己が防人としての使命を果たす為 (うみうどん)
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己が身体を防人に捧げる

 西暦2015年ーー高知。

 この日は何故か胸騒ぎがしていたのを覚えていた。

 この胸騒ぎの正体が分からず、朝、彼は高校に何事もなく通っていた。

 

 一見すると、イケメンなだけでどこにでもいそうな男子生徒だが、彼には特筆すべき性格があった。それはーー。

 

「姉御!おはようございます!」

「あら、龍ちゃんおはよう。今日も出迎えご苦労様」

 

 いつの時代だとツッコミを入れたくなるような、金髪のリーゼント頭で龍ちゃんと呼ばれた俗に言う不良が、オネエ口調の男子生徒に深々と頭を下げる。

 そして、その龍ちゃんに続くように、次々と不良たちが集まり、彼に頭を下げていく。

 

「姉御〜」

「姉さん!」

 

 これまた、いつの時代からタイムスリップしてきたとツッコミを入れたい、女の子の不良たちが集まる。

 スケバンと呼ばれる格好といえば分かるだろうか。

 方や、布のマスクをした、眠たそうな目をしている少女。

 方や、金髪のロングヘアにピアスを開けており、スカートは長め。

 

「あら、おはよう。蓮ちゃん、菊ちゃん」

「あうふ……今日も美しいです!姉さん!」

「荷物持つよ〜姉御」

「いいわよ、気を使わないで。さあ皆んな、行くわよ」

 

 姉御と呼ばれた彼に付き従い、キラキラとした目で彼の方を見る不良たち。

 いや、こんな格好をしているだけで、彼らはもう不良ではない。

 一種のファンクラブみたいなものだ。

 

 彼らは彼に忠誠を誓い、その大きな背中に着いて行く。

 彼はその忠誠に答え、最大の愛を彼らに振りまいて行く。

 そして、少しでも彼に関わった人間はこう言う、彼は聖人だと。

 

 ◆

 

 彼らの学校も終わり、今は登下校の時間である。

 龍ちゃんと呼ばれた男子生徒は部活があるので一緒には帰れない。

 そして帰りは彼自身も一人の方がいいので、誰も後ろには控えていなかった。

 

 彼は自信に満ちた足取りで帰路につく。

 顔はイケメンと言われる部類に入るが、うっすらと化粧をしており、制服が無ければ女と間違われても仕方ないだろう。

 しかし、声は見た目とは違い低く、それが彼のコンプレックスでもあった。

 

 周りも彼の事情を知っているので、誰も何も言わない。

 それに、その事情を知っていても普通に接してくれるので彼は不満もない。

 ただ、彼を度々神格化してしまう節があるのでそこは少し直して欲しいと思っていた。

 

(さて、今日も来てるかしらね)

 

 彼は少し山道に入る。

 道に入る前に、鳥居があるので神社に行くのだ。

 そこに待ち合わせしている子がいた。

 

「千景ちゃん」

「…あ、お姉さん」

 

 神社の方で小学生の女の子、郡千景と待ち合わせしていたのだ。

 彼と千景の出会いは一年前に遡る。

 

 彼が偶然イジメられていた彼女を見つけたのだ。

 かなり陰湿でひどいいじめ方をされていたので、これはどうにかしないといけないということで、彼は千景の身辺調査を行った。

 

 すると、いじめの原因は千景の両親にあると突き止め、すぐさま彼は動く。

 仲間と協力し、元凶である両親を話し合いの元、解決。

 両親は千景に対しあまり好ましく思ってなかったようなので、少し人に言えない事をしたのは千景には内緒だ。

 

 そして、学校の方も転校させた。

 両親を脅…もとい、説得して彼の自宅に近い小学校に転校させた。

 彼が近くにいると言うだけで地域限定だが、千景が守られると言う事が約束され、千景自身、いじめられない平穏な生活を取り戻し始めた。

 

 しかし、両親の問題はそう簡単に解決するものでもなく、やる事をやってしまったらまた家を開ける回数が多くなった。

 

 その寂しさを少しでも和らげてあげようと、彼は千景の近くにいる事に決めたのだ。

 

「今日は学校で、給食のプリンを分けてくれる人がいました…」

「あら、良かったじゃない」

「…いいんでしょうか…私がこんな」

「…いいのよ、人の好意はありがたく受け取りなさい。後でそれと同じくらい、人を助けてあげればいいの」

「…はい」

 

 彼が始めて千景に会った時と比べて、笑顔になる回数が増えていった。

 これでいいと彼は思う。

 女の子は笑顔が一番なのだから。

 

 その時だった。

 

「ーー!地震!」

「…お姉さん」

 

 少し大きな地震が今日は頻発して起きていたのだ。

 千景が不安そうに、彼の袖を掴む。

 彼は千景の手を握り、空を何故か見上げた。

 

「…?何。この胸騒ぎは」

 

 そして、この胸騒ぎの正体が、姿をあらわす。

 空から浮遊してくる、人とも思えない異形の形をした化け物。

 白い肌に醜悪な顔をしている、謎の生命体が多数、空から降ってきていた。

 

「隠れるわよ!」

「…!」

 

 神社の屋根に隠れるように二人して身を縮こませる。

 なんなのか分からないが、彼は一つだけ確信していた。

 あれは人類の敵だと。

 

「…く、このままじゃ見つかっちゃうわね…」

「…お姉さん…中に…」

「しょうがないわね、この緊急事態じゃ神様も許してくれるでしょう」

 

 その時だった。

 千景側にあった古い祠が地震により耐えれなかったのか、倒れてきたのだ。

 彼は千景を庇うように、衝撃を一身で受け止める。

 頭が少し切れてしまったのか、額から一筋の血が流れた。

 

「…いたた」

「…お姉さん!怪我!」

「ああ、大丈夫よこのくらい」

 

 彼は千景を持ち上げ、神社内に入ろうとする。

 すると、彼の足にコツンと何かがぶつかった。

 

「ん?鎌…?」

「あ…それ」

 

 錆びた鎌の刃物部分のみが転がっていた。

 それを彼の腕の中から出た千景がまじまじと鎌を見つめる。

 

「…護身用ぐらいにはなるかもしれないわね…」

「…」

「千景ちゃん?…って何!?」

 

 千景がその鎌に触れた途端、光り始め姿を変えていく。

 刃物部分に長い持ち手部分が生えてきて、錆びも取れていく。

 千景の身長に比べてかなり大きなサイズだが、千景は軽々と持ち上げていた。

 

「…大葉刈」

 

 ポツリと千景はその武器の名前を言う。

 その名前は、千景の頭の中に突如浮かんできたものだった。

 

「…一体なんなのよ…」

 

 あまりの衝撃で、状況に追いついていけない彼を狙い定めたかのように、突如として後ろから化け物が襲ってくる。

 

「っ!」

 

 大きな口の中が見えるくらいに近づいていた、化け物が突如として真っ二つになる。

 彼は驚きで目を見開いた。

 それもそのはず、化け物を切った人間が千景自身なのだから。

 大きな鎌を物ともせず、片手でクルクルと回す。

 

「これなら、戦える!」

 

 千景は隣に迫ってきていた化け物を一刀両断する。

 彼は、命を軽く刈り取る少女の姿に驚きを隠せない。

 しかし、これだけは分かった。

 千景は今、彼を守る為に戦っているのだと。

 

 彼は辺りを見渡す。

 彼女を助けれる物があるか探しているのだ。

 

 すると一つだけ、一際存在感を放つ、銃と盾があった。

 銃は先の方に剣が付いており、所謂、銃剣というものがあった。

 その隣にある大きな盾は、人一人が隠れるには丁度いい大きさであり、見るからに強固な造りとなっている。

 

 何故こんなものがここにあるのかは分からないが、今はこんな事を考えている場合ではない。

 彼はすぐにその銃と盾を持つ。

 その二つは、大きさからには想像もつかないほど軽かった。

 そして、彼の頭の中にこの武器の使い方がどんどんと入ってくる。

 

 銃を構えて、千景に群がっている化け物に狙いを定める。

 引き金を引くと、一拍おいて化け物が弾け飛んだ。

 千景がそれに気づき、彼の元へ駆け寄る。

 

「お姉さん!」

「話は後よ!今はコイツらを片付けましょう!」

 

 そして、彼は盾を構えて化け物の群れに突進していった。

 

 ◆

 

 西暦2018年ーー香川県丸亀市。

 あの忌々しい日から、三年の月日が流れ、彼自身もあの頃の面影が無くなった。

 身体を鍛えたことにより、筋骨隆々の身体を手に入れ、高身長になってしまった。

 それでも、彼自身の中に乙女としての心は生き続けており、今も似合わない化粧をしている。

 

 あの後、彼は辺りを散策したが学校は全滅しており、辺りは血の海になっていた。

 彼の大切な友達もみんな居なくなってしまったのだ。

 

 今は丸亀城でとある子達の担任の先生をしている。

 しかし、肩書きが少し違うだけで、彼女たちは大切な…一緒に戦っていく仲間だ。

 

「おっはようー!みんな!」

 

 弾けるような笑顔で教室に入っていく。

 そこには6人の少女達がいた。

 

「おはようございます、一郎先生」

「おはようございますお姉様」

「おはようだぞ!姉御!」

「もータマっち先輩…おはようございます…先生」

「おはようございます!お姉ちゃん!」

 

 返事順に、乃木若葉、上里ひなた、土居珠子、伊予島杏、高嶋友奈、そして…。

 

「おはよう…お姉さん」

 

 郡千景。

 

「ええ、みんなおはよう!さあ!授業始めるわよ!」

 

 オネエ言葉で野太い声をした男の号令が丸亀城に響き渡った。

 しかし、みんなはこの光景に慣れたので誰もツッコミはしない。

 

 彼女達は勇者と巫女である。

 小学生の時、バーテックスが攻め込んだ時に力が覚醒した少女達。

 その力は圧倒的で、数百人の命を迫り来るバーテックスから守った女の子達だ。

 

 そして、一郎と呼ばれた彼は、防人という。

 防人は主に、勇者達とは違う性質を持った戦う者。

 防人の武器は統一されており、何の神性も持たない銃剣と盾のみである。

 その数はごく僅かで、全国に一郎を合わせ3人しかいない。

 しかし、三年前の事件で二人が天空恐怖症候群に陥り、精神的に病んでしまい再起不能だそうだ。

 今、動ける防人は一郎ただ一人である。

 

 ◆

 

 一郎は軽く昼食を済ませ、若葉の方へ赴く。

 勇者と巫女と一緒にいる時間は三年と長いが、まだ打ち解けていない様子であり、乃木若葉に至っては、堅い委員長状態だ。

 

「一郎先生、本日の訓練は」

「そうね、今日も同じメニューよ」

 

 しかし、これが若葉の愛嬌でもあると一郎は思った。

 これから若葉は仲間と共に成長して行くのだ。

 しかしいつまでもお堅い委員長ではいけない、だって彼女は勇者組のリーダーなのだから。

 

 そして一郎は若葉に伝えなければならない事があった。

 

「あ、若葉ちゃん。私はこれから数日の間、丸亀を開けるわ」

「それは、大社からですか?」

「ええ、なんでも外壁調査を行うらしいの、私は調査員ね」

「…そうですか、しかし…一番の年上である先生が居なくなると…」

 

 若葉は不安げに顔をしかめ、手を顎にやる。

 おそらく、どうみんなをリーダーとしての導こうか考えているようだ。

 しかし、若葉の欠点は硬くなりすぎること。

 それを人生の先輩は教えてあげなければならない。

 

「そーんな不安げな顔しないの!可愛い顔が台無しよ?」

「ふぁ!?か、かわいい!?」

 

 一郎がウインクして、若葉の額を人差し指で抑える。

 すると若葉は赤面して、あわあわ言い出した。

 

「ふふ、でもね若葉ちゃん。これだけは覚えておいて」

「…え?」

「貴女は一人じゃない。五人も仲間がいるのだから、ちょっとは甘えなさい」

「…はい」

 

 一郎がにっこりと微笑むと若葉も気が楽になったのか、表情が緩和した。

 

「ふふ、それと私のことは姉と…」

「一郎先生は一郎先生です」

「…そうね」

 

 さっきまで緩和になっていた表情が元に戻り、一郎に突っ込む。

 どうやら若葉はまだ一郎の事を姉と呼ぶ気は無いようだった。

 

 ◆

 

「しかし若葉ちゃんに謝らなければならないわね」

 

 さっきまでの一郎に私服とは違う装束を纏い、壁の上に立つ。

 これは防人専用の戦闘衣であり、勇者服と性能は少し落ちるが、それでもバーテックスに対抗できるのなら充分な代物だろう。

 

 そして今回の外壁調査。

 若葉には数人で行く事をほのめかしていたが、危険な外を一般人が出れるはずがない。

 今回は一郎一人に降った大社からの命令だった。

 

 内容は長野県、北海道、沖縄県に赴き長野では勇者、白鳥歌野の現在の状況調査。

 それと北海道と沖縄は生体反応があったらしく、それにも赴き調査。

 その間の戦闘行為は一郎本人の独断で行動して良い、という事だ。

 

 防人服で戦闘能力と機動性がかなり上昇しているとはいえ、どれも長い距離を移動しなければならない。

 少なく見積もって、長野には戦闘行為ありで一週間は掛かるだろうと一郎は考えていた。

 

「その間のバーテックスを無視すれば、一週間以内につけるかしら」

 

 壁の上で一人、入念に作戦を練る。

 今回の調査はかなりの危険を伴うため、一郎の体力も心配になってくる。

 そのため、かなり頭を使っていた。

 

 そして、作戦開始時刻があと数分になる。

 

「あの子達の為にも、生きて帰らなきゃね」

 

 作戦開始時刻丁度に一郎は長野へ向けて出発した。




ちょっと息抜きに書きました。
東雲友奈とは関係はありません。

誤字とかあったら教えてくれると嬉しいです。
感想もお待ちしてます。


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己が少女を守るため

 長野の最後は呆気ないものだと、住民は悟っただろう。

 今まで見たこともないような、バーテックスの群れ。

 地平線を覆い尽くすほどに大量のバーテックスが長野に攻め込んでいた。

 

 結界の中にバーテックスが侵入し、次々と住民を虐殺していく。

 そんな長野の終わりの中、勇者、白鳥歌野、巫女、藤森水都に告げられた最後の神託は、『よく三年も諏訪を守り続けた、二人が敵を引きつけてくれたお陰で、四国は敵に対抗できる基盤ができた』という非情すぎる物だった。

 

 これで最後になる勇者通信で歌野は乃木若葉に後を頼むと託すように伝えた。

 そして、白鳥歌野と藤森水都は向かい合うかのように手を握る。

 

「みーちゃん。貴方が一緒にいてくれたから、今日まで頑張ってこれた」

「うん…最後まで一緒にいるよ、うたのん。ずっとここで見てるから」

 

 そうやって最後の会話を二人は楽しむ。

 白鳥歌野は時間が来ると、バーテックスの大群に単身乗り込んでいった。

 その背中を水都は見送る。

 

 圧倒的な物量の差に、歌野はあちこちに傷を作る。それでも懸命に鞭を振るい続けた。

 血を流しながら、戦っている姿を見て水都は、祈る。

 

「…誰か。神様でも、悪魔でも良い…誰か。誰かうたのんを助けて…!」

 

 涙ながらに水都は訴える。

 そして、その悲痛な願いは、本来叶えられるはずが無く。

 声は虚空に消えていく物だった。

 

 しかし、その祈りに答える、一つの声があった。

 

「…残念ながら、神様でも悪魔でもない…」

 

 白鳥歌野を噛みちぎろうとしていたバーテックスの体が突如として弾け飛ぶ。

 そして、連鎖的に歌野に近寄っていたバーテックス達は一瞬のうちに消滅した。

 一体何が起きたのか、歌野は血を流しすぎたせいで、頭がうまく回らない、しかし、水都は声の主にいち早く気づいたようだ。

 

 大きな盾に銃剣を構えている一人の巨漢がそこにいた。

 雰囲気は勇者に似ているが、本質的には違うものだと水都は悟る。

 そして、それは水都達を救うために現れたのだとも、すぐに思ってしまった。

 

「ただのオカマだけど良いかしら?」

 

 ◆

 

 一郎は真っ直ぐ最短で長野につけるように、足を急ぐ。

 建物の屋上から屋上へとジャンプしながら移動しているのだ。

 

 途中で出てきたバーテックスは、一郎の進行を邪魔しない限り、攻撃はしていない。

 本来は、友人の命を奪った化け物に一矢報いたい気持ちはあるが、それは人の命を助けてからだ。

 

 そして、一郎がなぜ長野へ足早に向かっているのかというと、移動している最中で妙な胸騒ぎに襲われたからだ。

 一郎の胸騒ぎはよく当たる。

 誰かがピンチの時は決まって、胸騒ぎが起きた。

 その胸騒ぎの正体は、最悪の形で一郎の前に出てくることが多くあった。

 

 一郎の前に出てきたバーテックスを切り捨てる。

 そして、前を向いて一直線に長野へ向かった。

 

 一郎が長野に着いた時は、バーテックスが結界内に侵入しており、そこに住んでいた人間達はあらかた食い散らかされたようだ。

 今でも人間の亡骸に群がっているバーテックスを見て、怒りの気持ちが湧いた。

 

 そのバーテックス達を殲滅し、ぐちゃぐちゃになった死体を見る。

 今ではもう判別が不可能であり、悲しい気持ちに襲われた。

 

 三年前もそうだった。

 一郎を愛してくれた人は全員バーテックスに喰われた。

 この人だって、最後まで助けが来ることを望んでいたのかもしれないと思うとなんとも言えない気持ちになる。

 

 一郎は手を合わせ、生存者がいないか確認するために長野を走り回る。

 すると、バーテックスの大群を神社付近で見つけた。

 そして、その中心で人間の姿が見えた。

 

 鞭を振るい、血を流しながら懸命に戦っている少女。

 間違いない、勇者、白鳥歌野だ。

 

 すぐさま加勢するべく、一郎は移動速度を上げる。

 神社に差し掛かった時、生存者を発見した。

 その場で座り込み、歌野を見ながら涙を流し懸命に祈る少女。

 

 一郎はよかったと安堵する。

 まだ生存者がいた。

 二人と少ない数ではあるが、まだ負けてはいない。

 

「…誰か。神様でも、悪魔でも良い…誰か。誰かうたのんを助けて…!」

 

 そんな悲痛な叫びが一郎の耳に届いた。

 一郎は彼女を安心させる為に返事をする。

 

「残念ながら、神様でも悪魔でもない…ただのオカマだけどいいかしら?」

 

 彼女が一郎の方へ顔を向ける。

 帰ってくるはずがないと思った返事が返ってきたのだ。

 少女は、涙を流しながら訴える。

 

「助けて!うたのんを!助けてください!」

「ええ!ここは私に任せて、貴方は物陰に隠れてて!」

 

 そして一郎はバーテックスの群れに盾を構えながら突っ込む。

 盾で弾き飛ばされたバーテックスが消滅して、一郎は間髪入れず銃の引き金を引く。

 あたりに群がっていたバーテックス達が、弾け飛び、白鳥歌野が一息つく隙を作った。

 そのまま一郎は歌野を抱きかかえる。

 

「…貴方は?」

「貴方が白鳥歌野さんね、私は四国の防人よ。よく頑張ったわね、あとは任せなさい!」

 

 白鳥歌野は防人である一郎の話は若葉に聞いていた。

 なんでも変わり者でありながらも、しっかりとしている信頼できる大人だと、若葉は語っていた。

 

 そういえば若葉が言っていたことを思い出す。

 

『今、白鳥さんの所に防人の一郎先生という方が向かっている』

 

 助けが来た。

 その事実だけが白鳥歌野を安心させた。

 これまで一度も泣いたことがないのに、何故か歌野の頰に一筋の涙が流れる。

 そのまま眠るように一郎の腕の中で白鳥歌野は気絶した。

 

「ええ、今は眠りなさい。さて、この数は骨が折れるわね」

 

 歌野をさっきの女子の所まで行き、歌野を少女に渡す。

 

「貴方、名前は?」

「…藤森水都です」

「そう、水都ちゃんね…よく頑張ったわね」

 

 一郎は真剣な顔をして水都を撫でる。

 そしてまた水都の目に涙が浮かんだ。

 

「ご、ごめんなさい…助けて…助けてください…」

「ええ、その為に私はやってきたのだから」

 

 バーテックスの大群に一郎は向き合う。

 ここまでの数を相手にしたことはないが、それでも一郎は負ける気はしなかった。

 その理由は、一郎に助けを求める人がいる。

 その理由だけで、一郎は強くなれるのだ。

 

「さ!この四国の防人が相手になるわ!かかってきなさい!」

 

 ◆

 

 防人とは本来、戦闘においては勇者より下回るものだと、一郎は三年前に千景に助けれながら思った。

 しかし、まだ中学生の女の子をこんな化け物と戦わせる訳にはいかないと、どうにか防人でも充分にバーテックスに対抗できる方法はないかと、頭を使った。

 

 そして、単純ではあるが一つの答えに辿り着く。

 身体を鍛えればいいのだ。

 素の能力で勇者みたいな身体能力を手に入れなくても、勇者により近い力を手に入れる為。

 

 必死に、死に物狂いで身体を鍛え上げる。

 そして、防人の力がなくとも、猛獣を一体、倒せるまでに鍛え上げたと一郎は思っている。

 

 しかし、一郎は心は乙女だ。

 日に日にでかくなっていく身体に違和感を覚えるようになっていった。

 こんなのは私じゃない、と絶望した日もあった。

 

 しかし、そんな絶望も乗り越えた。

 理由は助けを待っている人がいるから。

 防人の力を必要としてくれている、人たちがいる。

 そして何より、年端もいかない少女達を傷つけたくないと思ったのだ。

 

 一郎には趣味が二つある。

 一つはメイク。

 そしてもう一つは人助け。

 

 乙女であることを捨て、手に入れた力は圧倒的だった。

 

「これで最後よ!」

 

 地平線を覆い尽くすほどのバーテックスをものの数時間で一郎は殲滅したのだ。

 

「…ふう、流石に疲れたわね」

 

 頰にできた切り傷から流れる血を親指で拭い取りながら、白鳥歌野と藤森水都の所へ赴く。

 

「さて…水都ちゃん…だっけ?貴方は怪我は無さそうね」

「うたのんが!うたのんが!」

 

 気絶から未だに意識を取り戻さない歌野を見て、水都はうろたえる。

 このまま死んでしまったらどうしよう。

 そんな想いが水都の中で渦巻く。

 

「ええ、大丈夫よ。気絶しているだけ」

「ほ、本当に大丈夫なんですか!?」

「ええ、応急手当てだけはしておくわ」

 

 本来、防人というのは人の保護を再優先する為に作られたのだろうと一郎は考え、自主的に医療を学んだ。

 浅はかな知識しかないが、最低限の応急手当ては一郎には朝飯前だ。

 

 歌野の勇者服を脱がし、包帯を患部へ巻いていく。

 

(っ…酷いわね…)

 

 勇者服の加護があったので致命傷にはならなかったようだが、それでも傷の方は酷い有様だ。

 度重なる戦いで負ってきた古傷に、新しくできた傷で少女の体はボロボロだった。

 特に酷かったのは、胸から肩にかけての噛み跡だろう。

 これはおそらく一生残ってしまう傷だ。

 

(なんで子供がこんな事をしなければならないの?)

 

 本来なら大人がやらなければならない仕事だ。

 間違ってもこんな年端もいかない少女に、一生残るような傷を負わせる訳にはいかない。

 

 大社には不信感を抱く。

 子供だけ前線で戦わせておいて、自分たちは安全な場所からただ命令を飛ばすだけの存在。

 

 しかし、いくら怒りに身を焦がしても、現状一郎たった一人では何もできないのが現実だ。

 人間は一人では生きられない。

 誰かと誰かが助け合ってようやく、最低限の生活や幸せが手に入るのだ。

 

 手当を終わらせ、白鳥歌野を肩に担ぐ。

 そして藤森水都の方へ向き、今後のことを話し始めた。

 

「私はこれから四国に戻って、連絡をしなければならない。勿論貴方も歌野ちゃんも連れて行くつもりよ」

「うたのんを助けれるなら…お願いします!」

「ええ!お姉さんに任せなさい!」

 

 担いでない方の腕を一郎はサムズアップさせる。

 一郎の筋肉はまるで意思を持っているかのように、ピクピクと動き出した。

 それを見た水都は安堵から思わず吹き出す。

 

 一郎は助ける。

 これからも、ずっと。

 未来のある子供達を死なせはしない。

 

 例え、自分の最期の日が近づいてきているとしても。




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