる側が口が裂けても言って良い台詞じゃないって事を別にすれば、なかなか決まってるだろ?

 田中もオタの者の一人としてこれは無視できないハズ。

 

「あのホント気持ち悪いんで止めて貰って良いですか?」

「あ、ハイ」

 

 ホントに傷つくんでいきなり敬語とか、お手柔らかにお願いしたい。

 俺はそのまま突き出した拳をぐるりと木村に向けると、あいつは既に距離をとってのノーサンキューの構え。

 

 思わず木村の指をガッと掴む。

 

「いやー友達甲斐の無い奴らで困るねー、その指へし折って良いか?」

「やめろ! ギタリストにとって指は命」

 

 繰り返すが、マジで言ってる意味が解らないのが凄い。

 

「お前の指の活躍はゲームやってるとこでしか見たこと無いんだけど?」

「家で弾いてっから! 離せってオイ」

 

 指の一本も折れば俺も木村を格ゲーでボコれると思ったのに、残念だが手を離す。

 

 そんな風に騒いでいれば、体育の授業を絶賛サボリ中なんだから怒る奴も出てくる。

 

「ちょっとー田中君たち、ちゃんとサッカー応援してよねー」

 

 文句を言ってきたのは黒峰って女子、なんかよく文句言いに絡みに来る。

 こりゃー俺に気でもあるのかと思ったけど、どうも田中とつるんでる時だけ絡んでくるからご察しだろうか?

 まぁまぁまぁまぁ…………そんな可愛い訳じゃないですからね。中の上ぐらいかな? だから俺はまぁ許すよ?

 爆発しろなんて言わない、対人地雷で片足失うぐらいで良いんじゃないかな?

 

「いやさー今、高橋がドボにドブんした話聞いてたとこで、マジ笑うわこんなん」

 

「あードブに落ちたんだっけ? 高橋君ってなんか注意力散漫だよねー」

 

 え? 注意力散漫って言った? 俺の戦闘力は3万だ! 的な奴じゃないよな?

 やっぱ俺の評価そんなんかよ……でもさ、普通歩いてていきなり車がわき見で右折までは有ったとしてさ、側溝のコンクリの蓋が割れるとか意識して歩いてる? 歩いてないよね?

 

 でも田中よ、お前は対人地雷に怯えて歩けよ。

 

「えー酷いよ黒峰さん……俺だって注意してるけどさー、側溝の蓋が割れるって有りえないでしょ?」

「そもそも側溝の上を歩かないよ、危ないもん」

 

 はーそういう認識でスか? 幸せでちゅねー、俺だって好きで歩いたわけじゃねーよ。

 お前にピタゴラスイッチのビー玉の気持ちが解るか? 俺だって解らねぇ!

 

 クソデカため息をこぼす俺を無視して、黒峰さんは二人の書いた絵を可愛いねーとか褒めている。

 あ、それゴキブリですよーって言ってあげたいね。

 木村と田中、二人してどっちがゴキブリだって言うのか目で譲り合ってる場面を目を細めながら眺める、いやー青春だねー。ホント爆発して欲しい。

 

 見上げれば抜けるような青空だ、咄嗟に見上げたのも奇跡ならそれを見つけたのも奇跡で、

 今思えば、俺の注意力が散漫どころか文字通り3万だって事の証左であろう。

 

 でもそこまで! それ以上はどうやったって無理。どんなに体を鍛えても剣の達人だろうと人類皆平等。

 

 空がなんか光ったかな? そんな風に思った次の瞬間その光があっと言う間に俺を包んで。

 なんか凄い音が鳴ったような気がする様なしない様な?

 

 かくして俺の意識はあっと言う間に消え去った。



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神から視点

「おおっ?」

 

 俺は謎空間で意識を取り戻した。目の前には威厳を感じる存在の気配!

 はい、勝ちましたー、俺くん大勝利。

 

「異世界へは最強でモテモテチートでお願いします」

「無理じゃな」

 

 却下! 0.5秒で却下!

 

「そんなモンで生き残れるなら、とっくにやっておる」

 

 え? と詳しく話を聞くと、どうやら俺は隕石で死んだらしい。余りにも無理ゲーであった。

 

「酷すぎません? コレはもう、無双系チートを……」

「無駄と言っている、そんなのはもう()()()試した!」

 

 どう言う事かと詳しく話を聞くと、どうやら俺の魂が不具合を起こしていると言うでは無いか!

 

 ……いや、何だよそれ! ってか、魂って何なの?

 そう聞いた俺に対して、神さまはふぅっと息を吐いた。

 いや、そう言う気配がしただけで、俺も神様もぽわぽわした発光体で姿なんて無いけどね。

 で、神様の解説はこうだ! 長いから心してくれよな!

 

 

 

 魂とは何か?

 

 それを説明するのは大変難しい作業じゃが、人の文明が発展するに従って、挑戦し甲斐の有るモノになってきておる。

 もうお前たちは命を構成する要素を知っているし、不完全で不格好ながら大半を自らの手で作成することに成功していると言えるじゃろう?

 例えばだ……

お前さんはパソコンを持っているか?

 

 そうだ、パソコンだ。うん、まぁそれはいいとして……あー

「パソコンは命じゃない」……か。確かにそうだ、

 ただ、神が作ったものが命として、人間が作った命をコンピューターと呼んでいるだけかもしれんぞ?

 コンピューターが命を持ったかの様に振る舞う所を見たことは無いか?

 

 心臓が電源、メモリが脳の海馬、ハードディスクが側頭葉で、CPUは前頭葉。

 目や耳や手足が無いと言うのなら、カメラやマイクやロボットアームでもなんでも好きに付けてみたらいい。

 

 ただ、魂にあたるパーツなんてどこにも無いと思わんか?

 

 そりゃそうじゃ、そんなもんはどこにも無いからの。

 人間が死んだらオシマイなのと同じようにコンピューターが壊れたらオシマイじゃろ?

 

 ん?「データをサルベージして他のPCに入れなおせば同じように動く」か。なるほどのぉ人間も大分賢くなっておる。

 で、それがパソコンだけでなく、人間にも出来ない理由があるかな?

 そう、出来るのだよ。肉体(ハードウェア)記憶(データ)が有れば再現出来る! そんなものどちらも容易に複製できるわい。

 

 つまりな、人間の記憶も感情も脳で作っているのじゃから、魂なんぞにはなんの「データ」も無いんじゃ。

 

 逆に言うとな、お前の魂を突然に全く違う人間へと入れ換えても、人間は誰も気が付かん。

 

 もちろんお主自身もな。

 

 だから、輪廻転生して記憶が残っているなんてのは不具合(バグ)でしか有り得ないし。

 通常はそんな不具合を許す様な真似はせん、すぐに修正(デバッグ)するぞい。

 まぁそんな不具合が有りえないでは無いのが悲しい所じゃがな。

 

 ……夢が無い話って? いや、魂が無いなんて言ってないじゃろ?

 

 わしが言ったのは「魂にあたるパーツが無い」じゃよ。

 

 ああ……「それこそが命とコンピューターの差」だと?

 そう買いかぶってくれるのはありがたいがね。

 コンピューターにも魂(ソレ)にあたるものは有るんじゃよ、「パーツ」では無いだけでな。

 

 

 

 ……IPアドレスじゃよ。

 

 神界(ネットワーク)にぶら下がった人間(端末)を判別するための固体識別番号。

 人間(端末)が増え過ぎて枯渇寸前、ヘビーローテーションで使いまわす様などそっくりじゃろ?

 

 それ自体に情報を持たず、通信の為に必要な番号。

 そんなものが必要な理由……そう、魂は通信しておる、(われわれ)の都合でな。

 

 それは神が情報収集と管理を目的とした外部システム。

 外部システムで有るがゆえにそれが個体に影響を与えることは許されん。

 

 特定のIPが与えられたパソコンが、立て続けに故障したらどう思う?

 

 管理者はシステム上のバグを疑うじゃろうな。

 

 そうだ、その管理者こそがワシじゃ、輪廻と運命の神、アイオーンとでも呼ぶが良い。

 人が付けた名前は偉大じゃが、実態はIPアドレスの管理者に過ぎん。

 魂によって収集されたラプラスシステムによる運命予報を元に、魂を割り振るだけの存在。

それがワシじゃ。

 

 ワシを悩ませ続ける、16歳まで生きることが無い魂。

 そこにはどんなバグが有るのか、もしくは世界のシステムが狂っているのか?

 

 短命なお前さんの魂を、死から遠い場所に配置する事何と一万回。

 バグの原因解明どころか、ラプラスシステムの運命予報の精度が疑われる程の破局と破滅で多くに死をばら撒いた。

 

 輪廻のシステムを外れた異世界の、それも平和過ぎて、平和ボケと言う単語を固めたような島国の、何の変哲もない、長生きするハズの少年に無理くり割り振った魂。

 アメリカのパソコンに日本のIPアドレスを割り振るような無茶なイレギュラー中のイレギュラーも虚しく。

 15の少年は隕石の直撃で跡形もなく地球から姿を消したと言う訳じゃ。

 

 この理不尽な純然たる『偶然』の攻撃に、ラプラスシステムの限界を感じ。

 (ワシ)(われわれ)の理解すら及ばない(われわれ)(かみ)の存在を感じる始末。

 

 これは新しい視点が必要だ、もう『偶然』は有りえない。でも『偶然』としか思えない。

 これはもう本人に聞くしかないと。記憶(データ)をサルベージし

 疑似人格(エミュレーター)を通して会話を試みてみる事にしたわけじゃ。

 

 

 ……以上。神様からでした。

 

「で、それが俺だと?」

「そうじゃね」

 

 軽いなー、通りでなんかもう、俺の存在は意識だけの不定形。

 異世界転生させてくれないなら、文句だけは言っておこう。不具合なんだから詫び石ぐらい貰っていくぞ!

 

「いやー運が悪すぎておかしいと思ってたんスよねー、確率論的に有り得ないですもん」

 

 ……怪しげな目で見られてしまった。しかし、コッチは被害者、ココは強気でごねるが吉だろう。

 

「もっと偉い人の息子とか、すげー丈夫でツエー男とか、大魔法使いとかそう言うのじゃダメだったんすか?」

 

「……そんなもんは何回も試した。強くなるハズの奴でも初めから強い訳でも無い、運命予報を裏切って勝てるハズの無いもんに突っかかって死んでいく。

 超大国が出来た時は喜び勇んで皇帝の息子に転生させたよ。

 暗殺されたがね。

 一番無茶な所では、魂の規格を無視して土地神の龍子として転生させてみたんじゃが……

 土地ごと死んで行きおった。何人死んだか数えたくもない程じゃ」

 

「マジすか! 俺ツエー出来ないで死んじゃう?」

 

「……マジじゃ、俺ツエー出来ても死んじゃう!」

 

 何か馬鹿にされた様な気がするが、取り敢えずもっと詳しく話を聞く事にする。

 

「『偶然』には個人の強さでは抗えないのじゃ。お主を狙った矢はかわせても、味方の矢が、たまたまお前さんが気を抜いた一瞬の隙に後頭部に突き刺さるのは達人であろうとも防ぎようがない」

「どーゆう運の悪さなんスか? つーか普通に生きてたのに何度も死にかけたのは偶然じゃなかったんですね? マーフィーの法則じゃないっすよ、ハインリヒ? ヒヤリハット案件ですよ、起こるべくして起こったと言っても過言じゃない」

 

 余りの無理ゲーに文句を言うしか無い。

 

「はー、それでもだーれも心配も同情もしてくれないんだからそりゃー死ぬよな……」

 

 いや、もう愚痴! 愚痴しかないよ! だって酷いじゃん? 俺の人生、頑張っても頑張っても空回りしてたけど、やっぱり不注意が原因じゃなかったね。

 せめて皆がもっと不幸だねって同情してくれたら救われたのにさ! 俺がどんくさいヤツって扱いだったモン、浮かばれないよ。

 

 ……ん? そう言えば、みんなに守って貰えば良いんじゃ無いの?

 

「じゃあ、じゃあ逆転の発想ですよい! いつでも死んじゃいそうな儚い感じの奴が却って死なないで生き残るもんですって。一人じゃダメでもみんなに守ってもらえれば良いんスよ」

 

 良いアイデアだ! 俺は続けてまくし立てる。

 

「薄幸の美少女ってのは絵になりますけど? 俺なんて薄幸の普通少年ですからねー、どんな悲劇だって、なんかよくある事を大げさに言ってるなって思われがちなんスよ」

 

 言いながら、数々の理不尽にイライラしてきたぞ! 猛アピール!

 

「あーせめて美少女だったらなー、みんなに心配して貰えたんだけどなー」

 

 アピール終了! どうだと見てみれば、呆れた気配が漂ってくる。

 

「まぁ、さっきよりマシか」

「……マシって!」

「多くの人間の運命に乗っかってしまえば、しょーもない偶然でコロっと死ぬ確率は、理論上は下がるじゃろうな、だがな、そんなのはもう千回試した、みんなお前を守ってくれたよ。命を懸けてな」

 

 コレもやったのかよ!

 

「えーそれでダメだった?」

 

「……まとめて死んだよ」

 

 ファ――――!

 

「どーすんスか? オレあと何回無駄に死ぬんスか?」

「ワシが聞きたいわ!!」

 

 神様の気配が激しく揺れる、声では無い衝撃が俺を揺さぶった。

 

 不治の病を患った少女は不作の折に自害した。

 戦争に行った父の帰りを待つ少年は門で馬車に轢かれた。

 もっと多くの人を巻き込もうと、盲目の姫君にした時は国ごと滅んだ

 人間に追い立てられ、最後の一人になった悲しい吸血鬼は愛した男と心中した。

 砂漠の歌姫は政争の道具にされた末に暗殺された。

 古代人の末裔だってやったし、さっきの皇帝の息子や龍子もそうじゃが。

 運命予報を見て因果律の強い、ちょっとやそっとじゃ死にそうに無い奴を選んでな!

 みんな死んだよ! 全滅だ! 周りのすべてを巻き込んで運命予報を丸ごと破壊する悪夢の号笛だ

 

 さぁどうすればいい? どうすればお前は死なない? ワシが一番知りたいわ!

 

 凄まじい激情そのものが俺を打ち付けるが、そんな事言われてもどうすりゃ良いのさ?

 コロコロがあったら転がしてるよ?

 呆気にとられる俺を無視して神は続ける。

 

 ……はぁ。 まぁ、今回は被害が少なかったのが勿怪の幸いかの……無理やり地球の管理者にねじ込んでテストを頼んだ甲斐が有ったというものだ。

 

「うへぇぇ?」

 

 今、なんて言った? 『被害が少なかった?』そう言えば、俺の近くにいたアイツらは?

 

「えーと、俺だけ死んだんですかね?」

 

「いや? 隕石の直撃だからな、お前の周りの何人か一緒に死んどるよ」

 

「そんな……田中は? 木村は?」

「……死んどるな」

「なん……でだよ、なんであいつらが死ななきゃいけないんだよ」

「それを言うならお前さんが死ぬ理由もさーーぱり解らん! そんなわけないだろと鼻で笑った地球の管理者が頭を抱えて資料(ログ)を漁っておるのが痛快に思える程だわ畜生ッ!」

 

 神はヤケクソ。俺もヤケクソだ! 畜生ッ!

 

「そんな実験で田中も木村も死んだのかよ。なんでだよ……」

「その原因をワシはかれこれ数万年追っかけとるよ。お前らの体感時間で換算するとな」

「そんな糞ったれな運命を、運命を超える力を壊す力が……なにか無いのかよ……」

 

 神が数万年と言うだけ有って、ここでは時間すらゆっくりと流れていた。覚悟を決めて、俺は一つの結論を下す。

 何故かって? どうしたって俺は納得が行かないからだ!

 

「一つの運命じゃだめでも……幾つかの、運命を束ねれば……

 ……なぁ神様、全部じゃダメなのか?」

「どういう意味じゃ?」

 

 俺は、とっくにおかしくなっていたのかも知れない。

 

「王国の姫君も、吸血鬼も古代人の末裔も、土地神も全部まとめて全部盛りだよ、世界中の人を無理やり同情させて、俺の運命に同乗させるんだよ!」

「世界を道連れに心中するのか? やけくそじゃな、全ての因果律を纏めて運命破壊の『偶然』に抗うか、どうしてそこまでする? きっと碌な人生にはならなんだ」

 

 神に問われる、確かに……だが、俺はきっと悔しかったんだ。

 

「田中と木村が浮かばれねぇよ、絶対その『偶然』をぶっ飛ばしてやりてぇ」

 

「世界で一番不幸になって、世界で一番同情されて、地位も力も手に入れて世界を巻き込んで。

 ……それで世界のみんなを不幸にして、それでもやっぱりダメかもしれないんじゃぞ?」

 

「やってやる。薄幸の美少女で王国の姫君で吸血鬼で古代人の末裔で、もう何でもいい全部だ! 全部で良い! 

 史上最悪のヒロインをやってやるよ、世界の全てに命を懸けて守ってやりたい、なんとかしてやりたいと思われて

 全部を載せて全部と心中する事になっても、一秒でも長く生き残ってやる!」

「ほ……本気なのか……いや、とは言ってもそんな都合のいい転生先が……だが、因果律は先天的な物だけじゃない、後から回収出来る物を積極的に集めて行けるなら……可能性はある! 

 良いじゃろ。覚悟があるなら記憶を持ったまま転生させてやる!」

「マジで!?」

 

 さっきの話を聞くに、それは結構な特別措置だ、チート感がある。

 

「ああ、勿論わしの(そんざい)が掛かるがな」

「それは……どうやって?」

 

 俺がそう聞くと、神は尊大に笑った気がした。

 

「魂じゃよ、魂は神が世界の情報収集用に付けたモノだと言っただろう? そして送信が出来ると言うことは、当然に受信だって出来ると言うことじゃ、お主の魂が送信したログの『参照権』をお主に与える。それでお前の意思と記憶、その全てを転生後にダウンロード出来るハズじゃ!」

 

 おぉ! そう言う事かと驚く俺に、意地悪な神の意志が突き刺さる。

 

「だが、解ってるのか? その時いたいけな一人の少女の脳に「自分」を上書きすることになるんじゃぞ?」

 

 神は俺に、覚悟を問うているのだ! 俺は親友を殺された怒りに打ち震えた!

 

「それでも……やってやる、俺やってやるよ」

「わかった、地球の管理者とも協議して転生先を探してやる、……よし良いのが有った。ヒヨるなよ小僧」

 

 そして一人の少年は少女として転生する。

 それは運命を壊す『偶然』に全てを賭けて抗う物語。



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★序章の設定語り

自己顕示欲の発露


 こんにちは、作者のぎむねまです。

 このコーナーでは章の合間に設定でも語っていこうかなって言う、素人小説らしい自己満足で、承認欲求を存分に満たしていこうと言う謎コーナーです。

 読み飛ばし推奨! どのぐらい不要かって言うと、小説家になろう版には存在しません! 

 

 作者だけが喜ぶ、ハーメルンオリジナルコンテンツ!

 

【異世界転生】

 

 スキルとかレベルってなんだよ! みたいな文句を最近良く聞きますが、そもそも異世界転生ってなんだよ? ってのがありません?

 ハーメルンで投稿するにあたって、必須タグに【神様転生】と【転生】が別にあったのを見てビックリしましたが、神様のミスで異世界にって一つのジャンルなんですね。

 でも僕は、間違って蟻を踏み潰しても何とも思わないのに、神様ってヤツは随分と律儀だなーとか思ってました。

 

 「だから異世界転生なんてあり得ない!」って言うと話が終わってしまうので、どう言う理由があれば神様がワンチャン異世界に送ってくれるかな?

 って考えたら出て来た設定です。

 

【魂】

 実は前から、魂ってなんだろう? って思った時にIPアドレスみたいだな、とは思っていました。

 他にも前からそう思って居た人、少なくないと思います。もし、そう言う作品が既にあったら教えてね。

 IPアドレスで管理するシステムだと、辞めたはずの○○さん転生した! みたいの。あるよね?

 で、IPアドレスだとしたら通信してるワケじゃないですか? そう思ったらこの物語が思いついたんです。

 昔は、パソコンが壊れたら保存したデータもオシマイだったけど、今はクラウドに保存していて、買い換えたその日に復旧ってのも珍しくないですから。

 魂が通信しているなら、転生ってのも不思議じゃ無いかなーと思います。

 

【運命予報(ラプラスシステム)】

 

 便利なクラウドサービスがあるとして、神様だって人間の為にそんなサービスを運用しているワケでは無いのです。

 CIAだかはエシュロンとかでネットワークのあらゆる情報を覗き見していると言いますが、神様は人間に黙って通信していて、一切利用させないんだからある意味もっと酷いですね。

 序章では語られませんが、神様が情報収集を行う理由は、世界の情報を収集し、完全な未来予知を実現しようとしているからです。

 その為にはその未来を完膚なきまでに破壊する『偶然』が滅茶苦茶に邪魔なんですね。

 絶対に死なない未来を約束された人間を選んで主人公を転生させているのに、未来を破壊して死んでいくワケですから。

 

 多くのデータを収集して、それでも『偶然』の原因を突き止められなかった神様。だから主人公に主人公の魂が収集したデータの『参照権』を渡して転生させる事で、主人公は前世の記憶を思い出すワケです。

 

 と、ここまでだと「異世界転生して、記憶を保持している理由」と言う『設定』でしか無いですが、本編にその設定ならではの仕掛けがドンドンと出てくるのでご期待下さい。



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一章 エルフのお姫様 エルフのお姫様

 深い、深い森の中。

 静謐な空気に守られた大森林の奥、いや底と言うべきか。人間には辿り着けないと言われる天然の要塞。

 そこにエルフの宮殿は有った。

 

 宮殿と言っても石造りではない、でもそれを見て貧相という感想を抱く者は絶無と言って良いだろう。木が自ら意思を持って要塞を形作ったかのような異様な光景に圧倒されるハズである。

 そんな宮殿の奥、切り取られたかのように光差す明るい場所に二人の姿が有った。

 

「ほらいい子ね、お腹にお耳を当ててごらんなさい、赤ちゃんの音が聞こえない?」

「んーわかんない!」

 

 穏やかに語り掛けるのはエルフの王宮が誇る、輝く金の髪も麗しき王女パルメ・ガーシェント・エンディアンその人である。

 彼女には三つの不安な事が有った、一つはもちろんこれから生まれてくる赤ちゃんの事、

 残りの二つは可愛らしく返事をした自分の血を引かない銀の髪を持つ娘の事だ。

 もうすぐ三つになる娘、ユマ(家名のガーシェントは成人後、エンディアン王家の名は王自身と王女にしか名乗れない)は健康とは言い難い子供であった。

 すぐに熱を出すし、足元も覚束ない事が多く、その所為か引っ込み思案で知らない人が居ると途端に何も言わなくなる。

 もう一つは彼女の頭の問題だ、母親であるパルメは娘のユマが決して頭が悪くない事を知っている。そりゃあ魔力量は少ない、でもそれは生まれの段階で誰もが覚悟していた事だ、だからユマが心配されてるのはそんな事じゃない。

 

「もうすぐユマちゃんはお姉ちゃんに成るのよ? 楽しみ?」

「うん、たのしみー」

「そう、でもお姉ちゃんに成るのに自分の名前を言えないのは恥ずかしいわよ?」

「そうなのーー?」

 

 そうなのだ、ユマはまだ自分の名前を言えない、頭が悪いとは思わない、それどころか普通に大人の様な会話が成立してビックリする事も多い。

 なのに自分の名前が言えない。人間でもちょっと遅いかな? と言うぐらいで、成長が早く寿命も長く、それこそが選ばれた民の証だと思ってる長老たちにとってみれば。

「やはり蛮族の血が混ざるとコレか・・・」

 と言う思いがあり、王女の前でもその態度を隠そうともしない者も少なくない。

 自分の血を引かない娘だけにご機嫌伺いのつもりでそんな事を言う奴も居るのでやりきれない。

 

「そうなのよー、じゃあユマちゃん今日こそ自分の名前言ってみよっか?」

「うんー?」

 

 小首を傾げる様はなんとも可愛らしい。

 

「じゃあ、さんはい! あなたの名前はなんですかー?」

「えーとねーわたしのなまえはー」

「名前はー?」

 

「私の名前は『高橋敬一』」

 

「エッ!?」

 

 意味が・・・解らない『タカハシケイイチ』? そんな単語を王女は聞いたことが無かったし、答える前に覗いたあの子の目が別人みたいに見えて怖かった。

 そう、目が合ったのだ。あの子が人の目をあんなにハッキリと見つめる事など有っただろうか?

 その目がぼんやりと焦点が合わなくなり、パチパチと瞬くとゆっくりとその場に崩れ落ちた。

 

「ユマ? どうしたの? ユマ?」

 

 王女が呼びかけるがユマは答えない、彼女は深い眠りについていた。

 そうとても深い眠りだ、ある意味でユマという少女はもう二度と目を覚ます事は無かったのだから。

 

 

 

「ふぁぁぁぁぁぁーーー」

 奇声が溢れる口を止められない。

 気が付くと俺は転生していた、エルフのお姫様みたいです。

「エルフのお姫様」もう響きがエロゲーの其れだ。

 いやー驚いたね。驚いたって次元じゃないね。驚き過ぎて死ぬかと思ったって言ったら本当に死にそうな身の上だから深呼吸。

 高橋敬一だった時の記憶を取り戻す条件、それは「自分を高橋敬一だと思うこと」

 神は簡単に言ってたが、確率が微妙とも言ってた。

 そもそも、俺の存在が無いどころか日本ですらなく、名前の形体も日本と全然違う異世界だ。いっくら俺の名前が日本でかなりのレベルで凡庸な名前でも、掠るような名前すら登場する余地もないのだ。

 何の脈絡もなく「アレ? 俺、実はエルフのお姫様じゃなく日本の高橋敬一では?」

 とか疑問を挟む余地は一ミリたりとも無いと言えよう。

 だから、夜な夜な夢枕に神の爺ちゃんが「お主の名前は高橋敬一じゃよ」って囁くだけであんな自己紹介に至ったのは奇跡だろう。

 もし、もしも早々に「私の名前はユマです!」って言ってしまっていたら、気持ち悪い爺さんが囁く意味不明な睡眠学習の効果も虚しく俺は目を覚ます事は無かった訳だ。

 そして母親とキモ爺のどちらを信じるかで、キッチリ神を選び抜いた彼女は賢かったのだろう。

 そしてその賢さが彼女を殺したのだ。

 そう、殺した。もうユマちゃん(三歳)と言う幼女はどこにも居ない。

 かと言って高橋敬一だってもう居ない。彼女の脳に急に高橋敬一のデータが居候を始めただけだ。だけどまだ三歳にもなってない幼女のおうちに十五の俺が無理やり侵入した様なもんで、彼女のおうちを事実上乗っ取った様な物だろう。

 だけど、高橋敬一だけではいられない。この胸いっぱいに広がる、パルメの事を母と思いその胸に飛び込みたいと言う思いは思春期の少年のエロ心ではない。

 幼女が大切にした思い、それが解るからこそ辛い。

 なぜなら母を思う気持ち、その大切な思いを、ゆっくりと思春期の少年のエロ心が、「エルフなのにけっこー胸大きいのな! おっぱーいオッパーイ」と言う掛け声と共に穢していくのだ。

 事案だとか犯罪なんて生易しいもんじゃない、なんとも居た堪れない。

 でも、今更後悔しても遅いのだ。俺はもう殺してしまった、殺したからこそ俺が居る。

 そもそもバッドエンドは確定してる様な物なのだ。

 ……神様よぅ、死ににくい癖に滅茶苦茶不幸な運命を選んだんだろ?

 で、そこに死亡確定の魂が入っちまった、こいつは俺の責任も大きいよな?

 その時点でもう手遅れだ、この子が俺の事を思い出さなかったとしても、泣きながら殺される未来しかなかったんだろ?

 神様の睡眠学習は、お告げの様な状況次第のアドバイスを頂ける訳じゃない、まるっきり目覚まし時計だ、三歳までの間決められた言葉を夢で囁くだけ。

 この体に神の信託を受ける巫女として、秘められた力がある訳じゃないんだ。

 そもそもの所、そんなもんが有るかどうかも知らないけどな。魂やシステムの話は聞けたけど、神はこの世界の事は何一つ教えてくれなかった。神には神のルールが有るんだとよ。

 未来予知の精度を上げる為の実験なのに、俺が未来を知っていたら意味が無いってのは納得だよな。

 つまり、飛び切りの不幸の前にご都合主義の面白チート能力も無しに、幼女が一人だ、だったら苦しむのは高橋敬一の方が良い、君はそこで俺が頑張る所を見ててくれよ、頼りないかも知れないけれど、俺頑張るからよ。

 

 ギュッと胸の前で手を握り締めてから、パンと自分の頬を叩いて気合を一閃。グッと立ち上がると同時にバタッと倒れた。

 

「あ、俺体弱かったんだった」

 

 思わず日本語で呟けたかどうかのタイミングで俺は気を失った。



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姫として生きる

 それから何日かして俺は再び目を覚ました。

 

 記憶を引っ張る限り、高橋敬一として覚醒して三日、その前もすでに三日も寝ていたらしい。

 実は覚醒する前に、乳母さんから水とか流動食を食べさせて貰っていたみたいでギリギリの所で生きてる感じだ。

 

 この記憶を引っ張ると言うのが何とも言えない感覚で、俺が与えられた唯一のチート能力と言って良い、自分の魂が送信したログに限定されたサーバーの参照権と言っていたか。

 

 自分の高橋敬一としての記憶を思い出すための手段だと認識していたので、大した物では無いと思い込んでいた、他人の心が読める訳でも無いので、説明を聞いた感じ自分の記憶を自由に検索したり出来る機能と言う認識だったのだが……

 

 例えば自分が0歳児の記憶がある人は居るだろうか?

 

 まず居ないハズだ。どんなに遅くても1週間でむくみも有る程度取れて、おめめがぱっちりしてくる。でもその目がどんな光景を映し出していたのかを覚えてる人は居ない。まだ人としての脳が未熟でその時の記憶を保持出来ないからであろう。

 

 でも、俺はハッキリとその光景を引っ張り出せる、思い出してるのでは無いのだ。

 記憶に無くても目はその光景を映してるのだから、魂はそのログを送信している。そのログを参照できるのだから、見たものは本人が完全に忘れていても引っ張り出せる。

 

 ただ、その膨大な情報を引っ張るにはキーとなるトリガーが必要で、感覚的には検索エンジンで調べ物をするのに近い。

 

 だから、これからは歴史上の偉人の名前なんて一切覚える必要は無さそうだ、ただしその人物が何をしたどこの人なのかも解らなければ、どうログを漁るべきかが解らない。

 

「不幸は本当の友人でない者を明らかにする」

 

 そんな名言がスルリと出てくる様なら、ログを一発参照でアリストテレスだ。

 

 この思考法は現代人の俺には慣れたもの、鼻歌で出てきたメロディーで、曲名が解らずとも楽ちん一発検索な辺り、グーグル先生を超えてるとも言える。

 

 ただし、見たこともない物はログを参照してもどうしようもない辺りを考えると、やはりグーグル先生は偉大だ。

 

 ……話を戻そう。

 

 俺は生まれた時見たことですら参照できる。コレはユマの生まれた時だけじゃなく、高橋敬一の生まれた時もだ。

 参照出来る最初の記憶を……と探ってみれば、見違えるほど若い前世の母親の姿が目の前に広がって、胸が締め付けられた。

 

 俺は前世の記憶をなるべく思い出さないように誓った。

 郷愁に駆られては一歩も動けなくなるような気がしたからだ。

 

 次に気になったのは、自分の娘がいきなり他人の息子に乗っ取られたらどう思うか?

 

 ユマの口から「高橋敬一」なんて言葉が飛び出した時の反応が知りたくて、参照してみるとやはり不信、どころかハッキリと怯えが見える。娘が突然に知らない人に成ったようなもんだ。

 

 やっぱり、俺は『ユマ』として生きていくべきだと思う。この世界では誰も『高橋敬一』なんて求めちゃ居ないんだ。

 

 俺がもっと大きくて強いなら、全てを振り切って生きて行く事も出来ただろう、でも三歳の幼女で病弱虚弱不健康児だ。せめて健康優良不良少女にならないと、家出なんて夢のまた夢であろう。

 

 ああ、油断すると名作漫画のログを参照しそうになる。

 見た映像をそのまま再生できるので、普通に漫画を見てる感覚と一緒だから気を抜くとあっと言う間に時間が飛ぶ。

 

 ユマになりきるにはどうするか? ユマのログを漁るしかない、最初から要点を絞って早回しで脳みそに叩き込むんだ! なんせゆっくり見ていたら、まんま三年掛かっちまう。

 

 どれどれっと……ああそうかよ畜生ッ!

 

 

「うぁぁぁぁ」

 

 思わず漏れた微かな呻き声、でもそれで十分だったのか王女パルメが駆け込んできた。

 

「ユマちゃん? 起きたの? ユマちゃん?」

 

 本当に心配していたのだろう、顔色が冴えない、ぐっすり三日も寝てたこっちと違ってろくに寝れていないのかもしれない。

 

 ああ、本当に愛されてる。ここは一つ元気な所を見せて愛嬌を振りまくべきだ。

 

 でも、でも、目を合わせる事が出来ない。

 自分の中の『ユマ』の部分が悲鳴を上げる。

 

『パルメは俺の本当の母親じゃない』

 

 それが解ってしまった。

 

「なんで?」「どうして?」そんな感情が渦巻いて胸を焦がす。

 

 

 ああ、俺はやっぱり『高橋敬一』じゃない、かと言って断じて『ユマ』じゃ有り得ない。

 でも、母親に甘える幼児に勝てる存在など在りはしないのだ。だから母親の前で『高橋敬一』は『ユマ』に吹き飛ばされてしまう。

 

「ママ! ママァ!」

「あらあら、どうしたの? 怖い夢でも見た?」

 

 パルメの胸に飛び込み涙を流す俺を、パルメは慈愛に満ちた目で見つめる。

 

「ママ! ママはママなの?」

「ええ、ママはママよ」

 

 落ち着くように背中をポンポンと叩いてくれる、気持ちが落ち着いてくる、でも止めろ! それを言うな言うんじゃない!!

 

「ねぇ……ママはホントのママだよね?」

 

 ピシリと空気が凍り付いた気がした。背中を優しく叩く手が止まり、ガッと両肩を掴まれた。

 

「誰!? 誰にそんな事言われたの?」

 

 パルメは目線を俺に合わせて必死に問いかける。

 

「答えて!」

 

 答えられる訳がない、誰に聞いたでも無いのだ、そんな俺をパルメはギュッと抱きしめた。

 

「ママだからっ! 私が、本当の、お母さんだから!」

 

 震える声、パルメは泣いている。ああ、『ユマ』お前はママに愛されてるぞ、俺が保証する。

 

「ママ! ママぁぁ!」

 

 泣きじゃくる『ユマ』はパルメの胸に縋りつく。

 ああ、糞、涙が止まらない。母親の匂いが胸をいっぱいにしてしまう。

 パルメを、ママをこれ以上悲しませてはいけないと心が叫ぶ。

 

「ママは! ママはユマのママだよね!」

「そうよ、ママは……ユマちゃん? ユマちゃんの名前教えてくれる?」

 

 そうだよな、そうだよ。それが良い、それで良いんだ。

 

「なまえ?」

「そうよ、お名前、あなたの名前はなんですかー?」

「わたしのなまえはねー」

「名前はー?」

「ユマ! 私の名前はユマ」

 

 俺と、俺の中の『ユマ』の部分が元気に答える。

 そうだよ、『ユマ』だけじゃない『高橋敬一』だってこの時を以て死んだんだ。

 

 俺はエルフのお姫様として生きて行く、例えどんな不幸に巻き込まれたとしても。



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新しい家族

 あれからあっと言う間に二年の月日が流れた。

 

 『ユマ』の記憶と感情の残り香が自然な幼女にしてくれたのか、殆ど不審がられる事もなくエルフのお姫様にしてくれている。

 その代わり、『ユマ』としての感情が暴走する事もなく、すっかり俺の中に吸収されてしまった様だ。

 とは言え、俺はもう『高橋』じゃない、新しい自我を確立しなくてはいけない。

 心の持ちようを変えないとお姫様らしくない粗暴な言葉遣いが顔を出しかねないからだ。

 そんな事になって誰が得をするのか? ハーフの俺を馬鹿にしてエルフの優位性を確認して悦に浸りたい馬鹿だけだ。

 そう考えると、日本語が通じないのが有難い。日本語が通じてしまっていたら「マジかよ」とか「馬鹿じゃねぇの」とか合いの手の様に口をついてた事だろう。

 日本語にしたら笑っちゃうぐらい上品で、可愛らしいであろう言葉遣いでも、笑う事もなくすらすらと口に出来るのはまるっきり言葉が違うからだ。

 

「お父様、今日は本当に良いお天気ですわね!」

 

 家族と過ごす朝食の席、挨拶をかわす俺はすっかりエルフのお姫様。

 

 お父様だって! お父様! 自分の口が紡ぎだす言葉が素晴らしい! 五歳児未満だと言うのにこの言葉遣いはもはや天才と恐れられるのでは? と思ったがどうもエルフは早熟かつ高寿命。なんというチート生物! いやもう世界を征服しちまえよ! と思うがエルフはこの大森林を守るのが使命で野蛮な侵略戦争などしないんだと、ふぅん?

 

 そんな訳で、教育係のおばちゃんは当然の様にこのレベルを要求してくるし、忙しい王様と話せる朝食の団らんは、お作法の成果をお父様に見て貰う好機となってしまう。

 こんな堅苦しい喋りで家族の絆なんて深まるのかよ……と思わないでも無いが家を空けっ放しだった前世の親父よりマシって思いますかね。

 

「今日は具合は悪くないのか? 無理はするなよ」

「はい! 今日はとっても調子が良いんです!」

 

 優しいお言葉を頂き俺は、深い飴色で緻密な細工の凝らされた木製のテーブルの上でグッと手を握る。

 テーブルだけではない、椅子も建物もその意匠全てが前世では見た事も無い物だ。情報化社会だった前世ではあらゆる文明、文化をテレビ等で見てきたがそのどれとも根本的に異なる。

 

 当たり前だ、文化が違う以上に作り方が根本的に異なるのだから。

 

 『魔法』そう魔法だよ! 剣と魔法のファンタジー! そうだよね、エルフが有って魔法が無い訳無いよねー

 既にちょっとした魔法の授業も受けている、王族だけに家庭教師のマンツーマンだ、ハーフエルフだから、まぁそんなに優秀とは言えないみたいだけど、でもでも魔法制御は褒められてるし。優秀じゃないってのもエルフレベルのお話だと思う、人間から見たら結構やるんじゃないかな?

 

 そんなこんなで、見るもの全てが新鮮な世界で、この二年過ごしてきた。

 でも全てが上手くいっている訳じゃない、そう、俺の健康問題だ。

 

「おねえさまが元気だと、わたしもうれしいです!」

 

 元気に返事をするのは覚醒後まもなく生まれた可愛い可愛い、私の妹にしてもうすぐ二歳になるセレナ、そう二歳。

 二歳にしてこの喋り方、それも朝食では「おねえさま」だが普段は「おねえちゃん」と可愛く呼んでくれると言うTPOでの使い分け。

 ちょっと人間離れしていると言わざるを得ないだろう、エルフだけど。

 これで性格が悪いならともかく、ホントに良い子なのだ、前世の俺には妹も弟も居なかったのも有って可愛くって仕方がない。

 

 ただし、俺の方が、むしろ妹に心配され可愛がられてる節がある。

 

 それもそのはず、未だに俺は病弱で二日に一度は寝込んでる有様、二年と言っても体感じゃ一年経ったかな? ぐらいなんだから笑えない。

 しかもこの妹、全方位で優秀で有る。知能もそうだが、本当にトンでもないのは魔法の方だったりする。五歳の私はもうとっくに追い抜かれたし、大人のエルフすら上回りかねないのだから恐れ入る。

 彼女の魔法を見て、え? 今のこの子がやったの? と二度見する召使いの面々を俺は何度もこの目で見てきた。

 

「ユマは体が弱いんだから無理をしちゃいけないよ? もしも何かやりたい事が有るなら兄さんに相談してくれるかな?」

 

 そう言って話しかけてくれるのは、今年で十五歳になる私のステフ兄さん。

 兄さんは金髪碧眼の超絶イケメンエルフだ。前世だったら確実に爆発の呪いを口ずさんで居たに違いないが、今は当然だが全く気にならない。

 彼が居るから私には王位継承権なんてかすりもしないのは有難い。なにせ複雑なこの身の上、こんな奴に王位継承権が有って良いのか、とか揉められると死亡コース一直線。そうでなくても滅茶苦茶優しいお兄ちゃんなのである。

 

「そうよ、ユマ。あなたは一人で居るとすぐに無茶をするんだから」

 

 母親のパルメが優しく微笑む。ああ、お母様は今日も綺麗だ。

 金髪でふわふわしたハーフアップの豪華な髪型がさらりと流れ、おっとりとした翡翠の瞳が目を惹く。

 

「自分の出来る事、やるべき事を常に考えながら行動するんだぞ」

 

 そして親父、エルフの国の王様。エリプス・ガーシェント・エンディアンその人である。エルフだからなのか髭の一本も生えてないし、寿命も長いからか皺も殆ど無い、だからなのか威厳を出すためなのか髪を長くしていて、難しい顔をしている事が多い。

 

 なーんか魔法剣士っぽい感じ? 以上、五人家族での朝の団らんだ。

 

 その複雑な家族の成り立ちみたいなのは後でたっぷり説明するとして、今一番、声を大にして訴えたいのは朝食の献立、そっちの顔ぶれだ。

 

 その一、なんか芋っぽい奴。この国の主食だ。タロイモみたいなのかな? すり潰されている。これはまぁ良いとしよう。

 

 その二、なんかの球根、ゆでた後一口サイズにカットされている、少し甘くて美味しい。

 

 その三、葉っぱ、苦みが有るがすり潰した芋と一緒に食べると程よい味のアクセント。

 

 その四、花、そう花である、黄色くてきれいな花で、飾りかな? と除けたら「好き嫌いは止めなさい!」と怒られた理不尽の塊だ。そういえば飾りと思ってたタンポポも食べられるんだっけ? あ、参照したらアレは菊の花だとさ、今まで完全にタンポポだと思ってた。

 

 参照はこんな感じで本人がすっかり忘れてる豆知識も取り出せる。今食べている花と似たような見た目の花が無いかと参照すれば、カラーと水仙の中間ぐらいの形だろうか?

 美味いか? と問われれば香りは良いけど味は無いよね、と言った所。

 

 その五、無し。

 

 そう、終了である、計四品。

 朝食なんだから四品ってのはまぁ良いけど、余裕の野菜オンリーである。仮にも王族の飯がコレか! と言う思いだ。

 エルフは菜食主義、なるほどどうしてテンプレ設定を忠実に守り抜いてる感じ、ファックだね。

 こちとら純正エルフじゃないところに持ってきて、病弱不健康児なんだから動物性たんぱく質の補給は急務だ。というかさっきのメニューのどこに植物性たんぱく質要素が有ったのかも解らない。

 

 まぁ季節によって豆、キノコ、ナッツ、なんかの根っこ! 木の皮! こんな物も食卓に上がるんで、意外とバランスは整ってるのかもしれない、エルフにとってはな!!

 で、そんなハーフエルフな俺の強い味方がパクーミルク、パクーってのはヤギみたいな不思議生物、と言うかこれヤギだろ。生命力が強く雑草駆除に大活躍でミルクも取れる。

 

 じゃあこの唯一の動物性たんぱく質がエルフの中で押すな押すなの大人気かと言うと、もっぱら子供や病人の飲み物という認識で大人のエルフは見向きもしないってんだから、やっぱエルフの体の構造は人間とは違うと考えたほうが良さそうだ。

 

 そんなこんなで朝食をもっしゃもっしゃと芋虫気分で食べ終わり、待望の洋ナシみたいなデザート、あ、五品目有りましたね、を美味しく頂きながら今日の雑談タイムだ。

 

「ユマよ、ちゃんと健康値は測っているのか?」

「はい、お父様、今日は5でしたわ」

「5か……やはり少ないな」

 

 健康値! そう、この世界は健康値と魔力値と言う概念が存在する。不健康な私のお部屋に備え付けられた大きな鏡。はじめはこれを見て痩せ過ぎて居ないか目で見て判断しろよ、ってことかと思っていたら、お手々を当てて念じればあら不思議。健康値と魔力値がハッキリポンと数字で御開帳。

 

「なにこれ! 魔法みたい!」

 

 って叫んだら「魔法ですよ?」と不思議そうにメイドさんに首を傾げられる始末で大恥かいた。

 

 こういうのがある世界なんだ! と、ステータスオープン! とか夜中に叫んでみたのもいい思い出。凄い仕組みだと思ったものの、実はそうでもないようだ。むしろこんな大きな鏡の方が貴重で、その鏡に結果を映し出すところが滅茶苦茶凄いと力説されてしまった。

 

 その仕組みだが、別に世界のシステムにアクセスして個人情報を(つまび)らかに表示している訳ではなく、ちょうどアレだ現代の体脂肪計の感覚に近いみたい。

 考えてみればアレだってなんか魔法みたいなもんだ、台の上に乗っただけで「はい、脂肪分30%、一見痩せてますけど筋肉ゼロの脂肪の塊ですねー」と言われても、仕組みを知らなければ狐につままれた様な感覚だろう。

 で、この健康値計は魔力の通り辛さで、抵抗力のあるやナシや健康度をチェックしているらしいので、ホントに体脂肪計の魔力版と言えるだろう。

 

 そこで私の健康値5! これでも今日は絶好調で、普段は4とか3とかが普通だ。ちなみに普通は20より多いぐらいだから、どんだけ不健康か解るというもの。

 数字的にここでも体脂肪率が参考になるんじゃないかな? 体脂肪率が3%の子供。いやー死ぬんじゃないかな? 知らんけど。

 そんな訳で皆に心配されるのは仕方がない、ギブミーお肉!

 

「お前ももうすぐ五歳、生誕の儀の準備を始めなければならないのではないか?」

「あなた、ユマは体が弱いんですから、あんな儀式しなくても……」

「そう言う訳にはいかんだろう? 長老たちも納得せんだろう」

「……そう、ですわね」

 

 生誕の儀、これは五歳で行われる第二の誕生日の扱いで五歳を過ぎて初めて一人の人間として扱って貰えるとの事。自分の両親の馴れ初めを朗読したり、劇にして、お父さんお母さん生んでくれてありがとうとお礼を言う。

 両親にとっても罰ゲームなんじゃないかと思えてしまうのは現代人の感覚か?

 

 これが現代だとテニスサークルで知り合って、お父さんが飲み会で潰れたお母さんをホテルに連れ込んで、ねっとり介抱してくれたから僕が生まれました。ありがとう! とかになるのか? 悪夢だな。

 

 だからかは知らないが大分形骸化しつつある儀式らしい、とは言え王族である我らは無視する訳にも行かず、そして、まぁアレだ、私の生まれが心配されてるのだろう。

 

 流石に朗読の一つも出来ないぐらいに頭が悪いと思われているとは考えたくない。

 

「だいじょーぶだよ! セレナのおねえちゃんならできます!」

 

 セレナの励ましが眩しい、でもセレナとお姉ちゃんは血が半分しか繋がって無いとは口が裂けても言え無い感じが辛い。

 

「ユマ、お兄ちゃんだったらなんでも協力するよ、もし劇をやるんだったらかわいい妹の相手役は他人には任せられないからね」

 

 こちらは事情を知ってるお兄ちゃんの優しいお言葉。

 

「ダメよ、ユマには私とパパの馴れ初めを朗読してもらうんですから」

「おまえ……それは……」

 

 ノリノリのお母様に困惑する父、私としては複雑だけど、私の本当の母親を無かった事にされてもやっぱり複雑なのでいかんともしがたい。本当に自分の子供として育てようとしている母の優しさだけを受け取って励みにしよう。

 

「大丈夫ですわ、お母様。わたくし頑張ります、頑張りたいのです!」

 

 取り敢えずやる気をアピール。劇は体力が心配だが、朗読ならソラで朗々と歌い上げたって良い。なんせ中身は一五歳、棒読みなんて醜態は晒さないし、記憶に関しちゃ参照権万歳だ。

 

「お前は無理をせず、今日の午前中は休んで午後の授業に集中しなさい」

「はい……」

 

 ぐぐぐ、不健康が憎い、ちょっと動くだけで息切れする体が憎い。

 

「だいじょーぶ! おねえさまのことはわたしが見ます!」

 

 そして妹の優しさが何より痛い、ちなみに午後の魔法の授業は妹と一緒だ、むしろ置いて行かれてる状況で、姉の威厳大崩壊である。

 

「ありがとう、セレナ」

 

 俺の笑顔は引き攣っていないだろうか? それだけが心配だ。



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ラジオ体操

 部屋に戻った俺は鏡の前で健康値を確認する。

 

 健康値:4

 魔力値:25

健康値と違って魔力値は二〇歳前後をピークに伸び続け、大人のエルフだと100は超えてて当たり前になってくる、そう考えると五歳で25ってのはそう悪くない数字に思える。

 ただし、妹の魔力値、これが200を超えて来るのだ。二歳にして一角の魔法使いレベル、俺の不健康ぶりに隠れてちょっとこれ異常過ぎるんじゃないか?

 母も誇らしいより心配の方が大きいのか、私の主治医(しょっちゅう呼び出されている)にそれとなく妹の事を尋ねたりしている。

 そんな妹の健康値は16なので私の4倍も健康と言うことだ、これはいけない。

 鏡に映る私の姿も生気が無いように感じる、金髪じゃなく、色が抜けた様な銀髪なのも頂けない。明らかに他のエルフと違うし不健康そう、ちなみに妹は金属質な冴え冴えとした青色で、これも珍しいが、魔力が多い子に極稀に現れる髪色らしいので、王様の実子でないなんて事は無いそうだ、

 母パルメに限って元々それは無いと思うけどね。それにしても肉が付いて無い体である。流石に体脂肪率が4%って事は無いぐらいには付いてるけど。

 ちなみに健康値は体力値とも言う、健康値が低いってのと体力値が低いってのでエルフ的に受け取り方が違うみたいで、そもそも言葉が違うんだからニュアンスが伝え辛いんだけど……体力値が低いよりも健康値が低いって方が危険な感じが伝わるし、健康値が多いって言うよりも体力値が多いって言われた方が嬉しいみたいな感じで使い分けるみたい。

 

「さて、健康になるにはどうするか?」

 

 健康になるための計画を立てなくては、自分は不幸が確定している身の上だ。そこで俺がちょっと水を汲みに行くだけで息も絶え絶えの病弱じゃ、なぶり殺しにして下さいと言っている様なもの。

 それどころか目の前で俺を庇う家族が惨殺される様を貧血で震える体で見守る事態にもなりかねない、自分の身は自分で守るが理想で、ダメでも脅威からいち早く逃げられるだけの体力は必須だ。

 

「そのためには寝込んでるってのはナシだよね」

 

 この世界には筋トレと言う概念が存在しないように思う。寝込んでるから体力が無くなると言うのもあり得るのに、体力がないなら寝ていろの一点張りだ。

 時計の機能もある鏡を見るに、今は10マスの内3つが点灯している、前世と同じ一日が24時間ならば1マス2.4時間、5マス点灯で正午なので午後まで5時間近くもある。

 毎日、睡眠とは別に5時間も寝込んでいたら健康だって病気になってしまう。

 なにより今日は体調が良い……ハズ、なぜか朝食後に健康値が5から4に減ってたけど……なんだから動かなくては仕方がない。

 ただし、自室療養を命じられている身。おおっぴらに外出したら首根っこ掴まれてお部屋に強制連行され信頼まで失ってしまう、ここは古式ゆかしい前世の健康運動で体調を整えるしかないだろう。

 

「ラジオ体操第一ぃぃぃ♪」

 

 そうラジオ体操である。ラジオ体操の順番やらすっかり忘れていてもそこは便利な参照機能。

 

「いっち♪にっ♪さんっしっ♪」

 

 参照機能で脳内に鳴り響く懐かしいメロディに合わせて淡々とこなしていき、完璧な深呼吸でフィニッシュを決めようとしたその時だ。

 

「おねえちゃん? なにやってるの?」

 

 シダみたいな植物で作られた、ビーズのれんみたいに部屋を仕切るスクリーンを掻き分けて顔を覗かせていた妹が、思い切り不審な表情でこちらを見ている。

 

「あ、あのね、これはね」

「もう、おねえちゃん! ちゃんと休んでないとダメだよ!」

「違うの、ずっと寝てても体に悪いのよ、体がギシギシッって動かなくなっちゃうから、こうしてほぐさないと動けなくなっちゃうの」

 

 本当の事だ、やましい事など何もない。ただこの世界には準備運動やら柔軟運動の概念も進んでいないだけだ。

 

「ほんとー? そんなの聞いたことないよー」

「本当よ、こうやって体を動かすと運動した時にケガもしにくくなるのよ、セレナもやってみる?」

「え?やるやるー」

 

 妹様の満面の笑み、頂きました。妹様はお姉様と遊びたかっただけみたい、ここは一つ姉の威厳を取り戻さないとね。

 

「ちゃーんちゃーんちゃ♪ちゃちゃちゃちゃ♪腕を前から上にあげて背伸びのうんどー♪」

 

 参照権で鳴ってる脳内音声は聞こえないので口ずさみ、言葉を大雑把に翻訳しながら目の前で動きを実演してあげる、それを見た妹様はイキイキと真似しだした。

 

「ちゃーんちゃーんちゃ♪ちゃちゃちゃちゃー♪」

 

 ちょっと調子ッぱずれだけど其処がかわいい、いやコレ俺が音痴なんじゃないよな?

 とにかく可愛い、体操とかどうでもいいから抱きしめたくなってくる、よーし二人でラジオ体操を極めよう! ワシのラジオ体操は三式まで有るぞー

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ハァハァハァ……足をも……どして手足のうんど…………」

「おねえちゃん? おねえちゃんだいじょうぶ? お顔がまっ白だよ?」

 

 キッツイこれキツイ、ラジオ体操は歌いながらやるものでは決して無い。いやはや歌って踊るアイドルのお仕事がこれほど過酷とは想像もしていなかった。アレ凄かったんだな、声量もダンスもラジオ体操とは比べ物にならないし。

 

「はい、では、ベッドで伸びの運動で終わりです」

 

 でっち上げました。よろよろとベッドに倒れこんで終了です。

 あ、ヤバい足攣ってるイタイイタイ。

 

「おわりー? みじかーい、これで体やわらかくなるのー?」

「なってるよー」

 もう碌に返事も出来ない、ベッドで養生だ、あ、ホントに足痛い。

 ベッドで臥せってると妹様もベッドに上がって、あろうことか足をむんずと掴み上げた。

 

「ほんとー? あ、ほんとだーやわらかーい」

 

 イダダダダダ、それ攣ってる方の足だから! 痛いから離して! イタイイタイ!

「おねえちゃん凄ーい! アレ? おねえちゃん? おねーちゃーん!」

 俺は妹の声を聞きながら意識が遠くなるのを感じていた。

 



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ガスバーナー

 結局、午後の授業まで三時間以上寝込んでしまった。

 

 この世界、いやこの国か? お昼はかるーく済ませるもので、枝豆みたいな見た目で意外と固い豆と糖蜜漬けのナッツを齧った。枝豆はともかく糖蜜漬けは王族とそれに準ずる位の者しか食べられないらしいので有り難く頂く。栄養価も高そうだから積極的に摂って行きたいが貴重らしいのと、なにより動物性たんぱく質が欲しいんだよなぁ……

 

 ほんとは午後の授業も休むように言われたのだが、魔法の授業でこれ以上妹に置いて行かれるのは勘弁したい。

 魔力量で敵わないのは仕方ないとしても、知識量と応用力で上を行くのが異世界転生物の醍醐味だろう。

 なにより「おねえちゃんごめんね……」とすっかりしょげてしまった妹に元気な所を見せねばなるまい。

 

健康値:3

魔力値:27

 

 現実は非情である。自らの危険水域である健康値3、どうしてこうなった?

 ちなみに魔力量はちょっとしたことでブレるし、食事を取ると上がったりする、つまり誤差の範囲だ。

 

「おねえちゃんだいじょぶ?」

 

 セレナがシダのすだれの前で待っているのが透けて見える、気まずくて顔を出せないのだろう、これはお姉ちゃんとして頑張らないといけないところだ。

「大丈夫だよ、お姉ちゃんと勉強に行こっか」

 

 で、ペタペタと離宮内を歩いていく、教室は王宮近くにある(そもそも王宮、離宮と言う区分が正しいか解らない、ただ居住区と王が政治をしているであろう場所は明確に分けられていた)エルフの国の規模が大きい訳じゃ無いのか、そこまで広くは無いのが救いか。

「おねえちゃん、かおいろわるいよ? だいじょうぶ?」

「全然! へっちゃらよ」

 

 強がったものの、城の防御を考えているのか、曲がりくねった道や小部屋を抜けなきゃいけないのが地味に辛い。

 小部屋を抜ける度に心配そうな顔をした使用人はおろか、文官みたいな青年まで後ろに付いてくるし、王族ってのも大変だ。

 

「でもっ! でもなんかみんなしんぱいですって、ついてくるし! こんなのヘンだよ!」

 

 ……なるほど、王族だからじゃなくて俺の顔色が其れだけ危険水域だと。ふぅむ皆優秀だね、健康値計なんて要らないんじゃないかな?

 ちらりと後ろを振り向くともはや大名行列の様相だ、俺の顔色を見たお付きの人々まで顔色を悪くして慌て出す。

 あ、これヤバいやつだ、俺の顔色、多分紙みたいになってる。

 

「ねえさま、ねえさまのおかお、白じゃなくて青くなってきた」

 

 青かー、青と来ましたか。赤が危険だとすれば青は安全かな? もう正直ここから歩いて自分の部屋に戻るのも厳しいので早く教室に着きたい。

 

「ハァーハァーハァー」

「だ、だいじょぶ? ね、おへやにかえろ! セレナもかえるから!」

 

 うう、妹にここまで心配されてしまうとは……でも何とか教室に辿り着いた。大名行列のお付きの方々は代わりばんこに教室に入っては注意してくださいねと先生に訴えかけていく。

 

「ほ、ホントにひどい顔色じゃのう、どうじゃ? 今日は休んでまた今度と言うのは?」

「ハァハァハァだいじょうぶ……です」

 

 正直帰るのも辛いし、妹は心配してるし、でも授業は受けたいし、それに先生は面倒事を回避したいものと前世の経験で俺は知っている。ここで引いてしまったら、次もまた次もと延期されてしまうだろう事は想像に難くない。そして俺の勉強はともかくセレナの勉強まで遅れてしまったら? そんなのはお姉ちゃん失格だろう。

 

「だ、だいじょう……ぶです、授業をしましょう」

 

 俺は、なんとか追い返そうとしている先生を左手を突き出す事で止める、ちなみに右手は荒い呼吸を繰り返す胸を抑えるのに必死だ。

 

「そ、そうか、熱心なのはいい事じゃがの……」

 

 チラリとこっちを伺うが、意思は固いぞと見つめ返す、諦めたのかしぶしぶ授業に入ってくれた。

 さて魔法の授業は私も自分の部屋で受ける事が出来ないのには理由がある。

 なんせ魔法は威力がある、ましてや火の魔法だって必修なのだから木で出来た家の中ではなかなか試し辛い、その点この魔法教室は石を張り合わせて作った内装がちょっとやそっとの衝撃、火や風の魔法を防いでくれる。それでも火の魔法はかまどの中で使うのがルールだ、そして低年齢のお子様が真っ先に覚えるのが火の魔法の制御だ。

 危ないから教えませんより、リスクを取ってでも制御する事。魔法に責任を持つことを覚えさせると言う考え方だ。

 マッチやライターと違って取り上げる事も出来ないなら、合理的な考え方と言えよう。

 

「ではかまどに向かって種火の練習をしてみましょう、セレナさんは魔力の制御が課題ですからね、少しの火で良いのでゆっくりと出してみましょう」

「は、はい! 『我、望む、ささやかなる種火を』」

 

 先生の助手の女性の呼びかけに答え、セレナが魔法の言葉を紡ぐ。

 基本的に、大気に居ると言われる精霊さんに魔力を渡してお願いするのが魔法って奴らしい。だから呪文として『我、望む』の部分が必須だ、エルフに取っても古い言い回しで日常で思わず口にする心配が無く、精霊も、あ、お呼びかな? と思うらしい。

 

 精霊なんて居るとは思えないけどね……子供に教える為の方便な気がするんだよな。

 

 で、その後は割と適当で良さそうである。要は通じれば良いと、そう言う事らしい。ただ、イメージが大切ってのはやっぱり有るようなのでその辺がどうなっているのかは誰にも良く解って居ない様だ。

 

 うーん、「なんだと! 無詠唱の使い手が本当に居たとは!」って奴をやってみたかったが、どうにも出来なかった苦い過去が思い返される。そんな事を必死で息を整えながらも考えていると妹の魔法が発動した。

 

 ――ゴオオオオオォォォォッッッ!!

「止めるんじゃ、ストップストーップ!」

 

 教師の爺さんの必死のストップが入る、ささやかなる種火と言うか自衛隊の演習動画で見た火炎放射器みたいになってた。種火の魔法にどれだけの魔力を注いだんですか妹様。

 

「口から呼吸と共にちょっとだけシャボン玉を吹く様に優しく魔力を吐くんです」

「いや、それでも多過ぎてああなっているのやも知れん、セレナの嬢ちゃんや、魔力を全く込めずに呪文を唱えて、最後に優しく、お姉ちゃんに語り掛ける様に「ね」と魔力を込めて言ってみてくれんか?」

 

 助手の女性のアドバイスを遮って、おじいちゃん先生がセレナにゆっくりと諭す。

 

「そんなのでまほうになるんですか?『我、望む、ささやかなる種火を! ね』」

 

 疑問に思いつつも呪文を唱える素直なセレナの指先に、今度は一瞬ボッと大きな火が灯ったもののすぐに小さくなってゆっくりと消えていった、さっきの魔法よりは種火の魔法として使いやすいだろう。

 

「やった! できたよ! おねえちゃん!」

「見てたわ、やったわね、セレナ!」

「やはり多すぎる魔力量が制御を阻害している様じゃの……なんとも末恐ろしいものじゃ……」

 

 無邪気に喜ぶ妹だが、先生の呟きのが気になる、やっぱおかしいよな……アレ。

 でもでも、私には私のやり方がある! こっそり特訓していた魔法のお披露目をして妹をビックリさせちゃいますかね。

 

「先生、次は私の番ですか?」

「ふーむ、ユマ嬢ちゃんには休んでいて欲しいんじゃが……無理はせんようにな」

「はい!」

「おねえちゃんがんばってー!」

 

 妹の声援に答えたい、これが異世界転生チートだと言う所を見せつけないとね!

 俺は深呼吸を一つ、かまどの前で仁王立ちをして指先を中の薪に向ける。

「『我、望む、大気に潜む燃焼と呼吸を助けるものよ、寄り合わさりて、ささやかなる種火と共に強き炎を生み出せん』」

 

 ボォォォォォ!

 

 指先から青く暗い炎が出る、成功だ! ガスコンロみたいに酸素を十分に含んだ燃焼が出来ている。

 

「青い炎じゃと! 何をした?」

「以前、風を圧縮して刃にする風刃の逆、大気が無い状態を刃にする魔法をお見せしましたね?」

「ああアレは衝撃じゃったが……」

「大気が無い状態では炎の魔法は発動しなかったんです、だから大気の中に燃焼を助けるものが有るんだろうと思いまして、それを寄り合わせるように精霊にお願いをして、そこに火を付けたんです」

「つまり、この暗く青い炎は普通の赤い炎より強力だと?」

「はい、そのハズです」

「おねえちゃんすごーい!」

 

 妹さまの目がキラキラだ! もうずるっこだろうが何だろうが何でもやる、姉の威厳を守るためならね!

 俺が指さした薪はあっと言う間に火がついてメラメラとかまどに火が灯った。

 ちなみに妹様の時は言うまでも無くすべての薪が炭化してしまった。

 

「ねぇ、わたしもやっていい? いまの! やってみたい!」

「え゛っ」

 

 正直、さっきの火炎放射を見る限りやめて欲しい、仮に成功されても姉の威厳が崩壊すると言うハッピーエンド無き結末だ。先生も渋い顔をしてるし思いは一緒だろう。

 

「あのね、この魔法は制御がとーっても難しいの、大きくなってからチャレンジしよっか?」

「えーせいぎょがうまくなりたいんだもん、おねえさまと同じ魔法つかいたい」

 

 あーこれダメな奴だ、悪ガキ経験が通算二回目のベテランだから解る、ダメって言ってもこっそりやる奴だ、かくいう俺も実はさっきのガスバーナー魔法、コソ連してました。

 しかしこうなると俄然恐ろしくなってくる、木造の要塞なんて火を付ければすぐ燃えると思ったら大間違い、生きている木が魔法で要塞を形作っているのだ、生木は燃え辛い上に魔法による抵抗と回復能力が有って実際にはなかなか燃えない。ただそれも普通の火魔法では燃えないと言うだけの話、もしガスバーナーでさっきの火炎放射器を再現されたらどうだ? 考えるだに恐ろしい。

 

「先生、あのかまどは特殊な耐火煉瓦ですよね? 少しだけ、少しだけ試してもらうのはダメでしょうか?」

「う、うむワシもさっきの魔法は教えて欲しい所じゃ、見せて貰っても良いかな?」

「構いませんよ」

 

 この爺本音がダダ漏れだな、保護者の責任を果たせよと思うがこの場合、日和見な態度で断られて、後で妹の起こした火事で宮殿炎上となるよりはマシと思うことにした。

 で、セレナに魔法の理屈とイメージ、呪文を教えていく。

「あのね、大気の燃える部分を集めて貰ってぎゅーって固めて貰うの、それでね……」

 

 

 

「……それで、最後に大事なのは指先、指先から火を出すの、さっきセレナがやったみたいに掌から出すと凄い量の炎が出ちゃうでしょ? 指先から出せばちょっとの範囲しか燃えないから」

「わかったー」

 なんだかんだ私の説明は長すぎたのか、妹様はちょっとウズウズしてきたし丁度キリも良かった、授業の間何故かずっと私が話して爺と助手がふんふんと隣で聞いてるのが理不尽だったが、まぁ良い、かまどの前に立つ妹の肩を後ろから支えて、一緒に呪文を唱える。

 もちろん私は魔力を込めないしタイミングはセレナにお任せだ。

 

「じゃあやってみるねー、せーの「『我、望む、大気に潜む燃焼と呼吸を助けるものよ、寄り合わさりて、ささやかなる種火と共に強き炎を生み出せん』」」

 

 ――ドゴォォォォォォォォッッ!

 

 セレナの指先から青い炎が出る、それもすごい勢いで、だが、だがなんと言うか暗い輝きだったはずが非常に眩しいまでの光となっている、それになんか光が白っぽい。

 

 ……え?

 

 その光景が信じられず、初めに震える声で口を開いたのは助手の女性だった。

 

「そんな……耐火煉瓦が……溶けてる……」

 

 うん、溶けてるねドロドロだね。この光、ガスバーナーじゃない、参照先生によると近いのは溶接かなんかのバーナーだ、一般のご家庭では絶対に出番の無い奴だ。

 

「え! おねえちゃん止まらない、止まらないよ!」

 

 追い打ちをかける様な妹様の悲鳴、そっかー掌で大放出してたのを指先に集めると高火力になるし、圧が掛かって中々止まらないよね? お願いだから振り向かないで!

 

 ――ビーーーーーーー

 

 指先からあふれる光を止めようとさらに絞るともはやレーザー光線の様な光が壁を切り裂いていく、危ないっ! 危ないから!

 

「かま、かまの前ッ近づいて残った魔力を放出!」

「う、うん……」

 パニクるセレナの肩を押してかまどの前に、って滅茶苦茶熱い!! そこで魔力を開放ボン!

 

 ――ジュゥゥゥゥゥッッッ

 

「あふぅん……」

 

 サウナもビックリの途轍もない熱気と溶けちゃいけないものが溶ける異臭に、俺は意識を手放した。

 



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生誕の儀の罠

 「少し、……困った事になった」

 いつもの朝食タイムで父上様が不吉な言葉を投げかけてくる。

 

 ちなみに前回の魔法教室がどうなったかと言うと、結局あれから気絶した俺、燃えそうな教室、渦巻く熱気、泣きながら俺に縋りつく妹様、と言う地獄絵図。そこで先生と助手のお姉さんが風や水の魔法で換気や冷却をして、お付きの方々全員集合のもと、俺はお部屋に運び込まれたらしい。

 そんで例によって俺が目を覚ますまで二日、その間の記憶は全く無い。

 

 それからと言うもの、セレナと魔法の授業は別々にされてしまい寂しい思いをしている。だからセレナも未だにこちらの様子を怯えた様に伺っているし、なんとも情けない限りだ。

 今だって「お姉ちゃんは怒ってないよー」と笑顔で伝えたつもりだが、その笑顔が既に青白かった模様で、泣きそうな顔をされてしまった、むぅ……

 

「あなた、何が有ったんですか?」

 

 そんな俺達のやり取りを知ってか知らずか、父様のセリフは不吉であった。母パルメが心配そうに父に尋ねる、そうだ、父上様は何時だって王らしく泰然自若としていて弱音も吐かず、常に上から目線で私達にも語り掛けてきた。

 前世では親父とは友達感覚で話す事も多かったので、最初の内こそ「何様だよ」と思ってしまった物の、「王様だよ」と脳内突っ込みが入るのに一秒と掛からなかった。

 

「最近、凶悪な魔物が増えてきている件でしょうか?」

 

 ステフ兄さまも身を乗り出す、それだけ父様が心配事を語る事は少ない、これはヤバい奴か? と背筋に冷たいものが走る、そう、この身に宿る、魂という謎システムと運命と言う謎要素により我が身の不幸は確定してる状態。そこに持ってきて『凶悪な魔物が増えている』と来たら、異世界転生ラノベ上級者として、魔物の大量発生(モンスタースタンピード)が想起されるのは当然の事だ。威厳溢れる父、穏やかな母、優しい兄、そして何より可愛い妹が魔物に蹂躙される様を想像するだけで胸が苦しくなる。

 

「おねえちゃん? だいじょうぶ?」

 

 いけない、また妹に心配をかけてしまった。

 

「やはり、体調は良くないか……生誕の儀は延期するべきかも知れんな」

 

 え? アレ延期出来んの? 一生延期って訳にはいかない?

 

「あなた、一体何が有ったんです?」

 

 心配そうなパルメ、と言うか魔物は関係無さそう、だが余計に嫌な予感がしてくるのはどうしてか?

 

「それがな、長老たちが生誕の儀は儀劇を演じる様に言って来たのだ」

「う゛え゛っ」

「そんな! ユマの体力で劇は無理です、何より生誕の儀には朗読を練習しているんですよ!」

 

 あ、変な声出た、お姫様が出しちゃいけない声出た! でも母様の悲鳴の様な叫びで搔き消えてくれて助かった。いや、全然助かっちゃいない!

 生誕の儀は自分を生んでくれた神と両親に捧げる儀式である、一般的には母と父の男女の馴れ初めを劇にして演じる。普通は村の広場でプロポーズの言葉を再現する程度の両親に対する致命傷な罰ゲームで済むが、王族ともなれば大々的に劇場で行う事になる。

 劇と言うのはあれで体力を使う、観客、熱気、照明、緊張すべてが体力を奪っていくし、強制的に主演とくれば立ちっぱなし語りっぱなしと言うだけで体力の少ないこの身に負担に成るのは疑い様が無い、長老たちは俺を殺したいのか? 殺したいんだろうなちくせう。

 

 生誕の儀の前に死んだ子供は初めから居なかった扱いになる、これは乳幼児の死亡率が高い故の事だろうか? 生まれて居ないのだから当然王族の家系図的な記録にも含まれない。

 そう、つまりどこの馬の骨とも知れない母親から生まれた私を王族として存在させたく無い勢力にとって生誕の儀はラストチャンス、全部を汚点としてノーカンにするつもりだ、生誕の儀の最中に死んだ場合にどうなるのかは知らないが、解釈の問題としてどうにでもするのだろう。

 

「それがだな……ユマの生誕の儀はゼナと我との出会いを演じる様に言われてしまった」

「う゛え゛ぇぇ」

 

 また変な声出た! 出ちゃった! 今度こそパルメは悲鳴すら出ないと息を飲む悲痛な声こそ漏れたものの、潰れたガマガエルみたいな呻きを全く掻き消してはくれなかった。

 ちなみに、ゼナとは俺の実母の名前だ。

 

「そんな! 無理ッ! 無理です、生誕の儀まで一週間と無いんですよ!?」

「解っている、生誕の儀を夏中月の中頃に延期しても構わないと言われている」

「ふぇっ?」

「あなた!?」

 

 もう変な声は良いや、えーと、この世界は四季が春夏秋冬あってそれぞれが三か月の年十二か月ってのは前世と一緒、前春月、春中月、後春月と言う呼び名で解りやすいちゃー解りやすい、で、それぞれが二十五日、三十日、二十五日と言う感じで中月だけ長くて、一年は320日、解りやすいが無理があるのかしょっちゅう閏日が入るのがご愛敬。ちなみに一週間は五日である。

 

「あなた! あなたまでユマを殺す気なんですか!? こんな可愛い子を公衆の面前で殺そうと言うのですか!?」

 

 母の剣幕に父上はギョッとする、あ、この顔解ってないわ。

 

「殺すとは? どう言う事だ?」

「夏中の月の中頃! 一年で最も暑い頃ではありませんか!」

「そうか・・・そうだな」

 

 父上は初めて気が付いたかの様にハッとする、いや初めて気が付いたんだろうな。父様は間抜けかよぅ。

 

「劇場は? 劇場はどこになるのですか?」

「それは、ユマは国民の関心も高い姫であるがゆえ、多くの人が入れる青の劇場で・・・」

「野外劇場ではないですか! 夏中の野外劇場と言えば本職の演者でも音を上げる厳しい舞台なんですよ!」

「…………」

 

 王様黙ったった! ぐうの音も出ないと黙ったった! 偉ぶってる王様がショックで黙る姿は笑えるねー、俺はぐうの音どころか魂が漏れ出してるよ、いっそ漏れ切ってくれればゴミみたいな運命から逃げられる模様。

 

 バンバンと机を叩きながら、涙を流し必死の形相で詰め寄る母、対する父は頭を抱える様子からなかなかに妥協は難しいご様子、こういう切羽詰まった空気感って逆に笑えて来てしまうのは自分だけだろうか? 掛かってるのが自分の命だと思えば乾いた笑いも漏れるというもの。

 気が付けば妹様は心配そうにこっちと母をキョロキョロ見てるし、ステフ兄さまはぎゅっと唇を噛み締めて俯いている。いやー死んだかな? 俺、死んだかな?

 

 いや、ここはやらねばなるまい、ただ夏中の野外ステージ? それは論外だ、絶対三十分で死ねる、前世で見た野外ライブの熱狂、あんな物の場に今の自分が飛び込んだらどうなるか?

 あらかじめ救急車を待機させた上で病院搬送前に冷たくなってる事請け合いだ。

 

「父様! 母様! わたしやります!」

 

 ガタっと椅子を鳴らして俺は立ち上がる、急に立ち上がったからちょっと貧血だ。

 

「無理よ! ユマ、死んでしまうわ」

 

 母が必死で止める、確かに夏の野外ライブは死ぬ、だから春にやればいいのだ。

 

「大丈夫です! 今からセリフを覚えます! 予定通り四日後に生誕の儀をやればいいのです」

「ユマ! 座りなさい!」

 

 母様は俺を叱りつけて止めようとする、そう言えば叱られるのは初めてか?

 

「……できるのか?」

 父様が一縷の望みをかける様にこちらを見る、見た瞬間に、あ、ダメだこれって顔を一瞬したあたり本気でぶん殴りたい。

 

「出来る訳無いじゃない! ゼナとあなたの戯曲は短くないのよ!」

「出来ます! わたくし記憶力には絶対の自信があるんです!」

 

 そうなんです、わたくしの記憶力は絶対無敵の世界一、もう俺の冒険のタイトルは「絶対記憶能力で世界最強!」としたいぐらい自信がある。いや、ごめん記憶じゃないから嘘だ、『参照権』様々である。

 

「無理に決まっているだろう! どれぐらいのセリフがあると思っている!」

 

 父様は悔しげに拳を握る。いやさ? 子供の事を信用しようぜ?

 って言っても、普通に考えたら無理だよね、四日だもん。でも俺には出来るんだなー

 

「出来ます! 今! スグにでも!」

「だったら! やってみるが良い!」

 

 ヤケクソめいたお父様の発言。正直言って、待ってました。

 プロンプターって知ってるか? 俺は忘れてたけどな! 大統領とかがスピーチの時に見てる奴らしいよ? 透明の板に読み上げる文章が書いてあるんだけど、空間に表示させた参照権の見た目はそれに近い、ヘッドセットを付けてARで表示してるってのがもっと近い。これさえあればセリフ忘れの心配はゼロ、一度見た戯曲のページを表示させて読み上げるだけだ。

 俺は家族に対して滔々と語ってみせる。

 

「深い深い森の中、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)との死闘に敗れ、逃げ込んだ深い森の中、助けもなく薬もなく、深手の傷によって死にかけたるはエリプス王その人であった、そこに朗々たる美声が響き渡る、やぁ其処に居られるエルフの麗人よ、汝は我の助けが必要か! 気力を振り絞り王が答える、すまんが助けてくれ、それと私は麗人ではない、残念ながらな。そう返すエリプス王だがもう一刻の猶予も無かった、森に響く美声の主がさっと近寄りて懐より取り出したるは魔法の薬、ひとつ振りかける毎にみるみる傷が塞がって行くではないか、これは? それに君は一体? 呆然とするエリプス王に笑いかけたる声の主、あはは、これは失礼した、こんなに華麗な男を見た事が無かったからね、これこそがエリプス王と冒険者ゼナとの出会いの時であった、……ハァハァハァ、ど、どう?」

 

 シーンと静まり返る食堂、あ、朝食のお花残しちゃってる。

 

「すごい! ねえさま! すごい!」

 

 無邪気に喜ぶ妹セレナの声と、ハァハァと俺の呼吸音だけが響いていた。

 



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兄ーレッスン

 さて、自分の部屋に帰ってきた俺は、まず自分の健康値を確認。

 

 健康値:5

 魔力値:26

 

 よし、絶好調だ! 普通は入院するレベルでも、俺には絶好調だ。生誕の儀まで約三日、ここからは健康値との闘いと言ってよい。

 今回の劇を行うにあたって、両親からは最大限の譲歩と言うか待遇改善をもぎ取った。

 そう、動物性たんぱく質だ。とは言えお肉ではない、そもそも俺を排除したい長老をぎゃふんと言わせるのに俺がエルフにとって禁忌となるお肉をもっちゃもっちゃ食べて生誕の儀に挑めばどう思われるか?

 それ以上に健康値5の俺がお肉を食べられるかと言う問題もある。前世でも病人がステーキを食べるかと言われたら食べないだろう、トロトロになるまで蒸して柔らかくなった鶏肉だったら食べられると思うが、肉食文化が発達していないこの国でそんな気の利いた物が出てくる可能性はゼロ。となれば有るもので融通してもらうしかない。

 

 そこで大量に確保してもらう事にしたのはヨーグルト。そう、ヨーグルト、有ったのである。

 ヤギ(パクー)のミルクが有ったのでもしやとは思っていたのだが、ちょっと前に料理に酸味があるソースが使われていたので聞いてみたらヨーグルトだった。

 そこに、ナッツの糖蜜漬けと芋っぽい奴や小麦っぽいものに少量の油を混ぜて焼き上げたものを混ぜ合わせ、最後にヤギヨーグルトの臭みをミントっぽい葉っぱで誤魔化せば完成だ。お好みでドライフルーツを加えても良い、つまりはグラノーラだ。

 と言う訳で、「私、この三日間は栄養の有るものしか食べたくありません!」と、事実上の三食これで一本でいく宣言だ。

 このグラノーラ? を作るにあたって王宮の台所にオラオラと大乱入。こっちは命が掛かってるので容赦も遠慮も慈悲もない。ヨーグルト単体で食べ始めた辺りで既にうわぁ……って空気が漂って、グラノーラを焼く段階で狂人を見る目をされて、とどめに貴重な糖蜜漬けのナッツを放り込んだ辺りで悲鳴が上がった。

 

 妹様にも食べて貰ったが、フルーツたっぷりのグラノーラはお気に召したご様子。両親はそんなもの食べて大丈夫なのかと心配していたが。

 

「これでお腹を壊したら夏中月に生誕の儀を行います!」

 

 と事実上の自殺願望をひけらかしてやった、それを聞いたお父様は真っ赤になってプルプル震えていた、おそらく健康な男児(つまりは前世の俺)だったらぶん殴られてる場面であろう。だがなにせ王自らが撒いた種、その上こちらは殴られたらその場で死にかねない身だ。「なんだったらその手で全て終わらせてみるか?あぁ?」とばかりに首を差し出すように睨み付けたまま近づいてやる。後ずさる父、追いかける俺、間に母が慌てて割り込んだ。

 

「覚悟があるのね?」

 

 コクリと俺は頷いた。なにせ夏中月を超えても後夏月だって暑い、それを超えると秋だ、秋は収穫期、エルフは畑を耕している訳ではないのかもしれないが、ナッツだって芋だって取れるのは秋、なにより冬支度がある、一年で一番忙しい時期なのだ。それを超えて冬となれば今度は寒さに殺される番だ。冬を過ぎれば春、一年経ってしまい、生誕の儀が汚されたとか難癖を付けられ、生まれて来なかった扱いにされかねない。

 そう考えれば生誕の儀は早ければ早いほど涼しくて良い。長老が余計な工作をする隙も無くなるし、時期も慣例通りで文句の付けようもない。

 加えて「どうせ失敗するだろう」と言う油断を誘えるのが良い。普通に考えて三日で戯曲のセリフを覚えきれる五歳児など居る訳が無いのだ。

 

「やらせてあげましょう、あなた」

「あ、ああ」

 

 父の威厳と地位がストップ安だ、俺はヨーグルトとナッツに買い注文。

 

「僕も、協力させて貰うよ!」

 

 そこに今まで空気だった兄が突然の参戦表明である、何事か?

 

「お兄様?」

「妹の一世一代の大舞台だ、兄である僕が黙って見ている訳にはいかないだろう?」

 

 うーん無茶だ、参照権の有る俺と違って、いくらイケメンエルフのチートをもってしても今からやれる事などたかが知れてると思うんだ。

 

「頼もしいですわ、お兄様」

 

 ニコッと満面のスマイルを披露したが正直全く期待をしていなかった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 で、俺はヨーグルトグラノーラをよく噛んで、無理やり流し込むように頂いた後、退去した自室で膨れるお腹をさすりながら満足げに微笑んでいた。

 

 健康値:5 こんなに無理やりご飯を詰め込むと健康値は下がる事が多かったのだが、あれだけ詰め込んで5を維持しているのはヨーグルトの整腸作用とかが影響しているのだろうか?

 待望の動物性たんぱく質だからと言う所も大きいのかもしれない。上手くいけば、ひょっとしてだが当日までに健康値が10の大台まで乗せられるかもしれない。そうすれば劇の成功率はグッと上がるはずだとほくそ笑んでいた時だ。

 

「ユマ! ユマ、入っていいかな? 僕だよステフ兄さんだ」

「ステフ兄さん?」

 

 突然の兄の訪問である。兄もあれでいて次期王としての厳しい教育があるらしく、部屋に遊びに来てくれる事は……いや、倒れる度にお見舞いに来てくれるから少なくは無いな。

 だけど元気な時に遊びに来ることは皆無なのだ、どうぞと部屋に招き入れてみるとお付きの人がサッとシダのすだれを開けて、両手に本の積み上げた兄が部屋に入ってきた。

 

「兄さま? どうしたのですか?」

「ゼナさんと父との戯曲だよ、いろんな解釈も有るしね、色々借りてきたんだ」

 

 言うなり、大量の本を机の上にどさりと置いた。大きくもない少女向けの机はたちまち占領される。

 

「えーと兄さま?」

「戯曲も作者によっていろいろな解釈が有るからね、セリフが少ないもの、特にゼナさんのセリフが少ないものを選べば今からでも何とか成るかと思ってね」

 

 言いながら比較的薄めの本を手に取ってどっかりと席に座りだす、ご丁寧に同じ本をもう一冊用意して向かいの席に置く始末だ。

 なるほどーなるほどねぇーーーうーん。

 

「お兄様?」

「なんだい? ユマ。まだ諦めるには早いよ、劇と言うのはね相手役の技量次第でサポートが効くものなんだ」

 

 しってる…………知ってるから、プロにお願いしようと思っていた。ところがこの兄、わざわざ本まで用意してセリフ合わせをしようとしている節がある、自分でやる気満々である。

 三日だぞ? 三日でセリフを、しかもサポートするってんなら相手のセリフまで覚えられんのか? この兄、家族愛が強すぎて暴走しかかってるのでは無いだろうか?

 

「お兄様!」

「なんだい?」

 

 ここは毅然と行く所だ。

 

「要りません」

「え?」

 

「要らないんです!!!」

 

 凍る空気、大惨事である、しかし今の俺に空気を読んでる余裕は無いのだ。

 

「わたくし、その本の内容はもう全部覚えておりますから」

「冗談だろ?」

 

 冗談である、覚えてなど居ない。ただし見ながら読み上げるだけの知能ぐらいは、持ち合わせがあるのだ、参照権のチート、今使わないでいつ使うのか?

 

「どこでも好きなページを(そら)んじて見せますわ」

「……わかった」

 

 真剣な表情でページをめくる兄、どうやら食堂の件はワンシーンだけ暗記していたと思われていた様だ。印象的な出会いのシーンだから良いかと思っただけなのだが、裏目に出たか。

 

「では、十四ページ目、僕の母パメラが父とお揃いの花冠を作ろうと花畑に向かうシーンを読んで見てくれるかな」

 

 そうそう、ここで我ら王族の家族構成と成り立ちを説明しておこう。それがそのまま戯曲の内容に成る訳だから。

 そもそも、王族だからってその馴れ初めが戯曲となる事は稀だ。実際に有った事件が、王エリプスの悲劇と恋と冒険の物語が、今をときめく大ヒット戯曲として完成してしまっているのだ。

 その内容はと言うと。

 

 ――パメラとパルメの仲良し姉妹、二人は同時に同じ人を好きになってしまう、当時はまだ王子だったエリプスその人である、ドキドキの少女漫画の様な恋の駆け引きの中で王の死や継承を巡るごたごた等があり、最終的に王子の心を射止めたのは姉のパメラ。

 涙ながらに二人を応援するパルメ、そして愛し合う二人の間に息子のステフも生まれてハッピーエンド……とはならなかった。

 森の花畑でお花を摘んでいたパメラが魔獣に殺されてしまうのだ。王エリプスは怒り、涙し、そして魔獣の一掃を決意し少数の部下と共に魔獣の掃討作戦を決行する。

 無謀に思われた作戦もエリプス王の剣と魔法により多くの成果を挙げていく、しかしある日森の奥で出会ってしまう、最強の魔獣、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)

 魔法に強い耐性を持ち、糸を吐き拘束し、素早く追い詰め無数の足で串刺しにしてくる。王は足で腹を突き刺されるも部下の奮闘により単身での逃走に成功。

 しかし傷は深く死に瀕していたところを女性冒険者ゼナの薬で応急処置をされ、帰還。パルメとゼナの献身的な介護のお陰で奇跡的な回復を果たしたエリプスはゼナと共に王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)の討伐を果たす。

 そして結ばれる二人だがそこは人間とエルフとの道ならぬ恋、ゼナは身を引いて冒険の旅に立ってしまう、傷心の王を慰めるパルメ、しかし不器用な二人はなかなか進展しなかった、それから一年後なんと赤ん坊を抱えて再び現れたゼナ。

 泣きながら謝るゼナと、同じく泣きながら私の子供として育てると誓うパルメ。そうして、正式にエリプスとパルメが結ばれセレナが生まれて今に至ると。

 

 いやー長いね、大長編だね、だいぶ端折ってこれだから、そりゃー戯曲にもなりますわな。

 吟遊詩人だろうが、語り部だろうが本だろうがこの話一色なわけ、その登場人物である俺も国民の注目の的だというのに、健康問題を理由に公の場に出ないと言うのだから、ハーフエルフの俺を王族と認めない勢力とは別に、悪気もなく表舞台に引っ張り出したい人も多くてこんな事になってしまったとそう言う事らしい。 

 その悲劇のヒロインが観衆の目の前で血反吐を吹いて倒れるところをお望みか?民衆は更なる悲劇を望んでいると?

 

 愚痴っぽくていけない、話が逸れた。

 

 そんなんだから本だって一冊で済ませると「おっ纏めたね」となる位で、長い奴だと上中下巻、劇だと三日間の講演となったりするんだから恐れ入る。

 読んだ事は有るものの盛りも盛ったり、そんな会話ホントに言ったとしても恥ずかしくて他人には教えてくれないだろ! と言うセリフのオンパレードだ。

 いや、短い本の内容だって王族に直接インタビューしてる訳じゃないから、公式発表のお堅い文章から盛りまくりなんだろうけどね。

 

「す、凄い、本当に全部覚えてる……」

 

 そんなわけで参照権の力で本の内容を読み上げると、兄は信じられないものを見たかの様な驚き様だ。それはそうだろう、本が好きだと、記憶力が高いと言っても全部丸ごと記憶してる様な奴は早々居ない。

 

「わたくし病弱でしょう? ベッドの中で本当の母親はどんな方だったのかとか、どんなつもりで母は、パルメは私を育てたのかとか考えてしまって……不安で不安で、戯曲を何度も読んだんです」

 

 兄、ステフの慈愛に満ちた眼差しが涙で潤む。

 

「大丈夫、僕も、パルメ母さんも、死んだ僕の母パメラだって、もちろん父上もきっとゼナさんだって、君の事を本当に愛しているんだ」

 

 泣きながら俺を抱きしめてくれる兄に罪悪感がチラリ、一方で「死んだパメラさんは俺の事知りもしないだろ」とか脳内で要らない突っ込みをしてしまう、宗教観のアレで見守ってくれてるって奴だろう。当然戯曲なんて一回しか読んでないし。

 

 そもそも、参照権の有る俺は母親の姿を知っている。乳幼児でも気っ風の良い感じで典型的な冒険者装備の赤髪の剣士だった。ゼナは謎が多い女性として戯曲でも扱われているのだが、参照できる記録(ログ)には謎を解き明かせる様な情報はまるで無かった。

 そりゃー赤子を背負って狩りに出かける様な事はしないよな。人間の村で俺を生んで、真っ直ぐ森を突っ切り、エルフの王宮まで向かってる模様。その間ほんの一ヶ月ほど、森の中の強行軍で赤子としてほとんど泣いて寝てるので、『参照権』じゃ何にも解らなかった。

 

 そんなこんなで、兄さんも諦めてくれるかと思ったのだが随分と粘られた。

 

「解った、解ったよ。だけどゼナさんと父上が愛を語るシーン、これだけは僕がやらせて貰うよ、可愛い妹の相手役を他の男には任せられないからね」

 

 はい、シスコン頂きましたー!

 

 この世界のラブシーンは相手を花と称えつつ、自分を群がる蝶へ例えて、蜜を吸うなんて表現が有ればあわや発禁処分と言う、曲解に曲解を重ねる様な宇宙の神秘を感じるお花畑時空だ。

 ちなみに母パルメが生誕の儀で朗読するのに渡してきたのが、母自作のドリーミー過ぎて全く意味が解らないポエム状態だったので、アレを朗読しないで済んだのは不幸中の幸いと言えるだろう。しかも、そのドリーミーポエムだって過激にすぎるかと母は人知れず悩んでいた様なのでもはや意味が解らない。

 

 そんなデリケートなラブシーンのお国柄で、簡略化された大衆向けの戯曲の内容は俺には穏当過ぎて意味不明でも、兄には妹が他人とベッドシーンを演じる様な物で、ここだけは絶対に譲れないと言う所らしい。

 

「わかりましたわ、わたくしもお兄様が相手なら恥ずかしがらずに言えそうです」

「そうだろう、では79ページ目からいくか」

 

 と、言う訳で読み合わせが始まったのだが…………

 

「ああ、どうして君は鳥の様に突然あらわれて、また鳥の様に飛び立ってしまうのか、もし僕に君を、と、と、閉じ込めるお、檻と勇気が有るのなら、君をま、毎日愛し、君のこ、こ、声を……」

 

 真っ赤になってポエムをつっかえつっかえ朗読する兄に不安を禁じ得ない。大丈夫なのか? コレ。



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舞台の裏で

 健康値:9

 魔力値:28

 

「おおぉぉぉぉ!!」

 

 舞台袖で俺は思わず声を上げていた。簡易型、いや通常型の健康値測定の魔道具を握りしめ驚きを露わにする。

 健康値が9など初めて見た。大台には乗らなかったものの想像以上のヨーグルトグラノーラ効果が有ったと言えよう。これはもう、これからもヨーグルトとナッツの大量摂取は約束されたかと、効果の出始めた段階で母上にそれとなく確認したところ、色よい返事は貰えなかった。

 

 そもそもだ、この世界のミルクは病人や子供が飲むもの、一種の薬だ。それはナッツも蜂蜜も同様で体に活を入れるための食材と言う扱い。栄養価が高いので理に適ってると言えるだろう。

 で、それを、それだけを、毎日三食食べると言うのは病人が「これからは栄養ドリンク一本で行く!」と宣言するようなモノで、そりゃー親だったらぶん殴ってでも止めたいところだろう。

 ただ折角元気になれたのに頭ごなしにダメと言うのも可哀想だから言えないだけみたいだったので。

 

「今まで通りの食事も頂きますから、たまには食べさせていただけませんか?」

 

 としおらしくお願いしたら、OKが貰えた、ちょろい。

 

 ただ、そんな風に良い事ばかりではない、そう溢れんばかりの熱気がこの舞台袖まで届いているのだ。天候の問題では無い。晴れてはいるものの温度はさほど高くなく、時折さわやかな風が吹いてくる。

 俺でもお庭で遊ぶ許可が平気で下りるぐらいに天候に恵まれたと言えるだろう、だからこの熱気の正体は別にある。

 

「うへぇ」

 

 舞台袖から観客席をのぞき込むと同時に、思わず呻きが漏れる。

 人、人、人の超満員、エルフだが。野外ステージは人で埋め尽くされていた。

 

「うひゃあ、すげぇ人だな! 知ってるか? チケットの代金、最終的には10グレメルまで行ったらしいぜ?」

 

 話しかけてくる少年は、本日の私の相手役の劇団員の子供だ。私より二つ年上で七歳。

 生誕の儀で劇をやる場合、当然の如く相手役が必要で、サイズ感を考えて歳が近い異性の子供が日ごろのお付き合いを通して用意される。それでも本当にどうしようも無い場合は、父親本人が代役して娘にプロポーズする事になる。

 急に決まったので普通は相手役など見つからないのだが、なんせ親の恋愛事情が大ヒット戯曲になってる関係で、劇団員ともなればセリフを(そら)んじれる子供だって、探さないでも普通に居たって訳だ。

 

「10グレメルも? どうしましょう……そんなに期待されてしまっても、わたくし……」

 

 まぁ! と口を押えてショックを表現する俺、いや、本当にショックだ。なんでチケットなんて売ってんだよ! 馬鹿!

 そもそも、生誕の儀なんぞ普通は他人の七五三、もしくはお遊戯会で、見せつけられる方がお金を貰いたいよ、と言うようなイベントだろう。それがまさかのチケット販売である。

 

 そもそも、当初は当然チケット販売の予定などなく、野外劇場でオープン公演だったのだが、三日前にして開催の報を伝えるや否や、来るわ来るわの問い合わせ。現場から当日の混乱を危惧してチケット制にするべきとのご注進。

 かくして、関係者をメインに、役場を通して少量のチケットを、思いの外嵩んでしまいそうな警備費や劇団への依頼料などの補填のために安価な値段での販売を行ったのだが。チケットの値段はダフ屋を通して高騰を続け、遂には10グレメル。どのぐらいなんだろう? お姫様なので金銭感覚は乏しいのだが、お城に近い高級住宅地のご家庭でも月給に当たるお値段……と言うから相当な額になったようだ。

 ヨーグルトとナッツに買いを入れてる場合では無かったなと、自分の客寄せパンダ能力に想像以上の価値が有ったことに戦慄する次第だ。

 

「大丈夫だよ! ユマ様が出ない場面で、先輩たちが10グレメルに相応しい、完璧な演技を見せてくれるハズさ!」

 

 少年はそう元気づけてくれる。

 そう、普通は生誕の儀は馴れ初めとプロポーズの二場面もやればむしろやり過ぎ、片方で良いというぐらいなのに、チケット販売の段になってもう公演にしちゃおうぜと戯曲全体を演じる事になってしまった。つまりお父様の伝説を最初からずーっと!

 そうは言ってもエリプス王の物語に俺の母、ゼナの登場シーンは少ない。

 当然、ゼナの役を俺が演じるので、それまで俺はお休みで、楽屋か舞台袖で待機しておけば良い訳だ。

 そこで俺が出ない部分では少年も出番は無く、おそらく普段通りの公演の様に人気俳優が完璧な演技を魅せてくれるはずだ。

 

 とは言え、普段の公演の料金を考えると10グレメルは4、5倍の価格なので、ちょっとあり得ない訳だが。

 

「だから心配すんなよ、例え緊張でセリフが飛んじゃう事が有ってもさ、俺がバッチリフォローしてやるからさ!」

 

 優しい少年が心配してくれているが、俺にセリフ忘れの心配はない。参照権プロンプター様がいる、緊張や疲れで声が出ない可能性はあるが、拡声器の効果が有る不思議なチョーカーが有るし、緊張の方はアレだ、そもそも求められてるのが五歳児の演技なのだから棒読みだって構わないと思っている。

 

「…………」

 

 それよりも……だ、馴れ馴れしくも話しかけてくる少年が気になる。優しくて兄貴風を吹かせてくるのは良いのだが、顔を赤くしてチラリチラリと様子を見に来る辺り、意識されてしまっているのでは無いだろうか?

 そもそも生誕の儀の相手役は家族ぐるみのお付き合いもあり、愛を語らうのを切っ掛けに、なし崩し的に親公認のカップル認定され、そのままゴールインも非常に多いらしい。

 そう考えると、うざったかった兄のラブシーン引き受けもファインプレーと言えるのでは無いだろうか。

 少年よ、君にお兄様のイケメンチートを超えられるかね?

 

「大丈夫です、普段から何度も読み直してますから一字一句間違えませんわ、でも、わたくし体が弱くて……もし途中でふらつく事が有ったら支えて頂けますか?」

 

 そう、そっちが心配だ、悲しいかな病弱不健康児。

 

「う……うん」

 

 少年は顔を真っ赤にして目を逸らしてしまう、うん、不安大だ、いろんな意味で。

 

 ――ピィィィィィ!

 

 そんな事をしてると、開演の笛が鳴る。俺らは出番まで楽屋に待機と洒落込もう。

 

「な、なぁ出番まで大分時間も有るし、最後の台本合わせやらないか?」

 

 少年はそんな事を言ってくるが、体力が惜しい。健康値は金よりも時間よりも重い。お断りさせていただこう。

 

「すいません、お部屋で休んでおきたいので……」

「そ、そっか、そうだよな」

 

 少年は慌てた様子で取り繕いながら、そそくさと楽屋に帰って行った。

 俺はと言うと、お付きの人に抱き抱えられる様に自分専用の楽屋に特別に備え付けられたベッドまでお持ち帰りされてしまうので有った。

 

 あ、思ってたよりも疲れたのか、なんかすっごく眠くなってきた。

 ま、出番の前にお付きの人が起こしてくれるでしょ、俺の意識は春の陽気の()(どろ)みの中に溶けていった。



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生誕の儀

【エンディアンタイムス:生誕の儀特集欄よりグラント老】

 

 ――ピィィィィィィ

 

 甲高い笛の音が鳴る。

 青の広間の、青の劇場は、青のピューラ木で彩られた由緒正しい野外劇場であり、昔ながらの警笛を開演の合図に使用している。

 

 まだ落ち着かないと、グラント老人は席でそっと息を吐く。無理も無い今回の公演のチケットを入手するにあたり、都でも指折りの魔道具商グラントでさえも多大な労力と資金を必要とした。

 何せ表向きは生誕の儀、チケットは関係者へ配るのがメインで、行政府へ声を掛けてもチケットは少なく「一般の方と同様に抽選に参加してください」ときたもんだ、結局知り合いのツテで買い取ったチケットは8グレメル、妻の分を入手したときは10グレメルまで高騰していた。

 

「あなた、いよいよ始まりましたわよ」

 

 妻も興奮気味だ、無理もない。この公演の目玉は何といっても普段病気を理由に表に出ないユマ姫である事は疑い様が無いが、それ以外にも見どころが多過ぎる。

 

 まず他の共演者達が凄い。なにせ王族と共演できるなど一生に一度有るか無いかの大チャンス。

 三日前に急に決まった公演だと言うのに、自分の劇を放り出し、国と悲劇の姫ユマ様に貢献したいと言うお題目の元、都のトップ演者たちが集まりも集まったりで大変な事になったと聞く。

 それでもメインとなる劇団は自分たちだけでやると頑張ろうとしたのだが、三日と言う無理なスケジュールがココで効いてきた。

 ベテランにやってもらって不測の事態の確率を減らし、万が一が起きても責任を分散させたい思惑も手伝って、アレやコレやと二度と集まる事が無いと思われるドリームチームが結成してしまった。

 ドリームチームなのは出演者だけではない。楽団や演出家。脚本だけは時間の関係で既存のものだが、グラントとしては自分が生きてる限りでは、このメンバーは絶対に集まらないと断言できる程だ。

 

 とは言え、どんなにドリームチームだとしても急ごしらえのメンバーで劇をやるとなれば完成度の低さが心配されるところだが、そこは演じるのが「エリプス王の恋と冒険の物語」であれば話は別だ。

 もう何度も何度も、それこそしつこいぐらいにここ数年公演されてきた物語。年端もいかぬ幼子とて、その物語をスラスラと語って見せる程に語られてきた物語は、公演回数もとんでもない事になっている。

 今や、この王道を演じずに劇団とは認められない程なのだから、どの演者もセリフの一つ一つが頭に染みついているのだ。

 

「ああ、ステフ様のお顔を早く拝見したいわぁ」

 

 そして、あまり演劇に興味が無い妻が急に公演に行くと頑張り出した原因がコレだ。

 第一王子にして、次期王の座が確実と言われるステフ王子。これがまた凄い人気で、妻などは公式行事にステフ王子が現れると聞けば、遠方まで竜籠をチャーターして出かけてしまうのだから堪らない。

 グラント老としても若い頃なら嫉妬の一つもしただろうが……いや、若い頃だろうがあそこまでの美形で、まして王子が相手となると嫉妬もしなかったに違いない。

 その王子がユマ姫の相手役として急遽登場すると報せが入ると、もうチケットの争奪戦は過酷を極めた。考えてみれば生誕の儀でユマ姫が愛を語るとなると、相手役にもいろいろと噂がたってしまうのは間違いない。

 

 今回、愛を語るシーン以外の共演個所では、天才子役との評判を欲しいままにしているマーロゥ少年がエリプス王を演じると聞いているが、さしもの少年も(いわ)れも無いゴシップに潰されたくは無いだろう。しかしあのステフ王子が愛を語るシーンとなれば死人が出てもおかしくない事になりそうだった。

 

「ああ、楽しみだな」

 

 せいぜい、妻の手を握って自分の存在を忘れないようにアピールするぐらいしかグラント老には出来そうになかったのである。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 幕が開いての第一章、もう開幕から凄かった。

 パメラとパルメの美人姉妹を演じるは都で一二を争う美人女優セラフィムとミューランだ。

 普段彼女たちが共演する事など絶対に無い。都の男たちはセラフィム派とミューラン派に分かれて論争を繰り広げる程の人気で、それぞれが別々の劇団の顔と言われる立場だから共演などありえないのだ。仲良く花束を作り、お互いの好きな人を当て合う微笑ましいシーンのハズが、劇団を背負っての戦いの舞台になってしまったのか、異様な緊張感が二人の間にある事を観劇のエキスパートであるグラント老は感じ取っていた。

 普通に考えてみれば大スター共演の弊害、舞台の失敗とも指を刺されかねない状況だが、グラント老の考えは別だった。

 お互いが好きになった人が同じである事を感じ取り、今まで仲が良かった姉妹の間で恋の鞘当てが始まる。美しくも息が詰まる緊張感が感じられて当たり前ではないか! 新しい解釈が生まれた瞬間に立ち会えた瞬間に人知れず震えた。

 

 エリプス王子を演じる男優ゼスターの演技も素晴らしい。

 二人に挟まれオロオロとするところ、突然の王の死に悲しむところ()(ろた)えるところ、鉄人の様に王を美化するのではなく、一人の人間が、偉大な王となっていく様を等身大で演じていく様は心を打たれる。

 

 そして圧巻だったのは王とパメラが結ばれるシーンだ。

 祝福の言葉を投げかけて、無理やり笑顔を作ろうとするも上手くいかないパルメことミューランの演技が素晴らしい。

 それに答えるセラフィムの演技はどうか? 申し訳なく思いつつも笑顔が抑えきれず、エリプス王と腕を組む、だけど、妹の事が心配なのかチラリチラリと見つめる様はゾッとするほど真に迫っていた。

 

 そして討伐隊と森を進む王。全てを忘れたいと奇声をあげて怪物に挑む王の捨て鉢とも言える様子、そんなゼスターの見事な演技が観客を掴んで離さなかった。

 ここの段にくるともう観劇なんて本心では下らないと思っていた妻ですら、息を飲んでストーリーにのめり込んでいた。もう何度聞かされたか知れないような物語にだ。

 

 そして物語はいよいよユマ姫が演じる、冒険者ゼナの登場シーンに差し掛かる。

 

 本当に森を運んで来たかのような鬱蒼としたセットの中、傷ついた少年が木に寄りかかっている。

 なるほど、冒険者ゼナの登場するこのシーンを機に名優ゼスターは一時離脱、天才少年マーロゥにバトンを渡すのだが、それに合わせて微妙にセットが変わっている。

 木や花が小さいものに取り換えられて、演者が子供に代わる違和感をスケールの違いで誤魔化そうと言う狙いだ。いやはや考えるものだ。

 ユマ姫登場の直前に来て一度幕が閉まり、いよいよと言う所で大分待たせるものだから、随分と引っ張ってくれるとヤキモキしていたが、セットの総入れ替えを行っていたと有れば納得せざるを得ない。

 

「ああ神よ、この身の不甲斐なさをお許し下さい、そして願わくば愛しきパメラの元にいざなわん」

 

 マーロゥ少年の滔々(とうとう)とした語り、悪くない、少年の高い声でも違和感無く聞かせてくれる、流石は天才少年と言われるだけの事はあるだろう。

 そして小ぶりになった木々を掻き分けて、いよいよユマ姫が姿を現した。

 

 ………………

 

 そこには小さな銀髪の妖精が(たたず)んでいた。

 ――なんと、美しい。だがそれ以上に現実感を伴わない、夢幻の中に迷い込んだかの様に錯覚させられる。

 

 その瞳は観客席に向けられながら、ぼんやりとしていて決してこちらを見ていない。なんの感情も浮かばない顔にふっと笑顔が宿る。すると観客席を端からゆっくりと(へい)(げい)していった。

 何かを確認するかの様に、焦点の合わない瞳が観客の一人一人を品定めしている、顔や身なりではない、もっと深い所を見られている。そう思わざるを得ない眼差しだった。グラント老とて思わず背筋が伸びる。

 そして、これが、これこそが王の血なのかと戦慄せざるを得なかった。この幼き少女はこれだけの観客を前に、緊張も、恐れも、ひとかけらだって抱いていない。むしろ緊張するのはお前らだぞ、見られているのではなく、こちらが見ているのだ。と圧倒して見せた。

 

 その少女が口を開く。

「やぁ其処に居られるエルフの麗人よ、汝は我の助けが必要か」

 

 凄腕の女冒険者の役とは思えない。朗々と声を張り上げ(すい)()するシーンのハズが穏やかな美声が掛けられる。

 目の前に幻の蝶が飛び交うのがこの目にハッキリと見えるようだ、そう、彼女が演じているのは決して女冒険者ではない。森の女神、そしてマーロゥ少年演じるは、女神の御座す妖精郷に偶然落ち延びた哀れな王の姿だ。

 

 これこそ歴史の真実なのかと、王の怪我がたちどころに治る謎、女冒険者が大森林の深くに居たと言う謎、その全ての真実こそがこれなのだと見つめる国民全てが納得させられるだけの説得力。

 「妖精郷など幻」と言う輩もいる、だがそれは有ったのだと、他ならぬ王がその加護を受けたのだと感じ入らざるを得ないだけの光景だった。

 

「…………」

 

 しかし可哀想だったのはマーロゥ少年だ、これだけの神々しいまでの圧。固唾をのむ観客を前に、言葉が無いのは仕方がない。

 なにせ事、観劇に関してはうるさ型で知られるグラント老とて息をするのも忘れる程の有様だったのだ。

 

「ああ、なんと痛ましい、汝の助けとなるべく、その傷を癒す栄誉を与え給え」

 

 ユマ姫は消え入る様な儚げな美声を震わせて、少年の脇に降り立ちそっと片膝を付くとパァッと片手を振る。

 少女が一体何をしたのか、グラント老にしてそれを理解するのに一瞬とは言えない時間を要した。

 「脚本を切り替えただと?」おぼろげに理解した時、開けっ放しになった口の端からみすぼらしくも涎が垂れるのをぬぐう事すら忘れてしまった。

 

 今回はバードゥ氏が編纂した「エリプス王の恋と冒険の物語」だったハズだ。

 一日での公演に収める事、猶予無き準備期間、ユマ姫の健康を考えれば短めかつ、ゼナ様のセリフが少ない戯曲を選ぶのは当然の事、謎の冒険者ゼナの謎を謎のまま扱う、それ故に他の演者のセリフは多くなりがちだ。

 しかし今、ユマ姫が口にしたるは長編三部作ゼバニス著の「エリプス王物語」のセリフであった。これは一体? ミス? 新しい台本?

 いや、もしも、もしもだ、セリフが飛んでしまったマーロゥ少年の為に、とっさに脚本を切り替えたとしたらどうだ?

 「エリプス王物語」では気絶した王を、冒険者ゼナが手当てして夜を明かし、夜明けと共に目覚めた王と二人で都に帰るのだ。

 これが少年の為に姫の機転で行われたアドリブとすれば? 姫は演劇など初めて、それどころか「エリプス王物語」のセリフなど記憶に有るハズもない。それでも偶然とは思えない、何度も何度も読み返したのであろう、母親が登場する数多の書物、まだ見ぬ実の母への思いがこの奇跡を呼んだに違いが無いのだ。

 

 言葉を失った少年を甲斐甲斐しく介護する姫、本来の台本とは異なる、アクシデントで有る筈だ。

 だが説得力と言う意味ではどうだ? 大怪我を負った筈の王が滔々と気障なセリフを語る脚本と比較するのも馬鹿馬鹿しい。

 言葉も無い息も絶え絶えな王を回復させ、優しく眠りへ誘う女神。そして力を使い果たし寄り添うように眠りについた女神だけがライトに照らされ世界から浮き上がる。

 その微笑みをいつまでも見て居たいと思わせる程の幸せを感じる寝顔、しかしいけずにもここで幕が下りる。

 

 悔しいかな、まだ足りない、まだ見たいと言うタイミングこそが肝要なのだ、そして、そう思わせる事こそが劇など初めての筈のユマ姫が観客の心を鷲掴みにした事の証明に他ならない。

 

 

 

 次のシーンからは少年に代わり、再び名優ゼスターがエリプス王を演じる事となった。それも無理からぬこと、いくら稀代の天才少年とは言えこれだけの舞台、演者の前では役者不足だったと言わざるを得ない。

 むしろ驚くべきはこれだけの共演者を前に全く怯む事の無いユマ姫の胆力だ、いやむしろあの名優ゼスターの方が言葉に詰まる場面など十年以上彼の演技を追いかけてきた身にとっても初めて見る光景だった、なにせ小さい幼子のユマ姫が全く小さく見えない、むしろゼスター氏が小さくなってしまったのかと錯覚するほどであった。

 

 そして、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)を討伐し、いよいよ王子ステフの登場だ。

 

 普段、美形俳優が登場する段ともなると、妙齢の女性の黄色い声が飛ぶことは珍しくない。

 ステフ王子はそれが公式行事ですら起こってしまうのだからどれだけの声が上がるのかと苦々しくも覚悟をしていたのだが、実際の会場はハラハラドキドキの物語にのめり込み過ぎ疲れ果て、声のひとつも上げる事すら出来なかった。

 いや疲れだけではない、もう百を超えようかと言うグラント老ですら歳も性別も忘れて頬を染める程の美しさを舞台上のステフ王子は誇っていた、観客は息を飲むしか出来ない。

 

 そんな中でもユマ様だけは(おぼろ)()な雰囲気を保っていた。

 バルコニーで遥かを眺める少女、いや女神、そう女神は妖精郷に帰らなければならない。

 

「行ってしまうのかい?」

 

 寂しげに問うステフ様にコクリと頷くユマ姫。

 

「わたしはここには居られないから」

「ああ、どうして君は鳥の様に突然あらわれて、また鳥の様に飛び立ってしまうのか、もし僕に君を、閉じ込める檻と勇気が有るのなら、君を毎日愛し、君の声を毎朝聞く事が出来るのに」

「わたしは空にしか生きられない鳥、宿り木に止まっても、もしその木に巣を作ってしまったら、わたしはきっともう飛び立てない」

「それでもまた共に飛び共に生きる事は出来ないのかい? 僕には君を閉じ込める籠も、君を縛る鎖も持たない、なぜなら空を飛ぶ君の姿こそが僕が愛した君だから」

 

 ステフ王子も役者だ、本物の王子の演技がこれでは他の演者は今後立つ瀬がないではないか。

 

「それでも、私が飛ぶ空と、あなたの空は別だから、ここでサヨナラを言わせて」

「なら・・・ならせ、せめ、せめて……」

 

 王子が言葉に詰まる、戯曲としては過激なセリフを言うシーン、一国の王子として大観衆の目の前で語って見せるには緊張するに違いない、でも言え! 言うんだ! と観客のプレッシャーはもの凄い、他ならぬグラント老の手を握る夫人の力の込め様が痛い程だ。

 しかしそこでユマ姫が動いたのである。

 

「だからせめて、わたしの姿を、声を、匂いを、ぬくもりをあなたの心に刻ませて」

 

 王子のセリフを奪うかの様に過激とも言えるセリフを五歳の子供が言い切るとは、もはやグラント老はユマ姫を子供と思う事はやめていた、小さくてもこの子は既に誰よりも女性であり女優であり、王族たる姫なのだと。

 

 極め付け、最後に赤ん坊に見立てた人形を手に現れ、ミューラン嬢と本気の涙をボロボロと零しながら謝り許し合うシーンに至っては、観劇を初めて見た時のように滂沱のように流れる涙を止める事などできはしなかったのだった。



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生誕の儀の真相

 おぅ? おおぉぉう!

 

「ぶひゅ、でゅふぅ、びゅるぅ」

 

 姫らしくない笑いが漏れまくる。

 今、俺が読んでいるのは先日行われた生誕の儀の講評。観劇の専門誌と言える新聞のコラム欄だ。

 この世界、木で作られた紙は普通に有る。おそらく魔法で作られているのであろう、たしかに魔法の力で生きた王宮を作るのに比べればハードルは低そうだ。

 で、活版印刷レベルではないモノの、版画の様な印刷は有る様なので、新聞と言う文化もまた有る訳だ。新聞というかかわら版と言うべきなのかな?

 

 ともあれ細かい話は良いや、とにかく生誕の儀としては異例の規模だったので、観劇専門誌にも特集が組まれてしまったワケだ。

 問題はその内容……観劇に一家言有る魔道具商のグラント老とか言う旦那様が寄稿してくれた文章が、また面白すぎるのだ。

 全てを好意的に捉えてくれたというか……そもそもこの公演、準備期間が短過ぎる所為か開幕から暗雲と言うか失敗が約束されたかの様な有様だったらしいのだ。召使いの方々やステフ兄さんの証言も踏まえると想像以上にトンデモナイ事になっていた。

 

 聞きかじった内容から、事のあらましを纏めるとこうだ。

 

 まずは、開幕。都で一二を争う美女セラフィムとミューラン。

 劇団を代表する二人の間の緊張感と言うがそんな高尚なものでは無い。なにしろこの二人、観客に見えないところで壮絶な『どつきあい』を繰り広げていた。

 舞台でこそお互いの足の親指を全力全開で踏みつけたり、長い爪を生かして刺したりつねったり程度? で済んでいたが、二人が舞台袖に戻るやゴスッゴスッと音がする。

 ステフ兄さんなんぞ、すわ舞台装置に不調か! と顔を出したら、主演女優二人が壮絶な乱打戦を繰り広げてるのだから、開いた口が塞がらなかったらしい。

 ちなみに顔は決して殴らなかったあたりが唯一残された二人のプロ意識と言ったところか。

 

 その原因はもう一人の主演、大人気男優のゼスター。

 そう、この男、都で一二を争う女優相手に二股していやがった。今までは二人の共演などあり得ないからバレなかったと言う事らしい

 ……ご愁傷さまとしか言いようがないが、その後がいただけない。

 

 突然の父の死に、若きエリプスが取り乱すシーン。その慌てぶりは果たして演技だったのか? 二人の間で終始オロオロしっぱなしのゼスター。

 葬儀のシーンで迫真の涙を流すも、父の死が悲しいのか、二股がバレて同時に愛想を尽かされそうなのが悲しいのか、誰にも解らない程に恐慌状態のゼスター。

 最早演技を越えている! 結婚式でゼスターの腕を取り、ミューランの耳元で「負け犬!」と囁くセラフィム。

 無茶な魔獣狩りを泣きながら引き留めるシーンでは、「今までの事を全部、暴露してやる」とゼスターに詰め寄るミューラン。

 どうとでもなれとばかり、やけくそで奇声をあげるゼスター。

 

 完全な地獄絵図が舞台にはあった。

 

 正直だ、正直そのビックリゴシップショーを目にせず済んだのは本当に良かったと思う。

 なんせその時、俺は楽屋のベッドでぐっすり熟睡していたのだ。おかげで健康値や精神力が無駄に削られる事態を避けられた。ただし、起こされるや否や「ハイ出番ですよ!」と言うのは宜しくなかった。

 自分がいつ着替えたのかも覚えていない。覚えていないだけかと思えば参照権でもログが無い、つまり寝たまま勝手に着替えされてた。

 でもそれは良いや、トイレで気絶した経験まであるし、お付きの人はどこにでも来る、もはや俺のプライベートとか羞恥心はゼロ、今や人前で素っ裸になったって構わない。

 ……いや、やっぱり多少は構うか?

 

 そんなわけでボッーとしたままコッチコッチと連れられてみれば、なんと舞台だったとそう言う訳だ。「焦点の合わない神秘的な瞳」とコラムで称されているが、単に寝ぼけているだけだ。

 あれ? ココどこだ? と辺りを窺えば、大勢の観客がスタンバイ。まさかの舞台上。

 混乱しつつも参照権プロンプターを起動してセリフを読み上げるも、相方の少年がまさかの無反応。飛んだポンコツであった。

 

 ……その原因、舞台の上の俺の神秘性に魅せられたが故、とあるが、どうだろう?

 

 少年はきっと舞台袖で、神の様に崇める憧れの先輩方の痴態を間近で見てしまったのだろう、そのショックは想像に難くない。色々と限界だったのでは無いだろうか?

 

 そうとは知らない俺は混乱の極みに陥る。頭の中は「え? セリフ違った?」だけである。

 『参照権』があるのだから間違えるハズが無い……と気が付くも、根本的に脚本自体を間違った可能性が頭を掠め、このままでは埒が明かないと他の脚本のセリフをドン!

 

 そんで、震えながらも少年の前に参上してみれば、魂が抜けた様に呆然としたポンコツ少年。

 全てを悟った俺は、覚悟を決めて続行すべしと腰のポーションを取り出すべくも、腰のベルトにポーションの瓶がすっからかん。寝ぼけて部屋に忘れてきた模様。

 取り敢えず手を振ったり叩いたりしながら少年の再起動を試みるも、少年の起動ボタンは見つからず。さすっても叩いてもボーッとしている。

 いっそ「ココか?」とばかり、前世男としての禁忌を犯す、男の急所へのストレートパンチ!

 するとどうだ? 再起動どころか「ボーッ」から「スヤァ」へと形態変化。コチラが十八番としている奥義「気絶」を先に繰り出す始末。

 

 ……今となっては、なぜ俺はパンチなぞしてしまったのか?

 もう誰にも解らないのだが、セットをリアルにし過ぎて、ホントの虫までブンブン飛んでいて、イライラがピークで冷静さを失っていた模様。

 俺としてもアレコレ違和感が無いようにセリフを紡いで来たけれど、それもこれが限界。なんだか舞台が暗くなって演出かな? と思っていたら、実際は緊張のあまり脈が乱れてのブラックアウト。

 ピクリとも動かなくなった俺は、幕が下りると同時、お付きの人に引っ込められたらしい。

 

 

 ……それが、『新解釈! 女神が奇跡の力で王を救い、最後は力を使い切って寄り添うように寝てしまう演出』になってるのだから恐れ入る。

 

 舞台袖に引っ込められた俺は、お付きの人から容赦無くアルコールの気付け薬を飲まされ、なんとか覚醒。キツい薬に死にかけだと言うのに、なんと演技を続行!

 ただし少年は重症だったのか交代、急遽ゼスターが以降もエリプス王を演じる事になるのだが、こっちも負けず劣らずのドポンコツ。

 セリフは詰まる、オロオロする、覇気がない。王国イチの名優と聞いてた俺は、そのありさまに焦りに焦った。

 この時に至り、ようやくポンコツぶりの理由を聞くのだが、そのしょーもなさに気が遠くなったのは俺の健康が理由では無いはずだ。

 しょうがないから介護するシーンの耳元で「私が三人の仲を取り持ちますから元気を出して下さい」と囁けば途端に元気になるゼスター氏。

 ……今度父上にお願いして侮辱罪とかで、無理やりでも死刑にするべきだと進言しよう。普通にコイツに我が家の親父を演じて欲しくない。

 

 どうやら、ゼスター氏はセラフィムと仲良くやってミューランは切りたい模様。

 俺は「あんな糞男に振り回されるの止めよう」と、ミューランさんを説得するものの(ことごと)く失敗。

 ラストシーンは「あなたに私の気持ちなんて解らないわ!」とガチ切れするミューランに

「ごめんね、私が責任を持てないから貴方に負担をかけてしまうの」

 と言うセリフに万感の思いを込め、本気で怖くて涙が止まらない俺と「八つ当たりしてゴメンね」とガチ泣きで謝るミューランでとどめだ。

 

 正直、子供が育てられないからとパルメに押し付けるゼナと、自分の為に身を引いたと勘違いするパルメが謝り合うラストシーン自体、そもそも(いか)()な物かと思っていたが、アレに比べれば高尚な文学作品だと自信を持って推薦出来る次第である。

 

 ちなみに、結局、役者であるお三方は折り合いが付かなかった模様。

 最後の方は薄っすらと覚悟を決め始め、全てを諦め始めたゼスターの鉄面皮が『何物にも動じぬ王としての自覚を持った姿』の表現らしいから、父上様は今すぐにでもゼスター氏を三枚におろす権利がある。

 三枚になったら二人で分けて貰って、余った分として我が家に迷惑料として一枚欲しいぐらいだ。我らはこの怒りを晴らすサンドバックをご所望です。

 

 ……ともあれ、俺が恐れていた、あまりの糞演技に都に下りてみればあだ名が『棒読みちゃん』とかになっている恐れは無さそうだ、壊れた様に「ゆっくりしていってね」とつぶやく必要も無さそうで一安心であろうか。

 

 

 最後に一つだけ付け加えるとするならば、ステフ兄さんとのラブシーンか、兄を不甲斐ないと評する向きも有るようだが、兄に責任は無いし、お父様だって責められないハズだ、観客もステフ兄さんだって知らないが、あのセリフは元々ゼナの物だ。

 そして、実際はもっと過激である。

 なかなか手を出してくれない父上の事を、パルメがゼナに相談した際に言ったセリフを赤子であった俺の参照先生はしっかりと捉えていた。

 

「あの人奥手なんだからこっちから誘わないとダメよ、それもハッキリとね。私の体を見て、匂いを嗅いで、漏れる嬌声を聞いて、ぐらいの事は言わないと」

 

 全く女性は怖いねと、女になった身の上で更に思い知らされるのだった。



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いざ別荘へ

 暑い! あちゅいぃ、あちゅぅう……

 

 人間と違ってエルフは熱で溶ける、なるほどなるほどー! 人間に似ていてもやはり他種族。こんな特性があるとはついぞ知らなんだ。

 

「おねえちゃん? だいじょぶ? お水! お水のむ?」

 

 妹様は今日も元気だ、溶ける様子など全くない。妹のセレナは純粋なエルフ、一方俺はハーフエルフ、つまり熱で溶けるのは種族特性ではない。俺の固有技能だと言えよう、ヴァンパイアは霧に変身する、俺は液体に溶ける。溶鉱炉に落とさん限り俺は死なんぞ!

 

「おかーさーん! おねえちゃんが暑さで死んじゃいそうなのーお水! お水のんでくれないのー」

 

 やばい、ふざけてたら妹様が錯乱しておられる、生きてるぞ、ギリギリの所で生きてるぞ!

 どのぐらいギリギリかと言うと家族の前なのに、おしぼりを顔に乗せ口は開けっ放しだ。

 みっともないから口を閉じる様に言われたのも最初の内だけ、今は口が閉じてるとちゃんと呼吸をしているかと、心配して確かめに来る有様。

 

「だ、大丈夫よ、ただ少し暑くて参ってしまっただけ」

「今年こそはと思ったのだが、まだ家族旅行は早かっただろうか」

「い、いえ、家に居ても暑いのは変わりませんから……」

 

 父上も心配させてしまった、とは言え俺とセレナにとって初めての家族旅行、初めての理由は主に俺の健康が理由なんだけど。

 そう、今は夏中月、夏中月は一年で一番暑い時期、暑い季節にお金持ちがする事は? 避暑地への旅行だ! そして我々は王族、お金持ちオブお金持ち。

 だから我々は恒例らしい王室直轄地の湖の(ほとり)へ避暑に向かっている訳だ。

 それは良い、むしろ嬉しい。湖のそば、多少なりとも涼しそうで体にも良さそうだ。しかし竜籠とか言う、巨大な爬虫類が引っ張る馬車での移動。これがしんどい。

 熱気も篭るし振動もキツイ、そう考えると「この糞暑い季節、呼吸をするだけで溶け出してしまいそうなひ弱な娘に、野外ライブを敢行させようとした親が居るらしい」と嫌みの一つでも言ってやろうと思えば、最近の父上様はどうにもしおらしい。逆にこっちが気を遣う有様で、ちょっと面倒くさくなってきた。

 王室専用の竜籠って奴は六畳程の広さが有る。前世の馬車基準ではかなりデカいのでは無いだろうか?

 森が多くそもそも馬車での移動が少ないエルフの国に於いても最大サイズ。国中の道が狭いのでこのサイズの馬車同士がすれ違う事が出来る道など存在しない程だ。他の通行人や竜籠が王室の印を見てへへーと道を譲ってくれるからこそ運用できると言う事で、その快適性は非常に高いレベルにあると聞いているのだが……それでも暑いものは暑いのだ。

 

「お、お父様、あの……空調の魔道具を使ってもらっても宜しいしょうか?」

「いや? もう既に起動しているが?」

 

 起動してたかー、はぁ……確かに薄っすらと風は吹いている。そんでよく見ると天井にシーリングファンって呼ばれるアレに近いのがゆるゆると回転している。

 うーん、もっと何とかならないモンかなーと思いつつ、ありがとうと妹の頭を撫でながら受け取ったお水を茎で出来たストローでチューチュー吸う。

 あ、そうだ!

 

「お父様、この竜籠の中で魔法を使っても良いでしょうか?」

「む、魔法か?」

「はい、空気中の水分を集めてみたいんです」

「いや、水ならいくらでも有るだろう?」

「いえ、涼しくしたいんです」

「それで涼しくなるのか?」

 

 なりません! この世界に、少なくてもエルフの国に氷の魔法みたいなのは無い。

 物を冷やすにあたって熱を奪ってと精霊にお願いしても聞き届けられなかった。なんか閃く感じが全くしない。

 俺は前世で自作PCを趣味していたため、CPUクーラーには一家言あるわけよ?

 ペルチェ素子やらヒートパイプ、ヒートポンプ、逆カルノーサイクルなんて難しい単語までウィキペディアで調べた経験がある。

 だので『参照権』でそんな知識を見返す事も余裕なのだが、自分でもハッキリ理解し切れていないことを呪文にして、精霊? に伝えるなどとてもとてもできそうにない。

 酸素はある程度理解しているお陰か、やりたいことをハッキリイメージすれば、何か頭で組み上がった感覚があったのだが……

 しかし、諦めるワケには行かない! 温度を直接下げることが不可能でも、涼しく感じる様には出来るかもと思った、そう湿度を下げるのだ。

 

「はい、体が感じる温度を下げる事は出来ると思うのです」

「そうか、いいだろう、許す」

「いいよー」

「構わないよ」

「ユマがやりたいようにやりなさい、でもちょっとでも健康値が減ったと思ったらすぐやめるのよ」

 

 家族みんなに許していただいた、実は自分のお部屋では何度も試している、早速やろう。

 

「『我、望む、大気に潜む水の欠けらよ、寄り合わさりて雫となれ』」

 

シューーーー

 

 両手いっぱいに水が滴る、いや予想より湿度が高かったのか大分こぼれてしまう。

 

「『我、望む、この手の水を霧へと散らせ』」

 

プシュー

 

 水がミストシャワーの様に散っていく。

 と、なんだろう周りの視線がポカンとしてる様な? あ、せっかく集めて散らしてるんだから意味が解らないと?

 

「ねえさまーすずしいですー」

 

 でも近くに居たセレナには涼しさが伝わったようで大満足です!

 どさくさに紛れてエルフの中でもとりわけ長くツンと尖った妹の耳を撫でると、くすぐったいのかクスクスと笑って「もーう、やめてー」と言ってくるのがもう、かーわいいったら無い。ちなみに俺の耳は人間とエルフの中間ぐらいか、ハーフだからね。

 そんなこんなで竜籠での旅は過ぎていった。

 

 さて、二日に渡る竜籠での移動が終わり、別荘へたどり着いた。グラノーラはともかく、生ぬるいヨーグルトには危険なものを感じないではなかったが、幸いにもお腹を壊さずたどり着けた。俺はこれを冷やす魔法を開発する事をライフワークとしていこうと密かに決意。よーく聞くと自然を利用した氷室的なものと氷も有るようだが……パーティーで使うレベルの貴重品と父上が教えてくれた。

 そんな訳で別荘だが、あらかじめ先に出発していた召使いの方々がお出迎え。しかも前世の別荘のログハウス的な想像とは異なり豪邸だ。

 大木を切り抜いたかの様な玄関を抜けると細い白木が複雑に編み込まれ幾何学模様を作る壁、寄木細工の様な床、日頃の離宮も凄いと思っていたが、まさか別荘が離宮越えとは恐れ入った。

 いや、離宮には王が居ないからあの程度になってると考えるべきか、そういえば食堂は王宮にもあるのに離宮まで父上は来てくれてるってんだから、偉そうにしてるとか内心思っててすまんかった。

 

 リビングで家族と別れ、メイドの女性に案内されて部屋に辿り着くと、ここもまた日頃の離宮より豪華で、白いクローゼットにシーリングファン、光るキノコみたいな照明の魔道具も緻密な細工が施され、レースのカーテンみたいな幕をお付きの人がサッと開けるとオーシャンビューいや湖の場合なんて言うんだ? レイクビューで良いの? 参照先生もだんまりだ。

 

 しかし、景色より俺には大事な事が有る、スッと天蓋付きのベッドに近づくとシダで出来たスクリーンを掻き分けベッドを確認、高級羽毛布団OK! ゴロンと転がる。

 シダやツタに囲まれいばら姫となった気分を味わえるベッドだ、素晴らしい。

 

「あ、あの、もうお休みになられるのですか? せめて着替えては?」

「え、ええ、でもわたくし疲れてしまったみたいで……」

 

 言ってる傍から大分眠たくなってきた、もう俺は妹のキスでしか起きんぞー!

 いやイケメン兄様ならまぁいいか? などと思えるあたり、俺の精神も結構乙女になってきた! ヤッホー!

 

「いえ、せめてお着替えは済ませませんと服が皺になってしまいますよ」

 

「…………」

 

「ユマ様、起きてください!」

「スヤァ」

「……ハァ」

 

 お側付のため息が聞こえた様な気がした。



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湖で誘うもの

 パチャパチャ

 

 俺は湖畔で岩場に腰かけ、足だけを湖に浸して水を蹴る。

 本当なら夏の日差しでやられてしまう所だが、「お体に障ります」とお付きの人が駆け寄って来て、葉っぱで出来た傘を差してくれた。

 

 なんとも申し訳ない所だ、別荘に到着してスグの時も部屋に着くや寝てしまった俺は、気が付くと夜、しかもしっかりパジャマに着替えさせられていた。

 なんとも……うん、まぁ我ながら幼児だな。

 幼児と言えば、ホントに幼児なのは妹様ことセレナ(二歳)なのだが、いちいち確認しないと不安になるぐらい二歳とは思えない。

 

 竜籠による二日の移動の後、部屋でダウンした俺と違い、セレナは待ちきれないとその日の内に湖に遊びに出かけたらしい。

 絶対的な体力の違いを感じる次第だ。さんざん遊んで、ぐっすり就寝したセレナと違い、昼寝して夜中に目が覚めた俺が台所に乱入したり、体が汗くさいとお湯を要求したりと、わがままプリンセスぶりを発揮してしまった、非常に申し訳無い。

 と言うか奇行が目立つ姫と思われてる節が有る。わがままと思われている程度ならまぁ良いが、ひょっとしてキチキチプリンセスなのでは無いだろうか?

 二歳児以下……魂に殺される前にいっそ自殺を検討した方が良いのかもしれんな、まっぴら御免だが。

 

「いい天気ですね」

「! ええ、でもお天気が良すぎるのも考え物ですわ」

「ふふ、ほんとですわね」

 

 突然話しかけられてビックリした! この人は御側付きのピラリス。

 なにかと俺の事を心配してくれる人で、俺の気絶発見率一位じゃないだろうか? この人居なかったら俺、とっくに死んでるんじゃないかな? なんかもう、運命とか謎の偶然とか魂とか、そういうスケールの大きい話の前に、どうでも良いところで死ぬのではと不安だ。

 さすがに乗っ取ったユマちゃんにあの世で申し訳出来んだろ。

 

 しっかし、この世界の太陽は確実に殺しに来てる。なんせ前世の太陽の四倍近い大きさに見える、この大きさでむしろこの程度の温度で済んでいるのが奇跡じゃないだろうか。うむ、その奇跡、もっと盛大に巻き起こしても良いのよ?

 

「これでも、千年単位で記録を調べると、少しずつ気温は下がっているそうですよ?」

「そうだったの……ピラリスは物知りね」

「勿体無いお言葉に御座います」

 

 マジで初めて知ったな、これでも涼しくなってたのかよ、……あ、参照権先生で調べるとその話聞いたの3回目だって。俺の記憶力、前世より明らかに下がっている。幼児化の影響か? いや参照権先生頼みにし過ぎてるからその所為だろう。

 

 と、言うかだな、今の俺、退屈してると思われてるな。

 退屈どころかここ数日、妹様とボートでキャッキャウフフとデートかと思いきや、風の魔法でジェットスキーみたいな速度で岸辺に激突したり、二人でヤドカリを突いてたら俺だけ指をはさまれたり、兄様に泳ぎを教わってる途中で力尽きたり、サザエみたいな巻貝を焼いて食べようとしたら怒られたり、イベント的なものはもうお腹いっぱいだ。

 お母様も最初は泳いだりもしたけれど、ここ数日は別荘でお休み。父上はたまに泳いでこそいるものの、別荘でもお仕事が有るらしく大変だ。

 王宮と違って別荘だとちょっと顔を出せばお仕事しているのが解るので、ますます生誕の儀のゼスター氏へのヘイトが溜まって行く。

 

「うふふ、大丈夫、これでもわたくし、楽しんでいるのよ?」

「さようですか?」

「ええ、お部屋では本ばかり読んでいるでしょう? こうして外の景色で見ているだけで、あの本のあの場面はこの様な景色の事だったのかな、と考えてしまいますの」

「なるほど、本……ばかりを……?」

 

 あっ! マズった! 余計な事を言って、変なヤツだと思われてしまった。

 

「し、しかしながら……ユマ様はそれほど本を読んでいる様には思えないのですが……」

 

 そう、俺は本を開いてる時間は少ない。でも、まぁ今も本を読んでいるんですよね……参照権プロンプターで!

 コレはもう、前々から温めていた設定を披露するしかないだろう。

 

「あら!? わたくし図書室で本を記憶して、お部屋でずっと読んでいるんですよ?」

「え? 本を……記憶?」

「ええ、本の内容を取り敢えず全部記憶するんです。それでどんな内容だったかなと後でお部屋でじっくり読むようにしてるんです」

「ま、まさか何時も本をペラペラとめくってらっしゃるのは!?」

 

 いや……まさか? 俺氏、本をペラペラめくるが趣味の変人だと思われていた!?

 

「え、ええ……全部記憶してるのです」

「そ、そんな事が……」

「そうで無くては三日前に決まった劇のセリフを、読み上げる事など出来ませんわ」

 

 今度こそお側付きのピラリスは棒でも飲み込んだ様な顔をして後ずさった。絶対記憶能力ってのはドラマや漫画でよく見た設定だ。多少、変に思われても押し通したい。

 ピラリスは俺の行動をずっと見ている、本のペラペラは辞めたくないし、変人だとも思われたくは無い。

 

 と、言うかだ……むしろこの『設定』をなんとなく察していると、勝手に思っていた。

 

 図書室に行ったと思ったら本を高速でペラペラめくり、部屋に帰ればひたすらボーッとしてる。

 うーん、こりゃーキチキチプリンセスだわ。

 

 でもさ、ひ弱だから本を持ち上げるのも苦しいし、書架台で読むのも辛い。一度目に入れてから参照権で読めば寝っ転がっても、なんなら目を瞑っても読める。

 

 この世界、スマホで読書の感覚で、ここまで本を読んでる奴は他に居ないんじゃないかな?

 

 俺の身に何が起こるか解らない上に、健康体ともほど遠いなら知識は欲しい。この読書方法がやめられないなら、速読の天才と思われた方がなんぼかマシだ。

 

 異様な天才は妹様が居る。あの妹にして姉有りと思って貰えた方がむしろバランスは取れるんじゃないだろうか?

 そういう意味でも妹セレナの存在は有り難い。転生者だと疑った事も何度もある。だが直感として違うとしか思えない、可愛すぎる。ってか可愛いからセレナが何物でも構わない。殺されても良い、むしろ殺してほしい。

 

 妹セレナの事を考えるとニヤニヤが止まらない。

 

「ユマ様が時折、何もない場面で突然微笑まれるのも、本の内容を読み直しているからなのですね」

 

 いえ、それは碌でも無いことを考えているときです。

 

 と訂正をしようと振り向いたその時だ、視界に蛙が映った。

 なんだろう? 気にかかる、この世界には不思議な生物が多いがその中でも取り分け気持ちが悪い。

 

「ねぇ、そこにいる蛙、毒は無いのかしら? 小さいけど赤くて棘が生えてて気持ちが悪いわ」

「蛙? どこかに居ますか?」

 

 え? 割と近くに居る。俺は指もさしているし、見間違えるような距離じゃないはずだ。

 じゃあ参照権が? でもこんな蛙の画像望んじゃいない、しかも現実の岩の上にちょこんと座っている。この蛙の記録は? 参照権に反応なし、正真正銘の初見の生き物だ。

 

「本当に見えませんか? そこの岩の上に小さくて赤くて気持ち悪い蛙が、あっ!」

 

 蛙は俺を嘲笑うように湖の中に消えていった。

 

「いえ、そもそも棘が生えた蛙など、寡聞にして知りませんが……」

 

 何度でも言う、ピラリスは物知りだ。このあたりの生物は調べ上げて来ている感が有る。でもそんな蛙は知らないと言う。

 

 ……なんだろう気になる。いや? なんで気になるんだ? ただの蛙が……

 

 ――ポチャン

 

 何故か、俺は、蛙を追いかける様に、湖に、入っていた……

 

「姫様? 行けません! 本当に毒が有る蛙かもしれませんよ!」

 

 ――バチャバチャ

 

 なんだろう、俺はあの蛙を追いかけなくては行けない。

『わー蛙だ―』

 はしゃぐ少女の声が聞こえる?

 いや、俺の? 声か? 俺が? しゃべったのか?

 

「姫様?その先は深くなっているので危ないですよ!姫様!?」

『うふふふふふふ』

 

 誰かの笑い声が聞こえた様な気がした。



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混線する記憶

 気が付くと嫌と言うほど見慣れた自分の部屋のベッドの上だった。

 そう、別荘の部屋じゃない、離宮のベッドだ。

 

「え?」

 

 思わず声が漏れる、意味が解らない。旅行先に居たハズだが……

 

「気が付きましたか? ああっ……良かった」

 

 ピラリスの声が聞こえる、ギュっと手を握られて、目には涙を浮かべている。

 

「えっと、わたしはどうしたのかしら……」

「蛙を追いかけて、湖で溺れたのです」

 

 なんという間抜けか。

 

「そう、また迷惑を掛けてしまったわね」

「いえ、えっと姫様はその蛙には触っていないんですよね?」

「え、ええ、触ってはいないと思うわ」

 

 そもそもあの蛙が本当に存在していたかどうかすら怪しいものだ。

 便利に参照権を使い過ぎた罰が当たったのか? 神にはそんな事を聞いていなかったが全てを教えてくれたとも思えない、チートスキルと思っていた参照権にも何かリスクが有るのかもしれないな。

 

「ああ良かった」

 

 ピラリスはその場にへたり込んでしまう。

 

「どうしたの、ピラリス、あの蛙に何かあったの?」

「ええ、実はその姫様が見たという、赤くて棘が生えた蛙、猛毒が有る危険な蛙のようなのです」

 

 え? あの蛙やっぱ危険なの? いや、見た目から毒々しいもんな。むしろあんな蛙に突撃した自分が信じられない。

 

「そう、触らなくて良かったわ、あの後、私はずっと眠って?」

「え、ええ。心配したんですよ、姫様が突然湖に入って足を滑らせて、助け上げたものの気絶していらっしゃって、毒蛙に触ったのかもしれないと、少し早いですが皆さんで切り上げてお帰りになられたのです」

 

 う゛ぇ、あんなに楽しんでいたセレナも巻き込んで早帰りしてしまったのか、うぅぅぅ罪悪感が凄い。

 

「……ごめんなさい」

 

 ほんとに泣けてくる、なんだよコレ、馬鹿にも程があるだろ。

 

「で、でも姫様が蛙に気が付かなければ、誰か危ない蛙の餌食になっていたかも知れないんですからお手柄ですよ!」

「そ、そんなに危ない蛙だったのですか?」

「そ、それはもう、あの蛙、赤棘毒蛙(マネギデスタル)が井戸に入ったばかりに、大勢亡くなった村も有ったそうですから途轍もない毒を持ってるようですよ」

「そ、そこまでの毒が有るのですか」

「は、はい、だから三日も目覚めなかったのも蛙の毒に僅かながら触れたせいではと」

 

 うへぇ……それは、もしセレナが蛙に殺されたら世界中の蛙を殺しても殺し足りないぞ。

 

「記録によれば、国を挙げて赤棘毒蛙を駆除した結果、500年も前に絶滅させたと有るのですが、もしも生き残っていたと有れば一大事です、湖を探させています」

 

 500年も……前に? 俺は一体何を見たんだ?

 

 

 その後、お父様まで心配してお部屋に来てくれたり、セレナに泣かれたり、母様に叱られたり、お兄様に頭を撫でられたりした。

 数百年前の赤棘毒蛙のスケッチも見せて貰ったが、間違いなく私の目の前にいた蛙だ、参照権で確認する。間違いない。え?

 

「影が無い」

 

 思わず呟いた、違和感の原因はこれだ。やはりあの蛙は幻、ではなぜあんな幻を見たのか? 原因はさっぱり解らない。

 結局、蛙は多分見間違いだと皆に伝えた、でもピラリスは懐疑的だった、そりゃそうだ本をぱっと見で全部覚える奴がだぞ?

 

 そしてもっと信じられない事が有った。

 

健康値:11

魔力値:75

 

 寝込んだ後の健康値なんて5も有れば十分、それが過去最高の11なんて言う値だ、そして魔力値が異常に増えている。

 健康値はある意味常人に近づいただけとも言えるが、魔力値の伸びは異常だ。大騒ぎになるかと思えばそうではなかった、むしろ喜ばれたのである。

 どうやら、どうやら悪くないと思っていた俺の魔力値。これはエルフとしてはやはり低かった様なのだ、それがエルフとしても恥ずかしくないレベルに上がったと言う事で、母などはお祝いをしようと言う始末。

 

 何かの拍子に成長しただけなのか? それともアレは幸運の蛙だったのか? 今となっては解り様が無い。

 結局あの後、湖での必死の捜索に関わらず、蛙は見つからなかったのだから。



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大牙猪

 夏が過ぎ、秋はあっと言う間に終わった。

 春や秋、過ごしやすい季節と言うのはなぜすぐ終わってしまうのだろうか?

 秋だってずっと寝ていた訳じゃない、健康値も大幅に上昇し今では平均13ぐらいはキープしている。

 普通は25だから俺はその半分ぐらい、つまり? 普通の病弱レベルで済んでいる。ちょっと歩いただけで気絶していた生活は過去の話だ。

 

 で、そうなると生まれは温室、育ちは無菌培養の生活も改められて、子供らしいお芋掘りとか栗拾いとかのイベントに駆り出された。

 情操教育って奴だが、正直必要ない。セレナを可愛がったり、母上に甘えたり出来ればまだ良いのだが、お付きの方々しか居ない状態でそんなイベントこなしても何にも面白くない。気絶はしないでも、帰りはだいたい立っていられない程消耗して、おんぶされて帰るのだから尚更だ。

 

 でも、まぁそんなイベントでも、あの弦楽のお稽古よりはマシであろう。

 笛か弦楽器が選べる様だったので、小学校の縦笛の悪夢がチラつくからと、弦楽器にしたのだが、まぁ、うん、今後に期待だな!

 っていうか前世の俺の苦手意識が足を引っ張っている可能性が高い、ユマちゃんのボディに秘めたる才能に期待して頑張るしかないだろう。

 

 

 ……で、冬である。

 

「では、構えは結構ですので、そのまま矢を離して下さい」

 

 シュッ――パスッ!

 

 俺の放った矢が木の的に刺さる、当たり前だ、数メートルと離れていないのだから。

 今、俺は、真冬の森の中に居る。

 豪雪地帯と言う訳ではないので雪は積もっていないし、あまり降る事も無いのだが、霜は降りていて歩くとシャリシャリ言う。もちろん気温は非常に低く、皮のズボン、セーターと胸当て、マフラーに帽子とフル装備だ。

 

「けっこうです、構えに癖が有りますが良く撃てています」

「ありがとうございます」

 

 そう、弓だ! エルフは魔法、そして弓! その基本をここでもしっかりと押さえてきている! 

 寒い! 辛い! でも生き死にに関わる問題になるかも知れないからサボれない!

 前世でほんの少し、弓道で和弓を触った癖が出てしまっているのかも知れない、とは言え弓の大きさからまるで別物なのだが。

 エルフの弓は森林仕様なのかかなり小さい、こんなんで威力が出るのだろうか?

 見た目は練習用だからかシンプルだが、それでいて品が有り高級感が有る。実はお高いのかも知れない。

 

「では次は放った矢を魔法で加速させます、見ていてくださいね……

 

『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

 ――ズパシュッ!!!

 

 先生の撃った矢が木の的を真っ二つに両断する。

 な……なるほど、威力は魔法で出すから弓は小さくても良いと、そう言う事ですか。弓の先生は自分の矢の威力に満足げに頷くと、新しい的を指差す。

 

「ではユマさんもやってみて下さい」

 

「あ、ハ、ハイ、えーと気を付ける部分は何かありますか?」

「そうですね、怪我をしないように、まずは命中させることより、矢に魔法を乗せる事だけを考えてみましょう。矢と体の間に少しだけスペースを作って、そう、矢羽で怪我をしないように」

「ハイ、解りました!」

 

 確かに普通に矢を放っても、素人だけに矢羽が掠って怪我をしかねない。

 それが魔法を併用となると、もうどうなるかも解らない。見た感じ、弓矢と言うよりライフル弾みたいな威力が出ている。

 胸当ては一応しているけど「自分の矢で乳首が無くなりましたぁ!」とか、女の子として悲しいじゃん?

 グッと弓を引いて、気持ち、体から矢を離す。うーん、ちょっと離しただけで、狙いも力も全然込められなくなるのな。

 ココで俺は呪文を唱え、魔力を乗せる。

 

「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

 ――シュッ、パスッ!

 最初に普通に撃った時と、さほど変わらない威力に思える。当然的は割れず、普通に刺さっただけだ。

 

「はい、ちゃんと矢には魔力の補助が乗っていましたよ! 今後は矢への恐怖心を減らして、狙いを付けて、力を込めて弓を引き、魔力の込め方で威力を調整していきましょう」

 

 先生曰く、ひとまずコレで良いらしい。確かにあんな構えで一応でも飛んだんだから魔法の恩恵は有ったのだろう。

 風の祝福ってのがざっくりしていて、これで矢が強くなる理屈が解らんが。

 あー、でも「放つ矢を風で祝福しろ」って言われたら普通に考えれば加速するかな? 変に言葉で説明すると魔法って奴は効率が悪くなる傾向が有る。直感的であるに越したことは無い。

 細かい理屈は別にあるのだろうが、試行錯誤された上での呪文だろうし、後はもう本当に練習するしかなさそうだ。

 

 ――シュッッ、パスッ!

 ――ズシュッ、バスッ!

 

 二発撃ったが……うん、困った。

 先生はどんどんどうぞ、と言う態度でこっちを見てるが、実はもう右腕が限界だ。

 

「せ、先生構えをもう一度確認したいのですが」

「わかりました」

 

 そういうと先生は後ろから手取り足取り構えを教えてくれる。流石にたった四発で「腕が限界です」とは言い出せなかった。

 なんか弓の先生ツンとしてて怖いんだもん。

 そうして誤魔化したお陰で、なんとかもう一回ぐらい引けるかな? ぐらいに腕のプルプルが収まった、その時だ。

 

「なるほど、ちょっとコツが掴めたかもしれませ……」

 

 チリリと首筋に痛みが走る。

 なんだ? と見回せば遙か遠く、木々の隙間からコチラを見ている獣が居た!

 

「……先生アレは?」

 

 慌てて俺が指差す先、あれは巨大な猪だろうか?

 

大牙猪(ザルギルゴール)! 声を出さないように、静かにゆっくり隠れましょう」

「でも、もう見つかっているのでは?」

大牙猪(ザルギルゴール)は巨大です、ああ見えてかなり距離は遠いはずです」

 

 そうなのか? いや、確かに縮尺がおかしい!

 一見して普通のイノシシかと思ったが……周囲の木々が小さく見える。

 え? まさか? ひょっとして軽トラぐらいのサイズが有るんじゃないか? あんなのが迫ってきたらどうにもならないぞ?

 迫ってきたら……嫌な予感がするが気のせいだろうか? しかし大事な事は伝えておこう、もちろん声は抑え目に。

 

「先生、隠れはしますが、わたくし運の悪さには自信が有ります。逃げる準備をしておいて下さい」

「え? ええ、わかりました」

 

 言ってる意味が解らないだろうが、こっちも気の利いたことを言う余裕も無い。

 こういう場合それっぽい事を言うよりも「直感です!」ぐらいの勢いで押し切った方が信じて貰える、多分……

 俺はもう、覗き込まずに木々に隠れる。先生が様子を見ててくれるだろう。それより探すべきは隠れる場所だ。

 

「なっ!! こっちに来ます!」

「あの大きさでは木々が邪魔となるはずです!」

 

 先生が叫ぶや否やのタイミングで、俺はもう立ち上がって、木々の密度が濃い場所に走り出していた。

 

大牙猪(ザルギルゴール)は木々をなぎ倒します、危険です! なるべく遠くに逃げてください」

 

 え? 嘘でしょ?

 そうは言っても先生、木って簡単に倒れるもんじゃないぜ? たとえ戦車だって木々をなぎ倒して前進なんて、そうそう出来るもんじゃない。

 

 ――バキッ! バサバサッ! バキッ!!

 

 後ろから凄い音がするんですけど……

 そーっと後ろを振り向くと、大きな木は器用に避けて、小さい木はなぎ倒しこっちに迫る巨大な猪。

 いや、アレは軽トラじゃない! 4トントラックサイズ有るわアレ!

 しかも戦車とは違って体を捩じったり捻ったりで、しなやかに動くもんだから、あの巨体ながら狭い隙間も抜けてくる。

 

 うぅ……逃げられそうにない。それに、植生が濃い所ってのは人間だって歩き辛い。

 

「ユマさん、ここは安全ではありません、立ち止まらないで! 走ってください!」

「ハァーハァー、すいません、もうこれ以上は歩けません!」

 

 今ので10倍界王拳なんだぜ? 気絶してないのが、控えめに言って奇跡なんだぜ?

 

「クッ! 迎え撃ちます! ユマさんはなるべく遠くへ!」

 

 すまん、ホントすまん。でも、何が正解だったのかなんて解んないよ。

 そりゃ木が少ない所に逃げれば距離は稼げた。でも、それじゃ相手からこっちが丸見え。

 偶然にあのイノシシが俺に興味を失う可能性に賭ける気にはならない。

 

 あーもう勘弁して欲しい! 涙目になりながら必死に足を動かすも、ツタが絡まり、思うように進まない。

 

 ――バリバリ! バキバキバキバキッッ!!

 

 物凄い音がした。慌てて振り返ると巨大イノシシが木々をなぎ倒し、間近にまで迫っている。

 デカい! とても同じ生き物とはとても思えない! なんだよアレ。あれが『魔獣』なのか?

 

 『魔獣』それは図鑑上では『獣』とは明確に区別される。

 魔力を纏い、魔力を求め、通常の生物では考えられない力やサイズを実現している、そんな生物の総称だ。

 

 ――バリッバリバリバリッ!! ドォォォーーーン!

 

 再び、木が裂ける音。間を置かず、ズシンと一際大きい音と、振動!

 とびきりの巨木がへし折られ、間近に倒れて来たのだ! 地を伝う衝撃が、土埃と折れた枝を巻き上げる。

 折れた木の幹と枝に逃げ道を塞がれ、動きがさらに制限される。悪い事に先生は太い幹で挟んだ向こう側。

 

 ――ブオオオォォォオォオオォ!!

 

 鳴き声だ、巨大な猪の巨大な遠吠えが……マズい! コイツ! 倒れた木に乗って! 倒れた木を橋にして! 不安定な地面を無視して、一息にコチラまで……来る!

 

 ――ズパッシャアァァァ!

 ――ブモオオオオォォォォォ!

 

 空気を切り裂き矢が刺さる! 凄まじい威力だ、イノシシの血が舞い、木の幹からずり落ちた。

 コレは先生の矢だ! 何事かと猪は足を止める。でも、ダメだ、どうせ、駄目なんだろ?

 

「こっちだ! こっちへ来い!!」

 

 先生の叫ぶ声が聞こえる。魔力を込めた声だ、俺は息を殺している、それでも来るんだろ?

 

 ――ブルルルゥゥブゥゥ

 

 猪は声を上げる。また木に足を掛けて幹に乗って……来る!

 俺はこの時点で息を殺すのを止め、逆に思い切り吸い込んだ。

 

 ――ズパッシュゥゥ!

 

 再び先生の矢が飛ぶ。でも、今度は猪は足も止めない。一発耐える気で何故か俺へと向かってくる!

 

「『我、望む、大気に潜む燃焼と呼吸を助けるものよ、寄り合わさりて我が(かいな)の中に』」

 

 俺は腕を広げて、その中に周辺の酸素を集める。即ち、腕の中以外の酸素濃度は下がった事だろう。

 最初に思ったのだ。酸素を集められるって事は相手を容易に窒息させられるのではないかと。

 でも出来なかった。魔法にはパーソナルスペースがあって、他人のパーソナルスペースに魔法を発現させる事は難しい。

 だから相手に直接影響を与える魔法は、相手の同意が有るか、魔力に圧倒的な力が無いと発動しない。

 

 ――ブブブゥゥゥゥ???

 

 ただ、相手がこちらのパーソナルスペースに向かってくるなら話は別だ! 踏み込んできた猪が橋の上でふらついた。

 そう、俺のパーソナルスペース内の酸素の大半は腕の中に集めた。

 酸素が少ない俺のパーソナルスペースに興奮状態で走り込んだ大牙猪(ザルギルゴール)はその巨体が求める酸素を摂取出来ない。

 今思えば、妹のガスバーナーの魔法で俺が気絶したのは酸素不足が影響していたかもしれない。今となっては解らないが。

 

 ――ズパッシュ!

 

 先生の矢が外れる。急に猪が足を止めるとは思って無かったのだろう、間が悪い。

 

 ブォォォブオオオォォォォ!

 

 そして屋外だ。すぐに空気なんぞ混じり合う。

 そもそも空気中の酸素をキッチリ全部集められる程の精度は初めから無い。しょせんは一瞬の足止めにしかならない。

 

 その一瞬で俺は十分な距離を取れた。

 

「『我、望む、放たれる矢に炎の祝福を』」

 

 ――シュボッ! ――バァァン!

 

 放った矢は燃えながら飛んでいき、最後には爆発するように燃えた。木の枝や葉っぱ、腐ったばかりの土が舞い上がった空気、そこは俺が酸素を纏めた場所だ。

 燃え盛る矢が着弾すれば、燃え移る物など幾らでもある。

 

 ――ブォ!!ブオォォォ!

 

 猪が仰け反る。炎に照らされた恐るべき巨体が森の中に浮かび上がる

 ――間近で見るその姿は、現実感が吹き飛ぶ程に大きい。イノシシの形をした悪魔と言われた方が納得が行く。

 巨大な生物はただそれだけで恐ろしいのだ。俺は根源的な恐怖に縮み上がった。

 

 ――ズバッン!

 

 そこに三度、先生の矢が刺さる。イノシシと俺との間には炎が有る。

 ココに来て、やっと猪は先生の方を見た。こっちから一瞬でも意識が外れた瞬間、ホッとしてしまった事が悔しい。

 

 何も終わってはいないのだ。先生を危険にさらしてホッとしている自分が恥ずかしい、でも、こんなのどうするんだよ。先生の矢は異常な威力で猪の巨体に矢羽の部分までズップリと食い込んでいた、それでも、それでも全く止まる気配がない。

 あの巨体にとっては針で刺された様な物なのだ、痛い事は痛いが諦めて動きを止める様な怪我じゃない。むしろ怒りで痛みを忘れている。先生がやられたら俺の番だ、どうする? どうするよ?

 

 焦りで思考が纏まらない、何か魔法を? でも、それでまた、こっちに来たら? 怖い! でも!

 恐怖にパニックになりかけた、その時だ。

 

 ――ジュプ!

 

 今までの爆音轟く戦いから考えると、驚くほど控えめな音がした。

 

 ――ズバン!

 

 猪の頭に人が落ちてきた。

 そう認識出来た時には猪の首は半場千切れかけていた。

 無論、それで生きてる訳は無い。不死身にも思えた大牙猪(ザルギルゴール)はあっさりと死んだのだ。

 

「ス、ステフ兄さん」

 

 思わず呆然と呟いた。

 そう、ステフ兄さんだ! ステフ兄さんが猪に落ちてきた!

 で、落ちてきた勢いのまま、双剣を首に突っ込んだと思ったらそのまま振り抜いて――ズバン! とまぁ、あっさりと首を切断したワケだ。

 

 ――ナニコレ? 強過ぎません?

 

「すまない、大牙猪(ザルギルゴール)を追い込んでいたのだが、逆に柵と罠を越えて人里近い所に向かってしまった」

 

 そう言う事かー! 弓の練習してる所にあんなのが襲ってくるっておかしいもんな、自分の不運っぷりにため息しかない。

 

「危ない所でしたが怪我も有りませんでした、助けていただき有難う御座います、お兄様!」

「! ユマか?」

 

 あ、今気が付いたの?

 

「ハイ! お兄様、こんなにもお強いんですね、凄いですわ!」

 

 いやーイケメンで強い。つまりズルい、凄くカッコいい。

 前世の俺の部分は「こうなりたかったぞ!」と嫉妬する。

 今世のユマちゃんの部分はお兄ちゃんに抱き付きたい。

 上手く行かないモンだね。どちらにしてもお兄さまに心配して貰えるのは悪い気はしない。

 

「大丈夫か? 怪我はないか?」

「大丈夫です、かすり傷も有りません!」

「……良かった」

 

 ステフ兄様は俺をギュッと抱きしめる。もうね、俺の乙女な部分がキュンキュンしてしまうから怖い。『高橋敬一』が溶けていく。

 

「兄様!」

 

 思わず俺も抱きしめちゃうね。

 

「ステフ様、私も助かりましたわ」

「セーラか、お前が付いて居ながらなんだ!」

「申し開きも出来ません!」

 

 うーん、セーラさんかーいや、女性だったんだね。

 参照権があるとさ、名前とか呼ぶ必要になった時に記憶から引っ張ってくれば良いやって、全然覚えなくなっちゃうんだよね。そして、お兄ちゃん怒ると怖いね、フォローしてあげないと。

 

「お兄様、私が迂闊な場所に逃げ込んでしまっただけですわ」

「そもそも、見つかる前に隠れる事は出来なかったのか?」

「お詫びする言葉も有りません。何せ……発見自体が私よりユマ様の方が先であらせられたのですから……」

「なんだと!」

 

 益々お兄ちゃんはご機嫌斜めだ。

 いつもニコニコのお兄ちゃんが怒ってると、俺が怒られてる訳でも無いのに苦しくなるのが不思議だ。

 

「で、でもあのぐらいの場所で、こんなお豆みたいなのを見つけただけですから」

「ココから、あそこに居るのを見つけたのか? それですぐ隠れたのか? それならこちらに来ることは無いと思うのだが……」

「スミマセン、姫様はすぐに隠れたのですが、私が様子を伺っていたのです、それが見つかってしまって」

 

 もはやセーラさんはツンとした雰囲気も吹き飛び、膝をついて祈るように謝っている。

 十中八九俺の運の悪さが原因だと思うのでなんともやるせない感じ。

 

「お兄様……」

 

 もう目で許したげて、と訴えるしか無い。

 

 結局、今後もセーラさんは弓の教師を続けられる事になった、妹のおねだりが効いた格好だろうか?

 あと、今夜は猪鍋だ! と言うぐらいの気持ちで死体をどうするか聞いたら血を抜いて解体し、毛皮などは取るけど、肉は食わないとよ。

 

「人間はエルフと違って肉を好むと聞きますが、それでも魔獣の肉は食べません、死ぬか病に掛かり、体が魔物の様に変異すると言われています」

 

 セーラさんが教えてくれる、そうか、よく本の物語でエルフや人間が変身するシーンが登場するので、そういう作品が流行ってるのかと思えば、本当に変異する世界なのか……

 エルフは魔法と弓が得意な森の民、つまり狩人じゃん、どうして肉食わないんだよ! と思ったら食えないのが正解とは恐れ入ったね。ちくせう。

 

「姫様に人間の血が流れている以上、肉食に興味がおありになるのは解りますが、この森には魔獣ではない動物は殆どおりません、誤って魔獣の肉を食べる事の無いように」

 

 あ、はい……

 くそー健康になったのに肉は遠のいたよ。

 戦いの後、燻ぶっていた火も消えて、巨大な猪をそのままに俺達は帰路に就く。

 片づけにはお兄様に遅れてきた狩猟の専門家が取り掛かっていた。一人であんなの狩りに出ていた訳無いから、当たり前だがお付きの人が居た訳だ。それにしても「もったいないなぁ」と後ろ髪引かれる思いで捨てられる肉を振り返ったのを覚えている。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 今回の件を後日ベッドで振り返った際、転生後初めて俺の『偶然』が俺を直接殺しに来たんだと思い至った。

 

 直接じゃないのはアレだ、生誕の儀。良く考えたら普通の幼女だったら詰みの場面。だけど神が五歳やそこらで死ぬ運命の少女に、俺を転生させたとは思えない。

 父様曰く、元々は朗読でも良いと纏まっていた所が、あれよあれよと話が流れ、俺が儀劇を演じる事に変わっていたと言うのだ。

 

 ――前世でも覚えがある。

 

 アイスキャンディーを頬張る女の子のイラストを見た時、普段ならエロいと感じる所がアイスを食いたいと夜中に突然思い立つ。

 で、夜のコンビニまで走る途中に、工事中で開きっぱなしのマンホールに落ちかけた訳だ。

 

 今回の大牙猪(ザルギルゴール)も本質的には同じかもしれない、追い込んだハズが、柵を飛び越し、罠を躱してこちらに来た。

 

 そして一見して脅威であろう先生を無視して無力な俺を襲う。

 

 何者かに思考を誘導された? いや違う、そこに一切の意思を感じない。

 何より神ですら気が付かない程の、上位存在の仕業としては、()(えん)に過ぎる。

 一つ一つ取って見れば有り得ない事では無い。そして根拠も理由もないのだからそれは偶然だ。しかしその『偶然』こそが俺の敵なのだ。

 

 そして同時に気が付いた、大牙猪(ザルギルゴール)が襲って来た時の光景。まるでホラーやパニック映画の一場面かの様だと。

 ホラー映画の山小屋でも、パニック映画の沈没する船の中でも良い。もし幼い病弱な女の子が出てきたら「あ、コイツ生き残るな」と俺は思う。

 

 だって(いたい)()な少女が真っ先に怪獣に食べられたら? 誰だって胸糞が悪くなる。

 

 俺が良く読んでいた異世界モノの小説では、主人公が可愛い幼女をバンバン救って行くし、殺しても死なない位に主人公は俺TUEEEしていた。

 でも、これがホラーならどうだ? 俺の『偶然』は呪いの様な物だ、俺の人生、ジャンルは異世界転生物と見せかけてホラーなのかも知れない。

 ホラーだったら勇気も有って機転も効く主人公だって、下手すれば死んでしまう。それこそラストシーンで幼気な少女を救ってとかだ。

 

 ああ、今になって神が語っていた事の本当の意味が解り始める。

 

 強さでは助からない、因果律やら周りの運命を巻き込んだ末に生き残れる可能性に縋るだけ。

 今回だって兄様がいなければセーラ先生は死んでいたかも知れない、次は兄様だってピンチに成るかも知れない。

 

 俺は今の家族をホラー映画の出演者にはしたくない、だったら俺はここを出なくてはならない。

 だけど! 人並み以下の力しかない俺が、家族の元を離れどうやって生きるのか?

 あっと言う間に死んでしまうだろう。

 それでは巻き込まれた田中も木村も、全てを奪ってしまったユマちゃんだって無駄死にだ。

 でも、でも! セレナは! セレナだけは守りたい。俺に初めて出来た妹なのだ。俺は可愛い妹が死ぬ所だけは見たくない。

 

 ……ああ、そうだ、もし俺の『偶然』にセレナを巻き込みそうになったら。その時は俺が先に死ねば良い。

 俺の頼りない魔法でも、か弱い俺ぐらいは殺せるだろう。

 そう思う事で、やっと俺はうなされずに眠れるようになるのだった。



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キチキチプリンセス

 あれから二年が経った。

 歳を重ね、俺はどんどん健康に……と思ったのだが、期待にそぐわず俺の健康値はいまだに15止まり。ただ15もあれば病弱なりに生きていける、と言う感じなので無理はしないように体を慣らして行っている。

 普通に出歩くだけなら止められない程度にはなっているので、俺はここ二年の間に念願の『異世界NAISEIチート』を試みた。

 

 異世界転生モノで驚くのが井戸へのポンプ取り付け率だ。正直、俺は、何の予備知識も無しに異世界に放り出されて、手押しポンプを作れる気が全くしなかった。

 だと言うのに「異世界に転生したからにはポンプぐらい余裕だよねー」とばかりにぽんぽんとポンプを作る主人公達に、中学生だった俺は焦りに焦った。

 「アレ? 俺ひょっとして頭悪いのかな?」と怖くなった俺は、慌ててwikiを見て作り方を調べたモノである。なるほど単純な構造とは思ったが、実際に作るとなると工作精度も必要そうだし、こんなの図面を引いて伝えられるのかと冷や汗をかいた覚えアリ。

 

 しかーし、俺には『参照権』がある! 俺の事は歩くWikipediaと呼んでくれ! 前世で一度見たwikiなら詳細に思い出せる!

 今こそ『異世界で内政チートは出来るのか』の答え合わせをするつもりで、鼻息も荒く井戸に乗り込むと、魔法で勢いよく水を汲むエルフの姿が其処にはあった。

 

 ……なるほど、なるほどー

 

 フムフムと訳知り顔で頷きながらクルリと踵を返すと……俺は部屋でそっと泣いた。

 

 よく考えれば……だ、エルフは全員大なり小なり魔法、もしくは魔道具が使えるんだから、キツイ肉体労働の部分はそりゃ魔力を使う。電力で機械化した現代文明と大差がない。汲んだ水だって建物の屋上に貯水してあり、水道管を通って魔力を込めると水が出る仕組みまで有るってんだから恐れ入る。

 畑仕事だって当然魔法だ。魔道具で作られた(うね)がキレイに並び。雑草は山羊(パクー)に食べさせる。

 つまりだ、内政チートの道は閉ざされた……と、そう言う事みたいだ。

 

 次だ! 他に転生のお約束と言えば? ハイ、そうです! 料理です!!

 食生活の改善は健康になりたい俺の願いとも一致する。

 

 しかし……だ、小麦が乏しい、肉が無い、卵が無い。

 もうこの時点で料理チートは両腕複雑骨折してる様なもの。この条件で料理チートが可能な日本人なんざ居ねーよ! 居るなら嫁に来てくれ! いや俺が行く!

 俺はタロイモの料理なんてなんも知らない。芋だからって肉無しコロッケでも作るかと説明すれば、パルッコの事ですか? って聞かれた訳で、つまり既に有りましたと、ちなみに美味しいもんじゃなかった。

 コロッケが作れるって事は油は結構有る訳で、石鹸も存在してるし、おまけに高品質だった。つーか現代日本にこれを持って来れれば天然素材の高級石鹸としてチート成り上がり出来る気がする。

 良かったなエルフの民よ、日本に転生すればチート出来るぞ! 俺はもう諦めて良いか?

 

 いっそ料理チートは諦めるにしても個人的な健康状態の改善には取り組みたい。

 そう! 動物性たんぱく質だ! ヨーグルトだけじゃなく、クリームやバターは有ったのでバターミルク共々、最近は結構出してもらえる事になった。

 後はチーズだ、チーズはこの世界には普通に存在していて、本によると人間の間ではヨーグルト以上に普及している。

 ただエルフの国にはなかったので作ろうぜーって言って作ってもらった。と言うのもエリールと言うイチジクっぽい植物とミルクを混ぜると固まると本に書いてあったので、すっかり廃れてしまったエルフのチーズを文献を頼りに復活させたと言う訳だ。

 味は……まぁ美味いとは言えないかもだが、先ほどのコロッケと一緒に食べたりすると味気無さが大分解消される。後はナッツと一緒に本を読みながら手慰みにポキュポキュと食べている。

 保存もソコソコ効くので旅をする人や、後は酒のつまみとして人気が出てきていると聞いた。ユマ様が療養のために食べていると宣伝しているらしい。それで量産されて安定供給してくれるなら万々歳だ、名前ぐらい幾らでも使ってくれ。

 そういう意味で初めての内政チート成功な訳だが、膨大な読書の賜物であり、1ミリたりとも前世の知識を使った転生チートじゃないのがなんとも……「前世の俺の人生って何だったんだろー」と虚しくて仕方が無い。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 そして、そろそろ俺は次の野望に手を掛けようとしていた。

 

 肉だ!

 

 微妙なチーズを齧っているとますます肉が恋しくなってしまった。

 俺は肉に思いの丈をぶつけるために、エルフの狩猟小屋で決意を固めている。狩猟小屋と言っても王都の拡張に伴い、町から近すぎて最早キャンプ場扱いされている場所だ。

 お付きの人は居ない、わがままを言って一人で来た。どこかで見張って居る可能性は有るが、もういい、今日俺は肉を食う。

 

 魔獣は食べられないと言う理不尽。確かに異世界モノでそう言うルールの作品も見たことが有ったが、どうせなら顔が豚なだけで人型のオークでも美味しく頂ける異世界に転生したかった物である。

 正直、今ならオーク肉でも倫理とか糞食らえでかぶりつける自信が有る。何なら前世でオーク呼ばわりされていた田辺君のお腹にだってかぶりつける! ……やっぱり可哀想だから止めてやるか。

 

 今日の狙いはブーブー鳥、ドードーみたいな名前だが普通に飛ぶ鳥だ、この森では珍しく魔獣ではなく動物だと言われている。

 

 となれば狩るしかあるまい。

 

 弓を片手に狩猟小屋を出る、他の荷物は小屋に置いてきた、勢い良く駆け出す先は湖、小さくて水質も悪いため泳ぐには向かないが、魚や鳥は多くいるのだ。

 ちなみに魚だが食べるエルフも居る、食べた事は有るが、川魚特有の臭みが有るうえ淡白で肉を食いたい欲望を抑えられるものじゃなかった。その上、水質的な問題か食うと腹を壊したりする事が多いと聞くので普通は食べないし、そもそも川辺は魔獣だって来るのでそんな冒険は出来ない。

 俺は前々から川辺の木に止まるブーブー鳥を狩ってやろうと当たりを付けてきた。祈るように狙いの場所に走ると、果たしてブーブー鳥は何羽か木に止まっていた。

 

 フゥーフゥー

 ブーブー

 

 小さい土手の影に滑り込み、深呼吸で息を整える。俺の呼吸音が名前の由来となった特徴的な鳴き声と重なる。ブーブー鳥で間違いない。

 土手に片膝を立てて身を乗り出し、そのまま構える。普通に考えたら遠い。でも俺には魔法が有る。

 

「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 ――シュ、ズパッッッシュゥゥパァァァン!

 

 当たった? 当たったよ! マジか! 一発で当たるとは!

 

 落下した仲間を見捨てて、ギャーギャーと逃げ出すブーブー達。俺は慌てて木の下に駆け込んで死体を回収。

 ここが意外と危ない所で、横取りしようと魔獣が駆け込んでくる恐れがある訳だ。俺は呼吸を殺して走る。

 

 ハァッ! ハァッ!

 

 獲物を手に駆け込んだ狩猟小屋。俺は未だに興奮が冷めやらない。

 荒い呼吸を必死で整える。お稽古でも思ってたけど俺の弓の腕、なかなか捨てたもんじゃない。弦楽のお稽古も思ったよりモノになってそうだし、歯を食いしばって生きていれば意外と行けるもんだ。

 ってか弓よりもいっそ弦楽のが良いかもな。俺の体力じゃどうやっても荒事には向かない。これからどんな不幸があるか解らない以上、いっそ弓の腕を磨くより、可哀想だねと同情される生き方を研究した方がいいかも知れない。

 今の俺はお姫様だから生活には困って居ないが、不幸体質である事を勘案すれば、最悪、国を追い出されるぐらいの可能性は考えた方が良さそうだ。

 強くなるより強い奴らに守って貰った方が生存率が高いと信じての転生だった事を考えると、人間相手に流しのギタープリンセスとしての余生を狙うのが正しいのかもしれない。

 

「実はおばさん、昔はエルフの国のプリンセスだったのよぅ……」

 

 なーんて客に言いながら不幸話で食っていくみたいなのどうだろう? 神様が厳選したんであろう俺の複雑な生まれのおかげで、演目には困らずに済みそうだ。

 そんなどうでも良い事を考えてるとスッカリ息も整った。まず羽を毟る。これがかなりの重労働で、すぐに手が痛くなる。

 足で羽を踏みつけて両手で引っ張ったりと色々と試したが、結局、生える向きを見て、丁寧に抜いた方が早かった。

 ……折れた羽が残ると、取るのが滅茶苦茶大変なんだもん。

 

 羽の処理が終わると血抜きと内臓の処理だ。頭を落として血抜き。前世の鳥の丸焼きの記憶や、本で見た知識をもとに腹を掻っ捌いてそこから内臓を取り出す。これも大変だがやり遂げた。

 足も切り落として、頭の肉や内臓と混ぜ、よく刻んで叩いてミンチにする。

 実はこのミンチも主役の一つ。このミンチに油をたっぷり引いたフライパンで炒める、キャンプ場化した狩猟小屋は窯や鍋は充実していた。フライパンや塩、油は持ち込みである。

 二十分ほどで色が変わり茶色くなったところで、王宮の台所からパクってきた蜂蜜を投入。貴重品なので普通に怒られそうで怖い。

 ぐちゃぐちゃと混ぜ合わせながら更に過熱、もう真っ黒と形容しても良い危険な色合いだが匂いは良い感じ、しっかりメイラード反応が起きている。

 そこにたっぷり塩を足して味見をしてみると・・・おおっ!『けっこう醤油』している、ケッコーマンと名付けよう!

 この醤油作成こそ、隠しミッションだったと言って良いだろう。俺に取って醤油の無い生活もまた耐え難い物だったのだ。

 しっかし、この醤油コスト凄いよな? タンパク質は豆、糖分は玉ねぎみたいに熱すると甘くなる野菜で代用出来ないもんかな? 今回は一緒に食っちゃうけど残りカスみたいな黒っぽいミンチも出来るし。

 肝心の鶏肉本体は、鍋を被せて鍋の上から炭やら薪で過熱する、蒸し焼きに成ったらいいなーぐらいの気持ちだ。三十分ほどで開けてみたらちょっと危険な気がしたので追加で二十分。

 一回開けちゃったのもあって、蒸し焼きって感じじゃ無くなったけど皮もパリパリで結果オーライでは無かろうか? 解体にも使ったナイフをキッチリ洗って切り分けて、ケッコーマンさんを振りかけてさぁ実食。

 

「おおおおぉぉぉぉ」

 

 美味ーい、うまいぞー、これが肉だ! 醤油だ! 焼き鳥だー!

 ナイフで切る、頬張る、噛み締める、美味い。それの繰り返し、時折内臓の取り漏れが有ったのはご愛敬か? 大きいと思った丸焼きが見る見る小さくなる。

 

「ケプッ」

 

 結局一人で殆ど食いきってしまった、いやー満腹満腹、余は満足じゃ。

 満腹のお腹をさすりながら考える、こりゃー成人の儀もいけるんじゃないかと。

 成人の儀、それは生誕の儀をこなした子供が次にこなすべき試練だ。ってか生誕の儀は試練でもなんでもないので実質、成人の儀が最初の試練だ。

 成人の儀で初めて大人として認められる。エルフの中では生誕の儀前は生まれてない扱いで、生誕の儀の後から成人の儀までが子供、成人の儀以降が大人と言う訳だ。

 その内容は簡単に言うとお使いだ。エルフの祠って言う聖地の一種まで行って帰ってくるだけ。

 問題は昔は祠と町が近かったのだが、都が遷移した際に祠が遠くなってしまったと言うのだ。迷惑な事だがそのお陰で八歳で行うと言う年齢制限が緩和され、十二歳までに行えば良いと変わったのは有難い。

 近所の商店街へのお使いが隣の県まで自転車で冒険に変わった感じだろうか?

 いや、エルフは育ちが早いと聞く、それで十二歳って事は話以上に危険な道のりと考えた方が良さそうだ。ってか二年前みたいに巨大猪に発見された瞬間に詰む。

 何か必殺技が欲しいな、レーザーとか? いや逃げる為に兄様がやってる木の間を飛ぶように移動する魔法が良いんじゃないか? 教えて貰おうか、今なら何でも出来る気がする。

 

 しかしこのままでは眠ってしまうなと立ち上がろうとした時だ、急に眩暈がした。

 

 え? と思った次の瞬間、のどの奥、胸に近い所に激痛が走った。景色が歪む、立ち上がった筈が横になっていた、倒れたのだと理解するのにも時間が掛かった。

 

「あ゛ぐぅ」

 

 声も出ない、のどが痛い、歪む世界がゆっくりと暗くなっていく…………

 

 

 

 

 どれぐらいだろう、長い間、のどが、頭が、目が、お腹が痛いと、壮絶にのたうちまわった気がする。

 真っ暗な闇の中で痛みと苦しみだけが何度も襲ってきた。

 このまま死ぬのか? 俺は鳥を食って食あたりで死ぬのか? そんな間抜けな死に方で良いのかよ? 何のために覚悟をしてこの世界で一人の女の子の命を乗っ取ってまで生きて来たんだよ。クソッ、クソッ。

 

 ……痛い、痛てぇ、くるし、つらい。

 

 暗闇の中誰かの声が聞こえた、誰だよ? 誰が俺を殺すんだ? 誰が俺に嫌がらせみたいな不幸を持って来やがるんだ?

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

 

 セレナ、妹か。セレナだったら良い、騙されたって裏切られたって構わない。

 セレナの所に行こう、セレナが死のうって言うのなら死んだって良いんだ、セレナの所に行こう。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「セレナ?」

 

 目の前に泣いてる妹が居た。

 

「お、お姉ちゃ! お姉ちゃん!」

 

 セレナが抱き付いてくる、重い、二年でセレナも大きくなった。俺は何日寝ていたのだろう、自分の腕が痩せこけて見える。

 

「お姉ちゃん四日も目を覚まさなかったんだよ、苦しそうにずっとうなされてて」

 

 四日か、流石にそれだけ一切の意識も無く寝込むのは、最長記録かも知れない。

 今までは仮死状態かと言うぐらいに静かに眠って三日と言うのが多かったから、うなされての四日は珍しい。酷い消耗をこの身に感じる。

 

「あの、お姉ちゃん、だ、大丈夫?」

 

 心配するセレナに大丈夫と答えようと思ったとき、ふと鏡が目に入った。

 ベットの上に誰かいる、誰だ? と思ったがベッドの上に居るんだからそれは『俺』に決まっているのだ。ただ、俺は俺が俺だと認識できなかった。

 セレナは俺が鏡をみて固まったのに気が付いた様だ、鏡と俺を見比べて笑って見せた。

 

「大丈夫だから、セレナはお姉ちゃんの髪の色が変わっても気にしないから」

 

 そう、鏡の中の俺は、髪の色が、妖精と例えられた銀髪から輝く様なピンク色に変わっていた。ピンクシルバーとでも言うか、アニメでも中々居ないような派手な色合いと言えよう。

 よく見ると目まで、いや右目だけ銀からピンクに染まっている。虹彩異色症(ヘテロクロミア)、これまた中二病的な因果を背負っちまったな。これ治るのかな? 治んない気がするな……

 話を聞くと、狩猟小屋で気絶してるのが見つかってお屋敷に引っ張って来られたと、どうもやっぱり監視してる人が居たらしく、なかなか出てこないから踏み込んだら気絶してましたと。

 発見したのは御側付きとして長いピラリスだったので、初めはいつもの事と思ったらしいのだが、珍しく俺がうなされている、……で傍には鳥の残骸が有るんだから。

 

「こいつ食ったな」

 

 とバレて、毒にでも当たったかと思い慌ててお部屋に連れて来たらしい。

 後で調べると、ブーブー鳥も魔獣の一種とする説が有り、だとするとこの髪と瞳の色の変化は魔獣の肉に依る『変化』の一種なのかもしれない。

 

 角が生えたりしなくて良かったと思えばいいのだろうか?

 

 もちろんこの件で俺は家族総出で猛烈に怒られ。二度と獣肉を狩って食べないと約束させられてしまった。当然であろう。

 一方で、心配していた髪と瞳の色だが。

 

「ゼナが赤髪だったのだからその血が出てきたのではないか? ゼナの子が銀髪な事の方が不思議だったのだが、途中で色が変わるとすれば納得だ」

 

 と父様に言われて、俺も深く考えすぎていたなと、えらく納得した。異世界なんだし、成長と共に髪色が変わる民族とか居ても不思議じゃ無い。

 

 参照権で見る母は見事な赤髪だ。そう考えると、金髪の父との間にピンクゴールド? ピンクシルバー? 似たようなもんだな。そんな色の娘が生まれるのは納得感がある、遺伝子的にはどうか知らね、異世界バンザイ!

 

 しかし、本当に驚くべきは鏡で測った数値の変化だった。

 

 健康値:6

 魔力値:126

 

 四日もうなされたのだから健康値6は解る。問題なのは魔力値の伸びだ。

 この歳の伸びとしては異常なレベルで、既に一般的な魔力の平均ぐらいに到達した。これは変異? の影響なのだろうか? 結局これも解らず仕舞いとなるのだった。



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成人の儀

 アニメキャラみたいなピンク髪 変異事件の後は何事もなく冬も終わり、春が来た。

 

 春は妹の生誕の儀だ、姉に演劇じゃないとダメと言ってしまったので、長老は今更、「妹は純エルフだから朗読でも良いよ」と言える筈もなく儀劇となった。

 

 ま、そんな理由がなくともお姉ちゃんに憧れたセレナは劇をやる気満々だったのだから頼もしい。

 

 となればお姉ちゃんが一肌脱ぐしかあるまいと、セレナが演じる母パルメの姉にあたるパメラの役をこなすつもりでいた。

 姉妹いっしょに花冠を編む光景は、もう開幕から観客が萌え死するに違いないと期待に胸を膨らませていたのだが……髪がピンクになってしまったので丁度良いとばかり、今回も俺は生みの親である赤髪のゼナ役となった。

 

 ただ、パルメ視点で物語を編纂するならゼナはほんのチョイ役だ、でっかい蛇と戦うときになんか居たかな? 程度。絡みはラストシーンぐらいで、それまではゼナとエリプス王の仲が進展していく様をヤキモキしながら「嗚呼どうして私じゃダメなの!」と言いながら一人でポエムを読むシーンが多い。

 

 ちなみにポエムは母パルメが日記に書いた当時の貴重な資料を公開してくれた。正直妹様が困ってる様を初めて見た、可愛かったので良しとしよう。

 

 今回、なんと奇跡的にスキャンダルを乗り切ったゼスター氏のエリプス王の再演が期待される向きも有ったのだが、当然お断りして、マーロゥ少年のリベンジの機会となった。

 

 いや、もうマーロゥ少年は少年じゃない、十歳となり既に成人の儀をこなしたのでマーロゥ氏と言うのが正しい、でも本人は「これをやり切らないと大人になったって両親に報告できない」と凄い力の入れようだった。

 

 そんなこんなで終わってみれば、パルメ視点で当時の資料(ポエム)を交えながら語られる新しい物語は観客に大受けだった、新しい演目になりそうだと聞いている。勇猛な男性が複数の女性と紡ぐ物語ではなく一途な恋に翻弄される女性の物語なので女性受けが良いそうだ。ま、妹セレナは普通より大分頭が良いので失敗は有り得ないから、そもそも不安は無かったのだが全く緊張しないのがやっぱり凄いなと驚いた次第。

 

 やっぱり家の妹が一番かわいいのだ。

 

その後は、夏は別荘、秋は収穫、冬は弓とか楽器のお稽古と言うサイクルで次々と季節が巡って行った。いやお稽古は他のシーズンもやってるけど、冬は他に何も無いのでお稽古が長いと言うだけなのだが、俺にとっては生き死にに関わるので歯を食いしばって全力で取り組んでいる。唯一の問題は宮殿の図書館の本を読み切ったぐらいだ。

 

 あとはちょいちょいと公式行事への顔見せイベントが挟まったり、なんだかんだチーズは結構普及しだしていて、刻印された俺の横顔のマークがブランド化している。飲み屋のつまみの定番になったみたい。

 

 

 そして、あっと言う間に時は流れ11歳の冬が来た。

 

 健康値:17

 魔力値:213

 

 健康値は微妙な所だが、魔力値213はエルフとしてもかなり多い。そしてこの冬、俺は成人の儀に挑戦する。

 

「さぁ! 行きましょうお姉様!」

 

 そう、セレナも一緒……一緒なのだ!

 セレナだってもう八歳。成人の儀に行ける年齢だ。普通に考えたら俺がセレナの面倒を見るべきだが、おそらく両親の狙いはセレナが俺の面倒を見る事だろう。

 そのために俺の成人の儀をギリギリまで遅らせたと見る。

 ってか、今朝見送りの時に割とハッキリ言われた、「セレナとはぐれるなよ」……と。お姉ちゃんの信頼感ゼロ。

 そんなセレナの健康値、魔力値は? ジャーン!

 

 健康値:22

 魔力値:2126

 

 は? 意味が解らん。なんだよ2126って。

 俺は本を相当読んだ、常識も学んだ。前世で統計の基本だって何となく知ってる。

 

 ――で、この2126って数字。控えめに言っても化け物である。

 

 歴史に残るような大魔法使いでも魔力値を1000の大台に乗せるかどうか。

 2000越えと言うことはその倍、しかもセレナはまだ八歳である。

 筋力みたいなモンで、魔力だって鍛えれば伸びるし、専門の教育を受けている王族の魔力は軒並み高レベルになる。

 それにしたって十倍。重ねて言うが、俺の魔力だって多い方である。十倍と言うのは個性の枠に収まるレベルじゃ無い。

 この異常さを例えるならば、握力400kgの人間が居ました位の衝撃だ。

 

 ……そこでふと思った、人間じゃなければ?

 

 たとえば人間の祖先は猿だと言うが、ゴリラやチンパンジーの握力だったらどうだろう? 400kg、不自然ではないんじゃなかろうか? ひょっとしたら妹は魔法が得意と言われるエルフの更に先祖返り的な存在?

 

「お姉ちゃん? どうしたの?」

 

 いけないいけない、セレナを不安にさせてしまった、全然成長していないな俺。

 

「何でもないのよ、セレナがなんであろうと、私はセレナの味方だからね!」

「うん、わたしも! わたしも、お姉ちゃんがどうなろうとセレナはお姉ちゃんの味方だから」

 

 いやー可愛い。ゴリラどころか天使じゃないか? 天使だとすれば魔力が高いのも納得、オールオッケーである。

 じゃあ、行きますかと魔力を込めて言葉を紡ぐ。

 

「よーし、じゃ、行こっか!『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」

 

 これは移動に風の補助を乗せる呪文。矢に風の祝福を乗せてスピードアップさせたのを自分に掛ける訳だ。

 一歩間違うと危ない魔法だが上手く使えばお兄様みたいに木を蹴っ飛ばしながらピンポン玉みたいな高速立体機動が出来る、

 まぁそこまで頑張らなくても今回は魔法をかけた上でちょっと急げばだいじょ……

 

「ねえ、お姉ちゃん? お空飛んじゃダメ?」

 

 え? っと思わず妹を見てしまう。

 そう、妹は膨大な魔力量に物を言わせて飛べる。それはもうギュンギュン飛べちゃう。でも、俺はそんな魔力の使い方をすればすぐに燃料切れで墜落してしまう。うーんお姉ちゃんには無理かなー?

 

「大丈夫、魔力の制御、すっごく練習したから、お姉ちゃんと一緒に飛べるよ!」

 

 セレナは嘘も誇張も言わない、つまり俺と飛ぶために必死に練習したのだろう、となればもう断ると言う選択肢は無い。大丈夫だ、万が一墜落してもセレナと不時着するぐらいの魔法は使える、多分。

 しかしなんでだろう? 前世でバターを塗った面から緊急着陸を決め、絨毯をべたべたにしたトースト君の姿が思い出されてしまうのは。良くない、良くないよ! フラグは断ち切る物。

 

「解ったわ、じゃあ私はどうすれば良いのかしら?」

「えと、セレナにギュっーっとしがみついて」

 

 身長が20cmも低い妹にしがみつく図、どう見えるだろうか? まぁとっくに王都を抜け、人気のない場所だからどうでも良いのだが。

 

「じゃあいっくよー『我、望む、疾く我が身を風に運ばん、指差す先に風の奔流を』」

 

 呪文が終わるや否やギュンっと加速を感じ、気が付くと木々が小さく見えるまでの高度に上っていた、しがみつく手にじっとりと汗が滲む。空気抵抗でギャーってなる覚悟をしていたが風の加護なのか抵抗が一切無い、それはそれで怖い。

 

「うーんあっちの方かな? どう思う? お姉ちゃん?」

「北の方角だから合ってると思うわ」

「よっし、じゃあしゅっぱーつ」

 

 魔力の流れで何となく方角は解るし、それを利用した魔導コンパスも存在するのだが、魔力溜まりとかで狂う事もまま有るのだ。太陽の位置で方角を判断するのは数少ない俺の役目だろう。

 セレナが北を指差すと凄い勢いで加速し、同時に景色が途轍もない速度で流れ落ちて行く。驚いた事に思ったより快適だ、目が慣れてくれば流れゆく景色を見る余裕まで有る。冬の景色なんて、と思っていたが空から見ると美しい。

 

 冬もそろそろ終わりになる、南の方から春が迫っているのが解る。妹の溶接バーナーみたいな魔法でギャーギャー言っていたのからもう六年も経っているのだ、セレナも成長している。俺たちは古代のエルフの都へと一路、北へ飛んで行った。

 

 

 ……成人の儀がなぜ大人になってからなのか。

 ただのお使いで成人の儀なんて訳は無かったのだ、調べるとエルフの祠って奴は、暗い洞窟の奥の奥にあるらしい。

 

 俺たちは早くもその洞窟の前まで来ていた。

 文字通り飛んできたのだ、それこそあっと言う間だった。それに魔導コンパスは古代の王都を示す様に出来ているのだから迷う要素すらゼロなのだ。

 キッチリと王都を指し示すコンパス。謎システム過ぎる……

 いや……魔力の中心に王都を建てたと考えた方が自然か? そんな事を考え込む俺にセレナが元気に声を掛ける。

 

「でっかいね、お姉ちゃん」

「そうね、大きわね」

 

 洞窟と言うが入り口は神殿の様ですらある。二体の巨大なエルフ像が洞窟の脇を守るように仁王立ちしている様は圧巻だ。

 

「動きだしたりしないわよね?」

「ふふっ動いてもセレナがやっつけてあげます!」

 

 妹は冗談だと思ったようだが、巨像を見るとゲーム脳が刺激される。歴史を感じる建造物に思わず、「これ近づくと動き出す奴だよな?」と思ってしまった。ってかセレナだったらコレが動き出しても普通に倒しそうで怖い。

 

「頼もしいわ! 頼りにしてるからね、セレナ」

「うん!」

 

 手を取って二人で歩き出す、真っ暗な洞窟に足を踏み入れた。

 

 

「『我、望む、我が身に光の輝きを』」

 

 暗くなってきたので光の魔法を使う、自分の体がうっすらと発光する魔法だ。ちなみに妹は光の弾を手の上に浮かして転がしている、俺は万が一を考え、片手が塞がるのを嫌った格好だ。

 

「光ってるお姉様綺麗……」

 

 お姉様頂きました! 二人の時にお姉様呼びは結構レアだ。溢れ出す神々しさに感じ入ったご様子、実際に光ってるんだけど。

 

「もう、馬鹿な事言わないの! 行きましょう」

 

 行くんだぜー

 洞窟の中は魔獣だらけ……って程も無かったが、でっかいネズミがそこら中にいて怖かったり。でも、それをひたすら魔法で殺していくセレナの方が怖かった。

 

「『我、望む、この手より放たれたる風の刃を』」

 

 呪文は同じ呪文を繰り返していると省略できるらしく……

 

「『我、望む、放たれたる刃を』」

「『我、望む、刃を』」

 

 どんどん短くなる呪文でサクサク倒していく、ってかここまでお空を飛んで来てるんだよ? 妹様の魔力は無限か?

 

「あ、『我、望む、この手より放たれたる、強く大きく熱く疾い、炎と風の鋭き刃よ』」

 

 セレナが本気っぽい呪文を唱えるとギュンっと勢い良く逆巻く炎の刃がカッ飛んで行く。

 

 ――ザクザクザク!

 ブモオォォォォォォ!!

 

 ひどい音がして魔法が向かった先を見てみると……

 

大牙猪(ザルギルゴール)!」

 

 左右に分割された巨大な猪の死体が出来上がっていた。

 え? あんなの居るの? 俺一人で来てたら詰みだったんじゃない?

 今でもハッキリとコイツに追いかけられた事はトラウマだ。と言うか誰だってこんなのに追いかけられたらトラウマだろう。

 魔獣だらけの森で過ごし、並の魔獣では動じないエルフであっても、前世で言う「熊が出た!」ぐらいのインパクトを与える力がこの魔獣には有る。

 それを一撃で真っ二つにするセレナの魔法がいかに常識を超えているかって話。

 流石のセレナもこの魔獣には驚いた様子で、

 

「最近この辺り魔獣が多いから注意しなさいって、母様も父様も言ってたけど、凄いのが出たね……」

「ううっ、こんなのがいっぱい居るなら、姉さんだけではとっても無理だわ」

「大丈夫! セレナが居るから!」

「ありがとう、セレナ」

 

 セレナの頭をなでる、もう完全におんぶに抱っこだ。

 ってか、コレも俺の運の悪さの所為かな? そうだよな、だってこんな魔獣が闊歩してたら十二歳以下の子供が幾ら束になっても全滅でしょ。王族以外は友達とグループで儀式に臨むって言うけど、子供が何人居ても無理だよコレ。

 

 更に進む、洞窟と言っても岸壁をくりぬいて人が作ったものなので、石畳に壁もブロックが詰まれていて洞窟って言うよりもダンジョンと言うべき内装だ。

 

 宝箱とか探したくなってしまうが、お宝は祠に有る宝玉だ。って言っても価値のある物では無く、祠に行きましたよって証の意味しかないビー玉みたいなモノなんだけどね。

 

 俺もネズミぐらいはと魔法を使って駆除していく、たまに狸みたいのも出るので弓も使って行く、ってか狸でも前世の猪ぐらいのサイズが有るのな。

 そんな俺を「うふふ」と嬉しそうに見ててくれる妹可愛い! 抱きしめたい!

 

「姉様頑張って!」

 

 応援された! 頑張らないと! でも洞窟に入ってからなんとなく気持ちが悪い、湿度とかなのかな? 逆にセレナは興奮に頬を染めて元気いっぱいと言う感じ。

 そうこう言ってる内に、祠の有る広間までたどり着いた、流石にしんどい道のりだった。

 

「あ、もう祠だね」

 

 妹様は暴れ足りない模様、普段より三割増しで元気だ。

 俺はただただ荘厳な威容に圧倒されてしまう。岩壁をくりぬいてこれだけの空間と建物を作ったと言うだけで物凄い。

 

「うわっ、凄いわ! 歴史を感じる建造物ね」

「そうだね、あ、もっとよく見てみよう!『我、望む、この手より放たれたる光の奔流よ』」

 

 セレナの放った魔法で祠の広間に光が満ちる、洞窟の中と思えない程広い。

 表にあった巨大な像もあるし、祠自体に細かい文様が彫られている。壁には何か意味あり気な幾何学的な模様もあるし雰囲気バッチリだ、雰囲気があり過ぎて普通に怖い。

 

 本を読んだ感じ、エルフの王国の歴史は千年以上有りそうだった、その歴史を感じさせる建造物。この聖地を守るためにエルフは国を作ったとすら言われているのだ。

 

「お姉ちゃん! アレなぁに?」

「なぁに? どうしたのー……」

 

 え? 祠の像の後ろから巨大な、巨大ななんだろう? ハルキゲニアみたいのがのっそりと姿を現した。いや、あんなの本で見た事有るぞ? それこそ本で何回も見たえーと

 え? マジ? アレ?

 

王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)!!!!」

「え! アレがそうなの!」

「セレナ! ゆっくり逃げて!」

 

 エリプス王こと家の父上は普通に強い。あの兄様よりも強いって言うんだから相当だ、それが討伐に失敗し返り討ちに有った事もあるこの森で最強の魔獣。

 もうこんなの成人の儀どころじゃないだろ。普通に軍隊出動レベルの事態だよ、とっとと帰って報告しないと。

 

「うん、あ! 来た!」

 

 速い。うじゃうじゃ有る足でビデオの早回しみたいな速度で、気が付いたら目の前に居た。

 

 ――ギュルゥゥゥゥ

 

 変な音がしたと思ったら白い糸が体に巻き付いていた、蜘蛛だから糸だと言われているが、間近で見て解った、これ糸じゃない! 胸の辺りから生えた触手だ!

 

「ぐ、ぐぅぅ」

 

 息が漏れる、締め付けられている、苦しい。

 

「おねーちゃんを離せ!『我、望む、この手より放たれたる、強く大きく熱く疾い、炎と風の鋭き刃よ』」

 

 無駄だ、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)が最強の魔獣と言われているのは強い魔法への耐性が理由だ、セレナの魔法は魔獣のパーソナルスペースでかき消され……

 

 ――ギョォォォ

 

 ……結構効いてるな。

 焼き切られた胴体の一分がピクピクしている。

 ブヨブヨとした軟体の体は魔法を打ち消し、斬られても再生すると聞いていたのだが……やっぱ、セレナの魔法凄すぎるんだな。

 でも、セレナとしては真っ二つに切断出来なかったのはショックみたいだ。今まであの魔法で倒せない敵など居なかったのだろう。

 

「う! うぅぅ!!」

「あぅ! セレナ! お願いだから逃げて」

 

 なんとか声を絞り出す。でもセレナは諦めない。完全に俺は邪魔してるだけだ、情けなくて涙が出る。セレナを守るなんて出来ないかもと思ってはいた、でもセレナに守られる事すら満足に出来てない。

 

「お姉ちゃんを離せ! このぉ『我、望む、大気に潜む燃焼と呼吸を助けるものよ、寄り合わさりて、大いなる業火となりて強き炎を生み出せん』」

 

 あ! 俺が昔教えたガスバーナーの魔法。

 だけど今回は『ささやかなる種火』じゃない! 全力で出すつもりだ!

 

 ――ゴオオオォォォォォォッッッ!

 

 セレナの手から極太のレーザーみたいな青白い炎が噴き出す。

 

 ――ギョオオォォォン

 

 盛大な鳴き声、唸り声、触手も燃え上がり俺は解放される。振り返って、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)を見てみると……滅茶苦茶燃えてらっしゃる。

 

 ……エルフの王国を揺るがす程に魔法防御が強い、とは何だったのか。

 

「やったよお姉ちゃん!!」

「逃げるわよ!」

「え? もう倒したよ?」

 

 確かに、信じられない事に妹は一人、どころか俺のようなお荷物を抱えて、神話級の魔獣を討伐して見せた。凄い!

 でもその魔法、洞窟で使っちゃ駄目なんですよ。

 

「アレぇ? 目が」

 

 酸素が無くなるのだ、ふらつくセレナを抱える様に広間の出口に走り、風の魔法で空気を取り込んだ。

 

「『我、望む、大いなる風の奔流を』」

 

 空気が取り込まれて一息付いた。

 

「やったね! お姉ちゃん!」

「そうね、やったわね」

 

 でもこんなので良いのだろうか? ずっと俺は妹に頼りっぱなしのダメダメなお姉ちゃんだ。

 

「ごめんねセレナ、お姉ちゃん、ずーっと足を引っ張ってばかりで、駄目なお姉ちゃんでごめんね」

 

 すまん、本当にすまん、なんでこうも格好付かないんだろうなぁ……

 

「だいじょーぶ、おねーちゃんはずーっと私が守ってあげるから!」

 

 可愛いーーーー

 うーん可愛い子ぶった言い方で、狙ってる感有るけど其れがまた可愛い。

 もうどう考えても世界一可愛いだろうが! もうーお姉ちゃんセレナに一生守ってもらう!

 嘘、流石に頼りっぱなしは駄目。お姉ちゃんも頑張らないと。

 

 落ち着いたところで、宝玉を回収して家路についた、帰りは特にイベントは無かったが流石にセレナも魔力が無いのか飛ばずに、手を繋いで二人で帰った。

 

 

 帰ってから王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)の報告をすると、皆に心配と驚きをもって迎えられた。

 

 中にはエリプス王の物語は終わっていなかった! 受け継がれているんだ! と興奮さめやらぬ人々も現れて、王宮は大騒ぎとなった。

 

 事の顛末は春の俺の誕生日に大々的に報告されるらしい、何と言うか妹の手柄が十割なんで妹の誕生日にして欲しいのだが、俺の誕生日と妹の誕生日が近いので一緒にやってしまおうと言う事らしい。

 

 準備の都合も有るらしいので良いとして、成人することで正式に俺は、ユマ・ガーシェントとなったし、セレナもまた、セレナ・ガーシェントとなったのだ。

 

成人すると子供扱いはされない、つまり公務やらで働く必要も出るし、親が望むと有れば結婚させられる事も有る。王宮が血筋を維持するには必要な事だ。

 そして、王家の人間が成人した際、自分を象徴する魔道具を一つ与えられる、国宝クラスの凄い魔道具だ、ただ毎年一つは王室御用達として納品されるのでそこまで貴重なアレではないのだが性能はトップクラスの魔道具がいただけるハズ。

 

 セレナに贈られたのは巨大な宝石があしらわれたブローチだ、なんと一つだけ魔法を保存できると言う途轍もない物で、最近開発された魔道具で、貴重な宝石を惜しみなく使用したと言う事だ、なんでも保存出来ると言っても強過ぎる魔力を込めると壊れてしまうらしいので、両親としてはセレナに魔力を程ほどにキープする練習をして欲しいのだろう。

 

 狙い通りセレナはおっかなびっくり、ちょっとずつ大切そうにブローチを撫でながら魔力を込めていた。

 

 俺に与えられたのはキラキラと派手に輝く王冠だ、いや、王冠じゃないんだけどそうとしか見えない感じで大分偉そうな、テンプレみたいなお姫様が被ってる様な奴、凄い豪華な見た目で被って鏡の前に立ってみると、我ながら凄い偉そうだ。

 

「これは? どんな魔道具なんですか?」

「これはな、健康値計だ」

「へ?」

「健康値計だ」

 

 いや、お父様? 授与式前の内々での受け渡しとしても冗談はキツイですよ?

 

「何代か前に、不健康な姫に贈られた冠だ、その姫は健康を気にしながら長生きしてな。それにあやかって健康値計の魔道具の機能を付与した物だ、魔道具としては貴重な品じゃないが豪華な見た目になっている、元々国宝だからな、使っている金や宝石も安い物じゃない、むしろ純粋な貴金属としては一財産だ」

 

 あ、そう言う事ですか。あー魔道具で無双って線も無さそうですね。

 

 俺が手にした王冠の内側に表示された、

 健康値:15 魔力値:220 と言う表示を見てぼんやりそんな事を思うのだ。




そろそろマッタリ期間が終わります。


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絶望の朝

やっと物語が始まります


 季節は春、もう俺は十二歳になる。成人も果たして、俺は家を、王宮を出ようと思っていた。

 

 そりゃそうだ、俺の魂のもたらす『偶然』と言う不具合は、他人を容易に巻き込む。このままじゃ田中と木村の二の舞だ。

 それに……この国に留まっていたって、俺の人生は変わらない、どうせ何時か死ぬ。王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)をあっさり倒す様を見て、それこそセレナが守ってくれるなら……とも思った。でも、それで何とかなるなら、神は俺をセレナとして転生させたハズだ。

 

 きっとそれでは駄目なんだ。単純な力でどうにかなるなら、いっそ俺を王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)みたいな化物に転生させるぐらいの事は、とっくに試したに違い無い。

 かと言って、皆に同情されるヒロインらしい因果律を集めるって言われても、いまだに何をするべきかは解っていない。でも、動かなければ確実な死だ。それも大切な家族を巻き込んで!

 

 本当はもっと早く旅に出るべきだったのかもしれない。でもせめて大人として、成人の儀をこなすまではと思っていた。

 正直、今でも外の世界で生きていける自信なんてこれっぽっちもない。体はマシになったけど、丈夫とは言い難いし、本はいっぱい読んだけど、所詮は世間知らずのお姫様。

 何より、魔獣だ。ちょっと外を歩いただけで魔獣が出てくるこの世界、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)はもちろん、大牙猪(ザルギルゴール)だって、俺じゃ全く歯が立たない。

 それでも、あんな規格外の魔獣でなければ、何とか逃げる事ぐらいは俺だって出来るようになったと思う。

 

 ああ、でも家を出るなんて言ったらセレナは泣くかな……俺も泣くかもしれない。でも、それでも俺はココを出ないと、このまま漠然と生きて、やっぱり殺されましたじゃ、田中にも木村にも、本当のユマちゃんにだって顔向け出来ない。

 皆の反対を押し切って国を出た途端に、大牙猪(ザルギルゴール)にいきなり殺されるかもしれない。でも、それでも行かなくちゃ、1%でも皆を巻き込む可能性が有るなら動き出さないと。

 

 朝が来たら、両親に、兄様に、セレナに打ち明けよう。でも、なんて? 神の使命が有るって言うか? 嘘じゃないよな? 実は俺はユマちゃんじゃなくて体を乗っ取った『高橋』なんですよーってか? ……言えるかよ、俺はもうユマでもある、説明出来る気がしない。

 ああ、でもセレナには、セレナにだけは全部話しても良いかも知れない。それで怒られて、殺されたって、悪くない人生だったと言えそうな気がするんだ。

 

 

 

 そんな事を考えながら俺は眠りについたんだ、きっと幸せな朝が来ると信じて。

 

 

 その日は爽やかな朝だった、こんなに気持ちよく目が覚める事など今まで有っただろうか?

 

「ふあぁぁ」

 

 あくびをして枕もとの王冠を握る、日課の健康値チェック

 

 

 健康値:30

 魔力値:50

 

 

 …………は?

 

 まさか壊れたか?

 マズい、貰って数日しか経ってないんだぞ? しかも正式に()()されるのはまだ先。成人の儀完遂のお披露目の場での事だ。こんな一瞬で壊したとあっちゃ、どんだけ乱雑な姫と思われるか解ったもんじゃない。いや、これ初期不良だろ? クーリングオフだ! クーリングオフ!

 

 内心パニックになりながら、慌てて鏡に駆け寄る。慌て過ぎてローテーブルに蹴躓き、テーブルの上の文房具や賞味期限が切れたチーズをぶちまけるのにも構わず、健康値を確認。

 ……それでも結果は同じ、俺は混乱の極みに陥った。

 

 何が起こった?

 俺がまず疑ったのは体の『変異』だ。しかし見た感じ、姿はどこも変わっていない。

 

 ――ピィィィィィィィィ

 

 笛の音が聞こえる、笛? 警笛だ! 緊急事態が起きている。

 寝ぼけた頭が一瞬で冴える。慌てて窓から外を覗くと、王都では見たことがない程、濃い霧が出ていた。

 そして『燃えていた』。

 王都が、燃えていたのだ!

 

「敵襲! 敵襲ぅ――」

 

 切迫した叫び声。まさか……と思った、何かの冗談ではと。

 エルフの歴史は千年以上。その歴史の中には巨大な魔獣が群れをなしての侵攻だって一度や二度じゃ無い。それでも王都は健在だった。エルフは程度の差こそあれ、全員が人間が言うところの魔法使い、国民皆兵どころか全員が兵器なのだ。

 王都と言われながら、碌な堀も、壁も無い。有るのは魔獣除けの簡素な結界と柵のみ。

 それでも構わないのだ。堀や壁など作ろうと思えばあっと言う間に魔法で作れる。塔を作っても良い、上から得意の弓矢に魔法を載せて射貫いてやればいい。あの威力なら鋼鉄の鎧だって関係なく貫くだろう。

 その王都が燃えている。なぜだ?

 

――とココで思い至った。

 

 魔力値:50

 

 ……まさか?

 俺は慌てて部屋を出て、走る。

 

 ……体が軽い! それも、異常な程に!

 いつもだったら、寝ぼけ眼で衛兵に挨拶をする離宮の広間。そこが今は戦場の様に殺気立っていた。

 

「魔法は使えん! だが、そんなモノが無くても、我々には鍛えた剣と弓がある!」

 

 広間で叫んで兵達を鼓舞する兵士長。その言葉で疑惑は確信に至った。

 あの霧だ、霧の所為で魔法が使えない。魔法が使えないエルフなどひ弱な人間に過ぎない。いや、それどころか兵士が皆、顔色が悪い。コレも霧の所為なのか?

 しかし、確認する暇は無い。何が起こっているのか聞かないと。

 

「ユマです、皆はどうしました?」

「ユマ姫! 部屋にお戻り下さい。セレナ様もパルメ様もお部屋にいらっしゃいます」

 

 それは良かった。……だけど、俺の予想が正しければ、セレナを、妹をこの霧の中に居させるのは危険だ。

 だったら、原因を取り除かなくてはいけない。

 

「いいえ、戻りません」

「何故です!? 」

 

 兵士長は俺が拒否したことが信じられないと愕然とする。

 そりゃ、病弱なお姫様が敵襲だってのに外をうろつくのに、邪魔じゃ無いハズが無い。

 

 ……だけどな、その『病弱』って前提が、まず間違っているんだよ。

 俺が黙っていると、兵士長は俺の腕をとって、無理矢理部屋に帰そうとする。

 

「お戻り下さい! ここは私が守ります」

 

 仕事熱心だ、だけどその手に力が籠もっていない。女の子一人、グイグイと引っ張る力が無いのだ。

 ……それどころか。

 

「『我、望む、この手より放たれたる風の刃を』」

「なっ!? 魔法?」

 

 俺は指先から風の魔法を出し、兵士長の頬を切り裂いた。

 

「魔法が……使えるのですか?」

 

 その傷をそっと撫で、指についた血を確認した兵士長が呆然と呟く。

 

「ええ、私は父様に事情を聞きに行きます」

 

 俺は兵士長の目を真っ正面から見て、そう言った。

 

「危険です! せめて兵をお連れになってください」

 

 どうする? いや、でも時間が惜しい。それに兵士がみんなフラフラなのだ、あんなのが戦力なるとは思えない。

 

「要りません! あなたたちはココを、セレナを守ってください」

 

 この先には母上もセレナも居る、守りは必要だ。でも俺は父様と霧を止めないと!

 

「ユマ様! ユマ様! いけません」

 

 兵士長を無視して駆け出す、やはり体が軽い?なぜだ?

 

 いや一つ思い当たる事がある、図書室の本をありったけ読んだが、魔力が体にどんな影響を与えるかかと言う本だけが不自然に無かった。抜き取られているのでは無いかと、そんな風に思えてならなかったのだ。

 この森は魔獣に溢れている。そんな危険な土地に、どうして優れた種族を自称するエルフが住み続けなくてはならないのか? 資源が豊富なわけでも、森で狩りをして生計を立てている訳でも無い。

 そもそもなぜ魔獣はこの森に集うのか? その理由と原因は同じなのではないか?

 

 ひょっとして、猪が魔獣になったのがあの、大牙猪(ザルギルゴール)なら、人間が魔獣化したものがエルフなのでは?

 

 その仮説が正しいのならば、魔法が使えない事も、ハーフエルフの俺が普段は青白い顔でヒーヒー言っているのに今は体が思い通りに動くのも、エルフの兵士たちが、まるで普段の俺みたいな青白い顔をしているのも……

 

 ……大気の魔力が無いと言う一点で、説明できるのでは無いか?

 

 先程の魔法、本当は大木ですら切り裂く威力なのに、コイン一枚分の小さな風の刃が発生しただけ。

 この霧はきっと魔力を文字通り霧散させてしまうのだ。だからこそ、俺の魔力値が50と少なく出た。

 そして、魔力が奪われる事で兵士達は体調不良に陥り、健康値が無い。だからこそ、俺の放った小さな風魔法ですら掻き消される事がなかった。

 

 この霧を人間が使ったらどうなる? エルフは動けず、人間だけが動けるのではないか?

 

 俺は廊下を走る、走る。

 そして……隠れた。

 

 予感を裏付ける様に、離宮と王宮を繋ぐ通路のそこかしこに敵兵が、人間がうろついていたからだ。

 そしてそれ以上に有ったのがエルフの死体だ、王宮へ至るこの場所には戦闘経験の無い文官が多い。抵抗も出来ずに殺されている。

 王宮へ至る通路はどれもが入り組んでいる。さんざん呪ったこの通路が今はありがたい。勝手知ったる我が家だ、気配を隠そうともしない鉄の鎧をガチャガチャ言わせる人間を巧みに避けて、俺は王宮の中に滑り込んだ。

 

 

 

 ああクソッ! 王宮の中は離宮以上の地獄だった。死体がそこら中に転がっている。それもエルフの死体が圧倒的に多い。

 マズい! 敵の布陣は? 敵はどうやって侵入しようとしている? 敵の本体とかち合わない様に父様の元へ行かないと!

 焦る! 焦る! でも離宮と違って俺は王宮には詳しくない。

 何かヒントは? 離宮と建物の作りに共通点が無いか? 死体にまみれた広間を見回すと、死体の一つと目が合った。

 それは昔、俺の御側付きを勤めていたピラリスだった。何度も倒れる俺を助けてくれたピラリスも元々はやり手の文官の一人、最近は俺の御側付きから復帰して、王宮に勤めているとは聞いていた。

 

 ピラリスの傍に膝を折る、この時まで俺は死を実感出来ていなかった。ゲームのイベントみたいにぼんやりしていたのだ。だってそうだろ? たった一晩で全てが変わってしまったんだ、付いていける訳がない。

 

「ひめ、さま?」

 

 正直、その死体から声を掛けられた時、ギョッとした。

 死んだと思った知った顔が思いがけず生きていたと言う喜びよりも、それだけの怪我でまだ生きているのかと言う恐怖が勝ってしまったのだ。

 それ程の大怪我、もう長くない。だけど俺は聞かなくてはならない、この惨状の原因を!

 

「ピラリス? ピラリス! ユマよ! 何があったの?」

「ひめさま、にげて」

 

 そうだよな、でもこのまま逃げられないだろ! 俺は必死に首を振った。

 

「教えなさい! ピラリス!」

「せんそうです、てきが……せめてきて」

 

 戦争……突然、戦争が始まったのか? そんな事があり得るか?

 

 ……そういえば、一週間ぐらい前に突然軍事演習が決まったのだ。だから成人の儀でも魔獣の間引きが甘く、あんな事になったと聞かされた。

 だけど、本当は演習じゃなく人間が進軍していたと言うのか? 何故そんな嘘を?

 いや、……本を読み漁った俺なら、理由は解る。

 エルフにとって人間の襲撃など、数年に一度ある風物詩に過ぎなかった。何度も何度も散々に蹴散らし、追い返してきたのだ。わざわざ国民に知らせる程のモノでも無かった。少なくとも、今までは。

 

「父様の居場所を、教えて!」

 

 俺がそう言うと、目の焦点も合わないピラリスが、グッと息を飲んで喋った。

 

「エリプス王は謁見の間で戦う準備を、そこまで使用人室にある裏口から繋がっています」

 

 ピラリスの怪我は致命傷だ、出血が多過ぎる。治そうにも魔法が使えない。止血なんて無駄だ、もう手遅れだ! 話せるほうが不思議なぐらいなんだから!

 なのに王の場所を伝える時だけは、シャッキリした昔みたいな口調で教えてくれたんだ。

 

「ありがとう……」

 

 俺は泣いていた。そのまま使用人室へと走る。

 ピラリスを見捨て、父様に会いに行く!

 

「ごぶうんを」

 

 最期の力を出し切った、ピラリスのたどたどしい声を背に、泣きながら走った。顔をクシャクシャにして泣きながら、頭の片隅では酷く冷静な思考が脳の表面を、まるで他人事の様に上滑っていくのを感じていた。

 俺は、ピラリスを治そうともしなかったし、彼女の為に遺言を聞こうともしなかった。ただ聞きたい事だけを聞いて背を向けた、俺は思ったよりも薄情だったんだなと冷静に自己分析をして心が冷えて行くような気がした。

 

 使用人室も死体の山だった。エルフだけでなく人間の死体も有った。そいつが握っていた剣を手に取って振ってみる。

 

 軽い。

 

 これなら振れる、殺せる。

 暗い喜びに震えながら、蛮勇を発揮しない様にゆっくりと息を吸う。ともすれば敵に向かって特攻しかねない自分の精神状態を自覚する。

 それでも剣を手放せず、部屋から部屋に渡り歩いた。

 使用人室は幾つかあるのだが、それらは全て繋がっている。もちろん玉座に一番近い使用人室が最も位が高く。玉座に繋がる通路があるのもそこだ。

 

「!?」

 

 ……そこで人間の兵士と目が合った。一人だ、殺気立った目は充血して獣の様だった。

 

「ごきげんよう」

 

 お姫様らしい朝の挨拶。俺は笑った、穏やかに、淑やかに。生誕の儀以来の演技と言えるだろう。

 このとき俺はなんで挨拶なんてしたのか、なんで笑ったのか? 後で考えたってサッパリ解らなかった。ひょっとしたら俺は、やっと殺せると笑ったのかも知れない。

 

「……え?」

 

 殺気立っていたはずの兵士は毒気を抜かれた様にポカンとしていた。俺は剣を持たない左手を挙げて、親しい人に話し掛ける様に、無防備に笑顔で、はしゃぐ様に、近づいた。

 

「さよなら」

 

 で、刺した。

 鎧の無い所を狙って下から上に、心臓を狙った。

 

「あがっ! グッ!」

「…………ごきげんよう」

 

 その瞬間まで俺は笑っていたと思う。兵士は信じられないとでも言う表情でゆっくりと倒れた。

 俺は純エルフ程耳は長くないし、髪もピンクと変な色をしているから、それが原因かもしれない。そんな事はでもどうでも良かったが。

 返り血が飛んだが俺の笑顔は張り付いて取れる事は無かった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 裏から玉座へ至る使用人用の通路だが、今は玉座へ通じる扉には鉄格子が下されていた。

 

「お父様! お父様!」

 

 格子を掴んでその先へ俺は叫んだ。どうやってもこの格子は動きそうにない、こちらからでは絶対に開かないのだ。

 

「ユマか! なぜ来た!」

 

 王座に集う兵たちを掻き分けて、父様が叫ぶ。良かった! 間に合った。

 父様は見慣れぬ青い貫頭衣を被り、腰には大振りの大剣を刷いていた。完全な戦闘モードだと解る。しかし、この状況ではまともに戦いにすら成らないのは明白だ。

 

「霧です! 父様、霧を払わないと魔法が使えません」

「解っている! だが霧を払うにも魔法が使えないのだ!」

 

 そうだ、この国は全てが魔法、魔法が使えないなら? エルフは途端に何も出来なくなる。現代で言うと電気が無いようなものなのだ。

 じゃあどうする? 雨か? 雨が降れば? どうやって?

 

「そうだ! 一旦逃げ出して、王宮と街に火を放ちましょう! そうすれば雨が降るかも、そうじゃなくても霧が晴れるかもしれません」

「それは王として、看過出来ぬな、王都と国を守る者が街に火をかける訳にはいかん」

 

 そうだよな、でもさ、でもよ、じゃあどうしようも無いじゃないか。

 全てを奪われ、殺されるぐらいなら火を放って逃げると言うのも、ひとつの手段じゃないか? そんな風に考える俺はおかしいのだろうか? 『偶然』に振り回されて、常に最悪の事態を考え過ぎだろうか?

 悩んで動けなくなった俺に、格子の向こうからもう一人の家族の声が聞こえて来た。

 

「父上、敵はまもなくここまで来ます、お逃げください」

 

 ステフ兄さんだ、兄さんは血にまみれていた。兄さんも戦っていたのだ。

 その姿をチラリと振り返った父様が、私に尋ねる。

 

「ユマよ、その通路に敵は居ないんだな?」

「ユマ? ど、どうしてこんな所に居るんだ!」

 

 慌てる兄様を無視して俺は答える。

 

「はい、『今は』敵は居ません」

 

 ここに至るまで、全員殺してきた。兄様に負けないぐらい俺は血まみれだろう。

 

「よし、良くやった」

 

 言うなり父様は格子を上げ始める。

 

「父上、ここは任せてユマとお逃げください」

「父様、兄様も!……皆で逃げましょう!」

 

 ステフ兄様は残る気で居るが、俺は皆で脱出したい。

 火は駄目と言われてしまったが、俺はまだ諦めていない。魔力が通っていないなら今の王宮はただの木の塊、燃えやすいんじゃないか? 敵を引き込んで燃やす。火計の一種と考えればやっぱり悪くない、後は脱出の問題だけだが、通路の掃除も済んでいる。

 

 一緒に逃げて再起を図ろう。

 

「ユマ、父上と一緒に行くんだ! 良いね?」

「ステフ兄さんは?」

「俺はここで敵を食い止める」

 

 俺の肩に手を掛けて優しく語り掛けるステフ兄様、兄様は覚悟を決めている。でも、その覚悟を曲げて逃げて欲しい。

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

 どんな言葉を掛けようか考えていたら、兄様がこちらに転がってきた。俺まで巻き込まれ、地面に転がるハメになる。

 

「え?」

 

 仰向けに転がって、片足を上げる父様を見上げても、その足で兄様を蹴っ飛ばしたのだと理解するのにしばらく掛かった。

 

 ――ガラガラガラガラ

 

 鉄格子が下りる、父様?

 

「よし、二人は脱出しろ」

「父上!」「父様!」

「王は王の責任を果たさねばならん」

 

 この親父カッコつけてくれる。でも、逃げようぜ? そんなの無駄死にじゃないか。

 

「逃げましょう父様、ここで戦う意味など有りません」

「有るんだよ! 玉座を守れずして何が王か、王都を落とされるエルフ最初の王だ、間抜けと謗られようが最期は立派で有ったと残さねばな」

 

 ああ……父様はもう、覚悟を決めている。

 

「そんな! 父上!」

「行こう、兄様!」

「ユマ? 父を置いていくつもりなのか?」

「セレナを、セレナを助けないと」

 

 自分でも驚くほどの感情の籠ってない低い声が出た。その声に兄様は言葉を失い俯いた。

 そうだ、全てを諦めてでも、セレナだけは助けなくてはならない。

 

 王宮を抜けて、離宮に戻った、途中で出会った人間は、……殺した。

 兄様には分けてあげない、顔色が悪い兄様を助けないとね。

 いつもは、いままでは、ずーっと俺が助けて貰ってきたんだから。

 

「ユマ、お前……」

「何ですかお兄様?」

 

 兄様は何か、恐怖に引きつった顔をしていた、イケメンが台無しだ。

 ただ、二の句は告げなかった。血塗れなのはお互い様だ、言葉で伝えられる事なんてもう無いんだ。

 

「酷い有様ですわね」

 

 離宮の広間まで戻ると、兵士は皆、死体に変わっていた。代わりに溢れかえるのは人間の兵士達。

 先ほど声を掛けてきた兵士長が唯一生きていたが、それも取り囲まれていて、断末魔が響くと同時に死体に変わった。

 最後の獲物を仕留めた兵士達が俺達を指差す。

 

「生き残りが居たぞ! 殺せ!」

 

 この離宮の広間は迂回出来ない。この先にセレナ達が居る。なのにココまで敵が来ている。セレナは? セレナは無事なのか?

 焦る俺の心とは真逆、頭と体の芯だけは、凍える程に冷静だった。

 

「こんにちは皆さん、本日はどの様な御用件でしょうか?」

 

 俺は親しげに手を振って見せる。お客様向けの声が出る。

 

「なに?」

 

 ソレを目にした数人が気勢を削がれ、隊長だろう人物を振り返る。

 

 ――そこに兄様が斬りかかった。

 

「うわっ!」

「クソッ! コイツ強いぞ!」

「数で押さえ込め!」

 

 後は乱戦だ、斬りも斬ったりだ。

 俺は案外戦えた。まず相手はエルフらしくない俺に手加減していた、そして相手の兵士だってよく見ると体調が万全とは言えない様だった。森を抜けて王宮まで乗り込んだのだ、疲れが有ったのだろう。反して邪魔な魔力が薄まった俺は絶好調。

 

 ――でも、兄様は? 兄様は俺と違って純エルフだ、魔力が無ければ他の兵士と同じ、きっと体調は悪かったのだ。

 

 ……そうでなければ、そうでなければアレだけ強かった兄様が負ける訳など無いのだから。

 

 戦っている最中に、剣を突き刺される兄様を見た。俺は、アレじゃあもう助からないなとぼんやりと考えていた。まるで他人事の様に。

 もう俺は、全てがどうでも良くなっていた。気持ち的にはアレだ「なんだよこのクソゲー」って言ってる時に近い、リセット5秒前だ。

 後はどれだけの人間を殺せるかのスコアアタックだ。

 さぁどうだ? 案外、たった一人で人間どもを全滅させられるかもしれないぞ?

 

 ……そんな事が出来るハズも無く。結局俺は組み伏せられて、仰向けに地面に引き倒された。多勢に無勢って奴だ、気持ちはもう「このゲームバランス悪いっすねー」ぐらいのもんだ。

 

 そんな俺に、兄様の最期の声が聞こえてきた。

 

「すまない、ユマ、俺はお前にずっと笑っていて欲しいと思っていた、でも、でも、そんな風に笑って欲しかった訳じゃあないんだ、不甲斐ない兄で……」

「五月蠅い! 黙れ!」

 

 兵士の剣が兄様の胸に突き刺さる。ソレをみて「あ、死んだな」とぼんやり思った。

 

 それに……なんだ? そうか、俺は笑っているのか……

 

「化け物め!」

「人間とバケモノの間の子(あいのこ)とはな! モノ好きも居るもんだ」

「ギャハハハハ!」

 

 下品な言葉を掛けられ、革靴に顔面を踏まれ、それでも俺は笑ってるのか。

 

 ああ、でも仕方が無いだろ? もう笑うしか無いじゃないか、こんなのどうすれば良かったんだよ。

 魔法が有るからって諦めずにチートを模索しておけば? でも何か作るとしても、多分魔法を組み合わせて作っただろうな。じゃあ霧に妨害されて駄目だったかな?

 全て諦めよう。神様だって対処不能の『偶然』に俺が逆らおうってのが無駄だったんだ。

 

 ああ、でも! セレナ! セレナだけは!

 

 ……いやもう駄目か、だったらなるべくセレナと近い所で死にたい。

 

「笑ってやがるぜこいつ」

「イカレてやがる」

「何人も殺しやがって、やっちまっていいですか?」

「ああ、構わん」

 

 そんな下卑た声に混じって、聞き慣れた可愛い声が聞こえた。

 

「お姉ちゃんを! 離せーーー」

 

 セレナ? セレナなのか?

 

「『我、望む、この手より放たれたる、強く大きく熱く疾い、炎と風の鋭き刃よ』」

 

 あぁ駄目だ、駄目なんだよセレナ。魔法は駄目なんだ。霧の所為で全て消えてしまうんだ。

 俺だってちょっとは試したさ、小さな魔法は出るけれどソレだってスグに消えてしまうんだ。きっと王宮も、父様と兄様も、俺も、霧の中に消えてしまうんだ……

 

 だけど、良かったセレナと一緒に死ねる。そう思って居たのに……

 

「ぐぴゃ!」「あべっ!」「びゃ!」

 

 醜い悲鳴が幾つも上がった。

 兵士達の上半身がズリ落ちて、血が溢れ出す。俺の顔面を踏みつけていた足が吹き飛んで、ガツンと部屋の壁にぶつかる。

 

 ……セレナの魔法は兵士をすべてなぎ倒した。

 

「え?」

「おねい……ちゃん」

 

 そうか、普段200ちょいの俺の魔力が50。ざっと4分の1。これじゃちょっとした種火の魔法とかコインサイズの風魔法しか出せない。

 でも、普段2000を超えるセレナなら? 4分の1でも500、魔法を使うに十分だ。

 

「お……ね、いちゃん……」

 

 力なくセレナが蹲る。

 駄目だ。魔法を使わせちゃ駄目だ。

 外から魔力が吸収出来ないから、体内に残った自分の魔力を使っている。

 魔力が無いと生きられないからこそ、エルフにこの霧が毒となる。だったら妹のセレナはどうだ? 人一倍どころか十倍魔力が多いのだ。だったらきっと十倍辛いはずなのだ。

 その証拠に今のセレナの顔色は、ああ、まるでかつての俺じゃないか。こんなに青く、……なんでこんな。

 

「ば、化け物だー」

 

 化け物なんかじゃない、世界一可愛い俺の妹だ。

 

「セ、セレナ!」

「お姉ちゃん!『我、望む、この手より放たれたる風の刃を』」

 

 駄目だ、もう魔法を使っちゃ駄目だ、それは今、命を削って撃ってる魔法だ。

 

「ギャァーー」

 

 兵士の悲鳴が上がる。後ろから俺を切ろうとしたのを……また守ってくれたのか? 良いのに、セレナだけでも逃げれば良いのに!

 

「セレナ!」

 

 俺はセレナを抱きしめる。

 

「逃げよう! 二人で! 逃げよう!」

「お父さんとお兄ちゃんを助けないと!」

 

 俺は、セレナの目を見て……ゆっくりと首を振る。

 

「え゛っ? うそぉぉ、嘘だよね」

 

 俺は、再度、首を振る!

 妹の顔が絶望に染まる、こんな顔、こんなの! 絶対に見たくなかったのに。

 そして、セレナは父と兄を心配した、じゃあ母は? セレナの部屋と母の部屋は近い、つまりそう言う事なんだろ?

 

 クソッ! クソクソクソ!

 

「え゛びぇぇーーーーん」

 

 セレナが泣き出してしまう、セレナは頭が良いんだ、良い子で、聞き分けが良くて、魔法が強過ぎて暴走することも有るけど、わざと悪戯する事も無いし、子供みたいに泣くことなんて一回も無かったんだ。

 だから、馬鹿なお姉ちゃんは泣いてる妹を慰める言葉の一つも知らないんだ。

 

「セ、セレナァ……」

 

 なんで! 俺まで泣いてるんだよ馬鹿にも程が有る、何だよ! 何なんだよ!

 

 ――パァァァン

 

 俺が馬鹿なのが悪いんだ、だからその時その音が鳴ったんだ。

 

 気が付くとセレナは倒れていた。

 

 音のした方へ、俺の首が壊れたカラクリ人形みたいにぎこちなく回った。

 あれは? 歴史の教科書で見た、火縄銃? ファンタジーだぞ? なんでそんなもんがここに有るんだよ?

 

「よし、化け物は倒した、進め!」

 

 殺す! 俺は知ってる、火縄銃は連射出来ない? そうだろ?

 兄の死体に近づいて、躊躇なく兄様の双剣を手に取って走る。

 まだ動く、まだ軽い。

 

 魔力が流れゆっくりと魔剣が起動する。

 

 その時俺は、セレナが魔法を使えたもう一つの理由に思い至った。

 王宮を、王都を、燃やしてでも降って欲しいと思った雨がこの部屋だけには降っていた。

 

 人間の、

 エルフの、

 そして兄様の。

 

 文字通りの血の雨だ。

 

「ヒッ! 来た!」

 

 まず、一息に走り込み銃を持つ奴を斬る。豆腐を切ったのかと錯覚するような手応え。慌てて隣の兵士が斬りかかって来たのをもう一方の剣で受け止める。

 受けたと思ったが、魔剣は逆に相手の剣を切り裂いた。千切れ飛ぶ剣の端が頬を浅く切り付けたのも気にせずに、受けた方と逆の剣で鎧ごと兵士を切り裂いた。

 

 一人、  二人、   三人斬った、取り敢えず、動くものはなくなった。

 

 セレナは? 死んじゃった? 死んじゃったらセレナと一緒に死のう。

 ふらつく足取りで倒れ込むセレナの元へと縋った。

 

「セレナ! セレナ!」

 

 セレナが撃たれたのは太ももだった。致命傷じゃない、でも出血が酷い。剣でカーテンを切り裂いて太ももの付け根を縛る。付け根に物を挟んで血を止める。

 

 俺はセレナをおんぶする、今度は、俺が! 俺がセレナを助けないと、まだ体は動く、王宮を脱出するんだ。



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死地での報酬

 王都からほど近い狩猟小屋、そこに俺達は居た。

 以前ブーブー鳥を調理した場所もそんな場所だったが、今回はキャンプ場化されたそれとは異なる。なにせ離宮からの隠し通路が通じる場所なのだ。

 

 万が一の時のため、王族のみに教えられる隠し通路。そんなありがちな存在が本当にあるんだと、教えてもらった瞬間に凄く嬉しかったのを覚えている。……だけど同時に少し怖かった、ココを使うとしたら俺になるんじゃないかと。

 

 ああ畜生、そういう予感だけは当たるんだよな。

 

 俺は完全に人間に制圧された離宮を抜けだした。エルフ達はこんな日が来るなんて夢にも思っていなかった、だから王宮にはこんな隠し通路は無いと父が言っていた。

 ただ、万が一を越えて、億が一での確率で、何かが起こってしまった時に、隠し通路で家族だけでも逃げて欲しい。そんな歴代の王の気持ちが作らせたと言われる通路、それを這いつくばるように脱出した。

 

 セレナは寝かせてある。太ももに受けた銃弾で出血が酷い、でも傷よりも問題はこの狩猟小屋をも覆う霧の存在だ、セレナは魔力を遮る霧の中では弱る一方。一体何処へ逃げれば良い?

 

 考えを巡らせながらも戸棚を漁る。保存が効く食べ物が並ぶ、乾パンみたいな保存食、ナッツ、乾いた豆、ご丁寧に自分の横顔が焼き印されたチーズが有った。それらを纏めて皮袋に突っ込む、水筒袋も一緒だ、森には小川が多い、汲む場所は少なくない。

 

 問題は魔力の分布、北はエルフの古代都市が有った場所。思い起こすは成人の儀の時の事、今にして思えばあそこはココより魔力が濃いのではないだろうか? あの時のセレナは元気一杯だった、セレナの回復には一番良いかも知れない。

 しかし、まだ冬も開けたばかりで寒い。吹雪でも有れば怪我をしたセレナには命に係わる。さらに言えば魔力が濃いのだから魔獣が多い。しかも時期が悪い、今から北に向かうと丁度冬が開けたばかりで冬眠明けの魔獣が餌を求めて徘徊する時期と重なる。

 

 魔獣も冬眠する個体は多く、冬は魔獣が減る。それでも襲われる俺の不運は図抜けて居ると言えた、それだけに今、北に向かうのは自殺行為に思われた。

 

 次に、東、コレは西から来た帝国、正式名称は確か、セルギス帝国……とは真逆の方向で、東側には帝国のライバルとも言える、ビルダール王国が有るのも大きい。

 ビルダール王国を刺激したくない、そんな思惑が有れば帝国だって東には来られない筈だ。

 ……ただし問題点も有る。森の東側は森林と言うより人を寄せ付けぬ樹海だ。妹を抱えて移動するのは難しいだろう。

 そして深い谷や切り立った山脈に遮られ、そのままビルダール王国まで抜けるのは不可能に近い。

 

 最後は南だ、南に広がる森にはエルフの村も多く気候だって暖かい。手入れがされている分だけ魔獣も少ない。

 こう来れば迷わず南に行きたいところだが、帝国の奴らだって俺らを追っかけるなら南に目を付ける。それに王都を強襲した後、戦端を南に広げる可能性は高い。その時に奴らは当然あの霧をばら撒くだろう。

 

 結局俺は一旦東へ行く事を選んだ、東ならば奴らが追ってくる可能性は極めて低い。

 

 そうと決まればまずは革の水筒をもって近くの小川で水を汲みに出かける。小高い丘になっている狩猟小屋からは王都と王宮の一部が見渡せた。

 

「火は付いてない……か」

 

 苦し紛れに脱出の直前、台所の油をばら撒いて魔法で火をつけてみたが大した成果は上がらなかったらしい。期待はしないつもりでいたが想像以上に落胆している自分が居た。

 

 水を汲み狩猟小屋に帰る。常備された消毒薬と傷薬を用意して(わら)()きのベッドとソファーの中間みたいなものに寝かせたセレナの元へ。

 火縄銃で撃たれたセレナの太ももにはまだ弾丸が残っている、本当はもっと体力が回復してから、せめて霧が無い所で取り出したかったが、まずは早く逃げださなくてはならない。

 

「セレナ、ごめんね」

 

 意識のないセレナの口になんだかよくわからない革を突っ込む、一応消毒したから大丈夫の筈。それからセレナのドレスを捲り上げて患部を露わにする。

 セレナが撃たれたのは太ももの内側、見てみれば大分肉が抉られて、赤黒くなった血に濡れているのが解る。

 

「我慢してね」

 

 患部に消毒薬を振りかける。

 

「ンッ! ンンンッ」

 

「大丈夫? セレナ痛くない? 痛いよね? ごめんね」

「おえ……ひゃん?」

「そうよ、ユマお姉ちゃん、セレナをおんぶして王宮を脱出してきたの」

 

 セレナはボーッとした様子で天井を見つめていた、『全てが夢だったら』そんな事を思っているのだろう。でも全部現実なんだ、みんな、みんな死んだんだ。

 でも、俺にはセレナが居る。セレナにも俺が居ると思ってほしい、セレナだけは守りたいんだ。

 

「我慢してね、体の中の悪いの抜き取っちゃうから

『我、望む、この手に引き寄せられる、肉に埋まりし鉄塊よ』」

「ンンンッ! ウゥゥ、ンゥ!」

「ごめんね! 我慢してね!」

 

 魔法は何とか発動した、体に埋まった鉄を引き寄せるだけ、ただそれだけの魔法が辛い。思った以上に魔法が制御出来ないし、体の魔力を振り絞らないと発動しない。そう言えば魔剣で切るのにも魔力を使ってしまった、兄の魔剣はそれだけ魔力を食うのか。我を忘れて使ってしまった、体が怠く感じ始めたのはそれが原因か、でも妹は、セレナはもっと辛い、血がまた流れてくる、そこに消毒液を掛ける。

 

「ンンンッンンンンン!!」

「ごめんね! ごめんね!」

 

 謝りながら、血濡れになった包帯代わりにしたカーテンを外し、代わりにベッドの敷布を切り取ってキツく巻き付ける。

 

「…………」

「セレナ! セレナ!」

 

 マズい、また気を失ってしまった。でも、弾丸が入ったまま移動する訳には行かなかった。俺は間違ってない! 間違ってないよな? クソッ! これはゲームじゃ無いんだ選択肢みたいに考えるな。どっちかが正解で、どっちかが間違いなんて保証も無いし、考えたら新しい選択肢だって有るかも知れない。

 俺は今まで、生き死にに関わるような選択を迫られた事は一度も無かった。

 だが漠然と、そう言う状況になれば、俺は正しい選択が出来ると信じていた。

 

 だが、当然に世の中『正しい選択』など無いのだ。なのに強烈なストレスの所為か、不思議と却ってゲーム感覚に『正しい選択肢』を選ぶような思考に囚われる。失敗したら二度とやり直しがきかないと言うのに。

 

 ……でも、拙速は巧遅に勝ると言う。ゲーム感覚でも良いからやるべき事をドライに取捨選択し、素早く行動するのは間違っていないのでは?

 そうだ、今だって安全じゃない、次の瞬間に奴らが扉を蹴破って姿を現してもおかしくないんだ。

 

「セレナ、ごめん……」

 

 物言わぬセレナを背負い、保存食を纏めた袋を担いで扉を開ける、思った以上に重い。でも諦めない、諦めたくない。背中越しに脂汗に濡れるセレナの湿度と温もりを感じる。

 ああっ! セレナは、セレナだけは! 俺は絶対に守りたいんだ!

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ――ギリギリギリ

 

 口の中で正体不明の革布が悲鳴を上げる。銃弾を抜くときにセレナに噛ませていた革だが、今は俺の口の中に有る。

 樹海とも言える難所を女の子でしかない俺が、セレナをおんぶして歩くには、自分の体を限界まで追い込むしか無かったからだ。

 

 歯がボロボロになるかも知れないぐらいに食いしばる。こんな所を皆に見られたら必死で止められるんだろうな……と思ってしまう。なぜって、歯は回復魔法でも治らないからだ。

 ああ、そうだ、この世界には回復魔法がある。自然治癒力を瞬間的に高めるだけだが、怪我には有効だ、今はそれが希望だった。

 回復魔法で腕が生えてくるって事は無い。それでも千切れただけなら腕を縫い合わせた上で、回復魔法を掛けてやればくっついたりする。他人の腕をくっ付けるのも禁忌とされるが不可能じゃないらしい。

 ただこの世界は血液型なんて概念も無いので、なんか知らないけど上手くいった、上手くいかなかった。死んでしまった、呪われていたんだ。みたいな雑な感想文が記録として残っている。

 

 少なくとも銃弾で太ももの肉が抉られた程度のセレナの傷ならば、回復魔法が使えれば治せると言う事だ。俺がギリギリ使えるぐらいの高度な魔法である。霧の影響が全く無い場所まで脱出しなければならない。

 俺の歯なんて総入れ歯だって良い。まずはセレナを治す。

 

 東の森は正に樹海だった。木の根は入り組んで段差だらけ、疲労の余り足が全く上がらず、両手が埋まっている俺は、段差の度に這いつくばる様に乗り越えるから服はもう泥だらけだ。狩猟小屋に猟師用の服が合って助かった。サイズまでピッタリと用意してくれたらしい、億が一の備えが役に立ったと言う事か。

 ただセレナのサイズの服は無かった。有ったとしても丈夫だが重量も嵩む猟師服を着せる余裕が有ったとは思えないが。

 

「フゥーフゥーフゥー」

 

 口に挟んだ革の隙間から荒い息が溢れる。

 

 あれから二日だ。夜だって寝ていない、火だって使えない。追っ手に怯えて、寒く冷たい夜を、妹を抱きしめて過ごした。

 

 運よく大型の魔獣には出会っていない。小型の魔獣が様子を窺って来たが剣を抜いて威嚇してやれば逃げて行った。これだけ入り組んだ森だと巨大な魔獣は行動出来ない筈。俺の狙いは当たった格好だ。

 ただし、その分体力はガリガリと削られる。歯を力任せに噛み締め、動かない足をぶっ叩いて引き摺る様に歩いてきた。

 

 ただし、それも限界に近づいてきた、無くなる体力を嘲笑うかのように森は険しさを増して行く。あわよくば王国まで抜けて、同盟を持ちかけるなどと言う夢は捨てた。

 

 まずは東の狩猟小屋に辿り着き、治療と体力の回復を図る。これが今の目標だ。

 狩猟小屋の位置なんてモノを細かく覚えている王族なんて他に居ないだろうが、俺は一度見たものは参照権で好きな時に調べ直せる。

 エルフの狩猟小屋は大森林のそこかしこに存在する。なぜなら森で魔獣を狩る事はエルフの使命であり、重要な安全保障だ。

 上手くすれば狩猟小屋経由で旅が出来る。王都近くと違い、全ての狩猟小屋に食料の備蓄がされているとは思えないが、一時凌ぎの治療は出来る筈だ。

 

 それだけが唯一の希望と言えた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ……疲れがピークになると、足元しか見る事が出来なくなる。ましてやそれが足場の悪い深い森の真っ只中と来れば当たり前の事。ただその時、俺はふと前を向いた、そこには立派な薬草が大きな葉をつけて茂っていた。

 

 それで思ったのだ。「やった! これでセレナを治せる!」 と。

 

 そんな自分に、何の違和感も抱かなかった。ボーッとした頭で足を踏み出す、これでセレナが助かる、セレナが! セレナが!

 

「おね……えちゃん?」

 

 背中のセレナが起きた。ここ数日は気を失ってる事が多いが、それももう大丈夫、背負ったセレナを振り返る。思った以上に顔色が悪い、脂汗も浮かんでいる。でもそれもココまでだ、この薬草で治せる!

 前に向き直り薬草へ足を踏み出そうとしたが、疲労で思うように動かなかった。

 

 ……それに、救われた。

 

 目の前には崖があった。むしろ、崖しかなかった。

 俺が見ていた薬草などは消え失せて、遥か奈落へ続いていくような暗い森へ落ちていく段差が広がるばかり。

 

 サァーーーと血の気が引いていく。

 何だ? 何なんだ? 幻覚? なんで? 誰が俺を殺そうとした? コレが俺の魂の呪い、『偶然』なのか? こんなのは『偶然』じゃないだろ! 悪意の塊だ! これじゃ質の悪い怪談みたいじゃないか!

 

「ハーハーハー」

 

 疲れではなく、緊張の余り荒い息を付く。今、俺は死のうとしていた? 自分で死のうとしていた?

 妹が声を掛けてくれなかったら、この暗い崖に自ら身を投げていた、セレナがまた俺を救ってくれた! じゃあ誰が俺を殺そうとした? 誰だよ! 誰だ? 名前を言え、訳わからねー事ばかり起こりやがって! ちょっとは俺の前に姿を現せよ! 自己紹介の一つでもしてみろってんだよ!

 

「私の名前はシルフ」

 

 ?? 思いがけず返事があった。

 誰だよ!? どこのどいつだ! 姿を見せろよ!

 

「おねいちゃん?」

 

 崖の上で呆然とする俺に、セレナは不思議そうな声を掛ける。

 

「シルフって誰?」

 

 ……え? 何って? いや俺に聞かれても知らないよ? え?

 まさか今、俺が喋ったのか? 俺がシルフだって言ったのか? 誰だよ? シルフって、誰なんだよ!

 

「う! ううぅ!」

「お姉ちゃん! だいじょぶ? おねーちゃん!」

 

 頭が痛い、思わずしゃがみ込む。この時セレナの重さも有って後ろに足が行ってよかった、これで前に転んで崖に落ちたりしたら笑えなかった。

 

「だ、大丈夫、頭が急に痛くなっただけ」

「おねーちゃん……」

 

 セレナは心配そうだ、でも俺はセレナの方が心配だ。俺の心配は要らない、なんせ俺はもう森の歩き方を知っているから。

 

「行こう、セレナ、上手くいけばこの先に狩猟小屋があるかもしれない」

「ほんと? 良かったー」

 

 俺は軽くなった足取りで森を進み始めた。



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逃走の果てに

「本当に狩猟小屋あって良かったね」

「ええ、お姉ちゃん一杯、御本を読んでいるでしょ?森じゅうの狩猟小屋の位置を覚えているのよ」

「ホント? すごーい」

 

 褒めてくれるセレナだがいつもの元気はない。出血で血が足りず、今だって楽観できる状況じゃない。そして俺の言葉だって半分ホントだけど半分は嘘だ。地図は覚えてるけどそれだけ、あの深い森の中、それだけで正確に辿り着ける訳は無い。森の中、目印になる物なんてまるで無いのだ。

 

「それで、セレナ、回復魔法は使えそう?」

「……ごめんなさい、ちょっと駄目みたい」

 

 粗末なベッドの上でセレナは力なく笑う、実は回復魔法は自分で自分に使うのが一番良い。他人の魔法は自分のパーソナルスペースで健康値に抵抗され減衰する。

 この場合減衰するのが問題ではなく、抵抗する際に体力が消費されるのが問題なのだ。自分の意思で受け入れれば抵抗は小さくなるが、それよりも自分の魔法が一番抵抗が小さくて済む。

 

 恐らく今のセレナの健康値は低い。他人の掛ける回復魔法は無理だ。となるとセレナ自身に掛けて貰うしかない。

 

「セレナ、この王冠で健康値を測ってみましょう」

「え? 良いよーそれお姉ちゃんの秘宝だもん」

「そんな事言わないの!」

 俺は王冠を強引にセレナに握らせる。

 

 健康値:5

 魔力値:219

 

 健康値が5! 小さい時の俺みたいだ。でも、セレナはもうすぐ九歳、この数字はもっと危険な気がする。

 

 逆に言うと魔力値は回復魔法には十分。それでもセレナが回復魔法を使わないのは使うのが危険だと解っているからだ。だとしたら俺が回復魔法を使う訳にもいかない。

 

 どうする? もっと魔力が濃い北に行くか? でも健康値が5じゃこれ以上の移動は出来ない。そもそも経験上この値じゃ、寝て栄養の有る物を食べて、後は安静にするぐらいしか出来ない筈なのだ。

 魔力値だって普通より多いぐらいの値であっても、セレナにとっては十分の一に過ぎない。ここは既に魔力を奪う霧の圏外だと言うのにだ。

 怪我や病気で健康値が下がると、同時に許容できる魔力値も下がる。それだけセレナの体調が危険な状態と言うことだ。

 だったらどうする? 魔力が足りないのか? 休息が必要なのか? それとも何か感染症でも患っているのか? ソレすらも解らない!

 焦る俺に、セレナが弱々しい声を掛ける。

 

「健康値が5か、昔のお姉ちゃんみたいだね」

「ふふっ、そうね、今度はお姉ちゃんがセレナの面倒見るからね」

「うん、ごめんね。セレナ、お姉ちゃんを守るって言ったのに……」

「もう! お姉ちゃんは私の方なんだから、そんな事言わないの、ゆっくり寝て居なさい。お姉ちゃんが何とかしてあげるから」

「うん、ごめんね……」

「謝らないの!」

 

 大げさに笑って叱って見せる。セレナも安心したのかちょっと笑ってくれた、でもその笑顔が辛そうだったのがキツイ。

 

 あぁ、まずはここで体力を付けないと、どこにも行けない。幸い今の俺には森の知識が有る。薬草や食べる物だって調達出来る。

 

 

 ……そう俺には知識が有る、なぜなら俺は、この森で狩人としてずっと生きて来たからだ。

 

 いや、違う! 俺はユマ姫だ。狩人としてなんて、生きてはいない!

 

 ……じゃあコレはなんだ? エルフの少年シルフの知識が俺の頭の中に入り込んでいた。

 

 シルフはここから南に十数キロの所にある、パセラル村に生まれた。両親を早くに無くして、病気の妹と二人で暮らしていた、貧しくてギリギリの生活の中、妹の為の薬草を集める日々。

 妹の為に生きる、妹の為に俺は絶対に死ねない。そう思いながら生きて来た、でも運命は残酷な『偶然』を用意した。ある日少年は薬草と取ろうとして、足を踏み外して崖に落ちて死んだ。

 

 ああそうだ、あの場所だ、何年前の事なんだろう? ひょっとしたら百年以上前なのかもしれない。その時はあそこには薬草が生えていて、夢中で採ってる内に足を滑らせたのだ。

 俺が魅せられたのはその時の記憶の残滓。そう、少年は一万回生まれ変わった俺の前世のひとつに違いない。……言うなれば魂の先輩だ。

 

 俺が神に与えられた唯一のチート能力 『参照権』

 それは、俺の魂が今まで集めてきた記録(ログ)を参照する権利。

 

 俺はこの能力を『高橋敬一』としての記憶を思い出すための仕掛けだとしか思っていなかった。

 参照権プロンプターや、どこでも読書機能、なんて物は、たまたま付いてきてしまった『おまけ』と言う認識だ。

 でも、よくよく考えてみると、神が言っていた『参照権』の能力は『高橋敬一』が集めた記憶の参照では無かった。もう一度確認しよう。

 

 魂が今まで集めてきた記録(ログ)を参照する権利。

 

 つまり、つまりだ、『高橋敬一』の記憶だけじゃなく、この世界で死んで行った一万人分の『誰かの記憶』だって、『切っ掛け』さえあれば参照出来る。

 ……神サマそう言う事なんだろ?

 これは神が狙った事か、それとも俺の記憶を思い出させるための参照権が想定外の効果を発揮しているのか? どっちだって良いし、どういう理屈かなんて解らない。

 思えば、あの湖での事件、あの赤い棘の蛙。あの幻だって……

 

 ……ああ、君は? 名前は何て言うんだい?

 

「わたしはパルメス」

 

 俺の口から、舌っ足らずに俺の知らない名前が出る。覚悟はしていたのにギョッとした、思わずセレナを見る、寝ているみたいだ、良かった。

 

 そして思い出されるパルメスの記憶、わずか三歳、将来の大魔法使いとして嘱望される魔力を持ちながら、あの湖で遊んでいてあの蛙を見つけ、湖に踏み込んだ、そして触ってしまった赤棘毒蛙(マネギデスタル)に、たちまち痺れて溺れて、そして死んだ。

 

 なるほど理不尽な死を迎えている。本当は英雄になるべき、強固な運命と資質をもって生まれるハズだった者達。そういう奴を狙って転生させて来たと神は言っていた。それが『偶然』で捻じ曲げられて、殺された。そして、歪んでしまった運命が、俺自身の死を引き寄せた。

 蛙の時も、薬草の時も、俺はあと一歩で死にかけている。歪んだ運命の追体験を強制的にさせられた。

 

 全部推測だ、でも考え過ぎとは言えないだろ? 現に二回も死にかけた。

 

「畜生、便利だと思ってた参照権にこんな落とし穴が有るなんてよ……」

 

 思わずお姫様だって事を忘れて呟く。

 参照した記憶が死んだ瞬間をトレースしてしまう。きっと神にとっても予想外だったに違いない。今まで『参照権』を人間に与えたことなど一度も無いに違いないのだから、どんなバグがあってもおかしくない。

 

 ……あの時はピラリスが、今回はセレナが居なかったら俺は死んでいた。

 

「……しかし悪い事ばかりじゃない、シルフの記憶だって『参照』出来る」

 

 そう、俺はもうシルフでもある。だからシルフの記憶が見える。森の歩き方も、食べられる物、食べられない物、何年前の知識か知らないが、その辺りは今だって通用するはずだ。

 

「まずは薬草だな」

 

 俺は勢い込んで狩猟小屋を飛び出した。

 

 結論を言うと、薬草は見つかった。何せ狩猟小屋の脇に生えていた。

 

「拍子抜けだな。なんでこんなに無造作に生えている? より効果が有る草が見つかるか、実は効果が無いとかか?」

 

 心配は杞憂だった。なにせ記憶を頼りに薬草をすり潰すと、脱出した狩猟小屋で手に入れた消毒薬と同じ匂いがしたからだ。

 だから消毒薬だと思っていたのは薬草の薬効成分を抽出した傷薬だったのだ。恐らく消毒の効果があるのだろう、前世の消毒薬と同様に、傷口に吹き付けて使うように教えられていた。

 

 だから、残念な事に薬草が有るからって、今まで消毒薬を塗っていたセレナの傷が急に治るって線は無くなった。でも消毒薬は残り少なかったし、すり潰して塗ったり、煮て柔らかくなった薬草を湿布の様に使う事も出来るらしいので、悪くは無いかなと言うところだ。

 恐らくだが、昔は貴重だったんだろう。しかし人工栽培に成功しての薬効抽出などの技術革新があったに違いない。

 シルフが妹の為にと血眼に探した薬草は、その辺にフツーに生えまくっていた。『参照権』で昔の新聞記事を確認する。……ああ、薬草の栽培成功の記事が参照出来た。

 

 良い事ばかりじゃない。森の知識が手に入った今、絶望的な事も解ってきた。

 

 冬が終わったばかりの森の中には、想像以上に食べられる物が無いのだ。

 王都の周りの森はちょっと歩けば食べられる木の実や芋、豆などが取れたので甘く見ていた。よく考えればエルフは長年あそこに住んでいるのだから、森にだって手が入ってる。何なら野生の木の実だと思って取っていたのが、誰かの畑だったとしても納得だ。

 

 本当の自然にはそうそう食べられる植物なんてない。ましてや冬は開けたばかりの頃だ、森中で食料の争奪戦だ、土から顔を出したばかりの若芽や土筆(つくし)を他の動物と奪い合って、煮込んだりしてなんとか食べる季節と言う事らしい。

 

 セレナを、いや脱出を考えたら俺も含めて二人の体力を維持するだけの食料を集められるのか? こうなると北に行くなんて選択をしなくて良かった。もっと寒く、強力な魔獣の徘徊する森で、獲物を求めて歩き回るなんて無理だ。一瞬でも北に行こうなんて考えた自分を殴りたい、俺は森を舐め過ぎていた、ここ数日で森の厳しさを知ったつもりで居たが大間違いだった。

 

 マズい、これじゃ長居は出来ない。体を休めたらすぐに出発しないとじり貧だ。でも、こんな健康値のセレナを背負って移動なんて出来るのか? 俺の疲れだって十分に癒えてないのに?

 健康値と疲労は別物だ。健康な人間が走り回った所で健康値は下がらない。ただし疲れた状態で無理を重ねれば過労状態で健康値は下がって行くが、急激な物じゃない。

 

 だから、今の俺の健康値が20……セレナと比較して大分高かったとしても、元気に動き回れるって事にはならないのだ。

 この狩猟小屋に辿り着いた時なんて、俺は贔屓目に見たってボロボロだった。今までの人生、不健康の代表選手みたいな顔をして動かないでいたのに、森の中で妹を背負っての強行軍。

 今だって体中が悲鳴を上げている。短期的な息切れや疲れは精々数時間で回復する、だが体の芯に残る筋肉痛や蓄積した疲労は最低でも二、三日休まなくては回復しない。

 

 むしろ健康値って奴はこういう時の回復力や、病気への抵抗力にこそ効いてくるのだ。俺は二、三日も休めば体力も戻るだろう。じゃあ、妹は?

 俺はチラリとセレナを見る。あまり使われて居ない狩猟小屋、どう考えたって清潔とは言えないだろう。こんな所に健康値が5のセレナを寝かせて休憩するのか?

 しかし現実問題、今の体でセレナを担いで森に出ればあっと言う間に立ち往生だ。一人の人間をおんぶして森の中を歩くことは、少しのミスが死に直結していた。

 結局、俺はこの小屋で三日程泊まる事を決める。食料は残り少ないが切り詰めて、なんとか春の若葉や新芽、土筆を狙って行こう、多分煮れば食べられる筈だ、多分。

 

 

 ――俺はこの時の選択をのちに後悔する事になる。

 

 ただし、大抵の後悔がそうである様に、だったらどうすれば良かったかなんて結果論でしかない。いや実の所、結果論すら出せないのだからそれは俗に言う『詰み』だったのかも知れない。

 だけどそれは認めたくないのだ。努力を重ね、機を窺っても、初めから全ては無駄だったのだと思ってしまえば、全てが無意味に思えてしまうのだから……

 

 

 現在のユマ姫

 健康値:20

 魔力値:220



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休息の代価

 食料が無い!

 

 あれから二日、若芽や蕾、土筆(つくし)みたいに食べられる物を採って食べてみたが、さほど栄養が有る感じがしない。妹の体を考えるならば狙いたいのは球根や芋、根菜類だ。

 

 しかし季節柄、芋は無く、食べられる球根を見つけるのは難しかった。残る食料は乾パンもどきが二つに、俺の横顔らしいものが刻印された例のチーズが一つ。チーズは紙のパッケージに包まれていて、大きさ的には前世の6Pチーズに換算すると3ピース分ぐらいの質量だろうか?

 

 初めは同じ大きさのチーズが10個、乾パンもどきは20個、他にはナッツ類なども有ったのだが栄養の有りそうなそれらは全部食べ切ってしまった。

 こうなるとこのチーズが生命線だ。ジッと手の中のチーズを見つめる、小さいお手々にすっぽり収まってしまう小さいチーズを穴が開くほど見つめる、よく見ると刻印された俺の横顔は王冠を付けていた。

 

 ――ああ、もう大分前から俺の秘宝はこれに決まってたんだな。

 

 知らぬは本人ばかりだったか、よく考えれば王国の宝にして一財産程の価値が有ると言う王冠が魔道具へ改造するべく持ち込まれたとあれば、世間の話題を攫う事は想像に難くない。きっと驚く程に昔から準備されていたに違いないのだ。

 

 ――なんだかんだ俺は愛されていたんだな……くそぉ! 今、それに気が付くかよ。

 

 だって、だってよぉ『親孝行したい時には親は無し』とは言うけれど、いくらなんでも早すぎるだろ……

 

「それ、お姉ちゃんのチーズ?」

「ええ、そうよ」

 

 セレナがベッドから起き上がる、その仕草が辛そうだ。そう、二日経ったのにセレナの体調は回復していない、……それどころか悪くなっている気がする。

 

「セレナ食べられる?」

「うーん、いいよ、お姉ちゃんのチーズだもん」

 

 セレナは噛む力も弱くなっていて、前世の乾パンより硬い乾パンもどきはお湯に漬けて食べさせたりしている。そんな中で、このチーズだけはセレナも普通に食べてくれる。残った最後のチーズはセレナに食べて欲しい。

 

「セレナが元気になったら私も食べるわよ」

「でもぉ、それ最後の一個でしょ?」

「このチーズが世界で最後の一個って訳じゃないでしょ?」

「うーん、でも今は良いかなって」

 

 ……おかしい、ここ数日は充実した食生活とは程遠い。満腹どころか傷ついたセレナの若い体は、本来いくらでも食べ物を欲するはずだ。なのに、本当に食べる事が出来ないように見える。

 その事実にゾッとした。思った以上にセレナは重傷なのかも知れない。

 

「セレナ、健康値を測りましょう」

「お姉ちゃん、お顔が怖いよぉー」

「良いから! 早く!」

 

 嫌な予感に顔が引き攣る、強い調子で俺は頭から外した王冠を妹に握らせた。

 

 健康値:4

 魔力値:152

 

 下がってる! 上がるどころか下がってる!

 

 健康値は魔力の抵抗係数から体力を測る。だから計測時に、ほんの僅かだが体力を削ってしまう。それを嫌ってあまり頻繁に測りすぎるのも問題と耳にタコが出来る程言われてきた。

 それで、セレナの健康値を測りすぎないようにしていたのが完全に裏目に出た。一日一回とは言わず、もっとこまめに測るべきだった。

 

「セレナ! 頭を貸して!」

「え? 大丈夫だよ~」

「良いから!」

 

 愚図るセレナのおでこに手を当てる。

 

 ――熱い!

 

「熱が有るじゃない! 何時から? 何時から熱が有ったの?」

「え? えーと、昨日の夜ぐらいから……」

「どうして言わなかったの!」

「だって……だってぇ」

 

 駄目だ、セレナに当たったって何にもならないのに、それに昨日の夜言われたって何が出来たって言うんだ。

 虚ろな目でセレナはギュッと毛布を握る。

 

「ご、ごめんなさい」

「良いのよ、セレナは体力を付ける事だけ考えて」

「うん……」

 

 どうする? シルフは病気の妹に薬草を煎じて飲ませて居たみたいだが、効果が有ったとは言い難い。少なくても即効性の効果が有ったなら、薬草を集め続けるなんてしてない筈だ。

 それでも、一応セレナには飲んでもらった、苦い苦いと不評な所を我慢してもらったのだが、効果の程は不明だ。

 

 青かびからペニシリンが出来るって事は知っているが、具体的な抽出方法は知らないからと、作ろうとしなかったのを後悔する。仮に作った所で試験する方法も保存する方法も無いから意味が無いと思っていたのだ。俺の不健康は病気が原因とも言われていなかったし。

 

 俺は怪我をしても回復魔法で治せる世界で抗生物質が必要になる機会が無いとすら思っていた。消毒液があって、魔法で傷口がすぐに塞がるなら感染症の危険は少ない。

 大体にしてこの世界の青かびにペニシリンが有るのか? って問題もある。王宮での俺の立場は微妙で、下手な事業を興して失敗したら目も当てられない。そんな風に思っていた。

 いいや、違う。俺は結局サボって来たのだ。他にも魔法や地理など、この世界で必要そうな物は幾らでもあったのだから。

 

 なんならエルフの医者が調合する薬だって、調べれば抗生物質だったのかも知れない。エルフは魔法を生かして自然を分析し続けて来た、薬草の培養や、畑を作らず森の恵みで王都の人口を支えていた事を考えれば、何にせよかなり効果の高い薬を作っていたに違いない。

 そんな秘伝の技が易々と本になっておらず、俺の知識として入ってこなかった可能性は高い。

 

 となれば、いち早くエルフの村や集落で薬を手に入れないといけない。更に言えばこの小屋だって安全と言える保障などどこにも無いのだ、食料も足りないとなればジッとしている理由はどこにも無い。

 

 ただ、問題は体力だ。セレナは歩けない。再び俺がおんぶして移動する事になる。おんぶする方はもちろん、される方だって消耗する。

 

「セレナ、チーズだけど無理してでも食べられない?」

「え?」

「移動しようと思うの、病気だったらこんな所に居ても治らないわ」

「で……でも」

「セレナはどうしたい?」

 

 そうだ、セレナの意見を聞かないと。俺一人で考えて良い事なんて何にもない、なんなら俺はここでセレナと心中したって良いんだ。

 

「お熱、下がらないかなぁ?」

「ごめんね、森の中で食べる物あんまり見つからなくて……何日もここで頑張れないかもしれないの」

「そうなんだ……」

 

 本当はセレナの健康値が10、せめて7とか8になったら二人で歩いて移動できないかと考えていたのだ。だが上手いことセレナの熱が引いたとしても、健康値が5になる程度。歩いて移動は出来ない。

 

 どうする? どうする? どうする?

 何が正解だ? 状況は絶望的だ、何を優先して何を捨てるのか? 優先するのはセレナだ、俺の安全係数は捨てたって良い。セレナが死んで、俺が生き残る可能性を上げたって仕方が無い。

 

 ふと視界に兄様の剣が目に入る。兄様の秘宝だった双剣、ここまで守ってくれたが重量が有るのも事実。シルフの記憶に有るパラセル村までセレナを担いで行くとなれば、荷物は限界まで減らしたい。なにせ俺の体力だって完全には回復してない。食料を探して歩き回ったし、精神的疲労だって圧し掛かって来ている。

 

 置いていくか? これは兄様の形見だぞ? それでも剣を持たなければギリギリ村まで歩けそうな気がする。

 勿論武器も無く、持ち前の不幸さで魔獣と出くわしたらその時点で死亡確定だ。でも、それでも良い気がした、二人で死ぬか二人で生き残れるかに賭けられる。俺だけ生き残れる可能性に何の意味も無いのだから。

 

「お姉ちゃん、私の事は良いから一人で逃げてよ」

 

 剣を見ていたからかな、妹に余計な気を使わせてしまった。

 

「どうして?」

「だって、セレナが居なければお姉ちゃん、もっと遠くに逃げられるでしょ?」

「セレナが居ない所に逃げたって仕方が無いじゃない」

「え? で、でもぉ……」

「セレナは私が危ない時に一人で逃げられるの?」

「逃げ……ないよ」

「じゃあ、私も逃げない、自分で出来ない事を他人に求め過ぎちゃだめよ? お母様も言ってたでしょ?」

「う……うん、母様言ってたぁ」

 

 ああ、母様の事、思い出させてしまった。せめて母の代わりにと、セレナの髪を梳く様に頭を撫でる。

 すると、またじんわりと、セレナの目に涙が溜まる。

 

「うう、きっと罰が当たったんだ」

「罰?」

「うん、私お姉ちゃんの事馬鹿にしてた、不健康で変な事ばかりしてる姉様を私が守らなきゃって」

「セレナ……」

「普通にしてればちゃんと健康になれるのにって思ってた、でも! でもぉ……実際に自分が元気じゃなくなったら、どうやったら元気になれるかなんてわかんないよぉ」

 

 そんな風に思ってたのか……、でも、俺は実際、変な事ばかりして居た気がする。

 今までずっと、心配ばかり掛けて来たんだ。

 

「良いのよセレナ、お姉ちゃんが変なのは本当だもの」

 

 優しくセレナの涙を拭う、そんな俺の腕をセレナはギュッと抱きしめた。

 

「ずっと私が、私がお姉ちゃんを守るんだって思ってたのに、私がお姉ちゃんに守られてる……私、馬鹿みたい」

「セレナ!」

 

 なんだよ! なんでだよぉ……セレナはずっと俺のヒロインでヒーローだったじゃないか! 成人の儀の時も、王都で殺されそうになった時も、銃で撃たれて歩けなくなるほど衰弱した時ですら、崖から落ちそうになった俺を守ってくれたじゃ無いか!

 

「私は、ずっと、ずっとセレナに守られて来たから……お願いだから、お願いだから私にもセレナを守らせて」

 

 視界が滲む、涙が溢れる、そうだ、セレナは何回も俺を守ってくれた、なのに俺は一度だってセレナを守ってやれてないじゃないか。

 

「ごめんね……お姉ちゃん、ごめんね」

 

 止めてくれ、こんな馬鹿なお姉ちゃんに謝らないでくれ。

 

「セレナ、セレナ」

「母様、守れなかった。凄い魔力が有るって、みんな褒めてくれて、なんだって出来ると思ってたのに、朝起きたら体が怠くて、お姉ちゃんみたいに……たまにはサボっても良いよねって、もう一度寝直したら、お昼頃起きてね。起きたら、寝坊したら……みんな、みんな死んでたの、母様もゼノビアも」

 

 ゼノビアさんはセレナの専属侍女だ、そうか、おそらくゼノビアさんも母様もあの霧が特にセレナの体に悪いって気が付いていたのだろう。脱出せずに残っていたのも、ひょっとしたら寝たままのセレナが動かすのも危険な状態だとまで解っていた可能性も有る。

 もちろん俺だって、あそこまで一気に敵兵が王宮を駆け上がって来る可能性なんて考えた事も無かった。

 

 セレナは良い子だ、サボリなんて殆どしない。そして姉にはサボリの常習犯みたいな俺が居るんだ、怠い朝だったら、たまには自分だってと思う事だって有るだろう。だが、その初めての二度寝で、起きた時にみんなが死んでいた。

 そんな、そんな事が許されて良いのかよ。

 

「でも、セレナが寝ていてくれたおかげで、私は助かったのよ」

「そうかなぁ……」

「そうよ、多分セレナが起きてたら、母様もゼノビアさんもすぐ脱出したと思うの」

「お姉ちゃんを置いて?」

「私は、お父様の所に行くって兵隊さんに伝えてたから」

「……父様は? 父様はどうなったの?」

「最後まで戦うって、兄様と逃げろって、でも結局兄様も死んじゃった。セレナと違って私は何にも守れなかったの……」

「私も、私だって守れてないよ!」

「セレナは私を守ってくれたじゃない」

「でも、でもぉ」

「ありがとう、セレナ」

「う、うぇぇぇーーーーーん」

 

 張りつめていた何かが切れた様にセレナは泣いた。

 

 泣いて、泣いて、ゆっくり眠った。私はそっと寄り添ってセレナの髪を撫で続けた。きっとセレナは今まで眠れなかったのだ、眠ったら俺まで死んでしまうんじゃないかって。

 

 俺も寝よう、起きたら二人で村を目指す。

 セレナは俺を守ってくれた、俺だってセレナを守りたい。他の何を守れなくたって、俺の魂が俺を殺してもセレナだけは助けたいんだ。



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絶望の夜

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 息が上がる、それでも止まれない、背中に感じるセレナの体温が高すぎるから。

 

 目が霞む、それでも諦められない。肩越しに感じるセレナの息遣いが苦しそうだから。

 

 ひと眠りした後、俺たちは狩猟小屋を出た。セレナの熱は更に上がって苦しそうだったが無理してチーズは半分だけでも食べて貰った。お湯に溶かした乾パンと共に二人で最後の食料を分け合った。

 

 シルフの記憶を頼りに森を歩くが、何年も前の記憶なのだろう、道などの知識は役に立たないぐらい違っている。それでも地形は大体変わっていないし、なにより山歩きの知識が豊富で、ちょっとした足運び、体の動かし方が変わった様に思う。

 こう言った知識は口でいっくら説明されたってモノにするのは時間が掛かる、それが参照権によるダウンロードなら一瞬で体得出来るのだから凄まじい。

 

 それでも、まだ疲れが残る体でセレナを背負っての移動はキツイ。火事場の馬鹿力とばかりに王宮で暴れ、脱出し、歯を食いしばって狩猟小屋までたどり着いたまでは良かったが、狩猟小屋で休憩した時に、一度気持ちが切れてしまった。

 

 そもそも、命を削る様な無茶が続けられる筈がない。解っていた事だが想像以上に体が重い。もしも兄の形見の双剣を持っていたら小屋から100メートルと移動できなかったに違いない。

 そう、兄様の双剣は小屋に置いてきた。縁の下に隠したが、剣って奴は案外手入れが必要だ、そんな所で朽ちていくぐらいならいっそ堂々と小屋の目立つ所に置こうとも思った。

 

 しかし兄の双剣を帝国の人間共が使う可能性を考えたら隠さざるを得なかった。

 だから今の俺たちは帝国兵に出会っても、魔獣に出会っても、その瞬間にゲームオーバーだ。森を進むのに息を潜め物音を立てない様に移動する、シルフの知識は最大限に生かされていた。

 

 しかし、ずっと山で生計を立てていた当時10歳のシルフの記憶でもパラセル村と狩猟小屋までは半日掛かる。それがセレナを担いで中三日で、二回目の強行軍。

 気持ちが途切れた影響なのか、まだ頭の整理がついていないのか、お風呂に入りたいやら、お腹が空いたやら、綺麗な服に着替えたいとかお姫様気分で本能が訴え掛けてくる。

 いや、文化的な生活を送っていた王都のエルフならみんな同じように音を上げるのは想像に難くない。

 なんせ今の俺は、泥と汗にまみれた惨めな姿に違いないのだから。

 

「フー、フー、フー」

 

 俺は大きな木に齧りついていた。呼吸の度に苔むした匂いが口に広がる。別にカブトムシになった訳じゃない。

 

 木に寄りかかって休んでいるのだ。文字通り喰らい付いていないと体がずり落ちてしまう。本当は両手で抱きつきたいのだが、背中のセレナを支えている。

 

 膝を付いて休みたい、しゃがみ込んでしまいたい。でも、そしたらきっと、もう立ち上がれない。

 

 気力だけで動いていたのに、その気力が途切れてしまった影響は深刻だった。

 

 前世の日本人はやる気や気力は無料の様に思っている節があった。『やる気が出ないのは惰弱な証拠、やる気が有るのが当たり前、やる気が無い奴は何をやっても駄目』と言った風潮だ。

 でもエルフに転生して生活を送ってみると、体調や食べ物、生活習慣や、もっと根本的に種族や体質と言った生まれ持った物までも、俯瞰して見れる様になった。

 すると、気持ちだって体調に引っ張られる事が体感として理解出来た。体が不調だと、それだけで何も出来ない日があった。

 だからこそ無謀と言われても肉食に拘って来た。どうしても健康になりたかったのだ。

 

 元来俺の体は丈夫に出来ていない。ハーフエルフの俺に、適切な食事だって摂ってきていない。なのに、王宮から脱出して、ここまで体に無理をさせてしまった。気持ちだって続くハズが無いのだ。

 

 俺の命がゴリゴリと削れていくのが解る。俺は、一体何をしているのか?

 

 そう言えば、日本人は気力を振り絞って、それこそ命を削る様な頑張りを美徳としていた様に思う。俺はそれを心底馬鹿にしていた。生きる為に頑張るならともかく、死ぬ為に頑張ってどうするのかと、優先順位を履き違えた馬鹿の様に思っていた。

 

 でも……俺にも命より大切な物が出来た。

 妹のセレナだ。

 

 俺は隕石で命を奪われた、家族にだってもう会えない。でもそれは悲しくなかった、『ふーん』ぐらいのもんだ、だって俺の責任でも無いし、仕方が無い。それより神様がくれた今後の方が重要に思えたんだ。

 でも、俺の巻き添えで友達の命まで奪われていた。勿論、これだって俺の所為じゃないと思うが、俺なんかと仲が良かった為に死んだと思うとやり切れない思いがあった、俺らしくない感情だと持て余した。

 

 生まれ変わって新しい家族が出来た、みんな美人で美形で、おまけに優しくてたちまち好きになった、でもみんな死んだ。

 

 残ったのはセレナだけ。前世でも兄弟は居らず、妹なんてフィクションの中の生き物だった、実際に妹が居た田中に言わせればウザいだけの存在だと聞いていて、そんな物かと思っていたが、妹のセレナは可愛かった。

 

 いや、セレナは特別だ、初めから賢くて可愛かった。

 

 だからかもしれない。俺の魂が周りを巻き込む凶星だと解っていても、なかなか外へ踏み出せなかった、家族の中で生きているのは楽しくて、居心地が良かった。

 

 結局俺は守ってもらった。家族から、特にセレナからは何回も守られてきた。でも俺はセレナを守れないのか?

 

 これじゃ、俺はとんだ疫病神じゃないか! いいや、疫病神どころか神すら持て余す迷惑そのものなのだ。おれは全てを巻き込む覚悟が有ると神に大見得切って生まれ変わった。それが家族を失う事にすら耐えられそうにない。

 

 それでも、セレナには笑って居て欲しい。お姉ちゃんが俺で、ユマで良かったと、笑って言って欲しかった。

 こんな疫病神でも誰かの為に生きてみたかった。

 

 

 森の中ではこんな思考が同じようにグルグル廻っていた。実際は、こんなに冷静に分析出来ていた訳じゃない。疲れ果てた俺の思考はゾンビの様に単純に成り果てて居た。

 

 セレナ助ける! パラセル村行く! 行かないとセレナ死んじゃう! そしたら、わたし死んでもいい!

 

 こんな言葉がグルグルと脳を駆け巡るだけ。本能の様にずるずると足を前に引き摺って歩いた。

 

 そのお陰だろうか? 日が暮れる直前にパラセル村に辿り着く事が出来た。

 いや、パラセル村だった場所、と言った方が良いだろう。そこには誰も居なかった。

 

「誰か! 誰か居ませんか!」

 

 大声を上げて人を呼ぼうと思った、でも小さな声しか出なかった。疲れもある、でも大声を出しても人が来ないであろう現実が怖かった。

 

 そこはどう見ても何年も前に打ち捨てられた家々しかない、廃村だったのだから。

 俺はこの大森林の村の名前と場所は参照権で見る地図で全部確認できる。パラセル村は確かに有るのだが、場所が異なっていて、俺が見た地図上のパラセル村はずっと南に有った。

 

 だから、廃村と言う可能性は覚悟しているつもりで居た。なのに、シルフの記憶に引きずられ、パラセル村に行けば何とかなると思い込んでいたし、思い込む事で何とかここまで歩いて来た。

 

 いや、ホントは誰も居ないとは思っていなかった。廃村となって村人が移住したとしても誰か残って居るだろうと思い込んでいた。理由も無く、信じたい事だけを信じて歩いた。

 

 そうでなくても近くに他の村は無いのだから、結局はここに来るしかなかった。地図で見たパラセル村はずっと南にあって歩いて行くのは無理だった。大森林が広大だと言うより、俺がセレナを担いで歩ける距離がたかが知れているのだから。

 

 でも村には一応屋根が有る建物がある。それだけで魔獣が跋扈する森で野宿と比べれば大分違う。

 向かったのは恐らく村長の家だったと思われる中央の大きな家。そこだけが立派な作りのお陰で、長年の腐食に耐えて建物の機能を保っていた。

 それでも扉は外れかけ、開ける必要もない程。家の中はどこからか入り込んだ枯れ葉や土埃にまみれていた。床板は所々腐っていて、歩くのに注意が必要だ。

 それでも屋根が落ちたり、剥がれたりして無いのが救いだ。前世の家はどうなのかは知らないが、エルフの家は作りが悪いと真っ先に屋根板が剥がれ落ちて、一気に駄目になる。

 村にあった廃屋の大半はそんな有様で、家としての原型も留めて居なかった。

 

 埃まみれのソファーにセレナを預け、セレナを寝かせる部屋を探して家の中を散策する。

 

 この有様では備蓄された食べ物なんて期待出来ない。一階の台所はは無視して二階にあたりを付けると、スグに立派な寝室が見つかった。

 ベッドが二つに暖炉と(たん)()、どれも以前は立派な物だったのだろうが、腐り落ちた窓から吹き込んだ雨風に晒され、既に部屋は荒れ果てていた。

 

 ボロボロのベッドから土埃まみれのシーツを剥がし、まだ使えそうな箪笥の中から引っ張り出したシーツに交換する。ゴワゴワしたシーツだが、他の布が虫食いだらけで、触れば砕ける有様なのを考えると、正に奇跡の様だった。

 

 部屋の中も掃除をしたいが、体が鉛の様に動かない。それでも暖炉の中のゴミをどけて火を使える様にしないと夜は命に係わる。

 幸い、燃やす木屑は捨てる程そこらに散乱している。

 でも火が、単純な点火の魔法が使えない程に俺は消耗していた。外はもう暗い、火を付けないと春先の夜はまだまだ寒いと言うのにだ。

 

 問題は先送りにして、一先ずセレナをベットに寝かせることにする。

 俺は一階に戻り、ソファーに寝かせたセレナの手を取った。

 

「え?」

 

 握ったその手が熱かった。

 

 思わずおでこに手を当てて、慌てて引っ込める。

 それがセレナの体温なのだと、信じられないぐらいの高熱。

 

「セレナ! セレナァ!」

 

 ショックに叫ぶ。でも、セレナは答えてくれない。

 ヤバい! ヤバい! セレナが死んじゃう!

 

 半場パニックを起こして、セレナを担ぐとドタドタと階段を駆け上がりベッドに運ぶ。

 

「セレナ! セレナ!」

 

 セレナの手を取って呼びかける。やっぱり熱い! 熱すぎる!

 人間の体温はここまで上がるのかと、それこそセレナが魔法を使ってふざけてるのでは無いかと、そう願わずには居られない程の高熱。

 そんなセレナがうわごとの様に呟く。

 

「おね……えちゃん?」

「セ、セレナぁぁぁ」

 

 生きてる! セレナは生きてる!

 そりゃ熱が有るんだから生きては居るって、普通なら解る。逆に言うとそんな普通な事すら解らない位のパニックだった。

 

「どこ?」

「村に着いたの、でも誰も居なくて、廃村みたいなの」

 

 言い訳の様にまくし立ててしまう。

 

「そっか」

 

 セレナは辛そうだった、当たり前だ、こんなに熱が有るのだから。井戸を探して濡れ布巾で頭を冷やさないと。

 

「おねえちゃん……寒いよ」

「えっ?」

 

 思わず、こんなに熱が有るのに寒いなんて。と思ってしまったが病気なら寒気がして当たり前だ。火だ、火を付けないと。

 

「すぐ、すぐに火を付けるから」

「あ、これ使って!」

 

 左手で慌てて暖炉へと走る俺の服の端をギュッと握って。右手で胸のブローチを外して差し出してきた。でも、そのセレナの目の焦点が合っていないのだ。

 

「セレナ、セレナ目が見えないの?」

「良いから、使って」

 

 ちょっとずれた位置に突き出された妹の手の中からブローチを受け取る。汗ばんでいて、セレナの体温の高さを感じるそれは、最近貰ったセレナの秘宝。

 一つだけ魔法を入れて置ける魔道具だが、少しづつ魔力を込めないと壊れてしまう物で、最近は専ら魔力制御の練習に使っていた様だった。

 

「解ったわ、ありがとうセレナ」

「うん、早いけど誕生日プレゼント」

 

 俺の誕生日は二か月程先、セレナは一か月先だ、まだ大分早いし、俺はセレナにプレゼントなんてまだ用意していない。それが何故か妙に胸に刺さった。

 

 勿論、秘宝自身ではなく中に入った魔法がプレゼントなのだろう。状況から見て点火の魔法だ、秘宝に初めて込める魔法としては順当だろう。

 

 だが俺の脳裏にはセレナのレーザーみたいな点火の魔法が()ぎる。暖炉に木屑を集めた俺は、延焼を恐れ、暖炉の中に手を突っ込んで魔法具を起動した。

 

「『開け』」

 

 わずかな魔力を魔道具に流して起動する。薄暗い暖炉の中にヒュと空気が入り込んだ感覚。その後、薄暗い暖炉の中で青い炎がきらめいた。

 

「あっ!」

 

 俺が教えた、酸素を含んだ点火の魔法。青白い炎が灯っていた。

 

 でも、それだけじゃない。その青い炎は複雑な形を描く。少女の横顔、頭には王冠。

 俺だ! チーズにも描かれている俺を表す姫のデザインが、暗い暖炉の中で朧気に揺らめいている。

 いや、朧気にも、揺らめいてるのも俺の涙のせいだ。セレナの魔法はしっかりと形作られている。

 

「あ、うっ」

 

 余りの感動に、いや、これは感動なのだろうか? 押し寄せる感情に胸が苦しくなる。

 ありがとうと口にするどころか、呼吸すら出来ない自分、震える手、なんとかブローチを傾けて木屑に着火する。傾けるブローチに付随して傾く俺の図案。昔は一瞬しか保たなかった火は、まだしっかりと形を保っている。

 

 ただ、それだけの事が胸に刺さった。

 

 あの時セレナは二歳。もう七年も経っているし、複雑な形だって作れるぐらいセレナの魔法制御はもう一流だ。だから着火の魔法がすぐ消えないなんて当たり前で、この魔法の見るべき所は青い炎や複雑な図案。安定して点火し続けるなんて、何てこと無いはずなのに、そんな事が無性に嬉しくて、その炎が消えるまで陶然と見つめ続けた。

 

 いよいよ木屑が本格的に燃え始める直前で、青い炎は消えた。

 もしも炎が消えなかったのなら、手が焼けるまで暖炉に手を突っ込んで、その青い光を眺めていたかもしれない。

 ブローチを抱え、暖炉の前で(うずくま)る。それでも、まだ涙が止まらない。呼吸が出来ない程だった。

 

 しばらくして、やっと自由になった肺に空気を思い切り吸い込むと、木屑を吸い込んでしまって堪らずせき込んだ。

 

「あり、がとぉ、せれなぁありが、とぅ」

 

 何より言葉にしたいのに、ままならない呼吸としゃっくりで、なかなか言葉にならなかった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 静かな夜、聞こえてくるのはパチパチと火が弾ける音と、苦しそうなセレナの微かな呼吸音だけ。

 苦しそうなその音は聞きたく無かった、でもその音すらつっかえる様に止まってしまう度に、血も凍るほど怖かった。

 

「お姉……ちゃん、もう、だめみたい」

 

 うわ言の様にセレナが呟く、「そんな事無い、頑張って!」と声を掛けたい、でもそれが言えないぐらいセレナが辛そうで、掛ける言葉が見つからなくて、悲しくて、悲し過ぎて、俺の口からは嗚咽だけしか漏れて来なかった。

 

「ねぇ、お姉ちゃんの秘宝、貸して」

「う? あ、うん……」

 

 健康値計の王冠。

 

 健康値を測るには、ちょっとだけ健康値を消費する。千回も、万回も測って1減るかどうかの僅かな値。でも、それでも今のセレナには危ない気がして気が引けた。

 

 それでも結局、俺はセレナに王冠を握らせた、何か希望が無いのかと期待して。

 

 

 健康値:2

 魔力値:57

 

「あ、あぁぁぁ」

 

 思わず呻いてしまう、

 

 健康値が2、不健康って言われ続けた俺だって、今まで一回だって見たことが無い数字。

 ホントはどんな数字が出ようと、「大丈夫、治って来てるよ」って言おうと思っていたのに。

 

「ねえ? どうだった?」

「あ、う……ん」

 

 言葉に詰まる、やっぱりセレナは目が見えてない。だからこそ7だとか8だって言って、励ましたいのに、言葉が出ない。

 それにセレナだって数字が悪い事ぐらい解ってる。解ってて健康値を測ったんだから。

 

「わた……しも、お姉ちゃんみたいに、『らじおたいそう』やってれば良かったな……」

 

 初め、セレナが言ってる意味が解らなかった。参照権で思い出す、いつかセレナと一緒にやったラジオ体操。

 俺だって最近はラジオ体操なんてしてない、セレナと一緒にやったのなんてあの日の一度だけ。よく覚えてたなと思う、そう、あの時俺は五歳だから、セレナは二歳。

 

 二歳?

 二歳と言えば、育つのが早いエルフだって、なかなか記憶が安定しない時期だ。よくそんな事を思い出せるな。

 

 いや、いや……違う。思い出しちゃダメだ、そんな昔の事。

 

「セレナ! セレナ! 行っちゃ駄目! 置いて行かないで!」

 

 俺はセレナの手を取って必死に叫ぶ。

 

 ……走馬燈。

 

 そんな物が本当にあるのだろうか? でも点火の魔法もその時期で、俺も急速に思い出す。思い出されてしまう、まだ小さかった時の楽しい思い出。

 小さい頃。お姉ちゃんぶってセレナの手を取って先に先にと歩いた、でもすぐに体調を崩して、逆にセレナに手を引いてもらった。

 

「ごめんね、わたし……お姉ちゃんのこと……守るって約束……守れない」

「良いから! そんなの! もう、いいからぁ!」

 

 セレナにしがみつく様に、必死に叫ぶ。

 思い出してしまう、竜篭の中、涼しいと喜んでくれたこと。湖で遊んだこと。倒れた時には心配して何日も看病してくれたこと。

 セレナにしがみつく様に大森林の空を飛んだこと、恐ろしい魔物も、薄暗い洞窟も何も怖くなかった事。

 

「だから、わたしだと思って、わたしの秘宝、わたしの代わりに……」

 

 セレナの秘宝、魔道具のブローチ、ああ、そうだ、火を付けた後、まだ返していなかった。お願いだから、返させて。

 

 思い出してしまうから、父様から貰ったブローチを大事そうに抱きしめるセレナの笑顔を。

 

「ねえさ……ごめ……ん」

 

 お願いだから謝らないで、謝る必要なんて無いから。セレナにいっぱい、いっぱい色んな物を貰って、何一つ返せていないダメなお姉ちゃんだから。

 

「セレナ! セレナぁぁぁぁぁ」

 

 お願いだから笑ってほしい、お願いだから生きてて欲しい。全てを捨ててでも、聞きたい音がもう聞こえない。

 

 静かな夜だ、

 パチパチと火が弾ける音しか、もう聞こえてこなかった。



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★絶望の夜明け

 そこは幸せな場所だった。温かく、優しい光に満ちていた。それに何より、セレナが居た。

 

「セレナ、そんなに走らないで」

 

 俺は、いつもの様に走るセレナを追いかけた。

 俺は病弱だから、妹の後ろを歩く。コレもいつもの事。距離を離されそうになるけれど、呼び止めればセレナは絶対に待ってくれる。

 だけど、今日はいつもと違った。

 

「ダメだよおねーちゃん、コッチに来ないで!」

「なんで? セレナどうして?」

 

 セレナに拒絶された。それが、とても、とても、悲しかった。

 

「えへへ、あのね、お姉ちゃんにはやって欲しい事があるんだ……」

「なに? 私、セレナに何をしてあげれば良いの?」

「それはね――」

 

 その時、世界が暗転する。

 

 打って変わって、目の前には赤い世界が広がっていた。

 それに熱い。汗ばむほどに。ここはドコ? 私は廃村に入り込んで……それから……

 

 ぼんやりとした思考は焦げ臭い匂いに中断される。

 燃えてる! 熱い! 火だ! 暖炉の火が燃え移っている!

 そう言えば暖炉の火は付けたまま、辺りに散らばる木くずに張り込む隙間風。そしてボロボロのカーテン。

 火事が起こる条件は揃い過ぎていた。

 

 でも、それで良い。セレナと二人で行けるなら、それで。

 

 冷たくなったセレナの手を握ると、俺はそっと目を瞑った。疲れ切った俺の体は、まだまだ睡眠を求めていたから。

 

 ああ、これで、寝られる。ゆっくりと……

 

 だけど、俺の体は突然抱え上げられた。あっという間に部屋の出口まで運び出される。

 

「セ、セレナ? セレナ―」

「駄目じゃ! 行ってはならん」

 

 部屋で寝たままのセレナへと俺は必死で手を伸ばす。だけど、担がれた俺は、そのまま部屋の外へと連れ出される。

 なんで? 誰? 私は! セレナと!

 

「離して! セレナが、セレナが」

「無駄じゃ、もう死んでおる」

「そんな、そんな……」

 

 そんな事は! 誰より知ってる! だけど、だけど……私は!

 俺を抱きかかえるのは誰? なんで今更! セレナが死んだ後で!!

 

「ハァハァ」

 

 俺を担ぐ誰かが頼り無い足取りで階段を駆け下り、ドアを蹴破ると家の外に、一転、冬の寒々しい風が頬を撫でた。

 

「なんで……」

 

 まだ、中に……セレナが居るのに!

 

「どうして! どうして!」

 

 目の前には轟々と燃えさかる家、夜空には煌々と輝く大きな満月。炎の明かりもあって、辺りは夜だと言うのに不自然なまでに明るかった。

 地面に降ろされた俺は、現実感の伴わない光景を受け止められない。

 

「セレナぁ……セレナーーーーー」

 

 手の平に残るセレナの秘宝を抱きしめ。俺はただ、泣きじゃくる事しか出来なかった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「何があったんじゃ?」

 

 尋ねるのは俺を部屋から助け出した爺さんだった。

 名はファーモス。廃村となった村の外れで炭焼きをしていた所、火の明かりに仰天して目が覚めたらしい。

 

 ……いっそ、あのまま見殺しにしてくれれば。

 

 そんな思いが止められない。

 

 あの後、俺はまた、いつもの様に、アッサリと無様に気絶してしまった。

 それで、朝、家があった場所に来てみれば、焼け落ちた跡の黒い炭しか残っていなかった。

 これじゃあ、セレナの遺骨すら見つけられない!

 

「なんで、なんで!」

 

 どうして、俺はこうなんだろう? なんで、何一つ出来ないのだろう?

 死のう。そう思った。だけど、今の俺はナイフの一本も持っていない。

 

「どうじゃ? 一緒に来るか?」

 

 話し掛けてくる爺さんの腰には不格好な鉈があった。

 ……これなら? ダメだ、こんなモノじゃ死ねないよ。

 

「なぁ、来ないか? ココに居ても危ないぞ」

 

 エルフの国が滅びたと言うのに、何も知らない呑気な爺さんが憎かった。

 だけど何より、何も出来ないで家族を、セレナを巻き込んでしまった自分が憎かった。

 

「……行きます」

「そうか! じゃあリアカーの後ろに乗ると良い、ワシはピラークの準備をしてくるからのぉ」

 

 人里に行こう。それで、国が滅んだ事を伝えよう。

 この老人みたいに、呑気な寝ぼけた奴らを怖がらせてやろう。

 死ぬのはそれからだって十分だ。俺はその時そう思っていた。



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★狂気の始まり

 ――ピュイ

 

 ピラークと呼ばれるダチョウみたいな鳥が鳴く。彼らが曳く荷馬車はエルフの間ではメジャーなもの。

 俺は荷台の上で、積み上げられた炭と一緒に荷物になっていた。三角座りで膝の間に頭を埋めるように縮こまる。

 

 向かっているのはパラセル村。あのパラセル村だ。

 廃村になっていたパラセル村は旧パラセル村跡地。いまやあそこに行くのは炭焼き小屋のファーモス爺だけらしい。

 何故移住したのか? 濃くなり過ぎた魔力が人体に害を及ぼしている事が解ったからだ。

 そう言えば成人の儀で向かった旧王都。あそこは魔力が特別濃かった。

 

「セレナ……セレナ……」

 

 思い出してしまう、あの時のセレナのこと。いつも以上に元気一杯だった。ああ、やっぱり王都から遠いところに逃げようと言うのが失敗だったんだ。人それぞれ、適量となる魔力量が違うのだ。

 自分の愚かさが何より苛立たしい。

 

「元気を出すんじゃ……」

 

 呑気に声をかけてくるこの爺さんも憎らしい。

 もっと早く、せめて村に着いた時点で現れてくれれば、セレナは助かったのにと思わずにいられない。

 現れないのなら、最後まで出てこなければ、俺はセレナと一緒に死ねたのに。

 夢の中での、セレナの言葉を思い出す。アレは俺が見た都合の良い幻に過ぎないだろう。だけど……セレナは言っていた。

 

「お姉ちゃんにはやって欲しい事があるんだ……」

 

 夢でも良いから、その答えが聞けなかったのが悔やまれる。『参照権』でもお手上げだ。

 残された俺は一体、何をすれば良いんだろうか?

 

 ……そんなの決まってる。復讐だ。俺は最後に残った王族なのだから。

 

 でも、でも、そんなの!

 

「無理だよ、セレナ!」

 

 俺は一人、荷台で膝を抱える。俺は王族の中でも味噌っかす。体力も魔力もからっきし。

 俺は、ただ悲しくて、悲しくて、他の何も考えられ無かった。

 

 だけどゆっくりと、体の中から悪意が染み出してくるのを感じた。

 先ずは村の連中を焦らせて、それから? どうやって俺の悲劇に皆を巻き込めば良い?

 

 そうだ、皆、苦しめば良い!

 

 俺はもう、阿鼻叫喚の人々の姿を想像し、楽しむ事しか出来なくなっていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ピラークに曳かせる荷馬車で一日の距離に新パラセル村は有った。大森林の中では大した距離では無いが、セレナと二人で辿り付くには絶対に不可能だったと解る。

 東に行くと決めた時点で、初めから詰んでいた。それが悔しい。

 だけど、楽しいこともある。ココからでも解る。辿り付いたパラセル村の様子がただ事じゃない。

 

 まだ暗くなる前から村の各所で火が焚かれ、厳戒態勢が敷かれている。

 

 村の入り口には警戒感も露わに人が立ち、村に入る人々を厳しく誰何している。

 王都が落ちた事に気が付いたのだ。慌てる村の人間を思うと笑いが止まらない。

 

「これは一体どうした事じゃ!?」

「ファーモス爺さんか、無事だったんだな」

 

 ファーモス爺が門番と話す。俺はその会話に耳を澄ました。

 

「一体何が起こったと言うんじゃ!」

「驚くなよ爺さん、どうやら王都が落とされたらしい、人間にな」

「なんじゃと?」

「信じらんねぇよな? でもマジらしい、あいつら魔法を無効化する秘密兵器を出して来やがったとかで、魔法で一網打尽にしようと思っていた戦士達を逆に一網打尽にして、王都まで一気に駆け上がったって話だ」

「そ……そんな馬鹿な事が」

「有るんだよ、ココだってヤバいかも知れないぜ? 村長やらが集まって、集会所じゃ喧々諤々の話し合いの真っ最中だ」

「そ、そうだったか……」

 

 ファーモス爺はチラリとコチラを見てくる。ようやく気が付いたか? 俺の正体に! 敬えよ! そして死ね!

 

 ダメだ、俺は本当に壊れている。八つ当たりだって気が付いてるさ! でも!

 

 感情を押し込むように、必死に膝小僧を握り締める。感情が爆発しそうだった。

 そんな俺を見ていられないとばかり、爺さんが続ける。

 

「では、その話し合いの場に連れて行っては貰えんか?」

「ハァ? 爺さん正気かよ、そんな場に爺さんが行ったらどんな顔されるか解ってんだろ?」

「どんな顔をされようとも構わん、ワシの話を聞いて、それでも下らないと思うなら好きな様に村から摘まみ出せばいいじゃろう」

「ちっ、好き勝手言いやがって、吠え面かくなよ?」

 

 門番は言い放つと馬車を止め、急かすように俺達を村の中へと案内した。

 

 そうして連れ込まれたのは村の公民館みたいな場所だった。

 イキナリの急展開。俺は村人が集まるど真ん中に放り出される。回りには人だかり、住人が残らず集まってるに違いない。

 ザワザワとまとまりのないざわめきが、俺を見るなり実体を持つかの様だった。

 

 誰かが言った、「これはエリプス王の娘、ユマ姫に間違いない」

 

 誰かが叫んだ、「他の王族はどうなったのか!」

 

 ファーモス爺が呟く、ユマ姫と寄り添うように死んでいた青い髪の美しい少女の事。

 

 すかさず響く叫び声、「それこそがセレナ姫では無いか!」

 

 鳴りやまぬ怒号、そして絶叫。

 

 取る物も取らず逃げて来たと言う行商人や、旅人の口からも王都陥落の報が上がる。

 村の人々は卒倒せんばかりのありさまだった。

 

 どうやら俺は王都陥落の報が知らされる、狂乱のただ中に突っ込まれたらしい。

 運が良い! その狼狽振りを、絶望を、特等席で楽しめるではないか!

 俺は一身に集めた注目を独占して、朗々と語る。

 疲れ果て、舌も回らず、表情筋も固まったままだが、それで良い。舌っ足らずな位が悲劇を語るのに丁度良い。

 

「父様も死んだ、母様も死んだ、ステフ兄様も、セレナだって死んじゃった」

 

 焦点の定まらぬ目で泣きながら笑う。

 

「みんなみんな死んじゃって、私だってどうして生きてるか解らない」

 

 それまでの狂乱が嘘の様に静まり返り、静寂が訪れた。

 

 ――ああ、なんて、心地よい。

 

 まるで自分自身が『絶望』になった様だ。いや、そうだ! 俺が! 俺こそが絶望なのだ! 俺の『偶然』が『絶望』をもたらした。

 

 だったら、帝国だって絶望させる事が出来るはずだ。

 

 その後、どうするべきかと紛糾する論議の中。俺は希望の糸を垂らしてやった。

 この村でレジスタンスを結成する? 様子を見る? 和睦を持ちかける? 全部無駄だ、霧の前にエルフは無力なのだから。

 じゃあどうするか?

 

「私は人間の街へ、出来れば王都に向かいたいと思います」

 

 打倒帝国を掲げ、東の王国と手を組む。それしかない、それこそが帝国を打倒する唯一の方法にして、世界を混沌と破壊に導く一手になる。

 

「魔法を封じる策が向こうに有る以上、我々だけで戦うのは得策ではありません。同じ無能の耳無しでも、この世を統べる権利を神授されたなどとのたまう輩より、ビルダール王国の方が話せるでしょう。彼らとて皇帝がエルフの技術と兵力を手に入れた先に何を望むかなど、解らない筈が無いのですから」

 

 それはセルギス帝国と対を成す、ビルダール王国との同盟。

 

 しかし、敵対こそしていないがビルダール王国と国交など一切無いのだ。加えて種族の壁と言う奴は根が深い。突然王都にアポ無しで殴り込むのは危険だと反対される。

 それこそ唯一残った王族の生き残りに何か有ったら村の責任問題になりかねないと止める老人が大勢居た。

 

 更に言うなら、人間との同盟など俺の独断で決めて良かろう筈が無いのだ。王族は全員死んだと言うのだって、俺の自己申告に過ぎない。

 だけど、ココは勢いが大切だ。

 

「だとすれば、誰が決めるのです! 父様ですか? 母様ですか? 死者に話が聞ける者が居るのならば名乗り出て下さい! それとも最後まで戦った父を見捨てて逃げた元老院の生き残りでも探してみますか? 見つけ次第、今からでも父様の身元に送って差し上げます」

 

 俺は毅然かつ、堂々と宣言する。ハッタリが大事だ。俺は一人でも多くの人間を殺したいのだから。

 戦女神の様に、彼らを戦争へと導く、その先に死が待っていても構わない。

 

 初めは戸惑うばかりだった村人も、俺の様子に徐々に惹き込まれて行くのが解る。

 どうやって日々の生活を取り戻すのかと言う焦りと不安一色だった心が、奴らに一泡吹かせてやると、地図を取り出し戦略まで語り出すようになった。

 朗々と語る俺の姿が人々の勇気に変わる。それが蛮勇であるとも知らずに。

 

 トントン拍子に俺の出発は決まった。

 帝国が攻めて来てからでは遅いのだ、早い内に俺は村から脱出する必要があった。

 喧々諤々の論議があったが、大森林から直接に王都を目指すのは無謀と言うのが皆の共通認識であった。

 それだけ大森林とビルダールの王都を遮るピルタ山脈は難所であるとの事。

 そこで飛び出した一案は、王国の大都市を巡りながら打倒帝国を喧伝すると言うモノ。

 

 直接王都に乗り込めないのならどうやっても長旅になる。だけど、この村の保存食だけで王都へと回り込む長旅には耐えられない。

 だとしたら人間の村々に寄る必要があるのだが、いっそ大都市を中心に行脚して、各地の貴族に協力を要請しながらの方が良いと言うのだ。

 

 危険な賭けに思うが、どうせ人間の街に寄る必要があるのなら、その時の反応を見なが臨機応変に作戦を変えたって良い。

 

 かくして俺は、村の物資を満載した馬車を手に入れた。

 ついでに共に行くぞと、声を荒げる若者が数名護衛についてくれた。ピラーク二頭立ての村の規模から考えればそれなりに豪華な荷馬車である。

 

 俺は村の大歓声を浴びながら、外の世界へと飛び出した。

 それが辛い旅路になる事は、解りきっていたのだが……



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少女発狂ス。

昨日、投稿時を間違えて慌てたのですが
すると何故か、UAが多かったので、またもや変な時間に失礼します。
スマヌ


「フフッ」

 

 自然と笑みがこぼれる、嬉しくてたまらない。

 侍女として側に控えていた女の子、村長の娘だったか? が俺の顔を見て、信じられない物を見たかの様に目を見開いた。

 怒号が飛び交う馬車にあって、誰もが後ろを気にする中、彼女だけが俺を見ていた。

 

「おい、もっとスピードは出ないのか?」

「目一杯だ!」

 

 そりゃーそうだ。この状況で笑う方がどうかしている。

 馬車はガタガタとケツを跳ね上げる程に揺れ、猛スピードで街道を全力で疾走している。

 何故かって? 追われているからだ。帝国兵じゃない、だったらまだ理解出来る。逃げ出したお姫様を追いかけて来るのは当たり前。

 しかし、違う。俺達を追いかけてるのは魔獣だ。しかも俺が知る中で、最も巨大な魔獣である。

 

「ふっざけんな! なんでこんな所に大牙猪(ザルギルゴール)が出やがるんだよ!」

 

 大の男の切羽詰まった悲鳴が響く。

 こんな魔獣を相手に、一般人は何も打つ手が無い。男たちはこれ以上無いぐらいにギャーギャー騒ぎ立てるだけ。

 これで笑っているんだから、頭がおかしくなったと思うのも無理からぬ話。

 

「フフッ、ハハハハ!」

 

 ヤバい、笑いが止まらない、いよいよ女の子が怯えだした。でも仕方ないだろう?

 俺を殺そうとする『偶然』は絶好調だ。爺さんと村に行くまで何にも無かったから、俺を殺す気が無いのかと疑ってしまった。

 

 俺の『偶然』が、家族を、セレナを殺してしまったと、後悔と……自責の念。なんて生ぬるいもんじゃないな、疫病神の俺はとっとと死のうと本気で思った。

 でも、よくよく考えてみるとセルギス帝国がエルフの国を攻めこんだのが、偶然ってのはよく考えたら無理が有る。戦争は思い付きや偶然でやるもんじゃ無いだろう。

 むしろ、ここまでが神が予見していた運命の内なのかも知れないと思い至った。

 

 『亡国のお姫様』

 

 いかにも、だろ?

 

 同情されて多くの運命を巻き込んで、因果律を集めるとか言ってたか?

 強さではなく、そう言う理由で死ににくい奴を選んで転生させると神は言っていた。まだ亡国と言い切るのは早いが、控えめに落ち延びた姫と言ったとしても、悲劇のヒロインとしては十分だ。

 だとしたら俺はこんな苦痛を、悲しみを味わうために転生したって事になる。

 周りを巻き込む事すら覚悟してると言って啖呵を切って転生したが、ハッキリ言ってとてつもなく後悔してる。

 でも、もし、もしも、だ。もし俺が転生しても、しなくてもセレナも、父様も、母様も、兄様も、結局は殺されるのが運命なのだとしたら。

 

 だったら俺は仇を取りたい。

 そんな運命を作った帝国の奴らを皆殺しにしてやりたい。いっそ人間を、いやエルフだって良い、こんな糞みたいな世界の奴らを全て殺してやりたい。

 

 そう思った時に、おれの魂に潜む『偶然』って奴が急に頼もしく感じられた。

 

『神さえ匙を投げ、運命をぶち壊し、全てを巻き込み、関わる者を破滅へ導く』

 

 結構じゃないか、いっそ全部殺してくれよ!

 

「クソ、もうピラークが限界だ、追いつかれる」

「どうする? 魔法で攻撃するか?」

「馬ッ鹿野郎! そんなしょぼい魔道具でどうにかなるかよ、余計に怒らせちまう!」

「じゃーどーすんだよ!」

「逃げんだよ!」

「逃げられねーから困ってんだろボケ!」

 

 ハァ、見苦しい連中だ。まぁどうせ死ぬんだ精々使ってやろう。

 

「このままでは全員死にますね」

 

 俺の言葉に馬車は静まり、一斉に視線が集まる。

 

「私は馬車を降ります!」

「無謀だ、姫サマ!」

「そーですや、第一、降りるったってどうやって?」

「飛び降りたら大怪我しますぜ? 自分から餌になる様なもんでさぁ」

「…………餌に?」

 

 それを言った男に視線が集まる。

 

「良くいったダルカス、おめぇ飛び降りて餌になってこい」

「あ?」

大牙猪(ザルギルゴール)がおめぇをムシャムシャ食ってるえーだに俺たちゃドロンっつー作戦よ」

「ふざけろおめーが死んで来いや」

「んっだとー」

 

 取っ組み合いの喧嘩が始まる。まぁ飛び降りるのは勝手だが、エルフがたっぷり乗った馬車を一人にかまけて見逃すかは五分五分と言った所。五分五分だったら俺の居る方が襲われる確率は100%。何言ってるか解らなくなりそうだが、それが俺の『偶然』って奴だ。

 多分踏みつぶされて、半殺しにされ、馬車を確保できなかった時のキープとして放置ってのが関の山だろう。

 

「申し訳ありませんが、私には馬車を安全に降りる方法が有ります、皆さんには囮になって頂きます」

 

 俺に関わる人間はみんな死ぬ、本当にお悔やみ申し上げる。

 

「…………」

 

 言葉も無いって感じか、みんなポカンと俺を見ている、こう言うのは勢いだ、押し切った者勝ちだろう。

 俺はトコトコと馬車の後部に向かうと、バンッと出口の扉を開けた。

 

「では皆様、ごきげんよう」

 

 お元気で、と言うか迷ったが多分元気じゃ居られないから、せめてご機嫌に逝って欲しい。

 

「『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」

 

 さて、肝心の爆走する馬車からの脱出方法だが単純に魔力のゴリ押しだ。

 なんせ今の俺の魔力値、健康値はかなりのモノ。

 

健康値:42

魔力値:416

 

 意味不明な数値。

 まず健康値の原因として考えられるのは魔力濃度だ、旧王都の周辺が最も魔力が強いとして、ここは既に森の外縁部。エルフには魔力が薄いぐらいでも、ハーフエルフである俺にはベストな魔力濃度で有る可能性が高い。

 

 魔力濃度ってのは酸素みたいなもんだと思う。前世の酸素カプセルみたいに、ある程度濃度が高い方が、疲れも取れて元気になれるのかも知れないが、濃度が高過ぎれば毒にもなる。基本的に体に無理が無い範囲なら魔力濃度が高ければ魔力値は増えると聞いたので、王都の魔力濃度は俺の体には、相当に無理が有ったのだと思う。

 

 なんせベストな魔力濃度下と思われるココでは、最早エルフ離れした健康値を叩き出している。魔力だって十分天才と称されるレベル。

 

 ちなみに魔力値200がエルフの魔法戦士の最低限と言われる数値。

 魔力値が200もあれば魔法使いになれる、って小さい頃に聞いていたんだけど、どうもエルフは戦士とか魔法使いってジョブの分け方が無いみたい。

 

 ってか、戦い方が魔法しか無いのだから当たり前。

 

 王都は魔力が濃い。だからその魔力に耐えられる王都の住人は魔力に関してはエリート揃いで、他の地域では魔力値の平均は100ちょっと位。

 つまり魔力値400越えってのは通常の四倍の数値だ。

 

 更に言うと、まともに魔法自体が使えないエルフも王都の外には大勢いる。

 魔法なんざ習うより、魔道具に魔力さえ流せりゃ良いんだから必要性は薄いのだ。流石に種火魔法辺りは使えるが、それでも普通は使わない。

 精神を集中して、必死に魔力を制御して種火の魔法を使うより、魔道具を使うのは村人にとっては自然な事。

 地球だって、誰も日頃から火打ち石なんざ使っていない。

 

 天才なんて言葉じゃ到底収まらないセレナはともかく、父、母、兄と魔力値300越えが当たり前の環境で過ごして居たから、魔力の平均値や魔法の水準に対する知識は有っても俺には全く実感は無かった。

 

 人間よりよっぽど強くて能力が高いと思っていたエルフも、俺の回りの特殊な人々だけだったワケだ。

 魔力を使った便利な道具が無ければ、地球人となんら変わりが無い。まして魔力を奪う霧の下なら電気を奪われた現代人並に無力な存在だ。

 

 コイツらも、俺が馬車から降りるって位でグダグダ言うんだから、本当にまともな魔法が使えないのだろう。

 

「キャァァーー」

 

 だから、呪文と共に馬車の外に飛び出した俺に村長の娘の悲鳴が上がる。

 だけど、心配するべきは自分の命だぜ?

 

 ――バシュッ

 

 空気が弾ける音がして空中に放り出された俺の体が横に吹っ飛ぶ。

 

 空気圧で高速移動する魔法だが、瞬間的に魔力を込めれば吹っ飛ぶ様な移動が出来る。

 そう、兄様が木から木へと飛び移って移動していた魔法だ。

 200以上の魔力値が必要なのに加えて健康値も削られるので、決してやるなと言われていたが、今の数値なら何の問題もない。

 

 猪に踏みつけられるハズだった俺の体は、道を外れ森の中に吸い込まれていく。後ろから「魔法だ!」とか「アレが王族の力か!」と驚きの声が聞こえてきたが、あいつらセレナの魔法を見たらなんて言うんだろうな。

 

 森へ飛び込んだ俺は魔法で衝撃を殺しながら着地。すぐに油断なく森の奥、木が密集する場所を目指して突き進む。

 大牙猪(ザルギルゴール)は巨体過ぎて植生の濃い森の中では移動しづらいハズ。以前は俺を狙って木を切り倒して迫ってきたが、今回はどうだ?

 

 チラリと後ろを振り向く、猛スピードで突き進む巨大な獣の目がギョロリと横目にこちらを睨む。

 しかしそれも一瞬の事、化け物は森の中の俺を無視して馬車を追って行った。

 

「ふぅ……」

 

 流石に森の木をなぎ倒しながら、俺一人を襲うってのは『偶然』と言える範疇に無いらしい。馬車の皆には魔獣の相手をお願いしよう。

 

 ……死ぬかな?

 

 罪悪感ぐらい感じるかと思ったが、全く無い。俺が乗っていたって一緒に死ぬだけだ。

 流石に「理不尽を共有出来て嬉しい」とまでは言わないけれど、護衛として付いて来たのだから覚悟はあるだろう。

 

 むしろ問題なのは俺の方だ。

 

 この後この森を徒歩で進むのか? 流石に辛すぎる。山道や獣道ですら無い森の中は本当に体力を削られるって事を俺は身をもって知ったばかりだ。

 

 結局、ほとぼりが冷めた辺りで道に戻った。

 良くない好奇心が顔を覗かせ、彼らがどうなったのか、魔法を使って速足で追いかける様に走った。

 万が一大牙猪(ザルギルゴール)に見つかっても、また森に隠れればいいのだから気楽なもの。

 そうだ、森に隠れるだけで逃げられる。不健康だったあの日の俺とは全く違う、走りながら俺はそれを実感していた。

 悠々と散歩しながら、どうしてこんな事になったのか考える。

 

 言ってしまえばこんな所に大牙猪(ザルギルゴール)が居るのがおかしい。

 

 本当は旧王都の更に北の山に棲む魔獣だと聞いている。そこには他にも巨大な魔獣が居ると言うし、餌も有るのだろう。

 木の密度が高いことで有名なここらでは、餌を狩ろうにも軽々に森に入る事すら出来ないハズだ。一回り小さくて象くらいのサイズの牙猪(ギルゴール)ですら満足に移動できないだろう。

 

 となれば、きっと王都近くまで降りて来た大牙猪(ザルギルゴール)が帝国の兵器で急に無くなった魔力にパニックを起こし、街道を伝って南まで逃げて来た。そんな所であろうか? きっと『偶然』で片づけられてしまう範囲に収まる。

 

 俺は『偶然』との付き合い方が解って来た気がしていた。運命の16歳が近づくと隕石が降る様な無茶もしてくるのかも知れないが、普段はその限りじゃない。

 よく考えたら俺と『偶然』の付き合いはかれこれ何年だ? 30年近いって事に成るのか? いや単純に足すのはおかしいか? まぁ良いや。

 コイツを手懐ければ、巻き添えに帝国を滅ぼす事まで出来そうな気がしていた。

 

 

 ご機嫌で道を歩くと、いよいよ横転した馬車を発見。大牙猪(ザルギルゴール)が入れない小道に逃げ込もうとして失敗したって感じだ。

 既に大牙猪(ザルギルゴール)の気配はない。近づいてきたらあの巨体だ、すぐに解る。俺は慎重に馬車を調べた。

 まず目につくは大量の血とその匂い、恐らく繋がれたピラークが食われたのだろう。エルフが食べられた形跡は無いので上手い事森に逃げられたのかもしれない。

 

 ただ、荷物を持ち出す余裕は無かったみたいだ、食料や毛布などがまるまる残って居た。よくよく考えると、俺は食料も何も持たず、一体これからどうするつもりだったのだろう?

 つい勢いで馬車を降りてしまったが食料無しで森を歩くなど、死んだ方がマシな位辛いって体験したばかりだと言うのにな。

 

 結局俺は、トコトン馬鹿なのだ。ため息混じりに馬車を漁る。

 

 毛布やテントの他に、着火の魔道具や、土や木から水分を集める魔道具も有ったが、この辺は有り余る魔力でどうにでもなるので必要ない。

 着替えに関しては、サイズが合うのはドレスばかりだ、ちなみに今着ているのもドレス。

 俺がお姫様であるため、いつでもドレスを着るモノと言う思い込みがあったのだろう。同乗していた村長の娘のお古で恐縮と言っていたが、もっと地味な普段着が欲しかった。

 着替えがあるだけマシだが、森をドレス姿で駆け抜けるのはしんどい。

 しかし、考え方を変えれば、人間の村に行って野良着姿で「私はお姫様です、王都まで行きたいの♪」などとのたまっても、気狂いとしか思われないだろうから悪くはないか。

 

 肝心の食料は、ナッツや棒状のクッキーと言った定番保存食がしっかり揃っている。

 ツイてる、これだけ食料が有れば一人でも森を抜けるまで移動できるかもしれない。

 

 思い起こせば俺は死にそうな目に合う反面。それ以外は概ね運が良かったんじゃないだろうか? 町内会のくじ引きみたいなどうでも良い奴は外れるが、どうしても欲しかったゲームの限定版予約は勿論、懸賞のグッズだって結構当たった。

 『偶然』に殺されるのは魂の所為として、素の運の良さは案外高いのかもしれない。

 

 ま、それもコレも死んでしまえば意味のない話だが。

 ドレス姿に似合わぬ大柄で無骨なリュックを背負って、俺は一路南を目指す。

 

 南からセルギス帝国とビルダール王国の国境付近に降りて、そこから森を回り込むように北東のビルダールの王都へ向かう。

 ()(えん)な道のりだと最初は思った、しかし人間の街に降りて、我こそはエルフの姫なりと喧伝しながらビルダール王国を巡るのは無駄では無い筈だ。

 それこそ直接王都に乗り込んで「俺、エルフの姫なんだけど助けてくれない?」などと言っても相手にされないだろう。

 「落ち延びたエルフの姫が、ビルダール王国内を王都へと目指し旅をしている」そう言う噂が立てば成功だ、エルフにも俺の動きが伝わって、使者でも送ってもらえれば証明になるし、なにより『偶然』に抗うには人を巻き込む事、その為には物語が必要だった。

 縁もゆかりもないエルフの姫の為、帝国と戦争しましょうって思って貰える様な、一世一代のストーリーを作り上げる。

 

 ハッキリ無茶だと思う、でも不安は無い、楽しくて仕方ない。これはゲーム、そうゲームだ。

 

 ただしクリアなんて無い、だってもう負けている。

 守るべき城も、家族も全て落とされて、とっくの昔に敗北は決定している。後は生き残ったキャラクターで他のプレイヤーに必死に嫌がらせをするだけだ。

 ああそうだ、俺はゲームでもこう言う瞬間が堪らなく楽しいんだ。もうこいつとゲームなんてしたくない、ってぐらいに嫌がらせを繰り返す。

 なにせもう負けている。ルールなんてどうでも良い、勝利条件を満たすために頑張る必要も無い、ただただ相手が嫌がる事だけ考えれば良い。

 

 さぁみんなで死のう。セレナの元に全てを届けよう。

 

 ついこの間、あんなにあんなに涙を流して泣いたのに、気味の悪い笑顔がべったりと顔に張り付いて、俺はどんな風に泣くのかも忘れてしまっていた。



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黒衣の剣士

スイマセン、主人公目線一本で、と思っていたのですが、章の終わりとしてはこの話は入れておきたかった。


 黒尽くめの男が悠然と街道を歩いてくる。

 

「なんじゃありゃー」

 

 村人が間抜けな声を上げてしまったのも無理からぬ話。

 その男の風貌は、大きな街道から外れた長閑な村に似つかわしい物では無かった。

 頭の上からつま先まで、黒一色、その一言に尽きる。この辺りでは珍しい黒髪に、ズボンもジャケットも黒く染め上げられ、関節などに張り付けられた補強用の革、果ては外套やブーツまでも黒で統一されていると有れば、異様としか言いようがない。

 

 だから、そんな男が村に踏み込むや否や、周囲の農奴達は一斉に男を取り囲んだ。

 

「全くとんだ歓迎だぜ」

 

 男は手を上げ、反抗の意思がないことを示すが、警戒は解けない。しかし愚痴りながらも男は全く気にして居なかった。

 男は自身の風貌が異様で威圧的だと重々理解していた。

 色だけではない、身長も周りと比べて頭一つどころか二つ分近く高い、貧しく平均身長の低い田舎の村人にしてみれば、見た事も無いような大男だ。

 加えて、背負う剣まで明らかに人間用のサイズじゃない、顔にも不思議なアクセサリーを付けて表情が読み取りにくい。

 これだけ揃えば怪しいなんてモンじゃない。長閑な村がパニックに陥るのは当たり前なのだ。

 

「だからってこれは無いだろう」

 

 今度のぼやきは本心から、男は村に入るや否や村人達に手厚い歓迎を受けた。

 金属製の農具を突きつけられたのだ。

 

「おめぇ、何しにこの村さ来た?」

 

 (すい)()する男はピッチフォークと言われる農具を突き付けながら黒衣の男に迫る。

 

「用があって来たわけじゃねーよ! 旅の途中だ! 仕事が無けりゃ、一泊どっか借りて、食料調達して出て行くよ」

「本当か?」

「ああ」

 

 ピッチフォークは農具とは言え、突き付けられた方にとって見れば三又槍(トライデント)と大差ない。それでも平然としている男はやはり只物では無いと言えた。

 とは言え、続々と村人が鍬や鋤を手に険悪な顔で集まってくるのは面白くない。当てもない旅の途中とは言え、男は魔獣退治の専門家。凶暴な魔獣に困ってや居ないかと、親切心で立ち寄った所も大きいだけに、納得が行かなかった。

 男はその筋では名の知れた男だった。

 だからこそ、村人に混じった行商人が男に向けて声をかける。

 

「オイ! おめぇさん、まさか妖獣殺しか?」

「ああ、そう言われる事も有る、せっかく来てやったってのにこんな歓迎を受けるとはな」

 

 妖獣殺し、男に付いた二つ名だ。

 

 強力な魔獣は、基本的に大森林の外には出てこない。ただし、空を飛ぶ魔獣は別だ。

 魔獣の中にもカテゴリーがあり、空を飛ぶ魔獣には、翼獣と妖獣の二種類が存在していた。

 

 翼獣は文字通り翼を持つ鳥の一種。行動範囲こそ広いが、それ程の脅威は無い。

 

 妖獣。危険なのはこちらの方だ。その特徴は、一言で言うとキメラである。複数の魔獣がグチャグチャに混ざり合った、突然変異の化物であった。

 当然、個体ごとに特徴も大きく異なり、妖獣と一口に言ってもその危険度は全く異なる。

 猫の様にしなやかに駆けたり、猿の様に知恵が有ったり、犬の様に鼻が利いたり、鋭い爪や牙を備える事もある。

 だが、それらは大森林の中から出てこない。魔力が薄い中をわざわざここまで走ってこない。

 だが翼を持って飛ぶ奴だけは別だった。そんな強力な魔獣が人間の村に現れる度に、農村の人々は恐ろしい程の被害を出していた。

 

 そんな妖獣が帝国の小さな村を襲った際、颯爽と現れて、瞬く間に退治した事で一躍名を売ったのがこの男、『妖獣殺し』なのだった。

 

「へぇこんな辺鄙な村でも俺を知ってる奴が居るとは、俺も名が売れたもんだな」

「いま、妖獣殺し様が旅をしてるってお話はへぇ、我ら行商人に取って語り草ですから」

 

 この世界の、特にこんな辺鄙な村では情報源は人の噂話に限られる。しかし噂と言うのは娯楽だ、面白い物は際限無く広がるが、そうで無ければ広がらない。

 その点、英雄的な妖獣狩りをしながら貴族に飼われず、旅を続ける黒尽くめの戦士の噂は極上のネタとして広まっていた。

 

「お、おいコイツはそんなに有名人なのか?」

 

 焦ったのは村人だ、いつも強気に吹っかけて来る行商人の腰が低い。ただの怪しい奴では無い事を悟ったのだ。

 

「そろそろコイツを引っ込めちゃくれないか?」

「あー皆さん、彼が『妖獣殺し』ならそんな農具でどうこう出来やしませんよ止めましょう」

 

 行商人が言うまでも無く、農民達は既に及び腰だ、手にする農具を握る力も弱い。

 だがピッチフォークを突き付けた男だけは最後の気力を振り絞って問いただす。

 

「おめぇ、帝国のモンじゃないんだな?」

「帝国から来たが、帝国の手の者って訳じゃない、何か仕事を受けてこの村に来た訳でも無い」

 

 男にもこの村の事情が呑み込めて来た。この村は何か厄介事を抱え込んでいる。其れを帝国に知られたくないらしい。

 

 ここはビルダール王国の外れ、セルギス帝国との国境は遠くない、隠し砦なんかを作ってるって可能性がありそうだ。

 それにここは大森林に最も近い村でもある。辺りは濃厚な魔力に満ちていて、新しい魔道兵器の実験と言う線も考えられた。

 となれば普通は食料でもねだってから回れ右するのが正しい処世術。しかし男は好奇心が勝った。

 

「何があったか教えて貰っても?」

 

 首を突っ込む覚悟を決めた。万が一が有っても、こんな村人相手なら逃げおおせる。

 

「あ、ああ」

 

 ピッチフォークの男が村の中心部、この世界の典型的な役場をチラリと見やる。

 

「役場か? あそこで話をしてくれるって事で良いんだな?」

「あ、いや……ああそうだな、オイ済まんが村長に事情を説明しておいてくれ」

「ああ、解った」

 

 ピッチフォークの男は農具を降ろし、声を掛けられた鋤を持つ男は役場へ走った。

 

「すまんな、気を悪くせんでくれ。事情は役場に行けばスグに解る」

「これで、盗賊に間違えましたって程度なら納得いかねーぜ」

「そう言う事じゃない、何にせよ付いてきてくれ」

「――フン」

 

 鼻息荒く不機嫌も露わな男だったが、内心はワクワクしていた。何が出るにしても退屈はしないだろう。

 

 

 村役場は男の様な流れの戦士にとってはお馴染みの場所だ。この世界には冒険者ギルドなんてシステムは無い。だから冒険者ランクなんて物も冒険者カードなんて便利な物も無い。

 だから畑を荒らし、人も襲う魔獣の駆除は行政のお仕事だ。まんま害獣駆除だと思って良い。ただ田舎ともなれば、その仕事をアウトソーシングしなければならないと言うだけの話、それも大胆にだ。

 

 そんな仕事も無い場合、流れの戦士は村長などの権力者の家に御厄介になるか、最悪筋モンのおっかないオジサンのお世話になるしかない。まんま時代劇で言う所の渡世人の様なヤクザな世界である。

 男ほど名が売れてくれば、貴族に取り入るのも難しくない。ただ男は自由に旅がしたかった。

 と、なれば派手に稼げる案件が有ればそれに越したことは無い。厄介事って言うのはそれだけ金になるって事だ。

 ピッチフォークの男――いやとっくに農具は手放してるが、の案内で役場の扉をくぐる。

 

「アレが妖獣殺し」

「噂に違わぬ大男じゃねーか」

「それに見ろよあの剣、あんなモン振れんのか?」

 

 大規模にアウトソーシングされてるから、役場にはゴロツキが大勢居る、そして彼らは耳が早い。

 遠巻きに見つめる彼らも、男の噂はかねがね聞いていた。

 男の方もそんな視線は慣れっこで、むしろ気になるのはその雰囲気が弛緩している所であった。とてもじゃないが秘密作戦中と言う風には見えない。

 ピリピリしている村人と、対照的な傭兵の様子に首を傾げるが、何かあるには違いない、でなければ村長がわざわざ説明に来るはずがない。

 黒衣の男は神経を尖らせながらも、ロビーで待ち構えていた村長と対面した。ひげ面の冴えない中年男と言った風采だった。

 

「わしがこの村の長を務めさせて貰っている、ガスタールだ、お前さんが妖獣殺しと呼ばれる凄腕と言うのは聞かせて貰った」

「そりゃどうも、だがそんな挨拶よりも何が起こってるか教えて貰っても?」

「ああ、話は上でしよう、会って欲しい人も居るしな」

 

 この世界、城塞都市でもない限り村の建物は殆ど平屋だ。それでもこう言う役場は大体二階建てとなる、大体は防犯上の理由である。つまり込み入った話をすると言う事。

 

――いや、会ってほしい人と言ったな? 相手は誰だ? 貴族にしたって……

 

「妖獣殺し、あんたはザバを知ってるか? 会った事は?」

 

 階段を上がりながらアレコレ考えていた男の思考は、村長の急な言葉に遮られた。

 

 森に棲む者(ザバ)。魔の森と言われる危険地帯に暮す忌まわしき民の名として聞いた事がある。

 その特徴は人の理を越えた規模の魔法を扱い、長寿、かつ化け物の様に耳が長い。

 伝承や歌の中で森に棲む者(ザバ)の恐ろしさはそれこそ鬼の様に語られる、が。

 

 ……それってエルフだろ?

 

 男としては恐れる理由が解らない。

 

 街で「いたずらばっかりしてるとザバになっちゃうぞー」と子供の耳を引っ張る母親を見る度、男としては、正直エルフになれるなら大歓迎じゃないか? と不思議に思って居た。

 

「……いや? 会ったことは無いな、会ってみたいとは常々思っていたが」

 

 そういう男を村長は、変わり者と言いたげに一瞥したが。

 

「ならスグに会えるぞ」

 

 とだけ言うと、二階の奥、恐らく村長室だろう重厚な扉のドアノブを掴み押し開いた。

 

「彼女が森に棲む者(ザバ)、それも本人が言うにはお姫様だ」

 

 男には村長の言葉が頭に入ってこなかった、窓は締め切られているがランプでは無く贅沢に魔道具の明かりで満たされている。

 

 その光溢れる部屋のソファーに一人の妖精が居た。

 

 ピンクの髪、細面で線の細い体つき、そして長い耳……はエルフの特徴と一致するが、何より驚くのはその瞳だ。

 ピンクと銀のオッドアイ、それが両の目とも大きく見開かれこちらを見ている。

 大きい、なんと大きい瞳だ、まるでアニメのキャラの様で現実感が無い。

 でも、気持ち悪くも不気味の谷に落ちていく感じもしない、それは立派に生物としてそこに存在している。

 

 可愛い。まさにそれしか言葉が無かった、可愛い記号を押し固めた様なアニメキャラに匹敵する可愛さをその身に宿している、そうとしか男には思えなかった。

 絶句していると、おずおずと付いて来たピッチフォークの男が悲しそうに呟いた。

 

「気持ち悪いと、恐ろしいと思うか? 俺も初めはそう思った。でもよ、村に来たあいつはボロボロでよ、今でこそ服も着替えて見違えたが、話を聞くと何だか可哀想でよ」

「それに聞き逃せん事もある、ザバを滅ぼした帝国の新兵器、そしてエルフの兵器の数々だ。それを帝国が手に入れたらどうなるか……」

 

 可愛いどころか恐い? 真逆の事を言われ、男の思考は上滑りするばかりだ。村長の言葉に至っては意味も解らない。

 

「……ザバを滅ぼした?」

「ああ、お嬢ちゃんが言うにはザバの国は首都を攻め落とされたと、帝国の奴らが攻め込んで来たらしい」

「おい嘘だろ!?」

「正直ワシらの手に余る話だ、彼女を王都に運んで欲しい。事は一国を揺るがす事態だと思えてならん、彼女自身もそれを望んでおる」

「いや、しかし」

 

 思いもよらない依頼、しかし男は躊躇した。少女はむしろ可愛いと思う。だからこそ躊躇した、触れれば消えそうな幻想的な少女に対し、自分は威圧感ある黒衣の剣士だ。

 

 威圧感のあるこの姿は望んだ形とは言え、女の子受けするとは思えない。いや逆に貴族の少女に気に入られる事はあるのだ、あるのだが、それは噂に聞く恐ろし気な剣士を自分のポケットに入れたいと思う思春期の妄想ゆえ。

 流石にエルフのお姫様が知るほどに、自分の名は売れていないだろう。だったら自分は恐怖の対象に過ぎないのでは無いか?

 その証拠に先程から少女はこちらを凝視し、恐怖に目を見開いている。

 

「……タ、タナカ?」

「!? ……なん?」

 

 男が焦ったのは無理もない、突如少女が言葉を放つ、しかもその言葉は男にとって特別な意味が有った。

 

「タナカ?」

「魔法か?」

 

 周りは意味が解らない、だが男には意味が解った、痛い程。

 

「いや違う、田中は……俺の名だ」

 

 ――どうやら俺の名はエルフの国にも売れてるらしい。

 

 そう思うと男は、いやタナカは黒縁眼鏡を上げ直し、ニッと笑うのだった。



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★一章の設定語り

あ、なろうと違う部分に★を入れることにしてます。管理用です。
例によって読み飛ばして下さい。


一章を読んでくれてありがとう御座います。感謝します。

 

ハーメルンのシステムが良く解って居らず、失礼をしていたら申し訳無い。

とりあえず、一章分の設定を語っていきます。

 

一章を読んでおらず、設定を見に来た人は申し訳無いですがネタバレがあります。

 

【エルフのお姫様】

僕は昔のなろう小説みたいな、幼少期の子供に転生して、家族と触れあいながらじっくりと成長して行く物語が好きなのです。

 本好きや無職転生と言った作品が有名です。

 

 ですが、最近は退屈だとばかり、殆どの小説で描かれません。人気が無いみたいです。

 もしくは、生まれてすぐに、幼児のままに無双するタイプが多い気がします。

 だけど、好きなんですよね、感情移入のレベルが違うというか。商業じゃ無いからこそ出来るんだと感動した覚えがあるんですよね。

 

 でも、やっぱり流行らないのか、この辺でブラバされやすいのは事実でありまして

 

 いや、これは僕の幼少期の書き方が悪かったのでしょう。僕の作品が駄目でも、幼少期の可能性はまだあると思っています。

 皆も幼少期をたまには書いてくれ。決して無駄じゃないのだ。

 

 本作も、幼少期にやったことは一つも無駄じゃ無いので……なんとか!

 

 で、いよいよ一章を読んでない人にはネタバレですが

 

 

 

 

 

 

 

【家族は全員死ぬ】

 

 はい。スミマセン。

 家族との触れあいとか言っておきながらこのザマ。

 

 しかし、読者をビックリさせてやろうと言うテンプレ崩しがしたかった訳では無く、むしろやりたかったのは王道。国を追われたお姫様と言う王道展開なのです。

 ごめんなさい、半分ぐらいは驚かせたい気持ちもありました。

 

 もう一個のテンプレ要素としては、復讐モノってジャンルですね。それをやりたいと言う気持ちもありました。

 復讐に狂った恐い女の子が好きなのですね。

 

 でも、主人公が酷いことをされた過去は、独白でさらっと紹介されるだけってのが多いのかも。

 復讐を決意する程に、主人公がズタボロになる展開を描いたら、そりゃー人気出ないよね……

 

 しかし、狂っていく主人公に感情移入して欲しかった!

 

【エルフ】

 

 なんでエルフが異世界に居るのか? 当たり前に思えて、当たり前じゃない!

 

 正解は主人公が勝手にエルフと言ってるだけ!

 

 耳が長くて、若干、目が大きいのが特徴なのですが、その程度は民族の差で収まる範囲。

 名詞としてはお互いが自分達を「人間」に当たる単語で呼んでいます。

 

 ただし、人間は森に住む恐ろしいエルフを森に棲む者(ザバ)と呼んだり。

 

 エルフは森の外の人間を「無能」と罵ったりしています。

 

 他にも異世界のエルフって奴は、けっこう矛盾を感じる存在なのです。

 

 目が大きいのは文明が発達していて、目による情報が重要だから。近視が多いです。

 耳が大きいのは森の中で視界が悪く、音の重要性が高いから。

 肉を食べないのは、大森林の動物の体内には濃縮された魔力が溜まっているため。

 魔法が強いのに、弓を使うのは魔法が健康値で消えてしまうので、矢を加速する事で物理攻撃力に変換している。

 優れた文明があるのに人間界に侵略しないのは、魔力が薄い地で生きていけないから。

 森を切り開かないのは、森が無くなると大型の魔獣が侵入してくるため。

 

 と言う感じで、テンプレ要素に理由付けしているつもりです。

 それが、設定資料だけの話に留まらず、ストーリーにも結びついてる……と思って貰えれば良いなと期待したりする。

 

【健康値:魔力値】

 

 一章の主人公の最大の敵は健康値となります。

 健康であるために、どうするかを必死に考える話です。

 それに応じた秘宝が与えられるのですが、魔力が濃い大森林を抜けると、健康面での不安は無くなってしまいます。

 

 ただし、健康値は今後も重要な要素となります。

 実は、健康値はその十倍の値までの魔力値を消すことが可能なのです。

 散々、魔力値200が重要と言われるのは、健康値の平均が20ぐらいだからなのです。

 相手の健康値を上回れば、相手の体に魔法を流して自由を奪ったり、新陳代謝を活性化させて怪我を治す事すら容易に可能となります。

 

 魔力が濃い場所に住んでいる生物ほど魔力値が高くなります。そのため、王の血を引いていても、王都に住んでいなければ王族と認められません。

 ユマが家族と認められるには、健康を害しながらも王都で暮らす必要がありました。

 マラソンランナーが高知トレーニングをするように、体も徐々に魔力が濃い環境に慣れていきますが、ユマにとっては限界ギリギリの環境でした。

 ただし、生まれてこの方、ずっと高地トレーニングをしていた様なものですから、ユマは魔力が低い場所でも魔力値が高いと言う、特殊な体質になっています。

 純エルフが大森林の外に出ると、魔力が薄いため体調を崩し、魔力値も大幅に下がってしまいます。

 

【生誕の儀】

 

 ここで、腹違いと言う複雑な主人公の生まれを説明しつつ、チート能力のお披露目でドヤ顔展開と考えていました。

 序盤で珍しい、スカッとする展開が書ければ良いな……と。

 この儀式の後で、やっと人権が認められる形になります。ユマ姫にとっては暗殺の危険があるため、早い内にこなすべきものでした。

 

【成人の儀】

 

 セレナがどれだけ異常な強さを持っているかを見せつけるイベントですね。

 同時に、どんなに強くても死ぬ時は死んでしまうと言うのを解って貰う為の強さのアピールでもあるのですが……

 ちなみに、成人の儀の直前に大人がこっそりと魔獣を間引きするのが慣例です、セレナが空を飛んだために間に合いませんでした。

 

【魔法】

 

 非常に強力な存在なのですが、生命体に使おうとすると、健康値で減衰してしまうと言う制限がついています。

 そのため、健康値が無い無機物に使う分には非常に便利で、土木工事や家の建築などのコストは重機を使う地球よりも安く済むぐらいです。

 魔法を使って攻撃する際は、一度単純な物理攻撃力に変換する必要があります。

 矢を加速して、相手にぶち当てるのが主な攻撃手段ですね。魔法で制御可能なので百発百中です。ただし、弓の先生であるセーラさんは威力を重視する余り制御に失敗して外しています。

 

【魔剣】

 

 ステフ兄様が使っていたのが魔剣です。

 仕組みとしてはダイヤモンドの粒子をチェーンソーの様に高速で回転させる事で、異常な切断力を発揮します。

 エネルギーは魔力なのですが、例外的に相手の肉体を切り裂いてもこの魔力は掻き消されません。

 

 作中ではパーソナルスペースと言っていますが、自分の健康値の中であれば、相手の健康値で魔力が消される事がないのです。

 そのため、剣が自分の体の一部となるまで修行すれば、剣が健康値を纏い、健康値に妨害されずに直接に相手を切り裂けるのです。

 当然、魔剣の使い手は、ごく限られた人間だけになります。

 人が密集していても使えるので、護身用の武器として人気があります。

 

【魔獣】

 

 厳密には翼があって飛ぶ魔獣全般を翼獣(バルサ―)

 その中でキメラを妖獣(フェンサー)

 でっかいだけの鳥を恐鳥(リコイ)

 とか設定した気がするんですが、あんまり意味が無いので作者も忘れがち。

 

 普通の動物が魔力によって巨大化、変質した存在で、厳密には普通の動物と大差ありません。

 エルフ同様、強力な魔獣は魔力が薄い土地では生きていけません。

 

【霧】

 

 帝国が対エルフの為に用意した魔力を奪う毒ガスです。

 吸い込むと体内から魔力を奪う為、活動に魔力を必要とするエルフは一瞬で体調を崩し、下手をすれば行動不能に陥ります。

 人間は殆ど魔力を必要としないので、霧の中でも行動可能です。逆に濃い魔力で健康値を害してしまいますが、それも魔力を消す霧で解決しているワケです。

 

 以前の戦争は、魔力で健康値が10以下となった人間に、魔力値200のエルフが魔法を直接ぶつけて虐殺していました。エルフは定期の軍事訓練感覚でした、今回も。

 

【参照権】

 

 今作で最も重要で作者が気に入ってる設定です。

 

 転生したら肉体も別物。だから記憶は引き継げないけれど、魂が通信しているのだから記憶を新しい体にダウンロード出来る。

 そこで、自分の魂が集めたデータに限定した参照権を与える事で、記憶を思い出す事を可能にした。

 この能力で、前世だろうが今世だろうが、一度見たモノを主人公は自由に思い出し、目の前に表示することすら可能になりました。

 

 ですが、自分の魂が集めたデータを参照可能と言う制限なので、一万回も早死にしたという今までの人生で集めたデータだって、閲覧できてしまうのです。

 

 ただし、そんな人間が居て、それが自分の前世だと確信しなくてはなりません。

 その為には、死んだ場所に行って、残留思念から前世の自分を感じ取る事が必須となります。

 丁度、神が枕元に立って、高橋敬一とユマ姫に宣言させた様に、切っ掛けが必要なのです。

 これを切っ掛けに、新しい記憶を思い出し、新しい能力を獲得するのですが、同時に前世の死因に引っ張られて、今後もひたすら死にかけるハメになります。

 

 それでも記憶の回収によるパワーアップがこの物語の中目標となっています。

 

 大目標はもちろん帝国への復讐です。

 

【田中】

 

 田中もコチラに来ていました。

 流れの剣士が国を追われたお姫様を拾う。

 これはもう、王道展開ですよね?

 

 ただし、ヒロイン側が主役なのですが。



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二章 薄幸の美少女の追憶 巻き込まれた田中

 ――あなたは死亡しました。

 

「……は?」

 

 いーみがわからん、まーったくワカンネ。

 

「いや、死んだって言われても『――ワタシは地球の管理者です』ゃわかんねーよ」

 

 俺の言葉はアイツの言葉に遮られた。いや、違う?

 アイツって誰だ? 俺は誰だ? いや、俺は田中だ、それすらもしっかりと意識を保たなければ不安になる。

 なんなら俺が喋ったのかアイツが喋ったのか、それすらも自信がなくなる、何だこれは? いや、ホントなんだコレ?

 

 ――ここは神界、天国とでも思ってください。

 

 これは、間違いなくアイツの言葉だ、俺は喋ってないんだから間違いない。

 一体アイツはなんだ? いや、距離が近いからコイツなのか? いや近いのか遠いのかそれすら解らない。

 

 ――距離は有りません、ゼロであり無限でも有ります。

 

 なるほど解った、俺は喋る必要が無い。アイツは心を読む。

 だったらアイツの正体は……

 

 ――神と、思っても支障は有りません。

 

 だろうな。

 

 ――あなたは死亡しました。

 

「どうして?」

 

 心を読まれるなら喋る必要は無い、それでも俺は喋ろう、意識をハッキリ保つために。

 

 ――賢明ですね、死亡した理由ですが、『隕石の衝突』となります。

「…………は?」

 

 いーみがわからーん。

 

 ――事実です。

 

「地球が滅亡した?」

 

 ――いえ、直径20センチ程度の隕石ですので、それ程の被害は有りません。

 

「20センチ……それでも死ぬんだな」

 

 ――爆発したようですよ、ああ言う隕石が20センチまで目減りしたとはいえあそこまで原型を保ったまま着弾する事が奇跡、いえ『偶然』の賜物です。

 

「偶然?」

 

 ――ええ、『偶然』です。

 

「なんだよそれ、ツイてねーな」

 

 あーあ、これじゃアイツの事、笑えねーじゃねーか……

 

 ――気になりますか?

「あ?」

 ――高橋敬一、貴方は彼に巻き込まれたのです。

「は?」

 

 ――高橋敬一、彼の魂はこの世界の物ではありません。

 

「あいつ、地球人じゃなかったのか? あんだけ異世界モノに憧れてたってーのに?」

 

 ――違います、彼の魂だけが異世界の物なのです、彼の意識はハッキリと地球人です。

 

「だーかーらー! さっきから何一つ意味がワカんねーよ!」

 

 ――難しい話ですか? 死んで、他の人間に生まれ変わったとしても、前世の記憶を持つ方がおかしいでしょう?

 

 確かにな、言いたいことは解るぜ? 少なくとも高橋は仏陀じゃない。

 

「だな、アイツらは好きだったみてーだが、転生モノって奴はどうも好きになれねー」

 

 今の知識のままに子供に生まれ変われたら、別に異世界じゃ無くたって天才児と持て(はや)される事請け合いだぜ。

 

 ――そもそも、魂に記憶は保持出来ません。

 

「……俺は天邪鬼だからな。そこまで言われると、そんな事無いって言いたくなるね」

 

 ――なぜです?

 

「感じるからだよ、剣を握るとな、相手の気持ちとかそう言うのが」

 

 ――有り得ます。

 

 ……どっちなんだよ!

 

 ――魂は記憶を持ちません。魂が持つのは送信機能。日々の感情や思考をデータとして我々に送信しているのです。そして送信が出来るなら受信だってもちろん可能です。

 

 ……つまり?

 

 ――同じ人間同士、気持ちが伝わってしまう事も有り得ます、一種の不具合ですが、トラックの無線を勝手に受信してしまう貴方のゲーム機と似たような物です。

 

「ゲオゲオくんポケットの悪口は辞めろ!」

 

 俺の持つ携帯ゲーム機は、作りが甘いのか良く無線の電波を拾ってしまう。

 そこまで知っている神には舌を巻くが、あれはトラックの電波が違法な出力なだけだ。

 いや、同じ事か? 相手の強い思いが予期せず伝わってしまう事が有る、そう言う事か。

 

 ――魂に意味なんてない、ただの送信機、ワタシもそう思っていましたが。

 

「違うな」

 

 ――ええ、魂は輪廻しますが、使い回すのは識別番号だけなのです。

 

「つまり?」

 

 ――死んだ人間の識別番号を新たな命に、魂に振るのです。すると何故か特定の番号を持つ人間だけが(よう)(せい)すると、そう言う与太話が回ってきたのです。

 

「へー高橋がそれだって? じゃあアイツも死んだのか?」

 

 ――ハイ

 

「はー」

 

 ――どうしました?

 

「確かにアイツはツイて無かった、でも俺はあいつだけは殺しても死なないと思っていたんだよな」

 

 ――どうしてです?

 

「どうしてかな?」

 

 ――推測は可能です。

 

「へぇ」

 

 ――人には運命が有ります。

 

「メルヘンだな」

 

 ――いえ、分析と統計の賜物です。

 

「は?」

 

 ――神の観察と、魂が集めた情報の分析、膨大なデータからの統計。そこから導き出した未来予報です。

 

「そんな事が出来るのか?」

 

 ――天気予報を高度にした様な物と思って頂いて構いません。

 

「ほう」

 

 ――受信機の話に戻りますが、他人の運命も感じられてしまう個体が居る可能性は有り得ます。

 

「へー占い師でも目指してみるかね」

 

 ――未来予報では、あの高橋少年は、事故とは無縁の何一つ何も無い、強固に平坦な運命の元に生まれ、何も起きずに生きて行くハズでした。

 

「トラブルばかりだった気がするが?」

 

 ――それがおかしいのです、未来予報は何一つ当たりませんでした。

 

「役に立たないな」

 

 ――全くです、彼は死と最も遠い所に居る存在として神に選ばれたのですから。

 

「どういう事だ」

 

 ――他の世界の神から助けを求められたのです、特定の魂の人間が次々死んで行くと。

 

 ……。

 

 ――笑いました、馬鹿にしました、識別番号に意味を見出すオカルト話に。

 

「おい」

 

 ――彼の世界に下らないバグが有るだけだと、だから私の世界に、地球に転生して何も無かったら。そういう下らない賭けをしたのです。

 

「まさかオイ!」

 

 ――私は勿論、一番死から遠い彼にその番号を割り振りました、たかが番号ですから何か起こる筈が有りません。

 

「ふっざけんな! おっまえらのクッソ下らねー実験で、実験で! 実験動物としてあいつは殺されたのかよ!!」

 

 ――実験動物、良い例えですね、人間が其れをしていないとでも?

 

「クソッ! クッソぉぉぉ、あんまりじゃ、あんまりじゃねーかよ、あいつが、あいつが本当は持ってた筈のささやかな、お前らにとっては『何でもない』幸せを根こそぎ奪うんじゃねーよ」

 

 ――ワタシが奪ったつもりは無いのですが、取りあえず田中少年の事は彼に、他の世界の神に委ねる事になりました。

 

「ふざけろテメー」

 

 ――ワタシはむしろあなたが哀れです、完全にとばっちりですから。

 

「なんだよ! なんだよそれはよー」

 

 ――やってみますか? 天才児を。

 

「俺をどうするつもりだ」

 

 ――ちょっとしたお詫びですよ、我々の賭けがあなたまでをも殺すとは一切考えても居ませんでした。

 

 ……。

 

 ――それこそ魂に記憶は保存できませんが、受信機能をオンにして生まれた後、貴方の記憶を滑り込ませる事は可能です。

 

「ゾッとしねぇな」

 

 ――そうですか? 先程言っていたでしょう? 天才児としてちやほやされると。

 

「俺は、生まれて来た自分の子が、他人の子供だったら気持ち悪くて仕方がねぇよ」

 

 ――まぁ、そうですかね? 黙っていれば良いのでは?

 

「どうしたって、会いたくなっちまう、母ちゃんや父ちゃん友達にもだ」

 

 ――そのまま生き返らせてあげたいのは山々なんですが、流石に隕石がほぼ直撃しては。『原型』を留めていません、それが生き返ったとなれば大変な騒ぎが起きてしまいます。

 

 クソッ何もかも苛立たしい! なんで俺は、俺は!

 

「じゃあいっそ異世界に行かせてくれよ、居るんだろ? 異世界の神が」

 

 ――そうですね、仲良しでは無かったのですが今となっては知らない仲では有りません。

 

 田中の供養だ、アイツの代わりに転生して冒険でもしてやるよ。

 

 ――転生する必要は有りませんよ。

 

「……は?」

 

 ――言っていたじゃないですか? 他人の子供など気持ち悪いと、かと言って、もし地球で生き返ったら? 大問題になります。他の運命に与える影響も甚大でしょう。でも異世界で生き返ったら? 彼の世界はそれこそ戸籍だっていい加減な物です。

 

「……つまり?」

 

 ――あなたが、殆どあなたのまま異世界で蘇っても誰も疑問には思いません。

 

「ただの中学生が異世界でどうしろって言うんだよ」

 

 ――そもそも全くそのままでは生きて行けません、例えば人間は大気の構成が数パーセント異なるだけで不具合を起こすでしょう?

 

 ……確かにな、ちょっとのガスが大気に含まれていただけでも、毎日吸ってりゃすぐに命を落とすに違いない。

 

 ――その世界で順応するように体に手を加えます、それをちょっと派手にやるだけです。

 

 ……どういう事だ?

 

 ――その世界では当然知っている常識も、言葉も知らないままに転移するんですから多少は色を付けようと言う話です。

 

「なんだそりゃ……どういうつもりだ?」

 

 ――コチラとしてもアナタにはアチラの世界で生きて欲しいのですよ。

 

「どういうこった?」

 

 ――先程も言ったでしょう? 魂は情報送信していると。地球の魂を持つアナタにアチラの情報を収集していただきたいのです。

 

「チッ、初めからそれが狙いかよ」

 

 ――否定しません。では、異世界転移ボーナス、何にしますか?

 

「ふざけた言い草だな。まぁ、貰えるモノは貰う主義だ」

 

 ――では?

 

「剣だな」

 

 ――剣ですか? 剣を扱う為の優れた肉体と理解しても?

 

「そうだ、どうせ治安だって良くないんだろ? そう言えば魔法は有るのか?」

 

 ――ありますよ? 憧れませんか? 魔法の世界に。

 

「憧れるね、でもよ魔法ってのは高校デビューで極められる物なのかよ?」

 

 ――さぁ? なんとも? 地球の知識を活かした魔法で無双出来るかも知れませんよ?

 

「お前ふざけてるだろ?」

 

 ――失礼しました、つい楽しくて、すみません。我々の実態は神と言うよりは管理者なのですよ。普通は世界に干渉する事は御法度なのです。折角作り上げた運命がズタズタに狂ってしまうのですから。毒を食らわば皿までと申しますか。他人の世界ならどうなっても良いと言いますか。

 

「恨むべきなんだが、異世界の神に同情するぜ」

 

 ――ええ、そもそも魂のバグなんて意味が解らないのです、其の原因が解るならワタシの存在が消えても良いと思えるほどに意味が解らないのです。彼も被害者ですよ。

 

「そうかよ」

 

 ――そうです。

 

「じゃあやっぱり剣だな、俺は剣道よりも実践的な剣術が好きで学校の剣道以外にも、いろいろ習ってたんだ、こいつが異世界で通じるか試してみてぇ」

 

 ――そうですか。

 

「ああ、誰も見た事のない剣術だ、モノになるか解らない魔法よりよっぽど世界を引っ掻き回せるだろうぜ」

 

 ――それはそれは、彼も可哀想に。

 

「だろ?」

 

 俺は思いの外浮かれて来た気持ちを感じた、そしてふと今更に気になった。

 

「オイ? 木村は、それに黒峰さんはどうなった?」

 

 ――死にました、他の人間は不自然じゃない程度に介入して回復させる事も出来たのですが。その二人はあなたと同じですよ。直撃コースで『原型』が無かった。

 

「じゃあアイツらも」

 

 ――ええ、彼らとの話はこれからです。

 

「じゃあ伝えてくれよ、俺は異世界で剣士として大活躍してやるってな」

 

 ――解りましたお伝えしておきます。

 

「そんで高橋は? アイツはどうなる?」

 

 ――高橋少年には彼が、異世界の神が不具合たる『偶然』の原因を知らないかと事情聴取していますが、無駄でしょうね。神が解らない物が人間に解る道理が無いでしょう。

 

 ……。

 

 ――高橋少年と、異世界神が何を思い、何を選択するかはワタシにも解りません、死んだ人間の予測などリソースの無駄、システム外ですからね。

 

「俺は解るぜ」

 

 ――でしょうね、実はワタシはあなたより高橋少年について知識としては知っていると言えるでしょう、ですがそれはデータの上の事でしかない事が理解できない程傲慢ではないつもりです。

 

「へぇ」

 

 ――彼は実験動物だったのですから、我々は常に彼を観察し、そして彼は常に運命予報を裏切り続けて来たのです。

 

「予報とか統計学なんて持ち出すもんでもねぇだろ? アイツは何時もそうして来た、自分を攻撃してきた奴を攻撃するんだ」

 

 ――では異世界神を攻撃すると?

 

「いや? アイツを殺したのは結局何らかの不具合なんだろ? ソレを見つけるまでアイツは暴れまわるぞ」

 

 ――まさか、神でも発見出来ない不具合と言う『偶然』に対処するなんて不可能でしょう。

 

「たとえ無茶でも、アイツは周りを巻き込んででも復讐してやろうと噛みつきまくる、そういう奴だ」

 

 ――メイワクな人間ですね。

 

「だろ?」

 

 ――嬉しそうに見えますが?

 

「俺が? そうかもな」

 

 ――では、そろそろ良いでしょうか?

 

「ああ、伝えといてくれ」

 

 ――先ほどの件ですね?

 

「ああ、また会おうってな」

 

 ――先ほどの言葉と意味が異なりますが? その言葉で彼らの選択を狭めたく有りません。

 

「だな、でもきっとアイツも選ぶ、そしてまた会う」

 

 ――それに高橋少年には私から伝えようも有りません。

 

「いいさ」

 

 ――そうですか。

 

「もし、同じ世界に居るのなら、トラブルの中心に居るのがアイツさそうだろ?」

 

 ――転移するかも解りかねます。

 

「そうだな、あいつなら犬とか動物、或いは化け物に変わってても不思議じゃない」

 

 ――はぁ。

 

「とにかく大迷惑な奴なんだ」

 

 ――では。

 

「ああやってくれ」

 

 かくして俺は異世界転移を体験するのだった、その先に居るのは友かそれとも……。



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可愛くも恐ろしく、そして儚い

「タ、タナカ?」

 

 少女が驚きに目を見張る。

 だが驚いたのはお互い様だ。田中って名前はどうにも発音し辛いらしく、俺の名前は『妖獣殺し』なんて物騒な二つ名程には売れていない。

 ひょっとしたらエルフには珍しくない発音なのかも知れねぇな、田中って発音が妙に綺麗だ。

 

「あの……あなたは?」

「ああ、俺は黒衣の剣士田中。『妖獣殺し』って二つ名で呼ばれている、冒険者とでも言うべきかな」

「コ、黒衣の剣士ですか……」

 

 おどろおどろしい響きに驚いたのか、少女は困ったような顔で引き攣った笑いを浮かべている、可愛い。

 

「あの、あなたはどうして? えと……どうしてここに?」

「チッチッチッ」

 

 俺は指を振る、少女は困った顔から苦虫を噛み潰した顔に変じるが、それもまた可愛い。

 

「まずは自己紹介、そうだろ?」

「……そうですね、私はあなた達が言うところの森に棲む者(ザバ)改め、森に住む者(ビジャ)の国の姫、ユマ・ガーシェント、よろしくお願いします」

 

 ユマちゃんはムスっとした顔で答える。エルフのお姫様だ、こんな風に失礼な口を効く奴は居なかったのだろう、だがココは人間の世界、礼儀と挨拶は何より大事。そうだろ?

 

「今、ビジャと言ったがそれは?」

 

 ひげ面の村長が割って入る、勘弁して欲しいね、ユマちゃんとの落差にショック死しそうだ。

 

「ビジャは森に住む者と言う意味です、森に棲む者(ザバ)は蔑称として人間が付けた物でしょう? 我々はそんな名前で呼ばれたくはありません。我々は自らを森に住む者(ビジャ)と呼称します」

「なるほど、そう言う事ですか」

「つまり、エルフだろ?」

 

 俺がそう言うと、たちまちユマちゃんは不機嫌な顔になる。

 

「える、ふ?」

 

 ひげ面は黙ってて欲しい。

 

「なんですか? そのエルフと言うのは? 我々の新たな蔑称と考えても?」

「あ、いや違うんだ、むしろ逆、敬意を表する言い方と言うか……スマン忘れてくれ」

 

 俺はてへへと頭を搔くがユマちゃんの目は氷の様に冷たい。そんな顔も可愛くて、その……困る。

 

「あなたが適当な事を言って誤魔化す様な人だと言う事は解りました」

 

 ツーンとそっぽを向いてしまう。可愛い。

 

「それでな、彼女が王都まで行きたいと言うので護衛して欲しいと思っていたんじゃが……」

 

 村長はその髭をぶるぶる振りながら俺と少女を見比べて困っている。

 

「私としては、厄介になっている身ですから、その失礼な男が護衛でも構いませんが」

 

 そっぽを向きながら片目だけで俺をチラリと見る、いちいち可愛いな、何コレ。

 

「俺も構わねぇぜ、ただ王都までってなると長いぜ? この村で報酬は出せんのか? 俺は安い男じゃないぜ」

 

 なぜかユマちゃんが絶望的な呆れ顔でこちらを見る、流石にちょっと傷つく、でも報酬の話は大事、これ絶対ね。

 

「いんや、村ではそれほどの予算は出せませぬ、まずはスフィールにまで届けて頂ければと」

 

 村長は申し訳なさそうに言うが冗談じゃない。

 

「おい、スフィールは俺も寄ってきたばかりだがよ、国境付近の都市じゃねーか、帝国に追われた嬢ちゃんは大丈夫なのかよ?」

 

 俺の当然のツッコミに対し、したりとばかりに村長とユマちゃんは反論する。

 

「しかしこの辺りで大都市と言えばスフィールじゃろ? それに前線だけに帝国の恐ろしさを知っているハズじゃ、力になってくれる可能性は高いのでは?」

「私としても、前線の都市で帝国の恐ろしさを語る事に意味はあると考えています、彼らに相手にされない様では王都に行っても意味が有りません」

 

 髭ばかりかお姫様まで乗り気だが、スフィールは王国領で有りながら中立都市と嘯く(うそぶく)奴らまで居る程の人種の坩堝(るつぼ)だ。帝国の人間は勿論、砂漠の民だって珍しくない。探せばエルフだって居るんだろうなと思わせる程。

 

 俺の様な流れの異邦人には居心地が良い都市と言えるが、治安の方はご察しと言った所。なによりあんな所で『エルフの姫様ココに在り』と宣言すれば噂は世界を駆け巡るだろう、そうなればあらゆる危険が彼女の元に……

 

 いや、逆か?

 

「オイ、お嬢ちゃん」

「何ですか?」

「解ってて言ってるのか? スフィールは国境の都市、この世界の中心とも言える場所だ、言うなればこの世界のあらゆる危険が渦巻いてるって事だぞ?」

「理解しているつもりです」

 

 すまし顔で答える、可愛い顔してホントに解ってるのかよ?

 

「じゃあ帝国の人間だってゾロゾロ居るのが解るだろ? ガラが悪いのだってウヨウヨ居る。エルフ、いや森に住む者(ビジャ)だったか? そのお姫様が居るってなれば帝国だって狙ってくるに決まってるだろ」

「なっ!」

 

 黙ってたピッチフォークの男が声を上げる。田舎モンには都会の危険なんざ解らんだろうが、人一人居なくなろうが誰も彼も気にしないのが大都市だ。

 

「むしろ……」

 

 少女はそこで言葉を切る、ギロリと、上目遣いと言うには凶悪過ぎる目で俺を見上げる。

 

「私は襲って欲しいとすら思っていますが?」

「な!? なんじゃと?」

 

 これには村長もビックリだ! 景気よく髭が跳ね上がる。思い切り引っ張りたいね。

 

「へぇ……」

 

 思った通りだ、このお姫様肝が据わり切ってる。

 そもそもだ、どんな事情が有るか知らないが、エルフのお姫様が人間の村に一人でやって来るのがまずおかしい。

 実際にこの目で見て、姫かどうかは兎も角、只者じゃないってのは感じるが、こんな田舎町ならいざしらず、都会じゃただのフカしだろうって噂にもならない。

 だが、上手い事、帝国の奴らが釣れてくれれば何よりの証明になる。本当に姫かどうかなんてどうでも良い、帝国に命を狙われる自称お姫様が王都を目指して旅をしているってだけで格好の話のタネにもなる。

 そうじゃなくても、帝国にまで姫の噂はあっと言う間に広がるだろう。少なくてもエルフの国を襲った帝国の幹部連中なら特徴が一致するかぐらいは解るはずだ。

 

 そうやって帝国にプレッシャーを掛けるって狙いだろう。帝国が堂々と公式な外交ルートで王国に引き渡し要求をし、王国もそれを易々と飲む様なら、王国を見限ればいい話とそんな風に考えているのだろう。

 

 仮に死んでしまっても……良いんだろうな、いやむしろ其れが狙いなのかもしれない。今後エルフがビルダール王国と交渉を始める時に、幾らか有利になるとでも思っているのだろう。

 

「気に食わねぇな」

「……そうですか」

 

 気にした風も無いすまし顔、流石にコレは可愛くないね。ああ、可愛くない、可哀想でしか無いんだよ!

 

「姫様が、何番目の姫なのか、あるいは影武者だかは知らねーし、姫に生まれた義務だかはもっと知らねぇけどよ、嬢ちゃんみたいな女の子が命を張らなきゃ存続出来ねぇ国なんざ、滅んじまったほうが良いとしか思えねぇ」

「……なるほど」

 

 お姫様は呟くと、冷笑と言うには寒すぎる、凍える様な笑みを浮かべた。

 

「それは良かった」

「良か……った?」

 

――怖い。

 

 穏やかに優しく、満面の笑みで見上げて来るのに最早欠けらも可愛く無い。

 幾多の魔獣と戦ってきた俺が、俺の半分も生きていない様な少女に恐怖を抱いている。

 

「もう滅んでますから」

「なに?」

「王都が落とされ、父も母も、兄も妹も全員死にました、エンディアン王家は滅んだと言って良いでしょう。何番目の姫ですかって? 私が最後の生き残りです」

「嘘だろ?」

 

 意味が解らない。王族最後の生き残りだって? そんな奴がどうして単身人間の村にやって来るってんだ? 嘘にしたってもっとマシな……

 

「それに森に住む者(ビジャ)の王都が落とされてから一月も経っていないのです。未だ暫定政権どころかレジスタンスの組織すらなされて無いのではないかと思います」

 

 いや、何を言ってる? 意味が解らない。エルフの王都って奴は大森林の奥深くに有ると言う、一ヶ月やそこらでココまで逃げて来たなら、殆ど真っ直ぐこの村まで南下してきた事になる。

 

「だ、だったら何か? 帝国に国を攻められてからお前は誰の指示でも無く、自分一人でこの村までやって来たって事か?」

「勿論、そうですが?」

 

 何でもない事の様に断言しやがる。

 本気で言ってるとすれば、只者じゃない所か頭がおかしいサイコエルフの可能性が有る。

 だってそうだろ? 命からがら逃げ出したお姫様が、たった一人その足でそのまま直接他国に乗り込んで助けを求めるってのは意味不明だ。まずは使者の一人も送るのが自然だろうが。

 

「だとしたら、まずはエ……ビジャを纏めて再起を図るのが筋だろ? なぜいきなり人間の村に来た? そんな有様で助けを求めたって求められた方も困るだろ」

「そもそも、私は王都奪還が目標とも、エンディアン王家の再興を目指すとも言っていませんが?」

「……は?」

 

 ――じゃあ何の為に王都に行くのかと、それこそ本当にこのお嬢さんが頭がおかしい事を疑い始めた矢先、こちらを見上げるピンクと銀のオッドアイと目が合った。

 ゾクリと背筋に走る。冷感の正体は考えるまでも無い、その笑顔だ。

 小さな口が三日月の様に、くり抜いた様にぽっかりと開いているし、目には狂気すら孕んだ強過ぎる意思が宿っている。

 

 その顔を見た瞬間に、正気を疑う気持ちも、作り話を警戒する気持ちも吹き飛んだ。

 

 ――復讐だ。

 

 そうだ、さっき言っていた『父も母も、兄も妹も全員死にました』と。

 何でもない事の様に言っていたので上流階級らしく家族の情なんざ薄いのかと思ってしまったが違う。何でもないどころか、きっと彼女の全てが家族だったのだ。

 

 だったら何故何でも無いように言うのか、ましてや嬉しそうに笑うのか。

 

「つまり、あんたはただ引っ掻き回すためだけに、王都ビルダールに行こうってんだな」

「引っ掻き回すなんてそんなつもりは有りません」

 

 どうだか……その笑みに宿るのは狂気、そうなんだろ?

 こんな狂気の復讐に巻き込まれたらたまらない、俺ら冒険者の仕事は報酬とリスクのバランスで賭けをするのだ。損得勘定が壊れてる、ニコニコと命すらベットする様な狂人とは勝負が出来ない。

 

 ――普通はそうさ、普通はな。

 

 でもよ、見捨てられないだろ? こんなに可愛くて悲しくて恐ろしくも目が離せない生き物が復讐と狂気で死んで行くのを。

 やるせない気持ちにうっすらと覚悟を乗せ始めた俺に、髭の村長が割って入った。

 

「じゃ、じゃあ何のために王都に行こうと言うんじゃね?」

 

 俺は勢いこのモジャついた髭を毟りたい感情を爆発させそうになった。そんなもん、尋常じゃ無い様子を見れば解るだろ! 言わせるな! と叫びそうになる。

 

「イタタタタッ! 何するんじゃ!」

 

 いや、考える前にもう毟ってた。正直限界だった。

 

 ――復讐です! と幼気(いたいけ)な少女が決意を込めて口にするのを俺は聞きたくなかった。

 ……だが、少女の決意は俺の先を行っていた。

 

「私は、人質になりに行くのです」

「ひ、人質かね? うへぇ!?」

 

 髭を引っ張られながらも何とか答える村長だが、俺が思わず手を放すと勢い良くひっくり返った。

 予想よりずっと悲しい言葉だったからだ。

 

「人質か……」

「はい……、今まで国交も無かった国に助けを求めるのですから人質は必要でしょう? そして生き残った王族は私一人です」

 

 ――その決意の籠った眼差しが俺を苛立たせる。

 

「それじゃあ、結局国はどうにもならねーじゃねぇか。人質ってのは王様本人がやるもんじゃねぇ、その家族とかがやるもんだろ? 唯一の王族の嬢ちゃんが人質じゃ国が纏まらないぜ」

「ですからエンディアン王家の再興が目的では無いのです、誰が中心に再興しどんな王家が生まれても構わない。ですが森に住む者(ビジャ)とビルダール王国の同盟に時間は掛けられないのです」

「どういう事だ?」

 

 思わず問うた俺の言葉を待たずに――パンッと姫様が両の手で、柏手を打つ様に音を鳴らした。

 

 と同時に部屋が急に暗くなる。

 

「オ、オイ!?」

 急に消えた魔道具の光、天井に頼りないランプこそ有るが、明るさに慣れた目には暗闇の様に錯覚させられた。

 そこに涼やかな少女の声がこだまする。

 

「『我、望む、この手より放たれたる光珠達よ』」

 

 同時に、部屋に光の奔流が、輝く光球が駆け巡りスッと天井に張り付いた。

 始めて見たが、コイツがエルフの魔法か! 魔道具の明かりだと思っていたのも初めからコレだったのか!

 

森に住む者(ビジャ)の魔法、これが帝国の手に渡り、そして帝国にはそれすら打倒した魔法を無効化する兵器が有る。この二つが揃う意味が解らないでは無いでしょう?」

 

 光に照らされた少女の言葉に俺はゴクリと唾を飲む、その姿に圧倒される。

 少女は立ち上がり、右手を広げ左手をその胸に当て、声高に叫ぶ。

 

「私は王都に向かい、ビルダール王国と森に住む者(ビジャ)の間に同盟を結びます、そして……」

 

 俺も村長もピッチフォークの男も、揃って間抜け面を並べるしか出来ない。

 

「帝国を打倒し! その野望を打ち砕く!」

 

 その少女の宣言に、新しい世界の到来を感じざるを得なかった。

 



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少女が村に到るまで

 俺は順調に旅を続けていた。大牙猪(ザルギルゴール)に馬車を襲われて一時はどうなる事かと思ったが、魔法で強化した俺の足はピラーク(鳥型の騎獣)と比べても遜色の無い速度での移動を可能にしていた。

 

 あり余る魔力値、健康値によるゴリ押しである。

 

 先程からガンガン魔法を使っての移動をしても全く疲れない。肉体的にも魔力的にもだ。これは疲れるよりも回復速度が上回ってる状態だと見ていい。

 

 魔力値が高ければ魔法が強いだけで無く、魔力の回復が早くなるし、健康値が高ければスタミナの回復が早くなる。

 

 今まさに軽くジョギング程度の運動量にプラスして、体を魔法の風で押し出す事で、前世の全力疾走を上回る速度で走り続けている。

 それも食料や毛布をたっぷり背負ってこの速度だ。もしこの重量を前世の俺が担いだなら歩いてたって息切れしたに違いない。

 ましてや今生の不健康だった自分を考えると信じられない思いがある。

 

 無理やりゲームに例えるなら健康値がVITで、魔力値がINTかなぁ……

 

「――ッ!」

 

 などと呑気に考えた途端、軽快にビートを刻む俺の足に鋭い痛みが走る。

 ブーツを脱いで確認すると足の皮が無残にもズルリと剥けて赤く腫れている。

 

 よく考えてみたら、今世の俺は筋金入りの箱入り姫で有った訳で、ここ数日無理を重ねた体は疲労とは別に肉体的ダメージを積み重ねていたのだろう。

 長年のお姫様生活で世界一柔らかい俺の足裏の皮が、魔法を駆使した高速移動に耐えられる道理が無い。

 足裏以外にも靴の固い皮に当たる部分は見るも無残な有様で、不用意に触るとズキンと耐え難い痛みが襲い、一度気になるとなかなか走るのは難しそうだ。

 

 こんな惨状で良くもまぁ、走っていたと思ってしまう程で、一種の興奮状態だったのは間違いない。前世ではすぐに足が痛いと音を上げていたと言うのに、えらい違いだと思うと同時に、胸にチクリと痛みが刺さる。

 

 前世での俺は、無気力、無関心、無感動の権化で、親元で大いに食べ、寝て、ろくに勉強もせず、かと言って遊びすら中途半端で、生きてるのか死んでいるのか、果てはボーッと寝てるのが幸せと言うような虚無を体現した様な男だった。

 趣味のゲームや漫画、アニメだって本当に好きだったかは疑わしい、一番好きなゲームだって友達に、特に木村には全然勝てやしなかったし、それで悔しくも無かった。

 ただ、そんな人生でもそれなりに楽しかった……と思う。だから俺は結局生まれ変わってもどこか無気力で斜に構えて、当事者意識に欠けた態度でヘラヘラ笑って過ごしてきた。

 

 でも王都が襲われた時に全てが変わってしまった、思えば前世も今世も働きもせず食うだけの人生だ、特に苦労をした事も無い。

 それが命懸けの逃亡劇に前世と合わせても一番大切だった妹も失って……

 前世の俺は、小説の主人公みたいに一生懸命に頑張ってみたい、いや「俺が頑張るに相応しい事件が起こって欲しい」ぐらいに思っていた。

 

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 

 俺が頑張らないから、『偶然』が家族を殺したと言うのに。

 旅に出ない言い訳にしていた健康値なんざ、王都を出てみればどうだ、人の倍近いじゃないか。

 良く出来た喜劇だと笑えて来るが、悲しい事に現実なのだ、馬鹿な俺への罰として血塗れのまま痛みを堪えて突き進もうかとも思ったが、ただの自己満足だと思い直した。

 

 回復魔法をガンガン掛けて皮膚を再生し、血を吸ったブーツを乾かしてから速度を抑えてテクテクと歩いた。

 

 それでも一日30kmぐらいは移動出来たんじゃないかな? まったりモードの馬車の旅とそう変わらない。

 そうして歩く事六日、ついに俺は人間の村に辿り着いたのだ。

 

 ――ソノアール

 

 それが辿り着いた人間の村の名前だった。

 名前は参照権の地図で知っている。間違いなく人間の、ビルダール王国の村だ。

 ぱっと見は典型的な昔のヨーロッパの寒村といった風情で、比較すればエルフの王都の異質さが際立つ。

 雑な作りの土壁に藁葺き屋根が標準で、上等な物でも煉瓦の壁に赤瓦。普通と言うか地球ですと言われても信じてしまう光景だ。

 

 馬車の中で快適に旅をしてる間こそ、人間の村に着いた際には落ち延びた姫らしく、ボロボロで命からがら辿り着いた風に偽装しようなどと考えたりもしたが、最早そんな偽装が全く必要なかった事は言うまでも無いだろう。

 辿り着いた時は夕方で、薄暗い村に踏み込んだ俺は、早々に発見されるや否やファースト村人にピッチフォークを突き付けられた。

 それでも涙ながらに「匿って下さい!」とお願いしたところ、久しぶりに木の上以外で寝る事が出来て一安心。

 

 で、翌日涙ながらにピッチフォークのおいちゃんの家で、ポツポツと事情を語って同情を買ってみた。

 

 そしたら顔をクシャクシャにして泣いてくれるのは良いんだけど、こっちはピッチフォークのおいちゃんの名前が「サンドラ」で笑いを堪えるのが大冒険だった。

 そう言えば、こっちじゃサンドラって女性名じゃないんだね、厳密にはサンドゥラ的な発音だしな。

 

 奥さんのテイラーさんも涙ながらに応援してくれて、サンドラさんは村長に話を通してやると言って勢い良く飛び出して行った。

 いやー良い人ばっかりでありがたいねー、俺の『偶然』で死なない様に気を付けて欲しい。

 俺は留守番がてらテイラーさんに「なんだかお姉さんが出来てみたい」とか甘えて更なる同情を買うのに余念が無かった。

 本当は結構老けて見えるからお母さんって感じなんだけど、テイラーさんもサンドラのおいちゃんも多分結構若いんだよね、二十代じゃないかな?

 老け込んでると言うか、くたびれてると言うか、苦労してる感じ、少なくてもお兄さんじゃなくて「おいちゃん」って感じがしてしまうのは仕方が無いだろう。

 

 あと、身長も低い。

 西洋風の世界だから平均身長が高いと思ったら大間違い。サンドラのおいちゃんは160㎝ぐらい、テイラーさんは150㎝ぐらいだ。

 俺は145㎝ぐらいとエルフの国じゃ歳の割にかなり小さかった訳だけど、ここじゃ特別ちっちゃい子扱いは無さそうだ。

 そもそも参照権で呼び出した30㎝定規を並べて、適当に測ったから数字は適当だけどな。

 

 身体的な違いはそれだけじゃない、まず目につくのは耳の長さ。エルフは例によって耳が長い。転生して耳が長いから「エルフだ! エルフに生まれ変わったんや!」とか喜んでたけど、よく考えたらみんな耳が長い世界なのかな? と思っていた。

 

 しかし本を読むと、やっぱり耳の短い種族は居ると知り、そいつらは無能で魔力が全然無いとか書かれるに至って「やっぱ俺エルフだわ」とか思った訳だ。

 

 ま、そもそも「エルフ」なんてのが地球の概念で、言葉だからどうでも良い事では有る。

 

 ここまでは本で知っていた知識だが、実際に人間と会って一番違うと感じたのは、目。特に瞳の大きさだ。

 目がパッチリしているとかそう言う話じゃない。恐らく眼球自体が人間よりもエルフのが大きい。そこへ持ってきて虹彩の部分も大きいので、まるで人形みたいと転生した当初は驚いた記憶がある。

 長い事エルフとして生活し、なんの違和感も感じなくなっていたが、人間に会うとやっぱりその違いに気付かされる。

 

 生みの母であるゼナは人間なのだが、参照権の力をもってしても赤ん坊の目もしくは映像を処理する脳の性能は高く無いのか、ちょっとぼやけた映像だけしか参照出来ない。

 物忘れには滅法強い参照権だが、脳にインプットすらされていない物はお手上げだ。

 

 それにゼナは特殊だ、人間には魔力が濃すぎる大森林で活動してた事を考えても、エルフの血が混じっててもおかしくない。髪も真っ赤だし、天然にしろ染めてたにしろ、真っ当な人間とはどうにも思えない。

 

 ともあれ目は口ほどに物を言うとはその通りで、その目の有りようが人間と違うと言うのは根源的な恐怖を感じるハズだ。

 それでも匿ってくれるばかりか、協力までしてくれるおいちゃん達には感謝しかない。

 それほど本で見るのと実際に目にするのでは大違い。本当に違う種族だと言う事を思い知らされるのだ。

 

 そう言えば、思い出したくも無いが俺は既に人間をこの目で見ていた、帝国兵だ。

 嫌な記憶として驚く程に記憶から消えかかっている、多分脳がストレスを感じて勝手に消してくれたんだろう。人体の神秘に驚くばかりだ、普通の女の子なら全てを忘れて生きていけたかも知れない。

 

 だが俺は忘れたくない。

 

 そして俺には忘れない為の力がある。

 参照権で呼び出した帝国兵は、兜が邪魔で目も耳も良く見えなかった。印象に残って居ない筈だ。

 しかし、身長は明らかに高い。みんな170㎝以上は有る、やはり王都に攻め入る様な職業軍人は体も大きい。

 参照権で虚空に浮かべたその姿を見て俺は憎しみと決意を新たにする、「絶対に皆殺しにしてやるからな」と。

 

 ギュッと腕を握られて、そばにテイラーさんが居る事を思い出した。参照権は俺にしか見えないから、虚空を殺気立った目で見つめる俺は危ない人に見えたに違いない。

 

「すいません、気が立ってしまって」

 

 とかしおらしく言ってみたがどうだろうか?

 ほどなくサンドラさんが村長に話を付けて来たと飛び込んで来て、早速に役場の村長室まで連れて行かれた。そこで再び、語るも涙な物語を披露した訳だ。

 

 流石村長と言うべきか、エルフ、人間の言葉で言うと森に棲む者(ザバ)について細かい事まで知っていた。それを捕捉するように語って見せたところ、信じて貰う事には成功した様だ。

 あっと言う間に昼時で、スープとパンを御馳走になった運び。

 どうも歓迎とか拒絶以前に、村は困惑と言った雰囲気だ。まぁ無理も無いと思うし、役場の窓口で放置され、見世物にされるよりは余程良い。

 結局、忙しいとかで午後はそのまま村長室で放置され、村長の仕事を見守って過ごした。

 

 だが、この村に急ぎの仕事など有るように見えない。俺の様子を見つつ対応を決めようと言う腹に違いない。

 

 日も暮れた辺りで、村長さんから「今日は家に来なさい」と、村長宅に誘われたが敢えて断り、再びサンドラさん宅にご厄介。

 これは村長に止められたのだが、敢えて強行した。

 

 サンドラさん宅は中世ヨーロッパの貧乏農家まんまな佇まいなので、そんなとこに自称とは言え姫を泊めたくない感覚は解る。

 ただ人が良さそうに見える髭面の村長だって、村の責任者と言う立場を考えれば信用しきれる物では無い、そもそもエルフについての細かな質問をエルフの姫に聞くのは違和感しかない。

 自分の知識と矛盾点を見つけて、ただのイタズラだと安心したい思惑が透けて見えた。かなり疑われてると思って良いだろう。

 

 サンドラさんみたいな農民なら腹芸は出来無いだろうし、何より自由だ。

 そして予想した通りだが、サンドラさん宅には、噂を聞き付けた村人が詰めかけて来た。

 娯楽の少なそうな田舎の村、あっと言う間に噂は村中に駆け巡ったことだろう。

 

 サンドラさんに「私の事を皆さんに知って欲しいです」と相談し、村の酒場みたいな所で本日三回目のお涙頂戴物語を公演した。

 都合三回目の公演で、大分演技臭く仕上がってしまったが娯楽が少ないだろう村人には大受けで有った。

 

 翌日、噂を聞いた村人達が役場に押しかけ、やいのやいの騒いで村長を説得。「かわいそうじゃねーか」「力になってやろうぜ!」「王都への旅に護衛を付けてやれ!」だの、「そんな予算は無い」「嘘かも知れない」「こんな村帝国に襲われたら終わりだぞ」だのの問答の末、取り敢えずスフィールと言う近場の大都市までの護衛を雇うと言う線で纏まった。

 

 そこまで送るから、その後は領主を説得して自分でやってくれと、まぁ妥当な線だろう。

 後は護衛依頼を役場に出し――これで一安心と言う辺りで、アイツが来たのだ。

 

 会いたくて、謝りたくて、でももう会えないと思っていたアイツ。

 

 一目見た瞬間、俺の心はあの日に戻る、教室で椅子を持ち寄って、或いは乾いたグラウンドで座り込んで、何時だって下らない話を繰り返した日々、同じ様に語り掛けようと、アイツに向かって伸ばした手が視界に入る、小さくて可愛くて、その時やっと思い出す。

 

『俺はもう高橋敬一では無い』



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こくいのけんし(棒)

 エルフなんて居ない、そんな物はファンタジーの産物だ。

 だからこの異世界にだってエルフなんざ居るハズが無い。

 

 なぜならエルフなんて地球の言葉、地球の概念なのだから。

 エルフだ何だってのは俺が勝手にそう言っていただけ。

 

 じゃあ俺が生まれた種族はなんなのか?

 確かに耳が長い。

 でも、民族が違えばその程度の身体的特徴は地球だって当たり前に有ったろ?

 ましてやこの世界は国が違えど言葉は共通なのだ、だから単語としては自分達こそが『人間』で、蔑む相手にあだ名を付ける。

 

 人間が俺達に付けるあだ名の中で比較的穏当なのが、『森に棲む者(ザバ)』だ。

 森に棲息する人型のモンスター扱いと言った所で純粋に恐怖の対象だ、鬼みたいな物と思えば日本人には理解が早いのでは無いだろうか?

 

 対して大森林にすむ『人間』(以下、便宜上エルフと呼ぶ)、は外の人間を『無能』とか『(地べたに)這いつくばる者』とか散々だ。

 ハッキリ弱い生き物として扱い見下していて、本を読んでも、エルフと話しても、その優越感が鼻についた。

 

 その優生思想はエルフの間でも蔓延していて、魔力が高いエルフの戦士こそが本当のエルフだと、勇ましく魔獣を狩る者こそが森の民としての在り方だと主張して憚らぬ輩が多かった。

 戦士は戦士以外を、魔力が多い王都の民は、それ以外に住む民を、そうでないエルフはハーフエルフを見下していた。

 

 そんな中、英雄エリプス王と人間の間に生まれた俺は、差別の撤廃を訴える少なくないエルフの希望。平等を訴える為の神輿(みこし)の様な扱いを受けそうになっていたらしい。

 思えば俺の本当の敵は俺を殺そうとする長老じゃなくて、俺を担いでエルフの世界を壊そうとする『平等派』の連中だったのかもしれない。

 日本人の感覚として主張は正しいと思うが、俺は生きるのだけで精一杯なのに、関係無い戦いに担ぎ上げるのは辞めて欲しかった。

 だって俺は虐げられる側じゃなくて王制の人間なんだから、弱き者の代表をやる必要なんて無い、平等論は支配体制を揺るがす論理だ。匙加減一つで俺の家族や王都の人間を傷つける事態になりかねないのだから。

 

 でも、もう良いだろう、もう壊しちゃいけない物は全て壊れた、俺は全てを利用する。

 ああ、全てを壊すんだ、今度は俺が壊すんだ、全部全部全部全部。人間と名乗る奴らは全員だ。

 

 まず人間を利用するなら『平等派』に乗っかるしかない、そうじゃないと人間と協力なんて出来ないからな。

 更に言えば、人間と共に生きるなら『俺たちの名前』が必要だ。俺たちは協力的な異邦人として存在を訴えて行かなくてはならない。だから俺たちはもう『人間』じゃない、ましてや恐ろしいモンスター『森に棲む者(ザバ)』じゃない、それどころか帝国に蹂躙された悲劇の民で無くてはならない。

 

 そこには新しい名前が必要だろう?

 

 森に住む者(ビジャ)それが俺達の名前だ。今、俺が命名した。

 エルフには森に住む者(ビジャ)の名に誇りを持ち、結束して貰う。

 人間には森に住む者(ビジャ)は悲劇の民であり、打倒帝国の切り札としても頼りに思って貰おう。

 

 さぁ、たった一人で世界を壊す冒険を始めよう。

 

 村長との話し合いの中。それぐらいの覚悟を一人で固めていたのだが……

 

「た、田中?」

 

 いや? え? 田中じゃん、どう見ても!

 

 村長室で護衛の選定が終わるまでソファーにちょこんとお座りして待っていた俺の目の前に現れた護衛は、どう見てもあの田中だった。

 俺は村長室に居ながらにして、村長の本音を探るべく、収音の魔法で盗み聞きを繰り返していた。

 だから、男の声が聞こえた時点で「似てるなぁ」ぐらいには思っていたのだ。

 でも、まさか本人とは思わないだろう? なんてったって世界が違うのだ、仮にアレが本当に田中として、俺はこの世界に魂の不具合、『偶然』に抗う為に転生した訳だが。田中は何の為にこの世界に転生したと言うのだ?

 

 いや、そもそも転生なんざして居ないんじゃ?

 なにせ、目の前の田中は黒尽くめの中二病を拗らせた様な出で立ちだが、見た目の印象は殆ど前世のままだ。

 

 違うのは年齢と、なによりその大きさだ。

 

 デカい、ただただデカい。身長190㎝を越え、2メーター近いんじゃないか? 現代でもデカいが、平均身長の低いこの世界では規格外のデカさだ。

 年齢に関しては、俺が死んだ時は俺たちはピチピチの中三男子、十五歳だったハズだが、目の前の男は三十前の歴戦の戦士の気配を漂わせている。

 

 そこまで違っても……それでもコイツは田中だ、間違いない。

 

 なんせこいつは『眼鏡』を付けている。しかもダテ眼鏡だ。レンズが嵌まっていないのだ。眼鏡に似たアクセサリーなんて聞いたことも無い。

 そうで無くてもこの独特の雰囲気、語り口、見間違うハズがない。

 

 じゃあなぜ、田中は田中のままなのか? 普通は転生しても記憶なんざ引き継がない、神はそう言っていた。魂はIPアドレスみたいなものだと、記憶は脳に有ると。

 

 じゃあその脳のまま異世界(こっち)に来たとしたらどうなんだ?

 

 そうだ、小説でよくあったもう一つのパターン。異世界転生じゃなく『異世界転移』。肉体はそのままに異世界に転移するパターン。

 

 ひ弱な俺は異世界に転移したって特殊能力の一つや二つで活躍出来るビジョンが浮かばず、どうにも好きに成れなかったジャンルである。

 だとすれば、異世界に転移した理由は何か? アリがちな所で言うと、神様のミスの補填だったり勇者の召喚だったりするが……

 

 あ、俺の『偶然』の巻き添え死の補填か? 俺に巻き込まれての異世界転生なのか?

 ……ん? だ、だとしたら!

 異世界の最強パワーワード『神のミス』『巻き込まれて異世界転移』『苗字は田中』が全部揃ってるじゃねーかコイツ!

 『妖獣殺し』なんて大層な二つ名でどんな奴がと思ったらオイ、チートか? チート持ちで無双しとるんか?

 

 やってられねー、こちとら田中の弔い合戦のつもりで転生してからの十二年間、不健康な体を引き摺って、歯を食いしばって異世界転生の主人公の辛さを噛み締めてたのに、まさかの弔う相手が主役で俺は脇役疑惑ですわ。

 

 あ、死んだと思われてるけど実は生きてて強いってパターンもかなりのパワー感あるな。

 

 あー勇者としてわざわざ呼ばれたのに間違って呼ばれた奴にボコられる勇者ってこんな気持ちなのかなー。

 

「た、田中?」

 

 思わずもう一度呼んじゃう、なんか向こうもガン見してるし気が付いたのか?

 いや待て、田中と違って俺は前世の面影なんざ無し、ナッシング! 世界を揺るがす予定の美少女だよ? でもだったらなんで俺をガン見してるんだよコイツはよー

 

「あの……あなたは?」

「ああ、俺は黒衣の剣士田中。『妖獣殺し』って二つ名で呼ばれている、冒険者とでも言うべきかな」

「コ、黒衣の剣士ですか……」

 

 KO☆KU☆I☆NO☆KE☆N☆SHI!!

 

 DON引きだよ! 黒衣の剣士って真顔で言えるのが逆に凄い! 死んで欲しい!

 

「あの、あなたはどうして? えと……どうしてここに?」

「チッチッチッ」

 

 田中が舌を鳴らしながら指を振る。

 ウザいです、とても。

 そもそもそのジャスチャーこの世界で有るんか? 初めて見たんですけど? その上決め顔でウィンクを一つ。

 

「まずは自己紹介、そうだろ?」

 

 ふぁーーーーー! ウザさの大渋滞やーーーーー

 言わせて貰えば俺、魔法の力で聞いてるからね? お前が村長の自己紹介をガン無視して本題を急かした所、聞いてるからね?

 

「……そうですね、私はあなた達が言うところの森に棲む者(ザバ)改め、森に住む者(ビジャ)の国の姫、ユマ・ガーシェント、よろしくお願いします」

 

 俺の顔や言葉が引き攣っていたのも仕方が無いだろう。言いたい事は山ほど有るが、今は我慢だ。

 それなのに田中の奴は言いたい放題でイライラする、向う脛蹴り飛ばしたい。

 田中の脛を守る為じゃ無いだろうが、そこに村長が割って入って来た。

 

「今、ビジャと言ったがそれは?」

 

 流石村長、ソコだよソコ! 良い所に食いついてくれた。

 

「ビジャは森に住む者と言う意味です、森に棲む者(ザバ)は蔑称として人間が付けた物でしょう? 我々はそんな名前で呼ばれたくはありません。我々は自らを森に住む者(ビジャ)と呼称します」

 

 昨日一晩で考えた設定です。

 言い回しとしては一応は前から有るんだけどね、「我々森に住む者として一丸と成って――」みたいなの、特に平等派の口癖みたいなものだ。

 それなりに説得力があるだろう? 少なくとも村長は納得してくれた。

 

「なるほど、そう言う事ですか」

「つまり、エルフだろ?」

 

 はーーー? 田中さん? お前それ日本語だよね? いや英語か?

 コイツは俺を試してるの? 流石に村長達を前に「オッス、オラ地球人」みたいのやらんからね? ただでさえ疑われてるのに完全にキチキチ路線だと思われちゃうでしょ。

 

「える、ふ?」

 

 ほらー村長とか困ってるだろコレ、どうしろっての?

 

「なんですか? そのエルフと言うのは? 我々の新たな蔑称と考えても?」

 

 咄嗟に知らんぷり出来る俺。マジで凄いと思うよ、アカデミー賞候補。

 

「あ、いや違うんだ、むしろ逆、敬意を表する言い方と言うか……スマン忘れてくれ」

 

 そんで、ワザとらしく頭を搔いて、舌を出す田中殺したい。テヘペロって奴か? 2メーター近い男がそれやって可愛いとか思ってんのか?

 

「あなたが適当な事を言って誤魔化す様な人だと言う事は解りました」

 

 見てると殺意しか沸かないので見ない事に。

 

「それでな、彼女が王都まで行きたいと言うので護衛して欲しいと思っていたんじゃが……」

 

 村長はその髭をぶるぶる振りながら俺と田中を見比べて困っている。

 村長に罪は無い、無いどころか相当良い仕事してる。

 

「私としては、厄介になっている身ですから、その失礼な男が護衛でも構いませんが」

 

 実際問題、信用出来る奴なんて殆ど居ない中で田中の存在は大きい。黒尽くめで恐らく経歴不詳、普通に考えたらこれ以上怪しい奴は居ないが、俺はコイツが悪い奴じゃないって知っている。

 強さの方だってチートが無かったとしても、この身長だ。剣の腕だってそれなりなんじゃ無いかと思う。

 

 とは言え、二回も俺の『偶然』に巻き込まれて死んだら申し訳ない……とチラリと見やるとなぜかニヤニヤしてる。

 

 ――もう積極的に巻き込んで行こう。

 死んだらまた異世界に転移して貰えよな! 次は針山とか血の池とか名所が豊富で、暖かくて賑やかな所が良いんじゃ無いか? 地獄とか。

 

「俺も構わねぇぜ、ただ王都までってなると長いぜ? この村で報酬は出せんのか? 俺は安い男じゃないぜ」

 

 お前はすぐに地獄へ行こうな? 俺をウザ殺そうとしてるの? そしてお前、王都までの護衛費用なんて何か月分だよ、この村が出せる訳ねーだろ。

 ほら村長困ってるだろ。

 

「いんや、村ではそれほどの予算は出せませぬ、まずはスフィールにまで届けて頂ければと」

「おい、スフィールは俺も寄ってきたばかりだがよ、国境付近の都市じゃねーか、帝国に追われた嬢ちゃんは大丈夫なのかよ?」

「しかしこの辺りで大都市と言えばスフィールじゃろ? それに前線だけに帝国の恐ろしさを知っているハズじゃ、力になってくれる可能性は高いのでは?」

 

 村長は正しい。伊達に髭生やしてない、ココは俺も乗っかって行こう。

 

「私としても、前線の都市で帝国の恐ろしさを語る事に意味はあると考えています、彼らに相手にされない様では王都に行っても意味が有りません」

 

 すまし顔で答えると、俺の言葉に流石の田中も思案顔で考え込んでいる。

 確かに危ないのは解ってる。でも俺に安全地帯なんてどこにも無いんだよ! だったら味方を増やすなり因果律と言うのか箔を付けると言うか、死ねない理由を積み重ねるのが神曰く唯一の解決策になりうる……多分。

 

「オイ、お嬢ちゃん」

 

 田中の呼びかけに俺は睨む様に見上げる。

 

「何ですか?」

「解ってて言ってるのか? スフィールは国境の都市、この世界の中心とも言える場所だ、言うなればこの世界のあらゆる危険が渦巻いてるって事だぞ?」

「理解しているつもりです」

 

 ツーンとしたおすまし顔で答える。正直、心配して貰って嬉しいのだがこいつにだけは顔がニヤケる所を見られたくない。そもそもお前の為に転生したんだからね!

 

「じゃあ帝国の人間だってゾロゾロ居るのが解るだろ? ガラが悪いのだってウヨウヨ居る。エルフ、いや森に住む者(ビジャ)だったか? そのお姫様が居るってなれば帝国だって狙ってくるに決まってるだろ」

「なっ!」

 

 田中の言葉に、サンドラのおいちゃんが慌てるがまぁ気付いて無かったよな。

 

「むしろ……」

 

 言うぞ! 良いのか? オメーそこまで言わせて置いて「やっぱ警護ムズイからやーめた」とか言わないだろうなあぁん?

 

「私は襲って欲しいとすら思っていますが」

「な!? なんじゃと?」

 

 村長も流石にビックリ、唖然として大きく開いた髭の中から口と歯がハッキリ見えた! モジャモジャしまくってるから、髭じゃなくて毛皮でも張り付けてるのかと思ってた。

 

「へぇ……」

 

 ただ、田中の方は予想していたのか目を細めてこちらを窺う様子だ。田中は馬鹿っぽいが馬鹿じゃない、言いたい事は解るだろうよ。

 

「気に食わねぇな」

「……そうですか」

 

 俺は命懸けの博打を打とうとして居る、田中にとってみりゃ年端も行かない少女がだ、そりゃ面白く無いだろう。

 

「姫様が、何番目の姫なのか、あるいは影武者だかは知らねーし、姫に生まれた義務だかはもっと知らねぇけどよ、嬢ちゃんみたいな女の子が命を張らなきゃ存続出来ねぇ国なんざ、滅んじまったほうが良いとしか思えねぇ」

「……なるほど」

 

 思わずつぶやいた、確かにそう考えるのが普通か、覚えておこう。

 

「では良かったです」

「良か……った?」

 

 

 俺は、俺の顔に王宮が襲われてからずっと張り付いていた笑顔が戻るのを感じた、もっと言うとその瞬間に気が付いた、俺は田中に会った瞬間にこの笑顔から解放されていたのだと。

 でも俺はこの仮面と生きて行かなくてはならない……

 

「もう滅んでますから」

「なに?」

「王都が落とされ、父も母も、兄も妹も全員死にました、エンディアン王家は滅んだと言って良いでしょう。何番目の姫ですかって? 私が最後の生き残りです」

「嘘だろ?」

「それに森に住む者(ビジャ)の王都が落とされてから一月も経っていないのです。未だ暫定政権どころかレジスタンスの組織すらなされて無いのではないかと思います」

 

 さしもの田中もパニックを起こして考え込む、その様子を見て一層冴え冴えと笑えて来る。

 

「だ、だったら何か? 帝国に国を攻められてからお前は誰の指示でも無く、自分一人でこの村までやって来たって事か?」

「勿論、そうですが?」

 

 本当は一人では無かった、セレナが居た。村の人も付いて来てくれた……でもみんな死んだ。

 

「だとしたら、まずはエ……ビジャを纏めて再起を図るのが筋だろ? なぜいきなり人間の村に来た? そんな有様で助けを求めたって求められた方も困るだろ」

 

 そうだよ、こっちは困らせに来てるんだよ!

 

「そもそも、私は王都奪還が目標とも、エンディアン王家の再興を目指すとも言っていませんが?」

「……は?」

 

 田中よ、お前に俺の気持ちが解るか? お前が魔獣に無双してる時、俺は一族郎党を無双されてたんだぞ。

 

「つまり、あんたはただ引っ掻き回すためだけに、王都ビルダールに行こうってんだな」

「引っ掻き回すなんてそんなつもりはありません」

 

 そんな穏当に済ますつもりは毛頭無い、全員死んで貰いたい。

 

「じゃ、じゃあ何のために王都に行こうと言うんじゃね?」

 

 慌てたように髭の村長が尋ねて来るが、大量虐殺ですなんて言える筈が無い、思い切り髭を引っ張ってやりたいね。

 

「イタタタタッ! 何するんじゃ!」

 

 既に田中が引っ張っていた、流石田中さんですわ、頼れる男である。

 

「私は、人質になりに行くのです」

「ひ、人質かね? うへぇ!?」

 

 俺の言葉に村長がひっくり返る……。

 

「人質か……」

「はい……、今まで国交も無かった国に助けを求めるのですから人質は必要でしょう? そして生き残った王族は私一人です」

「それじゃあ、結局国はどうにもならねーじゃねぇか。人質ってのは王様本人がやるもんじゃねぇ、その家族とかがやるもんだろ? 唯一の王族の嬢ちゃんが人質じゃ国が纏まらないぜ」

 

 そっちは知らんよ、そもそも王制が維持できるかも知らん、どっちにしろ俺はお飾りの王になるんじゃないか? だったらお飾りは最高に輝く舞台で飾られようじゃ無いの。

 

「ですからエンディアン王家の再興が目的では無いのです、誰が中心に再興しどんな王家が生まれても構わない。ですが森に住む者(ビジャ)とビルダール王国の同盟に時間は掛けられないのです」

「どういう事だ?」

 

 そこで俺はパンっと乾いた音一つ、柏手を打って部屋に放っていた照明の魔法を解除する。

 

「オ、オイ!?」

 

 急に暗くなった部屋に驚く田中、この明かりが俺の魔法だと気が付いて居なかったんじゃないかな?

 凄腕の傭兵が現れたと聞いて、高度な魔法に度肝を抜かせてやろうと画策した照明だった。凄腕ならば見破るだろうと思ったが、むしろ俺が田中に度肝を抜かれる始末。

 やはり魔法の造詣は一流の戦士でも深く無いのか? それとも田中が無知なのか? 後者っぽいのが悲しい。

 だったらもっと驚かせてやろうじゃないか。

 

「『我、望む、この手より放たれたる光珠達よ』」

 

 薄暗い部屋の中、もっと派手な明かりを生み出すことにする。部屋に光の奔流が溢れ、輝く光球が駆け巡り天井に張り付いく。

 

森に住む者(ビジャ)の魔法、これが帝国の手に渡り、そして帝国にはそれすら打倒した魔法を無効化する兵器が有る。この二つが揃う意味が解らないでは無いでしょう?」

 

 いや、そもそも魔法を無効化する兵器の事、田中に話したかな? まぁ良いや。

 俺は立ち上がり、片手を広げ声高に大立ち回り。

 

「私は王都に向かい、ビルダール王国と森に住む者(ビジャ)の間に同盟を結びます、そして……」

 

 みんな揃って間抜け面、これ俺がDON引きされてる奴か? いやここはやり切る。

 

「帝国を打倒し! その野望を打ち砕く!」

 

 ポーズを決めて遠くを見つめる俺は、皆と目を合わせられなかった。正直ちょっと恥ずかしい。



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僕悪いウーパールーパーじゃないよ?

 俺は迷っていた。

 

 勿論、俺の正体を田中に話すかどうかだ。

 

 まず信じてくれるかだが、そこは問題無いだろう。田中自身が特殊な境遇だ、今更俺がエルフの少女になったと言っても信じてくれるに違いない。

 なんせ、前世から「昨日さー高橋がウーパールーパーになってる夢見たんだよねー」とか言ってたからな! エルフのお姫様なんて原型を保ってる方だろう。

 

 ってか思い出したら腹立ってきたな。この苛立ちを参照権でプレイバック……

 

「昨日、高橋がウーパールーパーになってる夢見てさ」

「んっ! 開幕意味不明!」

「でさでさ、必死に俺だよ俺! 高橋だよ! って訴えてくるのよ!」

「いや、ウーパールーパーが俺の声で喋る訳? 怖くない?」

「勿論喋れないよ? ウーパールーパーだし」

「いやいやいや、それ俺じゃないでしょ! もはやただのウーパールーパーでしょ!」

「それが解るんだなー、ぱっと見でもう高橋だって気が付いちゃう」

「訴訟モノなんだが?」

「で、集合写真の高橋のとこ指差して、俺! 俺だよ! ってやるんだけど、『そいつねー高橋って言うんだけどスッゲー馬鹿な奴なんだよねー』って言うと滅茶苦茶暴れまわるのね」

「いや? そこは助けよッ!? 友達がウーパールーパーになっちゃってるんだよ?」

「おっもしれーんだよなぁ」

「ウパー(憤怒の鳴き声)」

 

 参照権の最高に無駄な使い方出たな。当時の怒りがグッツグツに煮えて来た。

 もうコレわざわざ正体を明かさないで良いんじゃないかな? 考えてみると俺にメリット無いんだよな。

 

 田中は俺の『偶然』に巻き込まれて死んだ訳だが、転移させた神は俺の『偶然』についても説明したに違いない。

 いや、神はアイオーンと名乗った爺ちゃんだけじゃない、話しぶりから考えるに地球の神は別だったはずだ。アイツは魂も含めて生粋の地球人。アイツを転移させたのは地球の神に違いない。

 

 だとしても俺の『偶然』に関しては説明したハズだ……その時、俺と田中でお互いの立場が逆として、一緒に居ると隕石が降って来る様な奴と、俺は一緒に旅をしてやれるだろうか?

 

 ……正直俺には自信が無い。

 

 もう俺はこの世界に大切な物が有る、いや……有った。

 田中とセレナ、どっちか取らなきゃ行けない状況なら、悪いけどセレナを取るだろう。

 田中は親友だが、セレナは俺の妹で命の恩人でヒーローでヒロインだ。

 

 ……死んじまったけどな。

 

 俺は何としてもセレナの、そして家族の仇を取りたい。帝国を地図から消してやりたい。

 だとしたらスフィールまで田中に護衛して貰うのは必要な事だ。信頼できる味方は一人でも欲しい。

 黙っているのは田中への裏切りだろう。……俺は田中と木村の仇討ちのつもりで転生したって言うのに、馬鹿みたいだよな。

 でもよ、やっぱり今の俺はエルフのお姫様でさ、前世のアレコレよりも今生の家族だ。

 

 ……みんなみんな死んじまったけどな。

 

 何より田中と仲良くお喋りしてさ、昔の事を思い出して、馬鹿話に花を咲かせてさ、それで俺の復讐心が薄れてしまうのが何より怖い。

 そして、田中にさ「復讐なんて下らないぜ」って言われてしまったら? 正直俺だって意味が無い事ぐらい気付いてる。

 例え帝国の人間を一匹残らず根絶やしにしたって、セレナも母様も兄様も父様も帰っては来ない。

 でも、笑いながら兄様に剣を刺した奴らの顔が、セレナを撃った人間の喜ぶ声が頭から離れない。

 

 俺だって帝国兵を殺したさ、殺せたさ。

 でもそれじゃ全然気が済まない。あいつらは俺達の、エルフの国を襲って何がしたかったんだ? あんな兵器まで持ち出して何がしたかったんだ?

 魔力が濃くて、魔獣が蔓延る土地に価値が有るとは思えない。

 ただエルフが憎いとか恐いとか、その程度の理由なんじゃ無いか? だったら俺だって殺したいだけで殺して良いだろ?

 

 馬鹿な事だと知ってるさ、知ってるからさ。だから田中に「お前の復讐、俺も協力するぜ」とも言って欲しくは無いんだよ。

 それにさ、今更だけど前世の友達の前で「エルフのお姫様」を演じるのは恥ずかしいだろ?

 あいつと馬鹿話に花を咲かせたその口で「お願いです! ワタクシの国を! 家族を! 民を救って下さい!」って涙ながらにお願い出来るだろうか?

 

 ……正直俺には自信が無い。

 

 だから俺は打ち明けるのは何時でも出来るとその考えを頭の隅に追いやった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 あれから俺たちは村長室でスフィール行きの条件を詰めた。やっぱり田中は俺の護衛を引き受けてくれるらしい。

 だから今日は二人で村長のお家にお泊りだ。サンドラさん宅に田中と止まる訳には行かないし当然と言えるだろう。

 サンドラさんは田中に念入りに「ユマ様の事頼むからな!」と念押しして帰って行った。

 身振り手振りを交えて俺がどんなに可哀想か唾を飛ばして話してくれたし、田中はそれを嫌がらずに聞いていた。

 ありがたくて涙が出る。同時に俺が汚い人間だって自覚させられる。

 でも良い、どうせ綺麗には終われない。

 

 村長の家は流石にサンドラさんの家よりなんぼか小奇麗で、暖炉やらランプやら、それなりの品質でしっかり整っていた。

 その暖炉は、もう春先でよっぽど冷え込まない限り使わないと言っていたが、今は火が灯っている。

 パチパチと火がはぜる音が若干のトラウマだが……仕方が無い。

 炎の明かりに照らされた田中がガラにも無く真剣な顔を見せる。

 

「じゃあ、スフィール行きで良いんだな?」

「はい、覚悟はしています」

 

 俺たちは差し向かいで話し合っていた。

 村長は居ない。敢えて聞かない大人の処世術と言えるだろう。

 

 打ち明けるには絶好の機会だが、俺は前世の事は打ち明けないと決めた。そして話は徐々にお互いの戦力の話になる。

 

「巨大な妖獣を倒せるのはビジャの中でも一流の証となります。偉業を成し遂げたタナカと言う戦士の名は、森に住む者(ビジャ)の国でも知られていました」

 

 大嘘だ、田中など聞いたことが無いしエルフが人間の戦士の話なんてするハズが無い。だが名前を呼んでしまった以上仕方が無い。

 ただ巨大な妖獣を倒せるのはエルフの中でも凄い事ってのは本当だ。武勇伝の一つや二つ語って貰おう。

 

「ああ、マンティコアな。強かったぜー! 引き付けてからボウガンで羽に穴を開けてよ。落ちた所を剣でズッパシ斬る予定が、ボウガンが弾かれやがる。あんな薄い皮膜でよ、とんでもない強度を持っていやがるんだ」

「魔獣とはそう言うものです、見かけを裏切る強度を持つ事も珍しくありません。特に妖獣は決まった形を持たないだけに、どんな特徴があっても不思議じゃありません。」

 

 ってか、マンティコア居るんだな! 妖獣ってのは早い話、キメラだ。,魔力による遺伝子異常で混ざった結果、たまたまマンティコアっぽい生物になっても不思議じゃ無い。

 それにしても行きずりの村でマンティコア退治とかファンタジーの王道感凄いね! 羨ましくて憤死しそう。

 

「そんで、空から急降下して襲ってくる奴に、さしもの俺もお手上げよ、なんでか解るか?」

 

 いや、田中さんそんな事言われても、今の俺はそんな面白い事言えんよ?

 

「やはり剣では上空の相手に分が悪いのは当たり前では?」

 

 当たり前なんよ、むしろどうやったかが知りたいのよ、引っ張らないで欲しいね。

 

「確かにそうだが、相手だって火を吹く訳じゃないんだ、爪や牙で襲い掛かって来る所を迎撃出来るって思ってたんだよな、でもよ、そうじゃ無かった」

「……何故です?」

 

 なんか下らない話な気がしてきたが付き合いで聞いてやる事に。

 

「あらゆる剣術はよ、上から攻撃される事を想定していないんだよ、だから上から襲ってくる奴を斬る技も無い」

 

 ……ふーん、対空無いんだ。

 いや、ゲーム脳に過ぎるか。そう考えれば無いのは当然って気もするが、でも実はしっかり探せば有るんじゃない? 言い切って良いの? ってか、そんでどうしたのよ? 引っ張りすぎじゃね?

 

「ではどうしたのです?」

「そこで牙空殺よ!」

「……ガクウサツ?」

 

 ガクウサツって何よ? いや、まさかな。

 

「知る訳ねーか、こうやって伏せた状態で草むらに隠れてな、爪で襲い掛かって来た所をこうよ!」

 

 そう言うと田中は、ガッと上空を突き刺す様なポーズで――ってお前それ格ゲーの技じゃねーかよ!

 いやー見飽きたポーズだねー、俺が飛び込む度にそれで落とされたもんだわ――ってたわけっ!

 

「……そんな……剣術が有るのですね……」

「実はな、その時咄嗟に閃いたんだよ。正真正銘、俺だけの剣術さ」

 

 いやー正真正銘お前のじゃねーだろ! コレ俺の正体に気が付いて、突っ込み待ちなのかな? だとしたら負けそうだわ。下タメ上Aで誰でも出せるわボケェって突っ込みそうになったぞ。

 

「オリジナルの技とは……タナカ流でも作るつもりですか?」

 

 正直、田中の剣道の腕を買って護衛になって貰ったつもりがさ、これ駄目駄目なんじゃね? 流石に通用しないっしょ? 剣からビームとか試してる馬鹿なら、護衛変わって貰って良いか?

 

「田中流か……それも良いかもな。俺の技はそれだけじゃないぜ? 羽を貫かれてバランスを崩して落ちて来た所を更にこうよ!」

 

 そう言って、田中は剣を掬い上げる様なポーズを――ハイハイ、弧月昇、弧月昇。それも見飽きたねー、小足小足強弧月昇100回喰らったねー

 

「……随分派手な技の様ですが、人間相手にはどうなのです? 敵は魔獣では無く帝国兵なのです。そんな大振りの技が通用するとも思えませんが?」

 

 頼む田中よ、初心に、剣道に戻ってくれ。もう言わないから! 剣道部なら弧月昇ぐらい出せるよな? とか無茶振りは言わないから!

 

「そっちはもっと間違いねーぜ。俺だけが使える俺だけの『剣道』が有るからよ」

「ケンドー……」

「少なくても、人間相手の一対一なら絶対に誰にも負けねーよ。俺の『剣道』は」

 

 いや其れもお前のじゃなくない? 俺の俺の詐欺辞めない? でも安心したのも事実。

 

「では今度は私の番ですね、森に住む者(ビジャ)の魔法の力についてご説明しましょう」

「……へぇ、さっきも見せて貰ったが、森に住む者(ビジャ)の秘伝だったりしねーのか?」

「しませんね、そもそも人間では扱えないと思います」

 

 多分教えても無駄だから隠す理由が無いと思うんだ。魔力値が人間じゃ足りないからね。サンドラのおいちゃんなんて魔力値10無かった、下手をすれば点火の魔道具すら使えないかも知れない。

 

「風の魔法で、このぐらいの木を切断する事が出来ます」

 

 俺は両手で大きな円を作る、直径三十センチぐらいの木を想定している。道中試したがこれぐらいなら切断可能だ。

 アニメや漫画を見ていると、木なんて剣で簡単に切れる様に錯覚するかもしれないが、実際ノコギリなり斧で切ってみれば、普通の剣の一閃で一刀両断なぞ夢のまた夢だと解る。

 三十センチの木を斧で切り倒すまで、人間なら一撃で死ぬ様な一撃が何発も必要だ。

 

 そう考えると俺の魔術は結構凄いよ? この威力のまま人間に当たれば人間なんて真っ二つなんじゃないかな?

 

「しかし、人間にはあまり有効とは思えません、何故だか解りますか?」

 

 お返しに今度は俺が質問する番だ、解るかな?

 

「……いや、解らないな、話を聞くに威力が足りない様には思えないし。隙が大きいとか出るまでに時間が掛かるとかか?」

「確かに呪文を唱える必要は有りますがそれ程長い物ではありません。隙も無いと言って良いでしょう」

「そう聞くと強力な様に思うがな」

 

 残念ながら、基本的にそれ程強い物じゃない、これは実演するしか無いだろう。

 

「そうですね、お見せした方が早いと思います、いえ、身構えないで下さい、昼間にもお見せした明かりの魔法です。『我、望む、この手より放たれたる光珠達よ』」

 

 俺の発した呪文と共に輝く光球が一斉に現れては、俺の制御に従ってゆっくりと田中の元へ降り注ぐ。

 

「ッ! オ、オイ!」

「慌てる必要はありません、痛くも熱くも無いですから」

 

 ゆっくりと降り注ぐ光球が田中を取り囲み、その体に付着する。暖炉の明かりのみの部屋で田中の姿だけが輝いて浮かび上がる。

 

「!? なんだ?」

 

 田中は蛍の群れの中に立ち入った様な気持ちで居たに違いない、しかしその光は田中に触れるや否や、雪の様に解けて消えて行ってしまう。

 

「これは?」

 

 田中が疑問に思うのも無理はない、昼間に村長室で見せた時、光球は長い間消えずに部屋を照らし続けた。それが田中に触れると瞬く間に消えて行くのだ。

 

「これが魔法の弱点、パーソナルスペースでの減衰です」

 

 そう、魔法には弱点が有る。それが生命体の支配領域に入った時への減衰だ。

 

「例えば魔法で水を沸かすのは簡単です、しかし相手の体の水分を沸騰させて、相手を茹でる様な攻撃は不可能です」

「なるほど抵抗(レジスト)出来ちまうんだな」

 

 田中もなんだかんだゲーム脳、解りが良くて助かる。

 

「先ほどの木を切断出来ると言う話ですが、生きた生木ではなく折れた枝の話なのです。木も生きていますから魔法で切断しようとしても、減衰されてしまいます」

 

 村までの道中で見つけた倒木を薪にでも出来ないかと魔法で切断したのだが、その威力に驚いた次第である。

 

「じゃあ、さっき言っていた風の魔法も、人間に当てた所で威力は無い……か」

「そうですね、流石に首にでも当たれば致命傷にもなるでしょうが、ナイフで切り付けた方がよっぽど早いでしょう」

「なるほどな」

 

 セレナの様に圧倒的な魔力値が有れば、人間以上に抵抗力が有るとされている魔獣ですら直接的な魔法で即死級のダメージを与える事が出来ていた。しかし、アレはあくまで例外だろう。

 普通の魔力値では不可視の刃である事を利用しての牽制や、土や木を操作しての足止めに使うのが精々だ。

 

 王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)なんぞはその減衰領域が広い、かつ強力でその牽制すらも出来ないエルフの天敵だったハズなのだが……セレナは本当に規格外だった……

 

「ですから、攻撃以外の場面で役立つことの方が多いと思います。明かりもそうですが、空気や土から水を集めたり、地形を変えたり、怪我の治療も可能です」

 

 剣でも出来る事は剣でやった方が良い、魔法の良さはその汎用性に有る。

 

「治療? 回復魔法って奴があるのか?」

 

 田中も大概ゲーム脳だが、大事な事だから確認しておくのが良いだろう。

 

「はい、回復力を高める事で傷口を塞いだり、綺麗な傷口でしたら切断部位を結合する事すら出来ると言われています。試したことは有りませんが」

「それはスゲェな、……でもよ、それは自分で自分に掛けるのか? 減衰ってのが有るなら俺が怪我した時には回復出来ないって事だよな?」

「コツは有りますが、相手の魔法を心から受け入れる事で、減衰無く治療を受ける事が出来る筈です。怪我をした際、貴方が私を信じる事が出来れば治療をするのは問題ありません」

 

 相手の魔法を受け入れるって事は、相手の魔法で自分の体を好き勝手される覚悟を決めるって事だ。やろうと思えばそれこそ体の水分を沸騰させる事も可能なのだから。

 口先だけじゃなく、本心から相手を受け止める覚悟が無ければ効果は発揮しない。

 

「なら問題ねぇな、信用してるぜ、いや信用じゃないな。お嬢ちゃんみたいな可愛い女の子に傷付けられるなら構わねぇって感じかな」

 

 そう言って田中はニヤリと笑って見せるが、発言はまんま変態だ。しかしそれぐらいの気持ちの方が回復魔法の効きが良いのは事実。

 

「大怪我してのたうち回って居る時に、その余裕が有ればいいのですが」

 

 俺はそのリクエスト? にお応えして、サディスティックな冷笑で答える。

 

「じゃあ、戦闘は基本的に俺の仕事って事で良いかね?」

「ええ、弓が有れば多少は戦えると思うのですが……」

「……弓? ああ、エルフと言えば弓か」

 

 またエルフとか言ってるが敢えて無視する。

 

「……ええ、矢を魔法で加速するのです、その場合、相手のパーソナルスペースでもその勢いは減衰されませんから」

「なるほどね、魔法を物理攻撃に変えちまえば良い訳か」

「そうですね、理解が早くて助かります」

 

 ま、元日本人としては理解しやすい所だよな。

 

「じゃあ、明日、村長にでも村に弓が無いか聞いてみるか」

「そうですね、小さなショートボウが有れば良いのですが」

 

 ただ、この村にまともな弓が有るかどうかだよな。

 馬車の荷物の中に弓が有れば良かったんだが、ガラクタみたいな魔道具ばかりだったのには閉口した。あいつら魔獣と戦わずに、無機物相手に凄い威力だと喜んでたんでは無いだろうか?

 

「じゃあ取りあえず、スフィールまでよろしく頼むぜ、嬢ちゃん」

 

 そう言って、右手で左腕の肘を、左手で右腕の肘を掴み、この世界の挨拶をする。目上の人にする挨拶なので、嬢ちゃんと言う呼び方に反して、一応雇い主? として立ててはくれる様だ。

 

「こちらこそ宜しくお願い致します」

 

 俺も右手で胸を抑える、動作で答えると、お互いの目が合った。

 

「その、一つ良いでしょうか?」

「なんだい?」

 

 突っ込み待ちだろうか? でも聞かないのも不自然だろう。

 

「その……顔に付けている、そのアクセサリーは魔道具なのですか? 見た事が無いデザインですが」

「ああ、コレな、『眼鏡』って言うんだけどよ、見るか?」

 

 そう言って眼鏡を外すと、こちらに差し出してきた。

 

「メガネ……」

 

 そのままの名前で、見た目は黒縁眼鏡だが……受け取ってみるとずっしりと重い。鉄を曲げて不格好に眼鏡の形にしただけのシロモノだ。

 勿論レンズなんざ嵌まっていない。レンズって言うのは現代でも技術の塊だ、この世界では簡単に作れるモノじゃ無い。

 試しに掛けてみたが、特に何の効果も無さそうだ。

 その時、こちらをニヤニヤ見つめる田中と目が合った。

 

「さしもの森に住む者《ビジャ》のお姫様も眼鏡は似合わないな」

「これは何かの役に立つのですか? 重くて視野も狭くなり不快なのですが」

 

 これ何なんだ? 意味が解らない。しかも鉄で出来てるからかなり重い。

 

「ホントは今の俺には必要無いんだけどよ、コイツが無いと俺が探してる奴が俺に気が付かないかと思ってな」

 

 ……そうか、お前、俺を探すためか。そんでもう目は悪く無いんだな。

 

「探し人ですか……」

「ああ、木村と……、高橋って言うんだけどな。生きてるか死んでいるのか、この世界に居るかどうかすら解らないんだ」

「……………」

 

 木村も居るのか? 居るのかも知れないのか? そりゃそうか……

 と、するとセレナを撃った火縄銃は木村の作か? いや、そう決めつけるのは早計か、普通に帝国の秘密兵器として作られていたのかも知れない。

 

「木村はともかくよ? 高橋なんて人間かどうかすら解らないんだから参るぜ」

 

 ん? なんだって?

 

「……よく意味が……解りませんが?」

「どんな姿をしていても、どんな事をしていても、そう言うモンかもなって思っちまう位、良くわかんねー奴なんだよ」

「……それでは、まるでおとぎ話の魔物の様では無いですか」

「違いねぇや、似たようなモンだな。今、この屋敷に居たっておかしく無いんだぜ?」

 

 ……コイツやっぱり気が付いてるのか? そんな駆け引きするなんて、らしく無い気がするが……

 

「この家に、やたら俺に吠えて来る犬が居たろ?」

 

 ああ、あの間抜けっぽい犬な。

 

「やたら俺に吠えるしよ、今考えると高橋と顔つきも似てるんだ、試しに話しかけてみようかと思ってる」

 

「ウパー(憤怒の鳴き声)」

 

「?……どうした?」

「いえ……なんでもありません」

 

 滅茶苦茶暴れまわりそうになった、俺はコイツと旅をして突っ込みを入れずに済むだろうか?

 ……正直俺には自信が無い。



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弓を探して

 翌朝、村で短弓を探したが良い物は無かった。

 

 魔法を併用せず、弓の力だけで魔獣を狩る事は難しく、猟師は罠を使うのが主流だった。

 魔獣駆除を生業にして、村から村を渡り歩くハンター、いや異世界転生物らしく冒険者と呼ぶか、そう言う存在も村に何人か滞在していたが、使い慣れた自分の得物を他人に譲る馬鹿は居ない。居ても相当吹っかけられたらしい。

 そもそも、魔法は使わない俺の素の力は笑ってしまうぐらいの非力さだ。普通の弓は引けないかも知れない。魔法で肉体を補助してやれば引けるかもしれないが、そんな事をすれば、魔法で矢を加速出来なくなるので意味が無い。

 

 そういう意味で弓が見つからなかったのは幸いだった。折角見つけて来てくれたのに引くことも出来ませんって、想像するだけで胃が痛くなるぐらいに気まずいだろう。

 王都を出てからと言うもの健康一直線で忘れかけていたが、俺は筋金入りの箱入り姫だったわけで、筋力なんて全く無いのだ。

 

「いやぁ、ほんとにスミマセンです」

 

 と謝る村人、誰だっけ? ハイ参照権。そう! ザッカさん。

 役場の人らしく、冒険者や狩人に顔が利くとの事で、弓について聞いて回ってくれたらしいのだ。急な要望に動いて貰った上で、謝らせてしまっている。

 昼前の役場は人も多い、流石に申し訳ないと思うんだ。

 

「そんな! 謝らないで下さい、急に無理を言った私が悪いのですから」

 

 俺は心の底から申し訳ないと言った風に、ザッカさんの手を取って目を潤ませる。最近演じ過ぎた所為か、若干臭い感じになってしまったが申し訳ない気持ちは本当だ。

 

「あ、いえ……そんな」

 

 途端にザッカさんは挙動不審に陥る。この感じ、誠に勝手ながら断定させて頂くと、童貞だろう。

 真面目一筋の役場勤務で女性と手を繋いだ事すら無いんじゃないだろうか? 前世では非リア充、陰キャの王として鳴らした俺としては、どうしたって近親感が沸くじゃ無いか。

 

「ザッカさんは精一杯やってくれたと思います。私は戦いは素人ですから、弓なんて有っても気休めにしかなりません、弓はスフィールで手に入れれば良いのです」

 

 そう言って、更に強く手を握り、精一杯の優しい笑顔で語りかけた。

 すると益々ザッカさんは顔を赤くし俯いてしまい。ポツリポツリと語り出す。

 

「……わたすとしては、気休めだからこそ、心細い思いをしてるだろう姫に弓を持たすてあげたかったス」

 

 そう言うと……俯きながらちょっと泣き出してしまってるんじゃないか? コレ。

 いや……勘弁して欲しい。

 ザッカさんは涙に濡れる顔を腕でグッと拭うと、決意を込めた顔で口を開く。

 

「わ、わたす、今からもう一回、村を回ってきます!」

「や、止めて下さい! 私そんなつもりは無いのです」

 

 俺は今にも駆け出して行きそうなザッカさんの服の裾を掴んで止めた。ザッカさんは必死だが俺だって必死である。

 ここまでされて弓を引くことも出来なかった時の空気を考えると居た堪れない。それどころか、巨大な弓だと背負って歩くのだって重労働だ。

 ……弓を背負っただけでふらつく姿、容易に想像出来てしまった。その時の空気感は想像したくも無いだろう。

 

 間の悪い事に、正にその大きな弓を担いだ冒険者が役場に入って来る。

 

「ラザルードさん!」

 

 ザッカさんがその冒険者に呼びかける。ラザルードと呼ばれた三十過ぎで顎鬚を蓄えた冒険者は突然呼ばれた事にギョッとして此方を見て、その瞬間に全てを察した様だ。

 喜色満面、自分を呼びかける職員。その職員の裾を引っ張り必死に止める異種族の少女。酷い絵面に違いない。

 チラリとこっちを見たラザルードさんに、俺はブンブンと顔を横に振って答えると、ラザルードさんは呆れた様なニヒルな笑みを返してくれた。

 

「さっきも言っただろうが! こんなお嬢ちゃんにこの弓が扱えるわきゃあねぇだろ、ちったぁ考えろ!」

「で、ですが……何か、心の支えになればと」

 

 ……いやいや、心の支えが支えられずに、倒れてしまう。

 

「い、いえ、私の様な非力な者がその様な立派な弓を持っても使いこなせません、引けもしない弓を持っては、弓が可哀想です」

 

 何と言うか、既にラザルードさんにこの弓を渡せと交渉した後の様で、本当にザッカさんの暴走っぷりが恐ろしい。

 素人故だろうか? 普通に考えたらこんな弓、女の子が扱える訳ないだろう。

 当のラザルードさんは俺の言葉が気に入ったのか、ニヤリと笑った。

 

「弓が可哀想か、言うじゃねぇか! 気に入ったぜ? 嬢ちゃんの護衛は決まったのかよ?」

 

 やっぱり自分の得物を軽く扱う奴は嫌だよな。俺もいっぱしにコントローラーには拘る方だ。ちなみに一番ゲームが上手い木村は純正コントローラーだったよ、二万のコントローラーを買った俺の立つ瀬がないね!

 

 どうやら俺の事を気に入ってくれたらしいラザルードさんだが、俺の護衛はもう決まってる。予算的に二人も雇えないため、ザッカさんは慌てた。

 

「い、いやぁ、それはもう」

「ああ、姫さまの護衛は俺で決まりだ」

 そこに、いつの間にか現れた田中が割り込んだ。

 

「ほう?」

 

 田中をギロリと見上げるラザルードさんも170cmは超えているだろう。村の農民と比べると断然背は高い。それでも田中はさらに頭一つ分近く背が高いのだ。

 

「妖獣殺しか、噂通りの偉丈夫の様だが、腕の方はどうなんだ?」

「間違いねぇよ、妖獣殺しなんて言われちゃ居るが、本当は人間相手の方が得意な位だ、帝国の奴らが襲って来ても何ともねぇよ」

「言ってくれるな、だがたった一人でどうするつもりだ? 相手は何人で来るかも解らないんだろ?」

「何人で来ようと、お姫さん一人逃がすぐらいは何とでもなるぜ」

「言うじゃねぇか」

「言うだけの腕が有るからな」

 

 そう言ってお互いニヤリと笑い合う。

 

 正に男と男の会話である。なんとも羨ましい。

 女の子としちゃあ、こんな会話に憧れるのは違うのかもしれないが、何を隠そう前世の俺は冒険者ごっこを一人で敢行してた痛い経歴の持ち主だ。

 

「嬢ちゃんそんな不安そうな面するなよ、俺達の間じゃこんぐらい普通さ」

「ああ、もしこのおっさんが突っかかって来る様なら俺がぶった斬ってやるからよ」

「俺が斬れるかよ?」

「斬れるさ」

 

 今度はそう言って再び睨み合う、ぐぬぬ、見せつけてくれる。

 どうやら羨ましさに眉を顰め(ひそめ)、唇を噛み締める俺の表情が『荒っぽい会話に慣れない少女が、その剣呑な雰囲気に戸惑う不安げな顔』に見えたらしい。

 俺は既に悔しいを通り越し、悲しい感じになってきた。

 

「ちょっと待って下さい! 姫様が怯えていますから!」

 

 ザッカさんが慌てて二人を止める。俯いて拳を握り締める俺の姿が、ザッカさんに誤解された格好だ。

 

「わーったよ、邪魔者は去るとしますか。オイ妖獣殺し、嬢ちゃんの事しっかり護れよ」

「言われるまでもねぇ」

 

 ポリポリと頭を搔きながら気だるげに去って行く、その動作まで男らしいラザルードさんと、それにやり返す田中の一言。

 俺が姫してる間に、冒険者としての踏んで来た場数と歴史を感じる。

 ……あーあ、たまんねぇなオイ。

 

 そうこうしている内に村を出る時間だ、今日は午前中は弓を探し、昼食を取ったら村を出る予定で、昼食は既に役場に来る前に頂いている。

 スープには待望の干し肉の欠けらがちょっとだけ入っていたが、弓が見つかったらどうしようと不安で不安で、味なんてさっぱり解らなかった。

 

 役場を出るとニコニコ顔の村長が待っていた。「村を出るまで、お供しますよ」と言う事で田中と三人で村を歩く。

 

 門に近づくと見送りの村人が何人も集まっていた。

 

「姫様達者でな」

「帝国の奴らに負けんなよ!」

「ビジャの姫様の噂、期待してるからな!」

 

 みんなの暖かい声援に涙が出そうになる。特に最後の言葉には、森に棲む者(ザバ)と言う鬼の様な存在じゃ無く、森に住む者(ビジャ)と言う種族だと言う啓蒙活動が実を結んだという手応えを感じる。

 

 俺がそんな風に感無量の面持ちで居ると一人の村人が進み出て来た、サンドラのおいちゃんである。

 

「ユマ姫様ぁ」

「サンドラさん、お世話になりました」

「そんですが、お節介かも知れませんが、もう少しお世話させちゃ下さいませんか?」

「どういう事です?」

 

 何だろう? サプライズプレゼントだろうか?

 

「俺ぁ、まだその男を信用しきれねぇ、姫様と二人っきり何か間違いがあっちゃ事だ、俺も隣村まででいいんけ、付いて行きたいでよ」

 

 サンドラのおいちゃんは興奮すると訛りが強く出るのでどうにも聞き取り辛い。

 

「えっと、まさか付いて来るのですか?」

「マズいっけ?」

「いえ……そんな、ご迷惑じゃ」

 

 聞けば畑仕事は今集まっている俺の応援団がしばらく変わってくれるとかで、隣町までは同行出来るらしい。

 だから心配なのは畑やテイラーさんの生活じゃない、おいちゃんの命だ。

 

「危険……ですよ?」

「それを言うなら姫様の二人旅のが危険だぁ」

「それは……そうですが」

 

 俺の『偶然』は真っ先にこのサンドラのおいちゃんを殺しそうな気がしてならない。その時テイラーさんに申し訳出来ないだろう。

 俺は人間を皆殺しにしたいぐらいに思っていたが、俺に優しくしてくれる人を優先して殺したい訳じゃ無いのだ。

 

「良いからよ、そろそろ出ようぜ」

 

 田中は容赦なく急かしてくる。

 

「んだ、そんだが大きな荷物持ってバテなきゃ良いがな」

 

 そう田中は俺が大牙猪(ザルギルゴール)に潰されたピラーク馬車から回収した荷物を丸々担いでくれている。

 おかげで今の俺は手ぶらで有るが、ちょっと大きな村で荷馬ぐらいは仕入れたい物だ。

 この世界にも馬は居る、正確には馬にしか見えない生物だろうが、違いと言えばちょっと耳が長い程度だから馬で良いだろう。

 荷馬は乗用馬より安いが其れでも値は張る。ただ買った後スフィールで売れば良いのだからそれ程の負担は無いだろう。

 ただ、当の田中があんまり必要としていない様で。

 

「この程度でバテる訳ねぇだろ? おめぇとは鍛え方が違ぇよ」

「その減らず口が、何時まで続くっぺな」

 

 と、おいちゃんとやり合っている。

 

「どうかお元気でー」

 

 厄介者が同時に居なくなったと、清々した顔で送り出す村長の髭を、今度こそ思い切り引っ張りたい衝動に駆られながら、俺はソノアール村を旅立った。



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ハーフエルフの襲撃

 ――ザスッ!

 

 肉が裂ける音がした。

 

「グアァァァ!」

 

 その悲鳴でサンドラさんが矢で射貫かれたと解る前に、俺は田中に引き寄せられていた。

 

「待ち伏せされてたか?」

 

 田中のマントに包まれた俺に、そんな呟きが聞こえてきた。

 

「帝国兵ですか?」

 

 突然の襲撃にも関わらず、発した声に緊張や震えが含まれ無かったのは、自分でも意外だった。

 田中の腕の中、マントで遮られ視界はゼロ。それでも不安は無かった。

 間近で触れ合う田中の体はガッシリとして鉄の様に固い。それが安心感に繋がっているのは疑い様も無く、その事実が恐怖の代わりに嫉妬とも羞恥とも付かない複雑な感情を発露させた。

 

「違うみたいだな」

 

 マントの隙間から見上げた田中の顔は、探る様な怪訝な物で、緊張や絶望とは無縁に見えた。大軍に囲まれたとかでは無いと思って良さそうだ。

 

「オイ! どう言うつもりだお前ら!」

 

 田中が街道脇の林へと叫んだ、そう、大森林を抜けたって木が一本も無くなるって訳じゃない。街道沿いには林が有り、そこから矢を射かけられたのだ。

 完全に待ち伏せされた形だろう。

 

「無能どもよ! 我らが姫を放し、投降せよ!」

 

 線の細い声を精一杯張り上げた。そんな印象の罵声は震えていて、明らかにこう言う荒事に慣れていない者を思わせた。

 

「無能とはご挨拶だな」

森に住む者(ビジャ)があなた方を卑下する時に使う蔑称です、人が我々を森に棲む者(ザバ)と呼ぶのと同じような物と思って下さい」

「それにしても、無能たぁ品が良い物言いとは言えねーな」

「全くです」

 

 努めて冷静に答えたが、まさか無能が一番穏当な言い方とは言いづらい。這いつくばる者なんて、もはや意味が解らないって思われてしまうだろう。

 

「で? どうするよ」

「どうやら思い違いが有るようです、おおかた私があなた方に攫われた。そんな風に思っているのでしょう」

「おいおい、ホントに一人で黙って来たのかよ、せめて話は通して欲しかったモンだがな」

「その筈だったのですが、残念ながら馬車での移動中に魔獣に襲われてしまいまして……」

「オイ! 聞いてねーぞ!」

 

「ごちゃごちゃ言ってないで姫を放せ!」

 

 エルフの男は怒声を張ると同時に矢を放った。

 

 ――ザスッ

 

 景気が良い音と共に、田中の足元に深々と突き刺さるが、外した訳では無いだろう。

 これは警告だ。

 

「オイ、斬って良いのか?」

 

 斬って良いのかって? やれるのか? 何人居るのかも解らないじゃないか!

 いや、やれるとしても困る。俺が人間に攫われたなんて話になったら、人間との協力なんて夢のまた夢、むしろ却って遠ざかってしまう。

 

「分かりました、私が話を付けましょう」

「そうか……頼りにしてるぜ」

 

 そう言うと田中はマント越しに俺の頭をクシャっと撫でた。

 

 ……ちょっと嬉しいのが悔しい。

 俺が包まれてるマントは田中の匂いがして臭い、でもそれが余り不快でない所か安心する匂いだと思ってしまうのは何たる事か。

 俺の精神は相当に乙女になってると思って良さそうだ。

 

「弓を下げなさい! 私は彼らに捕まっている訳ではありません!」

 

 田中のマントから抜け出し、俺は襲撃者の前に姿を晒した。

 林の隙間から弓を構えるのは六人、いずれもエルフだ。

 

 ……いや、耳がエルフ程長くない、俺と同じぐらいで……ハーフエルフか?

 

「姫様!」

「本物か?」

「ああ、話に聞いていた特徴とも一致する」

 

 お互いに顔を窺う六人だが、その表情からして俺の顔を知らない様だ。

 ハーフエルフには大森林中央部の魔力は辛い。だから俺の顔も知らないハズ。精々写し絵を見た事が有るぐらいだろうか?

 

「姫様、そいつから離れてこっちに来てください!」

「無礼な! 話が有ると言うのならそちらから歩み寄るのが道理であろう!」

 

 威厳たっぷりに声を上げる。すると困った様子で、再び互いに目を見合わせる。いやもう本当に困ったのはこっちだと言いたい。

 

 エルフの男たちは警戒を解かずに弓を構えながらも、ゆっくりと近づいて来る。当座命の危機は無いと思って良さそうだ。

 そもそもサンドラのおいちゃんは無事なのか? 死んで無いだろうな? 死んでいたら……テイラーさん泣くだろうなぁ……。

 

 サンドラのおいちゃんに近づくと、おいちゃんは右肩に矢を受け蹲っていた、しかし命に別状は無さそうで、俺はホッと息をつく。

 

「うぐっ、ウゥゥ」

「ゆっくりと息を吐くか、何か噛んでいて下さい『我、望む、汝に眠る命の輝きと生の息吹よ、大いなる流れとなりて傷付く体を癒し給え』」

 

 呪文を唱え力任せに矢を引きぬ……いや俺の力じゃいたずらに痛めつけるだけになりかねない、ここは田中に抜いて貰おう。

 目で田中に訴えかけると、田中はむんずと矢羽を掴むと一気に引き抜いた。

 

「グゥゥーー」

 

 サンドラさんは呻くがそれは仕方が無い、しかしこれでは魔法の効きは悪いのだ。サンドラさんの背中に俺は体を密着させた。

 

 スゥ、ハー スゥーハー スゥーーハァーー

 

 俺はゆっくりと魔法を発動させながら、おいちゃんの耳元で、おいちゃんの呼吸に合わせて浅い息継ぎを繰り返す。

 その息継ぎを少しずつゆっくりとしたものに変えて行くと、おいちゃんの呼吸も釣られてゆっくりとしたものに変わって来る。

 十分に落ち着いた所を見計らい、一気に患部に魔力を流す。

 

「おおっ!」

「回復魔法!」

「魔道具無しでこの回復、噂通りだ! 間違いない! ユマ姫だ」

 

 一気に塞がったおいちゃんの傷を見て、色めき立つエルフ達。

 確かに回復魔法、特に他人の傷を治す他者回復は高度な魔法だ。ハーフエルフの魔力値は80無いのが普通と聞くしハードルが高い魔法だろう。

 

「ハーフエルフにして、並のエルフを上回る魔力、噂は本当じゃったか」

 

 唸る様に呟くのは六人の中で一番年長のエルフのお爺さん。

 そう、俺の魔力値はハーフエルフとしては図抜けて居る、襲撃を受ける前、成人の儀の時既に200越えで、それが今や400越え。

 いや流石に人間の領域まで来て、薄い魔力のお陰で300後半まで下がっているが、それでも圧倒的な魔力値だろう。

 

 いや、むしろ魔力の無い場所でここまでの魔力を持つ人間が他に居るのか? この領域では世界有数のレベルに達しているのでは無いだろうか?

 

 その原因、思い当たるのは二つ。まずは俺が参照権で魂の記憶に触れたパルメスだ。

 思えば湖で赤棘毒蛙(マネギデスタル)を見て、気絶して王都に運び込まれた後から、俺の魔力値はガンガン伸びて行った。

 俺が薬草取りの少年、シルフの記憶に触れた際、森の歩き方を自然にマスターした様に、将来の大魔法使いとして嘱望されながら、僅か三歳でこの世を去ったパルメスの記憶も魔力値に影響を与えたに違いない。

 

 魔力に大切だと言われる呼吸が変わった? はたまた魂の記憶に触れると体質までも影響を受けるのか? それとも神が言っていた因果律の回収か?

 細かい事は解らないし解りようが無い。ただ俺がパルメスの記憶をハッキリと意識した山小屋での出来事から、俺の魔力値は更に上がったのは間違いなかった。

 

 そしてもう一つは……、俺は肩に流れる自分の毛髪を、回復魔法を使っていない空いた左手で弄びながら考える。

 間違いなく俺の変異の影響だ。変異によって俺の髪色と片目はピンクに染まった。赤はともかくピンクなんてアニメじみた色、前世も今世も見た事が無い。

 

 俺の体は一体どうなっているんだろうかと考えないでは無いが、考えたってどうにもならない事は考えないに限る。

 

 ともかく、魔法によって俺の身分と、捕まっていた訳では無いと理解して貰えただろう、ここは押し切るしかあるまい。

 

「控えよ! 我をなんと心得る!」

「ハハッ! ユマ姫であらせられます!」

 

 良かった、ちゃんと控えてくれた。しゃがみ込んだエルフ達に言葉を投げかける。

 

「何のつもりで我らに矢を射かけたのか、返答次第では只では済まさない!」

「ハ、ハイ! 姫が人間の村に居ると聞き、姫の乗った馬車が大牙猪(ザルギルゴール)に襲われたとも聞いていたので、彷徨っていた所を攫われたものかと思い助けに参ったのですが……」

「誤解だ、私は自らの意思で人間の村へ足を運んだのだ、目指すはビルダール王国の王都である」

 

 馬車の生き残りが村に帰る事も出来ずに、ハーフエルフの村に辿り着いて居たのか。

 だったら俺が王都を目指してるって事まで言ってくれれば良いのに。

 

 いや、そんな事聞いたって、まさか姫が一人で王都を目指してるとは思わないか。あんな目に合って、まだ一緒に王都まで来る気だろうか?

 

「あなた方は王都までの旅に同行してくれるのですか?」

「い、いえ、まずは村長や村のみんなに相談したい、申し訳ありませんが村まで同行して頂けませんか?」

「距離は? 我々には時間が無いのです」

「ハーフエルフの村落でしたら、大森林の端ですから、ここからなら三日と掛かりません」

 

 ふむ、三日か、良く考えたらエルフに話が通って無いのはマズい。人間に頭がおかしい偽物と思われるのはともかく、エルフにそう思われちゃマズイし、誤解を解く機会も少ないだろう。

 なんせ人間の街にエルフは居ない、いてもハーフエルフが少数って所か、なにしろ魔力値で生活圏が分かれる世界だからな。

 ジッと田中を見ると、パタパタと手を振って言う。

 

「俺ぁ構わねぇぜ? ここまで来たら付き合ってやるよ。エルフの村ってのも見てみたいからな」

 

 ならば後はサンドラさんだ、傷は治っただろうが削れた健康値が心配だ、ソノアール村まで戻って事情を説明して貰おう。

 

「サンドラさん」

「うぅ、済まねぇ姫さま」

「落ち着いて聞いてください、私とタナカはこれから彼らの村に向かいます」

「うぅオラも」

「いえ、傷は治っても体力は落ちています、サンドラさんは村まで戻ってください」

「んでも!」

「村に事情を伝えてください、人間とビジャの戦闘になってしまっては困ります」

「……分かっただ」

 

 よろよろと立ち上がるおいちゃんに生気は無いが、ここは村まで僅か十数キロの場所だ、俺と一緒に居て『偶然』に曝されるより、よほど安全な行程となるだろう。

 

「では向かいましょう! 先導なさい!」

「ハッ!」

 

 六人のエルフが声を揃えるが、当然の様について来る田中に怪訝な視線が向けられた。

 

「ユマ様コイツは一体なんですか?」

「彼は私の護衛です、人間の都に行くのですから人間の護衛は必要でしょう?」

「いや……しかし」

 

 胡散臭い物を見る目でジロジロと田中を見定めようとするが、当の田中は気にする風も無い。堂々としたもんだ。

 

 ハーフエルフの六人は再び互いに顔を窺い、取り敢えず保留としたのか村へと歩き出した。

 

 計八人となった奇妙な一行と、俺は再び大森林へと足を踏み入れるのであった。



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ハーフエルフの村

 ハーフエルフ達の村は、確かに大森林の端に有った。

 

 人間の住むソノアール村とは二日の距離、この距離で二つの村に何の交流も無いと言うのは不自然。

 そうハーフエルフ達はソノアール村まで炭や山菜、山鳥を度々売りに行き、代わりに小麦などを買っていたらしいのだ。

 

 ハーフエルフは耳さえ隠せば人間と見分けは付かない、耳だってちょっと長いぐらいだから誤魔化し様は幾らでも有る。

 ソノアール村での俺の様子は、人になりすましたハーフエルフの商人によって筒抜けだった訳だ。

 その際にどんな伝言ゲームがあったかは知らないが、俺が人間に攫われたって話になって、待ち伏せした上で襲って来るんだから思い込みって奴は怖いと言わざるを得ない。

 何にしてもハーフエルフ達は以前から、人間ともエルフとも共存して生きていた訳だ。

 

「エルフの村って割にはえらい普通だな」

 

 だから田中が村へガッカリしてしまうのも仕方が無い事かもしれない。

 エルフの王都エンディアンは正にエルフの都と言った風情だった。

 品種改良された木が青い光を湛えて生きた街灯と化し、複雑な幾何学模様を描く石の歩道や、寄木細工の様に組みあがった建物を照らし出す。そんな幻想的な光景が広がっていた。

 王都以外でも、パラセル村では、魔法で作られた土の柱や壁、それらと調和して作られた木造の家々がエルフの高い文明を感じさせ、人間にとって未知の好奇心を刺激すること受け合いだ。

 

 翻ってこの村の様子はどうか?

 

「普通の山村にしか見えねぇな」

 

 田中のこの感想にしたって、大分気を使った物だ。ハッキリ言って山賊の隠れ家と言った方が適当だろう。

 ログハウスの様な家々と、木で出来た簡素な柵。ファンタジー要素はどこにも無い。

 

「言っておきますが、森に住む者(ビジャ)の王都エンディアンはこんなものではありませんよ」

「……へぇ? 期待しとくわ」

 

 期待って、コイツは何時か王都にまで来るつもり何だろうか? 魔力に(さら)されフラフラな田中を見てみたい欲求は有るが、そんな未来は来ないであろう。

 ともあれ、案内された村の様子に魔法の痕跡が殆ど無いのは頂けない。ハーフエルフと言うのは想像以上に魔力が少ないと見た方が良さそうだ。

 と、その時、俺と田中の会話を聞いてハーフエルフの青年が質問してきた。

 

「あの? 森に住む者(ビジャ)と言うのは?」

 ゲ、マズイな。これ説明が大分面倒臭いぞ?

 

「それについては後ほど説明します!」

 

 こういう時は先送りだ! 怪訝そうな顔をする田中と、六人のハーフエルフを尻目に、俺は案内された村長宅にズカズカと乗り込んだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 案内された村長宅は、他の家より多少大きい程度の何の変哲も無いログハウスで、木窓やランプは有るものの、王宮暮らしが長い俺には薄暗い。

 

「『我、望む、この手より放たれたる光珠達よ』」

 

 なので、即魔法である。それだけでオォーってなるのがくすぐったい、あとちょっと不安にもなる。

 魔法で照らされた村長宅には、俺達八人の他にも、村の長老やら纏め役やら、村の主だった人物でギュウギュウ詰めだった。

 皆が俺の話を聞きに集まったそうだ、ここ数日、まるで吟遊詩人になったかの様に同じ話を繰り返している、しかし味方を募るつもりだったら、これからも何度だって語るであろう話。大都市で語る前の練習だと思えば是非もない。

 

「では、王都エンディアンで起こった事、そしてどうして私がビルダールと手を組んでまでセルギス帝国の打倒を目指すのか、説明させて頂きます」

 

 

 ――淡々と事実だけを語ったつもりだが、長い話となった。途中で魔法の明かりをつけ直したにも関わらず、二回目の光も消えてしまった。

 

 昼過ぎには村に着いたのに、外はもう真っ暗になっている。

 

「ううぅぅ、グスッ」

 

 暗いのは外だけじゃない、部屋の中はすすり泣く声で満たされていた。

 どいつもこいつも泣いている、俺だけだ。涙どころか微笑みすらも、浮かべているのは。

 

「なぁ、なんでだよ?」

 

 田中まで泣きながら俺に迫る、……いや? お前にはとっくに事情を話していただろ?

 あ! コイツには簡単にしか話していなかったか? どうやって父様が、兄様が、そしてセレナが死んだかなんて、詳しく説明する気も無かったからな。

 

「なんで、なんでお前は! そんなに悲しそうに笑ってるんだよ!」

 

 田中は泣きながらそう言った。

 そうか、俺は笑っているけど、でも悲しく見えるのか。

 

「せめて、せめて泣いてくれよ、そんな風に、俺の前で……笑わないでくれよ」

 

 田中は泣きながら俺の肩を掴んだ、いや……そんな事言われても。

 俺の顔には笑顔だけが張り付いて、剥がれてくれないんだよ。

 俺には困った様に笑う事しか出来ないんだ。

 

 鼻水と涙で汚れた田中の顔が、何故だか羨ましい。

 俺は……なんで、笑っているんだろうか。

 

 その時、俺の左目から熱い物がこぼれ落ちた。

 

「……あ」

 

 ……涙だった。

 後から後から溢れ出し、凍り付いた笑顔が解ける様な気がした。

 

「やっと、泣いてくれた」

 

 そう言って田中は俺を抱きしめた。

 俺は泣いた、どの位泣いたのかも、何時寝たのかも覚えていない。

 恥ずかしくて、その時の事を参照権で確かめる時は来ないだろう。

 

 昔の様に、まだ病弱で小さかったあの日の様に。

 俺は久しぶり安らかに意識を手放した。



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★成人の儀へと

「納得いきません!」

 

 俺は大声で村長に食ってかかる。昨日披露したお涙頂戴の逃亡劇は大成功だったハズ。なんとしてでも帝国を打倒するのだ、と一体感が生まれたと思ったのに、一眠りしたら全く状況が変わってしまっていた。

 

「私がまだ成人していないとはどういう事です? こうして王家の秘宝さえ下賜されています」

「しかし、お披露目の式は挙げておらん、公的には成人していないのと一緒じゃ!」

「全てを忘れて、我々と暮らしてはくれませんか?」

「姫様には平和に生きて貰いてぇ」

 

 エルフ達は口々に言うが一体どうしたと言うのか? 今更に俺を王族だと認められないと言い出したのだ。

 俺はセレナと成人の儀を果たした。だから立派に王族なのだが、お披露目がまだだったのは事実。

 成人していな俺が、一人で勝手に王都に行って同盟を持ちかけるなど許されないと、そう言うのだ。

 だったらコッチにも考えがある。

 

「だったら今からこの村で成人の儀をすれば良いのですね?」

「え? いや、それは」

 

 俺がそう言えば、村人は急に黙った。それだけで成人の儀などただの言い訳だと解る。

 なにせ王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)なんて現れたのは全くのイレギュラー。普通はビー玉みたいのを取ってくるだけのお使いなので、今の魔力があれば全く問題にならない。

 

「良いだろう、やらせてみれば良い」

 

 だが、そこにヨボヨボなジジイが現れる。

 

「長老、何を言っているのです?」

「今、あの洞窟には大岩蟷螂(ザルディネフェロ)が巣くっておる。今年、成人出来た者は居らんありさまじゃ、出来るものならやって欲しいものじゃな」

「長老! それでは本末転倒では無いですか! 我々は姫に幸せに、安全に過ごして欲しいと言うのに、そのために姫を危険な目に合わせるなど」

 

 なるほどね、大きなお世話。村人も、そして誰よりジジイが俺を舐めている。

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)だ? そんなのちょっと大きいカマキリだ。そんなのが数匹で俺がビビるとでも?

 ジジイは馬鹿にした様に俺を見やる。

 

「多少魔力がある程度で、自分が強くなったつもりのはねっ返りにはお灸が必要なんじゃよ、いま口先で言いくるめた所で、自分の力で王都を奪還する等言い出しかねん」

「いや、しかし!」

「村長! 良いのですか?」

「……うーむ」

 

 長老と言われるジジイの言葉は重いのか、洞窟でカマキリを殺せば許されそうで、むしろありがたい。

 しっかし、どうして急にこんな話になったのだろう? ひょっとしてコイツの入れ知恵か? 気が付けば、いつも隣に陣取る巨漢の黒ずくめ。

 

「言っとくが俺は護衛だ、危ない所に行くと言うならついて行かざるを得ないんだが?」

 

 ドンと胸を叩きながら存在をアピールする田中がウザい。ただただウザい。

 

「勿論じゃ、お前さんは姫様が危ない目にあった時、助けてやって欲しい」

「それじゃあ試練にならないんだろ?」

「そりゃそうじゃよ、お前さんの手を借りた時点で儀式は失敗。それでええじゃろ? お主はスフィールへの護衛代をそのまま受け取り、村へはワシらから依頼のキャンセルと護衛代を満額返す。貧しい村じゃがお主の護衛代程度は捻出できる」

「まぁ俺はそれでも良いけどよ、姫様が普通にその成人の儀とやらをやり切ったらどうなる? 俺は余計な仕事が増えるだけなんだが?」

「そうじゃな、護衛代がワシらが払う分と合わせて倍に増えるとすれば、文句は無いじゃろ?」

「長老!?」

 

 田中は魔獣退治で名の売れた冒険者。こんな寒村でポンと払える金額じゃないだろうに、現に村人は寝耳に水と慌て始める。

 

「それでは姫様の安全どころか、この無能に金を渡すだけでは無いですか」

「安心せい、今あの洞窟には大岩蟷螂(ザルディネフェロ)が少なくても十は巣くっておる」

「じ、十も!」

「姫様の儀式成功はありえん、あの男、仕事への責任感は本物と見た。姫様の安全も問題ないじゃろう」

「いや、しかし」

「上手い事大岩蟷螂(ザルディネフェロ)をあの男が減らしてくれたらしめたもの、無能なぞいっそ死んでくれても構わんからの」

 

 コソコソと話してくれるが、集音魔法で丸聞こえだ。

 どういう理屈か田中も聞こえているようで、鼻を鳴らして村長に食ってかかった。

 

「オイ、あの爺さんはああ言ってるが、村長もそれで良いんだな?」

「ハァ……まぁ、良いだろう。護衛代は何とか準備する」

 

 苦しげな顔を見せる村長は俺の実力を正しく把握している様だ。サンドラのおいちゃんに掛けた回復魔法のレベルを聞けば憶測するのは難しくない。

 みんなが気が付いて前言撤回する前に、とっとと話をまとめてしまおう。

 

「決まりですね。我々、森に住む者(ビジャ)には時間が無いのです、すぐにでも出発します!」

 

 これで終わりとばかり、パンッと手を打つと何も知らない可哀想な子を見る目をされてしまった。

 何も知らないのはどっちかな? どいつもコイツも微妙な顔しやがって!

 

「姫様、その森に住む者(ビジャ)と言うのはどうも……」

 

 

 ……ん?

 え? ダメ? 微妙な顔されたのって俺のネーミングセンスが問題だった? 昨日、どさくさに紛れてドヤ顔で披露したのだが……

 

 呆然とする俺のそばに、若いエルフが駆けつけ耳打ちする。

 

「あの……姫様、ビジャと言うのは人間が我々を森に棲む者(ザバ)と言うのにひっかけて、差別を揶揄する言葉なので……その」

 

 ファ? そうなの? 日本人が日本人を中世ジャップ土人って言う感じ?

 そ、そりゃー受け入れられない、かな? ダメ?

 

 ううぅ、早速お姫様ならではの非常識な所が出てしまった。幾ら本を読んでも細かいスラングとかのニュアンスは伝わらない。

 こうなったら逆ギレだ! 対案! 俺は対案を要求する!

 

「じゃ、じゃあどんな名前が良いと言うのです! 我々は同盟を持ちかける側なのですよ? 相手を無能などと言っていては話が纏まりません!」

「ですが、我々こそが人間ですし……」

「相手も人間です! そうやって見下していられる状況では無いのです! 森に棲む者(ザバ)と魔獣と同列に扱われている現状を、変えねばならないのです!」

「いやしかし、意味が違ってしまいますし違和感があります、いっそ新しい名前の方が良いのでは?」

「そこまでですか……」

 

 ハイ、ダメ! 押し切れませんでしたとさ。ぐぅー悔しい悔しい。何もかも上手く行かないよー

 悔しがる俺を余所に脳天気な男の声が掛かる。

 

「……エルフってのはどうかな?」

 

 田中だ! とんでもない事言い始めた! それファンタジー用語だからね?

 

「エル……ふ?」

 

 周りのエルフはポカンとしている。そりゃそうだろう、意味不明だ。コイツ馬鹿なの?

 

「俺の生まれ故郷では、森に住む妖精の様に、魔法に優れた種族の伝説があってな、森に棲む者(ザバ)の話を聞いた時からおっかないってよりも会ってみたいって思いが有ったんだ」

 

 いや、適当言ってくれるねー。死んで欲しい。

 

「そんな伝説が?」

「聞いたことが有りませんな」

「遥か遠くの国なのでは? 背も顔立ちもこの辺りの者とは思えませんし」

「失礼ながらどこの出身ですか?」

 

 で、田舎者だから回りのハーフエルフ達も余裕で騙されるって言う……

 

「遥か遠くの国なので、ご存じ無いと思いますがね。遥か遠くの小さい島国で、日本と言う所ですよ」

 

 遠いにも程があるだろうが! 突っ込みたい気持ちを抑えつけるため、俺はグッと奥歯を噛みしめる。口を開くことが出来なくなってしまった。

 

「島! 人が住む島が有ったのか」

「それでは我らが知らないのも無理はない」

「遠地であるが故、我らの話が良いように伝わったのかもしれんな」

 

 ああああー皆スッカリ信じてるじゃないか! 頭が痛い。ここはとにかく話を変えなければ、本当にエルフって呼称になってしまう。

 

「取りあえず、その話は良いでしょう!? 私は成人の儀に向かいます。弓ぐらいは用意してくれるのでしょうね?」

「普通は親が送る物なのじゃがな、まぁ好きな物を持っていくがよい」

 

 そうして弓選びが始まった。だが、どれもコレもクソみたいな品質である。って言うか、なんの補助も細工も無い、複数の部材を使用した波打つ形状の合成弓(コンポジット・ボウ)ならば、非力な俺でもそれなりの威力が出るのに……

 そんな中、俺が引ける弓と言えばひとつしか無かった。

 

「これで良いでしょう」

 

 俺が子供用のオモチャの弓を掲げると、皆の視線が生暖かいモノに変わった。

 弓の善し悪しも解らない素人だと思われた様だった。

 皆の目線が訴えかける様に田中を見るモノだから、どうにも危なっかしく思われているらしい。

 やっぱりダメとか言われても困る。とっとと出発するが吉。

 

「ではすぐに出ましょう、タナカもいいですね?」

 

 俺がそう言うと、案の定クレームの嵐だ。

 

「今からですか? 無謀です! 山道を六キロは歩くんですよ?」

「初めて行くんなら往復で五時間は見た方がええ」

「もう午後です、帰るころには真っ暗になりますよ」

 

「問題有りません、すぐに帰ります」

 

 だが、ココは強行する。俺には時間が無いからだ。

 イキナリ動くからこそ帝国の裏をかける部分がある。俺がスフィールに行くと、近場の帝国軍だけが知り、上の確認を取らず、早く手を出さなくてはと焦るぐらいのタイミングが丁度良いのだから。

 しかし周りからはため息と、嘲笑の様な物まで混じり出す。俺の事を世間知らずのお姫様だと思っているに違いない。

 

「では行って参ります」

 

 俺は自信満々。手を大きく振り上げて村を出発する。

 お供として田中は付いてくるようだが……コイツも俺の事を侮っているのか不安げな目を向けてくる。

 なるほどね、付いてくるのは勝手だよ? だけど付いてこれるかな?




キロとか単位は主人公が脳内で地球の単位に翻訳しています。

現地の単位は別にあるモノと思って下さい。


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★大岩蟷螂

誤字報告で

三人称の場面でエルフって言ってるのはオカシイだろうってツッコミが!

三人称の部分も参照権を通して主人公が見た光景って事にして、甘えていた部分だったりします。

もっと何とか出来そうなので、花粉症の調子が良い時にでも改稿しようかなと。

→案外難しい……何とかなりそうなら……


 あーイライラする。何故俺が今更、ただの害虫駆除をしなければならないのか?

 

「本来の成人の儀は、聖地と言われる森に住む者(ビジャ)の古都、その祭壇へ神珠の欠けらに見立てた、ガラス玉を取りに行く物なのです」

 

 都の子供が行う成人の儀と、ここの子供が行う成人の儀は雲泥の差だ。あれはちょっとした旅行と言える距離、対してココの成人の儀はどうだ?

 

「それが村の近くの洞窟に行くなんて、大したことでは無いでしょうに、魔物の巣? 早く駆除するのが大人の役目でしょう! 自慢げに語っていましたが恥ずかしいと思うべきです」

「あいつらには戦う力はまるで無さそうに見えたな、大岩蟷螂(ザルディネフェロ)ってのは強いのか? 大人でも数人がかりで倒すって言っていたが」

「大したものではありませんよ、そんな事より『エルフ』と言うのは何です? 人が住む島など聞いたことも有りませんよ? 適当な事を言ったのでしょう!」

 

 苛立ちが止まらない。なんでエルフって名前を布教しようとしているのか? 実はコイツ俺の正体に気が付いているのか?

 っと苛立ちながらも、俺は慣れた足取りで荒れた山道を快調に進む。シルフ少年の記憶がフル回転である。ただし、悲しいかな、チンタラ歩いていては俺の体力が保ちそうに無い。

 

「では、そろそろ行きます、準備は良いですか?」

 

 そろそろ村から離れたし、全力疾走で良いだろう?

 

「ンだよ? 準備って」

「走る準備です、覚悟は良いですか?」

 

 最後通告だ! 良いんだね? 本気で走っても? ダメって言っても魔法を使うけどな!

 

「『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」

 

 俺はそう言うと、――跳んだ。いや走っているのだが、バッタの様に跳ねるその一歩は途方も無く長い。人間じゃ追いつけるハズが無い。

 

「魔法かよ! クソッ」

 

 慌てる田中の声を背に受けて、俺は気持ちよくて仕方が無かった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ふぅ、着きましたか」

 

 やっぱり近いな。早々に村で成人の儀に使っているのだろう洞窟まで辿り着いた。六キロなんて、魔法を使えば数分の距離である。

 田中はまだ遙か後方の山道を歩いているに違いないだろう。そう思った俺の背中に聞き慣れた男の声が掛けられる。

 

「おいおい、そんなにかっ飛ばされたらイザって時に守り切れねーぞ」

「なっ! 付いて来れたのですか?」

 

 なんでよ? 山道をこの速度って尋常じゃ無いぞ?

 

「ああ、何とかな、急に走るからビックリしたぜ」

「い、息も上がっていないでは無いですか」

 

 どんだけー! どんだけチートな体力持ってるんだコイツはよー!

 

「ガキが走ったぐらいで追いつけない様じゃ護衛失格よ、こちとら仕事が無い時だってキッチリ走り込んでる、そういうトレーニングがいざって時の持久力に繋がっている訳よ」

「それにしたって……」

 

 俺は思わず田中の体を見る。筋肉がはち切れんばかりで、恐ろしく強そうだ。身長もそうだが日本人離れした体格は、明らかにチート感がする。

 ぐぬぬ、でも戦力が多いに越したことは無いな。とっとと洞窟に入って、お使いを終わらせよう。

 

「良いでしょう、期待通りの力は有るようですね」

「おい、洞窟には入る前に暗闇に目を慣らしてだな……」

「不要です、『我、望む、我が身に光の輝きを』」

 

 ふふーん、この辺りは流石に魔法のが便利だな。わざわざ松明やカンテラを持ち運ぶ必要が無い。

 

 ん? 目を慣らせって言ったか? アイツはその程度で洞窟に入れるって事?

 どんだけチートなんだよ、クソー。苛立ちながら、俺は洞窟に足を踏み入れた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ――シュッ、ズバァァン!

 

 洞窟に、魔法の矢の小気味良い炸裂音が木霊する。

 

「オイオイオイ」

 

 田中の呆れ声が気持ちいい!

 魔法で加速した矢を放ち、俺が大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の頭をすっ飛ばすと、田中は心底驚いた様子だった。

 無理も無い。大岩蟷螂(ザルディネフェロ)はカマキリの魔獣だが、そのサイズは人間と同じ。無力な農民では苦戦するのも納得の魔獣なのだから。

 

「この威力なら人間の首なんざまとめて吹っ飛ばせるな」

 

 しげしげと魔獣の死体を検分した田中の言葉がコレ。実際にライフル弾ぐらいの威力があるからね。田中の剣がどれほどのチートか知らないが、魔法の方が強いに決まっている。俺はドヤ顔で田中を挑発する。

 

「何なら試してみますか?」

 

 魔法で体を光らせながらのセリフである。流石の田中もビビったのか、腰が引けている。

 

「お手柔らかに願いたいね、何にしてもこれじゃどっちが護衛かわからねーな」

「魔法も無限に使える訳ではありませんし、なによりソノアール村には弓が有りませんでしたからね」

 

 引ける弓があれば、本来なら人間の護衛など必要無いぐらい。いや、敵には魔力を奪う霧があるのだから人間の護衛は必須なんだけどさ。

 

「へぇ、そんだけの魔法が使えてもやっぱ弓は必要か」

「……それに姫を名乗って護衛も無しでは、説得力が有りませんから」

 

 戦力的に十分でも、ハッタリが効かないのは困る。

 

「それじゃあ人間よりエルフの護衛の方が説得力があるんじゃねぇか? 少なくともここで一人は連れて行くべきだな」

「それはそうなのですが、我々にとって森の外は魔力が足りないのです、ハーフだったら問題無いのかも知れませんが」

「オイオイ姫様は大丈夫なのかよ?」

「私もハーフですし、問題無いでしょう、健康値も高いですから」

「健康値?」

 

 あ、外の人間は健康値も知らないのか? 俺は例の頭の王冠みたいな秘宝を差し出した。

 

「測りますか? どうぞ」

「??」

 

 意味が解らないと言う顔の田中に使い方を説明する。

 

「ここを持って下さい、数字が出る筈ですが」

「へぇどれどれ?」

 

 面白そうに覗き込む田中。俺もコイツの数値には興味があるぞ?

 

健康値:90

魔力値:90

 

 は?

 

「え? 何ですか? この数字は」

「高いのか?」

「……最早健康値は異常と言える値です」

「……へぇ?」

 

 この健康値は人間じゃないだろ! 魔獣かな?

 田中はニヤニヤしてるけど、健康値なんて低いと死にそうな目に合うくせに、高くてもそんなに良いこと無いぞ?

 

「ニヤニヤしていますね、健康値など病気や怪我の治りが良い程度の数字です、一定以上有ってもそれほど意味は有りませんよ? 繊細さと無縁な健康馬鹿と言う事です」

「丈夫さってのは冒険者の資質で一番大事な要素だからな、得意にもなるさ」

「そんな物ですか……」

 

 くっそーそうだよな、旅をするには健康値が大いに越したことは無い。

 魔力値だって人間の平均を考えれば健康値よりもある意味図抜けている。村で測った人間の平均は20未満が殆どだった。

 悔しそうな俺を見て、フォローのつもりなのか田中が魔力値を聞いてくる。

 

「でもよ、エルフ、いや森に住む者(ビジャ)の魔力値ってのはスゲェんだろうな?」

「そうですね、ですが実用に足る魔法を使用できる、200の大台を超える者はそう多くはありません、200を超えて初めて戦士への試験に挑める訳です」

「ちなみに姫様は?」

「400前後と言った所でしょうか」

「ヒュー」

 

 褒められて気持ちよくなってしまったのも悔しい。わざとらしい口笛に一気に現実に引き戻された。

 と、そこに大岩蟷螂(ザルディネフェロ)が物陰から姿を現す。

 

「ああ、また居ました『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

――ズパシュッ!!

 

 ゴロンと大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の首が落ちる。

 

「そんな短い詠唱で凄い威力だな、一体何発撃てる?」

「矢尻が壊れてしまいますからね、矢があと十本しかありません」

「つまり、十は撃てると?」

「それどころか、矢さえあれば二十でも三十でも」

「マジかよスゲェじゃねぇか」

 

 ふふん! 得意になって矢を撃つ素振りをしてみれば……右手に刺すような痛み。

 

「……いえ、やはり十発ぐらいですね」

「は?」

「手が痛いです」

 

 腫れてしまった。どうしてくれる! 俺は手の平を見せつける。

 

「手袋つけてるじゃねーか」

弓懸(ゆがけ)ですね、付けていても痛い物は痛いです、腕もプルプルしてますし」

「回復魔法は?」

「アレはアレで集中力も魔力値も、健康値まで削られるのです、出先ではあまり使いたくはありません」

「へぇ? サンドラとかいうおっさんには使っていたが?」

「知らないのかもしれませんが、ちょっとした矢傷でも感染症などを引き起こす事もありますし、腕に違和感が残る事も少なくありませんから」

「お優しいこった」

「私もあの方に優しくされましたから」

 

 しょうが無いじゃん。俺は世界の全てを恨む勢いだけど、優しくされた人には多少なりとも恩返しはするよ?

 と、いよいよ洞窟の最奥。祭壇みたいな所に辿り付いたんだけど……

 

「オイオイ何匹居るんだよ」

 

 田中が呆れるのも解る。幾ら何でも数が多すぎ!

 祭壇の間は広くくり抜かれた空間で、前世の教室二部屋分ぐらいのサイズが有った。そこに犬ぐらいの大きさの大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の幼虫が大量にひしめいている。

 

「大体ですが二十は居ますか」

「矢は十本と言ったな、どうする?」

 

 どうするもこうするも無い。こんな数はやりようが無いじゃんよ。卵も一杯あるから放っておくと大変な事になるのは目に見えてるが、魔獣の駆除は村人にお任せだ。俺は儀式を終わらせれば良い。

 

「飛びます!」

「は?」

「飛んであのガラス玉を掴んで脱出、後は走って村まで逃げます」

 

 幼虫は無視、成虫も二匹居るが卵を守っているのであって、儀式のガラス玉をくすねて脱出するぐらいはワケ無い。

 俺がそう言うと、田中はハッキリと顔を顰めた。

 

「いや、あの群れはどうする? 村までたった数キロの距離だぞ」

「成人の儀はガラス玉を持って帰れば成功です、魔獣駆除ではありません」

「そりゃそうだが、卵まであるじゃねぇか」

「関係ありません」

 

 アイツらには邪魔される一方で、優しくされた訳でも無いからね。村からこれだけ近い場所に魔獣が巣くっていると知りながら放置したアイツらが悪いだろうが!

 

「いいですね? タナカはそこで見ていて下さい。私が戻ったら走って洞窟を抜けます『我、望む、この手より放たれたる光の奔流よ』」

 

 まずは光の魔法を天井に放ち部屋を照らす。光の魔法は込めた魔力が尽きるまで勝手に光り続けるので便利なのだ。

 カマキリ達が強烈な明かりに動揺した瞬間に、お次は風の魔法を詠唱する。

 

「『我、望む、疾く我が身を風に運ばん、指差す先に風の奔流を』」

 

 コレはセレナが使った空を飛ぶ魔法。だが、俺の魔力じゃ空どころか、部屋の中を横切るので精一杯。

 

「マジで飛ぶのかよ」

 

 それでも、ただの人間である田中には驚きかな? 人間は魔法なんて見たことも無いのが普通だろうから、こんな高度な魔法は聞いたことも無いだろう。

 ウジャウジャと床に蔓延る幼虫を無視して、あっと言う間に祭壇の中、鎮座する箱に手を掛けた。

 なかなか悪くない展開。しかしココで俺の『偶然』が牙を剥いたのだ。

 

 箱に触れた途端、俺は強烈な頭痛に見舞われ、瞬間、意識を失った。



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薄幸の美少女の残滓

 ――記憶が、

 ――混線する。

 

 

 私が生まれたのは貧しい村だった。

 

 その上、私は病弱で、誰かの支えが無ければ三日と生きて行けない様な有様だった。

 それでも生きて居たいと思った。一日でも長く、一秒でも長く。

 そのためにやれる事は何でもやろうと思った。まず人に媚びる事が上手くなった、私は一人では生きられない、人に嫌われては生きて行けないのだ。

 

 それでも、上手くいかない事もある。そんな時、私は泣いた。子供だった私が、病弱だった私が、泣いてお願いしたら、聞いてくれる人は多かった。

 

 私は泣き真似が上手くなった。

 

 それでも、それでも上手くいかない事だってある。

 そんな時、私は女性らしさを武器にした。ヨロヨロとしなだれかかり、さり気無く相手の手や背中に触れた、上目遣いで見つめたり顔を赤らめたり。

 

 私は演技が上手くなった。

 

 そこまでやっても上手くいかない事もある。

 そんな時、私は嘘をついた。

「昨日から何も食べていないんです」「ここの所、咳が止まらなくて」「あなたに会う為に、今まで生きて来たのだと思います」何度言ったか解らない嘘を重ねた。

 

 そして……私は嘘をつき過ぎたのかも知れない。

 

 だから罰が当たったのだとすれば、世界は余りに意地悪だろう。大人しく死んでおけと言っている様な物だ。

 いや実際そうだったのかもしれない、初めから生きられる道など残されていなかったのだと今なら解る。でも、私は生きたかった。

 最早好きな様に涙が流せたし、輝く様な笑顔も、寂しげな微笑みも、顔色だって自由に変えられた。

 だから私に味方してくれる人は増えて行った。私は色々な人に心配されて、それを頼りに生きて行けるのだと思っていた。

 

 それでも、結局は上手くいかなかった。

 

 初めに死んだのは父だ。父は私の為に無理をして森に狩りに出かけた。大物を仕留めて引き摺る様に帰る途中で、他の獣に襲われて死んだらしい。

 次に死んだのは叔父だ。

 父亡き後、私を引き取った叔父は、病弱だった私の為に、手を尽くして医者を招き、薬を仕入れて来た。

 それがどの程度効果が有ったのか、正直殆ど実感はない。でも大変高価な薬や、有名な先生だったらしく。あっと言う間にお金が無くなった。

 お金が無いのに薬は出てくるのを不思議に思っていたが、次に無くなったのは叔父だった。いつの間にやら居なくなり、村の近くの森で首を吊っているのが見つかった。

 

 村長の息子や、有名なお医者さん、流れの旅人や、王都から来た戦士まで。

 私を守ってくれると言った人は、櫛の歯が欠ける様にポツリポツリと居なくなっていく。

 

 この前、最後の一人が死んだ。

 

 飢饉だと言うのに、少ない食料を私に渡して無理して働いたのが原因だと。

 この頃に至って、私は村の疫病神としての地位を不動の物にしていた。

 今年の秋も実りが少なく、頼る者も無い私はこの冬を越えられないだろう。

 

 私は成人をしていない、病弱を理由に先延ばしにしていた成人の儀。でも祠に辿り着く事ぐらいは出来るだろう。

 でも帰ることは無い、私はそこで死ぬのだ。子供のまま、優しくない世界を恨んで。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 一人の少女の記憶がなだれ込んで来る。頭が痛い! この感覚も三度目となるが慣れそうにない。

 頭を抱え突っ伏した俺の背筋にゾクリと悪寒が走る。

 その正体について考える前に、地を蹴って横に飛ぶ。背中の弓を庇いながらの無様な横転の最中、自分の髪が一房刈り取られたのが分かった。

 最早その正体は明らか、大岩蟷螂(ザルディネフェロ)だ。奴の持つ両手の大鎌が直前まで自分が居た場所を刈り取ったに違いない。

 

 吹き出る汗、爆ぜる脈拍、荒れる呼吸。

 

 それらを制御しながら膝立ちで体勢を立て直すと、振り向きながら背中の弓を引き抜き構える。我ながら流れるような動き。

 しかし、既に大岩蟷螂(ザルディネフェロ)は目の前でその大鎌を振り上げていた。

 ただ避けたい一心で、ゴロンと横に転がる。今居た場所に鎌がザクリと突き刺さる。

 その時、すでに呪文は唱え終わっていた。

 

「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 魔法の矢! 当たれ!!

 

 ――シュ、バギャギャッ!

 

 金属がひしゃげる様な音が響いた。

 魔法の矢は軌道を制御可能とは言え、無理な体勢から苦し紛れに放った矢が当たってくれたのは殆ど偶然。残りは余りに距離が近かったからだ。

 放たれた矢はけたたましい音を響かせながら大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の細長い腹を、真っ直ぐに貫いた。

 

 ――グキュゥゥゥゥ

 

 魔獣の甲高い悲鳴にも既に力はない。

 

「オイ! 無事か!? 姫様よぉ!」

 

 俺が不格好に立ち上がって、最期の足掻きとのたうつ大岩蟷螂(ザルディネフェロ)から逃げ出すと、田中が叫びながら部屋に飛び込んでくるのが見えた。

 

 田中は早速、犬位のサイズが有る大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の幼体に囲まれてしまう。

 クソッ! 野犬だってそんな数に囲まれれば危ないぞ!?

 しかし、こっちにだって余裕はない、残った一匹の成虫がこちらに向かって走り寄る。

 こちらの得物は弓、相手の鎌の間合いに合わせて、命懸けで戦うのなんざ一生に一度で十分だ。

 

「『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」

 

 乱れる呼吸を抑えつけ、何とか呪文を唱える。魔法の力で一気に離脱だ。

 

「わわっ!」

 

 しかし極度の緊張を強いられた体は魔法の制御に失敗した。華麗にステップを踏むハズの一歩が、込め過ぎた魔力で馬鹿みたいに吹っ飛んでいく。

 魔力値ばかりか健康値まで大きく削る痛恨のミス。だがそれ以上に危険なのは、ここが狭い洞窟の中と言う事。

 俺は空中で反り返る、反転した体は奥壁へと『着地した』。アニメの様なアクロバティックアクションだが、狙ったものでは断じてない。

 それでも戸惑う事無く追ってくる大岩蟷螂(ザルディネフェロ)が視界に映ると、俺は迷わず壁を歩いた。

 

 一歩、二歩、三歩で端に、そのまま思い切り踏み切って今度は側壁へ。

 

「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

 踏み切ると同時に移動の魔法の制御は手放し、次の魔法を唱える、二つの魔法を同時に制御するのは殆ど不可能。今度は肉体の力だけで側壁に着地し、壁を蹴る。

 虚空に踊り出た俺は、素早く矢を放つ。

 

 ――シュッ、ズッパァァン

 

 前足を高く持ち上げ、迎え撃つ格好だった大岩蟷螂(ザルディネフェロ)を、頭から胴体まで垂直に貫いた。

 

 ――グキャァァァァ

 

 派手な断末魔を上げ魔獣が倒れるのは、俺が久しぶりに地面に着地するのとほぼ同時だった。

 

 これで当座の危機は脱したか? 俺は緊張の糸が切れ、必死で呼吸を整える。

 いや? そう言えば田中は大丈夫か? 成虫より小型とは言えあのカマキリ、犬並みのサイズで二十匹は居たハズだ。

 魔獣の凶暴さを考えれば、二十匹の猟犬に襲われるようなもの、アサルトライフルを渡されたって勘弁して欲しい所だろう。

 

「そっちも終わったようだな」

 

 ――って、オイオイオイ。

 荒い息をつき蹲る俺の前に、既に納刀を済ませた田中が手を差し伸べる。

 チラリとその後ろを見れば、バラバラに散乱するカマキリの死体が無数に転がっている。

 

「ハァ……ハァ……ま、まさかアレを全部?」

「ん? ああ、まだ子供だからかな、お前が戦っていたのより大分柔らかいぜ? スパスパ斬れた」

 

 スパスパですか! 一応コレ魔獣ですよ?

 俺は田中の手を取って立ち上がる。うわっ! ゴツイ手だな! 剣ダコと言うのかカチカチに固い。戦いの歴史を感じさせる。コイツは一体どんな冒険をしてきたのだろうか?

 田中は田中で、俺のぷにぷにの手を珍しそうに触ってくる。どうせ、なんもやっていない手だと思っているに違いない。

 なんだか俺の中で猛烈に納得いかない感情が渦巻いて行く。

 

「何と言うか、ここまでとは思いませんでした」

「なにがだ?」

 

 ココまでのチート野郎だとは思ってませんでした!!

 何だよコレ、ズルくない? いやズルい。

 

「なんでも有りません、其れより私は助けを求めていませんし、ピンチに陥っても居ませんよ」

「ああ、儀式の事か? こりゃあ俺が村の心配をして、魔獣の子供を駆除しただけ。ただのサービスだ、それに村の連中もこいつを見れば否やも無いだろう」

 

 田中が差し出したのは魔石だった。

 

 魔石、この世界の生き物には魔石が有る。恐らく大気の魔力をろ過する臓器だと思われている。恐らくは間違い無いだろう。

 

 この世界の魔力は毒にも薬にもなるのを、俺は身をもって知っている。

 

 ……それにしても、そうか、魔石か。ファンタジーでモンスターがゴールドを落とす矛盾を解決する手法として良く使われるが、エンディアンの王都では殆ど価値が無い物だった。

 魔石には魔力が宿るが、魔力なんて大気に幾らでも満ちていたからだ。魔力が溜まる場所に行けば、魔石と同じ様な結晶も手に入る。しかし、人間の間では価値があると聞いた事がある、持って行くのも良いだろう。

 

「いちいち回収していたのですね」

「まぁな、こんだけ仕留めて、エルフ、いやビジャだっけか? 大人の資格無しってんならお前がやってみろって言ってやるよ」

 

 なるほど、何よりの証拠になるか。

 一応、ビー玉は回収したが、そんな物じゃ田中が助けたんだと言われかねない。

 これだけの魔石を集めるのは村人にとっては大変だろう。

 

「では帰りますか」

「おおよ!」

 

 俺達は洞窟を歩く、今度は出口へと。

 ……いや。

 

「いい加減手を放して下さい! 馴れ馴れしい!」

「……はぁ、つれないお姫様だこと」

 

 もう勘弁してくれないかなこのチート野郎。



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大牙猪2

「な、なんだありゃあ?」

 

 田中が間抜け声を上げる。

 ある意味で、俺はこの声が聞きたくて派手な魔法を披露してきた部分がある。

 なんとか田中の度肝を抜いてやりたいと、常々思っていたが。希望とは裏腹にここに到るまで、俺の方が間抜け声を上げ続けるハメになっていた。

 

 ただ、やっと望みが叶ったと喜んでいられる状況ではなかった。

 

大牙猪(ザルギルゴール)!」

「知ってるのか姫様?」

 

 なんだよその聞き方! 思わず「うむ」とか言いそうになっただろ。

 

「ええ、何度も襲われた事が有る因縁の魔獣です。表皮は固く刃を通さず、魔法で矢を射ってもあの巨体、殆ど効果はありません」

「アレがそうか、言われてみれば牙猪(ギルゴール)を巨大にした感じだな。それにしたってデカすぎるケドよ」

「ええ、本当は大森林の奥にしか居ない筈なのですが」

「あいつに馬車を襲われたのか?」

「恐らく。あんなのがこの領域にそうそう居る筈が有りません」

 

「何にせよピンチだな」

 

 そう、俺たちは洞窟から出るに出られなくなった。

 洞窟から出る前に、その存在に気が付けたのは運が良かったと言うしか無いだろう。やっと日の差す所へ出たと浮かれる俺の背筋に悪寒が走ったのだ。

 よくよく観察してみれば、森の奥に奴の姿が有った。初めて見た時もそうだったが巨大過ぎて縮尺がおかしく見える。

 

 度々感じるこの感覚が因果律を束ねた運命の加護だとするならば、コイツが無ければここ数日で何度か死んでいる所だ。俺のやっている事は無駄では無いと言えるだろう。

 

 俺はギュッとセレナの残したブローチを握りしめる。お姉ちゃんに任せておけと呼びかける。いま皆を連れて行くからな。

 

 感傷に浸るのは程々に、善後策を考えなければならない。大牙猪(ザルギルゴール)は巨体、この洞窟までは入ってこられないだろう。

 かと言って、このまま洞窟でジッとして夜を明かすのか? それこそ有り得ない。それで大牙猪(ザルギルゴール)が居なくなる保証も無いからだ。

 いや、俺の『偶然』は確実にコイツをけしかけて来る、予感と言うより最早確信だ。

 

「このままやり過ごすって訳には行かねぇか?」

「馬車の乗員をここまで追って来る位です、あまり期待しない方が良いでしょう」

「放っておいても村を襲う可能性がある……か」

 

 村……か、そうだな、その手が有ったか。

 

「仕方ありません、やる事は先程と一緒です」

「……と、言うと?」

 

 言わせんなよ、こっちだって気持ちいい作戦じゃないんだ。

 

「私が魔法を使って突っ切ります、おそらく大牙猪(ザルギルゴール)は私を追いかけて来るはず、あなたは折りを見て脱出して下さい」

「はぁ? んな作戦許可出せる訳無いだろ? こっちは護衛だぞ?」

「では二人で逃げますか? それとも二人で戦って死にますか?」

「……そんなにヤベー奴なのか?」

 

 あの恐ろしさは実際に自分で体験しないと解らない。まず木をなぎ倒しながら追ってくる生物ってのが地球っ子の埒外、有体に言えば装甲車に生身で追い掛け回されるってのが一番近い。

 

「先ほども言ったと思いますが、剣の腕に自信が有るようですがその剣が刺さらないのです、仮に刺さったとして切り裂く事は出来ないでしょう」

「エルフはどうやって倒してるんだ? 襲われたんだろ?」

「一般的には、十人以上で取り囲んで弓の掃射で弱らせて確実に倒します。大牙猪(ザルギルゴール)は足の速い魔獣ですが、深い森の中ではその巨体が仇となり速度が出ません。それを利用します」

 

 兄様とセレナはアッサリ殺していたが大牙猪(ザルギルゴール)は大森林でも最上位の魔獣だ、これより強いとなると王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)位しかパッと思いつく魔獣は無い。

 それにステフ兄様には魔剣が、セレナには圧倒的な魔力があった。今の私にはそのどちらも無い。

 

「私は何も、この身を犠牲にするとは言っていません。魔法を駆使して森の中を逃げれば追いつかれる危険はありません、前回もそうやって逃げる事に成功しています」

「……そうやって馬車から逃げたのか? それで他の奴はどうした?」

「…………」

 

 こいつ、やっぱり知っていたか。

 

「姫様が寝てる間に会ったぜ? 姫様の馬車に同乗していた奴と。ガタガタ震えて要領を得なかったが、姫様に見捨てられたって言ってたぜ」

「私が馬車に乗っていても、何か出来たとは思えません、共倒れでしょう」

「だからって一人で逃げたのか?」

「何が言いたいのです? 私に命懸けで戦えと?」

「そうじゃねぇ、そうじゃねぇがよ」

 

 田中はガリガリと頭を搔くと、キッと真面目な顔で睨んできた。

 

「お前、あのデカブツを引き連れて、村に逃げ込もうとしているだろ?」

「…………」

「前回もって言ったしな、村人全てを犠牲に自分だけ生き延びる。違うか?」

 

 そうだよ、そのつもりだ。それが俺の運命なんだよ! 同じハーフだかなんだか知らないが別にあいつ等に優しくして貰った訳じゃない、それどころか難癖付けられてこの様だ。

 よく考えたらあいつ等の自業自得じゃないか、俺が居ようが居まいが大量の大岩蟷螂(ザルディネフェロ)とはぐれ大牙猪(ザルギルゴール)であの村はどのみち詰んでいたに違いない。

 俺が試練から帰った所に大牙猪(ザルギルゴール)が襲って来る、どう見たって俺の方が被害者で悲劇のお姫様だろ? 俺を加害者だと誰が思う? 何の問題も無いだろうが。

 

「さっきもそうだが、やる前から諦めるのは感心しねーな、実際あれだけの数の魔獣がどうとでもなったじゃねーか」

「で、ですが!」

 

 じゃあアレをどうすんだよ! あんなの倒せるのかよ!

 俺は田中をギリリと睨む。

 

「今、矢は何本残って居る?」

「八です、さっき二本使いました」

「俺が囮になるから、上手く急所を狙うとか出来ないか?」

「難しいでしょう、目や喉を狙うにしても相手も動きます」

 

 それにあいつは俺を狙うハズだ、俺がその身を晒すまで大した動きをしないだろう。

 

「動きが遅いんだろ? どうとでもなりそうじゃねーか」

「違います、森の中では動きが制限されるから魔法を使って逃げ続ければ捕まらないと言うだけです」

 

 俺は大牙猪(ザルギルゴール)の狩り方を詳しく説明した、一人のエルフが囮となって森の中を魔法を使って駆け回る。近すぎても駄目、遠すぎても駄目。常に凶悪な魔獣の鼻先をフラフラ漂い、決して触らせない。

 その間に周りのエルフ達が矢を射って行く。

 ひき回しと呼ばれるそれはエルフの戦士の花形で有ると同時に、最も危険な役割だ。

 先程の俺の様に魔法の制御に失敗すればその時点でお陀仏、それどころか距離を離し過ぎ魔獣の興味が他へ行ってしまうと、矢を打つ事に集中していた周りの仲間に危険が及ぶ。恐れを抱いて魔獣から距離を離し過ぎて、味方を危険に晒す事は最も不名誉とされていた。

 

「だったら、姫様と俺、どっちかが囮でどっちかが攻撃。それで良いじゃねぇか?」

「話を聞いていたのですか? あなたが囮で、私が矢に魔法を乗せて攻撃しようとした時に、あなたからターゲットがこちらへ変わったら? 魔法を切り替える間も無く轢き殺されかねません」

「姫様の武器は弓だろ? 俺が襲われたら十分に距離を取って攻撃してくれれば良い、逆に姫様が狙われたらしっかりと回避に専念してくれ」

 

 そこまでしてあいつを倒したいのかよ? どんだけ戦闘狂なんだか。でもやるしか無いか? もうあいつとの因縁は終わりにしたい、自分のトラウマを消し去りたいなら田中が居る今が最後のチャンスかも知れない。

 

「信じて良いのですね?」

「あたりめぇだろ? こっちは妖獣殺し、化け物退治の専門家よ」

 

 ……その妖獣よりも強いと思うんですが、まぁ殺るかね。



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大牙猪3

「クソッやっぱり斬れねぇか!」

 

 正直、田中先生のチート剣術でアッサリ倒せる。そんな展開を期待していなかったと言えば嘘になる。

 しかし現実は非情である、さしものチート剣術も大牙猪(ザルギルゴール)には歯が立たないらしい。

 そう考えると弓の先生、セーラさんだっけ? 仏頂面の。結構凄かったんじゃ無いだろうか? 先生の弓はズパズパ刺さっていた。いかんせんあの巨体相手に矢の一、二本じゃ役不足だったが。

 

 で、田中が大牙猪(ザルギルゴール)に斬り付けてるって事は?

 

 そう、俺がひき回しの役って事だ、約束された結末と言える。

 田中の奴は、自分が襲われると思っていた節が有った。普通に考えたら少女と大男、危険度が高く、食いでが有る方が襲われるのが道理。

 しかし、そうは問屋が卸さないのが俺の『偶然』だ。

 

 ――クソがっ!チクショウ、死ねよカス。

 畜生の分際でチクショウって叫ばせんなよ畜生!

 

 心の中で愚痴を言っても、現実では息つく余裕もありゃしない。

 

「『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」

 

 何度目かになる呪文の唱え直し、移動の魔法も唱え直さないで居ると、徐々に効果が薄くなる。しかし疲れから呼吸が乱れるとその詠唱が苦しい、下手すると先程の様に制御に失敗しかねない。

 

 ブォォォォォォ!

 ドォォォン!

 

 俺がその枝の上から脱出するのと、その枝を持つ幹に大牙猪(ザルギルゴール)が突撃するのはほぼ同時だった。

 

 結構な大樹であった為に折れこそしなかったが、酷く傾いては揺れている。枝と言う枝が葉と言う葉が、バサバサと擦れ合ってけたたましい音を上げる。

 

 飛び移るのがちょっとでも遅かったら、哀れにも転落、即座に餌になるだろう。

 こんな死と隣り合わせのアクロバティックをもう何度も繰り返している。

 

 実の所、最初は田中が襲われる展開も有ったのだ。

 その時、十分に距離を取って矢を射っていればこんな事にはならなかっただろう。しかしこの作戦、基本的に濃い森の中でしか成り立たない。

 そうで無ければ、大牙猪(ザルギルゴール)にあっという間に追いつかれてしまうからだ。

 となれば、植生の濃い方濃い方へと逃げる事になる。すると弓矢の射線が通らないのだ。

 もし矢が無限に、いや二十も有ったらもっと安全圏で撃っただろうが、残り八と言う数を考えるとどうしても急所を狙いたい。

 

 出した結論は、欲と安全を天秤にかけて、近くに寄って樹上からのスナイプ。

 結果は三発が良い所に命中、しかし大牙猪(ザルギルゴール)は止まる気配を見せず、四発目を放つ前にこちらにターゲットを移した。

 樹上の俺を落とすべく木への突進、最初に食らった時に木から落ちなかったのは僥倖だったが、代わりに四本目の矢をドロップ。

 

 残る矢は四本、しかし撃つ機会は訪れそうにない。

 

「固ってぇ! どうなっていやがる!」

 

 田中が斬りかかっても全くこっちからターゲットが外れない。ひたすら俺が追い回される展開が続いている。

 樹上を八艘飛びで逃げ回るアクロバティックは無駄に体力を消費する。かと言って今更、降りるタイミングも掴めない。下手に降りた瞬間にプチッと踏みつぶされるのがオチだ。

 

「ハァ……ハァ……あの! 役立たずが!」

 

 人知らず愚痴る俺の口調にも、お姫様らしい余裕はない。

 田中の奴、偉そうに言った割に使えない事この上ない!

 ま、大牙猪(ザルギルゴール)だって田中の事を完全に無視している訳じゃない、尻尾や後ろ足で牽制し、無茶な接近を試みると途端に本気で噛みついて来る。

 それに全く救われて居ないかと言えば嘘になるだろう。さらに言うと田中の剣、どういう訳か時折、刺さってはいるのだ。鉄より固いと言われる大牙猪(ザルギルゴール)の毛皮、魔法の力を借りずに剣が刺さるだけでも大したものだ。

 

 しかし、それでも致命傷には至らない。人間でいえばケツに彫刻刀が刺さったぐらいのインパクトしか与えられていないのだろう。

 

 ……いや、それ十分に痛いだろ。こっち来るなよホントに。

 ひたすらに続く追いかけっこにも終わりが来る、それは俺の体力が尽きる前に訪れた。

 

「あっ!」

 

 大牙猪(ザルギルゴール)が俺の木にタックルを仕掛けんと突進してくる。それを見て俺は枝を蹴り他の木へとジャンプする。

 何度も行い、最早ルーチンワークになりかけていたが、それがいけなかった。ジャンプが早過ぎた。そして大牙猪(ザルギルゴール)は進路を変える。

 

「クッソッ」

 

 お姫さまらしくない悪態が漏れるのも仕方がない。先回りされて俺が着地せんとした木に大牙猪(ザルギルゴール)のぶちかましが直撃する。

 足を踏み外した俺はこのままじゃ大牙猪(ザルギルゴール)の口へとホールインワンだ、俺は木の幹を蹴っ飛ばして進路を変える。

 最早制御も何もあったもんじゃない、全開の魔力をその一蹴りに込めた! 決して体に良い物では無いが背に腹は代えられない。

 

「クッ」

 

 しかし問題は俺が跳んだ先に岩山が有った事。上手く制御し、着地しなければ、大怪我は免れない。

 が、その前に現れた意外な伏兵が俺の頭を悩ませた。

 いや、俺の頭を打ち付けた!

 

 ――ゴォン

「イギッ!」

 

 鈍い音と不格好な悲鳴。頭にぶち当たったのはただの木の枝。

 着地点の不安から下ばかり見ていおかげで、宙に伸びた枝が目に入らなかった。

 

「うぅぅぅ」

 

 朦朧とする意識、しかし今、魔法の制御を手放せば、したたかに地面に打ち付けられ複雑骨折コースに違いない。朧げな意識の中、何とか着陸予定の岩山を前にして、緊急着陸を果たす。

 

「クゥゥゥ」

 

 頭が痛い、一刻も早く離脱すべきだが動けない。意識も朦朧として俺は蹲ってしまう。

 

 ――ブォォォォ

 

 唸り声を上げ、大牙猪(ザルギルゴール)が迫って来る!

 このままじゃ踏みつぶされてミンチなるか、噛み砕かれてミンチになるかの二つに一つ、しかし俺の体は動いてくれないっ!

 

 ほんの数秒の出来事だったが、血も凍る様な絶望を味わうのには十分な時間だった。俺は最期を予感して体を丸めてしまう。

 

 ひょいっと

 

 そんな音が出そうな位、俺の体は軽々と持ち上げられた。大牙猪(ザルギルゴール)の仕業ではない。

 

 田中だ。

 

 田中が大牙猪(ザルギルゴール)より先に、着地地点へと回り込み、肩で俺を担ぎ上げた。

 

「舌噛むなよ、ちょいと手荒に扱うからな」

 

 そう言って田中が駆け出すその刹那、猛烈な勢いで大牙猪(ザルギルゴール)が突っ込んで来る。

 

 バグン

 

 大牙猪(ザルギルゴール)の顎が噛み合わさるのを、俺は数センチと言う間近で見るハメになった。

 その(こう)(ごう)(りょく)たるや、あのまま噛み砕かれればミンチを通り越して一気にハンバーグに成っていたに違いない。

 もし田中が走り出すのが0.5秒遅かったら? 田中は俺の首無し死体を運搬する事になっただろう、それ程にギリギリのタイミング。

 

「うひゃぁ」

 

 変な声が出るのも仕方のないだろう? それでも弓を手放さなかった俺を褒めて欲しい。

 

「う、ぐ、がぁ」

 

 そして揺れる! 田中の肩の乗り心地は最悪だ。足を抱えられ肩に担がれて振動はモロに腹を圧迫する。

 

「クッソ、どこまでも追って来やがる」

 

 田中はぼやきながらも、むき出しの木の根を、大岩を、ちょっとした崖すらも軽やかに飛び越え踏破していく。

 魔法は使っていない、純粋に肉体の力だけで、俺を担ぎながら、段差だらけの森を風の様に駆けて行く。

 

 しかし、それでも、それでも大牙猪(ザルギルゴール)はひたすらに俺達を追って来るのが解る。

 なんせ田中の肩に担がれて、俺の頭は背中側、背後から迫りくる大牙猪(ザルギルゴール)の巨体が視界一杯に広がる。付かず離れず迫力のデッドヒートを存分に堪能して息も絶え絶えだ。

 

 どうすんだよコレ……。



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大牙猪4

「オイ、怪我はねーか?アレ使った方が良いか?」

 

 田中が肩に担がれた俺に語り掛ける。

 

「だっ、い、じょうぶ、ですっ!」

 

 返事をしようにも舌を噛みそうになる、それ程の振動。

 アレとは何か?セレナの秘宝である。俺は胸に付けたセレナのブローチに回復の魔法を込めている。

 もし田中が大怪我をしても俺が田中を回復出来る。だが、もしも俺が魔法を行使できない程の大怪我を負ったら?

 その時はセレナの秘宝を使って俺を回復して欲しいと田中に頼んでいた。田中の魔力値は90も有る、魔道具の起動には十分だ。

 ただ、今それを使う必要はない。俺は魔法が使えない程には弱っていない。

 

「『我、望む、命の、輝きと、生の、息吹よ、傷付く、体を、癒し、給え!』」

 

 呼吸を整え呪文を唱える。振動の所為でつっかえつっかえだったが何とか制御して魔法が発動、頭の痛みと同時に、振動でやられそうになった内臓の痛みも飛んで行く。

 

 ――ブォォォォォッッッ

 

 大牙猪(ザルギルゴール)の唸り声が上がるのは、俺の前髪を揺らそうかと言う距離。そう、田中と俺は今だ大牙猪(ザルギルゴール)の脅威から逃れられずに居た。

 

「このまま狙います!」

「はぁ? マジかよ?」

 

 マジだ! 目の前に大牙猪(ザルギルゴール)が顔面晒して唸り声を上げている、ココは絶好のスナイプポイント!

 

「『我、望む、放たれたる矢に、風の、祝福を』」

 

 田中に担がれた不格好な体勢、とてもじゃないが力は入らない。だが元々、力なんざ全く無い。大した問題にはならない筈。

 

 ――ポシュッ

 

 しかし、その思いは裏切られ放たれた矢に力は無い。大牙猪(ザルギルゴール)の固い表皮を突き破るどころか、ほんの数メートルの距離の大牙猪(ザルギルゴール)へと届きもしなかった。

 

「なっ?」

 

 想定外の事態に声が出るが、原因が分からない。

 

「どうした? 何が有った?」

 

 叫ぶ田中もよく見ると既に汗だく、無理もない。俺を担いで深い森の中を巨大な魔獣と追い駆けっこ、むしろココまで体力が持つのがまともじゃない。

 だが、そうか、その田中の体力こそが問題なのだ。

 

「タナカ! 私を受け入れてください!」

「ハァ?」

 

 エロい意味じゃあ断じてない、魔法だ。

 田中の肩の上、当然ココは田中のパーソナルスペースの中、田中の人間離れした健康値で俺の魔法が散らされてしまうのだ。

 自分に掛ける回復魔法ならまだしも、魔法の力を外に出す矢の加速などもっての他。当たり前の事であった。

 

「こ、呼吸を、呼吸を合わせて」

「あ、オ、オォそうか!」

 

 こうなると、サンドラのおいちゃんを回復魔法で治した所を見せていて良かった。呼吸を合わせるのは魔法を受け入れる方法の初歩にして奥義だ。

 

 

「行くぞ! 姫様! せーの! ヒッヒッフー」

 

 

「……ヒッヒッフー」

 

 

 

 出産かよ!!!

 なんでラマーズ法なんだよ馬鹿!

 

 いや、別に悪い訳じゃない。敢えて言うなら俺が突っ込みを入れたくなるのが問題だ。

 

「ヒッヒッフー『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』ヒッヒッフー」

 

 今度はしっかりと番えた矢に魔力が載ったのを確認する。残りの矢は三本! 絶対に外せない!

 

 シュッ―――ズパァァン

 

 放たれた矢は、破裂音さえ上げ、大牙猪(ザルギルゴール)の鼻先に突き刺さる。

 

 ブォォォブオオオォォォォ!

 

 悲鳴を上げるも、まだ止まらない。矢を受けた鼻は肉が捲れ広がり、真っ赤な華となる。

 美とは無縁の、おぞましくグロテスクな赤い華。

 醜悪な光景に我を忘れそうになるが、今考えるのは残り二本の矢をキッチリ当てる事、それも急所へだ。

 

「目をっ、狙います!」

 

 いくら近いとは言え、揺れる肩の上で目を狙うなんて芸当、出来るとは自分でも信じていない。それでも宣言し、自分にプレッシャーを掛ける。

 

「…………」

 

 田中も返事では無く、走り方を変える事で答える。膝のクッションを使い極力振動を抑える走りに変えたのが解った。体に負担が掛かる走法だろうが耐えてくれ。

 

「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

 ギリギリと矢を番える、狙う、狙う!

 魔法を使えば矢の進路を調整できるので、番えた時にここまで狙いを定める事は余り無かった。

 しかし今回狙うのは揺れる肩の上から、それも標的は動く獲物の二つの目。

 

「ヒッヒッフ――――」

 

 ラマーズ法のフーの所で一気に集中! 狙うは左目!

 

シュッ―――パァァァァン

 

 ブォ!ブオォォォォォン!!

 

「あ、当たった!?」

 

 自分でも信じられない! 放った矢は左目に直撃しゼリー状の物が弾け飛び、甲高い破裂音が響いた。

 直後に大音声での悲痛な鳴き声。

 

 大牙猪(ザルギルゴール)はふらつき、膝を折るが、――やったか? なんて呟く無粋はしない。

 

「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

 最後の矢を番える、狙うは当然残った右目!

 

 ブォ! ブォッブオオオオォォォォ!

 

 大牙猪(ザルギルゴール)も最後の力を振り絞り突撃してくる。

 シュッ―――ザスッ

 ブォォォォオォォン

 

 最後の矢も命中した、しかし右目では無い。少し外してその上、頭蓋骨の有る固い部分で刺さりはしたものの深くは無い。

 でも、悪く無い。下では無く上と言うのが良い、血が流れれば目が塞がる。

 

「オ、オイッ! 森がっ、森を抜けちまうぞ?」

 

 大森林とは言え、その領域全てが森と言う訳では無い。その中にぽっかりと草原や岩場が広がるスポットが存在する。そういう場所には妖精が住むと信じられていたが、果たして妖精は俺たちの味方をしてくれるのだろうか?

 田中が焦り、声を荒げるのも当然。深い森の中だからこそ、巨大な大牙猪(ザルギルゴール)との追いかけっこが成立していたのだ。

 それが平地ではどうか? あっと言う間に追いつかれてしまう。

 

「そのままっ! 駆け抜けてください!」

「オウ!」

 

 しかしそれでも突っ切る。矢はもう無いが相手も瀕死だ。鼻も眼も潰れ、奴はどうやって俺らを追っている? 音か? 魔力か?

 どちらにしても、ここで撒いてしまえば、もう追いかける事は不可能だ。

 

 バサッバサッバサッ

 

 田中の足音が土を踏みしめる音から、草原を掻き分ける音へと変わると、薄暗かった森を抜け、茜さす草原に出た。

 

 ――ブォォォオォオオオン

 

 大牙猪(ザルギルゴール)も満身創痍だ。夕日に照らされ血だらけの体、その全てが露わになる。

 

 良いぜ! 来いよ!

 

「『我、望む、大いなる断裂よ、指し示す大地を穿ち給え』」

 

 残った魔力、その全てこの魔法につぎ込む!

 生み出したるは大地に大きな落とし穴。

 木の根が入り組む森の中では使えなかったが、この草原ならきっと使える。

 

 ――ズゾゾゾォォォォォ

 

 大地に信じられない程の、大きな地割れが生み出されて行く。

 魔力値が400に近い値になったのはここ最近、それから後先考えず全開で魔法を使ったのは初めての事。

 疼く様な魔力欠乏の胸の痛みも忘れて、自分にこれほどの力が有ったのかと歓びに震える。

 

 ブォ? オォォォォ!

 

 そして期待通り大牙猪(ザルギルゴール)がハマってくれた。

 いや期待以上だ、前足が引っかかったアイツは転がって背中から穴に落っこちた。もしも目が、鼻が利いていればココまでの無様は晒さなかっただろう。全ての努力が実った格好だ。

 

「よしっ、離脱しましょう」

 

 俺は歓喜に沸き、ご機嫌に田中の背中をポンポン叩く。だが当の田中はトンでも無い事を言い始めた。

 

「いや、ここで止めを刺そう」

「エッ?」

 

 驚く俺を草むらに降ろすと、穴へと駆けて行く。

 

「キェェェェ」

 

 気合一閃、猿叫だっけ? 剣道特有の叫びをあげて穴に落ちた大牙猪(ザルギルゴール)に突きを放つ。

 穴に落ちた相手を穿つのだから、剣道とは程遠いスコップみたいに剣を持つ構え、そんな構えにも関わらずそれなりに形になっているのは、剣に打ち込んだ年季に依るものか?

 

 ――ブォォォォォォン

 

 力ない断末魔、剣は大牙猪(ザルギルゴール)の喉にしっかりと突き刺さった。

 

「剣が、通るのですね」

「ああ、アホみたいに固い奴だが、筋肉の隙間から喉の動脈を狙った。流石にお陀仏だろうぜ」

 

 ……いや、アッサリ言うけど凄過ぎない?

 

 何にしても、俺は、俺達は大牙猪(ザルギルゴール)を倒した。因縁の相手をついに自分の力だけ、では無いものの倒す事が出来た。

 

 俺が好きな異世界転生ものではオークキングとか、巨大モンスターを倒すのに大体十話も掛からないのが殆どだった、それが俺はどうだ? 12年も掛かってしまった。

 

 真っ赤に染まった草原で一人誓う。

 

 ココからだ、ココから俺は、この世界を――ぶっ壊す。



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戦い終えて

 大牙猪(ザルギルゴール)を倒した俺達は、村へ帰るのだった。

 ……しかし、

 

「どうした? おねむか?」

「……違います」

 

 魔力も体力も使い果たした俺は、田中におんぶされていた。

 おんぶと言えば、セレナをおんぶして険しい森の中歩き回った事を思い出す。頼りないお姉ちゃんの背中で、セレナは何を思っただろうか……

 対して田中の背中は大きくて鋼の様に固く、同時に張りつめたゴムの様に力を蓄えているのを感じる。

 父親の様だと思ってしまったが、前世だって今世だって、父はココまで逞しい肉体では無かった。いや、チートな肉体を授かったに違いないコイツと比べるのは酷か。

 

 嫉妬はある。だが同時に安心している。これだけ逞しいなら、これだけ力強いなら、俺の『偶然』にだって簡単には負けないだろうと思える。

 それに甘えちゃ駄目だと思いつつも、頼りたいと思う心を止められない。

 いや、頼るどころか、利用しなくちゃならないんだ、俺は復讐の為に生きるのだから……

 

「……おい、お迎えみたいだぞ」

「ふぁ?」

 

 ……俺は結局眠ってしまっていたらしい。気が付けばもう日はすっかり落ちて、辺りは真っ暗だ。田中はこの暗闇を歩いて来たのか? 明かりも無しで?

 恐らく夜目が利くのだ、それこそ何らかのチート能力の可能性もある。だがそんな事より問題は前方から迫る、幾つかの篝火だ。

 

「村から人が出たのでしょう」

「だろうな、暗くなっても戻らねぇもんだから心配してんだろ」

「では、降ろしてください」

「なんでだ? お疲れだろ?」

「成人の儀の後、自分の足で帰れない様では儀式の成功とは認められません」

「つまんねー事言うなよ、俺は見たぜ? 木の上から上へと所狭しと飛び回る姫さんの雄姿をよ。挙句、俺の肩から強烈な一撃を見舞って、止めにあの魔法だ。今日の殊勲賞は間違いなく姫様だ、堂々としてりゃー良い」

「ですが、難癖付けられる位なら」

「姫さんの活躍を疑う奴なんざいねーよ、アレを見たらな」

「アレ……と、は……?」

 

 俺の疑問はまどろみの中に消えていった。

 

 翌日、俺は村のベッドで目を覚ました。結局、田中の背でもう一度眠ってしまったらしい。

 で、話を聞けば村の人々は田中の背中で眠る俺を見て、儀式は失敗。と思ったとの事。

 ぐっすり眠る俺をおぶりながら、「姫様の儀式は成功だ」とだけ言って多くを語らなかった田中に、村の者は訝しく思っていたらしい。

 いや、自分一人でガラス玉を持って帰って来るのがルールとするならば、当然儀式は失敗と言えるのだが、大牙猪(ザルギルゴール)なんて倒してしまったらそんなルールは最早どうでも良いだろう。

 大牙猪(ザルギルゴール)を狩る者はエルフにとって憧れ、前世で言うとスポーツ選手の様な英雄的な扱いを受ける程なのだから。

 目覚めた俺が、集まった村人へ簡単に事情を説明するも、大牙猪(ザルギルゴール)を倒したなど、全く信じて貰えなかった。

 結局、朝から村の有志と共に大牙猪(ザルギルゴール)を埋めた場所に舞い戻る羽目になるのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「まさか、コレを姫様が?」

「なんて巨大な! この穴は魔法で? いや、本当ですか? 伝説の魔法使い様のようでは無いですか!」

「噂には聞いていたが大牙猪(ザルギルゴール)とは何と言う大きさだ」

「ありがたやありがたや」

「エリプス王物語など、半ば作り話だと思っていたが……我らと同じ無能の血が混じってこれだけの魔法が使えるとは」

「ああ、話半分どころか、聞きしに勝るって奴だ、おっかねぇ」

 

 大牙猪(ザルギルゴール)の死体を掘り返した一行は度肝を抜かれていた。

 そりゃそうだ、こんな化け物、たった二人で倒すようなモンじゃ断じてない。

 ……田中が自慢げにしているのが、何となく腹立たしい。確かに頑張ったんだが。

 

 そんな風に、活気付く一行の中で笑顔が無い男が一人。

 

「ちっくしょう! レーナをっ! レーナを返せェェェェ!」

 

 叫びながら大牙猪(ザルギルゴール)の死体をスコップで殴りつけてるのが、俺と馬車に同乗したパラセル村の若者だ。

 レーナと言うのは……参照権によると村長の娘らしい。その娘が好きだったのか付き合ってたのか、それは聞く気にもならないが……大切な人だったのだろう。

 昔の俺はそんな光景を冷めた目で笑っていただろうが、今の俺には大切な人を失う気持ちが解ってしまう。

 

「クッ――」

 

 そしてその若者が俺を睨む複雑な感情も……

 俺は彼にとって大切な人を見殺しにした仇であり、大切な人を殺した魔獣の仇を討ってくれた恩人でも有る。

 

 俺には釈明の言葉も無い、謝ったって、もし今、大牙猪(ザルギルゴール)が再び現れたら同じ事を繰り返す。

 

 いや? コイツが居れば、コイツと一緒ならもう逃げずに済むか。

 

「なんだよ? もっと胸を張って良いんだぜ? おめぇは悪くねぇよ」

 

 見上げれば、ニヤリと笑う田中と目が合った。

 

「誇る気にはなりませんね、あんなものを見てしまっては」

 

 俺の目線の先では先程の若者がまだスコップを叩きつけている。

 

「あー俺も大分無茶言っちまったな、あれ程の化け物とはよ」

「そうですね、大口を叩いた割には頼りになりませんでした」

「厳しぃねぇ、ま、仕方ねぇか」

 

 田中の方はサッパリしたものだが、やはり思う所が有る様だ。

 

「剣がよ、しっくり来ねぇんだよな、西洋剣ってのは反りも無いしよ」

「剣、ですか」

「ああ、刀さえあればよ、今の力が有れば何でも斬れそうな気がするんだが」

「カタナ……」

「いや、なんでもねぇよ、忘れてくれ」

 

 そう言えば、黒尽くめの格好にハマってるから西洋剣に違和感は無かったが、そうか刀か、そんなもん無いからな。

 

「取りあえず、皮を剥いで魔石も取った。引き上げようぜ」

 

 そもそも、村の者を連れて来たのは解体の為も有ったのだが、穴の中の大牙猪(ザルギルゴール)の死体を見るや恐慌に陥り、大して役に立たなかった。

 結局、皮を剥ぐのも魔石を取るのも殆ど俺達で行った、その過程で内臓の中からレーナとか言う娘の遺品が出てきて、さっきの若者が泣き崩れたりとか色々有った。

 

 そんなこんなで引き上げだ。未だに大牙猪(ザルギルゴール)の前から動こうとしない若者はもう、そっとして置くしか無いだろう。

 魔獣の死体の側は危険だと、幾ら言っても聞く耳を持たないのだ。

 気持ちは解る、俺だってセレナと一緒に焼かれて死のうとすら思ったのだ、そこに理屈なんてない。

 

 その若者の事は胸にしこりの様に残ったが、俺達は村に帰ると打って変わって手厚い歓迎を受けたのだ。



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勝利の宴

 お祭り騒ぎは村長の家を飛び出して、村の広場で成人の儀のお披露目会として正式に行われる事となった。

 大牙猪(ザルギルゴール)の討伐はそれ程に大きなニュースだったらしい。加えて大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の大群も片づけたとなれば、ヒーロー扱いも無理はない。

 あれだけの群れだ、本当は俺の成人の儀どころじゃない騒ぎだった筈。騒動の原因が両方とも、いや俺の分も合わせて三つも問題が同時に解決してしまった。

 

 そもそも、帝国の奴らが攻めて来なければ、この時期に王都で大々的にお披露目会が行われる筈だった。それを思うと悔しさも滲む。しかし、俺は前に進んでいる。

 

「ひめさまがデッカイイノシシ倒した話聞かせてー」

「ワシらも聞きたいですわい」

「お前みたいのが大カマキリやっつけたってホントかよ」

「コラ! 何失礼な事言ってるの! スミマセンうちの子が」

 

 しかし、儀式と言っても王都とは違う。格式ばった所はどこにも無く、まさに村のお祭りと言った様子で、田中と俺はさっきから話をせがまれてばかりだ。子供やお爺さん、悪ガキとその母親にまで囲まれてさっきから同じ話を繰り返してる。

 まぁそれは田中の方も同じ様な物だろう、そう思ってチラリと様子を窺うとあっちは酒を片手にやんややんやと盛り上がっている。

 

「そこで姫様の渾身の魔法よ、ありゃあたまげたね、なんせ振り返ったら歩いて来た地面がそっくり無ぇんだ」

「オォォォォォ―――」

 

 なんか田中が適当な事を言っている声が聞こえる。盛り上がるどころか、話を盛ってるみたいだが、放置して良い物だろうか?

 

「あれこそがエルフの姫の魔法かと度肝を抜かれたね」

「エルフ、それがタナカ殿の生まれた国の森の民の伝説ですか」

「おうとも、大陸の森に住むエルフに助けを求め、エルフの魔法と共に強大な敵に立ち向かう。俺の国の伝説よ」

「ほほぅ、だとするとタナカどのは伝説の体現者ではないですか」

「其れよ! 俺が剣で魔獣を切り裂き、姫様の魔法で止めを刺す、ガキの頃見た冒険譚そのままを体験したぜ」

「オォォォォォォ――」

「エルフの民に乾杯!」

「そうだ! 我らエルフの民に乾杯!」

 

 ……え? エルフって言葉、普及してきてない?

 俺が考えた奴、森に住む者(ビジャ)、駄目だった? ネーミングセンス無かった?

 森に棲む者(ザバ)と対を成す感じで考えたんだけど?

 

 ……ま、まぁどっちでも良いけど? 俺はどっちでも構わないんだけどぉ??

 それに、魔獣を切り裂いたって? お前は猪のケツに彫刻刀刺してただけだろ!

 いや? 違ったか? ま、まぁ止めは刺したし、頑張って走ったからね、良いけどね、良いんだけどね? エルフかぁ……直球で良かったんだなぁ。

 

 俺は何だかんだ動揺を隠しきれず、なんとも落ち着かないままに過ごす羽目になった。

 

「ひ、姫様、いえ、ユマ!」

「え?」

 

 そんな俺が突然呼び捨てにされたのは、そろそろ日も暮れ宴も終わろうかと言う頃だった。

 

「コラ、止めなさい!」

「で、でもあなた!」

 

 俺を呼んだのは、たしか村長の息子の嫁、歳頃は母パルメと同じぐらい、流石に田舎っぽいが、それを含めて優しいお母さんと言う雰囲気を醸し出していた。それが思い詰めた顔で話しかけて来たのだ。

 慌てて其れを村長の息子が止める格好だが、嫁さんは止まらない。

 

「姫様は本当に全てを忘れて、私たちの、只の村娘のユマに成る訳には行かないのですか?」

「……失礼とは思いますが、私もコイツと同じ気持ちです、姫様が家族の仇と帝国を恨む気持ちは解ります。ですがそれは12歳、それこそ成人したばかりの少女にはあまりに重過ぎる!」

「私、私は姫様の歳の頃、成人したって言っても形だけ、なんでも周りに頼って生きていました。そ、それが国を出て無能達の国に乗り込むなんて!」

「私たちは子宝に恵まれず、生まれていれば姫様ぐらいの歳だった、どうしても考えてしまうのです、そんな姫様が無能共に傷付けられる所を! それを想像しただけで……」

 

 ……そうか、だから俺の事を成人と認めないって村の皆は言ってたんだな。自分達の子供とするために。

 ……優しいんだな。でもさ、俺はホントは12歳じゃないんだ。

 いや体は正真正銘12だよ? でもさ、中身は田中と同い年、戦える年齢なんだよ、いや、ホントはもっと早く戦わなくちゃ行けなかったんだ。

 

「……申し訳無いのですが」

 

 俺はゆっくりと田中の側へ。

 

「私にはやるべき事も、戦う力も有るのです! 私は彼と、タナカと旅に出ます!」

 

「オォォォォ―――」

「うぅぅぅ」

 

 私の宣言を受けてやんやと盛り上がる村人と、泣き崩れる夫婦。

 有難いけどさ、やっと始まったんだ、俺の冒険が。遅過ぎて、失敗だらけでみんな死んじまった後だけど。だからこそケリだけは俺が付けないと。

 

「タナカ、これからもよろしくお願いしま……」

 ――チッチッチッ

 

 胸に手を当て、軽く頭を下げた俺の頭上で不快な舌打ち。

 ……え? 今のなんだ? 舌打ち? 感動の場面だろ? まさか有り得ないだろ! ……いや、でも間違い無く田中の仕業。

 

「田中じゃないぜ」

「え?」

「これからは田中と呼んでもらっちゃ困る」

 

 は? コイツ何言ってるんだ? 敬語で「田中さん」とでも呼べと? 調子に乗るな!

 

「あなたは何を言っているのです?」

「パパだ!」

「へ?」

「これからはパパと呼びなさい!」

 

 

「…………は?」

 

 ……意味が、解らないっ!!!!

 

「俺がお前のパパになる! それで全部解決だ!!」

 

 ……何の解決にもならんわ!

 

 たわけっ! たわけ過ぎだボケェ!

 

「頭が……悪いのですか?」

「いーや何処も悪く無いぜ?」

「…………」

「どうだ? 呼んでみろよパパってさ」

 

 そう言って両手を広げて待ち構えるが、その胸に飛び込むとか有り得ない。

 

「せいっ!」

「うげっ」

 

 股間にキック一閃。

 

「馬鹿も休み休みにお願いします」

「つれないねぇ」

 

 渾身の蹴りも虚しく、田中は大して効いていない風で笑っている。会場もバカ受けだがどうにも締まらないではないか。

 

 俺としては、もうちょっとカッコいい冒険譚を紡ぎたい。

 切実にそう思った。



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恐怖の予感

 その事件があったのは、成人の儀のお披露目会の翌日だった。

 

「ウォーラスの奴が居ないぞ?」

「まだ戻ってねぇのか?」

 

 昨日、大牙猪(ザルギルゴール)をスコップで執拗に殴っていた男だ。

 男は俺と同じ馬車に乗り、結果、大牙猪(ザルギルゴール)に追われてこの村に辿り着いてしまった、つまりこの村に知り合いは居ない。

 

 哀れに思った村長の知り合いだかの家で居候していたとの事だが、昨日はお祭り騒ぎで一晩ぐらい目にしなくとも、気にも留めなかったとの事。

 

 あの不安定さだ。全てが解決した今、どこかで自殺していてもおかしくない。怪しいのは大牙猪(ザルギルゴール)が死んだ場所だろう。

 だが、男を探しに行く前に、新たな問題が起こった。

 

「オイ、お前ら出てこい!」

「ユマちゃんを攫ってどう言うつもりだ!」

「こいつがどうなっても良いのか! ユマ姫に会わせろー」

 

 にわかに村の外から罵声が聞こえて来たのだ。

 もうこの時点で俺はまた厄介事かと頭痛を覚え、今すぐ村を出たい衝動に駆られたが、流石にそんな訳にも行かなかった。

 

 彼らの姿に見覚えがあったからだ。

 

 その正体はソノアール村の住民。サンドラのおいちゃんを筆頭に、十人ほどでこのハーフエルフの里、ピルテ村まで攻め込んで来たと言う事らしい。

 

 俺が出るしか無いよなぁ、あぁもう、面倒臭い。

 

「私は無事です! これは何事ですか!」

「おおっ、姫様無事でスたか、いんやー良かっただ」

 

 ザッカさん、役場の人まで来てるのか。これは思った以上に大事になってるな。

 

 そして、気になるのは見慣れない子供を引き摺っている事だ。どうも人質を取っているらしい。

 

「オラが肩を撃たれて、村さ戻った後、こりゃーおかしいって話になってなー」

「あぁ、村の情報が奴らに筒抜けになってる、こりゃあマズイと思ってな」

「……サンドラさんに、ラザルードさんまで」

 

 おいちゃんは兎も角、大弓担いだラザルードさんは冒険者、お金を払って依頼して来て貰ってるに違いない。これは本気だぞ。

 

「で、村の人間を調べたらコイツが居たわけだ」

「お姉ちゃんごめんよ、俺、そんなつもりじゃ……」

 

 ラザルードさんは人質らしい少年を、首根っこを掴んで差し出して来た、誰だ?

 参照権! うーん、ソノアール村の広場で俺に話をせがんで来た、普通の少年みたいだが?

 

「こいつが猟師の息子とか言って、鳥や山菜をちょくちょく売りに来るとは思ってたがよ、その正体がコレだ」

 

 少年が目深に被ったとんがり帽子をラザルードさんが剥ぎ取ると、その長い耳が露わになった。

 

森に棲む者(ザバ)が人間の村でコソコソ調べ回ってやがった」

「えー違うよー、俺達はただ、姫様が心配で」

「うっせぇぞガキ! おめぇ何年も前からこの村に来てたじゃねーか」

「そっそれは、俺達だって塩とか、買いたい物が有るんだよぉ」

 

 なるほど、目とか耳。種族的な特徴がよりハッキリ出てしまう大人より、子供の方が人間に紛れるのに向いている。

 だから、子供に人間との交易を任せていた訳だ。それが俺への襲撃を機にバレたと。

 俺が人間に攫われた等と、この村の住民も勘違いしていた理由にも合点がいった。恐らく子供の報告が悪かったと言うより、大人が信用しなかったのだ。

 まだ八歳位だろうが、この子は結構頭が良い。ちょっと話しただけだが、村の他の子より賢いと思ったのを覚えている。

 だが、それを聞いた大人の方が都合が良いように解釈した、そんな所だろう。

 今回も、同じだろう。人間は子供の言う事など信じない。

 

「ごめんよぅ、お姉ちゃん」

「はぁ、あなたのお姉ちゃんでは無いと言ったでしょう」

 

 思えば村でもこんな風に馴れ馴れしい感じだった。俺をお姉ちゃんと呼んで良いのは一人だと言うのに。

 いや、もうその一人も居ないが。

 

 感傷に浸る俺に、ラザルードさんの声が掛かる。

 

「そういや、アイツはどうした?」

 

 アイツ? ああ田中の事か?

 

「恐らく、まだ寝ています」

「ったく、ろくでもねぇ護衛だな」

 

 ラザルードさんは吐き捨てる様に言うが、頑張ったんで多少は許してやって欲しい物だ。とは言え流石に昨日は飲み過ぎだったと思うが。

 

「とにかく、村長と話をしましょう」

「ああ、小賢しい事しやがって、とっちめてやる」

 

 かくして村長宅で二度目の会議で有る、もう本当に勘弁して欲しい。

 ちなみに田中は叩き起こした、いつまで寝てんだアイツは。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「ワタスとしては、この村はソノアールに近すぎると、そう思うんでス」

「じゃあどうしろと? 我々に出て行けと言うのか!」

「ですな、そうして頂けないと、こっちも枕を高く寝れないでス」

「話にならん!」

 

 ピルテ村の村長と、人間側の話会いはいきなり剣呑な雰囲気だ。人間側はザッカさんが取り仕切る形だが、村を出てけってのは流石に無茶だ。

 

「逆の立場で考えてございませ、不気味な集団が正体を明かさず、こちらの情報を収集していた、恐怖を覚えて当然でございましょ」

 

 ザッカさんの敬語なのかよく解らない言葉はアレだが、不審に思う気持ちも解る。せめて堂々と交易をしてたら問題は無かったのだが。

 

「我々にも我々の決まりが有るのだ、無能には解らんかもしれんがな」

「無能だとぉ? てめぇ」

 

 無能って言葉にいきり立ったラザルードさんが割り込んでくる。

 あーやっぱりその呼び方問題有るよな。俺は慌てて止めに入る。

 

「無能と言う呼び方は改めようと言ったでは無いですか!」

「今更そんな事言われてもな」

 

 この村長、本当に頭がド固い。なんとかして欲しいものだ。これじゃあラザルードさんの怒りは収まらない。

 

「はん、化け物と一緒にされるぐらいなら無能で結構だ!」

「化け物だと!」

「ちげぇってのかよ?」

 

 あーもう、止めようにも止まらない、もうここは幼女の魅力を使うしかないだろう。

 

「なんとか! なんとか今までの事は忘れて、二つの村で協力する事は出来ませんか?」

 

 俺は必死に可愛いぶりっ子してザッカさんに話しかける。

 

「姫さまには悪いんでスが、姫さま自体が森に棲む者(ザバ)の罠だったのかと、そう言われてるですわ」

 

 ザッカさんは申し訳無さそうに答えるが俺を見つめるその目にも、あの日の照れでは無く、少しの恐れと疑いが混じっている。

 

「護衛代をちょろまかす為にそいつと一芝居打ったんじゃないかってな」

 

 ラザルードさんが顎をしゃくって見せるのは田中だ。とんだ言い掛かりだが、村の人はもう何も信じられなくなってるに違いない。

 

 うー、どうしよう? 俺の力じゃどうにも収められそうに無い。そうだ! 大牙猪(ザルギルゴール)の死体でも見せれば? 争ってる場合じゃ無いと解ってくれるんじゃ?

 

 いや、もう死んでるしそもそも人間には関係無いか。

 なんだか考えが全く纏まらない。結局、俺が原因で人間とエルフの小競り合いが始まっちまうじゃ無いか。これじゃビルダール王国に助けを求める所じゃ無くなってしまう。

 

「拗れちまったなぁ、事情を説明しても元々が芝居だと思われちまったらどうしようもねぇ」

 

 田中も困ったと愚痴るが、俺が一番困っている。でも、そうか、芝居か。

 

 もういっそ全てを芝居で有耶無耶にしてしまうのも有りか?

 今の俺にはその力もある、そうだろ?

 

 喧々諤々の話し合い、いや怒号が響く村長宅のリビングの傍らで、俺はこっそり問いかける。

 

「あなたの名前はなんですか?」

「私の名前は、プリルラ」

 

 そう、成人の儀の祠で、俺は彼女の記憶を拾った。彼女は周りを利用する事に掛けては超一流。おそらく運命的には『偶然』が無ければ長生き出来た筈なのだ。

 

 よっし、ゆっくりと彼女の知識が染み込んでくる、くっさい演技力ともこれでお別れ、口先一つで周りを振り回してやる。

 

 

 

 ……ん、んん???

 

 ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。

 

 それどころじゃ無い! どうすんだよコレ。

 

「オイ、どうした? 腹でも痛いのか?」

 

 田中よ、それどころじゃ無いのだ!

 昨日からウォーラスだっけ? 男が帰ってこない。

 繁殖した大岩蟷螂(ザルディネフェロ)と祠一杯に有った大量の卵。あれは生まれた後の殻も大量に混じっていた!

 そして、大牙猪(ザルギルゴール)の死体。

 

 やって来る、俺の『偶然』はそれらのピースを必ず()めて来る。参照権で補完した魔獣の知識でも間違いない。

 これは、もう人間とかエルフとかそう言う問題じゃないぞ。

 

「待って下さい! もっと重要な問題があります!」

 

 俺はザッカさんと村長のガーブラムさんとの話合いに割って入る。

 

「何だと言うのだいきなり、邪魔だ!」

「姫さまは黙ってて下さいまスか」

 

「……みんな死にますよ?」

 

「…………は?」

 

 一同揃ってポカンと俺を見る、意味が解らんよな。だがもう一刻の猶予も無い。

 

「今からこの一帯で、魔物の大量発生(モンスタースタンピード)が発生します」

 

 皆、今度こそ呆れた様な顔で俺を見るが、もう賽は投げられた。

 戦うか死ぬかしか残されていないのだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 俺は田中と村の若い衆を連れて、大牙猪(ザルギルゴール)の死体を埋めた場所に向かった。俺の予感が外れる事に一縷の望みを託してだ。

 

「おい、あんだけデカかった大牙猪(ザルギルゴール)の死体がねぇぞ」

 

 しかし、俺の望みは断たれた。大牙猪(ザルギルゴール)の死体は無く、そして当然ウォーラスも居ない。

 

 食われたのだ、大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の大群に。

 俺の前世にして薄幸の美少女プリルラは、言ってしまえば「良い性格」をしていた。

 病弱であるが故に、周りの全てを利用してでも生き残ろうと足掻いたのだ、それを否定する気は無いが、殊勝な性格だとは言えないだろう。

 

 その最期がただの自殺だと言うのが良く考えたら違和感なのだ。なぜそんな選択をしたのか? それは彼女が自殺した理由、その年の不作とも関係がある。

 不作で食料不足にあえぐ村に見捨てられた途端、少女はあの洞窟に向かった。

 そう、その年も大岩蟷螂(ザルディネフェロ)が大量発生していた。大岩蟷螂(ザルディネフェロ)は定期的に大量発生する危険な魔獣だ。参照権で王宮の図書室の資料を思い出せば大量発生時の危険は確認出来た。

 

 しかし、その大量発生も通常、問題にはならない、大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の幼体が大量に生まれても、餌の供給が追い付かないのだ。

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の幼体が生まれた瞬間は、田中が退治した犬サイズより更に小さく、ネズミぐらいの大きさ。

 そのネズミが食べられる様な餌を、森で食べ尽くしてしまった後は?

 壮絶な共食いだ、そうして数を減らし、生き残った個体も恐鳥(リコイ)と言われるでっかい鳥に食べられ、生態系は元に戻る。

 

 プリルラは、自分の死体を大岩蟷螂(ザルディネフェロ)に捧げたのだ。彼女はエルフの戦士とも関係が有った、彼から大岩蟷螂(ザルディネフェロ)が大量発生時は、森を焼くぐらいの気持ちで餌を無くさなければ行けないと聞いていた。

 じゃあ、自分一人を食べた大岩蟷螂(ザルディネフェロ)はどのぐらい増えるのだろうか?

 そんな彼女の狙いが上手く行ったかどうかは解らない。思惑通り彼女の育った村を道連れに出来たのか。それとも少女の浅知恵だったのか。

 

 それは兎も角、現実として今、ある筈の大牙猪(ザルギルゴール)の死体が無いのだ、そして、祠で見かけた大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の卵、あれは田中が倒した幼体二十匹程度の量では無かった。

 

「マズいですね……」

「何がだ? 何が起きている?」

 

 田中も不気味な物を感じているのだろう。連れて来たエルフの男達も同様だ。まだ大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の幼体が群がっている様なら、皆で駆除しようと思っていたのだが……

 

「村に帰りましょう、事は一刻を争います」

「だから、なんだってんだ」

大岩蟷螂(ザルディネフェロ)です、祠で見たでしょう? 大量の卵を、恐らく千、いや下手をすれば万単位の大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の幼体が、大牙猪(ザルギルゴール)の死体を貪った」

「俺達は格好の餌を与えちまったって訳か」

「ええ、しっかり死体を焼いておけば良かったのですが」

 

 スコップを叩きつける青年を前に、何となくそんな気にならなかったのだが完全に裏目に出た。もっと早く記憶を見ていれば……いや、焼いても物理的に消滅する訳じゃない。

 村に運び込む必要が有ると考えればハードルは元々高かった。

 

「今更言っても仕方がねぇ、どうする?」

「ですから! 村に戻って対策を立てるのです!」

 

 俺の叫びは草原の中で虚しく木霊するだけだった。

 



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★戦闘配備

 俺は魔法を使って全力で駆けた。ピルテ村に帰ると、あきれた事に人間と森に住む者(ビジャ)(……もうエルフで良いか)の会議、いや最早ただの口論が続いていた。

 だが、それも俺が大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の大量発生を伝えるまでだ。

 

「はんっ、いい気味だな!」

 

 笑うのはラザルードさん。

 確かに人間にとっては関係無いと勘違いするのも解るが、既に話はこの森の中だけに収まらない。

 なぜなら俺達はこの村から撤退するからだ。俺は村長を説得する。

 

「こうなってはこの村を放棄するしか無いでしょう、ソノアール村の人々の希望通りと言う訳です」

「何を勝手に! この村を出てどこへ行こうと言うんじゃ」

「ですが、千単位の大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の群れがこの辺りに居るのですよ? 既に犬ぐらいのサイズに育っている可能性があります」

「うーむ、じゃがこの村の者は皆、混じり者、行くあてなどないのじゃ」

「ほんの一時で良いのです、そうすれば文句を言う人間も居なくなっているでしょう」

 

 俺は意地悪な笑いを浮かべながら、ソノアール村一行を一瞥する。

 思わせぶりな演技が全開だ!

 

「どういう事だ? オイ」

 

 ラザルードさんが苛立った様に机を叩く。

 解らないみたいだなー? 俺がどや顔で解説を……と思えば、後ろから田中が顔を出した。

 

「つまり、この村に餌が無いと解った魔獣が、次に何処を襲うかって話だろ?」

 

 コイツ、流石に現代教育を受けているだけに理解が早い。

 相手はイナゴの群れだ。幼虫ならば移動距離も短く共食いしか出来ないが、犬ぐらいのサイズであれば、ソノアール村まで駆けることなど訳がない。

 

 それが飲み込めた途端、村長宅は静まり返る。

 

「まさか? 来るのかソノアールまで? 森の外だぞ」

「外って言ってもここから精々二日かそこらの距離だろ? 子供だって歩ける距離だぜ、実際歩いてたんだろ?」

 

 田中がソノアールへ通っていた少年を顎で指す。

 

「今までそんな事、一度も無かっただろうが!」

 

 怒鳴るラザルードさんだけど、煽らせて貰おう。俺は上品に笑った、囀るように。

 我ながら、鈴が転がるような美声である。

 

森に住む者(ビジャ)の戦士の仕事は魔獣の間引きです。帝国によって国が滅びた今、大森林の中がどうなっているかは私にも解りません」

「何が言いたい?」

「本来こういったイレギュラーを解決していたのが我々なのです。それが今は居ない。これは歴史上かつて無かった事、何が起こるかなど誰にも解る筈が無いでしょう?」

 

 俺は笑った。

 楽しくて仕方が無い。自分の内側から、破滅を求める衝動が湧き出していた。

 狂気の笑みを浮かべ、一つ一つ絶望的な状況を説明していく。

 楽しげに、儚げに、悲しげに。歌うように披露すれば、村長も、ラザルードさんも、いままで余裕の態度を崩さない田中だって畏怖を抱いた目で俺を見ていた。

 

 コレはゲームだ。勝利条件は? 何だって良い。負けても死ぬだけだ。

 

 人間側で話がわかるのはラザルードさんだけだ、おれが丁寧に状況を説明すれば、その深刻さは伝わった。

 

「クソッ! じゃあ俺達は引き上げるぜ、村に警戒を呼び掛けないと行けないからな」

「警戒? 千を越えようと言う魔獣にどんな警戒をするのです?」

「はっ! 精々足掻いて見せるさ」

 

 無駄だ! その時にはこの村を食い破って虫は更に大きくなっている。ならば?

 

「その足掻き、この村で見せては貰えませんか?」

「意味が解らねぇなぁ?」

「この村で我々と、あなた方で共同戦線を張るのです」

「チッ、だぁれが手前ぇらを守るために戦うってんだよ!」

 

 叫ぶや否や、ラザルードさんは思い切り机を蹴り上げた。

 ――ゴガァンと響く鈍い音と荒っぽい罵声。村の女性達は震え上がって悲鳴を上げた。

 普通はそう言う反応だろう。だが、俺は余計に面白くなってきた。

 その程度でビビると思っているのか? お前の家族も目の前で殺してやろうか? きっと俺の気持ちが解るぜ?

 

「解りませんか? 我々が、誰一人逃げずにピルテ村で食い止めればソノアール村は助かる。我々が『餌』となればソノアール村にはより大きくなった魔獣が襲う。もう、我々とアナタ達の村は一連託生なのです」

 

 蹴り上げられた机を元の位置に叩きつけ、その上に膝をついて乗り上がるや、身を乗り出して覗き込む。

 ラザルードさんと額を突き合わさん距離。相手の目に映る俺の姿は、爛々と狂気に輝く瞳をしていた。

 だが、ラザルードさんもさるもの。腰が引ける様子も一瞬。気丈に言い返してくる。

 

「それで俺らに何の得が有るってんだよ? 取引になってねぇんだよ!」

「元々誰にも得など無いのです、誰が『餌』の役をやるかと言う話、戦って死ぬか、逃げて死ぬかです」

「だから、とっとと村に帰って戦う準備をするんじゃねぇか!」

「それこそ何の準備です? 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)と戦った事の有る者が何人居ます? 習性は?」

大岩蟷螂(ザルディネフェロ)なんて何匹殺したか知れねぇぐらいだ! そもそも奴らは群れたりなんざしねぇんだよ」

「それが、浅慮だと言うのです。この時期の幼体は群れで人を狩る事も珍しくない。知りませんか?」

「知らねぇな! そうだとしても信用出来ねぇ」

 

 ラザルードさんが拗ねた様にどっかりと椅子に座ってしまう。

 正直言うと、幼体は共食いするぐらいだから群れで狩りをするってのは言いすぎだが、圧倒的な数の暴力で全てを飲み込むのである。

 と、その辺も知っているだろう、エルフであるピルテ村の面々すらも渋い顔。

 

「ワシらも反対じゃ、戦うにしてもコイツらとなぞ! 獅子身中の虫となりかねん」

 

 はぁ? 馬鹿か? 死にたいの? 餌になりたいのか?

 黙ってその命を預けろよ! 俺が効率的に使ってやろうって言うんだからよ! 

 

「ゴミ共が、めんどくせぇ」

 

 だから、俺の口から苛立ち混じりに声が出た。あくまで小声だ。誰にも聞こえてないだろう。

 俺は神経を集中させるために顔を伏せ、ゆっくりと息を吐く。

 

「仕方ねぇやるか」

 

 やるしかない。無知蒙昧なコイツらを操る! 利用する!

 俺にはその為の力がある! 深呼吸を一つ。

 それだけで俺はハタ迷惑に男を口説き回った少女。プリルラの記憶を呼び覚ます。

 記憶が、ゆっくりと体に馴染んでいく。

 

「どうしても、どうしても一緒に戦う訳には行かないんですか?」

 

 一転、顔を上げた俺はハラハラと泣いた。上目遣いに皆を見渡し、目尻には大粒の涙を転がす。

 

「私は一生忘れません、平和な王都エンディアンに人間が踏み込んで来た日の事を!」

 

 我ながら大芝居。絶望の記憶を大げさに語る。

 あ……田中だけは俺の思惑に気付いたのか、恐怖に顔を引き攣らせている。

 コイツは昔から妙に勘が鋭い。『参照権』で急に様子が変わったことに気が付かれたとしても不思議じゃ無い。

 かといって、もはや演技は止められない。

 

「この村も同じ様な絶望が襲おうとしています。勿論ソノアールにだって! 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の大群が全てを殺すのです」

 

 我ながらキレキレの演技である。全然関係無い二つの事象をむりくり繋げる。

 

「なんだってんだ」

 

 ラザルードも呆然と呟くが無視。

 

「一緒に、一緒に戦えば立ち向かえるかも知れないのです! もう私は、逃げてばかりは嫌なのです!」

「んな事言ってもよぉ」

「ザッカさん! ザッカさんはどうですか? この村で皆で戦うのと、人間だけで戦うのではどちらが勝機が有ると思いますか?」

 

 ラザルードさんの説得は難しそうだ。だったら狙うのはザッカさんに決まりだ。耐性無いヤツを狙うのが常道よ!

 自分でもビックリするぐらいに華やかな笑顔で彼に微笑んだ。

 冴えない村役場の男には刺激が強かったみたいで、一気に顔を赤くした。

 

「そ、それはたスかに、ココで戦った方が……」

「ですよね! サンドラさんも一緒に戦ってくれますよね?」

「勿論だ! どうせ戦うなら姫様とがええ」

「オイ! おめぇら何言ってやがる!」

 

 ラザルードさんだけが抵抗するが、もう一押し!

 

「何が問題なのです? 報酬ですか? 倒した魔獣の魔石をお渡しすると言うのはどうです?」

 

 どうせ、村からは大した報酬が出ていないに違いない、だったらどうだ?

 俺はは諭すようにゆっくりと語り掛ける。

 

「一つ一つは大した価値が無くとも千を超えるかの魔石ですよ? 十分な報酬になるのでは?」

「んなゴミみてぇな魔石に価値なんざねぇよ!」

「そうなのですか? ではどういった魔石なら価値が有るのです?」

大牙猪(ザルギルゴール)を倒したと言ったな? そいつだったら価値があるんだがな」

「そうですか、別に構いませんよ。村を守れるなら安い物です」

「へぇ」

 

 人間にはどうか知らないが、エルフにとっては大牙猪(ザルギルゴール)の魔石になどトロフィー的な価値しかない。

 

「何を勝手に言っておる! 村の宝とするべきものでは無いか!」

 

 だが、そのトロフィーに拘るジジイ! 村長が邪魔すぎる! コイツは放置して息子と話そう。

 

「村長の息子さん、そう、あなたです。一時的にでも村を脱出するとしてどの程度の被害があると思われますか?」

「それは……備蓄した食料を運ぶのだけでも骨だし、なにより小規模ながら種を撒いたばかりの畑も有るんだ。全滅したとあれば次の冬は越せないよ」

 

 それを聞いた俺は、両手で頬を包み大袈裟にショックを表す。

 

「まぁ! どうせ全滅の危険があるのなら、ここで村を守った方が結果的に得かも知れませんね」

「いや、果たして可能だろうか?」

 

 可能かって? 知らねーよ! 知らねーけど、暴れた方が気が晴れる。どうせなら派手に全てを『偶然』に巻き込んで、その威力を確かめたい。

 心配する村長の息子の手を取って、俺は励ます様に語り掛ける。

 

「逃げた所で被害を受けないとは言い切れませんよ? 隠れる家も無く蹂躙されるかも」

「……あ、いやそうか」

「でも、皆で戦えば、きっと被害は抑えられます!」

「何を言っておる! ワシらだけで村を守れば良いじゃろうが!」

 

 外堀は埋めた、いよいよ村長に取りかかる。俺は慈愛を込めた笑顔をたたえる。

 

「大丈夫ですよ! 力を合わせれば、村長さんが大切にしているこの村を、絶対に守れます!」

「本当じゃろうな……」

 

 やった! 陥落した! そう! 偏屈なジジイどもに理屈なんて要らないのだ。

 思い出を語ったり、泣き落としをしたり。そんなんで十分。

 理路整然と、勝算が高い方法を説明した俺が馬鹿だった。

 プリルラ先生の記憶を頼りに、気持ちを揺さぶって、子供向け番組で主人公が語る希望みたいな、スッカスカな中身のない励ましでその場の全員を煙に巻いた。

 

 夢と虚構でこの場を支配した。それ故に可能な茶番だ。

 

「それでは、魔石の件、タナカも構いませんね?」

「……あ、ああ」

 

 最後に田中にも確認を入れるが、何故だが腰が引けている。

 コイツは魔獣の群れにもビビらないし、俺が獰猛に笑ってもドコ吹く風をしていたくせに、女の武器をフル活用するプリルラ先生みたいな搦め手には恐怖を覚えるみたいだな。

 まーどこでどんな経験値を溜めたか知らないが、羨ましいね。

 

 そうと決まれば後は魔獣の対策だけ、大岩蟷螂(ザルディネフェロ)には壁も柵も大して意味をなさない。犬サイズのカマキリが登れない壁を築く労力を想像すりゃ無駄と解る。

 

 水を張った堀なら多少効果はあるかもだが、其れだって飛び越せる、そもそもそんな物を作るだけの時間も力も無い。

 

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)は鋭い鎌を持ち何でも食べるが大牙猪(ザルギルゴール)の様に体当たりで家を壊す様な真似は出来ない。

 だから、非戦闘員は村長宅に避難し厳重に戸締りをして引き籠る。

 

 一方で、戦闘要員に必要なのは防具だ、大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の強力な顎でも噛み切れない強度の防具が必要だった。

 でないと鎌と顎であっと言う間に細切れにされてしまう。

 

「って言われても流石にコレは惜しいな」

 

 田中がぼやく気持ちも解る。

 防具として細かく切り裂いたのは大牙猪(ザルギルゴール)の皮だ。作戦に必要不可欠とは言え、ちゃんと加工して樹液で固めれば至上の鎧にもなる逸品だ。

 それを簡単ななめし液と魔法だけのお手軽処理で、粗末な皮鎧にしてしまったのだから、皆が呆然とするのも無理が無かった。

 それでもこの村で手に入るどんな防具より上部なのだから仕方が無い。

 

 それよりもそんな魔法も使えて、知識も豊富な俺を褒めて欲しいね。

 

 後は火だ、たいまつは大量に用意し、広場にはキャンプファイヤーよろしく巨大な篝火を用意した。

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)に噛まれた際は火で炙ってやれば口を離す、無駄知識かと思っていたが意外な所で役に立った。

 

 何を勘違いしたのか、田中には「魔獣が好きなの?」とか聞かれてしまったので。

 

「そんな女の子が居ると思っているのですか?」

 

 と冷たくあしらった。

 ぽかーんとしていたので胸がスッとしたね! 俺を怪獣好きの少年だとでも思っていたのか? 姫やぞ!

 

 何にせよ装備も準備も整った。ここまでやって気のせいだったら良い笑い話になるのだが、まぁ無いよな。

 めっちゃ恥を掻くけどむしろソレで頼むわ。いや、無理だろうな、経験で解る。

 『偶然』は俺を見逃さない。

 

 それは準備を始めて僅か二日後の事だった。タイミングを考えれば村人総出で逃げた場合、道中で餌になっていたに違い無い。

 俺の選択は間違っていなかった。ある意味でほっと一安心。

 

「来やがったか」

「オイオイ俺の目がおかしくなったのか?」

「正常だよ、俺の目にも映ってる」

「無駄口は止めてください、総員戦闘準備!」

 

 森を茶色に染める程の大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の幼体が村を襲った。



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★キチキチプリンセス2

 来るわ来るわうじゃうじゃと。

 ハーフエルフ達が寄り添うピルテ村。質素な暮らしを営むこの村に、団体さんのお参りだ。

 

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の大群であった。

 その姿は巨大なカマキリ。幼虫でも犬ほどのサイズがあり、成虫となれば人と変わらぬサイズがある。

 そんなバケモノが数える気も無くす程の大群で村を取り囲んでいるのだ。周囲の森が、見渡す限り真っ茶に染まる。

 魔獣の大量発生。単純に言えば、イナゴの魔獣版だ。

 本来なら厳しい食物連鎖に曝されて数を減らすハズの幼虫が、大牙猪(ザルギルゴール)と言う格好の餌にありついた結果、恐ろしい程の大群となった。

 

「死ぬかな……?」

 

 あまりの数を見て、流石に不安になる。

 俺は、村で一番背が高い建物の屋根の上で戦場を見下ろす。

 何も高みの見物と言う訳じゃ無い、俺は遠距離攻撃専門。群れに飲み込まれた瞬間に、魔法は健康値に掻き消され、俺は無力に成り下がる。

 だから、俺のそばに敵を近づけた瞬間にゲームオーバー。ならば事前準備が大切だ。

 やるだけの事はやったが、ドコまで通用するか……

 

「アイツ次第だな……」

 

 見下ろすのは前世での俺の親友。田中だ。

 アイツはチート級の戦士として俺の前に姿を現した。

 俺の所為で死んだと言うのに、再会と同時にまたぞろ厄介な事態に巻き込んじまったな。

 

 ……だがな。悪いけど、付き合ってくれよ。

 

 俺は、家族の、セレナの仇を取るまでは絶対に止まれないんだ。

 それが親友を騙すことになったとしても。

 

 ……それにしてもこう言うの、前世のゲームで見たことあるな。

 ウェーブ1開始ってか? 2はあるのかね?

 

 馬鹿らしいまでの不運の連続に、まるで他人事みたいな冷笑がこぼれた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「うぉぉぉ!」

 

 村人達の雄叫びが上がる。

 いよいよ戦いが始まったのだ。

 

 地面を埋め尽くす 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の大群に対して村人の武器は?

 

 (くわ)であった。

 

 これは俺の提案。敵の主力は幼体なのだ。犬ぐらいのサイズである。

 動きは犬ほど早くは無いが、体は軽く、顎の力は侮れない。

 剣で切ろうとしても、体が軽すぎて致命傷を与える事は難しい。

 ならば、叩き潰す様な武器が適格だ。鍬ならば弱点の首を切り落とすことも可能。

 なにより農民が主体の彼らにとって、使い慣れた獲物が一番。その証拠にトップスコアはサンドラのおいちゃんだ。

 

「ほっ! ほっ! ほっ!」

 

 地面を耕す勢いで 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の死体を量産している。

 

「クソッったれ! 多過ぎだ!」

 

 一方で苦戦しているのはラザルードさんだ。得意の弓など役には立たない。鍬を手に彼も地面ごと魔獣を耕しているが、慣れない獲物に戸惑っていた。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 そして旋風の様に魔獣をなぎ払うのが我らが田中だ。頼もしいね。

 とは言え、剣で膝丈の幼体を狙うのは効率が悪い。彼の役目は別にある。

 成虫を殺す役だ。

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の成虫は人間並のサイズ。人間サイズのカマキリがどれほどの力を秘めているか、考えるまでも無いだろう。

 俺も上空から成虫の間引きを行っているのだが、取りこぼした分が村人に迫ったら田中がメイン盾として出陣する。その動きに隙は無い。

 田中は鋭い鎌の一振りを躱すと、返す一閃でその両腕を切り落とす。成虫の体は鉄の様に硬いにも関わらずだ。

 しかし、コイツらの武器はそれだけでは無い……

 

 ――ガキィィィン

 

 危ねぇ! 上から見てても肝が冷えた。

 田中の眼前で金属音を響かせたのは……顎!

 鉄板をもかみ砕く鋭い顎が田中の顔面を切り裂く寸前、仰け反ることで難を逃れていた。

 

「芸がねぇんだよぉ!」

 

 オイオイ嘘だろ?

 田中は叫ぶと同時に大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の首根っこを引っ掴み、地面へと叩きつけた。

 すかさず剣を突き刺しトドメ。

 獣染みた戦い方、人間離れした膂力だ。

 

 ――シュッ!

 

 だが、俺だって見ているだけじゃない。

 オモチャみたいな弱弓ながら、屋根上から大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の成虫をスナイプしている。

 

 ――バシュッ!

 

 そんなんで通常、鉄みたいな大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の外骨格を貫けるハズが無い。

 だが、俺には魔法がある。呼び水となる瞬発力さえ得られれば、ソレを数倍の力にして制御し、逃れ得ぬ一撃をその首筋に叩き込む。

 俺が一矢放てば、確実に成虫の首が一つ飛んだ。

 成虫さえ間引けば幼体は体も柔らかく、村人でも対処が可能。これで時間が稼げるハズだ。

 しかし、ソコに逼迫したラザルードさんの声が響いた。

 

「オイ! そこに居るぞ!」

「クッ」

 

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)はデカいカマキリだ。そのメイン戦術は当然だけど『待ち伏せ』。

 田中はマンマとその罠に嵌まったようで、物置小屋みたいな建物の陰で奇襲を受けていた。目にも止まらぬ速度で伸ばされた両腕の鎌に、ガッチリと掴まってしまう。

 マズイ! 魔獣の力は人間の非では無い、巨大な昆虫のソレ! 一度掴まればどんな戦士でも抗う術は無い!

 

「痛てぇじゃねぇか! クソッ」

 

 嘘だろ? 抗ってるじゃねーか!

 田中はガッチリとその鎌を握り返した。恐るべき事に、田中は魔獣の膂力に負けていない。

 だが、流石に圧倒する程では無いらしい。一瞬の膠着。

 

「助けやがれ、トンマ野郎」

「んな暇無ぇよ間抜け!」

 

 叫んでラザルードさんに助けを求めるも、ソッチも当然に手一杯。

 ココは俺の出番かな?

 

 ――シュッ! バシュ!

 

 実のところ、ここから100メーター近い距離があるのだが、魔法で制御可能な弓矢に距離など何の関係も無い。

 コロンと大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の首が落ちて、田中はその腕から解放された。

 

「だらしねぇな」

 

 俺は小声でその無様を嘲笑する。

 

 なーにがパパと呼べだ! そんなんじゃ呼んでやらない!

 今生の俺のパパはな、エリプス王の伝説なんて劇になるほどの勇者なんだよ。

 もっとずっと強い魔獣に囲まれたってバッタバッタとなぎ倒していたんだ、その程度の実力でパパを名乗って貰っちゃ困るんだよ!

 

 死んじまったけどな。俺の『偶然』に巻き込まれて。

 

 ……だから、お前は死ぬなよ。

 

 助けられた事を悟った田中は、俺の姿を探していた。

 コチラに気付き見上げる顔には、闘志が漲り、不敵な笑みさえ浮かべていた。

 戦闘ジャンキーめ、俺に戦いを挑みそうな有様だ。残念ながらアイツは長生き出来そうに無い。

 ま、精々俺の目の前で死なないでくれよ。

 

 見渡せば戦況は最悪だ。圧倒的な物量に押し込まれている。

 

「プランBと行くか!」

 

 俺はオイルが染みた布を巻き付けた矢を取り出し、火を付けてギリギリと引いた。

 火矢だ! 狙うのは村をぐるりと囲む柵!

 

 ――シュッ!

 

 放たれた矢は柵に命中。木で出来た柵とは言え、通常はすぐに燃え上がらない。

 だからココには一工夫。

 

 ――ゴォォォ

 

 燃えた! 何故か? あらかじめ柵にも油を塗ってあるからだ。

 本来村を守る柵に対して火を放つ暴挙。上手く着火したとして、ぐるりと火に取り囲まれるリスク。

 

 作戦を伝えれば、正気を疑われるハメになったがそれでも俺は強行した。

 時間稼ぎに最適だからだ。

 

 何故、時間稼ぎが必要かというと……

 

 俺は必死に北の空を見つめる。

 

「まだ? まだかよ!」

 

 俺は勝利の悪魔を神に願った。



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★キチキチプリンセス3

 柵に放った火は延焼こそしなかったが、燃え尽きた後はスグにまた進行が始まった。もう柵は無いし策も無い。

 

 ウェーブ2の防衛は厳しい事になりそうだ。

 

 村の家は木造。火を使うのは最後の手段と決めていたのだが、この期に及んでは仕方が無いと村人達も火を使い始めた。

 

 松明を振り回し、へっぴり腰で逃げ回るザッカさんが見えた。役所の人間には荷が重い事態か。

 田中は田中で大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の成体の相手で手一杯。幼体には手が回らない。

 成体と違い、幼体には人を一瞬で殺す様な危険は無い。

 それでも幼体が家々の屋根に登って、俺の足元まで来たら魔法が封じられゲームオーバー。

 だから幼体退治は大事な仕事。村人が減ると俺の死期は確実に近づいている。

 だが、思ったよりも被害は少ない。幼体でも大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の顎は十分に強力だと言うのにだ。

 その秘密は大牙猪(ザルギルゴール)の皮から作った即席の防具にあった。

 エルフの戦士達の垂涎の的である強固な皮、それを雑に使って作った防具は低級な魔獣の攻撃を十分に退けていた。

 足元を守るブーツやズボンを補強するだけで、足を切り裂かれる事態を防げたようだ。

 

 ザッカさんがブーツに食らいついた幼体に松明を押しつけている。

 おおっ! 俺の教えを守っているぞ。

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)は、火を押しつけることで顎を緩める。噛み付かれて離れない場合を考えて教えたのだが、悲しいかな皆は半信半疑と言った様子だった。

 どうやら俺の知識は間違いがないと、ようやく皆が飲み込めた様だった。

 

「キェェェェ」

 

 田中の猿叫に振り返ると、大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の首がコロンと転がる所だった。

 スゲェな、後は任せても良いか? お手々が痛いの!

 

「ハァハァハァ」

 

 駄目みたい……ぜぇぜぇと肩で息をしている様子が見て取れる。

 

 このままでは押し込まれるのは時間の問題。

 こうなれば決死のプランC発動だ!

 

 俺は魔法を使い、村長宅の屋根から飛ぶ。屋根から屋根へ、魔法で飛び跳ね目的の建物まで到着!

 獲物を見つけたと幼体が登ってくるより早く、ログハウスみたいな民家、その主柱を風の魔法で断ち切った。

 

 ――ガララララ!

 

 屋根の丸太がゴロゴロと転がり落ちていく。丸太の雪崩に巻き込まれたのは、俺を目指して壁を伝って登っていた幼体達。

 グチャリと挽きつぶし、更に村のメインストリートまで溢れ出す。そこにビッシリと詰めかけた幼体達も次々と巻き込んだ。

 

「オマケだ!」

 

 さらに火矢を放って着火! 実は屋根にも油を撒いていた。

 ギャアギャアと虫どもの悲鳴が上がるのが小気味良い!

 

 ……アレ? 虫じゃない悲鳴が? どうやらこの家の持ち主だった夫婦の声。

 黙っててごめーん! 油まで染みさせて初めから燃やす気でした!

 でも、教えたら止めたでしょ? だから不意打ちでござる。皆で死ぬより良いじゃん? 良いよね?

 

「アハハハハ」

 

 俺の口からキチガイみたいな哄笑が溢れ出す。

 いよいよ楽しくなってきた。命がけのギャンブル。だが、予想は全て当たっている。

 何故か? 最悪を想像すれば、ソレが必ず正解だ!

 笑うしか無いだろうこんなモノ!

 

 よく見れば、村人達は畏怖を抱いた目で俺を見ていた。

 無理も無い、我ながら完全にネジが外れちまっている! でもな、マトモじゃ決して生き残れないんだよ!

 

 俺は追加でいくつかの家をバラすと、残らず火を付けて回った。

 キレイに村への侵入ルートが潰れ、渦巻く煙を嫌がり虫たちの侵攻は再びの一服を見せた。

 全ては計算の上。女子供は全員、既に村長宅に避難して貰っている。

 こう言うチャンスにしっかり押し返すのが戦争での勝ち筋だが、村人にそんな余力は残されていなかった。

 

「よぉし押し返すぞ!」

 

 いや、田中だけが一人気炎を上げていた。しかし、ラザルードさんを初め、他の面子が続かないようだ。

 

「ゲホッゲホッ! 馬鹿な事言ってんじゃねぇ! このままじゃみんな焼け死んじまう!」

「よく見ろ、延焼しない様、巧みに計算されている、火に囲まれることは無いぜ?」

 

 あの戦いの中、ソコまで気が付いた田中は流石だ。だが、他の面子はお前程丈夫ではないと思うよ?

 

「だからってこうも煙くちゃ戦いどころじゃねぇ」

 

 咳き込みながらラザルードさんが言い返す。

 それもそのはず、虫が引くほどの煙では人間だって打って出ることは不可能なのだ。

 

 だとしたら煙が引けばまた大岩蟷螂(ザルディネフェロ)は襲って来るだけだ、何も解決していない事になる。

 皆その事に気が付いていた。それだけに追い払った喜びよりも訪れた空白の不安が大きい、奴等はまた来ると。

 だが、俺の計算では追加の絶望が来る。

 対処不能の絶望にはどうするか?

 

 絶望には絶望をぶつけるのだ!

 

 青い顔をして絶望を噛みしめる彼らの前、俺は颯爽と舞い降りた。

 

「被害は!?」

「ゴホッ、喘息患者が一名だ!」

 

 ラザルードさんの愚痴は無視。元気あるじゃん?

 

「無事なようですね、何よりです」

 

 死者は無し。望外の状況だ、一人か二人は死ぬかと思っていた。

 なのに気にくわないと文句を付ける馬鹿な村人がいる。

 

「村ぁぶっ壊してどーするつもりだ!」

「死ぬよりはマシでしょう」

 

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の餌かホームレスの二択。お前は餌派か?

 彼らもソレは解っている。解っていても希望が見えないから苛立っているのだ。

 だったら俺が絶望を教えてやる。その先に希望があるのだから。

 宣教師になったつもりで、俺は村人に祈りを請う。後は祈ることしか出来ないからだ。

 

「皆さん、後は我らの神が天から舞い降りるのを祈るだけです」

 

 俺は一段高い所に立ち、両手を掲げて天を仰ぐ。両手を合わせて祈りを上げる。

 神々しいまでに美しいだろう? 神様お墨付きの体だ! 泣けよ!

 

 実際に、感極まって泣きじゃくる村人達。そんな中で田中だけはつまらなそうに舌打ちをした。

 

「オイオイここへ来て神頼みかよ!」

 

 苛立ち混じりの罵声が飛んでくる。こっちは神に(すが)る幼気な少女だよ? それは無いんじゃない?

 お前だって神を見ただろうに、罰が当たるぜ? 俺もアイツを信じてないけどな!

 俺の神は別に居る! 後は祈れば良いのさ。

 

「行けませんか? 神は平等です、誰の元へも訪れる。祈りの一つでその確率が上がると言うなら安い物です」

「チッ、どの神に祈ったってご利益はねぇと思うがな」

「我らが祈る神は、女神セイリンでも、ましてや森の妖精でも有りません」

 

 では何に? そう呟く誰かの声は、他の誰かの悲鳴にかき消された。

 

 俺が信じるのは神をも欺き死へと誘う『偶然』だ! それがいよいよおいでなすった!

 

 急に日差しが陰り、辺りが暗くなったのだ。まだ日の入りには早い時間。

 俺以外、皆、一斉に空を見上げた。見上げなくても、俺だけはそこにあるモノを知っている。

 

 ……空を蠢く無数の影!

 

「時が来ました」

 

 俺は滔々と語る。神話の一節の様に。

 もったえぶった動作で天を指差し、宣言する。

 

「あれこそが我らが神、恐鳥(リコイ)の群れ!」

 

 ああ! 絶望だけは俺を裏切らない!

 笑顔が内側から溢れるのが解る。新たな絶望が村を襲う。ホラ! 笑えよ!

 

 マヌケ面を曝す村人に、俺は笑いが止まらなかった。



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キチキチプリンセス4

 恐鳥(リコイ)とは何か?

 

 一言で言うと、巨大な鳥である。

 巨大なカマキリが居るんだから、巨大な鳥だって当然居る。

 そんなモノが、空を覆い尽くすほどに飛来したらどうなるか?

 

「皆さん! 家に隠れて! 今すぐ」

 

 メチャクチャヤベーって事だ。

 思い通りに行かない事だらけの人生だが、常に最悪が来ると仮定すれば、その予想は全て当たった。

 恐鳥(リコイ)の襲来に至っては若干気持ち良くなって、芝居がかった中二病が発動し恥ずかしい限り。

 本当は即座に家に隠れるべきだったのだが、どうしたってドヤ顔を披露したいと言う、危険な承認欲求を抑える事が出来なかった。

 

 恐鳥(リコイ)の襲来、それはありうる限りの最悪事として常に頭の片隅には有った。

 エルフは魔獣を間引いて大量発生が起こらぬようにしているが、それでも人里離れた僻地となれば防ぎようが無い時もある。

 そんな僻地に、無数の恐鳥(リコイ)が飛来する様子は度々確認されている。

 地球でも、イナゴが大量発生したと思ったら、どこからともなく鳥の大群が現れてイナゴを食い尽くしていった……なんて話を聞いたことがあるが、近い事が起こっていたのではないだろうか?

 そんな大量の巨大な鳥たちが、普段はどうやってエネルギーを賄っているのか? 想像に過ぎないが、魔力が濃い場所に留まり、大気中の魔力を糧にしているのではないだろうか?

 魔獣の体は巨大だが、ソレを賄うだけの餌が広大な大森林とは言え早々転がっているとは思えない。

 思えばエルフだって、体格の割にかなりの小食であった。

 

 そこへもってきて帝国が大森林のど真ん中、魔力を阻害する霧をブン撒いた。

 するとどうなるか? 俺達が倒した大牙猪(ザルギルゴール)みたいに、霧を嫌がり逃げ出すはぐれ個体が現れる。

 

 いや、翼を持つ鳥であれば、はぐれ個体も何も無い。屁をこいた奴から逃げる様に、気軽に霧の範囲から一斉に逃げ出すのは想像に難くない。

 

 だとすれば何処へ逃げるか? 一番怪しいのは魔力が多い場所だが、大森林の奥程に魔力に溢れた場所など中々無い。

 

 だったら他に行く場所は?

 餌が豊富に有る所だろう!

 そしてその餌がココには無数に有る。

 

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)だ!

 

 奴らは必ず現れる。厄介事を招く事に関しちゃ俺の『偶然』は本当に頼りになるのだ、毒を以て毒を制す! これしか無い! そう思っていた。

 

 ――ドードードードー

 

 聞こえてくるのは恐鳥(リコイ)どもの無数の鳴き声。

 このドードー鳴いてるのは確かドーガーと言う恐鳥(リコイ)の一種だった筈。デカいのだと家と同じぐらいのサイズがある。

 そんなのが大量に空から飛来する様は悪夢でしかない。

 空に蓋をするように、羽毛布団がのし掛かってくるような圧迫感と違和感。

 空気すらジットリと重く感じ、遠近感が壊れ、自分が小さくなったような錯覚を覚える。

 よく見れば俺が昔ムシャムシャ美味しく頂いたドードー鳥にそっくりだ。

 こんなモン、よく見りゃ完全に魔獣じゃネーか! こんなの喰うヤツはどうかしてる!

 

 問題は今度は俺が喰われる番ってこった。

 

「窓も! 全部閉めて! 補強してください!」

 

 一緒くたになって、丈夫そうな一軒家に滑り込んだのはラザルードさんと、サンドラさん、エルフの男が二人と、そして田中だ。

 田中の奴、護衛として職務に忠実で感心しちゃうね。その活躍ぶりもちょっと頭のネジを疑うレベルだ、適当に剣を持ってぐるりと回ったと思ったら、周りの幼体がバラバラと斬れて行くのは最早笑うしか無いだろう。

 挙句、成体の大岩蟷螂(ザルディネフェロ)と力比べをして遊んでるのには呆れ返った、どんだけ馬鹿なのかと問い詰めたくなる。

 まぁ本人は必死だったのかも知れんが、人間の範疇のギリギリ外に居るんじゃ無いか?

 

 何にせよ、全ての予想は当たった、後は事態がどう収まるかだ。俺達が恐鳥(リコイ)の腹に収まるって展開だけはなんとか回避したい。

 心の中で上手い事言った気になっていた俺に、食って掛かるのはラザルードさんだ。

 

「何だあの鳥どもの大群は!」

恐鳥(リコイ)です、知りませんか?」

「あんな大群見た事ねぇぞ!」

「あれだけ餌が有るのですから、大森林中の恐鳥(リコイ)が群がるのも道理でしょう」

「こうなる事まで解ってたってのか?」

「一つ、餌となる大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の大群、一つ、恐鳥(リコイ)の群れが居る大森林で使われた帝国の秘密兵器、一つ、私が派手に上げた狼煙、こうなる可能性は十分に有りました」

「てめぇ! 正気か? 俺達まで食われちまうぞ!」

 

 ――あーぐだぐだうっさいなぁ、俺は笑顔でラザルードのおっさんに近づくと、トンッとその胸に人差し指を突き付ける。

 

「虫に食われるか、鳥に食われるか。それだけの違いでしょう?」

 

 ニヤリと我ながら凶悪な笑顔で睨み返してやると、ラザルードさんは滑稽な程仰け反った。

 

「……狂ってやがる」

恐鳥(リコイ)はその活動範囲が広い、大岩蟷螂(ザルディネフェロ)と違い森の全てを根こそぎ食べる前に他へ移動します」

「何が言いたい」

恐鳥(リコイ)達が満足し、この村を離れれば、取り敢えず危機は去ったと言えるでしょう」

 

 とは言え俺もそこまで事が上手く運ぶとは思っていない。だがそんな時でも楽しそうな男が一人。

 田中だ。

 

「だったら鳥共に、俺たちゃ簡単に食えねぇぞって教えてやりゃー良い訳か?」

「はい、その通りです」

 

 田中の言葉に、俺は頷く。流石物分かりが良くて助かるね。お前が食われて、どうぞ!

 

「で? 何かやる事はあんのかよ?」

 

 ラザルードさんもなんだかんだ肝が据わっている、やるべき事を探し始めた。

 ……いや、真っ先に慌てたふりをして質問を重ね、周囲に状況を把握させる。そんな道化を演じる事で場を収めたとしたら、流石は熟練の冒険者と言った所か?

 

「特にやる事は有りません、家の中で休息、ただし警戒は怠らない様に」

「どういうこ……」

 

 ――ズガァアン

 

 ラザルードさんの言葉は家を揺らす轟音に遮られ、悲鳴と怒号が巻き起こる。

 

「何が起こった!」

 

 誰かが叫ぶも答える声は無い、いや、唯一田中だけがその正体を見切っていた。

 

「居るな」

 

 天井を見上げ呟く、そうか、屋根に恐鳥(リコイ)が止まったのだ! その体重で家が軋む。

 

「どうするよ? 姫様?」

「皆さん! 柱の側に! 家が崩れるかも知れません!」

「だな、ほらコッチに来い!」

 

 田中が恐慌に陥ったエルフ二人の襟を引き摺り、内壁まで引っ張った。思わず柱と言ったがこの家は壁で支える構造、それ故内壁の辺りが最も丈夫と思われた。

 

 ――ゴォンガァァン、グギャードードーキィィィ

 

 家の中央で肩を寄せ合った俺達だが、外からは物騒な音が繰り返されている。家を叩く音、恐鳥(リコイ)の鳴き声、大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の悲鳴。

 休めなど言ったが、これで休める奴はそれこそネジが飛んでいる。

 

「クソッ何時までこうしてりゃ良い?」

「スース――」

 

 愚痴るラザルードさんに皮肉の一つも返そうと見返せば、穏やかな寝息を立てる田中が視界に映った。

 ……居たぁ! 飛んでる奴居たぁ!

 

「チッ、コイツも大概イカレてやがる」

「……それは間違い無いでしょう、人間にはこれほどの戦士が居るのですね」

「んな訳ねぇだろ、こんなのは例外だ! 例外! 人間なのかも疑わしいね」

 

 ……だよな。神も大概はっちゃけ過ぎだろうよ。

 大半の村人は、不安を隠さず十二の俺に縋り付く有様なのだから。

 

「姫さまよぉ、おらたちはココで化け物に食われて死ぬんだか?」

「……サンドラさん、それは私にも解りません。後はこの家が保つ事を祈りましょう」

 

 おいちゃんも不安になっている。今やる事は気配を消して家の中でジッとする事だけだ。

 

 それ程長い時間を待たず、辺りは静かになる。しかしその静寂は事態の解決を意味して居なかった。



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グリフォン襲来

 ……静かになった。

 

 外はどうなった? この粗末なログハウスが保ってくれたのは僥倖(ぎょうこう)だったが、非戦闘員を詰め込んだ村長の宅の様子が知りたい。

 

「どうなった?」

恐鳥(リコイ)達は消えたのか?」

 

 部屋の中は締め切って真っ暗だ、誰かの声がするが、答える者は居ない、誰にも外の様子は解らない。

 

「魔法で何か解るか?」

「いえ、時折大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の悲鳴が聞こえてきますが、それだけです。死にかけの個体が呻き続けて居るのでしょう」

「そうか」

 

 恐鳥(リコイ)の鳴き声はもう聞こえてこない。だが、息を潜めている可能性は有る。

 俺は縋り付く村人を遠ざけ魔法を使ったが、部屋の中央に寄り添う状況では限度があった。

 健康値に減衰されて集音の魔法の精度が甘い。

 

「窓、開けるか?」

「そうですね、『我、望む、ささやかなる光珠よ』」

 

 俺は小さな蛍火を部屋に浮かべた。真っ暗な部屋ならこれで十分、そろそろ俺の魔力切れが近いってのもあって、省エネ運転だ。

 田中は木窓の閂を外すと、深呼吸を一つ。

 

「行くぞ!」

 

 取手に手を掛け、一息に開け放つ。

 

 ……開かれた窓の先に有ったのは、ただただ黒い円だった。

 

 その黒い円が、巨大な目で有る事に気が付くのに、その場の全員が一瞬の時間を必要としてしまった。

 

 ――ドッドードードー

 

「閉めて! 早く!」

 

 叫んだものの遅い、恐鳥ドーガーの嘴が窓枠に差し込まれ、抉る様に壁を壊して行く。

 

「離れろ! オラ!」

「どいて下さい!『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

 田中が剣の鞘ごと、その巨大な嘴に叩き付けるがビクともしない。俺は呪文を唱えその嘴の中を狙う。

 

「オラッ!」

 

 それを見た田中が嘴の隙間に剣の鞘を突っ込むと、俺はそうして出来た嘴の隙間に、すかさず魔法の矢を放つ。

 

 ――シュッ、ブシュッッ

 ――ギキィィィーーー

 

 湿った破裂音、今までの低い鳴き声とは打って変わった、甲高いドーガーの悲鳴。

 恐鳥(リコイ)は空を飛ぶ為か、他の魔獣よりは軽く脆い、口の中を狙った一撃は上手く行けば致命傷。

 

「行くぜ!」

 

 だからと言って躊躇なく窓から追撃に飛び出す田中の行動は、どう考えたって真似出来そうにない。

 その姿を見失わんと、窓から身を乗り出す。

 

 

 ……雪?

 

 すっかり様変わりした村の姿に愕然とする。

 外は真っ白に染まっていた。現実感が伴わないその光景に俺の頭まで真っ白になる。

 しかし、幻想的で美しいと感じたのも数瞬、その思考は酷い悪臭によって引き戻された。

 

「コレは……雪では無く、フンですか」

 

 村全体が鳥小屋に突っ込んだ様な物、その独特の匂いは気持ちが良い物では無い。それでも哺乳類の糞に比べれば大分マシな匂いでは有るのだが……

 

 ――ドッドー、ギ、ギィィィ

 

 我に返って田中を見れば、ドーガーの翼と嘴を掻い潜り、剣の一振りでその喉を掻っ切る所だった。

 

 仰け反り倒れる恐鳥(リコイ)、その衝撃で吹き飛ぶ白い液体、それとコントラストを成す剣を構える黒尽くめの剣士。

 この悪臭さえ無ければ! これが糞でさえ無ければ!

 きっと、名画として飾って置きたい位の惚れ惚れするほどのワンシーン。

 もしコレを描くなら、作家もしくは扱う画商は『雪原での死闘』などとタイトルを偽装する必要が有るだろう。

 俺は興奮気味に窓越しに声を掛ける。

 

「お見事でした! ご苦労様です」

「ありがとよ、だが糞(まみ)れだ」

 

 うん、うん。嬉しいねぇ。

 なんでって? 前世では鳥の糞の餌食になるのは俺ばっかりだったのだから、田中もその分のウンを蓄えような、強く生きて欲しい。

 

「外の様子は? 恐鳥(リコイ)はどの位居ますか?」

「見える範囲にゃいねーな、村長の家も壊されちゃいないみてーだ」

 

 蜘蛛の子を散らす様に逃げた大岩蟷螂(ザルディネフェロ)を追って行ったか?

 ジッとしていても仕方が無い、外に出て様子を窺いたいが、魔力の方が心許ない。矢に至っては残り一本だ。

 

「皆で外に出ましょう、村の様子を確かめなくては」

 

 ……申し訳無いが、最悪皆には盾になって貰う。

 田中も、ラザルードさんもサンドラのおいちゃんも、ハーフエルフの二人だって殺したい訳じゃ無いが……もう何が起こるかは俺にも全く予想が付かない。

 

 家を出た一同は、数刻で白く染まった村の景色に絶句していた。

 

「雪景色ならぬ糞景色たぁな」

 

 ラザルードさんの悪態もキレッキレだ、サンドラさんもこの悪臭には参ったようで。

 

「クッせぇんだ、鳥の糞は肥料にでければ、ええ肥料になるんだべが」

「そうなのです?」

「んだども、村ん中じぁ臭ぁてかなわんべ」

 

 そりゃそうか、掃除が一大事だなこりゃ。

 

「穴さ掘って埋めるしかないっぺ」

「あっ! ちょっと!」

 

 そう言ってスコップ片手にサンドラさんは広場へと駆けだしていく。それを危ないと止めようとしたその時だ。

 

 ――ビィィィィィ

 

 どこからか低い笛の音が鳴った。その正体が何かと考える間もなく大きな影が俺達を追い越すと、サンドラのおいちゃんが空高く舞い上がる。

 

 ――ギャァァァァーーー

 

 おいちゃんの悲鳴、その肩には深々と鳥類の足の爪が突き刺さっている。だがその正体は先程倒した恐鳥(リコイ)では無い。

 

 その正体は妖獣。魔力で突然変異した最悪のバケモノだ。

 様々な動物の特徴をごった煮した、いわばキメラ。一口に妖獣と言えど、突然変異の産物なので決まった姿を持たない、コイツ等ばかりはエルフの百科事典でもその種類を網羅出来ていた訳では無かった。

 

 でも、俺はコイツを知っている。ファンタジーでコイツが出ない物語の方が少ない、それぐらいメジャーな化け物に其れは似ていた。

 

「グリフォンかよ!」

 

 田中が叫んだ。そう、その妖獣は鷲の上半身とネコ科の下半身を持っていた。正しくファンタジーの定番生物である、グリフォンとしか思えぬ姿を空に浮かべて悠然と飛んでいる。

 平時なら感動し、その姿を目に焼き付けようとしただろう。

 だがそれも、その鷲の前足でサンドラさんを空高く持ち上げていなければだ。

 

「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

 残りの矢は一本、外せばサンドラさんは持ってかれるし、当たってもこの高さから落ちて無事では済まない。

 でも俺には回復魔法が有る。怪我は治せばいい、だがグリフォンに連れて行かれたらあるのは確実は死だ。

 

「ハァハァハァ」

 

 短い呼吸を繰り返しながら狙いを定める、魔力切れが近い、目が霞む。

 

 ――シュッ!―――ビシィ

 

 ――ビィービィィィィ

 

 それでも俺は、かなりの魔力を矢に込めた。その甲斐あって放った矢はグリフォンの前足に見事命中する。

 しかし、その前足を吹っ飛ばすつもりの一矢は血を流す事に成功したものの致命的な一撃とはならなかった。どうやら見た目以上に固いらしい。

 それでもサンドラさんを取り返すと言う目標は達した、痛みに怯んでその前足の力を緩めたのだ。

 

 ……だが。

 

「ギャアアァァァァ」

「クソッ!」

 

 サンドラさんの悲鳴と田中の罵声が重なる。

 飛んでいるグリフォンから解放されても結果は上空からの落下、とは言えサンドラさんの抵抗の甲斐あってまだ6メートル程度の高さ、打ち所が悪く無ければ、回復魔法を使えばまだ間に合う。

 俺はサンドラさんの元に駆け付けるべく走り出す。

 

「オイ、待て!」

 

 その俺の肩を掴んで引き寄せる者が居た、田中だ。

 

「何です? すぐに治療しないと手遅れになります!」

「よく見ろ! ありゃあ罠だ」

「罠?」

 

 指差す先は苦しむサンドラさん、今すぐ治療しないと!……いや。

 

「広場に落とした、それが敢えてだと言うのです?」

「物分かりが良くて助かるぜ、あそこなら邪魔な障害物が無い、空から襲い放題だ」

 

 まさかあの鳥頭にそんな知能が? しかし相手は妖獣だ、その知能だって見た目通りと限らない。

 

「俺の故郷の言い伝えで聞いた魔獣にそっくりだ、空を飛び高い知能を持つグリフォンって伝説のな」

 

 確かにそう言う作品も多かった、それにしたって……

 

「じゃあ、サンドラさんは見殺しですか?」

「そうは言ってねぇが、姫様、残りの矢は?」

「ありません、魔力も心許ないです」

「そう言や顔色がわりぃな、大丈夫か?」

 

 俺は無遠慮におでこを触る田中を無言で押しのけ、必死に無事をアピールするが、大きな魔法は使えない程度に疲弊している。回復魔法がギリギリ使えるかどうかだ。

 

 ――打つ手が無い!

 

 そうこうしている間にもサンドラさんの悲鳴は弱々しい物に変わって行く。

 

 田中の言葉を証明するかのように、広場を睥睨するようにグリフォンが上空を旋回していた。

 



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グリフォンを撃退せよ!

「クソッ! どうにもならねぇのかよ」

 

 焦りを含んだ田中の呟き、それはそうだ、目の前でサンドラさんが死のうとしている。だけど俺達はそれを指を咥えて見ている事しか出来ないのだ。

 広場の真ん中で苦しむサンドラさんは上空から投げ落とされ、大怪我でのたうち回って苦しんでる。

 だが、助けには行けない! ヤツが上空から俺達の出方を窺っているからだ。

 その目には確かな知性。恐鳥(リコイ)の群れもヤツが率いているに違いない。

 もう田中の言う事を信じよう。コレは罠だ! 助けに行けばたちまち上空から襲い掛かって来るに違いない。

 

 居るハズが無い空想上の幻想生物。なのにそれが目の前に居る!

 

 グリフォンだ! グリフォンがこの広場を監視するように旋回している。障害物が無い広場のど真ん中、あの質量にぶちかまされたら命は無い。

 

「俺に任せときな」

 

 膠着すると思われた状況で声を上げたのはラザルードさんだった。手にはソノアール村で見た、あの大弓が有る。

 そうだ、ラザルードさんの本来の得物はこの大弓。

 

「今撃ち落としてやる」

 

 引き絞られた弦はギリギリと低い音を立て、(つが)えられた矢は太く大きい。構えた両腕には血管が浮かび上がり、見た目通り、いやそれ以上の強弓だと言うのが窺い知れた。

 

 フゥーーーー

 

 息を吐きゆっくり狙いを付けていく。巨大な体を持つグリフォンだが飛ぶ相手に当てるのは並大抵ではない。ましてやラザルードさんは魔法を使えない、俺の様に魔法で狙いを補正したり出来ないので、弾道だって計算しなければならない。

 

 ――ビィィィイン

 

「クソッ!」

 

 放たれた矢はグリフォンの尻尾をかすめて行く、やはり飛んでいる相手に当てるのは難しいのだ、めげずにラザルードさんは二矢目を番える。

 

 フゥーーーー

 

 ――ビィィィイン

 

「やったか!」

 

 今度こそ矢はグリフォンへと突き刺さる軌道を取った、……そして。

 

「嘘だろ! 弾きやがった」

 

 グリフォンはその後ろ足で矢を蹴とばして見せた、完全に見切られている。

 

「なんて野郎だ、俺の弓が効かないだと!」

 

 ラザルードさんは呆然と呟く、恐らく自分の弓に絶対的な自信があったのだろう。しかし相手は彼の経験に無い様な化け物だった。

 となると、そんな化物との戦闘経験が有るのは田中だけだ。

 

「見切られてるな、それにまともに当たった所で効くかどうかは解んねぇぞ」

「んだと!」

「俺が妖獣殺しと言われてる事は知ってるだろ? かなり近距離でボウガンのボルトを命中させても大して効果が無かったんだよ」

「じゃあ、見本を見せやがれ! 妖獣殺しサマよぉ」

「俺がやったのだって、これほどの大きさじゃ無かった。それに俺を殺す事しか考えられないぐらいの脳足りんだったから、どうとでもやれたんだ、しかしアイツは……」

 

 見上げると悠々と飛ぶグリフォンの姿が見える。いや、余裕なのか俺達が見つめる中、悠然と広場を見渡せる屋根の上に止まった。

 狙って見せろと誘うような、その目には明らかに知性の色が有る。

 

「憎たらしい野郎だ、こっちを見下していやがる」

 

 田中の声にも悔しさが滲むが彼には攻撃手段が無い。対して手段が有っても効果が出せないラザルードさんは怒りが抑えられない様だ。

 

「舐め腐りやがって、今度こそぶち抜いてやる!」

 

 目を充血させ、顔まで赤くし怒り狂ってるがこれでは相手の思う壺だ。

 

「待って下さい、これが最後のチャンスかも知れません、ラザルードさんの矢に私の魔法を載せましょう」

「……んな事、出来んのか?」

 

 俺の提案は一か八かの物、しかし今はそれに賭けるしかない。

 

「私に呼吸を合わせて下さい、それで魔力が載ります」

「呼吸を? それだけで良いのか?」

「はい、矢を番えて、準備が出来たら合図をします。それから矢を放って下さい」

 

 ラザルードさんには膝立ちで弓を構えて貰い、俺がその背中に覆いかぶさるように圧し掛かる。

 呼吸と心音を合わせて魔力を載せる。田中とだって出来たんだ、ラザルードさんとも出来る筈。

 

 フゥーーーー

 二人で大きな深呼吸。そしてギリリと強弓が引き絞られる音。

 ……だが。

 

「オイ! まだか!」

「まだ! まだです!」

 

 しかし駄目! 魔力が載らない! 思えばサンドラさんも田中も俺を受け入れてくれていた、それに引き換え俺とラザルードさんにそこまでの信頼関係は無い。ましてや今のラザルードさんは興奮し、怒り狂っている。

 今も、狙いを付けるグリフォンが屋根の上、その後ろ足で頭を搔いているのが見える。完全にこちらを挑発しているのだ、これで冷静になどなれる訳は無い。

 

「いつまでだ! いつまでこうしてりゃー良い!」

 

 ラザルードさんの怒号。そりゃそうだ、こんな強弓、引き続けるだけで力が要る。

 

 ……どうする? どうするんだ? 海千の冒険者の心を一瞬で開く方法なんて俺には無い。

 

 いや、俺には前世の記憶が、人を誑かして生きて来たプリルラさんの記憶がある。

 俺の精神が削られる思いで気が進まないが、会議を纏めた時に続いて彼女の力を借りるしか無いだろう。

 

 プリルラ先生! やっちゃって下さい!

 

 参照権でプリルラの意識を掘り返していく。俺の中にしたたかな少女プリルラの記憶がゆっくりと染み込んで行く。

 

 ……

 …………

 ………………いや、マジか? マジなのか?

 

「オイ! もう良いか! 放つぞ!」

 

 いきり立つラザルードさんの顔は真っ赤で、その首にまで血管が浮いている。だがあろう事か、俺はその首に腕を回した。

 

「何考えてやがる! 馬鹿かてめ……」

 

 そして罵声を吐き出すその唇に人差し指を押し当てる。

 

「そんなに怒らないの、ほら深呼吸して」

「あ?」

「ほら深呼吸、ぐずぐずしないの!」

「あ、ああ」

 

 ラザルードさんは呆けた顔で、それでもゆっくりと呼吸を繰り返す。

 

「良い子ね、そのままゆっくりと私と呼吸を合わせて」

「お、おう」

「良いわ、その調子、そして呼吸だけじゃ無くて。気持ちと心も、ゆっくりと寄り添わせるの」

「心を?」

 

 訳が解らないと言った顔で振り向くラザルードさんを無視して、ギュッとその首を抱きしめる。

 

「気持ちと心を重ね合わせるの、とっても気持ちが良いのよ」

「…………」

 

 そして、魔力が同調していく。

 

「そう、その調子。偉いわ」

 

 俺は優しくラザルードさんに微笑みかける、慈愛を感じさせる笑顔って奴だ。

 

 ……厳つい冒険者のオッサンの心をどうやって開くのか?

 プリルラ先生の選択は、まさかまさかのお姉さんキャラである。

 歳で言うと一回りどころか二回りは違うラザルードさんに、堂々たるやお姉さんキャラである。

 プリルラ先生だって『偶然』の魂持ちだったから、僅か14で死んでいる。それでいてお姉さんキャラどころか、お母さんキャラまで手持ちに有るのだから闇を感じざるを得ない。

 

 今の俺、間違いなく出てるな。

 ――バブみって奴がよ!

 

「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 

 ありったけの魔力をこの一撃に込める、魔力が通じあった今ならラザルードさんが矢を放つタイミングだって解るのだ。

 

 ギリギリと弦が絞られる音、ラザルードさんと俺の呼吸、それらの音が全て同じタイミングで鳴り止んだ!

 

 ――今だ!

 

 ――ギュォォォォォォォン!!

 

 聞いた事も無い弦と矢羽の風切り音を轟かせ、その渾身の一矢は屋根の上のグリフォンを貫いた。



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戦いの行方

 ――パァァァン

 

 ――ピィィィィーーーー

 

 矢が命中し弾ける音、続いて甲高いグリフォンの悲鳴。

 図太い矢が眼にも止まらぬ速度でかっ飛んで、グリフォンが居た場所を貫くと、バッと白い物が舞った。ただし今度は糞では無い、グリフォンの羽毛だ。

 

「当たった! ぶち抜いたぜ!」

 

 ラザルードさんの喝采が上がると同時、グリフォンが屋根の上から転がり落ちて、茂みの中に埋まった。

 これで脅威は去ったと思って良いだろう。俺はサンドラさんを回復させようと広場に走った。

 ――しかし、再び田中が、俺の手を掴んで止める。

 

「待て!」

「なんです? 早くしないとサンドラさんが!」

「奴はまだ生きてる!」

 

 ……? いや生きてるんだから治さないと、……え?

 

「アイツ躱しやがった、まだ死んでねぇ」

 

 グリフォンか? グリフォンがまだ生きている? じゃあ、あの羽毛はなんだ? 当たったんだろう?

 

「羽だ、アイツ自分で転がって直撃を避けやがった。翼をぶち抜いたがまだ死んじゃいない」

 

 見えたのか? あの矢が当たる瞬間を。それがどこに当たったかまで?

 何と言う動体視力!

 

「ラザルード! もう一発だ! 魔力は良い、あの茂みに放て!」

「わーったよ! 俺はてめぇの部下じゃねぇ!」

 

 そう言いつつもラザルードさんは既にギリギリと矢を番えていた。

 

 ――ビィィィイン

 

 放たれた矢は正確に広場の向こう、茂みの中へと突き刺さり、ガサガサと葉を揺らした。

 ……いや、茂みを揺らすのは矢だけではない様だ。

 

「生きてやがんのかよ!」

 

 グリフォンは茂みから飛び出すと、広場を隔てた反対側の通りに陣取った。俺達を睨みつけて居るのが見える。その羽は血に濡れ、魔獣の回復力を持ってしても、しばらく飛べはしないだろう。

 

「クソッ! オイ! 妖獣殺し! 名前負けしてねぇ所を見せやがれ!」

「言われるまでもねぇ! 行くぞ」

 

 そう言って駆け出す田中の袖を、今度は俺が引っ張った。

 両手で握り、両足で突っ張って、それでもズルズル引きずられる。

 

「待って!」

「何だ!?」

「逃げてく!」

 

 俺達の視線の先、グリフォンは俺達を一睨みしてからゆっくりと踵を返すと、村の外へと駆けだした。

 

「逃げたのか?」

「賢い魔獣の様ですから、命の危険がある狩りはしないと言う事でしょう」

「人間様に恐れをなしたって訳だ」

 

 茶々を入れるラザルードさんも内心じゃホッとしているに違いない。奴が命懸けで挑んで来たら倒れていたのは果たしてどちらか?

 

 ――ピィィィィィィィ

 

 村の外へと駆け抜けるグリフォンが一際高い鳴き声を上げた。これは悲鳴か? 本当に奴は悲鳴を上げ、無様に逃げ帰ったと言うのか?

 

 その時、ザァァっと村の周囲の森がざわめくと、何かが一斉に舞い上がる。

 ――恐鳥(リコイ)だ。

 

恐鳥(リコイ)達が飛んでいく」

 

 俺の呟きは風に溶け、空には巨大な影が乱れ舞い。グリフォンが逃げた方角へゆっくりと飛んで行く。

 

「あいつが群れのボスだったってのか?」

 

 ……田中の問いに答える者は居ない、だがそうなのだろう。だとしたら見逃されたのは俺たちの方か。

 

「そうだ! サンドラさんを助けないと」

 

 今度こそ俺は広場の中心で待つサンドラさんへと駆け出した、しかし俺の体力、魔力はすでに限界。ふら付く足でヨタヨタと走った。

 

「……ひ、姫さまぁ」

「喋らないで!」

 

 サンドラさんの横に腰を折るがその様子は酷い。足から着地出来たのは不幸中の幸いだが、その分足の骨は砕け、腰も打ち付け骨折している。

 上半身だって無事では無い、巨大な鷲の前足で潰された肩は血(まみ)れになっていた。

 俺は必死に呪文を唱える。

 

「『我、望む、汝に眠る命の輝きと生の息吹よ、……生の息吹を!』」

 

 駄目だ! 魔力が足りない、魔力が載らない!

 

「姫さま、アイツに伝えてくだせぇ、テイラーに……愛してるってよ」

「諦めないで! 諦めないで下さい!」

 

 俺は必死に叫び、サンドラさんの手を握る。しかし、その手は冷たく力は弱い。

 サンドラさんはゆっくりと目を閉じ、握っていた手がガクリと落ちる。

 ……死んだ? いや気絶しただけだ!

 

「『我、望む、汝に眠る命…いの、ちを』」

 

 駄目だ! 魔力が無い、胸が痛い、目が霞む。

 

「オイ! ソレ使って良いか?」

 

 横から田中が口を出してくるが、コイツは完全に門外漢だ。今だけは口を出さずに黙っていて欲しかった。

 

 ――ソレ?

 

 田中は俺の胸元を指差している、……あ。

 

「良いんだな? 貸せ! 『開け』」

 

 田中は俺の胸元のブローチを外すとサンドラさんに押し当てコマンドを唱える。

 そうだ、俺はどんな間抜けだ。俺はセレナのブローチに他者回復の魔法を込めていた。田中の手の中のブローチから淡い燐光が溢れ、ゆっくりとサンドラさんの体に染みて行く、気絶していれば抵抗も多くは無いだろう。

 

「良かった、これで一命は取り留めるでしょう」

「そうかよ、物忘れも程々にな」

「ぐっ」

「冗談だ! 姫様は休んでろ」

 

 確かに参照権頼みで記憶力がお留守になっている。

 いや、それだけじゃない。他人の記憶が一気に流れ込んでくる所為で時間の感覚がおかしくなっているんだ。覚えていた事もところてんの様に後から後から押し流されてしまう。

 忘れても好きに思い出せるのが参照権。とは言えとっさの対処が遅れる可能性がありそうだった。

 

 だが、危機は去った。後はしっかり休んでから、サンドラさんの完治に努めるだけだ。俺は少し気を抜いて辺りを見回すと、同じ様に村を眺めていたラザルードさんと目が合った。

 

「しっかし酷い有様だな」

 

 ラザルードさんの言う事も最も、村は糞濡れ、家も柵も壊れた。

 ……いや、家も柵も壊したのは俺だが、そりゃー仕方のない事だろう。一体復興にどれぐらい掛かるのやら。

 

「これだけ大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の死体が有るのですから、なにか売れる物は無いでしょうか?」

「ねぇよ、ゴミだゴミ、成体は兎も角、幼体の魔石の純度は低くて二束三文、使える部位も無い。成体の魔石がちょっとと、恐鳥(リコイ)の魔石や羽が売れるかって位だな」

「純度?」

「ああ、なんでも魔石を道具に加工すんのに純度が高く無いと使い物にならないんだとよ」

 

 ……いやいやいや、そんなものはさ。

 

「精製すれば宜しいのでは?」

「せいせい?」

「魔石から魔力の結晶だけを取り出すのです」

「んな事が……出来んのか?」

 

 ラザルードさんの間抜けな声に、俺は心の底から笑顔が溢れ、抑える事が出来無かった。



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戦いの報酬

 考えてみれば精製ってのは魔法の得意技。こればっかりは現代でも不可能な事が割とアッサリできるのだ。

 例えば空気から酸素だけを取り出したりだ、途轍もなく高度な事を、幼い頃の僅かな魔力値で実現していた。その要領で土から鉄や貴金属すら取り出す事もエルフ達は実現していた。

 

 碌な資源や鉱山が無くてもエルフの王国が資源不足に陥らない理由がコレだ。そして純度の高い魔石が大して価値が無い理由も同じ。

 ファンタジーで良く有る、巨大な魔獣を倒して良質な魔石を取るなんてのが無い。精製すれば魔力結晶は魔力結晶。

 

 大牙猪(ザルギルゴール)の魔石に価値があるってのものどちらかと言えばトロフィー的な要素が強い。

 ひき回しのベテランの家には巨大な魔石がゴロゴロしてるって訳だ。

 

 で、人間はどうやって精製する? 前世で金鉱の原石から、金を抽出するのにも途轍もない労力が掛かっていたと習った事が有る。

 ましてや、魔石の精製なんて出来ないとしたら? 純度が高い大型魔獣の魔石が高騰するのは自明。

 

 つまりエルフには大して価値が無い魔力結晶も、人間界では途轍もない価値があるとそう言う事か!

 

「魔石の精製は可能です。精製炉で精製し魔力結晶を取り出すのが一般的ですね」

「精製炉か、この村には……無さそうだな。お前らの都は帝国に占領されてると来たし」

 

 喜び一転、ラザルードさんは思案顔だ、どうやって精製炉を手に入れるかって心配だろう。

 だがその心配はご無用なのだ。

 

「精製、出来ますよ」

「は?」

「私は精製する魔法も使えます」

 

 ドヤ顔である。

 俺は大体の魔法を知っている。精製なんて炉で行う方が質も高いので魔法でなんて普通はやらない。しかし俺はあらゆる本に目を通し、その上、一通り試している。

 

「じゃあ、じゃあこの魔石を全部精製したらどの位になる?」

大牙猪(ザルギルゴール)の魔石十個分は下らない量の結晶が取れるでしょうね」

「マジか!」

「マジです!」

 

 再度のドヤ顔である。

 そんな俺の言葉に興奮するラザルードさんだが釘は刺しておく。

 

「ですが、覚えてますよね? あなた達の報酬は大牙猪(ザルギルゴール)の魔石ですよ?」

「……あ!」

 

 そう、俺はプリルラ先生のお力でそう言う方向に無理やり話を持って行った。今となってはナイス判断だったと言えるだろう。

 

「そうか……いや、しかしそれを売る必要があるよな? だとしたら……」

 

 ひとしきりブツブツと独り言を言うと、ラザルードさんは慌てて村長宅に駆けて行く。

 

「オイ! ザッカ! 相談だ」

 

 ゴンゴンとドアをノックするが、中から帰って来たのは盛大な悲鳴。

 

 ……そう言えばもう全部終わったって言って無かったな。

 

 何やら「俺は化け物じゃねぇぞ!」とか怒鳴っているが、そっちは勝手にやって欲しい。

 

「オイ、光らなくなったぞ」

 

 振り返ると田中が困った様子で「開け」「開け」と連呼している所だった。

 

「入れてあった魔法が切れたのでしょう、容体はどうです?」

「ん? ああ、脈も呼吸も安定した。医者じゃねぇから解らねぇが多分大丈夫だろ」

「良かった」

 

 これで一安心だ、田中からセレナのブローチを返してもらうと、どっと疲れが出たのか立って居られなくなったのだ。

 

 ……視界がゆっくりと暗くなって行く。

 久しく忘れていた、強制的に意識が遠ざかる感覚。ゆっくりと視界が暗転する。

 駄目だ、まだ寒い時期、こんな糞だらけで、臭くて不潔な所で寝たら……絶対に……病気なるのに……あ、おふとん、ちゃんとかけなきゃ……

 

「オイ、人のマントに勝手に包まるな!」

 

 暖かい春の教室で、田中が俺を呼ぶ。

 

 ――そんな夢を見た。

 

 

【田中視点】

 

俺は村の広場で途方に暮れていた。

 

 片手には傷だらけで気絶したオッサン。

 もう片手には勝手に俺のマントを毛布替わりに眠った少女。

 これはどんな状況か?

 

 瀕死なおっさんは勿論、今回も功労者となったこの少女を蹴とばし起こす事は俺の良心が許さない。

 

「どうしたもんかね」

 

 糞塗れの広場で、俺はしゃがみ込んだまま動けない。ため息も漏れると言うものだ。

 この不幸な少女はどれだけの業を背負ってここに居るのか、なにが少女をそこまで駆り立て、なぜ運命は彼女にこの様な試練を与えるのか。

 

「納得行かねぇ事だらけだ……」

 

 呟いても、答えてくれる者は誰も居ない、静かな白に染まった広場に、しゃがみ込んだ俺だけが黒かった。

 

「全く、早く村の連中を呼びやがれってんだ」

 

 独りごちるが、静かな寝息が二つ聞こえて来るだけだ。

 

「とう、さま、母様、兄様」

 

 だがその寝息が乱れ、苦し気な声に変わる。……ああ、またか、またこの少女はうなされているのか。

 この村に来た時、眠りこけた少女のそばで、初めてこの寝言を聞いた時は堪えた。

 コレを聞いてしまったが最後。帝国許すまじと鼻息も荒かった村人さえも消沈していた。

 

 家族が死んだ時の事は聞いた、忘れられないし忘れたくも無いのだろう。だがそこを曲げて全てを忘れて幸せに生きて欲しい……そんな村人達の気持ちも解ってしまう。

 

「エゴって奴なのかね」

 

 ぼやいた俺の腕を、少女がキツく握りしめる。

 腕に少女の爪が食い込むが、痛くない。

 痛いのは多分、腕じゃない。

 

「セレナ! セレナセレナセレナセレナセレナ」

 

 とりわけ、この少女が妹の名を呼ぶ時、一際酷くうなされるのだ。俺は少女の、ユマの頭を撫でながらゆっくりと語り掛ける。

 

「大丈夫だ、俺が、俺が居る」

 

 起きている時は生意気な少女で、こんな事を言うのは恥ずかしいが、うなされている時ぐらいは良いだろう。

 ……パパには失格みたいだが、このぐらいは良いはずだ。

 

 するとユマ姫は寝言で初めて。家族以外の、別の人間の名を言ったのだ。

 

「タ、ナカ」

 

 俺の名だ。言った、絶対に言った。

 

 嬉しかった。それがなぜ嬉しいのか解らない位に嬉しくて、踊り出しそうになるのを必死で堪えた。

 そうだ、俺は、俺がこの少女に家族として認められた気がして、それが嬉しかったのだ。

 

「タナカ……」

 

 今度こそ間違いない。この世界に飛ばされ、冒険者として長年生きて来たが。俺がこの少女の心を癒せたのだとしたら、それが一番嬉しい事かも知れない。

 ありふれた俺の苗字が、こんなに誇らしかった事は無い。

 

「ヒサ……」

 

 

 

 ……今、なんと言った?

 

 聞き間違いだ、なにせ、それを名乗った事など一度も無い。

 

「タナカ……」

 

 田中は俺の苗字だ。

 

 

「ヒサ……ユキ」

 

 そして、久幸は

 

 ……俺の名前だ!




どうしても主人公視点でやれない部分がある……


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エピローグ_改めてスフィールへ

 グリフォンを撃退した後、広場でぐっすり眠っちまった俺は、翌日村長宅のベッドで目を覚ました。

 正直アレだ、今世では気絶するように眠る事も、眠ってる間に運ばれる事も慣れてしまって、ちょっとやそっとじゃ一切起きないのな。

 結構危ない事な気がするが、今更どうしようも無いだろう。

 

 起きてからはまずはサンドラさんの治療だ、こればっかりはゆっくりやるしか無い。サンドラさんの健康値が高いとは言え、一気に健康値を削ってしまうのは危険だ。とは言え後遺症も無く治せそうで安心した。本当に回復魔法は凄い。

 

 残りの魔力は魔石の精製に費やした。この魔石精製の魔法がえらい量の魔力を食うのだ。

 そもそも魔石自体が魔法をろ過していた器官のためか、魔法の通りが悪いのが原因。

 だから精製炉は結構大掛かりな装置で、起動にもかなりの魔力が必要かつ制御も難しいとかで、精製士と言う専門家が行うのが普通だ。

 精製士を目指すには魔力値に200近い値が必要なので、魔力が高いものの戦いは苦手と言う輩が目指す仕事と言った所。

 

 こんな精製炉の代わりを魔法一つで行うのは非常に高度な技術が必要で、魔法制御は天才的と言われた俺が、制御に戸惑いながら長い時間をかけて小さい魔石一つを精製するのが関の山だった。

 

 しかし今の俺の魔力値、健康値はこうだ。

 

魔力値:362

健康値:38

 

 まぁ、流石に土地的に魔力が薄いのと、魔法の制御失敗とかで400越えから多少減っているが、それでも王都に居た当時の1.5倍はある。

 たかが1.5倍と侮るなかれ。

 王都時代の魔力で精製に時間が掛かっていたのは、魔石の抵抗力と俺の魔力値が拮抗していたから。

 今回はこの魔力の増加分が丸々時間の短縮に効いてくるはず。

 

 そんな俺の目論見通りに精製自体はスムーズに事は運んだ。だが流石に千近い量の魔石の精製は無茶が有った。

 皆が村中の糞の始末や、村の家や柵の修復に駆り出される中、俺はひたすらサンドラさんの治療と魔石の精製で一日が過ぎていく。

 魔力を吐き出すとその日は暇になってしまうので、初日こそ挨拶周りやら他の怪我人の治療なども行っていた。

 

 それでも三日目辺りでやる事も無くなり、村の中をブラブラする事にしたのだが。村は復興作業で手一杯、構ってくれる者は居なかった。

 サンドラさんがグリフォンから落とされてのたうち回った広場も、今は土木作業の真っ最中だ、村長の息子さんから元気よく号令が飛ぶ。

 

「よしっ! この村を人間とエルフの交流の拠点にするぞ!」

「「「おぉ!」」」

 

 アカン……完全に、森に住む者(ビジャ)じゃなくてエルフで定着しとる。呆然とする俺の頭に、誰かがポンと手を置いた。

 

「姫様の望み通りになったな、この村を起点に、エルフと人間の交流が始まるんだ」

 

 田中だ、キリッとした顔で良い話みたいに言っているが。一つだけ望み通りに行って無いだろう!

 

「えるふ……ですか……」

「ああ、精霊っぽい響きで、森を守る民として誇れる名前だとかで大好評だぜ?」

 

 うーん、ま……良いけどね? 俺のネーミングセンスが無いなんて解り切ってましたよ? うん傷付いてない、おれは無傷、ノーダメージ。

 

「なんで怒ってんだよ? 最高の結果だろ? ほら見ろよ」

 

 田中が指さす先では、ザッカさんと村のエルフたちが協力して材木を運んでいる。

 

「別に! 怒ってません」

 

 そんな俺に苦笑すると、田中は俺の頭をポンポンと二回叩いてから駆け出して行く。

 

「おい、手伝うぞ! 何を運ぶ?」

 

 そう言って皆に混ざると、制止を振り切って巨大な丸太を肩に担いでしまう。

 

「「「おぉーーー」」」

 

 そうして起こる喝采を白い眼で見ながら、俺は田中が叩いた頭をポリポリと搔いて今回の顛末について考える。

 なるたけ早く王都に付くのが目的を考えると掛かった日数は大きなマイナスだ、だがエルフと人間が仲良く出来ると言うモデルケースを作れた意味はそれ以上に大きいだろう。

 

 魔石は値崩れが起きないように少しずつ流通させる予定の様だ、現状だと村で魔石を精製する術は無いし、精製炉が有る様なエルフの都市がどうなってるかも解らない。

 だが、魔石が無くても二つの村の交流は続いて行くだろうな、いや続いて行って欲しいと願って止まない。

 

 田中が道を曲がった際に、丸太の端で長老の頭を殴打してしまい爆笑が起こる。田中は謝っているが、殴られた長老は元気にガミガミ怒っている、そんな光景を俺は目を細め眺めるのだった。

 

 結局、ハーフエルフの村ピルテには六日も滞在してしまった。村人みんなに惜しまれつつ、全員で見送ってくれた。

 エルフの村人には結局誰一人護衛に付いて貰っていない。単純に彼らでは戦力にならないのだ。それでも俺の『偶然』から身を守る盾には使えるだろう。

 

 だがそうはしたくない、この村の記憶は綺麗な物として取っておきたかった、最初に襲撃した六人組は最後まで一緒に行くと譲らなかったが、俺達の戦いぶりを見ていたので、足手纏いだと言うと結局は引いてくれた。

 

 そうして、俺達は村を出た。ソノアール村の住民やラザルードさんも一緒だ。

 

「帰ったら畑仕事が大変だぁ、テイラーの奴にも心配させちまっただ」

「んなモン、コイツがありゃー一発だっての」

 

 嘆くサンドラさんに、大牙猪(ザルギルゴール)の魔石を見せるラザルードさん、この魔石は元々純度が高かったが悩んだ末に精製してある。

 

 そうして戻ったソノアール村は平和そのものだった、僅か一日か二日の距離のピルテ村でアレだけの事件が有ったと言うのに、ここでは僅か二匹の迷い込んだ大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の幼体を、村人総出で倒したぐらいだと言う。

 

「今帰ったベー」

「あなた! 心配したのよ!」

 

 抱き合うテイラーさんとサンドラさんを見届けた。

 そして役場で魔石を見せびらかすラザルードさんに。

 

「お嬢ちゃん、その野郎の御守りを任せたぜ!」

「はい、任せて下さい」

「オイ! 逆だろ逆!」

 

 そんな風にからかわれながら、スフィールへ向けて二度目の旅立ちを迎えるのであった。



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★二章の設定語り

 二章まで読んでくださりありがとうございます。

 なんか、ココまで読んでくれる人が居ると思わず、ブツブツと設定語りと言う名目で放言を重ねたのが恥ずかしくなってきた……

 今更消すのもアレなので、読み飛ばして下さい。


【田中】

 十五歳で死んで、肉体に違和感が無いようにほぼ変わらぬ体のままに転移。ただし、以後の成長にボーナスを貰い190cm越えの屈強な肉体を手に入れている。

 主人公がちょうど十二歳。出産数ヶ月前には魂が振られており、同時に田中も転移しているので田中はこの世界で十二年と数ヶ月生活し、その間に数々の魔獣を討ち取り、名を上げている。

 元々ピッタリ十五歳と言う訳でも無いので、今の年齢は15+12+αで約28歳。(厳密には一年の時間が地球とソコソコ違う)

 

 十二歳と二十八歳、TS娘と親友の歳の差の関係って良いよね……

 しかも、正体を隠してる。バレたけど。

 TS娘に感情移入しつつ、大人の男の視点でTS娘を見ても良いよねとか考えました。

 ただし、恋愛関係には期待しないでね……変人なので。

 

 黒ずくめの中二病的装備と、黒縁の伊達眼鏡は目立って友達に知らせるため。

 

【妖獣殺し】

 田中の二つ名。

 魔力は放射能みたいに遺伝子にも変異をもたらすため、魔力が濃い土地では複数の遺伝子が混じり合ったキメラが発生しやすい。

 放っておけば自然に死ぬ個体が大半だが、極めて強力な個体も発生する。

 たまたま翼を持ち、空を飛ぶ妖獣が現れると、恐鳥(リコイ)より強い上に長く居座ったりするので人間としては大損害。

 唯一の弱点は突然変異のため、子孫を残せない事。

 

 飛べない魔獣はわざわざ何ヶ月も掛けて大森林の外まで出張しようとしないし、今回の大牙猪(ザルギルゴール)の様に迷い込んだとしても、弱っている為に長くは生きられない。

 

【冒険者ギルド】

 そんなモノは無く、魔獣退治の受付は役場とかで行う。都会では懸賞金が掛けたりもする。つまり作者の想像力の限界。

 

 魔獣退治を行うのは一言で言うとヤクザ者ばかりで詐欺も多い。ハンターと言うべきだが、作中では冒険者表記。普通の獣を狩る、職業の猟師(ハンター)は別に居るし……イメージとしては渡世人みたいな感じが一番近い。

 

 この作品では、テンプレ要素に理屈を付けるってのを目標にしているのですが、冒険者ギルドってどうやって運営するんだよ! とか考えると難しすぎてギブアップ。

 冒険者カードなんてあるワケ無い! って言うのは無粋だから嫌いなんですが、あったら、冒険者じゃなくて市民の徴税に使うよなぁ……とか無駄なことを考えてしまう。

 カードで身分を管理する社会だと、それだけで物語が作れそう。カード情報を書き換えるハッカーの話とか面白い気がする。ファンタジーかって気もするけど。

 日雇いのバイトで事務所が管理費とかで抜いている割合を考えると、冒険者ギルドって七割抜いても元が取れないよね。

 でも、魔獣が跋扈する世界なら、なんか画期的な仕組みが出来上がっていても不思議じゃ無いと言うのは確かになぁと思うのですが……

 

恐鳥(リコイ)

 

 デッカイ鳥。群れで行動するタイプと猛禽類的な一匹狼の巨大な恐鳥(リコイ)が存在する。そう言うのも含めてデカい鳥。

 

 グリフォンがボスとして君臨したので群れの数が多い。

 

森に住む者(ビジャ)

 ユマ姫が考えたけど不評で浸透せず。エルフで良いよね。作者も混乱するし。

 

森に棲む者(ザバ)

 エルフの蔑称。こっちは今後も出ます。

 

【魔石】

 濃厚な魔力が結晶化している。魔力が濃い大森林の中では鉱石の様に土中に含まれる魔石も多いが、人間界では魔獣の体内からの取得が一般的。

 電池みたいなモノで、人間界では貴族が照明に使うのが需要の九割。

 エルフは空調や料理の加熱、上下水道などにも幅広く利用している。

 同じ照明でもエルフの照明はLED、人間は白熱球ぐらいにレベルが違う。

 ただし、エルフでも家電レベルを超える、攻撃や回復は魔法のみの領分と言う世界観となります。

 



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三章 車輪の少年 スフィールに到着

 俺達はソノアール村を出て七日、とうとうスフィールに到着した。

 

「大きいですね」

「そりゃそうよ、この辺りの要所にして世界の中心とすら呼ばれる都、それが城塞都市スフィールさ」

 

 城塞都市、ファンタジーの定番だ。城郭都市って言うのが正しいんだっけ?

 あーどっちでも良いのか。

 ググった事が有るぐらいに憧れていた街の姿がここにあった。そびえる壁の高さは10メートル以上、厚さも3メートルは有るだろう。

 この厚さは何を警戒しているんだ? 大砲? いや投石器だろうか?

 

「オイ! キョロキョロすんなよ、おのぼりさん丸出しだぜ」

「仕方ないでしょう! 本当におのぼりさんなのですから」

「言っといて何だが、姫がおのぼりさんって偉い矛盾を感じるな」

 

 田中に馬鹿にされたのは腹立たしいが、これだけ迫力の壁を見てワクワクしないのは無理だろう。俺は顔を赤くして照れ隠しにまくし立てる。

 

「それよりも、酷い順番待ちではありませんか! この列では何時まで経っても入ることなど出来ませんよ!」

「あー並んでるのは隊商の奴らさ、馬車も無い俺らはノーチェック、逆に言うと入国審査もガバガバって事」

「帝国の人間も居ると言う事ですね」

「どころか、帝国軍人だろうが金さえ持ってりゃ大歓迎って場所だぜ? ここは」

 

 そこまでかよ、それこそ『偶然』見つかって、『偶然』殺されましたじゃ洒落に成らないぞ。

 

「護衛、頼りにして居ますよ」

「良いけどよ、あんまりチョロチョロされちゃー守り切れないぜ」

 

 うっ、確かにそうなんだろうが、見て回りたい所は多いんだよな、ここは一つアレかな、プリルラ先生お力でご機嫌取っておくかな。

 

 ……

 …………あーそうか、そう来ますか、良いところを突くね君も! フムフム。

 

「なっ! 何を弱気な! そこをしっかり守るのがアナタの役目でしょ! しっかりなさい!」

 

 顔を赤くし上目遣いで睨みながら、スカートの裾を両手でギュッと掴み、ちょっとハスキーなキンキン声で怒鳴り付ける、ツンツンキャラって奴だな、俺が知る田中の好みから考えても間違いない仕事だ、プリルラ先生は半端ない。

 

「ハァ……そう言うの良いから行こうぜ」

「えっ!?」

 

 アレッ!? 無効! ノーリアクションですよ? プリルラ先生?

 ため息を漏らしつつ門番の元へとスタスタと歩いて行ってしまう田中へ、今度は本気で睨みながらキンキン声で叫ぶのだった。

 

「待って! 待ちなさい!」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「オ、オイ! コイツが本当に森に棲む者(ザバ)なのか?」

 

 田舎の農民の兄ちゃんに取り敢えず鎧と槍を渡しました、みたいな感じで強そうには見えない門番が震えながら俺を指差す。

 俺達はソノアール村の村長に書いて貰った手紙を門番に見せた。そこには当然俺の正体が森に棲む者(ザバ)のお姫様だと書いてある。

 

 隠して都市に入る事は出来るだろうが、そもそも都市に入るのだけが目的では無い。

 俺達はこの街で帝国の非道と、脅威を語って世論を動かさなくてはならないのだ。

 コソコソするのなど論外、逆に後でバレれば痛くも無い腹を探られてしまう。堂々とするしかあるまい、いきなり斬りかかれる事も無いだろう。

 

「はい、私がエルフの姫、ユマ・ガーシェント・エンディアンです。」

 

 名乗り()でるや、俺は頭に巻いていたショールを解いた。人間と比べて長い俺の耳が露わになる。

 

「コレが……森に棲む者(ザバ)

 

 コレ呼ばわりとはご挨拶だが、まぁこんな程度で怒っていてはこの先どんな目に合うか解った物じゃない。

 

「私達は森に棲む者(ザバ)改めエルフの代表として、このスフィールの領主、グプロス殿と会談の為に訪れました」

「エ、エルフ? それにグプロス様と?」

「お前じゃ埒が明かねぇ、ここの責任者を呼んで貰いたい」

 

 話が進まないのを見かねて田中が口を出してくるが、コレは予め決めておいた段取りだ、俺の様な少女が威圧したって何のプレッシャーも無いからな。

 

「は、ハイ!」

 

 慌てた門番は村長の手紙を片手に駆け出して行くが、こっちは手持無沙汰となる。

 

「会えるでしょうか? グプロスに」

「さぁな、いや、会わせて見せるさ。俺だって妖獣殺しって名前は売れている、その俺が護衛してるんだ、ただのフカしとは言わせねぇよ」

「…………それ程の知名度が有るのですか?」

「まぁな、帝国じゃ叙勲を受けて、騎士爵への推薦もあったぐらいだからな」

「凄いでは無いですか、どうして断ったんですか?」

 

 騎士爵の授与、旅の冒険者にとって最高の栄誉と言って良い。それを断ったと言えば悪い意味でも噂になっているに違いない。

 

「旅をしたかったからな、褒美を取らせると呼ばれてホイホイ顔を出したんだが、事実上の叙任式だった訳だ、断っちまって随分怒らせちまった」

「……それは、そうですよ」

 

 旅の為……か、眼鏡もそうだがコイツ本当に俺らを探すために頑張り過ぎだろう、言うべきか? 俺が高橋だと、……でも。

 コイツは、多分。俺が全ての元凶だと知っても、手の平を返したりはしない気がする。

 俺はセレナのブローチを握りしめ考える、結局は俺の問題なのだ。俺に揺るがぬ鋼鉄の意思が有れば、言おうが言うまいが何も変わらない。

 でも揺るぎそうな気がしてならない。楽しく昔を思い出して馬鹿みたいに笑う、それで月夜の下、セレナごと燃えて行く家を呆然と見つめながら、復讐に殉じて生きると誓ったあの日の覚悟がもし溶けてしまったら?

 色々な記憶を吸収し酷く不確かな何かに成り掛けている自分まで、一緒に消えてしまいそうな気がしてならないのだ。

 

 その他にも他愛のない事を田中と色々と話して待った。特にエルフの国の文化や食べ物についてはスフィールまでの道中でも色々と聞かれたものだが、まだまだ話すことはある。

 

「そのリュードと言う花はどんな味がするんだ?」

「味は殆ど無いですね、香りは良いのですが……仄かに、そうホンの僅かに蜜の甘みを感じる程度です。野菜と同じと思って頂ければ」

「へぇ、そんなもんばかりで肉は食わねぇのか、魔獣を生で喰らう化け物みたいに言われてるんだぜ」

「……そうですね、私は食べたのですが……この様です」

「あ?」

「この髪と目、元は銀だったのです、中途半端にピンクになってしまって」

「オ、オイ、その髪、元々じゃ無かったのかよ! 随分エキセントリックな色だとは思っていたが」

「染めてる訳では無いのですよ、三日三晩寝込んで、気が付いたらこの色です」

「マジかよ」

 

 そんな事を話していたらようやっと、責任者らしき人が現れた。年の頃は五十過ぎか? その歳にして鍛え上げられた体に、白いものが混じった髪と髭はしっかりと整えられ、デキる男の雰囲気が有る。もちろん先ほどの農民臭い兄ちゃんとは違ってかなり強そうだ。

 

「お待たせした様だ、私がここの責任者のヤッガランだ、失礼する」

「おおぅ! 随分待ったぜ」

「それはご迷惑をお掛けした。多忙の為ご勘弁願いたい」

「ご丁寧にどうも、俺はこのお方の護衛をさせて貰っている、田中と言う者だ。妖獣殺しって二つ名の方が知られているがね」

「ほう、あなたがあの!」

 

 ヤッガランさんの言葉に適当に話を合わせた感は無い、本当に妖獣殺しの話を聞いた事があるのだろう。

 

「この街でも派手に暴れたと聞いていますよ、ダイスのいかさまをしていたゴロツキをダイスごと斬ったとか」

「殺しちゃいねぇよ、ちょっと鼻に切れ込みを入れただけだ、机は斬っちまったがな」

 

 碌な知られ方じゃ無かった! 何やってんだよコイツ。

 俺がタナカをギロリと睨むと、何を勘違いしたのかこのタイミングで俺を押し出してくる。

 

「そんな事より、このお方が森に棲む者(ザバ)改め、エルフのお姫様、ユマ・ガーシェント・エンディアン様だ」

「ほう」

「ご紹介に預かりました、私がユマ・ガーシェント・エンディアンです」

 

 エンディアン王家の名は、本当は王と王妃ぐらいしか名乗っては行けないのだが、長い名前のがハッタリが効くだろう。王族感有るよな。

 あと、もう森に住む者(ビジャ)は完全に諦めた。エルフで良い。

 

「これはこれは、ご丁寧に。ところで失礼ですが浅学にて、エルフと言う言葉、初めて聞いたのですが」

森に棲む者(ザバ)等と言うのは、人間の作り出した虚像に過ぎません。我々も貴方達と同じ人間なのです。ですが耳の長さ等、民族的な違いが有るのは疑いようも有りません」

「確かに、そうですな」

 

 ヤッガランさんは俺の耳や目をジッと見る、珍しいのだろう。

 

「我らが民は今後エルフと名乗り、森に棲む者(ザバ)等と言う化け物ではない事を訴えていく所存です、そしてビルダール王国と協力体制を築きたい」

「それは大変に壮大なお話ですな、ただの門番である私には過ぎた話です。分かりました、グプロス様のお耳に入る様、私の方で何とかしましょう」

「ありがとうございます」

 

 思いの外上手く行きそう、少し首を傾げ、左手を胸に、右手でスカートの裾を軽く持ち上げる。貴婦人が感謝を表すポーズとして国では散々習って来た。

 

「いえいえ、こちらこそお待たせして申し訳ありませんでした」

 

 ヤッガランさんも両肘を掌で抑えるポーズで頭を下げる、この辺りの所作からやはり只の門番では無いだろう。

 

「どうです? 私はこれからスフィール城まで行きこの事を伝えるつもりなのですが、宜しければ道すがらこの街をご案内しますよ」

「まぁ、ではお言葉に甘えてお願いしてよろしいでしょうか」

「ええ、早速ですがすぐに出ましょう、遅くなると受付が終わってしまいますから」

 

 そんなこんなで、ヤッガランさんの案内でスフィールの街へ繰り出す事になったのだった。



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ゲイル広場

 門の責任者であるヤッガランさんの案内で、俺達は城塞都市スフィールへ足を踏み入れようとしていた。

 

 ファンタジーを象徴する存在と憧れていた城壁の中は薄暗く、重苦しい圧迫感を感じる場所だった。昼間から灯されたランプの光は頼り無く、何度となく魔法で明るくしてしまいたい衝動に駆られたものだ。しかし、変に威圧するのも本意ではなく、我慢していた。

 

 それだけに、アーチを抜け広場に出た時はその開放感に胸がすく思いがして、身の安全も忘れて駆け出してしまったほど。

 門を出たそこはいきなりの大広場で、放射状に三本の大通りが広がっている。城塞都市と言うと整理された街並みを想像していたが、様々な屋台がひしめいて話以上に雑然とした異国情緒溢れる光景だった。

 

 俺はご機嫌に広場に踏み出し、キョロキョロとあたりを観察する。まず感じるのは匂い、屋台で焼かれる肉やスパイスの香りはエルフの街では無かったものだ。

 人々が着る物も大きく違う、砂漠の民の様なターバンや、蛮族の様に毛皮を纏った者などまで居る。俺のショールで隠した頭なんかも目立つ心配は全く無さそうだ。

 

 人種のるつぼ、文明の集積地と言われるだけの事はある光景だ。何を見ても新鮮でどうにも浮かれてしまう。この独特な香り、焼かれている肉は何の肉だ?

 田中に尋ねようと振り返ると、少し離れて呆れたように苦笑する田中とヤッガランさんが目に入り、俺は途端に真顔に戻る。

 

 いや、年相応の無邪気さアピールだからね? 変に警戒されるよりは侮って貰った方が良いじゃない? 慌てて駆け戻るのも恥ずかしいので、広場の中央で待つことにしよう。

 

 広場の中央にはむさいおっさんの銅像が、むさいポーズを決めている。確か戦争で活躍しこの地を帝国から守り切ったゲイルとか言う人物で、剣を掲げた格好で突っ立っていた。

 なるほど絶好の待ち合わせポイントと駆け寄って、大きな像を見上げ――痛ッ!!

 

 ――その時、最早お馴染みとなった例の頭痛が、俺の脳髄に突き刺さった。

 

「うっ!」

 

 記憶が混線し自分の境界がぼやけていく。

 急に(うずくま)ってしまった俺に、田中とヤッガランさんが慌てて駆け寄る。

 

「いったいどうした? オイ!」

「彼女は何か持病でも?」

「いや、聞いてねぇ」

 

 頭上で飛び交う二人の会話すら、ノイズの中に歪んで聞こえる。

 色々な知識が流れ込んでは消えていく、それは濁流の様で、自分が高橋敬一だと強く思っていないと自我ごと流れて消えてしまいそうになる。

 寄りかかったレンガの感触、背中をさする田中の手、そんな感触を道しるべに、ゆっくりと元の自分へと帰還した。

 

「どっか悪いのか? 魔力が足りねぇって奴か?」

「だいっ……丈夫です」

 

 何とか立ち上がり脂汗が浮かぶ顔を上げると、あんなに輝いて見えたゲイル広場の様子が、なんともつまらない物に変わってしまっていた。

 エキゾチックな衣装を魅力的に見せていたのは謎と言う名のベールだし、串焼きを美味しそうに見せていたのは未知と言う名のスパイスだった。

 それらは既に日常の一部に変わってしまい、どんな服かも、どんな味がするかも、俺はもう知っている。

 色あせた広場を見て、俺はふぅっとため息をひとつ。

 

「心配いりません、偏頭痛がしただけです」

「前も有ったよな? 成人の儀の時だ。あの時も同じように蹲ってよぉ……」

「大丈夫ですから! ヤッガランさん、スフィール城までお願いします」

「え、……ええ」

 

 ヤッガランさんは戸惑っているが、俺は別に体調が悪いわけでは無い。変に目立ってしまっているのでさっさと移動するべきだろう。

 

「承知いたしました、我々が通って来たのが北門で、スフィール城は西側ですから、早いのは右手の道なのですが、今回は案内を兼ねて中央通りを進み、中央広場を右に曲がるルートで行こうと思います」

「お任せいたします」

 

 そうして案内のまま中央通りを歩くが、俺の『記憶』の中の街並みとは色々と違って来ている。でも、建物の形状など大きく違う事は無い。この記憶の持ち主はそう遠くない過去の人物だろう。

 

「姫様、食うか?」

 

 ぼんやりと街を眺める俺に、モグモグと咀嚼しながら串焼きを差し出したのは田中だ。

 

「ウサギの香草焼きですか……頂きます」

「へぇ? 知ってたか。固いから気をつけろよ、こうやって引き抜くんだ」

「わかっています!」

 

 そうだ、もうわかり過ぎる程にわかっている。何度食べたかの方が、よっぽど分からないぐらい。食べたのは俺では無いのだが。

 広場で正体不明の肉だと思ったこの串焼きだが、なんの事はない、ウサギみたいな生き物に、生姜と紫蘇の中間みたいな味の葉っぱをまぶして独特の甘いタレで焼き上げたこの街の名物。

 

「なんだ、ずいぶんと手馴れてるな」

「……どぉもっ」

 

 肉を頬張りながら答えつつ、街の観察を続ける。靴屋、帽子屋、桶屋、木工店。どれも記憶の中と大きく変わっては居ない、もちろん売り子のお姉さんや親父さんは違う人物だったが。

 今まで回収した記憶はどれも何百年も昔の物だった。

 しかし、今回は百年どころか数十年しか経過していないだろう。そしてこの記憶の持ち主は、特別強くも悲劇的でも無い、ごく普通の少年のもの。

 ……ひょっとすると、平々凡々な高橋敬一に転生する直前のテストケースであったのかもしれない。

 

 そのテストはどうやら上手く行かなかった様だが……

 

 思考に沈む俺をヤッガランさんの声が引き上げた。

 

「ここが中央広場、スフィール大広場が正式名称ですね」

 

 そうこうする内、中央広場までたどり着いていた。門の前のゲイル広場も大きかったがその倍以上ある。東西南北に大きな通りが伸び、小さい小道にいたってはそこら中から繋がっている。広場の真ん中では噴水が綺麗に水のアーチを作っていた。

 

「噴水ですか……」

「ええ、この街の名物です」

 

 噴水があると言う事は、水理計算や工学技術が高い水準にある証明に他ならない。エルフの都にもあったが、大きく劣る訳でも無い。

 人間の文明もそこまで馬鹿にしたモノでは無いらしい。

 

「それに、芸術品まで色々と置いてあるのですね」

「ええ、貴族街も近い場所なので。あいにく私にはサッパリですが」

 

 ヤッガランさんが苦笑するのも無理は無い。美しい女神像や屈強な戦士像だけでなく、理解しがたい現代アートみたいなオブジェまであって、文明レベルは高そうだ。

 黒い地球儀みたいなオブジェなど中々に目を引く。解説してくれと言われてもお手上げだが。

 しかし、キョロキョロと見回せば、もっと俺の目を引く場所があった。

 

「この広場を右に曲がれば貴族街、その最奥にあるのがスフィール城です」

 

 大通りを指し示すヤッガランさんの声も耳に入らない。俺の目はその真逆、左手にある一軒の宿屋に釘付けだった。

 いや、今でも宿屋なのだろうか? 三日月のマークの看板が記憶の中と変わらず掛かっているのだが……

 

「何見てるんだ?」

「あの三日月の看板のお店なのですが」

「あん? スーニカの宿屋か? 変なとこに目を付けるな、悪く無い宿だぜ? なんなら今日泊まるか?」

「……そうですね、それが良いでしょう」

 

 名前も変わっていない、スーニカの宿屋。それは俺の生家だ。

 いや、違う、記憶の中の少年の生家だ。有る筈が無い郷愁を刺激され胸が痛むのは参照権のデメリットと言えるだろうか?

 

「どうかしたのですか?」

 

 ヤッガランさんが不思議そうに話しかけて来る、そうだ今の俺には聞くべき事が有る。

 

「いえ、なんでも有りません、それより私は人間の事をもっと知りたいと考えています、この街に大きな図書館はあるでしょうか?」

「ああ、それでしたらスフィールには大きな図書館が有りますよ。丁度通り道ですから案内は出来ますが……入館料は結構高いですよ?」

「そうですか……」

「図書館に行かずとも、簡単な事でしたら私でもお答え出来ると思いますが?」

「これはご親切に……しかし忙しいヤッガラン殿を拘束してしまうのも憚られます、やはり入館料を払っても一度は図書館に行きたいと思います」

「そうですか、勉強家なのですね」

「ええ私、力は全く有りませんから……知識ぐらいは無いと、これからどうなる事かと不安で不安で」

「そうですか、何か助けになれれば宜しいのですが」

 

 社交辞令の応酬だが、記憶通りに図書館は有る様だ。そして記憶通りに入館料は高めの様だが……まぁ何とかなるだろう。

 

 俺達は貴族街を歩いて、大きな図書館の前を通過。

 

「大きいですね」

「ええ、ココがこの街の領主グプロス様の住むスフィール城です」

 

 ついにこの辺り一帯を治める、グプロスの居る、スフィール城に辿り着いたのだった。



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スフィール城

 スフィール城は一言で言うと派手だった。

 

「前線から近い都市だと言うのに、随分と華美なお城ですね」

「ええ、まぁ最近では戦争も有りませんし、グプロス様も派手好きなお方ですからね」

 

 ヤッガランさんも困った様に頭を搔くしか無い様だ。

 おとぎ話のお城の様な漆喰の白壁に、凝った意匠のバルコニーまで有る。

 

「またご立派なお庭だこと、何人の庭師を雇ってるんだか」

 

 それに加えて田中も呆れるのは、城の前に大きな庭が有る事だ。壁に囲まれた城塞都市、当然土地は貴重となってくる。近隣の村とは違い三階建て、四階建ての建物も珍しく無い。

 そんな中では、庭を持つだけで途轍もない贅沢。だと言うのにスフィール城前の庭は広大だった。

 そんな田中の嫌味は無視して、ヤッガランさんは見張りの門兵に声を掛けに行く。

 

「お二人はここで待って居て下さい、私が話を付けてきますから」

 

 不用意に城に近づかない様、釘を刺されてしまった格好だが、この対応は正しいだろう。

 エルフの少女と黒尽くめの大男の取り合わせ、かなりの異様と言って良い。実際、何もしていないのに街でも悪目立ちしていた。そんな二人を近づけて門兵を刺激する必要は無いだろう。

 

「どう思う?」

 

 その隙に田中が聞いてくるのは領主への印象だろう。

 

「まともな領主とは思えませんね、派手好きで金遣いの荒い、主張の激しい人物に思えます」

「だな、それは街の評判とも外れちゃいねぇ、でもよ、コレが案外街での評価は悪くねぇんだ」

「……どうしてですか?」

「軍事よりも経済優先。門のノーチェックぶりも見ただろ? 関税は掛けるがそれだって高くは無い、帝国側の前線近くの都市とはえらい違いだな」

「それは……私としては有難くない話ですね」

 

 そんな領主では、帝国との戦争には興味が無いどころか、なるべく波風を立てたく無い筈だ。俺は波風どころか嵐を起こし、全てを巻き込みたいのだから。

 

「だが、逆に考えれば一波乱起こすには最適の街でもある」

「そう言う考え方もありますか……」

 

 当初の予定通り帝国を挑発したり、噂をばら撒くには最適と言う事か? ただ不確定要素があればある程、それがまとめて襲って来るからなぁ……

 

「話が付きました、一緒に来てください」

「わかりました」

 

 そうこうしている内にヤッガランさんが帰って来た。同時にキィーと高い音が鳴るので見てみれば、大きな門が門兵により開かれて行く所だった。

 俺は頭に掛かったショールを剥ぎ取ると、大きな耳を見せびらかす様にしながらヤッガランさんの後ろを歩く。

 当然、突き刺さる様な視線を門兵から感じる。だがここは見せつけるぐらいが丁度いい。

 スフィールの領主グプロスの居城に、森に棲む者(ザバ)が堂々入場する。そこに意味が有る。

 通された庭の豪華さは外から見る以上。刈り込まれた植木に、美しい花々。タイル敷き整然とした道を俺達は進む。

 

「申し訳有りませんが、グプロス様は多忙なお方、本日会えると言う事は無いと思います」

 

 ヤッガランさんに言われるまでも無く、会わせてと言ってすぐ会える様な領主など、余程の暇でアホな者だけだろう。

 

「解っています、ですが何日も待たされる様では意味が有りません。事は一刻を争う事態だとお伝えください」

「そうですね、私からも進言させて頂くつもりです」

 

 実際は暇でも、貴族として舐められない様に何日か待たせるのは良くある事。領主ともなればその間に、密かに相手の身辺調査を行う事も珍しく無いと言う。

 俺もエルフの姫と言う立場を考えれば今回、自ら訪れる必要は無かった。下手をすれば舐められかねないからである。

 

 だがエルフの俺が領主と会談に来た。その事実が重要なのだ。

 そういう意味では手が掛かりそうな城も悪く無い。この城で働く全ての人の口に戸は立てられ無いだろう。

 勿論、より早く会える様に担当者にアピールするつもりだし、何日待たされそうな空気を感じたら面談を断って次の街へ行く事も考える。

 

 華やかな庭を抜けた先には、目にうるさい程の彫金や彫刻が施された扉が待ち受けていた。極めつけに、その扉を専用のボーイさんが恭しく開けてくれるのには驚いた。

 

 門の時から思っていたが本当に戦闘を考慮していない。

 前線の城なのだから門は巻き上げ式の鉄格子、扉は鉄で補強した分厚い物で、庭なんぞ練兵場で有るべきだ。

 実際、以前はそうであったものを表面上取り繕って、変えてしまった様な不格好さがある。

 そして城の中はもっと凄かった。

 

「……華美な内装ですね」

 

 思わずそう漏らしてしまう程、赤い絨毯はフカフカで、昼間だと言うのに豪華な燭台には贅沢にも火が灯っている。いや、火どころか魔道具か? だとしたら魔力が薄いこの土地の事、魔石を相当量使用している筈だ。

 

「下手に動くと壊しちまいそうで怖いな」

 

 窮屈そうに言う田中に俺も同感だ、これ見よがしに花瓶や壷が飾ってあると、どうしても不安になる。

 

「私もどうにも慣れそうにありません」

 

 そう言って恐縮しているのはヤッガランさん。確かに彼はどう見ても実務担当、街の防衛の責任者と言った風で、こんな場所は彼の守備範囲外だろう。

 

 そんな訳で、城に入ってからは執事のお爺さんが案内してくれている。

 

「ここでお待ちください」

 

 そのお爺さんが案内してくれたのは、入り口からそう遠くない部屋だった。その部屋の中も当然豪華で我々三人はどうにも落ち着かない。

 いや、お前は王族だろうが、なんで内装程度でビビってるのかと突っ込まれそうだが、王族は別に何を壊しても問題無かったからね。

 微妙な立場の中、違う文明にぶっこまれたら緊張するのも仕方が無いだろう。

 

「…………」

 

 で、皆で無言である。

 

 なんとも客を待たせるのに向かない空間だと言わざるを得ない。……いや、これは逆に威圧しているのか?

 そんなこんなで居心地の悪い思いをしていたが、そう待つ事も無く目当ての人物はやって来た。

 

「お待たせしました、私はグプロス卿の補佐をさせて頂いているシノニムと申す者です、以後お見知りおきを」

 

 そう言って入って来たのは銀髪。違うな、プラチナブロンドのショートヘアの女性だった。その容姿は端的に言って非常に美しい。整った顔立ちにエメラルドの瞳、薄い唇に知的な笑顔が浮かんでいる。

 スタイルも見事で、正に出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。そんな抜群のスタイルは女性向けのドレス姿では無く、男性の様なジャケット、シャツ、パンツ姿に包まれていた。

 男装の麗人と言うべきか? いやそんな派手な主張する様子はない。気取った飾りも派手な刺繍も無く。唯一の女性らしさと言えば可愛らしいリボンタイぐらい、それすら細めの下襟と相まって控えめな印象を受けた。

 

「シノニムさん! 良かった、実はグプロス様に彼女の事を伝えて欲しいのです」

 

 驚いたのはヤッガランさんの反応だ、こんな美人、どう考えたって顔採用。補佐だか何だか知らないが、話が遠い奴が出て来ちまったかと思ったのだが。

 

「ええ、お話は伺いました。彼女が森に棲む者(ザバ)の姫君ですか」

「はい、遠く森に棲む者(ザバ)の王国から遥々やって来たと聞いています。あ、彼女はシノニムと言って、グプロス様のスケジュールを一手に管理している女性です。彼女に話を通せば、数日でグプロス様の都合が付くと思いますよ」

「そんな約束は出来かねますが、火急の用件ですし、善処したいと思います」

 

 和やかに話す二人にはしっかりした信頼関係が感じられる。

 ヤッガランさんは五十過ぎのおじさんだ。対してこの美人さんは精々三十前だろう、それが対等に話をしているのだから驚かされる。

 呆気に取られていた俺は慌ててソファーから立ち上がる。

 

「ご紹介に預かりました、私がエルフの王国、エンディアンの姫。ユマ・ガーシェント・エンディアンです」

 

 胸に手を当て優雅に挨拶、ここからいつも通りのお涙頂戴の独演会なのだが……

 コレは一筋縄で行く相手じゃないぞと気持ちを改めるのだった。



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スーニカの宿屋

「良かったですなぁ、話が纏まって」

 

 朗らかに語り掛けるヤッガランさんとは対照的に、俺は狐につままれた様な気持ちでいた。

 それほどにシノニムさんの態度はあっさりした物だった。

 私は姫ですと手ぶらで現れた人間を普通はどう思うだろうか?

 頭がおかしいとしか思わないだろう。

 俺の身体的特徴から人ではない森に棲む者(ザバ)とは信じるだろうが……いや人間では無いからこそ、自分の主人に軽々に会わせる気にはならない筈。

 

 ところがだ。

 

「なるほど、大変な事が起こっているようですね、解りました。三日後、グプロス様の都合が付くように調整させて頂きます」

 

 あっさりと三日後に会える段取りがついてしまった、拍子抜けを通り越してポカンとしてしまったのも仕方がないだろう。

 適当に言ってるだけ、もしくは罠かと考えたが、だとしても納得がいかない。最低限本当にお姫様なのか確認する質問だけはみっちりされるだろうと、想定問答集も用意していたのだが。

 

 と、そこまで考え思い至る。……そうか、そんな確認を取らずとも俺が本物であると言う確信が相手にはある?

 いやいや、影武者の可能性をどうやって否定する? 帝国の人間だって解りはしないだろう。

 いやいやいや? もしかして俺が本物かどうかすら重要じゃ無い? ザバの姫を確保したと宣言出来ればソレで十分? だとすると……

 

「おーい、何考えてんだよ、どっちにしろ考えたって結論なんざ出ねぇよ、今日何するかを考えようぜ」

 

 思考に沈む俺の目の前、田中がひらひらと手を振った。気が付くと俺たちは貴族街を抜け、中央広場まで戻ってきていた様だ。

 

「では、私はまだ仕事が残っているのでここで失礼します」

 

 ヤッガランさんともココでお別れだ。お礼を言って二人でその後ろ姿を見送ると、後は三日後まで何をするかを考えなくてはならない。

 

「……とりあえず、宿を取りますか。先程のスーニカの宿屋と言う所が良いのですが」

「そーだな、とりあえず五日ほど取っておくか」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 そうしてやって来た宿屋はファンタジーの宿屋そのもの、今まで訪れた村々では宿屋と言うより民泊に近い有様だったので、リアルファンタジー世界にワクワクしてしまう。

 城塞都市らしく四階立てで、カウンターや食堂を含めてコンパクトに作られていた。

 

 その小さなカウンターに体を押し込める様に座っているのは恰幅の良い女将さんだ。

 

「あんたたち、泊まりかい?」

「ああ、五日程頼みたい」

「あいよ、お名前は?」

「田中だ、タナカ。解るか?」

「ああ、そういや、前にも泊まってたっけね」

「んだよ、もう耄碌してるのか?」

「止めとくれよ、最近ホントに忘れっぽいんだ」

 

 砕けた様子で話が進む、冒険者らしいやり取りは慣れたものと言った所か。

 

「後ろのお嬢ちゃんは連れなのかい? 部屋は一緒でも?」

「あー、そうだな、オイ部屋は別が良いよな?」

「勿論です」

 

 道中では共に野宿もしたので今更なのだが、変な噂が立ってもお互い面白くないだろう。予算だって潤沢に有るハズだ。二倍の依頼料に魔石まである。

 

「そうかい、じゃあ二部屋だね。お嬢ちゃんお名前は?」

 

 サラサラと澱みなく記帳していく女将さんに俺は元気に名前を……名前を?

 

「僕の名前はライル!」

 

 元気一杯に答えてしまう。

 

 ……いや、違うだろ! 俺は……俺はユマ・ガーシェント・エンディアン、それで高橋敬一だ!

 

「おい、何言ってんだ?」

 

 頭を抱える俺に、田中が怪訝そうな声を掛ける。気持ちは解るがスルーして欲しい。

 ライル少年の記憶が押し寄せて来ているのだ。しかし俺に更なる追撃が訪れる。

 

「ライル! ライルかい?」

「もう、お母さん! ライルは亡くなったのよ。三十年も前に」

「でも、今のはライルの声だよ! ライルが帰って来たんだよ」

「はぁ……ボケちゃったのかしら……」

 

 食堂から走り込んで来たのはしわくちゃのお婆ちゃんだった。でも、そのお婆ちゃんを一目見るなり、俺は誰だか解った。

 あれは……あれは僕のお母さんだ、背は曲がってるし、顔だってしわくちゃになってるけど。それでもあれは僕のママだ!

 

「ママ! ママァ!」

 

 泣きながら僕はママに駆け寄る、ママは何時もみたいに僕を抱きしめてくれる。

 腕の中、懐かしい匂いがして涙があとからあとから流れて止まらな……ななな

 

 ぐっぐぐぐ、いやいや、俺は高橋敬一でユマ姫だっての!

 

 クッソ!

 

 染み込む少年の知識をゆっくりと整理する。

 少年は街の人気者だったらしい。父は早くに戦争に出かけたっきり消息不明。母は女手一つでこの宿を切り盛り。それを元気にお手伝いする姉と弟。

 幸せな三人家族、いつしか父親の事が話題に上がる機会も減って行った。

 

 だけど弟のライル少年だけは父親が帰って来ると信じていた。来る日も来る日も門の側で待ち続けた。そうして健気な少年は街の人気者に成って行く。

 正直少年は暇だったのだ、母親もそれを手伝う姉も忙しく、狭い都市で空地も無い。引っ込み思案で友達も少なく街の入り口で色々な人を観察するのが楽しみだった。

 そのついでだ、そのついでで門番に「今日はお父さん来なかった?」と毎日尋ねただけで、いつの間にか悲劇の少年に祭り上げられていた。

 人間版忠犬ハチ公と言う訳だ。少年だって本気で父親が帰って来るなんて思っていた訳では無い、それこそついで。

 

 そして、その『ついで』でいつしか同情され、今まで指を咥えて見るしかなかった屋台の串焼きや果実のお裾分けにありつけた。更には門番の兵士達に優しくされ、誕生日さえ祝ってもらう。

 オイシイ思いをする内に、それが仕事の様になっただけ。

 

 誰にでもあり得る事、極めて普通の少年だ。それでいて街の注目を集める人気者。だからこそ神に選ばれ……そして死んだ。

 

 凄い勢いで走る馬車が、通りから門へ向かって爆走する。そこへ何時もの通りフラフラと門の前の広場に歩み出た少年が撥ねられた。

 

 それだけ、たったそれだけ。神に選ばれた無茶をしない、大人しくて多くの人に見守られた優しい少年の最期はそれだけだった。

 

 普通の少年故に、何か特殊な能力が身に付くとかは今回に限って無さそうだ。

 

 ただ其れより問題なのは、お婆ちゃんにギュッと抱きしめられた今の状況だ。

 

「スイマセンが……」

 

 そう断ってゆっくりと老婆の腕から逃れる。

 

「私はあなた方が森に棲む者(ザバ)と呼ぶ森の民です」

 

 そう言って、頭のショールをさっと剥がすと、ハッと息をのむお婆さん。

 

「我々は森に棲む者(ザバ)などと言うモンスターではなく、エルフと言う民族であり、あなた方と何ら変わること等無い人間なのです。そこはまず、ご理解頂けますでしょうか?」

 

 ゆっくりと優しく問いかけると、老婆も女将さんも目を丸くしコクコクと頷いた。

 

「そして、私はエルフの巫女、シャーマンをしていました。今、私にライルと言う少年の魂が乗り移ったのです」

「へぇーそうなのか? 姫様で巫女?」

 

 田中よ! 頼む! ココはスルーしてくれ! 俺も無理が有るとは思ってる! 思っているのだが誤魔化したいのだ!

 

「じゃあ、お嬢ちゃんにライルの魂が入り込んだってのかい?」

 

 女将さんは当然懐疑的だが……

 

「ライルと! ライルと話が出来るのかい?」

 

 お婆ちゃんはグイグイ食いついた。押し切るしかないだろう。

 

「ええ、ですが魂を入れるのは危険なので通訳する事になりますが……」

 

 そんな風に誤魔化して、女将さんの名前をルッカ、お婆ちゃんをナーシャと名前を出して、得意なのはレッドベリーのジャム作りと言うと、ライルの大好物だったと驚かれた。

 

「でも今は作って無いの、久しぶりに作ろうかねぇ」

 

 嬉しそうに昔を懐かしむお婆ちゃんと、対照的にまだ疑っている女将さん。

 だが、それでも何とか話は纏まった、いや丸め込んだ! これで一安心だ。

 

 取り敢えず田中と俺でそれぞれの部屋に荷物を置いた、ここからどうする? 街に繰り出すか?

 いや、まだ日は落ちていないとは言えココまでそれなりに無理をしている。今日は休むべきかも知れない。どうせ三日は身動きが取れないのだから、観光する時間はたっぷりある。

 

 そんな風に考えていると、扉がノックされ声が聞こえた、田中だ。

 

「オイ、ちょっと良いか?」

「はい、どうぞ。丁度私も相談したい事が」

 

 今日はもう寝よう、向こうもそう言う相談だろうか?

 ガチャリと扉が開かれ、入って来た田中は、どうにも歯に物が挟まった様な有様だ。

 

「いや……あのな」

 

 言い淀んで、椅子に逆に腰掛けると、背もたれに肘を立て頬杖をした。

 

「なんてーかさっきの? 霊を呼び出すみたいのでよ、人を探せないのかなと思ってよ。木村って奴とか、何でもいいから手掛かりを探してるんだ」

 

 そうか、やっぱり田中の行動原理は俺達を探す事か、でもな俺の能力は降霊じゃないんだ。そもそも俺、死んで無いし……いや? 死んだか。

 

「ごめんなさい、私はたまたま波長が合う霊が勝手に体に入って来るだけなのです」

「そっか、成人の儀の時もそうだったのか?」

「え、ええ……」

 

 あーうん、説明が面倒だしそれで良いだろう。

 

「あー悪い事聞いたな、ああ、これからどうする?」

「体調を整える為に、少し早いですが寝ようかと思います」

「んじゃ、鍵を掛けて一人で出歩かない様に、俺はちょっと出てくる」

「分かりました、お気をつけて」

「ああ」

 

 扉から出て行く田中を見送ると、チクリと罪悪感が滲んだ。

 もう俺の事、言ってしまっても問題無いよな? 流石にココまで来て、俺の『偶然』が恐いからって放り出すような男じゃ無いだろう。

 でも……ソレはソレで困る。余り田中と縁深くなるのも考え物だ。

 もう大分巻き込んじまったが、このままずっと一緒に居るとまた『偶然』に巻き込んで殺しちまうだろう。

 

「それもキツイな……」

 

 ベッドにボフン寝転がり愚痴る内に、瞼はどんどんと重くなって行った。



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スフィールを散策

「ふぁぁぁ~~」

 

 久しぶりにまともなベッドで寝た気がする。道すがら幾つかの村にも寄ったのだが、これほどのベッドは無かった、流石大都市と言う所か。

 ま、お姫様だった頃はもっと豪華なベッドで日常的に寝ていた訳だが、それはもう忘れた方が良いだろう。

 

 ベッドから這い出すと、例の豪華なティアラで日課の健康値チェック。

 

 健康値:29

 魔力値:312

 

 ん? 下がってる? 昨日はアレだけ寝たから少なくても30後半は有ると思ったんだが、思ったよりも疲れが溜まって居るのかな?

 それとも二度寝が良く無かったか? 夕飯時に起きてご飯食べて体拭いて、またすぐ寝ちゃったからなぁ。

 

 釈然としない思いを抱きながらも、パジャマから着替えてブーツの紐を結ぶ。髪が長いので梳くだけでも時間が掛かるが、お姫様感を出すにはショートヘアってのは無いだろう。

 成人した以上、本当はもっと化粧なりをした方が良いのだろうが、やり方も解らないし下手に弄らない方が良い。

 正直な所、顔に色々塗りたくるのが嫌いなんだよなぁ……

 

 一階に降りて食堂の椅子に座り、朝食を注文した所で田中の方も現れた。

 

「おはよっさん」

 

 挨拶と共に向かいに座る。

 

「おはようございます、昨日は飲んで来たのですか?」

「まぁな、つっても情報収集がメインだな」

「何かありましたか?」

「あー帝国の動きだな、どうにも慌ただしいみたいだ」

「慌ただしい?」

「エルフの王国を制圧したってのは噂として出回り始めている、でもよ勝った割には実入りが無かったって話だ」

 

 案の定か……殺され損、そう思うと何とも居た堪れない。目を瞑ってフーッと息を一つ、どうにか心を落ち着ける。

 

「でしょうね」

「どういうこった?」

 

 俺は片目だけで田中を見やる。

 

「森の中、金鉱が有る訳でも無し、魔獣はうじゃうじゃ、極め付けなのは人が住めない土地だと言う事です」

「魔力を消す兵器が有るんだろ? どうにかなるんじゃないか?」

「どんな魔道具かは知りませんが、ノーコストと言う事は無いでしょう、大変な量の魔石を消費するのでは?」

「だったら、国中の魔石をかき集めるとかか?」

「それこそ、コストに見合わないのでは?」

 

 コスト、そう聞いて田中はハッと思い出したように袋なかの魔石を取り出した。

 

「コレだよ、魔石の精製。これで幾らでも帝国の奴らも稼げるんじゃねぇか?」

「いえ、精製された魔結晶が貴重なのは人間には精製出来ないからでしょう? 大量に流通させたら一気に値崩れします」

「そうか……だとしたら俺らも早いとこ売っ払った方が良いな」

「そうですね、それにもう一つ、精製炉は巨大で複雑、その上稼働させるには魔力の操作に長けたエルフが必要なのです」

「んなもん占領下だろ? 脅せばなんとでもなるじゃねーか」

「帝国の霧が出ている中ではエルフはまともな活動は出来ないと思われます。かといって霧が無くなれば即座に反乱が起こるでしょう」

 

 そこまで言うと田中は考え込んだ、ここまで言えば帝国の魔結晶ビジネスはどう考えたって難しいと解る筈。在庫を売り払う事は問題無いだろうがその先はどうなるか?

 

「って事は同盟なんぞ結ばないでも、帝国の支配は長続きしないって事じゃねーか」

「恐らく、そうだと思います」

「ハァ?」

 

 何言ってるんだと思うよな? でも俺は帝国が去った後の王国再建なんぞに欠けらも興味は無いんだよ。

 俺は右手の人差し指をピッとおっ立てて咳払い。

 

「コホン、では問題です。勝利すれど美酒にも果実にもありつけなかった帝国が、次に狙うのはどこだと思いますか?」

「……このビルダール王国って訳か」

「ええ、なにしろエルフが持つ強力な魔道具、そんな武器だけはたっぷりと手に入れたでしょうからね」

「チッ! 想像以上にあぶねー情勢じゃねーか」

 

 だから焦ってるんだが、このスフィールの平和ボケは想像以上。下手すりゃこの都市を奪われた方が、王国の危機感を煽れるまであるだろうか。

 

「あと、もう一個気になった帝国の情報だがな、どうも流行り病が蔓延しているらしい」

「……罰が当たったと思うのは信心深過ぎるでしょうか?」

 

 正直、帝国の人間が苦しむならいい気味だと思う、上手く行けばペストみたいな大流行もあるかも知れない。

 いや余り期待するのは止そう、全部自分の手で片づけるぐらいの覚悟が要る。

 

「それは良いけどよ、おっかねぇのが、この街でも病に倒れる人間が増えてるって噂だ」

「それは、有り難く無いですね」

 

 そう言えば健康値が想定より10も低かった。風邪の引き始めじゃないだろうな?

 

「俺の方はこんなとこだな」

 

 田中の情報は思ったより有意義だった、帝国の状態を説明すれば。エルフとの同盟も上手く転がるかも知れない。

 

「では今日の予定ですが、まずは魔石の売却、それから武器ですね」

「武器か……」

 

 田中はやはり剣に思う所が有るらしい、だが刀なんて無いからなぁ。

 

「タナカさんの言うカタナがどういう物か解りませんが、近い物を探すのも良いでしょう。私はもう少し気が利いた弓と、矢の補充もしたいですね。その後は必要な物を揃える為に街を散策、そして明日は丸一日図書館に籠りたいと考えて居ます、良いですか?」

「図書館ねぇ、人間もエルフも字は共通かい?」

「ええ、意味が異なる部分もありますが問題無いでしょう。本は私が人間の常識を補完するのに最適。安くはない入館料ですから、どうせなら朝から入るべきかと思います」

「ま、そりゃそうだな」

 

 予定は決まった、まずは魔道具屋だ。おあつらえ向きな事に宿屋の向かいが丁度魔道具屋だ、俺達は朝食を手早く片づけ乗り込んだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「……まぁ、こんなものでしょうか」

 

 薄暗い雰囲気たっぷりの店内とは裏腹に、置いてある魔道具は相当しょぼい。精製していない魔石を前提に、仄かな明かりが灯る魔道具が大半だ。

 ランプ屋を名乗った方が良いんじゃ無いかと思うぐらい、大半が明かりの魔道具。考えてみればこんな程度の低い魔石なら風を起こすのも手で仰いだ方がマシなのだから、実用的なのは明かり位と言う事か?

 

「いらっしゃい、どんな品をお探しですか? これなんて新型で小さな魔石でも明るいんですよ」

 

 話しかけて来た店員のお爺さんは、ショボい懐中電灯を薦めて来るがそんなもんは邪魔なだけだ。

 

「いや魔石の売却だ、混じりっ気無し純度100%の結晶よ」

 

 田中は適当な事を言いながら魔石を取り出すが、100%は言い過ぎだろう。

 

「あん? こんなちっちゃな魔石じゃ価値なんて無いよ、ゴミだゴミ」

 

 店頭に並ぶ魔道具の魔石だって大したものじゃない、ラザルードさんがゴミと称した大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の幼体の魔石と同レベル。

 で、田中が出したのも大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の幼体の魔石、それも精製した物だと言うのにココまで門前払いを食うのは何故か?

 答えは単純、精製した分サイズが小さくなってるからだ。

 元のビー玉サイズが、パチンコ玉サイズ。

 

「大きさで判断するんじゃねーよ、コイツは純度がスゲーんだ調べてみろよ」

 

 田中の外観は威圧感が凄い、なのでしぶしぶお爺さんは田中の魔石を魔道具にセットする。

 

「このサイズの魔石じゃ起動しやしませんよ」

 

 お爺さんはぼやきつつもスイッチオン。

 と同時に部屋がパッと明るくなる、さっきまでの明かりが蝋燭だとすると高輝度LEDぐらいの光が懐中電灯から(ほとばし)る。

 

「こりゃ驚い――バチン! あ?」

 

 感嘆の声は無残な破裂音に遮られる。あー何が起こったか解ったぞ。

 

「魔道具のオーバーヒートですね」

 

 俺は半眼で出来の悪い魔道具を見つめる。丁度アレだ、豆電球をコンセントに突っ込んだ様な物、明らかな電圧ならぬ魔圧? オーバーだ。

 

「どういうこった?」

「純度が低い魔石用の魔道具には純度が高すぎたと言う事でしょう」

「なるほどね」

 

 納得顔の田中だが納得いかない人が一人。

 

「なんてモン渡してくれるんだ! 壊れちまったじゃないか!」

 

 まぁ、店員としては怒るよな。でも俺らは悪く無い、こう言うのを捌くのは威圧感のある田中の仕事だ。

 

「ハァ? 魔石の鑑定がお宅の仕事だろ? その見立てを失敗しておいて客の所為ってか?」

「お前さんの魔石が粗悪品だったんじゃないのかい?」

「じゃあなんだ? お前は粗悪な魔石が入ったら壊れる魔道具を堂々売ってたってのか?」

 

 取り敢えず田中の優勢だし、放置で良いだろう、俺は店内の魔道具を見て回る。

 

 うーんゴミだな、目玉商品は土から水を集めたり、水をろ過したり、種火を付けたりとか。ちょっと便利なアウトドア用品ってレベルだ。

 

「オイ出ようぜ!」

「どうなりました?」

 

 スタスタと足早に出て行く田中の後ろに、小駆け走りで追いついた。

 

「魔石の買取は出来ないとよ、もちろん魔道具の弁償もしねぇがな」

「どうするのです?」

「純度の高い魔石だって言ったら、だったら高級店に行けとよ」

「そうですか……」

 

 大岩蟷螂(ザルディネフェロ)の幼体では、魔石の純度が低くゴミ同然とラザルードさんは言ってたが、電池の様に、庶民でも手が届く魔石って扱いが正解か。

 

 じゃあ純度の高い魔石ってのは別の使い道があるのだろう。

 

 俺達は街の西側の高級魔道具店に足を運ぶことにするのだった。



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スフィールを散策2

「着いたみたいだな」

「流石に綺麗なお店ですね」

 

 西側の大通りに面したその魔道具店は流石に高級店らしく、白壁に彫金が施された扉、加えて窓にはなんとガラスまで嵌まっている。

 

 人間の街でガラス窓など殆ど見ないだけに、貴重な品なのは間違い無いだろう。潤沢に資産が有る事をアピールしている。

 ちなみにエルフの街ではガラスなど普通にあるし、透明度も高い。なにせ魔法があるからね。

 ただ地球の物に比べると割れやすい所為か、あまり活用されて居なかった。

 

「邪魔するぜ」

 

 田中が豪華な扉を開けると、カランコロンとドアベルが鳴る。店内は落ち着いた内装で、そんな所も含めて前世のちょっと良い喫茶店に入ったような気持ちにさせられた。

 

「これはこれは、どのような御用件で?」

 

 俺達は黒尽くめの大男と年端も行かない少女の組み合わせ。これ以上ない位に怪しい二人組にも関わらず、入店と同時に店員からの丁寧な応対。

 前世では当たり前だったが、この世界では中々無かった事だ。

 

「魔石の買取だ」

「拝見させて頂いても?」

「ああ、小さく見えても純度が高い、気を付けてくれ、数も有る」

 

 あっちは田中に任せて良いだろう、俺は商品を見て回る。

 ランプ系はココでも主力の様だ、使う魔石もサイズを見れば同レベル。ただし数を増やして出力を稼ぐ方法が採られている様だ、それに用途は貴族の邸宅向け、装飾が贅沢に施されている。

 他には風を起こす魔道具や、部屋を暖める魔道具も揃っているのは、一般人ではコストが合わなくても貴族なら別と言う所か。

 豪華でも目新しい魔道具は無さそうだ、ただ大型の物も有るので出力が高い魔石の需要はありそうだ。

 そうこうしている内に、魔石を売り終わった田中と、店員に声を掛けられる。

 

「おい、売れたぜ」

「こちらの方がその、森に棲む者(ザバ)の姫君なのですか?」

 

 俺としては特に隠すつもりも無い。ショールを外して自己紹介だ。

 

「私はエルフの姫、ユマ・ガーシェント・エンディアンと言います、お見知り置きを」

 

 手を胸に、スカート摘まんでご挨拶。なかなか可憐に振る舞えているのでは無いだろうか?

 

「これはこれは……あの拝見させて頂いた魔石ですが、どれも非常に質が良く。これは……エルフと言いましたかな、その技術に依るもので?」

「はい、その通りです。しかし残念ながらその技術は今や帝国の物かと思われます」

「それは! やはり噂は本当でしたか……」

 

 今回、魔石を売却するにあたって、偶然手に入った上物などと騙し売りする様な真似はしない。

 帝国がザバの国を落としたと噂が広まっている以上、すぐにその正体は割れる。そうして評判を落とすよりも、上流階級の人間が通うこの店で顔を売り、ついでに帝国脅威論を振りまきたい。

 

「帝国は大量の精製された魔石と、強力な魔道具を手に入れました。この街も早く脅威に備えるべきでしょう」

「確かにこれほどの純度が有れば、強力な魔道具が作られるかも知れませんな、……我々も前線の街として魔道具を兵器として活用したいと考えていたのですが。どうにも芳しく無く」

 

 そうして見せて貰ったのは地面に叩き付けると空気を圧縮、そして爆発させる空気爆弾とか、火の玉や炎の矢を作る兵器だった。

 

「あーー」

 

 思わず声が出る。

 

「やっぱりダメですか……」

 

 自分で使う送風とか過熱は兎も角、敵に使う場合、相手の健康値でガッツリ減衰されてしまう。結局魔力は直接攻撃に向かないのだ。

 

「直接攻撃する事よりも、堀や土壁を作れる魔道具の方が戦争に役立つと思いますが」

「売り込むには、いささか地味と言われてしまい……」

「あー……」

 

 確かにグプロス卿の趣味では無さそうだ。陣地の整形は戦場でとんでもない効果を発揮すると思うのだが、運用するには道具も魔石も一斉に揃える必要がある。何より優れた戦術家が必須だ。上の説得が出来なければ絵に描いた餅だろう。

 

 他には……と言われても困る。研究中らしい空気銃も見せて貰ったが、圧縮した空気が自分の健康値と干渉して暴発してしまい、実用化に行き詰まっているとのこと。

 実は、エルフでもソコは全く同じ。魔力と風の関係は、電気と磁力の関係に近く親和性が高い。よって空気の圧縮などはお手のもの、だけど魔道具では圧縮した空気の扱いが難しい。

 

 魔法で矢の加速とかしてるのに、同じ事を魔道具でやるのは大分難しいのが現実だった。

 

「出力を上げても、戦争で使える物にはならないと思いますよ」

「そうですか……」

「ただ、戦争時に一瞬で壁や堀が出来たら恐ろしい事になりますから、帝国の脅威を過小評価しないで欲しい物です」

 

 そうこう話してる間も田中はガラクタみたいな魔道具をおもちゃ箱みたいに漁っていた。

 俺は他にエルフでも戦争で使っている、声を大きくする魔道具や大きな音を出す魔道具を提案したが、これらも地味だと言われてしまった。

 いや? こう言うの滅茶苦茶重要だよ? 平和ボケ凄くない?

 

 まぁ魔石はそこそこの値段で売れた様だし、お(いとま)するか。

 

「タナカ、行きますよ?」

「ん? ああ」

 

 未だにおもちゃ箱を漁る田中を無視して店を出る。

 

「次は武器ですね」

「武器屋なら馴染みの店がある」

 

 流石に冒険者と言えるだろう、ココは田中にお任せだ。

 

 そうして辿り着いた先は、正にゲームに出て来るファンタジーの定番感溢れる武器屋。「よう! マスター」とか話し掛けたくなるハゲのオッサンも標準装備だ。

 

「よう! マスター」

 

 まぁ言うよなっ! 田中は言うよなっ! それは良いよ? でも、なんでこっち見てドヤ顔するんだよ! 悔しいだろ!

 

 で、剣を研ぎと手入れに出して、代わりの剣を借りたっぽい。一方俺の弓は……やっぱり引けるのが無かった。

 でも、どうにかしてみせる! とハゲのオッサンも約束してくれたので期待しよう。矢は結構良いのが揃ってるので買っておいた。

 

 その後は街をブラブラと散策し、着替えや日用品をポツポツと揃えて行く。

 俺のドレスはストックがあるし、下着とかはサイズに困らないが、田中みたいな大男は居ないので着替えは全てオーダーとなる。逆に売る場合はサイズが大きい分だけ詰めて修復しやすいと高く売れるらしい。

 

 そんな雑談をしていたら、通りの真ん中でポツリと呟く田中。

 

「付けられてるな」

「そうですか……」

「冷静だな」

「領主とアッサリ約束が取れ過ぎました。この三日、偵察に人を寄越す可能性が高いとは考えていました」

「だと良いがな。最近、人攫いが頻発してるって言うぜ?」

「それが?」

「大っぴらに帝国軍や関係者を動かすよりも、そう言う奴らに握らせた方が楽に事が運ぶ。そう考えたっておかしくない」

「なるほど、そうですね」

 

 どんな思惑にしろ、とにかく気を付けなくてはならない。いきなり昏倒させられたり、完全に口を塞がれたりしてしまうと魔法も使えないからな。

 

「で、どうするよ?」

「やる事は変わりません、他の村と同様に酒場などで帝国の脅威を語って聞かせましょう」

 

 つまりドサ周りだ。

 

「良いのか? この街だったら領主以外も、貴族とかだって居るだろう?」

「領主に会う前に他の貴族へ挨拶へ行くと、問題に成りませんか?」

「あーそう言うのがあるか、チッめんどくせぇな」

 

 いったん荷物を宿屋で降ろすと、俺達は酒場に繰り出した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「そうして私は、打倒帝国の為に王都を目指し旅を続けているのです」

 

 オオー

 

 やんややんやと盛り上がる。酒場での独演会も慣れたもの。口下手な前世と打って変わってこれは一体誰の能力だろうか?

 

「大変だったなー」

「エルフの魔法! もっと見せてくれよ!」

「帝国のやつら許せねぇな!」

 

 盛り上がってくれた様で何よりだ、俺は笑顔で手を振って見せる。

 そこにテーブル席に腰かけた、柔和な物腰の男からの声。

 

「ユマ姫様、少し良いかな」

「良いですよ、なにかご質問が?」

 

 俺が男の向かいに腰掛けると、田中は俺の後ろに自然に立って睨みを利かせる。

 

「幾つか聞きたい事が有るんだ」

 

 男がそうして尋ねて来たのは、帝国の新兵器についてや、エルフの魔法や魔道具がどの程度の脅威になるのか、どうしてたった二人で前線のスフィールに来たのかなど。

 男は身なりこそ普通の町民の様だが、口調も物腰も柔らかで、貴族に使える従者だろう事は一目で解る。

 

「馬車での移動をしていたのですが、魔獣に襲われて馬車が壊れてしまったのです。誰か馬車を提供して頂ければ良いのですが……」

 

 だから、逆におねだりしてしまおう。

 

「なるほど、わざわざありがとう御座いました、貴方の旅路に幸あらんことを」

 

 その男は最後まで上品に祈りをかわして去って行った。

 

「どうだ?」

「間違いなく貴族の従者でしょう」

 

 田中と共に、男の背中を目で追う、やっと大都市で俺達の戦いが始まった気がしていた。



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オルティナ姫

 翌日は予定通りに図書館だ、ちょっと早く行き過ぎて開館してなかったのはご愛敬か。

 図書館前のドリンクスタンドで一服しながら今日の予定の確認だ。

 

「取り敢えず、ジャンジャン本を持って来て下さい」

「あ? ああ」

「で、一瞬で読み終わりますから元の場所に戻してください」

「は?」

 

 まぁ意味が解らんよな。参照権は目と脳で認識出来れば記憶したも同然、エルフの王宮の蔵書だって少なくは無かったが足繁く通ってた時期は長くない。

 その後数年掛けて参照権プロンプターで本を読んだのだ、今回も同じ方式で行く。

 

 甘いミルクの様なドリンクを飲み干すと、俺は開館と同時に図書館へ突撃した。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「あんなんで全部覚えたってホントかよ?」

 

 今は昼過ぎ、遅めのランチを頂いている最中だが、向かいに座る田中から疑問の声も頂く事に。

 

「勿論です、ただ記憶しただけなので。今読んでいます」

 

 返事をしつつ、野鳥の肉を切り分ける。大丈夫だとは思うが、どうしたって恐鳥《リコイ》や、髪の色が変わった原因のドードー鳥を思い出す。

 

「つったってよぉ、ペラペラやってただけにしか見えなかったぜ?」

「それで良いのです」

 

 意を決して小さな肉片を放り込む、旨い! 一度味わえば調子に乗ってどんどん食べてしまう。我ながら何も成長していない。

 

「心配要りませんよ、流石に全部は無理でしたが、重要な本は記憶できました」

「まぁお前が良いなら構わねぇけどよ」

 

 立派な図書館の割に蔵書は千程度。紙が貴重っぽいので仕方無いだろう。宗教本が大半で、それらはメジャー所だけ押さえれば十分。

 となると読むべき本はそう多くない、地図や歴史、文化や魔法や魔道具についての知識などだ。

 俺はエルフの王都でかなりの本を読んだが、実のところ機密と言える内容、特に魔道具絡みの本からは距離を取っていた。

 

 理由は『俺が忘れられない』から。

 

 魔法の知識は人間に知られた所で何の影響も無い、何故なら魔力が無いと真似出来ないからだ。対して魔道具は魔石や大気の魔力量など条件が揃えば人間でも扱える部分が大きい。

 自分の『偶然』を自覚し、家族を巻き添えにしない為に旅に出ようと思っていたのだから。万が一捕まってエルフの生命線たる技術を漏らさない様に、と言う配慮だったのだが、完全に裏目に出てしまった。

 俺がどんな拷問にも耐えられるって自信があれば良かったのだが、正直そんな覚悟も決まっていなかった。悔やんでも悔やみきれない。

 

 だがもう何も遠慮する必要が無い、魔法技術的な本もガンガン目を通して行った。

 

 ただそれ以上に興味が有ったのが、俺の前世に絡みそうな記憶。俺は神の言葉を思い出す。

 

――神曰く

 

 不治の病を患った少女は不作の折に自害した。

 戦争に行った父の帰りを待つ少年は門で馬車に轢かれた。

 もっと多くの人を巻き込もうと、盲目の姫君にした時は国ごと滅んだ

 人間に追い立てられ、最後の一人になった悲しい吸血鬼は愛した男と心中した。

 砂漠の歌姫は政争の道具にされた末に暗殺された。

 古代人の末裔だってやったし、さっきの皇帝の息子や龍子もそうじゃが。

 

 

――以上、抜粋終わり。

 

 参照権は神界での記憶も保持している、一字一句間違いはない。不治の病の少女はプリルラかもしれないし、門で轢かれた少年に至っては、ライル君で間違い無いだろう。

 問題は残り、盲目の姫君に吸血鬼、歌姫、帝国の王の息子に、土地神の龍子。

 

 そうそうたる面子だ、コイツ等の情報が少しでも欲しい。

 勿論、薬草を集めていたシルフ少年や天才魔法使いのパルメスちゃんみたいな神が話題にしなかった者も居るだろうが、それを考えても仕方が無い。

 神が話題にしたほどだ、とりわけ強力な運命だか因果律だかを持っていたに違いない。

 

 そうして調べれば、スグに見つかったのが、ビルダール王国のオルティナ姫に関する記述。

 分厚いビルダール王国記のページを目の前に浮かべペラペラとめくった。

 

 オルティナ姫は絶世の美人と謳われるが、幼少期は手が付けられないやんちゃな女の子と言われていた。それが十二の時に大病を患い失明してしまう。

 それをきっかけに心優しい少女へと変貌、国中を見て回り、様々な伝説を各地に残している。

 或いは洪水を予見したとか、飢饉の際に解っていたかの様に食料を備蓄していたとか。

 そんな超人じみた伝説だけでなく、貧民に優しく。死んで行く者を抱きしめ涙したと言う言い伝えが各地に残されていると言う。

 

 そんな彼女だが、最期は断頭台の露と消えている。

 当時、人気が有った彼女を魔女だと糾弾する第一王子の一派による謀略だと言うが事実は解らない。

 結局その後は姫を支持していた人々の暴動が頻発し、第一王子も暗殺されてしまい国が荒れに荒れた。

 その時、ビルダール王国は事実上一度滅んでいる。

 

 オルティナ姫の従妹の少女をビルダール王家の系譜として再興したものの、その際の混乱が元で、いまだに帝国と国力に差を付けられたままと言う。

 

 ……うん、コレ間違いなく俺の魂の仕業だわ、間違いない。

 

「おい、どうした? ボーッとして」

 

 あー五月蠅いな気が散る、俺は参照権でめくるページの手を止め。田中を睨む。

 

「何です? 邪魔しないで下さい!」

「いや、俺は食い終わっちまったし」

 

 知った事かよ。だが、このまま二人で居ても暇な田中が五月蠅そうだ、今日は別行動として俺は宿屋に引っ込もう。

 

「すいませんが、今日は別行動としましょう。私は宿屋に籠もっています。明日の会見までに今日読んだ内容の整理をしたいのです」

「……まぁ良いがよ」

 

 そうして店を出ると、宿屋の前まで送って貰う。

 

「じゃあ、俺は行くからよ。部屋でジッとしてろよ」

「解りました」

 

 何せどっからでも『偶然』が襲って来る身だ。一人で出歩こう物なら一瞬で絡まれそうだ。

 そうやって人目を引くのも悪くは無いが、リスクばかりが大きいだろう。

 何より今は大量の情報を整理しなければならない。

 

 心配そうに何度も振り返りながらも街路に消えて行く田中を見送ると、扉を開けて宿屋の中へ。

 

「ああユマ姫様! 今日は早いお帰りだねぇ、ライルのお話、今日も聞かせてくれないかい?」

 

 帰ったそばからナーシャお婆ちゃんに見つかってしまう。ライル君の話をせがまれると長くなる、今日はご遠慮願いたい。

 

「スイマセン、体調が優れず部屋で休もうと思っているのです」

 

 苦笑混じりに断って、さっさと部屋へと引っ込もうとするが。

 

「そうか……残念です、私も姫君にライル君の話を聞きたかったのですが」

「ヤッガランさん……」

 

 そこで門の責任者、ヤッガランさんから声を掛けられるのだった。



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ヤッガランの懺悔

「ライル少年の話……ですか」

 

 門の責任者、ヤッガランさんが、そんな話の為にわざわざ宿までやって来るだろうか?

 何かと理由を付けて、俺の話に嘘が無いのか見極めに来たに違いない。

 

「いえ、そんなに身構えないで下さい、私もこの宿にはよく来るのですよ」

「そうなのですか?」

 

 ヤッガランさんは根無し草の冒険者と違ってこの街に家を構えている事だろうし、年齢的に妻子だって居るのでは無いだろうか?

 宿屋に顔を出す用件などそうそうあるとは思えない。

 

「実は、29年前に馬車に轢かれて亡くなったライル少年はね、私にとっても特別な存在なのです」

 

 初めて会った時からヤッガランさんは歳や立場の割に偉ぶらず、小娘の俺にも態度が随分と丁寧だ。すっかり話を聞く気になった俺は、彼の前に腰かけ先を促す。

 

「ライル君が五歳の頃かな? 初めて会ったのは、ゲイル広場でね、銅像の前の縁石に腰かけて足をプラプラさせて暇そうに門を見ていたんだ」

 

 昔を懐かしむ様に語るヤッガランさん、その横顔を見た事がある気がして、頭にチリリと痛みが走った。

 

「もしかして、槍のお兄さんがヤッガランさんなのですか?」

「お、驚いたな。ホントに? ホントにライル君と話しているのかい?」

 

 ヤッガランさんは腰を浮かせて、俺に詰め寄る。

 まさか、本当にライル少年絡みの訪問とは思わなかった。

 

「彼の思いが、頭の中に響いて来るのです。会話とはちょっと違うかも知れません」

「そうか、それにしたって私の事をそう呼ぶのはライル君だけだったからね、信じる事にさせてもらうよ」

「信じて貰えると言うのは嬉しいですね、お兄さん自慢の彼女が作ってくれたミートパイは、僕には少し辛かったと言っています」

「……参ったな、こりゃ本物だ。アイツはいっつも香辛料を入れ過ぎるんだ」

 

 ヤッガランさんは目に涙を浮かべ鼻をすすると、それを誤魔化す様に両手をグッと前に伸ばして仰け反り、天井を見上げた。

 

「ハァ……」

 

 そうしてため息を一つ。何かの決心を付けたのか一転、真顔になると、前のめりになってこちらを見つめて来る。

 

「毎日毎日、門の前で暇そうにしていた彼に僕は聞いたんだ、一体何をしてるのかって。そしたら彼は父さんを待っているんだって言うんだよ、来る日も来る日もね」

 

 ヤッガランさんの一人称が私から僕に変わる。彼も当時の自分に立ち返っている様だった。

 

「堪らず僕は彼を門の中に招待してね、衛兵の中で彼はたちまち人気者になったよ。明るくて素直で、何より健気だったから」

 

 ヤッガランさんは絞り出すように声を出す。宿の食堂の中、ナーシャお婆ちゃんだけじゃなく、女将さんのルッカも、他の客たちも聞き入っていた。

 

「だから、僕は彼に言い出せなかったんだ。資料庫を整理して、とっくの昔にコイツを見つけ出していたのに」

 

 ヤッガランさんが、プルプルと震える手で差し出して来たのは、古くなりすっかり退色した戦死公報だった。

 

「これは……」

「ライル君の父親の消息が何とか掴めないかと、必死に資料庫を漁ったんだ。そうして見つかったのがこれさ、結局、彼の父の訃報は当時の衛兵の怠慢で、門の資料庫に突っ込まれていた」

 

『ナッシュ・スーニカ ゼスリード平原にて勇敢に戦うも、敵軍に囲まれ戦死を遂げられた』

 

 簡潔過ぎる文章、他に有るのは日付のみ。その日付も29年どころか、……33年前か?

 

「見せて!」

 

 ナーシャお婆ちゃんが俺の手から手紙をひったくる。

 

「そうかい、そうかい……」

 

 涙を流し、食い入るように手紙を見つめる、それは旦那さんの名前なのだろう。

 

 面白いのは、ライル少年の記憶にその名前は殆ど出てこない。ただ「お父さん」と呼ぶだけだ。

 たまに「お父さんのお名前は?」って聞かれて「うーんと……」から始まるぐらいに覚えていない。

 

 どうでも良かったのだ。

 

 きっとライル少年にとって大切だったのは、槍のお兄さんと遊ぶこと。

 謝って貰っても、少年も俺も喜べない、俺は困り顔でヤッガランさんに尋ねる。

 

「今更これを出して来た、理由は何なのです?」

 

 お婆ちゃんの反応から、既知だったとは思えない。なぜ昨日今日会ったばかりの俺にこんな手紙を見せたのだろう?

 長身のヤッガランさんが体を丸め、頭を抱えて声を絞り出す。

 

「僕は、いや私はライル君にずっと謝りたかった。私がライル少年と会いたいが為に、彼の父親がもう死んでいる事を打ち明ける事が出来なかったんだ」

 

 ヤッガランさんは机に突っ伏し泣きながら、悔しそうに机を叩いた。

 

「私がッ! 私が言っていれば! 父親はもう帰って来ないのだと言っていればッ! あんな事故など起こらなかったのに!」

 

 ……そうか、そう言う事か。俺はふるふると首を振る。

 

「違います、ライル少年は父親を迎える為に門に行っていた訳では無いのですから」

 

 そう言うと、え? と言う顔をしてヤッガランさんが顔を上げた。

 

「じゃ、じゃあなんで、彼は毎日毎日門に来ていたんだい?」

「それは勿論、槍のお兄さん、あなたと遊ぶ為です」

 

 ヤッガランさんのポカンとした顔に、俺は優しく微笑んだ。

 

「当然、他の衛兵の皆さんや街の人と遊ぶのも楽しみでした、一番楽しみだったのは、たまに貰えるウサギの串焼きでしたが」

 

「そう……か、そうだったのか」

「ライル少年は馬鹿じゃありません、本当は自分の父親がもう帰らない事ぐらい解っていたのです」

「ううっ」

 

 もうヤッガランさんの顔は涙でクシャクシャだ、きっとこの手紙を胸に罪悪感と戦っていたに違いない。

 

「だから、貴方が真実を打ち明けても、父親がもう居ないのだと言い聞かせても。みんなと遊ぶために門に通ったでしょう」

「…………」

「そうして、同じ様に事故に遭ったと思います。残念ながらそれが彼の運命だったのでしょう」

 

 そう諭したが、ヤッガランさんは納得出来ないと渋面を作りかぶりを振る。

 

「そんなっ、そんな都合が良い事を! 信じる訳には……行きません」

 

 頑なにそう言うが、もう彼はずっと苦しんだ。それで良いだろう。

 何より、きっとどうやったって少年は死んだのだ。もっと安全な世界でも隕石で死ぬぐらい凶悪な『偶然』で。

 

 それでも俯くヤッガランさんの肩に手を載せたのは、ナーシャお婆ちゃんだ。

 

「良いんだよ、あたしだってね。ライルはあの人の事なんて覚えても居ないし、気にしちゃ居ないって知ってたよ」

「そう……なのですか?」

 

 ヤッガランさんは、信じられないとお婆ちゃんを見つめる。

 

「ええ、何せあの子の口から、あの人の名前が出た事なんて数える程しか無かったからね。毎日毎日聞かされたのは、門番で槍を持った凄腕のお兄ちゃんの話さ」

「それは!」

「ああ、毎日飽きもせず、この型で突くんだとか。こう構えるんだって。花瓶や照明を壊すなんてしょっちゅうだったよ」

「ずっと練習していたんですね」

「そうさね、最後には『僕、衛兵になるんだ』なんて言い出してね、継ぐべき立派な宿が有るのにねぇ」

 

 ヤッガランさんは、嗚咽を上げてひたすらに泣いていた。涙がテーブルから零れる程だ。

 

 だが、大の男が泣いている所を観察するのも趣味が悪いか、俺はそっと席を立つ。

 

「待って下さい」

 

 しかしその腕を掴み止めたのは当のヤッガランさんだった。

 

「もう一つ言うべき事が有るのです、ライル君を轢いた馬車。それは今のグプロス卿なのです」

 

 驚く俺と違って、女将さんやお婆ちゃんは知っていた様だ。

 

「……やっぱりそうなんだね」

 

 だが、貴族の馬車に轢かれたって文句は言えない、平民には道を譲る義務があるのだ。

 薄情なようだけど、そんな事を相談されても困ってしまう。俺は眉をひそめて上目遣いにヤッガランさんを見つめる。

 

「でも、それこそ今更でしょう? 罪に問える事でも無いのでは?」

「その日は朝から釣りに行く約束でね、おそらく楽しみのあまり、暗い内から門に来てしまったんだ。そこにグプロス卿の馬車が突っ込んで来た。猛スピードでね」

「…………」

「確かに罪には問えないが、暗い内から町中を猛スピードで疾走し、子供を撥ねたとあっちゃあ失態だ」

「そうですか……でもなぜそれを?」

 

 どうして今そんな事を教えてくれるのだろう? それが解らない。

 

「ああ、その失態をグプロス卿は隠蔽してね、反対したんだが。卿はこんな時間に子供を家から出す親の責任を問い始めてね」

「そうだったのですね」

「手紙の事だけじゃなく、それもずっとしこりとして残ってたんだよ」

「ですが、それを話してくれた理由が解らないのですが……」

 

 今更、一緒に糾弾しよう等と言われても困ってしまう。ライル少年をイタコ芸で呼び出して証言させるなんて茶番はしたくない。

 

「いや、明日グプロス卿に何か困った事を言われる様なら力になる、それだけ言いたかったんだ。ライル少年に対する贖罪を込めてね」

「それは心強いです! ありがとうございます」

 

 これは本当に嬉しい。

 何が起こるか解らないのが俺の『偶然』だ、味方は多い方が良い。

 

「ええ、出来る事は多くはありませんが。協力しますよ」

 

 そう言い残してヤッガランさんはサッパリした顔で宿屋から出て行く。

 彼にとってずっと引っかかっていた物が取れたのだろう。

 

 俺も清々しい気持ちで階段を上がり、自分の部屋に帰ると、ベッドの中で読書をしながら、いつの間にやら眠ってしまうのだった。



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★執務室での攻防

 本日は快晴なり、今日もスフィール城の庭は美しく、色とりどりの小鳥たちが囀っている。

 いよいよ俺達は、このスフィールを治めるグプロス卿と対面する。

 

「こちらでお待ち下さい」

 

 またまた執事の爺ちゃんから案内された豪華な部屋。

 だけど、今日は田中と二人きりだ。

 

「なぁ? グプロス卿がその場で襲ってくる可能性があると思うか?」

「それは流石に無いでしょう、酒場でも我々が城に向かうと喧伝しましたし」

 

 コイツは何を言ってるんだ? 俺等を拉致すれば、客人として招いて投獄したのがバレバレだ。あまりに外聞が悪いだろう。

 

森に棲む者(ザバ)を退治した言わんばかりに堂々と宣言するかも知れないぜ?」

「この国は南方の独立都市、プラヴァスとも取引があるでしょう? 異民族をその様に扱うのは無策と言えるのでは?」

「かも知れねーが、油断はするなよ」

 

 田中はそう言って油断無く目を配るが、コイツの実力があればその辺の衛兵の十人や二十人、相手にすることも余裕なんじゃないか?

 取り囲まれたらマズいだろうが、建物の中でならその心配は無いハズだ。

 そう水を向ければ、素人が! とばかりに舌打ちをされた。

 

「良いか? 何も俺はこの世界で最強の人間って訳じゃない」

「そうなのですか?」

 

 それは驚きだ、てっきりチートを貰ってブイブイ言わせてるモノかと思っていた。

 

「ああ、特にスフィールが誇る破戒騎士団って奴らはヤベーって評判だ。奴ら日常的に魔獣を狩りまくってるし、五倍の規模を誇る騎士団相手に完勝してみせたって話もある」

「それは……驚きました、てっきりグプロス卿は軍事に興味が無い方かと」

 

 俺は驚きに目を見張る。だって、城をこんな風に改造してしまうヤツが、そんな精強な騎士団を持っているとは思わないだろう。

 

「それが、チゲーんだよ。グプロス卿と言うより今の騎士団長ローグがイカレてるんだ」

「イカレてる?」

「ああ、騎士団とは名ばかり、貴族の坊ちゃんのエクササイズに成り果てていたスフィールの騎士団に現れた異端児。噂によればな弱いヤツは騎士団に不要と決闘を繰り返し、他の団員を追い出して今の地位に就いたと聞くぜ?」

「……余りに荒唐無稽な話に聞こえます。騎士爵持ちの人間をそう簡単に追い出せるのですか?」

 

 俺は人差し指を顎に添え、可愛く小首を傾げてみせる。

 渾身の可愛いポーズだと言うのに、あろう事か田中はソレを無視!

 

「そこに絡むのがグプロスよ。ヤツは金食い虫の騎士団を縮小したかった。ローグのバックに付いたのさ」

「じゃあ騎士団は人員が減って弱体化するばかりでは……」

「そうだな、実際に以前は騎士が百、一人の騎士に従者が十人は付くから千人規模の大騎士団だったんだが、今はたったの二十人」

「にじゅう? 全く戦力にならないではないですか!」

 

 やっぱりグプロスって馬鹿だろ? そんな数では戦争にならない。

 

「だけどよ、千人分の給料はその二十人で山分けだって言うぜ?」

「は?」

 

 それじゃ、グプロス卿の人件費削減目標は達成されないでは無いか。

 

「それでも、人間が減れば固定費が浮く、無駄な設備が不要になる」

「それで、グプロス卿は納得しているのですか?」

「もちろんだ、二十って数は傭兵団に近い。才能のある戦士が全員に目を配れる最大人数。魔獣を狩るのに一番効率が良い人数でもあるわけだ。他の騎士団も魔獣を狩るが、奴らの戦果は他を圧倒している」

「つまり、スフィールの騎士団は軍事行動よりも魔獣退治が専門だと?」

「そうだな、でも別に人間相手が弱い訳じゃ無いぜ? むしろ強い。なんせ莫大なサラリー目当てに志願するヤツは後を絶たない」

「志願……ですか?」

「そうだ、他の騎士団と違い、ローグ隊長に実力が認められたら入団可能だ、血筋なんて関係無い。騎士団ってよりも最強の傭兵団って思った方が近いぜ」

「厄介ですね……」

 

 そんな奴らに狭い城の中、絡まれたら終わりだ。

 

「俺だって、刀があれば負けるつもりはさらさらねぇんだけどよ……」

 

 そういって不安げにさする田中の腰の剣は刀ではない。それどころか研ぎに出していて普段の剣ですらない。

 良く考えれば、田中が不安に思うのも当然だ。

 ま、まぁ? 流石に襲っては来ないだろう。 きっと、多分。いちいちそんな可能性を考慮していてはコレから何も出来なくなってしまう。

 しかし不穏な名前は気になる。

 

「それでは最後に、破戒騎士団と言う名前はなんです?」

「俗称さ、正式名称なんて誰も知らねーよ。金遣いが荒いからな、街ではやりたい放題って訳だ」

「…………」

 

 本当にメチャクチャな奴らじゃ無いか。大丈夫なのか? この都市。

 

「お待たせしました、グプロス卿の執務室へとご案内しま