インフィニット・ストラトス ~太陽の操者~ (神駆)
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1:「私、ISと結婚する!」

 

 

 

 12歳のイサベル・アルベルダは、機械が好きな少女だった。学校の宿題そっちのけで自宅にある家電を弄り、父親に誕生日プレゼントとして買ってもらったパーツを組み合わせ自作のパソコンを作っていた。

 

 父親は軍の関係者であり、母親は彼女が生まれて間もなく他界。数年前までは姉も一緒に住んでいたが、その姉もどこかへ行ってしまい学校から帰ってきても家には誰もいなかった。

 

 そんな彼女は、いつしか機械弄りにハマっていた。隣に住んでいる友人のカミラの影響も大きかったのだろう。カミラの祖父、ブルーノが発明家であったため、自然とイサベルとカミラはその発明品に興味を持つことになった。一見するとただのガラクタに見えても、使ってみると役に立つ。そんな所に惹かれるものがあったのか、ブルーノの教えを受け、イサベルとカミラはいつしか学校でも有名な発明家見習いになっていた。

 

 そして今日、イサベルとカミラは全速力で学校から帰ってきた。何故なら、ブルーノが最新鋭のISを見せてくれるからだ。ブルーノの発明品は多岐にわたっており、その中の一つで、最も新しい発明品である新型太陽光発電パネルがスペインのISに実験的に搭載されることが決まり、IS工廠から招集を受けていたのだ。

 

 元々はブルーノ一人だけが訪れる予定であったのだが、実はこの新型太陽光発電パネルは、イサベルとカミラのアイデアから生まれたものであった。そのため、ブルーノは軍上層部と交渉し、ライフルやブレードといった殺傷力のある装備を外した状態のISで実験を行うようにさせるとともに、二人の同行の許可を得た。

 

 そんな裏事情を知るはずもない二人は、着替える時間も惜しいと、制服のままブルーノのもとを訪れた。

 

 

「もう来たのかい。まだ時間はあるんだから着替えてくればよかったのに」

 

「だって、早く見たいんだもん!」

 

「そうそう! おじいちゃん、早く行こうよ!」

 

「そんなに急かしても約束の時間までは行けないよ。……ほら、落ち着きなさい」

 

 

 早く行こうとせがむ二人をブルーノは優しい目で見ている。若くして妻を亡くし、子どもがいなかった彼は、カミラの母を養子として引き取り育ててきた。こうして元気にしている姿を見ることが嬉しいのだ。

 

 

「うー。分かった。がまんする」

 

「聞き分けのいい子は好きだよ。……ほら、これが僕が23歳の時の発明品だよ」

 

 

 そういってブルーノが取り出したのは、何の変哲もない一本のペン。ただ、なにやらボタンが付いている。

 

 

「むむ、このボタンがあやしい」

 

 

 すぐにボタンを見つけたイサベルはそのボタンを押してみる。しかし、反応はない。

 

 

「違うよ、ベルちゃん。これは多分、引くんだよ」

 

 

 今度はカミラがボタンを引く。すると、ペンの側方から小さなペンが出てきて、一体化した。

 

 

「これを発明したときは、天才だと思ったものだよ。何せ、違う色の替え芯を入れておけば普通に文字を書くだけでで2色の文字が書けるんだよ。でもね、作り終わって妻に聞いたら、『普通に二本もっても変わらないじゃない』って言われてしまってね」

 

「でも、面白いよ! ねえ、帰ってきたらこれの作り方教えて!」

 

「いいとも。……おっと、もうそろそろ家を出なければ。行くよ、カミラ、イサベル」

 

「はーい」

 

「早く行こ!」

 

 

 二人が玄関を飛び出すと、そこには軍が使う来賓用の車が停まっていた。見た目は普通の乗用車なのだが、そのボディはISの装甲と同じ部品でつくられていると言われている。

 

 そして、その車から一人の男性が出てきた。

 

 

「あれ? パパ?」

 

 

 その男性こそ、イサベルの父親であるミゲル。娘には内緒にしていたようだが、IS部門担当であった。

 

 今回、ブルーノの送迎係になったのも、娘のイサベルが関わっているからだった。

 

 

「イサベル、施設では静かにするんだぞ。カミラちゃんもね」

 

「分かった!」

 

「分かりました。おじさん」

 

「おお! 迎えとは君だったのか」

 

 

 ブルーノが二人から遅れて玄関前に現れ、出発の準備が整った。

 

 

「では出発いたします」

 

 

 公務モードに切り替わったミゲルをイサベルは不思議そうに見ているが、これが働いている時の父親の顔なのかと思い、口に出すことはしなかった。

 

 

「ここからですと30分ほどかかりますので」

 

「分かっているよ。それでは頼んだよ」

 

「かしこまりました」

 

 

 ゆっくりと出発し始めた車に乗って、イサベル達は運命の出会いを果たす場所に向かっていった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 スペイン軍IS工廠。元々条約により軍事使用が禁止されているISではあるが、各国研究機関は軍属であることが多い。それはやはり国防のためであろう。

 

 例え条約により禁止されようとも、実際ISに搭載されている武装はスポーツではなく軍事使用を目的に開発されている物がほとんどである。そのため、自然とIS工廠は旧来の兵器と化してしまった戦闘機の工廠を利用する形を取っている。

 

 現在、第2世代の研究が行われており、イサベルたちが入っていった時も研究員が慌ただしく出入りしていた。

 

 そこかしこに空間投影型ディスプレイが表示されており、そこにはエラーを表す赤い文字の羅列が並んでいる物がほとんどだった。

 

 

「ねえ、ベルちゃん。皆忙しそうだね」

 

「うん。私たち来てもよかったのかな?」

 

「来てもいいんだよ。今回の僕の発明品はカミラやイサベルの協力なくして完成はしなかったんだからね」

 

 

 あまりの人の多さに少し不安になっていた二人の頭をブルーノが優しく撫でる。既に彼の肩くらいまで背の伸びているイサベルではあるが、彼に撫でられることは好きで、自分から少ししゃがむようなことまですることもある。

 

 そんな微笑ましい光景を見ていたミゲルは、孫同然に扱ってくれるブルーノに感謝しつつ、自分が構ってやれないことに申し訳なさを感じていた。

 

 もちろん、そんな心の内を知らないイサベルは、カミラとともにブルーノの手を取りつつどんどん奥に進んでいく。

 

 やがて、工廠の最奥に着くと、そこには一切の攻撃的武装を排したISがあった。起動させれば非固定浮遊部位(アンロックユニット)になる両肩部のスラスターには、新発明の太陽光発電パネルが装着されていた。

 

 発電効率の向上と小型化に成功したそのパネルは、従来の1㎡に対する1000Wの光における発電効率が概ね20%であったのに比べ、変換時のロスを少なくし、その効率は80%にも達している。そのため、従来のISとは違い、自機での発電、エネルギー補給が可能になり連続操業時間が大幅に向上すると目されている。但し、このパネルは発電した電力を使うものに直結しなければいけないため、変圧器が使えない。故に、一般家庭でも使えるようになるのは当分先であると考えられている。

 

 そこまで詳しい事情は説明されていないので、イサベルとカミラは初めて生で見るISに夢中になっていた。

 

 

「これが……IS……」

 

「…………」

 

「ね、ねえ、カミラちゃん。触ってみようよ」

 

「流石にダメだよ、ベルちゃん」

 

「むむ。じゃあ聞いてくる!」

 

 

 そう言うと、イサベルは責任者であろう人物の所に駆けていった。

 

 

「ねえ、触っちゃダメ?」

 

「ダメだよ。……んー、君、ミゲルさんの娘さんだよね。ISには触らせてあげられないけど、本格的なIS適性検査受けてみる?」

 

「え、いいの!?」

 

「特別だよ。君もあのパネルの開発に関わってるんだから上にも文句は言われないだろうしね。ほら、そこの子も連れておいで。ミゲルさんには僕からも言っておくよ」

 

「ありがと! カミラちゃーーん!! 早くーー!!」

 

「ま、待って! 早いよ!!」

 

 

 適性検査を受けさせてもらえると知ったイサベルは、決して運動が得意ではないカミラを引きずるような勢いで連れてきた。

 

 

「揃ったね。まあ、本格的なって言ってもそんなに仰々しい検査をやるわけじゃないんだ。むしろ、簡易検査よりも簡単だよ」

 

 

 そう言って責任者の男性が取り出したのは、手のひらに収まるほどの小さな金属。

 

 

「これが、ISコア。何で出来ているのかは辛うじて金属だろうっていうことが分かってるけど、そのほとんどがブラックボックスなんだよ。それで、これを触ればいい。ISとの相性が良ければ、何らかの反応を起こす」

 

 

 二人は目の前にあるのがISのコアであることに驚き、声も出なかった。ISの大きさから比べれば不自然なほどに小さいその金属。世界に467個しかないコアの一つが目の前にあるのだからその反応も当然だろう。

 

 

「ほら、早く触ってみなよ」

 

 

 差し出されたコアに、カミラがおずおずと手を伸ばす。そして、ついに指先が触れたが、特に何も起こらなかった。

 

 

「なにも起こらない……?」

 

「んー、まだまだこれからに期待ってとこかな。まだ12歳だしね。簡易検査でもそんなに高いランクは出なかったでしょ?」

 

「うん。私はCランクだった。でも、ベルちゃんはBランクだったし、何か起こるのかな?」

 

「……ハッ! あれ? もしかしてカミラちゃん終わっちゃった?」

 

「……今までどこに意識飛ばしてたの? ほら、次ベルちゃんの番だよ」

 

 

 そう言われ、カミラと同様におずおずと手を伸ばすイサベル。そして、指先が触れたとき変化が起こった。

 

 

「なに……これ……」

 

 

 コアに触れている指先から光が発せられた。カミラはその現象が何かは知らなかったが、責任者の男性や、研究員たちはその光る現象を知っているのだろう。極めて冷静に推移を伺っていた。

 

 時間にすれば数秒であったものの、その光が収まった時、その場は静寂に包まれていた。そんな中、ミゲルが口を開いた。

 

 

「この現象……IS適性がA以上でないとでないはずだ。イサベル、この前の簡易適性検査ではいくつだった?」

 

「……B、だったよ。でも、コアに触れて分かった。私の適性はもっと上だって、コアが教えてくれたような気がする」

 

「…………イサベルさん、あなた、正式にISの操縦者になりませんか?」

 

 

 責任者の立場からすれば当然のことだった。既に完成に近づいているという日本製のIS『打鉄』、開発段階ではあるものの、第2世代最高性能を理論値で叩きだしているフランスの『ラファール・リヴァイヴ』。完全に出遅れてしまっているスペインからすれば、適性地の高い操縦者は是が非でも欲しい人材であった。

 

 しかし、この場にはイサベルの父親であるミゲルもいる。国家代表候補生ともなれば厳しい訓練が待ち受け、後にIS部隊に組み込まれることは確実だ。軍というものに所属している彼が唯一の気がかりだった。

 

 

「パパ、私、どうすればいい?」

 

「……自由にしなさい。パパはイサベルがどんな選択をしても受け入れるし、助ける。でも、選んだからにはやり通しなさい」

 

 

 イサベルは悩んでいるようだった。ISの正式な操縦者、つまり国家代表候補生になれるチャンスなどそうそうあることではない。しかし、そうなれば学校の友人とも気軽に会えなくなってしまう。それがイサベルには気がかりだった。

 

 

「ねえ、ベルちゃん。悩むなんてベルちゃんらしくないよ。ベルちゃんが思った通りにすればいいんだよ」

 

「そうだよ。僕が発明を始めたのも、きっかけは、機械弄りが好きだったことから始まったんだ。僕は今まで思った通りに行動してきた。そして、それは悪いものではなかったよ」

 

 

 カミラとブルーノの後押しも受け、顔を上げたイサベルに迷いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私……ISの操縦者になります! そして……ISと結婚する!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 突拍子もない答えに再び静まる場内。またしてもその静寂を破ったのはミゲルだった。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれイサベル。パパには『ISと結婚する』という言葉が聞こえたんだが」

 

「うん! こんなにも綺麗で、かっこよくて。もう大好き!!」

 

「はははは! これはいい! イサベルは僕に似ているよ」

 

「じゃ、じゃあ私はベルちゃんのISの妾になる!」

 

 

 どさくさに紛れてカミラも大胆な発言をし、場内笑い声に包まれた。

 

 そんな中、娘の衝撃発言を聞いたミゲルは静かにその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 



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2:「ありがとう……おじいちゃん」

9/6:本文を改稿。
9/15:修正。


 

 

 

 それはとても空気の澄んだ夜のことだった。

 

 発明のアイデアに行き詰ると外を散歩するという習慣のあるブルーノは、その日も外を散歩していた。今、彼が手掛けているのは実の孫の様に可愛がっているイサベルのためのISである。彼が今までに発明家として培ってきた技術、経験を十全に盛り込もうと日夜その設計に精を出している。

 

 14歳になった当のイサベルと孫のカミラは、昨日から2ヶ月間ドイツ軍IS部隊との合同練習に向かった。カミラの母もそれに着いて行ったため、現在この家にいるのは彼一人である。

 

 一人なので自由というわけではあるのだが、彼にとっては賑やかな方がいいのだろう。昼も夜も静かな家の中では落ち着いて集中できないでいた。

 

 

「こうして一人でいると、昔を思い出すね」

 

 

 誰に言うでもなく呟くブルーノ。時刻は既に午前0時を回っているので、どこを見ても人影はない。

 

 そんな中、ある一か所がぼんやりと光っているのに彼は気が付いた。警戒心よりも好奇心の勝った彼は、その場へと近づいていく。

 

 そしてそこには、バラバラになった何かのパーツと、一人の女性が倒れていた。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

 彼が声を掛けるも、反応はない。

 

 こうしておくわけにもいかないと、彼は服に仕込んでいたモーターを起動させ、その女性を横抱きで抱え自宅へと連れ帰った。

 

 

 

 

 

 

 彼女が目を覚ましたのは、夕方になってからだった。

 

 その女性は周りを見渡した後、頭に手をやり何かを探すしぐさをしていた。それを不思議に思ったブルーノは尋ねる。

 

 

「君の探し物はこれかな?」

 

 

 彼が手に持っていたのは、見た目は普通のカチューシャだった。それを見ると、女性は無言で彼を睨みつけた。

 

 

「そんなに睨まなくても、これは君の持ち物なのだろう? 返すよ」

 

 

 投げるようなことはせず、手渡しでそのカチューシャを渡す。女性はすぐにそれを着け、今度は部屋の外に飛び出そうとした。だが、ベッドから降りた途端、足元が覚束なくなり倒れてしまった。

 

 それを見たブルーノは、連れ帰った時と同じように抱え、女性をベッドに戻す。

 

 

「まだ寝ていなさい。僕は君が誰なのかも、まあ……知ってはいるけど、どこにも言うつもりはないよ。おそらくステルス機能が生きていたんだろう。僕が君を発見するまでに最低でも一週間は経っていただろうからね。ああ、そうそう。君の周りにあったパーツは全部回収しておいたよ。元気になったら組み直すといい」

 

 

 それだけ言うと、ブルーノは部屋を出て行った。

 

 残された女性はカチューシャにつけられた機能を使い自身の状態を調べ、彼の言ったことに間違いがないことを知ると、おとなしく眠ることにした。

 

 

「……おかしな人」

 

 

 そう呟いて。

 

 

 

 

 

 一週間後。ようやく歩けるようになった女性は、すぐに部屋を出た。とはいえ、知らない人物の家であるため何処に何があるのかも分からない。幸い、一番初めに開けた扉がブルーノの研究室であったため、彼を見つけることができた。

 

 ブルーノはひどく集中しているようで、扉があいた音にも気づかなかったのかキーボードを打つ手を止めていない。女性はそれをただ黙って見ていた。

 

 しばらくして一段落ついたのか、その手を止め女性の方へ振り返る。

 

 

「おや、歩けるようになったのか。パーツなら君の右側にある。足りないものはそこら辺から自由に使ってもらって構わないよ」

 

「……ねえ、何で私にここまでしてくれるの? 軍にでも私を売ればもっといろんなことができるんじゃないの?」

 

 

 そう言う女性の顔には、何の表情も浮かんでいない。喜怒哀楽すべてが抜け落ちたかのように見える。

 

 

「僕はもう年だよ。それに……もうじきお迎えが来そうでね。そんな時に僕自身の名誉だとかそんなものは望まないよ」

 

「……へんな人」

 

「変な人で結構。ところで僕は君の名前を知っているけど僕は君に名前を教えていないね。僕はブルーノ。よろしくね、アリス」

 

「アリス? 私の名前は違うよ?」

 

「知っているさ。でも、君はここではアリス」

 

 

 ブルーノにアリスと呼ばれた女性は、顔を俯かせしばし無言だった。自分の名前を知っていると言いながら全く違う名前で呼ぶ彼を訝しんでいるのだろうか。

 

 そんなアリスにブルーノは続ける。

 

 

「本名で呼ばれるよりも気が楽だろう。僕も君と同じく経験したことがあるんだよ。どこに行っても自分の名前があって、まるで重大犯罪を犯したかのように気分になってくるんだ。君の場合はちょっと違うかもしれないけどね」

 

「…………」

 

「それに……君はどうも寂しそうだ」

 

「私が……寂しそう……?」

 

 

 自分が寂しそうと言われ、アリスの顔に戸惑いが広がる。まるで、そんなことを考えたこともないとでも言わんばかりだ。

 

 そうして出てきたアリスの言葉は当然疑問形。なぜならアリスは自分が寂しいとは思っていないのだから。

 

 それでも、ブルーノはアリスの表情から何かを悟っているのだろう。その疑問に肯定で答える。

 

 

「そうだよ。天才ゆえの孤独。異端ゆえの孤独。僕と君にその違いはあれど、寂しいということに変わりはない。親友がいて、家族がいて。でもやっぱりどこか孤独なんだと思っている自分がいる。違うかい?」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定、だよ。まあ、僕くらいの年になれば自然と分かっちゃうんだよ。……アリス、君は独りじゃないよ。そこを間違っちゃいけない。友人もいるだろう? 家族だっているだろう? それに……まあ、少しの間だけだし、君がいいというなら僕もいる」

 

「……私が一人じゃないのは知ってる。でも、私の周りにいるのは3人だけ」

 

 

 そう言ってアリスが思い浮かべるのは、妹、親友、その弟。たった3人。

 

 

「3人()()じゃない。3人()だよ。……そこに僕は入っているのかな?」

 

「入ってないよ。でも、入れてあげる」

 

 

 そう言って顔を上げたアリスの顔はとても綺麗な笑みを浮かべていた。表情を取り戻したアリスは、やはり快活な女性であった。それを見たブルーノの顔にも、自然に笑みが浮かび上がってくる。

 

 

「君は笑っていた方がいいよ。そうすれば、気持ちもいいしね」

 

「うん! ありがとう、おじいちゃん」

 

「おや、僕は君のおじいちゃんか。これはいい。3人目の孫が出来たみたいだね。……さて、僕は続きに取り掛かるよ。あ、そうそう。あと2ヶ月くらい僕の家族は帰ってこないからその間ここにいてもいいよ」

 

「本当に! やったね。ここでいろいろ研究しちゃうんだから、前言撤回はなしだよ!」

 

 

 そう言ってブルーノを指差すアリス。そのポーズはやけに決まっていた。

 

 

「前言撤回などしないさ。孫を追い出すおじいちゃんがどこにいるっていうんだい?」

 

 

 そのアリスの言に柔和な笑みで答えるブルーノ。

 

 それはいかにも普通な祖父と孫の関係に見えた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 ブルーノとアリスの奇妙な共同生活は1ヶ月を過ぎた。

 

 その間、お互いの研究には一切口を出さず、しかしそれ以外は普通の祖父と孫のような生活をしていた。ブルーノは規則正しい生活をしていたので、アリスも自然と生活リズムが規則正しくなり、体調はみるみるうちに回復していった

 

 しかし、1ヶ月もすればお互いの研究に興味が出てくるのも当然だ。ある日の夕食時に、アリスはブルーノの研究について尋ねることにした。

 

 

「ねえねえ、おじいちゃん。ずーーーーっと聞きたかったんだけどさ、一体何の研究をしてるの?」

 

 

 夕食であるシチューをペロリと平らげ、お代わりをよそっていたアリスは、振り向いてブルーノの方を見る。

 

 ブルーノは少し悩む仕草をした後、自身も少し研究が行き詰っていることから、答えることにした。

 

 

「まあ、教えてもいいかな。僕はISの研究をしてるんだ。イサベルがついに国家代表になってね。そこで僕からのプレゼントみたいなものさ。でもまあ、中々上手くいかなくてね」

 

「ふーん。手伝ってあげよっか?」

 

「いいのかい? 君がそんなことをしても」

 

「いいの。だって、私はアリスだよ?」

 

「……ハハッ。確かにそうだったな。ここにいるのはアリスだ。ならば手伝ってもらうとしようか」

 

「任せなさい!」

 

 

 ブルーノはひとしきり笑うと、素直にアリスに協力を求めた。アリスもそれに応え、その後は共同でイサベルのISの研究をつづけた。

 

 楽しい時間は早く過ぎるものである。ついに2か月が過ぎ、別れの時が来た。

 

 

「済まないね。本当はもうちょっと居させてあげたかったんだが……」

 

 

 申し訳なさそうに言うブルーノに、アリスは明るく答える。

 

 

「気にしないで、おじいちゃん。ISだって出来たんだから! このたb……じゃなくてアリスさんの最高傑作になりそうなんだから!」

 

「そうか。ではな。体調に気を付けるんだぞ」

 

「おじいちゃんこそ、もう年なんだから気を付けてね!」

 

 

 お互いにそう言い、アリスはロケットのようなものに乗ってどこかへ行ってしまった。それを見送ると、ブルーノは咳き込む。

 

 

「…………もう、そろそろ……か」

 

 

 そう呟いて、ブルーノは家に入っていった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 それから一年。家族の居ない時を狙ったかのようにアリスは度々ブルーノのもとを訪れていた。毎回の如く違った乗り物でやってくるので、それもブルーノの楽しみになっていた。

 

 そして、その度にお互いを気遣い、研究成果を発表し、時には意見の相違から喧嘩をして過ごしていた。それは、アリスにとってかけがえのない時間だった。

 

 しかし、別れは突然訪れた。

 

 イサベルとカミラが無事に卒業し、IS学園への進学が決定した数日後、ブルーノは倒れた。

 

 病院に運ばれたブルーノの身体はガンに侵され、すでに末期の状態だった。

 

 イサベルとカミラが駆け付けたときには、すでにブルーノは弱り切って喋るだけでも精一杯のように見えた。

 

 ベッドに横たわったまま動かないブルーノの姿は、発明に勤しんでいた時とはまるで違い、イサベルとカミラの目には自然と涙が浮かんできた。

 

 彼女たちがやってきたのを見たブルーノは、一人一人に声を掛け始めた。

 

「……イサベル、ISを正しく使いなさい。……ISは兵器として見られていても、本来は……宇宙進出のための……ものだ……」

 

「分かったよ。おじいちゃん。間違わない」

 

 

 涙声ではあるが、イサベルはしっかりと返事をする。

 

 

「……カミラ。イサベルを助けてやりなさい。……イサベルは少し慌ただしいからね」

 

「うん……うん……」

 

 

 カミラはただ頷くことしかできなかった。喋ってしまえば嗚咽しか出てこないのだろう。

 

 

「そして、二人とも。……僕の研究成果を、発明品を……全部あげるよ。…………イサベル、ちょっと寄ってくれるかい?」

 

 

 言われたとおりに傍によるイサベル。その耳元でブルーノは何かを囁いた。

 

 

「……分かった。絶対守るから」

 

 

 当人たち以外には何が言われたのか全くわからなかったが、イサベルは決意を新たにしたようだった。

 

 

「……おお、ローサ。もう少しで僕もそっちに行くよ」

 

 

 ブルーノは今は亡き妻の名を呼ぶ。もう終わりが近いのだ。

 

 それを聞いたイサベルは、ブルーノに向かって誓いを述べる。

 

 

「おじいちゃん! 私たち、おじいちゃんのISで世界一になるから! だから、見ててよね!」

 

 

 イサベルが懸命に涙を堪え、カミラは涙を抑えられない。そんな二人を見て、ブルーノは柔和な笑みを浮かべた。

 

 

「……そうか。…………がんばれ」

 

 

 最期にそう言い残し、ブルーノはこの世を去った。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 ブルーノがこの世を去ったのと同時刻、とある無人島にある研究室に一通の電子メールが届いた。

 

 タイトルは無く、ただ本文のみがあるシンプルなメールだった。

 

 

「何かな? …………え? うそ……うそだよ……」

 

 

 女性はそのメールを読み、譫言のように『うそ』という言葉を繰り返す。モニターに浮かんだ本文を何度も読み返し、身を震わせる。

 

 そんな状態を見かねて、同室にいたもう一人の女性が声を掛ける。

 

 

「おい、どうした? ……ッ! お前、泣いているのか」

 

「どう……したの……かな? 私……涙が止まらないよ……」

 

 

 そう言って振り向いた彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。手で拭っても拭っても、涙が溢れてくる。それは、彼女が初めて経験するものだった。

 

 

「……泣きたいときは気が済むまで泣いた方がいい」

 

「うん……うん……」

 

 

 声を掛けられた女性は泣いていた。もう一人の女性は、そのことについて、深く追及はせずにただ、彼女を抱きしめた。

 

 

「ありがとう……おじいちゃん」

 

『こちらこそ、ありがとう、だよ。アリス』

 

 

 聞こえないはずの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 そして一か月後。日本行の便にイサベルとカミラは乗っていた。

 

 席はふかふかで、まるで高級ホテルのような内装をしている。当然、この機は一般機ではない。各国の大統領や首相が使うような国が所有する旅客機である。

 

 そんな待遇を受け、寛いでいるように見える二人だったが、内心焦っていた。

 

 

「ねえ、ベル。これって遅刻だよね」

 

「そうだね。でも連絡は入れといたし大丈夫でしょ。ただ、担任が織斑千冬なんだってさ。……連絡入れたけど、大丈夫だよね?」

 

「…………たぶん」

 

 

 今さらになって、入学式ギリギリまで本国でISの調整をしていたのを悔やむ二人。

 

 とはいえ、元々十分に間に合うはずだったが、この飛行機の離陸前にバードストライクによって滑走路が封鎖されたのが原因である。これはどうしようもないだろう。

 

 

「イサベル様、カミラ様。まもなく到着いたしますのでご用意を」

 

「あ、分かりました」

 

「ありがとうございます」

 

 

 黒いスーツを着込んだ女性が、到着することを告げる。国家代表であるイサベルと、その専属整備士であるカミラには当然のように国の護衛が付いている。今のもその一人だ。

 

 

「さーて、一体どんな学校生活になるかな?」

 

「ねえ、ベル。あなたがそう言うと絶対に何か起こる気がするんだけど……」

 

 

 そして、彼女たちの学園生活は幕を開ける。

 

 

 

 



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3:「あれ? もう脱いだの?」

前話をところどころ修正しました。

話の大筋は変わっていませんが、お読みいただければ幸いです。


 

 

 

 IS学園に到着したイサベルとカミラは、本来であれば誰か迎えの人が来ているはずだったのだが、時間になっても誰もやってこないため、案内板に従い生徒受付に向かうことにした。ちなみに、門を潜るところにある来賓受付に迎えの人のことを聞いたのだが、来ていないと言われている。

 

 

「それにしても広いねー。案内板覚えてなかったら今頃私たち迷子になってたよね、ベル」

 

「大丈夫。そうなったらISの回線使って楯ちゃん呼ぶから。生徒会長やってるんだし、地理は分かるでしょ」

 

「……ベル、ここだと先輩になるんだからちゃん付けはどうかと思うよ……」

 

「あー、そっか。じゃあ、楯無会長とでも呼べばいいかな……っと、付いたみたいだよ」

 

 

 案内板は途中に無かったが、元々記憶力がいいため、現在地などを入口にあった案内板で覚えたので問題は無かった。一応侵入者対策であるらしいのだが、彼女たちにとっては無意味であるらしい。そもそもその侵入者対策というのも人づてで聞いた話なので本当なのか怪しいのだが。

 

 10分ほど歩いて受付に着いた二人は、暇そうにしている事務員に声を掛ける。

 

 

「すいません、私たち遅れてくると連絡したイサベルとカミラですが、学園の方に取り次ぎお願いできますか?」

 

「証明書の提示をお願いします」

 

 

 証明書、すなわちこの学園への入学許可証の提示を求められた二人は、バッグからそれぞれ色の違った書類を取り出す。ただの一枚の紙に見えるそれも、様々な偽造対策が施されており、特殊な装置を使うことによってそれが正式なものかを判断するのだ。

 

 証明書を受け取った事務員はすぐに確認作業をすると、証明書の代わりに二枚のカードを持ってきた。

 

 

「これが二人の学生証です。紛失時には計50枚の書類への記入と、出身国への確認作業が必要となりますのでくれぐれもご注意ください」

 

「ありがとうございました」

 

 

 学生証を受け取った二人は、そこに記載されているクラスに向かう。受付からすぐに校舎に入ることができ、そこから階段を昇る。ちょうど休み時間が終わるころなのだろう。廊下には人が溢れ自分のクラスに戻ろうとしていた。中には部活動の勧誘を粘り強く行っている上級生の姿もあった。

 

 そうした人の間を縫うように進み、ようやく自分のクラスに着いた時には、授業は始まっていた。

 

 今の授業が何の時間であるかは分からないが、教室に入らないことには何も進まない。まるで気負うこともなく、ごく自然にイサベルは教室に入っていき、カミラは慌ててそれを追いかけた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「決闘ですわ!!」

 

 

 二人が教室に入って聞いた第一声はそれだった。何があったのか全く予想できなかったが、カミラは早くも溜息を吐いていた。それはイサベルの性格に起因する。彼女はこういったことが大好きなのだ。面白そうなことがあれば、それを全力で行うという彼女の性格は、カミラの悩みの種の一つである。

 

 そして、密かにカミラの悩みの種になっているイサベルは、その顔に笑みを浮かべていた。それを見たカミラは、深く深く溜息。

 

 『決闘ですわ!!』の衝撃から数秒、クラスの人の注目は二人に集まった。自己紹介の時点で二人遅れてくるという連絡は受けていたが、こんなタイミングで来るとは思っていなかっただろう。それは教師である山田真耶も同じであった。しかし、織斑千冬だけは違った。

 

 突然の登場にも全く動じず、自己紹介を勧めてきたのだ。

 

 

「自己紹介を」

 

 

 そう言われた二人は自己紹介を始める。

 

 

「えっと、私はカミラ・フアレスです。よろしくお願いします。一応、私も専用機持ってますけど、期待はしないでくださいね」

 

 

 セミロングの黒い髪と透き通るような青い目、そして平均身長よりも少し小さいカミラは目の色を除けば日本人に限りなく近い容姿をしている。着方が個人の自由となっている制服は足首がかろうじて見えるくらいのロングスカートにしている。そして、何よりも目を引くのが……。

 

 

「お……大きい……」

 

 

 副担任である山田真耶には及ばないものの、身長に不釣り合いなその部分は注目の的になっている。何やら後ろの方では絶望している人たちもいた。その中には、先ほど呟いた生徒もいる。

 

 そして、イサベルも自己紹介を始める。

 

 

「私は、イサベル・アルベルダ。好きなものはISと可愛いモノ、好きな人はIS、婚約者もIS! よろしくね!」

 

 

 ショートカットにしている金髪と、同じ色の目。背はスラリと高くいわゆるモデル体型であるイサベル。制服はスカート丈が明らかに短いが、本人曰く計算し尽くされているため前に屈んでも見えないらしい。

 

 そして、彼女はとても有名である。スペインの国家代表であり、モデルであり、そしてなによりも印象深いのが、12歳の時の迷言である。

 

 

 

 『ISと結婚する』

 

 

 

 今やこの言葉を知らぬ人はいないとまで言っていい程だ。それは、彼女自身が言い広めていることにも一因する。極めつけに、彼女のISの待機形態は指輪。それは常に彼女の左手薬指に嵌められている。

 

 そんな有名人がクラスにやってきた。そうなれば歓声が上がるのも無理はないだろう。

 

 息を吸う音が聞こえたのか、世界で唯一、男でISを使うことのできる織斑一夏は素早く耳を覆った。

 

 そして、次の瞬間。

 

 

「キャーーーーーッ!!」

 

「まさか! アルベルダさんがこのクラス!」

 

 

 織斑千冬の登場時に負けず劣らずの歓声がクラスに響き渡った。あらかじめ耳を塞いでいたいたにも関わらず、一夏はその歓声によって耳が痛くなるのを感じた。

 

 

「静かにしろ。アルベルダ、フアレス。さっさと席に着け」

 

 

 そんな歓声をものともせず、千冬は二人に着席を促し、話を先に進める。

 

 

「クラス代表の件だが、織斑とオルコット、一週間後の月曜日の放課後、第三アリーナで勝負を行う。何か質問等あるか?」

 

 

 この発言によって、イサベルとカミラは先ほどの『決闘ですわ!』が何によるものかを理解した。そして、面白そうなものに首を突っ込むのがイサベルである。当然、彼女は手を挙げて発言する。

 

 

「あのー、織斑先生! 私も立候補していいですか?」

 

 

 国家代表の立候補ということで教室が色めき立つ。それもそうだろう。国家代表がクラス代表となればもう勝ったも同然である。しかし、そう上手くはいかなかった。

 

 

「済まないが、アルベルダはクラス代表になることはできない。国家代表がクラス代表になっては他のクラスとの間に不公平が生まれてしまうのでな。諦めろ」

 

「でも、去年はいたらしいじゃないですか」

 

「ああ、更識のことか。ならばあいつに文句を言うんだな。去年更識がやり過ぎたせいで今年からこの規則が決まったんだ」

 

「楯ちゃーーーーん!!」

 

 

 イサベルの脳内では、いつものように扇子を広げ意地の悪い笑みを浮かべる楯無の姿が思い浮かんでいた。そして、悲痛の叫びをあげた。

 

 しかし、当然そんなことをすれば待っているのは制裁である。

 

 

「ッーーーー!」

 

 

 目に見えないスピードで振り下ろされた出席簿がスパーンという音を響かせる。

 

 

「黙れ」

 

「……はい、織斑先生」

 

 

 そして、そんな光景を見て、カミラは深く深く溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 放課後。特に授業で分からないところなどあるはずもないイサベルとカミラはこれからの自室になる1024号室にいた。

 

 国家代表であるイサベルと専属整備士であるカミラにとっては慣れたものではあるが、当然のようにこの部屋には盗聴器などが仕掛けられている。それをカミラのISに搭載された探知機で一つ残らず探しだし、処分。

 

 

「うわ……最高記録更新だよ、カミラ」

 

「久々だね、こんな量になったの。でもこれでようやく羽を伸ばせるね」

 

 

 処分した盗聴器の類の数は計47。立場上動向は隠しづらいので外泊するときには必ずと言っていいほど仕掛けられているそれも、流石に二桁の数字になるほど仕掛けられているのはそう多くはない。それだけIS学園の警備が甘いのか、潜り込んでいるのが多いのか。

 

 しかし、そんなことを一々気にしていたら国家代表など務まらないので、イサベルはさほど気にしていない。

 

 一方、カミラは盗聴器は気にしないのだが、盗撮には厳重に気を遣っていた。それは、彼女がコンピューターを弄る時の格好に起因する。

 

 

「あれ? もう脱いだの?」

 

「うん。もう盗撮される心配はないし」

 

 

 カミラはコンピューターを弄る時は下着姿になる。流石に公衆の面前ではしないが、自室などのプライベートな空間では必ずである。今日は日中は普通に学園に行っていたため下着を着ているが、これが風呂上りや休日になると全裸だったりする。

 

 それが、彼女が盗撮に気を遣う理由である。

 

 そんないつもの姿を見たイサベルは、自分のベッドに腰掛けると左手の指輪にキスをする。

 

 その顔は満面の笑みを浮かべており、人によっては声を掛けるのを躊躇うほどのものであった。

 

 数分後、満足したのか、イサベルは立ち上がるとカミラが立ち上げているディスプレイを覗きに行く。

 

 

「あれ? これってカミラのISのデータ?」

 

「うん。私のISって攻性武装って一つしかないから、何か代用できないかなって」

 

「じゃあさ、これの使用法を逆転させれば?」

 

「うーん、でもさ、私の場合この間合いまで接近できないと思う」

 

「あー、そっか。カミラってば近接戦の才能皆無だもんねー」

 

「だから、悩んでるの」

 

 

 二人でカミラのISの武装を考えるが、いいアイデアが出てこない。元々が通常のISとコンセプトの違うISであるため、攻性武装のことなど考えていなかったのだ。しかし、IS学園では模擬選やトーナメントなどで戦う場面がある。専用機持ちということで声が掛かることも多いだろう。

 

 

「じゃあ、いっそのこと攻性武装を全部封印して、模擬戦できませんアピールでもする?」

 

「でも、それじゃ、データが取れないんだよ?」

 

「……じゃあ、私のISの武装貸そうか? 元々は同機体なんだし使えるでしょ?」

 

「しばらくはそうするしかないかな。じゃあ、マシンガンと、ショットガン頂戴。全然使ってないみたいだし」

 

 

 専属整備士であるカミラにとっては、使っていない武装などお見通しであるらしい。イサベルは苦笑しながら、言われたものを取り出しカミラに渡す。

 

 それを受け取ったカミラは、すぐにそれを量子化し収納する。その手際の良さは流石としか言いようがなかった。

 

 

「これで何とかなるかな。少なくとも量産機には負けないくらいに」

 

「大丈夫だって。カミラお得意の逃げ撃ちだったら代表候補生にも引けを取らないと思うけど?」

 

「でも、イサベルには効かないよね?」

 

「当然! 私は国家代表で、使ってるのはおじいちゃん設計の第三世代IS、『トーケー・デル・ソル(太陽の恵み) type.A』なんだから。カミラの『type.S』には負けられないわよ」

 

 

 今まで何度も二人は模擬戦をしているが、カミラがイサベルに勝てたことは一度もない。それどころか、シールドエネルギーを削ったのですら数回である。それには、機体の特性の差もあるが、何よりもイサベルの向上心が大きい。

 

 カミラがISの開発というほうに才能を開花させ、イサベルは操縦に才能を開花させた。そのことに驕ることなく努力を続けた二人はお互いの分野では太刀打ちできない。だからこそ、国はこの二人を組ませ、とうとう第三世代ISの開発に成功したのだ。設計図はブルーノが作ったものではあるが、完成させたのはこの二人である。

 

 既にこのISは『type.A』が2機、『type.S』が1機配備され、量産化の体制が進んでいる。欧州連合のイグニッション・プランに参加していれば、既に正式採用されていたであろう完成度を誇るが、スペインはそれに参加していない。水面下では接触があるようだが、その全てを跳ね除けているという噂も立っている。

 

 更に、イサベルの『type.A』には独自に改良が加えられており、もう一機の『type.A』を圧倒できるほどの機体性能を持っている。

 

 学園入学に先立って行われた、スペインIS部隊『ラ・アルマダ(至福の艦隊)』の隊長であるイサベルと副隊長のアルセリア(21歳、独身)の『type.A』使いと、その隊員10名が代わる代わる駆った『ラファール・リヴァイヴ』との模擬戦では、『type.A』がシールドエネルギーを合わせて85しか削られていないという大勝をしている。

 

 そして、その削られたシールドエネルギーは、『type.A』に搭載された特殊武装の使用によるものがほとんどであり、ほぼ無傷での勝利である。

 

 そんな圧倒的な力を持つISに更にイサベルは惚れ込むのだが、それは周知のことである。

 

 

「ねえ、カミラ。隣、うるさくない?」

 

 

 学園に来る前のことを思い出していたカミラは、イサベルにそう言われ、耳を澄ます。すると、怒鳴り声や、何かの破壊音が聞こえてきた。

 

 

「カミラ! 私行ってくる!!」

 

 

 カミラの返事も聞かず、イサベルは廊下に飛び出していった。

 

 それを見たカミラはまた溜息。

 

 今日四回目の溜息だった。

 

 

 



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4:「無視!?」

 

 

 

 毎朝の日課であるランニングをするために4時に起床したイサベルは、裸で自分にへばり付いているカミラを引き剥がし仕度を始める。なるべく物音を立てないように部屋を抜け出し、校庭に出ようとしたところで、寮監でもある千冬に見つかった。

 

 この時間に起きているとは思わなかったのだろう。イサベルは驚いていた。

 

 

「こんな朝早くからどこへ行く気だ? アルベルダ」

 

「あ、お早うございます、織斑先生。日課のランニングですよ」

 

「そうか。だが、私は申請書を貰っていない。6時以降であれば要らないのだが、どうする?」

 

「そうだったんですか。じゃあ、今日は6時からにします」

 

 

 IS学園に来る前から千冬を知っているイサベルは、千冬が特例を認めてくれるような人物ではないことを知っているので、大人しく引き下がることにした。

 

 時間を持て余してしまったが、IS学園ではISの自由な展開が認められていないので整備もできない。

 

 結果、やることのなくなってしまったイサベルは、生徒会長の自室に突撃しようと考えた。

 

 

「……あ、でも寮が違うから行けないじゃん。あー、もうちょっと詳しく寮則読んどけばよかったなー」

 

「……あれー? あーるんがいる?」

 

 

 何かとてつもない呼び名で呼ばれたような気がしたイサベルは後ろを振り向く。そこには着ぐるみがいた。

 

 

「? 誰?」

 

「そういえば自己紹介してなかったねー。私は布仏本音だよー。よろしくー」

 

 

 妙に間延びした話し方の着ぐるみの正体は、クラスメイトである布仏本音だった。袖の先は指すら見えないほどに長く、フードもすっぽり被っているため肌色の部分がほとんど見えない。元々背の高いイサベルからすれば、顔すら見えないのだ。

 

 そして、イサベルはその名前に聞き覚えがあった。

 

 

「んー、確か、かんちゃんのメイドさんだよね?」

 

「せいかーい。あーるんって頭いいんだね」

 

「どういたしまして? ていうか、あーるんって私のことだよね? 何であーるん?」

 

「アルベルダだから、あーるん」

 

「……あ、そう」

 

 

 短い時間で本音の大凡の性格を掴んだイサベルは、特に言い返すこともせずそのあだ名で呼ばれることを承諾した。その口調がどことなく自国のIS部隊の副隊長に似ていることもあって、言い返すことは無駄であると悟ったのだ。

 

 そういえば、アルセリアからいーちゃんなんて呼ばれてたなー、と思い出していたイサベルに本音が話しかける。

 

 

「こんな朝早くからあーるんは何してるの?」

 

「あー、ランニングしようと思ってね。でも規則で外出られなくって」

 

「じゃあー、私の部屋来る?」

 

 

 いきなり部屋に誘われたイサベルの脳内はハテナマークで埋め尽くされた。先ほど大凡の性格を掴んだはずだが、それが音を立てて崩れる。

 

 

「いや、私は別にいいんだけどさ、ルームメイトはいいの?」

 

「大丈夫だよー。今だってかんちゃんに飲み物買ってきてーって言われてたんだから」

 

 

 よくよく見れば、着ぐるみのお腹の辺りが膨らんでいる。きっとそこに缶ジュースか何かが入っているのだろう。

 

 

「なんか余計にダメな気がする。というか、楯ちゃんに後から怒られそうな気がする。『私だって簪ちゃんの部屋に入りたかったのに!』とかなんとか」

 

「言いそうだね~」

 

 

 気の抜けた会話をしていた二人だが、イサベルの携帯が鳴りだしたので会話を止めてイサベルは廊下の窓際に寄っていった。

 

 

「あー、もしもし? 今はどんな名前で呼べばいいのかな? お姉ちゃん」

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「りょうかーい。おやすみ、お姉ちゃん」

 

 

 30分の電話が終わり、後ろに目を向けると流石に本音は居なくなっていた。一応本音がいた場所には張り紙がしてあり、戻るという旨が書かれていた。

 

 

「まったく、相変わらずだなーお姉ちゃんは」

 

「お、イサベル」

 

「あ、おはよー、一夏くん」

 

 

 時間を潰すために椅子にでも座ろうかと考えていたところに、世界唯一の男、織斑一夏が声を掛けてきた。

 

 

「いつもこんな時間に起きてるのか?」

 

「向こうではね。今日もいつものようにトレーニングでもしようかなーって。でも織斑先生に見つかっちゃって」

 

「あー、千冬姉に見つかったのか」

 

「あ、そうだ。一夏くん、ちょっとそっちに立ってくれる?」

 

 

 一夏はイサベルに誘導されるままに先ほどまでイサベルが電話をしていた窓際に立つ。

 

 イサベルはそれを確認すると、携帯を取り出しカメラモードに切り替える。カミラ作成のこの携帯のカメラは、当然最高画質でありそこらへんで売っているような携帯とはものが違う。

 

 

「ん、いくよ」

 

 

 シャッターが切られる。しかし、一夏にはその音が聞こえなかったので、もう終わったのかという感じだった。最近のカメラには盗撮防止目的で必ず音が出るようになっているのだが、このカメラは音が出ないようになっているらしい。

 

 

「ありがとねー、一夏くん。……さーって、これを送信っと」

 

「どこに送ったんだ?」

 

「私のお姉ちゃん。さっき電話してたんだけどさ、一夏くんの写真が欲しいって部下から言われてたんだって」

 

「ふーん。俺の写真が欲しいなんて変わったやつだなぁ」

 

「……自分がどれだけ有名か分かってないでしょ」

 

 

 イサベルがボソッと呟くも、一夏には聞こえていなかったらしい。

 

 

「ところでさ、一夏くんどうするの? オルコットちゃんと戦うんでしょ?」

 

「ああ」

 

「でも、専用機相手に量産機じゃ勝てないと思うよ? それに、相手は国家代表候補生なわけだし」

 

「そうだよなあ」

 

「じゃあ、私が手伝ってあげよっか?」

 

「いいのか!?」

 

「いいよ。私だって早く自分のIS展開したいからそのついででいいなら」

 

「頼むよ」

 

 

 そう言って一夏は頭を下げた。そこまでのリアクションを期待していなかったイサベルは若干驚くが、そんなことをおくびにも出さず予定を伝える。

 

 

「一応今日の放課後に第2アリーナで予約とってあるから」

 

「おう。分かった」

 

 

 そこから雑談をして時間を潰したイサベルは、6時になると同時に校庭に出てトレーニングを始めた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

 そして放課後。

 

 第2アリーナには、イサベルとカミラ、一夏、箒が来ていた。

 

 

「んじゃ、始めるかな。一夏くんと篠ノ之ちゃんはISの動きを見ててね」

 

 

 そう言って、イサベルとカミラはISを展開する。

 

 赤と金の色をしたイサベルのIS『トーケー・デル・ソル type.A』は大きなスラスター翼が特徴的だ。一般的なISにはだいたい2枚なのだが、イサベルのISには8枚ものスラスター翼が付いている。その大きさも普通ではなく、全てを広げると後ろから見ればISがすっぽり隠れてしまうほどだ。その様は、まさに太陽。

 

 さらに、腰から下を覆うようにスカート状に装甲が展開されている。ISは世代が上がるたびにスマートになっていったのだが、このISはその潮流に逆行しているようにも見える。

 

 一方のカミラのIS『トーケー・デル・ソル type.S』はスラスター翼こそ4枚あるものの、それ以外に目立ったものはない。『type.A』にあるようなスカート型の装甲もなく、見た目的には第二世代IS『ラファール・リヴァイヴ』と大差ないように見える。

 

 

「カミラ、準備はいい?」

 

「大丈夫。今日こそシールドエネルギーを削って見せる」

 

 

 お互いに武装を出したところで、模擬戦は始まった。

 

 イサベルは手に持ったレーザーライフルで正確無比な射撃を繰り返し、カミラを追い詰めていく。

 

 一方のカミラは射撃を躱すので精いっぱいで攻撃ができないでいた。なんとか攻撃をしても、8枚ものスラスター翼を誇る『type.A』はそれをいとも容易く避け、すぐに反撃をしてくる。しかし、攻撃ができないとはいえ、未だ一撃ももらってはいない。

 

 

「ベル、ウォーミングアップはこれくらいでいい?」

 

「ん、OK。それじゃ、本気で行くよ!」

 

 

 イサベルは告げたとおりに本気を出す。今までの射撃が児戯であるかのように、次々と命中させていく。カミラは多少の被弾を覚悟で攻撃をしているのだが、そのどれもが当たらない。

 

 攻性武装が元々一つしかなく、追加でマシンガンとショットガンを入れたとはいえ、攻撃用途ではない『type.S』では善戦しているほうなのだが、イサベルはそれを簡単に圧倒してくる。

 

 レーザーライフルで撃つ際にも、ほとんどスコープを覗かず僅かな腕の動きだけで正確に射撃をするイサベル。

 

 次第にカミラのほうには傷が増え、動きも遅くなってきた。

 

 そして、一夏と箒は破裂音を聞いた。

 

 次の瞬間、イサベルはカミラの懐に入り足を振りぬいていた。8枚全てのスラスターを利用した瞬時加速(イグニッション・ブースト)によって現行IS最速を叩き出す『type.A』を人の目で見ることは敵わない。

 

 一夏や箒からすれば、破裂音と同時にカミラが吹き飛ばされたように見えただろう。

 

 その一撃で吹き飛ばされたカミラは、最初から搭載されていた攻性武装の発動を試みる。

 

 背中側にある4枚のスラスター翼が前面に回り、一つになっていく。それが、『トーケー・デル・ソル』が第三世代である所以の武装『アルバ()』である。

 

 カミラが『アルバ』を展開したのを見て、イサベルも同様に『アルバ』を展開する。ただ、カミラの様に4枚を集めるのではなく、2枚のスラスター翼を切り離し、レーザーライフルへと直列で接続する。元々2mほどのレーザーライフルが6mほどになり、先ほどまでとは違ってイサベルは専用のスコープを覗き込む。

 

 一瞬の静寂ののち、二つの『アルバ』は放たれた。

 

 カミラの『アルバ』はISごと飲み込むような太さのビームであり、イサベルの『アルバ』はレーザーライフルの口径よりも細いものだった。

 

 しかし、2発3発と放たれたイサベルの『アルバ』はカミラの『アルバ』のすぐ横を通り抜け、先に着弾した。

 

 イサベルは残った6枚のスラスター翼のうち4枚を使い瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動させ、カミラの『アルバ』を避ける。そして、残った2枚のスラスター翼で『アルバ』を放ちカミラのシールドエネルギーを削りきった。

 

 

「今回も私の勝ちだね」

 

「やっぱり4枚すべてを使ったのが失敗かなー」

 

「隙が大きいからねー。ま、そこらの奴には負けないと思うから安心だね、私は」

 

「ベルがよくても私はよくない。今回もシールドエネルギー削れなかったし」

 

 

 模擬戦が終わってからすぐにお互いの反省点などを話し始める二人と違って、一夏と箒は言葉が出てこなかった。

 

 一夏はモンド・グロッソなどで生のISの試合を見たことがあったが、これほど近くで見たのは初めてだった。箒にいたってはテレビ中継でしか見たことが無かったので、その迫力に圧倒されていた。

 

 

「あ、一夏くん、どうだった?」

 

「……いや、凄すぎて何が何だか」

 

「あの程度で驚いてたら駄目だよ、織斑君。ベルは今回データ採取目的での本気だったから、部隊での模擬戦だともっとだから」

 

「あれより凄いのか!?」

 

「んー、自分じゃよくわかんないけどね。あ、篠ノ之ちゃんはどう?」

 

「う、わ、私もよく分からなかった」

 

「ふーん。ま、これが生のISってこと。一夏くん、君もあれくらいできるようにならないとね。オルコットちゃんだとカミラより少し強いくらいかな」

 

「……マジか」

 

 

 カミラよりも強いと言われ、少し自信を無くす一夏。そんな一夏を励まそうと箒が声を掛ける。

 

 

「一夏。剣道場に行くぞ。今からでも遅くはない!」

 

「わ、分かったから竹刀を出すな! こっちに向けるな!」

 

 

 一夏は箒に引きずられるようにしてアリーナを出て行った。

 

 

「大変だね、一夏くんも」

 

「それよりベル、こっちも調整しないと」

 

「ああ、そうだね。まだ未完成だから今回も使えなかったしね」

 

 

 イサベルとカミラは二人が出て行ったのと反対方向にある整備室に向かって歩き出す。

 

 

「ああ、そうそう。私が『アルバ』使ったから、シールドエネルギーは削れてたよ?」

 

「あれは削ったって言わない。部隊の人にもそう言われたでしょ?」

 

 

 まだまだ反省点は尽きないようで、整備室に入ってからも今回の模擬戦のデータを見ながら整備を進めていく二人。

 

 そんな二人に近づく人影があった。

 

 

「ん? あ、楯ちゃん久しぶりー!」

 

 

 足音を忍ばせていた人影は、不意に振り向いたイサベルによって発見されてしまった。見つかってしまったので普通に歩き始めたその人物は、更識楯無。IS学園の生徒会長である。

 

 

「あのね、イサベル。ここでは私は上級生なんだけどなー」

 

「それで、楯ちゃん」

 

「無視!?」

 

「でさ、去年一体何をやらかしたの? 楯ちゃんの所為で私がクラス代表に立候補できないんだけど」

 

「あー、それね、私が去年全学年のクラス代表相手に無双しちゃったからなんだ。ごめーんね」

 

 

 可愛らしく首を傾げ謝る楯無に毒気を抜かれてしまったイサベルは溜息を吐く。

 

 

「あ、そうそう。カミラに朗報。もうちょっと先だけど、あの子が転入してくるって」

 

「ほ、本当ですか!? 楯無先輩!」

 

「おお、何か新鮮な呼び名! じゃなくて、本当よ。あとで確かめてみなさいな」

 

「ベルちゃんごめん! 先帰る!!」

 

 

 工具類をほったらかしにしてカミラは走って帰ってしまった。それを見て、イサベルは溜息。

 

 なんか今日は私のほうが溜息ついてるなー、とイサベルは思うが、口には出さない。

 

 

「『ベルちゃん』だなんて呼ばれたの久しぶりなんじゃない?」

 

「んー、興奮してたりすると呼んでくれるからそんなに久しぶりじゃないかな。で、本当の用事は何? 楯ちゃん」

 

「あのね、私、先輩……ま、いっか。特に用は無いわよ。ただ挨拶しに来ただけ。じゃーねー」

 

 

 本当に挨拶しに来ただけだったようで、すぐに帰って行ってしまった。生徒会の仕事でも溜まっているのだろうとあたりを付けたイサベルは特に呼び止めることもしなかった。

 

 そして、周りを見て気づいた。

 

 

「カミラがいた時より散らかっている……!」

 

 

 どうやら楯無は話している間に工具類を散らかしていたらしい。明らかに悪戯目的だ。

 

 それを確信した瞬間、イサベルは叫んだ。

 

 

「楯ちゃーーーーーーん!!」

 

 

 そして、空しくなった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「あら? もう送ってきてくれたんだ、ベル」

 

 

 イサベルと顔立ちのよく似た女性が呟く。手に持った携帯には、今朝イサベルが撮った一夏の写真が表示されている。

 

 撮影時間から考えると寝起きなのだろう。一夏の髪の毛は所々跳ねていた。

 

 

「ふふふ。早く渡してあげないとね」

 

 

 先ほどまで寝ていたベッドを振り返り、そこにいる女性が寝入っているのを確認すると、部屋を出ていく。

 

 目的の部屋は2つ隣であり、時間はそうかからない。

 

 この写真を渡した時の反応を思い浮かべ、女性は笑みを浮かべた。

 

 

 



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5:「んー、えいっ」



今回の話から原作とは少しづつ離れていきます。


 

 

 

 一夏に専用機が届いたのはクラス代表決定戦の前日だった。まずは初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)をしなければならないので整備室に置いてあるらしい。一夏は授業が終わると教師に見とがめられない程度の速度で走ってすぐに整備室に向かった。

 

 整備室にたどりつくと、そこには重厚なISがあった。待機形態になっていないISを見たのはこれで三度目だが、明らかに打鉄よりも大きいように見える。

 

 そして初期化(フォーマット)を始めようとしたところで、一夏は自分にその知識がないことに気付いた。そこでISに一番詳しいだろうイサベルとカミラに手伝ってもらうことにした。

 

 電話で用件を伝えてから10分。イサベルは整備室に姿を現した。一夏を探しているのかキョロキョロと辺りを見回している。よく考えれば、整備室の奥の方にいるので見えていないのかもしれないと、一夏は声を掛けた。

 

 

「おーい、こっちこっち!」

 

 

 その声に反応してイサベルが一夏のところにやってくる。

 

 

「ふーん。これが一夏くんのISねえ。初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)すればいいんだっけ?」

 

「ああ頼むよ。俺じゃ分かんなくてさ。あれ? そういえばカミラは?」

 

「ちょっとね。じつは私たち今日の夜には国に一旦帰らなくちゃいけなくて。その準備してる」

 

「そうだったのか。なんか手伝ってもらって悪いな」

 

「いいのいいの。さ、準備できたからISに乗り込んじゃって」

 

 

 一夏と会話をしている間にイサベルは準備を終わらせていた。現在イサベルの周囲にはいくつもの空間投影型ディスプレイか展開されている。一夏はそれに感心しながら、ISに乗り込む。

 

 

「背中をISに預ける感じでね。大体10分くらいで初期化(フォーマット)は終わるから。で、そのあとは最適化(フィッティング)、つまり一次移行(ファースト・シフト)するまで慣らし操縦かな。そこまでは手伝ってあげられると思う。ま、模擬戦って形だけど」

 

 

 模擬戦という言葉に少し表情が引き攣る一夏。

 

 

「……ありがとう。助かるよ」

 

 

 そして10分後、初期化(フォーマット)が完了し、二人はアリーナにいた。

 

 一夏は今は慣らし飛行をして感触を確かめている。一次形態にもなっていないにも関わらず、その航行速度は第三世代機に匹敵するほどだ。おそらく一次形態になれば第三世代最速になるだろう。

 

 その間、イサベルは暇なので学園の遠距離攻撃練習プログラムをしていた。タイミングも速度もバラバラなターゲットを撃ち抜くプログラムではあるが、イサベルは一つも撃ち漏らすことなくターゲットの中心を撃ち抜いていく。プログラムの難度は上から2番目なのでかなり難しいはずなのだが、最終的にパーフェクトをたたき出した。

 

 その頃には一夏も大体感覚は掴めたようで、イサベルを見ていた。

 

「あ、もう大丈夫?」

 

「おう。それにしても凄いな。パーフェクトなんて」

 

「そうでもないよ。この位だったら出来る人は一杯いるから。ま、国家代表で、だけど。……さて、準備はいいかな?」

 

 

 そう言ってイサベルはレーザーライフル『トルエノ』を構える。

 

 対する一夏は近接用ブレードを構えた。

 

 

「ライフルに対してブレードでいいの?」

 

「何か知らないけど、武装がこれしかないんだよ」

 

「ふーん。じゃあ、私も剣でいくよ」

 

 

 そう言ってイサベルはライフルを量子化し、新たに武装を展開する。現れたのは、盾にもなりそうな程大きな剣だった。よく見ると、二つのパーツからできているように見える。

 

 

「『アルバ』大剣モード?」

 

 

 ISのディスプレイに表示されたその名前を見て一夏は疑問に思った。それが口に出ていたからか、イサベルが説明する。

 

 

「『アルバ』はね、レーザー砲搭載型可変式スラスターと、レーザー砲搭載型可変式ブレードとか色々種類があって、名前も同じ『アルバ』だから……」

 

「……俺じゃ違いが分からねえ」

 

「大丈夫。ウチのIS工廠でもわからないって言われたから。おじいちゃんも結構ぶっ飛んでるよね。……さて、お喋りはここまで。さ、かかって来なさい!」

 

「行くぜ!」

 

 

 一夏がISのスピードを生かして剣の間合いに入りブレードで上から切り下ろす。イサベルはそれに打ち合うことをせず、機体を時計回りに回転させそれを避ける。そして、その回転の勢いのまま横なぎで後ろから斬りかかる。

 

 一夏は辛うじて前に進むことでダメージを和らげたが吹き飛ばされてしまう。距離が離れてしまったため、一夏は再び接近しようとするが、イサベルは『アルバ』の可変機能を使い、剣の芯の部分に隠された砲口を露出させる。中央にレーザー砲、その左右に剣が付いている形になった『アルバ』を使い、一夏を近づかせない。

 

 右に左に避ける一夏だが、接近することを諦めてはいなかった。一夏が狙っているのはレーザーが飛来するまでの僅かな時間での瞬時加速(イグニッション・ブースト)。やったこともなく、ただ見たことがあるだけだが、原理は知っている。一夏が頭に思い描くのは姉の姿。近接用ブレード一本で頂点に立ったその戦い方。

 

 そして、レーザーの間隔が掴めてきたところで一夏は賭けに出た。

 

 飛来してきたレーザーを最小限の動きで避け、放出されたエネルギーを再びスラスターで取り込む。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)特有の破裂音が鳴り、一夏はイサベルに迫る。

 

 一方のイサベルは一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使ったことに驚きはすれどその動きに乱れはない。直線的な動きしか出来ない瞬時加速(イグニッション・ブースト)に対し、スラスターの方の『アルバ』4翼を起動し即座に迎え撃つ。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)を仕掛けるには少々間合いが離れていたため、『アルバ』の射出は間に合い一夏に直撃する。

 

 何とか体勢を立て直した一夏はモニターを見る。そしてシールドエネルギーの残量を見ると、26と表示されていた。その隣には、最適化(フィッティング)完了の文字。躊躇わずにそれを押すと、機体の一次移行(ファースト・シフト)が始まった。

 

 重厚だったその装甲はスマートになり、機体が軽くなったように一夏には感じられた。近接用ブレードも形を変え、名前も『雪片弐型(ゆきひらにのかた)』へと変わる。

 

 覚えのあるその名を心に刻みつけ、何回か素振りをする。

 

 

「さっきより体に馴染む……」

 

「そりゃそうだよ。最適化(フィッティング)が終わったことで、真にそのISは一夏くん専用のものになったんだから。……さーて、一次移行(ファースト・シフト)も終わったことだし、私もちょっぴり本気で戦おうかな」

 

「……マジか。ちなみに今までのってどれくらいだったんだ?」

 

「んー、1割弱ってとこかな。ま、オルコットちゃんとやる時に狼狽えないように苛m……じゃなくて教えてあげる」

 

 

 そう言った途端に、急加速で一夏に迫るイサベル。その手にはいつのまにか大剣モードに戻った『アルバ』が握られている。大きく振りかぶっているので隙だらけに見えるのだが、一夏は先ほどのスラスターからビーム砲への切り替え速度を知っているため、一度距離を取ることにした。

 

 一次移行(ファースト・シフト)する前よりも早くなった白式は一夏の反応速度を超えるスピードで右に大きく移動した。しかし、イサベルの方が一枚上手だった。

 

 一夏から見て右、つまりイサベルから見て左に避けたのだが、スラスターのうち両側の1翼ずつは使用しておらず、いつでもレーザー砲が撃てる状態にあった。イサベル一夏が避けるのを見た瞬間、左の『アルバ』からレーザー砲を放った。

 

 放たれたレーザー砲は吸い込まれるかのように命中した。

 

 しかし、イサベルはまだ構えを解いていない。エネルギー残量から考えれば確実に終わっているはずなのだが、イサベルにはまだ落ちていないという確信があった。

 

 一瞬だけ見えた赤い光。それは、一夏の持つ剣『雪片弐型』から出ているエネルギーの光。

 

 

「『零落白夜』……」

 

 

 その現象をイサベルはよく知っている。ワンオフ・アビリティ『零落白夜』。かつて織斑千冬が使った一撃必殺の技。同じワンオフ・アビリティは同一機体でしか発現しないとされているが、その論は違ったようである。

 

 

「…………あの人の仕業かな」

 

「うおっ! 何だ! シールドエネルギーが減っていってる!」

 

 

 一夏は殆ど無意識で発動したらしい。今になってシールドエネルギーが減少していることに気付いた。そのゲージは既に一桁を示している。

 

 

「んー、えいっ」

 

 

 可愛らしい掛け声とは裏腹に、8翼全てを使った『アルバ』を使い、一夏を狙うイサベル。

 

 一夏が気づいた時には、視界いっぱいにオレンジ色が広がっていた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「さて、一次移行(ファースト・シフト)もしたし、これでOKかな?」

 

「ああ、ありがとな。助かったよ。俺だけじゃ初期化(フォーマット)すら怪しかったから」

 

 

 気づいた時にはオレンジ色という悪夢を経験してから30分。一夏はイサベルに教えてもらいながら機体の整備をし、ちょうどそれが終わったところだ。

 

 

「で、最後のアレだけど」

 

「ああ、何かレーザー切り払ったやつか?」

 

「そうそう。あれは多分『零落白夜』。モニターにはそう表示されてたと思うけど?」

 

「その時見てなかったんだよなあ……って『零落白夜』!? 千冬姉が使ってたアレか!?」

 

 

 今さらになって気づいたのか少々オーバーなリアクションをする一夏。それを意にも介さずイサベルは続ける。

 

 

「正解。でもあれって、シールドエネルギーを変換してるから発現させてるだけでどんどんシールドエネルギーが減っていくよ。だから、運用には注意が必要」

 

「あー、だからシールドエネルギー減ってたのか」

 

「そ。で、私から一つアドバイス。アレを使うなら、織斑先生を参考にするといいよ」

 

「千冬姉を?」

 

「私が言うのはここまで。あとは自分で考えてね。あ、そうそう。あの『雪片弐型』には可変機能が付いてるみたいだからよく調べといたほうがいいよ。じゃ! 飛行機間に合わなくなっちゃうから!」

 

「ありがとなー」

 

 

 イサベルは一夏に別れを告げると、ISを部分展開して駆けていった。もちろん見つかれば厳罰である。

 

 そんな慌ただしいイサベルを見送った一夏は、一人戦術について頭を悩ますのだった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「ベル、ギリギリだよ」

 

「ごめんごめん。一夏くんに付き合ってたら遅くなっちゃって」

 

 

 学園発の電車のホームでは、大きい鞄を二つ抱えたカミラが待っていた。空港行の電車が来るまではあと5分ほどしかなく、本当にギリギリだった。

 

 

「ほんとーにギリギリだねー、いーちゃん」

 

「そーそー。ギリギリだよー、あーるん」

 

 

 そう言いながら自動販売機の影から出てきたのは、イサベルが隊長を務めるIS部隊『ラ・アルマダ』の副隊長、アルセリア・ラウレアノ、21歳独身。背が低く、薄い色をした金髪の彼女は、ともすれば中学生にも見えないこともない。その話し方も相まって、初対面ではまだ学生に見られることも多い。

 

 そして、イサベルがアルセリアと似ていると感じた布仏本音。

 

 彼女たちの話によれば、生徒会から派遣された案内係が本音で、案内される側がアルセリア。二人は会うなりすぐに意気投合したらしい。

 

 

「ベル、この二人と話してると疲れる気がするんだけど、気のせいかな?」

 

「そう? 私は癒されるんだけど」

 

 

 そんな会話をしている内に電車は到着し、イサベルたちは空港に向かう。

 

 20分ほど電車に揺られ到着した空港には、当然のようにスペインの国家専用便があった。

 

 空港に待ち構えていたSPたちに囲まれながらイサベルは出国ゲートを通り飛行機へと乗り込む。それまでの間、彼女たちは一切言葉を発していなかった。

 

 程なくして飛行機が離陸すると、ようやく彼女たちは話し始めた。

 

 

「やっぱりあの沈黙の時間は嫌い。肩凝りそう」

 

「みーちゃんは大きいから余計にだよねー」

 

「そうそう。この三人の中で一番大きいからねー」

 

「で、アルセリア。今回の招集って、やっぱりアレ?」

 

 

 詳細は知らされていなかったらしく、イサベルはアルセリアに尋ねる。とは言っても、ほとんど予想は着いているようだったが。

 

 

「そーだよ。ミゲルさんが頑張ってたからねー」

 

「流石、おじさんだね」

 

「ほんと、パパには脱帽だよ。だって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランスを欧州連合から脱退させて、ウチと同盟結ばせちゃうんだから」

 

 

 

 

 



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6:「さあ、踊りなさい!」

 

 

 

「一夏、大丈夫か?」

 

「ああ。見てろって」

 

 

 クラス代表決定戦当日。カタパルト脇にある控室には、一夏と箒、それに千冬がいた。真耶はセシリアのほうに付いている。

 

 イサベルから戦術に対してアドバイスを受けた一夏は、今までに見てきた姉の戦い方を参考に今日の戦術を練っていた。昨夜考えていたうちの一つは、高速機動及び攪乱からの一撃だった。しかし、一夏はIS搭乗時間があまりにも少ないため、あまり複雑な動きはできない。ましてや、高速機動による攪乱からの一撃など不可能にも近いということは一夏自身分かっている。

 

 そして、セシリア・オルコットのISブルー・ティアーズは、中遠距離型のISだ。近接用ブレードしかない白式では相性が悪い。最悪、一撃も食らわせることなく沈められてしまうだろう。

 

 しかし、一夏は昨日本気ではなかったにしろ一次移行(ファースト・シフト)していない機体でイサベルに迫った。レーザーを躱してからの瞬時加速(イグニッション・ブースト)。一夏はそこに活路を見出した。

 

 相手の初撃を躱しての『零落白夜』。幸い、お互いのスタート位置はそこまで遠くはない。白式の加速性能から考えれば問題のない距離だ。

 

 

「よし。これでいけるだろ」

 

「準備はできたか、織斑」

 

「はい。いつでも大丈夫です」

 

「そうか。では行ってこい」

 

 

 千冬に送り出され、一夏はアリーナへと向かう。途中、心配そうに見てくる箒に気付き、手を挙げることでそれに応える。

 

 アリーナには、既にセシリアがいた。名前の通り、青を基調としたISを纏い、一夏を睨みつけている。

 

 

「あら、逃げなかったのですね。これが最後のチャンスでしたのに」

 

「何でお前相手に逃げなきゃいけねえんだよ。そっちこそ棄権しなくてよかったのか?」

 

「そんなことを言っていられるのも今のうちですわ」

 

 

 一通り言葉を交わした後、二人は所定の位置に着いた。それを確認した千冬が開始を告げるアラームを鳴らした。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

『ご苦労様です。アルベルダ隊長、ラウレアノ副隊長、フアレス工廠長』

 

「あー、もー、そんな硬い挨拶しなくていいのに。でも身体はだらけてるね」

 

「しょーがないよ。今日はいろいろあるからねー。とりあえず挨拶だけでもきちんとできるか確認しておかないと」

 

「工廠長なんて役職ってあったっけ?」

 

「あ、みーちゃんには言ってなかったね。新しく出来たんだよ。工廠長」

 

 

 スペインに帰国したイサベルたちは、自分たちの部隊である『ラ・アルマダ』の兵舎を訪れていた。軍属でありながら独立した指揮系統を持つ『ラ・アルマダ』では、基本的に全員が兵舎で暮らしている。また、緊急時にはこの兵舎そのものが作戦本部になるよう設計されていた。

 

 食堂でもありリビングでもある共同スペースには、10名の隊員全員が揃っていた。掛け声もそろっているのだが、イサベルも言った通り、一応イサベルたちの方を見ているものの、ソファーに寝転がったり、料理していたり、ゲームをしていたりと、とても軍属であるとは思えない態度を取っていた。

 

 それもこの部隊では日常茶飯事であり、平時においては上下関係などほとんど無いほど仲の良い部隊であった。もちろん正式な場や訓練などでは上下関係は明確である。

 

 

「あ、これからの予定ってどうなってる?」

 

「んー、今日は特に何もないよー。敢えて言うならお偉いさんへの挨拶くらい。でも、しなくてもいいって言われてるしねー」

 

 

 イサベルの問いかけにアルセリアが答える。これからすぐにでも何かあるとイサベルは思っていたので、特にやることも考えていなかった。よって、イサベルは暇人になってしまった。今日は元々訓練は休みの日であり隊員たちも部屋着である。取り敢えずイサベルは着替えるために私室に向かった。

 

 二階にあるイサベルの部屋はきちんと清掃されており、埃一つ見当たらない。それも当然だ。IS部隊という立場上他国のスパイによる諜報活動を警戒し、毎日屋根裏まで清掃しているのだから。

 

 IS学園の制服を脱ぎ、ISスーツを着る。その上から真っ白なシャツと黒いミニスカートを身に着ける。ISスーツを着込むのはいつ何が起こってもいいようにということであり、たとえ休日でも隊員全員が着用している。

 

 着替え終わったイサベルは昼食を摂るため再び一階に降りる。まだ用意はできていなかったようで、キッチンからは料理をする音が聞こえている。

 

 

「あ、そうだ。たいちょー、ミーアって人からエアメール来てましたよ」

 

 

 隊員の一人である赤い髪をしたロベルタ・ミロ(14歳・解析担当)が一旦ゲームを中断してイサベルに封筒を渡す。

 

 

「それで、ミーアって誰ですか?」

 

 

 ロベルタの姉で、同じく赤い髪をしたソフィア・ミロ(18歳・衛生・医療担当)が料理の手を止めて興味津々に尋ねる。

 

 

「ん、私のお姉ちゃん」

 

「あれ? 隊長ってお姉ちゃんいたんですね。知りませんでした」

 

「まー、私も紹介した覚えはないしね。……でー、何だって?」

 

 

 適当な場所に腰を掛け、封筒を開けて中に入っていた手紙を読むイサベル。読み進めていくたびにイサベルの顔には笑みが浮かんでいく。

 

 気付けば先ほどまで興味津々だったソフィアもいつの間にか料理を再開し、ロベルタもゲームを再開していた。

 

 

「ふーん。なるほどね」

 

 

 イサベルが独り言をつぶやくが、誰も気に留めない。時々イサベルはこうやって自分の世界に入っていってしまうことを知っているからだ。

 

 しばらくして手紙を読み終えたイサベルは立ち上がると、再び二階の私室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 私室に戻ってきたイサベルは部屋の鍵を掛け、机の上にあるパソコンを起動させる。普通のパソコンに見えるそれも、カミラの手によって魔改造されており、とても個人が使うようなスペックではない。

 

 16ケタのパスワードを入力し、手紙に同封されていたデータチップを読み込ませる。読み込みが終わり表示された画面には、ISが表示されていた。

 

 

「……さすがお姉ちゃん。ここまで調べ上げられるなんて……」

 

 

 イサベルが驚くのも無理はない。今、彼女のパソコンのディスプレイには、ISの詳細な情報が載せられていた。それも、自国のものではなく他国のものが。

 

 

「ふーん。アメリカとイスラエルの合同プロジェクトねー。完全に軍用機じゃん。これがフランスとの同盟に影響したのかな? いや、それだけじゃないな。ウチから第三世代渡すとかかな?」

 

 

 このイサベルの予想は外れてはいなかった。

 

 ISは形式上軍事利用は禁止されてはいるが、その実、軍事利用を前提としている。それは、スペインでもそうだし、他の国でもそうだ。たった一機で戦況を覆すことのできるISはより性能の高いものを自国が持つことで他国に対する優位に立てる。それゆえ、ISの開発競争は熾烈を極めている。

 

 今回同盟を結ぶフランスは、第二世代においてはラファール・リヴァイヴが成功したこともあり、世界的な強国になった。しかし、第三世代の開発は遅々として進んでいない。イサベルとて内情全てを把握しているわけではないが、どうやら開発コンセプトが決定して以降何も進んでいないというのは風の噂で聞いていた。

 

 フランス最大のIS企業であるデュノア社ですらそれなのだ。他の企業にできるはずもなくフランスは世界から置いて行かれる危機感を抱いていた。そんな中提案されたスペインとの同盟に否定的な意見を出す者はほとんどいなかった。その条件が欧州連合からの脱退であったとしても。

 

 他国に目を向けてみれば、フランスが後進国となるのも時間の問題であった。スペインの『トーケー・デル・ソル』に始まり、イギリスの『ブルー・ティアーズ』、ドイツの『シュバルツェア・レーゲン』、イタリアの『テンペスタⅡ』、ロシアの『ミステリアス・レイディ』、オランダの『オンウィーア』。ヨーロッパだけでもこれだけの試作型第三世代が開発されているのだ。いくら実用化されているのがスペインだけとはいえ、フランスが遅れているのは誰の目から見ても明らかだ。

 

 更に世界に目を向ければ、中国の『甲龍』、日本の『真打』、イスラエル・アメリカの『シルバリオ・ゴスペル』、インドの『ヴィシュヌ』、エジプトの『バー』、ブラジルの『アマレロ』、オーストラリアの『レッド・ホライズン』が現在試験稼働中だ。

 

 これだけの数の第三世代が開発されているため、フランスは形振り構っていられない状況でもあった。欧州連合からの脱退は大きな経済的な損失を齎すことは明らかだが、万が一他国が第三世代ISを用いて侵略してきた場合、第二世代に頼っているフランスでは勝ち目はほぼない。経済損失は政策次第であとから取り戻すことができるが、侵略された場合は国そのものが無くなる危険性がある。

 

 しかし、周囲の情勢だけがフランスの欧州連合からの脱退を決意させたわけでもない。そこにはもう一つスペインからの取引があったのだ。

 

 それは、同盟の見返りに第三世代機を一機譲り渡すというもの。それに関わる情報もすべてフランス側に公開することまでもが含まれた取引だった。これが決め手となり、フランスはスペインとの同盟の合意に至った。

 

 これがフランス・スペイン間の同盟の真実である。当然イサベルはこのような経過をたどっているということを知らされていない。しかし、彼女の予想は正鵠を射ていた。

 

 

「ま、私には関係ない……こともないけど、今はこっちの方が重要」

 

 

 そう言ってイサベルはファイルを開く。そこには各ISの写真とともに武装の説明が詳細に記されていた。

 

 

「空間圧作用に慣性停止結界(AIC)、電磁フィールドねえ。BTは知ってるけどいささかこれはやりすぎじゃないかな?」

 

 

 そう言ったイサベルが開いているのは日本製第三世代IS『真打』のファイル。『打鉄』の装甲がスマートになっただけに見える外観は特に変更点など見られないが、特殊武装の性能がおかしい。

 

 

 「一次形態からのワン・オフ・アビリティって白式みたいじゃん。まあ、稼働試験はまだ先みたいだけどさ。そういえば白式って第何世代なんだろ?」

 

 

 ふと湧いた疑問を考え始めるイサベル。実は昼食の用意が終わったソフィアから呼ばれているのだが、気づいている様子はない。

 

 

「んー、スピードは第三世代より上。でも拡張領域(パス・スロット)使ってるってことは第三世代? でも第四世代だからって拡張領域(パス・スロット)が使えないわけじゃないし…………織斑先生は一夏くんのデータ採取目的の専用機って言ってたけどどうもそれは嘘っぽいし……ていうか第三世代としてなら確実に欠陥機体だしね。うーん、やっぱりあの人が弄ったから訳わからないことになってる……」

 

 

 悩めど悩めど結論は出ない。そもそもあの人が弄った時点で世代という枠からはみ出ているのだと無理矢理に自分を納得させ、イサベルは一階に降りて行った。

 

 そこで、思わぬ人物と対面するとは知らずに。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「さあ、踊りなさい!」

 

 

 そう言って繰り出された攻撃を一夏はギリギリで避ける。既に試合開始から5分が経過していた。

 

 一夏が控室で考えた作戦は失敗した。そもそもあの戦い方はイサベルが手加減していたからできたことであり、手加減など一切していないセシリアに通用するはずがなかったのだ。加えて、ブルー・ティアーズに搭載された機体の名と同じ名を持つ特殊武装『ブルー・ティアーズ』による遠隔攻撃によって一夏は徐々に追い詰められていた。

 

 

「くッ……四か所からの攻撃とかどうしろってんだよ……」

 

「あら? まだ話す余裕があるのですわね」

 

 

 対するセシリアは余裕の表情を浮かべている。それもそのはず。セシリアは試合開始時から一歩たりとも動いていないのだ。BT兵器による多方面からの射撃により一夏を防戦一方に追い込むことで動く必要がない。更に、自分の後ろ側に回り込まれないようにBT兵器を操作し、常に白式を正面に捉えるよう誘導していた。

 

 彼女に一夏が初心者であるということに起因する慢心はない。つい3か月前にその慢心から彼女は手痛い敗北を喫したのだから。

 

 その時セシリアには慢心があった。相手は自分と同じ国家代表候補生とはいえ繰るISは第二世代。対する自分は第三世代。それゆえに、セシリアは慢心してしまった。

 

 終わってみれば、相手に一撃も当てることができずにセシリアは敗北した。自分は豊富な射撃武器に加えBT兵器まで擁する最新型なのに、近接用ブレード一本の量産型に敗北したという事実は、セシリアの意識を変えるには十分すぎる出来事であった。

 

 そして、三か月の間、自分が主導権を握る戦い方をひたすら研究し、特訓した。その過程で対戦した相手がスペインの三番手であり、自分より年下であったことも知った。

 

 

「もう私に慢心はありません。次で決めますわ!」

 

 

 今まで動くことのなかったブルー・ティアーズがレーザーライフルを構える。一夏にもその動きが見えたが、四基のBT兵器を相手にするのが精いっぱいでそちらまで気にすることができない。それでも相手が決めに来ているということは分かったのだろう。一夏は被弾覚悟で突っ込むことを決断した。

 

 一瞬、BT兵器からの射撃が止まる。その一瞬で瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使いセシリアに切りかかる一夏。その手に持つ雪片弐型には零落白夜の光。

 

 一夏が振り下ろすのとほぼ同時に、セシリアのライフルとBT兵器が火を噴く。それだけではない。隠されていたミサイルも同時に発射される。

 

 爆炎が二人を覆い隠す。その試合の行方を誰もが固唾をのんで見つめる。

 

 煙が晴れて現れたのは一夏の機体白式だった。その腕にはセシリアが抱かれている。

 

 試合終了を告げるブザーが鳴り、一夏の勝利を知らせる。アリーナからは歓声が聞こえるが、一夏は自分が勝ったとは到底思えなかった。

 

 最後の一撃によって実は二人ともシールドエネルギーは0になっていたのだ。ただ、セシリアの方が僅かに早かったというだけで、数秒違えば勝敗は逆になっていたかもしれないのだ。

 

 最後の瞬間、もしBT兵器が一夏の近くにあったなら、零落白夜の一撃が届く前に白式のシールドエネルギーは0になっていただろう。運が勝敗を分けたと言っていい試合だった。

 

 そんな微妙な気持ちになっている一夏だったが、セシリアは違った。慢心はしていなかったつもりだった。しかし、最後の一撃を焦らなくてもよかったのではないかと考えている。あのまま同じ戦いをしていれば勝ったのはセシリアだったのだろう。今となってはもう遅いが。

 

 そして、そんな反省の思いと共に、何かこうやって抱かれていると顔が熱くなる感じがしていた。

 

 それが恋だということにセシリアが気づくのは、少し時間が経ってからだった。

 

 

 

 




※イサベルのお姉ちゃんは歌ったりしません。


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7:「そう。私がそうしてみせる」



調印式とかよく分かりませんのでちょっと濁しました。


 

 

 

 一階に降りてきたイサベルはそこにいた人物に驚いた。

 

 

「お姉ちゃん!?」

 

「久しぶりね、ベル。卒業式以来かしら?」

 

 

 そこにいたのは、イサベルの姉であるミーアだった。イサベルよりも少し高い身長に長い金髪、その顔立ちはイサベルにそっくりだ。一目見ただけで姉妹であることがわかるだろう。

 

 

「その顔を見るに、エアメールのほうが早かったみたいね」

 

「そうだけど……何しに来たの? 一応ここに来るには許可が必要なんだけど?」

 

「許可ならもらってるわよ、パパから。で、私のISの調整やってもらえる? ……あっちの設備じゃ細かいとこは出来ないのよ」

 

「じゃあ、カミラ呼ぶ?」

 

「お願いね。ISはここに置いてくからやっといてちょうだい。ああ、そうそう。私のデータとか色々入ったのも置いてくわ。私はこれから予定が詰まってるのよ」

 

 

 そう言うとミーアは自身のISの待機形態であるイヤリングと、データが入っているであろうディスクを置いてさっさと出ていってしまった。どうやら本当に忙しいようで、外に停まっていたヘリを使って何処かに向かっていった。

 

 ミーアが去ったあとの兵舎では彼女の話題で持ちきりだ。

 

 

「よく似てたね。……まあ、一カ所かなり違う部分があったけど」

 

「ああ……あれはカミラさん並みですね」

 

 

 そう言って自身の胸を見下ろすのは、現在国家代表に最も近いと噂されているエビータ。織斑千冬に憧れ、近接ブレードしか使わない14歳だ。ちなみに量産機でセシリアを完封したのも彼女だ。

 

 

「でも、どっかで見たことあるような…………」

 

「うん。私もそう思った。ソフィアは?」

 

 

 ソフィアと呼ばれた赤毛の女性は少し考え込み、しかし結局は思い出せなかったようで首を横に振る。

 

 隊員たちはミーアについて話しているが、イサベルは違った。ミーアが置いていったディスクとイヤリングを持ち、カミラの部屋に向かう。

 

 イサベルの部屋の向かいにあるカミラの部屋は他の隊員の部屋よりもはるかに大きい。更には部屋に掛けられている鍵も彼女の自作で解除することができるのはイサベルの他には今は亡きブルーノだけだ。毎朝の掃除の時間には決められた時刻に決められたパターンを入力することによって一時的に解除できるが、その手順を知っているのはソフィアだけ。必然的にこの部屋を掃除するのはソフィアになる。

 

 それゆえ、この部屋に入ったことがあるのは、本人の他にイサベル、ブルーノ、ソフィアだけである。

 

 カミラがここまで厳重に鍵を掛けているのは、ブルーノの研究資料がここに保管されているからだ。その資料の中には核融合を使った動力炉など、実現はできないものの、相応に危険な技術が記されている。

 

 そんな首相ですら入ることの出来ない部屋にイサベルは入っていく。

 

 その部屋の一番奥にカミラはいた。例のごとく下着姿である。彼女の眼前には6枚のモニターが稼働しており、先ほどまでイサベルが閲覧していたデータが映っている。

 

 

「カミラ、今いい?」

 

「大丈夫だよ。どうしたの?」

 

「お姉ちゃんのISの調整してもらいたくて」

 

「分かったよ。ちょっと待ってて。今パソコンにプロテクト掛けるから」

 

 

 そう言ってカミラは目にも止まらぬ早さでキーボードを打ち、次々とロックしていく。一分後には全てのパソコンをロックし、服を着始めるカミラの姿があった。

 

 

「準備出来たよ。さ、行こ」

 

 

 カミラは着替え終わると、イサベルより先に工廠に向かっていった。後から出ることになったイサベルはカミラの代わりにきちんと部屋の鍵を閉めて出る。

 

 隊が所有するアリーナの横にスペインのIS工廠はある。そこには国中から集められた研究者がおり、日夜研究に励んでいる。スペインにISの工廠はここにしかなく、他国のように一企業がISを開発するといったことはない。これは国の方針であり、一カ所で開発することによって様々な装備や基礎設計を共有し発展させるためだ。更に、この工廠では地位は関係ない。昨日入った人であろうが、古参の人物の意見に反対しても変な目で見られることはない。反対するためにはきちんとした理論が必要不可欠だが。

 

 そんな工廠だったが、対外的にトップがいないというのは些か良くなかったのか、つい先日、カミラが工廠長に名だけとはいえ就任した。就任以来初めて訪れるのだが、カミラはそのことなど気にも留めずに奥へと進んでいく。

 

 工廠は5つの区画に分けられている。今回イサベルとカミラが向かったのは、アリーナと直接繋がっている整備区画だ。基本的にこの区画が使われるのは隊の訓練時や他の模擬戦時だけなので、そのどれも行われていない現在は誰もいない。そもそも、つい昨日まで研究者たち総出で協定締結に間に合わせるようにトーケー・デル・ソルの調整を行っていたので、今この工廠には僅かしかいない。最も、二人はそのことに気付いていないが。

 

 

「さ、はじめようかな」

 

 

 カミラが展開されたミーアのISに様々な種類のケーブルを繋いでいく。何も映されていなかった大型ディスプレイにISの状態が次々に表示されていき、所々にエラーを示す赤い文字列が表示される。

 

 

「ありゃ、こんなにエラー出てるよ。一体お姉ちゃんはどんな使い方してたんだか」

 

「このエラーはそうじゃないよ、ベル。この機体、二次移行(セカンドシフト)してるんだよ。それで後付装備(イコライザ)が規格に合わなくなってるみたい。で、その状態で使い続けてたみたいだね」

 

「……マジで? 元は試作機だったからそれに関するエラーかと思った。じゃあ、トーケー・デル・ソルとほぼ同じこの姿が二次形態ってこと?」

 

「そういうこと。どうせだから全部載せちゃおうか」

 

 

 驚いたことにミーアの機体『S-01』は 二次移行(セカンドシフト)していたようで、その姿は現行のトーケー・デル・ソルとほぼ同じだ。それ故にトーケー・デル・ソルに使用されている換装システムとの適合率を確認したところ問題がなかったのでカミラはこの際だから全部載せちゃおうと言ったのだ。

 

 

「じゃあ、これが幻の『type.C』ってことになるの?」

 

「そう。私がそうしてみせる」

 

 

 二人の話題に挙がっている『type.C』とは、トーケー・デル・ソルの開発時に同時に構築された換装システムにおいて、全ての基礎となる『type.N』に8基のアルバが特徴的な攻撃型の『type.A』、4基の大型楯「フエルノ()」を搭載した防御型の『type.D』、他機のサポートに重点を置いた『type.S』の全ての特徴を搭載されたトーケー・デル・ソルの完成形とも言えるものだ。

 

 しかし、現行モデルですら全てを搭載すればエネルギー不足や過重によって性能が格段に下がってしまい実現には至らなかった。カミラの頭には二次形態の機体ならあるいは、という思いがあった。

 

 そんな思いを感じたイサベルは邪魔をしてはいけないと、特に口を出すこともせずミーアから渡されたデータの解析結果を見ていた。そこには、ミーアのISのフラグメントマップが表示され、その隣にはイサベルのものが表示されている。二人のフラグメントマップはよく似ており、それはつまりお互いのISの使い方が似通っているということだ。

 

 更にページを送ると、ミーアが行ったスラスターへのエネルギー配分や戦闘データが載っていた。それを基にイサベルは自らのISを調整していく。

 

 二人とも無言で調整をしているので、しばらくの間機械の駆動音だけが鳴り響く。

 

 3時間後、イサベルは自分の機体の整備が終わり、カミラの方を見ると、まだ作業を続けているようだった。どうやら『type.D』の装備であるフエルノが上手く組み込めないようで、難しい顔をしている。流石に一人では限界が来るだろうと思ったイサベルはカミラに助言をすることにした。

 

 

「別に4基組み込まなくてもいいんじゃない?」

 

「でもそれじゃ完璧とは言えない」

 

「あの全方位防御が実現出来ればいいんだから出力あげて2基でもいいんじゃない?」

 

「……それでもいいんだけど、そうするとアルバから供給するエネルギー量が限界値を超えちゃうんだよ。4基のときはそれぞれが補う形だからそこまでエネルギーは使わないんだけど、流石に2基で全方位となるとね」

 

 フエルノによる全方位防御はそのエネルギーで構成された膜の厚さが均一でなければならず、四分の一と二分の一では1基ごとのカバーする範囲が大きく異なり、より広く均一にカバーしなければならない2基での発動は4基に比べ多くのエネルギーを使ってしまう。

 

 元々機体の大きいトーケー・デル・ソルに大型楯を4基載せると更に大型になってしまい、被弾率が上昇してしまう。『type.D』はエネルギーをフエルノに多く回す分、装甲自体も耐久性の高いものを使っているが、それは機体の重さにも直結している。防御型である『type.D』は被弾覚悟の設計であるが、今作り上げようとしている『type.C』は万能型。スピードを犠牲にしてしまったらそれは万能とはいえないと二人は考えている。

 

 とにかく何か解決策を見つけようとイサベルは自分のISのデータを見る。そして、あることに気付いた。

 

 

「ねえ、カミラ。私のに搭載されてるこの試作シールドビットってフエルノと同じ素材よね?」

 

「うん、そうだけど?」

 

「じゃあさ、このシールドビット使ってどうにかできないかな? ドッキングさせて一枚の大きな楯を作るとか」

 

「……それは、できると思うけど……まだ試作段階だからデータが足りない」

 

「大丈夫だって。取り敢えずやってみるだけやってみようよ」

 

 

 何もしなくては何も解決しない、と考えやれることをやることにした二人。

 

 シールドビットの予備はここにはないので、入り口近くにある開発区画に取りに行かなくてはならない。二人はISを展開すると、他の研究者の邪魔にならない程度の速度で取りに向かった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 一夜明け、協定の締結日となりイサベル含め『ラ・アルマダ』の隊員は忙しなく動いていた。

 

 会場の警備のために、スペインが所有するIS10機のうち、国家代表が所有する3機と、コアのままである2機を除いた5機が周辺を固めている。

 

 そして、国家代表であるイサベルは、黒のスーツを着て首相の隣にいた。『ラ・アルマダ』の隊長であるということもあり、首相と面識がないわけではないが、さすがのイサベルも緊張していた。

 

 

「アルベルダさん。そんなに緊張しなくてもいいですよ」

 

「そんなことを言われましても……貴女一人なら大丈夫なのですけど、流石に他国の首相と会うのは私でも緊張しますよ」

 

 

 調印式の時間になり、指定された会場に着いたイサベルは思わず息を呑んだ。

 

 この協定が世界中の注目を集めていることは当然知っていたが、想像を超えるほどのカメラマンが会場に詰めかけ、彼女たちの登場と同時に激しいフラッシュが辺りを包んだ。

 

 この調印式の模様は世界中で中継されており、IS学園でも当然放送されている。

 

 今頃みんな驚いてるだろうなーと考えながらカメラに向かって微笑みを向ける。それを見て顔を紅くしているカメラマンも数人いたが、そんなことをしている間に着々と式は進んでいき、今はこの協定に参加する三ヶ国の代表がそれぞれサインをしているところだ。

 

 サインが終わると、それを交換し、三ヶ国の代表は固く握手をする。拍手が至る所から巻き起こり同時にカメラのフラッシュも一斉に焚かれる。

 

 そんな中、イサベルはフランス、ポルトガルのIS国家代表の下へ行き握手を交わす。すると、彼女たちの方にもカメラが向けられる。

 

 恐れていた混乱など一切起きずに無事、この協定は結ばれた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「おーい、大丈夫か?」

 

「だ、駄目ですわ……」

 

 

 スペインで午後2時、つまり日本では午後10時に行われた調印式は全ての行程を終えたのが午後4時、日本では午前0時。当然、国家代表候補生であるセシリアはその全てを見ていたので、完全に寝不足である。

 

 そのほかにもクラスを見渡せば眠そうにしている者が大勢いる。

 

 その中でもとりわけセシリアが眠そうだ。なぜなら本国への連絡に加え、彼女は自慢の髪のセットに1時間半はかけるらしく(ルームメイト談)、朝のSHRに間に合わせることを考えると、睡眠時間は約4時間といったところだ。ちなみにそのとばっちりを受けているルームメイトの三宮(さんのみや)亜子(あこ)は机に突っ伏している。

 

 そんな眠そうなセシリアに声を掛けた一夏も眠そうにしている。元々早寝早起きを心掛ける一夏にあの時間は堪えたようで、目の下には薄いながらも隈が見て取れる。

 

 チャイムが鳴りSHRの開始の時間になったが、いつもなら時間通りに来ている千冬が来ていない。おそらく今回の調印式の件で職員会議が長引いているのだろうが、座っていなければいけないこの時間に何もアクションがないと、寝不足の彼女たちはあっという間に眠りに落ちていってしまうだろう。しかも、全員が一夏に寝顔を見られないように腕で顔を隠して。

 

 と、皆が眠気に負ける前に千冬がやってきた。クラスの雰囲気が眠気でいつもより活気がないことに気付くが、関係ないとばかりに半分寝ていた一夏を叩き起こし、SHRを始めた。

 

 

 



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8:『鉄砲娘って何よ!』

 

 

 

 調印式から続く諸々の行事のために一週間以上に渡って首相と共に行動しているイサベルだったが、それも明日で終わり。残っている行事は今行われているフランス側との非公式の会食と、世界に向けたパフォーマンスである明日の模擬戦のみ。それが終わればようやくIS学園に戻ることが出来る。

 

 そして、今日の会食の相手は史上最年少でフランス大統領になった弱冠30歳のアラン、デュノア社社長で丸坊主のオーギュスト、そして、ブロンドの髪をポニーテールにしている同国家代表のジャンヌだ。ちなみにジャンヌはオーギュストの娘でもある。スペインからは女性首相のカルディナ、IS研究機関代表代理のカルロス、そしてイサベルが参加している。

 

 そんな各国のトップたちが会食をしているのは、別に高級ホテルの最上階という訳ではない。首相のカルディナは元々一市民の出であり、あまり格式ばった食事を好まないということもあってこういった非公式の場では日本でいう定食屋のような店を貸し切って使うことが多い。今回もその例にもれず、イサベルの友人の親が経営している店を使っている。

 

 

「アルベルダさん、そちらのデュノアさんに説明してあげたほうがよいのでは?」

 

「あ、ああー、そうですね。ジャンヌさん、うちの首相はこういう店が好きでさ、だからそんな気にしなくてもいいよ?」

 

「心配しなくてもいい。ちょっと何食べようか決めてただけだから。それはそうと、もう注文してもいいの?」

 

「あ、うん……いいんじゃない? おーい、ゴンちゃーん、注文取ってー」

 

「そんなでっけー声出さなくても行くっつーの。つーか、ゴンちゃん言うな」

 

 

 イサベルに大声で呼ばれて出てきたのは、同級生で黒い髪をオールバックにしたゴンザレスだ。毎回ゴンちゃんと呼ばれるたびに言い直させようとしているのだが一向に直る気配はないようだ。

 

 

「ジャンヌさん、先どうぞ」

 

「じゃあ、トルティージャ一つで」

 

「少ないねー。ゴンちゃん、私はいつもので」

 

「はいよ。少々お待ちを。あ、ベル、お前は長々お待ちを」

 

 

 注文を取り終わったゴンザレスは厨房へと向かう。彼は両親とともに調理をするのだ。その腕前は既に両親を超えていると常連客は噂している。

 

 注文し終わった二人が大人4人のテーブルを見ると、何やら背景に黒いものが見えるような気がした。そこまで深い付き合いではないが、カルディナやカルロスがここまでの雰囲気を出したことは無い。ということはフランス側なのだろうが、どうも大統領も冷や汗をかいているようにしか見えない。

 

 イサベルがジャンヌの方を見てみると呆れたような顔をしていた。

 

 

「ねえ、ジャンヌさん、いったいあれは何?」

 

「あー、お父様ってね……こう腹黒な会話が大好きでさ、よくあんな空気になるんだよね。それがなければいい人なんだけど。あの性格のせいでさ、私のお母様は離婚しちゃったし、今のお義母様も月に一回は実家に帰ってるのよ。かといって私ひとりじゃあの腹黒モードのお父様には敵わないし、シャルちゃんを生贄にしてやり過ごす日々よ」

 

「あはは…………そりゃご苦労様」

 

「でもね、そのお蔭でこの前はいいものが見れたのよ」

 

 

 そう言ってジャンヌは胸ポケットから一枚の写真を取り出した。そこに映っていたのは、綺麗なブロンドの髪をした貴公子然とした少年の姿だった。

 

 

「で、これが? いや、なんというか苛めたくなるようなそういう雰囲気出してるけど」

 

「実はこれ、シャルちゃんの男装姿なのよ」

 

 

 そう告げられ、もういちど写真をよく見る。先ほどは分からなかったが、確かにそうだ。髪の毛を後ろで結んでいるだけなのに全く気付かなかった。見れば見るほど完璧な男装に見える。

 

 

「それでさ、この姿のシャルちゃんをお父様もお義母様も気に入っちゃって、どうせならこの格好でIS学園に通わせようってなってさ」

 

「えーと、それ、本気で言ってるの? 一般教員とか生徒は騙せても、織斑先生は騙せないと思うよ?」

 

「うん。だから、織斑先生には事前に言っておいたらしいよ。『うちの娘を男装させて入学させたいのですがよろしいですか』って」

 

「そしたら?」

 

「『学園の制服は改造しても構わないものですので、男としてではなく男装としてなら問題ありません』だって。いやー、物分かりいいよね!」

 

「あ、そう…………。ところで、この男装シャルちゃんって、こう、さっきも言ったけどさ、苛めたくなるんだけど。それに愛でたくなってきた」

 

「…………食べるのはダメ。……やっぱりベルもミーアさんの妹なのね」

 

 

 『愛でる』をどう解釈したのか『食べる』と解釈したジャンヌに本気で止めてくれという感情をこめて言われたので、向こうから誘ってくるように仕向けようかなーと考えるイサベル。その考えが表情に出ていたのか姉に似ていると言われてしまった。

 

 

「ちょっと待ってジャンヌさん! 私はお姉ちゃんみたいに在学中に半分は食ったとかそんなことはしないから!! 私が好きなのはISと可愛いモノだから! 愛でるだけだってば!」

 

「おい、なに騒いでるんだよ。っと、こちらが注文のトルティージャになります」

 

「あ、ゴンちゃん。乙女の会話を盗み聞きですか?」

 

「ちげーよ。おっと、ベルのもちょうどできたんだっけか。えーと、セボの角煮が二人前、パエリアが三人前、ほうれん草のカタルーニャ風、で合ってるか?」

 

「おっけーおっけー。あ、アイスティーもお願いね」

 

「はいよ。んじゃすぐ持ってくるから」

 

 

 テーブルいっぱいに並べられた料理にジャンヌは目を丸くする。それもそうだ。自分がトルティージャ一つなのに対し、イサベルは家族で食べるような量なのだ。それでいてスタイルは抜群という反則。ジャンヌは思わず質問せずにはいられなかった。

 

 

「いつもこんなに食べてるの?」

 

「うーん、いつもはこれにピンチョ・モルノとか食べてるかな。今日は少ないほうだよ」

 

 

 これで少ないと言われ愕然とするジャンヌ。自分はスタイルを維持するためにデザートを控えたりしているというのに全く気にせずに食べるイサベルにスタイルで負けていることで一気に食欲が失せてしまう。これが若さか、と思わずにはいられないジャンヌ(20歳)。

 

 そんなことも気にも留めずに人によっては胃もたれを感じるような量の料理を平らげていくイサベル。

 

 

「アイスティーお待ち……っておいベル、この人なんか魂抜けてるような顔してるぞ!?」

 

「…………」

 

「はあ、ダメだこりゃ。聞いちゃいねえ」

 

 

 ジャンヌは黙々と食べ進めるイサベルをただただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 翌日、世界へ向けたスペインの国家代表同士による模擬戦は、射撃重視の調整をしたイサベルの『type.A-i』が近接重視のアルセリアの『type.A-a』を僅差で下し幕を下ろした。

 

 始め優勢だったのはイサベルだったが、アルセリアのISに搭載された新装備によって『アルバ』を2基破壊されてからは一進一退の攻防となり、お互いにシールドエネルギーを削り合う展開となった。しかし、射撃重視であるイサベルはそれほど瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使うことは無かったが、近接重視であるアルセリアは接近するためにそれを用いなければならず、終盤になってスラスターに過負荷が掛かり失速、そこを狙い撃たれ決着となった。

 

 模擬戦後、お互いに集中力を使い果たしたため、その後に行われる予定だった取材は翌日へと持ち越され、イサベルとカミラの滞在期間は更に長くなることとなった。

 

 

「ねえ、ベル。何で私の部屋にいるの?」

 

「いーじゃん。何か疾しいことでもあるの?」

 

「別にないけどさ。これからちょっとゲームやるから煩くなるよ?」

 

「ゲーム? …………あ。もしかして今日がトーナメントの日?」

 

 

 夜になってカミラの部屋を訪れていたイサベルは『ゲーム』で思い出した。

 

 二人が言っている『ゲーム』とは、『IS/V・S(バーサス・スカイ)』と呼ばれ世界的に大ヒットしたゲームの続編である『IS/V・S 2nd』のことだ。

 

 世界大会目前まで言ってどの国のモデルを使うかが問題になり大会中止になってしまった前作と違い、それぞれのISを1~100で数値化し、バトルによって稼いだポイントによってカスタムしていくというシステムに変わった。また、ランク付けがされ現在は第一世代から第三世代までのランクが解放されている。当然、第三世代のランクでは、それに見合った装備を買うことが出来、カスタムの上限も解放されているが、対戦は同世代間でしか出来ず、そのルールを不正な方法で犯した場合には管理者である『白騎士』がやってきてしまう。

 

 そのようなルール調整によってある程度公平になったため、3か月に一回トーナメント形式での大会が開かれるようになった。今日はちょうどその日なのである。

 

 

「今日こそはあの赤の女王(レッドクイーン)白の女王(ホワイトクイーン)を倒してみせる」

 

『ええ! 今日こそはやってやるわ!』

 

「あ、鈴。今日は早いんだ」

 

『あたりまえじゃない! 今日のトーナメントで上位4チームに入れば第三世代武装が一つ貰えるのよ!」

 

「えーと、カミラ? この子誰?」

 

 

 オープンチャットになっている画面からイサベルにとって聞き覚えのない声が聞こえたのでカミラに尋ねる。

 

 

「この子は鈴。フルネームは鳳鈴音。中国の代表候補生だよ。私とはコンビ組んでて、そっちでの名前は『カシオペア』」

 

「あー、あの無鉄砲ちゃんか」

 

『無鉄砲ちゃんって何よ!?』

 

「どうって、そのまんまよ。あ、私は『SAI』って名前でやってるわよ?」

 

『『SAI』って、あの『SAI』?」

 

「そうよ……ってカミラまで何でそんなに驚いてるの?」

 

 

 驚いているのは画面の向こうの鈴音だけではなかった。隣に座っていたカミラも驚いており、イサベルはとっくに知っていただろうと思っていたので、少々驚いている。

 

 

「ベルちゃんが『SAI』だったの!? 気づかなかったよ!」

 

「いや、何でばれてないんだろうって思うよ。私は。だってカスタムも明らかに私のISに似せてるし」

 

 

 ほら、と言ってイサベルは自分の端末からゲームで使用しているISを表示させる。素となる機体はスペイン製第二世代のソルで、そこに大型スラスターを載せているところは確かにトーケー・デル・ソルにそっくりだ。

 

 改めてその機体を見て何故気づかないのか不思議に思うイサベルであるが、カミラは本当に気づいていなかったようだ。

 

 

「えっと、じゃあ、コンビ組んでる『ラクス』って誰?」

 

「お姉ちゃん」

 

「だよねー。そんな気がしたよ。ベルが私と組んでないってことはミーアさんくらいだもんね……」

 

『ミーア? どっかで聞いたことがあるような…………』

 

 

 何やら黙ってしまった二人だが、トーナメントの抽選会の開始の合図が鳴り画面に注意を向ける。毎度のことだが、この瞬間は緊張しているようだ。勝ち抜くためにはたとえ倒すと意気込んでいても絶対強者(R&Wクイーン)とはなるべく後の方で当たりたいのだ。

 

 そして、表示された結果は…………

 

 

「えーと、私の相手は『かいちょー・ヘアピン』か。……どう見てもあの二人だよなあ…………」

 

 

 イサベルは対戦相手の名前を見てある二人を思い浮かべる。そして、カミラ達の相手は誰なのかと聞こうとすると、何やらどんよりとした空気が漂ってきた。

 

 仕方なく自分の端末を操作しカミラのペアの対戦相手を確認する。

 

 

「えーと、『せーれー・カシオペア』がカミラね。相手は……『赤の女王(レッドクイーン)白の女王(ホワイトクイーン)』…………終わったわね」

 

『言わないで。まだ勝ち目はある……はず…………よ………………』

 

「大丈夫。いざとなったら切断してしまえば……」

 

『それはダメ!! ペナルティは喰らいたくないわよ!!」

 

 

 阿鼻叫喚な二人の様子を見たイサベルは心の中で十字を切り、静かに部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「ふっふっふー。今日の相手は誰かなー」

 

 

 どことも知れない場所にその女性は居た。手にはコントローラー。そして表示されるユーザーネームは『白の女王(ホワイトクイーン)』。絶対強者とまで呼ばれるペアの片割れである。

 

 

「おっと、今日のいけにえさんはみーちゃんだね! テンションあがってきたよーー! あ、赤の女王(レッドクイーン)ちゃーん、準備はいい?」

 

『大丈夫です。問題ありません』

 

「なら出陣だよ! 私たちの前に敵はいないのだーー!」

 

『はぁ』

 

 

 通信相手のため息が聞こえたところで一旦通信を斬る『白の女王(ホワイトクイーン)』。

 

 

「まったく。隠さなくても『赤の女王(レッドクイーン)』がほーきちゃんだってことはこの束さんはわかってるのになー。そういうところが可愛いなーほーきちゃんは」

 

 

 そして…………

 

 

「姉さんはあれで隠してるつもりなのだろうか」

 

 

 




各キャラのユーザーネームは連想ゲームの要領で。

イサベル→ISABEL →ISA→『SAI』
カミラ→ミラ→マクスウェル→『せーれー』
ミーア→SEED DESTINY →『ラクス』
鈴音→超鈴音→『カシオペア』
楯無→生徒会長→『かいちょー』
簪→髪飾り→『ヘアピン』

束と箒に関しては、束は白騎士の白から、箒はコンビを組んだときに変えさせられました。ちなみに箒の以前のユーザーネームは『コメット』

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9:「言い値で買おう」

 

 

 

 結局三週間にも及んだ協定関連の行事は終わり、イサベルとカミラはIS学園に戻ってきた。そして、ちょうど今日、カミラのゲーム内のパートナーである鳳鈴音も転入してくるということで、校門前で到着を待っていた。

 

 

「鳳鈴音ねえ……結構可愛いわね」

 

「ベル? どうしたのいきなり。確かに可愛いけどさ」

 

「いやー、こう本音ちゃんも癒しの対象なんだけどさ、なんかこう……妹にしたい感じじゃない?」

 

「そうかな?」

 

 

 二人が雑談していると、偶然そこを一夏が通りかかったので呼び止めてみる。

 

 

「一夏くん、久しぶりだね。どう? 腕は上がった?」

 

「お、イサベルにカミラ。まあ、最初に比べれば良くなったかな。最近じゃセシリアも手伝ってくれるし」

 

「ん? いつの間にオルコットちゃんを名前で呼ぶようになったのかな?」

 

「なんか名前で呼んでくれって言われてさ。そういや何でこんなとこに居たんだ?」

 

 

 今さらになって浮かんできた疑問を一夏は二人に聞く。帰ってきたんだったらいろいろすることもあるはずだと思っているのだろう。

 

 その疑問にカミラが答える。

 

 

「今日転入してくる子がいて、待ち合わせしてるの。ちなみに中国の代表候補生」

 

「へえー。何ていうんだ?」

 

「あー! 一夏!」

 

 

 その代表候補生が誰なのか聞こうとしたところで一夏の名前を呼ぶ甲高い声が聞こえた。その声の主は全速力で駆けてくる。

 

 その姿を見た一夏も驚きの声を上げる。

 

 

「鈴!? じゃあ、転入生っていうのは……」

 

「そうよ! 一夏、久しぶりね!」

 

「……やっぱり鉄砲娘じゃない……」

 

 

 そうつぶやくイサベルだが、その声は隣にいたカミラにしか聞こえず、それを聞いたカミラは苦笑いを浮かべる。

 

 

「はあ。忙しない人がまた増えた……」

 

「ん? カミラ何か言った?」

 

「ううん。何も言ってないよ、ベル。…………はぁ」

 

 

 またため息をつくことが多くなりそうだと一人憂鬱になるカミラだった。

 

 一方、久しぶりに一夏と会った鈴音は自分の内心を隠すので精いっぱいだった。たった一年とはいえ、一夏は自分の想像以上に成長していて、顔が赤くなるのを隠すために全力疾走してきたのだが、それも意味がないほどだった。

 

 

「あんたいきなりISを動かすなんて何してんのよ」

 

「なんか試験会場で迷っちゃってさ、たまたま置いてあったISに触ったら起動できちゃったんだよ」

 

「一夏らしいわね。で、それよりも何で一度も連絡を寄越さないのかしら?」

 

「いやだって俺だって何が何だか分からないままここに入ることになってそれで……」

 

「そっちもそうだけど……まあいいわ。今さら言ったところでどうにかなるようなものじゃないしね」

 

 

 会話が一段落着いたのを見計らってカミラが声をかける。

 

 

「鈴ちゃん、まずは受付に行かないと」

 

「あ、そうね。じゃあ、カミラ案内よろしく。えーっと、イサベルよね?」

 

 

 いつもはテレビを通してしか見ることのできないイサベルを目の前にして若干緊張しているのか鈴音は彼女らしくない声色でイサベルに話しかける。

 

 

「そうよ。んー私も鈴ちゃんって呼ぶから、そんな固くなんなくてもいいわよ。ほら、自然体自然体」

 

 

 そう言いながらなぜか鈴音に顔を近づけていくイサベル。

 

 

「ち、ちょっと……近いわよ!」

 

 

 距離が縮まるにつれて鈴音の顔は赤くなっていくが、それを全く気にせず、ついには鼻と鼻がくっつきそうな距離にまでなった。

 

 

「あ、え、う」

 

 

 二の句が継げない鈴音。だが、その距離から近づくこともなく、すぐに離れていった。

 

 

「こんなくらいで赤くなるなんて可愛いわね。かんちゃんみたい」

 

 

 かんちゃんというのが誰かは知らないが、どうやらからかわれていたようだと理解する鈴音。だが、なぜか怒る気にもなれずまだ赤いであろう顔から熱を追い出そうと手で仰いだ。

 

 何か見てはいけないものを見てしまったかのように一夏が視線を逸らした先には、カミラに怒られているイサベルの姿があった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 無事に受付まで鈴音を送り届け、イサベルとカミラは自室へと帰ってきた。結構長い間空けていたので溜まっているだろうとISのセンサーを使って調べると、計12個の盗聴器の類が仕掛けられていた。

 

 そこから出ている電波を辿れば主犯を見つけられないこともないのだが、どうせそんなことをしても次々に来るのだからと毎回放置するだけである。それでもこの多さには辟易するが。

 

 

「やっぱりこの学園の警備が甘いのかな?」

 

「まあ、こんだけ学生がいたら当然各国のエージェントだったりが来てるはずだし、どれだけ体制を強化しても漏れはでるよ。それよりカミラ、明日は覚悟したほうがいいと思うよ。どうせ教室に入ったら質問攻めだから」

 

「やっぱりそうだよね……」

 

 

 翌日のことを思ってか、既に疲れた顔をするカミラ。もともと公の場にはあまり姿を現さないカミラは、質問攻めに慣れていない。イサベルは慣れてはいるもののそれはマスコミ相手だ。同級生相手では勝手も違い、苦労することになるだろう。

 

 

「そういやさ、カミラ。私のISの設定弄ったでしょ?」

 

「よく分かったね。一応ミーアさんのデータからベルに合わせるようにプログラム組んだからバレないと思ってたのに」

 

「分かるに決まってるじゃない。いつもよりトルエノのチャージ時間が0.1秒早かったし、アルバの反応速度も若干早くなってるし、おまけに今まで殆ど機能してなかったシールドビットが使えるようになってるし」

 

「いや、シールドビットはバレること前提だったけどトルエノもアルバもバレるとは思ってなかったよ」

 

「まあ、普通じゃ分かんないんだろうけど、私には分かるわよ? だって私の夫のことだから」

 

「夫って…………じゃあ、私は何?」

 

「ペット」

 

 

 間髪入れずに即答するイサベル。予想外の答えにカミラは固まってしまっている。だが、それもほんの僅かの時間。いきなり言われて固まってしまったが、よく考えれば冗談であると分かる。現にイサベルの目はただこの場を楽しんでいるだけのように見える。

 

 それでも一応気になるのかカミラは問いかける。

 

 

「冗談だよね?」

 

「もちろん。私に人をペットにする趣味はないから。というかそんなことお姉ちゃんでもしてないから…………たぶん……めいびー」

 

「……」

 

 

 なんとなくその言葉の端々から疑っているような感じがするのは気のせいだと割り切り、カミラはその情報を脳からデリートした。

 

 なんとなく気まずい雰囲気になってしまったが、そんなことは関係ないとばかりに隣の部屋から怒号が聞こえる。どうやらまた一夏が箒を怒らせたようだ。大方転入してきた鈴音関連だろう。

 

 

「ねえ、ベル…………ベル?」

 

 

 呼びかけても返事がないことを疑問に思ったカミラがイサベルのほうを向くと、何やら端末の画面を眺めてニヤニヤしていた。テレビ電話なのか、向こうの声も微かに聞こえてくる。

 

 

『…………でして……』

 

「じゃあ、あとで送っといて。待ち受け画面にするから」

 

『……した…………』

 

 

 今の会話だけでは普通全く推測ができないが、カミラにはある確信があった。おそらくあの人(・・・)だろうという確信が。『待ち受け画面』などという言葉が出てくる時点で分かってしまった。

 

 

「あ、カミラ、さっき私のこと呼んでたけど何かあったの?」

 

「ううん。なんでもないよ」

 

「そ。……あ、そうだ。新しい妖精ちゃんの画像見る?」

 

「今度はどんな格好させたの?」

 

 

 どこかその目線には非難めいたものが混じっているようだが、イサベルはそれに気づかない。

 

 

「これよ!」

 

 

 ずい、と差し出された端末の画面には、真っ白なドレスを着た銀色の髪の少女が写っていた。恥じらいからか少し赤くなっていっる頬がとても愛らしい。

 

 

「どうよ! ちなみにこれ、100部限定のカレンダーの表紙になる予定」

 

「言い値で買おう」

 

 

 さっきまでの非難めいた目線はどこにいったのか、欲望で目をぎらつかせるカミラ。あまりの変わりように若干引いているイサベルだったが、残酷な真実をカミラに告げる。

 

 

「完売よ」

 

 

 滅多に大声を上げないカミラが学園中に響き渡るような大声で叫ぶことになった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。一夏がどれだけ成長したのか直に確かめるべく、カミラと模擬戦をすることになった。観客席には、箒、セシリア、鈴音がいる。ちなみにイサベルは本音と一緒にどこかへ行ってしまったのでいない。

 

 

「準備は良いですか? 織斑さん」

 

「ああ。いつでもいいぜ」

 

 

 いつでもいいと言われたので、瞬時にアルバからレーザー砲を放つカミラ。しかし、そうなることを予測していたかのように掠りもせずに一夏は大きく右に回避する。そしてそこから一気に加速し懐への侵入を試みる。

 

 

「その程度……」

 

 

 接近されるのなら後退すればいい、とカミラは手に持ったガトリングを放ちながら後退していく。それを避けるために一夏も大きなルート変更をしなければならず、その隙に一気に距離を離されてしまう。

 

 そして、距離が開くと計4基のアルバからレーザーが放たれる。実弾よりも早いそれを避けるためには常に動き続けていなければならず、一夏は攻め手を見つけられずにいる。奥の手である瞬時加速(イグニッション・ブースト)は直線的であるため連射が可能な射撃武器相手には滅法弱い。そのことはセシリアから学んでいる。

 

 一方のカミラは射撃と並行して一夏の機動データを収集していき、それをリアルタイムでアルバの射角補正に反映していく。その証拠にアルバは一夏を掠りはじめている。これこそが『type.S』、サポートを重視した唯一のISが為せる技。このような芸当はイサベルの『type.A』では到底できない。

 

 

「クソッ、なんかどんどんダメージが増えてやがる……」

 

「ふふふ。あと少しですよ、織斑さん」

 

 

 近づくこともできずに一方的な展開となっているが、一夏の目に諦めの色は無い。その目は何かを探すように忙しなく動いている。

 

 それを不審に思うカミラだが、今までの機動データから作成した機動予測では次の一射以降躱すことはさらに難しくなるだろうことは明らかだ。そして、ほんの一瞬目を瞑ると本格的な攻勢に出た。

 

 先ほどよりも明らかに狙いが正確になったアルバは一夏の目を奪うのには十分だった。恐らく隙を探っていただろう余裕も今は完全に失せている。一夏はただ避けることに必死だった。

 

 一射目。

 

 ----躱す。

 

 二射目。

 

 ----足部に命中。

 

 三射目。

 

 ----ブレードで受ける。

 

 四射目。

 

 ----肩部に命中。

 

 次々に命中していき、シールドエネルギーを削っていくアルバの砲撃。四回の砲撃がセットになっているそれは、休む間もなく一夏に襲い掛かる。

 

 

「何か……何か無いのか!?」

 

 

 一夏はこの状況を打開するために頭をフル回転させる。必死に避けながら、その中でいくつもの作戦が浮かんでは消えていく。

 

 そして、ある言葉に思い当たった。

 

 『あ、そうそう。あの『雪片弐型』には可変機能が付いてるみたいだからよく調べといたほうがいいよ』

 

 イサベルが何気なく言ったその言葉。今はそれに懸けるしかないと考えた一夏は、必死に白式に呼びかける。

 

 

「白式! 俺に答えてくれ!!」

 

 

 その願いが通じたのか、視界に一つの情報が入ってきた。そこには『セットアップ完了』の文字が躍っていた。それを認識した瞬間、一夏は自然と使い方が分かった。まるで、()()()()()()()()かのように。

 

 

「『雪片弐型/大弓モード』」

 

 

 その真っ白な弓を見ると、不思議と一夏の中に余裕が生まれていく。今まで必死で避けていたのが嘘であるかのように白式は滑らかにアルバの砲撃を躱していく。

 

 それを見てカミラは驚いた。『雪片弐型』の変形までは特に驚きはしなかった。イサベルから零落白夜のときに変形したとは聞いていたからだ。しかし、その後の機動は一体何なのか。急に成長したわけでもあるまいし、それにこの動きは()()()()()()()()かのようなものだ。

 

 そして、あの弓を使わせてはマズイとカミラの勘は警鐘を鳴らしている。

 

 

「こうなったら、一撃で仕留める!」

 

 

 今までの波状攻撃を中断、背部にあるアルバを全て前面に移動させ、それぞれをドッキングさせていく。以前一夏の前でイサベルとの模擬戦で使った切り札。シールドエネルギーを代償としたレーザーの収束砲。全開までは僅か3秒。対する一夏も既に矢を番えていた。

 

 そして、一瞬の静寂ののち二つの攻撃は放たれた。

 

 IS2機分はあろうかという極大の砲撃に対して、一夏の放った矢は貧弱に見える。しかし----

 

 

「そんな…………」

 

 

 二つの攻撃が正面からぶつかり合う。だが、カミラの砲撃が一夏の矢を呑みこむだろうという予想に反して、矢に触れた部分から砲撃が消滅していく。

 

 

「『零落白夜』の矢!?」

 

 

 そして、カミラがその正体を掴んだのと同時、矢はカミラのISに直撃しシールドエネルギーを奪い去っていった。しかし、模擬戦の開始以来一度も攻撃を喰らっていないカミラにはまだ僅かにシールドエネルギーが残っている。追撃を掛けようと手に持ったガトリングを一夏に向ける。

 

 しかし、そこに一夏の姿は無かった。カミラのハイパーセンサーにも近づいてくる機体がないことが表示されている。

 

 

「一夏ーーーーー!!」

 

 

 観客席から箒の声が聞こえ、その視線の先を見て。

 

 

「織斑……さん?」

 

 

 一夏が地に伏しているのを見つけた。

 

 

 

 

 



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10:「よしっ。これで古典の授業が潰れる!」

大変お待たせしました。

成人式の前日に投稿したから……4か月ぶりですね。

……次回もそんなことにならないように頑張ります。


 

 

 箒の叫びに目を向け、アリーナの地面に倒れ伏す一夏を見てカミラは嫌な予感を感じた。

 

 それは既視感。

 

 そう。この現象をカミラは以前体験している。突如変わる動き、まるでそれまでに経験したことがあるような攻防のプロセス。そして、操縦者の意識喪失。何から何まで()()()と同じ条件。

 

 そして、その予感は現実のものとなってしまう。

 

 今まで倒れ伏していた一夏が音もなく起き上がる。箒たちはほっと息をついているがカミラはそうではない。いつ攻撃が来てもいいように油断なく構える。その銃口は揺らぐことなく一夏を狙っている。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 カミラを突然の衝撃が襲う。手元を見れば先程まで握っていたマシンガンが破壊されていた。そして、既に正面に()()の姿はない。センサーが白式を捉えた時にはもうその場に姿はない。

 

 センサーが悪いのではない。白式が速すぎるのだ。おそらく移動全てに瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用しているのだろう。センサーが捉えてから操縦者であるカミラが確認するまでにその場を離脱しているのだ。

 

 

「最悪です。本当にもう。ベルちゃんは肝心なときに居ないし……」

 

 

 これが通常のIS同士の試合であればギブアップでもすれば試合終了になるのだが、この状態のISはそんなことは関係ない。自身のエネルギーが無くならない限り活動を続けるのだ。そしてこの場にいるのはカミラ一人。一応イサベルに連絡はしているが駆けつけてくれるとは限らない。

 

 

「やるしかないか……」

 

 

 そう言いつつカミラは機体を急上昇させる。一瞬の後に今までカミラが居た場所を白い閃光が通り抜けていく。それを確認する間もなく、今度は地表付近まで一気に急降下。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)が直線的な軌道であることを利用して上下左右縦横無尽に移動するカミラ。それでも完全に避けることは出来ず、少しづつではあるがダメージを負っている。しかし、完璧な一撃は未だ当たってはいない。

 

 『type.S』に搭載されている機動予測に関する演算にアルバの制御メモリも当てているため今のところは回避できているものの、反撃しようと少しでも機動予測のメモリを削れば瞬く間に撃墜されてしまうということはカミラ自身よくわかっている。

 

 しかし、攻撃しなければ終わらないというのも事実。

 

 

「多少のダメージは覚悟……かなあ」

 

 

 そう言ってカミラは拡張領域(パススロット)から新たに武装を展開する。

 

 正式採用が一時的に見送られているそれはアルバの後継にあたる。アルバ最大の弱点であった大きさを二回りほど小さくし、あまり使用頻度の高くなかったブレードへの可変機能を廃止。小型故に可能なレーザービットとしての機能を追加したモデルではあるが、小さくしたとはいえ本来のビットに比べればまだまだ大きく、安定稼働というにはまだ満足とはいっていない。

 

 性能実験のために持ってきた装備ではあるが使えないわけではない。今まで機動予測に振り分けていたメモリをそれの操作に再振り分けし、全8基を同時に運用する。それと同時にアルバの設定を変更しスラスターとしての機能のみに限定し機動力を強化する。

 

 この間にも白式の攻撃は続いており、カミラは高速での縦横無尽な機動を絶やすことが出来ない。

 

 幾度目かの攻撃を躱したところでようやくセットアップが完了し本格的に試作機の運用を開始する。

 

 今までの自身の回避データから白式の行動パターンをカミラ自身が予測し、試作機への指示を送る。的確とは言えないが、それでも白式の攻撃頻度は低下した。銃口を向けられたときには既に射線上から退避しなくてはならない光学兵器であるレーザーは瞬時加速(イグニッション・ブースト)を封じるには最適であった。

 

 そして、ビットゆえの遠隔操作を利用して白式から逃げ場を奪っていく。今の白式は人間的な動きではなく機械じみた動きをしている。そしてそれは予測を立てやすいということでもある。

 

 順調に逃げ場を奪い、カミラは止めを刺すために背後からの攻撃に備えていた4基の試作機を前面に展開する。先程零落百夜の矢でシールドエネルギーの大半を奪われているので威力自体は最大とはいかないがそれでもシールドエネルギーを削りきるのには十分な出力は出るだろう。

 

 

「これで!」

 

 

 一瞬白式が動きを止めたところにカミラは躊躇なくレーザーを放った。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 本音に連れられてイサベルは生徒会室に来ていた。

 

 楯無が生徒会長を務めるこのIS学園生徒会執行部では、現在クラス代表戦に向けた調整の真っ最中であり、イサベルが呼ばれる理由など当人は何一つ思いつかなかった。

 

 

「あ、イサベル、ちょっとこっち手伝って。私じゃ上手く出来ないのよ」

 

 

 楯無に呼ばれイサベルが近づくと、そこには何やら見覚えのある四角い物体があった。

 

 

「楯ちゃん? これってアクア・クリスタルだよね? ミステリアス・レイディの」

 

「うん。ちょーっと調子が悪くてね。私、これの調整は苦手なのよ。簪ちゃんなら出来るんだけど、第三世代の調整で忙しいって断られちゃって」

 

「それで私を呼んだ、と」

 

「うん」

 

 

 イサベルは溜め息を吐く。いくら何でも非常識すぎる。ミステリアス・レイディの第三世代兵装であるアクア・ナノマシンの製造プラント『アクア・クリスタル』を他国の国家代表に調整してもらおう等という『情報漏洩なにそれ?』を地で行く楯無の行動に流石のイサベルも呆れてしまう。

 

 

「確かに私だったら多分調整できるとは思うけど、流石に他国の最重要機密に触れるのはどうかと思うのよ。だから大人しくロシアの方に申請でも出しなさいよ。ねえ、虚さん?」

 

「ええ。まったくもってその通りです」

 

「ええー、いいじゃんやってあげなよー。あーるんは情報漏らしたりしないでしょー?」

 

「あのねえ、本音ちゃん。私が漏らす漏らさないの問題じゃないのよ」

 

 

 呑気なことを言う本音に苦笑いを浮かべるイサベル。手伝ってあげたい気持ちもあるのだが、体裁というものがあり、しかも生徒会室という場所であってもここが各国の精鋭が集うIS学園である以上どこに目や耳があるか分からない。同盟を結んだばかりで安定しているとは言い難いスペインにとって不祥事はあってはならないのだ。

 

 

「ぶーぶー」

 

「ブーイングは受け付けません。それで? 用事って言ってもこれだけじゃないんでしょ?」

 

「ええそうよ。IS学園の生徒会長になるために必要なことは知ってるかしら?」

 

 

 調整の手を止めて、改めて向き直る楯無。その質問に対してイサベルは「知らない」と答えた。

 

 

「“最強であれ”。ただそれだけよ。今までだったら国家代表が私一人で、上の方でも納得してたみたいなんだけど、イサベルが入学したから生徒会長決定戦でもやったほうがいいんじゃないかって」

 

「ふーん。でも私が生徒会長になっても仕事しないよ?」

 

「知ってるわよ。でも上、特に各国の理事たちが躍起になって私たちを戦わせようとしてるのよ。ま、貴女のデータが欲しいんでしょうけど」

 

「じゃあやらない。そんな目的で私のISは動かない」

 

 

 きっぱりと拒否の意思を表すイサベル。楯無もそれが分かっていたのか別段驚きもしない。

 

 

「でも、困ったことに生徒たちの間にも話が広まってるのよねー。外堀から埋められていってるわけ。だから、遅かれ早かれやることになるわ」

 

「ええー。じゃあ早くやっちゃおうか。ほら、新入生に対するデモンストレーション的な感じで授業中止にしてさ。できれば明後日の午前中くらい」

 

「ま、それでイサベルがいいなら。ただ、私は全力は出せないわよ?」

 

 

 そう言って楯無が指差すのはアクア・クリスタル。楯無曰く調子が悪いらしいので確かに全力は出せないだろう。

 

 

「あー、大丈夫。実は私のも演算領域がちょっと圧迫されてるからラグが発生してるのよ。だから状況的には五分五分位だと思うよ」

 

「あらそうなの? じゃあ、取り敢えず明後日ということで調整しとくわ」

 

「よしっ。これで古典の授業が潰れる!」

 

 

 私欲丸出しではあるが小声であったために楯無に聞かれることはなかった。

 

 二人の間で話が纏まったちょうどその時イサベルの携帯端末からコール音が鳴りだす。

 

 

「……んー、救援求む。ってまあ、取り敢えず行ってみますか。じゃ、楯ちゃん日程のほうよろしく!」

 

 

 生徒会室のドアを開け、イサベルは一目散にアリーナに向かっていった。

 

 そんな様子を見て。

 

 

「アリーナに回線繋いでくれるかしら? 本音」

 

「りょーかい! ……繋げないよ。何かが妨害してる」

 

「しょうがないわね。諦めましょう。そんなに緊急でもないみたいだし」

 

 

 イサベルのあまり焦っていない顔を思い出し楯無は回線を繋ぐことを諦めた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 レーザーを放ったカミラだったがその顔は険しいままだ。一瞬、赤い光が迸ったのが見えたからだ。以前イサベルが確認した零落百夜の光そのものだ。それが示すのは、砲撃が失敗に終わったということ。

 

 そして、攻撃のために動きを止めたということは、白式の攻撃を避けきれないことを表す。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)特有の音が聞こえる。だが、それは白式から発せられたものではない。

 

 既に白式は先程までの位置にいないが、変わってそこにはオレンジを基調とした機体―――イサベルの駆るISの姿があった。

 

 

「お疲れ様、カミラ。あとは私に任せなさい」

 

 

 そう言うとイサベルは白式に接近していく。白式が瞬時加速(イグニッション・ブースト)による直線的な動きで攪乱するのに対してイサベルは8基のアルバを使い滑らかな軌道でまるで踊っているかのように白式の攻撃を躱す。

 

 時折白式のブレードが赤色に輝くが、零落百夜がその力を発揮することはない。何故ならイサベルが今回主に使っているのは外見こそ大差ないがいつものレーザーライフルではなく実弾主体のライフルだからだ。

 

 レーザーを無効化してくるというのにわざわざ使うことはない。そもそもレーザー自体が発展途上の技術であり、霧の中での戦闘や土埃の舞う場所では拡散してしまい使い物にならない。そういった時のために実弾系の装備も当然常備している。

 

 イサベルのISにはライフルのほかにレールガンも拡張領域(パススロット)に収められているが今回のような高機動戦では反動の大きさから使えないのでイサベルが使える射撃武装は実質ライフル一丁のみである。

 

 だが、その状況であってもイサベルには余裕がある。白式が武器の破壊を狙っても当たる前に拡張領域(パススロット)に収納され、改めて展開されるからだ。そして、イサベルは射撃しかできないわけではない。

 

 

「そろそろこっちから仕掛けますかね!」

 

 

 そう言ってイサベルは新たにブレードを取り出す。以前一夏の最適化(フィッティング)の際に使用したアルバ搭載型のブレードではなく、副隊長であるアルセリアが好んで使う、一般的なものよりも少し短いが幅の広い取り回しの難しい両手剣だ。

 

 そのブレードを大きく振りかぶり白式に急接近するイサベル。隙が大きいように見えるが、アルバの切り替え速度のおかげでほとんど隙は無い。

 

 さらに、他人には用途不明であるスカート型の装甲が攻撃を躊躇わせる。しかし、現在機械じみた動きをしている白式はそんなことは関係ないとばかりに零落百夜を使い切り込んでくる。

 

 だが、間合いに入るよりも早くイサベルはブレードを振り下ろした。当然その位置からでは当たらないのだが、可変機能に力を入れているスペインの武装がただのブレードで終わるはずがない。切っ先ではない方の刃がブレードの先端を軸に180度回転しブレードが長くなる。それが振り下ろしの最中に行われるため実際の間合いは倍に伸びる。

 

 そしてブレードは白式に命中した。その一撃で雪片弐型は白式の手から弾かれる。そうなってしまえばイサベルの独壇場だ。スラスターの限界なのか瞬時加速(イグニッション・ブースト)が使えない白式はイサベルの苛烈な攻撃を避けきることができない。あっという間にシールドエネルギーが削られていき、0になる。

 

 

「これで終わりっと。カミラ、一夏くんの腕から白式外しといて。また起動したら厄介だから」

 

 

 白式が待機形態に戻ったのを確認したイサベルは自身のISも待機形態に戻す。それからカミラに指示を出し、後処理を始める。どこかに電話を掛けるのかイサベルはアリーナの外に向かっていく彼女を見送り、カミラも一夏を抱え上げ保健室に向かう。後ろから箒たちが着いてきていることを確認し声を掛ける。

 

 

「篠ノ之さん、織斑先生を呼んできてくれますか? 鈴ちゃんとオルコットさんはあとで話があるから残ってくれる?」

 

「ああ、分かった。場所は保健室でいいんだな?」

 

「はい」

 

 

 箒が十分に遠ざかったのを確認すると、残った二人に向かってカミラは話し始める。

 

 

「二人に残ってもらったのは、国家代表候補生だから。今日のことは絶対に口外しないこと約束してくれる?」

 

「それは構いませんけど……箒さんはいいのですか?」

 

「篠ノ之さんはいいんです。織斑先生に言ってもらいますから。まあ、篠ノ之さんがいると話せないこともあるので……」

 

 

 そこで僅かに口を濁すカミラ。しばらくの間無言だったが、保健室に一夏を寝させてから口を開いた。

 

 

「実は、今回の白式の暴走は過去に何例か確認されている現象なんです。オルコットさんは知ってますよね? エビータのこと」

 

「ええ。私が完全敗北した相手ですもの忘れられるわけがありませんわ」

 

「彼女もこの現象に振り回されました。その時はイサベルとアルセリアさんが抑えてくれたんですけど、それ以外の隊員では手も足も出ませんでした。スペイン製第二世代ソル5機がかりでです」

 

「そんな……」

 

「現在も原因解明のためにそのコアは敢えて初期化させずに解析中ですけど、コア自体がブラックボックスなので原因解明には至っていません。それに、この現象は世界各国で起こっています。当然、英国や中国でも」

 

「何よそれ、私はそんなこと知らないわよ」

 

「当然です。今回は多少外に漏れてしまうかもしれませんが、基本的には緘口令が敷かれ外に漏れることはありません。私も他国でもあったと知っているだけでどのような状況なのかは知りませんし」

 

 

 ここで一端話を区切るカミラ。恐らく聞き耳を立てている者がいないか確認しているのだろう。

 

 

「当然、今私が話したことも口外しないでください。オルコットさんと鈴ちゃんに言ったのは、次にいつ織斑さんがこうなるか分からないからです。そうなった時に冷静に対処してもらわなければいけませんから」

 

「次もあるって言うの? 普通ならコアを封印処理……て、一夏は普通じゃないんだっけ」

 

「はい。世界で唯一ISを動かすことのできる男性ですから、データを取るためにISの専用機を与えてますからコアの初期化はないでしょう。それに…………」

 

「何よ、黙っちゃって。何か心配事でもあるの?」

 

「ここからは私の憶測なんですけど、実はこの現象、ある共通点が見えるんです」

 

 

 怪訝な顔をする鈴。対してセシリアは何か思いついたようだった。

 

 

「私は一夏さんと今カミラさんが仰ったエビータさんのことしか知りませんが……二人とも近接戦闘型ですわね」

 

「そうなんです。より正確に言うなら、()()()()()()()()()()。私はそれが鍵になっていると思っています」

 

 

 三人ともそれ以降喋ることはなかった。千冬がやってきた時も黙っていたため箒が何かあったのかと焦っているが、そんなことはない。三人とも自分の考えを巡らせていて気づかないだけだ。

 

 千冬はそれを一瞥すると保健室に入っていった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

「いくらなんでも早すぎません?」

 

『――――――――――』

 

 

 カミラに一夏を任せたイサベルは電話で誰かと会話していた。相手の声は辛うじて女性と分かるくらいで詳しくは分からない。

 

 

「そうですか、そんなことが……。次の行動はいつくらいになりそうですか?」

 

『――――――――――』

 

「ちょうど臨海学校の辺りですね。その時に何らかのアクションがあると?」

 

『――――――――――』

 

「分かりました。それまでに一夏くんを上に押し上げろということですね」

 

『――――――――――』

 

「ま、一応連絡はしておきます。ちょうどウチの工廠にも用事がありましたし」

 

『――――――――――』

 

「ん、誰か近づいてきたようなので切ります。では、また。()()()さん」

 

 

 イサベルが電話をしまうのとほぼ同時に近づいてきていた人物が話しかけてくる。

 

 

「……大丈夫だったの? ()()……だったんでしょ?」

 

「特に問題はなかったよ。まだ第一段階だったからね。それにしても忍び足が上手くなったね。まるで楯ちゃんみたいだったよ」

 

「……まだ私はお姉ちゃんには……敵わない」

 

「そりゃ当然でしょ。楯ちゃんは立ち上がるころから仕込まれてるんだから。だからそう落ち込まないの」

 

 

 イサベルは綺麗な水色の髪を撫でる。サラサラと触り心地がいいのはいつものことだ。撫でられている本人は毎回だというのに顔が赤くなっている。

 

 

「全くまだ顔を赤くしてくれるなんて可愛いんだから、かんちゃんは」

 

「…………」

 

 

 可愛いといわれた更識簪は無言になってしまう。それも含めて可愛いと思うイサベルだった。

 

 

 

 

 



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11:「あの、私が暴走しない程度でよろしくね?」


どうも、お久しぶりです。

前回、確か約一年前……? ということで、まずは資料を発掘とか色々しておりました。

次こそは! なるべく早くに。


 

 幸いにして一夏は一時間程で目を覚ましたが、一夏の記憶が残っていたのは、雪片弐型が弓に変形したところまでであり、暴走していた時の記憶は残っていなかった。

 

 そのため、どうなったのかを知らせようとしたのだが、イサベルによってそれは止められてしまった。彼女が言うには『まだ早い』らしい。

 

 一夏は目を覚ましたものの、一応安静にしておくため今日は保健室に泊まることになり、明日からは色々と検査を行うらしい。

 

 また、それに伴って各クラス代表によるトーナメントも一週間延期となり、その日のためにお休みを取ったお偉いさんたちのために、その穴埋めとしてイサベル対楯無の制限時間20分の模擬戦(デモンストレーション)が行われることになった。

 

 そして、今日はその模擬戦当日。

 

 異常なしと診断された一夏に箒、鈴、セシリアは、カミラと共にイサベル側のピットにいた。

 

「あー、もう。どうしようか……」

 

「ベル、そのくらいにしておかないと始まっちゃうよ?」

 

「分かってるって。……よし! カミラ、今日の戦闘データは取っておいて。ちょっと新しいことしてみるから」

 

「あの、私が暴走しない程度でよろしくね?」

 

 カミラが不安そうに問いかけるが、それに対してイサベルは返事に困った。

 

「あー、うん。多分無理」

 

 結局無理であることを伝えると、カミラは一部だけISを展開した。それは腰のあたりを抑えるような形で現れ、カミラの制服が脱げないように固定した。

 

「えっと、それってなんなの?」

 

 疑問に思った鈴がカミラに尋ねるが、当のカミラは顔を赤くするだけで答えない。仕方ないのでイサベルの方に目を向けると、首を横に振った。

 

 言えないことなのか言いたくないことなのかは分からないが、とりあえず恥ずかしいことであることは分かったので、鈴は一夏の方をチラッと見て、溜息を吐いた。何となくラッキースケベが発動する予感がしたのだ。

 

「じゃ、行ってくるよ。楯ちゃんはもう出てるみたいだし」

 

 イサベルが射出ライン上に乗り、カミラが装置を動かすと、イサベルは勢いよく空へ飛び出していった。

 

 空中でクルッと一回転し、アルバを広げ構える。その姿はまるで機械の天使のようにも見えた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

「さて、イサベル。()()()()本気で行くわよ?」

 

「分かってるって。行くよ、ソル!」

 

 イサベルは自身のISに一声かけ、勢いよく上空に飛び上る。一方の楯無はそれを追うことはせず、ただじっとその場に留まっていた。

 

 まず先手を打ったのはイサベルだった。手に持つライフルからオレンジに輝くレーザーを放つ。

 

 それを楯無は少し身体を捻るだけで避けて見せる。

 

 その行動に会場はざわつくが、今度は同時に3発が襲い掛かる。

 

 今度は移動して躱したが、その行動にはまだまだ余裕が感じられる。

 

 しかし、イサベルの射撃がその程度で済むはずがない。今度は僅かな時間差で5発が襲い掛かる。それも、回避先を予測したような正確な射撃だ。

 

 楯無は4発を躱し切り、1発は手に持ったランスで受け止める。

 

 だが、あまり動きのない展開であるため、観客にとっては少々退屈に感じるかもしれない。そう思ったのか、イサベルは急降下して今度は接近戦を挑む。

 

 8基のアルバを独立稼働させ、それぞれの出力差をリアルタイムで変えていくため、ISが機械であるということを忘れるくらいに滑らかな動きで両手で握ったブレードで斬りかかるイサベル。

 

 対して楯無はランスの有効範囲を上手く使い、簡単には近づかせず、かと言って離れすぎない絶妙な距離を保っている。

 

「ふーん。処理能力戻ったみたいね」

 

「楯ちゃんこそ、去年より上手くなってるじゃない。でも、これはどうかな?」

 

 イサベルはそう言うと、膝部分からショートブレードを射出した。

 

 しかし、それは届く前に爆発によって軌道を逸らされる。

 

「忘れた? 私のISの能力(チカラ)を」

 

「忘れてるわけないじゃん」

 

 イサベルは一端離れるべく距離を取ろうとするが、今度は楯無が追ってくる。ブレードよりも長いランスの攻撃は機体スピードの差を埋め、イサベルがブレードから持ち替えていたライフルを破壊することに成功する。

 

 誘爆によるダメージを喰らわないためにライフルを投げ捨て、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に上空まで上がり、再び試合開始の状態に仕切りなおしたイサベルは、間髪おかずにアルバ8基による一斉掃射を放った。

 

 それはちょうど追っていた楯無に躱すことは出来なかった。

 

 しかし、着弾する直前、不自然にレーザーが消滅した。

 

「あちゃー、時間かけすぎちゃったか」

 

「ええ。お陰様でアクア・カーテンは完成したわ」

 

 楯無が使ったのは、ナノマシンを操作して自身の眼前に霧を作り出すアクア・カーテン。レーザーが霧中や砂埃の中では拡散してしまうことを利用した対レーザー用の防御技だ。

 

 厄介なのはこのアクア・カーテンはナノマシンで作り出されているため、一旦条件が揃ってしまえば、いつどこにでも、瞬時に張れるというところだ。これによってイサベルはレーザーによる攻撃は完全に無効化された。

 

「さあ、どうするのかしら?」

 

「考えてないでも思った?」

 

 そう言ってイサベルが出したのは4基のレールガンだった。恐らく拡張領域(パススロット)限界まで詰め込んだであろうそれは、いくら小型化したとはいえ、基本的には固定して撃つものだ。

 

 しかし、それをイサベルは覆す。

 

 アルバに付属している接続機能を使い、2基でレールガン1基を支える形で運用を始めた。アルバがレールガンを空中で固定し、射撃を始める。これは実弾系統であるためアクア・カーテンでは防げない。

 

 まずはレールガンを破壊すると決めた楯無はレールガンによる射撃を躱しながら接近しようとするが、アルバに支えられているレールガンは、自由奔放に場所を移動する為、囲まれないようにするだけで精いっぱいであった。

 

 しかも、レールガンの射撃の合間にアルバ自体の機能であるレーザーも撃ってくるためアクア・カーテンへの集中力も途切らせることも出来ない。

 

 試合は一方的な様相を帯びてきた。

 

 攻めるイサベルに守る楯無。

 

 しかし、ピットで待機しているカミラにとっては決して一方的な展開ではないと分かっていた。それは当人たちもそうだろう。

 

 イサベルによるレールガンの運用方法は確かに有効ではあるが、レールガン射出のためのエネルギー供給にスラスターとして、更には射撃も行っているのだから、アルバに充填されているエネルギーの消費は普段の3倍以上だろう。

 

 事実、データを記録しているカミラの端末にもそれを裏付けるようなデータが示されている。

 

 このペースで使っていれば、あと数回でエネルギー切れになるだろう。それを待っているのか楯無は無駄に反撃はせずに躱すことに徹している。

 

 しかし、この問題をイサベルが承知していないはずがない。

 

 イサベルはここで新たなライフルを取り出すと、レーザーを自らのアルバに向けて放った。

 

 それは見事にエネルギーの供給口に当たり、アルバにエネルギーが充填された。

 

「ちょ、何よそれ!」

 

 流石に想定外だったのか楯無が慌てた声を挙げる。

 

 対するイサベルは、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべている。

 

「アルバっていうより、第三世代兵装としてのレーザーシステムの使い方かな。思考操作だから出来る芸当だけど、少しでもミスしたらドカンだから緊張したんだけどね。上手くいって良かったよ。さ、続きと行こうか!」

 

 新たにエネルギーが充填されたアルバは先程と変わりなく射撃を続ける。

 

 楯無も次のエネルギー充填を遮るためにアクア・カーテンをアルバに近付けて発動させるようにした。

 

 しかし、今度は供給を妨害するために展開したアクア・カーテンを嘲笑うかのようにイサベルが直接近づきエネルギーを供給する。

 

 それでも終わりはやってきた。それはレールガンの弾頭を使いきったからだ。

 

「どうやらここまでのようね、イサベル。次はこっちから行くわ!」

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

「おー、すげー」

 

 一夏の口から自然と声が上がる。

 

 観客もそれは同じだろう。お互いのISの特徴を生かした戦いは確かに惹きつけられるものがある。招待されていた各国の高官たちも満足げだ。

 

 しかし、それはあくまでも一般的な見方だ。

 

「更識もアルベルダも大分手を抜いているな」

 

「そうですね。ベルも5割位だと思います。楯無先輩も同じくらいかと」

 

 千冬の言葉にカミラも同意する。

 

 これはあくまでも模擬戦(デモンストレーション)であって、観客に魅せるためのものだ。

 

 そのため、分かり易く、それでいて退屈にならない程度にしか実力を見せていない。

 

「ところでフアレス。何故部屋の隅に居るのだ?」

 

「あ、気にしないで下さい。少し落ち着いたらそっちに行きますから」

 

 千冬が言ったようにカミラが部屋の隅に居るのには当然理由がある。

 

 それはカミラ自身の癖のようなものが原因で、自室でパソコンを使う際に下着姿だったり全裸になるのと同様に、新しいアイデアや、見たことのない技術を目の当たりにすると、服を脱いでしまうのだ。

 

 今回は事前に対策していたこともありそのようなことは起こらなかったが、それでも興奮による顔の紅潮は隠せないので、部屋の隅で蹲っているのだ。

 

「それにしても、あれでお互い本気じゃないって、本気だったらどうなるのよ」

 

「あれ? 鈴ちゃんは見てなかったの? ほら、ベルとアルセリアさんの試合」

 

「あー、あれね。あの時はIS学園への転入準備で忙しかったから見れてないんだけど……」

 

「じゃあ、あとで見るといいよ。あれが……まあ8割位かな。あの二人が全力で戦ったらフィールドがもたないから」

 

「フィールドがもたないってどういうことだ?」

 

 流石にフィールドがもたないということに疑問を覚えた一夏が質問する。

 

「まず、観客を守るバリアーだけど、あれくらいなら数十秒」

 

「え?」

 

「で、地面はクレーターだらけ、観客席も崩壊…………なんてことになったんです」

 

 誰も声が出なかった。千冬だけは何でもないという顔をしていたが、他は違った。

 

「えーと、その、本当?」

 

「うん。ちなみにそれが去年。今のベルが使ってるトーケー・デル・ソルの完成時ね。今は各種装備も向上してるからそれくらいじゃ済まないかも」

 

 驚きを通り越してしまったのか表情が固まる鈴と一夏。

 

 そうして話している内にも、戦況は変わっていく。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 レールガンの弾頭を使い果たしたイサベルは守勢に回っていた。

 

 イサベルに残された実弾装備はライフル一丁のみ。口径こそ大きいものの、レーザーに比べて反動などの面から使い勝手が悪く、どうしても後手に回ってしまう。

 

 かといってブレードで近接戦を挑もうにも、リーチの長さからランスの方が優位であり中々接近できない。

 

 レーザーでの射撃がほぼ封じられているため、牽制としてのレーザーですら意味を成していない状況の中、イサベルは一度最大加速で上空に上がり、そこで停止した。

 

「あら、またそこに戻るの?」

 

「そうだね、まあ、残り時間も少ないし、ちょっとだけ本気で行こうかな、と」

 

「あらそう。じゃあ、私もちょっとだけ――」

 

 そう言った楯無のISが姿を変えた。今までどこにあるとも知れなかったアクア・カーテンが目に見えるほどの濃度となり、まるでカーテンのようにISの周囲に広がっていく。そして、各装甲の間にもアクア・カーテンが展開されていく。

 

 対するイサベルに特に変化は見られない。強いて言うのであれば、目を閉じていることくらいだ。

 

「さあ、行くよ。楯ちゃん!」

 

「来なさい!」

 

 次の瞬間、イサベルの姿は消えたように見えた。8基全てを使った瞬時加速(イグニッション・ブースト)の速さに観客の目が着いていけないからだ。

 

 しかし、対戦者である楯無は余裕を持って対処する。

 

 事前に周囲に散布しておいたナノマシンの動きから軌道を予測し、的確に防御し、反撃を加える。

 

 観客からすれば、時折見える武器同士の接触による火花と、その場であまり動かない楯無しか見えておらず、イサベルの姿を正確に捉えることが出来るのはごく少数だ。捉えられない観客は瞬時加速(イグニッション・ブースト)特有の破裂音が聞こえていることと、イサベルのISの色であるオレンジの軌跡で辛うじてイサベルが移動しながら戦っているということが分かる。

 

 レーザーを使わず、アルバにスラスターの機能のみを求めたイサベルの戦い方は、彼女の隊の副隊長であるアルセリアの戦い方だ。瞬時加速(イグニッション・ブースト)による高速接近と高速離脱、スローでなければ見ることが出来ないが、手に持つブレードも時折変化している。

 

 対して楯無は決して自分から攻めることはせず、舞を舞っているかのようにその場でヒラリヒラリと躱しながら隙を見つけてカウンターを繰り出す。

 

 それはまるで闘牛とカウボーイを見ているようだった。

 

 そして、残り時間もあと僅かとなった時、イサベルの戦い方が再び変わった。

 

 今までしていたスピード重視の単一瞬時加速(シングル・イグニッション・ブースト)から、機動性重視の多重瞬時加速(マルチ・イグニッション・ブースト)に変わり、細身のブレードを手に地上スレスレを移動し始めた。

 

 当然、それに対応するために楯無の動きも多くなり、僅かに土煙も立ち始めた。

 

 楯無は、イサベルの右からの斬りこみをランスで受け止め、蹴り飛ばそうとするも、それは脚部から飛び出してきたショートブレードを弾くために軌道を変えざるをえなくなり、結果としてカウンターは不発に終わる。

 

 イサベルも不発に終わったカウンターの隙を狙う様に斬りこむが、装甲を掠めるに留まった。

 

 二人のモニターに映し出された残り時間はあと5秒。

 

 そして、二人は正面からぶつかった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 試合終了の合図が鳴った。最後の一撃は土煙に紛れて見えていなかった。

 

 部屋の隅から戻ってきていたカミラは、なぜか溜め息を吐いていた。

 

「まったく、二人ともそういう演出はベタ過ぎると思うんだけどなあ……」

 

 土煙が晴れ、見えてきたのはブレードを首先に突きつけ、ゼロ距離での射撃を狙うアルバが楯無のISを囲んでおり、同時にイサベルのISにアクア・カーテンが巻き付いているところだった。

 

 どちらもが必殺の場面であり、どちらもが攻撃できない。そんな()()の光景だった。

 

 この光景を見て観客からは歓声が上がり、招待席からも拍手が送られる。

 

 一夏や箒たちもどうやら観客と同じらしい。

 

 冷めた見方をしているのは、二人をよく知っているカミラと、千冬だけのようだった。

 

 興奮冷めやらぬ観客を前に二人はISを解除し、カミラ達のもとへと帰ってきた。

 

「はー、疲れた。これだからお偉いさん向けの試合は嫌いなんだよ」

 

「でも、楽しそうだったじゃない」

 

「そりゃ、楽しいのは楽しいよ。でもねー、こう、なんというか精神的にね」

 

「これくらい慣れっこでしょうが。あ、どうも初めまして織斑一夏くん。私がこのIS学園の生徒会長、更識楯無よ」

 

 そう自己紹介しながら楯無は一夏に握手を求める。それに応えた一夏は背後から変な視線を感じたが、特に気にする様子もなかった。

 

「あ、カミラちゃん。お姉さんシャワーを浴びてくるから」

 

「何で私に言うんですか……」

 

「カミラ! 私もシャワー浴びてくるね!」

 

「だから、何で……」

 

 何故かカミラに声を掛けた二人はそろってロッカールームに行ってしまった。

 

 残されたカミラ達は、試合の映像を見ながら二人を待つのであった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

 ロッカールームに備え付けらえたシャワー室に二人分の水音が響く。

 

「そういえばさ、楯ちゃんまた胸大きくなったね」

 

「そういうイサベルこそまた背が伸びたじゃない。確か去年までは私と同じくらいだったはずよね?」

 

「まあ、食べてるからね」

 

「本当、何であんなに食べてるのに太らないのかしら。ちなみに今日の朝はどれくらい食べたのよ」

 

「うーん、日替わり定食と、セシリアちゃんが食べてたやつ。あ、あと本音ちゃんと一緒にお菓子も食べた」

 

「相変わらず恐ろしい食欲ね」

 

 シャワーを終え、軽くストレッチをしてから二人は制服に袖を通す。

 

 そして、ロッカールームを出ようとしたとき、二人の端末が同時に呼び出し音を鳴らした。

 

 一瞬、顔を見合わせ、それぞれが呼び出しに応じる。

 

「どうしたの? カミラ」

 

「あら、本音。何か用?」

 

『それが、なんだかよくわかんないけど、ISが現れたの。今は織斑さんとオルコットさんと鈴ちゃんが戦ってるけど、どうも様子がおかしいの。すぐ来て!』

 

『何か変なのが来ましたー』

 

 緊急事態であることは間違いなさそうなので、要領のつかめない本音より、きちんと状況を把握していそうなイサベルに目配せし、会場に向かう楯無。それと並走してイサベルが状況を伝える。

 

「とりあえず、未確認機が2。今は一夏くんとセシリアちゃんと鈴ちゃんが応戦中。形成は不利。敵機はアリーナに張られているシールドを破壊して侵入。あとは……」

 

 目の前にはアリーナへと出る扉があるが、完全に封鎖されている。

 

「隔壁が降りてるってことね!」

 

 楯無は即座にISを部分展開し、力任せに隔壁を破壊した。

 

「制服でIS使うのはちょっとアレだけど仕方ないか。行くわよ! イサベル」

 

「今日は厄日ってやつ? ま、いいか」

 

 二人はアリーナに出たところでISを展開し、三人の援護に向かった。

 

 

 

 

 



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12:「一夏、きっちり決めなさいよ!」

お久しぶりです。遅くなって誠に申し訳ありません。

卒論と就活のダブルパンチ……


 

 

 イサベルと楯無がシャワーを浴びているまさにその時、アリーナは混乱に包まれていた。

 

 原因は、アリーナの客席を保護するためのシールドを破って現れた正体不明のISだ。

 

 そのISは突然現れた。そもそもIS学園はその特殊性から敷地に対する警戒レベルは一国の元首に対するものよりも高い。しかし、今回はその警戒網に引っかかることはなかった。現に今も肉眼でこそ確認できるが、学園中に張り巡らされた警戒網にはそのISは反応していない。

 

 そして、客席の生徒たちは隔壁が下ろされたことによって逃げ出すこともできない。

 

 今は千冬が生徒を落ち着かせているが、アリーナ全体が緊張感に包まれている。

 

 当然、カミラたちのいるピットも例外ではない。とはいえ、カミラは操縦者というよりは技術者だ。現状を認識し、即座に隔壁の解除に取り掛かった。

 

「……なにこれ。パスの変化が速すぎて追いつけない!」

 

 カミラの技量が足りないわけではない。ただ、あまりにも相手の力量が高すぎた。

 

 カミラは通常のアクセス方法だけでなく、クラッキング紛いのやり方もしている。しかし、まるで意思があるかのようにその悉くが防がれてしまう。

 

 イサベルに連絡を取ろうにも、通信系も遮断されているのか電話は通じず、ISによる通信もなぜか出来ない。

 

 今はまだ正体不明のISがアリーナ中央で停止しているからいいものの、あれが動き始め客席に向かって先程のシールドを破った攻撃をされてしまえば死人が出る。

 

「鈴ちゃん! 隔壁破って!」

 

「破るって言ってもこれって対ISを想定してるのよね?」

 

「龍砲で隔壁に圧力かけて少しでも歪ませれば大丈夫!」

 

「そんな使い方したことないけど……まあいいわ」

 

 鈴はISを展開しカミラに言われたとおりに隔壁に圧力を掛ける。一回では歪まなかったが、何回か繰り返しているうちに歪み始め、遂に破壊に成功する。

 

「開けたわよ!」

 

「じゃあ、足止めお願い! まだ動き出してないけど、いつあの砲撃が客席に向くかわからないから気を付けて!」

 

「OK!」

 

「織斑さんとオルコットさんもお願いします。3対1なら完全に抑えられるはずですから」

 

 そう言われた一夏とセシリアもISを展開して鈴のあとに続いてアリーナに出る。

 

 未だ沈黙を続けるISは不気味の一言に尽きる。

 

 いきなり近づくのは無謀なため、セシリアがブルー・ティアーズを使い脚部を狙う。

 

 しかしそれが当たることはなかった。ブルー・ティアーズが動き始めてすぐにそのISも動き始めたのだ。移動速度はそれほど早くはない。それに何故か向こうから攻撃を仕掛けてくる気配はなかった。

 

「セシリア! どうする!?」

 

「カミラさんからは時間稼ぎと言われてますけど……」

 

「その通りにしたほうがいいわよ。下手に暴走でもされて客席を狙われたら意味ないもの」

 

「そっか。……というか、なんであいつは攻撃してこないんだ?今だってただそこにいるだけって感じだし……」

 

 一夏の言う通り、なぜかISは動きを止めていた。こちらの出方を窺っているようにも見えるが、印象としては「待て」をされている犬に近い。

 

 どうすべきか悩んでいるその時、カミラからの通信が入った。

 

『皆! ロックされてる! 第二射が来る!』

 

 その通信を聞いて一夏たちが一斉にその場を離れた瞬間、二機目のISが上空から姿を現し、レーザー砲撃を始めた。

 

 それは誰にも当たることはなかったが、アリーナのシールドをまるで紙であるかのように容易く引き裂いた。

 

『さっきの砲撃より威力が高い!? あれじゃあまるで……』

 

 カミラが何を言ったのか最後まで聞き取れた者はいなかった。ISを使った秘匿通信(プライベートチャンネル)ではあるが、一夏たちにそれを聞く余裕がなかったのだ。

 

 バラバラに移動した三人であったが、未だISのモニターにはアラートの表示が消えていない。

 

 二機目のISは妙に長い腕を使い独楽のように回りながら砲撃を繰り返している。客席にこそ向けられてはいないが、その一撃一撃が先程の砲撃と同程度の威力だ。三人も避けることに注力を傾けていた。

 

 しかし、三人は新たに乱入してきた一機に気を取られるあまり、初めにいた一機を半ば忘れてしまっていた。

 

 そして、それは致命的であった。

 

「きゃっ!」

 

 鈴が悲鳴を上げる。一機に集中していたがために忘れていたもう一機に背後からの一撃を貰ったのだ。腕を使った打撃であり、ISに対しては特に問題となるほどのものではない。しかし操縦者にとってその衝撃は違う。

 

 不意を突かれた形となった鈴はバランスを崩してしまった。そして、二機目のISはその隙を見逃さなかった。長い腕を鈴に向け、砲撃を躊躇なく行った。

 

 

 

   ◆

 

 

 

「鈴!」

 

 一夏が叫んでもちょうど反対側にいる一夏は助けに入ることはできない。そもそももう一方の腕は一夏を狙っているのだ。

 

「あ……」

 

 鈴もあまりの状況に一歩も動くことができない中、無慈悲にその砲撃は鈴を襲ったかのように見えた。

 

「ふー、ギリギリだった。鈴ちゃん、大丈夫?」

 

 その一撃が鈴に届くことはなかった。今鈴の目の前にいるのは、イサベル。いつもは腰の部分を覆っているシールドビットが展開されエネルギーシールドを形成して砲撃を防いでいた。

 

「イサ、ベル……?」

 

「しっかりしなさい。私だってさっきまでので結構エネルギー使ってるからもう何回も出来ないんだから」

 

 砲撃を防ぎ切ったシールドビットはそのままイサベルの周囲を漂う。12基あったそれもすでに半数がさっきの砲撃で破壊されていた。

 

「大丈夫? ほら」

 

 イサベルは手を差し出し鈴を助け起こす。イサベルの背後では楯無がアクア・カーテンを使い砲撃を掻き消していた。

 

「さ、行きましょう。一夏君たちと協力して一機を落として。防御は楯ちゃんがやってくれるから」

 

「え、もう一機は?」

 

「私が落とすわ。あれぐらいなら問題ないし、まあ、いろいろとあるからね」

 

 どこか腑に落ちない部分はあったが、今は言われたとおりにするのがいいと考え、鈴は一夏たちと合流した。

 

「鈴! 大丈夫か!?」

 

「大丈夫よ。あっちの一機はイサベルが引き受けてくれるらしいから、こっちの一機を落としてくれだって」

 

「大丈夫ですの?」

 

「イサベルなら大丈夫よ。それよりも、三人とも。どうもあのISは無人機みたいだから遠慮する必要はないわよ」

 

 楯無が告げた言葉に三人は驚く。ISの無人化は現在どの国も開発に成功していない。それをそのまま信じることはできなかったが、そう考えれば何となく理解できることもあった。

 

 どこか機械的な動きも、常に最良の選択をするその行動も、無人であるのならばと納得できるものであった。

 

「信じていいんですね」

 

「ええ。一夏君、あなたが止めを刺しなさい。零落白夜なら一撃で落とせるはずよ。生憎私は客席の方を守らなきゃいけないから協力はできないけど、出来るわよね?」

 

「出来ます」

 

「そう。なら頑張りなさい。私のアクア・カーテンだって無尽蔵じゃないの」

 

 言うだけ言って楯無は離れて行ってしまった。彼女の言葉通り、時折流れ弾が客席にいくのを防いでいる。しかし、その動きはどこか鈍い。というのも、楯無もイサベルと同じく補給ができていないのだ。

 

 その中でも最善の働きをしているのは流石国家代表といったところだろうか。

 

「一夏さん、零落白夜の持続時間はどれくらいですか」

 

「今のシールドエネルギーじゃ10秒が限界だな」

 

「わかりました。鳳さん、私たちであれの動きを止めますわよ」

 

「一夏、きっちり決めなさいよ!」

 

 セシリアと鈴は一夏から離れて、ブルー・ティアーズと龍砲による遠距離攻撃で敵の動きを阻害する。しかし、一夏が零落白夜を決められるような隙は中々生まれない。

 

 一夏の瞬時加速(イグニッション・ブースト)からの一撃は確かに強力ではあるが、直線的であるため読まれやすい。ましてや相手が無人機であるならばそういった直線的な動きでは仕留められない可能性が高い。

 

 かと言って一夏自身が仕掛けに行って敵を落とせるような技量はない。

 

 一夏は一瞬の隙も見逃さないようにただ我慢していた。

 

 

 

 

 

 

 代わってイサベルは相手の動きを観察するように躱すことに集中していた。もちろん客席や一夏たちのほうに砲撃がいかないように立ち位置も考えながらである。

 

 しかし、チラッと見た限りでは、どうやら一夏たちは苦戦しているようだった。

 

『カミラ、あれを使う』

 

『大丈夫なの?』

 

『大丈夫。私を信じなさい』

 

 何をするのかは分からないがどうやらそれなりにリスクを伴うものであるらしく、カミラがイサベルを心配している。

 

 その気持ちを理解したうえでイサベルは大丈夫と言ったのだ。カミラはそれを信じた。

 

「……行くよ、Ortlinde」

 

 イサベルが何かを呟く。それを聞いて意味を理解できたのは千冬とカミラだけだった。

 

「フアレス、アルベルダはもしや……」

 

「そうですよ。織斑先生と同じです」

 

「そうか……」

 

 それ以降千冬は口を閉ざした。二人の会話の意味が分からない真耶は首をかしげていたが、二人とも説明する気はないようだった。

 

 そして、アリーナではイサベルが反撃に出ていた。先程まで観察していたためなのか、不自然なほど敵の攻撃は掠りもしない。寧ろ砲撃の方から避けているようにも見える。

 

 そして、決着は一瞬だった。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)よりも遥かに速く動いたイサベルはアルバを敵に密着させ躊躇なくレーザーを照射した。

 

 照射による熱で装甲は溶け、ISは跡形もなく消し飛ばされた。使われていたであろうコアの影も形もない。

 

「ふう。さて、向こうはどうなったかな?」

 

 一息ついたイサベルは見定めるかのような目で一夏たちを見る。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 一夏たちは未だ隙を見つけられずにいた。敵のISはセシリアと鈴の攻撃を完全に避け、しかも反撃まで加えていた。

 

「何ですの、あれは!? エネルギー切れもないとでも言うのですか!」

 

「ホント、どこからあれだけのエネルギー捻出してるんだろ」

 

 二人が疑問に思うのも無理はない。もう既に何十射もしているのに一向にエネルギーが切れる気配がしないのだ。対してこちらは徐々にエネルギーが消費され、今では全快時の5割を切っている。

 

 もうそろそろ決めなければならないと三人が思ったころ、三人を不思議な感覚が襲った。一瞬ではあったが、視界がクリアになり、相手の動きが手に取るように分かった。

 

 その理由は分からなかったが、その感覚を忘れてしまう前に無意識でセシリアと鈴は攻撃をしていた。

 

 そして、その攻撃は敵ISに決定的な隙を生み出した。一夏もそれを見逃さなかった。

 

「行けーー!!」

 

 手に持つ雪片弐型から零落白夜の赤いエネルギーを迸らせ、一夏は脇目もふらず一直線に突っ込みISを両断した。

 

 二機のISが倒されたことにより隔壁も解除され、IS学園の機能は完全復旧を果たした。

 

 教師陣が生徒を先導し寮へ向かう。こうしたことがあった以上、今日の授業は当然中止であり、生徒たちは寮から出ることを禁止された。

 

 一夏たちはピットに戻っていた。誰もがすぐに休みたい状況であったが、当事者であるためすぐには出来なかった。

 

 鈴はイサベルを見つけお礼を言ったが、その際に、イサベルが異常に汗をかいていることに気づいた。

 

「イサベル、大丈夫? すごい汗よ?」

 

「ん、ああ、大丈夫。すぐ収まるから」

 

 少し辛そうな表情であったが、目が詳しいことは聞くなと雄弁に語っていたので鈴は何があったのかは聞かずにタオルを差し出した。

 

「ありがと」

 

 イサベルはタオルを受け取ると、携帯を取り出し、どこかへと電話を掛けるためにピットを出て行った。

 

 それをカミラは横目でみていた。

 

 

 

   ◆

 

 

 

 ピットを出たところでイサベルは千冬に声を掛けられた。

 

「アルベルダ、アレは使うな。壊れるぞ」

 

「大丈夫ですよ。今回はちょっと想定してなかった形だったからこんなになっただけです」

 

「そうだとしても、だ。……いつから使えた」

 

「初めて私がコアに触れたときからですよ。織斑先生もそうでしょう?」

 

 千冬はそれに答えずに先程イサベルが出てきたピットに向かっていった。

 

 ようやく一人になったイサベルは17桁の番号を打ち誰かに電話を掛けた。数回のコール音の後、機械的な音声がパスワードを求める。それに答え、ようやく目的の人物に電話がつながる。

 

「一体今日のは何だったんですか?」

 

『少なくとも私じゃないよ。私はあの()()()()を使っていない』

 

「そうですか。では、質問を変えましょう。誰に()()()ました?」

 

『……鋭いね。確かに私はアレを使って織斑一夏を襲撃するつもりだった。だが、その際には一機で、対人制限を掛ける予定だった。そもそも対人制限は元から掛かっていたはずなのだが』

 

「何者かに奪われ、外された、と」

 

『そうだろう。但し日本国内ではない。これを奪う力量があるのは国内に二人。影の更識と蒼の玖渚にこれをする必要性は皆無であるし、そもそも蒼の玖渚はその力量の殆んどを失っているからな』

 

「そうですか。ではやっぱり……」

 

『恐らくは』

 

亡国機業(ファントムタスク)……か」

 

『学園付近に配置したゴーレムは既に奪われている。今後もこう言ったことが起こる可能性もあると考えておいたほうがいい』

 

「分かりました。本国にも私の専用機を早急に開発してもらいます」

 

『それがいい。それでは』

 

「はい。アリスさん」

 

 電話を切ったイサベルは次にスペインのIS工廠に電話を掛けた。

 

『隊長、どうかしましたか?』

 

「S-03の開発状況は」

 

『現在の進捗は……およそ7割といったところでしょうか。ミーアさんのデータがあるおかげで大分進みましたよ』

 

「そう。じゃあ、IS学園の臨海学校の際のテスト運用には間に合いそう?」

 

『間に合わせて見せますよ』

 

「よろしくね」

 

 イサベルは大きく息を吐く。その行為に、今日のイサベルの疲労が表れているようだった。

 

 

 

 




次回は本編に全く関係ない()番外編予定です。





以下、番外編予告。


楯無「そんな……アメリカのIS運用空母が3分で……」

イサベル「あ、うちの戦艦が……」

その日、世界が変わった。




束「GISOUを作ってみたよ^^」

箒「これが……GISOU……」

イサベル「これが、YAMATO……」

そして、戦いが始まる。




利根「カタパルトが不調だと?」

熊野「とぉぉ↑おう↓」

一夏「俺、居る意味あんのかなあ?」

優勢を誇る人類。しかし、ついに深海棲艦の最大戦力がその姿を現す。




戦艦棲姫「ナンドデモ…シズメテ…アゲル」

港湾棲姫「クルナ…ト……イッテイル…ノニ……」

レ級flag「ボクニ……カテルトデモ……オモッテルノ?」

イロハニホヘトチリヌルヲ改ワカヨタソflag「…………」



イサベル「嘘でしょ…………」

大和「それでも……やるしかないわね!」

ビスマルク「さあ、かかってらっしゃい!」

人類の明日はどっちだ!




※多分に嘘が含まれている可能性があります。



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番外編:イサベルの一日

今回は番外編と称してイサベルの一日をご紹介。

前回の後書き? が、頑張って書いてます……


 

 イサベルの朝は早い。

 

 初日こそ6時からのランニングであったが、以降はきちんと申請をし、朝4時からランニングに出かけている。最近は陸上部の朝練習にも参加しているようだ。陸上部からの勧誘の声も多いらしいが、彼女はサッカー部に所属していたりする。

 

 そして、いつものメニュー(10㎞ランニングと陸上部の朝練習)を一通り終えると、シャワーを浴びて食堂に向かう。

 

 彼女の最近のお気に入りは朝定食A(和食)であるようで、毎日のように頼んでいる。もちろん大盛りである。そして、その他にも定食系を一つ頼むのだから、彼女を見て食欲を無くしてしまう者もいるくらいだ。そして、それだけ食べても太らないように見えるのだから嫉妬の視線も多い。

 

 ……実際は朝からトレーニングしているためなのだが。

 

 朝食が終わり、始業までの間は寝ていることが多い。彼女にとって授業の予習というのは必要ないらしい。そもそもISに関してならば並の教師よりも遥かに詳しく、通常の授業も数学などはむしろ日本の教育が遅れているくらいだ。彼女が苦労しているのは今のところ古文だけである。

 

 そして、授業が始まれば居眠りすることなくきちんと受け、休み時間にはクラスメートにわからないところを教えてあげている。当初は国家代表という肩書もあってクラスメートは中々話しかけづらそうであったが、今ではそのかけらもない。少々悪戯好きなところもあるが、基本的には変わらないのだ。

 

 昼休み。昼食は朝食ほど食べないイサベルは、その日の気分でメニューを選ぶ。ちなみに今日は天丼だった。

 

 イサベルは基本的に食堂で昼食をとるが、たまに弁当を持参することもある。しかし、その中身を作っているのはカミラであり、イサベルではない。イサベルの料理は大雑把すぎて弁当には向かないのだ。一例をあげるとするなら、隊で食事当番になった際のイサベルの料理は、肉に塩コショウをかけて焼いただけ、しかも切り分けることもしなかったのだ。

 

 イサベルが料理をあまりしないというのは、カミラが作ってくれるということもあるが、一番の要因となっているのは幼馴染であるゴンザレスの料理の腕がプロ級であり、彼の一家に幼いころからお世話になっているからだろう。

 

 昼休みが終われば、当然午後の授業が待っている。今日は古文の授業があるので、若干憂鬱そうである。ちなみに隣のクラスの鈴は漢文が苦手らしい。彼女曰く、「書き下す必要ないじゃん」らしい。

 

 さて、放課後にイサベルがとる行動は2つである。部活に参加するか、ISの調整をするかだ。

 

 今日は部活のようで、スパイクを持ってグラウンドに向かった。

 

「イサベル、今日は紅白戦やるから準備しといてー」

 

「はい!」

 

 2年の先輩に言われ、イサベル含む1年生は準備を始めた。

 

 まずはゴールを運び、そのあとにラインを引く。あらかた準備ができたところで、ペアを組んで準備体操、基本練習をこなした。

 

 紅白戦はどうやら新入生歓迎のために行われるらしく、1年生チーム対2,3年生チームで行われた。

 

「手加減はしませんよ? 先輩方」

 

 イサベルは不敵にほほ笑んだ。彼女はサッカーに多少の自信があるのだ。幼馴染であるゴンザレスは料理が得意なだけの男ではない。サッカーも得意なのだ。そもそもスペインという国はサッカーが強い。FIFAランクで言えば、現在1位。そして、そんな強豪国の中にあってゴンザレスは16歳ながらU-23の代表に選出され、既に5ゴールを挙げている。

 

 そして、そんな彼と共に練習に参加していたイサベルもまた、IS操縦者でなければ将来有望なサッカー選手としての実力を持っている。

 

 とはいえ、周りの1年生はイサベルのレベルについていけそうもないので、イサベルは司令塔としてバランスをとる役目をしている。

 

 試合は前半を終えて0対2と負けている。負けず嫌いなイサベルは後半、自重を辞めた。

 

 決して味方を蔑ろにはせず、むしろ生かしながらゴールへと邁進するイサベルの姿に、3年生の伊藤は、スペインのある選手を脳裏に思い浮かべた。

 

「まずい! イサベルを止めて!」

 

 GKの伊藤はディフェンスに指示を出すが、それをいとも容易くすり抜け、一対一となってしまう。イサベルはGKの動きを冷静に読み切り、わざわざラボーナでゴールを決めた。

 

 1対2のまま試合はロスタイムとなった。そして、おそらくラストプレーであろうフリーキックはゴールまでおよそ25mといったところか。

 

 もちろんキッカーはイサベル。大股で5歩下がり、ゴールを睨み付ける。

 

 そして、その姿に伊藤は確信を抱いた。その特徴的なフリーキックのスタイルは最近一気に知名度をあげているスペイン代表のゴンザレスと同じなのだ。

 

「いくよ! ゴンちゃん直伝!」

 

 そして蹴りだされたボールは全く回転せず、伊藤が手を触れることすらできずゴールに突き刺さった。

 

「2回曲がった……」

 

 そして、試合は終了。紅白戦とは思えないほど盛り上がった試合はいつの間にか放課後に暇を持て余していた生徒たちが観戦していたようで、拍手が巻き起こっていた。

 

 紅白戦終了後のロッカーでイサベルは質問攻めにあっていた。

 

「イサベルさん、あのフリーキックはゴンザレス選手と同じですよね!?」

 

「ん? ああそうだよ。ゴンちゃんと一緒に練習したからね」

 

「えっと、もしかして知り合い……とか?」

 

「えーと、幼馴染ってやつ。最近会ってないし電話でもしてみるかなー」

 

 そう言うと、周りは盛り上がった。年頃の女の子にとってこういったものは興味津々な話題なのだ。

 

「じゃあ、付き合ってたりは!?」

 

「してないって。だって私の結婚相手はISなんだから。んー、でもゴンちゃんなら別枠でもいいかなー」

 

「えっ」

 

 姦しい会話はその後も続いたのであった。

 

 そして、夜。

 

 カミラとの新型ISについての議論を終えたイサベルは言ったとおりにゴンザレスに電話をかけた。

 

「やっほー、久しぶりゴンちゃん」

 

『ゴンちゃん言うなって、何回言えばいいんだよ……。ていうかそんなに久しぶりじゃないだろ』

 

「いやー、こっちに来るまでは毎日会ってたからねー」

 

『ま、確かにそうだけどな。ああ、そういえば親善試合で日本にいくことになったから』

 

「お! いいねー。見に行くから後で日付教えてよ。それにゴンちゃんのご飯も食べたいし」

 

『ベル、お前そっちが主目的だろ……』

 

「ばれたか……。そういや今日久しぶりにフリーキック蹴ったけどちゃんとできたよ」

 

『そりゃねえ。なんというか、相手はご愁傷様というか。どうせ触れなかったんだろ?』

 

「よく分かるね……ってそりゃそうか。ご本人様だもんね」

 

『いやいや、俺より早くできるようになっただろうが。つーか、こんな時間まで起きてていいのか? どうせ明日も朝早いんだろ?』

 

「大丈夫大丈夫。明日はお休みだからね。ていうか、そっちも昼休みでしょ? 時間大丈夫?」

 

『ん、あ…………。時間やべえ。じゃあな、ベル』

 

「うん。お休み」

 

 電話を切ったイサベルはベッドに倒れこむと、そのまま寝息を立て始めた。

 

 そして、それを見てカミラはため息をついて布団を掛ける。

 

 これが、イサベルの1日だった。

 

 

 




フリーキックのモデルはCR7。


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13:「馬鹿か、お前は」

どうもみなさん。お久しぶりです。私のこと、覚えていらっしゃるでしょうか。

約一年ぶりの更新です。正直自分でもこんなに遅くなるとは思ってもいませんでした。

まあ、詳しくいってもあれなので簡潔に。

実は半年ほど入院生活をしておりました。

そのせいで大学は留年だし、就活はやり直しで大変ですが、何とか更新は続けていきたいので改めてよろしくお願いいたします。


 

 

 無人ISの襲撃から一週間が経ったIS学園の整備室には連日イサベルとカミラの姿があった。

 

 先日の謎のISとの戦いで所謂奥の手というやつを使ったイサベルの機体は見た目には問題はないように見えるが、かなりのダメージを負っており、連日の修理にも関わらずカタログスペック上の3割しか性能が発揮されない状態にあった。特にスラスター兼砲口であるアルバの破損は著しく、新しいものと交換した方が早いほどだ。

 

 それを改善すべく二人で協力しているのだが、いくらスペインが誇る技術者であるカミラを以てしても、この調子では当分使い物にならないというのが共通見解でもあった。

 

 とはいえ、楯無によれば一か月以内にタッグトーナメントが行われるらしく、最低でも5割くらいの性能が発揮できるようにしたいところであった。

 

「ベル、アルバの稼働何割削っても大丈夫?」

 

「最大で6割かな。むしろ第二世代型まで一旦戻しちゃったほうがいいかなあ?」

 

「それは、どうだろう。出来ないこともないけど、一旦しちゃうとスペインに戻らないと戻せなくなっちゃうんだよね。まあ、プラン通りに次の機体が仕上がってきているなら問題ないんだけど、そっちはどうなの?」

 

「微妙かな。急いでくれてるけど、流石に一か月以内っていうのはね。一応アルセリアのはできたらしいけど、私の分は新装甲があんまり上手くいっていないみたいでさ。本当はカミラが一旦帰った方が早いんだけど、それも無理そうだし」

 

 最先端とはいえIS学園はあくまでも学園でしかなく、研究開発を目的とした工廠とは機材の充実具合はかなり異なり、これほどまでに大規模な修理であれば、本来は一時帰国という手段をとるか、本国から予備パーツを送ってもらうのが普通なのだが、無人機の襲撃は緘口令が敷かれているため一時帰国やパーツの取り寄せには許可がいる。

 

 当然イサベルたちは許可を求めたのだが、それはIS委員会で却下されていた。あまりにも不自然な動きではあるが、二人には自力で直す以外の方法がなくなってしまったのだ。……まあ、この二人には大体どういう事情なのかは分かっているのだが。

 

「まあいいや。私はしばらくは学園のISを使わせてもらうよ。それでも負ける気はしないけどね」

 

 そういってイサベルは教室へ向かう。カミラは担任である千冬から許可を貰いISの修理の間に限っては授業の公欠が認められている。おそらく千冬もIS委員会の決定に疑問を抱いているのだろう。そのため、特に何も言われることなく許可を得ることができた。

 

「じゃあ、また放課後に」

 

 カミラの言葉を背に、イサベルは整備室を出て行った。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 昼食を終え、今日からはISを使った授業が開始される。

 

 まずは飛行の手本として専用機を持つ一夏、セシリア、イサベルが自身のISを装着した。

 

「イサベルさん、それは……」

 

「ああこれ? ちょっと私のISは修理中でね。学園から一機借りたんだ」

 

 イサベルが使っているのは、スペインが量産化の第一歩としてIS学園に寄贈したトーケー・デル・ソルの量産機「ルーナ・ジェーナ(満月)」だ。特徴的な機体色は白と黒のモノトーンになり、アルバは4基、全体的にはスマートな形になっている。

 

「まあ、私のソルに比べたら大分性能は落ちるけどね」

 

 半分以下にね、とイサベルは心の中で言うが、その半分ですら現行の第二世代機を上回っているのだから驚きである。

 

 ちなみにこの機体、教職員ですら満足に使いこなせたのは麻耶だけであったりもする。決してほかの教員のレベルが低いというわけではないが、この機体は量産機ではあるものの使い手の資質がある程度必要であり、すべての機能をつかえたのが麻耶のみであったということである。

 

「では、三人は上空10mまで上昇、その後地上に降りてもらう。その際、地表から5㎝浮いた状態で静止すること」

 

 千冬の指示通り、セシリアとイサベルは上昇したが、一夏は上手くできないのか、少し遅れてやってきた。

 

「なあ、どうやったらそんなに上手くできるんだ? どうも飛ぶっていうことの実感が湧かなくて……」

 

「簡単ですわ。まずは自分の飛ぶ方向に三角錐をイメージして……」

 

「いや、そんな理屈はいらないって。一夏くんはロボットアニメとか見る?」

 

「ああ、弾に見せられたことならあるぜ」

 

「じゃあ、その時のロボットみたいな感じで飛ぼうって思えばいいんだよ。……ていうか、模擬戦の時普通に飛んでたじゃん」

 

「いやー、あの時は必至でさ、あんまり考えてなかったんだよ。で、よく考えたらなんで飛んでんだろうってなったんだよ」

 

「まあ、そのうちそんな感覚もなくなるって。じゃあ、次は降下だね。先に行くよ」

 

 イサベルはそう言うと、スラスターを一気に吹かして地上に向かった。途中、減速する様子など見せず、地面が迫ったところで逆噴射をして見事に5㎝ぴったりで機体を静止させた。

 

「流石は国家代表だな。次、オルコット」

 

 名前を呼ばれたセシリアはイサベルと同じように一気に地上に向かい、きちんと静止して見せた。

 

「8㎝だな。少し減速が早い。最後、織斑」

 

 一夏は前の二人に倣って全速力で地面に向かい、そして…………止まれずに激突した。

 

「馬鹿かお前は」

 

 千冬からのアドバイスですらない言葉を聞き、地面に空いた穴の中で一夏は項垂れた。

 

 その後はIS数機を使ってISに乗るとはどういうことかを体験したあと、一夏に地面の修復を言いつけた後、授業は終了した。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 放課後になるとイサベルは大抵部活動に参加するのだが、ここ最近はISの修理に付きっきりであり参加できていない。

 

 しかし、今日は整備室自体が定期点検の日でありISの修理ができない。そのため久しぶりに部活動に参加しようとしたイサベルだったが、千冬に呼び止められてしまった。

 

「アルベルダ、少し話がある。来てくれるか?」

 

「いいですよ。……ここではできない話ですか?」

 

「察しがよくて助かる……ああそうだ。私の部屋……はダメだな。どこかいい場所はないか?」

 

「私たちの部屋でしたら盗聴盗撮その他諸々は出来ませんから大丈夫ですよ」

 

「そうか。では行こうか」

 

 それだけ聞くと千冬はさっさと行ってしまった。イサベルもその後を追っていく。

 

「アルベルダ。お前は()()の意味は分かっているのか?」

 

 部屋につくと、早速千冬が問いかけてきた。

 

 アレ、とはあの時にイサベルが使った手段のことだ。ISが通常発揮できる能力の上限を突破した使用法は、ISと使用者に莫大な負荷をかける。事実、イサベルのISはその反動でダメージレベルにしてD判定、所謂大破である。彼女自身も翌日は寝込むほどであった。

 

「分かっています。でもあの状況ではああするのが最善でしたので」

 

「いいや、お前はアレの本当の意味を分かっていない。アレは人の手に負えるものではない。束自身すらその危険性からリミッターを掛けたほどのな。…………お前はどうしてそこまでする? あの状況であれば多少の怪我に目を瞑れば……いや、お前と更識なら無傷であの場を乗り切れたはずだ」

 

「それはいくらなんでも私を過大評価しすぎですよ。あの場ではあれが最も被害を少なく事態を収める方法でしたよ」

 

「…………まあいい。これ以上アレを使うなよ。………………私のようになる前にな」

 

 千冬が言った最後の言葉はイサベルの耳には届かなかった。

 

 それ以上言うことはないのか千冬は部屋を出ていった。

 

 千冬が出ていった部屋の中でイサベルは一人呟いた。

 

「……もう、遅いんですよ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 イサベルとの会話を終えた千冬は自身の部屋に戻った。そこでおもむろにもう使うこともなくなったペンダントに目を遣る。

 

 それは彼女のISの待機形態を模したものだ。彼女の愛機「暮桜」は暴走の果てに自己封印という結末を迎えている。そして、その事実は今でも千冬を苦しめているといってもいい。

 

 これも全て、自身の力に対する傲慢さが招いたことでもあった。束という天才の友人を持ち、守らなければならない(一夏)がいる彼女は力を求めた。それが現状を招いている。

 

 いつの間にか力が入っていたのか、手を置いていた金属製のテーブルは()()()()()

 

 そのことに自嘲の笑みを浮かべた千冬は頭を切り替えるためか、彼女はシャワーを浴びようとタオルに手を伸ばしたところで彼女の携帯に電話がかかってくる。番号は見慣れないものだが、通常ありえない13桁の番号は彼女特有のものだ。

 

「どうした、束」

 

『なんとなく、ちーちゃんが落ち込んでいる気がしたので電話してみました! じゃあね!』

 

 たったそれだけで束は電話を切ってしまった。

 

 しかし、千冬の表情は確かに柔らかくなっていたのだった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 スペインのIS工廠では、現在昼夜を問わずイサベルの専用機の開発に奔走していた。カミラがいない今、その計画のすべてを任されているカルロスは次々と挙がってくる問題点を苦心して解決しようとしている。

 

 彼は決して凡才ではない。それは女尊男碑が罷り通っている奇妙な世の中でありながらIS工廠のナンバー2として働いていることからも証明されている。むしろ他国であれば、彼は国が召し抱えたいほどの、間違いなく天才の領域にいる人物だった。しかし彼は、彼では遠く及ばない才能の持ち主であるスペインを一気に軍事強国にまで押し上げたブルーノ、カミラの両名を知っているが故に、自身の才能を過小評価しがちでもあった。

 

 そして最近ではアルベルダ隊長の知り合いということで紹介されたアリスなる人物も、彼を遥かにしのぐ才能の持ち主であった。図面を少し見ただけで問題点を見つけ出し、それを的確に処理していく様は明らかに自分より上だと確信できる。

 

 とはいえ、自分が彼女に劣るからといって、臆したり逃げたりするようなことはしない。むしろ、目標が増えたと歓喜する彼は間違いなく技術バカであり、それは彼以外の研究員にも言えることであった。

 

 そうして、数々の失敗と改善を繰り返したイサベルの新ISは完成に近づいていた。そして、同時に副隊長であるアルセリアのIS改修案も進められており、そちらは既に実戦でのテスト段階にまで進んでいた。

 

 試作名S-01'と仮称されたそのISはアルセリアの得意分野である近接戦を強化した機体であり、腰部に4本、腕部に2本、脚部に2本のブレードを装備し、背部には現行のアルバとは全く異なる形の装備が追加されている。そして、一番の相違点は、換装を無くしたことであった。

 

 換装なしでの全領域対応型は、所謂第4世代型に位置づけられている。元々、汎用性に長けていることを目標として設計されていたトーケー・デル・ソルは、同時期に開発され先日フランスに譲渡されたS-02と違って尖った性能はしていなかった。それこそが量産化に必要なことであったためのものであるが、それ故にイサベルやアルセリアの力量に機体が追いついていないという現状も引き起こしていた。

 

 そして、フランスとの同盟の際に行われた模擬戦において、それは露呈した。スラスターの過負荷によるアルセリアの敗北自体はそれ程問題ではない。彼女がそういった戦いを好んでいるのは周知のことであり、対極ともいえる戦い方のイサベルとの模擬戦であればそうなることは明白だったからだ。

 

 問題はそこではない。単純に、彼女たちは自身のISの特徴を完全に把握したうえで、それに合わせるように()()()()()()()()()()()()ということが分かったのだ。

 

 彼らだけでは気付かなかっただろう。恐らく、カミラですら指摘されるまでは気付いていなかった。しかしその場にはイサベルの姉であるミーアがいた。スペインが誇る現最強とまで言われる国家代表が。

 

 彼女の目には明らかだった。僅かな動きのぎこちなさは彼女でしか気付けないほど極小のものであったのだ。そして、それを告げられた工廠の面々は腹立たしく思った。それは勿論イサベルたちにではない。そうした戦いをさせてしまっている自分達自身にだ。

 

 そこからは早かった。イサベルのISの強化論は元々あったが、それに加えアルセリアのISも同時進行で進めることにしたのだ。そして、僅か1週間で図面を仕上げ、彼らは作業に取り掛かった。それは、自分たちのプライドを掛けた仕事だったからだ。

 

 そして、その結果が今、目の前に示されている。

 

 アルセリア対隊員4名の模擬戦の結果は彼らを満足させるに足るものであった。性能は既に世界でも最高峰の性能であったトーケー・デル・ソルを遥かに凌駕し、近接戦でありながら掠り傷すら負わないアルセリアの腕が十全に発揮されていた。

 

「は、ははは…………できた……僕たちの技術の結晶が……」

 

 一人の研究員がそう呟いたのを切っ掛けに、至る所で歓声があがる。それはあっという間に工廠中を巻き込み、隣接している空軍本部から苦情が入るほどであった。

 

『ねえ、カルカル、この機体の名前はどうするー?』

 

 モニターから聞こえてきたゆったりとした声はアルセリアのものだ。そして、ようやく歓喜から再起動したカルロスは、少し悩んでアルセリアに決めてもらうことにした。これはトーケー・デル・ソルと違って、完全に彼女の専用機なのだから。それに、イサベルの新ISの名前はイサベル自身がつけているのだ。

 

『じゃーねー…………エストレリャ・ポラル。うん。これがいいかなー。よろしくねー、ポラル」

 

 至福の艦隊(ラ・アルマダ)を率い、「トーケー・デル・ソル(太陽の恵み)」、ひいては「エル・ソル(太陽)」の名を継いだイサベルの新IS「エスペランザ・デ・ソル(希望の太陽)」。そして、その光を受けて輝く「ルーナ・ジェーナ(満月)」。日中の航路を引き受けるイサベルに対して、副隊長としてアルセリアは、夜の航路を導く「エストレリャ・ポラル(北極星)」の名を自身のISに付けた。

 

「うん。いい名前だ。アルセリア、今日はゆっくり休んでくれ」

 

『カルカルもだよー。それに、ほかのひともみんなね』

 

 そう言って通信を切ったアルセリアは自身の機体を工廠に戻す。

 

 それを確認したカルロスは、今日明日を工廠を休日とすることを研究員に告げ、自身は報告書を纏めるのだった。

 

 

 

 




次回はそれ程遅くならないように……なると思います。


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