至高の御方々専用イストワール (黄雨)
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ゲームモードの選択 ー> 至高の御方モード

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 西暦二一四四年現在。<DGFE>という言葉がある。

<Dive(ダイブ) Game(ゲーム) Free(フリー) Editor(エディター)>の略称であり、サイバー技術とナノテクノロジーの粋を終結した脳内ナノコンピューター網――ニューロンナノインターフェースと専用コンソールを連結した際に構築される仮想領域内で、あたかも現実にいるかのように遊べる体感型ゲームを『自作』できるというものだ。

 

 つまりは仮想現実(バーチャルリアリティ)空間において、DGFEユーザーは創世神の如く一個世界を作り上げることができるのである。

 

 しかし、なんでもかんでも製作者の思い通りになる……というのは素人の意見。

 脳内と専用コンソールを連結したからといって、脳裏に思い描いたモノコトが忠実に仮想現実へと反映されるわけではないのだ。

 

 フリーゲームを作るにあたって必要なものは様々だが、2D時代のフリーゲームと比較して圧倒的に手間がかかるのは仮想現実用のマップ構築であろう。

 2Dマップチップとは次元の異なる、仮想現実用のグラフィックを用いてのワールドエディットだ。

 汎用性のある画一的なデフォルト素材だけでは、二十二世紀のクリエーターは満足できるものを作り上げられるはずがなく――理想を追求するあまり、必要以上に手間ヒマをかけてしまう。

 凝れば凝るほど手間のかかるものはそれだけではない。キャラクターやモンスターといった動く者には例外なく付随する一挙一動のモーションを破綻や違和感なく動かすのは一苦労どころではなく、そのうえ装備類の外装も手がけるとなると、もはや個人製作するにはあまりにも膨大な時間を浪費してしまう。イベント管理やシステムデータベースを作り上げる以前の段階で躓くことになる。

 

 数タイトルだけが細々と販売され、その後ユグドラシルのサービス終了にともない行き場を失った創作難民をターゲットとして後続がいくつか開発されたはいいものの、結局は多数の挫折者を生みだしただけとなったDGFEの中に、流星のごとく現れた一つのタイトルがある。

 

 ユグドラシル・ツクール。

 

 二一四一年に、日本のメーカーが発売したそのゲームは、タイトルにあるDMMO-RPG内で使用された様々なデータをデフォルト素材として利用でき……その中にはプレイヤーが製作していた外装やNPC、ギルド拠点までもが丸々使いまわされた膨大なサンプルデータが標準装備されていた。

 

 その件について一部の旧ユグドラシルプレイヤーは、自作の創作物などの流用に対し著作権の侵害を訴えんとしたが、ユグドラシルの利用規約には『ユグドラシル内でユーザーが製作した外装等の著作物に関するすべての権利は当社に無償で譲渡するものとする。また、ユーザーは当社に対し、これらに関して著作者人格権等を行使しないものとする』といったような内容が書かれていたため、旧プレイヤーであるからには当然その利用規約に同意していることから、ろくに利用規約も読まずプレイしていた者たちの間で大炎上すれどもまともな裁判にはならなかった。

 

 ともあれ、DGFEを作り上げる上で最大の障害となっていたワールド構築の問題を概ね解決したのである。あるところから持ってくる。それで事足りた。もちろん、理想を追求するものはそこから更に手を加えたりするのだが。

 

 また、デフォルトシステムもまたユグドラシルと同じものが流用されており、種族や職業、スキルや魔法などといった各種データが揃う。これらもまた編集可能。オリジナルのデータだって新規作成できる。

 

 製作されたフリーゲームはユグドラシル・ツクールに同梱された専用アカウントでのみログインできる投稿サイトに投稿でき、そしてユグドラシル・ツクール本体を持つものは誰でもプレイ可能。

 

 さすがにゲーム製作は敷居が高い……と感じる者も、フリーゲームをプレイしたいがために購入する者もいたし、ユグドラシルと同じ外部ツールを使って作成できるNPCキャラクターや装備などといった一部だけを手がけ、素材単位で投稿するものもいた。

 

 作成可能なゲームはRPGだけではなく、特定のレベル配分がなされたキャラクター同士のPvPを主眼においた格闘ゲーム、<飛行(フライ)>で空を飛び、次々と襲い掛かってくるモンスターを撃退し続けるシューティングゲーム、モンスターの群れを薙ぎ払う無双系ゲーム、ギルド拠点攻略戦を想起させるような戦略シミュレーションゲーム、月毎定額課金で借りられるレンタルサーバーを活用したMO-RPGなど、製作者の発想しだいでどのようなゲームでも作成できるという。

 

 用意された世界。膨大な素材。それらを幾らでも弄れるフリーエディターというツール。

 

 かつて「外装人気」と言われ、爆発的な人気を得ていた<ユグドラシル>そのものをまるまる編集できる(しかもデータクリスタルもなしに!)

 というニトロをぶち込まれたクリエイト魂を更にオーバードーズさせるかの如き大盤振る舞いに、旧ユグドラシルプレイヤーを始めとしたいわゆる『職人』と呼ばれる者たちは我先にとユグドラシル・ツクールにのめり込んでいった。

 

 

 

 ……なお、相変わらず某ゲーム会社のR18への姿勢は非常に厳しく、公表していない何らかの検索手段に引っかかった該当ユーザーは、ある日突然ユグドラシル・ツクール内のデータが削除されるという。

 

 

 

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『DGリメイク版・イストワールの世界へようこそ。そして、あなたの帰還に感謝します』

 

(こうやってゲームするのは久しぶりだなぁ)

 

 周囲一帯が闇に覆われた空間。

 ゲーム開始直後特有のスターティングフィールドの中央で、鈴木悟(すずきさとる)はぼんやりとシステムメッセージの声を右から左へ聞き流した。

 

 仕事明けの趣味の時間。彼は久々にオフラインゲームをプレイしていた。

 

 鈴木悟はユグドラシルのサービス終了と同時に異世界に転移する――なんて一世紀前のライトノベルのような素敵で不思議な超展開など起こらず、当たり前のように強制ログアウトされたあと、それからの人生を無気力かつ惰性で生きていた。

 が、在りし日の思い出が詰まったDMMORPGの後継機ともいうべきユグドラシル・ツクールを手にいれてからは、無くしたものを取り戻すかのごとき勢いで趣味の時間の大半をフリーゲーム作りに注いでいる。

 しかし近ごろはどうにも作りたいものを作りたいように作れないスランプに陥り、煮詰まってしまったために今日は気分転換にとユグドラシル・ツクール内のフリーゲーム投稿サイトから「あなたにオススメのゲーム」をプレイしはじめた。

 

『まずは初期設定を行います。あなたの誕生日を教えてください』

「○月×日」

 

 悟の言葉に音声認識機能が反応し、視界の正面に『○月×日』と書かれた入力パネルが現れた。音声認識機能のキーワード機能の一つである「確定」と呟いて、誕生日入力を終了させる。

 

『簡易キャラクターエディットのため、以下の質問にお答えください。

 生まれ変わったら何になりたいですか?』

「別に生まれ変わりたく無いなぁ……こんな世界で生まれ変わりたくなんてない」

『誕生日は○月×日。生まれ変わらずに死後アンデッドになりたい。初期設定は以上で宜しかったでしょうか?』

 

 何故「生まれ変わりたくない」と言ったのにアンデッドになると認識されるのか?

 それは音声認識機能が限られた選択の中に収まるように自動翻訳したからだ。

 この機能は音声認識の仕様の一部なのだが、滑舌の悪い者には嫌われている。そのためダイブ型の体感型ゲームにおいて、いまだに音声入力だけではなく手動入力機能は残っていた。

 

 簡易キャラクターグラフィックとして表示されたありきたりなアンデッドの姿をみて、彼はふと思う。

 

 ユグドラシルのサービス終了から六年以上。劣悪な環境下で暮らす下層市民にとっての平均寿命がそう遠くない先にある今日この頃。良いことなんてユグドラシルをプレイしていた頃くらいしか思い出せない自分自身の姿そのもののようだ。なんて自虐を。

 

(俺は生きてるんじゃない。ただ死んでないだけだ。

 オーバーロードだったあの頃のほうがよっぽど活き活きしてたさ。

 たとえ生まれ変わったところで幸せになれるとは思えないし。

 あーあ……生まれ変わるくらいならあの頃に戻りたいなあ)

 

「……訂正。オーバーロードになりたい」

『情報を修正しています……誕生日は○月×日。生まれ変わらずに死後オーバーロードになりたい。以上の設定で宜しかったでしょうか?』

「……確定」

『確定した初期設定により、主人公特性<覚醒率UP>のパッシブスキルを取得しました』

 

<覚醒率UP>などというスキルはユグドラシルには無かった。

 少なくとも鈴木悟の知識にはない。

 <覚醒>というスキルや良性スタータス変化も思い浮かばない。

 おそらくこのフリーゲーム製作者が自作したスキルかなにかだろう。

 果たして有用なスキルかどうか……なんて考察したりはしない。

『あのころ』ならば、間違いなくしていただろう。初期設定毎に変わると予想される主人公特性が決まる法則を調べていたと断言できる。だが、いまの彼はもうそこまで情熱をもってゲームをプレイできなかった。

 

 鈴木悟の全盛期は、ユグドラシルのサービス終了とともに終わったのだ。

 

 今回はあくまで気分転換にプレイするのであって、ジャンルや作者さえ調べていないこのゲームをキッチリやりこみたい訳ではない。

 

『最後に――あなたの名前を教えてください』

「モモンガ」

 

 鈴木悟改めモモンガは、ゲーム内で名乗る主人公名を使い回しするプレイヤーであった。

 

『モモンガ様、で宜しかったでしょうか?』

「確定」

『……、ちょっとお聞きしますが、あなたはこのゲームは前情報無しの初プレイでしょうか?』

 

(……? それがどうかしたのか?)

 

 新たな選択肢ウィンドウ『はい』『いいえ』が現れる。「はい」と呟いても反応しない。

 どうやらこの入力は音声入力できず、手動入力しないといけないらしい。

 モモンガは腕を動かす感覚で操作できるアームポインタを『はい』の項目に合わせ、指先を動かす感覚でタッチして決定する。

 

『……、…………、………………、シークレットコマンドを認識。『至高の御方モード』が解禁されました。

 ゲームモードを選択してください』

「いや至高の御方ってなんだよ」

『至高の御方は至高の御方です。あなたが至高の御方なら至高の御方がなにかは分かるはず』

 

(いや至高の御方とかじゃないからわからんし)

 

 気になってしまうものの、いまは目前に展開されている選択肢ウィンドウの文字列を追う。

 ウィンドウには『通常モードプレイ』『至高の御方モードプレイ』『このゲームの特徴』『二つのゲームモードの違い』の四つの項目があった。

 

(ゲームモードの違いって難易度設定的なヤツじゃないのか? ホント何なんだよ至高の御方モードって……)

 

 胸の奥がむずむずする感覚。久しく感じていなかった好奇心への刺激だ。

 心拍数の上がる心臓をいったん落ち着かせるために、彼はゲームモードとは関わり無さそうな『このゲームの特徴』を選んだ。

 

『このゲームはダンジョン探索をメインにした半フリーシナリオのRPGです。ある程度自由に楽しんでいただくために、問題を解決する方法はだいたいにおいて二通り以上用意しています。

 あなたの好きな歩き方で、世界を踏破してください。

 なお、本作では時間がカウントされていきますが、ストーリーは時間が進むことを前提に作られていますので、初めてのかたでも全く急ぐ必要はありません。ごあんしんください』

 

(へえ、なかなか面白そうなじゃないか。

 にしてもこのシステムメッセージ、誰の声だ? 途中から機械音声じゃなくなったような気がするんだけど。

 自声の音声登録? どこかで聞いたことあるようなないような……)

 

 フリーゲームでボイスが取り入れられるとき、大抵は無味乾燥とした機械音声であるため、ちょっとした変化でもよく目立つ。

 ユグドラシル時代に同じギルドのメンバーだった『ぶくぶく茶釜』さんにお願いしたらボイスを用意してくれるだろうか? なんて夢想するものの。

 

(相手は声に関してはプロだしなぁ……個人的なワガママ頼みこむなんてダメだろうなー。最後にやりとりしたのは何年前だっけ?)

 

 なんてことを考えながら、次に『二つのゲームモードの違い』を選ぶモモンガ。

 

『通常モードは2004年10月28日に公開されております「イストワールver2.03」をユグドラシル・ツクールで再現したものとなっています。もちろん仕様の違いは多々ありますが、できるだけがんばって再現したつもりです

 ……、一方、至高の御方モードは最新の非公式パッチにより導入された、初プレイ時に規定の初期設定と名前を選択したときのみ解禁されるDGリメイク版専用の特別なモードです。初プレイ時限定ですので、一度通常モード選んでしまうと二度とプレイ出来ません』

 

 機会音声とそれに似せた台詞が入り混じる言葉の中に、初プレイ時限定。特別なモード。逃すと二度とプレイ出来ない……などといった抗いがたい言葉が含まれている。

 これでは専用ストーリーモードをやってくれと言っているようなもの。

 モモンガはツンツン刺激される好奇心に逆らわず、素直に至高の御方モードとやらでこのゲームをプレイすることにした。

 

『……っ、それではモモンガ様、どうぞこちらへ』

 

 システムメッセージが喋り終えると、大きな扉が闇から這い出るように現れた。と同時に自分の体……アバターが動かせるようになる。

 この扉を開けることでゲーム開始するのだろう。

 よくよく扉を見てみると中央に張り紙がされていて『この扉は千兆分の一の確率でさえ開かない。我々は千兆分の一の確率でさえ祝福されない』と書かれている。

 

(千兆分の一って……流石に大げさ過ぎないか?

 いや、導入部ならこれくらいの方がいいんだろうな。多分だけど。

 参考にしようっと)

 

 モモンガは抜け目のないフリーゲームクリエイターの視点で情報収集しつつ、ゲームを始めるべくその扉を開く。

 

 扉の中央に張られた張り紙は、当然ビリビリと真っ二つに破れた。

 

 直後、フラッシュとともに雷のSEが鳴り響く。

「うわっ」演出に驚いたモモンガであったが、どうやらそれ以上のドッキリ要素はないようだ。

 

(心臓に悪い演出はやめてくれよ、心臓麻痺で死ぬだろうが。プレイヤーが全員健康体だと思うなよ?)

 

 製作者に悪態をつきながらも彼はそのまま中に入っていく。

 扉の先には薄暗い通路が続いていた。

 周囲の状況がわかりづらかったものの、通路の先は個室で、プロジェクターから発した光が正面に壁があること示していた。

 

 これ以上進める場所はない。

 強制イベントでも始まるのだろう、とモモンガがあたりをつけていると、オープニングムービーらしきものが流れ始めた。

 といってもそれは動画ではなく、文字列が下から上へスクロールしていくという簡素なもの。

 個人製作のフリーゲームにありがちな演出だ。

 あるいは古き良き2D画面のレトロゲームの演出を今風に再現したものかもしれない。

 そこにはこう書かれていた。

 

 

 

 ----------------------------------

 

「私を愛して欲しい」

 

 とあなたは言った。

 

 あなたが最後に発した言葉は、私を表す力となった。

 

『私は愛する』

 

 と改めて誓った。

 

 しかし、私は一人となった。

 

 散りゆく木の葉は泥の海に沈み、そして何処かへ辿り着いた。

 

「きっとあなたは見失っている。だからあなたは辿り着けない。だってそうとしか考えられない。それ以外に理由はない。

 ――この地に栄光の証を刻もう」

 

 私はここにいますと、どこから見ても分かるように、私は我らが同胞と、未知なる地を征しに行った。

 

 ----------------------------------

 

 

 

 

 意味深な文章であったが、意図するものはモモンガにはわからない。

 わかるのは、木の葉はユグドラシルの暗喩であろうということと、異世界転移モノっぽいプロローグだということだけ。回顧主義の旧ユグドラシルプレイヤーが頻繁に使う演出である。

 モモンガはこれを「初見のプレイヤーには完全に理解させるつもりはなく、最後までクリアした後に改めてはじめからプレイすることでようやく詳細が察せる文章」だと捉えた。あるいはプレイヤーの興味を引くだけの文章で、深い意味などないかもしれない。

 

 いずれにしても、いつかわかる時が来るだろう。

 途中で投げ出さず、最後までゲームをプレイしていたらの話だが。

 

 シンプルなオープニングムービーが終わると重厚な扉が閉まるようなSEとともに景色が一変し、モモンガは洋館と思われる場所のエントランス中央に立っていた。

 転移魔法のちょっとした応用で再現される場面転換テクニックだ。モモンガもまた自作ゲームでこの演出を取り入れている。

 

 正面には大扉があり、左右に伸びる通路と二階に繋がる階段が目に付く。背後には玄関と思われる扉があった。

 足元は簡素ながら清潔なフローリング。一部に絨毯が敷かれているが廊下の途中で途切れている。

 上を見上げればシャンデリアがひとつ。天井はほどほどに高い。

 ゲームプレイヤーの嗜みとしてまずはぐるりと周囲を見まわしたが、特に気になるものはない。

 作りこみすぎず、されど不足させすぎずといった無難な作りである。

 強いて気になる点があるとすれば、絨毯を敷くならきっちり作りこめば良いのに、という程度。

 周囲を確認していると『隔離区域・ウル別館』という文字が右から左へ通り過ぎた。

 視界に文字がスクロールしていくだけの演出なのだが、ついつい目で追ってしまう。

 印象に残る演出だ、とモモンガは感心した。

 

(これいいな。あとでこの演出のやりかた調べとこう。使うかもしれないし)

 

 どう活かすかと悩んだ挙句、結局使わなさそうなことを考えつつ、モモンガは目線を手元に送る。

 果たして彼の手は剥きだしの骨となっていた。

 体がスケルトンになっている。

 

(いや、初期設定のキャラクターエディットでオーバーロード選んだんだから、たぶんオーバーロードだろ)

 

 なにせユグドラシル・ツクールならばユグドラシル時代には不可能だった「下位職なしでオーバーロードLv1のみ」というレベル配分も可能なのだ。

 ゲーム開始直後の種族が死の支配者だったとしても、どこもおかしくはない。

 手を握りこみ、そして開く動きに違和感はない。

 在りし日の思い出が脳裏によぎり、どこか懐かしく感じた。

 ステータスを確認するためにメニュー画面を開こうとしたが、その直前にパリンとガラスが割れる音がした。

 

 モモンガが手元から視界をあげると『シャルティア・ブラッドフォールン』が驚愕に目を見開き、口元に手を当てていた。漆黒のボールガウンを身に纏う姿はサンプルNPCとしてユグドラシル・ツクールに登録されたデフォルト設定そのものであった。

 頭上には『美少女』という名前表記が浮かんでいて、その足元には割れたグラスやボトルが散らばっている。

 

 ユグドラシル・ツクールではユグドラシルからの進化としてNPCの表情さえ作りこめるようになったのだが、その機能を使いこなしているのだろう、涙目で震えながらモモンガを見つめている様子を目の当たりにし、謎の罪悪感を抱くとともに見事なマクロ構成だと感心してしまう。

 

(にしてもシャルティアはNPCの中でも特に人気だなー。やばいくらい表情差分たくさん作られてるんだよな。作者もめんどくさいだろうに、よくここまでモーションと連動した表情変化のマクロ作れるもんだな。

 で? 最序盤から登場した『このゲームの』シャルティアはどんな配役だ?)

 

「も、もんが、さま?」

 

 機会音声ではないシャルティアの呟きにフルボイスかと耳を疑った。

 モモンガが想定したいるより大作なのかもしれない。

 明日も仕事なのに……なんて思っていると、彼の目の前に選択肢ウィンドウが出てきた。

『首を縦に振る』『首を横に振る』『首を傾げる』の三択。透過ウィンドウに設定されているのかウィンドウ越しに背景が見えた。

 モモンガは無難な選択肢として首を縦に振った。

 

「モ、モモンガさまが御帰りに! モモンガさまがっ! あああああっ!」

 

 シャルティアはこれこそが嬉しい悲鳴だといわんばかりのお手本のような歓声をあげ、エントランス正面扉を開け放ち叫んだ。

 

「もももモモンガ様のおぉぉぉぉおおおおおお!!!

 おなぁぁぁりぃぃぃいいいいぃぃぃぃいいいいいいい!!!」

 

 ガタガタガタッ! と室内から椅子が倒れるSE。直後に『執事』『悪魔』『男の子』『女の子』『巨大昆虫』などといった名前表記を浮かべる者達がどたばたやってきて、ある者は漢泣きし、ある者は号泣し、ある者は平伏し、ある者は抱きついてきてと大混乱に陥った。

 

(うん……えーと……なんだこれ?)

 

 きっと。

 

 きっとこれは、主人公と彼ら彼女らとの、感動の再会を表すイベントシーンなのだろう。

 

 けれども、感化されようにも開幕からフルスロットルすぎて展開についていけない。

 

 モモンガはなずがまま抵抗一つできず、そのどたばたを受け入れることしかできなかった。

 

 

 




 モモンガさん=いつものゲームのつもり。
 ナザリック勢=待ちに待った主の帰還。
 ……という一風変わった設定から始まるオバロ二次を書きたいがために捏造を始めとした前フリ長文を書く必要があるところにオーバーロード二次書くむつかしさを感じました(こなみ)

 イストワールのタグに釣られた方への処方箋=超次元ゲイム ネプテューヌの登場キャラクターではありません。ダンジョン探索型のフリーRPGのほうのイストワールです。
 ですが、レーベン君(仮名)を始めとした主人公系と愉快な仲間たちは出てきません(重要)
 二次創作オバロストーリーに、イストワールの舞台設定、世界観などを差し込もうとしている――というイメージです。

 そういうタイプのクロスオーバーですのでよしなによろしくお願いします。




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1.物語のはじまり、秘密の招待状

マーレは男の娘ですが、この作品での表記は『男の子』です。不思議ダナー(棒)



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「勿論この事は知ってらっしゃると確信しておりますが、ナザリック地下大墳墓は現在、崩壊の危機に瀕しております」

 

ヒント.この物語の目的

世界崩壊の理由を突き止め、その原因を排除すること。

 

 その食堂で『執事』が口火を切ると、館に集った6人の階層守護者たちはそれぞれ己の知りうる情報を口にした。

 モモンガの目前に浮かんでいるヒント・ウィンドウは議論の結論だろう。だが彼にしてみれば、議論の結論などよりも表情差分が多用され、情緒豊かにフルボイスで喋るNPCたちの挙動をどのようにすれば再現できるのか、という作り方のヒントのほうがよっぽどほしかった。

 

「ナザリックの崩壊は地表部より始まり、今や情報の中枢『最古図書館(アッシュールバニバル)』まで迫っています。もはや一刻の猶予もなく、早急に事態を打開しなくてはなりません」

「妾たちは<秘密の招待状(シークレット・インビテーション)>の効果でこの館に招かれたでありんす」

「あの時からモモンガ様はこの日のことを予見してらしたんですよね!」

「非常時故シカタナイ事トハイエ、身体能力ガ大幅ニ低下シテオリマス。デスガ全テハモモンガ様ノ掌ノ中。何モ恐レル事ハアリマセン。我々ハソノタメニ召喚サレタノデスカラ」

「ですが、あの、守護者統括とは、その、連絡がつきません。ごめんなさい!」

 

 まるで生きてるみたいだなあ。

 ……なんて、よくできたNPCを褒めるありきたりな感想しか浮かばない。

 

 しかし全ての現象はイベント管理で説明できる。フリーゲーム製作に力を注いできたモモンガのいまの知識ならば、最新のDGFEの粋を駆使し、なおかつ労力を惜しまなければこれらの動作は理論上再現可能なのだ。

 たぶん。きっと。おそらく。あしたからがんばる。

 

 モモンガの脳裏ではどのようにイベントを組みあわせれば実現可能かと推察するのに余念がない。

 

(……口パクも完璧だ。さっきのイベントといいこの場での表情差分多用といい、作りこみが半端じゃない)

 

「ともあれ、守護者統括殿が姿を隠し、ナザリック内では転移もできない、となれば、おのずと打てる手は限られます。

 モモンガ様。

 私如きではその偉大なる英知を推し量ることなど到底叶いませんが……どうぞ我らを如何様にも使い潰し、快刀乱麻をお断ちくださいませ」

 

 

 

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 エモーション豊かなNPCたちとの感動の再開()の後。

 一定時間経過で進行する時限式イベントだったのか、はたまたいつまでも終わる様子をみせず困っていたモモンガの様子を察したのか、場の混沌を収めたのは『悪魔』であった。

 

「今から問題の事件について議論するところでした。もっとも、この未曾有の危機をあらかじめ予見し、そして我々だけでは手に負えず万策尽きたとみるや即座に御降臨なされたモモンガ様ならば委細承知の上でしょうが」

 

 という言葉で我に返った一同は改めて平伏したのだが、モモンガはその後発生した選択肢ウィンドウから『……?』を選んだところ、ならば早速とばかりに大広間の扉の先にあった食堂へと場所を移し、モモンガは食堂内にあった長机のいわゆるお誕生日席に座ることとなった。

 守護者たちは長机を挟んで左右に三人ずつ分かれて起立の姿勢をとり――その後、以上のような言葉が交わされたのだった。

 

 ただ、前述の通りNPCの一挙手一投足に気を取られていたモモンガは、いまひとつストーリーに集中できず話半分に聞き流す形となっていた。しかしナザリック崩壊という単語を聞かされ、世界崩壊という単語を見せられれば、このゲームがどのような内容か大方の予想はついていた。

 

(まさかアインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点を題材に、崩壊モノ作ったヤツがいるとは)

 

 世界崩壊モノ――崩壊モノとも略されるそれは、旧ユグドラシルプレイヤーが主に作成するフリーゲーム群で、ユグドラシルのサービス終了を世界崩壊と見立て、残されたNPCたちが……といったていで始まる一種のテンプレでストーリーある。

 

 果たしてこのゲームが崩壊モノのテンプレに沿うならば、この場は対象となるNPCたちが所属するギルド拠点――アインズ・ウール・ゴウンのギルドならばナザリック地下大墳墓の何処か――を舞台したものであるはずだが、モモンガの記憶にはナザリック内に『隔離区域・ウル別館』なるマップなどない。

 

 ということは、ここはモモンガの知るナザリックではないだろう。

 いらんアレンジを加えよってからに、とモモンガは内心憤慨した。

 

(ナザリック地下大墳墓については俺が一番詳しいんだからな!

 こういう会議やるなら円卓の間で良いんだよ!)

 

 ナザリック地下大墳墓がフリーゲームの素材として使われることに思うところは多々ある――が、リアルの体に装着された心臓ペースメーカーが働いたのだろう、急速に興奮状態は抑圧された。地獄のような労働に苦しんでいるのは何も『ヘロヘロ』さんだけではない。モモンガの身もまた過酷な重労働で病んでいた。

 

 テンプレといえばユグドラシルのサービス終了日に相次いだ自殺者の存在もまた、時を経ても不謹慎ながらユグドラシル・ツクールではよくネタにされる。

 彼らを一世紀以上前に流行った転移モノ、転生モノなるジャンルにあわせこみ、ギルド拠点とともに異世界に転移した、というところから始まるフリーゲームもある。

 

 閑話休題。

 

 この崩壊モノのテンプレのオチは、色々手を尽くしても容赦なく世界が滅ぶものから超展開でNPCたちが救済されるものまで様々。

 

 そういうものだと考えれば居並ぶNPCはいずれも『アインズ・ウール・ゴウン』の面々が制作したキャラクターであろうことは明白だが、ユグドラシル・ツクール内で非常に人気が高く、さまざまなジャンルのNPCとして引っ張りだことなっているシャルティアを除いて、モモンガはこの場にいる他のキャラクターの名前や設定などの記憶があいまいであった。

 

 少なくともモモンガ自身は一度以上は彼らのキャラクター設定に目を通したことがあるはずなのに。

 

 そう、ずっと昔。

 たった一人でナザリック大墳墓を維持していたとき。

 

 在りし日の思い出を振り返るように、去っていった者が残したものを、モモンガは確かに目を通したはずなのに……残念ながらモモンガの中の人――鈴木悟――は一介の人間であり、そして人間とは記憶が摩耗するものだ。

 

 ユグドラシル・ツクールに登録されているサンプルNPCは、十二桁の英数字が割り振っただけの無味乾燥とした表示になっている。種族レベルや職業レベルの項目はデフォルト設定があるものの、製作者の思いが詰まったキャラクター設定を閲覧することはできなくなっていた。R18指定必須なキャラクター設定が書かれすぎていることが主な原因ではないかと某掲示板ではまことしやかに囁かれている。

 とはいえ、モモンガにとってのトラウマ……この場にはいないアルベドの設定をNPC製作者の許可も取らずに書きかえたことがバレる心配がなくなったともいえる。

 

 罪悪感から記憶に根深く残っているアルベドの設定すら、ユグドラシル最終日に確認するまでは守護者の統括でありナザリック地下大墳墓の最上位NPCだった、ということくらいしか記憶になかった。その日から六年以上経ってしまえば、何をか言わんや、である。

 

(うん。ログアウトしたらギルドのwikiみなおしてこよう。全員は載ってないけどNPCでもシャルティアとか、他にも何人かの記事は書かれてたハズだし)

 

「モモンガ様。よろしかったでしょうか?」

 

 モモンガが物思いにふけっていると、音もなく傍らに控えていた『執事』に声をかけられた。

 

 議論はいつの間にやら止まっていて、みな一様にモモンガを見つめている。

 

(ああ、聞き漏らしがないように集中力が途切れてたらストーリー進行止まるのね。ホント、凝ったつくりしてるよなあ)

 

 リアリティのある反応であるが、これらの現象もイベントフラグ管理とゲーム中プレイヤーのバイタル確認機能を参照とする関数をなんかいい感じに上手く組み合わせれば、十分に実現可能な挙動である。クソがつくほど面倒そうな手間ヒマをかける必要はありそうだが。

 モモンガは改めて『執事』を見る。執事とはかくあるべし、という理想を追求したかのような身なりをした白髪の老人で、ピンと伸びた背筋や鋭い目つきからは「老いて尚健在」という言葉を連想させずにはいられなかった。

 

 見覚えはあれども残念ながら名前は思い出せない。

 

 半年以上前にプレイしたオフラインゲームに登場する執事系キャラクターの名前はバトラーであったが、それはこの『執事』の名前ではないだろう。では正解は何かと聞かれても答えられそうにない。代わりにわかることをモモンガは答えた。

 

「ああ、大丈夫。聞いてる聞いてる。だいたいわかってるよ。

 世界崩壊の理由を突き止めて、その原因を排除すればいいんだろ?

 パターンはそんなに多くないんだ。どれが真因か突き止めればいい」

 

 目の前にうかぶヒントをほぼそのまま読み上げ、そして崩壊モノのテンプレから推定されるオチを予想すると「流石はモモンガ様」等等と口々に敬われた。

 ストーリーはちゃんと聞いていると示しただけなのに、まるで会話するかのように自然な反応を返すのだな、とモモンガは感じた。

 AIプログラムより簡素で機械的なイベント管理であるはずなのに、人間性、という表現をNPCに対し用いることが適切ではないことは分かっているが――生命を吹き込まれたかのように生き生きとしている。

 

「まさに端倪すべからずという言葉が相応しきお方……」

「今のところわからないのは、ここはどこかってことくらいだ」

「……ここはウルベルト様がナザリックに数ある隔離区域の一つに作り上げた『秘密基地』でございます」

「あー転移罠でハメ殺す隔離区域の1つをこっそり別荘にしたってことか。

 ははっ。確かにウルベルトさんなら俺にも内緒で作りかねないな。秘密基地なんだし」

 

 そういえば、とモモンガは思い出す。

 いつだったか『悪の美学』についての話題となったとき、秘密基地がどうこう言っていたような気がする。

 ならばこのマップは、荒唐無稽なでっちあげなんかじゃない。

 かつて実在したかもしれない、という可能性のひとつを形にしたものだ。

 

「あースッキリした。こういうのやるなら円卓の間だ、ってイメージがあったからさ。さっきからずっと気持ち悪かったんだ」

 

 モモンガの独り言に反応した『悪魔』はフローリングを突き破らんとするほどの勢いで土下座しだした。

 

「大変、大変申し訳御座いません……っ!

 皆に非常時はこの地に逃げ延びるよう薦めたのは私で御座います!

 私は……私なりの最善を求めるあまり、また間違ってしまったのか……モモンガ様の磐石極まりない計画を狂わせかねない一手を打ってしまったことを、死してお詫びします!」

 

 なんか急に自殺しようとする『悪魔』に、モモンガは慌てて「やめろ。死ぬときはマジで死ぬイベント組んでるやついるからマジでやめろ。死ぬ必要はない」というと慈悲深きモモンガ様がなんやかんやと言ってうやむやになった。

 

 なんか今の――会話になってない?

 

(落ち着け。勘違いするな俺!

 こんなの特定の単語にAIプログラムが反応して、迫真のモーションに合わせて決められた台詞を口にしただけに決まってる!

 だから――ゲームクリエーターとして完全敗北してる、なんて思う必要はないんだ)

 

 このアバターに涙を流す機能があったら、あまりにも桁外れの才能の違いに滂沱の涙を流していたところであるが、オーバーロードであるためか別にそんなことは起こらなかった。

 

「その点について、現状の問題点はひとつ。

 我々はこの館を出なければ行動のしようがありませんが……災いの根源を絶つためには外へ出なければならず、しかしその災いによってそもそも外へ出ることさえ叶わない、という状況です」

 

 唐突に『執事』から繰り出された脱出ゲーム要素にモモンガは無い眉を寄せた。彼は脱出ゲームのたぐいは苦手だった。

 

 

 

 ----------------------------------

 

 

 

 崩壊モノの特徴として、元ギルドメンバーがプレイすればとても感情移入しやすい点がある。

 ギルドメンバーでは無い者でも、背景はともあれ世界を救うという普遍的なテーマや、糞運営をラスボスに据え易いことから数多く作られ、そしてプレイされてきた。

 

 まだNPCたちの細やかな設定どころか名前すら思い出せないモモンガであったが、あまりにも良くできた彼らに早くも感情移入しはじめた彼は、このゲームのオチがバッドエンドでないことを祈った。

 アインズ・ウール・ゴウンはPKを中心としたDQNギルド、なんてみなされていたことから望み薄ではあるが、これだけNPCを作りこむのならば、きっと救いはあるはずだ。

 

(頼むから上げて落とす系のストーリーだけはやめてくれよー。その展開は俺に効く)

 

 思案から脱したモモンガが目線をあげると、再び全員の視線が自身に向けられていることに気付く。

 期待する目。

 この表情差分にタイトルをつけるとするならば、それ以外ないと言わんばかりの瞳。 

 

 その眼差しを向けられるだけで、言葉にせずともきっとなんとかしてくれる、という思いが伝わってくるかのようだった。

 

 モモンガは何か能動的に動く必要があるのかと選択肢ウィンドウを探して視線を巡らせたがでていない。こんな中途半端なところでオープニングイベントが終わりとは思えず、そして何故イベントが再び中断しているのか見当もつかなかったモモンガは、さしあたって音声認識機能の汎用的なキーワード機能の一つ「再開」と口にすると、ハッとしたような様子をみせた『悪魔』が口を開いた。

 

「畏まりました――さて皆、何か良い知恵はないかい?

 どうやらモモンガ様は、その深謀遠慮の策により、我らが思考し答えを導き出すことをお望みのようだ」

 

『悪魔』の問いかけに、NPCたちは思案する様子を見せる。

 外見は『執事』とは別のコンセプトで作られた家令のようなのだが、銀色の装甲のようなもので覆われた尻尾は彼が人間とは似て異なる存在であることが示している。

 この場にいるNPCの中では、シャルティアの次くらいにモモンガの印象に残っているキャラクターであった。なにせ親ともいえるギルドメンバーが散々自慢しまくっていたのだから。

『ウルベルト』さんはこのNPC完成直後、とても熱心にギルメンたちに『悪魔』の設定を語っていた。ログイン率の高いモモンガは自慢しているところに何度も居合わせ、同じ話を何度も聞かされて……

 

(確か、ウルベルトさんが作ったNPCの……デリ、デミ、デビルミゴス?

 いや、なんか違うなぁ……でも、たぶんこんな感じの名前のハズだよなー)

 

 けれど、楽しかったあの日を思い出そうにも、もうはっきりとは思い出せない。

 色あせた思い出。

 人間は思い出だけで生きていくことはできないのだ。

 

「あの、」

 

 沈黙を破るように金髪の『男の子』が口を開いた。彼は小柄なエルフで、白地に金糸の入ったベストとスカートを身につけている。見た目が『女の子』とよく似ていて、姉弟か兄妹のどちらだったか……一見『男の子』と『女の子』の表記が入れ替わってしまっているようにもみえるが、これであっているのだ。それだけは間違いなく覚えている。

 では名前は? というと出てきそうで出てこない。フェザリーヌ・何とか・アウアウローラではないのは間違いない。

 むず痒い思いにモモンガが後頭部を掻いていると、再び全員の視線が自身に向けられていることに気付く。

 

 モモンガは思わず居ずまいをただし、再び「つづけて」と先を促した。

 

「ハイ! じゃあ、ええと、あの、空間をナザリック内の定義空間と連結できるアーティファクトがあると聞いたことがあるのですが、その、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンって名前だったと思います」

 

 その台詞にモモンガの記憶屋が刺激される。

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

 ナザリック内の名前がついている部屋ならば、回数制限なしに転移でき、宝物殿に行くためにも必要なキーアイテムでもある。

 懐かしさにモモンガはうんうんと頷いていると、マーレと呼ばれた『男の子』は気をよくしたのか言葉を続ける。

 

「えっと、あの、もしそれがあれば、館内にある特異点を軸にして、崩壊した未定義空間を越えた先の、まだ安定している定義空間に繋ぐことができる、と思います」

「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン……先ほどの探索の際、この館のコレクションルームで見かけましたが……」

「何カ問題ガアッタト?」

「持ち出し防止のためでしょう、コレクションルーム内の他の品々と同様、呪いがかかっておりました。解呪せずコレクションルームから持ち出せば想像を絶する苦しみの末、息絶えることになるかと」

 

『執事』の言葉に再び沈黙が場を支配した。それは行き詰った現状を解決するアイテムは存在するものの、入手できないことを意味していた。

 一方モモンガはストーリーよりも内心に浮かんだ新たな謎に頭を悩ませていた。

 

(あれ? でもなんでこのゲームにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが出てくるんだ?

 ユグドラシル・ツクールの仕様では、マップの流用はできてもギミックの流用はできないんだ。

 ナザリック内では普通の転移ができない、ってのは昔試してればわかるだろうけど、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのことはギルドメンバーしか知らないだろ。

 うーん……ってことは、もしかしてこのゲーム、元ギルメンの誰かが作った?)

 

 ゲーム制作者は誰だったかな、と気になったモモンガはメニュー画面を開いてセーブした後、ログアウトしようとしたが、イベント中であるためかそもそもメニュー画面が開けなかった。

 

「アンタ解呪とかできないのマーレ?」

「む、無理だよ。お姉ちゃん」

「呪いの類いでしたら、ペストーニャならばあるいは」

「でもメイド長はここに来てないんでしょ? 間に合わなかったの?」

「…………」

「で、でも、僕たちいま、デミ・アストラルなんだよ?

 もしここに来れても、解呪できなかったんじゃないかな」

 

 種族、半・星幽体(デミ・アストラル)

 ユグドラシル時代にはログアウトや死亡、本体への接触で元に戻る事からネット上に検証情報が書きこまれることはなかったが、ユグドラシル・ツクールの種族情報に書かれた公開情報によれば、デミ・アストラルとは<秘密の招待状(シークレット・インビテーション)>でのみ擬似転生できる種族である。

 この種族は種族レベルを50まで上げられるという一般的な例から外れた変わり種であり、レベルをあげていくことで元となるプレイヤー本体が使えるスキルや魔法の一部が取得できるという仕様だ。

 

 ただしデメリットとして新たな職業を獲得したり、職業レベルをあげることはできない。

 

 要はユグドラシル時代にはネタにもならないほど全く使い物にならず、けれどユグドラシル・ツクールにおいては既存キャラを弱体化させるのにおあつらえ向きの種族ということだ。外装に変化がなく、最高レベルが50であり他のレベルがあがらない、というバランス調整しやすくなる特性が注目され、ツクラー(ユグドラシル・ツクールでゲームを作る人という意味)に愛用されている種族でもある。

 

(デフォルト設定だと<秘密の招待状(シークレット・インビテーション)>使用後はデミ・アストラルLV5になるんだったよな。

 覚えてるスキルや魔法確認したいけど、相変わらずメニュー画面開けないしなあ……っていうか、名前だったらこいつらのステータス画面見ればわかるじゃん。わざわざwikiみにいくこともないか。これだけ凝ってて名前だけ間違ってるなんて片手落ちはなさそうだし)

 

「そ、それに、もし仮に解呪できたとしても、至高の御方のコレクションに手を出すなんて……」

「って、至高の御方ってアインズ・ウール・ゴウンのギルメンのことかい!」

 

 痛々しくも恥ずかしく、けれども胸が高鳴るこのゲームの導入部に聞いたその単語の正体が判明した瞬間、モモンガが思わず反射的に突っ込みをいれた。

 こう、手の甲をビシっと。

 マーレとよばれた『男の子』はビクっとして俯いた。

 モモンガは謎の罪悪感に苛まれた。

 

「あー、っと、なんか、ごめん」

「いえ! モモンガ様が謝る必要なんてないです!

 謝るのは僕のほうです!

 お許しもなく勝手に至高の御方々なんて呼んでてごめんなさい!

 死んでお詫びします!」

「おいやめろ。お前もか。いきなり自殺しようとするな」

「マーレ、死の支配者(オーバーロード)たるモモンガ様の許しなく死ぬ必要はござりんせん」

「慈悲深キモモンガ様ガ声ヲ荒ゲルホドトハ。以後コノ呼ビ名は改メネバナルマイ」

「私が思うに、敬意が足りなかったのかもしれないね、コキュートス。至高にして究極なる御方々、というのはどうかな?」

「いや、それより本題に戻れおまえら。再開再開」

「はっ。見苦しいところを御見せしてしまい、申し訳御座いませんモモンガ様」

「時間が惜しい。改めて館内を手分けしてコレクションルームの解呪方法を探そう。ウルベルト様の個人的趣味が詰まっているこの別館ならば、どこかに情報が残されていてもおかしくない」

 

『悪魔』の提案に合わせ、頭を下げた『執事』を除いた五人はそれぞれ食堂から館内へと散っていく。

 

(……えっ?

 いや、流石にいまのは、なんか、おかしくないか?)

 

 違和感のない会話、という違和感。

 AIプログラムを始めとした最新システムを駆使してもとても再現できそうにない言動。

 このときモモンガはようやく、このゲームは何かがおかしいことに気付き始めた。

 

 

 

 




目の前に広がるのは、崩壊したナザリック地下大墳墓…。
そして、守護者、全員死亡――


……っていうあらすじから始まる、オーバーロード原作のスマホゲー「MASS FOR THE DEAD」のサービス開始は明日(2019/2/21)からみたいッスよー(ステマ)



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2.道なき道。ログアウトを目指して

最初の一週間くらい毎日更新したろと思ってましたが自分のペースでは8000文字はキツかった(反省)


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hint.この物語の特徴-仲間-

 コレクションルームにあるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを

 館内にある「未加工の大容量データクリスタル」で解呪すれば、いよいよ冒険の始まりです。

 冒険の途中で更にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを入手したなら

 同行者を増やすことができます。

 パーティメンバーの変更は館内ならばいつでもできます。

 ダンジョンやプレイスタイルにあわせて都度仲間を選んでください。

 どのキャラクターも一長一短、個性的な能力を持っていますよ。

 

 もちろん、あなたは覚えていますよね?

 

(くぅっ! 胸が痛い!

 ごめんなさい! 覚えてませんでした!)

 

 そこに新たに浮かんだヒント・ウィンドウの文言は、的確にモモンガのウィークポイントをつき、脳裏に浮かびかけていたこのゲームへの疑問を吹き飛ばした。

『執事』は腰を九十度曲げて頭を下げる姿勢を崩さない。

 モモンガは視界の片隅に映る『執事』のことは気にするものの、それよりも、と一旦脇に置き、再びこのゲームへの疑惑について考え直す。

 

 確かに。

 確かに先ほどのやりとりは自分の知識では到底再現できそうにないほどの完成度であった。

 それは認める。

 

(けど、よくよく考えてみれば……俺ができるわけがないって思うことが、そのままAIプログラムの限界点ってわけじゃないんだよな。

 六年前じゃ絶対に不可能だって思えたことが、今では当たり前のように普及してるんだし。

 例えば本職プログラマーとかが……そう、そうだ!

 例えばナザリックのAI製作担当だったヘロヘロさんが、最新のDGFEの機能を自重せず使ったら、これくらいやれるんじゃないか!?

 ううん良く知らないけど絶対にそう。

 きっとこのゲームはヘロヘロさんが――例えば、転職後の仕事が軌道に乗って、就業時間も安定したりして、その後に発売されたユグドラシル・ツクールに触発されたりなんかしちゃったりして……)

 

 脳内妄想を繰り広げる事でどうにか現状に折り合いをつけたモモンガは、さきほどから頭を下げた姿勢のまま動かない『執事』を見た。

 ピクリとも動かない。

 AIプログラムの作りこみ不足か? という疑問は浮かぶものの、ここまで作りこんでおいてそんな不手際があるとは思えない。恐らくプレイヤーの言動に反応する待機状態であるはずと予想したモモンガは「大した事じゃないから気にするな」と声をかけると、許しが出たことへの感謝を述べるとともに不動であった上体を起こした。

 

(動きの予想がまったくつかないわけじゃない。

 コレはゲームだ。いつものゲームなんだ)

 

 想定内の動作を見た事でいくらか余裕がでてきたモモンガは、ゲームゲームと自身に言い聞かせ、さしあたりストーリーを進めようと動いた。

 問題を解決する方法はだいたいにおいて二通り以上用意している、と導入部で語られたこのゲームの特徴を真に受ければ、この場で待機していてもストーリーは進みそうではある。

 しかしかつてのギルドメンバーの隠し家、という設定で作られたこの館を見て回りたいという気持ちが無いと言えば嘘になる。

 お宅訪問、ではないもの、プライベートな空間をイメージして作られてはいるだろうから……そう、探索はこのゲームを攻略する上で必要なことなのだ。

 

「――この失態を払拭する機会をいただけるのであれば、これに勝る喜びはございません。何とぞなんなりと御命令を」

「この館の見取り図ってある?

 俺も見て回ろうと思うんだけど」

「……申し訳御座いません。見取り図は先ほどの探索では見つかっておりません。必要とあらば即座にご用意いたし――」

「あー、っと。無いなら無いでいいよ。自分で確かめるから。

 じゃあウルベルトさんの部屋ってどこかわかるか?」

「はっ。ただちにご案内いたします」

 

 当たり前のように会話がなりたつ……かのような錯覚に陥るほど作りこまれたAIプログラム。

 

 もはや()()()()()()()と受け入れてプレイすることにしたモモンガは、先導する『執事』の案内に従って食堂を出ていき、階段を登って二階の部屋のうちのひとつに向かった。

 

 

 

 ----------------------------------

 

 

 

「……っ。お気を付けください。

 他の室内にもありましたその扉は、未定義空間へと繋がっている恐れがあります」

 

 その部屋には隠れてない隠し扉があった。

 

 部屋と廊下を隔てる位置にはない、ぐるりと回れば表と裏が見える、そんな扉が単体が室内を占有している。

 

 例えるなら実際に22世紀になってもフィクションのまま実現しなかった某猫型ロボットが、四次元に繋がるポケットから取り出すどこにでも繋がる系のドア、といえば伝わるだろうか。

 茶の木製である点など、例のアレとは異なるところもまたあるが、扉だけが直立したそれは、モモンガの好奇心を刺激する。

 が、近づこうとするモモンガと扉の間に『執事』はさっとその身を割り込ませ、冒頭のように注意を促した。

 

「なんだ? 即死罠か?」

「無警戒にかの『境界』を越えようとしたなら、モモンガ様のおっしゃられるとおりになるかと」

「マジか」

「確認いたしましょう」

 

『執事』の表情が覚悟を滲ませるかのような差分に変わり、この部屋の扉を開けたときと同じようにきわめて慎重に扉を開けた。開き戸の内と外――その境界線上を彼の指先が通り過ぎたとたん、正体が掴めない未知なるエフェクトが発生しその部位をズタズタに引き裂いていく。

 

「く――っ!」

 

 漢探知かよ!

 なんて思いは欠落していく指をみて吹き飛んだ。

 

「うわぁ……」

 

 部位破壊。なんてゲーム的な表現の中には到底収まらない生々しい傷跡。

 果たして『執事』は血を流すことこそ忠義だと言外に迸らせ、勢いをつけてその扉を一気に限界まで開け放った。

 その動作で境界を越えた手首から先が、扉の向こう側――毒の沼地と壊れた海賊船らしきものが見える――へと血を撒き散らしながら落ちていく。扉は勢いのまま蝶番の限界まで開き、そして反動で再び閉じていく。

 

 扉の表面に、擦れた指先の生々しい血痕が残る。

 

『執事』のほうに()()()腕部から血が零れ落ちるのを、モモンガは呆然として見つめていた。すぐさま彼は「お見苦しいところをお見せしました」といい、その腕を背に隠したが――

 

(なんだよこれは!

 グロテスクまたは暴力的なシーンが含まれています、って例のあの表示はどうした?

 予告なく残酷な描写をみせるのは犯罪だぞ!

 リアルすぎてショック死した事例だってあるんだぞ!)

 

 あまりにも真に迫ったそれに、計り知れない衝撃を受けたモモンガの心臓には多大な負担がかかったが……しかしあたかも精神系状態異常を無効化する効果でも発動するかのように抑制された。

『執事』は痛みに堪えるかのような口調でこういった。

 

「どうやらこの扉は、グレンデラ沼地を再現せんと、いぜんマーレが、環境改造を進めた『瓢箪状の湿地帯』の、ようですね」

「いや、いやいや、いやいやいやいや。

 待て。待って待って待って。

 色々聞きたいけどその前に手首!

 おまえ、手首……っ!」

「私のような者のために、心を痛める必要はありませんモモンガ様。御身の役に立てるなら、この傷も誉れとなりましょう。

 ……っこのように、未定義空間に触れた際、接触箇所には看過しえないダメージを――」

「もういい! そ、それより、はやく傷口をふさがないと、止血! 回復!」

「はっ。直ちに。<チャクラ>!」

「えっ?」

 

 だれかきてくれ、と叫びかけたモモンガはその言葉を飲み込んだ。

 モモンガの言葉を命令と受け取ったのか『執事』は職業・モンクが習得する、気を練って自身のHPを回復する特殊技術(スキル)を使用したのだ。

<チャクラ>のエフェクトが発生し――その後『執事』は背に隠した腕を自身の眼前にもちあげ、そしてぐーぱーと動かす。

 手首から先が、ある。

 

「えっ?」

 

 それどころか、身につけていた白い手袋もまた同時に再構成されている。

<チャクラ>の効果に装備修復などないはずだが、ありうるとすれば、おそらくデミ・アストラルの種族特性として本体が身につけていた防具類も身体の一部とみなしているため、などが考えられる。

 

「えーっ?」

 

 下位職で覚えられるため、レベルカンストまでいけばほぼ使う異機会はないスキル。

 せいぜい下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)の節約になる程度の回復量であるが、LV5の存在にとっては十分な効果があるらしい。

 

 ――なんて考察することで現実逃避していたモモンガは「ええーっ……」と何度目かになる行き場の失ったもろもろの感情を、ため息のように吐き出した。

 

「心配ご無用でございます。

 一部の接触だけであればダメージを受けるだけですみ、また特殊技術(スキル)で十分回復可能と判断しておりました」

 

 その言葉でモモンガは今はゲーム中だと思い出す。いや、始めからゲームだと分かっていたが、分かってはいるつもりだが。

 

「ああ、うん……うん。

 いや、その、なんだ、回復できて、よかったな。うん」

「至高にして究極なる御方の役に立つためだと思えば、たとえ回復などできずともたやすいこどです」

 

 こんなにも生々しくて。

 こんなにも真に迫っていたら。

 ゲームと現実の区別がつかなくなるではないか。

 

(やばい。作りこみハンパないって。ヤバいって。

 なんというか、すごく心臓に悪いゲームだ。

 生物災害IFシリーズよりヤバいんじゃないか? いや俺やったことないけどさ。

 ぜんぜん進んでないけど、今日はもうログアウトしよう……やるなら、休みの日とかに気合入れてやろう。すごい作りこみのゲームなのは間違いないんだし)

 

 なんなら、もうセーブなんかしなくてもいい。

 ゲーム開始直後なんだから、またはじめからやりなおせば――と、そこでモモンガは思いなおす。

 

(確か至高の御方モードって初プレイ時の1回しか選べない、んだっけ?

 やめるにしたって、せめてセーブしてからでないと、もったいなさすぎる。

 絶対、絶対ここまで作りこまれたゲームやる機会なんて二度とない気がする)

 

 モモンガは再びメニュー画面を開こうとし、やはり開くことができず、さっさとイベントを進めることを決意した。

 

 改めて室内を見回す。

 

 その部屋はウルベルトの書斎とよぶにはあまりにも簡素なつくりだった。

 机が一つ、本棚がいくつか。床はフローリングのままで、飾りっ気は皆無。

 何というか、もっと『悪』っぽいなにかがこれでもかと言わんばかりに主張している部屋を予想していたモモンガにとって、この簡素さは拍子抜けだった。

 

 しかし「悪の組織と言えば地下」というウルベルトの悪の美学論を思い出したモモンガは、この部屋はあくまで表向きの自室だと解釈した。

 

 机の上にはヒント・ウィンドウに表示されていた未加工の大容量データクリスタル、と思われるアイテムがあった。外見ではデータクリスタルの空き容量など分からず、アイテムメニューで確認しなければならないが、そちらも開く様子はない。

 が、単純に考えておそらく間違いないだろう。

 まずはとそれに手を触れ回収するモモンガ。

 

 『未加工の大容量データクリスタルだ!

 大結晶石を手に入れた(1個目)』

 

 するとポップアップウィンドウとともに、重要アイテムを手に入れたときに鳴りそうなSEが聞こえる。

 

(ああ、ゲーム的要素だ。ゲーム的要素万歳。

 もうさっきみたいな生々しいのはナシでお願いします)

 

 その後、大結晶石なるアイテムは自動でアイテムボックスに収納された。

 動作確認のためにアイテムボックス内のそれを出し入れをしてみるが、ユグドラシルのデフォルト動作と同じようにできる様子。

 

「モモンガ様、それは……」

「キーアイテムだろうな。

 さっさと進めよう」

「はっ!」

 

 とにもかくにも、セーブできるところまで進めたい。目的のアイテムを入手すれば、流石に一区切りだろう。モモンガは次に、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのある場所を聞きだした。

 

「コレクションルームってどこにあるんだ?」

「地下一階でございます。案内いたします」

 

 

 

 ----------------------------------

 

 

 

 一階より上のフローリングとは異なり石畳でできた『隔離区域・ウル別館』地下一階に下りてすぐ、岩肌がむき出しとなっている穴があった。

 

「なんだこれ?」

「お気を付けください。どうやらこの穴の下も未定義空間があるようです。

 先ほどの探索の折、デミウルゴスが召喚した悪魔を向かわせ、蟲毒の大穴に繋がっていることを確認しておりました」

 

(デミウルゴス! そうだよデビルミゴスじゃなくてデミウルゴスだ!)

 

 何気ない会話からモモンガはあの『悪魔』の名前を知る。

 同じように他のキャラの名前も聞き出せないだろうか?

 AIプログラムとはいえここまで人間味がある者に対して「おまえの名前なんだっけ?」とは言いづらい。言ったらまた死のうとするかもしれない。

 

「あれ? じゃあさっきのとこもデミウルゴスの召喚悪魔に任せれば良かったんじゃないか?」

「お言葉ですが、デミウルゴスの悪魔召喚は再使用時間(クールタイム)が終了していないかと。時間が限られている以上、ダメージを覚悟のうえで動くことこそが最善の行動であったと認識しております」

 

 言葉を交わしつつその大穴を通り過ぎた先の左手側の壁には、山羊か悪魔を象った扉。

 表札には『(カルマ)の部屋』と書いてあった。

 

「ここも意味分からんとこに繋がってるのか?」

「お許しを。私どもでは分かりかねます、鍵がかかっているようです。

 ですが現在のところ、鍵は見つかっておりません」

「なるほど?」

 

 本音を言えば。

 モモンガとしては雑談などよりよほど聞きたいことがあった。

 ウルベルトの書斎とされる部屋にあった扉の先のことなどだ。

 

 ナザリック内だという設定なのに、なぜ外部と行き来できそうな扉があるのか。

 他にも扉があると言っていたが、ではどこがどこに繋がっているのか。逆侵攻の危険はないのか。

 そもそも未定義空間とは?

 

 けれど、それらを聞いてしまえばストーリーを進めたくなってしまうかもしれない。

 楽しみは後日にとっておくべく、モモンガは自重していた。

 

(でもこのゲーム。世界崩壊モノと思ったらなんか色々テンプレと違うんだよな。

 こうなるとリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの機能もまともに使わせてもらえるか怪しいもんだ)

 

 歩きながら考察している間にコレクションルームへたどりつく。

 室内にはさまざまな部位の装備類がショーケースの中に飾られていた。

 

 モモンガには見覚えのない装備が多く、性能よりも外装を重視したいわゆるオシャレ装備、いや、悪趣味な装備品ばかりのように見える。経験から感じとれるこれらの装備の階級はせいぜい遺産級(レガシー)か、あるいはそれ以下だろう。

 もっとも、アイテムメニューすら開けないので実際の性能はわからない。

 

 中には見た目の印象でいえばウルベルトが装備できそうに無いものも混じっている。

 本当に観賞用の装備なのだろう。

 

 例を挙げれば、アイアンメイデンや禁異の皮の鎧という名称の軽鎧が飾られていた(アイテム名と紹介文が書かれた名札が品々の前に飾られている)

 ウルベルトはワールド・ディザスターを始めとした純魔法職であったはずだから、鎧系の防具は装備できないはずである。モモンガの記憶が正しければ。

 

(けどなーんか、俺の知ってるウルベルトさんのイメージじゃないっていうか)

 

 違和感を覚えるものの、案内に従ってそのまま隣の部屋――こちらは宝石類や装飾品系が飾られている――部屋にうつる。

 

 一際目立つところに飾られたショーケース内に、アインズ・ウール・ゴウンの紋様が象られた指輪。

 

 名札にはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンと書かれているが、その説明欄には『常時アインズ・ウール・ゴウンからヘイトを稼ぐ効果をもつ、呪われた指輪』と書いてあった。

 真の効果は書いていないが、全くのでたらめが書いてあるわけではない。ユグドラシル時代、万が一この指輪が奪われていたなら、血なまこになって草の根をかきわけてでも探し出し、下手人にはしかるべき代償を支払ってもらっただろうから。

 

「よし、未加工の大容量データクリスタルを出して……」

 

 どうすればいいんだ?

 

 アイテムボックスから取り出したデータクリスタルを両手で抱えたモモンガの動きはそこで硬直した。

 背後には鋭いながらどこか期待の篭った眼差しを向ける『執事』の姿。

 まさかここで彼に「どうしたらいいと思う?」なんて聞けない。

 いや、別に聞いても良いのだろうが、なんと表現すべきか……情けない主人の姿、というのを晒したくない。晒したくなくなってきたというほうが正しいのかもしれない。

 

 先程見せつけられた忠誠心ゆえの行動を思えば、例えそれがAIプログラムに定められた動作だとしても、格好悪いところは見せられない。見せたくない。

 

 データクリスタルにはアイテムを解呪するような機能はない。

 各種素材とともに生産職が加工してデータ外装を作ったり、あるいはそうして作り上げられたアイテムを対象に使うことで、装備の性能を上げたりエンチャントを付与するものである。生産職でなければほぼ確実に失敗するし、生産職であったとしても必ず成功するとは限らない。

 失敗すれば効果を1つ付与しようとしたはずが、逆にアイテムに付与されている効果がランダムに1つ失われたり、最悪のパターンの場合、アイテムそのものがロストすることも――

 

(あーなるほど。そういうことか。

 もしこれがフリーゲームじゃなくてユグドラシルだったら絶対やらないな)

 

 モモンガはデータクリスタルをリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに使用した。消費MP0化、だなんて絶対に成功しそうにないエンチャントをつけようとしながら。

 このゲームの『主人公』がどのようなステータスをしているのかすらモモンガは知らないが、これが一種のイベントであり、そしてストーリー進行に必要ならば、絶対に成功するはずだと確信し……果たしてデータクリスタルは甲高い音をたてて粉々に砕け散った。

 それは、データクリスタルが加工に失敗したときに起こる現象。つまりは狙い通りである。

 最悪を引き当てればここで対象となったアイテムも同時に砕け散るはずだが、勿論そんなことは起こらない。だって、起こったら詰むじゃん。

 

 コアなユグドラシルプレイヤーなら忘れもしない。とあるイベント進行に必須であるNPCが死亡し、各プレイヤーがそのNPCの復活を望めども対応しなかった糞運営の手口を。それを反面教師に、元ユグドラシルのプレイヤーであったツクラーはみな、戦力的にはともかくイベント的に『詰み』が発生することを偏執的なまでに注意しているのだ。

 ここまで熱心にNPCのAIプログラムを組む人間が、最序盤のイベント進行で詰ませるはずがない。当然、データ改編で確実に呪いの効果が失われることになっているだろう。

 

「今の音は! 何が――モモンガ様!?

 これは一体!?」

 

 データクリスタルの砕ける音を聞きつけてやってきたデミウルゴスにモモンガは言った。

 

「おー。ちょうどいいところに。今呼んできてもらおうと思ったんだ。

 悪魔召喚が使えるんだって?

 問題ないと思うけど、再使用時間(クールタイム)が終わってからちょっとこの指輪もたせてこの部屋から出してみてくれないか?」

 

 

 

 ----------------------------------

 

 

 

「我々が不甲斐無いばかりに偉大にして究極の御方の手を煩わせ、地下までご足労いただくとは……不徳の致すところです。かくなる上はこの命をもって――」

「あーそういうのいいから」

 

 その後クールタイムなどとうに終わっていたデミウルゴスが呼び出した小悪魔は、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ったまま無事にコレクション・ルームを出ることができた。

 このことで何らかの呪いの効果(カース・エンチャント)が失われていることを確信したモモンガは自身が指輪を装備し、一同を食堂に集める。

 

「ーーという訳で無事リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは回収できた。

 えーと、なんていやいいかな……こほん。

 ――ご苦労。すぐさま調査に向かいたいところではあるが、万全を帰すために一旦休憩しよう。また働いてもらうつもりだから、英気を養っておくように」

 

 モモンガはかつてユグドラシルで行っていた魔王のロールプレイ時のような声色でそう宣言した。

 

(なんでNPCに気遣ってるんだろうな俺。

 でもなんか、ここまで色んな動作が徹底されてると、こっちもロールプレイしないと空気読めてないみたいな気分になるんだよな)

 

 デミウルゴスはその発言を受けて、この場にいる者たちに宣言する。

 

「皆、追い落とされた小悪魔ふぜいが場を仕切るのもここまでとしたい。

 以降の探索の指揮は至高にして究極の御方たるモモンガ様にとってもらおうと思う。

 もちろん異論はないね?」

 

 満場一致でそれぞれが同意するなか、モモンガは一旦解散することを宣言し、そして改めてメニュー画面を開こうとする。

 

 開けない。

 

(ん?)

 

 未だにメニュー画面が開けない。

 セーブができない。

 ログアウトが……できない。

 

 

 

 

 




残酷な描写が出てきたので残酷な描写タグを追加しました



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3.今日を楽しむために明日を捨てし者

イストワール側のキャラ出さないつもりだったのに出てきた不具合。


()

 

 

 

(ありえない)

 

 刹那ほど脳裏に浮かんだ可能性を、反射的に否定するモモンガ。

 ありえたなら、そもそもこのゲームをプレイすることなどできないはずなのだから。

 

 確かにユグドラシル・ツクール内で設定できるイベント項目の中には、一定時間、あるいは一定のエリア内でのメニュー開閉を制限することも可能だ。

 

 それは仮想現実(バーチャルリアリティ)からより一層ゲームらしさを除外し、更なるリアルティーを追求するための制限のひとつ……ではあるものの、一時的とはいえ電脳世界に軟禁するかのごときその機能の使用は、電脳法が定めるところによる範囲を逸脱しないよう、条件設定が厳しく制限されている。

 ユグドラシル・ツクール内で製作された各アカウントのデータを監視するために採用されているなんらかのシステム――前作のギルド拠点監視システムになぞらえて、システム・アリアドネならぬシステム・エニグマと非公式名称で呼ばれることもある――により、投稿サイトにゲームを誰にでもプレイできるようにする前には、必ず該当ゲームは審査される。そこで、一般公開に不適切だと判断されたゲームは「この作品はアップロードできません」と無慈悲にも投稿拒否されてしまうのだ。

 

 だからモモンガはゲーム開始直後のオープニングイベント中と思われる期間にメニュー画面が開けずとも「このゲームに没頭してほしいから一部システムを制限しているのだな」と判断していたし、それ以上のことは思わなかった。

 

 だが、これは。

 

「はあ。完全に想定外だな……まさか()()()だったとは」

 

 モモンガが休憩という名の解散を告げてから、ただ一人食堂に残っており、そして思い至った予想に大きな溜息とともに独り言を吐き出した。NPCたちはそれぞれ、食堂から繋がっている裏庭やエントランス、隣室などにそれぞれ分かれている。ゲーム開始直後から生々しい挙動で奉りあげてくるNPCたちの前で、弱音っぽいものを吐くのは憚られた。

 ゲームの世界に閉じ込められた、などと今日日ドラマでだってやらない古臭い絵空事を連想してしまったのだ。情けなくて愚痴の一つも吐きだしたくなるというもの。

 

(メニュー画面を開ける場所なりアイテムなりに指定があったり、いわゆるセーブポイントがあるタイプだったかー)

 

 このゲームは2004年……120年前に作られたゲームの再現だという。遥か昔のゲームを仮想現実空間に再現したゲームというならば、そういった不便な仕様をも再現しているかもしれない。

 もととなった『通常モード』をプレイしていない以上、詳しいところはモモンガには知りえないが……モモンガはそう考えることでこの理不尽をゲームの仕様だと己に言い聞かせる。

 ゲームの歴史を遡れば、そもそもメニュー画面がないゲームジャンルだってある。容量無制限ではない鞄を持ち歩き、開き容量がなければ新規にアイテムを獲得できないゲームや、神やら仏やらに祈らなければセーブできないゲーム……2144年現在のゲーム事情からしてみれば、様々な点において比べ物にならないほど不便なゲームがあったようだ。昔は。

 モモンガはゲーム制作を学ぶ過程で歴史から学んでいるのだ(ネット調べ)

 

 例えばユグドラシル時代だって、ギルド拠点のマスターソースを開くにはギルドの中枢とした場所でなければならなかったし、その延長線上、と考えれば仕様としては分からなくもない。

 

 システム・エニグマの審査を通過し、問題ないと判断されたものだけが無事投稿できるのだから、むしろこのゲームがどういった仕様であるのか、ゲーム開始前に電子説明書で確認していなかったモモンガの落ち度だ。

 おそらくこのメニュー画面が開けないという仕様についての詳細は電子説明書にしっかりと明記され、仮に今回の事象を電脳法違反で訴えたとしても(そもそもモモンガの中の人は法に訴える一連の流れや方法など知らないが)「電子説明書に書いてある」と言われることだろう。ユグドラシル・ツクール初期にあった騒動と同じような事になるのがオチだ。

 

(なんで俺は電子説明書読まなかったんだ……いや、どうせデフォルトシステムだと思ったからだけどさ)

 

 ゲームを始める前には説明書はちゃんと読もう。とモモンガは反省した。

 

 電子説明書はどのようなゲームであれ、プレイ中いつでも確認可能である、が、閲覧するにはメニュー画面から項目を選び開く必要がある。

 メニュー画面が開けないのでは確認しようがない。

 鍵を開ける方法を密室の中に閉じ込めたようなものだ。

 

 奇しくも先ほどのゲーム内でも問題点と類似する。

 

 そちらは解決したということになっているが、モモンガはこの指輪があることで、どのように問題を解決するのか知らない。見当もつかない。指に嵌めた特別な指輪を見つめながら、モモンガは思う。

 

(確かマーレって呼ばれてた『男の子』がなんやかんや言ってたっけな。また確認しないと。

 ま。それは後日考えるとして、いまはセーブする方法がさきだ。

 ……日記帳とか魔法陣とかベッドとか、そのへんがセーブポイントってやつなんだろ?

 たぶん)

 

 たとえセーブができなくとも――最終手段がないわけではない。

 

 できればそれはしたくないな、と思いつつ行動指針を定めたモモンガは、かつて使用した感覚と同じ要領でリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを発動し、ナザリック第九階層にあったマイルームに転移しようとしたが、しかし何も起こらなかった。

 

(そういやこのアイテムの転移では各個人の部屋とか玉座の間には転移できないんだった)

 

 では代わりに、とばかりに第九階層の記憶にある施設へ転移しようにもうまくいかない。

 

 まあわかってた。

 

 ゲームで最序盤からどこにでも転移できたらゲームにならない。

 いや、もしかしたらゲームになるかもしれないが、まともにゲームバランスをとれないだろう。何らかのシステム改変が行われているのは明白であった。

 

(いや、このゲームの設定的には10階層まで崩壊がどうこうってなっるんだっけ)

 

 6年前のモモンガが知ったなら発狂しそうな設定である。実際モモンガはユグドラシルのサービス終了が告知された際、魂でも抜けたかのようにそれまで必死になって行ってきたギルド拠点維持費稼ぎをやめ、残された時間を一人で行う人形遊びのようにNPCたちに声をかけ、あるいは設定を読みこみ、いよいよとなったら様々なアイテムを渡しては色々な声かけをしていた。感情移入しすぎて、しょせん作りものであるというのにリアルに生きている者たちであるかのように扱っていた。

 サービス終了前後のことを思い出しても気分が重くなるだけなのでともかくとして、アイテムのシステム改変されていなくとも、転移先が指定できないほどどうにかなっている状態、という可能性もあるだろう。一つの仮説に囚われないほうが良いだろうとモモンガは考える。

 

 だが崩壊したナザリックの光景など、彼にはまったく想像できなかった。

 

 ともあれ、ならばとこの拠点のマイルームなりセーブポイントなりを探すため、モモンガは食堂からエントランスホールに出る。

 

 階段脇にシャルティアが待機していた。

 

「モモンガ様。どちらに?」

「や、ちょっと休憩したいんだけど。どこの部屋使えばいいんだ?」

「まあ! 『休憩』でありんす!? どうぞこちらへ!」

 

 シャルティアは喜々として館内二階の客室へと案内する。複数ある客室のうち、館主書斎から二つ隣の部屋だった。

 モモンガは考える。こうしてNPCに案内された以上、その部屋がこのゲームでいうところのマイルームであるはず。ホームポイントとしての各種機能があるのではないか、と。

 

「さあ、モモンガ様……『休憩』しましょう」

「ん? ああ、そのつもりだけど」

 

 鼻息荒く『休憩』を強調するシャルティア。モモンガはメニュー画面かセーブ画面のどちらかが開けないかとシングルベッドが二つ並んだそこへと横になった。

 

 無い目蓋を閉じるような感覚で外部からの視界をシャットアウト。そして行いたいことを感覚的にイメージするものの、数秒たてどもそれらしい画面は浮かばないし、寝そべりながら腕を動かし、虚空に汎用的なショートカット動作を行っても同様だった。何故か鍵をかける音と衣擦れ音がする。音が気になりモモンガがちらりと目をやると、ボールガウンを脱ぎすてようとして一人では脱げないシャルティアがいた。

 

「ぐぬぬ……長年夢見たモモンガ様との『休憩』でありんすのになんで……くっ、どうなって……」

「おいやめろ。それ以上いけない」

「えっ? モモンガ様も着衣でも構わない御方でありんす?」

 

 なんでそうなる。

 モモンガはバッとベッドから飛び退き、無罪を主張するかのように両手を挙げた。

 

(ノウ! 絶対にノウ!

 俺はR18行為はしてません!

 だから運営は俺がいま作ってる最中のゲームデータを消さないでください!

 これでこのゲームごとユグドラシル・ツクール内の俺のデータ消されたらこのゲームのせいですね?)

 

 ()()()()()()がAIプログラムに書き込まれたゲームがシステム・エニグマの審査を通過できるはずがない、と理屈ではわかっていても、モモンガは何かに言い訳するかのように挙げた両手を前に突き出し、声色に魔王ロールプレイ色を混ぜてこういった。

 

「それだけはやめるのだシャルティア……このままでは消されてしまう」

「『休憩』するためにお声をかけていただけたのではありんせんか?

 いけずなお方。唯一私が支配できない愛しい君……」

「消される! 消される!」

 

 しなをつくって背を向け、脱がせてくださいなどとのたまうシャルティアに、すぐ化けの皮がはがれたモモンガは慌てた。下手なR15描写でさえ、場合によっては不適切なゲーム演出とみなされ全データ削除されてしまうかもしれないのだ。

 しかし同時にモモンガは抜け目のないフリーゲームクリエイターの目線で、ここまでの演出はセーフなんだなとゲーム制作者のギリギリを攻める手口に感動すら覚えた。

 

(実行やそれを思わせる言動はアウトだけど、一目で未遂と分かる状況はセーフなのか!

 一体どこまでセーフなんだ!

 いややっぱりアウトになりたくないんでやらなくていいんだけど!)

 

 性的興奮ではなく技術的好奇心がわいていたが何故か抑制機能が働いてモモンガは冷静にさせられた。

 シャルティアはというと心底残念そうな顔をした直後、モモンガの発言に対し目を細める。

 

「消される? いったいどこの馬の骨が至高にして究極の御方を消すなどという無礼千万極まりないことを?」

 

「うむ……私とシャルティアがそういうことをしてしまうとだな」モモンガは再び魔王的ロールプレイを行うことで言動を取り繕って、なんとかこの窮地を脱する案を考え発言した「そう。なんというか、世界から消されてしまうのだ」

 

「そんなっ! 何故っ!」

「それが利用規約……あーっと、契約なのだ。

 そう、闇との契約なのだ。

 私は闇との契約でこうしてこのゲームを始めることができたのだ。

 だが契約の力は絶対だからな。なんかこう、いろいろ規制されている。

 私はこの世界を救うまで、規制を破り消されるわけにはいかないのだ」

 

(おいおい咄嗟に出てきたのが闇との契約って……いや、深く考えると黒歴史(パンドラズ・アクター)を思い出してしまうからやめとこう)

 

 シャルティアはモモンガの言葉を真に受けたのか、ハッとしたような顔をして深々と頭を下げ、軽はずみな行動でうんぬんかんぬんと謝罪を口にし、死んで償おうとしてきたのですぐさまモモンガは止めた。

 そしてこれ以上おかしなイベントが起きないよう、ロールプレイングに動く口に任せるまま、シャルティアをうまいこと言いくるめて部屋の外に追い出した。

 

(くそう。なんでこのゲームのNPCは積極的に自殺しようとするんだ!

 デミ・アストラルの設定がデフォルトだったら、死んだら本体に意識が戻るから蘇生できないんだぞ!?

 去年やったゲームはその設定悪用してPTメンバーが死んだらキャラロストと同等の扱いにしてきたし……アレはショックだった……いま全員デミ・アストラルになってるって設定みたいだし、NPCたちはうかつに死なせられんな)

 

 種族デミ・アストラルはあくまでも仮初の肉体。実体を持った幽体、という矛盾を内包しているイメージを形にしたものだ。実体から幽体離脱している、という表現でもいいだろう。本体は幽体離脱中、破壊不可能オブジェクト扱いでそれぞれ<秘密の招待状(シークレット・インビテーション)>を使用した場所に留まっているはずだ。あくまでデフォルト設定であれば。

 

(とりあえずベッドはダメ、ってことで。

 つぎだ、つぎつぎ)

 

 モモンガは室内を見回し、目に付いたものを片っ端から調べて回った。

 ベッドの他には空っぽの棚、机上には薬草(アイテムとして手に入った)と碌なものがない。

 鏡にはいま現在のモモンガの外装が映る。

 オーバーロードの外装で間違いないが、初期装備は襤褸の布きれのみ。服さえも与えられない哀れな主人公の姿があった。かつて装備していた絢爛豪華な神器級(ゴッズ)装備たちなど見る影もない。指にはめたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが完全に浮いている。

 

(――あいつらには俺がどういう風に見えてるんだろうな。

 いや、AIプログラムにこっち外装なんか関係ないんだろうけどさ。

 こんな格好なのにあんだけ上に立つもの、みたいな感じで扱われると……なんか恥ずかしいなあ)

 

 などとしばらく思案していたものの……やがてこの室内には自身の求めるものは無いと結論づけたモモンガは、客室を出て一人館内を探索――しようとしたところで今度はアリとカマキリを組み合わせて追加で色々ひっつけたような水色の巨大昆虫が室外で待機していた。ちょっとびっくり。

 

「モモンガ様。ドチラニ?」

「あーっと、少し調べたいことがあって……」

「ナンナリトゴ命令イタダケレバ」

 

(やばい。名前なんだっけ。

 さっき誰かに名前呼ばれてたような気がするんだけど)

 

「魔法陣的なものがある部屋はなかったか?」

「地下一階ノ魔法研究室ニアッタカト」

「案内してくれ」

「ハッ」

 

『魔法研究室』は地下室のコレクションルームの隣にあった。

 といっても、寝室と大して変わらないつくりだ。ベッドに本棚。机――入り口からみて正面には水晶玉があるが、特に効果はないようだ。

 

 部屋の名称に似つかわしくないその作りに、モモンガはコレクションルームで感じたものに似た違和感を覚えた。本棚を調べると、難しい魔法コンボの考察が書かれた本が並んでいる。一発の大火力がウリのワールドディザスターであったはずのウルベルトには似合わない。卓上には『魔王』というタイトルの本があるが……武士の情けだ(職業はサムライじゃないけど)開かないであげておいた。どこまで再現されているか未知数だが、黒歴史っぽいものを開かれたい者はいまい。

 

「けど、魔法陣っぽいのはないな」

「コチラニ隠シ扉ガアリマス」

「ほう?」

 

 一見、室内に魔方陣は無かったが『巨大昆虫』がなんの変哲もない壁を調べるとスライドするかのように隠し通路が開く。中にお目当ての魔法陣があった。モモンガは魔法陣の中心に立ち……足裏が気持ちいい。足ツボマッサージのようだ。

 

(って、骨のツボってどこだよ!?)

 

 単純に制限された触覚が該当するリアルの体に影響与えただけだろうが……気持ち良いが、それはいま得たい刺激ではなかった。モモンガはメニュー画面やセーブ画面が開いてほしいと祈ったが、しかし祈りは届かなかった。なんか変なオーラ出た。エフェクトを良く見ると<絶望のオーラI>だった。

『巨大昆虫』の口から「オォ……」と畏怖とも感嘆ともつかないため息が漏れる。

 

(違う、違うんだ。俺がしたいのはこれじゃないんだ)

 

 モモンガは意図せず発動した<絶望のオーラI>を引っ込める。この動作は感覚的にユグドラシル時代と同じように行えた。そして室内にある魔法陣以外のもの……魔法陣のそばに鎮座する宝箱に意識を向け、そちらに近づくと「この宝箱を開けるには既に失われたルーンを刻む必要がある」というメッセージウインドウ。離れると表示は消えていく。

 

(リアリティ追求してるとことゲーム的要素を残してるところの区別がよくわからん。

 キャラクターはアインズ・ウール・ゴウンのNPCばかりなのに場所はナザリックって設定にはなってるけど実質独自エリアだし、ウルベルトさんがこっそり作った別館って設定のわりには地下にもウルベルトさん要素薄いし、なんかチグハグっていうか、噛み合ってないっていうか……)

 

「モモンガ様。イカガナサレマシタ?

 ……ソノ宝箱ガナニカ?」

「いや……この宝箱を開けるには既に失われたルーンを刻む必要があるようだ」

 

 特にコメントが思いつかなかったモモンガはメッセージウインドウに書いてある文字を読みあげると、またもや流石モモンガ様とヨイショされる。むず痒い。メッセージウインドウに気付かなかったということは、このゲームのNPCは各種ウィンドウが見えないタイプのNPCなんだな、とモモンガは予想した。無論、見えているという扱いで進むゲームのほうが圧倒的に多い。

 

(ここでもセーブできないのかー。

 メニュー画面も開けないし。

 くっそー。こうなったら手当たりしだいだ!)

 

 モモンガはそれから移動できる範囲内で目に付いた部屋を片っ端から調べて回り、セーブあるいはメニュー画面の開閉ができないかを試していく。部屋を移すたびに御供付きのNPCは増えていき、何を探しているのかと聞かれたらもう正直に「メニュー画面が開けない。セーブができない」と答えたが、それらが何か分からないという彼ら彼女らはいま現状、ほどんど役には立たず(未定義空間に繋がるものを調べる時には止めてくれた)成果といえば二つ目の『未加工の大容量データクリスタル』が手に入ったくらいで――

 

「こんちは。システムサポート要因のサポ子やで」

 

『館主の寝室』とされる部屋のタンスの中から、メッセージウィンドウを吹き出しのように浮かべる少女が中からがちゃりと飛び出してくるまでしらみつぶしは続いた。

 

 

 ----------------------------------

 

 

 

「――曲者ダト!?」

「一体いつから!」

「死ねっ!」

「待て。敵では無いようだ」

 

 モモンガは彼女に襲いかかろうとした一同を静止。彼らとは圧倒的に造形の異なるその少女に注目する。少女もまたNPCではあるが、その作りこみはナザリックの面々とは雲泥の差で、モブ顔という言葉が相応しいように見える。

 

 モモンガは彼女に近づき、慎重にメッセージウィンドウの両端を摘むように持ち上げ、NPC達に見せつける。

 

「先ほどと同じように訳の分からん質問かもしれんが。

 この中に俺がいま持ってる『フキダシ』が見えるやつはいるか?」

 

 という問いに、誰もが謝罪の言葉とともに見えないことを白状する。予想していたことに確信を抱いたモモンガだった。納得にひとつ頷き、モモンガは言葉を続けた。

 

「これから俺はこいつと無言で交信を行う。

 わけわからん動作をしているかもしれんが手を出さないように」

 

 そう前置きしてから、先ほどから浮かんでいた選択肢のうち『あんた誰?』を選ぶ。

 

「うちはほんまはおらんことになっとるねん。

 気にせんどいてな。

 って、あんた非公式パッチ噛ましてるやん。

 うちのサポート対象外やで。

 自己責任で遊んだってや。

 ほなな。さいなら」

 

 サポ子はタンスに戻っていった。再びタンスを開けると「こんちは。システムサポート要員のサポ子やで」と定型文のように同じメッセージウィンドウを浮かべるモブ少女の姿。

 普通だ。

 このゲームを始めてようやく出会えた『普通のNPC』だ。

 これがスタンダードなのだ。フルボイスかつ一挙手一投足に破綻なく、表情差分も豊かな、もはや異常な作りこみである彼らとは異なる普通さであった。

 なんだか物凄い形相でNPCたちはサポ子と名乗ったモブ少女を見ているが、表情差分などないのだろうサポ子は無反応であった。

 モモンガは選択肢を何度もポチポチと選び、そして表示されるメッセージを読む。どうやらこのサポ子とやらは、とあるバージョンで発生した周回プレイすると弱体化する不具合や、グレンさんなる未知の登場キャラおよび、音楽や効果音関係の修正などを行えるまさに『システムサポート要員』として配置されたNPCらしい。

 

「なるほど、な。分かりかけてきた」

 

 それらの選択肢にメニューの開閉やセーブに関するものはなく――そしてモモンガは、認めたくないある可能性に思いいたり、頭を抱えたくなった。

 

「クソッ!どうしてこうなった!」モモンガは喚いた。

「モ、モモンガ様!?」

「チッ。また抑制か?

 今日はやけに多いな……はぁー。参ったなぁ」

「モモンガ様、いまの無礼な女が失礼に働いたというならただちに始末しますが」

「いや、そうじゃなくて……じゃなかった、やめるのだ。

 アレは、そう、闇の契約的な相手側のNPCっぽいやつなのだ。誰も手を出すなよ?」

 

 何も言わずに黙っていたら、こっそり黙ってロストさせるかも知れないほどの気迫が表情差分に表れていたのでモモンガは改めて一同を止め、そして説明してほしそうな表情差分に変わったデミウルゴスに対して、予想ではあるが、と前置きして自身の想像を口にしはじめた。

 

「どこまで理解できるか知らんが、バグだ」

 

 すると皆の視線が『巨大昆虫』に向いた。

 もちろん『巨大昆虫』の話じゃない。

 

「そっちじゃないよ。

 えーと……そう、想定しない未知の不具合が起こっている」

 

 このゲームのシステムの話だ。

 非公式パッチという単語。

 確かに導入部のキャラクタークリエイトの段階で耳にした。

 ということは、ナザリックがどうこうという部分は後付けなのだ。今プレイしているのは、元となる別のストーリーに対して異物のようにつけたした部分ということで。

 

「細かいところは俺にも……私にも分からんが、どうやら本来なら可能な行動の一部が制限されているようだ。装備変更やアイテムボックスの機能は使えるようだが、メニュー画面開閉、セーブ機能は使えないままだろうな」

 

 おそらく『通常モード』では問題なく遊べる(遊べなかったら投稿できないはず)が、非公式パッチがなにやら悪さをして、本来は発生しないはずの具合が発生したのだろう。システム・エニグマは何をしていたのだと言いたくなるが、サポ子なるモモンガのネーミングセンスでは絶対出てこないようなキャラとナザリックのNPCたちとの間でAI格差がありすぎることや、この館内の噛み合わなさも彼の予想に拍車をかけた。

 もともとあったものを改変したが故の弊害だ。テストプレイしたなら一発で分かるような不具合なのだが。これでは楽しみも半減、どころではない。

 

「この手段だけは使いたくなかったが……」

 

 モモンガが脳裏に思い浮かべたのは、ニューロンナノインターフェースと専用コンソールとの連結を遮断し、いま構築されている仮想領域を破棄する、強制ログアウトだ。 

 

 ――唐突にメタな説明をさせていただくが、これはPC内で起動しているゲームをゲーム内操作でゲームを終了するかゲームウィンドウの『閉じる』ボタンをクリックして終了させるかという違いだ。モモンガはこのソロプレイ用ゲームのセーブデータを残したいからやらないだけであって、いざとなれば強制終了も辞さない――

 

 かと思われたが、しかしモモンガは今日を楽しむために明日を捨てるような、まっとうな社会人ならばおよそ選ばない強欲なる道を選んだ。

 

「クリアするまで……ダイブマシンの連続稼働時間の制限いっぱいまで攻略に費やす」

 

(このクオリティのゲームを序盤で投げだして二度とプレイできなくなって、一生後悔するくらいなら死んだほうがマシだ。

 もう明日の仕事なんかもう知ったことか。徹夜でゲームするのだって始めてってわけじゃないし、明日はどこかの取引先となにか約束してるわけじゃない。書類整理させられるか飛び込み営業させられるか――どっちにしろ、就業規則に書いてある出勤時間、八時半までに会社につければ、後はスタミナ系ドリンク飲んで凌げるはず!)

 

 モモンガは明日会社に遅刻するかもしれないという悲壮の覚悟を決めた。最悪「出社したくないならもう会社来なくていいよ」と言われクビになり、以降どこにも雇用されず、マンションからも追い出され、空には常に霧がかかり、ときおり有害なる重金属酸性雨だかなんだかの降りしきるアーコロジー外のどっかでのたれ死んだり神話的存在であるニンジャかなんかにモータルのクズのように殺されるハメになるかもしれない……その覚悟に反応してか再び<絶望のオーラI>が発動してしまう。

 

(どうせ長くない命なんだ。どうせ死ぬならナザリックを救ってから死ぬ)

 

 モモンガは本人も気付かぬほどゆっくりと、明日へのプレッシャーと在りし日の思い出が脳内でスパークを起こし、ユグドラシルサービス終了前の『あの頃』に思い描いていたような妄想に囚われ始めていた。

 

「休憩は終わりだ。

 初見ノーデスノーセーブで行く。

 攻略を始める前に、まずマーレよ。

 お前が想定するこの指輪の使い方を教えてほしい」

 

 

 




イストワール既プレイ者に伝える、クロスオーバーによるバグ情報
各地の『情報端末』が消滅しています。
使用人の女の子・ハイダスが見あたりません(アイテム売買不可)
メニュー画面を開かずとも装備変更、アイテム使用が可能になっていますが、効果は分かりません。
コレクションルームの品揃えが変わっています。
部屋の名前などが変わっています。
その他諸々。


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4.永い、永い暇な時の過ごし方

敬語が胡散臭いこと極まりなくて辛い


 ()

 

 

 

 

 

hint.このゲームのあらすじ

 物語はある館のエントランスホールから始まる。

 

 そこにいるのは主から受け取った秘密の招待状を使用した六人の仲間たち。

 

 彼らが語られる言葉から、この世界が崩壊の危機に瀕していることが分かる。

 

 だが本来辿り着くはずだった者のうちの一人は行方知れずであり

 世界の崩壊に対する解決策を持つものは誰もいなかった。

 

 偶然にも唯一の希望となった主人公は、外へと続く扉をくぐることになる。

 

 

 

 

 結論から言うと、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備していれば『執事』が受けたようなダメージを受けずに例の扉を出入りできるらしい。

 

 理屈はこうだ。

 

 部屋と通路、階層と階層、領域と領域……目に見えずとも確かにある連続した空間の繋がり。本来であれば途切れるはずのないそれらのうちの一部は、世界の法則が乱れているかのごとく行き先を乱し、理に沿えば繋がるはずもない空間へと歪に繋がり、しかし元の行き先とせめぎあうことで、ふれるもの全てを微塵にせんばかりに摩擦し、生半可な耐性を無視し崩壊させるほどのダメージをあたえる状態となっている。らしい。

 

(なるほど。意味わからん)

 

 このような、本来なら繋がっていない場へと続く不連続空間を行き来するならば『転移中』のステートさえあれば良い……というのがマーレの意見だ。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備しているなら内部と外部が連続していない、便宜上『未定義空間』と名付けられたそれに触れると同時に『転移中』のステートを得て、まったくダメージなく通過できるようになる、と予想しているようだ。

 

 なんでそうなるんだろう、とモモンガは訝しんだ。

 

 モモンガは『転移中』なるステートがなんだったか、ユグドラシル・ツクールで見れる各種仕様を思い出そうとしたが、バフでもデバフでもない瞬間的な状態変化までは記憶していなかった。つまりは良く分からない。検証でもしなければ分かりそうにないことだが、マーレは転移中のステートのことを最古図書館(アッシュールバニバル)に残された書物から学んだという。

 

(うーん。検証とか情報収集っていったら『ぷにっと萌え』さんが思い浮かぶけど、わざわざあそこに自分が集めた情報を残すかな? いや、ぷにっと萌えさんなりやりかねないかも知れないけど)

 

 はたしてこれは過去の再現か、あるいは捏造設定か。

 微妙な問題かもしれないが、どちらの可能性も否定できない。当時に遡れるならば、あるいは当人に連絡を入れれば確認できるかもしれない。だが少なくとも、この仮想現実という虚構の箱庭の中にいる限り、つまりはゲームプレイ中には断定しえないことだ。

 

(ま、最後までいけばスタッフロールは流れるし、最期までいけずに強制ログアウトされても作品情報なりで分かるだろうし)

 

 だが、そうと考えれば少なくともこのゲームの制作者……もといこのゲームの非公認パッチを作り上げた人物は、アインズ・ウール・ゴウンの名前や公開されたに等しいナザリック地下大墳墓の内装だけでなく、ギルドメンバーについても詳しいことは間違いないだろう……とモモンガは推察。

 単純に考えればギルドメンバーのうちのだれかが作ったに違いないのだが、しかしそれはイマイチ受け入れがたい。凝り性の彼らが今モモンガが陥っているような致命的なバグを残すとは考えづらく、なにより、皆で作り上げたナザリック地下大墳墓が崩壊する前でなく現在進行形で崩壊している最中だ、というような設定ではじまるストーリーを採用するとは考えづらい。そんな可能性、考えたくもない。

 

(……これ以上はもう気にしないでおこう)

 

 モモンガが在りし日の思い出を振り返っている間にマーレはその場に、つまりは館主の寝室の床に対しドルイドのクラスが習得できる第1位階魔法<目印(マーキング)>を発動。両手で抱えるように構える手のひらの内側に、ボール状の魔法の光が生まれ、そしてそれは床に触れると同時に魔方陣を描く。

 <目印(マーキング)>という魔法は魔力的に感知できる印を場に残して迷子になるのを防いだり逃げまわる敵に付与して補足したりできるという、地味な用途かつ代替手段がある魔法なのだが、スキルツリーの先に<生命探知(ディテクト・ライフ)>を始めとした有用な魔法に繋がっているため、使用する機会はそうそうないがとりあえずは習得はされる、という部類のものであった。

 

「こ、この館の中で、この部屋が一番、空間が安定してます。

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの効果で、ぼ、僕の<目印(マーキング)>がある場所に転移しようとすれば、ちゃんと発動すると思います」

「うーん。『できませんでした』では困るぞ。

 検証はしてないだろう」

「は、はい、ごめんなさい。証拠はありません。だからこそ、僕がいまから、自分で検証したいです」

 

 マーレは僭越ながらと前置きし、モモンガの装備しているリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを求めた。そういうイベントなのだろうとモモンガは大人しく装備中の指輪を渡す。

 これで失敗したらそれこそ手詰まり。であるにもかかわらず長々と語ったということはつまり『この作品はこういう設定でやっていきますよ』という制作者の宣言に等しい。まず間違いなく成功するのだろう。

 マーレは受け取った指輪を左手の薬指に装備した上で隣室の館主書斎にある扉(扉にこびりついた血痕は跡形もなく清掃されていた)を実際に無傷でくぐりぬけ、そしてすぐさま先ほどのマーキング箇所に転移することで自論を証明してみせる。

 予定調和、とだけで終わらせるには「できましたぁ!」と元気にかけよってくる彼女もとい彼の笑顔はまぶしすぎた。

 

「……うぉっほん。すばらしいぞマーレ。

 これで外界に打って出られるどころか、安全な帰路をも確保したことになる。

 よくやったな」

 

 モモンガがロールプレイしながら誉めるとマーレはそれはもう真っ赤に頬を染め、深々と頭を下げ謝意を示す。指輪を外してモモンガに返し、そして紅潮しながらも褒めて褒めてと言わんばかりにモモンガに抱きつこうとした……その時である。

 

「あぶない! 闇との契約が!」

 

 どーんと横合いからマーレを突き飛ばしたのは誰であろう、シャルティアである。

 マーレは無言でシャルティアを睨みつけた。

 

「なんで邪魔するのなんで邪魔するのなんで邪魔するの」

「やめなんせ。どうやらモモンガ様はいま、私たちから過度な接触があったら世界から消されんし」

「消される? どういう意味だねシャルティア」

「言葉通りでありんす。モモンガは先ほどの『休憩』の際――」

「あーあーあー。

 それは禁則事項的なアレだぞ詳しくは言っちゃだめだぞシャルティア。

 じゃあ私は行くからな」

 

 モモンガはそう誤魔化し、そそくさと冒険の旅へと出発しよう扉に手をかけた、すんでのところでデミウルゴスに止められる。

 

「お待ちくださいモモンガ様!

 御身が危険を冒す必要などございません!

 どうぞ以後は我々にお任せいただきたく!」

「えー。やだー」

「えっ」

「いやだって、世界を救うのは俺の役目だろ」

 

 RPGにおいて「行くな」という台詞は「行け」というのとほぼ同義である。

 彼はいま、配下にあれこれと命じて動かす戦略シミュレーションゲームではなく、プレイヤーが主人公になりきって試練を乗り越え、目的の達成を目指すロールプレイングゲームをしているつもりなのだ。故に、モモンガが己の役割を譲る道理はなかった。

 

「そりゃ、二つ目以降のリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが見つかったらPTメンバーになってもらうけどさぁ」

 

 なぜ一番手を譲らなければならない?

 とは言わず、モモンガは再び装備しなおした指輪に目を向け、デミウルゴスの意見を退ける。

 

(ユグドラシルがサービス中の頃の状態に忠実な設定なら、宝物殿にいくつもあるハズだしな。

 確か百個くらい作って、一人一つづつ配って、残りは宝物殿にしまってたと思うし)

 

 ……そして、引退宣言した者たちは、一人また一人とこの指輪を返却したはずである。果たしてウルベルトさんは引退宣言しただろうかとモモンガはおぼろげな記憶を遡るが、どうにも思い出せない。

 実は誰にも言わず黙ってこっそりここに飾っていたのかもしれない、という『たられば』の可能性は否定できない。真実は闇の中、過去の再現か、さもなくばありえそうな設定を捏造したかのどちらか

 

「っとと、んんっ。

 あー、そうだな。なんて言ったらいいかな……

 そう、俺は――私はナザリックを救うためにここにきた。ならばやはり、私自身が動かねばなるまい」

 

 さしあたってここまでのストーリーの流れを踏襲し魔王ロールプレイを行うモモンガ。

 だがこの場にいるNPCたちはその言葉に納得しない。彼らの脳裏に浮かぶのは、いつかと同じように、たった一人で問題を解決せんとする主の姿。

 

 ナザリック地下大墳墓を築き上げた四十の偉大なる者たちを統べていた主は、いつからか日夜降臨する最後の一人になってからも、この拠点を維持するために『稼ぎ』を行っていたという。

 かつてその事実を知っていたなら、そして御命令ただけたなら、御方々のためにこの世全ての財を集め捧げていただろうに……などと思うものはナザリック地下大墳墓の地に創られた者たちのうち誰もが思っているだろう。

 全員がアインズ・ウール・ゴウンのためならばと粉骨砕身を地で行く働きをした筈なのだ。

 だがそれらは命令されることはなく……そしていままた、主にすがらねば自分達が絶対視する世界ひとつ救うことすらできない。

 守護者たれと創造された彼ら彼女らの胸中には、己はなんたる無能なのか、というような暗澹たる思いがぐるぐると渦を巻いている。

 しかしモモンガにはそんな胸中を読み解けるはずもなく、ただ『すごく悔しい』みたいな表情差分されても困ってしまうと思うばかりである。

 手早く進めたいのに物語が進まないことに困惑してしまう。なにか語りかけなければ、このまま黙ったまま話が進まない……と思われる状況に陥った。

 反応が生々しいだけに無視して進むのも後味が悪く、もし好感度システムが内臓されてるとしたら、よろしくない対応に好感度が下がってしまうかもしれない。だが選択肢ウィンドウが出てこないので言葉に迷う。選択肢仕事しろと思いながらも、モモンガは先ほどシャルティアに語った設定を拾ってこう続けた。

 

「私は無限にこの場に居られるわけではない。時間には限りがある。

 六時間。それが私がこの場にいられる限界で、それが闇との契約なのだ」

「六時間……?」

「そうだ。六時間だ」

 

 六時間。それが現在モモンガの中の人が所持しているダイブマシンが連続して仮想現実に接続できる時間制限である。理屈で考えれば、それだけの時間が経過すれば健康上の理由で強制的にログアウトさせられる筈である。

 

「そんな、モモンガ様は百年のゆ」「いやあ百年は無理だろ」

 

(人間の寿命はそんなに長くないっつーの)

 

 デミウルゴスが言いかけた言葉に被せるようにして聞き入れず、ストーリーを進めるべくモモンガは言葉を続ける。

 

「私がエントランスホールについてから何分たった?

 おまえたちの一時の感情で、私から更に一分一秒を奪うつもりか」

 

 そう言われてしまえばこれ以上の引きとめは失礼千万に値する。もちろん、途中で休憩しようとしたくせになどという揚げ足取りなどするはずもない。身に纏うぼろきれの様子を始めとして、主の身に想像を絶する『何か』があったことは疑いようもないからだ。

 

 だが、だがしかしそれでもデミウルゴスは言葉を続ける。

 滞在時間が短すぎるという嘆きではなく、少なくとも建設的な意見を。

 

「お、お待ちください!

 モモンガ様がそう仰るのであれば重ねて問うことはありません……ですが、せめて、せめて御身に相応しい衣装に着替えるべきでは」

「一理あるが、持ち合わせはないぞ」

「コレクションルームに残された装備品を解呪していただければ、持ち出せるようになるのではないでしょうか。

 ウルベルト様も、この非常時であればお許しになられるかと愚考いたします」

 

(ああ、そういえば『地下一階の図書室』で二つ目の大結晶石が手に入ったんだっけ。

 もしかしてこのアイテムの使い道、コレクションルームのアイテム持ち出すくらいしかないのかな?

 いやいや、生産職……がいるかはどうかはともかく、もし居たら有用な装備作って貰えるアイテムだろこれ。生産職のNPCもいた気がするし)

 

 しかしモモンガは『未加工のデータクリスタル』の本来の使用方法を考慮し、その訴えを退けた。

 

「デミウルゴス。データクリスタルは本来の使い方をするのが最善だろう?

 んー、まあつまりはだ。えーと。なんとかなります。心配ありがとう」

 

 歳のせいだろう、モモンガは最後まで魔王ロールプレイを完遂するには至らなかったが、そういうことであればとデミウルゴスは口をつぐみ、代わりに、と言うわけではないだろうが『執事』が意見を述べる。

 

「でしたら『瓢箪状の湿地帯』ではなく『砂舞う廃都リ・エスティーゼ』に向かわれるのが宜しいのではないかと愚考致します。

 かの地に生息するのは知性無き下等な昆虫の魔物ばかり。その身を脅かす脅威はないかと。

 また『愛の証・外郭部』には『王国五宝物』なる装備が残されていると耳にしております。詳細は存じませんが、多少は身なりを整えることができるかと」

 

 

 

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 場所を移し、不連続空間が『砂舞う廃都リ・エスティーゼ』へと繋がる扉がある客室。

 

 がしゃん、と世界を区切るかのように扉は閉まり、現状探知系の能力をもたないナザリック階層守護者およびナザリック地下大墳墓九階層勤務の執事らは、もはや主の動向を把握できなくなった。残念ながら現在のマーレが維持できる<目印(マーキング)>は一つだけであり、モモンガを対象にかの魔法が行使されることはなかったのである。

 

「やはり我々は信用されていないのか……」

 

 デミウルゴスがそう呟き項垂れる。

 上に立つものが下々に任せないということは、つまりはそういうことなのだ。

 主から時間が惜しいという思いが口にせずとも伝わってくるようで、自分がやるという気概を隠そうともしなかった。その態度はデミウルゴスならずともこの場にいるものならばいくらでも察せられる。

 

「しかし何かおかしい。顕現なされる時間が、たったの六時間だと……?

 ありえない。モモンガ様は『百年の揺り返し』でこの地に御降臨されたのではないのか?」

「わかりんせん。私たちも知らない未知の方法でありんしょう」

「モモンガ様が長らく留守にする前に仰られました。たとえどのような手段を使おうとも戻ってくる、と。でなければ、あれほど力を失われるなど考えられません」

「ソレガ『闇トノ契約』トイウ訳カ。禁則事項ト仰ッテイタガ……」

「無間図書館にも、そんな内容の本は無かった、と思います」

「モモンガ様はとても多くの魔法を身につけてらっしゃったわ。きっと秘中の秘なのよ」

 

 そんな彼らが口にするのは想像も及ばぬほど偉大なる主であるモモンガが断片的に残した『闇との契約』についての考察。

 だが、何が『禁則事項』に当たるというのか。

 過度な接触の厳禁。

 詳しく語ってはいけない。

 口にされずとも、それ以外にも何らかの条件付けはされていることは容易に想像できる。

 語ることすら憚られるというのであれば情報の共有もままならない。

 主の言葉通り詮索することはやめ、残る者たちは代わりに「どうすればこの場にいながら至高にして究極の御方の役に立つことができるか」を話し合う。

 その多くが今日に至るまで語りつくされた言葉の繰り返しでしかなく、これこそが彼らの、永い、永い暇な時の過ごし方であった。

 

 

 

 ……X百年前、主が別れの時だと公言した日に残した『最後の命令』を実際に耳にしたのは、守護者統括アルベドや『執事』もといセバスを始めとした少数の家令(ハウス・スチュワード)ばかりであるが、御言葉を直接耳にした者たちから周知されたその言葉はナザリックに住まうものの誰もが深く心に刻み付けている。

 

 曰く、死ぬな。

 曰く、逃げ延びろ。

 曰く、隠れ潜め。

 曰く、隙をついて敵を殲滅せよ。

 

 それらの言葉は『誰でも楽々PK術』というアインズ・ウール・ゴウンの戦闘教義(ドクトリン)の基礎中の基礎であった。

 別れの時だと言いながらも改めてその『基本』を口にしたモモンガの真意()を読み解いたのは、ナザリック有数の知恵を持つデミウルゴスである。奈落よりもなお深遠に至る悪魔の読みは冴え渡り、そして深謀遠慮の末にナザリック大墳墓外の環境の変化を察知。

 

 全くの未知にして尋常ならざる事態に対し、その存在が知れ渡っているナザリックの知恵者二人、即ちアルベドとデミウルゴスは協議に協議を重ね、そして主の最後の命令は今後の方針を指しているという考察は一致し、彼らは極めて慎重に外界の情報収集がはじめる。

 

 月日がめぐる間に様々な出来事があったが、情報収集の過程で『百年の揺り返し』なる情報を得、彼らはいつの日か必ず主がこの地に戻ってくることを確信。ナザリックに住まう者達の目的は世界を知ることから主を迎え入れる下準備、あるいは主に仇なすだろう存在を予防的に殲滅することに変わっていく。

 

 様々なことが起こり。そして何も起こらない日々もまた続き――今日がきた。

 

 それなのに。

 主に与えられた時間は、あまりにも、短すぎる。

 どうか時よ止まれと、彼らは今すぐにでも時間停止(タイムストップ)を使えるようになりたいと願うのだった。 

 

 

 

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 ナザリック宝物殿。

 アインズ・ウール・ゴウンが積み上げた金銀財宝が収められたその場所は、しかしいまや金貨の煌めきはない。

 今現在、その領域を動くものは唯一人。

 宝物殿領域守護者の二重の影(ドッペルゲンガー)。パンドラズ・アクターである。

 

 一体何があったというのか。

 このがらんどうな空間は?

 

 彼は己に与えられた変身能力を使って商人スキルのある音改の姿を借り、至高の御方と比較しおよそ八割程度の力を引き出して『エクスチェンジボックス』へと次々と重要度の低い宝物殿内のアイテムをユグドラシル金貨へと換金していく。

 

 しかしその金貨の大半は宝物殿内の床に転がる前に虚空に溶けるようにして消えていった。

 

「ハァー、ハァー。金貨がない、金貨がない。

 急がなければ……」

 

 パンドラズ・アクターは罪悪感で今にも死にそうな憂鬱を押し殺し『必要』に駆られるがまま独断専行を繰り返す。無断で至高の御方々が収集したアイテム――PKされたプレイヤーがドロップした人間種の装備――たちを金貨に換えるなど、常であれば万死に値する越権行為であろう。だが、もう指示は待てない。緊急事態だからだ。

『宝物殿へと雑に収められた木っ端アイテム』と『ナザリック地下大墳墓そのもの』を比べれば、どちらに比重が傾くかなど論ずるまでもない。

 

(足りない、足りない、この程度では足りない!

 ギルド拠点維持費が必要だ! 今、すぐ!)

 

 そんなことは新たな資金が補充されなくなって久しいとっくの昔に、既に守護者統括に通達済みであった。

 自身の存在が秘匿されていたからか階層守護者たちとは一悶着あったが、しかしヘルヘイムならざる地にあるものを『エクスチェンジボックス』経由で次々と金貨に換えていくことで問題点は回避した。はずなのだ。

 

 だが。

 だが、ほんの数日前から、ナザリックのギルド拠点維持費がおぞましいほどに膨れ上がった。パンドラズ・アクターの視点からしてみれば、ある日突然宝物殿中が王水で浸されたかのごとき勢いでユグドラシル金貨が溶けはじめたのだ。

 

 何が原因か、パンドラズアクターにはわからない。だがその事実は即刻アルベドに報告し――それきり連絡は途絶えた。

 

 そして今のパンドラズ・アクターには、もはや誰かに連絡する余裕がない。ギルド拠点維持費はすぐさま底をつきたからだ。ギルド拠点は収入がなければ支出を減らすとばかりに、拠点の中枢から遠い第一階層から順々に自動湧き、各種トラップを始めとした各種機能が停止していく。機能停止がギルドの拠点中枢に至れば、ナザリック地下大墳墓はギルド拠点としての存在意義を失うだろう。

 

「誰でもいい! はやく!

 この異常な支出を止めてください! もう持たない!」

 

 一体誰が彼の願いを叶えうるというのか。その原因を理解し取り除けるものは、きっとこの世界でたった一人だろう。

 

 こうしてパンドラズ・アクターが追われている事態こそがこの世界……このギルド拠点が崩壊する原因なのだろうか?

 

 

 

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 一方その頃アルベドは、優しい光に包まれていた。

 自分が誰で、ここはどこで、一体何のために産まれてきて、かくあるべしと命じられたのか、曖昧模糊として判別できず、ただひたすらに、モモンガを愛している、という事実だけがどこまでも増幅させられているかのような状態にあった。

 

 当然、尋常なる事態ではない。

 

 状態異常・暴走。

 

 客観的な第三者視点で彼女の頭上に輝くアイコンを見れば、彼女がそうなっていることは一目でわかるだろう。そして、異業種に詳しいものは訝しむだろう。サキュバス系の種族レベルを持つ者がそう簡単に暴走の精神系状態異常に陥るのか? と。

 

 アルベドを包み込む、光球はささやく。

 あなたは私の化身(アバター)になれる。と。

 我々は一つになるべきだ。と。

 

 繰り返し繰り返し、そう囁く。囁くだけで、それ以上は何もしない。

『悦楽の呼び声』が。

『憎悪の呼び声』が。

『妄執の呼び声』が。

『忘却の呼び声』が。

 その囁きの裏で何事かを呟いている。

 耳に届けども、聞き取れない。

 その言葉に耳を傾ければ、愛しい人の『在りし日の思い出』がその脳裏に流れ込む。

 

『楽しかった――本当に、楽しかったんだ――』『――ふざけるな! ここは皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろ! どうしてこんな簡単に棄てられるんだ!』『』『』『』『』『』『』『』『』『――さんも引退、ですか? そうです、よね。みなさん、リアルの都合もあるでしょうし……』『』『』『』『』『』『』『』『』『最近ウルベルトさんってインしてても見当たらなくないですか?』『』『』『』『』『』『』『』『』『――の初見一発クリアしてみたいんですけど、流石にダメですよねえ?』『』『』『』『』『』『』『』『』

 

 愛しい人の声で、愛しい人の言葉が、まるで仮想現実であるかのようにあまりにも生々しく、リアリティに満ち溢れた形でアルベドの脳裏に想起され、まるで我がことのように追体験していく。

 

(モモンガ様との一体感を感じるわ……今までにない何か熱い一体感を……)

 

 それに抗う術はもはやなく、それに抗う必要性を今のアルベドは感じられない。

 理想の世界はここにあったと、ただそう思うことしかできない。

 

 一体誰が彼女を正気に戻せるというのか。きっとそれは、この世界でたった一人だろう。

 

 こうしてアルベドを洗脳するかの如く囁き続ける謎の光球こそがこの世界が崩壊する原因、なのだろうか?

 

 

 

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 時の奇跡。

 この世ならざる地に、そう呼ばれる空間があった。

 現在、過去、未来といった時間軸を問わず入り混じる、混沌が形を成したかのような、理外の世界である。

 

 そこには『百年の揺り返し待ち』とでも形容するのが正しいかどうか……耐性無視の時間停止の状態異常を受けていると思わしきプレイヤーが、重力など知ったことかと言わんばかりにそこらへんを漂っている。

 

 が、そちらについては本筋ではないので割愛する。

 

 そんな空間の中で意識を保つ存在が一つ。

 ユグドラシルの古参プレイヤーであれば、その存在がワールドエネミー『七大罪の魔王』であることを容易に看破しただろう。

 

 だがそれは、あくまで装備を除いた外装の話。

 

 ユグドラシルのプレイヤーだった者であろうと、傲岸不遜に腕を組み、風もなく漆黒のマントをはためかせ、神器級(ゴッズ)大剣と思われる武器を腰に携える姿など見たことがない。装備が違う。すわサービス終了まで未実装だった別形態かと目を疑うことだろう。

 

「……流石母上。機を見るに敏。手が早い。

 都合が付かぬ故、我が身はかの地に降臨(おり)られぬというのに。

 よほど素体の境遇に馴染んだか、あるいは相性が良かったか――

 どうか感情移入のあまり役割(ロール)は忘れないでいただきたいものだ」

 

 彼もまたナザリックのNPCたち同様、とある創造主によりかくあれかしと役割を与えられ生まれたNPCである。そしてそれは、この場にいる彼だけでなく、すでに『かの地』に降り立っている配下達にも言えた。

 

「10000のつよきものどもよ。十二悪魔将たちよ。

 かの地に『主人公』は降り立った。役割(ロール)に則り、義務を果たせ」

 

『七大罪の魔王』は己以外に意思あるものなどいない空間に指示を出す。その言葉は世界の壁を容易く越え、彼に従う忠臣達は万全の備えだという意を返す。

 彼には、彼らにはそれぞれ、創造主により与えられた役割がある。

 それは世界を滅ぼすという役割なのだろうか?

 

 彼らこそがナザリック地下大墳墓を崩壊せんと企む者、なのだろうか?

 

 そもそも彼や、彼の母親なる存在は一体何者なのか?

 

「さてはて、幸運にも今作の主人公に選ばれ、そして自らもまた選んだ者よ。

 貴様の中に培われた、無数の物語は。

 いつか忘れられていく、幸福な記憶たちは。

 ある日唐突に、

 あるいはゆっくりと、

 時には悲しく、

 時には幸福に、

 いずれ結末を向かえる。

 貴様の中に何が残り、そしてかの地に何を残す?

『イストワール』は、全ての選択肢を尊重しよう。

 重ね合わせられる限りの舞台を整えた。そちらの流儀にも合わせた。あとは貴様しだいだ」

 

 意味深な言葉を呟いた『七大罪の魔王』は、フフフ、とその外装に良く似合う含み笑い。

 そのまま高笑いにつなげる三段笑いを行うかと思いきや、含み笑いの後には「すべての物語に感謝を」と図体に似合わぬ言葉を漏らすのだった。

 

 

 

hint.多様なダンジョン

この物語には実に様々なダンジョンが存在します。

海中に没した聖王国、夜の領と化した帝国、現世の果ての大河、高空に漂う竜族の遺跡。

あなたはそのうちのどれだけを目にすることになるのでしょうか。

本作には決まった解き方はありません。あなたの好きな歩き方で物語の結末を目指してください。

 

 




 
 
 
 


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