みゃー姉こそ天使だぞ (星野香子)
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みやこさんのお家にお泊まりに行くの

 

 今日はとても静か。

 

「うーん、今日のご飯どうしようかなぁ」

 

 今日はお母さんもお父さんも忙しくて帰ってこれない。そんな日の星野家の家事は私がやっているけど……

 

「今日はひなたもいないし……」

 

 妹のひなたは林間学校のため明日まで帰ってこない。そのため今日は私ひとり。

 もしもひなたがいるのなら、ちゃんとしたご飯を作らないとお母さんに怒られるけど、今日は私ひとり。それならあまり手の込んだものじゃなくてもいいか。

 

 大学の課題も一段落ついたことだしと、部屋から出てリビングへ向かうため階段を降りる。私の立てる音以外聞こえない。ひなたがいないとこんなに静かなんだ。

 

 今頃ひなたは宿泊先で花ちゃんやノアちゃんとはしゃいでいるんだろうな。これを期に少しはお姉ちゃん離れができるといいんだけど。

 

「みやこさん、お鍋にしてみたんだけどお出汁の味見してくれないかしら?」

 

 リビングにつくと台所から松本さんの声が聞こえた。

 

 

 なんでいるの。

 

 

「みやこさん? どうしたの?」

「ど、どうしているの? 鍵掛かってたよね!?」

 

 鍵の閉め忘れはありえない。チェーンまでは掛けていなかったけどちゃんと鍵は閉めた。だってインターホンが鳴っても居留守するために確実に!

 

「あれ? お母さまから聞いてない?」

「え、何を?」

「今日は私が泊まるって」

「え……?」

 

 すぐに携帯を確認する。あれ、携帯どこにやったっけ! へ、部屋から動かしてなかったはず……

 ベッドの横に落ちている携帯を見るとお母さんから確かに連絡がある。

 

『あんたひとりだと心配だったけど、香子ちゃんが泊まりに来てくれるんだって? あんまり香子ちゃんに迷惑かけないように』

 

「お母さんーーー!?」

 

 私、松本さん呼んでないよ!?

 すごく身の危険を感じるんだけど! ひなた助けて!

 

 あああ、ダメだ。おちつけ、私。松本さんはちょっと気持ち悪いけど悪い人じゃないんだから、うん。それにまったく知らない人でもないんだし、そう、深く考えたらダメな人ってだけで……

 

「というか私だってもう大人! ひとりでも全然大丈夫なんだから、松本さんには帰ってもらおう!」

 

 大丈夫、松本さんだって話せばわかってくれる。たぶん。

 再び松本さんがいるリビングに戻ると笑顔で迎えてくれた。その笑顔がこわく感じるのは仕方がないと思う。

 

「ま、松本さん……!」

「どうしたの? みやこさん」

 

 言うぞ、帰ってって言うぞ!

 

 

 ───プルルルルルル! プルルルルルル!

 

 

 私の決意を水差すように、突然鳴り出す家電。

 ど、どうしよう。出ないといけないのかな。でもお母さんいないし、私がでてもどうしようもないし……うん、そっとしておこう。

 

 放置を決めた私とは反対に、なぜか松本さんが電話を取った。

 

 えっ……?

 

「はい、星野です。はい? あら、お父さまですか。電話口ですみません。私、みやこさんの友達の松本香子と申します。いつもみやこさんにはお世話になってます。はい、はい。ええ、みやこさんですか? いえいえ~、私がやりたくてやってることですから、はい。わかりました、はい───」

 

 電話相手はお父さん? もしかしてまた外堀が埋められつつあるんじゃ……

 

 通話が終わったのか、松本さんは受話器を置いた。

 

「ま、松本さん……今のってお父さん……?」

「ええ、お父さまからだったわ。みやこさんは電話に出るの苦手だから私が出ちゃったけど、星野って名乗るのもやぶさかじゃないわね」

 

 この人はなにを言っているんだろう。深く考えたらダメなやつだきっと。

 

「あ、みやこさん。今日はゆっくり休んでて大丈夫よ。昨日は妹さんと寝たから疲れてるでしょ?」

 

 なんで知ってるの?

 

「家事は私がやっとくから、ね?」

 

 ね? じゃないんだけど。

 

 松本さんはウィンクを飛ばして台所に戻った。

 電話に出てくれたり、家事をしてくれたり、悪い人ではないんだよね……ただちょっと、気持ち悪いというか、こわいだけで。それさえなければ理想の友達? なんだろうけど……

 

「そういえば花ちゃんも私のこと、同じように言ってたっけ……」

 

 あんまり考えたくないけど、ひょっとして私と松本さんって似てるんだろうか……

 

 

 

 ・・・・・夕食後・・・・・

 

 

 

 すごく美味しかった。

 松本さんが作ったご飯は私の好みに完全一致だった。うれしい要素のはずなのに、松本さんだからこわく感じてしまう。たまたま一致したのだと思いたい。

 

「食器はそのままでいいわよ」

「さすがにそこまでは……」

「遠慮しなくてもいいのに」

 

 遠慮というか、これ以上こわい点を見つけたくないからだけど……食器を出したのは私なのに、洗ったあと松本さんなら平然と食器が元々あった場所に戻せそうだから。

 

 とにかく台所に松本さんと立つ。

 

「みやこさん」

「な、なに……?」

「なんだか一緒に台所に立ってると、新婚さんって感じよね」

 

 花ちゃん助けて。

 

「なんて、冗談よ冗談」

 

 松本さんが言うと冗談には一切聞こえない。

 

 それから無事に食器も片付け終わる。しかしやっぱり、松本さんは帰る様子を見せてくれない。まあ、もう外は暗くなっちゃったし、今から帰ってなんて言えないけど。

 

 リビングにピーと電子音が鳴った。

 この音は……

 

「みやこさん、お風呂沸いたみたいだから先に入っちゃって」

 

 なんでうちの湯張り機使いこなしてるの? 

 

 同じ規格をたまたま使ってるだけだよね……いや、別に複雑なものじゃないから普通、なのかな……? ダメだ、何が正しいかわかんない……

 

「ま、松本さんが、先に入っていいよ?」

 

 私が先に入ると、自意識過剰かもしれないけど、松本さんも一緒に入ろうとしてくる気がしてこわい。

 

「そう? それじゃあお言葉に甘えようかしら」

「ど、どうぞどうぞ」

 

 結構あっさり。やっぱり自意識過剰だったのかな。一緒に入りたかったらもっと駄々とかこねたりするものだろうし……って、ひなたじゃないんだから。

 

 松本さんがお風呂に向かったので、自分の家なのにようやくひとりになれた。

 精神的にいつもより疲れながらテレビを眺める。撮り溜めしてたアニメ消化しなくちゃ。

 

 

 

「お風呂空いたわよ」

「ひっ、は、はい」

 

 アニメを見ながら次の花ちゃんの衣装候補を考えていたら、いつの間にか松本さんが隣にいた。なかば逃げるようにお風呂へと向かう。

 

「さ、さすがに入ってこないよね……?」

 

 二度風呂とか言って来たりしないよね? なんでお風呂でこんなに怯えないといけないんだろう。

 ダメだダメだ。松本さんは悪い人ではないんだから、自意識過剰もいい加減にしよう。

 

 体を洗い、ゆっくりと湯槽に入る。お風呂の気持ちよさに力を抜きながら考える。明日になれば、ひなたも帰ってくる。それまでの辛抱だと。

 

 すると、脱衣場に人が入ってくる音が聞こえた。今この家にいるのは私と松本さんだけ。だから当然、脱衣場に入ってきたのは松本さん。

 

 ダレカ、助けて。

 

「ま、ま、松本さん……!?」

「寛いでる最中にごめんなさいね、みやこさん。洗濯機の予約を今のうちにしておこうと思ったのよ」

「そ……そうなんだ」

 

 良かった。乱入してくるわけじゃないみたい。

 脱衣場に見える松本さんのシルエットも脱いでいる動きはしてない。言葉通り、洗濯物を洗濯機に入れて予約してる感じだ。

 さすがに洗濯機は松本さんの家と違う種類のものなのかな。なんだか松本さんの動きがゆっくりだ。

 ゆっくりと、1枚1枚洗濯物を入れていく。にしても結構時間が掛かってるなぁ。松本さんならテキパキしそうなのに。

 今日の洗濯物は私の服ぐらいしかないから量も多くないのに。

 

 …………私の服。

 

 うん、考えるのはやめよう。SAN値がまずいことになる。

 

 

 松本さんが脱衣場から出たのは、それから10分ほどだった。

 

 

 

 寝る準備も整えて、今は部屋にいる。

 

「みやこさんってたまに妹さんと一緒に寝てるじゃない」

「きょ、今日はひとりで寝たいかな……」

「心配しなくても、私も一緒に寝たいって言おうとしたわけじゃないわよ」

「そ、そうだよね」

「でもみやこさんが望むなら私は構わないけど?」

「ダイジョウブデス」

 

 なんだか今日は眠れる気がしない。家族以外が部屋にいる状態で眠れる気なんて全然しない。

 

「それじゃあみやこさん、おやすみなさい」

「へ……?」

 

 松本さんが部屋から出ようとした。それが予想外だったから、つい変な声を出しちゃった。

 

「どうしたの?」

「あ、いや、松本さん、ここで寝ないの?」

「私が一緒にいたらみやこさん眠れないでしょ?」

 

 松本さん……

 私の人見知りを汲んでくれてるなんて……やっぱり変なだけで悪い人じゃないんだ。

 

「私はリビングで寝るわね。お布団は借りちゃうけど」

「う、うん。わかった。それじゃ、おやすみ」

「ええ。みやこさん、おやすみなさい」

 

 すごく警戒しちゃったけど、明日からはそんなに考えすぎなくても大丈夫かな。

 そんなことを思いながら電気を消して眠った。

 

 

 

 ・・・・・翌朝・・・・・

 

 

 

 ハァハァと荒い鼻息が聞こえる。

 ひなたが起こしに来てないということは、まだ起きるには早いよね。まだ寝てていい時間だ。

 

 パシャリ、と聞き慣れた音が聞こえた。それも連写で。

 

 あー、この音、花ちゃんも撮る時のカメラの音だ。でもなんで聞こえるんだろ。朝から花ちゃんがいるわけじゃないのに。

 というか、花ちゃんだけじゃなくひなたも林間学校でいないんじゃ……あれ……今家に居るのって……

 

「───っ!?」

「おはよう、みやこさん」

 

 ガバリと勢いよく起きると目の前には満面の笑顔の松本さん。だけどカメラは構えてない。

 気のせい、だったのかな。そうだよね、さすがに寝顔を撮ったりなんてしないよね。

 

「朝ごはん用意してあるから。私はもう大学に行かなくちゃだから、またね」

「う、うん」

「またお泊まり会しましょうね」

「う、うーん……」

 

 恐ろしい提案は言葉を濁すに限る。

 家を出ていく松本さんを見送りながら、次にひなたが家にいないタイミング……修学旅行の日は絶対にお母さんに家にいてもらおう。

 

 松本さんが用意した朝ごはんを食べながら、そんな決意を固めた。

 

 

 

 



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みやこさんならランドセル姿だって似合うわよ

 

 

 

「みゃー姉がわたしと同じ学年だったらなー」

 

 ひなたが切り分けられたアップルパイを食べながら、何気なく呟いた言葉。どうしてそんなことを言い出したのか、なんて考えなくてもたぶんひなたのことだから、みゃー姉と学校でも一緒がいいという理由だきっと。

 

「ミャーさんが一緒のクラスだったら調理実習とかスゴそうだよね。いろんな子から頼られちゃうかも?」

「おう! なんたってみゃー姉だからな!」

 

 ノアちゃんがひなたの発言にのっかり話を広げてきた。

 

「私は嫌かな……それがきっかけで話し掛けられたりしそうだし。絶対やだ」

「ミャーさん想像の中くらい強くなって?」

 

 想像力が強くなりすぎたせいでカラコンとか眼帯をファッションでつけていた時期がある身としては、これ以上恥をかきたくない。

 

「ノアちゃん、私はもう恥をかかずにいれる方法がわかったんだよ。それはね、誰にも会わずにいたらいいんだって!」

「ミャーさんどんどん開き直ってない?」

 

 開き直ってないよ。

 

「私はお姉さんと同い年の方がうれしいかも」

「へっ? ほ、ほんと……!?」

 

 アップルパイを食べ終わったのか、花ちゃんが私のお皿にあるパイをじっと見つめながら話に参加する。

 食べ足りないのかな、かわいい。ってそれよりも今の花ちゃんの発言の意味はどういうことだろう。花ちゃんは私のことを警戒してそうなのに。

 

「同い年ならお姉さんの気持ち悪い趣味の被害に遭わなさそうだし」

「えぇー……」

 

 でも確かに、同い年ならコスプレしてなんて言えそうにない。いや、年下に言うのもまずいけども。そう思うと私、花ちゃんより年上で良かった。

 

「でも花、松本はみゃー姉と同い年だけどコスプレさせようとするぞ」 

「そういえば……」

「あー、マツモトさんだしネ……」

 

 松本さんという特殊な例をひなたが出してきた。でも私には松本さんみたいな行動力はないよ、ひなた。

 

「私は同い年の人にコスプレを頼んだりしないから」

「ハナちゃんが同い年でも?」

「しないから! ………………たぶん」

「そこは断言してください」

「し、しないよ……」

「目をそらさずに」

 

 目を見て話すなんて私には難易度が高いよ。花ちゃん相手だとなぜかなおさら難しい。

 

「ミャーさんがいたらコヨリちゃんがすごく構いそうだねー」

「え? こよりちゃんが?」

 

 こよりちゃんはツインテールでひなたとはまた違う元気一杯な子だ。

 

「確かに小依ならお姉さんに構いそう」

「え、どうして?」

 

 ノアちゃんだけでなく花ちゃんも同じ意見らしい。わかってないのは私とひなただけ。こよりちゃんはひなたみたいにべったり甘えてきたりはしなかったけど……

 

「ミャーさんにならコヨリちゃん頼られそうだし」

「こよりは頼られたがりだからな!」

「えぇー……そういう理由……」

 

 たしかにそういう一面を見せてたけど……なぜだろう。こよりちゃんに何か頼っても解決する気がしないのは。

 

「こよりがみゃー姉と遊ぶならかのんも一緒だな!」

「夏音と小依はいつも一緒だもんね」

「そしてコヨリちゃんをとられちゃったカノンちゃんが、ミャーさんとシュラ場になるんだよね!」

「ノアちゃん昼ドラにハマってるの?」

 

 修羅場って。

 でも実際、同い年だったらどうなってただろう。登校時はひなたがそばにいて、休み時間もひなたがそばにいて、下校の時もひなたがそばにいる。

 

 ……うん。

 

「ひなた、お姉ちゃん離れしない?」

「なんでだ!?」

 

 割りと本気で四六時中ひなたがそばにいることになる。いや、同い年ってことは私はひなたのお姉ちゃんじゃない?

 

「同い年だったら私はひなたのお姉ちゃんじゃないな~って」

「そうなるのか!? みゃー姉がみゃー姉じゃなくなる……みゃー!」

「みゃー!?」

 

 新しい呼び名が生まれちゃった。なんだか鳴き声みたいだけど。

 

「ヒナタちゃんの双子の姉とかかもよ」

「じゃあやっぱりみゃー姉だな!」

「もしかしたら妹かも」

「その時はみゃーか!」

「ひなたの中で私はみゃーが絶対なの?」

 

 でも、ひなたが同い年の姉だったら……「みゃーはわたしが守るぞ!」「みゃーの代わりにわたしがお母さんに謝ってやる!」「将来はわたしが養ってやるぞ!」

 

 …………有りだな。

 

「お姉さん、ロクでもないこと考えてません?」

「そ、そそんなことないよ!」

 

 お母さんに怒られることは少なくなりそうでいいなぁって思ったくらいだし!

 

「ミャーさんが小学生だと、今のミャーさんの立ち位置にマツモトさんが入るね」

「また松本さんの話題出すの……?」

「あの人がお姉さんにコスプレさせて写真を撮ることになるもんね」

「ひぃ……」

 

 想像が容易すぎてひきつった声が出てしまった。

 そんな私に追い打ちをかけるように花ちゃんが続ける。

 

「あの人が大学生のままならお姉さん誘拐されそう」

「あー、ありえそうかも。ミャーさんが大学生の今でもアレだしね」

「みゃー姉はわたしが守るぞ!」

 

 花ちゃんが悪戯っ子のようにニヤニヤしながら私を見て言った。小悪魔系花ちゃんもかわいいという気持ちと、松本さんへの恐怖がせめぎあってカメラを構えれない。

 

「ぎゃ、逆のことを考えよう!」

「逆のことですか?」

 

 小首を傾ける花ちゃんかわいい。

 

「ひなたたちが私と同じ大学生だったら……とか……」

 

 言いながら想像してみる。きっと大きくなったひなたが……「みゃー姉大学一緒に行くぞ!」「みゃー姉課題一緒にやろう!」「みゃー姉科目は何取ったんだ! わたしも同じの取る!」「みゃー姉一緒に寝よう!」「みゃー姉一緒にお風呂入ろう!」「みゃー姉!」「みゃー姉!!」「みゃー姉ー!」

 

 …………うん。

 

「ひなた、お姉ちゃん離れできるよね?」

「みゃー姉!?」

 

 さすがに今のままの元気一杯さはないだろうし、落ち着きとかも持ち出すと思うけど想像できなかった。

 

「ヒナタちゃんのオトナな姿かー。きっとカッコいいんだろうなあ」

「おう! みゃー姉みたいになるぞ!」

「やめて?」

 

 ひなたが私の真似をしだしたら、私がお母さんに怒られちゃう。

 

「アタシは今よりさらにさらにカワイクなってるだろうしなー、アイドルになっちゃってるかも! そしたら特別にミャーさんにサインあげるね!」

「あ、ありがとー」

「ノア! わたしにもくれ!」

「もっちろん! ハナちゃんにもあげるからね!」

「ん、ありがと」

 

 アイドルかぁ。花ちゃんがアイドルになってテレビに出たら全部録画しないと……ん? 待って。花ちゃんの握手会とかあれば合法的に花ちゃんの手をスリスリできるのでは? いやむりか? どうなんだろ、イベントとか行こうなんて考えたことないからわかんない。

 なんにしろ花ちゃんはアイドルだ。

 

「花ちゃん! アイドルの練習しよう!」

「いやです」

「アイドルの話してたのアタシだよね?」

 

 なぜか落ち込んだノアちゃんがひなたにあやされだした。前もしてたけどアレなんなんだろ。犬を撫でるみたいな。

 

「私は普通の大学生ですかね。ノアみたいにアイドルになりたいわけじゃないし」

「花ちゃんの大人の姿かぁ……」

 

 コスプレ衣装の幅が広がりそう。今の女児向けアニメのコスプレも花ちゃんなら有りだ絶対。どうしようニヤニヤが止まらない。

 

「花は食べてばっかりだからな。太ってるぞきっと」

「こら、ひなた!」

「ちゃんと運動するもん……」

 

 なんてこと言うのこの子は。

 でも今後花ちゃんにあげるお菓子はカロリー控え目にしとこう。新しいレシピ覚えなくちゃ。花ちゃんが太ったら私の責任になっちゃう。もしもそうなったら……

 

「花ちゃん安心して」

「……何がですか」

「花ちゃんが太ったら、責任をとって一生私がそばにいるからね!」

「絶対やめてください」

 

 私の決意は即答で拒否された。

 

「太ったらみゃー姉がずっとそばにいてくれるのか!? ならわたしも太る!」

「ヒナタちゃんそれだけはやめて!?」

「私もお母さんに怒られるからやめて!?」

 

 ひなたなら本当にやりかねない。

 

「お姉さんはもっと自分の言葉に責任を持ってください」

「うぅ……ごもっとも……」

 

 迂闊な発言でひなたが太る可能性ができるなんて、もっと気を付けよう。

 それにしてもなんでこんな話になったんだっけ。あ、みんなが同い年だったら、だったか。

 

「やっぱりそのままが一番だよね……」

「そうですね」

 

 ひなたを必死に説得しているノアちゃんを眺めながら、そんな結論に私は至った。やっぱり私は花ちゃんにコスプレしてもらえる今の関係がいい。同い年だとしてもらえなさそうだし。

 

「あれ? お姉さんの携帯、今鳴りませんでした?」

「え? あ、ホントだ」

 

 携帯にメッセージが入っている。迷惑メールかな。それか携帯会社からのメールかも。

 

「うわっ……」

「どうしたんですか? ……うわ」

 

 後ろから覗き見た花ちゃんも同じようなドン引き声をあげた。

 

『みやこさん、小学校の制服を作ったから着たかったらいつでも言ってね。ランドセルも用意してあるから』

 

 そこにはランドセルと制服の画像と一緒に送られてきたメッセージ。送り主は松本さん。

 

 ……盗聴? それとも近くにいるの? こわい。

 

 おそるおそる窓から外を見ると、松本さんがいた。私が見ていると気づいたのか手を降りだした。まるで偶然目があったみたいな、何気ない反応だった。

 

 肩をそっと叩かれた。振り向けば花ちゃんが、ものすごく優しい目をしながら憐れんでくれていた。

 

「お姉さん、一緒に部屋の掃除をしましょうか……」

「うん……お願い……」

 

 盗聴器とか見つかったらこわいけど、見つからなくてもそれはそれでこわい。

 

「私、こんな思いを花ちゃんにさせてたんだね……」

「ここまでひどくはありませんでしたけど……」

 

 家族とひなたの友達以外こわい。

 

 その日はそれから、説得を終えたノアちゃんとひなたにも手伝ってもらって、私の部屋とひなたの部屋を入念に掃除することにした。

 ご褒美としてまたお菓子をせがまれ、そして食べさせすぎてお母さんに怒られたのは言うまでもなかった。

 

 怒られながらも決意する。今度からお菓子の量も控えるようにしようって。

 花ちゃんの食への関心を思いだしながら、このままで本当に太りそうだしと割りと真面目に考えることにした。

 

 ちなみに盗聴器などは見つからなかった。

 

 

 



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みやこさんと同じ布団で寝たい

 

 

 

「なー、みゃー姉。なんでもやる券いつ使うんだ?」

「え?」

 

 一緒にお風呂に入っていると、ひなたが髪を洗われている最中にそんなことを言いだした。

 

 なんでもやる券、そういえば誕生日プレゼントでもらったな。割とすぐにひなたに使ったけども……そういえばまだ花ちゃんとノアちゃんの分の券は残っているんだ。エリクサーみたいに大事にとってたせいで忘れかけてた。

 

「有効期限ってあるの?」

「ないー」

「そっかー。流すよー」

「ん!」

 

 ひなたのシャンプーを洗い流していく。ひとりでもできるのに、一緒に入ると私がやるのが恒例となってしまっている。

 

 それにしても、なんでもやる券……有効期限なんてないって言ってはいるが、限度がきっとあるだろう。良くて六年生に上がるまで……いや、小学校卒業までならギリいける……?

 大事にとっておいて結局使い忘れるよりはそろそろ使った方がいいかな。花ちゃんたちがなんでもやる券の存在自体を忘れちゃったら言いだしにくいし。

 

「うーん、でも何してもらおうかなぁ」

「なんでもいいぞ!」

「するのはひなたじゃなくて花ちゃんたちでしょ」

「なんでもやる券がなくてもわたしはいいぞ!」

 

 ひなたの愛の底が見えない。

 今でこそ子供らしい無邪気さでいいけど、大きくなってもこのままだと嬉しいような、こわいような……

 

「それじゃあひなた」

「なんだみゃー姉!」

「今日は別々で寝「それはやだ」……そっかー」

 

 わかってたけど。

 お風呂に入る前に一緒に寝ようと言われたから、身の安全のために言ってみたけどダメだった。なんでもやる券じゃないと姉離れ関係はできなさそうだ。

 

「それでみゃー姉、なんでもやる券どう使うんだ?」

「うーん……やっぱり普段してもらえなさそうなコスとかかな」

「わたしなら券なんてなくても着るのになー」

 

 ぐいぐいアピールが来るんだけど。

 

「どんな服なんだ?」

「まだ考え中かな」

 

 なんでもやってくれる券とは言っても許容範囲があるだろうし、けどお菓子のために割と色々着てくれる花ちゃんなら本当になんでも着てくれる予感もあったり。

 

「まあなんでもやる券がなくてもみゃー姉の頼みならなんだって聞くだろうな!」

「ひなただけだよそれ」

「そんなことないぞ! 松本だって聞いてくれるぞ!」

 

 例外中の例外を出さないで。

 ひなたと同じように何故か私にすごい憧れを持っている松本さんは特殊なんだから。

 

 ……ひなたが妹じゃなかったら、松本さんみたいになっていたかもしれない。

 

「それはさすがにないか」

「?」

「なんでもないよー。そろそろあがろっか」

「おう!」

 

 

 ・・・・・・・・・・・

 

 

 お風呂上がり後。

 

 私のベッドでぼふんぼふんと跳ねるひなたを見て、今日も今日とて体力が有り余ってることに覚悟を決めた。

 せめてもう少し寝相がよくなってくれたら……

 

「みゃー姉? まだ寝ないのか? なら遊ぼう!」

「遊ぶったってもう遅い時間だから」

「でもまだ眠くない!」

「あんまり騒いだらお母さんに怒られるよー」

 

 ひなたに布団を掛けて電気を消す。

 

 一緒に寝ることがうれしいのか、満面の笑顔だ。もう何度も一緒に寝てるのにいつも嬉しそう。

 

「みゃー姉」

「んー?」

 

 消灯したからってすぐに寝つくわけじゃない。ひなたの眠気がくるまでゆったりお話しながら夜を過ごす。

 

「髪伸ばしたい」

「唐突だな……」

 

 唐突さはともかく、ひなたがこういった希望を言うのはなんだか珍しい。たいていは「みゃー姉と一緒がいい!」とか「みゃー姉が好きな髪にする!」とか言うのに。

 

「花みたいな髪にする」

「え、どうして?」

「だってみゃー姉は花が好きだからな」

 

 そうきたかぁ。

 ひなたの髪だからひなたが好きな髪型にしたらいいと思うけど、こういう理由は……なんかこわい。

 お風呂で考えた、ひなたが妹じゃなかったら松本さんみたいになっていたかもという説が強まってる気がしてこわい。

 

 あの人は高校時代の私の髪型に寄せてるらしいから、少し違うかな……?

 

「花ちゃんと同じ髪型にしなくても、私はひなたも好きだよー」

「わたしもみゃー姉が大好き!」

 

 ……好きに対して大好きと返ってきた。いや、このこと自体は普段通りだけど、ひなたの松本さん化を想像してしまうとなんだかどんどん重くなりそうで……

 

「そうだみゃー姉!」

「なに? もういい加減寝ようよ」

「花のコスプレ作ってほしい!」

「花ちゃんのコスプレ? 明日作るよ、だから今は寝よう?」

「わかった!」

 

 なんで花ちゃんのコス衣装の話が突然出たんだろう。花ちゃんのコスプレって頻繁に作っているつもりだけど。

 もしかしてひなた、花ちゃんにしてほしい格好とかあるのかな。

 

「いたぁ!?」

 

 突然お腹を襲ったひなたの裏拳を受けて、ようやくひなたが寝ついたことを確信した。

 

 ここからが本当の地獄だ……

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

「みゃー姉朝だぞ!」

「うん……おはよう……」

「おう! おはようみゃー姉!」

 

 私としてはもう少し寝たい。体力を使い果たした。

 一方ひなたはぐっすり寝てスッキリといった雰囲気。

 

「私はもうちょっと寝るから……ひなたは学校行っておいで……」

「みゃー姉、今日は土曜日だぞ」

「あ、そうなの……じゃあもっと寝るよ」

「わかった! みゃー姉が起きたらわたしも花のコスプレ作るの手伝うから!」

「ん……お願いねー……」

 

 花ちゃんのコスどうしようかなぁ。花ちゃんのコス写真も結構増えたからなかなか決めにくい。どんな格好でもかわいいとはわかってるけども。あ、ひげろーは別だけど。

 今ある生地との兼ね合いも考えないと……というか今回はひなたがやけに張り切ってることだし、相談して決めたらいいか。

 

 ひなたが花ちゃんにしてほしい格好って想像もつかないや。

 

 そんなことを考えながら眠ると、目を覚ました頃はもうお昼を過ぎていた。

 

 

 

 ひなたとお昼ご飯、私にとっては朝昼兼用ご飯を食べてから、衣装作りを行う。

 

「それじゃあ花ちゃんの服つくろっか」

「おー!」

「それで、ひなたはどんなのがいいと思う?」

 

 ひなたが好きそうな衣装って本当になんなんだろ。

 

「? みゃー姉何言ってんだ?」

「ひなた?」

「花の服なんだからクソダサイ服だと思う」

「ひなた!?」

 

 花ちゃんの私服の話は今はしてないよ!?

 

「いや、花ちゃんのコスプレ作るんだよね?」

「うん! 手伝う!」

「ひなたはどんなのがいいかとか、希望はないの?」

「花のコスプレならなんでもいい!」

「んんー?」

 

 え、してほしい格好があったわけじゃないの?

 

「それじゃあ……考えたら花ちゃんのメイド姿はそんなに撮ってなかったし、メイド服かなあ」

「え? 花は普段ひげろーのシャツだぞ?」

「んんん?」

 

 だから今は花ちゃんの私服の話はしてないんだけど。

 

「あ、そうだみゃー姉! カツラも作れる!?」

「いや、さすがに作れないけど……?」

「じゃあ買わないとかー」

 

 カツラ……ひげろーのシャツ……

 

「ねえ、ひなた?」

「なに?」

「花ちゃんのコスプレを作るって、もしかして……」

 

 そんなまさかと思いつつ、でもおそるおそる聞いてみる。

 

「花ちゃんなりきり衣装……みたいな?」

「おう!」

「……誰が着るのかなぁ?」

「わたしが着る! あ、みゃー姉も着たいのか!?」

 

 花ちゃんの格好になりたがる理由は、聞かないでおこう。聞かなくてもなんか想像できちゃうし。

 

「ひなた」

「?」

「今日の衣装作りは中止です」

「なんで!?」

 

 なんで、じゃない。

 さすがにそれはいろいろとまずい。そんなの作ったって花ちゃんにバレたらすごくまずいし、万が一でも花ちゃんのコスプレをしたひなたに対して興奮止まない状態になったら……なんだか色々な方面でやばい予感しかしない。

 

「ひなた、花ちゃんの格好をしてもひなたはひなただからね?」

 

 だから道を踏み外さないでね? 本当にお願い。

 

「でも花の代わりにはなれるぞ!」

「なれないからね?」

 

 どう説明すればいいんだこれ。こうなったひなたは理屈が通じない。

 私だけで説得は難しそうだし……花ちゃんに助けてもら……いや、花ちゃんは不器用だしこういうの苦手そう。ノアちゃんなら家も隣だし、うん。ノアちゃんに助けを求めよう!

 

「みやこー」

 

 階下からお母さんの呼び声が聞こえる。もう、こんな時にいったい何。

 

「なにー?」

「香子ちゃん来たわよー」

 

 松本さん!? こんな時にいったい何!?

 

 帰ってもらって、という前に階段を上がってくる音が聞こえる。今度はいったいなんなの。

 

「来ちゃった」

 

 ドアを開けたのは当然のように松本さん。しかしいつもと格好が違う。松本さんの私服にしてはクソみたいにダサいし、コスプレ衣装にしてもダサい。

 というかそのTシャツ……

 

「松本もひげろーが好きなのか!?」

「私はあんまり……偶然にも妹のゆうが欲しがったからせっかくだしね。それでせっかくだしみやこさんに見せに来たの」

 

 何言ってるのこの人。

 ゆうちゃんが欲しがったのならゆうちゃんのサイズのを買うもんじゃないの? そこでなんで私に見せに来るの?

 

「それで、どうかしら?」

 

 見せびらかすようにその場で一回転する松本さん。

 だけど服は変なキャラであるひげろーが、変なポーズを取っているダサシャツ。そして髪には花柄のヘアピン。

 ……何も考えないでおこう。

 

「えっと……い、言いにくいけど……」

「やっぱりダサいと思うぞ」

 

「やっぱりそうよね……」

 

 あ、松本さんもダサいって思ってたんだ。

 初めて松本さんと意見が一致した気がする。

 

「松本、それって花のコスプレか?」

「偶然似ちゃっただけよ」

 

 偶然、をそんなに何度も強調されても困る。

 

 ひなたは松本さんの格好と私の顔を交互に何度も見てきた。

 

「花のコスプレはやっぱりやめる!」

 

 そして突然さっきまでの意見とは違う言葉が出てきた。

 良かった。なんでかわからないけど考え直してくれたみたい。でもなんでだろ。

 ちょっと考えてみたけど、意見が変わったタイミング的に松本さん……?

 

「なにかしら、みやこさん」

「あ、な、なんでもない……」

 

 ダサシャツを着ている松本さんはやっぱりこわい。でもなんとなく、今回は松本さんがいてくれて良かったかもしれない。

 ひなたが考え直した理由って松本さんの姿を客観的に見れたからだろうし、そう思うと反面教師としてはすごい優秀だこの人……!

 

「ハァ、ハァ、ハァ……なんだか今、みやこさんに褒められてる気がするわ……!」

「ヒッ……」

 

 突然息を荒げだした姿が不気味過ぎて、やっぱり松本さんにははやく帰ってほしいという思いでいっぱいになった。

 

 

 

 

 



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みやこさんは大人の女性なの

 

 

 

 今日は日曜日。それもただの日曜日じゃなく、花ちゃんが来る日。

 お菓子を作って出迎える準備をするべきなのに、私は起きれずにいた。

 

「頭いたい……」

 

 せっかく花ちゃんが来る日だというのに、私は風邪を引いてしまったようだ。

 ピピ、と体温計が音をたてる。見れば37.4……せっかくの日曜日なのになんで風邪なんて引いちゃうのかな。どうせなら平日に引いてほしい。

 

 でもこのくらいなら我慢してお菓子を作れるかも……いや、ダメダメ。そんなことをしたら花ちゃんに風邪が移っちゃうかもしれない。

 今日は花ちゃんのお菓子作りは無理だ。お菓子もないし、花ちゃん撮影会は我慢しよう。

 

「みゃー姉、もうすぐ昼だぞー! お菓子作らないのか?」

「ごめん、ちょっと風邪引いちゃったみたい……お母さん呼んでくれる?」

「風邪!? 大丈夫か!? すぐ呼んでくる! 救急車もいるか!?」

「風邪で救急車は呼ばないで……」

 

 みゃー姉がー! と叫びながらひなたはお母さんを呼びに行った。

 

「みやこ、風邪だって? しんどい?」

「ちょっとダルいー……」

「熱は計った?」

「うん、熱あった」

 

 困ったような表情のお母さん。たしか昼から仕事だったはず。仕事を休むか悩んでるのかな。

 

「仕事終わったらゼリーとか買ってきてほしいー……」

「……看てなくて大丈夫?」

「そんな子供じゃないんだから……大丈夫だよ」

 

 さすがに大学生にもなって親に付ききりで看病されるとか恥ずかしい。

 

「できるだけ早めに帰ってくるから。辛くなったらすぐ電話するんだよ」

「ん、わかった。あ、出る前に冷えピタ貼ってー」

「はいはい」

 

 冷えピタを貼ってもらい、出る前におうどんも作ってもらった。

 風邪を引いた日はお母さんが優しくなる。普段からこれくらい優しかったらいいのに。

 

「みゃー姉……大丈夫か……?」

「大丈夫だよ、寝てたら治るから。今日は花ちゃんたちと遊んでおいで」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

 療養のためとはいえ、寝てるだけなのは暇。ゲームでもしようかな。

 

 携帯ゲーム機でぷよぷよをしていると玄関から声が聞こえた。どうやら花ちゃんたちが来たようだ。

 お菓子がないことにがっかりするだろうな……ごめんね花ちゃん。

 何か日持ちするお菓子を作り貯めしとけばよかったなぁ。あ、お邪魔ぷよが嫌なとこに。

 

 階段を上がってくる足音。そのままひなたの部屋に行くだろうしとゲームを続ける。あと赤ぷよが来たら連鎖ができる。赤ぷよが来たら……!

 

「お姉さん、大丈夫ですか?」

「へ? は、花ちゃん!?」

「……なんでゲームしてるんですか」

 

 赤ぷよじゃなくて花ちゃんが部屋に来た。ゲーム機からは「ばたんきゅ~」と負けた音声が流れる。

 

「こ、これはちょっと暇だったからで……」

「ちゃんと寝ててください」

「ご、ごめん……」

 

 って、そうじゃなくて!

 

「花ちゃん? 今日はコスプレしなくていいよ?」

 

 私の部屋に来たってことはお菓子のためにコスプレしに来てくれたんだろうけど、今日はお菓子がない。ひなたから聞いてないのかな。

 

「知ってます。風邪ってひなたから聞きましたし」

「うん、そうなの。移っちゃいけないからお菓子も作ってないんだ。ごめんね」

「いいですよ。はやく治して元気になってくれたら」

 

 これは……! 花ちゃんが私のことを心配してくれてる!!

 すぐにでも治さなきゃ! ゲームなんてしてる場合じゃない!

 

「うん! すぐに治すよ!」

「そうしてください」

「……」

「……」

「……?」

「?」

 

 花ちゃんが部屋から出ない。

 ひょっとしてまだゲームとかすると思われてるのかな。

 

「えっと……ちゃんと休むから。花ちゃんに移っちゃうかもだし、ひなたの部屋に行ってきていいよ?」

「いえ、お姉さんの看病するんで」

「え!?」

 

 花ちゃんが私の看病を!?

 看病ってことは……あ、あ、汗を拭いてくれたり、ふひっ……お粥を作ってくれたり……お粥は無理か。花ちゃんって全体的に不器用な方だし。

 

「……いや、やっぱり看病はいいよ。ひなたと遊んでていいよ」

「ひなたとノアもお姉さんの看病するためにお粥を作ってるから。私はその間看ててって」

「あー……」

 

 台所から追い出されちゃったのか花ちゃん。

 というか、お粥って……お昼食べたのに。

 

「それでお姉さん。何かしてほしいことありますか?」

「し、してほしいこと……!?」

 

 花ちゃんにしてほしいこと。そんなのいっぱいあるけど……あ、どれにしようか考えたら頭痛くなってきた。案が思いつきすぎて止まらない。

 

「痛たたた……」

「大丈夫ですか!?」

 

 頭にズキズキとした痛みが来て思わず頭に手をやる。そのせいか花ちゃんが心配げにそばまで来てくれた。

 

「は、花ちゃん、離れて……」

「えっ」

 

 急に近づかれたらなんだか恥ずかしいし、それに今の私は風邪を引いてるから移っちゃうよ。

 

 うん。してほしいことは今はないや。花ちゃんに風邪が移っては大変だ。

 

「……離れたら看病できないです。お姉さん本当に大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だから」

 

 花ちゃん優しすぎる。天使かな。天使だった。

 でもその優しさに今は甘えてはいけない。

 

「風邪が移っちゃうといけないし、看病はいいよ。ひなたとノアちゃんにもそう伝えておいてくれる? 気持ちはとっても嬉しかったから」

「お姉さんがこんなにしおらしいなんて……ひどい風邪なんじゃ……」

 

 花ちゃんの中の私はどんなイメージになってるんだろうか。知りたいような知りたくないような……

 

 マジマジと見てくる花ちゃんの視線から隠れるように布団を頭までかぶった。そんなに見られるとやっぱり恥ずかしい。

 あ、そうだ。

 

「花ちゃん、たしか冷凍庫にアイスクリームがあるから、食べていいよ」

「……わかりました」

 

 すぐに向かうかなと思ったけど、少しの間のあと花ちゃんは部屋を出ていった。アイスは市販のものだけど釣られたようだ。花ちゃんの将来がまたひとつ心配になった。お菓子や甘いものに関しては単純なとこもかわいいけど……

 

 さてさて、とにかく早く風邪を治さなきゃ。といってもただ寝るだけなんだけど。

 

 決心新たにしたとき、部屋のドアが空いた。

 花ちゃんがまたまたやって来た。アイスとスプーンを手に持って。

 

「花ちゃん!?」

 

 とことことそばまで歩いてきて、アイスの蓋を開けた。まさかここで食べるつもり……?

 『看病をする』『アイスを食べる』その両方をするつもりで!?

 

「口をあけてください」

「へ!?」

 

 アイスをすくったスプーンを近づけられた。私はこんらんした。

 あの花ちゃんがアイスを私に? というかこれって「あーん」ってやつじゃ? それを花ちゃんが私に……私に!? あ、これはもしかして夢? いやそんなベタな……でもこれはいったい。花ちゃんの天使度がさらに膨れ上がったってことか!

 

「はやくあけてください。溶けちゃいますよ」

「あ、うんっ」

 

 言われるがままに口を開ける。すると冷たいアイスが口のなかに入ってきた。

 

「……ごふっ」

「!? 大丈夫ですか!?」

「ご、ごめん、大丈夫……」

 

 でも寝ながら食べるのは無理……

 

「あ、そっか。体を起こしてからでしたね……すみません」

「ごほっ……い、いや気にしないでいいよ」

 

 上半身を起こして咳をしていると背中をさすってくれた。

 花ちゃんの手が背中に……くひひ……

 ってダメだダメだ。堪能してちゃダメだ。

 

「ありがとね。もう大丈夫」

「ほんとですか?」

「うん、アイスもありがとう」

 

 アイスより私の看病を優先してくれるなんて本当にすごく嬉しい。本当は花ちゃんに食べてもらうつもりだったけど、ひと口食べちゃったし残りのアイスも私が食べよう。

 アイスを受け取ろうとすると、渡すまいと避けられた。そして再びアイスをすくったスプーンがつきつけられる。

 

「は、花ちゃん?」

「はい? どうしました?」

「えと……自分で食べれるから……」

「風邪を引いてるんですから、おとなしく看病されてください」

「あ、うん」

 

 つい頷いてしまった。

 

「ってダメだよ!? 花ちゃんに風邪が移っちゃうから!」

「大丈夫ですよ。それより早くアイスを食べてください。溶けたらもったいないです」

「スプーンごと渡してくれたらいいから!」

 

 ジトーっと睨まれる。睨んでる顔もかわいいけど、かわいさのあまりか、何故か顔が熱くなってしまう。

 

「人に移すと早く治るって言いますよね」

「そういう迷信はあるけど……でも花ちゃんに移すのはダメ!」

「移してもいいですよ。それでお姉さんが早く治るのなら」

 

 花ちゃん、それは天使が過ぎる!

 

「は、花ちゃん……!」

「だから早く治してお菓子作ってください」

 

 ……お菓子のためなら風邪を引く覚悟を固めてるのかな花ちゃんは。

 さすがにそのお菓子への執着心はやめさせないと。

 

「花ちゃん、体は大事にしないといけないからね?」

「はい。わかってますよ」

「じゃあ風邪が移るといけないから、部屋から出よう?」

「お姉さんが早く元気になるためにもここにいます」

 

 嬉しいけど嬉しくない……。お菓子への情熱とはいえ花ちゃんの健康のためにも出てほしい。

 

 ……よし、説得の方向を変えよう。

 

「花ちゃん」

「はい、なんですか?」

「花ちゃんが風邪を引いたらお菓子は食べれないよ?」

「大丈夫です。お菓子を食べるためなら風邪なんて平気です」

 

 自信満々な表情をしながら答える花ちゃん。また花ちゃんから差し出されたアイスを食べながら説得を続ける。

 

「無理だよ花ちゃん」

「そんなことないです!」

「花ちゃんが風邪を引いちゃったら、この家まで来れないでしょ?」

「あ……」

 

 そう、花ちゃんが風邪を引いたら、食べることはできても移動は辛いはず。というか食べることに関しても味覚がちょっと変わるみたいだから微妙だと思うけど、そこは言っても無駄な気がする。

 

「ね? だから花ちゃんのためにも今は部屋を出よう? 看病、すごく嬉しかったから」

「……」

 

 ものすごく真剣な表情で花ちゃんが考え込んでる。考え込む要素があっただろうか……

 

「お姉さん!」

「は、はい!?」

「私が風邪を引いたらお姉さんが看病してください!」

「へ!?」

 

 突然何を!?

 

「移った風邪が元々掛かってた人には移らないらしいですから」

「う、うん?」

「それなら私に移して、そしてお姉さんが私の看病に来てください」

「ううーん???」

 

 つまり、花ちゃんの家に私が行くってこと……?

 

「……無理無理無理! 花ちゃんの家って知らないし! 知らない道こわいし!」

「外に出る訓練だと思って頑張ってください!」

 

 花ちゃんの応援には応えたいけどこればっかりはきつい。ていうか花ちゃん力説のあまりすごい近い近い近い。

 

「花ちゃん近い近い……ほんとに風邪が移っちゃうって……」

「移して早く治しましょう!」

「ひ、ひぃぃ……!」

 

 さらに近づいてきたぁ!? お菓子のためならここまでするの!? 花ちゃんの情熱を完全に甘く見てた!

 

 どうしようどうしよう。花ちゃんの家に興味がないわけじゃないけど、花ちゃんの部屋とか見てみたいけど。あと花ちゃんの枕に顔を埋めたいなぁとか思うけども。ていうか本当に近い近い。恥ずかしさとか、あと心臓が落ち着かないくらいうるさい。顔もすごい熱いしどうしよう花ちゃんまつげ長いしきれいだな。

 

「って、お姉さん顔すごい赤いですよ!?」

「あわわわ……」

「病院……! 救急車!?」

「だ、大丈夫だから!」

 

 救急車を呼ぼうとする花ちゃんを止めるために、なんとか正気に戻れた。

 

「……本当に大丈夫ですか?」

「うん、それより花ちゃん……」

「はい! なんですか!」

「そこの机の一番上の棚にね、この前もらったなんでもやる券が入ってるんだけど取ってくれない?」

「え? いいですけど……」

 

 花ちゃんは不思議そうな顔をしながら棚から券を取り出した。

 

「これがどうしたんです? 使わなくても看病ぐらいなんでもしますよ?」

「えっとね、花ちゃんとノアちゃんの券を使うので、二人とも看病は中止。ひなたと遊んでてください」

「!?」

 

 一番確実な方法だ。こんな形で使うことになるとは思わなかったけど、どう使うか悩んでたからまあいいや。

 

「お、お姉さん……? これ、他のことに使いませんか!?」

「ううん、この使い方でいいよ」

「そ、そんな……気が変わったらいつでも言っていいですからね……!?」

「うん、その時はお願いね?」

 

 なんというか、釈然としない表情を浮かべながら花ちゃんはゆっくり部屋を出ていった。

 

 ちょっとだけ、券の使い方がもったいない気がしたけど、これで正しかったのだと自分に言い聞かせながら布団に潜り込んだ。

 

 

 

 



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みやこさんのぬいぐるみ、可愛いでしょう?

 

 

 

 大学が終わり帰宅すると玄関には小さな靴が三足並べられていた。

 花ちゃんたちが遊びに来ているんだ。今日は新しい衣装を用意していないし、撮影会は断念かな。

 

 花ちゃんたちにお菓子を用意する前に、ひとまず大学に着ていく服を早く着替えたい。やっぱり一番落ち着くのは高校時代のジャージだよ。

 そう思って自室に入ると、

 

「みゃー姉おかえりなさい!」

「お邪魔してます」

「ミャーさんおかえり!」

 

「ただいま? 珍しいね、私の部屋で遊んでるのって」

 

 ひなたの部屋じゃなくて私の部屋にみんながいた。

 

「ミャーさんのお部屋探検してたの!」

「探検って……普通の部屋だよ」

「普通の部屋に恥ずかしい服なんてないです」

 

 恥ずかしい服って……まぁコスプレは普通の服じゃないけど。

 

「でもミャーさんってよくわからないよね」

「よくわからないって何が?」

 

 ノアちゃんの突然の評。

 私はわかりやすいほうだと思うけども。自他ともに認めるほどには人見知りだし。部屋を見て何か思ったのかな……見られて不味いものなんてなかったはずだけど……あ、ヒロインが花ちゃんに似ているために衝動買いした漫画とか見つかってないよね……不安になってきた。

 

 あれは簡単に見つからないようにベッドの下に隠したんだけど……

 

 ノアちゃんがベッドに顔を向けながら話の続きを言った。

 

「ミャーさんのベッドの……」

「ぐ、偶然買っただけだよ! アレは偶然! 偶然花ちゃんに似てただけで!」

「なんの話ですか……」

 

 ベッドというワードがでた時点で反射的に言い訳というか理由を述べる。

 あれ? あの漫画についての話じゃないの? きょとんとしているひなたやノアちゃんの視線が気まずい。そして花ちゃんのジト目がつらい。

 

「お姉さん、私に似てただけでって何がですか?」

「……あ! 今日のお菓子は何がいいかな?」

「リクエストしていいんですか!」

 

 やだこの子、チョロい。

 問い詰める雰囲気はすっかりなくなって、今はもうお菓子のことでいっぱいになっている花ちゃんに頬が緩んでしまう。

 

「花ちゃん、誤魔化されてるよ……」

「花はお菓子が弱点だからな」

 

 それにしても、ベッドの下の漫画じゃないならベッドの何についてノアちゃんは言おうとしたんだろう。何をリクエストしようか迷っているのか、幸せそうな顔でうんうん悩む花ちゃんを携帯のカメラで撮りながら考えるも、何も思い当たる点が出てこなかった。

 

「ノアちゃん、私のベッドがどうかしたの?」

 

 漫画のことじゃなければ私に後ろめたさは一切ない。だから話を振りだしに戻すためにもノアちゃんに聞いた。

 

「ベッドじゃなくて枕元のぬいぐるみのことを言おうと思ったんだケド」

「枕元のぬいぐるみ……?」

 

 ぬいぐるみなんて置いてあったっけ?

 枕元へと視線を持っていくとそこには、

 

「ミャーさんって自分をモデルにしたぬいぐるみも作るんだね! なんだか意外だなーって」

「なにこのぬいぐるみ……」

「え?」

 

 赤いジャージを着て、片目を隠したぬいぐるみがあった。

 これはどう見ても私の普段の恰好だ。髪型とか服装とか完璧に私だ。

 

「え? ミャーさんが作ったんじゃないの?」

「わ、私こんなの作らないよ……いったいいつからあったのこれ……?」

「アタシがこの家に初めて来た時からあったと思うケド……」

「う、嘘!?」

「みゃー姉? 前からあったぞ」

「嘘ぉ!?」

「ミャーさん気づいてなかったの……?」

 

 ずっと前からあったってこと? これが? どうして気づかなかったんだ私……

 いや、もうこの際いつからこのぬいぐるみがあったかなんてどうでもいい。誰が作ったんだろうこれ……

 

「ミャーさんが作ってないのなら、おばさん?」

「お母さん……? いや、お母さんじゃないと思う……」

「うーん……それじゃあ……」

 

 ノアちゃんと私は確認するようにひなたに目を向けた。

 ひなたは何か作る度に私をモデルにする。このぬいぐるみもひなたが作ったのかもしれないと考えて。

 

「?」

 

 ひなたはなんで目を向けられたかよくわかってない表情だ。

 

「えっと、このぬいぐるみ、ひなたが作った?」

「作ってないぞ」

「じゃあ誰!?」

 

 え、怖い。製作者不明の私のぬいぐるみって超怖い。

 

「あの人じゃない? ほら、お姉さんのストーカーの」

 

 花ちゃんがお菓子の世界から帰ってきたのか意見を言った。

 

 私のストーカーっていうと……

 

「松本さん……?」

「あー、マツモトさんかぁ」

 

 ノアちゃんは納得がいったとでもいうような表情を浮かべているが、私には疑問だ。

 

「松本さんと初めて会話したのって、ノアちゃんたちと知り合った後なんだけど……」

「でもお姉さんのことを毎日ストーカーしてたんですよ」

「……やっぱりこれは松本さんが作ったやつなのかな」

 

 今まで存在にも気づかなかったのに、こうして改めて見ると異様な雰囲気をぬいぐるみから感じる。もう心なしか怖くさえ感じてしまう。

 

 ……そういえば、松本さんってなんでか私の行動をよく知ってたよね。家で作ったコスプレ衣装が何か知っていたり、衝動的に買いに行ったものが何か知っていたり……

 

 もしかして、このぬいぐるみの中に盗聴器とかカメラとかが入っているんじゃ……

 

「……」

「みゃー姉? どうしたんだ?」

「……ちょっと、気になるから」

「ミャーさん?」

 

 恐る恐るぬいぐるみを手に取る。

 外から触った感じではカメラとかが入っているような感触はない。何もなければそれでいい。それはそれでこわいけども。

 

「……う」

「お姉さん?」

「自分がモデルのぬいぐるみを裂くのって、すごい抵抗があるぅ……」

「裂くの!?」

 

 というか自分がモデルじゃなくてもこういうのを裂くのってなんかやだ。でも確かめないと気になって不安だし、もういっそ物置にでも押し込んで封印しちゃおうか。

 

「ミャーさん本当にどうしちゃったの?」

「な、ないと思うんだけどね……松本さんが盗聴器とか入れてるんじゃって考えちゃって。それで確かめるために……」

「松本さんならやってても不思議じゃないような……お姉さん、確かめましょう!」

「花ちゃん!?」

 

 花ちゃんが私のぬいぐるみを手に取り、何度もふにふにと触る。外からの感触じゃ何もないっていうのは私も確かめたけど。

 

「何もなさそう……やっぱり開くしか……」

「は、ハサミ……! はいこれ!」

 

 花ちゃんに布切り鋏を手渡す。しかし花ちゃんは受け取らず、嫌そうな顔をした。

 

「え……私が切るんですか……?」

「わ、私はちょっと、自分がモデルだから、抵抗があって……」

「私も嫌ですよ……なんだか呪われそうで……」

 

 人形とか人型のぬいぐるみとかってやっぱり抵抗あるよね。

 さっきまで調べる気満々だったのに、ホラーな想像をしちゃったのか花ちゃんはぬいぐるみを私に返した。

 

「の、ノアちゃん……!」

「アタシもいやだよ? さすがにぬいぐるみを切るなんてちょっと……」

「ひなた……!」

「ミャーさん子供に頼るのはどうなの?」

 

 情けないとは思ってるけども!

 

「みゃー姉のためならわたしがやるぞ!」

「ヒナタちゃんいいの?」

「おう!」

「ミャーさんがモデルのぬいぐるみを切るんだよ?」

 

 ひなたがハサミとぬいぐるみを受け取り、ハサミの持ち手に指を通す。

 

「……あ、あぁぁああ!」

「ひなた?」

「うわぁあああ!!! わたしには無理だぁぁああ!!」

「ひなた!?」

「みゃー姉ぇ……みゃー姉の頼みなのにわたしは……ガクリ」

「ヒナタちゃーーん!!」

 

 なんだこの状況。

 

「ノア、花……わたしの墓には、みゃー姉の写真を入れてくれ……」

「ヒナタちゃん……! うん、わかったよ……」

「頼んだ……ノア……」

「ヒナタちゃーーん!!」

「お姉さんのぬいぐるみも入れたほうがいい?」

「おう、頼んだ!」

「急に元気になった……」

 

 突然始まった謎のドラマ。三人とも楽しんでるのが隠しきれていない。口元がすごい笑ってる。

 

「ミャーさん! ヒナタちゃんが辛そうだよ! 何か声をかけてあげて!」

「え!? あ、うん」

「ヒナタちゃん! ミャーさんだよ! わかる!?」

「みゃー……姉……」

「えっと、なんて言えばいいんだろ……」

 

 即興劇なんてやったことないからどうしたらいいかわからない。というか照れが来て演技に入れそうにない。

 花ちゃんとノアちゃんに目で急かされてるけども、私にはハードルが高すぎるよこれ。

 

「ミャーさん! はやく!」

「ひ、ひなたー、がんばれー!」

「ひなた、お姉さんが応援してくれてるよ。まだ倒れちゃダメ」

「みゃー姉……わたし、みゃー姉と一緒にいれて、良かった…………ガクリ」

「ヒナタちゃーーん!!」

 

 ノアちゃんの絶叫三回目。

 これどうやったら終わるの。

 

「ひなたがいないと、お姉さんが松本さんの魔の手にかかっちゃうよ。それでもいいのひなた?」

 

 花ちゃんもたいがい即興劇苦手そうだよね。

 

「それは……困る……」

「また生き返った……」

「みゃー姉を……松本から、守るん……だ……!」

「ヒナタちゃん!」

「ひなた!」

 

「私、みやこさんに何をした設定なのこれ?」

「よくわかんない……ん?」

 

 振り向くとそこには松本さんとお母さんがいた。

 

「松本さん!?」

「ま、松本ぉー!!」

 

 またお母さんは松本さんを勝手に入れて……!

 

 ガバリと起き上がったひなたは松本さんとお母さんにあのぬいぐるみを見せる。

 

「あら、みやこさんのぬいぐるみね」

「みやこのぬいぐるみ? へぇ、よくできてるじゃないの」

「これ、松本が作ったのか!?」

「香子ちゃんが?」

 

 ひなたが本人に核心をつく問いかけをした。

 これであのぬいぐるみの出自がわかるかもしれない。そう思うと緊張感が高まる。私だけかもだけど。

 

「ええ、みやこさんの大学入学祝いにプレゼントしたの」

「やっぱりマツモトさんだったんだねー」

「香子ちゃん、わざわざありがとね」

 

 ノアちゃんとお母さんは平然としてるけど、私と花ちゃんの表情はすこぶる微妙だ。

 お母さんは事情を知らないからいいとして、ノアちゃんは他人事だと思って楽しんでるんじゃないかこれ……

 

「松本、このぬいぐるみにカメラとか盗聴器とか入ってたりしないのか?」

「ひなた、何言ってんの。香子ちゃんごめんね? 変なこと言いだして」

 

 ひなた、聞いてくれるのは嬉しいけどお母さんの前で聞くのはまずい! 私が同じことをした場合は絶対すごく怒られるよ! ひなただって同じ目にあいかねない!

 

「いえ、大丈夫ですよ」

「なー松本、何か入ってたりするのか?」

「こーら、あんまり失礼なことを言わない」

「いたっ」

 

 ……デコピン。

 

 お母さん、ひなたにはすごく甘い……

 

「ひなたちゃん。そのぬいぐるみにはね、あるものが入ってるの」

「え!?」

「やっぱり何か入ってるのか!」

 

 松本さん自白してくれるの!?

 どうしよう、全然心の準備ができてない! やっぱり盗聴器!? それともカメラ!? 何が入ってようとこわい!

 

 

「それはね、愛情よ」

 

 

 それはそれでこわい。

 

「えと、松本さん?」

「なに? みやこさん」

「盗聴器とか、そういうのは本当に入ってないの?」

「もうみやこさんまで、そんなの入れてるわけないじゃない」

 

 おかしそうに笑う松本さんの後ろで、お母さんがやや怒っている表情を浮かべていた。あ、これ絶対あとで私怒られるやつだ。私もデコピンで済むといいなぁ……

 

「みやこ、あんまり香子ちゃんを困らせないように。それじゃあ私は下にいるから」

「う、うん……」

 

 お母さんが一階に降りていってから、ノアちゃんが松本さんに聞いた。

 

「それじゃあマツモトさんはミャーさんぬいぐるみの制作者で、中に何も入れてないんだネ?」

「もうノアちゃんったら、さっき言ったでしょ? 愛情を入れてるのよ……ね? みやこさん」

 

 ああ、ノアちゃんみたいにお母さんが降りてから私も聞けばよかった。

 ノアちゃんって世渡り上手になれそう。

 

「でもよくミャーさんのこと詳しいよね?」

「うふふ、なんとなくね、みやこさんのことがわかるのよ。これも愛情のおかげかしら」

 

 得体の知れない恐怖を感じる。

 愛情ってこんな怖いものだっけ……

 

「お姉さんはお菓子に愛情を込めてるって夏音が言ってましたけど……」

「わ、私もあんなに怖い!?」

「いえ、アレは別物ですから、お姉さんはそのままでいてくださいね……本当に……」

「う、うん……」

 

 

 それから松本さんも混ぜてなぜか即興劇が始まり、結局最後までぬいぐるみを裂くことはなかった。

 松本さんならなくてもわかるんじゃないか、という謎の説得力があったため、本当に盗聴器も何も入っていないと思えたから。

 

 皆が帰ってから部屋で一人例のぬいぐるみを観察する。ひなたは今学校の宿題をしている最中だ。

 

 それにしてもこのぬいぐるみ……ところどころ黒い糸で縫われているけど、変わった糸だ。

 まるで長い髪の毛みたいな……いや、恐怖でそう感じただけで糸だ。きっと艶のある糸なんだこれは。

 

 でも枕元じゃなくてせめて机の上に移動させておこう。普通に怖いから。

 

 

 

 

 

 



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みやこさんと協力プレイがしたいわ

 

 

 

 

 なんでこんなことになってるんだろう。

 

 星野家のいつものリビングで今、私の隣には花ちゃん……ではなく花ちゃんのお母さんが座っていた。

 私と花ちゃんのお母さん以外、みんな学校だったり出かけてたりで誰もいない状況。

 

 この状況だけでも私としてはわけがわからないのに……

 

 

「みやこちゃん、いっぱいあるけどこのクラスってどれを選べばいいの?」

 

「えっと……」

 

 

 なんで花ちゃんのお母さんに、ゲームのやり方を教えてるんだろう。

 

 お母さん、ひなた、早く帰ってきて……

 

 ここにはいないお母さんとひなたを求めながら、私は今朝の出来事を思いだしていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「みやこー、お使い行ってきてくれない?」

 

 今朝、お母さんが仕事の支度をしている最中に私にそんなことを言ってきた。

 

「えー」

「えー、じゃない。ちょっとデパートに夕飯の材料買ってくるだけだから」

「やだよ。デパートじゃなくて近くのスーパーでいいじゃん」

 

 デパートは食品売り場だって人が多いんだから絶対やだ。

 スーパーでも結構辛いんだから、せめてスーパーにしてくれないと困る。コンビニとかでもいいけど。

 

「あんたねぇ……ひなただってこれくらいのお使いできるんだから。どうせ暇でしょあんた」

「どうせって失礼な……」

「じゃあ何か予定あんの?」

「……詰んでたゲーム攻略とか」

「買い物のメモ用意しとくから頼んだからね。それじゃ私は仕事行ってくるよ」

 

 容赦がない。

 

「って待って! お使いのお金!」

「レシート取っといてくれたら後でその分ちゃんと渡すよ。先に渡すとあんた、余計なモノ買ってきそうだしね」

「ちょっ!? 信用低くない!?」

「そういうことはちゃんとお使いできるようになってから言いな。それじゃ行ってくるから、頼んだよ」

 

 私だってお使いくらいできるのに……人が多いとこじゃなかったら。

 置いていったメモを見ると牛肉とか卵とか、すき焼きのタレ……今日はすき焼きかぁ。これは買ってなかったらすごく怒られそう……

 

「しょうがない……覚悟を決めよう……」

 

 今日は平日だし、あんまり人もきっと多くない。

 大学に行くときの服を着て、デパートへと向かった。

 

 

 

 頼まれていたものを買い、エコバッグに入れている最中だった。

 

「あら? みやこちゃんじゃない。こんにちは」

 

 横からそんな声が聞こえた。

 私と同じ名前の人が近くにいるみたいだ。たまたまとはいえビックリする。

 

「みやこちゃん? あら、聞こえてない?」

 

 みやこちゃんとやらは返事をしてあげたらいいのに無言を貫いている。声を掛けたおっとり口調の女の人が困ってるんだけど。

 

「みやこちゃーん?」

 

 みやこちゃん徹底的に無視なんてひどいな。まぁ名前が同じだけな私には関係ないし、よし、まとめ終わり。早く帰ってゲームしよっと。

 

 バッグを持って帰ろうと顔を動かすと、女の人と目があった。

 

「やっと気づいてくれた。みやこちゃんもお買い物?」

「あ、え?」

 

 目が合った女の人が微笑みながらそんなことを言った。

 え、みやこちゃんってもしかして私? なんで私!? あ、私もみやこだからか! ってそうじゃなくて、そんな知り合いなんて……

 

 ってあれ? この人……

 

「花ちゃんの、お母さん……」

「やっぱりみやこちゃんね。良かったぁ、もしかして人違いだったのかなって思っちゃってたわ」

「す、すみません! 気づかなくて!」

 

 なんでここに花ちゃんのお母さんが! あ、買い物か! そりゃそうか!

 むしろ私がここにいる方が珍しいもんね!

 

 まさかの遭遇に驚いたけど、ここから世間話をできるほど私のコミュ力は強くない。花ちゃんのお母さんとはまだまともに話せるほうだけど、やっぱり緊張してしまう。

 

 買い物も終わってることだし、ここはそそくさと退散しよう。

 

「あ、えと、私……」

 

 どう切りだしたら失礼なく撤退できるんだ。

 

 ついつい口ごもってしまった私を見て、花ちゃんのお母さんは何か思いついたのか、手をぽんと叩いて言った。

 

「そうだ、みやこちゃん。みやこちゃんってゲームは詳しい?」

「あ、はい…………はい?」

「良かったら教えてほしいの!」

「へ?」

「私、あんまりゲームに詳しくなくて……」

 

 両手を合わせて懇願する花ちゃんのお母さん。

 

 ゲームについて教えてほしいって、うちのお母さんもあんまり詳しくないなぁ……

 

 ってそうじゃない。なんでこんな話が出てきたんだ。

 

「あの、いったいどうしてゲームについて……?」

「あ、ごめんなさいね。それがちょっと……そうだわ、みやこちゃん。この後何か予定あるかしら?」

「え、えと、帰るだけで何も……」

「そう、それじゃあ後でお邪魔するわね!」

「え? …………え?」

 

 またあとでねー、と言って帰って行った花ちゃんのお母さん。どういうことかさっぱりすぎて、呆然としながら私はとりあえず家に帰った。

 

 

 

 それから数十分後、宣言通り花ちゃんのお母さんがやってきた。

 居留守を使いたかったけど、さすがにそんなことできない。予定ないって言っちゃったし、花ちゃんのお母さん相手だし。

 

 とりあえずジュースでも出せばいいかな。あ、お茶の方がよかったのかな。つい癖でジュースを入れちゃった……

 

「あの、ジュースでも大丈夫ですか?」

「あら、ありがとうね」

 

 ジュースだけというのはどうかと思い、昨日焼いたクッキーも一緒に持っていくと、机の上には何故か黄色い3DSが置いてあった。

 

 本当にゲームについてなんだ……

 

「ごめんね、みやこちゃん。急に変なこと頼んじゃって」

「い、いえ……でもなんでまた……」

「それがね……これは花ちゃんのゲーム機なんだけど……」

 

 自分のじゃないんだ。

 花ちゃんのゲーム機……って勝手に持ってきていいのだろうか。

 

「その……花ちゃんのデータ? 消しちゃったみたいなの……」

「えぇ……」

 

 なんてことを……

 

「それでみやこちゃんに助けてほしくて……」

「え、ええ!? さすがに消えたデータは無理ですよ、無理無理!」

「やっぱりそうよね……花ちゃんには謝るけど、せめて再現できないかなって思って、それでゲームについて教えてほしいの」

 

 再現って、それこそ無理なんじゃ。どんなゲームのデータか知らないけども。キャラの名前とか決めるやつならやり直すにしても最初からの方がいいだろうし。

 

「これなんだけど……」

 

 見せられたゲームソフトのパッケージは、がっつりキャラメイクするゲームだった。

 

「その、名前をキャラにつけるゲームなんで、花ちゃんのつけてた名前がわからないと再現できないと思います……」

「そうなのね……」

「ちょっと貸してもらっていいですか?」

 

 というかそんな簡単にデータなんて消えるんだろうか。

 昔のゲーム機ならともかく、最近のは変なことしない限り消えることはないと思うけど……

 

「あれ?」

 

 3DSが起動しない。電源ボタンを押しても起動しない。

 

 これって……

 

「前までパカって開いたらゲーム画面が映ってたんだけど、今は全然つかなくて……パワーってボタンを押しても動かないし……」

「充電切れてる……」

「?」

 

 首を傾ける花ちゃんのお母さんがちょっとかわいい。

 花ちゃんのかわいさはお母さん譲りか。花ちゃんが大人になったらこんな感じになるのかな……リリキュアの恰好もありな気がする……っていうか若いなこの人……

 

「えっと、充電が切れてるだけかも? これ繋いで……コンセントに差してっと」

「充電式だったのねこれ」

 

 なんだと思ってたんだろう。電池とか?

 

「あ、このデータかな。大丈夫そうですよ。ちゃんとデータ残ってるみたいです」

「本当!? 良かったわぁ……」

 

 良かった、セーブデータを消される哀しみを花ちゃんは知らずにいれそう。

 それにしても花ちゃんのセーブデータ、ちょっと見てみたいかも……ギルド名『ひげろー』って……

 

 データの確認だから、これはデータの確認。ちゃんと残っているかの確認だから……

 

「~~~!」

「みやこちゃん?」

 

 花ちゃんのセーブデータを起動して、パーティのキャラの名前を見ると花ちゃんたちの名前で登録されていた。自分の名前つけるタイプなんだ。『はな』『ひなた』『のあ』『こより』『かのん』と名付けられたキャラたち。新たな一面を知れてつい頬が緩んでしまった。

 花ちゃんのお母さんが横から画面を覗いてくる。いけない、ニヤけてるのを隠さないと。

 

「あ、いえ、なんでもないです」

「花ちゃんの名前……好きに名前ってつけられるのねこういうのって」

「あ、はい」

 

 この人は今までゲームを一切してこなかったのかな。それともこういうキャラメイクできるものはしたことがなかったのか。

 

「みやこちゃん、私もこのゲームやってみても大丈夫かしら」

「え、はい?」

 

 え? なんで?

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 思い返してみても、なんでゲームを教える展開になるのかやっぱりよくわからない。

 

「みやこちゃんの名前も使っていい?」

「あ、だ、大丈夫です」

「ありがとう。千鶴さんの名前やエミリーさんの名前も使ってみたいけど、やっぱり聞いてからの方がいいかしら」

「ぜ、全然好きにつけて大丈夫ですよ、こういうのって」

 

 ゲームのキャラ名にまで著作権は出されないはず。きっと。

 

 作成された『みやこちゃん』『ちづるさん』『エミリーさん』『はるか』『ひげろー』

 

 自分の名前をつけられたキャラが作られるのってなんだかこそばゆい。そして当然のようにいるひげろー。白咲家ではひげろーはどういう立ち位置なんだろ。

 

「セーブは宿で……花ちゃんのデータを上書きしないように気を付けて、よね? この状態でボタンを押したらいいのよね?」

「あ、はい。大丈夫です」

「本当にみやこちゃんがいてくれて助かるわ」

 

 それにしても本当になんだこの状況。

 改めて本当になんなんだこの状況。

 

 手持ち無沙汰なためとりあえず、クッキーをかじってジュースをゆっくりと飲む。この状況はいつまで続くんだろう……

 

「ごめんね、みやこちゃん退屈よね」

「あ、いえ、そんなこと……」

「そうだわ、花ちゃんとは普段どんな遊びしてるの?」

「んぐっ……!?」

 

 突然爆弾をぶっこまれた。

 変なリアクションしちゃったけど花ちゃんのお母さんはゲームに夢中で気づいていない。

 

「ええと……前に松本さんが言った通りの内容でスよ……?」

「かわいいお洋服を着せてもらってるのは聞いたけども、遊んでる内容は聞いてなかったもの。花ちゃんに聞いても教えてくれないし」

「え、えっと……」

 

 ど、どうしよう。

 もう正直に話す? いや、そんなことしたら花ちゃんに「もうあの家に行っちゃいけません」ってなっちうかもしれない……それだけはやだ……!

 どうにかして誤魔化さないと! どうにかして……どうにか……

 

 ~~~ダメだ、思いつかない。いや、諦めちゃダメだ。花ちゃんのお母さんの意識がゲームにいってる間にそれっぽいことを言わないと。ゲームに意識がある間に……

 

「ゲ、ゲーム……」

「やっぱりゲームなのね」

「そ、そうなんです!」

 

 嘘は言っていない、はず。

 よくひなたの部屋でみんなでゲームしてるし、うん。花ちゃんはゲームして遊んでるのは間違っていない。

 

「花ちゃんとみやこちゃんって仲良しじゃない? だから私もみやこちゃんの真似をしようと思ったんだけど、花ちゃんの真似しちゃってるわね」

「へ!?」

「ほら、花ちゃんと同じように私、みやこちゃんに遊んでもらってるようなものじゃない?」

「はい!?」

「違った?」

「い、いえ!? そ、そうかも、しれませんね……?」

 

 そうなるの……か……?

 いや、なんか違う気が。というか実際は花ちゃんにはコスをしてもらってるのがメインだし、確実に違うけど、さっきの誤魔化しではそうなる……?

 

「みゃー姉ただいまー!」

 

 玄関から元気いっぱいなひなたの声が聞こえてきた。

 やっと帰ってきた。この状況から助けてひなた!

 

「あら、もうこんな時間だったのね」

「そ、そうですね」

「今日はありがとうね、みやこちゃん。本当に助かったわ」

「あれ? 花のお母さん! こんにちは!」

「ひなたちゃん、こんにちは」

 

 ひなたも帰って来てくれたことだし、これで花ちゃんのお母さんと二人きりという謎状況から脱出だ。それどころか、さすがにそろそろ帰るっぽい雰囲気。

 

「ハナちゃんのママ、こーんにちは」

「ノアちゃんもこんにちは」

「お母さん、どうしてお姉さんと一緒に……?」

 

 ノアちゃんと花ちゃんも学校帰りに遊びに来たのか、ランドセルを背負ったまま入ってきた。

 

「ふふ、私も花ちゃんと同じことをみやこちゃんにしてもらったの」

 

 花ちゃんの問いかけに、この人はそう答えた。

 

 

 花ちゃんと同じことを私にしてもらったと、答えた。

 

 

 テーブルの上にはジュースが底に僅かに残った空のコップと、何枚か減ったクッキーの入ったお皿。

 

 私が普段花ちゃんにしていることは、コスプレしてもらう代わりにお菓子をあげること。

 

 この状況って、なんかすごい勘違いされる気がする……

 

「お、お姉さん……?」

「は、はい……」

「今の話、本当ですか……?」

 

 花ちゃんの目がすっごく冷たい。初めて会った日の、通報寸前の目と同じだ。

 

 誤解だと言いたい。言いたいけど、まだここには花ちゃんのお母さんがいる。

 違うと言えば、それじゃあ普段は本当は何して遊んでいるのかってなりかねない……そうなったら私は花ちゃんから引き離されちゃう!

 

「えっとね……あのね……」

「……」

 

 かといって本当なんて答えれるわけがない!

 

「い、色々あってね。ち、違うんだよ? いや、違わないかもだけど……」

 

 何か言わないと、誤魔化さないとと思うもうまいこと言えない。

 

「お、お姉さんの……」

「花ちゃん……?」

「お姉さんの、変質者ー!!」

「花ちゃん!?」

 

 花ちゃんはそう叫んで、リビングを出て階段を駆け上がって行った。

 ……帰るわけじゃないんだ。

 

「花、どうしたんだ?」

「ヒナタちゃん、シュラバってやつだよこれ」

 

 全然違うと思う。

 

「花ちゃんったらなんてこと言うの……ごめんねみやこちゃん」

「い、いえ……大丈夫、です」

「私がいたら花ちゃんが焼きもち焼いちゃうかもだから、もう帰るわね。今日は本当にありがとうねみやこちゃん」

「は、はい……」

 

 花ちゃんのお母さんが帰ったあと、誤解を解くために、そしてご機嫌をとるために(花ちゃんのリクエストで)ケーキを急いで私は作ることにした。

 

 

 

 

 

 

 



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みやこさんこそ天使だから

 

 

 

 

 

「花ー!」

「どうしたの、ひなた?」

「大事な頼みがある!」

「頼み?」

「堕天してくれ!」

「…………は?」

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ということが今日の学校であったんです」

「……どういうこと?」

 

 花ちゃんが私の部屋にやってきて、今日の学校の出来事を教えてくれたがよくわからない。

 ちなみにひなたとノアちゃんはひなたの部屋でポケモンバトル中らしい。

 

「むしろ私が聞きたいんですけど、お姉さんは何も知らないんですか?」

「いや、私もさっぱりだよ」

「でもひなたが言うことってだいたいお姉さん絡みじゃないですか」

「まあ……そうかも」

「だから今回のこともお姉さんが何か言ったんじゃないかと思ったんです」

「うーん……」

 

 いくら考えても、花ちゃんに堕天してほしいってまるで意味がわからない。私としては花ちゃんは今のまま天使でいてほしいけども、堕天使花ちゃんか……ちょっとダークな感じもありだな。

 ちょっと装飾が多くなりがちな感じでいくか、いっそ露出を少し大胆にして堕天した感をあげていくか……あ、でも露出が上がると花ちゃん嫌がるかな。普段のようなお菓子では釣れないかもしれない。もっとレア感のあるお菓子で釣って……

 

「……何か危ないこと考えてません?」

「そ、そんなことないよ! 全然! うん!」

 

 危ない危ない。

 欲望が顔に出ていたかもしれない。堕天使花ちゃんは段階が早すぎる。もっとじわじわと花ちゃんがコスプレに慣れてからにしよう。じゃないとお菓子があっても家に来てもらえなくなるかもだし。

 

「えっと、それよりひなたのことだったね」

「はい」

「ひなたは理由とか教えてくれなかったの?」

「教えてはくれたんですが……よくわからなくて」

 

 理由を答えてもらってもわからないなんて、これじゃあひなた本人に尋ねても意味がないかな。

 

「『みゃー姉のためだ』って……」

「……私?」

「はい」

「え、なんで?」

「だからお姉さんに今聞いてるんじゃないですか」

 

 さっぱりわからない。

 私のために花ちゃんが堕天する必要があるってどういうこと。というか堕天ってそもそも何!?

 

「みゃー姉ー! ストーンエッジが外れて負けたー!」

「アタシの勝ちだったよ! 次はハナちゃんね!」

 

 ポケモンバトルが終わったのか、ひなたとノアちゃんも部屋にやってきた。

 

 せっかく来たのだし、花ちゃんに堕天するようお願いした理由を私からも問いただそう。ひなたのことだから嫌がらせとかそういうのじゃないと思うけども。

 

「ひなた、花ちゃんに堕天してって頼んだの?」

「んー? おう!」

「正直よくわからないんだけど、なんでそんな頼みをしたの?」

「みゃー姉のためだ!」

 

 うん、わからん。

 

「ハナちゃんそんなこと頼まれたんだ……でもミャーさんのためってどういうこと?」

 

 ノアちゃんからさらなる追求が入った。

 やっぱり誰も今の説明じゃわからないよね。

 

「みゃー姉が言ってたんだ……花が天使すぎて生きるのが辛いって!」

 

 ひなたの返答に、花ちゃんとノアちゃんの視線が同時に私へと向いた。

 

「やっぱりお姉さんのせいじゃないですか……」

「い、いや、これは違うくない!?」

「ミャーさんってハナちゃんが絡むとすごい変だよね」

「ノア、それだと私が原因みたいに聞こえるんだけど」

 

 確かに最近「花ちゃんが天使過ぎて生きるのが辛い……」と何気なく言った気がする。でもそれはこう……言葉通りの意味じゃなくて、いや、天使度が高いのは言葉通りだけど、生きるのが辛いっていうのは実際とは違ってて……ってどう説明したらいいんだろこれ。

 なんだか使命感に燃えているひなたはまだ言葉を続ける。

 

「だからみゃー姉を死なせないためにも、花には天使をやめてもらわないといけないんだ!」

「そもそも天使じゃないんだけど」

「そうなのか!?」

「でも劇では天使だったよネ」

「やっぱり天使か!」

「もう劇は終わったでしょ」

「天使じゃない……!? みゃー姉、どっちなんだ!?」

 

 突然私に振られても。

 えっとえと、花ちゃんが天使か天使でないか。当然人間だけど、かわいさ的な意味では天使であって、だから……

 

「えっと……花ちゃんは人間であり、天使でもある……とか」

「両方か!」

「お姉さんはなんでややこしいことにしようとするんですか」

「あ……!」

 

 つい本音で答えてしまっていた。

 そうだ、ここは天使じゃないって言えば良かった。でもそれはそれでやや抵抗がある。

 

 いや、別に花ちゃんが天使じゃないって言わなくても、生きるのが辛いっていう誤解を解けばいいだけじゃないかこれ。

 

「ひなた、生きるのが辛いっていうのは別に死にそうとかそういう意味じゃないからね」

「え? そうなの?」

 

 よし、これで花ちゃんへの堕天要望は終わるはず。

 

「じゃあどういう意味なんだ?」

「んー……」

 

 どういう意味になるんだろ?

 何気なく使っていた言葉の意味を改めて考えると、うまく説明できない。

 

 天使すぎて浄化されそうなほどの尊さを感じる……? 浄化って時点であまり変わらない気がする。

 あまりの天使さに今なら死んでも悔いがないレベル……? 余計ダメだこの説明。

 

「天使過ぎて生きるのが辛いっていうか、実際はかわいすぎて生きるのが辛いなんだけど……とにかくすごくかわいいって意味だよ」

 

 別に詳しい説明しなくてもいいや。語源とか言っても仕方ないし、とにかくかわいさのあまり自然と口に漏れた言葉なんだし。

 

「じゃあアタシもかわいすぎて生きるのが辛いって言わせてるってコト?」

「言ったことないけど」

「ひどくない!?」

「あ! 別にノアちゃんがかわいくないって意味じゃないからね!?」

「ヒナタちゃーん! ミャーさんがいじめるー!」

「大丈夫だノア。ノアでわたしも生きるのが辛いからな!」

「全然大丈夫じゃないよ!?」

 

 ひなたの言葉が抜けているせいで酷い言葉になってる。

 ショックを受けるノアちゃんをよーしよしとあやすひなた。ノアちゃんのことはひなたに任せても大丈夫そうだ。

 

「前から思ってたんですけど、お姉さんってほんと……」

「な、なに?」

「もっと言葉に責任を持った方がいいですよ」

「そ、そうだね……」

 

 軽はずみな言葉でも、ひなたは大きく受け止めるし……

 

「お菓子一生食べ放題の約束、あれはちゃんと本気ですよね……?」

「えっ!? も、もちろん!」

「ほかの子にも似たようなこと言ってたりしません?」

「い、言ってないよ!」

「ならよかったです」

 

 心底ホッとした顔を見せる花ちゃんかわええ。お菓子食べ放題というか、花ちゃんのそばにずっといるつもりな意味での言葉だったけど、まぁ花ちゃんにとってはお菓子が食べれるならどっちも一緒か。

 それにしてもお菓子のことで不安になる花ちゃんも、なんというか単純なかわいさを見せてくる。これはもう、かわいさの暴力だ。

 

「それにしても、ミャーさんってハナちゃんのことよく天使って言うよね」

「そ、そう?」

 

 ショックから立ち直ったノアちゃんが頭を撫でられながら言った。あやすのがまだ続いてることはスルーしててもいいか。

 

「そうだよ。だからハナちゃんが劇で天使役に推薦されたんだし!」

「それで花ちゃんが主役になったんだよね……あんなに良い劇になったのはやっぱり花ちゃんが天使だから……?」

「天使じゃないです」

 

 あの劇は本当にいいものだった。何度もビデオで見返すほどには。

 家宝として残してもいいレベルなのでデータが消えないようにバックアップもとってある。

 

「なー、みゃー姉」

「どうしたのひなた?」

「天使ってかわいいって意味であってる?」

「んー」

 

 厳密には全然違うと思うけど、私が普段使う言葉としてはそれであってるか。

 

「うん、そうだね」

「じゃあわたしの天使はみゃー姉だな!」

「!?」

 

 突然何を言いだしてるのひなたは。

 

「いや、私は天使って感じじゃないから。それにかわいいとかと違うし……」

「いいやみゃー姉は天使だ!」

「いや、だからね……」

 

 そんな天使天使って言わないでほしい。恥ずかしくて顔が熱くなる。

 

「あ、ミャーさんテレてるー!」

「お姉さん顔真っ赤」

「二人ともひなたを止めて! 天使とか恥ずかしいし!」

 

 ひなたといい松本さんといい、何故かやたらと褒めてくるから困る。お世辞とかも辛いけど、過大評価なのも辛いから。恥ずかしいから。

 

「天使って言われるとどういう気持ちになるかわかるいい機会じゃないですか」

「私には似合ってないから! みんなのほうが天使だから!」

「ミャーさん天使」

「お姉さん天使」

「みゃー姉こそ天使だぞ!」

 

 絶対花ちゃんとノアちゃんはからかってる!

 ダメだ恥ずかしすぎて顔を手で覆ってしまった。そこから顔をあげれない! 小学生に辱めを受けるなんて、花ちゃんが含まれてるからか新しい扉開いちゃいそう。

 

「ミャーさんがかわいそうだしみんな天使ってことでいっか!」

「弓を持たないとな!」

「そういう意味じゃないと思う」

 

 コス道具の弓を持ちだしたひなたに花ちゃんがつっこんだ。

 

 ノアちゃんの言う「みんな天使」ってたぶんこれ、私も含まれちゃってるんだろうな……

 

 今度からは下手に花ちゃん天使!とか言って、逆にまた天使天使って言われないよう気を付けよう。この恥ずかしさは結構きつい。

 

「そうだ! アタシたちは劇で天使の衣装着たけどミャーさんは着てないよね?」

 

 ノアちゃんが良いことを思いついた、みたいに言いだした。

 この流れはよくない。流される前に先手を打たなきゃ!

 

「絶対作らないからね!」

「えー」

「なんのことだ?」

「たぶんお姉さんのサイズの天使衣装でしょ」

 

 ふふん、この中で服を作れるのは私だけ。ひなたはよく手伝ってくれてるけど1人で服の制作はしたことないから無理だろうし。多少大人げなくても、というか大人だからこそ自分の天使衣装なんて作るわけにはいかない!

 

「でもミャーさん良く考えて?」

「な、何を?」

「ほら、ハナちゃんとお揃いの衣装になれるんだよ?」

「そ、その手にはのらないから……!」

 

 以前もその手に乗せられてコスプレさせられたことがあったりする。もうそんな簡単に屈するわけにはいかない。

 

「それにあれだよ! 衣装を作るための生地が今ないし、金欠だから無理!」

「それじゃあ衣装さえあったらお姉さん、私とお揃いの服を着るんですね」

「うっ……ま、まぁ、あったら花ちゃんとお揃いでも……」

「言いましたね」

「ナイスだよハナちゃん!」

 

 なんだか反応的に、私はまずいことを言ってしまったんだろうか。

 

「あ、でも! 私は作らないからね!」

「ダイジョーブ! それじゃ、楽しみだね!」

「だね」

 

 私が作らなくても大丈夫? もしかしてノアちゃんは服を作れるようになったってこと? いや、そんな数ヵ月で大人の服をできるほどになるとは思えない。

 もしかしたら勢いで言っただけかもしれないし、不安になることはない! はず!

 

 たぶん一週間もしないうちに天使の話題は忘れるはずだ。そう考えると気が楽になってきた。

 

 

 

 

 私の安堵は数日後に破壊された。

 

「みやこさん、いいわ。すごい素敵よ!」

 

 カメラを構えている松本さんから天使の衣装を渡されたからだ。松本さんの後ろでは楽しそうにしているノアちゃんたち。

 何気に松本さんとの交流多いよね、ノアちゃんって……

 

「ミャーさん天使ー」

「みゃー姉かわいいぞ!」

「や、やめて……」

「恥ずかしがるお姉さんすごい天使ですよ」

「許してぇー!」

 

「みやこさんが天使過ぎて生きるのが辛いわ……! 浄化されそう!」

 

 

 私の叫びは誰にも届くことはなかった。

 

 

 

 

 



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