教皇スロカイ様に拾われました (マハニャー)
しおりを挟む
教皇スロカイ様に拾われました
プロローグ 0‐1 彼女と出会った日
「はっ……最悪だ」
夜闇に沈む街の片隅。
月明かりすら差さぬ路地裏で、建物の壁に背中を預けた少年は、掠れた声で吐き捨てた。
そのままずるずるとへたり込んだ少年の痩身は、実に酷い有様だった。
元々ロクに栄養を摂取していないのだろう、その体は枯れ木のように細く痩せ細っており、長く伸ばされた黒髪が隠す目元は深い隈が滲んでいる。
全身は痣と擦り傷と切り傷だらけ。ところどころ貫通した弾痕さえある。
特に酷いのは、その右腕だ。腕の付け根に刻まれた深い刀傷。ボロボロになった服を当て布にして押さえつけるも全く意味をなさない。その右腕はピクリとも動かず、ただ垂れ下がっていると表現するのが相応しい。
全身から流れ出した鮮血が、少年がへたり込んだ地面を赤黒く染めてゆく。
徐々に感覚が抜け落ちていく体。霞む視界。途切れ途切れの呼吸を吐きながら、少年は己の窮地を嗤う。
「ざまぁ、ねぇな…………かふっ」
少年が物心ついた頃には、既に彼の傍に両親は居なかった。そもそも両親などと言うものが存在したのかすら怪しい。
彼の記憶が始まったのは、路地裏のゴミ箱の前にそれこそゴミのように打ち捨てられていた時だ。それ以前の記憶は何一つとして残っていない。
彼と言う存在はもはや抜け殻に近い。自らの成り立ちも生きる意味も知らず、ただ胸の内から湧き上がる生存への衝動に従って命を繋ぐだけの、抜け殻。
「その、結果が……これか」
ざまぁない。もう一度、心の中で自嘲する。
自分が何なのかすら知らず。そもそも自分などと言うものがあったのかすら分からず。何一つこの世に残さず、何の意味もなく朽ちてゆく己が身を、笑う。哂う。嗤う。
何より、この期に及んでなお生に執着する、己の浅ましさを。
「ほぅ? 何やら大きなゴミが落ちていると思えば……人間の子供か」
「…………?」
既に全身の感覚はほとんど麻痺している。聴覚も視覚も、もはや微かにしか機能していない。
だから、最初は幻覚だと思った。幻聴だと思った。
幼げな声音ながらも、傲岸さの滲んだ張りのあるソプラノも。
月明かりを宿して輝く、長い桃色の髪も。
機械的な無機質ささえ感じられる完璧なまでの美貌も。
少年と大して変わらない小柄な体躯ながら、遥か高みから見下ろしてくるような緋と蒼の双眸も。
全部、全部が幻だと思った。
だって、そうでなければ――これほどに美しい少女が、存在するはずもないのだから。
「酷い傷だ。
「………………」
「フン、相変わらず有機物は醜い。半端な知恵など付けるからこうなる。野を駆ける獣どもの方がまだマシというものだ」
「………………ぁ」
「まだ息があるか。……ふむ」
ずかずかと無遠慮な足取りで近付いてきたその
その美貌を正面に突きつけられた少年が思ったのは、自分の血で彼女の豪奢な服が汚れはしまいかという、少々場違いな心配だった。
「そなた。まだ話せるか?」
「……ぅ……ぁ……?」
「もはやその傷では助からぬであろう。これから死にゆくそなたへの慈悲として、余がそなたの最期の言葉を聞き届けてやろう」
「……さぃ、ご……しぬ……?」
「うむ。……何か、言いたいことはあるか?」
終始冷然とした態度だった少女の表情に、少しだけ、少年を慈しむような、憐れむような色が浮かぶ。
今にも消えそうな意識の中でそれを目にした少年。彼の口から、自然と言葉が漏れる。
「……ぃ……た……」
それは、声にもならない声。血泡で溢れた肺では正常な呼吸など出来るはずもなく、漏れ出るのはほとんど掠れた呼吸音のみ。
「…………たぃ……!」
だがそれでも、少年は懸命に声を絞り出す。気道が蠕動するだけで全身に激痛が走るが、元々傷つき果てた体だ。どうということはない。
ただ、この胸に、空っぽの自分の中で嚇々と燃え上がる炎を滾らせて、必死に叫ぶ。
そうだ。俺は、まだ死ねない。死にたくない。
何一つ得られないまま、何一つ成し遂げないまま朽ち果てるなどごめんだ。
だから、だから……!
「……生きたい……!」
この傷ではもう助からない? 知ったことか。そんなもの気合いで捩じ伏せてやる。これまでだってずっとそうしてきただろう。
現実に反発して、理不尽に反駁して、不条理に反抗して、そうやって生きてきた。
こんなところで、終われるものか……!
死に体でありながら、尚も輝きを絶やさない少年の瞳を見た少女は――その時初めて、氷のような表情を大きく変えた。
それも大きな喜色……花咲くようなという形容が相応しい、楽しげな笑顔へと。
己の生き死にが懸った状況だと言うのに、不覚にも、少年はその笑顔に見惚れてしまう。一瞬で心を奪われてしまった。
「く、ふふ、あはははははっ! そなた、この期に及んで生きたいと、そうほざくか! この余が、
「…………っ」
「何たる不条理、何たる不遜! 機械と違い終わりの定められた有機物風情が傲慢極まる! 流石は有機物、不条理の塊ではないか! そなたはまるで獣だな!」
「…………何だって、いい」
歌うように、謳うように嘲弄の笑声を響かせる少女を睨みつけるようにして、
「……なんと、言われ、ようと……おれはまだ、おわりたくない……がはっ、生きていたいんだ……!」
「――気に入った。気に入ったぞ、そなた」
少女のほっそりとした手が、そっと少年の頬に添えられる。
屈み込んだ拍子に服の裾が血で濡れてしまうが、少女に気にした様子はない。
愉快げに緋と蒼の相貌を細めて、スロカイと名乗る少女は少年に問いかけた。
「余に人間の子供を助けてやる義理などないが……今回は特別だ。そなた、名は何と言う?」
「……なまえ……ない……」
「名はないと申すか。であれば、そうだな……ウルフェン。そなたをウルフェンと名付けよう」
自分のことを、名前で呼ばれたのが初めてだったから、だろうか。
「ウルフェン。そなた、生きたいと言ったな。――余がそなたを生かしてやろう。そして対価として、そなたの全てを余に捧げよ」
「すべて……?」
「そう。そなたの体も、心も、魂も、未来も……その全てを余のために使え。余のために生きよ。余のために死ね。余の機械となれ。これは第七代目教皇スロカイの勅命である。謹んで拝命せよ」
月光を背に、どこか神々しさすら漂わせる少女――教皇の放つ清冽な覇気に、少年――ウルフェンは、思わず頷いてしまう。
そんなウルフェンに、教皇は満足げに微笑んだ。
彼女が見せた微笑みは、ウルフェンにとってあまりにも美しく映って――
きっとそれこそが、ウルフェンと名付けられた少年が、スロカイという少女を生涯護り抜くことを誓ったきっかけだったのだろう。
§
【機械教廷】。
世界最強の軍事力を有する、『機械神』を信仰する巨大な軍事宗教組織である。
教廷の総本山たる教廷半島の西部、そこに存在する幻境の中に現れる巨大な建造物。
それこそが教皇の住む宮殿であり、全大陸に名を馳せる要塞、【マシーナリー聖殿】だ。
外周は帝国で最大口径の戦艦砲をも跳ね返す【聖鋼】製の300メートルはある高い城壁で覆われている。
さらに対空防御として、無数の【ドローン爆雷】が配備されており、精鋭揃いの空軍も恐れをなす、まさに死の空域だ。
城壁の内側には天を衝く巨大な塔が多数設置された壮麗な主城がある。
それぞれの塔には、火を噴く龍のような黒い巨砲が配備され、教廷を狙う敵からは「高い塔の死神」と恐れられていた。
教廷が誕生してから百年足らずの間に、正殿は幾度も攻撃を受けたが、その度にこの城壁が敵を跳ね返してきた。
かつての大分裂時代(AD2404‐2474)。
ライン領内のアウハラ大公が数十万の大軍でこの地を攻めたが、彼らの進軍はこの不落の城壁に阻まれ、永遠の眠りに就くことになった。
そして現在。新暦23年(AD2497)。
二十年前の雪辱を誓ったライン領軍が、再び教廷への進攻を開始した。
前回の惨敗から教廷の基本戦術を学んだ彼らは、この二十年で築き上げた自国の軍事力のほぼ全てをこの侵攻作戦へと注ぎ込んでいた。
我らはかつて敗北した。だがあの敗戦を経て我々はより強大な国家を築き上げた。今こそかつての雪辱を晴らす時……そう意気込んだ彼らは――かつてのそれより尚深い絶望を味わうこととなった。
空を覆い尽くす砲火をくぐり抜け、やっとのことで城壁の下まで辿り着いた彼らは、その時ようやく気付いた。
自分たちの武装では、どう足掻いても、例え遥か昔、極東の島国が行ったように機体ごと突っ込んだとしても、その壁に傷一つ付けることすらできないと言うことに。
折れそうになる心を叱咤して、何とか城壁によじ登ろうとした彼らだが、それは天に登るにも等しい愚行。無謀。進退窮まった彼らを襲うのは、更なる試練。
城壁の端に現れた、黒のBM部隊。教廷の誇る精鋭部隊【教廷騎士】である。
彼ら騎士たちは教廷の旗を掲げ、至高の主と教皇へ捧げる生贄を今か今かと待ち受けていた。
教廷の祭司たちが城壁の引力装置を起動し、教廷特製の機械兵器を壁伝いに滑降させる。
――次の瞬間、彼らは一斉にその牙を剥いた。高く掲げられる【聖旗】。飛び交う何千というサーバントマシン。砦のあちこちから湧き出た彼らは、まるで津波のようにライン領軍を呑み込んだ。
この侵攻に際して配備されたライン領軍のBMは約70万機。対し、教廷が動員したBMの数は100万にも及ぶ。戦力差は傍目にも明白だった。
蹂躙されゆくライン領軍の中に、特に際立った活躍をして孤軍奮闘する一機のBMの姿があった。
「我が同胞たちよ、憶するな! 撃て、斬れ、進め!! 手を止めるな足を止めるな、我らが祖国の攻防は、この一戦にある!!」
ライン領軍所属の、ヒュース・エリン大佐である。愛機である強襲型仕様の【ダガー】とともに幾多の戦場を駆け抜けてきたベテランのパイロットである。
右腕に設置された大型収束ビーム砲を放って敵を散らし、両肩の迫撃砲で牽制しながら周囲の味方へ指示を出す。まさに孤軍奮闘、八面六臂の大活躍だ。
軍属30年という長いキャリアの中で積み上げられてきた彼の戦闘経験は、教廷の精鋭たる騎士たちすらをも圧倒した。
だが彼がどれだけ気張ったところで、戦況というものはたった一人で覆せるようなものではない。……かつての古代兵器は別としても。
しかし彼の奮戦する姿は、多くの友軍たちに勇気を与え、克己を促した。
ヒュース大佐の奮戦と上官たちの激励を受けて、覚悟を決めたライン領軍は、高い士気を維持したまま騎士たちへと襲いかかった。逆襲である。
それを契機として、徐々にではあるが双方の戦力差が拮抗してきた。
このまま行けばあるいは――と、ヒュース大佐やライン領軍の将軍たちが希望を持ち始めた、その時だった。
戦場のど真ん中に、一機のBMが飛来したのは。
滑降ではない。飛来である。そのBMはあろうことか、あの
轟音を立てて、あまりにも派手に乱入してきたBMの姿に、双方の動きが一瞬だけ完全に停止した。
衝撃を殺すように膝を撓めたそのBMは、嫌にゆっくりと身を起こした。
背部の巨大な
騎士たちの戴く教皇スロカイの愛機たる【ネロ】と対をなすような、蒼の機体。
【ネロ】と比べて全体的に細身の機体ではあるが、放たれる威圧感は同等か、それ以上。
緩やかに戦場を一巡していた
瞬間、ヒュース大佐はこれまでに感じたどんな恐怖よりも強い恐怖、畏怖とも言うべき感情を味わった。
「……っ、撃てェ!!」
切羽詰まったヒュース大佐の号令に、ようやくライン領軍は再起動した。
周囲の教廷軍以外のBMが一斉にその砲塔を蒼いBMへと向け、発砲する。ただ一機のBMへ向けて、無数のビームと銃弾とミサイルが撃ち込まれる。
対して蒼いBMが行ったのは、ただ視線を向けるだけだった。
機体のスカート部分から飛び出した八基の長剣型ドローンが、それぞれを頂点として巨大な八角形を形成し、薄緑のビームシールドを展開する。
直後に無数の砲撃が叩き込まれるが、その堅牢なシールドを突破できたものは一つとしてなかった。
「あ、当たりません! 何て硬さだ!!」
「構わん、撃ち続けろ! 奴の動きを止めろ、奴に何もさせるな! いかに強固なシールドとて無限に続くわけでは――」
「――鬱陶しいなァ」
蒼のBMから聞こえてくるのは、年若い男の声。
八角形のシールドに守られながら、そのBMは剣を抜いた。真紅の刀身の高出力ブレードの、二刀流である。
「そんなちゃっちい攻撃じゃあ、どれだけ撃とうと俺と【カリギュラ】は殺せねぇよ」
ついに武器を構えたその姿に誰もが緊張を覚える中、蒼いBM――【カリギュラ】はゆっくりと踏み込んで――一気に加速した。
「なっ、速――」
「遅ぇ」
視界からその姿が掻き消えるほどの加速。彼らが次にその蒼を目にしたのは、抵抗すら許されず同胞のBMが斬り伏せられた時だった。
驚愕する暇もなく、【カリギュラ】は再び突進した。
黙視することすらままならない冗談のような速度に、一機また一機と恐ろしい勢いで斬り倒されていく。
その速度の秘密は、全身14基にも及ぶ高出力スラスターによる爆発的な超加速である。
両腕両足の関節、背部のウイングユニット、スカート部分、果ては後頭部にまで設置されたスラスターを必要に応じて使い分けているのだ。
無論、14基のスラスターを同時に扱うなど正気の沙汰ではない。パイロットへのG負荷はもちろん、一歩間違えば暴発して自爆する羽目になる。
だがそのパイロットは、それをなした。卓越した操縦能力とBMとの親和性、そして生への執着によって。
「くっ……! 止まれ!」
不覚にも呆然とその蹂躙を眺めていたヒュース大佐だったが、何とか味方が全て撃墜される寸前に我に返った。
次々と味方を屠っていく【カリギュラ】を止めるために迫撃砲を連射するが、あまりにも遅過ぎた。
「ふぅ……さて、後はアンタだけ――」
粗方の敵を剣の錆へと変えた【カリギュラ】は、ゆっくりと振り返って――収束ビーム砲の一撃を喰らって吹き飛んだ。
ドゴォォォォン、という凄まじい轟音と衝撃が地面を揺らし、土煙が濛々と立ち込める。
BMの一機程度なら易々と消し飛ばす収束ビーム砲だ。生き残っているはずがない、ないのだが――何故かヒュース大佐は、警戒を解く気にはなれなかった。
そして、案の定――
「ヒャァハハハハハハァ!!」
「……くぅっ!」
土煙を突き破って、例の超加速で突っ込んできた【カリギュラ】の双剣に、何とか持ち上げた左腕の大型シールドを打ち合わせた。
十分に警戒しての防御だったと言うのにギリギリのタイミングだった事実に改めて戦慄しながらも、ヒュース大佐は冷静に対処した。
大型シールドの表面を滑らせるようにして捌きながら、近接戦闘の邪魔になるビーム砲を放棄。空になった右腕を【カリギュラ】へと突き出し、内蔵ビームガトリングを連射しながら後退。
対する【カリギュラ】は剣戟を受け流された衝撃に抗わず側面にスライドするように移動。掲げた左腕から放射状にビームシールドを展開してビームガトリングを防御しながら再び接近。
鋭く研ぎ澄まされた【カリギュラ】の横薙ぎの斬撃に、機体を大きく傾けることで回避するが、直後に跳ね上がったもう片方の剣が右肩の砲塔を斬り裂いた。
「ぐっ……!」
全力で後退し、今更ながら再認識する。機体の性能もさることながら、このパイロットは本当に強い。
出し惜しみなどしている場合ではない。己に持てる全てを振り絞ることでしか、この強敵を打倒する術はない。
覚悟を決めたヒュース大佐は、自分専用にチューンナップされた【ダガー】に搭載されたある機能を起動した。
機体のバックパックが展開し、四本の小型マニピュレーターが稼働する。
上下それぞれ二本ずつ。上方の二本は同じくバックパックから取り出したハンドレールガンを構え、下の二本は長距離粒子ライフルを構えた。
「へぇ? そいつがアンタの本気ってわけかい?」
「…………」
ヒュース大佐は答えずに、全砲塔を開放、乱射した。
無数のビームと砲弾が【カリギュラ】を襲うが――【カリギュラ】が選んだのは、後退ではなく前進だった。
左手の高出力ブレードを仕舞いビームシールドを展開、左腕を完全に盾にして【ダガー】へと突進する。
「チィッ……! 重いな……だが!」
やはりこれだけの質量の攻撃を片手だけで受け止めるのは無理があったようで、【カリギュラ】の左腕がぎしぎしと軋む。
それでも【カリギュラ】は突進を止めなかった。
スラスターを細かく吹かし、必要最小限の攻撃のみを防御。残りは全て回避。どうしても無理なものはブレードで斬って捨てた。
少しずつ、着実に接近してくる【カリギュラ】に、ヒュース大佐は改めて舌を巻いた。
(この弾幕を強引に突き破るか……! やはり凄まじいな)
少しずつ前進を重ねて、【カリギュラ】はついに【ダガー】を剣の間合いに収めた。
シールドを解除していざ斬りかかろうとする【カリギュラ】だったが、その直前に、【ダガー】の肩の装甲が展開し、内蔵のミサイルポッドが出現した。
「なっ、てめぇ……!」
「すまないな、少年」
シュドドドドッ!! と至近距離から発射される計六発のミサイル。
この距離ではもはや回避も防御も不可能。私の勝利だ――そう、ヒュース大佐が確信した、その時、ふと目の前の蒼いBMから、笑みを含んだ声が聞こえてきた。
「――なぁんてな?」
「なッ!?」
【カリギュラ】と【ダガー】の間に割り込んできたのは、最初の掃射を防ぎ切った、【カリギュラ】の長剣型ドローンだった。
必殺のミサイルは薄緑のシールドに阻まれて、戦果を残さないままに四散する。
失念していた。というより、最初の攻撃を防いだ時点で収納されていたので、再使用まで時間がかかるものだと思い込んでいた。
呆然とするヒュース大佐に対し、これまでのお返しと言わんばかりに猛然と躍りかかる【カリギュラ】。
真紅の光芒を描き双剣が乱舞する。
牽制しようとした迫撃砲が斬り飛ばされた。
展開した小型マニピュレーターが斬り飛ばされた。
ビームガトリングを起動しようとした左腕が斬り飛ばされた。
盾に内蔵されたダガーで受け止めようとした右腕が斬り飛ばされた。
堪らず後退しようとスラスターを噴かせるが、ガクン、と期待に衝撃が走って動きを止められる。
痛みに呻きながら機体を見れば、両膝と背部のバックパックに長剣型のドローンが突き刺さり機能を停止させていた。
「………………フッ」
ここまでか、と自嘲するような笑みを浮かべて見上げれば、ブレードを振り上げながら悠然とこちらを見下ろす蒼いBMの姿があった。
「俺の勝ちだな」
「ああ。……そして、私の敗北だ」
潔く敗北を認めるヒュース大佐。ここまで完璧に機体を破壊されてしまっては、もはやどうしようもない。いっそ笑えてくるような完敗だった。
どうせこの侵攻も直に終わる。我々ライン領軍の敗北という形で。元々無謀な作戦だった。この作戦に従事すると決断した時点で覚悟は済んでいる。
惜しむらくは、部下の命を無駄に散らせてしまったことだが……
「そう言えば、まだ君の名を聞いていなかったな」
「俺も聞いてねぇけど?」
「そうだったか? 私の名はヒュース・エリン。君は?」
「……ウルフェン。ウルフェン=ノービス」
少年が口にしたウルフェンという名を聞いて、ヒュース大佐は思わず失笑した。
まさか、【教皇の猟犬】、【餓狼】とさえ呼ばれて畏怖されるかのパイロットが生涯最後の敵になるとは。
操縦席に深く腰掛け、晴れやかな笑みを浮かべて目を瞑る。
直後に振り下ろされる剣。
高出力ブレードの鋭い刃が、BMの強靭な装甲を斬り裂き、大破寸前だった【ダガー】を一刀両断した……瞬間、ウルフェンは全力で後方へ飛び退いた。
真っ二つになった【ダガー】が、それまでウルフェンが居た場所を巻き込む勢いで、盛大に自爆したからであった。
景気よく吹っ飛ぶ【ダガー】を眺めて、ウルフェンは思わず溜息を吐いた。
「……食えねぇ敵だ」
§
ライン領軍の侵攻により、教廷が俄かに騒がしくなり始めた頃。
第七代目教皇にして教廷軍最高指揮官たる少女、スロカイは……盛大に暇を持て余していた。
戦時中に何を呑気な、と思うかもしれないが、大体の場合においてスロカイが直接陣頭指揮を執ることはない。
教廷側からどこかに侵攻するのならともかく、今回のような防衛戦であればスロカイが指示を下すまでもなく、何一つ問題なく対処できるので。
教廷騎士であり自身の側近でもあるマティルダやウェスパに任せていれば、いずれ戦勝報告を引っ提げてくるだろう。
執務も済ませた。というよりほとんどの仕事はスロカイに回ってくる前に文官たちが済ませてしまう。
なので、はっきり言って暇だった。
自室の巨大なベッドに寝転がって怠惰を貪るスロカイの姿は、常の威厳に溢れる彼女しか知らない者にとっては目を疑うような光景だろうが、彼女のごく近くに侍る侍従や、それこそウルフェンなどにとっては当たり前の事実だった。
何気なく机を見れば、ケースに入れられたカードがある。
暇そうにしていたスロカイに、ウルフェンが買ってきて、教えてくれたものだった。
最初は「凡人たちの遊戯など……」と嫌そうにしていたスロカイだったが、やり込む内にいつの間にかのめり込んでいて、今ではマティルダやウェスパも交えて遊ぶようにまでなっていた。
自分でも少し嵌まり過ぎている自覚はある。たまにウルフェンに苦笑されることがあるので。
そこまで考えて、いつも自分の隣で勝ち気に笑っている青年のことを思い出して、コロリと寝返りを打った。
最初に彼と出会ったのは、ふと思い立ってお忍びで出かけた時のことだった。
声をかけたのは、単なる好奇心。慈悲をかけたのは、終わりゆく命への憐れみ。
そして彼を助けたのは……彼のあまりの不条理さに興味を抱いたから。
だから彼の機械化はスロカイ自身の手で行った。少し悪ノリし過ぎて色々やらかした自覚はあるが、まあ許容範囲だろう。せいぜい手首からビームソードが出るとかそんな程度である。
正直に言って、彼がBMのパイロットとして教廷騎士の中で頭角を現すようになったのは、完全に予想外だった。
しかも、スロカイの見立てでは……彼は、スロカイの次ぐらいに、
スロカイのように機械を自在に操る力はないようだが、それでも彼は、あらゆる機械を己の手足のように扱うことが出来る。スロカイ自らが設計して作り上げた【カリギュラ】も、彼以外に扱える者など存在しない。
もしこのことをあの厄介な叔母に知られれば、間違いなくウルフェンは狙われる。原理主義者の筆頭のような叔母ならば、躊躇なく襲撃拉致監禁程度のことはやってのける。
……ふと、思った。
何故自分は彼のことをこうも気にかけるのだろうと。
あの叔母がウルフェンに目を付けることを危惧しているのは確かだ。ただでさえ面倒な叔母にウルフェンの力が渡れば大変なことになる、と本気で思っている。
だが、今のスロカイの中では……ウルフェンの身を心配する気持ちの方が勝っている。
……あり得ないことだ。機械神を信奉する教皇として、あり得てはならないことだ。
そもそもウルフェンは、スロカイにとって何一つ特別な要素はない。スロカイが拾ってきて機械化を施して騎士に加えたと言うだけなら、マティルダ達も同じだ。
なのにどうして、ウルフェンだけが『違う』のか。
彼の存在に安心する。
彼の笑顔に安堵する。
何故。どうして。
「……
口の中だけで呟いて、スロカイはダークラビット――布と機械で出来た妙な兎のぬいぐるみをぎゅっと抱き締めた。
カードゲームの楽しさも、プリンの甘さも、スロカイが知らなかったことは彼が教えてくれた。
スロカイのことを教皇として重んじながらも、その肩書に臆することなく踏み込んでくる彼の存在が、どうしようもなく心地いい。
「……会いたい」
彼のことを考えていると、無性に会いたくなってきた。
今は防衛戦の真っ最中だが、
そうと決まれば善は急げ。
ガバリとベッドから勢いよく起き上がったスロカイは、意気揚々とドアに向かって歩き出そうとして……ふと立ち止まって、髪や服の乱れを確認してから、再び歩き出した。
しかし、ドアノブに指をかけたところで、
「スロカイ様、いらっしゃいますか?」
「……マティルダ? どうした?」
どうやらドアの向こうに居るのは、教廷騎士の一人にして側近のマティルダのようだった。
もう終わったのか? と首を傾げるスロカイだったが、怒り心頭という風な声のマティルダの報告を受けて、表情を消した。
「……ウルフェンが、【カリギュラ】を持ち出した……?」
§
開戦から約一時間後。防衛戦は終結した。無論、侵攻してきたライン領軍の潰走という形で。
まあ当然の結果ではある。
向こうは今頃追撃を警戒しながら退却している頃だろうが、こちらにとってはこれはあくまで防衛戦であり、追撃など行う意味がない。
故に取り越し苦労というものなのだが、ここで言っても栓のないことだろう。
等と考えながら、シャワーを浴びてすっきりしたウルフェンは軽い足取りで自室へ向かっていた。
自室待機の命令を受けていたにも拘らず出撃したため、マティルダからはそれはもう嫌味を喰らったが、ウルフェンにはノーダメージである。
というのも、最近は戦いへの欲求を発散させる機会がなかったので、かなり欲求不満だったのだ。
その欲求不満も今回の戦いで解消できたので、爽快な気分のウルフェンの足取りはとても軽かった。
鼻歌すら歌いながら、聖殿で与えられた自室のドアを開けたウルフェンは、思わず声を上げて驚いた。
いつの間に入ったのか、ウルフェンの主人である教皇スロカイが、ウルフェンの椅子に足を組んで座っていたのだ。
「うおっ……スロ、あー、教皇様?」
「敬称はいいわ。ここには
私という一人称を使っていると言うことは、現在はスロカイモードらしい。
ちなみにスロカイモードとは、今のようにスロカイが砕けた態度を取っている状態のことを指す。逆に教皇として威厳溢れる姿を見せている時は教皇モードという。
とりあえずドアと鍵を閉めてウルフェンも中に入る。
「そうですか……いや、そうか。じゃあスロカイ、何でこんなところに居るんだよ?」
……マティルダ辺りが聞けば即座に怒鳴られそうな言葉遣いだが、スロカイに気にした様子はない。
ウルフェンがここに連れてこられたばかりの頃、ウルフェンは敬語を使うことが出来ずにずっとタメ口で喋っていたために、今でも二人きりの時は、共に砕けた言葉を使っているのだ。
それを確認したところで、来訪の用件を聞いてみたウルフェンだったが、帰ってきたのは突き刺すような冷たい眼差しだった。
首を傾げて、その視線の意味に思い当たったウルフェンは、思わず乾いた笑みを浮かべた。
「ねぇ、ウルフェン。私、言ったわよね? 今回もあなたの力は必要ないだろうから、自室で待機してなさいって」
「えー、いや、それは……」
「言ったわよね?」
「はい」
スロカイがスッと手を上げると、それに呼応するように部屋にあった機械類がふわふわと浮かび始めた。
スロカイのみが持つ機械神からの加護、機械に命を与え自在に操る力、【
これを使うと言うことは相当に怒っている証拠なので、ウルフェンは素直に平伏することにした。
「どうしてこんなことをしたの?」
「えーと、最近、全力で戦える機会がなくて……ちょっと、欲求不満だったと言いますか」
「よくマティルダと喧嘩してるじゃない。BMまで持ち出して。あれはどうなの?」
「あれはほら、一応お互い弁えてるから微妙に手加減し合ってるし……」
「すぐカッとなるくせに、妙なところで冷静ねあなたたち……」
ぐうの音も出ない。大概の場合はマティルダの方から突っかかってきて、それをウルフェンがおちょくって、お互いヒートアップしてきたところで「表出ろ」となるのだが、血の気が多いことに変わりはない。
恐縮するウルフェンに、スロカイは大きく溜め息を吐いて、
「あなた、私がここまでしてあなたを戦場に出そうとしない理由を理解しているの?」
「……シンシア様に俺の力が露見することを防ぐため、ですか」
「そうよ。あの人は典型的且つ究極的な原理主義者だから。もしあの人の手に落ちて研究材料になんてされてみなさい。あなたの人権なんて一切考慮されない。機械神の加護を得る、という名目で好き放題されるのが関の山よ。もっとも、あなたがあの人の方がいいと言うのなら別だけれど」
「いや、流石に俺もそれは遠慮したいぞ……それに、俺が忠誠を誓って、一生懸けて守りたいと思うのは、スロカイ、お前だけだ」
「……そう思うのなら、ちゃんと私の言うことを聞いて」
ふいっと顔を背けてしまうスロカイだが、これまでの一見キツイ言葉は全てウルフェンを気遣ってのものであるのは明白だ。
日頃他人を「凡人」と呼んで憚らない彼女がこうまで気を配ってくれているのだ、これからは少し控えよう……でもたまには――
「痛っでぇ!!」
「また妙なことを考えたわね?」
何故分かる。額に直撃したリモコンの痛みに悶えながらスロカイの方を見れば、彼女はいつの間にか教皇モードに入っていた。
「ウルフェン=ノービス。教皇たる余の勅命である。……よいな?」
「仰せのままに。教皇様」
教皇として言い渡されてしまえば、教廷騎士であるウルフェンとしては謹んで拝命するほかない。残念なことに。非常に残念なことに。
未だ未練タラタラなウルフェンに呆れた目を向けるスロカイだったが、結局は何も言わなかった。
「まあいいわ。……それより」
「?」
首を傾げるウルフェンだったが、スロカイが徐に取り出したものを見て苦笑した。
「暇よ。私と遊びなさい」
「またカードかよ……」
自分で進めたものとはいえ余りの嵌まり具合に苦笑が沸くが、嫌なわけではない。
むしろ昔と比べれば態度が柔らかくなったのもあって、好ましい傾向でもある。
ウルフェンはカードを手にして、はっきりと楽しそうに緋蒼の瞳を輝かせる愛らしい主人に微笑みを零して、対面の椅子に腰かけた。
「いいぜ。何を賭ける?」
「そうね、なら私は――」
まあ、スロカイに拾われてから、教廷騎士となってから色々あったけれど。
それでも今は、かつての抜け殻のようにただ生きていた頃と比べて……幸せなのは、間違いないだろう。
だから、
「ありがとな、助けてくれて」
「何か言ったかしら?」
「いんや、何も」
オリ主
・ウルフェン=ノービス
かつて名もなき浮浪児だった少年。新暦23年当時で17歳。死にかけていたところを教皇スロカイに拾われ、肉体の機械化を受けて命を繋ぎ止める。
その後は命を救われた恩を返すために死ぬ気で鍛練。教廷騎士に就任し、スロカイのために力を振るう。ちなみに割と戦闘狂の気がある。
戦闘における才能はピカイチ。BMとの親和性も高く、スロカイが手放しに絶賛するほど。またスロカイの見立てでは、彼はスロカイの次に機械神に愛された存在らしく、あらゆる機械を十全に扱うことが出来る。それもあって、スロカイが直々に建造に関わった【カリギュラ】を下賜された。
特に生還能力、生き残ることに関しては騎士たちの中でも随一であり、異様に鋭い勘と形振り構わない戦い方、スロカイへの絶対的忠誠心から【教皇の猟犬】などと揶揄されることもあるが、本人は特に気にしていない。割とどうでもいいことだったりする。
生に執着してはいるが、もし万が一、己の命かスロカイの命かを選ばなければならない場面があったとするならば……彼は躊躇なく、後者を優先するだろう。
スロカイに向ける感情は、恩義が3、忠誠が3、親愛が3、そしてほんのりとした思慕が1。傍から見れば彼の想いは明白なのだが、彼自身はそういう経験がなかったため自分の感情を自覚していない。
日々をつまらなそうに過ごしていたスロカイを見かねて、カードゲームなどの娯楽を教えてみればがっつり嵌まってしまい少し苦笑気味。
マティルダとは馬が合わないようでよく喧嘩しているが、ウェスパとの関係は良好。
彼に自身の生い立ちに関する記憶はなく、身元は全くの不明。髪や目の色から極東日ノ本の生まれだと推測されるが……
スロカイとの出会いにおいても、常人ならばとっくに死に至っているような重症でも口を動かしていた辺り、機械化を受ける以前から普通ではなかったようだ。
オリ機体
・カリギュラ
ネロSのデータを流用してスロカイ自身が設計したウルフェン専用機。
14基もの高出力スラスターを設置したことにより、汎用性を犠牲に頭のおかしい速度を手にした。
距離:近接戦向け
製造:テクノアイズ
・基本ステータス
耐久:4560
重量:145
サイズ:6.3×7.6
速度:102
・フレーム特性
超加速:自身の突進速度を120%上昇。近接攻撃を受けた時、相手の背後に瞬間移動する。発動間隔:12秒。
・武装
剣型格闘 高出力ブレード×2 火5
特殊武器 ブレードドローン 45*8 火4
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
0-1 お出かけしましょう(前編)
「外に出たい」
「は?」
とある日の朝。教廷内のウルフェンの自室にて。
何故か目覚めたら部屋に居て、部屋の主よりも寛いでいる主人の言葉に、ウルフェンは思い切り怪訝な目を向けた。
「聞こえなかったの? 外に出たいって言ったのよ」
「いや聞こえてるが……その上で、は? って言ってるんだよ。藪から棒にどうした」
「暇なのよ」
吐き捨てるようにそう言って、スロカイはだらしなくゴロンと寝転がった。……ウルフェンのベッドに。
「おい、そこ俺のベッド……」
「あら、ダメだった?」
「ダメじゃないが」
「ならいいじゃない」
よくないんだよ、とウルフェンは心の中で毒づいた。
中身はかなりのわがまま娘とは言え、その外見は文句のつけようのないとんでもないレベルの美少女だ。加えて、少なからず憎からず思っている相手である。
そんな少女が、いつも自分が寝ているベッドに無造作に身を投げ出している……何とも妙な気分になると言うか、正直心臓に悪い。
「とにかく暇なの。暇で暇で仕方がないわ」
「わーかったから、足を開くな足を……見えるぞ」
ハッ、と鼻で笑われた。この野郎。
「つーか俺今忙しいんだけど。この書類見えねーの?」
げんなりした様子で零すウルフェンの手元には、大量の書類が山積みになっていた。
今日中に終わらせなければならない書類たちである。……尤も、事務仕事が面倒臭いからと貯め込んでいたウルフェンがそもそもの原因であるため、同情の余地はない。
「それはいつ頃終わるの?」
「あー……終わるかどうかすら怪しいな。正直気が滅入ってきた」
「なら、息抜きがてら一緒に行きましょう」
スロカイの言葉に、思わず目を瞬かせるウルフェン。
「俺も行くのか?」
「もちろん。お忍びの遊覧だけれど、護衛は必要でしょう?」
「初対面の時のあなたは何をしてらっしゃったんですかね、教皇様?」
「…………」
「こっち見ろよ」
よくよく考えれば、いくら機械神の加護があるとはいえ子供が一人で出歩くのはかなり危険なことだったと思う。それが彼女ほどの地位を持つ人間であれば尚更だ。
いや、どこぞの原理主義者なオバサンなら躊躇なくスロカイを送り出しそうだが。
「余の命令に逆らうと言うのか? ウルフェン」
「教皇の威厳の無駄遣い……」
呆れた視線を向けるウルフェンだが、彼の心はスロカイの誘いを受ける方向に大分傾き始めていた。
何と言っても、事務仕事が面倒臭い。だがここでスロカイの護衛として動けば合法的にサボれる。何せ教皇様直々の御指名なのだから、逆らう方が無礼というものだろう。
口うるさいマティルダも何も言えまい……嫉妬に狂った彼女とまた喧嘩になりそうな気はするが。
数秒逡巡して、結局ウルフェンはペンを置いて立ち上がった。
「教廷騎士ウルフェン=ノービス、教皇様の護衛、承りました。……これでいいか?」
「ええ、満点よウルフェン」
苦笑しながら上着を羽織るウルフェンだったが、スロカイの見せたどこか甘い笑みに体が固まった。
顔に上ってきた熱を隠すようにスロカイに背中を向けて、ややぎくしゃくとした動きで片付けを再開する。
「あ、あー、そういや、どこに行くんだ?」
「まだ決めてないわ。せっかくだから、どこか遠いところに行きたいわね」
「遠いところっつってもな……」
そもそも【機械教廷】という国家(と言っていいのかは分からないが)は、機械神と教皇であるスロカイへ奉仕することを目的に作られた宗教組織だ。
この地に住まう者たちの目的は、教皇庁で芸術的な機械を研究することにのみある。元々外部の俗世などに興味はない。
教廷側から外界へと積極的に接触したのは、かつての【浄化戦争】の時のみ。
つまり、この国には観光地と言えるようなものが全くと言っていいほどないのだ。
スロカイが聖殿を出るのは実に数カ月ぶりだ。国内の視察程度では彼女の無聊を慰めることは出来まい。
だからと言って国外へ出るとなれば、それはもはやウルフェン個人で処理できる範疇を超えている。ウェスパ辺りにも付いてきてほしいものだが……。
「もしこの件を秘密にしてくれるなら、【カリギュラ】に乗せてあげるわ」
「どこへなりともお連れいたします教皇陛下」
……実は数か月前の防衛戦でウルフェンが勝手に出撃して以来、スロカイの勅命によって【カリギュラ】は封印されてしまったのである。封印と言っても、ウルフェンが絶対に触れられないように徹底的に遠ざけたと言うだけだった。
時折【ブラッディウルフ】を拝借してウェスパとやり合うことでストレスを発散していたが、最近になってそれも追いつかなくなっていた。
スロカイのわがままを聞き入れるだけでこのもどかしさを解消できると言うのなら、マティルダからの説教など安いものだった。
「……そう言えば、ウルフェン。あなた最近、テクノアイズを訪ねたんですってね。何か用があったの?」
「ああ、リルルの奴に専用のバイクの発注を頼んでたんだよ。暇そうにしてたからダメ元で頼んでみたらあっさりオーケーされた」
リルルとは、【機械教廷】のBM開発を一手に担う技術者集団テクノアイズの一員の整備士である。
見た目の年齢は十歳前半の幼女にしか見えないが、本人曰く「スウィーツの食べ過ぎで成長が停止している」らしい。……らしい。
「バイク、ね……ウルフェン、私、乗ってみたいわ」
「は? 【カリギュラ】で行くんじゃなかったのか? ……途中で乗り換えるってことか?」
「ええ。【カリギュラ】であればバイクの一台程度なら載せて
「そりゃ行けるだろうが……まあ、いいか」
何であろうが【カリギュラ】に乗れると言うのなら、ウルフェンとしては全く問題ない。
とりあえず騒ぎにならないようにスロカイにお忍び用のマントを被せて、二人は連れ立って【カリギュラ】を預けてある格納庫へ向かった。
§
やや薄暗い奥行きのある空間に、直立不動で並び立つ数十機ものBMたち。
物言わぬ機械の巨人たちが整然と並びこちらを睥睨する様は、ある種の威圧感すら感じさせる。
普通の感性を持ち合わせる人間ならば、この空間に足を踏み入れた時点で尻込みしてしまいそうなものだが、今しがたここを訪ねてきた二人組にとってはむしろ慣れ親しんだ空気だった。
特にフードを目深に被った小柄な人影の方は、目に見えて体の力を抜いている。
数人の整備員たちが忙しなく動き回る中を闊歩する青年――ウルフェンは、現場を取り仕切っていると思しき男性に声をかけた。
「おーい、レインのおっちゃん」
「んん? おおっ、ノービス卿、お久しぶりですな! お元気そうで何よりでございます」
「元気って言っちゃぁ元気だよ……ストレスが溜まっちゃいるけどな」
「ははははっ! 申し訳ない、教皇陛下の勅令とあっては我々としても無視するわけにはいきませんからな!」
愉快そうに大笑いする大柄な男性の名は、レイン。
テクノアイズでこの格納庫の責任者を務め、さらにはスロカイから直々に【カリギュラ】の整備士に指名された、凄腕の整備士である。
明るく裏表のない性格と、長く【機械教廷】の発展に寄与してきたその実績から、教廷内でも彼に敬意を向ける人間は多い。
その2メートルに届こうかと言う大柄な肉体もさることながら、特に目につくのは、両肩から生えた機械の腕。
彼はその身をサイボーグ化する際に、作業の効率化を目的として二本の
最初は彼も苦労したらしいが、今では文字通り自分の体の一部として自由自在に動かしている。
「して、今日の訪問の用件は何ですかな? もしや、【カリギュラ】の件ですか?」
「ああ、そうだ」
「ムムム……他ならぬノービス卿の頼みとなれば叶えてやりたいのは山々なのですが……何分教皇陛下からの――」
「それについては問題ないぞ。ほれ」
器用に四本の腕を組んで唸るレインに、ウルフェンは後ろに控えて成り行きを見守っていた小柄な人影――スロカイの被っていたフードを一瞬だけ捲り上げた。
レインは格納庫の鈍色の光源に晒された、比べるもののない美貌と神秘的な緋蒼の瞳を目にして、腰が抜けんばかりに驚いた。
「きょ、きょきょきょ、きょうこ……――っ!?」
思わず大声を上げかけたレインだったが、再びフードを被り直したスロカイが唇に人差し指を当てたのを見て、何とか口を噤む。
「まあ、そう言うわけだおっちゃん。許可は取ってある。いいよな?」
「……そう言うことでしたら断れませんな。全く、最初から言ってくだされば……」
「面白くないだろそんなの」
「この老骨めには些か笑えない冗談ですなぁ……」
ぶつくさ言いながらも、「こちらです」と先導するレインに従って二人も歩き始める。
先程のやりとりを見ていたのか、機体の整備をしていた数人が二人に向かって礼を取ろうとして、機材を取り落として慌てる、と言った風景がそこら中で見られた。
レインに一喝されて全員作業に戻ったが、やはり動揺は色濃く残っているようで、明らかにぎくしゃくとした雰囲気だ。
「あー……やっぱスロ、教皇様は連れてこない方が良かったか?」
「ははは、まあ少し控えてほしかったと言う気持ちはありますが……と言うか、教皇陛下とそんな風に接することが出来るのはノービス卿ぐらいですからなぁ」
はっはっは、と大笑いするレインに閉口するウルフェン。
背中でクスクスと笑うスロカイにツッコミたくなったが、流石に人前でするわけにもいかないので耐える。
多大な精神的疲労を負いながら向かった先は、格納庫の外に設置された滑走路。
その中心に三人が歩み寄り、そばのコンソールにレインが何らかのコードを打ち込むと、滑走路の地面の一部が円形に落ち込み、中から大きなリフトがせり出してきた。
そのリフトに乗せられているのは、翼を広げた、蒼穹を纏う一機の
その戦闘機の姿を見て、ウルフェンは分かりやすく高揚した。
「お、おぉ……っ、数か月振りの【カリギュラ】……!」
スロカイをおいてけぼりにして戦闘機――高機動モードの【カリギュラ】に駆け寄ったウルフェンは、そのままひしっと抱きついた。
そう、スロカイが設計を主導した高速機動特化BM【カリギュラ】は、【機械教廷】に籍を置く機体の中でも唯一の、
そのまま離れる様子のないウルフェンに、レインはそっと溜め息を零した。
「いやはや……重症ですなぁ」
「あれでこそ、余の臣下であろう」
独りごとに答えが返ってくるとは思わず目を瞬かせるレインだったが、スロカイはそんなレインに見向きもせずにウルフェンと【カリギュラ】に向かって歩き出していた。
「ウルフェン、久方ぶりの再会に舞い上がるのもいいが、余の命を忘れてはおるまいな?」
「へ? ……あー、ええ、もちろんですとも。お忍びの外出ですよね、今準備しますので……」
スロカイの言葉に気まずげにしたウルフェンは、いそいそと【カリギュラ】のボディを駆け上がって、機体上部に位置するコックピットに飛び込んだ。
各種機器をいじって機体の確認をしながら、ふとウルフェンは自室でのやり取りを思い出してレインに声をかけた。
「おっちゃん! 俺のバイクってここにあるよな?」
「リルル嬢が送ってきたものですかな? ええ、ありますよ。加えて言うなら、【カリギュラ】を動かすと聞いた時点で積み込ませております」
「……流石、仕事の早い」
「お褒めに預かり光栄ですな! はっはっは!」
何も言わずとも完璧以上に仕事をこなす凄腕の整備士を称賛している内に、機体のチェックは全て完了した。
ウルフェンは満足げに息を吐いて、下でウルフェンを待つスロカイに呼びかけた。
「終わりましたよ、教皇陛下。俺が抱き上げて乗せますか?」
「その必要はない」
フッ、と笑みを零して、スロカイが滑走路に備え付けられた物資運搬用のクレーンへ視線を向ければ、独りでにそのクレーンが動き出し、スロカイの足元にそっとその手を横たえる。
仮初めの命を与えられ教皇スロカイの僕と化したクレーンは、スロカイが自らの上に足を乗せたことを確認すると、恭しく【カリギュラ】のコックピットへと導いた。
悠々とコックピットの後部座席に飛び乗ったスロカイに、ウルフェンは思わず苦笑を零した。
「……相変わらずやることが派手だな」
「出来ることをやっただけよ。文句を言われる筋合いはないわ」
「へいへい。……それじゃ、出発しようか」
「ええ」
短いやり取りを終えると、ウルフェンは操縦桿を握り締め、スロカイはシートに深く背中を預ける。
コックピットのハッチを閉じ、エンジンを点火。キィィィィン、と甲高い吸気音が鳴り響く。
待機していたレインにハンドサインを送って、ウルフェンは一気にアクセルを踏み込み――直後、【カリギュラ】の機体は爆発的な加速を見せて、蒼穹へと溶けて行った。
§
教皇庁の滑走路から飛び立って約十分後。
二人を乗せた【カリギュラ】は、高度約2000メートル辺りを緩やかな速度で飛行していた。
コックピットの窓から下へ目を向ければ、一面に広がる切り立った山脈の姿。
今の季節は春。芽吹きを迎えた植物たちは山々に彩りを与えて、冬眠から目覚めた動物たちが活発的に動き回り、生命の輝きに満ちている。
特に目的地を定めるでもなくふらふらと遊覧しているわけだが……そう言えば、結局どこに行くのかを聞いていなかった。
「なあ、スロカイ。結局どこに――」
振り返って問いを投げかけようとしたが、ハッチの外を見つめるスロカイの顔を見て思わず口を噤んだ。
いつもは悠然とした笑みを浮かべている彼女の横顔は、今はまるで……そう、年相応の少女のように輝いていた。
蒼緋の瞳は忙しなく動き回り、移り変わる景色に感嘆の吐息を零し、鳥たちが視界を横切る度に肩を跳ねさせる。
ずっと狭い教廷の中に居た彼女にとっては、こんな風景ですら馴染みのないものなのだろう。
仕方ねぇなぁ、と苦笑を零したウルフェンは、そのまま操縦桿を倒して旋回、Uターンした。
「……ウルフェン?」
「俺も【カリギュラ】に乗って飛ぶのは久しぶりだからな。このまま二、三周くらいしてもいいか?」
振り返らずに答えたウルフェンの真意に思い当たったのだろう。スロカイはくすりと笑みを零して、しかし指摘することはせずに、
「ええ、いいわよ。どうせなら十周ぐらいしてもね」
「……了解」
§
結局二人が空中遊覧に飽きて【カリギュラ】を降りたのは、優に一時間は飛んでからだった。
上空から適当に目星をつけた港町に向かうことになったのだが、流石に【カリギュラ】に搭乗したまま向かうわけにもいかない。
何せこれから向かうのは、数か月前にあれだけ激しく争ったライン連邦の町なのである。そんなところに教廷のBMに乗った人間が行けばどうなるか、考えたくもない。
なので、町から十分に距離を取った場所に【カリギュラ】を隠して、そこからはウルフェンのバイクで向かうことになった。
ここは丘陵地帯のようで地面の凹凸がかなり激しく、隠し場所には困らなかった。
【カリギュラ】を隠した場所から町まで5キロ以上はあるのだが、機械神の加護を持つスロカイとサイボーグであるウルフェンならば何の問題もない。
そして今は、町へ向かうためのバイクを準備している最中だった。
「よいしょっ、と」
「これが、リルルに頼んでいたと言うバイク?」
「ああ。……正直、何か変な機能を付けられたんじゃないかと心配してたんだが」
どうやら疑い過ぎだったようで、少なくとも表面上は普通の大型バイクそのものだった。
カラーリングはやはり青。シート下のトランクと二対になったマフラーがやたらと大きいのが少し気にならなくもないが、バイクとしての性能は十分以上である。
「洗練されている。純粋に『速く走る』ことにのみ意識が向けられている。あなたに合った、いい機械ね。……ん?」
「どうした?」
「いえ、何でもないわ」
バイクに手を置いて何かを確認していたスロカイが、こちらに面白がるような視線を向けてきた。……凄まじく不安になる挙動である。一体何に気付いたと言うのか。
問い質したくなる気分をぐっと堪えて、一緒に持ってきていたヘルメットを被る。スロカイにももう一つのヘルメットを勧めたが拒否された。……危ないぞ?
「早く行きましょう。上で時間を使い過ぎたわ」
「ほいほいっと」
こちらの気遣いをなかったことしてくれている発言に笑みを零しながら、ウルフェンはバイクにまたがり、キーを差し込んだ。
このバイクのシートはかなり広く作られているので二人乗りもわけはない。ウルフェンに続いて、スロカイも乗り込んで……ギュッと、ウルフェンの背中に抱きついてきた。
背中を包み込む柔らかい感触に、思わず硬直するウルフェン。
「ウルフェン? どうかしたの?」
「いや……そんなに抱きつく必要があるか?」
「体勢を固定しないと危ないでしょう」
「…………」
危ないと言うのならヘルメットをつけてくれ、と言いたくなったが、これ以上言い募ると藪蛇になりそうな気がしたのでそっと口を噤む。
あまり意識していると思われたくないし、俺が我慢するしかないか、とウルフェンは覚悟を決めた。……背中に感じる二つの山の感触に揺らぎまくりだったが。
ヘルメットを着けていることに改めて感謝した瞬間だった。
「あー……じゃあ、出発するか」
「ええ」
クラッチを切ってギヤを切り替え、アクセルを回し、発進。
最初はスロカイを気遣ってやや低速で走っていたが、本人の希望もあって、すぐにほとんど最高速度になっていた。
リルルの設計したこのバイクの最高速度は、時速400キロ。普通なら制御しきれずに即クラッシュするところだが、ウルフェンにはあらゆる機械を十全に扱えると言う機械神からの加護がある。
粉塵を巻き上げながら、猛スピードで目的地へとひた走る。
全身を叩く風圧が心地いい。果たしてスロカイは大丈夫なのかと心配になるが、本人は至って普通に話しかけたりしているので問題はなさそうだ。もちろん気は抜かないようにしているが。
十分ほどそのまま走らせていると、
「……ん? あれは……戦車か?」
100メートルほど先に数十台の戦車が一列になって行進しているのが見えた。
遠目からでも分かるほど規格はバラバラ、特にエンブレムも入っている様子はなく、速度も列も乱れまくり……全身を使って「私たちはならず者です」と主張している。
察するに、あれは盗賊団なのだろう。戦車の台数からしてそれなりの規模ではあるらしい。
盛大に粉塵を巻き上げながら進むその盗賊団の存在に、スロカイも気付いたらしい。
「あれは……盗賊団かしら?」
「みたいだな。どうやら一仕事終えた後らしい」
「……どうするの?」
「どうもしねーよ。俺らは観光に来ただけだからな。奴らを取り締まるのはこの国の連中の仕事だ……って、おい?」
わざわざ自分から面倒事に首を突っ込む必要もない、と続けようとしたのウルフェンだったが、いきなりスロカイにヘルメットを剥ぎ取られた。
更に言えば、何故かバイクの操作が利かなくなった。ウルフェンがどれだけブレーキをかけようと止まらず……独りでに、盗賊団の方へ……。
「おい、これお前の仕業だな!?」
あらゆる機械に命を与え、己が従僕として従える力、スロカイのみが持つ機械神の加護、【
こんなことが出来るのはスロカイをおいて他にない。……犯人が分かっても、その意図は全く分からないのだが。
どうにかスロカイを止めようとしている内に、盗賊団との距離は徐々に徐々に近付いていく。50メートル、40メートル、30メートル……。
「何やってんだスロカイ、ちょっ、止めろ! ここまで近づけば流石に見つk」
「えい」
「ホントに何してんのお前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」
何と我らが教皇陛下は、盗賊団の戦車の内の一台に向けて、ウルフェンの多機能ヘルメットを砲弾か何かのように撃ち出したのだ。
ボゴォォンッ!! という轟音が響く。
ただのヘルメットとはいえ鉄の塊。それこそ砲弾のような速度で打ち出されたヘルメットは戦車の側面にぶち当たり、大きな凹みを残して四散した。
ただでさえ急接近してくるバイクに不審感を抱いていた盗賊団は、これによってついにウルフェン達を明確に敵と定めてしまった。
優に二十台以上はあろう戦車が一斉に旋回を始め、放蕩がウルフェン達の方向に向けられて……そのタイミングで、バイクの操縦がウルフェンへと返還された。
倒れこみそうになるバイクを必死で御しながら、ウルフェンは腹の底から叫んだ。
「スロカイお前ぇぇっ!! 一体何してくれやがんだぁぁぁぁぁっ!?!?!?」
「だってこのまま見逃すなんてつまらないじゃない」
「遊びで盗賊に喧嘩売ってんじゃねぇよ!! どうすんだよ完全にロックオンされてんじゃねーか!!」
「頑張ってね、ウルフェン♪」
「ふざけんな畜生っっっ!!!!」
最高速度で戦車たちから逃げようとするも、盗賊団の動きは意外と速かった。瞬時に方向転換を済ませ、一斉にウルフェン達目掛けて戦車を走らせている。
バイクの小柄さを生かして振り切ろうにも、散発的に打ち込まれる砲弾が地面で弾けて真っ直ぐ進むことすらままならない。直撃を避けても衝撃はと粉塵でバランスを崩されるのだ。
何故俺がこんな目に、と理不尽を呪いつつも機械神の加護を最大限に活用して、神懸かり的なテクニックで盗賊団から逃げる。逃げる。逃げる。
「大変なことになったわね」
「誰のせいだと思ってんの……っ!?」
呑気に呟くスロカイに、教廷騎士としてあるまじきことながら、一瞬本気で拳骨を落としたくなった。と言うかこれは一発殴っても許される案件だと思う。
ようやく状態が安定し、少し余裕が出てきたところで、徐にスロカイが質問を投げかけてきた。
「ところでウルフェン、気になっていたのだけれど……グリップのところにあるその赤いボタンは何かしら?」
「この状況で質問してくるとか正気かよお前……俺もよく知らんが、リルルからは非常事態に押したら役に立つって言われた」
「へぇ……」
「まあ言い方が怪し過ぎたから、絶対に押さないようにしてるんだが……っておい、スロカイ? 待て、押すなよ? 絶対に押すなよ?」
「えい」
「押すなって言っただろうがぁぁぁぁぁっ!!」
ウルフェンの必死の制止も虚しく、横から伸びてきた細い指がボタンを深く押し込んでしまった。
怖い。非常に怖い。流石に今より状況が悪くなることはないだろう、と楽観視が1ミリも出来ない辺りが大変に怖い……!
戦々恐々と、何があってもいいように身構えていると……突如、シート下の
「………………は?」
正しく言えば、吹っ飛んだのはトランクの外装であって、トランクそのものではない。そして問題なのも、吹っ飛んだ外装ではなく、その下から出てきたものだった。
そこにあったのは、明らかにバイクに乗せるには不釣り合いなほどに巨大な…………
ウルフェンが何もしていないにも拘らず、その巨大なエンジンは独りでに点火して……ドッドッドッドッ、と何とも不安になる嘶きを発して……
「おい何だこれ流石にヤバいんじゃああぁあぉおぁぁあぉあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」
信じられないことと言うのは連続するものなようで。
普通に排気ガスを吐いていたはずのマフラーがの内の一対が、
ジェット噴射である。
一体何を考えていたのかはさっぱり分からないが、製作者は何故かバイクにジェット噴射を取り付けていたのである。
「ああんのクソマッドスウィーツロリがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
ウルフェン=ノービス、魂の叫び。
これまでのそれとは比にもならない、言葉通り爆発的な加速に吹き飛びそうになるが、やはりここで機械神の加護が発動して、奇跡的なバランスで体勢を保っていた。今日は機械神も加護を大盤振る舞いしてくれているらしい。
流石のスロカイもこれには悲鳴を上げて……悲鳴は悲鳴でも黄色かった。余裕らしい。
あまりの出来事に盗賊たちも度肝を抜かれたのか、一瞬動きが止まり……彼らが呆然と見つめる中で、青年の絶叫と爆炎を残して、二人は彼方へ消え去って行った。
§
その後の顛末を書き表せば、盗賊から逃れたウルフェンは何とかバイクを御して【カリギュラ】を隠していた場所まで戻り、【カリギュラ】に再搭乗。八つ当たりも兼ねて盗賊団を壊滅させた。
ちなみに全ての発端であるスロカイには、デコピンした。デコピンした。少し赤くなっていたが、これくらいは許容範囲だろう。
すったもんだの末に、漸く二人は目的地である港町に足を踏み入れたのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
0-2 お出かけしましょう(後編)
一応イメージとしてはローマ(教廷)からモナコかマルセイユ辺りまで行った感じ。今より数世紀後が舞台なので現在の地理とは大分違うと思うし、教廷の国土もよく分からないのでもしかしたらちょっと違うかもしれないけど大目に見てください。
「……はぁ……ようやく着いたか」
トロトロとバイクを走らせながら、ウルフェンは深い溜め息を零した。……主にここに辿り着くまでの顛末を思い返して。
遊び心が旺盛なのは結構だが、できれば俺を巻き込まないでほしい。切に願うウルフェンだったが、そこはかとなく満足げなスロカイの様子からして、あまりに淡い希望だった。
適当に
古代(この時代においては)ヨーロッパの趣の建物が立ち並び、広い道をたくさんの人が行き交っている。
海岸には港があり、波止場にはたくさんのヨットやフェリーが停泊している。一部の砂浜は海水浴場にまでなっているらしい。
スロカイにフードを被らせて、バイクに乗ってゆっくりと雑踏を進む。
「町に来たはいいけれど、これからどうするの?」
「あー、まずは服だな」
「服?」
「ここは連邦だからな。教廷の服じゃ少し目立つから着替えねーと」
杞憂かもしれないが、用心に越したことはない。
この町のように多くの観光客を受け入れている町ならば、お忍びでやってきた上流階級御用達の洋服店があってもよさそうなものだが。
しばらく見て回っていると、それらしき店舗を見つけたので、バイクを降りて入店する。
豪奢な内装と見るからに高そうな商品と、いかにも一見さんお断りの高級店と言った様相である。どうやら今は客が居ないようで、数人の店員が品物の確認をしているだけだった。
「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょうか?」
流石は高級店か、すぐさま店員の一人がやってきてにこやかな笑顔で話しかけてきた。凄まじい営業スマイルだ、と感心しながら、ウルフェンは傍らのスロカイを指差した。
「彼女の服を見繕って欲しい。今日一日この町で遊ぶから、それに即した服にな」
パサリ、とフードを外したスロカイの美貌を目にして、店員の営業スマイルがついに崩れた。
どうやら他の店員も同じのようで、そこかしこで明らかに動揺した物音が聞こえる。
こんなことで大丈夫なのか、と心配になったが……何故か目の前の店員の目が異様に輝き出して、店内のそこかしこから店員が集まってきたのを見て、思わずスロカイを背中に庇って一歩後退ってしまった。
「まぁまぁまぁ! 大変にお綺麗なお嬢様ですわね!」
「三十年ここに勤めてきて、こんな美少女は初めてよ!」
「ふふふふ……腕が鳴るわ」
……本当に大丈夫なのだろうか、これは。とんでもなく不安である。
ジェットエンジンには喜々としていたスロカイも流石にこれは恐怖の対象のようで、明らかに引いていた。
教皇モード一歩手前の冷たい目で騒ぐ店員たちを睨みつけるスロカイ。ウルフェンも同じ気持ちである。
まあ少なくとも真剣にスロカイの服を選んでくれるようなので、そこは安心と言うべきか、言わざるべきか。
「……私、この中に行かないといけないのかしら」
「……あー、まあ、頑張ってくれ」
ダークラビットをウルフェンに預けて、いかにも嫌々と言った様子で歩き出すスロカイに心底同情するウルフェン。
後でプリンを買ってやるか、などと考えながら、一人壁の華になるのだった。
「こちらのお洋服はどうでしょう?」
「いえ、こっちよ!」
「そんなに地味なのがこの方に似合うはずがありませんわ! 絶対にこっちです!」
「ちょっとあなたたち、一番に優先すべきはお客様の意向でしょう! ……私はこれが一番似合うと思うのですが、どうでしょう?」
「「「あーっ!!」」」
姦しいことである。
興奮しきっている店員たちに苦笑を零すウルフェンに、最初に接客をしてきた店員が話しかけてきた。
「申し訳ありません、うちの店員が大変に失礼を……」
「あー……まあ、ちょっとやり過ぎかもしれないが、あまり気にするなよ。……ちゃんとあいつに似合ったのを選んでくれるんだろう?」
「もちろんですわ。責任を持って、お嬢様にぴったりのお洋服を用意させていただきますとも!!」
「頼もしいことで……」
意気込んで答える店員に苦笑を深めるウルフェン。
「まあそこら辺は任せるさ。俺は服のこととかさっぱりだからな。アイツだってどうせなら似合ってる服の方がいいだろ」
「そうですね。……つかぬことをお聞きしますが、お客様たちは恋人同士の御関係で?」
「いいや……ただの主人と従者の関係さ。顧客の情報を聞き出そうとするのはご法度じゃねぇのか?」
「出過ぎた真似を致しました……。とても近しいご関係に見えたので、つい野次馬根性が」
この店の店員、ちょっと明け透け過ぎやしないだろうか。全く堪えた様子のない店員を前に、入る店を間違えたのではなかろうかと本気で悩むウルフェンだった。
低姿勢ながら根掘り葉掘り聞き出そうとしてくる店員を適当にあしらいながら、スロカイの着替えを待つこと十分ほど。
ようやく店員たちに揉みくちゃにされていたスロカイが戻ってきた。
近付いてくるスロカイを何気なく振り返って……ウルフェンは、思わず固まった。
「待たせたわね、ウルフェン。……ウルフェン?」
「…………え、あ、お、おう」
明らかに様子のおかしいウルフェンに不思議そうに首を傾げるスロカイ。その拍子に、一本に結わえられた
今の彼女の装いは、裾に瀟洒な刺繍の施された、純白のオフショルダーのワンピースに、つばの広い白の帽子。まさに深窓の令嬢と言った様相である。
見る者に清楚な印象を与えるその服装は、常の傲慢な彼女を知る者としては違和感を覚えそうなものだが、今のウルフェンにはそんなことを考える余裕はなかった。
普段とは違う服装、髪形、印象のスロカイに、どうしようもなく心を奪われていたウルフェンには。
二の句を告げずに押し黙るウルフェンに何を思ったか、スロカイはグイッと顔を寄せて、
「もしかして……私に見惚れた?」
「――ッ、ばっ!?」
耳元で甘い声で囁かれて、ウルフェンは思わず仰け反った。
その顔は耳まで真っ赤で、図星を差されたことを何よりも雄弁に語っていた。
「照れるな、ウルフェン。そなたは未来永劫余のものだ。であれば、そなたの目はただ余にのみ向いていればよいのだから」
「ここでそっちのモードを使うな! ……あーもう、終わったんなら早く行くぞ!」
照れ隠しに叫び、足早に店を去ろうとしたウルフェンだったが、突如横合いから伸びてきた腕に両肩を掴まれて動きを止めた。
見れば、瞳に異様な輝きを宿した店員が、薄ら笑いを浮かべてじっとウルフェンを見つめていた。
……あまりに不気味な光景に、衝動的にぶん殴りそうになった。
「な、何だよ……?」
「まだ終わっていませんよぉ……?」
「ええ……せっかくあれほど綺麗に仕上がったんですもの……」
「エスコートする男性にも……相応の格好が必要でしょう……?」
「おい、待て、ちょっ……や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」
必死に叫ぶが、もちろん聞き入れてくれるはずもなく。
幽鬼もかくやな、服屋の店員とは思えない異様な腕力に引きずられて、ウルフェンの姿は店の奥へと消えていった。
§
「まだ街に来たばっかなのに異常に疲れた……」
店員たちの着せ替え人形にされること優に三十分。
ようやく解放されたウルフェンは、バイクで雑踏を走りながら今日何度目かも分からない深い溜め息を吐いた。
だが苦労した甲斐もあって、少なくとも今のスロカイの隣に並んでも見劣りしない程度には身だしなみを整えることが出来た。
そのスロカイはと言えば、バイクの後部座席に乗って、物珍しげに街並みを眺めていた。
レンガ造りの家々を、行き交う人々を、緑を纏う街路樹を、その全てに視線を向けては小さく唸っている。数えるほどしか教廷の外に出たことがない彼女にとっては、こんな当たり前すらもが目新しい。
「それで、スロカイ。まずはどこに行きたい?」
「そうね……じゃあまずは、食事にしましょう。それから町の中を散策して、海にも行ってみたいわ」
「食事、散策、海……ね、了解だ。海に行っても泳げねーぞ?」
「構わないわ。海を見てみたいだけだから」
……そう言えば見たことがなかったな。
この季節なら海水もそこまで冷たくはない。泳ぐことは無理でも、砂浜で遊ぶぐらいのことは出来るはずだ。
帽子を手で押さえながら楽しそうに微笑む彼女に、我知らず微笑み返しながら、今日は目一杯楽しませてやろうと改めて誓うのだった。
和やかに談笑しながら進んでいると雰囲気のよさげなレストランを見つかった。
どうやら店内で食べるか、店舗の外のテラス席で食べるか選べるらしく、スロカイの意向でテラス席に座ることにする。注文を終えた二人は、テラス席に丸いテーブルに向かい合って座った。
コーヒーを啜りながら、向かいのスロカイを見やる。
いつもとは違う装いの彼女は、その大きな帽子を膝に乗せて紅茶のカップを傾けている。
類稀なる美貌から常に人の目を惹きつけてやまない彼女だが、どうやらそれはこの場でも例外ではないようで、周囲の人間は彼女にチラチラと視線を向けている。
スロカイ自身はこれっぽっちも気にした様子はない。日頃他人を凡人と呼んで憚らない彼女だ。衆愚に見られたところで毛一つほども動揺はしまい。……だがウルフェンには、それがどうにも気に入らなかった。
やや憮然とした気分でスロカイを見つめていると、スロカイもウルフェンの視線に気が付いたのか顔を上げて微笑みかけてきた。
その微笑みに、サイボーグ化されたことによって大幅に強化された心臓がドクンと高鳴る。
「そう言えば、まだ聞いてなかったのだけれど……この服、どうかしら?」
「どう、って?」
「あなたの感想を聞いてるの」
「そりゃぁもちろん……あー、似合ってる、と思うぞ?」
どうにも真っ直ぐ素直に褒めるのは気恥ずかしく目を逸らしてしまったが、スロカイはご満悦の様子で、
「そう。ふふ……まあ、私に呆然と見惚れていたあなたの反応を見れば、一目瞭然なのだけれどね」
「ぐぬ」
図星なので何も言えない。と言うか何を言っても藪蛇になるだけなので口を噤むしかない。
まぁ……ウルフェンの拙い褒め言葉で嬉しそうにするスロカイを見れば、そんな不満などたちまちの内に消し飛んでしまうのだが。
そんな心の動きに、子供のような独占欲を見つけて微妙な気分になるまでがワンセットである。
「いいのよ、あなたはただ……この私だけを見つめていれば」
この少女がウルフェンだけのものになることなど有り得ないと、分かっているのに。
ウルフェン=ノービスと言う男の全ては、とうの昔から彼女のものだ。だがそれが逆になることは決してない。
彼女の隣に居たければ、それ相応の力を付けるしかないのだ。
(……やってやるとも)
ああ、そうだとも。スロカイに救われ、彼女のために生きると誓った時から、覚悟はできている。
もし彼女を脅かす者が現れたならば、有らん限りの力を持ってこれを滅ぼそう。
もし彼女が傷ついたのならば、ただ傍に寄り添おう。
……もし、彼女が世界の敵になってしまったならば、俺だけは、彼女の傍に侍り続けよう。
あらゆる理不尽から、不条理から、彼女を守り抜こう。
それこそが、ウルフェンが自らに課した誓いであり……彼が生きる意味なのだから。
「……私だけを見つめていればいいと言ったけれど……そうも凝視されると流石に居心地が悪いわね」
「ん、ああ、すまん」
妙な雰囲気になりかけたところで、注文していた料理が運ばれてきた。
テーブルに並ぶ特産の海産物中心の料理の、何とも食欲をそそる香りに、スロカイの瞳が俄かに輝き出した。斯く言うウルフェンも、今日は色々あり過ぎて消耗していたのでかなり空腹だ。
そのまま二人は無言でナイフとフォークを手に取り、黙々と食べ始めた。
料理の味だけを見れば、ただのレストランで出されるものよりも、普段教廷で口にしているそれの方が上だろう。
けれど、何故かいつもより美味しく感じられるのは……二人きりで遊びに来ているというシチュエーションのせいだろうか。
何となく向かいに視線を向ければ、スロカイもまたウルフェンへと視線を向けていた。もし同じことを考えてのことだったら、少し嬉しい。
食後のデザートには、やはりと言うべきかプリン。それも、各種フルーツやクリームで盛りつけられた、目にも鮮やかなプリンパフェである。
今日一番に嬉しそうにスプーンを手に取るスロカイに微笑みながら、ウルフェンもまたチョコプリンパフェへと手をつけた。
次々に小さな口へプリンを運ぶ彼女は、傍から見ていても分かるほどにとても幸せそうだ。教皇として君臨している威厳はどこへやら。どうしようもなく蕩けきっている。
だからだろうか、ついこんな提案をしてしまった。
「スロカイ。俺のも食うか?」
「……いいの?」
「おう。俺もそこまで甘いものが好きってわけじゃないしな」
そう言って、自分のパフェをスロカイの方へ差し出すウルフェンだったが……何故かスロカイはそれを受け取ろうとはしなかった。
そして、無言で目を瞑り、口を開けて……
「……何してんの、お前」
「見て分からないの?」
「分からないから聞いてるんだよ……」
「私にプリンを食べさせなさい」
「自分で食えよ」
「命令だ。余にプリンを食べさせよ」
「何故に……」
と、何だかんだ言いつつも。
結局はスロカイの言葉に逆らえずに、唯々諾々と従うことになるのだ。
今回も例外ではなく、少しの……いや、かなりの気恥ずかしさを堪えて、プリンを一匙掬ってスロカイへと差し出した。
顔を赤くしたウルフェンに、スロカイはさも愉快そうに笑って……パクリ、と小さな口の中に収めた。
さっきまでウルフェンが使っていたスプーンがスロカイの口の中にあると言う事実に胸がざわめくも、普通逆じゃないのかという疑問も湧いてきたりする。
「美味しいわ」
「……そうかい」
「あなたが食べさせてくれたからかしら?」
「……ふざけろ」
それだけ言って、ウルフェンはテーブルに突っ伏した。
§
食事を終えた二人は、当初の予定通り町の散策へ乗り出した。
バイクをゆっくりと走らせながら、目的も定めぬまま町の中を見て回る。
露店の店頭に並べられた商品を冷やかしたり、めぼしい店を見つけたらバイクを降りて行ってみたり、おやつにクレープを買ったり。
教廷に閉じこもっていては絶対に味わうことのできない『非日常』を、ウルフェンとスロカイは存分に楽しんでいた。
あらかた街を回り終えた二人は、いよいよ本日のメインイベントであった海へと向かった。
この町は港町だけあって、水産物だけでなく一部の砂浜を海水浴場として観光施設にしているらしい。
「ほー……こりゃすげぇな」
路肩にバイクを止めて、二人で砂浜へと歩いていく。
上から見た時も思ったが、やはり綺麗な海だ。
降り注ぐ陽光を反射して、ガラスをちりばめたように輝くエメラルド色の海。ザザーン、と耳に心地よい潮騒。
広い砂浜にはいくつものパラソルが立てられ、水着姿の人々が楽しげに走り回ってはしゃいだり、日光浴をしている。
どうやら水着や浮き輪といった道具は近くの売店で手に入るようだが、二人は特にそれらに興味を示すことはなかった。
海で遊びたいとは思っているが、別に泳ぎたいというわけではないのだ。
砂浜に足を踏み入れたところで、スロカイは履いていたサンダルの片方を脱いだ。あの店員たちも海に来ることを予期していたのだろうか。
そーっと、素足を伸ばして砂に触れて……予想以上に熱かったのか、びくっと肩を揺らしてすぐに引っ込めてしまった。
「熱いわね……」
「砂浜なんだからそりゃ熱いだろ」
流石にこの熱砂の上を素足で歩くのは勘弁だ。
スロカイもサンダルを履き直して、ゆっくりと波打ち際まで歩いていく。
恐々と近付いていくスロカイに焦れたように、小さな波が岸に押し寄せ、スロカイの足を攫って行った。
「きゃっ……冷たいわね」
「そりゃ水だからな」
最初は驚いていたが、徐々に水の感触が楽しくなってきたのか今度こそサンダルを脱ぎ捨てていた。
楽しげな笑顔で、ぱちゃぱちゃと戯れるスロカイに微笑んで、ウルフェンも水に足をつけたところで……顔面に海水をかけられて仰け反った。
「わぷっ!? ……やってくれたな、スロカイ」
「油断しているあなたが悪いわ」
「普通警戒しないだろうが!」
叱りつけようとしたが、心底楽しそうに笑うスロカイに何も言えず、無言でブルブルと首を振って水を落とす。
服も少し濡れてしまったが、この天気なら少し遊んでいれば乾くだろう。
まあ、それはそれとして。
「そっちがそうくるなら……そぅらっ!!」
「きゃっ…………お返し、よ!」
「くそっ、こいつめ……!」
「ふふふっ」
互いに水を掛け合って、仕返しをして、その仕返しをして……そんなことをしている内に、いつの間にか二人とも夢中になっていた。
ぐしょぬれになる服も、お忍びの遊覧だということも、護衛の任務も、何もかも忘れて、ただただ夢中になった。
声を上げて笑って、子供のように無邪気にはしゃいだ。
楽しかった。スロカイと二人で、何も考えずにただ笑い合う。この時間がどうしようもなく楽しくて、どうしようもなく愛おしかった。
「なぁ、ウルフェン」
「……いかがなされました? 教皇陛下」
「楽しいな。……うむ、余は楽しいぞ」
「……左様で」
俺もだ、とは、中々言い出せないウルフェンだった。
§
結局日が沈むまで遊び倒して、【the・SIN‐Ⅱ】に乗ったマティルダと本気の摸擬戦をすることになったのは、笑い話だろう。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
主人公設定集
エタってないよという自己主張の設定集。
主人公
ウルフェン=ノービス
かつて名もなき浮浪児だった少年。新暦23年当時で17歳。死にかけていたところを教皇スロカイに拾われ、肉体の機械化を受けて命を繋ぎ止める。
その後は命を救われた恩を返すために死ぬ気で鍛練。教廷騎士に就任し、スロカイのために力を振るう。ちなみに割と戦闘狂の気がある。
戦闘における才能はピカイチ。BMとの親和性も高く、スロカイが手放しに絶賛するほど。またスロカイの見立てでは、彼はスロカイの次に機械神に愛された存在らしく、あらゆる機械を十全に扱うことが出来る。それもあって、スロカイが直々に建造に関わった【カリギュラ】を下賜された。
特に生還能力、生き残ることに関しては騎士たちの中でも随一であり、異様に鋭い勘と形振り構わない戦い方、スロカイへの絶対的忠誠心から【教皇の猟犬】などと揶揄されることもあるが、本人は特に気にしていない。割とどうでもいいことだったりする。
生に執着してはいるが、もし万が一、己の命かスロカイの命かを選ばなければならない場面があったとするならば……彼は躊躇なく、後者を優先するだろう。
スロカイに向ける感情は、恩義が3、忠誠が3、親愛が3、そしてほんのりとした思慕が1。傍から見れば彼の想いは明白なのだが、彼自身はそういう経験がなかったため自分の感情を自覚していない。
日々をつまらなそうに過ごしていたスロカイを見かねて、カードゲームなどの娯楽を教えてみればがっつり嵌まってしまい少し苦笑気味。
マティルダとは馬が合わないようでよく喧嘩しているが、ウェスパとの関係は良好。
彼に自身の生い立ちに関する記憶はなく、身元は全くの不明。髪や目の色から極東日ノ本の生まれだと推測されるが……
スロカイとの出会いにおいても、常人ならばとっくに死に至っているような重症でも口を動かしていた辺り、機械化を受ける以前から普通ではなかったようだ。
・アイサガゲーム風ステータス
ウルフェン=ノービス
教廷騎士の一人。かつて瀕死のところをスロカイによって救われ、機械の身体を授けられ、名を与えられた。
基本的にどんな相手にも狂犬の如く振る舞うが、スロカイの前では忠犬に成り果てる。
「戦場から生きて帰る」ことにかけて、彼の右に出るものはいない。
所属:機械教廷
性格:極端
レベル:70
射撃:423
格闘:784
防御:432
反応:658
スキル1:餓狼哮天
ただちに機体の最強行動を使用。威力は200%まで上昇し、3.5秒間他の行動のクールタイムを30%短縮。
スキル2:生存本能
耐久値が25%以下になると、3.5秒間致命傷、状態異常を無効化。自身への回復効果を20%増加する。
スキル3:機械神の加護
ダメージを受けた時に発動。
4.9秒ごとに、2秒持続する遠距離攻撃から機体を守る機械神のシールドを獲得。
ほかのシールドスキルとの重ねがけは不可。
スキル4:弱肉強食
耐久値が60%未満の目標に与える最終ダメージが35%増加。
備考:近接型の生存特化パイロット。
※ここから先は死蔵するかもしれない主人公の裏設定
(後々語るかもしれないので嫌な人はスクロール)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
東洋人によく似た風貌だが、彼はスロカイによるサイボーグ化の処置を受ける前から純粋な人間ではなかった。ウルフェンと呼ばれる少年の正体は、かつてある愚かな研究者の嫉妬の果てに産み出された、
かつて『完璧な指導者を人造する』ために崑崙研究所が主導した『霊獣計画』の模倣、その失敗作。期待していたほどの学習能力を得られず、期待していたほどの身体能力を得られず、期待していたほどの精神力を得られず、期待していたほどの生命力を得られなかったが故に廃棄された不良品、それが後にウルフェンと名付けられた少年のルーツなのだ。
不良品とは言えども、その身体スペックは常人を大きく上回っており、同じ年頃の子供であれば出欠多量で物言わぬ骸と化していたであろう重症を負ってもその命を繋いでいた。
さらに何の因果か、彼には機械神よりスロカイと同種の加護が与えられていた。スロカイに与えられた加護
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一応貼っとこうウルフェンの愛機
・カリギュラ
ネロSのデータを流用してスロカイ自身が設計したウルフェン専用機。
14基もの高出力スラスターを設置したことにより、汎用性を犠牲に頭のおかしい速度を手にした。
距離:近接戦向け
製造:テクノアイズ
・基本ステータス
耐久:4560
重量:145
サイズ:6.3×7.6
速度:102
・フレーム特性
超加速:自身の突進速度を120%上昇。近接攻撃を受けた時、相手の背後に瞬間移動する。発動間隔:12秒。
・武装
剣型格闘 高出力ブレード×2 火5
特殊武器 ブレードドローン 45*8 火4
設定考えてる時が一番楽しいよね。
あ゛ーーー!!!!アイサガしたいなー!!!!
目次 感想へのリンク しおりを挟む