神器作りし吸血鬼~Vampires that made God's weapons~ (ぱる@鏡崎潤泉)
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始マリ

 東欧の辺境に多くの畏敬の念を集めるそれはそれは紅い館があった。

 

 その名は紅魔館。そこには当代最強といわれる吸血鬼のカーディナル・スカーレットが住み着いていた。付近の妖精や怪物は彼に忠誠を誓えばどんな化け物であろうと彼に庇護してもらえるある意味の楽園であった。

 

 1492年、そんな辺境伯であった彼の元へ一つの吉報が届けられた。

 数年前に結婚した女性との間にできた娘が生まれたとのだと。

 

 それを聞き、多くの臣下は歓び、宴を開く。まさにどんちゃん騒ぎで収まることを知らないほどだった。

 

 

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「生まれたのか?」

 バリトンの聞いた威厳のある言葉が寝台に横たわる女性──アンナにかけられる。

「えぇ、貴方様。元気な女の子です」

 産後間もないというのにこちらに、にこやかに話すアンナには頭が下がるなと思いながら寝台の近くにあった椅子に腰掛ける。

 

「この子が我の娘か・・・」

 アンナの横で、すやすやと寝息を立てる幼子。口は歯が生えそろっていて、他の歯よりもとがった八重歯もしっかりとその存在を主張している。

「れっきとした吸血鬼ですもの。歯が生えそろっているのはよくあることでしょう?」

「あ、あぁ・・・」

 我はそう曖昧に返す。

「どうしたのです?」

 アンナが不思議そうにそう問いかけてくるが、我はやはりこれも曖昧に返す。

 それほどまでに我は見とれていた。

 

 我が子の・・・我らが種族にとって大ダメージを与える太陽のごとき髪の毛に・・・

 

 

 

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 1502年、娘がそこそこ大きくなってきた頃、スカーレット家に第二女が生まれる。

「・・・妹?」

「そうです」

 私の問いかけにまっすぐうなずき返す紅 美鈴。

 彼女は自慢の赤毛が地に着くこともいとわず、屈んで私に目線を合わせる。

 

「──なら、見に行きましょうか」

 私は緑の中華服に身を包んだ美鈴に手を引かれ自室を出る。

「かしこまりました。ジェニーお嬢様」

 

 妹か・・・どんなな感じなのか考えるとつい頬がほころんじゃうな。

 

 

 

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 コンコンとノックした後にガチャリと鍵のかかっていない扉を開ける。

「アンナ様、ジェニーお嬢様をお連れしました」

 後ろで美鈴がそう言う。

 

「よくきたな」

 しかし、返ってきたのはお母様の声でなくお父様の声だった。

「し、失礼いたしました。当主様がおられるとは知らず・・・」

「なに、別に問題は無い」

 そう言い交わすお父様と美鈴を尻目に私はゆりかごに近づく。

 

 そしてゆりかごの中を覗いた私は思わず、わぁ!と驚きの声を上げる。

 ──そこにいたのは、薄く青みがかった髪の毛を振り乱して一心不乱に惰眠をむさぼる妹の姿だった。

 



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能力ノ目覚メ

 妹が生まれ数年の後───私は、能力を会得していた。

 

 物の形を変える程度の能力、そう便宜上は呼んでいるが、その実は水を氷にしたり鉄塊をインゴットに変えたりする程度しかできなかった。

 

「うーん・・・やっぱり私───才能無いのかな?」

 そうぽつりとこぼしながら自分の手のひらの上に輝く金色のコインを放り投げる。

 すると放り投げたコインはドロリと溶けた後また、金色のコインへと戻る。

 

「触れること無く変えれる範囲は二メートル半ね・・・」

 落ちてきたコインをつかみ、落胆を見せる。

 

 

 やはり私は才能が無いのだろう。

 偉大なるスカーレット家の一員として恥ずかしいが、こればかりはどうしようも無い。

「図書館でも行きますか・・・」

 せめてまだなにか方法が無いか探そう。もしかしたらなにか手がかりがあるかもしれないのだから。

 

 

 

 大図書館・・・お父様が集めた魔術や科学、園芸など恐ろしいほど多岐にわたるジャンルの本が集まったこの部屋はなにか探すときにはもってこいの場所だ。

 まぁ、何か見つかる代わりに何かなくすことも多い場所だけど・・・そう重い扉を開けてはじめに目に入る光景を見て思う。適当に積まれた本やそこら辺に落ちているメモ。書架ではあるのだが、手入れはおざなりで特に資料を大事にしていないことが理解できる。

 

「埃っぽいなぁ」

 コホコホと咳がでる。あぁ、全くもって嫌になる。

 

 どんなものが私に合うのかわからないため適当に選ぶ。

「ん?これなんだろ?」

 ふと目にとまった一冊の本。

 

 手に取れば、ザラザラとした触感がある紅い本。タイトルは【錬金と鍛冶】・・・なぜか心が引かれるタイトルだった。

 羊皮紙に一文字一文字丁寧に書かれた理論。その文字はおそらく北欧のあたりのだろう。

 

 これはいつの時代の物なのだろう?

 本に書かれている内容は少し幻想的な内容が混じっている。おそらく所々を神話などになぞらえて暗号にしているのだろう・・・

 あぁ、続きが気になる。

 もしかしたらこの中に私の気に入る物があるかもしれない。

 

「あぁ、こんなにわくわくしたのはいつぶりだろうな」

 右目を隠す髪の毛を左目の方に寄せる。

「やっぱこういうわくわくは気分がたかぶってしょうが無いな」

 ニマニマが止まること無く私は部屋に戻る。

 

 部屋にあるテーブルに本を広げ、横にはペンとインクにノートを広げる。

「さぁ、翻訳してやろうじゃ無いか」

 

 

 

 ジェニーは気づかなかったが、普段の深い紺碧の左目は隠され、今は獰猛な猛禽類のような迫力を持つ琥珀色の左目が爛々と輝かせていた。



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少女ハ目覚メタ

 結構ほのぼの回


「しばしもやまずに鎚打つ響き~♪」

「嬢ちゃんもう覚えちまったのかい?」

「えぇ、だいたいは」

 何人かの背の低い男たちがふいごを動かし、鉄を暖めた、叩いて伸ばす。

 

 紅魔館の麓にあるお父様が統治するドグウェルの工房。最近私はここに入り浸っていた。

 始まりはちんけな物で、いつも煙が出ている方向に進んだら偶然見つけた程度のところだった。

 

 この工房は東洋の刀打ちを取り入れた結果一族から追い出されたドグウェルの工房。

 しかし、私は今はそのドグウェルが頼みの綱だった。

 

 この間見つけた一冊の本。それはドグウェルたちが書いた錬金や鍛冶の術を記しまとめた物だというところまでは紐解けた。だが、残りの内容はさっぱりであった。だからこの工房で地道に作業をみたりしながら翻訳を手伝ってもらっていた。

 

「これって刀鍛冶の歌なの?」

 歌詞を音で覚えることはできたがその詞の意味はさっぱりである。

「んにゃ。それは野鍛冶っていってな、刀を打たず鎌や鍬なんかを打って生計を立てる奴らの歌さ」

 一仕事ついたのか頭領は私の座る椅子の対面に座って横に置かれた塩味のお茶を飲む。

 

「ふーん・・・じゃあなんで仕事途中に歌なんて歌うの?」

 歌う暇があるならもっと身体を動かして早く商品を作ればいいでは無いか?そうここに来ては歌う姿を見ていて常々思ってた。

「嬢ちゃん、トンチンカンって言葉知ってるか?」

「?いえ、知らないわ」

 頭領はそうかと言って炉などの方を指さす。

「ちょっとその音聞いてみな」

 私は訳がわからないながらも耳を澄ませる。

 

 

 ・・・トン・・・テ・・・カンッ・・・トン・・・テン・・・カンッ・・・トンッ・・・テンッ・・・カンッ・・・

「トンテンカンがどうしたの?」

 私は尋ねる。

「じゃあ今度はこれを聞いてみろよ」

 あくまで私の問いに答えること無く取り出したインゴットを鎚で叩く。

 トン・・・チッ・・・カン・・・

 私はインゴットからした音を聞いてハッとする。

「わかったろ嬢ちゃん?前に教えたが金属ってのはただ叩きゃいい物じゃねェんだわ」

 確かにそう頭領から聞いたことがあった。

 

「一定のリズムに一定の温度に一定の速度・・・良い物作るにゃこの一定が大事なんだよ」

「なるほど。その一定がとりやすいのが歌なのね」

 頭領は賢い嬢ちゃんだと褒めてくれる。

 

 ふいごを動かすのも一定のリズムでやらなければ火の勢いが変わってしまう。鎚で叩くリズムも一定で無ければ切れ味に影響する。だからこそなにか変わらない物でリズムをとる。時計をみるのでは一瞬の空いた時間ができる。何かを印にしてもそう言う印がわかりにくかったり、まず無い場合もある。

 だから歌なのだ。全員で歌えば自然と一つのリズムに終着する。それこそが必要なことだったのだ。

 

「まぁ、歌は連携も強くできるしな。同じ釜の飯食って、同じ部屋で寝て、同じ歌を歌う。それだけで絆は強まるからな」

「よくわかったわ。ありがとう頭領」

 頭領はいいってことよとはにかむ。

 

 するとそこへ何人かのドグウェルたちが水分補給しに来る。

「いやー、頭領はロマンチストっすねぇ~」

「いやはや教師役も板につきますなぁ」

「このままロマンチストな熱血教師やっちまえよ」

 軽口とできあがった品を持って職人たちは私たちの座るテーブルに着く。

 

「はいお茶よ。回してね」

 そう人数分入れたお茶を隣りに座ったドグウェルに渡す。

 

「うるせぇっ!そんな軽口たたけるんならもう一仕事すっぞ!さっさと塩茶飲めやッ!」

 頭領が怒ったーと笑いながらドグウェルたちは数回お茶をおかわりした後鍛冶場に戻る。

 怒る頭領は少し怖いが、塩茶を飲めと言うあたり頭領は優しい。

 

「嬢ちゃんッ!景気づけだ歌ってくれよっ!」

「・・・わかったわ」

 少し恥ずかしくもあったが私は口を開いて、歌を歌う。

 

「しばしも止まずに鎚打つ響き~♪」

 トンッ!テンッ!カンッ!と音が響き始め、ふいごの送風でゴォッと火が飛ぶ。

 

「飛び散る火の花、はーしる湯玉♪」

 鎚を振るう腕からは汗が飛び散る。だがそれがまた、この場所の熱気を上げていた。

 

「ふいごの風さへ、息をもつがづ~♪」

 火をより熱くさせるふいごの風は強く吹く。

 

「仕事に精出すっ むーらの鍛冶屋ッ♪」

 あぁ、楽しい。心の底からそう思えた。

 

 

 

 その工房はトンチンカンの音は鳴らない、響くのは楽しげな歌声とトンテンカンの力強い音だけだった。




 作中の歌は1912年に初出した曲である村の鍛冶屋です。
 興味があればYoutubeなどで検索してみてください。
 なお、1912年に世の中に出ただけであって昔からあった曲として作中で扱っています。

 著作権はどう考えても切れてますのであしからず・・・

以下歌詞
一、
暫時(しばし)も止まずに槌打つ響
飛び散る火の花 はしる湯玉
ふゐごの風さへ息をもつがず
仕事に精出す村の鍛冶屋

二、
あるじは名高きいつこく老爺(おやぢ)
早起き早寝の病(やまひ)知らず
鐵より堅しと誇れる腕に
勝りて堅きは彼が心

三、
刀はうたねど大鎌小鎌
馬鍬に作鍬(さくぐは) 鋤よ鉈よ
平和の打ち物休まずうちて
日毎に戰ふ 懶惰(らんだ)の敵と

四、
稼ぐにおひつく貧乏なくて
名物鍛冶屋は日日に繁昌
あたりに類なき仕事のほまれ
槌うつ響にまして高し


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最後ノ幸セナ時間

 家族みんながつく食事の席。

 私とお父様お母様にレミリアとフランの総勢五人がつくには少し大きすぎるテーブル。

 

「ジェニー、お前いくつだ」

 そうお父様は尋ねてくる。

「えーっと・・・今年で三十歳になりました」

 ドグウェルの本を翻訳したりしているうちに時間はあっという間に過ぎていた。妹も一人増えたしね。

 

 お父様はそうかと少し考え込むような感じで話を打ち切った。

 

「ねぇ、ジェニーお姉様」

 そしてお父様と変わるように今度はレミリアが尋ねてくる。

「なにかな?」

「あのね?お姉様がしてるお仕事をね?私もやってみたいの」

 幼さ残る口調でレミリアはそう言ってくれる。

 

 だけど、それはだめだ。

「だーめ。鍛冶は危険が一杯なの、軽く見てると大怪我するんだから」

 レミリアはでもーと食い下がろうとしたが、お父様が横からそうだと肯定し仕方なくレミリアは引き下がる。

 

 そして少しして私は食事を終えて自室に戻った。

 

 

 

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 紅魔館当主の間。そこではふたりの吸血鬼が語り合っていた。

「なぁ、ジェニーのことどう思う」

 そう当主は傍らにいる公妃に語りかける。

「・・・少し心配と言うべきでしょうか」

 そう公妃は答えた。

 

 二人が頭を悩ませるのは、ジェニーの趣味だった。

 日が沈む頃より少し早くに起きては工房の方に行って帰ってくるのは食事のときぐらい。

 最初はおとなしげなジェニーがこんな趣味を持つなんてと思っていたがさすがに最近はいささか度が過ぎているとも思えてきた。

 

「ふむ、では少し控えるように言っておくか」

 

 

 

☆Now Loading☆

 

 

 

「やっほー頭領今日も来たよー」

 扉を開けて、炉の方にいるであろう頭領たちの方へ行く。

 

「なんだ今日も来たのかい嬢ちゃん」

 案の定頭領は紅く燃える炉を見ながらお茶を飲んでいた。

 

「それはそうでしょう。もうすぐ翻訳も終わるんでしょ?」

 その問いかけに頭領は少し顔を曇らせた。

 

「どうしたの?」

 その陰りが気になり私は尋ねる。

「いや、あの本の最後の章の題がな・・・万物再構築の項だとさ」

「万物再構築?」

 聞いたことが無い言葉だと首をひねる。

 

「読んで文字の通り万物を再び構築し直す技だな。ある意味嬢ちゃんにはぴったりなもんかもな」

 頭領の言葉にふむふむと相づちを打つ。

「それで、それがなにか問題が?」

「あぁ、この万物は文字通り万物だってことだ。たとえ生物だといても無機物にすらしちまえる禁術みたいなもんだ」

 私は頭領の顔の陰りの理由がやっと理解できた。

 

「・・・まぁ、探求は飽くなき物ですし、知るだけなら問題ないはずです」

 私は小さくつぶやいた。

 

「ん?何か言ったかい嬢ちゃん?」

「いえ、なんでも。それよりお仕事ありませんか?」

 頭領はあるよといって工場のすみに置かれたインゴットの山を指した。

「あいあい、いつものソードですね了解」

 そういって私は着替えるために炉とは逆の方向に向かう。

 

 さて、お仕事お仕事。



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崩壊

 時に人は侵しては成らぬ領域に足を踏み入れる。

  それは神が与えるはずの無かった感情によって起きた悲劇であり喜劇。

   そして万物は領域を侵した者を罰する。

 

 

 

 

「今日も一日頑張ったわ・・・」

 大きな鎚を振り下ろすこと数時間。適度な休憩を取ってはいても体力の消費率は半端ではない。

「よう!お疲れさん!」

 そんな私ににこやかに声をかける頭領。

 

「あっ頭領。翻訳できた?」

 数日前に来たときには最終項も半分翻訳できたと言っていたのでそろそろできた頃だとみていいだろう。

 

「あぁ、できたぞ・・・こっちに本と翻訳文がある」

 こっちへ来いと言われわたしは椅子を立ち上がり、頭領の後をついて行く。

 

 

 

「いいか嬢ちゃん?この翻訳文は渡すが、内容は使えたもんじゃねえ。それを念頭に置いてくれ」

 そう言ってバサリと数枚の紙束を私に渡す。

「使えたもんじゃ無いかは自分で決めるわ」

 そう私は答え、紙に目を通した。

 

 

 

 

──万物再構築の項

 この術は秘術であり禁術であるが、首が守りし知識の泉の水を飲まんとする者のためにこの術を書き残す。

 

 万物再構築はすべての物質を一度エーテルにまで戻し、再び望む形に構築し直す術である。

 唯一の神が教えた言葉を愛す信者共からすれば決して赦されてはいけない罪ではあるだろう。だが、そうであっても私はこの術を体得した。

 術を使うには少しコツがいる・・・しかし、その前に今一度尋ねる。

 

 泉飲まんとする者よ、貴殿は大切な縁者や宝すら破壊し、別物にする術を使いたいと申すのであれば次を読むがよい。

 

 

 

 

 

 

「・・・エーテルにまで戻すですか」

「あぁ、鉄を金になんてもんじゃねえ。蟻を金のインゴットにするようなもんだ」

 私の発言にそう頷く頭領。

 

 私は信仰していないが、キリスト教では確か神が人間を作ったとしている。それにギリシャ神話では神をもして人を作ったとも・・・

 それを一度分解して好みに再構築は確かに悪となるか・・・

 

「まぁ、知ることが目的でしたし。こういう結果もよいでしょうね」

 本当はこんな面白い結果で心底うれしいのだが・・・

 

「まぁ、嬢ちゃん気を落とすなや。これからも俺を手伝ってくれよ?」

「えぇ、喜んで」

 頭領が手を出し、私もそれに応じて握手が成立する。

 

 いつもならこのまま着替えて帰るところだった。

 しかし今日は事情が違っていた。

 

 着替えたところまでは同じだが、そこからが違った。

「それでは──」

 そこまで言ったとき外で声が聞こえた。

 

吸血鬼を殺せ!という怒号が・・・聞こえた

 

 一瞬言語理解ができなかった。がしかし、それがやは理解を拒否した通りの言葉だと理解する。

「頭領!──「だめだ。仕事道具は相手を傷つけるもんじゃねえ」

 ハンマーを貸して。という台詞が口から出る前に頭領が止める。

「いいか!職人は商売道具に自分以外の血はつけねぇんだ!自分の商売道具血にぬらすようなバカは職人じゃねぇ!」

 職人としてのあり方は命に関わっても曲げないと頭領はその気迫で語っている。

 

「わかった。でもその代わりこの鉄剣もらっていくよ」

 そう言って私は傍らにあった片手直剣を手に取る。

「お代は後でもらうぞ」

「がめつい頭領だこと!」

 

 私は店を飛び出し、急いで声の方向に走った。



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必要ト感情

 必要が故に必要という言い訳を重ね心の安寧を保つのである。


 私が自分の住む館に帰り着いたとき。そこには自分の記憶とはかけ離れた館であった。

 少ない窓の大半は割れていて至るところから火の手が上がっている。

 また、壁はえぐれていたり、血がべったりとついている。

 

 まさにそこは紅い館だ。だが今は紅というより本当にスカーレット(緋色)だと思えた。

 

 私はバッと飛び上がり、館の屋上から館に侵入する。

「まずはみんなを探さないと」

 思い浮かぶのは家族と昔から私の面倒を見てくれた美鈴。

 今はみんなの安全の確認が最重要事項だった。

 

 

 あぁ、左目が見え辛い・・・

 そう感じて髪留めでとめた髪の毛を右から左に変える。

 髪の毛を右から左に移したことにより、隠れていた鷹のように獰猛そうな黄金の右目が現れ、慈愛を表すかのような穏やかな碧色の左目が髪の毛に隠れる。

 それはあたかも、静かな夜から激しく照らす昼間へと変わることを表しているようだった。

 

 そして彼女は気づいていなかったがそれは彼女の内包する恐ろしさを解き放つロックを解錠したのと同義だった。

 

 

「さてと、俺たちを襲撃したクソ野郎共に逆襲してやろうじゃネェか」

 ニタリと口角が持ち上がり、その表情は血にまみれることを歓びと感じる強者の表情だった。

 

 

 二重人格、言ってしまえばそれだけの簡単な説明。

 ヘンリージキルとハイドのような慈愛と狂気がジェニーの内包する二つの面だった。

 彼女はこの変化を慈愛の面のみが気づいていない。

 普段のように落ち着いていれば基本は慈愛の面が、気が高ぶるならばたちまち狂気に染まったもう一人のジェニーが出てくる。

 

 その鍵はただ髪の毛を移動させ右目を隠した状態から左目を隠した状態にすればいいだけのお手軽感。

 だが、大概の多重人格もそのようなモノだ。

 

 

 

「貴様誰だッ!」

 ちょうどジェニーが入れ替わった少し後に銀の剣を携えた男が現れる。

「簡単じゃネェか。敵だよッ!」

 そう言ってジェニーは相手に肉薄する。

 

 あわてて相手も応対するために剣を身体とジェニーの間に滑り込ませる。

 滑り込むのは間に合った。銀は基本的には吸血鬼や魔物には効く代物。銀剣の男は防いだと確信した。

 

 だが、それはあまりにも誤算だった。

 

「ゴフ・・・」

 ボタボタと目の前に垂れる紅い液体。

 これは何だ?自分が今吐きだしたモノか?

 そう疑問が巡り、おそるおそる自らの腹部を見る。

 

 そこには剣先が無い銀でコーティングされた剣と腹部に深々と刺さった腕。

 やはり男の思考は謎に包まれる。

 だが、その思考に終止符を打つようにもう1本の腕が今度は胸を貫通する。

 ここで男の意識は永遠の闇の中に堕とされた。

 

「軟弱だな・・・だが、これならばみんなは生き残ってる可能性が大きいか?」

 突き刺した両の腕を引き抜き、つかんでいた心臓を握りつぶす。

 聖職者の血なんぞ飲みたくも無い。そう倒れた男を侮蔑のまなざしで見てから歩き出す。

 銀コーティングの剣をもろともしなかった理由は簡単、差し込まれる剣を能力で液状にすれば差し込むための力と重力で剣先は崩れる。俺は腕の周りの水蒸気を氷に変えて銀をガードそれだけである。液体状態が熱くても当たる直前に固体に戻せば何も問題は無かった。

 

 どこを巡るべきか?

 エントランス?それともお父様の部屋か?いや、ここは防御力を考えて地下だろうか?

 背中に背負った鉄剣の重みを感じながら一番近いお父様の部屋を目指す。

 

 

 

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「嘘だろ・・・オイ・・・・・・」

 お父様の部屋、そこに居た・・・いや、あったのは槍に貫かれたお母様と幾振りもの刀剣で刺されたお父様だった。

 

「おい、お父様!お母様!」

 現実が受け止められない。こんなのキツすぎんだろ・・・この光景は表にゃ見せたくねぇのに・・・右目が霞んで来やがった。

 

 

「あ、あっ…あぁ・・・」

 声が出ない。

 目の前の光景に思考や喉、身体が凍り付く。

 

「j、じぇ、にい」

 か細く小さく弱々しい声。しかし、その声はよく聞いたことのある声。

「お父様!」

 その声で身体の時間が動き出したかのように動き出す。

 

「お前は…無事だっ…た…んだな」

 途切れ途切れのその声は震えている。

「こッ、公妃…はど…うし…て、る?」

 もう紅く染まって真っ赤な顎へ新しい赤がプラスされる。

「もう、どうにも・・・」

 そう言うのが私にはやっとだった。

 

「じぇ、にー…お前に…たの。むことが・・・」

 なんなりと、そう答える。

「地…カ…にい…る。いも、う…と・・・たちを…守っ…てく…れ」

 そう言ってお父様は最後の力を振り絞って私の頭に手を載せた。

「わかり───」

 了承を伝えようと涙でにじむ顔でわかったと伝えようとしたとき、頭に乗せられた手がだらりと下がる。

 それは勿論お父様の死を表す他でもないものだった。

 

「お父様ァッ!!」

 そう私は叫んだ。

 

 



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言イ訳ハ虚シク

 理性はやっかいなモノだ。
  すべての事象を自分にいいように・・・
   勘違いさせてくれるのだから


 

「おや、おやぁ、おやぁ!?」

 お父様の死に涙を流しているとき。

 不意に後ろから素っ頓狂な猫なで声がした。

 

 振り返ればそこに居たのは元の色がわからなくなるほどの返り血を甲冑に流す男だった。唯一返り血が無いのは顔だけだった。

 いくつかの色がはいった髪の毛を片方は刈り上げ、反対側は長く伸ばしたスタイル。

「可愛い背教者さんが居たものねぇ?」

 神経を逆なでする猫なで声に臨戦態勢をとる。

 

「ねぇ、そうでしょ?あなたたちぃ」

 そうリーダー格の騎士が言うと後ろから二人の全身甲冑が出てくる。

「「・・・」」

 だが、リーダー格の問いかけには答えず二人の全身甲冑はすらりと刀を抜く。

「つれないわねぇ・・・まぁ、いいわ。それじゃあお嬢ちゃん?貴方を背教の罪で殺します。だ・か・ら・ぁ、最後に言いたいこと無いか聞くわ」

 ニタニタと楽しむようにこちらを値踏む視線を飛ばす。

 

 

 ここで、ふと私は思い出してはいけないことを思い出してしまった。

 それは万物再構築術・・・いま、絶体絶命の状況から大逆転を起こすにはこれしか無い。

 だが、私の能力範囲は二メートルである。しかし二メートル居ないにあるのはお母様とお父様くらいしか無い。

 

 お父様とお母様を道具扱いなんてできない。

 しかし、それ以外に妹たちを救いに行く方法は無い。

 

 何という二択。

 ロクデナシのメフィストフェレスですら嬉々としてはこの選択を強いることはしないだろう。

 

 だが、この場合は・・・

 

 そうぐるぐる、ぐるぐると頭の中を巡る。

 だがそれは小田原評定であり脳内会議は踊れど進まず。

 まさに堂々巡りだった。

 

「あら、貴方は何も思いつかないタイプかしらぁ?」

 そう尋ねられても私はどうとも答えられなかった。

 

「躾のなってない子ねぇッ!」

 だが答えなかったのは気にくわなかったらしい。

 私をリーダー騎士は蹴飛ばした。

 

「グッ!?」

 そう苦悶の声が口からこぼれる。

 そして、髪留めが外れ、片目を隠していた髪が両目とも隠れない状態になる。

 

 それでも私の思考は混乱したままであった。

 しかし、なぜか私の口は勝手に開いた。

「あるよ。最後の言葉」

 なぜ!?勝手に動く口から出るのは紛れもない自分の声。

 

「あらぁ、じゃあきこうかしらぁ」

 リーダー騎士はにんまりとして甘ったるい声をこぼす。

 

 あぁ、この勝手な口は何を言い出すのか・・・絶対にあの詠唱だけはッ!やめてッ!

 

「天地は主の御業、大神は世に御業を説いた。

 かの巨人(あらひと)の死は界の誕生の時なり。

 血肉は大いなる地と海を創造し。

 頭蓋は天を抱き、その空を映す。

 体毛は木々となり、骨は空穿たんとそびえ立つ針山とならん。

 其の大神の大いなる御業を此処に。

 我は主の代行者となり、世の理をここに示さん。

 散りゆく代行者共の黄昏への手向けとし、その屍の上に立ち、鉄を打つ。

 例え其れが、我が生涯灰燼に帰すものであろうとも。

 死者の屍の山の上でただ、鉄を打ち生涯を灰燼とす。

 ならば、その果ての鎚は────万物を構築する、理の鎚とならんッ!」

 

 あぁ、言ってしまった。北欧に住まう神々になぞらえしドグウェルの秘術【万物再構築術】

 

 万物を再構築すれば、元になった物は元に戻せない。

 戻せようともそれは同じようで全く別の物となる。

 たとえ何であっても戻すにかなわぬ術

 

 まさに詠唱通り万物の生涯を灰燼に帰す術。

 

 そして勿論それが発動したのは腕から二メートルの範囲に有ったお母様とお父様。

 

「いい詠唱ねぇ・・・でも、私に魔法は効かないわよぉ?この主の御業(みわざ)に守られたこの私、ペトロー二にはぁ!」

 主の御業に銀製の装備一式の騎士団・・・まさかッバチカンの枢機卿騎士共!?

 

 だがしかし、なすすべ無い私へ向かうリーダー騎士の人たちはなぜか届かなかった。

 それはなぜか・・・答えは私の手にドス黒い不可思議な形をした棒がそれを受け止めていたからである。

「あなたたち!起き上がるのを抑えてるからさっさと、さっきのように刺しなさいッ!」

 しかし、全身甲冑は動かない。いや動けない。

 

 後ろでは二人の全身甲冑を紅く光り輝く槍が貫いていた。

ケン()のちニイド(遅延)

 使い方もわからないのになぜか口が動く。

 そして、その言葉通り私の手に持つ棒は発火し剣の形をとる。

 

「ソリャッ!」

 今度は足が勝手に動いて相手の腹を蹴り上げる。

 そして力が緩んだ瞬間に抜け出す。

 

「かかってきなよ騎士様。それとも俺も聞いてやろうか辞世の句?」

「こぉんのクソ餓鬼がぁ!」

 ここまでの不覚は初めてなのか、頬を赤くし先ほどまでの優雅さも忘れて襲いかかる。

 

 しかし、身体の小ささを生かして私は相手の鎧に触れる。

「其は巨人の肉体なり、さすれば其はあるべき姿に戻れッ!」

 聞いたことも無い詠唱。しかし効果は如実に表れる。

 

 ベキィという無理矢理何かを曲げたかのような音がして鎧がばらけてどんどん形を変えて鉱石なる。

「・・・主の御業というわりに鎧は銀と鋼鉄に魔性石?どこが主の御業なんだろうな。魔性石で魔力を蓄えてるだけの術式か」

 この頃になって私は自分は思考だけで、身体が動かせないことに気がついた。

 

「おっとやっとそのことに気がついたな。まぁ、お前の今からすることはわかってるだろうな?」

 端から見れば一人でつぶやく異常者。しかしここにあるのは死体とお父様(レーヴァテイン)お母様(グングニル)

「まぁ、このまま俺のままでもいいぜ?緊急事態だしな」

 いやだ。そう私は考える。

「そうか・・・ならどうでもいいや。一応いっておくが俺を呼びたきゃ髪で右目を隠せ」

 そう言いながら私は髪留めをつかみ取って髪の毛をとめた。勿論右目を隠した状態に髪をとめている。

 

『さて、俺は内側でてめぇを見てる。特に口出しはしねぇ。だからさっさと槍を抜いて地下まで行くぞ。』

 うん。わかった。そう思いながら私は槍を抜き、地下に向けて走り出した。

 



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