ブルックの昔話+ (あいうえおあおあお)
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昔話その①

pixivに投稿していた「ブルックの昔話https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9213685

ってシリーズです。その後日談に当たる「茶会前(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9432556」も一緒に投稿するつもりです。

処女作なので生暖かい目で見て貰えると幸いです。


 昔、私には王がいました

 

 

 ブルックはその言葉から口を開いた。思えば、こうしてブルックの昔話をしっかり聞くのは、初めて会った時以来かも知れない。だけど、あの時の私にはブルックの陽気な振る舞いが原因で、彼の気持ちを察することは出来なかった。変な奴だとは思ったが、実際あの陽気さで私のおびえは消えていた。

 ひょっとすると彼の陽気さは、初めて会う人への彼なりの配慮の意味もあるのかも知れない。しかしそうなると、こうして彼のありのままの本心を覗けるのはこれが初めてになるのであろうか。

 

 

 「ちょっとナミさん聞いてます!!? んもうそんなに老人の話はつまらないですか!! これじゃあ私の面目丸つぶれじゃないですか!!」

 

 ハッと気を取り直す。つい気をそらしてしまった、これじゃあ確かにブルックに失礼だ。

 「ごめんごめん。ってあんた元々潰れる“面”無いじゃない。」

 

 「ヨホホホ!! これは然り!! 一本取られました、メモっときましょう!!」

 

 そう言って笑うとブルックは自分の頭を開けてメモ帳を取り出した。

 「自由か!!!」

 

 

 やはりブルックの陽気さは配慮ではなく元々の彼の性格なのであろう。彼の陽気さはどんなにつらい時でも途絶えることはなかった。そう、ブルックとの航海ももう長くなる。ブルックが私たちに話していないことはあるにせよ隠していることはないはずだ。だからこそ彼は今、自分の言葉の意味を話そうとしてくれている。

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 きっかけはゾウでサンジ君が最悪の世代のカポネ・ベッジにプリンとの結婚を告げられたあの瞬間だった。確かにブルックはこう言った。「ヴィンスモークがサンジさんの性……!? ちょっと背筋がゾッとする名前なんですが…」と。状況が状況だ。ベッジやシーザーが語る多くの情報やサンジ君の決意を前にブルックの言葉が持つ意味を考える余裕はなかった。そして長らく彼の言葉を忘れていた。

 

 

 その言葉を思い出したのは大分後になってから。サンジ君の姉レイジュと弟ヨンジに会ったつい数時間前だ。ブルックはヴィンスモークのことを知っていた。ヴィンスモークが大昔に北の海を武力で制圧した一族であることを知っていた。その時、小さな疑問が生まれた。なぜ彼はそのことを話さなかったのだろう。

 

 

 無論話す必要がないと思ったといえばそれまでだ。しかし、今回の敵はビッグ・マムだけとは限らない。ヴィンスモーク家の意向を無視してサンジ君を取り返すのだ。彼らと敵対する可能性もある。ならば、彼らについての情報を共有しておくというのは決して悪いことではないはずだ。

 

 

 では、単純に話したくなかったのだろうか。どういう理由で。どういう意図で。

 

 

 ブルックを疑っているわけではない。今では大切な仲間の一人だ。ただ今から敵対するであろう相手は四皇ビッグ・マムと世界政府加盟国ジェルマ。すぐに解決できる疑問ならすぐに解決しておきたかった。少しでも仲間同士の結束を高めておきたかった。ブルックの言葉の意味を聞いておきたかった。

 

 

 そして私は今日の見張り番を決めた。ブルックと私が話す時間を設けた。彼の言葉を聞くために。

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 豆は同じ。水も同じ。お湯の温度も混ぜる順番も同じ。当然砂糖も牛乳も。ならばなぜ、サンジ君のコーヒーとここまで味が違うのだろう。再会したら今度こそ聞いてみよう。口に出すといつでも作ってくれるもんだから、つい甘えてしまっていた。

 その点で言えば、牛乳はほぼサンジ君の味と同じ。もっとも牛乳はサンジ君が選んだものだし、なにか一手間も加えているらしいが。

 

 温めた牛乳をコーヒーと共にトレーに乗せ片手で持ち、見張り台まで運ぶ。航海に慣れる前はとてもこんな芸当は出来なかったが、今では見張り台でのコーヒーはちょっとした楽しみだ。ただ、これも海の状態が良い時に限る。ついちょっと前に体験した水あめの海ではとてもこんな余裕はなかっただろう。

 

 

 「はい、頼まれてた牛乳。あんた本当に牛乳好きね」

 

 「ヨホホ、ありがとうございます。この暖かさと美味しさは骨身に染みます。って私もう身が無いんですけど! ヨホホホホ。」

 

 

 いつも通りのスカルジョーク。いつも通りの彼。

 

 

 「別にいいわよ。私も寝る前にコーヒーが飲みたかったし。そんなことより話しの続きを聞かせてくれる?」

 

 「ええ、もちろんですとも。どこまで話したでしょうか。私は脳の血の巡りが悪いものでつい忘れてしまって。って私もう脳ないんですけど! ヨホホホホ。」

 

 

 いつも通りのスカルジョーク。いつも通りの彼…なのだろうか。ここまでスカルジョークを連発するのは珍しい気がする。

 

 

 「私には王様がいたって所から。ってもしかしてあんた兵士だったわけ!?」

 

 「ええ、護衛戦団の隊長を務めていました。昔スリラーバークでそのことについても話したつもりですが。」

 

 「そう言えば、聞いたこともある気がするけどアンタそのことについて全然語らないじゃない」

 

 「ヨホホホ。これは失礼。老人の昔話など退屈と思いまして。」

 

 さっきの当てこすりだろう。なかなかずるい奴だ。思わず得意の拳骨を喰らわす。

 「いいからさっさと話しなさい!!」

 

 どういう理屈か、彼の頭にたんこぶが出来る。よくよく考えればこれも不思議だ。

 「ヨホホホ。オヤオヤ手厳しィーーー!!!」

 

 そしてやっとブルックは話し出した。



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昔話その②

pixivに投稿していた「ブルックの昔話(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9213685」ってシリーズです。その後日談に当たる「茶会前(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9432556」も一緒に投稿するつもりです。
処女作なので生暖かい目で見て貰えると幸いです。


今回は過去をねつ造しています。


  昔、私には王がいました。

 

 名君として名を馳せたわけでも英雄譚があったわけでもありません。かといって民の財を私用のために搾取する暴君でも国政を顧みない暗君でもありません。

 

 良くも悪くも普通の一国の王。そして私にとっては良い王でした。

 

 

 私は入隊当時、王国の奇襲部隊に配属されました。そこの飯は不味く、常に命がけの闘いを強いられていましたが、特別不幸だったとは思いません。私には気の合う仲間がいましたし、音楽を生み出す時間も余裕もあった。私の『鼻唄三丁矢筈切り』という技名は当時の仲間につけてもらったものです。

 しかし、当時の私に名を上げたいという欲求や認められたという欲求が無かったと言えば嘘になります。

 

 

 そんな私の剣の腕と音楽の才能を見出してくれたのがその王です。あの方は私を信頼し、王家専属の護衛戦団に入れてくださりました。そこでの修練で私の剣の腕は磨かれ、ついにはその剣伎で隊長の任に着くことになりました。そして、音楽の才能の方も護衛戦団に入ることで宮廷音楽家達の演奏を聴く機会や彼らと会う時間に恵まれ、みるみる上達していきました。

 あの頃がなければ、今の私もないでしょう。今でも彼らへの感謝の念は絶えません。ですが、当時の私は何もかも未熟でした。

 

 

 奇襲部隊で常に命がけの闘いを強いられていたとは、もう語ったと思います。私の国では長年戦争が続いていました。長く続いていたその戦争ですが、相手の資源不足から終盤では我々は優位に立っていました。これで勝てる、これで戦争は終わる、国の者は誰もがそう思いそう願っていました。しかし、現実は違っていたのです。

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 ズズズズズズズ

  

 ブルックが牛乳をすする音で現実に戻ってきた。初めて語られる彼の過去はちょっと驚きだった。ブルックのいた国で戦争があったことも、その最前線に立っていたことも、部隊の仲間や王様からの信用を得ていたこともなにも知らなかった。

 ただ意外ではなかったと思う。突拍子も無い言動をよくする彼だが、船員への気配りを忘れたことは無い。今回の件だって、サンジ君のために着いてきた彼の気持ちはよく分かっている。

 

 ズズズズズズズ

 

 冷めないうちに飲みきってしまおうとしているのか、まだ飲み続けている。ブルックの音を立てる飲み方で思い出す。そういえばサンジ君は、いつもブルックの食事作法の悪さを嘆いていたっけ。よくよく考えてみれば、ちょっとおかしいんじゃないか。

 

 「なんでアンタ、そんなに食事作法が身についてないわけ? 護衛戦団の隊長ってんだから王様と食事を共にする機会も少しはあったでしょ」

 

 「ええ、ええ。ありましたとも。王が食べている食事は奇襲部隊のものとは違い、とても美味しかったです。ですが、奇襲部隊での食事は早い者勝ち。おかわり自由。仲間とはいえども容赦するわけにはいかない。いくら不味いとはいっても腹に入れば同じこと。」

 「そういうわけで、奇襲部隊での生活の中で食事の時は思い切りという習慣が身についてしまったのです。外交の席で食事を共にしたときは、危うくクビになるところでした。ヨホホホホ!!」

 

 

 どっちの意味のクビなのかは分からないが、呆れてものも言えない。サンジ君がいくら言っても食事作法が良くならないわけだ。こうなると、王様から信用を得ていたって部分は怪しくなってくる。

 

 「ヨホホホ。さて一息入れたところで、話題を戻しましょうか。」

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 戦争の大詰め、敵国の首都での最終決戦。私は副官に護衛戦団を任せ、敵国へ侵攻する部隊の隊長の一人に志願しました。もう敵国に防衛以外に割ける余剰戦力はない、出来るだけ軽微な損壊で戦争を終わらせたい、私には実績がある。いくつもの理由を挙げていましたが、一番の理由は名を挙げ、認められたいという若さ故の軽率でした。

 

 

 その闘いは意外なくらい長引きました。刻一刻と時が過ぎるたび、私の中で焦りが生まれました。もう敵国に食糧はないはず、もう敵兵に気力はないはず。そういう試算から始めたこの最終決戦がこれほどまでに長引くとは私たちの誰も予想していないことでした。 しかしそれでも、私たちは少しずつですが確実に、敵の喉元まで進んでいる。ならば、ここで退く道理はない。そう思ったのが、私たちの誤りでした。私の国、その本拠地であり、多くの仲間と多くの時間を共にした城が謎の勢力により落とされていたのです。

 

 

 私はそのことを知るや否や、迅速に故郷に戻るのに最低限必要な少数の仲間だけ引き連れて、小船で自国に戻りました。大きな船だとその謎の勢力に見つかり撃破される恐れがあると思ったからです。その私の予感は当たりました。私達が自国に戻る航海の際、巨大な艦影と旗を右方に目撃しました。敵国に向かっていたのでしょう。ちょうどすれ違いの形になりました。

 

 あちらから私達の船を確認したかどうかは分かりません。しかし、確認していたとしてもわざわざ私たちの小船を撃破することはなかったと思います。それほどまでに強大な戦力だったのです。あの旗を私は決して忘れたことはありません。そこには66と記されていました。

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 もう一時間ぐらいは経っただろうか。それとも二時間か。海には特に異変はない。気候にも特に異変はない。敵影も見えない。変わったのはこの空間の空気だけ。

 

 「そして…。故郷に戻って何があったの?」

 

 ブルックは斜め上の何もない空間を見て呟く。いや、ひょっとするとそこに過去の風景を投影していたのかも知れない。

 

 「何もありませんでした。いつでも人が賑わい、なかなか前に進めない城下町も。その前に立つたび、いつも見上げていた巨大な城門も。常に手入れが欠くことなく、新品同然であった城壁も。」

 「そして、誰もいませんでした。信を置いていた副官も。合うたびに、私の演奏をせがんできた姫も。私の食事作法を気に入らなかった王妃も。私を信頼してくれていた王も。」

 

 私は何も言わない。何も言えない。

 

 「そこを離れ、引き連れてきた少数の部下達と共にある国にたどり着いた時、私は私の王国の住民や敵国に侵攻していた兵達が良ければ奴隷、悪ければ死亡という憂き目にあったことを知りました。そこで初めて私は、王国の住民の生き残りを探すことも、敵国に戻り少しでも多くの仲間を救おうとすることもしなかった自分に気がづいたのです。」

 

 「私は自分の身勝手な気持ちから大切な者達を失いました。故郷から遠く離れた見知らぬ地で彼らを思って奏でるレクイエムに、自分への慰め以外にどんな意味があるでしょう。それでも私はレクイエムを奏で続けました。ただ自分を慰めるためだけに。」

 

 ヨホホホ。ブルックの笑い声が響き渡る。こんな風に彼が笑うのを聞くのは初めてかも知れない。自分を馬鹿にして笑っているようだった。

 

 「そして後は知っての通り。泣く子も笑うルンバー海賊団に入り、ラブーンとの再会の約束を交わしました。今度こそ私は、信頼に応えなければなりません。あの時のように、もう死に別れるつもりはありません。お互い生きたまま再会を果たすまで、決して死ぬつもりはありません。って私もう一度死んでるんですけど!」

 

 そう言ってブルックは笑った。ヨホホホホ。ただその笑いにはいつものものともさっきのものとも違い、彼の真剣な気持ちの残滓があった。初めて会った時、ラブーンの無事や、未だにルンバー海賊団の者との再会を待ち望んでいるラブーンの気持ちを知らなかったブルック。なのに、どうしてあそこまで“約束”や“信頼”を守ることに熱心であったのか、ブルックの過去を知った今ならよく分かる。

 そして、彼がヴィンスモークにゾッとすると言った意味も今なら分かる。彼にとってジェルマ66、そして、そこの国の王族であるヴィンスモーク家は【故国の仇】であったのだ。



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昔話その③

pixivに投稿していた「ブルックの昔話(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9213685)」ってシリーズです。その後日談に当たる「茶会前(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9432556)」も一緒に投稿するつもりです。
処女作なので生暖かい目で見て貰えると幸いです。




 「大丈夫?」

 最初に出たのはそんな言葉だった。自分でも芸のない言葉だと思う。ブルックにとっては辛い過去。そんな過去を無理矢理振り返らせて、平気でいられるはずはないだろうに。だけど、ブルックから帰ってきたのは予想もしない言葉。しかし、彼らしいものだった。

 

 

 「ええ。もう昔のことです。当時のことを振り返っても後悔しない。なんてことはありませんが、その後悔も幾分か薄れ、もうどこかその後悔が懐かしくも感じるのです。」

 「恨みは?」

 これもまた酷い質問だ。ないわけがない。だけど、今度は彼の返答がなんとなく分かっていた。

 

 

 「勿論あります。私たちの国を滅ぼしたあの勢力に。国を守りきれなかった護衛戦団の者に。そして、なにより守ろうともしなかった私自身に。」

 じゃあ…。今回のサンジ君奪還をどう思っているのか。どう動くのか。何を今度こそは守りたいのか。どう言葉を切り出そうか迷っているうちに、ブルックの方からその心境を打ち明けてくれた。

 

 

 「ヴィンスモーク…。その名は確かにゾッとする名前です。ジェルマは私にとっての恐怖の象徴であることにも代わりはありません。しかし、私が知るジェルマはもはや過去の軍隊。当時の恨みを彼らにぶつけるのは馬鹿馬鹿しいことです。そして何よりサンジさんは言いました。「もう二度とオレの目の前に現れないハズの過去」だと。ヴィンスモークを捨てたであろうサンジさんを取り返すのに私になんのためらいがあるでしょうか!」

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 その時、私はスリラーバークでのあの一幕を思い出していた。ナミさんは知らない一幕。語る必要もない一幕。バーソロミュー・くまとの取引の話だ。サンジさんとゾロさんは自分の命を投げ出し、船長のルフィさんのために命を賭けていた。

 

 その瞬間を見た時、私の胸には感嘆だけでなく、憧れの気持ちも宿った。王から離れ、王を守ることをしなかった当時の自分と比べて、彼らはとても眩しく映った。あの光景を見ている間中ずっと思っていた。この死に体を動かして、彼らの身代わりになれたらと。死に花を咲かせられたらと。ラブーンとの約束のことも忘れてそう思わされてしまった。しかし、幸か不幸かそうできるほど私の体に、力は残っていなかった。

 

 

 これで終わりたくない。その時、確かにそう思った。私のために影を取り返してくれた彼らのために着いていきたい!私が出来なかったことをした彼らに着いていきたい!そして偉大なる航路を制覇してもう一度正面からラブーンに会いたい!彼らが信望するルフィさんの部下として!!麦わらの一味の音楽家として!!

 そうだ、あの時のサンジさんの決意がまがい物であるはずがない!!

 ルフィさんのために命を賭けたサンジさんが私達の敵であるはずもない!!!

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 「ちょっと!ちょっとブルック聞いてる!? 何よ!! アンタこそ話を聞いてないじゃない!!」

 ハッと気を取り直す。そうだった、今はナミさんとの昔話の最中であった。昔を思い出すことが多かったせいで、話しをしている相手方につい気が回っていなかった。

 

 

 「これは失礼。私、耳がないもんで。ヨホホホホ。」

 おどけてごまかしてみるが、失敗。ナミさんに再び拳骨で殴られる。そういえば、どうして私の体にたんこぶが出来るのだろう。

 

 

 「はぁ…。もういいや、もうアンタの事情は分かったし悩みも消えた。ホールケーキアイランドでは私のしもべとしてビシバシこき使わせてもらうわよ!!」

 呆れながら、ナミさんがつぶやく。また忘れていた。どうやら本当に私の記憶力は悪いらしい。まだナミさんに自分の意思を告げていなかった。

 

 

 「そのことなのですが、ナミさん。ホールケーキアイランドでは、私をペドロさんと行動を共にさせてもらいたいのです。私達の城内侵入は少なからず敵に動揺を与えるでしょうし、ここで『ロード歴史の本文』を手に入れる意義は大きい。ビッグ・マム海賊団がサンジさんの結婚式の準備に忙殺されているであろう今、潜入できるのは類い希なるチャンスなのかもしれません。」

 そして最悪の結果のために。そう思ったが、それは口に出さなかった。それは、わざわざ言うことではない。

 

 

 ナミさんは少し考えた末、私の提案を認めてくれた。

 

 「確かにビック・マムと正面から闘うわけにはいかない以上、すばしっこいアンタに囮になってもらった方がいいか。よし、ブルック。ロード歴史の本文を手に入れたら、思い切り暴れ回って思い切り敵を引きつけて思い切り逃げて思い切り敵を攪乱しなさい! ビッグ・マムの主力、いや大幹部、いえビッグ・マム本人を引きつけなさい!!」

「ヨホホホ。それは手厳しィーーー!!!」

 

 さすがにそれはごめん極まる。四皇相手じゃ命がいくつあっても足りない。ずいぶんときつい冗談だ。

 

 

 「では、残り少ない牛乳とコーヒーで乾杯といきましょうか。今回の作戦の成功と未来の偉大なる海の王のために。」

 そう言って私たちは、すっかり冷めてしまったコップをぶつけて音を鳴らす。それと同時に男部屋の扉が開く音がする。いつの間にか交代の時間が来ていたようだ。彼が自分の意思で、時間通りに目を覚ますのは珍しい。

 

 

 未来の偉大なる海の王は寝ぼけ眼でゆっくりとこちらに近づいてくる。ラブーンと会うまで、死ぬつもりはない。だが、彼のためになら喜んで自分の命を賭けよう。サンジさんがそうしたように。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 ずいぶんときつい冗談だ。まさか現実に起こるとは思ってもいなかった。扉の先にいるのはビッグ・マム海賊団の大幹部である将星スムージー。その彼女から逃げ切るだけでも至難の業であろうに、よりにもよって今、私の目の前には大幹部どころか船長であるビッグ・マムがいる。

 

 

 しかし、ここで諦めるわけにはいかない。このまま倒れているわけにはいかない。もう、ロード歴史の本文の写しは手に入れたのだ。後は無事に仲間の元へ帰るだけなのだ。死ぬつもりはない、無駄な死に花を咲かせるつもりはもっとない。

 

 

 「なぜ立つんだ!! “ソウルキング”!! お前はサンジじゃなくそんなに“石”の写しが欲しいのかい!?」

 馬鹿め。既に石の写しは手に入れてある。もう、後は帰るだけなのだ。石の写しが必要な仲間達の為に。しかし、そのことを感づかせたりはしない。

 

 

 「ええ…!! サンジさんはね…… 優しいんです」「ーだから私 彼はもう帰って来ないと思った。」「ーお前達がどんな罠を仕掛けたのか知らないが!!」「彼は度を超えて優しいから!!」「誰かの為に犠牲になると決めたらもう動かない!!」

 スリラーバークでのあの時のように。

 

 

 「片や我が船長は!! 自分の思いを信じ抜き突き進む男!!」

 私をサニー号に誘ってくれたあの時のように。

 

 

 「その決着は若者達が決める事!!」

 そう、彼ら二人が決めること。

 

 

 「ハ~ハハハハそうかい じゃお前やる事なくて“石”を?」

 そんなわけがないだろう。これは私たちの航海に必要な物だ。そして最悪の結果の為にも。

 

 

 「いいえ…!! 最悪の結果サンジさんが戻らないと決断した時 彼が自分を責めないように!!」「ー私たちはこの旅で大きな物を得たと言える様に!!!」「いただきます!! “ロード歴史の本文”!!」

 「ママママ! ーお前の最悪はずいぶん程度が低いね!!」「サンジが戻らない!? それが最悪!? 誰一人死なねェのかい!?」「みんな死ぬかもしれない!」

 それこそ馬鹿な問いかけだ、ビッグ・マム。こんなところで死ぬつもりはない。

 

 「死ぬことを計画に入れるバカがどこにいますか お嬢さん」

 そうだ、私はこんなところで死ぬつもりはない。ラブーンに会うまでは死ぬつもりはない。ただ、この石の写しを持ち帰るためなら私は喜んで私の命を賭けよう。未来の偉大なる海の王のために。自分を犠牲にする優しいコックのために。

 

 



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茶会前

pixivに投稿していた「ブルックの昔話(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9213685」ってシリーズです。その後日談に当たる「茶会前(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9432556」も一緒に投稿するつもりです。
処女作なので生暖かい目で見て貰えると幸いです。



【ファイアタンク海賊団アジト】

 

 

 

 

 またすれ違った。これで何人目か。このアジトで今、動いている人員だけでもかなりの人数がいるだろうに、『彼の中』にもそうとうの兵力が存在しているというから恐ろしい。それでいてアジト内は指示が行きわたっているのか、止まっている者が見当たらない。さすがの統率力だ。

 かって超新星と呼ばれ、今は最悪の世代と評されるベッジ。二年で大事な茶会の護衛の全権を任されるほどビッグ・マムに近づいたその実力は本物だ。彼と正面から渡り合ったら手強い敵になっていただろう。同盟を結べて幸いだった。

こうしてビッグ・マムを恐れることなく安心してサンジさんと移動することも出来るのもその同盟のおかげだ。

 

 

「ブルックちょっといいか」

 

 そう言って彼が私を呼び掛けてから二分は歩いただろうか。ようやく人目のつかない場所を見つけ、彼は立ち止まった。一体全体どうしたのだろう。いつもならたった二分とも言えようが、今はあの地獄のお茶会開始まであと二時間半に迫った火急の時だ。「『新郎』だから部屋に戻らなければならない」。これは彼自身の言葉だというのに。

 

「茶会での作戦大丈夫か?」

 

 ただ単に傷の具合を気にしているだけなのだろうか。しかし、どうも違和感がある。確かに私はビッグ・マムと戦い、そして敗れた。しかし、彼女の珍獣コレクターという趣味のおかげで命に別状はない。多少傷は残っているが、睡眠や牛乳で回復の余裕があったおかげかもう痛みもほとんどない。

 今も普段通りに動いているし、彼が心配するような所など見せてはないはずなのだが。

 

「ええ、大丈夫です。チョッパーさんからお墨付きももらえました。45度もいつも通りに出来ますよ、ヨホホ」

 

 そう言って体を傾けようとした時、思いがけぬ返答がやってきた。。

 

「体のことじゃねェ。心の方だ」

 

 なんのことだろう。

 

「ベッジを待っている間にナミさんからお前の過去を聞いた。すまねェ。事情を知らなかったとはいえ、おれはお前に仇を助けるなんてことをやらせちまうことになる。」

 

 そこでようやく合点がいく。聞いたのか、あの話を。確かに私はジェルマとはある因縁がある。事情がサンジさん奪還からお茶会での暗殺計画とサンジさんを含むヴィンスモーク家の面子の救出に変わった以上、サンジさんに私の過去を話し計画に多少の変更を加えるかの相談をするのも不思議ではないかもしれない。そう、私を茶会での戦闘から外すとか。だが。

 

「心配はいりません。恨みが消えたといえば嘘になりますが、何十年の月日のうちに大分薄れていきました。それに私が知るジェルマは過去の軍隊。その怒りを彼らにぶつけるのはー」

 

 

 

 馬鹿馬鹿しいことです。そう続けようとした言葉が、サンジさんの言葉で遮られたる。それはとても荒々しかった。叫びとまで言えるほどに。向かい合っていたはずのサンジさんの目線が下を向く。自分に言い聞かせるように。

 

「違う!!! あいつらはお前の国を滅ぼしたころから何も変わっちゃいねェ。自分たちのために戦争に介入し傭兵となり兵器を売る最低最悪の人種だ。いや、今では人の心すら失ってやがる。なのに俺はお前らを危険にさらしてまでそんな奴らを助けたいと考えている!!」

 

 

「それでいいんです」

 

 

ゆっくりとサンジさんの視線が上がる。互いの視線がぶつかり合う。

 

 

「冷酷非情の悪の軍隊。それが私にとってのジェルマ。そしてそこの王族がヴィンスモーク家でした。ですが、その王国にある時生まれた優しい王子。それがあなたです、ミスタープリンス。あなたがジェルマの一員であったと知った時、私の知るジェルマが過去の軍隊となったのです」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「それにねサンジさん。私は仲間の思いに応える行動をためらうつもりはありませんよ」

 

 

 ブルックらしい発言だと思う。一歩引いた立場から冷静に状況を見極めてると思えば、仲間のことを考え思い切り動く。きっと長い間、自問自答していたのだろう。仲間の屍が乗る船で、自分の失敗や責任を。

 ふと本番の茶会でそんな風に冷静さと大胆さを併せ持った行動をする様をふと思い浮かべた。案外、彼がこの作戦のキーマンになるのかもしれない。

 心配なのは逆に慰められている自分の方だ。

 

 「ならいいんだ。変に蒸し返しちまってすまねェ。だったら茶会でもこれまでと同様に頼りにさせてもらうぜ」

 

 

 ブルックは口を思い切り開けて、

 

「ええ、骨身を惜しまず頑張ります。ヨホホホホ」

 

 そう言って笑った。

 

 そのブルックの笑い声が呼び声になったのか、様々な人種が入り混じってるアジトの外でならともかく、このアジトの中では特徴的で目立つ二人がやってきた。

 

「おお、やっぱりこっちだったわい」

「よかったー。さっきの雨やシャワーのせいで匂いをたどるのが大変だったよ~!」

 

 ブルックは振り返り、間髪入れずに質問をぶつける。

 

「どうしました、お二人とも。まだベッジさんの体内に入る時間ではないはずですが」

 

 医者としての面子からか予定を忘れていたことへの怒りからかその言葉にチョッパーが憤る。手を上げ、目をとんがらせているその姿は可愛らしくはあったが。

 

「このアジトの設備を使わせてもらって最後に軽く身体検査を行うって言ったじゃないか。あとはブルックだけだ。」

 

「私、注射が怖いんですけど大丈夫でしょうか?」

 

「骨じゃ硬くて刺さらねェよ!!」

 

そんな風に二人は掛け合いをしながら去っていった。一瞬、ブルックとさっきまで真面目な話をしていたことを忘れてしまう。状況に応じてすぐに自分を切り変える。その場に応じた適切な態度をとれる。さすがこの二年間、世界を沸かせ続けたソウルキングだ。

 

 

 突如、場に残っていたジンベエに話しかけられる。

「ブルックは良い奴じゃな」

 

 いきなりの発言に面食らう。首を傾けて横を見ると、その顔はすましていた

 

「今までの会話、聞いていたのか」

 

「サメは耳が良くての。ブルックは親族ですらおいそれとは入れない宝物の間に入り『ロード歴史の本文』を手に入れた程の男じゃ。きっと大きな戦力になってくれるじゃろう」

 

 好機なのかもしれない。そうサンジは思う。

 ジンベエの言葉を受けて体を壁に置く。この数日間で散々味わったお菓子のように柔らかい壁じゃない。堅いごつごつした壁だ。その壁の固さに体を委ね、心を落ち着かせるために煙草を吸い始める。次の言葉をしっかりと言えるように。わだかまりを解消する好機を逃さないために。

 

「大きな戦力ってんならお前もそうなんじゃねェか」

 

 ジンベエの眉が下がった。目も丸くなる。予期せぬ相手からの予期せぬ言葉に驚いているのが分かる。

 

「お前さんにそう言ってもらえるとは意外じゃのう」

 

 その言葉で思い出す。ナミさんに対するジンベエの謝罪を。ナミさんからの処罰を受けようとしたジンベエを。ナミさんの許しを受けた後の後のジンベエの涙を。

 そして俺のジンベエへの態度を。

 まだ俺ははっきりとはあの時のことを謝罪しちゃいない。口に出すとするなら今がその時だ。

 

「無理もねェな。一味の中でお前を一番責めたのはおれだろう」

 

 ため込んでいた言葉とともに煙を吐く。

 

 

「魚人島ではお前の事情も気持ちも考えず言い過ぎちまって悪かった」

 

 

 ジンベエが笑う。さも愉快そうに。豪勢と言う他ないその声は狭い通路でよく響き渡る。

 

「ナミのことを思うがゆえの行動じゃろう。むしろわしはあの一件でお前を信用したよ。未来の海賊王のコックなら仲間への思いがあれぐらい強くなくてはならん。これからは頼りにさせてもらうぞ」

 

どうやら本当に聞かれていたらしい。その言い方や顔つきから、ジンベエが意図して、おれがついさきほどブルックに言ったセリフを真似て返したことがわかった。その抜け目なさにこちらまで愉快になってくる。思わず口角が上がる。

 

「このクソ一味は手を焼くぜ。筋肉馬鹿に長っ鼻、トナカイにロボに骨までいやがる。それを率いるうちの船長は考えなしの無鉄砲。荒波に逆行するようなことはしょっちゅうだ」

 

 ジンベエが笑う。さらに大きく、さらに愉快そうに。

 インペルダウンや頂上戦争への参入、しらほし様の誘拐、そして今は仲間一人を助けるために海の支配者である四皇に喧嘩を売っている。確かに正気の沙汰ではない。だが、そんな彼が率いる何の隔てもない一味だからこそ魚人や人魚への偏見の歴史を変えることが出来る。ジンベエはそう信じている。そんな船長についていきたいと思っている。

 どうせ、無茶をしなければ世界を変えられないのだ。それなら、とびきり無茶な船長について行こう。とびきり無茶なことをして見せよう。

 笑いが収まった時、彼の目には確かな覚悟が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

「乗りこなして見せるわい」




これにてこのシリーズは完結です。
ありがとうございました。


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