流星のロックマンーいつもと少し違う夏休み (ヒザクラ)
しおりを挟む

夏休み二日前〜響ミソラの事情

《俺は反対だぞ。ミソラだけならまだしも、何でハープと一緒に一緒に暮らさなきゃなんねぇんだ》

《あら、良いじゃない。せっかく同じFM星人同士なんだもの。仲良くしましょ?》

《出来るわけねぇだろ! っつーか俺はAM星人だ!!》

「だから二人とも、喧嘩しないの!」

「あはは……」

 

 渇いた笑い声しか出ない星河スバルは思う。

 どうしてこうなってしまったのか、と。

 

ーーーー

 

 メテオG事件解決から既に一年が経過した。事件の爪痕はほぼ無くなり、スバルも身体の調子も元通りになり、今では元気に学校に通っている。奇跡的に生きていた暁シドウも順調に回復し、元気に仕事をこなしているとクィンティアやジャックから連絡があった。

 相変わらず電脳ウィルスがたまに沸いてくることもあるが、特に大事件が起こるという事もなく、ここ一年は平和に過ごしていた。

 そして、小学生にとって最高のイベントが近付きつつあった。

 夏休み。

 あと二日ほど学校に通うだけで、数週間の休日がやってくるありがたいイベントだ。宿題のことを考えると憂鬱だが、休みのためならば惜しくはないしそもそもきちんとやれば特に問題はないだろう。夏休み期間中は委員長こと白金ルナや牛島ゴン太、最小院キザマロと遊ぶ約束もしている。スバルも楽しみにしていた。

 ワクワクしながら放課後を迎え、スバルは校門を後にすると、ハンターVGから唐突に電子音が鳴り響いた。

 

《スバル。メールだ》

「誰から?」

《あー……響ミソラだってよ》

「え? ミソラちゃんから?」

 

 ハンターVGに入っているウィザードである宇宙人、相棒のウォーロックの言葉にスバルは首を傾げる。今は仕事の時間ではないのだろうかと疑問に思ったが、メールを無下に扱う訳にもいかない。すぐにメールを開く。

 

『急に連絡してゴメンね。今私、望遠鏡があるあの広場にいるんだ。スバル君も学校終わってところだよね? ちょっと相談事があるから、直接会って話せないかな?』

「相談事……なんだろう」

《行くのか?》

「もちろんだよ。困ってるなら助けないと」

《ククク……惚れた弱みってやつか?》

「そ、そんなんじゃないよ!」

 

 顔を真っ赤にして反論するが、それも笑いの種になっているのだろう。ウォーロックの含み笑いにスバルは口を尖らせて黙り通す。

 響ミソラは、国民的に有名なアイドルだ。知らない人はまずいないだろう。星河スバルを除いて。

 まだスバルが塞ぎ込んでいた時は、テレビには全く興味を示さなかった。ミソラと出会ってからは、なるべく彼女の新アルバム等は買うようにしている。ファンとかそういうことではなく、生まれて初めてできた友達だから、というのが理由だ。

 ミソラも出会った時は塞ぎ込んでおり、その心の隙をFM星人ハープが誘惑し、二人が合体ーー所謂電波変換をし、ハープ・ノートとなって一時事件を引き起こしたが、スバルとウォーロックもまた電波変換ができる存在であり、見事ハープ・ノートの暴走を止めることに成功。二人は和解し、そしてスバルにとって初めてのブラザーバンドを結んだのだ。

 境遇はほぼ一緒。スバルには母親がおり、父親も帰ってはきたが、それでも母親を失ったミソラの気持ちは充分にわかる。

 そして、彼女が困っていたら、すぐに助けようと心に決めたのだ。

 

「よし。広場に行こう」

《となると……ハープもいるよなぁ。俺はトンズラぶっこくか》

 

 言いつつハンターVGから出てくるウォーロック。その巨体はスバルの倍ほどもあり、見た目はまるで熊のようだ。青い身体に青い爪をギラリと輝かせ、背中からは電波なのだろうか、青白い炎のようなものが出ている。

 恐ろしい姿をしてはいるが、スバルは別段気にせずにハンターVGに触る。

 

「ダメだよ、ロック。以前と違って、もうロックの姿はみんなに見えてるんだから。忘れたの? 空中に化け物が現れたって、街のみんながパニックになったの」

《あぁー……んなこともあったなぁ》

「ほら、おとなしくハンターVGに戻る。ウィザードoff」

 

 スバルが呪文染みた言葉を言うと、ウォーロックの姿が消える。代わりに、ハンターVGの中に戻ったウォーロックは溜め息を吐いた。

 

《言っとくが、面倒ごとなら勘弁な》

「もー……ロックはハープの事になるとやる気無くすね」

《ったりめーだ。女は苦手なんだよ》

 

 一つ欠伸をする相棒を見てクスリと困ったように笑ったスバルは、急ぎ足で望遠鏡のある広場に向かった。

 

ーーーー

 

「ミソラちゃん、お待たせ!」

「スバル君! 来てくれてありがとう!」

 

 スバルは急ぎ気味だったためか、若干息が上がっていた。しかし、目の前にいる少女の笑顔を見て、そんな疲れも吹っ飛んでしまった。

 相変わらず自分のトレードマークにもなっているのか、クマをモチーフとしたフード付きの服に短パンを履いている姿だが、彼女は国民的アイドル。フードを被ってバレないようにしているつもりだろうが、モロバレである。

 すると、ミソラの隣にウィザードが現れる。ハープのような姿をしているが、目や口、他にも手になっているのだろうか、丸い物体がハープに付いている。持ち手の部分には白桃の電磁波が流出している。

 その不思議な存在である彼女もまた、ウォーロックと同じく宇宙人であり、ミソラのパートナーでもあるハープというFM星人だ。

 

《ポロロン……久しぶりね、スバルにウォーロック。一ヶ月前のライブ以来かしら?》

《ケッ。俺は別にそのままどっかに行っても良かったんだぜ、ハープ》

《相変わらずガサツねぇ。乙女心の一つや二つ、理解しようと思わないの?》

《言ってるだろうが。俺は女は苦手なんだ》

「はいはい、そこまで。ハープもロック君をいじめないの」

《はーい》

 

 間伸びした返事とクスクスと笑う姿には反省の色が全く見られず、そのままミソラのハンターVGに戻るハープに、ウォーロックは気に入らないとでも言うかのように鼻を鳴らした。

 

《相変わらず何考えてるかわかんねー奴だ……》

「あはは……ところでミソラちゃん。相談事っていうのは?」

「あー……うん。そうだね。まぁ、相談事っていうよりお願いしたいことって言った方が良いかな……?」

 

 バツが悪そうに言うミソラにスバルは真剣な表情になる。また事件でも起きたのではないだろうか。

 

「困り事ならなんでも言って。協力するよ」

「うん……ありがとう。まぁ、困ったって言えば困ってるかな……?」

《勿体ぶってねぇで、とっとと要件言えよ》

 

 随分と歯切れの悪いミソラに、ついにウォーロックが若干イライラしたのか本題を言うよう促す。たしかにいつものミソラらしくないなとはスバルも感じていた。

 

「えっと……最近ニュースとか見てる?」

「ニュース?」

《こいつは見てねぇぞ。最近新しい宇宙や星の本かって、飯食うのもそこそこに部屋に籠ってそればっか見てんだ》

「あー……簡単に想像できるね」

「僕そこまで酷い?!」

 

 ウォーロックとミソラの存外な扱いに、思わずスバルはツッコミを入れてしまう。

 スバルの父親である大吾を救ったとはいえ、スバルの宇宙や星に関する興味は全く尽きないのだ。下手をすれば周囲が見えなくなっているのではないかと、前に委員長こと白金ルナに叱られたこともあったが、まさかウォーロックやミソラにまでそんな扱いをされることに驚愕し、若干凹んでしまう。

 

「そんなスバル君に、これを見せてあげる」

 

 声自体は明るいが、表情が曇っているのが丸分かりだ。そんなに酷い状態なのかと思い、いよいよもってスバルは身構える。

 ミソラはハンターVGを操作し、とあるニュースの一面を立体化させてスバルに見せる。

 まず目についたのは写真だ。写っているのはミソラと見たこともない金髪のイケメン。仲睦まじそうに並ぶ姿にスバルは若干心が痛んだ。何故傷んだかは理解できなかったが、次に横にある文章を見て、その痛みは吹っ飛んだ。

 

『速報! あの城島雄二と響ミソラ、カップル疑惑?!』

「……あー……」

《んだこりゃ?》

 

 いつの間にか現れていたウォーロックは、文章を読んでも全くわからないようだ。スバルはこのどデカイ文章を読んだだけで全てを察した。

 

「……デマだよね?」

「当たり前でしょ!」

 

 唇を尖らせながら記事を消すミソラを見つつ、今の記事が間違いだという事実に少しだけホッとしたスバル。

 

「何で仕事の帰りにただ偶然一緒に帰っただけでこんなニュースが流れるの?! ホント酷い!」

《アイドルなんだから、ある程度は想定してたでしょ?》

「してたけど! してたけど、いざこういう変なニュースが流れちゃうと、誰でも怒っちゃうよ!」

 

 頬をまるでリスのように膨らませているミソラに、不覚にも可愛いと思ってしまったスバルはつい吹き出してしまった。そんな彼の態度が気に食わなかったのか、怒りの矛先がスバルに向いてしまう。

 

「何で笑ったの、スバル君?!」

「いや、リスみたいで可愛いなぁって」

「か、かわ……?!」

「でも、このニュース見ただけだと、何の相談かわかんないよ?」

 

 次に彼女が見せた表情は、何故か顔を赤らめ照れているように見える。しかし、百面相するミソラに気にもとめていないのか、すぐさま浮かんだ疑問をぶつける。

 ミソラは少しだけフードを深く被り、一度咳払いをしてからすぐにフードを脱いだ。

 

「ふぅ……それでね、今私の家にマスコミがたくさんいるんだ。身動き全然取れなくて」

《電波変換してなんとか事務所に行ったんだけど、そこにもマスコミが群がっててねぇ》

 

 補足するように言うハープに、スバルは改めてミソラの凄さを垣間見た。何故こんなにも人気があるアイドルが、ただの一般小学生とブラザーなのか疑問すら感じてしまう。

 

「それでね、事務所の社長とマネージャーから、ほとぼりが冷めるまで仕事はお休みだって言われて……で、でも、実家だと身動き取れないから……えっと……」

 

 悩んでいるのか、未だに結論を言うことが出来ず、顔を赤らめつつ再びフードを深めに被るミソラ。しかしスバルは大体の予想を立てていた。

 しばらく身を潜めるための場所が欲しいといったところだろう。なるべく人が来ないような、それでいてきちんと生活が出来るといった場所……すぐには思い付かないが、彼女はスバルにとって初めての友達。全力は尽くすつもりだ。

 そこまで考えた後、ミソラはついに意を決したのか、俯いていたまだ赤い顔を勢いよく上げ、スバルを見つつ口を開いた。

 

「し、しばらくスバル君の家に泊まらせてくだひゃい!!」

「…………………………………………え?」

 

 何て言われたのか瞬時に理解できず、およそ5秒程の長考を得て絞り出した声は、未だに理解出来ずに素っ頓狂な声を出してしまった。ミソラは噛んでしまったからか、はたまた大胆発言してしまった羞恥からか顔を真っ赤にしているが、スバルはそんなミソラの異変に気付くことはない。むしろ次第に理解し、スバルまでもが顔を真っ赤にしてしまった。

 

「え、えぇ?! ぼ、僕の家に泊まるの?!」

「う、うん。ダメ、かな……」

「だ、ダメっていうか……そもそも何で僕の家? てっきり静かな場所で生活にも困らない場所を探してほしいって言われるんじゃないかと……」

「だからスバル君の家なんだよ」

 

 ミソラの言葉にスバルは首を傾げる。

 

「コダマタウンだったらマスコミも追いかけてこないだろうし、静かな場所だし、生活にも困らない。けど住む場所が中々見つからなかったんだよ。ほとんどのマンションとかアパートに部屋が見つからないし、そもそも部屋が見つかっても大家さんとかにすぐバレそうだし……」

《で、一番信用できるスバルを頼ったって訳か》

 

 ウォーロックの補足にミソラは頷くが、ウォーロックは鼻を鳴らしつつ言葉を繋げる。

 

《俺は反対だぞ。ミソラだけならまだしも、何でハープと一緒に一緒に暮らさなきゃなんねぇんだ》

《あら、良いじゃない。せっかく同じFM星人同士なんだもの。仲良くしましょ?》

《出来るわけねぇだろ! っつーか俺はAM星人だ!!》

「だから二人とも、喧嘩しないの!」

「あはは……」

 

 スバルは渇いた笑いしか出てこないが、頭の中では必死に内容を整理していた。

 現在響ミソラは嘘のニュースに惑わされ、家や事務所にマスコミが待ち構えている状態だということだ。なので事実上の休止状態であり、騒ぎが落ち着くまでマスコミが来ない、かつ生活もできる場所を探している。そんな場所を探して、最終的に選んだのがスバルの家だということだ。

 正直言うと、マズイのではとも思う。両親がいるとはいえ、屋根の一つ下で年の近い少女と、しかも国民的アイドルと暮らすということだ。思春期真っ盛りとかそういう問題ではなく、まずファンにバレたら真っ先に社会的に消されそうでもある。

 暮らすなら白金ルナのところが良いのでは、とスバルは思ったが、最近ミソラとルナは時折何故か睨み合うことがあるため、もしかしたら仲が悪いのではないかと考えてしまう。もしそうなら、一緒に暮らしてしまうと何が起きてしまうのかわからない。ゴン太やキザマロはどうだろうかと考えるが、あの二人はミソラの大ファンだ。一緒に暮らすと懇願されれば、天に召される可能性も否定できない。

 ここまで考えて、スバルの家が確かに妥当だろう。両親は理解してくれるだろうし、なによりミソラは大切なブラザーだ。無下に扱う訳にはいかないだろう。

 それに、断れない理由がもう一つある。

 

「ロック。ミソラちゃんのお願い引き受けようよ」

《あぁ? お前は賛成なのかよ!》

「うん。それに良く考えてみなよ。一応父さんや母さんにも聞いてみるつもりだけど……ダメって言うと思う?」

《……》

 

 いつも騒がしいウォーロックが黙ってしまうほどに、スバルの両親は賛成の意を示すことは明白だった。むしろ「娘が出来たみたい」と嬉々として受け入れてくれるだろう。

 三体一という多数決のもと、敗北を喫したウォーロックはミソラのハンターVGに入っているハープに向かって指を差す。

 

《いいか、ハープ! 変な気ぃ起こすようなら、俺が直々にぶっ飛ばしてやるからなぁ!!》

《ガサツねぇ。そんな気は微塵も起きないから安心しなさい》

「……ということは、スバル君もロック君もオッケーっていうこと?」

「うん。一応父さんと母さんにも聞いてみるけど、多分喜んで泊まらせてくれると思うよ」

「……!! ありがとう!」

 

 最初こそオドオドしていたものの、宿泊に賛成のスバルの言葉を聞いたミソラは一瞬にして笑顔になり、思わずスバルの両手を掴んで感謝を述べる。急に女の子から手を掴まれ、スバルは顔を真っ赤にして照れ始める。

 

「み、ミソラちゃん……手……」

「え? もう、スバル君はウブだなぁ。これからしばらくお世話になるんだから、固いことは無しにしようよ!」

「えぇ……」

 

 国民的アイドルが一般の男子小学生に手を掴まれたという事実だけでファンから罵声を浴びせられそうだというのに、呑気に構えるミソラに若干呆れてしまった。

 しかしーー

 

「これからよろしくね、スバル君!」

「……うん、こちらこそ」

 

 笑顔で接するミソラに、スバルはこれから何が起きるんだろうと、少しワクワクしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏休み一日前ー少しの暴走と終業式

「スバル君の部屋探索隊、出動ー!」

《ミソラ。私達、居候だっていうこと忘れてない?》

「早速ベッドの下を調べなきゃ」

《聞いてないわね……》

 

 背後でハープの溜め息が聞こえるが、そんなことを気にしている場合ではない。今、スバル宅には現在マスコミから逃れるためにスバルの家に居候しているミソラしかいない。肝心のスバルは昼頃まで夏休み前の終業式なのでおらず、スバルの両親も仕事なのだ。

 つまり、スバルの部屋を探索し、アダルティーな雑誌を見つけて、少しでもスバルの好みな女性になろう作戦が開始されたのである。

 ちなみに隠すのに最適と言われているベッドの下には特に何も無かった。

 

「ベッドの下にあると思ったんだけどなぁ」

《仮に見つけたとしても、貴方にはまだ早いわよ》

「そんなことありません〜。よし、次は本棚!」

《貴方、スバル君の事になると性格変わるわね……》

 

 ハープが何かぼやいているが、今は気にしている暇はない。

 好きな男の子の好みを知りたい。ミソラの体は今やその信念で突き動かされているのだから。

 トップアイドルにあるまじき、本棚の隙間を何とか覗くという行為をした後、本棚から離れつつ溜め息を吐いた。

 

「無かった……」

《ミソラはスバル君の事を何だと思ってるのよ……》

「だって……! スバル君だって男の子なんだよ?! 少しくらいやましい本とかあってもおかしくないでしょ?!」

《おかしいのは貴方のその素晴らしい発想を持った頭よ……》

 

 ハープの鋭すぎるツッコミなど意も介さず、ミソラは改めて本棚にある本を確認する。

 

「本当に宇宙の本ばっかりだなぁ」

《宇宙飛行士になるのが夢ですもの。持って無い方がおかしいわよ》

「けど、宇宙飛行士になるのは、スバル君のお父さんを探すためでしょ? 見つかったのに、宇宙飛行士になる夢を諦めないなんて……」

 

 正直言うと、ミソラはスバルが宇宙飛行士になるのは半分反対している。残り半分は、大切な夢だから叶えてほしいという想いも確かにあるのだが、不安もあるのだ。

 

「宇宙に行っちゃったら、会えなくなるだろうし……電波変換で行くことも出来るかもしれないけど、多分私もアイドル続けると思うから、会いに行くのも難しいし……」

《それじゃあ、スバル君の夢を諦めさせる?》

「それは……!」

 

 ハープの意地悪な質問に、ミソラは言葉を詰まらせた。

 スバルの夢を尊重するつもりではいる。ただ、宇宙には危険が伴うのも確かだ。3年前、スバルの父親である大吾が一時行方不明になってしまった事例もある。宇宙飛行士ではなく、そのエンジニアとかならばまだ安心できるのだが、スバルは絶対に宇宙に行くことになるだろう。

 夢を貫いて欲しい。しかし、危険なところに行かせたくない。矛盾した気持ちが交差し、ミソラはついに顔を俯いてしまう。

 ハープは溜め息を吐いた。

 

《ゆっくり決めなさい》

「えっ……?」

《貴方達はまだ子供よ。時間はまだまだあるんだから、ゆっくり決めてもバチは当たらないわよ。急がば回れ、だったかしら? 地球のことわざ》

 

 キツい言い方をしてしまい申し訳なく思ったのか、ハープは先程の質問からは打って変わって優しめの言葉でミソラに言い聞かせた。

 確かにまだ自分達は小学生だ。来年からは中学生にはなるが、それでもまだ将来を決める事ができるだけの時間がある。スバルが宇宙飛行士になるかどうかはまだわからない。自分にも、まだまだ考えるだけの時間もある。その時間の間に、自分はどうしたいか決めれば良いだけのことだ。

 色々と考え事をしてしまったが、ハープのおかげで吹っ切れることができた。スッキリとした表情で、ハープに笑顔を向ける。

 

「ハープ、ありがとう」

《もう大丈夫?》

「うん! さて!」

 

 ミソラはスバルの部屋の隅に置いてある自分のギターを手に取る。置く場所に困っていたのだが、スバルが自室の置いても大丈夫だと言われ、一先ず置いておいたのだ。

 ミソラは足取り軽くロフトを登り、スバルのベッドに近付く。確かめるようにベッドを軽く二、三度叩いた後、腰掛ける。

 ギターを構え、弦を一つ鳴らす。母親に買ってもらったギターの調子は良さそうだ。トントンと足踏みをしてリズムを取り、久しぶりにギターを鳴らす。

 

「♪〜。♪〜♪♪〜」

 

 自分の作った歌を歌う。上手く歌えてるかはわからないが、復帰した後の事も考えて、しっかり練習しておかなくてはならない。

 ハープがウィザードに戻るのを感じたが、特に気にはしない。

 スバルの家に、美しくも楽しげな歌が響いていたーー

 

ーーーー

 

「なるほどねぇ……」

 

 星河スバルは、見た目こそなよなよしいがこれでも三度も世界を救った事がある小学生である。

 

「今スバル君の家に……」

 

 なのでちょっとした事件や修羅場に巡り会ったとしても、ひるむ事なく立ち向かうだけの自信がある。

 

「あの有名なアイドルの響ミソラちゃんが……」

 

 しかし、そんな彼でもどうしようもない事案くらいあるのだ。例えばーー

 

「貴方の家に居候しているという訳なのねぇ」

 

 目の前にいる、まるでドリルを彷彿とさせるほどの立派な金髪のツインテールをした白金ルナが、ドス黒いオーラを放っていることだ。そのオーラにはまるで般若のような残像が見える。気がする。

 丁度終業式も終わり、いつものメンバーーー白金ルナと、身体が巨体の牛島ゴン太と小学六年生にしては少々物足りない低身長の最小院キザマロに夏休みの予定を聞いたのだが、同時に響ミソラの現在の境遇とスバル家に居候しているという旨を伝えたのだ。だが、何故かルナが超絶怒り心頭でスバルを見下し始めたのだ。あまりの迫力にスバルだけでなく、怒られていないはずのゴン太とキザマロも正座している状態だ。今から帰る同級生達はあまりのルナの怒りに恐怖し、そそくさと退散してしまっている。

 

(す、スバル君! 謝った方が良いですよ!)

(それはそうなんだけど、何で怒られてるのかわかんないんだよ!)

(こ、ここまで迫力がある委員長は久し振りだぜ……)

 

 三人はルナに聞こえないようにコソコソと話をする。確かにメテオG事件以降は平和な日々を過ごしていたため、ここまで怒るルナは久し振りに見た気がする。

 どちらにせよ、怒り心頭になった彼女を止める手段はほぼない。しかも怒っている原因もわからないのだ。対処のしようがない。

 そんなことを考えながら改めてルナを見る。瞬間、彼女はとてつもない眼力でスバルを睨み付ける。体をビクッとさせ、これから起きる事態に腹をくくりーー

 

「……はぁ」

 

 しかし、ルナの溜め息により場の空気が和らいだ。

 

「まぁ、スバル君のお人好しっぷりは今に始まった事じゃないし……」

「あ、あれ? 委員長、もう怒ってないの……?」

「事情が事情だもの。一番信頼できるのはスバル君でしょうし、ミソラちゃんも安心して身を隠せるでしょうしね」

 

 先程の般若のような表情とは打って変わり、若干呆れた表情で、しかし微笑を含みながら仕方無く言う。先程までの怒りゾーンが嘘のように消えたため、三人はホッと胸を撫で下ろし、立ち上がる。

 

「それにしても大変ね。スキャンダルされただけで一時休止なんて」

「僕達の夏休みが終わるまでにはなんとかするってマネージャーさんが言ってたらしいけど」

「それじゃあ、それまでスバルん家にいるって訳か」

 

 ゴン太の言葉に頷くスバル。同時にゴン太とキザマロはまたもホッと胸を撫で下ろした。

 

「良かったー。それじゃあ、ミソラちゃんはあの城島雄二と付き合ってる訳ではないんですね?」

「城島雄二ってミソラちゃんと同じくらい有名人だけど、変な噂も多いからな」

「噂?」

「そうなんです。一番多いのは、色んな女性と付き合っているという噂が……まぁ、あくまで噂ですから、特に問題は無いでしょう」

「何にせよ、ミソラちゃんの今の状態も理解出来たわ」

 

 ルナは頷きながらも、しかし申し訳なさそうにスバルを見る。

 

「でもごめんなさい。明日から三日間、パパ達と一緒に旅行に行くから、すぐには遊べないわ」

「俺も母ちゃん達と一緒に牛丼グルメツアーに行くんだ。多分委員長と同じ頃に帰ってこれると思うぜ」

「僕も身長を伸ばすためのツアーに行きます。なので遊べるのは四日後ですかね」

「うん、ちょっと待って。用事があるのはわかるけど、ツッコミどころが多すぎてどこから突っ込めば……」

 

 つまりは三人とも予定があるため、遊べるのは四日後以降ということだろう。キザマロのツアーがどんなものなのか想像できないが、スバルは考えるのをやめた。

 

「それじゃあ、四日後にミソラちゃんと一緒に遊ぼう」

「ええ、そうね。でもちゃんと宿題もやらなきゃダメよ。特にゴン太! 貴方はいつもギリギリになってからキザマロの宿題を写すんですもの! 今回はきちんとやらないと、ブラザー切っちゃうわよ!」

「そ、そんなぁ〜……そりゃないぜ、委員長……」

 

 ガックリと項垂れるゴン太だが、自業自得な部分もあるので助け舟は出せない。

 スバルが苦笑していると、ウォーロックがスバルの隣に現れる。

 

《おい、オックス。お前もそいつのウィザードならちゃんと宿題やれてるか見張っとけ》

《ブルルル……そうだな。今回は厳しく見張っておくか》

「お、オックスまでそう言うのかよ〜……」

 

 ゴン太の相棒である、真っ赤な体つきに牛のような姿をした、ハープと同じFM星人のオックスがゴン太の隣に現れる。更に項垂れるゴン太を見て少し気の毒だなと感じたスバルだが、これもゴン太のためでもある。ちゃんと宿題をやれるように祈っておこう。

 

「さて、そろそろ帰ろうかな。それじゃあ委員長……?」

 

 ふと目線をルナに向けると、何故か男三人の輪から数歩も離れた場所に彼女は移動していた。その表情はまるで怯えているようだが、しかしスバルはすぐに原因を特定する。

 

「委員長……まだロックに怯えてるの?」

「う、うるさいわね! この私が怯える訳がないーー」

《ウガァ!!》

「きゃああ!!」

 

 ウォーロックがふざけて吠えると、ズザザー! という効果音が付きそうなくらいルナは更に距離を取る。その様子を見てウォーロックは不敵に笑った。

 

《クックック……相変わらず良い反応するじゃねぇか》

「いい加減慣れてほしいんだけどなぁ」

「ううう、うるさいわよ! は、早くハンターVGに戻しなさい!!」

 

 またルナの機嫌を損ねる訳にはいかない。スバルはウォーロックをハンターVGに戻す。ウォーロックの姿が消えたのを確認すると、ルナはホッとしたのか、一息つく。

 

「それじゃあミソラちゃん待たせるといけないし、そろそろ帰るね」

「おう! ミソラちゃんによろしくな!」

「言っておくけど、ミソラちゃんに変な事するんじゃないわよ!」

「そ、そんなことしないよ……」

「では、四日後にみんなでまた遊びましょう」

「うん!」

 

 スバルは荷物を持って教室を後にする。

 今日は両親ともに帰ってくるのが遅いが、母であるあかねがきちんと夜の分まで作り置きをしてくれているため、食事には困らないだろう。校門を出て、いつもとは少し違う夏休みをどう過ごそうか考える。

 

(……そういえば、ミソラちゃんも夏休みに入ってるはずだよね。宿題あるのかな?)

 

 アイドルであるため中々学校に通う事も出来ないと前にボヤいていた気がする。しかしミソラはまだ小学生。ちゃんと宿題も用意されていることだろう。ならば、明日から早速宿題に取り掛かろう。遊ぶのはそれからでも遅くない筈だ。

 そんな事を考えてる間に家に着いたスバルは、慣れた手付きで家の玄関を開けた。

 

「ただいまー。ミソラちゃん、一人でだいじょうーー」

《シーッ》

 

 少し大きな声でミソラを呼ぼうとしたが、目の前にいたのは静かにという合図をするハープだった。

 ウォーロックはまたもハンターVGから出るが、ハープの反応が気になり小声で話しかける。

 

《何やってんだ、お前。ミソラはどうした?》

《こっちよ。静かに来て頂戴》

 

 ハープはゆっくりと移動し始める。スバルとウォーロックは互いに見合わせ首を傾げるが、特に理由を聞かずにハープの後をついて行く。

 まず案内されたのは、何故かスバルの部屋だった。スバルは荷物を机の近くに置き、ロフトにいるハープまで足を進める。

 ロフトに繋がるハシゴを登りきり自分のベッドを見て、状況を理解した。

 

「み、ミソラちゃん……」

「スー……スー……」

 

 そこにいたのは、スバルのベッドで寝ているミソラの姿だった。

 ハープはクスクスと笑いながら言う。

 

《歌の練習してたんだけどね。疲れてそのまま寝ちゃったみたい》

「そうなんだ」

 

 スバルは寝ているミソラに近づく。

 

「う、ん……」

「……こうして見ると、普通の女の子なんだけどなぁ」

 

 しかし、響ミソラは普通の女の子ではない。ニホン中を駆け巡り、ファンのみんなを笑顔にすることが夢のトップアイドルなのだ。一介の小学生であるスバルには程遠い存在でもある。唯一の繋がりと言えば、電波変換出来る事とブラザーバンドといったところか。

 何故こんな有名人と知り合いになれたのか不思議でならないが、それでも響ミソラも守るべき存在であることに変わりはない。

 時にはスバルからブラザーを切ってしまい、もう一度ブラザーになれたが、今度はミソラがブラザーを切り、しかし互いに理解し合い、ブラザーになる決心ができた事もあった。自分とミソラは、もはや切っても切れない関係にある。

 

「……僕が絶対君を守るからね」

 

 スバルは寝ているミソラの頭を軽く撫でた。すると、ミソラの表情がフニャりと和らぎ、微笑する。

 

「えへへ〜……スバルく〜ん……」

「……どんな夢見てるんだろ……ハープ。悪いんだけど、お昼出来たらミソラちゃん起こしてもらっても良い?」

《ええ、大丈夫よ》

《そいじゃ、俺もしばらく退散しとくわ》

 

 ウォーロックは欠伸をしながらスバルの家の屋根に向かう。昼寝をする時は屋根で日向ぼっこしながら寝るのがウォーロックの日課だ。

 そんなウォーロックに苦笑しながらも、スバルは部屋を後にして昼食の準備に取り掛かる。とは言っても、母の作り置きをただ温めるだけなので、そう手間はかからない。

 

(……今年の夏休みは楽しくなりそう)

 

 響ミソラがいるだけでこんなにも気分が舞い上がってしまうが、それも仕方ないだろう。

 いつもと違う夏休みが、始まろうとしているのだからーー



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏休み一日目ー宿題と感謝

 響ミソラは現在嘘のスキャンダルに翻弄されている身である。故あって一番安全なのは星河スバルの家だと考え、居候という形で事務所が事態を揉み消すまでの間、スバルの夏休み中まで匿ってもらうことにしたのだ。

 ブラザーでもある唯一信頼できる彼の側でなら、何事もなく終える事ができるだろう。

 というのが昨日までの考え方だった。

 現在スバルとミソラは、スバルの自室にてテーブルに向かい合って座っている。しかし特に会話することもなく、スバルは黙々とある事に専念していた。一方ミソラもそのある事に専念しなければならないのだが、いかんせん気が乗らない。せっかくの夏休み初日なのだから、最初くらいはスバルと遊びたいという想いもある。しかし、ミソラの心情を読み取れないスバルは黙々と作業を続けている。

 

「……ねぇ、スバル君」

「ダメだよ、ミソラちゃん。せめてお昼までやろうよ」

 

 優しい声色で言うが、少々圧のある言葉を紡ぐスバルだが、ミソラは遂に堪忍袋の尾が切れた。

 

「つまんないんだもん! 夏休みにこれがあるのは仕方ないよ?! でも最初くらいは遊ぼうよー!!」

「ミソラちゃん、今隠れてなきゃいけないっていう状況なのわかってるよね……? それに仕方ないよ。宿題やらないと委員長に怒られちゃうよ」

 

 スバルの言葉にミソラは「うっ」と言葉を詰まらせ、渋々と宿題を終わらせるためにペンを手に取る。

 そう、現在二人は夏休み初日であるにも関わらず宿題をしているのだ。いや、真っ当な学生ならば初日から宿題をやっても何も問題はないのだが、ミソラ達はまだまだ遊び盛りの小学生。いくら隠れていなければいけないアイドルであっても、スバルと遊ぶのをワクワクしていたのだ。

 しかし、そんな(浅い)計画も虚しく、朝早くからスバルのハンターVGにルナから電話が来たのだ。内容は、ルナ達が帰ってくるまでの間に宿題をある程度終わらせるというものだ。当然、ミソラを含む五人の誰かが全く進んでいなければ、遊びは延長して宿題会を開催すると、ルナの脅しにも似た提案を出したのだ。

 スバルは快くOKを出した。生真面目な彼のことだ。宿題そのものをやる事には賛成なのだろう。今はこうやって宿題会を開かせる訳にもいかないのだろうが、それ以上に友人と遊ぶのも大切にしたいと思っているが故に、宿題を積極的にやっておこうということだろう。

 それについてはミソラも賛成だ。賛成なのだが……今現在、このスバルの部屋には二人しかいない。ウォーロックとハープは、何故かウォーロックがハープの弦に縛り付けられながら屋根の方へと消えていった。なので実質二人きりなのだ。にも関わらず、スバルはミソラを気にする様子もなく黙々と宿題を進めている。

 

(少しくらい意識してもいいのに……)

 

 ミソラはリスのように頬を膨らませながらスバルを睨みつけるが、気付く様子は無い。

 ミソラは溜め息を吐いて、宿題へと視線を落とす。

 スバルの鈍感さは嫌でも実感している。まるでアニメや漫画の主人公のごとく、こちらからアピールしても気付かない程だ。なので今の立場を利用し、スバルと一緒にどこかに遊びつつアピールをしようと考えていたまでは良いのだが、ルナのおかげでその作戦も水の泡と消えた。

 ミソラは半分ヤケになり、いっそのこと宿題を終わらせて皆と遊ぶ際にそれとなくアピールしようと考え、ペンを走らせた。

 そもそも宿題があるのも問題があるのではないか。自分はアイドルという多忙な立場でもあるのに、教師達は無遠慮に宿題を出してくる。将来はアイドルかスバルの嫁になると決めているのだから、宿題なんてなくてもやっていけるというのに。

 そんな自暴自棄に陥りつつある時だった。

 

「明日はどこかに行こうか」

「……へ?」

 

 素っ頓狂な声を出してしまい恥ずかしくなってしまうが、今はそんな事はどうでもいい。ミソラは顔を上げてスバルを見ると、彼は優しげに微笑んでいた。

 

「家に籠ってばかりじゃダメだからね。たまには外に出ないと」

「……良いの?」

「うん。ただし、ちゃんと変装すること。良い?」

 

 スバルは少しだけ渋めの顔をしつつミソラにクギを刺す。ただ、そんな事は些細な問題だ。

 あの唐変木なスバルから誘われただけで、こんなにも嬉しくなってしまっているのだから。体の奥底から力のようなものが湧き出てくる。それほどまでの影響力が確かに存在するかのように。

 ミソラは次第に笑顔になる。

 

「うん! 約束だよ!」

「うん、約束。だから、もう少しだけ宿題、進めようね」

「もち! よし、頑張るぞー!!」

 

 先ほどまでの憂鬱な時間が嘘のように消え、ペンを走らせるスピードは格段に上がっていた。

 宿題をやりつつ考える。明日は何を着て行こうか。どこへ行こうか。いや、彼と一緒なら何処だって楽しいに決まってる。昼食は少し洒落た店でも良いかもしれない。大胆にも彼の腕を抱いて街を闊歩しようか。一体どんな反応をするだろうか。

 次々と浮かんでくるプランに、ミソラは常に笑顔で宿題を進めていた。

 

ーーーー

 

「いっただっきまーす!」

「いただきます」

「はい、召し上がれ」

 

 現在の時刻は既に18時を回っていた。母親であるあかねが用事から帰宅し、晩御飯をすぐに用意してくれた。ウォーロックとハープはいつの間にかハンターVGに戻っていた。

 スバルは控えめに、ミソラは元気良く両手を揃えてご飯とあかねに感謝の意を込めて声を出し、特製のハンバーグを食す。

 

「ん〜! 美味しいです!」

「あら、ありがとう。おかわりもあるから、ドンドン食べてね?」

「ありがとうございます! あ、今度このハンバーグの作り方教えてください!」

「もちろん良いわよ! 好きな子に食べさせたいわよね?」

「え……あ、いや……その……」

 

 思わぬ攻撃にミソラは頬を赤らめつつスバルを見るが、肝心のスバルはウォーロックが冗談を言っているらしく、軽く口論していたため聞いていないようだ。安心したような聞いてほしかったような、そんな複雑な心境にミソラは陥った。

 

「……お約束すぎる……」

「ん? ミソラちゃん、何か言った?」

「スバルはもう少し乙女心を勉強しなさい」

「それって勉強できるものなの?!」

 

 ミソラはわざと不機嫌そうな顔をしつつハンバーグを頬張る。とにかく柔らかく、なのに肉汁がたっぷり染み込んであり、ソースとの相性も抜群だ。自分も何度か作ったことはあるのだが、あかねのように柔らかく仕上げる事ができなかった。どんなコツがあるのだろうと、今からワクワクしている。

 ちなみにスバルは不機嫌顔のミソラに少々たじろいでいた。

 

「で、明日はミソラちゃんと出掛けるんでしょ?」

「う、うん。夕飯までには帰るよ」

「ええ、楽しんでらっしゃい」

「うん。それで母さん。ミソラちゃんに服とかない? 普通の服だとバレちゃうから」

 

 現在ミソラが持っている服は計4着程だ。急いでいたというのもあったので、最低限の物しか持ってきていないのだ。そのどの服もテレビ等でも頻繁に使う物ばかりなので、その状態で街を歩けば即バレるだろうとスバルは推測したのだろう。

 しかし、ミソラはキョトンとした表情でスバルを見る。

 

「今ある服で誤魔化せば大丈夫じゃない? 意外とバレないよ?」

「一回コダマタウンでパニックになりかけたでしょ」

「……テヘッ♪」

 

 200年ほど前に流行ったと言われている『テヘペロ』を可愛らしく表現したが、かえってスバルを悩ませてしまう羽目になった。

 スバルは溜め息を吐きつつ、

 

「ミソラちゃん、もう少し有名人っていう自覚を持った方が……」

《無駄よ、スバル君。この子、意外とズボラだから》

「あー……」

「納得しちゃった?!」

 

 ハープの言葉に同意するスバルに少しだけショックを感じるが、実際その通り(かもしれない)なので反論の余地もなかった。

 そんな漫才もどきをしていると、あかねがクスクスと微笑んでいたのにミソラが気づくと、恥ずかしさが勝ってしまい、いそいそと頬を赤らめつつご飯を口に運ぶ。

 

「本当に仲がいいのね、二人とも」

「ぶ、ブラザーですから!」

「そういうことにしておくわ」

 

 意味ありげに微笑むあかねを見て思う。この人には敵わないと。

 

「そうね……確かにミソラちゃんの持ってる服少なかったし、母さんが一つ見繕ってあげるわ」

「え……そんな、悪いですよ」

「良いのよ。ここにいる間だけ、私を……私と大吾さんの事を本当の親だと思ってくれれば」

 

 言いながら優しく微笑むあかねの姿を、ミソラは自分の母親と重ねた。

 病気で寝込みがちな母親だったが、それでも優しく微笑みながら歌を聴いてくれていた。絶対に忘れてはいけない記憶だ。

 ミソラは食事の手を止め、顔を伏せる。そうしないと、涙目になっている姿を見せてしまうからだ。

 

(……ママ)

 

 今は亡き母の思い出が蘇ってしまう。ここ最近は忙しく、ホームシックになるような事はなかったのだが、スバルやあかねの前ではどうしても弱くなってしまうようだ。

 今スバル達がどんな表情をしているのかわからない。ただ、スバルも食事の手を止めていることだけはわかる。

 静寂が辺りを包むが、不意にミソラの手に温かい何かに包み込まれた。

 

「私ね、ミソラちゃんに言おうと思っていた事があるの」

「えっ……」

 

 思わず顔を上げてしまったが、自分がまだ涙目であることに気付く。急いで顔を伏せようと思ったが、あかねの優しげで、しかし寂しげな表情を見て、顔を伏せるのを止めた。

 

「スバルの初めてのブラザーになってくれて……友達になってくれてありがとう」

 

 あかねの言葉に、ミソラは少し目を丸くする。

 

「大吾さんがいなくなってしまったあの日から、スバルも私も時間が止まったみたいに同じ日々を過ごしてた……スバルなんて、学校行くのを怖がってずっと休んでた。お昼は家で本を読んでて、夜には展望台に行って星空を見上げてた……3年間も毎日欠かさず……空を見上げてたら、父さんが見つかるかもしれないって」

「……」

「でも去年、スバルに少しずつだけど変化していることに気付いたのよ」

「そ、そうなの?」

「当たり前よ。私はスバルの母親なのよ?」

 

 スバルの疑問に、あかねは微笑みながら答える。

 

「そして、スバルに初めてブラザーが出来たって聞いて……私、とっても嬉しかった」

「……」

 

 ミソラは、ただ無言であかねの話を聞いていた。

 

「それからよ。あの子が学校に行くって言い出したのは……そこで私はようやく気付いたの……ああ、やっと私達の時間が動き出したんだって」

 

 あかねは一雫の涙お零しながら、ミソラの目を見つめていた。

 

「だから、感謝しなくちゃって。きっかけをくれた貴方に、ありがとうって」

「……私だけじゃありませんよ。ルナちゃんやゴン太君、キザマロ君だって……」

「そうだとしても、きっかけをくれた一人には違いないわ。だから……」

 

 あかねは少しだけ言葉に溜めを作り、口を開く。

 

「ありがとう……本当にありがとう、ミソラちゃん」

 

 あかねは大粒の涙を流しつつ、感謝の意をミソラに伝えた。

 とても辛かった3年間だったのだろうと、ミソラは思う。父親が行方不明になり、スバルもあかねも辛い毎日を過ごしてきたのも、想像ができる。それはおそらく、ミソラも母を亡くし、母に聴かせるための歌を金儲けの道具として扱われ、絶望していた毎日を送ってきた自分のように。

 今は大吾も無事帰ってきた。その時点でスバルとミソラの似たような境遇は無くなったようなものだが、それでもミソラはスバルによって救われたのだ。感謝しなくてはならないのは自分の方だと言うのに。

 だからこそ、ミソラは空いている手をあかねの手に被せる。

 

「私も……感謝の言葉を送らせてください」

「ミソラちゃん……?」

「私も、スバル君がいなかったら、今ここに私はいなかったと思います。どこか遠く離れた場所で、ただママに聴かせるためだけに歌を送っていたと思います。けど、今は違う。私は色んな人を笑顔にするために、歌いたい。そんな夢を作るきっかけをくれたのが、スバル君です」

 

 ミソラも涙を流しつつ、力強く、しかし優しくあかねの手を握る。

 

「スバル君を生んでくれて、出会わせてくれて、本当にありがとうございます……」

「ミソラちゃん……」

 

 お互いに涙を流しつつ微笑み合う。いつの間にかホームシックはどこかへと消えてしまった。今は、ただあかねの気持ちを受け止めたいという一心しかなかった。それでも、今この瞬間は、とても心地良いと感じていた。

 

《……湿っぽいな、ったく》

「でも、ミソラちゃんらしいよ」

《へっ、そうかよ……》

 

 スバルとウォーロックの会話が聞こえ、あかねはティッシュで自分の涙を拭いたあと、ミソラの涙も拭いてあげた。

 

「さて! 明日は二人共出掛けるんでしょう? ご飯食べて、お風呂入ったらすぐに寝なさい」

「うん、わかったよ」

「はーい! あ、でもハンバーグのお代わり良いですか?」

「もちろんよ! 子供なんだから、たくさん食べなさい。スバルはお代わりは?」

「それじゃあ、僕も!」

「はいはい。うふふ……」

 

 先ほどまでの湿っぽい空気が嘘のように無くなり、楽しげな会話がスバル宅に響いていた。

 同時に、明日はスバルとどんな一日になるのか、ミソラはワクワクしながらも、少し緊張していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏休み二日目ーデート

「スバル君」

 

 星河スバルは、現在ベッドで就寝中である。しかし、聞こえてくる優しい声色に若干意識が覚醒する。

 だが、眠い。非常に眠い。今日はミソラと出掛ける予定だが、時間はまだあったはずだ。外出時間は確か午前の10時頃。カーテンから僅かに差し込む日の光の加減具合では、まだ6時か7時くらいだろう。

 

「スバルくーん」

 

 そこまで考えて、声の主の呼び掛けに応える前に眠気が勝ってしまい、再び瞼を閉じる。今日はミソラに振り回されるに違いない。体力を温存しなければ。

 そう考えて、ベッドに身を委ねる。体を暖かく包み込んでくれるシーツのおかげですぐさま眠気が舞い降りーー

 

「おっきろー!!」

 

 ……響ミソラの大きな声とシーツを勢いよく剥がされ、星河スバルは再び覚醒する。

 現在は夏とはいえ、シーツを剥がされて機嫌を悪くしない人間はまずいないだろう。頭の覚醒もそこそこに、笑顔でシーツをぶんどったミソラへと半目の状態で見る。

 

「……おはよう、ミソラちゃん」

「うん、おはよースバル君! なんだかこういうのって新鮮で良いよね!」

「……ところで、今何時?」

「6時!」

 

 元気良く答えるミソラに、スバルは半目を二、三度瞬きする。いそいそとベッドから起き上がるスバルににこやかな笑顔を向けているミソラだが、そんな笑顔を無視してシーツを取り返し、そのままベッドにダイブ。全身をシーツで纏い、芋虫のごとく寝転がった。

 

「えぇー?! 起きてよぉ〜!」

「まだ早いでしょ……せめて8時まで寝かせてよー……」

「うぅ……スバル君って意外と薄情者だったんだね……」

《あら、ミソラが泣いちゃったわよ》

《あ〜あ。女泣かすと地球じゃ捕まっちまうんじゃなかったか?》

「あれ、僕がおかしいの?! あとロック、その台詞去年も言ったよね?!」

 

 顔だけ出してツッコミを入れるが、やはり嘘泣きらしく涙は一滴も流れていなかった。やはりそこはアイドル。演技力がある。

 ミソラは嘘泣きを止めるが、その表情は申し訳なさそうにしていた。

 

「でもごめんね? なんか寝付けなくて……」

「? 体調でも悪いの?」

「あぁ、ううん。そうじゃなくて、ね……」

 

 ミソラは言いにくそうに頬を指でなぞっていた。スバルは体を半分だけ起こし、首を傾げる。

 

「きょ、今日のお出かけが楽しみで、ワクワクしてて、それで……中々寝れなかったというか……」

 

 頬を赤らめ恥じらう姿にスバルの眠気はほとんど無くなり、逆にこちらも恥ずかしくなってしまう。

 少しの間、無言状態が続く。なんとか助け舟をとハンターVGから出ているはずのウォーロックへと視線を向けるが、何故かハープがウォーロックの口を自身の弦で覆い尽くし、喋れないようにしていた。今度はハープへと視線を向けるが、その視線が合った瞬間意味深なウインクを向けられ、スバルは苦笑する。

 

「……やっぱりまだ早いよね! スバル君、もう少し寝てても良いよ!」

「えっ……でももう眠くなくなっちゃったよ」

「それじゃあ、私が子守唄でも歌ってあげる!」

「そんな、悪いよ」

「良いから! はい、寝て寝て!」

 

 ミソラはスバルの肩を押し、寝かせる。そのままベッドの縁に腰掛け、楽しげに微笑んだ。

 

「久しぶりのお出かけだから、色んなところに行きたいの。だからスバル君には元気でいてもらわないと!」

「そういうミソラちゃんこそ寝た方が良いんじゃない?」

「私はお仕事で慣れてるから、大丈夫!」

 

 アイドルという稼業をしていれば、早起きはもちろん徹夜という作業もこなしているのだろう。だからこそミソラには休んでいてほしいのだが、そんな考えも虚しくミソラは歌い始めた。

 

「♪〜♪♪〜」

 

 心地よい歌声が部屋全体を包み込む。幼少の頃より母親から聞かされていた子守唄をこの年になってまた聞くことになるとは思わなかった。しかもアイドルの歌声で。

 しかし効果はすぐに現れた。横になっているおかげでもあるのか、薄くなっていた眠気が押し寄せてくる。瞼はほとんど閉じかけ意識が微睡みの中に消えていくなか、スバルは一つ決心する。

 

 ーー今日はミソラちゃんを目一杯楽しませよう。

 

 そんな決意と共に、スバルの意識は微睡みの中へと沈んでいった。

 

ーーーー

 

「それじゃあ母さん。行ってくるね」

「行ってきまーす!」

「行ってらっしゃい。気をつけるのよ」

 

 スバルとミソラは元気良く家を出る。

 二度寝を決めてしまったスバルだが、8時頃に再びミソラが起こしてくれたおかげで、体は通常以上に元気だ。ミソラもやはり楽しみにしていたのか、鼻歌混じりで歩いている。

 

「それにしても、やっぱりあかねさんってすごいね! 一晩でこんな良い服用意してくれるなんて!」

 

 言いつつ体をクルリと回転させ、あかねが用意してくれた服にご機嫌なミソラだった。

 今は夏ということで、白のTシャツに黒のノースリーブを羽織っており、下は茶色のショートズボン。一応顔バレしないように度のない眼鏡をし、ポニーテールで髪を束ね、更に青の帽子を被っている。急ごしらえであったにも関わらず、それを着こなすミソラにスバルは関心していた。

 

「流石はアイドルだよね。見事に着こなしてるよ」

「ありがと! これならバレないよね」

《メガネと帽子取れたらアウトだな》

《ポロロン……気を付ければ大丈夫よ》

 

 ウォーロックとハープがハンターVGから現れる。二人の言うことも最もでもあるので、あまり走り回って事故らないようにしておきたいものだ。

 

《さて、私達はお邪魔だろうから、ここで一回お別れしましょうか》

《あぁ? ハンターVGの中にいりゃ良いだろうが。そんなにどっか行きてぇなら一人で行ってこモガァ!!》

 

 ウォーロックの反論も虚しく、ハープの弦により口ごと体を巻き付かれ、喋ることも動くこともできなくなってしまった。ジタバタともがき苦しんでいるが、ハープはそんなウォーロックを気にもせず手を振りながらウォーロックと共に空へと消えていった。

 しばし二人は口をポカンと開けて空を見上げていたが、ちょうどウェーブライナーがやってきたところで正気に戻る。

 

「あ、いこっか……」

「うん……ロック、大丈夫かな?」

「頑丈だから大丈夫だよ」

 

 そういうことではなく、今からハープに振り回されるウォーロックを想像して少し同情してしまったという意味だったのだが、ミソラに引っ張られウェーブライナーに乗り込む。

 それなりに混んではいたが、ちょうど窓際の席が空いていたため、二人はそこに座る。

 

「そういえば、どこに行くの?」

「久しぶりにヤシブタウンに行こうかなーって思ってるんだけど、良いかな?」

 

 ミソラの提案に軽く頷くスバルだが、同時に今とんでもない状況なのではないかと気付く。

 隣にはあのトップアイドルの響ミソラが座っている。今現在はただの友人として接しようと思ってはいるのだが、スバルも年頃の男の子だ。ルックスも可愛い彼女が隣にいるだけで、少しだけ気恥ずかしさを覚えてしまう。それにほんのりと良い香りがしてきて気が気ではない。

 顔を赤らめ思わず俯いてしまうが、ミソラは窓の景色を楽しんでいた。

 

「こうやって二人で出掛けるの、久しぶりだねー」

「そ、そうだね。最後に行ったのって去年のロッポンドーヒルズだっけ?」

「そうそう! ムーの遺産の展示会に行った時に事件起こって、スバル君がかっこ良く解決したよねー」

「そんな、カッコよくないよ。あの後みんなを守れなかったし、ミソラちゃんなんて……」

「それは言いっこなしだよ。あれは私が自分で決めた事だし、すぐにスバル君が助けに来てくれたもん。あの時、本当はすっごく嬉しかったんだから」

 

 ミソラは満面の笑顔をスバルに向ける。純粋な笑顔だということがすぐに理解するが、逆に恥ずかしくなってしまいスバルはそっぽを向く。

 

「で、でもミソラちゃん。もうあんな無茶な事はしちゃダメだよ」

「大丈夫! もうしないから。スバル君達が悲しむのも、もう嫌だしね……」

「ミソラちゃん……」

 

 少しだけ影が射したように表情を曇らせ、顔を俯いてしまったミソラにスバルは少しだけ罪悪感を感じていた。

 かつてはミソラが裏切ってしまったとスバルが思い込み、落ち込んでいたところをルナが一喝してくれ、もう一度ミソラを信じると決めたあの頃は未だに鮮明に覚えている。もう一度会いに行った時、ミソラの表情を見て確信したのだ。彼女は無理をしていると。だからこそ、救ってあげなくては。彼女は笑顔の方が似合うのだから、と思ったのだ。

 今もそうだ。ミソラに元気が無いところを見るのは気が気でない。だから、彼女の方へとやんわりとした笑顔を向ける。

 

「ミソラちゃん。僕は絶対にみんなを守る。だから、そんなに落ち込まないで。君は笑顔の方が似合うから……」

「……スバル君……ありがとう!」

 

 ミソラに笑顔が戻り、スバルはホッとする。やはり彼女には笑顔がとても良く似合う。

 

『次は、ヤシブタウン〜ヤシブタウン〜……』

「あ、もうそろそろ着くね」

「え、もう? まだ掛かると思ったんだけど……」

「ウェーブライナーが普及してからは移動が早くなったんだよ! さ、降りよ!」

 

 確かに、ウェーブライナーが実装される前はただのバスで移動していた。そのバスと比べ、ウェーブライナーはリアルウェーブを使った線路で走るため、道の感覚も狭まっているのだろう。

 スバルとミソラはハンターVGでポップアップを操作しつつウェーブライナーから降りる。一年前とほぼ変わらない街並みだが、スバルはビジライザーを掛けてもう一度辺りを見回す。

 

「うわ、色んなところにリアルウェーブが使われてる」

「そうなの? 変わってないようで変わってるんだねー」

「そうだね……あ。あの回ってるモワイ像はいつも通りだ」

「去年も回ってたよねー……いつから回ってるんだろ」

「中にいたデンパ君が言ってたんだけど、もう200年もずっと回ってるらしいよ」

「うわぁ……想像できない……あ、スバル君スバル君!」

 

 他愛もない話で少しだけ盛り上がったところで、ミソラが興奮気味にある場所を指差す。スバルはビジライザーを上げてその指の先を見て、若干後悔した。

 

「まずはあそこのパフェの屋台に行こう! あそこにある新作、ニュースでも話題になっててちょっと気になってたんだー!」

 

 ミソラが目を輝かせながら言うが、スバルは忘れてはいない。去年、ロッポンドーヒルズでミソラと食べたあのフジヤマクリームパフェの事を。

 名に恥じぬほどの巨大なパフェが現れ、食べても食べても無くならないクリームの山は、思い出すだけで胃にズドンと鉄球のような重さがのし掛かった。ような気がする。

 しかし、あんな凄まじいパフェを売っているのはロッポンドーヒルズだけだろう。そう思い込み、ルンルン気分でパフェの屋台に近づくミソラの後に重い足取りで駆け寄る。

 

「あったあった! これ食べよー……スバル君は?」

「ぼ、僕は遠慮するよ……もうお昼近いし、今食べたら昼食食べれないんじゃない?」

「何言ってるの? ご飯とデザートは別腹だよ!」

 

 違うそうじゃない、というツッコミを入れたかったが、それはミソラにとっては野暮な答えだと理解しているのであえて口には出さない。

 しかし、フジヤマクリームパフェを超えるパフェなどそうそう無いだろうと考え、ハンターVGを出してヤシブタウンのどこが変わったのかを確認し、

 

「すいませーん! ブルーマウンテンモワイ仕立てのドッカンパフェ一つ下さーい!」

「大丈夫だよね、ミソラちゃん?! 本当に一人で食べれるんだよね?! なんか店員さんがドンブリみたいな物を両手で持ち上げながら準備してるんだけど、大丈夫なんだよね?!」

 

ーーーー

 

「いっただっきまーす!」

「あ、うん……」

 

 スバルの元気の無い声にミソラは首を傾げる。近くの席に座り、やってきた話題のパフェが目の前にあるというのにどうしたというのだろうか。

 そのパフェは成人男性の顔の1.5倍は大きい。ブルーマウンテンの名の通り、ブルーハワイがクリームと一緒に混ざり合い、切り分けられたミカンや桃、メロンが色鮮やかに輝いている。天辺にはバニラが小さく乗っており、チョコソースでモワイの顔を作っている。パーフェクト。正に完璧なパフェだ。唯一の欠点と言えば、少しばかり大きくてテーブルの面積の半分程を占めているくらいか。

 早速スプーンで一つ掬い、口に運ぶ。当然ながら、甘い味わいが口いっぱいに広がり、思わず感動で手の平を頬に添える。

 

「おいしーい!」

「よ、良かったね……」

「スバル君も食べればよかったのに」

「これ食べようとしたら、多分半分も食べれないよ……」

「えー? スバル君は小食だなー」

「いや、小食っていう問題じゃない気が……ってもう半分も食べ終わってる?!」

 

 当たり前の事実にスバルは驚愕していた。時間を取らせる訳にもいかないという理由もあるが、これだけ素晴らしいパフェが目の前にあるのだ。食べないというのは失礼極まりない。

 

「ミソラちゃんの胃袋の底が知れない……」

「何か言った?」

「何にも言ってないです……」

「うーん、それにしてもこれを食べないなんてスバル君も損してるなぁ……あ、そうだ!」

 

 名案とばかりに両手を叩くが、実はここまで計算の内だ。何故スバルがパフェを注文しなかったのかは謎だが、それも踏まえた上での作戦決行である。

 スバルはどちらかというと内気な性格だ。ルナのように厳しくも引っ張っていくような人物とは相性が良いはず。しかし、ルナ自体も中々に奥手であるため、積極的に攻めることは出来ない。

 だが、響ミソラだけは違う。スバルが内気な性格ならばこちらからガンガン攻めていくのが妥当だ。だからこそ、今から大胆な行動に出る。

 ミソラはクリームを掬い、スバルに向けた。

 

「はい、あーん」

「…………………………え?」

 

 スバルは差し出されたクリームの乗ったスプーンとミソラの満面な笑顔を交互に見てから、顔を赤く染め、慌て始める。

 

「ちょ、ミソラちゃん?! 何してるの?!」

「えっ? こんなに美味しいパフェだからスバル君にも味わってもらおうと思って」

「いやいやいや! そんな、恥ずかしくて出来ないよ?!」

「……食べないの?」

「うっ……」

 

 ミソラは少しだけ困り顔で、涙目になりながらスバルを見つめる。流石に罪悪感を感じたのか、言葉に詰まる。

 しかし、ここまではミソラの想定通りだ。ドラマ等で数々の演技をこなしてきた彼女にとって、これくらいの演技など造作もない。押しに弱いスバルのことだ。これで乗ってくれるだろうと確信する。

 スバルはキョロキョロと周囲を見渡す。人がいないか確認しているようだ。夏休みということもあって子供連れやカップル等人はそこそこいるが、幸いか不幸か、スバル達の周囲には殆ど人がいない。

 意を決したのか、改めてスバルはスプーンを見つめる。軽く深呼吸をして、まだ赤い頬を両手で軽く叩いた後、口を開ける。

 

「あ、あーん……」

「ふふ、よろしい」

 

 ミソラはスバルの口の中にスプーンを優しく入れ、すぐに抜く。

 スバルは顔を赤く染めながらも口の中でクリームを味わおうとしているようだが、そんな余裕もなさそうだ。顔を下に向け、表情を誤魔化そうとしているようだが、全くの無意味だ。そんなスバルを少しだけ可愛いと思ってしまう。

 

「美味しいでしょ?」

「う、うん……あの、ミソラちゃん?」

「んー?」

 

 スバルが質問すると同時に、ミソラはパフェを一つ口に運ぶ。

 

「は、恥ずかしくないの……?」

「少しだけ恥ずかしいけど、こういう美味しい物はみんなで分かち合いたいの!」

「そ、そっか……」

 

 スバルは再び言葉を詰まらせ、パフェを食べるミソラをただ眺めていた。しかし、ミソラには全てお見通しである。

 おそらくスバルが意識してしまっている要因がもう一つある。今スバルの口に運んだのはミソラが使っていたスプーンでもあるのだ。

 つまり、間接キス。

 お互いに年頃の年齢だ。意識しない方が不思議だろう。ただ、これ以上からかうとそろそろスバルが気絶しかねない。今にも頭から湯気を出し、倒れるんじゃないかと思うくらいだ。

 名残惜しいが、他にも行きたいところは山ほどある。ミソラはスプーンを置き、席を立つ。

 

「さて、それじゃあ今度はデパート行こう!」

「あ、うん……うん?! あれ、もう食べ終わってる?!」

 

 空になったパフェのグラスを見て驚愕するスバルだが、何らおかしいところはないだろう。ミソラはスバルを立たせるため、手を取る。

 

「ほーら、早くしないと夕方なんてあっという間だよ!」

「わ、わかったよ……」

 

 スバルも立ち上がり、いざヤシブデパートへと向かうーー前に、もう一つだけやりたい事がある。

 スバルが前へと進んだ瞬間に、ミソラは彼の腕へと抱きついた。

 

「ちょ、ミソラちゃん?!」

「夏休みだから人も多いよ。はぐれないように、ね?」

「で、でも、人目もあるのにこれは……」

「……ダメ?」

 

 再び困り顔でスバルを見る。今度は上目遣いも含めて。

 流石に演技だとバレるだろうかと懸念していたが、今のスバルにはそれを見通す余裕は無いようだ。彼は観念したかのように溜め息を少しだけ吐き、頷く。

 

「い、いいよ……」

「よし! それじゃあ、改めてしゅっぱーつ!」

 

 ミソラの元気な掛け声に、スバルは困ったように微笑んだ。

 

ーーーー

 

「ふー、流石に疲れたねー」

「本当だね……ミソラちゃん、すっごく元気だったし」

「久しぶりにお買い物出来たんだもん。少しはストレス発散しないと!」

 

 買い物するだけでストレス発散できるのだろうかというツッコミを入れたかったが、野暮だと思ったので心の中で留めておく。

 今二人は丁度コダマタウンに帰ってきたところだ。スバルの片手には、ミソラ用に買った服が入った袋を持っている。持ってきている服だけでは何かと不便だと思ったからだ。

 

「今日はミソラちゃんに振り回されっぱなしだったよ……」

「スバル君は体力無さすぎだよー。電波変換以外でも運動とかしてる?」

「あははは……」

 

 返す言葉が見つからないので笑って誤魔化す。

 だが、ミソラに振り回されたと言っても、今日みたいに誰かと買い物をするのは久しぶりだったし、何より楽しめたので文句はない。

 横断歩道を渡り、スバルの家がそろそろ見えてくる。

 

《ポロロン……帰ってきたわね、ミソラ。スバル君》

「あ、ハープ! ただいま!」

「……あれ? ロックは?」

《あそこよ》

 

 ミソラの相棒であるハープが先に出迎えてくれたが、肝心の無理矢理連れ去られたウォーロックの姿が見えない。

 ハープがある居場所へと手を向け、スバルはその方角を見て唖然としていた。

 ウォーロックはいた。その存在に気付かなかっただけで確かにいた。空中で、いつも体から出ている青白い電波が真っ白になっているという謎の状態のまま。

 

「ろ、ロックー?!」

「は、ハープ?! ロック君に何したの?!」

《あら、人聞きの悪いこと言わないで頂戴。貴方達と同じでデートしてたのよ、デート》

「で、デート……?!」

《なぁにがデートだごらぁああ!!」

 

 デートという言葉に過剰反応してしまうスバルだが、同時にウォーロックが咆哮し、いつもの青白い電波へと戻る。

 

《ウェーブロード使ってシーサーアイランドまで無理矢理連れて行かれた挙句、あっちこっち連れ回してくれたのはどこのどいつだ、あぁ?!》

「し、シーサーアイランドまで行ってきたの?!」

《下品な言葉使うんじゃないの。良いじゃない。最近暇だったんでしょ?」

《おいスバル……俺はもう二度とこいつと一緒になるのはゴメンだからな。わかったな?!》

「はいはい……ご苦労様、ロック」

 

 鼻息を荒くしながらウォーロックはハンターVGへと戻る。その様子に呆れながらもハープもミソラのハンターVGへと戻っていった。

 

「……ロック君も大変だね」

「そうだね……」

「ふふふ……さ、帰ろう?」

 

 ミソラはスバルの手を取り、家へと向かって走る。もう手を繋げるのは慣れてしまった。それが良いことなのかどうかはさておきだが。

 明日もまたミソラに振り回されるだろうなと考え、ふと笑ってしまう。いつもと少し違う夏休みだが、こんな状況も悪くないと思ってしまう。だいぶミソラに感化された影響だろうか。

 

「「ただいまー!」」

 

 明日も良い日でありますように。スバルはそう願いつつ、二人は無事に家にたどり着いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。