ウォーキングデッドin Japan (GZL)
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First Season
第1話


どうも、バイオハザードでお馴染みのGZLです。
活動報告でもあったように、新作です。
今回はウォーキングデッドを始めとした色々なゾンビものの話(Zネーションズや学園黙示録など)を詰め込んだ小説です。
ただ、バイオハザードと違って、投稿は不定期になりそうです。ご了承を。
それと、題名通り『in Japan』なので、原作のキャラはほとんど出ません(バイオと同じ)。

では、記念すべき第一話をどうぞ。



冬木冬馬side

怠い学校の授業も終わり、日も傾き始めた。

しかし、俺はまだ家には帰らない。自分の意志で決めて、親の反対も乗り切って入った野球部に全力を注ぐ時間だ。因みに現在時刻4時11分。真冬の寒さが身に染みたが、十分もすれば身体も自然と暖まってくることだろう。

 

「よう、相変わらず来るのが早いな」

 

後ろから聞き馴染みのある声を耳から入れ、俺は後ろを振り返った。そこには野球部の癖に髪を丸坊主にしていない梶浩二が立っていた。そう言ったが、実は俺も髪は丸坊主にしていないだけどな…。

 

「そら…ヤル気がなかったら早く来るわけないだろ?」

「ははっ!そりゃあそうだ」

「それより…早く練習しないと、うるさい俺たちのマネージャーが……」

 

 

「こらっ!」

 

 

噂をすれば…だ。今度は後ろではなくて、前から怒声が聞こえた。

腰に手を置き、俺たちを睨む小さな女…名前は成瀬瑞穂。身長164cmで女子としてはそれなりに背が高い奴。因みにこんなちびでうるさい奴だが、実は小学校から高校二年生の今に至るまでずっと同じクラス。

これが幼馴染ってやつか?

 

「いつまで喋ってるの!?早く練習しなさい!来週には他校と練習試合でしょ?」

「へいへい、やりますよ。なんでお前はそんなに俺と浩二の二人にしかグチグチ言わないんだよ…。気でも引きたいのか?」

 

そう冗談めいて言うと、瑞穂の顔が赤くなっていった。

 

「……?まさか…成瀬、本当なのかな?」

「ふぇっ!?」

 

浩二が茶化すように言うと、瑞穂は変な声を漏らした。

はぁ……付き合ってられねえぜ…。

 

「浩二、外周するぞ。何周する?」

「そうだな…。成瀬、何周がいいかな?」

「俺はお前に……!」

「25周‼」

 

俺は溜め息を吐きながら、瑞穂の持つホイッスルが空高く響いた瞬間、俺と浩二は足を踏み出すのだった。

 

 

ー八日後ー

俺はユニフォームに着替え、エナメルバッグを掴んだ俺は菓子パンを口に咥えて出かけようとする。

すると、あまりいい顔をしない両親と顔を合わせた。

 

「……行ってくる」

「…………」

「…………」

 

両親は何も言わなかった。俺は唇を噛んで、玄関を飛び出していく。

今にも泣きそうな喪失感に俺は耐えながら、集合場所に歩いていく。両親は元々俺をあの高校に入れたのは、勉学のためだけだった。でも俺はそんなガリ勉教育一筋の両親に反発して、野球部に入った。ユニフォームも野球道具一式…全て自分の小遣いで買った。アルバイトを内緒でして買ったが、バレているだろう。そのせいか…最近、両親とはかなり仲は悪い方…かな?俺が避けているだけかもしれない。どうしたら…両親と不仲を無くせるかは……現在模索中の身だ。

 

「おはよう!」

 

ポンと背中を突然叩かれ、俺は一気に現実に戻された。この声は……。

 

「なんだ。瑞穂か…」

「……目尻、涙溜まっているよ?」

「!」

 

俺は急いでその涙を拭った。親と不仲だから泣いていました……なんて、嫌でも知られたくない。

 

「もしかして……夜遅くまでゲームをしてたんでしょ!?」

 

……瑞穂が馬鹿で助かった。

 

「いくら不真面目な俺でもな……流石に練習試合の前日に夜更かしする馬鹿がいるかよ、バーカ」

「わ…私のこと…馬鹿って…。冬馬よりは馬鹿じゃないわよ!」

「そうか?」

「そうよ!私は冬馬よりもテストの成績はいいし……」

「どうでもいいからさっさと行こうぜ」

「ちょ……!待ってよ~!」

 

こんなバカにいつまで構っていても仕方ない。早く学校に行かねえとな…。

瑞穂が隣に歩いて、相変わらず口うるさく聞いてくる。

 

「は、話変えるけど、じゃあ…何で泣いてたの?」

「……あくび」

「本当?練習試合が怖くて怯えていたとか?」

「それはないから」

「そっ……。………ね、ねえあのさあ…」

「何だよ…今度は……」

 

少しの間を置いて、瑞穂は言った。

 

「もう少しで……バレンタインだよね?」

「……は?」

「は?じゃなくて!そうでしょ!?」

「そうだな……。で、瑞穂は誰かにあげるわけ?うえぇ……マズそうだな…」

「な!酷い!もういい!絶対あげないから、冬馬にな………あ…」

 

……え?今のは聞き違いか?瑞穂……俺にって…。

 

「瑞穂?今、俺に……って」

 

瑞穂は俯いたままで、こちらを全く見ようとしない。無理矢理聞くのもなんか悪いし…。

 

「…………そ……それは………わ、わた……し………が……」

「………」

 

俺の心臓もドキドキ激しく鼓動している。試合の時よりも激しい気がする。

 

「と…ぅ……ま……の、こと……」

 

 

「おーーーーーい!冬馬!成瀬!」

「「‼」」

 

不意に奥から浩二の声が聞こえてきて、俺たちは瞬時に固まった。

浩二は俺たちを見ていると、少し焦ったような表情をして、俺の方を見た。

 

「俺……お邪魔だったか?」

 

こいつ……試合終わったらぶち殺してやる…。

そう思った時には、瑞穂は恥ずかしくなったのか、そそくさと先に学校に向かって走って行ってしまった。

俺には、止めることすら出来なかった。

 

 

 

それから俺はこのモヤモヤが晴れないまま、他校との練習試合に臨むことになった。

瑞穂は全くこちらを見ようとはしない。けどそれはこちらにとっても有難かった。試合に集中できるからだ。

俺は早速バットを握り、バッターボックスに向かおうとしたが、不意に瑞穂の視線を感じた。

そこで俺は先に瑞穂の近くに寄り、耳元で小さく囁いた。

 

「さっきの話…この試合で勝ったら聞かせろよな…」

「え?」

 

俺はそう言って、二ッと笑った。瑞穂も少し驚いたような顔でいたが、すぐに笑顔に戻り、大声で叫んだ。

 

「冬馬ーーーー‼頑張れーーーー‼」

 

そのかけ声を聞いた他の部員も瑞穂に倣って、俺にかけ声をかけ始める。それが嬉しくて…俺も俄然ヤル気が増してくる。ギュッとバットの柄を握り、構える。

相手ピッチャーも腕を大きく振りかぶり、ボールを投げる。

しかし……ここで俺は気付いた。ボールはキャッチャーの方向に飛ばず、俺の顔に向かってくる。

相手ピッチャーも「しまった!」と言いたそうな表情を作っている。

俺は避ける暇もなく、その投球をヘルメット越しでも容赦なく受けてしまう。

 

「っ!」

 

俺は凄まじい衝撃と痛みを左側頭部に受け、地面に倒れて伏してしまう。

すぐに耳鳴りしたままの俺の耳に皆の焦った声とそのピッチャーに対する怒声が飛び交った。

 

「………ま!」

 

最後に俺を呼んだその声は………

 

俺には分からなかった…。

 

 

成瀬瑞穂side

起きたのは一瞬のことだった…。

初球の球がキャッチャーのミットに収まるだろうと思っていたのだが、それは冬馬のヘルメットに直撃して、彼は地面に倒れたのだ。

その瞬間…私の世界は止まった。すぐに先生や他の部員が彼の元に駆け寄ったが、冬馬のヘルメットは粉々…とまではいかないが、直撃した部分は隕石のクレーターのようにめり込んでいた。

私は必死に叫んだ。頭から血が流れ出る彼に私も駆け寄って…揺すって…胸にすがって泣き叫んだ。

それから……何がどうなってこうなったかは分からないが…私は梶くんに支えられて、病院にいる。

涙はもう枯れてしまったが、いつまた溢れ出すは分からない。

 

「冬馬!」

 

そこに…冬馬のご両親がやって来た。おばさんは顔面蒼白で、お父さんは現実を受け入れられない感じがした。

後ろではまだ小さい弟さんと妹さんがシクシク泣いていた。

私もつられてまた泣きそうになった時、手術中の赤い看板が消えた。

 

「!」

 

私は思わずベンチから立ち上がってしまう。手術室からは担当医と人工呼吸器や色んな器具を繋がれた痛々しい冬馬が出てきて、奥の部屋へと行ってしまう。

 

「息子は……冬馬は大丈夫ですか!?」

「ご心配なく。命に別状はありません」

 

それを聞き、私を含めその場にいた全員が安堵の溜め息を漏らした。

だけど…次の発言を聞いて、私は絶望した。

 

「ただ…脳にショックは残っている可能性があり、目を覚ますのは……難しいかと…。それに目を覚ましても…日常生活に支障を来すことも…」

「そんな……」

 

おばさんは絶句する。

私も絶句……というより、ショックが大きすぎて…何も言えなかった。

そして…再び涙が溢れ、声を上げて大泣きするのだった。

 

 

 

ー三日後ー

私はあれからどこか…失ってしまったのか…何のヤル気も失ってしまった。喪失した毎日を送り続ける日々に明け暮れた。でも…一つだけ欠かさずにやっていることがある。それは…冬馬のお見舞い。

彼は三日経った今もなお、目を覚ますことはなかった。

今日はいつもの花に…一つ…追加して持ってきたものがある。

 

「あの日…話したよね?私がチョコレート…あげるって…。今日が、その日なんだ…」

 

私はシングルベッドの近くの台に置き、その暖かな手を握った。

 

「もう……行かなきゃいけないから…」

 

私は眠る彼にそう言って部屋を出た。

しかし、出てすぐのところに私のよく知っている人…梶くんが壁に背を預けて立っていた。

 

「梶くん…」

「…邪魔しちゃ…悪いって思ってな…」

「………ありがとう」

「やっぱり、成瀬、彼のこと……」

 

梶くんが『好き』と言う前に突然、病院内に警報が響いた。

私と梶くんは驚いて辺りを見回す。放送も入り、私たちは戸惑う。

 

『ただいま、この病院内で暴力事件が発生しました。病院内にいるお客様は従業員の指示に従って………バタン!え?』

 

突然、放送で職員の焦ったような声が聞こえてきた。

 

『な、なんだ!?や、やめろ‼来るな!来るなぁ‼くそ……助けてくれ‼あっ、アアアアアァァァァ‼‼』

 

放送から聞こえてくる悲痛な叫び…。私と梶くんは顔を見合わせて、どう考えてもやばいとしか感じられなかった。恐怖が身体の芯にまで、やって来てすぐに逃げようと梶くんに言おうとした時、奥から更なる悲鳴が聞こえてきた。

私はやって来た人たちを見て……本当の恐怖を初めて味わうことになった…。




不定期とは言いましたが、なるべく期間を開け過ぎないようにしたいです。


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第2話

冬木冬馬side

俺は………どうなってしまったんだろうか…。

もう…死んでしまったのだろうか…。でも…身体中に感じるこの柔らかい…フカフカした感覚は…何なんだろうか…。

俺は今まで閉じていた目をゆっくりと開いた。最初に見えたのは…真っ白な天井だった…。

それに鼻を突く薬品の臭い…。嗅覚が働いている…ということは…。

 

「俺………生きてる………のか…」

 

俺は数分、ベッドに横たわったままでいたが…いい加減起きようと思い…上体を起こすのだが…途端に頭に痛みが突き抜けた。

 

「っ‼」

 

頭を抱えて、俺は痛みに耐える。どうやら…完治してるわけではないようだ。

だが……。

 

「なんか……やけに、静かだな…」

 

そう…。窓にカーテンがかかっているとはいえ、そこから車のエンジン音…救急車のサイレンも聞こえない。廊下からも人が歩く気配も感じられない。夜ならまだしも、今は太陽が出ている。近くの時計の短針は11の数字を指していた。俺はなんか…様子がおかしいと思い、鈍い痛みが頭の中を定期的に突き抜ける中…静脈に刺している点滴を抜いて、ベッドから降りた。

すると…近くの机に置かれた赤い箱に目が入った。

 

「こいつは…」

 

箱の上には白紙に『冬馬へ』と手書きされたものが置かれていた。文字から見ても、瑞穂のもので間違いなかった。包み紙を取り、中が何か確認すると、それはチョコレートだった。

そういえば…あの日…もうすぐバレンタインだなとか瑞穂と話し合っていたな…。

腹が減っていた俺はすぐにそのチョコを口に頬張った。甘い味が舌先に流れ、そこから食道に入ってエネルギーに変わっていく感じがした。

 

「おいしい…」

 

俺は自然と笑みを漏らすのだった。

 

 

それから俺は部屋から出ようと扉を開けたが、すぐ扉の先には担架が置かれていて…ここに入って来られないようになっていた。俺はそれを退かそうとしたが、固定されているのか動かせなかったため、仕方なく通り越して廊下に出た。

俺は廊下の光景を見た途端…驚きのあまりガタンと身体を担架にぶつかってしまった。

廊下は綺麗に清掃…なんか全くされておらず、至る所に黒く変色した血が飛び散っていた。他にも物がたくさん散乱し、壁には無数の小さな穴が開いていた。言うまでもなく…俺はそれが銃弾がめり込んだものだと分かった。よく刑事ドラマで見たものとそっくりだった。

どちらにせよ……この病院で何かがあったことは間違いなかった。でも…それならどうして俺だけここに取り残されているのか…そこが疑問だったが、今はとにかくこの病院から出るのが懸命だと考えた。

靴が無かったため、裸足で歩いているのだが、砕けたコンクリートやガラスが足に刺さって、頭と同じくらいに痛かった。すると、壁に血で『出口はこっちだ!』と大きく書かれていた。しかし…病院の案内看板には逆方向が出口だと書かれていた。

 

「どっちなんだ…」

 

俺はどっちに進むべきか分からなかったため、まずは病院側の案内に従ってみた。

矢印の方向に進んでみると、その扉は鎖に繋がれた南京錠と木板で厳重に閉じられていた。その扉も血で黒く変色していて、嫌な臭いも漂ってくる。思わず吐きそうになる。その扉に一歩、足を進めた瞬間…扉が激しく軋んだ。

 

「!」

 

ギィギィと扉が前に後ろにと動く。俺は恐る恐る声を出してみる。

 

「あの……誰かいるんですか?」

 

そう聞いてみたが、返事はない。

 

「誰か……いる…」

 

その時…僅かに開いた扉の隙間から何かが見えた。それが何なのか分かった途端、俺は戦慄した。

扉の隙間から出てきたのは…手だった。無数の青白い肌の手が南京錠に触れ、扉をどうにかして破ろうとしているのがすぐに分かった。俺の身体はガタガタと勝手に震えだして、さっきの血文字に従って俺はあちらに向かって走っていった。扉から背を向けてから……耳には人間でない何かの声が…聞こえてきたが、俺は恐怖に戦き…痛む頭を抑えて、逃げるのだった。

 

血文字に従って来たのはいいのだが…そこはまた真っ暗で視界は全く効きそうもなかった。非常用出口の緑色のランプだけが…俺にとって唯一見える灯りだった。そこに急いで向かうが、何度も何度もよく分からない…柔らかい物に躓いて転ぶが、それが何なのかを確かめようとも思わなかった。

とにかくここから出たかった。ここに残っていたら…あの扉の先にいる“何か”に何をされるか分かったものではなかった。漸く非常用出口に辿り着き…無我夢中で扉を開いた。

だが…その先はあの病院の廊下よりも悲惨な景色を俺に見せた。

 

「うぐっ!?」

 

俺はすぐに猛烈な吐き気に襲われた。

太陽に照らされない病院の裏側……そこには何十体という程の白い毛布がかけられた人間の死体がズラリと並んでいた。その死体からは腐敗臭が漂い、俺の鼻孔に強烈な刺激を与えに来る。俺は必死に鼻を抑えて、この場を急いで離れようとする。死体はかなり腐敗していて、ハエや蛆虫が沸いている死体もあった。

 

「う……ぐううう……」

 

果てしない死体のカーペットを乗り切り、俺はとにかく…家に向かうことにした。

あの病院は昔、腕を骨折したときに行ったことがあったので問題はなかった。だけど…頭がズキズキして、足元もフラフラするし…このままではいつまで経っても家に辿り着けそうにないと思った。そこで路上に落ちていた自転車を拾ってそれに乗ろうとする。

その時…自転車の奥に下半身を失った女性の死体があった。大腸か小腸か分からないが、露出している。それだけでも俺はまた胃から嘔吐物を出そうになる。死体から目を逸らし、乗った時…俺は目を丸くした。

 

「……ぁ………ぁぁぁ…」

 

小さく呻く声が俺の耳に聞こえてきたのだ。周りがあまりに静かだったから…ちょっとした小さな音でも俺の耳に入ってしまうのだ。その声の聞こえたところにゆっくりと頭を動かしていくと…“女性の死体”が動いていた。

 

「うわあ!?」

 

俺は自転車から飛び降りて、派手に地面に尻を着いた。女性の死体は下半身を失った身体で俺のところに着実に近付いてきていた。どうして生きているのか…そんなことを考える暇もなく、俺は自転車に乗り直して、急いで我が家へと向かうのだった。

 

ほんの数分、ペダルをこぐだけでも、極度に疲労と緊張した身体は悲鳴を上げていた。さっきの女性みたいな奴に出会ったら…今度こそ逃げ切れる気がしなかった。

漸く家に着いて、自転車を捨てて、扉を乱暴に開けた俺は構わずに叫んだ。

 

「父さん!母さん!健太!栞!」

 

両親に弟に妹の名を全員呼んだが、何一つ返答はなかった。傷付いた足でリビングに駆け込んで…俺は絶句した。

 

「な…………」

 

広いリビングは…朱に染まっていた。テーブルは端に倒され、白いカーペットは血で濡れて…中心には1つの死体が無惨に転がっていた。それが誰かも…すぐに分かった。

俺より少し小さい背、首に付けたペンダント…。

 

「か、かあさ………」

 

だが…顔……頭は、粉々に砕けてしまい、母さんのあの優しい面影は全て消え去っていた。

誰かが…殺したんだ……。

じゃなかったら、あんなに頭が粉々に砕けているものか。今にも泣き崩れそうになる我が身をどうにか抑えつけて、俺は外に出て段差に座った。そして、未だに痛む頭を抱えると同時に悲しみに明け暮れる。

 

「俺は…これからどうしたらいいんだ…」

 

そう小さく呟き、孤独という悲しみも味わった。

いつも…瑞穂が鬱陶しいとか感じたことがあったが、今は…むしろ鬱陶しい方がいい。

 

「瑞穂……どこにいるんだよ……みんな…」

 

俺が見渡す限り、近所は明らかに蛻(もぬけ)の空で、探しても人を見つけるのはかなり難しいことだろう。

そんな時、奥の方から一つの人影が見えた。俺は小さく手を振って、助けを求めた。しかし…こちらを明らかに見ているはずのあの人は何の反応も示さず、こちらに歩み寄ってくる。俺は立ち上がって、声をかけようとそこに向かおうとした時…一閃の声がこの街に響いた。

 

「今だ!やるんだ‼」

 

その声を聞いた瞬間、俺の後頭部に鈍器で殴られたような痛みが突き抜ける。

 

「ぐあっ!」

 

頭を抑えて、殴ってきたところを見ると、そこにはシャベルを両手できっちりと掴む見覚えのある女子が視界に映った。

 

「あ!冬木…くん!」

「お…ま、え……」

「どうした!?」

 

そしてもう一人の声も俺の耳に入ってくる。

その女子の隣に40代の男性が視界に入り、長い棒の先端に包丁を取り付けた即席の武器を俺の喉に突き付けた。

 

「その頭の傷…どうした…?」

「お父さん!冬木くんだよ!野球部の練習試合で……」

「…あの子か!?でも…何をしたんだ、咲良?」

「奴らだと思って…このシャベルで…」

「……ああ、面倒なことをして…!ほら、家に運ぶぞ!」

 

二人は俺の脇と足を持って、どこかに運んでいく。

そんなやり取りと聞きながら…元々俺の完治していなかった頭の傷が悪化して…再び気絶するのだった。

 



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第3話

第二話、ご指摘があったので書き換えました。
ご指摘してくだっさた方、改めてありがとうございます。


冬木冬馬side

俺は今度は鼻孔に入ってくるほど良い匂いに反応して目が覚めた。

目を開けると…真っ白な天井ではなく、薄暗い色に染まった天井が最初に目に入った。

そして、俺が眠るベッドの傍に椅子に置いて、、そこにあの時俺を殴った女子が心配そうに俺を見詰めていた。

 

「だ、大丈夫?」

「…全く……俺の後頭部を容赦なく思いっ切り殴りやがって…」

「ご、ごめん…冬木くん…」

「まぁいいよ…。今こうして助けてくれているしな…。感謝してるよ…杉山…咲良だっけ?」

「うん…」

 

彼女は俺の近所に住む杉山咲良。

同じクラスで瑞穂の幼馴染…要するに俺の幼馴染でもある。名前がうろ覚えだったのは、あまり接する機会がなかったから。…失礼な話だから、彼女には内緒にしないと…。

すると、奥の扉からあの男性が入ってきた。

 

「お、起きたか?すまなかったね、咲良が失礼なことをして…」

「いいえ…。どうせ、杉山は俺のことを奴らと見間違えたか、本当に俺を殴りたかったかのどっちかですよ」

 

そう失礼なことを言うと、杉山は顔を赤くして俺に怒鳴る。

 

「ちょっ…!冬木く……」

「シィッ‼」

 

だが、怒鳴ろうとした杉山の口を男性…杉山のお父さんが塞いだ。

どうやら…あまり大きな声を出すのは良くないようだ。

一通りに注意し終えたところで、彼女のお父さんは持ってきた服を俺に差し出してくれた。

 

「私の服なんだが…我慢してくれ」

「いえ、ここまでしてくれるんだから感謝しきれないですよ…」

 

俺はベッドから降りて、その服に着替えようと病院着を脱ぎ始める。その姿を見ていた杉山は益々顔を真っ赤にさせていき、速攻で後ろにそっぽを向いた。

 

「な…なんでここで着替えるの!?」

「寒いからに決まってるだろ?あと声デカいよ…。静かにしろってお父さん言っていただろ?」

 

杉山は「う~」と声を漏らして、恨めしそうに俺を見詰めた。

 

「ははは、冬木くんは礼儀も理解も咲良より早いね。そうだ、まだ名前を言ってなかったね。杉山尊だ。よろしく」

「冬木冬馬です。こちらこそ、助けてくださって本当にありがとうございます」

 

ガシッと握手を交わして、俺は彼らとの信頼関係を強くした。

そして、今起きているこの事態について聞いてみることにした。

 

「あの……今何が起きているんですか?俺は病院で昼間に目覚めたばかりでどうなっているのか……」

「…確かに話さないといけないし、絶対に言っておかなくてはならないだろう。でも…まずは晩御飯を食べたいんじゃないかい?」

 

そう言われて、俺の腹は正直にギュルルルと大きく鳴った。俺は恥ずかしくなって、顔を熱くさせる。杉山と尊さんはクスクスと少しだけ笑いを漏らしていた。

 

「はは、じゃあ…リビングに行こうか?」

 

俺は顔が熱い状態のまま…軽く頷くのだった。

 

今日の晩御飯のメニューはシンプルに……カップ麺が三つ、湯が入った状態で置かれていた。あんなに良い匂いがしたから、余程豪勢なディナーかと思ったが…こんなカップ麺の匂いでも、旨そうだと思ってしまったのは…長い間何も食べていなくて、空腹だったからだろうか…。

 

「じゃあ…食べながらでいいから…。何が起きているのか話そう」

 

俺は麺に食らいつきながらも、尊さんの方をきっちり見ていた。

 

「今から5日前…突然、奴ら…周りの人たちは“ウォーカー”と呼ぶのだが、ウォーカーが現れた。死んでいるのに動く…。正に悪魔だよ。原因は全く分からない。本当に突然現れて…人を食い殺そうとする。そして、噛まれた者はウォーカーになる」

「死んでいるのに……動く?」

 

俺は思わず聞き返してしまった。

そんなバカげた話があってたまるかと言いたかったが、今のイカれた状況では何一つ言えなかった。だが、尊さんの話であの下半身がない女性が生きていた理由も納得した。

 

「そう…死んでいるんだ」

「そんな……でも、医学的にあり得ないんじゃ…。死んでいるのに生きているなんて…」

「いや、奴らは生きていない。心臓の活動は停止しているからね。それは奴らと組み合った時に分かった」

「じゃあ……奴ら…ウォーカーは一生動き続けて…俺ら人間を襲うんですか?」

「その心配はない。ウォーカーは頭を潰せば、それで本当に死ぬ」

「…頭…………」

 

『頭』というキーワードは…俺の母親の死に様と関係あるのだろうか…。母さんもウォーカーになったから、仕方なく…誰かが、殺したんだろうか…。そう考えると…誰が殺したのかは限られてくる。

父親か…健太か…栞…なのだろうか…。

そんな……いくらなんでもそんなことは…。

 

「冬木くん?大丈夫?顔色、悪く見えるけど…」

 

俺は杉山に声をかけられて、どうにか我に戻れた。これ以上母さんのことを考えると…また頭が痛くなってうんざりになりそうだった。

 

「あ、ああ…。大丈夫だよ、杉山。それで…そのウォーカーは今どこに?この近所でも人はそれなりに住んでいたから……昼間でもかなりいるはずなのに、全く見ませんでしたけど…」

「いるよ、外にね」

「え?」

 

尊さんは静かにカーテンに近付くと、音がしないようにゆっくり開いた。

外には尊さんの言う通り、街灯に照らされた何十ものウォーカーの姿が見て取れた。

 

「すごい…」

「静かにね。ウォーカーは音と臭いに敏感なんだ」

「…なるほど。だからこの窓…隙間がびっちりガムテープで目貼りされているんですね…」

「その通りだ。でも見るだけなら問題はないよ。視力は退化しているからね」

 

確かに……こんなに電気が付いていて明るいのに、ウォーカーはこっちに近付こうともしない。

その時……そのウォーカーの固まりの中にいる一人の女性を見て…俺の身体はまた固まってしまった。

 

「…?冬木くん?」

「冬木くん、どうかしたの?顔…真っ青だよ…?

 

尊さんと杉山の声なんか全く耳に入って来なかった。

俺は堪らずカーテンを勢いよく閉じて、さっき寝ていたベッドの部屋に駆け込んだ。

 

「冬木…くん?」

 

杉山がそう言葉を漏らしていることも…訳が分からなそうに見ている尊さんがいることも忘れて…俺は走り込んでしまうのだった。

 

俺は枕に顔を押し付けて泣いてしまう。

さっきのウォーカーーの固まりの中に…頭が潰されていたはずの母さんがフラフラ歩いていたのだ。血がポタポタと頭から垂れ、首には切り傷があり、硬直したのか左手には自殺しようとしたのか、カミソリが握られたままだった。何より酷かったのは…歯を剥き出しにして、人肉を銜(くわ)えたまま歩いていることだった。

あんな姿の母さんを……見たくなんてなかった。でも…見てしまい、ショックを隠せずにいた。

もし…ウォーカーが音に反応しなくて、聴覚が衰えていたなら…大声を上げて泣いていたことだろう。それも出来ない俺は枕に向かって、声を押し殺して泣くしかなかった。これほど辛いことは…今まで経験したことがなかった。

 

 

 

「ふ………冬馬くん…」

 

 

 

不意に…後ろの扉から杉山の声が聞こえた。

俺は涙を拭って、彼女の方を見た。やはり…心配そうに俺を見詰めている。

 

「…何だ?怖くて眠れないのか?」

 

俺は泣いていたことを隠したくて…そんな憐みのある顔で見られたくなかったから……俺は…彼女を茶化すことで、そう思われないようにした。

だが……俺の予想とは、違って…普通の返答は返ってこなかった。

 

「……瑞穂の前でも…そんな風に悲しみを自分一人で背負うの?」

 

何故……今、瑞穂の名前が出てくるんだ…。

今は…関係ないだろと、思わず怒鳴りそうになった。だが、そんな俺の心境を知っているのか知らないのか分からないが、杉山は俺の隣に座る。

 

「私も…冬馬くんの気持ち…分からなくないよ?」

「何が…」

「お母さんを失った気持ち…」

 

…分かっていたのか…。確かに杉山も俺の母さんと面識はあったとは思うが、あんなに顔が歪んでいたら分からない思っていたが…。

 

「私も…お母さんと弟が…あいつらになったから……」

「………」

「辛いのは、冬馬くんだけじゃないよ?」

 

俺は…なんて馬鹿なんだろうか…。

さっき杉山を怒鳴りたいと思ったことを恥ずかしく、だらしなく思った。

 

「杉山……」

「ねえ、いい加減名字で呼ぶのやめて。ずっと一緒だったじゃん」

「……そうだな、じゃあ…咲良……でいいのか…」

 

その時、バッと咲良が動いた。

俺の胸に顔を押し付けてきたのだ。

突然の行動に俺の心臓は早打ちになり、身体も硬直してしまう。しかし…硬直していく俺の身体とは真逆に咲良の身体は僅かに震えていた。

 

「…咲良、お前…」

「私ね…まだ本気で泣けてないの……。だから、お願い……大声、上げない…からっ……。暴れないように……っ、抑えつけて…っ……」

「……分かった」

 

俺は咲良の身体を抱き締めてやると、咲良は痰が切れたように今まで抑えつけていた涙を放出した。

時折震える小さな身体…しゃっくりを上げる声……。

そんな彼女の姿に俺は…何とも言えない悲壮感に苛まれ、彼女が泣き止むまでの三時間…ずっと身体を抱き締めるのだった。

 




終わりの見えない物語なので、何処まで行こうか迷っています。
でも、そこは時間をかけてゆっくりとやっていきたいと思います。


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第4話

冬木冬馬side

翌朝…不気味なくらいの静けさを保ったまま、俺と咲良、そして尊さんで食糧調達に向かう。尊さんの話を聞く限りだけど、ここら一帯の住人は逃げるので必死で、食べ物や武器を持っていった様子はなかった…らしい。それで近くのスーパーに行けば、食糧は在り余っているようだ。

ただ、一つ気を付けなければならないのは、外に出たらウォーカーたちをこの家に惹きつけないようにすることだ。奴らは音と臭いには過敏だ。ちょっとでも大きな音を響かせてしまったら…事態は最悪な方向に向かってしまう。

 

「確認したいんですが…奴らは本当に死んでいるんですよね?それで、頭を殴れば死ぬと…」

「包丁で頭に一刺しすれば死んだ。ただ…あまり殴ることはしていないから…何とも言えないよ…」

 

ゆっくり足を前に進ませると、一体のウォーカーが玄関前に倒れていて、俺たちを見るなり青白い手を伸ばしてきた。俺は尊さんに渡された金属バットを握り、頭部に目掛けて振り下ろした。グシャッという血と肉が潰れたような不快音が響き、ウォーカーは動かなくなった。本気で頭に一撃を加えれば、死ぬようだが…バットをこんな風に使うことになるとは思っていなかった。

それにしても…夜はとことん不気味なくらいのウォーカーが歩いていたのに、今目の前に広がる道路にはほとんどいない。

 

「よし、行こう」

 

早歩きで近くのスーパーに向かっていく尊さん。そしてその後を追う咲良。昨日…あんなに泣いて、大丈夫なのかと思ったが、あんなに気丈に振舞っていたから、精神面ではもう立ち直ったのだろう。俺はまだちょっと心が痛む。俺と違い、立派な奴だなぁと関心してしまう。

そういえば……咲良と俺は、いつからこんなに関係が薄くなってしまったのだろうか…。俺はそのことを思い出す前に、彼らの後を追うので必死になってしまうのだった。

 

スーパーに辿り着いても、景色はあまり変わらなかった。物は散乱、血は至る所にこびり付き、腐った臭いを発生させていた。特に肉や魚はウォーカーたちが食べたのか、バラバラになってごく一部だけが残っていた。

俺が先頭に中に入ると、やはりと言うべきなのかウォーカーはいた。ウォーカーがいること自体が普通であるという感覚が…俺の中で構築されていた。中にいるウォーカーの数は四体。倒して進むのは簡単だ。だけど、本音はなるべく見つかることなく、食糧を確保して立ち去りたかった。

 

「いっぱいいるね…」

「ああ…。俺が引き寄せるから、その間にお父さんと食糧を」

 

咲良は頷き、俺は尊さんにどうやって奴らを引き寄せるか作戦の内容を伝えた。

俺は床に落ちていた音の鳴るおもちゃを手に取った。それだけでも緊張して…手に汗を握ってしまう。

音を鳴らすスイッチを押してから、おもちゃを店の奥に投げる。うるさいくらいの音に反応したウォーカーは、まず顔をそちらに向けて数秒棒立ちすると、そっちに向かってゆっくりと歩き始めた。俺は頷いて、二人に今のうちに食糧を取るように指示した。

その間も俺はウォーカーがこっちに来ないか見張っていると、急におもちゃから流れる音が聞こえなくなった。何が起きたかとそっちを向くと、ウォーカーはそのおもちゃを肉と勘違いしたのか、ガリガリと噛んで壊してしまったのだ。

 

「尊さん……奴ら、こっちに来ます。食糧はそれくらいで…」

「分かった。咲良、もう行くぞ」

 

尊さんがそう言って、半ば満タンに詰まったリュックを担いで俺たちは出口へと向かう。それから周囲にウォーカーがいないことを確認してから、咲良たちの家に戻ることにした。

 

帰りも然程ウォーカーはいなかった。怪物とかエイリアンが出てくる映画みたいに夜に現れるのがお決まりなんだろうか…。それともただ単に昼が嫌いなだけか…。

どちらにしろ、いない方がいいことに越したことはない。全員無事に家に戻れて良かったと気を許した瞬間のことだった。俺と尊さんの近くで町中に響いたのではと思うくらいの甲高い音が聞こえた。振り向くと、それは咲良が持っていたシャベルが金属の柵に派手に当たり、発せられたものだった。

 

「…おい……、ヤバイんじゃないのか?」

 

俺がそう呟くと、その甲高い音に反応したウォーカーたちが至る場所から現れだした。木の上、マンホールの中、空き家などなど…。そこらから無限に現れて、俺たちは大いに焦りを感じ始めた。

 

「まずい…。ウォーカーたち、私たちを完全に標的に捉えている!早く家の中に!」

 

尊さんの案内で俺と咲良は急いで家の中に逃げ込んだが…その行動自体が自らの首を絞めることになるなんて…この時俺たちは気付いていなかった…。

 

杉山咲良side

私はとんだミスを犯してしまった…。

あれほど何度も音を立てるなとお父さんに言われていたのに、私はその過ちを大事な時にやってしまった。

私とお父さん、そして冬馬くんで家の中に閉じ籠った。しかし、ガシャン、ガシャンと何かを押し倒す音が聞こえてきた。恐らく、ウォーカーたちがあの金属製の柵を破って入って来ているのが容易に分かった。

そして到頭玄関口にまで迫って、扉をドンドンと叩きだした。

 

「ここはもう無理だ!急いで荷物をまとめて……!」

「いや……尊さん!もう逃げる準備を…!裏口からも音がします‼」

 

冬馬くんの報告を聞いたお父さんの顔は徐々に青くなっていった。その理由はこの家の出入り口は玄関と裏口しかないからだ。

 

「尊さん!どこから……」

 

冬馬くんが脱出経路を聞こうとした時、窓ガラスが割れる音と共に扉が破られた。

扉からは血と肉に飢えたウォーカーが大量に雪崩れ込み、裏口も間もなく破られた。

私たちは挟み撃ちにされてしまい、忽ち逃げ場を失ってしまった。横に階段があるが、そこから二階に上がってもあるのは窓だけ。飛び降りるのは無謀だろう。私たちは身を寄せ合ってお互いを守ろうと武器を構えた。

……私を除いて。

シャベルを両手でガッチリ掴んでいるけど…震えてしまって自分でもまともに戦えるとは思えなかった。

そんな状況下なのに、突然お父さんは私を見て、優しい表情を見せた。

 

「冬木くん…そこの階段を登るんだ。二階の部屋のすぐ真下にバイクが置いてある。運転、出来るかい?」

「……出来ますけど、何をする気なんですか?」

 

お父さんはバイクのキーを冬馬くんに託して、静かな声で言った。

 

「私は………ウォーカーの足止めをする……」

「!?お父さん、何言ってるの!?お父さんも一緒に……‼」

 

私が叫んだ途端、お父さんは私を優しく抱擁した。その行動が何を指し示すのか……すぐに分かってしまい、私はお父さんを離さないと力強く抱きついたが、簡単に引き剥がされてしまう。

お父さんはすぐに独りで前に歩み出す。

 

「冬木くん……咲良を頼んだ…」

「………尊さん……。任せてください…」

「待って!離して‼冬馬くん!嫌だ‼いやぁ‼‼行かないで‼お父さん‼」

 

私がギャアギャア喚くと、お父さんはもう一度振り向いて…涙を流して私に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲良、愛してるよ……」

 

 

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああぁぁぁぁ‼‼」

 

お父さんは金属バットを振り回しながら、ウォーカーの固まりの中に突っ込んで行き、血の噴水を作っていった。泣き叫んで暴れる私を、冬馬くんは必死に抑え込んで二階へと連れていく。

二階は元々私の部屋だ。だが、今はそんなことよりも、お父さんを助けに行きたかった。無駄だと分かっていても、お父さんを見殺しになんか出来ない。

 

「咲良!落ち着け‼」

「落ち着いてなんかいられないわよっ‼」

 

私は冬馬くんが掴む私の腕を振りほどいて叫んだ。更に文句を、罵倒を並べてやろうと思ったが、不意に頬にパシンとビンタが飛んできた。

 

「落ち着けって言ってんだろっ‼」

「………っ……」

「お前の気持ちはちゃんと察している‼だけど今ここで泣き喚いていたら、到底逃げきれない‼ここで咲良を死なせたら…尊さんに申し訳ないだろっ‼」

「うっ……ううぅぅ……」

 

涙を溢して…私は地面に膝を着けた。

次に聞こえてきた冬馬くんの声は、先程のものと違い、とても柔らかなものだった。

 

「だから…咲良はお父さんの…尊さんの分も生きなきゃいけないんだ…」

「お父さんの……分…」

 

だが、こうも話している間にもウォーカーはこの部屋のすぐ外にまで迫っていた。扉が叩かれ、今にも破られようとしていた。

 

「くそ…もうここまで来たか!咲良、急ぐぞ!」

 

冬馬くんは窓を開けて、下を覗いていた。しかし…これからどうするんだろうか…。

そして、決意を決めたように頷く冬馬くん。

 

「あの……何を……」

 

私が聞こうとした時、突然冬馬くんは私の身体をお姫様抱っこして抱えだした。

 

「え……え、え!?な、何!?」

「行くぞ!しっかり掴まれ‼」

 

訳を教えることもなく、冬馬くんは私を抱えたまま窓から飛び降りた。

 

「うそっ!?きゃあああああ‼」

 

ガサガサと草むらに落下する私と冬馬くん。私は怖くて目を瞑ってしまい、どうなっているか分からない。

だけど、痛みは感じていない。恐る恐る目を開けてみると、草むらと冬馬くんの身体が私のクッション代わりになってくれたようだ。

 

「おい、早く降りろ‼ウォーカーが来る‼」

 

そう……草むらに落ちた時の音にも反応して、ウォーカーが徐々に近付いてきていた。

私が冬馬くんから降りると、彼はすぐにバイクのエンジンをかけた。

 

「乗れ!」

 

私は冬馬くんの後ろに乗り、お腹に腕を回して、吹き飛ばされないようにした。

家から離れていく時、破られた扉からお父さんに似たウォーカーが見えた…気がした。私は顔を逸らして、それは気のせいだと言い聞かせるのだった。



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第5話

かなり短いです。すいません。


冬木冬馬side

暫くバイクを走らせて、ウォーカーたちの姿が漸く見えなくなって「ふぅ」と俺は息を吐いた。奴らを撒くことには成功したが、代わりに尊さんを犠牲にしてしまった。父親を失った咲良は俺の腹に腕を回したまま、一言も言葉を発することはない。

それもそうだろう…。

目の前で両親が死ぬ様を見てしまえば、誰だってそうなるし、さっきみたいに自暴自棄のようになるかもしれない。それなのに、俺は咲良を正気に戻すためとはいえ、頬を思いっ切り打ってしまった。

あとで謝らなきゃな……。

だが、ここで問題が発生する。

空が暗闇を帯び始めたのだ。咲良の家を失ってしまったため、俺たちはどこかに野宿しなければならないのだが…あの家のようにきちんと防護対策を施した家など見つかることはないだろう。

 

「くそ……夜になったら面倒だぞ…」

「……ねえ、あそこ……」

 

それまで一言も言葉を発さなかった咲良が唐突に口を挟んだ。咲良が指差したのは、シャッターが上がり切った場所のことで、いつもなら車を駐車させていたのだろうが、もう車は残っていなかった。

確かにあのシャッターを閉めれば、ウォーカーたちの襲撃を免れることが出来る。

 

「よし、今日はあそこで寝よう」

 

咲良は肯定も否定もしなかった。

俺はバイクのエンジンを切り、その車庫、または倉庫…と言うべきか…そこにバイクを入れる。それからシャッターを降ろし、一休みする。壁に背中を預けながら座り込むと、今日一日で蓄積された疲れがどっと出てきた。咲良もリュックを降ろして、俺の隣に座った。

 

「………」

「………」

 

お互いに気まずい沈黙が流れる。

どうにも話しかけることが難しい。彼女を横から見てみると、咲良は真っ黒に近い地面を向いたまま微動だにしない。

 

「あ、あのさ……」

 

勇気を振り絞って言葉を出した時、鋭い痛みが腰当たりに走った。

 

「うっ!?」

「!?どうしたの?」

「腰が……。どうやら窓から飛び降りた時に強く打ったんだろうな…。大丈夫さ、時期に治……」

「ダメだよ!ずっと治らなかったらこれから先どうするの?」

「でもなぁ……湿布とかあるのか?」

「確か……入れたはず……」

 

咲良はリュックの中を漁って、中から小さな布を取り出した。

 

「…それ、湿布?」

「うん。背中向けて」

 

俺は素直に背を咲良に向けて、服をたくし上げようと思ったが、今後ろにいるのは年頃の女子だ。自らの背中を見せるのに…俺は少しだけ恥ずかしくなった。

 

「咲良…今更なんだけど……自分で付けられるから…」

「私を助けるために負ってくれた傷なんでしょ?別に気にしないし、冬馬くん…手、届かないでしょ?」

 

そこまで正論を述べられては、流石の俺も何も言えない。

俺は諦めて、咲良に背中を見せた。

 

「腰を痛めるなんて……ったく、ジジイだな、俺も…」

「ふふふ…。そうだね…。腰が痛み続いたら、野球部引退だね…」

「本当だよ」

 

俺の背中に突然、冷たい指の感触が突き抜けた。何とも言えない感覚に俺はブルリと身体を震えさせてしまう。

 

「ここ?」

「あ…もう少し下……痛っ…!」

「あ、ゴメン!痛かった?」

「大丈夫……」

 

咲良の細くて冷たい指は俺の痛む腰を軽く押してから、そこに湿布を貼った。

 

「どう?」

「ああ…平気。ありがとう…。……それと、ゴメン…」

「えっ?」

 

咲良は何に対する『ゴメン』なのか、分かっていないようだった。

 

「頬打ったことだよ。あの時、咲良もかなり動揺…というか…すごく悲しかったはずなのに……」

「いいよ…。だって、あそこで泣いてばかりいたら…今頃私もう…この世にはいなかったかもしれないし……。私が感謝したいくらいだよ…」

「そうか……。そう言ってくれると、気持ちも楽になるよ…」

 

俺はそう言い終えて、謝罪も終えて、服を着直して、天を見上げた。

そして……独り言で小さく呟いた。

 

「あいつ……瑞穂、どうしてるかな…」

 

生きているのか…死んでいるかも分からないのに、こんなことを言ってしまう。

…俺もとうとう、イカれた世界に居過ぎたのか、イカれてしまったのだろうか?

が、その時、近くからポタッ……と水音がした。それはすぐ隣から聞こえた気がして、向いてみた。最初は雨漏りかなと軽い気持ちで見てみたのだが、水音の正体は…咲良が流す大粒の涙が地面に落下する度にする音だったのだ。もちろん、俺は驚いて目を丸くして、咲良に聞く。

 

「えっ!?おい、咲良!?どうし……」

「………ないで…………」

「えっ?なんて言った?」

 

もう一回言った咲良の言葉は…俺を驚愕させるには充分なものだった。

 

 

 

 

「瑞穂の名前……言わないで……」

 

 

 

俺は驚きすぎて、どういう反応をしたらいいか分からなかった。

 

「どうして……どうして冬馬くんはいつも……瑞穂を……」

「いや待て待て待て!いきなり何言ってんだよ?」

「……私が何で、高校の時から冬馬くんと瑞穂と関わり合うことが無くなったか……分からないの?」

「……分からない」

 

彼女は涙を拭うと、俺の肩に頭を置いて静かに話し出した。

 

「冬馬くんと瑞穂が……一緒に仲良くいるのを見ている度に…胸が切なく締め付けられて、辛かった…」

「そ、それがなんだよ…。何か悪いのか?」

「……本当に鈍感だね。瑞穂と付き合っているって話を聞かないのも無理ないね…」

「え……」

 

ここで漸く俺は咲良が言いたいことが何なのか気付いた。

俺の表情を読み取ったのか、咲良はくすっと笑って、再び話し始めた。

 

「私ね…小さい頃から冬馬くんのこと…好きだったの…。でも、年月が経つに連れて、冬馬くんは瑞穂との距離を縮めていって……そんな様子を毎日見ていたら、辛くて堪らないよ……」

「…………」

 

咲良の気持ちを聞いてしまい、俺は何も言えなかった。

今までそういう気持ちを抱いていたから、咲良と俺、瑞穂が散り散りになってしまったのなら……俺はなんて……。

 

「鈍感…だな……」

「そうだね。昔からそう……。でも、私は………そんな冬馬くんが、好き」

 

咲良は立ち上がって俺の前に移動して、顔を近付けてくる。

その彼女の生々しい姿に俺は見入ってしまい、身体が硬直する。咲良の唇が俺の唇に触れかけた時…頭の中で瑞穂の笑顔が過り、俺は咲良の身体を抑えつけた。

 

「……好きだって言ってくれたことは…嬉しい。でも、今はやめてくれ。あいつの…瑞穂の気持ちも、確認したいから…」

「……そ…う……。でも、寒いから、一緒に寄り添って寝るくらいはいいよね?」

「ああ…」

 

俺はコートを脱いで、咲良の背中にも掛けてあげて寝ることにした。咲良は嬉しそうな表情を作って、俺の肩に再び頭を置き、眠りに落ちていった。

俺も間もなく疲弊しきった身体を休めるために、目を閉じて眠るのだった。




ウォーキングデッドなので、ウォーカーとの戦いよりも、人間ドラマを優先していきたいと思っています。


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第6話

遅くなり、申し訳ありません。


成瀬瑞穂side

私はあの日…彼を、冬馬を見捨てた。引き摺ってでも運ぶ。それくらいのことも出来たはずなのに…彼が好きなはずだったのに、私はそれすらせず、自らの命が惜しくて…梶くんに手を引っ張られて……どうすることも出来なかった。今日も私は…嫌な夢を見た。

 

真っ暗な視界に徐々に明るく白い壁が見えてくる。それは病院の壁だった。ただ、所々に赤い染みが点々としていて、これが血痕だと気付き、私は足を後ろに退いた。

 

「ここは……」

 

ゆっくりと血だらけの病院の通路を歩いていると、T字路に見覚えのある男の子が立っていた。

180cm近い身長に、柔らかな髪。そして何より私はあの男の子の後ろ姿をずっと見てきたため、誰かなんてすぐに分かった。

 

「冬馬!良かった‼無事……」

 

喜びの声を上げて彼に近付くと、私の足は突然金縛りにでもあったかのように動かなくなった。そして…冬馬はゆっくりと顔をこちらに向けた。

 

「…!う…そ……」

 

彼の清々しい顔は無惨な状態になっていた。皮膚の半分は破け、鼻は食い千切られたように欠損している。赤く血走った目は私をギロリと見て…薄紫色に変色した唇からは…か細い…助けを求める声が発せられた。

 

「助けて………くれえ………」

「い………や………」

 

私は醜悪な顔へと変貌した冬馬から距離を取りたかった。だけど、どんなことをしても身体は動かない。涙が溜まり、拒絶する私の声だけが病院内を木霊する。

 

「来ないで………来ないで……っ!」

 

フラフラと千鳥足の冬馬は私の言うことなど耳に入っていないのか、足を止めずに私の方にやって来る。

 

「助けて……瑞穂ぉおおぉ……」

 

そう言ったが、最後…彼は口を大きく開け、私の首に噛みつくのだった。

 

 

 

その瞬間、私は身体を起こして目を覚ました。動悸は激しく、着ている服には汗がベットリと貼り付いている。

また…同じ夢だ……。

私は今回で同じ夢を5度見た。冬馬が助けを求めて、近付くが…最後に人間としての理性を失い、私の肉を抉る夢…。そこでまた私は思い出されるのだ。

冬馬は……死んだんだ、と…。

私はベッドに再び横になり、涙を溜めて、小さな子供のようにまた…喘ぎ泣くのであった。

 

 

 

冬木冬馬side

シャッターを開け、眩しい太陽が俺と咲良を照らした。太陽だけは、いつもと変わらないで上がるんだな…と感慨深くなってしまう。

今日は町に向かおうと思っている。俺の近所がどこに逃げたのかは分からないが、町に行ってみれば何かしらのことは分かるだろう。

 

「…行こう」

「うん…」

 

昨日、咲良に告白された俺はいつも以上に彼女に気を配っていた。咲良も同じようで、バイクに乗る時、俺の腹に腕を回すのだが、力が昨日に比べて全く入っていない。俺も実際、好きだと言った彼女が後ろにいるだけで妙に緊張してしまっている。

…この状態のまま、俺たちはバイクを進めていくのだった。

 

ただ、町に行くまではかなり厳しそうだ。バイクのガソリン残量を見たのだが、もう無いに等しい。このままでは町に着く前にバイクは止まってしまうだろう。

 

「なあ…咲良、この近くにガソリンスタンドあるか?」

「知らない…。私、ここまで来たことないから…」

「そうか…」

「それよりもあれ」

 

咲良が指差すところには、赤いライトを点滅させたパトカーの前の辺りが道路の角から覗かせていた。それを見た俺は思わず笑みを浮かべた。

 

「ヘルメット無しでバイクに乗っているから、補導されるのは確定だな…」

「ウォーカーの垣根を突破してきた癖に警察が怖いの?冬馬は」

「そんなわけないだろ?」

 

俺はそう言って、何の躊躇もなくパトカーの前にバイクを走らせるが……そこは想像以上に酷い有り様だった。

見えていなかった後方部分はトラックによってぐちゃぐちゃに潰され、中にいた警官二名も死んでいた。

 

「…マジかよ……」

「ねえ、冬馬くん。もしかしたら…警察官だし、何か持っているかも…」

「でもなぁ……ガソリン漏れてるし、引火したら大変だぞ?」

「こんな不甲斐ないバットとスコップよりも良い物があるかもよ?」

 

咲良の言うことも一理あったため、俺はバイクを降りて、死んでいた警察官の腰に装着されたままの武器を手に取った。その途端、後部座席にいたウォーカーが俺の方に手を伸ばしてきた。けど、全く届きそうになかったため、無視して咲良の元に戻った。

 

「ほらね?いいのあったじゃん」

「警棒はまだしも…拳銃なんて……撃ったこともないのに…」

 

もう一度拳銃を持ってみたが、ズシリと手に重みが感じられた。普段絶対に持てない拳銃を持てて、少なくともかなりの興奮を覚えてしまっている俺。いつまでも持っている訳にもいかず、腰に差した。

そのまま俺たちはガソリンスタンドを探しにバイクを走らせたが、そのあとすぐにパトカーはガソリンに引火したのか爆発した。それを見た咲良はこう呟いた。

 

「…本当に危なかったね」

「……ああ」

 

 

 

俺と咲良はそれからすぐにガソリンスタンドを見つけた。見つけたのだが…1つだけ問題が発生していた。

 

「咲良……金、ないよな…」

「うん…ない」

 

そう…このガソリンスタンドはセルフ式で勝手に入れることが出来ないものだったのだ。困ったことになってしまったので、俺は金属バットを持って、併設されているコンビニに行って金を調達することにした。

 

「金を取ってくるから、ここで待っていてくれ。何かあっても絶対に声を出さないでここまで来いよ?」

 

咲良はコクンと頷いた。

俺はコンビニに入って、レジの中を取り出そうと思ったのだが、やはり鍵が掛かっていて取れなかった。

 

「やっぱりダメか…」

 

そこで俺はレジを地面に置き、バットを高々と振り上げた。

この時…俺は自然と笑みを溢していた。何故かって?それは…何となくであったが…この世界が楽しいと思い始めていたからだ。

 

 

杉山咲良side

突然、肩がビクッと震えてしまう程の音が奥のコンビニから響いてきた。

 

「えっ?」

 

続けて、ガシャン、ガシャンと何度も殴る音が聞こえてくる。恐らく、レジを壊しているのだろう。

音を出すなとあれだけ言っている癖に彼はあんなに出している。理不尽だと思ったが、彼がいなかったら…私はどうなっていたことだろうか…。お父さんの死を乗り越えられず…絶望して私も後を追っていたかもしれない。

それに昨日は……。

 

「…ふふっ……遂に告白しちゃったなぁ…」

 

仄かに顔が暖かくなる。何年間も想いを馳せていたために、あそこで告白してしまった。そんな風に昨日のことを思い出している時だった。

突然…誰かが私に向かってきたことに……。

 

 

冬木冬馬side

「きゃあああああああ‼」

 

千円札をいくつか手に掴んだ時、外から咲良の悲鳴が聞こえた。俺は焦って、急いで外に飛び出した。

そこでは太った男に捕まって暴れている咲良の姿があった。しかしその首にはキラリと光るナイフが当てられると、咲良は恐怖に身体を固めた。

 

「……くくく……くっわはははは‼」

 

男は咲良の身体に腕を回しながらも、気持ちの悪い奇声を上げた。

 

「よお…兄ちゃん!いい女連れているじゃねえか…」

「咲良を離せ!今こんなことしてる場合じゃないだろ‼」

「うるせえ‼こんなクソみたいな世界で生きていくには…女が必要だからなぁ‼」

 

男は咲良の瞳に溜まった涙を舌ですくい上げた。その行動に咲良は「ひっ…」と小さな悲鳴を上げ、更に表情がひきつっていく。

 

「お前……正気で言ってんのか?」

「正気かって?当たり前だ‼化け物だらけの世界でまともにいられるはずがねえだろが‼俺はなぁ…家族を全員殺したんだよ‼目の前で頭をかち割って…正気でいられる方がおかしいだろうがぁ‼」

 

男はウォーカーを引き寄せてしまうくらいに高笑いを続ける。俺は奴に突っ込んで咲良を助けたかったが、人質を取られている俺にはまだ…動くことは出来なかった。

それどころか男は更に図に乗り……。

 

「へへへっ……」

「⁉ひぐっ⁉」

 

咲良の身体をさわさわと触り始めたのだ。彼女は男の太い腕から全く逃れられず、好きなように触られる。

 

「いや…!いやぁ‼」

 

咲良は男を拒絶しようと何度も悲鳴を上げる。俺は歯を強く噛んで、彼女の方に足を一歩だけ…動こうとした時…再び男は威嚇をした。

 

「動くんじゃねえ‼女とバイクは貰っていくからどっか行きやがれ!」

「……ガソリンないぞ?」

「レジ壊してただろうが!給油しろよ‼変なことはするなよ…」

 

今ここで無闇に突っ込んでも咲良は殺されるだけだ。そう思った俺は大人しく男の言う通りに給油を開始する。

だけどその間も俺は男に話しかけた。もしかしたら…見逃してくれるかもと…。

 

「なぁ………」

「うるせえ‼喋るんじゃねえ‼」

 

ダメだ。全く聞く耳を持たない。

俺はそのまま給油を終えてしまい、どうすることも出来ずに突っ立っていると、男はナイフを俺に向ける。

 

「ほら!どっかに消えろよ‼」

 

そんなわけにいくか……。

ここで咲良を連れていかれるわけにはいかないんだ。

俺はもう一度だけ、男を説得する。

 

「なぁ…本当に………」

「うるせえって言ってんだろっ‼お前も死にてえのか⁉」

 

そう怒鳴り、男はナイフを高々に上げた。その時、俺の身体を勝手に前に進んでいた。腰に収めていた拳銃を掴んで、男の右肩にその銃口を当てていた。男も俺が拳銃を持っているなんて思っているはずがなく、顔を徐々に青くしていった。

ガチャリと安全装置のようなものを引き、俺は小さく呟く。

 

「撃つのは初めてだ。だけど、これなら外れることはない…」

「お、おい…。撃ってガソリンにでも引火したら……どうすんだ?お互い死ぬぜ⁉」

 

男は焦りながらも、説得を開始する。だが俺は……咲良が散々な屈辱を受けた姿を見てしまったせいで…我をほぼ、忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……咲良を傷付けた、お前が悪いんだ……」

 

 

 

 

 

 

俺はそう言って……拳銃の引き金を引いた。すぐに俺の両腕にとんでもない衝撃が伝わり、俺は地面に背中から倒れた。だが、撃たれた男も肩を撃ち抜かれて…咲良を解放した。

 

「うぐわああああああああああ‼腕がっ……肩がぁ‼血がぁ‼」

 

男は痛みにもがき苦しみ、奇声を上げ続けていた。咲良は俺の胸に飛び込んで身体を震えさせる。

彼女が泣き止むまで、こうしてあげたかったが…銃声と男の悲鳴により、近くにいたウォーカーがこちらに近寄りつつあったため、俺はすぐに咲良をバイクに乗せて、この場を離れることにした。

 

「おい‼待ってくれよ‼俺を置いていかないでくれぇ‼」

 

男は泣き叫びながら、俺たちに助けを懇願した。だが…俺は助ける気も、助けるつもりもなかったため、そのままバイクを運転させた。

その数分後…男の悲鳴が聞こえてくるのだった。




今回は学園黙示録に近いストーリーにしました。


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第7話

冬木冬馬side

バイクのハンドルを握る俺の手は微かに震えていた。

あの時…拳銃を初めて撃った時の衝撃でまだ震えているだけか、それとも……男を殺したことに対する罪悪感から来るものだろうか……。

いくら咲良を助けるつもりで彼の肩を撃ち抜いたとはいえ…その後、助けを求める男を助けることは出来た。

だけど俺は、それをしようとはしなかった。

何故かは自分でもよく分からない。咲良を汚された恨みか…咲良が傷つけられたことに対する怒りか…。どっちにしろ…俺はこの地獄の世界で目覚めて、間接的にではあるが、初めて故意に人を殺した。

その罪の重みを…俺は実感していたのだった。

 

俺たちの乗るバイクはそれから都会に出た。道路には横転した車、更に何故か置かれている戦車に俺は驚きを隠せなかった。

ビルが建ち並ぶ町には、音は全くしなかった。だが、不意にバラバラとローター音が聞こえてきて、後方からヘリの姿が見えた。

 

「冬木くん!」

「ああ、後を追おう‼」

 

だが今考えたら、追わなかった方が良かったかもしれない。ヘリが一番高いビルの後ろに隠れたため、俺はバイクを左折させた。

そこには…信じられない数のウォーカーが犇めいていた。最初はヘリの音に気を取られていたウォーカーも、バイクのエンジン音に反応して、こちらを向いて、血だらけの歯を見せつけてきた。

 

「やばっ‼」

「早く後ろに……って、冬木くん後ろ‼」

 

俺がバイクを後退させようと思ったら、既に大量のウォーカーが戦車の後ろ辺りにまで迫っていた。

要するに…俺たちはまた挟まれてしまった訳だ。どこに逃げようか迷って、焦る内に…俺は咲良をバイクから降ろして戦車に向かっていた。登って、ハッチを開けようとするが俺の力では開きそうになかった。咲良も駆け寄り、ハッチの取っ手に手をかける。

 

「咲良!頑張れ‼あと少しだ‼」

 

そうは叫ぶが、俺は実際間に合わないのではと思っていた。ウォーカーは既に戦車を取り囲み、登り始めてもいた。ここまでかと思った時、ハッチがバカンと開いた。

咲良を先に入れ、俺も中に入ると同時にハッチを閉める。閉める際にウォーカーの腕が割り込み、無理矢理閉めたことで肘から下の腕だけが切断され、戦車の中に入り込んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

「はぁ、はぁ……」

 

咲良と俺はウォーカーに襲われなくなったという安堵から、長い間荒い息を繰り返していた。が…よくよく考えたら俺はまたなんて馬鹿なことをしたのだろうと思った。

戦車に逃げ込んだら、それこそ永遠に出ることは出来ないだろう。周りには数え切れない量のウォーカー、いなかったとしてもハッチを開いた音で気付かれる。

 

「…………」

 

俺は咲良にその事を伝えようかと思ったが、またそんな最悪な事態であることを言うのは…ちょっとだけ躊躇してしまう。

伝えるのはきちんと休んでからにしよう……と、思った矢先のことだった。俺が座っている横にある死体らしきものが俺の方にゆっくりと頭を向けたのだ。

 

「!」

 

戦車の中には先客がいたようだ。ウォーカーは俺の上に覆い被さり、歯を見せつけてきた。

 

「うおっ‼」

「冬馬くん!」

 

俺は来るなと叫びたかったが、咲良はそのウォーカーに体当たりして、俺との距離を開かせた。しかし、それで死ぬ訳ではないので、早く殺さなければならない。

だが、それを咲良がやった。咲良は俺の腰に収まっていたはずの拳銃は押し倒された拍子に落ちてしまい、それを取り、無我夢中で引き金を引いた。

だが、その放った銃弾でウォーカーが死ぬと同時に銃声が戦車内で反響して、俺と咲良の聴覚を一時失わせた。お互いに耳を抑えても聞こえてくるキーンという音に苦しんだ。

その耳に残り続ける音もだんだん小さくなっていくうちに、俺たちは冷静になってきた。

やはり…今回も自らの首を締めてしまったということを、実感するのだった。

 

 

成瀬瑞穂side

一通り泣いても、まだ目尻からは涙が細々と流れていた。いつまでも現実を受け止めきれない自分が嫌になってくる。

それほどに私は、冬馬を……好きになっていたということに改めて気付かされた。

こんな苦しい思いをするなら…と、私は何度目になるのか…自殺するために屋上へと上がった。

外は暗い夜から解放され始めていた。白々だが綺麗な山吹色というか橙色というのか……そんな感じの太陽が廃墟となったビルとビルの間から顔を出した。

死ぬには絶好の日和だ。

雨や雲だったら気分が乗らずにここから飛び降りようなど考えなかっただろう。私は手摺を乗り越え、すぐに飛び降りれる準備をした。

今までは梶くんなどに止められてきたが、今回はそれもない。

死んでやる。

そう思って、身体を空虚な場所に向かわせようとした時、私の耳にエンジン音が聞こえた。

 

「……?」

 

車ではなく、バイクのエンジン音が徐々に私たちが隠れているビルに近付いていることが分かった。

ウォーカーがバイクを運転するはずはない。だから私は周囲を見渡して、エンジン音を奏でるバイクを探す。

それは割と早く見つかった。

朝日に照らされて、キラキラ輝く銀色の光沢を持つバイクに男女一組が乗っていた。その二人を私はどこかで見たことがある感じがした。

よーく目を凝らして見て、何者か分かった途端に…私の目からは再び涙が溢れ出していた。でもそれは悲しみのものではなく、喜びから溢れ出た涙だった。

私の視線の先にはサラサラした髪を靡かせている冬馬の姿がそこにあったのだ。後ろに乗っているのは、咲良だろうか?実際誰でもいい。

私は喜びに満ち溢れ、叫ぼうと思ったのだが、今叫んだら向こうに固まっているウォーカーの大群をこっちに引き寄せてしまう。だが、こちらが叫ばなくても二人はそこにバイクを走らせていた。慌てて叫ぼうとした時には遅く、二人はウォーカーたちと鉢合わせをしてしまっていた。

 

「冬馬‼咲良‼」

 

奴らを呼び寄せることを覚悟の上で大声を上げたが、それは丁度私の真上を通過したヘリの音で掻き消され、強風に煽られ、地面に倒れてしまった。

倒れて二人を視界から外して再びそこを向いた時には、二人の姿はなかった。

 

梶浩二side

俺は相変わらず、薄暗い雲が空に立ち込める中で見張りを続けていた。しかし、いつも見えるのはたまに飛んでいる飛行機かヘリ、もしくは動く死体だけだ。

最初はウォーカーたちが入ってこないようにしっかり見張っていたが、何日も月日が経つに連れて、怠さも徐々に増していった。

そんな時、突然鉄製の階段を急いで駆け降りてくる人影が目に入った。

それは息をひどく切らした成瀬の姿だった。彼女が屋上から降りてきたということに俺はすぐに怒鳴ろうと思った。成瀬はここ最近、よく自殺しようと屋上に向かうことが多かった。だから俺はそれを止めていたのに、また…と。

だが、俺が怒鳴るより前に、彼女の艶やかな声が響いた。

 

「冬馬が生きてる‼来て!」

 

そう言って成瀬は再び屋上へと駆け上がっていった。

俺は彼女を追う前に一応、あの人にも伝えておくべきだと思い、彼の部屋に向かうのだった。



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第8話

鈴木英雄side

僕は趣味で持っているクレー射撃用の散弾銃の整備をしていた。

整備をすると言っても、出来ることはあまりない。銃口に埃が溜まっていないか、引き金はきちんと動くかくらいのことしかないのだ。

僕は今でも不思議に思っている。

よくこの地獄で生き延びられたなと…。

もし、成瀬ちゃんや梶くん、それに自衛隊の人がここに連れて来てくれなかったら今頃僕もウォーカーの一員に…。

でもその自衛隊の人は僕を助ける際に噛まれて、自ら命を絶ってしまった。そのため僕はあの二人を守らなくてはならない。そのためにも…この散弾銃がいつでも使える状態にしなくてはならない。

そう思っていると、唐突にバタンと勢いよく僕の部屋の扉が開いた。入ってきたのは息を切らした梶くんだった。

 

「英雄さん‼屋上に来てください!」

「何か、あったんですか?」

「成瀬が……俺の親友を見たって…」

「そうなの⁉……分かった。取り敢えず行こう」

 

僕は半信半疑のまま、成瀬ちゃんが向かったという屋上に歩いていくのだった。

 

屋上に着くと、成瀬ちゃんは手摺に手を置き、顔を突き出して友人を必死に探しているように見えた。

 

「いるのか?本当にあいつ…」

「それが見つからないの!さっきは確かに見たのに…」

「落ち着け、成瀬」

「成瀬ちゃんはどこでそのお友達を見たの?」

「あの戦車がある辺りです!嘘じゃないです‼私は……!」

「分かった、分かった。だから落ち着いて!」

 

成瀬ちゃんが言う場所にはウォーカーが大量に犇めいていた。そこにとても生身の人間がいれるなんて到底思えなかったが、戦車の周りにだけ異常と呼べるくらいにウォーカーがへばり付いていた。まるで何かに惹き付けられているみたいだった。

 

「もしかして……戦車の中に逃げ込んだんじゃないかな?」

「戦車の中?それじゃあ、仮に冬馬がいても助けられないじゃねえか!くそっ‼」

 

梶くんの言う通りだ。

戦車の周りにいるウォーカーたちは冬馬…と呼ばれる友人の臭いを嗅ぎ付けている。あの戦車から引き剥がすには冬馬くんたち以上に強烈な臭いか、物凄く高い音を出して惹き付けるかのどちらかしかない。

それに他にも問題はある。どっちかが出来たとしても、ウォーカーを引き剥がしたと伝達する方法がない。固く閉ざされたハッチを開くタイミングを教えることなど出来っこない。

 

「……待って。英雄さん、あの自衛隊の人からの無線の使い方が書かれた紙に戦車の無線番号……書かれていたりしませんか?」

「分からない」

「でも確認する価値はあるな…。行ってくる!」

 

そう言って梶くんは先へと急いだ。

僕は戦車の方をずっと見続ける成瀬ちゃんと屋上に残っているのだった。

 

 

梶浩二side

俺はこの無線に全てを賭けていた。

これでもしあの戦車の無線と繋げることが出来なければ、今度こそ成瀬は自殺をしてしまうだろう。そのためにもこの無線にだけは繋がってほしいと必死に願った。

紙に書かれた通りに俺は無線の番号を押し、繋がったのを確認して、最初は小さく声をかけた。

 

「おい……聞こえるか?おい…」

『……………』

「聞こえるなら返事をしてくれ!頼む‼冬馬!」

『………ガガッ…。……じ…か……』

「え?」

『ガガガッ‼浩二……か⁉』

 

死んだと思われた親友の声を聞いた瞬間に、俺は一瞬で泣きそうになった。間違いなく……冬馬だった。

 

「……ああ、そうだよ!お前の大親友の梶浩二だよ‼この馬鹿野郎‼心配させやがって!」

『憎まれ口叩かれるのもいいけど……俺はどうしたらいい?』

「どうするかはこっちで考えるから、今はそこで大人しくしていてくれ」

『分かった、気長に待ってるよ…』

 

無線を終え、俺は一筋流れた涙を拭うと、成瀬たちのいる屋上へと駆け上がっていった。

冬馬を…助けるために……。

 

 

冬木冬馬side

バンバンと戦車の外側全体からウォーカーが叩く音が聞こえてくる。

さっきの耳鳴りも漸く落ち着いてきて、俺たちの耳もまともに戻ってきた。しかし、本音はこの耳鳴りがもう少しだけ続いて欲しいとも思ってしまった。

戦車の中に逃げ込んでしまった俺たちはここから出れずにいた。しかも昨日に引き続き、食事はおろか水すらまともに摂っていない。脳にエネルギーが回らず、思考は働かないし身体も想像以上にキツい。

これからどうしようかと考えていると、咲良が小さく呟いた。

 

「冬馬くん…私たち、このまま……」

「言うな」

 

俺は咲良が言おうとしている言葉を遮った。俺だってそういう状況であることくらい分かっている。だけどここでその言葉を言うか言わないかで心境は変わってくる。

そう思いたい。

というかそう思わないと、気が狂いそうだった。

今まで何度も死に近い経験をしてきたけど、今回ばかりは本当に死ぬと思い始めていた。

外に出ても中に残っても待っているのは確実な死…。

そんな状況下で俺は何故か無意識に…咲良の身体を抱き締めていた。咲良は驚いたような表情をしたが、すぐに俺の抱擁に身を任せた。

 

「一人で死ぬよりかは……まだいいな…」

「…そうだね。死ぬ時は一緒…だもんね」

 

さっきまで『死』を口に出すなと言ったくせにと思って、俺は微かに口許に微笑を浮かべてしまう。

それから数十分が過ぎた頃に、不意に機械音が戦車内に轟いた。それは電話の着信音のようなものなのだが、少し違った。ノイズ音が疎らにしていて、継続的に続いている。

 

「な、何?」

 

咲良は怯えていたが、逆に俺は鳴ると同時に震える無線のようなものを手に取ると、『ガガガッ』と鳴ってから、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

『おい……聞こえるか?おい…』

「え……?」

 

これは……浩二の声…?

まさか……この無線は…。

 

『聞こえるなら返事をしてくれ!頼む‼冬馬!』

「お、おい…。浩二か⁉」

 

俺の声が聞こえたのか、浩二の声は暫く聞こえなかったが、すぐに涙声で返ってきた。

 

『……ああ、そうだよ!お前の大親友の梶浩二だよ‼この馬鹿野郎‼心配させやがって!』

「憎まれ口叩かれるのもいいけど……俺はどうしたらいい?」

『どうするかはこっちで考えるから、今はそこで大人しくしていてくれ』

「分かった、気長に待ってるよ…」

 

と、言ったが浩二はここからどうやって助けるつもりなのだろうか…。

外にはウォーカーがたくさんいるし、彼が囮になるとは考えられないし…。とにかく、浩二はやってくれる。

そう思うと気が抜けて、くたりと身体が地面に倒れた。それを咲良が急いで抱えて、何があったのかを聞きたそうな表情を作る。

 

「来たんだよ……。俺の、親友が…」

 

そう言って、俺は眠りに落ちる。

咲良の声が、どこか遠くに消えていく…。

 

 

成瀬瑞穂side

梶くんはどうにか無線の交信に成功したようだ。それを聞いて私も急いで連絡した。だが…。

 

「冬馬!聞こえる?私だよ‼瑞穂だよ‼」

 

そう叫んだが、無線機から聞こえたのは私が求めた人のものではなかった。

 

『……瑞穂?』

「その声、咲良⁉」

『お願い!早く来て‼冬馬くんが……冬馬くんが目を覚まさないの!』

 

それを聞いた途端に私の頭の中は真っ白になりかけた。

冬馬が…目を覚まさない?

 

「何があったんだ⁉」

『梶くんと話していたら…突然意識を失っちゃって……。もしかしたら、水を摂ってないから脱水症状なのかも…』

「…咲良!そこにいて!絶対に二人とも助けるから!」

 

そう言って私は無線を再び切った。

 

「で、成瀬…どうやってあそこから助けるんだ?」

「それは……」

 

勢いで言ってしまったが、実際助ける方法は見つかってもないし、思い付いてもない。

 

「あの……」

 

ここで今まで口を挟まなかった英雄さんが発言した。

何か考えでもあるのだろうか?

 

「僕に考えがあります」

 

英雄さんはそれから淡々と作戦を述べていく。それを聞いていた私と梶くんは…目を丸くさせていくのだった。




アイアムアヒーロー主人公の鈴木英雄登場

オリキャラばかりも面白くないと思ったので出しました。これからも出せそうな原作キャラは出そうと思います。




それと高校生が無線機使えるわけないだろと思った方もいると思いますが、『学園黙示録』では散弾銃をすぐに使いこなす奴もいるので構わないですよね(^^)


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第9話

冬木冬馬side

どうして……こうなった……。

俺は、どうしていつも…自らを苦しめる行為しか行えないんだろうか…。

尻餅を付く俺の前には青い帽子を被った男性が肩から血を流して倒れていた。ついさっきまでは意識はあったが、今は地面に背中を付けて、意識は無くなっている。

だが、すぐに身体はビクンビクンと地上に打ち上げられた魚のように震えた後に、上体を起こした。彼の顔はウォーカーの顔そのもので、彼も奴らの一員になってしまったことを如実に語っていた。

俺は今にも狂いそうになる理性を保ちながらも、人間としての理性を失う前に俺に投げ渡し、誰も取ろうとしない散弾銃を…無意識に掴んで立ち上がった。

俺は彼…浩二曰く英雄さんに銃口を向ける。

そして…英雄さんの足が一歩前に踏み出した瞬間に…引き金を引いた。

 

鈴木英雄side

僕は我ながらなんて大変な作戦を二人に提案したんだろうと、今更ながら悔いている。

僕が言った作戦はこうだ。

まず、僕が持っている散弾銃でウォーカーたちの気を引き、標的を僕に向けさせる。その間に梶くんが戦車に閉じ込められている冬木くんと杉山ちゃんを助けに行く…。

自らの首を締めるような案を出せた僕自身に多少驚きだった。

とにかく、僕は作戦を実行しなくてはならない。

立て籠もっているビルの扉を塞いだバリケードを取り除き、僕と梶くんは二手に分かれた。梶くんはそのまま残り、僕は更に奥へと向かう。戦車を取り巻いているウォーカーが放つ音で僕の存在は探知されずに済んだ。

だが、ここで僕の頭の中に嫌な考えが思い浮かんでしまう。

今ならウォーカーを惹きつけられているから……自分だけ逃げ出すことが出来る。そう思った瞬間に僕の足はビル群の外に向けられ…かけた。もう少しだけ自分を抑えつける理性がなかったら…今頃逃げ出していただろうけど…僕は今まで長い期間世話になった2人の前から消えるのは、人として恥ずかしいと思い、思い止まれた。

そして、決心を決めて散弾銃の銃口を天に向け、1発撃った。

一部のウォーカーは僕が撃った散弾銃に気付いたが、戦車を叩く音の方が大きかったのか…ほとんど反応しなかった。だから、今度は廃車に向けてもう1発撃ち、廃れたビル群に金属と金属がぶつかった音を響かせた。

それで、戦車の周りにいたウォーカーを全て僕に向けること出来た。ただ、全てのウォーカーが僕を見た時ははっきり言って、かなり怖かった。だけど僕は臆することなく、このビル群全体に響かせるくらいの大声を上げた。

 

「こっちだ‼︎こっちだよ!」

 

戦車からなるべく距離を取らせたかった僕は散弾銃の持ち手を壁に何度も叩いて、ウォーカーを引き寄せる。奴らの餌になる前に後ろへと駆け出す僕。

この間に梶くんが2人を助けられるかは…神に祈るしかない。

 

梶浩二side

英雄さんがここら一帯のウォーカーを戦車から離してくれたお陰で俺は冬馬と杉山を助けに行くことが出来る。

囮に自ら志願した英雄さんにはもう頭が下がらなかった。

そのためにも…俺は冬馬たちを絶対に助けなくてはならない。

俺はウォーカーがいなくなった一瞬の隙に戦車に駆け寄り、ハッチを開けようとする。のだが、やはりと言うべきなのか、物凄く重くて短時間では開きそうもなかった。

それくらい分かっていたはずなのに…俺は焦りばかりが募ってしまい、開こうと躍起になる。

 

「さっさと……開け…よ!」

 

ガタガタとハッチは小刻みに震えるばかりだったのだが、唐突にハッチの重みがすぅーっと軽くなり、呆気なく開いた。

その理由は中から杉山が力を込めてくれていたからだった。中にいた杉山は俺を見るなり、目からポロポロと涙を溢れ出し、俺に泣きながら懇願しだした。

 

「お願い!冬馬くんを……助けて…!」

「分かってる!どんな感じなんだ?」

 

冬馬は杉山の傍らで荒く息をして、気絶していた。

この感じ…野球部にいた時にも見たことある症状だった。間違いない。脱水症状だ。そうと分かり、俺は杉山に呼びかける。

 

「ここから出す!手伝ってくれ!」

 

低い声で言った俺に杉山は目を潤わせながらも確かに頷いていた。

まず俺は冬馬の上半身を抱え、戦車から出そうと思ったのだが、ここで問題が発生した。今ここで仮に杉山が冬馬の下半身を抱えられたとしても、位置の関係上戦車から出すのがとんでもなく困難になってしまうのだ。抱えるのがどっちも男だったら良かったのだが、生憎杉山は女…。

このままじゃ……。

どうしようかと途方に暮れかけていたところに、足音が俺の耳に聞こえてきた。振り向くと、冬馬の上半身を俺と同じように抱えようとしている成瀬の姿があった。

 

「成瀬!何してんだ‼︎お前は残ってろって言っただろ⁉︎」

「梶くんだけに任せて大人しくしてるほうが嫌よ!それに……冬馬は私がら助けるって決めたの!逃げてばかりいられないの‼︎」

 

そう叫んで、成瀬は自らの使命を俺に言った。冬馬が好きだから当然の行為と言えば当然の行為かもしれないが…これは少々無理矢理な気もする。

それに彼女がそう言ったのを戦車の中で聞いていた杉山は複雑な表情をしていた……気がした。

って、そんなことを気にしている暇ではない。

予定外ではあるが、成瀬が来てくれたことでどうにか冬馬を戦車から出すことは出来そうだった。

しかし、冬馬を助けることで夢中になってしまっていたのだが、既にそれなりの数のウォーカーが俺たちを取り囲もうとしていた。

 

「ヤバイぞ!走れ‼︎」

「………う……」

 

ここで左肩に抱えていた冬馬の口から小さな声が漏れると、次に見た時には目を開けていた。どうやら虚ろではあるようだが、目を覚ましたらしい。

だけど今は喜んでいられる場合でもない。

急いで逃げないと…!

 

「冬馬!頑張れ!あと少しだ‼︎」

 

足取りがおぼつかない冬馬を俺と成瀬で支えて走っていると、後ろからは大量のウォーカーを引きつけた英雄さんも俺らと同様にビルに逃げ込もうとしていた。

俺と冬馬、成瀬に杉山が先に入り、残りは英雄さんだけになる。

 

「英雄さん!早く‼︎」

 

英雄さんはもう疲れが溜まりきっている様子で、ここまで来れるかも怪しかった。

だけど、彼も最後の力を振り絞ったのか、扉に向かって一気に駆け込んだ。その後、ウォーカーが入って来ないように急いで扉を閉じようとする。

だがここで、一番最悪な事態が起こってしまった。

 

「あっ…!」

 

突然英雄さんが呻くと、扉を完全に締め切ったと同時にポタリと水音がした。俺たちが英雄さんに双眸の目を向けると、彼の右の掌にはベットリと赤い血が付いていた。しかもそれは彼の掌から滴り落ちるものだったのだ。

何があったかは…一目瞭然だった。

 

「英雄さ……」

「来ないで!」

 

彼は血濡れでない左手で俺たちを近付けないようにした。

英雄さんは噛まれたであろう右手を暫く見詰めると、持っていた散弾銃を俺たちに投げた。

 

「君たちが殺すんだ…。僕はいつウォーカーになるか分からない…」

 

俺は首を横に振った。俺だけでなく、成瀬、杉山も同じ反応をしていた。それは当たり前だろう。

誰だって人なんか殺したくない。

 

「早く!時間が……、ごふっ‼︎」

 

英雄さんは突然吐血する。

噛まれてまだ数分しか経っていないのにだ。

 

「は……や、く…!ころ………し…ぐえぇ‼︎‼︎」

 

更に勢いよく英雄さんの口から血液が溢れ出す。そして地面の上をのたうち回り、苦しみに悶え始めた。

早く彼を殺さないと…俺たちも危険な目に遭ってしまう。

だが、英雄さんが投げた散弾銃を掴むことがどうしても出来なかった。目の前にあるのに、誰も腕を伸ばそうとしない。そうやっている内に英雄さんの身体の動きが停止した。

こうなったら…俺がやるしか……。

そう思った時、カチャリと散弾銃が地面から浮いた。

持っていたのはまだ顔色が良くない冬馬だった。

 

「……俺がやるよ…」

「何言ってるんだ⁉︎俺が……!」

「元を正せば俺が原因だ…。俺が、戦車の中に入らなければ、あの人が噛まれることはなかった…」

 

違うと否定したかった。

だけど、彼の握る散弾銃は震えてはいたが、決心だけは本物だった。

俺が黙ると冬馬はフラフラした足取りで英雄さんの死体に近付き、銃口を向けた。

 

冬木冬馬side

俺だって……助けてくれた人を殺したいわけじゃない。余程頭がおかしくなければ、人なんて殺せるはずはない。

だけど…俺はもう人を一人…死に追いやっている。あの感覚だけは忘れようにも忘れらなかった。

それに…こういうことを浩二や瑞穂にさせたくなかった。汚れるのは…俺1人で充分だ。

 

現在

引き金を引いた瞬間、拳銃よりも強烈な衝撃が右腕全体に突き抜けた。尻餅を着くことはなかったが、3歩後退してしまった。

そして目の前には…頭だけが完全に吹き飛んだ英雄さんの死体が残った。近くには粉々になった帽子が辺りに散らばり、散弾銃の威力がどれ程のものだったのかを物語っていた。

外には大量のウォーカーが銃声と血の臭いでこちらに群がっている。

 

ああ……もう…嫌だ…。生きていたくない…。

 

 

こんな世界を生きるなんて…俺には無理だ…。

 

 

この時、今までどんな辛いこと、大変なことを乗り越えてきた俺の精神が初めて…ガラガラと崩れていくのを感じるのだった。




鈴木英雄死去…。殺すの早くてすみません。


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第10話

成瀬瑞穂side

冬馬が生きていた……。

彼の存在があるだけで私は満足してこれから生きていける。もう死にたいなんて思うことはなかった。

けど…冬馬は、

私よりも深い深い傷を心に負ってしまい、精神を病んでしまっていた。そんな彼を支えるのは私の役目だと思って…いた。

実際は私ではなく、咲良が看病みたいなことをしている。私から距離を置き、冬馬の身辺でお手伝いをしている。私だって、参加したいのに…咲良は私を近付けるどころかどんどん冬馬と私を遠ざけている…気がした。

そういう雰囲気になってから、私の胸の中でチクチクとした痛みとモヤモヤした気持ちが一緒になって渦巻いていた。この気持ちが実は嫉妬だと気付くのは…これからもっと先のことだった。

 

英雄さんを喪って2日が経った。

彼の亡骸はこの建物の地下に置いてある。長い期間私たちを支えてくれた英雄さんには手を合わせに行きたいのだが、腐敗臭が立ち込めた部屋にはなるべく行きたくないのが本音だった。

それで私は冬馬の部屋に行こうと思い、ドアノブに手をかけると楽しそうな話し声が廊下に響いてきた。

 

「冬馬くん、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。悪いな……。食事とか持ってきてもらったり身の回りのこと…。俺…なんか何もやる気が起きなくて…」

「動くこともしたくないとか言ってたよね。もしかして…今更になってニートになるのかな?」

 

咲良は笑いながら言うが、私からしたら笑えないことだった。

あんなに精神が荒んでいる冬馬になんてことを言ってるんだと、怒鳴り込みに行こうと今度こそ扉を開けた途端…冬馬の口から信じられない言葉が飛び出した。

 

 

「……そうだなぁ…。本当にニートになろうかなぁ。何もかも嫌だし……」

 

 

「え?」

 

今、何て……。

彼は笑いながら、確かにそう言ったのだ。そういうことが大嫌いな冬馬が…笑いながら……。

私が声を漏らしてしまったことで2人は私が来たことに気付き、私の方を見た。冬馬は悪びれる感じもなく、少し元気はないが、いつもと同じような感じで話しかけてきた。

 

「よう、瑞穂、どうした?また心配してきたのか?」

「あっ……うん…」

「……瑞穂?」

「い、いや……何でもないよ…。ちょっと私はお邪魔みたいだから…」

「瑞穂?おい!待て……」

 

冬馬が私を呼び止めようとする声が耳に入ったが、私は構うことなく2人前から消えた。

なんだか…酷く自分が惨めに感じられた。

冬馬のためだと思っていつもやっていたのに、今はその役割を咲良に取られ、2人の仲は世界が滅ぶ前よりも友好的な感じに見えた。

いや……もしかしたら2人はもう…。

そんな考えが頭の中を駆け巡る。あり得ないと思いたいが、世の中には吊り橋効果ってものがある。それならもう冬馬は…私をただの友達としか見てくれないのだろうか……。

私の気持ちは落胆したままで、今日一日は過ぎていった。

 

今日も良い天気だった。朝日が東から昇り、暗かった地上を橙に染めていった。ただ、扉の前で犇めいているウォーカーも写し出し、悪夢の化身の姿を曝け出した。

しかし、今日はいつも以上に元気がない。

自分でも何でだろうと考えている。冬馬ときちんと向き合えていないから?それとも咲良と冬馬が仲睦まじいから?はたまた…別の原因かもしれない。

 

「……向き合って話せないよ…。冬馬…」

 

そう独り言を口に出した時、昔からよく聞いてきた声が屋上の扉から聞こえた。

 

「どうしたの?また自殺しようとしてるの?」

 

振り返ると、清々しい表情の咲良がいた。だけど、その黒色の瞳の奥には怒りも含まれている感じがした。

 

「自殺だなんて…冬馬が戻ってきたのにするわけ…」

「冬馬くんのことが好きだからでしょ?」

「え?」

 

突然真剣な表情で話し始める咲良に私は動揺してしまう。

 

「え、えっと…」

「瑞穂はすごいよね…。子供の時から冬馬くんを虜にして…私じゃ敵わないな〜って思っていた。でも…今だけは絶対許さない」

「な、何言ってるの?私は……冬馬には何も…」

「ええ、そうね。何もしてない。…逆に何もしなさすぎなくらいにね。瑞穂、冬馬くんが何であんな風になったか、知ってる?」

 

あの時英雄さんを殺してしまったこと…と言いたかったが、咲良の雰囲気からそれだけではない…ということが察せた。

 

「教えてあげる。冬馬くんは、まずお母さんがウォーカーになっているところを見てしまって…泣いていた。それだけじゃない。ガソリンスタンドで私が襲われた時、彼はその人の肩を拳銃撃ち抜いて……そのまま放置して見殺しにした。その時の冬馬くんの顔…物凄く辛そうだった…。見てた私も申し訳なくて泣きそうだった!そこに英雄さんのことが重なって、遂に崩れてしまったのよ!瑞穂にはその気持ち分かる⁉︎私でも分からないよ!」

 

いつのまにか咲良の両目からは涙が溢れ出ていた。

今の話や様子から咲良も冬馬のことが好きなんだろうなと容易に分かった。だけど…そう思うなら……。

 

「咲良が……冬馬を支えればいいじゃない…」

「………」

「私は…ほとんど事情を知らないんだから………」

 

パシン…!

と突然甲高く音が鳴った。音の出所は私の左頬だった。咲良の怒りが遂に私の頰を打つくらいにまで上昇したのだ。

 

「しっかりしてよ‼︎瑞穂‼︎」

「咲良……」

「何?私は何も知らないから何も出来ない、だから他人に任せる?瑞穂が持っている冬馬くんの想いはたったそれだけのものだったの⁉︎」

「……っ」

「悔しいけど…今の冬馬くんには瑞穂が必要なの…。あんな風に笑っているけど、本当は無理して自分を演じているの…。でも冬馬くん…さっき瑞穂の姿を見て、目を輝かせていた。それなのに、瑞穂は逃げて……冬馬くんの気持ちも少しは察してよ!」

 

全く、反論出来なかった。

咲良の言っていることが正しくて…。

 

「瑞穂はいつもそう。自分ではほとんど動かない。瑞穂望むことしかしない。それで上手くいかなかったら、自分の世界に塞ぎ込む。それじゃ……冬馬くんが可哀想で仕方ないよ…。だから…」

 

俯いている私の両肩に咲良の手が置かれる。

そして、優しい言葉を紡いだ。

 

「今度からは…瑞穂が冬馬くんを支えて…。私の番は、もう終わり」

「でも…咲良、咲良も冬馬のこと……」

「いいの!」

 

私が咲良の顔を見ると、彼女の瞳からは悔しさ、悲しさの満ちた目が見えた。だけどどこかスッキリしたような雰囲気もあった。

 

「行って来なよ…瑞穂……」

 

今にも泣きそうな咲良。

その要求に応えないのは、最低だと思い私はゆっくりと屋上を後にした。

そして、私が去った後、咲良の嗚咽が僅かに聞こえた。

 

冬木冬馬side

嫌われちまったかな…?

不意にそう思った。瑞穂は明らかに俺を見て、驚愕…というか信じられないと言った表情を浮かべていた。何をしてしまったのか分からなかった俺はとにかく瑞穂と話したくて、一緒に居たくて…こっちに手招きした。

いつもなら笑ってか恥ずかしそうに来るはずの瑞穂が初めて…俺の元から離れた。待てと言っても、瑞穂は戻って来なかった。そのすぐ後には咲良も居なくなり、俺は再び孤独感に苛まれた。

 

「…俺はやっぱり……1人で生きなきゃいけないのかな?」

「…違う。冬馬は1人じゃない」

 

独り言で呟いた言葉を返してくる声が聞こえた。

それは間違いなく、瑞穂の声だった。俺はどうして瑞穂が戻って来たのか分からずにオドオドしていると、彼女は顔を歪ませて、俺の身体を優しく抱き留めた。

その抱擁は…信じられないくらいに暖かった。

 

「ごめんね!ごめんね…冬馬!私は冬馬の辛いこと、悲しいことを知らずに……!」

「瑞穂…」

「これからは私が支える!冬馬がまた壊れそうになっても、私が絶対に守る!」

「……その台詞は…俺が言うもの、だろっ…」

 

何故か急に涙が溢れて来た。今まで辛かったことや悲しいことが幾度もあったが、そこまで泣くことはなかった。

…母の死を知ったこと以外…。

でも今…俺は、俺を支えてくれると言ってくれた瑞穂に対して…嬉しくて…涙を溢れさせていた。いつの間にか俺は瑞穂の身体を強く抱き締め、オイオイと涙を流す。

その様子に流石の瑞穂も困惑、並びに苦しそうにしていた。

 

「冬馬…く、苦しいよ…」

「…っ、悪い…」

 

涙を拭いながら俺は瑞穂から離れる。

その時瑞穂と目がピッタリ合う。お互いに何かに捕まったように身体は固まり、顔だけを近づけて行く。そしてもう数ミリで唇が重なると思われたところで……扉が開いた。

 

「冬馬!今すぐ来てく……れ………」

「………」

「………」

 

俺、瑞穂、部屋に入ってきた浩二全員が身体を固めてしまう。

そして、数秒後に浩二は震える口で呟いた。

 

「また……俺お邪魔だった…?」

 

プチッと頭の中の何かが切れて、俺は浩二に飛び付いた。

怒りのままに…。

 

「浩二いいいぃぃぃぃっ‼︎‼︎」

「わっ!や、止めろ‼︎」

 

俺は浩二の胸ぐらを掴んで、奴の頭を殴りまくった。

その様子を間近見ていた瑞穂は、暫く茫然としていたが、すぐに笑いを堪えられなくなって、腹を抑えて笑い転げるのだった。

 



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第11話

冬木冬馬 side

一通り浩二に制裁を加えてくれた後、漸く彼の用事を聞くことにした。最初は大したことではないと思っていたが、俺が思う以上に大変なことであることを気付かされた。

浩二が連れて来たのはバリケードで塞がれた入り口だった。

そこからは散弾銃や俺たちの姿を確認しているために群がり、冷たく青白い肌を持つ何本もの腕が俺たちを求めて伸びていた。そのせいで最初は丈夫に作られていたはずであろうバリケードは常にミシミシと音を立てていた。

 

「…こいつは、マズイな…」

「ああ…このままじゃいずれ突破される」

「これ以上補強することは出来ないのか?」

「無理だな…」

 

補強も出来ないと分かってしまうと、残る手立ては1つだけになる。

それはここから逃げ出すことだ。

簡単に言うが、実際今ここから逃げ出すのは相当大変だ。

何故なら周りは数え切れない量のウォーカーが俺たちが住んでいるビルを取り囲んでいる。

 

「で、浩二にはここから逃げ出す良い案でも思い付いているのか?」

「あったらお前をここになんか連れて来るかよ…」

「……だよな…」

 

だと思った。だから俺を呼んで何か案がないのかと聞きに来たのだろう。と言われても…。

 

「俺がそんな簡単に逃げる算段を思い付くと思っているのか?」

「はっきり言えば思ってないよ」

「……はぁ」

 

俺は思わず溜息を吐いてしまった。嫌な状況の時にそういう行動はなるべく溜息は吐きたくないのだが、自然と漏れてしまう。

 

「今度こそ…ここで終わりか?俺たち…」

「…いいや、終わらせない。こんなところで死んでたまるか…。折角、“大切な奴”にもう一度会えたっていうのに…」

 

自分でも無意識に瑞穂のことを『大切な奴』って呼んでしまっていることに気付いてなかった。浩二は俺の言う『大切な奴』が誰なのか分かっているからニヤニヤしているが、その笑顔は…昔の時とは少しだけ違うように見えた。

まあそれはともかく…どうしたものか……。

すると…。

 

「臭いはどうかしら?」

 

突然後ろから咲良の声が聞こえた。

 

「臭い?」

「うん。ウォーカーは音と目はしっかりしてるけど、臭いだけは弱いの」

「臭い……」

 

咲良の意見を聞き、俺の頭の中で案が思い付いた。

 

「浩二、瑞穂も呼んで来てくれ」

「その様子…何か思い付いたのか⁈」

「ああ、一か八かの作戦をな!」

 

浩二は頷くとすぐに瑞穂を呼びに行った。浩二が瑞穂を連れて来るまで、1分とかからなかった。

 

俺はまず英雄さんの亡骸が置いてある地下室に皆を集めた。

部屋中に立ち込める腐敗臭に俺も含めて全員が顔を歪めたが、今は気にしている場合じゃない。

 

「…実は、咲良が言ってくれたキーワードでここからの脱出方法を考えたんだ」

「勿体ぶってないで早く言えよ」

「…人間の腐った身体を利用する」

 

全員がそれを聞いた途端に頭の上にハテナが付いているのが分かった。まあ今の言い方では簡単に理解出来ないだろう。

 

「要するに…俺たちの身体に死体の一部を付けるってことなんだが…」

 

それを聞いた途端に瑞穂と咲良の顔は見る見る内に青ざめていく。

 

「…それ、本気?冬馬…」

「本気だよ、瑞穂。他に案があるなら今のうちに言ってくれ」

 

と言ったが、誰一人として口を開かなかった。

 

「じゃあ、作業に入ろう」

「作業?」

「……この英雄さんの死体をバラバラにして、中の内臓や血肉を服に塗りたくって外に出るんだ。そうすれば臭いでウォーカーにバレずにここから逃げ出せる」

「いやっ‼︎」

 

俺の作戦の詳しい概要を伝えていると、不意に瑞穂の拒絶した声が部屋中に轟いた。

別段嫌だと叫ぶ瑞穂の気持ちは分からなくもなかった。何せこれから内臓をぶら下げてウォーカーの集まりの中を闊歩しなければならないんだ。嫌に決まっている。

だが、瑞穂が『嫌』と言ったのは、別の理由だった。

 

「だって…冬馬の案だと、英雄さんの身体をバラバラにするんでしょ⁈そんなの嫌!死んでからも切り刻まれるなんて…可哀想だよ…」

「………」

 

瑞穂の言いたいことはよく分かった。瑞穂の心が優しいことも俺が一番よく分かっている。

だけど…。

 

「時間が無いんだ…。今にもバリケードは突破されそうで、いつウォーカーが雪崩れ込んでくるかも分からない。だから今のうちに行動しなきゃならないんだ、瑞穂。辛いってことは分かっている。でも、これしかないんだ。英雄さんも俺たちがここで死んだら…天国で浮かばれないだろ?」

 

かなり道理の通っていない説得であることはよく分かっている。

だけど、瑞穂を納得させるにはこういう誤魔化しを効かせないと無理だと思った。

瑞穂はちょっと考え込んだ後、辛そうな表情で渋々頷いた。

 

「…ありがとう、瑞穂」

 

俺はそう言うと、早速ナイフを持って、英雄さんの死体を解剖し始めた。最初は腹だ。ナイフの刃が肉を切り裂き、所々取っ掛かりがあるのが感じられた。そして、まず腹の中から小腸を取り出した。

この時点で瑞穂と咲良は背を向け、浩二も耐えてはいるが、かなりキツそうな表情をしていた。俺だって相当を越えて、滅茶苦茶キツい。今にも吐いてしまいそうだ。

数十分が経ち、俺は英雄さんの身体をバラバラにしきった。人かも分からない程、原型を留めていない英雄さんの死体に申し訳なさが一気に上がって来る。だけど、その分…俺たちは生きると誓っていた。

 

「ほら、みんなこの服を着るんだ。今の服の上に血肉を付けたくなうだろ?」

「…そいつはありがとよ…」

 

全員真っ白なコートを着て、お互いに血肉を付け合った。俺は首の上に小腸をぶら下げ、浩二は大腸をコートにぶら下げた。瑞穂と咲良も嫌々ながらも、どうにか上半身に血を付けた。

 

「よし…行こう…」

 

先頭を歩くのは俺なんだが…はっきり言ってかなりビビっている。何せこれでウォーカーを欺けなければ、食われるのは俺だ。そして瑞穂たちは元の建物に逃げ戻り、俺が食べられている光景を垣間見ることになる。

それだけは勘弁だな…。

俺がウォーカーたちの垣根に入っていくと、奴らは俺を訝しげに見ていたが、やがて興味が無くなったように視線を逸らした。

どうやら…俺の考えは間違っていないようだ。俺はまだ建物の中にいる3人を手招きした。3人とも足を動かすことを渋っていたが、覚悟を決めたのか全員ゆっくりと動き出した。その3人にもウォーカーは一切の興味を持つことはなかった。

それからはウォーカーに人間だとバレないようにゆっくりと…フラフラした足取りで進んでいた。これならどうにかなると思っていた矢先のことだった。

ウォーカーたちの垣根を半分くらいまで行ったところで空が黒い雲で覆われ始めたのだ。これが何を示すは…よく分かっている。

 

「おい…冬馬これって…」

 

焦る浩二の声が俺の耳に入ってくる。

黒い雲は徐々に重い空気を吐き出し、雨を降らせ始めたのだ。

最悪のタイミングだった。服に付けた血や肉が雨で全て綺麗サッパリ洗い流されてしまう。周りのウォーカーも俺たちをジロジロと見てきてもいた。

俺はウォーカーと視線を合わせないように顔を俯かせ、右手に握る散弾銃をしっかりと持った。

そして…遂にその時は来た。

ザーザー降りの雨の中を歩き続けて、数分が経った頃…一体のウォーカーが俺に奇声を上げた。もうなり振り構っていられない俺は散弾銃の柄で奴の側頭部を砕いた。

 

「走れぇ‼︎‼︎」

 

俺の叫び声を聞いた3人は全力疾走を開始。

ウォーカーは俺たちが人間であると分かり、一目散に追いかけて来た。俺たちは必死に逃げた。動く死体共が俺たちを見失うまで…身体の限界が来たとしても…走るのをやめなかった。

 

 

「ゼェ……ゼェ……」

「はぁ、はぁ……ゴホゴホッ!」

 

高速道路の真ん中で荒い息を吐く俺たち。でもどうにかウォーカーたちの標的から逃れることがどうにか成功したようだ。

 

「こんな長距離の全力疾走……長らくやってなかったから…相当堪えたぜ…」

「お前は……まだいい方だろ…。俺は途中でダウンした瑞穂を抱えて走ったんだぞ?」

 

そう……瑞穂は途中で走り疲れたか、体力を使い果たしたか…どちらにせよ倒れてしまったのだ。だから背中にオブって走ったのだ。

 

「でも…どうにか逃げ切れたからいいじゃねえか…」

「まだだよ…。だってアレ……」

 

後ろでオブっている瑞穂が指を指してそう言った。

その方向にはたくさん蠢くウォーカーたちが横転した車を避けながら、確かにこちらに向かって来ていたのだ。

 

「しつこい奴らだ…」

「今に始まったことじゃないだろ?」

「…そうだな……」

「瑞穂、歩けるか?」

「うん…。ごめんね、足手纏いで…」

「構わないよ」

「………」

 

俺と瑞穂の仲睦まじい会話を浩二は、どこか羨ましげに見ていて、俺は彼に問いかけた。

 

「浩二?」

「…あ、いや…何でもないよ…」

 

少し様子がおかしい浩二だが、今は放っておこう。

そして、瑞穂を高速道路の上に降ろしたその時だった。

ミシッとコンクリートにヒビが入る音がしたかと思えば、俺と瑞穂が立つ場所が崩れ落ちたのだ。

 

「えっ⁈」

 

俺は悲鳴を上げることも出来なかった。けど、一緒に落ち行く瑞穂を空中で抱き止め、暗闇の中へと向かっていく。

そして…身体全体に衝撃が伝わるのだった。

 

梶浩二side

俺の目の前で二人は奈落の底へと消えていった。俺は『成瀬』を助けようと思い、自らも飛び込もうと思ったが、それは杉山に止められてしまう。

しかし俺はこの時不思議…というより、変に思った。どうして『成瀬』だけ助けたいと思ってしまったんだろうか…。冬馬も大切な親友だというのに……どうして………。




次回から『アイアムアヒーロー』のストーリーに沿っていきます。

浩二の心境も変化。彼の真意は?


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第12話

???side

僕の手は血濡れていた…。片方はべっとりと血で汚れ、もう一方の手には今も滴り落ちる包丁が握られていた。

どういう状況か把握した時、僕はその包丁を落ちし、膝から崩れ落ちていた。目の前にある無惨な姿と化した母を見て…頭の中が真っ暗になった。隣では父が僕の肩を掴んで揺するが、そんなことは僕の頭の中には入って来ない。

ただ1つの事実が…僕の頭の中を埋め尽くしていた。

 

 

 

 

僕が母を…………殺したんだ……。

 

 

 

 

その事実が分かっても僕は何の反応も示さなかった。

表情も変わることはない。

身体も固まったままで、少しも動かなかった。

…叫び声が聞こえる…。妹が泣き叫ぶ音と父が怒鳴っている声が混じり合い、何を言っているのか理解も出来ない。

僕は父にされるがまま、車に乗せられ…懐かしき家を離れていくところで……

 

今日の夢は終わり、身体を起こした。

テントの中には小学六年生の妹がまだ寝息を立てている。だけど、妹の恐怖は暫く経った今でも変わらないことだろう。

奴らから逃げ、“ここ”に来てからも状況は大して変わらない。

妹の心を埋め尽くすのは恐怖だけだ。

一方僕の心を埋め尽くすのは虚無と悔恨だ。

大切な家族を『3人』も失った僕は、完全に絶望に入り浸っていた。

ああ…今日も朝から始まる。

朝日に照らされ、ウォーカーは奇声を上げた。

僕はこんな世界で…ただ一言…呟くのだった。

 

「兄ちゃん…俺、どうしたらいいんだ?」

 

 

冬木冬馬side

バシャバシャと水飛沫が立つ時の音に俺は目が覚めた。

起きた時、全身は大雨にでも打たれたかの如く、ずぶ濡れだった。

周りを窺うと、そこは樹海だった。

何故…こんなところにいるのかを整理する。

確か…あのビルから4人で脱出して…高速道路にまで逃げて……それで……。

 

「!そうか…。俺は…」

 

あの崩れた橋から落ちたんだ。

それを思い出すと、俺が庇うかのように倒れている瑞穂の姿もあった。彼女も全身ずぶ濡れだが、こっちは意識がない。

俺はまずこの冷たい川から出ようと思って、瑞穂を抱えようと思ったのだが、左腕に痛みが走った。どうやら川に落下した時の衝撃で左腕を痛めてしまったらしい。

 

「……クソ…」

 

俺は舌打ちしながらも瑞穂を水から出し、彼女に何度も呼びかけた。

 

「瑞穂!瑞穂、しっかりしろ‼︎」

 

何度呼んでも瑞穂の目が開くことはない。

死んだのではないか…。

そんな嫌な考えが頭の中をよぎった。高さにもよるが、高い場所から落ちて水面にぶつかると、当たりどころが悪ければ死ぬこともあると新聞で読んだことがある。

だけどあの時、俺は瑞穂を抱えて守る形で落下したんだ。俺が生きているんだから死ぬはずがない。

そう考えた俺は瑞穂を地面に寝かせ、その可愛らしい唇に自らの唇を付けて人工呼吸を行った。ちょっとだけ…嫌らしい考えはあったが、今はそんなことを気にしている場合でもない。俺は何度となく瑞穂の肺に綺麗な空気を送る。

すると、突然俺の口の中に生暖かい水が逆流したかのように俺の口の中に広がった。そして…。

 

「えほっ‼︎ゴホッ!ゴホッ……」

 

瑞穂は噎せてはいたが、目を覚ました。

俺も同じように噎せていたが、瑞穂が生きていたことが嬉しくて、彼女の前であるにも関わらず両目から熱い雫を落としていた。

 

「と…冬馬ぁ…?」

 

弱々しい瑞穂の声を聞いて、俺は彼女の身体を抱き締めた。瑞穂も目覚めたばかりで意識が曖昧なのか、俺の背中に腕を回して胸の中に頭を埋めた。

 

「冬馬ぁ…寒いよぉ……」

「もっと抱きついてこい。暖めてやる」

「本当だぁ…。あったか〜い……」

 

瑞穂が目覚めたばかりだとこんなに可愛く甘えると分かったところで俺は瑞穂の身体を背中にオブって支えると、そのまま宛もなく樹海の中を歩き始めるのだった。

 

成瀬瑞穂side

穴が今あるのならすぐに埋まりたい気持ちが頭だけでなく、身体全体に駆け巡っていた。さっき、目覚めた時…目の前に冬馬がいて安心しきって…物凄い甘えた声で冬馬と抱く締めあってしまった。

いくら朧げな意識だったとは言えども、弁解出来っこなかった。

今彼の背中に担がれているけど…振り向かれてでもしたら絶対失神する、恥ずかしすぎて…。

冬馬は私のことを…変な女の子だって思っているのかな?

 

そんなことを胸の内で考えながらも、冬馬は道無き道をひたすらに歩いていく。冬馬はどうやらどこかで一休みを取りたいと思っているらしい。

この樹海は昼間であっても薄暗く、どことなく不気味だった。それこそどこからウォーカーが襲って来ても不思議に感じられなかった。もしこのまま夜を迎えでもしたら…最悪だ。

すると、途中、これまでずっと木々ばかりが続いていたのに突然開けた場所に出たのだ。そこには灯りが僅かばかり付いていた。更に私たちの右側に見えたのは古そうな社だった。見る限り人の気配は一切感じられない。

 

「……今日はここで泊まるしかねえみたいだな…」

「…そうだね」

 

本音は嫌だった。

こんな得体の知れない場所で冬馬と2人きり…。もっと開けた場所…例えば道路とか立派な建物にまで行きたいと言いたかったが、オブって貰っている分際で我儘を言うのは良くないと思い、私は承諾した。

 

木造の社の扉は易々と開いた。

だけど中は慌てて逃げ出したような雰囲気だった。床や壁に血が付着していて、ここも襲撃されたんだと思った。

冬馬は私を降ろし、彼は扉の外へと出て行った。

周りを見てくる…と言っていた。寂しい廃れた社の中に取り残された私だけど、疲れが溜まっているというのに寝ようとしなかった。

どうしてかというと、今ここで眠りに落ちたら冬馬とまた別れ離れになってしまうんじゃないか…と、根も葉もない憶測に不安を感じていたからだ。

あの時は梶くんがいて…私をギリギリのラインで支えてくれていた。だけど今度は一人…。ここで冬馬が死んだり、いなくなったりしたら…今度こそ私の人生はそこで終わりを告げることだろう。

 

「冬馬…遅いなぁ…」

 

時計もないため、正確な時間を測れないが、もう十分は経っている…と思う。1秒時間が経つ度に私の中で不安が募っていく。

いてもたってもいられなくなった私は社を飛び出し、大きな声で叫んだ。

 

「冬馬ぁ‼︎‼︎」

「バカッ…!」

 

呼んですぐに冬馬の声が背後からした。しかし私が振り向く前に冬馬に口に手を当てられ、抱き寄せられ、扉の影に隠れた。

 

「んっ⁈んんーーー!」

「騒ぐな!」

 

冬馬の焦った声が耳に入ってきて、私は抵抗を止めた。

冬馬が何故こんなことしてるのか分からずオロオロしていると、彼の抱擁が更に増した。

その行為が原因で、私の心臓の鼓動は勢いを増していく。身体が密着し、熱くなっていくのも自分で分かった。

理由は何でもいいけ…ずっとこのままだったら……。

ずっとこのまま……。

安心しきった私は遂に睡魔に勝てず、冬馬に抱き締められたまま、眠りに落ちていくのだった。

 

冬木冬馬side

口をも抑えてしまって、1分と経たない内に瑞穂は眠ってしまった。もしかしたら息が出来なくて、気絶したんじゃ…⁈と思ったが、それは徒労に終わった。ただ単に眠たかっただけのようだ。

それはそれで良かったと思いながらも、俺は外を彷徨いている一体のウォーカーをずっと見続けていた。さっき瑞穂が叫んでしまい、少しだけこっちに呼び寄せてしまったが、今が夜で尚且つ明るくない樹海であったのが助かった。ウォーカーはキョロキョロと周りを窺ってから、森の奥深くへと消えていった。

俺は安堵の息を吐いた。

しかし今回はどうにかなったが、この樹海に居続けるのはかなり危険だと思った。明日にでも抜け出さないとな…。

俺はそれから瑞穂を社に戻して、自分も中に入った。でも寝るつもりは毛頭ない。いつウォーカーが来るか分からないのに寝てなんかいられない。かといって、このまま夜が明けるまでじっとしているのも退屈だった。

今になって、スマホなどのゲーム機がいかに便利だったかを思い知らされた。

 

「しかし…退屈だなぁ…」

 

改めて口に出してしまう。

すると、ゴロンと寝返りを打った瑞穂の頭が俺の膝の上に乗った。

寝相の悪さはいつまで経っても変わらない。そう思うと、久しぶりに笑いが溢れた。

しかし、同時に俺は彼女の無防備さに…理性を削られていた。

俺の膝に頭を乗せたことで軽く胸元が見え、未だに湿る服は肌に吸い付き、何とも言えない妖艶さを醸し出していた。

 

「………」

 

ゴクッと生唾を飲み込み、瑞穂の美しさに見惚れる。

俺はあらん限りの理性を脳内に集中させる。そうやって数時間経った頃に瑞穂は急に目をパチクリさせて起きた。

 

「瑞穂?平気か?」

「うん……冬馬は…?」

「俺は眠たく……」

「違う…。寒くないかってこと…。私ばっか暖めてもらってばかりだから…」

 

瑞穂の言う通り、実を言うと寒かった。

濡れた服はいくら時間が経っても乾かないし、外は冷えていくばかりだ。だけど、瑞穂の方が心配な俺は我慢してい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ…暖かくなろうよ…。お互いに……」

 

 

「……え」

 

瑞穂は確かにそう言った。

彼女が言わんとしていることは……つまり……。

だけど、そう言われても尚、俺の理性はまだ働いていた。

 

「いや…瑞穂、それは……」

「私はいいんだよ…?冬馬になら…何をされてもいい……」

「っ……」

 

俺の理性に僅かにヒビが入り、俺は瑞穂の両腕を掴んで拘束すると、彼女の上に覆い被さった。瑞穂と俺の視線は真っ直ぐ重なり、吐く息も荒々しくなる。

 

「瑞穂……寝ぼけて言ってないんだよな?今ここで嫌だとか否定しないと……俺…」

「……さっき良いって……言ったじゃん…。私は…………」

 

小さすぎて今にも消え入りそうな声だったけど…確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冬馬が好きだから…」

 

 

 

 

 

そこで俺の理性は崩れ落ちた。

瑞穂の唇を乱暴に塞ぎ、服を剥ぎ取る。

俺は抵抗のない瑞穂を……この夜、初めて抱くのだった。



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第13話

ー三日後ー

冬木冬馬side

俺の身体は常に悲鳴を上げ続けていた。背中にオブった瑞穂と片手に持つ散弾銃のせいで、動きは鈍いし重いしで、中々この樹海から抜け出せずにいた。

瑞穂を抱いた日の次の日…俺と瑞穂はどうにかこの樹海から出ようと頑張っていた。しかし、行けども行けども公道も大きな建物も見えず、今日含めて三日間…樹海の中を彷徨っていた。瑞穂が持っていた食料を詰め込んだリュックがなければ今頃地面に倒れて死んでいたことだろう。

しかし、そんな過酷なサバイバル生活に瑞穂の身体は耐えきれなかった。二日目の昼頃…突然瑞穂は地面に膝を付くと、そのまま気絶してしまった。そのお陰で俺は瑞穂を抱えてこの道もなく、足場も最悪に等しい樹海を…歩いているのだった。

 

 

「はぁ………はぁ………」

 

吐く息がゆっくりになることは無さそうだった。

疲労と恐怖によるストレスのせいで身体はボロボロ。いっそこのまま死んだ方が安らかに死ねるんじゃないかと、この三日間何度となく思ったことだろうか……。

だけど俺が死ねなかった。その理由は、俺の背中で今も身体をダウンさせ…それでも確かに生きようと必死にもがいている瑞穂だった。

彼女を抱いた夜…俺は僅かながら後悔があった。

あの行為自体が、瑞穂を不安させてしまう要因になるのではないかと思い、眠れなかった俺に瑞穂は優しく笑いながら言ってくれた。

 

『冬馬…私ね……こんなに嬉しいって思ったこと一度もなかったんだよ?だから心配しないで…。頑張ってこの世界で生きて行こう?』

 

そう…こんなことを言われてしまっては…死ぬにも死ねない。

俺は歯を食い縛り、ちょっとした坂をどうにか越える。そして、後ろで荒い息をしている瑞穂に呼びかけた。

 

「安心しろ……。絶対に、死なせないからな…」

 

そう言うと、瑞穂は苦しそうな表情でも…僅かに笑みを浮かべたのだった。

 

軽い山道を登って、約2時間超…。

ここで俺は前方の方がやけに明るいことに気付いた。そのまま進んでいくと、漸く俺たちは待ち望んでいた公道…まあ道路なのだが、そこに出たのだ。

出てすぐに俺はあるものを見つけた。それは買い物カートだった。随分外に放置されていたようで、周りの銀色の塗装は剥げて、至る所に赤錆が出来ていた。中には様々なお菓子が入っていると思ったが、中は空っぽだった。

落胆すると同時に俺はこのカートが道路に沿っていくつも散乱していることに気付いた。それに今目の前にあるカートより後ろに別のカートは見当たらない。

それなら…このカートの行列を追っていけば、何かしらの建物に出くわせるかもしれない。

そう信じて、俺はグッタリとした瑞穂をカートの中に乗せて、俺はカートを押して進むのだった。

 

更に数時間が経ち、カートの散乱する数も増えてきた。

そして遂に…俺たちは巨大なショッピングモールらしきところに到着した。その事を瑞穂に伝える。

 

「瑞穂、見ろ…。もうすぐだからな…」

 

瑞穂は虚ろな双眸でショッピングモールをチラと見ただけで、すぐに俯いてしまった。

俺は再びカートを動かすが、このショッピングモール……全くと言って言い程人の気配がない。時折吹く風に何かの書類が舞い散るだけで、生物が自分たち以外に本当にいるのかと疑いたくなった。

だけど、少し進んでいると広場の隅に手を縛られた状態で燃やされたのか……真っ黒焦げになった人間の死体がチラホラと銅像のように置かれていた。その目は軽くこちらを見て、炭素だけとなった口をどうにか開けようともがいているように見えた。

ウォーカーであることに間違いはなさそうだが、黒焦げで縛られているため、俺たちを襲ってくることはないだろう。

 

「…不気味だな…」

 

俺はそう思いながら1つの店に入っていく。

見た感じ、俺にはウォーカーがここにいるような雰囲気はないため、構わずに店に入った。そこで新しい服などを物色して、高そうなジャケットを羽織り、似合っているか確認しようと鏡を見た時…“奴”が見えた。

 

「!」

 

鏡越しにいるウォーカーはこちらをじっと見詰めていた。スーツを着たままウォーカーになっていて、この店の中にいるんだから恐らく従業員なんだろう……って、そんな呑気にウォーカーの分析をしている場合じゃない!

今俺はファッションにうつつを抜かしていたせいで、どっちの手にも武器になり得るものはない。

俺が右足下げた瞬間、ウォーカーは大口を開けて俺に迫ってきた。

 

「ちくしょう!」

 

ウォーカーは凄まじいスピードで俺はとの間合いを取り、掴みかかってきたのだ。俺はそこらに落ちているものを投げたり、ぶつけたりして抵抗する。

すると、カートの方から震える声が聞こえた。

 

「私が相手よ!腐った人間‼︎」

 

そう言ったのは間違いなく瑞穂だった。

いつ目覚めたのかは分からないが、ウォーカーは明らかに瑞穂の声に反応し、首をそっちにゆっくりと動かしていく。

 

「ダメだ!瑞穂、逃げろ‼︎」

 

そう叫ぶ俺だったが、ウォーカーは構うことなく瑞穂に向かって飛び出したその時……黒と銀が交じったような色合いの物体がウォーカーの後頭部を突き刺した。ウォーカーは口を開けたまま固まり、頭頂部から血をタラリと流して、地面に突っ伏した。

誰が殺したかというと、ウォーカーが立っていたところには全身防備した人間が手斧を俺に向けて、曇った声で聞いてきた。

 

「……誰?あんた?」

「お、俺たちは……」

 

自らの名前を言おうとしたが、この店の入り口には他にも人がいた。

 

「藪、何だこいつら?」

 

同じくマスクをした長髪の男がナイフをこちらに向けながら近づいて来た。瑞穂も得体の知れない人たちに少なからず警戒していた。

 

「こいつらウォーカーじゃないよな?」

「ウォーカーなら、今頃首を食い千切られているね」

 

隣の男がそう言うと、長髪の男は「ははっ!違えねえ!」と言って、ナイフを腰に戻した。

だが、実はここで呑気に話している場合でもなかったみたいだ。

 

「来ました!」

 

後ろの男が叫ぶと、防備した男たちが周囲を確認し始める。俺も外を見てみたのだが、外には数え切れない程のウォーカーがショッピングモールの中を彷徨いていた。

一人の男は無線機を出して「音お願い」とだけ言っていた。

俺に斧を突き出して来た女性は俺に「ついて来て」と言う。

 

「瑞穂、今は彼らと一緒にいよう」

 

コクンと小さく瑞穂は頷いた。

俺は物陰じ隠れる集団の最後尾に付き、後を追う。先頭の長髪の男は指で指図していたが、俺には何のことかサッパリだった。

すると、例の女性が俺が押すカートを持って一緒に行動してくれた。だが、ウォーカーの量は尋常でなく、前を先導してくれる女性の腕にも掴みかかり噛み付いてくるが、プロテクターをしているお陰か歯が皮膚にまで食い込むことはなかった。

守られてばかりとも思い、俺は散弾銃の柄でウォーカーの頭を殴って怯ませた後に、別の男がそのウォーカーに体当たりをした。

しかし……。

 

「うわっ‼︎やめろ!来るな‼︎来るなああああああぁぁ…‼︎」

 

呆気なくウォーカーに囲まれて、全身を噛み付かれていった。

このままではいずれ死ぬと思った時、カランカランとプラスチックや金属を叩く音が上の方から聞こえてきた。ウォーカーは目の前のいる俺たちよりもその大きな音の方に興味があるのか、そっちの方に向かっていく。

女性はマスクを外して、やっと来た、と言いたげな表情を作っていた。でもこの音のお陰でウォーカーたちは俺たちを襲うことなく、音源に向かっていく。

その間に俺たちは1つの扉の方に駆けていく。

 

「澤富がやられた」

 

澤富……恐らく食われた男のことだろう。

 

『こちら火浦。後ろの男女のことだけど…』

「悪い、火浦。藪が勝手に連れてきて……」

『丁重にお迎えして』

「え?」

 

全員が俺の方を向くのだった。

 

俺と瑞穂はそれから案内されるがままに、急いで作ったであろうバリケードの中に入った。既に鳴り響く音は止み、いくつかのウォーカーはバリケードに張り付き、小さく呻いていた。

俺の眼前には梯子があり、みんなそれを登っていく。

 

「ウォーカーは登れない。だから安全よ」

 

藪…と呼ばれる女性がそう言った。

なるほど…上で生活しているのか……。

俺は梯子に手をかけた。

 

「しっかり掴まっていろよ、瑞穂」

「うん…」

 

俺は両腕に力をめいいっぱい込めて、背中に瑞穂を抱えながらも登る。すると、ロープを使って水が入ったポリタンクを上げようとしている2人の男たちが俺をチラチラ見ながら話していた。

その内容は…。

 

「あの銃…本物かな?」

「まさか……」

 

俺の耳にはその話が聞こえていたが、俺は無視してひたすらに梯子を登る。体重の軽い瑞穂といえども、人1人を抱えて登るのがこんなに大変だとは思わなかった。

漸く頂上に到着しかけたところで、俺の腕に誰かの手が掴んできた。そのまま俺を支えて、屋上にまで運んでくれた人は笑いながら、俺たちに言った。

 

「ようこそ、地上7mのセーフティーゾーンへ…」

 

ここがセーフティーゾーンだと知り、俺は安堵の息を漏らした。

そして…俺の方を見る1人の少年に…思わず呟いてしまった。

 

「健太…?」

 

そう呼んだ途端、少年の目尻に涙が溜まり、飛び出して来た。

 

「兄ちゃーーーーーーん‼︎‼︎」

 

俺の身体に飛び込んで来た少年こそ、俺の弟の…健太だった。



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第14話

冬木冬馬side

俺の胸の中で泣いている弟に、俺は少なからず動揺していた。

健太は元々そんなに泣くほどの子でもないことを俺は知っていた。だけど、こんなに大泣きしている健太を見たのは初めてで、どうしたらいいか分からずにいると…今度は幼い少女が俺の方に向かって来ていた。その容姿も…俺が知らないはずがなかった。

 

「栞……」

 

妹も俺の胸の中に飛び込んで、健太と同じように号泣する。

俺の目にも熱い涙が溜まり、2人の家族をぎゅっと抱き締めた。

俺は感傷に浸ったまま、健太に父さんのことを聞いてみた。

 

「健太、父さんはどうしたんだ?」

「‼︎」

 

俺がその事を聞くとすぐに2人とも瞬時に顔を強張らせた。

その表情、態度から俺はもう察しがついてしまったが、特段悲しむことはなかった。はっきり言って…『慣れて』しまっていた。

良くないことなんだろうが、これが現実だ。

暫くの間、悲しみの沈黙が続く中で俺の肩を火浦という人が叩いた。どうやら何か話があるらしい。

 

「健太、栞。瑞穂を暫く頼む。俺は今から行かなきゃならないところがあるから…」

 

健太だけが小さく頷いた。確認した俺が背を向けた時…後ろから瑞穂の声が聞こえた。

 

「……ねえ、冬馬!」

「何だ?」

「すぐ……戻って来てね…?」

 

上目遣いで見てくる瑞穂に俺はただ「ああ」としか言えなかった。

『慣れた』と言っておきながら…結局は自らも悲しみに明け暮れているのを感じた。

 

火浦さんの案内で俺は何やら色々なものが置かれている資材庫みたいなところに到着した。俺が中に何があるのか確認すると前に火浦さんは中にいた中年の男性にこう言った。

 

「矢部さん、テント1つ、それに寝袋を2つ、お願いします」

「はい!」

「資材庫です」

「あの…中を詳しく見ても構わないですか?」

「どうぞ」

 

中はきちんと整頓されていた。日常生活に必要なものから要らなそうなものまでほぼ全てが揃っていた。これだけ資材があれば…長期間は厳しいかもしれないが、ちょっとした時間なら生き延びることが出来そうだ。

そうやってジロジロと覗いていると、火浦さんが俺が握る散弾銃をよく見てから話しかけて来た。

 

「それ、クレー射撃用のショットガンですよね?その形のモデルガンは見たことがないから……本物」

「は、はあ…。これは…もう死んだ人から授かったものです。クレー用か軍用かは分かりません。でも…詳しいですね」

「アメリカに留学した時にやったことがあるんです。ここに来て頂いて光栄です。これも…神の思し召しかも…」

 

俺はそう言われても何も言い返せなかった。言われるがまま…の状態だった。

押し黙っていると、奥から矢部さんが買い物かごにいっぱい詰めてテントや寝袋を持ってきた。

 

「はい、2人分ですね!火の取り扱いにはお気を付け下さい。ここには消火出来るものがないので」

「分かりました。………」

「ん?この時計が何か…?」

「あ、いや……。高そうな時計だなと……」

「君も欲しいのかい?ちょっと待ってて」

 

矢部さんはまた中へ入っていき、今度は箱を持ってきて俺に言った。

 

「はい、好きなのをどうぞ」

 

箱には高級時計が同じ針を進めていた。

まさかこんなにあるとは思っていなかった俺はその場に固まってしまうのだった。

 

夜…俺は藪さんと一緒にご飯を共にしていた。ご飯と言っても大したものではない。俗に言うカップラーメン系だ。それとインスタントのコーヒーを啜っていると、藪さんが話しかけてきた。

 

「冬木くん……いいんだっけ?」

「は、はい…」

「固くなりすぎよ。もしかして私のような美人さんと話すのは初めてなのかな?」

「いえ……。ちょっと、初めての人と話すのは得意じゃなくて…」

「え〜美人とは話したことあるんだ」

「美人というか……」

 

俺は視線を瑞穂が寝ているテントの方に向けた。食事を先に済ませてある瑞穂は疲れ切って眠ってしまっている。1人にしているが…問題はないだろう。

 

「あの娘…彼女?」

「彼女……なのか、まだ微妙な関係なんで…」

 

そう…身体を一度重ねただけで俺からはまだ告白も何もしていない。だから恋人か彼女かと言われても、未だに答えを導き出せなかった。

 

「でも…格好いいね…冬木くん」

「え…」

 

『格好いい』と言われて俺は思わず聞き返してしまった。

俺は格好いいことなんてこれまで何1つとしてしていないため、どこに『格好いい』要素があるのかと思ってしまった。

 

「普通の人間の心理だったら…どんなに仲が良くて、恋人が近くにいても、放って自分だけ助かろうとするのが普通なんだけどね…。だけど冬木くんは瑞穂ちゃんを見捨てずにここまで来た。それは凄いと思うよ」

「……そう、ですかね…」

 

俺は曖昧な返事をした。

そして俺はふと思ったことを藪さんに聞いてみた。

 

「そういえば、藪さんって…恋人とかいたんですか?」

「え………ぷ…あははははははは‼︎」

 

突然に笑い出した藪さんに俺はポカーンとしてしまう。

藪さん1人腹を抑えて笑い、目尻に溜まった涙を拭った。

 

「いないわよ!私は高校大学と…高嶺の花みたいなものだったから…」

「…すいません……。変なこと聞いてしまって…」

「いいのよ、もう昔の話。それでも…人は助けたかった」

「え?どういうことですか?」

 

独り言のように呟いていた藪さんをじっと見詰めていると、藪さんは俺の方を見てクスッと小さく笑って立ち上がった。

 

「高校生にはまだ早い話よ!」

 

立ち上がって藪さんは2つの建物を繋ぐ橋の手摺の外側に出て、わざとウォーカーを誘き寄せ始めた。ウォーカーは藪さんを視界に捉えると必死になって腕を伸ばし、口を大きく開ける。

そんな奴らを静かに見守りながら…藪さんは呟いた。

 

「ウォーカーは…未来も過去もなく…何も考えずにただ食欲に赴くがままに生きている。もしかしたら…そっちの方が幸せなのかもね…」

 

俺は『違う』と否定したかった。だけど、藪さんの横顔からでも分かるくらい、悲しみと後悔が滲み出していた。

俺と…同じ苦しみを持っている人だと分かった。だけど、俺は藪さんに元気付けられる言葉など思い付かず、空になったカップ麺を持って、この場を離れるのだった。

 

冬木健太side

僕は寝ずの番をしていた。

ウォーカーがいつどこから侵入してくるか分かったものじゃない。だけど今日の僕は早くこの仕事を終わらせたいと思っていた。

兄ちゃんが今日…ここにやってきた。

どうして、何故という疑問はあの時多々あったが、それよりも兄ちゃんにまた生きて会えたことが何より嬉しかった。野球の試合で危険球を受けて入院したということは分かっていた。だから…母さんが…ウォーカーにならなければ……この期間だけでも…兄ちゃんと離れ離れになることはなかったかもしれない。

そんなことを考えていると、僕の横に兄ちゃんが座った。

 

「見張りか?偉いな…」

「当たり前のことだよ。兄ちゃんだって…成瀬お姉ちゃんを連れてここに来てビックリしたよ」

「確かにここまで来るにはかなり掛かったからな…」

 

兄ちゃんはいつものように笑っていたが、どこか寂しげだった。

 

「……父さんのこと、聞きたい?」

「死に様くらいなら…知ってもいいかな…」

 

僕はすうっと息を吸って、死に様だけを伝えた。

風が突然強く吹いて兄ちゃんに聞こえたかは分からないが、その顔が僅かに歪んだ気がした。それを聞いた兄ちゃんはどうしたことか、僕の身体を抱き締めた。

 

「大変だったろ?一番上の兄である俺がいなくて…本当に悪かった。お前に栞のことまで押し付けてしまって…」

「そ、そんなこと…」

「健太…よく頑張った。もう…お前が辛さとか後悔を1人で背負う必要はないんだ…」

 

兄ちゃんはそう言って、テントの中へと戻って行った。

その姿が見えなくなった途端に僕の目からは止めどなく涙がポロポロと溢れ出してきた。

 

「な…なんで……本当に泣きたかったのは…兄ちゃんのはずなのに…。僕が…父さんも母さんも……」

 

何度となく涙を拭っても、涙は止まらない。

僕はそれほどまでに無理をしていたんだろう。

シクシクと泣いている中、兄ちゃんがこちらをずっと見守ってくれていることに、僕は気付くこともなかった。

 

冬木冬馬side

健太が泣いている姿を見て、俺は再び胸を締め付けられるような感覚に陥った。それほどまでに健太…だけでなく、栞も精神的に追い詰められていたことになる。

さっきの健太が言っていた父さんの死に様…。

聞いていただけでも、かなり辛い死に方だったと予想出来た。

 

『父さんは噛まれた後に自らの身体にガソリンを浴びせて、僕と栞の前で炎に包まれた…。兄ちゃんも見ただろ?黒焦げになった死体を…。あれが僕たちの父さんさ…』

 

一瞬だけ…嘘を付いているんじゃないかと疑ってしまった。

あの焦げた死体が父さんなのかと…。

俺はその言葉が頭の中でぐるぐる回ったままで、瑞穂が寝ているテントの中に入り、瑞穂に背中を向けて寝袋に入った。

そして数秒後、一筋の涙が流れるのだった。



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第15話

冬木冬馬side

朝…今日は雨だった。山の近くにあるこのショッピングモールはただでさえ涼しいのに、そこに雨が重なってしまったら寒くなるのは当然だった。

俺の冬用のコートを羽織り、今は火浦さんから招集をかけられて少し大きなテントの中にいる。中には火浦さんの他にあの時助けてくれた藪さんに長髪の男などが勢揃いだった。

 

「冬木くんも来てくれたね。よし、今日呼んだ理由を説明しよう」

 

火浦さんはポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出して、地面に広げた。それをランプで照らし、詳しい概要を説明し始める。

 

「昨日食べたもので大体予想がつくと思いますが、もうすぐ食料が尽きます。そこで今から食料調達に向かいます。これを見てください」

 

火浦さんが照らす地図らしきものには赤いペンで『ここが食料庫』と分かりやすく記載されているのだが、これの問題点はその食料庫が地下の駐車場の端っこにあるのだ。

 

「これはここの職員から貰ったものなんですが、その彼は場所を確認しようとして命を落としました」

「………」

 

さも当然のように言う火浦さんにちょっと引け目を感じたが、俺は敢えて何も言わなかった。

 

「ここに到着して食料を得るのが今回の目的です。そこでなんですが…」

 

火浦さんは優しい眼差しで俺を見ながら言葉を紡いだ。

 

「その銃、譲ってくれませんか?」

「……いや、これは…」

 

俺は渋った。

この散弾銃は死ぬ間際に英雄さんから託されたものだ。簡単に『はい、どうぞ』とは言えないのが現状だった。

そんな様子を見た火浦さんは声を少しして、小さく言った。

 

「ここでのルールは僕です。黙って従ってください。さもないと、冬木くんの大切な人が傷付きますよ?」

 

その言葉を聞いた途端、俺は怒りに我を忘れかけた。

瑞穂たちを人質に取るなんて、なんてズル賢いんだと思ったが、今逆らえばこいつらは瑞穂たちに何をするのか分かったものではない。

俺は暫しの沈黙の後、持っている散弾銃を火浦に渡し、同時に全ての弾も渡した。

 

「いつか殺してやる…」

「その意気をこれから活かしてほしいね」

 

奥歯をギリっと噛み、悔しさを抑え込む。そうやって奴を強く睨んでいると長髪の男…丹波がその散弾銃を奪い取った。

 

「へへへ…」

「…何のつもりだ?」

「いやね、いつも火浦ばかり楽な仕事しかしてない気がしてさあ…。そろそろ俺たちも楽な仕事をしたいなあ…なんてね」

「指揮を取るのも大変な……」

「どこが大変なんだ、コラア‼︎」

 

丹波は火浦に詰め寄り、散弾銃の銃口を火浦の顎に当てる。

この様子だと、火浦と仲間は相当上手くいってないようだ。

 

「それじゃーー…今回は俺が指揮取りまーす。火浦くんも……前線に出まーーす!」

 

丹波はそのまま下品な笑いをし続けた。

火浦はというと、目の奥に計り知れない怒りを滾らせ、俺たちをずっと無言で睨んでいた。俺はテントから出る前に、火浦に言った。

 

「傲慢な態度をいつまでも取っているからこうなんだよ、バーカ」

 

火浦はその言葉を聞いて、身体をわなわな震えさせるのだった。

 

それから1時間後、俺とその他男の生存者で食料調達に向かうことになった。それぞれ武器を渡されていき、俺は金槌だった。

…まあ、無いよりかはマシか…。

そして火浦も武器を渡されるのだが、それはもう…武器と呼べるのか怪しいものだった。彼の手にはオモチャの金槌が握られていた。それを持って茫然としていると、丹波は火浦に近付き、小さく会釈した。

 

「悪いな、もうそれしか武器がなかったんだよ。勘弁してね、火浦ちゃん♪」

 

火浦が無言で丹波の側を離れていく。

その落ちぶれた姿を見た男たちはゲラゲラと笑ったが、俺は何の感情も湧いてくることはなかった。

 

 

「よーーーし……しゅっぱーーーーつ‼︎」

 

男たちは声を上げた。俺は後ろの方で黙っていると、俺の冷たくなった左手に温もりが入ってきた。振り返ってみると、そこには瑞穂の他に健太、栞が立っていて、手を握っているのは瑞穂だった。

 

「絶対、帰ってきて」

「……絶対の保証は出来ない。でも、出来る限り全力を尽くすよ」

「うん…」

 

俺はそう言って、丹波たちの後を追った。だけど、左手はもう冷たくはなかった。

 

女性たちがフライパンや空き缶で音を出して、ウォーカーの気を引いている内に俺たちは行動を開始した。先頭を火浦に次に俺、その後ろに矢部さんと続いていく。

使えなさそうな奴らを前に出させて、いざとなったら俺らをウォーカーの餌として利用するのかもしれない。だけどこの世界ならそのような作戦を展開しても全く不思議ではない。

 

「火浦くーん、さっさと行っちゃってー」

 

火浦は梯子を降り切ったところで言われて、丹波をチラと見てからバリケードを外してウォーカーのいるエリアに入っていく。俺も姿勢を低くして火浦の後を追う。

全員が地下駐車場に続く扉の前に到着し、ゆっくりと扉を開けた。のだが、金属製の扉にガシャーンと強く何かがぶつかった。俺がそれを懐中電灯照らすと、そこには無作為に放置された買い物カートがあった。

 

「しー!しー‼︎」

 

矢部さんが必死になって、『静かにするように』と警告する。

確かにその通りなのだが、こんな真っ暗闇な中で小さな懐中電灯だけで物を避けながら進むのは至難の業だし、かといってゆっくり行く訳にもいかない。

屋上の女性たちが響かせた音による陽動もいつまで持つか分からない。そうやって進んでいると、唐突に駐車場全体の明かりが灯った。

突然のことに驚く俺たちは周りの様子を伺っていると、随分先…駐車場の奥の奥辺りに一段と明かりが強い区域があった。それこそ、俺たちが今回目的としていた食料庫だった。

それを見つけた途端、丹波たちは歓喜を爆発させて、食料庫へと走っていく。矢部さんはまた「しー‼︎しー‼︎」と音を出さないように注意を促すが、目の前に広がる多大な食料を見てしまったら興奮するのは当然のことだろう。

俺も溜息を吐きながらも食料庫に駆け寄り、リュックに詰めれるだけの食料を詰めていく。その時は何にも思っていなかったが、今になって俺は気になったことを口に出した。

 

「電気を付けたのは誰だ?」

 

全員の視線が俺に飛んできたところで、俺たちは肩をブルリと震わせる事態が起きた。唐突に駐車場のスピーカーから有名な交響曲が流れ始めた。

それは音楽に疎い俺でも分かる有名なものだった。

 

「『威風堂々』…」

 

この曲が鳴り始めたのが…地獄の始まりでもあることを後に思い知らされるのだった。

 

火浦side

電気が付かない真っ暗な駐車場の中を単独で進み、俺は警備室に辿り着いた。元々このショッピングモールを経営していたのは俺の親父でここのことは何でも分かる。

今回の作戦もあの冬木とかいうガキが銃を携えていなければ実行は不可能だった。

本来なら俺は丹波たちに指示を出し、彼らが駐車場に潜り込んだところで屋上にいる生存者を散弾銃で殺し、地下二階に置いてある車で一人脱出するつもりだった。

だが…あの野郎は在ろう事か俺の銃を奪い、共に同行することを強制してきた。この時の俺は怒りで今にも暴れ出しそうだったが、寸でのところで抑えた。

…だが、まあいい。最初は丹波たちだけは生かしてやろうと思ったが、それはやめた。

 

 

全員、殺すことにした。

 

 

まずあの屋上に繋がる階段のバリケードを壊し、ウォーカーをいつでも放てるようにした。そして今、地下駐車場で作詞作曲エルガーの交響曲『威風堂々』を流し、逃げ道のない駐車場で皆殺しにする。

さて…地下二階の駐車場にいるウォーカーたちも誘い出さなくては…。

俺はスピーカーの音量を更に上げた。

もうこれで…誰も生き残れまい……。

 

「くくっ…」

 

俺は自らの頭の良さに自画自賛するのだった。

 

三人称side

『威風堂々』に引き寄せられたウォーカーは階段をゆっくりと…着実に進んでいた。階段のバリケードを火浦が取り外したせいで、ウォーカーを妨げるものはない。

階段を登り切り、屋上に繋がる扉を身体で開く。

ここは安全だと思っている生存者を見つけると、ウォーカーは呻き声を発しながら近付いていく。呻き声も曲で掻き消され、生存者はウォーカーが真後ろにいることに気付かない。

そして、振り向いたとこで…生存者の額に噛み付くのだった。




曲は威風堂々にしました。
好きなんで。


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第16話

冬木冬馬side

交響曲『威風堂々』が流れてから、俺たちの周りの空気は動揺と焦りが渦巻いていた。食料を詰めることもせず、俺たちはこの音楽に聞き入っていた。暫くして、1人の男が呟いた。

 

「この音楽…ヤバくないですか?」

 

丹波は全員を見回してから、この音楽を流しているだろう犯人の名を恨めしく呟いた。

 

「火浦の野郎……!」

 

主犯が火浦と分かり、俺は全員に言った。

 

「早く出よう!嫌な予感が……」

「うわああああああああああああああ⁈‼︎」

 

突然食料庫の入り口辺りにいた生存者が悲鳴を上げた。

その理由は至極単純だった。彼の背後にはウォーカーがいて、その歯は彼の首と肩の間辺りに食い込んでいた。

それを見た他の生存者は丹波の持っている散弾銃を見て、早く撃つように促し始めた。

 

「丹波!早く撃てよ‼︎」

 

そう言うものも、噛まれている本人は手を前に出してやめてくれと叫ぶ。

 

「ま…待って‼︎撃たないで‼︎」

 

丹波はというと、仮面を被り直し、散弾銃をしっかりと構える一方で僅かに腕を震わせていた。震わせていても…撃とうとしていたのだ。目の前にいる男は首元を噛まれ、もうウォーカーになることは確定だ。

だけど…だからといって、殺されるのは当然というのはおかしい。

そう思った俺は丹波に叫んだ。

 

「撃つなっ……!」

 

その瞬間、散弾銃は火を噴いた。

銃口から散弾が飛び、噛まれた男と後ろで噛んでいたウォーカーの身体を共々たくさんの風穴を開け、2人とも動かなくした。その分反動で俺と丹波は尻餅を付き、戸棚に置いてあった食料も僅かに落ちた。

最初は何があったのか分かっていなそうな丹波も仮面を外し、自らが撃った場所を凝視した。

そこに転がっている2つの死体を見て、まだ僅かに煙が上がる散弾銃をぎゅっと更に掴みながら絶叫した。

 

「スッゲーーーーーー‼︎‼︎あははは……はは…………」

 

歓喜の舞に包まれていたであろう丹波の声は徐々に小さくなっていき、食料庫の向こう側を茫然と見ていた。

俺にも見えていた。若干暗い駐車場に蛍光灯で照らされる無数のウォーカーの姿を……。俺は尻餅を付いたままで、迫り来る恐怖に戦き始めていた。

 

「き、来たあ…」

 

矢部さんが小さく呟くと、他の生存者は我先へと逃げ出した。

もう食料などいらない。そういった雰囲気が出て、更に恐怖を高めていく。俺は矢部さんが伸ばしてくれた腕を掴んで立ち上がる。

が、さっきの死体の前を通った1人の男に噛み付いてきたウォーカーが再び立ち上がり、その男に馬乗りになった。

 

「うわあああ!あああああああああ‼︎」

 

彼は必死に助けてくれと言いたげに腕を伸ばし、身体を暴れさせる。だが誰も助けることはなかった。言葉を1つでも言えれば、彼らの反応も変わったことだろう。かくいう俺も噛んだまま離さないウォーカーの前を通るが、噛まれる彼は「あーー‼︎」など、単純な言葉発しておらず、俺は「ごめん」と小さく言ってから…逃げるのだった。

 

俺たちが逃げようと食料庫の前に出ると、広い駐車場いっぱいにウォーカーが蔓延っていた。音楽は未だに鳴っていて、外には流れていないのかもしれない。それなら襲われるのは俺たちだけだ。

丹波は構わず散弾銃を撃つが、その弾はどのウォーカーにも当たることはなかった。近くの柱を砕き、近くのウォーカーを衝撃だけで転倒させたが…これだけでは足止めにも何にもならない。

 

「当たんねえ⁈何で当たらねえんだ⁈」

 

丹波はそう言って銃から空薬莢を抜く。

その間にもウォーカーは近づいてくるのだが、その足止めだけに1人の男をウォーカーに突き出した。男は今にも泣きそうな表情だったが、最後はヤケクソになり、銀玉をひたすらにウォーカーに撃っていくが全く効くことはなく、簡単に捕まって食われていく。

 

「やっ、やだ‼︎誰か‼︎助けて!」

 

当然誰も助けない。彼は逃げ道を確保するためだけに使われたのだ。俺は一瞬だけ助けようと思ったが、男の周りを取り囲み、身体中に噛み付くウォーカーの量を見て、流石に諦めた。

それから俺も後を追おうとしたが、彼らより動くのが遅れた俺は退路をウォーカーで塞がれてしまう。

ウォーカーは俺に気付いていないようだが、この垣根を突破するのは自殺行為だ。俺は柱の陰に隠れてやり過ごそうと思ったが、ウォーカーは離れるどころかどんどんこちらに近付いて来ている。

仕方なく俺はそのまま最初の食料庫に戻るのだが、もう既にそこに死んだ男とウォーカー、そして噛まれて助けを求める男の姿はなく、あるのは散らばった防具や武器、更には大きく広がった血溜まりだけだった。

その血溜まりを茫然と見ていると、食料庫のどこかからか物音が聞こえた。ここにいても危険だと思った俺は急いで従業員専用ロッカーの中に身を隠した。

太っていないことに感謝しながらも、俺の心臓は初めてウォーカーを見た時くらいに激しく鼓動していた。汗はどこからでも溢れ、息をするのも苦しいくらいだった。

だが…『威風堂々』が止まることはなかった。

 

丹波side

奴をウォーカーの餌としてくれてやってから、俺たちは駐車場に溢れかえっていたウォーカーの垣根を突破…したのに、また目の前のシャッターから大量のウォーカーが!

周りの奴らはうるさいくらいに叫ぶが、俺はむしろこれくらい楽しくなくちゃ嫌だった。

散弾銃に弾を込め、構えながら独り言を呟く。

 

「へえーー、パーティじゃん」

 

きちんと狙って撃ったはずなのに、弾は1ミリもウォーカーの身体に当たらず、駐車場の天井の電灯を吹き飛ばした。

 

「当てろよ‼︎」

「うっせえ!…ったくよお…」

 

撃っても当たらねえなら…特攻だ!

 

「ゴー‼︎」

 

俺を先頭に全員で大声を上げながらウォーカーに突っ込んでいく。

正しく特攻だ。俺たちはそれぞれの武器を振り回すか、ウォーカーの間をすり抜けていくかの行動をする。だが、全員が全員そんな簡単に突破なんて出来ねえ。

9人いた奴らの内、4人はもうウォーカーに捕まってハラワタを抉られている。俺はこんなエキサイティングなことを味わったことがなかったため、じっくり楽しみながらこのウォーカー軍を突破するのだった。

 

火浦side

俺の目の前にある監視カメラには食われていく馬鹿どもの間抜けな姿が映っていた。車の陰から突如現れたウォーカーに対処出来ずに死にゆく男に俺は微笑を浮かべた。

 

「クズどもめ…」

 

俺は更にあいつらを追い込む。

駐車場に繋がる道を開けて、さっきの曲で集まったウォーカーを雪崩れ込ませるのだ。しかしそれは自分の首も締めてしまうが、その前に俺の車を見つけてしまえば問題ない。

俺はいくつもあるモニターを注視して探していると…そのお目当ての車を見つけられた。

白色の車……間違いない。あれは、俺の車だ。

椅子にガタンとぶつかってしまう程に喜びを溢れ出させる俺は思わず呟いてしまった。

 

「あったぁ…」

 

その付近にウォーカーがいないことを確認してから漸く俺は曲を止めた。これから悠々と逃げ果せようと思った時、ガタンと扉の方から音が聞こえた。

ライトで周りを窺ったが、特に何も見えなかった。

気のせいだと思った俺は、そのまま警備室を出ていくのだった。

 

冬木冬馬side

ロッカーの隙間から外を覗いてみると、ウォーカーと化した2人の男がフラフラとこの辺りをふらついていた。時折こちらと目が合うがウォーカーは全くこっちには来ない。

それでいいのだが…いつになったら出られるのだろうかと必死に考えていると、不意にどこかからか女性の声が聞こえた。

 

『ねえ⁈誰か……誰か応答して‼︎屋上…やられた!全員やられた!』

 

それを聞き、俺は愕然としてしまう。

屋上にも…ウォーカーの魔の手が差し掛かっていたなんて…。

タイミング的にもおかしい。ということは…これも火浦の可能性が高い。

が、今の俺はここから出るのは非常に困難だ。

 

『誰か……誰か…助けてよ……。誰でもいいから…いないの⁈』

 

無線から聞こえる藪さんらしき悲痛な声。

俺は手に持っている金槌をぎゅっと握り、ロッカーから飛び出した。

しかし、俺を見て獲物だと捉えたウォーカーは俺が金槌を振るう前に身体と鼻に食らい付き、鼻の肉を抉り取られる

 

 

……という、妄想を考えてしまっていた。

こんなんではダメだ。きちんと噛まれない、捕まらない、生き残れると思ってイメージを膨らませないと…。

今度こそロッカーを飛び出して、ウォーカーの一体に覆い被さったが、もう一体に頸動脈を噛み切られる妄想が思い浮かんでしまう。

 

「……クソッ」

 

俺はそれから何度となくイメージしたが、いずれも死んでしまうところに直結してしまい、俺は途方に暮れてしまう。

すると…無線から1人の声が聞こえてきた。

 

『冬馬…』

 

俺の身体はその声を聞いただけでピクッとなった。

 

「瑞穂…」

『死んだら…嫌だ…。早く、出て…』

 

声からしても泣き声であった。胸が締め付けられる感覚に追い打ちをかけるように、あの2人の助けの声も聞こえてくる。

 

『兄ちゃん!戻ってきてくれよ!』

『お兄ーーちゃん……!』

 

健太に栞の泣き声…。

 

『ほら……あんたの帰りを待っている人がたくさんいるんだよ⁉︎それに…あんたが死んだら誰がこの子たちに世話するの?私1人に任せるなら承知しないよ!人に任せないで……自分で助けろよ‼︎』

 

最後の言葉は、俺の冷たい心を大きく揺れ動かした。

たまらなく自らがダサく感じて、俺は…外にウォーカーがいるなど忘れて、大きな声を高々と上げた。

 

「うわああああああああああああああああああ‼︎‼︎」

 

絶叫したまま飛び出し、目の前にいたウォーカーの顔面を砕こうと何度も何度も叩いた。しかし、側方から来たウォーカーに倒されて、左腕にその歯が食い込んでくる。

俺はまずウォーカーの腹を蹴って距離を取ると、金槌で頭頂部から貫通させて絶命させた。

左腕を見るが、何個となく付いている高級時計が奴らの攻撃を阻んでくれたのだ。俺は安堵の息を吐いてから、無線を取って小さく言った。

 

「今から行く」

『っ⁈冬馬⁈』

「助けに行くから待ってろ!」

 

俺はそう言って、前に足を踏み出した。

二度と後退しないと己に誓わせて…。




視点をちょくちょく変えてしまってすみません。


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第17話

藪side

冬馬くんからの生きているとの連絡を受けた私たちはここに居続けるのも危険だと思い、私たちも男たちが向かった地下駐車場へと赴くことにした。

既にウォーカーに殺された生存者のほとんどは死した身体を蘇らせ、口から生鮮な血液をだらだらと垂らして立ち上がり始めていた。

私は自分の後ろに身を隠している三人の子供たちに指示を出す。

 

「この屋上を捨てる。入り口の梯子辺りに向かって!早く!」

 

子供たちは瞬時に頷いて、急いで走り出した。

私はウォーカーの気を逸らすためにガスコンロを掴んで、それを梯子のある場所とは真逆の方向に投げた。ガチャンと大きく鳴ったコンロはウォーカーの気を引き、その隙に私も彼らの元へと急いだ。

この屋上で生活を始めて早二か月余りで立ち去ることになるとは…誰しも思っていなかったことだろう。私は死んだ仲間に冥福の祈りを少ししてから屋上から降りていくのだった。

 

冬木冬馬side

俺は無線を後ろポケットに突っ込み、食われた男たちが落としていた武器や防具を拝借してそれらを付けた。頭にはアメリカンフットボールの面、それに銀玉を放つマシンガンにたくさんのビービー弾が詰まった容器……。

これらが使えるかはやってみるしかない。

俺の目の前には未だには丹波たちが無視した大量のウォーカーが練り歩いている。こいつらをどうにかしないと、瑞穂たちの元には戻れない。

俺はまず銀玉入りマシンガンを撃ってみる。

しかし、所詮は銀玉。実弾との威力は雲泥の差である。弾はめり込みもしなければ、貫通もしない。ただ当たって跳ね返るだけだった。

俺は一旦車の影に身を潜め、この使い物にならないおもちゃを捨てた。

 

「ちくしょう…!こんなものよく使っていられたな…」

 

俺はじりじりと寄ってくるウォーカーにどうしようかと考える。

そこで閃く。

この左手にあるビービー弾なら、奴らを足止めできるのではないかと。

俺はビービー弾を入れてある容器の口を開き、中身全てを地面にぶちまけた。ウォーカーはビービー弾の音ですら反応してこっちに向かってくるが、それは逆効果でビービー弾に躓いてすてんと転ぶウォーカーばかりだった。

その間に俺はウォーカーの垣根を突破して、丹波たちの後を追う。

シャッターの方向に向かう途中で、血溜まりの中に落ちているゴルフクラブを掴んで更に走る。

更に途中で血溜まりとライトが落ちているのを見つけた。

またここで誰かがウォーカーの餌食となったんだろう。だが…ここにはさっきのゴルフクラブ以上の武器が落ちていた。

俺は思わずゴルフクラブを大雑把に捨て、落ちていた亡き英雄さんが託してくれた散弾銃を掴んだ。しかし、中の銃弾は一発しか込められておらず、落ちている弾も数発しかない。恐らく丹波が弾の大半を持ったままなんだろう。あまり嬉しくないが、使い勝手の悪いゴルフクラブを使うよりかはいいだろう。

俺は空いたところに残り僅かの銃弾を込めて、前を向くのだった。

 

成瀬瑞穂side

藪さんと共に屋上を離れ、私たちは冬馬たちが入っていった地下駐車場へと向かった。そこに向かったのはいいのだが、冬馬を見つけるのはこの広い駐車場では大変だと思い、私が無線を使おうと思ったら藪さんが手招きをしているのが見えた。

そして藪さんが指差す先には金槌を持って、宛もなく歩いている火浦さんの姿が見えた。

私たちは生きている人がいると分かり、嬉しさのあまりそこに走っていく。足音に気付いたのか火浦さんは私たちを見て、少しだけ驚いたような表情を作っていた。

 

「藪、どうしてここに?」

「屋上がやられたの…。…他のメンバーは?」

「ほぼやられた。ついてきな。この下の階に使える車が置いてある」

 

火浦さんは自らの手に掴んでいる車のキーを見せつけた。

 

「そのためにあの音楽でウォーカーを特定の場所に引き寄せた」

「あの交響曲は…火浦が?」

「そうだ」

「ま、待って!冬馬がまだ来てないから待ってくれません……」

「そんなクズは放っておけ」

 

…聞き違いだろうか?今…火浦さんは間違いなく冬馬のことを『クズ』と言った。

その言葉に鋭敏に反応したのは私だけでなく、健太くんも同じだった。

 

「『クズ』ってどういうことだ⁈お前!」

 

火浦さんは冷たい目をして私たちを一瞥すると…背筋が凍る程冷たい口調で私たちに言うのだった。

 

 

 

 

「まだ分からないのか?俺があのクズどもを殺したんだよ…」

 

 

 

 

そう言った途端に火浦さんは目の前に立っていた藪さんを強く突き飛ばし、私の方に走り寄ってきた。

火浦さんの顔は悪魔にでも魅入られたようなもので、私は恐怖のあまり逃げれずにその腕の中に閉じ込められてしまう。

 

「瑞穂ちゃん‼」

 

藪さんが叫んでこっちに来ようとするが、火浦はその前に大きな声で叫んだ。

 

「来るんじゃねえ‼」

 

その怒鳴り声に一番怖く感じている私は、抵抗することも声を出すことすら出来なかった。

 

「ったくよ…あのガキたちのせいで俺の作戦は全て台無しさ…。だがその代わりこの女は貰っていくぜ?」

「い………い、や……」

 

もうこのまま連れ去られてしまうのかと思ったその時…。

 

「瑞穂から離れろ‼クソ野郎‼」

 

その声は誰よりも愛しい…冬馬の声だった。

 

冬木冬馬side

俺は今、胸の中で湧き上がる怒りを抑えきれずにいた。この感覚は咲良が襲われた時と同じようなものだった。

火浦の手中で身体を細かに震えさせる瑞穂の姿に…危うくこの散弾銃の引き金を引きかけるところだった。

 

「瑞穂を離せ…‼」

「んなわけいくかよ、クソガキが!大人しくこの女が連れていかれる様を見てろ」

「そんなことしてみろ…。ぶっ殺してやるぞ…!」

「はっ!出来るわけないくせに!この女も道連れだぞ⁈」

 

奴の言う通りだった。

今、火浦は瑞穂の首辺りを左腕で拘束し、右手に持つナイフで瑞穂の動きを封じていた。そんなものをちらつかせなくても、あいつは恐怖で動けないだろうが…。

 

「はは…。何も出来ねえだろ?お前の父親らしく無様でしかないなあ⁈」

「⁈」

 

突然、火浦は父さんの話をし出した。何のことか分からず、茫然としていると火浦は不敵な笑みを浮かべて得意げに話し出した。

 

「お前の父親はな…あの黒焦げになったやつなのは知ってるのよなあ?あいつは自らそうなったんだぜ?だってお前の弟と妹の身代わりになったんだからなあ‼」

 

それを聞いた途端、ぷつんと何かが俺の中で切れた音がした。散弾銃を構える腕から力が抜け、自らの無力感に一瞬、飲み込まれそうになった。だけど…そこで瑞穂が叫んだ。

 

「やめて‼冬馬を苦しめないで‼お願い!どこにでも行く!あなたの言うことは聞くから‼お願い……」

 

瑞穂の涙ながらの懇願に火浦は気持ちの悪い表情を浮かべた。

 

「それでいいんだよ…。よし、いい子だな…」

 

瑞穂の懇願に火浦が拘束を緩めるのが分かった。

その時、瑞穂の表情が怒りの顔に染まった。

拘束を緩めた瞬間に火浦の胸…いや、みぞおち辺りを肘で突き、足を思いっ切り踏んだ。

 

「ぎっ⁈」

 

間抜けな声を出して、火浦は腹を抑えて地面に膝を付いた。

俺は散弾銃を構えることすらせずに、火浦にゆっくりと近付いていく。瑞穂はまだ涙目であるが、藪さんの横に立っている。火浦は三方向から攻め立てられ、手にナイフを持っているとは言えども…惨めに感じられた。

 

「ま、待てよ…。お前が…お前が無力だったから父親は死んだ…。それは変わらない事実だろ⁈」

「テメエ、いい加減に…!」

 

俺は健太に手を向けて止めた。

火浦はタガが切れたように、へらへらと笑っているがそこにいつもの覇気はなかった。

 

「俺は確かに無力さ。咲良も瑞穂も守れなかったしな…。だが、お前みたいにゲスで誰かを囮にしなきゃ生きていけないクズ野郎よりは断然マシさ」

 

俺は散弾銃を火浦の頭に向ける。火浦の顔が速攻で青白くなっていくが、突然、ごふっと血を口から吐き出した。

周りは驚いているが、俺は最初から左腕辺りから血が垂れているのが見えていた。

 

「あんた、噛まれてたんだな…」

「ち、違う!俺は噛まれてない!」

「……そうかい…。でも、俺はあんたが噛まれていようとなかろうと殺すつもりだ。悪いのはあんただ」

「や、やめてくれ…。死にたくないぃ!」

「……」

 

俺は無言のまま、散弾銃を降ろして、腰から金槌を取って火浦の頭蓋骨を砕いた。一発では不安だったため、2度3度振り下ろした。血が何度も飛び、俺の頬や身体に飛び散る。

そして、俺は金槌を元の腰に戻し、悲惨な姿になった火浦の死体から背を向けるのだった。

火浦を殺してからすぐに瑞穂は俺の方に駆け寄って、頰や額に付いた血を小さな手で拭き取ってくれた。そして、か細い声でこれだけ言った。

 

「怖かった…っ」

 

そう言って再び泣き出す瑞穂を俺は、力強く抱き締めるのだった。




今後は現在執筆しているものを交互に投稿しようと考えています。


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第18話

今回でFirst Seasonは閉幕
それと短めです。


冬木冬馬side

火浦を殺した後に彼のポケットの中にあった車のキーを取って、死んだ奴が言う脱出出来る車へと向かうことにした。地下二階には車がたくさんあるとは思うが、電子キーだからすぐに見つけられると思う。

そう思いながら向かおうとした時、こちらにどんどん近付いてくる足音が聞こえてきた。俺はすぐに散弾銃を構えて、撃とうとしたら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「待て‼︎撃つな‼︎丹波だよ‼︎」

 

普通の人間だと分かり、俺たちは安堵の溜め息を吐く。

 

「いやーー火浦くん、頭が見事にぐちゃぐちゃだねー…。流石!よくこいつをやってくれたらよ!」

「そりゃどうも…」

 

そうやって話していると、奥の方からウォーカーの呻き声が駐車場全体に木霊した。一瞬固まる俺たちだが、逃げる前に俺は丹波に聞く。

 

「弾は⁈こいつの弾!」

「ほら、ほら!」

 

丹波も焦りながら俺に全ての弾を渡して、6人で駐車場内から出ようとする。シャッターを潜り、外に繋がる広い通路へと出る。するとまたこっちに走ってくる足音が聞こえてきた。

今度は矢部さんだった。俺たちを見るなり嬉しそうな表情と絶望しきった表情を浮かべて、大声で叫んだ。

 

「いた!おーーーい‼︎」

「矢部さん!無事だった……⁈」

「探したよ‼︎」

 

だが、こっちに向かって来ているのは矢部さんだけではなかった。

矢部さんを追って来る何十体というウォーカーまで引き連れていたのだ。しかも叫んでいるため、完全に俺たちを標的に捉えている。

 

「嘘…」

「行くよ!」

 

藪さんが先導して前へと走る。

俺から見て、あれは正に死者の雪崩そのものだった。あれに巻き込まれば、待っているのは確実な死だけだ。

そう思って俺も急いで逃げるのだが、ここで最悪の展開を迎えてしまう。

前方が明るいから出口だと思えば、そこからも大量のウォーカーがやって来たのだ。完全に挟まれてしまった俺たちに残された手段は1つしかなかった。

 

「冬馬…どうしよう…」

 

瑞穂が俺の服の袖口を握り、恐怖の表情を俺に見せた。

俺は奴らを一瞥してから、はっきり言った。

 

「全部殺すしかない…」

 

それを聞いたみんなは俺の方を向き、ごくっと生唾を飲んだ、

 

「…やるしかない…わね」

「あああーーー、ここまで来たらやけくそだな…」

 

俺も散弾銃に弾丸を込めて前に立つ。

まだ一回しか撃ったことのないこれを上手く扱えるかなんて分からない。だけど……俺がやるしかないんだ…。

そう肝に命じて、俺は…引き金を引くのだった。

 

長い戦いだった…。

恐らく百体を超えるウォーカーを俺は殺した。駐車場に続く通路は地面、壁、天井に血と肉片に肉塊がバラバラになって落ちていて、もう腐敗臭が漂っていた。

しかし…その代償も大きかった。丹波と矢部さんは死に、健太も…ウォーカーに噛まれてしまったのだ。二の腕を噛まれていて、まだ人間としての意識はあるが、いつウォーカーになるか分からない恐怖から兄である俺でさえも、健太に近付けずにいた。

 

「兄ちゃん…」

「………」

 

俺は何も言えなかった。そして無力だった。

いつもの虚無感が身体中を支配していく。すると、健太は噛まれていない腕を伸ばして、残り1発となった散弾銃を掴んできた。

 

「僕を置いて…いって……。それと…これを頂戴…」

「………分かった。俺だって、健太の命を自分の手で奪うのは嫌だからな…」

「お兄ちゃん…!嫌だ‼︎」

 

栞が泣き出し、俺の腹辺りに顔を埋める。

俺だって悲しい。悲しくないはずがない。

俺は栞が止めるのを無視して、散弾銃を渡した。

 

「最後のプレゼントが…銃なんて、運がいいなぁ…」

「…っバカ!」

 

俺はそう叫んで健太の身体を強く抱擁した。健太も最初は戸惑っていたが、すぐに大きな声で泣き出した。

これで…健太も失ってしまうのかと思って…更なる悲しみと絶望が俺を襲ったが、これも仕方ないんだと必死に自分に言い聞かせたのだった。

 

それから俺は嫌々泣き喚く栞を抱えて、藪さんが運転する車に乗り込んだ。白いセダンに乗り、そこから俺は今回の激戦の跡の凄まじさに言葉を失った。角度の関係上、通路の端っこで座っている健太は見えないが、俺たちがここを出た後には…その命の灯火を自ら消すことになるだろう。

一通りこの悲惨な光景を見た後に藪さんは辛そうな表情を浮かべて、車を前へと走らせた。

その数秒後…大きな銃声が外にまで響き渡るのだった。

俺は一筋だけ涙を流し…ずっと泣き続けている栞をぎゅっと抱き締めた。妹の悲しみも俺が背負う…そういった気持ちを心の中でした。

だが、途中で車が黒焦げで縛られたウォーカーの横を通ったため、急いで藪さんに車を止めるように言った。

 

「藪さん!ちょっといいですか?」

 

藪さんが車を停止させたと同時に俺は降りて、例の黒焦げウォーカーのところに向かっていく。そのウォーカーは火浦や健太の話によれば、父さんらしいのだが、よく見てもその面影は皆無だった。

 

「……久しぶりだな…父さん…。結局仲違いしたままだったけど、俺は父さんのこと…嫌いじゃなかったよ」

 

そう言って俺は金槌を振り上げた。

言葉も声すらも出せない程に焼かれてしまった父さんは血の気のない双眸で俺を凝視している。耳もないから聞こえていないだろうけど…俺の想いは届いたのだろうか…。

 

「さよなら……父さん」

 

俺が振り落とした一撃が父さんの頭蓋骨を砕き、確実な死を齎(もたら)した。1日に2人もの家族を失っても、俺の心が深く傷付くことはなかった。もう既にボロボロだからだ。

俺はその金槌を捨てて、また車に乗り込んだ。

誰もが無言だった。瑞穂は泣き疲れた栞を膝に置いて、一緒に寝ている。藪さんも血だらけの顔をハンカチで拭き、タバコに火を付けていた。

俺はというと、半茫然自失状態で血塗れの両手を見ていた。

散弾銃を撃ちすぎたせいで、手は今も痺れていて感覚はあまりない。

俺はそこから視線を外に移した。

 

外は夕焼けだ…。

 

血のように真っ赤だ…。

 

この世界は始まったばかりで、何が起きてもおかしくない。

 

…ああ、車の前方にフラフラした人影が見える…。

藪さんはエンジンを緩める様子はない。

このまま轢くつもりだ。

 

そして……車はウォーカーを轢き、真っ暗な町の中へと走らせていくのだった。




戦闘シーンを端折ってしまってすみません…。
この展開、あまり起点がないから淡々となると思ったので、端折らせて頂きました。
本当に申し訳ないです…。
次回からSecond Seasonです。

予告
ウォーカーの世界となり、1年余りが過ぎた頃、冬馬たちは故郷の町に戻りひっそりと暮らしていた。
だがそこに盗賊団を率いて浩二が現れ、瑞穂が拐われてしまう。
これをきっかけに、親友の仲が崩れ、敵対する2人…。
そして、瑞穂もとある決心をする…。

「私がいなければ…2人は……。それなら……」


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Second Season
第19話


Second Season突入です。



冬木冬馬side

あの山間部にあるショッピングモールでの戦いから、早1年が経過しようとしていた。

あれから俺たちは幾度となく、生き残るために居住地を変えてきた。様々な生存者とも巡り会わせてきた。良い人もいたし、本当の悪もいた。

それでも俺たちは生きることを諦めずに、とにかく動き続けた。

そして俺たちは漸く…安住とも言えないが、誰にも虐げられず…脅されず…それなりに静かに住めそうな地域を見つけたのだ。

そこは……俺と瑞穂、栞の故郷だった。

 

今日も良い天気だ。

厳しい冬が終わり、だんだんと暖かくなってきた。初めて冬を越えたが、それは苦難の連続だった。水は凍ってたまに確保出来ないこともあったし、寒さで凍え死にそうになるのかとも思った。

それに冬だと食料が確保しにくいことも相まって、一時はどうなることかと思ったが、それは杞憂に終わったようだ。

俺は自分の背丈よりも大きい柵の前で大きく欠伸をする。これが普段の日課になりかけている。まあ、ウォーカーがいるときは絶対にしないことではあるが…。

現在俺たちは俺の家に居所を構えていた。

中に入った時に、母の死体がやはりなかったから、本当にアレはウォーカーと化した母だったんだと思い知った。だけどこれで怖気付いてはいられなかった。

既に家族の大半を失ってきた俺にはこれしきのことで絶望してはダメだと自分に言いつけて、行動を起こした。最初に家の中にあるものを使ったりして、家の周りを俺の背丈より2倍近く高いバリケードを築き、ウォーカーの襲撃に備えた。

それに今は地下からどうにかして出れないかと、トンネルを発掘中だ。ほとんど進んでいないが、このトンネルが出来ればウォーカーの目をかい潜って、食料や物資、武器を調達できる。

それまでは大人しくバリケードから出入りするつもりだ。

このような生活を続けて、もう10カ月が経っていた…。

 

俺は瑞穂を連れて、家の外に出ていた。

そして、俺たちは道路の端に置かれた車の方に歩いていく。あれは生存者が商売を営んでいるんだ。この死者が練り歩く世界で生き残るための武器や物資を交換でくれる販売業者だ。

 

「お、今日も来たな。調子はどうだい?」

「普通だよ、爺さん。それよりも今日の仕入れは?」

「ああ、今日はいいのがあるぜ?」

 

爺さんは車の中に入って、ごそごそと漁ると、取り出したのは刀剣だった。

 

「ほら、こんなのはどうだい?」

「いいね。こんなのどこで手に入れたんだ?」

「それは企業秘密だ。で、どうする?買うか?」

「その拳銃も欲しい。この豚肉の固まりと交換でどうだ?」

「……まあいいか、ほれ」

 

俺は拳銃を受け取り、瑞穂は慣れない様子で刀剣を受け取る。

爺さんはそれから「じゃあ、またな」と言って、車を走らせてどこかへと消えていく。残ったのは俺と瑞穂…そして、ちらほらと車のエンジン音に反応してやって来たウォーカーたちだけだ。

 

「…試してみるか…」

 

俺は瑞穂から刀剣を受け取り、近くに来たウォーカーの頭を横に一閃した。ずるりとウォーカーの頭の半分は滑り落ち、腐った脳が露出した。中々の斬れ味だと思った。これなら、毎日欠かさずに砥いでおけば長持ちすると思った。

だが、今のところ問題があるのは瑞穂だった。

瑞穂はこの1年間…まともに武器を扱ったことがないのだ。ナイフはもちろん拳銃も…。

こんな世界で戦えないとなると、いざって時に大変なことになる。

そこで俺は瑞穂に提案した。

 

「瑞穂、あの林に行こうか?」

「どうして?なんか用でもあるの?」

「銃の撃ち方を教える」

 

成瀬瑞穂side

林に着き、冬馬はウォーカーが近くにいないことを確認してからさっきの拳銃を渡してくれた。私は自分でも分かるくらい身体をガチガチに固くさせて拳銃を両手でしっかりと持った。

重くて、ずっしりと来た。

これが拳銃を握るということなんだと…改めて思い知った。

 

「瑞穂、俺も本当は拳銃の撃ち方なんて教えたくなかったんだ。だけど後々のことを考えると、瑞穂にも自分を守る力を持って欲しい。だから…2発だけ使って教える」

 

2発だけ……多分、銃声でウォーカーが寄ってくるから最小限に留めて置きたいのだろう。私は小さく頷いて、私から3m程離れたところに聳えている巨木に狙いを定めた。

 

「ウォーカーは絶対頭を潰さなきゃならない。自分よりちょっとだけ高いところを狙うんだ」

 

冬馬に言われた通りに自らの背より少し高めに照準を絞り、初めて拳銃の引き金を引いた。その瞬間、今まで受けたこともない衝撃が両手から両腕に流れ、私の身体を後ろに吹き飛ばした。

 

「きゃ…!」

 

悲鳴を上げて、尻餅を付く。

冬馬は焦ったような表情で私の元に駆け寄って来た。

 

「大丈夫か⁈」

「う、うん…。凄いね、衝撃……」

 

その衝撃のせいで私の手はまだ震えたままだ。

 

「今日はもう帰ろう。流石に銃はまだ慣れないようだし…って、どうした?」

「ごめん、撃った衝撃で腰まで抜けちゃったみたい…」

「…ったく、仕方ないやつだなあ、昔から」

 

苦笑いを浮かべた冬馬はふざけるように私を抱え上げて、お姫様抱っこしてきたのだ。恥ずかしくて声も上げられなかったが、今自分たちの近くにはいたとしてもウォーカーくらいしかいないから問題ないかと思い、甘えるように彼の胸に頭を預けた。

お互い微笑が漏れて、朗らかな気分になる。

冬馬が健太くんを置き、冬馬のお父さんを殺してから心を失ったのではないかと危惧していたが、それは私の気のせいだったようだ。

もちろん心配している。冬馬の心が今、きちんと機能しているのは私がいるからだと、勝手に思っている。

そうだと思い、彼を支えようと思いを固めると、不意に冬馬が足を止めた。

 

「…どうしたの?ウォーカー?」

「いや……誰かに見られている気が…。気のせいかな、多分」

 

私には何の視線も感じられなかった。

冬馬は気にせずにそのまま林を出て行く。

だが…本当はいたのだ…。音の出ないフィルムカメラを構えて、私たちの様子を盗撮していた人間が…。

そんな存在がいたのだと気付くのは、これから先のことだった…。

 

???side

今日はいい収穫が出来た。

車の中一杯に詰まっている武器、食料、物資を他の奴に見つからないうちに俺たちの車に乗せていく。かなり音を出しているが、問題はない。

近くにはウォーカーも生存者もいない。この場にいるのは、俺たちのグループだけだ。

そして、奪い終えたところで部下の1人がニヤニヤしながら戻ってきた。その手には写真が握られていて、その写真を見て、嫌らしい妄想を更かしているようだ。

 

「遅かったな、なんかいいのでも撮れたのか?」

「へい、ボス。この近くの森で若い男女が銃の撃ち方を練習しててな……その女がめっちゃ良くて…」

「ここ近くに生存者が?意外だな…」

 

ここは俺の故郷ではあるが、全てが始まった日に全員逃げていったと思っていたが…未だに残っている奴がいたとは…。

 

「これがその男女です」

 

そいつが見せてきた写真を見て…俺の周りの世界は一瞬固まってしまった。その写真に映る2人を知らないはずがなかった。

いつかの時…一緒に時間を共にした3人の記憶が脳裏に蘇る。

が、俺はこの男…冬馬には嫉妬心しか抱いていない。女…瑞穂をいつも独占していたからだ。

いつも……いつもいつもいつもいつもいつも2人はくっ付いて俺に見せびらかせてきた記憶が鮮明に蘇る。この写真に至っては、冬馬が瑞穂をお姫様抱っこしている。俺のものだと見せつけたいかのように…。

更なる嫉妬と憎悪が身体中に渦巻く。

 

「いやあ、あの女抱けたらどんなにいいこと……」

 

俺の心中も知らずに、暢気に話している部下に俺は拳銃で額を撃ち抜いた。

周りの奴らも俺の行動に些か驚いている。普段の俺なら、ウォーカーが来るからと拳銃なんかほとんど使わない。だけど、今は感情に流されかけている。これも全て2人……いや、冬馬のせいだ。

 

「絶対に…見つけてやる…冬馬、瑞穂…」

 

俺はこの写真をビリビリに破き、茶色のコートを翻すのだった。




???は誰かわかりますよね?
次回、恨みを抱いた彼が冬馬に会います。


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第20話

梶の過去が明らかに、そして…彼の欲望が暴走する…。


冬木冬馬side

この日は曇りであったが、俺たち生存者からしたら嬉しい方だった。晴れているとウォーカーからよく見られるし、何より体力を無駄に奪われる。日照りの影響は俺の中ではそこそこ大きい。

朝…俺はまた瑞穂と共に夜を過ごしていた。

彼女が怖くて眠れないから……とずっと言っているから、その延長線上でやってしまっている。

でも本当は分かっている。瑞穂はウォーカーに恐れて怖いんじゃない。“俺がいなくなってしまうこと”が怖くて堪らないんだろう。それなら俺も同じだが、だからと言って一緒に寝るというのはどうも俺の中では未だに区切りが付けられていない。

しかし…人間の欲というのは恐ろしく、全く逆らえない。俺も…その欲にもう何度負けたのかも分からない。

そんなことを考えていると、隣で寝ている瑞穂も目を覚まして、俺がいたことに安堵した表情を作った。

 

「起こしたか?まだ寝たいんだったら……」

「ううん……。私は冬馬と一緒にいたい…。だから冬馬が起きたら私も起きる…。それじゃ……ダメかな?」

 

そんな甘えた言葉をかけられ、俺の欲望と理性が一瞬戦うが、瞬時に理性が負ける。

俺は瑞穂の上に覆い被さり、その柔らかな唇を乱暴に塞いだ。

キスの後、瑞穂は嬉しそうな表情を浮かべて、こくんと頷いた。

ああ……今日も朝から身体を交えさせるのか…。

若干の後悔を抱きながらも、俺の口許は僅かに笑っているのだった。

 

その後、家の周りをいつものように窺っていると、ポストの中に何かが入っていることに気付いた。取ってみると、それは昨日会った交換屋の爺さんからだった。

内容は

『昨日渡した拳銃の弾、もっと欲しいじゃろ?今日受け取りに来んか?場所はいつものところで』とあった。

少し違和感のある文章だったが、弾をくれるのならそれは有り難いから、今日も取引場所に行くことにした。

もちろん瑞穂を連れて行くのだが、この時思えば…俺1人だけで良かったと思っている。俺もどこかで安心しきっていたんだ…。この世界で危険なのはウォーカーだけではないということに…。

それに…こんな形で『あいつ』に出会うなんて、思ってもみなかった。

 

梶浩二side

あの写真を見てからムラムラした感情がずっと胸の中で溜まっている。だけどそれも今日までだろう。

漸く冬馬たちが居住地にしている場所を発見した。それは予想外なことに冬馬の実家だったのだ。これは流石の俺でも驚いてしまった。

家の周りはウォーカーが入って来れないように俺の身長よりも高くバリケードが作られている。どうやって中に入ろうかと思ったが、これは無理矢理押し入るよりも、相手から勝手に出てくれればいいんだと思い、俺は一計を案じた。

昨日殺したあの爺さんのふりをして、奴らを誘き寄せればいいんだ。車の中には銃の弾も一杯置いてあったし、冬馬も拳銃なしでこの世界は生きていられないだろう。

俺は紙に弾をやるからいつもの場所に来いと書いて、奴らを誘き寄せた。仮に冬馬1人だけ来ても痛めつけて、その後に瑞穂を貰いに行けばいい。

ここまでの作戦は完璧だ。あとはどう冬馬たちが動くかによる。

暫く待ちながら、俺は昔…と言ってもほんの数年前だが、その頃のことを思い出していた。

俺はあの頃…瑞穂に特別な感情なんて抱いていなかった。単なる普通の幼馴染…。それだけのものだった。

だけど、俺と冬馬が高校一年の時の試合で他校に負けた時、俺たちは落胆しきっていた。それを見たのか瑞穂はこう言ったんだ。

 

『大丈夫だよ!梶くん!また次もあるし、お互いに頑張ろう!』

 

これには俺も泣くほどに嬉しかった。この一言があったから、あの時まで野球をやれていたんだと自分の中で思っている。

そして俺の中で何かが変わった。いつも一緒にいるはずの瑞穂にこの時は分からなかったが、特別な想いが込み上げてくると同時に、冬馬と触れ合っていると邪魔したくなる自分がいつもいた。

あの時、バレンタインの話を聞いていたから、あそこで俺が出て話を無理に止めたんだ。だけど、瑞穂が俺を好きになることはないと分かり、ちょっとだけ虚しい気分になった。

だが…盗賊団を結成した時に俺はそう思った。最初は頑張って生き残るのに必死だったけど、盗みや殺しをしていき、俺の考えは一気に変わった。昔は欲しいものは指を咥えて眺めているだけであったが、今は欲しいものがあるなら……

 

力付くで奪えばいいんだ

 

と思った。そう…瑞穂も冬馬のところから奪ってしまえばいいだ…。

我ながら素晴らしい考えだなと物思いに耽っていると、ガチャと扉が開く音がした。

俺は草むらに隠れながら見て、俺は目を丸くした。

家の前で2人はキスをしていたのだ。それも瑞穂から率先してだ。

悔しかった。殺してやりたかった。だけど、その怒りはまだ抑えておかなくてはならない。

どうせ…こいつらはもう俺の手中にあるからな…。

そう思うと笑いを堪え切れなくなるのだった。

 

冬木冬馬side

俺はつい先日に貰った刀剣だけを持って、瑞穂とあの爺さんの取引場に向かっていた。あの爺さんのことだから、ただではくれないと思い、俺は僅かだが食料をポケットに忍ばせていた。

瑞穂はというと、俺と一緒にいるのが楽しいのか、鼻歌まで歌っている始末だった。俺も嬉しいが、ここまで気を抜いていていいのかと疑問視してしまう。だけど…こういうのも悪くない。

瑞穂との関係は止まったままだが、この状況のままいいとも思っていた。中途半端でいい…。深い関係だと、後に大変なことになると思ったからだ。

そう思っていると、また同じ場所、同じ時間に車が置かれていた。

 

「おい!来たぞ、爺さん」

 

そう呼びかけると、車のドアが開き、あの爺さんが出てきた……と思った。出てきたが、それは爺さんの無惨な死体だった。

 

「爺さん⁈」

「何これ⁈どうなってるの⁈」

 

瑞穂も俺も混乱していると、周りの空き家から拳銃やナイフを持った男たちが現れた。身なりからして、盗賊だ。

 

「どうやら……盗賊の罠に掛かっちまったみたいだな…」

「よく分かってんじゃないか、冬馬」

「え?」

「今の声って…!」

 

車の陰からゆっくりと姿を現れた男に俺の目は丸くなった。

髪は少し廃れていて、昔のような輝きは微塵もない。あの時の優しげな眼差しも今となってはまるで肉に飢えた狂犬にも見える。

でもその姿は間違いなく…俺と同じ時を過ごした親友だった。

 

「浩二…‼︎」

「久しぶりだな」

「梶くん‼︎どういうこと⁈」

「おっと、動くなよ。2人とも殺したくないからな」

 

今までの浩二からは考えられない言葉を続けているため、俺の頭の中は混乱しきったままだ。

 

「どういうことだ、浩二!俺たちは…!」

「親友だとでも?」

 

浩二の冷たい声に俺は言葉を失った。

 

「この世界になって漸く分かったんだよ、冬馬…。欲しいものは全て力で手に入れればいいってな…」

「欲しいもの?」

 

浩二はギラついた目線を瑞穂に向けている感じがした。

そして俺は分かった。浩二がここに誘き寄せた訳が…。

 

「瑞穂‼︎逃げろ‼︎」

 

俺はそう言って、瑞穂の腰から拳銃を取り、奴らに構えようとしたが、引き金を引く前に鈍器みたいなもので頭部を殴打されてしまう。

 

「ぐあっ‼︎」

「冬馬!…きゃ‼︎」

 

瑞穂の悲鳴を聞き、顔を上げると瑞穂はもう浩二の腕の中に捕らえられていた。

 

「瑞穂…!ぐっ⁈」

 

起き上がろうとしたが、背中に急激な重さがかかり、立ち上がれなくなる。浩二は俺を見下すようにして、淡々と話す。

 

「冬馬…。お前ともここでお別れだな…。長い間楽しかったよ。じゃあ最後は地獄の苦痛を味わって死ぬがいい!」

 

そう言って高笑いをした途端に周りの連中が俺の身体を容赦なく暴行を加えてきた。

俺は意識を失うかもしれないと思い、最後に浩二に向かって叫んだ。

 

「瑞穂を……返せえええええええええええ‼︎‼︎」

 

その声は虚しく故郷に広がり、永遠かもしれない激痛に俺は耐えられず、意識を手放してしまうのだった。




次回は新オリキャラを出します。
そして、捕らえられた瑞穂は……。


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第21話

すいません。
前回新オリキャラを出すと言いましたが、予定を変更して別キャラを出します。


※前半ショッキングシーン…かも…


成瀬瑞穂side

変わり果てた梶くんに無理矢理連れられて、大きな廃屋の一室に入れられた。

私が今感じているのは圧倒的な力の差と底知れない恐怖だ。

ベッドに座って落ち着いている雰囲気を出しているが、梶くんの表情から見てもその余裕そうな感じから、虚勢は張っても無駄だと思い知らされる。

 

「……どうして?どうして…梶くん…?」

「………」

「どうして梶くんが冬馬にあんなことするの‼」

 

思わず大声を上げてしまう程に怒りを出した私に、梶くんは少しだけ悲しい表情を浮かべたが、すぐにそれも不気味な笑みへと変わっていく。

 

「俺がどうしてこんなことをするかだって…?まだ分からないのか、瑞穂…。全てはお前のためなんだよ…」

「わ…たし?」

「そうだよ…。元を言えば、この状況を作り出したのは瑞穂だ」

 

そう言って、梶くんは茶色のコートを脱いで、私の上に覆い被さった。

何をされるのか怯えていた私だが、これからされることが分かり、その怯えは更なる恐怖になっていく。

 

「いや…!いやぁ‼」

 

必死に抵抗しようと藻掻くが、両手を頭の上で抑えられ、服は破られはしないが、一枚一枚剥がされていく。

 

「いや‼やめて‼いやだぁ‼」

「諦めろ…。もうお前はものだ…。あいつとはもうやっただろうが…構わねえ…」

 

梶くんの欲望を非力な私が止められるはずもなく、私は初めて…好きな人以外に犯されてしまうのだった。

 

小室孝side

全てが終わってしまった日から…もう一年という月日が過ぎてしまったのか…。

結局、あのバスでの爆発で毒島先輩や平野、高城と離されて、未だに集結出来ずにいた。橋も渡れなくなり、ほとぼりが冷めるまで待つしかなかったのだが、その間にも色々とあって、本当…面倒な一年だった。

そして今日、漸く毒島先輩たちがいると思われる高城の家に向かうことにしたのだ。

俺も麗もこの一年で随分と変わった。ずっと来ている学ランや学生服はボロボロに廃れ、髪も汚れ切っている。そして表情もいつも険しい…ようにしている。

奴らがいつどこか現れるか分からないし、何より今は歩きだ。

随分前は無免許でバイクを乗り回して、移動していたが今はそれもない。

 

「孝…今日は、何もいないね」

「…そういやそうだなあ。ウォーカーの姿が全く見えない」

 

稀にウォーカーを見ない日はたまにある。

その稀な日が今日ならいいなと思っている矢先に…前方に五体のウォーカーを見つけてしまう。俺は溜め息を吐き、面倒くさいと思いながらも遠回りしようと思ったら、麗が指差した。

 

「あれ……孝、人…じゃない?」

「え?」

 

思わず聞き返してしまった。麗が指す先には確かに全身に打撲のようなものを負った俺らと年齢が大差ない男が倒れていた。その男性にウォーカーは引き寄せられているらしい。

ウォーカーは俺たちに気付いていないから、あの男を見捨てて戦闘を避けることは出来る。

だけど…俺はそんな奴を見捨てることなんて出来るはずもなかった。

 

「麗!」

「分かった!左の二体は任せて!」

 

麗は左に、俺は右に行き、ウォーカーの頭を潰した。何日振りかにウォーカーを殺した感覚は…全く忘れてはいなかった。

 

俺はすぐにその男の近くに駆け寄るが、いくら呼んでも叫んでも目を開けることはなかったため、急いで麗と2人で担いで、空き家へと避難するのだった。

 

夜はあっという間に訪れた。

空き家の入り口にはワイヤーを張って、ウォーカーが入ってこれないようにし、今は麗があの男の面倒を見ている。

それにしても…彼に何があったのだろうか…。

あの傷からして、全身を複数の人間によって殴られたか蹴られたのは間違いないのだろうが、今の世界でそんなことがあるのか…と思ってしまった。

男は俺と大体同い年くらいで、身長も大して変わらない。

 

「とにかく、奴らが集まらないうちにどこかに身を潜めよう!」

「ええ」

 

俺と麗が助けたこの男…。

後で面倒事を作る要因にならなければいいなと思う俺だった。

 

冬木冬馬side

『……冬馬!いや!助けて‼︎いやぁ‼︎』

 

瑞穂の痛々しい悲鳴が聞こえるが、俺の身体はちっとも言う事を聞かない。浩二たちによってやられた身体はもうボロボロだった。

目を瑞穂の方に向けると、彼女の美しい顔が浩二によってズタズタにされているのが見え、俺は怒りに燃えるが、突然瑞穂は俺の方に向かって叫び出した。

 

『役立たず…』

 

そう言われた途端に俺の世界は暗闇となり、周りには何十人とウォーカーが並び、口々に言う。

 

『役立たず!』

『無力!』

『出来損ない!』

 

あらゆる罵倒をされ始め、俺の心に傷が入っていく。耳を塞ぎ、目を瞑ってもこの悪夢の大合唱は聞こえてくる。

そして最後に瑞穂の声が…鮮明に聞こえた。

 

『冬馬なんか…いなくていい』

 

 

その瞬間、俺は目を覚ました。今度は汚れたシーツの上で寝かされていたが、起きた途端に身体中に鈍い痛みが走ってきた。だが、その打撲や打ち傷は何者かによって綺麗に手当てされ、包帯を巻かれていた。

 

「お、起きたか?」

 

俺から見て左側から声がした。ゆっくりとそっちを向くと、そこには男が立っていた。

古ぼけた学ランを着て、髪は少し長め、そして手には真っ黒になった金属バットが握られていた。

 

「道路で倒れているところを助けたんだ。あんた1人か?他は…」

「他……。…!瑞穂…!っ!」

 

勢い余って身体を起こそうとしたが、逆に更なる痛みを増やしてしまう原因を作ってしまった。

 

「おい、大丈夫か⁈」

「孝、起きたの?その人」

 

俺が痛みに耐えている中、奥からもう1人出てきた。

今度は女性だ。彼女も俺と年は変わらない。同じくセーラー服で背中にまで茶髪の髪を伸ばしていて、スタイルも悪くはなかった。

 

「はじめまして。宮本麗よ。こっちのあんまり頼りなさそうなのが、小室孝」

「おい、麗。頼りなさそうってどういうことだよ」

「言葉の通りよ」

「………」

 

この2人の様子を見ていると、嫌でも瑞穂と俺との情景が思い出されてしまう。

 

「あなたは?」

「……冬木冬馬…」

「冬木くんね!ちゃんと覚えとくわ」

「いきなりだけどさ……何があったんだ?本当に…。ウォーカーじゃないんだろ?」

 

俺はそう聞かれたが、ぷいっと顔を背けてこう言った。

 

「悪いが、あんたらに話すつもりはない。…1人に、させてくれ」

 

暫く何も言わない2人だったが、俺の要望に応えてくれて、部屋から出て行った。俺は震える身体をどうにか抑えつけて、何度も何度も祈った。

瑞穂が……無事である事を…。

そうやっているうちに俺は再び痛みと疲れからか、眠りに就いてしまうのだった。

 

小室孝side

「どう思う?あいつ…」

「冬木くんでしょ!あいつじゃなくて」

「どっちだっていいよ」

「もう!昔から孝は…。でも、彼…ちょっとまずいかもね…」

「まずい?」

「私の見解だけど、精神的に不安定になっている。このままじゃ精神が崩壊するわ」

 

確かにあいつ……もとい冬馬はどこかおかしかった。

俺と麗が冬馬の前で話している時も、どこか目は虚ろで、生きているという感じが微塵も感じられなかった。

麗の言う通りだとするならば…早く手を打たないといけない。

 

「じゃあ、俺が聞いてみるよ。何があったか……」

「ダメ。孝は相手を考えないし、空気も読まないから」

 

反論したかったが、痛いところを突かれて俺は口を出せなくなる。麗は得意げな表情を見せた。

 

「私が何とかするわ。それより…彼の件が済むまで高城さんの家に向かうのはお預けね」

「そうだな…。まあウォーカーが事態を最悪にさせてないだけマシだろうけどな…」

「そうね」

 

面倒なことにはなってない。それはそれで嬉しい。

だけど早く高城の家に着いて、この面倒な世界から脱却したいと思う気持ちは日に日に強くなっていくばかりであった。




はい、学園黙示録メンバー登場です。


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第22話

成瀬瑞穂side

「うっ………うぅ……」

 

冷たい牢獄のような部屋で私はずっと泣いていた。

色々な感情が混じり合っていた。冬馬と引き裂かれたこと…梶くんに犯されたこと…そして、無理矢理なのに愉悦を感じてしまっていた自分自身の愚かさ…。

どうしてこうなったのか……私たちが梶くんに何をしたというのか…。考えても考えてもその答えが見つかることはなかった。

汚れたベッドの上で泣き続けていると、足音が響いてきた。その音に私は反応して、鉄格子の先を見る。

そこからあの悪魔…梶くん…いや、梶が姿を現した。

私は瞬時に相手を威嚇するように、鋭い眼差しを梶に向けるが、本当は今すぐ叫んで逃げ回りたい程の恐怖を感じていた。

 

「よう、瑞穂。元気か?」

「最低よ‼︎」

「……」

 

梶の目尻がピクッと動いたが、鉄格子の一部を開けるとそこからトレイに乗せた食事が運ばれてきた。食えと言いたいのだろうが、私はそのトレイごと梶に投げて叫んだ。

 

「消えて‼︎私の前から今すぐ‼︎」

 

梶は顔に付いたスープを拭きながら無言で私の前から消えた。

必死に平常を保っていたが、彼が居なくなってすぐにその気力は失われ、力なく地面に横になった。

そして…無意識のうちに私は愛する彼の名を呼び、助けを求めるのであった。

 

「助けて……。助けてよ……冬馬ぁ……」

 

 

冬木冬馬side

孝と麗のお節介になってかれこれ3日が経つ。

大半の傷は治ってきてはいるが、身体の痛みは少しだけ残っていた。

だから今も古ぼけたベッドの上で病人みたいな生活を送っている。

2人には感謝している。けど、いつまでもここにいて2人の目的の邪魔をすることは出来ない。だから俺はこの傷が治れば即座に彼らの前から消えようと決めていた。

そんな時、2人が家にいないことの気付いた俺はすぐにお暇しようと考えた。ナイフと拳銃を持ち、少しだけだが食料を抱えてゆっくりと部屋から出る。

すると不意に声が聞こえた。

 

「冬木くん?」

 

ビクッとして、反射的に拳銃を向けてしまうが、銃口を向けた先には妖艶な笑みを浮かべた宮本が立っていた。どうやら俺が勝手に逃げ出さないように、見張りを置いていたようだ。

 

「どこ行くの?」

「大分傷も癒えたし、あんたらの世話になる気もないからさっさとここから出て行くだけだよ」

「傷が癒えた?まだ完治してないのに、行くには無茶じゃなくて?」

「………」

 

正論を言われて、俺は黙る。

その隙を逃さないばかりに宮本は俺のところにズケズケと入って行く。

 

「助けたのに、無理してあなたが死んだら私と孝は嫌なの!それくらい察してよね」

「………うるさい」

「え?」

「うるさいって言ってんだよ‼︎」

 

宮本は俺が怒鳴ると予想していなかったのか、ちょっとだけ後退した。

 

「俺の邪魔ばかりしやがって‼︎俺にも目的があるんだよ!お前らみたいにイチャイチャ遊んでるのとは違うんだよ!この……っ⁈」

 

大声で叫んでいると、急に身体に痛みが突き抜けた。

足腰に力が入らなくなり、膝を付いて動けなくなってしまう。

 

「ほら!無理しすぎなの。ちょっとは自分の身体がどういう状態なのか理解しなさいよ」

 

俺は宮本に支えられて再び部屋へと戻される。

…こんなことしてる場合じゃないのに……。

俺は…瑞穂を助けなきゃいけないんだ…。こんなところで……。

心の中ではそう思っても、身体が言うことを聞いてくれないのが…今の俺の現状だった。

 

宮本麗side

孝から言われて部屋の外で見張っていたけど、本当にここから逃げ出そうとするなんて思っても見なかった。強制的に彼をベッドに戻し、私が監視する。

まるで刑務所みたいに見えるけど、このまま冬木くんを死なせるわけにもいかなかった。

見張っている中、孝が言っていたことを思い出した。

 

『彼は何か……誰かを探している。そして、焦っている』

 

孝の言う通りかもしれない。

彼は明らかに焦っている。どうしてなのかは分からないが、良い機会だし、聞いてみるのも悪くない。

 

「ねえ」

「………」

 

冬木くんは無言のまま私の方に首を動かした。

 

「どうしてあそこで倒れていたか…教えてくれない?」

 

冬木くんは少し間を置いてから話し出した。

 

「……宮本には、親友って存在はいるか?」

「いるよ。少なくとも1人は生きているから」

「その親友に裏切られたら……どういう気持ちになるよ…」

「……」

「俺には浩二っていう小学校からの仲の親友がいたんだ。いつもいつも一緒で…バカやって…ホント、楽しかったよ。この世界になって…バラバラになって…つい3日前に久しぶりに会えたんだよ。でも、浩二は変わってしまっていた……。盗賊団を組織して、俺の大切なものを奪っていった…」

「大切なもの?」

「そうだ…。俺にとっては金銀財宝、武器、食料…いや、命よりも大切だったかもしれない奴を奪われたんだ、無理矢理…」

 

私は彼の手が小刻みに震えていることに気付いた。今冬木くんの中にある怒りか…後悔か……。

 

「それで俺は殺されかけた。小室と宮本が助けてくれなかったら、今頃あの世行きだ。そこは感謝している。だから頼む。俺をここから逃がしてくれ。俺は…俺は……瑞穂を助けに行かなきゃならないんだ!」

 

冬木くんの必死の懇願のに一瞬、自分が折れかけたがどうにか持ち直して首を横に振った。

 

「ダメ。尚更ね」

「…何でだよ……」

「感情的に動いても死ぬだけだから」

「あんたに何が分かるんだよ‼︎俺はもう数え切れない程大切なものを失ってきたんだ!そんな俺の心情を知るわけないだろ‼︎大切なものなんか……失った事ないくせに!」

「あるわよっ‼︎‼︎」

 

私は冬木くんに負けない程の大きな声を上げて、彼の言葉を途中で止めた。彼は私の声に相当動揺したようで、目が完全に泳いでしまっている。その間に私は自分が味わってきた悲しみと後悔を切り出した。

 

「冬木くんだけが辛い目にあっただけじゃないのよ‼︎私だって……私だって、大切なものを1つ失った‼︎」

「………」

「世界が滅んだ日、私は学校にいたの…。その頃の私はある男に留年させられて、その苛つきとストレス…恨みで自分を失いかけていた。それでも……永と孝がいたからどうにかなっていた…。でも……逃げる際に永はウォーカーに噛まれて、死んだの」

 

冬木くんは黙ったまま私の過去に耳を傾けていた。

 

「ウォーカーになった彼を殺したのは……孝だったの…。私は底知れない悲しみを味わいながらも、永を殺した孝に計り知れない怒りを覚えた。そのせいで、言っちゃいけないことを言ってしまったの…。『永を殺したのは、永を嫌っていたから。私と付き合っていたから』って…。その時の孝の目…とても悲しそうだった…。それ以来、私と孝はあんな感じだけど…ちぐはぐな感じなのよね…」

「……ごめん、勝手なことばかり…」

「良いのよ。人は……好きな子に何かあったら焦ってしまうから」

 

そう…私も永と付き合っていた理由をもし孝が知ったら…どんな反応するかな?でもその真相を言うことは恐らく二度とないだろうけど。

 

「…俺はどうしたらいい?宮本」

 

冬木くんは真剣な表情で聞いてきて、私はクスッと笑って彼に言った。

 

「まずはその傷を直して、チャンスが来るのを待ちましょう!」

「…おう!」

 

冬木くんの声はもうさっきみたいな覇気のない声ではなかった。

 

梶浩二side

冬馬を殺したと自分の中では思っている。

だけど奴のしぶとさは俺が1番よく知っているつもりだ。万が一…生き残っていたら冬馬はどんなに時間が掛かったとしてもここに来て、瑞穂を奪いに来るはずだ。

そのために…まずは奴の居場所を消すとしよう。

遠くから見ているが、今冬馬の実家を部下に頼んで燃やしている最中だ。中には知らない女と冬馬の妹がいるが、別にどうでもいい。

この世界で死ぬのは日常茶飯事だ。

さて…俺は瑞穂の元に行くとしよう。

彼女の強張り、恐怖に震える姿を見る度に征服感が俺の心を満たしていく。

俺はいつまでも笑いを止めることが出来なかった。



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第23話

冬木冬馬side

俺は現在茫然と立ち尽くしていた。

ついこの間まで無事に腐らず…廃れずに建っていたはずの我が家は昨日の謎の火災で黒焦げとなり、焼け落ちていた。誰がこんなことをしたのか…考えなくても俺には分かった。

恐らく浩二が俺の居場所を無くすためにやったことだろう。

孝と宮本も俺の家の焼け跡の中に入って、俺が言う藪さんと栞を探して貰っているが、何も見つからないのかぐるぐると同じところを何度も歩き回っている。

 

「本当に…ここにいたの?」

「ああ…。だけど、この感じからすると二人は逃げたようだな…」

「どうして分かるの?」

「死んでるなら黒焦げの死体があるだろ?それがない」

 

そう…茫然としてはいたが、明らかに死体はなかった。燃え盛る実家の中を逃げて行ったのが俺の頭の中で想像するだけでどれだけ大変だったことかと思うと、俺がその場にいなかったのが悔やまれる。

それにしても…派手にやったもんだ。完全に焼け落ちた後なのに、未だに灯油の臭いが辺りに漂っていて気分も悪くなりそうだった。

 

「…早く行こう。ウォーカーも臭いに反応してる」

 

孝がそう言ってここから離れるように促してきた。

俺はここから離れる前に、木炭の山の中に埋もれていた1つの写真立てを拾った。そこにはまだ仲が良かった時の両親と健太、それにまだ赤ん坊だった栞の家族写真が入っていた。

写真立てはもう焦げているため、俺はそこから写真だけ取ってポケットに突っ込んだ。

もう……ここに戻ることはないだろう。

俺は無き我が家から目を逸らし、二度と後ろを振り向くことはなかった。

 

 

俺たちはそれから住宅街の中をただ歩いていた。孝が先頭だが、まさか闇雲に歩いているんじゃないかと思い、彼に聞いてみる。

 

「どこに向かってんだ?」

「高城の家だ。まだ生きてるかもしれないから」

「高城?」

「あそこよ、冬木くん」

 

宮本が指差す先には小高い丘か山の上に建つ立派な豪邸が見えた。

一応近所ではあるから、誰が住んでいるのかと思ったが、この2人の知り合いだったとは…。だけど…。

 

「どうしてあの家が安全だって保証出来るんだ?」

「あの豪邸を中心に周りの家を見てみろよ」

 

孝に言われた通りに見ているが、おかしな点に気付いた。

どこも襲われた形跡がない。

 

「どういうことだ?」

「多分……高城のお父さんがやったことだろうな…。家の中にウォーカーを入れない為にその周りの地区を丸ごと自分たちの領土にしたんだ」

「どんな父親だよ…」

「俺は高城とは小学校の時に知り合ったけど…あいつのお父さん…ヤクザかなんかみたいだったな…」

「ヤクザの子?行っても大丈夫か、不安だぜ…」

「そこに関しては、俺も同意見だよ…」

 

俺と孝は溜め息を吐いた。すると、後ろから宮本が俺たちの頭を指で小突いた。

 

「マイナスなことばかり考えないで!もっと未来ある話をして!」

「……と言ってもなあ」

 

そんなプラス面の話をこの世界で出来るのだろうか?

俺にはそんなこと分かるはずもない。

今俺たちが出来ることは1つだけだ。とにかく…前に進むだけだ。

 

???side

僕は今日も高城さんのお父さんから託されたライフル『AR-10』の調整をして、ベランダ…じゃないな、屋上というか物見やぐらみたいな場所からこの豪邸の周りを監視する。

一応、高城さんのお父さんが一部の道路は封鎖していて、ウォーカーが入ってくることはないと思っている人も中にはいるが、万が一の時に備えて、僕がやらなくてはならない。

この1年間、高城さんのお父さんやその部下に信用されるために何でもしてきたと自分は思っている。ここで見せ場を作れなくてどうする!って感じで今日も見張るけど、やはりウォーカーはいない。

いなくていいんだけど、退屈なのがなあ…。

たまには別の場所を見るかと思い、少し遠目を見てみる。

やはりワイヤーで張られた場所にはウォーカーがたくさん溜まっている。

多分、ワイヤーがウォーカーの身体に当たって、その軋む音でどんどん集めって来るんだろうなあ…。

けどこの調子だと、いずれここから出ないといけないいざって時に、脱出できない気もする。

そんなマイナスなことばかり考えていると、ワイヤーが張られた道路にいるウォーカーの反応が突如変わった。

今まではワイヤーの先の道路ばかりを見ていたのに、急に身体を反転させてそっぽを向いた。

そこの方向に『AR-10』のスコープを向けると、三人の男女がウォーカーの相手をしているのが映った。その三人のうち、二人の顔の面影を見て…一瞬言葉に詰まった。

 

「あれ……は…」

 

誰がなんと言おうと、あの二人は小室くんと宮本さんだ!

僕は重たい身体を必死に動かして、高城さんたちに伝えようと急ぐ。途中で階段のどこかで躓いて転げ落ちてしまい、頭がくらくらする。すると、目前から呆れたような声が聞こえてくる。

 

「何やってんのよ、でぶちん…」

「あ!高城さん!大変なんですよ!」

「どうしたってのよ……」

「こ、ここここここ小室くんたちが……」

 

高城さんの表情は僕の言葉に反応して、いつも以上に喜びに満ち溢れていくのだった。

 

 

冬木冬馬side

俺たちはとんだところに入り込んでしまったようだ。

孝たちが言う高城とかいう女の家に向かうと言ったのだが、そこに向かう途中にはまるで罠が張り巡らされたかのように大量のウォーカーがいたるところにいるのだ。そして、とある道の一角に入ったら、そこの道路の先はワイヤーで通行止めされていて、通れなくなっていた。

 

「くそ!ここもかよ!」

「二人とも‼戻るわよ‼」

 

宮本がそう言うが、散々に引き寄せてしまっていたウォーカーによって、帰り道を完全に塞がれてしまった。

 

「……これはやばいやつ?」

「言わなくても分かるでしょ!」

 

宮本は持っている長い棒を構える。小室もやるようで、ぼこぼこになった金属バットを構える。

俺はというと…ああいう近接戦はしたことがほとんどないので拳銃を持つのだが、こういう大量にいるウォーカー相手に銃弾を使うのも嫌だったため、ここは二人に任せてもいいのでは…と、思ってしまった。

本当はいけないのに…あの時、瑞穗を助けられなかった無力感が未だに記憶の中に残っていて、どうせ俺には何も出来ないんだと思い込みが発生していた。二人は果敢に目の前の敵を殺していく。

その間、俺も後方のワイヤーに群がっていたウォーカーに拳銃を向けるが、ちっとも指は動かない。俺の反応が遅れ、ウォーカー数体が俺に襲いかかろうとしたところ、その首はいつの間にか飛んでいた。太陽にキラリと反射して光る日本刀と紫色に染めた髪が俺の目に飛び込んできた。

その人物を見た孝は表情を綻ばせて叫んだ。

 

「毒島先輩…!」

「久しぶりだな…小室くん」

 

更に遠くから銃声が響いたと思えば、ワイヤー側にいるウォーカーの頭に小さな風穴が空いた。

 

「今のは⁈」

「太った我らの仲間…と言えば分かるだろう?」

「平野か!」

「小室くんにそこの男!早くこの中に!」

 

俺はあの毒島と呼ばれる女に言われるがまま、ワイヤーの間を通り抜けて安全地帯へと入った。

そして、その先には偉そうに腰に手を当てて、俺と孝を睨んでいる女が立っていた。ピンク色の髪、ツインテール…。

 

「高城!」

「久しぶりね!小室。元気にしてた?」

 

目の前で再会を喜ぶ4人。

俺も……浩二と会った時…こんな感じが良かったと思いつつ、彼らから背を向けて微かに涙を零すのだった。

 

 

梶浩二side

久しぶりに銃声が俺の潜む町に響いた。あの銃声は…豪邸のある方面から聞こえてきた。潜り込んでいるスパイによると、新たに生存者がやって来たらしい。

若い男2人に女1人…。

恐らく、冬馬だろう。やはり生きていたんだ。

だが…奴があの高城の家に行ってくれたのはラッキーだった。

あそこと俺のグループはずっと対立していて、半年近く冷戦みたいな状況だ。なら…冬馬の奴を消すと同時に高城のグループもまとめて…殺すとしよう。



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第24話

冬木冬馬side

朝…1年ぶりの柔らかなベッドの上で心地よく目覚めた。髪からも身体からも嫌な臭いも消え、全てが充実していた。お隣で酷いくらいに寝相の悪い孝と平野コータも実に気持ち良さそうだ。

昨日…平野とあの紫色の髪の女性……毒島さんって言ってたっけ?あの2人が救援に来てくれなければ俺たちは死んでいただろう。

それにしても……

 

「この家はどんだけ広いんだ…」

 

初めて見た時からそれなりに大きい豪邸だと思っていたが、実際に見たら想像以上の大きさで驚いてしまた。それに…俺たちは仮にも外から来たよそ者だ。簡単に入れてくれるとは思ってなかった。

だが、ピンク色の髪で眼鏡をした、見たまんま博識そうな女…あれが孝の言う高城という同級生らしいが、彼女の友達…友人…言い方は何でもいいが、それだけですんなりと豪邸に招き入れてくれた。

それからたくさん飯を喰らい、温かいシャワーを浴びた。嬉しすぎて泣きそうになる瞬間もあったが、俺は泊まらせて貰っている側だ。泣いてなんかいられない。

ここにいる人たちのためにもしっかり頑張らないといけない。

俺はいつまでもベッドで横にはならず、真新しい服に着替えて部屋の外に出た。臙脂色の長い廊下、数m間隔である窓、そして未だに電気が付いている綺麗で小さなシャンデリアみたいな明かり。

何もかもが俺の予想の斜め上を行っていた。

すると、近くから物凄い怒鳴り声が響いてきた。

 

「分かったわよ‼︎全てママが正しいわよっ‼︎」

 

この声は……高城だろうか?母親と喧嘩か…。俺も昔はしたもんだ。

そう思っていると、バンと後ろの扉が開き、涙目の高城が憤怒の表情で出てきた。

 

「朝っぱらから喧嘩か?」

「うるさいわねっ‼︎私がどうしようと勝手でしょ⁈」

 

…相当お怒りなようだ。プイと俺から顔を背けて、離れていこうとする高城に俺は言った。

 

「助けてくれてありがとう。関係ない俺まで…」

 

高城の足がほんの一瞬止まったが、俺に何か言うこともなく、さっさと階段を降りていってしまった。

はぁと溜め息を吐くと、不意に後ろに人の気配を感じた。

素早く反応して向いてみると、そこには驚いた…と言うより少し怖がった表情の宮本がいた。

 

「なんだ、宮本か。驚かすなよ…」

「驚かせたのはそっちでしょ⁈怖い顔で私を睨んだくせに!」

 

宮本はそう反論すると、外に出ている高城を見て心配そうな表情を作った。

 

「…いつもあんな感じなのか?高城ってのは」

「まあ…そうかな?何でも完璧に進まないと嫌な性格なの」

「この世界で完璧を維持し続けるのは難しいと思うがな…。それにも気付かないんじゃ、バカかもな」

「…うん。バカだよ、高城さんは…。もうちょっと…自分を誇示しなくていいのに…」

 

そう言って、宮本も階段を降りていった。

高城は完璧主義者…か…。

面倒な女の家に泊まってしまったなと思った。

 

それから俺も下の階に降りていくと、ガレージの中に一人夢中で銃火器を弄る平野の姿が見えた。

太っていてメガネ。そしてあの銃に対する好奇心…。

恐らく相当な拳銃マニアなんだろう。以前の世界なら、嫌な目で見られていただろうが、現在ならそういうオタク的な知識がよっぽど生き残るのに必要になるだろうなるだろう。

俺には…何にもないけどな…。

 

「おっ!冬木くんじゃん!」

「お前…起きたんだ?俺が起きた時、孝と一緒に仲良く寝てたろ」

「ついさっきだよ!それで銃の点検をするのが毎日の日課なんだ♪」

 

ガチオタク…確定。

 

「それで……どうして高校生がそんな難しい銃を簡単に使えるんだ?まさか、ヤクザにでもいたのか?」

「まさか!僕は本当に銃が好きなだけだよ。まあ、アメリカで実銃を撃ったことはあるけどね」

「なるほどね…。だからあんなに撃てるのか…」

 

平野は孝たちが欲する理由がよく分かる。

日本で拳銃を使えるのは警官自衛隊、それにヤクザなどだ。数はそんなに多くない。俺も使えなくないが、一般人なら使えないのが普通だろう。

俺は腰にある銃を取って、それを平野に見せた。

 

「こいつも点検してくれないか?いざって時に使えないと困るからな」

「任せといて!」

 

平野はまた楽しそうに銃を弄り始めた。

すると、ガラガラガラとガレージのシャッターが開き、そこには腰に手を当てた高城が立っていた。

 

「あっ!高城さん!」

「…………」

「…………」

 

俺と高城は暫くお互いに見詰めていたが、すぐに高城が要件を話し出した。

 

「今後のことを話し合いたい。小室の部屋に来て‼︎」

「え〜〜…。今冬木くんの銃を点検中……ブホッ‼︎」

 

平野がまだ話してるのに、高城の拳が平野の顔面を直撃した。

あれは痛そうだ……。食らったのが俺じゃなくて良かった。

 

「黙ってなさい、デブチン!それに銃なんていつでも弄れるでしょ⁈いいから早く来る!…あんたも!」

「…だろうと思ったよ。平野、行くぞ…」

「高城さ〜ん……。酷いよお〜」

 

それから高城平野と共に孝の部屋に入った。中には既に孝の他に宮本、それに優美な着物を着た毒島さんがいた。

 

「高城、何だよ話って…」

「簡単な話よ。私たちは今、私の家でのんびりくつろいでいるけど、いずれは出ていくつもり…だったわよね?」

「あ、ああ…」

「今私たちは大きな局面を迎えている!」

 

高城はベランダへと繋がる窓を開けて、全員に言った。

 

「この集団に飲み込まれるか……ここで別れるか!」

「別れるって…⁈高城さん何を…⁈」

「彼女の言う通りだ。今私たちは互いの目的がそれぞれ異なっている」

「……でも、別れるのは…!」

 

高城はベランダに出て、外の景色を見せた。

 

「この地獄みたいな世界で生き残るには重要なのよ!小室は知らないだろうけど、パパは……私が死んだことを前提でこの設備を作ったのよ!流石……パパもママも天才よ‼︎」

 

…そういうことか……。

高城が言いたいことは大体分かった。

下らないな…。

 

「しょうもないな、お前」

「何ですって⁈」

 

俺の言葉に高城は鋭敏に反応した。ズカズカと足音を大きく鳴らして、俺の方に歩み寄ってくる。

俺も彼女に対抗しようと目の前に立ち塞がった。

 

「何て言ったのかもう一回言ってみなよ‼︎」

「しょうもないって言ったんだよ」

「何がよ!あんたに何が分かるのよ⁈私の気持ちをあんたが分かるはずが……!」

「ああ分からねえよ‼︎」

 

俺は思わずギャンギャン喚く高城の胸ぐらを掴んで叫んだ。

 

「親に見捨てられたかもしれない気持ちなんて分かるわけねえよ‼︎だがなあ……俺はそれはまだマシだ!俺は……俺なんか……」

 

そう言いながら自らが父親にしたことを思い出してしまう。

黒焦げとなった父親の頭を……潰した感触は一生涯忘れないだろう。

 

「……なんにせよ…高城の方が俺よりマシだ…。それと…怒鳴って悪かった」

「………私こそ…イライラしぱなしで、」

 

その時…一発の銃声が轟き、俺の方を掠めた。

ベランダに出る窓ガラスを割り、俺の後ろの壁に銃弾がめり込んだ。

 

「今のは⁈」

 

すぐさま俺たちは身を屈めて、敵の攻撃を受けないようにした。外からはヤクザたちの慌てる声がたくさん聞こえてきた。

俺も狙撃を受けないであろうくらいに身体を屈めながら、ベランダから様子を窺う。すると今度はガラス瓶が割れる音と焦げた臭いが部屋に入ってきた。

 

「あいつらね!」

 

俺の隣に高城が来て、そう言った。

 

「あいつらって?」

「梶浩二のグループよ‼︎」

 

その名前を聞いた瞬間、俺の身体は一気に強張った。

 

「どうしたの?顔色が……」

「奴は…」

 

俺は無意識のうちに再び高城の胸ぐらを掴んで立たせて、さっきよりも何倍も怒りと恨みを込めて叫んだ。

 

「浩二はこの近くにいんのか⁈‼︎」

「あ……え……」

 

俺の剣幕に高城はちっともついて来れていない。だがそんなのは今の俺からしたら関係なかった。浩二がこの近くにいるのか……ただそれだけを知りたかった。

 

「どうなんだよ‼︎」

「冬馬!落ち着け!」

「早く教えろ‼︎浩二の居場所を‼︎」

 

俺はもう自分を抑えられていなかった。

俺が落ち着きを取り戻すには…何時間と時間がかかるのだった。

 

梶浩二side

予想通り…冬馬はあの忌々しい豪邸の中にいた。

暢気にしているかと思ったら、ウザい女と喧嘩でもしてたのか、胸ぐらを掴んで何か叫んでいた。その瞬間を狙って、俺はライフルの引き金を引いたが、弾はほんの少し左に逸れて外れた。

殺しそびれたのは残念だが、これでもう1つの手が使える。

あの豪邸にいる奴らは元々俺としたら、邪魔でしかない。

それなら……奴らごと、いや…豪邸ごと潰してしまえばいい。

俺は新たな作戦を考えつきながらも、瑞穂の部屋に入る。

だが…そこには瑞穂はいなくて、俺の部下の死体が転がっているだけだった。

 

「瑞穂……!」

 

瑞穂がどこに行ったか、誰も分からない。




次回、二人が再び邂逅…。
そして瑞穂がどこに消えたのか…。


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第25話

梶浩二が来る数十分前…

 

成瀬瑞穂side

私は漸く分かった。

梶くんと冬馬の仲が引き千切られた原因が…私だってことに…。

気づくのに遅すぎた。私が少しでもこの事を理解していたなら…あんな悲劇は起きなかった。今更悔やんでも悔やみきれない程の後悔が私を襲う。

そして私が必死に考えて導き出した答えが…彼らの前から消えることだった。これ以上2人が僻みあってお互いを傷つけあう光景なんか見たくなかった。

私はまず格子を叩いて、私を見張る男を呼び出した。

 

「なんだ?」

「トイレ……」

 

男は「またか」と呟いて、不用意に部屋の扉を開けて背を向けた。

その瞬間を狙っていた。いつもご飯と共に運ばれてくるフォークを掴むと、それで男の首に思いっきり突き刺した。刺した途端に首からは血がブシャァと噴水のように噴き出て、私の髪や肌、服を朱に染めた。男は苦しそうに悲鳴を上げたが、それはまともな声にはなっておらずただか細い声だけになっていた。

荒い息のまま私は男が持っている銃や刃物を持って部屋の外に出た。今この建物には誰もいないのか静まり返っていた。私からしたら好都合で、さっさとここから出て行った。

後ろから一発の銃声が聞こえたが、それは気にせず…私は梶くんにまた捕まらないようにひたすら走った。

宛先なんてない。仲間もいない。

信じれるのは己自身だけだった。

そして…私は最後にもう死んでしまっているだろう亡き冬馬に向けて呟くのだった。

 

「さよなら…冬馬……。私…冬馬の分もきちんと生き抜くからね…」

 

今日で冬馬を想って流す涙は最後だ。

今日泣いたら…もう絶対泣かない。それだけ誓って…私は果てしなく広がる無限の世界へと一歩…足を踏み出すのだった。

 

現在

 

梶浩二side

俺はこの惨状を見てあらゆる思考が停止した。

瑞穂がいない…。逃げたのだ。誰よりも…冬馬より何倍も何百倍も瑞穂のことを分かっていて、愛している瑞穂が俺の目の前から…消えたんだ。

俺の下で倒れている部下の死体…ピクッと身体が動いたかと思えば、大きな奇声を上げて俺に襲いかかって来た。奴の歯が俺の足に食い込む前に俺は奴の頭をグシャリと潰した。潰れた肉と脳、頭蓋骨の破片が頭の中から出てくる。

瑞穂を失った喪失感と共に、楽しみが無くなったということから胸の中に迸(ほとばし)るくらいの怒りが湧き上がって来た。

 

「冬馬………全ては…冬馬のせいだ…」

 

ブツブツと無意識のうちに冬馬のせいだと呟く俺の前に1人の部下が焦ったような声でこの場に入ってきた。

 

「ボス!大変です‼︎」

「……なんだ?」

「っ…⁈」

 

こいつも今の俺の怒りようがよく分かるらしい。

だが長く待たれる方が俺は嫌いだ。

 

「さっさと言え‼︎」

「はい!ボス、奴が…あの時ボコったはずの男が俺らのアジトに一人で来ました!何やら交渉したいだとか…」

「何?」

 

冬馬が単独でここに来た?

何かの罠だろうか?いや違う。今冬馬はまず瑞穂を助け出したくて堪らないはずだ。

…どんな話であろうと、聞いてみた方が早いだろう。

 

「部屋に通せ」

 

さあ、冬馬…どんな話をするか楽しみだ。

 

冬木冬馬side

俺は自ら敵の懐に入った。

あの狙撃、火炎瓶の事件の後、俺自らが志願して浩二たちの盗賊団との交渉の名乗りを上げた。実際、あの豪邸にいる人たちを生かしてやりたいと思ったし、何より…今度こそ浩二ときちんとした話が出来ると思った。

瑞穂の状況も聞きたいし、今回以上に浩二と話せる機会はないと思う。俺はまず撃たれること覚悟で、単独、浩二たちが根城にしているという建物に入った。銃を突きつけてきた奴らに最初にこう叫んだ。

 

「俺はお前らのボスと話をしに来た!武器は何も持ってない」

 

最初はやはり俺が来てかなり警戒していた。だがすぐに身体検査を行われて、とある部屋に通された。そこは木製の古ぼけた机が1つと椅子が2つあるだけで、窓も何もなかった。

俺の脳に一瞬、このまま監禁されるのでは?と、冷や汗をかく時間もあったが、それは杞憂に終わった。

数分後、2つある扉のもう片方から茶色のコートを着た浩二が現れた。つい最近会った時と、何一つ変わっていなかった。

 

「また会うとはな…冬馬…」

「俺はもう一度だけ会いたかったよ。じっくり話が出来るまでな…」

「そうかい…。で?話って何だ?まさか瑞穂のことだけを話しに来たんじゃないんだろ?」

 

どうやらお見通しってわけか。それなら話は早い。

 

「まず1つ目、あの狙撃はお前だな?」

「ご明察。まあ銃身がちょっと曲がってたみたいだったから、外したけどな」

「……2つ目、どうして高城の家を何度も襲う?」

「俺だって無闇やたらと食料や武器を奪うわけじゃない。だが、この地帯を完全に支配出来れば、そんな盗む必要もなくなる。そのためにはあのバカデカイ豪邸に消えてもらう必要があるんだよ」

 

なるほど…浩二の狙いはそこにあるのか…。それなら…。

 

「これは俺の提案だが…今すぐ高城の家の襲撃をやめてほしい」

「理由によるね」

「単純な話だ。高城の家もお前の隠れ家であるここも食料や物資の数は限られている。だが、お前がいちいち攻撃を仕掛けてみろ。一体どれだけの武器を消費する?そんな状態が長期間の及んでみろ。お互いに共倒れで、浩二の理想は全て泡と消える。で…そこでなんだが、高城の領域とお前の領域が接しているエリア…そこはどっちでもないってことにしたらどうだ?」

「…詳しく話せ」

 

浩二がここで興味を引いたらしく、上体を前のめりにして聞いてきた。俺は続けた。

 

「歴史でもそうだが、人間はいつもたくさんの土地が欲しくて争いを起こしてきた。この状態…正に今の俺たちだ。それなら南極のようにどこの国でもないエリアを作ればいい。そこを後に高城と決めればいい。これは俺が決めるようなもんじゃないからな…。どうだ?」

 

浩二はかなり真剣に考えている。

暫く考えた後に浩二は手を出して、こう言った。

 

「乗ったぜ」

 

俺は軽く笑みを溢してから握手する。

 

「最後だ。瑞穂は元気か?」

「……ああ、元気だよ。俺がいつも『可愛がってる』からな…」

「‼︎」

 

その言葉を聞いた時、俺は今すぐこいつを殴り殺そうと思って、掌が出血するほど強く握って拳を作ったが、諦めて落ち着いていく。

 

「…そうかよ…。これで話は終わりだ」

「久々にお前と話せて嬉しかったよ」

 

それは本音か?と聴きたくなったが、敢えて飲み込んだ。部屋の扉を開け、出ようとしたところで俺は浩二に向けてこう言った

 

「いつか……必ず瑞穂を取り戻す…。それだけは覚えておけ…」

 

浩二からの返事はなかった。

浩二たちのアジトを出て、俺はもう分かっていた。

奴らは……すぐに俺たちを殺しに襲撃するはずだと…俺は確信を持っていたのだった。

 

梶浩二side

冬馬が去って、五分くらい経過した頃だろうか…。最初は殺したい衝動を抑えていたが、奴の話のペースに引きずり込まれて……『あいつとの話が楽しい』と感じてしまったもう1人の自分がいた。

それが腹立たしくて…俺は机をひっくり返し、椅子をぶん投げて破壊した。

 

「あの野郎…‼︎」

 

そもそも俺は乗ったと言ったが、あれは今の俺ではなかった。

『昔』の俺だった。

もう我慢の限界だった。

 

「おい‼︎」

 

俺の怒鳴り声を聞いた部下はすぐに部屋の中に入ってきた。

 

「明日、高城の家を潰す!そのために“アイツら”を用意しておけ!」

「餌は誰にするんです?」

「そうだな…。1番使えなさそうな奴をお前が決めろ」

「へっ、そいつは有難いぜ…。残酷ですね〜ボスも。奴らを放ったら絶対に生きれませんよ?」

「問題ない。俺の目的は全てを殺し尽くすことだ」

「了解」

 

部下たちはすぐに準備に取り掛かっていった。

俺は椅子に床に背中を預け、そのままズルズルと地面に座っていく。

これで…悲願である冬馬を一生この世から葬り去れる…。

そう考えると、笑いが止まらなかった。

 

「くくくく……あーっはっはっはっはっはっは‼︎」

 

だが、俺は気付いてなかった。

高笑いすると同時に…涙を流しているということに…。




次回、Second Season終了。


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第26話

恐らくSecond Seasonこれにて終了


冬木冬馬side

浩二とこれからのことを話した。高城と新たな争いを起こさないために自分が出来ることを全力でやった。俺なりにも奴にアピール出来たと思うし、あとは浩二が本当に俺の言ったことをやってくれるかどうかだ。

何せ今の浩二は完全な殺人鬼だ。自分のものにするためなら何でもする。たとえそれが殺人だとしてもだ。

あの後、無事に高木邸へ戻れた俺だが、久しぶりに真剣に考えて話し合ったからか、すぐに疲れて眠ってしまった。

その日…俺は夢を見た。

廃れた町の中で俺が浩二を押し倒し、左手に持つナイフがキラリと光った。その刃先を浩二の喉元に向け、振り下ろす俺。理性では止めろと言っているのに、身体はちっとも言うことを聞かない。

スローモーションでナイフは浩二の喉へと落ちていき、あとほんの数cmでナイフの刃先が突き刺さるかと思われたところで…その夢は終わった。

ベッドから勢いよく飛び出し、汗びっしょりの俺は荒く息を吐いた。

 

「なんだ…今の……」

 

暫く考えたが、ただの夢だろうと思い込ませて、気分を変えるために窓を開けて外の空気と入れ換えた。涼しい風が入ってきて、心地良かった。だが、その風に乗って…酷い臭いも入って来ていた。

 

「ん?なんだ…この腐った臭いは……」

 

ウォーカーは人間の死体だから、肉も脳も腐るから、腐敗臭がしてもおかしくはない。だが、この臭いはかなり強烈だ。

このレベルだと、ウォーカーが何百体といないとここまでは臭って来ないはず…。

そこで俺は…窓からの景色に大きく目を見開いた。

正に地獄の光景そのものだった。

俺の眼下に広がっているのは…高城の家の門へと真っ直ぐに進んでくる……数千体超のウォーカーの軍団だった。

俺はすぐさま、服を着替えて装備を身に付けると、廊下に出て大声で叫んだ。

 

「みんな起きろ‼︎ウォーカーだ‼︎ウォーカーの大群だぁ‼︎」

 

俺の声に起きた奴らも続々と起きて正門へと急ぐ。

門に着いた時には既に高城のお父さんとお母さんが立っていた。

 

「パパ!ママ!早く家の中に‼︎」

「馬鹿者!家に入ってもいずれこの門は破られる!それならば…ここで迎え撃つ!」

 

高城のお父さんがそう言うと、急に高城のお母さんは服を破いて動きやすいようにすると、至る所に付けていた銃火器を掴んだ。

その色気に一瞬惑わされそうになった。

 

「ほら、沙耶ちゃん」

「それって⁈ルガーP08…」

 

物欲しそうに涎を垂らして言う平野に高城は肘で彼の腹を突いた。

 

「渡されてもっ……つ、使い方が分からないわよ!」

「そこのところは平野くんがお願い出来る?」

「はい!はい‼︎はーーーい‼︎」

 

元気な奴だと思いながらも、俺はこの大量のウォーカーの襲撃が誰かに仕組まれたものだと思えてならなかった。そうでなきゃウォーカーがこんなに一斉に高城の家にやって来るはずがない。

その時、俺の脳裏に“あいつ”の薄笑いを浮かべた表情が思い浮かんだ。

 

「浩二か…!」

「だと最初から分かっていたわよ。あのチンピラが私たちを生かすはずがないわ」

「でもどうするの?このままじゃあの門も突破され……って冬木くん⁈」

 

俺は自分の意志とは別に足が動いていた。

俺の足はバイクが置かれているところに向かっていき、さっさとエンジンをかけて、すぐにでも行こうとしたら、誰かに肩を掴まれた。

振り返ると、そこには高城のお父さんが立っていた。

突っ込むのを止めようとしてるのかと思い、口を開きかけた時…彼はこう言った。

 

「行って来るがいい!それがお前の意志なら!そして、愛すべき者を助け、忌むべき相手を倒してこい‼︎」

 

俺は言葉が出なかった。ここまではっきり言われたのは初めてで、どう返事したらいいか分からなかったんだ。俺は少しだけ考えてから、言った。

 

「…ありがとうございます。迷惑ばかりかけてすみません…」

「気にするな。早く行けい‼︎」

 

俺は頷き、バイクのアクセルをフルに踏んだ。その瞬間、この家をずっと守ってきた鉄門が崩れ落ち、大量のウォーカーが雪崩れ込んできた。

俺はそれでも速度を緩めることなく、颯爽とウォーカーの垣根の中を通過していった。後ろからは孝や宮本が叫んでいた。文句かと思っていたが、全く内容は違っていた。

 

「おい!絶対に生きて戻って来いよ‼︎」

「大切な人を救って、クズ野郎をぶっ飛ばすのよ‼︎」

 

俺を励ましてくれる言葉に涙を流しかけるが、俺はそれを堪えた。

泣くのは浩二をぶっ飛ばして、瑞穂を救ってからだ。

俺はそう…思っていた。だが、現実は…非情だということを…すぐこの後思い知らされるのだった。

 

梶浩二side

俺はどこか釈然としてなかった。今日、俺の部下で1番使えなさそうな奴を殺して、その内臓を抉り取って道路に順々に並べてウォーカーを誘き寄せて、高城の家…そして、冬馬を抹殺する作戦を考えた。

なのに…俺は冬馬がこれから死ぬことがどこかで『嫌だ』と、感じていた。1年ぶりに会った時も…ライフルで頭を撃ち抜こうとした時も…そのような想いは全くなかったのに、どうして……と思っていた。

だが、今更考えても仕方ない。どのみち冬馬たちは死ぬ。

この町周辺にいるウォーカーをほとんど誘き寄せたんだ。数で言うなら大体万単位だ。生きていられるはずがない。

そう…思ってた。

その時、外から仲間の大きな声がしたかと思えば、銃声と悲鳴が鳴り響き、俺の部屋の扉が勢いよく開いた。

 

「ボス‼︎奴が…!奴がまた……があっ!」

 

俺の部屋に来た奴は腹を撃ち抜かれて絶命した。俺は拳銃を掴んで、別の出入り口から部屋を出た。

襲撃者から逃れようと建物の上へと向かう。『奴』…。

まさか…冬馬なのかと思ったが、そんなはずないと頭の中で自分勝手に言い訳して、非常階段を登っていく。カンカンと俺が鳴らす足音の合間に銃弾が俺のすぐ横で当たる。

 

「っ!くそっ!」

 

俺も応戦して銃を撃つ。撃った時でも襲撃者の顔は見えなかった。

本当に誰なんだ⁈

そう思いながら必死に階段を登り終え、屋上に辿り着いた時、一発の銃弾が俺の足を掠めた。

 

「あっ‼︎」

 

俺は走れなくなり、地面に倒れた。仰向けの状態で、漸く襲撃者の顔を拝めることが出来た。その者を見て…俺は驚愕した。

 

「と、冬馬…!」

「はあ…はあ…。やってくれたな……浩二‼︎」

 

冬馬は拳銃を投げ捨てて、俺の方に近寄ると胸ぐらを掴んで地面に後頭部を叩きつけた。

 

「ぐあっ‼︎」

「テメエ…俺との約束を早速破ったな‼︎どうして……どうしてお前は…お前は、そんなに俺が憎いか⁈」

 

憎い…と言ってやりたかったが、それはもう昔のことのような気がしてならなかった。俺だって、本当は、お前との仲を取り戻したい。

だが俺はもう…戻れないところにまで来てしまった。

 

「浩二は…瑞穂っていう望みを手に入れただろ‼︎」

「……いねえよ…」

「…え?」

「瑞穂はもうここにはいねえんだよ‼︎」

 

冬馬…悪い……。俺はもう戻れないんだ…。

だから…俺なりの償いを…させてくれ…。

 

「お前が生きてるから…瑞穂は逃げ出してしまったんだよ‼︎何が好きだ愛してるだ‼︎お前は結局…誰も守れはしないんだよ‼︎」

 

その時、冬馬の口調が変わった。

 

「黙れ……」

 

そう言って、腰からナイフを抜く。

 

「俺は……」

 

冬馬……。

 

「お前が、憎い…」

 

そう言って、ナイフの刃は俺の腹を貫くのだった。

 

小室孝side

俺らは焼け落ちていく高城の家を見ながらも、松野さんが運転する車の中に乗っていた。あそこではたくさんの犠牲があった。

まず…高城の両親…。最後まで残ると言って、そのまま残してしまった。他にもいる。

麗…。俺を庇って、ウォーカーに噛まれて高城の両親と共に残った。昔からずっと居た麗を失ったのは、とても大きい。

隣では高城がずっと顔を俯かせたままだ。

この重苦しい車内で俺は冬馬がどうなったか気になった。

敵となった親友と…ケリをつけられただろうか…。

その答えは…今は分からない。

 

冬木冬馬side

肉を裂き、抉る感触が左手から伝わってきた。

俺の眼下では浩二が苦しそうに呻いている。

自分でも何をしたのか…よく分かっていない。足元に溜まっていく血…血塗れのナイフを握った俺…。

そうか…。俺が刺したんだ…。

浩二は苦しそうに俺を見ながらも、弁明の言葉を俺に言った。

 

「悪い……冬馬…。本当は…ただ、羨ましかっただけなんだ…。だけ、ど、俺は……いつしか、嫉妬から怨念へと変わって…あんなことしてしまったんだ…。今更許してくれる……なん、て…思って、ない…。でも…これだけ……言わせてくれ……」

 

浩二の焦点が無くなっていく…。

俺は涙をポロポロ落としながら、次の言葉を待つ。

 

「俺は……ずっと、お前の、親友………だ……」

 

パタン……と、浩二の右腕が力なく地面に落ちた。

俺は血に染まった手を見て、身体を震えさせた。

激しい後悔についていけなくて、俺は絶叫した。

 

「あ…あ……ああ、あああああああああああああああ‼︎」

 

涙も止めどなく溢れ、ただ叫び続けた。

自分自身で親友を殺してしまった後悔の念が…俺の何かを変えてしまった。

ずっと先に見える高城の家は燃えており、そこから脱出する車も見える。行こうと思えば行けるが、俺は行こうとは思わなかった。

投げ捨てた拳銃を取り、血塗れのナイフを浩二の身体から抜いて、乗り込んできたバイクに再び乗った。

孝たちとは別の方向に向かう。

俺はこれからどこに向かうのか…。

それすらも…俺には分からなかった。




次回予告 Third Season
親友だった浩二を殺してしまった後悔から、冬馬は3年間、1人で生き続けていた。
だが、三年越しに生存者をまとめるリーダーとなっていた瑞穂と再会し、心の中で疼く冬馬。
だが、あることが発端で冬馬と瑞穂は戦うことに…。
生き残るためと言い聞かせて、戦う冬馬の心境は…。
そして瑞穂は、遂に…想いを漏らす…。

「冬馬…本当にごめん……。私が間違ってた…」


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Third Season
第27話


久しぶりです。
漸く執筆再開です。
いや〜ストーリーをあまり考えずに書いていたから、思いつかなくなってしまって…。楽しみにされていた方々には申し訳ありません。
では、Third Seasonです。


冬木冬馬side

ー三年後ー

俺は変わった。

浩二を殺してしまったあの日から…俺は、何かが変わった。

今までは生きている人は全員を救おうと必死になっていた。だが、それは間違いだと分かってしまったのだ。

助けた奴が必ずともまともな人間ではない時がある。

そんなの当然だと思われるかもしれないが、それでも俺は…目の前で人が食われる、死ぬ瞬間を…見たくなかったんだ。

そのためだけに俺は身体を張ってきた。

だがそれは間違いだ。俺はもう誰でも容赦しない。昔の親友でも…知り合いでも…共に生きた仲間でも…俺にとって不利な人物だったら殺すか、その場から消える。

そうやって、俺はこの三年間を生き延びてきたのだった。

 

 

バイクを押して、俺は砂利道をひたすらに進んでいく。

バイクには水と食料に武器が積まれており、これが無くては生きていくことは出来ない。因みに砂利と言ったが、厳密には崩れた建物が三年の年月で脆くなり、粉々になったものだ。

恐らく、ウォーカーが何度もこの場を歩いて影響でこうなってしまったのだろう。

俺の右左には、コンクリートだけが残ったビルが並んでいる。

あの大都会程高くはないが、それでも今の世界の中では立派な部類に入っていると思う。

汚れた茶色のロングコートを着て、フードを被り、景色に溶け込むようにする。たまにだが、この迷彩服もどきのこれでウォーカーをやり過ごせたことが何度かあった。

本当に『たまに』、だが。

フードを被っているため、周りの景色はあまりはっきりしない。

分かっているのはビルが立ち並び、道路は粉々になった瓦礫だらけ。ウォーカーもチラホラと見えるが、こちらに気付いていないか、珍しく迷彩効果が効いているのか…襲ってこない。

この通りに入って1時間経ったくらいで俺はバイクを押すのを止めて、瓦礫の上に座った。そして腰に付けている水筒を取って、水を飲む。

その時、カチャ…と瓦礫を踏む音が聞こえた。フードを取って周りを見ると、1人の男がこちらに近付いているように見えた。

ウォーカーではない。動きがおかしい。

それなら…俺の食料を奪いに来た盗賊と言ったところだろうか…。

男は俺が奴のことを目視していると気付いていない。

俺は黙ったまま、男が近付いてくるのを待つ。そして、奴が目の前から現れた瞬間、後ろから太い腕が俺の首を掴んだ。

 

「ぐっ⁈」

 

突然のことで俺はその腕を振りほどけなかった。目の前から来た男は笑いながら俺に歩み寄ってくる。

手には刃物が握られている。

このままではされるがままだ。

俺は足首からナイフを取り、首をロックしている腕に思いっきり突き刺した。

 

「ぐああああ‼︎」

 

拘束が無くなった瞬間、腰から拳銃を抜いて刺した男の頭を容赦なく撃ち抜いた。銃声が響いてしまうが、こうでもしないとまた俺に被害が及ぶ。

もう1人の男は驚いた様子で俺を見ている。

そして我に戻ったか、即座に逃げ出す。だが、俺はその男の足を撃って転ばせる。

 

「ぎゃあ‼︎まっ、待ってくれ‼︎俺たちは…確かにあんたを殺そうとした‼︎だけど…それは仕方ないことで…」

「…殺すことが仕方のないこと…だと?」

 

俺は男にゆっくりと近付き、拳銃をしまう。

これ以上は弾の無駄だ。

 

「殺すことを正当化するのか?それが正しいと思うのなら……あんたには生きてる価値などない」

 

俺は傷付いていないもう片方の足にナイフを突き立て、そのまま放置した。後ろから助けてくれ、助けてくれと叫び声が聞こえるが、すぐにそれは悲鳴に変わり、やがて荒廃した街は一瞬で静けさを取り戻した。

 

「殺すのは……目的があってからだ」

 

仕方がないから殺すのは、俺にとって最も許せない行為だった。

浩二のように……1つの大きな組織を潰すために他も巻き添えにする…。

それが許せなくて、憎くて…奴を殺してしまったんだ。

後悔はある。だけどもう時は戻せない。

どうせ俺には、生きることしか…償う道はないんだから…。

 

 

成瀬瑞穂side

「はい、どうぞ」

「ありがとう、瑞穂お姉さん!」

 

小さな子供たちに食料を与える仕事を終えて、今日も安心出来ない眠りに就く。

私は浩二のアジトから逃げて…1つの生存者グループに拾われた。

そこの人たちはとにかく優しくて…私もすぐに馴染むことが出来た。だけど、そこのリーダーはすぐに死んでしまい、私がその代わりのリーダーとなった。

ここには老人や子供もいる。彼らのためにも、私は滅茶苦茶した。

地下の食料庫を開けるためにウォーカーをギリギリまで誘き寄せたり……盗賊を何度も働いたり……。

昔の私では考えられない…かなりアクティブな方面へと変わった。

そんな快適でもないが、苦しい生活でもない私たちに1つの問題が発生した。

ある時食料を盗むために忍び込んだ建物には、他の生存者グループが存在しており、そいつらと対立するようになってしまった。

何度も話し合いをしているが、未だに解決の糸口は見つかっていない。

それに2つのグループが対立と聞くと、嫌でも冬馬と梶くんのことを思い出してしまう。

特に梶くんには…身体の隅々まで汚されてしまったため、本当に嫌な思い出しか残っていない。

冬馬も…私の記憶の中から薄れかけている。

死んだと梶くんに聞かされ、絶望した私…。

そんな私を慰め、今の私を作ってくれたあの人のためにも…私はここで躓いて…立ち止まっているわけにはいかない。

冬馬の死を乗り越えて……私は強くなるんだ。




今シーズンはかなり暗い展開が多いかも…。


それと投稿頻度ですが、かなり低いと思ってください。


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第28話

超久しぶりに書きました!
大体10ヶ月ぶりです。どんな話だったか、少し覚えてなかったのでもう一度読み直すほどでした。
今回は気分で書きましたが、最初に言ったように、そこまで頻繁に書くことはないと思います。
では、どうぞ。


冬木冬馬side

「はあ、ったく…」

 

俺は大通りに放置してあった自動車の中に残っていた僅かなガソリンをバイクの中に入れる。

本当に僅かだが…。せいぜい20km進めたら良い方だと思ってよさそうだ。

だけど、立ち止まる訳にはいかない。さっき、この通りに来るまでに、三年前まではいたはずのウォーカーは全て首の後ろを切られて絶命していた。しかも死体は多少腐っていたが、そこまで時間は経っていなかった。

ということは、この近くにいる”誰か”が殺したことになる。

そいつらが誰か分からないが、危険かもしれないため早く離れたかった。

 

「それにしても…ここ、懐かしいな…」

 

目の前には錆が入った戦車が鎮座している。

そう…俺が今立っているこの場は、三年前、咲良と一緒にやって来た大通りなのだ。

三年前と違うところはさっきも言ったが、数えきれないウォーカーがいないこととしっかり伸びた雑草くらいだった。

ここで瑞穂や浩二たちに助けてもらったが…今はそんな風に助けてくれる人はいない。

そんな場所に何でいるかというと、偶々だ。

俺は都会を避けながら三年間生きてきたが、小さな町々にはもう何も残されていないので、一番近い都会…それがここだったのだ。

 

「もう、誰もいないだろうな…」

 

小さく呟き、バイクのエンジンをかけようとした時、ガタンと付近から物音が聞こえた。

俺は身体の動きを一瞬止め、周りを見回す。

バイクのエンジンをかけるのを止めて、腰の拳銃に手を伸ばす。銃弾はどうせ10発もないから使いたくないが、あの物音から察するにウォーカーでは可能性がある。人間相手に拳銃を使うのは効果的だろう。

 

「いるんだろ?出てこいよ。あまり音を出したくないからな」

「…気付かれたか…」

 

ぞろぞろと瓦礫や草むらの陰から、日用品を使って作ったと思われる防具を身に付け、手には斧にシャベルに金属バットと色々な物を持った男たちが現れた。

拳銃などの飛び道具を持った奴はいなさそうだ。上手く交渉出来そうだ。

だが…最後に出てきた”女”を見た瞬間、俺の背筋が強張った。

”女”も俺の姿が目の入ったのか、目を丸くして、口をパクパクさせていた。

 

「…瑞穂……」「冬馬…!」

 

と、同時に呟き、周囲のメンバーを驚かすのだった。

 

 

成瀬瑞穂side

「瑞穂さんよお…毎回毎回ウォーカーを殺すけど、これから何をしようっていうんだ?」

 

血がついたナイフを拭きながら、生存者の一人、かつナンバー2の和也が私に聞いてくる。

 

「あれほどの量のウォーカーを殺さないと、いつまで経ってもここから出れない。私はね、もうじきここから出て行こうと思ってるの。食糧も物資も数がないし」

「新天地を探すってわけか…。瑞穂さんも大変ですね、毎日」

「私は自分の命よりも生存者を生かすために頑張ってるからね。…まあ、そんなことどうでもいいって言う人もあっちに残っているし、他にも大きな問題はあるけどね」

 

私はセーフゾーンの方を見ながら、そう呟いた。

それに同調するように、和也は頷く。

 

「あいつらは放っておけ。大した連中でもないからな」

「何もしないならいいのよ。何かするなら、それ相応の対処はするけどね」

 

和也は「ふーん」と言いながら、ナイフを鞘に納めて、前に進もうとした時、その足を止めた。

 

「…ウォーカー?」

「いや違う。バイクのエンジン音がした。恐らく…生存者だ。どうだ?」

 

和也は別の男にその生存者について聞く。

 

「若い男です。放置された車から、ガソリンを取っています」

「装備は?」

「何もない感じに見えます」

「どうする?その男の物、奪取するか?」

「…そうね。あまり良い感じはしないけど、物資は必要だからね。いいわ、その男は殺さずに物資だけ奪いましょう」

「了解」

 

そう言って、和也を含めた男たちはゆっくりと近付いていく。

すると…。

 

「いるんだろ?出てこいよ。あまり音を出したくないからな」

 

どうやら相手は耳が相当良いようだ。近付いているといえども、私たちもそれなりに経験を積んでいるから、音を出さないようにしているのに…。

でもあの声…どこかで聞いたような気が…。

 

「…気付かれたか…」

 

和也と他のメンバーは草の茂みや瓦礫から姿を出した。私も彼らに続いて、その男の前に姿を出した。

そこで私は…思わずは大声が零れそうになった。

 

「冬馬…!」

 

それでも、彼の名前は呼んでしまったけど。

 

「瑞穂さん、知り合いか?」

「………」

「瑞穂さん?」

 

私は驚きのあまり、声を出せなかった。何度和也に呼ばれても、反応することが出来ずに固まるだけ。

そんな私を見かねたように、先に冬馬が口を開いた。

 

「俺をどうしたいんだ?」

「あんたが持っている物全て、置いていってもらおうか」

 

和也がそう言うと、冬馬は私に見せたことない笑みを浮かべる。

 

「お笑いだな…。殺さないんだな。結構甘いじゃないか、瑞穂」

「…あんたが瑞穂さんとどういう関係かは知らないが、とにかく…」

「動くな」

 

和也たちが一歩進むと、冬馬は拳銃を突き出した。どこで手に入れたかは分からないが、それを見た和也たちは動揺を隠せずに後退ってしまう。

 

「出来れば撃ちたくない。音を出してもウォーカーがやって来て、瑞穂たちにもメリットはない。そこでだ。俺をこのまま見逃してくれ。争いは嫌いだろ?」

「……そうね。無理矢理襲っても、拳銃を撃たれたら面倒ね。和也、見逃しましょう」

「いいのか?こいつがもし仲間を連れてきたりしたら…」

「それはないわ。だったら単独行動なんてするはずがないわ。ウォーカーに襲われるより、私たちみたいな人に会う方が危険だからね」

 

和也は納得している様子ではなかったが、渋々冬馬の傍から離れる。

 

「ありがとな、瑞穂」

 

私に見せた久しぶりの笑顔…だけど、どこか寂し気で悔恨が漂っている。

バイクに跨った冬馬はそのまま私たちを気にすることなく、颯爽と消えていく。

久しぶりに冬馬と会ったのに、再会した時間はたったの数分…それがとても寂しくて…悲しくて、言葉に詰まる。

 

「本当に良かったのか?瑞穂さ…」

 

和也は途中で言葉を失ったかのように、会話を止めた。

その原因が私の流している涙であるとは…この時、気付くこともなかった。

 

 

冬木冬馬side

俺の心臓の鼓動は止まらなかった。

あの場では瑞穂たちの部下らしき男たちをやり過ごすために、平然を装っていたがかなりギリギリだったことだろう。もしかしたら、一部の奴には見栄っ張りだとバレていたかもしれない。

 

「あいつ…変わってなかったな…」

 

途中でバイクを止めて、俺はそう呟く。

物資は奪うけど、命までは取らない。いかにも瑞穂らしいやり方だと思う。

…いや、そんなことはどうでもいい。

何故俺は彼女のグループに入りたいと願い出なかったのだろうか…。

俺は瑞穂に会いたかった。だけど、浩二を殺した一件で、瑞穂と関わりにくいとも思っていた。あの時…浩二が言っていた『可愛がっている』…。

あれは俺以外に身体を許した…ということではないかと勝手に想像している。

 

「……そんなこと考えても仕方ない…か」

 

俺は深呼吸をして、瑞穂と三年ぶりの再会を果たしたことを忘れようとする。

脳裏に刻まれたその記憶を消せ、と命令するが、出来るはずがない。

やばい…それも分からないほど動揺している。

顔を覆い、冷静さを取り戻そうとしていると、今度は隠れることもなく、俺の目の前に男が姿を出す。

 

「お前は…冬馬⁈」

 

俺の名前を出す男。

これが…運命の再会を意味すると同時に…俺が最も起きて欲しくなかった事態が巻き起こるきっかけになるなんて…俺は予想もしていなかった。




ここで暴露しますが、私は原作をシーズン4までしか見たことがありません。


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第29話

このシリーズは第6シーズンまで書こうかなと思っています。
それと、原作にはあまり沿わないように頑張ります。まあどうせシーズン4までしか見たことないんで、原作と同じように書けるのはそこまでですが…。


小室孝side

「本当…面倒くせえな…」

 

僕はもう口癖になりつつある台詞を溢しながら、瓦礫の上に座ってウォーカーが来ないか

見張りをする。高城にきちんとやってよと言われているが、最近はウォーカーの数も少ない気がする。その原因も僕は分かっている。

隣の地区をベースにしている連中が何の目的かは知らないが、よくウォーカーを狩っているのを見る。本当に目的が分からないし、しかもあそこのリーダーは若い女性だ。僕たちと年齢はあまり変わらない、麗と同じくらい綺麗な女性だった。

 

「また、”麗”…。やっぱり、いつまで経っても忘れられないものだな…」

 

高城家で自ら死を選んだ麗…。

脱出するときに、僕がきちんとついていなかったから…彼女は死んでしまった。

誰もそのことを責めては来なかったが、もしかしたら…三年経った今でも密かに僕のせいだと思っている人はいるかもしれない。

 

「…こんなこと考えてたら、ウォーカーが来たときにすぐに対処出来ないな…。きちんとしていなきゃ」

 

こうして、もう一度周囲に注意を配ると、ずっとここで生き続けてきたが、聞き慣れない音が耳に入って来た。ブロロロ…と、バイクのエンジン音がこっちに近付いてくる気がする。

腰に置いている散弾銃『イサカM37』を手に取り、ゆっくりとエンジン音のする方向に歩み寄る。

最初に視界に入ったのは大きな背中だった。大きな背中…要するに男だ。

バイクのエンジンを切り、胸に手を当てて大きく息を吸っているのが見える。

何か苦しんでいるように見えるが、どこかで…。

 

「お前…冬馬⁈」

 

そこで漸く男の正体に気付いた。

三年前…梶浩二のグループに単身で突っ込んで、戻って来なかったため、僕も平野も死んだのではないかと思っていた…冬木冬馬だった。

冬馬も俺を見て、驚愕の表情を浮かべている。しかし…その表情にはどこか懐かしさを感じられない。何かが…違う気がした。

 

「お前は確か…小室…。生きてたのか」

 

言葉も淡々としていて、覇気を感じられない。三年前、僕たちと共に危機を脱するために頑張ってきた冬馬とはほぼ別人と言っても良いくらい変わりきっていた。

 

「あ、ああ…。どうにかな…。生きてて良かったよ、冬馬」

 

散弾銃を降ろして、冬馬に手を差し伸ばす。冬馬はキョトンとした表情を見せる。

 

「…何のつもりだ?」

「握手だよ!分かるだろ?」

「言っておくが、俺はここに残る気はないぞ?邪魔になるだろ?」

「何言ってんだよ!邪魔な訳ないだろ」

 

どうしてそんな考えに至るか…分からないけど、僕はここで冬馬を一人で行かせたくなかった。

高城のと冬馬の知り合い…確か…梶浩二?だっけ?そいつとの抗争で消えてしまった冬馬。その時何があったのか知らないが、もう仲間がいなくなるは嫌だから…。

 

「とにかく、僕らと一緒にいようぜ?俺らのセーフゾーンには食料も水も風呂もある。また危険なウォーカーが練り歩く世界を行く必要はないんだ」

「だが…俺は……」

 

冬馬は視線を逸らして、僕の要望を拒否する。

ならば…。

 

「一人がいいのか?それなら止めないよ。だけど、ここで冬馬が離れたら…二度と会えないかもしれないんだぞ?」

 

我ながら実に嫌らしい言い方だと思った。だけど、僕と平野や冴子だけではこの場をずっと守り通すのは厳しいと思っている。そこに冬馬も参加してくれたら…非常に心強い。

冬馬は暫く俯いて、考えていると、「はあ」と息を吐いて、僕の方を見た。

 

「…ずるいな、お前。俺がそんなことを言われたら、断れないことを知っておきながら…」

「すまないな、冬馬。こっちだ」

 

冬馬はバイクのエンジンを切り、押して僕の後をついてくる。

だが、その後ろで小さく呟いていること声が耳に入った。

 

「どうして…瑞穂は……ああ言ってくれなかったんだ…」

「ん?どうした?」

「いや…何でもない」

 

瑞穂……三年前に梶浩二に連れ浚われた冬馬の友達の名前だ。

どうしてこのタイミングでその名前を出したんだろう?どこかで会ったのだろうか?

会うにしても…この近くで会えるのは、僕らと『対立』関係になりかけているあのグループの誰か。しかも女性に限定すると、僕らや冬馬と同じ年に見えるリーダー…。

ここに来る前に会った?いや、まさか。あり得ない。だって奴らは…

 

 

 

 

 

 

 

僕らを殺そうとしてくる最低集団だからだ。

もし冬馬が奴らと接触しているのなら、今彼はここにはいない。

 

 

和也side

夜になった。

今日は瑞穂さんと一緒にベッドの上で寝る日だ。もちろん、男が女と一緒にベッドの上でただ単に寝るだけで終わるはずがない。

今まで何十回と行為を繰り返しており、お互いに愉悦を感じている。

なのに、なのに…だ。今日の瑞穂さんはものすごく消極的だ。ベッドに座ってはいるが、自分から服を脱ぐようなことも、俺を誘うようなこともない。ただ静かに、ベッドで座っているだけ。

こんな瑞穂さんを見たのは、知り合ってから初めて見た。

 

「どうしたんだよ、瑞穂さん」

「別に……。今日は、気分が乗らないだけ…」

「それもあるだろうけど、他にもあるだろ?相談に乗ってやるぜ?だけど…」

 

俺は瑞穂さんの両手を掴んで、ベッドに押し倒す。抵抗しない瑞穂さんに対して、被虐心が湧き上がって、着ている邪魔な衣服をはぎ取ろうと手を伸ばした時、俺は気付いた。

 

「うっ……ううぅ………」

 

泣いていたのだ。これも初めて見た。

会った時から自分から率先して進み、弱音も涙も見せなかった瑞穂さんに俺は突然、申し訳なさが一気に湧き上がり、拘束している両手を解放して、彼女から離れた。

瑞穂さんもこれには驚いたのか、涙を拭いながら俺に問いをかけてきた。

 

「珍しいわね。あなたらしくない」

「…俺も気分が乗らないだけさ。泣いている女性をヤルなんて、最低な行為だからな」

「なんだ、和也…優しいじゃない」

 

俺は瑞穂さんに顔を合わせられず、言葉に詰まる。

瑞穂さんはクスッと笑って、唐突に話し始めた。

 

「今日、私たちが遭ったあの男性…私の、一番大事な…大切な人なの」

「………なるほどな、動揺するわけだ」

「でも…私は彼を…冬馬を裏切った」

「瑞穂さんが裏切るようなことするとは思えねえ。間違いじゃないか?」

「私は和也やみんなが思っているような人じゃない!」

 

俺は瑞穂さんの悲痛な声に思わず、言葉に詰まって何も言えなくなってしまう。

よく見ると、瑞穂さんの身体は小刻みに震え、涙がポロポロと溢れていた。

 

「私は…私がいたせいで…冬馬と梶くんが争って…梶くんが死んで……冬馬は冷たくなってしまった…。あの時だって…冬馬は私を蔑んでいた…。きっと、梶くんと私が”してた”ことを知って…軽蔑していたんだ…。それを謝りたくて…許してほしくて…今日、折角会えたのに……。私……はっ……」

 

俺が目の前にいることを忘れたのか、わけも分からず顔を両手で覆って泣き出す。

今目の前にいる瑞穂さんが…『本当の瑞穂さん』なんだと…やっと分かった。

俺はガラにもなく、彼女を抱き締めた。

普段ならこんな格好つけたことなんてしないが、今回は状況が状況だ。

 

「…瑞穂…さん」

 

今までの俺は…瑞穂さんのことを単なるリーダーであると同時に、性欲処理に使える”都合のいい女”と認識していた。だが…こんな彼女を見てしまったら…そう思っていた自分を激しく後悔する。

またこの瞬間、俺の心の中に新たな感情が芽生えた。

それは恋心、だ。儚く叶うことのない、悲しい恋心…。

 

 

成瀬瑞穂side

目を覚ますと、私を抱き締めてくれた和也はもういなかった。

冬馬とはまた違った温かさを感じれて、少し落ち着けた気がする。

それにしても…久しぶりに泣いたなあ…。

この三年間、冬馬と会わなかったから…彼のことを思い出す要因がなかったから…弱い私を見せることはなかった。

だが、今日ばかりは抑えきれなかった。

和也の前で本当の自分を曝け出した私は、いつもと違う考えを持ち出していた。

冬馬に会いたい…。会って、話したい。会って…また昔のように…。

 

「冬馬…どこにいるの?」

 

真っ暗な夜の街を見下ろしながら、私は呟く。

また、少し遠くで見える灯り。あそこには他の生存者を集めたグループがいる。

最近、あそことここはよく問題を起こしている。

穏便に話を進めたいが、簡単には行かない。いずれ、あそこ…小室孝のグループとの問題も解決しなくてはならない。話し合いがダメなら…どうしようか…。

他のメンバーは強硬手段を言うだろうが、私は賛成しない。

生き残りは生き残り同士、お互いに頑張ろうと言いたい。

だが、そんな私の思惑とは別のところで、事は進んでいることに気付いていなかった。



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第30話

久しぶりに書いてみると頭がよく働きます。
いやあ…執筆って楽しい!


冬木冬馬side

目の前に瑞穂がいる。少し前に進めば、彼女の手を掴むことが出来る。

だが…その前に男たちが現れ、瑞穂を守るように立ち塞がると同時に俺を取り押さえる。

抵抗する俺に瑞穂はバールを持って、思いっ切り腹を殴る。

 

「ぐはっ…」

 

唾が大量に吐きだされ、俺は噎せる。しかし瑞穂はそれを楽しむかのように続ける。

「やめろ」「やめてくれ」と懇願する俺だが、瑞穂は髪の毛を掴んで、こう言った。

 

「冬馬がいけないの。冬馬がいなければ…」

 

そう呟き、バールを振り上げる。

 

「やめろ…」

 

最後の懇願も虚しく、バールは勢いよく振り下ろされ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こらっ!さっさと起きなさいよ‼」

 

ドカッと背中を思いっ切り叩かれて、俺の今日の睡眠と夢は唐突に終わりを迎えた。

 

「いでっ⁈」

 

俺は背中を抑えて、背中を蹴り上げた犯人を見上げた。

 

「高城…お前、何するんだよ…」

「あら?もう朝の九時になるから起こしてあげたんじゃない?感謝しなさいよ」

 

そう言いながら、「ふん」とそっぽを向く。

俺は溜め息を吐きつつ、眠気から目覚めたばかりの身体を起こす。

でも…起こしてくれて正解だったかもしれない。瑞穂に殺される夢なんか…夢であったとしても見たくない。

 

「…ありがとうな」

「へっ⁈な、何よ…。急に改まって…」

 

高城は顔を赤くしながら、逃げるように向こうへ行ってしまった。

 

「…ツンデレかよ、やっぱりあいつ…」

 

俺は床に置きっぱなしになっている服を着て、『下』に向かう。

そう…今俺や小室たちが住んでいるのは、でっかいビルだ。地上10階建ての高層ビル…に近いものだ。しかも運が良かったらしく、ここには食べ物や水に服、更には風呂がある。要するに水道やガスが世界が滅んだ三年もの間、ずっと動き続けているという信じられないことが起きているのだ。初めはとても驚いたが、風呂に入った時の快感を久々に味わって、思わず泣きそうになってしまった。

おまけに屋上は菜園になっており、野菜が育てられているらしい。それはまだ見てないから、これから見ようかと思っている。

…やることをやってから…。

 

 

地下室に来た俺は異臭のする部屋の中に入った。俺の後ろには小室と平野が立っており、万が一の場合があった時のために銃を持っている。

ここに何があるのか…それは、墓だ。火葬も土葬もしていないため、死体は日が当たらない場所に置かれている。それでもいずれは腐り、即席で作ったと見られる箱の周りには雑食のゴミムシにネズミ、ゴキブリがウロチョロしている。死体を食っているかもしれないが、今の俺はそんな害虫どもはどうでもよかった。

目の前の箱に刻まれた名前は…健太と栞。

 

「…三年ぶりだな、健太、栞」

 

小室の話を聞いた限り、栞がウォーカーに襲われて、噛まれてしまい…健太が殺した。その後悔の念に押し潰されてしまった健太は自殺を図ってしまった…とのことらしい。

その場に俺がいたなら、まずは何故栞を先に行かせたんだと、健太か…小室を問い詰めて、殺していたかもしれない。

だが、あの時…俺はその場にいなくて、何もしてやれなかった。栞を守ることも、健太を止めることも…。

 

「だらしない兄貴で、本当にごめんな」

 

手を合わせて、健太の墓を開く。開けた途端に一瞬で吐きそうになる程の激臭が鼻を突いたが、俺は死ぬ気で我慢して、彼の亡骸を見届けた。栞も同様に。

自然と涙は出なかった。

不思議だ。他のことで泣くことはあったのに、家族が死んでも泣くことはないのか…。

自嘲気味に笑って、異臭のする部屋を後にして、屋上に向かう。

 

 

扉を開けて、ストンと背中を預けて、倒れるように地面に座る。

日も出ていたのに、あの部屋から出て外に出ると、ゴロゴロと雷が鳴り、雨が降ってくる。俺たち生存者はこの雨は貴重な飲み水になるため、普段ならとても喜ばしいことだ。普段なら…だが。

今はとても気分が落ちている。残りの家族の死のショックは…俺の想像を超えていた。

いざ感じると、途轍もなかった。

 

「はは…」

 

雨は更に強くなり、周りの音は雨が地面を打つ音だけになる。

そして…ここで涙が溢れる。

雨と一緒に流れ落ち、俺の心を酷く抉る。

 

「どうして…生き延びたんだろう…」

 

今更ながら思った。

俺は何を目的にして生きて来たんだろう…。

いつも思っていることだった。他人を見殺しにしてまで、俺はどうして…。

 

「何を泣いている。男が情けない」

 

1人だと思っていたら、唐突に横から声が聞こえた。ゆっくりと顔を横に向けると、紫色の髪をした妖艶な女性が立っていた。その手には見事な日本刀を有して。屋上の扉に背中を預ける形で座っているので、元からここにいたのだろう。

見覚えがある。確か彼女の名前は毒島冴子…だったっけ?

 

「情けない?俺が?」

「そうだ。男が泣くのなら、女子の前で泣き、自らの心中を溢れさせなくては」

「なんだそりゃ。それこそ「情けない」だろ」

「君はそう思うかもしれないが、私はそう思っている。しかし、どうした。幾年前に見た君とはまるで違うようだが」

「……家族を失った痛みを受けている……と言えば、分かるかな?」

「…なるほど」

 

毒島さんはそう言って、俺の隣に座る。雨で濡れた紫色の髪は美しく靡いている。

 

「私には少し理解しかねるな…。母は早くに亡くし、父は今もどうなっているか分からない。家族というものに疎いことに気付いたよ」

「初めて知ったな、そのこと」

「だが…」

 

毒島さんは俺の方をじっと見ながらこう言った。

 

「仲間を失った気持ちと同じだってことは分かっている」

「……仲間、か」

 

俺も毒島さんと話していて気付いたことが見つかった。

俺にははっきりとした『仲間』が存在しない。

小室たちと出会った時も偶然で、流れで彼らと居ただけで『仲間』とはきちんと自分の中では思っていない。

 

「君にもはっきりとした仲間…私たちが必要だろう?」

 

俺の心を見透かしたように、毒島さんは俺に手を差し伸べる。

ここで凄いタイミングで雨が上がり、陽光が差し込む。

毒島さんを見上げて、彼女の華奢な手を見つめる。

心のどこかでずっと言われたかった言葉だったのか、俺はまた泣きそうになる。

 

「また泣くか。それでも…」

「男だよ…。いいじゃねえかよ、嬉し泣きくらいよ、毒島さん」

「仲間になるのなら…『冴子』と呼んでもらいたいよ、冬木くん」

「そうですか……なら、呼ばせてもらおうかな。冴子さん」

 

冴子さんはクスッと笑った。

 

健太、栞……俺にも漸く『仲間』と呼べる人が出来たよ。

彼らが居れば…これからどんなことが起きても耐えていけそうだよ。

俺は今日、家族の死に打ちひしがれていたが、冴子さんのお陰で、縋れる『仲間』を見つけることが出来た。

それだけでも…俺にとっては大きなことだった。

 

 

???side

俺たちはあの女…成瀬瑞穂の采配に全く誠意を感じられない。

ウォーカーにいつ襲われるか分からねえこんな世界で、話し合おうなんて甘いにも程がある。だから俺と俺に賛同してくれている約3人のメンバーで、わざと二つの生存集団で抗争を引き起こしている。

あっち側もなんの疑いもなく、抗争の原因があの女であると決めつけており、俺たちに疑いが及ぶことはない。

まあそれで良い。

そうすれば…どちらも潰しつつ、俺がこの地帯を征服して、安全に生き残ることが出来る。

抗争も激しさも増しているし、あと1、2回起きれば、俺の計画も最終段階に進む。

 

「くくく……さあ、今日も一仕事だ」

 

俺は小室孝たちがいるエリアを区切っている網に切れ込みを入れ、その前に人肉を置く。この人肉は使えない子供や老人どもを殺して、使っているやつだ。

あの女も徐々に生存者が減っていることに気付いてはいるようだが、今更遅い。

動き出した歯車は、止まらない。



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第31話

私も仲間(友達・親友)に会いたいなあ…。
コロナのせいで会えないから寂しい。まあ、コロナは本作のものよりは安全ですから、会おうと思えば会えるんですけどね。
どうでもよかったですね、では31話どうぞ。


冬木冬馬side

蝋燭が灯った薄汚れたテーブルに俺と冴子さん、それに小室と3人で座りつつ食事を摂っていた。…ほんの数分前までは。

折角の楽しく美味しい食事を一つの呼び声で、一気に掻き消されてしまった。

小室は散弾銃:イサカM37、冴子さんは日本刀を持って、呼び声のあった方に走っていく。一人残されるのもなんか気分的に嫌だった俺も彼らの後を追うが、既にその場には小室たちを含めて、5人が集まっていた。

俺もその場に着いて、何があったのか聞こうかと思ったが、それは聞かずとも分かる光景だった。

冴子さんの握る日本刀から血が滴っており、足元には断頭されたウォーカーが三体倒れていて、首を切断された状態でも俺たちを食らおうと口をパクパクさせていた。

頭を潰さない限り死なないウォーカー…いつ見ても気持ちの悪い光景だった。俺はそのウォーカーの頭を一体ずつ、足で踏み潰した。脳や眼球が飛び出して、もう食事をする気は失せてしまったが…。

 

「どうしてこんな場所にウォーカーがいるんだ?」

「こいつのせいさ」

 

平野が地面から拾い上げたのは、ハエが2、3匹飛び交っている肉塊だった。どこにでもある…と言いかけたが、血が滴っており、腐りかけの状態だった。

 

「誰かがこのフェンスを切って、置いたんだ。ウォーカーを引き寄せて、僕らを殺すために…」

「誰がそんなことして得をするんだ?」

「向こうの連中さ」

「向こう?」

 

小室は指差した。暗くても、一応分かるくらいにボヤけて光るビルを。

 

「あそこに成瀬瑞穂って奴がリーダーのもう一つの生存者グループが居るんだ。あいつらが僕らをここから追い出して、陣地を広めようとしてる」

 

瑞穂の名前が出て来て、一瞬身体がピクッと反応したが、俺は胸の高鳴りを抑えつつ、冷静に彼らに問いを投げかけた。

 

「それだけでか?」

 

俺がそう言うと、ここにいるみんなが何を言いたいんだ?と聞きたい表情を作った。

 

「領土を広げるためだけ…とは俺にはどうしても思えない。広めるだけなら、いくらでもやりようがある。例えば、誰かここに寄越すとかな」

「そういったことは一度もないよ。ただ攻撃行為を繰り返すだけ」

「尚更矛盾だ。あっちの戦力がどれだけか知らないが、下手すれば戦闘になりかねないことをするのはおかしい」

「…言われてみれば、その通りだ」

 

全員で考え込んでしまい、暫くその場で立ったまま沈黙する。

 

「…まあ、これらの話は全て推測でしかない。問題はこれからどうするかだ」

「見張りを立てようにもここらは広くて、敵を把握するのは難しい。こういった場所は多いからね」

 

平野がそう言うが、俺には一応の作戦が頭の中で構築されている。

 

「手がないわけではない。別のフェンスを開けておくんだ。そうすれば奴らも調子に乗って、より中に入るかもしれない」

「入って来なかったらどうするのよ。むしろウォーカーが来るかもしれないっていうのに」

 

高城の反論は最もだ。だが…。

 

「このまま奴らに思い通りにやられるよりはマシだ。まあウォーカーが来たら、すぐに始末すればいい。平野、銃はダメだぞ?」

「えー、そんなあ…」

 

ガクッと項垂れる平野だが、俺の隣にいる冴子さんは握っている刀を抜いている。

 

「私がやろう」

「そうしよう。小室、俺と一緒に夜見張るんだ」

「ねえ、私と平野はどうするの?」

「大人しくベッドで寝てるんだな」

 

からかっているつもりで言ったのだが、二人は顔を見合わせて、徐々に赤くさせていく。

もしかして…満更でもない感じか?

 

「ともかく、夜まで待とう。小室、フェンスを開けに行くぞ」

 

小室は頷き、工具を取りに行った。

俺はこれから先に起こり得る戦いに備えるために、ナイフにそっと手を置くのだった。

 

 

 

夜、俺と小室はわざと開けたフェンスの近くの物陰に息を潜めている。日が出ている時ならすぐに見つかりそうな場所であるが、電気が消えたこの世界では夜は本当の暗闇になるため、簡単には見つからないと踏んでいる。

敵がそう簡単に安っぽい罠に嵌るとは思っていない。

だが、これ以外で出来ることはないとは俺は考えているため、賭けるしかない。

 

「おい、本当に来るのか?」

 

不安そうに聞いてくる小室。

 

「分からねえよ。半分賭けみたいなもんだし…」

「しっ!」

 

突然小室が静かにするように言う。

耳を澄ますと、数人の足音が聞こえてきた。一応忍び足にはしているようだが、フェンスの近くにいる俺たちにはもろに聞こえてしまっている。

しかも相手は俺たちの存在に気付いていない。

物陰から顔を出し、敵の顔を見ようとする。しかし、暗闇で何も見えない。

 

「どうする?」

「捕まえる」

 

小室はそう言って、フェンスに近付いている敵に正面から突っ込んで行く。

「馬鹿…!」と俺は言いつつ、仕方なく彼の後を追う。

俺たちの存在に気付いた敵は慌てて逃げようとするが、後ろで控えていた冴子さんによって阻まれてしまう。

 

「くそっ、退け!この……」

 

男たちは拳を振りかざすが、冴子さんは鞘に納めたままの日本刀でその拳を弾いて、一人は首の後ろを叩き、もう一人は腹に叩きつけた。逃げていく足音がまだ聞こえてきたが、暗闇に逃げてしまったので、無理に追うことはしなかった。

 

「いてえ…」

「お前らか…俺たちにウォーカーをけしかけるために肉を置いてくのは!」

 

怒りに塗れた小室は散弾銃を男たちに向ける。

 

「おい待て!俺たちはあの瑞穂って女に言われてやられたんだ‼しかもそうしないとウォーカーの餌にするって…仕方なかったんだ‼」

「だとしても、許せるか!この…」

「…瑞穂が?嘘だろ?」

 

動揺のあまり、口に出してしまった言葉は小室たちの耳に入ってしまう。

 

「冬馬?どうし…」

 

小室の質問は最後まで俺の耳に入って来なかった。

突如、後頭部に痛みが走ったかと思えば、首に何者かの腕が締め付けてきた。抵抗しようと思ったが、腰に付けていたナイフを奪われてしまい、それを首に当てられてしまう…。

 

「うぐっ…!」

「冬馬!テメエ…!」

 

小室は散弾銃を俺に向けたが、引き金は引こうとしない。俺が盾になってしまっているからだ。

 

「動くな!こいつの首から赤いのが噴き出るぜ?」

「くっ!」

「さっさとそこを退け」

 

小室、冴子さんは歯軋りをしながらも、俺を盾にしている奴に道を開く。

俺は抵抗すること出来ず、後ろの奴に連れていかれてしまう。

後方では小室たちが何か叫んでいたが、首を絞められた状態で、上手く聞こえなかった。

そのまま俺は敵の本拠地…言い換えれば、『瑞穂がいる場所』に行くことになった。不本意ではあるが、また瑞穂に会える…そう思っている自分もいた。

 

「瑞穂……」

「ん?なんか言ったか?」

「何も…」

 

俺はそう言ったが、この発言はマズかった。

この後、あんなことになるなんて…。

 

 

???side

今日も人肉を置く作業を置こうと考えている。相変わらず、あの女は俺たちの所業を知らずにいる。

いつ通りにフェンスに切れ込みを入れ、そこに人肉を置こうと思ったが、今日はどこか様子が違った。フェンスの一部が開いてたのだ。わざと、それも俺たちを誘き寄せるかのように。

そこで一部のメンバーをわざとそのフェンスに行かせ、俺は背後に回った。

予想通り、奴らはフェンス前で見張っていたため、罠に嵌った部下に目が行った。

だから俺は、一番後ろにいた男を襲い、そいつを人質にしてこの場をやり過ごした。

しかもこいつは成瀬瑞穂とは知り合いのようだ。

心の中で薄ら笑いを浮かべる俺。この事実が計画に新たな一筆を加えることが出来そうだ。

俺たちの居住地に着くと、俺はこいつ…奴らは『冬馬』と呼んでいた男を独房へ投げ込み、椅子に縛り付けた。

冬馬は俺たちを睨みつけるが、言葉は発さない。

 

「お前が会いたい奴に会わせてやるよ、感謝しな」

 

その途端、こいつの顔が強張る。

あの女に会った時の反応が楽しみだ。

独房から出て、俺は成瀬瑞穂を呼ぶ。

 

「捕虜を持ってきたぜ、成瀬瑞穂」

「そう…会わせて、圭太」

 

彼女の横を歩きすぎると同時に俺は、にやあと笑うのだった。




新重要人物:圭太が登場。???はこいつです。


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第32話

成瀬瑞穂side

捕虜を連れて来た。私は圭太からそのように聞いて、普段は空き部屋として使われている場所に足を進ませる。

彼の印象はあまり良いとは思っていない。裏で何かやっているようにも見えないが、それを調べている時間もない。あっちの生存者との問題が山積みの中、他の人を使わせるのも、信頼関係に溝が生じてしまうので、あえてやっていない。

…今は彼のことは放置するがいいだろう。

そんなことより捕虜のことの方が重要だ。どうやって捕まえたか、何をしたかも聞いてないが、和平が可能になれば…。

そう思いを馳せながら、扉を開ける。

そこにいた『捕虜』を見て、私は固まった。いや…捕虜なものか。あれは…彼は……。

 

「冬馬…」

 

私の存在に気付いた冬馬も一瞬、顔を強張らせたが、すぐに戻して飄々とした表情で私に問いを投げかけてくる。

 

「瑞穂か…。これ、外してくれないか?」

 

冬馬は後ろに拘束された手を動かす。私は深呼吸をして、彼の前に立つ。早急に鼓動する心臓を落ち着かせようとするが、これは止まりそうもない。

 

「冬馬、何をしたの?」

「…なんにも」

「そんなはずない。何もしないで、ここに連れて来られるわけない。正直に言って。私は冬馬を…」

「何もしてねえって言ってるだろ‼」

 

冬馬の怒鳴り声に私は数歩、下がってしまう。心臓の鼓動が更に早くなる。

 

「お前も変わったな、瑞穂。部下を使わせて、俺たちを潰そうとするなんてな」

「部下…?つぶ……す?な、なんのこと…。私は、何も知らない…」

「とぼけるな。お前の部下が瑞穂の指示だったと言ってたぞ」

 

私の指示?そんなことを言った奴がいる?

冬馬に怒鳴られたことや初めて知らされたことに激しく動揺してしまった私は言葉を紡ぐことが出来ない。

 

「…瑞穂、本当のことを言ってくれ。俺だって瑞穂を信じたい」

「ち、違う…私は何も……」

「そんな動揺しきった言葉ではとても信じられねえな」

 

冬馬はそう言い切り、それから何も言わなかった。

私は何度となく、冬馬に対して言い訳をしようと口を開こうとしたが、頭の中で空回りしてしまって…何も言うことが出来なかった。

 

 

 

和也side

俺は部屋の外で2人の口論を聞いていた。最初、瑞穂さんから『冬馬』という男から話を聞かされた時、その話は本当か、半信半疑だった。あの時の涙や態度は、ただ俺を避けるがためにしたことだとも考えられたからだ。

だが、ついさっきまでの口論で瑞穂さんと冬馬はとても親しかった関係だということは判明出来た。

口論を終えた瑞穂さんはがっくりと肩を落として出て行った。

その後、俺は奴が拘束されている部屋へと入る。俺の存在に気付いた冬馬は訝しげな表情で俺を見る。

 

「やあ、拷問の時間か?」

「そんな俺が拷問するような奴に見えるか?」

「人は見かけによらないって言うからな」

 

人を恐れていない…そんな目を向けた彼に俺は何故か背筋が震えた。

 

「安心しろ。俺は拷問係じゃない。…瑞穂さんについて聞きたいだけで…」

「瑞穂……お前、あいつとどういう関係だ?」

「は?どうって…」

 

俺が答えようとした時、冬馬は椅子に縛られたまま立ち上がり、額をぶつけてきた。

 

「いてっ‼︎」

 

俺が怯んでいるうちに、木製だった椅子を地面に叩きつけて砕き、俺の口を塞ぎ、首に手をかける。

 

「どういった関係だ⁈答えろ‼︎お前、もし瑞穂に何かしていたら…」

「待て‼︎落ち着け!俺と瑞穂さんは協力関係だ‼︎身体の関係とかそういうのは全くない‼︎」

 

嘘だけど…。

だが、ここで真実を言ったら本当に殺されると思うほど、今の冬馬には迫力があった。

俺の顔を数秒くらいじっと見たのちに、冬馬は腕の力を緩め、俺に手を差し伸べた。

 

「なら、悪かった…。荒れてしまって…」

「あ、ああ…」

 

気分の移り変わりが早い奴だ…。

この数分で冬馬に対する印象は刻み付けられた。

 

「話がある。お前らの集団にいる『裏切り者』について…」

「その前に…俺からの話を聞いてもらおうか…」

 

俺は奴の話を無理矢理止める。

冬馬は俺を真っ直ぐ見ているが、そのおとぼけの表情が…ムカついた。

 

「っ!」

「⁈」

 

俺の振り抜いた拳は冬馬の頬を直撃した。突然の俺の攻撃に冬馬は予測出来ていなかったため、後方に倒れる。

 

「テ、テメエ…!」

「ふざけるなと言いたいんだろうが…それは俺の台詞だ!お前はな…瑞穂さんをずっと苦しめてたんだよッ‼︎」

「⁈」

 

今度は俺の番と言うように、倒れた奴の胸ぐらを掴み…。

 

「テメエがやったことが瑞穂さんを苦しめる元凶になってるんだよ‼︎梶とかいう奴の争いごとで…」

「……違う。俺はそんなことで瑞穂を苦しめていない。あいつも…それを乗り越えたはずで…」

「それが思い込みってやつだ。瑞穂さんは今尚、その事で苦しんでいる。だから、さっきも瑞穂さんはうまく口に出来なかったんだ」

「……」

「いずれそのことについて瑞穂さんに謝っておけ。それだけだ。で、お前の話を言え」

 

冬馬は少し意気消沈した様子で小さく言った。

 

「『裏切り者』がいる。お前たちの中に…。恐らく…俺を拘束して来た男だ」

「圭太の野郎か?どうして…」

「瑞穂の様子と今の話を聞けば全て分かる」

「それで…俺にどうしろと?」

「協力してほしい。奴らをうまく出し抜くんだ」

 

冬馬の考えが正しいかなんて分からない。信じる保証もないに等しい。

だが、最近圭太が怪しい行動をしているのも知ってはいた。

それを見逃していた俺にももしかしたら責任があると思ってしまうと、冬馬の案を承諾するしかなかった。

 

 

 

圭太side

最後の仕上げにかかるとしよう。

拉致って来た敵が成瀬と親しい関係だったとみんなにバラせば、全員の信用を失わせることが出来る。そして、全員は俺の言うことを信じて、リーダーとなることも出来るだろう。

しかし、事を上手く運ぶためにあの冬馬という男を連れてきたが、デメリットとして問題点を作ってしまった。

それは小室孝の件だ。奴らは冬馬を連れ戻すために、強行突破をしてくることだろう。それでは瑞穂の仕業だと信じ込んでいる馬鹿どもでも、流石に俺の嘘だということがバレてしまう可能性が高い。

 

「さて、どうしたものか…」

 

考えていると、涙目の成瀬がやってきた。

泣いていることで俺に気付いていないのか、目の前を通過する。

その時。

 

「冬馬のバカ……。どうしてっ、どうしてっ…」

 

シクシクと高校生のように泣きじゃくる彼女を見た俺は1つの案を思い付く。

我ながら素晴らしい案だと思い、笑みを溢してしまう。

 

「なら……成瀬、少し話が」

「何?」

 

泣いている成瀬を呼び止めた俺は、ポケットからハンカチを取り出し、勢いよく彼女の口を塞いだ。

突然の出来事に彼女は動揺してしまい、抵抗が一瞬遅れた。

 

「なっ、何を…⁈」

「俺の計画に付き合ってもらうぜ?あんたの人生最後のな…」

 

成瀬は必死に抵抗を繰り返したが、酸素が身体に行き渡らなくなった彼女は脱力して…失神に近い気絶をしてしまう。

 

「さあ、始めるとしよう」

 

俺が準備に入る間に、外では既に小室孝たちが動いていることは誰も気付いていなかった。



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第33話

お久しぶりです。
マジで、スランプでした。


圭太side

俺は成瀬を縛り上げると、ロープを余分に余らせて、自らの腕に巻き付けた。

これは彼女がすぐに逃げられないようにするためだ。

そして、広場に集めた生存者のもとへと向かった。その途中で成瀬は目を覚ましたが、縛られた状態では暴れることも出来ないからか、俺に向かって声を荒げた。

 

「何するの⁈こんなことして…ただで済むと思ってるの⁈」

「その強気な態度も今のうちだ」

 

俺は軽く抵抗する彼女をいなしながら、広場に入った。

全員の視線は俺と縛れらている成瀬に集中したが、誤解が生まれないうちに、口を開いた。

 

「みんな!これは誤解しないでほしい!この女は…俺たちを見殺しにして、向かいのビルの生存者グループに入ろうと計画してたんだ!」

 

そうは言っても、突然そんなことを簡単に信じる者はいないだろう。それも想定済みだ。

そこで俺は指をパチンと鳴らした。

すると、広場の左側のカーテンが外れる。

そこには、俺が長い期間かけて集めたウォーカーをフェンス越しに見せれるようにしておいたのだ。因みにだが、このウォーカーの元はここの生存者だ。

 

「こいつはな…この女が生存者を殺して集めたウォーカーだ。これで俺たちを殺して、寝返るつもりだったんだ!」

「そんなのウソよ!信じて!」

 

成瀬は叫ぶが、全員怪しい目付きを見せ始めていた。

 

「その証拠に…最近、俺たちはあっちの集団の攻撃を散々に受けていた。なのに、この女はそれを止めようとしなかった。そうだろう?」

「そんな報告は受けてないわ!圭太…あんた、まさか…!」

「嘘をつくな!ここにいる全員は奴らの攻撃を受けた被害者だ!そうだよな⁈」

 

俺の強い言葉に全員が「そうだ!」と反応した。

ここまで来れば…もうこっちのものだ。

 

「満場一致だな?じゃあ…この女はどうする?」

 

この発言に成瀬の表情が一気に変わった。

俺が大好きな恐怖に満ちた表情だ。

暫く隣同士で話している彼らだったが、1人が唐突にこう言った。

 

「あのウォーカーの塊に入れてしまえ‼」

「……そいつは良い考えだ」

 

俺は薄ら笑いを浮かべたまま、成瀬を縛るロープを引っ張った。

 

「ちょっ…!離して‼やめて‼」

 

成瀬は必死に抵抗するが、意味はない。

俺は着実に彼女をフェンスの方へ無理矢理連れていき、閉じている鎖にも手をかけた。

 

「さあ…死んで償え!」

 

フェンスを開け、この女を中に放り込もうとしたとき、男の叫び声が響いた。

 

「やめろ‼瑞穂を放せ‼」

 

俺は一旦動きを止めて、声のした方向を向く。

そこにいたのは…俺が椅子に繋ぎ止めていたはずの、捕虜の男だった。

 

 

 

冬木冬馬side

俺は今にもウォーカーの塊の中へと放り込まれようとしている瑞穂を助けるために、自然と身体が動いてしまっていた。そのせいで、隠れて瑞穂を助けようとした作戦が御釈迦になってしまったが…仕方ない。

 

「冬馬?…どうして…」

「訳は後で話す。それより、テメエ…早く瑞穂を解放しろ。頭に風穴空けられたいか?」

 

俺は躊躇することなく、和也という奴から返してもらった拳銃を向けた。

途端に広場にいる生存者たちは悲鳴や恐怖の声を上げて、どこかへと逃げていく。この際、俺にとってはその方が楽だ。

 

「お前…どうやって外に出た?」

「さあな…。ご想像にお任せするよ」

「ちっ…。テメエにはこの女が死ぬまで大人しくしてほしかったがな…。仕方ない、テメエの前でこの女が無残に喰われる瞬間を見せてやる」

 

圭太…という名前だったかな?

こいつが動きそうになったので、俺は1発だけ脅しを含めた発砲を奴のすぐ足元に撃った。

流石の奴も本当に撃つとは思っていなかったのか、冷や汗を流しているのが分かった。

 

「動くなと言っただろ?」

「別に良いんだぞ?俺は、この女が死んでもな!」

 

圭太は最後の切り札とでも言いたいのか、瑞穂の首にナイフの刃を当てて、人質に取った。

想定外ではあったが、こうなっては俺もどうにも出来ない。

 

「やはりな…。お前ら、親しい…いや、それ以上の関係だろ?」

「………」

「冬馬…」

「それなら良いこと教えてやるぜ?こいつはアバズレだぜ?何故なら、この女は和也と寝ていたんだからな‼」

 

それを口走った瞬間、俺の中で動揺と不信感が広がっていく。

瑞穂も知られたくない事実を言われてしまったからか、顔を青くさせていく。

 

「そんな女をまだ愛するのか?テメエは。俺なら捨てるし、殺したくもなるな。そこでだ。俺と一緒に来ないか?」

 

唐突な圭太の催促に俺は黙って聞く。

 

「テメエみたいな素晴らしい人材がいれば…この世界でも十分楽しく生きていける。どうだ?」

「…返答を聞かないと分からないのか?」

 

俺は拳銃を下ろし、すう…と大きく息を吸った。

 

「だったら言わせてもらうぜ?俺はお前みてえなな…最低のクズ野郎が一番嫌いなんだよ‼‼仲間を…人の命をゴミみたいにしか考えていない奴にはなおさらな‼だから俺は…貴様を絶対に殺す!」

 

それを聞いた圭太は暫く黙っていたが、急に馬鹿みたいに笑い出した。恐怖のあまり、頭がイカれたのかと俺は思ったが、それは間違いだった。奴に気を取られているうちに、不意に膝の裏を蹴られて、態勢を崩されてしまう。後ろを急いで振り向くと、そこには別の男たちがニヤついて立っていた。

 

「!」

「冬馬!」

「くくく……あーはっはっはっは‼テメエがそんなこと言うのはお見通しだ!今までの会話は単なる時間稼ぎだ!さて、これでお前は何も出来なくなってしまったなぁ」

 

圭太の言う通り、俺は拳銃を奪われて、地面に身体を抑えつけられている。

 

(くそ…。まだ、まだなのか⁈)

 

「さて、そろそろ…フィナーレと行こうか…」

 

圭太は瑞穂の縄を解き、腕で彼女の首を抑えつけて拘束する。

 

「くっ…!」

 

既にフェンスにはウォーカーが肉を喰らいたいと腕を伸ばしており、瑞穂にはその恐怖心が伝わってきた。

俺はもう『彼ら』が来るのを諦めて、今俺の上に乗っている奴らを退かして、瑞穂を助けに行こうと思った時。

窓の辺りから、キラリと何か光ったのが分かった。思わず、俺は顔を下げて、笑いを溢してしまった。

 

「…?何がおかしい?」

「別に…。確信出来ただけさ、お前らが死ぬってな!」

 

そう言った途端、銃声が何発と鳴り響き、俺の上に乗っていた男と取り巻き共が苦痛の声を漏らした。

 

「ぐああっ!」

 

肩や腹から血が噴き出した男たちは地面に倒れて暴れるか、動かなくなった。

それに動揺した圭太であったが、せめて瑞穂だけでも殺してやると思い至ったのか、フェンスを開けて、彼女を中に放り込んだ。

 

「冬馬…!助けて!」

 

その声は明らかに死の恐怖に震えている瑞穂の声であった。

俺は再び立ち上がって、フェンスへと走っていく。だが、圭太は行かせまいと前に立ち塞がった。俺は拳を作り、それを奴の顔面にめり込ませた。

 

「退けぇッ‼」

「ぶふっ!」

 

フェンスの中に入ろうとしたが、入る前に何か棒状の物が飛んでくる。

それは金槌で、遠くからやって来ている小室が投げたものだとすぐに分かった。

 

「借りるぞ!」

 

瑞穂はウォーカーに捕まりそうになりながらも、必死に逃げ回っていた。

そこに俺が割って入り、ウォーカーの頭を砕いた。血がブシャッと飛び散り、溶けた脳の一部や目玉が飛び出る。

そして…俺は瑞穂を抱きすくめて、決して離そうとしなかった。

 

「と、冬馬…」

「走れるか?さっさとここから出るぞ」

 

瑞穂は小さく頷き、俺は彼女を支えながら元の入口へと駆けていく。

道中で前に立つウォーカーの頭を砕きながら…。

そして、外に出た瞬間、瑞穂は力が抜けたのか、倒れて、俺にこう言った。

 

「冬馬…私、ごめんなさい…。私が…間違ってた」




次の話でThird Seasonは終了です。
次回、何が起きたのか、全てが分かります。


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