皆に愛され 覇道をゆく天才の物語 (水戸野幸義)
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STORY0 覇者へと生まれ変わる時

初投稿です


 目を開けるとまず最初に見えたのは白色だった。

 目の前だけじゃない。辺りも白。色の途切れ目なんてないかのように白一色。白の世界。

 

「ここは……俺はどうしてこんなところに」

「気が付きましたか。ここは選択の間へ。私は彼方に新たな道を提案する女神」

 

 声と共に現れたのは一人の女神。

 どうして女神だと相手の言うことをあっさり受け入れられたのかと言うと、背中が無駄にキラキラと神々しく光っているから。

 それに目の前のこのひとがあまりにも現実離れした美少女的な容姿なので、本物の女神様なんだと受け入れられた。

 何だろう某素晴らしきなんちゃらの女神様っぽい。

 

「それは貴方

の女神としての一番強いイメージがあの水の女神様だからですよ」

「こ、心が読めるのか!」

「ふふっ、神……女神ですので」

 

 ニッコリと優しく微笑まれる。

 ますますアレっぽい。

 ということはということか。この状況、そしてここを選択の間と言った事といい。

 

「理解が早くて助かります。その通り、貴方は死にました

「――死んだ……」

 

 予想通りの返答。

 なのにどうしてか実感は湧いてこない。

 

「はい、貴方は死にました。そう、そうです。わき見運転しながら信号無視したトラックに轢かれそうになった小さな子供を助けた為に」

 

 そう、そうだ!……思い、出した!

 家への帰り道。横断歩道が見えた時、小さな子が青信号を渡っていたのに、信号無視したトラックが突っ込んで来て、それから小さな子を助ける為に俺は。

 当時の記憶が蘇る。死の実感が湧いてくる。

 

「……ぁ、っ……あ、あの小さな子は……?」

「心配ありません。貴方のおかげで助かりました。ですが……」

 

 女神は申し訳なさそうな顔をする。

 どうしたんだ。

 

「本来、貴方の死は予定にはありませんでした。貴方も助かる予定だったのです……俗にいう神、天界側のミスです。その、すみません」

「そう……か」

 

 謝られたが信じられない。いや、信じたくはない。

 そりゃあの子が助かったのはよかったけどミスで死んだなんてあまりに過ぎる。どこまでテンプレなんだ。

 信じたくはないが蘇った記憶は確かだという確信がある。

 それに何度瞬きしても白の世界なのは変わらず、目の前の女神も変わらずいる。

 

「事実なんだな」

「はい、悪いと思っています……ですが、ご安心を。貴方は人一人を救った。それもまた事実。命は重い」

「……やっぱり、そういう……?」

 

 何か後々の展開が読めてきた。

 

「そう、そうです。貴方には選択の機会が与えられました。このまま死を受け入れ、輪廻の輪に還るか。それとも別世界へと所謂前世の記憶を持って赤ん坊から新しい生を謳歌するか」

 

 ここまでテンプレな流れだともう逆に信じてしまう。

 むしろ、いくつか先の展開が想像でき期待に胸が躍る。

 

「決まってる! 別世界行き以外ないだろ!」

「そう、そうですか。分かりました。では、別世界行き決定ですね。ただし、行く世界は既に決まっています」

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 最近の流行りだとファンタジー世界で魔王を倒すか、スローライフ辺りか。

 

「違います」

 

 情緒もなく事務的に否定された。

 あの女神っぽくはないけど、女神は女神なんだな。

 

「はい、女神なので。行先はインフィニット・ストラトスの世界」

「え……ラノベだろ、それ」

「貴方にとってはラノベでもあの世界が存在するのは事実なのです。ほら、クトゥルフ神話って分かりますか。アレと同じですよ。創作が別世界の在り方を物の見事に当てた的な」

「メ、メタい……言いたいことは分かるけども」

 

 まあ、そういうのもあるんだろう。

 こんな生きてる間体験できなかったことがあるなら。

 それにISの世界ならまだいいか。知らない世界じゃない。

 

「転生ってことでいいんだよな? だったら、何か特典とか……いやでも、いくらISの世界とは言え、ヤバいか? 転生特典を持って転生ってのはよく読んだけど」

「心配無用。貴方をインフィニット・ストラトスの世界に送るのはお詫びという意味がありますがバランスを取ってもらう為です」

「バランスか……」

 

 いろいろアンバランスな世界だからか。

 めちゃくちゃな世界だからな。

 

「……。ですので、バランスを取る為とミスのお詫びにお好きなのをお好きなだけどうぞ。チート能力とか、どれでも」

「そうは言われてもな~」

 

 いきなり言われてもそうすぐには出てこないのが我ながら何とも寂しい。

 あの世界でファンタジー系の能力とかはいらないだろうし。

 かといって、よくあるアニメ漫画の力とかも何か。

 

「そう、命は重い。こういうのも何ですが貴方は人を救って一度死んだのです。死後ぐらい自分に正直になって下さい」

「それもそうか」

 

 今更変に遠慮したところで今限定とはいえ死人。

 変に遠慮するのは生きてるうちにいっぱいした。

 それにこの女神様は心が読める。隠しても意味はない。

 

「だったら……!」

 

 俺は思い浮かんだ転生特典を女神を要求した。

 

 ザッというとこうだ。

 性別は男。転生して生まれる時期は一夏達と同じ頃の原作開始前の十六年前。生まれる家はデュノア家。美形、美声だと嬉しいな。

 シャルロットが一番好きだから出来れば、従妹関係になるように生まれるのが望ましい。

 原作知識は必須。もちろん男でありながらISに乗れるようにしてほしい。IS適正はSランクあればいいか。

 他はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのような優れた頭脳。頑張れば頑張ったほど報われる。まだだ覚醒もいいな。

 アムロ・レイと同等の戦闘技能、キラ・ヤマトと同等の情報処理能力、スーパーコーディネイター、枢木スザク並みの身体能力。

 seed持ち、カミーユ・ビダンと同等のニュータイプ能力。ガンダム世界や各世界の技術知識を完備。勿論、それを実現できるだけの技能も必須だ。

 それとシャア・アズナブルクラスのカリスマ性があると後々便利か。

 

「とまあ、こんな感じだけど」

「多いですが、まあいいでしょう。人を救ったこととミスのお詫びでサービスします。ただ」

「ただ?」

「貴方で言うところの原作開始時期。十六歳にはこれらすべては生まれ持った才能として貴方の望んだとおり、発現しますがそれまではまず体や精神、次に世界に悪い影響がないように一つずつ発現していきます。例えばISを使えるようになるのは織斑一夏と同じ時期だとか。その辺、ご理解を」

「分かった。むしろ、助かる。ありがとう」

 

 産まれて、すぐスーパーコーディネイターの身体能力があったら変だ。

 すぐISを使えないのは残念だがうまい具合に調整してくれるのならありがたい。

 至れり尽くせりだ。

 

 女神の手元が光る。

 指を動かすしぐさはまるでキーボードでPCへとデータを入力しているかのよう。

 これからなんだと実感が湧いていく。

 

「世界の書き換え完了。調整の完了を確認。準備は整いました。目を閉じるとすぐです」

「ああ、分かった。女神様、いろいろありがとう」

 

 そう言って俺はゆっくり目を閉じていく。

 

「さようなら」

 

 その言葉を最後に俺の意識は遠のいていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ここはフランス最高峰の病院。

 病室の一室にある夫妻と生まれて間もない赤子はいた。

 

「よく眠っているわ。元気に産まれてきてくれて嬉しい」

「ああ、本当に。マリー、君も元気で安心したよ。初めての出産。いろいろ心配だった」

「ありがとう。サンソン、貴方がついてくれていたからよ。仕事立て込んでいたのに。アルベール義兄様は怒ってなかったかしら」

「大丈夫だ。アルベール兄上は厳しい人だが、そこまで冷徹ではないよ。それにこの子は我がデュノア家にとっても待望の男の子だ。兄上もああ見えて楽しみにしていたさ」

「まあ、ならこの子と一緒にアルベール義兄様と挨拶しなくちゃならないわね。それとロゼンダにも。楽しみだわ」

「きっと二人とも喜んでくれるよ」

 

 デュノア夫妻の間に待望の赤ん坊が生まれた。

 幸せな出来事に夫妻は嬉しさに溢れている。

 なんせ――。

 

「この子はずっと子供を待ち望んでいても中々恵まれなかった私達に神が授けてくれた子」

「だから、この子の名はこれで決まりだ」

「ええ……私達のところへ来てくれてありがとう。これからあなたはたくさんの人に愛され、たくさんの人を愛す素敵な男になるわ。ね、神からの贈りもの(テオドール)




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STORY1 覇者が生まれ動く時

お誕生日おめでとう(Bon Anniversaire)! テオ」

お誕生日おめでとうございます(Bon Anniversaire)。テオドール様」

 

 母上の嬉しそうな祝福の声。

 次いで産れた時からの付き合いになる使用人達の祝福の声。

 沢山の好物が煌びやかな縦長テーブルに並び。

 そして目の前には立派なケーキがあり、その上乗せられた明かりの灯る六本のロウソクに息を吹きかけ、火を消した。

 

「わー!」

「六歳、おめでとう。テオ」

 

 母上が嬉しそうな満面の笑みを浮かべながら拍手をしてくれ。

 父上も祝福の言葉で祝ってくれる。

 

 今日は俺、テオドール・デュノア、六歳の誕生日。

 六歳……この世に生を受けて、いや転生してから六年が経つ。

 前世の記憶や転生特典は物心ついたころから徐々に発現していっている。

 そしてデュノアの名前で分かるように、あの女神に望んだとおり、デュノア家に産れた。

 

 母上はマリー・デュノア。

 今、上座にいる俺からして右側で嬉しそうに優しい笑みを浮かべている。

 天真爛漫で慈しみに溢れた優しく綺麗な母上。たまに天然なところがあるがそんなところも母上の好きなところだ。

 我が国と母上の名前のせい。それと前世の記憶と知識にひっぱられているからか、某容姿や声とか雰囲気が某ソシャゲのあの百合の王妃っぽく感じる。

 

 父上はサンソン・デュノア。

 今、上座にいる俺からして左側で優しく温和な笑みを浮かべている。

 優しく真面目な人で人と人を取り持つのが得意で、デュノア家、デュノア社では交渉ごとなどを担当している。

 デュノア家当主でありデュノア社社長の父上の兄もそういうところを高く評価している。

 ただ少し抜けているところもあるが、そういうところが人を安心させるのだろう。尊敬できる父上だ。

 ちなみに父上もまた我が国と名前のせいなのか、容姿や声とか雰囲気が某ソシャゲあの執行人っぽく感じる。母上と言い父上といい、これは女神の仕業なのか。今となっては確認できないけども。

 転生特典とは言え、優しく尊敬できる両親の元に産れた来れたのは女神に感謝しなければならないな!

 

「ありがとうございます。母上! 父上! それに皆もありがとう!」

「嬉しそうだな、テオ。浮かれた奴は我が弟で充分だが今日は誕生日。私からもおめでとうと言っておこう」

 

 そんな言葉が父上の隣から聞こえてきた。

 遠回しな言い方だが、これがこの人なりの祝福の仕方なのはよく知っている。

 この人がデュノア家当主であり、デュノア社社長のアルベール・デュノア。

 父上の兄であり、俺からは伯父上に当たる人。伯父上ないし伯父殿と呼んでいる。

 才能主義の厳格で厳しい人で、本人もまたデュノア社を世界的な大企業にし続けてる優秀な人。

 伯父殿のことも尊敬しているが、こんな厳格な感じなのにシャルロットの父親。つまりはシャルロットの母親に手を出した状態で……。

 まあ、これはまだ伯父殿以外は転生特典の知識がある俺しか知らないことだがそういうところもやり手というのだろうか。

 

 シャルロットはまだ見つかってない。

 同い年のはずだからもう産まれているはずだが、この歳で探せる範囲なんて限られてる。

 ましてや隠しているのが某架空の企業みたくスプーンから戦艦までがキャッチコピーの世界的大企業の社長だ。そう簡単には見つかるように隠し方はしてない。

 今はまだ我慢だ。シャルロットとは必ず会える。そう俺のニュータイプとしての勘が告げている。

 

「もうあなたったら……テオ君、お誕生日おめでとう。もう六歳か……子供の成長って本当早いわね」

 

 なんて風にしみじみ言ってきたのは伯母のロゼンダ・デュノア。

 伯父殿の正妻であり、社長夫人としての気品に溢れた美貌の持ち主。

 子供が出来ない身体だから、俺に対しては一線引いている感じのある人だがそれでも可愛がってくれるよき伯母殿だ。

 多分、デュノア家で一番器が大きい人はこの人じゃないかと俺は思っている。プライドの高い伯父上と結婚からずっと上手くやっている上に、将来的にはシャルロットと向き合うと思える人だからな。

 

「伯父上も伯母上もお祝いの言葉ありがとうございます。嬉しいです」

「ふん」

「めでたい日ですからね。あ……でも、アルベールからの誕生日プレゼント、本当にあれでよかったの? それはアルベール、貴方もだけど」

「本当に嬉しいです、伯母上。伯父上が近未来技術研究所丸ごとすべて僕に任せてくれたのは」

 

 母上、父上、伯母上からはまた別で誕生日プレゼントをもらったけど

 伯父殿から貰った誕生日プレゼントはデュノア社の技術研究所の全権利。

 子供のプレゼントにしては過ぎたものだが、六歳……今から半年後あるいは一年後には何も世界的変化がなければ、白騎士事件が起きる。

 ISの登場だ。これからこの世界での生活を楽しむにはISは必要不可欠で、下準備は必要だ。今はまだISは登場してないが、ISの原型はもう既にデータ発表されている。

 発表者の名前は伏せられているがこれは確実にISになる。現状世間はこの発表がとんでも理論の塊で相手にしてないが、研究しているところは研究している。

 デュノア社としても俺としても出遅れるわけにはいかない。基礎研究は早くからやっておけば必ず役に立つ。デュノア社を原作の二の舞にしないことが目標の一つなのだ。

 

「構わん。こいつが珍しく強請って来たんだ、面白いではないか。それにただやるわけではない」

「先行投資ですよね」

「そうだ、テオ。力ある大人として才があるものにはそれを伸ばす場を与えてやらなければならん。そこが目が出れば将来我が社の力になるやもしれんし、何もなければこいつは所詮そこまでだったというだけのこと。その時は身をもって返させる」

 

 怖いことを言うが言っていることはもっともだ。

 

「分かっています、伯父上。このテオドール、必ずや素晴らしい結果をデュノア社にもたらせます」

「その言葉しかと受け取った。もっとも心配はしておらん。こいつは才ある人間であり、デュノア家の男。期待しているぞっ、我が甥よっ!」

「はいっ、伯父上っ!」

 

 女神からはもらうもの貰ったんだ。上手くやるさ。

 

「ふふ、テオとお義兄様は本当に仲良しね」

「まったく呆れるぐらいにね。そっくりだわ」

「あはは、僕としてはテオにはもう少し平穏に育ってほしいんだけども」

「あら、サンソン。こうして元気に育ってくれてるから充分じゃない。それにこの子には好きなことして育ってほしいわ。でしょう?」

「それはそうだね。元気に育ってくれればそれだけで」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 それは誕生日から一ヶ月ほど経った時のこと。

 その日は朝勉強を終え、昼の武術稽古を終えて、気心の知れた使用人に囲まれながら母上と屋敷の庭でお茶をしていた時だった。

 

「本当、テオは凄いのよ! 今日だって先生があんなにも褒めてくれていたもの!」

「え、ええ……そ、そうですねっ」

「母上、さっきからそればっかりですよ」

 

 母上が何度も同じことを言うから流石の使用人も困っていた。

 それでも母上は止まらない。暴走機関車だ。

 

「だって、自分のことのように嬉しいのよ! 先生から一本取ったテオは素敵だったわ!」

「ありがとうございます、母上」

 

 褒められて悪い気はしないのでありがたく受け取る。

 先生というのは武術を自分に稽古してくれる人のことでそれの人から俺は一本取った。

 フランスでも名の知れた腕の立つ人。子供ながら大人に一本取るのは奇跡だが、最近は転生特典も体に慣れてきて上手く扱えるようになっている。そのおかげだ。

 それに相手はプロフェッショナル。能力を試すのには丁度いい。

 

『流石はデュノア家のご子息。流石ですな。勉学も優秀とくれば、武術も優秀。そんな子を教えられて私も鼻が高い! ご子息の活躍には私も励まされますぞ!』

 

 などと先生には褒められた。

 半分以上お世辞だろうが、それでも褒められて悪い気はしない。どころか、見てくれた母上がこんなにも喜んでくれるのなら大変気分がいい。

 

「ん、美味しい。折角美味しい茶葉が手に入ったのだからロゼンダもお茶会来てもらえると素敵なのに」

「伯母殿は最近、忙しいようですから……でもまあ、落ち着けばきっと来てくれますよ」

「そうね……そうだと嬉しいわ」

 

 少し母上は笑ってくれた。

 しょんぼりしていた母上を何とか元気づけられた。

 母上には笑っていて欲しい。

 

 伯母殿ともお茶するのは何回もあるが、誕生日を過ぎてからはまだ一回もない。

 忙しくしているようだ。社長夫人ともなれば、無理もない。

 こんな風に平和な時が続くのが一番。そう願っているが、何故だか胸騒ぎがする。

 

「誰かが……」

「どうかしたの?」

「いえ、誰かがこっちにくる感じがして」

 

 こちらに近づいてくる気配は段々大きくなる。

 知っている人の気配。

 この気配は。

 

「マリー! テオ!」

「あら、サンソン」

 

 やってきたのは父上だった。

 昼間に返ってくるなんて珍しい。今日は仕事で帰ってくるのはいつも夜、早くても夕方なのに。

 変に急いできたのか息が荒い。血相を変えている。

 

「おかえりなさい、サンソン」

「おかえりなさい、父上。何かあったのですか?」

「あ、ああ……悪いが君達は下がってくれて」

 

 そう言って父上は、使用人たちを下がらせた。

 よほどのことなのはすぐに理解した。

 

「テオ……君のような幼い子にこんな話は聞かせたくないのだが、君は私達の子供で賢い子だ。そして、デュノア家の男。心してほしい」

「はい」

 

 父上がこんな風に前置きするのは珍しい。

 よほどのことだろうが、これは一大事なのか。

 流石に母上も真剣な面持ちだ。

 

「兄上と義姉上が喧嘩したんだ」

「なん……だと……っ!?」

「あらあら」

 

 本当に一大事だった。

 あの伯父殿と伯母殿が喧嘩……?

 二人の人柄的にもだが、政略結婚とは言え、恋愛結婚したかのように仲のいい夫婦なのにどうして。信じられない。

 

「珍しいこともあるものね。あの二人が喧嘩だなんて」

「そうなんだ……しかも、本社の社長室で喧嘩したものだから大変だったよ。幸い肝心な話は漏れてないようだし、その場は何とか収められたけど」

「お疲れ様、サンソン。でも、二人が喧嘩って何が原因なの?」

「それが……」

 

 小さく手招きされ三人で顔を近づけ合う。

 

「何ていえばいいのか。その……兄上に隠し子がいることが発覚したらしくて」

「それはまた……」

 

 いつもほんわかしている母上が引いてしまうほどの驚愕的な事実。

 でも、俺は不謹慎ながら嬉しかった。

 この隠し子……もしかするともしかするかもしれないからだ。

 ただ一つ気になることはある。

 

「隠し子……父上一つ気になるのですが、何故そのことが発覚したのですか? 外部の人間が伯父殿が隠すだろう情報を見つけるなんて無理そうなのですが」

「それが先月テオの誕生日があっただろ? それ以来兄上はちょくちょくその隠し子とその母親を訪ねていたらしく、その日のことは仕事の移動日に当ててカモフラージュしていたが、義姉上に怪しまれて問い詰められたらポロったらしくてね……」

「伯父殿ェ……」

 

 俺と父上、親子二人、何とも言えない顔で頭を抱える。

 伯父殿の末路にしては何とも情けない。あの伯父殿も流石に愛した女には弱かったということなんだろう。

 ただ伯父殿を憐れんでもいられない。これは間接的に俺のせいでもある。伯母殿がシャルロットのことを知るのは今から大分先の未来。少なくとも今ではなかったはず。

 俺が産まれたばかりに歴史の流れが狂ったか。ここは好機として取るほかあるまい。

 物事が早く起きれば、それだけ改善修復の時間は早められる。伯父殿も将来、あんな遠回しなことをしなくて済むだろう。

 悲観はここまで。考えて動く!

 

「動きましょう、一刻も早く。父上、母上!」

「動く……?」

 

 要領を得ない母上はきょとんとした顔で小さく小首をかしげる。

 

「父上、このことはどれぐらいの人に知られてますか?」

「宥めたから恐らく、僕と兄上、義姉上だけだと思いたいが場所が社長室だったからね……耳ざといものにはもう知られている可能性も……」

「そうですか……」

 

 となると。

 

「この事が外部に漏れれば、デュノア社、ひいてはデュノア家にダメージがあるのは避けられない」

「それはそうだね。完璧な兄上を崩すいい弱点だ。だから分家の人間にも動きがあるだろう。兄上は実力のある人だけど結果を出すためには強引なことも辞さない人だから恨みを買っているだろうから」

 

 分家というのは……デュノア社が成長するにあたって取り込んだ企業や名家の人間達のこと。清濁併せ呑むデュノア家は伯父殿と父上、直系血族の本家と企業的繋がりや家同士の繋がりを結んだ分家に別れている。

 お家騒動になりかねない。隠し子の暗殺計画が持ち上がるなんてこともあるだろう。未来での出来事を思えば。

 

「伯父殿と伯母殿は今どこに……?」

「兄上は会社で義姉上は兄上達の屋敷にこもっているみたいだ」

「となると父上と僕とで伯父殿のところへ行き、まずは話を聞きましょう。僕もデュノア家の人間として知っておきたいです。母上は」

「ふふっ、分かっているわ、テオ。義兄様の屋敷、ロゼンダのところへでしょう?」

「そうです。まだ事実が発覚してから時間はそう経ってない。ならば、心の傷は早めにケアをしたほうがいい。時間が経てば、重いしこりになる。伯父殿夫妻の仲の修復は難しくなる。隠し子にも深い恨みが積もる。そうなるのは避けたい。大好きな家族が悲しいことになるのは嫌です」

「そうだ、テオの言う通り。僕からも頼むよ、マリー。義姉上のことを頼む」

「ええ、任せて! ロゼンダは私の大切な親友で家族。今はとても辛いでしょうけど、ずっと辛いままなのは悲しいわ。それに大好きな夫と可愛い息子に頼まれたら私頑張っちゃうわ! あなた達は義兄様のことお願いね」

「もちろん。だろ、テオ」

「はい、もちろん。サンソン一家の力を合わせて、乗り越えましょう! デュノア家の為に、家族皆の為に」

 

 一家全員やることは決まった。

 産まれて初めての大ごと。これからも大ごとは沢山降りかかるだろう。

 初めの一つ、乗り越えて見せる。我が覇道は誰にも止められん!

 

「お前達、来てくれ! 出かける用意と車の手はずを!」

「かしこまりました! テオドール様!」

 

 では、行動開始だ!




テオドール・デュノア
愛称はテオ。この物語の主人公。
転生特典を持ってこの世界にデュノア家の人間として生まれた転生者。
大蔵衣遠とクリム・ニックが合わさったような奴

サンソン・デュノア
主人公の父親。シャルロットの父親とは兄弟で、弟。デュノア社、副社長
人と人を繋いで仲を取り持つ才に長けている。
見た目某ソシャゲのサンソン、性格と人柄大蔵遊星のような人

マリー・デュノア
主人公の母親
いろいろとハイスペックな美人妻。
見た目も性格も某ソシャゲに出る百合の王女そのものな人。


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STORY2 シャルロットとの出会い

 父上と共に向かったデュノア社本社に着くとすぐさま社長室に向かった。

 

「何だ貴様ら騒がしい……一体何なんだ」

 

 伯父殿は社長室の奥にある席で仕事をしていた。

 不愛想な顔をして、不機嫌そうな声。

 取り繕っているつもりだろうが、叔母殿との喧嘩というのはよほど堪えているみたいだ。

 

「サンソン、貴様……テオを連れてきたと言うことはそういうことか! この愚か者めが!」

「お叱りなら後で受けましょう。ですが、兄上……今はこの事態を収めなければ。それに僕の息子はまだ幼いですが、デュノア家の男。秘め事は後の禍根となりましょう」

「戯言をッ……!」

 

 伯父殿は怒っている。

 部下や使用人を叱ることはあっても、ここまで感情的なのは初めて見る。

 伯父殿にとってもこの件はよほどのことだと捉えている証拠だ。

 

「恐縮ながら伯父上、父上から話は聞かせてもらいました。この一件は我がサンソン一家に任せてもらえないでしょうか」

「何……?」

「テオ?」

 

 俺の申し出に伯父殿は訝しみ、父上は不思議がる。

 

「勝手ではありますが今、叔母上のことは母上に任せています。母上ならきっと今の叔母上を少なからず癒してくれることでしょう。ですから……少し時間を置いたら、叔母上とちゃんと話し合って下さい」

「……」

「そして、件の子あるいは親子ですが我がサンソン一家の屋敷で客人として迎えさせてください。この件はまだ露呈していないと思いたいですが、もしもの場合外や分家の動きは気になります。下手に警備をつけたりするよりも我が屋敷に留めた方が安全だと私は考えています。屋敷なら下手に手出しできないでしょうし……伯父上も安心ではありませんか」

「そうだね……テオの言う通りだ。うちに客人として迎えさせてほしい。どうですか、兄上」

「……」

 

 伯父殿は答えない。

 俺と父上に背を向けたまま社長室から見える外の景色を見つめている。

 ダメ押しに本心をぶつける。

 

「私は伯父上や叔母上の悲しい姿など見たくはありません。大切な家族なのですから、笑顔でいてほしい。その為なら我が力の全てを持ってことに当たりましょう。それは無論、件の子、親子もそうです。事情は兎も角、その人達もまた我がデュノア家なのですから」

「……」

 

 伯父殿はまだ答えない。

 社長室は沈黙に包まれる。

 しかし、必ずことは動く。信じて待つ。

 

「任せていいのだな……」

 

 伯父殿は背を向けたままぽつりと言った。

 

「はいっ。デュノアの名と我が覇道に誓って

「……ふんっ。テオドール、貴様がそこまで言うのならサンソン一家にこの件を任せよう。その言葉、忘れぬぞ」

「ありがとうございます。伯父上」

「ありがとう、兄上。万が一の周囲との調整諸々はこれまで通り僕がします」

「伯父上……叔母上とどうか」

「……」

 

 伯父殿は何も答えなかったがこれでいい。

 プライドの高い人だ。そう簡単には頷けないのだろう。

 それでも聞こえていないわけでもなければ、状況を受け入れられないような人でもない。

 時間はいるだろうが、必ず叔母殿と仲直りはするはずだ。

 

「奴らの居場所は今、端末に送った」

「確認しました。行こう、テオ」

「はい、父上」

 

 伯父殿のことはまだ気になるが、これ以上は手を出すべきではない。

 今はそっとしておく。

 

「テオ」

 

 社長室を出ようとした時、伯父殿に名前を呼ばれた。

 

「イリス……それから、シャルロットのことを頼んだぞ」

 

 伯父殿はそう言った。

 

 イリスというのは母親のことだろうか。

 そして、シャルロットという名前。

 予想は今この時、確信となった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 あくる日、俺は父上と共に伯父殿に教えてもらった場所へと向かっていた。

 母上曰く、叔母上は酷く弱っていたらしい。

 あの叔母上が……と信じたくはないが、ことがことだ。無理もない。

 けれど、母上の献身的な付き添いのおかげで、少しは立ち直ることはできたらしい。よかった。

 でも、まだまだ安心できないから今日も母上が傍についている。

 ちなみにまだ伯父殿と叔母殿はまだ話し合ってないようだ。まだそんなに時間は経ってないから、まだ時間はいるんだろう。

 

「旦那様、若旦那様。到着しました」

 

 運転手の言葉で到着したのはフランス最東部の田舎町。

 デュノア社や屋敷のある街からここに来るまで大分時間がかかって、ちょっとした長旅だった。

 

「この家みたいだね」

 

 目的の家を見つけた。

 事前に父上が電話をしてアポは取ったとのことなのでいることは確認している。

 父上がインターホンを鳴らしてから数秒。中から人が出来た。

 

「は、はい」

「――」

 

 息を呑んだ。言葉が出ない。

 出てきたのは俺と同い歳位のブロンドヘアーの小さな女の子。

 間違いない。この世界に来た目的の一つ。この子が夢にまで見たシャルロットだ……!

 

「テオ?」

「――ハッ、すみません。父上」

 

 嬉しさのあまり見とれて惚けていた。

 ようやく会えたが喜んでも浮かれるのはまだ早い。

 話を進めなくては。

 

「こんにちは……初めまして、僕の名前はテオドール・デュノア。こちらが父のサンソン・デュノア」

「こんにちは。こちらにお伺いすると以前お電話した者ですがお母様はいらっしゃいますか?」

「デュノア……」

 

 そう呟いた彼女と目が合う。

 こちらを見る綺麗な紫色の瞳の奥には怒りの炎が宿っている。

 揺れる炎に、確かな力強さを感じさせてくれる。

 

 いい目だ。気に入った。

 それにデュノアという名前に只ならぬ思い入れがある様子。

 このフランスでデュノアの名前を知らない人間を探す方が難しいが、そうではなさそう。自分の父親がデュノアの人間だというのは認識しているからこそ、どこか怒りが入り混じったような感じなのか。

 

「シャルロット……何してるのって……あら」

 

 家の奥から女性が出て来た。

 同じくブロンドヘアーの儚げな女性。

 この人が伯父殿の……。

 

「アルベール……?」

 

 俺を見るなり、彼女はそう言った。

 伯父殿に似ていると言われることはあるけども、こんな風に見間違えられたのは初めてだ。

 

「こんにちは、僕はテオドール・デュノアといいます」

「サンソン・デュノアです。先日お電話させてもらった件で伺いに上がりました」

「はい、お待ちしておりました。狭い家ですが、どうぞ。入って下さい」

 

 言われて、家の中へ上がらせてもらう。

 リビングに着くとテーブルに案内され、親子向かい合うように座った。

 

「必要ないとは思いますがこちらの自己紹介がまだでしたね。イリス・ベルナールと言います。本日はこんな田舎までご足労おかけしました」

「……っ……」

「ほら、シャルロット。アナタも挨拶しなさい」

「う、うんっ……えっと、シャ、シャルロット・ベルナールですっ」

 

 俯き加減にこちらの様子を穿っていたシャルロットは母親に促され、焦ったように挨拶してくれた。

 

「それで本題なのですが……」

「はい」

 

 父上達、大人が本題について話し始める。

 俺達子供の前と言うこともあって直接的な表現は避けているが、話し合う内容は今回の件。

 話し合っている最中、俺達子供は黙って聞いているしかない。口を挟むような場面でもない。

 しかし、手持ち無沙汰は感じてしまう。それにシャルロットは俺達……というより、俺のことを俯きながら何度も横目で見てくる。

 気になって仕方ないというのと不安でいっぱいな様子。だから、少しでも安心してくれればと優しく笑いかけてみたが。

 

「……ひゃっ」

 

 驚いたような不思議な声を上げて目を反らした。

 驚かせてしまったが、何処か照れたように見えるのは何故だ。

 

「……ということでして」

「そうですか……こちらのせいでご迷惑をおかけしてすみません」

「いえ……こちらこそ、身内の厄介ごとに巻き込む形になってしまって。それで何ですが」

「はい……分かりました。そうですね……そうします。あの人の為にも」

「ありがとうございます。助かります」

 

 どうやら話はまとまったらしい。

 

「お母さん……?」

 

 だが、話は聞いていても飲み込めていないシャルロットは不思議そうに母親を見る。

 

「いい、シャルロット……私達はこれからこちらのサンソンさんとテオドールさんのお屋敷にご厄介、生活することになったの」

「そう……なの……?」

「ああ、突然のことでビックリさせちゃったと思うけどこれからよろしく」

「う、うん……? よ、よろしく……?」

 

 そうすぐには状況を飲み込めるわけもなく、シャルロットは終始きょとんとしていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「テオドール様、奥様。外でのお出迎えなら私達がしますのに」

「何を言う。大事な客人だ。このテオドール・デュノアが直々に出迎えてくれるわ! ククク……クハハハハ!」

「そうね。大事なお客様ですもの、ちゃんと最初から出迎えたいわ。というかテオ、今日はまた一段と上機嫌ね」

「はい、こんなテオドール様初めて見ます」

「よほどお客様が嬉しいのでしょうか」

 

 母上と使用人達が何やら話しているが今は知らん。

 浮かれずにはいられようか!

 最初の難関を乗り越え、ようやくこの時が来た。

 シャルロット達のことは外部には漏れていない。あらゆる手を駆使して隅々まで確認したから抜かりはない。本家だけが知っている。

 現在絶賛仕事中でいない父上もそれにはかなり気を使っているようで、その点でも安心できる。

 ようやくこの世界に産まれた意味がまた一つ実った。我が覇道は揺るぎない!

 

「いらっしゃいました」

 

 門が開かれ、車が屋敷の前までやって来て止まった。

 そして先に出て来た運転手が後ろのドアを開けると親子が降りて来た。

 

「遠路はるばるお疲れ様です。ようこそ、我が屋敷へ」

「お待ちしておりました。ベルナール様」

 

 まずは母上、それから使用人達が出迎える。

 

「ご丁寧にありがとうございます。イリス・ベルナールです。ご迷惑をおかけすることになりますが、よろしくお願いします」

「マリー・デュノアです。よろしくね、イリスさん。突然のことでいろいろ大変でしょうけど、力になるわ!」

「はいっ」

 

 笑顔の二人。

 早速、母親同士は仲を深め合っている。

 なら俺も見習わなければ。

 

「この間会ったけど改めまして、テオドール・デュノアです。よろしく!」

 

 紳士的な挨拶。

 これなら完璧だ。

 

「うぅっ……」

「あらら」

 

 母上の声が耳に木霊する。

 

 シャルロットに挨拶を返してもらうどころか、母親の後ろに隠れられてしまった。

 前は一応返してくれたのに。返してくれると期待していただけに凄くショックだ。

 

「ごめんなさい、テオドールさん。体調の崩しやすい私の看病をよくしてくれるせいかこの子人見知りで、その上男の子は慣れてなくて」

「そ、そうですか」

 

 笑顔でいようとするテオドール()とショックを受けて笑顔を引きつらせてしまう前世の自分()がいるのが分かる。

 

「テオ! もっと自然に!」

「テ、テオドール様! ファイト!」

「ガ、ガンバです!」

 

 母上や使用人達の優しさが刺さる。

 

「気を悪くしないでね、テオドールさん。こら、シャルロット。いつまでも恥ずかしがってないでちゃんと挨拶しなさい」

「で、でもぉ……」

「大丈夫だから、ねっ」

「う、うん……シャ、シャルロット・ベルナール、です……よろしく、お願い……しますっ……」

 

 言い終わるにつれて声は小さくなり、また母親の後ろに隠れるシャルロット。

 前世の産まれた国ではこういうの、一難去ってまた一難と言ったけか。

 出鼻は挫かれたが、まだだ!

 ゆっくりとでもシャルロットと仲良くなっていこう。

 だって、諦めなければ夢は必ず叶うと信じているのだァッ!

 




シャルロット・ベルナール
この物語におけるメインヒロインの一人。
ベルナールは母親の性
可愛い。賢い。健気。

イリス・ベルナール
シャルロットの母親
身体が弱い
優しいお母さん


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STORY3 確かなシャルロットとの絆

 諦めなければ夢は必ず叶うと信じているのだァッ!

 

 某光の魔王如くそう意気込んだはいいものの前途多難だった。

 シャルロットとの仲は相変わらず平行線。良くも悪くもなってない。

 

「……」

 

「……」

 

 今みたいにお茶を一緒にしていても俺に対してシャルロットはおっかなびっくりなまま。

 まあ、断られたり、逃げられたりしないだけマシか。

 誘ったら、こうしてお茶に参加してくれるだけおっかなびっくりなだけで拒否感は持たれてない。

 

 むしろ、逆に逃げているのは俺だ。

 変わらず今も続くこの無言の空間に耐えられない。勉強や稽古の時間だと理由づけては席を外すことはしばしば。

 俺にとってシャルロットはシャルロット・デュノアのイメージ、所謂原作のあの印象が強いからどうもギャップが激しい。

 あのシャルロットが幼い頃は逆にこうだったんだろうと思えなくはないけど、原作の印象は生まれ変わってもそう簡単には拭えない。

 

 しかし、いつまでもこうしてはいられない。

 構い過ぎて嫌われてしまうのはもってのほかだが、それ以上にこのままなのはありえない。

 このテオドール・デュノアに、停滞というチョイスは無いんだ!!

 

「シャルロットと呼んでもいいかな」

 

「は、はいっ……」

 

「ありがとう。シャルロットは屋敷での生活はどうだ? 少しは慣れてもらえただろうか。何かしてほしいこと、欲しいものがあったら遠慮く言ってくれ」

 

「えっと……特にはない、かな。おかあさんもおうちにいたときよりもいっぱいわらってくれるからうれしい。あ……じゃなくて! 特にはないです……! テオドールさま!」

 

 思い出したように使う敬語の慣れてなさが可愛らしくて笑ってしまう。 

 

「いや、敬語じゃなくて構わない。呼び方もテオでいい」

 

「で、でも……」

 

「そう呼んでほしいんだ。親しい人達にはそう呼ばれているし、シャルロットとも親しくなりたいからな」

 

「わ、分かった。あ……特にないって言っちゃったけど、してほしいこと……今からでもいい?」

 

「もちろん! 言ってみてくれ!」

 

 思わず口角が上がった。

 出会ってから初めてシャルロットから自発的な発言。

 いい傾向だ。

 

「私もあだな? あいしょう? で呼んでほしいっ。私……ともだち、いないから」

 

「なら俺が最初の友達だ」

 

「いいの?」

 

「もちろんだ。となると……そうだな、シャルロット……シャシャとか」

 

「シャシャ……いいっ! ネコみたいだね! テオ!」

 

 ようやく見れたシャルロットの笑顔。

 そして、名前を呼ばれた事実。

 この世界に俺は地に足をつけているという感覚が十全と得られる。

 

「そうだ。気になることもあれば、遠慮せずに聞いてくれて構わない」

 

「ききたいこと……う、う~ん……あっ」

 

「見つかったか。言ってみろ」

 

「そ、その……! きいちゃいけないことかもしれないけど、テオは私のおとうさんのこと、しってる?」

 

 いきなりぶっこんできたな。

 やっぱり、気になりもするか。今回の発端だ。

 

「ああ、よく知っている。シャシャの父上は俺の父上の兄、俺からして伯父になるからな。伯父殿は人の才能を愛し、厳しく激しい人だがそれを裏付ける優秀さを兼ね備えた尊敬できる人だ」

 

「そう、なんだ……おかあさんといっしょのこといってる」

 

「母君と?」

 

「うん……おとうさんはとっても賢くてきびしい人だけど誰よりも人の才を愛し、尊敬できる素敵な人だったっておかあさんいつも嬉しそうに話してくれて」

 

「なるほど……」

 

 だったと過去形なのが気にはなる。

 自分からは会うつもりはなかったということなのか。

 あんな田舎街で隠れるように生活していたとなると。

 それに話すシャルロットは嬉しくなさそうだ。

 

「シャシャは……」

 

「え……」

 

「伯父殿……つまり君のお父さんのこと、嫌いなのか」

 

「わ、わかんない……おとうさん、いままでずっと遠くにいるっておかあさん言ったのに……きゅうにおうちに来て、わけわかんない……おとうさんがいないせいでわたしは……っ」

 

 後に続く言葉がどういうものなのかは言われずとも大体分かった。

 シャルロットのこの苦悩の表情を見れば尚更。

 まあ、そういうことにもなるよな。

 

「そうか……話してくれてありがとう。気を悪くさせたようですまない。困ったことがあったら力になろう」

 

 そう言いながら暗くなった気持ちが少しでも和らげばとシャルロットを頭を撫でてやった。

 

「うぅ~は、はずかしいよ~」

 

 頬を赤く染め照れるシャルロット。

 少しは気がまぎれたみたいだ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ベルナール親子が我が屋敷で生活を始めてもう一ヶ月以上が経つ。

 初めの頃よりはシャルロットと仲よくなれた気がする。

 前進はしたものの、あくまでも初めの頃とは、というだけで主人と客人以上の間柄というわけではないのが現状。

 状況が状況ゆえに仕方がないは分かっているけども、一線引かれている感じがしてもどかしい。

 仲を深められるようなイベントの一つでもあればいいが、気長にいくほかあるまい。

 

 そんなことを考えながら、家庭教師、今日の勉強を終えた俺は屋敷の廊下を歩いていた。

 向かう場所は居間。休憩がてらお茶しに。

 呼べばさっきまで勉強してた部屋に誰かが持ってきてくれたが、待つのすら惜しい。何せ……。

 

「あ、テオっ! お疲れ様!」

 

 居間に入るとシャルロットが出迎えてくれた。

 お茶一式とお菓子が乗ったキッチンカートを押す女性の使用人を伴っている。

 

「もしかして、こっちに来てくれようとしていたのか」

 

「うん、そろそろお勉強の時間終わる頃だったから。呼んでくれたらよかったのに」

 

「こっちから行きたい気分だったんだ。気にするな」

 

「昨日もそう言ってた」

 

「そうだったか?」

 

 些細なことだ。

 

「シャルロット様。では、このままこちらのテーブルにご用意しますね」

 

「は、はいっ。お願いしますっ」

 

 客人扱いされるのにまだ慣れてない様子のシャルロットは申し訳なさそうにしていた。

 そんなシャルロットを微笑ましそうに見守りながら使用人はテキパキとお茶の用意をする。

 俺はいつもの席に着き、向かい側にシャルロットが座る。そして、お茶を一口。

 

「ン……美味しい。シャシャ、またお茶淹れるの上手くなったな」

 

「本当っ!? よ、よかった~!」

 

「よかったですね、シャルロット様」

 

「はいっ! お姉さん達のおかげです!」

 

「いえいえ。これはシャルロット様のお力ですよ。先日からずっと頑張ってますし、シャルロット様は筋がいいです」

 

「それは俺も思うな」

 

「そ、そうかな~」

 

 謙遜するシャルロットだが筋がいいのは俺も認めるところだ。

 先日からお茶をする時、お茶を用意するのはシャルロットの役目となった。

 こんなことは使用人達がやればいいし、シャルロットは客人なのだからゆっくりしてればいいものを、それが嫌らしい。

 だから、せめてお茶ぐらいはということで任せてみたら、中々どうして美味い茶を淹れると来た。使用人が入れたのよりも美味い。才能があったのだろうか。

 些細なものだがこれも立派な才だ。

 本人はもっといろいろとしたいみたいだ。似た者親子だな。

 母のイリスさんも客人の待遇にただ甘えるのは性に合わないらしく、母上のお付きみたいなことをしている。後はたまに俺の家庭教師もやっているか。

 教えるのが上手い。この辺り、伯父殿が気に入ったのが何となくわかった。

 

「何やら外が騒がしいな」

 

 お茶を飲みながらひと息ついていると、部屋の外が騒がしいのを感じた。

 屋敷で騒ぐような奴はいないし、客人が来るというのも聞いてない。

 嫌な予感がする。

 

「見てきてくれ」

 

「かしこまりました。って……ロ、ロゼンダ様!?」

 

「……」

 

 見に行こうとしたと同時に部屋に叔母殿が入って来た。

 突然の来訪に皆驚く。

 叔母殿の後ろには何人もの使用人達がおり、引き留めようとした跡が伺える。

 まずいな……本当に急すぎる。叔母殿が急に来るのは歓迎だが、ここにはシャルロットがいる。後々の展開は予想がつく。

 現に叔母殿はシャルロットしか見えてない。屋敷に来たのもシャルロットが目的なのか。

 

「あ……ぁ……」

 

 シャルロットと叔母殿が会うのは初めてだが、流石にこの状況では目の前の人間が自分に対してよく思ってないと分かるのだろう。

 怯えている。

 

「叔母上」

 

「テオドール、どきなさい」

 

 シャルロットへと詰め寄る叔母殿の前へと出る。

 いつもみたいに愛称ではなく名前をハッキリと呼ばれる。

 相当頭に血が上っているのが分かる。気持ちを分かってあげられなくはない。

 しかし。

 

「嫌です」

 

「言うことを聞きない、テオドール……! 私はこの泥棒猫に……!」

 

 刹那、叔母殿の手がシャルロットへと伸びる。

 いけない! 後のことは覚悟の上だ。シャルロットと叔母殿の間に俺は入り続けた。

 

「テオっ!」

 

 シャルロットの呼びかけと同時に手で頬を叩く乾いた音と頬に感じる痛み。

 本来、シャルロットが受けるはずだった平手打ちを代わりに受けた。

 

「ぁ……」

 

「叔母上」

 

「あ、ぁ……テ、テオ……」

 

 するはずじゃなかった相手に平手打ちをしてしまったからなのか叔母殿は動揺している。

 叔母殿がこんなことを簡単にする人じゃないこと知っている。抑えに抑えた感情にどうしようもなく突き動かされた結果なんだろう、これは。

 

「気にしないで下さい、叔母上。落ち着いていただければ、それだけで」

 

「え、ええ……ごめんなさい。私……」

 

「大丈夫ですよ。知っているでしょ、僕は強いデュノア家の男なんですからへっちゃらです。おい、母上が帰ってくる時間はそろそろだったはずだな」

 

 叔母殿を宥めつつ、使用人に確認する。

 

「は、はい。もうじき帰ってきますっ」

 

「では、叔母上をひとまず客間に案内しろ。落ち着くお茶を出して丁重にもてなす様に。それから母上に叔母上が来たことを伝えろ。後、このことは決して口に出すな。俺が見てない所でもだ。口に出した瞬間しかるべき処置をする。いいな!」

 

「か、かしこまりましたっ」

 

「かしこまりました!」

 

 指示を飛ばすと指示通りに、使用人達は動き始める。

 

「ロゼンダ様、こちらへ」

 

「ええ……」

 

 叔母上は使用人達に連れられ、部屋を後にした。

 一段落した。

 

「シャシャ、大丈夫か? すまないな、身内ごとに巻き込んでしまって」

 

「わたしはだいじょうぶ。テオのほうこそだいじょうぶなの? 頬、その思いっきり……赤くなってる」

 

 頬の赤みを見てシャルロットは心配そうな顔をする。

 

「問題ない。言っただろ? 俺は強いデュノアの男。へっちゃらだ。なんせ鍛えているからな」

 

 これ以上、心配をかけないよう手首を回しながら敬礼の様な仕草をしながらそう言った。

 

「でも……ごめん、なさい……私のせいで、テオが……」

 

 しかし、シャルロットの暗い表情は変わらなかった。

 

「間違っているぞ! シャシャ!」

 

「ぇ」

 

 俺の一声に俯いていたシャルロットは顔を上げた。

 

「これは所謂、事故なんだ。シャシャのせいでは決してない。そして、誰のせいでもない。それからシャシャ」

 

「う、うん」

 

「先程のことで怖い思いをしただろうが、出来ることなら叔母殿のことを許してあげてほしてい」

 

「許して……?」

 

「ああ。叔母上は今、大変苦しい時なんだ。叔母殿にとっては何もかもがあまりにも急すぎたのだから」

 

 叔母殿の心情は察するに余りある。

 これは本来ならもっと未来の出来事のはずだったのだから。

 嘆いたところで今起こったことは変わらない。叔母殿はもちろんのこと、シャルロットのケアに今は専念する。

 

「ダメかな?」

 

「ううん……分かった」

 

「ありがとう。いい子だ、シャシャ」

 

「わっ!」

 

 目の前のシャルロットを抱きよせ、頭を撫でる。

 オーバーリアクションだろうが、これで不安な思いが安らげばと思っての行動。

 

「ありがとう、テオ」

 

 事実、シャルロットは安心したように身体を俺へ預けてくれた。

 

 



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STORY3.5 覇者に寄り添う小さな従者

 ここ最近、本当にいろいろあった。

 六歳の誕生日があって、その後ベルナール親子と出会い、叔母殿に引っ叩かれ。

 この世界は本当に愉快で飽きない。俺をとことん楽しませてくれる。

 叔母殿の突然の訪問後、父上と母上の仲介の元、イリスさんと伯父殿、叔母殿の話し合いが行われた。

 全てが全てが丸く収まったわけじゃないけど、話し合って誤解は解けたらしい。

 伯父殿と叔母殿が婚約からの結婚をしたのが約六年程前。それ以前に伯父殿とイリスさんは秘密裏に交際していたようで、伯父殿が叔母殿と婚約を結んだときに別れ、イリスさんは伯父殿の前から姿を消した。その後シャルロットの妊娠が発覚したとのことらしい。

 まだ救いはあったということだ。それだけはよかったのかもしれない。

 ただまあ、伯父殿は叔母殿を愛しながらもイリスさんへの想いを再燃させているというのが母上の見立て。まったく、忙しない人だ伯父殿も。

 

 ひとまずの停戦と平穏な日々。

 あれからは特にこれと言った珍事もない。

 穏やかな日々が流れている。喜ばしい限りだ。

 もうじき白騎士事件が起きる。公開されたISの原型を研究すればするほど、その線が濃くなってきた。

 あんなものを開発したら試したくなる。望む舞台で活躍する姿を見たくてたまらなくなるというもの。同じ開発者としてよく理解できる。

 だからこそ、基礎研究は怠れない。でも、もう少しだけ穏やかな時間を……。

 

「テオ、私は役に立ちたいの!」

 

 平穏を破るかのようにシャルロットは言う。

 あの一件から更に仲は深まったが、あの一件はシャルロットの中で未だに尾を引いているようだ。

 

「役に立ちたいって……こうして美味しいお茶を用意してくれるだけで充分だが……」

 

「そうじゃなくてもっと役に立ちたいの!」

 

「そうは言われてもな……」

 

 こうして傍にいてくれるだけで役に立ってる。

 だから、そう強請られても困った。

 助けを求めて、同じくお茶している母上とイリスさんを見るが、微笑ましそうに笑っているだけ。助けてくれ。

 

「可愛い我が儘ね、シャルロットちゃん。ね、イリス」

 

「そうね……シャルロットがこんな風に我が儘を言うの初めて見たかも。テオドールさん、ごめんなさい。この子の我が儘を聞いてくれると母親として嬉しいわ」

 

「今で充分すぎるので……特にこれといったのは……」

 

「そうね……何なら、イリスみたいにシャルロットちゃんに専属のお付きになってもらったら? 今風に言うとメイドさんってところね」

 

「メイドさんっ!」

 

 母上の一言でシャルロットの目が輝いた。

 

「お付き……う、う~ん……」

 

 俺に専属の付き人はいないが、別に必要ない。

 身の回りのことは自分でできるようにしてあるし、必要になれば屋敷の使用人達を使えばいい。

 だから必要ないが……

 

「……!」

 

 そんな期待するような輝いた目を向けられたら、いらないとは言いにくい。

 そもそも。

 

「どうしてシャシャはそこまで役に立とうとするんだ……この間のことなら気にしなくていいものを」

 

「それはあるけど……おかあさんが頑張ってるのに私だけこのままのんびりしちゃってもいいのかなって……私もなにかしたくて。するならテオの役に立ちたくて、それで……」

 

「やだ、うちの子可愛すぎ」

 

「天使すぎるぐらいいじらしいわね~。というか、イリスが私の付き人を始めた理由とそっくり。親子ね。それでテオ、あなたはこれを聞いてどうなの?」

 

「母上、そんな聞き方しないで下さい。気持ちは分かったが……シャシャは客人なわけだし」

 

 働く母親の姿を見て自分も働きたくなったというのは理解できた。

 だが、それでもシャルロットは客人だ。客人を働かせるつもりはないし、そんなつもりで屋敷に招いたわけでもない。

 ましてやシャルロットは幼い。同じ6歳だ。そこがどうにもひっかかって。

 

「テオはまた細かいことを気にする顔して。客人として大切にするのは立派なことよ。けれど、相手の気持ちを尊重することのほうが大事ではなくて?」

 

「それは……そう、ですね。分かった……シャシャ、俺の付き人になれ」

 

「うんっ!」

 

「よかったわね、シャルロット」

 

「うんっ、おかあさん!」

 

 嬉しそうな親子の様子。

 こんな嬉しそうにされたら弱った。

 これでよかったのだろう。

 

「ただし、このテオドールの付き人になるのなら今まで通りの勉強や礼儀作法に加えてそれ相応の教育は受けてもらうぞ。いいな」

 

「は、はいっ!!」

 

「それも大事だけどもっと大事なことがあるわ」

 

「大事なこと?」

 

 分からず俺は首を傾げた。

 

「服装よ! イリス、お願いできるかしら」

 

「はい、奥様。シャルロット、着いてきて」

 

「う、うん」

 

 二人はどこかへ行ってしまった。

 服装……そういうことか!

 

「母上、こうなると分かっていて予め用意していましたね」

 

「当然でしょ。私だってデュノアの人間。常に二手三手先まで読んでいるわ」

 

「流石、母上」

 

 上品な笑みを浮かべているが強者の余裕のようなものを感じた。

 流石は母上だ。侮れない。

 そして、しばらく待つと二人は戻って来た。

 案の定、シャルロットはイリスさんの後ろに隠れているが。

 

「ほら、シャルロット。テオドールさんに見てもらいなさい」

 

「で、でもぉ……これ、スカートがぁ……」

 

「それが可愛いんじゃない。ほら」

 

「うぅ~……」

 

 イリスさんに背中を押されるようにシャルロットは前へと出た。

 

「ほぉ……」

 

 着替えてきたシャルロットを見て俺は感心の息を漏らす。

 シャルロットが着替えてきたのはメイド服。

 メイド服といっても屋敷の使用人達が作業着として着ているクラシックタイプではなく、ミニスカタイプ。日本的な奴だ。

 短いスカート丈が気になるようで、シャルロットはスカートの裾を伸ばしてる。

 

「可愛いじゃないか。いいな」

 

「え……本当!?」

 

「嘘言ってどうする。ふふ、本当に可愛いぞ」

 

「あ、ありがとうっ」

 

 頭を撫でながら褒めるとシャルロットは照れながらも嬉しそうにしていた。

 

「テオドールさんに喜んでもらえたしバッチリね」

 

「イリスと私とで選んだものね。まあ、本当にお勤めする時は他の使用人と同じのを着てもらうけど」

 

「えぇっ! そうなんですか……じゃあ、どうしてこれを」

 

「可愛いからよ!」

 

「可愛い子には可愛い服を着せたくなるじゃない!」

 

「そんな理由なの」

 

 すっかり母親二人のおもちゃだ。

 でもまあ、可愛いからこそ、弄りたくなるのはよく分かる。

 

「これから付き人としてもよろしく頼むぞ、シャシャ」

 

はい、お優しいテオドール様

 

 呼び方は使用人の真似なのだろう。

 冗談っぽく言いながら楽しそうなシャルロットは一段と可愛かった。

 これはこれでアリだな。大変気分がいい。



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☆STORY4 白騎士事件を経ても不動の我が覇道

 夢を見た。

 踊るように空を舞い、迫りくるミサイルを斬り伏せる羽根を持った白い騎士の姿を。

 そして、その姿に震え慄く世界の光景を。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ん……」

 

 目が覚めた。

 時刻を確認すれば、朝の六時。

 俺は夢を見ていた。どんな夢だったかははっきりと覚えている。

 白い騎士……白騎士。

 夢だったがあれはただの夢ではない。夢と言う形で未来の出来事を見た予知夢。

 転生特典のニュータイプ能力がそうさせた。言うならば、コロニー落としの光景を見て予言の子となった不死鳥の娘のよう。

 

「クク、クハハっ……そうか……そうか! ついにこの日が!」

 

 内から歓喜が沸き上がる。身体が歓喜に打ち震える。

 ようやくだ。ようやくこの日が来た。

 物心がついてから長く感じた待ちに待ったこの日。ここから世界は大きく動き始める。

 

 日にちとしては今日。

 早ければ、もう始まっているか。

 

「こうしてはおられん!」

 

 飛び起き、まずは携帯端末で現在の世界情勢を確認する。

 一般的な情報網では当たり前の如く確認できない。

 世界でも有数の精度を誇る我が裏の情報網でも確認はできなかった。

 

「くっ……!」

 

 歯がゆさを感じた。

 相手は篠ノ之束だ。携帯端末で調べられる情報程度では尻尾すら掴ませてはくれんか。

 もしかして今日ではないのかと一瞬思ったが、確実に今日だ。このテオドールの勘がそう告げている。

 

「……」

 

 気持ちを落ち着け、部屋のディスプレイでニュース番組を確認する。

 それらしいことは変わらず報道されていない。

 しかし、もうじきだ。もうじき……。

 

「ン……来たか!」

 

 まず初めは裏の情報網に引っかかった。

 

 主要先進国を初めとして世界各国のミサイル2341発が起動、現在日本へと向かっている。

 数分後には世界同時中継という形でライブ中継が始まった。

 海上、その上空でブレード一本でミサイルを次々と的確かつ迅速に斬り伏せていく人の姿。

 

「凄まじいな」

 

 中継を見ながら、そんな感想が自然と出た。

 無駄のない完成された動き。

 装着者が誰なのか。こんな動きができる訳を知っているから納得はできるが、それでもだ。

 それに……。

 

「この中継も奴の仕業か」

 

 タイミングのいい世界同時中継。

 ミサイルを斬り伏せる白騎士の様子をしっかりとらえている映像。

 奴は変に劇場型の性格じみたところがあるからこその仕掛け。

 そして、仕上げ。

 

「高出力の荷電粒子砲」

 

 ブレードが淡い光に包まれたと思えば、入れ替わるように現れた大型荷電粒子砲。

 量子変換。残りのミサイル全てを飲み込む安定した超火力。

 各国が試作機段階の中フランス、我がデュノア社は荷電粒子砲を完成させたが、大型とは言え手持ちサイズにまでは小型化は進んでいない。

 それに白騎士のものは収束速度が尋常ではないほど速い。技術力の差を見せつけられた瞬間だった。

 

 その後の顛末は知っていた通りだ。

 脅威に感じた各国は軍を派遣。

 「可能ならば捕獲、無理ならば破壊」という命令の元、行動がなされたが早々に戦闘に発展。

 専守防衛の奴に各国の戦闘機は遊ばれ、最早引き立て役。無論、戦闘に関わった戦闘機にはデュノア社製の物もあったが結果は一目瞭然。

 躍起になった自称世界のリーダーである某国が極秘裏に開発していた最新鋭戦闘機を投入したが、これも撃墜。それどころかパイロットは救助される始末。

 そして、奴は日没と共に姿を消した。レーダーは勿論、肉眼ですら確認できない完璧なステルス性能まで見せつけたという初デビューにはもってこいの華々しい幕引き。

 世界はその事実を前にどうしようもないほど驚愕し、恐怖し、敗北を受け入れる以外の選択は残されていなかった。

 例え一機でも世界を征服できる圧倒的な力。ましてやそれが相手にしなかったものだったと知れば世界の混乱や動揺は想像を絶するものだった。

 フランス、我がデュノア家も例外ではない。

 

「……」

 

 伯父殿は頭を抱え、父上は絶句。

 母上達は表情を曇らせた。

 世界の崩壊を想像させる出来事に誰もが下を向いた。

 

 しかし、俺は違う。

 

「テオ、笑ってるの?」

 

「ああ。そうだとも。シャシャ、笑ってる。嬉しいんだ。これは好機なのだから。デュノア家の更なる輝かしい未来への栄光を創造し、我が覇道の成長を感じさせてくれるからな!」

 

 起きたことは悔やんでも仕方ない。無駄だ。

 そんな暇じゃない。考え行動する。足元を固めて、次へと、明日へと、未来へと強固な道を築いていく。

 後悔やら懺悔は死んだ後にでもすればいい。

 覇者ならば、己が意思を貫くこと。悲しみ涙を流す者がいるのなら、それを笑顔に変えんがため、男は大志を抱くのだ。

 宿業(みち)重い(険しい)がだからこそ、それを誇りへ変える。俺は必ず我が覇道が世界を拓くと信じている。

 大切な者達の幸福を未来を輝きを───守り抜かんとこの意思貫く限り、俺は無敵だ。来るがいい、我が覇道は不滅だッ!

 

「それにだ、シャシャ。こんな時だからこそ、笑うんだ。人は泣きながら生まれてくる。ゆえに笑って死ぬべきでその為には今も笑っていなければ。何より、世の中笑ってるやつが一番強いからな!」

 

「テオらしいね。だからこそ、心強い。安心できる」

 

「安心するといい! 行くぞ、シャルロット!」

 

「うんっ!」

 

 俺達は進み続ける。栄光のロードを!

 

 

◇◆◇◆

 

 

 白騎士の登場……白騎士事件と呼ばれたあの事件から約一年以上が経った。

 インフィニットストラトス、通称ISは全世界へ瞬く間に広まった。

 勿論、兵器として。あれだけのトンチキパフォーマンスをすれば当然だ。

 兵器として転用、実用化するまでの速度も尋常ではなかった。

 開発者である篠ノ之束がISコアを各国へ分配し、コア周りの技術を開示したのと合わせ、ISの原型スーツの研究開発を各国が進めていたのもこの広まりの速さには関係している。

 ただ、あの戦闘力を見せつけられ、IS同士の戦闘が起こることを危惧した世界は直ちに条約の締結。それに基づく運用を始めている。

 それが戦闘形式の競技なのだから笑ってしまう。あれだけのものを見せられ、手にしたら使わずにはいられない。近々、世界大会という名の代理戦争すら開催される予定だ。

 

 抑止力が核からISとなり、世界はIS中心に動いている。

 どの国でも研究と開発が進められ、何タイプか機体は完成し、実際に稼働している。

 デュノア社でもISの研究と開発は行っており、完成したのがこの機体。

 

「ラファール、順調ですね! 軍からの評判も高いです! 所長!」

 

 今いる研究所所長室へ報告しに来た広報担当は嬉しそうだ。

 

「当然だ。このテオドール・デュノア自らが設計したのだからな」

 

 フランス、デュノア社製第一世代機ラファール。

 お馴染みラファール・リヴァイヴの現行機。

 6歳の誕生日プレゼントとして伯父殿から全権利を貰った技術研究所主体で完成されたフランス初のIS。

 アメリカ、中国、ドイツに次いで4番目の完成となったが、それでも完成度、機体性能は高い。

 それにただラファール・リヴァイヴの現行機として完成させたわけじゃない。転生特典の技術知識や技能を駆使して改良を施している。

 

「高機動用の“エール”パッケージ、近接格闘用の“エペ”パッケージ、遠距離砲撃戦“カノン”パッケージ。どこよりも早くパッケージ機能を実装するとは所長の腕には頭が上がりません。どのパッケージも評判いいですね」

 

 ラファールは第一世代の中で他のどの機種よりも早くパッケージ機能を実装した機体になる。このおかげで開発が四番目になったが、些末なことだ。

 ラファール本体の機体性能、安定性、扱いやすさは勿論、パッケージ機能によって一機で対応できる戦況は増えた。

 言うならば、ラファールはIS版ストライク、ストライカーパック搭載機と言ったところか。

 

「ちなみにどれが人気だ?」

 

「そうですね……エールパッケージになります。後は順に、エペ、カノンとなります」

 

 ここでも一番人気はエールか。

 ラファールの基本形態で機動力を強化するという性質上汎用性が高いのが起因しているのだろう。

 しかしまだ、パッケージ自体整備士による換装作業が必要で自動切換えはまだできない。それにここまで大掛かりな武装の量子変換化は実現していない。

 当面の目標は量子変換化とコアによる詳細な戦況分析を経た量子変換の自動換装といったところだろう。

 

 何より、ISは女にしか使えない。

 俺はまだ8歳。使えるようになるのは約十年後だ。

 だからこそ、もう一つあるものを開発した。

 

「EOS……ラファール・ダガーはどうか」

 

「こちらも評判です。見た目とパワードスーツという性質上、男性軍人からは特に喜ばれています。運用方法も安定してきています」

 

 エクステンデッド・オペレーション・シーカー……通称、EOS。

 国連が開発したパワードスーツ。ラファール・ダガーは国連タイプの流れをくむ機体で、国連タイプの欠点である機体重量、稼働時間などすべてを改善し、パワードスーツとして問題なく運用できるレベルまで昇華した機体。

 開発にあって、アギトに登場するGシリーズやアクティヴレイドに登場するウィルウェアなど多くのパワードスーツを参考にした。

 

 ダガーという機体名。ラファールがIS版ストライク、ストライカーパック搭載機ならこの機体はEOS版ストライクダガー。機体デザインがまさにそうだ。

 モデル機同様ストライカーパックは対応しておらず、EOSということもあってビーム兵器は搭載してない。実弾兵装のみ。

 

「やはり、ラファールと武装とパーツを共有にしたことで整備性が高くなったのとパワードスーツだからこそ直感的、反射的な動きが可能なことが強く支持されている理由ですね」

 

「それを聞くにやはり費用対効果は絶大のようだが高くつくのが課題だな。後は単独飛行能力の向上も急務か」

 

 ラファール・ダガーはまだ単独飛行はできない。

 将来的にはラファールのパッケージを共有し、単独飛行できるようにするのが計画には組み込まれているがもうしばらくかかりそうだ。

 ISと編隊を組むことも視野に入れている為、飛ばないことには編隊が組みにくい。それにEOSは戦闘はもちろんだが救助活動や作業活動を主とする為、空中から行動できた方が汎用性も上がる。

 何より、俺としてもEOSで空を飛びたい。伸びしろは大きいか。

 

「報告ありがとう。下がってくれ」

 

「はい、失礼します」

 

 一礼すると広報担当は退室した。

 

 EOSを原典よりも強化はしたが、ISの前ではやはり既存の兵器と変わりない。

 所詮は応急処置。

 ISに携われば携わるほどISのとんでもっぷりを身をもって知る今日この頃。読者として見ていた頃(前世で見ていた頃)とは感じ方も違ってくる。

 こちらから篠ノ之束に関わるようなマネはしない。触らぬ神に祟りなしだ。

 それでもISが誕生した以上、利用できるものはとことん利用してやる。その結果、篠ノ之束が来るというのなら……来るがいい、兎女――貴様の覇道、我が覇道で飲みこんでくれる!




機体名:ラファール
【武装】
アサルトライフル×1
対装甲コンバットナイフ×2
シールド×1
【機体解説】
フランス、デュノア社製第一世代機。
第一世代からパッケージによる装備換装を可能としている。
この物語でモデルとなったストライクガンダムのIS版。

装備名:エール
【武装】
マシンガン×2
プラズマソード×2
【装備解説】
4枚の多方向加速推進翼持つ高機動戦闘用パッケージ。
モデルとなったストライカーパックで言うところのエールストライカー。

装備名:エペ
【武装】
重斬刀×2
シールド内蔵ロケットアンカー
【装備解説】
近接格闘戦用に開発されたパッケージ。
背中に二振りの重斬刀。両腕にシールド内蔵ロケットアンカーを一つずつ装備した姿。
モデルとなったストライカーパックで言うところのソードストライカー

装備名:カノン
【武装】
単装砲×1
コンボウェポンポッド内蔵バルカン砲・2連装ガンランチャー×1
【装備解説】
遠距離の砲撃戦に特化したパッケージ。
背中に身の丈ほど単装砲を一丁。
バルカン砲と2連装ガンランチャーを内蔵したコンボウェポンポッドを右肩部に装備した姿。
モデルとなったストライカーパックで言うところのランチャーストライカー


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STORY4.5 私の居場所

「シャルロット様、到着しました。どうぞ、足元にお気を付けください」

 

「は、はいっ」

 

 車が目的地で止まって、運転手さんが私が乗っているところのドアを開けてくれた。

 もうお屋敷に来て2年経つのにいまだにこうお客様扱いされるの慣れない。

 ピクニックバスケットを持つと車から降りる。

 

「お帰りの際はご連絡いただければお迎えに上がりますのでお気軽にご連絡下さいませ」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 ペコリとお辞儀すると運転手さんに見送られながら、私は建物の中へと入った。

 

「あら、小さなお嬢さん。どうかしたの? お父さんかお母さんに会いに来たの?」

 

 入って受付に行くといつもとは違うお姉さんがいた。

 初めて見る人だ。

 

「えと、あのっ」

 

 緊張しちゃう。

 ここには何度も来るのに初めて会う人にどう話せばいいのか分からない。

 どうしよう。どうしよう。

 

「シャルロットさんじゃない」

 

「あっ!」

 

 声をした方を向けば、受付にいるいつものお姉さんだった。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは。所長にお昼かしら? 所長なら部屋にいるわ。どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 またペコリとお辞儀して私はいつもの道を歩いていく。

 

「先輩、あの子知ってるんですか?」

 

「ええ。なんでもあの子、所長の大事な人らしいわ」

 

「あの所長の……もしかしてフィアンセだったりして?」

 

「かもしれないわ。可愛いわね」

 

 聞こえてるんだけど。恥ずかしい。

 私がフィ、フィアンセだなんて……おこがましすぎる。つりあってない。

 

「あっ……」

 

 考え事してたら目的の部屋の前に着いた。

 とりあえずノックした。

 

「誰だ」

 

「私、シャルロットです。お昼持ってきました」

 

「入ってくれ」

 

「失礼します」

 

 まだお仕事してるはずだから静かに中へと入る。

 

「……」

 

 部屋の奥でお仕事をする短いブロンドヘヤーの同じ歳の男の子。

 整った綺麗な顔立ちで真剣な顔をして、紫の瞳がパソコンの画面を見つめる。

 かっこいい……素敵だな。

 

 この人がテオ、テオドール・デュノア。

 私とお母さんを助けてくれて、お屋敷で暮らさせてくれている優しい人。

 私とは従妹っていう関係になるみたい。

 出会いは突然だったけど、テオのおかげで私達の生活は凄くよくなった。お母さんは昔から体が弱くて体調をよく崩していて、病院は高くていけなかったけど、テオのおかげで健康的な生活が出来て、病院にもちゃんといけるようになってお母さん凄く元気になった。

 なかなか今の生活にはなれなくて、不安なことも多いけど私は今の生活が大好き。

 お優しいテオドール様に会えてよかった。

 

「シャシャ、そんなところで突っ立ってないでこっちに来い」

 

「うんっ」

 

 呼ばれて、傍に行く。

 

 このシャシャって呼び方は私の愛称。

 産れて初めてつけてもらった愛称でテオは私の初めての友達。

 猫みたいで可愛くて私は気に入ってる。

 

「よく来たな。疲れなかったか?」

 

「大丈夫だよ。お屋敷の運転手さんに車で送ってもらったから」

 

「そうか」

 

 と話しながら右左1回ずつ互いの頬と頬を合わせ挨拶のビズをする。

 テオとビズするのはちょっぴり恥ずかしいけど、それ以上に安心する。

 

「それで今日のお昼は?」

 

「バゲットのサンドイッチだよ。ハムとチーズが入ったの。お仕事は大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫だ。キリつけた。どこで食べるか……ここでは何だし、外の公園とかどうだ」

 

「いいね。外天気いいし」

 

「では、行くか」

 

 部屋を出るテオに付いていって、外へと出ていく。

 外は人がいっぱい。お昼の時間だから何処かに食べ行くっぽい人もいれば、道を歩きながら頬張っている人もいる。

 それは公園も同じ。

 

「人いっぱいだね」

 

 やってきた公園はこの辺では一番きれいで大きなところ。

 だから、大人の人がいっぱいいる。私達みたいな子供はほとんどいない。

 

「お昼だからな……あそこが空いているな。あそこにしよう」

 

 テオが空いているスペースを見つけてくれて、そこに行ってそこで座る。

 

「はい、どうぞ」

 

 バスケットを開けて、テオにサンドイッチを選んでもらう。

 

「これにしよう……いただきます」

 

 テオは一口サンドイッチを齧る。

 

「どうかな?」

 

 今テオが食べてるサンドイッチは最初から最後まで私一人で作った。

 手作りをテオに食べてもらうのは初めてじゃないけど、緊張する。

 

「ンっ、今日も美味いぞ。腕を上げたな、シャシャ!」

 

「わわっ、ありがとうっ、テオ」

 

 空いている片方の手で頭を撫で笑いかけながら褒めてくれる。

 テオはよくこうして褒めてくれる。

 反則だよ、テオの笑顔。テオに褒められて笑いかけてもらえるだけで、胸がドキドキして、胸の奥が温かくなる。

 テオに褒められるの大好き。これからも、次はもっと頑張ろうって力が湧いてくる。

 

「あむっ」

 

 私もサンドイッチを頬張る。

 簡単な作り方だったけど、自分でもよく出来てると思う。

 美味しい。

 

「あ……テオ、ついてるよ」

 

「ン……取ってくれるか」

 

「うんっ」

 

 テオの口元に小さな食べかすがついているのを見つけ、私はテオの口元を用意していたナプキンで拭く。

 

「お茶のおかわりいる?」

 

「ン……貰おう」

 

 テオが持つコップにお茶を入れる。

 こんな些細なことでもテオに何かできるのは嬉しい。

 だって、私はテオの専属の付き人だから。

 

 デュノア家、テオのお父さんのサンソンさんの家にとって私とお母さんはあくまでお客さん。

 付き人をさせてもらっているのは我が儘で、テオは私が付き人のお仕事するの困ってた。でも、最近は慣れてくれたみたいでお屋敷の使用人さん達と同じようにお世話させてくれる。

 それが嬉しい。だって、私はいつでもテオに助けられて、たくさんのもの貰ってばかりなのに私からはテオに何もできないなんて悲しい。

 もっとお礼をしたい。感謝してるから……テオが望んでくれるなら私、どんなことだってできる。

 大好きだから。

 

「……」

 

 もう一個サンドイッチを食べながら横目でテオの様子を伺う。

 まただ。サンドイッチを食べながらテオは遠くを見ている。

 最近、テオはよく遠くを見ることが多い。あの白騎士事件から。

 考え事してるのかな? お仕事忙しいそうだから……。

 

「お仕事忙しいの……?」

 

 考え事の邪魔したらダメなのに、つい気になって聞いちゃった。

 

「ン……そこそこだな。暇な時はないがかといってずっと忙しいわけでもない。やることは多いが、充実していて楽しいくらいだ」

 

 確かにテオは楽しそう。

 お仕事……あの研究所の所長のテオはIS、インフィニット・ストラトスというのを研究してるらしい。

 IS……子供の私でも知ってる。世界を変えちゃった凄いもの。女の人にしか使えないみたいで……そのおかげで世界は皆は混乱している。

 それでもテオは前を向いて、堂々とした顔で世界をよくしようと頑張っている。凄い。尊敬している……でも。

 

「そんな心配そうな顔をするな。大丈夫だ、シャシャ」

 

「うん……でも、無理しないでね」

 

 テオは私と同じ歳なのにもうお仕事をして、あの研究所を任せられてる。

 お仕事をしながら、学校の勉強もして、お稽古もたくさんして本当に忙しそう。弱音なんて聞いたことがないし、忙しいのに嫌な顔しないで私の相手までしてくれる優しい人。

 私の我が儘だけどそんなテオの頑張りこそ報われてほしい。

 

「ふんっ! 無理程度でへこたれるテオ・ドールではない! ククク!」

 

 変なスイッチいれちゃった。

 テオがこんな風に笑うってことはまだまだ元気あるってこと。

 私が心配しても仕方ないよね。

 

「しかし、他ならぬシャシャの言葉だ。しかと胸に止め、善処しよう」

 

「ありがとう、テオ」

 

「礼ならこちらの台詞だ。ありがとう、シャシャ」

 

 といって右左1回ずつ互いの頬と頬を合わせる感謝のビズをしてくれた。

 

「テオの傍にいせさてくれてありがとう。ずっといさせてね」

 

「どうしたんだ、急に。俺がシャシャを手放す訳ないだろ」

 

「言いたかっただけだからあんまり気にしないで。私、ずっとテオの傍にいたい」

 

 私みたいなのがこんなのダメなのは分かってる。

 テオと出会ってから、私は我が儘になっちゃった。

 でも、この思いだけは我慢できない。

 どうか傍に居させてください。優しい、テオ。



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STORY5 覇者は日本へ旅立つ

「パイロットスーツ着用よし!」

 

「パイロットスーツ着用よし!」

 

 ISスーツと同じ機能を持つ首まで特殊な繊維で編まれたパイロットスーツを着用。

 生命維持機能が問題なく正常に動作していることも確認済み。

 

「両隊員、EOSへ搭乗!」

 

 号令を皮切りに人間の頭と胸に相当する部分にコクピットへと乗り込む。

 

【パイロットの搭乗を確認。メインシステム起動、パイロットデータの認証を開始します。認証完了。全ヴェトロニクス起動。全アクチュエータ接続。最終チェック。チェック完了】

 

EOS内で次々と空間投影ディスプレイが立ち上がり機体の各システムが立ち上がっていく。

 

「ハッチ閉鎖。戦闘モード起動」

 

【ハッチ閉鎖完了。システム、戦闘モード起動。身体補助システム。自動調整】

 

 搭乗したEOS、ラファール・ダガーは搭乗パイロットの体格に合わせ、内部を自動で調整しフィットさせるオートフィット機能。転生特典から得た知識と技術の一つG3-Xに搭載されている同名のものを参考にして発展させたものをこの機体にも搭載した。

 これのおかげで身長の低い大人は勿論、それこそ子供まで乗れる優れもの。

 サイズ感は問題なし。他も違和感はなし。普段通り立ち上がる。

 

「二人とも準備はよろしいですか。それではただいまより、デュノア隊員とトマ隊長の演習を開始する」

 

 フランス軍基地内、演習場に鳴るアナウンス。

 目の前には俺が駆るラファール・ダガーと同じラファール・ダガーが立つ。

 開始の時を静かに待つ。

 

「始め!」

 

 合図と共に脚部ランドローラーで間合いを詰めていく。

 モデルになった機体にはない兵装。

 言うならば、ナイトメアのランドスピナーのようなもの。

 おかげで推進剤を使うことなく地上で高速移動が出来る。

 

「そこだ!」

 

 トマ隊長の反応は早く、狙いは的確だ。

 流石はEOS部隊をまとめる選び抜かれた高い身体能力を持つ優秀な軍人。

 だが、遅い。

 

「……!」

 

「相変わらず化け物じみた反応を! くっ……!」

 

 弾の軌道を読み、回避行動で間合いを作りながら、牽制の射撃。

 反射的にトマ隊長はシールドで防ごうとしたがアサルトライフルから放った演習弾は、トマ隊長の機体と盾に全弾ヒット。

 

【敵機ダメージ、小破レベル。演習続行を確認】

 

 AIの報告が聞こえる。

 半分当たって、半分防がれた。

 やるな。なら、更にギアを上げていく。

 交差機動しながら間合い詰める。

 

「はぁっ!」

 

「っ……! なっ!? 回避先を読んだか!」

 

 その言葉通り、トマ隊長の回避先にアサルトライフルを放った。

 ヒット。じわじわと削っていく。

 

「まだまだ!」

 

 当然反撃も来たが、左手に持つシールドで対処。

 

「なら!」

 

「ン……」

 

 腰の後ろにアサルトライフルをマウントするとトマ隊長は、機体背部に設置された近接戦用伸縮式ロッドを抜いた。

 近接戦で一気に勝負をかける気だな。

 

「いいでしょう、隊長。付き合います!」

 

「いい心意気だ! 行かせてもらう!」

 

 こちらも同じくロッドを抜き、トマ隊長に応じる。

 ランドローラーの出力を全開にし、トマ隊長が側面から攻め込んでくる。

 

「ふッ」

 

 振り落とされるロッドをシールドで防ぐ。

 伝わってくる衝撃と押し崩そうと力を前に働く重み。

 衝突音を響かせながら、押してくる。

 大人と子供、力では勝てない。だからこそ、受け流し利用する。

 

「ハァァ――!」

 

「くっ……!」

 

 俺からの反撃の一打。

 すかさず受け止められるが、予想通り。

 次の先手をトマ隊長が取って来てロッドを振るい。

 

「蝶のように舞い!」

 

 俺はそれを紙一重で避け。

 

「蜂のように刺す!」

 

 強く一打。

 

「ぐぁっ!」

 

【敵機ダメージ、大破レベル。敵機撃破と想定。演習の終了を確認】

 

 AIの報告が聞こえた。

 決まった。

 

「そこまで! ただいまの演習、デュノア隊員の勝利!」

 

 終わりを告げる号令。

 

「システム、通常モード。ハッチ解放」

 

【システム、通常モードに移行。ハッチ解放】

 

 機体を解くと外へと出る。

 すると、同じようにトマ隊長が外へと出てきていた。

 

「隊長、演習ありがとうございました」

 

「こちらこそありがとう、テオドール君。本気で挑んだのだが負けてしまったな。やはり、デュノア家屈指の天才児! 子供ながら精鋭以上の強さ! 恐れ入れる!」

 

「何をおっしゃいます、隊長。隊長、そしてこの部隊のおかげで自分は強くなることができ、成長できました。隊長と部隊の皆さんのおかげです」

 

 懇意にさせてもらっているフランスEOS部隊での訓練に参加し、この模擬戦は訓練の一環。

 子供が軍の訓練に参加するなんて本来はありえないことだが、そこはデュノアの力を存分に使わせてもらった。

 子供故に最初は赤ん坊扱いだったが、実力を見せてしまえば一端の軍人扱いしてもらえたのは運がよかった。おかげで本場の訓練を受けられ、EOSを使う現場の生の声を直接聞けた実りある訓練だった。

 転生特典があるとは言え、俺はまだまだ子供。能力と体感、感覚のズレはある。それを合わすためにもこの訓練は凄く役に立った。転生特典、天賦の才があろとそれを伸ばそうとしなければ、ないとの一緒だからな。

 

「テオドールが帰っちまうのは寂しいな」

 

「そうだな。最初はガキが来たってビックリだったが、お前はもう立派な部隊の一員だ。たまには顔出しに来い! またビシバシしごいてやるからよ!」

 

 いつの間にか隊員の皆が集まって来てそんな声をかけてくれる。

 

 今日は短期の訓練期間を終え、部隊を後にする最終日。

 この演習は卒業式みたいなもの。

 

「はい、また顔を出しに来ます。皆さん、本当にありがとうございました。隊長は勿論、部隊員の皆さん、この部隊のことは軍上層部を始め、フランス政府各所にとてもよく言っておきます」

 

「それは非常に助かる。ISの登場で世界は混迷し、早くも戦場の世界の主役はISだ。我々がEOS試験部隊とは言え、男の立場は弱まりつつある。君のような若者が、若い男がいてくれるのは同じ男として頼もしい限りだ。テオドール君、君は希望の星。これからの活躍も楽しみにしている」

 

 トマ隊長の言葉に他の部隊員が力強く頷く。

 

 ISの登場で世界は大きく変わり、その一番煽りを受けたのは軍。特に現場だ。

 ISは絶対数は勿論、現場で実際に活躍する稼働数は既存の兵器と比べ圧倒的に少ないが、数をものともしない圧倒的な力がある。

 何より、ISは既存兵器と比べて圧倒的に製造コスト、運用コストがいい。

 だからこそ、容易に世界の抑止力となり替われた。

 そうしたことがあり、ISに乗れる女性の立場は相対的に上がり、男性の立場は相対的に下がった。

 既存の兵器達が現場から消えることはないが、それでも予算削減などマイナスの面が目立ちつつある。

 

 読者として見ていた時(前世)ではそうした具体的な情報はなく、描写されてないだけでそうなんだろうなと想像する程度だったが、現実として目の当たりにすると同情のような感じるものはある。

 だからこそ、我が社がEOSがISの対として今みたいに運用されている事実もまたあるのだが。

 

「それでは皆で送り出そう。全員整列!」

 

 トマ隊長の一声で全員が横一列に整列する。

 

「デュノア隊員に敬礼!」

 

 トマ隊長を初め全員に敬礼をされ、俺からも敬礼を返した。

 

 挨拶をすませ荷物を持ち部隊隊舎を去った後。

 迎えの車が来るまでの時間、ISのピットの様子を見学させてもらっていた。

 

「ラファール1番機、着陸確認!」

 

「乗り換え、作業開始!」

 

 出撃していたラファールがピットに帰ってくると展開待機状態にして一度降りる。

 するとすぐ近くには2号機と呼ばれた、同じく展開待機状態のラファールが自動で動く台車に乗せられやってきた。

 

「ISコアの摘出を確認。2番機へ搭載。チェックよし、搭載完了!」

 

 1番機と呼ばれた展開待機状態の機体からISコアを抜き出したかと思えばなんと2号機と呼ばれる機体にISコアを搭載した。

 驚くべき光景。この光景は今まで何度見たことがあるが何度見ても驚きの光景だ。

 ISコアの数に限りがあるため、新型機体を建造する場合は既存の機体を解体し、コアを初期化しなくてはいけないが、同じ機体同士ならばコアを移し替えることが出来る。出撃可能状態の機体さえ用意していれば、コアを移し替えるだけで調整後すぐ出撃できる。

 ただしこの場合、初期化・最適化、それに類する機能をオフにしなければならならない。

 またコアと機体には相性があり、たまに入れ替えが上手くできず、他の機体を用意しなければならなったりする。

 

「システムオールクリア! 問題なし! いつでも出撃可能です!」

 

「こちらでも異常は認められず! 出撃どうぞ!」

 

「了解! 2番機出ます!」

 

 コアの入れ替え、それから調整とチェックは上手くいったようだ。

 2番機と呼ばれた機体はピットから出撃していった。

 この一連の作業、何だかF1のタイヤ交換作業を彷彿とさせられる。

 

「ここに居ましたか。デュノアさん。お迎えが来られました」

 

「すみません。ありがとうございます」

 

 最後にいいものも見れた。

 いい訓練期間だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 それは軍での短期訓練を終えて一ヶ月ほど経った時のことだった。

 

「テオ、シャルロットちゃん! 皆で旅行に行くわよ!」

 

 突然、母上がやってきたと思ったら、急なことを言い出す。

 一緒にいたシャルロットは突然のことに声を失うほど驚いている。

 

「どうしたんたですか、母上。急に旅行だなんて」

 

「最近、一緒の時間過ごせてないな~と思って。テオ、この間まで軍隊なんかに行っちゃってたし、帰って来てからも学校とお稽古とお仕事ばっかりでしょ」

 

 そんな拗ねたような顔をされても。

 まあ、母上が言ってることは当たらずとも遠からずだ。短期訓練に行く前と帰って来てくる前では母上と過ごす時間が減った気はする。

 

「でも、相変わらずシャルロットちゃんにお熱だものお母さん寂しい」

 

「えっ……あの、その……」

 

「気にするなシャシャ。母上流の軽いジョークだ。まあ、いいでしょう。特に大事な用はありませんし……皆っていうのは父上とかも?」

 

「いいえ。誘ったのだけどサンソンは忙しいみたいだから無理みたいね……皆って言うのはテオ、シャルロットちゃん、私、イリス。それからロゼンダよ」

 

「えっ……?」

 

 シャルロットと同じセリフが重なる。

 まさかの叔母殿。

 このメンツの中に叔母殿って……母上に考えあってのことだとは思うが。

 

「何故、叔母殿を」

 

「いつまでも冷戦状態って訳にもいかないじゃない? 長い付き合いにもなるわけだし、荒療治ではあるけど普段の生活を忘れて旅行でもすれば少しは何かあるんじゃないかと思って。ちなみにイリスもロゼンダも一緒に旅行行くの納得してくれたわ」

 

「マジですか……」

 

 流石は母上。というべきなんだろうか、これは。

 決まりってことか。

 

「でも、現地での警護とかはどのように……」

 

「心配無用よ。テオが心配してる諸々のことは私の知人がその道のプロだから大丈夫」

 

 ならひとまず安心か。

 

「で……旅先は?」

 

「日本よ!」




機体名:ラファール・ダガー
【武装】
アサルトライフル
近接戦用伸縮式ロッド
シールド
ランドローラー
【機体解説】
国連製EOSの流れを汲むデュノア社製EOS。見た目はストライクダガー。
国連製EOSを見直し、欠点を全て克服したパワードスーツ。
今はまだ陸上用なため単独では飛べず、今一つ拡張性が乏しい。
費用対効果は絶大だが高くつくのが課題の一つ。


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STORY6 覇者と更識姉妹

「日本か……」

 

 宿泊するホテルの一室から見える外の景色。

 俺が前いたのはこの世界ではないのに、不思議と懐かしさを呼び起こされる日本の街並み。

 まさかこんな早く日本に来るなんて思ってもなかった。早くても日本で開催されるだろう第二回モンド・グロッソの頃だと考えていた。

 予定よりも早く来ることになってしまったが、まあいいだろう。予定が早まったのなら、それ相応の動きをするまでだ。

 それに今日は――。

 

「テオ」

 

「ン……シャシャか」

 

 景色を眺めているとシャルロットがやってきた。

 最近、よく着ている屋敷のメイド服やよく見る私服ではなく、初めて見る外行きの洋服。

 

「可愛いな。似合っているぞ」

 

「あ、ありがとうっ……じゃ、じゃなくてっ」

 

「分かっている。母上達の準備が出来たのだろう? 行こうか」

 

「うんっ」

 

 部屋を後にして、母上達と合流し、用意された車へと乗る。

 向かうは宿泊するホテルとその警備を手配してくれた者達の家。挨拶をしに行く。

 家の名は更識。あの更識だ。調査済みだから間違いない。

 

「母上、更識家とはどういった関係で……?」

 

「お友達なの。櫛奈(くしな)、更識の奥様とは。私、学生時代に日本へ留学したことがあって、その時知り合って友達になってからの付き合いなの」

 

「なるほど」

 

 学生時代に母上が日本へ留学したというのは知っている。

 日本のことよく聞かされていた。だからこその今回の旅行先なのだろう。

 こんなところで更識と繋がりがあったなんて……何があるのか分からんし、母上の交流には驚かされる。

 

「そう言えば、櫛奈の子供がテオとシャルロットちゃんと同い年ぐらいのようね」

 

「へ、へぇー……」

 

 とシャルロットが隣で相槌を打つ。

 更識の子供……そういうことなんだろう。

 早い出会いにはなったが、その分楽しみは増す。待ち遠しい。

 

「……っ」

 

 ふと相槌を打ったシャルロットに目をやると両肩を竦めて気まずそうにしている。

 傍らにはイリスさんと叔母殿の姿が。二人も一緒に挨拶をしに行く。

 シャルロットは二人の仲や様子を気にしているが、心配するほどではない。

 思ったよりも仲良くやっているようだし、いつまでも冷戦状態ではいられないとお互い理解はしている様子。

 何より、母上とイリスさんと叔母殿の三人は同じ部屋。今よりも仲が悪くなるようなことはそうだろう。

 

「……着いたようね」

 

 叔母殿の言葉と共に後部座席の扉が開いた。

 降りてみると見えたのは大きな洋風の屋敷。

 そして、出迎える更識の使用人達。

 

「お待ちしておりました、デュノア様。さあどうぞ、中へ」

 

 案内され屋敷の中へと踏み入れる。

 すると中では外よりも多くの使用人が出迎えてくれ、その中央では……。

 

「ようこそ! いらっしゃい、マリー! 久しぶり!」

 

「久しぶり! 櫛奈!」

 

 顔を合わせるなり、ハグをし合う母上達。

 仲の良さが伺える。

 そして、すぐ傍には二人の女の子が。

 

「お部屋へ案内するわ。積もる話は腰を落ち着けてからゆっくりとねっ」

 

「ええっ、そうね」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 客間に通されるとまずは自己紹介。

 先に大人同士の自己紹介が終わると次は子供、俺達の番。

 まずは俺から自己紹介をした。

 

「お世話になりますテオドール・デュノアです。よろしくお願いします」

 

 会釈するように軽く頭を下げ、自己紹介をした。

 本来ならもっとそれ相応の紹介の仕方があるが、今はそういう感じでもない。簡単なものでいいだろう。

 

「シャルロット、次だ」

 

「うんっ。えと、お世話になりますシャルロット・ベルナールです。よろしくお願いします」

 

 俺の真似をしながら頭を下げ、シャルロットも自己紹介をした。

 上出来だろう。

 次は更識の番。

 

「初めまして更識楯無です。よろしくお願いします」

 

 目の前で彼女は柔和な笑みを浮かべて自己紹介した。

 楯無……この頃からもうその名前を名乗っていたのか。

 こうして原作キャラの幼い頃を見るがシャルロットと初めて会った時よりも印象のズレはパッと見感じない。

 このままあの楯無になったんだろうと想像が付く。それは妹の方もまた同じ。

 

「ほら、簪ちゃんも挨拶して。最後だけど頑張って!」

 

「うん……更識簪、です……よろしく、お願いします……」

 

 ゆっくりと自己紹介をした。

 暗い表情。自分の自信がないのが伺える。

 この頃からもうこんな感じだったのか……それに眼鏡。あの頃は眼鏡型のディスプレイだったからおそらくこれは伊達眼鏡か。黒縁の眼鏡をかけている。

 

「ふふふっ」

 

 楯無はこちらを見つめ、ニコニコと笑っている。

 一見するとまるで会えたことを喜んでいるかのよう。しかし、その実品定めされているかのような気分だ。

 デュノアの名を知らないわけではないだろうし、更識の家は暗部、対暗部の家だからこう見られるのは仕方ない。

 見られて減るものではない。存分に見るといい、このテオドール・デュノアを!

 むしろ、こちらから見返してやるまで。

 

「ふふふっ」

 

「はははっ」

 

「あら、もう仲良くなったわね」

 

 楯無と笑みの応酬を交わしていると母上がそんなことを言ってきた。

 仲良く……笑いあっていたらそうも見えるか。

 

「はい。何だか気が合うみたいで……私、もっと彼と仲良くなりたいです。ですのでお母様方、別室のほうで私達子供だけにしてもらえませんか?」

 

「それもそうね。マリーもいいかしら?」

 

「もちろんよ。テオ、二人と仲良くね」

 

「はい」

 

「じゃあ、別室の用意をお願い」

 

「はい、かしこまりました奥様。ご案内します、こちらへ」

 

 楯無の母親が使用人に指示し、使用人に連れられ別室に行くことになった。

 まあ、いいだろう。

 楯無の言葉に含みを感じなくはないが、ここで更識家と俺個人としても仲良くなるのはやぶさかではない。

 俺個人として将来的には勿論のこと、デュノア家としても損にはならないだろう。

 

「お嬢様、お茶とお菓子お持ちしました」

 

「お待ちしました~」

 

 別室である和室に案内されると入れ替わりで別の使用人が入って来た。

 大人の使用人ではなく、同い年と思わしき幼い女の子の使用人が二人。

 一人はお茶とお菓子が乗ったお盆を持った大人びた印象の眼鏡をかけた女の子。もう一人はその彼女の後ろをついていく、のんびりとした印象の女の子。

 もしかしなくてももしかして、あの二人か。

 

「気になるの? 紹介するわね、この子は私の専属従者の布仏虚ちゃんよ」

 

「初めまして布仏虚です。よろしくお願いします、デュノア様。そしてこちらが」

 

「妹の布仏本音です~私は簪お嬢様専属の従者やってますっ! よろしくお願いします~」

 

 二人も印象は変わってない。

 姿こそは幼いが知っている印象のままなのは楯無達同様ある意味では安心する。

 

「はい、よろしくお願いします。テオドール・デュノアです」

 

「ふふっ、会えて嬉しいわ。ね、簪ちゃん」

 

「……うん……」

 

 嬉しそうな顔をしている更識と渋々といった感じで頷く簪。

 対照的だな。

 

「貴方の話はとてもよく耳にしてるわ。とてもね、天才テオドール・デュノア」

 

「それは光栄なことです」

 

 詳しいことまで知っていると言わんばかりの口ぶり。

 知られて困るようなことは何一つない。むしろ、それだけ更識家に注目されているというのは光栄だ。

 でなければ、こんな言い方はしないだろうし、そもそもこのような場を設けはしないだろう。

 

「歳近いんだから敬語はいらないわ。それにお友達になりたいってのは本当よ」

 

「ならお言葉に甘えよう。俺としても日本人の友人が出来るのは歓迎だ。ぜひとも友人に……俺のことはテオでいい。親しい者はそう呼んでる」

 

「じゃあ、テオと呼ばせてもらうわ。私のことは楯無と呼んでね」

 

「ああ、よろしく。楯無」

 

 変な駆け引きじみたことはここまで。

 ここからは友人として話していくか。

 

「そうだ、日本のオススメスポットがあれば教えてくれないか?」

 

「オススメスポット? そうね……」

 

 まずは手近な話題を出して、そこから話を広げていく。

 オススメスポットから食べ物の話、好きな食べ物や好きなこと、趣味の話などたくさん広がった。

 

「それって恋愛小説でしょう? テオって見かけによらずそういう趣味があったのね」

 

「含みのある言い方をするな。シャシャ、シャルロットが勧めてくれたから読んだまでのことだ。むしろ、楯無が知っていたことのほうが驚きだ」

 

「もう、失礼しちゃうわ。私だって花の乙女ですもの。恋愛小説ぐらい嗜むわ。それにそのお話は世界的に有名だからね。シャルロットちゃん、恋愛小説が好きな感じだけど他にオススメのとかある?」

 

「は、はいっ。えとっ……」

 

 といった感じでシャルロットを交えながら楯無と話す。

 もっぱら話しているのは俺と楯無でそこにシャルロットが頑張って入って話すといった状況。

 従者の二人は従者に徹しているからか聞き役で楯無の妹、簪は話に入ってこない。話を振られれば答えるが返事がいつも短い。ただじっとしている。話に入る気は更々ないのだろう。

 まあ、俺は簪の性格は知っているし、楯無は楯無で気にはかけているみたいだが咎めることはなく話を続けてくれる。

 

「ふふっ、楽しいわね」

 

 更識がふいに楽しそうに微笑む。

 

「それは何よりだ。こちらとしても日本人から日本のオススメスポットやオススメ料理を聞けて良かった。てんぷらの話が一番面白かった」

 

「そうだね。楯無さんが教えてくれたお店のてんぷら、食べてみたい」

 

「ぜひ食べてみて。友達がいないわけじゃないけど、こうやって遠慮なく話せるのはいいわね。何より、テオ……貴方とってもおもしろい。好きになっちゃいそう」

 

「えっ!?」

 

 楯無が俺を見つめながら言うものだから、シャルロットが真に受けてるではないか。

 

「落ち着け、シャシャ。質の悪いただの冗談だ」

 

「え……?」

 

「あら、つれない。好きなのは本当よ? もちろん、お友達として。シャルロットちゃんのことも好きよ、ふふふっ」

 

「う、うん……」

 

 人を喰ったように笑う楽し気な笑み。

 いい性格してるな、まったく。

 

「あ、そうそう。忘れるところだった。友情の証として連絡先、交換しましょう。テオとシャルロットちゃんとは長い付き合いになりそうなわけだし。簪ちゃんも一緒に」

 

「え、わ、私は……」

 

「折角だからね」

 

「……はい」

 

 渋々といった様子だがまあ仕方ない。

 更識姉妹と知り合えて友達にもなれ、こうして連絡先も交換することが出来た。

 早々に実りある来日となったな。



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STORY7 テオと簪

「それじゃあ、行ってくるわね。更識の皆さんによろしくね」

 

「はい。母上達も楽しんで来てください」

 

「お土産いっぱい持って帰るからねっ、テオっ!」

 

「ああ、期待してる。存分に楽しんで来い、シャシャ」

 

 朝早くからホテルのタクシー乗り場でシャルロット達を見送る。

 

 日本に来て早一週間ほど経ったがイリスさんと叔母殿の仲に進展はなかった。

 急かすものではないだろうし、生活環境を変えたところで事情が事情ゆえにそう簡単に変わるものでもない。

 でも、折角日本に来たんだ。変化は欲しい……会話は増えてきているようだが、何よりこのままだとシャルロットがずっと気にし続けてしまう。

 だからこその女だけで過ごすというのを俺は提案した。こういうのは女だけのほうがいいし、俺がいるとシャルロットは俺を中心に動いてしまう。

 シャルロットの気持ちは嬉しいが、今回はこれでいい。

 

「さてと……すみません、待たせてしまって」

 

「いえいえ、お気になさらず。さ、どうぞ乗って下さい」

 

 先に出たシャルロット達を見送ると後ろに用意された車へと乗り込む。

 走り出した車が向かうのは更識家。

 皆が出かけ一人残った俺のことを母上が心配して、更識家に連絡したようで今から更識家に遊びに行くことになっている。

 別に一人でもいても研究所からの報告書に目を通したり、新開発中する機体を考えたりとやることは多いから気にしないが楯無も誘ってくれたから行くことにした。

 

 車を走らせること数分。

 更識の屋敷に着いた。車から降りて、屋敷の中へと案内される。

 

「デュノア様、いらっしゃいませ」

 

「……」

 

「よく来たな、テオドール君。いらっしゃい、君の事は櫛奈や楯無からよく聞いているよ」

 

 出迎えてくれたのは更識の使用人達と簪。

 そして、大人の男が一人。

 口ぶりからして恐らく楯無と簪の父親か。

 

「初めまして、テオドール・デュノアです。お邪魔します」

 

「これはご丁寧に。初めまして、更識刀也(とうや)だ」

 

 そう言って差し出されて手と握手を交わした。

 そして、握手ついでに気になっていたことを聞いてみた。

 

「あの……楯無さんは……?」

 

「ああ、それなんだが……朝から習い事や稽古に行っていて、帰って来るのは夕方頃になるみたいだ」

 

「そうですか……」

 

 誘っといてこれとはなんて奴だ。

 無駄な時間を取らせられた。遊ぶ相手がいないのにこのまま居続けるのはおかしい。帰ろう。

 

「すまないな。まあそう気を落とさないでくれ。簪と遊ぶといい。簪、大事な客様だ。ちゃんともてなしなさい」

 

「……ッ、はい……」

 

 言うだけ言うと楯無の父親は去っていった。

 勝手な人だ。楯無のあの勝手なところはこの父親に似たか。

 それに脳裏にティキーンと電流が走った感覚を覚え察した。自分から呼んだのに居ないのは俺と簪を引き合わせる為か。理由は考えるまでもない。

 

 しかし、さてどうしたものか。正直、ホテルに帰ってしまいたい。嫌そうにしている相手と一緒にいるのは正直気が引ける。

 だからといって帰ってしまえば簪のメンツを潰しかねない。他の物ならまだしも相手は更識の娘。何より、原作キャラ(更識簪)だ。

 将来のことを考えれば、ここは帰るという選択はナンセンスだ。

 

「じゃあ、あ、あの……着いて来て下さい……」

 

「ああ」

 

 そう言った簪の後をついていく。

 

「……適当なところに座って、お好きにくつろいで下さい……」

 

「分かった」

 

 連れられた場所は自室らしき部屋。

 とりあえず信用してもらえたとかじゃなく、どこへ案内しようか迷いに迷って他の場所が思い浮かばず仕方なく自分の部屋に案内したといった感じがする。

 

「……ッ、っ……」

 

 自分の部屋に人を呼んだのは初めてなんだろう。

 ずっとそわそわしてる。

 まあ、今日はここで過ごすしかない。何かするのなら付き合ってやればいいし、何もないならそれでいい。

 暇を潰す道具は持ってきている。とりあえず、タブレットで研究所から送られてきた報告書に目を通すことにした。

 

「……」

 

「――……」

 

 寛ぎ始めて早々に気になることが出来た。

 

「その、何か?」

 

「えっ、ぁ、その……」

 

 さっきから簪がしきりに何度もこちらを見てくる。

 こちらの様子を気にしているのは分かるが、見てるのはバレてないとでも思ったのか。凄く動揺してる。

 

「ン……遊びに来たのに、この過ごし方はよくなかった?」

 

「い、いいっ……いいけど、ええと、あのっ……」

 

 口ごもっていて要領を得ない。

 向こうもタブレットを見てたからいいかと思ったのだが。

 

「お父様にもてなしなさいって言われたのに……わ、私、全然できてないから……退屈させてると、思って……」

 

「そのことか……別に退屈じゃないから気にするな」

 

「で、でもッ、お父様に言われたこと全然できてない……」

 

 父親の言葉が重くのしかかっているようだ。

 言った本人は大して意識もしてないだろうが小学生の今、大人ましてや親の言葉はとても重く感じてしまう。大きくなるにつれて慣れたり、割り切ったりできるようになるだろうが今ぐらいの歳は言葉をそのまま受け取ってしまう。

 加えて簪は更識家の人間で姉があれだ。今はまだISのまつわるわだかまりがないとは言え、感じるプレッシャーはそれ相応の物なんだろう。

 

「だったら、もてなしてもらうというかリクエストしてもいいいか?」

 

「リクエスト……?」

 

「日本には日本が誇るアニメや特撮ヒーローがあるだろ? 何かオススメがあれば教えてくれないか? この度の来日は本場日本でそれも知りに来たんだ」

 

「……っ!」

 

 簪が目を見開いて反応した。

 簪相手ならこの手の話題が無難だろう。共通の話題というのは大事だ。

 

「わ、分かった……! 任せてっ……!」

 

 意気込んだ簪はオススメのものを探し始めてくれた。

 

「これ、私の今イチオシなの……!」

 

 そう言って紹介してくれたのは特撮ヒーロー物。

 部屋のディスプレイに映し出され、番組が始まっていく。

 思えば、こうしてゆっくりと特撮物を見るのは久しぶり……いや、この世界に産れてから始めてだ。前世はどちらかというとロボットアニメ好きの雑食オタクで、この世界に産まれてからは日本のサブカルチャーとしての知識はあっても、ここまでゆっくり見ることはなかった。懐かしい気分だ。

 

「……終わっちゃった。ど、どう、だった……?」

 

「ン……おもしろかった。日本の特撮は世界に誇るだけあって見てるだけで心がこうワクワクするな」

 

「で、でしょうっ……!」

 

 見違えるようにテンションが高くなった。

 上手くいったようだ。

 ちなみに面白かったのは本当。この世界でも特撮の良さというものは変わらなかった。

 

「これは円盤買いというものをしなければな! いいもてなしをしてもらった」

 

「そう、なのかな……? おもしろかったのはこの作品で……私がおもしろいわけじゃない……お姉ちゃんみたいに立派におもてなしできてるわけじゃ……」

 

 さっきのテンションの上がり様が嘘みたいに今度は暗く落ち込んだ様子を見せる。

 上手くいきはしたがそう簡単に全てが上手く行くわけじゃないか。

 

「気にし過ぎだ。もてなされた俺がいいもてなしだったと言うのだからそれで充分だろ。それとも信じられないか?」

 

「別にそ、そういうわけじゃ。でも……私はお姉ちゃんみたいに立派じゃないから……」

 

 呪いのようなことを言う。

 これはきっと。

 

「それは君の父親に言われたことか」

 

「ぁ……う、うん……お父様によく言われるけど……親戚の人、周りにもたくさん言われてる、から……」

 

「それは気にするなと言われても気になるな」

 

「うん……だって、お姉ちゃんみたいに立派だったら別に私じゃなくてもいいってことでしょう。お姉ちゃんみたいに立派な人がもう一人欲しいだけ。私は必要ない」

 

「なるほどな……」

 

 これは俺が思っている以上に根が深い。

 もう大分擦れてる。闇は深そうだな。

 

「だが、それでも俺はこのもてなしは本当によかったと信じている。誰でもない君がもてなしてくれたからな」

 

「そう……かな……」

 

「そうだとも」

 

「私、お姉ちゃんみたいに立派じゃなくても……?」

 

「いいや、立派だったとも。そこに姉など関係ない。このテオドール・デュノアが保証する。それでも信じられないのなら君を信じる俺を信じろ。楯無の妹だろうが君は君だ」

 

「私は、私……」

 

「ああ。大事なのはまず信じること。そして信じたことを糧に自分は自分だと唱えること。そう続けることで案外気は楽になるものだ」

 

「そっ、か……ふふっ」

 

 暗く落ち込んでいた様子は影を潜め、ほん少しだが明るい表情を見せてくれた。

 

「ね、ねぇ……どうして、そんなに親切にしてくれるの……?」

 

「ふん、そうだな……」

 

 気になるのは当然か。

 知り合ったのは最近のことで一緒に過ごした時間は半日分にも満たない。

 なのに親切にされたら理由を知りたくもなる。

 

「ただ単に見過ごせなかったからだ。君とは友達になりたいと思っているから、そんな相手が暗く落ち込んでいるのなら力づけたい勇気づけたいとは思うのは当然だろ? 君のように素敵な子には明るくいてほしい」

 

 我ながらキザなことを言っている自覚はあるがこれが俺の本心。

 ならば、それをハッキリ伝えなければならない。

 今思っていることを隠すのは賢くない。

 

「そっ、そう……あり、がとう……っ」

 

 どうやら納得してくれたようだった。

 

「よし。では君は俺と友達になってくれるのか?」

 

「う、うんっ……私で、いいのなら」

 

「ありがとう。嬉しいよ」

 

「だ、だったら……呼び方、変えてほしい。君じゃなくて……簪、がいい」

 

 出会ってから初めて見る簪から自発的なお願い。

 名前を呼ばせるというのは更識家にとって重要な意味を持つとのことだが本人がこういうんだ。叶えないわけにはいかないな。

 

「分かった。よろしく、簪……俺のことはテオと呼んでくれ」

 

「うん、テオ……よろしくね。わっ、な、何で撫でるの?」

 

 友情の証にと簪の頭を撫で居たら驚かれてしまった。

 

「何でと言われても友情の証にとしか。後は立派でいいもてなしをしてもらったからな。感謝と褒美だ。嫌だったらやめるが」

 

「嫌じゃ、ないっ……と、というかっ、笑ってやめる気ないでしょ」

 

「まあな。褒めたいものは褒めるのがテオドール・デュノアの主義だ」

 

「ぁぅぁぅっ~……」

 

 褒められ慣れてないのか頬を赤く染め照れる簪の様子は眼福だな。

 そうして頭を撫でて褒めていると部屋の扉がノックされた。

 

「は、はいっ」

 

「失礼しま~す」

 

 聞き覚えのある言葉と共に部屋の中へと入ってくる。

 流石に人が来るから頭を撫でるのはここまでだ。

 

「お昼ご飯です~って、おお~!」

 

 入って来たのは案の定、本音だった。

 そして本音は、俺と簪を見るなり、驚いていた。

 

「な、何……?」

 

「いや~見ないうちにすっかり仲良くなったなぁと思って。よかったね、かんちゃん! あ、じゃなくて、簪お嬢様~!」

 

「もうっ、何しに来たの。まったく」

 

 彼女特有の雰囲気に呆れてこそいるが嫌がってはない。

 仲のよさあってこそのものだと分かる。

 

「仲いいんだな」

 

「幼馴染ですから! というか、お客様お手が早いですね~人見知りのかんちゃんをもう手籠めにするなんて~にふふっ」

 

「手籠っ……!?」

 

「手籠めか……難しい言葉を知ってるものだ。しかし、それを言われても仕方ないかもな。素敵なものは手に入れたくなるものだ」

 

「おお~!」

 

「ちょっ、テオまで何言ってるのっ。二人でからかってるでしょ……! もうっ、お昼行くからっ」

 

 照れる簪との楽しいひと時。

 仲も深められたし、いいことづくめだ。



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STORY8 テオと楯無

「今日は来てくれてありがとう。嬉しいわ」

 

 目の前の楯無が嬉しそうな笑みを浮かべながら言う。

 

「昨日も来たんだが。どこの誰だったか、客人を呼んでおいて自分から一言も断りなくほったらかしにしたのは」

 

「もう、謝ったじゃない。忙しいのよ、私」

 

「なら、呼ぶな」

 

「と言いつつ今日も来てくれるテオは優しいわね。ふふっ」

 

「まったく」

 

 相変わらず楽し気な笑みを浮かべる楯無には呆れるしかない。

 もっとも、今日も母上達がシャルロットを連れていって一人で暇だからと遊びに誘われてのこのこ来た俺も俺だが。

 

「でも、そのおかげで簪ちゃんと仲良くなれたでしょ」

 

「よく言う。最初からそのもりだっただろ」

 

「ふふっ、何のことかしら」

 

 誤魔化すように笑い、口元を隠すように広げられた扇には『可愛い冗談』と書かれている

 

「けど正直、こんなに仲良くなるなんて予想外だったわ。私とテオが二人っきりになるって知った時の簪ちゃん、露骨に嫌そうな顔してたもの。あんな簪ちゃん初めて見たわよ」

 

「あれは確かに凄い嫌そうな顔してたな……」

 

 とてもよく覚えている。

 絵に描いたようなというのはああいうことを言うのだろう。

 

「しかも、名前で呼び合ってるしね」

 

「友達なのだから当たり前だろ。俺と楯無だって名前で呼びあっているだろうが」

 

「それはそうなんだけど……ほら、簪ちゃんってパッと見人見知りでしょ? だから、友達になっても一線引くかと思ったけど逆だったわね」

 

 当たり障りのない返答。

 言ってることも本当に思って言っている。だが、この言葉の裏にはやはり更識の掟のこともあるんだろう。

 

「まあ、何にせよ。簪ちゃんもテオと友達になれてよかったわ。簪ちゃんにはいろいろいい刺激があったみたいだし」

 

「それは俺にも言えることだ。簪には日本の特撮をいろいろ教えてもらった。いい刺激となった」

 

「そう。なら、余計によかったわ。言われるまでもないだろうけど、簪ちゃんのこと末永くよろしくね。本当にいい子だからちゃんと見ていてあげて」

 

「何だそれは……クハハッ」

 

 あまりにも変な物言いをするものだから笑いを誘われた。

 言った本人は本気なんだろう。

 だから、笑う俺を見て楯無は拗ねたような困ったような顔をしている。

 

「な、なんで笑うのよっ」

 

「いや、また随分な物言いをするものだからついな。それではまるで今生の別れみたいだ。楯無、君だってちゃんと見てあげるんだろ」

 

「……私、は……」

 

 てっきり言い返されると思ったがそうではなかった。

 あからさまに落ち込んだ様子を見せてくる。

 やはり、この頃から二人の仲はよくなかったか。

 

「そう言えば、テオは一人っ子よね」

 

「そうだな。俺一人だ。だがまあしいて言うなら、シャシャが妹みたいなものだ」

 

「あ~シャルロットちゃん。確かにそういう感じはあるわね」

 

 シャルロットとは同い年で、友達ではあるが妹的な存在だという感覚の方が強い。もっというなら、年の離れた妹といった感じ。

 前世のことが強く影響しているからだろう。

 

「二人は仲良くやってるわよね」

 

「そうだな。喧嘩とかはしたことないな。よく笑ってくれる。ただいろいろと気を使い過ぎるのがな」

 

「可愛いじゃない。きっとテオの役に立ちたいんでしょう」

 

 それは分かっているし、気持ちはありがたいがあそこまで献身的だと流石にな……。

 

「贅沢な悩みね……でも、羨ましい」

 

「簪とは上手くいってないようだな」

 

「……うん。別に喧嘩してとかいがみあってるとかじゃないはずよ。ただ距離を感じるというか、私自身距離を作っちゃってる自覚はあるの。最近、その家のことでゴタゴタしてるから」

 

「なるほどな……」

 

 ゴタゴタというのはおそらく楯無の立場のことだろう。

 更識家当主の称号、楯無。それを継ぐことによって、必然的にやることは増え、簪との時間は減る。

 簪も簪で姉が当主になったのだから、それ相応の接し方をしなければならなくなる。そうなると距離はどうしてもできてしまう。

 

「難しいわよね……どうしたらいいのか」

 

「そうだな。方法があるすれば、諦めないことぐらいか」

 

「諦めない……?」

 

「楯無が簪のことを気にかけているのはよく分かる。それを続けることだ。他人越しではなく自分自身で」

 

「そんなことっ……!」

 

 声を荒げる楯無を制止する。

 言いたいことは分かっている。

 

「そんなこと言われるのは簡単で言葉にするのは容易い。それでもやらねば、何も変わらない。人任せにしているといくら大切に思っていても誤解されて終いだ。それは理解してるだろう?」

 

「それ、は……」

 

「大変なことで時間はかかる。だが、向き合い続ければ簪も向き合ってくれる。素直でいい子だからな」

 

「知ってるわ。自慢の妹なんだから……本当、好き勝手に言ってくれるわ」

 

「言いたい事は言わないと損だし、伝わらないだろ」

 

「何それ……ふぅ、でも、それもそうよね。ふふっ」

 

 いつぶりかに楯無は笑みを見せてくれた。

 そして、何処か吹っ切れた様子だ。

 

「頑張らなくちゃね、私は楯無なんだから」

 

「その意気だ。何かあれば、この俺、テオドール・デュノアを頼るといい。喜んで力を貸そう」

 

「あら、気前いい。男前ね、フランス人は皆こうなのかしら」

 

「そうだとも。我が国の人間は情が深い。簪は勿論、楯無とは友達同士なのだから力を貸すのは当然だ」

 

 多少なりといろいろな思惑はあるけれど、一番は友人だからだ。

 原作云々は今更どうでもいい。今の時期から溝を埋められるのならそれがいい。友人である二人には仲よくいてほしい。

 その為ならこのテオドール・デュノアは喜んで力を貸す。

 

「友人か……そこまでハッキリ言われると照れくさいというか、申し訳なくなってくるわね」

 

「何がだ?」

 

「あなたに近づいたのは家の為、将来の為。友達であろうとしたのはあなたを更識に繋ぎ止める為。邪よね」

 

 そう楯無はバツが悪そうな笑みを浮かべながら言った。

 だから、また俺は笑わずにはいられなかった。

 

「もうっ、何でまた笑うのよっ」

 

「いやいや。簪と違わず楯無も素直で純粋なんだと再確認させられてな。そんなものは俺達のような家の者ならあって当然。俺だってそうだ。だが、それでも純粋に友達でいたいという気持ちがあるのなら、それだけで充分」

 

「そ、そこまで言われてしまうと難しく考えていた私が馬鹿みたい。でも、そう言ってもらえると助かるわ。本当テオって不思議ね」

 

 楯無は楽しげに笑っていた。

 

「簪ちゃんもテオに助けられたみたいで、私もテオに助けられちゃった。姉妹揃ってこれじゃあ、何だか面子が立たないわね」

 

「そうか……そういうものか。なら礼はこれから払ってくれればいい」

 

「高くつきそう。でも、お礼か……そうだ、あなたが満足するかは分からないけど今私が出来る一つとっておきのお礼をさせて頂戴な」

 

「いいだろう。受け取ろう」

 

 俺がそう言うとテーブルを挟んで前に座っていた楯無が隣にやってくる。

 

「私の名前分かる?」

 

「は? 何だ急に。更識楯無だろ?」

 

 意味不明な問い。

 いや、これはそういうことか。

 

「そう、私は更識楯無。楯無……この名前はね、更識家当主が代々継いできた名前。私の本当の名前は別にある」

 

 ふいに耳元へと楯無の顔が近づいてくる。

 そして秘密を打ち明けるようにゆっくりと告げられた。

 

「私の本当の名前は刀奈――更識刀奈」

 

 そう告げると楯無は離れた。

 

「いいのか。言ってしまって」

 

「本当はダメよ。身内以外にこの名前を、特に異性に教えるのは命を握られるも等しい。でも、テオなら構わないわ。不思議と信頼できる。これが私が今できる精一杯のお礼。この命、テオに捧げましょう」

 

 悪戯な笑みで楯無は言う。

 一見すると冗談っぽいが、その反面本気なのは分かる。

 流石の楯無でも冗談で自分の本当の名前は教えないか。

 

「これはまた随分と大きな礼が返ってきたものだ。いいだろう、このテオドール・デュノアが刀奈の命、確かに受け取った!」

 

「ふふっ、末永く大切にしてね」

 

 なんて冗談を言いながら楯無は幸せそうな顔をして笑っていた。



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STORY9 テオと我が儘になれた私

「これなんてどうかしら? ロゼンダとイリスに合いそうよ」

 

「いいわね。それならこの柄がイリスには合いそうじゃない」

 

「コスモスの柄……覚えてくれていたのね。嬉しい、素敵だわ。これにしようかしら」

 

 ショッピングモール。たくさんの素敵なバッグが並ぶお店の中。

 遠くでマリー様、ロゼンダ様、そしてお母さんが楽しそうに笑っている。

 そんな三人の様子を私は、後ろで椅子に座って眺める。歩き疲れて、飲み物片手に休ませてもらってるところ。

 

「お母さん、楽しそう……それにロゼンダ様も」

 

 日本に来て早一週間。

 生まれて初めての旅行。それも海外旅行。突然行くことになったけど、来てよかった。

お母さんは日本に来てからずっと笑顔。これもきっと、ロゼンダ様と仲良くなれたからかな。

 お母さんにお友達が増えて私も嬉しい。これもマリー様のおかげ。突然日本に行くって言われた時は驚いたけど、理由が二人を仲よくなる為って聞いて、本当にそうなったのだから流石はマリー様。有言実行。テオのお母様だけはある。マリー様のこういうところがテオに似たのかな。

 

 ずっと大変な思いで苦労して、辛い思いをしてたお母さんに来た幸せ。

 ロゼンダ様と仲良くなれたことは素敵なことで、お父さんとも話し合えたみたい。

 お母さんはお屋敷に住むようになっても頑張ってる。変わり続けて、前へと進んでいってる。

 でも、私は……。

 

「テオ……」

 

 ぽつりと名前を呼んでしまった。

 ここにいるのは私だけ。テオは日本で出来たお友達のところ、更識さんのお家に行ってしまった。

 ううん、この言い方はよくない。私がお母さん達と出かけたから、一人になってしまったテオは友達のところに行くしかなかった。

 それに今、ここにテオがいなくてよかった。いたら気を使わせてしまう。だって、私はロゼンダ様を怖がってしまってるから。

 悪い人じゃない。それどころか、ロゼンダ様が素敵ないい人なのは日本に来て一緒にいたから私も分かってる。でも、初めて会った時のことが、テオがロゼンダ様に頬を叩かれた時のことが忘れられない。

 あれは悲しい出来事。テオは気にしてないし、私自身もあのことを恨んだりとかはしてないけど、それでも……。

 だから、これでいい。お友達といるほうがテオも楽しいはず。同い年だという更識簪さんは物静かな可愛い子で、お姉さんの更識楯無さんは明るくて綺麗な人。テオと話も合っていて、テオとっても楽しそうだった。

 私といるよりお友達といたほうがずっといい。

 

「……ット、シャルロット……」

 

「……あっ、ロゼンダ様! す、すみません……!」

 

「いいわ、謝らなくて。そのまま座ってなさい」

 

「はい……」

 

 我に返るとロゼンダ様がいた。

 慌てて立ち上がろうとしたけど、止められた。

 そして、ロゼンダ様は私の隣へと座った。

 

「……」

 

「……」

 

 ロゼンダ様は何も言わない。

 というか、どうしてここに。お母さん達と一緒に……いない。さっきいたところにお母さん達の姿がない。

 

「イリスとマリーなら別のフロアを見に行ったわ。私は休憩。貴女を一人にするわけにもいかないから」

 

「そう、ですか……」

 

「ええ」

 

 会話を終わらせてしまう。

 どうしよう。このままじゃ私のせいでロゼンダ様の機嫌を悪くしちゃう。

 でも、何をどう話せば……。

 

「考え事していたみたいだけど……テオのことでも考えていたんでしょ」

 

「っ!?」

 

 思わず、声を上げられないほど驚いちゃった。

 顔に出ていたのかな。

 

「何でって顔で驚かなくても見ていれば分かるわ。テオにお熱なのはマリーからもイリスからも聞いてるわけだし」

 

「あぅ……」

 

 情けない声が出てしまうぐらい恥ずかしかった。

 見れば分かるほどなんだ私。

 

「やっぱりね。後、テオがいなくて寂しいと」

 

「それは……はい……」

 

「なら、寂しいってテオに言えばいいものを。女だけにしてって言ったのは私達だけどテオなら付いてきてくれたはずよ」

 

「そ、それはできません! 私の我が儘でテオの邪魔するなんて! 私はそんなことをしていいような立場では……」

 

 私の我が儘でテオの邪魔なんてできない。

 迷惑かけたくない。あの初めて出会った日から今もテオに助けられ続けている。

 私がこれ以上を望むなんて。

 

「いい子ね、シャルロット。いい女だわ……でもそれじゃあ、ダメなの」

 

「え……?」

 

「邪魔になるというけれどテオは本当にそう言ったのかしら? 相手の気持ちを慮るのも結構だけど勝手に自分の気持ちを解釈されて勝手に遠慮されるほど身勝手なものはないでしょ」

 

「……」

 

 何も言えなかった。

 その通りだと思ってしまったから。

 テオが邪魔だと思ってるかどうかなんて私の想像でしかない。実際に確かめたわけじゃない。

 それに言われて思い出したこともある。テオはよく私の意見を聞いてくれるけど、私が遠慮する度にいつも少し困ったように笑っていた。

 

「いい子、いい女であるのは大切だけど度が過ぎるあまり都合のいい女に成り下がってしまうのはいけないわ」

 

「都合のいい女……」

 

「聞き分けがよすぎるのも考え物ってこと。思うことがあるのならちゃんと伝えないと悲しいすれ違いを引き起こしてしまう」

 

 ロゼンダ様の言葉は重たかった。

 

「私はいい女であり過ぎた。デュノアにとっても、アルベールにとっても。自分の立場を弁えるあまり、気づかないうちに都合のいい女になっていた。思っていることは沢山あったのに、私は妻だからそんな立場じゃないって自分に言い聞かせ続けて……」

 

 ロゼンダ様は悲しそう目をしている。

 胸が痛い。だって、これは私がいたから……。

 

「愚痴というか年寄りの説教が過ぎたわね。貴女が前の私に似てるところを感じたからついお節介焼いちゃった。気にしなくても大丈夫よ」

 

 私の考えなんてお見通しのように、ロゼンダ様は優しい笑みで言う。

 

「私はもう自分の立場に甘えない。思ったことがあるならちゃんと伝える。今回だって私達の旅行を渋るアルベールとサンソンを説き伏せたのは私なんだから」

 

 ロゼンダ様みたいな人のことを強い大人の女性というのかな。

 カッコいい。思わず憧れてしまう。

 

「伝えたいことがあるのなら伝える。そして、今一度自分と向き合いなさい。私もシャルロット、あなたと向き合っていくから」

 

「え……」

 

 想像してなかった言葉を聞いて、驚いてしまった。

 

「正直、アルベールの子供を産めなかったこと。生まれてきたアルベールの子供の母親が自分じゃないことは今でも複雑この上ないけど、それでもあなたはアルベールの子供なんだから向き合っていかないと。長い付き合いになるわけで、向き合うのなら早い方がいいじゃない……って言われても困るかしら」

 

「い、いえっ! 嬉しいですっ、ありがとうございますっ」

 

 ロゼンダ様の本当の気持ちが知れた瞬間。

 本当、日本に来てよかった。

 多分フランスにいたままじゃ、こうしてロゼンダ様の本当の気持ちも知ることも、ましてやこうやって二人で話すこともなかったと思う。

 

「二人いい感じで話せたみたいね」

 

「よかったわ」

 

「あ……マリー様っ、お母さんっ」

 

 別のところに見に行っていたマリー様とお母さんが戻って来た。

 

「おかげ様で。デュノアの落とし方の恋愛テクニックを教えていたところよ」

 

「へ……?」

 

 今日は驚いたり、情けない声を上げてばっかり。

 そういう話だったけ?

 

「そういう話よ」

 

「こ、心を読まないで下さいっ……」

 

「顔に書いてあるから分かるわ。シャルロットにはテオをデュノアに繋ぎ止めてほしいから、もっと素直になってほしい。テオのこと好きなんでしょ」

 

「そ、それは……!」

 

 ロゼンダ様のことが分かった気がしたと思った途端これ。

 読めないお人。

 投げ掛けられた爆弾発言に私は口ごもってしまう。

 というか、追撃みたいにお母さんもマリー様も微笑ましそうに私を見てくる。

 

「あらあら、シャルロット。顔真っ赤よ」

 

「いつもテオにベッタリで可愛いものね。それは言うまでもないわよね」

 

「うぅ……はいぃ」

 

 認めるしかなかった。

 何だかおもちゃにされている気分。

 テオのことは好き。そこにどんなことでも嘘はつきたくない。

 

「なら余計、素直になったほうがいいわね。デュノアの男は皆素直な女が好きだから。それに女はちょっと我が儘なぐらいが丁度いいのよ」

 

 ロゼンダ様の言葉が胸に響く。

 私も素直に……我が儘になってもいいのかな。

 まだ不安なことは多いけど、新しい一歩。前に踏み出してみようかな。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「流石は日本一の遊園地。凄い人だ」

 

「うんっ、目が回りそう」

 

「はははっ」

 

 入った園内の様子を見てそんな感想をこぼす私に隣のテオは楽しげに笑う。

 例えでは言ったけど、それほどまでに人は多い。

 シンジュクやシブヤという街にも行ってあそこも人が多かったけど、あそことは雰囲気が違う。

 特に頭に人気キャラクターの耳に似たカチューシャをつけている人が沢山いて、来たんだなぁって感じがする。

 

「しかし、シャシャがここに来たいと言い出すとはな」

 

「興味あったから」

 

 テオが日本に来る前に見せてくれたネットの記事でここのことをオススメしていたのがあって、それを読んでから気にはなっていた。

 だから、来られてよかった。今日はフランスに帰国する前日。たくさん遊んで素敵な日本での思い出にしたい。

 これは私の我が儘。テオに私の我が儘に付き合わせて、申し訳ない気持ちはやっぱりあるけど自分に素直に、我が儘になるって決めたんだからこれでくじけていられない。

 ゲートまで見送ってくれてテオと二人っきりでここで遊ぶことを許してくれて、背中を押してくれたお母さん達3人にも我が儘を許してもらったんだから。

 

「そろそろ行くか。始めはそうだな……」

 

 いつまでも道端のベンチで様子を眺めていられないとテオがスマホ片手に貰ったパンフレットにある地図を見て行先を考える。私も覗き込む。

 

「こことか面白そうだな」

 

「いいね、ここ行きたい」

 

「なら決まりだ」

 

 ひとまずの目的地へと向けて歩き出す。

 同じ方向に行く人は多い。ぎゅうぎゅう詰めってほどじゃなく、テオが守ってくれるからはぐれる心配はない。

 だけど……。

 

「……」

 

 テオの後ろをついていきながらふと周りを見てみる。

 大人の人ばかりでその中でも目に留まったのが恋人同士さん。

 仲良く手を繋いではぐれないようにしている。いいなぁ……。

 

「シャシャ?」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 見惚れていると歩くのが遅くなってしまった。

 歩く速度を早くする。

 でも、さっきの人達が手を繋いでいることが気になる。

 

「あの、テオ……」

 

「どうかした?」

 

「えと、我が儘言ってもいい?」

 

 言っちゃった!

 こ、これは流石に我が儘過ぎるかな。

 

「いいぞ! 遠慮なく言うといい!」

 

 私の考えすぎ。

 テオはすごく嬉しそうな顔をしてくれている。

 よかった。安心して言える。

 

「テオと手繋ぎたいな」

 

「そうか。では、お手をどうぞ」

 

 そう言って差し出されたテオの手を握る。

 暖かくて力強い手。大好きな手。

 この手で撫でられるといつも安心するのに、今はドキドキが大きい。

 それはきっと。

 

「あ……」

 

「今日はこのほうが相応しいだろ。俺の我が儘を許してほしい」

 

「うんっ!」

 

 テオはただ手を繋いでくれだけでなく、手を交差させて指のあいだに指を絡めて握ってくれた。

 それはさっき見ていた恋人同士さんが繋いでいた手の繋ぎ方。私が見ていたのに気づいていたのかな。何にせよ、嬉しい。ドキドキが大きいけど、これは幸せなドキドキ。

 ありがとうございます。お優しい、テオドール様。

 

 テオと手を繋ぎながら遊園地を回って遊ぶ。

 鉄道みたいな乗り物や、丸太みたいなちょっとしたジェットコースター、可愛いお城の中をボートで見て回ったりと他にもたくさん乗って、いろいろなところに行った。

 凄く楽しかったし、普段大人びているテオも楽しんでくれたのが凄く嬉しい。

 

 楽しい時間が過ぎるのはどうしてこんなにも早いのかな。

 太陽で照らされていた遊園地は今、夕日に照らされている。

 そろそろ帰らなくちゃいけない時間になっていた。

 

「いつになっても一日の締めが観覧車なのはどこも一緒なんだな」

 

「うんっ」

 

 テオの言葉に頷く。

 私達は最後、観覧車に乗っている。

 あんな大きく感じていたさっきまで遊んでいたアトラクション達が小さい。

 でも、夕日に照らされた地上の様子は綺麗だった。

 

 今日は本当に本当に来てよかった。

 とってもとっても楽しかった。

 そして勇気を出して、我が儘を言ってよかった。

 もうこれ以上の我が儘は怖くて言えないけど、でもこのぐらいなら許されるのかな。

 

 観覧車はそろそろ頂上。

 向かいに座るテオも同じように外を見ている。

 夕日に照らされるテオは綺麗。けれど、その横顔を見ていると胸が締め付けられる。

 

「……っ」

 

 同じ場所にいて、同じ景色を見ているはずなのに別の何か。

 私には見ることが出来ないものを見ているような。

 肉体(からだ)だけここに残して心だけがどんどん遠くになっていく様な感じがする。

 

「どうかしたか?」

 

「テオ……っ」

 

 気づかれてとっさに名前を呼んでしまったけど、これ以上言葉が出てこない。

 でも、何か言わなきゃ。黙ったままだとテオを心配させてしまう。それだけは嫌。

 不安なこの感じ。真っ白になる頭。言葉が出てこなくて喉が乾燥する。

 それでも私は振り絞って、私は何とか言葉を紡いだ。

 

「テオ、こっちを向いて……私を見て」

 

 ようやく言えた言葉はこれだった。

 何言ってしまってるんだろう、私。これじゃあ、結局テオを困らせるだけだ。

 けれど、言葉が出なかったのが嘘だったみたいに声が震えていてもすらすら言えてしまった。

 これが私の本音なの、かな……?

 

「悪い。そうだな、今はシャシャと二人っきりなんだ。ちゃんと見るよ」

 

「あ……うんっ、えへへっ」

 

 そういうことじゃないけど現金な私は、優しい顔で優しく頭を撫でられただけで安心してしまう。

 今はこれでいい。これ以上、何か言うのは私には度の過ぎた我が儘。テオは頭を撫でてくれるほどこんなにも近くにいて、私を見てくれている。大丈夫。

 それに安心できたことはもう一つ。テオに頭を撫でられた時、私は脳裏に見た。

 私を優しく包み込んでくれるどこまでも広がる海のような光景を。テオと深くつながっているみたいで私は凄く安心できた。



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STORY10 覇者と前進していく世界

 前進というものを最近、よく感じる。

 具体的な例を挙げるとすれば、身近なところにはなるが日本での目的が達成できた。

 シャルロットとイリスさん、叔母殿の交流。予想以上に仲良くなっていて俺自身かなり驚いている。本人達の努力とかそういうのは勿論あるが、日本への旅行を計画した母上の手腕には感服するしかない。

 更識家、更識姉妹と早い時期から交友を築けたのは大きい。帰国後もメッセでやり取りは続いている。大切にしていかなければ。

 

 そして、世界もまた前進していく。

 今や世界の中心となったISは日々進歩を続け、技術と技能は発展を続けている。早いところ……我がデュノア社ではもう第二世代の構想を始めているほどに。

 全世界への普及と浸透は最早、目覚ましいまである。

 それだけISという存在の浸食速度は驚異的だ。読者だった頃(前世)では十年やそこらで世界を一変させるなんて無理があるだろうと思っていたが、こうしてこの世界の住人としてこの変わりようを見れば、不思議と納得できる。

 

 世界はISに魅入られている。

 その最たる理由はあの日起きた白騎士事件の出来事であり、もう一つが……。

 

「凄まじいものだな、織斑千冬と暮桜。そして、単一能力(ワンオフ・アビリティー)というものは」

 

 隣で伯父殿がそんな感心めいた声をこぼす。

 視線の先には今しがた終えた大会前のデモンストレーションを終えた専用機に乗る織斑千冬の姿。

 伯父殿がこんな風に外で喜ぶ様子を見せるのは珍しい。伯父殿だけじゃない。周りの大人、各国政府関係者、各国の軍事関係者、企業関係者など様々な人がいるが皆、伯父殿と似たような反応。喜々とした様子で目の前で起きた光景に魅入られている。

 目の前で起きた光景。たった今、自分の目で直接世界初の単一能力(ワンオフ・アビリティー)零落白夜(れいらくびゃくや)を見た。

 ワンオフ・アビリティーの存在こそは白騎士事件後に改めてされたIS発表時点で公表されており、零落白夜の存在も最近日本から公表があった。

 今日行われる大会はそれのお披露目を兼ねたもの。

 

 それにこれだけじゃない。

 織斑千冬が乗る第一世代専用機IS『暮桜』は世界初の形態移行、セカンドシフトに移行している。

 もっともこのセカンドシフトに移行しているのはもう一人いる。

 だが今現在、ISが操縦者と最高状態の相性になった時、自然発生する固有の特殊能力ワンオフ・アビリティーを有しているのは織斑千冬のみ。

 IS開発者篠ノ之束の懐刀、織斑千冬が世界で最初に発現させた二つの事象。このことにいろいろ思うことはあるが、真価はこれから確かめられる。

 

『それではただいまより第一回、モンド・グロッソ。総合部門の試合を行います』

 

 アナウンスの共に会場が歓声で湧く。

 

 今日、世界が前進する日。ターニングポイント。

 場所は条約締結の地、アラスカに新設されたIS競技用スタジアム。

 そこには高い倍率を勝ち抜いて観戦チケットを手に入れた凄い数の観客が世界中から集まっている。

 それは俺と伯父殿が今いる招待席もまた同じ。中継の視聴率も凄いそうな。それほどまでにこの大会が注目されているという証拠。

 IS初の世界大会、その締めくくり。オリンピック以上に分かりやすい代理戦争。

 そして、ISというある種偶然手に入れた、人の手には過ぎた力をどんな形であれ試さずにはいられない人間の性。

 そんなところだろう。

 

 格闘・射撃・近接・飛行など様々な部門を勝ち抜いたヴァルキリーと呼ばれる者達を筆頭にトーナメント形式で行われる総合戦闘の勝ち抜き戦。

 自国の技術力、選手の完成度などを存分に試させる。どの国も熱を上げているが、この大会、結果は最初から見えているようなものだった。

 

「テオ、やはりお前の予想通りになったな。流石と言うべきか」

 

「買いかぶりですよ、伯父上。伯父上だってこうなることは最初から分かっていたでしょ」

 

 気づけば、大会も最後。決勝戦。

 日本代表、織斑千冬とイタリア代表、アリーシャ・ジョセスターフの対決。

 近接部門優勝者と格闘部門優勝者、ヴァルキリー同士の試合であり、セカンドシフトに移行した機体が初めてぶつかる。

 この二人が勝ち上がり、対決するだろうことはこの大会では根強い予想の一つ。

 

 セカンドシフトという機体性能は大きいだろうが、実力は確か。

 特に織斑千冬は近接部門から総合部門決勝戦の今まで全試合ストレート勝ち。他の公式試合は勿論、練習試合ですから負けがないという。アリーシャ・ジョセスターフですら今大会いくつか黒星があるというのに。

 オマケにワンオフ・アビリティー、零落白夜はまだ一度も使ってない。本当に刀一本で勝ち抜いてきた。

 最強を体現したその姿に観客は勿論、自国の勝利を願って熱を上げていた他国の政府関係者までもが織斑千冬という選手に魅入られている。

 

 まあ、こうなるのは当然で予定調和。

 楽しみはこれから。俺の予想が正しければ、この試合でおもしろいものが見れる。

 それはすぐにでも。

 

「分身だと!?」

 

「どういうことだ! イタリアはこのことを黙っていたのか!」

 

「知るかっ! こんな機能はない! どういうことなのかはこっちが知りたい!」

 

 目の前で起きた驚くべき光景。

 それらに観客は驚き、特別なものを見たと喜々と興奮して沸き上がる。

 一方、俺の周りにいる政府関係者など所謂知識のある者達は驚き、動揺を隠せない様子。

 

「テオ……あれはワンオフ・アビリティーか」

 

「はい。おそらくは機動制御に使われている気流制御システムがセカンドシフトで変化したと推測できます」

 

「なるほど……それで風で出来た分身か」

 

 アリーシャ・ジョセスターフが自身の機体テンペスタとたった今発現させたワンオフ・アビリティー。

 テンペスタの機動制御に使われている気流制御システムがセカンドシフトで変化し、ISエネルギーで風を逆巻くように集め、逆巻く風で出来た実体のある分身を作り出す能力。

 現れたのは一体だけだが、それでも充分だ。超高速回転をすることで実体を得ている風の分身は触れるだけで装甲を削り、本体と分身という数的有利を作り出せた。

 疾走するアリーシャ・ジョセスターフはまさに嵐、テンペストとなり猛威を振るう。

 

「しかし、何故だ。このタイミングで発現とは出来過ぎている。セカンドシフトしてもそんな予兆はないと聞いた。何がそうさせた?」

 

「負けられないという強い想い。その想いに機体が応えてくれたんでしょう」

 

 アリーシャ・ジョセスターフが織斑千冬と戦うこの試合に強く意気込んでいるのは見ているだけで伝わってくる。

 加えて、零落白夜を使わせるよう政府や軍から指示があったようで、アリーシャ・ジョセスターフ自身も零落白夜を使われることを望みしきりに織斑千冬を挑発していた。

 しかし、織斑千冬は零落白夜を使うことなく、挑発を歯牙にもかけることなく、これまでの試合同様刀一本で斬り伏せ三本勝負のうちまず一勝した。

 始まった二試合目も織斑千冬が圧倒的なまでに優勢。会場は織斑千冬勝利の空気一色となり、それをよく思わない負けられないアリーシャ・ジョセスターフは最後の賭けに出て、今の状況へと至る。

 

「機械兵器が人の想いに応えるだと……何を馬鹿なこと言う。それではまるで御伽噺や物語に出てくる魔法の道具みたいじゃないか」

 

「その通りなのかもしれません、伯父上。ISはただの機械ではない。人の想い次第で今までの常識をぶち破るようなただの機械兵器以上の力を見せる。白騎士事件がそうだったように」

 

「……白騎士事件……苦い記憶だ。テオの言う通りだな、クククッ。ISは魔法の道具の如き存在か」

 

 隣で伯父殿が楽しげに笑う。

 

 ISをただの機械だと思ってはいけない。

 強く想えばISは人に応えてくれる。

 世界を変えたいと想っただろう女が本当に世界を変えてしまったように。

 

 試合は続いている。

 誰も止められない。止めようともしない。

 見せられる驚愕の光景にあるものは魅入られ、ある者は恐れるばかり。

 同時に試合はいつまでも続きはしない。終わりの時はやってくる。

 

「零落白夜……」

 

 ついに発動した零落白夜。

 その光景に会場の盛り上がりは最高潮に達する。

 思わず俺も声に出して名前を口に出してしまった。

 

 疾走する嵐の猛攻を掻い潜り、零落白夜が叩き込まれていく。

 待ちに待った光景。今日はこれを見に来た。この瞬間の為だけに来た。

 胸が躍った。

 

「――ッ!」

 

 なのに寒気がした。

 寒い宇宙に放り出されたような寒気。

 どころか、何かが肌にまとわりつく気持ち悪さ。

 鏡にひびが入る様な感覚。

 これは。

 

『そ、そこまで! 勝者、日本代表織斑千冬!』

 

 場内に轟くアナウンスで我に返る。

 試合に決着がついた。ちゃんとその瞬間を見ていた。

 零落白夜がISエネルギーで作られた風の分身ごとテンペスタを斬り伏せ、エネルギーシールドを消滅。絶対防御を強制発動させることでシールドエネルギーをエンプティまでもっていった。

 絶対防御を強制発動させた直後、寸前のところで零落白夜の発動と太刀筋を止めたのは最早神業だ。別の人間ならそのまま機体ごとアリーシャ・ジョセスターフを斬りつけていてもおかしくない。

 

 歓声と拍手に包まれるスタジアム。第一回、モンド・グロッソが終わった。

 結果は予定通り、織斑千冬が優勝。

 ISが登場してから初めて行われた初の世界大会。初のセカンドシフト移行機同士の試合。そして、ワンオフアビリティーが初めてぶつかり合った。

 世界は前進していく。誰も、俺すらも予想できない次元へと。



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STORY11 覇者と蒼の令嬢

 第一回世界大会後、世界はIS開発に向けて更に力を入れるようになった。

 最たる理由がワンオフ・アビリティーであるのは考えるまでもない。

 あんな超常現象を見せられれば、自分達でも使えるようになりたい、使える機体を作り出したいと思ってしまう。

 まだワンオフ・アビリティーを使えたのが織斑千冬だけなら奴が特別だったと済ませられるが、もう一人アリーシャ・ジョセスターフまでもがワンオフ・アビリティーを使えたとなると可能性を感じてしまう。

 我がフランスを始めとしたIS先進国では機械的にワンオフ・アビリティーを産み出そうという考えも起きつつある。

 これは正しい歴史の流れではあるだろうが、正直悩ましいところだ。

 

 ISは思った以上に力がある。

 あの日、異質な感覚を肌で感じたからこそ、そう思える。

 あと数年もすればISは使えるようになるが、もしもの場合は考えておいて損はないだろう。そもそもISを使うということは、篠ノ之束に命を握られてるに近しい。

 ISに力を入れると同時にEOSにも力を注がなければ。ISの前ではどこまでも団栗の背比べではあるが、何もしないよりかはいい。

 

「新機体の開発、データ収集、実戦配備、シェアの拡大は必須……」

 

 自室でディスプレイに映るデータを眺めながら考えをめぐらす。

 やることは多い。今丁度、ラファールダガーのエース用機体を開発中であり、それからフランス、デュノア社とドイツ、その三つでEOSの共同開発計画が持ち上がっている。

 これが成功すれば、更なる発展を遂げるだろう。だが、何か決定打にかける気がする。

 EOSをただ発展するだけではISにはとてもじゃないが力不足だ。もっとこう、繋がりがいる気がする。ISと肩を並べる為の足掛かり的な何かが。

 

「テオドール様」

 

「ン……シャシャか。入れ」

 

「失礼します」

 

 部屋の戸がノックされ、中へ通すとシャルロットが入って来た。

 仕事をする時のメイド服姿。すっかり板についた。

 慣れて来たんだろう。最近は、積極的に自分の意見を言うようになってきたしいい傾向だ。

 

「どうかしたか?」

 

「本家の旦那様がお見えで居間に来てくれと」

 

「伯父殿が? 分かった、行こう」

 

 データを保存し、PCの電源を落とすとシャルロットと共に居間へと向かう。

 突然だな、来るとは聞いてなかった。

 

「何かあった感じだったか?」

 

「どうだろう……居間には家族、皆集まっていたけど」

 

 家族が集まる様な事。

 世界は慌ただしく変化しているが、デュノア家は平和なものだ。

 むしろ、日本にいったおかげで女性陣の一体感は深まった。

 だから、事件めいたものはないだろうから、もっと別の何かか。

 

「お待たせしました、伯父上」

 

「来たか、テオ」

 

 伯父殿に伯母殿、父上に母上、イリスさん。

 居間の中に入ると本当に皆集まっていた。

 とりあえず伯父殿の前へと腰かける。

 

「何かあったのですか?」

 

「事件が起きたわけじゃない。今回はお前にいい話を持ってきた」

 

 いい話とはこれまた伯父殿にしては珍しい。

 

「もうお前達二人以外には話したのだが……テオ、お前に婚約の話が来ている」

 

「え……!?」

 

 俺よりも先に驚いたのはシャルロット。

 婚約か……急な話ではあるが、まあうちみたいな家ならある話だろう。

 実際、伯父殿と伯母殿、父上と母上もそうだ。

 

「相手はどこの家の者で?」

 

「相手は我がデュノアと小さいながらも取引のある英国の名家、オルコット家だ」

 

「オルコット……!」

 

 脳に衝撃が走ったような感覚。

 動向は把握していたが、ここでくるとは。

 

「婚約相手は分かりましたが……やはり、欧州連合の統合防衛計画。今後の足掛かりとして」

 

「そうだ、理解が早くて助かる。それにいくらデュノアが大成長する世界的企業とは言え、先代が創業し我が兄弟の代で成功しただけで所詮は成金。歴史は浅い。歴史の深い家、それも英国の貴族と繋がりを持てるのならデュノアの基盤は強固なものになる。他にも得るものは多い、なによりこの縁談の話は相手からの申し出だ。どうする?」

 

「もちろん、お引き受けします」

 

 相手がオルコットであることはありがたい話ではあるが。

 たとえ相手が違っても同等の話なら引き受けていた。足掛かりは必要だ。

 伯父殿は丸くなって気持ちを尊重してくれているが、選択肢は最初からないに等しい。

 デュノアの人間の務めを果たさなければ。

 

「助かる。その方向で話は進めておく。近いうちに顔合わせぐらいはあるだろう」

 

「分かりました」

 

 その後は軽く伯父殿達とお茶をして、部屋に戻った。

 ずっと気になることがあった。

 シャルロットの様子だ。婚約の話が出てからずっと暗く落ち込んでいる。

 

「シャシャ……やはり、婚約のことよく思ってないようだな?」

 

「な、何故そうお思いになられるのですか? わ、私が意見していいようなことでは……」

 

 ぎこちない敬語がシャルロットの心情を物語っているようだった。

 何より、暗く落ち込んでいるのが何よりもの証拠だ。

 

「俺はシャシャの気持ちが知りたい。ダメ、だろうか……?」

 

「ずるいよ、それ……もう」

 

 困ったように観念したようにシャルロットは小さく笑った。

 そして、隣にやって来て腰を落ち着けるとぽつりと話始めてくれた。

 

「正直、嫌な気持ちになっちゃった……婚約って聞いた瞬間、テオが離れちゃいそうな気がして……でも、この婚約はデュノアのお家にとって大切なことは分かってて、私の気持ちなんて必要とされてないのにそんな身勝手なこと思ってる自分が嫌で……」

 

 シャルロットの声は震えていた。

 それどころか、不安を堪えるようにぎゅっとスカートの裾を握りしめている。

 得心した。暗く落ち込んでいたのは自己嫌悪もあっからだったか。

 

「ありがとう。大丈夫だ」

 

「あぅ……」

 

 俺はシャルロットの頭を優しく撫でた。

 まずは安心してもらう。それが先決。

 

「婚約相手をないがしろにはするわけではないが、それでもちゃんとシャシャのことは見ている。安心してくれ」

 

「うんっ」

 

 安心した顔で頷くシャルロットを見て安心した。

 優先すべき相手はシャルロットだがオルコット家とのこの度の話はデュノア家の力になる。延いてはよりシャルロットを安心させられる。

 ことは上手く為さなければ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 話はとんとん拍子に進み、顔合わせ当日。

 場所はイギリス。オルコット家。

 

「大変、手厚いもてなし痛み入ります」

 

「いえ、ご満足いただけているようで何よりですわ」

 

 屋敷へと招待された俺と伯父殿一行は手厚いもてなしをされていた。

 今言葉を交わしたのは伯父殿とオルコット家当主の女性。

 その両隣りには夫と思わしき気の弱そうな男性と娘セシリア・オルコットが座っている。

 母親と娘は当然だがよく似ている。俺が知っている数年後の姿のままセシリアが大人になるとこうなるのだろう。今のセシリアもまた俺が知っている数年後の姿を幼くするとこうなる。貴族としての気高さ、気の強さが伺える。

 

「ひとまず話はまとまったな。これで正式に二人は婚約関係ということでよろしいか?」

 

「ええ」

 

 特にこれといった問題や異論が出ることもなく話はまとまった。

 これでデュノア家とオルコット家は婚約関係となった。

 けれど、実感はない。いい雰囲気ではあるが、トントンの拍子に進み過ぎたせいか。

 セシリアとはまだ一言二言、言葉を交わした程度。まあ、最初はこんなものだろう。

 それよりも、気になるのが……。

 

「そうですわ。晴れてセシリアさんとテオドールさんは婚約者になったのですから、仲を深めませんと。お二人でお話でもどうですか?」

 

「それはいい考えだ。テオ、セシリア嬢と話しでもして打ち解けてくるといい」

 

「そうですね」

 

 話はしてみたい。

 打ち解けあえるのなら早いことにことしたことはない。

 様子を伺うべくセシリアを見ると頷いて答えてくれた。

 

「分かりましたわ。そうですね……場所はお庭にしましょう。案内します。チェルシー、お茶の用意を」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 セシリアの一声で一人のメイドが動く。

 彼女がチェルシー・ブランケット。

 妹がいたな。名前はエクシア・ブランケット。パッと見、それらしい姿はない。ただ単にこの場に居ないだけなのか。それとも……。

 

「ここですわ」

 

 セシリアに連れられ、やってきたのはオルコット邸にある中庭。

 

「見事なものだな」

 

「ふふっ、そう言っていただけると嬉しいですわ」

 

 よく手入れされ、綺麗に彩られた庭。

 歴史ある貴族の庭だけあって世辞抜きで見事なものだ。

 

「お茶をお持ちしました」

 

「ありがとう、チェルシー」

 

 庭を眺めているとチェルシーがお茶等が乗ったキッチンカートを押しながら現れた。

 無論、一人。

 

「ふふ、そんな熱い眼差しで見つめられると困りますわ。デュノア様にはお嬢様がいらっしゃいますのに」

 

「チェ、チェルシー!?」

 

 そんな気は毛頭ないが考え事に気を取られているとチェルシーにからかわれてしまった。

 セシリアをからかうつもりで言ったのだろう。中々の度胸。案の定、セシリアは取り乱していた。

 

「いや、すまない。失礼した。チェルシー嬢の立ち振る舞いがあまりにも完璧なので主人であるセシリア嬢の気高さを感じていた。良き従者には良き主人がいるものだからな」

 

「とのことですが、お嬢様」

 

「っ……こ、こほん……流石は噂に名高い天才テオドール・デュノア様。お口もお上手ですのね。けれど、わたくしともどもチェルシーまでお褒め頂光栄ですわ」

 

 と向かいの席に座るセシリアは笑みを浮かべて軽く会釈。

 最初こそは照れた様子だったがすぐさま正し、品のある受け答えをしてきたのは流石というべきか。

 

「伯父殿に婚約の話を言われた時は驚いたがセシリア嬢が婚約者殿でよかった」

 

「わたくしもですわ。あ、それからわたくしのことはセシリアと呼び捨てで構いません」

 

「ならば、俺のことはテオと呼んでくれ。親しい者は皆そう呼ぶ。セシリアとは長い付き合いになるだろうからな」

 

「ふふっ、そうですわね。テオ」 

 

 その後はお茶をしながら話に花を咲かす。

 内容はお互いの趣味や小さい頃の思い出、ちょっとした世間話

 家同士の強がりを強くする為のもの。ある意味では政略婚約とも言えるだろうが、それでもお互いのことを知るのは重要なこと。

 

「先ほども言いましたけど」 

 

「ン……?」

 

「いえ……本当にあなたのような強く賢く堂々とした殿方が婚約者でよかったと」

 

 そう言うセシリアは遠くを見ている。

 というよりかは、何かに思いを馳せている。

 きっとそれは……。

 

「テオを怒らせてしまうかもしれませんけど正直なことを言いますと正直、婚約の話をお母様からされた時、驚きました。いえ、正直とても不安でした」

 

 セリシアはぽつりと話出す。

 

「わたくしの殿方……男性のイメージはよくありません。オルコット家に擦り寄ろうとする男性を多く見てるからでしょうか。ましてや一番近い男性であるお父様があんな……!」

 

 語気を荒げるセシリア。

 思いを馳せていた相手はやはり、父親か。

 一番近い男である父親に対して思うところがあれば、そうなるか。

 しかし、なんと声をかければいいのか。どういう反応がベストなのか分からず、俺はただ黙って見てるしかできないでいる。

 

「ぁ……す、すみません。お恥ずかしいところをっ」

 

「いや、構わない。どんなことであれ、婚約者殿であるセシリアのことを知れるのは大切なことだ。尚更、良き男であろうと思えた」

 

「そう言っていただけると助かりますわ。最近、お母様はわたくしに次代のオルコット家を率いるにふさわしい者にすべくいろいろなことを教えてくださり、たくさんのことをしてくれます。お母様はわたくしに自分の同じ轍を踏ませないと。素敵な殿方であるテオとの巡りあわせてくれたもその一環なのかもしれませんわね」

 

 そう言ったセシリアは母親に対して尊敬のまなざしを浮かべている。

 一見すると何かしらの失敗したを悔いて娘のセシリアにはそうならないように育ててるようにも聞こえなくはない。セシリアからしたらそう思えるのだろう。

 だが、結末を知るものとしてはもっと別の意味に思えた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「今回の顔合わせはどうだった?」

 

 婚約の顔合わせをお帰帰り道の車内。

 伯父殿がそう尋ねてきた。

 

「とてもいい顔合わせでした。相手のセシリアともたくさん話せましたし」

 

「そうか。それはよかった……」

 

 歯切れの悪さを感じた。

 何かあったのだろうか。

 

「伯父上……何かありましたか?」

 

「いや、大してことではない。お前達が部屋を出た後こちらも少し世間話をしていたのだがな。ただオルコット夫妻から感じたことがあってな」

 

「感じたこと……」

 

「こう言っては何だが……まるで愛する子へ遺産を残そうとしているように思えた」

 

 伯父殿までそう感じたのなら間違いないのだろう。

 やはり、そういうことになっていくのだろうか。

 

「後……」

 

 伯父殿はさらに言葉を続けていく。

 

「何やら黒い影も感じた」

 

「黒い、影……」

 

 いくつかのことが頭に過る。

 

「大貴族ともなれば大なり小なり黒い影は否応なくあるもの。それは我がデュノアとて同じだ」

 

「そうですね……白いだけでは生き残れませんから。となるとこの婚約は……」

 

「婚約はこのままだ。オルコット家自体調べた限りは清廉潔白。オルコット夫妻の仲は若干のいびつさはあるものの娘を愛する気持ちは二人とも本物だ。しかし、もう少し冷静に物事を見なければならん」

 

「分かりました。伯父上」

 

 デュノアとオルコット、両家は繋がり。

 セシリアとの婚約は無事成立した。

 しかし、安心するのはまだ早い。肝心なのはこれからだ。



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STORY12 覇者とその周辺

 デュノア家とオルコット家。

 俺、テオドール・デュノアとセシリア・オルコットの婚約が成立してから少し経つ。

 大々的に公表したわけではないが、隠しているわけでもない。なので両家の仲は知る人ぞ知るものとなった。

 各方面からの反応もあった。それは日本の友人達からも。

 

 

「そそそ、そう……こ、婚約者ね……おめでとうっていうのは気が早いかしら。ふ、ふふ、ふふっ」

 

 と楯無にはこんな反応をされ。

 

「そう、なんだ……おおお、お幸せに……?」

 

 簪までこんな反応だ。

 そっけない。というか、微妙な反応。

 まあ、友人にいきなり婚約者が出来れば戸惑うか。

 

 友人達がこんな反応なら近しい人はどうなのか心配になった。

 しかし、杞憂だった。

 それはある日、オルコット一家がデュノア、サンソン一家の邸宅にやって来た時のこと。

 ここで初めてシャルロットとセシリアの顔合わせがあった。

 

「そう……あなたがテオの。シャルロットさん、これから末永くよろしくお願いしますわね」

 

「はい、こちらこそ。オルコット様、末永く」

 

「公の場でなければ、呼び捨てでも敬語でなくても構いませんわ。わたくしはこの話し方とこの呼び方が一番しっくり来ているのでお気になさらず。共にテオを支えましょう!」

 

「うん。そういう事なら分かったよ……共にテオを支えよう!」

 

 仲睦まじげに手を取り合うセシリアとシャルロット。

 意外というべきなのか、二人の仲は良好だ。

 立場は違えど、同い年の同性同士。何か通じるものがあったのやもしれん。

 思えば、原作(未来)では友人関係だった。それを思えば、仲良くなるのはのは早いか遅いかだけで当然の流れなんだろう。

 何にせよ、大切なもの達が仲いいことにことしたことはない。

 

 セシリアとの仲も良好だ。

 この婚約は家同士の繋がりを強くするための意味合いが強く、婚約者と言われても何かあるわけでもない。

 それでも共通するものがあるとすれば、仲は自然と深まっていくもの。

 

「貴族……いえ、高貴な者。特別な地位にある者にはどのようなことが伴うとテオは思いますか?」

 

「また、それか。セシリアは本当に好きだな」

 

「好きですわ。わたくしのモットーのひとつですもの。何より、他ならぬテオの口から聞きたいのです。あの言葉を教えてくたれのはテオなのですから」

 

「そういうことならいいだろう。婚約者殿の願いを叶えるのも大事なことだ」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 一つ小さく笑うとセシリアは俺に問うた。

 

「大いなる力には」

 

「大いなる責任が伴う」

 

 そう答えるとセシリアは満足そうに笑った。

 

 といった感じのやりとりがもっぱら。

 セシリアとは高貴な者の役目、力ある者の在り方といった話でよく盛り上がる。

 小難しい話ではあるが、セシリアと話すのなら悪くない。

 セシリアとは婚約関係であるが、互いに高め合う気高き仲となった。

 

 家族は幸せそのもの。平和だ。

 しかし、世界は未だ大きな変革の中。

 ISが世界に姿を見せて早数年。いや、まだ数年と言うべきか。

 日々世界中でISの研究は行われており、発見は多い。

 中でも大きな発見が防御機能の一つである救命領域対応と呼ばれる生命維持、身体回復能力。

 IS中にあるすべてのエネルギーをその機能に集中させることで、操縦者の生命維持をするというもの。

 実際、墜落事故などはこの機能によって操縦者は助かって、その後復帰している。だが、分かっているのはそれだけでどの状態までならこの機能は働き続けるのかまで詳しいことは分かってない。例えば手足を失った場合、この機能がどう作用するのか。はたまた 病気などには有効なのかどうか。

 しかし、今はこれだけで十分な情報。伯父殿の反応を見れば、そうだろ。

 

「ISは魔法の道具の如き存在。これはテオ、お前の言葉だったな」

 

「はい……伯父上」

 

「なんて顔をする。喜ばしいことだ、これは。正しくお前の言葉通りとなった。これなら……!」

 

 デュノア社の社長室。

 俺は伯父殿に呼ばれ、そこで伯父殿はやる気に満ち満ちた顔をしている。

 おそらく伯父殿の頭にあるのはシャルロットの母親、イリスさんのこと。

 今、体調はよく元気に過ごしているが病気、体の弱さが治ったわけじゃない。油断はできない。

 だからこそ、もしものための保険は必要でその保険の一つがISであり、救命領域対応。今は可能性の話でしかないが、ISは魔法のような存在。

 ましてや伯父殿はワンオフ・アビリティーという超常現象を間近で目の当たりにしたんだ。ISならと強く望みを抱いてしまうのかもしれない。

 

 おかげでと言っていいのか、今まで一部門にしか過ぎなかったISがデュノア社全体で力を入れるようになって、やれることも増え余裕もできた。

 EOSにも今まで以上に集中できているが……、

 

「テオがそんな顔する必要はないよ。心配無用……もしもの時は僕に任せて」

 

「はい……父上」

 

 同じく伯父殿に呼ばれた父上がそう言ってきた。

 顔に出ていたのか、それとも親子だから考えは見抜かれていた。

 父上に任せるとしても注意してなければならないな。

 

「では、そろそろ本題に入ろう」

 

 これまでの話は大事な話ではあるが本題は別にある。

 

「テオ、お前が見つけ出したあの情報。私とサンソンでも裏取りと精査をしたが間違いなかった」

 

「テオがみつけてきた通りだったよ」

 

「ということは……やはり」

 

「ああ。アメリカとイギリスが極秘裏に衛星を共同開発し、運用する計画は確かにある」

 

 これが今回三人が集まった本題。

 セシリアの従者チェルシー・ブランケットの妹、エクシア・ブランケットの存在が確認できず、本格的な調査の末漸く掴んだのがこの計画。

 まだ計画段階で本格的な開発はされていない。しかし、それも時間の問題。時が進めば、完成する。攻撃型衛星として。

 そして、生命融合型のIS『エクスカリバー』として。

 

「こそこそとこんな計画を練っているとは」

 

「国同士の計画とあって両国の有力者が出資者として数多く名を連ねているね。その中にはオルコット家の名前も」

 

 当然と言えば当然か。

 国が動けば、貴族、それもイギリス有数の名家であるオルコットが動かない訳にもいかない。

 

「それときな臭いが他の出資元だ。名前以外正体がデュノアでも掴めない不明なのがいくつかいる」

 

「確かに……この計画、一物ありそうだ」

 

 父上の言葉に頷いた。

 一物は当然あるはずだ。

 国同士が極秘裏に開発、運用を計画している衛星。しかも、攻撃にも使える兵器。

 計画として分かったのはここまで。だが後々ISコアを搭載して、エネルギー元と制御回路にするつもりなんだろう。

 そうすれば最高峰の防御力を手に入れ、攻守ともに強力な兵器となる。

 

「伯父上、父上。今後の対応はどのように?」

 

 事実を知った。

 なら、見て見ぬふりはできない。

 計画に即介入はまだしも何かしらのアクションは必要だ。

 

「そうだね……様子見ってことになるのかな。言ってもイギリスとアメリカ、国同士の極秘計画だ。デュノアが突き付けたところでしらを切られる。かといって、フランス政府を頼るのはね」

 

「国を動かすにはもう少し具体的な情報が必要だ。それに今言えば、余計な混乱を招く……しかし、時期を見てオルコット夫妻には問いただしてみてもいいだろう」

 

「そうですね。ことは慎重に」

 

 父上の意見も伯父殿の意見も納得の行くものだった。

 今は様子見がベストで、然る可き時期には問いただして一つ一つはっきりさせていく必要がある。



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STORY13 覇者は戦場へと駆ける

 ドイツにあるとある軍事基地。

 そこの司令塔から見下ろす演習場にはフランスとドイツ、双方のEOSが何機も向かい合いながら並ぶ。

 

「では改めて、今日はよろしくお願いします。デュノア殿も」

 

「ああ。こちらこそ、よろしくお願いする」

 

 この基地の司令官であるドイツ軍高官とフランス軍高官が握手した後、伯父殿とドイツ高官が握手した。

 今日こうして、この基地にいるのは最新鋭EOSのお披露目と模擬戦を見る為。開発元、技術提供元であるデュノア社社長の伯父殿は勿論、フランスとドイツ両軍の関係者だけでなく政府関係者まで多くの人が集まってる。

 それほどまでに注目されているということか。思惑は様々あるだろうが、それでも鼻が高い。これからのことにも期待に胸が膨らむ。

 しかし……。

 

「どうしたんですか、所長。そんな難しい顔をして。今からとびっきり楽しいことが始まるのに」

 

「ちょっとロイド博士!」

 

「えー事実じゃーん」

 

 場の空気お構いなしに飄々とした口調でそう言ったのはロイド・プリントン博士。

 ロボット工学の権威であり、デュノア社EOS局の副所長でもある我が優秀な右腕。

 名前もだが、声や姿も某伯爵そのもの。

 

 そんな博士を注意したのが助手のセシル・ルークミー。

 大変優秀な人で良きサポート役。

 彼女もまた、声や容姿があのオペレーターそのもの。

 

「博士の言うことはもっともだ。今から始まることはとびっきり有意義なこと。ただ悪いことが起きる予感がしてな」

 

 ずっと悪い予感が続けている。

 何か明確な証拠があるわけでもない。だが、確かな予感。

 これも俺のニュータイプ能力からくるものなのだろう。

 

「やっぱり、それですか……周辺状況や警備システムは特に問題ないようですが」

 

「でも、御曹司の勘は嫌ってほど当たるからね。警戒しておいて損はないと思うよ。御曹司もそう思ったから、発進トレーラーと予備の新型持って来たんでしょ」

 

「ああ」

 

 備えあれば憂いなし。

 起こってからでは遅い。

 

「司令。準備完了しました」

 

「うむ。では、ただいまより――」

 

 基地司令の言葉を合図に模擬戦が開始された。

 

 5対5の模擬戦。

 相手であるドイツ軍は全機最新鋭機。我がフランス軍は隊長機以外はこれまでと変わらずラファールダガーを使用している。

 

「セシルさん、各機の様子はどうか」

 

「良好です。以前、基地でデータ収集をした時よりもいいデータを出してくれています。それは新型を駆るトマ隊長も同じです」

 

「そうか。それは正しく良好だ」

 

 収集しているデータを映し出すディスプレイから今いる司令室中央にある巨大ディスプレイに映し出される映像に目をやる。

 模擬戦中である両部隊の姿。そして、その中でトマ隊長が駆る新型フォールダガーの姿。

 

 EOSフォールダガー。

 他の隊員達が駆るラファールダガーをアップデートしたエース・指揮官用の機体であり、ラファールダガーでは見送ったパッケージシステムを採用している為、バックパックを換装することによってあらゆる戦況に対応可能としている。

 EOS版105ダガーと言ったところだ。

 

「テムペートパッケージ、いい具合みたいだね。上手く扱ってるよ」

 

「流石はトマ隊長だ」

 

 隊長殿が今回使っているのは中距離戦闘強化パッケージ。

 バックパックに左右1門ずつ単装キャノン砲と4連マルチ・ランチャーを装備している。

 新装備であり、隊長殿が受領してからまだ日は浅いがもう使いこなしている。流石というべきか。ダガーを使っている他の隊員にも言えることだが。

 練度は日に日に増すばかり。EOSにかける熱意は高く、それはISを思ってのこと。

 EOSならISによって奪われた自分達の戦場を取り戻せると信じているから。

 だからこそ、相手が全機最新鋭機だとしても遅れは取らない。

 

「流石はフランスのEOS精鋭部隊! しかし、我がドイツのEOS部隊も負けず劣らずでしょう!」

 

「ええ。トマ隊よりも稼働時間は少ないにも関わらず劣らない良い動きをする。機体の方もいい出来のようだ」

 

「デュノア社長にそう言っていただけるとは! 知っての通り、我が軍のEOSドム・シュターク、通称シュタークは重装甲、高機動を実現した機体でしてそれを使う装着者も――」

 

 伯父殿の言葉に気をよくしてドイツ軍高官が得意げに解説する。

 

 ドイツの新型かつ初のEOSであるのがドム・シュタークと名付けられた機体。

 欧州連合で構想ができつつある統合防衛計画の一環としてフランスとドイツの技術提供、デュノア社の協力によって開発された。

 重装甲、高機動をコンセプトにしており、それを実現させているのがランドローラーの代わりに採用された元々没案であったホバリング推進システム。

 これによってランドローラー以上の機動力があるが、ランドローラー以上に高度な操作を求められ、エネルギーの消費率は高くなり、機体そのもののコストも高くなった。 

 とまあ、これも名前から察せられるがぶっちゃけドムタイプだ。向こうの要求とこちらから提供可能な技術と知識、それらを合わせて何かあればその都度修正の果てにこうなった。

 

「……」

 

 まだ機体に慣れてない様子だが、トマ隊と模擬戦を成立させられる程度には動けている。

 向こうも優秀な軍人を使っているのだろう。特に気になるのが二人。

 

「デュノアの御曹司様も熱い眼差しで観戦されている様子で」

 

「何かご質問があれば、お気軽にお聞きください」

 

「いえ、特には。ただいい動きをするなと思いまして。特にあの肩に黒い兎のエンブレムを付けた二人がかっこよくて」

 

 ドイツの中でも一際いい動きをするのが肩にある首輪と眼帯のついた黒い兎のエンブレムを付けた二人。

 キャノンを持つ後方支援装備をした機体が要所要所で上手く後方支援をして、部隊をフォローし、トマ隊との模擬戦がすぐ終わらないようにしている。

 

 黒い兎のエンブレム。

 それらから連想させられるのはラウラ・ボーデヴィッヒとクラリッサ・ハルフォーフ。クラリッサについては確認できたが、ラウラについて掴めた情報は僅か。存在を確認できた程度。流石のドイツもそう簡単には全貌を掴ませてくれないという事か。

 しかし、あの二機の装着者、もしかすると……。

 

「え、ええ……あの二名は我がドイツの……何と言いますか、秘蔵っ子のようなものでして……」

 

「なるほど、それはぜひお会いしてみたいものです」

 

「き、機会があれば……」

 

 得意げに解説していた先ほどとは打って変わって、歯切れが悪くなった。

 当たりだな。あの二人でないとしても他人には見せたくない存在なのは確か。

 

「トマ隊長、機体の方はどうですか?」

 

『最高だ! ダガーとは比べ物にならないパワーと特に反応性がいい! 思ったように動ける。デュノアはいいものを作る!』

 

「そう言っていただけると開発者冥利に尽きるというもの。だろう、ロイド博士」

 

「だねーさっきの模擬戦いいデータ取れたから次のも楽しみにしてるよ」

 

 模擬戦を終え、次の実弾を用いた合同訓練の準備中。

 画面越しに隊長殿と言葉を交わす。

 ここまでは順調。何事もない。だが、悪い予感は消えない。むしろ、強まるばかり。

 

 そして、悪い予感は現実のものとなった。

 空気を震わす振動。

 激しいものではなくビリリとしたそれはまるで戦車が大砲を撃ったかのよう。

 

「なんだ、もう何かの試射でも始めたのか?」

 

「いえ、まだ準備中のはずですが……それにこれは」

 

 周りの人間も突然のことに動揺している。

 まだ準備中で、試射だとしても戦車が持つ大砲クラスの予定はない。

 動揺が収まることはなく。むしろ、煽るように防衛システムの警報がけたたましく鳴った。

 

「な、何事か!」

 

「ほ、報告! 当基地は現在、正体不明の武装集団から攻撃を受けている模様!」

 

「こ、攻撃だと! 相手の武装と規模は! 映像出せないか!」

 

「映像出します!」

 

 そう管制官が言うと先ほどまで模擬戦の様子を映し出していたモニターに映像が出た。

 

「これは……なんだ!」

 

「戦車……なのか?」

 

 戦車よりも全高があるそれは戦車にしては戦車の半分ほどのサイズしかない。

 卵型のボディ、そこから伸びるランドローラーと一体化した両足が特徴的。さながら、歩行戦車のようだ。

 加えて両腕があり、火器が一体化している。両脇には固定式キャノンと思わしきものまでもが。先ほど撃ったのはこれか。

 

「相手の数、かなり多いな」

 

「はい、確認できるだけで10機以上はいますね」

 

 セシルさんとモニターを見ながら言葉を交わす。

 ぱっと見で確認できるだけで10機以上の未確認機。

 この基地の防衛隊が出撃して、防衛にあたっているが突然の事態、未確認機、それもかなりの数。

 そして戦車よりも機敏に動き、早くも防衛隊を押している。

 

「救護班! SE方面後方に展開! そこに負傷者が多数いる!」

 

「司令! 防衛隊の損耗率が半分を超えました! このままでは押し切られます!」

 

「クっ……! 他基地、本国への救援要請、ISを回すことは出来ないのか!」

 

「各方面へ要請は行っていますが当基地に来るまでに時間が。その間に押し切られる可能性が高いです! ISを呼ぼうにも準備と手続きに時間が!」

 

「何がISだ! 鉄くずめ!」

 

 悪化していく状況。

 混乱しながらも精一杯務める司令現場。

 全てが混沌としている。

 

 このままでは結果は目に見えている。

 どうするのがベストか。

 

「司令!」

 

「今度は何だ!」

 

「待機中のEOS、トマ隊が自分達も防衛に加勢させろと……」

 

「何だと……向こうは客人だぞ。そう簡単には……」

 

「いいではないか」

 

 迷う司令へ言葉を向けたのはドイツ軍高官。

 ドイツのEOS部隊を連れてきた一人であり、先ほど得意げに解説していた奴とはまた別の人間。ドイツ側で一番、発言力があるようで驚きはするものの誰も異論は唱えない。

 奴は危険な状況でもあるのにも関わらず、逃げ出すそぶりを見せることなく、ただ静かにこの状況を見ていた。目の奥を楽しそうに躍らせながら。

 

「この状況では客人も何もない。守りは多い方がいい。我がEOS部隊も展開させろ。丁度、どちらも実弾換装していたはずだ。いいですかな? フランスの方々も」

 

「そうだな……仕方ない。デュノアとしては異論はない。軍や政府としてはどうだろうか?」

 

「うむぅ……デュノア殿がそう言うのなら軍としても異論はない。非常時だ。なぁ」

 

「ああ。行かせてやってくれ」

 

 ドイツ高官の申し出。

 伯父殿が執り成し、フランス軍と政府関係者達が渋々の納得。

 これにより、この場の意見はまとまり、両軍のEOS部隊が展開した。

 

「戦況持ち直しつつあります!」

 

「流石はEOSだ!」

 

「おおぉっ! これなら我々も狭い避難所に避難しなくて済む」

 

 EOS部隊の働きは輝かしいものだ。

 押され、劣勢だった戦況を徐々に取り戻し、優位に立ちつつある。

 大人達が見せる安堵の反応はいささか短絡的とも言えなくはないが、あの絶望的な状況から今のような優位な状況へと転じられれば、そうも言いたくなる。

 

 一機一機、確実に未確認機は減っている。

 未だ詳細は分からないが従来兵器以上、EOS未満の性能といったところか。なら、EOSで対処できる。

 だというのに悪い予感は一向に消えない。

 嫌な感じさえしてきた。

 ならば、こちらでも手を打っておいた方がよさそうだな。

 

「セシルさん、下の整備班に言って予備で持ってきたアレの出撃準備を頼む。それとコンテナに補給用のエナジーと火器、弾薬を詰め込んどいてくれ」

 

「えぇっ!? まさか!」

 

「そのまさかだ」

 

 出番はあるだろう。

 何もなければそれでいい。むしろ、そのほうがいい。

 だが、すぐ出られるようにしておくべきだ。出るとなった時、時間は許してくれないだろうから。

 

「ロイド博士は機体の調整を頼む」

 

「はぁーい」

 

「ロイドさんまで! こんな状況なのに所長がそんな……!」

 

「確かに出る必要はないだろう。しかし、何かをなせる力があるのにこのまま傍観者に堕すなど愚か者のすることだ。何もできないからと、何もしなかったらもっと何も出来ない、何も変わらない。何も終わらないはしない。ならば……!」

 

「――ッ、分かりました。所長が言って止まる人ではないですからね。所長ならどうにかしてしまうでしょうし……では、直ちに用意させます。ですが、決して無理はなさらないように」

 

「分かった、ありがとう」

 

 この世界でも優しいセシルさんは納得できないようだが、無理やりにでも飲みこんで作業にかかってくれた。

 それは子供が戦場に行くのをよしとしたわけではない。俺ならば状況を打開できると信頼してくれているから。

 ならば、その信頼には応えなければなるまい。

 

 悪い予感ほどよく当たる。

 そして、予感が現実のものとなる時、予想を超えた最悪のものとなる。

 

「こ、これは……!」

 

「今度は何事か!」

 

「報告! 敵未確認機! 増大! 第二波来ます!」

 

「なん……だと……!?」

 

 モニターにも表示される敵機の第二波。

 組織的犯行なのは間違いないだろうがこれほどの数を用意できるとなると、バックあるいは協力者に軍需メーカーでもいるとみるのがベストか。

 

「このままでは流石のEOSでも押し切られるぞ!」

 

「しかし、増援が来たところでこれでは……」

 

 絶望的状況。

 しかし、打つ手はある。

 

「伯父上、自分も防衛部隊に加勢させてください」

 

「テオ、正気か……?」

 

「無論。ことをなせる力があるのにこのまま見て好きなようにさせているなどデュノアの男がすることではないでしょう」

 

「それはそうだが……私は家族の皆に叱られるのはごめんだぞ」

 

「弁護はしますよ。共に叱られましょう、伯父上」

 

「テオ、お前というやつは……我が甥はいい性格に育ったものだ。いいだろう、許可しよう」

 

「ありがとうございます。お優しいアルベール伯父上」

 

 伯父殿の許しは得た。

 だがしかし、これで飛びさせるほど簡単なことでもない。

 このやりとりは周りの大人達にも聞こえており、当然語気を荒げながら難色を示してきた。

 

「加勢だと!? 何を馬鹿なことを言っている! 当基地には余分の戦力はない。ましてや子供だぞ!」

 

「予備の機体なら一機ある。我が甥を子供と侮るなかれ。腕に関してはトマ隊長の折り紙付きだ」

 

「だとしてもだ! 所詮は子供! ましてや今更一機増えたところで何になる! 被害が一つ増えるだけだ! この状況を覆すなどそれこそ奇跡でも起きなければ……!」

 

ならば、奇跡をご覧に入れましょう!

 

 周りの視線が俺へと集まる。

 子供の戯言と言うならそれでいい。

 蔑みの目を向けるのならそれも結構。そうすることで見下し油断し、己が無知を曝け出す。

 本質を見抜くものがいれば、それで充分。

 

「どうですか? このままトマ隊やドイツの部隊が消耗し続けるのは心苦しい」

 

「しかし、何かあっても責任は……」

 

 所属関係なくこの場にいる全ての高官達が何よりも気にしているのが責任問題。

 この者達からすれば、子供云々はただの方便あるいは建前でしかない。

 理解はできる。責任問題になれば、生き残れたとしても厄介ごとの種となる。

 

 だからこそ、ここは叔父上の支配となる。

 

「責任については心配無用だ。我が甥の尻拭いはデュノアのみで行う。言うまでもないが甥のこの行動を一切追及も何があっても詮索しないと約束いただけるのなら、ドイツは勿論のこと、フランスにも一切追求はしないことをお約束する。どころか、無理を聞いてもらった礼として戦闘後のケアはデュノアから無償でさせてもらうつもりだ」

 

 無理やりではあるが中々の条件。

 どうなるか。

 

「いいでしょう、デュノア殿の提案を受けましょう」

 

 そう言ったのはEOSの出撃を提案した高官。

 状況が状況で、流石に声を上げるものがいたが、制された。

 

「た、大佐……!」

 

「いいじゃないか。奇跡を見せてくれると言うんだ。是非とも見せてもらおうではないか。デュノアが誇る天才、とびっきりの奇跡を見せてくれるに違いない。でしょう?」

 

「ええ、もちろん。デュノアの名を恥じぬ奇跡を」

 

「それなら結構。流石に許可するとは言えないが、好きにするといい。この場では何も見なかったことにということで。皆、よろしいか」

 

 高官の言葉に周りも頷いて同意していた。

 逆に上手く乗せられた気がするが、いい落としどころを得た。

 

「感謝します」

 

 一言感謝を言う。

 後はもう行動に移すのみ。

 

「セシルさん、ロイド博士!」

 

「出撃の準備、コンテナの用意完了しています」

 

「こっちも機体チェック終わってるよ」

 

 それを聞いて管制室から予備機の積んであるトレーラーへ向かう。

 パイロットスーツに着替えると機体に乗り込み、機体を起動させながらトレーラーの奥、足場に乗る。

 すると足場は上へと上がり、トレーラー屋上、発進カタパルトへと着く。

 

 そこでオペレーターであるセシルさんから通信が入る。

 

『所長、状況を確認します。EOSは未だ未確認機と交戦中。大多数は撃破できた模様』

 

「損害は?」

 

『ドイツ部隊は5機中、3機が後退。残っているのは支援型の2機のみ。トマ隊は5機中、2機が後退。残るは隊長のトマ機を始めたとした3機のみ』

 

「了解。補給物資を詰めたコンテナは戦闘区域の少し後ろへと投下してくれ」

 

『分かりました。フォールダガーは近接格闘用パッケージ“エペ”を装備。データリンク完了。ご武運を』

 

「ああ。MEブースト」

 

 フルスロットしつつ、発進体勢を取る。

 

『発進どうぞ!』

 

テオドール・デュノア! フォールダガー、出るぞ!

 

 爆ぜるように発進し、戦場へと俺は向かう。




機体紹介

機体名:ラファール・フォールダガー
【武装】
アサルトライフル
外付け式バルカン・ポッド・システム
近接戦用伸縮式ロッド
対装甲コンバットナイフ
伸縮式シールド
ランドローラー
【機体解説】
ラファール・ダガーのアップデート機。通称「フォール」見た目は105ダガー。
指揮官用・エースパイロット向けに開発された機体であり、ラファール・ダガーとパーツと共有または互換性を持たせながら、性能向上に成功した。
パッケージシステムを採用し、バックパックまたは装備を換装することであらゆる戦況に対応可能としている。
パッケージは調整こそは必要だがISであるラファールのものと共有している。

装備名:テムペートパッケージ
【武装】
単装キャノン砲
4連マルチ・ランチャー
【装備解説】
中距離戦闘能力強化用パッケージ。見た目はスラッシュウィザードとジェスタ・キャノン。
パッケージ背部には小型スラスターがあり、機動力を維持している。
ISであるラファールも換装することができる。

装備名:近接格闘用パッケージエペ
【武装】
重斬刀×2
シールド内蔵ロケットアンカー×2
【装備解説】
近接格闘用パッケージ。見た目はソードストライカー。
ISであるラファールも換装することができる。

機体名:シュターク
【武装】
サブマシンガンorロケットバズーカ
ヒートサーベル
【機体説明】
ドイツ製EOS。見た目はドム。
統合防衛計画の一環としてフランスとドイツの技術提供、デュノア社の協力によって開発された。
重装甲であり、ランドローラーの代わりに採用したホバリング推進システムによってホバー走行による高速移動を実現した。
ただこれを使いこなす為には高度なテクニックを必要とし、エネルギー消費も高い為、タガーと比べると稼働時間は短い。


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STORY13.5 とある兵士が見た覇者がもたらした希望

「パッケージ、予備弾倉含め弾薬はゼロ……エネルギーは残りわずか」

 

「こちらもです、隊長!」

 

「どうするんです!?」

 

 我々は窮地に立たされている。

 

 フランスとドイツのEOSによる合同演習。

 その最中に起こった大多数の未確認機による襲撃。

 既存の兵器以上の脅威に対してこの基地の防衛隊は押されるばかり。

 それを見かねた我々は防衛への加勢を申し出て、実際に防衛の任に着いた。

 最初こそはよかった。既存の兵器以上の脅威があるとは言え、未確認機はEOSほどの性能はなかった。押されていた戦線を一気に持ち直し、一機一機確実に撃退できていた。それまではいい。

 だが、突然の第二波。波のように押しかけてきた敵機は増大し、流石のEOSも数の前には有利に出れない。

 再び押され始めた。この基地の防衛隊はほぼ崩壊状態。ドイツのEOS部隊も5機中3機が損傷し、後退。

 我がトマ隊も5機中、2機が損傷により後退。死者、重傷者がいないだけがまだ救いか。

 しかし、悠長にはしていられない。

 

「隊長、指示を!」

 

「我々も後方へ後退しますか!」

 

「後退だと! 馬鹿なことを言うな! 我々が引けば、最後の防衛線が崩れそれこそ本当に最後だ!」

 

「ですがッ……!」

 

 こいつがこう言ってくる気持ちは痛いほど分かる。

 このまま戦い続けても結果は嫌なまでにはっきりと目に見えている。死、よくて死の一歩手前。

 敵もそれを分かっているようで、我々が身を隠しているところに銃口を向けながらジリジリと近づいてくる。

 まるで舌なめずりをしているようだ。連携は取れずとも、統率のある集団。本当にこんなもの達が一体どこから。

 

 

 後退……それが脳裏によぎる。

 しかし我々が後退すれば、それこそこの基地を守るものがいなくなってしまう。

 そうなれば、基地が敵の手に落ちるのは免れない。

 ここには多くの人がいる。政府の役人。軍のお偉い。EOS関係者のデュノア社。そして、テオドール・デュノア。

 彼も来てるんだ。見学という名目だが、デュノアEOS局所長としてデータを取りに来たんだろう。

 彼を一言で表すのなら希代の天才。文武両道、あの年齢で大企業デュノア社の一部門を任され、実戦も持ち前のセンスの高さを生かし我々に引けを取らない腕前。絵に書いた天才。

 大企業の子供らしく甘えたがりの坊ちゃんかと思えば、多少生意気なところはあるが礼儀正しく我々のことを慕って、よく見ている今では我々のお気に入りとなった聡明な少年。

 将来有望な若者。彼が次代のフランス、世界を率いていく。

 

 何より、彼の天才っぷりに彼自身に我々は助けられている。軍が最もそうだ。

 デュノアが政治的に立ち回ってくれ、軍備縮小を抑えてくれたおかげでめぐりあえたのがEOS。

 噂だけはIS登場前から聞いていた。国連主導でパワードスーツを開発していると。もっとも、見てくれだけで重く、稼働時間も短い欠陥機。

 それを実戦で問題なく使えるだけでなく予想以上のものとしてくれたのが、デュノアであり、テオドール君だ。

 今回のこの新型だって、我々の意見を取り入れてくれ、絶妙な調整までしてくれた。

 これならISに奪われた御株を取り戻せる。ISの間に合わせなんかではなく、我々はまた軍人の務めを果たせる。

 

 そうだ。我々は最後の最後まで務めを果たさなければならない。

 守るべき者達、将来を担うテオドール君のような若者を守る為に戦う。

 軍人として、大人として、人として。

 弱音や迷いは全て終わった後で足りる。

 

「打って出るぞ! 我々は軍人だ! 守るための戦いを名乗り出たのだ! 最後まで務めを果たす!」

 

「務め……そうですね!」

 

「分かりましたっ付き合いますよ! 隊長!」

 

 隊の意思は一つに固まった。腹を括った。

 

「よしっ、行動開始!」

 

「了解!」

 

 意気込んで打って出たが、気持ちだけではどうにもならないことは当然のごとく多い。

 待ちわびていたかのような敵と再びの戦闘。近接武器で対峙したが、相手は火器メインの機体。加えて減らしたとはいえ、数は我々の倍はある。

 道連れではないが、3人で1機2機持っていっただけで我々は地に這いつくばる結果を迎えた。

 

 

「……くっ」

 

 うつ伏せで倒れながらも敵機の銃口がこちらを捉えているのが見えた。

 思わず、苦い声を漏らす。

 最早、ここまでのようだ。今までの人生、よかったこと、大変だったこと、嬉しかったこと。様々な思い出が脳裏を駆け巡る。これが走馬灯。

 軍に務め、軍人として現場に出て、危険な目にも何度もあってきたが走馬灯を見たことはなかった。

 だから、鮮明に見えてしまう。それこそ、小さいころの記憶からも。

 

 そう言えば小さな頃、よくヒーローに憧れていた。

 ピンチな時、何処からともなく助けにやってきてくれるヒーローの存在。

 だから、()は軍人を目指して実際になった。

 

 こんな時に思い出すなんて変だな。

 変なのはそれだけでなく、今はピンチの時。もしかするとヒーローが現れるんじゃないか? とつい思ってしまった。

 幼くて甘い考え。

 

 現実の前で都合のいいただの考えでしかない。何も力を持たない。

 事実、終わりを身をもって教えんと無慈悲に向けられる鉄の死の門。

 重い銃声が鳴り響こうとした、その瞬間――。

 

――そこまでだ

 

 轟く覇者の誓いは確かに今ここに。

 有言実行が如く、絶望は希望へと塗り替えられた。

 爆ぜたのは僕でなく、僕を撃とうとした目の前の敵。

 

「――!!」

 

 すぐには何が起きたのか分からなかった。

 目の前の光景ははっきりと見えているのに事態を飲み込めず、言葉を口にできない。

 ただ、分かるのは今釘付けになっている栄光に満ちた後ろ姿を僕は未来永劫忘れることが出来なくなったということだけ。

 

 絶望は希望によって塗り替えられた。

 だからこそ希望の熱が弱った体、果ては絶望に堕ちていた魂にまで灯り、後ろ姿を見ているだけで何処からともなくどうしようもないほど込みあげてくる頼もしいという感激に胸が熱く滾る。

 これでもう大丈夫。もう何も怖くない。ピンチの時、ヒーローは本当にやってくるんだ。これは嘘偽りない現実の光景。この胸の熱い鼓動こそがその揺るぎない証明。

 おおぉ、主よ……! 感謝しますっ……! 僕は神にひたすら感謝した。

 

 敵との間に割って入った姿は銀に輝く鉄の剣を両手に携えながら鉄の鎧を身に纏い、誰なのか見ただけでは分からない。

 だが、彼の姿がすぐに思い浮かんだ。きっと寸前まで彼のことを考えていたからなんだろう。

 彼とは――。

 

 テオドール・デュノア。

 

 神からの贈り物という意味の名前を持つ覇者の彼が、やってきた。




ISの世界に軍人、特に男性軍人はどんな気分なんだろう。
そんな考えをテーマに今回の幕間をお送りしました。


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STORY14 覇者は戦場を舞う――されど

 戦闘区域に入るなり、見つけた消耗したトマ隊長達を捉え討ち取ろうとする未確認機の集団。

 凶弾がトマ隊長達へと放たれようとした瞬間、未確認機の武装を携えた二振りの重斬刀で斬り落とし、敵機本体をも斬り伏せた。

 

――そこまでだ

 

 自然と出た誓いの言葉。

 それは当然未確認機達の蛮行をここまでにするという宣言。

 そして、トマ隊長達を覆う絶望をここまでとし、必ずや希望をもたらすという不断の決意。

 

「――」

 

 両者の間に割って入ったことで、この場に動揺が走る。

 突然現れ、自分達の一角を瞬く間に切り崩した突然の存在に動揺する未確認機の集団は勿論。

 突然の援護に来た味方の存在に動揺するトマ隊長達。

 このまま敵には動揺し続けてもらいたいが、トマ隊長達にはそうだと困る。

 補給物資の投下ポイントを送り、通信を開いた。

 

『テオドールです! 加勢にきました! 今送ったポイントに向かって下さい。そこで武器と弾薬、バッテリーの補給ができます!』

 

「テオドールっ!?」

 

「くっ!」

 

 驚いた声を上げたのはトマ隊の誰か。

 俺が来たという事への驚き、そして敵が動き出したという驚き。

 敵の方が行動を起こすのが早い。

 

 撃ってきた。

 流石に驚き続けるほど木偶ではということか。

 しかし、こちらは驚いていることを抜きにしても消耗しきって動くに動けない。

 だからこそ、俺が打って出る。

 

 これだけの数ならもしかすると無人機では……という考えも浮かんだが斬り伏せた未確認機は有人機。スキャンモードが確認できた情報ではいかにも傭兵崩れという奴らばかり。

 機体を戦闘不能にしただけで命までは取ってないが、これから多数の敵と戦うことになる。

 命を奪う可能性について思うところがないわけではないが、迷いは不要。蛮行を絶望をここまでにすると決意したのなら、その意思を貫くのみ。

 決意を剣に宿し、敵を釘付けにせんと大立ち回りをする。結果、思惑通りに敵を釘付けにするとことは叶った。

 このチャンスを逃さない。トマ隊長達に発破をかける。

 

『早く! 時間が惜しい!』

 

『しかし、テオドール! お前を残してなど!』

 

『そうだ! 子供を戦場に残してはいけない! 第一なんで来た!? お前がいくら腕が立つとしてもっ!』

 

 隊員達の言い分はもっともだ。

 しかし、そんなことを言っている場合ではない。

 そのことを誰よりも理解してくれたのはトマ隊長殿だった。

 

『……了解した。テオドール君、しばしここは任せた! 分かっているだろうが、無茶だけはするな!』

 

『隊長!?』

 

『何を言っているんです!?』

 

『お前達こそ何を言っているんだ! 状況を考えろ! このまま我々がいてもテオドール君の足手まといになるのは明白。ならば、少しでも早く補給を済ませ、戦線復帰するのが賢明だろ! 何より、テオドール君ならこの絶望的な状況に希望をもたらしてくれる。私はそう確信した。だから、行くぞ! お前達!』

 

『りょ、了解っ!』

 

 トマ隊長殿の言葉に引っ張られるように皆、補給ポイントへと向かってくれた。

 これで思う存分、動ける。

 

「行かせん!」

 

 トマ隊長達の後を追おうとする敵機へと鋼糸を走らせる。

 鋼糸の先、両腕に装着するシールドに内蔵されたロケットアンカーは敵を捕らえた。

 それを力の限り、内側へと引っ張り、複数の敵を巻き込みながら敵と敵とをぶつけてみせる。

 

「ふッ、はァッ!」

 

 敵の軍勢に隙が出来た。

 合間を縫うように迫り、踊る双剣乱舞。

 両手に持つ銀の長剣を手足のように操り、幾度となく斬り結ぶ。

 

「新型、悪くはないな。ハッ!」

 

 次々と迫りくる敵機を軽くいなしながら、身にまとう新型の完成度を身をもって実感していた。

 

 トマ隊長があれほど言うだけあって、新型の具合は悪くはない。

 性能、拡張性、反応性、どれもラファール・ダガーと比べるとかなりよくはなった。着心地も悪くはない。しかし、及第点。ISのように人機一体とは行かない。

 機械的なパワードスーツゆえにどうしても着ている感覚が強い。何より、反応性はよくなっても今一つ一歩遅いと感じざるを得ない。

 ここは今後も要改良だ。量産化する際には後数点の改良もいる。

 

 それは装備しているパッケージにも言えること。

 今使っている近接用パッケージ「エペ」はISであるラファールのパッケージとして作られている。規格を同じくすることで装備を共有しているが、ラファールが装備している時と比べて性能は低くなる。

 これも要改良。共有するだけでなく独自に新パッケージを開発した方がよさそうか。

 

「ふんっ、はッ!」

 

 考えを巡らせながらも無駄なく正確無比に銀の剣を振るい、敵機を積み重ねて作った瓦礫の山々。

 数も半分以下までに減らすことが出来た。

 

 実戦は初めてだがこれまでの訓練のおかげでいい具合に動ける。

 段々実戦の流れや空気感が掴め、身体に馴染んできた。

 被弾なく、相手の命を奪うことなく、ただ武器のみを切り落とし戦闘力を奪っては戦う気力、終いには動く力すら奪っていく。

 殺しがしたいわけではない。むしろ、こいつらには生きてもらわなければ困る。末端の末端。大した情報は聞き出せないだろうが、情報は得たい。

 

 大立ち回りを続けたおかげで、相手のトマ隊への興味は失せていた。

 むしろ、俺を討ち取ることに熱を上げている。

 

 これでいい。

 このぐらいのほうが、この世界における実戦での今現在俺が発揮できる戦闘力を把握するには丁度いい。

 だからこそ、獅子奮迅。注目を引けているのは目の前にいる敵だけではないだろう。こいつらを指揮している者達や支援している者達はこの戦闘を見ているだろうし、何より司令室では戦闘の様子が今も映し出されているだろう。

 多くの者達が見ている。

 

 ならば、もっと俺に魅入るがいい。

 悪目立ちはしているんだ。これ以上、目立っても同じ事。

 力ある者はどうあっても目立つ。目立つことで起きる諸々のことはどうあれ背負うしかない。それが持てる者の義務。

 手を抜く? 今更、目立たないように動く? 笑いがこみ上げてくる。

 これは覇者の出陣。その光景に余計な考えなど浮かばせはしない。圧倒的な力の前に――視線を釘付けにする!

 

「ふぅ……」

 

 敵の銃弾を刃で切り落としながら、心を静めていく。

 

 うちに思い描くは水面。

 いくつも広がる波紋が消えるように心を静める。

 この時、ここで行うのは“反復動作”。集中力を極限まで高める為、予め決めたことを行う。

 まずは思い浮かべるのは覇者たる雄々しい自分の姿。そして、業火の如く燃えさかると心へ決意の薪をくべるイメージ。これが俺の反復動作。

 すると、脳裏で水面に落ちてきた種が割れ弾ける光景が見え、俺を覚醒させていく。

 

「――」

 

 転生する際に手に入れた能力の一つ、SEED(シード)

 種が花咲かせるように視界が、感覚が、神経が広まり高まる。

 感情の爆発が雑念を振り払ったように頭の中はすっきりと晴れた。

 

「はァッ」 

 

 次瞬、先ほど以上の速さで相手との間合いを詰め、多勢相手に一方的な攻めを繰り広げる。

 至近距離の敵にはもう発砲すらさせない。撃つ前に複数まとめて武器を切り落とし、戦闘力を奪い、撃破。

 背後、死角から狙おうとするものがいるのなら、広がった視野でその思惑を捉えては動くだろう場所へと先を読んでアンカーを飛ばし、撃破。

 遠くから撃ってくるものがいるのなら、照準を合わせた先にはもう俺はいない。瞬時に対処の最適解を導き出し、撃破。

 撃破。撃破。撃破。敵はもう完全に成す術を失っていた。ただ討ち取られる為だけにそこにいるしかない。

 

なるほど、SEED(シード)とはこういうものか!

 

 どこぞの御大将ばりに実感から来る喜びの声を上げてしまった。

 

 この能力を初めて使ったが、上手く発動させることが出来た。感覚は想像以上。「優れた種への進化」とはよく言ったものだ。

 加えて俺の場合、SEED(シード)を任意で発動できる。技能、身体能力系の転生特典(天性の才能)は年を追うごとに自然と発現して身についていく為、能力を発動させてるという実感が薄いからこそ、自らの意思でSEED(シード)を発動させられたという実感の喜びは一入。それこそ、声をあげてしまうほど。

 

SEED(シード)はいいが――機体の反応が遅いな」

 

 SEED(シード)を発動させた体への負担は一切ない。

 

 加勢した前半は実戦に慣れながら、相手の攻めを誘いながら未確認機機のデータ収集を念頭に戦った。

 おかげで司令室で見ていた時以上のデータは集められた。しかし、それは反面、力をセーブしながら戦っていたという事。

 SEED(シード)を発動させた後半の今は一端ではあるが力の解放させながらの戦闘。体は耐えられても、機体が耐えられない。跳ね上がった能力に機体のほうがついてこれず、反応の鈍さを感じる。着苦しさは増し、重い服を着ているみたいだ。

 最新鋭機とは言え、専用の調整はしていないのだから当たり前のことなのは分かる。いや、専用機を作ったところで同じか。所詮はEOS。限界が見えた。

 

 考えるのはそこそこに。

 そろそろこの戦いに蹴りをつけなければならない。

 とは言っても、敵勢は戦意喪失。銃口すら向けず、希望の光景に呆然とするばかり。

 

「どうした、来るといい」

 

 オープン回線で煽っても、どうしようかと迷うのがひしひしと伝わってくる。

 こちらにはまだ戦える余力があると示すかのように剣先を向けても、後退りするのみ。

 それが奴らが今できるせめてものこと。鉄屑に覆われて正確な表情は確認できないが、恐怖と絶望に染まっているのは見なくても分かる。

 逃げ出せば、刹那的にはそれらから解放されるだろうがそれすら頭にない。

 

 しかし、いつまでも人は恐怖の絶望の中にはいられない。

 もがく。逃げられないのなら、自分をこんな目に合わせている原因を排除しようとする。絶望からもがこうと恐怖に突き動かされる本能的な行動。暴挙とも言えよう。

 勝機を見出した訳でもなく、がむしゃらに敵の数機が突っ込んでくる。それはもはや、俺自ら手を下すまでもないことだった。

 

『テオドール君!』

 

 その声と共に敵へ襲う銃弾の雨嵐。

 視覚からの強襲。がむしゃらな動きをしていた為に回避など出来るわけもなく、先に倒れた鉄屑達と同類となった。

 貫かれた人型戦車は鈍い音と共に地に伏せる。

 それを行ったのは俺ではなく補給を終え、戻って来てくれたトマ隊長達だった。

 

『助かりました。隊長』

 

『無事で何よりだ。遅れてすまない!』

 

 戻ってきた人数は3人から5人となっていた。

 増えた二人はダガータイプではない。ドイツのドムシュターク。それも支援タイプ。

手にはフランス製、ダガーが遣うアサルトライフルが握られている。

 一緒に来た理由は何となく察しがついた。中の装着者達についても。

 

 とりあえず、トマ隊長殿に確認する。

 

『隊長、そちらのお二人は』

 

『ああ、補給ポイントに我々が向かったら先に居てな。補給をさせてほしいとのことだったので独断ではあるが私の現場判断で彼らにも補給を受けてもらった。悪い』

 

『いえ、今は戦力は少しでも多い方がいいですからね。加勢、感謝します。ドイツのお二方』

 

 言葉での返事はない。

 代わりに肯定のハンドサインを返してくれた。

 

 これで人数的な戦力は増えた。

 この戦いの結末は決まった。呆気ないものだ。

 撃破、或いは完全な武装解除の末、捕縛。勝利を得て、基地の防衛は成功した。

 

◇◆◇◆

 

 戦闘終了後、一度基地へ帰投する為、帰路についていた。

 後方、戦闘跡地ではようやく駆け付けた部隊が事後処理をしているだろう。

 

『……』

 

『……』

 

 帰路の最中に会話はない。

 任務の途中だから当然とはいえば当然だろうが戦闘を終え、最大警戒を解いたからこそ、緊張が解けて忘れていた疲れを思い出してと話す気力が沸かないと言った感じだろうか。

 前を走るトマ隊長達の後ろ姿からはそんな風に見えた。

 

 基地までの道のりはまだ少しある。

 行きはカタパルトで飛んできたから早くつけたが、帰りはそうもいかない。

 手間ではあるが、先の戦闘を振り替えるには丁度いい。

 

 今回の基地襲撃。敵の目的は間違いなく新型EOSの性能把握。

 そして、自前であれだけの兵器と兵力を用意し送り込める存在がいるのだというメッセージ。

 新型お披露目の日に来たということは内通者がいると見て間違いなし。内通者の目星はついている。

 奴らの正体が推測通りなら、おそらくISも戦力として有しているだろう。EOSの性能把握にはあんなものでも充分だと。ISを出すまでもないと思われたという事か。

 

「はっ……舐められたか、俺の作品が、このテオドール・デュノアが」

 

 機体の中で一人思わず、自虐的な笑いが出てしまった。

 しかし、ISを出されなくて助かったのは事実。ISを出されていたら、こんなものではすまなかった。

 俺もまた、ただではすまなかっただろう。

 

「……何が天才だ。何が覇者か――俺は弱い」

 

 言葉は自虐的なものだが、事実は自覚できた。

 自覚したからこそ、否定せず真摯に受け止める。

 

 これらはあくまでも可能性の話でしかない。

 だが、ISという存在がある以上、可能性の話で済ませてもいられない。

 SEED(シード)を発動させたことは喜ぶべきことだが、浮かれてもいられない。

 今だ力は足りない。なら今日のことを胸に刻み、糧として、これからへ活かす。力はつけなければいけない。やがてくるだろう戦いに向けて。勝つのは俺だ。

 我が覇道の歩みは止めさせん。覇道は広がり続ける。まだまだこれから、そう――まだだ




初めての実戦回。
いろいろ小ネタをぶっこ見すぎた感はありますねぇ!

次回
STORY15、覇者に訪れた拘束と言う名の休息


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△STORY15 覇者に訪れた拘束と言う名の休息

「うむ……」

 

 自室でデスクチェアに腰かけながらディスプレイに映るドイツ軍基地での出来事、その後の経緯をまとめたものを眺める。

 あれから数日経つがすっかり平穏を取り戻していた。

 とは言え、被害はそれ相応。死人も出た。EOS部隊に機体の損失、人的被害がなかったのはせめてもの救い……というのは軽薄か。

人が死んだんだ。すぐさま、防衛に参加していれば被害はもっと抑えられていたなどとは言わない。言えはしない。だがしかし、次同じことがあるのなら同じ轍は踏まん。

 今回のことをただの悲惨な出来事にしない為にも、流れた血をただの犠牲としない為にも、糧として前へ進んでいく。

 

 実際、今回得られたものは大きい。

 実戦経験、それによる稼働データ。新型一機をお釈迦にしただけの甲斐はあった。

 それはトマ隊にも言えること。むしろ、今回のことが転機となったらしい。

 

『今回、我々は自分達がいかに非力なのか身をもって痛感した。だからこそ、もっと力をつける。強くなる。テオドール君、君のように!』

 

 との言葉と共に数日しか経ってないにもかかわらず、訓練に励み余念がないとのこと。

 いい傾向だ。彼らにも力をつけてもらえれば、いざと言う時は……。

 

 だからこそ、尚更EOSの強化・発展は怠れない。

 EOSの限界が見え、どこまでいっても場当たり的な応急処置だとしても何もせずにいて何になろう。できることに最善を尽くす。

 ISについてもそれは同じこと。データは揃いつつある。“約束の日”は近い。

何より、ISこそが本命。

 

 今回の黒幕と渡り合う為にも必要な力だ。

 もっとも黒幕と定義しているが、まだ亡霊を掴むが如く確証は得られていない。けれど、あれだけの兵器、人員を用意できるところはそうはいない。

 違っていたところでやることは変わらん。

 

「状況整理はこんなものでいいだろう。しかし……」

 

 デスクワークの合間に休憩を兼ねた状況整理は済んだ。

 なら、行動あるのみ。なのだが、デスクワークのみで出来ることは限られている。

 現場、それこそ研究所やトマ隊長達がいる基地に赴きたいがそれは叶わぬ願い。

 

「……」

 

 部屋の外から感じるよく知った気配。

 控えるようで、それでいてこちらを監視するような感じ。執事長、ジェイムズのものだ。

 本家アルベール一家というか、伯母殿がわざわざ派遣してきた辺り、叔母殿……いや、デュノア家女性陣の本気度合いの証なんだろう。

 端的に言えば、ドイツ軍基地でのことが母上達に知られた。故に監視付きの自室謹慎。

 ゲロったのは伯父殿。あのアルベール・デュノアともあろう人がこの様とは。惚れた女には叶わないとは分かるけども。

 こればっかりは仕方あるまい。伯父殿には迷惑をかけた訳だし。

 

『払った代償は大きいがそれ以上に得られたものは多い。何より、今やお前は私以上の注目の的。丁度いい隠れ蓑になってもらうさ』

 

 なんて叔父殿は言っていて迷惑をかけたことは気にしていなかった。

 それどころではないというのが正解か。何やら、いろいろISを調べているようだ。

 それに知られたのがふんわりとした程度のもの。何か危ないことに巻き込まれてきたんじゃないのかなといった。

 大立ち回りしたことは知られていないだけマシだ。知られていれば、どうなっていたことか。

 

少し頭冷やしましょうか

 

 そう某白い悪魔のようなことを今まで見たことないまったく笑っていない笑顔で言ってきた母上は忘れられない。

 本気で怒っているし、それ以上にかなり心配してくれているのは分かる。だから、これ以上心配をかけるというのも親不孝者という奴だ。

 ゆっくりさせてもらうさ。 

 

 とは言っても、今暇してしている。

 やれることはやり終えてしまった。

 趣味をやろうにも読みたい本や見たい作品もなければ、他の趣味であるトレーニングは部屋から出なければいけない。

 筋トレでもしようものなら部屋の外から飛んでくるジェイムズの声。

 

「坊ちゃま」

「分かっている」

「なら、失礼しました」

 

 筋トレをしようとする気配を見せただけでこれだ。

 デュノア家のきっての優秀な執事。産れた時からの付き合いなのでその優秀っぷりはよく知っているが凄まじい。

 

 デュノア家の執事は化け物か。

 

 いや、落ち着こう。冷静になるべきだ。

 暇すぎて血迷ってしまった。

 大人しくしてろというは理解できるが、それでもだ。

 

「仕方あるまい」

 

 何となしに、ネットでニュース記事を見る。

 世界情勢の変化は目まぐるしい。

 特に目に止まったのが第二回世界大会が近々行われるということについての記事。

 出場国、選手は決まりつつある。その中には我がフランスの国名と出場選手の名前は勿論、先の世界大会でワンオフ・アビリティーを見せたイタリアの国名とそこから出場する選手アリーシャ・ジョセスターフの名前があり、それから日本の国名、そこから出場する選手織斑千冬の名前があった。

 もうそんな時期。この時にあの事件が起こるんだったな。

 

 もう一つ目に止まったのがIS学園が本格始動したという記事。

 日本の海、人工島に設立されたISにまつわる専門学校。

 第一期生が入学しとある情報筋によれば、その中にルクーゼンブルクからも入学者がいるとか。

 

「このぐらいか……」

 

 目を引く記事はこの程度。

 他はよくあるばかり。興味は失せ、何度目かの暇となった。

 どうするか。そう考えていた時だった。

 ノックされる部屋の扉。

 

「お坊ちゃま、シャルロットお嬢様がお見えになりました」

「シャルロットです。紅茶をお持ちしました」

「そうか。入れ」

「失礼します」

 

 ジェイムズに中へと通され入って来たのはお茶を持ってきたシャルロット。

 仕事中らしく屋敷の制服であるクラシックメイド服を着ている。

 

「邪魔は……してないみたいだね。そろそろ限界だと思って来たんだけど正解みたいでよかったよ。はい、どうぞ」

「ああ、助かる。ありがとう。良き従者」

「ふふ、ありがとうございます。お優しい、テオドール様」

 

 おどけるように笑うシャルロットが用意してくれた紅茶を味わいながら一息つく。

 落ち着く。暇から鬱屈していた気持ちが晴れていくようだ。

 

「やっぱりシャシャの入れる茶は美味いな。味がしっとりとしていて、それでいてベタつかないスッキリした甘さだ。茶葉をまた新しいものに変えたか?」

「正解。よく分かったね、ロゼンダ様が持ってきてくれたのを入れてみたんだけど、喜んでくれて嬉しい」

 

 シャルロットの嬉しそうな顔がまた心を安らげてくれる。

 

「この茶葉もだが、叔母殿には感謝しなくては。叔母殿が取りなしてくれなければどうなっていたことか」

「マリー様凄かったもんね。あんなに怒った姿、初めて見たよ。本当怖かった……

 

 苦い笑みを浮かべるシャルロットには同意しかない。

 ボソッと小声で言ったのがまた何ともなところだ。

 普段、怒らない穏やかで優しい人が怒るとどうなるかという典型例だった。

 

 そんな母上を取りなしてくれたのが叔母殿。

 数日の自室謹慎を提案してくれ、母上の怒りを鎮めてくれた。

 ジェイムズを監視につけるとは思わなかったが。

 

「でも、テオが大人しくしてくれてマリー様も安心してた。もちろん、私も」

「そんな俺は信用……ないか、それは」

 

 遅くに帰って来て、その理由を誤魔化す。

 しかも、何かあった気がすると感じる。

 実際、問いただすと事故に巻き込まれていたとなれば、こうなっても仕方のないことだ。

 

「もうっ、信用してないわけじゃないよ。マリー様も私も皆も心配なんだよ」

「心配……」

「テオが約束したことを簡単に破るわけない。でも、こうでもしないとテオって目標とか輝かしい未来みたいのがあるとそこに向けて一人でただひたすら真っすぐ突き進みそうで」

 

 何だ、それは。

 どこぞの鋼の英雄じゃあるまいし、そんなつもりはないがシャルロットの思いつめる顔を見ていたら口にするのは思い止まった。

 

「呼び止めたら止まってはくれるけど間に出来た距離は詰められるものじゃない。追いかけてるうちにまた進んでそうで……だから、こうしてテオがいてくれて本当によかった」

 

 小さく笑みを浮かべるシャルロット。

 俺にそんなつもりがなくてもそう思われたのなら、そういうことなんだろう。

 

「そうか、それは心配をかけた。だが、案ずるな。シャシャは我が覇道の一部。俺と共にある。共に来い」

「わわっ! うんっ、ふふっ」

 

 こんな言葉しかかけられないが、それでもシャルロットを元気づける言葉と共に頭を撫でた。

 するとシャルロットは驚いていたものの、言葉に頷きを返してくれ、ようやく曇りのない笑顔を見せてくれた。

 シャルロットはこうでなければ。

 

「でも、ずっとお部屋に居たらテオも気が滅入ちゃうよね」

「まあ、それはそうだな。不甲斐ないが」

「そんなことないってば。それで突然なんだけどお外へ息抜きしにいこ! テオ!」

「外へ……?」

 

 意図が読めず、首をかしげることしかできない。

 

「外って……大丈夫なのか?」

 

「大丈夫。マリー様とロゼンダ様にはお許しをもらったよ。ただお目付け役付きって条件があるけど」

 

「それがシャシャか」

「うん。テオ、一人にすると研究所とかそういうところ行っちゃいそうだから。それにお目付け役は私だけじゃないよ。天才テオドールには一人だけじゃ無理があるからね」

「言ってくれるな。して、誰だ」

 

 思い当たるとすれば、ジェイムズか。

 監視役というのもそのまま続行できる。

 実力も確かだ。

 

「とっておきのサプライズゲストだよ! テオもきっとびっくりする! そろそろ来るみたい。お出迎えに行こ!」

 

 携帯端末で何やら確認したシャルロットに連れられ、屋敷の玄関まで行く。

 サプライズゲスト……来るということは来客。

 もしや! 俺の脳裏に彼女の姿が思い浮かんだ。

 

 そして、それは現実に。

 開いた屋敷の玄関から入ってきたのはやはり、彼女。

 

お久しぶりですわ! テオ! シャルロットさん!

 

 蒼の令嬢、セシリア・オルコットだった。

 




すっかりメイドが板についたシャルロット
そして、セシリアの登場!
以前のアンケートの結果を反映したをお送りする予定です

次回、覇者と彼女達の甘いひと時


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STORY16 覇者と彼女達の甘いひと時

「しかし、本当に驚いた」

 

 しみじみと言ってしまったが、それほどまでに驚いた。

 何せ、シャルロットが言っていたサプライズゲストがセシリアだったなんて。

 俺が驚いたことが余程嬉しかったらしい。

 ひとまずセシリアを客間へと通し、お茶を出してもてなしているがシャルロットと二人してしたり顔をしている。

 

「このわたしくがサプライズゲストですもの。驚いてもらわないと困りますわ!」

「テオ、ちゃんと驚いてくれてよかったね」

「ええ、かの天才テオドール・デュノアを驚かせられました。やりましたわね、シャルロットさん」

 

 和気藹々として、仲良さげな二人。

 それを見て気になったことが出来た。

 

「二人はそんな仲よかったのか?」

「はい、それはもう。こうして直接顔を合わせるのは久しぶりですけれど、テレビ通話やメッセージではよく連絡を取ってるんです」

「どっちが端末触れないほど忙しくなければ、何かしらやり取りはするね」

「そんなにか!」

 

 俺もセシリアとはメッセージとかでよく何気ない話をして。

 シャルロットとは一緒に暮らしているから知らないことなどないと思っていた。第一そんな素振り二人ともなかった。しかし、まさかそんな頻繁にやり取りしていたとは。

 何より、興味深い。織斑一夏という存在、彼にまつわる騒動、共通点がなくてもきっかけと出会い、交友が続けば、こんなにも仲良くなれるものなんだな。俺が共通点となったとも考えられるが、それでもここまでの仲良さを原作(前世の知識)では見た覚えがない。恋敵という名の戦友、友達以上、親友未満みたい関係性のように思えた。

 

「ちなみにどんな話をすんだ?」

 

 純粋な興味。

 IS学園に通って、生活を共にしていれば、共通の話題はあるだろう。

 だが、今は違う。共に住んでもいなければ、ましてや生活が違う。大貴族の娘、かたやメイド。そんな二人が頻繁にやり取りするとは一体どんな話をしているのか。

 

「テオとやり取りしてる時はとあまり変わりませんわ。今日あったこととか……悩み相談とかしますわね。後は……ふふっ」

「ふふっ」

 

 二人して顔を見合わせ笑いあってる。

 何だか楽しげだが、一体どんな話をしてるのやら。

 気になるが、別に気になることもある。むしろ、そっちを聞くべきだろう。

 

「今日は泊りか」

 

 今はお昼。

 まもなく三時、昼のティータイムがやってくるところ。

 これで夕方、夜になって日帰りとなるとバタついてしまう。

 何より、セシリアが持ってきた荷物は多い。それは手荷物レベルではなく、泊りに来たと如実に表している。

 

「ええ。テオの一大事ですから、日帰りで帰るわけにはいきませんわ。ご心配は無用です。お母様にはお許しを頂きました。貴方様によろしく、と」

「そうか……」

 

 あの母君が。

 最近、セシリアは家のことや習い事が忙しくなってきて息をつく間もないぐらい忙しいと言っていたのに。

 そんなにあの一件が大ごとに思われているのか。

 

「そう言えば、付き人……チェルシーはいないんだな」

 

 てっきり一緒だと思っていた。

 しかし、姿はない。別の使用人を連れているわけでもなく、セシリアは一人で来た。

 

「チェルシーは自分がいると気が休まらないだろうからと同行を遠慮しました。それに何やら最近はお母様達と何かあるようで」

 

 それを聞いて、あることが頭をよぎった。

 何か……というのはあのことだろう。

 そろそろその時だ。

 

「泊っている間、セシリアの身の回りのことは私がすることになってるから問題ないよ」

「いろいろとお世話になりますわ。シャルロットさんと言えば、お泊りはシャルロットさんの提案なのですよ」

「へぇ」

「日帰りだとバタバタしちゃうからね。それにやっぱり、テオとセシリアにはゆっくり二人の時間持ってほしいから。お泊りについてもマリー様にお許し貰ってるから問題ないよ」

 

 手際のいい。抜かりない。

 そして、気配りが行き届いている。良き従者。

 

 思えば、連絡は取り合っていてもこうしてセシリアと直接会うというのは久しい。婚約者なんだ。折角来てくれたことだし、セシリアとの時間を持つのも必要か。

 時間は惜しいが、今はシャルロットの気持ちをありがたく受け取ろう。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「それにしてもこの度はまた随分とやんちゃしたようで」

「やんちゃ、か……やんちゃの一つや二つは男の勲章だろ」

 

 お茶を飲みながらそんなことを言ってきたセシリアに軽口を返す。

 そもそも、あれをやんちゃで済ませていいのか。

 まあ、セシリアにも詳しい事が伝わってない様子だからいいだろう。

 

「あら、本当にやんちゃですわね。ですから、あのお優しいマリー様が本当にお怒りになっていたのですね。シャルロットさんが電話で震えあがっていましたわ」

「セ、セシリア!? テオ、ご、ごめんなさい……」

「いや、構わん。謝るな、シャシャ。この俺が全て許す。確かにあの母上の怖さは震えあがるものだった。それこそ人に言わないと収まらないぐらいにな」

 

 笑って許した。申し訳なさそうに控える告げ口したシャルロットも、それを告げ口してきたセシリアも。

 歳の近い妹に恥ずかしい過去を友達に告げ口されるとはこんな気分だったんだろう。いい体験だ。

 

「先のことは自分でもよくなったと思っている。母上のあんな顔は見たくないからな。今後は善処するつもりだ」

「まったく、そんな言い方をして。貴方はデュノア家長男、テオドール・デュノアであり。そして、わたしくセシリア・オルコットの婚約者なのですからお体は大事にして下さい」

「そうだよ。心配したんだから」

「ならば、尚更善処しよう。胸に刻んで征こう。しかし、この身は我が覇道で出来ている。多少のことなどどうということはない。テオドール・デュノアは強い男だ」

 

 心配するな、などとは言えない。

 無責任だ。この先のことを思えば、心配をかけるようなことは多く起こるだろう。だが、心配させっぱなしは男として情けない。だから、そうならない為に善処していく。

 そして、知っていてほしい。多少のことなど俺にはなんてないことを。強い男だと言うことを。

 まあ、言い訳じみた強がりだという自覚はあるが強がりは男の特権だ。

 

 そんな俺に呆れたように、それでいて仕方ないと二人は笑う。

 

「そういうこと言うと思った。だからこそ、私達の役目があるってものだけど」

「ええ。テオは高貴な者であり、先へと往けるもの。ならば、往くべきです。ですが、一人ではなく私達と共に。私達が違ったところへ往かぬよう手を取りますから」

 

 嬉しい言葉だった。

 覇道とは本来、一人で敷き広げ、一人で進むもの。

 しかし、俺の隣にはこんなにも思ってくれる大切なもの達がいる。手を取り共に進む。こういう覇道もありなのだろう。そう思える。

 

「だったら、まずはその第一歩を踏み出さないとね!」

 

 ぽんと一つ手を叩いてシャルロットがそんなことを言い出した。

 これはセシリアも考えになったのか不思議そうにしており、俺と顔を見合わす。

 

「いやね。お夕食まで時間があるから、テオとセシリアの二人で近くをお散歩してきたらどうかな?」

「散歩……まあ、構わないが」

 

 散歩。それもこの時間ならきちっとした所へちゃんと案内するには時間が足らなさそうだが、セシリアに住んでいる街を軽く知ってもらうことぐらいはできるだろう。

 

「私も構いません。ですが、一つ条件があります。御用があったりお忙しくなければ、シャルロットさんもご一緒して下さい」

「えっ?」

 

 思ってもいなかったのか、シャルロットは少しばかり驚いている。

 言われてみれば、そうだ。シャルロットは一緒じゃないのか。

 用事や仕事がないのは把握している。まあ、考えそうな分かるけども。

 

「そんな悪いよっ。二人の邪魔できないよ。婚約者同士なんだから二人っきりが一番自然だと思うし。それにほら、えーと、その、もしかするとだよ? 多分探せば何かしらやることあると思うから?」

 

 疑問形の凄い言い訳を聞いた。

 それをセシリアが見抜けない訳がなく、包み込むような優しい笑みを浮かべて言う。

 

「何をおっしゃいます。わたくしとテオは確かに婚約者ではありますが、シャルロットさんとわたくしは想いを同じとし、テオの隣を共に歩む者同士。シャルロットさんがいなければ、意味ありませんわ」

「セシリア……」

 

 嬉しそうにセシリアの言葉を受け止めるシャルロット。

 

「それにこんな世界規模のやんちゃ者の手綱、流石に一人ではとても握りきれませんわ」

「俺は手のかかる犬猫か」

「手をかかるという点ではそう言えますわね、ふふっ」

「まったく……しかし、俺もシャシャがいてくれると嬉しい。一緒に散歩どうだ?」

 

 婚約者の手前、他のものを誘うのはどうかとは思う。

 だがしかし、セシリアがこう言っているのも無視できない。

 それにシャルロットが一緒だと嬉しいのは事実。

 

「二人がそう言ってくれるなら、私も一緒にお散歩行こうかな!」

 

 笑顔を浮かべシャルロットは言った。

 

 そんな訳で夕食前の散歩に三人で出かける。

 家を出る際、母上と出会ったがシャルロットとセシリアが一緒だと知って凄く安心していた。

 

『シャルロットちゃんとセシリアちゃんが一緒なら心配ないわね。お夕食の時間までに戻ってくるのよ。怪我とかしないようにね。後、テオはちゃんと二人をエスコートしてくるのよ!』

 

 との言葉つきで見送りまでしてくれた。

 お優しい、母上だ。

 

 三人で街をぶらぶら歩く。

 遠くまでは行けないにしても、充てもなく歩くのも悪くはない。

 気が晴れていくのが実感出来る。

 

「ここがテオが暮らす街ですか……」

 

 隣を歩くセシリアは興味深そうに街の様子を見ている。

 

「気に入ってくれたか?」

「ええ。この街でテオ、シャルロットさんが育ったと思うと考え深いですわ。それに」

 

 チラリとセシリアが辺りに目をやる。

 その目は不思議そうだ。

 

「坊ちゃん方、久しぶりに見かけたと思ったらこんな時間に散歩かい? 珍しい! またうちの店に来てくれよ!」

「御曹司様、かわい子二人連れてとは流石やりますね!」

「デュノアの坊ちゃま、お元気そうで!」

 

 すれ違う人がすれ違う人が声をかけてくれる。

 俺達にとっては普段と変わりない光景だが、初めてのセシリアにしてみれば不思議な光景なのだろう。

 不思議そうにその光景を見ている。

 

「人気者ですのね」

「そのようだ。ありがたい限りではある。まあ、デュノア家のテオドール・デュノアだからな。この街で知らぬものはそう居るまいよ。よく散歩してることも関係しているのだろう」

「なるほど……」

「もっとも散歩って言っても私が半ば無理やり連れだしてるだけだどね。そうでもしないとテオ、やりたいことにずっと夢中で籠りっきりになっちゃうから」

「容易に想像つきますわね。ふふっ」

 

 楽し気に笑うセシリア。

 散歩を、この時間を楽しんでくれている。

 だったら。

 

「ねぇ、テオ。よかったら、セシリアを」

「ああ、そうだな。セシリア、今からとっておきの場所に案内しよう」

「とっておきの場所?」

 

 丁度、近くまでやってきている。

 折角だからセシリアをそこに連れていきたい。

 きっと喜んでくれるに違いないはずだ。

 足取り軽く歩けばとっておきの場所についた。

 

「ここだ、セシリア」

「まあっ!」

 

 景色を見てセシリアはキラキラと目を輝かせる。

 やってきたのは有名な百貨店の屋上にあるテラス。

 そこから見える街並みは夕日に照らされ、いつ見ても綺麗なものだ。

 ここがとっておきの場所。

 周りには他の利用客もいて、シャルロットと二人だけの穴場というほどの場所ではないが、ここから見る景色を俺もシャルロットも気に入っている。

 それはセシリアも同じな様で。

 

「これは素敵ですわね! なんと美しい……!」

「よかった。気に入ってくれたみたいだね」

「ええ。正しくとっておきの場所ですわね。連れて来てくださって嬉しいですわ」

 

 嬉しそうにセシリアは笑う。

 連れてきてよかった。

 

「では改めて――フランスへようこそ。これが我が祖国だ。歓迎しよう、盛大にな」

「ふふっ、何ですかそれ。でも、嬉しいですわ。歓迎してもらえて、お散歩に連れていってもらえて。こんな風に街を自分の足だけでお散歩するなんてことしたことありませんでしたから」

「そういうものか」

 

 まあ、セシリアは大貴族の娘。

 移動は基本車とかだろうし、散歩をするとしても綺麗に手入れがされた庭園とかになるか。

 

「散歩に付き合ってくれて助かった。ありがとう。しかし、近所とは言え、割と連れまわす形になってしまってすまなかったな」

「気にしないで下さい。それにお礼を言うならわたくしもですわ。とてもいい気分転換になりました。シャルロットさんの狙い通りですわよね」

「あはは~……」

 

 シャルロットは笑ってごまかしているが、俺の息抜き以外に別の思惑があったということか。

 

「そんな狙い通りってじゃないけどセシリアとお話してると最近、落ち込んでる感じだったからテオと一緒に居れば気分転換できて元気でるんじゃないかなと思って」

 

 俺としたことが気づかなかった。

 人前だからってのは当然あるんだろうが、今もそんな風な感じはしない。

 やはり、女同士だから分かった部分があるのかもしれない。

 

「シャルロットさんには敵いませんわね。大したことじゃないです。ただ最近、お母様が特に厳しくなったといいますかお勉強もお稽古も忙しくて。必要なこと、次代のオルコット家を継ぐに相応しい者になれと期待を込めてのことだと分かっています。一人でもオルコット家を守っていけるようにと」

 

 確かに忙しそうにはしていた。

 しかし、それで落ち込むセシリアではない。

 それに母親が特に厳しくなった。今の時期。そして、俺が知る原作知識(知識)を照らし合わせると見えてくるものがある。

 

「かと思えば、お母様とお父様が幼いころ以来に二人揃ってピアノとバイオリンの発表会に来てくれたりして。嬉しいのですが、急すぎて何だか嬉しいのに家では別々なのでまた二人の仲に何かあったんじゃないかと不安で……」

 

 あれほど嬉しそうだったセシリアの笑顔が曇り、次第に影を落としていく。

 

 そういうことか。話が見えた。

 セシリアに残そうとしている。

 家族の幸せな思い出を、時間を、全てを。

 厳しさが増したのもその一つなんだろう。教えられることは全て教えておきたい。

 あの夫妻はやはり――。

 

「なるほどな。大体、分かった。愚痴を言え、とまでは言わないがこんな風に話ぐらいは聞かせてほしい。何、遠慮する必要はない。このテオドール・デュノアが力になろう」

「テオ……」

「テオだけじゃないよ、私にもお話聞かせてほしいな。テオほど力にはなれないかもしれないけど、女同士のほうが話しやすいこともあるかもだからね」

「シャルロットさんまで……ありがとうございます。嬉しいですわ……わたくしはお二人という本当に良き友人を持つことが出来て幸せ者ですわね」

 

 セシリアの顔に笑顔が戻った。

 やはり、セシリア・オルコットに暗い顔は似合わない。

 

「大変ではあるがお互い頑張らなければならないな」

「ええ。頑張りますわ。お母様のように立派なオルコット家当主になることがわたくしの夢ですもの」

「夢か……」

 

 正真正銘ものなんだろう。

 笑顔の戻ったセシリアの目はその夢へ向けて、輝きを宿していた。

 

「そう言えば、テオやシャルロットさんの夢って何ですか?」

「夢……そうだな、俺は家や会社を含めてデュノアを今以上に発展させ、我が覇道を世界に轟かすことだな」

「テオらしいですわね。シャルロットさんは?」

「私? ん~テオやセシリア、大切な人達が夢を叶えて幸せになってくれることかな。皆の幸せが私の夢だから」

「シャシャらしいな」

「まったくですわ。お二人ともよく似てますわ」

「そうかな」

 

 などと夕日に照らされる街の様子を眺めながら何気ないことを話す。

 こういうのがある意味一番の幸せなのだろう。しみじみそう感じる。

 しかし、終わりというものはやってくる。

 

「ン、そろそろ時間か」

「そうだね……今から帰れば、いい感じで夕食に間に合うよ」

「何だか名残惜しいですわね……こんなにも綺麗な景色が見納めだと思うと」

「また見にこればいい。いや、もっとフランスをパリってもらうつもりだ!」

「ぱ、パリ……?」

「楽しんでってことだよ。折角、遊びに来てくれたんだからセシリアにはエンジョイしてほしいな」

「エンジョイ……そうですわね、折角お二人の元に来たのですからエンジョイしなきゃもったいないですわ!」

 

 今日という日に三人で見るここからの夕日はこれで見納め。

 けれど、楽しい時はまだまだ続きそうだ。

 




以前、アンケートにご協力いただいて票の多かったシャルロットとセシリア、二人とのデートをお送りしました。
更識姉妹もそのうち、書ければなぁ……と思っています。書ければ。
何はともあれ、パリって楽しんでいただければ幸いです。

次回、覇者が見届けたある夫妻の最後になにがあったのか


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STORY17 覇者が見届けたある夫妻の最後になにがあったのか

解釈ぶち込んだら過去最多の文字数になってしまいました……(吐血)


 第二回モンドグロッソ。

 その開催がもうすぐそこまでやってきた。

 そのこともあってなのか、各国、いや全世界でそれに向けての訓練とデータ収集。得たデータを元に機体調整を行い、新たに必要となったものがあれば研究し開発。これまでも行われていたことだが、更に熱が入っている。

 フランス、我がデュノア社とて例外ではなく忙しい日々。忙し過ぎて……。

 

「あべし!」

「頼みがあるんだが、俺達を起こさないでくれ、死ぬほど疲れてる」

「ママァ……時が見えるよ……」

 

 とまあ、我が開発室のそこかしこに死屍累々の後。

 危ないことを口走ってる者もいるが、それほどまでに多忙の最中。

 

「本当忙し過ぎだよ、まったく。大部分の技術を共有してるからって、EOS部門のボク達まで呼ぶなんて」

「仕方ありませんよ、ロイドさん。国を挙げてのことなんですから」

 

 ぼやくロイド博士を宥めるセシルさん。

 彼らEOS部門の者達もこの作業に参加してもらっている。

 

「すまない。博士やセシルさん達のような優秀な者達はどこでも必要だからな」

「ふふっ、勿体ない言葉です。でも、ちゃんとお力になっているのなら嬉しいです」

「所長にはEOS部門の予算倍増と権限拡大してもらったからそれでいいけどね。この忙しさも大会までだろうし」

「だろうな。そこまでは頑張ってくれ」

「はぁ~い」

 

 大会が終われば、普段通りに戻れる。

 だが大会まではの時間は長く、その間に待ち受けていることはある。

 ニュータイプの勘からすると近々。

 

「こ、こんにちは……」

「こんにちは」

 

 部屋の扉が開き人が入ってきた。

 二人組。うち一人はシャルロット。

 そして、もう一人が。

 

「あら、お二人。シャルロットさんはいつものお迎えですけど……ショコラさんは今日の報告書を出したらご帰宅したものだとばかり」

「そのつもりだったんだけど、相変わらずここは修羅場だと聞いてね。お疲れだろうから差し入れを」

 

 そう言った彼女の手には左右一つずつ袋が握られている。

 黒っぽい髪をした左右両方のもみあげが長い前下がりボブヘアーの彼女がショコラデ・ショコラータ。

 あの機体の操縦者だとされていた彼女は実在していたのだ。あの女がこの時期からもう既に変装していたのではないかと疑って調査したが、流石にそんなことはなかった。

 れっきとした本人。デュノア社のエーステストパイロットであり、この時代のフランス国家代表。彼女の存在も驚きだったが、まさか国家代表だとは。

 あの機体、シャルロットの対戦相手を任されるとなるとそれ相応の実力だろうことは考えられるから、ありえなくはない。

 まあ、考えだしたらキリはない。原作では語られてない部分が多すぎる。描写されてないだけで原作でもそうだったかもしれない。事実、この世界ではこれは紛れもない事実。

 

「御曹司も相変わらずのようで。あまり無理しないように、何かあればシャルロットが悲しむわ」

「肝に銘じている。シャシャ……シャルロットとは途中で?」

「ええ、彼女が車から降りて来たところにバッタリ遭遇してね。行き先は同じのようだったからこうして一緒に来たわけ」

「そうか……助かる。シャシャは今日学校だったな。お疲れだろう。ゆっくりするといい」

「ありがとう。今日もIS座学漬けだったよ」

 

 学校というのは普通の学校のことじゃない。

 そもそも今日は休日。

 ISという言葉で分かるように、IS関係の学校。

IS学園ではなく、第一回モンドグロッソの煽りを受け、各国で強力な選手を求める流れは強まった。その為、才能あるものを早期発見、早期からの教育により強力な選手の素養をつけることを目的にした所謂予備校みたいなもの。

 勿論、通えるのは女子のみ。基本的にどの国にも複数開校されており、中学生になった頃、もしくは本人と親の合意、審査を受ければ中学生になる前でも通える。任意の為ここを通わずとも構わないが、IS学園への入学を考える者の多くが通う。

 シャルロットの話を聞く限り、基本座学メインらしい。まあスポーツ競技という建前もあるがISの数、予備校ということもあって実技はほぼない。あってもシミュレーターぐらいなものだとか。

 

「また夜、一緒に今日習ったことを俺に教えてくれ」

「うん、それはいいけど……夜はちゃんと休んでほしいな。今日も忙しそうだし。やっぱり、私一人で帰った方が」

「案ずるな。この程度、テオドール・デュノアの前では些末なこと。少し待たせることにはなるが一緒に帰ろう、シャシャ」

「うんっ!」

 

 一緒に帰ることをシャルロットは楽しみにしてくれている様だった。

 しかし、それを打ち破るように連絡が届いた。

 叔父殿からのメール。呼び出しだ。それも今すぐ本社社長室に来るようにと。

 ただ事ではなさそうだな、これは。

 

「テオ……?」

「すまない、シャシャ。一緒に帰れそうになくなった。社長からの呼び出しだ」

「……そう、なんだ。大丈夫! 私のことは気にしないで! 頑張ってきて!」

「ああ、ありがとう。シャシャ」

 

 シャルロットに礼を言うと車を用意する。

 後でシャルロットにはきちっきりと穴埋めをしよう。

 そんなことを考えながら、本社へと向かった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「来たか。お前で最後だ」

 

 本社社長室に入ると叔父殿はそう言う。

 室内には父上。そして、オルコット夫妻の姿があった。

 夫人一人だけではなく、二人揃ってここにいる。

 それがどういうことを意味しているのか、分からないわけではない。

 

「遅れたようで申し訳ございません。ご夫妻、お元気そうで何よりです。お待たせしました」

「ミスターテオドールこそお元気そうで何よりですわ。それからわたくし達にあまり気を使わなくても結構です。元より、わたくしが勝手に突然来ただけですので」

 

 大人になったセシリアを思わせる夫人は気品ある佇まいで言う。

 勝手に来た。確かに突然来たのはそうか。来るなんてことは聞いていなかった。伯父殿や父上にしても本当に突然の訪問なんだろう。

 難しい顔に呆れの色をにじませながら叔父殿は口を開く。

 

「まったく、本当に突然来るものだ。おかげで今日のスケジュールが狂った」

「それについては申し訳ございません。ですが、このタイミングしかなかったのです。これからお話をさせていただくには……デュノア家様にとって得るものが多いはずです。ミスターアルベール個人としても」

「話だと……」

 

 テーブルを一つ挟んだ向こう側。

 同じようにソファへと腰かける夫人は一つ目を伏せ、開くとこちらを見定めるように視線を向けてくる。

 

「我が祖国イギリスとアメリカが極秘裏に共同開発した衛星兵器についてですわ」

 

 空気に重みが増した。

 しかし、デュノア側に驚きや動揺はない。粛々と受け止める。

 それを見て夫人は安堵の笑みを浮かべていた。

 

「流石はデュノア家様。やはりお調べ済みですのね」

「無論だ。しかし、衛星兵器とは……」

「ええ。名を『エクスカリバー』と言い。そして――生体融合型IS、でもあります」

「なん……だと……!?」

「そんな……馬鹿な!?」

 

 流石のこれには叔父殿も父上も二人揃って驚いている。

 エクスカリバー。ようやく出てきた。

 気になることは多く、いろいろと確かめたいことがあるけども話は続く。

 

「しかし……そうか、生体融合型ISが実現していたか。それに生体処置を禁止する国際法が形骸化するのは時間の問題だと思っていたがこんなにも早くとはお笑い草だな」

「衛星兵器、生体融合型IS。強力な兵器なのは理解できますが、いささか過剰すぎるのでは? 一体何が目的で」

 

 父上の疑問はもっともだった。

 衛星兵器だけでも強力な兵器だ。攻撃力は破格なものだろう。

 そこにISの力が加わる。過剰な力を持つのは目に見えている。

 そこまでする必要があるということか。

 

「それもこれも全てはやがてくる戦いに備えて」

「やがてくる戦い……」

 

 夫人から出たその言葉に思わず、声に出して反芻する。

 原作(俺が知る世界)でも出てきた覚えのあるその言葉。原作(俺が知る世界)では言葉だけで具体的にどんな戦いを想定していたかまでは語られずじまいだった。

 ようやく知れる時が来た。

 

「ISを主役とした世界大戦ですわ」

 

 明かされた内容。

 興味深いが、驚くほどのことでもなかった。

 考えれば、そういうことはおこりうる。むしろ、起こる確率としては高いだろう。

 

「そんな……! ISの戦争利用、軍事利用は禁止されている! それでは何の意味も!」

「ないな。所詮は建前。形骸化になることはサンソン、貴様とて頭にないわけではないだろう。ISの競技化しかり、そのエクスカリバーとやらしかり。手に余る力を持つと試さずにはいられない。それが人という物だ」

「ですが……!」

 

 父上の気持ちは分かる。

 核の代わりに新たな抑止力になったIS。それは戦争利用、軍事利用は禁止されおり、そのことを盾にお互い牽制しあっているのが現状。形骸化しているとは言え、どこか一つでも破れば無法の地となる。その後、どうなるかは考えるまでもない。

 しかし、伯父殿が言うようにISという人の手には余る力を持つと試さずにはいられない。そのやがて来る戦いに備えISの力を持つ衛星兵器が開発されるというのは自然な流れか。国防という大義名分があれば尚更。

 

「ISを用いればエネルギー問題や火力問題は一応は解決する。加えて、防御面ではただ衛星兵器ではISに攻め入られれば時間の問題だが、同じ防御力を持てば拮抗できる。防御は抜かりなし。より、他国への強力な抑止となる」

「そういうことですわ、ミスターテオドール。守るための剣は必要ですから」

「理解できます……ですが、それでは災いを招く種になるのでは?」

 

 そんなものが自分達の頭上、宇宙(ソラ)にあれば気が気じゃない。

 破壊、あるいは奪おうとする者達は確実に出てくる。

 我々とて知ったからには対策しなければならない。

 それを分からない夫人達ではないはず。

 

「それはミスターテオドールのおっしゃる通りです。国を挙げての計画が持ち上がった時、オルコットは出資を渋りました。祖国を守る為とは言え、自ら火種を持つなど」

「しかし、そう渋り続けてもいられなかったはずだ」

「ええ、ミスターアルベール。女王陛下のお願いもありましたし、何より大切な右手がかの者達に掴まれてしまいましたから」

「どういうことだ……?」

 

 貴族特有のなのか芝居がかった物言いに伯父殿は疑問そうに眉を顰める。

 俺には何が言いたいかすぐに分かった。

 オルコットの右腕となれば、思い当たることは一つしかない。

 

「我がオルコット家には先祖代々使え続けてくれていた使用人一家がいたのです。今は二人の幼い姉妹のみが残され、姉の方は使用人をしてくれています。ですが、妹は余命いくばくかの心臓病だったのです……」

「だった……?」

「わたくし達はこの子にISとの生体融合処置を施したのです」

「……」

 

 場に無言が立ち込める。

 事実を淡々と受け止めているような。どういう言葉をかけるのが適切なのか考えあぐねているような。事実に納得したような。

 そんな沈黙。夫人は沈黙に様々な意味があることを理解しつつ言葉を続ける。

 

「心臓病の恐怖はひとまず去りました。しかし、引き換えにあの子は人ではなくなり、生体融合型ISに」

「経緯は理解した。しかし、その生体処置の技術はそこまで確立しているのか。そもそも元になるコアはイギリスのものか?」

「いえ……コアを、生体処置の技術をもたらしたものこそがかの者。出資を渋るわたくし達の前に陛下直々の紹介で現れ、この話を持ち掛けてきました。わたくし達夫婦と姉妹の姉、限られたものしか存在そのものを知らないはずの妹のことを引き合いに出して」

 

 沈黙の次はきな臭さが立ち込めてきた。

 

「その者達はアメリカ側の出資会社の一つで古くはドイツに拠点を構えていたとか」

 

 あえてこう言ったのだろう。

 きな臭さが増した。確かにそこの流れを持つのなら、生体技術を持っていてもおかしくないだろう。いろいろと思い当たるものは多い。

 しかも、外に出してないはずのことを知っている。感じる危機感はそれ相応なものとなろう。

 

「加えてかの者達は両国に深く精通しています。にもかからず、皆様にお話した以上のことは我がオルコットですら掴めませんでした。そんな者達の手を取るのは愚かなこと。祖国を裏切るに等しい。けれど」

「引くに引けなったと」

「そういうこと、になりますわね。まったく情けない限りではありますが、どうあれエクスカリバーは国を挙げての計画。協力しない訳にもいかず、かの者達には姉妹の妹のことを把握されてしまっている。国に深く精通できるほどの者、立ち向かえばどうなるかは見えている。代々続くこの家を当代で終わらせるわけにはいかない。わたくしに残された選択は一つでした」

 

 その結果が今。

 

「この選択に後悔がないと言えばそれこそ嘘になります。姉妹の家系は我が家に代々仕えてくれている者達。家族も同然……いや、一心同体。なのに、命を歪める結果になってしまった」

「それでも守るべきは家だろう。我々のような多く人の上に立つ者は家なくしては家族はありえない。家族を大切な者達を思うのなら、この選択は正解ではないだろうが不正解でもない。こうする以外なかった」

 

 オルコット家が潰えれば姉妹の家系だけでなく、他に仕える多くの者の不幸を招くことになりかねない。

 それは避けないといけないことで、そうなるとオルコット家自身が被る不幸は更なるものになる。

 だから、この選択は不正解でもないが……。

 

「そう言ってもらえると助かりますわ、ミスターアルベール。それにこれは一つの好機でもありますのよ」

「好機だと?」

「この子はエクスカリバーのコアとして組み込まれることが両国の間で取り決まりまっています。この子もあの家の者なら必ずやオルコットの、セシリアの力になってくれます」

「身勝手……いや、夢見がすぎないか」

「それは百も承知。これは祈りでもあるのです。我が愛娘セシリアはオルコットを継ぎ次代の祖国イギリスを守る者になる。IS操縦者、国家代表にもなりましょう。その時、助ける力になってくれればと」

 

 全ては祖国を、オルコット家を、家族を――そして、セシリアを思ってのこと。その気持ちは説に伝わってくる。

 原作でも夫妻はこんな風だったのかもしれない。

 

「ここまで話を聞いておいて何ですが……こんな話をしてもよかったのですか? オルコット家とデュノアは婚約関係があるとは言え、そもそも別の国の家同士」

「ミスターテオドールの心配はごもっともですわ。このことでデュノア家様にご迷惑をおかけすると思います。しかし、このタイミングしか我々には残されてないのです」

「それはさっきもおっしゃっていた……」

 

 父上が俺の疑問を代弁してくれた。

 俺は、オルコット夫妻に待ち受ける末路を知っている。

 やはり……。

 

「かの者に殺されるからです。このタイミングを失えば、おそらくお話できる機会は永遠に失われていたことでしょう」

 

 動揺も後悔もなく、夫人は淡々と事実を述べた。

 覚悟は決まっているようだった。

 

「殺される……我々に話したからか」

「関係ないことはありませんがお話したということはただの口実でしょうね。出資を渋るものなど不要。エクスカリバーが正式稼働した暁にはかの者達は必ず自分達の手に収めようとすることでしょう。その時にオルコットは邪魔になる」

「かと言ってオルコット家を潰せば各方面に角が立つ……ならば、当代当主夫妻のみを消し……まだ幼い娘を次期当主に据えれば、如何様にもできる。そうことか」

「恐らくは。後は生体処置の当事者としても邪魔なのでしょう。しかし、全部を全部思い通りにさせるつもりはありません。その為の婚約。エクスカリバーが剣ならば……デュノア家様には盾になってほしいのです。差し出がましいとは分かっています。ですが、どうか」

 

 夫妻揃って頭を下げられ、俺達は戸惑う。

 事情は知ったし、理解もできる。しかし、そうは言われてもと言う域を出ない。

 婚約関係があるとはいえ他国、他家の問題。巻き込まれるのは馬鹿らしい。それに助ける義理としては薄い。

 

「身勝手だな、本当に。ご夫妻がいなくなった後、我々デュノアが取り込むとは考えてないわけではないだろ」

「ええ、それは勿論。ですが、そうはならないこともまた勿論。ミスターテオドール、あなたがいる限りは。必ずオルコットの、セシリアの強力な力になってくれると確信しています」

「ありがとうございます。しかし、随分と高く買ってもらっているようで」

「妥当な評価だとわたくしは思いますわ。なにせあなたは世界を己が覇道で包む者。その身に秘める大いなる力で偉業を成し遂げる。何より、あなたは愛情深い方ですから、セシリアを見て捨てませんわ」

 

 確信を持った言い方。

 こちらを射抜くような夫人の視線は、見透かしているよう。

 ともあれこれほど高く買ってもらっているのなら、応えよう。

 元より、こうなるのは知っていてセシリアを見捨てるつもりは端からない。

 

「しかし、これではミスターアルベールが納得しないのも理解していますわ。だからこそ、お渡しするものがあります」

「渡すものだと……」

「あなた……例の物を」

「ああ……やはり、君はそう選択するんだね。分かった」

 

 ようやく口を開いたオルコットのご主人。

 夫人の選択に一人納得すると、鞄から何やら取り出す。

 出て来たのは数枚に及ぶ紙の束。

 

「これは?」

「ISとの生体融合処置について知る限りのことをまとめたものになります」

「なっ……!」

 

 伯父殿の目の色が変わった。

 それは今、叔父殿が何よりも求めてならないもの。

 情報価値は計り知れず、対価としては破格。それが叔父殿の手に渡ろうとしている。これは偶然か。必然か。

 

「これならばわたくし達の願いを助ける対価としては充分かと」

「ああ……それが真実正しいのならばな」

「それについてオルコットの名においてお約束しますとも」

 

 約束は歪ながらも成立しようとしている。

 オルコットのご主人は悲観しつつも仕方ないと諦めが入り混じったような割り切った表情をしている。

 俺としてもこれなら伯父殿を動かすには充分な対価だとは思う。俺がデュノア家当主の座を取り、無理やり夫人の願いを叶えるわけにもいかない。願いを叶えるには伯父殿の力もいるのだ。

 だが、よしとしないものはいる。父上だ。

 

「いけません! 兄上! それに手を出すということは兄上は法を!」

「黙れ、愚かなる愚弟よ。法が形骸化してるのは貴様もよく理解しているだろ。詭弁にすぎん。どうとでもなる。助けられる命があるのだ。選んでいる余裕はない」

「ですが……っ!」

 

 静かながらも苛烈に不愉快感を父上に向ける叔父殿と、それでも何とか食らいつこうとする父上。空気が凍り付く。

 感情論が先行しているが、伯父殿の言うことが理解出来ない父上ではない。

 言ったところ、止まるような人でないということも。

 だからこそ、善人たる部分とぶつかり合い言わずにはいられない。

 

「父上、大丈夫です」

「テオ……」

「伯父上はまだ手を出したわけでもないですし、実際どうなるかは分かりません。ものは使いよう、この情報を元にアメリカ、イギリス、二国に迫ることもできる。何より、このテオドール・デュノアがいます。もしもの時は伯父上を必ずや止めてみます」

「そうか……そうだね……テオがそう言うのなら」

 

 正直、父上を安心させる為の詭弁にも等しい言葉。

 しかし、覚悟はある。

 俺の言葉に父上は安堵の表情を浮かべ、伯父上は爆ぜるように笑った。

 

「クハッ! ハハハハハハッ! 言うではないか、口が達者な小賢しき我が甥よ!」

「言いますとも。私程度でそう簡単に負かされるお人ではないとよく知っていますから」

「クハハッ! 本当に口の減らない。我が甥は逞しく育っているか。望むところだ」

 

 ひとまず叔父殿は気持ちを落ち着けてくれた。

 

 まったく、やれやれだ。

 それはオルコットにも言いたい。

 家を、家族を、娘を守る為とは言え、手段を選ばなさすぎる。

 そんな悠長なことしている場合ではないのは確かで、手段を選んでいたら今には至っていないのも確か。

 ここまで手段を選ばないのに、腑に落ちないことがあった。

 

「不躾だとは思いますがお聞きしたいことはあります。よろしいでしょうか」

「ええ……何なりと」

「死ぬと知っている……なら、生きようとしないのですか」

 

 聞くだけ無駄なのは重々承知している。

 夫人だけでなく、ご主人まで死ぬ覚悟はできる。

 死ぬと分かって、それまでにできうる限りのことをする。一連のことは見方を変えれば、それはまるで終活。

 

 夫妻に生き残ろうとする意志は感じられない。

 それこそ手段を選ばなければ、いくらでも生き残れるはずだ。セシリアを残すことはない。なのにしようとはしない。

 そのことが前世で読んだ時から、気になっていた。

 今からこの先に起きるであろう鉄道の横転事故。そこで二人は死ぬ。

 描写されていないだけで本当は生き残ろうと足掻いたけども結果、そうなってしまっだけかもしれないが夫妻の死の真相が明かされ改めて読み直した時、自ら死を選んだように感じられた。

 それは一体何故。そして、こういうことについて回る本来死ぬ人間を助けられる力があるのなら助けるべきなのかどうか。

 

「わたくし達が生きながらえれば、より多くの不幸を招く。死で救済されるわけでもなければ、全てが解決するわけではないと分かっています。それでもなのです。何より」

 

 一呼吸置く夫人。

 再び向けてきた目には憤りが宿っていた。

 こちらへ向けたものではない。不甲斐ない自分を嘆くようなそんな。

 

「わたくしはイギリスに根を降ろす先祖代々続く名家、貴族オルコット家に産れ、当主に座す者。なのに、愛する祖国を悪しき者達の手から救えなかった。それどころか悪に手を染めてしまった。大切な者の命を歪めて。その罰、身を持って償います」

 

 誇り高い……と言うべきなのだろう。

 無論この言い方が正しいとは思わない。俺とて思うところはある。

 けれど、夫人の在り方を別の言い方するのはあまりに無粋だろう。

 

 誇り高いからこそ、己の罪深さを許せない。

 償いを、そして最後の役目を文字通り身をもって果たす。

 しかし、無責任というわけでもない。

 

「だから、後は次代に託すと」

「その通りです、ミスターサンソン。わたくし達が去った多少の混乱は起こるでしょうが、愛娘セシリアにはこれを乗り越え自分の力へと変えるだけの力をつけさせ、そのように育てました」

「何より、デュノア家様、テオドール君がいますし……国内にも僕の知り合いにもしもの時のことはお願いできる方々も少しはいます」

 

 夫人に続いたご主人の言葉にある意味安心した。

 頼みの綱がデュノアだけでないということはいいことだ。

 国内で孤立無援になる心配はなさそうだが。

 

「ご主人も……」

「妻と共に参ります。力不足で至らぬ身だったけど最後ぐらいは」

「そんな変な見栄を張らず付き合うこともないですのに」

「見栄ぐらい張らせてくれ。君一人行かせたくない。君一人に背負わせはしないよ。どこまでも足りない男だったけど、最後の最後ぐらいは君の夫として君と共にいたい。僕は君の男なんだから」

「まったく……あなたという人は本当に」

 

 呆れたように苦笑する夫人だけど、その表情からは隠しきれない喜びが感じ取れた。

 

 これは俺がどういうこうするものではない。

 たとえできる力があって、人としてそれを為すべきだとしても、もうこの者達の気持ちは変わらない。

 これもある種、胸に抱いた思いを貫くという事なんだろう。

 

 そして、この日から程なくして二人は本当にこの世を去った。

 祖国に尽くし、家を守り、家族を想い、娘を愛し、誇り高きまま。

 




今回起こった三つの出来事。
1、ショコラデ・ショコラータ登場
2、明かされた衛星兵器とisとの生体融合処置
3、オルコット夫妻の最後

といった感じで小ネタとメタが多い回になりました。
捏造も多分に含んでいますが、大体こんな感じだったんじゃないかなぁとったところです。
娘セシリアを愛してないわけではないけど、誇り高さ故に死を選び。
夫婦仲もセシリアが思ってたほど悪くなかった。ただ立場故にお互い素直になれず、その結果セシリアには仲が悪く見えてしまった的な。

それから行間の間隔を変更しました。
既存の話の修正は少しずつやっていきます


次回、覇者と続く日々と第二回モンドグロッソ


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STORY18 気高き心と不安な思いと第二回世界大会

「デュノア家……何より、テオには大変お世話になりました。もう元気になりましたわ」

 

 オルコット家にあるセシリアの私室。

 深々と頭を下げてくるセシリア。

 暗い影が全て拭えたわけじゃないが大分元気を取り戻し、いつものセシリアに戻りつつある。

 

「そうか、それはよかった。これからが正念場だからな」

「ええ、お母様の遺志を継ぎオルコット家当主となった身。お母様達が亡くなって未だ悲しくはありますが、いつまでもふさぎ込んでいたら叱られてしまいますわ」

 

 微笑してセシリアは笑い飛ばす。

 

 オルコット夫妻が亡くなってから、少し経った。

 死因はやはり変わらず、鉄道の事故によるもの。

 死傷者百人以上という発表があるほどの大事故ではあるが、本当に亡くなったのはオルコット夫妻の二人のみ。死傷者は捏造されていた。

 

 この事実は勿論、二人の死の真相についてセシリアは知っている。

 俺からセシリアに包み隠さず全てを明かした。隠しておくようなことではない。むしろ、隠していることで禍根となる方が問題だ。

 どうあれ、二人を止めなかったことには変わりない。

 

「お母様達のこと気にかけてくださっているのですね」

「すまない。顔に出していたか」

「そうではありませんけど、見れば分かりますわ。お母様にはやはり生きることを選んでほしかった……けれど、誇り高い方です。お母様らしい選択だと思いますわ」

 

 今でも思うところがないわけでもない。

 だからか俺が気を使うべきなのに、逆に気を使われてしまった。

 

「強いな、セシリアは」

「あら、ご存じなくて。覇者たるテオの妻になる女ですもの、強くなくては務まりませんわ。テオがいてくれるから、わたくしは強くあれるのです」

「言ってくれる。ただ、無理はしないように。何かあれば、頼ってくれ」

「本当に何かあればその時は遠慮なく。ただでさえ、跡継ぎと遺産問題で後ろ盾になってもらい面倒ごとが回避できてますし、何よりまずはわたくしの力で今を乗り越えたいのです。お母様……お父様から受け継いだものがありますから」

 

 原作(俺がよく知る世界)であったような遺産問題は既に解決済み。

 婚約により、デュノアが後ろ盾となったことで遺産を狙うものはそう簡単に手出しができなくなった。

 加えて……ご主人が残した交友により、多くが隠居の身、家の力がそこまで強くはないが夫妻が亡き後のオルコット家を手助けしてくれている。

 つまりセシリアは国を頼る必要がなくなった。それでも道は変わらない。

 

「今、わたくしがやるべきことはオルコット家の存続と更なる発展。そして、イギリス代表IS国家選手になって……チェルシーとエクシアを再会させることですわね」

 

 全てを明かしたということはエクスカリバーのことは当然ながら、そのコアとなった少女についても知っている。セシリアの専属メイドであるチェルシーの妹、エクシア・ブランケットのことだ。

 知るのはセシリアだけではなく、チェルシーもまた知るところである。

 

「ありがとうございますっ、お嬢様……! このチェルシー、何とお礼を申し上げればいいか……!」

「礼などいいのです。わたくしがしたいと思えることですから。何より真実を知っても尚、わたくしにオルコット家に仕えてくれるチェルシーのその思いにわたくしは応えたい。未熟な身でたくさんの人に支えられているからこそ、そう思うのです」

 

 そう言うセシリアは凛々しく、感じられる気高さは何処か夫人のことを思い出させられた。

 

「今日ほど我が主がお嬢様でよかったと思えた日はありません。そしてテオドール様、本当にありがとうございます」

「俺こそ礼などいい。まだ何もできてない。俺もまた二人を再会させたいとは思うが……精々その意思表示ぐらいなものだ」

 

 本当にそれぐらいなもの。

 政府には詳細について混乱を避けるため伝えておらず、どうするか決められてない。

 破壊は絶対あり得ないが、かといってエクスカリバーを手中に収める算段もついてない。情報も足りない。

 手に入れても機体とコア、コアと身体の切り離しはするかもしれないからそうなるとあの者の力が必要となる。早く再会させてやりたいが、これはどうしても時間がいる。

 それでも目先の目的はまた一つ増やすことは出来た。

 

「意思表示していただけるだけで充分なのです。必ずや成し遂げてくれると信じていますから……誇らしき旦那様」

「なっ!?」

 

 驚いた声を上げたのはセシリア。

 俺は声を上げられないほど呆気に取られた。

 またどこぞのロイアルメイドみたいなことを言う。

 いや、貴族オルコット家に仕えているのだからそういう意味ではロイアルメイドではあるか。

 

「間違ったことは言ってないと思います。セシリアお嬢様が誇らしきご主人様ならば、そのお方の夫と将来なるテオドール様もまた誇らしき旦那様となるのです」

「た、確かに……? テオはわたくしの夫なのですから!」

「その通りでございます。誇らしきご主人様」

 

 二人の間で何やら納得しあっているが、セシリアはもうすっかりいつもの調子を取り戻したようで安心した。

 

「と……いつまでもわたくしだけがテオを独り占めするわけにはいきませんわね。シャルロットさんも今、お母様のことで大変のようですし」

「ああ……そうだな」

 

 不幸というものは続きやすい。

 シャルロットの母親、イリスさんの体調がここ最近よくない。

 元気な日もあるが、それでもベットの上で安静が常。酷い時は寝込んで起き上がれない日が何日も続く。

 時間が迫っている。皆必死なのだ。ここにいない看病につきっきりのシャルロットも、外法に手を出してでも生かそうとする伯父殿も、そんな叔父殿を止めようとする父上も。誰も彼もが必死だ。

 

「そして、テオは日本に行くのでしたね」

 

 セシリアの言葉に頷いて肯定する。

 オルコット家を発って少しすると日本に行くことが決まっている。

 第二回モンドグロッソが日本で開催されるからだ。

 

「言われるまでもないと思いますがそれでもです……お気をつけて。後、あまり火遊びはしないように。テオがいろいろと人を惹きつけるのはとてもよく知っていますが」

「随分と含みのある言い方をする」

 

 釘を刺されている。

 ということなんだろう、これは。いろいろな意味で。

 心配してくれているというのも勿論あるんだろうが。

 思い当たることはある……ドイツでの事とか。

 

「心配せずともこの身はそう簡単には傷つかん」

「そういうことではないのですが……まあ、いいですわ。夫の火遊びを許すのも妻の務めですものね。でも心配なものは心配。ならば」

 

 続く言葉はないが、セシリアは軽く両手を広げる。

 ハグでもして安心させろということか。

 そうだな。心配させたまま行くのはよくないか。

 だからといって、ハグでは味気ない。セシリアはハグされるものだと思っているだろうが、その予想を越えさせてもらう。

 

「まあっ」

 

 チェルシーの驚いた声が聞こえた。

 それもそのはず。誰もが抱いていた予想を超えたのだから。

 当然ハグはした。ハグだけでは済ませなかったということ。

 

「ちょっ! ちょっとテオっ!? い、いきなり口づけだなんて!」

「いきなりはすまない。しかし、こっちのほうがよりセシリアを安心させられると思ったものでな」

「ずるいお人。分かって言ってますわね、まったく」

「セシリアのことはしかと見ているからな」

「もう……ふふっ」

 

 呆れたように……そして、嬉しそうにセシリアがはにかんだ。

 嫌がるどころか、喜んでくれている。

 それにすっかり心配は拭えたようだ。

 

「ですが、口づけしてくださるのならもっと別の場所がよかったですわ。チェルシーが見ていますし……ファーストキスでしたのよ?」

「それは光栄だ。なら、次する時はもっと別の場所でゆっくりとな。その為にもお互いしたいこと、やるべきことを成し遂げよう」

「――!! ええ! そうですわね!」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ごめんなさい……こんなみっともない姿で」

「いえ。今日、お加減の方はいいみたいですね」

「ええ……ここ最近は伏せ続けることもなく何とか」

 

 微笑を浮かべるイリスさん。

 ベッドから抜け出すことは出来ないようだが、調子はよさそうだ。顔色もいい。

 けど、イリスさん自身も言ったように何とかといったところなんだろう。いつ体調を崩すか分からない油断が出来ない状況。

 

「お母さん……」

「気持ちは分かるけどシャルロット、あなたが心配のあまり気分を落としていたらイリスが気に病むわ。病は気からというでしょう」

「わ、分かっていますっ。けど……」

「まあまあ、シャルロットちゃんが明るく笑顔のほうがイリスはもっと元気になるわ」

 

 今日も変わらず、看病に励むシャルロット。

 その傍らには意外にも伯母殿、ロゼンダ・デュノアの姿がある。

 ここは叔母殿達の屋敷にあるイリスさんの部屋。今日たまたま居合わせたというわけではなく、屋敷の従者達に任せることなく伯母殿自ら献身的にイリスさんの看病をしている。

 そして、母上。何というか。

 

「大所帯ですね……ここは」

 

 デュノア家の女が大集合。

 伯母殿も母上も忙しい身。女子四人が集まることは稀だ。

 だからこそ、読み取れたことがある。

 

「ええ、本当に。大騒ぎにしてしまい申し訳ないです」

「大丈夫。皆各々好きでやってることだし病人が気にすることじゃないわ、イリス」

「マリー様の言う通りだよ! お母さんに元気になってほしいから!」

「マリー、シャルロット」

「それでも気にするのなら早く元気になることね。元気になった暁にはまたびしばし仕えてもらうからその様に。それにまあ、こういうのは後々いい思い出にはなるだろうからね」

「はい、ロゼンダ様。ありがとうございます」

 

 この場にいる誰しもがイリスさんの回復を心から祈っている。

 と同時にイリスさんが長くないことを誰しもが言葉に、表に出さないだけでよく理解している。

 だからこそ、看病という形で少しでも多く一緒の時間を残そうとしている。もう一つは。

 

「テオはこんなところで油売っていていいのかしら?」

「伯母上、別に油を売っているわけじゃありませんよ。この後、すぐ発ちます」

「テオドールさんはこれから日本に行くのでしたね」

「そうです、モンドグロッソがあるのでデュノア社の代表として向かいます」

「一人で大丈夫かしら。お母さん、心配だわ」

「心配いりませんよ。父上も伯父上も今はフランスを離れたくないでしょうし」

 

 伯父殿はイリスさんのことは勿論、オルコット夫妻から受け取った生体融合処置技術や救命領域対応についてなどの研究があるから国を離れるわけにはいかず。

 父上はそんな叔父殿から目を離す訳にもいかず、国内での仕事もある為、離れられない。

 ならばと白羽の矢が立ったのがこの俺。とは言っても一人で行くわけではなくデュノア社の専門社員、大会に出場するフランス代表のショコラデ・ショコラータとそれを支える専属のスタッフ、多くの大人と一緒だ。あくまでも日本へいけない叔父殿や父上の代理。言うならば、お飾りだ。

 それでも日本に行けるのはありがたい。これもある意味、大事な時期なのだから。

 

「まったく、あの二人は……これは自分の役目だって思いこんで周りが見えなくなってるのよね。で、お互い意地の張り合い。いい歳して情けない」

「そう? 可愛いじゃない、歳遅れの兄弟喧嘩みたいで」

「そ、そういう事じゃないと思うわよ」

 

 叔母殿が呆れ、母上はいつもの調子で、イリスさんが突っ込む。

 そんな様子を見てシャルロットと顔を見合わせ苦笑いする。

 男がバラバラだからこそ、反対に女性陣は一致しているということだろう。

 

 慣れ親しんだ光景。これも後わずか。日本へ発つのが惜しくなる。

 それでも日本へ行かなければならない。

 

「すみません、こんな時に離れることになって」

「テオが謝ることはないわ。テオはテオの務めを果たしてきなさい。イリスには私達がいることだし」

「マリーの言う通りよ。それからアルベールとサンソンのことは私達に任せなさい。手綱はしっかり握っているわ」

「私のこともお気になさらず。テオドールさんはどうか務めを」

 

 ここに居てもできることは知れている。

 務めがあるのなら果たすべきだな。

 

「はい、今一度肝に銘じます。時間ですので、それでは行ってまいります」

「ええ、いってらっしゃい」

 

 皆に見送られる。

 

 シャルロットの母親については記述が限られていていくら原作知識がある(今後のことを知っている)とは言え、細かくどうなるかまでは分からない。

 だから日本に旅立つ前、イリスさんの様子を見られてよかった。

 

「あ……テ、テオ」

「ン……どうかしたか? シャシャ」

「その……い、いってらっしゃい! 気をつけてね!」

「ありがとう。行ってくる」

 

 シャルロットはもっと別のことを言うと思ったが違ったか。

 兎も角、今は空港に行かなければ。余裕を持っているが、時間は迫ってくる。

 そうして、叔母殿の屋敷を後にしようとした時だった。

 

「待って! テオ!」

 

 シャルロットに呼び止められた。

 

「やはり、何かあったのか」

「うん……その、大したことじゃないんだけど本当に気を付けて」

「そんなことか。よく気を付け」

「そういうことじゃなくてっ」

 

 シャルロットが語気を強める。

 心配してくれているが、心配以上のものがある様子。

 まるで何かを感じ取っているような。

 

「上手く言えないんだけど、日本で悪いことが起きるような感覚がして、それにテオが巻き込まれる感覚がして……何というか胸の奥、心が寒くなる感じがして」

「感覚、感じ……ニュータイプみたいな物言いをする」

 

 この感じ様は本物だ。

 これから先に起こることをしかと感じ取っている。

 しかし、シャルロットにニュータイプの素養はないはず。素質があったとしてニュータイプ能力を開花させた者達のように本能を刺激するような戦闘の日々にいるわけでもない。

 なら考えられるのは。

 

ニュータイプは感染する

 

 いつぞや何処かで誰かが言った言葉。

 この世界にはなかった感覚とその反応。

 考えられるのはニュータイプの感染。出会ってからもう数年。一番長く時を一緒にしたのはシャルロットで、心を通わせてきたのだからその可能性はなくはないか。

 

「ニュータイプ?」

「ああ、すまない。こっちの話だ」

 

 可能性の域を出ておらず、本当に感染しているかなど確かめようがない。

 興味を惹かれるが今はシャルロットを安心させるのが先決。

 見誤ってはいけない。

 

「そうか。安心してと言ってもそうすぐには難しいだろうがそれでも安心してほしい」

「分かってる。心配してついて行ったりしたところで私に出来ることはないから」

「そうとは言い切れないと思うが今、シャシャにはイリスさんの傍を離れてほしくない。正直、許された時間は限られている」

「それは……うん」

 

 はっきりと言うしかなかった。

 分からないシャルロットではなく、事実を受けとめている。

 

「それにだ。日本には心強い友人もいる。シャシャもよく知っている者達だ」

「更識さんだよね。確かに心強いけど」

「なら尚のこと案ずることなかれだ。それにもし本当に悪いことが起きようとも乗り越え無事な姿でシャシャの元へ帰る。天才テオドール・デュノアを信じろ」

 

 豪然と言ってシャルロットを抱き寄せる。

 心配させない為には一番にどんなことが起きても俺なら大丈夫だとシャルロットに信じさせること。

 だからこそ、あえての豪然とした物言い。

 

「信じてるよ、もちろん。信じて待ってる」

 

 シャルロットは抱き返してきながらそう言った。

 不安は少しでも和らいだようで俺の方が安心した。

 

「あ……けど」

「まだ何か」

「巻き込まれるのが避けられないからって自分から飛び込むのは可能な限りギリギリまで自重してね」

「そんなにか」

「うん、だってテオ火を見ると飛び込まずにいられないでしょ。だからって止まれる人でもないから自重」

「ぐっ……返す言葉もない。流石はシャシャ」

「お優しいテオドール様の従者ですから」

 

 とシャルロットにまでしっかり釘は刺されたのだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 そして、やってきた日本。

 二度目の来日。ちょくちょく日本については情報を仕入れていたが、それでも数年ぶりだから実際見る光景、何より雰囲気はまた違う。

 活気に溢れている。開催地だからという理由もあるんだろうが、もっと別のものがあるような感じはする。

 

「デュノア様、着きました。どうぞ、足元にお気をつけて」

 

 車が止まり扉が開くと降りる。

 大会の数日前に日本へやってきてデュノアの者達やフランス政府の役人達と打ち合わせもそこそこに済ませ、ある場所に顔を出しに来た。

 更識家。日本に来てここは外せない。アポは取ってある。家の中へと通されると出迎えられた。

 

「いらっしゃい……テオ」

 

 約束していた楯無……ではなく簪に。




セシリアは口調が絶妙に難しいけども、安定したヒロイン力。
一つ頭が抜きんでてしまいますね。

続いて、シャルロット。
感染した経緯は作中の通りですが
ニュータイプに感染したといっても、他の人よりほんの少し勘がいいとかそういう感じです。
流石にオーラ出したりとか摩訶不思議な能力までは開花してないです。


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STORY19 覇者と簪と彼女の強さ

年が明けてから大分経ちましたが、新年あけましておめでとうございます。
何か月も期間が開いた間、たくさんのお気に入り登録ありがとうございます!
更新ペースはゆっくり目になると思いますが、今年も一年今後ともよろしくお願いします!


「どうぞ……お茶になります」

 

 簪からそっとお茶が出された。

 湯気立つ日本茶はいい色をしている。

 

「ごめんなさい……折角来てくれたのにお姉ちゃん、家に居なくて」

「いや、簪が謝ることはない。今回は楯無から前もって連絡あったからな」

「今回……そっか、前は連絡すらなかったもんね。私もお姉ちゃんから連絡あったからこうしてちゃんとおもてなしできてるけど」

 

 元々、楯無とは今日会えるかどうかといったところだった。

 連絡に気づいたのは更識家に着いてからにはなってしまったが、それでも楯無から前もって謝罪と断りの連絡はあった。

 楯無と会えないのは残念ではあるが、後日……大会前日の宴会ないし遅くても、世界大会当日には会える。

 それにただ楯無だけに会いに来たわけじゃない。簪にも会いに来た。

 

「ちょくちょくビデオ通話顔を合わせていたがこうして直に顔を合わせるのは前会った時、初めて会った時以来か」

「うん……小学生以来。懐かしいな……」

「ああ。すまないな、こうして会いに来るのが遅くなってしまって」

「ううんっ、謝らないで。こうして今会えただけで嬉しい……テオ、いろいろ忙しいでしょ? 家のこととか会社のこととか……後、婚約者の人ともいろいろあるだろうし……」

 

 何故、今婚約者のことを言う。

 婚約したと初めて伝えた時、驚いていたから頭に思い浮かんだとかだろうか。

 それはそうと一つ目に止まったことがあった。

 

「えと……ど、どうかした……? そんなジッと見られると困る……」

「いや、昔とは雰囲気が変わったものだと思ってな」

「そ、そうなの……?」

 

 カメラ越しでは感じなかったが、今こうして簪の雰囲気を直に感じると昔とは決定的に違っている。

 

「あえて言うならば、強くなったような感じがする」

 

 昔は正直もっとおどおどとして自信なさげだった。

 しかし、今はどうだ。堂々としている。

 メッセージでのやり取りやテレビ通話でのやり取りで俺に慣れたというのもあるんだろうが、それだけじゃない。

 強くなった感じるのはまず一番に簪が自信を持っていると感じるから。

 

「強くなった……テオにそう言ってもらえるなら嬉しい。本当に強くなれてるのならもっと嬉しい。テオと直接顔を合わせなかった時間、ただ何となく過ごしてきたわけじゃないから」

「頑張ってるんだな、簪は」

「うん……テオの頑張ってる姿、見てたら私も頑張ってみようと思って。今までやらされてるだけと思っていた勉強とかお作法の稽古や習い事、薙刀術……自分から進んでやるようにしてるの。本当、些細な事……なんだけど」

「充分すぎる。そういう些細な事が大事なのだ」

 

 いきなり大きなことから始めようとしたところで躓いてしまう。

 自分が普段からしている些細と思えることから取り組むことが肝心で大事なこと。

 

「そ、そっかっ……実は、ね。テオが飲んでるそのお茶、私が入れたんだ」

「ほお、通りで美味いわけだ」

「ふふ、お世辞でも嬉しい……今は本当に些細なことばかりだけど、近いうちに私……日本代表候補生の試験、受けようと思って」

「代表候補生を……」

 

 少し驚いたが、それ以上に大きな納得があった。

 原作(俺が知る世界)だと詳細は記述されてないが単純に考えると時期的には今、もう少し遅いぐらいか。

 

「うん、代表候補。最近、更識の中でそういう話が持ち上がってて……お姉ちゃんはもう別のところの代表になるみたいで……家の都合がそうだからなれるとかそんな簡単なことでもないけど、ただ流されるぐらいなら私が自分からその場所飛び込んで頂へと昇っていこうと思うの」

 

 淀みなく簪は言い切った。

 こちらへと向ける視線、その瞳の奥には力強さ。そして、確かに自分の進む道を見据えているのが伝わってきた。

 

「立派だな。頑張ってるのがこうして話しているだけで充分伝わってくる」

「そ、そうかな……? 頑張れてるのはテオのおかげ」

「俺が?」

 

 思い当たる節がすぐには出てこず、記憶を探る。

 そんな様子に簪は少し寂しそうな、仕方ないなといった様子で小さく微笑むと言った。

 

「覚えてないよね、何年も前のことだもん……テオにしたら何でもなかったことかもしれないけど私は私だって言ってくれて、私のこと信じてくれて嬉しかった」

「君を信じる俺を信じろ……だろ」

「えっ! 覚えて、くれてたの……?」

「覚えていたとも。厳密には今しがた思い出したばかりだが」

「それでもいいっ、充分っ……私あの時のことがあったから頑張れてるの」

 

 まるで幼子が小さな宝物を大切そうにそっと抱えるみたいに簪は胸の前で手と手をぎゅっと握っていた。

 

「信じられるようになったみたいだな」

「うんっ……テオが信じてくれてるんだもん、前より少しは自分のこと信じられるようになった。だから、テオのおかげ」

 

 どうやら俺は更識簪を見誤っていた。

 精神面で脆い印象が強かったが、それはただ自信がなかっただけのこと。

 自信を手に入れ、強烈な意志を宿すことが出来れば目的を遂行できる強さを元から持っていた。

 それが今、花開いた。こんなにも強い。

 

「そうか、それは身に余る光栄だ。是非とも簪のその頑張り応援させてくれ」

「それは勿論っ……応援してくれると嬉しいっ……これからも私がテオのこと信じてもいい……?」

「ああ、それが力になるのなら。信じるといい、このテオドール・デュノアが信じる更識簪のことを」

「うんっ……!」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 大会前日の夜。

 前夜祭に招かれ、日本都内に建つ高級ホテル。そこの宴会場にいた。

 一般公開の部を終え、今は関係者のみの披露宴。ここには大会に出場する選手は勿論、それを支えるスタッフや各国の政府要人。多くの人で賑わっている。

 見知った顔は多い。こちらがそうなら、向こうの中にもこちらを顔見知る者は当然いる。いすぎて多い。

 

「デュノア社の目覚ましいご活躍耳にしておりますよ。素晴らしい限りですな」

「ありがとうございます。これも優秀な社員達、そして我が社をご贔屓していただいている皆様のおかげです」

「はははっ、嬉しいことを言ってくれる」

「流石はアルベール・デュノアの甥だけありますな」

 

 取り引きしたことのある企業の者、名のある企業の者、著名人。

 このように大勢の大人に囲まれていた。パーティーが始まってからこういったやり取りばかり。人が途絶える気配はない。

 まあ、慣れたものだ。今日みたいな場に限らず、パーティーごとに出ると決まってこうなる。

 

「我が国でも採用させていただいているISラファールも当然ながら、ミスターテオドールも大変優秀。デュノア社は無論のこと、ミスターテオドールには我が国と我が社をご贔屓していたたければ」

「なっ!? 我が国も我が社もどうかご贔屓に! お力になれることがあれば、なりますので!」

「抜け駆けを! 私共もどうかぜひ――」

「はい、嬉しいお言葉感謝します。しかと覚えておきましょう」

 

 こんな反応をされるのも慣れたもの。

 邪険にはしない。頭の片隅に残して、適当に流す。

 相手していたらキリがない。

 

「すみません、自分はこれで」

「おおっ、これは申し訳ない」

「先ほどの話よろしくおねがいしますよ」

「はい。それでは」

 

 適当なところで話を切り上げ、その場を離れる。

 これじゃあ、いつもと変わらないな。

 まあ、幸いこの程度で済んでるのはこのパーティーの目玉、大会に出場する各国選手のおかげだろう。注目と人をいい感じに集めてくれている。我がフランスの国家代表選手であるショコラデ・ショコラータもそうだ。

 フランスにいる時と変わらず、ここにきた者達が連れて来た家族であるところのファン達に囲まれている。敵地であろと劣らずの人気っぷり。

 ショコラータと目が合った。周りに断りを入れるとこっちにやってくる。

 

「どうした、ショコラータ。ファンとの交流はいいのか」

「大丈夫よ、充分したわ。それに丁度、一息入れたかったところから」

「そうか。で、どうだ? 一通り前夜祭に出た感想は」

 

 丁度いい。気になっていたことを聞いてみた。

 

「そうね、来日してからずっと感じていることなんだけど、日本は活気に満ち満ちてる。ここにいるような人達は勿論、普通に暮らす人達までもが」

「それは俺も感じているところだ。この会場の華やかさといい。開催国として自負が感じられる」

「後、本物の世界クラスという奴を感じたわ。あれこそが本当の世界クラスというのね」

「ほぉ、フランスを代表するスーパーモデルの君が珍しい。そんなことを言うとは」

「言いたくもなる。彼女達を目の前にしたらね」

 

 そう言った視線の先を追うと彼女たちの姿はそこにあった。

 一人はイタリア代表のアリーシャ・ジョセスターフ。そしてもう一人が日本代表の織斑千冬。

 二人は沢山のファンに囲まれ、対応に追われている。人数だけで言えば、ショコラータの時よりも多い。

 

「注目の的よね」

 

 まさにその通りだ。

 しかも、注目しているのは二人を囲んでいるファン達だけではない。その周りで別の相手と談笑している者達、他国の国家代表ですら意識の片隅では二人に注目している。

 他とは存在感が圧倒的に違う。中でも織斑千冬は別格だ。無視できない。

 

「ねぇ、こっちに来るわよ」

「何」

 

 こちら捉えたのはアリーシャ・ジョセスターフ。

 周りに断りを入れると織斑千冬の手を取り、一歩踏み出す。

 すると風が通り抜けたようにこちらまで一筋の道ができ、織斑千冬の手を引きながらやって来た。

 

「あら、アーリィ。何からご用?」

「ショコラが噂に名高いデュノアの天才御曹司と一緒なのを見つけてサ、折角だから千冬とご挨拶をと思ってサ」

「……」

 

 笑みを浮かべるジョセスターフとは対象的に織斑千冬は言葉なくそっぽ向いて仏頂面。

 ショコラータとは交友があるようだが、まさかこんな形で会うことになろうとは。

 驚きはあるが同時にこれはチャンス。二人とは話してみたかったが、あの人の多さ。どう接触しようか考えあぐねていた。折角の機会ものにしていく。

 

「これはわざわざありがとうございます。お二人とはぜひ話がしたかった。自己紹介を。自分はデュノア社のテオドール・デュノア。以後、お見知りおきを」

「これはご丁寧にどうもサね。私はアリーシャ・ジョセスターフ。イタリアの(テンペスタ)アーリィとは私のことサ!」

 

 堂々たる名乗り。

 絵になっているのは彼女が放つオーラ、実力が伴っているからだろう。

 だからこそ、彼女が名乗っただけでこちらに向けられていた疑いの視線が羨望の眼差しとなった。

 二つ名か……いいな。見習おう。

 

「千冬も自己紹介したらどうなのサ。まったく日本人はシャイなんだからサ」

「そういうのじゃない。失礼しました。私は――」

 

 そっぽ向いていた織斑千冬がこちらを向く。目が合う。

 圧、ブレッシャーを感じる。これが世界最強の圧か。悪くない。

 向こうもやはり俺から何かしら感じ取っていたようで目の奥を覗くような視線で俺が何者なのか探っているようだ。

 当然の反応だ。だが、そう簡単に探り当てられるものでもない。受けてたつ。

 

「――……私は日本代表織斑千冬です。よろしくお願いします」

 

 短く名乗り、軽く会釈する織斑千冬。

 

「それだけ? 世界最強ブリュンヒルデ織斑千冬! ぐらい名乗ればいいのにサ。ねぇ、ショコラ」

「そうね。千冬にはもっと華やかさがあったほうがファンも増えるわよ」

「名乗るかっ。別にファンを増やそうとは思ってないし、そもそもキャラじゃないだろ」

 

 確かに彼女みたいに名乗る織斑千冬は似合わないな。それはそれで見てみたい気はするが。

 それに三人は気心が知れているようだ。そんな二人の様子をこちらが見ていることに気づくと織斑千冬は誤魔化すように咳払いを一つした。

 

「こほん……申し訳ない。ミスターテオドールの前でこんな悪ふざけを」

「いえいえ、世界を有数のトップ操縦者同士のやり取り勝手ながら楽しませていただきました。我がフランスのショコラータとも懇意にしてもらっているようで」

「え、ええ……ミスターテオドールならご存知かもしれませんが彼女とは」

 

 織斑千冬を中心にして雑談話を広げる。

 警戒こそはされていたが、彼女は今もう既に成人した女性。

 大人の対応でもてなしてくれた。

 

「ン……」

「どうかなされましたか? ミスターテオドール」

「お話は大変楽しかったのですが、この辺で自分は少し休ませてもらおうかと。それにあまりミス織斑方を私が独り占めしては罰が当たりますから」

「罰? ああそういう……」

 

 俺が言いたいことを理解したのか織斑千冬は周りに目を向け納得した。

 俺達が話し始めた最初の頃は何を話しているんだろうと喜々とした様子で気にしていたが、時間に経つにつれじれったくなったんだろう。

 今宵の時間は限られている。少しでも多く言葉を交わし、些細でもいいからあわよくば縁を作っておきたい。そんなところだろう。

 だから、話が終わるのを今か今かとそわそわしながら待つ者がいれば、かたや別の相手と話をしながら、はたまたこちらを様子を観察しながら話に入り込む隙がないかと探る者など多種多様。つまるところそろそろ代われといったところ。俺と織斑千冬達、どちらにも対して。需要は織斑千冬達の方が高いだろうが。

 

「申し訳ない、ミスターテオドールに気を使わせてしまって」

「いえ、休みたいのは本当のことですし気になさらず。お話できてよかった」

「こちらこそ」

「そうサね、デュノアの天才御曹司の異名は伊達じゃなかったということがよく分かった。これは将来が楽しみサ!」

「ありがとうございます。自分もお二人が出る大会での活躍、楽しみにしております」

 

 それを最後と別れに言葉をにして、軽く会釈する。

 

「じゃあ、私はもう少し自由にさせてもらうわね」

「Okだ、ショコラータ。ただしっかり広告塔の役割は果たしてくれよ」

「言われなくても。しっかりフランスとデュノアのことよく言っておくわ。御曹司はおいたしないようにね」

「分かっている」

 

 軽口に背を向けたまま軽口を返しながらその場を離れていく。

 さて、休むといったがどこでどう休むか。

 後ろを振り返れば、もう織斑千冬達はファンサービスに追われている。

 ぼんやりしてたら同じことになりかねない。実際、こちらにも話しかけようとする視線が集まりつつある。

 視線を流す様に歩き続けていると足が止まった。ある者達の姿が目に留まった。

 

「簪、それに楯無……」

「あ……テオ」

「あら本当、テオ。お父様、ほらデュノアの」

 

 こちらが気づくと簪、楯無、彼女達の父親の順番に気づいた更識家一行。

 事前に貰った参加者リストには名前が乗ってなかった。まあ、いてもおかしくはない。忘れそうになるが更識家は日本の暗部。もっと言うならば対暗部の家系だったけか。

 気づかれたからには無視もできまい。挨拶ぐらいはしておく。

 

「こんばんは、更識家の皆様方」

「こんばんは、テオドール君。今宵の宴は楽しんでもらえているかな」

「はい、もちろん。各国の様々な方とお話しできて楽しい限りです。簪は先日ぶりだな。楯無は本当に久しぶりだ」

「うん……先日ぶりだね、テオ。こんばんは」

「こんばんは、テオ。ごめんなさいね、結局会えないままになってしまって」

「いや、気にするな。忙しいのは知っていたからな」

 

 元気そうで安心した。

 

「ところでテオはこんなところでぷらぷらしてていいの? 今宵の人気者じゃない」

「知っていたか。今しがた一段落つけて一休みをと思っていたところなんだ」

「あら、そうなの。じゃあ、邪魔しちゃ悪いわね」

「いや、構わない。一人でいたらいずれまた同じことになるからな」

「そう。なら、お父さ」

「あ、あのっ……お父様っ、よければ楯無姉さんに今からテオと過ごす時間をあげてくれませんかっ」

 

 楯無よりも先に言ったのは簪だった。

 二人が言うことは同じことなのは何となくわかった。この場にいる誰もが驚いた。

 おそらく今夜は楯無も忙しかったんだろうから、それを思って言ったことだろうがまさか簪が先に言うとは思っていなかった。

 誰よりも驚いているのが楯無。

 

「きゅ、急にどうしたの?」

「テオが一休みするならお姉ちゃんも一緒にと思って。お姉ちゃんも今夜、ずっと働きっぱなしだから」

「それはそうだけど、簪ちゃんが気にすることじゃないわ。それが私、楯無の役目だもの。というか、働きっぱなしは簪ちゃんもなんだからテオと一休みしてきていいのよ」

「私はいい……この間、テオと二人っきりになれたから今度はお姉ちゃんの番。ゆっくりしてきて」

「う、う~ん……そう、言われてもね……」

 

 確かな眼差しを楯無に向ける簪。

 それに思わず、楯無は返す言葉がなくなる。

 気持ちは嬉しくここまで言われたら断るに断れない。どうすればいいのか分からなったといった様子か。

 たまらず楯無はこちらへ救いを求めるように見てきた。そんな目をしながら見られてもといったところではあるが、手を差し伸べるぐらいはしてやろう。

 

「簪がこう言ってくれているんだ。楯無、一休みする間の相手お願いできるか」

「え……でも、私が休むのは……」

 

 楯無はちらりと視線を簪へと向ける。

 心配なんだろうし、簪の手前自分だけが休むのはできないか。

 

「これはただの休みではない。フランスのデュノアが産んだこの天才(てんっさい)テオドール・デュノアの相手をするのは更識、日本にとって意義のあるものになると思うが。まあ、接待の仕事だ」

「仕事なら……」

 

 しぶしぶといった様子ではあるが納得してくれつつある。

 なら、念には念を。楯無達の父親に断っておく。

 

「すみません、更識殿。勝手に話を進めてしまって」

「いや、気にすることはない。君が言うことはもっともだ。君の価値は確かに高い。しかし、相手役は楯無だけにしてほしい。いなくなった後の当主代行は私がやるがその補佐にせめて簪は残っていて欲しいからな。それに娘二人とも、君にとられる覚悟はまだ急にはな」

「ええ、弁えてますとも。感謝します」

「うむ……では娘よ、楯無の役目をしかと果たすのだぞ」

「はい。ごめんね……簪ちゃん」

「なんで謝るの。私も更識の人間だから当然のこと。お姉ちゃんはちゃんと休んできて」

 

 強い簪に楯無はただただ押されていた。

 強くなったと感じたが、その強さをこうして目にするとより一層実感するものがある。

 

 何はともあれ、話はとりあえずまとまった。

 簪達に一礼すると楯無と共にこの場を後にした。




というわけで始まりましたモンドグロッソ編。
役者が揃いつつあり、ここから動いていきます。
今回は簪のターンでしたが、簪はヒロインの中で特に好きなのでちゃんと書けて良かったです!


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STORY20 覇者と楯無と彼女の苦悶

 案内されたのはホテル内にある一室。

 楯無が用意してくれた。それだけあってなかなかいい部屋だ。

 

「好きなところに腰かけて。お茶用意してもらったけど飲む?」

「いただこう」

 

 ようやく一息つく。

 宴会場を後にしたことで悪目立ちないし目立ちはするだろうが人目がないだけ気持ち楽になる。

 

「何だかんだ強引に話を進めてしまったな」

「いいのよ、これで。ここ最近、仕事でずっと大人の相手ばかりで息をつく暇もないぐほどだったから、ベストタイミングね」

「かもしれんな。簪には感謝しなくてはな」

「そうね。おかげでこうしてテオと二人っきりになれたわけだしね!」

 

 とウィンクのオマケ付き。

 言っていること自体は間違ってない、楯無らしいといえばらしい。

 しかし、無理しているように見えて。

 

「何か反応してよ。つれないわね。婚約者ができると冷たくなるのかしら」

「どうしてそうなる。簪共々姉妹揃って婚約者のことを気にする」

「あら、そうなの。なるほどねぇ~簪ちゃんも……」

 

 含みのある言い方をしながら楯無は一人納得する。

 姉妹だから通じ合うものがあるのだろうか。

 

「まあ、そりゃ気になるわよ。お友達の男の子にある日婚約者が出来たらね」

「そういうものか?」

「そういうものよ。乙女心は複雑なの」

 

 乙女心を持ち出されるとお手上げだ。

 確かに複雑だ。男の俺が完全に理解するなんてのは無理がある。

 

「でも、別にテオは身持ちが堅いってわけでもないのよね。私、魅力ないのかしら」

「魅力的だと思うが……それから、身持ちが堅いわけでもないとは随分な言いようだ」

「だって、そうでしょ。ワイヤードのショコラ、(テンペスタ)のアーリィ、そしてブリュンヒルデの織斑千冬。ねっ」

 

 またウィンク付き。ねっじゃないがおかげで分かったことがある。

 からかわれてるな。更識楯無はこういうキャラ()だ。見ていたか、あるいは俺達のことを耳にしていて事情を分かった上で言っている。

 

「身持ちは堅いつもりだが皆が放っておいてくれないのだから仕方なかろう?」

「またそんな言い方して。本当、つれない人。実際、アリーシャ様達だけじゃなくて各国の要人にも相変わらずモテモテだったわね」

「天才天才とおだてて少しでもデュノアと繋がりを持とうとする。いつものことさ。今宵は宴会の華やかさのせいかいつもより皆浮かれていたな」

「浮かれてもらわなくちゃ困るわ。その為の披露宴でもあるんですもの」

「狙い通りという事か。実際、これほど華やかなものを開くとは思っていなかった。ここだけじゃない。日本全体が華やかになったと聞く。もしかしなくても」

「そう、IS様々ってところかしら」

 

 言いたかったことを楯無は代弁してくれた。

 何の理由もなく突然華やかになることはまずない。

 華やかになる理由は確かにあって、思い当たるものがあるとすればISだ。

 

「もっと言うならIS誕生によって生まれたもののおかげね。ISそのものは目立つ存在ではあるけれど、周りとのパワーバランスを保ったりだとかする為のもの」

「重要ではあるが利益は知れているか」

「コア数が限られてるからね。それでもIS開発するにあたって得た技術はあって、多少なりと他へ転用できる。EOSなんかは最たる例よね」

「そうだな。ISの数億倍は稼がせてもらっている」

 

 これは身をもって体験していることだ。

 ISあってのものではあるが、ISはコア数の関係で限度がある。

 その点EOSは限度なく幅広く提供可能だ。今はまだ少しずつだが民生用、作業用へと発展が進んでいけば、需要は更なるものになる。

 

「そう言えば、日本もEOSを採用してくれたな」

「国連製グローバルモデル、GMタイプのカスタムをね。本当なら完全自国製にしたいところらしいけど、国内各所と調整が難航してるっぽいのよね」

「日本らしいな。だが、資料によれば性能はかなりいいじゃないか」

「カスタムパーツは安心の信頼のメイドインジャパンですもの。うちにも数機配備回したし、自衛隊を中心に災害現場でISのサポート役として活躍中。利益も上場」

「それだけではないだろ」

 

 EOSだけではここまでなことはならない。

 まだ何かあるはず。

 実際、その通りな様で楯無はやっぱり分かる?といった風に微笑えんで教えてくれた。

 

「一番利益があったのはIS学園の創設ね。某国から作れってうるさく言われたのを逆手にとったの」

「IS学園の創設、それにまつわるその他諸々を公共事業としたのだったな」

「その通り。IS学園創設を日本の一大事業にしちゃったってわけ。その甲斐あって創設に関わる大小様々な業界達に莫大な利益をもたらすことが出来た。勿論いろいろな対策や補助とかあってのことで。何より完成した後の今もその得たお金、税をうまく回せてるってのもあるんだけど」

「実際上手くやってると思う、今の日本は。金は使わないと回らない。損して得取れというんだったか、こういうのは」

「あら、よく知ってるじゃない。やっぱり、連鎖の循環は大事よね」

 

 懐が潤い、金が使いやすくすれば使う人も増え始める。

 そうすればまた誰かの懐が潤い、そのまた誰かが金を使う。

 そして経済が回れば、国が豊かになる。豊かになれば経済は勿論、国内が回る。

 一見すると絵空事のようだが、事実今の日本はそうした高度な連鎖が輪になって循環している。

 そのおかげもあって今の日本、豊かさ。そして今宵の宴のような華やかさに繋がったと。

 

「後は日本国民の意識の改革と言えばいいのかしら。心のよりどころが出来たのが一番大きいわね」

「どういうことだ……?」

「世界を今の形に変えてしまったISの生みの親、篠ノ之束博士は日本人でしょう? 産まれは由緒ある神社の生まれで申し分なし。若い天才と称される女性。恐れや困惑とかいろいろあるけど、同じ日本人ってだけで共感しちゃったのね。こんな凄い人と同じ日本人で自分も誇らしいって」

「古すぎないか、それは」

 

 理屈としては分かる。

 世界的な賞を取った者がいたとして、自分と同じ出身の人間というだけで自分も誇らしく思えたりする。

 よくある同じ国の人間として誇らしいという奴。

 

「古いとは私も思うけど、そういうものよ。世界は変わっても人はそう簡単にはってね。で決め手は織斑千冬」

「織斑千冬……」

 

 何故、彼女の名前がここで。

 

「ほら、篠ノ之博士って人前に滅多に出てこないじゃない。その点、織斑千冬は日本の国家IS選手として露出度は高い。ほとんどの人が知っている。そんな彼女はIS初の世界大会で圧倒的な力をもって優勝を納めた」

 

 脳裏に浮かぶのは第一回世界大会でこの目を持って見た彼女の勇姿。

 そして、それを見た周りの反応。

 

「なるほどな、輝かしく見えてしまったのか」

「そういうこと。新時代の到来を告げる優勝という輝かしさ。尚且つ、ISって案外分かりやすいのよ。スポーツって体裁は取ってるけど、所詮兵器。人々にまだ白騎士事件は記憶に新しいから自分と同じ日本人が作ったISを使って自分と同じ日本人が世界最強になったことが余計、変な自信みたいなものになっちゃったのよね。自分達もやればできるんじゃないかって。実際、やってみれば日本はここまで成長できちゃったわけだし」

「心のよりどころになるには充分すぎるな」

「恐ろしいまでにね。変化ばかりのここ数年だからこそ、そういう存在の必要性と欲求はIS誕生前よりは高くなっちゃってたし。それにほら、彼女は心のよりどころにはうってつけじゃない。象徴的なアイドル適性あるというか、容姿も悪くない。クールで強くてカッコイイ次世代の女性の在り方を体現してるみたいで」

 

 アイドル、言えて妙だ。

 適性は確かなものだ。彼女の人気っぷりが正にそう言える。いろいろと合点がいった。

 人々の華やかさはそう言うところから来るもの。

 世界の変革、社会の流れ、時世と日本国民の求める理想的なアイドル像と一致する存在の誕生。いろいろなものが噛み合い過ぎた。恐ろしいまでに。

 

「大変興味深い話だった。聞かせてくれたこと感謝する。楯無……いや、刀奈も……やはり、何でもない。忘れてくれ」

 

 楯無が聞かせてくれた話でISの誕生による変化、社会の移り変わり、篠ノ之束と織斑千冬、二人を日本人が一般的にどう思っているのかを知ることが出来た。

 私感を交えながら楯無は話してくれたが、何処か他人事のようにも聞こえた。ならば、実際のところこの一連のことをどう思っているのか素直な感想が聞きたかった。

 しかし、同じ日本人としてどう思うかなどと楯無に聞くのは無粋のように思えて口を噤んだ。楯無の今いる立場は複雑なのだ。

 

 そんな俺の思い。もとい余計な気遣いを小さく笑いとばして許してくれた。

 

「ふふっ、天才テオドールに気遣われて光栄ね」

「俺とて気ぐらい遣うさ」

「その名前で呼んでおいて? ずるい人。まあ、テオの言いたいことは分かるわ。隠すほどのことじゃない。日本の対暗部の暗部、防諜の更識家当主としては日本が豊かになったことも二人が日本在住の日本人なのも喜ばしい事ね。もし二人が他国の人間だったら日本はこうにはならないどころか、酷いことになってかもしれないもの。二人とも日本にいるから監視もしやすい」

 

 これが更識家当主としての素直な感想。

 過程に様々なことがあったが、日本がこうなれたのは二人が日本人というのは確かに関係しているだろう。

 居場所が分かっていて、それが自国だと監視しやすいのも確かにだ。

 

「それが納得いかないのが周りの国。特に我がロシア」

 

 突如として楯無の口から出たロシアという国名。

 そして、日本人であるのにも関わらず我がロシアという言い方。

 

「そう言えばロシアのIS操縦者、国家代表になったのだったな」

「本当、耳が早い。なったにはなったけど、次期ね」

「日本人の楯無がどうやってロシアの代表に?」

 

 元々知っていたことではあるし、確認も取ってロシアの国家代表に楯無がなったことは確かだ。

 だが、経緯までは掴めずにいた。原作(俺が知る世界)でもそこは詳しく語られずのままだったゆえに、分からず終いである。

 

「ふふ、それは内・緒」

 

 ウィンクしながら楯無は妖しく微笑む。

 口元を隠す様に開かけた扇には『機密事項』の文字が現れていた。

 

「それは残念だ。まあ、そう簡単に教えられるものではないだろう」

「そりゃね。言えないことも含めていろいろあったのよ。どうしても知りたいのなら、私楯無のものになるのなら教えてあげなくもないけど」

「冗談。言っただろ? 身持ちは堅いつもりだと」

 

 経緯は変わらず気になるが確かめなければ気が済まないというほどでもない。

 楯無がロシアの国家代表で専用機持ちになるのことに変わりないのならそれでいい。

 

「あっ! だったら、逆に私の全部をテオにものにしてくれて根掘り葉掘り話させるっていうのもあるわよ? 身体に聞くっての定番よね。どうかしら」

「どうって……また、人で遊びおって」

「いいじゃない。それぐらい許して。いろいろあり過ぎるのよ。日本人だからと疎まれて力を示した途端、見事なまでにごま擦られて。当然の流れなんだろうけど、何だかね。三代目ブリュンヒルデはロシアのものだとか調子いいのなんの。まあ期待には応えるし、そのように振る舞うだけだからどうにかはするけど。今の国家代表には変に絡まれるのは流石にしんどいよね。やっぱり、あの女ぼっこぼっこにしたのがまずかったのよね、はぁ……」

 

 これが次期ロシア国家代表更識楯無としての本音。

 気を許してのことなんだろうが、出てくる愚痴は数知れず。気苦労は凄そうだ。

 それに楯無はやっぱりあの女と一戦交えたのか。

 

「しかし、更識家当主がロシア国家代表というのは」

「どうなのかってことよね。その疑問は正しいわ。ぶっちゃけ、更識家が指名されたの」

「指名……?」

 

 反射的に何をどう指名されたのか聞きそうになった。

 しかし、楯無は自分の口元に人差し指を当てた。その問いには答えられないと言葉なく語っていた。

 それはそうだった。苦笑いしつつ楯無は話を続けていく。

 

「指名されたのは交渉の結果としか。最初は簪ちゃんがって案もあったらしいだけど」

 

 交渉の結果。

 らしいという言い方は楯無は関与してないのか。

 しかも、簪が候補に。

 

「まあ、本当に案で終わって能力的な適性に私の方が適任ってことで私になったったわけよ。まあ、私は当主だから家全体の取りまとめや指揮が主で実際動くのは他の人になるから目立つことで私に注目を集めて他から目をそらさせるって感じね」

 

 軽く言い飛ばす楯無。

 言うほど簡単なものではないだろう。楯無も当然分かった上で言っている。俺に対してはこういうしかなかったというところか。

 

「まあ、私でよかったわ。簪ちゃんが尻軽だとか売国奴ーなんて言われたらお姉ちゃん何をしちゃうか分からないわ」

 

 笑顔で怖いことを言う。

 簪を思っての事だろが、おそらくそれは楯無自身が。

 

「まあ、私の妹ってことでそういうこと言われる可能性は全然あるだろうけど」

「だとしても簪なら気にしないし、負けはしないはずだ。楯無の立場や事情もよく理解して気持ちを汲んでくれるだろう」

「当然ね。簪ちゃんは自慢の妹なんだから。賢くて……そう、強い」

 

 思いを馳せるような表情を楯無は見せてくる。

 確かめるまでもなく思いを馳せる相手は簪。

 そして、今楯無が思い浮かべる顔をしていてその脳裏には。

 

「さっきの簪のことを?」

「ええ。本当、強くなったなぁと思って。ああいうパーティーごと嫌いなのに私のことを気遣ってくれて、自分から残ってくれた。立派になったわね」

「嬉しそうなのに、どうしてこちらを睨む」

 

 睨むというよりかはジト目と言えばいいのか。そんな目を向けられる。

 

「だって嬉しい反面、悔しいんだもの。可愛い可愛い妹の成長にもっとも貢献してたのが私じゃなくてテオ、あなたなのよ? 姉としての自信がね」

「そういうもの……なのだろうな。俺としては簪の力になれていたのなら光栄な限りだ」

「こういう時謙遜しないのフランス人らしいというかテオらしいわね。テオっていうきっかけ、心のよりどころは大きいけどやっぱり簪ちゃん本人が頑張って成長したっていうのが一番の成果よね。簪ちゃんは変わっていける。どこまでも」

 

 簪の成長を喜んでいる。

 それでいながら、何処か羨ましく思っているように見えた。

 

「羨ましいか、簪が」

「ストレートに聞いてくるわね。顔に出ちゃってたかしら。羨ましい、かぁ……そう、なのかも。羨ましい……成長していける簪ちゃんが……いや、簪ちゃんだけじゃない。篠ノ之束や織斑千冬、自分の思うがまま世界を変えていける人達が」

 

 楯無にとってはあの二人はそういうカテゴライズなのか。

 織斑千冬はどうかと思うが、篠ノ之束はまさに楯無が言った通りの人間ではある。

 

「世界を変えたいのか?」

「例えよ。世界を変えられるほど力や能力があれば、何も苦労はしないんじゃないかと幼い頃は単純に思って。簪ちゃんを守りたかったから。それに家系が家系だからいろいろ厳しいものを少なからず見てきたわけだし。テオも似たようなものでしょ?」

 

 頷いて同意してみせた。

 毛色こそは違うが、力ある家に生まれると幼いころから確かにいろいろ厳しいものは見てしまう。オマケにお互い長男と長女、見る頻度は必然と高まる。

 

「それで当主の座を目指して?」

「まあ、それだけじゃないけどね。長女だから次期当主になるように育て、教えられた以上の価値を示して無事、楯無を襲名。歴代最年少。めでたしめでたし」

「とはいかなかったと」

「当たり前にね。当主になったからそれでゴールっていうことはなくて新しいスタート。見えなかった世界が見えるようになる。世界が広がる」

 

 立場が変わる。上の立場に着くと見えるもの、見れるものは変わってくる。

 しかし、それが一概にいい方向に働くとは限らない。

 見たくないものだって見えてしまう。

 

「自分や楯無の立場をより自覚させられるというか、当主になっても上には上にいて、使われる立場のまま。こんなにも大きな歯車の集まりの一部なんだと突き付けられて、責任ばかり増えて。教えは厳しかったけどお父様には大切されてたんだなって実感は出来たけど」

「しかし、不満というわけではないだろう?」

 

 一見愚痴のようにも聞こえなくはない。

 けれど、これは不満からくる愚痴ではない。

 言うなれば、当主になって分かったことに対しての感想みたいなもの。

 

「そりゃね。愚痴っぽくなっちゃったけど不満なんてないわ。私が望んでなった当主の座だもの。ロシア代表になることも、それであれこれあるのも覚悟の上。選択肢があってないようなことも分かってた。そうあれと望まれるのならわたしはそう振るまうだけだから」

 

 どこまでも気丈。楯無はそうあり続けようとする。

 しかし、手のひらを見つめる楯無の瞳は心もたなさそうに揺れている。

 

「なのに、どうしてかしてかしらね。周りが遠く感じることがあって……これじゃあ、まるでわたし――」

 

 ハッとした顔をして、楯無は慌てたように口を手で覆った。

 零れ落ちそうになった。刀奈としての本音が。

 楯無自身その自覚はあるようで本音を奥へとしまい込むように言葉を飲み込んでいた。

 

「っと、ごめんなさい。ダメね、私。こんなの楯無じゃない。テオの前だとつい口が軽くなっちゃう」

 

 佇まいを正すと扇を広げ、口元を隠す。

 そして、いつもの調子で苦笑いを浮かべていた。

 

「俺としては嬉しい限りなのだがな。おかげでまた一つ楯無のことを、刀奈のことを知ることが出来た」

「もう、そんなこと言って。というか、あまりその名前で呼ばないで」

「気を悪くさせたか?」

「そういうことじゃなくて。テオに呼ばれるとその……ちょ、調子狂うのよっ」

 

 そう言った楯無は恥ずかしそうだ。

 

「クククッ。刀奈は愛いな」

「こぉらっ、そうやってお姉さんをからかわないのっ。まったくもう」

 

 お姉さんと自称する割には拗ねる楯無は幼く、やはり可愛らしかった

 

「まあ真面目な話、立場は勿論国すらも違うから難しいものもあるだろうが力になろう。楯無も刀奈も俺の大事な人だからな」

「ッ、またそういう言い方をして本当ずるい人……どうせ、大事な友達とかなんでしょう?」

「そこは好きに解釈してもらっていい。何せ俺はずるい奴だからな。だが、自分の気持ちに嘘はつかんぞ」

「でも、楯無と刀奈どの私もテオに大事に思われてるのなら悪くはないわね」

 

 隠すことなく見せてくれたその笑みは幸せそのものだった。

 しかし、見れたのも束の間。こちらが見ていることに気づくと誤魔化すように話始める。

 

「あ~あ、もうなんだかすごい借りを作っちゃった気分だわ。これは返すの一苦労しそうね」

 

 それを聞いてある考えが過った。

 たった今なのはどうかと思うが、言うならこのタイミングしかない。

 そして相手は楯無を置いて他にはいない。

 

「なら、一つ頼まれてくれないか?」

「頼み? ええ、いいけど」

「ありがとう。織斑千冬、彼女の弟のことでなんだが――」



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STORY21 Oの連鎖/事件は覇者たちがいる会議室でも起きている

事件は現場だけで起きてるんじゃない!会議室でも起きてるんだ!


――織斑千冬という女はつくづく愚か者だ。

 

 後の祭りとなってしまった今になって自嘲しても何も意味はなさい。

 それでも、そう思わずにはいられない。

 意味はあるか。自省した今だからこそ分かったことがある。私は浮かれていた。

 

ブリュンヒルデ

 

 世界最強の称号。世界大会総合優勝者に送られるそれが今の私を示す別名。

 神話や様々な伝承などに登場する有名な女騎士が由来だとかいう大層な名前。

 その名を持って人々は私を慕ってくれる。正直慣れなさゆえの戸惑いはあるが悪い気はしない。張り合うに申し分ない好敵手とも巡り合えた。

 だから、なのかもしれない。安心してしまった。ようやく地に足が着いたような感じがしてしまったから。

 安心して考えるのをやめてしまっていた。

 

 そもそも私は昔から今一つ考え足らずなところがある。アイツ、束の手を取った時もそうだった。

 アイツの手を取るということがどういうことなのか分かってはいた。しかし、そんなものは表層程度。理解不足、予測の甘さ。

 手を取るしかなくて、目の前のことで精一杯だった。事実としてはそうだが、それで済ませてしまっていた。私という女の限界。

 少し考えれば、その先も考えられたはずだ。ISが広まるという事。ISを駆って私が表舞台で活躍するとどうなるかなんてことは。

 もっと考え続けていれば、何かできていたはずだ。弟一夏をこんなことには巻き込まなかった。せめてISから遠ざけるべきか。

 

 何より、私は……私達は普通の人間じゃない。

 束の庇護があるとは言え、知れている。アイツは信用できても、信頼は出来ん。

 というより、アイツの中にとって一夏の優先順位は私達よりも低い。よくて三番目ぐらいだろう。

 今回のことを束に聞こうにも連絡つかないのがまさにそうだ。かといって今回のことがアイツの悪癖によって引き起こされたということでもない。

 今回のことに関しては束の気配は感じない。

 

 別に思い当たるものはある。

 こんなことをこの時期、束以外に出来る奴らがいるとすれば奴ら以外ない。

 私達のルーツ。急がなければ、手遅れになる。奴らの醜悪さは身をもって知っている。

 やはり、生まれの因縁はいつまでもついてくる。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 第二回モンド・グロッソ、総合部門。第三位、フランス、ショコラデ・ショコラータ選手。

 手元のタブレットに表示される大会の結果。

 今日は世界大会最終日。連日続いた大会は総合部門、その決勝戦を残すところとなった。

 

「タブレット、そんな見つめても結果は変わらないわよ」

「やっぱり、結果気にしてる……?」

 

 声をかけてきたのは楯無と簪の二人。

 二人とは最終日ということで今日は関係者席の類であるVIPルームで共に観戦している。

 

「ン……まあ、気にはしているな」

「その割には別にその結果がショックってわけじゃないんでしょう?」

「ショックな訳なかろう。3位という結果は素晴らしく、概ね有意義な成果であったと表現できるからな」

 

 結果としてはフランスは3位だが、ベスト3。メダルクラス。

 ショックを受けようものなら、ショコラータに申し訳が立たなくなる。

 彼女は結果と同時に成果も出してくれた。

 

「ああ、確かに。エース向けのパッケージをこの世界大会で発表、完璧な実演も済ませちゃうんだから」

「商売上手」

「それほどでもない」

 

 謙虚の気持ちでそう言う。

 ショコラータのおかげというのは重々承知している。彼女はよくやってくれた。

 今回の大会で使用したラファール・リヴァイヴには一般的なパッケージでは満足できない操縦者向けのエース用パッケージを装備させ、大会に出てもらった。

 世界大会はお披露目の場として申し分なく、事実莫大な宣伝効果があった。早くも導入を本格的に始めようとしている国も出ているとか。

 

「後は何より、予定調和となったなと安心の気持ちで結果を見ていた」

「やっぱり、あの二人の再戦は全世界の人が心待ちにしてたって言っても過言じゃないからね」

 

 楯無が言う二人とは、織斑千冬とアリーシャ・ジョセスターフ。

 第一回であれほどの試合を見せられれば、また見たくなるというもの。今回一番の目玉ともいえる一戦で、無事見られることに大会全体もまた安堵しているかの様子。

 実際今残す二人の決勝戦を今か今かと観客は待ち侘びている。

 俺としても決勝戦で戦うのが二人で何よりではある。変らず、やってくるのだろう。

 変わらずと言えば、頼んでいたあのことに対して礼を言うのは忘れていた。

 

「二人と言えば、織斑千冬……頼んでいた彼女の弟のこと礼を言うのがまだだったな。ありがとう、楯無」

「あら、そのこと。いいのよ、更識家にかかれば一般人の護衛なんてちょちょいのちょいよ」

 

 先日の大会前夜祭で行われた宴会で楯無、簪達と出会った。

 その時に楯無と二人っきりとなり別れ際にとある頼みごとをした。

 それが織斑千冬の弟、織斑一夏の護衛だ。

 予定調和にことが進むのなら、あの出来事も起きるに違いない。あの者達による織斑一夏の誘拐。

 

「……な~んて調子のいいこと言っちゃったけど、護衛なんて名ばかり。大分遠くからの監視が関の山なのが申し訳ないわね」

「いやいや、構わない。急なお願いで無理させたみたいだしな」

「まあ、それはいいのよ。ただ彼の主だった護衛は公安の領分であまり近くでの護衛は難しいってだけだから」

 

 更識との二段構えならひとまずといったところだな。

 まあ、あの者達相手にどこまでやれるかは問題ではある。が

 しかし、公安が護衛。そんな記述はなかったように覚えているが、あるにはあるか。篠ノ之束の家族に適応されている重要人物保護プログラムの類か。それとも人の出入りが激しいこの時期だからだろうか。

 

「あの、テオ……」

「ン……どうした、簪」

 

 考え事をしていると、簪が呼びかけてきた。

 

「テオって別に織斑選手の知り合いでもなければ、弟さんの知り合いでもないんだよね。なら、どうして……あっ、そのっ、私が口出していい事じゃないのは分かってだけど……」

「あ、それは私も気になってた。何かあるの?」

「知っているかもしれんがドイツでの一件から何かときな臭い動きをする者達がいてその者達の手がかり掴みたくてな。そういう者達は今大会のような祭りごとの裏で暗躍するのがお約束だろう? ならば、狙いそうなのは……という勘が働いたのだ」

 

 というのは建前ではあるが、嘘ではない。

 手がかりを掴みたいのもまた事実。

 オルコット夫妻の時は叶わなかったが起こると知っているのなら、対策するのみだ。

 

「な、なるほど……?」

「勘ね……まあ、天才の勘ならただの勘よりかはいいわね……っと、ごめんなさい」

 

 そう謝りながら、部屋の隅の方へ行く。

 そして、連絡が入ったスマホに楯無は出た。

 真面目な顔で話して顔色は変えないが、目に動揺の色がほんのわずかに見える。

 何か起きた。いや、ついに始まったと言うべきか。

 通話を終え戻ってきた楯無に声をかけてみた。

 

「緊急事態か」

「分かっちゃう……わよね。テオに隠し事しても意味ない、か……ええ、その通りよ。まったく天才の勘良さは考え物ね」

「ということは」

「ブリュンヒルデ織斑千冬の弟、織斑一夏が何者かに誘拐されたわ」

 

 決定的な言葉だった。

 

「まったく定番よね、黒づくめの男達に車で連れ去られる。公安の護衛も打ち負かされて。更識の子達に阻止に入ったんだけどISが出てきたらしくてね」

「ISが? 大丈夫だったのか」

「幸い怪我人はなくて、捜索を始めてもらってるところよ」

 

 いろいろと動き出している。

 しかも、ISまで出てくるとは……思い当たる実行犯がますますあそこで確定になってくる。

 

「っと虚ちゃんから連絡が来たようね。ふんふん……織斑千冬が誘拐した弟を映した写真を見つけたらしいわ」

「それを見てもう飛び出してしまったか」

「いえ、幸い係りの人達が止めたからまだ会場にいるようだけど今にも探しに行きたいようね。で、今からそれをどうするか関係各所と協議しにいかなきゃ」

 

 織斑千冬を一人で行動させてしまう。

 そういった最悪の状況にはなってないようだ。

 となると、やるべきことは決まってくる。

 

「その協議、俺も参加していいか?」

「別に大丈夫なはずよ。天才ほど大したものじゃないけど私の勘だと決勝戦は一時中止になって各国との調整もあるだろうから、フランスも関わってくるだろうし」

「それはそうだな。よし、行くか」

 

 楯無や簪と共に今いる部屋を後にして協議が行われるところに向かった。

 協議が行われる会議室の前まで着くとそこにはもう既に沢山の関係者、時間になっても試合が始まらないことを問いただしに来た他の国の者達で一杯だった。

 

「いったい何があったんだ」

「何でも、織斑千冬の家族が攫われたらしいぞ」

「おいっ! 詳しい説明をしろ!」

 

 大きな騒ぎになっている。

 というか、もうその事実は漏れているのか。

 扉の向こうに恐らく織斑千冬がいるのだろうが。

 

「テオ、お姉ちゃん……どうするの、人いっぱい……」

「う~ん、どうしたものかしらね……これは。入るには入れないわ」

 

 人だかりが凄すぎて前に進めない。

 ここで楯無が関係者、更識の人間だと言ったところで無理だろう。

 どうしたものか……そう思っていた時だった。

 

「ふざけるな!」

 

 扉の向こうから聞こえた怒鳴り声。織斑千冬だ。

 突然のことに騒がしかった人だかりは静まり返る。

 これはチャンスだ。

 

「行くぞ、楯無、簪」

「ええ」

「え……ちょっと……!」

 

 先頭に立ち楯替わりとなる。

 後ろでははぐれないよう楯無が簪と手を繋ぎ、手を引く。

 

「更識です。入らせてもらいますね」

「え……あっ、はい……」

 

 今だ唖然としている扉の前にいる人に楯無が断ると部屋の中へとようやく入れた。

 中にも人は沢山おり、ここもまた騒がしい。

 そして当然、その中心とも言える部分には織斑千冬の姿があった。

 楯無の父親の姿を見つけるとひとまず先に向かった。

 

「来たか、楯無に簪。それにテオドール君まで」

「遅れました、お父様。それで状況は」

「見ての通りだ。今にも飛び出しかねない。公安の者達が説得しているが……」

 

 無理だと言わんばかりに言葉を濁す。

 事実、傍から見ても説得が絶望的なのは見て取れる。

 会話に耳を傾けてみた。

 

「ですから、試合にお戻りを。棄権など認められません」

「そうは言われても弟が正体も分からない者達に攫われたんだぞ! ジッとしてられるか!」

「お気持ちは分かります。ですが、そこは我々にお任せを。ご家族は責任をもって必ず見つけ出します」

「護衛なんて名ばかりで私に何の断りもなく勝手に一夏の監視をしていたくせに。調子のいいことを」

 

 平行線だった。

 ここにいる以上ほぼ確定路線ではあるが日本としてはここで織斑千冬を自由にしてしまえば、棄権は決定事項になる。

 後日再試合というのはいろいろな都合で難しいだろう。

 

 織斑千冬は確かに今にも飛び出してもおかしくない雰囲気だ。

 あくまで雰囲気。実際には飛び出してない。

 織斑一夏なら文字通り飛び出しているだろう。

 しかし、姉弟でも織斑千冬は違う。飛び出したい衝動は消えてないが、その衝動の強さと同じぐらい冷静さがある。自分の立場を分かっていて、立場に縛られて動きたくても動けない。織斑千冬とはそういう人物でもある。

 

 平行線ではあるが、いつまでもこうしてはいられない。

 再開するにせよ棄権するにせよ何かしらアクションは起こさなければならない。

 かといって織斑千冬を説得するなんてこと日本は勿論、織斑千冬の圧に押されただ見てることしかできてない周りの国にも無理だ。

 

 そんな平行線を終わらせたのは楯無だった。

 

「埒が開きませんね。ここは一つ我が更識家に任せては貰えませんでしょうか」

「更識楯無……!」

「でしゃばるのはよしていただきたい。これは我々の領分なのはお判りでしょう」

「それは勿論。しかし、お言葉ですがこのままではただ時間が過ぎるだけでしょう。どうやっても試合の中止……いえ、棄権は免れません。それとも織斑選手を納得させられるほどの何か秘策でもあるのでしょうか?」

「……ッ」

 

 泰然とした態度で言った楯無に抗議していた役人は口ごもる。

 しかし、大の大人が年端のいかぬ少女相手に何も言い返せないのは面子が立たない。

 

「あっ、あるとも! 織斑選手のご家族捜索は順調! 何も心配することはない!」

「なるほど。では、他国への説明はどのように?」

「そ、それはっ……」

 

 完全に言い負けた。

 役人が声高々に言ったことは完全に口から出まかせでそれが楯無にも分からない訳はなく、言った側も見抜かれていることは理解しているからこそバツの悪さが顔に出ている。

 最後の悪あがきかのように役人は楯無を問いただす。

 

「では、逆に聞きますが更識殿は秘策とやらは勿論、他国への説明はどうするおつもりで?」

「それは勿論、正直に現状の説明をします。そして、各国の皆さんには捜索に参加してもらいましょう。勿論、タダでとはいきません。ですから、一番有益な情報を伝えられた国に織斑選手を一年間限定で戦技教官として無償かつ無制限で貸し出しましょう。そうすれば、今の騒ぎ諸々をお釣り付きで納められるはず」

 

 結構パワープレイな提案だな。

 だが織斑千冬を一年間の限定付きとは言え、借りられるのはデカい。

 ただのトップ選手なら兎も角、IS発展に貢献した立役者の一人である織斑千冬に教えを請えるのは言葉以上の価値がある。

 何より、マンパワーは強力だ。

 

 しかし、パワープレイであることには変わりない。

 当事者である織斑千冬は表情にこそ出てないが言葉なく驚いており、役人は不満を露にした。

 

「馬鹿なことを。そんな上手くいくわけないだろ! 織斑選手は我が国にとって重要な人材。他国に貸し出すなど、我が国が一方的に損するだけではないか!」

「その点についてもご安心を。帰国後は日本所属という形でIS学園にてISの技術教師をやってもらおうかと。あそこも人手が欲しかったはず。元からそういう案もあったように覚えてます。当人が渋り続けていたので難航していましたが、これを逆手に取らない手はないと思いますが」

「一理ある。しかし、なぁ……」

 

 喉から手が出るようだが、それでも今一歩踏み出せない。

 そんな役人の反応を見て、楯無は一歩、更に一歩と畳みかけていく。

 

「織斑選手ならきっと学園と日本の力になってくれることでしょう」

「それは願ってもない……」

「そうなれば、嬉しい限りだが……」

「これはあくまでも提案。今はまず先に他国の皆様に現状の説明をしましょう。よければ、私の方からさせてもらいますが」

「うむ……どうだ?」

「更識殿がそこまで言うのなら任せてもよいか」

「ありがとうございます。では」

 

 その言葉と共に部屋の外にいる他国の者達を招き入れる。

 もう完全に楯無が場の主導権を握っている。

 役人の威勢は時間の経過とともに大人しいものへとなっていく。

 

「大変お待たせ致しました。もう耳にしている方もいるかもしれませんが、改めて私更識楯無から現状のご説明を」

 

 そして始まった楯無による各国への現状説明。

 当然様々な反応があったが、流石の手腕で楯無は素早く静めていく。

 やはり、決め手だったのが各国一斉捜索。その報酬。どの国も喉から手が出るほど欲してるのは明らかだ。

 だが、牽制し合ってどの国も名乗り出さない。

 

「……」

 

 進みだした話がまたもや止まりつつある。

 楯無は静かに答えを待っているが、困っている。

 ここまで楯無はよくやってくれた。

 ならば、助け舟を出すか。

 

「我がフランスは更識殿が提案してくれた捜索に協力させてもらおう」

「テオ……!」

 

 楯無は喜び、俺には視線が集まる。

 どういうつもりなんだと訝しむ視線。変わらず静観を保とうとする視線。

 驚いた視線を向けながら、フランスの役人が詰め寄ってくる。

 

「テオドール君! いくらデュノアの御曹司とは言えそんな勝手なことは……!」

「心配ご無用。あなた方の手は煩わせません。デュノアのみで捜索に協力することをお許しいただければいいです。デュノアはフランスの一員なのですから手柄は母国フランスのものです。でしょう?」

「それは嬉しいが……」

「それに日本の優秀な公安の方々が今も捜索してくださってるとは言え、我々にも出来ることがあるのなら協力したい。新時代の到来を祝う折角の平和の祭典。混迷する時代だからこそ手を取り合わなければ」

「――分かった……テオドール君がそこまで言うのなら一任しよう」

「ありがとうございます。では、フランスは正式に捜索に参加ということで」

 

 一歩進むことが出来た。大きな一歩。

 だからこそ、周りの反応も変わった。

 

「フランス……いや、デュノアが参加したか。なら、イギリスも協力させてもらおう」

「しまった! 先を越された! なら我らアメリカも!」

「なっ! 我が国も協力だ!」

 

 右に習えと言わんばかりに次々と参加表明する各国。

 祝賀会で相手した者達ばかり。あの時のことが役に立った。

 しかし、それでこの場の総意が決まったわけではない。

 渋る国もまだ当然いる。その中の一つがイタリアだ。更に付け加えて言うのなら、渋る国はどれもイタリアよりの国ばかり。イタリアは先の大会で準優勝を納めたことで発言力を高めつつある。なので、イタリアを動かせられればことは丸く収まる。もう一押しと言ったところだが、後押しがない。

 だが、イタリアは動く。確かな予感がある。

 

「イタリアも参加させてもらうサ。そして千冬、探しに行け」

 

 そう言ったのはたった今、部屋に入ってきたアリーシャ・ジョセスターフだった。

 嵐がやってきた。追い風が吹く。

 

「突然来て何を言う。ジョセスターフ、あの御曹司に感化されたか」

「別にそういうんじゃないサ。けど仮に今すぐ試合を再開したところで千冬はそれどころじゃなくて私との試合に集中できない。そんな腑抜けた状態の千冬と戦っても意味はない。私がもう一度戦いたいのは全身全霊をぶつけてくれたあの時の千冬なのサ」

 

 彼女が今大会に人一倍情熱を注いでいたのは誰もが知る有名な話だ。

 そんな彼女がここまで言う。

 だからこそ、彼女の言葉には無視できない確かな重みがある。

 

 加えて彼女は情熱的な人物ではあるが、冷静でもある。

 感情論を言っても国を動かせないのは重々承知。自国なら尚更。

 利益を説いていく。

 

「イタリアとしてもここで日本に借りを作るのは悪くないとは思うサね。他の国とイタリアとじゃ貸しの価値は比べ物にならんだろからサ」

「そうではあるな……いいだろう。イタリアとしても正式に決勝戦の中止を認め、捜索に協力することをここに宣言させてもらう」

 

 決め手だった。

 中心的存在であるイタリアが頷いて、他が頷かないというのは難しく。

 後は連鎖するように渋っていた他の国も賛同していく。

 大会の事後処理など諸問題は残っているが、これで漸く本格的な捜索が始められる。

 

 大人達は動き始めた。

 その指揮を楯無が取る。

 その傍らでは織斑千冬とアリーシャ・ジョセスターフは言葉を交わしていた。

 

「すまない、アリーシャ。恩に着る」

「頭を下げるほどのことじゃないサ。折角の大会でこんな誘拐事件する奴らが悪い。解決してもいろいろあるだろうからすぐにとは行かないだろうけど全てが落ち着いたその時は千冬、私とあの時以上の全身全霊で戦ってほしい」

「ああ、勿論だ」

 

 二人は握手を交わす。

 美しい友情を見た。

 もしかすると原作(俺が知る世界)でもこんなやり取りがあったのかもしれない。




ギリギリのところで何とか頑張る楯無さん。
それを後押ししする天才。
そして、女気を見せるアリーシャさん。

誘拐の一件があったから、千冬さんはISから遠ざけていたのかもしれませんね。
アリーシャさんの千冬さんとの再戦の思いもこのころから。


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STORY22 Oの連鎖/覇者たちに忍び寄る幻影

「さて……」

 

 一緒に来たデュノアの者達、日本支社の協力もあって捜索の手がかりとなうる情報は収集中。

 デュノアを含め未だどの国からも有益な情報は上がってないが、ひとまずこれでいい。言っただけの働きはしている。後はあの顛末に至るだけ。

 なのは分かっているが、実状も気になる。しかし、肝心の足がない。

 

「どうしたものか」

「お困りのようね」

「楯無、それに簪も」

 

 声をかけてきたのは楯無と簪。

 

「もう指揮の方はいいのか」

「ええ、後はお父様に任せて私も現場に出ようと思って」

「テオは一体何を困っていたの……?」

「デュノアでも情報収集はしているがただ見守っているというのは性に合わんくてな。かといって動き回るわけにもいかず。情けないことにそもそも足がないというありさまだ」

 

 ましてや所属不明のISと遭遇する可能性がある。

 せめてEOSぐらいは欲しいが、ここまでになるとは読み切れず持ってきてない。

 持ってきていたところで他国ではいろいろと制約がある。

 

「そういうことなら更識とデュノアで共同戦線張らない?」

「共同戦線?」

「そう。着いてきて」

 

 言われるがまま着いていくと2両編成となった一台の大型トレーラー車の前まで連れてこられた。

 一目見てピンと来た。

 

「これはEOSの運用車か」

「正解! この機動指揮車両なら足として充分でしょ。もしもの為に機体は積んであるし」

「それはありがたいが……しかし、いいのか?」

「いいのよ。これは更識の物だし、諸々の許可も取得済みだから安心して。ただ今後も日本と、そして更識家をご贔屓にしてくれればいいから」

 

 そう言って微笑む楯無の口元を隠す開かれた扇には『御愛顧』の文字があった。

 

「抜け目ないな。だが、感謝する」

 

 この状況だ。使えるものはどんなものでも使わせてもらう。

 

 楯無や簪と共に運用車の1両目へと中へ乗り込む。

 すると中には更識の人間らしき大人が数人。

 そして、虚と本音の布仏姉妹までもが作業をしていた。

 

「ご無沙汰しております、デュノア様」

「おひさ~」

「久しぶりだ。しかし驚いた。二人とまさかここで会うことになるとは」

「大事な戦力だもの。虚ちゃんには今は情報分析してもらってるの。本音ちゃんはそのサポートね」

「ばりばりサポートするよーむんっ!」

 

 力拳を作るように本音は意気込む。

 

「で、簪ちゃんにはメインオペレーターをしてもらって私とテオがEOSで出撃。最強チームなら向かうところ敵なしでしょ」

 

 楯無の頼もしい言葉に頷いて俺は同意する。

 これなら一人でどうにかするより遥かに心強い。

 

「さて、切り替えていきましょう。まずは現状確認ね。虚ちゃん、まだ有益な情報を織斑選手に提供できた国は出てきてないのよね」

「そうです、お嬢様。捜索を続けている織斑選手もまだ見つけられてないようです」

「膠着状態か……私達まで当てずっぽうに探しても仕方ないわね。とは言っても手掛かりはこの写真のみ」

 

 そう言ってモニターに映し出されたのはデータ化された一枚の写真。

 制服姿で鉄の柱らしきものに縛られた眠る織斑一夏が映し出されている。

 

「これが織斑選手に送られたという写真か」

「そうなの。これから特定できればいいんだけど」

「映っている情報があまりに少なく……申し訳ございません、ご当主様」

 

 申し訳なさそうにする更識の人間に楯無は優しい笑みで宥める。

 

「いいのよ、よくやってくれてるわ。でも、そうなるとやっぱり地道に探すしかないわね」

「楯無、織斑千冬選手や他に捜索している者達が捜索した範囲を共有してたり把握してたりはできているか?」

「勿論よ。虚ちゃん出してあげて」

 

 モニターに映し出される織斑千冬が捜索した場所と範囲。

 

「こういう感じか……定番で言うとやはり」

「港の工場地帯だよね」

「その通りだ、簪。織斑千冬選手も同じようなところを重点的に探しているな」

「そうね。それでもまだまだ数は多い。行き違いになってもだし……そうだわ、ここは一つ天才の勘にかけてみましょうか!」

「勘か……いいだろ! 乗ったぞ、その案!」

 

 半分冗談まじりに言ってきたが、その実楯無は本気だ。

 これほどの装備、そして更識の人間を冗談だけでは動かせない。

 天才の勘を買ってくれてのことだろう。

 

 ならば、応えるのみ。

 ニュータイプ的な察知があったわけじゃないが、ある場所を指さした。

 

「ここだ」

「なるほど……そこね。天才の勘信じてるわよ。ここへ向かってもらえるかしら」

「かしこまりました、ご当主様」

 

 指した場所へと俺達は向かい始める。

 純粋な勘だが言葉にはできない確信はある。

 まるで引き寄せられているかのように。

 

「そうだ。一つ楯無に聞いておきたかったことがあった」

「何かしら?」

 

 道中、ずっと気になったことがあったので聞いてみた。

 

「何故、あんな提案をしたんだ? 結果的に上手くいったが下手すれば更識家の立場を悪くしただけだろう」

 

 楯無提案の各国による一斉捜査。

 結果的に思惑様々だが各国は快く協力してくれた。

 これで提案するだけして流れていたらどうなっていたことか。成功した今も日本としては思うところはあるはずだろう。

 

「それはそう。ある意味、大博打だったわ。上手くいった点についてはテオとアリーシャ選手のおかげね。だからこそ、目的を果たせる」

「目的……」

 

 ただ提案をしたわけじゃないということか。

 

「公安の護衛を掻い潜って織斑千冬選手の弟を誘拐。そして、厳重警備の中写真を送りつける。これだけでただの誘拐犯じゃないわよね」

「それはそうだ」

「尚且つ、今も捜査の目から逃げ続けてトドメはウチの子達を追っ払ったIS。相手は組織犯、それもかなりの規模の。ISが出せるってことは国と関りがあってもおかしくない。何もないよりかは追いやすくなるってわけ」

 

 素直に驚いた。

 まさか楯無がここまで読めているとは。

 

「だからこその提案だったのか」

「まあね。それにここは日本よ。他国が見つけられるようなことがあって名乗り出れば、犯人と関係があるって自分から名乗り出るようなもの」

「で、重要なのが報酬」

「その通り。名乗り出ようと思っている方もそのことを分からない訳がない。でも、織斑千冬を一時的とはいえ自国に招いて戦技教官に出来るってのはそのリスクを背負ってでも手にしたい存在だものね」

 

 それもあるだろう。

 もっとも原作(俺が知る世界)ではそんなの関係なしにただ自国に織斑千冬を呼びたかったようにも読んでいて感じたが閑話休題。

 

「名乗る側としてもこの案のおかげで気持ち的には名乗り出やすいはずよ。だからって好きにはさせないように連絡係という名の監視も各国につけさせてもらってるけど」

「策士だな、楯無」

「ふふっ、だって私は更識楯無ですもの」

 

 得意げに微笑んだ楯無が開いた扇には『用意周到』の文字が書かれていた。

 しかし、伏目がちになりながら言葉を続ける。

 

「それでも織斑選手には悪い事したなとは思うけど」

「致し方なかろう。重く受けてる風ではあったし、何よりブリュンヒルデだ。上手くやるさ」

 

 やるしかない。

 やらなければ、取って食われるだけ。

 織斑千冬もそのことが分からないわけがない。

 

「お嬢様、織斑選手に大きな動きがありました!」

 

 知らせは突然にやってくる。

 いよいよだ。

 

「提供国は?」

「ドイツです」

 

 ドイツ。

 やはり、なるべくしてなっていく。

 

「織斑選手が向かっている先はおそらく我々と同じところです」

「またもや天才の勘は当たってしまったが、これでは俺も疑われてしまうな」

「テオを疑ってたらそれだけで日が暮れちゃいそう。むしろ、見事に勘を的中してくれたんだから頼りにしてるわよ。今からのことも、ね」

「おう、任されて!」

 

 出ることになった。

 

「車両はここで固定。周囲警戒を厳に。目的地までまだ距離があるけど、テオと私はカタパルで飛んでそのまま向かうわ。簪ちゃん、オペレーターよろしく」

「うん、任せて。お姉ちゃん、テオ……気を付けて」

 

 その言葉と共に簪に見送られながら楯無と共に頷いて2車両目へと向かう。

 入るなり、目に止まったのが向き合うように待機している2機のEOS。

 V字型のアンテナにツインアイ。所謂ガンダム顔。しかし、ガンダムタイプではない。

 

「これが日本のEOS、曙一ノ型」

 

 国連製グローバルモデル、GMタイプをベースに日本国内で開発された外装パーツでカスタムした日本のEOS。

 軽い装甲素材を採用しており、機動力重視。盾と機動力のある集団戦を徹底することで他のEOSに比べて低い防御力をカバーしている。

 さしずめEOS版のM1アストレイといったところだ。姿はプロトタイプアストレイだが。

 

「過剰かもしれないけど状況を思えば万が一のこともあるかもしれないからこのぐらいの装備はないとね」

「備えあれば憂いなし、という奴だな」

「そうね。ただ火器類は厳禁だからその点は心得といて」

 

 頷くと曙に乗り込む。

 

【装着者の搭乗を確認。基本機構起動、装着者の認証を開始します。認証完了。全搭載電子装置起動。全駆動装置接続。身体補助機構正常に作動。自動調整完了。最終確認。確認完了】

 

 初期シークエンスの経過が報告され、機体が身体にフイットしていく。

 日本のIS打鉄と互換性があるようで、OSも打鉄を参考にしたもの。

 だからか、システムアナウンスが日本風になっているのがこの機体のおもしろいところ。

 

「ハッチ閉鎖。戦闘モード起動」

 

【搭乗口閉鎖完了。戦闘機構起動】

 

 これで準備は整った。

 

「ちなみに使える武装は……」

 

 コンソールを操作し確認する。

 武装表示されたのは腰に備え付けられた日本刀を模した打鉄も使っている近接用ブレードの葵が一本。バックパック両側に各1本ずつ装備された対装甲短刀が合計2本。

 近接武器のみだがこれなら万が一の時は戦える。そう確認していると簪から通信が入ってきた。

 

『えっと、オペレーターの簪です。今装備確認しているみたいだけど、お姉ちゃんが伝え忘れたことがあって。それを使う時、許可なしにいきなりは使えないから気を付けて』

『そういうところ正に日本って感じだな』

『あはは……ま、まあ、私に言ってくれれば許可すぐ出せるから忘れないでね』

『ああ、了解した』

 

 楯無は一足先に発進したとのこと。

 続くようにリフトが最上階まで上がり、2車両目の車上にあるカタパルトに着く。

 引き続き簪がオペレーションしてくれる。

 

『曙一ノ型2号機、リフトアップ。映像リンク、データリンクともに完了。進路クリア。2号機、発進どうぞ』

「テオドール・デュノア、出る!」

 

 発進するとその勢いのまま目的地へと飛び、先に発進した楯無の元へと降りる。

 

『状況に変化は?』

『つい先ほど織斑選手は無事弟を発見、保護したようね。何かされたとか、外傷も特にはないみたい』

『ただ犯人どころか、人一人いなかったらしい。織斑一夏が一人残されてたと』

 

 楯無と簪の話を通信で聞きながら思案する。

 やはり、織斑千冬が織斑一夏を救出する際に何かあったということはなかったか。

 

『辺りを調べることは出来るか』

『流石に時間をかけて細かくは難しいけど軽くなら大丈夫よ。私も気になるし』

『ならば、行こう』

 

 捜索を始める。

 俺達が今いるところは織斑千冬が織斑一夏を見つけた場所の向こう側、海沿い。

 ここら辺りにも人の姿は勿論、気配もない。織斑千冬に奪い返された以上、相手にしたらこの場に残り続ける意味はないだろう。

 しかし、来る確信があった。

 

『テオ、どうしたの? 突然立ち止まって』

『更識、ちょっと待て。――来るぞ』

『え?」

 

 確信が最高潮に達した刹那、状況に変化が起きた。

 俺達のほうへと投げ込まれる投擲物。

 手榴弾などと言った爆発物ではない。これは。

 

『スモーク!?』

 

 楯無の言葉通り、周囲に広がる白い煙。

 危険物反応はない。ただのスモークのようだ。

 

『システム、スキャンモード』

 

【索敵機構、索敵機構】

 

 指示を出すとシステム音声と共に目の前の色彩がモノクロ調へと変る。

 索敵に特化したモードでスモークの中にいる物体を捉えた。

 数は1。姿は人型。しかし、完全な人型ではなく熱を放つ長く大きな斧を持つ手、それとは反対の腕の型に当たる部分には棘がらしきものがスモーク越しにうっすら確認できる。

 そして赤く光る一つ目はこちらを捕らえ、

 

『テオ!』

 

 楯無の叫び声と重なる重く鈍い衝撃音。

 仕掛けてこようとした相手の方だったが、実際にしかけたのはこちらの方。

 やはり大型の長い斧だったそれを振るよりも先に鞘に収まったままの刀を振るい、長い柄の部とぶつかり拮抗した。それが重く鈍い衝撃音の正体。

 

「ッゥ! やるなぁ! えぇ?! 天才さんよォ!」

 

 秋暴れ(あきあれ)が到来するかのようにそいつは現れた。

 




機体紹介

機体名:曙一ノ型
【武装】
アサルトライフル≪焔備(ほむらび)
近接ブレード≪(あおい)|≫
対装甲用短刀
シールド
ランドローラー
【機体解説】
国連製グローバルモデル、GMタイプをベースに外装を日本独自のパーツに変更し機体性能を向上させた日本製EOS。

ということで今回登場した日本製EOSの曙一ノ型。
メカやロボットを考える時ベースにしてしまうのがガンダムseedシリーズで、ガンダムseedシリーズで日本と言えばオーブ。オーブと言えば、M1アストレイという流れで元ネタになりました。


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STORY23 激突!覇者vs亡国からの使者!

デーンデデーン!デデン!デデッデーン!デンッ!


「オラオラァッ! 避けてばっかりじゃねぇか! その腰の得物は飾りか? 情けねぇ! 天才の名前が泣くなぁ、テオドール・デュノア!」

 

 突然現れ、戦闘になったが次第に状況と相手を把握できてきた。

 目の前のそれは紛うことなきEOS。しかも、何の悪戯なのか機体は純粋にEOS化したザクII 。頭部にブレードアンテナを持っていることからして、指揮官用ザクII 。赤紫とオレンジを基調に塗装されている。

何故奴がEOSを、この機体を持っているのか。そもそも誰がどのように開発したのか。次から次と疑問は思い浮かぶが、今考えても仕方ない。

 今はっきりとわかることがあるのなら中の装着者についてだ。引きずり出すまでもない。あの女だ。

 

「何者!? 名前と所属を明らかにしなさい!」

 

 呆気に取られてた楯無だったが、我に返ると警戒しながら問いただす。

 普通なら答えないところだが、この女は普通じゃない。

 

「何者と聞かれたら答えてあげるのが世の情けってなぁっ! よ~く聞けよ、栄えある秘密結社『亡国機業(ファントム・タスク)』が一人、オータム様だ!」

 

 隠す素振りもなく、あっさりと答えてくれた。

 むしろ、誇らしげだ。

 思えば、原作(俺が知る世界)でも自分から名乗っていた。こういう性分なんだろう。

 

「こっちが名乗ったんだ。名乗ったらどうなんだよガキ、戦の作法も知らねぇのか。最近のガキはなってねぇな、人として当然だろうが!」

「すまない、育ちがいいものでな! 危ない人に名前を教えるなと母上から教わっている!」

「ハッ! お高くとまりやがって、むかつくクソガキだ! てめぇはよォッ!」

「しかし、こちらも抜かねば不作法というもの」

 

 刀の持ち手、柄に手をかける。

 ここで逃げようとしても逃がしてはくれない。逃げれば、周りへの被害はそれ相応になる。そもそも逃げるなんていう選択はナンセンスだ。

 かといって避け続けるのは可能だが、時間の無駄。この状況を更識家以外に勘づかれる可能性は充分ありえる。そうなれば、確かめたいものも確かめられない。

 漸く、敵ネームドと会えたんだ。気になることはこの手で確かめるのみ。

 

『簪、抜刀の許可を。迎え撃つ!』

『は、はいっ。えっと、武力行使確認済み。抜刀許諾』

【抜刀許諾完了。安全装置解除】

 

 カチリと音が鳴り、刀を抜けないようにしていた鞘のロックが外れた。

 刀を抜き、構える。

 

「生意気にやる気か! いいぜぇ、オータム様の恐ろしさをたっぷり味合わせてやる!」

「そうかい! それは楽しみだ!」

 

 刀を振るい放つ剣撃の数々。

 この機体も他のEOSに漏れず、一歩遅さを感じさせるがそれでも中々の柔軟さがある。

 

『ちょっ、テオ!? そんな一人で!』

 

 飛び込んできた楯無からの通信。

 状況を目の当たりにして驚き慌てている。いきなりこんな光景を見せられればそれもそうか。

 

『俺が初めての機体で上手く戦えるか不安かもしれんが、俺に任せてくれればいい。楯無は周囲の警戒を』

『私の心配はそういうんじゃなくて……でも、そうね。悔しいけど、足手まといになる。分かったわ』

『それから簪、状況をモニタリングしているな』

『は、はいっ』

『なら、データの収集と解析を頼む』

 

 情けなく悔しいがこの戦闘で決着はつかないだろう。

 そして、そうなるとまた戦うことになる。

 それまでの間、多少になりと時間は生まれる。無駄にするのは愚かで、時間があるのなら研究と対策は重要。

 その為に映像や観測し蒐集できた数値データはあるにことしたことはない。それは経験にも言える。

 

「中々やるじゃねぇか、天才さんよ! これはどうだぁっ!?」

 

 自信たっぷりに降られる斧の連撃。

 中々速度と精度。

 しかし、如何せん殺意が滾りすぎている。プレッシャーはかなりのものだが、あまりにも直線的すぎる。だからこそ、読みやすい。

 

「甘いな!」

「なっ! ガァッ!?」

 

 戦いが始まって早数分。

 戦況としてはこちらが有利。押している。向こうもそれを理解しているようだが、当然認められるかとムキになっていく。おかげで冷静に分析できる。分かってきたことは多い。

 

 まずは機体。完成度は高い。

 作りに雑なところはない。忠実に作られている。

 本当にスケールダウンしたような機体。動力こそは他のEOS同様バッテリー駆動のようだが、ポテンシャルはオリジナルと変わらず。

 それから、この女は戦い慣れしていてもEOSに慣れてない。動きの節々に反応の悪さに戸惑うようなそぶりが見え隠れしている。

 

「ッア゛ア゛! クソが! このオータム様がこんなっ!」

「クッ、使いにくいッ」

 

 弾き合い、距離を取る。

 有利なのは変わらず。だがしかし、圧倒できてない。

 俺もまた刀の扱いに戸惑っていた。刀を使うのなんて今回が始め。普段、西洋剣ばかり使っているツケだな。今後はもっといろいろなものを試していくべきか。

 

「しゃらくせぇ!」

『楯無、警戒レベルをあげるぞ。新手が来る』

『えっ?』

 

 オータムが宣言するよりも早く、通信で楯無に注意を促す。

 今だレーダーに新たな機影はない。だが、プレッシャーの数が増えた。そして、こちらへと向けられるプレッシャーの密度は強まっていく。

 

「こうなったらこの手だ! お前らあのクソガキをやっちまえ!」

 

 怒声と共に現れたのは予感通りの新手。

 

『敵機反応、数3! テオ、お姉ちゃん!』

『あれは報告にあったドイツのEOSもどき!?』

『ここで再会とは!』

 

 新手とはドイツで見たEOSもどき。

 楯無達は姿を見ただけで気づいていた。更識家も結構深い部分まで知っているのか。

 

「EOSを揃えてるのはテメェだけじゃねぇんだよ!」

「そのようだ!」

 

 よく数揃えられた。いや、それよりもよく日本に持ち込めて今まで隠れられてたな。内通者ないし協力者がいたか。数は小隊規模。第二波がまだ潜んでいる可能性もなくもないが奴の性分、ムキになり具合を思うにその可能性は低い。

 

 それにドイツでの一件で出てきたのもこいつらと同じ機体。つまりは亡国機業所属。

 あの時は予想出来ていても不確かだったが、今こうして亡国機業自ら答え合わせをしてくれた。

 

「太っ腹とはこういうことを言うんだったよなァッ、亡国機業! 答え合わせをしてくれたのといい、やられ役を揃えてくれたこといい! 大盤振る舞い感謝するぞ!」

「何ボケたこと言ってんだ! アホ御曹司、後悔しろや!」

 

 そう言いながら構えてきたのはザクマシンガン。

 EOSもどきと共に撃ってきた。

 轟音。こちらへと疾風怒濤の如く掃射される銃弾の数々。

 隊列を組んで正面から行う一斉射撃の攻撃力は中々侮れない。この戦闘スタイルといい、敵機のフォルムといい。だんだん見えてくるものがあるような。

 

「どうだ! 鋼髏(ガンルゥ)3機による数の暴力は!」

 

 鋼髏(ガンルゥ)――そうだ、そんな機体あった。

 頭の片隅に追いやられていた知識が脳裏に思い浮かぶ。

 この機体もザク同様にEOS化されている。この世界にはありえない機体。俺は関与してない。

 あのザクといい、俺の知らないところで何かある。よくある俺と同じ境遇の者が他にもいて、亡国機業についたパターンも安易な考えではあるが、可能性は捨てきれない。気がかりだ。

 だからこそ、今はこの状況をどうにかしなければ、気にはしていられない。

 幸い分かりやすいあの女の狙いはハッキリとしているから、打ち砕くのみ。まず第一の狙いが数的有利による圧倒。

 第二が楯無。楯無も狙われているのだから、俺の気は取られる。そう思うだろう。そうすれば、最後の狙いは。

 

「お見通しである!」

「なっ、何ィッ!? ぐアっ!」

 

 ダッシュローラーをふかし弾雨を掻い潜り、女よりも先に一太刀浴びせる。

 一斉射によって作った隙をつくつもりだったのだろうが、ご破算にした。崩れる体勢。それが隙になる。その土手っ腹に蹴りをお見舞いしてやった。

 からの、蹴った反動を利用して加速。向かうは楯無の元。

 

「くっ! ッ、はぁあっ!」

 

 多少掠りはしているもののしっかりと銃弾を捌き、回避を成功させている。

 更に加えて言うのなら、流石は楯無と言うべきか。刀で反撃も試みている。楯無の太刀筋は綺麗。なるほど、そう振るんだったな。

 そして、派手に蹴っ飛ばしたことでEOSもどき共には少なからず動揺が走っている。そこが狙い目。

 

「貴様たちの登場のおかげだ、刀の扱いが分かって来たぞ! 練習相手になってくれてありがとう!」

 

 接敵は一瞬。

 乱れ打つ波の流れを描くように刀を振るう。すると、鋼鉄を斬り裂く音色が斬、斬、斬と絶え間くな響けば切り離れる両腕に備え付けられた折り畳み式の固定マシンガン、両脚。

 眼前で力なく崩れ落ちていく。奴らは全機、EOSもどきから鉄屑という正しい姿になった。

 

『楯無、大事ないか』

『え、ええ、助かったわテオ』

 

 楯無に元にたどり着くと警戒態勢を取りながら通信を繋げ刹那の休息。

 

『奴らの無力化は成功した。しかし、気を緩めるなよ』

『まだ増援が?』

『いや、こういう時にはお決まりの展開がある。だろう、簪』

『そうだね……武装や脚部を無力化しても機能自体はいくつか生きてるから最悪自爆するかも』

『ということだ。日本としても聞きたいことは山々。機体を無力化しつつ五体満足で済ませてやったんだ。勝手に死なれては困る』

『そうね。私はひとまず搭乗者の確保を優先するわ』

『よろしく頼む。とっ、もう復帰か』

 

 蹴っ飛ばされた衝撃から復帰し、ふらふらと立ち上がりながらも長斧を構えてくる。

 

「くそが! くそが!」

「お仲間はご覧の通りだ。大人しく投降すれば、然るべき手段で貴様を処罰してやるがどうだ?」

「オータム様をなめんな! 勘違い野郎! まだ終わっちゃいねえってんだよ! オッラァァッ!」

 

 激怒しながら叫ぶと斧を構えながら疾走してくる。

 よほど頭に来たのだろう。それ故にこの身を襲うプレッシャーはこの戦闘で感じた中で最も鋭く強い。

 それでいて怒りを戦闘力を高めるエネルギーへと変換でき、動きを読まれると分かっているからこそ、真っ向勝負を挑んでくる。

 この辺、粗暴な性格だとは言え戦士として本物なのだろう。気持ちが正しい方向に注がれ、身体能力と機体性能が合わさったその疾走はこれまでとは比べ物にならないほど単純に速い。

 心技一体はいつの世も成功すれば更になる力を生みやすい。

 

 反面、やろうとしていることは単純明快。

 感じ取るまでも、読むまでもない。

 居合の体勢でドンと構え待ち。

 

「ならばさぁ!」

 

 龍が翔び上がり一閃を描くような一振りの太刀筋。

 相手が振るうよりも先、更なる速度で斬り上げの抜刀を放った。

 

「っ!?」

「チィ、甘かったか」

 

 抜刀は当たったには当たった。

 斧の持ち手部分を両断。攻撃の阻止には成功。

 しかし、慣れてなさゆえに斬り込みが甘かった。

 だが、許容の範囲内。刀の先が当たり、頭部の顔面装甲を斬り裂いた。

 ぱっくりと綺麗な形で二つに割れる頭部。露になる女の綺麗な顔。驚いた表情がくっきりと見える。

 

「ようやく顔が見れたな! ファントムタスクのオータム!」

「ッ!」

 

 今後にわたって戦う相手の顔をついに拝めた。

 

「これで!」

 

 殺しも傷つけもしないがここで止まってはもらう。

 意気込み、とどめの一閃を叩き込もうとした刹那。

 

「――」

 

 感じたまたもや新たなプレッシャー。身を劈く死の寒気。

 まずい。そう思ったのとまったく同時に攻撃をやめ、意識と動作を即座に回避へと注ぐ。

 女を守るように振られつつあるカタールを紙一重で避け、地を蹴って距離を取った。

 

「ドイツの時が可愛く思えるぐらい随分と恐ろしいほど成長しちゃってまあ。天才御曹司の噂は嘘じゃないってことね。EOSのままISの攻撃をこんな綺麗に躱すなんて」

 

 その言葉と共に俺とオータムの間へと割り込んできた新たな敵機。

 メカメカしいフォルムを持つEOSとは打って変わって、女性的なフォルムを持つIS。

 灰色のそれは二本の足が長いことやフルフェイスマスクが複眼なことといいどことなく蜘蛛を連想させられる。

 

「派手にやられたわね。ほら」

「……ッ、サンキュ。って、おいっやめろってこんなところで」

「何言ってるの。顔汚れてるじゃない。傷はないみたいで何よりだけど」

 

 左右それぞれの手に持ったカタールを量子変換して仕舞うと地面に座ったままのオータムへと手を差し伸べ、引っ張って立つのを助けた。

 かと思えば、土埃で汚れたオータムの顔を指で優しく掃う。そのしぐさにオータムは照れていた。

 何だ、突然目の前でイチャつき出した。この状況で余裕なのか。数では互角だが、ISとEOSでは戦いにならないからなのだろうが。

 

 余裕を見せてくれたおかげで分析、考える時間は出来た。

 フルフェイスマスクで顔は確認できないが、オータムの仲間。それもここまでの親しさ。思い当たる人物と言えば、片割れ。奴らのリーダー各にあたるアイツか。

 それにこのIS。機体色や姿は覚えているのと大分違いあの姿になる前段階といった感じだが、今の時期を思えばあの機体に間違いないだろう。

 

『新手……どうする、テオ』

『様子を見守るしかないな。簪、そちらからも外観のデータは取っといてくれ。状況次第では俺達が持ち帰るのも難しくなるかもしれんからな』

『えっ……う、うんっ』

 

 通信でそんなやりとりをしながらも警戒し続ける。

 新手。それもIS。

 よくないな。状況はどうとできるから兎も角として、無理はよくない。いろいろな意味で。

 さて天才テオドール、ここからどう出るこの事態。

 

「さて、帰りましょう」

「ちょっと待てよ! 私は最後まで戦える! スコー、むぐっ!」

「し~ここでそれは禁句よ。状況を見なさい。あなたは頭部マスクを破壊されて、ボロボロ。エネルギーもそんなに残ってないんでしょう? 何より、第一目標は達成。第二目標であるそこの天才御曹司の戦闘データも取れた。要は済んだわ」

「しかしよぉ」

 

 口元に人差し指を当てられ宥められてるが納得はいかない様子。

 

「戦う機会は今後もあるわ。次はあなたにお似合いのこの子でね」

「っ! そうか、そうだな!」

 

 EOSを身に纏ったオータムを両腕で抱きかかえると灰色の蜘蛛はゆっくりと上空へ上がっていく。

 

「逃げる気!?」

「見て分からない? 用が済んだから帰るだけよ。また会いましょう。更識楯無さん、そしてデュノアの天才御曹司テオドール・デュノア君」

「次はボコボコにして絶対泣かしてやるからな!」

 

 姿が遠ざかっていく。

 当然、楯無は止めようとするが。

 

「せめて少しだけでも引き留めるぐらいは……!」

『ちょっと待ってくれ、楯無』

『えっ!?』

『すまない、機体が停止した』

 

 片膝着いた状態から動けなくなった。

 コンソールには各関節部のダメージを現す表示。戦闘での無理が祟った。特に先ほどの回避が決め手になったらしい。

 幸い通信機能を始め他の機能のいくつかは生きている。だからこそ、楯無からの通信もガンガンに入ってくる。

 

『一人であんな無理するから!』

 

 語気が荒い。

 心配してくれているのだろうが、心配したところで俺が反省するとは思ってないだろうからこそ、叱りつけてくる。

 

『そうは言うがこうするよりも他なかった。この機体をお釈迦にしたのは返す言葉もない。奴らを逃がしたことについても』

『もうっ、私が言いたいのはそういう事じゃなくてっ』

『お姉ちゃん、落ち着こう。またテオのペースに乗せられてる。でも、テオとお姉ちゃんが無事でよかった』

 

 冷静沈着な声が俺と楯無を落ち着かせてくれる。

 

『こっちから確認できる敵勢反応はなし。応援呼んだけど、捕まえた敵パイロットのこともあるからうちの人に向かってもらうね』

『ああ、助かる。ハッチを解放する』

 

 もう敵がでくることはない。敵意の気配もない。ハッチから外へ出てると辺りを見渡す。

 撃破したEOSもどき達の残骸。捕らえた敵パイロット。地面にはいくつもの激戦の跡。

 敵ネームド。俺の知らないEOS。そして、あのIS。

 こちら側は特にこれといった損耗はないにも関わらず、何とも後味の悪い終わりだった。




オータムさんは蜘蛛の機体を使う。ということは蜘蛛。つまりはそういうこと。
一人でにチンピラムーブしてくれるオータムさん好き。真面目させてもギャグさせてもおもしろい人だから最高。


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STORY24 悲愴・覇者が見届けた家族の別れ

お久しぶりです。
原作開始まで書き溜めが用意できたので随時更新しています。
お付き合いよろしくお願いします


 織斑千冬の弟を誘拐した事件は一応の終息を迎えた。

 ドイツからの情報提供で発見できた為、協力報酬として織斑千冬が戦技教官として出向することは確定した。変わらない歴史の流れ。

 

 だが楯無のとある提案により、首謀国ないし協力国は絞り込むことは出来た。この時期からこの情報を手に入れたのは大きい。日本、更識家も調査すると言っていて、今後のことに役立つ芽を出せた。

 それは事件の裏側で起こった亡国機業襲撃でも言える。今の時期に亡国機業、それも敵ネームドであるオータムと出会えるとはまさに青天の霹靂。

 加えてドイツの時に見たEOSもどき、そして把握してなかったザクⅡをEOS化したような敵機。終いにはオータム、奴の愛機になるだろう機体の前身にあたるものまで出てきた。中身はあいつだろう。

 

「しかし、ザクⅡとは……あてつけか」

 

 ドイツのEOSのモデルをドムにしたからザクとした。

 この繋がりを連想して、このデザインに出来る者はこの世界にそうはいない。

 そうなるとやはり、同類の存在が考えられる。推測の域を出ないが、考慮してもいいだろう。

 

 知れたことは多いが、確かめられたことは限られている。

 EOSもどきが亡国機業のものだと分かっても、捕まえたパイロットから聞き出せたのはドイツの時と変わらなかった。パイロットは全員雇われたフリーの傭兵。簡単な操作説明を受けただけで、それ以上の情報は持ってない。何なら、オータムの顔すら見てなかった。

 

 それでも調査は更識家と共に進めているし、時間があるから予想は立てられる。

 この世界に存在しないはずの把握してなかった機体というイレギュラーはいるが、それを言うのなら俺もまたイレギュラー。幸いデュノア社、原作知識(与えられた知識)がある。どうとでもする。何より、まだ始まっちゃいない。本当の始まりは先のこと。時間はまだある。

 

「――ふむ」

「テオ、また難しい顔してる。あまり根詰めすぎないでね。これ、お茶だよ」

 

 そう言ったのはお茶を持って部屋に訪れたシャルロット。

 普段通りの日常。母国フランスに帰国して数日経つわけだが、平穏が戻ってきた。日本の一件、母上や父上に叱られたものの伯父殿からは一言二言の小言を言って。

 

『過ぎたことはいい。とにかく働け。私の望みはお前なくしては難しいだろうからな』

 

 というだけ。

 構っている余裕がないことは言われずとも分かっている。

 時間があるものがいれば、時間が限られているものもいる。

 

「イリスさんは変わりないか」

「……うん、いつも通り。起きてられるからテオのお世話、自分の仕事をして来いって」

 

 旅立つ前と帰国する後でイリスさんの体調に変化はない。

 悪化はしてない。かと言って、良くもなってない。以前変わらず、悪いままだ。良くなることもないだろう。

 このままだとどうなるかは言うまでもない。砂時計が零れ落ちるようだ。

 

 誰も彼も、そして当然シャルロットもそれことが分からないわけではない。覚悟はしてある。

 それでもシャルロットが辛くない訳でも、悲しくない訳でもない。表に出ないよう堪えているのが伝わってくる。

 

「そうか。心配だろうがデュノア両家一丸となっている。俺も伯父上から言われたことに力を尽くしている」

 

 今俺が出来ること、今俺がやるべきことと言えばこれだ。

 ISの研究。それによって、イリスさんの延命を行う為の方法を確立すること。

 亡きオルコット夫妻から託されたISと人間の生体融合処置の方法。救命領域対応。ISの自己修復機能。これらの組み合わせれば、延命できる仮説は立てられた。だが、後一つ足りない。

 

「だから、その何だ」

「分かってる。私なら大丈夫だよ。私にはテオがいるから」

「そうだな。シャシャには俺がついている」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 デュノア社、社長室。

 そこに社長である伯父殿、そして俺の姿はあった。

 

「ついにか! 悲願がようやく!」

 

 報告を終えるなり、伯父殿は歓喜していた。

 俺の前だというのに心の底から純粋に喜んでいる。まるで幼い少年のように。

 こんな伯父殿を見るのは初めてだ。

 

「流石は我が甥! よくぞ、やってくれた! コード・グリーン……生命の緑か」

 

 こうなって当然か。

 延命できると仮説立てた3つの機能を同時に連動させ、効果を最大限発揮する≪コード・グリーン≫の発見に成功した。

 これにより、延命方法を一応確立することは出来た。今はまだシミュレーション上のみだが、問題なく連動し確かな確率で延命は可能という結果が出た。

 

「先ほども申し上げましたが、この報告結果はあくまでもシミュレーター上のものだというのは心得ておいてください」

 

 物が物だけに実際に試して検証してみるというのはできない。

 それに処置後、どうなるかも更に未知数だ。

 実地検証が出来ないのならシミュレーター上でもいいから検証しなければならないことは多い。

 人の命、それも身内の命がかからっているから尚更。第一、条約違反だ。

 

「分かっている。しかし、何も手立てがなかったことを思えば何もないよりいいだろう」

「それは確かに」

 

 イリスさんの病気を治す、よくする方法はこれまでなかった。

 デュノアの力、医療を持ってしてもだ。

 しかし、今は最後の手段はできた。何もないよりかはいい。

 

「それから家族の皆にも説明させて頂く。伯父上が万が一のことをしない為にも」

「はっきり言う。まあ、好きにするといい。口うるさい我が甥よ、まったく愚弟に似なくていいところばかり似てきよってからに」

 

 伯父殿の声が明るくなったのを久しぶりに聞いた。軽口を叩けるぐらいには叔父上にも余裕が出来た。

 ここのところずっと根を詰めていたのを思えば、いい傾向ではある。

 だが、油断はできない。俺も伯父殿も。

 

 選択肢は増えたが、何も解決はしていない。

 まだまだ他の手は考え、探す必要はある。以前油断ならない状況のまま。

 だからこそ、最終的にこれしかないとなれば伯父殿は迷いなくこの手段を強行する。

 それこそ、処置される当人イリスさんの意思を無視しても。

 

 伯父殿はそういう人だからこそ、俺としても油断はできない。

 伯父殿の止めるのが俺の役目だからだ。

 結果どうなるかを識っているからこそ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ということです」

 

 会社からアルベール一家の屋敷に向かった。

 そして、処置を発見したことやそれを聞いた伯父殿の様子を家族の皆に詳しく説明した。

 

「そう。そんな処置が」

 

 真っ先に口を開き言ったのは伯母殿だった。

 驚いた様子も困惑した様子もなく伯母殿はただ事実を受け止めている。

 

「見つけてしまったものは仕方ない。それに何も手立てがなかったことを思えば何もないよりいいわね。アルベールの様子を思えば尚更」

「伯父上も同じようなことを言ってました。何もないよりかはいいと」

「それはそうよ。手段があるってだけで心に余裕は生まれる。悪いことだけではないわ。あなたは伯父の命に従ったまで。そして、知った私達のスタンスは変わらない」

 

 ロゼンダ・デュノアという女性は原作(俺が識る世界)からして強い人だ。

 禁忌に手を出してまでもシャルロットの母親を救いたいという強い思いを突きつけられても尚ぶれない。

 本妻である叔母殿がこうあってくれるのだから、周りもぶれないでいられる。

 

「そうだね。何も変わらない。兄上が処置について知ってしまったのは正直、困ったけど知るのは時間の問題だったはず。今も昔も兄上が道を逸れないよう支えるのが僕、僕達サンソン一家の役目だ」

「ええ、そうね」

 

 父上と母上がそうなように当人であるイリスさんもまた。

 

「本当に申し訳ないばかりです。ですが、手を煩わせるつもりはありません。余命いくばくもないのは神が定めてくだった天寿なのだと覚悟しています」

 

 神。その言葉を聞いて、脳裏に浮かぶのは転生する時に会った女神、そしてあの時の出来事。

 神が定めてくだった天寿と言えなくはないか。

 

 皆ぶれることなく、覚悟をしている。

 それはシャルロットにも言える。

 ぶれないよう、覚悟が揺るがないように必死に踏ん張っている。

 それでも心配なのは変わらない。

 

「お母さん……」

「そんな顔しない。何も今日明日のことじゃないと思うわ」

「そうね、イリスには最後の最後まで頑張ってもらわなくちゃ。この私があなたのこと諦めてないんだから」

「はい、もちろんです。ロゼンダ様」

 

 イリスさんと伯母殿が手を取り合う。

 それを見てシャルロットは少し安心できたようだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 安心は束の間のこと。

 結局他の手は見つからず、本当に定められていたかのように別れの日は突然やってきた。外は気持ちのいいぐらい晴れているのがあてつけかのようなそんな日。

 イリスさんは弱りきり、今日この時が峠。今以上に手の施しようがなく、イリスさんのいる部屋に家族全員が集まり、別れの言葉を交わしていく。

 

「いってしまうのね、イリス」

「はい……申し訳ございません、ロゼンダ様。勝手ながらお暇を頂きます」

「本当勝手よ。勝手に現れて、アルベールの昔の女でしかも子持ち。私が欲しいもの全部持っていて、また勝手に去っていく。正直、あなたのこと憎かったわ。でも……イリスと過ごした今日まで楽しかった」

「ありがとうございます。私も楽しかったです」

 

 弱りきった身体ながらも嬉しそうな笑みを浮かべるイリスさんと素直に気持ちで優しい笑みを浮かべる伯母殿。

 悔いが残らないよう、悲しくても辛くてもしっかりと最後の会話を楽しむ。

 

 だが、誰もが伯母殿達ほどしっかりと話せるわけではない。

 むしろここで話してしまうと、イリスさんの死を回避できないと思い鼻差ない意固地になっているものもいる。

 誰という物でもなくそれは伯父殿。見かねた伯母殿が伯父殿の背中を押す。

 

「ほら、アルベールも。こんな時まで子供染みた意地張らない」

「別に私は意地など……張っておらん。いや、逆に問いたい。何故お前達はそこまで物分かりがいいんだ! コレを使えば、すべて解決するかもしれんというのに!」

 

 伯父殿の手にはコスモスの花を模したネックレス。

 筒状花の部分が緑色の水晶になっている。緑色は生命を現す。

 伯父殿はあの処置を形にした。ただ形にしただけ。やはり、実地検証なんてできるわけもなく、かといって他の手はない。

 だからこそ、伯父殿は言い方は最後の手ぐらいそうであってほしいと願いを込めたもの。

 

 イリスさんはネックレスを手に取り握る。

 一度断った処置を受け入れたわけではなく、伯父殿の気持ちを受け止めるような握り方。

 

「ああ……ここまでしてくれるなんて。私は果報者ね。本当に幸せ。ありがとう、アルベール」

「礼などッ! ようやく共に暮らせるようになったというのに! 失うなんて俺はッ!」

「確かに私はもう居なくなるけど、アルベールにはまずロゼンダ様がいる。サンソン一家の皆様も。そして何より、シャルロットがいる」

「シャルロット……」

「まだ幼いこの子をどうか愛し、この子がこれから進む道を助けてあげて。そして、どうかシャルロットには自由で素敵な人生を」

「あぁ、ああッ! 分かったッ!」

 

 何度も深く頷くとネックレスを握るイリスさんの手を取って握り床へと座り込む伯父殿は涙を流していた。

 そんな叔父殿に優しい視線を向けながら、イリスさんはシャルロットを手招きした。

 その手招きは力なく弱々しい、けれど表情は笑顔の花が咲いている。

 シャルロットは心配そうな顔をしながら近づき、手招きするその手を取った。

 

「お母さん……」

「そんな顔しないで可愛いシャルロット。あなたにはデュノア家の皆様が、そしてテオドール様がいる。一人じゃない。物心ついたころからずっとお母さんを支えくれてありがとう、産まれてきてくれてありがとう」

「ッ! 私こそ、ありがとう。産んでくれてありがとう。お母さん一人でもこんなにもちゃんと元気に育ててくれてありがとう。いっぱい、いぃぃっぱい愛してくれてありがとう! 本当にありがとうッ!」

 

 溢れ出す言葉と共にシャルロットの瞳からは涙までもが溢れ出した。

 ずっと我慢し続けていたんだろう。一度流した涙は止まらない。

 

「やっと泣いてくれた。どんな時も泣かずに我慢してばったりだったから。我慢させてた私が言えることじゃないけど、嬉しい。本当にありがとう」

「うん、うんっ!」

「すっごく寂しい思いをさせるけど、寂しいばかりじゃないわ。シャルロッにはこれからの未来がある。自由に生きて、シャルロットがしたいと思うのままに」

「私のしたいと思うまま……」

「友達と仲良く過ごすとか。大切な人を好きになって、恋をして愛するのでもとかたくさんあるわ。今までお母さんのために頑張ってくれた分、いっぱい自由を」

「うんっ! 分かったっ!」

「お父さんとも仲良くしてあげてね。この人、意地っぱりだけど素直な人だから」

 

 友と友。従者と主。妻と夫。母と娘

 別れの言葉を惜しみなくかわした。

 感じる命を火で表すのなら、小さな息ひと吹きで消えるほど。本当に間もない。

 それでもイリスさんは言葉を紡ぐ。

 

「テオドールさん」

「はい」

「あなたとの出会いが全ての始まりでした。あの出会いこそまさに神からの贈り物。名は体を表すとは本当でした。言われるまでもないことではありましょうけどどうかシャルロットを、デュノアの皆様を」

「ええ、もちろん。その願いたしかに受け取った」

「あぁ……ありがとう。本当に」

 

 感謝の言葉がイリスさんが最後に言った言葉。

 天へと召されていった。

 




久しぶりの更新なので感想などお待ちしております。


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STORY25 飛べ!テオドールとシャルロット、二人だけの模擬戦

今更ではありますがシャーマキングが再アニメ化するとのことなので今日も初投稿です
マンキン甦れ甦れ。


 シャルロットの母親、イリスさんが亡くなってからしばらくの時が経った。

 今も神がかった躍進を遂げているデュノアと言えど、人の子。

 アルベール一家、サンソン一家、両家共々悲しみに包まれていた。

 しかし、いつまでも悲しみに暮れていられないのが現実。人の上に立つ者としては勿論。激動の今、隙を見せ続けるわけにもいかない。やることもやらなければいけないことも依然多い。

 何より。

 

「ISのテストパイロットになりたい、だと?」

「うん。テオの役に立ちたいってのが私のしたいことだから」

 

 イリスさんが残した言葉を思い出した。

 そうか。ただ悲しみに暮れていられないと、悲しみの一歩先へと踏み出そうとしている。

 

「役に立ちたいって今までもずっと思ってたけど、具体的にどんなことで役に立てるんだろうって考えた時にISが今を動かしているし、デュノア社も力を入れてるから。勿論、試験とかはちゃんと受ける」

「それは願ってもない」

 

 シャルロットの優秀さはよく知っている。

 ISを扱う能力の高さについてもよく識っている。

 

 思えば、原作(俺の識る世界)だと母の死によってシャルロットはデュノアに見つかり、高い適性があることが分かりテストパイロットになるという流れだった。

 いろいろと早まったり、変わってしまった今だとそうならない可能性もあった。それは今後のことを思えば、かなり痛手だ。

 そうならず、本来の道筋通りになりつつあるのは安心だ。

 

「そうと決まれば、伯父上や伯母上の了承がいる」

「そっか、私達だけじゃ決められないよね」

「年齢は足りていても保護者の同意がいるからな。こういうのは」

「ロゼンダ様と……お父さんに言わないと」

 

 イリスさんの死後、シャルロットの籍はデュノア家に入った。

 それもアルベール一家の元へと。問題もわだかまりもなければ、我がサンソン一家に入るよりも自然な形。

 シャルロット・ベルナールはシャルロット・デュノアとなった。

 

 思い立ったが吉日。

 シャルロットと共にアルベール一家の屋敷に向かった。

 電話や画面越しでも事足りるが、こういうのは対面の方がいい。イリスさんの死後からそう経ってないのなら尚更。

 

「そう、テストパイロットを。いいんじゃない? こういう時は何かやることがあるに越したことはないわ。デュノアの利益にもなるでしょうし、頑張りなさい」

「は、はい」

 

 簡単に伯母殿は許しをくれた。

 強く反対されるとは思ってはいなかったが、ここまであっさり許しをくれるとも思ってなかったから返事したシャルロットと揃って面食らった。

 

「二人して何面食らってるの。子供がやりたいことがあるというのなら大人がとやかくいうことじゃないでしょ。けれど、私からアルベールに口添えとかフォローしないからそのつもりで」

「分かりました。ありがとうございます、ロゼンダ様」

 

 保護者の片割れ、伯母殿の了承は貰えた。

 次は伯父殿。

 いると知らされた書斎の扉前、シャルロットは緊張した様子だった。

 

「一人で伝えられるか?」

「だ、大丈夫。お母さんが死んでから顔合わせるの久しぶりだし、今まで話したことあんまりないから緊張しちゃって。でも、自分のことは自分でするよ」

「そうか。なら、行こうか」

 

 中へと入った。

 イリスさんの死後、伯父殿の顔を直接見るのは俺もまた久しい。

 まだ完全には立ち直れきれてないようで、苛烈だった印象は影を潜めすっかり老け込んでいた。

 

 シャルロットはここに来た理由を説明してから許しを得ようとする。

 

「テストパイロット……」

「そうです。デュノア社でISのテストパイロットになることが今一番テオの役に立てると思ったから。テオの役に立つことが私のしたいことだから」

 

 シャルロットは自分の気持ちを伝えきった。

 

「イリスが残した言葉か……いいだろう。好きにするといい。だが、才がなければまずなることさえできん。そして、なれたとしても力を伸ばし続けることが出来なければ先はない。その時はテストパイロットの道諦めてもらう。例え、イリスの言葉があったとしてもだ。我が甥の役に立ちたいのなら他の方法もある」

「はい。分かりました」

 

 あれこれ言われはしたが伯父殿からも許可はあっさりもらえた。

 やはり、シャルロットも伯父殿もイリスさんの言葉が大きな影響になっている。

 だがお互い名前を呼び合うこともなければ、そっけない会話。親子の関係が縮まるのは大分先のようだ。

 

 許しがもらえれば、後は流れのままに。

 後日、適性検査や試験をクリアしたシャルロットは無事正式なテストパイロットになった。

 AというIS適性、何事もそつなくこなす器用さをいかんなく発揮し優秀な結果を早々にたたき出し始めている。

 

『お強い。本当凄いですわね、シャルロットさん』

『ああ、本当に』

 

 目的地へと走る車の車内。

 眺める端末でビデオチャットをしていると画面の向こうでセシリアがしみじみと言う。

 シャルロットは強い。

 だからこそ、辛くても次へと進んでいく。

 

『この様子ならシャルロットさんが代表候補生になるのもそう遠くない話でしょう。そうなれば、私にとって良きライバルになりますわね。ISでも』

 

 セシリアが言った未来は大いにありうる。

 むしろ、そうなってもらわなければいろいろと困る。

 

『代表候補生はどうだ?』

『順調ですわ。このセシリア・オルコットに抜かりはありません。第三世代の開発が各国で続々と始まったと聞きますし、このまま代表候補生筆頭であり続け専用機持ちになってみせますわ。私達の願いの為に』

『ああ。今は準備の時。お互い準備は怠らないようにしなければ』

 

 ISの存在は必要不可欠。

 歯がゆい思いをさせるだろうが使える手や戦力は万全にしておきたい。

 

『ン、目的地に着いたか。移動の片手間であまり長話もできなかったな』

『仕方ありませんわ。テオがお忙しいのは今に始まったことではありませんもの。それに片手間とは言え、こうして連絡をこまめに下さるのは素直に嬉しいです』

『そうか。一段落皆でゆっくりとした時間を過ごそう。そして、セシリアさえよければ婚約者同士水入らず二人っきりの時間も』

『まあっ、それは楽しみですわね。心待ちにしておりますわ。忙しい日々はまだまだ続きますが無理は勿論、危ないことに喜々として首を突っ込まないようにしてくださいまし』

『我が婚約者は手厳しい。まあ、善処はしよう』

 

 その言葉に苦笑いで呆れられたが別れの言葉を交わし通話を切る。

 車から降り立ったのはデュノア社のIS研究所。

 フランス随一の研究機関にして、競技用の大型アリーナまで兼ね備えている。

 

「時間を食ってしまった。待たせたか」

「いえ、それほどでも。むしろ、準備は万端です。さあ、どうぞ中へ」

 

 建物の中からスタッフに出迎えられ、先導してもらいながら中に入っていく。

 

「機体はアリーナへと搬入済み……助かる。シャルロットは?」

「時間があるならウォーミングアップは万全したいとシミュレーターの方に」

「分かった。ならば、まず先にシミュレータールームに向かう」

「かしこまりました。案内します」

 

 向かった先はシミュレータールーム。

 そこは何台ものVRシミュレーター機が並べられ、更にその後ろの一角ではその様子をチェック分析するモニタールームが併設された場所。

 シミュレーター機はIS操縦者に対して絶対数が少ないコアの都合上、実際に使える機体が限られているのを補うため開発されたものらしい。

 ISコアの絶対を思えば、あってもおかしくない。いやむしろ、あるべき装置。しかし、原作(俺が識る世界)ではそれを思わせる描写どころか存在のかけらもなかった。

 なのに今こうして目の前に存在していて、ISの普及と共に世界中に幅広く存在している。

 俺が作ったわけではない。IS開発者じきじきにこれの雛形を開発したものだとか。

 

 ちなみにシミュレーター機の外観は半円状の大型ドーム。

 内部には丸い大きな円から伸びる数多くのアームに繋がれた展開待機状態のISを模した座席がある。そこへ乗り込み、両腕部のアーマーと両脚アーマー、背部アーマー、そしてフルフェイス状のVRヘッドギアを装着する。

 中の座席は国や企業ごとによって変わる。フランスならラファールタイプ。日本なら打鉄タイプといった感じに。

 

 ベストタイミングのようだ。

 シミュレータールームのモニター席にいるとシミュレーションを終えたシャルロットがやってきた。

 どうやらショコラータが相手をしてくれていたらしい。手を振って挨拶する。

 

「意気込みは充分のようだな」

「テオ!? もう来てたの?」

 

 早々に俺の姿を見つけるなり、普段の口調でシャルロットは驚いた。

 無理もない。来ることは勿論、到着する大体の時間は知らせていたがまさかシミュレーションをしている最中に来るとは思っていなかったんだろう。

 申し訳なさそうにしている。

 

「ああ、今着たところだ」

「そうなんだ。ごめんなさい。お出迎え出来ないどころかシミュレーション終えたばっかりで」

「気にするな。最後の準備をするだけだ。時にショコラータ、そちらから見てシャルロットの完成具合はどうだ?」

 

 シャルロットの実力は見たことがあるから知っているし、ポテンシャルについてはよく識っている。

 ただ第三者から見てどうなのか客観的な感想が知りたい。だから、気になっていたことを聞いてみた。

 

「そりゃもう完璧よ。というか、とんでもない逸材ね。貴方が天性の才能に溢れているのなら、シャルロットちゃんは努力と学んだ理論や技法に裏付けされた後天的な才能に溢れているというべきかしら。これなら代表候補生、それも専用機持ちは間違いなし。国家代表も夢じゃないわね」

「そ、そんなっ! とんでもないっ!」

「謙遜しなくていいの。後進がここまで優秀ならフランスの将来は明るいわ。私も選手として適齢期だから丁度いい後任者が現れてよかった」

 

 ショコラータ、第三者である彼女がここまで言うのなら間違いない。

 

「それは重畳。この後の模擬戦、楽しみだ! 期待しているぞ、シャシャ!」

「うんっ、任せて! テオの期待に応えてみせるよ!」

 

 シャルロットの充分過ぎる意気込みを見て事前準備、最後の仕上げにかかる。

 

 場所は研究機関内にある競技用の大型アリーナ。

 相手はシャルロット。機体は我が社が誇る最新鋭量産機ラファール・リヴァイヴ、そのカスタム機。タイプⅠ。

 高機動用の“グランエール”パッケージ、近接格闘用の“グランエペ”パッケージ、遠距離砲撃用の“グランカノン”パッケージ。

 これら基本的な第二世代型パッケージを3種を一部分ずつ組み合わせた試作型複合パッケージ「マルチプルアサルトパッケージ」を装着した姿。

 さしずめラファール・リヴァイヴ版パーフェクトストライクガンダムと言えよう。

 カスタムⅠと呼称されるこの機体は試験機ということもあって、初期化と最適化の機能はオフにしており、機体色は他の同機と同じ色。

 

 対するこちらはEOS。機体はフォールダガー。

 装備、パッケージは高機動用の“エール”パッケージをベースに開発し、エールではEOSを単独浮遊、単独飛行させるだけの出力が足らなかった為、大出力によって単独浮遊、単独飛行を実現させたジェットパッケージ。

 飛行テストとEOSや浮遊ドローン相手の運用試験は完了済み。今回はIS相手にどこまでできるのか模擬戦形式で試す為の運用試験。

 

『改めてよろしく頼むぞ、シャシャ』

『うんっ』

 

 シャルロットの頷いた言葉の後、場内アナウンスが聞こえてくる。

 

『それではただいまより、EOSフォールダガージェットパッケージ装備の対IS戦運用試験を行います。両者、試合を開始してください』

 

 アナウンス、そして場内に響くサイレンを合図に俺達は模擬戦を開始した。

 両膝を軽く曲げ、屈伸するように地を蹴り、空中へと上昇。

 上昇しながらアサルトライフルを構え放つ。狙うは俺が上昇する為にしたモーションを一切することなく、既に頭上にいるシャルロット。

 なんてことのないように軽々と躱された。続けざまにすかさず反撃される。

 

「ハァァアッ!」

 

 けたたましく響く銃声。

 正確な射撃。悪くない。

 こちらも回避。そして宙を駆け、適切な間合いを作り出し、引金を引き絞る。

 

「ライフルは外さんよ!」

「ッ!」

 

 常時では反応しきれないこちらに射撃にISからの補助を受けつぶさに反応したシャルロットは防御姿勢を取った。

 本来なら直撃必須。だが、当然のようにそうはならない。見えない何かによって阻まれ、機体の装甲表面にすら届かない。

正体は不可視のエネルギーシールド。バリアーのように展開するそれによって防がされた。

 

「厄介だな、それは!」

「それはこっちの台詞だよっ! まったくっ!」

 

 悪態をつきながらも牽制とフェイントを組み合わせ翻弄してライフルから弾丸を放つが結果は変わらず。

 不可視の何かを越えられない。

 

 露出の高い見た目に反して守りの厚いISの防御壁第一層が不可視のエネルギーシールド、シールドバリアーなどと呼ばれるもの。

 まずこれを突破しなければ、何も始まらないが突破できない。それはお互い使っている同種のアサルトライフルから放つ弾が模擬戦用の特殊弾ということもあって、実弾と比べて単純に威力不足ということもあるが、エネルギーシールドを突破するには絶対条件を満たさなければならない。

 

“ISの影響を受けて特異性を帯びてなければならない”。

 

 というもの。

 ISが使う武装はEOSや既存兵器でも扱える一般的なものだがひとたびISが扱えば武装には特異性が帯び、超兵器化する。

 それによって実弾兵器や物理武器達はエネルギーシールドに干渉でき、威力次第では突破可能となる。

 

 EOSは勿論、既存兵器ではISによる特異性を獲得することは出来ず、一般的な兵器のまま。

 突破することもできなければ、そもそもシールド値を削ることすらできない。例えシールドの防御力を越えている威力だとしても。

 

 仮にエネルギーシールドを突破できたとしても露出している肌などを守る被膜装甲(スキンバリアー)、そして絶対防御がある。

 オマケにISアーマーも特異性を帯びて、硬くなっており通常兵器では傷一つけられない。あの開発者直々に

 

『バルカンだろうがミサイルだろうがISの装甲に傷一つつかないよん。エネルギーシールドもあるしね』

 

 というだけある。

 もっともシールドエネルギーが尽きれば、特異性は消失してISアーマーは脆くなる。それによって既存兵器が放つ弾などでも破壊できるがそうなる前に決着はついているのが常。期待するなどあまりにも危険だ。

 

「行け!」

「甘い!」

 

 シャルロットが放つ弾幕を掻い潜り、反撃に出る。

 

 何度やっても結末は変わらないが、これは実戦ではなく模擬戦。

 どちらかのエネルギーが先に尽きるか、参ったと言わせれば戦いとしての決着は着く。

 普通に考えれば、エネルギーが尽きるのはこちらの方。ならば、勝ち筋は絞られてくる。後はその勝ち筋を進みきるのみ。

 

「やらせないよ!」

「何と!」

 

 当然ただではシャルロットは通してくれない。

 模擬戦だからこそ全力を尽くそうとしてくれている。

 正確無慈悲な連続する射撃で反撃の芽を潰し、回避に徹する選択肢のみを残し、近づけさせない。

 距離を取ろうものなら。

 

「この距離はまだ私のものだよ!」

 

 シャルロットの左手に現れた長身の大型レールカノン。

 出現とともにこちらをロック、そして発射。雷鳴を思わせるような砲撃音。

 レールガンとなった模擬戦用の特殊弾がこの身を襲う。

 直撃必須。ダガーの捕捉システムでは捉えきれてない。しかし、見えてはいる。ならば、まだだ!と強い意志を力に変え、動きの精度を高める。

 

「なんとぉぉおっ!」

「嘘!?」

 

 驚いたのも無理ない。

 捕捉システムに一切頼らず感覚のみで反応してみせ、瞬時に最適化した最小限の動きでレールガンを回避してみせた。

 

「俺のターンはまだ終わっちゃいない!」

 

 すかさずライフルでの反撃。

 

「っ!? なんのこれしき! 負けていられない!」

 

 驚いたのから切り替えは一瞬。

 シャルロットは即対応した。

 機体左肩部に装着された複合兵装ユニット「コンボウェポンポッド」の一部分であるバルカン砲。それが渦巻く唸り声を上げる。

 バルカン砲によって相殺される反撃の弾雨。連鎖するようにバルカン砲の隣に位置する「コンボウェポンポッド」の一部分であるガンランチャーからミサイルに見立てて放たれる模擬戦用の特殊弾が回避先に目ざとくやってくる。

 

「ならばさあ!」

 

 角度やその他諸々を合わせ頭部のバルカンポッドで迎撃。

 放たれた弾丸類はISに干渉する特異性を依然有しているが、強度は一般的な兵器と大差ない。

 故にこうして破壊できる。

 

 模擬戦は続く。

 シャルロットは多数の武器を早々と切り替え、巧に使い別けている。

 加えて誘いや牽制も忘れていない。

 まるで砂漠に迷い込み喉の渇きを覚え、砂漠の中に飲み水の湧く湖を見つけたがそれは蜃気楼。分かっていながらも、喉の渇きに耐え兼ねついつい泉の幻影へと近づき死にに行くかのようだ。

 

 大分きつい状態だが、俺にあってシャルロットにはないものがある。

 EOS誕生から積んできた知識と経験。そして実戦経験だ。もっともIS相手ではないが、それでも経験は経験。今へと役立てられることは大きい。

 何より、シャルロットを相手にするのが慣れてきた。

 だからこそ、こうして間合いを詰めていける。まずは牽制とフェイント。

 

「これならどうよ!」

「死角をッ!」

 

 死角を取り、近接戦用伸縮式ロッドを媒介に発生させたプラズマを剣状に収束させて形成したプラズマソードを振るう。

 

 シャルロットの死角は取った。

 だがISには全方位接続というものがあり、人の目では見えない死角の光景をISが伝えてくれる。

 直感的に見て得た情報ではない為整理を必要とするが、そこはデュノア社きってのテストパイロットであるシャルロット。整理と成功しながら次のモーションへと移ろうとするが遅い。

 ハイパーセンサーの反応の良さが仇となっている。こちらの牽制とフェイントに瞬時に対応した隙をついた。

 

「ッアアッ! ――ッ、ならソードで!」

 

 オートガードが発動しエネルギーシールドで死角からの一撃を防いだシャルロットは、近接格闘用の要素である重斬刀を両手にそれぞれ一本ずつ呼び出すと間髪入れずに振るう。

 それも分かっているから当然はこちらは回避する。

 

「そう簡単には当たってくれないよね! 次!」

「ッッ! やるなっ! だが!」

 

 シールド先端に内蔵されたロケットアンカーが飛び襲い掛かってくる。

 それをサーベルで捌いて弾く。

 間合いを詰めに詰めたここからは剣による一進一退の攻防。剣を振るい、当て、避け、シールドで受け流す。

 EOSはISに機動力では敵わない。ゆえに距離を維持しながら、シャルロットからの攻撃を待ち構える。

 

「当たらないか! なんて勘のいい、これは先を読んでいる!」

「正解だ! 早々に気づいた! 褒めてやるぞ、シャシャ!」

「ありがッ、とッ! 私やられっぱなしじゃない!」

 

 脳裏に一際強い稲妻が走るのを感じたと同時。

 何か来る。とてつもなく強いのが。

 

「私にはまだ左手があるんだよ!」

 

 その言葉を聞き終えた時にはシールドをもっていかれていた。

 掠った程度で済んだのは正に幸いか。

 何せパイルバンカー灰色の鱗殻(グレー・スケール)ば放たれていたのだから。

 

 左手のロケットアンカーアンカーがシールド内蔵パイルバンカーに切り替わっている。切り替えの瞬間を完全に捉えきれなかった。

 

「やるな、シャシャ! 瞬時の切り替えお見事!」

 

 削られたものはあるが機体の状態、エネルギー残量を見てもセーブを第一にしている甲斐あってまだ戦闘続行可能。

 相変わらず、シールド類は削れてはないがシャルロットのこの一手で分かったことがある。

 パイルバンカーはシャルロットにとって奥の手。この手を使うということは相当精神的に追い詰められている。

 ISからの補助を受けていても集中力、体力は減っていく。今この時、緊張状態なら尚更。そこが狙い目よ。

 

「だが、まだだ! “勝つ”のは俺だ!」

「そうだと思ったよ! まったく、テオは本当に!」

 

 その言葉のやり取りが再戦の合図。

 再び一進一退の攻防が始まり、そして――。

 

「取った」

「ッ……参りました」

 

 サーベルの先をシャルロットへと突き付けるとついに根を上げた。

 モニター席でもこれを確認して。

 

『降参の言葉を確認。模擬戦を終了とします。両者戦闘態勢を解除してください』

 

 二人して宙から地上へと降りていく。

 今ここに模擬戦の決着は着いた。

 

「まさかISに乗ってるのに本当に負けちゃうなんて」

 

 しょんぼりと落ち込んでいる。

 負けだと認めてはいるが、ISに乗っているのにも関わらず勝ち筋を見つけられなかった自分に不甲斐なさを感じているのが伺える。

 

「落ち込む必要はない。勝ったとはいえこちらはギリギリだったよ」

「あんな曲芸何度も見せられた後に言われてもって感じあるけど」

「負けるつもりはなかったからな。全力を尽くしたまでだ。それが全力を見せてくれたシャシャへの礼儀だ。実際シャシャもよくやってくれたよ」

 

 シャルロット・デュノアの強さと秘めた底力を身を思って感じられた。

 悪い結果を多く得てしまったが、決してそればかりではない。少ないながらもいい結果はこうして得られている。

 

「胸を張れ、シャシャ。このテオドール・デュノア相手にここまで出来るものはそうはいない」

「分かったよ、テオ」

「ショコラータが言ったように代表候補生、専用機持ちへの道が現実味を強く帯びてきた。更なる成長期待しているぞ!」

「うんっ!」

 

 元気を取り戻し自信に満ちたシャルロットの笑顔と共にこの度の模擬戦はこうして幕を閉じた。

 




ずっとやりたかった回。
既存兵器を凌駕するISの超兵器たる由縁を原作3巻で束さんが言った台詞をベースにしつつ捏造設定こねくり回して明確化してみました。
見落としてる可能性は大いにありますがIS以外の攻撃でISの装甲が傷ついた描写原作にはなかったはず。あったとしても『俺の宇宙では音がするんだよ』に習って乗り切ります。
この辺りのことについて何か考察とかあれば感想という形でお聞かせいただけると幸いです


機体名:ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅠ
【武装】
アサルトライフル×1
対装甲用コンバットナイフ×2
プラズマソード×2 ←グランエールの装備
重斬刀×2
ロケットアンカー×2
シールド内蔵パイルバンカー灰色の鱗殻(グレー・スケール)
大型レールカノン×1
コンボウェポンポッド内蔵バルカン砲・2連装ガンランチャー×1
レドーム・ポッド
【機体解説】
第2世代型ISであるラファール・リヴァイブのカスタム機。
高機動用の“グランエール”パッケージ、近接格闘用の“グランエペ”パッケージ、遠距離砲撃用の“グランカノン”パッケージ。
これら基本的な第二世代型パッケージを3種を一部分ずつ組み合わせた試作型複合パッケージ「マルチプルアサルトパッケージ」を装着した姿。
次世代全距離対応装備を開発する為に試作され、総合的な攻撃力は高くなったがその分武装管制システムが複雑になっており、機体の扱い難さや各装備の取り回しの悪さなど問題点が多い装備となった。
ちなみに操縦者の特性に合わせてより細かく専用のカスタムをしたものがカスタムIIと呼ばれる。

装備名:ジェットパッケージ
【装備解説】
大気圏内用の空戦型パッケージ。
エールパッケージではベースに開発し、エールではEOSを単独浮遊、単独飛行させるだけの出力が足らなかった為、大出力によって単独浮遊、単独飛行を実現させたパッケージ。ISラファールシリーズにも装備可能だが、実質EOS専用となっている。


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★STORY26 Novav覇者によってラファールは新生する

ポケモンスナップがNintendoSwitch向けに開発中と発表されたので今日も初投稿です
最近、昔やっていた作品のリイメクやリブートものが多くて何だかんだ嬉しい今日この頃。
この流れならきっとISの3期ないし再アニメ化も近いですね!(虚ろな目)


誤字報告たくさん送ってくれた方ありがとうございます!


「あは~これだけ質のいいデータをEOSでもISでも取れるなんて流石だね~」

「ええ、本当に所長もですがシャルロットさんもやはりデュノア家の方なのですね。凄いの一言に尽きます」

「フン、それほどでもない。だが大変気分がいい、ジュースを奢ってやろう」

 

 ロイド博士やセシルさんからの賛辞を受け止める。

 聞き慣れた言葉。嬉しくないわけではないが、だがしかし。

 有終の美を飾ったように傍から見えても当人が望み満足できる結果を得られないというのは往々にしてある。

 先日、ISに乗ったシャルロットを相手に行った模擬戦がまさにそうだ。

 勝ちこそはしたがシャルロットに俺が勝っただけでEOSがISに勝ったわけではない。身体能力や転生特典(生まれ持った才)で押し切った故の結果。

 最後まで一度たりともエネルギーシールド突破できなかったどころか削ることからできなかった。

 

「やっぱり、エネルギーシールドをどうにかしたいところではありますよね」

「アレをどうにかしないとEOSどころか既存兵器はどうやっても太刀打ちできないからねぇ」

 

 特異性を抜きにしてもエネルギーシールドの強度そのものは最低でも世界で一番堅い物質並みの強度を持つ。

 ISの特異性を得ることさえできれば、解決するだろうがそれが出来ればやっている。

 

「やはり、ISのエネルギーを保持する貯蔵タンクやコンデンサーはいるだろうな」

 

 それがあれば、EOSを始めとするIS以外の兵器にISのエネルギーを転用は可能なはず。そうなれば強力なエネルギー源にもなり、ISに干渉できる可能性があるかもしれない。という、あくまで可能性の話。

 それにこれは現時点だと未来の話ではあるがアメリカのテストパイロットが亡国機業の者と戦った際生身でISのエネルギー兵器を使った時の描写(記述)のこともある。期待しても安心はできない。

 

「蓋をされているような気分だな、まったく」

 

 頑張れば頑張った分報われる転生特典(この身の才)もあって、現状の結果は決して悪くない。

 ガラクタ同然だったEOSを原型から陸戦兵器、そして空を飛べ高度な空中戦を出来るほどにまで発展できた。

 しかし、いつまでも頭上にはISという存在がいる。相手にとって不足はない。だが、IS起動の日(約束の日)が近づいている。

 EOSはその場しのぎ、ISを動かせるまでの繋ぎと予備戦力だと思っていたが無邪気なままではいられない。蓋をされているのが事実であったとしてもだからどうした。テオドール・デュノアの覇道は何人たりとも阻ません。

 より一層気を引き締め、力を注ぎ続けよう。結果を受け止め活かし、歩き続ける。次へと。

 

 ISはISで今後の為にも、セシリア達との約束もあるから必須。動かし乗れるようにしておかなければならない。毒を以て毒を制す為にも。

 

「それはそれだな。模擬戦のおかげでこうして無事第三世代機を開発できたわけなのだから」

 

 シャルロットのようなエース級のテストパイロットが過酷な使用環境を実現して残すデータの有用性は極めて高い。

 常人では到達不可能な高レベル域にて行うパフォーマンスにおいて発生する現象は将来必要となる素材や構造などを見極める上で重要度は極めて高い。

 おかげでこうして第三世代機の開発にこぎ着けた。

 

「次の代表候補生、専用機持ちはやはりシャルロットさんでしょうか」

「他にも可能性のある者達はいるがデュノアとしても俺としてもそうあってほしいな」

 

 世界では今第三世代機の開発が盛ん。それにより新たな代表候補生、専用機持ちの選定が始まっている。

 その中には当然彼女達の姿もあって……。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「えぇい!」

 

 西洋剣である重斬刀から日本型に発展した新装備斬機刀を横一閃に振るうシャルロット。

 駆る機体は第三世代型IS、ラファール・ノヴァ。原作(俺が識る世界)よりも先に誕生し、原作(俺が知る世界)には存在しないフランスの最新鋭機。

 

「当たらないならこれで!」

 

 精度の高い一閃。

 しかし軽々と回避さた。すかさずシャルロットはバックパックに搭載され両肩へと延びる左右一問ずつのレールガン。そのレールガンと並行するように肩部にマウントされる左右一問ずつ単装砲。合計四門を一斉射。轟く火砲が目標へと叩き込まれる。

 

 ラファール・リヴイブの標準的な3つの装備である高機動用の“グランエール”パッケージ、近接格闘用の“グランエペ”パッケージ、遠距離砲撃用の“グランカノン”パッケージを一つのパッケージに統合したIWSPをラファール・ノヴァは標準装備している。

 シャルロットが駆る1号機がこの装備を装着した姿を『コスモス』と呼び、機体本体は近接格闘能力を高める調整をしながら、パッケージは特性を射撃戦闘に振り向け特化させた万能装備状態となっている。

一足先に出来たコスモであり、IWPSを装備したストライクEのIS版といったところ。

 

 ラファール・ノヴァはIWSPを標準的装備とし、近・中・遠の基本的な3つの領域に対応。攻撃・防御・機動といった基本的な局面展開運用能力を獲得した機体。

 これは第4世代のコンセプトをいち早く踏襲した言わば、展開装甲を用いない第四世代機。

 だがまだまだ試験的な意味合いが強く問題も多い為、性能としては第四世代機に程遠い。だからこそ、第3世代機。

 

「っと! これは流石に肝が冷えたわ! でもまだまだ機体に振り回されてるのが見え見えよ!」

 

 対するはショコラータ。

 今もまた模擬戦の最中。新型機と新装備のテスト中。

 シャルロットがコスモスをテストするように、ショコラータもまたIWSP3号機である近接特化型万能装備『ノワール』をテストしてくれている。

 名前の通り、ノワールストライカーがモデル。機体は第3世代の技術を使って近代化改修された黒いラファール・リヴァイブ。黄色いラインが特徴的だ。

 

「そっちが来ないならこっちから行くわ!」

「左右同時! これぐらい避けて! ――ッ……ァゥッ!」

 

 両方の掌から打ち出されるアンカーランチャー。

 そして、シャルロットが向かうだろう回避予定位置へと置くように放たれるレールガン。

 

 IWSPそのものはこれまでラファールで得た性能実証済みである既存の技術をメインに開発しており、特に革新的な要素は持たない。

 だが信頼性と安定性が確保されており、性能の高さは確かなものになっている。

 加えてエネルギー消費を抑える為に武装は物理武器・実弾武器がメインの為、中国の第三世代機ほどではないにしろ第3世代機の中ではまだ燃費はマシな部類。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ッ!」

「油断は禁物よ!」

 

 レールガンを何とか回避したシャルロットだが息は乱れ、回避の拍子に戦闘態勢が崩れる。

 ショコラータにとってはそれも狙いの一つなのだろ。見逃さず、追撃を叩き込む。

 

「さあ! クラクラにしてあげる!」

 

 ショコラータの手に現れたのはRE45(二丁のハンドガン)

 そこから放たれた弾丸達がシャルロットへと高速で襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 回避するのは難しいと判断したシャルロットは迅速かつ的確に防御態勢を取った。

 するとシャルロットを包むように現れたエネルギーシールドが実弾を受け流す。弾達はまるでそよ風に吹かれるかのように流れていく。

 

 これがラファール・ノヴァの目玉、そよ風のように受け流して(パリィ・コム・ブリーズ)

 リヴァイブで搭載していた衝撃吸収性サード・グリッド装甲を発展させ、衝撃を分散かつ受け流す性質を持たせることに成功したエネルギーを装甲、エネルギーシールドに流すことで実弾兵器や物体武器による物理攻撃のダメージをほぼ無効化することが可能となった第3世代型インターフェイスによる新世代兵装。

 耐熱性も有しており、低火力のエネルギー兵器を数発程度なら防げる優れもの。

 これによって今だ物理攻撃の多い競技シーン、更には実戦でも大きな効果の発揮が期待されている

 もっとも防御の度に消費されるエネルギーの多さなどまだまだいくつもの欠点を改善していかなければならないのが今後の課題だ。

 

「新兵装のお出ましね! 素敵よ! なら、こっちも!」

 

 アタッチメントを切り替えて放ったのは対ノヴァ用ディスラプター弾(特殊弾)

 作ったからには対策も必要ということで用意したのがこれ。実弾にISから供給されるエネルギーを大量の纏わせ高速で放つ。低出力ではあるがある種のエネルギー弾と化す。

 

「守って避けてばかりいられない! ならっ!」

 

 襲い掛かる弾達へとシャルロットの方から飛び込む。

 両手には呼び出されたソードが一振りずつ握られ、襲い掛かる弾達と角度を合わせ、捌いてみせた。

 そして、そのままへとショコラータへと

 

「曲芸染みたことを! あの主人にしてこの従者ありね!」

 

 声を喜々と弾ませ、対になったウイング外側に備え付けられたバスターソードを抜き、迎え撃つ。

 そうしていくつもの攻防を経て、勝者となったのはショコラータだった。

 

「お疲れ様、シャルロットちゃん。ビリビリくるいい試合だったわ」

「お疲れ様です。そう言ってもらえると助かります。私なんかまだまだで」

「何言ってるの。あれだけ私を追い詰めておいて。国家代表として負けられなかったけど、これなら国家代表も夢じゃないわ。ね、新代表候補さん。御曹司もこれなら安心して送り出せるでしょ」

「ああ」

 

 ショコラータに負けたのはひとえに経験不足によるもの。

 代表候補生、専用機持ちになった今のシャルロットなら経験を積んでいければ克服できるだろう。

 近いうち入学することが決まった他ならぬIS学園という場所でなら唯一無二の経験が得られる。

 

「あはは……テオがそう思ってくれてるなら頑張らないとね」

 

 笑ってみむせるシャルロットだが何処か影があって元気がない。

 ここ最近ずっとそうだ。先日、皆でビデオチャットした時もそうだった。

 

『シャルロットさん、IS学園入学決定おめでとうございます!』

『おめでとう!』

 

 セシリアの言葉に続いて皆で祝いの言葉を贈る。

 画面に映るのはシャルロット、セシリア、簪、楯無の四人。

 ビデオチャットはセシリアとしていたが一人、また一人と増えていきいつしかこんな人数に。

 画面越しではあるが早まった顔合わせ。まあ問題はなく、早いことにこしたことはない。おかけで皆仲を深めつつある。

 

『皆、ありがと!』

『これで来年から学園で一緒に学べるわね。先輩として待ち遠しいわ』

 

 既にIS学園に入学している楯無は勿論。

 早々に代表候補と専用機持ちが決まったセシリア、簪もIS学園にすることが決まっている。

 そこにシャルロットが加わった。入学当初から在籍することになっただけで大きな変化はない。

 

『私も待ち遠しいな。皆と画面越しじゃなくて直接会って一緒に勉強したりお喋りしたり楽しみだよ』

『シャルロットさんと同じく私も。想いを同じくするもの同士いろいろと通じ合えますし』

『ええ、そうね。皆で切磋琢磨しましょう!』

『お、お手柔らかにっ』

『あはは』

 

 大胆不敵なセシリア。不敵に笑う楯無。緊張しながらも強がる簪。

 そして、そんな皆の様子を見て笑うシャルロット。

 ビデオチャット中終始楽しそうにしていたがシャルロットには何処か影があって元気がない。

 

 理由は大体察しがつく。

 シャルロットも自覚はあるのだろう。だが、口には出さない。

 それは言ってもどうしようもないことだから。

 俺からもまだ聞いてはいない。聞いたところで言葉で慰めるぐらいしかできず、シャルロットがそうなる原因をすぐには解決できない。解決しようとするとそれはあまりにも不自然だ。

 それに原因は時間が解決する。近いうちに。

 

 代表候補、専用機持ち、IS学園入学と決まればやることは多い。

 各種手続きや申請。新生活の用意などなど。そして。

 

「いいわ、素敵よ! シャルロットちゃん! 目線こっちに!」

「こ、こうでしょうか」

「バッチリよ! やっぱり、学校の制服はいいわよね。IS学園の制服は白くて可愛いもの」

 

 入学に際して必要なIS学園の制服が今日届いた。

 そして、今はその試着中なのだがいつの間やら母上による撮影会に。

 撮りたくなる気持ちは分からんでもないからまあ。

 

「テ、テオ……」

 

 撮られている本人は少し困惑気味。

 不安そうに俺をシャルロットが見てくる。

 

「似合っているぞ。可愛いじゃないか」

「えへへ~そ、そうかな! じゃなくて!」

「シャルロットちゃん、テオに見惚れるのもいいけどこっちに集中してほしいな。もうちょっとでいいから、ねっ」

「は、はい……」

 

 母上にまた何度も撮られるシャルロット。

 

 IS学園の白い制服。シャルロットがそれを着ている。

 言ったことは嘘じゃない。似合っていて可愛い。

 直に見るのは今日初めてだが、見慣れた姿。

 ようやくここまで来たんだ。後少ししかないんだと思える。

 

「撮られて減るものじゃないんだから大人しく撮られてなさい。折角似合ってるんだから。しばらく貴女の姿見れなくなるのだし」

 

 そっけなく言う伯母殿ではあるが事実ではある。

 

 IS学園は日本にあって、入学するということは日本へ行くという事。

 いけば、しばらく……夏頃まで家には帰ってこれない。

 今時連絡手段は沢山あって顔が見たいならビデオチャットがある。だが、こうして同じ場所で同じ時間を過ごすのは後わずか。だから、ある種の見納めみたいなもの。

 

「そうね、しばらく一緒に生活できなくなるのは寂しいわ。だから、寂しくないよういっぱい撮っておきましょう」

「はい」

 

 今のところシャルロットは一人で行くことになっている。

 セシリアや楯無と簪がいるから一人になる心配はないだろうが、シャルロットにとって寮生活、それも他国での生活というのは初めて経験になる。

 いろいろ思うところはあるはず。

 

「テオは寂しいって柄じゃないわね」

「何をおっしゃいます、伯母上。シャルロットと暮らせなくなるのは俺にとっても寂しい。しかし折角の門出、これは祝わねばなるまい」

 

 先のことはおいとくとして、門出は喜ばしいこと。

 多少の変化はあったものの結果を見れば大きな変化はなく、ここまでこれているのだから。

 

「んーこれだけあれば充分ね! ありがとう、シャルロットちゃん」

「い、いえ。満足いただけたようで何よりです、マリィ様」

 

 母上主催の撮影から解放されたシャルロットはお疲れ気味。

 あれだけ撮られればそうなるか。

 

「お疲れ様、シャシャ。悪いな、母上に付き合ってもらって」

「ううん、悪いだなんて全然。写真いっぱい撮られてビックリしたけどマリィ様にも入学を祝ってもらって別れを惜しんでくれて嬉しいから」

 

 そう言ってシャルロットは伯母殿を見た。

 何か言いたそうな顔をしているのは珍しい。

 

「えっと……あの……」

「何かしら。さっき言った似合ってるってのは嘘じゃないわよ」

「それはありがとうございます。それでその……差し出がましいのは承知なのですが、社長に今撮った写真を渡してはいただけませんか? 入学を許してもらえたのでせめてこれぐらいは」

 

 意外なお願いだった。

 伯母殿に言うのは正解と言えなくはない。誰よりも伯父殿に近い。

 それに気にしてたんだな。入学を許してくれたこと。

 

「嫌よ」

 

 けれど、伯母殿から帰ってきた言葉はそれだけだった。

 それを聞いてシャルロットはやっぱりというか、出過ぎた真似をしたと思ってそうな申し訳なさそう表情をした。

 

「私に頼らず自分で直接アルベールに制服姿を見せなさい。今日はアルベールも休日で書斎にこもって仕事してるでしょうし。デュノアの正式な一員になった貴女なら門前払いされることはないわ。心配ならテオをつければアルベールも会ってはくれる」

 

 拒否は拒否でも冷たい拒否ではなかった。

 そっけないながらもシャルロットを後押しする不器用な優しさがそこにはある。

 

「入学の件も気にする必要はないわ。イリスの遺言もあるでしょうけどアルベールは才能至上主義。口を出す必要がないぐらい貴女は才能をはっきしてそれがアルベールのお眼鏡に叶った。然るべき道が続いた。それだけよ」

 

 そっけなく淡々と事実を並べようとする。

 まったく、我が伯母殿は本当に。

 

「ありがとうございます、ロゼンダ様」

「お礼なんていいからさっきと行きなさい。テオは車の用意とアルベールに一言入れるのよ」

「はい、伯母上。では行こうか、シャシャ」

「うんっ」

 

 伯母殿にお辞儀するシャルロットを連れて優しきを後にする。

 

「ふふっ」

「やめなさい、その微笑ましそうな笑みを向けるの。私は事実を言ったまでよ」

「もう、可愛いんだから。そういうことにしといてあげます」

 

 母上と伯母殿のそんな会話を背中で聞きながら。

 

 車を用意して伯父殿がいるアルベール一家の屋敷へと向かう。

 今から向かうことを伯父殿に告げると分かったの一言だけが返ってきた。

 

「き、緊張するっ」

「無理もないが折角の晴れ着堂々とな。しかし、シャシャがあんなことを言い出すとは」

「こんなことしても何にもならないって分かってるけどせめて制服姿は見てほしいなっと思って。お父さんに制服姿喜んでほしいから」

 

 シャルロットは歩み寄ろうとしているんだな。

 

 屋敷に着くとすぐさま伯父殿がいる書斎へと通された。

 テストパイロットの許しを貰いに来た時もこんな感じだった。

 あの時のようにここに来た理由をシャルロットから伯父殿に説明をした。

 

「それがIS学園の制服か……馬子にも衣裳だな。まあ、悪くない」

 

 その言葉と共に一瞥しただけで再び書類に視線を戻し伯父殿は仕事を再開する。

 塩対応。めげることなくシャルロットは言葉を続ける。

 

「ありがとうございます。それから今更にはなりますが入学を許していただきありがとうございます……お父さん」

 

 これはまた随分と強く出た。

 ある種の意趣返しのようなものだろうか。

 これには流石の伯父殿も今の姿勢を貫くことは出来ず顔を上げた。

 

「ふん、礼などいらぬ。私は才能があるものならその才を認め使う。才を発揮し示し続けているのならとやかく言うつもりはない。学園に入学させたのもデュノアの為を思ってのこと。それでも勝手に恩を感じるのならデュノア家の者として、そしてこのアルベール・デュノアの娘として恥ずかしく無い結果がいい」

「はいっ」

 

 伯父殿の言葉にシャルロットはしっかりと頷いた。

 これは伯父殿流の意趣返しだろう。

 お父さん否定することなく、娘と認め遠回しに呼ぶ。

 不器用な優しさだ。

 

「今やフランスの代表候補生だ。何か支援が欲しければデュノアの総力を挙げてサポートしよう。必要の際は遠慮なく言うといい」

 

 その言葉を聞いて俺達は屋敷を後にした。

 伯母殿にしてこの伯父殿あり。似た者夫婦だな、まったく。

 

「はぁ~緊張したよ」

 

 帰りの車内、緊張の糸が切れたようにシャルロットはほっとしている。

 

「シャシャはよくやった。制服のこともそうだがお父さんと呼んだこと伯父上はかなり喜んでいたぞ。ああ見えてもな」

「そうかな。だと嬉しい。テオ、ごめんね。私の我がままに付き合わせちゃって。ありがとう」

「何、礼などいらぬ。謝罪もな。気にするのならそうだな……」

 

 気にするなと言ったところで気にするのがシャルロット。

 あることを思いついた。

 

「少し付き合ってほしい場所がある。いいか?」

「えっ……う、うん」

 

 不思議そうにするシャルロットを横目にドライバーへと新たな目的地を頼む。

 そして着いたのがこの場所。辺りには墓石の数々が並ぶ霊園。

 

「ここ……お母さんがいるお墓」

「その通り。イリスさんにもシャシャの制服姿見てもらいたいと思ってな」

「そっか。そうだね、折角だもん」

 

 霊園の中を歩き、イリスさんが眠る墓の前へと着く。

 この辺一帯はデュノア家の所有している土地であり、イリスさんはデュノア家の一員として墓に入っている。

 墓石にはイリスさんが好きだったコスモスが並べられ綺麗にされていた。

 

「お母さん来たよ。私今デュノア社でISテストパイロットやってて代表候補、専用機持ちになったんだ。それで今度日本のIS学園に入学することになったの」

 

 しゃがみながらシャルロットは墓石に向かって話しかける。

 まずは近況報告から。

 そんな様子を俺は近くに立って見守る。

 

「ほら、これが学園の制服。デュノア家の皆もロゼンダ様も……それからお父さんも喜んでくれたよ。お父さんって今日初めて直接呼んで緊張したけどテオが言うにはお父さん喜んでくれたみたいだしよかった。まだまだ時間かかるけどお母さんが言ったこと頑張ってみるから」

 

 シャルロットは墓前で誓う。

 シャルロットとアルベール伯父殿、二人の仲がよくなるようにとイリスさんが最後の時願ったことを叶えると。

 

「日本でも私頑張るよ。日本には一人で行くことになるけど向こうではセシリアや楯無さん、簪の皆もいるから心配しないで。テオとしばらくお別れなのは寂しけどね」

 

 冗談っぽく笑って言うとシャルロットは立ち上がった。

 

「もういいのか?」

「うん、伝えたかったこと全部言えたよ。テオはいいの?」

「ああ、シャルロットの姿をイリスさんに見てもらいたかっただけだからな。では帰ろうか」

 

 イリスさんに別れを告げ霊園内を歩き車へと向かう。

 

「というか付き合ってって言われたけど、これじゃあ結局また我が儘というか甘えちゃったな」

「何俺がしたいことにシャルロットを付き合わせたまでのこと。それにシャルロットの本心を聞けたからな」

「本心? あっ……あはは」

 

 気づいたシャルロットは恥ずかしそうに小さく笑う。

 

 俺との別れが寂しいとシャルロットの口から直接聞いたのは今が初めてのこと。

 薄々そうだろうなとは感じていたが、シャルロットは言わずまいとずっと押しとどめていのだろう。それが母親の前だからぽろっと出てしまった。

 

 一度言ってしまったものは黙っていても仕方ないと更になる本心を見せてくれる。

 

「本心を言うと寂しいのもあるけど不安も強いかな」

「不安か……」

「うん、不安。日本にIS学園に行くことが今一番テオの役に立てることだって分かるけどやっぱりテオの近くにいて役に立ちたいなって。私テオの従者なわけだし。まあ、代わりは沢山いるよね。というか、テオは何でも一人で出来ちゃうし」

 

 悲観的な言葉の数々。

 シャルロットは自分の居場所がなくなることを恐れている。それゆえの不安。

 しかし現実が見えないわけがなく、現実的な選択を取ってしまう。それが余計に自分を苦しめる。

 

「シャシャの代わりなどおらんさ。シャルロットがいない間代わりのものをつけるつもりは毛頭ない。テオドール・デュノアの従者はシャルロットただ一人だけだ」

 

 笑いかけシャルロットの頭を優しく撫でる。

 なんて場当たり的で安っぽい言葉だろうか。これでは道化だよ。

 しかし何も言葉をかけない訳にもいかず、出てくる言葉は何処かで聞いたある様な言葉ばかり。

 

「こんなことしか言えんがその何だ」

 

 お締りが悪くて俺はまだ言葉を続けようとするが遮るように頭を撫でた手を取ってシャルロットは自分の頬へと手を当てる。

 

「ふふっ、無理しなくていいよ。言葉は何であれテオが私のこと思ってくれてくれてること凄く伝わってくるから。シャルロットはテオの従者。離れていても私はテオの傍にいる。テオドール・デュノアに恥じない私の姿見ててね!」

 

 ポッと照れ笑い。

 こちらへ紫の瞳を向け後ろから夕陽に照らされるシャルロットはあまりにも頼もしい。




ロゼンダ様が随分と可愛くなってしまった。
原作では神的にいい人だからなるべくしてなったのかもしれない。アルベールは捻くれデレの要素ある。あるくない?
そして、ついにフランスの第3世代機登場。長かった……!

それから第四世代機の定義。コンセプトとスペック満たしていれば第四世代機判定されるのか、やっぱり展開装甲がないと第四期世代判定されないのでしょうか。
ただセブンス・プリンセスやインペリアル・ナイトが微妙な存在なので判断しかねているところです。
皆さんはどう思いますか? ぜひ感想欄にコメント残していってください!


機体名:ラファール・ノヴァ(和名:新生する疾風)
【武装】
アサルトライフル×1
対装甲用コンバットナイフ×2
プラズマソード×2
アンカーランチャー(搭載するかは選択式の後付装備(イコライザ))
【装甲】
そよ風のように受け流して(パリィ・コム・ブリーズ)
【機体解説】
フランスの第3世代IS。ラファール・リヴァイブを強化発展した機体であり、第3世代兵器「そよ風のように受け流して(パリィ・コム・ブリーズ)」を搭載している為、物理攻撃に対して高い優位性を持つ。
しかし、第3世代型ISの例に漏れず燃費が悪く、装甲以外でも省エネルギー化が徹底されており、稼働時間の延長が施されている。その為、レーザーやビームといったエネルギー兵装はされていない。

装備名:IWSP1号機《コスモス》
【武装】
レールガン×2
単装砲×2
斬機刀×2
【装備解説】
ラファール・ノヴァが装備するパッケージ。IWSPとは統合兵装強襲用パッケージの英略語。
ラファール・リヴァイブ・カスタムⅠで蒐集した実働データを基にグランエールの機動能力、グランエペの格闘能力、グランカノンの砲撃能力を1つのパッケージに整理且つ統合した装備。シャルロットの1号機は特性を砲撃に振り向け特化させ、この万能装備を有する状態を《コスモ》と呼ぶ。
シャルロットはこの他に後付装備(イコライザ)でサブマシンガンやショットガン、パイルバンカーなどを搭載しており、機体色はオレンジ色。

装備名:IWSP3号機《ノワール》
【武装】
レールガン×2
バスターソード×2
アンカーランチャー
【装備解説】
IWSPの3号機、万能性を維持しつつも近接格闘に特化した性質を持つ装備。


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★STORY27 覇・者・変・革

サムライ8オススメするので今日も初投稿です


 セシリアがオルコット家当主となり、楯無がロシアの国家代表となって、簪が日本の代表候補生になった。 

 そしてシャルロットがデュノア社テストパイロットなり。代表候補生、専用機持ちにもなった今。

 残すイベントは後一つ。男がIS動かす日。日に日に近づいてくる。

 かといって何か予兆めいたものがあるわけでもない。生活が劇的に変わるわけでもない。ただじわりじわりと時間だけが過ぎていく。

 

「昨日遅くまでお仕事にしてたのに今日はこんな激しい訓練だなんて。最近ずっとそう。根詰め良すぎじゃないかな」

「心配無用だ。何だか落ち着かんくてな」

 

 フランスを経つその日まで変わることなく今日も今日とて従者を務めてくれるシャルロット。

 心配無用なのは口から出まかせではない。無理をしているわけでもなく充分な休息は取ってある。

 それでもこう言われてしまうのは連日研究と開発、勉強。トレーニングをしているからだと理解している。

 こうなっているのは言ったように何だか落ち着かなさ故のもの。理由は考えるまでもない。約束の日が近づいているから。

 浮き上がっているからなのか。それとも――。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 更に時は経つ。

 新しい年を迎え、日本では冬の受験シーズン。

 今日は藍越学園の受験日。約束の日。ついに時は来た。

 デュノア社の研究施設に来ていた俺は何となしにシャルロットが乗るのとは別のラファール・ノヴァに触れたその時不思議な事が起こった。

 

「こ、これは!?」

「まさかこんなって!?」

 

 周りの者達の驚く声が遠くで聞こえる。

 胸の奥が浮足立つ。気分が高揚する。やはり俺は、この瞬間を待っていたんだ。

 

「――」

 

 次いで聞こえてくる金属質な音。大人数で奏でる叫びのような不協和音。まるでLESのあの音のようだ。頭に響く。おまけに寒気の様な感覚。

 直後、頭の中へと一方的に流し込まれるおびただしい情報の濁流。基本操作、基本動作から始まって特性や機体状態まで流し込まれる情報は数知れず。どれもこれもISにまつわるものばかり。身体の中で渦巻き暴れまわる。

 それらをラーニングを経て自身に最適化。寸分余さず書き換えられた。

 視界が世界が広げられていく。まるで左右の目尻を掴まれ手で無理やりこじ開けられているように。

 

――ははっ

 

 口角を尖らせて誰かが笑った。

 

 笑ったのは俺なのか? 俺だ。俺は笑ったんだ。この状況笑われずにはいられないだろう。待ちに待ったこの瞬間。

 手足達に纏わりつく鋼の装甲。無重力感に包まれ吊り上げられたように身体が軽くなった感覚。

 そしてあらゆる機能が正常に動作していることが分かる今この時から男でありながらISを動かせるようになった。

 

 後のことはよくある流れ。

 このことが騒ぎになり織斑一夏と同時、あるいは二番目にISを動かせる男と呼ばれるようになる。

 勿論、産まれや立場が特別故にどうなったかは想像に難くない。事実はどうあれ、人では真実か虚偽かはっきりとさせるのは不可能。俺がこの世界に来る前に女神から授かったもの。人の世を越えて起こった神業。目に見える原因が見当たらないのだから。

 こればかりは俺自身今更なかったことにはできない。ただ事実として世界に浸透していく。

 

 もっともとりとめのない話をするならば、周りの皆家族や友人達には当然驚かれたしめちゃくちゃ心配された。

 当然だ。まさに“その時不思議なことが起こった”のだから。身体に異変がないかとか心配は尽きない。

 表面上そんな素振りはないにしてもイリスさんの一件でデュノア家は身体への心配は過保護レベル。厳重監視体制の元自室療養にあわやなりかけた時は流石に焦った。

 折角ISを動かせるようになったのだから早く動かしたい。そんな時、鶴の一声となったのが伯父殿の言葉。

 

『皆の心配は当然。お前に向けられる疑念や疑惑もな。我が甥とは言え、私とて今回のことばかりは疑ずにはいられない。だが正偽は兎も角、お前が見せてきた才。そして、結果は紛れもない事実。手にした力に報いる結果を、何も言えなくなる結果を残せ。悠長にしている暇はないぞ』

 

 その一声があって今はこうして。

 

「やぁあッ」

「ハァアッ」

 

 いくつも撃ち合い、斬り結び、弾き合った反動そのままにそれぞれ反対側へと距離を取り合う。

 ぶつかり合っているのは二機のラファール・ノヴァ。

 一機はシャルロットが操る“コスモス”。もう一機が俺が操る“グラン・オワゾー”。

 コスモスが射撃振りの万能装備、ノワールが近接振りの万能装備ならIWSPを装備しているこいつは機動振りの万能装備。

 

 早速、行動している最中。

 ラファール・ノヴァ2号機を俺用に調整して、それシャルロットとの模擬戦形式をとって試運転している所。

 おかげで基本操作に慣れることが出来、こうして単純な戦闘なら出来るまでになった。

 

「シャルロットが相手を引き受けてくれて本当に助かるよ。こうしてどんどんISに慣れていける!」

「本当にね! ご主人様の役に立てて従者として光栄この上ないよ!」

 

 本心と皮肉を織り交ぜながら言った言葉を啖呵に変え、反撃の力へと変える。

 

「なっ……!?」

 

 続いて聞こえてきたのは驚きの声。声の主はシャルロット。

 反撃の力へと変えたのは察知済み。ならば、阻止あるのみ。

 シャルロットが反撃を実装するよりも先に、量子変換によって呼び出した両手剣で反撃の手を抑え込んだ。

 そうしてシャルロットが漏らしたのが驚きの声と今に至る。

 

 何時目かの決着の訪れ。

 俺の抑え込みを押し返す、機体性能をもって抜け出すなどまでまだ再戦へと繋げる手はあるがあくまでも試運転。

 模擬戦形式を取っているだけで勝敗をつけなければ終わらないということはない。中断も選択肢としては当然ある。

 

「休憩にするかシャシャ」

「え……あ、うん……」

 

 俺の声によって驚きから我に返ったシャルロットはぽつりと頷く。

 驚けただけシャルロットは優秀だ。

 見れば分かるのに地上で試運転の様子を観測している誰もが驚くことすらできずただひたすら呆気に取られている。

 空中から地上へと降りて機体を解除しながら呆然とするスタッフへと指示とを飛ばす。

 

「休憩にする。皆も手持ちの仕事がキリのいいところまでいったのなら各自好きに休憩してくれ」

「はいっ!」

 

 返事と共に我に返ったスタッフが動き出したのを見て自分の椅子へと腰を落ち着ける。

 タブレットを手に取り、試運転を計測したデータに目を通す。データ、数値が示す客観的な結果は悪くない。我ながら上手く動かせていると思う。

 これなら実技の面で後れを取ることはない。座学についてもまた然り。

 

「楽しそうだね。これ、貰ったからどうぞ」

「ああ、シャシャ。助かる。シャシャも座って休むといい」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 ペットボトルを持ってきてくれたシャルロットから受け取った。

 シャルロットは隣に席に座り、こちらはペットボトルを開け口を付ける。

 中身はミネラルウォーター。冷たい水が身体に浸透して、気分が和らぐ。

 

「楽しそうと言っていたがそんなにか?」

「うん。ほら、少し前大分と根詰めてたのを思えばね」

「だとしたら今までにないぐらい自由に身体を動かせてるからかもな。伯父殿様様だ」

 

 実際今は楽しい。

 ISによって行動範囲は広がり、身体がより自由になったというのがあるだろうがISに乗れたことでいろいろあった疑念が晴れた。

 乗れたからには降りれない。やるだけだ。

 

「あんな風に突き放すような言い方してもテオのこと心配してのことだもんね。本当不器用な人だよ、お父さんは」

 

 くすくすと笑ってシャルロットは言う。

 シャルロットの方とて以前にも増して楽しそうだ。

 理由については現状が物語っている。

 

 穏やかなひと時。

 しかし、終わるのは突然で一瞬。

 

「――」

「ど、どうかしたの?」

 

 突然、俺が立ち上がったからシャルロットが驚く。

 感じる。感じるぞ。

 

「俺を見ている」

 

 殺意を込めたの視線を感じる。

 スタッフの中に紛れているとかではない。これは外、それも空から。

 この感じ。この殺意。よく覚えている。懐かしい。まったく気前のいい奴だ。

 

「いいだろう、相手してやる!」

「テオ!?」

 

 外へと飛び出した。

 外、空に姿は見当たらない。だが、確かにそこにいる。

 

「シャシャ、この場所とスタッフを守ることを最優先に動け」

「えっ? ――きゃああっ!?」

 

 シャルロットへ指示を出すと同時にISを展開。

 更に同時に飛び上がり、背部にある単装砲を右脇で抱えるように持ち放った。

 高速の弾丸が向かう先には何も姿はない。変わらない空が続くのみ。

 だが――。

 

「シィッ!」

 

 弾丸は当たらず空を切る。

 しかし、目標は達成。苦悶の声と共に姿を現したのは一機のIS。

 蜘蛛を模したその機体には見覚えがある。以前は灰色だった機体色がよく識る赤紫とオレンジ色へと変わっていた。

 だが、印象的な蜘蛛の尻を模した巨大なパーツはなく今だ何処となくあの姿になるひとつ前の姿のような印象を受ける。

 パイロットでも変わったか。頭部はフルフェイスに覆われていて確認できないが中身はやはり。

 

「お前か、オータム!」

「なっ!? もう気づきやがった! なら、遠慮はいらねぇ!」

 

 蜘蛛のように跳ねこちらへと襲い掛かってきた。

 その両手にはカタールが一振りずつ。

 俺を斬り裂かんと円を描きながら凶器が迫る。

 

 刃と刃がぶつかり合う重い衝撃と音。

 真っ向から受け止め、言葉もぶつける。

 

「元気そうで何よりだ!」

「てめぇもな! これだけ元気なら痛めつけ甲斐があるってもんだ!」

 

 有言実行。

 痛めつけることが目的の連撃。

 確かな経験値を感じられる完成度。しかし、感情が乗りすぎて読みやすい。

 語らず、逸らず、粛々と。防ぎ、捌き、最後には反撃の一閃。

 

 狙ったところへと綺麗に入る。

 

「ガァッ!? クソ生意気に中々やるじゃねぇか! 男、しかもお前みたいなのがISに乗れるなんて一体どんな裏技使ったんだ?」

「なるべくしてなっただけのことだ!」

「減らず口を。まあいいさ、ボコしてバラして身体に直接聞いてやるからよォッ! 連れて帰れば生きようが死んでようが構わねぇって命令だ! ご自慢の愛機はうちらが貰ってやるから嬉し涙流して逝けやコラァッ!」

「2号機は盗まれるものってか!」

 

 更に気持ちの反撃を受けきり、こちらも攻撃の手を休めない。

 

 攻防を繰り広げながら、頭の中で語りかけるように個人間秘匿通信(プライベートチャンネル)

 相手はシャルロット。

 

『シャシャ、聞こえるか』

『テオ!? 戦ってるみたいだけど大丈夫なの? 軍に連絡、ショコラさんを呼んで向かってもらおうとしてるけど準備に時間かかるみたいで』

『そうか。なら、どちらにせよ戦闘を続ける必要はある。奴は日本で襲ってきた奴と同じ。狙いは俺だ。ならば、これは好機だ!』

『好機!?』

 

 どちらにせよ戦闘は避けられない。

 逃げれば被害が広がるのはいつものこと。

 それに実戦でならシャルロットとの模擬戦では得られない経験をデータが得られる。今は少しでも多くの経験とデータがいる。時間制限は出来たがあるほうが返って逆境だ。

 ならば、ここは好機と捉えて立ち向かうのみ。

 

『施設へ被害を出さないようにはするが万が一のことがある。その時はシャシャ、スタッフの安全を第一に行動を。それまでは戦闘の様子をデータ収集しておけ! いいな!』

『でも……っ!』

『心配させるからには五体満足生きて結果を出す。俺を誰だと思っているんだ?』

『もうっ。ふふ、私のお優しいご主人様、天才テオドールでしょ! でも本当気を付けて!』

『おうともさ!』

 

 威勢よく返事を返すと通信に回していた意識をオータムへと集中。

 今、相手との間には距離がある。詰めるのは造作もないが、それではあまりに単調。折角、やって来てくれたんだ。初実戦のお膳立てにやって来てくれた礼はたっぷりとする。

 

「撃つ!」

 

 剣と入れ替わるように呼び出したのはR-3O1(アサルトライフル)

 フルオートで放つ凶弾の数々。

 近・中距離で真価を発揮するこいつは捉えたオータムへと瞬間火力を叩き込む。ただ――

 

「ってこれは模擬弾か? ハッ、模擬弾ではなぁ!」

 

 馬鹿にしきった笑み。

 ISの特異性を帯びているとは言え、模擬弾は模擬弾。性能や威力は知れている。

 

「笑っているわりにはなっちゃいないなぁ!」

「くっ!」

 

 いくつか回避しきれずオータムはダメージを重ねている現状。

 その事実にオータムは耐えきれない。

 

「ア゛ア゛~! しゃらくせぇ!」

 

 吐き捨てるような言葉と共に奴の両手には現れたのは2丁のマシンガン。

 避けきれないなら面制圧で吹き飛ばし教え返してやろうという魂胆か。

 轟音響かせながら乱れ撃たれる実弾の中に紛れ込むビーム。

 

 ビーム。

 そう言えば、オータムの機体はアメリカ製。

 アメリカはいち早くエネルギー兵器を本格導入していた。方向性としてはビーム。この世界におけるビームはエネルギー消費が高いがその分、威力は高い。レーザーと比べて安定性は低いが、小型化に優れている。

 何より、ビーム問わずエネルギー兵器はISから供給されるエネルギーを変換して放つため、実弾を始めとする物理攻撃よりもシールド、IS本体に大きなダメージを与えられる。ISエネルギーの塊をぶつけているから。

 

 それもあってビームを撃ってきているんだろうがもう一つ訳はある。

 

「てめぇの機体は物理に強いらしいからなぁ! とっておきだ! まだまだ行くぜぇ! そらよォッ!」

 

 背中から現れる蜘蛛の足が四本。

 足先はブレードと砲門が一体化しており、そこから更にビームが放たれた。

 鋼鉄の蜘蛛男みたいだな、まったく。

 

 やはり、こいつは知っていている。

 周知になるのはいずれ時間の問題だろうが、今だ厳重管理中であるこの機体の特性を。

 人の口に戸を立てられないとはよく言うが気をつけなければ。将来のこともある。あれは未遂に終わるが万が一ということもあるものだ。

 篠ノ之束の前には亡国機業がどうやっても立ちはだかるのだから。

 

 と、悠長に思考を巡らせていられるのはISあってか。

 以前みたく感じるまでもなく、目で見て、理解して、適切な行動が起こせる。

 だからこうして。

 

「当たらなければどうということはない」

 

 某赤い彗星が言ったことを実行するのみ。

 

 実弾を無効にできるとは言え限る上にビームというおまけつき。

 向かってくる弾数も無駄に多い。

 当たればシールドは通常時よりも多く削られるだろが、避ければどうってことはない。

 

 一方で回避を選択し続けてもいられない。

 一気に崩す必要がある。

 

「――こんな時は」

 

 次の瞬間、脳裏に響く鈴の音と共に思い浮かんだのは 可変速式レールガン。

 背部にあるそれを左脇に抱え放つ。

 轟音高らかにレールガンが面制圧中の弾幕の一部を飲み込みオータムの土手っ腹に直撃。

 一撃でオータムが見せる攻めの姿勢を崩し、矜持を踏みにじった。

 

「ガハッ! テ、テメェッ……!」

 

 オータムから汚らしく漏れる体液胃液。

 エネルギーシールドを突き破り絶対防御の展開を確認。

 大幅にエネルギーを削った。

 これが実弾なら決め手となっていただろう一撃。追撃の手は緩めない。

 

「貴様はわざわざ亡国から私に倒されに来たんだよなぁ!」

「舐め腐った勘違い発言してんじゃねぇぞ! このクソ馬鹿御曹司が!」

「ハァアッ!」

「あぁぅっ……!」

 

 蜘蛛のように飛び跳ね迫りくるが反撃は許さない。即座にねじ伏せる。

 斬り取った2丁のマシンガン。背中に現れた四本の蜘蛛足。どれもこれも真っ二つ。

 

「次があるのなら、せめて手足ぐらいはもっと増やしてくることだ! これではアラクネの名前が泣くな!」

「お前こいつの名を!?」

「さぁ、フィナーレだ。今のお前は勇を失った。もう散体するがいい!」

「――ッッ!」

 

 土手っ腹にキックはストライクした。

 ロンダートによって威力は高まり、強力な吹き飛ばしを生み出す。

 

「ウルトラトンチキのクソ馬鹿御曹司! 次こそはボッコボコにして、ギッタンギッタンにして、バラバラに引き裂いてやる! おッ、覚えてやがれッ!」

 

 吹き飛びながら捨て台詞を地平線の彼方へ消え、最後は星になって消えた。

 まるでバイキンの王様みたい。

 

 結果として取り逃がした。

 だが今日ここで模擬戦をしていたことを知っていたり、機体の特性を知っていたりしていたこと。

 そして、何よりISにおける実戦経験など得られるものは多かった。

 

 しかし、勝って兜の緒を締めよ。

 これは嵐の前触れに過ぎない。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 あれから数日。

 日本だと咲き始める桜に迎えられながら4月からの新生活が始まろうとする頃。

 我がフランスはそうではないが、日本のそれに合わせて俺も用意している所。

 

 何故なら。

 

「いいわ、素敵よ! テオ! 目線こっちに!」

「こうですかね。ならば、ポーズはこうでしょう!」

「ええっ! バッチリよ!」

 

 飛び交うフラッシュの光。

 いつぞや見た母上主催の撮影会なる光景。

 あの時はシャルロットが撮られていたが今日は俺の番。

 

「IS学園の制服、女の子のも可愛くて素敵だけど男の子の制服も変わらず白くて素敵よね。白馬の王子様みたい。我が息子ながらカッコイイわね!」

 

 今俺はIS学園の制服、男子用を着ている。

 コスプレとかで着ているわけじゃなく、正しい目的で着ている。

 

「でも本当シャルロットちゃんだけじゃなくてまさか、テオまでIS学園に入学することになるなんてね」

 

 しみじみと母上は言う。

 

 そう何故なら、俺もまたIS学園へと入学することになったからだ。

 俺のような状況になればよく語られること。

 もっと言うなら、先日起きた亡国機業オータムの奇襲が強く関係している。わざわざ日本を出ずフランスにいればいいがこのままフランス内にいれば、また襲いにやってくるだろう。前は被害を0に出来たが、いつまでもそうできるとは限らない。いつかは大なり小なり被害は出る。

 かといって俺はデュノアの人間故に監禁や隔離はできず、施設を作るそんな余裕もない。

 だが、フランスは俺を手放したくはない。そこで白羽の矢が立ったのがIS学園。そこは最新鋭の防衛設備を備え、防御力については初代ブリュンヒルデ織斑千冬がいるからお墨付き。

 便宜上治外法権となっている場所の為、国内にいるよりかは他から手が出しにくいうえにデータを集めるには最適の場所。 

 実質島流し、体のいい厄介払いだが学びの場としてIS学園は最上位に位置していて、道徳的。

 こうした大義名分、後は特別という名の実質予備代表候補生の肩書を送ればIS学園へと送り出せる。

 

「テオ、平気なんだね」

 

 この場に居合わせているシャルロットはやっぱりかという顔をしている。

 ちなみにシャルロットも制服を着ている。

 

「当然だろう。母上の願いを叶えるのは息子として当然のこと。何より、このテオドール・デュノアが見せる折角の晴れ着姿、後世にまで残るように納めてもらわなければな!」

「あ……あはは、テオに聞くまでもなかったね」

「本番行くとしましょう。サンソン、レフ板よろしくね。アルベール義兄様も」

「何故、私がこのような雑用を」

「のわりには、兄上大人しくやってるじゃないか」

「ふん、雑用とは言えこの程度このアルベール・デュノアにかかれば些末なこと。神業的レフ版運用を見るがいい! 後、デュノアの女の言うことには大人しく従っておいた方がいい事は私は学んだ……」

 

 小声で言ったそれが一番の理由なんだろう。

 

 このようにこの場にはシャルロットだけでなく、母上と父上。そして伯父殿と伯母殿、デュノア家の皆が一度に会している。

 

「テオはこう、シャルロットちゃんはこうね。目線はこっちよ! さあ、キラキラ、キラキラ。煌めいて!」

 

 並ぶ俺とシャルロットに母上は思い思いのポーズをさせると撮影開始の掛け声とと共に取り進めていく。

 

「お揃いの制服もいいけど、髪型も似た感じにしたのは正解だったわね」

 

 後ろ髪は結べるぐらい伸び、シャルロットと同じ色でリボンで結んでいる。

 シャルロットは首の後ろでリボン結びをして馴染み深い髪型に、俺は三つ編みで一つ結びにしてある。

 ひとしきり撮ると母上は満足してくれて、解放してくれた。

 

「言ったら何だけどこうして写真撮ってると本当にお別れなんだなって実感増しちゃうわね」

「そんな大げさな。長期休暇、それこそ夏休みには帰って来てきますよ。母上」

「でも、やっぱり二人が子供達が家を出ちゃうのは寂しいわ」

「マリィの言うことは一利なくはないわね。けど、シャルロットは嬉しそうじゃない。テオと離れることになった前が嘘みたい」

「!?」

 

 伯母殿の言葉にシャルロットは図星をつかれた顔をする。

 本人は隠し通そうとしていたからそうなるか。

 

「気づいてないと思っていたのかしら。これでも10年近く何だかんだ顔合わせてきたのよ。何も言わず行くことがテオの役に一番立てると割り切ってたけど、その必要がなくなってテオと一緒に日本に行けて学園生活が楽しみで仕方ないってところよね」

「ロ、ロゼンダ様~! あぅあぅ~」

 

 思っていること綺麗に言い当てられシャルロットは見事に轟沈。

 赤くなった顔を両手で覆いながら俯く。

 伯母殿の慧眼は侮れないな。

 

「テオも知っているでしょ、デュノアの不可能を可能とする。デュノアの女に見通せないものはないのよ!」

 

 左様で。

 

 轟沈状態のシャルロットをこのままには出来んか。

 俺が立ち直らせろと母上と伯母殿に視線が刺さっている

 

「シャルロット」

「は、はいぃ……」

「俺も一緒に日本に行けて学園生活を過ごせるのが楽しみだ。共に行こう、シャシャ! 俺にはシャルロット・デュノアが必要だ!」

「うんっ!」

 

 笑顔の花を咲かせていた。

 

「……ぐぬぬっ」

「お労しや兄上」

 

 シャルロットがそんな反応するものだからこちらに刺々しい視線が突き刺さる。

 気持ちは察しつかなくはないがそんな目で見られてもどうしようもない。

 同じく理由を察した父上が苦笑いしながらその心情を労っていた。

 

「じゃあ最後、デュノア家皆で撮りましょう。カメラは……」

「私執事長ジェイムズにお任せを。レフ版は他の従者の者達が」

 

 カメラを執事長ジェイムズに、レフ版を他の従者に渡すと家族全員で並ぶ。

 

「テオとシャルロットちゃんは真ん中。テオの隣に私、シャルロットちゃんの隣にロゼンダ。テオの後ろにサンソンで……って」

「兄上、そんな一つ開けて端の方いなくても」

「黙れ、口うるさい弟よ。私はここがいいがいいんだ」

「はいはい、子供みたいなこと言ってないでシャルロットの後ろに立ちなさい。デュノアの男が情けない」

「おい、ロゼンダ! 分かった、分かったから逃げないように手を繋ぐのをやめろ!」

「ふふっ」

 

 観念したようにシャルロットの後ろに立つ伯父殿。

 皆のやり取りを見て微笑むシャルロット。

 写真に映る並び一つで騒がしくなる我が家族。

 本来のデュノア家にはない光景。でも、今のデュノア家はこれが当たり前の光景。

 前触れはあれど、やはり物語や運命はまだ動いてない。だが、俺の人生は10年以上前から始まっていて、始まりはどうあれ俺はここにいる。

 

「よろしいですね。撮りますよ、はーい」

 

 ジェイムスの掛け声の後シャッター音が響く。

 また一枚写真という今がここにあるという証が出来た。

 区切りはついた。さあ次へ!




ということでデビュー戦でした。
作者もテオドールさんも無駄にテンションが高くなってしまいました。
オータムさんはいいキャラしているので滅茶苦茶してくれるのがありがたい!
次回からいよいよIS学園! やっとです……!

それはそうとビームとレーザーを区別してみましたがどうなんでしょうね。
原作ではこの場のノリで使い分けてるだけな気もしなくはないのですが。
皆さんはどう思いますか? ぜひ感想欄にコメント残していってください!
感想もお待ちしております!


ラファール・ノヴァ≪グラン・オワゾー(和名:大鳥(オオトリ))≫
【武装】
アサルトライフル×1
対装甲用コンバットナイフ×2
プラズマソード×2
アンカーランチャー×2
グラン・オワゾー内蔵右舷単装砲
グラン・オワゾー内蔵左舷レールガン
グラン・オワゾー内蔵両舷懸架斬滅剣×2
グラン・オワゾー上面左舷ミサイルランチャー×1
グラン・オワゾー翼下ハードポイント懸架3連小型ミサイル×4
【装甲】
そよ風のように受け流して(パリィ・コム・ブリーズ)
【機体解説】
テオドール・デュノアの乗るラファール・ノヴァがIWSP2番機≪グラン・オワゾー≫を標準装備した姿。
万能性を維持したまま振り向ける特性を高速機動戦闘に特化させた装備を有する。


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STORY28 その者、男でIS乗り

祝一万文字越え!


「ここだな祭りの会場は」

 

 眼前に見える建物を見て思わずそんな感想が出た。

 だが、突然の言葉に隣にいるシャルロットは不思議がる。

 

「ま、祭り?」

「だって、そうだろ? これからこの学園で祭りのように楽しい日々が始まるんだ」

「そう言われれば……IS学園の生徒さんは個性的でイベントごとも豊富だって聞いたことがあるから言えてるのかも?」

 

 今日、IS学園へついにやってきた。

 引き継ぎや調整などあれこれしていて来日が昨日になってしまったがホテルに一泊してついに今日来れた。

 

「何はともあれ行こうか」

「うん」

 

 浮足立つ気持ちを抑え、足を進める。

 向かう先は本校舎の受付。来たらまずそこに顔を出すように言われている。

 あることをする為に。

 

「テオドール・デュノアさんとシャルロット・デュノアさんですね。ご入学おめでとうございます。お二人のことは聞き及んでいます。今教員の方を呼びますので少々お待ちを」

 

 俺達のことを向こうはきちんと把握してくれていたようで食い違いはなかった。

 しかし、学校が始まる前でもおそらくこれから2年生、3年生になる在校生はちらほらといて俺は目立つ。

 これから嫌でも体験することだ。それも何度も。慣れていかなければな。

 

「お待たせしました。デュノアさん」

 

 その言葉と共に現れたのは女性二人組。

 よく識る二人。片や一人は会ったことがある人物だ。思えば、あの時以来か。

 

「ご入学おめでとうございます。私はこのIS学園で教員をやっている山田真耶と言います。こちらが」

「同じく教員をやっている織斑千冬だ。まあ、お前相手に今更自己紹介は要らんだろうが一応な」

 

 やってきたのは山田真耶と織斑千冬。お馴染みの二人だ。

 これから世話になる教師でもある。

 

「自己紹介ありがとうございます。こちらも改めてテオドール・デュノアです。これからお世話になります」

「シャルロット・デュノアです。同じくお世話になります」

 

 こちらも自己紹介をしたが織斑千冬、もとい織斑先生はこちら、俺を何やら見てくる。

 

「何か?」

「すまない。更識といいあの時の子とこうしてまた会うことになるどころかお前も一夏と同じ境遇になるとは予想できんかったからな……」

 

 言葉は本心からのものだとは分かる。

 だが俺を見るその目は驚き、そして疑いが潜んでいる。

 無理もない。織斑先生の弟ならまだしても俺には篠ノ之束と接点はないのだから。

 

「織斑先生、彼と知り合いなのですか?」

「あ、ああ……少しな。デュノア社の人間だから昔話したことがあって」

「ああ、なるほど」

 

 織斑先生の言葉に山田先生は一人納得していた。

 嘘ではないし、本当のことを全部話す必要もない。織斑先生にとってもあの時のことは口にしたくはないだろう。

 

「それで受付に来ましたが、山田先生と模擬戦をするんでしたけ?」

「その通りだ。準備が整い次第山田先生と模擬戦をしてもらう。筆記試験は本国であるフランスで受けてもらい、実技についてはデュノア社から提出してくれたデータで問題ないのだが、これから教える身として実際にどれほどのものか把握しておきたい。男子生徒を持つなんて初めてのことだしな」

「なるほど」

 

 もっともらしい理由ではある。

 しかし、これは建前のようなもので理由は別のもう一つありそうな感じもするが。

 

「分かりました。事前に連絡もいただいていましたからそのつもりでいました」

「では、アリーナに案内する」

 

 アリーナに案内されると更衣室でISスーツに着替る。

 着替えが済めば、ピットと呼ばれる管制室と発進カタパルトが一体となったエリアに着く。

 

「来て早々これとは。流石はIS学園だな」

 

 機体を展開し、カタパルトに乗る。

 すると付き添ってくれているシャルロットが声をかけてきた。

 ぼやいたのを聞いていたのか、仕方ないなという笑みを浮かべている。

 

「本当にね。でも、テオは楽しくて仕方ないでしょ」

「貴重な体験が出来るわけだしな」

「じゃあ、頑張って」

「ああ。テオドール・デュノア、ラファール・ノヴァ出る!」

 

 その掛け声とともにピットを飛び出した。

 アリーナ中央には既にラファール・リヴァイブを纏った山田真耶がいた。

 

「すみません、待たせましたか」

「い、いえっ。若輩者ではありますが精一杯お相手しますっ」

「ありがとうございます。うちのラファールを使っていただいているのも感謝しかありません。何より元日本代表候補生、銃央矛塵(キリング・シールド)の異名で呼ばれていた実力楽しみです」

「知っているんですか!?」

 

 識っているし、改めて調べて確認して知った。

 

「あ、あはは~何だかお恥ずかしいですね。大層な異名で呼ばれていても所詮、候補止まりなので」

「何をおっしゃいますか。候補生になるのも難しいのに異名で呼ばれていた。その実力に挑ませていただく!」

「っ! わ、分かりました! こちらもデュノアの天才、その実力確かめさせてもらいます! ド、ドンとこいです!」

『準備はいいようだな。それでは――始め!』

 

 開戦を告げる織斑千冬の場内アナウンスを皮切りに模擬戦は始まっていくのだった。

 

「はぁああっ」

「ハァアッ」

 

 まず初めは挨拶がてら空中へと上がりながら銃撃戦。

 飛び交う弾丸。狙いは正確。最初は試すように、だが段々と精度を増していくばかり。

 序盤からこれだ。轟音高らかに響かせた後に迫り来る弾丸を躱し、反撃を叩きシールドエネルギーを削っていく。

 

「ッ! 流石はデュノアの天才! ですが、やぁああっ」

 

 感心したのは一瞬。

 すぐさま切り替え、反撃の弾雨を降らせてきた。

 模擬戦を始めるまで山田先生から放っていたふわふわとした雰囲気はどこへやら。今ではもう張り詰めた雰囲気。鋭い視線はこちらを捕らえて逃がさない。

 回避するので反撃するのがやっと。こちらから攻め込めない。

 

 反撃も結構な確率で防がれる。

 堅実な防御。正確な射撃。洞察力。

 加えて攻撃に少なからず宿る殺気などといった気持ちが読みにくい。これほど凄まじい数の銃弾を矢継ぎ早に撃ち放っているにも関わらず、上手く隠している。

 

 これが元日本代表候補生、現IS学園教師。

 原作(俺が識る世界)においても有数の実力を持つとされているネームド。

 そういう認識しかなかったが、こうして実際に体験すると沸き上がる実感が感動すら芽生えさせてくれる。

 

「ラファールをここまで上手く扱っていること開発者として感謝しかありませんよ!」

 

 山田先生はラファールを上手く扱ってくれている。

 機体性能をフルに引き出し、乗りこなす。これは開発者冥利に尽きるというもの。

 グランエールを装備した通常のラファール、共有機でこれなのだから専用の調整をしているのならもっと実力は発揮できるはず。

 

「こちらこそ! いい機体をどうもです! 個人の競技シーンだとラファールのほうがやっぱりいいですからね!」

 

 調べたところによると山田先生は現役時代、打鉄といった日本製のISを使っていた。

 それが今ではラファールを使っている。打鉄といった日本製のISは性能が安定していて、訓練向きではあるが山田先生が言ったようにラファールは競技シーンにおいて秀でているということ。

 

「でやァッ!」

「なんのこれしき!」

 

 こちらから仕掛けると山田先生から返ってくる反撃。

 以前使っているのはアメリカのクラウス社製実弾式アサルトライフル≪レッドバレット≫。

 

 なるほど、そうだよな。

 こうして戦っていると別に読めてきたものがある。

 この模擬戦の意図だ。俺の実力を確かめる他に機体の性能把握という意図も別にあるはず。

 特に知りたいだろうものはラファール・ノヴァの目玉、物理攻撃無効化防御兵装そよ風のように受け流して(パリィ・コム・ブリーズ)

 これがどれほどのものか知っておきたいはず。一教師としても、IS学園その他諸々としても。

 いくらIS学園が治外法権、特殊な環境とは言え、完璧に秘匿できるものではないか。

 

「ならばっ!」

「ッ!」

 

 見せつけるまで。

 圧倒的に。

 

 そもそも感情が読み取れないのなら合理性を読み取ればいい。

 山田先生の戦闘方法はまず合理的だ。

 射撃と防御を正確且つ堅実に使い分け、ペースを作り相手をそこに乗せる。

 時折不規則な搦手で相手を挑発。ペースに乗せていることを上手く隠し、銃口の前へと誘い、身体ごと矛すら塵へと還す強烈な攻撃を叩き込む。

 これが銃央矛塵(キリング・シールド)と呼ばれる所以。

 

 堅実且つ強力。

 だからこそ、合理性は読みやすい。

 

 アサルトライフルで牽制しつつ放つは単装砲とレールガンの連続発射。

 

「なっ!? はっ!」

 

 予期せぬ攻撃に驚きながらも山田先生は反応しようとする。

 次どうするかは読めた。

 相手が選ぶだろう最適解、その先を先手取る。

 

「そこだ!」

「――くぅぅッ!?」

 

 回避したがそれは自ら更なるレールガンへと飛び込むような形になって山田先生にクリーンヒット。

 大きくエネルギーシールドを削った。

 そしてすかさず、ブレードによる近接戦に持ち込み追撃を叩き込む。勝負、あった!

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「勝負あったか……」

 

 ピット内に設置されたモニターを見ながら私、織斑千冬は呟く。

 

 山田先生はよくやってくれた。

 初の男子生徒、それもデュノアの天才がどれほどの実力があるのかはおかげで大体把握できた。謙遜抜きに最低でも国家代表レベル。まだISに乗り始めて1、2ヶ月。稼働日数にしたらまだ1ヶ月もないだろう。

 それでこれは普通ならあり得ないが、彼の噂はよく耳にしていた。デュノアの天才と呼ばれる彼だからこそなのか。

 

 加えて彼の機体、フランスを代表するラファールシリーズの最新鋭機。デュノア社製第3世代型IS、ラファール・ノヴァ。

 近、中、遠、基本的な領域に対応した装備を有し、防御可能な物理攻撃をシールドの続く限り無力化する防御兵装まで有している。攻撃力、機動力、防御力、汎用力に優れた機体。その性能をこれほどまで確かめられたのなら、上は満足してくれる。

 

「しかし、何だこの男は……」

 

 元とは言え代表候補であった山田先生を今や一方的に圧倒する戦闘力。国家代表レベルの操縦テクニック。人並超えた身体能力。明晰な頭脳。

 天才……天が二物を与えた。ありえないことではない。こいつ以外にも思い当たるのが一人、私のよく知る腐れ縁のアイツが。

 

 だが、それでは片づけられないのが男であるのにISに適性があるということ。

 私の弟一夏にも言えることだが、まだ一夏は束と少なからず交流がある。

 ISに一夏を覚えさせ動かせるようにするなど束ならいくらでもできるだろう。私の弟で、自分の妹の片思い手の相手だからと。

 

 だが、こいつの場合はどうだ?

 繋がりはない。フランス、デュノア社が男でも動かせるようISに細工をしたとは考えにくい。束がそんなことを気づかない訳もなければ、許すわけもない。

 なら、身体のほうに細工という線もあるがこいつは正真正銘デュノア家の人間。狂った親でない限り自分の子供を弄繰り回すような真似は普通しない。デュノアという大企業の家なら尚更。

 そこまでするのはリスクが高すぎる。発覚した時、ただではすまない。

 

 人間的に束が気に入る様なタイプでもない。

 手間をかけるほどの優先順位ということもないだろう。

 

「――いや、分かった風なことをまた考えてしまったな」

 

 束と数年一緒にいて、一応友人をやっていたが分かっていた気でいた。

 だが、それも一年前までのこと。

 結局、私はあいつのことを分かっていなかったという事実を現役引退するしかなくなったあの事件と共に突き付けられた。

 得体のしれない奴。束、あいつは普通に生まれて私と同レベルの身体能力を持ち、今の世界を作ったISを生み出すほどの知能を持つ。

 

「似ているのやも知れんな」

 

 身体能力、知能。そして、得体の知れなさといい。

 本当に何なんだ。何が起こっているのか分からない。把握しきれない。

 地上最強(ブリュンヒルデ)などと大層な名前で呼ばれていても、井の中の蛙大海を知らず。

 

 後悔の念に轢きづりこまれそうな思考を断ち切ってくれたのは奇しくも模擬戦の勝者を告げる鐘の音だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「流石はデュノアの天才、その名に恥じぬ強さでした。動かせるようになって2ヶ月でここまでなんて。これじゃあ授業が始まっても教えることはなさそうですね」

「そんなことはありません。まだまだ至らぬ身ゆえ第一線級の先生方に教えを請えるの楽しみにしています。今回勝ちこそはしましたが早速多くのことを学ばせていただきました」

「そう言っていただけると負けた身ではありますが助かります。実技では他の生徒の皆さんを引っ張っていってください!」

 

 模擬戦が終わった後着替え、アリーナから学生寮に向かう道中そんな話をしていた。

 模擬戦は無事勝つことが出来、得るものは多かった。銃央矛塵(キリング・シールド)の名は伊達ではないと身をもって経験できたのは大きい。

 元とは言え代表候補の普通そうあることではないからな。

 

「話は変わりますが寮の部屋割りのほうはどのような感じになってますか?」

「ああ、すみません! 私ってば話に夢中になっちゃって! 部屋割りはこちらになります」

「こういう感じか」

「テオ、私にも見せて」

「ああ」

 

 渡されてシャルロットと見たのは新一年生の部屋割り図。

 寮の簡単な間取りが描かれており、各部屋ごと二名ずつの名字が描かれていた。

 その中には見知った名前がチラホラ。セシリアと簪……今日来ることは前もって伝えていたが来てからは一言も連絡を入れてない。一息ついたら連絡入れなきゃだな。

 

「テオと別々の部屋なんだ……」

「それもだが俺とシャルロットがそれぞれ一人部屋なのはどういう理由で?」

 

 シャルロットとは別の部屋だが俺達はそれぞれ一人部屋だった。

 他の部屋のように同室の者の名前は書かれていない。

 俺が一人の理由は何となく察しがつく。

 

「最初はお二人同室だったのですがフランス政府から抗議……じゃなくていろいろあったと言いますか、いくら従妹関係と言えど同室なものかはどうなんだって言われまして。部屋はデュノア社で用意するから別けろと呼称されまして……その……」

「もしかしなくても……」

 

 シャルロットも誰が言いだしたのか分かったらしく、確かめるようにこちらを見るものだから耐えきれず笑ってしまった。

 

「ハハハハッ! 親心が目覚めたか伯父殿よ! 愛いな、まったく!」

「もうっ不器用通り越して馬鹿だよ、本当! 男女同室なのはもう一組いるのに!」

「言ってやるな、シャシャよ。これも遅咲きの親子心というものだ」

「知らない! 後でロゼンダ様とマリー様に言いつけるから!」

 

 シャルロットはすっかり拗ねてしまったが伯父殿の気持ちも分からなくはない。

 遅いながらも芽生えた親心故に従妹関係にあれど、男と一緒なのは複雑なんだろう。理由なんて何でもよくて、本国では同じ屋敷に居て四六時中一緒なんてことはざらにあった。そしてもう一組男女が男女同室なのに特に言ってない様子なのはそういうこと。

 我が伯父ながらおもしろい人だ。

 

「いやまったく、山田先生にはお手数と苦労を掛けてしまったようで。身内のことで笑いはしましたがご苦労様です」

「い、いえっ! これも仕事ですから!」

「シャシャもそう拗ねるものではないぞ。部屋はすぐ近く。いつでも来たらいい。歓迎するぞ、盛大にな。その辺問題はないですよね? 山田先生」

「はい、寮則を守っていただければ問題ありません」

「やったっ! 毎日行くからね! いつになっても私はテオの従者なんだから!」

 

 毎日どころか隙さえあれば毎秒来そうな勢いを感じさせる笑顔。

 拗ねた面影はもう微塵もないのがシャルロットらしいと言えばらしいか。

 

「じゅ、従者……? あ、忘れてました。でもデュノアさん、シャルロットさんはずっと一人部屋というわけではありません」

「え?」

「この表では間に合わず空欄になってますがドイツの代表候補生の方と同室になってもらいます。向こうが本国での調整中らしくて6月からの入学になるみたいなのですが……」

 

 ドイツ……入学してくるタイミング的にも彼女で間違いないだろう。

 そうして寮に着くとそれぞれの部屋へと入る。

 

「ここで今日から過ごすか」

 

 室内は普段使うホテルクラスの雰囲気。

 必要な家具一式は既に配置されており、トイレ風呂はてはキッチンまである。

 部屋から出ずとも事足りる。伯父殿様々だな。

 もっとも部屋の空きがない為、寮の一番端にプレハブハウスをくっつけた部屋ではあるが仕方ない。

 

 自分の部屋だ。

 先に届いていた荷物を解いて整頓していく。

 こういうのも今までは使用人の仕事だから俺がやるまでもなく先に済んでいたが、これから自分でやっていかなければならないんだな。

 そんな新生活の実感を覚えながら。

 

「最後に写真を立てて……うむっ、ヨシッ」

 

 屋敷で撮ったデュノア家全員が揃った家族写真を立てると整頓は済んだ。

 シャルロットの様子でも見に行くか。

 向こうもそろそろ一段落着くころだろう。そう思った丁度その時、部屋の扉がノックされた。誰か尋ねてきた。恐らくシャルロットが尋ねてきたのだろう。

 

「シャルロットです。皆も一緒なんだけど、入ってもいい?」

「皆? まあ、いいぞ。入ってくれ」

「お邪魔します」

 

 その言葉と共にシャルロットが入ってきた。

 シャルロットの後ろには皆がいた。

 

「セシリア、楯無、簪!」

「ごきげんよう、テオ」

「やっほ! テオ」

「テオ、お邪魔します」

 

 皆とは皆だった。

 

「テオと別れた後に部屋の整理しながら皆に連絡してて丁度整頓落ち着いた時に皆で会おうってなったから折角だからテオもって思って尋ねたの」

「なるほど、そういうことだったのか、シャシャよ。俺の方も一息ついたら連絡をと思っていたのだが遅れてしまったな」

「構いませんわ。こうしてようやく直接会えたこと、そしてこれから共に生活できることをまずは喜びましょう」

「そうだな」

 

 セシリアの言葉に皆頷く。

 後一歩のところまで来たんだ。皆と出会ってここまで長かったようで短く感じる。

 

 そして、皆で腰を落ち着けて旧交を温める。

 原作(俺の識る世界)だとこの時期にこの4人が顔を会わすこともなければ、交流もない。だが、俺達の場合ビデオチャットで以前から交流であった為、旧交はすぐ深まった。

 何気ない話で盛り上がっているとあることを思い出した。

 

「っと、そうだ。セシリア、入試主席合格おめでとう!」

「あ、そうだったね。おめでとう、セシリア!」

「おめでとうっ」

 

 皆で祝う。

 セシリアは入試試験、筆記は満点。実技試験では教官を倒した。

 それを持って主席となり、セシリアは入学生代表挨拶をすることになっているらしい。

 

「ありがとうございます、皆さん。教官に勝ったのはわたくしとシャルロットさんの二人ですし、筆記試験で満点だったのはわたくしと簪さんですから主席は誰がなってもおかしくはありませんでしたわ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど私、筆記後数点足りなかったからから余計悔しくなっちゃうなぁ」

「私はそもそも専用機持ちなのに専用機ないから何とも言えないかな」

 

 簪は専用機が未完成で使えない状態。

 理由はやはり、織斑一夏の登場により彼の専用機開発を優先した為という。

「そう気を落とすな簪。聞けば、簪は訓練機で教官相手に後一歩のところまで追いつめたそうではないか。それも立派な結果。腕は確かだ。専用機が無事完成日、手合わせできる日が楽しみになってきたぞ」

「そ、そうっ? 何だかやる気湧いてきたよ。私、頑張るっ」

「その意気だ」

 

 簪が元気を取り戻してくれて何よりだ。

 実際、簪の専用機と戦えるのは楽しみだ。

 大分先にはなるだろうが体験してみないと分からないことは多いからな。

 

「テオ、本当に女性を煽てるのがお上手ですわね」

「テオだからね。何度煽てられて上手く乗せられたことか」

「それにしては簪ちゃん、チョロ過ぎない? お姉ちゃん、妹の将来が心配だわ」

「お姉ちゃん、人のこと言えないから。ほら、この間――」

「あー知らな~い。あ、そ、そうだわ。セシリアちゃんの新入生代表挨拶、生徒会長としてるから楽しみにしてるから!」

 

 誤魔化し笑いをする口元隠す開かれた扇には『』の文字が。

 字が震えて誤魔化しているがありありと現れている。意外と感情豊かなんだなその扇。

 

 時間は経ち、夕食の時間となった。

 寮生活では基本的に食堂でご飯を食べね。ただ決まった時間に全員集まって食べるというのではなく、食堂が終了する時間までなら好きな時間に来て自由に食べられるとのこと。

 それに習い俺達も寮の食堂へと来て夕食を食べているんだが、やはり目立つ。

 

「あれが噂の男の人……」

「金髪、長髪、そして美形! 俺様系の!」

「あのデュノア社の御曹司らしいんでしょ? 持ってるわ! 神的に!」

「産まれてきてよかった~! あの美貌見てるだけでご飯が進む!」

 

 案の定変な盛り上がり方をしている。

 視線が刺さる刺さる。こうなるのは分かっていたが、実際に体験すると想像を絶する。

 変な盛り上がりに拍車を駆ける要素は俺の周りに揃っている。

 

「きゃー! 更識会長までいるわ!」

「何故、一年生寮に? ど、どういうご関係なのかしら? ゴクリッ」

「それだけじゃないわよ! 主席合格のオルコットさんに日本の代表候補生の更識簪さんまで、もう一人の女の子も超絶可愛い!」

「くっ、美の集合体よ! 目が美に焼かれる! 目が目がぁ~!」

「もうお手付きなのかしら。あんないい男ほっておくわけないよね」

 

 周りにシャルロット達がいれば変な盛り上がり方は愉快なものとなる。

 個性的だな、ここの生徒は本当にいろいろな意味で。

 

「ご、ごめんなさい。私が一緒に食べてるせいで余計に騒がしくしちゃってるみたいで」

「気にするな、簪。これぐらい覚悟の上だ。それにこれにも慣れていかなければならない」

「そうよ、早く慣れなくちゃ。テオもだけど周りにもね。まあ、1週間したら落ち着いたものになるわ」

「そうですわね。賑やかなだけで近づいては来ませんから害はないようですし」

 

 楯無もセシリアは気にせず食べ進めている。

 賑やかなのは気になるが確かに近づいてくるような気配はない。

 なんせ、俺達の周りを何席か開けて周りの生徒は座っている。近づきたいが近づけない微妙な心理状態を現しているみたいだ。

 

「あ~かんちゃん、もう夕食食べに来てたんだ~」

 

 現れたのは本音。

 手には夕食を乗せたトレーを持ち、友人二人を連れている。

 

「おーたてなちゃんにせっしーまで豪華メンバーだぁ。でゅちーにてっちーまで~今日来たのー?」

「ああ、そうだが……でゅちー、てっちーとは?」

「シャルロット・デュノアだからでゅちーで、同じデュノアだけどテオドールだからてっちーだよー? えへへ~可愛いニックネームでしょ!」

 

 ドヤ顔の本音。

 空気が緩むな。

 

「可愛いのか? てっちーというニックネームは。でゅっちーよ」

「テオにその呼び方されるとムズムズする。んーた、多分? 日本だと?」

「いや、日本関係ないから」

 

 簪に鋭く突っ込まれてしまった。

 本音達は俺の向かいに座る簪の隣に座っていた。

 本音は特に気にしてないが連れの友人二人は周りをきょろきょろみて居辛そうにしている。

 

「こんな状況にしてしまって申し訳ないな。テオドール・デュノアだ。こんな風に迷惑かけると思うが精進するのでよろしく頼む」

「め、迷惑だなんてとんでもないです! 私は谷本癒子です! よろしくお願いします!」

「わ、私は夜竹さゆかです! よろしくお願いいたします!」

 

 本音の友人と言えばこの二人だったな。

 

 人が集まるとの視線も好奇の視線も集まる。

 にも関わらず、本音は笑顔で楽しそうに食べている。大物だ。 

 そんな本音を見て友人ふたりは呆れたように笑っている。

 

「んふふ~やっぱり、みんなでご飯食べるとより美味しくなるねー」

「この状況でそんなモリモリ食べれるなんて本音って大物?」

「いや、神経が太いだけじゃない? というか、凄い人達と知り合いなんだね」

「かんちゃんとたてなちゃちゃんのお友達だからね、てっちーもでゅっちーもせっしーも」

「へぇ~」

「あ……ちょっと気になったんですけど、し、質問いいですか?」

「何か? 夜竹さん」

 

 夜竹さんは俺とシャルロットを見て言葉を続けた。

 

「デュノアって同じ苗字ですけど……お二人はご兄妹なんですか?」

「兄妹みたいなものだな。もっと正確に言うと従妹関係だ」

「私の父がテオのお父様の兄で従妹になるよ。後、そんなかしこまらなくて大丈夫。同級生になるんだから、ね」

「う、うんっ。わ、分かったっ」

 

 まだ大分緊張した様子だがシャルロットのおかげでいくらかは硬さがほぐれた。 

 そうだ。あることを思いついた。

 

「そうだ。折角の機会だ。この際、気になることがどんなことでも質問してくれ」

「おおっ!」

 

 とっくに夕食は食べ終えていてここに長居する必要はないが折角の機会。

 ここで交友を深めるのも一興。その為の手段として質問はいい手だろう。周りも何を聞こうかといい盛り上がり方をしている。

 

「じゃ、じゃ! 私、谷本癒子いかせてください!」

「では谷本さん、どうぞ」

「あのっ、テオドール君には彼氏彼女、こここ、恋人はいますか!?」

 

 衝撃が周囲に走る。

 それはシャルロット達にまでも。

 定番の質問。だが、初手にしては威力が高い。

 どう答えるのか周りは興味津々。特にセシリアからの訴えるような視線が刺さる。

 仕方ない。言っておくべきか。隠すことでもなければ、いずれ知られる可能性は高い。後々面倒なになっても仕方ない。

 

「恋人はいない。だが、婚約者はいる」

「おおおおっ!?」

「隣に座るセシリアがそうだ」

「ふふん、そうですわ! 私セシリア・オルコットはテオドール・デュノア君の婚約者なのです!」

「デュノア家とオルコット家は昔からの間柄でな」

 

 補足をつけてみたが右から左へと耳を通り抜けていっているのが目に見えるようだ。

 女子がこの手の話を好きなのは知っているが、それにしても凄い盛り上がりだ。

 

「こ、婚約者……! そ、そうだよね! デュノアの御曹司ともなればそれぐらい普通だよね!」

「でもでも、会長や会長の妹さんのあの感じ……もしかしてあるんじゃない!?」

「略奪愛!」

 

 不穏なやり取りが遠くの方から聞こえた。

 

「略奪愛か……おもしろそうね!」

「の、乗るな。楯無」

「え~いいじゃないテオ。まだ婚約者。ワンチャンあるってことでしょ。ね、簪ちゃんもそう思うでしょう? ふふふっ」

「わ、私は別にっ……!」

「受けて立ちましょう! こちらにはシャルロットさんがいます! そう簡単にはいきませんわ!」

「ふふふふっ」

 

 シャルロットまで妖しく笑って乗ってしまった。

 何なんだ…この状況は。手に負えん。こういう時はさっさと切り替えるに限る。

 

「そこまでだ。他の質問はないか、このテオドール・デュノアがどのような質問でも答えてしんぜよう!」

「はいはーい! 次私お願いします!」

「では、そこの――」

 

 と新たに質問してきた生徒を当てる。

 そしてそして。

 

「つ、疲れた」

 

 シャワーを終え、一息ついた俺はベッドへと倒れ込む。

 質問大会は織斑先生に怒られるほどにまで大盛り上がりとなった。

 代償に精魂尽き果てた。女子のパワーは計り知れん。

 だが、多少は交流を深められ好感度を掴めた感触はある。恋人云々もあるが怪我の功名という奴か。

 

「そろそろ、寝るか。明日はいよいよ」

 

 入学式。

 ついに始まる。期待に胸を膨らませながら目を閉じると疲れたこともあってすぐに眠りにつけた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 翌日。

 入学式を終えた俺達はそれぞれのクラスにいた。

 俺達は一年一組。簪だけ4組とになって落ち込んでいたのが可愛そうだったが、時が進めばクラス分けは意味をなさなくなる。

「全員揃ってますね。では皆さん、今からSHR(ショート・ホーム・ルーム)を始めますよー! 私は山田真耶、この1年1組の副担任です」

 

 にっこりと笑みを浮かべながら自分の名前を黒板に書いていく山田先生。

 

「皆さん、これから一年よろしくお願いしますね」

 

 問題ない自己紹介だが山田先生を気に留めているものはほとんどいない。

 皆おのおの気になる席へと意識を向けている。

 一方は俺へと、もう一方はもう一人の男へと。昨日自己紹介を済ませていたおかげで注目はもう一方へと多く集まっている。

 だからなのか、教室には妙な緊張感が立ち込めていた。

 

「そ、それでは皆さん、自己紹介をお願いします。えっと、出席番号から順番にどうぞっ」

 

 教師としてこの空気に飲まれまいと懸命に進行する姿が涙ぐましい。

 そして順番に自己紹介は進んでいき、奴の番となった。

 

「あー、えー……えっと」

 

 山田先生に声をかけられた自分の番だと知ったようだが、余計なことを考えていたようで何を言おうかと迷っているのが見て取れる。

 数秒後覚悟を決めたのか、ゆっくりと席を立ち。

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 奴、織斑一夏は短く名乗りを上げた。

 

 …




ようやく原作スタート!
いろいろと動き出しているものが加速的になっていきます!

感想お待ちしております~!


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STORY29 覇者達による織斑一夏育成計画

協賛:セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、その他。


「織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 奴、織斑一夏は短く名乗る。

 この男が織斑一夏。同じISを使える男。そして、ISにおける|原作主人公≪ヒーロー≫。

 

「……」

 

 少しの間。名乗りこそはしたが、あまりに短い。

 逆に長い方がいいということないが、注目の人物。もう少し本人の口から自己紹介を聞きたい。

 だから、織斑一夏に注目の視線は集まるばかり。一方、当の本人にしてみればこれ以上言うこともなければ、この状態を耐えられるわけもなく。

 

「い、以上です」

 

 と言うしかなかった。

 だが、期待外れだった女子数人はズッコケたり、えーっとショックそうな声を上げた。おかげで教室は騒がしくなり、後ろから入ってきた人物に気づかない。気づいたのは俺とシャルロット、セシリアぐらいなものか。

 

「もっと気のきいた挨拶の一つぐらい満足にしてみせろ! 馬鹿者!」

「イ゛ッ゛――!?」

 

 織斑一夏の後ろから脳天へと綺麗に落とされた黒い名簿。

 これが伝説のジャパニーズメイボアタック。

 

「い、痛そう……」

「ああ、痛そうだ」

 

 前の席に座るシャルロットがぼそっと呟いた事には全面的に同意だ。

 現に織斑一夏は叩かれた頭を押さえながら涙目だ。

 しかし、効果は織斑一夏以外にもあった。教室全体に響く乾いた音があまりにも大きくいい音だったからか、騒がしかったは静まり返った。

 そんなことを気にも止めず、言葉を続ける。

 

「山田先生、初日早々からクラスのことを任せきっりにしてすみません」

「い、いえっ。織斑先生は会議でしたし、これでも副担任ですから」

 

 顔を見るのは昨日以来か。

 優しい声色と表情。あの時は印象が異なる。

 向けられた山田先生は嬉しそうに照れていた。

 

 山田先生の口からようやく出た名前。それを聞いてやって来たのが誰なのか周りの生徒は気づき始めた。

 そして騒ぎになるよりも早く名乗り出した。

 

「諸君、私がこのクラスの担任である織斑千冬だ。これから一年を使って諸君ら新入生にISに纏わるあらゆることを叩き込み使いものになるよう叩き上げるのが私の仕事だ。私や山田先生の言葉をよく聞き、理解しろ。そして実践しろ。逆らっても構わんが言うことは聞け。いや、聞かせてやる。心しておけ」

 

 案の定の言葉。

 こんな傍若無人なある種の暴言を吐いたとしてもそこに異議を唱えるものはない。

 むしろ、これがいいのだろう。黄色い声援が巻き上がった。

 

「キャーキャー! 千冬様、ブリュンヒルデ! 本物の織斑千冬様だわ!」

「一目見たあの日からファンです!」

「千冬様に憧れてます! 跪かせてください、お姉様!」

 

 凄い人気だ。

 次世代の到来を象徴し、人々が昔から求め続けていた強い日本人強い女性。供給と需要がここまでベストマッチするとこうなるのか。

 ただそれにも騒がしい。女子が集まるとこうなるのは経験済みだが、それでもだ。つい愚痴のようなものが零れてしまう。

 

「元気がいいのは結構だがこれが当分続くのか」

「あ、あはは……織斑先生、有名人だもんね。そりゃそんな人と会えて自分の担任ってなったらこうなっても仕方ない……のかも?」

 

 シャルロットの言うことは理解できるが、実際そんな気持ちになったことはないのだから傍からすればいい迷惑だ。

 織斑一夏の斜め後ろの席にいる俺とシャルロットは辟易するばかり。後ろの方の席にいるセシリアは心を無にしてやり過ごそうとしている

 

「まったく、去年今年といい毎年こうなのはどういうことだ。馬鹿者ばかり集まるのは。ここまでくれば感心するしかないぞ。私のクラスだけこんな馬鹿者ばかり集中させてないか、これは最早」

 

 額に手を当て鬱陶しそうな顔で嘆いている。

 集中させているというよりかは、織斑先生のオーラのようなものに当てられ元々真面目だったりしようが集まった生徒が皆こういう感じになってしまうのだろう。

 魔性と言えなくはない。実際吐き捨てられているのを喜んでいる生徒が出来上がっている。

 

「ああぁっ! いいっ、いいっ、いいっ! 最高! これが千冬様!」

「ありがとうございます! ありがとうございます! 誰よりも何よりも私は千冬様に会えてよかった!」

 

 ここまで来たら元気そうで何よりという他ない。

 これだけ元気ならこれからの学園生活は退屈しなさそうだ。

 

「で、いつまで突っ立てるだお前は。後がいるんだぞ。もう一度自己紹介する気か? 結果は変わらんだろうがな」

「ちょっ、千冬姉、ひど――」

 

 再び響く気持ちのいい衝撃音。

 織斑一夏の脳天へと再びクラス名簿が落とされていた。

 こんな大勢の前で叩くのはいただけないが騒がしかったクラスが静まり返ったのはありがたい。

 

「織斑先生だ」

「え、いや、でもっ千冬姉っ」

 

 3度目の脳天直撃クラス名簿アタック。

 流石にこれには騒いでいた生徒達も若干引いていた。

 

「織斑先生と呼べ」

「……はい、織斑先生」

 

 そう言って織斑一夏は席に着いたがそれだけではすまない。

 次に皆の興味を引いたのは二人の関係性。

 呼び方でおおよそ理解したものはいる。

 

「やっぱり、織斑君って千冬様の弟だったんだ……」

「いいなっいいなぁっ」

「貴様ら静かにしろ。織斑の次の者、自己紹介を」

 

 自己紹介は再開し、セシリア、シャルロットも自己紹介を終えればいよいよ俺の番となった。

 

「昨日の夜もう自己紹介をして知っている者もいるだろうが改めて自己紹介を。テオドール・デュノアだ。出身はフランス。男のIS操縦者ということもあっていろいろ迷惑をかけると思うが善処していく。これから一年よろしく頼む」

 

 無難ではあるが悪くはないだろう。

 昨日あの場に居合わせていた生徒は多い。

 その分注目度は低いが、好感触は掴めていた。

 

「やっぱり、いいっ! 金髪ロングの俺様系デュノア君!」

「分かる~! オマケにデュノア社の御曹司! 美、財力、ルックス! どれをとってもいい!」

「これで婚約者持ちでなければ! いや、オルコットさん受けて立つといってたからワンチャン……?」

「ということはデュノア君×織斑君もアリなのでは!?」

「アリ寄りのアリ! 見える、私には二人の絡み合いが見える!」

 

 案の定盛り上がっていた。

 しかし、そんなものは見えなくていいから。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ちょっと、よっ、よろしいかっ」

 

 一時間目が終わり、2時間目までの行間休み。

 織斑一夏がこちらへとやってきて声をかけてきた。

 驚いた。本来ならこの時間は幼馴染に話しかけているはずだ。

 

 理由はいくつか予想できるが変な言葉遣いになるほどかなり緊張した様子。

 周りは何だ何だとこちらに好気の視線を寄せているから無理もないか。

 

「ああ、大丈夫だ。大分緊張しているみたいだがまずは肩の力抜けよ、織斑一夏」

「俺の名前を!? って、自己紹介したから当然か」

「自己紹介はしたが改めて、テオドール・デュノアだ。一時間目から苦労しているようだが同じ男として力になれることがあればこのテオドール・デュノアが力になろう。よろしく」

 

 そう言って俺からお近づきと友好の証として握手を求めた。

 産まれ、そして行き着く結末がどうあれ共にことをなすものには優しくしておくべきだ。

 これはジャブローのモグラ(とある人物)の受け売りだが、ここで邪険にして敵対でもされたら馬鹿だ。

 こいつが手にする力は必要になる可能性は高い。戦力としても数えられるようになるかもしれない。

 上手くやる方がメリットは大きい。

 

「おおっ! こちらこそ、よろしく頼むぜ! 男子が俺一人とかじゃなくて本当よかった! 一夏でいいからな、テオドール!」

 

 織斑一夏もとい一夏は感激したように差し伸べた手を取り、握り返してきた。

 余程嬉しいのだろう。握手が激しい。

 女子ばかりの環境で自分以外に同じ男がいるというのは心強いのだろう。

 

「学園生活共に頑張ろではないか、一夏」

「ああっ!」

 

 俺の言葉を素直に真に受け熱い握手。

 こういう素直で熱いところが人々を惹きつけたのやもしれんな。

 

「これが男同士の間に友情が芽生える瞬間……!」

「尊い……はぅ」

「やはりワンチャンあるのでは? これはデュノア君×織斑君の薄い本が厚くなる!」

 

 火に油を注いだ自覚は少なからずあるが本当飽きないな。

 

 2時間目が終わると再び行間休み。

 今度こそ一夏は幼馴染に声をかけに行きにいっていた。

 

「テオ、シャルロットさん。二時間目、お疲れ様ですわ」

 

 こちらには今度セシリアが俺達の席へとやってきた。

 

「お疲れ様、セシリア」

「お疲れ、セシリア。初日だからか賑やかこの上ない」

「まったくですわ」

 

 セシリアが心底呆れ顔をしているのは2時間目のことが記憶に新しいからだろう。

 2時間目も1時間目に引き続いてISの座学。

 IS学園に入るなら誰しもが事前に学び終えている基礎的な規則の話で特にこれと言って騒ぐような内容でもないが一夏はまだ授業について行けず、参考書を捨てたという始末。そこでもひと騒ぎ。

 そのことにセシリアは呆れている。

 

「捨てたのも解せませんが参考書一つでまあよくもあそこまで騒げるものですわ。まったく」

「まあ、何もかもがいきなりでこのような状況だ。追々落ち着いてくるだろ」

「そう願いたいですわね。折角、名高いIS学園へ学びに来ているのですから」

 

 笑みを見せてくれたが苦笑いで落胆の色は隠せないでいる。

 セシリアにしてみればIS学園にいろいろとセシリアなりの理想を描いていたはずで、理想通りではない現状にギャップを感じ落胆するのは仕方ないか。

 

「時にそろそろクラス代表を決める頃だな」

「ああ、楯無会長が言ってたね。大体入学した初日に決めるって」

「基本的に専用機持ちあるいは代表候補生が選ばれると仰ってましたね」

 

 時間にして数分後、クラス代表が決まる。

 クラス代表については予め楯無から聞いてもいた。

 自推、他推問わず推薦によって選ぶ。だが基本的に推薦に上がるのは代表候補生。専用機持ちがいれば専用機持ちが選ばれるといった感じらしい。

 

「話に出したということはテオはクラス代表に興味がおありで? 私もと思っていましたがそういうことでしたら……」

「いや、そうではないのだ。セシリア」

 

 話に出したのはある考えがあってのこと。

 

「俺にいい考えがある。よければ、俺達3人で織斑一夏を推薦しようと思う」

「へっ?」

「なっ!?」

 

 シャルロットは素直に驚いていたが、セシリアは声を上げるほどかなり驚いていた。

 まるで信じられない言葉を聞いたかのように。

 当然目立ち、セシリアを宥める。

 

「落ち着け。セシリアが納得できないのも分かる。だが、考えてみろ。俺達にはクラス代表までやっている時間は惜しい。代表候補生専用機持ちの務め、家のこと、そして来たる日に向けて準備その他諸々。俺達にはやること、やらなければならないことは多いだろ。クラスのことで時間は取られたくない」

「そ、それはそうですけど……ですがっ!」

「適当言ってるつもりもない。こういう時は考え方を変えてみるもんだ。クラス代表に相応しくないのなら相応しく鍛え上げればいい。名付けて織斑一夏育成計画だ」

 

 これが俺の考え。

 相応しくないのなら相応しくなるように鍛え上げればいい。

 発想の逆転。クラス代表となれば、ISに触れる機会は勿論誰かしらと対戦する機会も増える。それはいろいろなことに役立てられるかもしれない。例えば。

 

「わたくし達の目的の為を考えているのですね」

「察しがいいな、セシリア。積極的に巻き込むわけではないが状況は未知数。使える専用機持ちは多いにこしたことはない。それに彼はブリュンヒルデの弟。鍛えれば化ける素質はあると見た。天才の勘がそう告げている。何より、ISが使えたことに理由は分からずとも必然はあるはずだ。悪い話ではない。とうだ?」

 

 そうセシリアに提案してみた。

 

「――テオがそこまで言うのでしたら話は分かりました。ただし条件があります」

「条件?」

「それは――」

 

 丁度その時、授業開始を告げるチャイムが鳴った。

 織斑先生方が教室に戻ってきた。

 

「貴様ら席につけ!」

「テオ、話はまた後で」

 

 セシリアは席に戻らざるおえなくなり、話は中断となった。

 条件は聞きそびれた。セシリアを見るに悪い反応ではなかったから、これは賭けだな。

 

「ああ、そうだ。授業を始める前に5月の中旬頃からクラス対抗戦が行われる。それに出る代表者を決めようと思う」

 

 やってきたクラス代表決め。

 織斑先生はクラス代表の説明をすると推薦合戦が始まった。

 

「はいはーい、織斑君を推薦しまーす!」

「私はデュノア君がいいと思います!」

「シャルロットさんもよさそう!」

「それを言うならセシリアさんだって!」

 

 これだけでは収まらず続きと各々が思う人物の名前を上げていく。

 昨日多少なりと交流を持てたのが活きている。

 こうなるのは予想出来ていたが如何に。

 

「ふむ……票が見事にバラけたな。名前を上げられたデュノア達はどうだ? 自推他推でも構わんぞ」

「では、織斑一夏君を推薦させてください」

「私も織斑君を推薦します」

 

 予定通り俺とシャルロットは共に織斑一夏を推薦した。

 すると当然の反応が返ってきた。

 

「お、俺っ!? 何でさ!?」

 

 立ち上がる一夏。

 釣られるように周りにいる生徒たちの視線が一夏へと集まった。

 俺やシャルロットに推薦されるほどなのだから一夏はきっと凄い何かしらの結果を出すのだろうといった根拠のない無責任な期待の眼差し。

 

「織斑、席に着いて静かにしてろ。他に意見はないか? なら、このまま推薦の多い織斑を」

「織斑先生よろしいでしょうか」

「何だオルコット」

 

 手を上げ指名されるとセシリアは静かに立ち上がった。

 

「わたくしも織斑一夏さんを推薦させていただきます。ですが、一つ条件があります」

 

 条件……それは先ほど休み時間でも言っていた言葉。

 一筋縄ではいかない。何かする気なのか。

 

「条件か……良いだろう、言ってみろ」

「ありがとうございます、織斑先生。提示する条件とはわたくしと織斑一夏さんとで模擬戦をさせていただき実力を確かめさせてほしいのです。クラス代表たる実力がどの程度あるのかを」

 

 それがセシリアの提示した条件だった。

 そんなことを考えていたのか。

 しかし、すぐにはその条件は通らない。当の本人の一夏が一番困惑していた。

 

「ちょっと待ってくれよ! いきなりそんな!」

「いきなりの申し出その無礼は詫びましょう。ですが聞くところによれば織斑さん、あなたは入試の実技試験において教官を倒したそうではありませんか」

 

 セシリアのその言葉にクラスがどよめき賑わった。

 このことは楯無から教えてもらっていた。

 実情がどういうものだったのか詳しく。

 

「あれは倒したって言っていいのか……? 勝ち判定は貰ったけどよ」

「内容はどうあれ勝ちは勝ちですわ。その結果、そしてブリュンヒルデの弟がどれほどのものか確かめさせてはくれませんの? それとも日本男児は勝負を突きつけられても急だから巻き込まれてここにいるだけだからと逃げ出すのですか?」

 

 勝ち気な笑みを小さく浮かべ放つ見え透いた挑発。

 一歩引いて冷静になれば、ここで乗るのはかしいこい選択ではないとすぐわかる程度のもの。

 だが相手が相手だ。何より、姉のことを出されれば下がるわけがない。

 

「そこまで言われたら引き下がれねぇよな。千冬姉を引き合い出されたら尚更だ! いいぜ、勝負受けてやる! 四の五の言うよりわかりやすいだろ!」

 

 いとも簡単に一夏は挑発に乗ってくれた。

 

「話はまとまったようだな。織斑にとってISバトルが出来るのはいい機会だ。日本の倉持技研から織斑の専用機も来ることだしな」

 

 その言葉を聞いて教室にどよめきが広がった。

 ここで一夏の専用機持ちのことを明かすのか。

 一夏が疑問の声を上げた。

 

「専用機って読んで字のごとくだよな。やっぱり、男だから……的な?」

「男子が動かす貴重なデータ収集の意味合いは強い。後は保護的な意味合いもな」

 

 ISは強力な鎧でもある。

 下手に既存兵器や既存戦力で守るよりかはいい。

 後は他国よりも先に専用機を与え、他国からのちょっかいを防いだ。そうすることで織斑一夏の所属、所有権を言葉なく明確化した。

 そして、一夏を日本に

 

「話を戻そう。クラス代表は織斑で決まりだがその勝負を認めよう。勝負は一週間後の月曜、放課後。場所は第3アリーナにて行う。双方とも準備は怠るなよ」

 

 奇しくも一夏とセシリアが模擬戦する予定通りの流れになった。

 こういう流れで模擬戦することになろうとは思ってもいなかったが、これはこれでありだ。こうなるのもおもしろい。

 何より、穏便に事が進んで何よりだ。

 その後始まった授業を終えて休み時間になると、セシリアを呼んだ。

 

「条件とはあれのことだったんだな」

「結局テオに話ができずに言ってしまいましたが確かめたいのです。テオがそこまで言う彼の実力を。二つ返事で認めるわけにはいきませんもの」

 

 それは確かにそうだな。

 セシリアがはい分かりましたと認めるようなタマではない。

 

「なるほど。仮に模擬戦を経て実力不足だと感じた時はどうするつもりだ?」

「それは勿論、このセシリア・オルコットが直々にクラス代表に相応しい殿方に育てあげて差し上げますわ。その時は節穴となったテオもまとめて」

「それはおもしろそうだ。というわけだ、一夏。頑張れよ」

 

 自分の席にいて次の授業の予習をしているフリをしながらこちらの会話に聞き耳立てることに全神経集中させている一夏へ声をかけた。

 

「頑張れよって他人事だと思って。ひでぇぜ」

「はははっ! しかし織斑先生も言っていたようにこれはいい機会だぞ」

「いい機会……そりゃ専用機は貰えるみたいだけどよぉ」

 

 ピンと来ないのか首をかしげる一夏。

 

「それだけじゃない。お前は男でありながらISに乗れるようになった。力を手に入れたわけだ。その力どう使う? 男と産まれたからには誰もが一生のうち一度は夢見る地上最強を目指すもよし、誇りの為に使うもよし、大切な誰かを守る為に使うもよし。セシリアとの一戦はその足掛かりとなる」

「力……守る為の。そっか、なら確かにいい機会だよな! 燃えてきた!」

 

 単純な奴。

 だからこそ、燃え上がるモチベーションは高まりようは大きい。

 油を投下された火が勢いを増すように。

 

「まったく、わたくしをダシに叩きつけてくれましたわね。このセシリア・オルコットを足掛かりにするなんて」

「そう言うな。モチベが高まりきってない奴を相手にするよりもいいだろう? フォローはするさ。セシリアの次にはなるが一夏にも焚き付けた分のフォローはしよう。このテオドール・デュノアに遠慮なく言うといい!」

「お、おうっ!」

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 時は進み、放課後。

 

「ううぅ、おおおっ……」

 

 謎のうめき声を上げる一夏。

 HRが終わり、先生方が教室を出ていった後一夏は机の上に顔を伏せうなだれていた。

 

「分からん……何も……」

 

 精魂尽き果てたといった様子。

 今日一日最後までISの座学漬けだったからこの始末。

 

「さて、わたくし達も行きましょう。テオ、シャルロットさん」

「ああ、そうだな。時間が惜しい」

「早く申請しに行かないとね」

 

 うなだれる一夏を脇に帰る支度をして教室を出ようとする。

 ここからは自由時間。

 やること、やらなければならないこと、そしてやりたいことは多い。

 

「行くって何処か出かけるのか」

 

 ふらふらと身体を起こした一夏が疑問を投げかけてきた。

 

「そういうことではない。放課後になったんだ、ゆっくりしている場合じゃないだろ? 来る一週間後に向けていろいろとしたほうがいいことは多い」

「た、確かにっ! だったら、俺も一緒にっ!」

 

 ハッと顔して気づいた一夏が言いかけた時、教室に山田先生が入ってきた。

 

「よかった。織斑君、まだいたんですね」

「えっと、何か用なんですよね」

「はい、寮の部屋のことを伝えようと思って」

 

 一夏は今朝自宅から登校したらしいのだが今日から寮生活になるらしい。

 この後のことは流れ通りだろう。

 俺達が口出す様なことでもない。シャルロットとセシリアと目くばせすると共に教室を出ようとするのだが、一夏に引き留められる。

 

「ちょっ、俺を一人にする気か?」

「今から寮に行くのだろう? 今日のところはそっちを優先しろ。そういうのは早い方がいい」

「それはそうだけどよぉ、テオドール」

 

 理解はできるが納得しきれないといった顔。

 やる気を出したところで出鼻をくじかれればそうなるのは理解できる。

 だからといって、捨てられた子犬のような悲しい目で見るのはやめろ。周りに油を注ぐな。

 

「そんな目でこっちを見るな。部屋のことをしながら自室で今日習ったことを復習するといい。分からなかったことが分かるというのは大きな自信となる。携帯あるか? このメッセージアプリも」

「あるぜ。って何か来た」

「何かとは何だ。それは俺の連絡先だ。どうしてもなくなった時はメッセで声をかけるといい。内容次第では力になってやる」

「おおっ! 思ったより、テオドールっていい奴なんだな!」

 

 また随分なことを言われたがまあいい。

 アフターフォローは用意してやった。

 これで大人しくなるだろ。

 

「ふふっ」

 

 俺と一夏を見るクラスメイト達からの怪しい視線だけでなくシャルロットとセシリアから微笑ましいものを見るような笑みを向けられる。

 

「何だ」

「いや、テオって本当にね」

「ええ、お優しいこと」

「別にそういうのじゃない。ほら、行くぞ」

 

 話を切り上げ、俺達3人はあるところへ向かった。

 




テオドールの一夏へのスタンスが明らかになりました!
そして何やかんやでとりあえずセシリアvs一夏の戦いが成立しました。
セシリアの名台詞「ちょっとよろしくて」が使えなくなったので変則的な感じで一夏に。

次の次ぐらいでセシリアvs一夏の試合をお届けする予定です!
感想お待ちしております!!


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STORY30 とある覇者の放課後風景

「ここが……」

「第3アリーナですわね」

 

 辺りの様子を見ながらそう言うシャルロットとセシリア。

 教室を後にして俺達3人がやってきたのは第3アリーナ。一週間後、ここでセシリアと一夏がクラス代表の適性をはかる為の模擬戦が行われる。

 これはその下見という意味合いもあるが、本当の目的は別にある。

 

「よし。では、準備がよければ訓練を始めるか。まず相手は俺からでよかったか、セシリア」

「ええ、お願いしますわ。シャルロットさんもその後で」

「うん、分かってる。じゃあピットのモニター席で一戦目のモニタリングしてくるね」

 

 そう言ってピットに消えていくシャルロットをセシリアと見送る。

 ここにやってきた一番の理由は一週間後に向けてセシリアが訓練をしておきたいとのことなのでその為にやってきた。無論、使用許可を取って。

 俺もセシリアもISスーツに身を包み、後は機体を展開するのみ。

 

「覚悟はよろしくて? テオ」

「ああ、来るがいい。このテオドール・デュノアが胸を貸してやる!」

 

 売り言葉に買い言葉。

 互い瞬時に機体を展開すると距離を取り、向かい合いように開始位置に着いた。

 

「バトル開始の宣言をしろ! シャシャ!」

『えっ、う、うんっ。バトル開始っ!』

 

 場内にアナウンスとして流れるシャルロットの宣言を皮切りにセシリアとのISバトルは始まった。

 

「はぁぁあっ!」

 

 絶え間なく撃たれる巨大で長身のスターライトmkIII(レーザーライフル)

 牽制を兼ねた光線の弾幕を張りながらセシリアにとっての適性距離、集中できる位置に着く。そして。

 

「行きなさい!」

 

 機体から分離して飛来する小型の攻撃端末。

 この特殊装備がブルーティアーズと呼ばれるビット兵器。

 合計4機が2機ずつ二手に別れ、俺を取り囲む。

 

「これがブルーティアーズか!」

 

 高速で迫り来るビットに無駄な動作はなく、放ってくるレーザーの狙いは的確。

 こちらが避けることは想定済み。回避した先へとレーザーを穿ってくる。

 手馴れている。なるほど、これがセシリアの十八番の攻め方。単純だがそれ故に嵌れば抜け出すのは困難となるだろう。流石の包囲網。いい攻め手だ。

 

「しかし、このラファール・ノヴァ舐めてもらっては困る!」

「平然と全て避けて! くっ、捉えきれない!」

 

 未だこちらはノーダメ。

 セシリアの射撃、ビット攻撃は正確。しかしだからこそ、落ち着けば動きや意図は読みやすく対処は容易。当たる道理はない。

 

 加えてビットの制御にはかなりの集中力がいる様子。

 ビット以外の攻撃を加えることは出来ず、本体の動きが単調なものとなる。

 そこが狙い目よ! ビットの包囲網を突破して、今度はこちらが攻める。

 

「制御が難しいのは分かるが抜かれればいい的だぞ!」

「っ、分かってますわ!」

 

 発破をかけてやると動きながらビット制御に務めようとするがどの動きもキレが衰え、ぎこちない。

 

「ふんっ!」

「きゃああっ」

 

 セシリアを守るエネルギーシールドに砲弾がぶつかる音と衝撃。

 単装砲にも簡単に当たってくれる。

 

「足を止めるな! 動け動け! ISは機動兵器だぞ! 機動しなくてどうする!」

「ええッ、その通り! ですわねッ!」

 

 砲撃の衝撃で一瞬動きは止まったもののセリシアはすぐ動き出す。

 もうセシリアは自分の中で理論だてられたようだ。

 動きながらビットを制御し、合間合間にレーザーライフルを打つのも欠かさない。

 

「そうだ! その調子だ! 絶え間なく動け!」

 

 レーザ攻撃を掻い潜りつつ、両手のライフルでビットの動きを完全に抑え込む。

 続けざまに両脇に展開した単装砲とレールガンでセシリア本体の動きをも制限、シールドエネルギーを削る。

 

「――ッ」

 

 セシリアがレーザーライフルで弾幕を張りながら、後退しつつ仕切り直しを図る。

 ビットは一旦両肩部に浮遊するビット・ベースへと戻っていく。

 その隙に詰めた近接戦可能な交戦距離。

 こうなるとどうなるかは限られてくる。それが分からないセシリアではなく。

 

「インターセプター!」

 

 迷いなくコールされる武器名。

 レーザーライフルと入れ替わりで現れたのはナイフ状のショートブレード。

 未だ名前を呼ばなければ呼び出せず、武器の名前を呼んで量子変換するのは初心者の手段。代表候補生であるセシリアにとってその手段を選ぶというのは屈辱的だろうが、何もできずダメージを受ける方が屈辱の度合いは強い。

 それ故に屈辱よりもこの場における判断が勝った。

 

 しかも、それはこちらが振りかざすブレードを受け止める為に呼んだのではなく、むしろセシリアから仕掛けてくる。

 刃と刃がぶつかる金属音が重く響き、衝撃が伝わってくる。

 

「流石は我が婚約者! 思い切りの良さ! 惚れ直したぞ!」

「光栄ですわ! ますます惚れさせてあげますわ!」

 

 その言葉をバネに攻めの姿勢は緩めない。

 セシリアにとって近接は不得手だろうが、力の限りを攻めの姿勢をやめない。

 防御に徹すれば、簡単に打ち破られる。それを理解しての選択。

 

「ッ!? くッ! なんて速い剣捌き! 追いつけない!」

「せいやー!」

 

 セシリアの意気込みは買うが、こちらへのダメージは許さない。反撃の意思すらも。

 懸命に追いつこうとするがやはり近接戦ではこちらが明らかに上手。

 弾き、いなし、斬り伏せる――ブルーティアーズのシールドエネルギーはデッドゾーンへとダメージは加速した。

 

「くっ……!」

 

 セシリアを完全に抑え込み無力化した後、苦悶の声を漏らすセシリアへと突き付けた剣と共に終わりを告げる。

 

「ここまでしよう」

「そうですわね。悔しいですがここまでのようなので」

 

 武器を量子変換でしまうと宙にいた俺とセシリアは地上へと降りた。

 

「流石はイギリス代表候補生。よかったぞ、いいセンスだ」

「そう言ってもらえると傷一つ与えられないという悔しい結果になりましたがよかったですわ。こうしてテオと初めて剣を交えられたことですし」

「言われてみれば確かにそうだな」

 

 ISバトルは無論、セシリアと何か競うこと自体今回が初めてだった。

 ISを手にしていなければなかったことだと思えば、いい経験だな。

 

「これからは剣を交えることも増える。まずは弱点を潰していこう」

「ブルーティアーズを操っている間動きが最低限になること。わたくしが得意とする交戦距離を抜けられ近接戦に持ち込まれると脆いことですわよね」

「まずはブルーティアーズの精度を今以上にあげれば、交戦距離を抜けられることはないだろうがそれでも弱点は潰しておいた方がいい」

 

 弱点があるのなら潰して改善していく。

 そうすれば一夏との一戦において盤石なものになるが、果たして。

 

「後は射撃のパターン、絡め手を増やせるといいだろう。その点はシャシャから学ぶといい」

「助かりますわ。強くなりませんと。いつまでも無様な姿は皆様の前で晒していられませんわ」

 

 皆さまというのは観客席で見ている生徒達のこと。

 いつの間にか野次馬が集まっていた。

 クラスメイトがいれば、他所のクラスの者達までいる。

 

「観客席も閉め切るべきだったか」

「いずれは見られてしまうものですし、隠すようなものではありませんわ。わたしくが強くなればいいだけのことです。テオドール・デュノアの妻として相応しいように、オルコット家当主として恥ずかしくないように」

「その意気だ。しかし、その前に休憩も必要だ」

 

「そうですわね、一休みといたしましょう、テオ」

 

 機体を休めるのも兼ねて俺達は一度休憩を取ることにした。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 夕食の時間がそろそろ始まろうかとする頃。

 シャルロットやセシリア達との訓練を終えた俺は一人、第二整備室へとやってきた。

 

「まだやっていたか、簪」

「あ……テオ」

 

 中には簪が一人でいた。

 

「夕食の時間だから簪も一緒にと思たのだが邪魔したか」

「ううん、大丈夫。というか、もうそんな時間なんだ」

「その様子ならかなり集中していたようだ。作業のほうはどうだ?」

「あまり進展はない、かな」

 

 苦笑いしつつ視線を向けた先にはISハンガーに固定された展開待機状態の機体が一機。

 左右にミサイルポッドを内蔵した大型のウィングスラスターを、両腰部にはミサイルポッドと一体化した荷電粒子砲を一門ずつ持つ、どことなく打鉄を思わせる姿。

 これが簪の専用機、日本製第3世代機『打鉄弐式』。簪が受領した時からガワである機体そのものは完成しているが、原作(俺が識る世界)と変わらず未完成状態。

 

「打鉄のOSを使うことで一応実技の授業には出れるようにしたんだけど、それ以外は。山嵐のマルチロックオンシステムも荷電粒子砲のシステムも全然ダメで。本当は全部連動させないといけないんだけど中々、ね……そんな状態だと稼働データ取り難くて」

 

 未完成具合もまた変わらずといったところ。

 だが、一応動かせるようにはなっているのか。そこだけは違った。

 

「中々苦労しているようだな。手伝えることがあれば、手伝おう」

「ありがと。今は気持ちだけ受け取らせて。まずは自分一人で頑張ってどこまでやれるか腕試ししたい」

 

 少し意外な言葉が簪から出た。

 

「更識の娘だからって自力での開発を倉持とかいろいろなところから許してもらったのは甘えちゃったけど、こんな機会は滅多にないからチャンスを活かしてしっかりやりたいの。自力での機体開発はお姉ちゃんもやったことだから」

「やり遂げ楯無に追いつきたいと……?」

「うん」

 

 簪は小さく、そして力強く頷く。

 

「最低限これぐらいやらないとお姉ちゃんの影すら踏めないから。まずは機体を完成せるのが第一目標」

 

 言葉こそは原作(俺が識る世界)でも見たものだが鬱屈としてしていない。

 前向きでやる気に満ちた明るい言葉だった。

 

「それにそんな気を使わなくても大丈夫。忙しいでしょ? 聞いたよ、1組のこと。いろいろあったんだってね」

「耳が早いな」

 

 もう他のクラスまで情報が行き届いてる。

 女子の情報網は伝達速度はやはり凄まじい。

 

「織斑一夏が1組のクラス代表なんだよね。だったら来月のクラス代表戦、戦うことになるのかな」

「ということは4組のクラス代表には簪が?」

「うん……まあ、こんな状態でも代表候補生、それも専用機持ちだから」

 

 簪は苦笑交じりに言った。

 

 4組のクラス代表が簪なのは変わらずか。

 そうなるのはおかしいことではない。むしろ、安心した。

 そして、簪から出た織斑一夏の名前。簪は織斑一夏をどう思っているのか。気にはなるが、そのことを聞くのはわざとらしいか。

 

「何か難しい顔してるけど大丈夫。策は考えてるから」

 

 そこまで言うというのなら策はちゃんとしたものになるのだろう。

 これは対戦することになれば織斑一夏にとって強敵となる。

 もっともそうなる未来は限りなく0に近いが。

 

「と、この辺でいいか。ごめんなさい、待たせちゃって。ご飯行けるよ」

「では行くか」

 

 二人で整備室から出た時だった。

 外に人がいた。そちらを見るなりぽつりと一言。

 

「あ……」

「あ……って、何してるのお姉ちゃん」

「あはは……」

 

 誤魔化すように笑う楯無がいる。

 

「何か用事か?」

「そ、そうなの! ちょっとこの辺に用事あってね!」

「そうなんだ……? そうだ……ご飯の前に荷物部屋に置いてくるね。テオ、先に言って」

 

 そう言うと簪は寮へと去っていく。

 場には俺と楯無だけが残される。

 

「で、簪の用があったみたいだがよかったのか?」

「分かっちゃう?」

「分かるとも。その用が簪の様子を見に来て、あわよくば専用機開発に協力しようとしていたこともな」

「何でもお見通しね」

 

 お手上げといった風に楯無は肩をすくめた。

 お見通しというよりかは状況判断だ。

 楯無がわざわざ第二整備室にくる理由なんてそれぐらいしかない。

 

「でもテオがいるなら私の出番はなさそうね」

「どうだろうな。俺も専用機開発の協力を申し出たが断られた」

「ええっ!? 嘘!? どうして!?」

「まずは自分一人で頑張ってどこまでやれるか腕試ししたい。そうすることで同じく専用機開発をした楯無に追いつきたいとのことだ」

「ああ……本当に簪ちゃんはこんなにも頼もしくなっちゃって。いえ、むしろ今の簪ちゃんらしいというべきかしら」

 

 簪の成長を喜ぶ半面、寂しそうに笑みを浮かべる楯無。

 

「でもそれじゃあますます私の出番ないわね。私は簪ちゃんのお姉ちゃんなんだから本当はもっと何かしてあげなきゃいけないのに……」

 

 随分気負った発言をする。

 妹である簪を思ってなのだろうが、それだけではないだろうな。

 

「まあ、何かしら協力できることがあるはずだ。その時に力になればいい」

「そうなった時真っ先に出番あるのはテオじゃない? 私がいてもアレでしょうしテオのほうが適任よね」

「適材適所はあるだろうがあまり人任せにするなよ、楯無。自分がいることで拗れることもあるかもと危惧しているようだが人任せにして楯無がいないことで逆に拗れることもある」

 

 原作(俺が識る世界)がそうだった。

 あの時は完全人任せではないが、人任せにして楯無がいなかったことで少し拗れた。

 

「何かしてあげたいのならちゃんと簪と向き合うといい。昔とは変わったことは多い。楯無がちゃんと向き合えばら簪は応えてくれる。その時は入り口の前で入るか迷わず勇気を持ってな」

「なっ!? そこまで気づいていたの!? まあ……でも、そうね。挑戦してみるわ」

 

 楯無は決意を新たにした。

 これで少しは二人の仲に進展があるだろう。

 上手くいくといいな。

 

 

◇◆◇◆

 

 

『分からん……何も……』

 

 講義を始めてから30分を過ぎた頃。

 聞き覚えのある言葉を画面の向こうでもらす一夏。

 

「もう弱音か。声をかけてきた時の意気の良さは何処へ行ったのやら」

『そうは言うけどよお……』

 

 IS座学はやはり一夏にはまだ荷が重いようだ。

 事前学習もなくいきなりだから理解はしてやられるが、それでも俺の時間を使ってやっているのだからここで根を上げるようでは困る。一夏の方から座学を教えてほしいと早速言ってきたのだから尚更。

 力になると言ったからしているだけで俺の方からわざわざこんな寮部屋からの外出禁止時間が過ぎた夜遅くにビデオチャットで座学を教えたりはせん。

 

『テオドールはちゃんと出来てるんだよな』

「お前とはスタートラインが違うからな。うちはデュノアだ。それこそISが誕生してからの付き合い、ISと付き合いが長ければ知識は自然と身に着く。それでも入学に際して復習もしたがな」

『はぁ~ちゃんとやってるんだな。今更になって間違いとは言え参考書捨てたの情けなくなってきた……』

 

 がくりと肩を落とす。

 参考書を捨てたことで織斑先生に怒られていたな。何というか馴染み深い光景だった。

 

「捨てたのは確かにいただけないが過ぎたことだ。気を落としている暇があるのなら少しでも多く知識を身に身に着けろ」

『仰る通りで』

 

 引き続き一夏に座学を教える。

 だが、一夏にとってやはり不慣れな内容。

 初めてだらけに四苦八苦して、だんだんと手が止まっていく。

 そして一言。

 

『なぁぶっちゃけ何だがこういうの覚えても使うのか?』

「本当にぶっちゃけたな」

 

 まあ、言いたくなるのは分からなくはない。

 ISの座学は小難しく書かれている上に覚える量が多い。

 

「通常科目と同じだ。学んだことをすべて使うわけではない。俺もぶっちゃけるのなら別に座学やマニュア的な知識が不足していてもISは動かせる」

『やっぱりか』

「直感的な感覚と身体能力、そして何よりイメージがものを言う。それらさえあれば動かせる。いるだろ? ISに限らず簡単な説明だけで感覚と身体能力ゴリ押しでサラっとやってしまうものが」

『いるな。千冬姉とか』

「そうだな。現役時代の織斑先生がまさに分かりやすい例だ」

『やっぱり。千冬姉説明書読まねぇで何となくで電化製品使ってたからな』

 

 電化製品とISは全然違うが、言いたいことは伝ったようだ。

 というか、一夏の言った言葉はすぐ脳裏に思い浮かんだ。

 その様子イメージしやすいな。

 

「それでもマニュアルは知っておいた方がいい。座学はしっかりするべきだ。知識は力。知っているというのは自信に繋がり、選択肢を増やせる。何事もあればあるほどいい」

『結局、地道にやるしかねぇか』

「そういうことだ。知識が身に着けば座学の授業で今日みたいな恥をかかなくて済む。いずれ筆記試験もあるだろう」

『筆記試験……前途多難だな。ってか地道にやるにしてもこんなんで来週の模擬戦俺に勝つ見込みあるのか』

 

 また一夏がうなだれだした。

 今できる座学を地道になるしかないと分かっていても、目に見えて成長している実感が薄いのだろう。だから、不安になる。

 

「座学だけで不安ならば公開情報というものがある。そこへアクセスし、ISについて調べるのもいいだろう。それこそセシリアの専用機について調べるもよしだ。ついでに映像教材や有名選手の試合映像を見てイメージトレーニングをするといい」

『イメージトレーニング?』

 

 今一つ理解できないのか一夏は首を傾げた。

 

「見て学ぶというのも大事だ。見ればイメージしやすい。こんな風に動けばいいのか、こんな時はこう立ち回ればいいのかなどとイメージが産まれる。ISに置いてイメージは重要だ。ISは装着者のイメージを汲んでくれるからな」 

『イメージトレーニングか……やってみる!』

「これは一つアドバイスだ。イメージするのは常に最強の自分だ」

 

 赤い弓兵が残した言葉だがアドバイスするならこの言葉だろう。

 

『最強の自分……』

「過度なイメージは自滅を招きかねないがかといって負ける弱い自分なんて想像しても仕方ない。勝負する前なのに気持ちの時点で負けてどうする。最強の自分をイメージすれば勇気にもなる、イメージを実現したいと目標や夢になる。夢や目標になれば辿り着こうと気力を振り絞る。簡単なことだ」

『簡単って……かなり難しくねぇか? それ』

「何を言っている。人間は可能性の塊だ。勇気と夢、そして気合があれば大概どうにでもなる。自ずと道は開ける。さすれば、その道に恐れず進めばいい」

『テオドールっていろいろ知ってたり教えたりしてくれるわりには結構脳筋なんだな』

「言ってろ」

 

 俺が笑い飛ばしてやると画面の向こうで一夏も笑った。

 

『座学に調べごとやイメージトレーニング。で、実際に体を鍛えたりするんだろう? やること多いな』

「その方が一夏にはいいだろう。気を落とす暇すらない」

『確かにそのほうがいいのかもな。オルコットさんも来週に向けて訓練しているんだよな?』

「当然だ。だからこそ、より一層励めよ」

『おうっ!』

 

 俺がここまでしてやったんだ。

 どう成長するのか見ものだな。

 そして翌日。

 

「なぁ! テオドール、今日こそ俺に訓練つけてくれるよな!」

 

 入学2日目。

 授業をすべて終えて放課後になるなり、一夏がこちらへやってきてそう言った。

 やる気なのは結構。だが。

 

「彼女はいいのか?」

「彼女?」

 

 自分の席から俺達を凝視する鋭い視線。

 彼女は俺達が気づいたことに気づくとこちらへやってきて口を開く。

 

「一夏、そいつと訓練する気か?」

「そうだけど、それがどうかしたのか? 箒」

 

 やってきた彼女は篠ノ之箒。

 一夏の幼馴染にして、篠ノ之束の妹。いろいろと対応が難しい奴だ。

 

「……」

 

 物凄くいいだけな顔でこちらを見てくる。

 というか、めっちゃ睨まれてる。まあ、何言いたいのかは大体察しが付く。

 一夏に訓練をつけて二人っきりになろうと思っていたら、一夏は俺を頼った。

 それに物申したいが指導者として自分よりも俺の方が適任だと分かっているらしく、何も言えず押し黙る。しかし、納得がいかず睨むような形になってしまう。

 仕方ない、一肌脱いでやるか。

 

「時に一夏は何かスポーツの経験はあるか? 例えば中学の頃の部活動とか」

「中学の頃は特に。三年連続帰宅部だったからな。ただ小学生の頃は剣道やってたぞ。箒と同じ道場で。箒の実家が剣道道場で親父さんが師範代だったからな」

「なるほど。篠ノ之さんはどうだ? スポーツ経験は」

「篠ノ之で構わない。私は物心ついたころから今日までずっと剣道一筋だ」

「箒はな去年、剣道の全国大会で優勝したんだぜ!」

「おっおい、やめろ。恥ずかしいっ」

「何でだよ、凄いことなのに」

「それはまあ……しかしだな」

 

 篠ノ之は嬉しくて緩む顔を表には出さないように必死にこらえて難しい顔をしているが口角が絶妙に緩んでいる。

 こうして実際に自分の目で見ると篠ノ之は本当に一夏のことが好きなんだな。凄く実感する。ならばこそ一肌の脱ぎ甲斐がでてくるというもの。

 

「そうか。ならば、一夏は俺よりも篠ノ之に訓練をつけてもらうのがいいだろう」

 

 その言葉に篠ノ之は驚き、一夏はしょんぼりとする。

 

「やっぱり、今日も先約が?」

「セシリアやシャルロットと放課後する予定ではあるが正直、実技の面において一夏にISがなければ教えられることは限られてくる。かといって訓練機を借りてというのは申請などに時間がかかる。そして、まずは身体から鍛え直すべきだ。ISは身体が資本だからな」

「それで箒が……?」

「ああ。それだけブランクがあるのなら多少なりとも訛っているはず。だからこそ、同門ならば教えや形などを学び直せる。剣道の動きはISに応用が効く。まずは体力作りと失った勘を取り戻すことに務めよ」

「な、なるほどな」

 

 一夏は納得した様子で頷く。

 一週間という短い期間で今やれることはこれぐらいだろう。専門的なことや実践的なことを教えたところで基礎的なものが乏しければ、チグハグになる。

 丁度いい適任者もいることだ。使わない手はない。

 

「放課後は剣道を主軸とした基礎トレーニングで身体作りに務め、夜は座学をするがいい。もっとも放課後は俺は立ち会えず二人っきりとなる。何より篠ノ之がよければの話にはなるが」

「か、構わないぞ! 私に任せておけ! 一夏を立派な武士にしてみせる! 一夏と二人っきり!」

 

 胸を張る篠ノ之。

 その姿は嬉しさで溢れている。

 小声ではあるが心の声まで漏らしてしまって。

 

「いい意気だ。一夏を任せたぞ」

「うむっ! デュノアは案外いい奴なのだな! 一夏にいい友人が出来てよかった!」

 

 案外は余計だが篠ノ之はやる気になってくれた。

 これで後は任せられる。

 

「テオドールはいい奴だけどちょっと勝手に」

「何だ、篠ノ之じゃ不満なのか? 幼馴染は大事にしたまえよ」

「そういうわけじゃねぇけど、テオドールに教わるの楽しみにしていたからさあ」

「そんなものは追々いくらでもできるだろう。それこそ専用機を手に入れた後とかな。今の一夏は何もないゼロの状態。この一週間でどれだけ基礎をつけられ、セシリアとの一戦でどう立ち回るのか楽しみにしているんだ。成長した姿刮目させてくれ」

 

 そう言うと一夏の目は更になるやる気が灯った。

 

「そっか! うしっ! なら、基礎からみっちりやるか! 箒、よろしく頼むぜ!」

「言われるまでもない! ビシバシ鍛えてやるから覚悟しろ!」

 

 二人は教室を出ていった。

 すると入れ替わるように声をかけてきたセシリアとシャルロット。

 二人して微笑ましいものを見たかのようなニヤついた顔をしている。

 

「テオ、いい事したね」

「ええ、やはり恋する乙女は応援したくなりますものね。篠ノ之さんには頑張ってほしいですわ」

「そうだな。さて、俺達も負けじと頑張ろうか」

「はいっ」

「うんっ」

 

 俺達も来る一週間後の模擬戦に向けて訓練に精を出した。




試合に向けていろいろ進んでいます!
それぞれにこれぐらいフォロー入っていればいい感じ!……なはず?

次回、セシリアvs一夏戦です!
お楽しみに!

感想下さい!


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STORY31 覇者が見届けたセシリアと一夏の戦い

 模擬戦当日。

 俺とセシリアとシャルロットはピットと呼ばれる管制室にいた。

 向こう側のピットには一夏や織斑先生、山田先生達がいる。

 

「凄い沢山の人が見に来てくれてるね」

「それだけセシリアと一夏の一戦に期待している」

「面白半分にでしょうけど」

 

 セシリアは苦笑いしつつ外の様子が見えるモニターを見て言う。

 モニターにはこの一戦を見に来た生徒が観客席に映っている。多くの生徒が一年生だが、中には胸元にあるリボンの色が違う生徒がちらほらと居る。上級生だ。話を聞きつけて見に来た。おかげで観客席は大盛り上がり。

 

「まあいいでしょう。今は目の前の戦いに集中するのみ。テオが目をかける彼がどれほどのものなのか楽しみですわ」

「その意気だが心してかかれ。奴は未知数。人間は可能性の塊。戦いで一番恐ろしいのは何をしてくるかわからない奴だ」

「そうですわね、心しておきますわ。ですが、ご覧に入れてさしあげます。このセシリア・オルコットの優美なる勝利を!」

 

 ISスーツ姿に身を包んだはセリシアが胸を張ってそう言った姿は頼もしい。

 セシリアのモチベーションは充分。これはおもしろい試合が見れそうだ。

 

 向こうの準備が整った。

 開始の連絡が入ってきた。

 

「時間だね。頑張って! セシリア、応援してる!」

「行ってこい、セシリア」

「ええ、お二人ともありがとうございます。行ってきますわ」

 

 最後セシリアを中心にシャルロットと二人でハグする。

 そうして、セシリアがブルーティアーズを展開するとカタパルトに乗り、アリーナステージへと飛び立った。

 

 一足先にアリーナステージに着いたセシリア。一歩遅れるように一夏もやってきた。

 

『待たせたな!』

 

 セシリアに相対する一夏。

 

「あれが織斑君の機体」

 

 一夏が纏うISを見てシャルロットが呟く。

 シャルロットと共に見るピット内のモニターに映る一夏の機体は工業的な凹凸が多い。原作(俺が識る世界)と変わらずの姿。

 こいつは紛うことなく白式。我が愛機ラファールもそう認識してる。

 

『よっしゃ! オルコットさん試合を始めようぜ!』

『セシリアで構いませんわ。これから死力を尽くして戦うもの同士なのですから。しかし威勢がいいのは結構ですが、得物は構えませんの? 素手でこのわたしくセシリア・オルコットに挑むおつもりで?』

『おっと! そうだ、装備装備!』

 

 一夏の言葉に白式が反応したかのように空間投影されたディスプレイを表示する。

 それを見て一夏は目を疑っていたが、仕方ないと半ば半分やけくそ気味に装備を呼び出した。

 現れた光の粒子が集まり形を成していく。そして、一夏の手に一振りの日本刀を模したような近接ブレードが収まった。

 

 近接ブレード、名前はまだない。

 機体の感じといい武器の名称が未設定なのを思うに、やはり白式は初期設定状態。初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)は行われているだろうが済んではいない。

 ずっと疑問だった。何故、こんな状態で織斑千冬は出撃させた? 済んでいないと分からなかったなんてことはないだろう。一夏を信頼してのことか。 

 

『近接ブレード、近接格闘型のISですか』

『みたいだな。武器はこれしかねぇけど、分かりやすい! 何より刀だ、この一週間のことを込められる!』

『ならば、いいでしょう! 戦いの鐘は既に鳴ってます。始めますわよ。確かめさせていただきますわ、テオが目にかける一夏さんがどれほどのものかを! わたくとブルーティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で!』

 

 その言葉を皮切りに戦闘始まった。

 先手はセシリア。後方へと後退し一夏との距離を取りながらレーザーライフルで弾雨を降らす。加えてビットベースからビットを全機惜しむことなく展開する。包囲網の完成。セシリアの手堅い基本戦術。

 

『うわっ!?』

 

 初弾のレーザーはヒット。

 白式がオートガードを働かせたおかげで直撃こそは免れたが、シールドエネルギーはかなり減った。

 ヒットの余波はそれだけでは留まらず、遅れてやってきた衝撃波に身体を持っていかれそうになり、寸前にところで白式による自動姿勢制御によって何とか堪える。

 強烈な衝撃波と急な動きに意識を失わずに済んだのはブラックアウト防御のおかげ。しかし、隙というのは一瞬だろうが出来る。その一瞬が命取りになる可能性は充分にあり、その一瞬をセシリアは逃さない。

 

『もらいましてよ!』

 

 レーザーライフルとビットによる波状攻撃。

 当然一夏は回避を試みる。

 

『これ以上は! うぉおおおおおおっ!』

 

 気合は充分だがそれだけでは足りない。

 何発か回避成功しているが、全弾回避とはいかない。一夏が回避した攻撃は誘いも兼ねたもの。それを回避した先では新たな攻撃が待ち構え、シールドエネルギーを掠める。直撃を免れているのがせめてもの救い。一夏はセシリアによって確実に消耗させられていく。

 

「流石だな。セシリアの奴上手く搦手を使っている。シャルロットの教えが活きてるな」

「教えだなんて。そんな偉そうなものじゃないよ。あれはセシリアが頑張ってるから。ビットの制御しながらも他の行動出来るようになったのもね」

 

 モニターで試合を観戦しながらシャルロットとそんな会話を交わす。

 

 セシリアはこの一週間訓練したことをフルに活用している。搦手を始め、ビットの制御に意識を集中させながらも別の動作を怠らず、レーザーライフルでの攻撃もしっかり入れるのなんて最たるものだ。セシリアはこの一週間で確かに成長した。

 

「シャシャから見て一夏はどうだ」

「何だか機体に引っ張られているみたいだけどしっかり回避して距離を詰めようとしてるし初心者ながら織斑君凄いよ」

 

 シャルロットからはそんな感想が出てきた。

 

「だな。専用機を受領してぶっつけ本番。それであれだけ動ければ大したものだ」

 

 俺も素直な感想を言う。

 ビットによるオールレンジ攻撃に戸惑ってはいるが、機体操作は問題なく行えている。

 ISが身体の動きを反映してくれるパワードスーツだからというのはあるだろう。

 しかし、奴の機体は試合開始して数分が経っても尚初期設定状態。訓練機と変わらない状態で初心者があそこまで動けていれば充分すぎる。

 

「機体に引っ張られているのはそろそろ落ち着くだろう。大方あれは機体が過剰反応している」

「過剰反応?」

「一夏を乗ったばかりで、一夏を乗せての戦闘も初めて。 機体の方もいろいろと戸惑って一夏を振ります過剰な反応をしてしまっているようだ」

「ああ、なるほど。ありえるかも」

 

 もっというのなら、機体が過剰反応しているのは白式が初期設定状態なのも関係しているんじゃないか。

 そもそも白式が初期設定状態なのは一夏の身体情報が膨大過ぎて本来数分で済むフォーマットとフィッティングの処理に時間がかかっているように見える。済むのを待つには時間がかかりすぎるのだろう。

 だから、初期設定状態で出ざるを得なかった。そして、膨大な身体情報に白式が圧迫され、セシリアの攻撃を始めとしたあらゆることに過剰反応するようになった。故に、一夏がISの反応に追いつけていない。試合を見ていてそう感じた。

 だから、試合が始まって数十分経つにもかかわらず初期設定状態のまま。

 それでも初期化と最適化は着々と進み、一夏はISバトルに慣れつつある。

 

『これならいかがでしょうか!』

 

 ビットが一夏を取り囲み頭上にはセシリアが向けるレーザーライフルが待ち構える。

 普通に避けるには難しく、当たれば大ダメージ確実。危険な状況。並みの熟練者ならば諦めが脳裏に過る一瞬。だが、一夏は初心者。負けん気も強い。故に見せてくれる。

 

『――ッ!? こうなったらイチかバチかだぁっ!』

 

 咄嗟にしゃがんだ。

 かと思えば一夏はブーストを吹かし一気に加速した。

 

『なっ!?』

 

 驚くセシリア。無理もない。

 なんせ一夏はまるで空中に地面があるかのようにスライディングをして初めての完全回避を成し遂げた。

 勢いそのままU字に滑ってセシリアへと距離を詰める。

 

『イメージ通りだぜ! このまま行ける!』

『イメージでこんな動きを!? なんて出鱈目な!』

『ISはイメージ! テオドールの教えだからな!』

 

 誇らしそうに一夏が言うもんだからシャルロットが驚いた顔で見てくる。

 まるで俺が一夏にあんな出鱈目な動きを教えたんだと言わんばかりに。

 

「ISはイメージインターフェイスのおかげもあって装着者のイメージを反映しやすいとは教えたがあんな動きは教えてないぞ」

「そうだよね……でも、テオも結構出鱈目な気が」

「聞こえているからな」

「あ、あはは……」

 

 試合に目を戻すと一夏とセシリアの接敵はまもなく。

 驚きからの不意を突いたことでセシリアは反応が送れ最早レーザーライフルの距離ではなくなり、回避できるような状況ではなくなっている。

 さて、セシリアはどう出る。

 

『テオに教えられたのは一夏さんだけではなくってよ!』

 

 レーザーライフルと入れ替わるようにコールする様子もなく握られていたショートブレード(インターセプター)

 セシリアは待ち構え応戦するのではなく自ら一夏へとショートブレードを振るい仕掛けた。激しく斬り結び鍔迫り合う二人。

 

『せぇぇいっ!』

『おおおっ!』

 

 仕掛けたという事。そして、訓練の甲斐もあってセシリアが押し気味

 一夏の剣戟を捌き、ダメージを0に押さえている。

 だが、一夏はただ押されているわけではない。やっと詰めることのことのできた近接格闘距離。セシリアを逃さない。だが、それはセシリアにも言えること。

 

『この距離なら回避はできませんわね!』

 

 一夏を取り囲む4機のビット。

 距離を詰めたこと、近接格闘からの鍔迫り合いをしていることが徒となった。

 回避できるような距離は勿論、間合いはない。ビットの銃口が光る刹那――。

 

『押してダメなら引いてみろってな!』

 

 唾ぜり合う力を一夏は近接ブレードを引くことで緩める。

 すると押していた力は行き場を失い、無防備になるセシリア。

 

『そして、押しのける!』

『ッゥ――!』

 

 そこをついて一夏はショートブレードを切り払いセシリアを押しのけた。

 それだけでは留まらず、押しのけた反動を利用して真横に一閃を描く長刀。 

 金属を斬り裂く轟音と共にビットが2機まとめ撃墜された。

 

 初心者が初期設定状態の機体でこの反応。

 タネを知っていていれば納得だが、実際見ると凄まじさは覚える。

 

『――ここまでとは! 流石はテオが目をかけるだけのことはありますわね! ならば、テオの妻として最大限の礼を尽くさせていただきますわ!』

 

 ビットが撃墜されることを割り切ったセシリアの切り替えは早く正確だった。

 ビットが撃墜されたとまったく同時にレーザーライフル、ビット、そしてミサイルビット。一斉射撃が一夏を飲み込んだ。

 

 その光景に観客席が沸く。

 誰もがセシリアの勝利を、戦いの終了を確信した。

 それは隣で見ているシャルロットまでもがそうなように。

 

「テオ、やったね!」

「いや」

「え?」

「まだだ」

 

 そうまだだ。

 むしろ、戦いはこれから。

 

『これは……』

 

 爆風が晴れるなり、一夏は姿を見せた。

 しかし、先ほどまでとは姿が違う。装甲は変化し、洗礼された姿へと変貌していた。

 これはまさしく。

 

『なっ……一次以降(ファースト・シフト)!? 今まで初期設定状態の機体であれほどの戦いをしていたというの!?』

 

 驚きは当然ながら、そこには危機感が入り混じり。何より悔しさをあらわにした。

 

 初期設定状態の機体であそこまで戦えたという事実の衝撃は凄まじい。

 それだけの高い潜在能力を一夏が有していたことをセシリアは瞬間的に理解したものの。

 そうした事実と理解があっても代表候補生であり、専用機持ちであるのに初心者相手に何分も戦闘を繰り広げ、あまつさえビットを2機も破壊された。しかも、相手が初期設定状態にも関わらず。

 その事実はセシリアへと重くのしかかり、自分の慢心を悔いているかのよう。

 

『――』

 

 対する一夏は白式(自身)に起こった変化に驚きつつも変化を噛みしめている。

 白式は機体色が純白になり、翼を持った中世の鎧を彷彿とさせるフォルムになった。

 その姿はまるで白騎士。こんなところでも繋がりを持たせたというのか。

 

 続いて同じく大きな変化があったのは白式唯一の武器である近接ブレード。

 名称未設定から新たに手にした名は雪片弐型。織斑一夏の姉、織斑千冬がかつて専用IS暮桜で振るっていた専用装備雪片と同じ名前を冠している。そうラファールが新たに認識している。

 だが、その弐型と名付けられているように同一の武器ではなく発展しているようだ。刀身にある鎬の部分から左右に展開し、鎬の間にはエネルギーが剣状に形成されている。

 

「あれは……」

 

 零落白夜。

 暮桜が有していた単一仕様能力。映像では何度も見たことは勿論、過去のモンド・グロッソでは実際直接見たことがある。だが、まったく同一というわけではない。暮桜は刀身に零落白夜を纏うようだったのに対して、弐型は刀身そのものが零落白夜と呼ばれるエネルギーで出来ている。純度が高まったという事か。

 

『これが俺の力。守る為の力。千冬姉と同じ力を手に入れたんだ。最高で最強の姉がいる弟が無様な姿は見せられねぇ!』

 

 一夏は武器を構え、戦う姿勢を見せる。

 

『守られるだけ俺はここまで! これからは俺の家族、友達を俺が守る! まず最初に守るのは千冬姉の名前からだ! 不出来な弟だと笑われねぇよう最後まで戦ってやるさ!』

『守るものがあるのならわたくしにもあります! オルコット家を、そしてテオの妻としてこんな無様なままでは終わらせられません! 守るものがあるのはあなただけではなくってよ!』

 

 怒号のような声と共に放たれるセシリアの攻撃。

 多段かつ正確無比な弾幕はすぐさま一夏を捕らえるが。

 

『見える!』

 

 レーザーを完全回避し、ミサイルを切り落とす。

 

 一次以降(ファースト・シフト)の効果は早速出ていた。

 初期設定状態では勘や反射神経だけで戦っていたが、最適化したことでよりはっきりと見たものを捕らえ、対処していく。先ほどまであった白式に振り回される感覚なんて最早ない。

 加えて機体のスペックも上がっていることで単純な機動力は高い。遠くにあるビットにさえ、追いつく。

 

『思い出したぜ! ビットは10発程度でエネルギー切れを起こす。補給に戻る際は動きが単純になる!』

『ッ! よくご存じで!』

『勉強して調べたからなブルーティアーズのことは! そして、この試合でずっと見てきた!』

『この試合でずっと見てきたのはわたくもですわ!』

 

 3機目のビットが破壊されそうになった刹那。

 

『テオ、ならこういうでしょう! ――“まだだ”でしてよ!』

 

 ビットの動きが変わった。

 セシリアは一夏の攻撃の軌道を読み、補給の最動きが単純になるオートからアナログに切り替え、3機目のビットに意識を集中させることで複雑な動きをして撃破を免れた。

 

『なっ!?』

 

 驚く一夏。

 撃破できると確信を持っていだけに空を切る感触のみが伝わる雪片を真横へと勢いよく空振った。

 その瞬間をセシリアは逃がさない。既に放たれたレーザーライフルのレーザーが一夏へと迫る。空振った勢いで回避どころじゃない。防御をすれば、そこで決まる。

 

『まだ終わってたまるかぁっ!』

 

 ブーストを吹かし真横に空ぶった状態から一夏はくるりと一回転してみせた。

 何の回避にも防御にもなってない。普通なら。

 だが一夏の機体は白式。手に持つは零落白夜状態の雪片弐型。レーザーと刀身がぶつかる。

 

「レーザーを斬った!?」

 

 信じられない光景を見てシャルロットが声を上げる。

 観客席も歓声で盛り上がる。

 

 レーザーは雪片の刀身とぶつかったが零落白夜によって斬り裂かれた。

 いや、消滅されたというほうが正しい。よって、ノーダメージ。

 

『おおおおっ!』

『はぁああっ!』

 

 畳みかけようとする一夏。

 一夏に呼応して刀身に宿る零落白夜の密度が増す。

 対する向かい討とうと構えるセシリア。

 試合は最後の瞬間へと移ろうかとした瞬間。

 

『両者そこまで。勝者――セシリア・オルコット』

 

 アナウンスと共に試合終了を告げるブザーがけたたましく響く。

 予期せぬ終了にセシリアも一夏もそろってぽかーんとした表情をするばかり。

 まあ、無理もない。しかし、何はともあれ試合は終了した。セシリアを勝者として。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 カタパルトから入って機体を解除したセシリアがピットに戻ってきた。

 当然シャルロットと出迎えるわけだが、セシリアの勝利を喜んでは出迎えられない。

 当の勝者であるセシリアの顔は勝ったにも関わらず浮かない。むしろ、先ほどの試合を悔いているかのよう。

 その姿はまるで試合に勝って、勝負に負けたといわんばかりだった。

 

「セシリア、よく帰った!」

「テオ!?」

 

 出迎えるなり、俺からセシリアを抱きしめた。

 オーバーリアクションではあるが、変に言葉をかけるよりもまずは行動でねぎらっておく。

 当然セシリアは突然のことに驚いた。なので、勿論言葉でも労っておく。

 

「試合見ていたぞ。一週間で学んだことよくできていた」

「ありがとうございます。そう言っていただけると無様な姿を見せましたがいい慰めになりますわ」

 

 抱き合ったまま顔を見せてくれたセシリアは笑みを浮かべているがどこか浮かない。

 ここの口ぶりといい相当落ち込んでいる。

 だからこそ、最大限に労ってやらなければならない。

 

「そうあまり悲観するな。セシリアは本当によくやった」

「テオ……」

 

 抱き寄せ頭を撫でる。

 言った言葉に嘘偽りはない。心から労うの言葉。

 実際セシリア本当によくやった。試合にノーダメージで勝利し、機体の存在状況も撃破されたのがビット2機のみと原作(俺が知る世界)よりもいい結果となった。

 何より、織斑一夏と白式が現段階でどれほどのものかよく見せてくれた。これを労わずとしてどうする。

 

「悔いもあろうが悔いを認めて次への糧にすればいい。一人で難しいのならシャルロットが、そしてセシリアの夫であるこのテオドール・デュノアがいる。一人じゃない。共に進んでいこう」

「テオの言う通りだよ。今日のことを次へと繋げていこう。皆で!」

 

 シャルロットが力添えをしてくれる。

 するとセシリアの表情は少しずつ晴れていく。

 

「シャルロットさんまで……――そう、ですわね。わたくしは一人ではありません。わたくしには皆さんがいます。くよくよするのはここまで。オルコット家当主らしくありませんでしたわね。いつでも尊厳と平静を忘れず、あくまで優雅に華麗であれ」

 

 セシリアが呟いたのは昔教えてくれたオルコット家の家訓。

 

「イギリス代表候補生の専用機持ちとして、オルコット家当主として、そしてテオドール・デュノアの妻としてよりいっそう相応しいセシリア・オルコットをご覧にいれますわ」

「ああ、楽しみにしている」

 

 すっかりセシリアは立ち直った。

 何よりだ。

 

「ところでテ、テオ」

「どうした? セシリア?」

「どうしたではありませんっ。その……いつまで抱きしめているのですかっ」

 

 頬を赤く染めたセシリアはこの状況がたまになくなったらしく言ってきた。

 

「頑張った者は褒めないとだろ? いやむしろ、褒めさせてくれ。自分のことのようにこんなにもセシリアの頑張りが誇らしいのだから」

「で、ですがっ」

「私達以外いないんだから大人しく甘えちゃったら? セシリア、恥ずかしいのは分かるけど嬉しそうな顔してるんだしさ」

「シャルロットさん!? ……お二人がそこまで言うのでしたら」

 

 口ではそんなこと言ってるが抱き返してくれたセシリアはこちらへと身体を預けてくれた。

 

「ありがとうございます、テオ」




いろいろ考察?混ぜつつのセシリアvs一夏戦でした。
二人とも原作よりも強くなってます。

次回はセシリアvs一夏戦のエピローグ(?)+α
感想お待ちしております!


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STORY32 セシリア

お気に入り、評価ありがとうございます!
感謝します!


 シャワーヘッドから噴き出る熱めのお湯が試合の汗を流してくれる。

 熱いお湯を浴びていると癒され、わたしくセシリア・オルコットは今日のことを思い出していく。

 まず真っ先に思い出したのは試合を終え、テオとシャルロットさんが試合を終えピットへと帰ってきたわたくしを暖かく出迎えてくれた時のこと。

 情けない試合をしてくよくよ落ち込むわたくしを励ましてくれたシャルロットさん。わたくしはよき友人を、家族を持った。

 そして。

 

「――テオ」

 

 愛しい人のことを思い出すと胸が熱くなる。

 出迎えてくれた時、抱きしめて出迎えてくれたとても情熱的な人。

 優しく撫でてくれた手の感触は今でもよく覚えている。あんな風に撫でられるのは子供っぽいかと思ったけど、撫でてもらえて正解だった。撫でてもらえて凄く嬉しかったのは言うまでもない。

 テオが婚約者で夫でよかった。そして何より、テオには確かに人を見る目があった。

 

「織斑一夏……」

 

 テオがああいっただけあって化ける素質はニ充分に垣間見た。テオの勘の良さはよく耳にしていたけども、実際体験するとここまでの勘の良さは考え物だ。

 一夏さんは初心者も初心者、ISに乗ったのは今回を含め2回にも関わらずわたくし相手にあれほどの戦いを繰り広げた。しかも、試合前半は初期設定状態でビットを破壊するという信じがたい光景を実現した。

 正直慢心していたというのもあるがそれでもここまでになるとは思ってもなかった。

 

 第一形態(ファースト・シフト)をしてからも驚愕の光景の連続。

 完全にわたくしの攻撃に対応し始め、完全回避の実現。エネルギーブレードでレーザーにぶつけ消滅させるという離れ業の披露。

 驚かされたことを上げたらキリがないほど今までやったことのないISバトル。今まで戦った祖国イギリスの代表候補生や国家代表選手達相手の常識が通じない。

 

 結果こそわたくしの勝ち。

 けれど、それは一夏さんの機体がいきなりエネルギー切れによるもの。

 原因はあのエネルギーブレード。

 

「零落白夜……」

 

 シャワーを終え濡れた身体を拭きながらわたくしはぽつりと呟く。

 

 織斑先生――初代ブリュンヒルデを世界最強たらしめたワンオフ・アビリティー。

 それと同一だとテオは教えてくれたけど、にわかには信じられない。

 もちろん存在は知っている。過去あった織斑先生の試合映像は何度も講義の一環で見て、ワンオフ・アビリティーについても学んだ。

 だからこそ、余計に信じられない。ワンオフ・アビリティーは機体と操縦者の相性が重要。普通はありえない。姉弟だからというのが真っ先に思いつくものの、それだけではないはず。男性でありながら一夏さんがISを動かせているということに何か関係しているのだろうか。

 

 考えても分からないことだらけではあるもののエネルギー切れの理由は零落白夜の発動によるもの。

 テオ曰く零落白夜は膨大なエネルギーを必要とし、それ故にシールドエネルギーまで使いエネルギー切れとなったという顛末。それははっきりとした。

 

 そして、あれが当っていればわたくしが負けていた可能性があった。

 それどころか、大怪我になっていた可能性だってあった。

 エネルギーの性質を持ったものなら何であれ無力化・消滅させられるというのが零落白夜。現役時代の織斑先生はエネルギーシールドを消滅されることで強制的に絶対防御発動させ、シールドエネルギーを削り勝ち続けていた。絶対防御を消滅させないようにしながら。

 

 それは織斑先生の技量あってのことだろうけど、一夏さんは初心者。

 あそこまでの大立ち回りが出来たのなら、零落白夜を織斑先生と同じように扱えた可能性だってなくはない。

 けれど、逆の可能性は拭いきれない。

 

「……」

 

 鏡の前で髪を乾かしていると険しい顔をしているわたくしが映る。

 強力な力。同時に危険な力でもある。

 テオもそれを理解した上で尚一夏さんの力を戦力として考えている。それだけ亡国機業は思っている以上に強力な相手だということ。

 そうだと分かれば悪い考えをしてしまいそうになるけども。

 

「わたくしらしくありませんわね」

 

 自分に活を入れ、険しい表情を拭う。

 

 悪い考えをするのならまずは行動あるのみ。

 強力で危険な力なら、一夏さんを力に相応しく育て上げればいい。

 こういう時は考え方を変えてみるものだとテオが言っていた。

 

 何より、わたくしのことを誇らしいと言ってくれたテオに応える為にもわたくしはここで躓いてられない。

 わたくしはもっと成長していく。

 




正妻セシリアはヒロイン力も高いですがヒーロー力も高い!
セシリア可愛いよセシリア!

感想お待ちしております!


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STORY33 覇者・弟姉・妹姉

 セシリアと一夏が模擬戦をした翌日。

 今朝のSHRでは昨日のことを受け、クラス代表について正式な発表が行われていた。

 

「ということで織斑一夏君が正式に一年一組のクラス代表となりました! 昨日の試合では大健闘してましたし、一繋がりで縁起がいい! これは期待しちゃいますね!」

 

 山田先生が嬉しそうに言うとクラス全体が喜々として盛り上がった。

 しかし、一夏だけは周りに反して浮かない顔をしている。

 そんな一夏を見て山田先生が心配そうに声をかけた。

 

「大丈夫ですか? 織斑君」

「アッ、ハイ」

 

 生返事。

 本来ならここで抗議をしそうなものだが、今の一夏はそれすらも諦めてる。

 昨日の試合を見て面白半分、客寄せパンダとしてだけでなく確かな期待を周りから寄せられているのだから抗議しても無駄だと悟った様子。

 けれど、乗り気ではない。そんな一夏の様子を見かねたセシリアが渇を入れる。

 

「なんて顔をしていますの。正式なクラス代表になったのですから胸を張りなさい!」

「そう言われてもなぁ……」

「このセシリア・オルコット相手にあそこまでの健闘をした一夏さんの実力はわたくしも認めているのです。初心者故に不安もありましょうが心配ご無用。指導にはこのわたくしとシャルロットさん、そしてテオがいますわ!」

 

 今度は注目が俺に集まる。

 ここで声をかけないのは酷か。

 

「その通りだとも。このテオドール・デュノアが力になろう! 一夏は一人じゃない。一夏には俺達が、そしてクラス皆がいる」

「そうだよ! 情報収集なら任せて!」

「応援だってするよ! オルコットさん相手にあそこまで頑張った織斑君くんが勝つの楽しみ!」

「目指せ! 優勝! 目指せ、学食デザート半年フリーパス!」

 

 一人二人と次々クラスメイトから次々と一夏へと応援の言葉が出てくる。

 これだけ言われて引き下がる様な奴じゃない。

 一夏は少し自信を持ったように口を開いた。

 

「あんま期待され過ぎんのはアレだけどクラス代表として頑張ってみるか!」

「おおっ!」

 

 一夏の宣誓にクラスが沸く。

 本来ならここで一悶着あるはずだが、クラスが一致団結してオチがついた。

 まあ、これはこれで悪くない展開だ。

 

 一夏以外にも浮かない顔をしている篠ノ之が気掛かりではある。

 ここでガッと来るはずなのだが。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「一夏、これから共にISの訓練をしないか?」

 

 放課後。

 帰りのホームルームが終わるなり、俺から一夏に声をかけた。

 当然の如く、周りはざわつく。注目の的というのもあるが、これまで放課後一夏の時間は篠ノ之との時間。俺から一夏を何かしら誘うというの初めてのこと。だから、周りはこの反応で当の本人である一夏も驚いている。

 

「へっ……?」

 

 驚きのあまり間抜けな顔をしているほどだ。

 

「昨日の今日であるがお前の機体はそこまでダメージはなかっただろ? 専用機を手に入れたことだし、出来ることが増えて折角だからな。ほら、前も言ったがこういうのは早いうちからするのがいいと。もっとも一夏がよければだが」

「おおっ、全然構わねぇっ! むしろ、こっちからお願いしたい! いろいろ教えてくれ!」

 

 一夏がそう言った時、後ろ髪を引かれるような顔をした篠ノ之が一人教室から出ていくのが見えた。

 これでもアクションはないか。やはり気がかりだが、下手に関わっても埒は明かない。どうするべきか。

 

 ところかわって第3アリーナのピット。

 昨日模擬戦があったここで今から一夏と訓練をする。

 

「そう言えばISってどんな訓練するんだ?」

「他のスポーツと変わらん。試合形式ですることもあれば、技術や技を一つ一つ磨くなど様々だ。ちなみに今からするのは模擬戦だ。まずはお互いの実力を直に知ることが大切だ。それに口ばかりだとは思われたくないし、一夏だって実力の分からない奴に教わりたくはないだろう?」

「そこまでは思わねぇけど、お前の実力は知りたいな! すげぇって噂ずっと聞いてたし!」

 

 一夏が凄い期待の視線を向けてくる。

 噂というのは大方セシリアやシャルロットとの練習を見ていた者達が噂したのだろう。

 

「期待するといい。ということで始めようか。後で二人も参加してもらうことはなるがまずはモニタリングを頼んだぞ。セシリア、シャシャ」

「ええ、任せてください」

「任せて」

 

 一夏との模擬戦をした後、二人を入れた訓練も考えている。

 俺だけで一夏に訓練をつけてやっていてもいいが、一夏一人だけには構ってられない。 セシリア 二人を入れた方が二人の訓練にもなるし、一夏としても得られるものは大きいだろう。

 

 ピットからフィールドへ降りると一夏との模擬戦は始まった。

 

「うおおおっ!」

「――! ふんっ!」

「うあああっ!?」

 

 一夏の一刀を受け止め、弾き飛ばす。

 

 悪くない太刀筋。剣道経験者というだけはある。

 セシリアとの模擬戦までにあった一週間で失ったものを多少なりと取り戻せたというのが感じ取れる。

 だが、昨日のようなキレはない。一夏は全力で今の戦いに挑んでいるがどこかセーブした感じでアクセルを最後まで踏み切れていない。

 

「これなら!」

「甘いぞ! 一夏!」

「なっ! 白羽取りィッ!?」

 

 両手に持つソードを宙へと投げると振り下ろされる雪片弐型を俺は白羽取りした。

 そして続けざまに背部から両脇へと伸びる単装砲とレールガンを一夏にお見舞いする。

 

「うわあああっ!」

 

 轟く轟音と共に一夏は吹き飛ぶ。

 宙から落ちてきたソードをキャッチすると量子変換で収納し、残ったのは白羽取りからの砲撃で一夏が手放す形になった雪片弐型。

 俺は地面に落ちたそれを拾う。

 

「これが……」

 

 織斑千冬が振るった雪片の後継。

 姿は同じでこうして手に持ってみてもただの近接ブレードにしか見えないが、現状零落白夜を発動する為の触媒となる欠かせない近接武器。

 

「零落白夜か……」

「いてて! めちゃくちゃ強ぇし、容赦ねぇぜ」

「何を言う。本気ではあるが充分抑えての攻撃。しかも、模擬弾を使ってのものだ」

「これが模擬弾じゃなかったらやられてたったことか……っと、ありがとう」

 

 立ち上がった一夏に雪片弐型を返す。

 

「お前の実力は大体分かった。次はもっとお前の本気を見せてくれ。零落白夜を使って」

「え……いや、それは……」

「やはり、お前は躊躇っているな。発動すれば強く攻めれる場面にも拘らず度々躊躇した動きになっていたぞ」

「マジでか。あれ、武装用のエネルギーだけじゃなくてシールドエネルギーまで使うっぽくてそれで負けたし……それに……」

 

 歯切れが悪くなった。

 言いにくいか。

 ならば、こちらが言ってやろう。

 

「バリアー無効化能力で絶対防御まで消滅させてしまうかもしれないから怖くて使えないと」

「!? そ、その通りだけど零落白夜のこと知ってるんだな」

「世界で初めて発現したワンオフ・アビリティーとして零落白夜は有名だからな」

 

 零落白夜は日本だけでなく、全世界で分析と研究がされている。

 俺が知っているのは原作知識以外にこれもあってのこと。

 

「お前こそよく気づけたな。自分のことだから気にはなっているだろうが負けた時何が何だかって顔してたのに」

「確かに負けた時は何も分からなかったけど、自分のことだからちゃんと知ろうと思って。お前言っただろ? 知識は力だって。だから、一番知ってそうな千冬姉に頼みこんでかなり渋々だったけど教えてもらった。教えてくれたのはエネルギー切れの訳と能力のことだけで使い方は自分で見つけろって言われたけど」

「なるほどな……」

 

 一夏が零落白夜について知るのはもう少し後のこと。

 それも教えられる形で知ることになる。だが、この一夏は自ら知りに行った。

 些細なことだが大きな変化だ。

 

「知って怖くなったか。だが、使わずこれから戦い抜けるのか? 武器はその雪片だけなのだろう?」

「それは……」

「危険な力なら使いこなせばいい。お前の姉のように。力は使い様。世界最強の姉から受け継いだその力、お下がりではないと俺に見せてくれ」

「千冬姉から受け継いだ力……うしっ! いっちょやってみるか!」

 

 乗ってくれた。

 一夏のこういうところは助かる。

 

 再開した一夏との模擬戦。

 まずは何度も斬り結び、ここぞというタイミング。

 

「今だ! 零落白夜、発動!」

 

 白い輝きを放出する雪片。

 無事発動成功。一夏の零落白夜も一度発現すれば、精神がせたぷった状態でなくても基本好きなように使えるようだ。

 不安定な精神状態でなら発動できるか気になるところだが、今確かめられることを確かめる。

 

「えええい!」

 

 零落白夜を発動した雪片を構え、一夏は勢いに乗って迫ってくる。

 零落白夜は剣状に形成されている。織斑千冬が使っていた暮桜だと雪片の刀身に零落白夜のエネルギーを纏う形だった。この違い、零落白夜にどう変化かがあるのか。

 それにワンオフ・アビリティー、零落白夜は今まで何度か見たことあるがここまで近くで見るのは初めて。

 強力な力。近いうちに必ず。

 

 俺はあえて撃ち落すレールガンを放ってみた。

 

「ハァァッ!」

 

 思惑通り、雪片で真正面から弾を叩き斬ってくれる。

 放ったのは高速で電磁射出する実弾から切り替えたプラズマ。ISから供給されるエネルギーの特異性を帯びたエネルギー攻撃。

 ゆえに零落白夜で消滅させられた。これを見るにやはり、一夏の零落白夜は織斑千冬が使っていた零落白夜と同等と見て今のところは問題なさそうだ。

 

「へへっ!」

 

 手ごたえを感じている顔をしながら迫る一夏。

 このままでは当たると瞬間終わるが。

 

「当たらなければどういうことはない!」

「なっ!? この間合いで避けて!? うああっ!」

 

 こちらから瞬時に距離を詰め、懐に潜って放つロングソードの一閃。

 見事に当たり、自身のシールドエネルギーまでもを消費する零落白夜の特性も相まってエネルギーシールが尽きる。決着は着いた。

 

「くぅ~……! 俺の負けか……」

「まだまだISの動きになれておらず隙が多かったからな。動きが単調なのところが多々あった」

「そっか……」

 

 一夏に覇気がない。

 てっきり声を上げるなりしてもっと悔しがるものだと思っていた。

 これは珍しく一夏が凹んでるのか?

 

「何凹んでるんだ。始めの内はこんなものだ」

「そうかもしれねぇけどさ……こう言っちゃ何だけど今の零落白夜すげぇ自信あったんだ。今だけじゃねぇ、セシリアと戦った時もそうだ。あの時は衝動に押されるまま突っ込んで失敗。今は簡単に避けられてこの様。受け継いだって言ってもらえてたけどはしゃいでたんだなぁって。これじゃ……」

「お下がり、だと……」

「……ッ」

 

 悲痛な無言は肯定にも似たものだった。

 

 まさか織斑一夏がこんな風に凹むとは。

 それだけ真剣に取り組んでいるということかなのかもしれん。

 

「言っただろ? 始めのうちはこんなものだと。大事なのはこれからだ。お下がりだろうが何だろうが手にした力に報いる結果を。それ相応の強さを身につければいい」

「分かっちゃいるんだけどさ……」

 

 言葉を理解できても今一つ納得しきれない様子。

 俺は更に言葉をかけ続ける。

 

「それは当然の反応だ。だが、行動あるのみだ。一夏、お前ならできる。このテオドール・デュノアがついているんだからな!」

「そっか……そうだな!」

 

 凹んだ表情を拭い一夏は笑顔を浮かべた。

 

「マシな顔にはなったな。さ、一旦ピットに戻るぞ! 反省会だ!」

「おうっ!」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「そう言えば、織斑一夏が正式に1組のクラス代表になったんだってね」

「相変わらず耳聡いな」

「噂の人だもの。嫌でも耳に入ってくるよ」

 

 手を動かす簪と談笑をする。

 今日も今日とて簪は打鉄弐式の開発と調整中。

 俺は様子を見に来てすぐ帰るつもりだったが少しぐらいゆっくりしていったらという言葉に甘えこうしてまだ簪と整備室にいる。

 

「実技の授業に出られるようになったから私もそろそろ機体動かして訓練しなきゃ。クラス代表戦も近いし」

「半月後だからな。そうだ、よかったら簪も一緒に訓練するか?」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどいいのかな……? 個人戦なら兎も角、クラス代表戦。友達とは言え、他所の組の人に混ざるのはいろいろとね……」

「気にしなくてもいいと思うが……周りの目はあるか」

「うん……私だけ別のクラスだと余計にね。はぁ……私も同じクラスだったらよかったのに……」

 

 本気で落ち込んでいるわけではないだろうがそれでも少しばかり落ち込ませてしまった。

 

「今後この手の話題は控えることにしよう」

「ああ、気にしないで。別のクラスなのはやっぱ少し悲しいけど、そのおかげで気にかけてもらえてるから悲しいことばかりじゃないよ」

 

 そう嬉しそうに微笑む簪。

 何だか逆に気を使われてしまった。

 

「でも、織斑一夏か……専用機は気になるかな」

「戦うかもしれんからな」

「それもあるんだけど……あの機体があんなことになるなんてなぁっと思って」

 

 知った風な口振りの簪。

 

「白式のこと知っているのか?」

 

 思わず聞いてしまったが、こんなこと聞くまでもない。

 白式と打鉄弐式は同じ日本、倉持製。知っていてもおかしくない。

 

「白式っていう名前はね。後は元々、白椿っていう名前だったっていうこととか」

「白椿……」

 

 そんな名前あったな。

 確か開発コードだと原作(俺が識る世界)の資料にあったはずだ。

 

「元々の開発コードが白椿で織斑一夏のことがあって白椿に打鉄弐式のスタッフ全員移ったと思ったら白式って名前に変ってて。織斑一夏が白式に乗っているのなら白椿が白式で間違いないはず」

「なるほど……」

 

 白式は元々開発が凍結になった機体に外部の手が加わった機体。

 その際に開発コードである白椿という名前から白式が正式名称として日本、倉持も採用したっていう感じか。

 

「ねぇ、こんなことテオに聞いていいのか分からないけどいい?」

「何だ」

「白式が最後に見せた剣の輝きって零落白夜だったりそれに近いものじゃないかって思うんだけど……」

 

 珍しく簪から質問があったと思えば、これとは驚いた。

 俺は予め識っていて文章や映像として何度も見たことがあるからこそ、結論ありきであれが零落白夜だと分かった。

 だが、簪が白式の零落白夜を見るのは試合が始めて。見ただけで気づいたのか。

 

「どうしてそう思った?」

「あの輝き、発動の感じこそ違うけど現役時代の織斑先生が使ってた零落白夜の輝きと似てるっていうか同じように思えて……シールドエネルギー切れで負けたっぽいのも零落白夜はエネルギーの消費が膨大過ぎて武器用のエネルギーだけじゃなくシールドエネルギーまで消費するらしいからそれで。本当それだけの状況判断というかそれ以外証拠らしい証拠ないんだけど気になっちゃって……」

 

 よく見ている。それに頭の回転、察しがいい。

 更識簪という人物の地頭のよさを垣間見た。

 これなら後方サポートをなるのも納得だ。

 

「流石だぞ。よく見てよく考えているんだな」

「わわっ、テオ!? きゅ、急にっ……まあ、いいけど……」

 

 頭を撫で褒めてやる。

 当然簪は驚いたが悪い気はしていないようだった。

 

「正解だ。あれは零落白夜。一夏に確かめたら一夏は織斑先生に確かめていたから間違いないはずだ」

「やっぱり、そうなんだっ……ということは白式、白椿は設計コンセプト達成しちゃったことになるのかな……」

「というと?」

 

 今度は俺から簪に尋ねる。

 

「元々零落白夜を再現しようとしたらしいの。でも、再現じゃなくて本物の零落白夜を発現させたなんて……」

 

 第三世代機はワンオフ・アビリティーを技術的に再現することを目的とした機体群。

 強い日本の象徴的存在である織斑千冬が使った力を再現しようとするのはそうおかしい流れではない。

 

「なるほど。何の因果か本物の零落白夜が発現したわけだが。そうなると白椿だった頃はどういう風に再現しようとしていたのかは気になってきたな。テンペスタⅡのようにしていたのか」

「確かに気にはなるよね。けど、そこまでは私も詳しくは分からない。私が関わってた開発チームとは別だったから。ただ予想はできるかな。これ見て」

 

 そう言って簪は作業途中のウィンドとは別のウィンドにあるものを映した。

 薙刀の形をした近接武器。薙刀の下には名前も表示されている。

 

「夢現……弐式の近接武器か」

「うん。超振動薙刀……これは元々白椿に実装されてた近接ブレードを転用したものなの。機能は一部オミットされていて、多分オミットされた機能を使ったんじゃないかな」

「ふむ……」

 

 超高振動武器……思い浮かぶのはseedのアーマーシュナイダー系統の武器。

 ただそれを振るっただけでは何も機能のない近接武器よりもよく切れる近接武器でしかない。ゲイルストライクのウィンクソー。次に超高振動武器として思い浮かんだこれを参考にするのはありかもしれない。

 切断対象ごとに振動周波数を調節することで切れ味を安定させたり、シールドエネルギーを突破するとかおもしろそうだ。

 はたまた荷電粒子を引き裂いたバン仕様ブレードライガーのブレードみたいな感じでいっそにシンプルに運用するのも悪くはなさそうだ。

 

 超振動武器を使っての零落白夜の再現方法。

 外部の手が入らなければ白式……いや、白椿がそうなっていた可能性は大いにあるな。

 これで確定ではないが謎だった部分に明確な推測を立てられるのは大変気分がいい。

 

「ふふっ」

 

 ふと簪が楽しそうに笑った。

 いや嬉しいそうにともいえるか。

 

「何だ急に笑って」

「考え込んでるのに楽しそうでテオが男の子の顔してるなと思って。」

 

 

「いや興味深い。いい話を聞かせてもらった。すっかり邪魔してしまったな」

「そんなことない。気にしないで。いい息抜きになった。ちょっと行き詰っていたから。あ……でも、そろそろ……」

 

 簪が時間を見て言葉を続けようとして時だった。

 

お姉ちゃんの出番ね!

 

 ここにはいない人物の声が聞こえた。

 

「!?」

 

 簪と一緒にバッと振り向く。

 するとそこには整備室のドアにもたれかかるようにいたのは楯無だった。

 口元を隠すように開かれたのは扇には『同心協力』との文字があった。

 

「ビ、ビックリした……!」

「入ってきた音しなかったぞ。いつからいたんだ」

「簪ちゃんが行き詰ったって言ったところかしら。何か難しい話してたから気配殺して入って来たけどベストタイミングね」

 

 気配殺して入る必要あったか?

 

「入るなら普通に入って来て。というか、ベストタイミングってお姉ちゃん……また手伝おうとしにきたの? 気持ちだけ受け取るって言ったのに」

 

 様子を見に来た入学初日からも楯無は度々簪の様子を見に来ているらしい。

 律儀に俺がした助言を守ってなのは知らないが。

 だが、今みたいに断られる結果が続く。

 

「で、でもっ。やっぱりっ、ISって本当に一人じゃ大変で私も虚ちゃんや薫子ちゃん達にいろいろアドバイス貰って完成させたから。だからっ」

 

 楯無は何とかして食い下がろうとする。

 簪の力になりたくて必死なのだろう。

 気持ちは俺にまで伝わって、それは当然楯無にも。

 

「ありがとう、お姉ちゃん。でも、やっぱり気持ちだけ受け取る。打鉄弐式の完成は一人で成し遂げたい。どうしようなくなった時はなくなった時は頼らせてもらうけど、頑張れるところは頑張りたい。そうすることでお姉ちゃんに追いつきたい」

 

 しっかりと口調で言う簪のからは強い意志が宿っている。

 その目に射抜かれた楯無の食い下がっていた勢いは次第に大人しくなっていく。

 

「……そう……なら、もうこれ以上とやかく言わないでおくわ。ごめんなさい、簪ちゃん」

「何でお姉ちゃんが謝るの。私が意地張ってるだけだから謝る必要なんてないよ。ただ一度意地を張ったからには最後の最後まで張り通したいって我が儘だから」

「簪ちゃんが我が儘……素敵な我が儘ね……」

 

 明るい簪と影のある楯無。

 何だか雰囲気がいつもとはすっかり間逆になってしまった。

 

「じゃあ、私ご飯食べる前に一度部屋に戻るけど……」

 

 夕食の時間になっているので整備室を後にする。

 簪は一度部屋に戻るとのことなのだがすっかり影を落とした楯無が気がかりで行くに行けない様子。

 なので目配せをする。楯無は俺に任せろと。

 

「そうか。なら、先に食堂で待っているぞ」

「うん。テオ、また後で。お姉ちゃん、またね」

「ええ……簪ちゃん、また……」

 

 簪が去っていくのだが、その後ろ姿を楯無はただ静かに見つめ続けた。

 姿が見えなくなると楯無はぽつりと口を開く。

 

「親はなくても子は育つと言ったら何だけど……私が心配しなくても簪ちゃんは一人で歩いて行ける。こんなにも立派に成長してる……」

 

 微笑みを浮かべる楯無は簪の成長を喜んでいるかのよう。

 しかし、以前影は落としたまま。むしろ、影は増していっているかのように感じる。羨んでいるかのようにさえ。

 

「だな。だからこそ、もっと簪を応援したくなる」

「そうね。でも、私は簪ちゃんのお姉ちゃんなんだから本当はもっと何かしてあげなきゃいけないのに……」

 

 これだ。

 前にも似たようなことを言っていた。

 簪を思っての発言だろうが、それだけではないような気がしてならない。

 

「落ち着ないのは分かるがだからってそう気負うことでもあるまい。見守ること、応援することも立派なしてあげられることだ。それに他にもしてあげられることはあるんじゃないか」

「それは……その通りね。はぁ~……ダメだわ、頭硬くなってる。しっかりしなきゃ、私は簪ちゃんを守って手本になるお姉ちゃんだから」

「――」

 

 脳裏にイメージが思い浮かんだ。

 幼い頃の楯無が寂しそうな顔をしている姿が。

 

 だから、目の前の楯無も心細そうにしているように見える。

 こんな楯無を見るのは始めてだ。

 少しして当人は自覚をしたようでハッとする。

 

「って、私らしくないわね。皆の頼りになる先輩で最強の生徒会長で強いお姉ちゃん、そして更識家の当主。その様に振る舞えるようもっとしっかりしなきゃ」

 

 誤魔化すように見慣れた笑みを浮かべた。

 言葉を口に出して自分に言い聞かせている。

 これはまた随分背負いこんでいるな。やはり、楯無はこれはこういうものだという固定概念のようなもので自分を縛っている。

 

 楯無には様々な立場があり、時と場合で使い分け、その時折の役に徹している。

 何だか幼い天才子役が本来の自分とは違う年齢の役や性格の違う役を演じているかのようだ。

 

 これは最早楯無、いや刀奈としてのそういう在り方なんだろう。幼い頃から多くの役目を背負ったゆえに。そして、そうすることで自分を守っている。だからこそ、素の部分がこんなにも心細く見えるのか。

 しかし、どれも紛れもない本当の更識刀奈(更識楯無)。否定はできない。

 

「何度も言うがあまり気負うなよ。話ぐらいは聞いてやる。それにそうだな……もしかすると簪に直接何かしてあげられるかもしれんぞ?」

「え?」

 

 沈んでいたのがだんだんと晴れていく。

 

「開発が進めば実際に動かしてデータを取らなければならないだろ? 一人では出来ることは限られている。それにクラス代表戦が近づいて練習は必要だ」

「テオやセシリアちゃん、シャルロットちゃん達がいるじゃない」

「勿論誘った。だが、簪だけ別のクラスだからな。その中に他所のクラスの者が一人いるのはどうなのかと簪本人がな」

「あーなるほどね……それで私が?」

 

 半信半疑。

 けれどもしかしてと期待に胸を寄せてからなのか嬉しそう。

 楯無は平然を装っているが隠しきれてない。

 

「学年違えば他所のクラスどうのはないだろうし、他の同級生に頼むとレンタル待ちがあるが専用機持ちならそれはない。周りの興味は引くだろうが姉妹で練習するのはなんらおかしくはない? 勿論、簪次第だ。今日にみたいに突然行くのではなく前もって話をつけるといいだろう。直接話をつけれると尚いいかもな」

「わ、分かったわっ!」

 

 まだ決まったわけではないのに決まったかのように嬉しそうな顔をしている。

 姉として妹に何かしてやられるかもしれないというのは楯無自身の安心と自身になるのだろうがそれを差し引いても妹思ってなのは伝わる。

 

「練習相手になれたとしてもあまりズカズカ構いすぎるなよ。あくまでも練習相手。よく見守って、アドバイスできそうなところがあればそれとなくがよかよろう。何でもかんでもしてあげるのが姉ではあるまい。かといって遠回しに変な過保護するのも要注意。簪に気を病ませても仕方ない」

「そうね。気を付けることいっぱい。今まで通りってわけにはいかないわね」

「生身の人間を相手にしているわけだからな。時と場合で接し方も変わってくるというもの。これはこういうものだと変に凝り固まらずしっかり簪と向き合って新たな姉キャラを作るのもいいんじゃないか」

「姉キャラって……テオ、貴方。でも、そうね。気持ちを一新していろいろ頑張ってみるわ!」

 

 先ほどまで沈んでいたのが嘘のように楯無はやる気に満ちていた。




一夏に訓練をつけたり、簪の様子見がてら白式と零落白夜について考えたり、更識姉妹の仲を取り持ったりと。
今回もいろいろありました。

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STORY34 パーティー×覇者の気遣い×そして彼女が

新年あけて数ヶ月経ってしまいましたが今年もよろしくお願いします。


「では、ただいまよりISの基本的な飛行操縦を行う。まず始めに専用機持ちの4名に手本を見せてもらうか。織斑、オルコット、デュノア飛んでみせろ」

 

 桜の時期が終わりつつある4月の下旬のこと。

 今日も今日とて授業、ISの実技を受けていた。

 

 そして、織斑先生の指示を受けてまずは機体を展開した。

 このプロセスは0.05秒で行われる。俺、セシリアとシャルロットが同時に機体の展開は完了。

 突き出した右手の手首にある待機状態であるガントレットもとい腕輪を掴み意識を集中させると最後に遅れて一夏も機体の展開を完了した。

 

「よし、飛べ」

 

 言われて、全員が行動に移す。

 瞬時に飛ぶことへと意識を収集させると急上昇し、遥か上空で静止する。

 一番初めに俺が着くと次にシャルロット、セシリア、最後ではあるが僅差で一夏がやって来る。

 

「クソー! やっぱり、俺が一番最後かぁっー!」

「まずまずの成長っぷりではあるが乗り始めて数日の者には負けんよ」

 

 悔しがる一夏に俺は言葉をかける。

 スペック上だと白式の出力はブルーティアーズ以上、ラファール・ノヴァと同等といったところ。

 変わらず一夏が遅れる形になったが遅いというわけではない。飛び方はしっかりと形になっている。故にここで織斑千冬から織斑一夏に向けるお叱りの言葉はない。

 

『全員飛べたな。少し辺りを飛び回れ』

 

 次の指示が通信回線から聞こえ指示通り飛び回る。

 頬に風が優しく触れる。心地よい浮遊感。ISアーマーを各部で身に纏っているがまったく気にならないほどの一体感。EOSであればこの感覚は味わえない。

 

「ふふっ」

 

 隣で同じように飛ぶシャルロットが笑う。

 それも楽しそうに。

 

「どうした? 楽しそうだが」

「テオが楽しそうだからつい。ね、セシリア」

「ええ、テオは本当にISが好き、いえ楽しんでいますわよね」

 

 微笑むセシリアのその言葉に肯定もしないが否定もしなかった。

 技術者として超越した技術に思うところがないわけではないが、今感じているこの感覚はそれを凌駕するほどにある種の感動すら感じさせてくれる。

 立ち向かう先は強力。その方が面白い。

 

「飛び回るの大分慣れてきたけどやっぱ変な感じするなぁ」

 

 後ろで同じように飛ぶ一夏のぼやきが聞こえた。

 パッと見問題なく飛べている。

 だが、一夏は飛ぶ感覚に違和感を覚えているらしく眉間にしわを寄せている。

 

「今後も訓練を怠らなければ慣れてきてそんなこと感じなくなるはずだ。今は兎に角集中しろ。イメージを絶やすなよ。最悪、落ちるからな」

「こ、怖いこと言うなよ。今飛ぶイメージだって千冬姉が現役だった頃の映像見たり、泳ぐ感覚思い出したりして何とか形に出来てるっていうのに」

 

 何とか形にこそといった感じだが、白式を手に入れる前からイメージについて念を押していたこともあってイメージにするのはそう難しいことではなかった。

 おかげで一夏は今こうして飛べている。イメージを汲んでくれるISに助けられたな。

 

「イメージでというのが不安なら理論で補強するのもアリだぞ」

「それいいかもね。理論ならセシリアが強いし」

「ええ、理論ならわたくしにお任せあれ。長くはなりますがまず手始めに反重力力翼と流動波干渉についてから」

「き、気持ちだけ受け取っておく!」

 

 苦笑いして遠慮する一夏に俺達は笑う。

 そんな風に談笑しながら飛び回っていると織斑先生から通信が入った。

 

『お喋りはそこまでだ。そのまま飛び続けた状態から急降下、地表から10センチで完全停止をやってみせろ』

「はいっ」

 

 皆で返事すると俺は早速行動に移した。

 目指すは地表。背部のメインスラスターを一気に吹かすと左右にあるX状の空力推進翼で機体制御しながら急降下。指示通り、地表から10センチで完全停止した。

 

「おおっ~!」

「速いのに綺麗……!」

「流石はデュノア君!」

 

 拍手と共に送られる賞賛の言葉の数々。誇るまでもない。この程度は当然だ。

 一夏達はというと。

 

「急降下か……やっぱり、テオドールが言ってた通りになった……な、って! もう地上!? 速っ!?」

 

 遅れて俺が地上に降りたことに気づくと先ほどまで俺がいたところと地上を交互に見ながら驚いていた。

 

「何ぼーっとしてますの。ほら、行動に移す」

「遅れないようにね。じゃあ、お先に」

 

 そう諭したセシリアとシャルロットの二人も上空から急降下してきて指示通りのところで完全停止。

 慣れたものだ。綺麗な所作で難なくクリアした。

 

「やっぱ、うまいもんだなぁ。よしっ、俺だって!」

 

 その言葉の後、上空を旋回していた一夏が急降下してくる。

 一気に地上へと近づき、指定の位置に着いた。

 

「っと。うお!?」

 

 指示通りの位置で一夏は完全停止した。

 しかし次の瞬間、身体のバランスを崩した一夏は両手をバタバタとさせながらバランスを保とうとする。

 そうしてまるで体操選手のようなY字ポーズをして一夏は何とかバランスを保った。

 

「ど、どうよっ!」

「おお~!」

「織斑君おもしろーい!」

 

 ドヤ顔でポーズを取る一夏にクラスメイトは皆大爆笑。

 当の一夏は表情そのままにしながら内心ダメージを追ったように口角を引きつらせているがポーズを続けたまま急降下からの完全停止の成功を織斑先生にアピールをし続けている。

 

「――……馬鹿者。余計なポーズを取るな。騒がしくしてどうする。もっと静かに出来んのか」

「す、すみません」

 

 呆れられ叱られると一夏はしゅんしながらこちらへとやってくる。

 しかし、更になる追い打ちが一夏を襲う。

 

「調子乗っているからですわよ」

「カッコつけるのもいいけどカッコつけるならもっとスマートじゃないとカッコつかないよ」

「うっ……仰る通りで」

 

 セシリアもシャルロットも容赦ない。

 仕方ない。フォローしてやるか。

 

「結果的に不格好にはなったが指示された通り急降下からの完全停止は一応できていた。調子に乗らずスマートに出来ていればよかったが追々よくしていけばいい」

「うぅ……テオにそう言ってもらえると助かるぜ」

 

 俺の言葉に単純な一夏は気を取り直したようだった。

 フォローはこんなものでいいだろう。次の指示が来る。

 

「では、次に皆の前で手本として各自武装の展開をして見せろ。近接武器でいい。始めろ」

 

 言われて皆一同に近接武器を展開した。それぞれの手に握られる得物。

 速度的な順位を言えば、急降下からの完全停止の時と同じ順位。一夏が最後にはなったが今度は気を引き締め、油断なく呼び出したからミスはない。所作、呼び出す速さとしても口の出しようがない。

 

「――」

 

 それは一瞬だったが織斑先生……いや、織斑千冬は言葉を失い沈黙した。

 

「――いいだろう。見ての通りだ。今手本にしてもらった感じを参考に授業を進めてもらう」

 

 座って見ているクラスメイトに向けて織斑先生は言う。

 

 本来ならここでセシリアの展開の仕方について小言を言うシーンもあったがそれは既に修正済み。武器名を言って呼び出すことがなければ、ポーズについて言われることもない

 なので粛々と授業は進んでいく。

 

 セシリアと一夏の模擬戦から今日で数日。

 一夏にはまず基礎を徹底したのでISでの飛行や急降下からの完全停止などはひとまず形になった。

 しかし、織斑千冬にすれば一週間でここまで成長するとは思っていなかったようだ。その証拠に相変わらず物調面しているがその裏では複雑そうにしている。ハイパーセンサーがよく伝えてくれている。

 大変気分がいい。こんな風にされると篠ノ之束が織斑千冬をからかいたくなるのも分からなくはない。これを見る為にも一夏に鍛え甲斐が出てくるというもの。

 よくある一夏魔改造強化などやり過ぎて危険視されるのは論外だが一夏は鍛えておいて損はない。可能性は可能な限り潰すが万が一敵対するとなったとしても叩き潰せばいい。単純明快。

 織斑千冬をからかうぐらいに一夏を鍛える。そっちのほうがおもしろい。

 

「ン、あれは……」

 

 ハイパーセンサーがもう一つ捉えたものがある。

 

「……」

 

 篠ノ之箒。静かに授業を受けてはいるが、何処か険しい顔をしている。

 本来なら一夏につっかかてくるがセシリアと一夏の関係性が変わり、何より俺という存在があってか前に出てこれず踏みあぐねている様子。

 

 ここもフォローはやはり必要のようだ。

 適度に適切な対処を早急にしていくか。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「というわけで! 今から織斑君のクラス代表就任おめでとう会を始めま~す! じゃあ織斑君おめでとー! かんぱ~い!」

「かんぱーい! おめでとう!」

 

 クラッカーを鳴らす楽しげな音が何度も響き、グラス同士を軽く合わせる景気のいい音があちらこちらから聞こえてくる。

 今は夕食後の自由時間。その時間を使って寮の食堂に集まり、こうしてクラス代表就任おめでとう会の真っ最中。

 なのだが実際は名ばかりの集まり。1組全員だけでなく、ちらほらと他のクラスの者達までものが集まって、命題関係なく各々好きなように楽しんでいる。まあ、それでも賑やかで楽しい場であることには変わりない。

 

「……」

 

 しかし、一夏だけは楽しい場と間逆にテンションは低い。

 更に、複雑そうな顔をしている。

 素直に楽しめないのは無理ないか。だとしても一夏はこのパーティーの主役。こんな顔していれば当然言われることはある。

 

「主役がなんて辛気臭い顔をしてますの。主役がそんなのだと折角のパーティーが台無しでしてよ」

「そうは言うけどなぁ……」

「気持ちは分からなくはないけど折角のパーティーなんだから楽しまなきゃ。形だけでも楽しんでたら自然と本当に楽しくなってくるから。ね、テオ」

「まあ、そうだな。シャシャが言うことはもっともだ。セシリアが言ったこともな。主役が辛気臭い顔をしているよりも楽しい顔をしている方がパーティーはより盛り上がるというもの。まずは一杯ジュースでも飲んで気分を切り替えろ。ほら、その空のコップをこっちに。このテオドール・デュノアが注いでやろう」

「ととっ! ったく、強引だな」

 

 俺は一夏が持つ空のコップにジュースを継いでやった。

 確かに強引だ。だが、このぐらいのほうがいいだろう。

 そのおかげか一夏は苦笑いではあるがようやく笑みを見せた。

 

「篠ノ之さんももっと楽しもうよ!」

「ほらほらこっちこっち!」

「ちょっ!」

 

 何だかんだ楽しむ一夏の姿を見たクラスメイトが先ほどの一夏と同じくテンションが低く複雑そうな顔をして端にいる篠ノ之をこちら、一夏のいる方へと連れてきた。

 篠ノ之は一夏と目が合うとバツが悪そうにした。

 

「折角のパーティーなのになんて辛気臭いしてんだよ、箒」

「なっ!? ……お前には言われたくない。というか、その言葉今言われたことだろ」

「だからこそこうやって楽しんでるんだろう。ほら、ジュースでも飲めって。注いでやるから」

「お、おいっ! まったく、お前という奴は」

 

 憎まれ口を叩いているが満更でもないといった様子。

 ジュースを注がれると篠ノ之はほんのり笑みを浮かべながら飲んでいた。

 

「賑やかだね」

「ン……簪か。用事は済んだみたいだな」

 

 簪が声をかけてきた。

 他所のクラスではあるが誰彼構わずのパーティーなので簪も誘ったのだが、用事があるとのことだった。

 

「うん。そうだ……ありがと、テオ」

「何だ、急に。礼を言われる覚えはないが」

「その、用事って言うのが明日からクラス対抗戦に向けての訓練をしようと思ってその為にアリーナの使用許可とかいろいろ書類用意して出しに行ってたんだけど、訓練の相手お姉ちゃんがしてくれることになって」

「それでか」

 

 それが用事だったのは今知ったが簪の訓練相手に楯無がなったのは知っていた。

 なんせ本人から嬉しそうに怒涛のメッセージが来たのだから。

 

「テオがお膳立てしてくれたんでしょ? だから、お礼をと思って」

「お膳立てと言われるほどのことではないが力になれたようで何よりだ。頑張れよ」

「うん。お姉ちゃんが訓練相手名乗り出てくれた時は驚いたけど折角の機会活かそうと思う。頑張るっ」

 

 両腕でガッツポーズをして意気込む簪はやる気充分だ。

 楯無もやる気充分で前言ったことは気を付けるだろうからまあ、上手くいくだろう。

 

「おお~やってんねぇー」

 

 人波をかき分けてきたかのように聞き慣れない声が聞こえてきた。

 

「はいどうもー、私は新聞部部長の2年黛薫子。織斑一夏君とテオドール・デュノア君、話題の男子二人に特別インタビューしに来ました! はい、これ名刺ね。以後、お見知りおきを」

 

 名刺を渡してそう言ってきたのは黛薫子。

 いたな、こんな人物。そしてあったな、そんなイベント。

 

「じゃあ、早速インタビューさせてもらうわね。まずは織斑君から! クラス代表になりましたがその感想と、いよいよ迫ってきたクラス代表戦への意気込みをどうぞ!」

「えっ、ええーと……」

 

 ボイスレコーダーを向けられ一夏は言い淀む。

 急に言葉は出てこないのは分かるが、だからといってこっちを見られても困る。

 

「まあ、なんというか、精一杯頑張ります」

「短いな~もっといい感じのコメントちょうだいよ! デュノア君はいいコメントお願いね!」

 

 一夏相手に粘ってもこれ以上のコメントは出てこないとすぐさま悟ってか、今度は俺の方へボイスレコーダーを向けてきた。

 もう一つ向けてくる眼差しは期待に輝いている。

 

「一夏は先の模擬戦で我が婚約者であるセシリア相手に勝利はならずとも大健闘とした男。クラス対抗戦、優勝は兎も角勝利の可能性はあるかと。何より、これから対抗戦までみっちり鍛えていくので一夏の活躍をお楽しみに」

「おおっ! 流石はデュノアの御曹司、インタビュー慣れしてるねぇ~いいコメント頂きました!」

「はぁー大したもんだなぁー」

 

 満足してくれた。

 一夏は関心しているがまあ、こんなものだろう。

 

 その後もセシリアやシャルロットにも似たようなインタビューをしていたが意外な者にまでインタビューは回ってきた。

 

「おっと! そこにいるのはたっちゃんの妹さんじゃない!」

「!?」

 

 姿を見つけるなり簪へと興味が移る。

 声をかけられると思っていなかった簪は両肩を震わせながらビックリとしている。

 

「妹さん、更識さんは4組のクラス代表よね。ということは対抗戦、織斑君と戦うことになるけど意気込みはどう?」

「え、えっと」

 

 当の本人である簪は緊張気味。

 急にボイスレコーダーを向けられ、それによって周りからの注目を集めているから緊張するのは無理もない。

 だが、答える気はちゃんとあるようだ。言葉を探している。

 

 思えば、原作(俺が識る世界)だとシャルロットと同じく簪はこの時期、この場にはいない。そして、シャルロットとは違い別のクラスでクラス代表。一夏と戦う可能性はある。だとすれば、この場にいるのならこうなるか。これは少しばかり興味引かれる展開になった。

 簪はどう答えるのか。

 

「織斑君の実力はまだまだ未知数で手強い相手になると思いますがだからこそ、戦えるのならぜひ戦ってみたいです。戦う機会が来るの楽しみです」

 

 ゆっくりとだが簪は確かに言い切った。

 意外なことを言うもんだ。だが、こういえるのが今の簪の強さで在り方なんだろう。

 周りにとっても意外な答えだったらしくある種呆気に取られていると、簪は反応がないと思ったようで不安そうに辺りを見る。

 

「あ、あれ……? 私のコメント悪かった……?」

「いや、いいコメントだった。頼もしい。やはり、簪は強敵だ。これはますます一夏の鍛え甲斐が出てくるというもの」

「忙しくなりそうだね。テオ、セシリア」

「ですわね。簪さんにここまで言ってもらえたのなら一夏さんとしても張り合いが出るというものでしょ?」

「えっ、ま、まあ……今までどんな人と戦うのか分かってなかったし、戦う相手がどういう思いなのか分かって、ここまで言われたらなぁ」

 

 まだ大分ぼんやりとした感じはあるものの一夏が少なからず対戦相手に興味を持ったのは大きい。意識改革は大切だ。

 

「いいわねっいいわねっ。世界で二人しかない男子操縦者の一人である織斑君が1組のクラス代表を務め。それを同じ男子操縦者であるデュノア君、それからセシリアちゃんとシャルロットちゃん、代表候補生達が指導する。そして、対するは日本の代表候補生である更識さん。これはいい記事になるわ!」

 

 一人大盛り上がりし始めたぞ。

 

「よしっ。じゃあ、写真撮りましょう! まずは織斑君と更識さん、こんな感じに向かい合って。ほらほら」

「うぉっ!?」

「わわっ」

 

 一夏と簪の手を引くと二人を向かい合わて並ばせる。

 インタビューは勿論、写真を撮られるとは思っておらず。こんな風に撮られるのは初めてだったり、慣れてなかったりする。だから、二人とも表情は硬い。そして当然、そのことに指摘と注文が来る。

 

「二人とも表情硬い! もっと笑顔お願い!」

「そんな無茶な……」

「ううっ……」

 

 ぎこちない笑顔の二人が撮られていく。

 

 そんな二人を周りは何だか凄いものを見るような目で見ているがその中でも一人だけ違うものがいる。

 

 篠ノ之だ。

 羨ましそうに見ている。

 

 そして、更に辺りを見渡すと次の展開を予想してかセシリアが身なりを正していた。

 

「笑顔ぎこちないけどまあいいでしょう。じゃあ次は織斑君とテオドール君、セシリアちゃんとシャルロットちゃん、専用機持ちの皆で撮りましょうか」

「ああ、そのことなんだがよければ1組の皆も一緒に撮ってもらってもいいか?」

「えっ?」

 

 驚いたのは隣にいるセシリアやシャルロットだけではなかった。

 話が聞こえていたクラスメイト達も驚き、それを見た話を聞けてなかった別のクラスメイトが驚いたわけを聞いてまた驚く。

 

「織斑君とデュノア君達が中心だからその周りでいいなら大丈夫だけど何でまた?」

「折角の機会だからな。撮るならクラスの皆と一緒の方がいい。皆のいい思い出にもなるし、それで皆が喜んでくれれば一夏のやる気に繋がる。だろう、一夏」

「確かにどうせ撮るならクラスの皆と一緒の方がいいな! 喜んでくれれば、俺もっと頑張ろうって思えるし!」

「織斑君……!」

「やった! 流石はデュノア君、話が分かるね!」

「てっちーありがとうー!」

 

 これで状況は作れた。

 皆がカメラの前へと集まってくる。

 カメラの中心で俺は一夏と隣り合い、空いたもう片方の隣にはセシリア。シャルロットはセシリアの隣へと並んだ。

 一夏の隣はまだ空いている。人気がないわけじゃない。むしろ、人気があり過ぎて誰が隣に並ぶのか牽制し合ってる。

 埒が開かない。時間は惜しい。何より、一夏の隣には相応しい者はいる。

 

「一夏の隣は篠ノ之、お前だ」

 

 端の方で映ろうとする篠ノ之を指名した。

 すると篠ノ之へと注目は集まり、当人は狼狽えながら遠慮した。

 

「なっ!? い、いや……私は……」

「何を遠慮する。お前も一夏の指導者の一人。大切な仲間だ」

「テオドールの言う通りだ。折角撮るんだし近くで一緒に映ろうぜ!」

「……う、うむ……一夏達がそこまで言うのなら仕方ないな!」

 

 気が引けていたようだが一夏の言葉を聞くと思い直して篠ノ之は一夏の隣へとやってきた。

 何というか一夏の幼馴染だけはある。しかし、正解だった。

 

「ふふっ」

 

 一夏の隣で篠ノ之が満足げに笑う。

 これで多少なりと溜飲を下げられただろう。

 これまでは当然、一夏か簪と一緒に写真を撮るのを見て内心いろいろ思いつめている篠ノ之の為に一緒に撮る流れを用意した。

 

「はいはーい、撮るわよ!」

 

 掛け声の後、シャッター音が鳴って写真は撮られた。

 

 その後、パーティーは実からの外出禁止時間ギリギリまで続き。

 食堂から寮の自室へと続く道を歩いている時のことだった。

 ふいによその生徒とすれ違った。

 

「――」

 

 見識った顔。揺れるツインテール。

 直接会ったことはない。顔は知っている。識っている

 振り返った時にはすでに曲がり角を曲がっていて、姿は見えなくないた。

 

「テオ、どうかなさいました?」

「いや、何でもない。ところでシャシャ、今日は何日だ?」

「えっ? 今日? えっと」

 

 不思議がりながらもシャルロットが答えてくれた今日の日付を聞いて納得した。

 今日はその日だったか。

 これは明日からまた騒がしくなるな。




原作1巻の後半部分が始まりました~!
ちょっとずつ変化していっているのでそこを楽しんでいただければ何よりです!

感想待ちしております


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STORY35 覇者たちの前にアノ中国娘がやってきた

「デュノア君、織斑君、おはよー。ねぇねぇ、転校生の噂ってもう聞いた?」

 

 朝、教室に入るなりクラスメイトから話しかけられた。

 話しかけてきた子だけでなく他のクラスメイトまでもが噂で盛り上がっている。

 このクラスだけじゃない。教室に来るまでの道の賑やかさを思い出したかのように一夏は言う。

 

「噂って、なるほど。それで教室に来るまで妙な賑やかさだったのか。でも、転校生……どうしてまたこんな時期に?」

 

 一夏の疑問はもっともだ。

 IS学園は勿論、この時期に転校は普通の学校でも珍しい。

 しかも、IS学園の入学条件は厳しい。この条件を満たせる人間となれば決まってくる。

 

「さあ? 流石に理由は知らないけど織斑君達男の子二人が関係してるんじゃないかって皆噂してるよ。何でも中国の代表候補生なんだってさ」

「へぇ~けどよ、何で俺達が関係してるんだ? テオなら分かるか?」

「大方俺達男子二人が入学したことを知って一枚噛みたくなったのだろう。関係を持てれば尚よしとな。後、今年は代表候補生は勿論、専用機持ちは例年と比べて多いからそれも関係してるのかもな」

 

 もっともらしい理由を上げるとすればこんな感じだろう。

 実際はこんな理由ではないが建前としてはこうなる。

 

「まあ、どんな方であっても気にせずわたくし達はわたくし達のやるべきことをするだけですわ」

「だね。ちなみにその子がどのクラスに来るのかって分かってたりするの?」

 

 セシリアの言葉に同意したシャルロットがまた違うクラスメイトに尋ねる。

 

「2組って聞いたよ」

「2組かぁ……どんな奴なんだろうなぁ」

「ほぉ、気になるのか」

 

珍しい。

 一夏はこういうことてっきり右から左へと流れそうなものだが一夏でも気にするのか。

 

「いや、だってよ。この時期に、しかもIS学園に転校してこれるてなると相当優秀な奴ってことだろう?」

「それはそうだな」

「転校してきた奴がクラス代表じゃないとしても対抗戦はクラス一丸となるから手強い相手になるだろうからちょっとヤバいかなとかいろいろ」

 

 気にするにしても一夏なりに危機感を持ってのこと。悪くはない。

 

「手強い相手になる可能性はあるだろ。だとしてもどんな相手であれ勝てばいい。勝つ為に強くなる時間は充分にある」

「相変わらず無茶苦茶言ってくれるが確かにその通りだな」

 

 苦笑いをしているがやる気は相変わらずあるようだ。

 

「そんな心配しなくてもデュノア君達もいることだし平気平気」

「そうそう! それに今のところ専用機持ってるのって1組と4組だけだから余裕だよ」

 

 などといつの間にか集まって来ていた他のクラスメイトが言う。

 その言葉はある種のきっかけとなる言葉。

 あの言葉と共に彼女はやってきた。

 

「その情報、古いよ」

 

 会話に割り込む一言。

 聞き慣れない声を聞き皆一様に声がした方へと視線を向ける。

 教室の入口で腕を組みドアにもたれながら片膝立ちしている小柄な少女。

 

「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないよ」

 

 皆始めて見るようでそいつが誰なのか分からないが、俺以外にただ一人分かる一夏は言った。

 

「鈴? もしかしてお前、鈴だよな?」

「そうよ。噂の転校生にして中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 ふっと大胆不敵な笑みを浮かべる。

 トレードマークであるツインテールがふわりと揺れた。

 

 噂していた相手が突然現れ、しかも宣戦布告を言いのけた。

 当然の如く目立ち、言葉を耳にした者は多くクラス中がざわめきだした。

 そんなことを気には止めず、一夏はツッコミを入れる。

 

「何かっこつけてるんだよ。全然似合ってねぇぞ」

「んなっ!? 折角久しぶりに会ったっていうのになんてこと言う事よ!」

 

 一夏の失礼な発言に凰はヒートアップしていく。

 見ている側としても盛り上がる展開ではあるが対照的にざわついていたクラスメイト達は静かになっていった。

 

「おい」

「何……ょ」

 

 声が下した方へと振りきながら言った凰だったが声の主を見るなり、声が小さくなり大人しくなるのが手に取るようにわかった。

 

「もうSHRの時間だ。自分の教室へ戻れ」

「……ち、千冬さん」

 

 凰のすぐ傍には織斑先生がいた。

 織斑先生に冷たく鋭い目で見下ろされるとさっきほどまでの威勢の良さが嘘かのように大人しくなった。

 

「ここでは織斑先生だ。さっさと行け」

「す、すみませんっ……」

 

 さっとドアから離れた。織斑先生はズカズカと教室に入り教壇へと向かう。

 この光景を見た時一夏は凰が織斑先生にビビっていると感じていたが俺でもそう感じる。

 しかし、ここで大人しく言われた通り帰るような奴ではない。

 

「また後で会いに行くから! 逃げるんじゃないわよ、一夏!」

 

 開いた教室のドア前で仁王立ちして凰はそう言った。

 

「さっさと戻れ」

「は、はいっ!」

 

 一瞬で姿が消えた。

 ダッシュで帰っていく足音が聞こえる。

 かっこつけようとしていたが最後までかっこつかなかったな。

 

「本当なんだったんだ。っていうか、アイツいつの間にISの操縦者、しかも専用機持ちになんてなってるなんて。初めて知ったぞ」

 

 一夏は思ったことを素直に口に出す。

 それを聞いて凰と織斑先生のやり取りで静まり返っていたクラス中が再びざわめき出す。

 

「何々、中国の代表候補生で専用機持ち!?」

「しかも、織斑君の知り合いってどういうこと!?」

 

 疑問や質問が次々と飛び交う。

 それはクラスメイト達だけではなくこちらもまた。

 

「まさか中国の専用機持ちが来るなんて」

「ええ。これで専用機持ちが6人……」

 

 シャルロットやセシリアも凰、新たな専用機持ちのことをかなり気にしている様子。

 

「まあ、気になるだろうが今は席に着こう。時間だ」

「え……あっ」

「そ、そうですわね」

 

 織斑先生がこちらを冷たく見つめる意味を察してシャルロットやセシリアは話すのをやめた。

 このまま話続けていたら叩かれていただろう。視線を躱すように席に着いた。

 

 凰鈴音が転校してきた。

 これでまた一つ物語は大きく進みだす。

 おもしろくなりそうだ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 午前の授業が終わった昼時。

 俺達は昼飯を食べる為、学食へとやってきていた。

 いつもは俺、セシリア、シャルロット、そして一夏と篠ノ之といった面子で昼飯を食べているが今日は新たなメンバーが加わった。

 

「ようやく簪と一緒にお昼ご飯食べれるね」

「うん。ごめんなさい、何度か誘ってくれたことあったのに今まで行けなくて」

「昼の時間まで使って専用機開発に打ち込んでいたのです。仕方ありませんわ。それにもう落ち着いたのでしょう?」

「とりあえずは。だから、これからは一緒にお昼ちゃんと食べられる」

「それは何よりだ。後は楯無もこれるといいが」

「お姉ちゃん忙しいみたいだから」

 

 などと話ながら学食のカウンターで昼飯を受け取り、空いている席に着く。

 一夏達も同じく席に着いたのだが一夏はきょろきょろと辺りを見ている。

 

「どうかしたか?」

「いや昼飯時、学食なら鈴に会えるかと思ってけどいねぇなって。あんなこと言ってたくせに結局鈴の奴来なかったし」

「そう言えば、そうだな」

 

 あの後授業と授業の間の時間など来る機会はあるにはあった。

 しかし時間としては短く、落ち着いて会えない。だから、来なかった。

 今姿は見えないが来るとなればこの後。何より、ここで来ない訳はない。

 

「……」

 

 そんな一夏を隣で篠ノ之が聞きたそうな顔をして静かに見つめている。

 

「ん? どうかしたか、箒。何か言いたそうな顔をしてるけどよ」

「な、何でもないっ!」

 

 篠ノ之は止まっていた箸を進め物を食べて誤魔化す。

 その様子に一夏だけは不思議そうに首をかしげているがシャルロット達は察した様だった。

 気になるだろう。一夏と親しげな凰とどんな関係になのか。まあ、あせらずともすぐ分かる。

 

「ここにいたのね、一夏!」

 

 その言葉と共に仁王立ちで現れた凰。

 手にはラーメンが乗ったお盆が握られている。

 

「おおっ! 鈴っ、やった来たか! 遅かったな」

「遅かった、じゃない! そっちが早すぎるのよ!」

「そうか? まあ、学食混むからいつもテオドール達と授業終わったらすぐ行くからそのせいかもな」

 

 凰がこっちをグワッと見てくる。

 本当はそんなことはないが何だか睨まれているようだ。

 まあ、実際俺が居なければ一夏が先に来ることはなく凰が先に着ていた。

 

「聞きたいこともあるし隣空いてるから座れよ」

「あ、あんたがそこまで言うなら座ってあげるっ」

 

 凰は一夏の隣へと腰を下ろした。

 一夏を挟んだ反対側の隣には篠ノ之が座っている。

 一夏の前には俺。俺の両隣にはシャルロットとセシリア。シャルロットの隣には簪といった感じで座っている並び。

 

「本当久しぶりだな。丁度一年ぶりぐらいか。元気してたかよ」

「も、もちろんよっ。そういうあんたは……聞くまでもないわね。相変わらず元気。というか、いつも元気過ぎなのよ。たまには怪我病気しなさいよ」

「いや、なんでだよ。健康一番だろ。ところで」

 

 一夏が凰との近況報告に花を咲かす。

 こうなることは分かっていたので気にせず昼飯を食べる。

 簪も特に気にせず食べ、セシリアとシャルロットは気になるだろうがとりあえず食べている。しかし、篠ノ之だけは箸が再びとまっていた。

 視線こそは向けていないが篠ノ之の意識が全て一夏と凰とのやり取り気に向けられているのがよく分かる。一肌脱ぐか。

 

「旧交を暖めているところ悪いが一夏、そろそろと紹介してもらえるか」

「おっと、すまん。すっかり昔話に夢中になってた。改めて紹介するぜ、こいつは幼馴染の凰鈴音」

「幼馴染……?」

 

 怪訝な声が篠ノ之から聞こえる。

 ひっかかるものがあるのだろう。代わりに俺が訪ねることにした。

 

「篠ノ之の以外にも幼馴染いたんだな」

「まあな。幼馴染って言っても箒が小4の頃に引っ越して、小5になったばかりの頃に鈴が転校してきたんだよ。で、中二の終わりごろ国に帰ったから一年ぶりの再会になるな」

 

 一夏が簡単に経緯を説明してくれた。

 すると今度は凰が食いついた。

 

「篠ノ之……? 箒……? そう……あんたが」

「おっ、もしかして前話してたの覚えたか? こいつが箒、篠ノ之箒。小学校からの幼馴染で俺が通ってた剣術道場の娘」

 

 空気が張り詰めていくのが分かる。

 なのに一夏は呑気に答えてた。

 

「それ何度も聞いたわよ。まっ、これからよろしくね」

「ああっ、こちらこそなっ」

 

 何度も聞いた……つまり何度も篠ノ之の話をしていた。

 少なからず昔から意識しており、今相まみえた。ゆえに幼馴染二人の視線が火花を散らすようにぶつかっているのだが、それを知るわけがない一夏は不思議そうに見ていた。

 

「おっと、こいつも紹介するぜ。俺と同じく男でISを動かせるテオドールだ」

 

 一夏は次に俺を紹介してくれた。

 

「紹介に預かったテオドール・デュノアだ。名字で分かるかもしれないが自分はデュノアの」

「知ってるわ。デュノア社の天才御曹司でしょ。軍の人間から嫌ってほど話聞かされてたからね」

 

 意外だ。

 俺のことを聞かされることはあるだろうが、だとしても忘れてるものだと思っていた。だが、覚えてくれていた。

 そういう性格ではなかったように覚えているがこういうこともあるのか。

 

 俺が自己紹介したとなると次は自分の番だとセシリアが自己紹介をする。

 

「こほんっ! テオのことをご存知ならわたくしのこともご存知ですわよね! 中国の代表候補生、凰鈴音さん?」

「誰、あんた。知らないわよ」

「な、な、なっ!?」

 

 思ってもいなかった言葉にセシリアは怒りがこみ上げたかのようにわなわなわと震えている。

 そう言えば、二人の第一コンタクトはこんなのだったな。安心する。よく識った光景を見るのは。

 

「……ならば、お見知りおきを。イギリス代表候補生、専用機持ちのセシリア・オルコットです。よろしくお願いしますわね」

「はいはい、よろしく」

 

 どこまでも興味のない投げやりな言い草。

 セシリアは怒りを現してもおかしくないが寸前のところで堪え平静を努めていた。

 よく堪えた。成長した。

 

 その後、シャルロットや簪も凰に自己紹介を簡単にした。

 すると、そこであることが発覚した。

 

「ねぇねぇ、あそこのテーブルヤバくない?」

「うわっ、本当! 一年の専用機持ち全員揃ってるじゃない!」

 

 そんなひそひそ話が聞こえてきた。

 言われてみれば、確かにそうだ。一年生の専用機持ちを全員揃えたくて集まった訳じゃないが、これは面白い状況だ。

 

「ところで一夏、アンタが一組のクラス代表なんだってね」

「まあ、成り行きでな。でも、なったからには精一杯やるつもりだ」

「ふーん。じゃ、じゃあ、私が見てあげよっか? ISの操縦とかいろいろとさ」

 

 顔は自分の昼飯へと向けたまま、凰は視線だけ隣にいる一夏へと向けた。

 原作(俺が識る世界)だと言葉そのままに受け取っていたがどうなるか。

 

「嬉しいけど気持ちだけ受け受け取っとくよ」

「なっ!?」

 

 一夏はきっぱりと断った。

 断られると思っていなかった凰はわき目もふらずに驚いていた。

 

「何でよ!?」

「いや、だって鈴は別クラスの代表だろ? 戦うことになるわけだし、手の内明かすようなことはちょっとなぁ」

「そっ、それはそうだけど……あんたまだまだ素人でしょ!」

「はっきり言ってくれるなぁ……その通りだけどさ、そんな心配しなくてもISはテオドール達に教えてもらってるし、身体も鍛えてるからよ。なにせ俺には箒がいるからな」

「――」

 

 言葉を失ったかのように驚いたと同時に凰は俺達、主に俺を見てから篠ノ之を見た。

 今度こそははっきりと睨んでいる。俺達は内心察しているから気にせず、篠ノ之に至っては勝ち誇った様な顔をしている。

 言うまでもなく一夏の言葉を真に受けてだろう。もっとも一夏にしてみれば、剣道が同門の篠ノ之に見てもらってるから心強いというだけで色恋めいたものはない。

 

「あっそ、そっち選ぶんだ。まあ、言ってることは分かるけど昔、あんなにご飯一緒してあげた付き合い深い幼馴染差し置いて」

 

 驚きのあまり拗ねてしまった。

 でいいのかこれは。きっぱり断られ過ぎると凰でもこういう反応するだな。

 なんてことのないことを言っているが、意外にも篠ノ之が食いついた。

 

「一夏、どういうことだ。うちだけではなかったのか食事をしに行ってたのは」

「そりゃ食べに行くだろ。鈴の家は中華料理屋なんだからよ。鈴が転校してきたころはもう千冬姉、IS操縦者やって忙しくしてて俺一人とかよくあったからな」

「そ、そうか……それなら仕方ないな、うん」

 

 納得した篠ノ之はほっとしたひっそりと表情を浮かべた。

 

「店と言えば、親父さん元気しているのか。って、聞くまでもないか。元気の塊みたいな人だったもんな」

「あー……うん、元気……だと思う」

 

 歯切れの悪い。

 ああそう言えば、凰は父親と離れ離れだったな。

 この時、既に決まっていたのか。

 

「そんなことよりIS見てあげるのはもういいわ。代わりに今日の放課後、私の為に時間作りなさい。久しぶりにどっか行こうよ。ほら、あの駅前のファミレスとか。よく行ってたでしょ」

「行った行った、懐かしいな。まあ、そこ去年潰れたけど」

「そ、そう……なんだ。だったら、もう食堂でいいわ。積もる話も沢山あるでしょ」

 

 ISを見ることは諦めても一夏と時間を何とか持とうと必死に喰らいつこうとする。

 必死ということだけは一夏にでも分かっているようで困ったような視線が俺に飛んできた。

 放課後の予定を気にしてのこと。覚えているようで何よりだ。ならば、このテオドール・デュノアが人肌脱いでやる。

 

「あいにくだが、一夏の放課後は埋まっている。今日も対抗戦に向けての訓練だ」

「テオドール・デュノア……私は一夏と話してるんだけど」

「そう睨むな。訓練は6時頃には終わる。その時間に第一道場に来るといい。そうすれば一夏と会える。もっと時間が欲しいなら夜こいつの時間は空いている。その時間すきにするといい」

「お、おい。テオドール、んな勝手に」

「これ以上 時間の無駄ね……そう、分かった。じゃあ、終わった頃に行くからちゃんと待ってなさいよ、一夏! じゃあね!」

 

 スープも残さずラーメンを食べきった凰は席を立った。

 食器を返しにいったが戻ってくるわけもなく、食堂から出ていくのが見えた。




鈴が登場しました!
一夏達の恋模様が更に動き出していきます!
どうなっていくのかお楽しみに!

感想お待ちしております!


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STORY36 交差する想いと覇者が聞いた一夏の悩み

「(一夏が私を選んでくれた……!)」

 

 浮かれている自覚はある。こんなのよくないと分かっている。

 今は一夏との訓練の真っ最中だというのに。

 だとしても浮かれずにはいられない。

 

 「(凰鈴音……)」

 

 噂の転校生は一夏の知り合いだった。

 しかも、私以外の幼馴染。まさかそんな存在がいるなんて思っていなかった。私と入れ替わるように転校してきて、私が知らない一夏を知っている存在。

 ただの友人以上よりも親しいのは嫌というほど理解した。そして、奴が一夏に惚れているというのも分かった。

 

 その上で一夏は私を選んでくれた。

 一夏にしてみればただ単に約束を守っただけなのかもしれないが、私にとっては大切なこと。ここだけの話……素直に嬉しい。

 

「はぁああっ!」

「うおっ!? 今日の箒はやけにやる気だな! やっぱ、それだけ対抗戦に力入れてくれてるってことか!」

 

 喜びが太刀筋に乗ってしまったが今回ばかりは一夏の勘違いに助けられた。

 気を引き締めなければ。いつまでも喜んでばかりもいられない。

 同じ幼馴染でも奴と私は違う。違い過ぎる。奴は中国の代表候補生。それも専用機持ち。かたや私はIS開発者篠ノ之束の妹というだけで代表候補生でも専用機でもないただの一生徒。

 

 今この時とて対抗戦が終わるまでのこと。

 私が一夏に教えられることは幼い頃師である父から教わったことの再確認、基本的な身体づくりぐらい。今後はもっとISに重きが置かれていくだろうことは私にだってわかる。

 そうなれば、私の役目は減っていく。お役御免になることだってあるだろう。

 

 それに反して専用機持ち同士はセシリア達を見るに接する機会が増えていく。

 そもそも一夏と訓練するこの時は――。

 

「もらったぁぁっ!」

「えっ? ――あ……」

「よっしゃ! 一本!」

 

 一夏が嬉しそうに喜ぶ。

 それを見て私は自分が一夏に一本取られたことに気づいた。

 遅れて気づくなんて私はよっぽど考え込んでいたのか。

 

「って……箒、大丈夫か? 何かぼーっとしてるみたいだけど」

「あ、ああ……大丈夫だ。……もう一本行くぞ、一夏!」

「おうっ!」

 

 少しでも早く気持ちが切り替わるように竹刀を握り直す。

 しっかりしなければ。

 今のはぼーっとしていたから一本取られてしまったが、これまでも一本取られることはあった。

 一夏は日に日に強くなっている。元々幼い頃から一夏は飲み込みが早かった。何より一夏には今明確な目標があり、やる気に満ちている。

 ぼーっとして私がそれの邪魔をするわけにはいかない。

 

 それに一夏と二人っきりで訓練できるようお膳立てしてくれた皆に申し訳ない。

 皆というのはセシリア達のこと。

 中でも特に気を利かせてくれたのが。

 

「(テオドール・デュノア、か……)」

 

 気を利かせてくれたことありがたくないわけではない。

 だが、気を利かせてくれる理由が分からない。奴には悪いが正直不気味だ。

 奴は一夏によくしているから私はそのついでなのもかもしれないが。

 

 何より、奴と接していると姉さんのことを何故かと姉さんのことを思い浮かべてしまう。

 それどころか、奴と姉さんが似てるとさえ思ってしまう。

 自分勝手なところ、強引なところ。似ていると思えるところはあるにはあるが、何故似ていると思うのかうまく言い表せない。

 

 気を利かせてはくれているが、いいように使われている感も否めない。

 まるで掌で踊らされているかのよう。この辺りも姉さんに通ずるところがあるのやもしれん。

 このままではいけない。今一夏のひと時とて自分で勝ち取ったわけではないのだから。だから、余計に弱腰になってしまいそうになる。

 いや、実際弱腰だ。だからこそ、それが隙になってしまった。

 

「というわけで部屋代わってよ」

 

 夜、8時頃。

 夕食を食べ終え、部屋でゆっくりしていた時だった。

 突然、凰がやってきてこんなことを言ってきた。

 軽口のような言いぶりだが冗談で言ってるわけじゃないのがすぐさま分かった。本気で変わってもらうつもりだ。

 

「ふ、ふざけるな! いきなり来てなんだ、それは!」

「本当は放課後、来たかったんだけど転校のこととかいろいろあってこれなくてね」

「説明になってないぞ! どうして私が代わらないといけない!?」

「いや篠ノ之さん、男子と一緒の部屋って嫌でしょ? 気を遣うし、落ち着かないじゃない? 私だったらその辺全然平気、気にしないからさ」

 

 私が抗議しても気にも止めず、それっぽいことを言ってふわりと流されてしまう。

 余裕の態度。対して私は慌てふためいて語気を荒げてしまっている。

 このままでは押し負けてしまう。毅然とした態度ではっきり言わなければ。

 

「私の気持ちを勝手に決めるな。これは学園が決めたことお前の意見だけでどうこうできるものではあるまい。それに何かあれば、その都度私と一夏で問題解決する。部外者が首を突っ込む余地はない」

「学園側が同室にしたのは幼馴染だからでしょ? だったら、私も幼馴染。同じじゃない」

「どうしてそうなるんだ!」

 

 埒が開かない。

 話が噛み合わない。

 この後も言い合いは続いたがああえばこういうで話が進まない。

 

 一夏も見てないで助けるなりしてくれてもいいものなのに俺を巻き込むなとめんどくさそうな顔をしている。

 どいつもこいつも人が折角冷静になろうとしているというのに身勝手極まりない。どうにも腹の虫がおさまらない。

 

「いい加減にしろ! 部屋を変わるつもりはない! 自分の部屋に戻れ!」

「そうだ、一夏。引っ越す前にした約束覚えてる?」

「ひ、人の話を無視するなど失礼だぞ! ふざけるのも大概に!」

 

 無視されてもう我慢の限界だった。

 私はいつでも取れるようベッドの脇に置いてあった竹刀を手に取り凰へと振り下ろしていた。

 

 物凄い音がした。

 身体に当たった音ではない。何か硬いものに当たった音。

 

「鈴、大丈夫か!?」

「大丈夫。心配されるまでもないわ。なんせ今のあたしは代表候補生、専用機持ちなんだから」

 

 私の竹刀は凰が腕に部分展開していたISの腕によってしっかり受け取られていた。

 

「……!」

 

 私はただただ驚いた。

 ISを展開したことではない。専用機持ちなのだから展開ぐらいいつだって出来るだろう。

 それよりも私の太刀筋に反応したことに驚きを隠せない。授業で習ったがISの展開速度は人間の反射神経を超えられない。

 そして先ほどの一撃は怒りで鈍っていたとしても突然のことに素人が反応できるものではなかった。

 なのに凰はしっかりと反応して防いだ。 

 

 つまりISを差し引いてもこいつは出来る。

 今の私が唯一優れているであろう身体能力ですら大したことはない。

 自信がなくなっていく。更に追い打ちがかかる。

 

「今の生身の人間なら本気で危なかったよ」

「うっ……す、すまない……」

 

 不器用に謝るのが精一杯だ。

 なんてバツの悪い。怒りに飲まれて無防備な相手に刀を振るってしまった。

 これでは武士失格だ。

 

「謝ってくれるんならいいわ。私もいきなりだったし気にしない」

 

 凰はさらっと流して気にしないでくれた。

 人としても私は劣っている。

 この後、一夏が凰としたらしいあからさまな約束を勘違いして怒らせたなどのやり取りはあったが私の心にはしこりのようなものが残った。

 

 今回、凰は引き下がってくれたがいつまでもこのままではいられないという事。

 折角一夏とまた会えたのに今のままではまた離れ離れになってしまう。

 同じところにいるはずなのに一夏は高いところにいる。立っている高さが違い過ぎる。

 学園、いや今を生きるにはISが必要だ。私もISを、専用機を手に入れられれば少しは一夏の傍に……。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「――というのが現状のまとめになるのだが」

『分かってはいましたが相変わらず状況に進展はありませんわね。敵は……エクスカリバー攻略はそれだけ手強いということですわね』

 

 セシリアは画面の向こうで呟き暗い表情をする。

 暗い表情なのはシャルロット そして、チェルシー皆もか。

 夜の自由時間を使ってビデオ通話をしながら今、エクスカリバーについて調査したことの定期報告会をしている最中。

 とは言っても大して報告は出てきていない。

 各々の情報網、俺ならばデュノア家の情報網を使って情報収集しているのだが中々どうして。裏の裏にまで精通している更識家の情報網をもってしても把握できていない。

 

 今分かっていることはセシリアのメイドであるチェルシーの妹エクシアがエクスカリバーのISコアと一体化しているということぐらい。

 恐らくもう地上にエクシアはいない。いるならば宇宙。ということはエクスカリバーはすでに完成しているだとかは推測できる。

 だが肝心の居場所、エクスカリバーの現状、詳細なスペックなどがまったくといっていいほど分かっていない。

 

『コアのネットワークを使って探すとかどうかしら?』

『お姉ちゃん、この手の衛星兵器がISコアを搭載しているのならステルスモード使ってるだろうから難しいと思う。逆に探してること気づかれるかも』

『簪の言う通りだろうな。それにここまで我々が探しても見つからないということは光学迷彩も別で持っているだろう』

『現状は打つ手なし、ですわね……だとしても』

 

 焦らずとも来たるべき時がくれば、会える。

 とは言ってもセシリア達がそのことを知るわけもなく、俺の口からも言えない。仮にセシリア達がそのことを知っていたとしてもだからといって悠長にはしていられない。

 俺としてもエクスカリバーと出会うことやエクシアを救い出すことが早いにこしたことはない。

 

『話は変わるんだけど皆は今日転校してきた中国の代表候補生とはもう会った?』

 

 楯無が突然、そんな話をしてきた。

 

「楯無も知っているんだな」

『そりゃ生徒会長ですもの。学園で起きたことならどんな些細なことでも知ってるわ。その子が箒ちゃんと同じ一夏君の幼馴染だってことも』

 

 流石の情報網。

 まあ、騒ぎにもなっていたし嫌でも耳には届くか。

 

『篠ノ之さん達と言えば』

 

 シャルロットがぽつりと言う。

 それも何か思い出した風に。

 

『テオは結構篠ノ之さんの背中押してたよね』

『そうでしたわね。噂の転校生、凰鈴音さんが一夏さんの幼馴染で仲良さげにしいて箒さんが押され気味だったところを助けてましたし』

 

 シャルロット達にはそう見えているのか。

 皆が思うような色恋めいたものではないがそれはそうか。

 

「余計なお世話だとは分かっているのだが何だか見てられなくてな。篠ノ之が一夏に惚れているのは皆も気づいているだろう? 俺としてはお似合いの二人だと思うしな」

『へぇ~』

『テオでもそういうこと思うんだ』

 

 心底意外だという反応。

 まあ、こういうこと今までなかったからそうなるか。

 

 今言ったことは嘘じゃない。

 他にもお似合いの二人という物はあるんだろうがやはり、王道を言うのなら織斑一夏には篠ノ之箒だろう。

 

『えっ?! 何の音!?』

『び、びっくりした……テオの部屋からみたいだけど』

 

 ドンドンと激しく俺の部屋の扉を叩く音にシャルロットや簪が驚く。

 

「客人のようだ」

『この時間に? この感じだとあの方でしょうか』

「恐らくな。少し行ってくる」

 

 そう一言告げて扉へと近づき出迎えた。

 そして、開口一番。

 

「テオドール! 助けてくれー!」

 

 血相を変えた一夏が泣きついてきた。

 

「一体何が……」

 

  言いかけて気づいた。

 今日は凰鈴音が転校してきて日中いろいろと騒動があったが夜は夜でまた騒動があったはず。恐らくそれが理由で俺の部屋まで来た。

 

「いや、いい。大体分かった」

「マジで!?」

「大方女絡み……篠ノ之と凰達とトラブルが起きて怒らせたとかだろう?」

「うっ……トラブルってほどじゃねぇけど確かに怒らせちまった。テオドールはエスパーかよ」

 

 エスパー……ニュータイプはそう表現されることがあるから中らずと雖も遠からずだな。

 それより、やはり起きたか。

 

「それで助けてくれるか? 俺には箒や鈴、女子が何考えてるのかいまいちわからなくてさ。テオドールならセシリアと婚約?してるから女子に慣れてるだろうと思って」

「慣れとはすごい言い草だな。まあ、いいだろう。貸し一つだ。あまり長居させてやれないが部屋に入ることを許そう。丁度今セシリア達とビデオ通話しているから女子の意見も聞けるぞ」

 

 そう言って俺は一夏を部屋に中へと通し、通話中のモニター前へと連れて来た。

 セシリアやシャルロット、簪は一夏と会ったことあるが初めて会う者がいた。

 

「一夏は楯無と会うのは初めてだったな」

「た、多分。初めまして……あっいやでも、何処かで見たような気も」

『もう、ちゃんと知っててほしいけど仕方ないわね。改めまして、私は更識楯無。学年は2年生。生徒会長をやってるって言えばピンと来るかしら』

「生徒会長……ああっ! どうりで見覚えが!」

 

 言われてようやく一夏はピンと来たようだ。

 らしいと言えばらしいが。

 

『で、こんな時間にテオを訪ねて来たってことは何かあった』

「トラブルがあったらしくてな助けてほしいとのことだ」

『トラブル?』

『ああ……』

『やっぱり』

 

 シャルロット、簪、セシリア、皆一応に察していた。

 一夏のトラルブルなど限られてくる。

 何より、篠ノ之と凰とのやりとりが記憶に新しい。

 

「何だよ……皆してテオみたいな反応して」

「そりゃそうなるという奴だ。とりあえず、詳しい経緯の説明してもらえるか」

「お、おう。あれは……」

 

 一夏は詳しく経緯の説明を始め。

 

「というわけなんだ」

 

 たった今一夏からここに来た経緯の説明があったのだが。

 

『……』

『まったく一夏さんは……』

『噂通り過ぎるってのも何だかね……』

『あはは……』

 

 言葉すら出ないほどドン引きする簪

 呆れるセシリアと楯無。

 苦笑いするシャルロット。

 こんな風に反応されれば、一夏は罪悪感を感じてバツが悪そうにしていた。

 

「やっぱ、よくなかった………よな?」

『それはもちろん』

『うん。凰さんが怒るのも無理ない』

 

 楯無と簪がはっきりと肯定した。

 

 一夏が持ってきたトラブル、そして凰が起こった理由は分かった。

 だが、ここで一つ新たな疑問が生まれたらしい。

 

『伝えたいことは分かるんだけど。だったら、何で毎日酢豚をってそんな遠回りの言い方をしたんだろう?』

『確かに。見た感じ活発そうな方でしたし……』

 

 シャルロットとセシリアは不思議そうにする。

 あのセリフは日本独自のものでイギリスやフランスの人間である二人には分からなくて当然か。

 

『多分、あの台詞のアレンジよね。ねぇ、簪ちゃん』

『うん……毎日俺の味噌汁を作ってくれって奴』

 

 対して日本人である更識姉妹はすぐ分かったようだ。

 二人に言われて一夏もピンと来たらしい。

 

「ああ、それ聞いたこと気がするなぁ」

『味噌汁? どういうことですか?』

 

 やはり、まだセシリアはピンと来ていない様子。

 なので俺から説明することにした。

 

「今はどうか知らんが日本では昔毎朝味噌汁が出てくるのが定番で家事は女性が作るのが常だった。この言葉は毎朝一緒の朝を迎え共に食卓を囲む間柄になろうというのが秘められた言葉だな」

『それって……』

『知る人ぞ知る古風なプロポーズの言葉ね』

 

 元ネタは漫画か、アニメで主人公が言った言葉だとか諸説ある。

 今ではもうすっかり廃れて、特に女尊男卑であるis世界では死語にも等しい。

 それでも根強く残っている所には残っていて、日本人の奥ゆかしさを現した言葉なんだろう。

 

「プ、プロポーズ!?」

 

 当然の如く一夏は驚いた。

 

「それ以外何があるという。凰がお前を好いているのは誰から見ても明らかだ」

『テオ、はっきり言うね』

「はっきりに言わなければこいつには分からんだろう」

 

 こういう色恋沙汰はやはり自分で気づくのが一番だろう。

 だが、今言ったようにはっきり言わないと織斑一夏は分からない。

 はっきりさせなかった結果が原作(俺が識る世界)の有り様。

 

『それはそうだね。本当、凰さんは相手が悪かった』

『だとしても雰囲気とかで分かるものですけど。一世一代のプロポーズを奢ってくれるってことだと勘違いされればそりゃ平然では居られませんわね』

『朴念仁』

「うぐっ」

 

 シャルロット、セシリア、簪、皆容赦ない。

 まあ、同性である凰の気持ちを思えば言いたくもなるか。

 しかし、流石に可愛そうになったのか楯無がフォローに入った。

 

『一夏君をフォローするのなら言葉として分かりにくかったのもあるわよね。彼女なりの気のきいた言葉と照れ隠しだとしてもこの手の言葉って言われた方が元ネタ知らないとよく分からない言葉だし』

「そうだな。今時元ネタの言葉すら言わないしな」

 

 結局のところ、どれだけの想いや意味を込めたとしても言葉は伝わらないと意味がない。

 

「だとしてもよぉ、そんなプロポーズなんて言われても……鈴が俺のことをそんな風に思ってくれているなんて考えたこともなかったし、そもそもそんな素振りなんて」

『乙女心は複雑だから。好きって気持ちに気づいてほしいけど知られるのは恥ずかしくてついつい隠しちゃうっていう』

 

 シャルロットが言った通りではあるな。

 これを聞いて一夏は納得はできないが、だからといって全部が全部理解できない訳ではない様子。

 と言ったあたりだろうか。

 

「だ、だとしても鈴を怒らせたままってのは……お、俺どうしたらいいんだ?」

 

 怒らせたままにしたくないというのは分かる。

 だがしかし。

 

「今はどうもしなくてもいいんじゃないか」

 

 俺から言えることはこれしかない。

 だが、当然の如く一夏は納得しない。

 

「どうもしなくていいってそんなわけにはいかねぇだろ。怒らせちまったんだから謝ったりした方が」

 

 気持ちは分かる。

 分かるからこそ、言えること。いった方がいい事はある。

 

「どう謝るつもりだ。誤解していたと言うのか? その場合どう誤解していたのか説明しなければならん。それはそれでややこしいことになるぞ」

「ややこしいこと?」

「どう誤解していたのか説明できなければ結局の言葉の真意を理解してないと余計な怒りを買いかねない。かといって、プロポーズだと思ってもいなかったと説明すればプロポーズの答えを求められかねない。一夏、お前はすぐに答えを出せるのか?」

「そ、それは……」

 

 一夏は言葉に詰まる。

 一度怒らせてしまった相手に対して誤解を解くのは難しい。凰のような人間相手なら尚更。

 それに一夏が誤解を上手く解けるとは思えないし。ましてやすぐ答えを出せるわけでもなかろう。

 

「だから、今はどうもしなくていい。折角再会できた幼馴染とまた別の意味で微妙な仲になることもあるまい。ただ今はの話だ。言われたことについてはゆっくりでもいいから答えは見つけておけ」

「わ、分かった。でも、そうなると鈴はずっと怒ったままだよなぁ?」

「下手に宥めるよりそっとしておくほうが怒りも収まるというもの。それでも収まらないとしてもあの手の者はひと暴れしたらすっきりだろう。丁度、クラス対抗戦がある」

「それって怒られてボコられろってことじゃん」

「よく気づいたな。理由は何にせよ乙女の恋心を無下にしたんだ。馬に蹴られるぐらいのことは受けんとな」

 

 セシリア達、みんなが一様に頷く。

 それに一夏は怪訝な顔をした。

 

「そんなぁ」

「それが嫌なら強くなればいい。分かりやすいだろ」

「結局、そこかよ。でも、まあそうなるよな」

 

 分かっているようだ。

 明確な答えが出たわけではないが、見えてきたものはあるはず。

 

「と、時間だな」

 

 そろそろ自室からの外出禁止時間になる。

 

「もうそんな時間か。早く帰らないと千冬姉に怒られちまう。本当いろいろありがとな! 本当助かったぜ!」

「礼などいい。言っただろう? これは大きな貸しだと!」

「はは、大きな貸し作ちまったな。でも、ちゃんと返せるぐらいになってみせるぜ!」

 

 自信満々だが一夏はやる男だ。

 期待はしないが心配もしない。借りは大きく返してもらうさ。

 

 そして、一夏は帰るのだがあるものを見て止まっていた。

 

「テオドールにシャルロット……これって家族写真だよな」

 

 一夏の視線の先にあったもの。

 それは日本のIS学園に来る前、フランスの実家にてデュノア家全員で撮った家族写真。

 

「大家族なんだな、テオドールの家って」

「シャルロットの両親も一緒に映ってるからそう見えるだけだ。親戚同士だしな」

「けど、家族が多くて両親がちゃんといるのはいいことだな」

「そうだな」

 

 たわいない風に言葉を交わす。

 一夏に凹んだり、羨ましがった様子はないがおもうところがあるのだろう。

 反芻しているような雰囲気はあった。

 

「じゃ、本当に帰るよ。おやすみ、テオドール」

「ああ、おやすみ」

 

 帰っていく一夏を見送る。

 一夏は凰の気持ちを知った。すぐどうこうなる事ではない。

 だが、種は蒔いた。

 どうなっていくのか見ものだな。

 




箒は苦悩して一夏は悩む回。
テオドールは一箒(一夏×箒)派なので最推し気味ですが、他の二人組がダメってわけではないです。
皆さんは一夏の相手、誰派だったりしますか?
自分は過去のことを思うと箒かなって思いますが、一夏の将来のことを思うとのほほんさんかなって思ったりしています。

感想とかでお聞かせてください~


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STORY37 覇者が見守る一夏VS鈴! ゴーレム、襲来!

「まったく、お前という奴は! だから、お前は阿保なのだ!」

「うぐっっっっっ!」

 

 叱咤の言葉と共に一夏へと一撃をお見舞いする。

 対する一夏は防御こそ成功したものの押されていく。

 

 別にふざけて言っているわけじゃない。

 この台詞を言わざるおえない。今ほどこの台詞が似合う状況はない。

 

「言葉には気をつけろと言ったのにもかかわらず、また凰を怒らせるとは!」

「だってよぉ!」

「だってもあるか! まあ、もう一度ぐらい怒らせるとは思っていたがな」

 

 俺が一夏を叱咤した理由はこれだ。

 忠告したにもかかわらずまた凰を怒らせた。

 それどころか言い合いになり、喧嘩一歩手前まで言ったとか。

 

 まあ、一夏にしたらあの言葉がプロポーズだと知っても確かめるわけにもいかない。

 向こうは向こうでプロポーズだと好意があると素直には言えない。

 そんなお互いのはっきりとしない態度にモヤモヤとしたものが募り、言い合いに発展。結果、宣戦布告となった。

 

「また怒らせたのはよくないがこうなったら仕方あるまい。絶対に負けられない理由が出来たと思え。理由は兎も角、負けて謝るのは腑に落ちんだろ」

 

 一夏が凰をもう一度怒らせるのは想定済み。

 流れが変わらなかったのはよかったと言えなくはない。

 

「それはまあ……どうせ戦うなら勝ちたいさ」

「ならば、勝て。サポートはしてやる。ウォーミングアップはここまでにして今日も衝撃砲の対策を詰めていくぞ」

「今から!? きゅ、休憩は……なしだよな! やってやるよ!」

 

 やけくそ気味ではあるが何だかんだ一夏はやる男だ。

 

 現時点で凰がどういう戦い方をしてくるのか。どういう戦い方を好んでいるのかは分かっていない。

 だが、凰の専用機である甲龍の基本情報は公開されている。ゆえにそこからやってくるだろう戦い方は推測できる。

 特に衝撃砲は要注意だ。流石に不可視の砲身と砲弾の再現までいかないが視覚と意識外から攻撃することで衝撃砲の攻撃を再現している最中。

 

「ぐあっ! そっちからかよ!」

「以前にも言っただろう。一夏、後ろにも目を付けるんだ!! 肉眼だけに囚われるな!」

「無茶苦茶言うなってっ! うぁおっ!?」

「衝撃砲は不可視の砲弾。ハイパーセンサーが教えてくれる空間の歪みと大気の流れで予測は出来るがそれでは遅い。相手の動きをよく見て、攻撃の気配を感じ取れ」

 

 対策の進捗具合は芳しくない。

 無茶言っているのもあるが、無茶言うほどのことをしなければ結果に結びつかない。

 そもそも対策と言っても一夏が本番でやろうとすることを見える化しているだけ。後はそもそも衝撃砲を使わせないように近接戦に持ち込む戦法を叩き込むぐらいか。

 

 まあ、焦らずとも結果が出るのが遅いだけで一夏なら必ず形に出来る。

 形に出来れば本番、余力が出来る。

 余力が出来れば、試合途中に現れる奴に対しても原作以上のことはできるようになるだろう。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 試合当日。

 初戦は変わることなく、一夏と凰が戦うことになった。

 有名人である一夏、そして噂の転校生である凰の対決。

 初戦から注目の集まる試合ということで観客席は全席満員。試合はまだ始まってないにもかかわらず中々の熱気に包まれている。

 

「こんだけ集まってまあ。これで負けたら、恥ずかしいわよ一夏。今謝ったら手加減してあげなくはないけど」

「雀の涙程度だろ。変な気づかいしなくてもいいぞ、本気で来いよ。ただ謝らねぇってわけじゃねえぞ。後でちゃんと謝るつもりだ。全力のお前を倒してからな」

 

 熱気に煽られて売り言葉に買い言葉をオープンチャンネルで交わす二人。

 

「言うじゃない。後悔しても遅いのよ。ISの絶対防御だって完璧じゃない。エネルギーシールドを破る攻撃力さえあれば本体、操縦者にだってダメージ」

 

 これは凰なりの警告なのだろう。

 そして、それだけ本気で挑むということ。

 実際、競技用のリミッターをかけていても同じところに攻撃を喰らい続けると突破できる。それをやり遂げるのは至難の業だが代表候補生、それも専用機持ちなら可能。

 突破できなくても死なない程度にいたぶることは出来る。

 一夏もその言葉の意図を理解して気を引き締め直すのが見て取れた。

 

『それでは両者、試合を開始して下さい』

 

 アナウンスと共に開始を告げるブザーがアリーナが響く。

 それと同時に二人は動いた。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 先に仕掛けたのは一夏。

 素早く雪片を振るい繰り出す連撃。

 凰の専用機 白式とでは遠距離戦のほうが厳しい。攻め立てることで少しでも相手の集中力を削ぎ、衝撃砲の発射を阻止。そして何より、試合の主導権を最後まで握ろうとする。

 これが今回の作戦。

 

「初心者ってわりにはまあまあやるじゃない!」

 

 二振りの巨大な青龍刀。

 それを二つ柄の部分で連結させ一つの武器として振るいながら一夏の連撃を軽くいなす。

 観客席から見ているだけで余裕なのがよく分かる。すぐにでも凰の方から攻めることは簡単なはず。今こうしているのも一夏の実力を図る為か。

 

「この距離での戦い方を選んだってことは龍砲のことは知ってるのね。けど、一夏にしてはちょっと賢すぎる戦法ね! 大方、デュノアの天才御曹司が吹き込んだ悪知恵でしょうッ!」

「ぐぅぅッッ!」

 

 雪片を捌きった後に繰り出された青龍刀による強烈な一撃。

 押された一夏は何とかふんばる。しかし、僅かだが隙が生じてしまった。

 それを凰が見逃すわけはないだろう。一夏が攻勢なのも後わずかか。

 

「凰鈴音さん、彼女やりますわね。大口を叩けるだけの実力はありますわ」

「ねぇ、テオ。確か凰さんってISに関わるようになって一年経ってるかどうかってところだったよね」

 

 セシリアと簪が目の前の光景を見て言った。

 凰の経歴は簡単にだが調べさせてもらった。

 一夏がいた中学校を転校した後に中国へと渡った凰は一年、いや約半年ほどで代表候補生になった。

 それだけでも驚異的だが、それに加え短期間で専用機持ちにまでなった。努力の賜物なのは勿論、同時に高レベルで天性の才能を持っている。

 そうした者が努力すれば更に手強い。

 

「よくもまあ避け続けるじゃない! 衝撃砲(龍砲)は砲身も砲弾も目には見えないのに!」

「対策はしてきたから、なッ!」

「ふーん、そういう割りには防戦一方じゃない! その強がり何時まで続くのかしら!」

 

 ハイパーセンサーが知らせてくれる空間の歪みと大気の流れで砲弾や砲身が見えなくても一夏は回避を続けられ、何とか反撃も出来ている。

 しかし、始めのように攻勢には出られていない。回避できているが致命的な一撃を食らっていないだけで完全回避とはならず、シールドエネルギーは徐々に一夏の方が減っていく一方。

 一夏が押されている状況。本人もそれを理解しているようで逆転の一手を思い浮かべたように右手の雪片を握り直していた。

 

「一夏さん、決めるみたいですわね」

「この状況をひっくり返そうと思ったらアレやるしかないから……あれ? シャルロットさん、大丈夫?」

 

 簪が隣に座るシャルロットへと心配そうに声をかけた。

 心配するのは無理もない。何せ、シャルロットは両腕で自分を抱きしめ寒そうに震えているのだから。

 まるで何かを感じ取ったように。

 

「う、うん。大丈夫……でも、さっきから何だか嫌な感じがして……それに見られてるような鉄みたいに冷たい視線を感じて……」

 

 シャルロットのニュータイプのような感じ様。

 

「……」

 

 俺はアリーナ上空へと視線を向ける。そこに何もいない。

 だが言われてみれば、そのような感覚や視線を俺にも感じ取れる。

 きさま見えているな。しかし、具体的な居場所は掴めない。まだ何も動きを見せないということは奴もまたアレを待っているということか。

 やはり、この時の目的は――。

 

「うおおおおっ!」

 

 瞬間加速をしたまま一夏が凰へと迫る。

 刃が当たりそうなった瞬間。

 

「きゃぁぁぁっ!?」

 

 激しい衝突音と共にアリーナ全体が大きく揺れる。観客席で巻きあがる悲鳴。

 天井からアリーナ全体を包む遮断シールドを突き破って物体が上空から落ちてきた。

 それはステージ中央にいるが舞い上がった土煙で肉眼だと姿はまだ確認できない。

 

「えっ? えっ?」

「何々!?」

 

 突然のことに客席は騒然として慌てふためく。

 

「非常事態ですわね」

「その様だ! 現状把握の後、他の皆を守りつつ迅速な対応を!」

「うんっ!」

 

 俺達専用機持ちは早速行動を起こす。

 すぐ近くで対峙している一夏達も行動を起こし、落下してきた物体の対処をしようとしている。

 本来なら一夏達も避難するべきだろうが俺達観客が避難しやすいように自分達へと注意を惹きつけようとしてくれている。

 それに避難したくてもできないのだろう。

 

「あ、あれはっ!?」

「レーザー!? いえ、アレはビーム!」

「ブルーティアーズのレーザー以上の速度でしかも威力が高いな」

 

 一夏へと放たれるエネルギー攻撃。

 それはビームであるが、一般的に普及しているビームとは比べ物にならないぐらい遥かに弾速が速く威力が高い。

 ビームを連射したおかげでなのか土煙が晴れ、それは姿を見せた。

 

「何、あれ……」

「人? IS?」

「にしては全身が装甲のようなもので覆われていますが」

 

 簪、シャルロット、セシリアが口々に言う。

 

 現れた全身を装甲で包んだ人型の異形。

 ISであってISではない存在。

 ゴーレムⅠ。ようやく現れたか。

 そんな場合ではないと分かっているが今日この時、原作通りに変らずゴーレムの姿を見れたことに感動し、嬉しくなっている。

 

「テオ?」

「おっとすまない、シャシャ。そんな場合じゃなかったな」

 

 惚けていたと思われたのかシャルロットに心配そうに声をかけられる。

 目の前の光景に目を奪われていたが事態はよくならない。

 

『テオ!』

『ン、楯無か』

 

ISの通信回線を使った楯無から通信が飛んできた。

 

『そっちは大丈夫?』

『ああ。不安と混乱はあるが怪我人はいない。しかし……』

 

 言いながら俺はとある方向へと意識を向ける。

 

「扉が開かない!」

 

 扉からそんな風に叫ぶような声が聞こえた。

 観客席から外へと続く扉の方には人盛り。そこで足並みが止まっている。扉が開開かず出れない。

 扉は電子扉。ハッキングされて正常な操作を受け付けない。

 

『外に出たくても出れない状況だ。外はどうなって、現状は把握できているか?』

『所属不明機が乱入してきたのは把握済みよ。それの対応しているのが一夏君ってことも。で、今テオ達一年生がいるアリーナは外部からハッキングされて閉じ込められている状態ね。しかも、遮断シールドのレベル4へと勝手に変更されてるみたい』

『ふむ。織斑先生はもう対処に出ているのだろう?』

『ええ。織斑先生からの要請で3年生の精鋭がシステムクラックを実行中。教師陣は解除後の突入準備しているわ。ただやっぱり時間がかかりそうね』

 

 状況は原作(俺が識る世界)と変わらずか。

 レベル4の遮断シールドは最高峰の防御力を誇って純粋に硬いが、いざという時は破壊して突破できる。

 もっともあまり褒められた行為ではないが。

 

『そう難しい顔をしないで。皆の生徒会長、更識楯無よ。多少のおいたに目を瞑らせることは出来るわ』

『それは助かる。おいたは奥の手だな。それからそんな顔はしてないぞ』

『何だかんだ付き合い長いもの。見なくても声から想像できるわ。ただ、もう少しそのまま観客の皆のケアに務めてくれると助かるわ』

『そうするさ』

 

 ゴーレムは一夏達に任せておけばいい。

 事態解明は外にいるものに任せておけばいい。

 

「今、外にいる更識生徒会長と連絡がついた。現在、3年生の先輩方がドアロックの解除を頑張ってくれている。解除後は先生方が救出してくれるそうだ。もうしばらくの辛抱にはなるが安心してほしい。もしもの時は俺達専用機持ちが全力で守る!」

「先輩と先生達が……?」

「よ、よかった~も、もう少しの我慢……!」

「やっぱり、まだ怖いけどデュノア君達も一緒にいるんだし大丈夫だよねっ!」

 

 俺の言葉に反応は様々だが、ひとまず混乱や不安は落ち着く方向に向かいつつある。

 こんな風に俺が今できることは周りの不安や混乱を落ち着かせ、事態が解決するまで大人しくするほかない。

 

 しかし、そうはいかないものはいる。

 

「篠ノ之さん、待って!」

「は、離してくれ!」

 

 何やら簪と篠ノ之が揉めているみたいだ。

 珍しい。何処かへ行こうとする篠ノ之を簪が引き留めたのが原因みたいだが。

 

「落ち着け二人とも」

「テオ」

「ッ、デュノア……」

「大方一夏絡みでじっとしていられないところだろうが、だとしても何処へ行こうというのだね」

 

 大体察しはつくが一応聞いてみた。

 

「ど、何処だっていいだろ。もしかしたらまだ何処かに出口があるかもしれん。何もこの事態を解決できないだろうがせめて今の一夏に発破をかけるぐらいは……!」

 

 今の一夏を見ていられないが故にか。

 実際、一夏達はゴーレムに対して何度もアタックを試みているが成功せず、押されている状況。甲龍の大型青龍刀である双天牙月が地面に投げ出されているのが現状の過酷さを物語っている。

 だとしても篠ノ之が動いたところで何もならない。むしろ、一夏達の邪魔になる。実際、原作ではそうなる。

 止めるべきか。しかし、原作の展開を思うなら……悩んでいると意外なものが意外なことを言った。

 

「織斑君の力になりたいっていう篠ノ之さんの気持ちも分かる。けど、目立つようなことするのは危ないよ。頑張ってる織斑君の邪魔になっちゃう」

 

 意外にも簪がそんなことを言った。

 口調はしっかりとして淀みないが、それでいいて篠ノ之に寄り添っている。

 芯が強いんだな、簪は。

 

「だったら、私はどうしてればいいんだ……!」

「悔しくて辛いかもだけどそれでもやっぱり今は待つしかないよ。そして、全て終わったらちゃんと出迎えていっぱい労ってあげよう」

「……ッ」

 

 納得しきれたわけではないだろうが、言われたことはよく理解しているようだ。

 言葉こそなかったが篠ノ之は何処かへ行こうとする素振りをやめた。

 

「心配せずとも一夏はやる男だ。ほら、よく見ろ」

 

 ステージ中央では何やら凰と打ち合わせをする一夏の姿があった。

 利き手に握られている雪片に意識が向けられているのを見るに衝撃砲を背中で受け止め、零落白夜を叩き込む算段だろう。その一手で決めるつもりだ。

 そうくるのならば、あの流れにしたほうがいいな。

 

「セシリア、頼めるか。使用許可は取り付けてある」

「えっ? ああ……なるほど、そういうことですか。分かりましたわ。お任せあれ!」

 

 流石セシリア、聡い。

 ちらりと一夏達の様子を見ただけで、俺がやろうとしている意図を理解した。

 瞬間加速からの零落白夜が直撃すれば大ダメージになるが、完全には仕留めきれない。仕留めようとしても一夏達にはもう力が残っていない。そこでセシリアの出番。

 

 出口へと人が集まったことで人がいなくなった観客席の一角へ向かいながら。

 

「遮断シールドは現在レベル4と最高峰の防御力を持っているが、ブルーティアーズの最大出力からの一斉射撃なら打ち破れる。俺は発射後、念の為一夏達のカバーに入る予定だ」

「了解しましたわ。ということは一夏さんがエネルギーシールドを剥いだあの未確認機に攻撃するということはやはり無人機ということですわよね」

「そこまで気づいていたのか」

「半信半疑ですけど、もしやと思いまして。生身の人間なら怯むような一夏さん達の攻撃に対して怯む素振りもなかったですし、人間では不可能な動きをしてましたから。それどころか動きそのものから人間みを感じませんでしたし」

 

 ISは人が乗らないと動かない。

 それがこの世界にいる者達にとって常識ではあるが、その常識を覆すほど奴は異質だ。

 だからこそ、無人機というのが脳裏に過るというもの。

 

 到着するとISを展開し、セリシアは構えた。

 

「さあ! 撃ち抜きますわよ!」

 

 遮断シールドを突き破ってゴーレムへと迫るブルーティアーズのライフルとビット4基からなる最大出力の一斉射撃。

 右腕とエネルギーシールドを失ったゴーレムはなすすべなく喰らい、ゴーレムは地上へと落下した。

 

「助かったぜ、テオドール、セシリア! 流石だな!」

「当然ですわ! わたしくはセシリア、オルコット。イギリス代表候補生にして、テオの妻なのですから!」

 

 誇らしげに言うセシリア。

 実際、流石なものだ。切り落とされた右腕以外に残った頭部や左腕、腹部や両足を見事に撃ちぬいている。

 

「テオ、やりましたわね」

「おいおい、それはフラグだぞ」

 

 実際この後、ゴーレムは再起動するのだが最後の悪あがきみたいなもの。

 あれだけ撃ち抜かれたら、原作ほどの脅威はなくなるだろう。

 これでひとまず。

 

「――……何」

 

 しかし、様子が違う。一夏へと攻撃が来ない。

 それどころか土煙の中でゴーレムがゆっくりと立ち上がるのが見えた。

 手には双天牙月が握られているのが確認できる。

 そして次の瞬間、目を疑うようなことが起こった。




ついに始まった一夏vs鈴の戦い。
ゴーレムの襲来。
そして、本来の徒は少し様子の違うゴーレムの再起動。
簪が箒を説得したりといろいろありました。

シャルロットが段々とニュータイプ感染していますが今は感じ取るだけで戦闘時に先読みできるレベルでは感じ取れないのってイメージです。

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STORY38 覇者のステージ、ゴーレム狂騒曲

「な、何だこれはっ……!」

 

 柄にもなく素で俺は驚愕の声を漏らしてしまう。

 本来ならここでゴーレムⅠは残った左腕に全エネルギーを集めバーストモードで一夏にビームを放つという最後だった。

 しかし、目の前の光景は違う。倒れたゴーレムは残った左腕で近くあった双天月牙を掴むとゆっくりと立ち上がった。

 

そして――。

 

「私の双天月牙が……!」

「喰われてるっ……!?」

 

 オープンチャンネルで一夏と凰の驚く声が聞こえる。

 本来なら存在しないのはずの口が現れ、魔物が餌を捕食するかのように激しい音を轟かせながら双天月牙を喰らいつくした。

 そして、変化はすぐに現れる。

 

「こ、壊れたところが……!」

 

 セシリアが驚愕の声を揚げる。無理もない。

 ブルーティアーズのレーザー攻撃を一斉に浴び、墜落して破損した部分がみるみる修復されていくのだから。

 双天月牙を取り込んで修復素材としたのは明らかだ。原理としては不要な部分を認識、その構成素材を分解して吸収、別の形状へと再構築していくといったものだろう。その光景はまるで装甲が展開していくかのようだった。

 

 変化はそれだけではない。

 

 

『――』

 

 

 気配が変わった。冷たく無機質かつ機械的なものから、自分勝手で楽しさを追い求めるような、それでいて何か壮大な目的がありそうな気配へと。鋼鉄を引き裂いて内側から顔を出してきた得体の知れない生々しい意識。

 アイツだ。誰の意識なのかすぐさま分かった。本人と相まみえたことはないがよく識っている。

 

「うっ!?」

「一夏!」

 

 再起動したゴーレムは左腕を構えると一夏へと迫る。

 それを見たと同時にラファールを展開。更に観客席を飛び出し割れた遮断シールドの間を通って一夏達の元へ向かう。

 突然の出来事。迫り来る危機に対して一夏は咄嗟に防御態勢を取った。凰も一夏を守ろうとする。

 しかし、消耗した二人の守りはあまりに脆い。相手が左腕一本だとしても致命傷になりかねない。

 ここで倒れられては困る。だからこそ――。

 

「――そこまでだ」

 

 左腕をソードで弾き、ゴーレムと一夏の間に割って入った。

 防御は成功した。二人は無事だ。一夏はこちらをぼーっと見惚れているが。

 

「ぁ……」

「一夏、何を惚けている! お前達はよくやった。後は俺に任せて今のうちに凰共々観客席へ避難しろ!」

「あっ、えっ? けど、そしたらテオドールが!」

「俺を誰だと思っている。何、案ずるな。勝つのは俺だ!」

 

 ゴーレムと対峙しながら俺はそう言った。

 とはいっても、一夏がそれで大人しく聞き分けるような奴ではない。

 だが、一夏の隣には凰がいる。

 

「そうは言ってもよぉ!」

「悔しいけどここはこいつに任せるしかないわ。行くわよ、一夏!」

「ちょっ、鈴!?」

 

 凰は状況とタイミングをよく理解している。

 一夏を引っ張って下がってくれた。

 それでもまだ心配性な者達は多い。

 

『わたくし達が加勢しますわ!』

『うん。テオ一人には!』

 

 セシリアとシャルロットが加勢してくれようとする。

 気持ちはありがたい。

 だが。

 

「案ずるな、俺に任せればいい。ここからは俺のステージなのだから!」

 

 啖呵を切りながら俺はゴーレムへと斬りかかった。

 

 修復したとは言え、完全修復したわけじゃない。切り落とされた右腕は以前、地に伏したまま。

 エネルギーシールドを使い、一夏達にダメージを与えていたことを考えるに原動力はやはり、ISコアだろう。

 ISコアを使い半永久的なエネルギーを有していても、そこから消費したエネルギーは当然ある。万全ではない。

なのに。

 

「ッ! やるな!」

 

 左腕一本のみで繰り出す攻防の鉄拳。この威力でこの速度。

 機械特有の正確さはそのままに天性のものを感じさせる狙い所と捌き方。

 一連のフリすら感じさせないほどの圧倒的な天才的な才能。

 間違いなく篠ノ之束だ。

 

「しかし、何故だ」

 

 分からない。

 こんな展開は本来ない。

 

 そもそもゴーレを差し向けたのはおそらく一夏の実力、零落白夜を確かめる為だろう。

 だったら、この展開は俺のことも確かめに来た? その考えは自意識過剰か。こんな手の込んだことをするような奴では……ないとも言いきれない。

 

「――ッ」

 

 悩む俺をあざ笑うような鉄拳による攻防。

 

 考えてもこの展開の意図は分からない。強いて分かることがあるとすれば、今奴は楽しんでいる。それは気配からも明白だ。

 俺が分からないと頭を悩ますのをおもしろがっている。

 

「おもしろい」

 

 向こうが面白がるのなら楽しむまで。

 考えるのは後だ。一夏や零落白夜のデータを取ったようにこちらもお前のデータを取ってやろう。

 

「はあああっ!」

 

 斬撃の乱舞を叩き込む。

 相手の被弾は増えていくが致命傷になりそうなのは俺の太刀筋を見事な見切りで避け、回避できないものは捌いてダメージを減らす。

 近距離、特に剣との間合いが絶妙だ。相変わらずの才能、センスの良さはあるだろうが経験から来るもの。確か篠ノ之の家は剣術道場、そして長い間隣にいた人物である織斑千冬は剣士。剣に慣れ親しんでいるのだろう。

 

「ならば! さぁッ!」

 

 幾度の鍔迫り合いの後弾いてできた間合いと一瞬。

 すかさず両脇から放つ単装砲とレールガン。

 とっさのことでも怯むことなくゴーレムは正確に対処してみせる。

 それでも無傷で回避とはならず、ゴーレムは多くの傷を負った。

 手ごたえこそはあったが決め手にならないことは想定済み。

 

「これで!」

 

 更に畳みかけようとした時だった。

 

「――」

 

 俺は動きを止める。

 目の前では突然、ゴーレムが無防備に崩れ落ちていた。

 その姿はまるで糸の切れた操り人形かのよう。

 

『エネルギー反応確認できず。敵機完全沈黙』

 

 ラファールの知らせが届く。

 俺の方でも探ってみたが気配もしなくなった。

 もう動き出すことはないだろう。楽しいひと時は突然終わってしまった。

 

「本当、自分勝手だな」

 

 見たいシーンを見て一人満足してその後のことにはもう飽きたようなこの感じ。

 それを感じてぼやかずにはいられなかった。




ついに現れた束さん(仮)。強い。
篠ノ之家の体術を使う束さん見たくない? 見たい!

ゴーレムのデザイン、今ではアニメやオーバーラップ版が主流ですがMF版のデザインも捨てがたい今日この頃です。

感想お待ちしております


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STORY39 覇者VS簪→仲直りはパーティーで

2022年5月1日追記

https://syosetu.org/novel/286623/
短編を投稿しました。R18禁の話なのでご注意を。


 いろいろなことがあったクラス対抗戦の後もいろいろなことがあった。

 まずあの日の対抗戦は正式に中止。後日、改めてという形になった。

 

 肝心の侵入者であるゴーレムはあの後、学園側に回収された。

 そしてあの乱入騒動、ゴーレムについては観戦していた生徒全員に緘口令が敷かれた。

 それから一夏や凰、俺やセシリアといった命令を聞かずISを使った者達は緊急事態ということもあって口頭での注意と反省文提出。たったそれだけで処分としてはあまりに軽い。

 ゴーレムについて調べることは難しくなったが出来ることは多い。

 

 しかし、一つ意外なことが起きた。

 

「いや~何だか悪いな、テオドール。俺の代わりだなんて」

「何気にするな。適材適所という奴だ。お前は元気になったとは言え、白式が本調子ではないしな」

 

 今いるのはアリーナのピット内。

 今日は先日中止になった対抗戦の再試合をする日。とは言え、対抗戦ではなく残るクラスの実力がどれほどなのかデータを取る為のもの。

 対抗戦そのものは中止のままなので勝っても負けても特に何かあるわけではない。

 

 そして本来なら今日も一夏が出るのだが先日の乱入事件からそんなに経ってない。

 あれだけの戦闘。加えて龍砲を受けたにも関わらず一夏は軽い打撲で済んだ。だが、白式はそうはいかない。蓄積ダメージが中々のものだったらしく休むほかなかった。

 そこで代役となったのが俺。

 言った通り適材適所というのもあるが。

 

「それに他でもない簪からの指名。受けないわけがない」

 

 試合形式を取っているがデータ収集が目的。

 優勝賞品はなくなり形骸化したことで相手を自由に選べるようになった。

 そこで俺が簪に指名された。

 

「何だか嬉しそうだな、テオドール」

「簪が指名してくれるとは思っていなかったからな。簪の戦い方、日本の第3世代型ISがどんなものかも楽しみだ」

 

 打鉄弐式はまだ完全に完成していないようだが一応完成のめどはついたらしい。

 対抗戦に出るに際して策があるとも言っていたからそれも楽しみだ。

 

「ン、時間だな」

 

 準備完了の知らせが届いた。

 いよいよ試合がはじまる。

 

「では、行ってくる。一夏、付き添い感謝する」

「そんな大層な。俺が勝手に付き添っただし。頑張れよ、テオドール」

 

 一夏と別れるとピットを出てラファールを展開し、カタパルトから発進した。

 俺がアリーナ中央に着くと続けざまに簪はやってきた。

 身に纏う機体は打鉄弐式ではあるがその姿は俺が知る姿とは少し違っていた。

 

「それが言っていた策か」

「うん、打鉄弐式は打鉄だから」

 

 両肩の横に浮く巨大な二つの砲身。

 前腕や足の姿も打鉄弐式本来のものとは別のものになっている。

 打鉄弐式としては初めて見る姿だが武装や腕と足は見覚えがある。

 

「それは打鉄の火力特化パッケージ<双撃>だな」

「正解。流石だね、テオ」

 

 打鉄のパッケージをつけた打鉄弐式。

 それは打鉄の後継機であり、同じ四肢換装機構を持つ弐式だからこそできる姿。

 武装が完成していないのなら完成している武装を使う。いい策だ。

 後継機としての互換性をしっかり発揮できている。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 開始の合図と共に俺達は試合を始めた。

 

 どちらからともなく詰める間合い。

 轟音響かせながらぶつやり合う剣と薙刀。

 俺達は力強く押し合う。お互い一歩も譲る気はない。

 

「ッ! やっぱりテオは強い!」

「簪も中々のものだ!」

 

 刃を交えながら俺達は言葉を交わす。

 まずは挨拶がてらの近接格闘戦。

 数度ではあるが刃を交えたことで簪の実力は大体分かった。これまでの努力と研鑽が計り知れる。

 だが、こんなものではないはず。簪と戦うなんて早々ない折角の機会だ。専用機持ちの日本代表候補生、その真髄確かめさせてもらう。

 

「これはどうだ!」

「くッ! うぅっぁあっ、これッぐらいっ!」

 

 俺が叩き込んだ一撃を簪は受け止めたもののよろけたてしまった。

 だが持ちこたえ、即座に距離を取って反撃。

 こちらが捉えたのは脚部の一部が開き、放たれるミサイルの数々。

 両手に呼び出したライフルで迎撃すると俺の目の前は爆煙で覆われる。ほんの一瞬のことだが俺から視界を奪えた。簪の狙いはこれか。次が来る。

 

「てぇぇいっっ!」

 

 目の前の爆煙を突き破るように放たれるレールガン。 

 その向こうでは両肩の横にある巨大な砲身を構える簪の姿があった。

 

「ちょいさ!」

 

 回避した体の動きをバネに簪へと迫る。

 死角を取った。ハイパーセンサーで捉えられているだろうが振り向いて反応するにはもう遅い。

 だが、このままやられる簪ではない。

 

「まだ、まだぁっ!」

 

 死角へと向けられる両肩の横にある巨大な砲身。

 伸びていたバレルが奥へとスライドし、縮んだ砲身に形成されたのは巨大なプラズマブレード。

 このまま実体剣でぶつかればこちらが打ち負ける。即座に引っ込め、回避に努める。

 

「嘘!? 今のをこんな綺麗に避けるの!?」

「ガッカリする必要はない。今のは中々肝が冷えたぞ」

 

 レールガン、脚部ミサイルといった武装を巧みに操る火器管制能力。

 間合いや死角とった空間に対する把握の能力の高さ。

 そして、今使っているパッケージに対する深い理解力。

 

 簪が弐式の操縦者になれたのも分かる。

 これは読んで識るだけでは分からないこの世界で実際に自分の身体で感じた実体験。

 いい経験をさせてもらった。だからこそ。

 

「まだまだこれからだ。さあ簪と打鉄弐式、その実力と真髄もっと学ばさせてもらうぞ。ゆくぞ!」

「――ッ、来てッ! 私ももっと全力で行くから」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ん~! このケーキ最高~!」

「このエクレアも美味しいよ! 食べてみて!」

 

 時は経ち、再試合があった日の夜。

 寮の食堂は夕食が終わったというのにいつも以上の賑やかさに包まれていた。

 

「対抗戦が中止になって学食デザートの半年フリーパスがなくなったのは残念だけどまさかこんなことになるなんて!」

「本当本当。今日だけとは言え、こんな美味しいスイーツ食べれるなんて思ってもなかった!」

「何もないって思ってたからめっちゃ嬉しい!」

「ね。しかも、1組だけじゃなくて1年生全員食べさせてくれるなんてデュノア君様々だよ~!」

 

 皆笑顔で喜んでいる。

 聞こえてきた言葉の数々は大変気分がいい。

 嬉しそうなのは彼女達だけではなく遠くにいる俺の隣にいるセシリア達もまた同じだった。

 

「皆さん、大喜びですわね」

「これだけ喜んでもらえたのなら頑張って用意した甲斐がある」

「テオ、いろいろなところから取り寄せてたからね。低カロリーのものとかも調べてたし」

 

 今はスイーツパーティーの最中。

 場所こそは学園に協力してもらい寮の食堂を借りたがスイーツは全て俺の自費だ。

 有名どころは勿論、カロリーが気になる者達用に果物など低カロリーなものまで用意した。

 

 今回のパーティーは彼女達が言っていたように対抗戦が中止になったことで優勝賞品だった学食デザートの半年フリーパスがなくなった代わりにやったというのもあるがもう一つ開催した理由がある。

 

「けど、テオドールがこんなことをするなんてな」

「対抗戦が中止になって学食デザートの半年フリーパスがなくなったのもあるがあんなことがあったんだ。癒しは必要だろう」

「それはそうだな」

 

 一夏はあの時のことを思い浮かべてか複雑そうな表情をした。

 俺達専用機持ちは事態の収束に注力していたが、ただ試合を見に来ていて生徒達は混乱と恐怖に支配されていた。

 そのケアは必要だ。好感度稼ぎと言われれば、それまでだが。このケアをやっていれば似たようなことが今後起きた時、役に立つ。

 

「そういえば、対抗戦は中止になったけど今日やった試合凄かったよな。テオドールと更識さんの」

 

 ふいに一夏が思い出したように言った。

 それを受けてセシリアが言葉を続ける。

 

「それは確かに。日本代表候補生、そして専用機持ちは伊達ではなかったですわね」

「あれだけの武装を使いこなしながらちゃんと間合いとか相手の様子をしっかり捉えられてるのが見てるだけで伝わって来て凄かったよ」

 

 簪に対するセシリアとシャルロットからの評価は高い。

 同じ代表候補生、専用機持ちから見てもそれだけ簪の実力は確かなものだ。

 簪は照れくさそうにしてながらもしっかりと賞賛の言葉を受け止め喜んでいた。

 

「あ、ありがとう。頑張った甲斐ある」

「戦闘もそうだが特に打鉄の後継機という特性活かせていたのはよかったぞ。あれは素直に感心した。あれを見れただけでも簪と戦えてよかった」

「もう大袈裟。けど、私もテオと戦えたのはよかった」

 

 そんな風に話している時だった。

 

「あら、あれは……2組の」

 

 セシリアが何やら気づいた。

 視線の先を追うとそこには凰がいた。

 彼女もこの場にいてもおかしくない。ずっと遠くの席にいるのは把握していた。

 だが今はこちら、というより一夏を見ている。しかも、何か言いたげだ。

 それにセシリアも気づき、凰へと近づいて声をかけた。

 

「そんなところで何やってますの。一夏さんに用があるならこちらへいらっしゃい」

「ちょ、ちょっと!」

 

 セシリアに手を引かれて凰は一夏の前へと連れた来られた。

 

「……」

「……」

 

 気まずそうな二人。

 そう言えば、二人はまだ仲直りはしてなかったか。

 本来なら保健室で仲直りするはずだった。しかし最後、再起動したゴーレムに突貫した一夏が気絶するというくだりがなくなった為、二人の仲も有耶無耶なままになってしまったようだ。

 見たところ、試合したことや日が立ったことがあってか怒りは収まったみたいだ。

 いや、だからこそというべきなんだろう。時間が経ち、冷静になったことで面と向かってもどうしたらいいのか分からないといったところだろう。

 

「鈴」

「な、何よ」

「この間はいろいろ言いすぎたりして悪かった。謝ってばかりになるけど本当すまんかった」

 

 一夏は頭を下げ素直に謝った。

 面食らいながらも凰は。

 

「ま、まあ……あたしもムキになっちゃってたし……もういいわよ」

 

 いろいろなことがあり、気持ちの面でスッキりしたこともあってか凰は素直に謝罪を受け入れた。

 だからか、一夏はここぞとばかりに言葉を続ける。

 

「酢豚のことも事も悪かった」

 

 それを言うのか。まったくずるい男だな、一夏は。

 今更そのことを掘り返されると思っていなかった凰は当然慌てふためいた。

 

「いい、いいっ。そんな人前で言わなくていいからっ。あんたがどう思ったか今更確かめるまでもないけど毎日食べても飽きないほど料理上手くなってみせるから会えなくてもあたしのこと忘れるんじゃないわよってことだから。うんっ! そうに違いない!」

 

 誰が聞いても誤魔化しているようにしか聞こえない。

 まあ、今言った様に言うしかあるまい。流石にな。

 今の一夏はあの言葉の真意を知っているが本人がこういうのなら深堀出来るような内容でもないし半信半疑といった顔をしながらも納得していた。

 

「そ、そうかなのか? だったら、どれぐらい上達したのか気になるな。というか、こっちに戻ってきたってことはまた店やるのか? 鈴の料理も食べてみたいけど親父さんの料理上手かったからまた食いたいよ」

「あー……その、お店はもう……しないんだ」

 

 暗い顔をしながら凰は一夏にその事情、両親の現状を説明した。

 人前ということもあって大分端折ったり伏せた部分はあったがそれでも一夏は事情をしっかりと理解して神妙な面持ちをしていた。

 

「家族って……難しい、ね」

 

 一夏の顔を見て凰は暗い雰囲気を誤魔化すように小さく笑った。

 

 仲睦まじかった両親がすれ違い、家族がバラバラになる。

 俺もまた凰の家の事情を識っているから何故こうなったのはいろいろ想像できるが子供にしたら自分の力だけではどうしようもなく難しさを痛感させられる。

 我がデュノア家とて今は丸く収まったが本当ならバラバラだった。丸く収まったのだって結果的に上手くいってただけで余計拗れていた可能性だってあった。

 そう思えば、家族の難しさ……凰の言葉は多少なりと実感できた。

 

 影のある笑みをする凰を元気づけたくなったのかとんでもないことを言った。

 

「そうだ。怒らせっぱなしだったしお詫びと言っちゃ何だが今度一緒に地元に行かないか?」

「えっ? まさか、そ、それってデ――」

 

 一夏にしたらデートなんて気は更々なく元気づけたい一心なのは分かる。

 しかし凰は嬉しそうな顔をしながら当然期待してしまっているし、周りも期待の色をにじませながらざわつく。

 好意を向けてる相手から誘われたらそうなるよな。

 

 けれど一夏は期待を裏切ってくれる。いい意味の時もあるが、今は悪い意味で。

 

「そうだ。五反田も呼んで久しぶりに3人で集まるのもいいかもな!」

「……」

 

 案の定、凰の顔から笑顔は消えた。

 やはりショックを受けている。それどころか両肩落としてやっぱりかといった表情をしていた。

 

「お気を確かに。元気出してください。前途多難のようですがよろしければ相談乗りますわよ」

「今は何だかそう言ってもらえると助かるわ……」

 

 あまりの様子を見かねたセシリアに慰められた凰は満更でもなさそうだった。

 周りにいる皆も凰に同情的だ。

 そんな雰囲気こそは感じ取っている一夏だが皆が何故同情的なのは分からず不思議そうにしている。

 それを見て簪は一言

 

「前途多難」

「まったくだな」

 

 まあ、まだ始まり出したばかり。

 時間はある。なるべくしてなっていくだろう。

 




打鉄弐式のこのギミック公式設定としてあるけど二次創作で使われてるの見たことない。
使われている作品では使われているんでしょうか。


今回で1巻部分の話は終わりました。
次回からは2巻!どうなっていくのかお楽しみに~!!

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