結崎ひよのは告らせたい (緑茶わいん)
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結崎ひよのは告らせたい
人を好きになり、告白し、結ばれる。
それは、とても素晴らしいことだと誰もが言う。
だが、それは間違いである!
恋人たちの間にも明確な力関係が存在する!!
搾取する側とされる側! 尽くされる側と尽くす側!!
勝者と敗者!
決して敗者になってはならない! 恋愛は戦!
好きになった方が負けなのである――。
□ ■ □ ■ □
私立月臣学園。
秘密裏によからぬ企みを進めていたりいなかったりする、由緒正しい(?)大規模な学校。
各種設備を充実させ、全国から才能ある者や一芸に秀でた者を集めているこの学園には当然、個性的な人材が多く在籍している。
大半が、放課後になれば部活動や委員会活動、課外活動に精を出しているが――。
その中でも
部員数は、二名。
「なんだか私達、有名人になってるみたいですよ」
新聞部部長、月臣学園二年の結崎ひよのは何気なく言った。
二人分のティーカップに紅茶なんぞを注ぎ、片方のカップをソファで足を組んでいる青年の前に置く。
「だいだいあんたのせいだと思うが」
新聞部部員、月臣学園一年の鳴海歩は答えて溜息をつく。
置かれたティーカップを無造作に手に取ると、もう片方の手に持った文庫本へつまらなそうに目を落とす。
素っ気ない態度にひよのは瞳を潤ませた。
「ひどいっ。鳴海さんだって散々、人の弱みを握って脅したり、女の子を誑かしたりしてたじゃないですか!」
「人聞きの悪い言い方をするな。後者は身に覚えがないし、前者はあんたの専売特許だろう」
「私、簡単に『脅した事実』なんて残しませんよ?」
「そういうことを言ってるんじゃない」
仕方なさそうに文庫本を閉じる歩。
絶世の美形にして、かつては天才ピアニスト、少し前までは名探偵と呼ばれた刑事、今は裏社会を暗躍する神の如き者――兄・鳴海清隆譲りの端正な顔立ちはしかめっ面を作っている。
というか、特に理由が無い限りしかめっ面をしていることの方が多い彼だが、これでも以前のある事件から校内での人気はかなりあったりする。
特に女子生徒の中には、今もなお、顔を見るだけで歓声を上げる者がいる。
「というか、あんた。仕事は終わったんじゃないのか?」
「んー。いえ、それはそうなんですが、違和感を残さず学園を去るには手続きが要りまして。いわゆるロスタイムみたいな奴です」
そういう鳴海さんこそ、と、ひよのは尋ねる。
「今日はご用事はないんですか?」
「病院は明日。兄貴との予定は明後日だ。急に誰かが訪ねてこない限りは暇だな」
「ふむふむ」
顎に握りこぶしを当てて頷く。
いかにも何か考えてますよ、というポーズに歩が呟く。
「だからって、あんたの相手はしないぞ」
かかった、とひよのは内心、不敵な笑みを浮かべる。
実際の顔はにんまりとした可愛い(結崎ひよの調べ)笑顔で歩に近づき、その顔を覗き込む。
「あれあれ、鳴海さん? 私、そんなこと一言も言っていませんが、もしかして期待してくれていたんですか?」
◇
「あんた馬鹿か? 普段の行いを考えてから言ってくれ」
しまった、しくじった。
歩は内心で冷や汗をかき、その明晰な頭脳をフル回転させていた。
――恋愛において「好きになった方が負け」は絶対のルール。
最愛の義姉が兄・清隆が好き放題するのを「仕方ないなあ」と許容しているのを見てもそれは明らか。
故に結崎ひよのに対し好意をアピールすることは即・敗北に繋がる。
あくまでも向こうから惚れさせなければいけない。そう、相手が先に自分のことを好きになったのだ、という事実が残りさえすれば何の問題もない。
そもそも、歩にはひよのに告白できない理由がある。
彼には時間がないからだ。
とある事情から残り寿命の少ない歩は二十歳まで生きられる保証がない。たとえ誰かと結ばれたとしても、添い遂げることなどできはしない。
加えて言えば、ひよのはもうすぐ『転校』していく立場。
自分勝手な都合で引き留めることなどできようはずもない。これが向こう側の都合、そう、例えばひよのの側が歩に惚れてしまったというのなら別だが。
「ただでさえ『あの二人は付き合ってるんじゃないか』とか言われてるんだぞ」
肩を竦め、さも嫌そうに言って。
「あんたならこんな噂、とっくに知っているだろうが」
暗に「知っていて放置しているのか」と
心なしか、ひよのの笑みが深くなったような気がした。
◇
鳴海さんの馬鹿!
ひよのの脳内はそんな言葉で埋め尽くされていた。
「ただの噂がそんなに気になるんですか、鳴海さん?」
「事実無根の噂を放置しておくのは寝覚めが悪いだろう」
ひよのは、歩を惚れさせなければならない。
何故なら、歩には誰かがついていないといけないからだ。
――寂しくないはずがないんです。
ひよのと歩は恋人同士ではない。
友人ではなく、ただの先輩後輩とも言えない、無関係と言うのが正しく、もっと言えば敵同士と認識する方が正しいかもしれない。
それだけのことを「結崎ひよの」はやらかしているし、それはもう取り返しがつかない。
――それでも、この人の傍にいてあげたい。
だが、もうすぐひよのは学園からいなくなる。
仕事上の都合なので己の一存ではどうにもならないが、この間、終わったばかりの仕事が延長されれば話は別だ。
例えば、依頼主である歩の兄から「弟には君が必要だ」と言われるとか。
とはいえ清隆がそんなことをするはずがないので、話をそちらにもっていくためには要因が必要だ。例えば、歩がひよのに告白するとか。
そうなったら仕方ない、恋人を放って転校する女がどこにいるか。
転校の予定がどこかに行ってしまっても仕方ないことだ。
第一、ひよのは歩より年上だ。
今名乗っている「結崎ひよの」は偽名だし、歳だってその、ごにょごにょとしか言えない。
こっちから告白するなんてありえないのだ! その、乙女的に!
「………」
「………」
当然、お互いに相手がどう思っているのかなど知る由もない。
二人は互いの都合から譲れない想いを抱いて睨み合い、
◇
「メロンですよ、網目模様の!」
「へ?」
「は?」
歩とひよのの葛藤など考えもしない者が一人。
スキップでもしそうな様子で新聞部の部室のドアを開けて入ってきたのは、二年の女子制服を着た――小学生か中学生に間違われそうな小柄な少女。
あざといと言われても仕方ないツインテールを揺らし、平たい胸に抱きかかえた大きなメロンに頬ずりしながら「はうー」とか言っている。
ひよのが溜息をついてジト目になった。
「理緒さん、ノックくらいしてください」
「というか、そのメロンはどうした」
「買ったんですよ。弟さんのお陰で物騒な話がなくなりましたから、余ったお金で」
だから一緒に食べましょう、と少女、竹内理緒は笑顔で言う。
「浅月達はどうした」
「こーすけ君は毒気を抜かれちゃって放心してますし、亮子ちゃんはそれに付き添ってますから、二人きりにしておいた方がいいかと」
見た目はほんわか幼女だが、中身は腹黒頭脳派な彼女が唇に指を当てて言う。
裏を読まずに信じていいか微妙だが、とりあえず、歩とひよのは「羨ましい」とか内心思っていた。
「……まあいい。おい、また板と包丁を持ってこい」
「……はぁ。わかりました」
さすがに一個丸ごとはいらんだろう、ということで。
三人のうちで最も料理の得意な歩により、メロンは八分の一ずつそれぞれに割り当てられた。残ったうちの大きい半分はラップにくるんで部の冷蔵庫へ、最後の八分の一はテーブルの中央に置かれる。
すかさず理緒がスプーンを手にメロンへ挑んだ。
「んー! やっぱり高級品は違います!」
そうしていると単なるお子様である。
歩とひよのは顔を見合わせてげんなりした。
「ところで、何の話をしていたんです?」
「こいつが俺にやたら構ってくるという話だ」
「鳴海さんが私を遊びに誘いたいという話です」
なるほど、と、頷いた理緒はわかっているのかいないのか、
「弟さん、暇なら私の晩御飯作りに来てくれませんか……?」
「は……」
「な……っ」
瞬間、二人に衝撃が走った。
爆弾発言。
否、絵面だけ見れば可愛い幼女が年上の男性に甘えているだけではある。歩には以前にも理緒の家に押し掛けた前科があるため、理緒の方からもう一度とお願いするのも不自然ではない。
だが、実際には理緒は二年生、歩より年上であり、当然恋をするのに不都合な歳ではないわけで――。
前述の通り、歩もひよのも残された時間が少ない。
今日この日は三人で晩御飯を食べて解散、などと悠長なことを言っている暇はない。
そもそもひよのとしては歩が他の女の家に上がり込むなど許したくはないし、歩としても下手に理緒の誘いに乗ってひよのが諦めてしまえばジ・エンド。
どうする、どうすればいい。
高速回転する二人の思考。
論理の旋律は常に真実を奏でるんだ。いや待て、そのフレーズは黒歴史だ……!
一対一の戦いとは一線を画する状況に脳は大量の糖分を要求してくる。
目の前のメロンだけでは足りない。
冷蔵庫の中? 否、遠すぎる!
ならば、テーブルの真ん中にある一皿に手を伸ばすのみ――!
歩とひよの、二人の手が同時に伸び、そして。
「あ、これは私が貰っちゃいますねー」
ひょい、と、理緒の小さな手が希望を摘み取った。
出資者を無碍にできるはずもなく、硬直した歩とひよのは、そのままがっくりと崩れ落ちるのだった。
本日の勝敗『両者敗北』。
かぐや様のパロディを考えた時に真っ先に思いついた作品でした。
どうしても書いてみたくなったので……。
ネタが古いのは気にしないお約束です。
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