【完結】いちばん小さな大魔王! (コントラポストは全てを解決する)
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主人公設定など(ネタバレあり)

神楽 竜介(かぐら りゅうすけ)

 

身長 176cm

体重 61kg

 

 

趣味

 

料理

あことイチャラブする妄想

可愛い物集め

ギター(第8奏以降)

 

 

好き(得意)な事

 

人に手料理を振る舞う

有咲と沙綾と蘭とあこを甘やかす

羊毛フェルト作り

 

嫌い(苦手)な事

 

人に迷惑をかける事

自分のために料理をする事(この目的で作った場合、大体ゲテモノが誕生する)

 

 

将来の夢

 

あこを養う事

 

 

概要

宇田川あこを愛し、宇田川あこに尽くす事に喜びと生きがいを感じる変態。

常日頃からあこの事を想っているが、竜介とあこが二人きりになる環境を周囲(主に巴)が作らせないうえ、竜介本人が告白へと踏み出す決心をつける事が出来ないチキンのため、発展具合は亀の歩行速度。

また、幼馴染の人数がやたら多く、そのほとんどから好意を寄せられている。しかし本人はリサ以外の好意には気付いていない。

幼馴染の中では、沙綾と有咲に特に甘く、自身のTPOなど気にせず電話一本かかってくれば即座に駆け付ける。

Pastel*Palettesの大和麻弥の大ファンであり、ライブと握手会は毎回行っている。ふへへ笑いを見るのが幸せ。

よくあことイチャついているが、あこはイチャついてるのではなく兄に甘えてる状態に近い。竜介自身もそれを知っている。しかし、最近あこも心境の変化がある模様。

白金燐子とはあこを取り合うライバルでもあり、良き理解者でもある。仲が悪いとかはなく、むしろ仲のいい姉弟と見間違われる事もある程良好な関係を築けている。

小学三年生からしばらくの間、少しやさぐれていた。

 

 

人間関係

 

 

 

宇田川あこ:絶賛竜介が片想い中の相手であり、竜介の幼馴染第一号。

足りない語彙力で何とかカッコイイ事を言おうとするが、いつも空回る。

そして、そんな光景を竜介に微笑ましく見られているが本人はまったく気づいてないご様子。

 

 

 

 

PoppinParty

 

 

戸山香澄:飯を与える竜介と、与えられる香澄という関係。

ただ、竜介の性格も相まってかなり仲が良い。

竜介にとって娘兼ワンコ枠と言った感じ。

作中で一番竜介の手料理を食べているという噂も…。

 

 

市ヶ谷有咲:竜介の幼馴染第二号。金髪ツインテツンデレロリ巨乳という王道属性を持ち合わせたヒロイン力ヤバめの子。

しかし、竜介は娘のように見ており、よくパパになろうとする。

竜介のお嫁さんになるのを夢に、料理やファッション等を勉強していると小耳に挟んだが、本人は頑なに否定している。

 

 

花園たえ:竜介に想いを寄せる子の一人。アピール自体は積極的に行うが、持ち前の天然のせいで伝わっていない。

竜介におたえ検定と言うモノを作られているが、たえは知らない。

 

 

山吹沙綾:竜介の幼馴染第三号。かつて過労で倒れたことから、二度と無理をしないよう竜介に約束を結ばされている。

約束を破ると、罰と称し沙綾が恥ずかしがるという理由で無理矢理甘えさせられるが、最近では罰になってない。

無理をさせない様に自分を気にかけてくれるのは嬉しい反面、竜介自身は重労働どころか奴隷化してでも働こうとする事に一言申したいとか。

労働目的での山吹ベーカリーの出入りは禁止になっている。

 

 

牛込りみ:竜介に一目惚れしたが、本人自身がその気持ちに気づく事が出来ず、生きるチョココロネと定義付け事ある事にテイクアウトしようとする。

ポピパの中で二人だけで会わせる事は禁忌となっている。

 

 

 

Afterglow

 

 

美竹蘭:幼馴染特別枠。竜介も運命共同体と称すほどに恋愛とは別の特別な想いを抱いている。

初対面の時から気が合い、よく二人で遊んでいた。

父親が厳格で人に甘える機会が少なかったのと、竜介が蘭を甘やかしまくったので、竜介といる時だけ甘えんぼになる。現在では二人きりでいる時だけ、言葉はツンデレ・行動はデレデレと言った特殊な状態になる。

基本皆の前では甘えは我慢するが、膝枕をされる時だけはどうしても我慢出来ず、幼馴染達の前でも竜介の膝に飛び込む。

気を抜くと無意識に膝枕されに行く時があるらしい。

もはや病気。

竜介には相棒と認識されているが、蘭自身はもっと先に行きたいと日々奮闘中。でもやっぱり膝枕に負ける。

 

 

青葉モカ:竜介の幼馴染第四号。竜介といる時は基本ベッタリ。よく竜介の家に行き、手作りパンを貪っている。

竜介にはとある事情から現在ベタ惚れ中。

依存気質な所があるが、本人は気の所為だと主張している。

 

 

上原ひまり:竜介の幼馴染第五号。竜介の事は大切な親友だと思っている。

竜介が恋愛漫画のイケメン役っぽいので、たまに幼馴染達を犠牲にし、寸劇を見て悶えている。

何やかんやアフグロ一番の問題児はひまりかも、と竜介は語る。

 

 

宇田川巴:竜介の幼馴染第六号であり最大の壁。この姉を説得しないと、あこと付き合うどころか二人きりになるのも難しい。

竜介の事はそこそこ認めているが、交際云々の話になるとメリケンサックを装備する。

 

 

羽沢つぐみ:竜介の幼馴染第七号。沙綾同様過労で倒れた経験持ち。しかしこちらは心配させないようにしっかり約束を守っている。普通にいい子。

竜介に尽くすと無自覚に幸せを感じる。

普通に竜介が異性として好き。

ただ、他のメンツが濃すぎて埋もれ気味の模様。

 

 

 

Pastel*Palettes

 

 

丸山彩:竜介とは仲の良い先輩と後輩。異性として意識してないが故に竜介と普通のカップルのような距離感になりがちで、知らず知らずの間に周囲から嫉妬を買っている。

竜介と一緒に自撮りツーショットを撮るのが趣味。

 

 

白鷺千聖:竜介の事を自身の専属マネージャーにしようと日々準備を積んでいる。

ナンパをされると即座に事務所の人間を呼ぶが、竜介に迫られた時だけ乙女になる。

歪んだ花音の性癖を元に戻すのが今の目標。

 

 

大和麻弥:竜介が憧れる人。麻弥がスタジオミュージシャンをしていた時から面識があり、よく一緒に買い物に行く程の仲。

竜介は一ファンなので、出しゃばった真似はしないよう心掛けているが、麻弥本人は竜介の事を「ファン0号」と呼び、何か特別な想いを寄せているご様子。

 

 

若宮イブ:竜介を武士道の師匠として慕い、竜介も弟子として可愛がっている。

竜介は機会が有れば日本刀や火縄銃をイヴに触らせたいと思っているらしい。

 

 

氷川日菜:氷川紗夜と仲直りをする際、竜介が手伝った。その事から竜介に想いを寄せるが、自分の気分や感情を「るん」の二文字で済ますため、まったく好意は伝わらず。

天才的な才能のおかげで負けた事がないせいか、恋愛でおくれをとると涙目になる。

 

 

 

Roselia

 

 

湊友希那:竜介の幼馴染第八号。年上だが手のかかる存在。でもそこが可愛いと竜介は言っている。

竜介を弟のように思っているが、最近自分の気持ちが分からないらしい。

 

 

今井リサ:竜介の幼馴染第九号。竜介に好意を寄せる者の中で唯一告白を決行した勇者。一度諦めようと頑張ったが、諦めきれなかったので再びアプローチをしている。

自分とこんなややこしい関係になっても付き合い続けてくれる竜介がますます好きになっているらしく、絶賛株がうなぎのぼり中。

もしかしたらヤンデレに目覚めるかもね、とリサ本人は妖しく笑う。

 

 

白金燐子:あこを取り合う好敵手の関係。しかし、仲は良く、よくあこと燐子と竜介でオンラインゲームをしている。

最近、自分は両刀なのでは?と苦悩しているらしい。

 

 

氷川紗夜:日菜と同じ経緯で竜介に好意を抱く。

竜介にギターを教え始めてから、冷凍フライドポテトで人を殴る練習をしています、と冗談交じりに笑っていた。

その胸に抱き抱えている冷凍フライドポテトは何を示すのか…。

 

 

ハロー、ハッピーワールド!

 

 

弦巻こころ:竜介の幼馴染第十号。

時折黒服に竜介を拉致らせて来ては自分の部屋に閉じ込め、好き好きアピールをする。

さすがの竜介も、こころの好意には気づいているだろうと思いきや、娘をあやす要領で可愛いがっていた。

ほぼヤンデレに覚醒済み。

だが両人達が幸せそうなので良しとしよう。

 

 

北沢はぐみ:とある事情で竜介に恩義だけで接していたが、後にしっかり友達になった。

竜介が他の女の人と仲良くしていると、縄張り意識のようなものが働いてしまい、無意識で竜介に抱きついてしまうらしい。

 

 

瀬田薫:竜介をロミオと呼び、逆転ロミオとジュリエットの如く甘い言葉を吹き掛けるが、だいたいカウンターを貰っている。

年明けにはお雑煮を振舞ってくれるので、そろそろ普通に接しようかなと悩んでいるとのこと。

 

 

松原花音:竜介に好意を寄せていたが、何がどういう訳かそれが歪み、竜介の姉になる事を目指すようになった。

巴、友希那、リサに対抗意識を燃やす。

千聖に性癖矯正指導をされているが、効果はまったく出て来ない。

 

 

奥沢美咲(ミッシェル):竜介とは普通に友達の仲で、多分一番まとも。

花音と竜介を一緒にさせないよう手を焼いていたが、割と丸く収まると言う事を学び、今では微笑ましく眺めている。

竜介が可愛いもの好きである事を知り、趣味である羊毛フェルトを勧めた。

週末に竜介と羊毛フェルトを作るのが最近の楽しみ。

ちなみに竜介に料理を教わっている。

 

 

 

 



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第1奏 愛・ラブ・あこ!





 皆は恋をした事があるだろうか?

 俺こと神楽竜介は、ただいま絶賛片思い中である。

 その子に惚れたきっかけは…何だったっけ?

 付き合いは長いが、気づいたら好きになっていた。

 その子の名前は宇田川あこと言い、俺の一つ下で現在中学三年生。

 紫の毛色にカールのかかったツインテールと、頭を撫でろと言わんばかりの低身長が特徴。

 そして、一番のチャームポイントは姉に憧れカッコイイ事を追い求めるその姿。

 最高にカッコよく、最高に可愛いあこが俺は大好きなのだ。

 

「――う―け!」

 

 学年も違えば学校も違う。

 中学までは携帯電話も持ち込み不可なので、休み時間に連絡も取れない。

 あこが隣に居ないと途端に景色が荒んで見えてしまうのだから、心とは不思議なモノだ。

 

「竜介!」

「ん?おお、どうしたこころ?」

「一緒にお昼ご飯を食べましょ!」

 

 目の前で弁当片手に瞳をキラキラさせている彼女の名前は弦巻こころ。

 世界に名を轟かせる大財閥弦巻家の一人娘であり、ハロー、ハッピーワールド!というバンドでボーカルを務めている。

 そんなこころは今日も今日とて皆が笑顔になる事を探し、何かあれば俺のところに転がり込んでくる。

 

「竜介、今日のお弁当はね少しだけ私が作った料理が入ってるの!」

「なるほど。だからいつもよりキラキラしてるのか」

「ええ!」

「でもさこころ」

 

 純粋な瞳で俺を見つけるこころを視界に入れながら、その先にある時計に目を向ける。

 

「お昼まで、まだもう一授業あるんだ」

「あら、そうだったの?うーん、残念ね……そうだわ!」

 

 一瞬シュン…とした表情を見せたこころだったが、その後すぐにまた瞳を輝かせた。

 こういう時のこころは大体ぶっとんだことを考えている。

 

「お弁当を食べながら授業を聞けば良いとかは無しな?」

「あら、ダメだったかしら?」

「ああ、先生も生徒の事を思って毎日準備をしている。そんな先生が弁当を食べながら話を聞く生徒なんて見たら、きっと悲しんでしまうよ」

「…そう、悲しんでしまうのは嫌だわ」

 

 全世界の人を笑顔にするのが目標のこころにとって、悲しいというワードは思った以上に響いている様子だった。

 

「だから、あと一時間頑張ろう。出来そうか?」

「ええ!わかったわ!」

「よし、いい子だ」

 

 子供を褒める時のように強くワシワシとこころの頭を撫でる。

 撫でられたこころは目を瞑り大変気持ちよさそうにしていた。

 本当、娘をあやしてるみたいだ。娘どころか嫁も彼女もいないけど。

 

「じゃあ、こころ。そろそろ授業が始まるから自分の席へお戻り?」

「そうね!それじゃあ竜介、お昼休みにまた来るわ!」

 

 そう言って手を振りながら、こころは自分のクラスである一年C組に戻っていく。

 あれだけ騒いでいたこころだが、彼女がいたのはここ一年B組。

 自分のクラスでない場所であれだけ騒げるのを見てると、少し感心してしまう。

 

「本当お前、弦巻さんを手懐けるの上手だよな」

「そうかな?こころの話をしっかり聞いて、ちゃんとした理由を話せば結構聞き入れてくれるよ?」

「その二つが出来たら苦労しないんだよな〜。それと、今じゃお前ら『花咲川の異空間』に『異空間制御装置』なんて呼ばれてるからな」

「何それ、ちょっとカッコイイ」

 

 なんて言ってみると、金髪ツインテールの少女―市ヶ谷有咲は笑いながら「バーカ♪」と調子が良さそうに返してくる。

 

「なんか他にないの?そういうカッコイイ奴」

「そう言えば、前に先生が竜介の事、あたしの保護者って言ってたな。何でも、お前が編入してから私の出席率が上がったらしい。自覚ないんだけどな」

「あ、それなら俺も言われた事ある。えっと、確か『有咲のお嫁さん』だったっけ?」

「え、そこは婿じゃね?」

「俺もそう思った」

 

 意味わからんといった様子で有咲は首を傾げる。

 地味に結婚認定が入っていたので、有咲お得意のツンデレが飛んでくると思ったが俺の杞憂だったらしい。

 

「まあでも、お前そこら辺の女子より女子力あるからな」

「そうか?てか女子力ってあれだろ、学校に絆創膏持ってきたり、百均便利グッズ熟知してたり」

「でも竜介、学校に救急箱持ってきてんじゃん」

「それは女子力なのか?」

 

 現在俺のロッカーで待機してくれてる救急セット…通称ピーポー君(商品名)の事を思い出しながら有咲にそう問う。

 

「ま、正直どうでも良いけど。あ、そう言えばさ…」

「ん、どうした?」

「その…巴さんの妹とは何か進展あったのか?」

「……いや、まったく」

「そうか…」

 

 俺が答えると、有咲は何処か安心したような表情をしていた。

 やはり、いくら中三と言えども中学生と付き合おうとするのは不純だと思われているのだろうか。

 

「なあ、有咲。やっぱり俺があこと付き合うって言ったら、皆反対するのかな…。巴はそこそこ認めてくれてるんだけどね」

「わ、私は別に何とも思わねーけど?ま、まあもしかしたら何処かにお前の事が好きな奴がいるかもしれねーし?」

「なんで顔赤くしながら言ってんだ?」

「あ、赤くなってねー!」

 

 有咲は否定してみせるが、やはりその顔は赤い。

 先程のツンデレ分が加算されたかのように、いつもの二倍は照れていた。

 

「まあ、誰が来ようと俺はあこ一筋だけどな!」

「…ふーん」

「何その詰まんなそうな顔」

「別に?なんでもねーし。てか、あこちゃんが竜介以外の人が好きで、その人と付き合い出したらどうすんだよ?殴り込みにでも行くのか?」

「いや、静かに見守るけど?」

 

 俺がそう言うと、有咲は驚いた表情をする。

 確かに、あこと彼氏(仮)との愛の深さを確かめるために殴り込みをするかもしれないが、出来るならひっそりと見守っていたい。

 

「意外だな。百パーカチコミに行くかと思ってたわ」

「そうか?俺としては相手の幸せを考えてこその恋愛だと思ってるから、迷惑がかかる様な事は論外だと思ってるけど」

「まあ…かもしれねーけどさ、寂しさとかやるせなさとか、そう言うの湧いて来ないのか?」

「それは…まあ普通に湧くな。何なら寂しさで一年ぐらい部屋に引きこもってる自信がある」

「ふーん…そうか」

 

 急に自分の髪の毛を指で弄りながら、意味ありげな視線を向けて返事をしてくる有咲。

 

「じゃ、じゃあ…さ」

「うん?」

「お、お前があこちゃんにフラれたりとかしたら…代わりに私が竜介のか、彼女になってやっても…いいぞ?」

「いや、そこまで気を使わくていいよ。申し訳ないじゃん」

「……バーカ」

 

 何故か有咲に罵られた。

 分かりやすく頬を膨らまし、不機嫌アピールをしている。

 もしかして本気だったのだろうか。

 ……いや、それはありえないだろう。有咲に好かれる程の事をした覚えがない。

 

「そんな怒るなって…」

「うっせ、別に怒ってねーし」

「はあ……今日の晩飯にお前の好きなもん作ってやるから、それで勘弁してくれ」

「……本当か?」

「ああ、本当だ。で、何が良い?」

「………オムライス」

「了解」

 

 数秒に渡って考え込んだ後、有咲の口から出た言葉はオムライスだった。

 意外と子供っぽい物を注文してくる所に思わずクスりと笑ってしまうが、それが有咲にバレてしまい折角直した機嫌を再び悪くしてしまう。

 更に、不貞腐れたまま机に突っ伏してしまった。

 これではもう回復は見込めないだろう。

 そう考え、俺は黒板の方に目を向けた。

 

「……そう言えば、もう授業始まってたんだな」

 

 黒板には先生が『お前ら早く結婚しろ』と言う字がデカデカと書いてあった。

 今年共学化したばかりだというここ花咲川学園高校。教師も含め皆やたらとノリが良い気がする。

 それと先生、俺の本命は宇田川あこです。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2奏 ふえぇは今日も狙っている。





 昼休み…それは朝早く学校に登校し、聞きたくもない授業を四時間近く聞いた生徒にとってオアシスそのもの。

 クラスのほとんどの人が、友人と一緒に昼食を取っていた。

 そんな昼休みの一時に、昼食も済ませずスマホを弄りながらニマニマしている生徒が一人。

 

「ふえぇ…今日も可愛いな〜」

 

 彼女の名前は松原花音。

 ドジっ娘なうえ内気で常にオドオドしており、更に方向音痴でもある。

 基本引っ込み思案だが、時たま芯の強い言動を見せて皆を驚かす事もある少し変わった少女。

 その彼女が今何をしているかと言えば、ただスマホに映る一人の男の子を見て自分の中の欲求を発散しているだけだった。

 

「はあ…花音、またお昼を食べずに竜介の写真を…」

「あ、千聖ちゃん。ごめんね、こうしてないと何だか落ち着かないんだ…」

「貴方ね…もうそれ病気よ?」

「ふえぇ…そんな事ないよお…」

 

 危ない性癖を持った花音を注意するのは、ブロンドの髪をした少女―白鷺千聖。

 千聖は、毎日毎日ご飯も食べず竜介の写真ばかりを見ている花音に対し、食事を与えるのと花音の性癖を正常に戻す役目を担っていた。

 

「花音、ちゃんと食事を摂らないとそろそろ倒れるわよ?」

「千聖ちゃん、食欲は竜介君の写真を見ることによって満たす事が出来るんだよ?」

「訳の分からない事を言ってないでご飯を食べなさい。ほら、スマホは没収!」

「あ〜!千聖ちゃん返してよ〜!」

 

 スマホを奪い花音に取られないよう制服のポケットにしまう。

 花音は可愛らしく上目遣いで返却をねだったが、千聖の張り付いた様な笑顔を前にして一瞬で平伏した。

 

「う〜分かったよ〜、ちゃんとご飯食べるからそしたら返してね?」

「最初からそうすれば良いのよ。まったく…いつまでこの面倒臭い花音を相手にし続けなければいけないのかしら…」

「竜介君を私の弟にするまでかな?」

「花音…なんでそんな歪んでしまったの?…昔のクラゲ好きだった気弱で純粋な貴方は何処へ……」

 

 千聖に酷い言われようの花音だが、千聖自身も竜介を自分専用のマネージャーにしようとしてるのを知っているため花音は何も言わない。

 

「じゃあ…いただきます」

「待ちなさい花音。それは何?」

「何って、林檎だよ?」

「お弁当、ちゃんと持って来ているのでしょう?なら、そっちにしなさい。スマホを返して欲しいのは分かるわ。でも、ずるをしてはダメよ?」

「ほ、本当にこれだけしか持ってきてないよ?」

 

 冷や汗を垂らしながら目を逸らす花音。嘘をついているのがバレバレだった。

 そして千聖も花音が嘘をつくだろうと予想していため、先程取り上げたスマホをポケットから取り出す。

 

「ちゃんと食べないとこの中の写真…消すわよ?」

「しゃ、写真ならまた撮るもん…!」

「む、今日は往生際が悪いわね」

 

 そもそもの話しが、スマホの写真を見たくてお昼ご飯を食べ始めたと言うのに、その写真を消されては元も子もないのではないかと千聖は考える。

 そして、そんな疑問を千聖に思わせた花音自身は、ただただ意地で弁当を取り出そうとしないだけだった。

 

「はあ…仕方ないわね」

「…千聖ちゃん、何してるの?」

「電話よ。最終手段に移ることにしたわ。あんまり迷惑掛けたくなかったから今まではしないようにしていたけど、今回は仕方ないわね」

「?」

 

 千聖は取り出したスマホを耳にあて、数秒してから誰かと話し出す。

 誰に電話を掛けているか花音はまったく検討がつかなかったが、千聖が電話相手に交渉…というより半脅迫の電話をしているのを見て一層疑問を深くした。

 

 それから数分、花音と千聖のいる二年A組に一人の青年がやってくる。

 

「千聖さんいますかー?」

「竜介君!?」

 

 そこには花音の未来の弟(予定)である、神楽竜介がいた。

 

 

 _____

 

 

 こころと美咲と有咲の三人で一緒に昼ご飯を食べていたら、千聖さんから電話が掛かって来た。

 電話内容は、花音先輩がダイエット中でご飯を食べないから何とか食べてくれるように説得して欲しいというもの。

 女の子のダイエット減食なんてよくある事なので別に大丈夫だろうという旨を千聖さんに伝え電話を切り、こころが語る『神楽竜介と弦巻こころのハッピーラッキースマイル計画』について話を聞いていた。

 しかしその後、千聖さんから「来なかったらこれからずっと麻弥ちゃんとの接触禁止ね♪」という脅迫電話が掛かって来たので俺はダッシュで千聖さんの教室へ向かう事になった。

 

 

「で、千聖さん。花音先輩がご飯を食べないって言ってましたけど具体的にはどれくらい?」

「そうね、先週は確かコンビニで買ってきた食パンを一日一枚ずつ食べていたわ。それと竜介、参考までになのだけど食細い女の子はどう思う?」

「ん〜…何をどれくらい食べるかはその人次第なんであまり強くは言えないですけど、俺はたくさん食べる人の方が好きです」

「ですってよ?花音」

「ふえぇ…」

 

 相変わらずふえぇと言っている花音先輩に対し、諭すように言う千聖さん。

 その後、花音先輩は何も言わずカバンから弁当箱を取り出し黙々と食べ始めた。

 どうやら、何故かは知らないが俺の言葉が効いたらしい。

 千聖さんは、こうなる事を読んで俺を脅してまでここに連れて来たのだろうか。

 自分自身の信頼を捨て、男を利用してでも友の健康を守り抜こうとするとは、千聖さんには恐れ入る。

 

「うふふ、どうだったかしら花音?」

「千聖ちゃんは意地悪だよ…」

「あの、要件済んだっぽいので戻って良いですか?」

「まだダメよ」

「はい…」

 

 顔に張り付いたような笑顔を向けながら千聖さんは俺が戻るのを拒否する。

 麻弥さん接触禁止法を阻止するには、まだ少し時間が掛かりそうだ。

 そんな事を考えている中、不意に俺のスマホが鳴る。

 

「ん、巴から電話だ。もしもし?」

『あ、りゅう兄?今時間大丈夫?』

「あこ!?ど、どうしたこんな時間に…まさか、巴に何かあったのか?」

『え?お姉ちゃんは元気だよ!……じゃなくて、少しりゅう兄の声が聞きたくなっちゃってね…あこがお姉ちゃんに頼んで携帯貸して貰ったんだ!』

「そ、そうか」

 

 ただでさえ急に電話してきて驚いてるのに、その理由が『声が聞きたかったから』なんて言われたら心臓が飛び出してしまう。

 本当、あこは俺を誑かすのが上手すぎる。

 

「にしても、話のネタになりそうな事がないな……あこはどうだ?」

『うーん……あ、そういえば昨日NFOでお姉ちゃんに似合いそうな衣装みつけたな〜』

「ほー…どんな感じなんだ?」

『えっと、全体的に黒くて兜を付けない鎧だったかな。はちまきには天下統一って書いてあったんだ。あと、背中のついてる旗に赤蘭無双って書いてあった』

 

 試しにあこが言った鎧を着た巴を想像してみる。

 …うむ、中々似合いそうだ。

 ただ、巴の場合は無双というよりかは本拠地でどっしり構えているイメージの方が強い。

 

「あ、そうだ。近くに巴いる?」

『え?一応いるけど代わる?』

「ああ、頼む」

 

 俺が頼むと、あこは快く了承してくれる。

 その後、電話を代わって貰った巴の声が聞こえてきた。

「もしもし?」と聞こえた巴の声は、少し涙ぐんでいる。

 

「ゲーム内とは言え、大好きな妹に服を見繕って貰った気分はどうだ?」

『ああ…感激だ。最近はよくゲームに入り浸かることも多いし、女子としての成長に不安を感じていたが杞憂だったよ』

「それは良かった」

 

 あこが見繕ったのは鎧だったのでそれが女子力かと問われれば迷わずNoと答えるが、この妹バカが嬉しそうなので黙っておこうと思う。

 そんな事を思っていると、巴が『あ、そういえば…』と話を変えてきた。

 

『最近、燐子さんがあことショッピングデートしてたっていう情報をモカから聞いたぞ?』

「ほう…」

 

 巴の言う燐子さんとは白金燐子という人で、あこと同じくRoseliaに所属している黒髪ロングの女の子。

 そして、俺と同じくあこに惚れ込んでいる俺の恋敵でもある。

 

『で、竜介はどうする?』

「決まってるだろ、あっちが外ならこっちは中だ」

『なるほど…けど、そうするんならアタシも着いて行くからな?応援はするが、まだ完全に認めたわけじゃないし』

「ああ、分かってる」

 

 巴がそう言ってくれた事に対し、俺は心の中で安堵の息を吐く。

 さすがに妹が一人で男の家に行くのに、それを見過ごす姉はいないだろう。

 仮にそんな姉がいたら俺は幻滅する。

 

『じゃ、そういう事で。そろそろあこに変わるな。……ん?あこは何処に行った?蘭ーあこが何処に行ったか…え?友達に呼ばれて戻ってった?そうか……悪い竜介、なんかあこに用事が出来たっぽい。あこから掛けたのになんか悪いな…』

「いや、気にしなくて良いよ。じゃあまたな、巴義姉さん」

『それはまだ早い』

「へーい」

 

 巴に軽い説教と共に電話を切られる。

 スマホをポケットにしまい、いつの間にか居なくなった千聖さんに続くように俺も教室を後にしようとした。

 しかし、制服の袖を花音先輩に掴まれ行動を阻まれてしまう。

 

「竜介君」

「何でしょうか、花音先輩」

「あーん♪」

「へ?あ、はい。あーん」

 

 花音先輩につくね串を向けられたので、そのまま一口で頂いた。

 ニコニコ顔の花音先輩に疑問を抱きながら、俺は今度こそと教室の入口に向かって足を運ばせる。

 しかし、再び花音先輩に引き留められてしまい、今度はプチトマトを向けてきた。

 表情は相変わらずニコニコ顔だが、その背後にうっすらと修羅が見える。

 何故この人は、こんなにも機嫌を損ねているのだろうか。

 

「ふふ♪はい次、あーん」

「え、あの花音先輩…俺そろそろ戻らないと……」

「竜介君?」

「はい、頂きますね。あーん」

 

 威圧的な笑顔で押してくる花音先輩。

 いつもとは違い、恐怖すら覚える今の花音先輩に逆らえる人はいるのか。

 きっと千聖さんは、花音先輩のこの雰囲気を察し逃げたのだろう。なんて薄情な。

 それにしても、花音先輩は何を思ってこんな事をしているのか…考えてみてもさっぱり分からない。

 

(竜介君のお姉ちゃんになるのは私だもん!)

 

 確固たる意思を灯す目をした花音先輩に、しばらくご飯を食べさせられ続けた。

 周囲の人達がひたすら此方を凝視していたが、そんなの知らんこっちゃないとでも言うように花音先輩は気にしない。

 一体こんな強靭なメンタル、何処で身につけて来たのだろうか。

 俺は心の中でその事を気にしながら、昼休みが終わるまで花音先輩の仕打ちに耐え続けた。

 

 

 







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第3奏 たえたえたたえたえおたえ(意味不)

なんか早めに書けたから載せとく。




 校庭から部活動に精を出すスポーツマン達の声が聞こえ、校内からは吹奏楽部の合奏が響いてくるそんな放課後。

 美咲達と少し話した後、有咲の家で作る夕食の材料を買うために足早で校門へと向かう。

 昼休みは大好きだが、一人だけで下校しなきゃいけない放課後にはまだまだ慣れない。

 

「やっほー竜介」

「ん、おたえか。どうした?」

「一緒に帰ろ」

 

 正門を出て右に曲がった所におたえがいた。

 花園たえ、高身長でロングヘアーをしている女の子。

 兎が大好きであり、また天然でもある。

 

「商店街に寄っていこうと思ってるんだが、いいか?」

「おお、なら放課後デートだ。竜介に餌付けされちゃう?」

「おっちゃんに襲われそうだから、はぐみのとこのコロッケだけな」

「わーい」

 

 時折意味不明な事を言ってくるが、そういう時は頭を空っぽにしてただ浮かんだ事を話すと案外会話が成立する。

 今回もおたえに餌付けという特殊プレイのような事になったが、適当に返事をしたら北沢精肉店でコロッケを奢るという会話に変わった。

 

「おたえと居ると、何も考えなくて良いから気が休まるな」

「…なら、いつまでも居てあげようか?竜介の隣に」

「うーん…それは中々…。あ、でも授業の時とかはちゃんと離れるんだぞ?……ってリスみたいにほっぺ膨らましてどうした?」

「別に…」

 

 アニマルセラピーの真似事でもしてくれたのだろうか。そこまで俺を休ませる事に気を使わなくて良いのだが。

 やはり、勘だけで会話しているとたまに噛み合わなくなるようだ。

 おたえ検定一級合格はまだまだ遠い。

 

「ずっとほっぺた膨らましてるとさ、疲れない?」

「疲れる。でもやめない」

「じゃあコロッケ食えないな」

「竜介、早く商店街行こ」

 

 素晴らしい程の手のひら返しだった。

 食の力を侮ってはいけないらしい。

 

「そう言えば、竜介は商店街になにしに行くの?」

「夕飯の買い物、有咲の家で夕飯作るんだ。それと…ついでに山吹ベーカリーにでも寄ってくか。最近沙綾の顔見てないし」

「私がいるのに他の女の話をしないで」

「おたえ…」

 

 先程のように頬を膨らましたりせず、真面目な顔でこちらを見ていた。

 一途に愛されているみたいで一瞬ドキッとしてしまう。

 

「…昨日のドラマの影響受けすぎだぞ」

「ぶー」

「はいはい、ノリが悪かったな。山吹ベーカリーのパンも奢ってやるからそれで勘弁してくれ」

「やたー」

 

 無表情で両手をあげるおたえの挙動に、俺はついクスりと笑ってしまった。

 それから数分歩くと、目的の羽丘商店街に辿り着く。

 八百屋、魚屋、肉屋の元気な声を通りすぎ、とあるパン屋の前に立ち止まる

 

「こんにちは、沙綾」

「やっほー」

「お?竜介に…おたえか。珍しい組み合わせだね」

 

 店に近づくとその溢れるパンの香りで立ち寄らずにはいられなくなる店、それが山吹ベーカリー。

 山吹一家は家族でパン屋を経営しており、そこで看板娘を務めているのが山吹沙綾である。

 髪型はポニーテールで、丸文字フォントで山吹ベーカリーと書かれたエプロンをしている姿は実に可愛らしい。

 

「おたえに餌付けしに来ました」

「竜介に餌付けされに来ました」

「あはは…これがツッコミ不在の恐怖ってやつか…」

「よし、おたえ。好きなもん選んでこい」

「らじゃー」

 

 おたえはトングとトレーを持ってワクワクした雰囲気を出しながら、店の中を見て回る。

 

「じゃあ、おたえも行った事だし。沙綾、手出して」

「……はい」

 

 沙綾は渋々手をだし、俺はそれをじっくり観察する。

 時折手のひらを返させたり、手を握ったり開いたりさせながら入念に見ていった。

 その間、沙綾は唇を少し噛みながら恥ずかしそうに耐えている。

 

「手に豆はないし過度なドラム練習はしてないか……けど、爪の間に僅かに小麦粉が残ってるのを見ると早朝からパン作りの練習したな?時間を考えるに発酵段階まで進めて、帰ってきてから焼いた感じか。どうりでいつもよりパンの香りが強いと思った。で、沙綾?申し開きは?明日確かポピパの練習あったよな?」

「うぐっ…なんでいつもバレるの……。相変わらず洞察力が凄い…」

「ったく、また倒れたらどうするつもりだよ…。ここの商店街の娘はあれなの?休むっていう単語が頭から抜け落ちてるの?」

「あはは…」

 

 だよねー、と他人事のように笑う沙綾に対しデコピンを一発入れておく。

 すぐ近くにある羽沢珈琲店という喫茶店で親の手伝いをしている一人娘もそうだが、皆休むという事をしない。

 過度な労働はかえって効率を悪くすると言うのに。

 

「じゃ、というわけで。罰、行っとこっか」

「え…おたえがいるのに?次一人で来た時とかに持ち越しとかじゃ…」

「慈悲はない。と言う訳で赤ちゃん撫で撫でプレイ、レッツスタート。あら〜沙綾ちゃんかわいいでしゅね〜」

「〜〜!」

 

 頭を撫でた瞬間に顔を自分の両手で覆い、真っ赤になってぷるぷる震え出す沙綾。

 決して、嫌がらせとかイタズラでやっているのではない。

 沙綾は以前、バンドの自主練習と家の手伝いを休み無しで繰り返し、過労で倒れた事があった。

 なのでそれ以来、俺は沙綾のお目付け役としての役目を任されている。ちなみに両親公認。

 俺と沙綾の間で色々と約束を交わし、それを破ったら罰を執行という形になっている。

 同級生の男子にこんな事されたら羞恥で死にたくなるだろう。なんという辱め。

 俺もあこにこんな事をされたらきっと……割と良いかもしれない。今度落ち込んだ時にやってもらおう。

 

「あ、あの…竜介……ほんとに、これ…ダメだか、ら…」

「まっ赤になっちゃって、撫でると照れるのは昔から変わらない~。小さい頃から沙綾のツボを研究しといて良かったよ」

「……竜介、何してるの?」

「刑罰」

 

 沙綾への罰を半分楽しみながら執行していると、後ろからおたえに声をかけられる。

 その手には、綺麗にピラミッドを組んだメロンパンを載せたおぼんを持っていた。

 それと、何故かここに来る前のようなリスほっぺをしている。

 

「てかおたえ、メロンパンだけで良いのか?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ沙綾、会計頼む」

「うん…」

 

 照れ疲れたのか、沙綾の顔は疲労困憊と言った様子だった。

 この程度で疲れ果てるとは、休息が足りていない証拠だろう。

 

「やっぱ中学のときみたいに俺が手伝いを…」

「じゃあ、バイト代ちゃんと貰ってくれる?」

「それは出来ない。てか、身内の手伝いみたいなもんだし金が出る方がおかしいだろ」

「山吹ベーカリーはブラック企業だったの?」

 

 おたえが可笑しな発言をしているが、断じて山吹べーカリーはブラック企業などではない。ただ俺が山吹ベーカリー限定で無給労働がしたいだけだ。

 小学校高学年から中学最後までここの店の手伝いをしていたのだが、高校からはバイト扱いにするという沙綾パパの意見に納得がいかず、それ以来労働目的での入店が禁止になった。

 無給でそこそこ経験のある奴をこき使えるのに、その誘惑に負けず使おうとしない沙綾パパには尊敬の念を覚える。

 けれど、それはそれ、これはこれ。

 

「こんな事言うのはあれだけどパン屋の仕事って結構キツいし、労働関係の法律もあるし?そ、それに…多分お父さん、竜介の条件を呑むとしたら…泊まり込み絶対とか言うかもよ?」

「え、別にいいじゃん。何か悪いことでも?」

「いや…悪くはないんだけどさ?ほら、あれじゃん?ここを継ぐみたいじゃん?」

「別にバッチこいだけど?」

 

 むしろ負担を減らせるなら、と俺が考えていると沙綾が顔を真っ赤にしてフリーズしていた。

 何か今日の沙綾は可笑しい…やはり疲れが溜まっているのだろうか……。

 

「おーい沙綾?大丈夫か?……おたえも何か声掛けてくれないか?」

「メロンパン」

「ああ、そういえば会計してなかったな。悪い沙綾、頼めるか?」

 

 俺が言うと、沙綾は何も言わずにレジ打ちを始める。

 顔が赤い事を除けば、かくかくと決まった動きを繰り返しており、まるでロボットの様だった。

 それと、おたえはいつまでリスほっぺを続けているのだろうか。

 

「竜介、あこの事好き?」

「どうしたおたえ、藪から棒に。もちろん愛してるけど」

「じゃあ、山吹ベーカリーは継げないね」

「そうなのか」

 

 おたえとそんな会話をしながら、沙綾からお釣りを渡される。

 沙綾の顔を見ると、少し恐怖を覚える程の営業スマイルで俺の事を見ていた。

 どうやら調子が戻ったようだ。

 

「毎度ありがとうございます。それと竜介、しばらく出禁ね」

「え、なんで?」

「竜介、乙女心は複雑なんだよ?」

「…つまり、乙女になって出直してこい、と」

「うん、違う」

 

 違ったらしい。

 それと沙綾は何故か露骨にガックリとしていた。

 沙綾は何を期待していたのだろうか…と深く考えた瞬間、俺の頭に電流が走る。

 

「…はっ!もしかして、もうずっとここから出ないでという遠回しのプロポーズ…」

「おお、沙綾大胆だー」

「ち、違う!そんなんじゃないからね!?」

「沙綾は素直じゃないなあ」

 

 なんだなんだそうだったのか、と一人納得し沙綾の頭を再び撫でた。

 沙綾本人は全力で否定しているが、どこか嬉しそうにもしているので大変判断に困ってしまう。

 いつの間にか有咲のツンデレが沙綾にも伝染っていたみたいだ。

 

「ね、ねえ竜介…もしかして、罰ってまだ続いてるの?」

「いや?さっき終わったけど。どうして?」

「今すっごく恥ずかしい…」

「そうか」

 

 全力で顔を真っ赤にし恥ずかしいと意思表示をするがそれでもやめない俺に対し、沙綾は成す術なく撫でられ続ける。

 しかし、早くパンが食べたいのか、それとも同じ場所にずっと居たので飽きたのか、おたえに手を引かれながら無理やり店の外に連れ出されてしまった。

 ちらりと店内を覗き見ると、安心と喪失感が押し寄せたような顔で沙綾が脱力しているのが目に入る。

 その後、しばらくおたえに手を引かれ、連れて来られたのは北沢精肉店。

 つまりは、はよコロッケ寄越せと。

 

「コロッケは何個ぐらい買うんだ?」

「一個でいい」

「わかった」

 

 店主の奥さん、通称はぐみママにコロッケを注文する。

 はぐみママは俺とおたえを見て何かを察したようにニヤニヤしながら、小さい紙袋にコロッケを入れておたえに渡した。

「頑張りなさい」と、ハートマークが恥ずかしい程入った紙袋をはぐみママから渡され、力強く首を縦に振るおたえ。

 おたえがまともに人とコミニュケーションを取っているのを初めてみた気がする。

 

「よし、じゃあ恋人割で安くしとくよ」

「え、あのはぐみママ?俺の本命はあこ…」

「竜介、若い女は誰だってシンデレラなんだよ」

「は、はあ…」

 

 諭すようにはぐみママは言うが、正直俺にはよく理解出来なかった。

 先程はおたえがコミュ二ケーション出来てると思っていたが、どうやら相手がおたえタイプだったらしい。

 シンパシーというものだろうか。

 という事は、おたえと同じ要領で接すれば会話が出来るはず。

 

「分かりました。おたえをグリム童話にしてきます」

「あんた何言ってんだい?」

「あれー?」

 

 お釣りを渡されながら、はぐみママに白い目を向けられる。

 おたえ検定五級からやり直した方が良いのだろうか。せっかく準二級まで行ったのだが…。

 俺がそんな事を思っている間に、はぐみママとおたえは仲良さそうに話していた。

 

「行ってらっしゃい。今度はぐみとも遊んでやってね」

「わかりました。じゃあ竜介、行こ?」

「おう」

 

 

 おたえにまた手を引かれ、茜色の光がさす商店街を歩いていく。

 早速おたえは紙袋からコロッケを半分程覗かせ、チラチラと俺を見ながらそれを食べようとしていた。

 

「俺の事は気にせず食べていいぞ?」

「ううん、そうじゃくて…その、人参一齧り?」

「一口良いのか?」

「うん」

 

 コロッケを向けられ、俺は一口食べようと口を開く。

 しかし、ひょいっとコロッケを右に逸らされ食べ損ねてしまう。

 定番のイタズラをされ笑っていた俺だったが、コロッケを潰さない程度で胸に抱え込みながら自分のおでこを差し出しているおたえの様子に疑問を抱く。

 

「ん…して?」

「何を?」

「おっちゃんみたいに…」

「なるほど」

 

 おっちゃんと言えば、頭突きをするのと撫でられが大好きなおたえの飼い兎だ。

 迷わず撫でを選ぼうと思ったが、そこにおたえと言うワードが絡んだ瞬間、撫でようとした手はおたえの側頭部に優しく触れ、その後おたえのおでこと俺のおでこで額合わせをした。

 おたえの体温が少し上がったような気がしたのと、周囲から「ひゃっ」と言う声が聞こえてきたが俺は気にしない。

 

「おたえ、これで良いか?」

「……うん。じゃあ、あーん」

「あーん」

 

 気恥しさからか軽く目を瞑ってしまい、コロッケの位置を何とか匂いだけで探った。

 おたえが「美味しい?」と聞いてきたが、咥えている最中だったため出来た返事は首を縦に振ることのみ。

 

「そっか」

 

 おたえはそう一言返事をした後、何も喋らなくなった。

 それから、紙袋を持つおたえの手がガサガサと動き、何をしているのかと疑問に思っていたのも束の間、急にコロッケの咥えている方とは反対側の部分が『モッ、モッ』と動き出す。

 一瞬、コロッケに新たな命が宿ったのかと思って薄ら目を開けると、驚くことにおたえが反対側からコロッケを食べ始めていた。

 さすが、おたえ。やる事がぶっ飛んでる。

 周囲から聞こえるカメラのシャッター音にめげず、頑張って俺はコロッケゲームを続けた。

 そしてこの数秒後、偶然通りかかったつぐみに説教されるが、俺達はまだその事を知らない。

 あと、有咲の家で使う夕飯の材料はしっかり買っておいた。

 

 

 

 




感想とかくれても良いのよ?


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第4奏 有咲の家族は幼なじみ

感想や評価、お気に入りをしてくださった方々、誠にありがとうございます。
やっぱり、感想や評価は良いエナジードリンクになるわい。


 おたえとの放課後デートのあと、道中で香澄を拾い有咲の家に訪れた。

 玄関は既に解錠済みだったので中に入ると、仁王立ちで怒り顔の有咲がいた。

 有咲の機嫌なんか知らんとばかりに香澄は有咲に抱きつくが、有咲は微動だにせずこちらを見続けている。

 

「なあ、竜介」

「どうした?あと、香澄引き離さなくて良いのか?」

「今は良い。それよりこれについて説明して貰えるか?」

「?」

 

 そう言って有咲はスマホを取り出し、某SNSアプリのとある投稿を見せて来る。

 そこには『バカップル爆誕www』というふざけた文面と共に、俺とおたえのコロッケゲームの写真が載せてあった。

 情報化社会反対。プライバシーを保護しろ。

 

「すっげー絵面。世の中にはぶっとんだ事するやつがいるんだな」

「お前だよ。てかさ、これはないんじゃね?」

 

 家に入った時から分かっていたが、有咲はかなり怒っているらしい。

 誤解を解こうとなんとか弁明をするが、有咲の表情は一向に変わる気配が無い。

 何故俺は、浮気がバレてその言い訳をする旦那みたいな状況になっているのだろうか。

 

「いやね?最初はただおたえにあーんして貰うだけの筈だったんだよ」

「いやもうそこでアウトじゃね?」

「え?友達同士でのあーんは普通だろ?俺もたまに沙綾にやるぞ?」

「普通しねーよ」

 

 頭を抱え、ため息を吐きながら言う有咲。

 友希那先輩とリサ姉、蘭モカもやってたので、てっきり普通かと思ってた。

 

「私はさ、たまにお前の本命が本当にあこちゃんなのか分からなくなる時があるよ…。好きな人がいるなら、他の女の人との付き合い方を考えたらどうだ?」

「それは出来ない。俺はあこが好きだが、それと同じくらい友達が好きだからな。俺にとっては皆大切なんだよ。もちろん有咲のことだってな」

「……そう言う言い方はずりーよ…」

「そうか?」

 

 何がずるいのかはよく分からないが、強ばっていた有咲の表情が緩くなってきたので一応お許しは貰えたみたいだ。

 

「まあ、俺のせいで有咲が不快な思いをして怒らせてしまったなら謝る。すまなかった」

「え?い、いや…不快とかそんな大袈裟な事じゃ無かったし…。てか別に怒ってたわけじゃ……少し妬いただけっつーか…その…」

「え、妬いた?」

「っ!…違う!今の無し、今の無しだ!忘れろ!」

「お、おう…」

 

 言葉のあやだったのか、耳を赤くし怒鳴りながら俺の眼前まで詰め寄ってくる。

 香澄に抱きつかれたままよく移動出来るな、と素直に感心してしまった。

 それと、俺の許容範囲に女の子が入ってくるとつい気恥ずかしくなってしまうので少し離れて欲しい。

 

「有咲…近い」

「…わ、悪い」

 

 距離の近さを指摘すると、有咲は即座に俺から離れる。

 お互いの間に気まずい沈黙が訪れ、目を合わせるのも気まずかった。

 しかし、そんな空間を壊すかのように有咲の腰元あたりから「うぐっ…えぐっ……」と涙を啜る音が聞こえてくる。

 

「ありざああぁぁ…!」

「うお、香澄!?って、どうしてそんな泣いてんだ!?」

「あー…構って貰えないから泣きだしちゃったか」

「子供か!?」

 

 有咲の家に入ってからずっと香澄は有咲に抱き着いていたが、いつもの様な反応が帰ってこなかったからか、それとも単純に無視されたのが嫌だったのか…取り敢えず香澄は寂しさで泣き出した。

 中々の幼児退行っぷりである。

 

 

「香澄〜パパのところにおいで〜」

「やだ!有咲が良い!」

「……夕飯の準備するわ。台所借りるな」

「めっちゃ傷ついてんじゃん…」

 

 別に泣いてなんかいない。ただ目から汗が出てきているだけだ。

 

「てか竜介、香澄の分の材料あんのか?足りなかったら冷蔵庫から使っちまっていいからな?」

「いや、多めに買ってきたから大丈夫だと思う。あ、婆ちゃんって卵とかにアレルギーある?」

「今日婆ちゃん高校の同窓会行ってて帰ってこねーから三人分で大丈夫だ」

「わかった」

 

 相変わらず有咲の婆ちゃんは元気そうで何よりだ。

 有咲のご両親が亡くなって以来、有咲の心の拠り所は婆ちゃんだけだからどうか長生きして欲しい。

 香澄のように寂しさで有咲が豹変する、なんて事にならないといいが…。

 

「有咲、今日俺泊まってこっか?」

「へ?……きゅ、急にどうしたんだよ」

「いやだって、今日お前夜一人だろ?寂しくない?」

「お前は私の親か」

 

 ぷふ、っと笑いながら有咲は言う。

 心配性が過ぎただろうか。

 そんな事を思いながら、俺は料理を始める

 

「有咲、お腹空いた!」

「お、香澄が復活した。オムライスで良いか?」

「うん。りゅう君のご飯なら何でも美味しいからオッケーだよ!」

 

 香澄がニコニコ笑顔で親指を立てる。

 もう少し幼児退行した可愛らしい香澄を見ていたかったが、どうやら次回にお預けらしい。

 そんなやり取りを香澄としていると、有咲が羨ましそうな顔をしながら香澄に尋ねる。

 

「なあ、香澄…お前、よく竜介の所に飯食いに行ってんのか?」

「ん〜私が行くと言うより、りゅう君の方から家に来てる…のかな?」

「最近は色んな家に通い妻状態だったからな。自分の家でご飯食べてないや」

「お前、そんな事してお金大丈夫なのか?」

「俺が何のためにCircleで手伝いしてると思ってんの?」

 

 さすがに小遣いだけで約週三の夕飯作りは回せない。

 なので仕方なく賃金ありの手伝いをCircleでしている。

 いつか、宝くじが当たったりしないだろうか。

 

「え、お前バイトしてたの?賃金受け取らずに山吹ベーカリー出禁になったお前が?」

「バイトじゃない手伝いだ。そこ間違えないように」

「有咲、りゅう君はしゃちく?だから」

「いや、社畜でも給料は普通に貰ってるぞ?」

 

 俺だって、労働に見合った額ならちゃんと受け取るよ?山吹ベーカリーを除いて。

 でも、いつもまりなさんは時給を二百円ぐらい上乗せした額を渡してくるのだ。

 本当に訳が分からない。

 

「俺の事贔屓にしてくれるのは嬉しいけどさ、やっぱちゃんとする所はちゃんとして欲しいじゃん?」

「それ、ただお前が有能なだけなんじゃね?」

「それはない。あと単純に、俺なんかにお金払うの持ったいねーなって思って」

「急なネガティブ発言…」

 

 フライパンの上で卵をかき混ぜながら、ダイニングテーブルで待っている有咲とそんな会話をする。

 香澄が時々興味深そうにこちらの様子を見てくるが、決して手伝ったりはしてくれない。

 まあ、香澄に手伝わしたら多分この家のガスコンロを使い物にならなくするので頼んでもやらせないけど。

 

「なんて言ってる間にオムライス完成〜。ほれケチャップ」

「おお〜ふわとろオムライスだ!りゅう君すごい!」

「いやー…それほどでも、あるかな?」

「うっざ」

「ひっで」

 

 頭を掻くポーズをしながら言う俺に、有咲は毒針のような言葉を言い放ってくる。

 調子に乗ったのは悪かったから心に来る一言を飛ばしてくるのはやめて欲しい。

 

「りゅう君りゅう君、食べて良い?」

 

 待ちきれない様子で、目の奥をキラキラさせながら香澄は言った。

 

「ああ、どうぞ召し上がれ」

「やった!いただきます!」

 

 香澄に続き有咲も「いただきます」と食事の挨拶を済ませ、二人とも同じタイミングでオムライスを口に運ぶ。

 そして、「うまー!」と香澄は叫び声をあげ、有咲も口に合っていたのか黙々と食べ続けていた。

 二人の食べる速度は思った以上に速く、ものの二十分前後で食べ終えてしまう。

 ここまで美味そうに食べて貰えるなら作った甲斐があると言うもの。

 その後、香澄と有咲の食べ終わった食器を片付け、暇つぶしにテレビを見ながらゴロゴロしていた。

 皆で雑談したり、テレビを見ながら笑い合ったりする平和な一時。

 だが、ふと有咲が何かに気づいた様子で俺と香澄に話しかけて来る。

 

「……お前ら、家の方大丈夫なのか?」

「俺の方は大丈夫だ。あ、そう言えば香澄、さっき明日香から夕飯だから帰ってこいって言うメールが来たぞ?」

「え、そんなメール私の所には来てないよ?返信どうしよう…」

「返事ならさっきしたから、そろそろ迎えに来ると思うぞ?」

 

 と、俺が言った瞬間にインターホンがなる音が聞こえる。

 急いで出ると、やはりそこには香澄の妹の戸山明日香がいた。

 

「あ、こんばんは先輩。お姉ちゃんの迎えに来たんですけど…」

「おう、ちょっと待ってな。香澄ー!明日香が迎えに来たぞー!」

「はーい!」

 

 元気の良い返事と共に学生カバンを掲げた香澄がドタドタと走ってくる。

 そんな香澄を見て、ため息を吐きながら呆れる明日香。

 しかし、その明日香の表情には安堵の気持ちも隠れていた。

 やはり口では厳しく接していても、心は家族を心配しているようだ。

 

「すみません、姉がお世話になりました」

「いやいや気にしないで。というか俺が引っ張って来たようなもんだし、今回はあんま香澄に厳しくしないでやってくれ。それと、香澄にはもう夕飯食わせちまったから親御さんに言っといてくれると助かる」

「むっ…お姉ちゃんだけずるいですね。羨ましいなあ〜」

 

 チラ、チラ、と期待を込めた眼差しで明日香は俺を見つめて来た。

 香澄より明日香の方がお姉ちゃん属性を持っているのは気の所為だと思いたい。

 

「はいはい…今度明日香の好きなもん作ってやるから、それで勘弁してくれ」

「やった!じゃあ、それで勘弁してあげます。…っと、そろそろ行かなきゃ。では先輩、また今度」

「またなー」

「りゅう君ばいばーい」

「おう」

 

 小さくお辞儀をして先を歩く明日香に対し、香澄は大きく手を振りながら妹の後を歩く。

 まるで親子のようだ。

 それと、二人には申し訳ないが今の今まで保育園のお迎えを幻視していた。

 明日香と香澄を見送った後、有咲の元に戻る。

 しかし、戻って来た俺を見る有咲の顔は心底不思議と言った様子だった。

 

「なんでいんの?」

「え、酷くない?」

「あ、いや…てっきり香澄と一緒に帰ったかと思ったからつい」

「ああ、そういう事か…良かった。あ、そうだ…今日俺ここに泊まってくから」

「はっ?」

 

 何言ってんのお前?とでも言いたげな目で有咲に見られる。

 

「いや、だって今日お前一人なんだろ?だったらやっぱ俺が泊まった方が良いかなって…」

「もう子供じゃねーし、そこまでしなくて良いよ…」

「…まさか、反抗期か……」

「あっ?」

 

 何言ってんのお前?的な目を再び向けられる。

 いやだって昔は「りゅうすけ…寂しいから一緒に寝て?」と、ぬいぐるみ抱きしめながら上目遣いで甘えて来てたし。

 なるほど…十年ちょっとで人は大分変わってしまうらしい。

 

「パパ超悲しいわ〜…」

「いや、お前は私の親じゃねー」

「そんな娘に育てた覚えはありません!」

「だから保護者面をやめろー!」

 

 うがー!と声をあげながら俺に突っ掛かろうとする有咲。

 そこまで嫌がられるとは思ってなかったので少しショックだった。

 あの頃の素直で可愛い有咲をもう見れないとなると、途端に寂しさが込み上げてくる。

 

「わかったわかった、子供扱いして悪かったよ。有咲のお望み通り今日はもう帰るから、もう機嫌直してくれ」

 

 カバンを背負い、居間から玄関に続くドアへと足を運ばせる。

 しかし、歩き始めてすぐに有咲に制服の裾を掴まれ、歩みを止められてしまった。

 まったく…有咲も素直じゃない。

 

「別に…泊まっちゃダメだなんて言ってないだろ……」

「でも、有咲はもう子供じゃないんだろ?」

「うぐっ……確かにそうだけど、私もちょっと期待してたと言うか…その…」

 

 有咲は気まずそうにモジモジしながら、頑張って「泊まっていけ」の一言を言おうとしていた。

 素直に有咲が自分の意思を伝えられるよう、俺も心を鬼にしてジッと待ち続ける。

 心の鬼にしてとか言ってるが、二人でいる時ぐらい素直に接して欲しいという俺のワガママも実は混ざっていたり。

 

「あのな、竜介」

「おう」

「…きょ、今日は…泊まっていって欲しい。その……一人は寂しいから…そ、そばに居て欲しいな?…なんて」

「……」

「竜介?」

 

 俺は硬まってしまった。

 有咲には「ここに泊まれ」と一言言って欲しいだけだった。

 しかし、俺の期待を良い意味で裏切り「寂しいから一緒にいて?」と上目遣いでの懇願を付けてきた。

 まるで、昔の有咲が帰って乗り移ったかのようだ。

 正直に言うと、この上なく可愛かった。本当、あこと張り合えるぐらいの可愛さだ。

 そして、この発言を聞いた瞬間俺の中で何かが切れる音がした。

 ツー、と何かが上唇を伝い俺の足元に落ちていき、それに合わせて有咲から慌てたような声が聞こえる。

 

「ちょま!?竜介、鼻血出てる!」

「え?嘘?あ、ほんとだ…。悪い有咲、床汚しちまった」

「気にすんな。それよりティッシュどこやったっけっなー…」

 

 切れたのは鼻の中の血管だったか。

 一瞬自分の理性の糸が切れたかと思ったが、勘違いで良かった。

 まだまだ手のかかる子供のような奴だと思っていたが、どうやら認識を改める必要があるらしい。

 有咲は一人の女性としてかなり魅力がある。

 あこがカッコイイの魔王だとするなら、きっと有咲はカワイイの魔王になれるだろう。

 魔王同士で争いが起こったらどうしようか…。

 ただ、今はまだ胸の内にある父性のようなモノで有咲を見守っていたい。

 父さんの意思は強いのだ。

 

「やっぱ俺、有咲のパパだわ」

「いや、だからお前は私の親じゃねー……まあ、家族にならなってやっても良いけど…」

「つまり養子?」

「そうじゃねーよ。アホ竜介…」

「アホとは失敬な」

 

 鼻血を出していた俺を心配してくれていた有咲がプクーっと頬を膨らます。

 先程まで照れながら嬉しそうにしてのに、どうして急に不機嫌になるのか。

 乙女心と秋の空とはよく言ったものだ。

 

 

 

 




有咲のヒロイン力が高すぎてメインヒロインの座を乗っ取られそうなの…。


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第5奏 にゃんこ先輩は今日も我が家にやってくる






 窓の外から陽気な日差しが注ぎ込み、適度な気温と眩しさのおかげで最高の昼寝スポットと化している我が家の窓際。

 神楽家のアイドルであり、両親が単身赴任でいないが故にこの家にいる中で最後の家族になってしまった愛猫ニャン吉は、そんな極上スポットでお昼寝をしていた。

 ……友希那先輩に抱き抱えられながら。

 

「友希那先輩」

「何かしら?」

「幸せですか?」

「ええ、幸せよ」

 

 ニャン吉の姿をカメラで連射撮りしながら友希那先輩は答える。

 猫を見る(撮る)友希那先輩の姿はとても緩み切っていた。

 こんな顔に出てくるのに自分自身は猫好きを隠しているつもりでいるのだから、この人は本当に面白可愛い。

 

「それと、もう一つ質問良いですか」

「ええ、今は機嫌が良いから何でも答えるわ」

「なら、お言葉に甘えて。えっとですね………どうやって家に入ったんですか?」

「貴方のお父様から『息子の様子を見てやってくれ』と言う手紙とともに、家の合鍵が送られて来たわ」

「うっそだろ親父…防犯意識どうなってんだ……」

「別に貴方と私の仲なのだから、今更気にする必要も無いと思うのだけれど」

 

 首を傾げながら、何か問題が?とでも言いたげな様子だった。

 確かに友希那先輩とリサ姉は俺の幼なじみだけども…。

 異性との距離感と言うものをそろそろ覚えて欲しい。

 二人ともグイグイ来すぎなのだ。

 

「……ん?待てよ。友希那先輩が持ってるって事は、リサ姉も?」

「いえ、送られて来た鍵は一つだけだったわ。だからリサとジャンケンをして、勝った私がここにいると言う訳よ」

「あ、負けた方じゃなかったんすね。どんだけニャン吉と一緒にいたいんですか……ちょっと妬けちゃいますね」

「別に…貴方にだって会いたかったわよ」

「へ?」

 

 友希那先輩は目を逸らしながらそう言ってくる。

 この仕草は少し照れている時にするものなので、冗談で言っている訳ではなさそうだった。

 まさかカウンターを食らうとは…なんだか顔が熱くなってきた。

 

「…今のは忘れてちょうだい」

「あ、はい」

 

 いままでの事を誤魔化すように、友希那先輩はニャン吉の頭を撫でていた。

 俺も気恥ずかしくなり、台所に移動し珈琲を入れ始める。

 

「友希那先輩もコーヒー飲みます?」

「ええ、いただくわ。ミルクと砂糖もお願い」

「分かってます」

 

 インスタントコーヒーをいれ、角砂糖とミルクと一緒に友希那先輩の元に持っていく。

 

「どうぞ」

「ありがとう。ふふ、貴方の淹れるコーヒーはいつも良い香りがするわね」

「じゃあ香りを楽しみながらそのまま飲みましょう」

「それは出来ないわ。苦いの苦手だもの」

「さいですか…」

 

 言いながら友希那先輩はコーヒーに角砂糖五つとミルクをダバダバ入れていく。

 もうコンビニで甘いコーヒー牛乳を買った方が速かったのではないだろうか。

 

「そう言えば友希那先輩。この間、友希那先輩に似合いそうな猫耳カチューシャ見つけたから買ったんですけど…」

「付けないわよ」

「今ならニャン吉とのツーショットもセットにしますよ?」

「…………付けないわ」

 

 時間にして五…いや、六秒程だっただろうか。友希那先輩がプライドと猫を天秤に掛けて考えた時間は。

 これならあと一押しで行けそうだ。

 

「…まあ、そこまで言うなら仕方ないですね…。でも、やっぱ勿体ない……あ、今度蘭に付けもらおう。うん、それが良い」

「…な、何故そこで美竹さんが出てくるのかしら?」

「いや、この間ダメ元で頼んだらロップイヤーの犬耳カチューシャしてくれましてね。今回はそのノリで猫耳にチャレンジして貰おうと思います」

「……そう」

 

 素っ気なく返事をする友希那先輩だが、コーヒーカップを持つてはプルプルと震えている。

 きっと心の中でライバルである後輩に対抗意識を燃やしているのだろう。

 そして、そんな状態に仕上がった友希那先輩にトドメの一撃と言わんばかりの策を俺は切り出した。

 

「あー…でもお礼どうしよ…。隣町で新装開店した猫カフェの割引券なんて蘭は要らないよな……折角、友希那先輩用にそこら中走り回ったのに」

「!」

「あー残念だー。本当に残念だー」

 

 猫カフェと聞いた瞬間、友希那先輩の体が小さく跳ねた。

 これはもう釣れたと見て良いだろう。

 ゲス顔しながら、計画通りと叫びたい。

 

「…わ」

「え?なんて?」

「付けるわ…その猫耳……」

「え、でもさっき付けないって…」

「良いから寄越しなさい」

「あ、はい」

 

 俺の手から猫耳を掠め取り、自分の頭に装着。

 ニャン吉を抱き抱え、はよ撮れと言わんばかりポーズを決めていた。

 スマホを取り出しカメラで連射撮影をした後、一番出来のいいものを友希那先輩のスマホへと送信した。

 

「……よく撮れてるわね。少し恥ずかしいけれど…」

「最高に可愛いですよ」

「…そう。あ、リサや皆には内緒よ?」

「はは、当たり前じゃないですか」

 

 そう友希那先輩に微笑む俺が握るスマホに映るのは、無料通話アプリのトーク画面。

 トーク相手の登録名には『リサ姉』の三文字。

「友希那先輩には内緒で」と言うコメントと共に、送信済みと表記されたゆきにゃー先輩の写真。

 処刑される覚悟は出来ている。

 脳波で動くメカ猫耳をした友希那先輩を眺めながら、俺は悟りを開いた。

 

「この耳、面白いわね。貰って良いかしら?」

「ええ、どうぞどうぞ。というか、友希那先輩にあげるために買ってきたんですから」

「プレゼント…という事で良いのかしら?」

「はい」

「…そう」

 

 相変わらず無表情の友希那先輩だが、猫耳の回転が少し速くなったので嬉しかったのだろう。

 

「そう言えば竜介」

「なんでしょう?」

「それ、いつまで続くの?」

「それ、とは?」

 

 本当は友希那先輩が何を言いたいのか分かっている。

 この"友希那先輩"という呼び方が気に食わないのだろう。

 昔はリサ姉にユキ姉と読んでいたし。

 

「リサの時はすぐに昔の呼び方に戻っていたのに…」

「ああ、リサ姉は再会してすぐ昔の呼び名にしてくれって頼まれたので」

「…そう」

 

 コーヒーを飲み、時折こちらをチラチラ見ながら、友希那先輩は無関心を装っていた。

 きっと、心の中では今すぐにでも呼び方を直して欲しいと思っている筈だ。

 俺だって、もしあこから『神楽先輩』なんて他人行儀な呼び方されたら舌噛み切って死ぬ自信がある。

 

「呼び方、戻して欲しいんですか?」

「…別に、竜介の好きな呼び方でいいわ」

 

 そう言う友希那先輩だが、体全体から寂しさオーラが漂っていた。

 

「…はあ、まったく。昔から素直じゃないなあ、ユキ姉は」

「!」

 

 ユキ姉と呼んだ瞬間、瞳を輝かせ嬉しそうな表情をしていた。

 それに伴い、猫耳も過去最高の回転速度で回っている。

 この顔が見たかった。

 

「竜介は相変わらず意地悪ね」

「ポンコツ可愛いユキ姉が悪い」

「…ポンコツでもないし、可愛くもないわ」

「可愛いよ、ユキ姉は」

「そ、そんなこと言われても嬉しくなんかないわ…」

 

 ユキ姉の猫耳は、回転しすぎて射出しそうになっている。

 照れを誤魔化すように、ユキ姉はテレビのリモコンを手に取り電源ボタンを押した。

 

「あ、パスパレが出てる。相変わらず凄い人気だね〜」

「そうね」

「ユキ姉はテレビ出演も目標にしたりしてるの?」

「バンド界の頂点に立つ手段としては有りだと思っているわ。Roseliaの名前を広めるのも大切だもの」

「なるほど」

 

 二杯目のコーヒーを啜りながら語るユキ姉を横目に、俺はテレビを眺める。

 ちょうどそこには、誰かに電話を掛けている日菜先輩の姿が映っていた。

 そして偶然か、俺のスマホも着信音がなり始める。

 着信相手を見ると、これまた偶然に日菜先輩からだった。

 応答しながらテレビを見ていると、不思議な事に日菜先輩から返ってくる言葉が毎度毎度テレビの音声と合致する。

 よく見ると、テレビ画面の左上にLIVEの文字が。

 

『というわけで、これから竜君の家に行くね!』

「何がというわけなの?てかなんで俺の家なんすか…」

『なんかるん♪ってきたから!』

「ですよねー…」

 

 まったくこの人は…、っと心の内で愚痴を吐きながら、俺は台所で来客用の菓子の在庫をチェックする。

 ユキ姉は終始何が起こってるいるのか理解出来ていない様子で、不思議そうにしながらニャン吉を愛でていた。

 

「ユキ姉、今の内に猫耳外しといた方がいいよ?」

「嫌よ、折角竜介がくれたものだもの。どうせならここを出るまで付けていたいわ」

「今素直になっちゃうか…。どうなっても俺は責任負えないからな?」

「?」

 

 頭を抑えて猫耳を外さない意思表示をしているユキ姉は可愛かったが、変な所で頑固になるのはやめて貰いたい。

 そんな事を考えていると家のインターホンが鳴り、あろう事かそれにユキ姉が応答してしまった。

 玄関から騒がしい声が聞こえるが、俺はもう何も出来ない。せいぜい悟りを開くぐらいだろうか。

 その後、諸々の事情を知ったユキ姉が台所に逃げ込んで来た。

 冷蔵庫と食器棚の狭いスペースに隠れるユキ姉の姿は、猫そのだったと俺は思う。

 なんとか慰めようと、恐る恐るユキ姉に話しかけた。

 

「えっと…テレビ出演おめでとうございます?」

「……やっぱり、竜介は意地悪だわ…」

「さーせん…」

 

 言葉での慰めは不可能っぽかったので、せめてもの償いとして頭を撫でておく。

 いじけたせいか猫耳がただのカチューシャになり果てていたが、頭を撫でた瞬間に耳が回転し始めた。

 

「ユキ姉、本当にごめんな」

「別に…そこまで怒ってないわよ」

「じゃあ、そろそろ出てきてくれると嬉しいんだけど…」

「…ない」

「え?」

「挟まって出れない…」

 

 やはりユキ姉はポンコツ可愛かった。

 

 

 



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第6奏 リサが隣に居たかった人、居て欲しい人






 時刻は朝九時。

 少し遅いが休日なので堪忍してもらいたい。

 寝室を出て一階に下り、リビングへの入口に近づいて行くと、ガスコンロの火が燃える音が聞こえてくる。

 昨日の夜消し忘れたのかと焦り、急いでドアを開けて台所に行くと…そこには、エプロン姿で料理を作る女の子がいた。

 

「お?おはよう竜介」

「…いや、何してんのリサ姉?」

「何って、朝ご飯作ってるんだよ?」

 

 朝ご飯を作っているのは見れば分かること。

 俺が聞きたいのは、何故俺の家で朝ご飯を作っているのか、と言うことだった。

 まず、どうやって家に…と、思った所でユキ姉の顔を思い出す。

 

「合鍵、使ったのか…」

「ふふーん、正解♪どう?美少女幼馴染が朝ご飯作りに来た感想は?」

「有咲だったら鼻血出して舞い上がってた」

「これはお姉さんのお仕置きが必要かな?」

 

 口調は軽快そうにしているが、逆手に持った包丁と一切笑ってない目が全てを物語っていた。

 

「冗談だ。リサ姉が来てくれて俺は嬉しいよ」

「うん、よろしい。乙女のハートはデリケートなんだから気を付けなきゃダメだぞ☆」

「へーい」

「返事はちゃんとする。あと、伸ばさない」

「はい…」

 

 俺がしっかり返事をすると、リサ姉は「よく出来ました♪」と俺の頭を撫でる。

 リサ姉に頭を撫でられると、何故かいつもむず痒くなってくるから不思議だ。

 

「さてと、じゃあ完成したから食べよっか。確か食器はここら辺に…」

「あれ、リサ姉も朝ご飯食べてないの?」

「竜介と一緒に食べたかったの。それくらい察せないんじゃ、あこと付き合うなんて夢のまた夢だよ?」

「心にダイレクトアタックするのやめて…」

 

 食器を探しながら言い放たれたリサ姉の一言によって、俺の心に軽くヒビが入る。

 さすが俺とユキ姉の纏め役をやっているだけある。

 

「てかリサ姉、そもそも何で急に家に来たんだ?」

「んー時間が出来たからって言うのが一番の理由だけど、竜介がちゃんとご飯を食べてるか心配になったのもあるかな。ほら、竜介一人の時はお菓子とかで食事済ますでしょ?」

「確かにそうだけど。それ以外はちゃんと食べてるから良くない?」

「ダメ。まったく、なんで自分に作る時だけ料理が出来なくなるのかな…」

 

 リサ姉の言う通り、俺は自分自身に向けて料理を作ると有り得ない程のゲテモノを作ってしまう。

 原因は分からないが、今まで人の役に立つ事ばかり考えて過ごしてきたので、自分自身のために行動しようとすると緊張して変に力が入ってしまう、と俺は予想している。

 なんて俺が考えていると、リサ姉は食器を見つけ朝食を盛り付けていた。

 

「竜介、運ぶの手伝って」

「はいよー」

 

 料理の乗った食器をテーブルの向かい側通しに並べる。

 椅子に座り、いざ食前の挨拶をしようとした所でリサ姉が食器を持って俺の隣に移動してきた。

 

「なんか今日のリサ姉積極的だな」

「久々に二人きりなんだから…ね?」

「まあ、そうだな。学校が変わってからリサ姉と直接は話せてなかったし」

「そういうこと♪じゃあほら、あーん…」

 

 リサ姉が焼き魚の身を一口分寄越してくる。

 何も言わず俺はそれを食べ、またリサ姉が食べさせてくる、というのを何回も繰り返していた。

 リサ姉は幸せそうで、けれど何処か辛そうな顔をしている。

 そんなリサ姉に、俺は思わず問いかけてしまう。

 

「リサ姉…幸せか?」

「……うん。少なくとも、今はこれで満足してる…」

「…そうか」

 

 先程までご機嫌だったリサ姉の表情が、途端に浮かないものになった。

 かく言う俺も、きっと良い表情はしていないだろう。

 地雷を踏む覚悟は出来ていたが、いざ踏んでみるとそのダメージはとても大きかった。

 

 

 

 朝食も取り終わり、二時間弱リサ姉とテレビを見ていると、お昼のバラエティー番組が始まりガールズバンド特集をやり始めた。

 司会はやはりというか何というかパスパレが担当しており、まりなさんや以前営業していたSPACEというライブハウスのオーナーさんがインタビューを受けている。

 

「そう言えば、最近Roseliaの練習見に行けてないけど、調子どう?」

「かなり上々だよ。やっぱり紗夜が日菜と寄りを戻したのが一番大きいかな。あれから凄い勢いで成長してる」

「へえー、あの二人喧嘩してたんだ」

「またまたー、一番関わってたくせにー♪」

「はて、何のことだか」

 

 目線をリサ姉からテレビに移し、俺はしらを切る。

 そんな俺の隣にリサ姉は座り、肩に寄りかかってきた。

 顔を覗くと、自虐をしている時の表情が伺える。

 相変わらずリサ姉は自己評価が低い。

 

「あこも燐子も、ずっと続けてきた事だから力があるし、友希那は元々。弱いアタシだけが何時までも皆の足を引っ張ってる」

「ていっ」

「あいたっ…」

 

 表情を沈ませまくるリサ姉に、迷わず全力のデコピンをお見舞いした。

 額を抑え、若干涙目になっているリサ姉。

 少し強すぎただろうか。

 

「つー…もう少し落ち込ませてよ…。アタシ、落ち込んで初めて前に進むタイプなのに」

「そういうのは家でやってくれ。俺はシリアスとかは苦手なんだ」

「とか言いながら、さっきはアタシに『幸せか』なんて真面目な顔で聞いてきたくせに」

「うっせ」

 

 そこはまだダメージが残っているので思い出させないで欲しかった。

 自分でやっといてこの様とは…中々に惨めである。

 

「というかさ、リサ姉」

「うん?」

「リサ姉は全然弱くなんかないと思うけど?」

「…そうかな?」

 

 自信が無さそうな表情で首を傾げながら、俺に聞き返してくるリサ姉。

 そもそもの話、楽器なんてリコーダーぐらいしか扱えない俺にとって、ベースが扱えるだけで賞賛モノなのだ。

 そんな俺に楽器の技量の話など、あてつけにも程がある。

 まあ、幼ない頃から歌うユキ姉とベースを弾くリサ姉を見ていただけなので、楽器が弾けないのは俺の自業自得ではあるが。

 

「確かにリサ姉は一度逃げたけど、また戦ってるじゃん。それに、ネイルとかも全部やめて真剣に取り組んでる。俺はリサ姉のそういうとこ、結構好きだよ?」

「……そうやって…すぐ好きとか言う…」

「…悪い」

「あーいいよいいよ、今のはアタシの失言だったから気にしないで」

 

 いつもの調子で笑いながら、リサ姉は言う。

 少し気まずい雰囲気が流れる中で、テレビに映るお昼のバラエティー番組では恋愛を題材にしたコーナーを放送していた。

 やれ好きな人と手を繋げだの、普段と違う髪型やファッションをしろだの、告白はこの時間帯がオススメだのと言った話が、悲恋を抱えるリサ姉を煽る。

 

「はあ…手を繋いだり、髪型と服装変えただけで相手を意識させるとか無理無理。ていうか、まず気づいて貰えない事だってあるんだし。ね?竜介」

「え、リサ姉もこういう事してたの?」

「はあぁ…」

「え?あ、ごめん?」

 

 今までに見た中で一二を争うほどの盛大を溜め息をつきながら、リサ姉は頭を抱えた。

 

「まったくもう…本当、竜介は…まったく…」

「あはは、ごめんって。嫌いになった?」

「……大好きに決まってんじゃん…ばーか…」

「お、おう…」

 

 リサ姉が耳を赤くし目を逸らしながら、俺の耳元で呟く。

 不意打ちのおかげで体が熱くなってきた。

 本当、急に告白してくるのやめて欲しい。

 

「竜介、ドキドキした?」

「うん、大分響いた」

「あこに勝てそう?」

「まだまだ全然」

「バッサリ切るねー…竜介は…。まあ、これぐらいじゃ効果ないのは知ってたけどさ」

 

 あはは…と乾いた笑みをリサ姉はしていた。

 生憎だが、俺はあこ一筋なのでそう簡単に靡くわけにはいかないのだ。

 そんな俺に納得がいかないのか、リサ姉は酷く不貞腐れた顔でこちらを見る。

 

「もう少しさ…悩んでくれても良いじゃん…。もう何回もしてるけど、結構勇気いるんだよ?これ」

「知ってる。でも、リサ姉にならどんな返事をしても大丈夫って思ってるよ」

「…何それ、アタシはどうでも良いってこと?」

「あー違う違う…俺はリサ姉を信頼してるから、付き合えても付き合えなくても、きっと今の関係は変わらないって思ってるってこと」

 

 出来るだけリサ姉に誤解をしないように説明する。

 リサ姉がどうでも良いなんて事は断じて思っていないので、どうかそこだけは伝わっていて欲しい。

 

「きっと、告白してきたのがリサ姉以外の知らない女の子だったら、気を使って付き合っちゃったかもしれない。それでいつか仲が拗れて、俺も相手も心に傷を負う事になったりして……あーなんて言えば良いのかな、取り敢えずリサ姉」

「?」

「俺を好きになってくれてありがとう」

「!」

 

 目を見開き、瞬きも忘れてしまっていそうな程の驚いた表情で、リサ姉は俺の顔を見ていた。

 そして、次第に瞳に涙が溜まっていき、ポロポロとこぼれ落ちる。

 そんなリサ姉の肩を抱き寄せ、そっと頭を撫でた。

 

「…もう、本当に竜介はずるいな〜……」

「ずるくて結構」

「それに、そんなカッコイイこと言われたら…竜介の事諦められきれないじゃん…。まあ、諦めきれてないのは事実だけどさ…」

「女の子はいつでもシンデレラだって、はぐみママが言ってたぞ?」

「そっか…」

 

 何処か安心仕切った笑みで、リサ姉は俺の顔を見ていた。

 俺を見つめるリサ姉の顔は普段と何ら変わりは無いが、何故かやつれているように見える。

 リサ姉の頭を撫で続ける俺に対し、リサ姉は俺の頬を優しく撫で「酷い顔してる」と一言言って来た。

 どうやら、やつれているのはお互い様のようだ。

 フラれたリサ姉とフッた俺による、傷の舐め合い。

 傍から見れば、少し嫌なことがあったカップルが慰め合ってるだけに見えるだろう。

 だが、俺達がやっているのは悲恋イチャラブ。

 そこら辺のバカップルとは訳が違うのだ。

 

「うん、もう大丈夫そう。泣いたら元気出た。竜介、もう離していいよ」

「そうか、良かった」

 

 リサ姉の頭から手を離すと、それに合わせてリサ姉も俺から離れる。

 取り敢えず一安心…といきたい所だったが、何故かリサ姉が俺の手を握ってきた。

 不思議に思い見てみると、視線を顔ごと逸らした顔の赤いリサ姉がいた。

 

「竜介」

「おう、なんだ?」

「アタシ、やっぱ諦ようとするのやめる。諦めきれないから」

「……そうか」

 

 自分の胸に手を当て、落ち着いた様子で言うリサ姉。

 その目には何かが吹っ切れたような活力と、決心をした熱が宿っていた。

 

「だから…今からアタシの全てを掛けて、竜介を落とすよ」

「え、今から?」

「うん。タイムリミットはあこと竜介が付き合うまで。時間が無いから今日から全力でいくね」

「やべえ…リサ姉が本気になった…」

 

 気が狂ったわけでも、やけくそになったわけでも無く、本気でゼロからアプローチを掛け直すつもりらしい。

 

「竜介、覚悟するんだぞ☆」

「…はい」

 

 どうやら俺は、リサ姉の攻略対象になってしまったようだ。

 

 

 

 

 




悲恋イチャラブとか言うパワーワード。
もっと流行れ。そして誰か書いて?(熱い眼差し)
それと、今回はほのぼの日常回を目指して書いたので、誰がなんと言おうとこれはほのぼの日常回です。異論は認めません(固い意思)


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第7奏 突撃☆貴方の魔王様!

竜介「王の凱旋である!祝え!全ガールズバンドを凌駕し、時空を越え過去と未来をしろしめす奏の王者━━その名も聖堕天使あこ姫!新たなる旋律を刻みし瞬間である!」

あこ「くっくっく、我光と闇の力を以てそなたを永遠の時の牢獄にいなざ…ん?いざなう?いなざう?…あれ?……バーンってしてくれよう!」

竜介(可愛い…)
あこ「りゅう兄!今のカッコよかったからもう一回やろ!」
竜介(かわいい…)



『ピンポーン、ピンポーン』と家のインターホンが何回か鳴る。

 今日は最高の日向ぼっこ日和で幸いにも何一つする事も無く、午後に入ってからニャン吉と一緒に窓際で惰眠を貪っていた。

 しかし、何処の誰かが来たせいでそれが邪魔されてしまったのだ。

 重たい瞼を何とか開け、不機嫌な雰囲気を漂わせまくり、玄関へと向かう。

 まったく、折角人が気持ちよく寝ていたのに…、と愚痴たらたらで俺は玄関のドアを開けた。

 

「やっほーりゅう兄!勉強教えて!」

「いらっしゃい、すぐお茶入れるから上がって待ってて」

 

 手の平返しなんて生ぬるい、光より速い態度の切り替えで俺はあこを家に上がらせる。

 それと、あこに視線が全て奪われていたため気づかなかったがもう一人来客がいた。

 薄ピンクの髪色にゆるふわなお下げをした、お胸の大きい女の子。

 

「ひまりちゃん参上!」

「お前は帰れ」

「酷い!?だが残念だったね、今日は巴に頼まれて二人の監視役に来たから帰る訳には行かないよ!あこちゃんと一緒に居たいなら早く私を招き入れるがいい!」

「なんだそう言うことか。早く入れ」

「なんて潔い!?」

 

 Afterglowベース兼リーダー担当の上原ひまり。今日も今日とて騒がしかった。

 ひまりを家に通し、その後二人分のお茶を入れてそれを持っていく。

 あこは既に勉強道具を出しており、やる気満々と言ったご様子。

 勉強嫌いのあこがこんなにやる気を出してるのも違和感だが、あこの護衛にひまりがいるのも不自然極まりない。

 あのシスコン豚骨ラーメン姉さんが、愛しの妹の護衛を自分で行わないなど一体何があったのか。

 まあ、今はそれよりあこの勉強を見てあげよう。

 

「動く点Pとか塵になって消えちゃえば良いのに…」

 

 あこの独り言の闇が深い。

 確かに点Pの問題は俺も嫌いだが、何も親を殺された様な表情までする必要は…。

 あこが動く点Pと戦っているのに対し、ひまりは一人黙々と菓子を食べ続けていた。

 

「うん、このお菓子美味しい」

「ひまり、この間太ったとか言ってたのに大丈夫なのか?」

「あっ…。さては竜介、私を太らす事が目的か!?」

「だから帰れって言ったんだよ。お前食いすぎるから」

「さっきのは優しさだった!?」

 

 相変わらず一挙一動が騒がしい奴だが、ひまりがいる時はこれぐらい騒がしくないと落ち着かないと思う俺も俺なのだろう。

 幸せそうなひまりと苦悩しているあこ、両者の間にある幸福度の差が酷いことになっているが、それは本人が望んだ事をした結果なので俺が口を挟む事はない。

 けれど、好きな子が隣にいると構いたくなってしまうものなので、ついあこに話し掛けてしまう。

 

「あこはなんで勉強なんだ?テストってもうちょっと先だよな?」

「うーん…たまにはこう言うのも良いかなーって。あ、りゅう兄ここ分かる?」

「どれどれ」

 

 あこが見せて来たのは数学ドリルの一番最初に乗っている基礎中の基礎の問題。

 さっきの点Pは何だったのか。

 それと、ひまりが問題を親の仇のような目で見ているが、まさかひまりも…。

 

「ここは単純に公式使えば解けるぞ?」

「え?あ、ほんとだ。ごめんねりゅう兄…」

「謝る必要はないよ。焦らずゆっくりやれば良いさ」

「うん!」

 

 頭を撫でて慰めると、あこはニパっとした明るい笑顔で返してくる。

 可愛い…ただただ可愛い…と俺は心の中に広がる満ちた気持ちを何度も噛み締めた。

 この幸せを思い返せば、またしばらく生きていける。

 何だか牛の反芻みたいで気持ち悪いかもしれないが、俺の心の生命線なので許して欲しい。

 

「りゅう兄りゅう兄!もっと撫でて!」

「ああ、いいよ」

 

 あこのキラキラした眼差し。

 撫でた時の嬉しそうな顔と、ハムスターのように縮こまる体。

「えへへ…♪」と控えめながらに上機嫌な口調。

 こんな天使三セットが見れるのに、「撫でて?」と頼まれ断るバカはいないだろう。

 勉強なんか知ったこっちゃねえ、と心の中で叫びながら俺はあこの頭を撫で続けた。

 

「あこは可愛いな…」

「りゅう兄はカッコイイよ!」

「はは、ありがとな。ほら、ぎゅう〜」

「ひゃ〜♪」

 

 ハグと撫でを一緒にすると、あこは嬉しそうに声を上げる。

 きっと、俺のハグを通報しないで嬉しそうに受け止めてくれる人なんてあこしか居ないだろう。

 早くあこと付き合いたい。そうすれば四六時中こう言う事を二人きりで出来るのに。

 なんて俺は思ってしまうが、中々俺のチキンハートは動いてくれない。臆病者の運命は辛いのだ。

 それと、ひまりが先程からブラックコーヒーをガブ飲みしているがどうしたのだろうか?

 

「ひまり、コーヒー飲みすぎると夜に眠れなくなるぞ?」

「少女漫画も要らないほどの甘シチュ、ご馳走様です」

「?…よく分からんが、お粗末さまでした?」

 

 綺麗に両手を合わせ、何かを噛み締めるかの様な深いご馳走様だった。

 少女漫画も要らないほどの甘シチュとは何の事だろうか。

 

「…漫画を読みながらの食事は行儀悪いぞ、ひまり」

「竜介はたまに変な方向に考えが行き着くよね」

「そうか?取り敢えず行儀には気を付けろよ。あと……食べる量にもな?」

「…」

 

 ひまりの目の前には、少し大きめの皿が一枚。

 来客用に買った菓子と、俺の手作りクッキーやらマドレーヌやらを入れていたものだ。

 量は多めに入れた筈だが、目の前の皿の中は空っぽ。

 

「体重計が木っ端微塵…」

「やめて!」

「家に帰ったら千五百グラム増えてたり」

「リアルな数字もやめて!」

 

 自分のお腹を触りながら、目に涙を溜めて言うひまり。

 たかだか一キロ弱増えたところで何が変わると言うのだろうか。

 

「あこは気を付けるんだぞ?」

「育ち盛りだから大丈夫!こないだ胸もちょっと大きくなってた!」

「だってさ、ひまり」

「なんで私に言うの!?」

 

 過剰に反応するひまりに対し、俺とあこは悪戯っ子のように笑っていた。

 それと、あこの胸が大きくなったと聞いて内心ドキッとしたのはここだけの話。

 好きな子の事だもの。仕方ないよね。

 

「うう…もう帰りたい…」

「別に無理に居なくても良いぞ?てか、今何時さ?」

「大体四時くらい。私はまだ時間大丈夫だけど、あこちゃんはそろそろ帰らないと…ほら、まだ一応中学生だし」

「だな。じゃあ、送って行くから一緒に帰ろうぜ……って、あこ?」

 

 玄関に向かおうと俺は席を立ったが、あこは何故かカバンを抱きしめ一向に動こうとしない。

 何故かここに来て、巴がいない事とあこの様子がおかしかった二つの違和感が不安を煽る。

 

「あこ?どうした?もしかして具合悪いのか?」

 

 そう問いかけると、あこは首を横に振る。

 訳が分からず俺が首を傾げていると、あこがポソリと呟いた。

 

「……り…い」

「え?」

「あこ、帰りたくない…」

「……そうか」

 

 あこに一言素っ気なく返し、今度はひまりに目を向ける。

 ひまりは何処か気まずそうに頬をかきしながら「あはは…」と力なく笑った。

 

「ひまり、何か知ってたら…というより、知ってることを教えてくれ。まあ、大方あこが巴と喧嘩でもしたって所だろ?」

「あー…うん、そんなところかな。ただちょっと今回は複雑っぽくて…詳しい事は私も知らない」

「なるほど。…悪い、少し席外す。あこのこと見ててくれ」

「え?…う、うん分かった」

 

 充電器に刺していたスマホを手に取り、俺は一度部屋を後にした。

 

 

 

 時刻がちょうど四時になった頃。

 家の二階に上がり、周囲に誰もいないのを確信した後スマホの電源を入れる。

 電話帳から巴の電話番号を選択し、二回程コール音が鳴った所で巴が応答した。

 

『竜介か…どうした…って言っても、あこの事だよな』

「まあ、そうだけど。てか、お前の方がどうしたよ?なんか声やつれてね?」

『あこと喧嘩したショックのせいか…なんか元気が出ない…。それと、あこの衣類が無くなってたんだけど……これって、間違いなく家出だよな?』

「百パー家出だな」

 

 俺がそう告げると、巴の啜り泣くような声が聞こえてくる。

 もう少しオブラートに包んだ方が良かったか、と後悔していると、覇気のない声で巴が話し出した。

 

『悪い…竜介。しばらくあこの事を見てやってくれないか?』

「はっ?え、どうしたんよ?いつもなら俺とあこを絶対二人きりにさせない様にするのに…」

『今回は本当に緊急事態なんだ。虫がいいと思われるかもしれないが、頼む。今あこの拠り所になれるのはお前だけなんだよ…』

「いや、そんな重たく頼むなよ…別に俺としちゃバッチ来い案件だし。お前はお前で早く調子戻してくれ…こっちまで気が参りそうだ」

『そうか…助かる』

 

『ずびび』と鼻をかぐ音を響かせながら、巴は礼を言ってきた。

 電話越しからでも分かる程巴からは元気が無くなっており、本当に本人なのか疑いたくなる。

 喧嘩の原因が何なのかは知らないが、取り敢えずあこと巴には一旦休息を取って貰いたい。

 

『本当にありがとな…。食費とかはこっちで出すように親に頼んであるから』

「え?出さなくて良いよ。全部俺が出したい」

『…は?何いってんだ?付き合い長いからってさすがに…』

「あー違う違う。付き合いとかそう言うの関係ないから」

『じゃ、じゃあ何でだ?』

 

 涙が収まり始めたのか、いつもの声音に戻りつつある巴に聞かれる。

 願いが叶うチャンスが向こうからやって来たのに、それを安安と逃す手はないだろう。

 

「折角あこを養える機会がやって来たのに、それを逃すなんて言うバカな真似俺がするわけないだろう?」

『今のアタシが言うのもなんだけどさ…お前、頭大丈夫か?』

「悪いな、俺は尽くすタイプだ。今までクリスマスとか七夕とか初詣に願掛けしといて良かった…」

『神様に何願ってんだよ…てか、クリスマスの使い方違くね?』

「細かい事は気にすんな」

 

 俺のボケにツッこむ巴の声はいつもと大差なく、段々と元気を取り戻しているようだった。

 クリスマス云々はボケだが、養いたい願望は本当なので悪しからず。

 

「取り敢えず、俺もゆっくり時間を掛けてあこの事説得してみるよ。けど、あこの意思優先でいくからな。あこが嫌ならバンド練習も学校も休ませる」

『……今は仕方ないか』

「じゃ、そういう訳だ。そろそろあこの所に戻りたいから、電話切るな」

『ああ、またな』

 

 巴に「おう」と返した後、電話を切る。

 スマホをポケットにしまい部屋を出た後、階段を下りあことひまりのいるリビングへ。

 そこには、巴同様啜り泣くあことそれを宥めるひまりがいた。

 姉妹揃って同じことをしている事に、俺はつい微笑してしまう。

 なんやかんや、お互いのことを一番に想っているのだ。

 離れてしまったなら、時間を置いてゆっくり近づけて行けば良い。氷川姉妹の時もそうだった。

 

「ただいまー」

「あ、竜介…どうだった?」

「うーん…ちょっと改善したってぐらい。これからはあこ次第かな。それとあこ、少しいいか?」

「うん…」

 

 涙を溜め目の下を赤くするあこは、俺の元まで駆け寄ってくる。

 宥めるように頭を撫でながら、俺はあこに問いかけた。

 

「あこ、今巴の事をどう思ってる?」

「…世界一カッコよくて、あこの大好きなお姉ちゃん……」

「巴と仲直りしたいか?」

「したい……けど、頭の中ぐちゃぐちゃしてて…どうしたら良いかわからない…」

 

 自信を全く感じさせない様子であこは言う。

 どうやら、俺が想像していた以上にあこは参っているようだ。

 けれど、こんなところで挫けるあこじゃないと俺は信じてる。

 

「じゃあ、あこの心が落ち着くまでここに居ると良いよ」

「え、ちょっ…竜介?」

 

 今までジッと俺とあこの様子を見ていたひまりが口を挟んだ。

 ひまりの気持ちは分かる。見張りもいない中、あこを俺と一緒にしたらどうなるのか心配しているのだろう。

 けれど、心配されている身のあこ自身は何の不安も抱いておらず、ただ驚いたように目を見開いているだけだった。

 

「…いいの?」

「良いよ。ただし、ここに泊まるからには絶対巴と仲直りする事。約束できるか?」

「…うん……うん!あこ、お姉ちゃんと仲直り出来るよう頑張る!」

「おう、その意気だ」

 

 まだまだ瞳に涙は溜まっているが、その奥からは僅かに恐怖心は伺えるものの、決してめげる気配のないあこの本気の目があった。

 問題はほとんど解決してないが、解決するための大きな一歩は踏み出せたと思う。

 

「りゅう兄!あこ、絶対りゅう兄との約束果たすから、見ててね!」

「お、今のカッコよかったぞ。さすが魔王様」

「えへへ♪」

 

 嬉しそうに頬を綻ばせ、あこは俺に撫でられていた。

 俺はあこを撫でた後、台所に入り冷蔵庫を漁る。

 

「よし、じゃあ今晩は歓迎会だな。ひまりも食べてくだろ?」

「え、良いの?あこちゃんと二人きりの方が良くない?」

「別に人数は関係ないよ。ひまりも頑張ってあこを慰めてくれてたし。お前が居てくれて助かったよ、サンキュ」

「……くっ、最初あんな邪険にされたのに…ちょっと今のでときめいちゃった…。次は負けんぞ!」

「何の話だよ…。あと、準備手伝ってくれ、ほらエプロン」

 

 ビシっと俺を指さすひまりに、俺はエプロンを渡す。

 カジュアルな服装にあえて付けたエプロンが、妙な人妻感を出していた。

 

「ひまり、意外とエプロン似合うな…」

「お嫁に貰ってくれても良いんだよ?」

「はは、俺には勿体ないよ。薫先輩ぐらいの人じゃないと、ひまりとは釣り合わない」

「くっ…さすがたらし。息をするように女を誑かす…」

「またそれか…。てか俺はたらしじゃねー」

 

 なんて風に台所でひまりと作業を始めると、俺とひまりの間ににゅっとあこが割り込んで来る。

 何故か頬を膨らませており、気のせいか俺とひまりの距離を何とかして離そうとしているように見えた。

 

「あこも手伝う…」

「おう、ありがと。てか、機嫌悪そうにしてどうした?」

「…なんか、りゅう兄とひーちゃん見てたらモヤッとした」

「……ああ、仲間外れみたいになってたな。悪い」

「うん、もう大丈夫」

 

 頭を撫でると、あこのムッとした顔は一瞬で直っていく。

 あこがこんな表情をするのは初めてなので、娘の成長を見るような感覚と好きな子の新しい姿を知れた喜びが混ざった不思議な感覚に陥った。

 それと、ひまりがクスクスと笑っていたがこれは何を見て笑っていたのだろうか。

 なんて事を考えていると、あこが俺の服をクイクイと引張てくる。

 

「りゅう兄りゅう兄」

「ん、なんだ?」

「えっとね…」

 

 何処か照れくさそうにモジモジしながら、言うか言わないか迷っている様子で俺を見ていた。

 いつもまっすぐ抱きついて来て、問答無用のお日様スマイルで俺を惚れさせてくるのがあこだ。

 こんな内気な女の子のような姿を俺は知らない。

 一体あこに何があったのか…今のあこは来た時とは違う意味で様子がおかしい。

 あこは一体、俺に何を言おうとしているのか……

 

 

「大好き!」

 

 

 どうやら俺の惚れた魔王様は、まだまだ俺の心に突撃をかまして来るらしい。

 

 

 




感想と評価…もっと…もっと増えるんだ!頑張れ!お前ならもっと増えることが出来る!


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第8奏 サヨヒナ音楽教室

ど れ み ふぁ そー ら ふぁ み れ どー

そー ふぁ み そ ふぁ み れ

そー ふぁ み そ ふぁ み れ

ど れ み ふぁ そー ら ふぁ み れ どー






 あこと同棲(仮)が始まって数日。

 特に変わった様子はなく、普通に食事を摂り、普通に就寝する。正に健康そのものだった。

 不便な思いはして欲しく無いので、毎日ベッドのシーツは取り替え、食事もあこの希望するものを作るようにしている。 ただ、ピーマンだけは俺の意向で時折勝手にメニューの一部に加えているが、相変わらずあこは食べてくれない。

「緑の怪物を我に食わせたくば、まずはその毒を抜け」と、ピーマンを怪物呼ばわりし、遺伝子操作でもして苦味を取れば食べてやらん事も無いと言う強情っぷり。

 こう言った様子で、あこはいつもピーマンと格闘してる。可愛い。

 でも、俺が食べさせると苦いのを我慢して一生懸命に食べてくれる。

 こういう所も、あこの愛嬌の一つだと俺は思う。

 こんな風に、俺は日々あこの可愛い姿を観察している。

 あこの愛嬌ある姿を見れるのなら、たとえ火の中水の中。

 どんな辛い状況でも、愚痴一つ零さず笑顔でことを成して見せる所存である。

 

 ──それがたとえ、クソ暑い中重たい買い物荷物を持って帰宅しているという状況でも。

 

「あっづ…」

 

 多少雲が散らばりを見せているが、晴れと言っても差し支えないだろう。

 夏がまだまだ遠い春という季節だが、たまに少し暑い日が訪れる。それが今日だった。

 天気予報や予想最高気温など全く見ず、厚いジャンバーやカイロ、手袋などの防寒グッズを装備して外に出たらものの数分で汗だくである。

 何処かの喫茶店か何かで涼みたいところだが、あこに早く会いたいという俺の気持ちが先程から飲食店を何件も素通りするという結果を残していた。

 体は辛いけれど、せめて心はるんるん気分でいよう。

 

「あ、竜君だ。やっほー!」

 

 るんるん気分でいようとしたら、存在自体がるんるんしている人がやってきた。

 半袖にレディースのジーンズパンツ、とても涼しそうである。

 

「こんにちは日菜先輩。テレビの収録振りですね」

「だねー……って、その荷物どうしたの?何処かでパーティーでもする予定?」

「うちにはよく人が来ますからね。菓子とかジュースとか補充しとかないと無くなっちゃうんですよ。あとはまあ、夕飯用に」

「なんか主夫みたいだねー」

 

 確かに、あこが家にいる状況を見れば主夫とも見れなくはない。

 あこに「おかえり」と言って貰うのも幸せだが、俺が言う側なのも以外と悪くはないだろう。

 何だか今すぐあこと婚約したくなって来た。早く帰らねば。

 

「じゃ、竜君……あたしの家に行こっか♪」

「え、なんで?」

「るん♪って来たから!」

「ですよね…」

 

 ウインクをしながら日菜先輩は腕に抱きつき俺を連行する。

 食材の常温放置を不安に思いつつ、日菜先輩が俺のせいでマスコミに叩かれたりしないか心配になった。

 そんな危惧を抱きながら、俺は氷川宅へと向かう。

 

 

 ____

 

 

 

「竜君にギターを教えよ〜の会、始まり始まり〜!」

「…え?」

 

 氷川宅に到着し、家に上がった瞬間にクラッカー音と日菜先輩の元気な声が響いた。

 ギターを二本持ち、場の雰囲気を盛り上げようとしている日菜先輩と、真面目な顔して無言でクラッカーを何回も鳴らしている紗夜先輩。

 紗夜先輩が真剣に取り組んでるのを見るかぎり、おふざけとかでは無くしっかりした本気の催しらしい。

 

「俺、どんな事にも真剣に取り組む紗夜先輩の事、結構尊敬しています」

「ふふ、ありがとうございます。神楽君」

 

 やり切った様子でフッと笑いながら、今もなおクラッカーを鳴らし続ける紗夜先輩。

 真面目も一周すればここまでおバカになってしまう。でもそこが良い。

 

「それで、俺にギターを教えようの会とは?」

「そのまんまだよ!竜君がギター弾くの」

「でも俺、ギターに触った事すらないですよ?」

「だから私達が教えるんです。日菜が見本を見せて、私が指導します」

「なるほど」

 

 日菜先輩は人に説明をするのは苦手そうだし、紗夜先輩はこう言ってはあれだが日菜先輩に比べるとやはり才能の差がある。

 けれど、それを卑下する事無く、お互いがお互いの短所を補い合っている構成だった。

 日菜先輩との才能の差にコンプレックスを抱いていた以前の紗夜先輩なら、絶対採らなかった分担方法だ。

 それに、紗夜先輩に拒絶された時から距離を置いていた日菜先輩も、今ではすっかり紗夜先輩と仲良しこよしである。

 

「…竜君、顔がニヤけてるよ?」

「いえ、二人とも仲が良い姉妹なんだなって。以前リサ姉から聞いた時は、少し距離があるとか何とか言ってたので…」

「…まあ、確かに以前はそうでした…そこは否定はしません。ですが…そんな私達を再び繋いでくれたのは、何処の誰だったでしょうか?ね、神楽君♪」

「……はて、何処の誰だったんでしょうね…」

 

 幸せそうな顔で微笑みかけながら聞いて来る紗夜先輩に、俺は目を逸らしながら答えた。

 紗夜先輩のイタズラっ子のような笑い方が、俺の心臓をもぎ取ろうとしてくる。

 俺の反応を見た後、紗夜先輩は口元に手をあてながらクスりと笑った。

 それと、日菜先輩もニマニマしていた。

 

「ふふ、そう言う事にしておきますね」

「竜君素直じゃなーい!有咲ちゃんみたい♪」

「うるさいですよ日菜先輩。腹いせで日菜先輩の背中に冷凍フライドポテト入れますね」

「神楽君、ポテトを粗末にしないでください」

「食べますか?」

「電子レンジはオーブンの隣にありますから」

 

 瞳を輝かせ涎が垂れそうなのを堪えながら、紗夜先輩は電子レンジのある方を指さしていた。

 二人の仲を取り戻す時に紗夜先輩と日菜先輩の色々な面を見たが、紗夜先輩のギャップが一番凄まじいかもしれない。

 出会った頃なんて、必死でジャンクフード好き隠そうとしていたし。

 取り敢えず可愛い。これに尽きる。

 

「まあ、ポテトは後でチンするとして。俺にギターを教える会でしたっけ?進めなくて良いんですか?」

「あっ!そうだよお姉ちゃん!折角お礼でやろうって決めたんだから無駄話してる場合じゃ無いよ!」

「別に無駄話ではないと思うのだけど…。でも、そうね。神楽君にも都合があるでしょうし、早く始めましょうか」

 

 そう言うと、紗夜さんは何処から取り出したか分からないギターを取り出し、それを俺に渡してくる。

 さりげなく言っていたが、お礼とは何のことだろうか。

 

「紗夜先輩、このギターは?」

「母が譲り受けたと言っていたモノです。何でも前の持ち主が体を壊してしまい、続けるのが困難になったそうなので…」

「……呪われたりしませんよね?」

「大丈夫ですよ、呪いなんてある訳無いじゃないですか……多分」

 

 変な所で自信無くすのはやめて欲しい。怖いから。

 

「よーし、じゃあ竜君、まずあたしが弾いてみせるからしっかり見ててね!」

「はい、よろしくお願いします」

「いっくよー!」

 

 その掛け声と共に、日菜先輩はギターを引き始めた。

 よく音楽を流してる時に聞く、あの甲高い音が響く。

 極めて単調だが静かで大人しいメロディー。

 テレビで見る激しさはないが、何故か惹かれる不思議な感覚だった。

 それと、ギターの弦を抑える指を見て、その動き方に思わず不気味さを覚えてしまう。日菜先輩には大変申し訳ない。

 人の指ってあんな風に動くのか、と素直に感心してしまった。

 しばらくすると日菜先輩はギターを引き終え、ワクワクした目で俺を見てくる。

 きっと感想を求めているのだろう。

 

「…あの、何という…凄かったです。素人の俺にはこの感想が限界です」

「ぶー、つまんなーい…」

「すいません…」

「日菜、あまり神楽君をいじめてはダメよ。まあ、でも教えがいはありそうね」

「お願いします…」

 

 俺が頼むと、紗夜先輩は嬉しそうに微笑む。

 だが、自分のギターを手にした瞬間その顔は真顔になった。

 理由は分からないが、俺の本能が『逃げろ、死ぬぞ』と訴えかけて来る。

 

「では神楽君、ここからは本気で行きますね。これからミスをする度にこの冷凍フライドポテトの角で神楽君の頭を殴ります」

「え、それ地味に痛いやつ…」

「おお…お姉ちゃんが鬼教官モードになった」

「止めて日菜先輩」

 

 冷凍フライドポテトの角で殴られる事は無かったが、結構ハイペースでしごかれた。

 ただ、やっていくうちに段々楽しくなり、三時間程やっていたら日菜先輩がお手本で見せてくれたメロディーなら弾くことができた。

 二人も上達が早いと褒めてくれたし、もしかしたらギターの才能があるのかもしれない。

 

 

 ____

 

 

 

 ギターに慣れてから更に二時間。

 そこそこ弾けるようになった俺を見て、紗夜先輩は疲労の溜まったようなため息をつく。

 

「今日はこのくらいにしましょう。神楽君もだいぶ上達しましたし」

「紗夜先輩、今日はありがとうございました。ここまで弾けるようになったのは紗夜先輩のおかげです」

「竜君、あたしは〜?」

「日菜先輩もありがとうございます。自分でやってみて改めて日菜先輩の凄さを痛感しました」

「えっへへ〜♪」

 

 珍しく照れながら、日菜先輩は満面の笑みをしていた。

 

「では、最後に反省会をしましょう……神楽君、ギターを弾いてみてどうでしたか?」

 

 期待半分不安半分と言ったところだろうか。

 紗夜先輩と日菜先輩はそんな表情で俺のことをみていた。

 正直、ギターを上手く弾く事よりも紗夜先輩のフライドポテトアタックを警戒していた節があるが、感想はギターの弦を弾いたところでもう決めてある。

 

「最高に、楽しかったです!」

「!…にひひ…やったねお姉ちゃん!」

「ふふ、そうね」

 

 二人がお互いに目を合わせながら、嬉しそうに微笑んでいた。

 

「竜君に伝えたいことは、ちゃんと伝えられたね」

「ええ」

「俺に伝えたい事?」

「うん!ねえ、竜君」

「はい、何でしょう?」

 

 俺の方に振り向いた日菜先輩の目には、薄らとだが涙が溜まっていた。

 きっと、感極まってとかそう言ったものだろう。

 何故そこまでして俺にギターの楽しさを教えたかったかは未だに分からないが、これで二人が満足してくれたならそれで良い…

 

「竜君、あたしとお姉ちゃんを繋いでくれてありがとう。ずっとお礼が言いたかったんだ」

 

 …と、思っていたのだが、そう言う訳にはいかなそうだった。

 

「ですから、俺は何も…」

「神楽君、ここまで来たのにまだはぐらかすつもりですか?そろそろ認めないと冷凍フライドポテトで殴りますよ?」

「紗夜先輩はフライドポテトが好きなんですか?嫌いなんですか?」

「大好きに決まってるじゃないですか」

 

 そう言いながら冷凍フライドポテトを大事そうに抱える紗夜先輩の姿は、もうポテト関連の病気に掛かってしまったんじゃないか、と俺の中の不安を煽る。

 なんて巫山戯た事を思ってみたが、二人の真剣な眼差しは変わらなかった。

 どうやら、腹を括るしかないようだ。

 

「……はあ、わかりました。認めます、認めますよ。二人があまりにも俺を英雄みたいに見るんで、気恥ずかしかったんですよ。だから隠したのに…」

「おお、やっと竜君が素直に…」

「めっちゃ恥ずかしい…そんなカッコイイ物を見る目で俺を見ないで…」

「カッコイイ竜君が悪い♪」

 

 小悪魔るんるん先輩が言葉責めで俺を辱めに来る。

 そんな直球にカッコイイとか言わないで欲しい。照れるのを通り越して爆発してしまう。

 本当に、何故そこまで必死なのか。

 俺としては、二人の仲が戻って、その様子をたまに見れる程度で良かったのだが。

 そんな風に考えていると、紗夜先輩が少しシンミリした様子で俺に話しかけてきた。

 

「あのですね、神楽君」

「はい、なんでしょうか。紗夜先輩」

「私と日菜は、ギターと神楽君のおかげでまた繋がる事が出来たんです。最初は私達の仲を引き裂いたギターも、今では私と日菜の大事な架け橋です。そして、神楽君はギターを架け橋にしてくれた人」

 

 紗夜先輩はそこまで言って、日菜先輩の頭を撫でる。

 気持ちよさそうにしている日菜先輩と、そんな日菜先輩を心の底から大切に思っている紗夜先輩。

 紗夜先輩は、ほんの少し経ってから再び俺の方を見る。

 振り返った紗夜先輩は、ただ穏やかに微笑んでいた。

 

「私達はギターと神楽君が好きです。ですが当の神楽君はギターに出会えていません。つまり…」

「ここまで言えば竜君も分かるよね?」

「…俺とギターを巡り合わせて、その楽しさを知って貰う?あと、ギターとの繋がりを持って欲しい、とかですか?」

「はい、その通りです。どうお礼をしようか色々日菜と考えたのですが、最後にはこの案に来てしまいました。それだけ大切なんです。なので、出来ることならこれからもギターの指導を神楽君にしていきたいと思ってます。押し付けがましい様で申し訳ありませんが、これが私と日菜に出来るたった一つのお礼なので…どうか、よろしくお願いします」

 

 そう言いながら、紗夜先輩は三指揃えて俺に頭を下げた。

 不格好だが、日菜先輩も紗夜先輩に合わせて頭を下げている。

 断る気なんて更々ないが、ここまで重く対応されると反応に困ってしまう。

 それと、年上にこんな事させてる自分への罪悪感が凄かった。

 

「えっと、頭を上げてください。ていうか、教えを乞うのを乞うってややこしい真似しないでくださいな…。むしろ、俺の方がギター教えて下さいって土下座したいぐらいですよ」

「…ほんと?竜君とこれからもギター弾ける?」

「はい」

 

 俺が返事をすると、不安一色だった日菜先輩の顔が一気に上機嫌なものに変わった。

 

「……やったー!」

「ちょっ…日菜先輩、急に抱きつかないでください!」

 

 日菜先輩が嬉しさのあまり抱きついてきた。

 紗夜先輩が必死に引き剥がそうとしているが、日菜先輩はそれでも俺から離れない。

 何か紗夜先輩が羨ましそうな顔をしていたのは気の所為だと思いたい。俺は紗夜先輩を信じてる。

 

「竜君、今日うちに泊まっていきなよ!それで一晩中ギター弾こ!」

「あはは、近所迷惑になるからそれは無理ですよ…」

「ちぇー…」

 

 日菜先輩は頬を膨らませて不貞腐れる。

 美人先輩二人による個人レッスンも少し憧れたが、俺には帰る場所があるのだ。

 

「…もし泊まることがあれば、あこも一緒に連れてくれば良いのか…」

「?…どうしてそこで宇田川さんが?」

「いえ、今訳あってあこが俺の家に住んでるんですよ」

 

 そう言った瞬間、何かにヒビが入る音を幻聴した。

 何でこうなったのかは分からないが、俺がしたことなら分かる。

 おそらく地雷を踏んだ。

 さすがに現風紀委員の前で中三の女の子と同棲してる事を打ち明けるのはまずかったかも知れない。

 だが、何故日菜先輩までショックを受けた様な顔をしているのか。

 日菜先輩が涙ぐみながら、紗夜先輩の方に向き直る。

 

「お姉ちゃん…」

「ええ…私達もウカウカしていられないようね…。こういう所は今井さんを見習いましょう」

「…うん。それと、確認だけど…これはお礼とは別で考えて良いんだよね?」

「ええ、そうね。これは生物として仕方ない感情だもの」

「そっか」

「あの、何の話を?それとリサ姉がどうかしたんですか?」

 

 何かに納得した日菜先輩が、抱きつく力を強める。

 

「サヨヒナ音楽教室延長版だよ!るん♪ってしよ!竜君!」

「音楽関係無くないですか?あと紗夜先輩、背中に冷凍ポテト押し付けるのやめてください。中途半端に冷たくて気持ち悪いです…」

「…今井さんや湊さんから伺っていますが、神楽君は乙女心で遊ぶのが得意なようですね」

「滅多な事言わないで貰えます?」

「ふふ、冗談です♪」

 

 この後、一時間近く日菜先輩に抱きつかれ、紗夜先輩にポテトを押し付けられた。

 女の人が考えることは本当によく分からない。

 

 




美人先輩二人の個別レッスンってエロくね?(直球)
ギターのくだりでシリアスを期待したそこの君!残念だったな、これは日常系ほのぼのハーレム小説だ!シリアスなど無い!多分!
だから安心して読んで?(はーと)

最近感想がいっぱいで僕は嬉しいです。
評価もしてくれて嬉しさで死ぬ。
あとお気にの増え方がエグい。


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第9奏 名前上下同読み系アイドルとファン0号君

スマホだけで書いてたからめっちゃ時間かかったぜ…。
俺はカマキリ、yeah
検索で『Bang Dream』『ハーレム』『平均評価高い順』で検索かけたら一番上に出て来た。ちょっと嬉しい

最近色んな人のバンドリ二次創作読んでるけど、コラボって面白いなって思ったよ。よそ様のヒロインデレさせたい(ゲス顔)




 自分の事は、ずっと冴えないスタジオミュージシャンだと思っていた。

 得意な事と言えば、ドラムと機械いじり。

 芸能事務所なんて言う大層な場所にいるけれど、来る日も来る日もドラムを叩いて終わる日々。

 仕事以外の日はちゃんと学校に行って、勉強をして、友達はそんなにいないから昼休みなんかは校舎裏でボーっとしていた。

 誰から見ても、自分ですらも、パッとしない生き方をしているなと思う。

 でも、それはそれで良いのかも知れないと思い、やっぱり釈然としない毎日を生きた。

 けれど、そんな当たり前を生きていたある日、彼と出会った。

 それは、いつも通りスタジオでドラムを叩いていた時のこと。

 

『めっちゃ可愛い人が…めっちゃカッコ良くドラム叩いてる…』

 

 …最初は、自分の空耳なんじゃないかと思った。

 けど、やっぱり彼は自分の事を見ているわけで…。

 何故芸能事務所に一般の人がいたのか気になったけど、あの時はそんな事どうでも良かった。

 おもむろに録音スタジオに入って来ては、いきなりサインをねだって来た少しぶっ飛んだ男の子。

 

『俺、今日から貴方のファンになります!名前教えてください!あ、俺は神楽竜介って言います!』

『えっと…大和麻弥、です』

『麻弥さんですか!上からでも下からでも同じ読みですね!』

『…そう言えば、そうっすね…』

 

 両手を力強くブンブンと振り回され、無邪気な笑顔で自分を見てくる君に、何故か心が救われた気がした。

 それからすぐ、彼は事務所の人に連れて行かれ、こってりと叱られていた。

 彼が叱られている間、自分は握られた手を何度も閉じたり開いたり…。

 手から伝わる温かな熱を、心で噛み締めた。

 

『…結構、嬉しいですね…』

 

 初めて出来た自分のファン。

 何故かその日は、スティックを扱う手が異様に軽くて、久方ぶりにドラムの楽しさを思い出した。

 

『神楽竜介…ですか…』

 

 胸の内に芽生える不思議な気持ち…これはなんなのだろうか。

 分からなかったけれど、その時はただドラムを叩きたかったので深くは考えなかった。

 

『…応援してくれる人がいるって、とても安心するっす。それに、ドラムを叩くのも楽しい…』

 

 ─この日、大切なファンがジブンに出来た。

 

 何よりも大切な彼への、誰にも負けないこの想いを伝え表すため、自分は君に"ファン0号"という愛称を付けた。

 きっとそう簡単に君とは出会えないだろうし、この気持ちを忘れないための大切な言葉。

 でも、勝手に愛称を付けたのは相手に失礼だったのだろう。

 だからきっと…

 

『ふへへ…♪』

 

 …自分におかしな笑い癖が付いてしまったのだと思う。

 でも、君に付けて貰ったような気がして、不思議と悪い気は起こらなかった。

 

 

 ___

 

 

 

 

「ふへへ…♪」

「麻弥さん、急に笑い出してどうしたんですか?」

「いえ、神楽さんと初めて会った時の事を思い出してました」

「初めて会った時…」

「はい!」

 

 自身の手を見つめながら、急に笑い出した麻弥さんを横目に、俺は麻弥さんとの出会いを思い出す。

 確か、芸能事務所の人に何故かスカウトを受けて、試しに見学に行ったら偶然ドラムを叩く麻弥さんを見つけたんだっけ。

 その時の麻弥さんはあこの様にカッコ良くて、酷く惚れ込んだのを覚えている。

 

「…思い出すと、随分大胆なことしたな…」

「録音スタジオに堂々と入ってくる姿は圧巻モノでした」

「でも、そのおかげで今麻弥さんと一緒にいれますし、結果オーライってことで」

「そうっすね。自分も神楽さんと出会えたから今がありますし…ふへへ♪」

 

 上機嫌な様子で麻弥さんは笑っていた。

 憧れてる人にここまで言って貰えると、つい照れくさくなってしまう。

 

「それにしても、今日も随分買いましたね…」

「衝動買いが止まらなくて…すいません…」

「気にしないでください。俺としては荷物持ちでも十分楽しいですから」

「そう言って貰えるとありがたいっす…」

 

 心の底から申し訳なさそうにしながら、麻弥さんは小さめの買い物袋を持ち直した。

 こうやって自分がファンになったアイドルとお買い物デートなんてしていると、俺はこんな幸せで良いのだろうか…何て思ってしまう。

 

「ふと気になったんですけど、麻弥さんって俺以外のファンの人ともこうやって買い物行ってるんですか?」

「え?そんな事するわけないじゃないっすか。ていうか自分、神楽さんとは友人になったつもりでいたんですが……もしかして気の所為だったんでしょうか…」

「え、友達?良いんですか俺なんかで?」

「神楽さんだから良いんですよ。まったくもう」

「なんか、すみません…」

 

 ぷりぷりと頬を膨らまし、可愛らしく怒る麻弥さん。

 あまりに愛らしい顔だったので、思わず頬を指で押してしまった。

 プスっと言う空気の抜ける音と、麻弥さんが羞恥で喚く声が俺の鼓膜に響く。

 

「もう神楽さん!ジブンにこういう事するのやめて下さい!乙女の肌はデリケートなんっすからね!」

「でも顔はニヤけそうになってますね。本当は嬉しかったり?」

「ううううるさいっすよ!私語は慎むっす!」

 

 どうやら図星だったらしい。

 麻弥さんはあたふたしながらも、ビシッと俺に人差し指を向けて照れ隠しの私憤を撒き散らす。

 怒っている姿は大変可愛らしいのだが、このままだと友達どころかファンの関係も断ち切られる可能性があるので、そろそろ機嫌を治さなくては。

 

「麻弥さん麻弥さん」

「……なんすか?今のジブンは何を言われても般若っすからね?」

「そんな固い事言わずに…。あ、ちょっとそこの喫茶店で一休みしません?ケーキ、奢りますよ?」

「ケーキ……本当っすか?」

「はい」

 

 俺がそう微笑み返すと、麻弥さんは先を歩き出す。

 表情を伺う事は出来ないが、周りには花が咲いていた。

 女の子は甘い物に弱いというリサ姉情報は、どうやら間違ってなかったようだ。

 

 

 ___

 

 

 

 カランカランとドアベルを鳴らし店内に入ると、若者受けしそうなさっぱりしたとした風景が視界に広がる。全体を白系統で纏めあげ、外からの陽の光も相まって実に爽やかだ。

 腰掛けエプロンをつけた店員が「いらっしゃいませー!」と元気良く挨拶をし、俺たちを席へと案内した。

 店員にメニュー表を二冊渡され、麻弥さんはそれをパラパラと捲る。

 そして、時折瞳をキラキラさせたかと思えば、その都度注文を重ねていった。

 もう少し俺のお財布事情も考慮して欲しい。

 

「…ふう、こんなもんすかね」

「結構食べますね…。色々大丈夫なんですか?」

「ああ、そこはご心配なく。機械いじりしてると結構キツイ体勢取るんで、気付いたら良い感じに引き締まってるんすよ」

「へえー」

 

 俺は素っ気なく返事を返して見るが、麻弥さんのドヤ顔は崩れなかった。

 今度ひまりに紹介して見ようか。

 

「それにしても神楽さん」

「?」

「女の子の扱い上手っすね」

「あはは、冗談キツイですねー…」

「冗談じゃないっすよ?紗夜さんも同じ事言ってましたし」

 

 紗夜先輩への仕返しとして、フライドポテトお預けプレイの刑を執行する事になった。

 おのれ紗夜先輩め、覚えてろ。

 

「いやー神楽さんも良い性格してるっすね〜。ここのお店、ネットで評判いいんすけど、ちょっとお値段お高めで入りずらくて…神楽さんが女の子怒らせた時の最終兵器か何かっすか?」

「あの…麻弥さんの中での俺って、どんな事になってるんですか?」

「えっと、男版薫さん…ですかね」

「えー…」

 

 俺があの薫先輩と同じと申すか、この人は。

 

「あの女たらしの薫先輩ですか?」

「あの女たらしの薫さんっす」

 

 真面目な顔で麻弥さんは返答する。

 薫先輩の扱いが酷い事になっているが、事実なので仕方ないだろう。

 

「麻弥さん、俺が女たらしなわけないじゃないですか…。仮にそうだとしたら、今頃あことイチャラブしてますよ」

「あー…そう言えば神楽さんの本命ってあこさんでしたね。どうすか?なにか進展とかはあったり?」

「特に無い…です」

「マジですか…。ジブン的には、もういつ告白してもオッケーって感じなんですけどね〜。神楽さん、凄くあこさんに好かれてるじゃないっすか」

 

 俺も麻弥さんが言った様に、もしかしたら脈アリなんじゃね?って思った事もあった。

 けれど、常日頃からあこを見ていると嫌でも分かってしまう。あこがそう言う目で俺を見ていないと言うことに。

 だから、今俺が告白をしてもあこを困らせるだけだろう。

 あこの迷惑になるような事は、絶対に避けなければならない。

 

「チキンハートには辛い所業です…」

「大丈夫っすよ。骨は拾ってあげますから」

「あ、フラれるの前提なんすね…」

「まあ、そっちの方がジブンにとって都合が良いので」

「酷い人ですねー…」

 

 俺がそう言うと、麻弥さんはニシシと小悪魔の様に笑う。

 あこにフラれると何か麻弥さんに良いことが起こるのだろうか…。

 

「…まさか、麻弥さんもあこのことを?」

「あー…そう言う結論になるっすか…。安心して下さい、自分はノーマルですので」

「そうですか…良かった」

 

 ちょっと安心した。

 もし麻弥さんが燐子タイプだったら、四角関係とか言うややこしい事になってしまう。

 これ以上ライバルが増えるのは、出来れば避けて通りたい道。

 

「ま、戦に燃える乙女達は、負ける確率の方が高くても戦わなきゃ行けないんすよ。だから、勝てる可能性に縋りつつ、負け戦に挑む。つまりは…そういう事っす。取り敢えずラスボスの魔王強すぎ…」

「恐ろしい敵ですね…」

「ちなみに敵の数はだいたい十六人くらいで、戦闘方式はバトルロワイヤルっす」

 

 それだと魔王の無双ゲーが始まってしまうのでは…。

 魔王であこを思い出したが、もしかしてあこも参加しているのだろうか。

 そうだとしたら、どうかぽっと出の魔王なんかには負けないで欲しい。

 

「頑張って下さいね。俺、応援してます!」

「…神楽さんって、鈍感系主人公物の恋愛作品って読んだ事あります?」

「ああ、ひまりに借りて少しだけ読んだ事ありますよ。ヒロイン達の好意に気付かない主人公って何なんですかね?あんなに分かりやすくアピールしてるのに…。アホなの?」

「そうっすね、ジブンも神楽さんはアホだと思います」

「え、酷くないですか?」

 

 麻弥さんは何故か頭を抱え、「はあ…」と落胆したように溜め息をついた。

 

「溜め息なんかついてると、可愛い顔が崩れちゃいますよ?」

「そう言うとこっすよ?」

「なるほど」

「理解してないっすよね?」

 

 吹けない口笛で誤魔化しておいた。

 

(ほんと…)(なんでジブンは)(こんな人を…)う〜、ムカムカするっす…」

「胃腸薬ありますよ?」

「…なんでそんなの持ってるんすか」

「麻弥さんに何かあった時の為ですよ。こんな俺でも、麻弥さんの事が大好きな人達の端くれですから。心配しちゃうんですよ」

「……そうですか」

 

 素っ気なく返して来た麻弥さんは、ふいっと目を逸らした。

 そして、口を若干尖らせながらポツリポツリと俺に向かって呟き出す。

 

「…端くれなんかじゃないっすよ…」

「え?」

「神楽さんは、ジブンにとって何よりも大切なファン0号っすから…。だから、どのファンよりもジブンを…す、好きでいてくれて良いっす。ジブンが許可するっす…」

「…はい、ありがとうございます」

 

 麻弥さんの言葉に最大限の感謝を込めて笑い返すと、当の本人は顔を赤くして俯いてしまった。

 ほんの少しだけ気まずい雰囲気が流れ、お互いに沈黙が訪れる。

 目の前の麻弥さんは、湯気が出そうな程赤くなっていた。

 

(な、なんでジブン、)(あんな事を…!)

「あの…麻弥さん?やっぱり何処か具合悪いですか?」

「うえ!?な、なんでもないですし大丈夫っすよ!?」

「そ、そうですか…」

 

 一瞬で様子がおかしくなった麻弥さんを気にかけつつ、店員が運んで来たケーキ六皿を受け取った。

 麻弥さんはケーキを受け取った瞬間、「く、食うっすよー!」とやけ食いの様にがっつく。

 お高めの店と言っていたのに、ちゃんと味わってるのだろうか。

 

「麻弥さん、追加注文して良いですからね」

「い、いや…さすがに悪いですよ…」

「気に病まないで下さいな。ファン0号として、大好きな麻弥さんに奢らせて下さい」

「っ!」

 

 努めて穏やかな態度で言うと、麻弥さんの顔色が茹でダコになった。

 

「はは、可愛い」

「本当に本当にそう言うとこっすよ…」

 

 ケーキをフォークでつつきながら、麻弥さんは消え入るような声で言う。

 麻弥さんのファンになって良かったなあ、と俺はしみじみ思った。

 

 

 




「神楽さんは、ジブンにとって何よりも大切なファン0号っすから…。だから、どのファンよりもジブンを…す、好きでいてくれて良いっす。ジブンが許可するっす…」

ここの台詞を書いてて一人悶えてました。変態ですね分かります。
次回は蘭でその次に沙綾の予定ですが、もう一人の僕が薫のデレを見たがっていたので、沙綾の前にワンクッション置くかも。

感想評価お気に入りありがとうございます。
ランキングとかは気にしてませんが、もしあったら教えてください。一人で舞い上がります。


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第10奏 魔王城の赤薔薇蘭(棘は処理済み)

ほら、みんな大好き反骨の赤メッシュだ。
しっかり味わえよ?(謎の上から目線)




 幼少期…俺は身長が低く、容姿も女の子のようだった。

 泣き虫で力が弱く、ぬいぐるみやビーズと言った可愛い物が好きな、そんな女の子みたいな男の子。

 当然、同年代の同性は俺を弄ったし、友達にもなってくれなかった。

 女の子に庇われ、女の子と一緒に遊ぶ度に、身の回りの男達は俺に異物を見る様な視線を突き刺して来る。

 そんな状況に置かれたせいか、幼い頃は人が嫌いで嫌いで仕方なかった。

 だから、親に無理矢理連れて行かれた外出先でも誰とも接する事はしなかった。

 そんな女々しい幼少時代。

 きっと誰に話しても、少しの同情と共に嗤られて、ずっと弄りのネタにさせるだろう。

 それだけ惨めで滑稽な姿だったのだから。

 でも、そんな弱くて滑稽な俺だったからこそ…きっと蘭の一番最初の幼馴染になれたのだと思う。

 

「竜介、手…握って?」

「ああ」

 

 昔は引っ込み思案で、泣き虫で、人が苦手だった─正に俺の分身のような女の子の手を握る。

 よく冷たくて怖いと言われるが、本当は素直になれないだけ。

 その手も、笑顔も、全てが仲間想いで温かいことを俺は知っている。

 

「あたしさ…なんで竜介の前でしかずっと素直でいられないんだろうね…。今日もクラスの子に素っ気ない態度とっちゃったし…。可愛いくないよね…」

「蘭も俺も新しい環境には中々馴染めないからな…。俺もこないだ男友達作ろうと思って、クラスの人に話し掛けようとしたけど、キョドった挙句図書室に逃げちまった…。最高にかっこ悪いよな…」

「竜介はカッコイイよ。あたしが保証する」

「じゃあ、蘭が可愛いことは俺が保証するよ」

 

 お互いに「ありがと」と言いながら、俺と蘭は笑い合う。

 心を開いた相手になら、蘭はこれだけ可愛いく接する事が出来るのだ。

 

「…蘭が皆に素直になったら…きっとモテモテになっちゃうな。そしたら、俺は必要無くなるのか…寂しくなるな…」

「ここまで素直なのは竜介だからだよ。竜介はあたしの特別だから…皆とは違う…特別の特別」

「そっか」

「うん」

 

 思い返せば、小さい時はよく蘭と遊んでいた。

 砂場で山を作ってトンネルを掘り、手が繋げた時にはお互いはにかんだ。

 雨上がりの日に、泥んこまみれで追いかけっこをしたのは良い思い出。

 きっと、俺にとっても蘭は特別の特別なのだろう。

 誰にも代わりは務まらない、たった一人の最高で最強の相棒。

 

「俺達、いつまでもこうやって手を繋いでいられるよな?」

「当たり前じゃん。あたしと竜介の絆は、いつまでも繋がったままだよ」

「そっか…良かった」

 

 心の底から安堵する俺に、蘭はニコッと笑いかけて来た。

 

「ねえ…竜介」

「ん、どうした?」

「…昔さ、あたしが竜介のお嫁さんになるって約束したの…覚えてる?」

「そう言えば、そんな約束もしたな。はは、懐かしい」

 

 そう俺が思い出に耽っていると、蘭が服の裾を引っ張ってくる。

 蘭の方に振り向くと、顔を赤く染めながら体育座りをして、自分の膝に顔を埋めていた。

 そして、耳を澄ましてやっと聞こえる声で蘭は呟く…

 

「…もし、さ…その約束を叶えたいって言ったら…竜介はどうする?」

「…」

「…ごめん、変な事言った。あはは…」

 

 蘭は力なく笑い…そっと繋いでいた手を離した。

 その顔は、今にも泣きそうで…寂しそうで。

 気づけば俺は、蘭の手を握り返していた。

 驚いた様子で俺の顔を見つめている蘭。

 そんな彼女に、俺は優しく微笑みかける。

 

「…あたしで…良いの?」

「むしろ、蘭じゃなきゃ嫌だ」

「そ、そっか…」

 

 蘭は照れくさそうに笑い、俺の肩に寄りかかってくる。

 

「あたしじゃなきゃ…嫌なんだ」

「当たり前だろ、俺にはお前しかいないんだから…」

「そっか…あたししかいない、か……ふふ、そっかあ♪」

 

 機嫌良さそうに体を揺らしながら、鼻歌を歌い出す蘭。

 俺は恥ずかしくなり、部屋の窓から茜色の空を見る。

 ふと、視線を感じたので振り向くと、何かを期待した目で俺を見つめる蘭がいた。

 

「良いのか?」

「あたし達、今婚約したじゃん。それとも…嫌?」

「そんな訳あるか。ほら…」

「ん…」

 

 俺が促すと、蘭は瞼を閉じる。

 無防備な唇を俺へと向け、目を見ることは出来ないが、今もなお期待した様子が伺える。

 そんな蘭の頬を優しく片手で触れ、そっと蘭の唇に自分の唇を近付けた。

 

 

 _____

 

 

 

「カアット!!」

 

 ひまりの大声と共に、カチンコのパチッ!と鳴る音がつぐみの部屋に響く。

 その音を聞くや否や、蘭は俺から音の速度で離れていきベッドの上で毛布に包まり出した。

 何かブツブツと呟いていたが俺はスルーし、ひまりに呆れた視線を向ける。

 

「ひまり、満足したか?」

「大大大満足だった!はあ…好き…」

「そうか…」

「じゃ、次のシーン行こっか」

「…まだあるの?あたしもう無理…」

 

 ひまりの一言に、蘭はギブアップの姿勢を示す。

 そんな蘭に向かって、ひまりは必死に両手を合わせ演技続行のお願いをしていた。

 

「お願い!あと少しで見たかったシーンが全部揃うの!」

「漫画読み返せば良いじゃん…」

「動いてる所が見たいの!映画だとカットされてたんだもん!」

 

 ひまりが何をお願いし、俺と蘭が今まで何をしていたのか。

 事の発端は、お気に入りの少女漫画の実写映画を見てきたひまりが浮かない顔で羽沢珈琲店に訪れた事からだった。

 なんでも、CMだと原作ストーリーで実写化と謳っていたが、実際に見に行ったら映画オリジナルストーリーが混ぜられており見たかったシーンが幾つかカットされていたらしい。

 なので、見たいシーンを実写再現しようと俺達に頼み込んで来たので、仕方なく付き合っていた。

 

「らーんーおーねーがーいー!」

「他の人にしてよ…」

「蘭がメインヒロインに一番似てるんだもん!演技も上手いし…」

「結構ノリノリだったな。普段からあんな感じでいれば良いのに」

 

 俺がそう言うと、丸まった毛布から蘭の足だけ生え、俺の肩を容赦なく蹴る。

 意外と痛かった。

 

「…俺と二人きりの時はほとんどあんな感じ…と言うよりあれより酷いじゃん。何を今更恥ずかしがるのさ」

「皆の前では恥ずかしいの!」

「可愛い」

 

 また蘭の蹴りが飛んで来た。

 それ以降蘭は喋らなくなり、ひまりにも返事をしなくなった。

 演技が続けられなくなり、ひまりは少し困ったようにしていたが、すぐさまニヤッとした悪い笑顔を浮かべながら俺の方へと視線を向ける。

 

「あ〜あ〜残念だな~、じゃあ次のキスシーンは私がやっちゃお〜っと」

「…どうせ嘘でしょ?」

「バレたか」

「で、次のシーンはなんなんだ?」

「えっとね…竜介が蘭に膝枕して…」

 

 ひまりが言った瞬間、膝の上に重みを感じた。

 どうやら蘭が戻って来たようだ。

 さすが膝枕依存性患者。

 

「ひまり、続き始めるよ」

 

 蘭は無表情だが、その瞳だけは輝いていた。

 

「お前…こう言う時の行動は速いな…」

「別に…。てか、竜介があたしをこんな風にしたんじゃん」

「そう言えばそうだったな。で、皆いるけど何かするか?」

「じゃあ頭撫でて」

「あいさー」

 

 指示通り頭を撫でると、蘭は気持ち良さそうに笑みを零す。

 そんな蘭の様子を見て、ひまりはあわわと口元に手を当てていた。

 

「蘭がツンツンしてない!?」

「ひまり、うるさい…」

「やっぱりツンツンしてた!」

 

 相も変わらずひまりは騒がしい。

 そんなにデレた蘭が見たきゃ見せてやろう。

 ツンデレがデレを見せる時、だいたいその破壊力は核兵器並なのだ。

 

「竜介、手握って」

「おう」

「竜介、好き」

「俺も好きだぞ」

 

 ニマニマ笑いで蘭は好き好き言ってくる。

 

「蘭、そろそろやめないと止まらなくなるぞ?」

「別に良い」

 

 あっけらかんとした様子で蘭はそう言った。

 残念ながら手遅れだったらしい。

 

「竜介、キスして」

「それは無理」

「むう…」

 

 頬を膨らまし、子供の様に拗ねる蘭。

 膨らみほっぺを見ると空気を抜きたくなる俺は、何かの病気なのだろうか。

 

「えい」

「ぷふっ…竜介?」

 

 プスっと空気を抜くと、今度は何も言わずに頬を膨らます。

 そしてもう一度俺がプスると、顔を逸らしてしまった。

 

「はは、悪い悪い。蘭のほっぺが柔らかそうだったから、つい」

「竜介だから許す。ぎゅ〜」

 

 お腹に顔を埋め、強めに蘭は抱きついてきた。

 時折、『すう〜』と長く空気を吸う音が聞こえて来る。

 どうやら蘭が俺の匂いを嗅いでいるらしい。

 お腹がくすぐったかった。

 

「誰だよお前…」

 

 おそらくこの光景を見た人全員が言うであろうセリフを、ひまりが代弁してくれる。

 

「ひまり、キャラが崩れてるぞ」

「いや…だって、ねえ?ほんと、どうなってるのそれ?十年近く蘭といるけどこんなの見た事ないよ?」

「これな、幼児退行してるんだ」

「幼児退行…」

 

 何故蘭がこんな事になるのか。

 その原因は、俺と蘭の幼少期にある。

 蘭と初めて出会ったのは、年中時代の春。

 互いにクセのある者同士だったせいかすぐ意気投合し、遊ぶ時も食事の時も、時にはお風呂も一緒だった。

 そして、小さい頃から人のために何かをするのが好きだった俺と、昔から両親が厳しく素直に人に甘える事が出来なかった蘭が奇跡のコラボレーション。

 蘭が隣にいる時は必要以上に甘やかし、愛でて愛でて愛でまくったのだ。

 その結果がこれである。

 

「蘭の中にある『甘える』って言う本能が、俺に対してのみ強く働くようなった。で、本能に染み付いちゃったから、心が成長した今になっても少し甘やかせばこうなっちまう。正直俺もびっくりしてる」

「癖みたいなやつって事で良い?」

「まあ、その認識で大方合ってる。蘭も気付いたら膝枕されてたって言う時があるらしいし」

「うわぁ…」

 

 幼馴染の知らない一面を知って、ひまりは若干引いていた。

 

「可愛いだろ?」

「ちょっとギャップが激しくてついて行けない…」

 

 ギャップ萌えは行き過ぎると困惑の種になるらしい。

 なんて事を考えながら蘭の頭を撫でていると、腕の裾をくいくいっと引っ張られる。

 

「竜介竜介」

「ん、どうした?」

「結婚して?」

「ぐはっ!?」

 

 満点青空スマイルでの「結婚して?」が破壊力抜群だったのか、ひまりが吐血(の真似事)をしていた。

 初心者に対しては効果抜群だが、残念ながらこの幼蘭状態を何度も見てきた俺にとってはかすり傷にもならない。

 

「ひまり、頑張れよ」

「なんで竜介は平気なの…」

「見慣れてるからな。ひまりもあと五十回ぐらい見れば慣れると思うぞ?」

「私に死ねと?」

 

 なんて大袈裟なのだろう。

 俺の頬を両手でぺちぺち触る蘭をあやしながら、俺はそんな事を思った。

 

「りゅうすけ〜だ〜いすき〜♪」

「そっかー俺も大好きだよ」

 

 滑舌に拙さが出始める。

 俺の膝枕で寝ているのは蘭の姿をした幼女と言っても過言ではないレベルにまで達していた。

 

「りゅうすけ〜」

「今度はなんだ?」

「しあわせ〜」

「…そうか」

 

 うつらうつらとした目で微笑みながら、ろり蘭は俺に幸せを囁いた。

 今の言葉は少し俺にもクるものがある。

 

「ふふぁ〜…ねむ〜い…」

「ああ、おやすみ」

「うん…おや…すみ〜……」

 

 俺にそう告げると、蘭から規則正しい呼吸音が聞こえ始める。

 幼児退行した蘭は、寝付きが通常時の二倍良くなるのだ。

 

「竜介…終わったの?」

「ああ、あとは目覚めればいつも通りの蘭に戻ってるよ」

「そっか…良かった」

「まあ、面白いのはこれからだけどな」

 

 蘭の寝顔を見ながら、これから起こる事を想像する。

 ひまりが訝しげに首を傾げていたので、俺は吹き出しそうなのを堪えて教える事にした。

 

「竜介…凄く悪い顔してる…。それで、これから何が起きるの?」

「えっとな、実はこの幼児退行…脳の記憶能力の方はしっかり働いてるんだわ」

「……え?」

 

 当たり前と言えば当たり前だろう。

 無意識にやっているとは言え、それは一部分のみ。

 動かした体も、話した言葉も、脳がしっかり指示して出したものなのだ。

 つまり…

 

「…幼児退行した蘭が発した一挙一動、一言一句…正気の蘭は覚えてる」

「つらたにえん…」

 

 この後目覚めた蘭は、あまりにも酷過ぎる羞恥の事実に苦しめられるだろう。

 ひまりもそれを察したのか、蘭に向けて合掌していた。

 

「まあ、蘭は後で苦労するから良いとして、今は竜介が頑張ってね」

「なんで俺?」

「そこ、見て」

 

 ひまりは言いながら部屋の入口を指さす。

 そちらを見ると、物凄いニッコリとした威圧的な笑顔をしているつぐみに、ジト目で頬を膨らまし「むう〜…」と唸るあこがいた。

 

「竜介君、ちょ〜っとお話しようか?」

「えっと、つぐみ…さん?いつもの天使具合はどこへ?」

「りゅう兄のあほぽんたん!変態!」

「あこはいつも通りか」

 

 今日もあこはラブリーキュート。

 

「ま、頑張ってね竜介。私はコーヒー飲んでくる」

「ひまりの薄情者ー、胸デブー」

「…つぐ、やっておしまい」

「わかったよ!ひまりちゃん!」

「やっべ…」

 

 つぐみの殺る気にブーストがかかってしまった。

 

「うふふ…楽しくなりそ♪」

「やばたにえん…」

 

 つぐみのオニオコ説教の幕が切って落とされた。

 ていうか、二人は何故機嫌を損ねたのだろうか。

 それと、先程からあこがずっと腕に抱きついているのだが一体どうしたと言うのだろ─

 

 

「──りゅう兄はあこのだもん……誰にも…渡さないもん…」

 

 

 取り敢えず俺を殺そうとしているのは理解出来た。

 

 




プスるって造語が意外と便利なの。どんどん使って?
羞恥で悶える蘭ちゃんは皆の心の中にいるのよ!


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第11奏 儚さかおる、運命の王子様

感想があと一件でちょうど三十件になるの!でもどんどん超えて!




 俺こと神楽竜介の朝は早い。

 朝の四時半に起床し、その日の自分とあこの分の弁当を作る。

 自分の弁当に入れる具材は昨晩の残り物や冷凍食品などだが、あこの分はその日に手作りするのが俺の拘り。好きな人にみっともない弁当は渡せない。

 正直に言えば、あこのために早起きしている節がある。これぞスパダリ力。

 午前七時半、髪の所々が寝癖で跳ねたあこが起床。そして、前開きのボタン式パジャマのボタンをずらした状態であこは二階から下りてくる。

 いの一番に俺への朝の挨拶を済ませた後、洗面所で軽く身だしなみを整えいざ朝食へ。

 両手を合わせ、お互いに食事の挨拶を交わしたのち、あこは自家製手作り食パン(山吹家直伝&イチゴジャム付き)を一口…

 

「…おいひい…♪」

 

 もうこれだけで死ねる。

 幸せそうな笑顔でパンを頬張るあこを見つめながら、俺はそんな事を思う。

 あこに悟られないよう平静を装いつつ、テレビの電源を入れた。

 

「あ、そうだあこ、今日は弁当忘れるなよ?」

「さ、さすがのあこも四日連続で忘れたりしないよ…多分…」

「そこは自信持って言って欲しいなー…」

 

 黙々と食パンを食べながら、あこは俺から目を逸らす。

 実はこの魔王様、三日連続で弁当を忘れているのだ。

 その度に俺は学校を遅刻して届けに行くが、「同棲相手が弁当忘れたので届けに行ってました」と説明すると、恋愛モノが大好物な事で有名な俺の担任が、発狂しながら遅刻を取り消してくれる。

 そして、有咲に遠目から睨まれた後、舌打ちさせるまでがワンセットなのだ。

 

「そう言えばさ、あこ」

「?」

 

 ふと思い返すと、ここにあこが来てからかなり日にちが過ぎた事を実感する。だが、そもそもあこがここに居座る原因となった問題はどうなったのか。

 俺はそれが気になり、首を傾げるあこに尋ねた。

 

「巴とはどうだ?仲直り出来そうか?」

「…昨日、電話で仲直りは出来た……と思う」

「……そうか」

 

 素っ気なく返したが、俺の心中は穏やかではない。

 仲直りしたと言う事は、ここにいる理由がなくなったと言う事。

 つまり、もうあこと暮らせないと言うわけで…。

 何気なく聞いた話題だったが、まさかそのせいで自滅する事になるとは。

 でも、お別れ会はケーキ作ろうかな、なんて考える自分もいてしまう。

 

「えっと、巴は戻ってこいとかは言ってたか?…って言ってもあこがそっちの方が良いに決まってるか。自分家の方が落ち着くよな…」

「え?……あ、う、うん…」

 

 気まずそうにあこは俯いた。

 

「あ、あのね…りゅう兄…」

「…おう、どうした」

 

 モジモジしながら何処か照れくさそうにして、あこは言ってくる。

 

「あこ…ここに居たい…」

「…え?」

「あ、あと一日だけでも良いから…りゅう兄のところに居たい……ダメ、かな?」

 

 瞳をうるうるさせながらあこは懇願してきた。

 俺としては別にいくらでも泊まってくれて良いのだけれど、なんと言えば良いのだろうか…。

 以前のあこなら、こう言ったお願いは元気よく頼み込み、拒否権なんて貫き壊す勢いで言って来たのだが…。

 俺がそんな疑問を持ちながらあこを見ていると、断られるとでも思ったのか、落ち込んだ様子であこは呟き出す。

 

「…あこもね、ワガママ言ってるのは分かってるの…。で、でもね…最近、変なんだ…」

「変?」

「うん…。あこ、今凄くりゅう兄の傍にいたくて仕方ないの…。だから…その…りゅう兄から離れたくない…」

「…」

 

 含羞を帯びた笑みで俺に告げるあこだが、俺が何も言わないのを見て、再び落ち込んでしまう。

 

「や、やっぱり迷惑だよね…。へ、変な事言ってごめんなさい…」

 

 あこは食べ終わった食器を重ね、しょぼんとしながら席を立った。

 …何故、俺が断った雰囲気で話が進んでいるのだろう。

 

「いいよ」

「…え?」

「あこの気が済むまで、ここに居ていいよ」

「!」

 

 俺がそう言うと、あこは表情が途端に明るいものになった。

 

「にひひ♪ありがと、りゅう兄」

「どういたしまして。ほら、そろそろ準備しないと遅れるぞ?」

「うん!」

 

 元気よく返事をしたあと、トテトテと階段を上っていく。

 あこがいなくなったのを確認し、俺はその場で「だあ〜…」と大きく息を吐いた。胸の辺りからはバックンバックンとやたらうるさい鼓動が聞こえ、急速に顔が熱くなる。

 先程のあこはなんと言うか、こう…やばいの一言でしか言い表せほどの魅力を持っていた。

 何さ、「りゅう兄から離れたくない…」って。リアルに惚れてまうやろ…いやもう惚れてるけどさ…。

 

「ほんと…強すぎないかあの魔王様…」

 

 この世にあこに勝てる存在が是非とも見てみたい。

 なんて事を考えていると、階段の方からまたドタドタと慌ただしい音がしたので、俺は再び気を引き締める。

 

「りゅう兄!行ってきます!」

「ああ、いってらっしゃい」

 

 玄関がガチャリと開き、あこは家を飛び出して行く。

 あこを見送った後、俺は自分の食器を重ねて台所に持っていった。

 

「…あ、弁当」

 

 ふと目に入ったのはカウンタに置かれた二つの弁当箱。

 どうやら今日も担任を発狂させる事になるようだ。

 

 

 ___

 

 

 

 なんて事が今朝にあったため、俺は羽丘学園高校に続く道を歩いている。

 アホみたいに長い回想で申し訳ないが、それだけ鮮明に覚えてしまう程、俺にとってはショッキングな出来事だったのだ。

 

「今日も遅刻確定だし、ゆっくり歩くか」

 

 通り過ぎる自動車。

 見慣れない方向から見る見慣れた建物達。

 遠目に見える羽丘学園高校。

 耳をすませば、背後から「パカラッ、パカラッ」と馬が駆ける音が聞こえる。

 

「…ん?馬?」

 

 あまりに自然な流れだったのでスルー仕掛けたが、その不自然さに気づき俺は振り返る。

 そこには、白馬に乗った王子様のような女子高生が、その艶やかな髪を馬の尻尾と一緒に靡かせながらこちらに向かって来ていた。

 

「おや?ロミオじゃないか。こんな所でどうしたんだい?」

「あーちょっと羽丘に用事がありまして。薫先輩は遅刻しそうなんですよね?シルバーに乗ってる所を見ると」

「ああ…ロミオ、私の事は気軽にジュリエットと呼んでくれと言っているじゃないか。まあ、君の問いに答えを出すならイエスだね」

「なら急いだ方が良くないですか?」

 

 首元にフンスフンスと鼻息を吹きかけてくるシルバーを宥めながら、俺は薫先輩に提案する。

 

「ふふ、ロミオの言う通りだね。そうだ、どうせなら乗って行くと良い。シルバーも久びさに君と会えて張り切っているようだしね」

「え、良いんですか?なら、お言葉に甘えさせていただきますね。それと薫先輩」

「ん、なんだい?」

「手綱借りますね」

 

 薫先輩より後ろに跨り、頭絡から伸びる手綱を握る。

 右手に手綱、左腕で薫先輩を背後から抱き抑え、操縦権を奪った。

 

「ロミオ?これだと私が何も出来ないのだが…」

「悪いですね薫先輩。俺は黙ってお姫様に運ばれるほど男が廃れていないので。だから大人しく俺に運ばれて下さい、ジュリエット」

「…悪い王子様だよ。君は」

「俺様系王子なんて、そこら辺探せばいくらでも出て来ますよ」

 

 むしろ大人しめの王子が出てくる話を見てみたい。

 俺はシルバーを操縦しながらそんな事を思った。

 

「シルバー…少し逞しくなりましたね」

「ああ、きっと鍛えて君に会いに行こうとしていたんだよ。シルバーが自らの意思で鍛え始めたのは、ロミオが花咲川に移ってすぐだったからね。主のために己を磨く白馬…ああ、なんて儚いんだ!」

「まあ、所有権は羽丘学園高校が持ってますけどね」

 

 ムードもへったくれも無い。

 でも、ここまで懐いてくれると感慨深いものがある。

 これが儚いと言うものなのだろうか。

 

「いつかまた、シルバーと薫先輩と俺の三人で演劇やりたいですね」

「ふふ、いつか出来る時が来るさ。何なら演劇部の助っ人と言う扱いで私が呼ぼうかい?」

「あー、それいいですね。じゃあその時は夢想少女どり~む☆かおるんの衣装も持って行きますね」

「…そっちは遠慮したいかな」

「ええ〜良いじゃないですか。せっかくシルバー用のユニコーン衣装も作ったのに…」

 

 夢想少女どり〜む☆かおるんの何がいけないのだろう。

 衣装の色もピンクが苦手と言っていたので紫と白にしたし、脚本も大人から子供まで楽しめるよう笑いあり涙ありのストーリー性抜群のモノに仕上げたのだが…。

 ちなみに、必殺技は武器形態に変身したユニコーン(シルバー)に全魔力を注いで放つ『一点突破マジカルスピアー』である。因果逆転のこの技は、必ず相手の心臓を貫き抉る、文字通り必ず殺す技なのだ。

 

「やっぱり必殺技に派手さがないから嫌ですかね?一応他にも、敵を体の内側から爆発四散させる『プラズマプロミネンス』とかもありますよ?内臓とかも飛び散ります」

「いや…私が言いたいのはもっと根本的な事なのだけれど…。というか、必殺技の設定に君の闇を感じるんだが…」

「そうですかね?」

 

 あこの喜ぶ顔を思い浮かべながら、設定を盛って盛って盛りまくった思い出の技達なのだが。

 まあ、薫先輩が気に召さないならしょうがないだろう。

 

「そもそも、そんな私を誰が見たがるんだい?」

「俺は結構見たいですよ?薫先輩可愛いですし」

「…突拍子もなくそう言う事言うのはやめてくれるかな」

「照れてます?」

「…」

 

 薫先輩は無言で俯いた。

 

「…そう言えば、ロミオは我が校に何しに行くんだい?」

「話題転換下手ですね」

「泣くよ?」

「すみません」

 

 羽丘学園高校第二学年に所属している瀬田薫先輩には二つ弱点がある。

 一つ目は高い所。

 二つ目は─

 

「薫先輩って弄りがいありますよね。そう言う所ポイント高いです。素直に可愛いって思います」

「ほ、本当にやめてくれないかい?」

 

 ─恐ろしいほどに押しに弱い所。

 

 褒めると顔を赤くして、絶対目を合わせてくれなくなるのだ。

 いつもはグイグイ女の子を口説くのに、その仮面を無理やり剥がせば可愛らしい乙女の顔が出てくる。

 こんな素晴らしい性格をしてるのに、弄らないで放っておくなんて薫先輩への冒涜だと俺は思う。

 きっと薫先輩は、俺に弄られるために生まれて来たのだろう。

 

「運命ってほんとにあるんですね」

「ロミオ…いや、竜…もう限界だから本当にやめて欲しい…。ほら、もうすぐ学校に着くよ?」

 

 片手で顔を隠し、マックス照れりんこしている薫先輩は俺にそう告げる。

 薫先輩の言う通り、羽丘学園高校の正門が見えて来ていた。まだ門は閉じてないので、時間の方は大丈夫そうだ。

 

「…久々の羽丘だし、どうせなら目立ちたいな。あ、そうだ、薫先輩」

「…何かな?今とても嫌な予感がしているんだが…」

「俺にお姫様抱っこされて下さい」

「…へ?」

 

 いつものカッコつけた表情は無く、そこに居たのは驚愕の色に顔を染める普通の女の子だった。

 正門をくぐった所でシルバーの歩度を詰め、薫先輩の体勢をお姫様抱っこの状態に抱き替える。

 それからすぐ、こちらの様子に気付いた生徒達が一瞬情報過多によるフリーズを起こすが、すぐさま黄色い声をあげ写真を撮り始めた。

 

「ほら、見て下さい薫先輩。皆が俺達を見てますよ!俺と薫先輩…二人っきりの演劇舞台です!」

「私にとってはただの処刑場だよ…」

 

 腕の中の薫先輩は、せめてもの抵抗としてなのか俺の胸に顔を埋めていた。

 耳の先から体の熱さまでの全ての機能が恥じらいの念へと利用され、薫先輩を乙女の姿へと染め上げる。

 

「…竜はスイッチが入ると、私以上の役者になるね…」

「薫先輩といる時限定ですけどね。お姫様がいて、初めて王子が引き立ちますから。きっと俺達、最強のコンビですよ。という訳で、今度どり〜む☆かおるんをやりましょう!」

「何が、と言う訳なんだい?私はやらないからね?」

「ワガママですねー。まあ、お姫様はワガママなぐらいがちょうど良いのかな?」

 

 ニコっと微笑みかけると、薫先輩は俺からふいっと目を逸らした。

 

「…君は最高の女たらしだよ……」

「薫先輩がそれ言います?」

 

 こんなに乙女可愛いのに、どうしてフリフリ魔法少女ドレスを来てくれないのか俺には全く理解出来ない。

 

「…どり〜む☆かおるんの衣装、一回クリーニングに出しとくか」

「だから着ないよ?」

 

 強い意思の灯った俺の心には、薫先輩の言葉は入らない。

 衣装を着た薫先輩の姿を想像しながら、俺はカメラのフラッシュという名のスポットライトで照らされた道を歩く。

 だが、昇降口まで辿り着いた所で、めっちゃ良い笑顔のつぐみにストップをかけられてしまった。

 

「…竜介君、何してるのかな?ここは羽丘だよ?」

「あ、いえ…野暮用で来ただけなんで…いやほんと遊んでたとかではなく、これは薫先輩と俺のサプライズ劇団的なあれで…」

「竜介君?」

「…はい」

 

 激おこ堕天使ツグミエルは、今日も説教の笑顔が咲う。

 

「お説教が必要みたいだね?」

 

 薫竜介劇場─これにて閉幕である。

 

 

 

 ___

 

 

 

 

「見て見て、今朝の竜介結構話題になってるよ」

「『羽丘のスパダリプリンス再来』…ひ〜ちゃん何これ〜?」

 

 竜介が羽丘に訪れた日の昼休み、Afterglowのメンバーにあこを加えて昼食をとっていた。

 ひまりが見せるスマホ画面には、今朝の竜介の様子が事細やかに書かれている。

 

「ほら、竜介ってこっちにいた頃は演劇部入ってたじゃん?しかも人気あったし」

「まあ、そうだけど…これって不法侵入…」

「ほら、竜介だから!」

 

 蘭の素朴な疑問にひまりは答えになってない答えを返した。

 各々がスマホの画面に反応を示しながら、自身の昼食を取り出す。

 

「いただきます……〜♪」

 

 だが、たった一人だけそんな話題には目もくれず、弁当を頬張る少女がいた。

 

「おいひい♪」

 

 宇田川あこである。

 竜介の料理の匂いを周囲に撒き散らしながら、そんなの気にせずパクパクと箸を進める。

 そして、そんな料理の匂いに気づき、またある一人の少女があこに近寄った。

 

「…ねえ、あこち〜ん」

 

 青葉モカである。

 

「ん?どうしたのモカちゃん?」

「随分気合いの入ったお弁当だけどさ〜もしかしてそれ作ったのって〜」

「りゅう兄だよ?」

「「!?」」

 

 あこの一言に、蘭とつぐみの肩が跳ねる。

 そして、その視線をあこから巴へと移し、一瞬でゼロ距離まで詰め寄った。

 

「巴ちゃん!なんであこちゃんが竜介君が作ったお弁当持ってるの!?あこちゃんとは仲直りしたんだよね!?あと私も欲しい!」

「あれ、言ってなかったか?今日からまたしばらく竜介の家に泊まる事になったんだよ」

「もうただの同棲じゃん!巴はそれで良いの!?あとあたしも竜介に弁当作って貰いたい!」

「落ち着け二人とも。それと願望漏れてる」

 

 蘭とつぐみの連携プレーにより、前後に揺さぶられる巴。

 ここ十年で巴は初めて幼馴染達に対し、面倒臭いと言う感情を持った。

 そんな二人にひまりレフェリーが静止をかけ、二人は渋々引き下がる。

 

「悪い、ひまり」

「いや…うん、別に大丈夫。まあ、私も結構驚いてるけど。その…良いの?あれだけあこちゃんと竜介を二人きりにしないように頑張ってたのに…」

「アタシもそろそろ腹括らなきゃなって思ってさ。元々裏でコソコソやる性格でもなかったし。それにさ…」

「?」

 

 そこまで言った後、巴はあこの方に視線を移した。

 

「あこち〜ん、お弁当一口貰って良い〜?」

「良いよ!はい、あーん…」

「あ〜ん」

 

 あことモカのやり取りを見ながら小さく微笑み、視線を戻す。

 少し遠目から羨望の眼差しを向けていた蘭とつぐみは見なかった事にした。

 

「あこが幸せそうだからな。それを壊すのは、姉としてやっちゃいけない事だと思う」

「巴…なんて良いお姉ちゃん…」

「でも竜介に渡すのは癪に障るけどな、本当に癪に障るけどな!」

「意外とそうでもなかった…」

 

 巴はひまりに呆れた視線を向けられた。だが、本人は気にしない。

 そんな巴に一通のメールが入る。差し出し人を見ると『神楽竜介』の四文字。内容を確認した後、巴はスマホをポケットにしまい、あこの下に向かった。

 

「あこ、ちょっと良いか?」

「どうしたのお姉ちゃん?」

「竜介から伝言だ。『次弁当忘れたら、毎食ピーマン食べて貰うからな』だってさ」

「うぐっ…ピーマンかー…」

 

 頭の中で思い浮かべたピーマンに厭悪の感情を抱くあこ。

 そんなあこに巴は溜息をつく。

 

「あこ、その弁当は竜介があこの事を想って作った物だ。忘れるなんて失礼だぞ?」

「ご、ごめんなさい…。で、でも素で忘れたのは今日だけなの!」

「…今日だけ?今まではわざとだったのか?」

「あっ…」

 

 しまった、とでも言いたげにあこは目を逸らし、弁当をパクつき始める。

 そんなあこの頭を巴は鷲掴みにし、アイアンクロー状態でその場に無理矢理立たせた。

 

「あこ?どう言う事だ?」

「ち、違うのお姉ちゃん!嫌がらせとかじゃないの!あこ、りゅう兄の事大好きだもん!」

「…じゃあ、なんでだ?」

「え、えっとね…」

 

 アイアンクローから解放されたあこは、両手の人差し指をツンツンさせながら恥ずかしそうに語り出す。

 

「あ、あこがお弁当忘れると…いつもりゅう兄が教室まで届けに来てくれるの」

「なるほど、それで?」

「りゅう兄からお弁当を受け取ってから、少しだけお話出来る」

「まあ、そうだな」

 

 あこが答える度、巴は相槌をうつ。

 その様子を見ていたひまりは何かを察したのか、即行で自販機からブラックコーヒーを五本買って戻ってきた。

 皆がひまりの行動に疑問を抱く中、あこは照れながらボソッと呟く…

 

「…あこね、その時間が好きなの…。ほんのちょっとの間だけど、学校でりゅう兄と会えるから…。こうすれば、りゅう兄と学校でも一緒に居られるから。だから、わざとお弁当忘れてきてた…」

 

 そう言い終えると、何処か後悔の念を感じさせる雰囲気を出しながら、唇を若干尖らせてあこは俯いた。

 

「ちょっとだけ…寂しかったんだ…」

「そうか…。でも、今日で最後にするんだぞ?」

「うん、もうりゅう兄に迷惑かけるのやめる。あこ、甘え過ぎてた」

「ちゃんと反省してるなら良い。今回は竜介には黙っておいてやる。次は無いからな」

「ありがと…お姉ちゃん」

 

 あこの心境を察せない巴でもないので、ポフっと優しくあこの頭を撫でた。

 

「帰ったら竜介にちゃんとお礼言うんだぞ?」

「うん、分かった…」

「ふう…」

 

 ちょっと窮屈な空気が流れたせいか、巴は場を和ませるように一つ溜息をつく。

 ふと、視線をずらすとひまりがブラック缶コーヒーをガブ飲みする光景が目に入り、皆もそちらに気を取られている事に気付いた。

 

「アタシの気遣い返せよ…」

 

 巴はジト目で幼馴染四人を見つめる。

 まあ、あこの身勝手さを自覚させる事が出来ただけ良いか、と内心無理やり納得した。

 もう一度あこの方を見ると、竜介から貰ったお弁当を大事そうに膝の上に乗せて、食事を再開している光景が目に入る。

 その顔は優しさや感謝と言ったモノで溢れかえっており、満ち足りた表情だった。

 

「にひひ…♪やっぱり美味しい…♪」

 

 きっと、あこにこんな幸せそうな表情をさせられるのは竜介だけだろう。

 巴はそう悟り、妹離れと言う言葉を頭の隅に入れておく。

 

「─ありがと、りゅう兄」

 

 ワガママの限りを尽くした今回のあこの姿は、正しく魔王だったと思う。けれど、そんな姿を晒しても関係が壊れない相手を見つけた辺り、もしかしたら本当に運命なんてものがあるのかもしれない。

 柄にもなくそんな事を考えた巴は、ひまりからコーヒーを一本受け取り、今し方思った事を流し込むようにそれを一気に飲みほした。

 

 

 




夢想少女どり〜む☆かおるんと羽丘のスパダリプリンスという言葉に一人ツボってましたごめんなさい。

あこ回に見せかけた薫回…に見せかけたあこ回。
薫君のデレが上手く思い浮かばなかった…。修行が足りない。


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第12奏 風邪を引いたらパン屋が来た件


感想評価気軽に送って良いんだよ!(期待に満ちた眼差し)


 前略、風邪を引いた。

 

「喉痛え…」

「りゅう兄、大丈夫?」

「悪いな、心配かけて…」

「ううん、平気だよ。あこに出来る事があったらなんでも言ってね!」

 

 幸いなのは、今日が土曜日だった事だろう。

 あこが家に居られるおかげで、掃除や洗濯などの家事を全部やって貰う事が出来た。

 俺の負担は料理だけで済む。本当にありがたい。

 

「そうだ…夕飯の材料、切らしてたんだ…。あこ、頼めるか?」

「うん!任せて!」

「サンキュな…。一階のテーブルに、財布とか買い物バッグとか置いてあるから…よろしくな。あ、鍵は絞めなくていいから…」

「分かった!じゃあ、行ってきます!」

「おう…行ってらっしゃい…」

 

 トテトテと俺の部屋から出て行ったあと、しばらくしてから玄関の開く音が聞こえて来た。

 どうやら、無事に財布などは見つけられたようだ。

 

 ─おやつは千円までって伝え忘れたな…。

 

 なんて事を思いながら、俺はベッドから身体を起こし一階に下りる。

 リビングに入ると、何故か部屋がいつもよりキラキラしているように見えた。

 台所には、あこが朝食時に使ったであろう食器がきっちりと並べられ、洗濯物を見てみると、下着の周りをタオルで囲って干す主婦テクが活用されていた。

 あの魔王様、無邪気そうに見えて実は嫁力が高いのではないだろうか…。

 仮に、これが女の人の本能なのだとしたら、俺は一生女には勝てないだろう。

 

 ─ピンポーン。

 

 突然、そんな音が部屋に響く。

 あこは家の鍵が開いている事を知っているだろうし、こんな午前に来るとしたら通販とかだろうか。頼んだ記憶は全くないが。

 様々な考察をしながら、俺は玄関のドアを開けた。

 

「おはよう、竜介…って、寝てなきゃダメじゃん。風邪引いてるんでしょ?」

「沙綾…なんでここに…」

「さっきお使い途中のあこに会ったの。で、事情全部聞いた。取り敢えずお邪魔させて貰うね」

「え…ちょっ…」

 

 俺の了承無く、沙綾はズカズカと家に入ってくる。

 テーブルの上に荷物を乗せた後、台所やベランダなどを見て回っていた。

 

「…巴から聞いてたけど、本当にあこと一緒に暮らしてるんだね」

「おう、めっちゃ幸せだぞ」

「……変な事してないよね?」

「しねーよ…」

 

 真面目な顔でなんて事を聞いてくるのだろうか。この幼馴染は。

 

「もう、諦めるしか無いのかなー…」

「何を諦めるんだ?」

「ううん、こっちの話。というか、竜介は寝てなくて良いの?」

「少し家の中うろちょろしてたら回復してきた。まあ、元々大した風邪じゃなかったし」

 

 熱も微熱だったし、このまま安静にしていれば夕飯までには回復するだろう。

 

「それにしてもさ」

「ん、なんだ?」

「竜介が風邪引いたのって、もしかして過労…」

「…じゃないからな?俺が風邪引いた原因は、ちゃんとしたウイルスによるものだ」

 

 俺が言うと、沙綾は「ちぇっ」と残念そうな顔をした。

 沙綾に散々休め休め言っておいて、自分が過労で倒れる…なんて醜態を晒さないよう日々の過ごし方には気をつけている。

 

「で、結局沙綾は何しに来たんだ?」

「…お見舞い、かな?一応、パン持ってきたよ」

「風邪引いた時にパンって大丈夫なのか?」

「さあ?でも、今の竜介なら大丈夫でしょ」

 

 バッグの中から、パンが入っているであろう紙袋を取り出し、沙綾は俺に渡してくる。

 紙袋の中には、カレーパンとチョココロネが二個ずつ入っていた。

 

「これ、山吹ベーカリーの人気メニューじゃん。良いのか?」

「あー、うん…。ぶっちゃけ、ポイント稼ぎ的な面もあるから。まあ、もうただの悪あがきだけど…」

「ポイント稼ぎ…悪あがき…?」

「竜介には分かんないよね〜…」

 

 沙綾は、深くため息をつきながら呆れていた。

 ポイント…得点?

 何かの勝負でもしているのだろうか。だとしたら悪あがきと言う言葉にも納得がいく。

 

「…諦めたらそこで試合終了だぞ?」

「残念だけど、諦める前から試合は終了してるよ」

「出来レースは悪い文明って文明破壊お姉さんが言ってたぞ?」

「何その物騒な女の人…。てか、竜介は女の人なら誰でも手をだすんだね…」

 

 沙綾がなにか可愛い誤解をしていたので、頭を撫でて置くことにした。

 いつも通りお顔真っ赤である。

 

「…竜介は、本当に女の子の扱いが得意だね…」

 

 沙綾にまでその情報が言っていたのか。紗夜先輩め、なんて罪深い。

 今度、人参丸ごと一本食いの刑に処そう。いや、さすがに可哀想だから茹でてすり潰すぐらいはしといた方がいいか。

 

「急に考え込んでどうしたの?」

「紗夜先輩にどうやって人参食べさせようか考えてた」

「なんで今?」

 

 今だからこそである。

 

「紗夜先輩…なんで俺が女の子の扱いが上手とか言うデマ情報流すかなぁ…。俺なにか嫌われる事したっけ…」

「…流すも何も、それ以前からもう皆に知れ渡ってるよ?」

「は?嘘だろ?十年弱あこ一筋でいるのに?……いや、無いだろ、そんな不埒な事してたらあこに愛想尽かされちまう」

「いや…うん…普通はそうなんだけどさ。いや、なんでだろうね…おかしいなぁ…変だなぁ…」

 

 沙綾が突然稲川淳二のモノマネを始めた。

 

「まあ、何?竜介の女たらし度はかなりヤバいよ。だから有名になってるし。知ってる?商店街で神楽竜介って名前出すと、皆口を揃えて女たらしって言うんだよ」

「それはヤバいな…」

 

 まさかそんな広範囲にまで広まっているとは。

 だとしたら、八百屋のおじちゃんも、魚屋のじっちゃんも、はぐみママも、そう言う目で俺を見ていたという事になるのか。なんて悲しい。

 

「そうか…俺はいつの間にかクズ男になっていたのか…。一体いつから…」

「多分…生まれた時から」

「マジかよ…」

「ほら、年中の時にはもう蘭を誑かしてたんでしょ?」

「言い方、言い方気をつけて…。俺はただ甘やかしてただけだから」

 

 もう俺がただのプレイボーイみたいになっていた。

 別にそんな女の子に好かれたいわけじゃないのだけれど…。

 

「もしかしたら竜介が初めて話した言葉、『女の子大好きー』とかかもね?」

「え、やだ…なんで知っているの?」

「…」

「冗談だから。冗談だから笑顔で後ずさるのやめて…」

 

 心にピキピキとヒビが入る音が聞こえる。

 

「あはは!私も冗談だよ、竜介」

「くそっ…沙綾に弄られるなんて…」

「くふふ…いつも竜介にはしてやられてるからね♪」

 

 沙綾の口元が、リサ姉のような猫口になっていた。

 まさか沙綾に責められる日が来ようとは…。

 

「だが甘いわ!こちとら沙綾のプ〇キュアコスプレ写真があるんだからな!いざとなったら純と紗南に見せつけてやる!」

「なっ!?なんでそんなの持ってるの!?」

「千紘さんから貰った」

「お母さん…なんて事を…」

 

 沙綾(幼少時)のコスプレ写真を眺めながら、その場に崩れ落ちた沙綾の頭を撫でた。

 

「それにしても、沙綾って結構フリフリ衣装似合うな。今も…うん、割といける」

「やめて…恥ずかしくて死んじゃう…」

「これはあれだね、薫先輩と沙綾で魔法少女モノやらなきゃ。夢想少女どり〜む☆かおるんvsブレッドキャプターさあや的な」

「だからやめ……ドリームかおるんって何?」

 

 どうやら沙綾はどり〜む☆かおるんに興味があるらしい。

 さすが沙綾だ。分かってる。

 

「薫先輩向けに考えた魔法少女モノの演劇なんだけどな?薫先輩が渋ってやってくれないんだよ。折角衣装と台本も作ったのに」

「そう言うタイプの人じゃないからね。と言うか、それこそあこにやってあげなよ。喜びそうじゃん?」

「あー…うん。俺も一回そう思ってさ、日常ファンタジー路線で作ろうとしたんだよ。でも、ダメだった」

「そうなの?ちなみに題名は?」

 

 魔法道具で困ってる人を助ける系の作品にしようと思ったのだけれど、著作権という名の鎖が俺を縛って離さなかった。

 その作品の題名こそ…

 

「秘密のアコちゃん」

「そりゃダメだ…」

 

 脚本を書き、魔法のコンパクトを作り始めたところで『あ、これ怒られるわ』と悟り、そっとボツ案にした。

 

「結構良い案だったんだけどなー…。題名が題名だから仕方ないか」

「あはは…そうだね。まあ、竜介なら他の面白いやつ書けるでしょ。あこが主役なら、やっぱり魔王関連?」

「まあ、そうだな。でも、魔王が主役って結構難しいんだよ…」

 

 一応、最高最善の魔王になろうと奮闘する作品があるが、あれは主人公が男だ。

 はてさて、どうすればあこにピッタリの作品が出来るだろうか。

 なんて事を考えていると、玄関の方からドアの開く音が聞こえて来た。どうやら魔王様のお帰りらしい。

 

「噂をすれば何とやら、だね」

「だな」

 

 ドタドタと元気な足音が響き、バーン!と言う音と共にリビングのドアが勢いよく開けられる。

 

「りゅう兄!お使い終わったよ!」

 

 買い物バッグを携えたあこが、元気よく部屋に入って来た。

 

「おお、ありがとな。荷物は台所に置いといてくれ」

「うん!…あ、そうだりゅう兄。さっきね、商店街の福引でこれ当たったんだ」

「ん?」

 

 そう言ってあこが取り出したのは、隣街に新しく出来た水族館の無料招待券だった。

 

「三枚もくれたのか」

「うん。だからねりゅう兄…」

「おう、友達と楽しんで来いよ」

「嘘でしょ竜介…」

 

 俺の事は気にせず楽しんで来い、と言う意味を込めて言ったのだが、沙綾が有り得ないものを見たような表情で俺を見ていた。

 

「竜介、少しは人の気持ちを察せるようになりなよ…」

「?」

「あこは、竜介と行きたいんじゃないかな?」

「えっ……あ、あこ…そうなのか?」

「うん」

 

 あこが力強く首を縦に振る。

 もしかして、これってデート…ではないか、チケットはもう一枚あるわけだし。

 

「じゃあ、これで二人分か。沙綾も来る?」

「竜介、一回車に轢かれてきな」

「え、酷くない?」

 

 最早何の感情も伺えない顔の沙綾に、死んでこい発言をされた。

 

「こういうのは二人きりの方が良いでしょ。ねえ、あこ?」

「?…あこはりゅう兄がいればそれで良いよ?」

「…あ、あれ?」

 

 沙綾も気持ちを察せてないじゃん、と内心笑いながら、怪訝そうな顔をしている沙綾を見つめる。

 そんな沙綾は、何か一人でブツブツと呟いていた。

 

「…まさか…あこはまだ自覚してないの…?いや、そんなまさか…。それに…もう同棲だってしてるのに…。もしかして、これが正妻の余裕ってやつなの…?」

 

 自覚とか同棲とか制裁とか、一体何の話をしているのだろう。

 もしかすると、あこに手を出したらぶっ飛ばすからな、的な感じなのかもしれない。

 俺とあこが困惑した視線を向ける中、沙綾は一人自分の世界に入っていった。

 

「沙綾ー?戻ってこーい」

「っ!…あ、ご、ごめん。ちょっと考え事してた。それとごめん、私は多分店があるから行けない」

「そっか…それは残念だ」

「ありがとね。今度なんか埋め合わせするよ。あと、ちょっと一人で考えたい事が出来たから私帰るね」

「え?…お、おう。またな」

 

 俺が言ったあと沙綾も「またね」と返し、急ぎ足で家から出て行ってしまった。

 新しい商品の案でも思いついたのだろうか。

 少し気になるが、今は水族館に誰を誘うか決めなければ…

 

「にへへ〜♪りゅう兄と水族館か〜♪」

 

 …別に二人きりでも良いか。

 この後、何やかんやで花音先輩を誘う事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 




圧倒的ネタ回

秘密のアコちゃんとか言う伏字が必要そうで必要ないギリギリワード。


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第13奏 アンりみテッド・チョコレイトワークス


竜介「─偽りの体は、それでもチョコで出来ていた─」
あこ「?……かっこいい!」
竜介(うん、可愛い…)








 チョコレート─それはカカオ豆を加工し、砂糖やミルクを混ぜて作る甘い菓子。

 大人から子供まで、その汎用性の高さと単純な美味しさから幅広い層に人気を誇る。

 そして、俺の目の前にはそんなチョコを使って作られたチョコ製品達が山の様に積まれていた。

 今にも倒れそうな菓子の山にヒヤヒヤしながら、俺はこの惨状を作りだした少女に声をかける。

 

「えっと、この大量のチョコ菓子は何かな…りみ?」

「ふえ?竜介くんに食べて貰おうと思って買ってきたんだよ?」

「そ、そうか。ありがとな…」

「うん!」

 

 純粋な瞳で俺を見つめながら、早く食べて欲しくて仕方が無いといった様子のりみ。

 これが嫌がらせではなく、しっかりとした好意の上で行っているのだから尚更手強い。

 

「じゃ、じゃあ…いただきます」

 

 手近にあったチョコクッキーを口に運ぶ。

 味は普通に美味しい…美味しいのだが、いつまでも降り注ぐりみのキラキラとした視線が俺に気まずさを与えてくる。

 一体、俺がお菓子を食べる光景を眺めて何が楽しいのだろうか。

 

「なあ、りみ?」

「ん、どうしたの?」

「いや…そんなジッと見られると食べにくいと言うか…」

「え?…あ、ごめんね。気が回らなかったよ」

 

 そう言って、りみは両手で自分の目を隠した。いや、そういう事では無いのだけれど…。

 それと、よく見たら指の間からしっかりとこっちを凝視している。

 

「りみ、見てるのバレバレだぞ」

「み、見てないよー…」

「はあ……分かった。そんなに見たいなら見てて良いよ。その変わり、りみも一緒に食べてくれ」

「え…良いの?」

「ああ、よろしく頼む」

 

 俺がお願いすると、りみは机の上のチョコ菓子達に手を付ける。

 両手に板チョコやチョコパンを持ったりみは、その甘みを存分に堪能していた。

 ただ、ハイペースで濃口の物を消費し続けるりみを見ていると、胸やけのような感覚に襲われる。

 やはり、俺一人でこの量のチョコを抱えるのは難しかったようだ。

 

「ちょっと自販機で飲み物買ってくるわ…。りみは何飲む?」

「あ、飲み物なら持ってきてるよ!…はい、どうぞ!」

「おう、ありが─」

 

 感謝の言葉を言いかけたところで俺は固まる。

 それもそのはず、りみが飲み物と称し手にしたのはチョココロネだったのだから。

 クルクルと渦を巻き、中からチョコが垂れそうになってるあのチョココロネだ。

 一体、俺にどうしろと。

 いや、もしかしたらりみ渾身のボケの可能性も…

 

「チョココロネは飲み物やんね♪」

 

 …至って真面目そうだった。

 

「えっと…チョココロネをどうやって飲むの?」

「普通に歯で噛んで飲み込むんだよ」

「それは食べるという動作では?」

「むう…竜介くんは細かすぎるよー」

 

 ムッと頬を膨らまし、りみはチョココロネを口に運ぶ。

 何故、俺が悪い事をした雰囲気になっているのだろうか。

 そんな事を考えながらりみから貰ったチョココロネを食べて(飲んで)いると、教室の入口の方から「げっ!?」と何かに驚く声が聞こえてくる。

 思わずそちらを振り向くとと、愕然としながらこちらを見ている有咲がいた。

 

「ちょまっ!?竜介、りみから離れろ!」

「え、急にどうしたんだよ有咲…」

「いいから!」

 

 有咲は俺の腕をグイっと引っ張って無理矢理立たせた後、俺を守るようにりみと俺の間に割り込んで来る。

 

「お、おい有咲…一体どうしたんだよ?」

「お願いだ竜介。私の後ろに居てくれ…」

「いや、でも…」

 

 なんで?と聞こうと思たっていると、有咲が「はあ…」とため息をつき、渋々と言った様子で俺に説明をし始める。

 

「いいか竜介、お前このままだとりみにお持ち帰りされるぞ?」

「お、お持ち帰り?」

 

 有咲の言うお持ち帰りとは、ムフフな事目的で家に異性を家に招き入れると言うあのお持ち帰りの事だろうか。

 だとすれば、もしかして俺は今人生最大の貞操の危機と言うことに…。

 俺が己の危機に身を震わしている中、有咲とりみは互いの間に視線の火花をぶつかり合わせていた。

 これが俗に言う修羅場と言うものなのだろうか。

 

「りみ、竜介と二人きりでの接触は禁止ってポピパの皆で決めたよな?」

「だって…最近ずっと竜介くんと会えてなかったから…日課のチョコ詰めが…」

「前から言ってるけどな、りみ…竜介は人なんだぞ?」

 

 以前は何だと思われてたの?

 

「し、知ってるよ!でも、竜介くんは特別なの!」

「だから…なんと言おうと竜介は…」

 

 有咲は呆れながら、融通の聞かない子供をあやす様に言う。

 けれど、そんな言葉はりみに届かなかったのか、りみはガタリと席を立ったあと大声で叫びだした。

 

「違うもん!竜介くんはちゃんと生きてるチョココロネだもん!」

 

 生きてるチョココロネとは何だろうか。

 なんて事を考えながらりみの話を聞いていると、りみは俺の下まで近づきその右手をギュッと握って来た。

 有咲が「ちょっ…」と動揺しているが、そんな事は知らんと言った様子で俺に熱弁する。

 

「竜介くん、私ねチョコが好きやね。その中でも、山吹ベーカリーのチョココロネは一番好きやんよ…」

「おう、そうだな…」

「初めて山吹ベーカリーのチョココロネを食べた時は、凄くドキドキして、胸の中がキラキラになったの」

「そ、そうなのか…それは良かったな…」

 

 興奮気味に方言で語るりみの目は、香澄のように輝いている。

 

「でねでね、竜介くんに初めて会った時にそれと同じくらい…ううん、それ以上にキラキラしたの!」

「は、はあ…」

「それからずっと、私は考えたの…このキラキラが何なのか。そして…答えに辿り着いたんだよ!」

「な、なるほど…」

 

 ババーン!という効果音が似合いそうな得意顔でりみは言った。

 俺の顔を見つめる目を一層輝かせながら、眼前までズイっと近付いてくる。

 

「私ね、考えたの…竜介くんがチョココロネみたいにキラキラしてるなら、竜介くんはチョココロネなんじゃないかって…」

「……ん?」

「でも、竜介くんは生きてるけど、チョココロネは生きてない…。それなのに、なんで両方キラキラするのかなって思った。分からなかったけど、私はめげずに考え続けたの」

 

 何か…おかしな方向に話が転がり始めた。

 俺がチョココロネなんて言われても、首を傾げる事しか出来ないのだが…。

 それと、りみはもうこれ以上考えなくて良いと思う。りみりんワールドが特殊過ぎて話についていけない…。

 

「それで気づいたんだよ!竜介くんが生きるチョココロネなんだって!」

「有咲、翻訳お願い」

「ごめん、私も分からない。ただ、りみは本当に竜介がチョコで出来てるなんて思ってないから、そこは大丈夫…なはず」

「そこは自信持って…」

 

 そう言えばさっきチョコ詰めとか言っていたが、この大量のチョコを詰めて俺の体をチョコにしようとか考えてたりするのだろうか。それとも、俺の体をパン生地に見立て、その中にチョコを入れるチョココロネ的考えを……何故だろう、急に寒気がして来た。

 

「な、なありみ…もしかして、俺の事食べようとか考えてる?」

「へ?そ、そんな事するわけないやん!」

「じゃあ、さっき言ってたチョコ詰めって?」

「ただ竜介くんにチョコを食べて貰うってだけだよ?私はそれを見るのが幸せだから…」

 

 変人を見る目でりみは俺を見てくる。さすがにこれは理不尽極まりない。もし今、クラスの人全員に俺とりみのどちらが変かを訪ねたら、皆揃ってりみの方がおかしいと答えるだろう。

 まあ、りみが人肉食者じゃなかっただけ良しとしよう。

 なんて風に一時の安堵を覚えていると、不意にりみが俺の腕に抱きついてきた。

 

「あ、あのね…竜介くん…」

「……おう、なんだ」

「えっと…そのね?…私の…私の家に…」

 

 急にモジモジしながら、りみは上目遣いで俺を見つめる。

 小動物みたいな雰囲気があって可愛らしいのだが、何故だか今はとてつもない程の嫌な予感が俺を襲っていたので、それを気にしている余裕がなかった。

 俺が内心ヒヤヒヤしている中、りみは「すぅ…はぁ…」と大きく深呼吸をする。そして、その恥ずかしさ諸共飲み込もうとする勢いで、りみは教室中にその言葉を轟かせまいと大声を発した。

 

「わ、私の家に来て、これから毎日チョコを食べてて下さい!」

 

 ─お持ち帰り宣言だった。

 

 どうやら有咲が言っていた事が現実になったようだ。

 クラスの女子が「きゃあー!」と黄色い声を上げ、有咲は「え、ちょ、ちょま…おま…は?え?」と口をパクパクさせていた。

 お持ち帰り宣言には驚いたが、そこまで歓喜し喚きたつものだろうか。ロマンチックな愛の告白などでも無いのに。

 

「あ、あの…竜介くん…どう、かな?」

「えと、りみの家でチョコを食べてればいいの?」

「う、うん!」

「ま、まあ…それくらいなら…」

「ちょい待てこらアホ竜介」

 

 快く…とまでは行かないがりみのお願いを了承しようとすると、放心状態から帰ってきた有咲がストップを掛けてくる。

 その有咲は何処か不満そうに、けれども不安そうでもある表情をしていた。

 

「どうした?」

「お前、りみの言ってる事ちゃんと理解してんのか?」

「?…理解も何も、家に毎日菓子食べに来てくれって誘ってたじゃん?」

「はあああぁぁ…」

 

 有咲にクソデカいため息をつかれた。心做しか、クラスメイトも落胆しているように見える。

 何故そんな反応をするのか。皆はりみの言葉に何を見出しているのか。

 そんな皆の態度にりみも疑問を持ったのか、りみも不思議そうな顔をして有咲に尋ねる。

 

「有咲ちゃん、どうしたの?」

「いや…何でもねえ…。それとなりみ、こいつに言いたい事があるならはっきり言わないと伝わらないぞ?こいつアホだし」

 

 唐突に貶すのやめてもらえないだろうか。

 

「で、でも…私、ちゃんとお願いしたし…。竜介くん、もしかして伝わりにくかったかな?」

「ん?これから毎日りみの家にお菓子食べに行けば良いんだろ?」

「だから竜介、そういう事じゃ…」

 

 有咲が俺に何かを訴えかけて来ているがそれはスルーし、ホッと胸を撫で下ろしているりみを見る。どうやら、すれ違いなどは無かったようだ。

 

「良かった…ちゃんと伝わってたよー…」

 

 りみの一言に、俺を除いたクラスの全員が「…え?」と間の抜けた声を出した。

 

「竜介くん、約束やからね?」

「あー…うん。でも、さすがに毎日は厳しいかも。俺にも用事があるし、何よりりみの親御さんやゆりさんの迷惑になっちまう。だから、偶にで良いか?」

「むぅ…そっか。じゃあ、偶にで我慢するよ…」

「おう、サンキュ」

 

 礼を言いながら頭を撫でると、りみは気持ちよさそうに体を少し縮こませる。

 

「あ、そうだ竜介くん。お姉ちゃんのことは気にしなくて良いよ?よく『竜介と結婚してー』って独り言言ってるし、竜介くんの事気に入ってると思う」

「そんなに気に入られる事したっけ?」

「お姉ちゃん、竜介くんの料理大好きだから」

「おお、それは光栄だ」

 

 そんな事を話ながら、お互い「あはは」と笑い合う。

 最近りみと会ってなかったから有咲の話しを聞いた時は何をされるのかと思ったけど、りみは可愛いりみのままで安心した。

 けど、出来ればもうりみりんワールドは見たくない。あれは脳の処理能力をダメにする魔法レベルの空間だ。

 そんな事を考えながらりみの頭を撫でていると、有咲が服の裾をクイクイと引っ張ってきた。

 そちらを見ると、自分の頭を俺に向けて来る有咲の姿が視界に写る。

 

「ん、撫でろ」

「え?…お、おう…」

 

 有咲に言われるがまま、そっと頭を撫でた。

 右手にりみ、左手に有咲、両手に花である。

 満足いった顔をしていた有咲だが、その直後に拗ねたように愚痴を吐く。

 

「ったく…私の心配返せよ…。ヒヤヒヤしたじゃねーか…」

「ありがとな。さすが俺の娘だ」

「うっせーアホ竜介」

 

 ぶーたれながら絶賛反抗期オーラ増し増し中の有咲を俺は撫で続けた。

 親子の絆は強いのだ。

 




完全に勢いで書きました。それとサブタイが個人的に過去最高傑作です。久しぶりにあこが未登場ですが、前書きのあれで我慢してください。
それと気づいてる方は少ないと思いますが、この小説の総合ptがあと200ptで1000ptを超えます。あと200ptで1000ptを超えます(2回目)
何となく暇つぶしで書き始めたバンドリ二次創作でプロットも何も無いですが、今では自分の投稿小説の中で一番人気が出ています。素直に嬉しいのでもっともっと人気出やがって下さい(感謝)


有咲は娘←ここ重要。流星堂のお会計にてこの合言葉を言うと、10分の1スケール有咲ちゃん人形が貰えます(貰えません)


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間奏 織姫と彦星・魔王と王子

唐突に七夕ネタがやりたくなったので書きました。悔いは無い。




 七月七日、空は雲一つ無い快晴ぶり。

 一番星が出はじめ、それをつぐみが見つけ始める時間帯。

 えんやわんやと活気溢れるオヤジの声が木霊する。

 商店街には提灯と屋台が並び、浴衣の人々があっちへこっちへ屯していた。

 

 ─七夕祭り。

 

 本来この地域にこんな催しは存在しない。

 全ての元凶である無自覚たらし兄さんとハッピーラッキースマイルお嬢は、ハロハピ法被と共に威勢よく太鼓を叩く。

 天然たらし男の「祭りがしてぇ」の一言に、スーパー財力パワープレイ少女が家の力を全面サポートに回した末に行われたのがこの祭りだった。

 

「おーい竜介〜それと弦巻の嬢ちゃ~ん!交代だぜ〜!」

「あら?もう終わりなのね」

「意外と早かったな」

 

 二時間近く太鼓を叩いていた二人は、平然とした顔で持ち場を離れた。

 周囲の人々が二人の体力に驚いていたが、そんな事はつゆ知らず。二人はお互いの予定を確認する。

 

「こころはこの後はぐみ達と合流だっけ?」

「ええ!竜介も一緒にどうかしら?」

「悪い、先約入ってるわ」

「…そう。でもいいわ、竜介と回れるようにまたお祭りを作れば良いもの!」

 

 一緒に祭りを回れるよう工夫するのではなく、一緒に回れるまで祭りを作り続ける。相変わらずのパワープレイである。

 竜介は苦笑いをしながら、そんなぶっ飛んだ考えを持つこころをハロハピメンバーの下まで送り届けた。

 その後、竜介もアフグロのメンバーとあこに合流。

 メンバー全員が浴衣姿だったが、竜介があこだけべた褒めしたせいで巴とひまりを除いたアフグロの面子が嫉妬の説教を開始。竜介の精神と祭りを回る時間が減った状態でスタートした。

 

「あ、りんご飴だ!」

「食べるか?」

「うん!」

 

 りんご飴を購入しそれを美味しそうに頬張るあこを眺めながら、竜介は満ちたりた気分を味わっていた。

 あこがりんご飴を食べ終わるタイミングを見計らい、竜介は更に声をかける。

 

「あこ、チョコバナナ食べるか?」

「食べる!あっ、あとたこ焼きも食べたい!」

「たこ焼きなんかもあるのか。悪い、そっちの方はあこに任せていいか?」

「分かった!」

 

 あこにお金を渡し、走り去って行くのを見守った後、竜介はチョコバナナの屋台に向かう。

 じゃんけんに買ったら一本プレゼントと言う条件を難なくクリアし、竜介は皆の下に戻った。

 

「なあ、竜介。最初からそんな金使って大丈夫なのか?祭りって普通の物価よりちょい高いだろ」

「安心してくれ巴。食費ぐらいにしか金を使わない俺にとって、むしろちょうど良い散財の機会だ。それに、祭りテンションのおかげで可愛さがいつもの数倍増してるあこの笑顔が見れるからな。…ああ、りんご飴食べてた時のあこの笑顔…マジ尊かった…五回死ねる」

「相変わらず竜介は尽くすのが好きだねー。どう?ひまりちゃんにも何か奢ってくれて良いんだよ?」

「お前はそれ以上胸にカロリー貯めてどうする気だ?」

 

 竜介とひまりの鬼ごっこが始まった。

 だが、そんな二人を巴審判がゲンコツで止めに入る。

 これがこの三人のいつも通り。こんな有り触れた事も、竜介にとっては幸せだった。

 そんな幸福に浸かっていると、竜介にとっての最大の幸福が帰ってくる。

 

「りゅう兄、買って来た!あと、お釣りだよ」

「それはやるよ……って、なんかお釣り多くないか?」

「あこも半分出したからね。それとりゅう兄、少しだけ待ってて…」

「?」

 

 竹串でたこ焼きを割り、「ふぅ…ふぅ…」と冷ましたものをあこは竜介に向けた。

 

「りゅう兄、あーん…」

 

 竜介は鼻から溢れ出そうになった尊さを懸命に押さえ込んだ。

 ずるい…これはずるい、と竜介は心の中で発狂する。

 その後、竜介は平静を装いつつ何とか魔王の試練を乗り越えた。きっと、この暴力的なまでに幸せな時間は絶対忘れないだろう。

 

「うわー…あこちゃん大胆…。竜介、大丈夫?」

「鼻血出そう…。ひまり、ティッシュある?」

「はいはい。まったく、優しいひまりちゃんに感謝するんだぞー?」

「おう…サンキュな…」

 

 ティッシュを鼻に詰め、竜介は事なきを得た。

 しかし、そんな竜介の背後から『ゴゴゴゴゴッ!』と不穏な視線が三本刺さる。どうやら鼻血をせき止めても、別の所から出血する事になるようだ。

 

「竜介君、お話が必要かな?」

「つ、つぐみ?なんで鬼怒スマイルなの?」

「…竜介のばーか……頭撫でないと許してあげないから…」

「蘭は相変わらず可愛いな」

 

 背中に抱き着いてきたモカの重みに耐えながら、竜介はつぐみを宥め、蘭を撫でる。

 あっという間に美少女の包囲網に囚われた竜介を周囲の男達は嫉妬の目で見ていたが、当の本人は持ち前の鈍感により気づかなかった。

 そして、そんな包囲網を作った三人は巴にゲンコツを入れられる。

 

「ったく、折角の祭りなんだからこう言う時くらい恨みっこ無しにしようぜ?てか、羨ましいなら皆もやれば良いだろ?」

「「「うぐっ…」」」

 

 巴のド正論に、竜介に引っ付いていたアフグロ三人衆は離れていく。

 その心には巴の言葉が突き刺さっていた。

 

「私、ちょっとお父さんの所にかき氷買いに行ってくる!」

「…じゃあ、あたしはフランクフルト…」

「モカちゃんは〜沙綾のところの菓子パンかな〜」

 

 各々が目的のブツを求め、各所に散っていく。

 そんなタイミングを見計らったかのようにあこは竜介に近づき、そっと服の袖をバレない程度に引っ張った。

 

(りゅう兄は…渡さないもん…)

 

 無自覚の独占欲丸出しである。

 しかし、そんな様子のあこにはまったく気づかず竜介は歩き出し、あこもそのタイミングに合わせて竜介の服から手を離す。

 第三者視点から今の光景の一部始終を見ていたひまりと巴は、ただただ唖然としていた。

 

「巴、今の何?」

「…さあな。まあ、あこの心も着々と成長してるんだろう。早くあこも自覚してくれると良いんだが…。最近、あまりのあこの鈍さに竜介への同情が止まらねえんだよ…」

「ああ、なんか分かる。竜介も大概だけど、本人的にはあこちゃん一筋で頑張ってるもんね」

「早く告らねーかなー…」

「だね〜…」

 

 なんてボヤキながら、竜介の手を繋ぐか繋がないか迷っているあこを遠目に眺める。

 そして、意を決したように手を繋いだあこは、耳を赤くする竜介を見ながら嬉しそうにはにかんでいた。

 

「「ご馳走様です」」

 

 二人は両手を合わせそう言った後、あこと竜介の元まで向かった。

 

「ラブラブですな〜二人とも♪」

「ひまり、今割と余裕無いから茶化さないでくれ」

「おお、竜介のガチデレだ。あこちゃんは凄いねー…。で、竜介の手の感触はどう?」

「う〜とね…凄く温かくて…安心する、かな。なんて言うんだろ…一生繋いでいられそう…」

 

 あこによる竜介ガチ攻略だった。もちろん無自覚だが。

 そんなあこのたらし芸に巴とひまりはまた唖然とし、一番ダメージが大きいであろう竜介は、空いた手で自分の顔を隠し、燃えそうな程の顔の熱さを必死で抑えていた。

 

 ─このままだと竜介の精神が持たない。

 

 そう判断した巴とひまりは、先程散らばった三人などは気にも止めず、竜介とあこを神社の短冊コーナーの所まで引っ張って行った。

 

「お、神楽の旦那か。やっぱり嫁さんと一緒に祭り回ってたかい。本当に仲が良いねえ」

「すみませんおじさん…今は勘弁してください……」

「おん?いつもはもっと惚気けるのに…珍しい事もあるもんだな」

 

 短冊の配布当番をしている床屋のおじさんにからかわれ、竜介の精神ダメージは更に蓄積されていく。

 そんな竜介の事などおじさんは知るよしも無く、ベラベラと話しを続ける。

 

「それにしても聞いたぜ旦那?この祭り、旦那があの弦巻の嬢ちゃんに頼んでやって貰ったんだろ?わざわざ七夕を選ぶとは、乙な事するじゃねえかよ〜おい」

「?」

 

 何故かやたらとテンションの高いおじさんに、竜介は疑問も抱く。

 ひまりと巴とあこも、おじさんの言ってる事の意図が汲み取れないのか、揃って首を傾げていた。

 

「織姫と彦星、二人は天の川が掛かる今日だけ再会出来る。そんな二人に向かって毎日イチャラブする旦那夫妻を見せつけるためにこの祭りを開いたんだろ?かあ〜!とんだド畜生だぜぃ!がははは!」

「そ、そんなじゃ無いですからね!?どこのドSですか!」

「でも、商店街はその話で持ちきりだぜ?たらしの竜介が畜生にも目覚めたって」

「えー…」

 

 おじさんの逞しい妄想内での話かと思ったら、商店街共通の話だった事に竜介は酷く落胆する。

 そんな陰気臭さを吹き飛ばすように、おじさんは「がはは!」と大声で笑った。

 

「にしても、あこちゃんも良かったねえ。こんな良物件、中々無えぜ?」

「?…そうなの?」

「おう。炊事洗濯掃除…全部出来るうえに働き者。それに、神楽なんて言うめでてぇ響きのカッコイイ苗字、そうそう出会えねえ。神事にも通じそうな何かがあるし、結構イケてるぜ?」

「ほへぇ…そうなんだ。カッコイイんだ…りゅう兄の苗字…」

 

 純度百パーセントのキラキラ眼で話を聞くあこに、おじさんは自信満々に語り続けた。

 

「おじさん、もう良いですから短冊下さい。連れもそろそろ来る頃なので」

「ちぇっ、旦那も釣れねえな〜。で、願い事は何にするんだい?安産祈願か?」

「セクハラで訴えますよ?」

「ひょ〜怖いねぇ〜。んじゃほら、持ってけい!」

 

 おじさんが七枚短冊を渡してくる。

 それを受け取った後、七夕の笹のふもとにあるベンチで小休憩を取る事にした。

 この短時間で精神がすり減りまくった竜介には、正にオアシスである。巴とひまりも、竜介に労いの視線を送っていた。

 その後しばらく休憩をしていると、蘭とモカとつぐみに合流。

 それぞれがそれぞれの食べ物を持って、目的を果たそうとギラりと竜介に狙いをつける。

 

「あ、あの…御三方?そんな睨まれると怖いのですが…」

 

 獲物を狙う肉食獣のような視線に当てられた竜介は、ビクビクと震えた。

 マジで背筋が凍りそうだった、と竜介は語る。

 

「竜介、あたしのを一番に食べてくれるよね?」

「竜介君…信じてるからね?」

「これはモカちゃんも譲れな〜い」

 

 ジリ…ジリ…と、消耗状態でベンチに座る竜介に愛に飢えた猛獣が距離を詰める。

 

「お前ら、そこら辺でやめとけ」

 

 そんな時、『ゴツンッ!』と言う鈍い音が響いた。

 見ると、目の前には痛さに悶絶する美少女が三人。そして、別の方向には『プシュー』と言う焦げたような音を拳から出し、それを力強く握る姉貴が一人。

 この時、竜介は巴に一生着いて行く事を誓った。

 

「ったく、脅してやる事じゃねえだろ…」

「だって…あこちゃんばっかりずるい…」

「なんか文句あるのか?」

「ないです!」

 

 ギラりと光る巴の視線に、つぐみは一瞬で平伏した。

 シスコンとは、どんな状況でも妹の顔を立てるからシスコンなのだ。

 そして、当の妹様と言えば、何やら一生懸命に短冊へお願い事を書いていた。

 

「りゅう兄、見て見て!凄いカッコよく書けた!」

「そうか、それは良かっ…た……」

「竜介?あこちゃんの短冊見ながら何固まって…る……の」

 

 あこが手に持った短冊を見た竜介とひまりは、まるで石化したように固まった。

 

「俺さ、幸福度の過剰摂取が体に影響を及ぼすなんて知らなかったよ」

「私、家帰ってコーヒー飲みたい…」

「?」

 

 竜介とひまりが何かを悟っている中、あこはそれを疑問に思いながら短冊を笹に結ぶ。

 説教から解放されたアフグロ三人衆が巴と共に戻り、皆があこの短冊を見ようとするが、ひまりと竜介が全力でそれを阻止する。

 

「そ、そうだ!他にも短冊飾ってある場所あったし、どうせなら全部制覇しよう!ね、竜介!?」

「そうだな!取り敢えずここには俺とあこの短冊を吊るしておこう。あこ、俺の分も結んどいてくれ!」

「?…う、うん」

 

 慌てふためき、何がなんでもあこの短冊を見せようとしない竜介とひまり。

 そんな二人に折れたのか、他の面子は仕方ないと言った様子でその場を離れた。

 竜介とひまりは「良かった…」と胸を撫で下ろす。

 

「危なかった…あれを見たら皆発狂しちゃうよ…。竜介は大丈夫?」

「まあ、ギリギリってとこ…。なあ、あこ…あれってそう言う意味?」

「ふえ?そう言う意味って?」

 

 あこは何も理解していないように首を傾げた。

 竜介とひまりは、そんなあこにある種の恐怖を覚える。

 

「無自覚って怖えー…」

「竜介も割と人の事言えないけどね…」

 

 短冊が吊るされている笹を見ながら、二人は感慨深そうに語る。

 

「?」

 

 当のあこは、まったく理解出来ていなかった。

 

 

 ___

 

 

 

 夜風によって笹の葉が靡く。

 それに伴い、笹に吊るされた短冊達も一緒に揺れる。

 共に揺れる相手を見つけた喜びを表すかのように、笹はサラサラ、サラサラとその葉のように優しく穏やかに踊った。

 そんな笹を飾る短冊達の中に、紫色の紙に黒ペンで魔法陣を描いた『奇抜さを体現しました』とでも言いたげなモノが一枚。

 しかし、驚くのはそこでは無い。

 その短冊には、少女の憧れだけで綴った事により生まれてしまった無自覚の刃が込められていた。

 

 ─見た人全てを唖然とさせる…そんな凶器の攻撃。

 ─言葉だけで人の心に深い傷を刻み込む…正しく魔王の一撃。

 

 そんな魔王の願いは、何故かどの願いよりも輝いていた。

 

 

『神楽あこになれますように!──宇田川あこ』

 

 

 この日、商店街中に魔王の恐ろしさが知れ渡った。

 




僕が出せる最大出力を持って、あこの可愛さを引き出しました。
完全に自己満足回です。


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第14奏 イヴとつぐみと黒マグロ

すしざん、〇い!





 りみと久方ぶりに会話をしたその日の放課後。

 夕焼けをバックに子連れカラスが空で鳴き、河川に掛かる鉄橋からはサラリーマンを詰め込んだ電車が走り去る光景が見える。

 そんな時間帯に、俺は羽沢珈琲店にてハロハピ法被─通称ハロ法被を着てイヴと共に接客をしていた。

 店内にはミニ提灯が飾られ、外には『寿司day!』の文字が書かれた旗が四枚程並ぶ。

 最早喫茶店要素はなくなり、ちょっと店内が洒落てる寿司屋と化した羽沢珈琲店で、俺とアルバイターのハーフ少女は威勢よく声を上げていた。

 

「「へいらっしぇーい!何にぎりやしょーかー!!」」

 

 

 一応言っておこう。ここは喫茶店だ。

 店内にいる客は寿司を食べ、特設回転寿司レールが流れるその奥にてつぐみパパが死にものぐるいで寿司を握っているが、ここは喫茶店だ。

 広告用にとあるチェーン寿司屋の『マグロ一巻百円!』をパロったチラシを、外でつぐみを除いたアフグロの面子とあこがハロ法被を来ながら配ってくれているが、ここは喫茶店だ。

 元凶の半分である俺は黒マグロの解体準備に取り掛かり、もう半分の財力お嬢は回転寿司レールを眺めながらワクワクした様子でお寿司を頬張っていた。

 何度でも言おう。ここは喫茶店だ。

 事の発端は、イヴが「リュウスケさん、お寿司握れますか?ワタシお寿司屋さんがやりたいです!」いう質問に、「簡単なのならできる」と俺が答えてしまったからだった。本来、ここまでなら単なる情報交換で済んのだが、俺はある罪を犯してしまった。

 それは、隣にこころがいる状態で言ってしまった事だ。

 所要時間は十分。それがここを準備するのに掛かった時間。

 最後に言っておこう、ここは…喫茶店だ。

 

「竜介!お寿司が回っているわ!」

「喜んでるようで何よりだ。でも、回転寿司を見てて楽しいのか?」

「ええ!いつもは握るところを見ているだけだったもの!」

「…そうか」

 

 やはりこころは回らない寿司屋でいつも食べていたか。

 ただ、俺個人としては弦巻家は洋食のイメージが強かったので、まず寿司屋に行っている事が意外だった。

 なんて事を思いながら、俺は抱きつくこころを撫でつつ、店の隅で悔し涙を流す少女に目を向ける。

 

「うち喫茶店なのに…喫茶店なのに…!」

 

 大胆過ぎる店のメタモルフォーゼに、ここの一人娘さんもこの嘆きっぷりである。

 先程から客の注文(寿司)を受けては、こうして店の隅っこで涙を流していた。

 そんなつぐみにそっとイヴは近寄り、不安そうにしながら声を掛ける。

 

「あの…ツグミさん…ワタシのせいでごめんなさい…」

「ふえ?…あ、えっと…気にしなくて良いよ!イヴちゃんの夢だったんでしょ?お寿司屋さんで働くの」

「はい…ですが…」

「わ、私の事は気にしなく大丈夫だよ!ちょっと店の変化に頭が追いついてないだけだから!」

 

 つぐみはそう言いながら、必死にイヴを元気づけようとしていた。

 最近説教ばかりされていたので忘れていたが、元々つぐみは天使のように清く良い子なのだ。

 あの天使ぶりを一割でも良いから俺に向けてくれないだろうか。

 

「ほら、イヴちゃん!一緒に頑張ろ。えいえい、おー!だよ!」

「ツグミさん…。ありがとうございます」

 

 イヴはつぐみに一度お辞儀をした。

 二人の友情が深まった気がする。なんて清い空間なのだろうか。

 

「さて、俺もそろそろ準備を…」

「神楽様、少々よろしいでしょうか」

「…黒服さんですか。一体どういう…ってもしかして?」

「はい。例の物が準備出来ました」

 

 突如背後に現れた黒服さんがそう言って取り出したのは、一本の日本刀。

 

「弦巻家専属の刀の匠により、一から作ったものでございます。使用許可も国から頂戴済みですので、お好きなようにお使い下さい」

 

 弦巻家専属の刀の匠ってなんだろう。とても気になってしまう。

 そんな気持ちは一度しまっておき、黒服さんから日本刀を受け取る。

 俺に刀を渡した黒服さんは、少し目を話した隙に消えてしまった。相変わらずの仕事ぶりだ。

 

「うん、これなら…。イヴー!ちょっと良いかー!」

「はい!なんでしょうかリュウスケさん!」

 

 つぐみと何か雑談をしていたイヴを呼び出す。

 俺の元に近づくに連れて刀の存在に気づいていき、それに合わせて目を輝かせるイヴの姿は何とも愛らしかった。

 

「リュ、リュウスケさん…それって…」

「ああ、日本刀だ。真剣のな」

 

 真剣と聞いた瞬間、イヴの目の輝きがこれまでに無い程増していた。

 そんなイヴに日本刀を託し、店の隅で待機してくれていた吊るし黒マグロを用意する。

 

「イヴ、お前にはこれからこの黒マグロの頭を落として貰う。もちろん、その刀を使ってだ」

「マグロの解体を…カタナで…!い、良いでしょうか…そんな贅沢を…」

「今日の目玉イベントだ。まあ、ライブに比べればギャラリーは少ないけど」

 

 現役アイドルが行う解体ショーなんて、テレビのネタには持ってこいだろう。

 ただ、今回はこの寿司屋自体が即興のモノなので、宣伝をしてる暇が無かった。なので、今回のイベントギャラリーは羽沢寿司店にいるお客さんだけ。

 

「イヴ、頼めるか?」

「お任せ下さい!パスパレのブシドー担当として、しっかり務めさせていただきます!」

「よし。じゃあ任せた」

「はい!」

 

 イヴの了承も取れたので、早速イベントを開始する。

 マイクとスピーカーで客の目線を集め、イベント概要を説明した。まあ、イヴがマグロの頭を落とすというだけのシンプルな説明だが。

 その後、周囲の安全に最大の配慮をしながらイヴに合図を出す。

 刀を構えるイヴに、周囲の人達がスマホで撮影を始める。普段ドデカいテレビカメラにリアクションを向けてるイヴにとって、この程度何ともないだろう。

 そして、意を決したイヴは鬼気迫るオーラを出しながら、

 

「ブッシドーーー!」

 

 そんな威勢の良い掛け声と共に刀を横に振るった。

 空を切るかのように刀の動きは滑らかだったが、その数秒後に時間差でマグロの胴と頭が別々になる。

 弦巻家の作った刀、切れ味が頭おかしい…。

 

「リュウスケさん!やりました!」

「おお、殺ったな」

「はい!」

 

 お客さんの拍手に囲まれながら、イヴは眩しく笑っていた。

 

「よし、あとは体を開いて部位事に寿司を作るだけだな。イヴもやるか?やり方教えるぞ?」

「え…そこまでやらせて貰えるんですか!?ワ、ワタシやりたいです!」

「よし来た。じゃあ、マグロの体開くから身を削ぐの手伝ってくれ」

「は、はい!」

 

 今日のイヴの笑顔は一段と眩しい。

 お寿司や刀は日本文化の顔とも言うし、そのせいだろう。

 マグロの体を開き、身をある程度削いだあと一緒に寿司を作りを始めた。

 キラキラと、そしてワクワクとした顔のイヴは、俺の隣にピッタリくっつきニコニコと嬉しそうにしている。

 

「い、意外と難しいですね…お寿司作り」

「まあ、何年も修行して初めてちゃんと握れるようになるって言うしな」

「…でも、リュウスケさんのは凄く綺麗ですよね…」

「形だけに拘ったからな。シャリとネタのバランスとかは俺も分かんない」

「そ、そうですか」

 

 形だけは綺麗な俺の寿司と、不格好だが一生懸命さが伝わってくるアイドルが握った寿司。

 もしかしたらバランスは同じなのかもしれない。けど、どちらの方が価値があるかと聞かれれば、皆迷わずイヴの方を選ぶだろう。俺だってそうすると思う。

 プロでも無い野郎が作った寿司など需要があるのだろうか…

 

「りゅ、竜介君…。その、それ一つ貰っていい?」

 

 どうやらあったようだ。

 俺が作った方を指差しながら、「それが欲しい」と言ってくれるつぐみ。

 天使はここにいた。

 

「つぐみ、堕天したとか言ってごめんな」

「だ、だてん…?」

「悪い。今のは忘れてくれ」

「そ、そう?わかった…」

 

 疑問を抱いた顔を残すつぐみに、俺はマグロをひと皿差し出す。

 それを受け取ったつぐみはじっとマグロと見つめ合い、何かと葛藤しているようだった。

 

「あ、あのね…竜介君」

「おう、どうした」

「えっと…その、ね?」

 

 モジモジと煮え切らない態度を取るつぐみ。

 一体、何をお願いしようとしているのか…

 

「た、食べさせて欲しいな?…なんて……あぅ…」

 

 お顔真っ赤っかに、そんな事を言って来た。

 久しぶりに天使ツグミエルを見た気がする。

 

「つぐみ、一応今勤務中だからな?」

「あ…そ、そうだったね…ごめん…」

 

 ショボン…と、分かりやすく落ち込んでいた。

 そんなつぐみに、俺は更なる追い討ちをかける。

 

「勤務中だから、手短に済ませるぞ」

「…え?」

「ほら、あーん」

 

 不意打ちが効いたのか、つぐみは一瞬頬を膨らませた後、「あーん…」と俺が向けたマグロを口に入れた。

 

「美味しいか?」

「う、うん!」

「そりゃ良かった」

 

 満足した顔のつぐみが「えへへ…」と微笑んでいた。

 ただ、ご満悦して頂いてるところ大変申し訳ないが、店の外から蘭とモカが窓に張り付いてこちらを見ているのでそろそろ俺から離れた方が良いと思う。何故だか分からないが、俺の第六感が危険信号を出している。

 

「つぐみ、頑張れよ」

「な、何を?」

 

 俺の突然の態度の変化に、つぐみの顔が一気に不安の色へと染まった。

 

「……それにしても、イヴもかなり寿司を握るの上手くなったな」

「はい!頑張りました!」

「待って竜介君!今の間は何!?それと分かりやすく話逸らしたよね!?」

 

 強く生きろよ、つぐみ。

 そう想いを込めて、俺はつぐみの頭を撫でた。

 つぐみは、顔を未だに不安の色に染めながら言う…

 

「私、どうなるの?」

「まあ、死にはしないだろう。にしてもあれだな、俺、明日あこと花音先輩で水族館行くんだよ…。なんかマグロに呪われそう」

「そう言えば、水族館の魚は長期間飼育した後、お店に出されるって言う話がありますよね?」

「イヴ、俺に追い討ちかけるのやめような?」

「ねえ竜介君?私ほんとにどうなっちゃうの?死にはしないって、何されるの?」

 

 つぐみの質問には答えず、頭を撫でながら俺は明日の予定を練る。

 早速だが、何だかお腹が痛くなってきた。マグロの呪いが発動したのかもしれない。

 ちなみにこの後、つぐみは蘭とモカに説教されていた。理由は分からなかったが、取り敢えずご愁傷様です。

 





ハロ法被←これ好き。
今羽沢珈琲店行けばお寿司が食えるよ!(必死で考えたエイプリルフールネタ)


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第15奏 花の香り、音に運ばれ笑顔となる

かのちゃん先輩、再び。


 君と出会ったのは、中学二年生の始めだった。

 道に迷っていたところを、偶然助けてくれた事が全ての始まり。

 それからずっと、迷子になる度に必ず君と遭遇する。

 そんな不思議な縁があったからか、すぐに親しい間柄になった。

 相変わらず迷子癖の強い私を、いつも陽だまりのような笑顔で引っ張ってくれる優しい男の子。

 私は、そんな君が好きだった。

 

 

『…え?お爺さんが亡くなった?』

 

 

 ─そんな彼の笑顔は、ある日突然姿を消した。

 

『はい。あ、でも大丈夫です。元々一人みたいなもんでしたから、寂しくはありません』

 

 彼が小学生の時から今になるまで、両親の代わりになって育ててくれた祖父が、先日亡くなった。

 寂しくないと投げやりに笑う彼の笑顔は、とても辛そうで、そんな事するくらいなら目一杯に泣いてくれればいいのに…と、強く思ったのを覚えている。

 休日にも一緒に散歩に出掛ける程仲が良かったのに、いきなり居なくなったら寂しいし辛いに決まっているはず。なのに、彼は無理をして笑っている。

 当然、私はそんな彼を放っておけなかった。

 

『竜介君!』

『は、はい…なんでしょうか』

『今度の休み、一緒に水族館行こう!』

『す、水族館ですか?』

『うん!』

 

 その数日後、約束通り水族館に訪れた。

 私は人の慰め方を知らないから、自分が落ち込んだ時の感覚でここに誘ったのだ。

 きっと、綺麗な水の中を優雅に泳ぐクラゲを見れば、少しくらいは心が休まるだろうと。

 そんな勝手な期待を込めて、私は君を引っ張った。

 

 

『綺麗ですね』

 

 

 そう言った君の表情を見て、私は思わず『なんで…?』と困惑と後悔の感情を芽生えさせた。

 あまりの悔しさに噛んだ唇の感覚は、今でも鮮明に思い出せる。

 

『そんな泣きそうな顔しないでくださいよ、花音先輩。俺、今楽しいですよ?』

『うん、そっか…』

 

 だったら、もっと楽しそうな顔をしてよ…。

 そんな事を思いながら、私は彼に聞こえないよう、

 

『竜介君…私、どうしたら良いのかな…』

 

 そう呟いた。

 心の中はどうしようもない程の不安と、変わってしまった彼の姿への恐怖でいっぱいだった。

 自分の心が彼から離れそうになったのが嫌で、彼の手を握ったのを覚えている。そして、手を繋いで、近くで彼の目を見て、初めて事の重大さに気づいた。

 

『ねえ、竜介君…』

 

 ─どうして、君の瞳には何も写ってないの?

 ─なんで、繋いだ手がこんなにも冷たいの?

 

 もし、神様がいるなら聞いてみたかった。

 何故彼にこんな仕打ちをするのか。彼が何をしたというのか。

 これ以上、彼の心を壊さないで。

 

 

『……守らなきゃ…』

 

 

 君が辛い思いをしないように。

 君がまた、心から笑えるように。

 恋人なんて生ぬるい、もっと強くて硬い…絶対壊れないような関係にならなきゃ。

 幸いな事に、私はそんな関係を一つ知っている。

 

『ねえ…竜介君…』

『どうしました?花音先輩』

 

 前に聞いた。彼の両親はまだ存命中だと。

 仕事の関係で数年帰って来てないが、父親も母親も生きている。

 そして、自分は彼より年上。なら、選ぶべき場所は一つしかない。

 

『─"姉"ってさ、竜介君はどう思う?』

 

 変に思われたって良い。

 嘲笑われたとしても構わない。

 でも、それでも、

 

 ─君の笑顔がまた見れるなら、私は私の全てを捧げるよ…竜介君。

 

 

 ____

 

 

 

「そう言えば、あの時からだったなぁ…。竜介君の写真を集めるようになったの…」

 

 スマホの画像フォルダの十割を締める彼の写真を見ながら、私はそう呟いた。

 食事が億劫になるくらい彼の事が愛おし過ぎて、気付いたら自分もスマホもこんな事になってしまっていた。

 上へスクロールする事に、人の色を取り戻していく彼の写真は、それだけで私を泣かせるに足りる。

 

「ほんとに、良かった…」

 

 この一言に尽きる。

 良かった…良かった…と、心の中でこの安心を何度も噛み締めた。

 思わず涙を零しそうになるが、不意に背後から聞きなれた声が聞こえてきたので何とか堪えた。

 

「花音せんぱーい!」

 

 少し遠くから、小走りで手を振りながら彼が近づいてくる。その手を意中の人と繋ぎながら。

 相変わらず仲が良いんだなと思いつつ、二人に向かって小さく手を振り返しておいた。

 そうして、彼とあこちゃんが私の下まで辿り着くと、いきなり二人して頭を下げ始める。

 

「すみません!遅れてしまって!」

「ごめんなさい!」

「ふえっ…だ、大丈夫だよ?電車が遅れちゃっただけなんだよね?」

 

 私がそう聞くと、二人は申し訳なさそうに首を縦に振る。

 

「二人は何も悪くないよ。だから、謝らなくて大丈夫」

「ありがとうございます」

「ありがと!かのん!」

「うん、どういたしまして」

 

 お礼の返事をしながらあこちゃんを撫でる。とても気持ちよさそうにしていた。

 あこちゃんは彼が好きな子だ。きっと、彼を一番笑顔にしてきただろう。そう思うと少し悔しいけど、同時に嬉しくも思う。

 

「あ、遅れちゃったけど、今日は誘ってくれてありがとう。ここ、一回来てみたかったんだ」

「それは良かったです。じゃあ、早速行きましょう。あ、これ花音先輩の分のチケットです」

「あ、うん。ありがとう」

 

 彼にチケットを貰い、早速水族館の中に入る。新装開店と言っていただけあって、かなり綺麗だった。

 ここにはどんなクラゲがいるのかな、なんて思いながら、一人元気よく駆けていくあこちゃんを目で追っていた。

 

「りゅう兄見て見て、サメのぬいぐるみ!」

「あこ、土産屋は最後だぞ」

「はーい」

 

 思わず「ふふっ…」と笑ってしまった。

 あこちゃんは子供っぽい。けど、そんなところも愛嬌なのだろう。私も、彼女の事は愛らしいとよく思う。

 

「あ、そうだ花音先輩」

「ん?どうしたの?」

「はぐれないように手、繋いどきましょう」

「え?」

 

 あこちゃんを眺めていたら、いつの間にか彼と手を繋いでいた。

 

「ふえぇ…」

 

 焦った時に出るあの変な声が出てきてしまう。つまり、自分は焦っているのか。

 元々自分が好きだった相手だ。今は姉になろうと頑張っているけど、以前は異性として好きだった男の子。そう簡単に気持ちは切り替わらない。

 なんて、冷静に分析しているふりをしているが胸の鼓動は収まらない。

 

「花音先輩ってクラゲ好きでしたよね?最初に見ますか?」

「う、ううん。二人が見終わってからで良いよ?」

「わかりました。じゃあ、まずは巨大水槽から……って、あこはどこに行った?」

 

 そう言われ辺りを見回して見る。

 先程までお土産屋さんにいたのに、気づけばそこから姿を消していた。

 

「あ、いた」

 

 案外すんなり見つかったと、私は彼が見てる方を見る。そこには『ふれあい広場』という看板が立てかけてある部屋があった。その奥では、ヒトデやウニと戯れるあこちゃんの姿が。周囲の子達は小学生ぐらいの低身長なのに、あこちゃんが同じぐらいに見えるのはどうしてだろう。

 

「あはは…すみません花音先輩」

「あ、あこちゃん、すごく元気だね」

「あこ、今日の水族館をかなり楽しみにしてましたから」

「…そっか」

 

 あこちゃんを見る彼の目は、とても澄んでいて、あの時とは比べ物にならない程綺麗だった。

 そんな君を見ていると、ほんの少し…ほんの少しだけだが、私は別に要らなかったんじゃないかと不安になってしまう。彼のとなりに彼女がいるだけで、彼は笑顔になるから。

 だから、ちょっとだけ彼の手を強く握った。

 

「…?花音先輩、もしかして何処か具合悪いですか?」

「え?…う、ううん、大丈夫。ちょっと冷えるなって思っただけだよ」

「じゃあ、何処かであったかい飲み物買いましょう。あこー!飲み物買いながら場所移動するぞー!」

「わかった!」

 

 ふれあい広場で濡らした手をそのままにしながら、あこちゃんは走って戻ってきた。彼にハンカチで手を拭いて貰い、頭を撫でて貰う。とても満足いった様子だ。

 この二人、本当は兄妹か親子なんじゃないかと思ってしまった。それほどまでに距離感が無いに等しい。

 私も姉を名乗るなら、これくらいは出来た方が良いのかもしれない。

 

「りゅ、竜介君…!」

「あ、はい。なんでしょうか?」

 

 だから、まずは軽いスキンシップから…

 

「よしよし…」

「え…あ、あの…」

 

 …何だろう、何かを間違えた気がする。

 頭を撫でられながらポカンとする彼を見て、私はそう思った。

 

「か、花音先輩?急にどうしたんですか?」

「あ…えっと…ご、ごめんね…。私もよく分かんないでやってたみたい…」

「そ、そうですか…」

「うん…」

 

 何だかとても恥ずかしい気持ちになった。

 勢いでこう言う事はしない方が良いのかもしれない。そう心の中に刻み込んだあと、私は恥ずかしさのあまり駆け出してしまった。

 

「ふえぇ…!」

「あっ!待ってください花音先輩!」

 

 彼の声を背に、私は全力で逃げた。

 

 

 ___

 

 

 

「ふえぇ…ここどこぉ…」

 

 案の定、迷った。入場早々何をしているのだろうか自分は。

 もしかしたら、水族館に辿り着くまでは迷わずにこれたから油断していたのかもしれない。迷わずに来れたと言っても、事前に何度もここに訪れて道のりを覚えただけだが。最終的に何が言いたいのかというと、自分の迷い癖は普通に健在していると言う事だ。

 

「あ…クラゲ…」

 

 偶然にも、クラゲの展示コーナーにたどり着いていたようだ。

 ふわふわと水槽の中を泳ぐ多彩で多型なクラゲたちは、見ているだけで心を落ち着かせてくれる。

 

「…そう言えば、竜介君にあの時見せたのもクラゲだったなぁ…」

 

 魚の群れや、堂々と泳ぐジンベエザメか何かを見せた方が元気が出たのではないかと言う考えが一瞬頭を過ぎったが、それは置いておく。

 見たことがないクラゲがいたので、写真を撮って彼に送った。すると、ものの数秒で『クラゲコーナーですね。今行きます』という返信が送られてくる。

 

「…私、迷子になってたんだった」

 

 初めて見るクラゲに気分が高揚して、自分が置かれている状況をド忘れしていた。でも、彼が来てくれるから大丈夫。

 姉の欠片を微塵も感じないが、やはり私にはその立場は似合わないのだろうか。

 思えば、彼の笑顔を取り戻そうと奮闘して二年。私の力だけで彼を笑顔にした事があった覚えが無い。時間が経つに連れて、誰とこうした、あの子がこうで可愛かった、と意気揚々に話す様になっていく彼の話を私は聞いていただけ。本当に、私は必要無かったのかもしれない。

 

「でも、やだなぁ…」

 

 別に、姉としての存在を肯定して欲しいわけじゃない。何なら、昔みたいに手を引っ張って貰う関係に戻ったって良い。それで彼を笑顔にする事が出来るならの話だが。

 生憎様だが、彼にあの時を事を呼び起こさないで貰うためにも、自分の弱さは見せたくない。

 世界を笑顔にするバンドに所属している身としては、好きな男の子の一人ぐらいは笑顔にさせてあげたいのだ。だから、頑張って彼を引っ張ろうと躍起になっている。

 

「うん…頑張ろ…」

 

 頑張って、彼に笑顔になってもらおう。

 

「何を頑張るんですか?」

「ふえ!?」

 

 気づいたら、背後に彼がいた。

 その手にはお茶が二本握られている。

 

「これ、温かいお茶です。買ってきたのでどうぞ」

「あ、ありがとう…」

 

 さっき私としていた「少し冷える」という会話を覚えていてくれていた。何故かそれが異様に嬉しい。

 そんな想いに耽っていると、不意に彼が私の空いた手を握って来る。

 

「あ、あの…竜介君…これは?」

「手を繋いでるだけですよ?今度は離しませんからね」

「…もしかして、はぐれた事怒ってる?」

「いえ、別に」

 

 そう言った彼の笑顔は、千聖ちゃんの睨む笑顔と同じだった。

 嗚呼、彼は怒ってるんだなと思いつつ、彼のハッキリとした感情の変化に何故か小さく笑みが漏れてしまう。

 そんな私を見た彼が不機嫌そうに、

 

「…花音先輩、何笑ってるんですか?」

 

 そう聞いてきた。

 彼の様子が酷く可愛く見えて、酷く愛らしくて、口元が更に緩みそうだった。

 

「…笑い堪えてます?」

「そそそそんな事ないよ?うん。至って普通。うん、普通だよ」

「本当ですか?」

「うん、本当。ほんとにほんとだよ!」

 

 必死に弁明している中でも、それが面白くなってまた笑いそうになる。

 

「ぷふっ…くふふっ……」

「花音先輩?」

 

 彼は真顔でこちらを見ていた。あまりの恐怖に思わず「ふえぇ…」と声を漏らしてしまう。

 

「ご、ごめんね?竜介君」

「……はあ、もう良いですよ。許します。けど、罰として今日一日手を繋いだままですからね?」

「ふえぇ…」

 

 それはご褒美になっちゃいそう…なんて言ったら、きっとこの手を離してしまうだろう。だから、私は何も言わずにこの罰を受けることにした。

 

「温かいね、竜介君の手」

「まあ、体温は高いほうですからね」

「ふふっ…そうだね」

 

 確かにそうだけど、私が言いたいのはそうじゃない。けど、この気持ちは彼には内緒にしておこう。

 私がそんな事を思っている中、彼は急に黙り込み、クラゲの水槽をジッと見つめていた。

 

「クラゲって、綺麗ですね」

「でしょ?この綺麗な姿を見てると、何だか元気が出てくるんだ」

「なるほど…。確かに分かる気がしますね」

 

 彼の瞳には、興味深そうにクラゲを見つめるキラキラとした光が灯っていた。とても綺麗で、透き通ってる、水晶みたいな瞳だった。

 そんな彼を見つめていると、

 

「…竜介、くん……」

「はい、どうしま─ってなんで泣いてるんですか!?」

「ふええぇ…」

 

 ポロポロ、ポロポロと涙が出てきた。

 きっと、あの時とは真逆の今の状況に安心しきってしまったのだと思う。

 いつまでも流れてくる私の涙を、彼はハンカチで拭いてくれる。その顔は不安一色だった。

 

「もしかして、手を繋ぐ力が強かったですか?」

 

 ただ私を心配する事だけに必死になってる彼の姿は、私に涙を余計流させた。

 しゃくりあがってみっともないけど、何とか声をだして私は彼に伝える。

 

「ううん…そうじゃないの…ただ、嬉しくて…。あの時…ずっと暗かったから…今の竜介君を見てたら…何か安心しちゃって…」

「……ありがとうございます」

 

 今の言葉で全てを察してくれた。本当に、なんでこう言う時は鋭いのかな…と、私は心の中で愚痴を言う。

 

「竜介君の女泣かせ……」

「い、いきなり酷いですね…」

「酷いのは竜介君の方だよ…。ばか…ばか」

「あはは…」

 

 彼の胸に顔を埋め、今まで溜め込んで来たものを全部吐き出した。それだけで、張り詰めていた心が氷が溶けるようにゆっくりと解れていく。

 こんな所を見せてしまったら、もう姉にはなれないなと思ったけれど、どのみち要らなそうだった。だって、今の彼は私が居なくてもこんなに眩しくて…

 

「花音先輩、あの時から俺の事を気に掛けてくれてありがとうございます。ずっと心の支えでした」

 

 …彼は、ずるい人だ。どうやら、ずっと前から気づいていたらしい。

 何故彼は昔から女たらしで、変なところで鋭くて…こんなにも優しいのか。

 

「俺が笑えるのは花音先輩のおかげです。さすが、ハロハピの一員ですね」

 

 見上げた私に、彼はそう言って笑ってみせる。

 お日様みたいに明るくて、陽だまりみたいに温かくて安心する、そんな笑顔。

 

 ─それは、私の大好きな笑顔だった。

 

 彼の笑顔に見惚れる私の心の中には、姉になりたいなんて言う願望は一切なくなり、いつまでもこの笑顔を見守っていたいと、そんな暖かく穏やかな気持ちが広がっていた。

 

「竜介君の…ばーか…」

「ええ…」

「♪」

 

 心が軽くなり上機嫌だったが、一つだけずっと気になることが私にはあった。

 

「そう言えば竜介君…あこちゃんは?」

「あっ」

 

 初恋相手の存在を忘れるなんて、この人は大丈夫なのだろうか。

 このまま喧嘩になって二人の間が疎遠なったりしたら…なんて考えが頭の中に広がり、私の中は不安でいっぱいだった。

 

 

 ___

 

 

 

「もうりゅう兄!あこの事置いてくなんて酷いよ!」

「ごめんって、後で土産屋で好きな物買ってやるから…」

「……サメのぬいぐるみと、イルカの取っ手のマグカップ」

「おう、了解」

 

 案外、大丈夫そうだ。

 




花音ママの母性エンジンフル稼働回。
ままあああぁああ!(発狂)


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第16奏 二刀流恋愛プレイヤー:RinーRin


久しぶり☆


 花音先輩と水族館に行った翌日のこと。

 場所は白金家の燐子の部屋。カーテンは締め切り、ドアはきっちりと閉められている。

 カーテンの隙間から差し込む光だけが唯一の灯となっており、その光に照らされ異様な雰囲気を放つ燐子(ライバル)に─

 

「りゅっ君…好きです…!わ、私と…付き合ってください…!」

 

 俺は告白されていた。

 

「取り敢えず、説明頼めるか?」

 

 頭の中は混乱一色だった。

 何故…どうして…と、俺の脳内は疑問で埋めつくされている。

 

「説明も何も…言った通り…だよ?」

「…好きって、異性としてだよな?」

「うん…」

「マジかよ…」

 

 おかしい…何もかもがおかし過ぎる。

 燐子が好きな人はあこで、俺の好きな人もあこ。お互い好きな人を巡って何度も勝負してきた筈だ。

 どちらがあこに似合うアクセサリーを選べるかとショッピングモールに二人で買い物に出掛けたり、あこが好きそうなカッコイイ言葉勝負のため燐子の家で一徹したり、あこが誕生日の時の前日には手作りケーキを互いに作って二人きりで試食会もした。

 己をプライドをかけて競い合ってただけなのに…だけ、なのに─…

 

「よくよく考えると、割とイチャコラしてたな俺達…」

「あっ…気付いちゃった…?」

 

 アクセサリー勝負と言う名目でお外デートは何回もしてるし、お泊まりデートにあたる勝負は四回程している。それに手作り菓子の食べ合いって、カップル通り越して夫婦感がある。

 

「そうか…俺はいつの間にか燐子の手の平の上で踊らされていたのか…」

「…人聞きの悪い言い方…やめて欲しいな…」

「いや、でも事実じゃん?てか何?もしかして俺に近寄るためだけにあこ好きの同性愛者のふりしてたの?あこを利用したとか言い出したら容赦なく殴るからな?」

「りゅ、りゅっ君…落ち着いて…」

 

 詳しく、説明して欲しい。俺は今、冷静さをかこうとしている。

 

「えっとね…実はあこちゃんには…Roseliaに入った後すぐに告白したんだ…。フラれちゃったけど…」

「え、嘘…」

 

 衝撃の事実。燐子は俺より先の段階に進んでいた。これが年上の実力…。

 

「じゃ、じゃあ…いつからその…俺を?」

「…初めて会った時の次の日にはもう…。だから…あこちゃんとりゅっ君…二人が好きな状態がしばらく続いてた…」

 

 俺と燐子が出会ったのはあこを通じてだった。

 NFOと言うゲームであこと三人で協力プレイをし、結構気が合ったので連絡先を交換したのだ。その時、燐子から恋愛相談があると持ち掛けられ、燐子もあこが好きと言う事を把握。お互いに『絶対に負けない』と言う強い意思表示の下、今日まで付き合い続けて来た。

 しかし燐子は、俺にあこが好き云々と言う事を伝えた後に行った、あこ好きライバル会合の時には既に俺も好きになっていたと。

 

「尻軽過ぎない?夜の繁華街でおじさん相手に変なバイトしてないよね?」

「そんな事してないよ…!」

「そ、そうだよな…。悪い…」

 

 普段物静かな燐子からは見られない、力強い否定だった。

 

「でもさ、なんでそんな急に好きになったんだ?俺、そこまでの事した覚えが…」

「ううん…私にとって…同性愛って言うのを…受け入れてくれるだけで…それだけでとても響いたよ…。両親でも…受け入れてくれなかったから…。でも…りゅっ君はそれだけじゃなくて…私の事をライバルだって言ってくれて…。それと、りゅっ君は先輩の人達の中で…私だけ呼び捨てタメ口にするから…そう言うのずるいよ…」

「そ、そうか…」

 

 何がずるいのかはよく分からなかったが、取り敢えず燐子の中では俺にとって些細な事が大きく響いてるらしい。

 

「まあ、その…なんだ。好きって言ってくれるのは嬉しいけど…俺はあこの事が…その…好きなわけで…」

「…うん、わかった…」

「ごめん…燐子」

「ううん…気にしないで…」

 

 告白をフると言うのはやはり辛い。リサ姉の時もそうだった。きっと、この辛さに慣れる事はないだろう。

 

「それでねりゅっ君…最後に…お願いがあるんだ」

「おう、なんだ?」

 

 これを叶えてくれたらちゃんと諦めると言うモノだろう。

 燐子のことだから、ピアノの連弾か二人きりでゲームとかだろうか。最後だから燐子の要望にはしっかり答えて─

 

「りゅっ君とディープキスしたい…」

「─…ん?」

 

 気の所為だろうか。燐子から燐子らしからぬ発言が聞こえて来た。

 

「りゅっ君とお風呂入りたい…」

「えっ?」

「りゅっ君と添い寝したい…」

「燐子?」

「何ならそのまま…あんな事やそんな事したい…」

「ちょっと落ち着いて?」

 

 話がおかしな方向に転がりだした。

 燐子は胸の内にそんな欲望を隠していたのか…。俺なんかあこと恋人繋ぎしたい欲望しか無いのに…。

 

「燐子、一回落ち着こう?な?」

 

 俺は頑張って燐子を落ち着かせようとするが、この暴走タンクは中々止まらない。一回殴ったりした方が良いだろうか。

 

「病める時も…健やかなる時も…お互いに支えあいたい…」

「それもう結婚だからな?てか最後のお願い多くない?」

「…どこまでなら良い…?」

「最初から駄目だよ」

 

 燐子は不機嫌そうな顔をした。俺に非は無いはず。

 

「…普通のキスは…?」

「駄目」

「…外国だと普通にしてるよ…?」

「ここは日本。おけ?」

 

 頬を膨らませ、燐子は一層不機嫌そうな顔をした。

 

「りゅっ君はワガママだよ…」

「ワガママは燐子の方だと思うぞ?」

「むぅ…なら…最後にりゅっ君と既成事実を…」

「キスがダメで何故それがいけると思った?」

「イかせる自信はあるよ…?」

「やかましい」

 

 女の子らしからぬ発言が聞こえたので、燐子の頭にデコピンを入れておいた。

 

「てか既成事実って…寝取る気満々じゃねーか…」

「別に…寝取る気はないよ?ただ…りゅっ君が…私とあこちゃん…両方を選んでくれれば…」

「俺に二股せよと?」

「そしたら…あとはあこちゃんが私を受け入れて…ハッピー三角関係の…完成…!」

 

 得意げな顔でこのおなごは何を言っているのだろうか。

 誰も傷つかなくて理想的とかちょっと俺も思ってしまったけど。

 しかし、世間体やらチキンソウルやらがあるので、俺が燐子の案を受け入れる事はない。

 

「全部…ダメ…?」

「ダメ」

「…じゃあ…最後にハグして…?思いっきり…ギュウッって…」

「…急に普通になったな」

 

 突然普通の要求をしてくので疑心を抱えてしまう。

 だが、さすがに燐子も無理矢理はしてこないだろう。そう結論付け、俺は燐子を思い切り抱きしめた。だが…

 

「ふふっ…引っかかったね…りゅっ君♪」

 

 ドサっと、燐子が俺を押し倒した。

 嗚呼、何となくこんな感じはしていた。だが、俺は男で燐子は女。力の差はハッキリしており─…

 

「なんか燐子の腕重くない?」

「両手首に十キロずつ重り巻いてる…。今日の朝から…」

「準備万端過ぎない?」

 

 やだ…この人ガチだ。ガチで男を犯しに来ている。

 

「りゅっ君…」

「な、なんだ?」

「筋肉痛で腕が動かない…」

「バカじゃねーの?」

 

 よくよく考えれば、普段引きこもり気味の燐子に重り生活は無理な話であった。

 一先ずこれで安心だが、体勢と重りのせいで俺も腕を動かせない。

 

「どうしようりゅっ君…」

「誰かが来るの待つしかないんじゃない?俺意外に来客は?」

「……このあと…あこちゃんが来る…」

「…はっ?」

 

 耳を疑いたくなる様な情報が入って来た。

 

「あこが来るのか?え、何?あこが来るまでにキスして風呂入って添い寝して既成事実作って役所に書類出そうとしてたの?」

「行けるかなって…」

「行けねーよ…」

 

 まさかほんの数十分で恋のABCを終わらそうとする人がいるとは…。

 そんな失望感に俺が浸っていると、燐子の部屋の扉が開く音がする。

 燐子の顔には「終わった」と書いてあった。

 

「りんりん!遊びにき…た……よ?」

「「…」」

 

 この状況を見て、あこは何を思うだろうか。

 バンドメンバー兼ゲーム友達が自分が住んでいる家の家主を襲っているという、中学三年生には情報過多過ぎる状況。

 

「何…してるの……?」

 

 あこの瞳からハイライトが堕天した。

 おそらくこれからお説教である。

 二兎追った燐子は、二兎とも手放すはめになった。

 



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第17奏 今日の明日香、明日の明日香

評価がうなぎのぼり〜


「あこー?おーい…」

「…」

 

 現在、あこが拗ねている。

 燐子の部屋にて俺と燐子の様子を見てから、あこの機嫌がすこぶる悪い。あこが燐子に説教をし、そのまま俺を引っ張って帰路についたのだが、全く口を聞いてくれないのだ。

 もちろん事情は話してある。俺が燐子に襲われそうになったと何回も説明したし、何なら燐子の腕の重りを外す所までしっかりと見ていた。

 俺は被害者だ。なのに何故あこは俺に対して不機嫌な態度を取るのか。

 

「りゅう兄。あこ、お姉ちゃんの所行ってからりゅう兄の所戻るね」

「お、おう。車に気をつけてな」

「うん」

 

 言って、あこは自分の家に帰って行く。

 俺は一人、ポツンとその場に立っていた。

 何となくだが、置いて行かれた感覚がある。一気に見える景色の色が落ちていく感じは何なのだろうか。

 

「先輩?何してるんですか?」

「ん?明日香か…」

「はい。先輩の可愛い後輩の明日香ちゃんですよ〜」

 

 気が付けば明日香に声を掛けられていた。

 

「相変わらずその挨拶似合わないな。で、何してんだ?こんな所で」

「ちょっと先輩に用事があって。先輩は何してるんですか?」

「うーん…心の迷子?」

「ちょっとよく分からないです」

 

 ちょっと気を抜けば、あこが居ない寂しさで発狂してしまいそうだ。

 最近あこがずっと傍にいたから依存してしまっただろうか。

 

「そう言えば、今日はあこちゃんがいませんね。いつも一緒にいるのに」

「……今あこの話題を出さないで下さいお願いします」

 

 つい早口になってしまった。しかしこれも、あこが居ない故の仕方ない症状である。

 

「……もしかして喧嘩ですか?でも、あこちゃんって今先輩の家に居候してるんですよね?あ、家出ですか?探すの手伝いますよ?」

「そこまで大袈裟な事じゃないよ……。喧嘩……とはまたちょっと違うかな」

「先輩、今度は何したんですか?」

「俺が何かした前提なの?」

 

 信頼度低すぎ無いだろうか。

 明日香の疑いの目を受けながら、俺はそう思った。

 

「俺は何もしてないよ。むしろ被害者だし」

「……一応聞きますけど、何されたんですか?」

「今日の昼な、俺と同じあこ好きの女の先輩の家で『あこ好きライバル会合』ってのをやってたんだけど、実はその先輩は俺の事も好きな両刀タイプでさっきその人に告白されて襲われかけたんだよ。で、その時にちょうど良くあこ来て……」

「待ってください先輩。情報量が多すぎて処理仕切れません……」

 

 明日香が右手で静止の合図を出して来る。

 俺も自分で言ってて訳が分からない。だが、俺はこれでも実際に起こった事を話してるだけなのだ。

 

「えっと、整理しますけど……あこちゃんが好きなレズの先輩の家に遊びに行ったら、告白されて襲われかけて、その場面にあこちゃんが遭遇したと……これで良いですか?」

「大方その通り」

「嘘ですよね?」

「ほんとなんだよなぁ…」

 

 嘘だと思いたいが本当の事である。

 

「で、その後あこちゃんは?」

「燐……先輩を叱った後、俺をここまで引っ張って来たと思ったら、急に実家に帰って行った」

「実家……」

「うん、実家」

 

 あながち間違いではないだろう。あこはもう俺の家の一員だと思っている。一員と言っても、家には思春期高校生男子一人と猫一匹しかいないが。

 

「そう言う訳で、俺は今一人だ。これからすぐ帰って夕飯の買い物に行くけど」

「あ、それなら私も連れてってくれませんか?今日、先輩の家に泊まりたいんですよ」

「……え?」

 

 この娘、今なんと言っただろうか。

 中学三年生が、男の家に、一人で、宿泊?

 

「男の家に一泊なんて、女の子がそう言う事しちゃいけません」

「だから先輩に頼んでるんですよ。信頼できる男の人なんて先輩しかいませんし」

「……それもそうか。てか、なんで俺の家?喧嘩でもしたの?」

 

 あの脳内キラキラスター姉ちゃんが怒るとは到底思えないのだが。

 

「あ、いえ。今日お姉ちゃんバンドメンバー全員でのお泊まり会に行ってるので。お母さんもお父さんも結婚記念日で今日から一泊の夫婦旅行ですし」

「結果一人になったから家に泊まりに来たと」

「そうです。寂しいじゃないですか、一人って。こういう時に限って友達は皆予定ありますし……」

「なるほど」

 

 明日香の様なしっかりした子でも、家で一人だと寂しく感じるのか。

 

「意外と可愛いとこあるな」

「そうですか?なら、先輩の彼女になってあげますよ?」

「残念だけど俺にはあこがいるんだなぁ」

「先輩にフラれました……。今度有咲さんにチクります」

「やめて」

 

 そんな事されたら次の日の学校でゴミを見るような目を向けられてしまう。有咲のガンは怖いので勘弁して欲しい。

 

「あ、それと先輩。今日の夕飯はグラタンが良いです。もちろん手作りで」

「え、急に?」

「前に好きな物作ってくれるって約束したじゃないですか」

「……そう言えばそんな約束もしたな」

 

 以前有咲の家に香澄と行った時にこの約束を取り付けられた覚えがある。

 今度香澄が明日香から今日の話を聞いて家にご飯食べに来るんだ。そしたらその話が香澄から明日香に……無限ループの幕開けだ。

 

「そう言う訳なので、今日はお願いします。あ、何ならこのまま買い物行きますか?」

「そうするか。おやつは五百円までな」

「先輩の手作りが良いです」

「ワガママだな……」

 

 ___

 

 

 明日香の手を引き、商店街にやって来た。

 

「明日香はグラタンに入れるマカロニは筒状の方?それともちょうちょリボン?」

「先輩にお任せします」

「なら、ちょうちょの方だな」

 

 確かあこの家では、マカロニはちょうちょマカロニだと言っていた気がする。

 あこの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 

「先輩、今あこちゃんの事考えてますね?」

「え、分かるの?」

「はい。先輩、あこちゃんの事を考えてる時はすごく優しい顔してますから」

「そ、そうなのか」

 

 優しい顔とはどんな顔だろうか。

 変な顔をしていると言われるよりはマシだが、照れくさくなってしまう。

 

「先輩って、あこちゃんをずっと想い続けて来たんですよね?だから色んな人からの告白をフッて……」

「な、なんだよ急に」

「いえ、単純にかっこいいなぁ~と」

「そ、そうか……」

 

 何だか今日の明日香は小悪魔属性が強い気がする。

 いつもはこんなに弄ったりしないのに……

 

「私、そんな先輩の事が好きですよ?」

「ん?そうか、ありがとな」

「……好きです、先輩」

「?……おう、サンキュな」

 

 明日香って、こんな直球に好き好き言う子だったっけ。

 いつもイタズラで思わせぶりな態度をとる事は多かったが……

 

「先輩、すき……」

「明日香、そう言う告白ごっこみたいな事はやめろ。いつか後悔するぞ」

「……私、先輩の事嫌いです」

「それで明日香がちゃんと幸せの道を辿れるなら、俺はお前に嫌われたって良い」

 

 俺が少し叱ると、明日香は耳を赤くしてそっぽを向いてしまった。怒らせてしまっただろうか。

 

(なんでそう言う事を)(平気な顔で言うかな)……」

「明日香?どうした?」

「何でも無いです。それと、私は『先輩』として先輩が好きなだけですからね」

「そう言う事かよ……あんまり驚かさないでくれ。こちとら傷持ちなんだから」

 

 燐子にリサ姉、そこに明日香まで加わったら俺の心は崩れさるだろう。

 

「先輩、あと二つか三つほど傷が増えますよ。私の推測ですけど」

「え、嘘。もうこれ以上傷増やしたくない……」

「だったら、早くあこちゃんと付き合ってください。そうすればその人達も諦めがつきますから」

「中々難しいな……」

 

 あこへの告白なんて、高三になっても出来る気がしないのに。

 

「本当にお願いしますよ?本当に……」

「?……取り敢えず善処する」

「それやらない人のセリフです」

「お、俺はやる時はやる男だし?」

 

 若干声が裏返ってみっとも無かった。先輩の尊厳ズタボロである。

 

「……一つ、先輩に良いことを教えてあげます」

「なんだ? あと十分でここのタイムセールが始まるのは知ってるぞ?」

「そんな事どうでも良いです」

 

 この娘、主婦(夫)の味方であるタイムセールをそんな事と言いおった。罰として嫌いな食べ物追加してやる。

 そんな事を考えてる間に、明日香は咳払いを一つし、俺に先程言っていた『良いこと』を説き始める。

 

「良いですか先輩。女の子って言うのは、嫌いな異性の家には泊まりに行ったりはしませんからね?」

 

 との事らしい。

 つまり、俺の家に寝泊まりしているあこは、俺の事を嫌ってはいないと。

 

「なるほど」

「分かってくれましたか?」

「おう。あこには嫌われてない事を理解したぞ」

「そういう事です。……それでですね……」

 

 俺が内心で舞い上がっていると、明日香が若干モジモジしながら期待に満ちた目でこちらを見て来た。

 

「どうした?」

「いえ……その……わ、私も先輩の家に泊まる訳ですから……その、なんと言うか……つまり」

「つまり?」

「……わかりませんか?」

「うん」

 

 明日香が泊まる事は承知したので、もうどうと言う事はないが。

 

「先輩……私の事何だと思ってるんですか」

「大事な大事な可愛い後輩。あ、彼氏出来たら言えよ?俺より弱いやつにゃ明日香は渡せん」

「貴方は私の親ですか……」

「有咲も同じ事言ってた」

 

 娘の様に大切なのは事実だ。

 

「……つまり、明日香も俺の娘?」

「違います。というか『も』って……有咲さんは娘なんですか?」

「うん。有咲は俺の娘だよ」

「……ふーん」

 

 何故か明日香はつまんなそうな顔をしていた。別段おかしな事を言った覚えはないが……。

 

「先輩……今、あこちゃんの事考えてる時と同じような顔してました。実は有咲さんにも気があるんじゃないですか?」

「え、ないよ?」

「そんなバッサリ……」

「まあ、あこと同じくらい大切って言う事は認めよう」

 

 蘭と沙綾と有咲には、意識しなくても自然と肩入れしてまうのだ。

 俺が言うと、明日香は先程よりも更に詰まらなそうな顔をしていた。

 

「付き合う前から浮気とは……先が思いやられますよ……」

「俺がいつ何処で浮気したのさ。俺はあこ一筋だ」

「今ここでしてますよ。先輩って凄いですね。才能の塊ですよ」

 

 明日香はジト目でそう言った。

 全く身に覚えのない罪をふっかけられているこの現状。俺は冤罪を学んだ。

 それと、どうやら俺は才能があるらしい。何の才能かは分からないが、ただ一つわかった事は……

 

「なんか褒められてる気がしないな」

「褒めてませんからね。あと、この事は沙綾さんに言っときますね」

「やめて」

 

 そんな事されたらガールズバンド連絡L〇NEで拡散されて有咲と紗夜先輩あたりから責められる。もう冷凍フライドポテトで殴られたくない。

 頭の中で鬼教官の事を思い浮かべながら、俺はカートに椎茸を入れた。

 

「……先輩、グラタンに椎茸は合わないと思いますよ?」

「いや、副菜用だよ。何ならぶっ込んでも良いけど」

「……私が椎茸苦手なの知ってて言ってますよね?」

「おう」

 

 俺が笑って返すと、明日香は脛をげしげしと蹴ってきた。地味に痛いのでやめて貰いたい。

 

「料理担当だからって調子に乗ってると痛い目いつか見ますよ。あ、私の焦げた卵焼き、毎朝食べさせてあげましょうか?」

「おう、どんとこいだ。受けて立とう」

「え、良いんですか?」

「ん、良いけど?何、もしかして怖気付いた?」

 

 少し煽ったら明日香がより強く脛を蹴ってきた。

 

「先輩……明日の朝覚えといて下さいよ」

「おうおう覚えといてやるよ」

「……やっぱり先輩なんて大嫌いです」

「ういやつういやつ」

 

 明日香の蹴りは止まらなかった。

 



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第18奏 明日香の今まで

 ___

 

 

 昔……と言っても一年前程の話だが、私は所属する水泳部にてスランプと言うものに陥っていた。

 いくら練習しても記録は伸びず、先輩や同期の人達、終いは後輩にまで実力で追い抜かれる始末。

 焦りと悔しさと嫉妬が絡みあって、ただでさえ落ちていたタイムが余計に落ちていった。

 顧問の先生からは、これ以上タイムが落ちたら大会は厳しいと言われ、私の焦りは増した。

 そんな状況に追い込まれていた時、ある日家に帰ったら両親の靴がなく、代わりに知らない人の革靴があった。

 

『あっ!お帰りあっちゃん!』

 

 リビングから姉が出迎えてくれる。いつも通り騒がしいが、その時はそれに元気を貰ってしまう程参っていた。

 ただ、何故かこの日は姉がいつも以上に活き活きとしており、私の手を引っ張ってリビングまで連れて行くと、

 

『じゃーん私の妹のあっちゃんだよ、りゅう君!』

『おお、その子が……』

 

 台所で夕飯の支度をしている知らない男の人を紹介した。

 姉と同じ学校の制服を来ていたが、それでも知らない人には変わりないので酷く警戒したのを覚えている。

 

『お、お姉ちゃん……この人は?』

『私の友達のりゅう君!』

『いや、りゅう君だけじゃ分からないんだけど』

 

 あ、そっかーと今更気付いた様子で返す姉を小突きつつ、私は初めて会った先輩の前に出る。

 

『は、はじめまして。戸山明日香です』

『神楽竜介だ。よろしく』

『は、はい……よろしくお願いします』

 

 これが私と先輩の出会い。

 そしてこの日を境に、私の周辺は変わっていった。

 まず、先輩が度々家にご飯を作りに来るようになった。

 次に、私と姉の昼のお弁当を作る様になった。さすがに毎日ではないが、先輩のお弁当の日は姉が五割増しぐらいで元気になった。

 さらには、母と肩を並べて料理する事していたり、休みの日には母に料理のレシピを教えていたりもしていた。

 先輩が家に来る毎に、父の威厳がなくな……これは言わないでおく。

 そうして、先輩はどんどん我が家に馴染んでいき、母も先輩の事を息子のように可愛がるようになった。

 何よりも怖いのが、ここまで来るのに一ヵ月を要さなかったことである。

 ただ、私も含め、先輩の事を気に入っているのは事実であったため、誰も咎めはしないのだ。

 

 そんな先輩だから、私は頼ったんだと思う。

 

『あの、先輩……』

『ん、どうした?』

『実は相談があって……』

 

 ──そうして、私は話した。

 部活でスランプ気味な事。

 それのせいで周りに差をつけられている事。

 全部話終わった後、先輩は少し悩んで言ってきた。

 

『明日香、明日一緒に泳ごうぜ』

 

 こう言われて『はっ?』と返した私は何も悪く無いはずだ。だって訳が分からないし。

 ただ、宣言した後の先輩はだいたい行動が早い。

 

 翌日、本当に花咲川学園中等部の室内プールを貸し切りにした先輩は何者何だろうと、私は今でも考える。

 

『お、待ってたぞ明日香』

 

 競泳用のボクサーパンツタイプの水着を来て、ストレッチをしながら待っていた先輩。

 訳が分からなかったが、練習をサボるわけにもいかず、私は一緒にストレッチをした。

 

『先輩、どうやってここに来たんですか?』

『ここの理事長やってる人のお兄さんの娘が俺と幼馴染でな。プール貸してくれって頼んだら秒でOKが出た』

『酷い権力行使ですね……』

『そうでも無いぞ?ちゃんと対価は払った。と言っても、こころ……幼馴染とのデートが条件だったけどな』

 

 そんな物の貸し借り程度の感覚で公共施設を使って良いのかは定かでは無かったが、この時は気にしている余裕が無かった。先輩がストレッチが終わった後、基礎練習もせずにクロールで泳ぎ始めたからだ。

 五十メートルを泳ぎきった後、水泳ゴーグルを外して何とも楽しそうな顔で笑う先輩──

 

『明日香、五十メートルクロールで勝負しようぜ!』

 

 そして、また突拍子もない事を言ってくる。

 

『良いんですか?私水泳部ですよ?』

『おう、本気で来い。俺はゲームをガチ勢とやる派だからな』

『ふふっ、そうですか』

 

 こんなに緩い感覚での水泳は久しぶりだった。

 重い覚悟を背負わなくても良い、そんな気が楽な、まるでゲームのような感覚。

 

 それはただ純粋に──

 

『よーしそれじゃ……よーい、どん!』

 

 ──楽しかった。

 

 その後、当たり前だが勝負は私が勝った。

 仮にも水泳部に所属してるので、負ける訳にはいかないのだ。

 ただ、あれだけ先輩が自信満々だったので、結果に拍子抜けした部分もある。

 

『あ、そうだ。明日香、ほれ』

 

 そう言って先輩が何かを私に向かって放り出した。

 慌てて両手でキャッチすると、何やらそこにはデジタルの数字が並んでおり……

 

『え?』

『一応言っとくが、それお前の分だからな』

 

 それは何処からどう見ても、ストップウォッチだった。

 しかし、私が驚いたのはそこではない。

 

『自己ベスト更新してる……』

『お、そうだったのか。おめでただな』

『で、でも……先輩いつの間に……』

『いつって、泳いでる時に決まってるじゃん』

 

 先輩の答えに私は驚愕した。お世辞でもなく、先輩は割といい線を行っていたから。

 これがもし、私のタイムを測りながらではなく、本気で泳ぎに集中していたら……そう考えて結論に至った所で、先輩にデコピンをされた。

 

『お前、肩に力入れすぎだ』

『か、肩の力はなるべく抜いて泳ぐ様には……』

『あーそうじゃなくて、気持ちの問題だ。明日香ってさ、普段楽しんで水泳やってるか?』

『楽しんで……』

 

 思い返して見ると、入部したての時や泳ぎを身につけている時、記録会を始めた時は、純粋に楽しかった。

 けれど今はどうだ? 記録だけを気にし、周りを僻んでばかりだ。

 

『いいか明日香、スポーツってのは楽しんでやるものなんだよ。いや、確かに本気になる事は大切だよ? でも、勝つ事にこだわり過ぎたら、それこそ戦争と変わらないだろ。だから、気張り過ぎず適度に楽しんで、その中で努力しろ。いいな?』

『は、はい』

 

 胸に杭を打たれた程の衝撃だった。

 たったの十数分。そのわずかな時間で、先輩は私を底から救い上げてくれたのだから──

 

『うっし、やる事もやったし帰るか。先に行ってるぞ』

『あっ……せ、先輩、ありがとうございました!』

『お?お礼とかは良いぞ』

 

 先輩の後ろを付いていく私の方を徐ろに振り返り、そっと私の頭を撫でながら、

 

『可愛い後輩のためだ。これくらい幾らでも付き合ってやるよ』

『ッ!』

 

 笑って返された。

 私はそれだけ……たったそれだけの事で──

 

『……先輩、好きな人がいるんでしたよね』

『お、おう。そうだけど?』

『乙女に向ける言葉は気をつけた方がいいですよ。止まらなくなりますから』

 

 

 この人を好きになってしまった。

 

 

 ___

 

 

 

 私こと戸山明日香は、一つ年上の先輩である神楽竜介の事が好きだ。

 

「夜のアイスどうしよ……あ、新作出てる。あー……でもあこはこっちの方が好きそうだなぁ……」

 

 楽しそうに意中の人にあげるアイスの事を熟考しているこの人が好きだ。

 

「明日香はアイスどれにする?」

 

 私の恋は実らない。

 そんな事はとっくの昔に承知している。でも、こうやって二人きりでいる時くらい、私を見てくれたって良いと思う。

 

「そうですね……じゃあこれで」

「一番高いやつ選びやがったな」

 

 だから私は、先輩の気を引きたいがためにこうして意地悪をする。

 けれど──

 

「明日香はほんとにワガママだなぁ。最初はもっとお淑やかだったのに」

 

 この人はいつも笑って私を許す。気にする素振りなんて微塵も見せやしない。

 

「猫被ってても仕方ないですからね。あと先輩、言ってる事の割には顔が笑ってますよ」

「ワガママは嫌いじゃないしな。それに、明日香は可愛い後輩だし」

 

 最近、私の立ち位置が『可愛い後輩』に落ち着いてしまっており、全くアプローチが効かなくなって来ている。

 最初の頃は分かりやすく顔を赤くしていたのに、今は適当な言葉であしらわれてしまう。マンネリと似たようなものだろうか。

 

「先輩」

「ん、なんだ?」

「もし先輩があこちゃんと一緒にいる時に、他の人から告白されたらどうしますか?」

「どんな状況だよそれ……」

 

 もうアプローチは効かない。

 だから──……今夜勝負に出てみようと思う。

 



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第19奏 明日香の先輩

明日香を引っ張った理由? え? 中三だから?(正しくロリコンの鑑)



 明日香との買い物が終わり、帰路にてあことばったり遭遇。ついでにそのまま羽沢珈琲店で一服もしておいた。

 家に帰ってからは夕飯の支度に取り掛かろうと準備を開始。そこにエプロン姿の明日香が「私の嫁力見せてあげます」と言いながら乱入してきた。さらに、何故かあこも俺のエプロンを着て参戦。

 その後、椎茸を入れたくない明日香と、ピーマンを入れたくないあこと、両方ぶっこみたい俺とで三方に別れ、何処ぞの日朝ライダーよろしく混沌を極めていた。俺の隙をついて嫌いな物を野菜室に戻そうとするのやめて欲しい。

 そんな愚痴が漏れてしまう出来事もあったが、夕飯の支度は終了した。何故か俺の皿だけピーマンと椎茸が集うカオスグラタンになっていたが、無事分配。

 中学三年生(お子様)達に嫌いな物を食べさせた後、少し食後休憩を取らせたのちに風呂に向かわせた。

 

「先輩も一緒に入りますか?」

 

 と言う明日香のからかいに、

 

「明日香の胸があと二回り大きくなったら入ってやるよ」

 

 と返して金的を蹴られた。

 後輩ジョークに先輩ジョークで返しただけなのに、この一方的な理不尽は如何なものかと国会に抗議したい。

 

「後輩にセクハラする先輩ってどうなんですかね?」

「先輩の金ちゃんを蹴りあげる後輩もどうなんだろな?」

 

 バチバチと火花を散らしながら、お互いの背後に龍と虎が現れる(ような気がした)

 

「喧嘩は、めっ!」

 

 そしてここで第三勢力の参入。

 猫(ニャン吉)を纏った(抱き抱えた)魔王が登場。実物は強すぎたので、勝敗は第三勢力に譲った。

 こっそり写真を撮ってゆきにゃーに自慢したのはまた別の話。

 龍虎合戦(猫)が終了し、無事二人を風呂に向かわせた俺は、二階に上がって明日香の部屋の準備をする。が、ここで問題発生──

 

「やっべ、布団の余りが無い……」

 

 何故こう言う日に限って、ニャン吉は来客用布団のある押し入れの中で爪とぎや排泄をしたのか。これは(ご飯)を餌に聞き出さなければ。

 そんないつかの予定の話はまた今度にして、今は明日香の寝床を準備しなければ。

 

「俺の部屋でいっか」

 

 そう結論づけ、俺は一階に戻った。

 それからテレビを見ながらニャン吉の毛ずくろいをしていると、明日香とあこが戻って来る。

 お風呂上がりの女の子はどこか色っぽいと言う話と、髪を下ろしたあこがべらぼうに可愛いと言う話は後でひまりとするとして、俺は寝床について明日香に相談した──

 

「明日香、今日俺の部屋で寝てくれないか?」

「初めては先輩と決めているので無理ですごめんなさい」

「なら問題ねーじゃねぇか──って違うわ。布団の余りが無かったから俺の部屋使ってくれって事だ」

「……先輩はどこで寝るんですか?」

 

 似合わない冗談を言った明日香が心配そうな顔で尋ねてくる。さっきまで合戦やってたのに急にうるうるとした涙目の可愛い後輩になるのやめて貰いたい。頭を撫でたくなってしまう。

 

「俺はソファーか何かで寝るから気にすんな」

「そう言う訳にはいかないですよ。年下が年上より良い環境で寝るなんて無礼なこと出来ません。あと、頭撫でないでください。子供じゃないです」

「そう言う事は椎茸食えるようになってから言え。と言うわけで、子供はちゃんとした所で寝ような?大きくなれないぞ?」

「別に大きくならなくても良いですよ。先輩どう見ても小さい子好きですし」

 

 さりげなく発せられたロリコン認定発言に不満を感じていると、明日香がチラりとあこを見る。

 

「どうしの、明日香ちゃん?」

「何でもないよ。先輩が未発達好きなのを再確認しただけだから」

「おい待ていつ俺がロリコ……未発達好きになったんだよ」

「……ずっと前から、ですかね」

 

 心の中からひび割れた音がした。

 俺は傷ついたチキンソウルをそっと奥に隠し、

 

「俺は断じてそう言う系じゃない」

「無自覚なだけで絶対そうですよ。なんなら試してみますか?」

「ほーん、良いだろう。条件は?」

 

 そう聞くと、明日香はニヤリと口角を上げた。途端に嫌な予感が身体を走る。

 

「じゃあ先輩、今日私と寝て下さい」

「初めてを捧げる人は決めてるので無理ですごめんさい」

「良いでしょう、ならば無理矢理奪うまでです」

「俺が求めてた答え(ツッコミ)と違う……」

 

 何でノリツッコミしてくれないのさと、俺が愚痴ると、

 

「だって本気ですもん」

 

 真顔でそう返して来た。

 へいへいウェイトウェイトと内心で阿呆みたいに焦っている俺は、

 

「私、先輩の事好きですから」

 

 年下に貞操を狙われる情けない先輩になっていた。

 

「女の子が軽々しくそう言う事をだな……」

「軽々しくないですよ。こんな事言うのは先輩相手にだけですから」

「だからな明日香、そう言う告白ごっこみたいな事は──」

「ごっこじゃないです」

 

 その一言に俺は固まった。

 

「今、なんと?」

「だから、ごっこじゃないです」

「……マジ?」

「さっきからずっと本気って言ってるじゃないですか。で、どうなんですか?」

 

 明日香はジッと見つめて聞いて来るが、ここで素直に返事をしたら、あこに好きだと伝える事になってしまう……

 

「──お前、まさか」

「何ですか先輩?」

 

 明日香がニヤりと笑った。

 この娘、本気と言っておきながら俺を弄っていやがる。肝の据わり具合いが俺の百倍先を行っている。

 

「先輩、どうしたんですか?答え、聞かせて下さい」

「くっ……」

 

 どうしよう、後輩が強すぎる……。

 心の中で歯噛みしながら唐突に訪れたアタックチャンスに戸惑っていると、不意にあこがクイクイと服の裾を引っ張って来る。

 

「りゅう兄、大丈夫?」

 

 と、上目遣いでまっすぐに心配してくれるあこ。味方と天使はここにいた。

 

「俺は大丈夫だ。それと、ちょっとだけ失礼するぞ」

「ふえ?──」

 

 あこを抱き寄せ、そのまま耳を塞いだ。

 土壇場での神対応にドヤ顔を作って明日香を見ていると、何故かジト目を返された。

 

「先輩、そう言う事は出来るんですね」

「そう言う事?」

「……何でもないです。で、返事はどうするんですか?」

 

 ジト目の明日香が聞いて来る。

 今の俺は天下無双も出来る程無敵状態なので、何でも言える自信がある。

 

「明日香、俺はあこが好きだ。だからお前の想いには答えられない」

「──わかりました。まったく、耳を塞いだら意味ないじゃないですか」

「どうよ俺の神頭脳」

「どうしようもない程のチキンですね」

 

 何故か急に明日香の発言が辛辣なものになった。それと心做しか怒っているようにも見える。

 

「明日香、なんか機嫌悪い?」

「悪くないですよ。先輩の気の所為です」

「嘘だな。だって明日香の怒ってる時の癖が出てる」

「……何ですかそれ」

「それは内緒」

 

 それを言ってしまっては明日香が意識してしまう。

 本当はそんなものないけど。

 

「で、どうした?」

「……別に、先輩はいつも通りあこちゃんにゾッコンだなって思っただけです。それ以外の子はどうでも良いんだなーって」

 

 いじけて言った明日香は、ぷいっと顔を逸らす。

 

「私だって、頑張ってるんですから……見てくださいよ……」

 

 口を尖らせる明日香は、子供のようだった。パジャマの裾をギュッと握り、悔しそうな顔をしている。

 何故そこまで悔しがるのかは分からなかったが、明日香が誤解をしていると言う事は分かった。

 

「俺は、明日香の事ちゃんと見てるぞ?」

「そんな嘘、つかなく──」

「嘘じゃない。だって、俺は明日香が椎茸嫌いで、俺の手作り菓子が好きで、寂しがり屋の可愛い後輩だって事、ちゃんと知ってる。だから、ちゃんと見てる」

「な、何ですかそれ……」

 

 ギリッと歯噛みした顔で明日香が俺を睨んだ。

 まるで、ふざけるなとでも言いたげな顔だった。

 

「先輩は私の気持ち、分かってくれないじゃないですか」

「人の心なんて分からん。俺はエスパーじゃないからな。でも、明日香が俺を必要としてるのは何となくわかる。それがどんな形なのかは分からないけど」

 

 気さくな友人としてか、いじり合える先輩後輩の仲か、それとも恋人としてか──

 

「さっきの明日香の告白、あれは本気って事で良いのか?今の状況から見るに」

「今の状況とかじゃなくて、最初から分かってて下さいよ……」

「そこはほら、あれよ……竜介クオリティ的な?俺に女心とか無理だ」

 

 そもそも俺は男だし、と心の中で言い訳を付け加える俺に、

 

「開き直りましたね……」

 

 明日香が一瞬だけくすりと笑って返した。

 

「まあでも、明日香を見てるのは本当だぞ?最近水泳のタイム上がってんだろ?顧問の先生から聞いた」

「……先輩、私の何なんですか」

 

 何──とは、簡単な問題を出してくれる。

 そんなもの、明日香に出会った時に決まっているのだ。

 

「俺は明日香に出会ってからずっと、『明日香のカッコイイ先輩の神楽竜介』だよ」

「──っ、そう……来ましたか。先輩は酷い人ですね。そんな事言われたら、私はずっと『先輩の可愛い後輩の戸山明日香』でいなきゃいけないじゃないですか」

 

 悔しそうな口調で明日香は言うが、その顔は笑っていた。

 

「仕方ないですね……先輩のために引いてあげましょう。それと先輩──」

「ん、なんだ?」

「あこちゃん、赤くなってますよ」

「えっ?」

 

 明日香に言われ胸元のあこを見ると、耳から頬まで全てが赤くなっている姿が目に写る──

 

「うおおぉ!?悪いあこ!苦しかったか!?」

「……うん……苦しかった」

「ほんとごめん!」

 

 思い切り抱きしめる形になってしまったあこを離そうと俺は動くが、

 

「りゅう兄……待って……」

 

 服を掴むあこによって、それは阻止されてしまった。

 

「もう少しだけ、このまま……」

「お、おう……でも、苦しかったんだろ?どうして続けるんだ?」

「分かんない……けど、嫌じゃなかったから……」

 

 自分の胸に手を当ててあこは答えた──

 

 

(ドキドキしてる……)

 

 

 俺に頭を当てつけて、あこが何か呟いたが上手く聞き取れなかった。

 どうすれば良いのか分からず、俺は頼る様に明日香を見るが……

 

「これはまだまだ時間がかかりそうだなぁ……」

 

 そう何かを察した様子を見せるだけで、手助けはしてくれなかった。

 燐子に告白され明日香に告白され、あこに抱き着かれ……本当に今日はおかしな一日だ。




結局最後は魔王が持っていくぅー⤴︎
二話連続投稿で真っ白に燃え尽きたのでしばらくお休みします。


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第20奏 あした・こみにゅけーしょん

最近忙し過ぎて感想返信が間に合わない……


 ──嗚呼……どうしてこうなった。

 

 そう心の中で叫びながら、俺は頭の中で現況を作り出した元凶を思い浮かべる。

 確かに布団の数が無いとは言った。我が家の飼い猫が脱糞&爪とぎしてくれたおけげで足りなくなったのは間違いなき事実。

 だが、一つだけ愚痴を言わせて頂きたい。

 

「“あこと同じ布団”で寝かせるのはないだろ……」

 

 フラれた恨み?フラれた恨みなの?と、本人のいない所で煽ってみるが虚しきかな。せいぜい隣にあこがいると言う緊張がミジンコ一匹程度の差で緩んだぐらいだ。

 昨日の夜、告白云々が収まり、本来の議題である『明日香の寝床をどうするか』に戻った。当初の予定では俺がソファー、明日香が俺の布団と言う形で収めようとしたが、やはり明日香は納得してくれない。そうして布団の使用権の押し付けをしていた所で、俺が失言した──

 

「『あこと一緒に寝れば』なんて提案しなければ良かったかなぁ」

 

 全ては俺の自爆である。

 この発言から、幼馴染同士の俺とあこが寝れば良いと明日香に言い押されてしまったのだ。あこも満更でもなかったのが後押しになっていた。

 そうして現在に至る。俺の腕の中で寝る少女を見ながら一度溜息をついた。

 

「よく何も起こさなかったよな、俺」

 

 頑張った。本当に俺は頑張った。

 物凄くドギマギしながら深夜中ずっとあこの吐息を感じ、小さな身体の体温を感じ、ぴくりとも動かず一晩耐え抜いたのだ。

 神楽竜介よく頑張ったと自画自賛しながら、もうすぐ起床時間である午前五時半を迎えようとしている。

 

「さて、どうやってあこを動かそうか……」

 

 腕枕の中にいるあこの頭を起こさず枕に移動しなければならない今回のミッション。難易度高すぎやしないだろうか。

 一体全体どう言う事だってばよと今日何度目か分からない愚痴を吐きながら、あこをそっと動かす。

 

「……よし、成功」

 

 あこを枕に寝かした後、ゆっくり身体を起こして俺は布団から離れ──

 

「……ん?」

 

 ──ようとしたところで、あこにパジャマの裾を引っ張られた。

 薄ら瞼を開け、寝ぼけた様子のあこが、まるで幼稚園児の様な言葉遣いで言ってきた。

 

「いっちゃ……やー……」

「やーって……朝ごはんの支度があるんだけど……」

「やー……」

 

 おもちゃを親にねだる子供みたいに、あこは俺を離さなかった。

 

「はぁ……後三分だけだぞ?」

「……もっと……」

「いや、だから朝ご飯……」

 

 中々融通を利かせてくれないあこに呆れつつ頑張って涙目のあこの手を解こうと優しく触れるが、そこであこがボソっと呟いた。

 

「やー……りゅうすけは……あこといっしょ……」

 

 より強く、ギュッと俺の服を掴むあこに、俺は驚愕の目を向ける。

 あこに名前で呼ばれたのは小学生の時以来だ……と胸を突かれていると、寝ぼけてるとは思えない力であこに布団の中へと戻されてしまった。

 トクン、トクンとあこの心音を感じ、俺の顔がうるさいくらいに赤くなる。

 ギュッと抱きしめられた温もりは、一夜漬けによる睡魔を引っ張り出してきた。

 

「……あと十分ぐらいなら良いか……」

 

 そう呟いた後、あこの寝息を子守唄がわりにしながら俺は二度寝した。

 

 ___

 

 

「──と言う事があり寝坊しましたすみません明日香様」

「しょうがない人ですねぇ、先輩は……」

 

 花咲川学園中等部の明日香の教室にて、俺は机に頭を擦り付けて謝罪していた。

 

「こっちは朝ごはん抜きで大変でしたよ?」

「ほんとすいません」

 

 俺は続けて机に頭を擦り付ける。

 そろそろ前頭葉が禿げるかもしれない。そんな危機感を俺は抱いていた。

 

「一応聞ききますけど、言い訳とかは?」

「強いて言うなら可愛すぎるあこが悪い──」

「女の子のせいにするなんて最低ですね」

「仰る通りでございます」

 

 朝ご飯の恨みが言葉に乗って俺を上から押し潰しに掛かってくる。

 食に対する恨みつらみへの恐怖を身体で感じていると、俺はいつの間にか明日香用に作って来た弁当を手渡していた。

 もう条件反射にまで刻み込まれた明日香への恐怖は、一生消えぬだろう。

 ただ、可愛い後輩のパシリならなっても良いかなと思う俺がいる。

 そんなアホの子みたいな事を考えている中、ふと明日香の顔を見ると訝しげな顔をしているのが目に写った。

 

「どうした明日香?」

「いえ……朝ご飯なしだった事には不服申し上げましたけど、先輩のお昼を奪おうとは思ってなくてですね……」

「ん?これ明日香の分だぞ?」

 

 俺が言うと、明日香が「えっ」と小さく声をあげた。

 

「わざわざ作って来たんですか?」

「冷凍食品と昨日の副菜の詰め合わせだけどな」

「わ、わざわざすいません……」

 

 さっきまで堂々と俺に説教をしていたのに、何故急に縮こまってしまったのか。

 俺は頭の中で理由を考えてみたが、これと言う答えは出て来なかった。

 

「……先輩、一つ良いですか?」

 

 不意に、明日香が小声で声を掛けてくる。

 

「なんだ?」

「先輩、周りの視線とか気にならないんですか?」

 

 そう問われ、なんとなしに周囲を見回してると──ギラりと輝く視線がそこら中の女子生徒から放たれていた。

 俺は一気に怖くなり明日香に理由を聞くと、

 

「先輩、演劇部の頃から結構人気ありましたからね。そんな先輩が休み時間に後輩用の手作り弁当持って来たんです。そりゃ狙われますよ。もこ○ちが料理作ってくれるのと同じ様なものですから」

 

 そんな信じ難い返事が来た。

 芸能人気はパスパレか薫先輩だけにしてくれと内心でボヤきながら、俺は自分の弁当を取り出す。

 

「あ、先輩もここで食べるんですね」

「今戻ると逆に面倒くさそうだからな」

「女子ファンの視線を面倒くさいと仰いますか。頑張ればワンチャンあるかもしれませんよ?」

「女子中学生だしなぁ──」

 

 と言ったところで、俺の好きな人も女子中学生だった事を思い出した。明日香もジト目になる訳だ。

 

「……明日香とあこ意外興味なしと言う事で」

「やばい事言いますね。と言うか、私は含めちゃダメだと思うのですが」

「明日香はほら、純度百パーセントの後輩だし?」

「純度百パーセントの後輩ってなんですか……」

 

 恋愛感情を抱いていない後輩という意味だったが明日香には伝わらなかったようだ。

 

「てかさ、明日香は俺と一緒にいて大丈夫なのか?嫉妬でいびられたりしない?」

「私は水泳部のエースでそこそこ有名なので大丈夫です」

「朝練で自己ベ出たんだな、おめでと」

「なんで知ってるんですか」

 

 明日香が自画自賛する時はだいたい良いことがある時だが、本人は気づいてない様子だった。

 面白いからこれからも言わないでおこうと思う。

 

「なあ、明日香。唐突だけど良いか?」

「はい、なんでしょう」

「どうやって教室まで戻ろう」

 

 朝が遅く量を少なめに作ってきたために、ものの数分で空になった弁当箱をカバンにしまった所までは良かったが、周囲の女子生徒がジリジリと近づいて来ているのだ。

 

「さっき言ったじゃないですか。もこ○ち状態だって」

「いやーこれは想定外ですわ……」

 

 もうちょっと女子としての気品を優先するかと思っていたが、まさかそれを捨てて獣になるとは。

 イケメン俳優に群がる女子の原理が分かった気がする。

 

「これはあれだね、こころを呼ぶしか──」

 

 と言いかけたところで、教室の後ろドアが『バーン!』と勢いよく空いた。

 

「竜介!呼んだかしら!」

「おう。と言うかこれから呼ぼうとしていた所だ。よく分かったな」

「ふふっ。竜介の事なら何でも分かるわ!──そう、何でもね」

「さすがこころだ」

 

 黒服さんを使っているのか、はたまた自家用人工衛星で監視でもされてるのかは分からないが、こころはいつも俺の居場所を突き止める。おかげで小さい頃のかくれんぼでは一回も勝てなかった。

 なんて言う話は今は置いておく。こころのおかげで周りの女子が少しだけ怯んだからだ。

 

「それで、あたしは何をすればいいのかしら?あ、ここにいる人達を全員シベリア送りにすれば良いのね!」

「うーん全然違うかな〜。こころは俺と手を繋いでくれれば良いよ」

「分かったわ!」

 

 瞳をキラキラさせて、こころは俺と手を繋ぐ。しかも恋人繋ぎ。

 そう言えば初めて恋人繋ぎをしたのもこころだった気がする。

 

「竜介の初めては全部あたしのものよ」

 

 なんてちょっと貞操の危機を感じる発言だが、こころは俺のチェリーなど頭の片隅にもないだろう。

 俺のチェリーとか言うどうでも良いことは捨てておき、こころの手をしっかり繋いだ後明日香に別れの挨拶をする。

 

「んじゃ、俺教室に戻るわ」

「はあ……お気を付けて」

「おう」

 

 何処か怯えた様子の明日香を背に、俺達は中等部の校舎三階から飛び降りた。

 

 




アンケートの有咲票とリサ姉票が接戦してて面白い。
娘と悲恋姉貴、どっちが勝つか。


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第21奏 My best friend MISAKI・2019

いちばん小さな大魔王!番外編投票結果発表!!!!
順位は以下の通りです。

1位今井 リサ(157票)

2位市ヶ谷 有咲(132票)

3位美竹 蘭(96票)

4位松原 花音(65票)

5位山吹 沙綾(40票)


個人的に有咲一位でかのちゃん二位だと思ってたから意外だったわ…。あとパン屋が想像以上に低くて悲しみ。
皆リサ姉とのイチャラブ見たいんやね……




 明日香のいる教室から飛び降りたそのあと。

 パルクール的な謎のアクロバティック性を持って高等部校舎までこころと競走していた。途中こころがコケたのでそれを小脇に抱えてそのままダッシュ。

 こころの教室である一年B組の窓際が見えた頃、口笛一つで登場した黒服さんにトランポリンを準備して貰い、そのまま垂直跳びを決め込んだ。自分でもよく出来たなぁと思う。

 三階の窓際(外)に着き、鍵が掛けられた窓を二回コンコンと叩く。

 窓を開けてくれたのは美咲だった。

 

「魔王宅配便だ。お前の嫁を届けに来たぞ」

「美咲、凄かったわ!ぎゅーんってなったの!」

「待って……色々待って……。飛び降りたのは見た事あるけど登って来たのは初めてだったからちょっと整理させて……」

 

 目頭を抑えながら美咲が言う。

 どうでも良いかもしれないが、嫁の部分を否定しなかったという事はそう言う事なのだろうか。非常に気になる。マジ薫先輩。

 

「取り敢えず、こころはあたしの嫁じゃない」

「チッ」

「嘘この人舌打ちした?」

 

 せっかく人が舞い上がる気持ちになっていたのに……と悪態の意味を込めた視線を美咲に送る。

 美咲はもっとサービス精神を持った方が良いと思う。

 

「はあ……美咲もまだまだだな」

「あたしをそっち系にしようとするのやめてくれる?」

「全日本国民が待ってるし、みさここは児童人気も狙ってるんだよ。はよ目覚めておくれ」

「気持ち悪い……」

 

 心に何かが刺さった。

 

「酷い……俺は美咲の将来を考えて言っただけなのに」

「今さっき児童人気がどうとか言ってなかった?」

 

 美咲の一言でお互いの間に沈黙が訪れる。

 

「で、ミッシェルの新衣装についてなんだけど」

「話の逸らし方下手過ぎでしょ……」

「まあ見てくれ、これなんだけど──」

 

 そう言ってから、俺はポケットにしまっていたB5サイズの紙を取り出す。

 描かれているのは、フランスのお城風ミニ帽子と黒いタキシードを纏った何ともオシャンティーなミッシェルだ。

 

「衣装名をモンサンミッシェルにしました」

「何これ凄いオシャレ……」

 

 さすが美咲もモンサンミッシェルのオシャレパワーには勝てないようだ。とても興味を示している。

 

「そしてこちらが羊毛フェルトで立体化したモンサンミッシェルになります」

「あたしより上手くなってるの腹立つなー……」

「口が悪いわよ美咲ちゃん?」

「気持ち悪い」

 

 渾身のオカマギャグが一蹴されてしまった。

 親しき仲なのに礼儀もクソも無い関係、嫌いじゃないわ。こう言う友達欲しかったから。

 

「まあ、まだ試作段階だが……どうよ?ライブで使ってみない?」

「まあ良いと思うけど。でも、マーチ隊衣装で一人だけタキシードって言うのもねえ?」

「薫先輩にウエディングドレス着せるから大丈夫」

「何故薫さんに矛先が……」

 

 魔法少女どり〜む☆かおるんのリベンジだ。今度こそ俺の作った衣装を着てもらう。

 そんな熱い闘志を心の内に滾らせる。

 

「そもそも、モンサンミッシェル自体が薫先輩ウエディングドレス計画の派生だからなぁ」

「竜介、もう薫さん弄るのやめてあげなよ……。最近ハロハピ会議で薫さんの活力が無くなって来てるし」

「でも薫先輩って、よくショッピングモールでフリフリの服とか見て──」

「ストップ。ストップ竜介。それ以上はここで言わないで」

 

 美咲に口元を手で抑えれてしまった。

 

「ここ教室だから。薫さんのファンがいるからイメージ崩すような事は言わないで」

 

 どうやら薫先輩のイメージ保持のためだったらしい。

 マネージャーみたいな事してるなぁと思いつつも、俺は黙ったままでいた。

 

「何はともあれ、俺は薫先輩に可愛い服を着てもらいたい。あわよくば二人でアカデミー賞主演項目受賞したい」

「スケールデカいなぁ……。あーでも、こころがいれば何とかなりそう」

「違うんだ美咲。二人で初めの一歩からコツコツ行きたいんだ」

 

 コネを使って最初からてっぺん行ったらつまらないじゃないか。と、こころと美咲に訴え掛けたかったがこころが何処かに消えてしまった。

 

「まあ、夢を語るのは自由だけど、あんまり人に迷惑掛けないようにしなよ。竜介、ただでさえ一人で突っ走る癖があるんだから」

 

 慈愛の笑みで美咲が言う。

 

「美咲の尊みが花音先輩でエモい……ヤベィパネィ」

「日本語話してくれる?」

 

 日本語を話した筈だったが、美咲には伝わらなかったようだ。

 

「要はお友達最高って事だ」

「はぁ……」

「今度二人で遊園地行こうぜ。スマイルランド」

「はぁ?」

 

 余り印象の良い顔ではなかった。

 何故そんな意味不明とでも言いたげな顔をするのだろうか。

 

「デートに誘うならあこにしなよ」

「……デート違う」

「お、赤くなった」

 

 思わぬ自爆に自分でも赤くなったのが分かった。普通の友達同士だからこその恥ずかしさだ。

 女子に攻略される男子とかダサい通り越して女々しい。

 

「相変わらず初心だねぇ……」

 

 ニヤニヤとしたイタズラな笑みが俺に刺さる。なんという陵辱だろうか。

 顔から火が出そうになりながらも、俺は必死に逃げ口を探した。

 

「べ、別に初心じゃねーし。ま、まあ?俺が本気出せばデート百人斬りぐらい余裕ですし?何だったらそのまあ告っても──」

「じゃあ今からあこに告白……」

「ごめんなさい見栄はりました」

 

 この間僅か十秒。

 

 衝撃だ。どうやら俺はヘタレだったらしい……今更感があるには何故だろう。

 頭を捻って考えてみたが、俺がヘタレな理由は分からなかった。

 そんな事をしていると、教室のスピーカーから昼休み終わりのチャイムが聞こえて来た。

 

「よっし昼休みおーわり!じゃあな!」

 

 そう美咲に言った後、俺は逃げる様に教室から出ていった。

 

 

「やっぱり面白いなぁ、竜介は」

 

 三バカに疲れている筈の美咲が、同じ系統である俺にそんな感想を放った事なんて俺は信じない。

 友達いじりは怖いなと、俺はたった今学んだ。

 

 今度から薫先輩にもう少し優しく接しようと思う。




ランキング見てて思ったけどもしかして僕、リサ姉の扱い雑過ぎる?
リサ姉推しにniceboat.されちゃう系?

やっべ逃げよ。


番外編宣伝とかサブタイ間違えたりしたので一度削除させて頂きましたm(_ _)m

番外編URL載せとくよ!
https://syosetu.org/novel/192610/


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第22奏 弦巻こころについて話をしようと思う。

一応しばらくの間番外編のリンク載せときます。
https://syosetu.org/novel/192610/


 時は放課後。

 場所は花咲川学園近くの公園。

 旅のお供(美咲)を連れて、一緒にブランコに揺られている。

 

「そう言えば、こころと初めて会ったのもこの公園だったな」

「へぇ」

 

 大して興味がないと言った様子の美咲については何も気にしない。

 大事なのは、ここから始まったこころとの思い出だ。

 

「ここのブランコでさ、こころがずっと一人で遊んでたんだよ」

 

 俺のお気に入りだった公園で、毎日毎日詰まらなそうにブランコを揺らしていたこころ。

 当時若干の人間不信を患っていた俺でも、声をかけざるを得なかった。

 

「美咲は驚くかもしれないけど、昔のこころはさ──全然笑わない子だったんだよ」

「意外だね」

「だろ?」

 

 寂しさに押し潰されて一人で泣き出してしまう……こころはそんな少女だった。

 

「昔のこころ程、寂しそうって言う言葉が似合う人居ないと思うぞ」

「そこまでだったんだ」

 

 一緒に遊んでいる時でさえ泣いてしまう事がある程だ。

 孤独というのは小学校低学年の子が背負うには、とても重い枷だったのだろうと思う。

 

「だからさ、こころが笑顔になれるように探したんだよ。楽しい事」

「全ての元凶は竜介だったのか……」

「そうだな。でも、今のこころがいたからこそ出来た事があるだろ?」

「……まあ」

 

 ハロハピの結成が最近だと一番の功績だろう。

 近くの病院でライブを行った際には、一人の女の子の笑顔を取り戻したと、こころが笑顔で語っていた。

 

「小さい頃は泣いてた少女が、今は世界を笑顔にしようと活動してる。それを見てたらさ、やっぱ心にグッと来ちゃうんだよ」

「え、何……惚れたの?」

「父性が目覚めた」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

 

 美咲にこの領域の話はまだ早かったようだ。

 

「いや、目覚めるだろ父性」

「普通そこは恋心だと思うんだけど?」

「残念だが俺にはあこがいるんだよなぁ……」

 

 愛し愛しのマイエンジェ……マイロードの事を思い浮かべる。

 そろそろ告りたいなと緩い気持ちを固めながら、俺はスマホを取り出した。

 

「最近撮ったあこの昼寝画像見るか?ニャン吉抱き枕にして寝てるやつ。マジ尊い」

「勝手に写真撮って大丈夫なの?巴さんとかに怒られない?」

「いや、写真自体が巴からの要望だからさ。あこの生活風景を送れって言われてんだよ」

「ああ、そう言う……。まあ、普通そうなるよね」

 

 苦笑いをする美咲を横目に、俺は今一度あこの写真を見る。

 

「エモさがやばりみりん……。ああ、この気持ちはどうしたら──」

「告れば良いんじゃない?」

「言わないで」

 

 それは一番俺がわかってるからと美咲に言い聞かせ、この話は幕をとじた。

 そんなやり取りの中で、不意に俺の頭がとある日の事を思い出す。

 

「そう言えば、初めて黒服さんに拉致られたのもここだったな。特殊金属性のサメでも噛みきれないほど頑丈な袋に閉じ込められてさ」

「ガチの拉致じゃん……」

 

 美咲が引き気味に答える。

 確かにあの時の光景は、死期を悟ってしまう程にはリアルだったと思う。

 袋から出された際、目の前にこころがいると認識した時の安心感と言ったら、それはもう戦後の帰国と同じ感覚だと思う。

 

「取り敢えず、拉致主がこころだって分かった時からはもう抵抗しなくなったな」

「何回もやられてるの?逃げなよ……」

「美咲は黒服さんと鬼ごっこした事あるか?」

「……無理だね」

 

 あのスーパーサ〇ヤ人と何かで張り合うのは間違っている。

 吉田〇保里と格闘技やった方がまだましだ。

 

「でさ、拉致られた時は毎回決まってこころの部屋に着くんだよ。窓が一切ない俺ん家のリビングぐらいある部屋に」

「そこで何してたの?」

「ひたすらこころに抱きつかれてた」

 

 俺の腸を絞り出そうとするかのようなこころの強いハグ。思い出だしたらお腹が痛くなってきた。

 

「そんでさ、ひたすら『好きよ』って言って来るんだよ。父性目覚めるだろ?」

「目覚めるとしたらやっぱ恋心じゃないかなー……」

 

 頭を捻って美咲は答える。

 

「てかさ、竜介はこころがどんな思いであんたにそう言う事してるか知ってるの?」

「え?普通に幼馴染としてだろ?」

 

 俺が言うと、美咲が大きなため息をついた。

 

「やっぱり竜介はブレないねぇ……。まあ、こころもこころだけどさ」

「どういう事だ?」

「うんや何でもない。ただ、竜介はもっとこころのことを見てあげた方が良いよ。竜介自身のためにも」

 

 揺れたブランコを止め、真面目な顔で諭す様に美咲は言う。

 俺自身のためとはどういう意味だろうかと考えてみたが、俺にはさっぱり分からなかった。

 そんな俺を見越してか、付け足す様に美咲が言う。

 

「まあ簡単だよ。こころをちゃんと見たあとで、竜介の気持ちを伝えてあげれば、きっと分かってくれるよ。こころならね」

「な、なるほど」

「あはは……。ちょっとあたしらしく無かったや。今のは忘れて良いよ」

「そうか……」

 

 確かに美咲らしくないと言えばそうかもしれない。けど、こんな事を言えるぐらいには成長したと言う捉え方も出来る。

 もしかしたら俺も、美咲を見習って成長しなければならないのかもしれない。

 

「まっ、よく分かんなかったけど、俺も頑張ってみるよ」

「ん、頑張れ」

 

 美咲の応援も貰ったので、俺は来たる日の覚悟を決める様にブランコを飛び降りた。

 その時、ポケットから何か落ちる──

 

「ん?なんだこれ、って────盗聴器?」

「え?」

 

 

 ──それは、こころの闇だった。

 

 

「あぁー……今の会話全部聞かれたみたいだな……。悪い美咲」

「な、何?」

「もしかしたら明日学校休むかもしれねーからさ。先生に伝言頼むわ。それと、出来れば有咲にも伝えといてくれ」

 

 盗聴器の電源を切り、巴にあこへの伝言を送った後、俺は公園の出口に向かって歩きだす。

 

「い、一応聞くけど……何処行くの?」

「こころのとこ」

 

 そう一言告げた後、俺はこころの家の方角に向かって走った。

 

 

 ___

 

 

 

 走って走って走って、走り続けた。

 なるべく人気のない場所を意識して走り続け、人が寄り付かない様な──誘拐されても騒ぎになりにくそうな所で足を止めた。

 

「黒服さーん、居るんでしょー」

 

 そう声を掛ければ、茂みの中や家々の隙間からスーツ姿の女性が数名出てくる。

 

「ご協力感謝致します。神楽様」

「いつもの事ですからね。ただ、今回のは頂けないかと。さすがに盗聴器はね……」

「申し訳ありません。ですが、拝聴した音声データに関しては弦巻家にて厳重に保護してますので……」

 

 さすがの黒服さんも度が過ぎてる事を理解しているようだ。

 ただ黙ってこころの言う事を実行するだけの団体に成り果ててしまったのかと思ったが、そこは大丈夫そうだった。

 

「で、今回も袋ですか……」

「いえ。今回は車を用意させております」

「お、珍しい」

 

 初めてまともに招待された事に嬉しさと悲しさを感じた。

 ただ、やっぱり迎えの車と言うとリムジンが来てしまうので、まともな招待と言えども頭を捻りたくなる。

 まあ、今はそんな事置いておくべきだろう。

 

「黒服さん、こころは一体いつから盗聴を?」

「……かなり前からかと。この件は全てこころ様が準備したものですから。我々は途中から仕込みの手伝いをしていただけでしたので」

「結局加担してるですね……」

「……申し訳ありません」

 

 こころへの愛は相変わらずのようだ。逆に安心してしまった。

 そんな馬鹿な事を思いながら、俺は迎えの車に乗り込む。

 やっぱり俺にリムジンは合わなかった。

 




愛のためなら何でもするのよ!


バディファイトのガルパピコパック箱買いしました。あこが二枚出たので僕は満足です。


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第23奏 心の闇

https://syosetu.org/novel/192610/


 黒服さんの運転する車に揺られてやって来たのは弦巻邸。

 もう何度も見たせいで違和感を覚えなくなったドデカい門を潜り、普通の家では見かけない両開きの扉から家の中へお邪魔する。

 業務中のメイドや執事に挨拶をしつつ、階段を上って突き当たりを右に進み、少し歩いた場所にある部屋のドアを二回ほどノック。

 ガチャりとドアが開き、恐る恐ると言った様子でこころが顔を覗かせた。

 

「やっぱり……竜介だったのね」

「おう。少しいいか?話したい事があってな」

「……あたしもよ」

 

 部屋の中へと招かれ、こころが部屋の鍵をカチャリと閉める。

 ベッドに座ると、こころが隣に座って来た。

 

「先にこれ、返しておく」

 

 ポケットの中の盗聴器を返した。

 こころは何も喋らない。

 

「……でさ、こころ。なんでこんな事したんだ?」

 

 俺はそう尋ねるが、こころは口を割ろうとしない。

 

「なあ、こころ──」

「……よ」

「え?」

 

 俯いたこころが何かを呟いた。

 

 

「竜介の全部を知りたかったからよ……」

 

 

 俺を見るこころは笑っていない。

 顔を上げ、見えたその目には薄ら涙が溜まっていた。

 

「俺の、全て?」

「そうよ。朝から夜、学校にいる時から寝ている時まで……その全部を知りたかったから……」

 

 俺の眼前まで迫り、苦痛に満ちた様に訴えかけてくるこころ。

 

「ずっとあなたを見てた……。初めて会ったあの時からずっと──あたしに笑顔を教えてくれた時からずっと──」

 

 ──俺がこころに……笑顔を教えた?

 

 訳が分からなかった。

 俺とこころが出会ったのは小学生の時だ。その前にたくさん笑顔を知る機会があったはず……。

 

「あたしはね……学校に入る前はずっと一人だったの。あたしはおかしいからって、皆あたしを避けた……。でも竜介、あなただけは違ったわ……」

「……俺が、こころの初めての友達だったって事か?」

「そうよ」

 

 胸が痛くなる思いだった。

 あの時こころに声をかけて良かったとも思うが、今のこころもあって悲喜交々としている。

 

「竜介は、あたしの初めての友達。初めてあたしと話してくれた人。初めて一緒にいてくれた人……だから、だからね、全部を知りたかったの」

 

 この時、こころが初めて笑った。けれど、とても昏い。

 

「ねえ、竜介……」

 

 何か黒いモノが渦巻いてるように感じる瞳が、俺を覗いてくる。

 

「あたしと、ずーっと一緒にいて?」

「こころ……」

 

 こころの昏い笑顔なんて、俺は見たく無かった。させたく無かった。

 きっと、俺がこころをここまで追い詰めてしまったのだろう。

 俺が中途半端にこころに近寄り、心の拠り所になってしまった。そのせいでこころは今、精神が不安定になっている。

 

「好き。竜介が好き……他の全部を捨ててでも、あなたが欲しいわ……」

 

 俺の手を、その笑顔の原動力()に当てて、全てを捨てる覚悟をした目で(わら)った。

 

「……ごめん」

「……やっぱり断るのね。理由は何?だめな所があったら頑張って直すわ!欲しい物も、どんな事も、竜介のお願いなら叶えて──」

「違うんだ、こころ」

 

 そう言った時、こころの表情が歪んだ。まるで痛みを我慢してる時みたいに。

 

「じゃあ……なんであたしじゃダメなの?」

「こころがダメな訳じゃない。ただ、俺には好きな人がいて──」

「……あこね」

「ああ、そうだ」

 

 俺の返事に、こころが歯をくいしばる。

 目に見えて分かる敵意がそこにはあった。

 

「そう。あの子なのね……竜介が好きなのは……」

「ああ。だから……」

 

 俺の事は諦めてくれと、そう言いかけた時、こころが俺をベッドに押し倒した。

 

 そして、こころの様子が急変した。

 

 

「──嫌」

 

 

 振り絞った声が、耳に届いた。

 

 

「竜介があたし以外と恋をするなんて嫌」

 

 

 それは、大切なモノが壊された時の子供の様な、

 

 

「竜介に捨てられるのは嫌……」

 

 

 どうしようもない憎さと悲しさと、

 

 

「嫌……嫌ッ!!!」

 

 

 行き場のない怒りを持った、

 

 

「嫌よ……もう、一人は嫌……。寂しいのは嫌……苦しいのは嫌……。お願い……傍にいて。一緒にいてよ……りゅうすけ……」

 

 こころの──“心”の最後の叫びだった。

 

 ベッドに仰向けで寝そべる俺の胸の上で、こころは声を出さず静かに泣いていた。

 身体は小刻みに震えており、心の中はズタズタだ。

 俺はかける言葉が見つからず、ただこころの頭を撫でる事しか出来なかった。

 

「りゅうすけ……どうしてあなたは、あたしに声をかけたの」

 

 震えた声をしたこころがそう尋ねてくる。

 こころに声をかけた理由──ただ、こころが泣いていたから気になったから声をかけた。

 

「こころが、あの公園で一人ぼっちだったからかな……」

「そう……なのね……。竜介は、あたしのこと……き、嫌い?」

「いんや、嫌いじゃないよ。大切な幼馴染だからな」

「大切な……幼馴染……なのね」

 

 切なそうな表情のこころ。

 その顔を見ていると、胸がはち切れそうになる。

 いつものこころの笑顔が見れないと、どうしようもなく不安になってしまう。

 

「あたしは、竜介の一番にはなれ、ない……」

 

 自分に言い聞かせるようにこころが呟く。

 その瞬間、こころの呼吸が酷く荒いだ。

 酸素を吸って二酸化炭素を吐く、その単純な動作を体が忘れているように。

 

「大丈夫……大丈夫だから。俺はちゃんとここにいるからな……」

 

 背中を擦りながら、諭すように俺は言った。次第にこころの息が落ち着いていく。

 

「けほっ……けほっ……。ねえ、りゅうすけ……」

「なんだ?」

 

 過呼吸で少し汗ばんだこころが、最後の願望だと言わんばかりに頼んできた。

 

「今日だけ……今日だけで良いから……あなたの温もりを感じさせて……お願い……」

「……分かった」

 

 俺が承諾したその直後、こころはゆっくりと眠りについてしまった。

 先程までのこころに笑顔は無い。それは何故か。

 ──全ては俺のせい。

 中途半端に彼女に近づき、彼女の心を掻き乱した。そのせいでこころは苦しんでいたし、今もきっと苦しんでいる。

 

 こころは大切な幼馴染だ。

 初めて会った時から、こころの事を守っているつもりでいた。大事な娘を扱う様に。

 けれど、こころを一番傷つけていたのは俺自身だった。

 こころの気持ちをないがしろにしたせいで、こんなにも不安定になってしまっている。

 どうしてもっと早く気付かなかったのかと、過去を自分を殴ってやりたい。

 

「小さな親切、大きなお世話ってやつか……」

 

 もし俺が声をかけなかったら、こころはもっと強くなっていたのかもしれない。

 しかし、仮にそれが正解だとしても俺はこころと友達になっているだろう。

 

「どうしたら良かったのかなぁ……」

 

 こう言った時は何でも知ってる黒服さんの出番──と言うわけにもいかないだろう。

 これは俺とこころが解決しなきゃいけない。

 

「ごめんな。こころ……」

 

 腕枕で寝かせたこころの頬をそっと撫でる。

 こころの寝顔はとても苦しそうだった。

 ふと天井を見上げれば、俺とこころが写った写真がいくつも貼ってあるのが見える。それだけ俺が必要だったのだろう。

 

「バカだなぁ……俺って……」

 

 自虐の笑みが顔面を支配したのが分かる。

 だが、自分を責めてもこころが良くなる訳ではない。無駄な事をしている暇があったら、こころを安心させる事に力を尽くすべきだろう。

 

「俺がいるからな……」

 

 そう囁いてみるが、こころの表情が晴れることはない。

 

 こころの太陽(えがお)は隠れてしまった。

 心の闇は、拭えない。

 

 




ああ〜シリアスが身体に染み渡るぅ〜……。
この救いようのない感じ好きやわ〜(恍惚)

笑顔の人ほど泣かせたい。泣いてる人ほど笑わせたい(格言)


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第24奏 恋と依存は紙一重。弦巻こころは──

次の回で闇こころん突破口を開きたい。





 人は生まれた頃から優劣が決まっている。

 才能、容姿、経済能力。生まれた時からこの三つに酷い差が出る。

 

 弦巻こころは、運の良い事に全てを手に入れた。

 やりたい事は何でもでき、欲しい物は何でも手に入る。

 家の敷地内を歩けば、両親や使用人がこぞって彼女の容姿を褒める。

 文字通り全てが思うがまま、ワガママの限りを尽くせる。

 

 しかし、孤独の彼女にそれらは意味がなかった。

 

 やりたい事が何でも出来る──一人ぼっちで何が出来ると言うのか。

 

 欲しい物が何でも手に入る──友達はそれで手に入るのか?

 

 容姿を褒められる──褒めるだけで一緒にいてはくれないではないか。

 

 ずっと一人。

 いつまでも孤独。

 未来を想像すれば、何も見えない暗闇が現れる。

 光もなければ希望もない。決められた運命(レール)に乗って、弦巻こころはただ運ばれるだけ。

 言い方を変えれば、何の苦もなく生涯を過ごせるという事。ただ、そこに孤独と言う代償が乗る訳だが。

 

 今も昔もこれからも。

 彼女は孤独()に縛られたまま。

 誰にも見えないその鎖は、弦巻こころに闇を生み出させる。

 積もりに積もったその闇は、彼女の顔から笑顔を消した。

 元々愛想笑い程度しか出せなかったが、それすらも出せなくなった。

 

 毎年毎年友達が欲しいと、神にも仏にもサンタクロースにも願った。

 無駄撃ちに終わる確率の方が高いけれど、それでも願い続けたのだ。

 

 ただ一緒にいてくれる存在。

 

 普通の人なら絶対持っているであろうモノを、恵まれた彼女は持っていない。

 恵まれた故の代償か、それなら彼女は生まれる家を間違えたのだろう。

 両親も使用人も皆労働に視線を置く。その環境を寂しく思ってしまう彼女は、普通の家に生まれるべきだった。

 

 恵まれてるのに報われない少女。

 

 寂しさが心を押しつぶし、いつしか涙を流すようになった。

 寂しいけど悲しいわけじゃない。水滴が頬を伝うが泣いている訳ではない。

 ただ、涙が蛇口から滴る雫の様に零れ落ちるだけ。

 そんな機械のようにしか涙が流せない少女は、自分も知らない自分の闇に潰されていった。

 

 

 ──そんな時、弦巻こころの前に彼が現れた。

 

 

 彼女が求めた一緒にいてくれる人。

 彼女が憧れた“普通”を持っている人。

 

 一つの光がこころを照らした。

 小さく儚いが、その光は彼女を闇を少しづつ晴らしてくれた。

 初めての友達に、初めての明かりに、こころは戸惑いさえ覚えた。しかし、確かな光がそこにはある。

 彼女は生まれて初めて満たされたのだ。

 

 彼と出会ってからは毎日が楽しい。楽しい事を一緒に探してくれるからだ。

 そのおかげで彼女は、心の底から笑えるようになった。

 

 それから少し月日が流れ、小学校二年生へと進級した。

 嬉しい事に、その年から弦巻こころと彼は同じクラスへ。そして彼の隣になった。当然、飛び跳ねたいくらい嬉しかった。

 肩を並べて勉学に励み、休み時間は外で遊び、一緒に給食を食べた。放課後には彼と一緒に下校して、別れ際の道でお喋りをした。

 眩しい程に幸せな日々。こころはずっとこの関係が続くと思っていた。

 

 けれど、彼は“普通”なのだ。

 普通に友達を作り、普通の愛を手にする、普通の人。

 当然、交友関係も広がっていく。

 そして、普通に恋もする。

 

 ある日、彼が言った。好きな人が出来たと。

 彼は語った。好きな人の事を。

 彼の顔は、今まで見たことのない笑顔で満ちていた。

 

 彼が遠く感じた。

 

 別に、拒絶をされた訳ではない。

 それでも、彼の手を無理にでも掴んでおかなければいけない気がした。

 ここで手を離せば、彼が遠くに行ってしまう。

 そう考えた瞬間、脳裏に過去の日々が蘇った。

 

 過去の日々──“恵まれた自由な日々”の記憶が。

 孤独で寂しくて、何も見えないあの暗い世界の光景が。

 

 ──嗚呼、怖い。

 

 一度光を知った彼女は、もう闇には戻れない。

 縋って縋って縋り続けて、地を這ってでも彼の傍から離れるわけにはいかない。

 

 いつからか弦巻こころは、彼といる事だけを考えるようになった。

 彼にこころを見続けて貰うため、こころはあらゆる手段を尽くした。

 

 黒服の人達に頼んで彼を家に招待した。

 彼の願いを何でも叶えた。

 普通の彼に見合うよう、普通を心掛けた。もちろん彼との楽しい事探しは続けたが。

 そのおかげか、彼の隣にいる事は出来た。

 

 けれど、あの日見た彼の笑顔は引き出せない。

 彼の好きな人には出来て、こころには出来ない。

 その差が、彼女の焦りを生んだ。

 

 彼の傍にいるために、彼の事をもっと知らなければならない。

 彼の一番の存在は、弦巻こころじゃなければならない。

 

 その想いに至った時、彼女は悟った。これが恋かと。

 だが、残念ながらそれは恋ではない。

 

 弦巻こころが患ったのは──重度の依存。

 

 “恵まれた自由な日々”で得た闇よりも、更に深く濃い闇。

 それを抱えたまま今までを生きた彼女は、誰よりも愛に飢えている。

 

 抱く想いを間違った──いや、抱き方を間違えた想いは、彼女の心に闇の住む巣を作った。

 

 それが、弦巻こころと言う少女だ。

 

 弦巻こころは愛されたい。

 弦巻こころは満たされたい。

 壊れた心は願い()を見る。

 




「」使わずに書ききってやったぜ。

こころん病ませたら予想の五倍反響があった。
皆病んだこころん好きなの? 次作はヤンデレこころんで書けばいいの?



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第25奏 見つけた心

 こころが眠りについてから、どれだけ時間が経っただろうか。

 この部屋に時計はないし、スマホの時計を見るのも今はただただ億劫でしかない。

 俺の腕の中で静かに眠る彼女は、何処か苦しそうで、何処か悲しそうで。

 胸の内側が罪悪感で押しつぶされそうになった。

 

 こころが言った。

 

 皆が自分を避けていくと。

 寂しかったと。

 悲しかったと。

 一人は嫌だったと。

 

 どうしようもない現状に、彼女の心は叫び、そして涙を流した。

 

 その最後に、こころの全部が壊れた。

 

「ごめんな。こころ……」

 

 何度目か分からない謝罪。

 さすがに聞き飽きただろうと、寝ているこころを見ながら自虐の笑みを浮かべる。

 こころの事は放っておけない。でも、その想いがこころを苦しめている。

 

 ──いっそのこと、こころから距離を置いて……。

 

 途中まで考えたが、頭を振って考えを押し出した。これは一番取ってはいけない方法だ。

 近づいても離れても、俺はこころを苦しめてしまう。

 行き場がなかった。

 

 そんな時、俺のスマホが震える。

 

 一体誰が……と、スマホの画面を見ると、花音先輩からの電話だった。

 正直出る気は起きなかったが、いつまでも鳴り響くので重い身体を動かして何とか応答した。

 

『も、もしもし?竜介君?』

「はい。どうしました?」

『あ、えっと……美咲ちゃんから竜介君の様子が変だって電話貰って……』

「あぁー……なんと言うかですね…… 」

 

 この現状を何とか説明しようと言葉を紡いだ。

 今までこころが辛い思いをしてきた事。

 その原因が俺である事。

 こころが壊れてしまった事。

 包み隠さず全てを花音先輩に打ち明けた。

 

 事情を知った花音先輩は『そっか……』と呟いたあと、何も話さなくなった。

 そんな花音先輩に俺は尋ねる。

 

「花音先輩……俺、どうすれば良かったんですかね。近くにいても離れていても、こころを傷つけちゃうんですよ……」

 

 罪悪感がまた俺を潰しに来た。

 じわじわ、じわじわと押し潰そうとするさまは、さながらプレス機の様だ。

 どうしようもなく、ただただこころを抱きしめる事しか出来ない。そんな自分自身が殺したいくらい許せなかった。

 

『……大丈夫だよ。竜介君……』

「大丈夫じゃないですよ……。俺、ただこころの傍にいる事しか出来なくて……」

 

 大切な女の子一人救えなくて、その場に立ち尽くす事しか出来ない。

 

「花音先輩……」

『……うん。どうしたの?』

「こころとどう向き合えば良いのか分からないです……」

『そっか』

 

 俺を落ち着かせようとしているのか、花音先輩は穏やかな口調で俺と接する。

 確証はないが、花音先輩は電話の向こうで微笑んでるような気がした。

 

『ねえ、竜介君』

「……はい」

『前にね、こころちゃんが言ってたんだ』

 

 花音先輩はアルバムの思い出を見るように語った。

 

 ハロー、ハッピーワールド!は世界に笑顔を届ける事を目標にしているバンド。全世界の人が笑顔になる事を夢見たこころが結成したバンド。

 かつてのこころは、自分が笑顔になる事をすれば、皆笑顔になってくれると思っていた。だから笑顔になれない人に自分が笑顔になれる事を無理に強いた。

 最初は、それで皆笑顔になった。世界を笑顔にするバンドは、笑顔の強制と言う活動をしていった。

 

 当然、壁に当たる。

 

 病院でのライブを行った際、一人だけ笑顔になれなかった子がいた。

 こころ達はその子に近寄り、毎日毎日メンバーの好きな事を押し付けた。そして、当たり前の様にその子から嫌われた。

 初めて挫折したこころ。必死に悩んで、悩み抜いて、一つの答えにたどり着いた。

 

 それは、その子の好きな事をする。

 

 今までなら、自分達の楽しい事をすればその感性が合った人達が笑ってくれた。

 しかし、笑顔になる事を忘れてしまったその子は、感性が合った程度で笑いはしない。

 だから、こころは思ったのだ。

 

 笑顔を忘れたなら、笑顔の幸せを思い出させてあげればいいと。

 

 その子の目線に合わせ、その子のペースで、その子の好きを共有する。

 そんな新しい笑顔の引き出し方。

 忘れたのなら、ハロー、ハッピーワールド!が思い出させてあげれば良い。

 

 こころはそう言ったそうだ。

 そして、その言葉を聞いたメンバーの一人が聞いた。

 

 自分達が笑顔を忘れたならどうするのかを。

 

 その質問にこころは答えた。

 

 そしたら、また別の誰かが思い出させてくれると。

 世界は笑顔で満ちている。だから、きっと誰かが教えてくれると。

 

 笑顔でこころはそう語ったそうだ。

 そうして、思い出を語り終えた花音先輩が、穏やかな口調で言った。

 

『こころちゃんは、今笑顔を忘れちゃってる。だから、竜介君が思い出せてあげれば良いんだよ』

「そんな難しい事……俺には出来ませんよ……」

 

 自分が情けなくて、少し涙ぐんでしまった声で答える。

 その気持ちから逃れたかったのかは知らないが、俺は腕の中で眠るこころをほんの少しだけ強く抱きしめた。

 

「ごめんなさい花音先輩……俺には無理かもです……。俺、弱いですから……」

『強いとか弱いとか、私は関係ないと思うよ?』

 

 花音先輩が放った言葉に思わず「えっ?」と聞き返してしまう。強さが関係ないならば、一体何が行けなかったのだろうかと、俺は思い悩んだ。

 そんな俺に花音先輩は聞いてくる。

 

『竜介君は、こころちゃんのこと好き?』

「……それはどう言う意味でですか?」

『なんでも良いよ。恋人としてでも良いし、友達としてでも良い。妹とか姉みたいに思っていたら、それでも良いよ。知りたいのはこころちゃんの事が好きか嫌いかだけだから』

 

 花音先輩の意図がまったく理解が出来なかった。

 こころの事は幼馴染として好きだ。でも、こころは俺の恋人になりたいと思っている。だから、恋人以外の好きでは駄目なのだ。

 花音先輩にもその事はさっき話した。なら何故こんな事を聞いてくるのだろうか。

 そう気になりつつも、俺は幼馴染としてこころが好きと、花音先輩に伝えた。

 

『そっか。なら、その気持ちを持ってこころちゃんの傍にいてあげてね』

「え、え?それだけで良いんですか?」

『うん。こころちゃん、竜介君が傍にいて欲しいんだよね?だったら、それで大丈夫』

「でも……」

 

 花音先輩の言葉への動揺を隠し切れずにいながら、俺は自分がこころにとってどう言う存在なのかを伝える。

 

「俺はこころに──」

『中途半端に近づいて、こころちゃんを傷つけちゃったって言いたい?』

「……はい」

 

 俺が返事を返すと、「ふふっ」と笑って返して来た。

 

『竜介君、私思うんだ──』

 

 笑った口調のまま、花音先輩がクイズの答え合わせをするように言う。

 

『こころちゃんが傷ついちゃったのは、きっと竜介君がいなくなるかもって言う不安を持ってるせいなんだよ。だから、竜介君がこころちゃんの隣にまで歩みよってあげれば、きっと笑ってくれるよ』

「でも、今はこころの隣にいるけど、とても苦しそうで……」

『じゃあ、まだ距離が遠いんだよ。こころちゃんが起きたら、ちゃんと幼馴染として好きって言ってあげてね?』

 

 そう言った花音先輩の言葉に、俺は沈黙を返す。好きと伝えろと花音先輩は言うが、先程こころに幼馴染として大切だと言った時は、良い反応が返って来なかったではないか。

 俺はその時を思い出しながら、花音先輩に伝える。

 

「さっき大切だって言っても、こころには分かって貰えませんでした……」

『ちゃんと一番大切って言った?』

「いえ……。と言うより、俺は皆が一番だから──」

『それで良いんだよ』

 

 唐突に遮られた言葉に、俺は息を呑んだ。

 

『竜介君にとって、皆が一番。だからこころちゃんも一番好きになってる。それを伝えれば良いんだよ』

「……それだけで良いんでしょうか?」

『うん。それだけ。中途半端じゃなくて、こころちゃんの隣に立てるくらい近づけば良いよ』

 

 その言葉に俺はまた息を呑むと同時に、一筋の光を感じた。

 

 

 ──嗚呼……そう言う事か。

 

 

 もしかしたら、最初から悩む必要なんてなかったのかもしれない。

 確かに見えた光を掴み、俺はもう一度こころと向き合う覚悟を決める。

 

「花音先輩、俺やってみます。上手くいくかはわかりませんが」

『竜介君ならきっと上手くいくよ。私も支えてるからね』

「はい。そうですね」

 

 花音先輩のおかげで少しずつ熱が湧いてきた。その滾った自信と勇気をしっかり胸の中に捕まえておく。

 

「ありがとうございます花音先輩。何とかなりそうです」

『良かった。竜介君、頑張ってね。ハピネス、ハッピー、マジカル、だよ』

「わかりました」

 

 花音先輩が言った言葉、確か勇気が出る魔法の言葉だっただろうか。その言葉を口ずさむと不思議と何でも出来る気がする。

 確かに魔法の言葉のようだ。

 

 魔法の言葉を教えてくれた花音先輩にお礼を言い、俺は電話を切った。

 

 ──『こころをちゃんと見たあとで、竜介の気持ちを伝えてあげれば、きっと分かってくれるよ』

 

 嗚呼、確かに美咲の言うとおりだったなと、俺は笑った。

 

 ここから俺の大仕事だ。この先の結末は、すべて俺に掛かっている。

 

 




かのちゃん先輩有能すぎてマジゼリーフィッシュ。

かのちゃんほんま成長したな~。人に勇気を与えられる存在になるなんて……。お母さん感激よ……。


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第26奏 繋がる心

神バディファイトのガルパピコ箱買い×2しちまった……。お金がやばばばバイク。
けど、けど、彩先輩とこころんが出ないッ!!!
しかもなんでか知らないけど特典フラッグカードが全部アフグロッ!!!

もぉマぢ無理リス化しよ…… 。
知ってるか?ドングリって食えるんだぜ?
知らなかっただろ?知らないよな?知らないんだよ(洗脳三段活用)

恋愛裁判のみっくボイスが、こう……るん!って来た。




 ___

 

 

 願い()を見た。彼がいつまでも隣にいてくれる都合の良い世界(ゆめ)を。

 隣にいる彼はいつも笑顔で、絶対に離すまいとこころの手を握ってくれる。

 温かくて、心地よくて、過去の事がどうでも良くなってしまうほどの安心感。

 これが、こころの求めた光だった。

 

 二度と離さない。離しはしない。

 そんな強い意思を灯し、こころはその光を抱きしめた。

 

 ──やっと……やっと……手に入った。

 

 嬉しくて嬉しくて嬉しくて。

 こころは心からの笑みを光に向けた。

 

 そしてこころは思う。ずっとこの夢が続けば良いのに、と。

 現実は残酷だ。だからもう戻りたくない。

 折角こころの一番大切な物が手に入ったのだ。目覚めろと言うのはあんまりではないか。

 だから、このままずっと夢が続けば良い。

 

 夢から覚める事を捨てたこころ──現実から逃げてしまったこころ。

 そんなこころを案じてか、光はこころの元から距離を置いた。

 その事実が、こころをまた不安定にさせた。

 

 夢の中でまでこころを一人にしようとする。

 そんな彼に怒りを叫びたかった。でも、出てきたのは涙。

 どうしようもない孤独感がこころを襲い、涙と共にこころを押さえつけた。

 

 ──一緒にいたいだけなのに。

 

 ──彼の隣にいたいだけなのに。

 

 ──手を繋いでいたかっただけなのに。

 

 こころは遠ざかる光に手を伸ばしながらそう叫んだ。

 だけど、光はその手を掴もうとしない。

 まるで、君の居場所はここじゃないとでも言う様に。

 その意思に、こころは自分の居場所はここだと訴えた。

 しかし、光は首を横に振った。そしてこころの後ろを指さす。

 

 こころが振り向くと、そこには現実があった。

 

 

 ___

 

 

 

「……りゅう……すけ?」

「おう。おはよう、こころ」

 

 目覚めたこころの前には、優しく微笑む彼がいた。

 酷い夢を見た彼女は、迷わず彼の胸の中に顔を埋める。

 

「竜介……竜介……」

「おう。大丈夫だこころ。ちゃんとここにいるからな」

 

 胸の中で啜り泣くこころに対し、彼は安心させる様にこころの頭を撫でた。

 ちゃんと彼はここにいる。その事実を逃がしたくないのか、こころは彼に抱きつく。そして、夢の内容を語った。

 

「……夢を見たわ……。竜介がいつまでも隣にいてくれる夢」

 

 いつまでも彼を抱きしめて、温かい空間にずっといる夢。

 彼を常に感じる事が出来る夢。

 こころの願いが詰まっていたその夢を、こころは彼に話した。

 

「でも、その竜介は離れて行ってしまったわ……」

「……そっか」

 

 思い出すだけで手が震えた。

 もうあんな思いはしたくないと、今傍にいる彼を強く求めた。

 そんなこころの手を、彼は優しく握る。そして、大丈夫だよとこころの耳元で囁いた。

 

「俺はここにいる。だから大丈夫」

「でも、貴方もいつかあたしを置いて行ってしまうんでしょ?あこと好きな人同士になって……」

「ああ。そうだな。でも、置いていったりは──」

 

 ズキっと、胸が痛んだ。

 やっぱり彼は隣にいてくれない。

 そう理解した瞬間、また心の内に黒いものが広がって行く。

 

 絶対逃がさない。そんな孤独で作った独占欲が彼を縛ろうとした。

 

「ダメ……ダメよ。竜介はあたしといなきゃダメなの……。隣にいなきゃ……ダメなの……」

 

 ここに閉じ込めてでも、彼を傍にいさせなければならない。そうしないと自分が壊れてしまうから。

 

「お願い……ずっと……ずっと……いて……怖いの……竜介がいないと……」

 

 夢に見た内容と過去の記憶が同時に襲って来た。

 殺意すら漂わせるその二つが、こころの首を、心臓を、心を、潰そうとする。

 

「あなたは光なの……あなたがいないと苦しいの……。お願い竜介、貴方のためなら何でもするわ。欲しい物もなんでもあげるから……お願い、お願い──ッ!」

 

 彼を求める気持ちがまた暴走して、こころから呼吸を奪った。

 蹲って、早く落ち着こうと焦りながら、何とか息を吸って吐く動作が出来るよう努める。

 その間、彼はずっと背中を擦ってくれていた。やっぱり優しい彼に、こころは咳き込みながら話す。

 

「……ごめんなさい竜介。こんなのおかしいわよね……」

 

 そう言うと、彼はそっとこころを抱きしめた。

 

「なあ、こころ」

「なに?」

 

 優しくこころを抱きしめる彼が、そっと微笑みながら、

 

「俺は、あこが好きだ」

「ッ……ええ、知って──」

「でも、それと同じくらい蘭や沙綾が好きだ」

「……え?」

 

 彼の幼馴染、友人を名前を一人ずつあげて、好きだと言った。

 

「有咲は一人だと構ってあげたくなるくらい好きだし、麻弥さんとの二人きりの時間も好きだ」

「りゅ、竜介?」

 

 いきなり堂々といろんな人に好きと言う彼に、こころは戸惑いを覚え声をかける。しかし彼は聞く耳を持たなかった。

 

「薫先輩は弄ると可愛くなる所とか特に好きだし、美咲やひまりは気さくに話せる友達として好きだ」

 

 次々に出てくる彼が持ついろんな好きを与えた人達。

 こころは何故そんな事を言ってくるのかが分からなかった。

 そんなこころを見据えて彼は言った。

 

「こころ。俺はこころが、一緒に笑顔になってくれる人として好きだ。それはあこにも出来ない、こころだけに向けられる好きなんだ」

「あたしにだけの好き……。じゃ、じゃあ竜介の一番なの?」

「ああ、そうだよ──」

 

 胸に埋めた顔をあげたこころに、彼はにっと笑って答える。

 

「俺は皆が一番で、皆が好きなんだ。だから、こころも一番だ。俺の中に皆がいるように、皆の中にもきっと皆だけの俺がいる。心は繋がってるんだ」

「心は、繋がってる……」

「ああ。そうだ。どれだけ離れてても、心は繋がってる」

 

 こころの頬をそっと優しく撫で、額と額を重ねてくる。思わず一瞬鼓動が高鳴ってしまった。

 

「りゅ、竜介……近いわ……」

「そうだな、俺はこんなに近くにいる。こころの隣に居て、傍に居る。もう中途半端な位置にいるのはやめたんだ」

 

 何故か顔が熱くなるのを感じたこころ。

 今までになかった距離に彼が寄って来た瞬間、こころの心臓が恐ろしい程の勢いで動いた。ずっと願って来た事なのにと戸惑ってアタフタするこころだったが、それと同時に胸の内にある温かい何かを感じ取っていた。

 そんなこころの心境など知らず、彼は続ける。

 

「今までこころが抱えてた寂しさに気づけなくてごめん。でも、もし許されるなら、俺はこれからもこころと一緒にいたい。こころとまた──いや、今度こそ一緒に笑い合いたい」

 

 彼の一言一句が頭の中を溶かすように染み込んだ。

 胸が酷く熱くなり、瞳から心の雨が流れた。

 

 謝らなければいけないのは此方の筈なのに。

 早く彼に「そんなことない」と言わなければいけないのに。

 甘い気持ちと涙と温かさが混ざり合って言葉が出せない。

 

 

 まともに喋れないほど泣いた。やっぱり言葉は発せない。

 でも、彼に言いたい事が伝わっている気がした。重なったおでこを通して、彼に自分の全てが流れてる気がした。

 これが“繋がる”と言う事なのだろうか。

 

 ──もしかしたら、自分は何も知らなかったのかもしれない。

 

 甘い気持ちも、温かさも、全部、全部知らないものだ。

 

 寂しさも孤独感も、闇でさえも吹き飛ばしてしまう程の光。

 かつて縋った光にも、夢で見た光でさえも、この光には到底及ばなかった。

 

 こころが求めたものがここにあった。

 

 でも、それを死に物狂いで捕まえようとは思わない。

 かつてのこころは小さな光でさえ逃がさないよう、胸の中に閉じ込めていたのに。

 離れてしまっても良いと思えた。だって、彼は繋がっているのだから。

 

 皆と繋がってる。だから皆は彼が好き──

 

「──そう言う……ことだったのね」

 

 こころは彼に恋をしている気でいた。でも、実際にやっていたのは彼の独占。

 ただただ自分の闇を押さえつけるために、彼と言う光を利用しているだけだった。そんな物、恋でも何でもない。ただの依存だ。

 皆は彼との繋がりに包まれて、その繋がりを信じている。気づく事すら出来なかった自分とは大違いだ。

 

「ねえ、竜介……」

「ああ、どうした?」

「あたしは、ちゃんと貴方と繋がれているかしら」

「大丈夫。ちゃんと繋がってるよ」

 

 こころの問いに彼は優しさと自信を持って答えた。

 そんな彼に、こころは小さく笑って言う。

 

「でも、また不安になってしまう時があるかもしれないわ」

「その時は俺をここに呼べばいいさ。なんなら俺の家に泊まりに来るのも良い。でさ、同じ布団の中でこうやっておでことおでこくっ付けて、繋がりを確かめれば良いんだよ。そうしたら不安なんてすぐ吹っ飛ぶさ」

 

 ──だって、俺とこころは繋がってるんだから。

 

 そう彼は言った後、重ねた額を離し、こころの目をまっすぐ見ながら笑って言った。

 

 

「笑顔も繋がりも、忘れそうになったら俺が思い出させてあげるよ」

「──ッ!」

 

 その言葉に目を見開いた。

 

 ──嗚呼、笑顔を忘れる日なんて来ないと思ってたのに。

 

 彼と居れば笑顔を忘れないと思っていた。でも実際は、笑顔を忘れたことすら忘れていた始末だ。

 こころは大切なことを思い出せた事への感謝を持って、彼に笑顔を返した。

 その笑顔を見た彼は、

 

「うん。良い笑顔だ」

 

 こころの笑顔を褒めた後、優しく頭を撫でた。

 

「竜介、あたし分かったわ」

「分かったって、何が?」

 

 彼と繋がって、彼と笑って、こころはやっと理解する事が出来た。これを彼は十数年も抱き続けてる事を考えると、素直に賞賛したくなる。

 そんな甘酸っぱい気持ちを、こころは彼に打ち明けた。

 

「きっと、これが恋で好きって言う事なんだわ。竜介の隣にいたいけど、竜介の幸せを願ってる。すごく……すごく不思議な気持ち」

「それは……俺も同じものを持ってるよ」

「ええ。そうね」

 

 ほんの少しだけ切なくなるが、その奥にある穏やかな熱はいつまでも燃え続け、相手を求めるけど、相手の幸せを誰よりも願ってしまう。

 この気持ちこそが、恋であり愛なのだ。

 

「竜介には幸せになって貰いたい。でも、あたしの気持ちも心の中に……ううん。頭の片隅にでも良いから覚えていて欲しいの」

「心の核にしっかり刻んでおくよ」

「ありがとう。竜介、あたしはね──」

 

 彼の手を掴み、彼の目を見て、彼とこころの繋がり(笑顔)を抱いて、こころは彼に告げた。

 

 

「あたしは──貴方の事が大好きよ。愛してるわ!」

 

 




取り合えず闇こころんは過ぎ去った。てかそろそろあことの関係進めないとヒロイン乗っ取られてタイトル変わっちまう。

こころおおおおぉぉぉぉおおおん(発狂)


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第27奏 おべんとせんそう

久しぶりに評価者欄覗いたけど、今47人か。
話しは変わるけど50っていい数字だよね。ちょうど100の半分だし。

……後はわかるな?

さてと、サブ垢でも作って──おっと、誰か来たようだ。

To be continue……



 こころとの一件から二日ほど経ち、俺の日常が返って来た。

 

 朝食をあこと一緒に食べ、途中まであこと一緒に登校し、放課後帰宅してから夕飯の支度をしてあこと夕飯を食べる。

 いつも通りがここにある。

 

 だだ、そんな中で一つだけ変わった事があるのだ。

 

 それは、俺の羽丘への帰還。

 

 お忘れかもしれないが、俺は元々羽丘に通っていたのだ。しかし、今まで不安定だったこころを落ち着かせるために弦巻家が力を行使し、俺を花咲川に編入させていた。

 だが、昨夜状況が一変。こころが両親に頼んで、俺を羽丘に戻す手続きをしてくれたのだ。どうやら、こころなりのケジメだったらしい。

 正直な事を言えばまだ少し心配だったが、こころが胸を張って大丈夫と言っていたので、それを信じる事にする。

 

 そんな訳で、今日の三限目から羽丘にて高校生活を送る事になった。

 羽丘及び花咲川の理事長には頭が上がらない。きっと急な編入のせいで書類処理が大変だった筈だ。あとで菓子折りを持って行こうと思う。

 

 理事長への挨拶を考えながら、羽丘の制服のシワを伸ばして、今日から毎日通う事になる我らの教室の扉を開けた。

 中に入れば担任が俺の名前を黒板に書き終えており、生徒と一緒に期待の眼差しで俺を見ていた。

 時間もないので無難な挨拶で済ませた後、教室内を一望。そうしていると窓際に蘭様を発見。同じクラスなのは知っていたが、蘭の隣の席が空いているのは知らなかった。

 もしやもしやと期待して先生に視線を向けると、案の定蘭の隣に。

 ありがとうお約束展開と心の中で感謝しながら、この教室內ではボッチのツンデレ美少女になっている俺の幼馴染とどう接しようか模索していた。迂闊に幼児退行させられない。

 

 蘭の撫でて欲しそうな視線に耐えながら受けた三限と四限。その二つを乗り越え、待ちに待ちこがれた待望の昼休みが。

 俺は蘭の手を引いて、学校の屋上まで何も考えず駆け抜ける。

 

「あこと!一緒に!学校で!昼飯が、食える!ふぉおおおおぉおッ!夜は焼肉っしょおおおおぉぉッ!!」

「竜介、うっさい……」

 

 屋上からこの世の蒼空に向かって喜びと愛を叫んだら怒られた。

 なんだかんだ俺には甘い蘭でさえこの言い様なのだ。場所が違えば近所迷惑間違いなしだろう。

 なんて馬鹿な事をしている間に、続々とアフグロメンバー+あこが揃っていいく。

 

「りゅう兄がいる!?」

 

 俺を見つけたあこがそんな声をあげた。

 どうやら中等部には俺の情報が回ってなかったらしい。あこの驚いた顔が全てを物語っている。

 

「今日からこっちに通う事になったから。よろしくな」

「う、うん!じゃあもしかして、これから毎日りゅう兄とお昼ご飯食べれるの?」

「ああ、そうなるな」

「やったー!」

 

 万歳をして盛大に喜ぶあこ。可愛い。

 ついでに頭を撫でたら更に喜んだ。尊い。

 あこの様子を微笑ましく見ていたら、周囲から刺すような視線が飛んできた。

 蘭は威嚇体勢を取り、つぐみは堕天しそうで、モカなんかは後ろから抱き着くフリをして首を締めて来る。

 

「モカ、俺死んじゃう」

「……り〜くんは一回転生して、モカちゃんに惚れ直して来るといいよ〜」

「俺、転生先は異世界が良いな」

「じゃあモカちゃんがパンの世界を作ってしんぜよう〜」

 

 あはは、そっかーと呑気に笑い返しながら、飛びそうになる意識を何とか留める。

 その後ひまりと巴に止めてもらい、何とか一命を取り留めた。

 

「死ぬかと思った……。モカ、マジで殺そうとしてなかった?」

「さあ~どうでしょ~う。モカちゃんはパンを食べるのに忙しいので、お答えできませ~ん」

「こいつ……まあ良いか。あ、そうだ蘭、これ渡しとく」

 

 パンを食べるモカは一旦置いておき、蘭のために持ってきた小包を渡す。

 不思議そうにしている蘭が小包の紐を解き、中を見てみると、

 

「……これ、お弁当?」

「おう」

 

 綺麗な三色弁当がその面を覗かせる。

 蘭は更に不思議そうにした。

 

「な、なんで?」

「いや、今から購買行ってもろくなの残ってないだろ?」

「確かにそうだけど……。でも、その原因って竜介じゃ……」

「まあな。だから作って来たんだよ。時間短縮のために」

 

 あことの昼休みはなるべく長く過ごしたい。けれど、蘭を置いて一人屋上で待ってるのもなんだか虚しい。

 そんなパラドクスが脳内で異次元戦争を起こした結果、蘭の分の昼食を作って持って行くと言う結論に至ったのだ。

 

「味見もしたし、ちゃんと食える物になってると思うぞ?」

「竜介が作った物だからそこは大丈夫だと思ってるけど……」

「なんだ?嫌いな物でも入ってたか?」

「ううん。……やっぱり何でもない。ありがと」

 

 蘭が小さく笑ってお礼を言った。不覚にもドキッとしてしまう。ツンデレのデレが出たぞ。オウイェス反骨。

 そんな風に蘭の笑顔に見惚れていると、再びやってきたモカにまた首を締められる。

 

「こ、今度はどうしたモカ」

「明日からパン買ってくるのやめる〜」

「沙綾が泣いちゃうからやめてあげて?」

 

 常連さんが来なくなると沙綾が寂しがるのでやめて欲しい。そう伝えると「ぶ〜」と愚痴を吐きながら引き下がってくれた。

 モカの急襲が落ち着き安堵の息を吐く。しかしそれも束の間の安息。今度はつぐみが視線を向けて来た。

 

「つぐみはつぐみでどうしたの?」

「……別に」

 

 そっぽの向きながら自分の弁当を食べ始めるつぐみ。

 俺は何がなんだか分からず、助けを求めてひまりを見る。

 

「唐揚げもーらい!」

「おいこら」

 

 助けを求めたはずなのに、唐揚げを一個奪われた。

 

「ん〜さすが竜介の手料理。おいひいね〜。はい、つぐも一個」

「え?あ、ありがとう……ってこれ竜介君の分だよね?良いの?」

「お?つぐみも欲しかったのか?別にいいぞ」

 

 唐揚げを貰ったつぐみは目をキラキラさせていた。

 そんなに唐揚げが好きなら早く言ってくれれば良いのにと、心の中で愚痴を吐く。

 なんて事をしていると、モカにまたまた首を締められてしまう。

 

「お前、ほんとは俺の事嫌いだろ」

「……それはどうかな〜」

 

 今の間はなんだろうか。とても恐怖心を煽られる。

 

「それで?モカは何が欲しいんだ?さすがに弁当丸々持っていかれるのは俺も辛いぞ?」

「そんな事しないよ〜。モカちゃんは〜りーくんをお持ち帰りしたいな〜」

「お前はりみか」

 

 モカは俺を持ち帰ったあと何を俺に詰めるのか。

 頭の中でその候補をあげていたが、モカが締める強さを過去最高に上げて来たのでその思考も途切れてしまう。

 助けを求めるが、巴とひまり以外動いてくれそうにない。皆冷たい目を俺に向けて来る。

 

「モカ……マジで苦しい……」

「女の子の家に簡単にお持ち帰りされちゃうり〜くんにおしおき〜」

「いや……おまえ……これ……もう処刑のいき……」

 

 グググと女の子が出しては行けない力が俺の首を襲う。

 そろそろ酸欠を迎えそうだ。

 

「モカ、ストップだ」

「えぇ〜止めないでよ〜」

「お前な、もう少し加減を……」

「冗談だよ〜。可愛いモカちゃんジョ〜ク〜」

 

 お茶目なジョークにしては力が強かったなとモカに呆れつつ、俺は箸に唐揚げを一個指す。

 

「モカ、こっち向いて口開けろ」

「え〜なんで〜」

「良いから」

「仕方ないな〜。あ〜」

 

 大きく開いた口の中に、唐揚げを一個突っ込んでおいた。

 モカが驚いた顔で俺を見てきたので、俺はしてやったり顔で返してやった。

 

「ったく、モカも欲しかったなら言えよな。別に怒ったりはしないからよ」

「……ちょっと違うけど〜特別に許してあげよう〜」

「はいはい。ありがとうございます」

 

 俺が雑に返すとモカはこちらにフラフラっと歩み寄ってくる。

 これはまた締められるなと悟ったが、モカは俺を通り過ぎて隣にいる蘭の背中に寄りかかった。

 

「も、モカ……いきなりなに?」

「なんでもないよ〜。蘭の背中が恋しくなっただけ〜」

「……あっそ」

 

 蘭は素っ気なく返した後、弁当を食べる。耳は赤くなっていた。

 いつも通り蘭をからかったモカを見ると、モカも耳が赤くなっていた。

 

「モカ、なんか赤くなってないか?」

 

 そう聞いてみるが、モカは何も言わずに蘭を盾にして隠れてしまう。

 俺がモカの様子を不思議に思っている中、不意に左隣にいるあこが制服を引っ張って来る。

 

「りゅう兄りゅう兄」

「ん?どうした?」

「はい。あーん」

 

 唐突なイチャラブ展開の幕開けだった。

 一瞬にして胸のエンジンを吹かし始める俺だったが、あこが渡して来た物を見て少しその音を落ち着かせる。

 

「あこ──ピーマン俺に食わすのやめような?」

「りゅ、りゅう兄ピーマン好きかなーって」

「じゃあ、俺の緑パプリカと交換な」

「そ、それ変わらないよ?りゅう兄」

 

 ワナワナしだしたあこに、俺はニッコリ笑顔で緑パプリカを向ける。

 

「はい、あーん」

「うぐっ……あ、あーん」

 

 目をギュっとつむってあこがピーマンを口にいれた。

 

「うぇ……苦い」

「はい。よく食べられました」

 

 口の中に残る苦味と戦闘中のあこの頭をそっと撫でる。自分一人では絶対食べないが、俺が食べさせると我慢して食べてくれる所が本当に可愛い。はよ嫁にしたいと思ってしまう。

 

「あ、あこは食べたんだから次はりゅう兄だよ!」

「おう。どんとこい」

「そ、その余裕もいつまで持つかな!わ、我を苦しめた魔物の力を食らうがいい!」

 

 魔王っぽい笑い声とともに、そう煽って来たあこが向けるピーマンを文字通り食らった。

 

「うん。上手い」

「なんで!?」

「あこの方に入れたのは苦味が少ないやつだからな」

「りゅう兄ずるい!」

 

 あこのために取り寄せた物だったが、これでもダメだったか。

 そろそろピーマンハンバーグ師匠の導入を頭の片隅に入れつつ、目の前でぷりぷり怒る魔王様にほっこりしていた。

 一瞬これは関接キスではと思ったが、今赤面する訳にはいかないので気にしないでおく。

 

 こっそり巴がスマホであこの写真を撮っていたが、黙っておこうと思う。ピーマンを食べるあこの姿が心に響いたようだ。あとでコピーを貰おうと思う。




メインヒロインとのあーんネタ初登場をこんな遅くさせてるのうちだけじゃね?皆なんですぐ遊園地行ってイチャコラ出来るの?早くあこをお化け屋敷で怖がらせたいんだけど。どうしてくれんねん(自業自得)

りぴーとあふたーみー

つぐみ は 堕天 させるもの。

オウイェス反骨。


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第28奏 女子会(男)

まさか一日で評価50越えるとは思ってなかった…。


 昼休みが終わり、五限と六限でこっくりこっくりとしていたら放課後になっていた。

 アフグロの面子はバンド練習あるので、あこだけ連れて下校していると、偶然彩先輩に会った。そのついでで羽沢珈琲店にてお茶をする事に。

 頼んだコーヒーを啜りながら一息つき、どんな話題を出そうか悩んだ後、前々から抱えていた悩みを打ち明ける事にした。

 

「友達が欲しい」

「むっ、私と言うものがありながらその発言は頂けないなぁ〜」

「そうだよりゅう兄。あこもいるのに」

「ああ、違うんだ。俺が欲しいのは男の友達で……」

「男の子の……友達?」

 

 神楽竜介十六歳。

 幼馴染、学校の友達、その他諸々の交友関係が全て女性しかいない。

 Circleでの気の合う上司まで女性とかほんと巫山戯てると思う。

 

「いや、俺だって部活で一緒に汗を流したりゲーセン行って太鼓ゲーやったり、男だけのバイク旅とか色々したいんですよ」

「普通に作れば……って、羽丘も花咲川も男の子ってかぐ君しかいなかったね」

「そうなんですよ。高校入ったら頑張ろうって思ってたのに、このザマです」

 

 中学でも何故か俺一人だけ女子グループに混ざっていたうえ、部活も手芸部に入っていたので男との付き合いなんてなかった。

 

「じゃあ、今からでも何かスポーツやってみれば?」

「……料理とか裁縫の方が好きなんですよねぇ……」

「難儀だねぇ……」

 

 お互いにコーヒーをズズっと飲み、ため息をつく。

 

「そう言えばかぐ君って、紗夜ちゃんにギター教えて貰ってるんだよね?バンドでも組んでみたらどうかな?ボーイズバンド」

「いえ、まだそこまで上達してないですし、ギターは趣味の範疇なので。それと、初めてのセッションはあことしたいです」

 

 そう言いながら、隣でチビチビとココアを飲むあこの頭を撫でる。

 

「面倒臭いねー」

「ですねー」

 

 運ばれて来たケーキセットのモンブランをいじりながら、俺と彩先輩とあこはのほほんとしていた。

 

「じゃあ後は……あ、私達の事務所に来てみる?結構男の人多いよ?」

「……千聖先輩が怖いです」

「前から思ってたけど、かぐ君って千聖ちゃんに何かされたの?」

 

 別段なにかアクションを起こされた訳じゃない。ただ、

 

「偶に千聖先輩から品定めする様な視線を感じるんですよ」

 

 千聖先輩の目が怖いのだ。

 

「ああー……千聖ちゃん、かぐ君の事を専属マネージャーにしようとしてるから」

「専属マネージャー?俺みたいな素人がそんなのやったら、千聖先輩の顔に泥塗っちゃいますよ」

「多分、仮にそうなったとしても千聖ちゃんは気にしないと思うよ?」

 

 昔は自分のキャリアに酷く拘っていたのに。千聖先輩、随分と変わったなぁ……としみじみ思う。

 

「まあ、進路の一つとして考えてみます。なんでそこまで俺に拘るのかは分かりませんが」

「うーん……かぐ君は変わらないなぁ」

「皆の成長が早すぎるんですよ」

 

 結成当時はバラバラだったPastel*Palettesも、気付けば家族と言わんばかりの団結力を固めていたし。イブは俺の下に弟子入りして来るし、麻弥さんの可愛さは日に日に増していくし。

 

「あ、麻弥ちゃんからメールだ」

「仕事ですか?」

「ううん。なんか麻弥ちゃんがかぐ君のドッペルゲンガーみたーってメールしてきて」

「ドッペルゲンガー?」

 

 不思議に思いながら彩先輩のスマホを見せて貰うと、多少ボヤけているが俺が写っていた。

 

「これ掃除してる時のですね。そう言えば麻弥さんに羽丘に移った事言ってませんでした」

「じゃあ今伝えちゃうね」

「お願いします」

 

 慣れた手つきで彩先輩がスマホを操作し、麻弥さんへ伝言を送ってくれた。

 明日しっかり挨拶をしに行こうと思う。

 

「それにしても、花咲川と羽丘を行ったり来たりしてて大変だね。かぐ君は」

「そうなんですよ……。羽丘にいると有咲が心配になるんですけど、花咲川にいると蘭が心配になっちゃって……」

 

 ぼっちツンデレが学校で苦労していないかが心配になってしまう。

 そんな俺を見て、何が面白かったのか彩先輩がクスっと笑った。

 

「かぐ君、自分の心配はしないんだね」

「まあ、花咲川も羽丘も仲良い子いっぱいいるんで。それに羽丘の理事長とはカラオケ友達なので少し気が楽なんですよ」

「え、そうなの?もしかしてかぐ君って凄い家の生まれだったり……」

「ああ、違いますよ。ただ単に友達なだけです」

 

 俺も一回で良いから金持ちになってみたい。

 

「羽丘の理事長は凄いですよ。宝塚ボイスでミッ〇ーマウスマーチ歌いますからね」

「なんか聞いて良いのか分からない情報だなぁ……」

 

 念のため秘密にしておいて下さいと、口元にクリームを付けたあこと苦笑いの彩先輩に言っておいた。

 

「一応聞いておきたいんだけどさ、羽丘の理事長さんって女の人?」

「ですね」

「……別に男の子の友達居なくても良いんじゃないかなぁ」

 

 彩先輩が困惑顔でそう言った。

 

「いやいや必要ですよ?同性の友達。周りの知り合いが全員異性だったって言う想像した事ありますか?」

「うーん……全員かぐ君みたいな人だったら別に大丈夫かな〜。かぐ君中身乙女だし、私より女子力高いし……」

「俺自撮りとか苦手ですよ?」

「そこ以外は全部かぐ君が勝ってるよ」

「なんと……」

 

 と言う事は、彩先輩は炊事洗濯掃除その他諸々の能力値がゼロと。

 

「ポンコツみたい──そう言えば彩先輩、ポンコツキャラで売ってましたね」

「キャラじゃなくて素なんだよー……」

「結婚相手見つける時苦労しそうですね」

「そうなんだよね……。かぐ君みたいな人が近くにいれば──」

 

 そうボヤいた彩先輩の目が、ギラッと光って俺を見る。

 何を言おうとしてるのか分かってしまう自分が嫌だった。

 

「かぐ君と結婚すれば万事解決……」

「丁重かつ慎重に全身全霊と全誠意を持ってお断りさせていただきます」

「そこまで!?」

 

 彩先輩が「フラれた〜」と言いながら机に突っ伏した。

 

「そんな軽いノリで結婚とか言っちゃダメですよ」

「まあそうだけど……。でも、かぐ君とは気が合うし何となく一緒のお墓入れそう」

「なんでそんなパワーワード思いつくんですか……。まあ、そのうち彩先輩の前にも良い人が現れますよ」

「そうかなー……。あ〜私も異性の幼馴染作っとけば良かったな〜」

 

 そう言う話なのかと疑問に思ったが、これ以上彩先輩に狙われたくないので触れないでおいた。

 

「まあ、一応言っときますけど、幼馴染って恋愛対象になりにくい物らしいですよ。なんか家族と同じように接しちゃうみたいで」

「へぇ〜意外だね。かぐ君見てると全然そうじゃなさそうなのに」

「これが愛の力ですよ」

「かぐ君が乙女過ぎるだけじゃないかな?」

 

 彩先輩が面白い事を言ってくれた。

 

「今日の会計は彩先輩にお願いしますね」

「じょ、冗談だからね!ちょっとした可愛い先輩ジョークだから!」

「はい。俺も冗談です」

「良かったぁ……」

 

 俺が笑って返すと、彩先輩はほっと胸を撫で下ろした。さすがの俺でも女性に飲食代を全額負担させるなんてバカな真似はしない。

 彩先輩のアタフタ具合を微笑ましく思いつつ、未だに口元にクリームを付いたあこを見る。

 

「あこ、クリームがついてるぞ」

「え?どこ?」

 

 ぺちぺちとあこが自分の頬を触るが、クリームに触れる事はなかった。可愛いなーと口に出しそうなのを堪え、俺は指で取ってそのまま自分の口の中へ。

 俺がクリームの甘さを感じていると、彩先輩が「おぉ〜」と感心するような声を出した。

 

「どうしたんですか?」

「かぐ君って時々大胆な事するよね」

「大胆な事?」

 

 おそらくクリームを食べた事だろうけど、あれは小さい頃からやっているので耐性がついているだけだ。他の人にやったら普通に照れるだろう。しないけど。

 

「まあ、慣れですね。付き合い長いので」

「……その割にはあこちゃん赤くなってない?」

「えっ?」

 

 彩先輩に言われあこを見てみると、顔を真っ赤にして俯いていた。

 

「あこ?大丈夫か?」

「だ、大丈夫……」

「そうか……」

 

 小さくボソッとあこは言うが、とても大丈夫そうには見えない。

 不安になって来たのでスマホを取り出すと、彩先輩に取り上げられてしまった。

 

「な、何するんですか」

「ふふっ。今はそっとしといてあげるべきだよ」

「は、はぁ……なるほど……」

 

 なにかを悟ったような笑顔で言う彩先輩。俺は間の抜けた声を返す事しか出来なかった。

 

「そっか〜いつの間にかここまで来たんだ〜。良かったね、かぐ君。やっぱりかぐ君男の子だったよ」

「え?いや、そうですけど……。えっと、ありがとうございます?」

 

 訳も分からずお礼をすると、彩先輩はまた笑い出した。

 一体何が良かったのか──その答えは彩先輩のみぞ知る。



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第29奏 日常の中の特別

番外編でのちょっとした反省。
後書きが本編より濃くなってしまい、本編が薄れてしまった。これを踏まえて、以降はもう少し自重をしようとおも蘭モカつぐみ3P百合ックスがエモエモのエモ極み尊みやばりみりん。


 彩先輩と喫茶店で別れた後、商店街の八百屋と魚屋で夕飯の材料の買い物をしていた。

 今日の夕飯は俺の羽丘復帰記念として海鮮丼を作ろうと思っている。

 

「りゅう兄、クラゲが売ってるよ?」

 

 マグロの赤身の選別に気を取られていると、あこが冷凍ケージを中を見ながらそう言って来た。

 あこの元まで行き中を覗くと、確かにクラゲが売っていた。一瞬花音先輩に悪戯で写真を送りたくなったのはここだけの話。

 片手に持った赤身パックを籠に入れ、クラゲを手にとって見る。

 

「うーん……やっぱ買いずらいなぁ……」

 

 やはり頭を過ぎるのは花音先輩の顔。

 写真を送るくらいなら笑って返してくれそうだが、いざ食したとなったら涙目で「酷い……」と引かれそうだ。あの人にそんな表情させられないし、俺がもたない。

 脳内最高裁判所の判断に任せた結果、クラゲは見送る事になった。当然の結果である。

 

「イカとサーモンとネギトロと……あと何が入ってたっけ海鮮丼って……」

「りゅう兄!りゅう兄!これ入れて!」

 

 クラゲをケージに戻し、頭の中でネタを探っていた俺の元に、あこが蟹の足(ズワイ蟹約四千円)を無邪気な笑顔でワイルドに片手持ちして持ってきた。……よく見るともう片方の手にいくら(北海道産五百グラム約三千円)も持っている。

 家事は出来るがまだお高い食品への知識が無いあこに苦笑しつつ、こう言う物は大人になってから食べるものだよと諭し籠の中へと入れた。

 料理や衣装作り、裁縫にしかお金を割かない男子高校生の貯金額をなめてはいけない。

 

 今夜は宴じゃ(やけくそ)

 

「今日だけだからな。あと、巴達には内緒だぞ?」

「?……分かった!」

 

 無邪気は残酷だと言う人に、あこの無邪気な笑顔を見せてあげたい。財布的に見れば確かに残酷かもしれないが。

 

「おじさーん!会計お願いして良いですかー!」

「ん?おお竜介の旦那か──って随分なもん持ってるじゃねーか。何かあったのか?」

「いえ、大した用ではないです。ちょっと今日は豪華にしたい事があったので」

 

 俺がそう言っている間、魚屋のおじさんはずっとあこを見ながら、自分の顎に生えた髭を撫でて何かを考えていた。そして何かが結びついたかのように「あー……」と声を漏らし、俺の肩をポンと叩いた。

 

「籍か」

「違います」

 

 おじさんの入籍扱いを否定すると、大声で笑いながらバンバンと俺の肩を更に強く叩かれる。

 

「照れるでねぇ照れるでねぇ。そうだ、ちょっと待ってろ。かーちゃん!冷蔵庫にあれあったろ?鯛の切り身!」

 

 何か、とんでもないものを渡されそうな気がする。

 商店街のおじさん達は一度信じ込むと何が何でも押し通してくるのが厄介だ。そしてこの話が回りに回って商店街仕切り役のつぐみパパの所に回っていくのだ。きっと笑われる。あと何となくだが、つぐみが堕天しそうな気がする。

 

「あとは……ひまりが発狂するだろうな……」

「ひーちゃんがどうかしたの?」

「いや、何でもない」

 

 俺はひまりの発狂する姿を想像しながら、おじさんが戻って来るのを待った。

 その後、数分でおじさんが鯛の切り身を持って戻って来たが、丁重にお断りしておいた。多分正しい判断だと思う。

 

 それから少し経ち、夕暮れの明かりが商店街の通路を照らす様を眺めながら、帰路についていた。その間、なんとなく彩先輩と話した会話が俺の頭を過ぎる。

 

「スポーツ……バンドかぁ……。なあ、あこ」

「ん?どうしたの?」

「俺がバンドやりたい!って言ったらどうする?」

「りゅう兄が、バンド……」

 

 全然想像できない自分の姿を思い浮かべながら、あこに俺のもしもを聞いてみる。

 あこも上手く想像出来ないのか、数度頭を捻っていた。

 

「……上手く言えないけど……こう、ジャキン!ってかっこよくなると思う……」

「ジャキン?」

「んーとねー……こうくっつく?電車の連結みたいに……」

「合体するのか……」

 

 バンドが合体とはどういう事かと悩んだが、答えが出てくる事はなかった。まあ、ギターは趣味の範疇と決めているし、余程の異常事態にでも陥らない限りはバンド活動はしないだろう──

 

「あ、りゅう兄がバンド始めたら、そのバンドとRoseliaで対バンライブしようよ!」

 

 ほんの少しだけバンドをやろうかなと思ってしまった。

 あこが放つお願いと笑顔の力は強い。

 

 ___

 

 

 家に帰って来たら、六時を回っていた。

 いつもこれくらいの時間に夕飯を食べているので、今日は随分と予定がずれているのが分かる。

 急いで準備しようとエプロンと買ってきた食材を置いたところで、あこもエプロンを持ってやって来た。どうやら蟹が茹でられる姿を見に来たようだ。可愛い。

 

 鮮度をなるべく落とさないように、切り身達をチルド室に入れた。

 戸棚から鍋を取り出し、そこに水を入れて沸騰させた後、塩適量を入れ蟹をダイブイン。落し蓋をしてしばらく放置する。

 だいたい十五分くらいで茹で上がるとグーでグルなサイトに書いてあったので、おそらく大丈夫だろう。

 

「りゅう兄りゅう兄」

「お、どうした?」

 

 茹で上がるまで暇となった中、不意にあこが余った蟹の半分を持ちながら聞いて来た。

 

「この蟹、あんまり赤くないね」

「ああ。蟹とかエビは茹でてから赤くなるんだよ。熱を通すとアスタキなんちゃらってやつが蟹のタンパク質と分離して赤くなるんだと」

「へぇ〜」

 

 なるほどと言った様子で、あこは蟹の半分を天井の蛍光灯で照らす。

 

「なんか、カッコイイね」

「カッコイイ……のか?」

 

 照らされた蟹に向け、蛍光灯の明りよりも数倍キラキラな視線を向けるあこ。

 その感性は理解出来なかったが、可愛いかったから別にいっかと俺は思考を捨てる。可愛いは正義。

 なんて事を考えながら、俺は次の準備に取り掛かった。

 

「さてと、じゃあサラダでも作るか。あこ、野菜室からトマトとレタスと……きゅうりとピーマンでいっか。その四つ取ってくれ」

「トマトときゅうりとレタスだね!」

「はいそこ、勝手にピーマンの存在消さない」

 

 ピンっとあこのおでこを軽く小突くと、「あぅ」と可愛いらしい声を出した。

 額を小突かれたあこはほっぺを膨らましながら、

 

「ピーマンはお昼に食べたもん……」

 

 と、夕餉時にピーマンを食す必要性を訴える。

 中々克服されないあこのピーマン嫌いに俺は苦笑を向けながら、妥協案を提案した。

 

「また俺が食わせてやるからさ。頑張ろうよ。な?」

「…………じゃあ、頑張る……」

「おう。ありがと」

 

 感謝と共に頭を撫でると、あこはふいッと視線を逸らす。その様は何処か気恥しそうだった。

 そろそろ頭を撫でるのも卒業かなと思ったその時、鍋が大きく蒸気音を吹かす。コンロの火を止め蓋を開けると、そこには綺麗な赤色になった蟹の姿が。

 鍋から取り出し、水道水でアクを流した後、流水で冷まして殻を剥ぐ。

 ふと試したくなったので、菜箸を使ってほぐした少量の蟹の身をあこに食べさせてみると、

 

「カニカマの味がする!」

 

 予想通りの答えを返して来た。思わずクスっと笑ってしまう。

 その後、あこにカニカマと蟹の関係を教え直した。

 

「……カニカマを塩で茹でたら、普通の蟹みたいになるのかな?」

「あーどうだろうな。今度やってみるか」

 

 あこと他愛ない話をしながら蟹の殻を向いていき、蟹特有の痒みにあこがやられた後、サラダ作りをあこに任せた。

 何となくピーマンを野菜室に戻しそうだなとこっそり見張っていると、案の定戻そうとする姿が俺の目に写る。

 

「あこ?」

「……ど、どうしたのりゅう兄?」

 

 野菜室を開ける体勢のまま固まったあこが、俺の方に振り返る。

 

「そのピーマン、どうする気だ?」

「ど、どうしようもしないよ?あ、あこはただピーマンの食べられたくないって願いを叶えてあげようと……」

「ピーマンを食べるか、耳鼻科に行って鼓膜スレスレまで耳かき棒突っ込まれるの、どっちが良い?」

 

 俺が問うと、あこはピーマンを持って帰ってきた。

 

「ピーマン食べる」

「おう。おかえり」

 

 あこは自らピーマンに包丁を入れた。その目は何処か覚悟に満ちている。

 

 この後、無事に海鮮丼は完成した。しかもかなり豪華な。さすが高い食材を使っただけの事はある。

 それと、今日は珍しくあこが自分でピーマンを食べた。耳鼻科の脅しがかなり聞いたらしい。

 

 





いつもよりあこが多く登場し──いえ、この回事態があこで出来てます。
これは奏王降臨暦創れますわ。


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第30奏 むっつり堕天使ツグリエル

祝え! 全ガールズバンドを凌駕し、音階を超え新たな旋律を刻み続ける奏の王者が歩む物語、奏王降臨暦《いちばん小さな大魔王!》30奏目の公開である!

お祝いコメが来たらいいなー(遠い目)


 羽丘復帰祝いをした翌日の朝のこと。

 

 

 俺がいつも通りあこと一緒に登校し中等部まで送り届けた後、走って高等部の校舎まで向かっていた時に、それは起こった。

 

 捕まったのだ──生徒会(つぐみ)に。

 

 はいはい分かりますよ?皆さんの言いたい事は十分に分かりますよと、誰に向けるわけでもなく青い空に理解を示す。今曇っているけど。

 ──それで?俺はなんで連行されたの?

 頭の中にはハテナで作った菊の造花が、昨日の蟹の身を思わせるかの如く脳に敷き詰められていた。

 

 体はパイプ椅子に縛り付けられて、目の前には『生徒会』の三文字が書かれた腕章を付けたつぐみが俺を見下ろしている。

 風格には凄みがあらわれ、普段の朗らかな彼女を感じさせない目をしていた。

 正に殺し屋の目だ。

 

 ──……あかん、死ぬ。

 

「竜介君」

「……なんでしょうか?」

 

 光が消えたつぐみの目は、人ではなくゴミを見ていた。

 

「私、今怒ってるよ」

「な、なぜ?」

「分からない?」

 

 ギギギッとつぐみが首を傾ける。

 何が原因でこうなったのかは知らないが、とりあえず耐えられる空気ではなかった。その内呼吸も出来なくなるのではと、本気で思ってしまう。

 

「被告!神楽竜介……君!」

「え、あ、はい?」

 

 突然裁判が始まった。

 名前を呼び捨て出来ないところにつぐみらしさを感じながら、俺は突如下される審議に息を呑む。

 

「あなたは昨日、越えてはいけない一線を越えてしまいました」

「越えてはいけない、一線?」

「そうだよ。まさか竜介君がそんな事する人だとは思ってなかった……悲しいよ……私は」

 

 嘘泣きではなく本気で涙を拭うつぐみ。

 俺が越えた一線とはどれだけ大きな物だったのだろうか。

 

「昨日ね、魚屋のおじさんとお父さんが話してるのを聞いちゃったんだ……」

 

 魚屋……つぐみパパ……。

 二つのワードと昨日の記憶が頭の中で錯綜した後、一本の線で結ばれた。

 

「──まさか」

 

 本場産の蟹とイクラを買った事を咎められたのだろうか。やはり高校一年生が中学三年生と一緒に買うものしては高級過ぎたようだ。

 魚屋のおじさんも良くないと思っていたのなら止めてくれれば良いのにと、俺は軽く愚痴を吐く。

 そんな俺につぐみが涙ながらに語りかけた。

 

「私、幼馴染だからって油断してたのかもしれない……。でも、それも仕方ないよね……。竜介君、いつも優しかったもん……」

「違うんだつぐみ!あれはちょっと気分が浮かれていたせいで──」

「少し浮かれたって言う理由で、あんな事したの?」

「うぐっ……」

 

 ぐうの音も出なかった。

 確かに俺達平民があんな上物を食う機会なんて、正月とかお盆ぐらいしかない。

 どうやら俺の犯した罪は、俺が思っていた以上に大きかったようだ。

 

「せめて……一言ぐらい相談してよ……」

「……悪い。でも、断れなかったんだ……。あこが入れてくれって頼んで来て……拒めなかった……」

「ッ!そ、そうだったんだ……。竜介君から強要したわけじゃなかったんだね……」

「さすがにそんな事は出来なねえよ……」

 

 もしあこが持ってこなかったら、アレルギーなどを考えて入れる事はまず考えなかっただろう。甲殻類はアレルギーが多いと聞くし。

 

「そっか……ちょっとだけ安心しちゃった……。でもね竜介君……竜介君が犯した罪はまだあるんだ……」

「ま、まだあるのか……」

「これは今朝、紗夜さんがこころちゃんから聞いたって言う話なんだけどね……」

「あ、あぁ……」

 

 今度の俺は、一体何をしでかしてしまったのだろうか。

 俺の中で当たり前だと思っていた事が、絶賛大罪判定を貰っている。まるで法律が変わってしまったかのようだ。

 そう頭の中で考えなながら、俺はつぐみの審判を聞く。

 

「竜介君、こころちゃんと一緒に一夜を過ごしたんだよね?」

「あ、ああそうだが……」

「……抱いたの?」

「だ、抱いたが?」

 

 答えた瞬間、つぐみの手からハンカチが落ちる。

 まさか……ハグもダメだと言うのだろうか。そうなると俺のコミュニケーション手段がなくなってしまうのだが。

 

「何が……どこがいけなかったんだ?」

「全部だよ!竜介君にはあこちゃんがいるのに……なんで!?なんでなの竜介君!?」

「お、落ち着けつぐみ……。それと、あこにも偶にしてるぞ?」

「そう言う事じゃないよ!?」

 

 ダンっ!とつぐみがテーブルを叩く。

 

「ほんとに……ほんとにどうしちゃったの?竜介君……。そんな事する人じゃなかったのに……。何処で間違っ──もしかして……お爺さんが亡くなったショックで……」

 

 涙を拭いたつぐみが俺の元に近寄り、そっと俺の頭を抱きしめた。つぐみの成長中のやわらかさが顔を覆う。

 蟹とイクラ購入とこころにハグをしただけで何故こんな事をされるのかは分からなかったが、つぐみが何も言うなという目で見てくるので、何も言わない事にする。

 

「竜介君。ごめんね?」

「お、おう?別にそこまで気負わなくていいぞ?」

「ううん、違うの竜介君。これは幼馴染として竜介君を止められなかった私の責任でもあるんだよ」

 

 パチ、パチと、つぐみが制服のボタンを外して行く。

 

「……つぐみ?」

 

 制服を脱ぎかけのつぐみが、俺の声に応える。

 

「言わないで竜介君。私が、ちゃんと全部面倒見るからね?だから、二人で頑張ろ?あこちゃんとこころちゃんには悪いけど……竜介君にはもう、私しかいないから……」

 

 Yシャツのボタンを全て外し、下着を露わにするつぐみ。まるで、俺とおせっせをしようとしているかのようだった。

 

 純粋にちょっと待って欲しい。

 

 何故だかは分からない。理由も知らないけど、つぐみと俺の間で物凄く酷いア〇ジャッシュ案件が起こってるような気がしてきた。

 法律が変わったのかと思っていたが、これは違うとさすがの俺でも分かる。つぐみは何かを勘違いしていると。

 

「な、なあ、つぐみ……」

「ん?どうしたの?私は何人でも大丈夫だよ?」

「いや、そうじゃなくてさ……つぐみは俺が何したと思ってるんだ?」

「何って──」

 

 泣いて目元が赤くなったつぐみが、そう尋ねた俺に向かって今世紀最大の爆弾を投下する。

 

「竜介君、あこちゃんとこころちゃんを……その……に、妊娠させちゃったんでしょ?」

 

 ──……ふぁ?

 

「お、俺はそんな事してないぞ?それに、俺はてっきり昨日の夕方に高い食材買った事を咎められてるのかと思って……」

 

「──……ふぇ?」

 

 

 

 

 それから、つぐみに全ての事情を聞き、抱えた違和感の全てが解消した。

 誤解の原因としては、魚屋のおじさんが俺とあこが結婚するかもしれないと言った冗談を間に受けてしまったのと、やむを得ない結婚=デキ婚と勘違いしてしまったためだった。

 こころの方に至っては、

 

「だって、こころちゃんが『竜介と一緒に寝たら、新しい愛が生まれたわ!』って言ってたって紗夜さんから教えて貰って……」

 

 との事らしい。

 つまり、全部あのフライドポテトのせいである。再び紗夜先輩にフライドポテトお預けの刑を実行する時が来たようだ。嗚呼、悲しきかな。

 

「うぅ〜……ごめんね竜介君……」

「いや、うん……改めてつぐみの純粋さを知ったよ。詐欺とかには気をつけてな?」

 

 つぐみはいつかオレオレ詐欺に引っかかってしまう気がする。

 そんな事を思いながら、俺は頬をぽりぽりとかく。

 

「それにしてもあれだな……」

「な、なに……?」

「俺って、あんまり信頼されてないんだなーって」

「そ、そんな事──」

 

 つぐみが俺の意見を否定しようとしたところで、外がピカっと光った。

 

 ──はは。神が煽って来やがるぜ。

 

 ぼーっとしながらそんな事を思いつつ、抱きついて来たつぐみを宥めていた。

 

「な、何から何までごめんね……あんなに酷い事言っちゃったのに……」

「まあ、誤解の一つや二つ、する時あるだろ。制服脱ぎ出した時は驚いたけど」

「あ、あれは!その……あの……」

 

 あたふたとしながら、つぐみが何とか弁明を試みる。

 

「そ、そう!竜介君との子供を作ってから、一緒に夜逃げしようと……し、て……ち、違うよ竜介君!?私そんな子じゃないからね!」

 

 勝手に自爆した。

 

「はは。つぐみはむっつりさんだな」

「〜〜ッ!違うんだってば〜!」

「むっつぐむっつぐ」

「うぅ〜っ!」

 

 雷と恥じらいで涙を流すつぐみの頭を撫でながら、俺は笑っていた。

 これぞほんとの恥雷(はじらい)。つっまんね。

 

 ___

 

 

 むっつぐを否定しながら雷に怯えるつぐみを宥めて、あやして、寝かせていたら、無事に一限目を遅刻。しかし、幸いな事に自習になっていたのでお咎めなしとなった。

 リュックサックを机の横フックにかけ、中から弁当箱を取り出す。

 

「はいこれ。蘭の分の弁当。屋上行けなさそうだし先に渡しとく」

「あ、ありがと。……その、何かあったの?」

 

 心配そうな瞳で見つめる蘭の頭を撫でながら、俺は何でもないと返す。

 

「生徒会室で雷に怯えてたつぐみを寝かせて保健室に連れて行ってただけだ」

「ふーん……それにしては遅かったじゃん」

「つぐみがむっつぐってただけだ」

「何それ?」

 

 さすがに内容は教えられなかった。

 むっつぐむっつぐ。

 




むっつぐむっつぐ

何だかとても罪深いワードを生み出してしまった気がする。


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第31奏 ツンデレぼっちにとって雨天時の昼休みは地獄……だった

まさかほんとにお祝いコメが来るとは……

今頑張って官能小説の勉強してるけど、なにぶん資料がなくて進まない……。紙の資料なんて親がいるからおけないし……。どう書けば男のチンアナゴに衝撃を走らせられるのか分からん……。こう……アマゾンズの人肉捕食衝動みたいに止めたくても止まらないって言った感じで、抜きたくなくても抜いちゃうみたいなどすっべけでエいロな物が書きたい。

さっきまで命だったモノが辺り一面に転がる。
amazon primeめ、ごちうさとうららの間にがっこうぐらし挟んだ恨みは消えねぇからな……。


「なあ、蘭」

「なに?」

 

 一限目の自習プリントに取り組みながら、俺は蘭に尋ねる。

 

「さっきさ、生徒会室でつぐみと……話合いしてたんだよ」

「今の間はなに?」

「まあそこは気にせず聞いてくれ。……それでさ、俺思ったわけよ」

 

 半眼を作って、間の招待を探る蘭を視線をいなしながら、心の内に積もった感慨深さを語った。

 

「つぐみも思春期なんだなぁ~って」

「……セクハラ?」

「違うよ?」

 

 思春期というワードでなぜセクハラになるのか。まさか蘭は真っ先にそう言う事を……このむっつりさんめ。

 なんて事も思ったが、蘭もつぐみも同い年だ。当然そっちに思考を走らせてもおかしくはない。

 

「思春期かー……」

 

 蘭もつぐみも、と言うか俺の幼馴染のほとんどが、そう言う時期だと言うことに今気づいた。

 

「そっか……よく考えればそうだよな……。もう少し皆との付き合い方を考えたほうがいっか……」

 

 我が子のように幼馴染達を大切に想い過ごして来たが、そろそろ同年代の男女として考えた方がいいだろう。沙綾とか有咲には特に肩入れしてたから俺離れ出来るか心配だ。

 

「ブツブツなに言ってるの?」

「……なんだかんだ、蘭が一番大変そうだな……」

「なにが?」

「なんでもない」

 

 俺離れと答えたかったが、何となく蘭が荒れそうなので言わないでおいた。

 下手な誤魔化しを入れた俺に、蘭が訝しげな視線を送って来たので話を変えようと思う。

 

「俺さ、そろそろサークルで本格的にバイトしてみようかなって思ってるんだよ」

「……竜介、朝何食べたの?」

「酷くない?」

 

 人が真面目に働こうとしているのに、この娘と来たら……なんて愚痴は置いておき、スマホでメンタルクリニックを調べ始めた蘭にストップをかける。

 

「落ち着いて、俺は正常だから」

「じゃ、じゃあなんで……借金?」

「そんなもの一切ございません」

 

 むしろ高校生で借金返済目的で労働している人はいるのだろうか。そんな事を気にしながら、本気で心配している目を向けて来る蘭に理由を語る。

 

「俺もそろそろ成長するべきかなって思っただけだ。ほら、将来就職もしなきゃいけないし」

「驚かさないでよ……」

「はいはい悪かった悪かった」

 

 雑に謝罪しながら、蘭の頭を撫でた。成長してないじゃんと思ったそこの人、後で流星堂だかんな。有咲の説教を味わわせてやる。ちょまかわちょまかわ。

 頭の中で花咲川のツンデレボッチの事を思い浮かべた途端、有咲が恋しくなってしまった。有咲の俺離れより俺の有咲離れを先に済ませるべきかもしれない。

 

 

 ___

 

 

 

 大変恥ずかしい事に、有咲の事を考えていたら昼休みになっていた。俺の有咲離れ?はて何のことやら。

 お昼を食べたら電話でもしようと思いつつも、有咲から電話が来ることを期待してスマホを机の上に置いてしまう俺がいる。二尺一例で神頼みした後、俺は弁当を広げた。蘭の机と自分の机を引っ付けて、「いただきます」で一緒に食べ始める。

 弁当箱の蓋を開けた途端に、手作りならではの真心の匂いが教室に広がった。

 

「ねえ、竜介」

「どうした?」

 

 自分の分と俺の分の中身を見た後、蘭が首をかしげて聞いてくる。

 

「なんであたしと竜介で弁当の中身が違うのかなって……」

「な、なんか嫌な物でも入ってたか?」

「そう言う訳じゃないけど……その、わざわざ別々に作って貰うのも悪いじゃん……」

 

 箸を口に咥えぼそぼそと視線を逸らしながら蘭はそう言った。

 何となくだが蘭の言いたいことが分かった。つまりは、弁当の中の料理を全部一緒にしたほうが楽だと伝えたかったのだろう。その方が手間も省けるし、洗う調理器具も少なくなる。更に買う食材も少なくて済む。いい事尽くしだ。

 

「まあ、蘭の気持ちも分かる。正直俺も朝四時半に起きるのは結構辛い」

「じゃあやめなよ……」

「そう言う訳にも行かないんだよ。俺のプライドが許さない。それに──」

「それに?」

 

 答えを知りたそうに首を傾げた蘭に、俺の弁当に入ってるつくね串を向ける。

 

「折角誰かとお弁当食べるなら、交換っこしたいじゃん。ほら、あーん」

「え……ここでするの?恥ずかしいんだけど……」

「別に俺の前ではもっと恥ずかしい姿見せてるんだから良いだろ?」

「ご、誤解生む言い方しないで!」

 

 蘭が椅子をガタっと揺らしながらそう声を張った。そして誰かが倒れる音が聞こえた気がする。

 まあ、誤解も何も、俺に幼児退行した姿見せてるわけだし──なんて野暮な事は言わない。蘭の赤くなる姿を求め狙って言ったのだ。思春期万歳。

 

「ミートボールいただき!」

「あ、ちょっと──」

「はい、あーん」

「うくっ……あ、あーん……」

 

 顔を赤くし、観念したようにつくね串を口の中へと受け入れる蘭。少し色っぽかった。

 

「美味しいか?」

「……美味しい」

 

 ここまで悔しそうな顔で美味いものを食べる人なんて、世の中を探しても蘭しかいないだろう。

 そんな風に俺がやりたい事をやって満足している中、蘭が仕返しとばかりにコロッケを向けてくる。

 

「竜介、あーん」

「ふっ。今更コロッケ程度でうろたえる我では──」

 

 台詞の途中でコロッケを咥えさせられた。出来れば最後まで言わせて欲しかったなと不満をたらしてみる。

 俺が不服な顔で蘭を見つめていると、何を血迷ったのか蘭が俺が咥えてる方とは逆のコロッケの端を咥え出した。

 突如襲ったいつぞやかのコロッケゲームに俺が混乱する中、蘭がコロッケを食べ始める。

 蘭の顔が眼前まで迫り、鼻と鼻がくっつく。俺はそこでコロッケを噛み千切った。

 

「お前……正気を疑うぞ」

「お互い様だし……」

 

 頬を赤くしてそっぽを向く蘭から、俺も目を逸らす。

 お互い気まずくなり静寂が訪れた所に、スマホの着信音が鳴り響いた。画面を見ると『市ヶ谷 有咲』の文字が……。誰だSNSに現状を投稿したやつ。

 取り敢えず電話に出るため、画面をスライドして耳に当てる。

 

『お前、放課後私の家な。色々言いたい事あるから』

 

 そう不機嫌そうに一言残して有咲は電話を切った。

 片付いたわけではないが、ひとまず難を乗り越えた事に安堵の溜息をつく。

 だが、完全に油断仕切っていた所で、誰かが俺の肩を後ろから叩いた。しかも不幸な事に、その人から漂う怒オーラで誰がいるのか分かってしまった。

 俺がヘマをした時や調子に乗った時の説教係。最近何かと堕天する喫茶店の看板娘。そうあの御方──

 

「竜介君?ちょっと生徒会室に来てもらっても良いかな?」

 

 羽沢つぐみ様である。

 

 

 ◇

 

 

 同時刻、場所は花咲側学園にて。

 ポピパメンバーと昼食を摂っていた市ヶ谷有咲は、スマホ片手に溜息をついていた。

 

「はぁ……ったく。どうしたもんかなぁ……」

「どうしたの有咲?」

 

 そんな有咲に、家から持参したチョココロネを食べる沙綾が聞く。

 

「竜介がさ、また他の女と……なんだ?イチャついてな。今度は蘭ちゃんなんだけど」

 

 自分のスマホ画面を沙綾に見せる。見せられた沙綾は顔を赤くさせた。

 

「だ、大胆だね……」

「だろ?あこちゃんいるんだからそう言うの控えろって前に言ったんだが……」

「ま、前にもやったんだ」

「おう。まあ前はおたえだったけどな」

 

 有咲は半眼を作って、ハンバーグを口に詰めるたえを見る。

 どうしたと言った様子で寄って来たたえに、有咲はスマホを見せた。

 

「あ、前にやったやつだ。……なんで蘭とやってるの?」

「さあな。てか、おたえはなんでやったんだ?」

「うちにリーとオーって言ううさぎがいるんだよ」

「うん。なんで急にうさぎなんだ?」

 

 おたえの突拍子のなさに、いつも通り首を傾げて有咲が尋ねるとたえも首を傾げて返した。

 

「だって、なんでコロッケゲームしたか知りたいんでしょ?」

「ああ。だからなんでうさぎを──」

「オーはメスでリーはオス。それでね、二人は相思相愛なの。よく同じレタスを一緒に食べてる」

「いや、私の話を……おたえ、今なんつった?」

 

 いつも通り分からないと悟りかけた有咲だったが、今日だけはおたえの意図を汲み取れた。そして、たえが最後に言った言葉に耳を傾ける。

 

「なにって、リーとオーは相思相愛でよく同じレタスを食べてる」

「たえが竜介にあんな事した理由は?」

「……?リーとオーがよく一緒に……」

「あー分かった。だいたい分かった。ありがと、おたえ」

 

 有咲は右手でたえを制し、大きな溜息を吐いた。しかしそれも当然だろう。たえは自分と彼に似た名前を兎につけ、そこに理想を抱き、そしてそれを真似してアプローチを掛けていたのだから。

 そんな健気さを見せつけられたら、誰だってその不器用さに同情してしまうだろう。

 

「おたえ……その……頑張れよ?」

「……?今日の有咲。素直だね」

「う、うっせー!」

 

 いつも通りの答えのたえに、有咲はいつも通り(ツンデレ)で返した。

 

「アプローチ、か……」

「どうしたの?沙綾ちゃん」

「あ、ううん。何でもない」

 

 いつも通りのポピパの面子。だが悩みのある顔をした沙綾だけは、いつもとどこか様子が違った。

 

 




コロッケゲームをまた出すことになるとは思わなかった。
おたえって結構可愛いわね。あといつか沙綾編もやらなきゃ。こころんがほんの少しばかり暗い雰囲気になっちゃったから今度は青春をしたい。

もっと色んなキャラ出して魔王様の嫉妬ポイント稼がなきゃ。あと、最近あこが落ちるまでのプロット仕上げたんだけど、もしかしたらこころん並になるかもしれん。あこ好きの心臓に響かないよう先に言っとく。

最近ガルパで星四がまったく来ないのよね。年の初めに星四香澄二枚抜きしたのが効いてるのかしら。



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間奏 Happy birthday to my Lord

ぼけーっとニート生活過ごしてたらガルパの通知であこの誕生日だった事を思い出した。しかし、誕生日特別会の準備なんて何もしてない事に気づく。仕方ない、急ごしらえ(超デッドヒート)で済ますしかねぇとなり、生まれた話でござります。

間奏はパラレル話にしてたけど、これはほんへで起こったことにしようと思う。


 七月三日──またの名を魔王生誕日。愛しく凛々しい我が魔王生誕の日。

 

 ──祝うしかないだろ。

 

 

「祝福の、鬼だッ!!!」

 

 

 そう声高らかに叫ぶ俺がいるのはお馴染み羽沢珈琲店。

 去年まで個人的にあこの誕生日を祝っていた俺だが、今年はアフグロの皆でお祝いする事になっていた。そのために払った対価はそれなりに大きく、かなりの労力を持っていかれる羽目に。ここぞとばかりに俺をこき使うつぐみパパの目は、何とも愉快痛快と言ったものだったのを覚えている。しかし、こんな所でへばっている場合ではない。今俺が過ごしている昼休憩が終わった後、ケーキ作りに取り掛かる予定なのだ。

 

「なんか、今日に限ってお客さん多かったな。つぐみ」

「そうだね。なんでだろ?」

 

 死んだ目をしたつぐみを横目にカップラーメンのスープを啜りながら、俺は午前中の事を思い出す。開店一時間後くらいに流れこんで来た年若きJK達の姿を。

 それは正に濁流と言っても差し支えないものだった。

 

「まあ、過ぎた事だし気にしなくていっか。つぐみ、先にキッチン入ってるな」

「うん。わかったよー……」

 

 テーブルに突っ伏し手をヒラヒラとさせて返事をするつぐみに同情しながら、キッチンからボールやら砂糖やらをお借りする。

 着々と準備を進める中で俺はふと気になった事をつぐみに尋ねた。

 

「つぐみ達は、毎年あこに何あげてるんだ?」

「えっとね、皆ハンカチとかヘアピンとかをあげてたかな。巴ちゃんは何故か毎年太鼓の撥を渡してたけど。竜介君は?」

「俺もそんな感じかな。昔は手作りのクッキーとかだったけど、中学上がった時くらいからアクセサリー渡すようになったよ。あこの好きな物って意外と難しいんだよな……」

 

 かっこいい物が好きだからと、中学生がよく買うあの剣のストラップをあげれば良いって話にはならないのだ。過去に一度そう言った物をプレゼントした時には、フィギアの武器パーツと勘違いされた。あこにもかっこいいの基準があるらしい。

 

「竜介君、今年は何あげるの?」

「コウモリ型のヘアピンだ。ハンドメイドだけど、材料とかに拘ったからかなり出来のいい物になったよ。過去最高傑作」

「き、気合い入ってるね……」

「祝福の鬼だからな。今日だけは巴と太鼓叩いてもいいと思ってる」

 

 祝いの宴は無礼講。古より伝わる祭事の楽しみ方だ。

 

「さて、夕飯の支度もあるし、ちゃちゃっとケーキ作っちゃうか。目標はひまりの体重二キロ増しだな。怪しまれないよう量じゃなくてカロリーで行く」

「やめてあげなよ……」

 

 つぐみの呆れた目を華麗に受け流し、頭の中で何を作ろうかと考えながら俺は「ふへへ」と笑った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ねえねえ、りんりん」

「……?どうしたの、あこちゃん……?」

 

 竜介が外出してしまったため、暇になり燐子の元に訪れていたあこは、日課のNFOの曜日クエ周回をしながら隣でクエストを手伝ってくれている燐子に尋ねた。

 

「最近ね、りゅう兄が変なの」

「どんな風に、変なの……?」

「帰りが凄く遅かったり、なんかよそよそしかったり……」

 

 胸の内に募っている不安をあこは話した。

 

「あこ……りゅう兄に何かしちゃったのかな……」

「うーん……りゅっ君があこちゃんを、邪険にしたりはしないと思うけどな……」

「嫌われちゃったらどうしよう……」

「それは、ないんじゃないかな……」

 

 戸惑いながらも苦笑する燐子に、あこは涙目を向ける。本当にそんな事が起こってしまったなら、自分は他所様の目など気にせず泣き喚めいてしまうだろう。あこにはその自信があった。

 そんなあこを見て元気付けようとでもしたのか、燐子は引き出しからストラップらしき物を取り出しあこに渡した。

 

「はい。あこちゃん……」

「これ……聖魔大罪剣チェーニロード・イクリプスのクリアVer.ストラップ……いいの?」

「うん。だって──」

 

 燐子が渡したのはNFOのイベント限定ストラップだった。なぜそれを渡されたのかを聞いてきたあこに、燐子は告げる。

 

「今日、あこちゃんの誕生日……でしょ?」

「……え?」

 

 間抜けな声で燐子に返した後、PCに常設してある時計で日付を確かめる。間違いなく自分の誕生日だった。

 

「ふふっ。りゅっ君の事で、頭がいっぱいだったみたいだね……。きっとりゅっ君も、あこちゃんの誕生日の用意……してたんだと思うよ?」

「で、でも、りゅう兄いつもあこに声掛けてくれるよ?」

「じゃあ……今年は何かあるんだよ」

「……そうなのかな」

 

 燐子の説得を受けても、あこはまだ不安な顔をしていた。神楽竜介を前にして一番臆病になってしまうのはあこなのかもしれない。燐子はそう思った。

 中々あこの不安が拭えないと燐子が悩んでいたその時、あこのスマホが不意に着信音を鳴らした。

 

「……お姉ちゃんからだ」

「そうだね……。さ、お呼ばれされたし……行ってらっしゃい、あこちゃん」

「う、うん……」

 

 まだほんの少しだけ残る不安を胸に、あこは羽沢珈琲店を目指した。

 

 

 ___

 

 

 

 燐子の家を出てから数十分かけて、あこは羽沢珈琲店にやってきた。カランカランと揺れ響くベルの音を聞きながら、恐る恐る店内を覗く。中に居たのは、自分の姉と、蘭、モカ、ひまり、つぐみ。

 ──この場に彼はいなかった。

 胸の内の不安が的中してしまった。やはり自分は何かしてしまったんだと、そう自覚した瞬間、あこの意思に関係なく涙が零れ落ちる。

 

「おねーちゃん……」

「ど、どうしたあこ!?」

 

 驚いた声をあげる巴に抱きつき、あこは泣いた。

 しばらく泣き続け、段々静かになっていったあこに巴は尋ねる。

 

「な、何があった?」

「りゅうにいがね……」

「竜介に何かされたのか?」

「ううん……ちがうの……」

 

 泣いて赤くなった目元を擦り拭いた後、あこは燐子に尋ねた事と同じ事を巴に聞いた。

 

「あ、あー……それはだな……えーっと」

 

 あこの悩みを聞いた巴は、頬をかきながら言いにくそうに口ごもった。

 あこはそんな姉の姿を見て、やはり彼に嫌われたのだと悟った。もう涙も出ない。

 

「あこ……何しちゃったんだろう」

「ち、違うぞあこ!そう言うわけじゃなくてだな……」

 

 両手で謎のジェスチャーをしながら何かを誤魔化そうとする姉。隠し事が苦手な姉が、隠し事をするときにやる癖だ。

 もう隠さなくていいのにとあこが思っていると、突然姉がむず痒そうに叫んだ。

 

「──ったく、竜介はどこほっつき歩いてんだよ!」

「……え?」

 

 姉の言動に間抜けな声を出した。そしてそれの直後、入り口のベルが音を響かせる。思わず振り返ると、

 

 

「わ、悪い!スーパーが少し並んでて遅くなった!」

 

 

 彼がいた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 誕生日会用の料理とケーキを仕上げた所で巴にあこを呼んで貰ったが、その後に飲み物を買い忘れた事に気づいてしまい、近くのスーパーまで買いに行っていた。だが、午前の客がスーパーに流れたのかは知らないが、スーパーが異様に混んでいた。それから飲み物を選ぶのに更に時間をかけてしまい、そんな事に時間をかけるんじゃなかったと後悔しながら急いで皆の元に戻り今に至る。もう既にあこが羽沢珈琲店に到着していたため、皆で出迎えようとしていた予定が狂ってしまった。本当に申し訳ない。

 ひとまず問題は片付き、よし始めようと思ったところで別の問題が俺に襲い掛かっていた。

 

「あ、あこ?どうした?」

 

 あこが抱きついて離してくれないのだ。

 

「りゅうにいのあほ……」

「え?あ、ごめんなさい?」

 

 何故かあこに怒られ、俺は理由もなく謝罪していた。

 あこを怒らせた理由がまったく分からず、取り合えず姉である巴に救難信号を送ると、

 

「なんか、竜介がよそよそしかったり、ここ一週間帰りが遅い事を心配してたらしいぞ。あと、竜介に嫌われたんじゃないかって」

 

 何かあらぬ誤解が生まれていた事が分かった。

 

「……ああ、そう言う」

 

 帰りが遅かったのはつぐみパパがバイトとして雇った俺をこき使ったせいだ。

 態度がぎこちなかったのは、多分俺がサプライズを意識しすぎたせいで態度に出たのだと思う。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

「あこを驚かせたくてやってたけど、仇になっちゃったみたいだ。ごめんな」

「……あこのこと、嫌いになってない?」

「当たり前だ。俺には大事な大事な魔王様との契約があるからな。嫌いになる事なんて絶対ないよ」

 

 あこの手をとって、手の甲を撫でながら俺はそう言った。どうか俺の気持ちが伝わっている事を願い、ニコリと笑って見せる。

 

「そもそも、俺があこを嫌いになってたらまずここにいないだろ。今俺がこうしてあこと手を繋いでる事が全ての答えだ」

「……分かった」

「おう。それなら良かった。じゃあはい、あこにプレゼント」

 

 赤いリボンで飾った小さなプレゼントボックスをあこに渡す。

 箱を開け、中身のヘアピンを見たあこは見惚れた様子で「きれい……」と呟いた。どうやら気に入って貰えたようだ。

 

「あこが前にコウモリ柄の浴衣が着たいって言ってたからさ、コウモリとかが好きなのかなって思って作ってみたんだ。かっこいいだろ?」

「うん。……りゅう兄、つけてみて良い?」

「いいぞ。てか、それはもうあこの物だし。付けるも外すも、売るも捨てるもあこの自由だ」

「そ、そんな事しないよ……もう……」

 

 苦笑交じりにあこはそう言いながら、自分の頭にヘアピンを付けて見せる。

 黒を基調に銀縁を付けたコウモリのシルエットモチーフが、あこの髪色とよく似合っていた。

 

「ど、どうかな?」

「おう。よく似合ってる。かわ──かっこいいぞ」

「にへへ……ありがと♪」

 

 嬉しそうにニヘラと微笑んだあこの姿が俺の視界を支配する。機嫌が戻った途端にこの破壊力。さすがだなと惚れ直してしまった。

 そんな俺の胸の内をあこに悟られないようクールに振る舞い、俺は今一度あこの手を取り片膝をつく。

 

「りゅう兄、どうしたの?」

「うん?いやさ、一番言いたかった事をまだ言ってなかったなって。聞いてくれるか?」

「うん、いいよ!」

「ありがとな。それじゃあ聞いてくれ──」

 

 今回の……今年の誕生日のために作った台詞。

 あこを想い、あこへの感謝を込めて書いた恋文代わり。

 十六と言う高校生(少し大人)になった俺の覚悟と願いを綴った詩。

 

 

「──Happy birthday to my Lord.

 この世界に生まれて来てくれてありがとう。

 私と出会ってくれてありがとう。

 貴女と出会い、そして傍にいることが、私の一番の宝物です。

 我が命尽きるまで、この宝物を抱き続けたいと願う私の我侭を、どうかお許しください。魔王様」

 

 

 夕日が沈み、月明かりがあこを照らしていた。月の灯りがコウモリのヘアピンに反射し、一瞬だけ輝く。

 

「……? なんかかっこよかった!」

「……ははっ、そうか。喜んでもらえて良かったよ」

 

 やっぱり伝わってなかった俺の願いは、星屑の中に消えた事にしようと思う。正直、少しほっとしてる自分がいる。

 あこにバレないよう小さな安堵のため息をつき、俺は一緒に笑った。しかしその直後、俺の頭に強い衝撃が走る。

 

「っつ~~誰だ今殴ったの?」

「竜介……い、今お前……」

 

 どうやら姉の方には伝わってらしい。珍しく……珍しくではないが顔を赤くさせていた。

 

「そんな怒るなよ。俺が負けたんだし巴にとっちゃ結果オーライだろ?それに今日ぐらい格好つけさせてくれよ」

「いや、怒ってるわけじゃ……いややっぱ何でもない。まあ……今日は見逃してやるよ」

「やったぜ。さてと、じゃあ飲み物でも入れて乾杯を──」

 

 いざ飲み物をと思って振り向くと、ひまりが倒れていた。ラブコメ成分の過剰摂取だろうか。

 

「おーい、ひまりー起きろー。壁ドンしちまうぞー」

「はッ!なんか今、漫画以上のラブコメシーンを見た気がする」

「こいつ、記憶が飛んでやがる……。まあ冗談はこのくらいにして。ひまり、そこのコーラ取ってくれ」

「はいはーい。いやーそれにしても、良いもの見れたなー」

 

 ちょっとしたひまりとの茶番を披露した後、満足気味のひまりと共に、注いだ飲み物を皆に配る。ひまりとあこ以外は何故か魂を捨てた様な顔をしていた。

 

「よっしそれじゃあ、あこの誕生日を祝して、乾杯!」

「かんぱーい!」

「かんぱーい!」

『か、乾杯』

 

 俺の一言を機に、コップの小突き合う少し甲高い音が響く。

 楽しい楽しいお誕生日会が幕を開けた。俺だけ先にプレゼントを渡してしまったが、まあそれは仕方無い事だろう。そう俺は割り切った後、料理テーブルの前に立って料理を小皿に分ける役につく。そして皆に料理を届けた。

 

「わあ!りゅう兄の料理だ!いただきます!」

「ゆっくり食べろよ。料理は逃げたりしないからさ」

「リ~くん、モカちゃんにもちょうだ~い」

「お前は量が多すぎるから最後だ」

 

 モカからクレームを貰うアクシデントが起こったが、取りあえず七面鳥の足で黙らせておいた。それ以外は特に問題なく進んでいる。これから問題を起こしそうな人が二名いるが、何か堪えてる様子だった。

 料理の方は順調に減っていき、予想通り俺は野菜処理に負われる事になりそうだ。今から覚悟を決めなければ。

 

「りゅう兄。はい、あーん!」

「あこ……肉の影にピーマン隠してるの気づいてるからな?」

 

 あこからもクレームが来たが、しっかり食べさせておいた。我が魔王超可愛い。

 

 

 




聖魔大罪剣チェーニロード・イクリプスとか言う絶対配色かっこいい剣をクリアバージョンにしたNFO運営何なん?(半ギレ)

いやーそれにしても危なかったぜ。危うくあこの誕生日過ぎちまう所だった。わし英語苦手だからどこかおかしかったら言ってくれい。
なんだかんだで評価60手前、感想100手前まで来たこの二次創作。ぶっちゃけここまで人気出るとは思わんかった。


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第32奏 イニシャルAの気持ち

竜介「攻めるポイントはこの先──ヘアピンカーブ
あこ「……りゅう兄免許は?」
竜介「……走り屋にとって車魂こそが免許証」
あこ「無免許だよね?」
竜介「……」
あこ「りゅう兄?」


「羽丘の生徒会から風紀を乱すなって怒られた……」

「だろうな」

 

 つぐみにたっぷり説教を貰ったその放課後、逃げるわけにもいかず俺は有咲の家へとやって来た。

 やっぱり怒だった有咲は、現在も俺に正座をさせたまま眉間にシワを寄せて仁王立ちしている。

 

「今回のは完全に不意打ちだったんだよ。いやホントマジで。いきなりガっと」

「じゃあ離せば良かったじゃねーか」

「そしたらコロッケが落ちちゃうじゃん?」

「お前な……」

 

 盛大に溜息をついた後、有咲は頭を抱えた。

 

「私さ、そろそろ本気で竜介が刺される心配し始めてるんだけどよ……。大丈夫なのか?なんか、ストーカーとかそう言うの……」

「こころに拉致られた事なら数えきれない程あるぞ」

「もう手遅れじゃねーか」

 

 小学生の時から積み上げて来た拉致経験。北の国に同じ事をされても多分焦らないだろう。なんかいける気がする。

 

「だけどもう解決したから大丈夫だ。ほら、その証拠に羽丘に戻して貰えたし」

「それでいきなり羽丘に転校したのか……。一言ぐらい連絡よこせよ」

「……それはすまなかった」

 

 不安そうな顔で呟く有咲に俺はそう謝罪をした。羽丘に戻れた事への嬉しさで舞い上がっていたため、皆に伝えるのを忘れていたのだ。

 

「ま、まあでも、俺が花咲川から居なくなったぐらいじゃ、大した影響は……」

「今日の朝、私の所に奥沢さんが来たぞ?さっき言ってた弦巻さんとの事をすげー心配してた。で、竜介に会いに来たんだとよ」

「え?」

 

 思っていた以上に影響があり、思わず声を漏らしてしまった。

 

「ったく、お前のスマホは何のためにあるんだよ」

「ごめんなさい……」

「謝るぐらいなら最初からするなよ」

「はい……」

 

 きっと今の俺は男とは思えない程恐縮しているだろう。嫁の尻に敷かれる旦那と言った方が早いだろうか。相変わらず俺は有咲に弱かった。

 

「今度何かあったらちゃんと有咲に連絡入れる」

「おう。あとちゃんと他にも送れよ。それとコロッケのやつはもうやるな。ああ言うのは恋人作ったりだとか結婚した後にやれ」

「わかりました……」

 

 口すっぱく、有咲になんどもコロッケゲームの事を咎められた。

 

「じゃあ、この話はお終いな」

「え、もう?」

 

 もっと怒られると思っていたので意外だった。もしかしたら、これよりも重要な話があるのかもしれない。そう思い至り俺は身構えた。しかし、有咲は何も言ってこない。相談しにくい事がなのだろうか。

 

「……有咲、何かあった?」

「え、なにがだよ?」

「いや、何も喋らないからさ、どうしたのかなーって……」

「ああ、別になんでもない」

 

 思いつめた顔をするわけでもなく、何処か懐かしいものを見る目で有咲は言った。

 

「ただ、なんか羽丘に行った途端竜介が大人しくなったなって思っただけだ」

「俺、暴れた事なんて一度たりともないぞ?」

「そうじゃなくてだな……」

 

 暴行事件でも起こしたことになっていたのかと疑ったが、そう言うわけではなさそうだ。

 煮え切らない有咲の様子にただひたすら疑問を持ちながら、俺は有咲の話を聞く。

 

「なんか、今日は竜介が撫でたり抱きついてきたり、私を娘だーとか言ってこなかったから……変だなって思って……」

「ああ、そう言う事か。実は今朝な、皆との接し方について考えさせることがあったんだよ。そんで、皆もう立派な女の子な訳だし、俺が過保護になる必要ないなって思ったわけで。だから、今日から少しずつ接し方探ってみようと思ったんだよ。まあ、早速やらかしたが」

「ふ、ふーん……そうか……」

 

 俺が心境の変化を説明している間、有咲は何処かソワソワとしていた。話を聞く気があるのか疑ってしまう。

 

「……有咲、どうしたんだ?なんか落ち着きないけど……」

「え?いや……何でもない、けど……」

「隠さなくて良いから。ほら、言ってみ?」

 

 恥ずかしそうに顔を反らす有咲に、俺はどうしたのか尋ねる。有咲は変わらずモジモジしていた。

 

「わ、私は、その……ただ──」

「ただ?」

「も、もう……頭撫でたりとかしてくれないのかなって……思って──さ、寂しいわけじゃねー!!!」

「落ち着け有咲。俺はまだ何も言ってないぞ」

 

 つぐみよろしく何か勝手に自爆した有咲を宥める。取り敢えずご所望の撫でをお届けしておいた。

 

「……ほんとに寂しくなんかねーからな……」

「OKOKちょまかわちょまかわ」

「わ、分かってねーだろ!」

 

 キッとした目を向けて来るが、そこに反抗的な意図は感じられない。子猫が必死にねこぱんちをしているのと同じようなものだ。しょうがないので特別条例でハグをしておいた。

 

「ちゃんと分かってるよ。有咲は昔から寂しがり屋だからな。そのくせ全然甘えて来ないから、ちょっと心配だったよ。昔甘えて来なかった分、今たくさん甘えてくれて良い」

「……ず、ずりーぞ……そんな言い方……。それに、竜介だって一人だったのに誰にも甘えてなかったじゃねーか……」

「有咲が見ていられない様な状況だったからな。まあ、皮肉な事にそのおかげで今の俺があるんだけど。取り敢えず今は、俺と婆ちゃんに甘えておけ。有咲は抑え込み過ぎだ」

 

 ポンポンと有咲の頭を軽く叩き、甘える恥ずかしさを消せるよう努めてみる。

 そんな俺に、有咲が何処か悲しそうな顔をして尋ねて来た。

 

「仮に私が昔の分をお前に甘えるとして、竜介は誰に甘えるんだよ……。お前は、もう家に家族が──」

「はいストップ。そこから先は言わない」

「で、でも……」

「でもじゃありません。男の子の心は女の子の十倍強く出来てるんですー」

 

 昔の俺は女の子ぽかったが……と心の中で付け足した後、俺は有咲に続けて言った。

 

「それに、俺には皆がいるからな。幼馴染がたくさんいると、結構寂しさって感じないんだよ。今はそれだけで充分足りてる」

 

 有咲に心配させないようニコりと微笑んだ。だが、納得とは程遠い表情を有咲は返して来た。仕方ないのでゴリ押そうと思う。

 

「さ、お暗い話はここら辺にしといて、夕飯の準備でもするか。台所と食材借りるなー。明日返しに来るから」

「え……ちょっ……まだ言いたい事──」

「何にしよっか……あー……オムライス食いたい気分だな」

 

 有咲の制止を振り切り、俺は台所ヘと直行した。

 

「だから……話は……」

「有咲、俺は大丈夫だって言ってるだろ?もしかして疑ってたり?」

 

 不意打ちで聞いてみると、有咲は「うぐっ……」と固まる。

 台所でフライパンやまな板を準備しながら、有咲の答えを待った。

 

「……別に疑ってたりは……」

「なら別に問題ないだろ。まあ、いざとなったら有咲に泣きつかせて貰うよ。今はそれで引いてくれないか?」

「……分かったよ」

 

 不満タラタラながらに有咲は了承した。

 今度有咲との接し方について深く考える必要がありそうだ。もしこころの様に寂しさが暴走した場合、おそらくだが有咲はこころを越えるとんでも行動を起こしてしまうだろう。

 

「有咲、ケチャップの文字何にする?」

「じゃあ……星」

「……だんだんと香澄の影響受け始めて来たな」

「そ、そんなんじゃねーし!」

 

 もしかしたら有咲の心の休息場所は、香澄の隣なのかもしれない。今度香澄に菓子折りを持って行こう。

 俺はそう有咲の友人達に感謝しながら、夕飯の支度を進めた。

 

 

 ____

 

 

 

「ただいまー……」

 

 有咲の家で夕飯を作って食した後、家に帰って来た。

 食後休憩に思いのほか時間を費やしてしまい、帰宅時間が夜九時を回ってしまった。

 

「あ、りゅう兄おかえり!」

「おう。ただいま──」

 

 パジャマ姿のあこが元気よく出てきた。口の端には夕飯を食べた証であるトマトケチャップがついている。

 何故か湧き出た安心感と、家に帰って来たら誰かに出迎えて貰える事に幸せを感じながら、あこの手に握られているポッキーの箱に疑問符を浮かべる。

 

「あこ、そのポッキーは?家に置いといた記憶は無いけど……」

「あ、えっと……こ、これはね、放課後に買って来て──」

 

 何故か恥じらう姿を見せ始めたあこの、もう片方の手に握られたスマホを見て、察したくない何かを察した。

 

 

「りゅ、りゅう兄!あことポッキーゲームして!!」

 

 

 ブルータス(魔王様)……お前もか(貴女もですか)……。

 

「ポッキーゲームのルールは知ってるのか?」

「す、スマホで調べた!」

「じゃあダメだ」

「……え?」

 

 つい先程有咲としたばかりなのだ。約束は守らねばならない。たとえ誰にも見られていなかったとしてもだ。俺の覚悟は強い。

 しかし、拒否した瞬間途端にしょんぼりしてしまうあこに胸を締め付けらてしまう。既に覚悟が消えそうだった。

 

「……蘭ちゃんには出来て……あこにはしてくれないんだ」

「あー……あこ?実はさっきその事について有咲に怒られてさ、嫁か恋人が出来るまではって約束したんだ」

「じゃ、じゃあ!あこが今からりゅう兄の恋びとになれ、ば──」

 

 魔王様硬直。

 

 木魚の音を幻聴しながら数秒経過。

 

 魔王様オーバーヒート。

 

 以上、現場より。

 

「あこお風呂入ってくるッ!!!」

「お、おう。行ってらっしゃい」

 

 つぐみと有咲よろしくあこも自爆した。今日は自爆デーか何かなのだろうか。

 それと、今回は俺が赤面しなかった。きっとあこの意外な姿に感慨深さを覚えたせいだろう。

 




最近文字巨大化のやり方を覚えたからやってみた。良き。魔王力の表現方法が増えた気がする。

イニシャルA……A……アクセル…ッ!!

変…身ッ!ブォオンブオン!

さあ、振り切るぜッ!!

身体がバイクなら溝落としとか楽勝だべ。


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第33奏 ハンバーグの味を君へ

 最近曇りの日が多い。梅雨も夏休みもすぎたのに。雷でも鳴ったら大変だなと、そんな呑気な事を俺は思いつつ、一時限目の家庭科に行われている議題『明日に行われる調理実習の班決め』について先生の説明を聞いていた。

 

 やはり元女子高(今も女子高みたいなものだが)なだけあって家庭科が必修科目にある。料理が好きな俺としてはこの上ないほど喜ばしい事だが。

 今回の調理実習、一見平和な女子達による可愛いお戯れに見えるかもしれないが、実はそんな世界線なぞ何処にも存在しない。ギラギラと料理が出来る存在(おれ)を確保しようと火花が散っているのだ。パッと光って消えてくれ。

 

 調理実習の目的が『協力して料理の作り方を学ぶ』なのに、俺を捕まえ楽をしようなどと言う輩で溢れかえっているのだ。これでは女らしさの欠片もない。もっとお淑やかさと慎ましさを持って欲しい。

 そして、先生もその事を分かっていたのか、おっとり口調で皆に告げた。

 

「あ〜ちなみにですが〜、神楽君は特別班ですからね〜。ズルはいけませんよ〜」

 

 クラスの女子からブーイングの合唱が起こる。汚ねぇ歌声響かせやがって。さすが女子高、男子に見せる華の欠如が激しかった。

 だが、この状況に俺は内心でほくそ笑んでガッツポーズを決め込む。このクラスは俺を含めて二十七人、そして実習班は五人一組、二人余る。片方は俺で、そしてもう片方は、

 

「……なに?あたしの顔になんかついてるの?」

 

 羽丘のツンデレボッチ──美竹蘭様だ。おそらく……というか絶対余る。クラスメイトと話しているのなんか日食程度の頻度でしか俺は見たことない。それ程クラスメイトとの仲が浅い。

 そう言うわけなので、可愛い可愛い蘭ちゃんをゲットしようと思い、俺は堂々と先生に意見を申し上げた。

 

「先生、蘭とペアでやりたいのですが良いでしょうかー?」

「え、ちょっと……」

「ん〜まあしょうがないですねぇ〜。人数もちょうどよくなりますし〜」

 

 蘭の戸惑いの声を他所に、俺と先生の間で不可視の条約が結ばれた。はぐれアフグロぼっちゲットだぜぃ。

 目的も果たしたので、俺は残り時間を費やし全力でうたた寝をする事にした。

 

 

 授業終わりのチャイムを目覚ましにして起床した後、蘭に腕を引かれて廊下まで連れて行かれる。何事かと思い蘭に尋ねると、キッと鋭い目をして俺の意図を問うて来た。

 

「どういうつもり?」

「どうって言われても……何となく蘭が一人になるなって思って」

「別にサボるから気遣わなくても……」

 

 ボソッと呟いた蘭に、俺はデコピンをした。さっきと同じ鋭い目を向けられるが、それに屈せず俺は蘭に告げる。

 

「おサボりはダメだぞ。ただでさえサボり多くて色んな教科の単位が危ないのに。このままじゃひまり達とクラスどころか学年まで離れる羽目になるぞ。良いのか?」

「……嫌だ」

「じゃあ、しっかり出席するんだぞ。分かったか?」

 

 子供に言い聞かせる母の様に俺が言うと、蘭は「分かった」としょげながら言った。本当に母親に叱られた後の子供の様だった。

 

 

 ___

 

 

 

 家庭科の調理実習当日の三、四時限目。

 俺と蘭の班に謎のヘイトが集まる家庭科室にて、調理前の調理道具と食材チェックが行われていた。

 

「神楽君~個人持込のピーマンは没収ですよ~」

「そ、そんな殺生な!」

「衛星面で危険ですので~食中毒でも起こしたらどうするんですか~」

「……分かりました」

 

 先生の言うことは十割正しい事なので、俺はやむなくピーマンを明け渡す。ピーマンハンバーグを作って昼休みにあこに食べさせる計画が潰れてしまった。

 

「それでは~早速始めましょうか~まずは玉ねぎを~──」

 

 調理課題のハンバーグの作り方を先生は説明しているが、その説明をしっかり聞いてる人はこのクラスに何人いるのか。俺へのヘイト集中が止まらない。

 そんな視線には屈せず、俺は先生の説明を聞き流しながら蘭へ玉ねぎの微塵切りを教えていた。

 

「玉ねぎを切ると沁みますが我慢して~……これは不思議と沁みませんね~」

 

 玉ねぎの刺激が来ないことに皆不思議に思っている中、不意に蘭が何かを察し俺のほうを見た。

 

「竜介、何かしたの?」

「ふふふっ。実は二時限目に理事長に頼んで玉ねぎだけ冷蔵庫に移して貰ったのさ!玉ねぎは切る前に三十分冷やすだけで大分沁みなくなるからな。俺超優秀」

「神楽君~うちの理事長をそんな理由でこき使わないでくださ~い」

 

 俺の素晴らしい裏技に先生がイチャモンをつけて来た。こんなパーフェクトでノックアウトな事俺にしか出来ないのに……なんで蘭は呆れた目を向けてくるのだろう。

 

「まあちょっとしたアクシデントは置いておいて~。微塵切りにした玉ねぎはフライパンで狐色になるまで炒めてくださいね~」

 

 そんな先生の説明はやはり聞き流し、俺は頑張ってフライパンを扱う蘭をまじまじと眺めていた。今更だが、蘭のエプロン姿が中々に可愛いのだ。料理をする姿が様になっている。

 

「……何?竜介」

「いんや別に?ただ、今の蘭ならお嫁に出しても大丈夫だな~って思っただけだ」

「……あっそ」

 

 そっぽ──は向かず、フライパンに視線を落とした。赤くなっている顔の理由は、きっとガスコンロの熱だけではないだろう。可愛い。

 

「はいそこ~いちゃつかないでくださ~い。それと神楽君~先生の前で結婚の話はNGですよ~。先生独身なので~」

 

 おそらく三十路を過ぎたであろうおば──お姉さん先生による逆恨みの視線が俺に突き刺さる。ついでにケース付きだが包丁も俺の背中に刺さっていた。怖いのでやめてくださいお願いします。

 俺が融合係数(恐怖心)に駆られる中、先生はうふふうふふと妖しい笑みを浮かべながら教卓の方へと戻っていった。

 

「では~玉ねぎが炒め終わった所から~ボールに合いびき肉、卵、パン粉、塩コショウを入れて一緒に混ぜてくださ~い」

「竜介、パン粉とかってどれくらい入れれば良いの?」

「うーん……ひまりもいるし、つなぎは豆腐でいっか。ヘルシーさは大切──」

「は~い没収で~す」

 

 豆腐はアルカリ性だから大丈夫と言う俺の謎理論は無事に無視され、お豆腐は先生の手元に消えていった。きっと誰かがこの光景を見た後、俺を嘲笑うのだ。

 やさぐれた後バッタを混ぜたマーボー豆腐でも作ってやろうかと俺は思ったが、先生に正論で説き伏せられたので大人しくしていようと思う。

 

「混ぜる時には~力強くこねて粘りが出るまでやってくださいね~。よ~く混ぜれば混ぜるほど美味しくなりますので~」

「蘭、混ぜる時は優しく、そして素早くを意識するんだぞ。こね過ぎて肉の細胞を壊すと、焼いた時に肉汁と一緒に旨みが逃げて行っちゃうからな」

『……』

 

 俺と先生の間に沈黙が訪れる。

 古のおばちゃん知識と、最近クッ○パッドで得た情報がぶつかり合う瞬間だった。

 

 その後、クラス全員が早こねを選択すると言う悲惨な出来事が起きたが、それ以外問題なく調理が終了。試食会へと移行し、皆が班員と完成した品を食べあっていた。

 

「はい……竜介」

 

 当然俺達の所も完成している訳で、今は蘭が丹精込めて作った料理を俺が食そうとしているところだった。俺は蘭から渡された箸を受け取り、一口分に切ったハンバーグを口の中へと放り込む。

 

「──うん、美味しい。蘭の愛情を感じる」

「な、何それ……」

「ははっ。冗談だ──」

「……ま、まあ、込めた……けど」

 

 ポソっと呟いた蘭の言葉に俺は固まった。俺の聞き間違いじゃなければ今、蘭が……

 

「りゅ、竜介にって……愛情……込めた……けど。い、言わせないでよ……もう」

 

 ──ツンデレのデレが出たぞ!皆の衆出会え出会えー!!!

 

 俺の心の中でカチドキの宴が行われていた。

 

「可愛いかよ……」

「は~い、いちゃつくのは他所でやってくださ~い」

 

 

 ___

 

 

 

「──と言う訳で。こちら、蘭が愛情を込めて作ったハンバーグになります」

『おぉー』

 

 昼休み、俺はタッパーに詰めた蘭特製のハンバーグ(一口サイズ)を披露していた。皆から驚きの声があがる。特にモカは一層興味を惹かれていた。

 

「り~君、食べてみて良い~?」

「だってよ。どうする?蘭」

「べ、別に、勝手にすれば……」

「じゃあいただきま~す」

 

 モカが食べ始めたのをきっかけに、皆もハンバーグに手を付けた。それぞれが美味しいと絶賛し、それを聞いた蘭は顔を赤くする。

 そんな中、蘭の手作り料理をかなり気に入ったモカが、お礼だと言わんばかりに蘭に抱きついた。

 

「蘭~美味しかったよ~」

「あ、あっそ……」

「愛情込めた~?」

「……こ、込めたけど」

 

 その言葉を最後にアフグロ内で言葉は消え、皆が蘭に抱きつく。素晴らしい友情だなと、俺は胸を打たれた。

 

「やっぱ料理は愛情だな」

「……りゅう兄も、愛情が込められた料理貰うと嬉しいの?」

「もちろん」

「……そっか」

 

 あこが悩ましいと言った表情をしていたが、どうしたのだろうか。

 そんな心残りを抱えながら、俺はハンバーグを一口放り込んだ。

 




カテゴリーAは俺の物だー!!!(O M O)

兄貴のマーボー豆腐が食べたい。
良いよなぁ、お前は<チェンジキックホッパーッ!

特撮ネタで溢れ返った調理実習回だが、実はハンバーグ自体がアマゾンズパロだったと言う事実に誰も気づかない。あーまーぞーん






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第34奏 あいじょうの味を君に

竜介「あこー、いちばん小さな大魔王の評判が良くて、皆から感想のお便りが来てるぞー」
あこ「ほえ、そうなの?どれくらい?」
竜介「100通近く」
あこ「へー100……え、100?」

感想100件のお祝いしてなかった。だが、言葉は不要。ンハ

最近番外編も更新したからよかったら見てねー


 調理実習が終わった後の放課後の一幕。

 俺はバイト先のCircleにて、常務であるフードとドリンクの準備をしていた。

 

「まりなさん、ドリンクバーのコーラがないんですけど代えってどこでしたっけ?」

「ああ、ドリンクバー用のタンクは最近場所変えたんだー。こっちこっち」

 

 俺を倉庫まで案内してくれているこの御方の名は月島まりなさん。Circleの先輩スタッフであり、俺をCircleへ引き入れた張本人。

 そんな彼女に連れられて、俺は倉庫にやってくる。

 

「ここだよー。覚えて置いてねー」

「あーこっちになったんですか。ここに置いてあった壊れた機材達は?」

「もう直りそうにないって事で、オーナーがリサイクルショップに」

「大胆に踏み出しましたねー」

 

 麻弥さんあたりにお裾分けしたら大喜びしただろうに。まあ今は場所が分かっただけ良しとしよう。

 

「さてと、次はキッチンですかー。時々、なんで俺ってライブハウスで料理作ってるんだってなるんですよね」

「なんでってそりゃ、料理が上手いからでしょ?」

「ならファミレスとかでも良いんじゃないかって思うんですよ」

「ファミレスはほら、作り置きから温めるだけだからさ……」

 

 Circleでも似たような事しかしてない気がするが、楽器は扱えてもフライパンは扱えない二十代後半お姉さんからの訴えを感じたので、これ以上は聞かないでおいた。

 

「まりなさんも料理覚えれば良いのに……」

「いやー一人暮らしだとついつい即席食品に頼っちゃうんだよねー。参っちゃうよ」

 

 あはははーと呑気に笑っているが、そんな軽く考えていい事ではないだろう。

 

「お嫁に行き遅れても知りませんからね」

「好きな子に告白できなくて拗らせまくってる君には言われたくないなー」

「お?なんですか煽ってるんですか?良いでしょう受けてあげようじゃないですか。魔王より授かりし爆裂魔法で一撃ですよ」

「かかって来なさいな。二十六歳(ゴッドブロー)の抵抗を見せてあげるわよ」

 

 しばらく両者の間に火花なり火の粉なりが飛び散っていた。その後すぐにクールダウンしお互いに笑い合う。

 

「あ、ハンバーグ食べます?今日調理実習で作ったんですよ」

「お、いいねいいね。一人で作ったの?」

「蘭が作りました」

 

 カバンから取り出したハンバーグの入ったタッパーの蓋を開け、まりなさんに見せびらかす。時間がたってもなお食欲を唆る良い匂いを漂わせていた。

 

「へぇ〜これを蘭ちゃんが」

「凄いですよね最高ですよね」

「天才だね」

「でしょ?」

 

 俺とまりなさんの感性が奇跡的相性(マリナージュ)した瞬間だった。

 まりなさんに割り箸を渡し、レンジでチンしたハンバーグを食べて貰う。

 

「ん、美味しいね」

「当然です。蘭の愛情が入ってますから」

「愛情の味か〜。そう言うの良いね〜」

「ですよね〜」

 

 奇跡的相性(マリナージュ)は止まらない。

 

 

 ___

 

 

 

 夜8時。俺がCircleのバイトから帰宅する時間だ。今日も一日お疲れ様と自分を労いながら俺は玄関を通る。

 

「ただいまー──」

 

 いつもバイト終わりはあこがお疲れ様と元気よく玄関で出迎えてくれるのだが、今日はそれがなかった。その代わりなのか、リビングの方から何か焦げ臭い匂いが俺の鼻腔をくすぐっている。

 

 瞬間、額に冷や汗が伝い、嫌な予感が背筋を通り抜ける。気付けば俺は駆け出していた。

 

「あこ!?」

 

 リビングのドアを開け、おそらく鬼の形相になっているであろう顔をしながら俺は台所へ向かう。

 

「りゅ、りゅう兄?」

 

 そこには、エプロン姿のあこがいた。よく見ればホットケーキの素やフライパン、その他諸々の調理器具が調理台の上に広がっている。そして一層目を引いたのは、お皿の上に乗っている真っ黒くて丸い何か。

 色々聞きたい事はあったが、一先ず不安が的中していなかった事に安堵した。

 

「良かったぁ……無事だったぁー……」

「ど、どうしたのりゅう兄」

「ああ……いや、気にしないでくれ」

 

 心配そうな顔をするあこの頭を撫でた後、俺は黒い謎物体をまじまじと見る。真っ黒だが、調理台の材料からしてパンケーキなのは間違いないだろう。だが、何故急にパンケーキなのだろうか。

 

「……今日ってパンケーキの日か何か?」

「パンケーキの日?」

 

 あこの反応からパンケーキの日では無さそうだ。だとすれば他に何があったかと記憶の中を探ってみる。色々と候補をあげてみたが、これと呼べるものは見つからなかった。

 結局何も分からなかったので考えるのは諦めて、俺はパンケーキをいただく事にした。

 

「一口貰うな」

「でも、それ失敗したやつ……」

「捨てるのも勿体無いだろ」

 

 フォークで一口分にカットしたものを食べてみる。ほんの少しの甘みと、大多数の苦味が口の中を占領した。さすがの苦味だ。焦げてるだけの事はある。

 

「うーむ……苦い」

「りゅう兄、無理して食べなくても……」

「まあ、そうだな。でも、まだ巻き返せる。えっと……これとこれを使って──」

 

 冷蔵庫の中を物色し、バターとチョコレートシロップを手に取る。なんとなくだが焦げの苦味とチョコの深みが合いそうな気がしたのだ。後は溶かしたバターを塗って全体の味をマイルドにしてあげればきっと食べられる物になるだろう。

 

「お、いける。ほらあこも」

 

 意外と美味く出来たパンケーキをあこにも食べてもらう事にした。フォークを向けられたあこは、一瞬戸惑ったがすぐに受け入れ、勢いよく一口で食べた。

 

「……美味しい」

「だろ?やり方次第では失敗も成功になるもんなんだよ。……で、結局なんでパンケーキ?おやつ食べたかったなら作っておいたのに」

「う、うん。今度からそうする……」

 

 パンケーキ作成の意図を問う俺に、何処かぎこちない様子で答えたあこ。やっぱり何か事情があるようだが、俺には言えない事なのだろうか。

 あこのちょっとした秘密事の内容を探っていたが、あんまり深入りするものでもないかと判断し、俺はこれ以上の詮索をやめた。

 

「それにしても、随分生地が余ってるな。あこ一人分にしては多くないか」

「そ、それはその……明日とか、明後日ように……」

「作り置き用か。おっし、なら俺に任せておけ。時間が経っても美味しく食えるパンケーキを──」

「だ、大丈夫!あこが一人でやるから、りゅう兄は何もしなくても大丈夫だよ。うん、大丈夫……」

 

 腫れ物を触るように、猛獣を扱うように、恐る恐ると言った様子であこが生地の入ったボールを回収しようと近づいて来た。さすがにこれは怪し過ぎだ。これでは詮索してくださいと言っているようなものだろう。

 

「あこ、何か俺に関して隠し事してるな?」

「そ、そんな事してないよ?」

 

 ギクっと肩を跳ねさせたあこは、目を逸らしながら俺の質問にノーと返す。やはり何かあるのは確実のようだ。あこの事だからピーマン絡みだろうか。

 念のため野菜室を見てみたが、ピーマンは無事だった。

 

「うーん……俺に関して……俺と料理勝負がしたかったのか?」

「そ、そうそれ!」

「……違うな」

 

 あこの顔に『良い言い訳が見つかった』と書いてあった。そう簡単に俺は騙せない。

 

「他には……そうだな、あこも調理実習とか」

「そ、そうかもしれないね」

 

 ヒュー、ヒューと吹けない口笛を鳴らしながら、あこは白を切る。もう隠し事の否定は捨てていた。順調に真理へと近づいているようだ。

 その後も幾つか候補をあげていき、最終的に俺、蘭、家庭科、手料理と言うワードが残った。いつの間にかあこの隠し事当てゲームになっているが、そこはどうか気にしないで欲しい。

 

「……もしかして、料理は愛情って話を気にしてたのか?」

「みゃっ」

「みゃっ?」

 

 あこから変な声が出て来た。それと同時にあこの頬がほんのりと赤くなる。正解と見て良さそうだった。

 

「なんだ、そう言う事だったのか。言ってくれればいいのに。別に笑ったりしないぞ?」

「そうじゃなくて……その……ちゃんと上手になってから食べて貰いたかったから……」

「練習用に生地をたくさん作ったと」

「うん……」

 

 人差し指をつんつんとさせながら、未熟さを恥じるあこ。

 心意気は大変よろしく花丸満点をあげたいと思ったが、あこはたった一つだけ重要な事を見逃している。

 

「あこ、料理ってのはさ、パンケーキを焼くのにも言えるが、そうポンポン上手くなるような物じゃないんだぞ?たくさん失敗して、改善して、初めて上手になるんだ。一度にたくさん作れば良いって話でもない」

「……でも、なんか今日は行ける気がしたんだもん……」

 

 まさかの気分だった。でも、それであの惜しいパンケーキを作ったのだから、あこは筋が良いのかもしれない。

 

「まあ、焦る必要はないさ。そうだな──将来、俺とあこが大人になった時、今日みたいに俺が疲れて帰ってきたら、温かいご飯とあこの笑顔で俺を迎えられる。それぐらいゆっくりで大丈夫だ」

「わ、分かった」

「おう。それじゃあ、将来に向けて俺の愛情の味、しっかり盗んでおけよ。力の継承だ」

 

 分かりやすくカッコよく。あこに俺なりのアドバイスをしてみた。

 どうかあこに俺の力が受け継がれますようにと願いながら、俺はフライパンを握る。

 

将来、りゅう兄を笑顔と温かい料理で迎えられるように……あれ?でも、それって……──ッ!

「じゃあ今日はパンケーキだな。しっかり見とけよあこ……あこ?」

「へ?あ、ううん何でもないよ!しっかり見てるよ!」

「おう。しっかり見とけよ」

 

 そうして、俺はあこにパンケーキの作り方を教えた。終始あこの頬が少しだけ赤くなっていたが、もしかしたら普段台所に入らないあこにこの場所の気温は暑かったのかもしれない。

 




前半と後半の差がボルケニックとグレイシャル並。

拳で抵抗とゴッドブローを同時に入れる高等テクニック。俺でなきゃ見逃しちゃうね(コメント奪うスタイル)
満ちる〜才能〜才能に満ち溢れているぜ〜。満ちる才能マン。ネットを引くならド□モひ〜かり〜
恐ろしいのは私自身の才能さぁ……。ブゥンッ!

あぁ〜デンジャラスゾンビの音〜

__人人人人人人人人人人人___
> ネタに満ち溢れた後書き <
Y^Y^Y^Y^Y^U^Y^Y─


申し訳ございません( ^ U ^ )
無言の腹パンからのクラップワニワニパニック。

「よっ!」


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第35奏 ぱ す ぱ れ ラ ジ オ

お気に入り1000件突破とUA10万突破を同時に遂行したい。そしてなんとか上手く写真に収めたいって言う野望の話を広がる宇宙の中でしようと思う。


 調理実習があった日の翌日──快晴の土曜日に事は起きた。

 先日料理人スキルを目覚めさせたあこのために、まずは簡単なチャーハンから作り方を教えてあげようと思い材料の買い出しに出かけた時の事だ。

 

 

 拉致られた。

 

 

 この一言に尽きる。

 スーパーの帰り道、コーラ片手に歩いていたら、突然黒光りする筋肉に担ぎあげられワゴン車に詰め込まれたのだ。

 最近は男でもハイエースされるんだなぁと呑気にシートにふんぞり返りながら俺はコーラを飲んでいた。今更ワゴン車で拉致られたぐらいで驚きはしない。こちとらリムジンで経験済みじゃいと黒光りする筋肉達に対しマウントを取っていた。

 

 そして、車が走る事約十五分。連れて来られたのは3()6()0(ライ)プロ。麻弥さん及びPastel*Palettesメンバーが所属している事務所だ。

 

 そこに連れて来られた俺は、彩先輩と日菜先輩がいるラジオスタジオらしき場所のゲスト席と書かれた場所に座らされ、訳も分からず原稿を渡された。

 ガラスの向こう側で、スタッフだかADだか知らない人が指でカウントダウンを開始する。

 

 そして、ゼロになった途端『ON AIR』の赤ランプが点灯した。それと同時に彩先輩と日菜先輩が声をあげる。

 

『ぱすぱれラジオー!』

 

 俺には訳が分からなかった。集中力の問題なのだろうか。

 

 ──おっし集中。神楽竜介集中しろー。

 

「リスナーの皆様こんにちは。今回も始まりましたぱすぱれラジオ!パーソナリティーを務めるのは毎度お馴染み、まん丸お山に彩りを。Pastel*Palettesふわふわ&ボーカル担当、丸山彩と──」

「るんっ!と成分ジーニアス!Pastel*Palettesギター担当氷川日菜ちゃんに続き!──」

 

 アイドルらしい自己紹介を二人がし終わった後、日菜先輩が『ほら、なんか即興で自己紹介しろ』と言う視線を送って来る。訳わかめ状態だったがノリで頑張る事にした。

 

「リスナーの皆様はじめまして。迷える仔犬の癒しの泉、羽丘のスパダリプリンスこと神楽竜介です」

「以上の三人でお送りするよ〜!イェーイ!」

 

 何だか今日は日菜先輩のテンションが高い気がする。ラジオ収録が好きなのだろうか。

 

「で、これはどう言う状況で?」

「えっとねー、前々から竜君をここに呼ぼーって話はしてたんだけど、なんかスタッフさん達が上手く竜君を誘えなかったらしくてー」

「はあ、なるほど。でも俺、番組スタッフらしき人に声かけられた記憶はないんですが……」

「そりゃそうだよー。スタッフが黒いスーツの人達に邪魔されて近づく事すら出来なかったって言ってたし」

 

 まさかの黒服さんだった。しかし、何故黒服……もうこころに拉致される事はないと思っていたのだが。

 

「まあ、あの人達を相手にしてたなら無理もないですわ。何だったら彩先輩から俺に掛けくれれば良かったのに」

「そうしたかったんだけどね、ゲストアポを取るのは自分達の仕事だーって皆が意地張っちゃって……しばらく黒いスーツの人と交戦してたらしいよ」

「何処の紛争地域ですか」

 

 割と本気のバトルが繰り広げられていた事に若干驚きながら彩先輩と談笑していると、スマホ片手に鬼の形相をした日菜先輩がずいっと俺に顔を寄せて来た。

 

「竜君、電話番号教えて!」

「アイドルがそんなすぐに逆ナンするんじゃありません」

「でも彩ちゃんとは交換してるじゃん!」

「そりゃ彩先輩とは時間をかけて──」

 

 思い返してみると、彩先輩とは出会ったその日に連絡先を交換していた気がする。と言うよりか、パスパレで連絡先交換してないのは日菜先輩だけだった。

 

「……まあ彩先輩とは気が合いましたし、イブは弟子で麻弥さんはマブダチですし、千聖先輩は無理矢理でしたし、そう言う事もありますよ。はい」

「ちょっと竜君!?」

「フルフルしときます?」

「する!」

 

 涙目になったりパアっと明るくなったり、今日の日菜先輩はいつにも増して感情の変化が忙しない。日菜先輩には申し訳ないが、彼女の姿を見て犬を幻視してしまった。

 俺とLINEを交換した日菜先輩は、これでもかと言う程に尻尾をフルフルしていた。

 

「よし……竜君のLINEゲット。えっと、スタンプスタンプ……」

「本人目の前にいるのに送ります?」

「るん!って来たから」

「今はお帰りください」

 

 日菜先輩は「ぶー……」と唇を尖らせながら不貞腐れる。そんな日菜先輩を見て、彩先輩は微笑ましそうに笑っていた。そこに言葉はない。

 ラジオ番組にはあってはならない無言の一時が訪れた。スタッフが『お便りコーナー』と書かれたカンペを出す。彩先輩はハッとした様子で話出した。

 

「で、では、ぱすぱれお便りコーナーをやっていきましょう。今回もたくさんの……今までで一番多いお便りありがとうございます。ほとんどかぐ君宛だけど」

「特別ゲストの影響凄いですね」

「だね。じゃあ一通目、ラジオネーム『人参嫌いです』さんより、『神楽君へ。人参食べさせようとするのやめてください』」

 

 おかしい。ラジオネームなのに誰から送られて来たのかが一瞬で分かってしまう。

 

「まあ、そうですね。今度キャロットゼリー持っていくので楽しみにしててください。『人参嫌い』さん」

「うわー……かぐ君鬼畜だー」

「人参嫌いが許されるのは小学生までですからね」

『きゃははは!』

 

 彩先輩と俺で盛大に笑った。おそらくだが、明日か明後日ぐらいに紗夜先輩が俺を冷凍ポテトで殴りに来るだろう。

 そんな俺の未来予知を他所に、彩先輩は二通目のお便りを読む。

 

「続いて、ラジオネーム『あなたを愛してるわ!』さんより、『黒服の人達に竜介を守ってって頼んだわ!困った時にお願いすれば助けてくれるはずよ!』だって。かぐ君」

「目頭が熱くなるお頼りですね。でも、俺のお願いはお便り主さんの幸せなので頼る事はないかな」

「かぐ君が珍しく男前だー」

「珍しくは余計ですよ」

 

 未だに黒服さんが俺の周囲にいる理由が分かった。今度こころと黒服さんにお礼を言っておこうと思う。

 

「……竜君、誰かと付き合ってるの?」

「いえ、別に?」

「でもこの人、かぐ君の事愛してるって言ってるね」

「男にもミステリアス成分は必要ってことさ。ああ、儚い……」

 

 事情を説明すると長くなるので薫先輩で誤魔化しておく。彩先輩と日菜先輩は頭にハテナマークを浮かべた。

 

「まあ気にしなくていっか。じゃあ次のお便りいっちゃうねー。ラジオネーム『星降るあられ祭り』さんより、『好きな女の子のタイプを教えてください』だって」

「お、やっとお便りらしいお便りが来ましたね」

 

 ラジオネームからも誰だか想像がつかなかった。正真正銘、匿名のお便りだろう。演劇部時代の俺のファンからだろうか。そんな様々な考察を頭の中で繰り広げながら俺は質問への返答をする。

 

「うーん……好きなタイプかー。やっぱり、一緒にいて安心する人ですかねー」

「安心する人?」

「はい。好きになるなら長く付き合える人が良いじゃないですか。だから、一緒にいると安心する人がいいなーって」

「あーそれなんか分かるかもー」

 

 彩先輩が俺の意見に賛同してくれる。結婚する事まで考えて相手を好きになると言う俺の考えは間違っていなかったようだ。

 

「私にとってはかぐ君がそれかなー」

「残念ですが俺の隣はもう埋まってますので」

「知ってるー」

『きゃははは!』

 

 再び彩先輩と俺で盛大笑った。正直な事を言えば彩先輩の隣は結構落ち着く。と言うより、俺は隣に誰かいると大抵は落ち着いてしまう。何故か節操のない男みたいに聞こえて来る不思議。

 俺が摩訶不思議な現象に首を捻っていると、いきなり余裕のない顔をした日菜先輩に胸倉を両手で掴まれた。

 

「竜君はあたしといるとるん!ってする!?」

「い、いきなりですね。まあ、してると思いますよ?」

「ほんと?嘘じゃない?」

「はい。嘘じゃないです」

 

 何処か切羽詰った様子だった日菜先輩の顔が再びパアっ!と明るくなった。るんっとした気分がどんな気分かは分からないが、きっと俺はるんっとしている筈だ。まあ、今はそんな事よりも荒れてる日菜先輩を止める事に全力をださねば。

 

「日菜先輩、苦しいので離して貰ってもよろしいでしょうか?」

「あっ……えと、ごめんね?」

「いえいえ。珍しい姿が見れてるんって来ましたよ」

「あはは……。じゃあ、そろそろ次のお便り行こっか」

 

 手に持った葉書をトレーディングカードの様に手で捌きながら、彩先輩が面白そうなお便りを探す。葉書の枚数がそれこそトレーディングカードのデッキ並みだったが、まさかあれ全てが俺宛なのだろうか。

 俺は若干怖くなりながら彩先輩の読み上げるお便りの内容を聞いていた。

 

「えっと、ラジオネーム『水色クラゲ』さんからで、『最近羽丘学園に移ったそうですが、調子はどうでしょうか?体調にはくれぐれも気をつけてください。それと、困った事があったらすぐ電話してね』」

「仕送りの荷物に入ってる母ちゃんの手紙みたいなお便りですね。何だかラジオのお便りとは少し違うような……」

「面白いね。ちゃんと声聞かせてあげるんだよ?」

「分かりました」

 

 今度花音先輩(ママ)に電話しよう。俺は心に固く誓った。

 

「じゃあ次のお便りは……あ、これ面白そう。ラジオネーム『きぐるみフェルト』さんより『料理を好きになった理由を教えてください』」

「また話が長くなるものを選びましたねー……」

「でも、これは私も気になるなー。かぐ君がいつから料理してたのか」

「始めたのは小三ぐらいからですね。大切な人のために始めたんですよ。まあ、最初は上手く出来なくて嫌になりましたが」

 

 最初はあこのために、あこだけに喜んでもらえれば良いかと、そんな中途半端な覚悟で俺は料理をしていた。

 

「まあ未経験なんで上手く出来ないのは当たり前なんですが、その時の俺はそれを引きずっちゃいまして。少しだけやさぐれましたねー」

「へえ、やっぱかぐ君でも失敗した経験はあるんだ」

「そりゃそうですよ。そもそも俺は万能型じゃないですし。……話が逸れましたけど、小三で料理のめんどくささを知った俺はですね、一回投げ出しました」

 

 上手くなるまではあこにも振舞わないと言い訳し、自分の失敗から目を逸らし続けたあの頃の自分。今ではいい思い出だ。

 

「ですけどそんな時、幼馴染のパン屋の娘に誘われたんですよ、今度一緒に料理しようって。まあ料理と言ってもほとんどパン作り教室でしたけど」

「それってさあやちゃ──」

「日菜先輩、ラジオですから個人名は伏せてください」

 

 俺の人差し指で日菜先輩のお口にチャックをしておいた。

 

「それで結局一緒に作ったんですけど、二人とも形が歪でちょっと焦げたパンが完成しました。でも、その時は失敗が悔しくなくて、また次に頑張ろうって思えたんです。それからですね、俺が料理を好きになったのは」

「じゃあ、その幼馴染の子のおかげって事?」

 

 日菜先輩の問いに俺は首を縦に振る。きっとあの出来事がなければ俺の料理の腕は酷いものになっていただろう。俺は心の中で沙綾に感謝の気持ちを送った。

 

「あの時見た幼馴染の笑顔は、家宝に等しいものですよ。俺にとっての料理の在り方を示してくれたものですから」

「うわ~ロマンチックだね~日菜ちゃん」

「……そうだね」

 

 コイバナに食いついた女子の様な反応を示す彩先輩に対し、日菜先輩は面白くないと言った様子で返した。

 俺は日菜先輩の態度に疑問を抱くが、それを誤魔化すようにスタッフが本番終了10秒前のカンペを出す。

 

「ありゃ、もう終わりですか。何だかあっという間でしたね」

「楽しんで貰えたなら良かったよ~。また今度来てね、かぐ君」

「はい。時間が空いたら来させて貰いますね。あ、終了三秒前ですけど終わりのあいさつとかは──」

「し~ゆ~Palettesたいむ!ばいばーい!」

 

 最後の最後でグダグダだった。

 




お便りが選ばれた方々一覧

順番に氷川紗夜様、弦巻こころ様、氷川日菜様、松原花音様、奥沢美咲様。

日菜先輩に関しては、星降る→流星・天体観測、あられ祭り→ひな祭り・ひなあられと言った様子で少し捻った名前となっております。竜介君にバレずに好きな子のタイプ聞き出す日菜先輩ほんと策士。るんって来た。やがて星降る。
日菜先輩を振り回したい回だった。

し~ゆ~Palettesたいむ!は『パレットのように色あせず飽きない時間(たくさんの色)を次回も送るよ』と言う意味を込めて作りました。公式に採用されたい(願望)

紗夜先輩の冷凍ポテトでビルドネタをやりたい。出来てるよッ……。

バンドリ二次創作界隈に特撮ネタをやらせる事でブシモと東映両者に利益が出るよう仕向けられてる説を提唱したい。絶対繋がっているから。時期とか絶対狙って──おっと頭の中にキーンキーンという謎の音が……。

し~ゆ~Palettesたいむ!


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第36奏 ヒナが後ろからついてくる

こないだ30奏目のお祝いしたばっかなのにもう40奏目迎えそうだよ。ヤベーよヤベーよ……。


 ラジオの収録が終わり、役目を終えた俺は事務所の入口に戻って来た。

 

「ですから私共はお嬢様から命を受けて神楽様の護衛を……!」

「あーはいはい、分かりましたから。次回アポを取ってから来てください」

「くっ……かくなる上は」

 

 俺の目の前に広がっていたのは、事務所の受付嬢さんと、スマホとは違う何かの端末を手に持つ黒服さんが、終わりのない戦いを繰り広げている光景だった。あくまで俺の勘だが、黒服さんが持っているあの端末を起動させたら、この事務所が(物理的に)終わる。そんな気がする。というか行けてしまう気がする。

 

「あの……黒服さん?」

「ッ!──か、神楽様!ご無事で何よりございます」

「ああ、うん……。無事も何も、ただのラジオ収録だから」

 

 俺の安否を確認した瞬間、黒服さん達の間に流れていた緊張感が解けて行くのが分かった。こころの命令の影響力ちと強すぎやしないだろうか。

 もしかしたら命令を遂行しないとクビになる契約でも結んでいるのかもしれない。俺は黒服さん達に同情しながら、念入りに行われるボディーチェックに耐えていた。

 

「神楽様の身体、メンタル、共に異常なし。これより送迎の準備に取り掛かる。総員、今回のような失態を犯さないよう警戒を怠るな!」

 

 インカムで指示を出した黒服Aさんの前に、例のクソ長い車──リムジンがやってくる。

 何故、俺は一国の首相のような扱いを受けているのだろうか。

 

「神楽様、お帰りの準備が整いました」

 

 リムジンから伸びた赤絨毯が、俺の足元までやって来た。

 そんな様子を見て、見送りに来ていた彩先輩と日菜先輩が各々の反応を示す。

 

「やっぱりかぐ君……すごいお家の人だったんだ……」

「え、いや違います──」

「うわー!あたし一回、こう言う赤いやつの上歩いてみたかったんだー!」

「日菜先輩?そうズカズカと汚しに行くのはちょっと……」

 

 彩先輩はあらぬ誤解をし、日菜先輩は赤絨毯を汚しながらリムジンの中へと飛び込んで行った。

 

「あの、日菜先輩?仕事は……」

「あたし今日は仕事終わりだよー。一緒に乗ってって良い?竜君」

「いえ、俺に聞かれましても……。えっと良いんでしょうか?黒服さん的には」

「神楽様さえ良ければ、ワタクシ共は特に」

 

 キッチリとサングラスを掛け直しながら、いつもの凛々しい表情で黒服さんは言った。どうやら現段階における黒服さんの操作権は、全て俺に委ねられているらしい。しかし俺は黒服さんの扱い方など知らない。

 

「無理に俺につくことないですよ?」

「……ワタクシ共はお嬢様の命に対し、場合によっては拒否権を行使出来ると言う事だけお伝えしときます」

 

 つまり、こころの命もあるが、今ここにいるのは自分達の意思でもあると。そう言う事だろうか。だとすれば何故そこまで……と、俺はしばし考えてみたが分からなかった。

 

「黒服さんには、こころの幸せを見守ってて欲しいんですけどねぇ……」

 

 何となしに呟いてみると、黒服さんが小さく笑った。

 

「俺、何かおかしい事言いましたか?」

「お気を悪くしたのなら申し訳ございません。お嬢様と同じ事を言っていたので……つい」

 

 どうやらこころも同じ事を思っていたらしい。これが以心伝心と言うものだろう。もしかしたしらメインヒロインはこころだったのかもしれない。

 俺はそんな冗談を胸の内に抱えながら、リムジンに乗り込んだ。

 

 

 それからリムジンと一緒に揺れる事数分。

 俺はのんびり窓の外の景色を楽しみながら、腕に押し付けられている日菜先輩のおヒナなお胸の感触を全力で誤魔化していた。

 

「日菜先輩、胸が当たってます」

「当ててるからね。るんってする?」

「大分してます」

 

 るんっと言うよりドキッの方が正しいが、俺にそんな事はどうでも良かった。

 日菜先輩が俺の腕に胸を当てている。しかも意図的にだ。その事実が俺を混乱させる。一体何のハニートラップだろうか。

 

「えっと、何故こんな事を?」

「竜君の周り、女の子が多すぎるんだもん。それに、もうウカウカしてられなくなって来たし……」

「女の子が多いと言うより、女の子しかいませんね。あはははは」

 

 突き付けられた悲しい現実に俺は殴られながら乾笑していると、日菜先輩により強く腕を抱き締められる。

 

「笑い事じゃないよ。皆、闘ってるんだからね」

「ああー……麻弥さんも言ってましたよ。ラスボスの魔王が強すぎるっ〜て」

「……確かにそうだね」

 

 いつか麻弥さんと買い物に出掛けた時に聞いた話だ。確か……バトルロワイヤルだが、その中にラスボス級の魔王がいると言う話だった筈だ。

 

「酷い話ですよねー。バトロワのくせして出来レースなんて。参加者に同情しちゃいますよ」

「……ほんと、酷い話だよ。泣きたいよ」

「いっそ開き直って泣き喚けば、皆諦めてくれるかもしれませんね」

「……それは最後に取っておくよ。ひなちゃんは最後まで諦めない子だからね」

 

 窓の外を見上げながら、既に諦めている様子で日菜先輩は言った。沙綾もそうだが、皆諦めるのが早すぎるのではないだろうかと、俺は全員に訴えたい。

 

「まあ、頑張ってください。遠目から応援してます」

「他人事だなー竜君は。あたしはどうなっても知らないからね」

「俺は観戦組ですから。それに麻弥さん推しですし」

「ふーん……。あこちゃんの事はもう良いんだ」

 

 不貞腐れてながら放たれた日菜先輩の言葉が、俺の核に突き刺さる。

 

「え、そのバトロワってあこも出てるんですか?」

「出てるよー。しかも暫定一位」

「よっし」

 

 どうやらあこは血が滲む程頑張っているらしい。今日の晩御飯がステーキになった。

 

「スーパー行かなきゃな。黒服さん、商店街寄ってもらっても良いですか?」

「承知しました」

 

 指示を受け入れた黒服さんがアクセルを吹かす。何故かは知らないが、黒服さんは法定速度を越えようとしていた。

 

「飛ばしますので掴まっていてください」

「法律は守ってください」

「……承知しました。別に捕まっても平気でしたのに」

「洒落にならない事言わないでください」

 

 日菜先輩同様、不貞腐れたように言った黒服さんに俺は呆れた視線を向ける。今度権力の使い方を学んでおこうと、俺は心の中で固く誓った。

 

 

 ___

 

 

 

「ただいまー……」

「お邪魔しまーす!」

 

 商店街で買い物を終えた後、そこからは日菜先輩と一緒に歩いて帰ってきた。日菜先輩はそのままのノリでうちに寄ることになったので、今も隣にいる。

 

「おかえりりゅう兄!」

 

 靴を脱いでいると、エプロンとおたまを持ったあこが出迎えてくれた。純粋な幸せが俺の胸に満たされて行く。

 

「あ、ひなちゃん。いらっしゃい!」

「うん。お邪魔するよ!……って、なんでエプロン?料理は竜君がしてるんじゃないの?」

「最近練習始めたんだー」

 

 あこと日菜先輩が世間話をし始めたのを横目に、俺はリビングに向かった。ドアを明け、ふとテーブルの上を見ると、そこには知らない小包が。差出人を見てみると、弦巻こころの名があった。

 

「これは──」

 

 包みを剥がして確認してみると、その中からアルバムらしき本が出て来た。

 




バトルロワイヤルで……出来レース……。キ-ンキ-ン
<オ-ワリ-ノ-ナイ-タタ-カ-イヲ-

ぱすぱれラジオやったので、そのままのノリでひなちゃん編をやろうかなと思います。こころん編のように暗くならないよう頑張りたい。





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第37奏 天才ちゃんは止まらない

前書きに書くことないからオリ小説のURL張っとく。次話更新までの暇つぶしに当ててくれいてやんでい。

小説家になろう
https://ncode.syosetu.com/n4183fk/

ノベルアッププラス
https://novelup.plus/story/966851586

『ド底辺ランク冒険者の俺が、美少女ドラゴンを嫁にするまで。』と言うタイトルでやってます。なろうの方は『F級冒険者のスローライフ~最低ランクなのに美少女ドラゴンに好かれました~』と言うタイトルになっているが内容は変わらん。
ぶっちゃけ他サイト誘導って大丈夫なん?ツイッター平気だからダイジョブだと思うけども。やばめだったら教えてくれにょ。





「りゅう兄、それ何?」

「ん?ああ、こころからアルバムが届いてな」

「アルバム?なんでこころちゃんから?」

「さあな。……っと、中に何か挟んで──手紙?」

 

 アルバムの見開きページに手紙が挟まっていた。封を切り手紙の内容を読むと、そこには俺とこころの思い出を詰めたと言う旨の文章が綴ってあった。

 

「俺とこころの……思い出……」

 

 確かにこころとは小さい時から色々な思い出を積み重ねて来た。少し離れた公園まで歩いて行ったり、黒服さんのリムジンに乗って他県まで観光しに行ったり、こころの自家用ジェットに乗って他国までヘラクレスオオカブトを捕まえに行ったりと、俺の中には色褪せないパンチの効いた思い出が脳ミソの中にこれでもかと詰まっている。

 俺が感慨深く思い出に浸かっていると、日菜先輩が一人でアルバムの覗き見をし始めた。パラパラとページを捲っていき、興味津々そうだった顔を段々と夫の浮気を目撃した嫁の顔にさせながら、アルバムを凝視する。

 

「竜君……これ、何?」

 

 ギギギッと、カラクリ人形の様に首を傾げさせる日菜先輩が見せて来たのは、先日弦巻邸でこころとすれ違いを起こした後、仲直りのために行った添い寝の写真だった。

 俺は何故かつねって来るあこの指の痛みに耐えながら、どう説明すべきかと必死に口を動かす。

 

「えっとですね……それはなんと言いますか……。こころと喧嘩したから仲直りの印……的なものでして……」

「……ふーん。竜君と喧嘩すれば、一緒に添い寝してくれるんだ」

「え……いや、そう言う訳では……」

 

 良いこと知った顔でニヤニヤと笑う日菜先輩に、俺は自身の貞操の危機を感じる。今の日菜先輩は冗談ではなく、本気で俺に喧嘩と添い寝を吹っ掛けようとしていた。そう言う目をしている。

 

「ひ、日菜先輩?アイドルが男と添い寝なんかしちゃダメだと思うのですが……」

「じゃあ、アイドル辞めれば一緒に寝てくれる?」

 

 本気の目で言ってきた日菜先輩に、俺は目を見開いた。しばらくの間面を食らい、俺はアルバムを持ったまま固まってしまう。

 

「……なんてね。冗談だよ!」

 

 俺の鼻の頭を指で小突きながら、日菜先輩は軽く笑った。本気の目でいっていたのでまさかとは思ったが、どうやら俺の思い違いだったらしい。

 

「驚かさないでくださいよ……。心肺止まったらどうしてくれるんですか」

「あこちゃんに人工呼吸してもらえば?」

「じんこ──い、いや、それは……」

 

 自分の脳の中でその瞬間を思い浮かべてしまい、顔が赤くなるのを感じた。俺にはキスとかまだ早いと胸を張って言える。自分で言ってて情けない気持ちになった。

 そんな俺のへたれ具合は一度置いておき、あこへ向けられた地雷の撤去に俺は全力を尽くす。

 

「あ、あこ、今のは違うからな?えっと、その……あれだあれ!そう……あーなんて言えば良いのかなー。冗談?冗談で良いのか……?」

 

 頑張って誤魔化そうと両手をあっちらこっちらと動かしながら俺は弁明を口にしようと言葉を紡ぐが、都会で薄汚れた語彙ではなんと言えば良いのか分からなかった。だが、なおも俺は諦めず口を動かす。

 しかしそんな時、あこがボソっと呟いた──

 

「冗談、なんだ……ちょっと残念……」

 

 それは、とてもとても特大で、頭の中の思い出を全て吹き飛ばす程の威力を持った言葉だった。その様は核爆弾と言っても過言ではないだろう。あまりの驚きに俺は一週回って頭が冷める。

 

「あこ?」

「へ?……あっ……な、何でもないよ!うん。何でも。べ、別にりゅう兄とキ、キスしてみたいとか思ってたわけじゃ(なくてね……あにょ……そにょ……)

 

 人差し指をツンツンとさせながら段々小声になっていくあこは、顔を赤くさせながらキスをせがんだ。

 愛おしみと慈しみと魔王みがパナイップルしてたので、俺はただあこを撫でる事に全力を尽くし悟りを開いた。

 ──我が魔王は此処にありけり。故に我が悟も此処にあり。星竜抜刀飛襲刹那魔破。

 心の中で悟りを噛み締め、俺は理性を取り戻す。危うく魔王様に色々と掻っ攫われるところだった。やはり俺にキスは早い。

 

「ひなちゃんクーーーイズッ!!!」

 

 俺が正気を取り戻した途端、日菜先輩が狂った。

 北極星を指すようにあげた腕が、俺の方へと向けられる。どうやら回答者は俺のようだ。

 

「問題!竜君とあたしが出会ったのは何時でしょう!?」

 

 命を狙われてるのかと思うほど必死な顔で問われた問いに、俺はポカンと首を傾げる。天才の日菜先輩の事だからどんな無理難題を……と身構えていたので、おもちゃの鉄砲で怯えた後の気分になった。俗に言う拍子抜けだ。

 

「え、だいたい半年前」

「じゃあ、何処で、何の目的で出会ったでしょうか!」

「一年の昇降口前で、目的は日菜先輩の部活勧誘」

「正解!」

 

 ぱちぱちと全力で俺を称えながら、日菜先輩はバてて息切れを起こす。今日の日菜先輩は何だか様子がおかしい。正確に言えば、おかしさのベクトルが違う。いつもは楽しそうにおかしな事をしているのに、今日は何処か焦っているように見えた。

 

「日菜先輩、大丈夫ですか?」

「お腹空いた……」

「……お昼ご飯作りますね。日菜先輩はテレビでも見て待っててください。あこ、手伝い頼めるか?」

「うん、任せて!」

 

 一度脱いだエプロンを再び着用し、あこは威勢よく返事をした。そんなあこに続いて、日菜先輩も台所に向かおうとする。

 

「日菜先輩は客人なんですから待っててください」

「で、でも手伝いくらいは……」

「大丈夫ですよ、そんな手間のかかる物を作るわけじゃないですから。日菜先輩は亭主のようにどっしり構えて待っててください。先輩なんですから」

「……分かった」

 

 日菜先輩は叱られた子供のようにションボリしながら、詰まんなそうにテレビのチャンネルを回し始める。その顔は絶望とまでは行かないが、酷く色のない表情だった。

 俺は段々と罪悪を犯した気分に浸かり始め、気づけば日菜先輩の肩を叩いていた。

 

「あの、一緒にお昼ご飯作ります?」

「作る!」

 

 日菜先輩の顔は、子供のような無邪気な笑顔になった。

 




今回はちと短め。
文字縮小めっちゃ便利。小文字化編集している時にちょっとだけプログラマーの気分になれた。自惚れそう。中二の頃に出会ってたらクラスの皆にプログラムーブキメてたわ。……プログラマーって「プログラマー」と「プロ」「グラマー」で大分意味変わってくるよね。一つの言葉でここまで違う意味合いにさせられるってこの言葉作った人絶対天才だと思う。
R18版書いたけどリンク載せると消されそうで怖いから作者名押して投稿作品から飛んで欲しい。自分の道は自分で切り開いてね。良いこと言った。

smallからのxsmallを用いたデレ表現のコンボはこれから流行る。絶対流行らせてみせる。だから皆頑張って(他力本願フタヘノキワミアー)ていうかワンチャン誰かがもうやってる説。

──我が魔王は此処にありけり。故に我が悟も此処にあり。星竜抜刀飛襲刹那魔破。

好き(自画自賛)


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第38奏 思い出

前回短めだったから今回長め。


 日菜先輩とあこと俺の三人で料理をする事になった。例に漏れず日菜先輩は何でもそつなくこなし、あこはあこでポテンシャルを秘めていたせいか随分と上達していた。現在、俺が料理中に暇を持て余すと言う非常事態が発生している。

 

「はい、りゅう兄。野菜切れたよ」

「おう、サンキュ。そしたら茹でといてくれ」

「分かった。……ピーマン抜いて良い?」

「ダメだぞ」

 

 最近はちょっとずつ受け入れているピーマンだが、やはりあこは隙あらば抜こうとしてしまう。そこがまた可愛くて可愛くて仕方がない結婚したい。

 

 閑話休題(我が魔王は最強)

 

 グツグツと沸騰する鍋の中に、野菜と肉が雪崩る様に入って行く。後は適当なタイミングでシチューの素を入れればお昼ご飯は完成だ。

 今日はお昼からシチューと言う、ちょっとした贅沢を思い切って実行してみた。パンは自家製、肉は北沢精肉店、野菜は八百屋のおじちゃん厳選の品。文句なしのパーフェクトハーモニー。

 

「あ、日菜先輩って何か嫌いな食べ物ってありますか?」

「え、前に教えたじゃん……」

「薄口の物は嫌いって言うのは覚えてますけど、なんか食材で嫌いな物とかを」

「なんだそう言う事か……良かった……」

 

 心底安心したように胸を撫で下ろす日菜先輩。そこまで重く受け止める話でもないと思うのだが。

 

「日菜先輩、意外と小さい事気にしますね」

「べ、別に良いじゃん。あたしにとっては大事な思い出なんだし……。りゅ、竜君はそう言う人イヤなの?」

「いえ、可愛いくて良いと思いますよ?」

「そ、そっか……」

 

 日菜先輩がデレた。いつも活発な日菜先輩のしおらしくなる瞬間が見れるとは。明日は雪が降るなーと呑気に思いつつ、割と痛いあこのパンチを俺は耐える。魔王のパンチは結構痛い。

 そんな平和な一幕は一度下ろし、俺は鍋の中を覗く。良い感じにシチューの素が溶け込んでおり、程よいクリームの匂いを漂わせていた。完成と見てよさそうだったので、俺は食器達を戸棚から取り出し盛り付ける。

 

「はい、あこと日菜先輩の分。飲み物持っていくので先に座っててください」

『はーい』

 

 元気な返事と共にそれぞれの皿を持った二人を見送りながら、俺は冷蔵庫から取り出した麦茶を入れた。

 

「……竜君、可愛いマグカップ使うんだね」

 

 ふと声をした方を見ると、日菜先輩がカウンタ越しからこちらを覗いていた。水族館であこに買った、取手がイルカ型のマグカップが気になっているようだ。

 

「これ、あこのですよ?」

「あ、そうなんだ。家から持ってきたの?」

「いえ、少し前に買ったんですよ。水族館に出かけたので土産として」

「水族館……え、デート!?」

 

 カウンタの重量制限など気にしていない様子で、日菜先輩がズイっと俺の元まで顔を寄せてる。

 

「デート……とは違うと思いま──」

「こうしちゃいられない!竜君、明日あたしとデートしに行くよ!」

「……ふぁ?」

 

 あことのデート疑惑を弁明する暇もなく、俺は日菜先輩にデートの約束を取り付けられた。

 

 

 ___

 

 

 

 時はすっ飛び翌日の昼過ぎ。俺は日菜先輩に腕を引っ張られながらショッピングモールの中を彷徨っていた。

 

「あっ、あそこの喫茶店るんって来た」

「そこのお店、結構美味しいですよ。前に麻弥さんと来たので味は保証します」

「……他の所行く」

 

 俺が巡回済みである事を告げると、日菜先輩はまた別の方向へと俺を引っ張る。何故かは分からないが、急にお気に召さなくなったらしい。

 

「ここのお店は……」

「和風レストランですね。子供用の刀のレプリカが人気です。イヴがはしゃいでました」

「じゃあここもダメ」

 

 再び腕を掴まれ、今度は住宅街とショッピングモールの狭間にあるアイスクリーム屋に連れて来られた。

 

「さすがにここなら……」

「ここ、彩先輩のお気入りの店ですね。お忍び芸能人みたいになれるって言ってました。実は結構人気なんですけどね。穴場って言うやつです」

「次!」

 

 日菜先輩は必死な顔で、俺がまだ一度も言ったことがない店を探し続けた。

 喫茶店、たこ焼き屋、移動販売のクレープ屋、自営業の飲食店、灯台もと暗し作戦でCircle手前の売店など、たくさんの店を回った。しかし、どこも俺が誰かしらと行った事がある店だったため、日菜先輩は先に述べた場所全てをスルーする羽目になった。

 そして今は、何故かは分からないがショッピングモール手前の鉄道模型店に来ている。

 

「さ、さすがにここなら……」

「ここも千聖先輩と前に来た所ですね。電車の事を知れば電車が得意になるかもって言う訳分かんない理由で駆り出されました。結局ダメでしたが」

「なんか竜君、あたし意外のパスパレの子と出かけすぎじゃない?」

 

 出かけすぎと言うより、日菜先輩が誘わなすぎと言った方が正しい気がする。他の面子なんて俺の予定を気にする事なく電話かけてくるし。まあ断らない俺も俺だが。

 

「もう行く場所がない……。竜君の周り、キャラ強い子が多すぎるよ……」

「日菜先輩がそれを言いますか」

「何処かないのー?竜君が誰とも言った事がない場所……」

 

 日菜先輩の無茶ぶりに、俺は一度頭を捻ってみる。

 

「……あるにはありますけど……」

「ほんと!?」

「はい。一応──」

 

 俺が提案したのは、爺ちゃんの墓場と墓のお供え用にとよく立ち寄る花屋の二つだった。だが、当然の如く日菜先輩に却下される。

 

「日菜先輩はワガママですねー」

「お墓はさすがにないよ……」

「となると、もう行く宛てがないですね」

「そんなぁ〜……」

 

 電柱にもたれ掛かりながら、日菜先輩は万策尽きた様子で嘆く。俺のコミュ力の高さ故に起こってしまった惨劇。だが俺は謝らない。

 

「そもそも、“俺が誰とも行った事ない場所”に拘る必要ありますか?」

「……だってそれぐらいしないと、竜君忘れちゃうかもしれないじゃん……」

 

 一体どんな理由があって俺を連れ回していたのかと思ったら、案外可愛い理由だった。ただ、俺はそう易易と相手との思い出を忘れてあげる程優しくはない。誰かとの思い出があるからこそ、俺と言う人間は生きていけるのだ。

 

「じゃあ、そうですね……俺が日菜先輩としか行った事ない場所、行きましょうか」

「そ、そんな場所あったっけ?」

「忘れちゃうなんて酷いですねー」

「ま、待って!今思い出すから!」

 

 慌てふためき脅された様な顔で日菜先輩は記憶を探る。けれど、いくら考えても思い出せなかったのか、日菜先輩は泣き出しそうになっていた。

 

「あたし、最低だ……」

「あはは。そこまで思い詰めなくても良いですよ。じゃ、行きましょうか」

「うん……」

 

 俺は暗い表情を作る日菜先輩の手を引きながら、何とか元気づけようと励ましていた。このままだと、目的地に着く前に日菜先輩が泣き出してしまいそうだ。

 

 

 そうして俺達がやってきたのは、氷川家の日菜先輩の部屋。アロマキャンドルが数個飾ってあるデスクが特徴的な場所だ。

 

「あたしの部屋……」

「はい。俺と日菜先輩の思い出がたくさん詰まった場所ですよ」

 

 端の開きは紗夜先輩と日菜先輩が喧嘩をして距離が離れてしまっていた時、お互いの事情を聞くために一度それぞれの部屋にお邪魔をさせて貰った事からだった。それから仲直りをし、今は遊ぶためやギター御教授のためにお邪魔させて貰っている。

 

「この場所なら、日菜先輩のご要望に沿っていると思いますが、どうですか?」

「うん。バッチリだよ……竜君……」

 

 答えた日菜先輩は、少し涙ぐんでいた。

 

「泣く事でもないと思いますが……」

「だって……何処にも良い場所なかったし……。早くしないと、竜君があたしを忘れちゃうかもしれないから……」

「俺の事老人か何かだと思ってます?」

 

 さすがの俺でもそんな早くに物事や人物を忘れたりはしない。……最近ちょっと買い忘れを起こすようになったが、俺はまだ大丈夫なはずだ。

 ほんの少しの不安に駆られながら、俺は気晴らしに日菜先輩のギターを握った。

 

「繋げ〜この想い〜♪」

 

 適当にメロディを作りながら、なんとなく思い浮かんだ歌詞を口ずさんでみる。軽く弾いたギターの音と控えめに出した俺の声が部屋に響いた。

 

「……竜君、上手くなったね」

「自主練も結構しましたからね。結構様になってると思いません?」

「自分で言ったらダメだと思うよ」

 

 日菜先輩にツッコまれ、俺は「確かに」と笑った。自画自賛しておいてあれだが、実はまだ苦手な部分がたくさんあるのだ。

 

「弦抑える指の動きって、結構独特ですよね」

「そうかなー?ポーンってやればすぎ出来るようになるよ」

「なるほど……」

 

 日菜先輩の相変わらずの説明に俺は苦笑いを返す。

 

「竜君、あたしの教え方じゃ分からないでしょ?」

「はい。さっぱり分かりません。日菜先輩は言葉よりも実践で教えてくれた方が分かりやすいです」

「実践……かぁ」

 

 その考えはなかったと言った様子で、日菜先輩は一度天井を見上げた。

 

「小学生の時も、そうやって教えれば良かったのかな?」

 

 日菜先輩が言っているのは、きっと日菜先輩が孤立する原因になった話の事だろう。

 小学生の頃、勉強で分からない所があった子に、日菜先輩なりの指導を施してみたが理解されず、何故その程度の事が出来ないのかと言葉を漏らしてしまった子供故の若き日の過ち。

 

「どうでしょうねぇ……。俺みたいな直感タイプのバカだったら効果あるかもしれませんけど。うーん……」

「まあ、他人の事は分からないから良いけどさ。それに分からないからこそ面白い事だってあるし。彩ちゃんや竜君みたいな」

「俺ですか?」

「うん。そうだよ」

 

 俺にそこまでの魅力があるのか分からないが、日菜先輩が面白いと言うのだから俺は面白いのだろう。変な風に見られてないと良いが。

 そんな不安に俺が煽られていると、日菜先輩が俺の隣に座り手を握って来た。不覚にもドキッとしてしまう。

 

「あたしはさ、竜君の全部を知りたいんだ。気になるから」

「そ、そうですか。まあ、俺はシンプルなので、すぐ理解出来ると思いますよ」

「だと良いんだけどね〜。やっぱり時間掛かっちゃいそう。ねえ、竜君──」

 

 手を繋いだまま、日菜先輩が俺の瞳をジッと見つめて来る。その瞳は何処か潤んでいて、何かを期待している様だった。

 まさか……まさかとは思うがこの先輩──

 

「日菜先輩、キスはダメですよ?」

「でも、キスすれば相手の事が分かるってリサちゃんが……」

「それは出任せです。人伝をそんな簡単に信じちゃいけません」

「ちぇー……」

 

 唇を尖らせながら、日菜先輩は愚痴を零す。そこまで俺に心を許してくれるのはありがたいが、いつか好きな人が出来た時のために取っておくのが一番だと俺は思う。……日菜先輩とキスを交わした瞬間、紗夜先輩が俺を殺しに来そうで怖いなんて言えない。ただでさえ昨日のラジオ放送で前科持ちの身になっているのに、そこに日菜先輩とキスしたと言う事実なんか持ったら、俺は冷凍ポテト……いや、業務用冷蔵庫の刑に処されてしまうだろう。

 

「日菜先輩。ちょっと話が変わってしまうのですが、昨日のラジオの放送日っていつですか?」

「え、今日のお昼に放送し終わったよ?ショッピングモールでも流れてたじゃん」

「マジですか……」

 

 よりにもよって今日だった。しかも俺は今敵陣の拠点中心にいる。シンプルにおわた。

 

「どうしたの竜君?友希那ちゃんに追い詰められた野良猫みたいな顔してるけど」

「たった今ピンチに陥りまして。場合よっては明日までこの部屋に籠城する事になるかもしれません。紗夜先輩──妖怪ポテト鬼から逃げるため……」

「誰が妖怪ですか」

 

 俺の気のせいかもしれないが、背後──部屋の入口の方から妖怪ポテト鬼の声が聞こえて来た。俺は恐る恐る背後へと視線を移す。

 

「……おかえりなさいませ。紗夜先輩」

「はい。ただいま──と言うとでも思いましたか?どうやら神楽君とは明日の朝まで語り合わなければならないようですね。幸いな事に今日は泊まっていくようですし」

 

 マジキチスマイルを浮かべた紗夜先輩が、部屋に入ろうと一歩足を踏み出す。

 このまま行くと紗夜先輩が日菜先輩の部屋に入ってしまう。俺と日菜先輩が一緒にいる状態での入室はいけない。ここは大切な思い出の場所だから。

 

「ストップ!紗夜先輩ストップ!今はダメです!」

「え、あの、ちょっと──」

 

 お相撲さんよろしく紗夜先輩を廊下の壁際まで押し返す。入室ギリギリだったが何とか間に合った。唯一の失敗点をあげるなら、紗夜先輩に壁ドンをしてしまった事だろうか。珍しく紗夜先輩が気まずそうな顔をしていた。申し訳ない。

 

「す、すいみません急に……。でも、今はダメなんです。ここは日菜先輩と俺の大切な場所だから……」

「ち、近いです!」

「へぶっ」

 

 紗夜先輩にカバンから取り出された冷凍ポテトで殴られた。いつでも俺を殴れるように冷凍ポテト常備してるとか、この人殺意と意識が高すぎる。

 

「な、殴りましたね……あこにも殴られ──頭突きされた事しかないのに……」

「う、うるさいですよ!だいたい神楽君はですね、いつもいつも女性との距離感を見誤ってて……と、取り敢えずハレンチですよ!」

「これが俺の普通なので諦めてください。……最近乙女王子とか女装似合いそうとかモロッコ行けとか言われてる俺の気持ちが分かりますか!?」

「知らないですよ!?」

 

 段々とお互いにヒートアップしていき、しばらくの間なんでもハレンチ認定系風紀委員女子と純情乙女系スパダリ男子の口論会を繰り広げていた。

 両者言いたい事が言い終わると、息を切らしながらクールダウンに入る。

 

「……すいません言い過ぎました」

「わ、私も少し大人気なかったですね……」

 

 伝う汗を拭いながら、俺と紗夜先輩は和解の握手をした。

 

「ポテト温めますね」

「お願いします神楽君。先に下りてます」

 

 嵐の後の快晴の様に、紗夜先輩はホクホク笑顔で階段を下りて行った。

 一時はどうなるかと思ったが、何事も無く事は過ぎ去った。俺は大事な場所を守れたようだ。これで日菜先輩も一安心だろう。

 

「お姉ちゃんに竜君取られた……」

「えー……」

 

 部屋の隅っこでネガティブオーラを出しながら体育座りをしている日菜先輩がいた。可愛い。

 




初めて閑話休題と言う語句を使った。多分これは遊べる言葉。
今回はハーレム漫画の主人公が書けた気分だった。王道すこ。ラブコメの波動を感じる。

紗夜先輩のポテトネタがやっと出せた。この日のために雑コラ作りました。
偽三羽烏及びメタルビルドに出会った時や、ハザードレベルが爆上がりした時にお使いください。


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修正版

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ついでにTwitterのURL載せとく。作品更新のツイートや執筆状況などの報告に活用、しません。たまにボヤくくらい。すまん。

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第39奏 焦り





 日菜先輩とのデートから一週間が経った。日菜先輩はあの日から事あるごとに俺の元に訪れては、気分の赴く場所へ俺を連れまわしていた。ある時は東京から少し離れた田舎の農場へ。またあるときは千葉のネズミの国へ。そして時々俺のうちへと、日菜先輩は自由の限りをつくしていた。 

 そんな忙しい一週間も前述通り終わりを告げ、今日からまた新しい一週間が幕を開けた。

 

「りゅう兄、髪が結べない……」

「あー……今日湿気が酷いからな」

 

 生憎な事に、今週は月曜から雨だ。おかげであこの癖っ毛が大暴走である。梳かしても梳かしても、この紫色の髪は湿気で何度もピンと跳ねるのだ。正直人をイラつかせる天才だと思った。あこの髪の毛じゃなければ、ばっさり切る事を俺はお勧めしていただろう。

 

「……今日はいつにも増してしつこいな。寝癖直し使ってみるか」

 

 洗面所から持ってきた寝癖直しを早速使ってみたが、それでもなお数箇所跳ね続ける所があった。

 家を空ける時間が迫る中、俺は他にも色々と手を施してみる。しかし、

 

「う〜ん……いまいちだな……」

 

 結果は俺の惨敗だった。

 

「直らないならこのままでも良いよ?あこ、気にしないから」

「そう言うわけにはいかないさ。あこは女の子なんだから、身だしなみにはしっかり気を使わないと」

「偶には崩れた髪形も良いと思うけどなー」

「俺がいない時にやってくれ。気になっちまうから」

 

 服と髪の乱れは心の乱れと誰かが言っていた。つまり、俺が人の身だしなみを気にしてしまうのは仕方のないこと。出来ることならあこの要望を聞いてあげたいが、こればっかりは気になってしまうので勘弁して欲しい。それに、あこの可愛さを生殺しにした状態にはしておきたくはないのだ。

 

「──よし。この髪型なら大丈夫だろ」

「おぉー」

 

 俺がセットした髪を見て、あこは感心したような声を出す。鏡の中に写っていたのは、サイドテールに髪を纏めたあこの姿だった。

 

「花音先輩も毛先がよく跳ねてるけど、何故か違和感湧かないからな。サイドテール様様だ。似合ってるぞ」

「にへへ〜。ありがと、りゅう兄」

 

 俺の方に振り返り、あこがニッと笑う。あまりの可愛さに俺のライフがミリ残りまで削がれた。

 魔王様の精神攻撃を何とか耐えた後、そう言えば遅刻ギリギリだったんだと思い出し、俺はあこと一緒に急いで玄関まで向かった。

 靴を履いてビニール傘を持って、玄関のドアを開け傘の開閉ボタンをポチッと一回押す。

 

 そして傘が持ち手を残し、お向いさん家の塀の中までバシュッと飛んで行った。

 

「……今日ロケット打ち上げる国は打ち上げ成功率百パーだろうな。最高」

「りゅう兄、あこの傘の中入る?」

「頼む」

 

 換えの傘もなく、コンビニに買いに行ってる時間もなかったので、俺はあこの傘の中に入れて貰う事にした。

 

 

 それから学校を目指し歩く事十数分。花咲川と羽丘学園が遠目から見え始めた頃、日菜先輩とばったり出会った。

 俺とあこを見た瞬間に悔しさと驚きが入り交じった顔を日菜先輩は一瞬見せたが、その後何事もなかったように笑顔を作る。

 

「おはよう。竜君、あこちゃん」

 

 笑顔でそう言った日菜先輩の顔は何処か悲しそうで、下手に触れたら崩れてしまいそうだった。

 そんな日菜先輩の様子を見たあこが、俺の制服の裾をキュッと掴んで来る。きっとあこも、俺と同じように日菜先輩の異変に気づいたのだろう。

 

「……おはようございます日菜先輩。いつもこれぐらいの時間に来てるんですか?」

「そうだよ。まあいつもはもうちょっと遅いけどね。今日は部室に用事があるんだ」

「そうですか。天文部で何かするんですか?」

「あー違う違う。ただの掃除だよ。そう言う訳だから、バイバイ!」

 

 信号が青色に変わったのと同時に、日菜先輩は走り去って行った。俺とあこは、しばらくの間その場に立ち尽くしてしまう。

 

「あこ、どう思う?」

「なんか、余裕がないって感じだった。こう……てっぽう向けられてるみたいに」

「やっぱそう見えるよなぁ」

 

 先程の日菜先輩の様子は、切羽詰まったと言う言葉そのものだったと思う。心の中が焦燥一色に染まっており、指で小突けば崩壊してしまう──そんな危うさを持っていた。

 

「紗夜先輩と喧嘩でもしたのか、それとも──」

「それとも?」

「……んや、何でもない。さ、遅刻する前に俺達も行こう」

 

 日菜先輩は俺とあこを見てから焦り出していた。いや、正確に言えば一瞬だけあこを見て、その後はずっと俺を見ていたのだ。もしかしたら俺が関係しているかもしれない。

 俺は原因の究明を急ぎながら、校舎に向けて歩みを進めた。

 

 

 ____

 

 

 

 その日の昼休み、蘭に今朝の事を相談してみた。

 

「絶対竜介が原因だと思う」

「だよなぁ……」

 

 こころの時に学んだが、俺はいつの間にか相手の大切な物になっている節があるらしい。それも、相手を依存させる程に。

 仮に俺が日菜先輩にとってそう言う存在になっていた場合、俺はどうするべきだろうか。さすがに額合わせは出来ない。あれを実行するのはこころだけと決めているのだ。

 俺は対策案を練りつつ、心の中で決意を固める。

 

「それにしても、今年に入ってから皆とのイザコザが増えたなぁ。やっぱりあれなの?思春期特有のってやつ?」

「……多分、溜め込んだ想いが爆発してるだけだと思う」

「爆発する前に俺にぶつけてくれると助かるんだが……」

「そうポンポンぶつけられる程軽い想いじゃないから」

 

 ムスっと不機嫌そうに、蘭がエビフライを口に放り込みながら言った。

 

「そもそも、竜介があこと付き合えば全部丸く収まるんだけど。あたしもそろそろ限界」

「え、何?蘭も俺がいないと生きていけないとか言うタイプなの?さすがベイベー」

「はっ?」

「おっと、ゴミを見る目ですね」

 

 キッと鋭い視線が俺を襲う。どうやら蘭は違ったようだ。生まれて初めて『え、こいつ俺の事好きなの?』を体験した。思ったより恥ずかしくないというのが正直な感想。

 

「とは言ってもな、皆簡単に告れ告れ言うけど、結構勇気いるんだぞ告白って。ほら、よく言うだろ。好きの二文字が出てこないってやつ」

「まあ……そうだけど」

「だろ?だから一概に俺が悪いってわけでもないと思う訳よ。てかさ、あこもあこで鈍感なわけでさ」

「責任転嫁なんて最低」

 

 何だか今日は蘭の言葉の棘が鋭い。雨水を吸って成長でもしたのだろうか。

 

「まあ、そう言うなって。そうだな……小四のバレンタインの時の話でも聞かせてやるよ。あれは忘れもしない二月十四日のこと──」

「別に聞いてない」

「まあ聞けって。あれは忘れもしない二月十四日のこと──」

 

 俺が話したのは、小四の頃バレンタインにハート型のチョコを渡したのだが、あこがそれをバー〇ヤンのロゴと勘違いし、チョコを近所のファミレスに届けに行った事だった。

 俺の中では結構なネタ話だったが、蘭は詰まらなそうに聞いている。

 

「……あんま面白くなかったか?」

「小四の頃、竜介があたしにだけバレンタインチョコくれなかった時の事思い出してた」

「それはほら、あれだったんだよ。あこに渡す本命チョコの構想を二日前から練ってたのと、緊張でド忘れしてて……。てかあの年のバレンタイン当日はあこ以外誰にもチョコあげてない」

 

 翌日の十五日に遅れて皆に渡し、事なきを得たと思っていたが、蘭はまだ根に持っていたようだ。まあ、つぐみでさえ頬を膨らませて怒っていた思い出深いイベントだ。これくらいは仕方ないだろう。

 

「てなわけでさ、あこも鈍感なのよ。鈍感系主人公なのよ。分かって欲しいこの気持ち」

「気持ちは分けるけど、味方にはなれない」

「蘭の薄情者!」

 

 ちょっと前まで『りゅうすけー』と俺の後ろをついて来る可愛い女の子だったのに、一体どこで道を誤ってしまっただろうか。

 考えた結果、謎が深まるだけだった。世界の真理は遠い。

 

「あぁー折角高校生なんだし、なんか異性にアプローチかけれる青春イベントでも起きないかなー」

 

 机に突っ伏し、月間の行事予定表の日数を指でなぞっていく。八日、十日、十五日とずらして見ていくと、月末の所で指が止まった。

 

「高等部一年と中等部三年の、合同登山遠足……これだ。ここを使ってあこにアプローチを……」

「何するの?」

「それは、こう……普段作らない手料理を作って、家庭的な一面を……」

「それ女の子がやるやつ。あと、竜介の場合意味ないと思う」

 

 蘭の一言に、俺は再び机に伏せる。まさか普段料理していたのが仇になるとは思わなかった。

 俺は仕方ないと料理を捨て、他の案を探して頭を捻る。

 

「……ん?合同登山遠足?」

 

 何か良いアプローチはないかと考えていた所で、俺の頭が『合同登山遠足』というワードに黄色信号を出す。俺はその言葉の響きを、以前理事長室で耳にした覚えがあった。その時は確か、遠足の企画会議に使う生徒会用の資料を預かって欲しいと言う話だったはず。

 

「確か、生徒会会議で使うから渡しといてくれって言われてて、その会議の日が……」

 

 スマホのメモ帳アプリを操作し、日程メモを辿っていく。そして目的の欄に辿りつくと、そこには会議を今日の昼休みに行うという旨が書いてあった。

 

「やっべ」

 

 俺はリュックサックを持って教室を飛び出す。そして、教室を右に曲がってすぐの場所で日菜先輩と出会った。

 

「あ、竜く──」

「すみません日菜先輩!今急いでいるので!」

「あ、うん……。そっか」

 

 しょげてしまった日菜先輩の事も気になるが、今はそれどころではない。俺は生徒会室を目指し、廊下を駆け抜けた。




ぐへへへへ。嵐が近づいて来ているぜ。

いつか山岳行事回やります。大事な好感度稼ぎポイントなんで。当日吹雪にして血みどろ殴り合い山かドンドコ山にしたい。そしてそこでシリアスなバトル展開を……ないな。音楽関連で殴り合いはないわ。音楽関連させてないこの作品には関係ないかもしれんが。やっぱ定番の遭難ネタか……いや、でも中3遭難ってシャレにならねぇ。迷う。まあ、ボチボチ考えましょうか。
……アルティメットダグバ山とドンドコボドボド山って、場所同じらしいっすね。



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第40奏 忘れ物

何故か最近コメント返信機能の存在をど忘れしてた話でもする?

イラストの練習始めたけど才能なさ過ぎて泣きそう。てかもうやめる(三日坊主)


「すまん!ほんっとに申し訳ない!」

「だ、大丈夫だよ!こうして会議はちゃんと開けたわけだし……」

 

 会議用資料を届け終わった後、俺はつぐみにひたすら頭を下げていた。

 つぐみは間に合ったから大丈夫と俺を許してくれているが、俺が遅れてしまったせいで会議が昼休み中に終わらず、放課後に持ち越す事になってしまったのだ。穏やかでいられる筈がない。それに、つぐみには生徒会の仕事に加えて家の手伝いとバンド練があるのだ。俺のせいで予定がずれて、つぐみが休めずまた倒れる事になんてなったら、俺はつぐみや皆に合わせる顔がなくなってしまう。

 もう謝ってもどうにもならないが、俺は何度も何度もつぐみに謝った。

 

「も、もう!重く受け止めすぎだよ竜介君。失敗なんて誰にでもあるんだしさ」

「いやでも、ただでさえ忙しいのに……。俺が言えた義理じゃないけどさ、ちゃんと休めてるか?無理してない?」

「大丈夫だよ、もう子供じゃないんだし」

「……そうだったな。すまん」

「だから謝らなくて良いのに……」

 

 つぐみは軽く頬を膨らましながら、俺の謝罪に対して愚痴を吐いた。今の謝罪はつぐみを子供扱いしてしまった事に対してだが、つぐみは気づかなかったようだ。

 俺の伝わらない想いは置いておき、今はつぐみにどう償うかを考えなければ。そう考えしばらく頭を捻っていたが、これと言って良い案は出てこなかった。

 そんな俺に、つぐみは「しょうがないなぁ……」と呆れながら言ってくる。

 

「う~ん、そうだな……今度、私に何か料理作ってよ」

「料理?」

「うん!それでこの件はチャラにしてあげる。どう?」

「……分かった」

 

 俺が返すと、つぐみは「ふふっ。よろしくね♪」と慈愛の笑みを向けてきた。考えの至らなかった俺に償いのチャンスを与えてくれる所とかほんとつぐみ天使。

 

「じゃあ、そろそろチャイムなるから教室戻るね。バイバイ!」

「おう。またな」

 

 手を振りながら去っていくつぐみを見送った後、俺も教室の方に向かった。そんな時、廊下の曲がり角の所で日菜先輩に似た人影が俺の視界に写る。

 

 

「日菜先輩?」

 

 

 駆け足でその曲がり角を見に行ったが、そこには誰もいなかった。俺の気のせいかと思ったが、人影があった場所には『氷川日菜』と刺繍がしてあるハンカチが落ちていた。やはり、さっきの人影は日菜先輩のものだったようだ。

 

「いたなら声掛けてくれれば……」

 

 今からでも追いかけようかと思ったが、その瞬間に昼休みの終了を知らせるチャイムがなってしまったので、俺は諦めて教室に戻る事にした。

 

「だぁ〜……何だかなー……」

 

 ガラガラと教室の戸を開けながら、スッキリとしない味の悪さを自分の口の中で転がす。どうしようもないムシャクシャを心の中に溜め込みながら、俺は自分の席へと向かった。

 

「後で天文部行ってみるか」

 

 日菜先輩のハンカチをポケットにしまい込み、机の中から国語の教科書を出した。

 

「よーしお前ら席つけー授業始めるぞー」

 

 日直が号令を掛け、皆が先生に礼をする。そしたら席に座って、普通に授業が始まる。

 黒板に書き出された数式をノートに写し、その途中で先生に指名されたので、俺は黒板に問題を解きに行った。用が済んだらまた席について、国語の教科書はそのままに、俺はノートに数式を記す。

 蘭の方から訝しげな視線が飛んで来たが、今の俺にはそんな些細なことを気にしている余裕がなかった。

 

 

 ◇

 

 

 雨粒を落とす灰色の雲を見上げ、詰まらない話を繰り返す物理の先生の話をボーっと聞きながら、あたしは考え事をしていた。

 ──神楽竜介。

 その名前と顔を頭の中に思い浮かべる。あたしにとっては初めて出来た男の子の友達で、初めて好きになった人でもある。

 竜君は優しくて、料理が出来て、ちょっと女の子よりの顔立ちで、かっこいいと言うより可愛くて、でもそんな点も魅力になってしまう変わった人。彩ちゃんのように面白くて、何度も何度も興味をそそらされる人だ。

 

 あたしは彼が好き。これは胸を張って言える。

 でも、竜君には好きな人がいる。でもでも、竜君は他の女の子とも普通に仲が良い。そして、竜君には男の子の友達がいない。

 まるで、女の子を食い荒らすために生まれて来た獣の様だ。だけど本人にその気は全く無く、竜君は同性の友達と接する様に女の子達と仲を深める。

 嗚呼、面白い。そして分からない。

 

「どうしたらいいんだろ……」

 

 シャーペンをクルクル回し、これからの過ごし方を考えた。

 分からないのは面白い。それは確かだ。だが、この胸の内に広がる焦りは何なのかと、あたしはこれまで幾度となく首を傾げた。一つだけ分かるのは、竜君に忘れられたくないと言うことだけ。

 竜君の記憶の中であたしの存在が薄れると、あたしの中に嫌な感覚が芽生えるのだ。さっきも竜君がつぐみちゃんと仲良くしているのを見て“それ”が来た。

 忘れられたくなくて、竜君にたくさん自分をアピールした。何度も、何度も、何度も、竜君に忘れないでと警告した。

 けど、やっぱりダメだった。

 

「忘れられたくないな……」

 

 そう言葉を零しながら、薄らと込み上げて来た涙を手で拭い、それを拭くためにハンカチを出そうとポケットに手を伸ばした。

 

「……あれ?」

 

 ポケットの中にあった筈のハンカチがない。いつの間にか落としていたようだ。

 

「まあ、いっか」

 

 あれはショッピングモールの年末セールで買った物に自分の名を刺繍しただけの物だ。別に無くなっても構わない。

 あたしは制服の裾で涙を拭いた後、もう一度雨雲を見上げた。朝よりも雨足は悪化していた。

 

 

 ◆

 

 

 夕暮れも来ているのか分からないほど、外は灰色の雲で覆われていた。俺は窓の外を眺めながら、雨雲の様な灰色のゴミを箒で掃く。

 

「ねえ、竜介。今日あたし達の練習見に来ない?」

「あー悪い。今日は日菜先輩の所に行かなきゃいけないからパスで。悪いな」

「分かった。今度また誘うから」

「おう。サンキュ」

 

 チリトリを床に構える蘭にバレないように、俺はポケットの中にある日菜先輩のハンカチを触った。

 この後日菜先輩に会いに行く。正直怖い気持ちもあるが、今話さないと色々拗れそうな気がするのだ。それに、最近日菜先輩は何かに焦りを抱いている。その何かを突き止めないと、あの人は壊れてしまう。そんな気がしてならなかった。

 

「上手く出来るかな……」

 

 ボソっと、つい弱音を吐いてしまう。

 蘭が俺の呟きに疑問の意を持って首を傾げさせたが、蘭なりに何かを察したのか、チリトリを見ながら呟いた。

 

「別に、一人でそこまで抱え込まなくても良いんじゃない?もっと皆に頼っても良いと思うけど。それに……あ、あたしだっているし……」

「蘭……少し見ない内に素直になったな」

「う、うっさい!」

 

 ほんの少し茶化すと、蘭はチリトリの角で俺の脛を殴った。照れながら怒る蘭の様子が大変愛らしい。

 

「はぁ……心配して損した気分」

「悪かったって。でも、蘭のおかげで肩の力が抜けたよ。ありがとな」

「……別に」

 

 ふいっと、蘭は顔を逸らした。相変わらず人の善意の言葉に弱いようだ。

 蘭のおかげで身も心も軽くなった。これなら何があっても大丈夫だろう。

 

「よっし掃除終わり。じゃあ、ちょっと日菜先輩の所行ってくるよ」

「うん。行ってらっしゃい」

 

 掃除用具を片付けた後、俺はカバンを持ち天文部の部室を目指して走った。

 

 

 ___

 

 

 

「失礼しまーす」

 

 廊下を走ってやって来た俺は、天文部部室のドアを開ける。今朝、日菜先輩が部室を掃除したと言っていたからか、部屋の中がとても綺麗だった。

 部室にはもう日菜先輩が来ており、今は変なアンテナをセッティングしている。宇宙人用の特殊な電波とかを飛ばすのだろうか。

 俺が不思議に思いながら見ていると、アンテナ設置に集中していた日菜先輩と目が合った。

 

「……え、竜君どうしたの?」

「日菜先輩にお届け物です」

 

 俺の姿に気づき、俺の元までやってきた日菜先輩にハンカチを渡す。渡された日菜先輩は感激したような目をしていた。

 

「わ、わざわざ届けにきてくれたの?」

「はい。ないと困ると思って」

「……うん。ありがと竜君」

「どういたしまして」

 

 俺が笑って返すと、日菜先輩はハンカチをギュッと握った。やはりこのハンカチは日菜先輩にとって大切な物だったようだ。

 

もう、このハンカチは捨てられないな

「なんか言いました?」

「ううん!何でもないよ。あ、お菓子あるけど食べてく?」

「はい。いただきます」

 

 ウキウキした様子の日菜先輩が、椅子とお菓子を準備してくれる。鼻歌を歌いながら、これから始まるティータイムを楽しみにしているようだった。ここ最近様子がおかしかったから心配していたが、そんな物は俺の杞憂だったらしい。

 




最近不安を煽る回ばっかで読者の皆はメンタルがオーバーフローよな。

次回、動きます。


Roseliaが人気投票一位になったらしい。さすが我が魔王。この結果には竜介君もニッコリ。

……

祝えッ!!!


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第41奏 ジーニアスハトマラナイ

カタカナ表記はヤンデレの証。


「でねー、こないだお姉ちゃんが電子レンジ壊しちゃってさー」

「それは……結構な事しましたね」

 

 椅子の背もたれを前にした状態で座る日菜先輩の話を、俺はお菓子を食べながら向かい側に座って聞いていた。話の内容は、紗夜先輩が冷凍ポテトをレンジで解凍しようとしたら調理手順を誤ってしまい、結果電子レンジがお陀仏になってしまったと言う物だった。

 中々にパンチの効いた話だったが、話を聞いてて一番印象に残ったのは、やはりその話をする日菜先輩の表情だろう。三、四ヶ月前まで姉妹仲が万事も危うい状態だったのに、今では笑い話をしながらこうしてニコやかに笑っている。俺も頑張った甲斐があるというものだ。

 

「ねーねー竜君聞いてる~?」

「ちゃんと聞いてますよ」

「そお?反応薄かったからてっきり」

「まあ考え事はしてましたけど」

 

 俺がそう答えると、日菜先輩は「しっかりしてよね~」と言いながら俺の鼻の頭を指で小突いた。

 

「それで、何考えてたの?」

「日菜先輩について、ですかね」

「……ふーん。そうなんだ」

 

 日菜先輩が興味なさそげな声を出した。しかし、その顔はニヤついている。

 嬉しいなら言えば良いのになと俺が思っていると、日菜先輩が何を思ったか俺の隣へとやって来た。近くの椅子に腰掛け、キラキラとした視線を送ってくる。

 

「ど、どうしたんですか急に……」

「べっつにー♪あ、そうだ!」

 

 日菜先輩は何かを思い出したかのように声を上げ、カバンの中から大きいめの本を取り出した。

 

「見て見て竜君、アルバム作ってみたんだ」

 

 テーブルの上に広げられたのは、一冊のアルバムだった。先週連れまわされた時の写真がこれでもかと毎ページに載せられている。

 

「先週の写真……よくこんな短期間で作れましたね」

「ふっふーん。凄いでしょ」

 

 得意げな顔を日菜先輩はしてみせた。

 

「あ、お金。いくら掛かりました?」

「いいよそんなの。あたしが好きでやった事だし」

「でも……」

「いいの!」

 

 日菜先輩の力強い支払い拒否の言葉に、俺は思わず了承の言葉を返す。余りにも日菜先輩が必死だったので呆気に取られてしまった。

 俺は取り出しかけた財布をしまい、日菜先輩と一緒に感慨深い想いに駆られながらアルバムを見る。

 

「色々あったねー」

「学校も休みましたしね。俺金曜日に小テストの追試ですよ」

「……そっかー」

「ちょっと日菜先輩」

 

 俺からそっと目を逸らした先輩の名を呼ぶ。

 

「あたしはほら、学年一位だから多少の事は大丈夫だし」

「俺だって成績良い方なんですけどねー。嫌がらせですかね」

「職員室に抗議しに行く?」

「……考えときます。でも、今はアルバムを見ていたいです」

 

 正直な事を言えば即行職員室に凸りに行きたかったが、今は日菜先輩との件に決着をつけなければ行けない。余計な事をしている暇はないのだ。

 

「そういえばさ、竜君って料理出来たよね」

 

 俺が出方を伺っていると、日菜先輩が唐突に聞いてきた。

 

「ええまあ、そうですけど」

「じゃあさ、今度何か作ってよ。つぐちゃんにも何か作ってあげるんでしょ?」

「……やっぱり聞いてたんですね」

 

 何となくを装って尋ねると、日菜先輩の目が一瞬だけ揺れ動いた。

 

「……ごめんね。盗み聞きしてた」

「声掛けてくれれば良かったのに」

「それは……無理、かな。聞いてるだけでけでダメだったから」

 

 アルバムをそっと閉じ、日菜先輩は俺の方に向き直る。その目は至って真剣だった。

 

「あたしね、ずっと焦ってたの。竜君に忘れられたくないから」

「日菜先輩、何度も言いましたけど、俺は日菜先輩を忘れた事なんて──」

「あるよ。だって何度も嫌な気持ちになったもん。今日の朝だって、さっきだって」

「だからそんな事……」

 

 “ない”と言い掛けたが、日菜先輩が自分のひざの上で拳をギュッと握ったのを見て俺は言葉を止める。

 

「竜君」

 

 俯いた日菜先輩の握る拳は震えていた。

 

「竜君の中であたしの存在は、あこちゃんやこころちゃんみたいにずっと残ってるの?あたしとの思い出を、竜君はちゃんと覚えてるの?」

「当たり前です。俺にとって日菜先輩は大切な人ですから」

「でも、竜君にはもっと大切な人がいるじゃん」

「大切な人にもっともなにもないですよ。俺は皆が大切で──」

 

 俺にとって、皆大切な人だ。日菜先輩もあこもこころも沙綾も有咲も、掛け替えのない宝物なのだ。

 

「嘘つき」

 

 なのに、どうして俺の想いは、日菜先輩にだけ伝わっていないのだろう。

 

「……日菜先輩。一回落ち着きましょう?こんなに震えて……今日の──いえ、最近の日菜先輩、何処かおかしいですよ」

「おかしいのは、元からだよ」

「日菜先輩……」

 

 俺の脳が危険信号を出した。そして頭の中にこころとの一件が思い浮かぶ。

 ──嗚呼、何が杞憂だ。俺はまた……。

 こころの事で自分を自覚して、学んだと思っていた。しかし、どうやら俺の身体には学習能力と言う物が備わっていなかったらしい。

 

「竜君。あたしね、竜君の事が分からないんだ。竜君と思い出を作りたくて、喜ぶ事をしてあげたいって思っても、何も分からないの」

「分からなくても大丈夫ですよ。もっと時間をかけて、ゆっくり理解すれば良いんです」

「それじゃダメなんだよ。それじゃ、遅すぎて……」

 

 向かい合っていた日菜先輩は、そう力なく言った後、小さく微笑みながら俺の胸に頭を当てた。その顔は何かに合点が言ったような、暗くも清清しい様子だった。

 

「そっか……あたし、怖かったんだ。竜君の中であたしが消えるのが……」

「だから俺は──」

「ううん。忘れて当たり前だよ。だって、四六時中同じ人の事考えるなんて無理だもん」

 

 そっと俺の事を見上げ、瞳に溜めた涙を零しながら日菜先輩は言った。

 

「ごめんね竜君。ほんとにごめん……」

「そんなに謝らなくていいです。そもそも俺は怒ってる訳じゃないですし」

「違う。違うんだよ竜君。あたしが言いたいのは……そう言う事じゃなくて……もう、押さえ切れなくて……」

「日菜先輩、やっぱり一回落ちつき──」

 

 

 日菜先輩を宥めていた俺の口は唐突に何も発さなくなった。いや、発せなくなった。

 気づけば、俺は日菜先輩と口付けを交わしていたのだ。

 数秒交わされたキスを終わらせ、日菜先輩は更に涙を流した。

 

 

「竜君が好き。でも、分からない。好きなのに分からない……こんなに好きなのに何も分からない。他人なんて思いたくなのに……何も分からないの……。怖い……怖いよ竜君……」

「日菜先輩、一回深呼吸しましょう」

 

 一度日菜先輩を強く抱きしめ、落ち着きを取り戻すことに専念する。俺にはこれしか出来なかった。

 腕の中で呼吸を落ち着かせた日菜先輩は、俺の背中に腕を回した。

 

「ごめんね竜君。竜君にはあこちゃんがいるのに……」

「何も言わないでください。何も考えず、今は静かにこうしてましょう」

 

 子供をあやすように背中を擦りながら、未だ涙を流す日菜先輩を慰めた。

 そんなすぐには治らないのは分かってる。けれど俺は、壊れた機械のように何度も「ごめんね」と言う日菜先輩を、何としてでも止めたかった。

 




純愛物に隠れた一瞬の毒成分がなんともポイズン。言いたいことも言えないこんな世の中は。


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第42奏 オモイデ

「」ないシリーズ第二弾。なんか流れ的にやらなきゃいけない気がした。


 氷川日菜が神楽竜介と言う人物と出会ったのは、高校二年の春の時だ。一応部活動だからと生徒会に言われ、入部していた天文部の部活勧誘を嫌々している時に彼は現れた。

 通り過ぎていく人々の中で、唯一自分の作ったチラシを貰ってくれた──そんな運命的な出会い。

 初めはほんの少し興味が湧いた程度だった。部室に誘い、お茶をして、星座について世間話程度に話を交える。

 きっとそこまで面白くなかったであろう話を、彼は楽しそうに聞いてくれた。今まで人の興味を惹く事なんて出来なかったのに、彼だけは違ったのだ。日菜にとっては、初めて波長が合えた人だった。その事実が氷川日菜を焚きつけた。

 ──もっと彼の事が知りたい。もっと彼と話したい。もっと彼と仲良くなりたい。これからたくさんの思い出を彼と作っていきたい。そう無意識に考えていた。

 日菜の頭の中は、自然と彼と作りたい思い出の事で予定が一杯になった。部活の事なんかとっくに忘れてしまう程に。

 

 それからもどうしたら彼と仲を深められるかを何となく考えていた。他人の事が分からない日菜だったが、彼の事なら理解出来るかもしれないと根拠のない自信が滾っていたのだ。

 だから、彼の真似をたくさんした。炊事洗濯の類は全てすぐこなせるようになったし、買い物をしているうちに商店街の人達とも仲良くなった。

 だけど、彼の事は理解出来ない。商店街の人達から彼にそっくりだと言われるぐらいには真似をした筈なのに。

 

 自分に足りないものを探した。

 彼は背が高い。彼は瞳が透き通るように綺麗で、でも見つめるものを惹き込む黒色のそれを持っている。彼は癖毛で、よく髪が跳ねている。彼は料理が好きだが、作る相手がいないと失敗する。彼は幼馴染がたくさんいる。彼は童顔で、どこか愛嬌がある。彼には好きな人がいる。

 挙げれば挙げるほど神楽竜介と言う人物像が濃くなっていく。それは氷川日菜と言う天才人間のポテンシャルを押し潰すほどに強大な物だった。

 彼女は、人生で初めて未知への恐怖を知った。知らない事への恐怖ではなく、神楽竜介の中で自分の存在が押しつぶされ消えてしまう──未知の未来への恐怖に。

 そんな悲しい未来はごめんだと、日菜は全力を尽くして神楽竜介との思い出作りに励んだ。惨めに転んでも、泥だらけになって汚れても、彼女は走り続けた。

 

 

 けれど……いや、だからこそ、氷川日菜は間違えたのだろう。

 

 

 あれはそう、彼と出会って一ヶ月程経ったときの事だ。

 ギターケースを持った姉が何処か楽しそうな顔をして、電話で誰かと話ながら出かけようとしていたのだ。

 氷川日菜の姉は、努力家で真面目で容姿も優れている。そんな自慢と誇りと憧れに満ちた人だった。偶に真面目が損をしている時がある固い人だけど。

 そんな姉が優しそうに微笑みながら、誰かと話している。だから、誰と話しているのかを聞いた。聞いてしまった。

 

 ──誰って、神楽君よ?日菜も知っているでしょ。

 

 何かが自分の中で崩れたような気がした。

 聞いてもいないのに、姉が彼と数日前に出会ったことを聞いた時は笑いそうになった。

 こっそり姉の後をついていき、彼に向けて楽しげにギターを弾く姉を見た時は酷く嫉妬した。

 ──彼と先に会ったのは自分なのに。

 何十年を共にしたように壁のない二人の間柄を見て、氷川日菜は自分を恨んだ。

 他人が分からない。だからいつまで経っても、彼との仲が深まらない。

 なんで自分は、いつも姉のように出来ないのか分からない。

 

 姉と自分は双子。容姿は髪型を揃えれば誰にも気づかれない程そっくりだ。だから、このまま姉が彼と仲良くなっていったら、いずれ自分の存在は消えてしまうのではと、氷川日菜は過去一番に焦った。

 だから真似をした。自身の姉の姿を。姉の真似をすれば、そっくりな自分は簡単に思い出に残れるだろうと。それが最大の過ちだと気づかずに、氷川日菜はギターを始めた。

 

 それから一週間もしない内に、姉妹の関係は面白いほどに簡単に壊れた。

 

 氷川日菜は天才で、氷川紗夜は努力家だ。

 姉の持つ歪な嫉妬を、天才は見通す事が出来なかった。だから壊れた。

 初めて姉が怒鳴って、初めて姉が泣いてる姿を見せて、初めて姉が自分を拒絶した。

 

 自分は忘れられたくないだけだったのに。彼の中に残りたかっただけなのに。思い出が欲しかっただけなのに。立ちはだかった巨大な壁は、理不尽に氷川日菜を追い詰めた。

 

 惨めに泣いて、彼に助けを求めて、彼に助けて貰った。簡単に壊れてしまうほど脆い関係だった氷川日菜と氷川紗夜を、彼はいとも簡単に繋ぎとめてみせた。

 姉が自分に謝罪をしてきた。自分も姉に傷つけてしまった事を謝罪した。

 そんな二人の仲を取り持ってくれた彼に対し、日菜と紗夜で感謝の言葉を伝えた。そして、二人は想いを自覚した。

 

 姉と喧嘩をして一ヶ月が経って、姉だけが変わった。

 彼に好きな物、嫌いな物、苦手な事の全てを曝け出し、さらに仲が深まっていく自身の姉。

 天才が故に、欠点がなくて、全くと言っていいほど距離感が変わらない日菜自身。

 双子なのに。似ているはずなのに。気づけば姉との差が目を背けたくなるくらい広がっていた。

 

 姉と一緒にギターを彼に教えても、指導が上手い姉のほうに彼の意識を攫われた。

 彼と一緒に仕事をしても、その場にいない筈の姉が彼の意識を攫って、姉だけが彼の思い出の中に残る。

 自分はいつも姉のオマケになっていた。

 彼は自分との出会いを覚えているだろうか。一緒に話した星の話を覚えているだろうか。紡いだ思い出は少ないけれど、どれも氷川日菜にとってはかけがえのない思い出なのだ。

 胸の中に思い出を仕舞い込み、姉に押しつぶされぬよう思い出を作るため、出来るだけ多くの日々を彼の隣で過ごした。

 

 けれど、やっぱり現実は厳しかった。

 自分とは違う皆は、自分が積み重ねた思い出を意図も簡単に積み重ねて、更に深い記憶を彼の中に刻んでいく。

 でも、めげずに意地を張り続けて、何とか皆と同じ土俵に立った。

 彼と連絡出来るようになって、たくさん言葉を交わして、皆と同じ事をしているだけなのに、凄く誇らしい気持ちになった。そう調子に乗っていた。

 

 そんな彼女への天罰だったのか、彼の幼馴染が立ちはだかってきた。

 

 彼が好きな人と彼を好きな人が、誰にも出来ない方法で、今までに見たこともない速度で、彼との思い出を築いていった。自分が作った思い出が些細な物になってしまうほど、その思い出たちは強かった。

 どうしようも出来なくて、足掻くことすら敵わずに氷川日菜の思い出は蹂躙されていった。

 

 そして日菜は思い出したのだ。

 氷川日菜という人間が、神楽竜介と言う人間の中でいなかった事にされる恐怖を。

 想像しただけで震えてしまうほど嫌だった未来を。

 こんな惨劇を起こさないために、氷川日菜は足を引きずって前に進んでいたのに。嗚呼、どうしてこんな惨劇が繰り広げられるのか。

 

 彼の中で、もう自分は消えているような気がした。

 悲しくなって涙を流す──そんな事をしている暇もなく、氷川日菜の思考は暗い方向へ進んでいった。

 ──嫌だ。

 そう小さく心を軋ませた。ぎり、ぎりと心の奥で何かをすり減らしながら、氷川日菜はまた間違えたのだ。

 

 彼と口付けを交わした。

 

 彼を求め、その枷から積み重なった“氷川日菜”という人間が生み出した、彼に刻む精一杯のオモイデ。

 それは最低で最悪な、彼女の中にある最後の悲鳴だった。

 




暗い話風に書いてるけど、不器用な日菜ちゃんが好きな子に頑張ってアピッてる姿かっわいー!って言う事と、それを無意識で熟すあたりジーニアス極まってるって話だからね。身構えないでね。そんな難しく考えなくても平気へっちゃらガングニール。大丈夫だよーよーしよしよしよし<ワシャワシャ。


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第43奏 ──魔王、降臨。

 二時間近く日菜先輩を必死に介抱した後、家に送り届けて帰って来た。その時の日菜先輩は酷くやつれていて、とてもじゃないが見ていられない状態だったのを覚えている。

 

「ただいまー」

「おかえりりゅう兄。ご飯出来てるよ?」

「おう。サンキュ」

 

 何とか平静を装いながら、出迎えてくれたあこに返事をする。そんな俺がおかしく見えたのか、あこはずっと俺の事を訝しんだ目で見ていた。

 あこの視線は一旦置いておき、俺はリビングへと向かう。そこには夕飯のメニューであるチャーハンと卵の中華スープが並べられていた。

 

「これ、あこが作ったのか?」

「そ、そうだけど。変だったかな?」

「いや、よく出来てる」

 

 この間教えたチャーハンと付け合せのセットを早速使ってくれたようだ。鼻腔を燻り食欲をそそられる。出来は上々らしかった。

 

「食べてもいいか?」

「良いけど。その前に一つだけ」

「ん、なんだ?」

 

 食べても良いと言われたので実食しようとしたら待ったを掛けられた。焦らしプレイとは中々レベルの高い事を──とふざけたかったが、あこが真剣な面持ちでこちらを見てきたのでそれをやめた。

 

「りゅう兄、学校で何かあったでしょ」

 

 そしてあこの口から問われたのは、案の定今日起こった学校での事だった。

 

「あこに隠し事は出来ないか」

「何年も一緒にいるからね」

「はは、そうか。いやー参った参った」

「それで、何があったの?」

 

 どうやらお手上げらしい。出来れば一人で片付けたいと思っていたのだが、その願いは星の藻屑になってしまったらしい。ただ、やはり俺の拗れた問題にあこを巻き込むのは話が違うと思うのだ。

 

「今日さ、生徒会で使う資料をつぐみに届けなきゃいけなかったんだけどな、俺がうっかりして届けおくれちゃったんだよ。それで、つぐみに迷惑掛けちまって……」

「そっか」

 

 一か八かで嘘を発し、それが通った。

 あこの優しい微笑みが胸に刺さる。

 

「そう言うわけで、ちょっと傷心中なんだ。ほら、つぐみって一回過労で倒れた事あるだろ?俺のせいでまた倒れたらって思ったら、つい暗い方向に考えちゃって」

「そこまで深く考えなくても大丈夫だよ」

「そうかな?」

 

 俺が尋ねる演技をすると、あこはコクリと首を縦に振った。

 

「きっと大丈夫だよ」

 

 諭すように、あやすように、あこは笑う。

 あこの優しさという毒針が、俺の心を蝕んでいた。何の比喩でもなく胸が痛い。

 

「……そうか、そうだよな。悪い。少し過敏になってたみたいだ。ありがとな」

「うん。どういたしまして。じゃあ、ご飯食べよっか」

「そうだな。いただきます」

「いただきます」

 

 お互いに両手を合わせて食事の挨拶をした。俺は待ちに待ったあこ特製チャーハンとスープを口に運ぶ。

 

「……美味い」

「ほんと?良かった~」

 

 喜ぶあこの姿を横目に、俺はチャーハンをかき込む。香ばしい上に粒はパラパラ、なのに水分は残っておりふっくらとしている。スープの方はと言うと、なんの捻りもない俺が教えた通りの物だったが、何故か俺のより美味しくなっていた。

 総評的に言うと、俺が作るより上手に出来ている。

 

「なんだろ、悔しい……」

 

 料理なら誰にも負けないと思っていたのだが、どうやら俺は井の中の蛙どころか虫かごの中のカブトムシ並に思い上がっていたようだ。

 俺は明日からの修行の日々に向け、悔しさと一緒に料理を一気食いする。そして噎せた。

 

「ゲフッ、ゲフッ……」

 

 あこに背中をさすられる。何だかここ最近情けない姿を見せてばかりだ。たるんでいるのだろうか。気を引き締めなければならない。

 俺は自分の頬を二回叩いて気合いを入れ直した。こんな有様じゃ、日菜先輩と仲直りなんて夢のまた夢だ。

 

「りゅう兄、大丈夫?」

「ああ、心配ない。少しつっかえただけだ」

 

 心配するあこを他所にして、俺は続けてチャーハンをがっついた。本当はもっと味わって食べたかったが、今は気分は酷く沈んでいたのでそれどころではなかった。

 そうして夕飯にがっつくこと十分。俺は無事にあこの特製手料理を食べ終えた。

 

「ご馳走様。美味しかった」

「うん。お粗末様」

「じゃあ俺、風呂の準備してくるから」

 

 食器を水につけた後、俺は風呂場に向かうため部屋の出口まで歩みを進めた。

 

 

「待って、りゅう兄」

 

 

 しかし、そこであこに呼び止められてしまう。

 

「……どうした?」

「正座」

 

 ニッコリと微笑み、あこは俺に正座を強要した。

 

「あの、何故正座なのでしょうか。……なんか怒ってる?」

「良いから正座」

「あ、はい」

 

 言われるがまま、俺はあこの前で正座をする。そのまま見上げると、ドMにはたまんないであろう目で俺を見下ろすあこの姿が見えた。

 

 なんとなく、本当に何となくだが、あこの不機嫌の理由が理解出来たかもしれない。

 おそらくだが、あこは最初から勘づいていたのだ。俺がどうしようもない程巨大な問題を抱えている事を。先程話したつぐみとの一件の事が、ただのカモフラージュだったと言う事も。全部が全部、あこには筒抜けだったのだ。

 まさか、こんな早い段階で気づかれるとは思わなかった。

 

「……一応聞くけど、いつ気付いた」

「最初からずっと。りゅう兄分かりやすいから」

「そ、そうですか……」

 

 威圧的で、誰にも物を言わせない王の瞳が俺を写す。

 脂汗が背中に伝い、黒板を爪で引っ掻く様な嫌な感覚が走った。

 

「なんでちゃんと話してくれなかったの?」

「いや、あのですね、隠してたわけでは無いんですよ。なんと言うか、あこには言いにくくてですね」

「……それって、あこが子供だから?」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 必死に言葉を紡ごうと口をパクパクさせるが、何も言葉は出てこなかった。好きな人の前で、他の女性にキスされましたなんて、どう口にしろというのか。

 俺がそうしてずっと口ごもっていると、痺れを切らしたのかあこが俺の眼前まで迫って来た。鼻の先と鼻の先が触れ合いそうだ。

 

「あ、あこ?何を──」

「あこがもう子供じゃないって事、りゅう兄に教えてあげようかなって思って」

「い、いや、そんな事しなくても……」

 

 真っ直ぐと見据えたあこの目から、本気で怒っている事が伝わって来る。このまま黙っていたら身体に直接聞かれそうだった。

 

「……分かった。話す、話すよ。だから武力行使だけはやめてくれ」

「うん。それで、何があったの?」

「はぁ……。実はさ、今日の放課後、日菜先輩に告白されたんだ。キスもされて」

「……ふーん」

 

 俺は意を決してあこに事情を話してみるが、当の本人は何とも詰まらなそうな顔をしていた。

 

「日菜先輩の方もキスしたこと事に責任を感じてるみたいで、俺もどうしたら良いかよく分からなくてな」

 

 日菜先輩は俺を理解したいけど出来ないと言っていた。それは日菜先輩の数少ない苦手分野である、相手の存在の掌握から来るものだろう。今まで他人に関心を持たなかったが故の悲劇、とでも言えば良いだろうか。

 

「あこ、俺どうすれば良いかな?」

「……少なくとも、キスについてはそこまで責任を感じなくて良いと思う」

「え、何でだ?」

「だって、りゅう兄のファーストキスはあこが貰ってるもん」

 

 悠久の静寂が訪れた。

 今魔王様の口からとんでもない事実が言い放たれた気がする。

 

「……俺、あことキスした事があるのか?」

「うん。あこが小学五年生の時に、頭突きの勢いに任せて」

「あー待て、少し思い出して来た」

 

 あこに言われ、俺も小学六年生の時を思い出した。あの時は確か、あこが突然プロレスごっこを吹っ掛けて来て、その時の突進で偶然マウストゥマウスが出来上がってしまったのだ。

 

「よく覚えてたな。そんな昔の事」

「りゅう兄との大切な思い出だからね」

「あこ……」

 

 今日のあこは酷くイケメンさんだった。それと、ほんの少し涙が出てきた。

 

「ありがとな。おかげで少し楽になったよ」

「あこは闇のドラマーだかね。こんなのドラムのウォーミングアップより簡単だよ」

「はは。かっこいい事言ってくれる」

「にひひ♪」

 

 あこが軽快に笑う。

 ほんの少し、されど大きな一歩。あこのおかげで解決の糸口が見えた気がした。




当小説でお子様系メインヒロインの役割を担っていたあこ様がいつの間にか嫁力と魔王力をあげていた。いけない。竜介の乙女力が薄れてしまう。

【速報】人気バンドRoseliaドラマーの宇田川あこが結婚。相手はCircle新人スタッフか。

新人スタッフとか言う最強ポジ。百合に男入れても怒られない。やったぜ。
バンドリ世界に同年代の男一人ぶっこむだけでこの有様よ。ギャルげー作れそう。総勢二十数名とかやばいな。vita版の大図書館の羊飼いよりも多いじゃん。
ギャルげーはいいぞ。徹夜でやるギャルげー程美味しい物はない。
そもそも僕をこんな拗らせ恋愛脳にした原因がギャルげーなんだよなぁ。恋愛さえ絡めばSFでも推理ものでもスポコンものでも何でも書ける気がする。不思議。スポコンって何の略なの?スポーツコンバット?デデンデンデデン


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第44奏 休息

最近ちびキャラの描き方を勉強し始めました。ぶっちゃけなめてました。なにあれ全然簡単じゃない。イラスト描ける人って頭の中どうなってるの?小説の100倍難しいやんけ。文字紡ぐだけの小説とは違いますわ。ユーチューバーになりたい(自由意志)GOシュート!(魔改造ベイチューバー大好き)
オーマフォーム衣装のあこが描きたかった……。仕方ないから来世に託すわ。ソイヤッ!
……小説家って普通の人より『言葉』を知ってるからしなんなら作れるからトーク系ユーチューバー向いてそうだなって勝手に思ってる。


 日菜先輩の告白から一日が経った。昨日に比べて天気は良いが、それでも灰色の雲が空を染めている。もしかしたら、またあこの傘にお世話になるかもしれない。

 早く替えの傘を買わねばと思いながら、俺は朝食の準備を進めた。

 

「りゅう兄……おはよー……」

「おはよ──って、なんか青ざめてないか?」

「頭痛い……」

 

 こめかみを自分の拳で抑えつけながら、あこは頭痛を訴えた。

 

「偏頭痛か何かか?待ってろ、今痛み止め出すから」

「うん……」

 

 唐突に訪れたあこの頭痛。最近の気圧変化の激しさが原因か、はたまた別の原因があるのか。テレビ台の引き出しにしまっておいた痛み止めの薬を探しながら、俺はあこの体調不良の原因を考えた。

 

「ほい、痛み止め。取り敢えず今日は学校お休みだな。お母さんと学校に連絡入れとくとして後は……病院か。どうする?今から迎えに来て貰うか?」

「うーん……いいや……。寝てれば治りそうだから……」

「分かった。俺も蘭に弁当届けたら早退してくるから、それまで留守番だな。出来そうか?」

 

 俺がそう尋ねると、テーブルに突っ伏したあこは手の平を返すだけの返事をしてきた。大分参っているらしい。

 そんな弱るあこの姿を横目に俺は学校の支度を進めた。

 

「じゃあ、行ってくる。出来るだけ早く帰ってくるからな」

「ゆっくりでいいよ……。行ってらっしゃい……」

「おう。行ってきます」

 

 あこの見送りの言葉を背に、俺は玄関へと向かった。

 正直な事を言えばあこを置いて行きたくない。けれど、蘭に迷惑かけられないし、何より日菜先輩の様子が気になる。だから俺は学校に行かなければならない。

 俺がいない間、どうかあこの容態が悪化しませんようにと神頼みし、俺は学校に向かった。

 

 

 ____

 

 

 

「え、日菜先輩が休み?」

 

 それは俺が羽丘に到着し、教室にて蘭に弁当を届けた後、日菜先輩のいる二年A組に訪れた時の事だった。同じクラスのリサ姉に頼んでこっそり日菜先輩の様子を伺ってみようと思っていたのだが、なんと日菜先輩が学校を欠席していたのだ。

 

「日菜先輩が休んで理由って分かる?リサ姉」

「ん~そこまではちょっと分かんないかな~」

「そうか……。ありがとリサ姉、時間取ってくれて」

「いいよいいよ。見たところなんか拗れてるっぽいし、アタシに出来る事があったらまたなんか言ってよ」

 

 リサ姉はその顔に微笑みを浮かべながら、俺の現状を察して相談役を申し出てくれた。この言葉では表せない包容力がさすがリサ姉。胸の内に広がる安心感が半端ではない。

 

「今度なんかお礼するよ。それじゃ、俺早退するから」

「え、早退?どうしたの」

「あこが頭痛起こしちまってさ。今日は看病に一日を費やす予定」

「……頭痛、か」

 

 俺が事情を説明すると、リサ姉は顎に手を当ててブツブツと何かを呟き始めた。何か気になることでもあるのだろうか。

 

「リサ姉、どうしたの?」

「いや、昨日Roseliaの練習終わりにさ、皆にお父さんから貰ったチョコをあげたんだけど……実はそのチョコ、ウィスキーボンボンで。それがあこの頭痛の原因かなーなんて……」

「……まさか」

 

 思い返してみれば、昨日のあこは何処か頬が赤かった気がする。それに、俺を説教していた時もいつもより行動が大胆だった。

 とどのつまり、昨日のあこは酒入り菓子で酔っ払っていたという事に。そして、その翌日に頭痛を引き起こしたという事は……

 

「二日酔いって事か?」

「多分……」

 

 衝撃。あこは中三にして二日酔いを経験していた。どうやら登らなくても良い大人の階段を登っていたようだ。

 風邪じゃないだけまだマシと考えるべきか、それとも酒入り菓子を渡したリサ姉を注意するべきか……。現在進行形でリサ姉にお世話になっている俺に後者を選ぶ権利はないのだろう。

 

「そうか……。うん、原因が分かって良かったよ」

「あはは……ごめん竜介……。あこの事よろしくね」

「いや、気にしなくていいよ。あこの世話は俺の十八番だからさ。じゃあ、ちょっと二日酔い魔王様の所に行ってくる」

「うん、またね」

 

 苦笑しながら手を振るリサ姉と別れ、俺は担任に早退届けを貰いに行った。

 

 

 その後、担任の教師に早退届けを出し無事帰宅した俺は、テーブルの上で意気消沈してるあこの元へと向かった。

 

「ただいま。調子どうだ?」

「あっ……おかえりりゅう兄……。起きた時より大分楽になったよ……」

「良かった。待ってろ、今しじみの味噌汁作るからな」

 

 戸棚からインスタントのしじみ汁を取り出し、開封口をを開けた後、湯を沸かして中に注ぐ。

 

「なんでしじみの味噌汁……?」

「あこの頭痛の原因、二日酔いっぽいからさ。昨日の放課後なにしてたか思い出せるか?」

「えっと、Roseliaの練習に出て……リサ姉からチョコ貰って、それから……それから……?」

「おぉー物の見事に記憶が飛んでるな」

 

 ここまで上手く記憶が飛ぶものなのかと俺は心の内で感心した。

 

「りゅう兄……昨日のあこ、何してたの?」

「そうだな。夕飯を作って俺出迎えてくれて、それから……ここから先は知らない方が良いかもな」

「えぇー……。りゅう兄に変な事しなかった?」

「変な事、か」

 

 あこに隠し事をした事を説教されて、それにアドバイスを貰って。俺は日菜先輩に告白された事を打ち明けるべきかどうか、しばらくの間黙りこんで考えていた。

 

「りゅう兄?」

 

 しじみ汁の容器をボーっと眺めていたら、あこに心配された目を向けられてしまう。

 

「ああ、悪い。昨日は特に何もなかったぞ。あこが俺にキスしようとして来た事意外は」

「キ──え!?」

「冗談だ」

「び、びっくりさせないでよ……」

 

 キスどころか自白のために身体をイジられそうになったが、さすがにこれは打ち明けない方が良いだろう。それに、中三女子に高一男子が手懐けられたなんて話、みっともなくて聞かせられない。いやまあ、俺の意思はあこが握っている様なものだが。

 

「ほら、出来たぞ。熱いから気をつけてな」

「うん。ありがと……」

 

 出来たてのしじみ汁を冷ましつつチビチビ飲み始めるあこをじっと眺めながら、俺は昨日のあことの事を思い出していた。

 

「……どうしたのりゅう兄。あこの事じっと見て」

「うんや。なんでもない」

 

 もしも、昨日と同じ事をあこに聞いたら、あこはなんて答えるだろうか。今のあこは昨日のあこが言っていた俺とのキスの件を覚えているのだろうか。仮に覚えているなら昨日と同じ答えをしてくるのだろうか。

 色々と考えながら、俺は何となくを装ってあこに尋ねてみた。

 

「なあ、あこ」

「ん、なに?」

「もしさ、あこが燐子にキスされたら、あこはどうする?」

「んー……よく分かんないけど、あこは何もしないと思う」

 

 しじみ汁を飲みながら、あこは何となしに答える。俺がその答えの理由を問うと、あこは俺から目を逸らして答えた。

 

「りんりんは親友だから、キスぐらいじゃ嫌いになれないと思う。そ、それに……初めてのちゅーはりゅう兄にあげてるから、その……あんまり気にしなくても良いって言うか……」

「分かった。あこの言いたい事は十分に分かった。ありがと」

 

 段々と顔が赤くなっていくあこ。そして俺の顔も赤くなっていった。顔が熱い。

 俺とあこがお互いに顔を赤くする事数分。気まずい雰囲気が両者の間に流れる様を肌で感じながら、あこが味噌汁を飲み終えるのを待った。

 

「けふッ……ご馳走様」

「おう、お粗末さま。どうだ?気分は」

「少しよくなった気がする」

「それは良かった」

 

 あこの顔色は朝より断然良くなっていた。九割回復したと見て良さそうだった。

 一先ず、これでこちらの方は落ち着いただろう。後は……日菜先輩の事だけだ。

 

「日菜先輩に見舞いでも持って行くか。あこ、ちょっとスーパー行ってくるからまた留守番頼めるか?」

「あこも行く!」

「ん、そうか」

 

 どうやらあこも付いて来てくれるようだ。心強い。

 

 

 そうして俺はあこを連れてショッピングモールにやって来た。平日の午前中だからか中はやけに空いていて、電気屋もフードコートもスーパーも、休日に比べて客数が半分くらいだった。

 そんなショッピングモールの中をスイスイと進んでいき、目当てのスーパーに辿り着く。いつも通る魚売り場や精肉売り場は飛ばしていき、ゼリーなどがある菓子売り場へ向かった。

 

「取り敢えずみかんゼリーで良いか。あこはお菓子どれにする?」

「これ!」

 

 瞳を輝かせながらあこが手に持って来たのは神羅○象チョコだった。数あるウエハース菓子の中からこの一品を持ってくる辺りにセンスを感じる。

 買い物カゴの中にあこのお菓子と日菜先輩へのお見舞いの品を詰めた後、俺はレジに向かい会計を済ませる。その荷物をサッカー台で詰めていると、向かい側に見覚えのあるエメラルドグリーンの髪が俺の視界に写った。

 

「え、紗夜先輩?」

「え、神楽君?」

 

 まさかの人と鉢合わせをした。

 




1ターンお休み回。竜介君には一度休んで欲しかったので。高一男子に昼ドラドロドロ展開はちょっと重すぎたかなと反省。魔王様とセットで休んで。
そしたらまた今度死地にぶっこむから(無慈悲)。
前回の魔王モード我が魔王はお酒ブーストによるフルバーストが原因でしたと。ファーストキスと初めてのちゅーの言い回しが好き。可愛い。早く結婚して。魔王様ぐう聖。魔王なのに聖とはこれ如何に。聖堕天使だから良いのか(自己解決)


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第45奏 寂しがり屋

やべぇよ日菜ちゃん編に十話も使ってる……。やべぇよやべぇよ。
大体一話三千文字で書いてるから×10して……30000文字?やべぇよやべぇよ。


「神楽君に宇田川さんも、こんな所で何をしているんですか。学校は……」

「紗夜先輩こそ、なんでここに」

 

 紗夜先輩とばったりエンカウントしてしまった。まだ午前中……と言うより、今日は平日。何故ショッピングモールに紗夜先輩がいるのだろうか。

 俺がしばらく考えていると、紗夜先輩がそれを遮るように口を開く。

 

「私は日菜のためにお菓子などを買いに来ただけです」

「ああ、じゃあ俺と同じですか」

「……神楽君は関係ないのでは?」

「それがあるんですよ。てか、日菜先輩が学校を休んだ原因が俺ですから」

 

 学校では風邪の可能性も考えてリサ姉に欠席理由を聞いたが、日菜先輩がリサ姉に何も話してないようだった。なので十中八九俺が原因と言えるだろう。

 

「……日菜に、何かしたんですか?」

 

 スーパーのレジ袋にみかんゼリーを詰めている俺を、紗夜先輩は鋭い氷の目で見てくる。

 

「どちらかと言えばされた側ですが、そうですね……喧嘩……的な物と言いますか、そんな感じです」

「日菜と神楽君が、喧嘩?日菜が家族以外とですか……信じられないわ」

「まあ、喧嘩的な物、ですからね」

 

 痴情のもつれと言った正しいような気がするが、今の俺にとってそんな事はどうでも良かった。肝心なのは、日菜先輩とどうやって仲を戻すかだからだ。

 

「……今日会いに行くのは辞めた方が良いか。紗夜先輩、日菜先輩に『明日会いに行きます』って伝えといてください。あと、これをお願いします」

 

 俺は紗夜先輩にみかんゼリーが入った袋を渡した。

 

「すみません。日菜先輩をお願いします」

「日菜は家族ですので、むしろこちらからお願いしたいと……いえ、分かりました。後は任せてください」

「ありがとうございます」

 

 やはり、傷を負ったら家族に頼るのが一番良いのだろうか。

 紗夜先輩にお見舞いの品を託した後、俺はそんな事を考えながらショッピングモールを出た。

 

「ねえねえ、りゅう兄」

「ん、どうした?」

「りゅう兄は酷い事された訳じゃないんだよね?大丈夫なんだよね?」

 

 ショッピングモール前の、赤色の歩行者信号が変わるのを待っていると、あこがそんな事を尋ねて来た。とても不安そうな目で、あこは強く俺の手を握ってくる。

 

「大丈夫、別に殴られたりとかはしてないよ。急にどうしたんだ?」

「だってりゅう兄、辛そうな顔してるから」

「そうか?……まあ、そうなのかもな。でもどちらかと言うと──」

 

 告白とキスをされて、それに責任を感じた日菜先輩が俺を避けてしまっている。

 俺の中で、その現状が酷くショックで、心の中に穴が空いてしまっているのだ。このどうしようもなく視界が黒ずんでいくような感覚は、去年爺ちゃんが死んだ時の事を思い出させる。

 

「なんか、ちょっと寂しいなって思ってさ」

「……寂しい?」

 

 家族、友人が離れていく感覚はいつになっても慣れない。

 俺は胸の穴に鍵をかけるように深呼吸を一度した後、不思議そうな顔をしているあこの頭を撫でた。あこはあまり満足していない様子だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ──あーあ……ズル休みしちゃったな。

 

 窓もカーテンも締め切った自室で、デスクの小電灯に照らされながら、ベッドに寝そべったあたしはそんな事を思う。

 竜君に告白をして、キスをして、それから避けるように学校を休んだ。学校を休んだあたしを、竜君はどう思うのだろう。

 きっと嫌われてるなと思いながら、あたしはその事実を忘れようとするように頭を左右に振る。今日は一日竜君の事を忘れて、明日しっかり謝ろうと決めたのだ。今はしっかり休まなければいけない。

 

「あたしに出来るかな……」

 

 こんな事今までになかった。やはり、この分からないは怖い。普段なら未知を面白がるのだが、これだけはどうしても怖かった。

 何となく、小学生の時の事を思い出した。簡単な事が出来ないあの人達を不思議がって、それで皆が離れていった時の事。別にあの人達はるんって来なかったら別に良い。けれど、離れる人が竜君になると話が違って来る。こころちゃんや彩ちゃんとも違う面白い人。そして、大切な人。絶対に彼だけはなくしたくない。

 何度も何度も頭の中で、竜君への想いを確かめた。そんな風にして過ごしていると、部屋の入り口からノックをする音が聞こえてくる。どうやらお姉ちゃんが帰ってきたようだった。

 

「日菜、入るわよ」

「うん、いいよー」

 

 あたしが返事をすると、部屋のドアがガチャリと開いた。

 

「具合はどう?一応頼まれた物は全部買ってきたわ」

「うん、ありがとう。……あれ、みかんゼリーなんて頼んだっけ」

 

 ジュースやお菓子の中に、頼んだ覚えのないゼリーが一つ。しかも、それだけ袋が別だった。

 あたしが不思議にゼリーを見つめていると、お姉ちゃんが少し困った顔で言ってきた。

 

「それ、神楽君からよ」

 

 その一言に、自分の身体が固まったのが分かった。

 

「その反応、本当に神楽君と喧嘩したのね。明日ちゃんと仲直りするのよ?」

「うん。まあ、喧嘩とは違うけど……」

 

 どうやら竜君はお姉ちゃんに現状を“喧嘩”と伝えていたようだ。真実を伝えてくれても良かったけど、気を使ってくれたのだろうか。

 

「一応聞くけど、神楽君に何かされたりはしてないわよね?本人は何もしてないって言ってたけど、大丈夫だったの?」

「お姉ちゃんは心配しすぎ。それに何かしちゃったのはあたしの方だから、竜君は悪くないよ」

 

 あたしが勝手に想いを拗らせて、告白で崩壊して、そして口付けをしたのだ。全部が全部、自分が悪い。だから、竜君を責めないで欲しかった。

 

「あたしがね、竜君にキスしちゃったんだ。それで、頭の中こんがらがっちゃってさ」

「……そう」

 

 思い切って打ち明けたあたしの言葉に、お姉ちゃんは数秒置いてから一言返事をするだけだった。お姉ちゃんも竜君が好きな筈なのに、どうして何も言わないのだろう。

 もし、あたしを気遣っての事なら、そんな物捨てて早くぶって欲しかった。

 

「……怒らないの?お姉ちゃん」

「どうして?」

「だって、お姉ちゃんも竜君が好きなのに……」

「ああ、その事ね──」

 

 何と言うべきか、そんな表情でお姉ちゃんは黙り込んだ。

 

「神楽君の事は、もう半分諦めてるわ。それにね、最近はあの人が可愛く見えて来るのよ。不思議なものでね、以前は喉から手が出る程欲しかったのに、今では宇田川さんとの仲を応援してるの」

「そうなんだ。……でも、あたしはお姉ちゃんみたいにはなれないな。あたしは、竜君に傍にいて欲しい。竜君が傍にいなきゃ嫌だ」

 

 あたしはあたしを主張した。お姉ちゃんみたいにはなれないから。ワガママだけど、こうしないとあたしがあたしでいられないから。

 

「日菜は、神楽君に傍にいて欲しいの?」

「うん」

「それは、恋人として?それとも友達としてかしら?」

「そんなの当然──」

 

 当然……その先の言葉が出てこなかった。

 あたしは、竜君にどうして欲しいんだろう。そんな疑問が頭の隅に浮かんで来た。

 

「それで、日菜はどっちなの?」

「……わかんない。なんでか分かんないけど、分かんない」

 

 竜君の事は好きだ。一緒にたくさん思い出を作っていきたいし、誰にも負けない思い出を積み重ねたい。

 その願いは確かだ。確かなのだが、どうしてか、その行動をためらいなく実行出来ない。今は何処かに後ろめたさを感じてしまう。

 

「もしかしたら、神楽君に想いを告げた事で、気持ちに一段落ついたんじゃないかしら?」

「気持ちに……一段落」

「そう。今の日菜には神楽君と宇田川さんがどう見えてるの?」

 

 そう聞かれて、あたしは二人の事を思い起こした。

 とてもお似合いで、付き合い始めても心置きなく祝福出来る。そんな気がした。

 けれど、やはりあたしには彼は必要だった。

 

「……ちょっと良いなって思ったけど、ダメ。あこちゃんだけの竜君になっちゃうのがやだ。あたしにも構ってくれなきゃやだ。あたしの所にもいなきゃやだ」

「日菜は寂しがり屋ね」

「そう、なのかな……?」

 

 仮にそうだとするのならば、あたしは竜君に構って欲しかっただけなのだろうか。

 思い出が欲しいのも、寂しさを紛らわしたかったからなのだろうか。

 もしかしたら、小学校の時に友達がいなかった寂しさのツケが回ってきただけだったのだろうか。

 あたしはしばらく考えてみたが、良く分からなかった。

 

「まあ何にせよ、神楽君とは明日しっかり話し合って来なさい。じゃなきゃ友達にも戻れなくなるわよ?」

「……竜君に嫌われてないかな?」

「あの人はそんな簡単に人を嫌いになれないわ。むしろ、日菜と波長が合うかもしれないわね」

「なんで?」

 

 あたしが尋ねると、お姉ちゃんは可愛い子供を見るような顔で言った。

 

「神楽君も、結構な寂しがり屋だからよ」

 

 それが、お姉ちゃんの答えだった。竜君が寂しがり屋とはどう言う事だろう。彼はどちらかと言えば一人で先を走っていくタイプだと思っていたのだが。

 あたしは再び考え込んだけれど、その答えは出てこなかった。

 そんなあたしに向って、お姉ちゃんが「そう言えば」と口を挟んだ。

 

「神楽君が、明日会いに行くと言ってたわよ」

「えっ……」

 

 あたしのタイミングで行きたかったのだが……どうやら明日は騒がしい一日になりそうだ。




ほとんど登場してないのに魔王様がお強い。これはまた魔王様未登場回を数話作るべきか……。
日菜ちゃん編もうちょっとドロドロするかと思ってたけど、案外可愛い青春劇で収まりそうで良かった。こう言うので良いんだよ。ラブコメの波動を感じる。でも病みヒロイン出したい(手のひらフライ返し)


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第46奏 馬鹿(バカ)天才(バカ)

 花の金曜日。日菜先輩の告白事変から二日経った。今日こそは日菜先輩と話をしようと意気込み、俺は朝から気合を入れる。鏡の前で「しゃぁっ!」と覇声を上げた後、俺はあこと共に朝食を取って学校へ向った。

 

 自教室に着きカバンを机の横に掛けた後、俺は走って二年A組の教室へ。チラリと中を覗くと、日菜先輩と目が合った。ちゃんと学校に来ていた事に対し俺が喜んでいると、日菜先輩がその隙を突いて逃げてしまう。急いで追いかけたが日菜先輩のスペックには敵わず、そのまま逃し一限目を遅刻する羽目になった。

 

 それからも授業終わりの休み時間を狙って猪突猛進の如く突撃を繰り返したが、結果は惨敗。日菜先輩の身体能力と逃走能力の高さには敵わなかった。

 そうして毎時間を無駄にしていく間に昼休みに突入。俺は一度作戦を練るため、突撃は控えボチボチ弁当を食べていた。

 

 ──はてさてどうするべきか。

 

 無様に突進はもうダメだと学んだ。ならば、次は待ち伏せか。

 そんな簡単にいくものかとも思うが、シンプル思考のバカ()にはこれが限界だった。

 仮にこの作戦が上手くいったとして、それからはどうすれば良いだろうか。俺の貧相なボキャブラリでは、日菜先輩と上手く対話出来る気がしない。

 仕方ないので、隣のツンデレボッチ(美竹蘭様)に頼る事にした。

 

「なあ、蘭」

「何?」

 

 お昼の弁当に渡した三色丼をスプーンで食べる蘭がこちらを振り向く。

 

「バカが天才を理解するにはどうすれば良いと思う?」

「バカと天才は紙一重って言うし、一緒にいれば勝手に馴れ合うんじゃない?」

「蘭、お前天才かよ……」

 

 二日掛けて挑んだ方程式の答えが二秒で返って来た。さすが華道の家元。頭の出来が違う。

 

「蘭のおかげで問題が解決したわ。サンキュな。お礼に良い事を教えてしんぜよう」

「何?」

「ほっぺにご飯粒ついてるぞ」

「ッ!」

 

 顔を赤く染めた蘭に肩を殴られた。痛い。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 今までの雨の日が嘘の様に思えて来る快晴の日。だけどあたしの心は灰色の雲で曇っていた。

 また、逃げてしまったのだ。

 昨日は休んで今日頑張ると決めた筈なのに、竜君を前にすると罪悪感と恐怖感で逃げてしまう。午前中はそれの繰り返しだった。

 そんな事をしている内にもう昼休みだ。皮肉な事だが、今日が授業中の退屈を一番凌げていたと思う。

 机の上にお母さんが作ってくれたお弁当を広げ、これからどうしようかと悩みながら中身を食べた。こんなにも悩んでいるというのに、お弁当の味は普通に美味しく感じる。

 

「日菜、一緒に良い?」

「うん。大丈夫だよリサちー」

 

 お弁当片手にやって来たリサちーが向いの席に座り、ニコニコした顔でこちらを見て来る。

 

「それでそれで?今日は朝から忙しそうにしてたけど、竜介と何があったの?」

「べ、別に、リサちーに言うほどの事でもないから、気にしなくて良いよ」

「そんな水臭い事言わずにさ☆ほらほら、言ってみなって」

 

 ずいずい顔を寄せてきて、リサちーはこっちの気も知らずに現状を探ろうとする。

 

「ほんとにリサちーには関係ない事だから、気にしないで」

「そっか……まあ、もうだいたい察しはついてるんだけどね。アタシも竜介に告った人の一人だし」

「え、嘘!?」

「ほんとだよ。竜介がここに入学したのと同時に、ね」

 

 ウインクしながらリサちーが言った。凄い気軽に言ってるけど、それでもその内容の濃さは隠しきれてなかった。

 

「それと、アタシの情報だとこころと燐子も竜介にフラれてるよ。だから、そこまで重く考えなくて言いと思うけどね」

「あたしは、ただ告白した訳じゃないから……復活には時間が掛かりそうかな」

「えぇー何したの日菜は?」

「……きす」

 

 そう答えた瞬間、リサちーからドス黒いオーラが出てきた。それと顔が怖い。目だけ笑っていなかった。

 

「リ、リサちー怖いよ……」

「……あはは、ごめん。驚いちゃってさ。そっか……キスか……それはまだしてなかったな。今度してみよっか」

「そんな軽いノリでしちゃダメだと思うよ……」

「そうかな?あこに勝つにはこれくらいしなきゃいけないと思うけどね」

 

 どうやら、リサちーは本気で勝ちに行こうとしているようだった。本当に、心の奥底から竜君が欲しいと思う気持ちが伝わってくる。寂しい気持ちを誤魔化したかっただけのあたしとは大違いだ。

 

「まあ何にせよ、早く竜介と仲直りしたほうが良いよ」

「それは、そうだけどさー……難しいんだよ、竜君に話しかけるの」

「いつもみたいに感覚でいけば良いじゃん?」

「それが出来たら苦労しないんだよー!」

 

 机の下で足をバタバタさせて、自分の無力さを訴えた。そんなあたしを見て、リサちーはクスりと笑った。

 

「あたし、どうしたら良いんだろう……」

「何もしなくても、竜介が勝手に振りましてくれそうだけどね」

「あたしのペースでいきたい」

「そっか。でも、相手のペースに振り回されるのも偶には良いかもよ?」

 

 リサちーはそう言うけれど、正直な所自分に合わせて欲しいという意見の方が強かった。それに、竜君も竜君なのだ。彼には一人で突っ走る事以外にも、相手の調子に合わせると言う事を覚えて貰いたいと思う。

 ……何故だろう、リサちーからの視線が冷たい。

 

「ま、頑張れ☆」

「他人事だなー……」

 

 応援されたけど、やっぱり上手くいく気がしなかった。

 これは、放課後も部室で作戦会議のルートに進んでしまいそうだ。

 

 

 

 ___

 

 

 

 

 放課後。日の入りも早くなって来ていて、ホームルームが終わったばかりだけど空が赤い。結局、放課後に作戦会議のルートを選んでしまった。

 職員室から部室の鍵を借り部屋に入る。最近片付けたばかりだからか、妙に室内が綺麗だった。

 

「鍵、掛けとかなきゃ」

 

 もしかしたらまた竜君が来るかもしれない。だから、戸締りはしっかりしといた方が良いだろう。

 

「……あたし、何がしたいんだろう」

 

 ふと、今までの事を思い出した。

 結局、竜君に会いにいけなかった事実があたしの胸を締め付ける。彼を避けて休んだのに、今日も避けては昨日の二の舞ではないか。

 やっぱり、あたしはダメダメだ。

 初めて、自分一人だけで壁を乗り越えなくてはいけなくなった現状。小学生の時は解決せずに放置して、お姉ちゃんの時は竜君に助けて貰って、そして今度は……怖がって動けないでいる。とても惨めで、情けない。

 

 昔、お母さんに言われた事がある。「日菜は何でも出来るのね」と。何処をどう見たら、あたしが何でも出来る人に見えたのだろう。大切な友人と満足に仲直りも出来ないのに。

 

 嗚呼……怖い。このまま竜君と仲直り出来ず、学校で会っても他人のフリをされてしまうかもしれない未来が怖い。

 けど、竜君と顔を合わせて、過去の罪に戒められるのも怖い。

 

「やっぱり怖いなぁ……」

 

 どちらの未知()を選んでも、あたしは恐怖心を抱いてしまう。

 結局、あたしは何もしないのだ。こんなに今を責めても、過去を後悔しても、未来を恐怖しても、結局あたしはその場に留まって、嫌な事から耳を塞いで逃げるのだ。

 昨日お姉ちゃんが言っていた通り、彼が会いに来てくれた。その筈なのに、何故向き合わなかった。何故彼に背を向けた?

 どうせ恐怖して逃げるのだ。彼との関係が悪化しない方を選んだ方が懸命だったろうに。

 

 たくさん間違えた。でももう、取り返しは付かないのだろう。

 あれだけ逃げ回ったのに、今は彼が来ない事に寂しさを感じてしまっている。部屋にも心にも鍵を掛けて、閉ざしたのは自分自身の筈なのに。

 なのに、どうして、どうしてこんなにも、

 

「でも、やだよ……」

 

 涙が止まらないのだろう。

 とても寂しくて、悲しいのに、こんなに涙を流しているのに、あたしは鍵を開けようとしないのだろう。

 この期に及んで、彼に迎えに来て欲しいなんて思っちゃいけない筈なのに……あたしは……竜君に酷いことをしたと言うのに……

 

 

「会いたいよ……竜君……」

 

 

 どうして、彼に会いたくて仕方ないのだろう。

 

 もう、きっと、竜君はあたしの事なんて忘れて、幼馴染達と一緒に楽しく下校している筈だ。

 だったら、あたしはこれからどうするべきだろうか。そこそこ仲の良い先輩を演じれば良いのだろうか。

 でも、そんな事をしたら、きっとあたしが持たない。

 

 ──やっぱり、会いたい。竜君に会いたい。

 

 一度言い出したら止まらなくて、後悔しても怖くなっても良いから竜君に会いたいと思った。

 

「竜君ッ!」

「はい、なんでしょうか。日菜先輩」

「……へ?」

 

 涙を堪えて、いざ竜君に会いに行こうと思い振り返ったら竜君がいた。でも、どうして……鍵は掛けたままの筈だったのに。

 

「全く……手間掛けさせてくれましたね。まさか鍵を掛けていたとは。おかげで理事長の所までマスターキー取りに行く羽目になりましたよ。それに何度もノックしたんですよ?何してたんですか」

「……」

「日菜先輩?」

 

 ただ、ただ、シンプルに言葉が出なかった。だって、もう来てくれないと思ってたから。

 

「竜君……なんでここに……」

「なんでってそりゃぁ、日菜先輩に会いたくて。紗夜先輩から聞いてません?今日会いに行きますって」

「い、一応聞いたけど……」

「まあ、今はその事は良いです。それより、日菜先輩に良い知らせが二つあります」

 

 そう言って竜君は指を二本立てた。良い知らせ……とは一体なんだろうか。

 

「一つ目、日菜先輩が俺を理解する方法。見つかりましたよ」

「……え?」

 

 それは本当なのだろうか。今まで竜君を見ても何も理解出来なかったのに。竜君の真似をしても何も見えてこなかったのに。

 

「蘭に聞いたんです。天才がバカを理解するにはどうしたらいいのかって。そしたら、バカと天才は紙一重だから大丈夫って返って来ました。それが答えです」

「でも、竜君と一緒にいても何も分からなかったよ?」

「それは多分、単に一緒にいる時間が足りなかったんだと思います。そこで二つ目です」

 

 あたしが竜君を理解出来なかった理由に半信半疑になっていると、竜君はその間にポケットからプリントらしき紙を一枚取り出しあたしに見せて来た。そこに書いてある文字は──『入部届け』

 

「日菜先輩。俺、天文部に入ります」

 

 二度目の驚愕。あたしは、自分の目を大きく見開いているのが分かった。

 竜君が天文部に来ると言う事は、一緒にいれる時間が増えると言う事。まさか、まさかとは思うが竜君は──

 

「あたしといるためだけに、ここに入ってくれるの?」

「はい。あ、でも嫌なら言ってくださいね。その時はしつこくねちっこく後付けますから」

「それはやめて欲しいかな……」

「冗談です」

 

 軽口を叩いた彼が笑った。釣られてあたしも笑ってしまう。

 そんなあたしを優しい目で見ながら、彼は言った。

 

「日菜先輩、これから一緒にたくさん思い出を作っていきましょう。二人で一緒に、誰にも負けない思い出を作るんです。そしたら、きっと俺の事も怖くなくなりますよ」

「……ぷふっ。なんか告白みたいだね、竜君」

「そうですかね?」

 

 竜君の天然具合を見ていると、自分がクヨクヨ悩んで怖がっていたのがバカらしくなって来た。もしかしたらリサちーやお姉ちゃんの言うように、難しく考えて過ぎていたのかもしれない。結局のところ、あたしも相当なバカなのだろう。

 

「よし!竜君の入部を認めよう!それじゃあ、早速新しい星を探しに行くよ!」

「はい、ついて行きますよ。どこまでも」

 

 あたしは竜君の手を引いて屋上に向った。

 隣り合って、一つしかない天体望遠鏡と星座速見板を共有し、夕日に隠れる一番星を眺めながら一緒に星を見た。

 もう、竜君の事は怖くなかった。とてもるん!ってする。

 





日菜ちゃん編はこれで終了なんだぜ。日菜ちゃんエンド迎えても良いかもしれん。
次は竜介君編かお友達編を二、三話やって、一回あこ編挟んでから山岳行事にしようかなぁ。はてさてどんな風に仕上げようか……。メインヒロイン編だし、やっぱ一回プロット作り直すか。めっさ重い話にしたい。視聴者のライフを削っていきたい。
不器用な日菜ちゃん可愛かった。突然現れて問題解決していく主人公がほんと主人公してる。



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第47奏 竜(女)奏クール(ビューティー)

リュウソウクールって竜奏クールって事なの?だから踊ってたのか。ワッセイワッセイサッサ-


「竜介お願い!女装して!」

「うーんこのお頭悪い感じが何ともひまり」

 

 日菜先輩と無事仲直りを果たし、清々しい気持ちで翌日の土曜日を満喫していたらこの有様である。ひまりに女装を懇願され、俺は動揺を隠せない。

 仮に俺が女装を了承したとして、ひまりはそれからどうするつもりなのだろうか。

 

「お引き取りください」

「お願い!せめて話だけでも良いから!」

 

 ひまりは一生のお願いと言わんばかりに頭を下げ、中々食い下がろうとしなかった。仕方ないので事情を聞いてみる事にする。

 

「まあ、話ぐらいなら……で、なんだ?」

「これを……」

 

 ピラりとひまりが渡して来たのは、駅前にあるスイーツ店のチラシだった。内容を見てみると、期間限定で行われているスイーツバイキングについての情報が。どうやら女性限定で二名以上から注文可能らしい。

 

「……これについて来いと?」

「うん!」

 

 屈託のない笑顔でひまりが頷く。

 

「他の皆は?」

「蘭とつぐは家の用事で、モカはパン屋巡り、巴は竜介も知ってるでしょ?」

「あこと一緒に最近人気のラーメン屋行ってるんだろ?」

「そうそう。そう言う訳で……」

 

 消去法で俺の所に来たと。消去する選択肢の中に俺が入っている事を咎めたいが、今は置いておく事にする。

 

「いやでも、女装はちょっと……。リサ姉とか薫先輩呼ぼうか?」

「当たれる所は全部当たったけどダメだった……」

「マジかよ」

 

 俺は取り出したスマホをポケットにしまい込み、今一度案を出すため頭を捻る。

 

「……そもそも今日行く必要あるのか?」

「今日が期間最終日」

「お前……」

「だってだって!気付いたら日にち経ってたんだもん!」

 

 絨毯の上をゴロゴロ転がりながら、ひまりが駄々っ子のように叫んだ。蘭とはまた別の幼児退行だった。

 

「いーきーたーいー!」

「俺を女装させて行く必要があるのか?それに、体重は?」

「ダイエット頑張ったご褒美に……」

「真っ先にリバウンドしにくのやめろ」

 

 これ以上ひまりのナイスバディに磨きをかけてどうするつもりなのかは知らないが、そろそろダイエットやめても良いんじゃないかと言うのが素直な俺の意見だったりもする。

 

「はあ……分かったよ。今日だけだからな?」

「ほんと!?」

「ちょっと準備するから待ってろ」

 

 自分の部屋のクローゼットの中から演劇部時代の女衣装やウィッグを取り出し、街中でも目立たない物を選ぶ。

 洗面所で適当に化粧水やらファンデーションやらアイシャドウやらでメイクをした後、仕上げに香水を一吹きし準備を整えた。

 鏡の前には黒髪ロングのボーイッシュなクールビューティーが写っている。

 

「こんなもんで良いだろ」

「なんでそんな手際良いの?」

「演劇部の名残みたいな物だ。メイク技術はリサ姉から。……てかあれだな、女装しても声がダメだったな」

 

 見た目がいくら良かろうとも、声でバレては意味がない。

 仕方がなかったので、この間黒服さんから貰った小型変声機を使う事にした。頬内側に貼るタイプで、これ一つで低音高音萌ぼイケボ何でもござれの優れ物だ。

 

「あーあー、これでどうだ?」

 

 試しに声を出して見ると、薫先輩の様な声が出て来た。さすが弦巻製。技術力が違う。

 

「バッチリ女の子……と言うか大人の女性。なんでそんなにスタイル良いの?」

「伊達にオンナ男はやってないって事だ」

 

 小学生の時のあだ名がこれ。声変わり前だった昔は本当に女の子みたいだった。他校の男から告られたのは良い思い出。

 

「それじゃ、行くか。あ、駅前行くんだったら帰りに寄り道して良いか?」

「全然良いよー。何買うの?」

「さっきので化粧水切れたから補充に」

「……竜介って男だよね?」

 

 ひまりの怪しむ視線を他所に、俺は自作した高級ブランドモチーフのパチモンバッグを肩に玄関を抜けた。

 

 

 ____

 

 

 

 家を出て数分。現在はバスの中でスマホをいじっている。組み合わせたパズルがピコンピコンと消えていきコンボが繋がるのを横目に、俺は降り掛かる視線に耐えていた。

 

「なあ、ひまり。なんか至る所から視線を感じるんだけど。香水がキツかったか?」

「多分、巴とかと同じだと思う」

「つまり?」

「女受けが良い」

 

 要約すると、今の俺は女の子からモテモテ状態らしい。男時よりモテるとはこれ如何に。

 

「バスの中はキツイな。次で下りて良いか?」

「まあ、しょうがないね」

 

 ひまりとヒソヒソ声で決めた後、バスから下りて徒歩で駅前を目指す事にした。

 

 

 それからまた数分、もうすぐ目的地という所で、俺とひまりは足止めをくらっていた。

 

「あ、あの!一緒に写真撮って貰っても良いですか?」

「良いっすよー……」

 

 神楽竜介十六歳。悲しい事にモテ期入りました。どうやら俺は生まれてくる性別を間違えたらしい。駅前からここに至るまでに、十数人の女の子から写真撮影をお願いされた事が全てを物語っている。

 

「はいチーズ」

 

 パシャリと、もう何度も見たピンクのケースに入ったスマホで写真を撮る。最近の流行りなのだろうか。

 写真を撮ってスマホを持ち主に返却した後、俺は足速に目的のスイーツ店まで向かった。もうこれ以上足止めを食らうのはごめんだ。

 

 店に入り、オシャレな店内を一望した後、店員が持ってきたメニューの中から目的のスイーツバイキングを注文。運命のジャッジメントタイム(注文確認)を無事通過と言う形で乗り切り、俺は安堵の息を吐いた。

 

「いやー割と何とかなるもんだな。このヒヤヒヤする感じ、ちょっと癖になりそう」

「また今度試す?」

「いや、バレた時が怖いからやめとく。お縄されたくない」

 

 女性限定の所に男が来るなど言語道断。オカマなら店に寄ってはセーフかもすれないが、生憎俺はノーマルだ。男だとバレた瞬間詐欺の類いでピーポーセイバーだろう。

 

「一応言っとくけど、俺達がやってる事って軽犯罪だからな?そこは忘れるなよ」

「……そっか」

 

 ひまりが一気にシュンと落ち込んだ。一応弁える所はしっかりしてくれているようだ。

 

「さて、面倒臭い話はここら辺にして、さっさとバイキングしてこい。時間制限あるんだしさ」

「わ、分かった」

 

 しょぼくれていたひまりが、ほんの少し顔に明るみを戻してケーキと体重を盛りに行った。

 それと同時に、俺が頼んだティラミスのセットがやって来る。俺はスマホをいじりながら午後のティータイムを楽しんだ。

 ふと、店内を見渡してみると、店の入口で見覚えのある黒髪ロングを見つけた。そして目が合った。

 相手はスマホを構えパシャリと写真を撮った後、逃げるように退店していく。

 

「……バレてない、よな?」

 

 恐る恐る燐子のLINEを見てみたが、特にメッセージは送らていない。バレてないと見て良さそうだ。

 

「危なかった……」

「どうしたの竜介?」

「いんや、何でもない。それより、その量全部食べるのか?」

「もちろん!」

 

 ひまりが持ってきた大皿の上に乗せられているのは、ショートケーキ、ショコラケーキ、モンブラン、チーズケーキなどなど。モカにパンの如く、ひまりはこのケーキを完食するつもりらしい。

 

「竜介も食べる?」

「いやいい。それと、今の俺を本名で呼ぶのはやめよう。知り合いに出会った時が怖い。そうだな……名前は神山タツミとかにでもしておくか」

「一人称も変えといたら?女の子が俺じゃ違和感あるよ?」

「なるほど。……じゃあ、リサ姉リスペクトしてアタシで」

 

 ひまりのケーキが減るのと同時に、神山タツミの人物像が出来上がって行く。

 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。そんな美しき罪を背負ったクールビューティーが今ここに生誕してしまった。儚い。

 

「まああれよね、アタシの演劇部の経験を活かす時が来たって事よ。……どう?似合ってる?」

「バッチリ」

 

 俺の心に誰にも負けない絶対的な余裕が生まれた。もう怖い物は何もない。

 

「じゃ、タツミちゃん会議はここら辺にして。この後どうする?俺は化粧水買ったら用事ないけど」

「あ、それじゃあ服買いに行きたい!秋物の新しいやつが欲しいんだ」

「了解。服屋ね」

 

 今後の予定も決まったひまりは、この後着々と体重を増やして行った。リバウンドを気にせず食す辺りに従来のJK味を感じる。

 ケーキのピラミッドが早々となくなっていく様は、見ていて爽快だった。

 

 

 ___

 

 

 

「うわー!この娘から竜君の匂いがする!」

 

 午後三時。ショッピングモール内服屋にて日菜先輩と遭遇。周囲のテレビカメラの様子から、服屋で格付けチェック系番組の撮影をしていた事が伺える。

 正直な事を言えば一番出会いたくなかった。何となくで正体を暴かれそうだから。

 

「ひまりちゃん、この娘どうしたの?」

「えっとー……何と言いますか、親戚の子?」

「へぇー!」

 

 抱きつきながら俺の頭を撫で回す日菜先輩に、ひまりがバレそうでバレないギリギリのラインを攻めた演技で俺を説明する。ひまりに演技は難しかっただろうか。それとウィッグが外れそうだから日菜先輩は撫でるのをやめて欲しい。

 

「うーん、それにしても……見事に竜君と匂いが一緒だねー。何だろ、竜君の家にある香水の匂いがする」

 

 この先輩怖い。他人の家(ひとんち)の香水の香りを覚えているなんて。

 

「そ、そうですか……。でも、アタシはそんな人知りませんよ?と言うか、貴方パスパレの氷川日菜ですよね?良いんですか?アイドルが何処の馬の骨かも分からない男と一緒にいて」

 

 日菜先輩の距離の近さに、思わずキツめな発言をしてしまう。その瞬間、日菜先輩の目つきが変わった。

 

「……今のは聞き捨てならないなー。竜君はねー凄いんだよ。優しくて、料理が出来て、あたしの好きな事について来てくれて、誰よりも真っ直ぐで、どんな人よりもるんって来るんだから」

「は、はぁ……なるほど。良い人なんですね」

「うんうん。分かって貰えて何よりだよー。もう人の悪口は言ったらダメだからね?」

「分かりました」

 

 日菜先輩は俺の目をジッと見ながらそう注意をしてきた。まあ、今“神楽竜介”を否定したのは神楽竜介(俺自身)だから、ただの自虐にしかなっていないのだが。

 日菜先輩の優しさに、俺はほんの少しだけ正体をバラしたくなった。

 

「じゃ、あたしそろそろ行くね。あ、名前聞いてなかった!」

「……神山タツミ、です」

「タツミちゃんだね。よし、覚えた。それじゃ、ばいばい!ひまりちゃんもね」

「は、はい!また今度」

 

 日菜先輩は満足いった顔をしながら、エスカレーターに乗って去って行った。

 完全に日菜先輩の顔が見えなくなった後、俺達は安堵の息を吐く。

 

「……意外とバレなかったな」

「だね……」

 

 まさか匂いで正体を見破られそうになるとは。でも結局バレなかった。日菜先輩を騙し通せたならば、もう騙せない人はいないだろう。完全勝利女装先輩UCである。

 

「さてと、それじゃあ服探しとしゃれこみますか。ひまりにはどんな服が似合うかな〜」

「ふっふ〜ん、私に似合う服を探すのは難しいよ〜」

「胸デカいからな」

「失礼な!?」

 

 男と女がする会話ではないだろうけど、俺に言わせて貰えば好きでもない女の乳など、それこそ脂肪と変わらないと言うもの。それと俺は貧乳派だ。

 

「竜介も男の子なんだしさー、もうちょっとそれっぽい反応してくれても良いじゃん?」

「揉めばいいのか?」

「そうじゃなくて!こう……ドギマギして欲しいって言うか、乙女のプライド的なアレを……」

 

 俺は知っている。これでそれっぽい反応を返したら、「スケベ!」と言われてぶたれる事を。普通の女の子面倒臭い。やはり我が魔王が最強なのだ。

 頭の中でひまりを意識すると言うアナザーワールドを想像しながら、ひまりに似合いそうな服を探した。

 

「うーん……ひまりは特に胸がデカいからなー……上下一対は妊婦みたいになるし、あんまゆとりがないと服がよれるし……。お前ほんと面倒臭い身体してるな」

「巨乳の悩みを理解してくれた初めての人が男なのやだなー……」

 

 持つ者は持たぬ者からの嫉妬を買うと言うが……なるほど、あのメンバーなら相談も出来ないだろう。蘭とつぐみ辺りから首を絞められそうだ。

 

「どうする?紺のレーヨンブラウスで大人っぽくするか、ロングカーディガンとなにか合わせるか、サッシュベルトとワンピース合わせるか?秋物だったらここら辺だけど。あーでも、ひまりは花柄スカートとかも似合いそうだなー……」

「この人そこら辺の女より女してるなー……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 なにか、当事者が外野にいると言う非常事態が起こってる気がする。一度服から視線を外すと、ひまりが微笑ましくこちらを見ているのが分かった。

 

「ひまり?そんな離れてなにしてんだ?取り敢えず、白のカーディガンとベルト巻いたワンピースで攻めてみようと思うんだけど」

「あーうん……。普段しないし良いと思うよ……うん……」

 

 俺が服を何着か持って見せてみるが、ひまりの反応はいまいちパッとしないものだった。具合が悪いのか、服が趣味に合わなかったか。

 

「ひまり、大丈夫?立ちっぱなしで疲れちゃった?」

「あーうん。ちょっと女子力の壁を痛感したというか。と言うか竜介、話し方とか仕草がほんとに女の子っぽくなってるよ?」

「元演劇部員だからね」

「それ関係ある?」

 

 ひまりは疑っているが、演劇部をなめてはいけない。薫先輩が男装をするように、俺も女装をするのだ。生半可な演技では観客を騙せない。正に修羅。

 

「で、結局どうする?買う?買わない?」

「買う!」

 

 あーだこーだ言っても、結局は気に入っていたようだ。心は正直が一番。

 お店のレジで会計をした後、俺とひまりは服屋を後にした。

 

「さてと、今何時だ?」

「今は……六時前だね」

「結構長居したな」

 

 服屋に二時間半以上居座っていたようだ。これで女の子の買い物は長いと言う事が無事証明された。

 

「竜介は時間良いの?」

「んー、あこが夕飯は良いって言ってたし、一応大丈夫だ。ひまりは?」

「私はそろそろ行かなきゃかなー。お母さんにご飯前に帰るって言っちゃったし」

「じゃあ、ここら辺でお開きだな。送ってくよ」

 

 もう日が暮れるのも早くなったのだ。ひまり一人で帰るのは危ないだろう。

 

「じゃ、行くか」

「うん」

 

 一番星が光るのを見ながら、俺とひまりは帰路に着いた。途中何度か知り合いにあったが、一度も気付かれなかった。今更だが悲しみが凄い。

 

 

 ____

 

 

 

 ひまりを送り届け、化粧水を買った後、あこが帰って来ないうちにと自分の家へ向けて俺はテクテク歩いていた。

 

「あれ、りゅう兄?」

 

 だが、ここで緊急事態が発生。

 

「……え、えっと、どちら様で?」

「どちら様って、あこだよ?暗くてよく見えてないの?」

 

 何とか白を切り通したい俺の思惑を他所に、あこがトテトテと俺の隣まで駆け寄って来る。何故警戒心を抱かないのだろうか。今の俺は日菜先輩をも騙した完全な女性の姿になっていると言うのに。

 

「……りゅう兄、なんで女の子の格好してるの?それと、声どうしたの?」

「りゅ、りゅう兄?人違いじゃ……」

 

 おかしい。何故あこは俺を俺だと信じて疑わないのだろう。恥ずかしいから早くあこから離れたいのだが。

 俺が気まずさを抱えながら逃げる隙を伺っていると、あこが不意にスマホを取り出した。手馴れた操作で何をしているのかと思ったのも束の間、突然俺のスマホが鳴った。

 

「ほら、やっぱりりゅう兄じゃん」

「ぐ、偶然だと思うよ?」

「……じゃあ、出てみてよ」

「うっ……」

 

 あこのジト目が俺を襲う。もう観念するしかなさそうだった。

 

「はぁ、降参だ……。バレたくなかったんだけどなー……」

「なんで女装してたの?」

「ひまりのお願いでな。女性限定のケーキバイキングに付き合ってたんだ」

「……ひーちゃんとデートしてたってこと?」

 

 あこが怪しんだ顔で俺を見た。女装して女の子とデートなど、緊急家族会議案件ではないか。

 

「デートなんて大層な物じゃないよ。ケーキ食って、服屋行っただけだ」

「それってデートじゃ……」

「それより、あここそなんで俺だって分かったんだ?誰も気づかなかったんだぞ?」

 

 正直、それが一番気になる。どこをどう見て俺だと気付いたのだろうか。

 あこは首を捻って、自分でもよく分かっていない様子で答えた。

 

「うーん……なんでって、言われても……毎日見てるから?」

「そんな見てるのか?」

「うん。結構見てるよー。りゅう兄が体育の時とか校庭から見えるし、廊下ですれ違った時とか、外でたまたま見掛けた時とかも、気づかないうちに目で追ってるんだー」

「へー。面白いのか?」

 

 俺が尋ねると、あこは更に首を傾げた。どうやら本人にも理解出来てない行動らしい。

 

「あこにもよく分かんない」

「そうか。まあ、そう言う事もあるさ」

「うん」

 

 不思議な現象も起こる物だなと、俺はしみじみと思った。

 今日一日、正体を知っているひまり意外誰にも気付かれずにやってこれたのに、何故あこだけが俺の正体を見抜けたのだろう。魔王パワーか、それとも邪眼か。

 答えは分からない。取り敢えず分かったのは、我が魔王様に変装は通じないという事だけだった。

 




途中挿絵は『女友達に女服を語る主人公(男)(女装)』通称タツミちゃん。SDキャラで失礼。僕にはこれが限界だった。

ニート生活が暇過ぎて死にそう。てか死にたい……。でも抑うつ患者に労働は辛いんじゃ……。YouTuberにでもなれば良いのかしら。お薬飲まなきゃ。


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第48奏 恋心





 俺のタツミちゃん事件の翌日。

 

「りゅっ君、お願い……!女装して……!」

「その後ナニする気だ?どうせ襲うんだろ?襲うんでしょ?エロ同人みたいに……エロ同人みたいに!」

 

 緊急事態だと燐子によって白金家まで呼び出され、何かと思えばこの体たらく。……燐子の家にのこのこやって来た俺も俺か。

 

「そ、そうじゃなくて……。えっと、これ見て欲しいな……」

「えっと、なんだ?」

 

 燐子が見せて来たスマホの写真には、女装した俺の姿が写っていた。

 

「……この女の人がどうしたんだ?」

「一目惚れ、しました……」

「フー……」

 

 年頃の乙女の様に恥じらいながら、燐子が事情を打ち明ける。燐子は物の見事に地雷を踏み抜いていた。

 正体を明かすべきか、スマホの中のアイドルとして夢を見させたままにしておくか。中々判断が難しい。

 

「それで、この人と俺の女装に何の関係が?」

「その……目元は全然違うけど、輪郭とか身長とか鎖骨周りとかが、ほとんどりゅっ君で……」

「鎖骨周り」

「りゅっ君の鎖骨って、えr……綺麗だよね……」

 

 今エロいって言おうとしなかっただろうか。

 

「……まあ、いいや。それで?俺をそいつそっくりにさせて何する気だ?」

「軽く触ってみたり、抱きしめてみたり、あとは……う〜ん……」

「迷う程あるのか?」

「ギリギリのラインを攻めようと思ってて……」

 

 ギリギリのライン。頬にキスとか、軽く手を繋いだりだろうか。どうやら燐子も遠慮と言う物を覚えたらしい。

 

「パートナー申請、しなくちゃ……」

「……ん?」

「キスは……ダメで……。あとは……挿れなければセーフって言うし、お風呂と添い寝は大丈夫だとして……」

 

 まさか燐子は、女装した俺を別人格として扱い、お口には出せない様なあんな事やそんな事をするつもりなのだろうか。お風呂に添い寝……そう言えば俺が燐子をフッた後の最後のお願いで、そんな事を頼んで来た気がする。燐子なりの愛情表現なのだろうか。

 

「やっぱり、キス……したいなぁ……」

「燐子?やるとしても軽いボディータッチだけだからな?」

「えー……」

「いや、えー……じゃなくて」

 

 燐子は不満げな顔をしていた。

 

「てかさ、俺を女装させる暇があるなら、その写真の人を探す事に時間使えよ」

「うっ……正論……」

「ま、頑張れよ」

 

 写真の人は女装した俺なので、絶対見つからないだろうけど、燐子には頑張って欲しい。

 俺は燐子を応援しながら、スマホをいじる彼女を眺めていた。

 

「燐子、何してんだ?」

「あこちゃんに、写真送ってる……」

「……。ちょっと用事思い出したから俺帰るわ」

「うん……。ばいば──待ってりゅっ君」

 

 ギルティータイム。珍しくハッキリ言葉を発した燐子を前に、俺はゆっくりと座った。座り方は正座だった。

 

「燐子の言いたい事は分かる。ただ一つ言わせてくれ。女装した姿なんて、普通見られたくないだろ?」

「そうだけど……。それで天下の往来を、我が物顔で歩いたりゅっ君には、発言権ないと思う……」

「うっ……正論……」

 

 燐子と出会って一年弱。初めて燐子が主導権を握った。それだけ長くいられた事に喜びを覚えるが、今は場違いだろう。どうすれば二度目の失恋で傷心した燐子を慰められるだろうか。

 

「……俺は何をすれば良い?」

「じゃあ、あこちゃんを下さい……」

「それは……ちょっと俺だけじゃ決められないなー、と……」

 

 人身売買……とは違うのかもしれない。だが、俺の身を差し出すと言う意味では合ってるのかもしれない。さよなら、俺の貞操。

 

「俺の身体を差し出すので、どうかそれでお許しを……」

「……りゅっ君の、身体……。心は……?」

「それはちょっと……」

 

 いきなりあこから燐子へのシフトチェンジは難しい。だが、時間を掛けてならば……もしかすれば行けるかもしれない。

 

「ま、まあ……すぐには無理だけど、なるべく早めに──」

「りんりん見て見て!PC用ゲームコントローラー買ったよ!」

「あ、あこちゃん……!?ど、どうしてここに……」

 

 俺が決意表明をしている最中にあこが乱入してきた。燐子が呼んだのかとも思ったが、そうではないらしい。

 それと、燐子が異様に焦っているがどうしたのだろうか。

 

「あれ、りゅう兄も遊びに来てたの?」

「いや、俺は燐子に呼ばれてだ。それとあこ、友人の家に来る時はしっかり連絡入れなきゃダメだぞ?」

「二へへ……スマホ忘れちゃって……」

「携帯を携帯し忘れたと」

 

 あこがスマホを忘れるとは珍しい。前はアプリ版NFOをやるために常備していたのに。

 

「……ん?」

 

 少し待って欲しい。俺の中に謎の違和感が生まれ始めた。

 

「なあ、あこ。あこが持ってるそのコントローラー、何処で買った?」

「え、ショッピングモールのゲーム屋さん」

「じゃあ、あこはさっきまでショッピングモールにいたって事だよな」

「うん。それがどうかしたの?」

 

 つまり、スマホを忘れたあこが先程までショッピングモールにいたから、当然そこはスマホを見れない環境で……でも、燐子があこに写真を送って、それで俺の正体がバレて……。

 おかしい。何かが引っかかる。

 

「あこ、燐子が送った写真見せてくれないか?」

「え、りんりんあこに写真送ったの?どうしよう……今見れない……」

「あ、あこちゃん……今はりゅっ君と、大事な話をしてるから、その……」

 

 燐子が慌てた様子であこを退室させようとする。その様は、汚職がバレた政治家だった。

 

 ……あこが俺の正体をバラした訳ではなくて、と言うかそもそも写真自体見てなくて。でも燐子はあこから俺の正体を知り、傷心から俺とあこのどちらかをゲットしかけている。

 何とも、燐子に都合の良い展開だ。

 

「……そう言う事か。最初から俺だって気づいてたんだな」

「うっ……」

「ふえ?何の話?」

「あこには関係──なくはないか」

 

 真相に辿り着いた俺を見て、燐子が冷や汗を垂らした。あこは現状を理解していない。

 結局、俺が何を言いたかったのかと言うと、全部燐子は知っていたと言うことだ。俺の正体も昨日の時点で気づいていたのだろう。そして、俺の弱みを掴むためにタツミに惚れたフリをし、無事に俺を脅す餌をゲットした。なんて計画的で計算高い事だろうか。あこが来なかったら無事騙されていた。

 

「なあ燐子、そこまでして俺を手中に収める意味って、あるのか?」

「だって……そう簡単に諦め切れる物じゃなくて……だから……」

 

 俺が問いただすと、燐子は火曜サスペンスの犯人の様に泣きながら弁明を申し上げた。動機はやはり諦めのつかない恋心からだった。まあ、燐子の事だからそこまで酷い理由ではないと踏んでいたが。

 

「俺も落ち度があったし怒るつもりもない。だから、次は正面突破で来い。良いな?」

「はい……」

 

 燐子は反省したように頷く。

 

「よし、じゃあこの話は終わり。そんで、俺は帰る。じゃあな」

「あ、うん……。またね」

「おう、またな」

 

 燐子のアフターケアはあこに任せ、俺は帰る事にした。次来る時には普通の友達として接したいなと思う。どうか今はあこの癒しパワーで回復して欲しい。

 

 

 ___

 

 

 

 竜介が帰宅した後、燐子はゲームを楽しむあこの姿を眺めながら、今日失敗した計画の一人反省会を行っていた。

 本来のシナリオ通りならば、竜介が女装した事を隠すために嘘をつき、それにより燐子が傷心した後、そこから責任追及で彼かあこをゲットする筈だった。

 もちろん、竜介とあこを騙す事に後ろめたさは感じていた。しかし、それで燐子の恋心を抑えられるかと聞かれれば、首を横に振らざるを得ない。

 

「りんりん、このコントローラーすごいよ!スマホでも使える!」

「それは、凄いね……」

 

 昨日から企てていた計画をぶっ壊してくれた張本人は、先程ショッピングモールで買って来たコントローラーを燐子のスマホで試用してはしゃいでいた。

 数々の女の子が、有用性、素直な恋心、ステータス確保などから彼を狙っていると言うのに、相変わらず彼女はお気楽だ。

 

「ねえ、あこちゃん……」

「ん?どうしたの?」

「あこちゃんは、りゅっ君の事、好き……?」

「うん。昔からずっと大好きだよ!」

 

 燐子に向けて、あこは軽快に笑って言った。その笑顔は、かつて燐子が惚れた物だった。

 あこの言う“好き”。それはきっと、幼馴染としてだろう。あくまで、“長年竜介の隣を歩いて来たあこ”としての好き。燐子の求めていた答えではない。

 

「じゃあ、もしりゅっ君が、恋人を連れて来たら、あこちゃんはどうする……?」

「りゅう兄に……恋人……?」

 

 あこは空想世界で竜介の恋人を想像する。竜介が何処の誰かも知らない人の頭を、嬉しそうに撫でる姿を思い浮かべた。

 

「……りゅう兄はお婿に行かせない」

「あ、うん……。ちょっと期待してた答えと、違ったかな……。まあ、今はいっか……」

 

 またまた欲しい答えとは違う物が返って来たが、燐子は諦めた。まだ、その時ではないのだろうと燐子は待つ覚悟を決める。

 あこがピコピコとゲームする姿を眺めながら、燐子はあこが恋心に目覚める姿を想像した。

 

「もしかしたら、りゅっ君があこちゃんの事、恋人にしてくれるかもしれないね……」

「りゅ、りゅう兄はあこの事そんな目で見てないよー……」

 

 相変わらず、あこは鈍感だ。でも、何処か嬉しそうだった。

 燐子はあこの成長を感じながら、PCからNFOを起動した。




りんりんは鎖骨で人を見抜く変態。でもあこは暗闇の中で女装主人公を見つけてたからあこの方が強い。つまり魔王が最強。
明日ローソンであこちゃん回収しに行く。残ってると良いなー……。


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第49奏 ぶっちゃけ事情in奥沢家

ローソンで我が魔王をお迎え致しました。可愛い。


 燐子の家から出て数分。素直に帰るにしてはまだ少し早いのではないかと思い、俺は美咲の家にやって来てた。羊毛フェルトの道具を貸して貰い、何度も針で羊毛を刺す。そうして段々羊毛が固まって来た頃、美咲が何となしに聞いて来た。

 

「竜介ってさ、生理用品どうしてるの?」

「俺は男だ」

 

 いくら俺が女よりの顔立ちだからと言って、身体の機能まで女の子にするのはあんまりじゃないかと俺は美咲に目で訴える。

 

「あー、ごめん……。竜介ってさ、あこの生理用品どうしてるのかなって」

「お前……さすがにモラルとかデリカシーの無さとかを疑うぞ……」

「いやーずっと気になっちゃってさー。夜も八時間しか寝れなくて……」

「十分じゃねえか」

 

 自分不眠極めてます顔で美咲は語るが、睡眠時間は快調そのものだった。

 美咲のキャラがブレッブレだが、疲れているのだろうか。それとも本当に寝不足なのか。

 いつもの二倍の速度で羊毛に針を指す美咲を見ながら、俺は彼女の体調を探った。

 

「それで実際のとこはどうなの?」

「あ、続けるのね……。まあ、言うとすれば、俺は何も知らん。そこら辺はあこにお金渡して任せてるから」

「へえ。毎月いくら渡してるの?」

「えっと、一万円くらいかなー」

 

 俺がそう言うと、美咲が大きく目を見開いた。

 

「渡しすぎじゃない?あたし使っても七百円とかだよ?」

「でも、女の人は化粧とかするだろ。それで飛んでってるんじゃないのか」

「え、あこって化粧するの?」

「……そう言えばしないな」

 

 朝起きて顔を洗い、その直後には牛乳で髭を付ける。そしてそのまま学校に行こうとするのがあこだ。この雑な男らしさは巴に似た物を感じる。

 

「ドラムのメンテ代とかは親が出してくれている筈だし……後はゲーム代か」

「ゲーム代に毎月だいたい九千五百円飛ばしてるの?嘘でしょ……」

「まあ俺のバイト代から出してるし、仕送りに手は出してないからセーフって事で」

「いやいやいや。そう言う事じゃないでしょ」

 

 美咲が大袈裟に顔の前で手を振りながら、事の異常性を俺に訴え掛けて来る。

 

「自分が稼いだお金を勝手に使われてるって事でしょ?悪女じゃん」

「でも使い道は自由で良いって言ってあるし。何も問題はない」

「いやー……それにしても一万はやり過ぎでしょ……」

「うるさいなー。ひとんちの家庭事情なんだから別に良いだろ」

 

 俺は言うが、その後美咲にあこは娘でもなければ家族でもないでしょと論破されてしまった。もう放っておいて欲しい。今の時代貢ぎでもしないと、意中の子にアピールも出来ないのだ。それとこの世は顔か金。

 それからも美咲は俺にゴタゴタ言ってきたが、可愛いは正義理論で黙らせておいた。

 

「俺が幸せならそれで良いだろ。あこに尽くすのが俺の幸せなんだし」

「あんた、もう少し自分に興味持ちなよ……。相手に依存しすぎると、日常生活もまともに過ごせなくなるよ?」

「大丈夫大丈夫。せいぜい三食カップラーメン生活になるくらいだから」

「あー、もう手遅れだったかー……」

 

 俺を見ながら美咲が頭を抱えた。なんて失礼なのだろうか。

 

「仕方ないだろ。自分に向けて料理すると失敗するんだから」

「あんたのその変な短所何なの……。相手に依存し過ぎでしょ」

「昔は違ったんだぞ?」

「今がダメなら意味ないでしょ」

 

 本当に昔は大丈夫だったのだ。だけど今は、料理が終わる頃には手が血だらけになってしまう。不思議も不思議、摩訶不思議である。早くこの症状を治したい。

 

「てかさー、そこまで依存してるんだったら、もうあこと付き合いっちゃいなよ」

「そうは言うけどさ、最近やっと思春期に入ったかなって具合なんだよ。それと、あこが鈍感過ぎる」

「なんか想像つく」

 

 明日香が言っていた嫌いな人の家になんか泊まらない理論と同じ様に、俺も嫌いな人は家に泊めない理論を持っているのだ。そこを察して気付いて欲しい。あの鈍感さんめ。でもそこがまた可愛い(末期)

 

「まあ、竜介は竜介で鈍感だけどね」

「否定したいけど前科があるから否定出来ない。もう心がボロボロなの……」

 

 リサ姉に明日香、こころに日菜先輩。そして燐子。年上年下同い年、全ジャンル見事にコンプリートしている。心が痛い。

 

「俺はさ、皆が幸せならそれで良いって生きてきたのよ。好かれようと頑張ってたんじゃないの。なのになんで他の女の子に好かれてるんだ?いや嬉しいけどさ。もうちょっとこう……皆警戒しなきゃいけないと思うの。俺ってそんな無害に見える?実は俺って自分を男だと思ってる女だったり──」

「大丈夫。竜介は男だよ。だから自分に自信持って」

「だよな。俺って男だよな」

 

 想い人が厨二病でバンドマンのイケメンさんなので、実は俺が女の子なのではと疑心が芽生えたが、俺はしっかり男だったようだ。もう確認しないと自分の性別も分からないとか言う悲しみの深み。

 

「て言うかあれだわ、こう言っちゃあれだけど、俺結構モテてたわ。今でも月一ぐらいで告られてる」

「え、嘘」

「まあそのほとんどが告白ゲーム的な奴だったり、周りに自慢するためのステータス欲しさからだったりだけど」

「あー……」

 

 告白ゲームダメ絶対。純情男子の俺には結構効く。

 

「あれは告白にカウントしない事にしてる」

「懸命な判断だと思うよ」

「なんであんな非人道的な事が出来るんだろうな」

「申し訳ないけど、ちょっとだけ皆の気持ちは分かる」

 

 美咲が裏切った。親友だと思っていたのに。

 俺は傷心の感覚を胸に、美咲を睨んだ。

 

「いやだって仕方ないじゃん。さっきのお小遣いの話の時も竜介の事欲しいって思ったし」

「お金目的かよ」

 

 正直にぶっちゃけた美咲の心象は、お金だった。こころにでも頼めば良いでは無いかとなげやりに俺は思う。

 しかし美咲は意見を改める素振りもなく、ただ諭す様に「竜介」と俺の名を呼んだ。

 

「なんだよ美咲。言っとくけど今お前に対しての好感度が最底辺ぶっちぎってるからな」

「それでも良いから聞いて」

 

 美咲は何を言おうとしているのだろうか。何を言われても好感度が戻る事は無さそうだが。

 

「例えば……そうだね、鬣がないオスライオンがいたとするよ。そのオスライオンが、メスを惹きつけるにはどうすれば良いと思う?」

「……頑張って餌を取る?」

「そう。それしかない。けどさ、もし立派な鬣があって、尚且つ餌も取れるオスがいたら、メスはどうすると思う?」

「……」

 

 美咲の言いたい事は分かった。つまり、鬣は顔立ち、餌は金。先程俺が言った世の中金か顔の話に結び付く。そして、その両方を持った俺は、異性を惹きつける宿命を背負っていると言うのが美咲の伝えたい事なのだろう。

 

「悲しい事に、あんたは鬣と狩りの才能を持ったライオンに生まれて来てしまった。残念だけど、降り掛かる火の粉は祓って行くしかないってことなの」

「薫先輩みたいな……薫先輩よりそれっぽい事言いやがって」

「嫌いになった?」

 

 真面目な顔で聞かれた美咲の問いに、俺は無言を返す。悔しいけど、美咲の言う事は正しかった。

 どうやら俺には戦う道しか残ってないらしい。

 

「……誰も傷つかないのが一番だと思わない?」

「でも竜介は、もうたくさん傷つけたし、傷ついた」

「心が痛い」

 

 結論。俺は諦めるしかないようだ。好感度が下がった話を気にしてるのか、何処か寂しそうな顔をする美咲を見ながら、俺は一度溜め息をついた。

 

「なるほど。俺も俺自身の在り方を考える必要がありそうだ。ちょっと帰って悟りを開くよ」

「あ、うん。じっくり考えてね」

「おう。それと、さっきは悪かったな。美咲の事、嫌いになんかなってないから。んじゃ、またな」

「ま、またね。……良かった

 

 自分から吹っ掛けてきておいて、実は内心不安に思っていたようだ。緊張が解れて、頬が緩みきっている。取りあえず可愛いかよ。




モテるのも考えものよね。好きでもない奴の告白フラなきゃ行けないんだから。告白ゲームダメ絶対。お兄さんとの約束だぞ。


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第50奏 猫好きで幼馴染のポンコツお姉さん

記念すべき50奏目は友希那様に飾っていただくにしましょう。

評価者数が70に達しました。やったぜ。☆のゲージって何人越えしたら色が変わるの?やっぱ100人とか目指さなきゃダメ?無理やん。あと何人の女の子病ませれば良いの。いっそ主人公を病ませようか。


 美咲の家を出た後、スーパーで夕飯の材料を買い、家に帰って来た。家の鍵を持って解錠の方に鍵を回すが、開く感覚はなく。どうやら家の鍵を閉め忘れていたようだ。

 家に入り、リビングの方から聞こえて来るカメラのシャッター音に傾げつつ、俺は部屋のドアノブを捻った。

 

「そうよニャン吉!貴方の覚悟、もっと見せてみなさい!」

「あんた人ん家来て何しとん?」

 

 一眼レフカメラと三脚を手に寝そべり、我が家の愛猫にポーズをとらせて写真を撮るユキ姉がそこにいた。

 ニャン吉はニャン吉でなぜ優雅にポーズをとっているのか。もしかして俺の猫愛が足りなくて、ニャン吉に寂ししい思いをさせていたからこうなったの?(バカ)

 

「あら、お帰りなさい。お邪魔させて貰ってるわ」

「次来る時はちゃんと連絡してね?泥棒入ったかと思ってびっくりしたんよ?」

「それは悪い事をしたわね」

 

 ユキ姉は謝った。ニャン吉を撮りながらだけれど。

 

「もう少しこう……顔を斜め上に……そう!そこよ!そのままジッとしていなさい」

 

 我が家の愛猫は頭が良い。人の言葉を理解しているし、必要とあらばジェスチャーで自分の感情を伝えて来る。餌の時間になれば俺にご飯をせがんでくるし、家主を退屈させないよう時折気遣いで甘えて来る。それぐらいには優れているのだ。

 それにしても、うちに訪れた時のユキ姉は本当にキャラ崩壊が激しい。Roseliaに全てを掛けるユキ姉は何処へ行ったのか。

 

「お願いだから、あこにはこんな姿見せないでよ?ユキ姉に憧れてRoseliaに入ったんだから」

「大丈夫よ。ちゃんと切り替えは出来るから」

「じゃあ今度ライブの時にニャン吉連れてって良いか?」

「……平気よ」

 

 ユキ姉は俺から目を逸らして答えた。これは無理だろう。次のライブが楽しみだ。

 

「それにしても、不思議なものね」

「何が?」

「貴方と私は幼馴染なのに、私があこの事を知らないでいた事よ」

「ああ、なるほど」

 

 俺とユキ姉が出会ったのは、小学三年生の時。父親から送られて来た音楽フェスのチケットを持って、一人会場に訪れた時に、リサ姉とセットで出会ったのだ。それからお互いの家で交流を交わし、今の関係を築いている。

 

「私達に隠れて他の女とよろしくやってる事を知った時はかなり荒れたわ。リサが」

「面目ないっす」

「それなのに貴方は、人の気持ちも知らずにあっちこっちで女を引っ掛けて……今は異性の幼馴染みが何人いたかしら?」

「……十一人です」

 

 改めて数えてみると、かなり幼馴染の数が多い。しかも全員異性と来た。おかしい、幼稚園や小学校の時はクラスに男がいたはずなのに、どうして俺は交流を交わさなかったのだろうか。

 

「口説いて来た女の数は知れず、なのに心身は女の様に育ち、でも好きな相手は女性。炊事洗濯とお菓子作りが出来て想い人が異性?言ってみなさい、貴方の得意なお菓子は?」

「マカロンです」

「女の私より女っぽいとはどう言う了見かしら」

「知らないよ」

 

 そう言えばリサ姉とマカロンの作り方を教える約束をしていたのをすっかり忘れていた。今度教えなければ。

 

「貴方を今日から私の家の家政婦にするわ。ついてらっしゃい」

「嫌です」

「最近お母さんが『そろそろ友希那もご飯くらい作れるようになりなさい』ってうるさいの。どうにかしてちょうだい」

「料理出来るようになれ」

 

 湊家の家庭事情なんか知らない。友希那ママがようやく音楽だけじゃ生きていけない事に気付いたようだが、俺にはどうする事も出来ない。

 

「お母さんは貴方を私の婿に取る気でいるわ。早くしないと手遅れになるわよ?」

「それは忠告?それともユキ姉のお可愛い妄想かい?」

「忠告よ。実際私も悪くないと思ってるわ」

 

 猫好きで幼馴染のポンコツお姉さんが俺に求婚してくる。しかも、これ自分が楽出来るからって理由だ。

 

「私は音楽以外の事にかまをかてける暇はないの。つべこべ言わず私について来なさい」

「じゃあ猫に構ってる暇もないって事だな。写真はぼっしゅ──」

「料理くらい極めてみせるわ」

 

 何たる意思の弱さ──意思の強さか。はてさてどちらだろうか。サイコロは振られない。

 俺はカメラに伸ばした手を引っ込めた。

 

「て言うかこのカメラどうしたの?」

「お父さんがバンドを組んでいた頃、メンバーの人から譲り受けたらしいわ。それで、その人が貴方のお父様よ」

「へえ……はっ?ユキ姉のお父さんのバンドメンバーに俺の親父がいたの?」

「そうらしいわ。今は世界中を飛び回ってるって」

 

 長年家に帰って来ないと思っていたら、どうやら世界を股にかけて活動していたらしい。どうりで爺ちゃんの葬式にも来ないわけだ。それにユキ姉と出会ったあの音楽フェスのチケットにも合点がいった。おそらくあそこに父さんがいたのだろう。

 

「まあ、仕送りさえ送って貰えてればいっか」

「冷たいのね」

「子供の頃はほとんど爺ちゃんといたからなー。今更父親だぞって来られても気づけるかどうか……」

 

 幼馴染に勝手に家の鍵を預ける父親の顔も見てみたいとは思うが、他人行儀になってしまいそうだ。

 

「それと、もう一つ。貴方のお父様の親友に“氷川”って人がいたそうよ」

「……あーはいはい。そう言う事ね。あれでも、前に身体壊してギター続けられなくなったって聞いたんだけど」

「それ、ただの勘違いだったらしいわ。でも、ギターは竜介に授けるって」

「なるほど」

 

 今でも呪われないかとビクビクしていたのだが、もう怯える必要はないらしい。

 

「それと──」

「まだあるの?」

「ええ。この際だから言っておくけど、貴方のお母様、今はお父様と離婚して女優をやっているそうよ」

 

 母方まで芸能界所属。だから東京にこんな大きい一戸建て持てたのか。

 

「女優って言うと……千聖先輩の、とか?」

「さすがにそれはないと思うわ」

「だよねー」

 

 ここまで面白い程繋がっていたので、千聖先輩俺の姉説を提唱してみたが、さすがになかったようだ。今度ダメ元で千聖先輩に聞いてみようか。

 カメラでニャン吉を撮り終え、満足いった顔で椅子に座るユキ姉を見ながら、千聖先輩の顔を思い浮かべた。

 

「コーヒー淹れる?」

「砂糖いっぱいね」

「はいはい」

 

 台所でインスタントのコーヒーを淹れ、ユキ姉の元まで持っていった。角砂糖山盛りで。

 

「ありがとう。そう言えば、最近ギターの調子はどうなのかしら?」

「そこそこかな。日菜先輩と紗夜先輩の指導に必死にしがみついて行ってる感じ」

 

 紗夜先輩の鬼指導に、日菜先輩のプロのお手本。ギター指導にはこれ以上ない逸材だが、如何せんスパルタ過ぎる。主に紗夜先輩が。

 

「貴方は器用だし、すぐ上達するわよ」

「ユキ姉は不器用だもんね」

「だから貴方を連れて行こうとしてるのよ。記憶でも消せばついて来てくれるかしら」

「おぉー怖い」

 

 ユキ姉は俺の記憶を消そうと一眼レフカメラの角を向けるが、俺には効かない。多分消されても思い出すから。

 

「私とあの子、何が違うのかしら。身長以外の体格に差はないと思うのだけれど」

「自分で言ってて悲しくならない?」

「うるさいわね」

 

 お子様ボディーに魔王のハートか。

 お子様ボディーにハートビートか。

 どちらかを問われたなら、俺は迷わず前者を選ぶ。

 

「てかさ、俺がユキ姉に嫁いだら、それこそリサ姉が荒れないか?」

「それくらい平気よ。私がどうにかするわ。だから安心していらっしゃい」

「愛がないから嫌だ」

 

 音楽と真正面から向き合うユキ姉を支えるのも悪くないと思うが、俺にはあこがいるのでやっぱりユキ姉にはお一人でお帰り頂きたい。

 俺は絶対的正義(Roseliaの魔王様)を胸に、ユキ姉のお願いを断った。

 

「そう言えばユキ姉、今週末数学の追試じゃなかった?勉強しなくて良いの?」

「ああ、そうだったわね。教えてくれるかしら」

「俺高一なんだけど」

「大丈夫よ」

 

 この絶対的な信頼は何なのだろうか。

 ユキ姉に教科書を貸して貰い、俺は頑張って勉強を教えた。高一に教えを乞う高二。何ともおバカな図だった。

 

 

 ___

 

 

 

「もしかしたら俺はユキ姉の家に嫁ぐ事になるかもしれん」

「えっ」

 

 晩飯時。隣で宿敵(ピーマン)を切り刻むあこに向かって、俺はif世界のお話をしてみた。

 記憶を消され、都合のいい家政婦人形になった俺を、ユキ姉がかっさらって行く。そしてそのまま生涯ユキ姉の隣を無理矢理寄り添わされるのだ。あのポンコツお姉さんの世話を焼いてみたいと言う願望も無きにしも非ずだが、やはり俺はあこの隣を歩きたい。

 

「俺が仮にそうなったら、家はどうすれば良いんだろうな。あこにあげれば良いのか?それとも売れば良いのか?」

 

 あくまでもしもの話だが、俺がユキ姉に負けた後の事はどうするべきなのだろう。

 家の事はもちろんだが、一番気になるのはあこの出方だ。もうある程度の家事はこなせる様になったし、何処に出しても恥ずかしくないが、あこ自身はどう思ってるのだろうか。

 

「りゅ、りゅう兄はお婿に行っちゃダメ!ずっとあこのけん属なんだからね!」

「なるほど」

 

 結論。どうやら俺は何処にも嫁げないらしい。

 大魔王あこ姫曰く、俺は四天王の中でも最強クラスなので、あこ姫の元から離れられないとの事。他の四天王が気になるけど、多分いないだろう。その場のノリ感が否めなかったから。取り敢えず可愛い。

 

 




四話連続出オチですまぬ。お友達編だから許して。
友希那先輩のキャラ崩壊が激しいですがご了承ください。あくまでお友達にはプライベートのほのぼのした感じをお送りしたいので。じゃなきゃこの小説に病みタグつけなきゃいけなくなっちゃう。


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第51奏 月一で人の家にパンを貪りに来る夕焼けバンドの人:青葉モカ

Roseliaのover quartzerカバーはよ。


 山岳遠足、二週間と三日前のある日。十月も半ばに差し掛かり、本格的に地球が冬に入り始めた。

 

「りゅう兄!お姉ちゃんのライブ行くよ!」

 

 それは、俺が遠足行事の予定確認をしている時に起こった。

 あこがライブチケットを二枚持って、蘭達のライブに行こうと俺を誘ったのだ。もしやこれは巷で話題のライブデートとか言うものだったりするのだろうかと、俺の心はカーニバル。

 一緒に行くかを聞かず、俺を連れて行く事が確定している物言いに魔王味を感じる。まあ行くが。

 

「ライブの日はいつだ?」

「今週の土曜日!」

 

 そう言う事らしい。

 差し入れに何を持って行こうかと俺は考えながら、早速応援グッズを自作し始めたあこを眺める。手元にはマジックペンと、イルカの取ってのマグカップがあった。

 

「そのマグカップ、気にいってるのな」

「うん。お気に入り!」

 

 ニヒーと笑いながら、あこはマグカップを手に取った。ここまで気にいって貰えてるなら、買った甲斐があると言うものだ。

 

 

 

 

 そしてライブ当日の土曜日。ライブハウスCircleに俺とあこは訪れていた。

 熱気と熱声とサイリウムが荒ぶりまくる会場内にて、あこはニット帽とワンピース、俺はAfterglow法被を着て、サイリウムと内輪両手にはしゃいでいた。

 弦の弾かれるギターの音、ベースが曲の根元に生きる音、キーボードが巧みな指使いで奏でられる音、ドラムの面がバチで震える音。全てが合わさって、会場全体を昂らせる一つの音楽になっていた。

 

 俺とあこはライブの音を聴きながら、それに負けない声援を飛ばし、あこは巴を、俺は蘭を全面的に推している。

 最前列で見上げる蘭の顔はとても活き活きしており、心做しかいつもより楽しそうだった。それと、モカの視線が何故か痛い。

 

 そうしてライブを満喫しているうちに、気づけば最終曲へ。

 Scarlet skyを盛大に響きわたらせ、ライブは無事幕を閉じた。

 

「よし、楽屋に行くか」

「入れるの?」

「行ける。一応これでも、ここのスタッフだからな」

 

 あこに説明しながら、俺はまりなさんに顔パスで楽屋に通して貰い、差し入れを手に楽屋を訪れた。

 手土産のレモンクッキーを渡し、各々がライブ後の高揚感と疲労感に浸かる様子を見ながら、俺はAfterglowリーダーの元に向かう。

 

「お疲れ。スポドリ作って来たけど飲むか?」

「お、良いね〜」

 

 汗を流した身体にスポーツドリンク。これこそ正義。皆良い顔してポ〇リを飲んでいる。

 

「ねえねえリ~君、パンある~?」

「ちゃんと作ってきたよ」

「わ~い!」

 

 ライブ後で疲れているのに、よくパサついた物を食えるなと俺は感心しながら、モカにパンを渡した。紙袋からパンの香りを漂わせ、モカが楽屋でパンを貪り食らう。知らない人のお腹の音が聞こえて来た。何だか悪いことをした気分だ。

 

「どうだ?今朝作りたてなんだが」

「やまぶきべ~かり~の味~」

 

 モカのサムズアップ。大変美味との事だった。

 

「ほんと、モカは美味しそうに食べるね~」

「ひ~ちゃんも一個食べる~?」

「食べる!」

 

 アンパンがモカの手からひまりの手へ。よりによってアンパンを渡してしまったか。砂糖で体重計が重くなる。

 俺の心配を他所に、ひまりはアンパンを頬張っていた。何故ひまりはリバウンドを恐れないのだろうか。

 

「ねえねえリ~君、今日リ~君の家行って良い~?」

「別に大丈夫だぞ。夕飯何が食べたい?」

「パン~」

「それ以外でだ」

 

 モカは不満そうな顔をした。しかし、俺の意思は固い。

 

「ついでにつぐみも連れて行くけど良いか?」

「良いよ~」

「私の意志はどこ?」

「もうつぐみママに許可とってあるから問題ない」

 

 いつぞやかに約束した、つぐみに手料理を振舞う約束を果たすときがやって来た。つぐみの意思?そんな物は知らん。お前の意見は求めない。

 俺は夕飯のメニューを考えながら、嬉しさとやるせなさが混ざったような顔をするつぐみを眺めていた。

 

 

 ____

 

 

 

 ライブ後、スーパーで夕飯の材料を買い足し家に帰ってきた。俺とあこに加えてモカにつぐみ。今日の夕飯は量がいつもの数倍になりそうだ。主にモカが原因だが。

 ちなみに、今日の夕飯は焼きそば。一度に大量生産が出来る上に上手い。正にスーパーフード。

 

 つぐみとモカをソファーに寛がせてる間に、俺とあこは台所で夕飯の支度を始める。途中つぐみが手伝いを申し出る天使具合を発揮したが、もちろん却下。客に接待をさせるなど言語道断。

 

「お前は少し手伝ってもいいぞ。モカ?」

「今はリー君を見るので手がいっぱいで〜す」

「そんなに見て何になるんだよ」

「内緒〜」

 

 先程からジーーっとまとわりつく眼力が俺を掴んで離さない。背中がとてもむず痒く、何とも鬱陶しい視線だった。

 

「気が散るんだが」

「ファイト〜」

 

 前は週一でうちに訪れてパンを貪り食い、今でも月一で訪れてはパンを貪り食って行く。最初は嫌がらせの類いを疑ったがそんな事はなく、ただ血糖値の低下の赴くままうちにやって来るのだ。俺はパン屋でも開けばいいのだろうか。

 俺と顔を合わせれば、頭に残るニヤニヤ顔で俺に抱きついて来る。蘭とセットで世話を焼けば、愛らしいニヤニヤ顔で蘭をからかいながらお礼を行ってくる。最近ギターの自主練に付き合ってくれて、彼女の弄りは何故か嫌いになれない。

 何となく見つめ返してみると、ほんの少し驚いた表情をしながら、またニヤニヤ顔を作ってくれる。

 

「なになに〜?モカちゃんに見蕩れてたの〜?」

「モカって、もしやレベルの高い美少女なのでは?」

 

 おっと魔王の視線が痛いぞ。

 

「リ〜君もやっと気づいてくれましたか〜。いや〜小学校の頃から吹き込んでた甲斐がありましたな〜」

「そういえばお前、それでナルシストって弄られてなかったか?小五の頃」

「そうだよ〜。それでクラスでは浮いちゃってたよね〜。いや〜あの時はリー君以外クラスが違ったから、リー君だけが癒しだったよ〜」

 

 モカは軽く言ってるが、確かあの時はモカの事でクラス会議が起こったはず。確か、モカの下駄箱からモカ本人の悪口が書かれたノートが見つかって……。でもモカは平気そうで、俺も要らないお節介を焼いた記憶がある。

 

「お前、ほんと肝が据わってるよな。感心するわ」

「ふっふ〜ん。褒め讃えよ〜」

 

 いじめノートとでも言えば良いのだろうか。俺がそんな物を見つけたら、傷心で家に一週間は引きこもる自信がある。だが、あの時のモカはそれに屈しず、笑顔で何事もないように振舞っていた。

 

「……まあでも〜、あの時はリー君がいなかったら、ちょ〜っと危なかったかな〜」

「お、そうなのか?なら、あの時焼いた俺の節介も無駄じゃなかったんだな」

「まあね〜」

 

 モカが俺の腕に擦り寄って、甘える様に頬ずりしてくる。あことつぐみが凄みのある目で見てくるからやめて欲しいのだが。

 

「いい匂い〜。アロマの香りだ〜」

「別に抱きつく必要はないだろ。あとあこが怖いから離れて

 

 ここまで一言も喋らず、着々と夕飯の支度を進めてくれているあこだが、如何せん圧が強い。パッシブスキル《魔王の覇気》が発動していた。何か怒らせる事を──サボってないで働けと言う事か。早速尻に敷かれ始めてる。

 

「悪い。あこ」

「……別に。なんかモヤっとしただけだから……」

「そういう訳だ。モカもそろそろ戻ってくれ」

「……ふ〜ん」

 

 意味ありげな視線を残し、モカはリビングに戻っていった──と思ったのだが、台所のカウンタ越しから俺を覗いていた。その目は、獲物を見張る獣の様だった。

 

 

 ◇

 

 

 Afterglowのライブも無事に終わり、皆が解散した後、蘭はスマホを二台手に持って自宅とは別の方向に足を進めていた。片方のスマホはもちろん蘭自身の物だ。そして、もう一つは──

 

「あら〜蘭ちゃんじゃない!どうしたの?」

「あ、その……モカが携帯忘れていって」

「あーごめんなさいね〜。いつもありがとう」

「い、いえ……」

 

 そう、モカの物である。Circleの楽屋に置き忘れてあった物を、蘭が拾って来たのだ。

 もう何度も訪れ青葉家の構造を把握している蘭は、家に上がった後、慣れた足取りでモカの部屋に向かった。

 

「お邪魔します」

 

 最低限の礼儀を弁え、蘭はモカの部屋に入る。窓が網戸を通して全開しており、月明かりと一緒に夜風が入って来た。

 もうすぐバッテリーが切れそうなモカのスマホを充電するため、蘭は失礼を承知でモカの机を漁った。引き出しの中や備え付けのコンセント、本棚を探ってみたが見つからず。

 

「後はここ、かな?」

 

 残る場所は机の鍵付きの引き出し。鍵はもう見つけてある。

 解錠して少し漁ると、目的の充電ケーブルが見つかった。

 

「……この引き出し、二重底だ」

 

 何とも分かりやすく王道的なカラクリ。蘭は好奇心からそこを開けてしまった。中にあったのは、ハガキサイズの厚紙が十枚一セットになった物だ。それが二十セット程敷き詰められている。

 

「何だろうこれ。……ッ!?」

 

 好奇心に負け、蘭はその束を手に取って見た。見てしまった。

 モカが厳重に隠し持っていた物、それは──




モカちゃんの隠し物を長年隣を寄り添った蘭が見つける展開がエモい。


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第52奏 一番クジラストワン賞:ラビッ〇ドラゴン

ドラゴンにラビットを寝盗られたタンク君可哀想。

はつひこはメタルビルドを応援しています。


 今朝、カラスに糞を落とされかけた。あの糞が目前スレスレを通っていくあれだ。あれが今朝起こった。隣のあこには目もくれず、真っ先に俺を狙った糞だった。我が魔王を狙わなかったのは褒めて使わそう。でなきゃ今頃あのカラス(あいつ)は手羽先になっていたと言うもの。

 

 可愛い今朝のお戯れは置いておき。

 さて、本日皆々様に集まって頂いたのは他でもない、俺の周囲の男女比率についてだ。男女比率と言ってはみたものの、その比率は9.9:0.1。俺以外女の人と来た。何処のギャルゲーだこんちくしょう。俺は生涯メインヒロイン(あこ)に尽くすと決めてんだ、はよ男友達を寄越せ。

 最近、バンド系アニメを見た。高校入学を機にバンドを組み、香澄の様にキラキラドキドキを探す女の子が主人公のアニメ。それのセカンドシーズンがまあ酷い。男のおの字もないと来た。関係ないけど、あのアニメで一番好きだったのは商店街のお婆ちゃん。

 

 ……ここまで語れば察しの良い人は分かるだろう。そう、俺は正に、その世界に一人ぶちこまれた男の様なものなのだ。しかも、俺の容姿は女寄り。見方によっては百合も狙える、そんな状況なのだ。

 一体誰の意向でこんな事になっているのか。神か悪魔かはたまた魔王か。

 取りあえず、俺は男友達が欲しいのだ。

 

「てなわけで、どうにか男を増やせないでしょうか。生徒会様」

「えっと……私に言われても……」

 

 取りあえず生徒会の目安箱とつぐみに訴えかけてみたは良いものの、如何せん反応がよろしくない。俺は男友達が欲しいだけなのに、どうして誰も答えてくれないのだろう。やはり理事長に問いかけるべきだったか。

 

「彩先輩にも言ったんだけどさ、俺は一緒に部活で切磋琢磨したり、原付で男だけの一夜走りとかをしたいわけなのよ。どうにかして増やせないものかね」

「うーんと……取りあえず会議が終わってからで良いかな?」

 

 ほんの少し威圧の篭った声で、つぐみが登山遠足係員会議と書かれた資料を見ながら言った。そう言えば俺もお茶汲み役で生徒会室(ここ)に呼ばれていたんだった。

 登山遠足──二週間後に控えた山岳行事。一泊二日を予定しており、高等部一年と中等部三年が班を組んで挑むことになっている。今回はその係員会議を行っているのだ。

 各クラス学外行事係りと生徒会が集まり、人数バランスだとか、登山ルートを下見する日程などを話し合っている。その中でも、一番進みの悪い議題と言うのがあって──

 

「さて、第三回まで引き伸ばしになっている神楽君の宿泊部屋についてですが……」

 

 それは、俺と言うイレギュラーの部屋をどうするかである。

 羽丘が共学化して半年。俺の代から男子が少なからず入学する……予定だったこの学校では、男子は男子で固めてしまおうと踏んでいたらしい。だが、生憎様に男は俺一人。このままだと俺がボッチになってしまうと生徒会長が気遣い、俺の部屋当てに会議を三回分犠牲にしてくれているのだ。

 

「やっぱ今からでも男子拉致って来るか、男教師と相部屋にしましょう?俺別にそれで良いっすよ。生徒会長」

「さすがにそれはあんまりだと思うのですが……」

「じゃあ、先生にお任せします?」

 

 生徒会執行部顧問の先生に視線を送るが、お前らに一任すると視線を返されてしまう。

 

「じゃあ、やっぱり巴辺りと部屋一緒にします?」

「それが一番妥当なのですが……」

 

 今度は視線をつぐみへと送る。理由はシンプルで、俺が巴と部屋を一緒になろうとすると、何故かつぐみが俺と相部屋になろうと立候補してくるのだ。何でも、俺が巴を襲うかもしれないから代わりに自分が……とそう言う事らしい。俺の信頼がまあ低い事低い事。どちらかと言えば襲われる側な気もするが。まさかつぐみは俺と相部屋になった後、俺を襲う気なのだろうか。さすがむっつぐ。

 

「竜介君?」

「さーせん」

 

 さすがのつぐみもそのつもりは無いらしい。

 

「つぐみの中で、俺ってそんな信頼ないものなのか?」

「別に、そう言うわけじゃないけど。なんかずるい……

「いやずるいって言われても」

 

 何がどうしてずるいのだろうか。俺には良く分からないが、俺と巴が同じ部屋になると何か不都合があるのかもしれない。では、不都合とはなんなのだろうか……分からない。

 

「もう公平にくじ引きで相手決めません?」

「それしかないですね」

 

 生徒会長もこの反応。やはり困った時は運頼み。

 生徒会長曰く、範囲は中等部三年限定。くじ引きを引いて、その相手の了承が取れたら班決定との事らしい。範囲が中等部限定なのは、元々この企画が中等部と高等部の親睦を目的としているかららしい。何にせよ、これで長きに渡る俺の班決め会議が終わった。やっとお茶汲み役から開放される。

 

 

 ___

 

 

 

「──そう言うわけで、明日俺の相部屋相手を決めるためのくじ引きが一学年単位で行われます」

「それは……儚いね」

 

 夕日が見える放課後の事。俺は演劇部部室にてポテチを食べながら、昼休みに起こった出来事を薫先輩に話していた。

 勢いとその場のノリで可決したくじ引き案だが、いざ事細やかに紐解いてみると、中々ぶっとんだ試みだった事が分かった。まず、中等部三年全てに向けたくじ引き用紙の発行と、くじを引く際不正がないようにと選挙で使うあのクソデカ銀ボックスを使うらしく、今その使用申請を生徒会が出しているらしい。スケールが壮大すぎる。

 

「ロミオが狙うのは、やはり魔姫一択なのかい?」

「当たり前じゃないですか。いやー最初は巴を誘うか新しく男子生徒を迎え入れるかで会議してたんですけど、まさかこんな事になるとは……」

「嬉しそうじゃないか」

「当然です」

 

 知らない人より知っている人と組んだ方が絶対楽しい。学外行事の常識。

 

「でも、今一緒の家に住んでるのと、中等部と高等部の親睦って意味では薄いんですよねー。そう言う意味では他の人の方が良いのかなーと。でも、見ず知らずの俺を受け入れる子なんていますかね?」

「大丈夫さ。ロミオは私が見込んだ儚い演者。君のために聖戦さえ開幕してしまう。嗚呼、なんて儚いんだ……」

 

 薫先輩曰く、俺は人気の演劇部員だから、皆から避けられるなんて事態にはならないとの事。と言うか、ワンチャン俺を巡って争いが起きるかもしれないらしい。俺を巡って争いとはこれ如何に。穏やかじゃないですね。

 もしかすると、大人しく巴かつぐみとペアを組むのが最適解だったりしたのだろうか。くじ引きに当選するために皆が争いを起こす……なんて事になったら、俺はどう責任を取れば良いのだろう。

 

「大人しくつぐみと相部屋になっとけば良かったかなぁ……」

「ふふっ。儚いね……」

 

 どうしよう。薫先輩が儚いとしか言ってくれない。よく見たら顔が引きつっている。本当にやばいかもしれない。

 明日血みどろの殺し合いが起きるんだ。薫先輩似の演劇部員との相部屋を狙って、女同士の血みどろバトルファイトが開催されるんだ。統制者が黙ってないぞ。

 俺はなんとしてもあこの隣を引き当てなくてなくてはならない。運命と戦うのだ。

 しかし、俺が相手をするのは中等部三年と言う一つの軍隊。一クラス三十六人が四セット……百四四人が相手と来た。百四四分の一とか確率が低すぎる。負ける気しかしねぇ。

 

「うぉー……今から手汗がやばい……。緊張して来た」

「なんか面白そうなお話してますね」

「麻弥さん……」

 

 俺が手に汗握って緊張を抑えていると、機材メンテをしていた麻弥さんがひょっこり現れた。右手にレンチ、左手にドライバーを握り締めており、頬には黒煤が付いていて大変ベリーキュートだった。

 

「何の話してたんですか?」

「お泊り遠足の俺の相部屋相手の話です。明日くじ引きで決めます」

「それはまた荒れそうっすね」

「やっぱり荒れちゃいますか」

 

 どう足掻いても荒れるのは確実らしい。麻弥さんの呆れた目が全てを語っていた。やはり巴か男かで悩んでた俺に間違いはなかったようだ。

 

「良いっすね、神楽さんとの相部屋。お菓子くれそうっす」

「お菓子あげるだけで良い人基準なんて、麻弥さん尻軽っすね」

「お説教が必要っすかね?」

「冗談です」

 

 可愛い可愛い竜介君ジョークを言っただけなのに麻弥さんが怖い。お説教とか言いながら思いっきりレンチ振りかぶってる。下手すれば千聖先輩より……いや、千聖先輩はそこまで怖くない。壁ドンすれば大人しくなる。

 隣で笑ってる薫先輩には今度魔法少女の衣装を着せようと思った。

 

「落ち着いてください麻弥さん。麻弥さんのファンである俺がそんな事思ってるわけないじゃないですか」

「信用ならないっす」

「わぁお」

 

 かつて偉い人は言った。信用と信頼は違うと。

 信用は物として信じてるだけで、人を心から信じている信頼とは別であると。つまり俺は物としても利用価値がないらしい。

 麻弥さんにとって俺は、グッズとライブに貢いでくれる金馬でしかないのだ。

 

「麻弥さんほんと悪じょ──すいません冗談ですからその無言で振りかぶってるレンチを下げて。あとジリジリ近寄って…………助けて薫先輩!」

「儚い」

「レンチこそ正義。正義こそルール。ルールこそジブンっす」

 

 頭の片隅にどり〜む☆かおるんの主題歌が思い浮かんだ。走馬灯がこれとか悲しすぎる。

 それと麻弥さんが世紀末めいた事を言い始めた。レンチは正義なのだろうか。

 

「戦略的撤退ッ!」

 

 これ以上ここに居たらやられてしまう。なので俺は逃げる事にした。

 ちなみにこの後麻弥さんに土下座した。ショッピングモールにある、あの少しお高い喫茶店のケーキで許して貰える事となった。お財布にダメージ。でも麻弥さんは天使。

 

 




ネタとノリと勢いとメタで出来た回。そろそろ薫君をどり〜む☆かおるんにしたい。絶対似合うから。プリキュアのイケメン枠に絶対合うから。
きーらーめーくー、ほーしーのーちからでー、あこがーれーのー、わーたーしーえがくよー。
ティンクル、ティンクールプリキュア。
ティンクル、ティンクールプリキュア。
スータァーティンクールー、スータァーティンクールプリキュッーアーアァー。


消されたらごめん(泣)

最近絵を描く時に使ってたタッチペンが壊れました。もう挿絵描けない……。百均のディスク型タッチペン……お気に入りだったのに……。悲しみ。

いちばん小さな大魔王!今日の格言。

レンチは正義


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第53奏 運命攫取聖戦:ロードスパイラル

竜介「俺は絶対、勝利の運命を掴み取ってみせる!」
あこ「ばーん!」


 仕事量について話をしようと思う。

 仕事量──言葉そのままに、仕事をこなせる量。そして速度でもある。少子高齢化で若者不足になったこの現代社会において、これの数値が物を言うと言っても過言ではないだろう。純粋に出来るやつを雇いたいのは至極当然。至極真っ当。

 考えてみて欲しい。どんくさくて仕事も遅いノーマルフェイスのリーマンと、完全無欠で欠点のないイケメンスーパーリーマン。どちらかを選ぶとしたら、絶対皆後者を選ぶ。

 所詮この世は実力主義。スキルのないやつは台風でも自費出勤させられるようなブラック企業に勤める運命となっているのだ。税金で金取られたくなきゃ勉強しろ。それが先祖代々由緒正しく受け継がれてきたこの世の掟。そして性質。

 弱者に意見を言う資格はないのだ。これぞ信念。俺の信念はこの拳の中にある。

 

 さてさてここまでダラダラと現代社会の愚痴を殴り綴って来たが、結局何が言いたかったのかというと、シンプルに生徒会の仕事量が可笑しいと言う事をお伝えしたかった。

 聞いて欲しい。昨日お昼にくじ引きをする事が決まって、その翌日の朝には中等部三年全クラスの出席番号、組、名前を書いた用紙を、不備不正チェックを全て終えた状態でクソデカ選挙銀ボックスに入れて持ってきたのである。単純に頭可笑しい。あと心なしか生徒会役員様達の目が死んでる。

 

「つぐみ……つぐり過ぎじゃないか?いやだってこれ……えぇ?」

「結構予定押してたから、一気に終わらせようってなって」

「お疲れ。ほんとお疲れ。クッキー作って来たぞ」

 

 疲れた脳には甘いもの。俺はつぐみにクッキーを差し出し、休息を促した。

 昨日つぐみがバンド練を休んだと聞いたから何をしているのかと思っていたが、まさか俺の用事のために精を出してくれていたとは思わなかった。申し訳ない気持ちで胸が一杯だ。

 俺は死んだ顔でクッキーを食べるつぐみに向って合掌をした。

 

「で、後は俺がこの中から一枚引けば良いと」

「うん。やり直しなしの一回勝負だって」

 

 つぐみ監修の下、俺は選挙ボックスのケツを開け、中から紙を一枚抜き取った。

 ドキドキワクワク、運命のキングタイム。中から引いた紙をパラりと開き、そこに書いてあるクラス、出席番号、名前を見る。

 

 運命攫取聖戦(くじ引き)、果たして勝敗の結末は如何に。

 

 

 

 

 

 

 

『三年B組 番号.5 氏名 宇田川 あこ』

 

 

 

 

 

 

 

WINNER,Ryuusuke Kagura.

 

 

 

 

 

「シャァオラァァッ!!!」

「──ひきゅッ!?」

 

 いけない。喜びの声が大き過ぎて、寝落ち仕掛けてたつぐみを起こしてしまった。でも仕方ない。だって素直に嬉しいから。百四四分の一の確率に勝ったのだ。叫んだって良いだろう。

 

「つぐみ、やったぜ」

「うわぁ……」

 

 あまりに奇跡的過ぎてつぐみが引いてる。俺、今あのつぐみに引かれてるんだ。普通に心にクる。

 俺はつぐみの引く顔を横目に、くじ引き用紙を天に掲げた。まあ、まだ確定ではないが。あこの了承を得なければならない。

 あこは俺との相部屋をどう思うだろうか。あの鈍感さんの事だから、きっとそこまで俺を意識しないだろうけど、そろそろミカヅキモ程度には俺を異性として意識して欲しいのが本音。

 

「私も竜介君と同じ部屋が良かったなー……」

「別に相部屋になったからって何かあるわけじゃないぞ?料理出来ないし」

「そう言う事じゃないんだよ。もう……」

 

 俺の料理目当てかと思ったが、そう言う訳ではないらしい。それ以外に何か目的があるのか……もしかして、昔みたいに添い寝して欲しいとか、そう言う類だろうか。

 

「竜介君は、もう少しあこちゃん以外の女の子に興味持った方が良いと思うよ。なんか、竜介君って男の子っぽくない」

「おっと、言っちゃいけない事言ったな。悪い事言うのはこの口かー」

痛い痛い(いふぁいいふぁい)!」

 

 グ二ーっと、つぐみの頬っぺを伸ばしてみる。モチモチしてて、日頃のスキンケアがしっかりしてる肌だった。今度使ってる化粧水を聞いておこうと思う。

 つぐみのモチモチ肌を堪能しながら、俺は男の子の在り方を考えた。

 

「ち、違うよ!私が言ってるのは男子高校生っぽくないって事で……。ほら、普通の男の子だったらさ、ひまりちゃんの胸に視線が誘導されちゃったりとか……」

「良いかつぐみ、デカい胸って言うのはな?それだけで一個の罪を背負ってる様なもんなんだよ。肩は凝るし、好きな服のサイズは合わないし、周りの嫉妬が痛いし。そんな人にエッチな視線を向けるのは間違ってるだろ?」

「なんで私正論で説き伏せられてるの?」

「つぐみが巨乳を理解してないからだろ。そんなんじゃいつまで経ってもお子様バディーのままだぞ」

 

 俺は知っている。つぐみが毎日お風呂上がりにグングンバストアップ体操をしている事を。てかつぐみままが言ってた。

 俺にお子様バディー認定されたつぐみは、ぷりぷり頬を膨らましながら怒っていた。

 

「べ、別にちっちゃくないもん!私脱げばそこそこすごいんだからね!」

「へー」

「無関心!?」

 

 以前にも言ったような気がするが、好きでもない異性の裸に何の価値があると言うのだろうか。巨乳でグラマラスな女の水着姿と、あこの水着姿を用意されたら、俺は迷わずあこの方に鼻の下を伸ばす自信がある。俺はなんてハレンチなのだろうか。

 

「うーこうなったら!」

「おいやめろ。生徒会(ここ)で脱ごうとするな。露出癖の痴女認定するぞ。……そう言えばつぐみってむっつりだったな」

「だ、だからあれは違うもん!」

 

 いつぞやかにあった、俺がこころとあこを妊娠させ、デキ婚する羽目になったと勘違いしたつぐみが、俺を寝とって夜逃げしようと下着を見せた日。思い返してみると中々に濃い出来事だ。

 幸いな事に生徒会室にはもう誰もいないので、つぐみの非行を見る者はいないが、如何せんつぐみは思い切りが過ぎる。

 

「懐かしいなー、あれがあったのって何時だ?一ヶ月前くらいか?」

「……だいたいそれくらいだと思う」

「あの時はほんとびっくりしたよ。俺はただ蟹とイクラを買っただけなのに、つぐみに貞操狙われたんだから」

「うー……思い出させないでよ〜!」

 

 自分の手で顔を隠し、羞恥に悶えるつぐみ。あの時から大分経ったが、つぐみもバッチリ覚えているようだ。俺もあの時見たつぐみの艶めかしい表情と、見えた下着の色は忘れない。大人の色気がムンムンだった。

 

「まあ、積もる話もここら辺にして。そろそろ教室戻ろーぜ。HRが始まっちまう」

「なんかやるせないなー……」

 

 ここに来たのが朝の七時半。気づけばもうすぐ八時半だ。一時間も話していた事になる。

 

 

 

 朝のHR後の十分休み。俺は一限目である数学の支度を進めながら、今朝の出来事を蘭に話した。

 

「蘭、聞いて。朝あった凄いこと」

「なに」

「ちょっと先にさ、山岳遠足があるじゃんか。あれで宿泊部屋があこと同じなった」

「へえ……はっ?」

 

 ボヘーっと何かを考えながら、窓の外の空を眺めていた蘭が真面目な顔でこちらに振り返った。心做しか顔が怖い。

 

「竜介と同じ部屋になれたの?あたし聞いてないんだけど」

「まあ、中等部三年限定だからな。てか、俺と一緒だと何がそんなに良いんだ?」

「だって……」

「だって?」

 

 俺はその先を聞こうと耳をすませるが、蘭が口ごもったまま話さなくなり、何も分からなくなってしまった。

 つぐみもそうだったが、なぜ俺との相部屋にそこまでの価値を感じてるのだろうか。

 

「お金払ったら、変えてくれないかな……」

「そこまでするか……」

 

 どうやら、俺との相部屋は相当価値があるらしい。

 野郎との相部屋にどれほどの価値があるのか頭の中で計りながら、俺は先ほど同様上の空状態となっている蘭を見た。今日はいつにも増してボーっとしている。もしかして悩み事でも……まさか、蘭パパさんと何かあったのだろうか。

 

「蘭、どうした?さっきから心此処にあらずって感じだけど」

「あ、えっと……ちょっと色々あって……」

「俺で良ければ話聞くぞ?」

「あー……」

 

 何かを言いたいけど、話して良いか分からない。そんな様子で口ごもる蘭。しかし、意を決した様に、覚悟の決まった目で俺を見ながら言った。

 

「放課後、時間ある?」

 

 それはデートのお誘いだった。

 




特殊タグって二十利用出来るんだね。試してみたけどまさか行けるとは。デカ文字斜体めっちゃオシャンティー。

つぐみちゃんはどうか病まずに、普通なままで主人公を好きでいて。一人くらい普通の子がいないと皆の気が持たないから。というか僕が病ませたくない。


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第54奏 夕焼けに染まる二人の時間:アフターグロウタイム

 デートの定番と言ったら何処に行くべきだろうか。

 映画館、遊園地、水族館、動物園、ウィンドウショッピング、ゲームセンター、お家デート。数え出したら限がないだろう。でも、放課後の限られた時間しか使えないとなると、候補は絞られて来る筈だ。ゲームセンター、お家デート、ウィンドウショッピング辺りになってくるだろうか。

 だがそもそもの話、その場所に幼馴染である蘭と一緒に行って楽しめるものなのだろうかと俺は思い悩む。どの場所も何度か行った事があった。

 

「デートって何すれば良いんだ?」

「え、何突然?」

 

 放課後の夕焼け時。またもボーっと一人何かを考えていた蘭に、俺は質問を投げかけるが、案の定返って答えは疑問符だった。ちゃんと人の話は聞いておいて欲しいと思う。

 

「取りあえずクレープ食うか。小腹が空いた」

「え、ちょっと──」

 

 戸惑う蘭の手を引いて、俺は移動販売のクレープ屋に向った。イチゴバナナとチョコアイスを買って、チョコアイスを蘭にあげた。

 チョコアイスのクレープを食べる蘭を横目に、俺はこれからどうショッピングモールを巡ろうか思案を練る。まずゲーセン、ここは外せない。ゲーム好きの子が済んでる家の主として、ここは行っておかなければならないのだ。実際俺もゲームは好きだし。

 まずはショッピングモールに入らないと何も始まらないと言う事で、俺は蘭の手を引いて中へ入った。

 

「あ、ちょっと、竜介待っ──」

「う〜ん、何処から行こうか。やっぱ最初はウィンドウショッピングだよな〜」

 

 何かを言おうとした蘭だったが、俺がワクワクしながらウィンドウショッピングを勧めると押し黙ってしまった。折角のデートなんだから、もっと楽しめば良いのに。

 

「つっても、服屋は最近ひまりと来たばっかだし……あ、でも前と違う服が置いてある」

 

 蘭が好みそうな黒い革ジャンが置いてあった。中は毛皮のような物でモコモコしている。冬を見越しての一品らしい。

 その隣には、モカが昔来ていた食パントレーナーの大人サイズが売っていた。これは購入してモカにあげようと思う。

 俺は革ジャンと食パントレーナーを購入した後、革ジャンを蘭に渡した。

 

「ほら」

「え、いや……なんで?」

「良いから。こうやって二人で出掛けたの久しぶりだろ?その記念って事で」

「……ありがと

 

 ボソッと小さくお礼を言った蘭の頭を、俺は思わず撫でそうになってしまう。もう子供扱いはしないと決めたのだ。耐えなくてはならない。

 

「……さてと、次は何処に行こうか。蘭は行きたい所ある?」

「……ねぇ、竜介」

「お、なんだ?」

 

 買い物も終わったし、蘭のお願いの後にゲーセンでも行こうかなと思っていると、服の入った紙袋を抱えながら蘭が気まずそうに言った。

 

「なんであたし達……普通にデートしてるの?」

「えっ、蘭が放課後空いてるか聞いて来たから、てっきりデートのお誘いかと」

「あ、あたしはただ、竜介に大事な話があって……」

「……愛の告白?」

「ち、違う!」

 

 ゲシゲシと蘭に脛を蹴られる。反応的に間違いではない様に見えるが、それは俺の思い違いらしい。

 

「と、取り敢えず、ゆっくり話せる場所に行きたい……」

「じゃあ、喫茶店行くか。ここにある喫茶店のケーキが上手いんだよ」

「わ、分かった」

 

 蘭の言う大事な話とは何だろうか。バンドの事、華道の事、勉強、友人関係、進路……思い当たる事は色々あれど、蘭の抱えてる物は、そんな小さい物ではない気がする。

 本当に話していいのか分からない、そんな迷いがある……いや、話したらどうなるか分からないで迷ってる感じだ。一体、蘭は何を抱えているのか。

 何となく、俺が原因な気がする。ここ最近の不祥事の原因が全て俺だったのでそう思わざるを得ない。俺はまた何かやらかしてしまったのだろうか。

 

 

 ____

 

 

 

 場所は移動して例の喫茶店。相変わらず清楚でオシャレな店内だ。

 蘭にティラミスと紅茶を奢った後、早速本題に差し掛かった。目線で合図を送ると、蘭は意を決した様に一度息を呑み、カバンの中を漁り出す。そこから出てきたのはハガキサイズの紙束だった。

 

「これは……?」

「なにも言わないで見て」

 

 蘭が渡して来たのを手に取って、取り敢えず枚数を数えた。十枚一セットが二つ、二十枚の紙束……いや、裏返すと何かが載っている。よく見れば、この紙の材質はは写真のそれではないか。いったい何の写真を蘭は持って来て──

 

「わぉ……」

 

 全部俺の写真だった。写っている俺はだいたい小学校五、六年生の頃の物だろうか。

 

「これは……蘭が撮ったやつ?」

「モカの部屋に隠してあった」

 

 つまり、これはモカによる俺の盗撮写真と。だが、何故俺なのだろうか。

 ヒントは小五、小六の時。……何か思い当たる節は……

 

「あー……なるほどね」

 

 十中八九、小五の時のモカちゃんナルシスト事件が原因だろう。

 モカのヤツめ、平気と平気と言っておきながら、全然平気ではないじゃないか。何故相談をしてくれなかったのだろうか。俺がナヨナヨしてて頼りなかったからか?いや、おそらく俺の写真を支えにしていたはずだし、俺の貧弱さは関係ない……はず。

 

「はぁ……だいたい分かったよ。後は俺がどうにかする」

「どうにか出来るの?」

「任せろ」

 

 悲しい話だが、こころと日菜先輩で勝手が分かり始めているので、多分俺はモカをどうにか出来てしまう気がする。それに、拉致とキス強姦に比べれば、盗撮なんて可愛いもの。対処の方法なんていくらでもある……ような気がする。だから、怖気付く必要なんてないのだ。

 

「まあ、どうにかなるだろ」

「……慣れてるね」

「あー、うん……。伊達に青春過ごしてないから」

 

 どこか呆れた様子の蘭に、俺は諦めて返事をする。

 これを青春と呼んで良いのかは分からないが、俺の中では青春なのだ。一応ちゃんとした青春も送っているし。明日香とかリサ姉とか燐子とか。

 

「俺、今回の件と登山遠足のアピが上手く行ったら、あこに告ろうかなって思う。ほら、蘭も前に言ってただろ?俺があこと付き合えば、全て収まるって。何時どこで愛が拗れるか分からないから、そろそろケジメを付けようと思う」

「……そっか。頑張って」

「おう」

 

 何故か少し悲しげな表情をする蘭。一体どうしたのだろうか。

 もしかして、蘭もあこを狙っていたり……。さすがの蘭でもあこは渡せない。

 ……何故、俺はあこに告白を受け入れて貰う前提で、話を進めているのだろう。調子に乗ってはいけない。悔い改めなければ。

 最近あこの反応が女の子らしくなって来たので思い上がっていた。あれはそう、ただ思春期に入っただけだ。決して俺を意識しての物ではない。

 

「……現実って厳しいな」

「どうしたの急に?」

「あこの鈍感さに打ちひしがれてる」

 

 今更だがあの魔王様、実は難攻不落の黒鉄城なのではないだうか。攻略ルートを立てようとしても、お先真っ暗どころか道すらできない絶壁の崖なのだが。だからあこは絶壁なの──何か悪い電波を受信した。

 俺は帰ったら怒られる覚悟をした後、自分のケーキを食べた。

 

「あ、その写真貰って良いか?蘭が返すより、俺が返す方が被害少ないだろ」

「……分かった。はい」

 

 蘭から写真を受け取った。これで蘭に被害が及ぶ事はないだろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ──ない……ないッ。

 

 カバンの中、引き出しの中、本棚の間、ベッドの下。部屋の全てを探しても何処にもない。そもそも、鍵付き二重底と言う厳重な砦の中に保管しておいた物の筈だ。消える事自体がおかしい。モカ以外の竜介盗撮卿か、身内の誰かが偶然見つけた物を、面白半分で持ち出したかの二択が考えられる。どちらにせよ早く取り戻さなければ。

 

「……リー君にはバレないようにしないと〜」

 

 自分で実行しておいて何だが、この行為は些か奇妙が過ぎる。第三者にバレた暁には、小五の頃に起こったモカちゃんナルシ事件の再来間違いなしだろう。しかも今度は心の拠り所である竜介までがそっち側に行ってしまう。間違いなく泣き崩れる。一週間部屋に引きこもる事は間違いなしだ。

 嗚呼、一体何処にいってしまったと言うのか。モカはもう一度部屋を見て回った。

 しかし、ない。

 

「モカー?さっきからドタドタうるさいけど、どうしたの?下まで響いてるわよ」

「ちょっと捜し物〜。……ねえお母さ〜ん、最近あたし以外にこの部屋入った人っている〜?」

「そうね……あ、そう言えば昨日蘭ちゃんが、携帯届けに来てくれたから部屋にあげちゃったわ。それくらいかしらね」

「……そっか〜」

 

 犯人は蘭だったか。明日問いただす必要がありそうだ。

 もし白を切ったらどうしようか。幼馴染サービスで手加減は加えるとして、ヤマブキベーカリーのパン五個は外せない。

 モカはニヤリと黒い微笑を顔に浮かばせながら、美竹家の方角の夜空を見上げ、目を光らせた。

 

 




真っ先に犯人バレしてるの笑う。中々パンチの効いた状況だわさ。
果たして二人の友情はどうなるのか。運命やいかに。
まあ、そこまで重くする気はないけどさ。


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第55奏 竜特攻閃光式撮影宝具:モカちゃんシャッター

竜介「エクス、カリバアアアァァァァッ!!!」

あこ「りゅう兄あこも!あこもやりたいから貸して!」
竜介「どうぞ」

あこ「えくす、かりばああぁぁっ!!!」

竜介(この可愛さが宝具なんだよなぁ……)(尊死)


 蘭が家から写真を持ち出した事を知ったモカは、翌日の朝に蘭を美竹家の前で待ち伏せた後、学校まで一緒に登校した。

 いつもと違うモカの様子に蘭は戸惑いを覚えていたようだが、モカはそのような些細な事は気にしない。確実に、じわじわと蘭の逃げ道を塞いでいき、逃げ場がなくなった所を襲言する算段だ。そのために絶対的な証拠が欲しい。

 モカの母親が、一昨日の放課後に蘭がモカの部屋に来たと言っていた。一昨日の放課後……つまりは制服のままバンド練習をした日だ。その後にモカの部屋に訪れ写真を持っていったとなると、その写真は蘭が持つ学生カバンの中に入っている可能性が高い。何としてでも、蘭のカバンの中を覗かなければならない。その隙を伺うために、朝から蘭の隣に張り込むのだ。

 

「おはようモカ。今日はいつにも増して蘭にベッタリだな。どうした?」

「う〜ん?別に〜」

 

 学校の前の横断歩道で竜介とあこに出会った。今日も今日とて同じ家から学校まで二人仲良くやって来たようだ。

 そう言えば、かつて竜介を盗撮する時一番の難題だったのが、あこをどう写さないようにするかだった事をモカは思い出した。年柄年中あこは竜介に引っ付き、竜介は竜介で年柄年中あこに引っ付いていたため、竜介だけを撮るのは至難の業だった。六年間竜介だけを撮っていた写真だが、家にあるのと取られたのを足しても二百枚しかない。それだけ大変なのだ。

 

 ポケットからこっそりスマホを取り出し、ミュートモードでカメラのシャッターを切った。モカはいつもこうやって竜介を盗撮している。

 そんな事せずさっさと竜介の胸に飛び込めと言う人もいるかもしれないが、それは聞けないお願いだ。

 第一に、竜介には想い人がいる。それなのに自分が飛び込んでいっては、仲が拗れてしまう可能性がある。だから、せいぜい腕に抱きつく程度に留めていた。

 第二に、これが一番の理由だが、単純に恥ずかしいのだ。恋する乙女を嘗めないで欲しい。仮に竜介に全ての事がバレ、尚且つその後に優しくハグでもされて、耳元で「俺を頼れ」なんて言われた際には、赤面と涙とマッハの鼓動で崩れ落ちる自信がある。モカは攻めに弱いのだ。

 

 なんて話をしている間に、校門を潜り下駄箱を抜け、モカの教室までやって来た。既につぐみと巴とひまりが朝の支度を終えている。

 幼馴染達に「おはよう〜」と挨拶を交わした後、モカは竜介と蘭のいる教室に向かった。そっと中を覗くと、ちょうど竜介が蘭に弁当を渡している光景が視界に写る。

 

 竜介の手作り弁当。見栄え、味、栄養バランス、全てが黄金比に揃えられた一つの宝物。長年こなして来た経験から生み出されたその料理は、匂いだけで涎を垂らすに値する。それを蘭とあこは毎日作って来てもらえるのだ。そしてあこに至っては、毎食竜介の手料理と来た。ずるいとしか言いようがなかい。

 

 徒話はさておいて(話を戻そう)

 

 蘭に弁当を渡す竜介の写真を撮った後、モカは二人が席を外すタイミングを伺っていた。最悪、席を外すのは蘭だけで良い。竜介には、モカの荷物が蘭の物に紛れたかもと適当な嘘をついて通せば通用する。きっと蘭も、写真の事は竜介に言ってない筈だ。

 まだかまだかと周囲の視線を気にせず待機していると、竜介がつぐみに連れ去られた。最近学校ではよくつぐみといるが、何かあったのだろうかとモカは首を捻る。

 

 それからしばらく待っていたが、蘭が席を外すことはなかった。モカは一限目の授業の準備のため、自教室に戻る事になってしまった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 山岳遠足に向けて、あことの相部屋許可を本人に取りに行くため、俺は朝から中等部の校舎にいた。途中俺達の教室に張り込んでいたモカと遭遇したが、何やら悩ましそうに唸っていたので、そっとしておいた。

 

「あこー、いるかー?」

 

 中等部三年B組の教室にて、チラりと中を覗きあこを呼ぶと、クラスメイトと話していたあこがトテトテと俺の元までやってきた。

 

「どうしたのりゅう兄?」

「あこに大切なお話があります」

 

 首を傾げるあこに、俺はポケットから出した件のくじ引き用紙を取り出す。あこに見せると、しばらく訳が分からないと言った様子で不思議そうにしていたが、俺が説明すると合点が行ったように驚き出した。

 

「え、え?りゅう兄、くじ引きであこの事引いたの?」

「おう、すげーだろ。それでさ、あこさえ良ければだけど、俺と相部屋になってくれないか?」

「うん、いいよ!」

 

 笑顔で即答。このぐう聖具合。

 これで後は巴とあこの両親に許可を貰えば、晴れて俺達は遠足でも仲良しこよしが出来るようになる。

 俺はあこにお礼を言った後、あこをクラスメイトの元に帰らせた。

 

 

 教室までの帰り道。俺はつぐみにあこに秘められた聖性を説いていた。

 あの魔王様、自分の事を堕天使だとか言っておいてしっかり天使しているから困る。この間なんて俺のために頑張ってクッキーを焼いてくれたのだ。作り方をリサ姉から教わり、試行錯誤しながら作ってくれた。堕天要素は何処だ?めちゃくちゃ聖力が込められてるぞ。

 

「あこってさ、無自覚に俺を誑かすの。あれよ、典型的なハーレム主人公」

「竜介君もだよね」

「典型的ではないと思うの」

 

 告白されたヒロイン五人の内、二人が病んでましたとか、そんなテンプレは誰も求めてないだろう。俺が言えた義理じゃないが、皆想いを拗らせすぎだと思う。ヤンデレを通りこしてただの病みと化しているではないか。

 ……俺もいつかこうなるのかもしれない。あこを監禁したり、あこに無理矢理キスを迫ったり、あこの注意を引こうとリスカなどをし出したり。犯罪臭高い事この上ない。

 俺も愛が拗れない内に早くあこに告白しよう。

 

「つぐみに言ったっけ、俺があこに告ろうと思ってる事」

「へえ……え!?」

「登山遠足終わった辺りに思い切ってみようかなと」

 

 だいたい十一月の頭ぐらいになるだろうか。その頃に晴れて恋人同士になっている事を願う。

 そう言えば、理事長が今年のクリスマスに羽丘と花咲川合同のクリスマスパーティーをするみたいな事を言っていた気がする。上手く行けばそこであことクリスマスデートが出来るかもしれない。

 

「あこにアプローチってどうやって掛ければ良いんだろうな?デート系全般が潰れてるんだよ」

「ま、待って!まだダメ。もう少しだけ待って!」

「え、なんでだ?……お赤飯なら自分で用意するぞ?使用確率50%だけど」

「そう言う事じゃなくて!まだ竜介君は誰にも渡せないの!」

 

 俺の所有権がつぐみにあるかの様な発言。俺の行動権及び所有権を持っているのは魔王様の筈だが。いや自分で持っていなくてはいけないのか。危ない、流れに飲み込まれる所だった。

 

「俺が今誰かと付き合うと何か不都合があるのか?」

「それはその……」

 

 言いたくても言えない。そんな様子でつぐみは噤んだ。

 

「まあ、無理には聞かないけどさ。で、いつになったら俺に突撃許可が下りるんだ?出来ればクリスマスまでには貰えるとありがたいんだけど」

「あ、後二ヶ月……。が、頑張ってみるよ!」

「おう。ガンバ」

 

 つぐみも何か準備を重ねるようだ。一体なんの準備だろうか。

 もしや、つぐみもあこの事を狙っていたりするのだろうか。ここ最近になってあこ好き候補が増えて来た。俺も本気を出さなければいけないらしい。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 昼休み。竜介と蘭が屋上に行くために教室を出たのを確認した後、モカは蘭の机の上で学生カバンの中を漁っていた。

 カバンの中には、教科書、筆箱、折り畳み傘……そして、お弁当箱が入っていただけで写真はなかった。

 

 ……お弁当箱?

 

 おかしい。竜介と蘭は皆でお昼を食べるために屋上に行った筈だ。なのに、なんでそのお弁当箱(お昼)がここにあるのだろうか。

 

「モカ、何してるの?」

 

 エマージェンシー。エマージェンシー。

 モカの脳が緊急警報を鳴らした。ここは何が何でも嘘を突き通さなければならない。

 

「……ちょっとね〜。モカちゃんの国語の教科書が見つからなくて〜。蘭のカバンに紛れてないかな〜って」

「あったの?」

「なかった〜」

 

 例え幼馴染と言えど、今までカバンの中を勝手に漁るなんて事はした事なかったので、苦しい言い訳かと思ったのだが嘘が通せてしまった。もしかしたら蘭もこう言う事をしたことがあったのかもしれない。

 

「蘭?弁当取りに行ったにしてはやけに時間掛かって……ああ、モカと話してたのか」

 

 竜介が来た。無意識にスマホのカメラをこっそり起動してしまう。

 

「竜介は先言ってて」

「はいよー」

 

 蘭に指示された竜介は足早に教室を出て行った。

 何とか最悪の事態は逃れたが、今この場所はモカの心臓に悪い。早く離れたいと思う。それにお腹も空いた。

 

「じゃあ、モカちゃん達もれっつご〜」

「待ってモカ」

 

 教室の出口へ向かって歩みを進めていると、蘭に引き止められてしまった。

 

「話がある。放課後、一人で屋上に来て」

 

 そう言い残し、蘭は一人歩いて行ってしまった。どこか怒っているようにも見えた。

 もしかして、勝手にカバンを覗いた事を怒って……いや、蘭はそのくらいでは怒らない。恥ずかしい恥ずかしいと言っていた作詞ノートもなんだかんだで見せてくれるくらいには優しいのだ。

 では、何故怒っていたのか。

 そう言えば、蘭と竜介は幼稚園の頃から仲が良かったと聞く。竜介も蘭の事を運命共同体と言う程大事しているし、蘭も同じくらい竜介を大事に想っている。

 もしかしたら、そんな蘭の大事な竜介を盗撮したから、あんなにも怒っていたのかもしれない。

 蘭が写真を持っていった事は確定したが、それ以上にモカのピンチが勝っていた。




盗撮していた事が一番大切な幼馴染にバレちゃった!しかも屋上に呼び出し!?
これは殴り合い必須の青春案件。モカちゃんのボディーとソウルに危機が迫る!
蘭ちゃん蘭ちゃんお手手に持ってる(華道用)ハサミはな〜に?え、ちょっと何するn──
果たしてモカちゃんの運命や如何に!?

次回、夢想少女どり〜む☆かおるん!

「人気のあの子はパン屋さん!?ブレッドキャプターさあやちゃん!」

それじゃあ行くよー!
夢想、泡沫、朧、これが夜に咲くマジカルスピア〜☆(因果逆転)(心臓一突)(物騒)

来週もまた見てね!(大嘘)




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第56奏 対乙女的盗撮卿最終兵器:ドラゴンネイト・ゴッドバスター

最近ピアノでロングロングアゴーを練習し始めました。指の間接が固くて引きにくい。
うずら飼いたい。


 清々しい程真っ赤に染まる空。屋上を突き抜ける爽やかな風。青春を生きるに相応しいシチュエーションだった。だが、そんな青春の一幕には似つかわしくない気迫を纏った少女が二人。

 

「蘭〜話ってなに〜?」

 

 対峙する少女の一人、青葉モカは相手の少女に向かって質問を投げかける。本当は呼び出された理由など分かっているが、蘭を怒らせてしまった事から逃げたくて、本題に入るまでの時間を出来るだけ稼いだ。

 

「……今日、ずっと写真探してたでしょ。」

 

 片やもう一人の少女、美竹蘭は『本当は全部分かってるでしょ』と視線で訴えながら、モカに写真の真相を問う。

 

「写真〜?何のこと〜?」

 

 モカの思い(病み)を暴かれたくなくて、苦し紛れの白を切る行為を取るが、蘭はそれをため息で一蹴した。

 

「写真、いらないなら捨てちゃうけど」

「ッ!?」

 

 目に見て分かる反応をモカは蘭に返してしまう。

 

「……怒ってる〜?」

「怒ってる」

 

 蘭は何ともないように言うが、その瞳の奥には怒りの青焔がしっかりと燃えていた。

 やはり、竜介の写真を勝手に撮った事を怒っているらしい。だがそれもそうだろう。盗撮なんて気持ち悪い事この上ない。

 モカも自分自身が異常者だと言う自覚はあった。ただ、それでも竜介の存在は必要なのだ。

 

 小学五年生の頃、竜介が好きでたくさんアプローチを掛けた。自分自身が可愛い可愛いと冗談混じりに竜介に言い聞かせ、楽しく毎日を過ごしていた。

 でも、それを良く思わない人もいたらしく、その人達から軽い弄りを……いや、イジメと言う名の軽犯罪を受けた。物を隠されたり、悪口を言われたり、それが書いてあるノートを見つけたり。一番酷い時は、分かりやすく無視をされたりもした。

 しばらくそれが続いて、そしてイジメが先生に見つかって、クラス会議にまで発展した。それから時間が経っても、クラスの人とはあまり話せずじまい。

 女子からも男子からも、異質な物を見る目を向けられる様になった。もちろん例外も数人いたが。

 そんな息苦しい状況のクラス内で、竜介の隣だけが憩いの場所だった。幸いな事に席も隣同士だったし、竜介も周りに流されない性格だったので、まともな日々を送る事が出来た。

 自分の味方だったのだ。竜介だけが、

 

「りー君はさ、あたしにとって、心の安息地帯なんだ」

「じゃあ、竜介の隣にずっといればいいじゃん。なんでわざわざ写真撮るの?」

「だって、迷惑になっちゃうでしょ」

 

 竜介の隣を陣取る事はせず、写真を撮るだけにする。それがモカの中での規則だった。

 

「……ごめん。気持ち悪いよねー……あはは……」

「モカ」

 

 蘭がそうモカの名前を呼びながら、ゆっくりモカの方に歩いて来る。

 きっとぶたれるんだとモカは悟り、キュッと目を閉じた。

 

「──ッ」

 

 次の瞬間、モカは誰かに頭を撫でられた。

 そっと目を開け、自分の頭を撫でる幼馴染の顔を見る。

 

「……蘭?」

「なに」

「怒ってるんじゃないの?」

「怒ってる」

 

 訳が分からなかった。蘭は竜介を盗撮された事に怒ってる筈だ。そしてその犯人が目の前にいる。何故ぶつのではなく撫でるのか。

 自分がおかしいのは自覚している。自分のやった行動が蘭に嫌悪感を抱かせたのも理解した。でも、蘭の行動だけは真意が分からなかった。

 

「なんで……」

「元気ないとき、こうされると元気出るから。あたしも竜介にされてる。最近してくれないけど」

「そうじゃなくて……。蘭は、あたしがリー君の写真撮ってた事を気持ち悪いって思ってたんじゃないの?」

「え、全然」

 

 蘭の返答に思わず「えっ……」と声が漏れた。

 

「竜介から、小五の時の事全部聞いた。なんで頼ってくれなかったの?皆いたのに。あたしはその事に怒ってる」

「蘭……」

 

 そう言う事だったのかと、モカは心の中で理解した。

 

「言えないよ……。だって、全部あたしが悪かったんだし」

「いじめた方に全責任押し付けて良いって竜介が言ってた」

「それは、そうかもしれないけどさー……」

 

 今日の蘭は強い。竜介から助言と言う名のバフを授かっている。

 本当はモカが蘭を追い詰めてる筈だったのに、気づけば立場が逆転していた。蘭にパンを奢らせようとしていた昨晩がもう懐かしい。

 結局、蘭の強さにモカは言葉を返すことが出来なかった。

 そんなモカに蘭が微笑みながら言う。

 

「モカは何も悪くない。全部相手のせい。それに、写真だったらいつでもプリクラ撮ってやるって竜介も言ってた。だから、モカがコソコソ何かする必要もない」

「……そっか」

 

 蘭の言葉に、心の枷が外れていく感覚を覚えた。

 竜介に写真の事はバレてしまったが、黒歴史と言う事にして後で写真は処理をしておこうと、モカは心の中で固く誓う。

 

「蘭がそこまで言うなら~、モカちゃんもリー君を撮るのをやめようかな~。でもいいの~?モカちゃん、結構面倒くさいよ~」

「いいよ。今更だし」

「え~酷~い」

 

 小学校からの付き合いである幼馴染が冗談交じりにそう笑って言った。モカも緩い笑顔を返す。そうした後に、思い切り蘭に抱きついた。ギターで少し鍛えられた腕の感触が心地いい。

 

「そう言えばさ~蘭はモカちゃんの写真を何処に隠したのかな~」

「竜介に渡した」

「……えっ」

 

 この幼馴染、とんでもない事をしてくれた。竜介に盗撮がバレてしまったのは仕方ないとモカは思っていたが、その現物を渡されたとなると話が違って来る。

 

「明日回収しなきゃね~」

「あたしが貰ってこようか?」

「大丈夫~」

 

 明日、特大ミッションをこなさなければならなくなった。

 最終兵器に値する竜介から、どう写真を取り返そうかとモカは頭の中で作戦を練るが、如何せん勝てる気がしない。はたして写真は取り返せるのだろうか。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 十月、某火曜日の夕暮れ時。あこがハートの描かれたオムライスを作って俺の所に持ってきた。いや、ハートはいかんでしょ。そうやってすぐ男子を勘違いさせに行くの良くない。本当に良くない。この笑顔が可愛い魔王様め。

 まあそれにしても見事なハートだこと。一瞬頭の中で小四の時に起こったハートチョコバー○ヤン事件が過ぎったが、これは仕返しのチャンスなのだろうか。正解は否だ。そんな事した暁には、びんたとぱんちを貰った後、ゲーミングPCと共にあこが引きこもるバッドエンドが訪れることだろう。

 

 最近、あこのためにデスクップ型ゲーミングPCをグーでグルなサイトとアキバの力を借りて作ったが、あこはどう思ってるのだろうか。一応金に物を言わせ、店員おススメの最新パーツをフル投入したのだが。グラフィックも音も処理能力も、我が家にあるインターネット端末の中ではぴか一の性能を誇っている。正に魔王の玉座に相応しい逸品。玉座と言うか、ゲーミングチェアだけども。

 ゲーミングヘッドセットにゲーミングチェア、最新スペックのゲーミングPC。バイト代溜めてた口座の金が半分消し飛んだが、まあ……あこのためだし(馬鹿)

 取り敢えず何でもゲーミング付ければ良いって物ではない。

 

 徒話はさておいて(フル装備した魔王は最強)

 

 このオムライスを俺に食せと言うのだろうか。写真撮ってラップして一週間は飾っておきたくなるこの宝物を、今此処で食せと言うのだろうか。

 

「りゅう兄、食べないの?」

 

 純粋の中の純粋、ピュアオブザピュアな目で俺を見てくるあこ。魔眼が俺にスプーンを握らせる。

 

「いた、だきます……」

 

 オムライスを一口。当然ながら美味しい。何故ならあこはポテンシャルの塊だから。

 正直言ってこの上達速度はずるいと思う。天は人にニ物を与えない筈では。

 

「美味しいです」

「やった!」

 

 あこの笑顔と料理の美味しさが、俺の目と胃を掴んで離さない。がっちりホールドされている。プロレスラーもびっくりな程に。

 俺に褒められたあこは、喜びの気持ちを胸にマグカップの中の紅茶を飲んだ。そのカップはやはりイルカの取っ手の物だった。

 




イジメじゃなくてさ、恐喝とか窃盗とか、名誉毀損って言う罪名で教育したほうが良いと思うんだよね。いじめって、なんか言葉の重みが軽いじゃん?
「○君も謝ったんだから許してあげなさい」って言う先生は一回修行して来た方が良いと思う。許すかどうか決めるのはこっちじゃいボケィ。
なんか凄い久しぶりに真面目な話をした。イジメはいかんよ。絶対に。
肉(団子)のお兄さんとの約束だぞ!

蘭モカええなー。あこりん派だけど心変わりしそうになる。

ゲーミングのゲシュタルト崩壊。

あこ姫の待遇が良すぎて一家に一台神楽竜介の文字を掲げたくなった。わっしょいわっしょい。


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第57奏 Error Code01:崩壊

不穏なサブタイですまぬ。

あっ、偶然01になった。


「ねえねえリ~君、今日の放課後モカちゃんとデートしな~い?」

「ナンパか?俺はナンパをされているのか?」

 

 サンサンと太陽の昇る昼休みに、モカは竜介にデートの約束を取り付けていた。つぐみとあこが取り乱すのを隠し、蘭と巴とひまりは何食わぬ顔で弁当を食す。

 竜介は自身の女々っぽさから、ついに口説かれる立場になったんだと悟りを開いた。だが当然、モカにその様な意図はない。

 モカの目指す物──それは竜介が持つ写真一択だ。もう見られてしまってるから意味がないと言う人がいるかもしれないが、あの写真は処分しなければならない物──即ち黒歴史なのだ。何がなんでもこの世から抹消しなければならない。

 

「も、モカちゃんが行くなら私も行くよ!」

「あ、あこも!」

「ごめんね二人とも~。これはモカちゃんの戦いだから、二人は参戦出来ないのだ~」

 

 モカの戦い=恋の戦いと理解したあことつぐみは余計に焦った。否、あこに関しては何故自分が焦っているのかを理解していない。相変わらずの無自覚さだ。

 モカは昼食のやまぶきべーかりー産チョココロネを食べた後、竜介の返答を聞くべく聴覚を研ぎ澄ます。ここで断られたら、写真はもう戻ってこないと考えた方が良いだろう。やはり蘭に取り返すのを手伝って貰った方が……いや、今更引き返せない。モカは気合を入れなおした。

 

「どうする~リ~君」

「まあ、別に良いけどさ。何処行く?」

「そこはモカちゃんにお任せあれ〜」

「ちょっと不安だな」

 

 竜介の失礼な発言。モカは竜介の首を絞めた。そしてひまりが止めに入る。

 人が折角頑張ろうと決めて動いているのに失礼な人だと、モカは竜介をジト目で睨んだ。

 

「モカは俺の首を絞めるのが好きなのか?なに?新しい愛情表現?」

「そうかもしれないね~」

 

 愛情表現──良い例え方だ。これからは愛情表現として竜介の首に抱きつきに行こう。モカはそう考え至りニヤリと笑った。

 モカの様子を不審に思い、竜介はモカから距離を取った。しかし、モカは竜介が離れた分距離を詰める。

 

「……何だよ、モカ」

「モカちゃんはリ〜君が大好きだから〜、リ〜君の近くにいないと死んじゃうので〜す」

「首絞めたいだけだろ?」

「そんな事言うと首絞めちゃうよ〜?」

 

 こんなに分かりやすくアピールしても竜介は靡かない。竜介はあこが鈍感だと言っていたが、竜介もかなり酷い鈍感さを持ち合わせているとモカは思う。

 

「ふっふっふ〜、放課後のデートを楽しみにしているが良い〜」

「おう。楽しみにしとく」

 

 そう竜介が言いながら、モカの肩に寄りかかった。突拍子もなくそういう事をするからモカも照れてしまうのだ。

 モカは照れ隠しで竜介の首を絞めた。締める力が弱すぎてあすなろ抱きになってしまったが、たまにはこう言うのも良いだろう。つぐみとあこからの視線がモカを楽しませた。

 

「リ〜君、モカちゃんは唐揚げが食べたいで〜す」

「俺の弁当ハンバーグなんだけど」

「夕飯の話〜」

「あ、食べに来るのね」

 

 放課後デートで夕飯の買い物をする事になった。

 

 

 ____

 

 

 

 カラスが鳴いている。夕日を背景にカラスがトンビを追いかけながら鳴いている。弱肉強食。

 その様子を見ながら、いちごバナナのクレープを食べ歩く事十数分、ショッピングモールにやって来た。デートと言ったら何処に行くべきかを考えた際、ここ近辺ならショッピングモールしかないという事でここに来たのだ。

 

「リ〜君、お腹空いた〜」

「今クレープ食ってるよな?」

 

 モカの胃袋は異次元を誇るのだ。空いてしまう物は仕方がないとモカは言い訳した。

 ちょうど良い事に、近くにミニバンの焼き鳥屋があったので、そこで五本購入し食べながらショッピングモールに向かった。

 

「ほんとよく食べるよな。なんで太らないんだ?体質?」

「モカちゃんは美少女でいなきゃいけないからね〜、神様がモカちゃんを太らせないように調整してくれるのだ〜」

「便利な身体だな」

「便利だよ〜」

 

 服屋の前を通り過ぎ、エスカレーターに乗って化粧品コーナーにやって来た。ちなみに、焼き鳥はもうなくなっている。

 

「なんで化粧品〜?」

「折角だから見て行こうと思って。モカだって化粧とかするだろ?」

「しないよ〜。モカちゃんは美少女だから化粧なんていらないんだ〜」

 

 モカは全世界の女性を敵に回した。だが、この場にモカ以外の女性はいないため、ツッこむ者は誰もいない。

 

「化粧水と乳液ぐらいは付けるだろ?」

「全然〜」

「凄いな。それでそんなに可愛いのか」

「えっへ〜ん」

 

 腰に手を当てて、モカは自慢げに胸を張った。実は竜介に可愛いと褒められて胸が高鳴っているが、それを隠すのが女の子と言うもの。女は何時だって女優なのだ。

 

「ひまりとかは軽い化粧してるって言ってたけどな。あ、口紅でも買ってみるか?それともアイシャドウとか買ってツリ目メイクしてみるか。結構カッコイイんだぞ、ツリ目メイクって。女の人が寄ってくる」

「なんでリ〜君そんなに詳しいの〜?」

「……元演劇部部員だからな。化粧とかやってたんだ」

 

 モカの勘が言外の何かを竜介から感じ取ったが、気にしない事にした。これで竜介の女装癖でも暴いてしまったら、今後の付き合いに支障が出る。……いや、盗撮と女装癖、同じ変態という事で相性がいいかも知れない。

 モカは竜介に女装癖がある事を少し祈りつつ、適当な化粧品を手に取った。

 

「化粧品ってさ〜量の割にお値段高いよね〜。あたしならやまぶきベーカリーのパン買うよ〜」

「モカらしいな。でも、将来のために少しは化粧を覚えといた方が良いと思うぞ。いくらモカが美少女と言えど、歳とったら小じわとかが増えて来るんだし」

「そんな未来の話されても分からないよ〜」

 

 竜介はモカの母親の様な事を言ってくる。けれど、化粧なんてこの先数年はしないだろう。興味がないし、意味も感じない。そもそもなんで化粧をしなければならないのかが分からない。女=化粧の印象はこの世から抹消すべきだとモカは思う。

 

「あこちんは化粧とかするの〜?」

「あこはしないな、巴と一緒で。あの姉妹、何処か男っぽさがあるんだよ」

「あこちんもなんだかんだワイルドに行く時あるからね〜」

「そもそもドラマーって言うイケメン要素持ってるしな、あの二人」

 

 もしかしたらあこに男っぽさがあるから、竜介が女っぽくなったのかもしれない。いや、あこの男っぽさが女っぽい竜介を引き寄せたのか……。モカはしばらく考え、その運命性に首を捻った。

 

「でも、なんであこちんなんだろ〜。ともちんでも良くな〜い?モカちゃん的にはリ〜君とともちんの方が似合うと思うんだよね〜。亭主関白なともちんに〜、お嫁さんのリ〜君」

「それはほら、あれだよ。色々あったんだよ。出会いとか、その後とか」

 

 竜介は言いながら微笑んだ。何か大切な思い出を想い起こす様に。

 見たところ、何か運命的な出来事があったらしい。一体何があったのだろうか。車に轢かれかけた所を救われたのか、不良に絡まれたりでもしたのか。どちらにしろ男らしさの欠片もない。

 

「取り敢えず、俺にはあこしか居ないんだよ。そこを分かって欲しい」

「ふ〜ん。まあ、リ〜君が良いならそれで良いけどね〜。取り敢えずモカちゃん的には、そろそろ別の場所に行きたいな〜って」

「それもそうだな。ゲーセンでも行くか」

 

 結局、化粧品は見るだけに終わった。この時間があればやまぶきベーカリーのパン十個は食せたが、せっかくの竜介との時間だ。モカはこの時間が有意義な物だったと思う事にした。

 

 

 

 

 ゲームセンター──アーケードゲームやUFOキャッチャーのSEが騒がしく鳴り響く場所。モカが以前、お菓子の景品目当てに二千円を溶かした場所である。思い出しただけでモカの頭は痛くなった。

 

「ではでは、リ〜君にはモカちゃんのサイフになって貰いましょ〜」

「とんだ悪女だな」

「ほれほれ〜あれを取って見せよ〜」

 

 モカはそう言って、色んなお菓子が詰まっているバケツが景品の機体を指さした。これは、以前モカのサイフから二千円を奪い取った忌まわしき機体だ。景品の重さに対して、アームの力が恐ろしく弱い。

 家で裁縫や料理ばっかりやっているおかん属性の竜介に、この景品を取るのは至難の技が必要──

 

「ほら、取れたぞ」

 

 ……ほうほうなるほどなるほどと、モカは落ち着いて相槌を打った。竜介が五百円で景品を取ったのは、きっとモカの気の所為だろう。

 

「……リ〜君って、こう言うの得意なの〜?」

「今の時代、ネットのシミュレーションゲームで何でも出来るからな。UFOキャッチャーはNFOのプライズ景品が入る事もあるからあこのために極めてある」

「なる〜」

 

 モカは今一度相槌を打った。全ては意中の人に貢ぐため、そのために努力は惜しまないと、そう言う事らしい。中々に高い彼氏スキルである。

 

「じゃあ次はあれ行ってみよ〜」

「UFOキャッチャーは程々にやるからな。前に隣街のゲーセンで景品取りすぎて店出禁になったし」

 

 この男、何をしているのだろうか。

 

「俺はただ、あこのためにNFOの武器ストラップを乱獲してただけなのに……。あのクソ店主め、今度あったら店赤字にしてやる」

「どうどう〜」

 

 少し荒れ始めた竜介を宥めながら、モカは景品のお菓子が落ちるのを眺めていた。

 

「ほら、大事に食べるんだぞ」

「は〜い」

 

 取ってもらった景品を手に、モカはホクホクした顔を竜介に向けた。両手にはお菓子のバケツ。これで今晩のおやつには困らない。

 相変わらず、神楽竜介という人は有能性に満ちた男である。ご飯を作ってくれるし、他の家事だって頼めばやってくれる。寂しい夜の抱き枕にもなるし、写真はモカの元安定剤だ。彼氏スキルなしにモカの家に攫ってしまいたい。

 

 

「最後にプリクラ撮ってこうぜ」

 

 

 竜介が言いながら、プリクラの機械に入って行った。

 モカ続けて入──ろうとしたところで足を止めた。一度深く考えるために。

 

 待って欲しい。プリクラという事はあれだ。モカが竜介と一緒に写真を取るということだ。

 待って欲しい。竜介の盗撮卿であるモカが、いきなり御本人様と相写して良いのだろうか。それにあこの事は?

 いや、竜介のことだからとそんな事一ミリも考えていないのはモカも知っている。が、やっぱりちょっと待って欲しい。純粋に恥ずかしいのだが。

 

 一方竜介の方はと言うと、何の恥ずかしげもなくプリクラの設定をピコピコといじくっていた。何故男である竜介がプリクラの使い方を熟知しているのか、モカは頭の中で首を捻った。

 

「モカ、早く来いよ」

「え、え〜と〜、モカちゃん見てるだけで良いと言いますか〜。その〜」

「ほら早く」

 

 グイッと、思い切り竜介に腕を引っ張られ、ストンと竜介の胸の中に収まってしまった。瞬間、モカの乙女ハートがエンジンフルマキシマムで稼働する。

 顔が熱い。竜介が近い、というより接触してる。肩に腕回さないで。耳に息が当たってくすぐったい。なんかアロマのいい匂いする。それとなんかエロい。貴方男でしょ──様々な思考がモカの中に飛び回り、最終的にはショートという形で落ち着いた。

 プリクラのキャピキャピした音声ガイドが写真撮影の合図を切り、シャッターを押した。パシャリと撮られた写真には、キラキラフレームと共に竜介とモカが収まっていた。

 

 ついに……ついに竜介と写真を撮ってしまった。こんな事一生ないと思っていたのに。盗撮卿であるモカが、その盗撮相手と一緒に写真なんて……。

 

 そもそも、竜介だってモカが勝手に竜介の写真を撮っていた事を知っている筈だ。それなのに、何故わざわざ盗撮の事を思い出させる撮影機体(プリクラ)の前に来たのか。

 

「……もしかしてさ〜」

「ん?どうした」

 

 様々な思考を巡らせたモカだが、たった今頭の中に一つの可能性が浮かんだ。

 それは、このデート自体が仕組まれていたものではないか、と言う可能性だ。

 

「リ〜君さ〜、蘭と打ち合わせ〜?みたいのしたでしょ〜。それで〜リ〜君とあたしをデートさせて〜、二人が無事仲直り〜的な〜?」

「うーん。ちょっと違うけど、モカとデートしようって思ってたのは合ってる。モカが俺を盗撮してた事、蘭に聞いた時からちゃんと話したいって思ってたから」

 

 竜介はプリクラから排出された写真を手に取った後、自分のカバンの中からなくなったモカの竜介盗撮写真を取り出した。

 

「ほら。色々言いたい事あったけど、蘭がもう言ってくれたみたいだし。俺から言う事はない。けど、一つだけ言わせてくれ──」

 

 片手で持った写真達をモカに渡した後、竜介はそっとモカの頭を優しく撫でた。そして、慈愛と優しさを込めた微笑みをモカに向けながら、竜介は言ったのだ。

 

 

「俺を頼れ」

 

 

 ──あ、死んだ。

 

 

「……ふ〜ん……ふ〜ん……そんな事言っちゃって良いのかな〜?モカちゃん、結構めんどくさいよ〜?良いの〜?」

「その面倒臭い奴と何年も一緒にいた俺が言ったんだ。つべこべ言わず頼れ」

「ふ〜ん……そっかー……そ、っかー……」

 

 嗚呼、まずい。涙腺が崩壊してしまった。

 竜介の前でモカはみっともなく泣いている。今までずっと写真を糧に張り詰めていたから、その弦が切れてしまい抑えが効かない。

 溢れ出した涙色のビーズが、ポロポロと頬の上を転がっていく。

 

「リー、くんの……モカちゃんたらし……」

「ははっ。なんだよそれ」

 

 にこやかに笑いながら、竜介はモカの頭を撫でた。

 

 

 

 それからしばらく、一頻り泣いて、撫でて貰って、やっとモカは泣き止んだ。竜介の前で泣いたのは初めてだったから、後味が最高に酸っぱくてしょっぱい。

 竜介はモカが泣いている間、ずっと頭を撫でてくれていた。温かくて、優しく大きな手がとても心地良かった。

 

「モカもやっと泣き止んだし、そろそろ帰るか」

「りょうか〜い」

「あこに夕飯作らなくて良いって連絡入れなくちゃな」

 

 そう言いながら、竜介がスマホを取り出して自宅に連絡を入れる。ノリと様が家で待つ嫁に電話を掛けるそれだった。やはり、この二人の間に入るのは至難の技のようだ。どうやったらここまで仲が良くなるのか。

 

「あれ、出ないな。今日はRoseliaの練習無いはずだけど……ゲームしてんのかな」

 

 だが、どんなに仲が良くても、通じ合わない時があるようだ。

 モカの胸の内に、何か嫌な感覚が走った。場違いな言い方だが、モカちゃんセンサーが反応したのだ

 

「……リー君、早く帰ろ」

「そうだな。夕飯の材料は……家にあるから大丈夫か」

「そんなの良いから。早く」

 

 モカは竜介の手を引っ張って、彼の自宅を目指した。どうかこの胸騒ぎが外れてますようにと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜介の自宅に着いた。一階にも、二階にも電気はついてなくて、前に覗いたあこの部屋も、外から見た限りでは真っ暗だった。

 

 玄関に入って。

 リビングに向かって、電気をつけて。

 部屋を見渡したら、台所の前ですすり泣くあこがいた。

 

「あこ、どうし──ッ!」

 

 あこの目の前には、割れたマグカップの様な破片が散らばっていた。取っ手らしいパーツの部分はイルカの形をしている。

 その惨状を見た竜介が、あこに怪我がないかを案じて真っ先に隣へと駆け寄った。

 

「ごめん、なさい……りゅう兄」

「だ、大丈夫だったか?怪我はないか?」

「りゅう兄が、買ってくれた……マグカップ、割っちゃった……」

「マグカップはまた買えば良いからさ。泣かなくて大丈夫だよ」

 

 竜介はあこを安心させようと声をかけるが、あこは一向に泣き止む気配がない。今までこんな事なかったせいか、竜介も酷く動揺していた。

 竜介がいくら大丈夫と声を掛けても、あこは一層泣き尽くすばかりで。そのマイナスな方向に突き進んでいく光景は、モカにも見覚えがあった。

 

 それは、モカが竜介を求めて堕ちて行った様と酷似していた。

 

 暗い暗い奥底へ堕ちていく。何かに縋り続けなきゃいけない地獄の落とし穴に、あこは突き落とされていたのだ。

 

 

 

「“また”……大切な物、壊しちゃった……」

 

 

 

 自分の罪を噛み締め確かめる様に、あこは自分の腕を抱きしめて、蹲って震えていた。

 

 

 

 

 ──嗚呼、崩壊する(壊れる)

 

 

 

 

「ッ!」

「あ、あこッ!待っ──」

 

 あこが、竜介を振り払って飛び出した。

 

 竜介は引き止めようと手を伸ばす。けど、その手はかすりもしない。

 

「リー君……」

 

 玄関の扉が勢い良く開かれる音が響いた。

 竜介はあこがいた場所に座りこんだまま、そっと伸ばした手を下ろす。ただ、困惑に満ちた顔をしていた。

 

「あこ、どうして……」

 

 

 

 永い永い、魔王城の夜が幕を開けたのだった。

 

 

 

 




モカちゃん編あっさりしてるなって思ったでしょ?でしょ?
いつもと比べてあこの出番多いなって思ったでしょ?でしょ?
当然。だってモカちゃん編は魔王編の序章なんだもの。
この小説の読者は僕の急展開についていける精鋭しかいないから、何やっても大丈夫(開き直り)
これぞ安心と信頼。

モカちゃん編はハッピーエンドだったからさ、オチはバットにしなきゃ行けないやん。ストーリー構成のお約束としてさ。いや違うんよ。モカちゃん編がただの盗撮魔って言う王道的でつまんなーい病みだったからとかではないの断じてないの。ただ僕はお話を面白くしようと思ったのと笑ってる子を泣かせたkゲフンゲフンしたかった訳で。僕はなにも悪くないの。

魔王編本章はじまりはじまり〜。

人の頭を撫でないと決めた竜介が、モカの頭を撫でた事に何かを感じ取って欲しい回。ただの撫でじゃないの。エモい。
モカちゃんって頭の中は忙しなく感情が飛び交ってそう。


ラスト千文字にニヤケが止まらねーぜ。性癖に刺さりゅのぉぉぉ。ぐへへへへ。

頑張れ竜介負けるな竜介。ここ最近で一番のアピールポイントだよ!さあ、囚われの魔王様を救いに行くのだ!(暗黒微笑)(性癖屈折ゲイボルグ)
第1奏から積み上げて来たあこと主人公の繋がりをぶっ壊したこの感覚が堪らない(恍惚)
崩壊したのはモカちゃんの涙腺だけじゃなかったんや。あことの関係もお気に入りのマグカップも全部崩壊(ぶっ壊れ)たんや。最 & 高 。オープンザフラッグ。


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第58奏 Error Code02:事情

何話ぐらい掛けてあこ編やれば良い?僕ストレス溜まるのは避けたいからサクサク進めたいんやけど。



 あこが家を飛び出してから何十分と時間が経過した。俺は状況が飲み込めず、ずっと台所の前に座り込んでいた。

 

「なあ……モカ」

「……うん」

「俺、どうすれば良かったんだろう」

 

 あこの手を掴む事が出来なかった俺の手。それを見ながら、俺はモカに問いかける。

 お気に入りのマグカップ。俺との思い出が詰まったマグカップ。そんな大切な物を壊してしまったあこは、ショックからか家を飛び出してしまった。

 

「……そうだ。あこを探しに──」

「多分だけど、大丈夫だと思う」

「は?なんでだ?」

 

 モカは何か知っている顔で俺を見ていた。一体何を知っていると言うのか。モカに目線で訴えたけど、モカは首を横に振る。その代わり、あこの居場所が分かる根拠を教えてくれた。

 

「あこちん、きっと今はともちんの所にいるよ。今のあこちんの居場所が、そこに変わったから」

「俺の家──俺の隣は、ダメだって言うのか?」

「うん。今は、ね」

「……そうか」

 

 モカの言葉に、俺はゆっくり相槌を返す。

 あこの居場所が巴の元に戻っただけ。俺は一度自分にそう言い聞かせた。ここで怒っても、きっと意味が無いと思えたから。それに、モカは関係ない。

 

「……ふー。すまん、ちょっと動揺してた。今から夕飯作るから待っててくれ」

 

 今日はモカに唐揚げを作ってあげる約束をしているのだ。あこがいなくなったからと言って、大切な友との約束を破る訳にはいかない。

 俺は台所に立って、夕飯の材料を調理台に並べた。食材を切っていき、下ごしらえをして、しばらく寝かせる。

 

「リー君、無理しちゃダメだよ」

「大丈夫。料理が出来てるなら、まだ俺は限界を迎えてない。何とかなる範囲だ」

 

 そう言いながら野菜を切っていると、包丁が俺の親指を切った。かなり深くに切り込んでしまい出血が止まらない。

 

「リー君の体は、リー君が思ってる以上に堪えてる」

「……すまん」

「良いよ〜。たまにはこう言う事だってあるからさー」

 

 モカの為なのに料理が出来ない。

 人の為なのに料理が出来ない。

 その事実が俺を歯がみさせる。俺は結局、どこまで行っても弱い人間なのだろうか。

 

 俺が心の中で嘆いていると、スマホが震えた。着信相手は巴だ。

 どうやら、あこが家に着いたらしい。そして全ての事情を察し、俺の元に連絡を入れて来た。メールにはそう言う旨の文が綴ってある。

 

『話したい事がある。明日の昼休みに屋上に来てくれ』

 

 追加でもう一文そう送られて来た。

 俺はその一文を読んだ後、スマホをポケットの中にしまう。

 

「モカ、ごめんな。また今度埋め合わせするから」

「ううん、大丈夫。それじゃ、また明日ー」

「おう。またな」

 

 モカが家から出るのを見送った。

 

 その後に、俺は家に買い置きをしてあるカップラーメンの山の中から醤油味を抜き取り、お湯を沸かした。

 これが、俺が一人の時の食事。栄養バランスなんて関係ない。ただ腹を満たすだけの食事。

 以前、相手に依存しすぎと美咲に怒られたが、確かにこれは見過ごせない依存度だろう。でも、それで良いのだ。きっと俺には、これくらいが丁度いいから。

 

 

 

 ___

 

 

 

 翌日の木曜日の昼休み。あこを除いたいつものメンバーが屋上に集まった。

 巴にあこの様子を聞いてみたのだが、学校を休んでいると言う情報以外は教えて貰えなかった。今一番気になるのはあこの容態だったのだが。

 

 いつも通りとは行かない昼食の時間になった。俺はチラリと巴を見る。

 巴は一度大きくため息をつき、頭の後ろを自分でかきながら話し始めた。

 

「あー、どこから話したもんかなー」

 

 一言めに困惑。どうやら何か長い事情があるようだ。

 

「竜介はさ、あこが竜介ん家に来た時の事覚えてるか?」

 

 巴の問いかけに、俺は首を縦に振る。

 あこが来た日。それはあこと巴が喧嘩をし、あこが家に帰りたくなくて俺の家にやって来た日だ。喧嘩の原因は分からなかったけど、時間が経ったら勝手に解決していた。

 忘れたくても忘れる事なんて出来ない。とても深くまで刻まれた思い出だ。

 

「じゃあ、そこからだな」

 

 コホンと、巴は一度咳払いをして話し出した。

 

「前さ、あこがアタシのマグカップ割っちまったんだ。アタシは大丈夫だって言ったんだけど、あこが聞かなくて……それで飛び出して」

「俺の所に来たと」

「ああ」

 

 少し前から、何故あこが俺の家に来たかを気にしていたのだが、まさかそんな事情があったとは。あこが“また”大切な物を壊したと言っていた理由が分かった。

 しかし、今回と前回──共通点はマグカップと言う事だけ。あこがあそこまで落ち込む理由が分からなかった。

 

「なあ巴。あこは大切な物を壊したって泣いてたけど、そのマグカップってそんなに大切な物だったのか?」

「……それなんだけどさ。あのマグカップ、あこが誕生日にくれた物なんだ。それで、アタシが一番大切にしてて」

「……そっか」

 

 あこが大切な物を壊したと言った理由が分かったと俺は前述したが、訂正させて欲しい。

 俺は、あこの気持ちを一ミリも理解していなかった。あこがカップを割った時どんな気持ちだったか。あこがどんな想いで俺に謝っていたのか。どんな心境で俺の家を飛び出して行ったのか。その全てを全然理解していなかった。

 俺は、俺自身を殴りたい。

 

「俺は、なにも知らなかったんだな」

「あ、いや……そんな重く受け止めないでくれ。元はと言えばアタシが悪いんだし」

「いや、巴は何も悪くない」

 

 多分だけど、今回の件は俺を除いて誰も悪くないのだ。偶然あこが巴のマグカップを割ってしまい、今度は俺の家で同じ失敗をしてしまった。ただ、それだけの事。あこも巴も、誰も悪くない。

 

「間違えて起こっちゃったなら仕方ないさ。ミスは誰にだってある。だから、あこは何も悪くない」

「わざとじゃなければOKって事〜?」

「お、おいモカ」

「まあ、そうだな」

 

 突然口を挟んだモカに、巴が慌てて止めに入る。何かを隠しているみたいだった。もしかしたら、あこが俺の知らない所で何か悪事を働いていたのかもしれない。

 

「リー君さー、前にあこちんが、お弁当連続で忘れた事あったの覚えてるー?」

「ああ。覚えてる」

「あれ、わざとだよ」

 

 最初はいつも通り、でも段々と低い声で。モカっぽくない声でモカが言った。

 それを聞いた皆が、気まずそうに目を逸らす。どうやらモカの言っている事は嘘ではないらしい。

 

「そっか……あれ、わざとだったのか」

「モカちゃん的にはさ〜、どんな理由があっても〜リー君が頑張って作ったお弁当忘れるなんてありえなーいって思うんだ〜」

 

 だから、この機会に縁を切ってしまえ。モカは言外にそう語った。

 俺の頭の中に、モカの台詞が反芻する。わざと忘れられていたのはショックだった。あこもそう言う事をするんだなと、意外な一面を知ることが出来た。

 

「悪い。俺はそれくらいじゃあこの事を嫌いになれない。多分、殺されても恨めないと思う」

「リ〜君呪われてるね〜」

 

 悪役に回っていたモカが優しく笑う。

 

「ははっ。確かに呪いかもな。でも、あこといられるならそれで良い」

 

 もしかしたら、俺はとんでもない甘ちゃんなのかもしれない。でも、仕方ないではないか。それだけあこの事を想っているのだから。純愛の名の下なら何をしても良いって国語の先生が言っていた。

 

「あこは何も悪くない。巴も悪くない。あとは俺が頑張る。それでこの話しはお終い!良し、飯食うぞ。時間なくなっちまう」

「なーんか腑に落ちねーなー……」

「なんだ?思いっきり攻めた方がよかったか?」

「いや、そう言う訳じゃないけど……」

 

 巴は言い淀む。やるせなさが篭った顔だった。

 あこも巴も、誰も悪くない。

 そう。誰も悪くない。

 俺を除いて。

 

 

 俺はこれから自分が何をすべきかを考えながら、皆で楽しくお昼を食べた。一瞬だけモカの悪役演技で空気が重くなったが、皆はもう気にしてないようだ。皆良い顔してる。

 

 でも、たった一人だけ……ひまりだけは俺の事を心配そうな目で見ていた。けれど、昼休みの時の俺はその事に気づけなかった。

 




魔王様はお姉様の大切なマグカップを壊してしまい、今度はイルカの取っ手のマグカップを壊してしまいました。水族館回で買ったイルカの取っ手のマグカップです。皆覚えてイルカな?なんちって。はい或人じゃ〜ないと〜!
度々登場させてました。イルカの取っ手のマグカップ。最近は結構出てきてたかな?全てはこの時のため。今こそ刻は極まれり。

うーん展開が非人道的。


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第59奏 Error Code03:懺悔

来たぞ我らの「」なし。
正直これ書くのめっちゃ疲れるんだぜ。1回やってみ?


 ──おねーちゃん!お誕生日おめでとう!

 

 数年前、姉に誕生日プレゼントでマグカップをあげた。頑張ってお小遣いを溜めて買った、紅色のマグカップ。

 姉はとても喜んでくれた。一生大事にすると、大げさな事を言って。でも、言葉通り、一番のお気に入りにしてくれていた。

 あこはそれが嬉しかった。憧れの姉に喜んで貰えた事。憧れの姉を笑顔に出来た事。全部全部嬉しかった。姉が母親にマグカップの事を自慢しているのを見た時は、何処か誇らしい気持ちにもなった。

 それから時が経っても、姉はそのマグカップ使い続けていた。

 

 でも、そのマグカップも壊れてしまった。いや、壊してしまった。

 あこが皿洗いをしている時に、手を滑らして落としてしまったのだ。

 大切にされていた姉の思い出は、パリンと言う軽い音と共に、あこの心も一緒に巻き込んで、簡単に壊れていった。

 当然姉に謝った。姉は気にしなくて良いと許してくれたが、その顔は酷く悲しそうだった。一番大切にしていた物を壊されたのだ。悲しんで当然だ。

 

 自分が許せなかった。姉の大切な物を壊し、それを咎められなかった事に安堵した自分を殴りたかった。

 このままここにいたら、自分はまた姉の大切な物を壊してしまう。そう思い至り、中学三年生で身寄りも貯蓄も心もとないが家出を決意した。最低限の荷物を纏め、家を飛び出したのだ。

 行く宛てもなくただフラフラと歩いていると、目の前に竜介の家があった。そして、その目の前でひまりにあったのだ。

 どうやら巴に頼まれてやって来たらしかったが、何故あこが竜介の家に訪れた事を知っていたのかは分からなかった。

 ひまりの事情は分からなかったが、もしかしたらしばらく会えなくなるかもしれないと思うと、相手の事情なんてどうでも良くなった。そして、一緒に竜介の家に行った。

 勉強を教えて貰って、最後だからと目一杯に甘えて。そうして時間を潰して行く内に夕方になっていた。竜介が帰らないのかを問うて来たが、当然ながらNOと──いや、帰りたくないと答えた。そのまま話は進み、あこは竜介の家でしばらく寝泊りする事に。

 行く宛てのないあこには、何とも都合のいい展開だった。けれど、それも当然である。あこが無意識に、こうなる事を望んで竜介の家に訪れたのだから。

 竜介は何があっても自分の味方でいてくれる。あこはその想いを利用したのだ。

 

 それから時は経ち、自分が犯した過ちも心が認め始め、姉と仲直りをした。仲直りをした後、姉に帰ってこいと言われたが断った。竜介の傍にいたかったのと恩返しがしたかったから。姉と仲直りするまで、竜介は面倒を見てくれた。あこはそのお礼がしたかったのだ。

 けど、あこはいつの間にか竜介の色に染まっていたらしい。竜介が傍にいないと寂しさを覚えるようになっていたのだ。

 竜介に会いたくて、竜介に触れて欲しくて、あこはまた過ちを犯した。

 

 竜介があこのために作ってくれたお弁当を、あこはわざと忘れて行ったのだ。

 あこは自分の味方でいてくれる竜介の想いをまた利用した。

 

 

思い返してみれば、あこは最低な事しかやって来ていない。

 

 

 “大切”を壊し“大切”を利用し、また“大切”を壊す。

 

 

 自分はワガママで、都合の悪い事から逃げる卑怯者で、何度も“大切”を壊す破壊者だ。

 

 思い返してみて、やっと分かった。自分のすべき事が。

 

 ──あこは、誰とも居ない方がいい。

 

 誰かと一緒にいたら、また何かを壊してしまう。最悪、その人自体を壊してしまうかもしれない。そう思い至ったら、誰かの隣が怖くなった。

 自分の手で何かを壊して、それで嫌な思いをするのはもう懲り懲りだ。だったら、あこは未来永劫誰の傍にも近寄らず、一人でいる事を選ぶ。その方が安全で安心出来るから。

 きっと皆も賛同してくれる筈だ。特に姉と竜介は顔色を良くして首を縦に振ってくれるだろう。だって、あこに大切な物を壊されているのだから。

 

 そうと決まれば、早速家出の準備をしなければ。今度は誰の元にも行かず、一人でいられる場所に行こう。

 リュックサックに衣類と財布と、思い出のドラムスティックと──必要な物を全部詰めて。心の中の寂しさと一緒に荷物をしまい込んで。あこは荷物を背中に背負った。自室のドアノブに手を掛けて、ドアを開ければ誰にも迷惑を掛ける事のない、自由な外の世界が──

 

 出来る訳がなかった。

 

 あこの頬に涙が伝う。薄暗い自室の締め切ったカーテンの隙間から雨が降る景色が視界に入る。

 家出なんて、一人で生きていくなんて、中学三年生のあこには出来る筈がなかった。寂しくて、泣きたくて、怖くて、きっと暗い夜を何回も乗り切らなきゃ行けなくて。そんな世界に旅立つなんて、あこには無理な話であった。

 でも、あこは現状をどうにか──いや、現状から逃げ出したかった。どこまで行っても卑怯者なあこは、今すぐに逃げ出したかった。

 でも、今は部屋に籠る事しか出来ない。あこは、ドアの前で膝を抱え、蹲って震える事しか出来なかった。

 

 

 

 魔王は──宇田川あこは臆病者である。

 

 

 ◇

 

 

 あこが竜介の家に滞在する事が決まった時、竜介は心の底から喜んだ。あこと一緒に居られる喜び。同じ屋根の下で生活を共に出来る喜び。様々な喜びの感情が竜介の中に巡っていた。気を抜けば顔がにやけしまいそうな程だ。

 毎朝起きればあこの笑顔が見れて、朝食を共に出来る。その後そのまま一緒に登校し、日常の他愛ない会話をしながらあこを送る。放課後は家であこの帰りを待ちながら夕飯の支度をし、帰って来たあことまた笑いながら夕飯を摂る。

 そんな夢のような生活。文字通り、おはようからおやすみまでを共に出来る生活。気分が高揚しない方がおかしい話だった。だから、竜介は毎日を気にせず楽しんだ。

 

 けれど、それが一つ目の過ち。

 

 あこが何故竜介の家に訪れる事になったのか。あこが何を思って竜介の元に訪れたのか。それを竜介は何が何でも知っておかなければならなかった。しかし、竜介は理想の生活に現を抜かし、それを怠った。だから関係が壊れた。

 竜介はあこの事情を無視し、弱っていたあこを利用したのだ。訳を認知していたいなかったとはいえ、最低な行いだった。

 

 でも、それに気づいた時には全てが終わっていた。あこは家を飛び出し、家は真っ暗で空き家の様な寂しさ。自分一人しかいない家がそこにあった。

 悲しい現実だ。人は失ってから初めて気付くとはよく言った物である。あことの生活を失って、あこの事を気にかけなければならなかった事に気付いた。そして、あこがいなければ自分は駄目な人間に落ちぶれてしまう事を思い出した。料理をすれば包丁で手を切り、裁縫をすれば縫い針を自分の肉に刺す。駄目駄目にも程がある。

 竜介は、自分の落ち度に笑みを零した。もちろん嘲笑だ。何も出来ない自分自身に対しての。

 

 一体、自分はどうすれば良かったのか。竜介は考える。

 あこが家に初めて訪れた際、怒鳴ってでも良いから無理矢理事情を聞けば良かったのか。

 それとも、巴と仲直りした際に家に送り返せば良かったのか。

 全然分からなかった。でも、たった一つだけ、竜介はなさなければならない事があった。

 

 それはあこの手を取ること。

 

 あこが大切な物を壊してしまった時、竜介は隣であこの手を取らなければならなかった。

 あこが飛び出した時、絶対に手を取らなければならなかった。

 

 何が何でも、その手を掴まなければならなかったのだ。

 

 

 それが少女と交わした約束──契約なのだから。

 

 そしてこれが、二つ目の過ち。

 

 

 竜介は締め切った薄暗い部屋で、今もずっと自分の手を見つめている。

 誰も悪くなかった今回の件。でも、竜介だけは唯一罪を犯した。

 

 大切な人との契約を破った。その事が竜介を歯噛みさせる。握った拳から血が出て来た。けど、そんな事どうだって良い。

 

 

 

 今は、襲い来る懺悔の刻に身を委ねたかった。

 

 

 

 




あこちゃんは通りすがりの破壊者になりましたとさ。めでたしめでたし。カメンライドォ。
第7奏の裏側でっせー。これを機に第7奏もう一度見直そうや。きっと面白いから。全てを知ってから見るエグゼイドみたいにきっと面白いから。絶対ニヤけるぞ。僕はニヤけた。てか序盤の季節春設定にしてたの忘れてたわ。気づいたら夏休み終わってる。海水浴回やり忘れた……。

ぶっちゃけ竜介君から貰ったお金が有り余ってるからやろうと思えば数週間は出来るのよね家出。

今回は魔王と眷属君のダブルパンチ。
お互いに同じような事思ってるなーって。りゅうあこ可愛い。アスジクの次に推せる。

多分炎上すると思うけど、公式サイドで1回ストーリーに男をぶちこんで貰いたい。
そう言えばバンドリsideMってアプリ化するん?ずっと全裸待機してるんだけど。アルゴナビス(スペル知らん)かっこいいやんけ。個人的にはキー低めのダンディーバンドとか出てきて欲しい。




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第60奏 Error Code04:壊常

壊れた日常、略して壊常。


 商店街はいつも賑やかだ。至る所から活気のある声が聞こえ、たくさんのお客様を呼び寄せる。特に夕暮れ時のここは閉店前セールで言葉が飛び交うので、元気がない時に来れば大抵元気が貰える。

 

「りゅーちゃんどうしたの?なんか元気ないよ?」

「まあ、色々あってだな」

 

 だと言うのに、今日の俺は商店街にやって来ても覇気が戻らなかった。目で見て耳で聞く活力剤である商店街からの活気に当てられても、俺に笑顔とか元気が戻ることはない。一筋の望みを掛けてはぐみの家に来てみたが、それでも変わらず。

 俺は、どうやったら立ち直れるのだろうか。まさかあこがいなくなっただけでここまで意気消沈してしまうとは思わなかった。お先が断崖絶壁で何も出来ない。

 

「あこと喧嘩しちゃって」

「え、りゅーちゃんが!?」

「珍しい事もあるもんだろ?あ、コロッケ一個貰っていいか?」

 

 なんか、視界が荒んで見える。禁断症状が出てきてしまった。やっぱり、俺は一人だとダメダメだ。

 俺は、はぐみから貰ったコロッケを一口食べた。心做しか美味しさがいつもより五割減だ。視覚だけでなく、味覚にまで影響が出始めているらしい。このまま行けば無事五感が詰むだろう。誰かに助けを求めた方がいいかもしれない。

 

「りゅーちゃん、一人で大丈夫なの?」

「うーん……まあ、多分?」

 

 はぐみの気遣いもご最も。俺は一人だと何も出来ないダメ人間だ。あこが来る前なんて、冷凍食品とカップラーメンで毎食を過ごしていたし。偶にリサ姉がご飯を作ってくれたりもしていたが。

 

「はぐみ、夕ご飯作りに行けるよ?」

「いや、大丈夫だ。今日は刺身で明日は焼肉とかにするから」

「無理しちゃダメだよ?」

「分かってる」

 

 はぐみの優しさが心に沁みる。本当、はぐみが友達でいてくれて良かった。さすが北沢精肉店の看板娘。

 はぐみに元気を貰った後、俺は豚バラ肉を買って魚屋に向かった。魚屋のおじちゃんにも、あこがいない事を心配された。

 

 

 

 商店街から帰路に向かっている最中、俺は明日の朝ごはんがない事に気付き、たまたま目に入ったやまぶきベーカリーに立ち寄っていた。店内はやはりパンのいい香りが充満しており、俺の胃袋を鳴らす。

 

「いらっしゃい。どうしたの?こんな時間に」

「明日の朝ごはんを買いにさ。あこと喧嘩しちゃって」

「えっ。竜介とあこって喧嘩するの?」

 

 はぐみと同じ反応をされたのでつい笑ってしまう。やっぱり、俺とあこはいつも一緒にいるものと思われているらしい。俺もそうでありたいと願っている。

 けれど、現実は残酷だ。

 

「大丈夫なの?」

「はぐみの前では強がったけど、正直言うと辛い。なんか、五感が機能不全に陥り始めてる……。それに、誰かのための料理も出来なくなっちゃった……」

「そっか……。よしよし」

 

 あこがいないため弱り果てている俺の頭を、沙綾が優しく撫でてくれる。

 このまま沙綾に泣きつきたかった。子供の様に泣きじゃくり、沙綾に甘えたかった。でも、それはしない。

 

「ご飯、作りに行こうか?」

「大丈夫。一人でどうにかするって決めたから」

「もう。こんな時ぐらい頼ってよ。いつも一人でどうにかしちゃうんだし」

「だから今回も一人でどうにかしようと思ってる。悪いのも、俺だけだから」

「ま〜た一人で悩んでる」

 

 ペちっと沙綾にデコピンをされる。少しヒリヒリする感覚を感じながら沙綾を見ると、もっと頼れと目で語って来た。

 

「しょうがないじゃん。俺の性格なんだし」

「しょうがなくない。竜介だって、私がバンドやるかで言い合いになった時割り込んで来たじゃん」

「それは……ほっとけなくて……」

「私も同じだよ。ほらほら、もっと頼って」

 

 沙綾が俺のテリトリーを無視してズカズカと入り込んで来る。結構精神に来る攻撃だった。

 文化祭前に沙綾が香澄とバンドの事で喧嘩をしていたが、そこに俺が入り込んだ時の沙綾の気持ちが分かった。凄くやりにくい。気を抜けば全てを委ねそうになってしまう。甘い甘い誘惑だった。

 

「まあ、今度頼らせて貰うよ。今は一人で考えたい……いや、考えなきゃいけない時なんだ」

「そうやって言い訳しても逃がさないから」

 

 沙綾は引き下がらない……様に見えたが、一つため息をついた。

 

「まあ、今回だけ見逃してあげる。次はないからね」

「さんきゅ」

 

 沙綾が俺を放っておいてくれる気になったらしい。世話焼きな幼馴染を持つと苦労する。……きっと、沙綾も同じでも同じことを思っているだろう。まあ、結局はありがたいのだが。

 俺は食パンを沙綾から買った後、やまぶきベーカリーを後にした。

 

 

 

 ____

 

 

 

 

「いっつ……」

 

 帰宅後、真っ暗な部屋に電気をつけて、台所で夕飯のマグロを赤身を切っていた。そうしていたら自分の手を切ってしまった。俺は何をしているのだろうか。

 当然だが、俺の隣には誰もいない。最近はあこが夕飯を作ってくれているか、一緒に支度をする事がほとんどだったため酷く寂しさを感じてしまう。

 切れた指の血を舐め取った後、バンドエイドで傷口を塞ぐ。そしてまた再チャレンジ。そしてまた指を切る。

 

「なんでこうなるかなぁ……」

 

 少し涙ぐんだ声で俺はそう零す。ダメだ、今一番泣きたいにはあこの筈だ。だから、俺は歯を食いしばって、血を流しながらでも耐えるんだ。それが俺に出来る精一杯だから。

 

 でも、思い返せば、いつからこうなってしまったのだろうか。少なくとも小学生の内はこんな事なかった筈だ。つまり、中学生のうちに何かあったんだと思う。

 中学生の頃……香澄や花音先輩と一緒に過ごした時期。数多い幼馴染達と離れ離れになった時期でもある。そして一番思い出に深く刻まれているのは──爺ちゃんの死。

 

「もしかして……」

 

 俺は爺ちゃんが死んだショックを紛らわせたくて、自分を傷つけてしまう癖をつけてしまったのだろうか。だから、自分に向けて料理をするとその事を無意識に思い出して……でもおかしい、あの時は花音先輩が全力で俺を支えてくれていた筈だ。

 花音先輩には本当に感謝している。爺ちゃんが死んだ時、花音先輩がいなかった事を考えただけで身震いしてしまう程に。ずっと隣で支えてくれていたのだ、花音先輩は。

 それが込みでこの様だと言う事は、俺はとんでもないメンヘラ野郎と言う事に。でも、やっと原因が分かった。

 

「皮肉だな、あこがいなくなってから気付くなんて……」

 

 あこに教えてあげたかった。そして、一緒に治していきたかった。けれど、その願いも叶わない。

 

「どうすれば、良いんだろうな……」

 

 バンドエイドを貼った指を見つめながら、俺はポソりと呟く。

 あこの手を掴めなかった俺が、あこの隣にいていいのか分からない。その資格があるのかすらも分からない。もしかしたら、気が変わってあこが帰って来てくれるかもしれないが、俺はそれを素直に受け入れる事が出来るだろうか。

 

 俺には全てが分からない。

 

「ごめんな、あこ」

 

 俺は壊れた日常の中で懺悔をした。

 そして、せめてあこが笑顔でいられますようにと祈った。

 

 そんな時、家のインターホンが呼び鈴を鳴らす。

 

 もう夜の七時を回っている。こんな時間に誰だろうか……もしかしたら、リサ姉辺りが騒ぎを耳にして駆けつけて来たのかもしれない。こう言った時のリサ姉は耳が早いから。

 

 俺は限界のドアを開けた──

 

「竜介、元気?」

 

 ひまりがいた。

 俺は一度玄関を閉めた。

 

 

 何度もなる呼び鈴。

 

 鳴り止まない呼び鈴。

 

 

 俺は玄関を開けた。

 

「なんで閉めるの?」

「悪い。びっくりして」

「はぁ……全く」

 

 一体何をしに来たのだろう。そう思ったところで、ひまりが荷物のリュックサックの中から、何かの入ったタッパーを取り出す。チラッとだけ見えたが、肉じゃがらしき物があった。

 

「はい。夕飯のおすそ分け。竜介ご飯作れないだろうって思って。それと、あこちゃんが帰るまで私がここに泊まるから」

 

 知らない人が聞いたら何言ってるんだと思うかもしれないが、俺の事を知ってる人からすればこれ以上無い気遣い。自分のための料理が作れない俺の、飯を作る理由。

 自分が怪我をする原因は分かったが、解決は出来てないので助かった。

 

「あこちゃんが帰るまでって言ったけど、正直私もどれくらいいられるかは分からない。だけど、よろしくね」

「……ありがと」

「どういたしまして」

 

 ひまりが優しく微笑んだ。惚れそうになった。

 




はぐみちゃん初登場回。地味に初登場です。出そう出そうと思いながらも出せてなかった。すまぬ。

助けてあこちゃん。竜介君が無意識メンヘラになっちゃってるよ。
魔王様を助けられるのは眷属だけだけど、眷属を助けられるのも魔王様だけなんだよ。早く帰っておいで。

花音先輩の頑張りは無駄じゃなかったやんや……。
最後の方はギャグ要素でこう、緩和したかった。ひまりんの安心感すごい。

マグカップを壊したトラウマを思い出した魔王様と、お爺ちゃんが死んだトラウマで自分を傷つけてしまうメンヘラ眷属。ヤンデレからデレを取る──それ即ち病み。メンヘラ万歳。病み(闇)万歳。
他の奴らとはレベルが違うぜ!



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第61奏 Error Code05:生活









 ひまりを家に招き入れた後、俺は夕飯の支度に戻った。

 死にものぐるいで切ったマグロの赤身と、ひまりが持って来てくれた肉じゃがと、炊きたてのご飯でテーブルの上を飾る。

 

「あ、野菜がなかったな」

「私が作ろうか?」

「大丈夫」

 

 ひまりに言った後、台所に戻って野菜をまな板の上に並べる。ゆっくり、慎重に、初心者並の速度で包丁を入れていき、なんとか怪我をせずにサラダを作り上げる事が出来た。ほんの少しずつだが調子が戻り始めている。

 

「じゃ、食べよっか」

「おう。いただきます」

「いただきます」

 

 ひまりと囲む今日のお夕飯。メニューは肉じゃがとマグロの刺身と白ご飯とサラダ。仕事帰りで忙しくて、あまり物で作りましたとでも言いたいような品目だ。

 

 いつもあことこうしていたせいか、ご飯中にも関わらずあこの様子を気にしてしまう。あこは今何をしているのだろうか。ちゃんとご飯は食べているのだろうか。あの時みたいに、一人で泣いていないだろうか。

 確かめる事は出来ないが、そのせいで色々な心配事が頭の中に広がっていく。

 今すぐあこの家に行って、帰って来いとカッコ良く言いたいが、俺は躊躇っている。俺にその資格があるのか分からないから。どうしても、今は巴やあこの両親に任せた方が良いのではと、ついあこから逃げる方向に考えてしまう。

 

「竜介さ」

「……なんだ?」

 

 ひまりが持っていた箸を一度おき、俺を真剣な眼差しで見つめながら話しかけて来た。こんな表情のひまりは初めてだ。つい背筋を伸ばしてしまう。

 

「あこちゃんに会いたいんでしょ?」

「……ああ」

「なら、会いに行けばいいじゃん」

 

 ひまりの問い掛け。俺は無言を返す。

 

「……出来ない」

「なんで?」

「俺にその資格がないんだ。あこの手を掴めなかったから」

 

 俺のこの手は、あこの手を掴めなかった。掴まなければいけなかったのに、俺はそれが出来なかった。

 やはり、俺があこに会うのは間違っている。そんな気がしてならない。

 

「竜介、かっこ悪い」

「……それは、重々承知してる」

 

 正直、ひまりのその一言にかなり傷心した。酷く呆れた目が俺の傷を深くする。

 しょうがないんだ。俺は最高にかっこ悪い人間で、最低で最悪の臆病者。これは仕方がない事なんだ。

 

 俺は心の中で、ダサい俺を諦めた目で見るひまりに言い訳をした。

 一体、俺はどうすれば良いのだろうか。あこと和解も出来ず、このままだと皆とも距離が空いてしまいそうだ。

 ただ立ち尽くす事しか出来ない俺にどうしろと言うのだろうか。天は何も助言をしてくれない。

 

「なあ、ひまり。俺は何をすべきなんだろ」

「それは教えてあげられないよ。答えを出せるのは竜介だけだから」

「……そっか」

 

 ひまりの答えを聞き、俺はただ一言そう返す。

 それからは何も喋らず、ただ黙々とご飯を食べていた。今まで食べた飯の中で一番食べにくい飯だった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 満月と赤い空が並ぶ夕暮れ時。あこは母親と二人で台所に立って料理をしていた。竜介から教わった料理技術を活かし、包丁を振るい、フライパンを握り、調理を施す。そうして料理を仕上げた。

 

「はえ〜見違えた。あこも料理出来るようになったんだね〜」

「うん。りゅう兄からたくさん教えて貰ったから。美味しいご飯の作り方」

 

 隣で野菜を調理しながら母親が軽口を叩く。

 そう、竜介からたくさん教わったのだ。料理の仕方を……料理で人を笑顔にする方法を。

 けれど、教えてくれた竜介本人はここにはいない。しかし、それも当然だ。だってここは宇田川家なのだから。用事がない限り、神楽家の竜介がここに訪れる事はない。

 でも、やっぱりあこは寂しかった。あこの隣にいるのは竜介でいて欲しかった。竜介の家を飛び出した自分が言えた義理ではないが。

 

 あこは一度首を横に振る。

 

 もう姉と竜介に迷惑をかけないと決めたのだ。だからこうしてあこの家で、あこに出来る事をしている。こうして人の役に立つ事をしていれば、きっと誰の迷惑にもならないはずだ。

 もう、何かを壊すなんて事もしないはずだ。

 

「竜介ちゃんに今度お礼しとかないとね。あこはいつあっちに戻るの?その時にクッキー持ってって欲しいんだけど」

「……もう戻らないよ。りゅう兄の迷惑になっちゃうから」

「……あらあら」

 

 母親に強がって言ってみたが、改めて口に出してみるとかなり堪えた。やはり、心の奥底では戻りたいと願っているらしい。

 

「何かあったの?喧嘩なら早めに謝っといた方が良いわよ」

「謝って済む話じゃないから」

「何にせよ、ちゃんと話はしておきなさい。あなたと竜介ちゃんぐらいの男女仲って、結構もろいんだからね。後悔してからじゃ遅いのよ?」

 

 母親のありがたいお言葉。あこの中にある、竜介の元に戻りたいと言う衝動を揺さぶられた。

 何故、この機に及んで誘惑してくるのか。折角の決心が揺らいでしまうからやめて欲しかった。

 

「あこ、聞いてるの?ボーッとしちゃって」

「大丈夫。りゅう兄にはちゃんと言ってあるから」

「そうなの?なら良いんだけど……」

 

 このまま母親の言葉を聞いていたら、あこは竜介の所に戻りたくなってしまう。だから嘘をついた。竜介と話をした上で家を出て来たと。本当は何も言わずに飛び出したのに。

 でも、これで良い。これでもうこの話はお終いになる。

 

「あ、いけない。お醤油切らしてたの忘れてたわ。あこ、悪いんだけどちょっとそこのコンビニまでお使い頼まれてくれない?」

「うん。分かった」

 

 母親からの頼み事。それは近くのコンビニまでお使いに行くという物だった。

 お金を母親から貰い、あこは玄関へと向かう。

 

「ただいまー」

 

 そこでバンド練習から帰って来た姉に会った。

 

「おかえり。お姉ちゃん」

「お、ただいま。あこは何処か行くのか?」

「うん。ちょっとお使い」

「そうか。行ってらっしゃい」

「うん。行ってきます」

 

 玄関で姉と入れ違いなり、玄関で靴を履く。

 玄関のドアに手を掛けた所で、姉に「なあ、あこ」と呼び止められた。

 あこが振り返ると、気まずそうにしている姉がいた。

 

「なに?お姉ちゃん」

「ん、いやさ……竜介の事、好きか?」

「え、そんなの──」

 

 好きに決まってる──そう言おうとして、口が止まった。

 何故だかは分からない。本当に理由は分からないが、今の自分は竜介を好きだと口にしてはいけない気がしたのだ。一体どうして……とあこは考えるが、あこには分からなかった。

 

「……分かんない」

「……そうか。呼び止めて悪かったな」

「ううん、大丈夫。行ってきます」

 

 あこは靴を履き、玄関のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 ___

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 夕暮れ時のコンビニ。店内は、本売り場で立ち読みをする人が二人と、レジでタバコを買う客が一人。そのレジにはリサがいた。

 あこはコンビニの調味料売り場に行き、五百ミリリットルの醤油ボトルを持って、先程タバコを買った人がいたレジに向かった。

 

「いらっしゃい。どうしたのこんな時間に?お使い?」

「うん。お母さんに頼まれたんだー」

「お母さん?竜介じゃなくて?」

 

 あこはつい気まずくなってリサから目を逸らす。やはり、何も知らない人からすると聞き逃せない情報らしかった。

 何があったと視線で語るリサに、あこは説明を入れる。

 

「りゅう兄とね、喧嘩しちゃったんだ。全部あこが悪くて……それで、家に逃げちゃって……。昨日からずっと家にいるの」

「そっか。それは災難だったね」

 

 嗚呼、確かに災難だった。

 

 そう言葉を零しそうになる。

 違うだろ。自分から悲劇を招いといてよく言おうとしたものだ。あこが大切な物を壊して、それで勝手に逃げたくせに。

 怖がって、昨日の夜震えていたのは何処の誰だ。

 

「リサ姉もりゅう兄と喧嘩した事あるの?」

「う〜ん……あんまなかったかな〜。竜介とは気が合うからね☆」

「そっか……」

 

 さすがリサだ。自分なんかとは全然違う。

 

「リサ姉」

「ん?」

「もしリサ姉が、りゅう兄と喧嘩しちゃったらどうする?」

 

 何でも出来るリサが、もし竜介と喧嘩したらどうするのか。それが気になった。だから聞いてみた。

 

「アタシは、絶対仲直りしようって頑張るかな〜。昔から好きだし、竜介の事」

「そっか……そうだよn──」

「でも、諦めるのも一つの手だと思うよ。アタシは」

「……え?」

 

 諦めても良い。その言葉に耳を疑った。

 

「どうしようも出来ない事があるって事、アタシは知ってるからさ。キッパリ諦めるのも一つの手だと思ってる。逃げるのだって強さだよ」

「……逃げても良いの?」

「当然。ずっと戦ってたら疲れちゃうじゃん?」

 

 ──ずっと戦ってたら……疲れちゃう。そっか……逃げても良いんだ。

 

 あこの中に一筋の光が差した気がした。

 逃げても良い。その台詞は、今のあこには救い以外の何者でもなかった。

 

「ありがとリサ姉。なんか、少しだけスッキリした」

「どういたしまして。はいお釣り」

「うん、ありがと。またねリサ姉!」

「また学校でね」

 

 あこは荷物を持って店を後にする。

 

 

 

 最後に見えたリサの笑顔は、とても素敵な物だった。

 

 

 

 




ひまりんとのお友達生活。全て終わった後の魔王が怖いぞ。友情は大事。恋慕だけじゃやっていけない。

最後のリサ姉の笑顔は、見る人によって考え方が変わる。Roseliaの頼れるリサ姉として見るか、竜介が欲しい女の子──リサとして見るか。奥深い。


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第62奏 Error Code06:追憶

次回ぐらいに解決の突破口を開きたい。






 あこと竜介の仲が決壊してから二日が経った。相変わらず竜介とあこの中はギクシャクしており、お互いが責任を感じて距離を置いている。ひまりからしたら焦れったい事この上なかった。

 

 いつもあこ一筋十六年と謳っていた女の子みたいな青年は、どこぞのプロボクサーよろしく真っ白に燃え尽きている。得意の料理も出来ないと言う落ちっぷりだ。あこを好きと言うのなら、もっと根気強く粘って欲しいのがひまりの本音だった。が、事態が事態なのでそれも出来ない。

 

 対して、竜介を兄のように慕い、最近心境の変化が訪れ初めていた魔王様は、家に引きこもって家事に精を出しているらしかった。いや、精を出しているなんてレベルじゃなく、既に依存に近い状態に陥っていると巴が言っていた。

 

 大切なマグカップを割ってしまった事により起こってしまった今回の件。願う事なら早急の解決を求めたい。このままでは二人共壊れてしまう。ひまりの第六感がそう叫んでいた。

 

 今は取り敢えず、竜介のメンタルケアをする。そのためにひまりは何としてでも竜介の傍にいなければならない。それだと言うのに、今日は金曜日で学校がある。しかも竜介は学校を休むと来た。全く持って遺憾である。

 竜介に尋ねてみたところ、「一人にさせて欲しい」と言う返事がやって来た。とても死にそうな顔だ。「死なないでよ?」と尋ねてみても、空返事で「うん」と外の雨空を見ながら返すばかり。これを放って学校に行けとは、ひまりには無理な話であった。

 しかし、ひまりも現代をトキメク女子高生。学力レベルも現代をときめいてるいるのである。正直に言うと、一日休んだだけでも結構響く。

 仕方ないので、ひまりは学校の支度をし、竜介の家に置いてあった食パンを咥え、何故か作ってあった弁当を持って家を出た。どうやら、弁当を作れるぐらいには回復しているらしい。その先が長いのだが。

 

 家を出て、いつも通らない横断歩道を通っていた所で巴に会った。その隣にあこはいない。あこも学校を休んだようだ。

 

「おはよう巴。あこちゃん休み?」

「おはよ。そっちもか?」

「うん。竜介、皆の前では強がってたけど、やっぱり堪えてるみたい。俺にはあこに会う資格がないって、ずっと落ち込んでる」

「やっぱりかー。あこもさ、誰にも迷惑かけないようにって家で手伝いばっかしてるんだよ。もう竜介に会う気もないらしくて」

 

 昨日電話で聞いた通りの情報だった。やはり両者相当のダメージを受けている。あこはマグカップを割ってしまった自分への罰か、家での手伝いにのめり込み、竜介はあこの手を掴めなかったとかで自分を戒めている最中だ。

 

「どうする?無理矢理にでも二人を合わせてみる?」

「それはダメだろ。……そうだなー、やっぱりまずはアタシらが話し合ってから……なんだ?メンタルケアって言うのか?」

「やっぱりそれしかないのかなー」

 

 分かっている事だが、ひまりと巴は学校のカウンセラーでもなければ、メンタルクリニックの医者でもない。人の心の治し方なんて分かる筈がなかった。

 一体どうすればお互い心を開いてくれるのか。それはきっと、竜介とあこにも分からないだろう。

 

「何話せば良いんだろうな。学校の事か?それとも休みの日に何処か誘うとか」

「うーん……どっちも反応薄そう。落ち込んだ時は好きな事すれば良いって言うけど……」

 

 あこには良いかもしれない。ドラムを叩かせれば、少しは元気が出るか。

 問題は竜介だ。料理は潰れており、裁縫も今は出来ないと言っていた。竜介からあこと料理と裁縫を取ったら、もう何も残らないではないか。由々しき事態だった。

 

「やっぱり、一番の問題は竜介だなー……。竜介ってあこちゃん以外に何が好きなんだろ?」

「んー……猫とか?家で飼ってるし」

「じゃあ、猫カフェに連れてってみる?」

 

 猫カフェ。現状には似つかわしくないが、逆にいいかもしれない。明日は土曜日だし、竜介を誘ってみようか。ひまりは脳内で思い悩んだ。

 

「うん、良いかも。明日誘ってみる」

「決まりだな。アタシも明日あこの事誘ってみるよ。上手く誘えるかなー……こう言うの苦手なんだよ」

「巴って思った事どんどん言っちゃうからね」

 

 巴の良いところでもあり悪いところ。これで以前はよく蘭と言い合いになっていた。蘭が家の事で思い悩み、そこに巴が突っ込んでいく様に意見を言う。そして喧嘩になる。

 思い返せば、意外と自分達は人と人の仲が壊れた時、上手く対処出来ていたように思える。もしかしたら竜介とあこの事もどうにか出来るかもしれない。そんな自信が湧いて来た。

 

「頑張ろうね。巴」

「ああ。アタシ達で竜介とあこの仲を直すんだ!」

 

 ひまりと巴は硬く握手を交わした。

 絶対絶対、竜介を立ち直らせてみせる。ひまりは瞳の奥に闘志を滾らせた。

 

 

 

 ____

 

 

 

 

 学校を、仮病で休んでしまった。俺にとっては初めての事。

 外は雨で濡れており、空は雷を落としそうな程黒い雲が広がっている。雷がなった際には、きっと頭の片隅につぐみの顔が過ぎる事だろう。

 それにしても、本当に空が暗い。こんな心境の時くらい晴れていてくれても良いじゃないか。もしかしたら、神様が俺を殺したいのかもしれない。

 

「はぁ……どうしよ」

 

 俺にしては珍しく無気力だ。床の上に寝転がって、何をするでもなく空を眺めている。

 あこが家出して、俺は廃人に近い状態になった。ご飯も作れなくなったし、何もやる気がおきない。やはり相手に依存し過ぎるのは良くなかったのだろうか。

 これを機にあこから離れてみるのも良いかもしれない。俺は依存しすぎていたのだ。だから、今日から少しずつ──

 

「……馬鹿か俺は」

 

 そうじゃないだろ。俺が今すべき事は、あことどう向き合うかだ。

 逃げるだけじゃなく、あこを置いて行ってしまったら、今度こそ取り返しのつかない事になる。

 そうだ。俺はあこが好きでずっと十何年も一緒にいたんだ。喜楽だけじゃなく哀苦だって共にしてきた。

 ただ、俺があこの傍にして良いのかが未だに分からない。二日経ってもずっと後悔しているのだ。あこを泣かせてしまった事を。

 

『ニャー』

 

 俺がずっとウジウジ悩んでいると、俺の傍に我が家の愛猫がやって来た。いつも学校に行っていて平日にいなかったため、この時間帯にいる事を珍しがっているのかもしれない。

 

「そう言えば、お前はいつも俺の傍にいてくれたな」

 

 小さい頃、この家には爺ちゃん以外の家族がいなかった。爺ちゃんも仕事があるから毎日家にいれるわけではない。当時の俺は酷く寂しさを感じていた。

 毎日毎日積み木を積み上げ、絵本を読んで、可愛い物が好きだったからぬいぐるみを作ったりした。当然だが、一人だったから感じる楽しさに限界はある。でも、何もしていないよりはマシだった。

 少し前に、日菜先輩に聞かれた事がある。俺は寂しがり屋なのかと。その時の俺は、少し考えた後YESを返した。寂しがり屋だからあこに依存したし、幼馴染もたくさん出来た。

 そう。俺は寂しがり屋。そしてあこに依存するほど壊れてる。

 

 だからきっと、ニャン吉にも出会えたのだろう。

 

 ニャン吉は、当時小四の頃の俺に、近くの公園で捨てられていたのを拾われたのだ。子猫だったニャン吉は、雷雨の中で震えており、俺を見つけた途端助けを求める様にか細く泣いた。寂しがり屋だった俺はそれを無視する事が出来ず、家に連れ帰り、そして爺ちゃんにも許可を貰い飼う事に。

 新しい家族が出来たことに、当時の俺は酷く喜んだものだ。

 

「ニャン吉、俺どうしたら良いんだろ」

『にゃ〜』

 

 そして今はこうして俺と共に暮らし、自由気ままに人生を謳歌している。

 俺もこれくらい気楽に言った方が良いのかもしれない。

 

「お前に聞いても分からないか。おいで」

『にゃっ』

 

 膝の上に乗せてニャン吉を撫でる。とても可愛い。

 少しだけ元気が出た。

 




最近初めて評価1を頂きました。酷評は良作の証。アンチは名作の加賀美。僕もこれで人気作家(思い上がり)

解決のためにさ、竜介の家族に助言してもらおうと思ったんだ。でも、今猫しかいないやん?もうアニマルセラピーでいっかって。
鬱の時は動物動画が効く。これは僕の体験談。

ニャン吉ちゃんはメス猫です。こんな名前ですがメス猫です。美少女猫ちゃんです。


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第63奏 Error Code07:失踪

着々と評価者数が80人を超えたぜ。100人も夢じゃない。ぐへへへ。


 雨雲が広がり、パラパラと雨が降る肌寒い土曜日。

 目の前を通り過ぎるビルの数々。少し目線を下げれば、東京の街中を行き交う人々が目に映る。

 ガタンゴトンと電車に揺られ、山手線の路線に立っていた。景色が代わる代わるする光景を目を慣れさせながら、俺は隣で目的地までのルートを確認しているひまりを見る。

 

「ひまり、俺達はどこに向かってるんだ?」

「内緒!」

 

 ひまりはスマホの画面を隠しながら答える。

 今朝、「竜介、外行くよ!」と言われ、流されるまま連れてこられてからずっとこの調子だ。行先を聞いても全然教えてくれない。

 一応、俺も行先の考察をしてみたりもした。ひまりの事だからスイーツ関連かなと思ったが、こんな天気の悪い日に行く程の事でもない。ならば、音楽関係かと考え至ったが、俺を連れて何になると言う話。ベースの事なんて俺は何一つ分からない。リサ姉に頼んだ方が百倍頼りになるだろう。

 結論、俺には何も分からなかった。

 

『次は〜渋谷〜渋谷〜──』

「あ、降りるよ竜介」

「渋谷?」

 

 どうやら、渋谷が目的地らしい。

 渋谷……ということは109だろうか。なるほど、服が欲しかったと。それなら頷ける。渋谷と言えばファッションの最先端を司る場所。ひまりも最初から服が欲しいと言ってくれれば良かったのに。

 

「竜介、こっちこっち」

 

 電車を降りて改札を抜け、俺が勝手に予想した目的地目掛け歩みを進めていると、ひまりが手を引っ張ってその反対方向へと俺を誘導する。

 ひまりが欲しいの服のはずでは?と不思議に思いながらひまりの後についていくと、一件のこじんまりした店にやって来た。店の看板には『猫の集い』と書かれている。

 

「ここは……?」

「猫カフェだよ。SNSで話題の場所」

「猫カフェ?」

 

 ひまりが猫カフェなんて珍しい。ユキ姉じゃあるまいし。一体どういう風の吹き回しだろう。まさか、ひまりも猫に目覚めたのか。

 猫カフェ……俺も来たことはなかったが、来てみたいなとは幾度となく思っていた。正直とてもワクワクしている。

 ココ最近気分が憂鬱気味だったからか、少し気分が上がっただけで立ちくらみを起こしてしまう。まさか、俺がここまでダメージを受けているとは思わなかった。自分の身体の事は自分がよく知っていると言うが、案外そうでもないらしい。

 俺は立ちくらみから自分の身体を持ち直した後、ひまりと一緒に店内に入った。

 

「いらっしゃいませー」

 

 店の中は可愛い系のアイテムで統一されていた。猫のいい匂いがする。

 

「大変申し訳ないのですが、ただいまカップルシートしか空いておらず……」

「そこでお願いします!」

 

 勝手に決められてしまった。傷心中の身じゃなければ勢いよくツッコンでいたところだ。

 店員に連れられ、俺達はカップルシートなる場所にやって来た。壁紙から天井まで柄が全てハートと言う頭の悪い感じ。まあ、嫌いじゃないけど。

 

「ご注文が決まりましたら、こちらのボタンでお呼びください」

 

 店員が持ってきた呼び出しボタン。ボタン部分がハートだった。……頭が悪い。

 

「わ〜!可愛い猫。見て見て竜介!猫だよ猫!」

 

 店内の至る所にいる猫達。ひまりは寄ってくる一匹の猫を抱き抱え、愛らしそうに撫でていた。猫も気持ちいさそうに撫でられている。

 俺がそんな様子を微笑ましく見ていると、ひまりが不思議そうに俺を見返して来た。

 

「竜介は良いの?」

「俺はいい。よくよく考えたら、家にニャン吉がいるし」

 

 ここで他の猫に頼ってしまったら、俺は浮気する事になってしまうのではないか。子供の頃から一緒にいてくれたニャン吉を裏切る事は出来ない。だから、俺はこの猫カフェをただのカフェとして楽しむ。俺はそう思い至った。

 

「なんか頼むか。ひまりはどうする?」

「ここのパンケーキが美味しいって載ってたんだよね〜」

「この『猫の集い限定ニャンコパンケーキ』ってやつか?」

「そうそう」

 

 ニャンコパンケーキ……ユキ姉が見たらどう思うだろうか。何となく、感銘を受けたまま硬直しそうだ。

 

「あ、竜介、これ頼もうよ」

「どれ?」

「この『カップル限定ネコネコソーダ』って言うのなんだけど、カップル証明?って言うのをやれば二時間料金タダだって」

「お、いいじゃん」

 

 ひまりが指さしていたのは、この店で出してるカップル限定ドリンク。カップル証明と言うのが必要らしいが、どうせコップに刺さってるカップル用ストローでドリンク飲んでるところの写真を撮らせて欲しいとか、そんなものだろう。割引きどころかタダになるならお易い御用だ。割引きと無料は主婦(夫)の味方。

 

「じゃあ、これで決まりだね。私ボタン押したい!」

「おう。いいぞ」

 

 ひまりがボタンを押すと、『ピンポーン』と言う音がなり店員がやってくる。メニューを指さしながら、ひまりのパンケーキと、カップル限定ドリンク、俺は無難にナポリタンを頼んでおいた。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 店員はメニューを聞いた後去っていった。

 俺は一度お冷を飲み、猫を愛でるひまりを見る。今更ながら不思議な光景だ。ひまりが突然猫なんて。俺としては猫の魅力に気付いてくれて嬉しい限りなのだが、やっぱり疑問に思ってしまう。何故あことの仲が拗れてる今なのだろうか。

 

「なあ、ひまり」

「ん?どうしたの?」

 

 猫を愛でたまま、ひまりが反応する。

 

「なんで俺をここに誘ったんだ?」

「……嫌だった?」

「嫌じゃないけどさ、なんで今なんだろうなって」

 

 あこが家出して、俺が傷心していて、ずっと俺に覇気がなくて。少し大袈裟だが、生きる糧を失った俺は、今こうして英気を養う様にここ(猫カフェ)にいる。

 やっぱり、気遣ってくれたのだろうか。

 

「……言わなきゃダメ?」

「出来れば聞きたい」

「……分かった。えっとね──」

 

 そうして、ひまりは話してくれた。

 事の発端は昨日の朝。巴とひまりで話し合って、俺を猫カフェに、あこにはドラムを叩かせる事を決めた。そして、翌日。俺はこうして猫カフェに連れてこられ、あこは今巴と一緒にドラムを叩いているらしい。

 巴とあこが一緒にいるなら安心だ。あこには辛い思いをさせてしまったから、そのケアをしてくれているのは大変ありがたい。

 

「ありがと。あこの事気にしてくれて。本当は俺の役目の筈なのに……」

「私達はあくまでサポートに回っただけだよ。ここからどうするかは竜介次第、かな」

「……ああ、そうだな」

 

 ひまりと巴がこんなにも俺達を気にかけてくれている。巴はあこを、ひまりは俺を。二人で話し合って、俺達を支える事を決断してくれた。もしかしたら全てが上手くいかず、俺達の仲が悪化するかもしれないのに、そんな事態を恐れず勇敢に立ち向かってくれた。

 

「俺は──」

 

 どうする神楽竜介。友達が身体を張ってここまでの事をしてくれたぞ?

 

 

 なら、俺はどうする?

 

 

 怖いから、あこのためだからと、ずっと蹲って震えているだけか?

 

 

 いい加減、その殻をぶち破って出てきたらどうだ。

 

 

「決めた」

 

 

 もう、逃げるのはやめだ。

 

 

「サンキュ、ひまり。やっと覚悟が出来た」

「ッ!じゃ、じゃあ!」

「ああ。明日、あことちゃんと話してみるよ。もう、うだうだ考えるのはやめにする」

 

 ひまりのおかげでやっと立ち直れた──いや、それ以上の覚悟が手に入った。

 明日、初めてあこの気持ちを無視して行動を起こす。こんな事今までした事なかったので、俺に出来るか不安だ。上手くいくだろうか。

 

 俺は不安な気持ちを胸にしながら、店員が運んできたメニューを頂いた。それとカップル証明についてだが、ひまりと一緒にソーダを飲んでいるところの写真を撮らせて欲しいと言う物だった。写真は貰えるらしい。

 

 

 ____

 

 

 

「あこちゃんと巴は今頃どうしてるかな」

「分からない。けど、きっと上手くやってるさ」

 

 猫カフェもたっぷり堪能した後、電車やバスを乗り継ぎ羽丘商店街まで帰って来た。

 俺は傘をさしながら商店街の中を歩く。中々雨は振りやまない。

 

「今日の夕飯何食べたい?」

「うーんと……ハンバーグ!」

「あいよ」

 

 ひまりはウキウキ顔でハンバーグが食べたいと言った。はぐみの家と八百屋に行かなければ。

 

 

 俺はひまりと談笑をしながら、北沢精肉店と八百屋に向かった。お肉と野菜を買った後、暇つぶしにと羽沢珈琲店に。ひまりはケーキセットを頼んだ後、ウキウキ顔でスマホを弄り出した。

 

「あこに会いたいな……」

 

 何となく零した一言。胸がキュッと締め付けられた。

 改めて考えてみると、やっぱりまだ怖がっている事が分かる。気を抜けばまたあこに会う資格だとか、手を掴めなかった事を考えてしまう。

 やめよう。明日あこに会うと決心したのだ。今また諦めたら、それはひまりへの裏切りになる。

 

「竜介なら大丈夫だよ」

「……うん。ありがと」

 

 また不安に陥った俺の手をひまりはそっと握ってくれた。心の奥底からじんわり温まるような、そんな安心感があった。

 

「明日、頑張ってバシっと決めてきな」

「おう」

 

 揺るぎそうになった決心。でも、またひまりのおかげで決意を固める事が出来た。本当にひまりは頼もしい。いてくれて良かった。

 

「あ、そうだ!こっそり巴にあこちゃんの様子聞いちゃいなよ。そしたら安心出来るんじゃない?」

「……それも良いかもな」

 

 スマホを取り出して、巴に連絡を入れる。

 けれど、中々経っても巴は出ない。

 

「…………出ない」

「どうしたんだろ。ドラム叩くのに夢中になってるのかな?」

「それだと良いんだが……」

 

 何だか、モカとデートした後の帰り際に状況が似ている。夕飯の連絡を入れようとして、それであこが出なくて、帰ったら──

 

 

「まさか……」

 

 

 

 その時、羽沢珈琲店の入口が勢いよく開いた。

 

 

 

「つぐ、あこ来てないか!?」

「と、巴ちゃん?」

 

 

 最悪だ。嫌な予感が的中してしまった。

 

 

「巴!どうしたの?」

「ひまり、竜介、ごめん……!アタシのせいであこが……」

「何があった?」

 

 雨でびしょびしょになって、息切れを起こしている巴。どうやらここに来るまでにかなり走って来たようだ。おそらくあこを探していたのだろう。

 つまり、そこに至るまでに何かがあった。

 

「アタシがあこの気持ちを考えないで物言っちまって……それで、あこが飛び出しちまった……ごめん……!」

「事情は分かった。何処を探した?」

「商店街は、全部回った……」

「了解だ、後は俺が引き受ける。ひまりは巴を落ち着かせたら家に送ってくれ。傘は俺のを置いてくから」

「わ、分かった!」

 

 ひまりにこれからを指示した後、俺は店を飛び出す──前に、一度巴の方に振り返った。

 

「巴、俺は巴とあこ……どっちに非があってこうなったのかを知らない。だから聞きたい──あこを許せるか?それか、自分の非を認められるか?」

「悪いのは、全部アタシだ……!」

「分かった。それが聞けて良かったよ」

 

 巴の答えを聞いた後、俺は今度こそ店を飛び出した。

 本当は明日あこに会いに来たかったが、どうやら神様はせっかちらしい。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 雨と言うのは、神様の涙らしい。

 

 なら、あこが流してる涙は、一体何になるのだろうか。

 

『あこ、久しぶりにさ、一緒に演奏しないか?』

 

 姉が自分を気遣ってか、一緒にドラムの練習を申し出た。

 しかし、自分自身を許せないあこは、大好きなドラムを叩く事を禁じていた。だから断った。

 

『ごめんねお姉ちゃん。あこは、ドラムを叩く資格がないの……。だから、ごめんなさい』

『そ、そうか。へ、変な事言って悪かったな。あははは……』

 

 本当は、これも逃げだと言うことを知っていた。

 でも、あこは逃げてもいいことを知っていた。

 

 

 たくさん戦って、だから逃げる事にしたのだ。

 

 

『卑怯だよねこんなの……。でもねお姉ちゃん、ずっと戦ってたらさ……疲れちゃうんだよ……。だから、逃げるの……』

 

 

 リサが言っていた。ずっと戦っていたら疲れてしまうと。だから、逃げる強さも必要だと。

 

 

『そうか……。あ、あのさ、あこ──』

 

 

 戦い疲れていたはずのあこに向かって、姉は言った。

 

 

『上手く戦えたか?竜介や皆が納得出来る戦いは出来たか?』

 

 

 

 

 ドクンと、心臓が跳ねた。

 

 

 

 

 戦ったと答えようとした。でも、出来なかった。

 

 

 だって──

 

 

『ああ……そっか』

『あ、あこ?』

 

 

 あこは、戦った事なんて一度もないんだから。

 

 

 ずっとずっと、逃げる事しかしてなかった。

 

 

 いつ自分が戦った?何時どこで、自分が疲弊する戦いをした?誰もが納得する戦いなんてしていないではないか。

 

 

 あこは忘れていた。自分が逃げる事しかしてこなかった事を。

 

 あこは忘れていた。自分がどうしようもない程の卑怯者で、臆病者だったという事を。

 

 

 あこは、また間違えた。

 

 

『お姉ちゃん、ありがとう。それと、ごめんなさい。あこ、やっぱりここにいない方が良いみたい』

『へ……?何言って──』

 

 

 あこは、また逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉を家に置いていき、商店街を抜けて、通学路を抜けて、あこはある場所にやって来た。

 

 大切な人との、大切な場所。あこに残った、最後の“大切”。

 

 そこであこは、一人蹲って震えていた。

 

 

「ごめんね……りゅう兄……」

 

 

 ──あこは、逃げる事しか出来ないみたい。

 

 




次回、解決。

魔王様は逃走の達人。別に逃げるだけでもええんやで。

異性の友達とカップル割を使う時は気をつけよう。店によっては詐欺だと訴えてくるぞ!(経験だn──嘘ですごめんなさい)


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第64奏 Nexus Code─Number Error:契約

ちょー頑張った。足りない語彙力と文章力を繋ぎ合わせて7000文字の超大作を作り上げたよ。頑張った。
最終回でも良いと思う。更新止まったら察して。

絆、ネクサス。



 思い返して見れば、出会いは恐ろしいほどに偶然だった。

 

 かつて見た目も趣味も女の子ぽかった俺は、クラスの男子から弄られていた。それが嫌で仕方なかった。

 そうやって嫌々に毎日を過ごしていたある日、いつも通り男子に弄られた俺は、気分転換のために偶々目に映った神社に立ち寄った。そこで彼女と出会ったのだ。

 相変わらずこの頃から魔法陣やら、厨二発言やらをしていた彼女。今と違うのは、彼女の方が身長が高かった事だろうか。

 変な口調で変な事をしている俺より背の高い女の子。

 当時酷く心に傷を負っていた俺は、何故かその光景に元気を貰ったのを覚えている。

 だから、俺は彼女に話し掛けた。

 

『こんな所で何してるの?』

『おねーちゃんみたいにカッコ良くなるためにとっくんしてるんだよ!』

『とっくん?』

『うん!』

 

 女の子なのにカッコ良く……当時の俺は、俺と同じ彼女が分からなかった。

 

『ねえ、なんで君はカッコ良くなる事を隠さないの?クラスの人にバカにされないの?』

『うーん……たまに変なやつだーって言われるけど、気にしないよ』

『な、なんで?』

 

 彼女は俺と同じだった。でも、同じだけど違った。

 同じなのに眩しく笑っている彼女に、俺は必死に聞いた。どうしたらそう居られるのかを。そして返って来たのは、とても衝撃的な物だった。

 

『だって、ほかの人からどう言われたって、あこの好きは抑えられないもん。それに、好きなことを好きって言うのは、悪い事なの?』

 

 その言葉を受けた俺は、身体に電流が走る感覚を覚えた。

 

『隠したって意味ないよ。だから、あこはあこの好きに全力をだすの』

『好きに……全力』

『うん!』

 

 元気良く頷いて、彼女は眩しく笑って見せた。

 

『あ、あのね……僕、可愛いモノが好きなんだけど、その好きに全力になっても良いのかな……』

『大丈夫だよ!』

 

 初めて真正面から俺を肯定してくれた彼女。

 それから俺は、クラスの男子からの弄りを気にしなくなり、自分の好きな事をやり遂げていった。そうして行くうちに、俺は裁縫や家事を覚えて行ったのだ。

 俺の考えを変えてくれた彼女とは、その時から何度も会うようになり、半年ほど経った時には互いの家に泊まり合う仲になっていた。

 そして、もう何回目か分からないお泊まり会での事。

 

『ねえ、あこ』

『ん~?どうしたの?』

『僕、あこに出会えて良かったよ』

『漫画であった転校する時に言うセリフだ!……りゅうすけ転校しちゃうの!?』

 

 驚きながら俺を見た彼女に、この時父性に近いモノを覚えたのは今でも忘れない。

 

『あはは……転校なんてしないよ』

『もお~びっくりさせないでよ。りゅうすけはもうあこのけんぞくなんだからね!』

『けんぞく……か』

 

 あこの言う眷属と言うのは、親友とかそう言うなんだろうなと思って落ち込んだ。だが──

 

『けんぞくだよ。あこの一番たいせつな人なんだからね。いなくなっちゃダメだよ?』

『……うん、わかった』

 

 その時の俺は酷く感動したのを覚えている。あこがそこまで俺の事を想っていてくれていたとは思っていなかったからだ。

 

『なんか、今怪しい間があった……。りゅうすけ、あことけいやくして!』

『け、契約?』

 

 思い返せば、あこはこの頃から言葉の意味を把握するのが苦手だった。

 

『あこは……うたがわあこは、一生りゅうすけの手を離さないよ!絶対だからね!』

 

 そして、この頃から俺を誑かすのが上手かった。

 

『……わかった。あこと契約するよ』

『うん!じゃあ、りゅうすけもけいやくの言葉言って!』

『うん』

 

 ギュッと握られたあこの手を握り返し、俺は一生の誓いの覚悟であこと契約したのだ。

 

『僕は、神楽竜介は、一生あこの手を離さない。絶対。……これで良い?』

『うん!』

 

 俺の手を潰す勢いであこは手を握り、契約をした後に“けいやくの歌”と言うのを、あこは口ずさんだ。

 

 

いつも、いつまでもいっしょにいよう

 

 

てをつないで、かっこいいちかいを言って

 

 

いっしょに笑って、いっしょに泣いて

 

 

たくさんのじかんを一緒にすごそう

 

 

ぜったいなくならないちかい

 

 

ぜったいぜったい、手は、はなさない

 

 

 

 

これが、俺とあこの交わした誓い。

永久不変の、絶対の契約。

 

 

 

 

 ____

 

 

 

 

 

 大粒の雨が俺の身体に打ち付けてくる。

 あこを探し始めてまだ一時間弱しか経っていないが、何故か何時間も経った様に感じる。

 

「あこ……どこに言ったんだ」

 

 巴からの話であこが家から飛び出したと言う事を聞いてから、俺は思い当たる場所を手当たり次第に探していた。蘭やモカの各家、燐子の家、羽丘学園中等部校舎。全部探したがいなかった。

 そうして街の中を駆け回るうちに、俺はとある神社の石階段の前に来ていた。

 段数はさほどないが神社や寺特有の傾斜を持っており、上り切った先には赤い鳥居がある。何の変哲もない小さな神社だ。

 しかし、俺にとってこの場所は──

 

「……もしかして」

 

 心の中に希望が生まれた。

 何故、今までこの場所が思い当たらかったのだろう。そう心の中で愚痴を吐きつつ、確信を持って石階段を一歩ずつ駆け上がって行く。

 

 この場所は、この小さな神社は、

 

 

「……いた」

 

 

 ──俺とあこが出会った場所だ。

 

 社の屋根の下で雨宿りをしているあこに、地面の石を鳴らしながら近づく。

 遠目からでも、あこがずぶ濡れなのが分かった。

 俺はどうすれば良いのか分からず、なげやりにあこの頭を撫でた。

 

「あこ、大丈夫か?」

 

 涙で目元が赤くしながら俺を見るあこに、そう言ってみた。

 

「りゅう……にい……?」

「ああ、俺だよ」

「なんで……」

「あこを探してたらここに来ちまった」

 

 俺はあこの隣に座る。

 改めて空の景色を見るが、酷い雨の降りようだった。これでは上がる気分も上がらないだろう。

 

「ダメだよ……あこに近づいちゃ……」

 

 虚ろで荒んだ、今にも死んでしまいそうな目であこは言った。

 

「あこ、壊しちゃうから……。大切な物……。それにりゅう兄にたくさん迷惑掛けちゃったし……」

 

 あこは話した。

 姉の大切な物を壊したことや、その事から逃げたくて俺の下に来た事。

 終いには、俺とあこの”大切”を壊した事。

 その全部を話した。

 

「あこはね、ずるい人なんだ……。だから、人に迷惑をかけちゃいけないの。でも、あこはりゅう兄やみんなにたくさん迷惑かけた」

 

 淡々とした口調であこは言う。

 あこの傷つき過ぎた心が、今にも閉じそうになっているのが分かった。

 声にも目にも雰囲気にも、宇田川あこらしさを全く感じない。それはまるで人形のようだった。

 

「りゅう兄にもお姉ちゃんにも迷惑を掛けないために、あこは一人でいるって決めたんだ。だからねりゅう兄……」

 

 光の無い真っ黒な目で俺を見つめ、あこは言った。

 

「今まで迷惑かけてごめんなさい。もうあこの傍に──」

「あこ」

 

 全く感情のこもっていない、けれど震えた声で発せれたあこの頼み事を、俺は遮った。全て言わせてしまったら、取り返しのつかない事になりそうな気がしたから。

 

「無理するな。俺は迷惑だなんて思ってないから」

「うん」

「大丈夫、俺がいるから」

「うん」

 

 俺の声は、あこに届いていなかった。

 何処を目指して声を掛ければ良いのか分からない。八方塞がりなどではなく、無限に広がる闇が俺の前に突きつけられているようだった。

 何も出来ず、俺はあこの隣で胡座をかく。

 

「どうしたもんかなぁ……」

 

 頭をかきながら、これからの事を模索する。

 考えたくないが、このままあこが元に戻らなかった場合、俺はどうするだろうか。

 まあ、絶対一緒にいるだろう。

 

「あこがいなくなったら寂しくなるな」

「……大丈夫だよ。りゅう兄には友達がたくさんいるもん……」

「そうだな。でも、あこだって大切な友達だぞ?」

「うん。ありがと」

 

 礼を言いながら、あこは笑った。その笑顔は、本当にあこが作ったものなのか分からない程無機質で、全く惹かれなかった。

 もしかしたら、俺は叩いてでもあこを正気に戻さなくちゃ行けないのかもしれない。だが生憎、そんな度胸は持ち合わせていない。

 

「かっこ悪いなー……俺」

 

 漫画の様な主人公になりたかったと、俺は少しおちゃらけた風に愚痴ってみる。だが、なにも変わらない。

 そこに、あこがボソッと呟いて来た。

 

「りゅう兄は、かっこいいよ……。あこなんかとは、全然違う……」

 

 自分なんか──俺が一番聞きたく無かった言葉。

 

 誰が悪いでも無いのに一人で抱え込んで、罪の意識に埋もれて潰れそうになっているあこ。

 あこの事を何も知らず、知ろうともせず、いつまでも自分にとって都合のいい幸福だけを見ていた俺。

 本当に本当に──

 

「かっこ悪い」

 

 俺もあこも最高にダサい。

 

「よし決めた。あこ、俺と一緒に来い」

「え……ちょっと待って──」

 

 あこの意見は聞かず、俺はあこの手を引いて歩き出した。打ち付ける冷たい雨が、まるで心に刺さる様に沁みた。

 

 

 あこの手を引いて、少し時間を掛けて歩き、俺はCircleにやって来た。

 まりなさんに無理を承知でギターと機材と空きスタジオを貸して貰い、びしょ濡れのままセッティングをする。

 エレキーギターの弦の弾く音をチューナーに掛けながら正音にし、穏やかなメロディーを弾く。

 

 奏でる歌は決まってる。

 

 永久不変、絶対の誓約。俺とあこの繋がり。

 

 そう。“けいやくの歌”だ。

 

「一緒に歌おうぜ。元気がない時こそ、声を張るんだ」

 

 もうある程度慣れたギターを奏で、ポロンポロンと穏やかで優しい音を出す。

 俺が控えめに声を出して歌い出すと、あこも小さくだが一緒に歌ってくれた。

 

 その表情には、ちょっとだけあこらしさが戻っていた。

 

「あこ、あこが出ていってからさ、俺ずっと考えてたんだ。なんで、あの時あこの手を掴まなかったんだろうって」

 

 あこに向かって、俺の中に残っていた後悔を打ち明ける。あこがマグカップを壊してしまった時、どうしてあこの手を掴まなかったのか。俺はずっと悔やんでいた。

 

「あこの手を離さないって誓った筈なのに、俺は走ってくあこを見ている事しか出来なかった」

「ち、違うよりゅう兄。手を離したのはあこの方だよ。あこが……あこがりゅう兄から逃げたんだよ……」

 

 俺が、あこが──終わりそうのない言い争いが始まり、しばらく黙り込んだ。

 

 先に口を開いたのは俺だった。

 

「あこ、契約を破った俺が言うのも何だけど……帰って来てくれないか?そしたら、また一緒にご飯作ってさ、それを一緒に食べよう。また、一緒に暮らそうよ。きっと楽しいからさ」

 

 俺は微笑みながらそう尋ねて見る。が、あこは首を横に振った。

 

「ダメだよりゅう兄……あこと居たら、りゅう兄に迷惑かけて……」

「迷惑なんて上等だよ。てか、俺もよく人に迷惑かけてるし──」

「ダメッ!」

 

 あこは目一杯に俺へと叫んだ。心を張り詰めさせて、精一杯に俺に向かって訴えた。その顔には涙が伝っている。

 

「ダメなの……一緒にいたら……あこと一緒にいたら……りゅう兄が嫌な思いをしちゃう……」

「嫌になんかならないよ。絶対に」

 

 俺はそう声を掛けるが、あこの涙は止まらなかった。

 

「俺は、あこにどんな事をされても良いって思ってる。あこが隣にいてくれれば」

「やめて……やめてッ!」

 

 傍に寄った俺を、あこは両手で突き飛ばした。

 思わぬ行動に俺が唖然としていると、あこが片手で頭を抑えながら、苦しそうに訴えた。

 

 

「あこだって、ほんとはりゅう兄といたいよ!?でも怖いんだよ……また壊しちゃいそうで……今度は、りゅう兄を傷つけちゃいそうで……ッ!」

 

 

 瞳に涙をいっぱい溜めて、咳止めていたダムが崩壊する様に、あこは精一杯に叫んでいた。

 

 やっと本音を言ってくれたあこに、俺は口角が上がったのが分かった。

 

「あこ」

「──ッ!?」

 

 あこの全力の訴え。

 俺を傷つけたくなくて、壊したくなくて出した、全力の答え。

 その想いがとても愛おしくて。その優しさが嬉しくて。

 

 俺は優しくあこの手を取り、屈する様に肩ひざを付く。その様子に、あこは目を見開いて酷く驚いていた。

 

 

「あこ、聞いて欲しい」

 

 

 今のあこが、俺をどう見ているのかは分からない。けど、俺から見たあこはやっぱりあこなのだ。だから、もしかしたらだけど、いつもの俺を見せれば、あこも戻ってくれるんじゃないかと、そう思えた。

 

「あこ、俺はさ、あこがいないと満足にご飯も作れないダメ眷属なんだ。包丁を握ると手を血だらけにしちゃうし、裁縫針を手に取れば手に針を刺しちゃう。あこが壊す壊さないの前にさ、俺はもうぶっ壊れてるんだ。だから、一緒にいて欲しい」

「……でも、もしかしたらあこがもっと酷い事しちゃうかもしれないよ?」

「別に良いよ。それであこが隣にいてくれるなら」

 

 俺がそう了承すると、あこは更にポロポロと泣き出してしまった。

 

「あこ、悪いこともたくさんしたんだよ?お姉ちゃんの大切な物壊しちゃったし、りゅう兄のお弁当わざと忘れたりした……。そんなあこが、りゅう兄の所に戻っていいの?」

「いいよ。全部俺が許す」

 

 以前あこが三日連続で弁当を忘れた事があった。それがわざとだったと言う事はモカから聞いている。学校で俺に会えない寂しさから、あんな事をしてしまったと言う事も後で巴から聞いた。事情はどうあれ、あこは悪路に着いた。

 だが、俺はそんな事をされたぐらいじゃあこを嫌いになれないし、何より、あこがこうやって自分から謝罪して悔いているのだ。甘いと言われるかもしれないが、許してあげてしまうのが俺の性質。きっと悪いところなのだろう。

それに巴も、あこの事を許している。だから、後は俺が許してあげるだけ。

 

「あこ、ずるい人だよ?逃げる事しかしないんだよ?戦おうとしてもすぐ逃げちゃって……」

「じゃあ、次逃げる時は俺も誘ってくれ。俺、寂しがり屋だからさ、一人にされたら泣いちまう」

「で、でも……」

 

 きっとあこが聞きたい答えは、「逃げてはいけないよ」だとか、「一緒に戦ってやる」とかだろう。でも、ダサい俺はそんなカッコイイ答えを出せない。

 あこはしばらく戸惑いを見せた後、恐る恐ると言った様子で俺に聞いて来た。

 

「あこ、りゅう兄の隣にいて良いの?」

「ああ、良いよ」

「また、一緒にご飯食べられる?」

「おう。また一緒にご飯食べようぜ」

 

 あこが自分の悪事を打ち明けて、後悔して、でも……それでもなお俺の隣にいて良いのかを尋ねてくる。俺は何度も相槌をうって、あこの質問にイエスを返した。

 

「また、何か壊しちゃうかもしれないよ?」

「そしたら、また一緒に買いに行こう。それで全部解決だ」

「……分かった」

「おう」

 

 気まずそうに、でも決意が固まった目であこは言った。

 

「りゅう兄の所に戻る……」

「おう。おかえり」

 

 俺は、あこの頭をそっと撫でた。雨で濡れていたからびちゃびちゃだ。まあ、それは俺もだけど。

 やっと、あこが戻って来てくれる気になった。俺の中では万々歳ものだ。

 このままあこの手を引いて一緒に家に帰っても良い。でも、俺にはたった一つだけやらなければならない事がある。

 

「なあ、あこ」

「な、何?」

「あことの契約さ、一回切れちまったから、もう一回しても良いか?もう絶対離れ離れにならないように」

「う、うん」

 

 あこの答えを聞いた後、俺は一度あこから離した。でも、手はしっかりと繋いだままだ。

 

 

 

 

 

 

「りゅ、りゅう兄……」

 

 

 

 

 

 ──あの時から十数年経った。

 

 

 

 気弱な少年を導いた元気な女の子は、小柄で愛らしい少女に成長した。

 

 

「あ、あこは……宇田川あこは、りゅう兄の手を離さない……。それで、今度こそ……りゅう兄から離れない……」

「おう」

 

 女の子より気弱な少年は、背の高い青年に成長した。しかし、好きな子はずっと変わらなかった。

 好きな子がカッコイイもの好きだったのもあるが、何より男としてカッコつけたくて、色々とやんちゃや黒歴史を作った。

 

 

 そう、二人とも変わったのだ。

 

 だから、これはただの再契約ではなく、青年と少女としての新たな契約。

 

 

「──俺は……神楽竜介は、あこの手を一生離さない。そんで、もう二度とあこから離れない!」

 

 

 あこの手を少し強く握り返し、俺に作れる精一杯の笑顔を作った。あこがもう迷わないように、今度は俺が引っ張っていけるように。そう願って。

 

 

 だが、あこはそっぽを向いてしまう。どうしたのだろうか。

 

 

「あ、あこ?どうした?」

「……ずるいよ……りゅう兄は……」

「え、何がだ?」

「……なんでも無い」

 

 何かおかしな所があったのだろうか。もしかしたら緊張で変顔でもしていたのかもしれない。

 色んな不安に俺は駆られたが、Circleの外が晴れ模様だったので気にしない事にした。これは励ましたいのだろうか、それとも煽っているのだろうか。

 

「あこ、ハグして良い?」

「ど、どうして?」

「なんか、今凄くあこを抱きしめたくて仕方がない」

「……い、いいよ。はい」

 

 両手を伸ばし、あこがハグの準備態勢に入った事を知らせてくれる。

 俺は迷わずあこを強く抱きしめた。この胸に頭が来る身長の高さと、少し高い体温の温もりが凄く安心できるのだ。帰って来てくれた事を実感出来る。

 

 ……何か、やたらあこの心臓が早く脈打っているが、大丈夫なのだろうか。

 あこにその事を聞いてみたが、「平気だから大丈夫」との事。絶対大丈夫じゃなさそうだが、俺は本人の言葉を信じる事にした。

 

 

 

 

 

 

 ____

 

 

 

 

 

 

 

 勢いよく玄関のドアが開いた。

 雨で濡れた少女は、髪の先から雨粒をポタポタと流し、念のためにと渡された青年が買ったビニール傘をギュッと抱きしめていた。

 

「お帰りあこ。竜介とは……上手く行ったみたいだな」

「……うん、ありがと。あ、あと……ごめんなさい、お姉ちゃん……」

「良いよ。風呂沸かしてあるから早く入っとけ。風邪引くなよ?」

「わかった……。着替え取ってくる」

 

 姉にそう言った後、急ぎ足で階段を上る。

 自分の部屋に辿り着き、ドアを閉めた後、その場にペタりと座りこんだ。

 そして、自分の頬に両手を当てながら──

 

 

「なにこれ……なにこれッ……」

 

 

 熱い顔と収まらない心臓の鼓動に困惑を感じていた。

 いや、本当は分かっている。友人から借りた漫画で幾度となく見た光景だ。ただ、

 

「漫画と全然違うよ……ひーちゃん……」

 

 聞いていた話と全然違った。

 縁起でもないが、車に轢かれそうになったりだとか、不良に絡まれたりしない限り、突発的には起こらないものだと思っていた。けれど、それが違うと言う事を今日知った。

 

「そっか……そうだったんだ……」

 

 竜介が他の子と仲良くしていると、何故かモヤモヤした気持ちになってしまう理由がわかった。

 竜介に迫られると、何故かドキドキして顔が赤くなってしまう理由が分かった。

 竜介とすれ違うと、無意識に目で追ってしまう理由が分かった。

 全部……全部……この一つの感情のせいだったのだ。

 

「……かっこよかったな、りゅう兄……」

 

 手を握られて、一緒に歌を歌って、かっこいい誓いをして、抱きしめられて、真っ直ぐ透き通った目で見つめられて。

 

「うぅ……顔が熱いよ……」

 

 手を握っていた感触や、ハグの温もり、見つめられた時の特別な高揚感がまだ残っていた。

 思い出しただけで、また顔が熱くなってしまう。

 そんな頬を外で冷えた手で冷ましながら、あこはボソッと呟いた──

 

 

 

 

「──そっか……あこ、りゅう兄の事が“好き”だったんだ……」

 

 

 

 

 魔王は──……宇田川あこは“恋”を知った。

 

 

 

 




女の子なのにカッコよくなろうとする魔王様と、男の子なのに可愛かった眷族っていう対比が出会う最高にエモい瞬間。こう……主人公とライバルが共闘する時みたいな熱さがある。

頑張って作詞しました。頑張りました。在り来りな歌詞だけどゆるして。頑張って音楽絡ませたらこうなっちゃったの。

喧嘩って良いな。病んでるっていいな。

これからしばらくイチャイチャタイムだ!止まらない恋の駆け引き合戦!魔王様の嫉妬ポイントを稼ぐぜ!


綺麗に収まったから最終回にしてぇ……。ここで更新停めれば……事実上の最終回に……。


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第65奏 Last Code∞:帰宅

皆様の熱い声援を頂き、続きました。


「ゲホッ、ゲホッ。やっばい……喉いてー」

「全く。竜介は寒さに弱いって言うのに……無茶しちゃって……」

「仕方ないじゃん。あのチャンスを逃したら、あことの仲直りなんて出来なかったんだし」

「はいはい」

 

 あこと俺が仲直りを果たした翌日の日曜日の事。俺は盛大に風邪を引いていた。熱は三十八度、扁桃腺は腫れ、鼻水がズルズル出てくる。くしゃみ&咳は当然の如く伴い、額には冷えピタが貼ってある。一応薬は飲んだ。

 今はやまぶきベーカリーから遠路はるばるやって来た沙綾に看病をされている。こう言った時の沙綾はほんとに心強い。さすがお姉ちゃん。

 あこが今日家に戻って来る予定だったが、一日伸ばさなければならなくなった。

 

「あこに連絡しないと……。帰って来るのは、明日に変更だって……。よいしょ……」

「あーいいよいいよ私がしとくから。竜介は寝てる」

 

 瀕死の思いで手に取ったスマホを沙綾に奪われる。これくらいは俺がやりたかったのだが、病人は寝てろと言わんばかりに、沙綾に毛布を掛けられた。

 沙綾はスマホをピッピと弄り、スマホであこに電話を掛ける。数秒したらあこが出たようだ。

 

「あっ、あこ?え?私だよ。……そうそう沙綾。実はさ、竜介が風邪引いちゃって。帰って来るのあした──え、ちょっと、いやそうじゃなくて…………切れた」

「沙綾?」

「あははー……ごめん。なんか、今すぐ行くって張り切ったまま電話切られちゃった」

 

 沙綾は苦笑した。

 まさかのまさか、あこが家に来てしまう展開になってしまうとは。風邪が伝染ったらどうしよう……。その前に、家にあるゴミを片付けなければ。特に台所が悲惨な事になっているのだ。

 

「片付け……片付け……」

「あーはいはい。病人は寝てる。台所とかは私がやっとくから」

「これは、俺の使命……」

「そんなボロボロの状態じゃ何も出来ないよ。竜介は寝てて」

 

 沙綾は厳しく言って部屋から出て行ってしまった。取り残された俺は、布団の上でぐでんと仰け反る。

 全体的に身体がダルい。さっきも言ったが喉は痛いし、鼻水が鬱陶しい。もう一度体温計で熱を測ってみると、三十八度五分──さっきよりちょっと上がっている。

 俺は体温計を放り投げ、頭の中の回想に逃げた。

 

 四日前、あこと初めて喧嘩らしい喧嘩をした。あこがお気に入りのマグカップを割ってしまい、それにショックを受けたあこが家出を決行。そこから三日間、あこはあこの家で生活を過ごした。

 あこが家出をした一日目。俺は巴から事情を聞き、自分の愚かさを自覚した。そして、何故あこが俺の家に来たのかを知った。あこは、巴のマグカップも割ってしまっていたのだ。同じ失敗をしてしまった事を、あこは酷く後悔していた。

 あこが家出をしていなくなった途端、俺にも異変が起きた。心理的な物なのかは分からないが、俺の視覚と聴覚が機能不全に陥ったのだ。メンタルはもう酷い状態だったし、無気力そのものだった。

 それから一日経ち、あこが家出して二日目に入った。俺は学校を休み、巴からあこも学校を休んでいた事を聞いた。どうやらあこも俺と同じ事をしていたらしい。そして、この日俺はニャン吉の大切さをしった。

 あこが家出してから三日。俺はひまりと一緒に猫カフェに言った。それがひまりと巴の気遣いだと知った時、俺はあことの仲を持ち直す覚悟を決めた。そして、俺はやりきったのだ。

 あこと仲直りしてから一日経ち、俺はこうして風邪を引いている。情けない事この上ない。

 

「あこにも、もっとカッコイイ言葉を掛けてやりたかったなー……。ゲホッ、ゲホッ」

 

 頭がぼーっとして上手く思い出せないが、あこが俺を傷つけるかもしれないと言った時、俺は既にぶっ壊れてると返した気がする。なんか、こう……あこが壊すなら俺は創ってやる的な、主人公的な事を言ってあげたかった。なんだろうぶっ壊れてるって。余計不安にさせただけな気がする。でも、それであこが帰って来る決意を固めてくれたのだから反応をしにくい。こんな頼りない俺で良かったのだろうか。

 

「ねえねえ竜介、ちょっと良い?」

「なんだ?」

 

 台所を掃除しているはずの沙綾が、何か見つけてはいけない物を見つけた顔をしてやって来た。まさか、あこの部屋に隠してある厨二病ノートを見つけてしまったのだろうか。あれはそっとしておいてあげて欲しい。若気の至りなのだ。

 俺はゾッとしながら沙綾を見た。

 

「洗面所の洗濯カゴの中にさ、あこの物とは思えないブラジャー見つけたんだけど……」

「ああ、それひまりのだ。今は別の部屋で寝てるからそっとしておいてあげてくれ」

「あこがいなくなった途端別の子連れ込んだの?すごい行動力だね」

「ちゃうねん」

 

 ひまりをここに泊めたのはそんな不順な動機じゃない。だからその呆れた顔をやめて欲しい。第一、ひまりとは親友だ。そんな目で見た事など一度もない。

 

「ひまりはさ、あこがいなくて弱った俺の面倒を見てくれたんだ……。洗濯したり、掃除したり。それにあこと仲直り出来たのは、ひまりのおかげでもあるんだ。……はっくちゅんッ!」

「ふーん……。まあ、あこには気づかれないように今日中にこっそり帰しときなよ。下着もひまりの家までちゃんと持って帰らせて。あこだって女の子なんだから」

「大丈夫だよ。あこはそんな事気にしないから。異性の友達が泊まったのならともかく、同性なら平気だろ」

「そうかなぁ……」

 

 最近思春期に入ったからか、俺との距離感に気まずくなってる事は見て何となく感じてる。だが、ひまりは大丈夫だろう。女の子同士が何を意識すると言うのか。それにひまりとあこは幼馴染。遠慮なんか必要ないだろう。

 

「もしさ、あこが竜介の事好きになってたらどうする?」

「うーん……上手く想像出来ないなぁ。まあでも、そしたら遠慮せず付き合わせて貰うよ」

「おっ、男らしいじゃん。いつもはヘタレるのに」

「グズグズしてられないんだ。皆のためにも」

 

 明日香、こころ、燐子、日菜先輩、リサ姉、モカ。今まで俺に頑張って告白してくれた人のためにも、俺はあこに告白すると決めたのだ。だから、俺も頑張る。

 

「俺は、あこに告る」

「まあ、それにはあこを惚れさせないとねー。竜介に出来るかな?」

「分かんない。でも、俺はやってみせる……」

 

 あこも皆みたいに俺に惚れていたりしないだろうか。俺にとって都合のいい展開この上ないが、これが一番最短ルートなのだ。無理か。

 以前彩先輩に言ったが、幼馴染とは本来恋愛関係になりにくい物。俺が特殊なだけなのだ。

 

「そもそもあこの性格で恋愛とかするのか?ゲームとカッコイイ物が恋人みたいな所あるじゃん。もしかして俺ってお呼びじゃない?」

「さあ、どうだろう?まあ頑張らないとねー」

「そうだな……」

 

 これから頑張ってあこ城を攻略する手立てを考えるのだ。

 

 

 あこが来るまでの間、どうやってあこにアプローチをするか考えていると、突然家のインターホンがなった。どうやらあこが帰って来てしまったらしい。

 

「沙綾、悪い」

「はいはい任せて。このために来たようなものだし」

 

 沙綾が部屋を出て一回まで下りて行く。しばらくするとドタドタと元気な足跡が聞こえて来た。そして、部屋のドアがバーン!と勢いよく開いた。爽快な登場シーンである。

 

「りゅう兄大丈夫!?お薬買ってきたよ!」

「おう。ありがと。それと、おかえり」

「うん。ただいま!」

 

 あこが笑った。嗚呼、四日ぶりのあこの笑顔だ。身体に染み渡る……。

 

「えっと……お水と……お熱下げるやつと……頭痛薬と……」

 

 レジ袋の中をガサゴソしながら、あこが薬達を取り出す。中々量がある。

 あこが薬を取り出す様子を微笑ましく眺めていると、沙綾が部屋に入っていた。

 

「あはは……。あこ、竜介にはもう薬飲ませてあるから大丈夫だよ」

「え、そうなの?」

「そういえば、薬が効いて来た感じがする」

 

 あこが来る前に比べると、喉の痛みと鼻水が良くなった気がする。さすが即効性。そろそろ熱止めも効いて来る頃だろうか。試しに身体を起こしてみると、割かし動かせる様になっていた。

 

「おお動く動く。これでご飯が作れるな」

「今日はあこが作る。だからりゅう兄は寝てて!」

「いや、今日は譲れないぞ。あこのために料理するって決めてたんだから」

「あこがするの!」

 

 俺が、あこが──終わりのない戦いを始める。

 今日だけは譲れない。魔王様おかえりパーティーをすると予定したのだから。絶対譲れない。俺が先だ。

 

「俺!」

「あこ!」

「あーはいはい。二人とも熱くならないの。竜介は風邪引いてるんだし。あこもどうしたの?今まで竜介に強く物言う事なんてなかったのに」

「それは、その……りゅう兄の隣にいるって(、決めたから……その……)

「あー……なるほどねぇ……」

 

 沙綾は意味深な視線を俺に向けた後、あこの頭をそっと撫でた。何だろう、沙綾は何かを感じ取ったみたいだ。あこも様子がおかしい。

 

私も身を引く時が来たかぁ……

「……え?も、もしかしてさーや──ッ!」

「言わないで。さて、あこも来たことだし私はもう帰るかな。竜介、お大事に」

「おう、ありがとな。沙綾のおかげで大分良くなったよ」

「なら良かった。それじゃ、またね」

 

 沙綾はそう別れの言葉を告げると、部屋を出ていった。しばらくすると、玄関が開かれる音が聞こえて来る。

 沙綾が帰った。そう言えば帰るで思い出したが、あこが帰って来た時に渡そうと思ってた物があったのだ。

 

「あこ、これ」

「ん?……鍵?」

「俺ん家の鍵だ。あこにはまだ渡してなかったからさ」

 

 鍵を受け取ったあこは、信じられないと言った顔をしていた。そこまで驚かれるとは思わなかった。

 あこはもう家の人間だと思っている。そんなあこに家の鍵を渡さないのは間違っているだろう。

 

「い、良いの?」

「おう。あこはもう家族だからな」

「そ、そっか……にへへ♪」

 

 あこがニヨニヨしながら笑ってる。何この可愛い生き物。

 なんか、良い感じの雰囲気だ。まるであこが彼氏から部屋の合鍵を貰った様にニヨニヨしている。

 

 脈アリか?脈アリなのか?俺は勘違いしても良いのか?

 

 

「あれ、竜介?珍しいね、こんな時間まで布団に入ってるなんて」

 

 

 良い感じの雰囲気の所にひまりがやって来た。だらしなくパジャマをはだけさせている。もう少し、あこの可愛らしい姿を見ていたかった。

 

「え……ひーちゃん?なんでここに……パジャマ?」

「うん!あこちゃんの代わりに竜介の事見てたよ!」

「……ふーん」

 

 あこが何かを察した様な顔で俺を見る中、ひまりのお腹がぐ〜となった。

 

「悪いひまり、今何か作る」

「いいよいいよ。なんか竜介具合悪そうだし。適当にトーストでも作って食べてるね」

「そうか……悪いな」

「気にしない気にしなーい」

 

 ひまりは軽快に笑いながらそう言った後、部屋を出ていった。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 さて、ひまりもいなくなってしまった事だ、身体は良くなっているが俺も念の為にもう一眠り──

 

「りゅう兄」

 

 あこが俺の事を呼んだ。どうしたのだろう……もしかして渡す鍵を間違えて──違う。なんか怒ってる。ゴゴゴゴゴってどす黒いオーラ出してる。え、ちょ……何これ怖いんだけど……。

 

 

「家族会議、しよっか」

 

 

 おっと、魔王が降臨したぞ。

 

 

 




モカちゃん編にカモフラージュして貰って始まった回。総勢十五話。正直、竜介が闇落ちしないか僕もヒヤヒヤしてた。

あこと竜介の繋がりは絶対の物となったため、∞の印をつけさせて頂きました。
これでもう、どんな壁が襲いかかって来ても怖くないぜ!

次回から登山遠足編やります。休憩話がなくてすまぬ。

あこちゃんモチーフにしたオリキャラで漫画描きたいな〜。Twitterに投稿して出版社に声掛けられるのが僕の夢。だけど漫画なんて書いた事ないけど。


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第66奏 家の鍵を授かったあこは、友希那さんに嫉妬する。

心機一転、一蓮托生。魔王と眷属の新ステージ。

新章スタート!




 大魔姫あこ は りゅう兄 から 家 の 鍵 を 貰った。

 

 

 昨日、りゅう兄から家の鍵を授かった。それで、あこも家族だって言ってもらえた。素直に嬉しい。だって、好きな人と家族同士になれたんだから。まあ、お嫁さんとかじゃないけど……。で、でも、家族だし。誰にも負けてないはずだ。鍵だってあこ以外は誰も持ってないでしょ。

 でも、あこがりゅう兄の家を飛び出したその次の日から、ひーちゃんがりゅう兄の家に泊まってた。しかもりゅう兄の事を支えてたって。なんか、お嫁さんみたいで面白くない。ひーちゃんは違うって言ってたけど、りゅう兄とひーちゃんが仲良さげに話してたのあこ知ってるんだからね。

 

 まあ、いいや。今日からまたあこはりゅう兄の家に帰って、ご飯を作って、一緒に食べる生活に戻るんだ。学校が終わった夕方のこの時間なら、さすがに誰も来ないよね。だったらずっとあこのターン!

 今日は何作ろうかな。餃子……焼きそば……麻婆豆腐……あ、そういえば麻婆ナスの素が台所に置いてあったなー。

 

「あら?あこじゃない」

「あ、友希那さん!」

「やっほーあこ☆」

「リサ姉も!」

 

 今日の晩御飯の事を考えていたら、りゅう兄の家の前で友希那さんとリサ姉に会った。こんな時間にどうしたんだろ。りゅう兄が呼んだのかな。

 

「どうしたんですか?」

「いやさー友希那が竜介の家行きたいって聞かなくてー。あはは」

「あ、じゃあ今開ける──」

「さ、入るわよ」

 

 友希那さんが家の鍵を開けた。なんの躊躇いもなく、りゅう兄の家の鍵を自分のカバンから取り出して鍵を開けた。

 

 …………あれ?

 

 家の鍵を持ってるの、あこだけじゃないの?りゅう兄、友希那さんにも鍵渡して……まさか、色んな人に鍵渡してるんじゃ……。

 

「友希那ー、そろそろアタシにも家の鍵貸してよー」

「嫌よ。リサに貸したら何するか分からないじゃない」

「えぇー、何もしないってば」

「私は竜介の姉として、竜介を守る義務があるわ」

 

 仲良さげに話ながら、リサ姉と友希那さんは家に入ってしまった。りゅう兄の姉って何だろう。

 あこはその場に立ち尽くして、今起こった事を頭の中に思い出す。

 

 友希那さんが、家の鍵を持っていた。しかもそれをリサ姉が欲しがっている。りゅう兄が色んな人に家の鍵を渡しているわけではなかったから安心したけど、さすがに酷いよ。あこの事期待させたくせに。りゅう兄のばか。

 

「あこ、何してんだ?」

 

 りゅう兄の事を考えてたら、りゅう兄が帰って来た。あこはりゅう兄のお腹に軽くパンチを入れる。あこを期待させた罰だ。りゅう兄のあほ。なんであこ以外の、それも女の子に家の鍵渡すの。りゅう兄には危機感とかないのかな。さーやだってりゅう兄の事好きだったんだよ。

 

 あこはりゅう兄にささやかな仕返しをした後、家の中に入った。夕飯の準備しなきゃ。

 あこは家に入った後、制服のまま台所に向かった。冷蔵庫の中を覗き、ピーマンは見て見ぬふりをしてテキトーに材料を取って投げやりに冷蔵庫を閉める。今日のりゅう兄はあこの心を弄んだ。だからとびきりまずいご飯を作ってあげるのだ。聖堕天使を怒りの理に辿り着かせるとどうなるか教えてやる。

 

「竜介、正座しなさい」

「え、なんでさ」

「いいから」

 

 どうやらりゅう兄は、友希那さんを怒らせる事をしたらしい。友希那さん、うちのりゅう兄がごめんなさい。

 

「膝枕して欲しいなら最初から言えば言えば良いのに」

「恥ずかしいじゃない。皆の前で言うの」

「皆の前で膝枕されるのは良いの?」

「良いのよ」

 

 違った。友希那さんは怒ってなかった。というよりりゅう兄にデレデレしてる。何だろう、あの優しそうな微笑み。あんな優しい顔した友希那さん初めて見た。

 りゅう兄もりゅう兄で友希那さんにデレデレして……。凄く優しい顔してる。あんな顔、あこに向けてくれた事あったかな……。

 

「そういえば、貴方と私の婚約の事だけど」

『!?』

 

 婚、約?こんやく?コンヤク?こんにゃく?

 りゅう兄と友希那さんが?

 どう言う事なのりゅう兄。あことリサ姉の事家に連れ込んでおいて。りゅう兄のたらし。りゅう兄の女の敵。

 今までりゅう兄を好きだと気付けなかったあこが言うのも何だけど、りゅう兄は無神経すぎると思う。一昨日あことした契約はなんだったの?嘘だったの?それとも、りゅう兄の中であこは妹でしかないの?

 

「あのさーユキ姉、その話は前に断ったでしょ?ユキ姉の家には行きません」

「そこで代案よ。私が嫁に入るわ」

「何も代わってねーじゃねーか」

 

 友希那さんのおでこにりゅう兄がデコピンを入れる。

 良かった、りゅう兄は婚約に乗り気じゃない。まあ、りゅう兄はあこのけん属だからね!誰にも渡さないもん。

 あこは安心した気持ちを胸にしまって包丁を握った。美味しくないご飯を作らないと。

 

「ゆーきーなー?」

「……何かしら?」

「今の話は何かなー?」

「竜介に聞いてちょうだい」

 

 なんでだろう。リサ姉が凄く怒ってる。真っ黒いオーラ出しながら、友希那さんのほっぺたムニムニしてる。あんなリサ姉初めてみた。闇の力が……バーン!ってなってる。

 

「まあまあ。リサ姉も落ち着いて」

「ちょっーと今の話は聞き逃せないかなーって」

「ユキ姉にも悪気があるわけじゃないんだ。なんか、お母さんがユキ姉と俺をくっつけようとしてるみたいで。まあ、ユキ姉が家事を出来るようになれば全部解決何だけどね」

 

 そう言う事だったんだ。友希那さんも大変なんだなー。そう言えば、あこもりゅう兄の家に来る前はお母さんに『料理くらい出来るようになりなさい』って言われたっけ。懐かしい。

 

「じゃあ、今度アタシと一緒に料理しよっか☆」

「お願いするわ」

「……それで?竜介に膝枕されてるのはなんでかなー☆」

「仕方ないじゃない。竜介の太ももは柔らくて心地良いのよ」

「ちょっと。せめて膝って言ってよ。太ももに肉ついてる人みたいに聞こえちゃうじゃん」

「竜介はちょっと黙ってよっか☆」

 

 なんか、場がカオス化して来た。りゅう兄の膝枕って気持ちいいのかな……。一緒に寝た事はあるけど、膝枕された事はないから分かんないや。恥ずかしいけど、今度頼んでみよ。

 りゅう兄の太ももって柔らかかったんだ。立ってる時は女の子みたいにスラっとしてるから知らなかった。隙を見て触ってみよ。

 

「アタシも膝枕して欲しい」

「ダメよ。これは竜介の姉である私だけが特別にしてもらえる──」

「ユキ姉にそんな事言った覚えないんだけど。てかなにさ、俺の姉って。姉らしい事なんてされた覚えないよ」

「貴方は黙ってなさい」

「さっきからなんだよ、俺の事除け者にして」

 

 りゅう兄が不機嫌になった。何あれ可愛い。膨れた顔したりゅう兄は五年ぶりくらいに見た。今はほんのちょっと顔が男の子っぽくなったけど、十分女の子になれる顔だから可愛くなってる。もしかしてりゅう兄って女の子なのかな。……と言う事は、あこは女の子好きという事に……りんりんと一緒だ。

 

「あははー、ごめんて。アタシもちょっとムキになってただけだからさー。ね?」

「まあ、別に良いけど」

「全く。世話が焼けるわ」

「ユキ姉はそろそろ下りろや」

 

 りゅう兄が膝の位置をずらして友希那さんの頭を地面に落とした。ゴンッ!って凄い鈍い音がした。痛そう……。友希那さんは頭を抱えて蹲ってる。りゅう兄、女の子に容赦ないなー……。

 

「いきなり何するのよ……」

「ユキ姉が反省しないからでしょうが」

「子供の頃、音楽フェスで泣いてた貴方を助けたのは誰だったかしら」

「そんな歴史は存在しない。泣いてたのはユキ姉でしょ」

 

 バチバチとした火花がりゅう兄と友希那さんの間に散る。

 

「はぁ……。昔は私の後ろをヨチヨチついてくる可愛い子だったのに」

「可愛いは余計だ。てか、ユキ姉の方でしょ。後ろついて来てたの」

『……』

 

 仲良いなあ……。なんか、姉弟みたい。

 

 皆の様子を眺めながらご飯を作ってたら、チャーハンが出来た。具材をごちゃ混ぜにしたのがいけなかったのかもしれない。美味しくないご飯を作るはずだったのに……。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「まったく。ユキ姉はワガママなんだから」

「貴方がケチなだけよ」

 

 お母さんの差し金で俺に婚約を求めて来た自称姉。俺は今、世紀の大決戦に身を投げ出していた。いつかユキ姉に教えてやるのだ。俺の重要性を。俺の純情を。俺の決意を。膝枕して貰っておいて、俺がケチはないだろう。

 俺はあこが作ったチャーハンを皆で食べながら、心の中で愚痴を吐いた。あ、このチャーハン具沢山で美味しい。

 

「うちに連れて行くの、あこでも良いわね」

「ユキ姉にあこは渡さんぞ」

 

 ついにあこに手を出そうとしたな。この魔性の姉め。

 俺は向かい側に座るリサ姉とユキ姉に隠れて、あこの手を握った。

 あこが真っ赤っかだ。

 




初めてあこちゃん一人称視点。チャレンジ精神。



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第67奏 日菜ちゃんは豆腐が掴めない。





 完全無欠の天才美少女。またの名を氷川日菜。

 学事においては文武両道を極め、プライベートではアイドルバンドでギターを務める完璧振り。

 姉である氷川紗夜が嫉妬から姉妹仲を拗らせる程の才能。一度見たものを完璧にコピーするポテンシャル。その二枚刃で万象に対抗し、そして打ち破る。

 そんな天才美少女だ。

 

 いやあこだって負けてはいない。料理はもう極めつつあるし、他の家事だって大分こなせるようになってきた。得意のドラムは音楽にうるさいユキ姉を認めさせる程だし、俺はあこが世界で一番のドラマーだと思っている。

 NFOだって最近燐子と一緒にプレイヤーランキングTOP50にランクインしたと言っていた。トマトジュースの入ったワイングラス片手に、声高らかと笑っていた姿は記憶に新しい。可愛いかった。

 何より、俺を惚れさせると言う誰にも出来なかった快挙を成し遂げているのだ。これだけで十分明日香とかに自慢出来る。きっとそのツケは俺に回ってくるだろう。

 

 徒話はさておいて(話を戻そう)

 

 完全無欠のジーニアス。銀河無敵の才能少女。

 そんな弱点など何処にもないように見える日菜先輩だが、十月終わりの某日。不肖ワタクシ神楽竜介が、日菜先輩の弱点をババンと暴いてやりました。

 

 氷川日菜。果たしてその弱点とは──

 

「あ〜ダメですよ氷川さん。そんな力入れちゃ〜」

「むー……なんで苗字呼びなの」

「ちょっとやっとかなきゃいけなかったんで」

 

 氷川日菜、豆腐掴めないってよ。

 もう、ぐちゃぐちゃの絹ごし豆腐がボールの中に溢れかえっているのだよ。ぐちゃぐちゃのびちゃびちゃ、歪な形をした豆腐達が山を作っていくんだよ。

 正直に言って驚いた。まさか日菜先輩が豆腐掴みを苦手にしていたとは。真っ先に紗夜先輩に教えてあげようと思ったけど、紗夜先輩も豆腐が掴めない可能性を考えて言わないでおく事にした。

 

「日菜先輩にも出来ない事ってあるんですね」

「あたしだって完璧じゃないしね!」

「開き直ってますねー。どれ、ちょっと」

 

 日菜先輩の隣で自分の分の豆腐を持ってみせる。珍しく日菜先輩が悔しそうな顔をしていた。ちょっとだけ優越感。

 

「むー!別に豆腐なんて掴めなくても生きていけるもん!それに木綿豆腐なら掴めるし〜」

「そうですね。でも、紗夜先輩に麻婆豆腐作ってあげるんですよね?」

「うっ……」

 

 そもそもの話、何故日菜先輩が我が家にいるのか。それは、日菜先輩が姉である紗夜先輩に何か料理を作ってあげたいと思った所から始まる。日菜先輩がふとそう思い至り、俺が夕食に麻婆豆腐を作っていた所にやって来たのだ。

 日菜先輩は無事何を作るのかを決め、俺に教えを乞うた。

 

「紗夜先輩のために、頑張りましょ?」

「は〜い……」

 

 日菜先輩は項垂れながら豆腐に再チャレンジ。けれど失敗。これを何度も繰り返す。

 俺はその様を横で微笑ましく眺めていた。健気な日菜先輩がちょー可愛い。さすがの俺も日菜ちゃん派に乗り換えそうになってしまう。

 

(りゅう兄、また女の子と一緒にいる……)

 

 が、俺はこの世で一番の魔王好きなので心変わりをする事はない。我が魔王は最強なのだ。断じてカウンタ越しにいるあこの視線に恐怖して心変わり出来ないとかではない。断じてない。

 りぴーとあふたーみー。魔王いず最強。

 

「やっぱ麻婆は絹ごしですよ、絹ごし。さあさあチャレンジチャレンジ」

「なんか竜君、面白がってない?」

「がってないです」

 

 正解は嘘。何かに苦戦している日菜先輩を見て面白がってます。仕方ないじゃないか。こんな日菜先輩見れる機会なんてもう来ないかもしれないんだから。

 

「まあ、豆腐は手で崩した方が美味しいって言いますけどね」

 

 某仮面ライダーの何話だか忘れたが、矢車さん辺りがそんな事を言っていた気がする。包丁だと豆腐の味を落としてしまうとかなんちゃら。今度日菜先輩と料理対決がしたい。

 

「じゃあ、あたしの努力意味ないじゃん」

「包丁で切った方が見栄えが良いので、これからも頑張ってください」

「やっぱり竜君楽しんでるでしょ?」

「とうぜn──いえ全く」

 

 危うく口を滑らせ掛けた。日菜先輩の視線が痛い。ついでにあこの視線も痛い。……あこはさっきから何を思って俺に視線を向けているのか。カウンタ越しから俺をジーっと眺めている。やっぱり怖い。

 

「む〜……どうやったら上手く掴めるのかな。…………そうだ!」

「おっと嫌な予感」

 

 顎に指を当て悩んでいた日菜先輩の目が、キュピんと光った。

 俺が背筋に氷をはったのもつかの間、日菜先輩が俺の後ろに回り込んで、そこから両手を握って来たのだ。ラブコメ漫画でよく見る、主人公がヒロインの後ろに抱きついて料理を教えてあげるシチュエーション。それが今俺の身に起こっている。男女が逆だが。

 

「よーし竜君、そのまま豆腐を掴んで……」

「はあ……」

 

 こんなラブコメ展開、あことは一度も起こった事ないのに。あこ、不甲斐ない俺を許してくれ。

 

「ふむふむ……なるほど……」

 

 日菜先輩が俺の手を握り、豆腐を掴む力量を測っていた。何だか手つきがいやらしい。舐め回すように撫でられている。

 

「竜君の手、すべすべだー」

「やめてください。セクハラで訴えますよ」

「そんな釣れない事言わずにさー♪ほれ〜スリスリ〜」

 

 相変わらず日菜先輩の手つきはいやらしい。これは対氷川日菜用最終兵器──妖怪フライドポテトの出番だろうか。

 

「日菜先輩」

「むー……つまんないな〜。そんなんじゃ女の子にモテないよ?」

「モテなくても良いです」

 

 俺はあこ一筋九年でやって来たのだ。今更有象無象の女の子に言い寄られたと言って、何かあるという訳でもない。拗らせ片思い患者をなめるな。

 

「まあ竜君にはあたしがいるから良いよねー?」

「俺は日菜先輩の物じゃありません」

「えーいいじゃーん。どうせ竜君告白しないんだからさー」

「いつまでも俺をヘタレキャラだと思ってると後悔しますよ」

「へー。言うじゃん」

 

 登山遠足が終わった一週間後ぐらいには、日菜先輩の元にあこを恋人として連れていってやりたい。俺の決意は固いのだ。

 見てろ日菜先輩。そのニヤつき顔をびっくり顔に変えてやるからな。

 

「ま、あたしとイチャイチャしてあこちゃんの機嫌損ねてるようじゃ、好きな子と付き合うなんて夢のまた夢だよ」

「あこはそんな事じゃ怒りませんー」

「じゃあ聞いてみなよ」

 

 日菜先輩は余裕の笑みで言った。なるほど、そっちがその気なら俺もやってやる。

 どれどれ、日菜先輩にあこのぐう聖さを教えてあげようではないか。

 

「あこ──」

「りゅう兄のばか」

「いや、ちょっと話を──」

「りゅう兄のあほ」

 

 なんか凄く怒ってらっしゃる。ほっぺた膨らまして怒ってらっしゃる。可愛iゲフンゲフン大変だ、今すぐ機嫌を治さないと。

 

「あこ、どうした?俺が何かしちゃったか?」

「別に。あこりんりんとゲームして来る!」

「あっ、ちょ──」

 

 行ってしまった。

 一体何がどうしてこうなってしまったのか。俺が悪いのだろうか。それとも、まさか日菜先輩が何かしたのだろうか。俺には分からなかった。

 

「ね?あたしの言った通りでしょ?」

「俺が何したって言うんだ……」

「あたしといたからじゃない?」

「じゃあ俺はぼっちになれば良いんですか?」

 

 あこが望んでるのは俺の孤立なのだろうか。何だろう、俺すごいあこに嫌われてる気がする。それともあれか、あこは自分の家に客が来るのが嫌なタイプの人間だったのだろうか。

 

「ま、あたしは何でも良いけどねー。さてと、コツも掴んだことだし、ちゃっちゃと麻婆豆腐作っちゃおー。竜君、作り方教えてー」

「俺は……どうするれば……」

「竜くーん?」

 

 

 この後めちゃくちゃ麻婆豆腐作った。

 

 

 ___

 

 

 

「竜君、今日はありがとねー」

「いえいえ。これくらい何て事ないですよ」

 

 俺は日菜先輩と一緒に麻婆豆腐を作り終えた。結構上手に出来たと思う。

 

「じゃあ、竜君にお礼!目つぶって」

「はあ、なるほど」

 

 日菜先輩に言われ、俺は目をつぶった。

 お礼とはなんだろうか。日菜先輩は手ぶらでやって来たし、見た感じ小銭すら持ち合わせていない様子だった。それとも、外に何かおいてあるのだろうか。日菜先輩の事だから、UFOの模型とか持ってきそう──

 

 

「──ちゅっ♪」

 

 

 何か柔らかい物が頬に──いや、俺はこの感触を知っている。人生で二回経験済みだ。

 

「……日菜先輩」

「ふっふーん♪どう?どう?」

「懐かしい日々を思い出してました」

「あっはは!何それ♪」

 

 日菜先輩……キス……うっ、頭が……。

 

「それじゃ、バイバイ!」

「はい。また今度」

 

 玄関の扉を開け、日菜先輩が帰っていった。きっと紗夜先輩に美味しい麻婆豆腐を作ってあげる事だろう。写真でも送って貰おうかな。まあ、日菜先輩の事だから失敗はないだろう。

 さてと、俺もこれから頑張ってあこの機嫌を──

 

 

「りゅう兄」

 

 

 これは家族会議かなぁ……(しみじみ)

 




ただ最初のやり取りがしたかっただけよね。
本家でこの設定出てきたら、もう東映とブシモ提携確定よ。
努力してる日菜ちゃんが見たくて書いた。
あこちゃんって厨二病設定あるのにワイングラスにトマトジュースの演出やってないよね。何でだろ。


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第68奏 ファミリー






 羽丘登山遠足三日前水曜日。場所は宇田川家玄関呼び鈴手前。手に持つは羽丘学園産登山遠足相部屋承諾書。漢字の波が押し寄せる。

 手に汗握り、俺は呼び鈴に手を伸ばした。

 俺は今日、あこの家族に登山遠足であこと相部屋になる事を告げる。正直怖い。主に巴が。殴られるのは確実として、あとは何を要求されるだろうか。お金かあこを返せと言われるかもしれない。そう言えば、あこと巴が仲直りした後、普通に俺の家であこが寝泊まりしていたが、なぜ巴は何も言って来なかったのだろう。あこが説得してくれたのだろうか。

 

 まあ、今は置いておこう。それより、早く用事を済ませないと日が暮れてしまう。

 俺は意を決してインターホンを押した。『ピンポーン』と言ういつもの音がなる。

 

「はいはーい……あら〜!竜介ちゃんじゃない!」

「こんばんは。すみませんこんな時間に」

「良いのよ〜。さ、あがってあがって」

 

 出迎えてくれたのはあこのお母さんだった。

 あこのお母さんは、一言で言えば関東版大阪のおばちゃんみたいな人だ。元気が良くて、声もよく通る。巴の母と言われれば妙にしっくりくるそんな人だ。昔から付き合いが良くて、俺が家で一人の時はよくおやつを買って遊びに来てくれた。俺にとってもお母さんの様な存在の人だ。

 

「ささ、食べて食べて」

「あ、い、いえ……今日はそこまで長居する訳じゃなくて……」

「そんな固いこと言わずに。遠慮しなくて良いのよ。竜介ちゃんはもう、うちの子何だから」

 

 お母さんは俺を家へと招き入れた後、台所で夕飯のカレーをよそっていた。断り切れそうにないので、あこに夕飯はいらない旨のメールを送っておく事にする。

 

「おや、竜介君じゃないか。久しぶり」

「ご無沙汰しております。お父さん」

「巴ー!ご飯よー!」

 

 ダイニングテーブルではお父さんが新聞を読んでおり、テレビには夜の特番が流れていた。

 お母さんが巴を呼ぶと、そのすぐあとに巴が下りて来る。目が合うと、不思議そうに首を捻っていた。

 

 それから皆で一緒にテレビを見ながら夕飯を取り、久しぶりに賑やかな食卓を囲んだ。三人以上で夕飯を食べたのは久しぶりだ。いつもはあこと二人だし、その前は一人、さらにその前はじいちゃんとまた二人。

 温かい食卓と言うのは、きっとこう言う事を言うのだろう。普通にお母さんとお父さんがいて、学校であった事や、最近流行りの物などで話を広げる。俺には出来ない芸当だ。

 

「竜介ちゃんは最近どう?うちの子が迷惑かけてないと良いんだけど……」

「迷惑だなんて。あこは良くやってくれてますよ。ご飯も作ってくれますし」

「おや?あこは料理が出来るようになったのかい?」

「そうなのよ。あの子ったら、竜介ちゃんに教わったみたいでね」

 

 あこがこの場にいたら、どんな反応を返すだろうか。きっと耳を赤くして照れるだろう。愛おしい。

 

「竜介ちゃんも大変でしょ?あの子楽器とゲームにしか興味持たないから……。竜介ちゃんの気持ちを教えられたら良いんだけどねー」

「いえ、こればっかりは俺の問題なので。ゆっくり時間を掛けさせていただきます」

 

 あこの両親は俺の事を応援してくれている。昔からずっと、俺とあこが二人きりになったり、気持ちを伝えられる状況を作ったりしてくれていた。まあ、巴が全部ぶち壊していたが。

 

「あこの事よろしくね。あの子、昔っから変な言葉使いが好きで……男のおの字もなかったから……」

「あ、あはは……」

 

 あこの厨二病も、小学校低学年からしたら意味不の極み。あこも変な奴だとからかわれた事があると言っていた。そこが可愛いんだろボケぃ。

 ほんと、若い衆は国語に弱いから困る。まあ、そのおかげで皆あこの魅力に気づかず、俺の独占状態になっているのだが。

 

「巴も早く良い人見つけなさいよー。最近は草食系男子とか言うのが増えて、美人の人でも独り身なんて事があるらしいんだから」

「分かってるよ。アタシもその内見つけるって」

「気をつけなさいよ。貴方、あこより男っぽいんだからね」

 

 ソイヤ姉さん、母に御相手を求められる。どうやら巴も家では肩身が狭いらしい。これはドラムに逃げたくなる案件だ。

 巴は家族からの視線に耐えかねて、俺へと話題を振った。

 

「そう言えば、なんで竜介はいるんだよ。遊びに来たってわけじゃないだろ?」

「ああ、それはな」

 

 俺は巴に言ったあと、ポケットにしまっておいた承諾書を取り出す。

 

「今週の土曜日から登山遠足あるだろ?あれであこと同じ部屋になったから、お母さんに相部屋許可貰おうと思って」

「はあ?」

 

 巴の反応はよろしくない。

 

「あら〜新婚旅行みたいで良いじゃない!お父さん、サインしちゃいましょうよ」

「そうだな。まあ、竜介君だし」

「ちょ、ちょっと待てよ!アタシは反対だ!危険過ぎる!」

 

 両親の反応は良い物だったが、巴はやはり反対らしい。まあ、そりゃそうだよな。大切な妹が、どこの馬の骨かもしらない男と相部屋になるんだから。巴の気持ちも大いに分かる。まあ、俺の場合どこの馬の骨かは分かるが。

 

「竜介は男なんだぞ!?さすがに同じ部屋は……」

「ええー?でも、竜介ちゃんだし」

「竜介だからとかじゃなくて!何かあったらどうすんだ!」

「俺は何もしないぞ?ただあこと一緒にいられればそれで良いからな」

 

 あこが何かして来るなら期待に答えてあげない事もないが、果たして俺にその度胸があるかどうか……。自分で言ってて悲しくなった。取り敢えず、俺があこを襲う事はない。

 

「ほら、竜介ちゃんもこう言ってるし」

「もう少し疑えよ!?」

「でも、竜介ちゃんが私達に嘘ついた事、今まであった?」

「うっ……それは……」

 

 いや、俺だって皆に嘘ついた事くらいはある。お腹空いてる時に空いてないって嘘ついたし、お母さんが俺の家に通い始めた頃お母さんが怖くて、渡して来たお菓子の誘惑に負けそうになったから、お菓子は嫌いって嘘ついた。俺そこまでいい子じゃない。

 まあ、お母さんにはこの嘘全部バレてるけど。

 

「じゃ、書類にサインしちゃいましょ。お父さん、ペン取って」

「はいはい」

 

 お父さんから受け取ったペンで、お母さんが承諾書にサインと印鑑を押す。これで俺のミッションは完了だ。あこは喜んでくれるだろうか。

 

「アタシはどうなっても知らないからな……」

「俺ってそんな信用ない?」

「そうじゃないけど……竜介だって男だし……」

 

 男は理性のたかが外れやすいと言うが、俺はどうなのだろうか。乙女思考だとはよく言われる。普通の男はバレンタインにチョコ作って来たりしないし、生理の気づかいをしないらしい。それと、普通の男はもっと顔が男らしいという。うるさいな、それは俺も分かってるんだよ。仕方ないだろ、親から貰った大事な顔なんだから。それともあれか、アンパンマンみたいに顔変えろってか。うっせーお前は寝てろ。今は巴の説得に忙しんだ。

 

「じゃあ……そうだな、俺があこに何かしたら、俺はもう二度とあこに近づかない。そんで巴の舎弟になる。これでどうだ?」

「いや、舎弟って言われても……」

 

 舎弟。嫌だっただろうか。購買や自販機に行かなくて済む画期的案だと思ったのだが。……画期的過ぎないだろうか。ルンバより優秀。

 

「えー、じゃあどうすれば良い?ぶっちゃけあこと一緒になれないんだったら、俺登山遠足休む気でいるんだけど」

「そこまでしてあこと一緒になりたいのか……」

「だってあこ以外の女の子怖いんだもん」

 

 こないだなんて下駄箱に妊娠検査薬入ってたからな。怖すぎんだよ最近のJK。

 

「怖いってお前なー。そんな弱々しい奴にあこは任せられん」

「気持ちは分かるけど、俺にどうしろっちゅうねん。あこをこっちに帰るよう説得するか?多分俺には出来ないぞ?」

「いや、そうじゃなくて…………あーもー、分かった。良いよ、あこと一緒に行ってこい」

 

 やった。お姉様から許可が下りた。

 

「ありがとう。お義姉ちゃん」

「それはまだ早い」

「ふふっ。何だか竜介ちゃんと巴、本当の姉弟みたいね」

「だな」

「父ちゃんも母ちゃんも何言ってんだよ……」

 

 一家団欒で盛大に笑った。本当に、ここの家族は賑やかで楽しい。俺もこんな家族を持ってみたかったなって思った。あこも前は毎日この家族と一緒にいられたのかと思うと、ちょっとだけ嫉妬してしまう。まあ、他所は他所、うちはうちだが。

 

 

 

 ___

 

 

 

 

「ただいまー」

「おかえりりゅう兄。どこ行ってたの?」

「あこの家。遠足の相部屋許可取りに行ってた」

 

 家に帰ったら、あこがパジャマ姿で出迎えてくれた。

 

「どうだった?」

「何とか許可取れたぞ。巴説得するのが大変だった」

「お疲れ様。りゅう兄、ありがとね」

「気にすんな。あこの為だし」

 

 脱いだブレザーをあこに預け、俺はリビングに入る。ワイシャツのボタンをぱちぱちと外しながら、俺はテレビで今週の土曜日の天気を見る。ニュースキャスターが二人で天気予報を報道していた。

 

「今週の土曜は……晴れだな。普通に行けそうだ。あこ、土曜日の弁当何食べたい?」

「それなんだけどねりゅう兄、あこサンドイッチ作って行って皆で食べたい。ダメかな?」

「お、良いなそれ。じゃあパン焼いとく」

「うん!」

 

 今日の夜に早速パン生地を仕込んでおかなければ。全てはあこの笑顔のため。いや、皆の笑顔のために。モカが荒れそうだ。

 俺は土曜日に訪れる暴食の女神の事を思い浮かべながら、くすりと笑った。皆喜んでくれるだろうか。

 

「りゅう兄、お風呂湧いてるよ」

「分かった。すぐ入る」

 

 俺はあこに返事をした後、お風呂場に向かう。

 何となく、今のやり取りに家族らしさを感じた。

 

 




竜介を温かい食卓にぶっこみたかっただけの話。早く父親返ってこいや。


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第69奏 こころvsあこ(独戦)







 今、あこの目の前に、衝撃的な光景が広がっている。

 最初見た時は、何度も自分の目を疑った。まぶたもいっぱい擦った。でも現実は変わらない。

 

 

 なんで──

 

 

 なんで──

 

 

 なんで──

 

 

 

「──なんで、こころとりゅう兄が一緒に寝てるの?」

 

 

 

 夕暮れ時に、りゅう兄の部屋で布団を敷いて、二人いっしょにすぴーすぴーって寝息立ててる。何がどうなったらこうなるの?りゅう兄、なんであこ以外の女の子と一緒に寝るの?

 これは、りんりんが言っていた『ねとられ』という物ではなかろうか。

 

 一回落ち着こう。

 

 あこは闇のドラマー。Roseliaのかっこいいドラマー。それで、世界で一番のドラマーであるお姉ちゃんの妹。生命の理を超え、この世界にババンと降臨した唯一無二の大魔姫あこ姫。たった一人の聖堕天使。

 そんなあこのけん属であるりゅう兄。そう、あこのけん属だ。なのに……なのに……何処の馬の骨かも知れない……こころだけど、何処の馬の骨かは分かるけど、そうじゃないの!肝心なのはどうしてこころとりゅう兄が一緒に寝てるかなの!

 

 一回落ち着こう。

 

 これは、こころからの宣戦布告なのだろうか。という事は、こころもりゅう兄が好きという事になる。まさか、さーやだけじゃなくてこころまでりゅう兄の事が好きだったなんて……。なんでりゅう兄そんなモテモテなの。いつからそんなモテるようになっちゃったの。昔は他所の男の子から告白されるような子だったのに。

 あこは悲しいよ、りゅう兄がそんな簡単に女の子と一緒に寝ちゃう人だったなんて思わなかった。

 

 いや、もしかしたらあこが誤解しているだけなのかもしれない。こころが無理矢理迫って、りゅう兄は仕方なく一緒に寝てあげてるだけなのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。じゃなきゃあこのけん属で、あこを惚れさせたりゅう兄がこんな事する訳が──

 

「こころー……俺が傍に、いるからなー……」

 

 おーけーおーけー、一回落ち着こう。

 まーまーそんなお熱いハグを交わしちゃって。

 なに?今りゅう兄はなんて言ったの?俺が傍にいる?あことは手を繋ぐだけのくせに?こころだと傍にいてあげるの?

 

 

 

 これより、緊急魔王円卓審問会を開廷する。

 

 

 

 被告──りゅう兄。

 罪状──あこ以外の女の子と一緒に寝た罪、勝手にねとられた罪、あこの嫉妬罪、あこを惚れさせたくせに罪、もっとあこにもそういう事して罪。計五つ。

 検察──この間もひなちーとイチャイチャしてた。その前も友希那さんに膝枕してた。

 弁護──異議なし。

 判決──有罪。今すぐ起こす。何が何でも起こす。そして問いただす。そしたらりんりんに報告して……ダメだ、りんりんも確かりゅう兄が好きって言ってた。

 

 取り敢えず、りゅう兄を起こそう。

 

「……これ、起こしていいのかな?」

 

 今更だが、とても気持ちよさそうに寝てる。こころなんかヨダレ垂らしてるし、寝息は規則正し過ぎる。おでことおでことをくっ付けて寝ている様子は、女の子が二人いるみたいだ。

 

「…………もしかして、今なら何してもバレない?」

 

 あこの中でイケナイ感情が目覚めた。

 

 い、いい今、りゅう兄にキスしたりしてもバレよね?こっそりおっぱい触っても大丈夫だよね?太もも触ったりしても平気だよね?あ、あとは……見ちゃいけない禁断の領域……とか……。

 い、イタズラし放題だ……。

 

「りゅう兄ー?起きてない……よね?」

 

 い、良いよね?友希那さんだってりゅう兄に膝枕して貰ってたし、ひなちーだってりゅう兄にキスしてたもん。ちょっと触るくらい大丈夫だよね。

 

「え、えい。……ぷにぷにしてる」

 

 ほっぺたをつつくと、ぷにぷにした弾力があこの指を押し返した。あこの大好きな、りゅう兄の笑顔を作る筋肉だ。ぷにぷにしてて、でもしっかり跳ね返して来て……それにモチモチしてる。昔触ったお母さんのほっぺただった。

 りゅう兄、ほんとに男の子なのかな。もしかしたら、りゅう兄の隠れ姉って言う可能性も……でも、前に女の子の格好してたし……ほんとにりゅう兄なんだ。

 

 今度はりゅう兄の太ももを触ってみる。友希那さんお墨付きの太ももだ。触ってみたら確かに柔らかかった。これを間枕にして寝たら、確かに心地良いだろう。

 

 次は……どこを触ろうか──

 

「んっ……」

「ッ!?……ね、寝がえりうっただけか……」

 

 びっくりした。りゅう兄が仰向けにゴロンって寝返りうった。てっきり起きたかと思ってびっくりしちゃった。

 りゅう兄が寝返りをうって仰向けになった時に、りゅう兄の右手があこの方に転がって来た。

 

 りゅう兄を手。あこの事を引っ張ってくれる強くて優しい手。あこがりゅう兄を好きになった理由。

 

 あこは、その手をそっと握る。

 

「……そうだよね、りゅう兄はあこのだよね」

 

 いくらりゅう兄がこころの傍にいるとはいえ、りゅう兄があことの契約を破るはずは無いんだ。だって、昔からすっと一緒にして、一回は破れちゃったけど、また再契約したんだもん。その絆のツギハギがちぎれる事なんて絶対ないんだ。

 

「……でも、それはそれ、これはこれだよ。りゅう兄」

 

 こころとの添い寝。しかも一緒にいてあげる宣言。

 りゅう兄はあこのけん属だ。それはすなわち、りゅう兄の主はあこであるという事。

 あこの世話を焼けとまでは言わないけど、主人をほっぽり出してほかの女の子と添い寝とは、どう言う了見だろうか。

 

 りゅう兄はあこのけん属なのに。

 りゅう兄と添い寝して来たのは、今までずっとあこだったのに。

 りゅう兄と手を繋いでいるのはあこの筈なのに。

 りゅう兄はあこのものなのに。

 

 こころが羨ましい。りゅう兄と抱き合いながら一緒に寝れて、しかも一緒にいてやるって言って貰えた。

 あこがりゅう兄とした契約は、二度と手を離さない契約だ。もし仮に、もう一度手を離してしまったら、今度こそりゅう兄はあこから離れて行ってしまうのだろう。そしたらもう、りゅう兄とは絶対一緒にいられない。

 

 でも、こころは違う。

 手を繋いでないのに、りゅう兄が一緒にいてくれるのだ。どこにも行かず、まるでそこにいるのが当たり前とでも言った様子で傍にいてくれるのだ。ずるい。

 あことりゅう兄が結んだ契約より、ずっと強いではないか。

 

 これが、こころの力。

 

 これが、弦巻こころと言う人間の可能性。

 

 

「……りゅう兄とこころ、付き合ってるなんて事ない、よね?」

 

 

 まさか、そうなのだろうか。

 毎日一緒にこっそり会って、デートしてキスして……その先のなんやかんやも済ましているのだろうか。何それ羨ましい。

 りゅう兄、こころの事が好きなのかな……。やっぱりあこの事は妹としてしか見てないのかな。

 

「ずるいな、こころ。あこもりゅう兄が好きなのに……」

 

 あこはこんなにりゅう兄が好きなのに、りゅう兄はこころを選んじゃった。

 ずっと昔からりゅう兄といたのはあこの方なのに、なんでこころを選ぶの?

 あこじゃダメだった?あこは胸が小さいからダメだった?もっと大きくなれば良いの?

 それとも性格の方?嫌な部分があったら治すよ?

 

 あこはりゅう兄が好きだよ。世界で一番好きな男の子だよ、りゅう兄は。

 ダメ?それでもダメ?やっぱり、気持ちに気づくのが遅すぎた?りゅう兄寂しがり屋だから、あこじゃもう遅かった?

 

「教えてよ、りゅう兄」

 

 こころのところに行って欲しくない。

 あこの傍にいて欲しい。

 ずっと一緒にいようよ。

 あこと契約したじゃん。

 

 やっぱりちっちゃい身体は人気ないのかな……。

 こころみたいにおっぱいが合って、でも身長は低めで……そんな人がいいのかな。そう言えば、前にりんりんがそういうぼでぃーぷろぽーしょんをしているの人が日本人には一番人気って言ってた。ろりきょにゅうって言うんだっけ。

 

「ふーん……りゅう兄はそう言うのが好きなんだ。……ふーん。……ふーん。……りゅう兄のすかぽんたん──」

 

 りゅう兄のバカ。

 りゅう兄のアホ。

 りゅう兄の変態。

 りゅう兄のろりきょにゅう大好きヤロー。

 りゅう兄のあこたらし。

 りゅう兄の女の敵。

 りゅう兄のすけこまし。

 

 

 

 

 りゅう兄の──

 

 

 りゅう兄の──

 

 

 りゅう兄の──

 

 

 

「──りゅう兄の、うわき者」

 

 

 

 

 ____

 

 

 

 遠足二日前の木曜日。学校の帰りにこころに会った。久しぶりに再会がてらおでこ合わせを一回し、最近の学校での事を話ながらうちまで誘ったのだ。その後、こころが前みたいに一緒に寝て欲しいと頼んできたので、俺は快く承諾。しばらく一緒にハグしながら微睡みの旅へと出た。

 

 それから数時間が経った夜中の八時周辺。気づけばこころはいなくなっており、俺は布団に一人放置されていた。

 

「ふ〜、んー……よく寝た〜。あれ、あこ?どうしたこんなところで。てか、こころは?」

「こころならあこが帰しておいた」

「おう。そうだったか。ありがとな」

 

 俺は身体を伸ばしながら、あこの近況報告を聞いていた。なんか、あこがえらく不機嫌な気がする。どうしたのだろうか。

 今日の夕飯はあこが当番の筈だし……何か俺がやり忘れた事でもあったのだろうか……。何があったっけ。

 

「りゅう兄」

「どした?」

「あこと契約して。新しい契約」

 

 契約──その単語を聞いた途端、俺の背筋が伸びたのが分かった。

 

「なんだ。新しい契約ってのは」

「……もう、簡単に女の子と一緒に寝たりしないで。りゅう兄は知らないだろうけど、女の子って本当はもっと怖い生き物なんだよ?りゅう兄の事を影から狙ってて、いつでも捕まえられるよう準備してる。それくらい怖い生き物なの」

「まあ、女の子が怖いのは知ってる」

 

 下駄箱にタンポンとか妊娠検査薬入れてくるしな。女の子の怖さは十分に知っている。

 

「でも、それだとあこにも注意しなきゃいけなくなるぞ?」

「そ、それは……」

 

 あこは分かりやすく視線を泳がせる。本当に、あこのこういう素直な所は昔から変わらない。

 

「冗談だ。安心してくれ、友達以外はしっかり警戒してるから」

 

 俺が付き合ってる人達は俺が信頼出来るから付き合ってるのだ。それ以外恐怖の対象として、頭の隅で警戒している。

 

「友達……」

「……ああ、あこは家族だったな。すまん」

「う、ううん。別に……」

 

 あこの安心仕切った顔が目に映る。

 契約を持ちかけて来た時はどこか不安そうにしていたが、今はもう大丈夫らしい。

 と言うか一つ言いたいが、俺だって簡単には誰かと一緒に寝たりしない。あことこころだけの特別だ。そこをちゃんと理解して欲しい。

 

 




理不尽な嫉妬が竜介を襲う!

逃げろ竜介!

負けるな竜介!

緊急魔王円卓審問会が迫ってきているぞ!

竜介君におっぱいはないよ!貧乳だもん!


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第70奏 姉たるもの

 

「ふえぇ……ここどこぉ……」

 

 登山遠足前日。少し離れのスーパで買い物していた帰り、花音先輩に遭遇した。

 知らない喫茶店でも行って来たのか、手には荷物らしい物はない。

 

「花音先輩、迷子ですか?」

「あ、竜介君!」

 

 指輪の魔法は最後の希望。

 俺を見つけた花音先輩は、瞬く間に顔を希望色に変え、俺の元まで駆け寄って来た。

 

「ふえぇ……良かったよ〜……」

「ここからすぐ俺ん家なんで、夕飯食べてってください。時間も時間ですし」

「あ、ありがとね」

「いえいえ」

 

 むしろ、花音先輩にはもっと竜宮城の様な持て成しをしたいと思っている。

 花音先輩は俺のじいちゃんが死んだ時に、いつも傍にいて支えてくれていた。俺が強がって幼馴染達に接していた頃、俺の異変に気づいて毎日隣にいてくれたのだ。花音先輩がいなかったら、きっと今の俺はいなかかったものだと思っている。人間版ニャン吉と言えば伝わりやすいだろうか。

 

「花音先輩、今日はどちらへ?」

「え、えっとね。近くに新しいカフェが出来たから行ってみたんだけど、その店、日が暮れると道が暗くて……それで迷っちゃったんだ」

「なるほど、災難でしたね」

 

 花音先輩を迷わせるなんて、随分身分の高いお店だ事。街灯もつけないなんて何してるんだろうか。

 

「竜介君は最近どう?そう言えば、羽丘学園に移ってからは会うの初めてだね」

「そう言えばそうですね。俺はすごいですよー。最近あこと喧嘩しました」

「え、そうなの!?」

 

 驚愕の表情。しかし、それも当然だろう。俺とあこが喧嘩する事なんて早々ないんだから。それこそ、空から槍が降ってくるくらい珍しい。

 

「大丈夫だったの?」

「何とか。今は無事仲直りしてます」

「良かった〜。竜介君からまた笑顔が消えちゃうのかと思ったよ〜……」

「あはは……。あの時はご心配お掛けしました」

 

 じいちゃんが死んだ時同様、また俺の笑顔が消えてしまう。そしたら今度も、花音先輩は俺の傍にいてくれるのだろう。

 俺の笑顔のヒーローは花音先輩だ。いや、ヒーローというより──

 

「花音先輩って、なんだかお姉ちゃんみたいですよね」

「……そ、そうかな?」

 

 俺が元気がない時は傍に寄り添ってくれて、俺が笑顔になった時は遠くで見守ってくれている。正しく、温く優しさに包まれたお姉ちゃん。きっと理想のお姉ちゃんだろう。

 

「私、竜介君のお姉ちゃんになれたんだ。えへへ……良かった〜。私ね、ずっと竜介君のお姉ちゃんになれたら良いなって思ってたんだ〜」

「そうなんですか?」

「うん。竜介君を守りたくて」

 

 花音先輩はいつでも俺の事を見守っていてくれる。心の優しいお姉ちゃん。そして、俺のヒーロー。

 

「俺、そんな花音先輩が大好きです」

「うん。私も竜介君の事、大好きだよ」

 

 花音先輩と夕日を見ながら笑いあった。

 花音先輩が本当のお姉ちゃんだったら、どれほど良かったか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 家に紗夜さんが来た。オシャレなバッグの中に冷凍ポテトを忍ばせて、紗夜さんがうちにやって来た。なんでバッグの中に冷凍ポテトが?何に使うんだろ。

 あこは紗夜さんをうちに通したあと、麦茶と冷凍庫に眠ってたポテトを出して、さっき帰って来たりゅう兄と一緒に向かい合わせた。りゅう兄の隣には花音がいる。

 

「今日は神楽君にご相談があります」

「はあ」

「神楽君もご存知の通り、私は姉です。氷川日菜という妹の姉です」

「今更ですね」

 

 どうやら真剣な相談事らしい。

 あこは台所の隅で様子を伺う。きっとこれは邪魔しちゃいけない話だ。

 

「私は、しっかり日菜の姉をやれているのでしょうか」

「は、はぁ……と言うと?」

「日菜と向き合うと決めてから、私は出来る限りの事をして来たつもりです。ですが、いつもあと一歩という所で自制してしうんです。きっと、あの子も撫でて貰ったり、膝枕などで甘えたいと思ってるはず」

 

 お姉ちゃんらしく……紗夜さん、そんな事考えてたんだ……。

 あこはお姉ちゃんにちゃんと甘えられえたかな。甘えるって、相手を頼る事でもあるから大事な事なんだよ。

 紗夜さんは、それを受け入れる側として考えてる。

 

「なるほど、だいたい分かりました。けど、それで俺に何をしろと?」

「神楽君、私を姉と思って、甘えてみてはくれませんか?」

 

 …………ん?

 

「紗夜先輩に、甘える?」

「はい。膝枕したり、頭を撫でたり。それで、相手が甘えて来る距離感というのを感じてみたいんです」

 

 そう言う事らしい。

 りゅう兄は悩ましいと言った様子で悩んでいた。そこに花音が横槍を入れる。

 

「あ、あのね、紗夜ちゃん」

「何でしょうか松原さん」

「竜介君を甘えさせるのは、やめて欲しいな……って」

「ど、どうしてでしょうか?」

 

 何だか、花音が燃えていた。どうしたんだろう。

 紗夜さんに意見する花音は、どこかりゅう兄の家族らしさが出ていた。あこもりゅう兄の家族を名乗るなら、これくらいの闇のオーラを纏えるようになった方が良いのかな。

 

「竜介君は、私の弟だよ……!」

「え?」

「そうだったんですか!?」

 

 …………え?

 

「あ、えと……本当は違うんでだけど、竜介君とは少し特別な関係なんだ。だから、姉としては竜介君を渡せないないって言うか……ご、ごめんね?」

「花音先輩……」

「そういう事でしたか」

 

 花音がりゅう兄の姉?りゅう兄の家族はあこだけじゃないんだ……。なんか、ちょっと残念だな。

 特別な関係……羨ましい。あこもりゅう兄にそう言ってあげられる人になりたい。

 

「分かりました。私も勝手な事を言ってしまい申し訳ありませんでした」

「う、ううん。私の方こそごめんね。紗夜ちゃん頑張ろうとしてたのに、水をさしちゃって……」

「いえ……。でも、困りました……私はどうすれば」

 

 計画が潰れて思い悩む紗夜さん。何だか、少し事を難しく考えて過ぎてるような気がする。時には勢いも必要だとあこは思うんだけど。

 

「ぶっつけ本番でやってみたらどうですか?」

「それが出来たら苦労しないのですが……」

「呼びましょうか?日菜先輩」

「い、いえ……それは……」

 

 りゅう兄はスマホを取り出し、ひなちーに連絡しようとした。いつの間に連絡先交換したんだろう。

 紗夜さんは、お姉ちゃんとしてりゅう兄に甘えて欲しい。けど、それは花音がいるからできない。……もしかして、あこの出番だったりするのかな?あこが紗夜さんに……うーんあまり上手く想像出来ない。

 

「まあでも、頭撫でるくらいは良いんじゃないですか?花音先輩」

「そうかな?」

「ですって。では紗夜先輩、どうぞ」

「で、では……失礼します」

 

 りゅう兄の頭を紗夜さんは撫でる。りゅう兄はとても気持ち良さそうにしていた。昔からリサ姉とかお母さんが撫でていたからか、りゅう兄は満足行っている様子だ。

 それにしても、本当に気持ちよさそうにしている。何だか嫉妬しちゃうな。あこももっと早くやってあげれば良かった。

 

「どうですか?」

「凄く、サラサラしてます。女の子みたいで……気持ちいいです」

「触った感想じゃなくて、撫でてみた感想を聞いてみまたんですが……」

「す、すみません!」

 

 なんか、良い感じの雰囲気だ。花音もりゅう兄を取られて焦ってる。

 

「りゅ、竜介君……ッ!」

「……ああ、すいません。紗夜先輩の撫でが上手くてつい。紗夜先輩、これなら日菜先輩も喜びますよ」

「そ、それなら良いのですが……」

 

 紗夜さんの撫では、りゅう兄のお墨付きらしい。……あこだって負けないもん。

 

「りゅ、竜介君!」

「何でしょうか」

 

 紗夜さんに撫でられて満足しているりゅう兄の頭を、花音は撫でた。

 

「ど、どうかな?」

「はい、気持ち良いです」

 

 ……イチャイチャしちゃって。

 

 

 

 ___

 

 

 

 

 紗夜さんと花音が帰った後、あこはりゅう兄とテレビを見ながらさっきの事を思い起こす。

 さっきのりゅう兄、撫でられてとても気持ち良さそうにしていた。りゅう兄、小さい頃商店街の人達によく撫でられてたから、やっぱり撫でられるのが好きなんだ。

 

「りゅう兄、少し屈んで」

「ん、なんだ?ほれ」

「なでなで……」

 

 あこは試しに、りゅう兄の頭を撫でてみた。サラサラしていて、撫で心地が良い。

 撫でられたりゅう兄の耳は、ほんのり赤くなっている。気持ちいいのかな。

 

「どうしたんだ急に?」

「りゅう兄、紗夜さんと花音に撫でられて気持ちよさそうにしてたから。好きなのかなって」

「そう言えば、昔は好きだったな。撫でられるの」

 

 やっぱり、りゅう兄は撫でられるのが好きらしい。

 

「じゃあ、明日から毎日あこがしてあげるね」

「いや、毎日は恥ずかしいかな……。あはは」

 

 りゅう兄にも恥ずかしさとかあるんだ。初めて知った。

 そう言えば明日で思い出したけど、明日登山遠足だ。準備しなきゃ。




後三話ぐらいかな遠足編。山登りってネタ無さすぎる。


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第71奏 鈍感が二人揃えば、そこは無敵空間になる。

 羽丘学園から高速道路で一時間半。理事長と教員が会議で決め、登山遠足実行委員が下見して来た山がやる。十月末の土曜日──即ち今日、俺達はそこに行く。

 貸し切り旅客バスの中で皆とお菓子を食べながら談笑し、俺は五日前辺りの事を隣に座るひまりに話していた。

 

「月曜日にさあ、リサ姉とユキ姉が来たんだよ。それで、ユキ姉がワガママでさー。でもそこが可愛いんだよねー」

「そんな事言ってるとあこちゃん離れて行っちゃうよ?」

「いやーそう言われましても」

「リー君〜お菓子ある〜?」

「ポテチあるぞ」

「食べる〜」

 

 あこがこの場にいないのが悔やまれるが、俺は楽しい移動時間を過ごしていた。上手いこと周囲に幼馴染達を集結させる事が出来たので退屈していない。

 モカは菓子を喰らい、巴と蘭は寝ていて、ひまりは俺の暇つぶしに付き合ってくれている。ひまりの対俺性能が高い。あこといい勝負張れると思う。

 

「そう言えばさ、竜介」

「お、なんだ?」

「なんで竜介の荷物、あんなに多いかったの?」

 

 ひまりが思い浮かべるはバスに積荷されている俺の荷物。昼食のサンドイッチが入っているが、モカの事を考え多めに作って来たら結構な量になってしまった。リュックサックにはピーポー君とお昼とレジャーシートしか入っていない。その他は旅行バッグに詰めた。

 

「お昼たくさん作って来たんだよ。それで大荷物」

「それはモカちゃんがいる事を見越してかな〜?」

「当然。サンドイッチたくさん作って来たぞ」

「やった〜」

「竜介も色々考えてるねー」

 

 モカがお昼を楽しみに身体を揺らし、ひまりは何か感心していた。評価するならあこを評価してあげて欲しい。サンドイッチを提案したのはあこなのだから。それに、あこもパン生地作るのを手伝ってくれたのだ。小さい身体で一生懸命にパン生地を捏ねるあこの姿は何とも可愛らしかった。

 

「あ、お菓子なくなっちゃったー……」

「チョコあるぞ。オトク用の。ほら」

「ありがと〜リー君〜」

「竜介、なんのためにお菓子持ってきたの?」

「自分で食べようと思ってたけど、まああげても良いかなと」

 

 どうせモカに取られる事を見越して多く買ってある。両手いっぱいのレジ袋は伊達じゃない。

 俺はレジ袋の中のお菓子の残量を確認しながら、ふと思い至り窓の外を眺めて見た。山々が連なる登山地帯に近づいているようだ。意外と登るの困難そう。

 

「何だかんだ、ここまで色々あったなー」

「どうしたの急に?」

「いやちょっと」

 

 リサ姉に告白されたり、燐子に告白されたり、明日香に告白されたり、こころに拉致告白されたり、日菜先輩にキスされたり、モカの俺依存に対処したり、あこと喧嘩したり。事の半分以上が痴情のもつれとはどう言う事だろう。俺の青春がおかしくなっている。これはラブコメと一言で片付けて良いものなのだろうか。俺がもっと注意深く行動しなきゃいけないような気がする。

 

「俺さ、ここに来るまで結構頑張ったんだ。ちょっとくらい遠足でハメ外しても良いよね?」

「良いんじゃな〜い?それで〜何するの〜?」

「夜の風呂で泳ぐ」

「ショボい〜」

「ショボいとか言うなよ……」

 

 俺にとっては一大決心なのだ。どうせ風呂は一人だし、泳いだって問題はないだろう。

 

「リー君もう少しさ〜欲持とうよ〜。あこちん襲うとかさ〜」

「巴に殺されるからヤダ」

「協力しようか〜?なんかしたい事ないの〜?」

「うーん……うーん?」

 

 あこにしたい事ってなんだ?俺はあこに何かしたいのか?えちぃのはダメだ。巴に殺される。では、キスとかは……ダメだ、巴に殺される。

 

「何しても巴に殺される気がする」

「巴怖がってたら何も出来ないんじゃないの?なんか恋愛漫画みたいな面白い事してよー」

「ひまりまで何言ってんだ……」

 

 モカもひまりも何故そこまで俺にアクションを求めるのだろうか。まさか、皆俺が巴に殺される事を望んで……酷い。

 

「前はよく恋愛漫画の真似事ひまりに頼まれてしたな。最近してないけど」

「そう言えば、『チョココロネは恋を呼ぶ』の最新刊が修学旅行回だったなー。主人公の女の子が肝試しで男の子にトキメクの」

「肝試しか〜。そう言えばそんなのも予定に入ってたね〜」

 

 肝試し。あこはネクロマンサーとか好きだし、このイベントは使えないな。おばけを怖がってるあこの姿が見たかった。

 

「おばけとかあこには効かないからなー……。巴にはバッチリ効果あるのに。普通逆でしょ」

「私も肝試しヤダな……。竜介、盾になってよ」

「扱いが非人道的」

 

 ひまりが必死になって盾を探してる。

 他の女の子と一緒にいればあこも嫉妬してくれるだろうか。

 

「でもひ〜ちゃん、ペアは中等部と組むようにってしおりに書いてあったよ〜」

「え、そうなの?」

「じゃあ俺あこと組むわ」

 

 あこと楽しく夜中の森をデートするとしよう。

 

「綺麗な夜景とか見えたら告ってみるか」

「え、告白!?」

 

 ひまりが反応した。

 

「なんだ〜リー君にもプランあるじゃ〜ん」

「プランと言うほどでもないけど」

「竜介も隅に置けないね〜。うりうり♪」

「やめろって」

 

 失敗した。ひまりの前で恋愛話はダメだ。恥ずかしい。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「むー……どうしよう……」

 

 遠足の栞を見ながら、あこは唸っていた。

 なんか、りゅう兄と良い感じの雰囲気になれる場所ないかな。出来れば二人きりになりたい。

 でも、栞を眺めてみてもそんな事態になれそうなイベントはどこにもない。せいぜい肝試しぐらいかな。けど、あこはおばけ好きだし、りゅう兄も夏のホラー特番普通に見てる。

 

「りゅう兄があこの事好きだったら良いのになー」

 

 これに尽きるよね。りゅう兄が夜の部屋とかで、あこに告白してくれるの。それでそのあとはキスとかして……その先とかも……。でも、りゅう兄はそう言うの厳しそう……いや、こころと一緒に寝てたし、案外そうでもない?……思い出さなくていい事思い出しちゃった。まあ、りゅう兄にはもう女の子と一緒に寝ないでって言ってあるし大丈夫だよね。それよりどうやったらりゅう兄と二人きりになれるか考えなきゃ。

 

 やっぱり、夜寝る時ぐらいしか良い時間ないなー。いっその事りゅう兄のお風呂に飛び込んで……やめよう。先生に怒られる気しかしない。

 でも、寝る時間に何すれば良いんだろう。同じ布団に入るとか、旅館着抱けさせてみるとか?何だかりゅう兄はそれくらいじゃ動じなさそう。ひーちゃんが持ってる漫画なら何すれば良いのか載ってるのかな……。

 

「うーん……分かんないなぁ……」

 

 お菓子を食べながら頭を捻ってみるけれど、中々いい案が思い浮かばない。それもこれもりゅう兄が手強いのが悪い。

 そもそもの話、りゅう兄の周りには魅力的な女の子が多すぎるのだ。それでりゅう兄も女の子慣れしちゃってる。お姉ちゃん達に、さーやに、こころに……友希那さんにリサ姉に花音に紗夜さんに……。ちょっと多すぎない?胸の辺りがモヤモヤして来た。

 それに加えて、りゅう兄にはうわき者と言う罪状がある。正直これがかなり痛い。ひーちゃんを家に泊めてたし、さーやに好かれてたし、こころと一緒に寝てたし、りんりんに押し倒されてたし。りゅう兄の周りには女の子がいっぱいだ。生半可なアピールじゃ歯が立たない。もっと大胆で、りゅう兄をドキドキさせられる事をしなくちゃ。

 

「やっぱり……りゅう兄を押し倒すしか……」

 

 お母さんが言っていた最終奥義。りんりんが前にりゅう兄にしていたやつだ。手首を両方地面に押さえつけて、そこから無理矢理ちゅーとか何やかんやとかをする。お母さんとりんりんがそう言ってた。好きな人はさっさと“いただく”のが良いらしい。いただくって何だろう。まあいいや。

 さすがのりゅう兄でも、女の子に押し倒されたらちょっとくらいはドキドキするよね。りんりんに押し倒された時もドキドキしたって言ってたし。

 りゅう兄を押し倒すなら、あこ一人の力だけじゃ無理だ。でも、部屋にはあこ一人しかいないし……どうしよう。りんりんみたいに重り持ってくれば良かった。

 

「りゅう兄は何すれば喜ぶのかな?」

 

 泊まる旅館の寝床がベッドか布団かは分からないけど、あこはりゅう兄を押し倒した後、どんな事をすれば良いんだろう。そもそも、りゅう兄があこを好きになってるか分からないのに、勝手に押し倒すとか考えてるのがおかしい気がする。相手の気持ちはよく考えなさいって小学校の頃先生が良く言ってた。

 でも、あこは男の子へのアピール方法を知らない。ひーちゃんから借りた漫画では、全部男の子の方がアピールしてた。

 漫画の通りにいくんだったら、りゅう兄から何かしてくれるのを待つしかない。だけど、同じ屋根の下で暮らしてるのに、何もしてこないりゅう兄があこに何かしてくる訳が無い。多分、ヘタレとかじゃなくて純粋にあこを妹みたいにしか見てないんだと思う。悔しいし悲しい。あこにりんりんみたいなおっぱいがあったら、きっとりゅう兄を魅了出来たのに。

 

「うー……あこのちっちゃい身体じゃ何も出来ないよ……」

 

 もっと牛乳とか飲んでおけば良かった。ないすばでぃーが欲しい。

 思い返すと、あこにはりゅう兄をドキドキさせられるような魅力が何一つない。身体は小さいし、お母さんに男の子っぽいって言われるし、たまに小動物みたいって言われる。小動物じゃせいぜい頭を撫でて貰えるぐらいだ。そんなんじゃダメ。あこはちゅーが欲しい。

 

 いっその事、りゅう兄にちゅーしてって頼んでみようかな。昔一回した事あるし大丈夫な気がする。それか、プロレスごっこしつつ、また事故を装ってキスしちゃうとか。

 今思い出したけど、あこ一回りゅう兄とちゅーしてるんだ。何だか、そう考えると難しく悩んでたのがばからしく感じてくる。もっと自然に、ドラムを叩くようにりゅう兄と接すれば何とかなるはず。

 

「なんか、行ける気がする」

 

 いけいけどんどん。

 




芋けんぴ(かりっ!)

計画性があるようで何にもない話。
後二話で遠足編終わりにします。ネタが思いつかへんかった



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第72奏 トンビにご飯を攫われる所から始まるラブコメ

工藤晴香役氷川紗夜で一晩ツボってました。
次回で遠足編閉めます。


 りゅう兄にどうアピールをするか計画を練る事一時間半。りゅう兄を落とす作戦。作戦内容は「なんか行ける気がする」、「いけいけどんどん」に決定した。そして、決定した所で目的地に着いた。作戦が作戦じゃない気がするけど、まあ良いよね。あこ難しい事分かんない。

 

「それじゃあ、班員と逸れないようにしてくださいね〜」

 

 バスから下りて、担任の先生からの話を聞いた後、あこは班員と一緒にりゅう兄とお姉ちゃん達の所に向かった。

 

「竜介先輩、今日はよろしくお願いします!」

「うん。よろしく」

「可愛い子だね〜。リー君もそう思わな〜い?」

「俺には明日香って言う大事な大事な可愛い後輩がいるんだ。だから同意は出来ん」

 

 うちの班のリーダーが、お姉ちゃん達のリーダー役であるりゅう兄に挨拶している。一応言っておくと、あこの班のリーダーの子は可愛い。お胸もあこよりある。名前は田中聡美ちゃん。

 あこの班のリーダーにデレデレしなかったのは褒めて遣わす。でも、明日香ちゃんとなんか親密な関係になっている事について詳しく聞きたい。りゅう兄のうわき相手はこころ一人だけではなかったのか……。

 

「はぁ……竜介お姉様……今日も素敵……」

 

 ちなみにあこの班には、りゅう兄を女の子だと思ってる子が一人いる。名前は鈴木未来ちゃん。りゅう兄の写真を集めたり、りゅう兄の下駄箱にお手紙や差し入れをそっと置いていくのが趣味のちょっと変わった子。この間はりゅう兄の下駄箱に『にんしんけんさやく』を入れて来たと言っていた。あこ難しい事分かんない。

 

「意外と険しい道のりになりそうだね。疲れたら竜介におんぶして貰お」

「おい、勝手に俺を頼るな。俺はタクシーじゃない。それに、ひまりは少し動け。ケーキバイキングの時から体重増えてんだろ」

「ゔっ……」

 

 ひーちゃんは苦しみの表情でりゅう兄から目を逸らす。親友に遠慮なく体重の話を持ち出すのは優しさか、それともイタズラか。あこはまだ体重とか大丈夫……なはず。最近ちょっとずつお胸もおっきくなって来たし。目指せりんりんのおっぱい。

 

「よーしじゃあ、そろそろ出発するかー。全員はぐれないようになー」

『はーい』

 

 りゅう兄の掛け声に班の皆は返事をする。あこは黙って後ろからついて行った。

 頑張ればりゅう兄の手を握れそうな距離だ。どうしよう……アピールも兼ねて繋いじゃおうかな。皆の前だとちょっと恥ずかしいけど。悩ましいね。

 

「リー君〜疲れた〜おんぶして〜」

「出発して二分も経ってないぞ。もっと頑張れ」

「山道険しすぎるよ〜。足痛い〜」

「お前な……。後輩の前なんだから、もっとお手本になる態度を──」

 

 りゅう兄のお説教が始まった。

 言ってる事は最もな気がするけど、りゅう兄何モカちんと手を繋ごうとしてるの。甘やかす気満々じゃん。りゅう兄と手を繋いでいいのはあこだけなのに……。これは今日の夜、部屋でお説教だ。

 

「竜介ー、リュック持ってー」

「ひまりはなに俺を荷物持ちとして使おうとしてんだ。動けって言っただろ」

「だってー……」

「だってじゃありませんー」

 

 りゅう兄、そう口にしながらひーちゃんのリュックを持とうとしてる。口と行動が真逆だ。

 

「竜介、喉乾いた」

「水持って来なかったのか?蘭」

「バスに忘れて来ちゃった」

「俺の飲みかけしかないけど良いか?量少ないぞ」

「大丈夫」

 

 蘭ちゃんはりゅう兄から受け取ったスポーツドリンクを飲んだ。それ間接キスじゃ……。

 りゅう兄と蘭ちゃん、兄弟みたいに仲良いから間接キスなんて気にしないんだろうけど……なんだろう、凄いモヤモヤする。

 

「竜介先輩、皆に頼られててすごいねー」

「頼られてるって言うか……りゅう兄がただ甘やかしてるだけな気がするけど」

「……?機嫌悪そうだけど、どうしたの?」

「別に……」

 

 あこがりゅう兄を好きな事はまだ誰にも打ち明けてない。だから、この嫉妬も誰にも言えないのだ。

 

「あこちゃんって竜介先輩の家に泊まってるんだよね?やっぱり漫画みたいに迫られたりするの?」

「りゅう兄はそんな事しないよ。あこの事妹みたいなにしか見てないから」

「……残念そうだね。あこちゃんは竜介先輩の事好きなんだ」

「そ、そう言う訳じゃ……」

 

 まずい。りゅう兄を好きな事がバレてしまった。このままバラされたりしちゃうのかな……。

 

「大丈夫、誰にも言わないよ」

「ぜ、絶対だからね!」

「うん♪」

 

 リーダー、とてもホクホクした顔してる。やっぱり女の子だから恋愛が好きなのかな。あこにはそう言う事よく分からないや。

 

 

 

 ____

 

 

 

 

 リーダーと、恋愛についてあれやこれやと話していたら山頂についた。聡美ちゃんと話していて分かったが、この子かなりの恋愛脳だ。頭の中がひーちゃんが持ってる漫画みたいな展開で埋め尽くされている。壁ドンとかが大好きらしい。

 一方、未来ちゃんの方はと言うと、相変わらずりゅう兄にお熱のようだった。ずっと写真を撮っている。頼めば写真くれたりするのかな。あこもりゅう兄の写真欲しい。

 

「レジャーシートどこに敷こうか。どこも眺めが良いなー」

 

 りゅう兄がひーちゃんのリュックサックを持ちながら、レジャーシートの敷き場を求めて辺りをウロウロする。結局リュックサック持ってあげてるんだ。優しい。

 

「竜介先輩、こっちに良い場所ありますよ!」

「お、ほんとだ。サンキュー田中さん」

「いえいえ」

 

 りゅう兄が選んだのは見晴らしの良い開けた場所。教えた聡美ちゃんはりゅう兄と一緒にレジャーシートを敷き始めていた。

 気づけばりゅう兄が作ってきたお弁当が並べて、あっという間にランチ状態へ。聡美ちゃんはちゃっかりりゅう兄の隣に座っていた。ずるい。

 

「よーし皆ー、食べてくれ!」

『いただきまーす』

 

 皆が自分の分のお弁当とりゅう兄の作ったサンドイッチを食べ始める。サンドイッチはお重にたくさん作って来たけど、この人数で足りるかな……。モカちんもいるし。

 

「竜介お姉様の手料理……嗚呼ッ……!」

 

 未来ちゃんが荒ぶってる。大丈夫かな。一応あこが一緒に作った事は言わないでおこう。

 

「リー君のパンおいひ〜」

「モカ、食べながら喋るな。行儀悪いぞ」

「は〜い。リー君もお説教ばっかしてないで、ちゃんと食べるんだよ〜」

「わかってる」

「じゃあはい、あ〜ん」

「あーん」

 

 モカちんずるい。あこもりゅう兄にあーんしたい。ついでにあーんして貰いたい。

 

モカちゃんに負けてられない……。わ、私だって!りゅ、竜介君!」

「お、なんだ?」

「あ、あーん……」

「つぐみもか。あーん」

 

 りゅう兄の左隣に居座っていたつぐちゃんがりゅう兄にあーんしてた。りゅう兄、何嬉しそうな顔してるの。りゅう兄にはあこがいれば良いでしょ。りゅう兄のうわき者。

 

「リー君モテモテだね〜。嬉しい〜?」

「うん、まあ。複雑」

「でも嬉しそうな顔してるよ〜」

「そうか?」

 

 そんなニヤニヤ顔しながら何が「そうか?」だ。りゅう兄は一回今の自分の顔を鏡で見た方がいいよ。それともあこがりゅう兄の顔を写真に収めて見せてあげようか。

 あこは嫉妬に燃え狂いながら、サンドイッチに手を伸ばす。

 

 その時、あこの目の前を何かが物凄いスピードで通り過ぎた。

 

「痛っ……」

 

 痛みを覚えてサンドイッチを取ろうとした右手を見てみると、手の甲から血が出ていた。どうやらトンビに手を引っかかれたらしい。

 

『あこ!?』

 

 お姉ちゃんとりゅう兄が同時に声を上げる。そこまで大袈裟な反応されるとは思わなかった。

 

「竜介、救急箱!」

「あいさ!」

 

 りゅう兄がリュックの中から少し大きめの救急箱を取り出して向かい側に座るあこの元までやってきた。なんでリュックの中から救急箱が出てくるんだろう。

 

「大丈夫か?痛くないか?」

「もう、大袈裟だよ。りゅう兄」

「馬鹿言え。女の子のなんだから傷残っちゃ大変だろ。ちょっと沁みるぞ」

「ッ……」

 

 りゅう兄のつけた消毒液が傷口に沁みる。大袈裟だと謳ってみたが、意外と傷は深かったらしい。

 

「ありがと、りゅう兄」

「お礼は治ってからにしろ。取り敢えず消毒はしたし……後は大きめの絆創膏貼って……」

 

 りゅう兄は手際よくあこの手の傷を処置してくれる。

 りゅう兄の優しさが心に沁みた。りゅう兄大好き。

 




登山遠足で遭難ネタは見飽きたと天のお声を聞いたので、トンビにご飯を攫わせました。この展開流行れ。

あこちゃんの班員はこの回限りの使い捨てです。あまり深く気にしないでね。


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第73奏 魔王様、眷属のお風呂に突撃する

 あこ達は山頂でお昼ご飯を食べた後、少し休憩して山を降りた。それからバスに乗って、宿泊先である和風旅館にやって来たのだ。

 宿に着き、バスから荷物を下ろし、先生の説明を聞いた後、皆は五人一組の宿泊班にバラけて去っていった。

 りゅう兄とあこが泊まる部屋は、だいたい十二畳ぐらいの大きいお部屋。テレビとか電子レンジとか冷蔵庫とかがあった。家具の備え付けはばっちり。地震が来ても怖くない。

 

 

 

 これからりゅう兄にどうやってアピールしよう。王様ゲームでもしながらこっそり体に触ってみるとか、またプロレスごっこしながらちゅーしちゃうか。想像の中ならいくらでもりゅう兄にあれやこれやが出来る。現実じゃ絶対出来ないのに。

 あこはちきんはーとだ。

 

 

 

 いけいけどんどん。りゅう兄に何とかアクションを仕掛けようと待ち構えている内に、夕飯の時間になってしまった。あこはなにしてんだろ。時間を無駄にしただけじゃないか。あこのばか。

 夕飯は豪華なお刺身だった。何の魚かは分からないけど、多分マグロとサーモン。あこは白いご飯が一番好き。

 夕飯を食べ終えて、りゅう兄が何か部屋の中で大事な事をするから別の場所で時間を潰していて欲しいと頼まれた。なので、あこはお姉ちゃんの所に行くことにした。

 

 

 

 お姉ちゃん達の所に行ったら、皆でババ抜きしてた。皆あこの顔を見て、不思議そうにしている。

 

「あこちんどうしたの~?今お風呂の時間でしょ~」

「え、そうなの?」

「しおりにそう書いてあったよ~。今はリー君とあこちん達のお風呂の時間~」

 

 どうやらそう言う事らしい。ぜんぜんしおり見てなかった。じゃあ、りゅう兄は今お風呂に入っているのか。………………りゅう兄のお風呂。

 そういう事なら、あこも早く着替えを持って大浴場に行かなくちゃ。

 

「あこ、お風呂行ってくる!」

「あっ、あこちん待って~」

 

 いざお風呂に行こうとしたあこをもかちんは引き止める。ニヤニヤした何か悪い事を考えてる顔だった。

 あこが不信がっていると、モカちんはあこの耳元でひそひそ話し始める。

 

リー君とあこちんの部屋に~個室のお風呂があるんだけど~、そこ混浴らしいよ~

「こんよく?」

男の人と女の人が~一緒のお風呂に入れるの~。もちろん裸でね~

「………………」

「どうする~?」

 

 

 部屋にある個室のお風呂。きっとりゅう兄は今そこに入っている。

 アピール……こんよく……一緒のお風呂──

 

 

「…………あこお腹痛くなってきたからトイレ行ってくる!」

「行ってらっしゃ~い」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 旅館の個室風呂って良いよな。開放感はないけど高級感と優越感と特別感がある。しかもこの旅館の個室風呂は露天だ。開放感につかることが出来る。最オブザ高。

 しかも、この個室露天風呂、ちゃんと効能があるのだ。肩こり腰痛に効き血行を促進。ついでに美肌効果付き。老若男女にウケそうな王道的効能である。

 

 さてと、ここまで温泉について長々と説明した俺だが、一つ議会を開廷したい。

 ここの大浴場は時間変更式で男湯女湯混浴へと移り変わっていく。女の子の方は人数の関係で大浴場限定だが、男の俺は人数一人なので、希望があれば部屋の個室風呂を使っても良いことになっていた。お風呂で泳ぎたかった俺だが、今のご時世男が入るお湯に入りたくないとかぬかすアマが出て来てもおかしくはない。だから、俺は保険をとって個室風呂を選択したのだ。

 ここまでは良かった。異論一つ唱えられない完璧な流れだ。

 

 問題はこの先である。

 

 だいたい家の湯船ニ隻分。スペースに関しては申し分ないこの風呂で、俺の隣に魔王様がいる。バスタオル姿の魔王様がいる。もう一度言おう。バスタオルを身体に巻いて、熱さか恥ずかしさからかで顔を赤くした魔王様がいる。

 

「もう……りゅう兄。なんであこから離れるの」

 

 へいへいウェイト。ぷりーずウェイト。状況がおかしい。

 なんでここにあこがいるの?なんでバスタオル一枚なの?服はどうした服は。あこはこの世にないくらいの絶世の美少女なんだから、こんな事しちゃいけません。

 俺は何度もあこから距離をおいた。けど、あこはその度に俺へと距離をつめて来る。やめて。あこの魅力的なばでぃーで俺に近寄らないで。心臓が破裂しちゃう。

 

「あのな、あこ。あこは女の子で、俺は男の子。一緒にお風呂入っちゃダメなの。分かる?」

「……でも、昔は一緒にお風呂入ってたじゃん」

「昔は昔、今は今。大きくなったら一緒に入っちゃダメなの。あこだってもう十五だろ?」

「でも、ここのお風呂こんよく?で一緒に入っても大丈夫だってモカちんが言ってたよ?」

 

 ──あいつ……余計な事を……。

 

「りゅう兄、いいでしょ?一緒に入ろうよ」

 

 あこが上目遣いで頼んで来た。絶対自分が可愛いこと分かっててやってるよ。まあ可愛いんだけど。

 

「……なんでそんな一緒に入りたがるんだよ」

「それは……その……」

 

 あこは歯切れが悪い様子でごにょごにょしていた。可愛い。

 

「……りゅう兄は、あこと一緒にお風呂入るのいやなの?」

「……嫌……では、ない。け、けど!それとこれとは話が別だ。巴にバレたらどうする?家に連れ戻されるぞ」

 

 俺があこと相部屋になるための条件は、俺があこに手を出さない事。もし仮に俺があこと混浴していた事がバレたら、あこの事情も説得も聞かず巴はあこを連れ帰るだろう。それだけはなんとしてでも避けなければならない。

 今の時間は中等部三年の入浴時間。あこがいない事を班員が怪しがり、先生か巴に報告されたらゲームオーバーだ。個室風呂を貸していたと言う言い訳で通すしかない。

 

「俺はあこといたい。だから、あこは風呂から出てくれ」

「あこは今りゅう兄といたいよ。だから出ない」

 

 俺があー言うと、あこはこう返して来た。

 ──全く。愛の強い主を持つと苦労するぜ。

 

「出ろ」

「出ない」

「今すぐ出ろ!」

「絶対出ない!」

 

 バチバチと、俺とあこの間で火花が散った。これは、決闘せざるを得ない。

 

「やるか、手加減はしないぞ。あこ」

「あこはりゅう兄に負けた事ないよ」

 

 お互いに拳を構えた──

 

 

 

 

『最初はぐー!じゃんけんぽん!』

 

 

 

 ___

 

 

 

「りゅう兄の腹筋、あんまり割れてないね」

「どこ見てんだ。あこのえっち」

「な!?ち、違うもん!」

 

 かっぽりしっとり二人で肩まで湯船に浸かりながら、俺とあこはほのぼの温泉を楽しんでいた。我が魔王には勝てなかったよ……。

 俺の腹筋は割れてはいないよ。よく女の子のおなかみたいって言われる。赤ちゃん産めるのかしら。というか、腹の下は俺のマイサンがあるのでそんなジロジロ見ないで欲しい。

 

「俺だって割れた腹筋欲しいよ。そしたらもう少し男らしくなるから」

「あこは今のりゅう兄の方がす、好きだよ」

「おう。サンキュ」

 

 あこは今の俺の方が良いらしい。こんな女っぽい俺で良いのだろうか。イケメンの方が良くない?腹筋割れてる細マッチョの方が良くない?俺はそっちの方が良いと思う。

 

「俺もあこみたいにかっこよくなりたい」

「あこもりゅう兄みたいに可愛くなりたい」

 

 お互いにため息を零す。

 こう言った悩みは昔から逆と言うか、あこが仮面ライダーで俺がプリキュアみたいな。あこがドラムを欲しがってた時期は、俺は少々値が張るフライパンを欲しがっていた。

 

「あこは十分可愛いと思うけどな。昔に比べて女の子らしくなったよ」

「そうかな?」

「おう。その内彼氏も出来ちゃったりしてな」

 

 もしそうなったら俺は全力でその彼氏を恨む。呪いの藁人形を買って、頭と心臓に釘を刺すのだ。俺の恨みは強い。

 

「あこは彼氏作らないよ。りゅう兄一人になっちゃうじゃん」

「ん?そんな事気にしてたのか。大丈夫だぞ、俺は高校に上がってからたくさん友達作ったし、元々いっぱい幼馴染がいるからな」

「でもりゅう兄、家で一人じゃん」

「ニャン吉がいるから大丈夫だ」

 

 俺がまた一人になったら、今度こそ花音先輩がうちに来そうな気がする。お姉ちゃんとして甘えてみようかな。

 

「なんでりゅう兄って、昔からお父さんとお母さんがいないの?」

「仕事が忙しいからな。母さんは女優で、親父はバンドマンらしい。二人とも売れ筋らしくてさ、家に帰って来ないんだよ」

「寂しくないの?」

「すっごい寂しい」

 

 爺ちゃんとニャン吉がいなかったら今頃死んでた自信がある。俺も寝る前に母さんの御伽噺を聞いたり、親父と一緒の風呂で背中流し合いっこしたかった。

 この遠足に来る前、あこのお母さんやお父さんと会ってきたが、あれこそ俺が求める両親像。温かい家庭に憧れてしまう。

 

「まあ寂しいけどさ、それで俺が駄々こねる訳にもいかないし、もう我慢するしかないか。まあ、俺には花音先輩とか蘭とかこころがいるしな。寂しいけど悲しいわけじゃない。だから大丈夫だ」

「あこだっているよ」

 

 あこが言いながら手を握って来た。

 

「あこがりゅう兄の家族だよ。妹とかにしかなれないけど」

「そっか……そうだな。うん、ありがと。元気でた」

 

 あこも家族だと確かに言った。どんなポジションかは決めてないけど。

 あこは、どんな家族だろうか。いや、嫁と声高らかに言ってあげたいけど、つぐみのストップ宣言があるからまだ言えない。だから、ちゃんと位置づけを決めてあげよう。

 

「あこは俺の妹になりたいのか?」

「……妹じゃやだ」

 

 妹じゃ嫌らしい。なんだろう、お母さんにでもなりたいのだろうか。年下のママとか性癖疑われるんだけど。でも、悪くないね。

 

 

「りゅう兄の、一番近くにいたい」

 

 

 あこが何か告白じみた事を言っている。おかしい、こないだまで俺を兄の様に慕ってくれていたはずだが……。まさか、シスコンと一緒にブラコンまで拗らせてしまったのだろうか。俺には手に余る代物だぜ。

 話を戻そう。

 

「俺の一番近くかー」

「りゅう兄に今一番近い人、誰」

「蘭とこころと花音先輩」

「……ふーん」

 

 一番なのに三人。俺はとんだ浮気者だ。

 俺が一番を答えた瞬間、あこの機嫌が悪くなった。どうしたんだろう。

 

「りゅう兄のうわき者」

「なんかごめん」

 

 何故かは知らないけど全部俺に非がありそうだったので謝っておいた。

 

「浮気者の眷属でごめんな。こうしないと生きていけないんだ」

「まあ、別にいいけど。あこの事、絶対一番にしてね。約束だよ」

「おう。約束する」

 

 あこを一番……だったらもう恋人以外にポジションはないな。

 俺はあこを恋人にする覚悟を決めた。早くつぐみの突撃許可が欲しい。

 

 

 

「りゅう兄、月が綺麗だよ」

 

 

 この魔王様、狙ってるんじゃなかろうか……。

 

 

 

 

 

 ___

 

 

 

 

 

 あこと混浴した翌日。帰りのバスの中で、巴だけ居眠りしてる時にモカが絡んで来た。

 

「リー君、あこちんとの一緒のお風呂どうだった~」

「おう。お蔭様でいい時間を過ごせたぞ。だからこっちこいや、お説教の時間だ」

「なんで~……」

 

 モカのおかげでこちらは心臓が破裂しかけたのだ。そのお返しをしよう。

 ちなみに後でつぐみに説教された。俺に慈悲はないらしい。




遠足編終了。
次次回辺りから告白のバーゲンセールをします。


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第74奏 美しく咲くは大麻の如し

「竜介ってさ、オ〇ニーどうしてんの?」

「唐突に頭悪い会話するのやめてくれる?」

 

 結局あこに告白出来なかった登山遠足から五日経った土曜日。例の如く俺は美咲の家に訪れ、また嫌な質問を受けていた。以前はあこの生理について聞かれたが、一体このキャラ崩壊はなんなのだろうか。

 

「いやさ、気になるじゃん。あこがいるのにどうしてるのかなーって。なに?夢精に頼ってるの?」

「教えると思うか?」

「あたしは親がいない時にこっそりしてるよ」

「聞いてねーよ」

 

 美咲の性事情なんか知らない。知ってどうする。

 

「最近は母さんが仕事のシフト減らしたから家にいる事が多くてねー。ヤりたくても出来ないって言うか」

「だから聞いてねーよ。俺に要らん報告するな」

 

 俺にその相談をしてナニする気だ。襲うのか?俺は襲われるのか?やばい逃げなきゃ。

 

「そう言えばさ、最近アレが来なくなったんだよね」

「アレ?」

「生理」

「は?」

 

 生理が来ない。それ即ち──いやいやいや。嘘だろ美咲。ゴム無しでやったとかシャレにならんぞ。美咲がそんなびっちな子だったなんて思わなかった。

 

「お相手は?」

「竜介」

「は?」

 

 は?…………は?

 

「いつ?」

「竜介がここで寝てる時にこっそりヤったらデキちゃった」

「は?」

 

 純粋に頭おかしいぞこいつ。寝込み襲うとかレイプの常習テクではないか。

 

「なんで?」

「いやだって、最近指じゃ物足りなくなってきたし、ディ〇ド買うにもバレたら嫌だし。そう思ったら本物持ってる竜介で良いかなって」

「いやいやいやいや」

 

 性欲処理が物足りないからって本物(俺のサオ)使うとか頭おかしいって。頭大丈夫かこいつ。

 

「親には?」

「まだ言ってない」

「覚悟は?」

「とっくの昔」

 

 潔すぎないだろうか。俺の覚悟がまだ出来てないのだが。

 仮に、美咲を貰った時の事を考えよう。一応料理は出来る。そこは俺が教えてるから大丈夫だ。他の家事は知らん。性格はまあ意気投合してるから良いとして……いやでも寝込みを襲うしな……。

 

「竜介はあたしじゃ嫌?」

「嫌……ではないんだけどなー。いやそれ以前の問題と言うか……」

「あこの説得手伝うよ?」

「いやそう言う事でもなくて」

 

 あこが荒れる。巴も荒れる。リサ姉もきっと荒れる。皆荒れる。と言うか荒れない方がおかしい。四面楚歌だ。

 

「まあ冗談なんだけど」

「おい」

 

 しばいたろか我。

 

「いやー過激な下ネタは女子高の華って言うじゃん。あたしもいっちょやったろーじゃないと思いまして」

 

 確かに女子高は下ネタがキツイ。クラス内で思いっきりセックスしたいって叫んでたの聞いた事あるし。

 

「なんで男の俺に話すんだよ。花音先輩とかにすれば良いだろ」

「花音さんにそんな話出来ると思う?」

「無理」

 

 花音先輩に下ネタ言うとかどんな罰ゲームだ。俺には到底無理。仮に言ったら舌を噛み切る。

 

「あたしはね、フツーの女子高生なの。こころみたいにお金持ちでもなければ、はぐみみたいな運動神経もない。薫さんみたいな天才演者でもないし、花音さん程ピュアでもない。フツーなのよ。だからさ、フツーに下ネタも言いたいわけ。でも言う相手がいないんだよ」

「それで俺に白羽の矢がたったと」

「そういう事」

 

 信頼の裏返しと言うか、腐った縁の後遺症と言うか、俺ぐらいしか下ネタを言える相手がいなかったらしい。

 

「だいたいさー、皆ピュア過ぎるるんだよー。一番耐性ありそうな市ヶ谷さんだってダメだったし」

「待て、有咲に言ったのか。下ネタ」

「試しに軽いのかましたら具合を疑われた」

 

 やめて。教育に悪いからやめて。有咲にそう言う事しないで。

 

「竜介も市ヶ谷さんの父親名乗るんだったらさー、ちゃんとそういう事も教育しておいて欲しかったよ」

「お前……紗夜先輩が黙ってないぞ……」

「大丈夫。バレないように取り繕ってるから」

 

 先生の前だけいい子ぶる素行不良の生徒みたいだ。美咲はいつからこんな悪い子になってしまったのか。

 

「下ネタ言い合える友達って結構重要だよね。流行りものだけじゃトークの幅は広がらないよ」

「俺は言った覚えがないんだが」

「こないだあこの生理について語り合ったじゃん」

「語り合った訳ではない」

 

 一方的に語られただけで語り合ったわけではない。そこの所よろしくして欲しい。

 

「で、話戻すけど竜介ってオ〇ニーどうしてるの?出来ればオカズについても教えて欲しいんだけど」

「絶対教えん」

「えーいいじゃん。減るもんでもないし」

「さっきから俺の精神がマッハですり減ってるんだよ。気づけ」

 

 そろそろ俺のライフがゼロになってしまいそうだ。早くいつもの美咲に戻って……。

 ちなみに俺の性欲処理はあこがいない時にこっそり行っている。オカズはスマホの検索でその時々と言った感じだ。エロ本なんて時代遅れ。バレたら終わる。

 

「あこと生活しててさ、ムラムラしたりすることないの?お風呂上がりとかさ」

「……そう言えばないな」

 

 あこと一緒にいる事が長かったせいか、そう言った感情を抱くことがまるでない。おかしい。恋愛感情はちゃんとあるはずなのに。遠足で一緒にお風呂入った時も、ドキドキはしたがムラムラする事はなかった

 

「そういえば変だな……あこに性欲が湧かない」

「恋愛感情って、直球で言えばその子とセ〇クスしたいって言う事じゃん?それがないって事は竜介……」

 

 まさか、俺が長年抱いていた感情は恋心ではなかったのだろうか……。

 

「いやでも、小学生の恋愛感情なんてそんなもんじゃん?だから俺は大丈夫」

「小学生の頃に心の成長が止まったって事?」

「そう言うわけではないと思う」

 

 謎は一層深まるばかり。俺の恋愛感情は一体どうなっているのだろうか。まさか、俺は何か特殊な病気に……。出来れば健康体であることを願う。

 

「家帰ったらさ、試しにあこの事押し倒してみなよ」

「いやそれ試しでしちゃいけないやつ」

「じゃあ、どうやって確かめるの?」

「ドキドキすれば良いんだろう?だったら手を繋ぐだけで充分だ」

「あんたほんとピュアだねー」

 

 俺はそんなピュアなのだろうか。

 

「まあ、家帰ったらあこに試してみる」

「それでドキドキしなかったら?」

「まあ、その時はその時?」

 

 もし仮に、あこにドキドキしなかったらどうしよう。俺は新しい恋を探せば良いのだろうか。それとも、もう一度あこに惚れ直せば良いのだろうか。

 ……もう一度あこに惚れ直そう。俺にはあこしかいないんだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「そう言えば遠足でね、りゅう兄と一緒にお風呂入ったんだー」

『へえ……え?』

 

 あこはNFOの音声チャットでりんりんに遠足の事を自慢していた。マップボスを協力プレイで攻撃しながら、りんりんの間に抜けた声を聞く。

 

『あこちゃん、りゅっ君とお風呂一緒に入ったの……?』

「うん!」

 

 りゅう兄とのお風呂、すごく幸せな時間だった。一緒に入ったのは五年ぶりくらいで、りゅう兄の大きくなった身体を改めて実感出来た。りゅう兄の背中おっきかったなー。また見たい。

 

『どうやって一緒に入ったの……?』

「りゅう兄と一緒に泊まった部屋がこんよくのお風呂があってね、それで一緒に入れたんだー」

『混浴……』

 

 りゅう兄は、あこと一緒にお風呂入ってドキドキしてくれたかな。元々それが目的で入ったから、ドキドキしてくれないと困る。まあでも、さすがのりゅう兄でも女の子と一緒にお風呂入ったらドキドキするでしょ。ドキドキしないって言われたら、あこはりゅう兄を殴る。魔王の鉄槌だ。

 

混浴……その手があった……

 

 何か、りんりんが怪しげな事を言っている。

 

「りんりん?」

『……へ?あ、ううん……なんでもないよ……』

 

 嘘だ。今絶対りゅう兄とこんよくのお風呂行こうとか考えてた。

 

「りゅう兄はあこのだよ。りんりんには渡さないからね。また押し倒したりなんかしたら──」

『だ、大丈夫。分かってるよ……』

「ほんと?」

『信じて欲しいな……』

 

 りんりんは一回りゅう兄を押し倒してる。罪人なのだ。だから油断ならない。

 あこはりんりんへの警戒を強めた。りんりん特別警報だ。

 

『そう言えば、今度のNFOイベント、あこちゃんはどうする……?』

「あこはりゅう兄と行くよ!結婚指輪が欲しいんだー」

『あれって予約購入だよね……?りゅっ君の指のサイズとかお金はどうしたの……?』

「りゅう兄の指は遠足の時にこっそり測っておいたんだ!お金も大丈夫!」

 

 りゅう兄から好きに使って良いよって言われてたお金をずっと貯めてたから、あこはお金いっぱい持ってる。今まで使って良いのか分からなかったけど、今回だけは特別なのだ。りゅう兄も喜んでくれるかな。

 あこはイベント日を待ちに待ちながら、りんりんとボスの攻略を進めた。そして倒した。

 ボスを倒し終わった所で、りゅう兄が家に帰って来た。あこは一度PCの電源を落とし、玄関にお出迎えに行く。

 

「ただいまー。あこ、ちょっと手出してくれるか?」

「……?いいよ。はい」

 

 あこが手を出すと、りゅう兄がいきなりその手を握った。ドキッと胸が動く。

 

「うん。大丈夫だ」

 

 よくわからない……。




次回から竜介が女の子をフッていく神楽冬のフラレ祭りを開催します。ついにハーレムものからヒロイン一途のラブコメになります。ここまで長かった。

竜介君との指輪のための遠足、そして金。抜かりないぜ魔王様。さすまお


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第75奏 りみテッド/ゼロオーバー







 チョコレートは甘い。りみの心を溶かす程甘い。心を輝かせる程甘い。キラキラしてて、ドキドキする。そんなチョコがりみは大好きだ。

 そして、りみが大好きなチョコと同じ輝きを放つ男がいる事をりみは知っていた。

 名前は神楽竜介。りみを心の底からドキドキさせて来る相手だ。そして、チョコレート以上の輝きを放つ人。

 りみは、どうして竜介がそんな輝いて見えるのかが気になっていた。友の言葉を借りるなら、キラキラドキドキ。そんな気持ちを与えてくれる彼に興味を引かれていた。でも、感情の名前までは分からない。

 

 だから、姉に聞いた。

 

「りみ、それはね……恋って言うの」

「……え?」

 

 言って良いのか分からない。そんな表情をした姉から返って来た答えは“恋”だった。

 恋。名前だけなら知っている。確か漫画に乗っていたはずだ。胸がドキドキしたり、キュゥと苦しくなったりするらしい。確かに竜介を見た時はドキドキしたり胸が苦しくなったりした。まさかそれが恋だったとは……。

 

「で、どうする?」

「……どうしよう。お姉ちゃんならどうする?」

「当たって砕けるかな〜」

「砕けちゃうんだ……」

 

 玉砕覚悟で突っ込む姉の姿勢には尊敬出来るものがある。

 

「まあ、告白してみたら?良い人生経験だと思うよ。私は」

「そうかな……」

「まあフラれるのは確かだろうね〜。竜介はずっとあこって子が好きらしいから」

「そっか……」

 

 竜介には好きな人がいる。何だかそれを聞いて残念な気持ちになった。

 りみは竜介が好き。それはわかった。だが、りみには一つ気になる事もあったのだ。

 

「お姉ちゃんも竜介君が好きなんだよね?」

「え?あー……私のはりみのとちょっと違うって言うか」

「そうなの?」

「そうそう。だからりみは安心して行っておいで」

 

 竜介と結婚したいと言っていたからてっきり姉も竜介が好きなのかと思ったが、どうやら違ったらしい。

 姉は安心して行っておいでと言った。そして、告白と言うのは人生経験になるらしい。だったら、ちゃんと想いを伝えた方が良いだろう。

 

「お姉ちゃん竜介君の所行ってくるね」

「うん。夕飯までには帰って来るんだよー」

「はーい」

 

 りみは、竜介の家に向かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 俺は今までに数多くの危機的状況を乗り越えて来た。修羅場もたくさん乗り越えて来た。リサ姉をフり、燐子をフり、明日香をフり、こころの監禁を乗り越え、日菜先輩のキス騒動に全力を持って立ち向かい、モカの依存に対処した。どれもこれも恋愛絡みの愛の拗らせ事変だ。

 そして、偶然か神のイタズラか。それは全部あこのいないところで発生し、そして解決していた。この事について俺は、好きな子に見せてはいけない場面だったので今まで見られなくて良かったと、ずっとそう思っていたのだが、今俺は改めて現況に苦悩にしている。

 俺は、このまま幸せになって良いのだろうか。そもそもあこが恋愛より兄妹愛に突き進んでいるため付き合える確率は限りなく低くなっているが、仮にあこと付き合える事となったとして、俺はそれを能能と受け入れて良いのだろうか。そうずっと悩んでいた。

 過去を振り返らないのが良い男。そう言う人がいるかもしれない。けど、俺はやっぱり後ろめたい。特にリサ姉が引っかかってしまう。

 リサ姉は、俺が初めて告白された相手でもあり、俺が初めてフった相手でもある。そして、俺の事を今でも諦めないでいてくれている人なのだ。そんなリサ姉を置いて行っても良いのだろうか。一度、ちゃんと話し合わねばならない気がする。

 

 リサ姉の事は一旦置いておくとしよう。次の問題はあこだ。

 あこは、偶然か必然か、俺の不祥事を全て見ていない。きっと俺の事を純情で初心な初恋ボーイだと思っているだろう。だが悲しい事に、俺は最近女慣れに近いものを会得し始めている。

 もちろん、皆の事は大切に想っている。けれど、どうも最近修羅場を向けられた焦燥感というか、緊張というものを感じなくなって来ているのだ。分かりやすいのがモカの時。俺は蘭からモカの盗撮写真を受け取っても、『またこういうのか』と呆れに近い感情を抱いてしまった。

 

 このままではいけない。

 

 俺は今一度、あの危機的状況に陥った時の緊張感を思い出さければならない。そうしなければ、俺はクズ男まっしぐらだ。

 だから手始めに、今まであった事をあこに話そう。そして、しっかりお説教を貰おう。

 

 そこまで思い至り、あこをダイニングテーブルの向かい側に座らせた所までは良かった。

 だがそこに突然りみがやって来たのだ。

 

 

 

「あのね、竜介君。私、竜介君の事が好きみたいなんだ」

 

 

 

 そして、修羅場が幕を開けた。

 

 

 

「りゅう兄」

「ちょっと待って。ちょっと二人共待って。……………ふう。よし、まずりみから」

「私ね、竜介君が好きみたいんよ」

 

 なるほど。ここで言うか。あこがいる目の前で言っちゃうか。すごいハラハラする。こころに初めて拉致された時ぐらいハラハラドキドキしてる。俺が無くした危機感が全力で戻って来てる。

 

「りみの好きってもしかしなくても……」

「男の子として好きみたい」

「だよなー……」

 

 俺を好きと語るりみまでもが困惑気味であることに疑問を抱くが、今はそれどころじゃない。りみの隣で物静かにホットミルクを飲むあこが怖い。何が怖いかって言うと上手く言葉にできないが、凄みがあった。俺はこの後死ぬ。

 

「りみは、俺にどうして欲しい?」

「どうしてって言われても……竜介君には好きな人がいるんだよね?だったら、竜介君はその子と一緒にいて欲しいかな。私は、竜介君にこの気持ちを伝えに来ただけだから……」

「そ、そうか……」

 

 大人しいりみらしく、俺に想いを伝えて終わりにするらしい。

 

「びっくりしたよー。まさか私が恋をしていたなんて」

「俺もびっくりしたよ。珍しく家に遊びに来たと思ったら告白してくるんだから」

「えへへ……。でも、私もびっくりしたんよ?お姉ちゃんに聞いたんだけど、竜介君の好きな子って──」

「ストップだりみ。それ以上はいけない」

「ッ」

 

 危ない。あこの目の前で全てをバラされる所だった。あこは今も尚無言を貫いているが、一体何を思っているのか。俺には分からない。

 

「ふー。竜介君に言いたい事言えてスッキリしたー」

「それは良かった」

 

 りみは満足いった顔で息を一つ吐くと、荷物のカバンを持って立ち上がった。もう帰るらしい。

 

「じゃあ、私そろそろ行くね」

「おう。じゃあな」

「ばいばい」

 

 あこと俺でりみを玄関まで見送りした。あこはりみに良い笑顔で手を振っている。

 

 

 

 さて、ここからが本番だ。

 

 

 

「あこに大事な話があります」

「なに」

「今俺、りみに告白されたよな」

「うん」

 

 あこは真剣な目をしながら俺を見つめている。まっすぐと、今の事態は何事かと、そう目で語っていた。本当、あこのブラコンが厳しい。遠足を越えてから更に酷くなった気がする。お願いだから恋心に目覚めて。

 

「あこにはずっと黙ってたけどな、俺実は、他にもたくさんの女の子から告白されてるんだ」

「……じゃあ、こころと一緒に寝てたり、日菜ちーにキスされてたのは?」

「まあ、俺に告白して、それでフられて、新しく出来上がった関係って感じかな」

「……ふーん」

 

 あこは俺の言葉を聞き、しばらく思い悩んでいた。頭の中で、眷属の行動が善行か悪行を判断しているようだ。閻魔魔王の判決タイム。

 それからしばらく頭を捻り、あこはこくんと一つうなづいて見せた。

 

「まあ、りゅう兄が傷付いてないならいいや」

「あこ……」

「でもりゅう兄」

「ん?」

 

 あこの目がギラりと光った。

 

「いるんでしょ」

「な、何が」

「好きな人」

 

 おっと。

 

「な、何の話?」

「誤魔化してても無駄だよ。りみが言ってたじゃん。『竜介君の好きな子──』って。誰?」

「え、えっと……」

 

 まずい。非常にまずい。何がまずいかって聞かれると答えられないけど、最上級にエマージェンシーコール。チャンスだけどピンチ、ピンチだけどチャンス。行くか黙るかの究極の二択。まずい、冷や汗が伝って来た。

 

「ねえ、誰?りゅう兄の好きな子」

「いやーそれはーなんと言いますかーそのー……」

 

 ドキドキバクバク。俺の心臓が過去最大級の速度で血液をドライビングさせている。動脈が熱い。静脈も熱い。顔から蒼い炎が出そうだ。

 

「早くしないと今日の夕飯なしにしちゃうよ」

「やめよ。脅しはやめよ?ね?ね?」

 

 あこが今までに見せた事のない魔王モードを見せている。以前は酔っ払って俺にキスをせがんで来たが、今回は俺の胃袋を人質にしてきた。やめて。最近の生きがいあこの手料理だからやめて。

 

「じゃあ、教えて?」

 

 魔王スマイル。ひぇ……。

 

「えっと……どうしても教えなきゃダメ……?」

「ダメ」

「どうしても?」

「うん」

 

 怖いよ。俺の主様がちょー怖いよ。今までのどんな修羅場も超えてぶっちぎりで今の状況が怖いよ。

 俺はこのままあこに告白してしまうのだろうか。つぐみの制止条約を無視し、このままあこにプロポーズしてしまうのだろうか。

 

「……そ、そうだ!クリスマス!せめてクリスマスまで待って!イヴでも良いから!」

「長い。そんなに待てない」

 

 逃げ道をどんどん塞いで行くスタイル。そろそろ異世界ぐらいしか逃げる場所がなくなって来た。まあまず家に逃げれない時点で詰んでるのだが。

 

「あこはりゅう兄の家族なんでしょ?だったら教えてくれても良いじゃん」

「親しき仲にも礼儀ありって言葉がありまして……」

「あこ国語分かんない」

 

 可愛い(天下無双)

 

「そ、そもそもさ、俺の好きな人知ってどうすんだよ。皆に言いふらすの?」

「そう言う訳じゃないけど……。知らなきゃいけないから……」

「そうなの?」

「うん」

 

 あこは俺の好きな人を知らなきゃいけないらしい。主の義務と言う物だろうか。

 

「……笑ったりしない?」

「うん。しない」

「俺から逃げたりしない?」

「あこもう逃げないよ」

 

 ……じゃあ、言ってしまっても良いだろうか。いやでも、やっぱり恥ずかしい。

 

「……夕飯の後で良い?」

「……分かった」

 

 俺、超ヘタレ。






☆9ゲージがもう少しで50人越える……。もうすぐゲージの色が変わる……。評価入れる時は☆10じゃなくて☆9にいれてね!皆でゲージの色変えて遊ぼうぜ!


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第76奏 ライジングおたえギターダイナミック









__ギターダイナミック


 昔、幼馴染がいた。ミュージックスクールで学んだギターを持って、一緒に歌ってくれる仲間がいた。でも、その子は引っ越してしまった。

 大切な大切な幼馴染が引っ越してしまってからは、ずっと一人だった。一人でギターを弾いて、暇な時は作曲に手を出して、更に暇な時は楽器店に顔を出して。小学校中学校は一人ぼっちで幕を閉じた。

 高校に上がってバンドを組んだ。キラキラドキドキを探す女の子、チョコが大好きな女の子、実家がパン屋でいつもパンの匂いがする女の子、素直になれない女の子。かけがえのない、大切な仲間だ。

 そして、不思議な男の子にも出会った。見た目は何処からどう見ても女の子なのに、性別は完全に男の子。でも、そんな事はどうでも良い。

 彼は、本当に不思議だった。普通の人なら、たえと少し話をしたらすぐ離れて行ってしまうのに、彼はたえといると気が楽だと言った。

 初めて波長の合う異性。たえは、この人だけは絶対に逃がしてはいけないと本能で理解した。

 

 けれど、現実は厳しかった。

 

 でも、花園たえは諦めない。

 

「ねえ有咲ー」

「なんだ」

「私ね、竜介が好き」

「知ってる」

 

 手を伸ばしても届かないあの太陽に、

 

「竜介は手強いぞ。なんたって九年あこちゃんの事好きでいんだからな。呆れるよ、あいつの純情には」

「うん、知ってる。だからね、竜介にお願いするの」

「何をだ」

 

 孤独の蒼い鳥は精一杯の羽ばたきを見せる。

 

「──竜介の子供をくださいって」

「……は?」

 

 有咲は蔵の中で困惑の声を漏らす。

 たえは竜介が好き。叶わぬ恋だと知っていても、どうしても欲しい物があった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 りみが帰ってから一時間後くらいにおたえが来た。ギターを持っているからライブハウスか有咲の蔵帰りだろうか。

 今さっき、りみから告白を受けたばかりなので休養時間が欲しかったが仕方ない。俺はおたえを家に通し、お茶とお菓子を渡した。

 

「どうしたんだ?夕飯時に。お腹空いたのか」

「うん。お腹空いてる」

「今日は回鍋肉だぞ」

「やったー」

 

 リビングのダイニングテーブルに座りながら、おたえは喜びの声をあげた。

 ちなみにあこは今台所でフライパンを握っている。

 

「ねえ、竜介」

「おう、どした」

「最近シールド変えたんだー」

「そっか」

 

 シールド。確かギターをアンプとかエフェクターに繋ぐ線だったか。俺のギター初心者セットにも入っていた。

 

「それでおっちゃんがね──」

「線かじっちゃったか」

「そうそう」

 

 ニャン吉もたまにやるんだよな。シールド齧り。危ないからやめて欲しい事この上ない。それに、最近シールドに巻き付く新しい遊びを覚えてしまったため、ニャン吉にシールドを奪われ使う機会が減ってしまった。俺も久しぶりにちゃんとギターの音出したい。

 

「そのあとリーとオーがアンプで遊び出して──」

「ペットはちゃんとしつけとかないとダメだぞ。子育てと同じだ。甘やかすだけじゃ家族は育たない」

「はーい」

 

 ペットは家族。それが俺の心情。

 

「竜介ってさ、ギターの弾いてみた動画とか見る?」

「おう。特撮系の曲よく見てる」

「とくさつ?」

「ほら、日曜朝の」

 

 俺がスマホで仮面ライダーゼ□ワンの公式ホームページを見せてあげると、おたえは「ああそれか〜」と納得してくれた。

 

「好きなの?」

「おう。最近見だしたんだ。曲事態は前から聞いてたんだけど」

「何が好きなの?」

「全部!」

 

 特撮ソングは挿入歌主題歌含めてどれも好き。カッコよすぎるんじゃ。

 

「私SURPRISE-DRIVEなら弾けるよ」

「マジで!?俺あの曲のギター超好きなんだ!」

「弾いてあげよっか?」

「ほんと!?」

 

 前に弾いてみた動画でSURPRISE-DRIVE見てみたけど、一番好きなイントロのギターだけが出来なかった。あの指の動きどうなってるの?めっさ早く左指動かしながら右手でストロークとか出来ないんだけど。ギター歴三ヶ月なめんな。

 

「その代わり交換条件」

「なんだ?ハンバーグ弁当食べたいのか?」

「ううん」

 

 ハンバーグじゃなかった。では何だろうか。正直おたえの高レベルリードギターを生で聞けるなら、家とあことニャン吉以外全て差し出せるのだが。なんやら俺自身を差し出してもいい。いや、いらないか。

 

「子供」

「子供?ニャン吉は猫だからうさぎの種馬にはならないぞ?」

「ううん。違う」

 

 おたえはギターをミニアンプに繋ぎながら、首を横に振った。

 

「私が欲しいのは、竜介の子供」

「……」

 

 なにか台所の方から大きい音がした。まあ、今はいいか。

 俺の子供……子供?child?…………?どういう事?

 落ち着け。いつものおたえ音頭だ。まだ慌てるような状況じゃない。おたえがそんな美咲みたいな下ネタ言うはずない。落ち着け。

 

「俺の子供?」

「うん。時期はいつでも良いよ」

「そんなすぐには出来ないよ?」

「そうなの?じゃあ待つね」

 

 おたえ本気だ。本気で子供を持とうとしてる。

 待て。待つんだ神楽竜介。俺には宇田川あこという強くてかっこいい最高最善最大最強王の主様がいるではないか。浮気は良くない。

 

「俺ので良いの?」

「竜介のが良いな。好きだし」

 

 また台所から大きな音がした。

 落ち着け。まだだ。まだ別の可能性があるかもしれない。

 俺の子供。男の子だろうか女の子だろうか。一姫二太郎が理想というが……だから俺は何浮気しようとしてるんだ。我が魔王がいると言っとるやろがい。

 

「どれくらい欲しいの?」

「出来ればたくさん。まあ無理は言わないよ」

「なるほど。出来ればたくさん」

「うん」

 

 落ち着け俺。おたえはまだ俺の子供が欲しいとは言っていない。まだそう言う意味と決まった訳ではない。

 そもそも子供なんてそんな簡単に授かれるものじゃない。愛し合って慎みあって、なんやかんやを乗り越えて初めて授かる事の出来る尊いものだ。それに、産む時は鼻からスイカを出すくらい痛いと聞く。おたえのギターが聞きたいからという理由で、おたえにその負荷を背負わせる事は出来ない。

 

「あのな、子供っていうのは色々辛いんだぞ?」

「そうなの?」

「おう。生半可な覚悟じゃあげることは出来ないよ」

「そっか……」

 

 おたえはシュンと残念そうにしていた。そこまで落ち込んでしまうとは思わなかったのだが。

 

「一枚ぐらい欲しかったな……」

「……一枚?」

 

 一枚……子供……。

 おたえが欲しいのは俺の子供。

 でも、子供は一枚なんて数えない。

 そもそもおたえは天然だ。だから、言葉をそのままで受け取るとたまに違う意味だったりする。

 

 おたえ……天然……子供……一枚……。

 

「……あっ」

「どうしたの?」

 

 おたえが欲しい物、分かった。

 

「おたえ。良いよ」

「何が?」

「俺の子供」

 

 台所からまたまた大きな音がした。

 

「良いの?」

「おう。何枚欲しい?」

「うーんと……五枚くらい」

「了解」

 

 おたえの答えを聞いた後、俺は一度二階に向かった。

 

 

 

 

 ___

 

 

 

 

「わーい。竜介の写真だー」

 

 俺がおたえに渡した物。そしておたえが欲しがってたもの。それは俺の子供の頃の写真だった。

 全く。写真が欲しいなら最初からそう言って欲しかった。変な勘違いをしてしまったではないか。

 

「回鍋肉おいひー」

「こらこら。食べながら喋るな」

「はーい」

 

 おたえにギターを聞かせて貰った後、俺たちは夕食の回鍋肉を食べていた。あこがずっと不機嫌顔だ。

 

「ねえねえ、竜介」

「どうした」

「竜介が好き」

「おう。俺もおたえの事好きだぞ」

 

 おたえの事は結構好きだ。たまにこんなことはあるけれど、おたえの天然は気に入ってるし、ギターには心奪われている。

 

「竜介は変わらないね」

「俺は変わらないぞ」

 

 おたえは夕食を食べながら俺をジッっと見ていた。なにか強い意志を感じる。

 

 

 

りゅう兄のバカ

 

 あこはずっと不機嫌を貫いていた。

 

 




☆゙9゙ゲ゙ー゙ジ゙の゙色゙が゙変゙わ゙っ゙だの゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙。皆゙あ゙り゙が゙どぉ゙ぉ゙ぉ゙。

たえちゃんは蒼い鳥だからギターも蒼い。
もっと出番をあげたかった子の一人。でももうすぐリサ姉編やるから許して。

数少ない音楽要素回。作者が音楽薄弱だから許して。ピアノでキラキラ星しか弾けません。
ドライブopの最初のギターがすごく好きです。


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第77奏 好きな人は──







「りゅう兄、正座」

「はい」

 

 夕食を食べおたえが帰った後、俺はあこに正座をさせられていた。なんとなく読めたよ。あこずっと不機嫌だったからね。なんで不機嫌だったのかは分からなかったけど。

 りみから告白され、おたえに子供(写真)をせがまれ、俺は現状に至る。おたえの子供騒動はちょっとあこには刺激が強すぎたかもしれない。

 

「りゅう兄、りみに告白されたよね」

「はい」

「たえにも告白されたよね」

「え、そうなの?」

 

 まさか、さっきのおたえの好きはそう言う好きだったのだろうか。いやでもおたえだし……後で電話で謝っておこう。

 

「ちゃんと相手の気持ちは考えなきゃダメだよ」

「肝に命じておきます」

「それでりゅう兄──」

 

 あこの視線が再び厳しくなった。

 

「結局りゅう兄は誰が好きなの?」

「それはそのー……」

「こころ?日菜ちー?有咲?それともさーや?」

「なんと答えれば良いか……」

 

 素直に答えたいけど、後一歩の所で勇気が出ない。

 俺だって、本当は今すぐあこに告白したい。けど、そう簡単に気持ちは割り切れるものではないのだ。そ、それに?つぐみの告白制止条約もあるし?もしかしたらあこと付き合う事でまた誰かが荒れるかもしれませんし?(上擦った声)

 

「本当に今答えなきゃダメ?」

「夕飯食べたら教えてくれるってりゅう兄言ったよ」

 

 そう言えばそうだった。

 

「ものすごく言いにくんだけど……」

「うん」

「その……」

 

 どう伝えれば良いんだろうか。元気が良い。小動物、妹みたいで可愛い。後輩。年下。変わった口調。失礼かもしれないが小柄。色々言い方はあれど、どれもあこだとバレてしまいそうだ。

 

「えっとな、俺が好きな子はな──」

「うん」

「……すごく可愛いんだ。年下で、元気があって、頑張り屋で」

 

 あこは可愛い。これは森羅万象大百科にも載っている当然の理だ。更にそこから、相手も元気付けてしまう程の活力、人のために家事を覚える嫁力が付いてくる。正直年下についてはどうでもいい。あこなら年上だろうが同年代だろうが愛し尽くすと、俺はそう決めている。

 

「喧嘩もした。二人で思ってる事もぶつけ合った。一緒に泣いた事もあったし、最近はぶつかる事も多くなった。でも、それも嬉しい」

「ふ、ふーん。それで?」

 

 あこがマグカップを割って、それで喧嘩をした。そこから二人で頑張って仲直りをして、繋がりを深めあった。大切な思い出だ。

 あこが帰って来てからは、昔とはちょっと違う喧嘩をするようになった。相手を気遣っての喧嘩じゃなくて、自分の意志を通したい喧嘩。壁がなくなったようで嬉しい。

 

「俺が一人にならないように一緒にいてくれて、なんやらついて来ちゃ行けないところ所までついてくる。ほんとに、小動物みたいで可愛いんだ」

「……それで、名前は?」

「名前かー」

 

 このまま上手くはぐらかせないだろうか。さすがに名前はキツイ。言ったら終わるやん。

 

「頭文字がA」

「な、名前じゃないよ」

「今はこれで勘弁してくれ。もう限界だ……」

 

 正座していた足を解き、その場に仰向けに寝転んだ。本当に心臓に悪い。なんとか名前は出さずに済んだ。

 あこは寝そべった俺を上から見上げ、なんとも言えないような顔をしていた。むず痒そうだ。中途半端な情報に戸惑っているのだろう。

 

「ね、ねえりゅう兄」

「ん。なんだ?」

「その子の事さ、す、好き?」

 

 あこが好きか。それを聞かれたら好きと答えざるを得ない。自分の心には正直に生きるものだ。

 

「好きだよ。愛してる」

「ッ!そ、そっか……」

 

 あこは理解していなさそうだった。やはり、あこは鈍感だ。直接気持ちを伝えるしかないらしい。

 でも、あこは俺の事を兄のように思っている。今気持ちを伝えても困らせるだけだろう。やっぱり告白しなくて正解だった。

 

「ずっーとずっーと、昔から大好きだ。もう、この世にないってくらい好き」

 

 好きすぎてバカみたいに拗らせまくっている。俺がヤンデレに覚醒する日も近いかもしれない。

 俺の想いを聞いたあこは、やっぱり分からないという顔をしていた。

 

「まあ、この情報で俺の好きな人当てゲームでもして欲しい。ヒントは俺の超身近だ」

「わ、分かった。やってみる」

 

 ごまかせた。やったぜ。

 これでしばらく安泰な時間を過ごせるだろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 りゅう兄から、好きな子の名前を聞こうとした。りみが言ってたりゅう兄の好きな人。それが知りたかった。

 あこはりゅう兄の事、恋愛経験がないタイプの人だと思ってた。だって昔から恋人のこの字もない人だったんだもん。女の子の友達はいっぱいいたけど、誰かがりゅう兄の恋人になる事はなかった。

 でも、告白はいっぱいされてたみたい。なんでりゅう兄は誰も選ばなかったんだろ。まあ、選ばなかったからきっと今があるんだろうけど。

 りゅう兄が好きな子と付き合いだしたら、あこはここにいられるのかな。やっぱり家に帰らないといけない?やだな、あこりゅう兄といたい。

 りゅう兄が好きな子って誰なんだろ。イニシャルがAって言ってた。有咲……じゃないか。年下って言ってたし。

 取り敢えずりんりんに聞いてみよ。

 

 自分の部屋のPCを起動して、NFOのログインIDとパスワードを入力し、りんりんに協力プレイ申請を送った。それから数分。りんりんが音声チャットで出てくる。

 

『お待たせ、あこちゃん……。どうしたの?』

「りんりん聞いて!今日りゅう兄に好きな人聞いたんだ」

『……どうだった……?』

「分かんなかった!」

 

 どんな子までかは聞けたけど、名前までは聞けなかった。一体どこの誰なんだろうか。出来ればちっこくて、おっぱいも小さい子を好きになってると良いな。それならあこにもチャンスがある。

 

『りゅっ君は、名前教えてくれなかったの……?』

「はぐらかされちゃった」

『その子の事、りゅっ君はなんて言ってたの……?』

「好きって言ってた。あと、愛してるだって」

 

 すごく優しい笑顔で、誰の事を思ってたのかは知らないけど、愛してるって言ってた。あんな顔、あこは知らない。凄く胸がモヤモヤして、嫌な気持ちになった。りゅう兄にはあこ以外にそう言う顔を向けて欲しくない。

 

「りゅう兄ね、その子の事が大好きなんだって。年下で、元気があって、イニシャルがAだって言ってた」

『それもう、答えじゃないかな……』

「りんりん分かるの!?」

 

 なんで今の情報だけで分かるんだろ。りんりんすごいや。あこはおバカだから分かんない。

 

『りゅっ君から、聞いてるから……。名前……』

「教えて!」

 

 りゅう兄から聞けなかったから、もう頼れるのはりんりんしかいない。

 年下で、元気があって、イニシャルがA。そして超身近。その答えがやっと分かる。

 

「ダメだよあこちゃん……。それは、あこちゃんが自分で見つけなきゃダメ……」

「そうなの?」

「うん。そうじゃないと、あこちゃんとりゅっ君、一緒にいられなくなっちゃう……」

「そっか」

 

 あこが分からなければ、ずっとりゅう兄と一緒にいられるって事なのかな?。それとも、答えを知ってもあこはりゅう兄といられるって事?まあ、りゅう兄といられるならどっちでも良いけど。

 もしかして、りゅう兄が好きなのってあこなのかな。でも、一緒にお風呂入っても何もしてこなかったりゅう兄が、あこの事を好きでいるなんて思えない。それに、イニシャルがAの年下だったら明日香ちゃんがいる。可能性としては明日香ちゃんの方が絶対高い。

 

「分かった。あこ頑張ってりゅう兄の好きな子探すよ。それと、絶対りゅう兄の事振り向かせてみせる」

「う、うん……。頑張ってね、あこちゃん……」

 

 あこは負けない。絶対りゅう兄をあこに惚れさせてみせる。明日香ちゃんには負けないもん。









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第78奏 有咲は娘






「有咲聞いて、おたえとりみに告白された」

『おう。知ってる』

「そうなの?」

『さっき二人から連絡あった』

 

 おたえに電話で告白の事について謝罪し、改めてしっかりと断った。やっぱり心は痛い。おたえはあまり気にしなくて良いと言っていたので、俺はあまり感傷しないでいる。それと、ちゃんと友人関係は続けてくれるらしい。良かった。友達と縁が切れるのもまた辛かったから。

 そんな俺の近況を、今は有咲に電話で報告していた。

 

『モテモテだな』

「俺は望んでないし、心が痛いんだよ?俺が何したって言うの」

『誰かレ構わず優しくしてっからそうなんだよ』

 

 良き友人は優しさからと爺ちゃんに教わったからそうしていたのに……。惚れられるなんて聞いてないよ。優しさで女の子からモテるんだったら、今頃この世に独身なんていないんじゃなかろうか。世の中金か顔が俺の自論だ。

 

『そんで?女の子に優しくしちゃう竜介様の今後のご予定は?まさかまだ女の子に優しく〜とか考えてるんじゃないだろうな』

「いや〜優しさを捨てたら俺何も残んねーじゃん」

『料理とかがあるだろ。アホか。そろそろ刺されるぞ』

 

 有咲が怒っている。どうやら俺が殺される事を心配しているらしい。実際俺も最近遺書をしたためようかと迷う事が多くなった。そろそろ傷つけるタイプの病みが出てきてもおかしくはない。貴方を殺せばずっと一緒にいられる的な。遺せる物は全部あこに遺しておく予定だ。

 

「いやさ、俺だって女の子との付き合い方を考えさせられる事もあるよ?でも、やっぱり皆と距離を取るのは違うと言うか、俺が出来ないと言うか。それに──」

『それに?』

「あこの事考えてると、頭の中からその事が抜けちゃって。いやーまいったまいった」

「バカじゃねえの?」

 

 有咲が手厳しい。いや、有咲が真面目に話をしているのは分かっている。俺の身を案じてるのだって十分に理解している。でも仕方ないじゃん。あこが可愛いのが悪い。

 

「いやでもさ?俺だって頑張ったんだよ?たくさんの女の子をフッて、病みにも立ち向かって、自分のメンヘラも解決させようと奮闘して。俺だって成長してる部分はある」

『ふーん』

「なんだそのどうでも良さそうな返事」

 

 有咲に聞かせてやろうか、俺の武勇伝。特に最近あったあことの一件なんて、涙なしには聞けないぞ。

 

『そろそろ皆との仲も拗れるかもな。一斉に嫌われたりして』

「何それつっら」

 

 皆から嫌われるとかどんな罰ゲームだ。もはやイジめの域ではないか。そんな事があったら俺は今度こそ自殺する。あこに全て遺して俺は自殺する。遺品をあこが拒否したらどうしよう。地獄か天国で泣く自信があるぞ。

 

「香澄に蔑まれた目で見られたらクルものがありそうだな」

『あいつが嫌うって相当のクズだろ。なんだ?竜介はクズ男を目指してるのか?』

「んな訳ねーだろ。俺が目指してるのはあこの恋人だ」

『だろーな』

 

 わかってるなら変な質問しないで欲しい。

 

「俺はあこの恋人を目指してただけなのに、なんであこ以外から告白されてるんだろうな。モテるんだったら俺はあこにモテたいよ。てかさ、優しさを捨ててどうやってあこにアピールすれば良いんだ?」

『さあ?貢げば良いんじゃね?』

「貢いでも兄弟愛しか育まれなかったぞ?」

『じゃあもうお手上げだな』

 

 お手上げらしい。俺はあこを諦めなければならないのか。俺は諦めんぞ。

 

「お金がダメ。愛もダメ。俺はどこに向かえば良いんだ……」

『弦巻さん好きなんだろ?じゃあそれで良いんじゃね?』

「なんでこころが出てくるんだ?」

『こないだ弦巻さんが自慢してきたぞ。自分は竜介と愛しあってる仲だ〜って』

 

 有咲の呆れた声が耳に響く。違うんだ有咲。

 

「確かにこころとは愛しあってるよ。でも聞いて、愛しあってるけど付き合ってるわけじゃないの」

『とんだ二股野郎だな』

「聞いて」

 

 違うんだ有咲。違うんだかーちゃん。やめて、そんな目で俺を見ないで。

 

『愛しあってるんだったら確定じゃね?さっさと嫁げば?』

「違うんだってそういうのじゃないの」

『そういうのだろ。あこちゃんには私から言っとくからさ、認めちゃえよ』

「やめて!なんでそんな外道な行いが出来るの!?」

『外道はお前だろ』

 

 言い得て妙だった。

 

「俺のメインヒロインは決まってるの。こころにも俺の幸せを願われてるの。だからお願い誰にも言わないで」

『弦巻さんの事好きか?』

「愛してる」

『決まりだな』

「やめて!」

 

 有咲が自宅の固定電話に向かう音が聞こえる。まずい、あこにチクられる。人生最大級のピンチ。

 

『私の事どれくらい好き?』

「ちょー愛してる」

『決まりだな』

「有咲の卑怯者!」

 

 有咲の自宅にある固定電話のボタンを押す音が聞こえて来た。俺の人生初ブレイキングマンモス級のピンチ。

 

「有咲を好きか聞かれたら愛してるって答えるしかないじゃん!他にどう答えろと!?」

『だからそれがいけねーんだっつってんだろ。分かれ』

「いやそう言われましても……」

 

 有咲と出会って十年。俺は両親がいなくなってしまった有咲の事を娘のように大事に想い接して来た。そんな有咲に愛情以外の何を感じろというのか。喧嘩もしたし、心無い言葉も吹っかけられたりしたが、嫌いになれるわけが無い。

 

『だいたいなんだよ娘って。せいぜい妹だろ』

「いやだって、有咲昔泣いてたじゃん。親がいないからって」

『ばあちゃんいるし』

「でも泣いてたじゃん」

『いや、まあ……そうだけど……』

 

 有咲は言い淀む。やっぱり俺の言った通りではないか。有咲も両親がいなくて寂しがってた。俺も同じ。爺ちゃんはいたけど、両親がいなくて寂しかった。

 

「そう言えば、俺の両親離婚してるらしいんだよね。ユキ姉が言ってた」

『またお前……反応に困る事を……』

 

 確か前に……いつだったかユキ姉が遊びに来た時に言ってたはずだ。俺の両親は離婚していて、親父はギタリスト、母さんは女優の道に進んで行ったらしい。

 

「家族って面白いよな。簡単にバラバラになっちゃうんだから」

『だから反応に困るからそういう事言うのやめろって……』

「悪い悪い」

 

 爺ちゃんが死んで、両親が離婚して、家での家族はペットとあこだけ。つまり我が魔王は最強。ご飯作ってくれるし、何より可愛い。

 

「有咲は娘で、花音先輩はお姉ちゃん。俺には家族がいっぱいいる。だから有咲も俺の事遠慮なくお父さんって呼んでいいぞ。あ、パパがいい?」

『そういうのは良いから』

「あ、はい」

 

 お父さん(おれ)はお呼びではなかったらしい。なんで俺の事お父さんって呼んでくれないんだろうか。もっと気兼ねなくパパと呼んで欲しい。それとも有咲はお兄ちゃん派だったか。家族がいない同士仲良くしよーや。

 

「まあ、俺にはニャン吉っていう可愛い可愛い家族がいるからな。猫はいいぞ。自分が可愛い事分かってる」

『私は盆栽あるからいい』

「盆栽ってお前……植物じゃん」

『猫と同じ生物だ』

 

 学年首席は言うこと違いますわ。

 

「まあ有咲には香澄がいるしな」

『香澄は……別にそんなんじゃねーし……』

「はよ結婚してしまえ」

 

 デレろデレろ百合はいいぞ(過激派)

 早く有咲と香澄結婚しねーかなー。祝辞は任せろ。盛大に面白いギャグかましてやる。盆栽にちなんで……松のつけまつ毛。はい、或人じゃ(ry

 

『竜介はあこちゃんとどうなんだよ。上手くやってんのか?』

「最近はよく正座させられるようになったかなー。説教されてるんだ。あこの琴線触れまくり」

『良い感じに尻に敷かれてんな。なんか安心したわ』

 

 あことの喧嘩が明けてからは、あこによく説教されるようになった。「りゅう兄、正座」が常用文句。ぶっちゃけ悪くないと思っている。なんか嫁に説教されてるみたい。可愛い。

 有咲にも今度進めてみようか、あこの説教。

 

「ほんと可愛いんだぞ。抱きしめたいくらい可愛い」

『ベタ惚れだな。弦巻さん愛してるやつの発言とは思えねぇ』

「有咲だって愛してるぞ」

『だからそういう事じゃねー』

 

 何なら今ここで有咲への愛を叫んでやろうか。有咲はいいぞ。処遇ツンデレという属性持ってるからな。

 

『そう言えば今何時だ』

「八時だな。電話始めてから一時間経ってる」

『……ちょっと話し過ぎたな。そろそろ切るわ』

「おう。またな」

 

 つい長話してしまった。お風呂も入ってないからさっぱりしたい気分だ。

 

『……なあ、竜介』

「お、どうした?」

『そ、その──』

 

 電話を切ろうと耳から離しかけた所で有咲に呼び止められた。

 

 

『あ、愛してるぞ……』

 

 

 ぶちかましてくれるぜ。

 

 

「俺も愛してるよ」

『そ、そうか。またな……』

「おう。また今度な」

 

 俺は有咲に別れの言葉を言った後、電話を切った。

 いやー最後の有咲が可愛い事可愛い事。これは俺も有咲推しに意志変えしたくなってしまった。有咲と結婚したらきっと楽しい夫婦生活を送れる事だろう。まあ、俺は一生あこ派だが。

 さてと、有咲の可愛いボイスも聞けた事だし、お風呂に入って存分とにやける事にしようk──

 

 

 

「りゅう兄」

 

 

 

 おっと、急展開。

 

「あこか。どうした?」

「今の電話の相手、誰?」

「え、いや。知ってどうすんの?」

「誰」

 

 俺の部屋の入口で、ゴゴゴゴゴと凄みのあるオーラを出しながら、あこは俺の電話相手を聞く。絶対逃がさないという意志を感じた。電話相手を答えるまで俺は部屋から出られないだろう。

 

「誰って、有咲だけど」

「ふーん。…………ふーん」

 

 あこの闇のオーラが増している。どうした。何故そこまで不機嫌なの。まさか……あこのブラコンセンサーに反応する何かが……。

 

「有咲の事、愛してるんだ」

「……へ?」

 

 あこに睨まれながら、俺は素っ頓狂な声を漏らす。まさか、聞いていたのだろうか。まずい、電話ではあこが好きな事を打ち明けていた。聞かれてると非常にまずい。主に俺の心臓的な意味で。

 

「い、いつから聞いてた?」

「最後の方だけ」

「そ、そうか」

 

 危ない。黒ひげ危機一髪だった。

 

「りゅう兄の嘘つき。好きな子は年下だって言ってたのに。しかもおっぱい大きいし……

「いや違うんだあこ。愛してるけど付き合ってるわけじゃないんだ」

 

 おかしい。ついさっき有咲にも同じ言い訳した気がする。それと有咲の胸は関係ないと思うのだが。

 

「りゅう兄のうわき者」

「いや違うんだって。聞いて欲しい」

「やだ」

 

 ドアの後ろに隠れて、あこは警戒した野生動物の様な目で俺を見てくる。そんな姿も愛おしい。けど今はそれどころじゃない。あこのブラコンが発動してしまった。

 

「年下でイニシャルがAって言ってたのに。同い年じゃん。あこ期待したんだよ?」

「な、何に期待したんだ?」

「りゅう兄嫌い」

「oh……」

 

 あこに言われるとショッキングな言葉第一位「りゅう兄嫌い」が出てしまった。俺の心にダイナミックひび割れ。

 

「お願いします嫌わないで。あこに嫌われたら俺生きていけない……」

「有咲がいるじゃん」

「勘弁してください……」

 

 有咲は恋人とかじゃないんです。お願い許して……。

 

「ほんとに違うんだって、お願い信じて」

「愛してるって言ってた」

「ほんと違うんです。許して……」

 

 俺が好きなのはあこ一人だから。結婚したい相手もあこ一人だから。お願い信じて。一番はあこだから。有咲もこころも好きだけど、一番はあこだから。お願い俺を信じて。捨てないで。皆一番だけど。

 信用の無い目で睨むあこの前に正座しながら、俺は精一杯に縋った。

 

「どうしたら許してくれますか……」

「……じゃあ、あこの事好き?」

「好きです。大好きです」

「あこの事愛してる?」

「愛してる。ちょー愛してる」

 

 あこの事を一人の女の子として愛してます。そう言えたら良いんだけど、俺に度胸がないからできなかった。不甲斐なくてごめんなさい。

 

「……じゃあ、許してあげる」

「ありがとうございます」

 

 あこに告白したような気がするけどまあいいや。今はあこに許して貰えた喜びを噛み締めよう。危うく捨てられる所だった。







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第79奏 貴方に毎日コーヒーをいれてあげたい


深夜テンション。ハイビスカス。


 あこにコーヒーを進めてみた。ちょっと意地悪してブラックなやつを。つぐみもユキ姉も飲めないブラック中のブラックだ。かっこいいを目指すあこに、ブラックコーヒーは必要かなと思ったのも理由の一つ。

 一口コーヒーを飲んだあこは、とても苦そうな表情をしていたが、そのあと頑張って全部飲んだ。傍で応援したが、お兄ちゃんは嬉しかったで。可愛かった。

 

 夕方頃にそんな事があり、俺はそれを自慢するために羽沢珈琲店に来ていた。もちろん相手はつぐみだ。

 

「あこがさ、ブラックコーヒー飲んだんだ。めっさ可愛かった。ほんと好き。早く結婚したい」

「ほんとに竜介君ってあこちゃんの事好きだよね」

「当然だろ。むしろなんで今まであこがモテなかったのかが不思議でしょうがない」

 

 どこか不機嫌そうなつぐみを前に、俺は何故あこがモテないのかを考えた。

 

「なんであこちゃんなの?」

「なんでって言われても。そういう運命だからとしか言い様がないな」

 

 子供の頃に運命的な出会いをし、繋がりを深め、契約をした。そんな運命(さだめ)を送っておいて、なんであこなのかを聞かれても困ってしまう。仕方ないだろう。俺の琴線に触れたのがあこだったんだから。

 選ばれたのはあこ鷹でした。

 

「俺のあこへの想いは完璧なんだ。あとはあこが俺を好きになってくれれば……。どうやってあこを攻略すれば良いんだ……」

「私は今のままでいて欲しいな」

「なんでよ」

 

 つぐみは俺とあこがくっつかない方が良いらしい。なぜなのか。別にあこと別れようとしている訳でもないのに。まさかつぐみは俺の不幸を願っていたり……。

 

「そう言えばさ、つぐみが前に『あこに告白するのは待って欲しい』みたいな事言ってたじゃんか。あれっていつまで待てば良いの?俺あことクリスマスデートしたいんだけど」

「あと……二週間ぐらい?」

「いや聞き返されても」

 

 二週間後……十一月中旬になにかあるのだろうか。

 

「そろそろあこの攻略に取り掛からないと本気でまずいんだよ。あこがブラコンに目覚めちまって……。クリスマスに間に合わない」

「ブラコン?」

「そうそう。なーんか最近あこの様子がおかしいって言うか、俺が誰かと仲良くしてるとあこが不機嫌になってさー。前はそんな事なかったのに」

 

 昨日だってそうだ。有咲と電話してただけなのに、あこに捨てられそうになった。いや、主がいるのに他の輩へと意思変えしてた俺も悪いのかもしれないけど、それにしたってあの怒りようは如何なものかと抗議したい。まあ、あこに愛してるって言えたから良かった気もするが。

 

「ユキ姉とリサ姉が遊びに来た時もなんか怖い顔してたし、こころと一緒に寝た時なんか「もう一緒に寝ないで」なんて言われたし。ほんとどうしちゃったんだろうな」

「『こころと一緒に寝た』ってなに?」

「そのまんまの意味だけど。俺とこころぐらいの仲になるとこれくらい平気でするようになるんだよ」

「威張れる事じゃないと思う」

 

 つぐみの言う通りな気がする。

 

「まあ、そんな訳よ。「りゅう兄のうわき者」からの説教の流れが最近のお約束」

「……浮気者?」

「そうそう。何かあるとすぐそれで正座よ。おかげで正座のフォルムが極まっちゃって」

「竜介君、一回お口チャック」

 

 つぐみに黙らされた。

 

あこちゃん……もしかして竜介君の事……。でも、なんで急に……

「どうしたんだ?」

 

 つぐみがブツブツと何かを呟いている。出来れば俺にも聞こえる声で言って欲しい。

 

「ねえ、竜介君。あこちゃんに何したの?」

「え、いきなりなに」

「だって、急にあこちゃんの態度が変わるなんておかしいから」

「まあ、それもそうだな」

 

 確かにあこが態度を急変させたのは気になる。けど俺は何もしていない。むしろ最近はされた方だ。風呂に突撃して来たし。

 

「あこちゃんと何かなかった?悪い人からあこちゃん助けたり、一緒に吊り橋渡ったり」

「そんな事してないけど。てかなんだ吊り橋って」

「いや、それぐらいしか思い浮かばなくて。何か他にないの?最近あった変わった事」

「うーん……」

 

 最近あった変わった事……。一番デカいイベントと言ったら、やはりあれだろうか。

 

「あこと喧嘩した。ほら、前に巴がずぶ濡れでここに来た時あったろ。あの時期にあこと色々あって疎遠になってたんだ」

「今は仲直りしたんだよね」

「まあな」

「どうやって仲直りしたの?」

 

 どうやってと言われても。手を繋いで……再契約して……ハグして……それで終わったはずだ。これを言うのは恥ずかしいのだが。

 

「まあ……なんだ……あこの手を握って、『もう二度と離れない』って言う契約──約束って言った方が分かりやすいか。約束したんだ。まあ、昔一回した約束なんだけどな。切れちゃったからもう一回ってことで」

「それだ」

「それか」

 

 どうやらあこの態度が急変した原因が分かったらしい。俺も知りたい。

 

「……竜介君は、あこちゃんともう一回約束した後、なにか変わらなかった?こう……あこちゃんにドキドキしたりだとか」

「え、そんなの昔からだけど」

「ああ、うん……。そう言えば竜介君ってそういう人だったね……」

 

 俺は昔から大の魔王好きとして巴とタメ張ってた人間だぞ。ドキドキなんてずっと昔からしとるわい。拗らせ片想い厨をナメるな定期。

 

「で、結局あこが変わった原因ってなんなんだ?俺と疎遠になってた時期になにかあったとか?」

「時期はその辺だけど、原因は竜介君とした約束のせいだね」

「マジか」

 

 やはりあこと契約した時に、あこを変えてしまう程おかしな事を俺はしてしまっていたらしい。なんだ……俺は何をした。あこに嫌われたくないから早急に原因を知りたい。はよ。

 

「つぐみ、俺はどうしたら良い?どうしたらあこを振り向かせられる?」

「それは教えられないかな。竜介君が自分で答えに辿りつかなきゃダメ」

「なるほど」

 

 そう簡単には真理に辿りつけないらしい。世の中そんなに甘くないという事だ。まあ、俺とあこが喧嘩した時期というヒントを得られただけでも良しとしよう。

 

そっか。あこちゃんとそこまで……。竜介君、大事な話がある」

「なんだ、どうした」

 

 つぐみの言う大事な話。それはなんだろうか。いつになくつぐみが真剣な面持ちをしている。

 

「私ね、竜介君に毎朝コーヒーをいれてあげたいんだ」

「コーヒー?俺自分でいれられるよ?インスタントだけど」

「もう、そういう事じゃないんだよ」

 

 つぐみはほっぺたを膨らませてぷりぷり怒っていた。毎朝コーヒーをいれたいって自分で言ったのに、なんで俺は怒られているのだろうか。

 

「ずっと前から思ってたんだけど、竜介君ってわざとそういう事してるの?」

「そういう事?」

 

 そういう事とはどういう事だ。名詞がないからわからん。もっと情報をプリーズ。

 

「はぁ……やっぱいいや、なんでもない。竜介君は分かってくれなさそうだし」

「勝手に呆れられても困るんだが。なに?言いたい事はもっとはっきり言いなさい。つぐみになら罵倒されても怒らないから」

「普通さっきので分かるんだけどなぁ……」

 

 要するに、俺は情弱だという事だろうか。つぐみが言いたいのは。家帰ったら広辞苑を読み返そう。

 

「竜介君、いつか絶対後悔するよ。竜介君は人の気持ちに鈍感すぎるから」

「後悔、か。反省はたくさんして来たけど後悔はした事なかったな」

「今までは運が良かったんだよ」

 

 今までのあれで運がいいとか、俺はこれからどんな波乱万丈な人生を送るんだろうか。

 

「じゃあ、これからはもう少し人の気持ち考えてみるわ。ありがとな」

「ううん。あ、私が今日言った事誰にも言わないでね」

「……?分かった」

 

 何故誰にも言ってはいけないのか分からなかったが、俺は取り敢えずつぐみのお願いに相槌を打っておいた。

 

「あ、竜介君。もうあこちゃんに告白して良いよ」

「まじで!?やった!」

 

 これでなんとかクリスマスデートが出来そうだ。

 

 

 

 ____

 

 

 

 

「なあなあ、あこ」

「なに、りゅう兄」

「これから俺が毎日コーヒーいれてやるよ」

「……へ?」

 

 夕飯時。一緒にテレビを見ながら夕ご飯を食べるあこに、俺はなんとなくつぐみが言った事と同じ事をあこに言った。つぐみが言ったという事をバラさなければ別にこの事は言って良いだろう。

 

「ま、毎日?良いの?あこなんかで?」

「うん。まあ、あこなら良いかなって」

「そ、そっか」

 

 どこかモジモジした様子のあこ。どうやらこの言葉は相手の顔を赤く染める魔法の言葉らしい。

 

 




次回からリサ姉編やるよー。


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第80奏 Evolution Roselia(R)


アブゾーブクイーン


 みんな大好きRoseliaのお姉さん達がお家に来た。僕おもてなすので忙しい。

 

「竜介、膝枕」

「はいはい」

「神楽君、Fコードというのは、指と手首を柔らかく──」

「紗夜先輩、状況見て」

「マカロンって作り方難しいなー……ねえ竜介」

「待ってリサ姉。今ちょっと無理」

 

 ユキ姉は案の定。紗夜先輩は俺にギターのFコードの弾き方を説いてくれている。リサ姉はお菓子の作り方本を片手に俺の隣に座り、燐子はあこの部屋でフルスペックPCを堪能していた。同じ家にいて同年代が一人もいない悲劇。年上パラダイス。有咲が恋しい。助けてひまり。

 動くな、俺はあこ好きだ。一応あこが年下なので、俺は年下好きという事にしておこう。ロリコン臭が半端ない。今あこをロリだと思ったそこのお前、後でCircleな。

 

りゅう兄……鼻の下伸びてる……ばか

 

 あこの視線が痛い。違うんだあこ。俺は悪くない。悪いのはここにいるお姉さん達だ。俺は無罪を主張する。

 リサ姉は俺の隣にぴったりくっつき、ユキ姉の後頭部には熱がこもって暖かい。ずっとこのままでも…………違うんです魔王様。清廉潔白を主張させて。

 

「神楽君、聞いているんですか」

「聞いてますともますとも。弦を切る時はペンチを使うんですよね」

「一回制裁が必要なようですね」

 

 まずい。全く聞いてなかった。

 まずい。Icing potatoプログライズキーにポテトブリザードナックル(冷凍ポテト)で殴られる。やめて来ないで。妖怪フライドポテトって名前広めるよ?良いの?良いんだ──あ、違うんです紗夜先輩。これはほんの出来心で──へぶっ。

 

「冷たい……」

「全く。神楽君は」

「あっはは!賑やかだね☆」

 

 リサ姉も笑ってないで助けて欲しかった。

 

「竜介、撫でなさい」

「はいはい。ユキ姉はほんとお子様だねー」

 

 ユキ姉氷河期の頃を思い出して欲しい。孤高の歌姫かもんかもん。最近のユキ姉はちょっとたるみ過ぎてると思う。たるんでるのはお腹だけに──

 

「竜介」

「なに、ユキ姉」

「それ以上はダメよ」

 

 ユキ姉が珍しく闇のオーラを纏って、俺に警告して来た。あこに比べればユキ姉のオーラなんてへでもねえ。本場の闇オーラを見てみろ、今にも俺を視線で殺しそうだぞ。

 

「そう言えばさ、リサ姉には膝枕してあげた事なかったよね。というわけでユキ姉、下りて」

「嫌よ」

「たまには変わってあげなよ。いつも独り占めしてるじゃん」

 

 昔から現代にかけて、リサ姉を膝枕してあげた記憶がない。ユキ姉ならたくさんあるんだけど。昔からユキ姉は甘えん坊でねぇ……なにかあるとすぐ俺かパパーってなって……。懐かしい。

 たまにはリサ姉にもくつろいで欲しい。リサ姉どこいっても持て成す側だから。

 

「俺の姉を名乗るなら、たまには融通きく所を見せて欲しいよ」

「私がワガママみたいじゃない」

「ワガママじゃん。ね、リサ姉」

「いやー……あはは」

 

 俺が話をふると、リサ姉は気まずそうに微笑む。ほら見ろ、俺の言った通りではないか。

 

「早く下りないと無理やり下ろすよ」

「やってみなさい。その時は貴方に最大の不幸が──」

「えい」

 

 ユキ姉の頭が床に落ちる。ゴンッ!と鈍い音がなった。痛そう。

 

「貴方ね……もう少し女性の扱いを……」

「お姉ちゃんならいいでしょ。さ、リサ姉、カモンカモン」

「いやー……良いの?」

「良いよ。たまには甘えたって大丈夫さ」

 

 普段お世話係に回っている人程甘やかしたくなるよね。さあさあリサ姉カモンカモン。ユキ姉お墨付き俺の膝枕にいらっしゃーい。

 

「じゃあ……ちょっとだけ……」

「ウェルカムかもーん」

 

 リサ姉が俺の正座の上に自分の頭をそっと寝転がせる。とても満ち足りた顔をしていた。このまま寝落ちしよーぜ。きっと気持ちいいから。

 眠れや眠れ。リサ姉の頭を撫でながら睡魔を誘う。リサ姉はしばらく俺に撫でられ、だんだんウトウトとして来た。ようこそ微睡みの世界へ。

 

 そしてリサ姉は寝た。

 

「魔性ね」

「魔性ですね」

りゅう兄のばか……

 

 俺は魔性らしい。

 

「湊さん、神楽君は……天然なのでしょうか」

「意図的よ。竜介はタラシだもの」

「おいコラそこの自称姉」

 

 俺がたらしとはどういう事だ。俺は女のおの字も……普通にあるな、女のおの字。恋愛経験は普通にあるし……。あれ、俺って結構なクズ男なのでは(今更感)

 いやいやまさか。俺は長年に渡りあこだけを愛し、あこだけに忠誠を誓って来た男。女の子をたらしこんだ事など一度もない。きっとそうだ、そうに決まっている。俺は断じてクズ男などではない。

 

「俺は純情男子だぞ。たらしなんかじゃない」

「竜介が純情男子?冗談を」

 

 ユキ姉が珍しく喧嘩腰だ。なんだ、やんのかこら。

 

「貴方は昔から事ある事にリサを口説いて……そのくせしてリサが告白したら好きな人がいるなんて言って。ふざけないでちょうだい。少しは相手の気持ちを考えたらどうなの?」

「俺はリサ姉を口説いた事なんて一度たりともない。それにユキ姉なんかに分かるの?告白をフる側の気持ち。お子様なユキ姉には分かんないでしょ」

『……』

 

 ユキ姉と俺の間に火花が散る。バチバチと誰かが火傷しそうな熱い火花だ。喧嘩だ喧嘩だバトルファイトだ。統制者カモン。

 

「喧嘩をするなら他所でしてください。それに、少しは宇田川さんを見習ったらどうですか。先程からずっと静かにしていますよ」

『だってユキ姉(竜介)が──』

「はぁ……」

 

 紗夜先輩のクソデカため息。違うんです紗夜先輩全部ユキ姉が悪いんです。俺をたらしなんて言うから。

 そうだ。あこを頼ろう。こんな時のための主様だ。きっとあこは俺の味方についてくれる。だって主様だもん。

 

「あこ、助けて……」

「全部りゅう兄が悪い」

「うそん……」

 

 おいそこの自称姉。今鼻で笑ったか。

 なんでだ。なんであこはユキ姉の肩を持つの。あこブラコンでしょ?だったら俺の味方についてよ……。俺を甘やかして(クズ男並感)

 

「そうよ。全部竜介が悪いのよ」

「うっ……」

 

 反論したいけどできない。あこの言うことは絶対だから反論出来ない。

 

「俺が……悪かったです……」

「最初からそうしてれば良かったのよ」

 

 ちくしょう。ユキ姉の済ました顔がムカつく。過去一でムカつく顔してやがる。バールがあったら全力で殴ってる顔してる。そのきめ細かい白い肌を赤色に染めたい。殴りてぇ……殴りてぇよォ(クズ男並感)

 あこが味方についていてくれれば……。どうしてあこはさっきからずっと不機嫌顔なんだ。俺が何したって言うんだ。ユキ姉とリサ姉に膝枕したぐらいじゃんか。あこはそんな事ぐらいじゃ怒らなかったじゃん……。どうしちゃったの。

 

「はぁ……世話が焼けますね」

「紗夜先輩、俺は悪くないですよね」

「今井さんを口説いていたとの事ですが、今の神楽君の状態が一番説得力ありますよ」

「俺の状態?」

 

 リサ姉に膝枕している状況が、何故リサ姉を口説く事に繋がるのか。俺にはさっぱりわからない。

 

「やっぱり天然じゃないですか」

「たらしよ。竜介は」

「では天然たらしですね」

 

 Roseliaの中に俺の味方はいない。今日俺はそれを学んだ。燐子に泣きついてやる。燐子ママに甘やかして貰うんだ。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 友希那さん達が家に来た。皆りゅう兄にベッタリで、りゅう兄と喧嘩してた友希那さんでさえりゅう兄にベッタリだった。皆りゅう兄の半径一メートル以内にいる。あこは少し離れてるのに。

 りゅう兄はあこのものだ。皆にはもっと距離感と言うものを覚えて欲しい。

 

「燐子助けて!皆が俺を悪者扱いする!」

「そ、そっか……」

 

 色々あって、りゅう兄は今あこの部屋にいるりんりんに泣きついている。りんりんに抱きついて、りんりんのおっぱいを頭に乗せて、りんりんのお腹に顔を埋めて、泣いている。そして、あこはそれを隠れて見ている。

 りんりんも何嬉しそうな顔してるの。りゅう兄はあこのだよ。

 

「みんな俺の事天然たらしって言うんだ……。俺そんなんじゃないのに……。もうヤダお家帰る……」

「よしよし、大変だったね……。りゅっ君は天然たらしなんかじゃないよ……」

 

 今、あこの目の前にはりゅう兄のうわき現場が広がっている。あこの事好きって言ったのに……愛してるって言ったくせに……。りゅう兄のうわき者。

 

「もう……。あんまり私の所にいると、あこちゃんに怒られちゃうよ……?」

「今は燐子がいい……」

「もう……りゅっ君はおバカさんだなぁ……」

 

 りんりん、何嬉しそうな顔してるの。

 まずい。このままじゃりんりんにりゅう兄を取られちゃう。早くなんとかしないと。りんりんにりゅう兄を取られたら、あこに勝ち目はない。あのおっぱいに勝つなんて無理だ。

 

「あこなら俺の味方についてくれると思ったんだ……。でも、『りゅう兄が悪い』って言って、俺の事捨てたんだ……。好きなのに……ちょー愛してるのに……昔からずっと好きだったのに……。もうヤダ燐子の家行く……」

「はいはい……。りゅっ君頑張ったね……」

 

 …………もしかして、これあこが悪い?というより、今りゅう兄あこの事昔から好きって言った?嘘だよね、だってりゅう兄、昔はお兄ちゃんみたいに……え?え?嘘だよねりゅう兄。あこの事ずっとそういう目で見てたの?あこ全然気づかなかった。

 

「りゅ、りゅう兄!」

「へ?……あこ?」

 

 あこは我慢できずにりゅう兄の前に飛び出した。あこを見つけたりゅう兄は、泣いていた目を擦って、必死にそれを隠そうとする。

 

「あ、あのね、ごめんなさい……。あこ、りゅう兄の気持ち全然知らないくて」

「……俺の事嫌いになってない?」

「なってない!なってないよ!あこりゅう兄が大好きだからね!」

「……分かった」

 

 許してくれたのかな。わかんないけど、りゅう兄が泣き止んだし……。

 あこ難しい事はわからないよ……。

 




リサ姉編(最終章)、始動!

死闘、渾身、全霊、これが最期の、祭りだあああぁぁッ!!!!


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第81奏 りゅうすけの台所

初めて会ったのは、小学生三年生の時だった。幼馴染と一緒に行った音楽フェスで、迷子の幼馴染を彼が連れて来たのが全ての始まり。

一人になって泣いていた幼馴染を宥めながら、彼は優しく笑っていた。彼だって両親といなくて寂しい筈なのに、どうして笑っていたのか分からなかった。だけど、それもすぐ分かった。彼は一人でフェスに来ていたのだ。

彼に聞いた、一人で寂しくないのかを。彼は答えた、一人には慣れていると。

 

それが、彼を気にし始めたきっかけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日、皆から除け者にされる気分を味わった。皆から悪者扱いされて、一番信じていた人にも裏切られて…………。まあ大袈裟に言っているがきっと俺が全部悪いのだろう。昨日の俺は熱くなりすぎていた。反省反省。

燐子に慰めて貰ったから、昨日よりは大分気分がスッキリしている。そんな気分を胸に、俺は隣にいるリサ姉を見た。

 

「それではマカロン作り会を開催します。はい拍手ー。ぱちぱちー」

「ぱ、ぱちぱちー?」

 

俺に合わせて疑問譜を浮かべながらも一緒に拍手してくれるリサ姉好き。超愛してる。

そんな訳で、今日はリサ姉にマカロン作りを教える事になっている。ずっと教えよう教えようと思っていたのだが、俺がうっかりしてて忘れていた。

 

「前に教えるって言ってからどれくらい時間経ったっけ。約束したの九月ぐらいだよね」

「気にしなくて良いよ。竜介だって予定あるんだし。それに、最近は随分忙しいそうにしてたじゃん」

「……どこまで知ってるの?」

 

もしかして、こころや日菜先輩、モカとのあれやこれやも知っているのだろうか。

リサ姉は情報が早い。どんな情報網を貼っているのかは知らないが、とにかく情報が早い。

 

「日菜との事とか、色々、ね。もう、隠すなんて酷いな〜竜介は」

「いやーそれは……あはは……」

 

なんか、不倫がバレた夫みたいだ。リサ姉が怖い。

 

「まあ、俺の事は追追として。ちゃっちゃとマカロン作っちゃおー」

「ほんとは流したくないんだけどね。日菜とキスした事について詳しく聞きたいな☆」

「怖い怖い怖い」

 

やめて。ハイライトを消さないで。どこで覚えてきたのそんな技術。あこでもたまにしかしないぞ。

リサ姉に脇腹をプスプスされながら、俺はお菓子作り教本のマカロンが書いてあるページを開く。メレンゲやらグラニュー糖やらが載っている。

 

「き、キスと言ってもほっぺだし……」

「ざーんねん☆ちゃんとしたキスって事まで知ってるんだ☆」

「うせやん」

 

なんで言っちゃうの日菜先輩。おかげで俺の命が危ない。ダメだ、まだ死にたくない。せめてあこに想いを告げてからが良かったな……。

 

「どうか、命だけは……」

「そうだなー……じゃあ、私も竜介とキスしたい」

「ちょっとそれは……」

 

もうファーストキスはあこにあげている俺だが、まだ俺が意図的にキスした事はない。だから、そのファーストキスをリサ姉にあげるのは辛いと言いますか。あげるならさっさと魔王様に差し上げたいと言いますか。

 

「キスってレベル高いよね」

「それを日菜と済ませた竜介が言うの?」

「いやーまあそうなんだけど……」

 

心が痛いぜ。

 

「メレンゲでも作ろっか」

「誤魔化し方下手だね」

「うるさいなー」

 

仕方ないじゃないか。キスをせがまれた時の誤魔化し方なんてわしは知らん。頬にキスとかで手を打てば良いのか?誰か答えを教えてくれ。

 

俺は頭の中でリサ姉への対処方を考えながら、卵の黄身と白身を分けた。

 

「はい、ハンドミキサー」

「ありがとー」

 

リサ姉に白身を混ぜるためのハンドミキサーを渡す。さっそくリサ姉はスイッチをONにし、慣れた手つきでハンドミキサーを動かした。さすがユキ姉の公認お世話がかり。手際が違う。プロの犯行だ。

 

「リサ姉さ、ユキ姉の世話してて疲れないの?俺めっちゃ疲れるんだけど」

「まあ、確かにそうかもだけど。大切な幼馴染だからさ、友希那は」

「ラブラブだこと」

 

俺も早くあことラブラブになりたい。手繋いだり、キスもたくさんしたい。えちぃ事はちょっと抵抗があるけど、きっと乗り越えなきゃいけない壁だと思う。まあ、まだまだ先の話しだが。

 

「竜介こそ、あこの世話してて疲れないの?ご飯作ったり、洗濯したり、買い物行ったり」

「全然。あこのためだしな。あこのためなら台風でも買い出しに出る気でいるよ。俺はあこの眷属だからな、恥ずかしい行動はできない」

「……ふーん。なんか妬けちゃうなー」

 

まずい。リサ姉のセンサーに引っ掛かってしまった。いやでも、聞いて来たのはリサ姉の方だし、命までは取られない……筈。

 

「まあ最近はあこも手伝ってくれてるし、随分と俺の負担は減ったよ。ちょっと寂しいけど」

「寂しいんだ」

「ほら、たまにない?忙しさに充実感得ること」

 

前は朝四時に起きて、あこと俺の弁当を作って、洗濯して買い出しして、帰ってきたらまたご飯の準備。そんな忙しい毎日を送っていた。けど今は、あこも料理が出来るようになった事で俺の負担が大分減ってしまった。寂しい。

 

「料理教えた俺が言って良いのか分からないけど、あこにはさ、食べたい時に食べて、寝たい時に寝て、遊びたい時に遊べる人生を送って欲しんだ」

「それは……世話とはちょっと……夫婦?」

「ただの主従関係だと思う」

 

あこが幸せに暮らせるように、俺は俺の全力を尽くす。それが俺の生きがい。あこの隣に立つための資格だと思っている。

 

「いつか夫婦になれたら良いけどね。ああ、あこが二階にいるってのに、俺は何言ってんだか……。聞かれたら終わる」

「あはは。それであこの恋心が目覚めたりして」

「仮にそうなったら、リサ姉はどうする?」

「竜介にキスする」

「わぉ」

 

このお姉さん大胆だ。俺のマウスが危ない。デンジャーデンジャー。

 

「まあ、あこはまだ俺の事お兄ちゃんみたいに思ってるし、リサ姉にキスされるのはもっともっと先かな」

「なんかアタシの事、あこの気持ちメーターみたいに見てない?」

「実際そうでしょ?あこが俺を好きになってるのがわかったら、リサ姉は俺にキスする。だったらキスされた時があこのその時って事じゃん」

「いやまあ、そうなんだけど……。なんかなー」

 

リサ姉は不満そうな顔をしていた。

 

「まあ、夢のまた夢の話しだけどね。俺が頑張らなきゃ、リサ姉は俺にキスする事も出来ないんだから」

「別に、今ここでしてあげてもいいんだよ?」

「遠慮しときます」

 

何度も言っているが、この唇はあこのものだ。この発言が最高にキモイ。

 

「もぉ……照れちゃって」

「照れという焦りかな。リサ姉には渡せない。俺はあこの物だ」

「自分の身体は自分で持ってないとダメなんじゃないかな?」

「正論やめて」

 

なんやかんやで出来上がりかけてるマカロンを前に、俺はリサ姉から目を逸らす。

俺の所有権は確かに俺が持っていなければならない。けど、事実上の俺の所有権はあこにある。それを伝えたかった。

 

「俺はあこの眷属だ。あこの幸せを願い、あこの幸せのために全力を尽くす。あこが幸せなら、俺はそれで良いんだ」

「うっわ、くさい台詞言うね〜。そんなデカい事アタシの前で言っちゃって良いのかな〜?どうなるか分からないよ?」

「望む所だ。どんとこーい」

 

リサ姉が何をしてこようが、俺はあことのラブラブパワーで全てを乗り切ってみせるのだ。

 

 

 

 

 

 

りゅう兄とリサ姉が一緒にお菓子作りをしてた。すごく仲良さそうにしてたのはなんかモヤモヤしたけど、そんな事がどうでも良くなるぐらいの情報が入って来た。

りゅう兄は、あこが二階でゲームをしていると思っている。けど違うのだ、あこはずっとリビングの入口に隠れてリサ姉とりゅう兄を見ていた。ずっと盗み聞きをしていたのだ。そんな時に聞いてしまった。

 

『いつか夫婦になれたらいいけどね』

 

りゅう兄が、あこと夫婦になりたいって言ってた。バッチリ聞いた。何度もこの耳で聞き返した。りゅう兄は、あこと夫婦になりたいって言ってた。

これは素直に喜んで良い奴だ。だって夫婦、夫婦だよ?恋人とかじゃなくて、その先の夫婦。りゅう兄、あことの事をそこまで考えて……。あこは感激したよ。

りゅう兄大好き。

 

来週、NFOイベントがある。そこで、結婚指輪というアクセサリーが買える。それを絶対りゅう兄にプレゼントするのだ

 

 

 

 



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第82奏 魔王あこリング、エンゲージ

リサ姉編あと3話か4話ぐらいで終わりそう。ちょっと急ぎ足すぎた。反省。


バディーGO!


 彼と出会ってからしばらくが経った。随分彼と仲良くなった気がする。

 一緒に料理をするようになったし、お菓子作りをするようになった。そして、よくベースの練習を見学してくれるようになった。たまに指を怪我をしたりしたけど、その度に彼はリサの指に絆創膏を貼り、傷の手当をしてくれた。笑顔を一緒に添えて。

 彼はよく笑う。それも、優しそうに、穏やかに、子供とは思えない程澄んだ顔で。そして、どこか寂しそうに。

 

 そんな彼の笑顔が、リサの心を焚き付けた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

「りゅう兄、幕張メッセ行くよ!」

「幕張?」

 

 リサ姉に料理を教えてから一週間が経過した土曜日。俺はあこに誘われて幕張メッセに向かっていた。

 今日のあこは過去最高に顔が活き活きしている。目的地のイベントがさぞかし楽しいものなのだろう。一体なんだろうか。あこの事だからゲーム関連なのは確実として、NFOのイベントだろうか。そういえば、大型アップデート記念にイベントをやるとゲーム内告知で見た気がする。

 

 

 

 

 電車を乗り継ぎ無事目的地にも到着し、俺とあこはイベント会場にやってきた。NFOイベント会場はたくさんの人でごった返しており、気を抜けばあことはぐれてしまいそうだった。

 

「りゅう兄、手繋ぐよ。はぐれないように」

「あいよー」

 

 ココ最近大人しかったあこが珍しく攻めて来た。いや大人しくはないか。お風呂に突撃してきたし。思い出せば登山遠足から二週間が経っている。時が経つのは早い。

 

「色々あるなー。あ、VR体験コーナーだって。面白そうじゃん」

「ぶいあーる?」

 

 イベント施設内で特に人を集めていたのは、そこのNFOマップVR体験コーナーという場所だった。NFOのゲーム内マップを仮想現実に再現し、それをVRゴーグルを通じて体験する。ユーザーはスティック状コントローラーを持って、ゲーム内を移動する仕組みらしい。楽しそうだ。

 

「あこ、やってきたらどうだ?」

「りゅう兄は良いの?」

「俺はほら、見てるだけで十分っていうか」

 

 後ろからバッチリあこの勇姿を見れればそれでいいので。我が魔王のかっこいい所をカメラに納めたい。

 

「りゅう兄も一緒に行こうよ。あこ一人じゃ寂しい」

「……わかったよ。一緒に行こう」

 

 可愛い可愛い上目遣いしちゃって。俺がその目をしたあこの頼み事断れないのわかっているだろう。

 俺はあこに連れられ、VRコーナーで遊んだ。広大な自然マップがなんとも良い癒し空間になっていた。それにモンスターが可愛い。スライムとか家で飼いたい見た目してる。後でぬいぐるみを買おう。

 

 

 

 キャラクターフィギア展示場にやってきた。ステージではショーもやっている。

 

「楽しかったな。VR」

「だねー。またやりたい」

 

 あこと一緒にイベント会場限定ドリンクを飲みながら、俺はあこと一緒にイベントショーを見ていた。ショーの内容は、NFOゲーム内ストーリー第一章『始まりの街と青焔の龍』から。最近流行りのプロジェクションマッピングがいい味出してる。今度演劇部の新演出として提案してみるのもいいかもしれない。

 

 そう言えばふと気になったが、何故あこは俺と一緒に来たのだろうか。NFOイベントなら、燐子がいただろうに。俺は最近ゲーム内にログイン出来ていないし、燐子と来た方が楽しかったのではなかろうか。

 

「なあ、あこ」

「うん。なに?」

「一緒に来たのが俺で良かったのか?燐子とか紗夜先輩とか、誘う相手は他にいただろ」

 

 紗夜先輩だって最近はNFOにハマり出していると聞く。全然ゲームをやっていない俺より、紗夜先輩との方が楽しめそうだ。

 俺があこにそう問いかけると、あこは不機嫌そうな顔をしてしまった。なぜだ。俺は何を間違えた。

 

「りゅう兄……あこといるの嫌なの?」

「いや、全然そんな事はないが」

「じゃあいいじゃん。あこはりゅう兄といたいの」

「……そうか」

 

 一緒のお風呂を乗り超えてから、あこがグイグイ来るようになった気がする。

 あこの不機嫌顔が可愛い。今日一日あこといればこの顔を拝み続ける事が出来るのだろうか。俺の心は邪悪に染まる。

 なんて事をしながらショーを見ていたら、悪役のスタントマンにあこが攫われた。どうやら、あこを少し身長の高い小学生と見間違えたらしい。我が魔王の小柄な体型に目をつけた変態野郎め。恥を知れ恥を。まあでも、面白いからいいか。

 あこはこの後、勇者役に救助された。俺は笑いを堪えるのに必死になっていたため、その辺の記憶が薄い。

 

 

 

「あこ子供じゃないのに……」

 

 ショーを見終わえたあこが落ち込んでいる。悪者に誘拐された事を気にしているらしい。可愛い。

 俺は先程からずっと笑いを堪えていた。

 

「りゅう兄……何笑ってるの……」

「いや……だって、あははは!」

「むぅ。りゅう兄嫌い」

「いやーごめんって」

 

 あこが膨れてそっぽを向いてしまった。これは機嫌を蘇生するのに魔法のポーション百本は必要になりそうだ。

 俺はあこのご機嫌をとれそうなものはないかと、周囲を見渡した。

 

「あ、紗夜先輩だ」

 

 先程のVRコーナーに紗夜先輩を見つけた。VRゴーグルを頭につけている。なんか、真面目な紗夜先輩がああやって遊んでいるとホンワカするな。人間やっぱり娯楽は必要なんだね。

 

「あこ、どうする?紗夜先輩に声掛けてくか?」

「……いい。」

「え、どうしてだ」

「いいの!」

「あ、はい」

 

 あこの力強い拒否。紗夜先輩と喧嘩でもしているのだろうか。珍しい組み合わせだな。あこと紗夜先輩の喧嘩って。

 

「りゅう兄、もっと女の子の心わかってよ」

「俺は男だ。すなわちそれは無理」

 

 タダでさえ見た目が女の子っぽいと言われるのに、心まで女の子を知ってしまったら、俺はただの女の子になってしまうではないか。ええんか、タツミちゃんになってもええんか。モロッコ行くぞオラ。

 

「あこだって、男の心理解しろって言われて、出来るのか?」

「男の人はおっぱいがあれば良いんでしょ。ネットにそう書いてあった」

「そう簡単にネットの情報を信じちゃ行けません」

 

 まったく。これだから最近の若い衆は……。

 

「りゅう兄だってりんりんのおっぱいにデレデレしてるじゃん」

「俺がか?ないない。だっておっぱいなんかに興味ないもん。それにあこは知らないだろうけど、俺が好きなのは割かし小柄な体型なんだぞ。だから俺は乳なんかに興味ない。わかったか?」

「それは……そうだけど……」

 

 あこはむず痒そうな声を出した。俺が好きなのはあこで、あこは小柄な体型。だから俺は小柄な体型が好き。決してロリコンではない。

 

『会場の皆様にお知らせします。まもなく当会場限定、ネオファンタジーオンライン、エンゲージリングセットの販売を──』

 

 俺とあこがちょっとした言い合いをしていると、会場内にそんなアナウンスが流れた。その途端に、あこが慌て出す。どうしたのだろうか。

 

「りゅう兄、行くよ!」

「え、ちょっ……どこに」

 

 あこに手を引っ張られ、俺は謎の列へと向かっていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 りゅう兄と一緒にNFOイベントに来た。人がいっぱいいて、迷子になりそうな程人がいる。それに便乗してりゅう兄と手を繋いだ。暖かかった。

 今日の目標はりゅう兄に結婚指輪をプレゼントする事。右手の薬指に指輪をはめてあげるのだ。待っててりゅう兄。あこが夫婦になりたいって夢叶えてあげる。

 

 

 

 ショーを見てたら、あこが攫われた。あこを子供だと思った悪者の人に攫われた。あこが子供体型だからってそれはないと思う。せくはらで訴えてあげてもいいのだ。魔王をなめるな。

 攫われたあこを見たりゅう兄は、ずっと笑っていた。お腹を抱えそうな勢いで笑っていたのだ。酷い。

 

 

 

 

 イベント会場内アナウンスで、指輪の販売が開始された事が告知された。あこは早くりゅう兄に指輪をあげたいから、りゅう兄の手を引いて列に並んだ。

 

「なああこ、結局何買ったんだ?あと俺の見間違いかもしれないけど、万札飛ばしてなかったか?」

「そんな事どうでも良いよ!りゅう兄!」

「は、はい」

 

 今は指輪を買って、それをりゅう兄にプレゼントする所だ。

 

「りゅう兄にこれあげる」

「それって、さっき買った……良いのか?こんな高そうな指輪……」

「うん!あっ、あこがつけてあげるね!」

 

 

 あこはりゅう兄の薬指に指輪をつけた。ミッションコンプリート。

 

 

 

 




NFO結婚イベント流行れ。
リサ姉が怖い。


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第83奏 勝負

 彼を気にかけるようになってから、彼の事を少し理解する事が出来た。

 彼は誰もが認める寂しがり屋だった。しかも、それを隠そうとしない。けど、アピールするわけでもない。おもちゃで一人遊んでいれば、誰かを誘う事もなく、ただ一人寂しいそうに遊ぶ。そんな変わった人だった。そして、一緒に遊ぼうと誘うと、眩しそうにキラキラ笑う、面白い人でもあった。

 

 寂しがり屋な彼を見て、リサは心の中に不思議な感情を目覚めさせた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

「竜介、一緒にご飯良い?」

「あいえ?」

 

 あこから指輪を貰った数日後の学校での事。蘭と一緒に屋上へ向かっている途中にリサ姉と遭遇した。なんでも、俺と一緒にお昼が食べたいとの事らしい。

 

「あー……まあ今日くらいはいいか。蘭、皆に伝言頼んでいいか?」

「わかった」

 

 俺が行けなくなったことは蘭に伝言を頼んで、俺はリサ姉の教室に向かった。

 

「珍しいね。一緒にお昼食べたいなんて」

「そうだねー。ちょっ〜と竜介に聞きたい事があってさ」

「何?」

 

 気になることとは何だろうか。マカロンとはまた別のお菓子のレシピとか?新しい料理でも思いついたのだろうか。それか、ユキ姉にあげるセーターのデザインとか。

 

「紗夜から聞いたんだけど、竜介、あこから指輪貰ったんだって?」

「えっ」

 

 嘘だろおい。情報が回るの早すぎる。なんで紗夜先輩はあこが俺に指輪渡した事知って…………そう言えば会場にいたなあの人。嘘やん。

 お願いリサ姉。命だけはご勘弁を……。

 

「命だけは、命だけはお願いします……」

「なんか竜介、アタシの事鬼か何かだと思ってない」

「ぶっちゃけ鬼より怖い──」

「怒るよ?」

「ごめんなさい」

 

 ちゃうねん。恐いやん。リサ姉最近怖いやん。こう……尻子玉と一緒に魂持って行きそう。違うんだリサ姉。その神をも殺しそうな目やめて。怖いから。可愛いお顔が台無しだよ。

 

「あーどうしようかなー連絡LINEで竜介に鬼って言われた事広めちゃおっかなー(棒)」

「やめて!俺死んじゃう!まだ死にたくない!せめて……せめてあこに好きって言わせてぇ……」

 

 リサ姉の発言に俺は必死の抵抗を見せた。

 いやだ殺さないで。まだだ、まだ死ぬわけにはいかぬ。俺にはあこに告白するって言う大事な大事な使命があるんだ。せっかくつぐみの突撃許可も貰ったのだ。まだ終われない。

 

「竜介ってさ、アタシの事病ませようとしてるの?」

「え、なんでさ」

「だって……アタシは竜介が好きなのに……竜介はずっとあこーあこーって。ずっとあこの事じゃん」

 

 要するにもっと自分の事も見ろと。そういう事だろうか。リサ姉が言いたいのは。

 

「ねえ竜介」

「どしたの」

「今日アタシの家来てよ」

 

 俗に言うお家デートというものですか。そう来ましたか。妻(予定)持ちの俺にお家デートを申し込みますか。そうかそうか。

 

「リサ姉、男の子は日々成長する生き物なんだよ?今まで危ない橋を渡って来た俺としては、リサ姉のお願いは聞けないね」

「まあそう言っても無理やり連れてくんだけどね☆」

 

 俺は負けんぞ(フラグ建設)

 

 

 

 

 

 ____

 

 

 

 

 

 負けました(フラグ回収)

 

「くっ、殺せ!」

「あはは!竜介はほんと面白いね」

 

 放課後の一幕。茜色の光が窓から差し込んでくる時間帯。俺はリサ姉の部屋にお持ち帰りされていた。助けてりみ俺このままじゃチョココロネになっちゃう。

 リサ姉の高笑いが悪役っぽい。

 

「俺はこのままリサ姉にいただかれちゃうのかな……」

「まだ食べないよ☆」

「まだ──なのか」

「うん。まだだよ」

 

 それはもう、いつか俺えお食う予定があるという事。くそ。筑前煮ギャルめ。純情ギャルじゃなかったのかよ。俺の前にいるリサ姉、ただのギャルびっちじゃんか。

 ちきしょう……まだ襲われる訳にはいかないんだ。何としてでも逃げ出して…………リサ姉?なんで部屋の鍵閉めてるの?

 

「あのね竜介、女の子って言うのは、男の子が思ってる程いい子じゃないんだよ?特に竜介みたいな魅力的な男の子は、みんな欲しいがってるの」

 

 俺が魅力的?ご冗談を。俺を知らない女はみんな俺をステータス扱いする。どうせ俺のスキルしか見てないんだ。俺知ってるんだ。告白ゲームとか自分のステータス確保にしか興味が無い脳内真っピンクの女共を。

 

「どうせ俺は有能なだけのクソ女男ですよーだ。俺はあこが好きなんだ!あこだけが俺の事ちゃんと見てくれたんだ!可愛いもの好きの男の子としてな!ほかの皆は俺の料理だとか裁縫とかしか見てくれなかったもん!」

「あはは!竜介も大分病んでるねー」

 

 リサ姉は面白そうに笑っていた。

 

「竜介の事をちゃんと見てる女の子、ここにも一人いるんだけどなー?」

 

 リサ姉は楽しそうな笑顔のまま、俺の隣に座る。

 

「あこと違って、スタイルキープにも気をつけてるよ?家事だって全部出来るし。どう?自分で言うのもなんだけど、アタシ結構な優良物件だと思うなー」

「俺はあこの全部が好きなんだ。体型とか性格とか。それに、あこは不完全だからこそ良いんだ」

「ふーん……やっぱり、そう簡単にはなびかないかぁ……」

 

 俺の意思は硬いからな。そう簡単には取っかえ引っ変えしないのだ。

 俺があこを好きになって何年経ったと思っている。もう九年目だぞ。いい加減告白しないと神様からお急を添えられてしまう。俺は世界で一番の魔王好き。拗らせ片思い患者だ。

 

「色仕掛け……は通用しないか」

「当たり前だろ」

「それって、アタシに魅力を感じないから?」

 

 リサ姉は魅力的だと思うよ。トッポのチョコぐらいたっぷり魅力が詰まっている。でもそれだけじゃダメなんだよリサ姉。

 

「リサ姉はちょっと魅力的すぎるかなー。大事に思ってなかったらとっくの昔に襲ってるよ」

「ふーん……この期に及んでまだ大事とか言うか。竜介はおバカさんだね〜」

 

 俺の鼻の頭をリサ姉はチョンと小突いた。

 

「そっか、竜介がアタシを襲わないのは、大事にしてるからなんだ」

「まあな」

「じゃあ、竜介の大切じゃなくなれば良いんだね」

「……は?」

 

 俺の大切じゃなくなるとはどう言う事だ。俺に催眠でもかけるつもりか。

 

「あこに何かすれば、竜介はアタシを嫌ってくれるかな?」

「……何する気だ」

「うーんそうだな〜」

 

 リサ姉は自分の唇に手を当てながら、あこに何をするのか考える。リサ姉、一体何する気なんだ。

 

「あこが襲われてたら、竜介はどうするかな〜」

「ッ!り、リサ姉に出来ないだろ。そんな事……」

「出来るよ。知り合いにいるんだ〜。そういう人」

 

 危ない。リサ姉は本気であこを襲う気でいる。そうはさせるか。俺が何としてでもくい止めてみせる。あこは俺が守るのだ。

 

「あこは死んでも俺が守るからな。絶対に。俺が死んだらリサ姉だって困るだろ」

「……そうだね」

 

 リサ姉の悔しそうな顔。俺はあこを守りきった。

 

「あのさリサ姉、そんな事までして楽しいの?なんでそこまで俺を欲するのさ」

「だから、竜介が魅力的だからって言ってんじゃん。あこに言われた事ない?竜介は狙われる側だって」

「それはまぁ……あるけど」

 

 リサ姉の言葉に、俺はしぶしぶと言った様子で返事をする。確かにあこに気をつけろと警告された事があった。

 

「ねえ、竜介。勝負しよっか」

「勝負?」

「竜介とアタシ、それぞれバンドを組んでライブするの。メンバーは自由」

「それに勝ったら、リサ姉は俺を諦めてくれるのか?」

「うん。諦めるよ。でもその代わり、アタシが勝ったら……ね?」

「……わかった」

 

 俺が負けたら、リサ姉と強制的に付き合う事になる。でも、俺が勝ったらリサ姉は俺を諦めてくれる。だから俺は勝負に乗った。

 

「勝負の日はいつ?」

「そうだね……じゃあ、クリスマスパーティーの日にしよっか。交渉は全部アタシがしとく。竜介はその間に練習すればいいよ。アタシに勝てるかな~」

「のぞむところだ」

 

 絶対にリサ姉に勝つ。そして、あこに告白する。




病んだリサ姉が勝負を仕掛けて来た。


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第84奏 奪われたモノ

 初めて会ったのは、小学生三年生の時だった。幼馴染と一緒に音楽フェスで、迷子幼馴染を彼が連れて来たのが全ての始まり。

 一人になって泣いていた幼馴染を宥めながら、彼は優しく笑っていた。彼だって両親といなくて寂しい筈なのに、どうして笑っていたのか分からなかった。だけど、それもすぐ分かった。彼は一人でフェスに来ていたのだ。

 彼に聞いた、一人で寂しくないのかを。彼は答えた、一人には慣れていると。

 

 それが、彼を気にし始めたきっかけ。

 

 

 ______

 

 

 

 彼と出会ってからしばらくが経った。随分彼と仲良くなった気がする。

 一緒に料理をするようになったし、お菓子作りをするようになった。そして、よくベースの練習を見学してくれるようになった。たまに指を怪我したりしたけど、その度に彼はリサの指に絆創膏を貼り、傷の手当をしてくれた。笑顔を一緒に添えて。

 彼はよく笑う。それも、優しそうに、穏やかに、子供とは思えない程澄んだ顔で。そして、どこか寂しそうに。

 

 そんな彼の笑顔が、リサの心を焚き付けた。

 

 

 ______

 

 

 

 彼を気にかけるようになってから、彼の事を少し理解する事が出来た。

 彼は誰もが認める寂しがり屋だった。しかも、それを隠そうとしない。けど、アピールするわけでもない。おもちゃで一人遊んでいれば、誰かを誘う事もなく、ただ一人寂しいそうに遊ぶ。そんな変わった人だった。そして、一緒に遊ぼうと誘うと、眩しそうにキラキラ笑う、面白い人でもあった。

 

 寂しがり屋な彼を見て、リサは心の中に不思議な感情を目覚めさせた。

 

 

 

 __________

 

 

 

 

 小学校高学年に上がった。いつもと変わらない、彼と幼馴染がいる日常。それが当たり前になっていた。この頃になると、リサは彼の事を気にかけ、幼馴染と同じくらい彼の世話を焼くようになった。相変わらずどこか抜けている幼馴染。世話を焼き、焼かれる間柄になった彼。幸せな日々だ。

 

 彼への不思議な気持ちを胸に、リサは日常を過ごした。

 

 

 

 

 

 でも、そんな日常も不意に終わりを告げた。

 

 

 

 

 中学にあがってすぐ、幼馴染の父が組んでいたバンドが解散した。理由はマネージャーと幼馴染の父親による意見の相違。

 バンドが解散してから、リサに対する幼馴染の態度が変わった。正確に言えば、冷たくなってしまった。

 幼馴染との関係が変わって、一緒に目指した音楽の高みも一緒に目指せなくなって、ベースをやめた。当然、真っ先に彼を頼った。

 中学に上がり学校は変わっても、彼は変わらずリサと接してくれる。

 幼馴染との事を相談し、しばらく距離を置く事が決まった。この時に、リサは彼の持つ『寂しさ』を理解した。心にぽっかり穴が空いてしまったようだ。

 

 

 ──俺がリサ姉の傍にいるよ。そんで、ユキ姉の傍にも俺がついとく。今は休んで、いつか戦おう。それで解決する……はず。

 

 

 意気地無しの自分に、彼は逃げる理由をくれた。逃げる場所をくれた。

 今は逃げて、いつか戦う。それが彼の答え。

 リサは、絶対に戦う事を誓った。彼の作ってくれたチャンスを無下にしないために。

 

 

 幼馴染と疎遠になってからしばらく経った。この頃から、彼への意識が変わった。妙に意識してしまい、彼を見るとなんとも言えないモヤモヤが胸の内に広がるようになったのだ。

 彼を見ていて、それが恋だと気付かされるのに、さほど時間は掛からなかった。

 

 

 ──ああ、きっと……竜介が……。

 

 

 リサといつまでも一緒にいてくれる人。それが彼だと思っていた。

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 嗚呼、わかっているとも。彼だって一人の男だ。恋の一つや二つぐらいする。でも、リサに言った言葉はなんだったのだろうか。一緒にいてくれるのではなかったのだろうか。結局、彼も離れていってしまうのだりうか。

 

 

 離す気なんて、毛頭なかった。

 

 

 いつか幼馴染と向き合うために彼は必要だ。だから、せめてそれまでリサの傍にいて欲しい。そう願った。

 

 

 でも、現実はそう甘くない。

 

 

 彼が好きな人と一緒に歩いていた。見た事もないような笑顔を彼は浮かべていた。

 彼女に負けないように頑張った。何年も何年も何年も。

 でも、適わなかった。彼女の話しをする彼はいつもいつも楽しそうで、その表情()を引き出す事は出来なかった。

 

 それからも月日は経って、何故か怖くなり彼に告白した。結果は惨敗。でも、まだ彼の隣に立つ事ができると信じていた。諦めなければ報われると信じていたのだ。

 けれど、やはり現実は厳しかった。彼の隣はあこ(彼女)の物になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分は身を引くべきなのだろうか。

 

 

 

 彼と彼女の幸せを願って、遠くから見守る──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

 彼の隣に立っているのは自分の筈だったのに。

 

 

 彼と一緒に笑っているのは自分のはずだったのに。

 

 

 彼を支えるのは自分(リサ)だった筈なのに。

 

 

 

 

 

 どうして、疎遠になってもすぐ元通りになるの?

 自分と同じ状況になってもすぐ仲直りできるの?

 壊れてしまえば良かったのに。なんで自分の大切な場所を奪うの?

 

 

 許さない。絶対許さない。

 

 

 キスも日菜に奪われ、居場所もあこに奪われた。

 なら、自分はどうするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えは簡単だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奪われたなら、奪い返すまで。

 

 

 

 

 

 

 

 




リサ姉が奪われた物
リサ姉は奪われた者

つまりは、そう言う事さ。

日菜ちゃん編、魔王編で積み重ねたリサ姉のヘイトを活かす時が来たぜ。ぐへへへ。

書いててめっちゃ楽しかった回。


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第85奏 バンド

「──ああ、そういうわけだ。うん。ありがとな」

 

 リサ姉と対バンライブする事になってから二日が経った。俺はライブをしなきゃいけない。だから、急場凌ぎだがバンドメンバーを集めた。メンバーは日菜先輩、ひまり、有咲、花音先輩だ。とある情報網からリサ姉のバンドメンバーを仕入れ、それを元に俺に出来る限りの対抗メンバーでバンドを組んだ。日菜先輩がバンドリーダーであり、このバンドに入れた意味が一番大きい人。

 そして、今から諸々の事情をあこに打ち明ける。決心するのに二日かかってしまった。

 

「あこ、聞いて欲しい」

「な、なにりゅう兄。顔が怖いよ?」

「大事な話なんだ」

「わ、わかった」

 

 リサ姉に勝負を持ちかけられた。リサ姉と対バンライブするだけの簡単で難しい勝負。負けたらリサ姉と付き合い、勝ったらリサ姉が俺を諦める。そんな闘いだ。

 

「リサ姉と対バンライブする事になった。詳しい事情は言えないけど、俺が負けるとリサ姉と付き合う事になるから、あこはその事を知っておいて欲しい」

「…………え?」

 

 あこの拍子が抜けた顔。どうやら一回で理解してくれたらしい。話が早くて助かる。

 

「というわけだ。俺はこれからメンバーと日程調整するから、晩御飯いらない。そういうわけでよろしく」

「ま、待ってりゅう兄」

 

 そそくさとあこから逃げようとしたら止められた。そりゃ止められるか。眷属が勝手に決闘を受けて来たんだ。主として物を言わない訳にはいかないだろう。

 

「なんで、リサ姉と付き合わなきゃいけないの?リサ姉、りゅう兄が好きなの?」

「ああ、そうだ。一回告白もされてる。そんで、リサ姉が諦めきれないっていうから勝負受けた」

「で、でもりゅう兄、楽器初心者だよね?か、勝てるの?」

「正直厳しい。まあ、リサ姉もそれを見越してのライブなんだろうな」

 

 ギター歴四ヶ月に何が出来るのかって話だ。こないだFコードを習ったばかりなのに。

 リサ姉も頭が良い。楽器がそこそこ出来る俺の弱点をついて勝負を仕掛けて来たんだから。伊達に私立の進学校通ってねぇな。

 

「というわけだ。俺はこれからライブをしなきゃいけない。そんで勝つ必要がある。つまり時間が惜しい。ちょっとバンドメンバーに連絡してくるわ」

「ま、待って!」

「まだ何か?」

「何か?じゃないよ!そんな勝負受けちゃダメ!今すぐ取り消して来て!」

 

 そういうと思っていた。まあ仕方ないよな。大事な眷属が奪われかけてるんだから。

 

「取り消す訳にはいかない。これからのためにも」

「な、なんで?りゅう兄、リサ姉が好きなの?」

「あこの好きっていう意味では好きじゃない。まあ、そういう事さ」

「あこにもわかるように言ってよ!」

 

 あこは怒っていた。仲間はずれにされているのが許せないのだろう。俺もあこに蚊帳の外にされたら悲しい。

 

「そうだな……なんというべきか……。この勝負を受けなかったら、リサ姉はこの先ずっと俺に依存しなきゃいけなくなる。だから俺はリサ姉を、神楽竜介っていう呪縛から解放しなきゃいけないんだ。だからあこ、分かってくれ」

「りゅう兄は呪いなんかじゃないもん……」

「うん。ありがと」

 

 あこにとってはそうかもしれないが、リサ姉にとって俺は呪いでしかないはずだ。だって、俺がいなければ優しいお姉さんのままだったんだし。

 だからこそ、俺が責任を持ってリサ姉を元に戻す必要がある。

 

「俺が絶対なんとかする。だから、あこは待っていて欲しい」

「やだ。あこもりゅう兄のバンドに入る」

「それは……ダメだ」

「な、なんで?」

 

 これは俺とリサ姉の真剣勝負。俺はあこが好きで、きっとあこのために勝とうとしてしまうだろう。けどそれじゃダメなのだ。リサ姉のために勝つことにこそ意味がある。あこという存在は、俺とリサ姉の間にいてはいけない。あこには申し訳ないが、それをわかって欲しい。

 

「この勝負にあこは入れない。仲間はずれにしてごめんな。でも、これだけはわかって欲しい。俺は、あこの事を世界で一番大切にしてるから」

「そ、そんな事言われたって……あこ、やだよ……りゅう兄と一緒にいられなくなっちゃうかもしれないんでしょ?」

「かもな」

 

 俺が負けたら、リサ姉と付き合う事になる。そうなったら申し訳ないけど、あこをここに置くわけにはいかない。きっとリサ姉が許さないし、俺もそうする事を選択するはずだから。ケジメはつけなければならない。

 

 

「りゅう兄は、それで良いの?やっぱり、あこはいない方が良かったの?」

 

 

 あこが、顔を寂しさ一色に染めて言ってきた。

 

 

「それは違う!」

 

 

 俺はあこの肩を力強くつかんで、あこの発言を否定する。あこがいなければ良かったなんて、そんな残忍な事思うものか。

 

「俺は、あこと一緒にいられて良かったと思ってる。過ごした時間だって、俺の最高の宝物だ。それに俺はあこが──」

 

 

 好きだ。

 

 

 その言葉は出せなかった。まだ、俺の想いを知られる訳にはいかない。俺が負けた時、あこが俺から離れやすいように。

 

 

「……信じて欲しい」

「…………わかった。で、でも、絶対勝ってね……。約束だよ」

「おう。約束する」

 

 あこと指切りげんまんを交わした。絶対リサ姉に勝つために。

 まだバンド名も決まってない俺のバンドだけど、俺は絶対勝ってみせるのだ。あことの約束のために。繋ぐ契約に誓って。

 

 




竜介君はここから猛練習してサイドギターを出来るようになります。僕には描写力がないので、次回ライブします。すまぬ

小説終わったら絵を描く練習するんだ。あこちゃん描くんだ。美術の成績2だけど。あとYouTuberやりたい。ベイブレード回すんだ。


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第86奏 ライブ

 クリスマスパーティー当日。即ち、俺のライブ日。この日のために猛練習した。手が痛くなったし、弦で指を何回も切った。血が何度も出たが、元々自傷癖があるメンヘラなのでそれは問題ない。

 

「いよいよ本番だねー。竜君はどう?緊張してる」

「緊張してる暇ないんで」

「なんだっけ、これで負けたら竜君はリサちーと付き合わなきゃいけないんだよね。良いなー」

「そんな良いもんじゃないっすよ。俺好きじゃない人には冷たいんで」

「またまた」

 

 俺が作ったライブ衣装を来た日菜先輩が、ここぞばかりに冗談を言ってくる。

 

「それにしても、竜介も一ヶ月でよくやったよねー。まさかオリジナル曲作っちゃうなんて」

「まあ、日菜先輩がいてこそだけどな」

 

 ひまりがベースの最終調整を施しながら、俺と日菜先輩の曲を褒め称える。正直言うとかなり苦労した。作詞なんてした事がなかったから。

 

「ふえぇ……緊張してきたよぉ……」

「大丈夫ですよ花音先輩。いっぱい練習したじゃないですか」

 

 緊張で震えていた花音先輩の手をそっと握る。暖かい。

 

「負けたら竜介に恋人ができるのか……あれ?そっちの方が良くね?キリいいじゃん」

「やめてお願い裏切らないで有咲」

 

 リサ姉の後に出番が控えてるのに、有咲が怪しいモーションを見せた。やめてお願い、有咲に抜けられると俺のパワーが半減しちゃう。娘大事。

 

「ねえねえ、竜君。決着ってどうやってつけるの?」

「観客の投票だな。票が多い方の勝ち」

 

 リサ姉が花咲川羽丘合同クリスマスパーティーの交渉で決まったのは、そういうルールだ。お互いにライブをし、観客によりウケた方が勝つ。単純明快。シンプルイズベスト。

 

『さあ、クリスマスパーティーもいよいよ大詰め!トリを飾るのは、合同バンド対決だ!』

 

 司会の女の子が場を盛り上げる。会場は熱気に包まれていた。気が早い人は、もうサイリウムを準備していた。

 

『それでは始めましょう。最初に歌っていただくのは──』

 

 前座ライブが始まった。観客を盛り上げて、テンションをあげてくれる。

 そして、いよいよだ。リサ姉が俺に対抗するために組んだバンド。俺を諦めきれなくて作ったバンド。その実力が今、わかる。

 リサ姉のバンドのメンバーは、紗夜先輩、つぐみ、沙綾、美咲だった。送って貰った情報通り。

 

「皆さんこんにちは。エキシヴィーブのリーダー、今井リサです。突然ですが皆さんにお聞きします。皆さんには、好きな人がいますか?アタシは、アタシの好きな人にこの気持ちを知って欲しくて、このバンドを組みました──」

 

 リサ姉の真剣な表情。場が一瞬で静まり返った。

 

 

 

『これは、アタシの大好きな人に送る歌です。聞いてください。

 

──フィラン・スロフィーア──

 

 

 

 

覚えていますか、出会った時を

 覚えていますか、紡いだ刻(思い出)を

 貴方だけが見てる景色は

 きっと私には分からないでしょう

 

 

 

貴方という深い蜜は

 私をゆっくり狂わせていった

 誰も届かない、暗い暗い底に

 貴方は私を堕としていった

 

 

 

嗚呼、貴方は残酷です

 何処までも私を狂わせる

 嗚呼、貴方が欲しいです

 想いは貴方に届かない

 

 

温かさに包まれた場所で

 一緒に暮らしましょう?

 

 

いつまでも一緒に

いつまでも穏やかに

いつまでもゆっくりと

 

 

貴方にあげる、慈愛の詩(フィラン・スロフィーア)

 

 

 

 

 

 

 _______

 

 

 

「なんか、リサちーっぽくないねー」

「きっと、それだけ焦ってるんだと思うんです」

「リサちゃん、怖かったな」

「ですね」

 

 ライブ会場は静まり返ったまま。そしてリサ姉は、そんな空気にしたままステージを後にした。

 いよいよ俺たちの番だ。

 

「行こう、皆。全力全開、突っ走ろう」

「う〜ん!なんかるんって来たー!」

「ふえぇ……で、でも……頑張るよ」

「まあ、いっちょやったろーじゃない」

「えい、えい、おー!」

 

 みんなの活気いい声を聞きながら、俺はマイクのスイッチをオンにした。

 

 

 

 

『スゥ…………盛り上がってますかあああああぁぁぁッ!!!!

 

 

 

 数秒の沈黙、それは一瞬で歓声に変わる。

 

 

 

『細かな挨拶は苦手なので飛ばします!聞いてください!

 

──Connection RLoad──

 

 

 

 

あの日初めてみた太陽の笑顔

 一緒に笑うのが幸せだった

 想いも気持ちも繋がっていて

 そう信じてまっすぐ突き進んだ

 

 

けれど、あの日涙を流した君は見えず

 置いてしまった罪は胸(ここ)にある

 許されなくていい 恨まれてもいい

 だからどうか隣にいさせて

 

 

隠した想い(Feelings Lord)──全部ぶつけて

 暗い歴史(Dark past king)──打ち明けて

 怖がらずに笑おう、僕が傍にいるから

 涙なら一緒に流そう、寂しいなら手を繋ごう

 

 

きっと君は一人じゃないから

きっとその心は繋がっているから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

The rload I connection(僕が全てを、繋いでみせるから)




竜介君達のライブ衣装です。リサ姉の方は間に合わなかったぜ(てへぺろ)
ツギハギ人形(マリオネット)という事でくるみ割り人形をイメージして兵隊。繋ぐツギハギ、繋ぐは虹の掛橋なり、という事で虹のツギハギマントをつけています。オシャンティー。ぶっちゃけ服のデザイン考えてる時が一番楽しかった。


【挿絵表示】



竜介のバンド──マリオネット(ツギハギ人形)。ポピパのような絆もなく、アフグロのようなイメージもなければ、パスパレのような知名度もなく、Roseliaのような技術力もなければ、ハロハピのようなたいそれた目標もない、全てが中途半端にできた急場凌ぎのツギハギバンド。急場凌ぎのライダーシステム大好き。熱い。

リサ姉のバンド──エキシヴィーブ(ΕκδίκηάπVE)。
慈愛のギリシャ語をなんやかんやした単語に、愛のLoveをくっつけただけの簡単なバンド名です。Roselia方式を採用しました。オシャンティー。リサ姉の愛がトッポのチョコより詰まってる。恋の蜜に溺れ、暴走した慈愛の女神が組んだバンド。愛の暴走列車は止まらない。

この日のために作詞しました。作曲もやろうと思ったけど、やった事ないのでダメでした。電子ピアノしか家にありません。きらきら星しか弾けない。

Connection rload。作詞:竜介 作曲:日菜の曲となっております。竜介の過去、皆への繋がり、想いを込めた歌。皆とか抜かしてますが、ちゃっかり曲名にload(魔王)が入っています。我が魔王が最強なんだよ。

フィラン・スロフィーア。作詞作曲:リサ姉。よく頑張った。竜介にあげる、竜介のための詩。そしてリサ姉の心情と願い。リサ姉の愛は重い。そして怖い。バンドで1番大切なコンビネーションを無視し、竜介と恋人になりたい私欲をビシビシ詰めて独走した曲。怖い。重い。

多分次回が最終回。
あとがきが長くなっちまった。それでは次回。アデュー。


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終曲 ──小説──

 リサ姉とのバンド対決が幕を閉じた。観客の盛り上がりは完全にこちらに部があったと思う。そこは俺たちの勝ちと見ていいだろう。

 けど、まだだ。最期の投票がある。いくら場を盛り上がらせる事が出来たと言っても、こちらで負けては意味が無い。

 

「はーいはい!皆そんなに固くならないの!集計が終わるまではゆったりのーんびりしてて!」

 

 アンケート集計役の先生が、場を和ませようと声をあげた。俺はそれで張り詰めていた自分の気を緩める。

 部屋の中には、リサ姉、紗夜先輩、美咲、つぐみ、沙綾、俺、ひまり、日菜先輩、花音先輩、有咲、あこがいる。あこ以外はバンドの衣装に身を包み、未だ張り詰めた空気で部屋にいた。

 俺はなんとなく、近くにいた紗夜先輩に話しかける。

 

「紗夜先輩は、どうしてリサ姉に?」

「私は、神楽君がどれくらい上達したかを間近で見たかったので。それに、敵側に回った方が神楽君も頑張ってくれるかなと。それで今井さんに協力しました」

「どこまで行っても師匠肌ですね」

 

 紗夜先輩がリサ姉側に着いた理由。それは俺の成長度合いを見るためだった。俺がこの五ヶ月間──本格的に練習したのは一ヶ月間だが、その間にどれくらい成長したのかを見たかったらしい。

 

「沙綾は?」

「私は、まあ、リサ先輩の気持ちわかるし、それでね。知ってる?私も竜介の事好きだったんだよ」

「……ごめん」

「ううん。謝らないで」

 

 まさか沙綾も俺が好きだったなんて……。沙綾の事は完全に妹として見ていた。昔から一緒に料理をする──そして俺に料理の大切さを教えてくれた人だ。そんな沙綾が俺を好いているとは思わなかった。

 

「つぐみは?」

「私は……ちょっとした仕返し、かな」

「仕返し?」

 

 つぐみの恨みを買うなんて、俺は一体何をしでかしてしまったのだろうか。

 

「前にさ、竜介君のためにコーヒーいれてあげたいって言ったの覚えてる?」

「ああ」

「あれ、告白なんだよ」

「……マジかよ」

 

 全然知らなかった。いやでもまさか……。

 確かにコーヒーをいれてあげたいと言われた。まさかそれが告白だと誰が思うだろうか。

 

「な、なんで直接言ってくれなかったんだよ」

「これでも精一杯だったの!」

「そ、そうか。えと、ごめんな?」

「うぅ……謝らないでよ……」

 

 つぐみは目じりに薄ら涙を浮かべながら、俺の謝罪を拒否した。心が痛い。

 つぐみのことは、ずっと仲の良い幼馴染だと思って接して来た。まさかそれがこんな事になるなんて……。俺はなんて馬鹿なんだろうか。

 

「沙綾、つぐみ、ほんとごめん」

「謝らなくていいって」

「そ、そうだよ竜介君。元はと言えば紛らわしい言い方した私が悪んだし……」

 

 二人には謝罪しても謝罪しきれない。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「まあまあ。良いんじゃない?二人ともこう言ってるし」

「……美咲」

 

 リサ姉のバンド最後メンバー、美咲が俺と沙綾達の間に割って入る。

 美咲には、リサ姉のスパイを頼んでいた。当日までバンドメンバーが分からなかった対バンライブで、メンバーを知ることができたのは美咲のおかげだ。一番の功績は紗夜先輩を日菜先輩で抑える事が出来た事だろうか。

 

「さてと、あたしは色々状況が危ういし、帰るとしますかね」

「サンキュな。美咲」

「いいよいいよ。あたしと竜介の仲でしょ」

 

 普段はあんなおちゃらけている美咲でも、頼れる時はこんなに頼れる。ほんとに頼もしい助っ人だった。

 

 美咲が帰ってからすぐ、先生の集計が終わった。山になった投票用紙を前に、先生が結果を読み上げる。

 

「えっと、結果は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 206:206

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……引き分け?」

「これって……どうなるの?」

 

 勝負の結果はまさかの引き分け。皆の間に疑問符が走る。

 

「リサ先輩の告白権ってところ?」

「告白権か……うん。良いんじゃない?」

 

 沙綾と日菜先輩が、勝負の扱いを決めた。あくまで告白権。俺にも選ぶ権利をくれるらしい。ありがたい。

 

「……竜介」

「うん」

 

 リサ姉が俺の前に経った。緊張しているような、泣きそうになっているような、どこか諦めているような。そんな様子だ。俺の答えを知っての反応だろう。

 

 

「好き、です。アタシと付き合ってください」

 

 

 リサ姉の告白。俺の返事は決まっている──

 

「ごめんなさい」

 

 俺はあこが好きだ。だから、リサ姉とは付き合えない。

 リサ姉と一緒にいれて良かった。よかったら、俺と友達でいて欲しい。そういう願いも込めて、俺は一言「ごめんなさい」と断った。

 

「あはは……。改めて言われるとやっぱりキツいなぁ……」

「ほんとに、ごめん」

「謝らないでよ……。──ッ!」

 

 リサ姉は部屋を飛び出してしまった。

 俺は追いかけようとしたが、紗夜先輩に止められてしまう。

 

「神楽君、今は一人にさせてあげるべきよ。大丈夫、今井さんは強い人です。きっと明日にはいつもの調子に戻ってます」

「そうでしょうか……」

「信じてあげましょう。それに、貴方にはやらなければならない事があるでしょう?折角チャンスを掴み取ったんです。無下にしてはいけませんよ」

「……わかりました」

 

 俺がやらなければならない事。それはあこへの告白だ。紗夜先輩も俺の心情を察しての発言だったのだろう。

 

 

 

 

 _____

 

 

 

 

 

 ライブが終わり、全てが終わり、俺は屋上であこと屋台で買った晩御飯を食べていた。結局リサ姉の後を追いかける事は出来なかったけど、今はきっと誰かが慰めてくれているはずだ。そう信じよう。俺はリサ姉の前に出てはいけない事がわかった。だから俺はしばらくリサ姉の所にはいかない。

 

「いやー終わった終わった。疲れたなー。俺たちのライブどうだった?」

「良かったと思うよ。りゅう兄キラキラしてた」

「なら良かった」

 

 顔が死んでたり強ばってたりしなくて良かった。これで胸張ってライブしたって言える。

 

「ここまで色々あったなー。あこもお疲れ。ありがとな、俺を支えてくれて」

「もう。そんなお別れみたいな事言わないでよ。昔からそうだけど、なんでりゅう兄はすぐそういう事言うの」

「悪い悪い」

 

 あこと出会ってからほんとに人生が変わったと思う。特にあことの喧嘩なんて、過去一番のイベントだった。あこを好きになって良かったと感じている。お別れじゃないけど、そう思えて仕方がない。

 

 さてと、そろそろ本題に入ろう。あこに全てを打ち明ける時が来た。あこを好きな事。なんなら結婚して欲しい事。まあ、まずは恋人からだろう。それが普通だ。

 だけど、あこはブラコンに突き進んでいる。果たしてOKしてくれるだろうか。

 

「なあ、あこ。今までで一番大切な話するから、よく聞いて欲しい」

「わかった」

 

 当たり障りなく、サラッとした感じで、あこに好きって言うのだ。あこはどんな反応をしてくれるだろうか。

 

 

「好きだ。俺の恋人になってくれ」

「うん。いいよ」

 

 

 

 

 

 

 ──…………へ?

 

 

 

 

 

 

 

「え、良いの?そんなサラッと」

「りゅう兄から言ったんじゃん」

「いやー、もっと迷う物かと……」

「迷わないよ。あこもりゅう兄が好きだもん」

「わぉ」

 

 まさか両思いだったとは……。

 

「え、いつから?」

「りゅう兄があこと再契約したぐらい。でも多分、もっと前から好きだったんだと思う」

「そ、そうか」

「うん」

 

 あこが俺を好いていた。ここ一番のサプライズ更新だ。

 

「でも、ダメ」

「え、何がだ」

「恋人じゃダメ」

 

 あこが焼きそばを食べながら、俺の願いを否定してきた。恋人じゃダメとはどういう事だろうか。

 

「りゅう兄、皆からもてもてなんだもん。恋人じゃ取られちゃう」

「俺は誰かに寝返る気はないぞ?ずっとあこ一筋で生きていく気でいるんだが……」

「ダメ。りゅう兄はうわき者だもん」

 

 ダメらしい。

 

「りゅう兄、あこと結婚して。絶対」

 

 わぉ。

 

「どうなの?するの?結婚」

「するする。絶対する。約束──いや、契約する」

「うん。じゃあ、はい──」

 

 あこはそう言うと、目を瞑って俺の方に向いた。

 

「え、何してんの?」

「何って、ちゅーだよ」

「ちゅ、ちゅーか」

「うん。ちゅー、して?」

 

 俺はあこのお願いを叶えるため、あこの肩を掴んだ。そして──

 

 

 

 

 

 

 _______

 

 

 

 

 

 

 ____

 

 

 

 

 

 

 __

 

 

 

 

 

 

 原稿用紙を前に、俺は背伸びした。インクの付いた万年筆を起き、俺は一度プロットのメモ帳を見る。

 

「りゅうすけー、ご飯できたよー」

「ハイハイ今行きますよー」

 

 担当からの催促メールは無視し、書きかけの小説を一度置いて、俺は家の一階に下りる。部屋を出る前にチラっと窓の外を見ると、昔の俺たちがいるような気がした。

 

 

 

 

 

『いちばん小さな大魔王!』著:神楽竜介

 

 

 

 

 〜完〜

 

 

 




最終回。なんか色々言いたい事あったけどいいや。今までありがとうございました。評価がいっぱいで嬉しかったです。

イラスト描くんだ……漫画描くんだ……練習しなきゃ……。取り敢えず一年ぐらい頑張ってみるよ。番外編も更新出来たらするね。





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アンコール
おデート


イラスト練習を始めて一週間。中々絵柄が安定しない。初めなんてこんなものなのかな?

僕のpixivアカウント。良かったらフォローしてくだされ。絵師としては未熟ですがなにとぞなにとぞ。
https://www.pixiv.net/member.php?id=45117864


「りゅう兄、あーん」

「あーん」

 

 あこと遊園地デートをしに某テーマパークにやって来た。今はあことアイスクリームをシェアしている。クソ暑い今日、飲み物か冷たい物がないのは自殺行為に等しい。

 

「美味しい?」

「うん。美味しい美味しい」

 

 あこと付き合い出してから半年。あこは高一に上がり、俺も高二に上がった。今のあこは六花と言う子と、明日香の三人でいる事が多いらしく、中々に楽しそうな高校生活を送っているそうな。

 

「じゃあ、りゅう兄。あーん」

「はい、あーん」

 

 あこにも俺のアイスクリームをあげた。もうかれこれ十分ぐらいこのやりとりをしているが、あこは飽きないのだろうか。まあ、俺は楽しいからいいけど。あこと付き合えてほんと良かった。幸せの最絶頂。

 

「あこ、好き」

「あこもりゅう兄好き。にひひ♪」

 

 あ、死ねる。

 

「りゅう兄、ちゅー」

「はいよ」

「……んッ」

 

 あこと軽い口付けを交わす。あこが高校に上がったから、あまり周囲を気にせずにこういう事が出来るようになった。

 あこが中学三年の頃は、付き合うだけで一苦労だった。最近はそういうの厳しいし。あこも約三か月間よく俺と一緒にいてくれたよ。さすが俺の主様。

 

「さてと、せっかく遊園地に来たんだ。何か乗ろーぜ。どうする?ジェットコースターとか無難な所攻めてくか?」

「あこはりゅう兄といられたらそれで良いよ!」

「それじゃあここに来た意味がないだろ。あこのおばかさんめ」

「にへへ♪」

 

 天使かよ。天使だよ(自己解決)

 

「じゃあ……あこコーヒーカップ乗りたい!」

「あいよ」

 

 まずはコーヒーカップだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 _____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コーヒーカップで、我が魔王の本気を見た。

 ぐるぐるグルブル高速で回る景色。音を上げる三半規管。込み上げる吐き気。唯一無二の魔王スマイル。

 地獄と天国。現世とあの世。複雑に交差するあの世界で、俺が見たものとは。

 

「ぎもぢわるい……」

「りゅう兄大丈夫?」

 

 あこが本気でコーヒーカップを回していた。可愛いかった。けど加減をして欲しかった。

 

「はい、お水。ごめんね、りゅう兄」

「いや、気にしなくて大丈夫だ。俺もちょっと油断してた。次から気をつけるよ」

「あこも気をつけるね」

 

 お互いに反省し、俺は一度水を飲んだ。こんなに美味しいお水は初めてだ。

 あこに心配されながら俺は少し休んだ後、なんとか復活した。次コーヒーカップに乗るまでに三半規管を鍛えておこうと思う。

 

「さあ、時間は有限だ。どんどん行こう」

「おばけ屋敷行きたい!」

「よし来た」

 

 次はおばけ屋敷だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 りゅう兄と一緒に遊園地に来た。同じ歩幅で歩いて、同じ物を食べて、同じ場所にいる。それだけであこは幸せだった。コーヒーカップでは申し訳ない事をしちゃったけど、それはそれで良かった。弱ってるりゅう兄も魅力的だったと思う。でもやっぱり可哀想。

 

 一緒に入ったおばけ屋敷。思いのほかメイクがリアルでびっくりした。血糊がリアル。楽しかった。りゅう兄も楽しそうであこは何より。手を繋いで一緒に回れたからあこも満足。りゅう兄の手は温かいから大好きだ。

 

 ジェットコースターで一緒に叫んだ。落加速で速度が上がるから心臓が止まりそうだった。隣に座るりゅう兄はずっと楽しそうで、あこはまた嬉しくなった。そんな楽しそうな笑顔見ちゃったら、あこも笑顔になっちゃう。そんなりゅう兄があこは好き。

 

 お昼ご飯を一緒に食べた。遊園地にあるフードコートのランチセット。アイスクリームみたいに食べさせあった。周りの人の視線がちょっと痛かったけど、あこはそんなの気にしない。あことりゅう兄のらぶらぶはそんな簡単には止められない。結婚してからもずっとこうするのだ。

 

 お昼を食べた後は、メリーゴーランドに乗った。一緒にかぼちゃの馬車に乗って、ろまんちっくな時間を過ごした。りゅう兄が突然ちゅーしてきたのはびっくりしたけど、嬉しかったので良し。あこはりゅう兄にだけちょろいのだ。六花にも明日香にもあこはちょろいって言われてる。

 

 

 

 好きな人との時間なんて、あっという間に過ぎていく。気づけば夕方になっていたのだ。あこ達は電車とバスに乗って家に帰って来た。普通のかっぷるだったらここら辺でお別れするんだろうけど、あこはりゅう兄の家に住んでるから一緒にいられる。明日香や六花にもこの事を自慢した。あこはりゅう兄と同棲してるから、いつまでも一緒にいられるって。

 そういえば明日香に、もしりゅう兄と別れたらどうするのかを聞かれたけど、相思相愛だから絶対別れないって答えたあこは正しいよね。あこはりゅう兄が大好きで、りゅう兄もあこの事大好きって言ってた。相思相愛って素敵。

 

 あこは、りゅう兄が大好きだ。

 

 

「りゅう兄、愛してる」

「俺もあこの事愛してるよ」

 

 りゅう兄大好き。ちょー好き。闇の底まで愛してる。

 




短いけど後日談。後日どころじゃない月日が経ってるが気にするな。気合いで乗り切れ。

なんかURLはらなきゃいけない気がするからTwitterの貼っとくね。
https://twitter.com/kks_akadz?s=09

これで前書きと後書きでURLサンドイッチができる。


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Re:01

リゼロあこちゃんのスター解放ストーリー読んだらりゅう兄が呼ばれていたので書きました。これが終わったらまたイラスト生活に戻ります。

イラスト描く時姿勢が悪くてすぐ腰が痛くなります。ヘルニア予備軍なので辛いです。でも描くんだ(ドM)


 昨日あこがユキ姉達を連れてテーマパークに遊びに行ったらしい。なんでも、NFOとのコラボイベントをやっていたらしく、そこで貰える限定装備が目当てだったそうだ。俺も行ってみたかった気がしなくもないが、俺のNFOでの役職はアイテム生産職。レア装備などなくても務まるので行っても行かなくてもどちらでもと言った感じだ。

 

 徒話はさておいて。

 

 さて、俺のNFO事情は一旦置いておくとして。ここに用意するは昨日帰宅してからというもの覇気がなくなった我が魔王。異様にがっかりした佇まいで、昨日からずっとしょぼんとしている。

 これは恋人兼未来の旦那である俺の出番だろう。ここでかっこよくババンと頼れる所を見せて、あこを惚れ直させてみせるのだ。

 

「あこ、どうした?昨日から元気ないけど」

「あ、りゅう兄……」

「俺で良かったら話聞くぞ?」

「うん……。あのね──」

 

 そうしてあこが話してくれた事情によると、昨日Roseliaの皆で行ったテーマパークのイベントに参加し、難しい課題を何度もクリアして、ついにゴールまで辿り着いたは良いが、肝心のレア装備のコードがあこのネクロマンサーには使えないという事だった。なんでも、昨日まではナイト、タンク、ヒーラーの基本職種三種のレア装備を配布していたらしく、今日からネクロマンサーなどと言った職種の装備配布が始まるそうだ。

 

「あこはそのネクロマンサーの装備が欲しいけど、昨日以外皆の予定が合わないわけで、一人で挑むには難しい過ぎるし、日替わりで課題も変わっちゃうと」

「そうなんだ。でね、皆の予定が空くのを待ってるんだけど、やっぱりダメそうで……」

「なるほど」

 

 その課題とやらが随分と難しいと。俺に頼ってこない辺り、二人でどうにかなる難易度ではないと見た。けれど、俺は今そのテーマパークとやらであことデートがしたくなったぞ。一回行ってみようか。

 

「じゃあ、一緒に行くか?」

「でも難しいよ?」

「任せろ。これでも頭は良い方だからな」

「……分かった」

 

 あこは俺について来てくれる気になった。全力前進。突っ走ってやるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 という訳で、俺たちは某テーマパークにやって来た。受付でイベント参加申請をし、何やらタブレットPCらしきものを授けられた。タブレットPC使うとかどんだけ込んだイベントなんだ。イベント経費が気になる。

 それと、ネットで調べたらここのテーマパークはペットOKとの事だったのでニャン吉を連れて来た。今は俺の肩に乗っかっている。

 

「はえー、今どきのテーマパークってタブレット使うのか〜。洒落てるね〜」

「りゅう兄、言葉がおじさんみたいだよ」

「まあそう言わずに。お、なんか出てきた」

 

《1+1+1=142に、1を一つ足して解け。制限時間:2:00》

 

「だってさ。二分とは短い」

「1+1+1=142?どういう事?」

 

 初っ端から飛ばして来たイベント問題に、あこと一緒に頭を捻る。ただでさえ数字が小さいのに、足せる数字も一だけと来た。どう頑張っても十三が限界だ。

 

「これは中々……うーむ……」

「難しいよー……」

 

 三十秒が経過。大丈夫あと一分半あるし、何よりまだ最初だ。間違えたら最初からやり直しになるらしいが、まだ俺たちは最初にしかいないのでいくらでもやり直せる。日が暮れるまでどんと来いだ。

 

「一回適当に…………あっ、ダメだった。うーん」

 

 時間内ならいくらでも間違えられる事が分かった。一歩前進……ではないか。まだ一歩も進んでいない。

 

「1+1+1だろー?うーん?」

「りゅう兄……やっぱりやめよう?皆がいないと分かんないよ……」

「まあ、後一分考えるぐらいなら良いだろ。面白いじゃん」

 

 珍しくあこが弱気だ。まあでも、せっかく遠路はるばるやって来たのだ。もがくくらいはした方が良いだろう。だが、それはそれとして、普通に問題が分からない……。

 

 

『にゃー』

 

 

 俺とあこが悩んでいると、ニャン吉がタブレットPCの画面をてしてしと叩き始めた。何やらニャン吉なりに意見を抗議しているらしい。お腹が空いたのだろうか。

 

 いや違う。よく見るとニャン吉は数式の“+”をずっと連打している。これは、もしかしてここを使えというニャン吉先生からの教えなのだろうか。

 

 +……+……+……………………ッ!

 

 

「もしかして……こうか?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 ピンポーン!

 

 

 

 

 

 正解のファンファーレがなった。

 

「おぉ……これがニャン吉の力……。あこ、やったよ!ニャン吉がやってくれたよ!」

「うん!」

 

 今日のご飯にちゅーるが追加された。それとあこの笑顔が眩しい。今日も我が魔王は絶好調。

 

「さあ、次の問題だな」

「あこもう頭痛い……」

「まあそう言わずにさ」

 

《リンガジュースを手に入れよ。制限時間:1:00》

 

 次の指示がやって来た。

 

「……リンガってなに?」

「あっ!あこ知ってるよ!リンガって言うのはね、ここに売ってるりんごの呼び方なんだ!」

「あこは物知りさんだな」

「にひひ♪」

 

 あ、死ねる(可愛い)(天使)(その笑顔でご飯3杯いける)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____

 

 

 

 

 

 

 

 リンガジュースを求めて一分弱。あこが昨日訪れたという果物屋にてそれは手に入った。そして、リンガジュースを手に入れたすぐあとにミッションクリアのファンファーレがなる。

 

「なんか、随分あっけないミッションだったな」

「昨日来た時はこんな簡単なのなかったよ?」

「今日はサービスデーなのかもな」

「そっか」

 

 運営も粋な事をしてくれる。ミッションが早く進むのでありがたい。

 

「お、次のミッションだ」

 

【挿絵表示】

“たえたたぬ”に迎え。制限時間:60:00》

 

「おいやべーぞ。めっちゃ意味不な問題来た」

「……帰る?」

「人生諦めも肝心だよな。でももうちょっと粘ろうぜ」

「りゅう兄、楽しい?」

「おう。楽しい楽しい」

「……じゃあ、頑張る」

 

 ぶっちゃけるとあことのデートが目当てだが、まあ頭を使うのは嫌いじゃない。それにあこが可愛い。可愛いあこのためなら、たとえ火の中水の中。どんな場所へも行ってやる。

 早く問題をとかなければ。

 

「で、たえたたぬって何?」

「あこも分かんない」

 

 試しにニャン吉に視線を送ってみるが、当の本人はリンガジュースのラベルでじゃれてしまっている。

 じゃれるニャン吉と、可愛らしく首を傾げるあこ。頼れるのは自分自身だけか。

 

「たえたたぬ……たえたたぬ……たえたたぬ?」

 

 おたえの顔が頭を過ぎったが、NFO運営がおたえを知ってるはずは無く。またまた八方塞がりだ。

 

「うーむ……ノーヒントなのがまた辛い……」

 

 さっきの問題のように一を足せとかの指示はない。ただ“たえたたぬ”に迎えと言う指示だけ。さっぱり分からない。

 

「これがレア装備限定イベントの激ムズ問題か……これ、ユキ姉分かるのか?仲間外れになってなかった?」

「友希那さん大活躍だったよ!」

「マジか。負けられん」

 

 かつて英語の文法問題でIlive in Edoと答えたユキ姉が立派になって……。お兄ちゃん嬉しい。でもそれはそれとして早く問題を解かなければ。移動時間にどれだけ時間がかかるかを考えると、そろそろ答えなきゃダメな気がする。

 

「たえたたぬ……耐え立たぬ?耐久度がない建物って事か?」

「藁の屋根のお家ならあったよ」

「じゃあ、試しにそこに行ってみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 _____

 

 

 

 

 

 

 

 

 試しに藁のお家にやって来てみたが、特にタブレットPCが反応する事はなかった。

 

「うーん……間違ってるって事かぁ……。結構歩いたから喉乾いたな」

「リンガジュースちょっとだけ残ってるよ?はい」

「あこは喉乾いてたりしないのか」

「大丈夫!」

「そっか。じゃあ頂いちゃうな」

 

 未だにラベルでじゃれるニャン吉を他所に、俺はリンガジュースを飲んだ。爽やかな酸味と甘味が口の中にスパーキング。良き。

 

「あれ……りゅう兄、ニャン吉が持ってるラベルになんか書いてあるよ?」

「ん?どれどれ」

 

 あこが抱えたニャン吉からそっとラベルを拝借し、その面を見てみた。そこには『Nyctereutes procyonoides』と言う文字が書いてある。

 

「にゃくてれ……りゅう兄、これなんて読むの?」

「Nyctereutes procyonoides。まあ簡単に言うとたぬき──あー……そういう事か」

「え、なになに?りゅう兄分かったの?」

「おう。まずな──」

 

 これは昔からある簡単な文字遊び。

 まず、この画像の文字には必ず平仮名の“た”が入っている。そしてたぬき。

 

 そう。“た”ぬきである。

 

 その法則に則り、画像から文字を抜くと、

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 こうなるわけだ。

 

「“えぬ”と“いー”と“えす”と“w”?りゅう兄、これなに?」

「これな、方角なんだよ」

「方角?」

「そっ。つまり、こういう事だ──」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「じゃあ、たえたたぬに行けって言うのは……」

「北に迎えって事だな」

 

 やっと問題が解けた。けど、ここで問題が発生。俺たちが今いるのは、移動前より南に進んだ方向。でも、指示が出ているのは来た。制限時間は十五分──

 

「……ちょっと走るか」

「だね」

「ついて来れそうか?」

「大丈夫」

 

 なら、軽くジョギングに洒落こもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 _____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北の教会にやって来た。そこに辿る着くと、タブレットPCからミッションクリアのファンファーレがなる。やった。三問目もクリアだ。こういうイベントからして、問題はあと一つか二つほどだろうか。

 

「結構移動したな。あこは大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ」

 

 軽く息切れを起こしているが、あこはピンピンしていた。俺もちょっと汗をかいたぐらいで、まだまだ動ける。

 汗を拭った後、俺は一度目の前の教会を見た。キリストの十字架が絵柄のステンドグラスがある立派な教会だ。

 

「中、入ってみるか」

「うん。何があるかな」

 

 教会の扉をギギギっと開き、俺達は中に入った。そこには聖典を広げる神父の姿が。

 

「あなた達は、様々な試練を乗り越えてここにやって来ました。さあ、残る挑戦は三つ。受けますか?」

「望むとことろです。どんとこーい」

「あこ頑張るよ!」

 

 挑戦を受ける。そういう旨で返事をした瞬間、ピコンと言う音とともに新しいミッションが送られて来た。

 

 

 

 

《愛を誓え。制限時間00:30》

 

 

 

 

『……え?』

 

 シンプルだがまた難易度の高いものを……。思わず声を漏らしてしまった。あこも驚いた様子でタブレットPCを見ている。

 愛を誓えとの事だが、ここは教会、そして誓うは愛。そう。まるで結婚式のようだ。という事は、これは──

 

 

「病める時も健やかなる時も、貴方達二人はお互いを支え合い、未来永劫苦楽を共にする事を誓えますか?」

 

 

 神父の言葉に、俺とあこは互いを見た。

 

 

「俺と一生一緒にいれるか、だってさ?」

「そんなの当前だよ。あことりゅう兄はずっと一緒。繋いだ手は離さないんだから」

「俺もあこの手を離す気はないよ」

 

 

 タブレットPCからミッションクリアのファンファーレがなった。

 

 

《指輪を交換せよ。制限時間00:30》

 

 

 指輪、普通なら持ってる人は少ないだろうが、俺達には付き合う前からつけている誓いの指輪がある。

 

 

「あこ、俺が絶対幸せにするからな」

「うん。あこもりゅう兄の事幸せにする」

 

 

 指輪を交換した。そしてまたファンファーレがなる。

 

 

 

 

 

《LAST MISSION──誓いのキス──制限時間:∞》

 

 

 

 

「……だってさ。どうする?時間無制限らしいけど」

「する。最近りゅう兄からしてくれないからりゅう兄からして」

「そうだったけか。じゃあ、目瞑ってくれ」

「うん。…………んッ」

 

 

 

 

 

 

 俺とあこは誓いのキスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 _____

 

 

 

 

 

 

 

「やったー!限定コードだー!」

 

 あこが盛大にはしゃいでいる。NFOネクロマンサー限定装備のコードが手に入って上機嫌だ。ぴょんぴょん飛び跳ねてて可愛い。

 

 このコードを手に入れるためにあこと結婚式の予行演習みたいな事をしたが、これはイベントとしてどうなのだろうか。素で難易度の高いミッションに、こういった変化球で難易度の高いミッションもある。もし仮に、男性グループがやってきたら……そう考えると少しおぞましい気持ちになってくる。それに、誓いの指輪に使ったあのNFOエンゲージリング。最近は再販もされたと聞く。それをイベントに持ってくるとは、なんと商魂の逞しい事だろうか。

 一度運営とじっくり話し合ってみたい。

 

「りゅう兄、今日はありがと。りゅう兄のおかげで限定装備貰う事が出来た」

「おう。俺も限定装備貰えたし、お互い様な」

「うん!ありがと!」

 

 あこの眩しい笑顔。ニャン吉がいることを忘れてしまう。模擬結婚式からちょっと不貞腐れているニャン吉。帰ったらちゅーるあげるから許して欲しい。

 

 

「りゅう兄、大好き!愛してる!」

「俺も愛してる」

 

 

 あー我が魔王が可愛いんじゃー(思考停止)

 

 




謎解きは皆も楽しめたらと思い、昔自分が解いた問題を使いました。竜介の肩に乗ったニャン吉が唯一のリゼロ要素。
ゼロに咲く花の後日談みたいな感じで書きました。

NFO結婚指輪はこの時のためにあったんだ。ありがとう運営。指輪の出番をくれて。

僕はりゅうあこが大好きです。こころの底からILoveYou



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会合、奥沢家

番外編の筆が進みません。助けて。

Twitterに描いたイラスト載せれば下手でも反応返って来るかなと思ったんだけど、世の中そんなに甘くないね。


「竜介があこと付き合い出してから半年近く経った訳だよね」

「そうだな」

「あこも高一になって、色々出来るようになったわけだよねえ。でさ、竜介──」

「待て。待って美咲。心の準備するから待って」

 

 会う度に毎回下ネタをぶっ込んでくる美咲の事だ。半年経ってもきっと下ネタをぶっ込んでくるだろう。即ち、美咲は俺とあこがえちぃ事をしたか聞いてくる。そうに違いない。

 

「……よし。OK、カモン」

「あことセックスした?出来れば締まり具合とかも教えて欲しいんだけど」

「うっわ。予想してけどうっわ」

 

 普通に引くわ。心の準備してても引くわ。ほんとなんなんこの子。出会った頃は大人しかったのに……なりを隠していただけか。

 

「あのさぁ……えっちしたか聞くのはこの際目を瞑るとして、締まり具合ってお前……」

「いやだって、あこったら身体のサイズ変わってなさそうだったし。挿入()れたらさぞかし締りが良くて気持ちいんだろうなーって」

「引くわー…………引くわー……」

 

 あこの事そういう目でしか見れない野蛮な人がこんな身近にいたなんて俺はがっかりだよ。ずっと前から分かってた事だけどさ。それにこんな美咲の前にのこのこやって来る俺も俺なんだろうけど。普通にちょっと無理。

 

「美咲もさ、高二になったじゃん?だったらさ、もうちょっと下ネタ控えようよ。大人になろうぜ?」

「竜介、大人の女子会こそ下ネタが飛び交うものなんだよ?つまりあたしは無事大人の階段登ってるってわけ。竜介が子供過ぎるの」

「加減を知るのも大人への一歩だと思うぞ」

 

 美咲がこのまま社会に羽ばたいたら、きっとえらい事になると思う。部下や同僚にセクハラで訴えられたりしないだろうか。美咲の友達やってる俺は心配やで。こころに頼んで雇って貰おう。それが最適解な気がする。

 

「まあ、大人大人言ってるけど、社会を知らないあたし達が何言ってるんだって話だけどねー。そもそも大人って何?働いたら大人なの?飲酒喫煙出来たら大人なの?」

「まあ、定義は人それぞれだろうな」

「家にあるビール一本行ってみよっか」

「お酒は二十歳になってからだぞ」

 

 このまま流れでお酒を飲みそうなので俺がしっかりブレーキにならなければ。美咲を本当の意味で危ない子にしてはいけない。頑張れ俺。負けるな俺。美咲の運命は俺が守るのだ。

 

「大人ってなんだろーね」

「まあ、大人の女には良い恋愛経験が必須って言うけどな」

「良い恋愛経験ねー……」

 

 美咲は窓の外を見てため息をついた。なんとなくだが、美咲は初めてを残したまま生涯を終えそうな気がする。あくまで俺の勘だが。

 

「あこから竜介寝取れば良いのかなー」

「やめろこら」

「良い恋愛経験ってこういう事じゃないの?」

「ちげーよ」

 

 NTRは悪い文明だってアルテラお姉さんも言っていただろうが。そういえば前に俺を睡姦したとか言う冗談吐いたっけこいつ。美咲の業は重い。

 

「正直あたしも竜介を狙ってた感はあるよね。お手頃じゃん。チョロいし」

「本人の前で言うか……。俺ってそんなにお手ごろでチョロい?」

「いやーこんな醜態晒してるあたしの前に出てくるのはさすがとしか言い様がないかな」

「自覚あったんだな」

 

 自分が酷い事自覚していたのか。俺はそこに驚いた。

 

「竜介はいいよねー、あこがいるから大人の階段上り放題じゃん。あーでも、なんかあんたの場合、初めての時から騎乗位であこに搾り取られてそう」

「……………」

「……………………うわー」

 

 引くなよ。泣くぞ。

 

「ロリボディーに搾取される男。可愛いねー」

「……俺だってさ、正常位でかっこよくリードしてあげたかったよ……!」

「お、語る気になった」

 

 俺の予定では、かっこよく男らしくあこをリードしてあげるはずだったのだ。でも実際は、あこ優位で搾取された。あこはまだ高一になりたてだったと言うのに、俺より優位に立ったのだ。これが魔王のカリスマ性。恐れおののけ。

 

「普段からみんなに可愛い可愛い言われてる俺だけどさ、ベッドの上でくらい男らしくなれるかなって思ったんだ……。けど、来る日も来る日も女性に負けて、身体にキスマークをつけるだけの日々。いくら回を重ねても、俺のテクニックは上がらないんだ。なんで……なんでなんだよ……なんで俺だけがイカされるんだ……。もっとあこにも気持ち良くなって欲しいのに……。もうヤダ……俺があこの運命の人だと思ってたのに……。ははっ、笑ってくれよ。自惚れてた俺を笑ってくれよ……」

「オレンジジュース飲む?」

「飲む……」

 

 ジュゴゴゴゴと汚い音を立てながら、俺はオレンジジュースを飲んだ。

 

「せめて、せめてさ、初めての時くらい俺がリードしてもいいじゃん?それなのにさ、あこは初めての出血と痛みに耐えながら 、妖艶に笑って腰振ってたんだよ……。可愛いんだよこんちくしょう……。それになんであんなにえちぃの。あこのプリティーで小柄な印象は何処へ……。わかる?『りゅう兄、気持ちいい?あこが全部してあげるからね』って言われた俺の気持ちわかる?天井のしみ数えてたら全てが終わってた時の気持ちわかる?騎乗位しかして貰えない俺の気持ちわかる?」

「まあまあ、今日は飲みなって」

 

 美咲がオレンジジュースをお酌してくれる。オレンジジュース美味しい。

 

「あことえっちな事出来るようになったのは嬉しいよ?でも、でもさ、さすがにやられっぱなしなままでいるのはいけないんじゃないかなって思うわけよ」

「まあ、あこも女の子だしね」

「でしょ?だから俺もこの現状をどうにかしなきゃって思うんだよ。こればっかりはどうにかしないと、男としての威厳が……。元々男としての威厳なんてあってないようなものだけどさ」

 

 なんだかあこに男の威厳を奪われてる気がする。

 

「今日こそは……今日こそは俺が動く……。動いてみせる」

「一応聞きたいんだけどさ、竜介のナニってどれくらいあるの?なんなら今ここで測ってみる?」

「女の子の前で脱ぐのはちょっと……」

「えー今更じゃん。誰に見られてる訳でもないし」

 

 ブーブー言いながら美咲は俺に下を脱げと促す。さすがに美咲と言えどナニを晒すのはちょっと抵抗が……。

 

「てか、俺のサイズ知ってどうするんだよ」

「いや、仮に竜介のが物凄くちっちゃくて、あこが満足出来てないんじゃないかなーとか思ったりしてさ」

「何それ辛い」

 

 もしかしてそうだったのだろうか。俺のオフィンフィンが小さすぎて、あこは気持ち良くないから暇を持て余し、動く事に徹していたのだろうか。何その悲しみ。俺泣いちゃいそう。

 

「俺のってそんな小さいのか……。今まで気にした事もなかった……」

「あこの事昔から好きだったのに、なんでそういう事考えてないの?」

「いや、あこと一緒にいることだけを考えてたから……正直性欲思考で考えた事なかった……」

「あんたほんと変わってるねー……。高二なんてヤリたい盛りじゃん」

 

 俺ももっとブイブイ行った方がいいのかもしれない。

 

「俺じゃなくて周りがおかしいって事はない?」

「じゃあ聞いてみれば?後輩に男の一人や二人いるでしょ」

「まあいるけど」

 

 試しに最近連絡先を交換した越前君に電話して聞いてみたが、俺がおかしいと言われてしまった。俺はおかしいらしい。

 

「俺がおかしかったのか……」

「まあ、最近やっと普通になって来たぐらいだしね。昔のあんたは異常だったんだよ。エッチを知って初めて人間になったわけ」

「なるほど」

 

 大人の階段を登って、俺は初めて人にレベルアップしたらしい。

 

「で、結局竜介のサイズはどれくらいなの?試用してもいい?」

「急にぶっ飛んだ話するのやめよーぜ」

「え、今更?いいじゃん別に」

 

 良くないと思う。

 

「あたしもさすがに処女のままでいるのはちょっとねーって思ってさ。なに?セフレ?そういうの良いんじゃないかなって」

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

 えちえちな話が好きなのは知っていたが、実戦好きだとは知らなかった。

 

「ディルドで処女捨てるのも良いよ?でもなんか虚しくない?あたしやっぱ人で処女辞めたい」

「彼氏作れよ」

「えー面倒臭い」

「お前……」

 

 さすがとしか言いようがない。

 

「第一、俺にメリットがないだろ」

「え、女とヤレるだけで十分メリットじゃん」

「いや、あこいるし」

「はー、これだから彼女持ちは……」

 

 美咲が呆れている。俺はきっと悪く無いはずだ。

 

「うーん……そうだなぁ……メリットかぁ……」

「ないだろ?」

 

 思い悩む美咲。セフレはやめとけ、周囲の人の視線が痛いから。それに、俺もあこに何を言われるかわかったもんじゃない。

 

「あ、じゃあ竜介が好きなだけ動きなよ。あことの練習って事で。竜介だっていきなりあこで動くのは怖いでしょ?あ、当然ゴムありね。なしはシャレになんないし──」

「……」

「お、ちょっと揺らいでる?」

 

 …………………揺らいでなぞいない。ちょっとぼーっとしていただけだ。断じて揺らいでいたわけではない。第一俺にはあこと言う可愛くてかっこいい最高の彼女がいる。それがちょっとあこよりスタイルが良いだけの美咲の提案なんかに、俺が揺さぶられる筈がない。そうだ、そうに決まっている。

 

 ──プルルルルル

 

 俺が美咲の提案を断ろうと口を開こうとした瞬間、俺のスマホがなった。試しに出てみると、

 

 

『りゅう兄、今すぐ帰って来て』

 

 

 という何処かキレ気味のあこにそう言われた。

 

「悪い。あこから呼ばれたから帰るわ」

「あたしの件、考えといてね」

「冗談はほどほどにな」

「冗談じゃないんだけどなー」

 

 俺は荷物を持って美咲の家を飛び出した。

 

 

 

 

 _____

 

 

 

 

 

 

「りゅう兄、正座」

「え、なんでさ」

「良いから正座」

「あ、はい」

 

 帰って来て早々、あこに玄関で正座させられた。なんだかあこが怒っているようだ。どうしたのだろうか。朝のゴミ出しはちゃんとしたはずだし、お昼ご飯の皿洗いもしっかりやったはずだ。俺に落ち度は無いはず。

 

「りゅう兄、もう美咲の家行くの禁止」

「え、それは困る」

「なんで」

「美咲は気の合う友達なんだ。会えなくなっちゃうと寂しい」

 

 あんなぶっちゃけた話、美咲じゃないと出来ない。それだけ美咲は重要なポジションにいるのだ。それに、シンプルに会えなくなってしまうと寂しいではないか。大切な友達なのだ。

 

「友達と会うのがダメなのか?」

「……えっちな事する約束してたじゃん」

「なんの事だ?」

「とぼけたって無駄だよ。あこ全部知ってるんだからね」

 

 自分には隠し事なんかできないんだぞと、あこが視線で語って来た。もしかして、盗聴でもしていたのだろうか。こころもしていたし、今更それ如きじゃ驚きはしないけど。盗聴器はどこだ。最近くれたストラップか?それとも、常備をあこに義務付けられている謎の黒いボックスが盗聴器だったりするのだろうか。

 

「美咲にえっちな事しようって誘われて、りゅう兄しばらく黙ってた。うわきしようとしてたんでしょ」

「いや、あれはただぼーっとしていただけで、別に浮気しようか迷ってたわけでは──」

「りゅう兄うわき者だもん」

 

 これは中々手厳しい。俺は浮気したことなんてないのだが。

 めちゃくちゃ怖い目で睨むあこを他所に、俺は何とかしようと言い訳を考えた。どうしたらあこは機嫌を直してくれるだろうか。

 

「あのな、あこ。俺が好きなのはあこ一人で、愛してるのは……まあこっちは置いといて。そんな俺が浮気なんてすると思うか?」

「あこちゃんと聞いたもん。りゅう兄、美咲のお願い聞こうとしてた」

「だからな、あれは美咲の冗談で……」

「あこ聞いてたもん」

 

 これは時間が掛かりそうだ。あこが話を聞いてくれない。

 

「じゃあ、あこは俺にどうして欲しいんだ?」

「だから、美咲の家に行かないでって言ってるでしょ」

「えー」

「えー、じゃない!」

 

 ビシッとあこに怒鳴られた。

 

「そんなに美咲とえっちな事したいの?」

「だから美咲はそういうのじゃなくてだな、ただの友達で……」

「せふれ?になろうって誘われてたじゃん。あこ知ってるよ、せふれってえっちな事する関係なんでしょ。りんりんから教えて貰ったんだから」

 

 燐子と何をどうしていたらそんな話をすることになるのだろうか。俺はそっちの方が気になる。というかあこに余計な知識を吹き込まないで欲しい。おかげで俺がこんな目にあっているではないか。そろそろ足が痺れて来たぞ。

 

「セフレ自体が美咲の冗談なんだよ」

「冗談じゃないって美咲言ってたよ」

「俺にその気はない」

「でも迷ってたじゃん」

「だからあれはぼーっとしてただけで」

「嘘。絶対迷ってた。あこは騙せないよ」

 

 どうやらあこは俺を疑っているらしい。何をどう頑張っても、俺の容疑は晴れないようだ。

 まあ、確かに美咲の提案にはちょっと心揺さぶらたよ?美咲で練習を積んで、あこの時に備えて万全にしとこうかなって一瞬だけ、ほんの一瞬だけ思ったりもしたよ?いやしないけどさ。でも、それもこれも元はと言えばあこが悪いって言っても良いよね。だってあこが男の尊厳踏みにじるのが悪い。俺が九割悪いけど、残りの一割はあこが悪い。

 

「……あーはいはい。俺が悪かった、俺が悪かったよ。認める。ちょっと美咲の提案も良いかなって思ったよ」

「やっぱりそうじゃん。りゅう兄のばか」

「いやでもさ、聞いて。迷うぐらいに美咲の提案が魅力的だったの」

「なんで。りゅう兄にはあこがいれば良いでしょ」

「でも、あこってえっちの時勝手に動くじゃん……。俺だって動きたいんだよ。てか普通男が動くもんなの。わかる?」

「りゅう兄は動かなくていい」

 

 何故だ。俺も動きたいと言っているだろう。

 

「なんで俺は動いちゃダメなんだ?」

「……だ、だって、りゅう兄のおっきいから入れるとちょっとだけ痛いんだもん……。だからあこのペースで動きたいの!」

 

 顔を真っ赤に照れさせて、あこが強く言った。どうやら俺は、あこに無理をさせていたらしい。

 

「そっか、いつの間にか無理させてたんだな……。悪い。全然気づかなくて。それと、あこの気持ち知らなくてごめんな」

「ううん。あこも強く言いすぎた。だからあこもごめんなさい」

「仲直りだな。あ、そうだ、今度美咲の家行く時は一緒に来いよ。それならあこも安心だろ」

「……うん、分かった!」

 

 これからあこ同伴を絶対として、美咲の家に行くことが許可された。そしてこの後幸せなキスをして、あこの説教タイムは幕を閉じたのでした。めでたしめでたし。

 




R15です(後書きで言う)
あこちゃんはりゅう兄の会話を堂々と盗聴器で盗聴してますが、りゅう兄があまちゃんなのでお咎めなしです。眷属は主に弱いんだよ。これ当然の理。



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終わり
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神楽竜介

皆ご存知本作の主人公

我が魔王好き好きちょー愛してる。

 

宇田川あこ

皆大好き大魔姫様。今は眷属にお熱中。

りゅう兄好き好きちょー愛してる。

 

暴走Loveマシン:リサ姉

竜介にフラレ、クリパでまたフラレタ慈愛の女神。セカンドシーズンがあったらネタキャラ確定。番外編でいちばんに幸せ者になった。今も枕を涙で濡らしてる。

 

デッドオアキス日菜ちー

目を覚ませ竜介の唇が何者かに侵略されてるぞ。隙を見てキスしようとしてくる。怒られるのは何故か竜介。隙を見せたお前が悪い。

 

シャイニングこころん

ハレハレ愉快。今もたまに竜介と一緒に寝る。そして竜介が怒られる。でも竜介は罪を繰り返す。こころん可愛いよこころん。

 

奥沢美咲

竜介の良き友であり理解者。下ネタ大好き。【アンコール──会合、奥沢家】以降あこが家に来るので下ネタが言いにくくなった。

 

上原ひまり

もしかしたら竜介の隣に相応しいのはこいつだったかもしれない。竜介が病んだ際の功労者の一人。包容力は色んな意味で凄まじい。ママ。りゅう兄の浮気相手1

 

宇田川巴

ソイヤ姉さん、妹を盗られ傷心中。でも二人の仲を応援している。メリケンサックは物置にしまった。

 

美竹蘭

運命が全然共同しない運命共同体に困惑中。うちのモカがお世話になりました。

 

青葉モカ

盗撮で培った撮影技術のおかげでこないだ写真賞を取った。受賞金でやまぶきベーカリーのパンをいっぱい買った。

 

羽沢つぐみ

竜介に九年間恋した少女。動機は皆を引っ張っててかっこよかったから。今は後輩の中からいい子を選別中。コーヒー美味しい。

 

市ヶ谷有咲

──将来結婚する約束しただろ?私忘れてねーからな。

──香澄としてください。

りゅう兄の浮気相手2

 

戸山香澄

有咲の婚約者()

 

山吹沙綾

竜介と一緒に料理した時に惚れた。いつでもおいで、養ってあげる。りゅう兄の浮気相手3

 

牛込りみ

チョココロネ美味しい

 

花園たえ

おっちゃんがシールド齧る。助けて。

 

大和麻弥

竜介と何かありそうで何もなかった子。番外編で告白するから許して。りゅう兄の浮気相手?

 

丸山彩

かぐ君、お幸せに。

 

白鷺千聖

明後日事務所の打ち合わせあるから忘れずにね。

 

若宮イヴ

竜介の弟子。竜介のメインヒロイン一途精神に懐いた。

 

湊友希那

膝枕しなさい

 

氷川紗夜

フライドポテト

 

白金燐子

両刀決壊。りゅう兄の浮気相手4。

 

北沢はぐみ

コロッケ大好き。北沢生肉店をよろしく

 

瀬田薫

ロミオが本当にロミオになった。だけど彼女はジュリエットになれない。

 

松原花音

お姉ちゃんは二人の仲を応援してます。りゅう兄の浮気相手5。

 

 

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企画・プロデュース・脚本・提供

 

株式会社はつひこワークエンターテインメント

 

 

最後にちょっとだけ。

 

折角なら誰かとコラボしたかった。でも僕SNSコミュ障だから出来なかった。未練タラタラだぜ。誰かツイッターでコラボ依頼送ってくれねーかな。

感想評価はいつでもオッケーです。どしどし送ってください。

 



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協奏(コラボ)
空丘ルミィコラボ小説 はつひこVer.


ピンポ-ンパンポ-ン

今回は空丘ルミィさん、「新しい“いつも通り”」とのコラボ回です。念願のコラボ回。やったぜ。

ピンポ-ンパンポ-ン


 今日は、俺こと神楽竜介の初レギュラー番組撮影日。千聖先輩のマネージャー業をしていたら、事務所の社長に顔を買われ、番組を持つことになってしまった。番組名は『竜介の部屋』。言わずと知れた徹〇の部屋のオマージュ番組である。よく企画会議通ったなこれ。

 そんなわけで、あこと一緒にテレビ撮影だ。ちなみに俺が無理を通し、あこもレギュラー出演させてもらう事になった。わがままも言ってみるもんだぜ。あこ、地上波デビューおめでとう。そして俺のタレント事業初陣に乾杯。

 

「りゅう兄りゅう兄!テレビカメラだよ!かっこいい〜」

 

 今日も我が魔王は可愛い。あこはスタジオセットの中ではしゃいでいる。

 というわけで、これからゲストを招き、一緒に撮影だ。

 

 余談だが、最近つぐみに彼氏が出来たらしい。しかも同年代。しかも羽丘。どこだどこにそんな男がいた俺に寄越せ。そいつと早く出会ってれば俺ももう少し雄雄しい高校生活が送れたと言うのに。

 

 徒話はさておいて。

 

 早速本番を始めよう。

 

「本番まで3、2──1。スタート」

 

 adがカウントダウンと共にカチンコを鳴らす。

 

 

 ル-ルル、ルルル、ル-ルル、ルルルル-ル-ル-ル-。

 

 

「皆さんこんにちは。本日は竜介の部屋にお越しいただきありがとうございます。早速ゲストの方を交えてお話していきましょう」

「りゅう兄、このお菓子って食べて良いのー?」

「あと一分待ってな。それではゲストの方をお迎えしましょう。どうぞー」

 

 俺がそう言うと、垂れ幕の奥から今日のゲストが出てくる。ゲストは羽沢つぐみさんと、その彼氏さんである趨鈹洸汰(すがわ こうた)さん。

 

「本日はよろしくお願いします」

「よろしくね。竜介君」

「よろしくお願いします」

「よろしくー!」

 

 お互いに挨拶。さてと、お菓子を食べながらゆっくり話をするとしよう。

 

「洸太は羽丘に通ってるみたいだけど、クラス何組なの?」

「あ、二年A組です」

「なるほどなるほど。あ、それと敬語はいいぞ。同い年だろ?あとLINE交換しよーぜ」

「あ、はi──分かった」

「竜介君、グイグイ行き過ぎだよ。洸君も無理しちゃダメだからね?」

「分かってる」

 

 俺は初めて同年代の男のLINEをGETした。やったぜ。

 

「それにしてもあれか?二人は処遇幼馴染ってやつなのか?」

「そうだな。俺は一時期遠くに行ってたんだが、今年帰って来たんだ」

「まさかつぐみがこんな幼馴染を隠し持っていたとはな〜」

「私達に隠れて幼馴染作ってた竜介君には言われたくないかな」

「おほほほほ」

 

 まさかつぐみがこんなイケメンな幼馴染を隠し持っていたとは。俺はびっくりだ。それにしてもまあイケメンだこと。クラスの女子にモテそう。良いな、俺は女顔なのに。

 

「まあ、菓子でも食べながら。それにしても、つぐみが指に付けてる指輪、随分綺麗だな。お高かったんでしょう?」

「まあ、多少値は張ったな」

「かっこいい〜」

「あことりゅう兄だって指輪付けてるよ!こんやく指輪!」

 

 何やらあこが張り合っている。かっこいいという言葉に反応したのだろうか。

 

「あこ、俺たちのはNFOイベントで買ったやつだろ?ちゃんとした物と比べちゃいけないよ」

「………………なに、りゅう兄嫌なの?」

「いやー満足してる。大満足。あはははは」

 

 あこが怖いぜ。

 

「……随分尻に敷かれてるな」

「これが竜介君だから」

「あこは鬼嫁だからな」

「りゅう兄、帰ったら正座ね」

 

 oh……ジーザス、そんな目で見ないで。

 あこはお菓子でも食べてのんびりまったり笑顔になって欲しい。お顔が怖いわよ。あこのプリチーなお顔が台無し。帰ったら正座とかそんな怖い事言わないで。ほら、帰ったらあこの好きなジェリービーンズ作ってあげるから。お願いします正座はやめてくださいフローリングで正座はキツイです。

 

「ま、まあ俺達の事は置いといて。あ、ずっと聞きたかったんだが、そのペンダントって恋人同士の〜ってやつ?」

「まあそうだな。これに一番の思い出を入れようって、つぐと、な?」

「うん」

「あ、あこだってりゅう兄に指輪あげたもん」

「おう、ありがと」

 

御相手は指輪にお揃いのペンダント。向こうが一枚上手だったようだ。まあ、こんなの勝負にする必要ないんだけど。

 

「二人の馴れ初めは?やっぱり洸太がアタックした感じ?」

「いや、割とつぐがグイグイ来た感じだ。指輪は俺が渡しんだが。キスもした。ちゃんとしたキス」

「も、もう洸君、恥ずかしいからあんまり言わないでよ……」

「あはは」

「ラブラブだこと」

 

 つぐみと洸太が幸せそうで何よりだ。このまま幸せ街道を突っ切って欲しい。

 

「あこは小学五年生の時にりゅう兄とちゅーしたよ!しかもちゃんとしたちゅー!」

「こら、張り合うんじゃありません。しかもあれは事故だろ。張り合っちゃダメだって」

「なに、りゅう兄嫌なの」

「お、おほほほ」

『……』

「ほ、ほら、二人が黙っちゃっただろ」

「ふーん、だ」

 

 あこが機嫌を損ねてしまった。帰ったらクッキー作って機嫌直そう。あとジェリービーンズも忘れずに作ろう。

 

「そ、そういえば、洸太の家族ってどんな感じなんだ?やっぱり優しい感じ?」

「……親はもういないんだ。小さい頃に死んじまった」

「……ごめん」

「いや、こっちも暗い話をしてすまない」

 

 俺も両親が離婚しているが、そんなチャチな話じゃなかった。両親の話はやめにしよう。妹や弟、おじさんやおばさんとかの話が良いか。

 

「今は一人なのか?」

「いや、妹が一人いる」

「やっぱり妹って可愛いのか」

「ああ。よく寝ぼけて俺の布団に入って来るが、可愛いと思う」

「なにそれうらやま。今度一緒に寝t──」

『…………』

「冗談だから、冗談だからそんな目で俺を見ないで」

 

 洸太とつぐみは可哀想なものを見る目で、あこはこの世にないくらいの怖さを持った瞳で俺を見てきた。へいへいウェイト、プリーズウェイト。ほんの可愛い竜介君ジョーク。あはははは──

 

「りゅう兄、帰ったら正座三時間。うわきはダメ」

 

 ──……。

 

「………………まあ、もういいや(やけくそ)。それで、つぐみからアタックしたそうだけど、やっぱあれか?洸太は主人公よろしく鈍感だったのか?」

「洸君はすごい鈍感だったよ。竜介君並に」

「マジか」

 

 という事はあれか、拉致されたりキス強姦されたり盗撮されたり交際を賭けた勝負をしたりしたのだろうか。なんて波乱万丈な人生を歩んでいるんだ……。俺は素直に凄いと思うぞ。

 

「洸君、記憶喪失とかがあったにしても、あれは酷いと思うよ」

「記憶喪失」

「そうか?あれぐらい普通だろ」

「普通じゃないよ!昏睡状態にもなってたからって良い気になっちゃダメ!」

「昏睡状態」

「それは関係ないだろ」

 

 なんかすごい物騒な言葉が飛び交った気がするが、今はお菓子を食べるあこを見て落ち着こ──いや無理だろ。え?昏睡状態?記憶喪失?ワッツ?ほわっつ?(混乱)(心乱)

 

「随分物騒な人生を歩んでいるようで……お幸せに……」

「まあ、俺たちの話はここら辺にして。そっちの馴れ初めは?そっちも幼馴染なのか」

「うん!あことりゅう兄は学校の近くの神社で会ったんだ!それからずっと一緒にいるの!」

「まあ、一時期喧嘩して離れ離れになっちゃったけどな」

「もうりゅう兄!それは言わないお約束だよ!」

 

 まあ、俺とあこの事はいつか誰かが紹介してくれるだろう。

 

 

 

 

 俺と皆があははあははと笑っていると、気づけば番組終了時間が迫っていた。スタッフが終了間近のカンペを出す。

 

「さてと、そろそろお別れの時間かな。いやー楽しい時間だった」

「りゅう兄、帰ったら正座だからね」

「え、忘れてくれたりは?」

「しないよ」

『あはは……』

「嘘やん……」

 

 番組終了三秒前、俺の説教が確定した。なんでやここは見逃してくれるところやろ。帰ったらクッキーとジェリービーンズと一緒のお風呂で手を打とう。ダメ?あ、ダメ。そすか。

 

 

 

 

 

 

「それでは次週!サンキューマリオネット!」

 

 

 

 

 

 ラ-、ラ-ラ-ラ-(番組終了)(徹〇の部屋終了のアレ)

 

 

 

 

 ___________

 

 この番組は、夢と未来を作る企業360プロデュースと、ルミィコーポレーション株式会社の提供でお送りしました。

 ___________

 

 

 ちなみに番組は爆発的視聴率を誇った上、羽沢珈琲店のPRにもなり、両者ウィンウィンの状態で幕を閉じた。それと、番組に向けてファンレターを数多くいただいたが、洸太がイケメンさんだったせいか女性からのファンレターが多かった。それを俺宛だと勘違いしたあこに浮気疑惑を掛けられ正座させられました。なんでや竜介関係ないやろ。




コラボ先

ハーメルンページ:空丘ルミィ
https://syosetu.org/?mode=user&uid=285790

Twitter
空丘ルミィ@小説書いてますhttps://twitter.com/Kanon_roomy_ako?s=09

コラボ先の話
https://syosetu.org/novel/202690/18.html



空丘ルミィさんはバンドリ小説を初めとした小説を執筆しているお方です。期待のルーキー。皆も読んでみよう!

徹〇の部屋をイメージして書きました。つぐみは半分パラレル成分入ってます。細けぇこたぁ気にすんな。
サンキュー、マリオネット。し〜ゆ〜Palettesタイムに変わる新しい〆文句。意味は「ツギハギのような奇跡的な時間をありがとう」です。

初めてのコラボだよ!コラボ!ずっとやりたかった事が出来て僕は満足。また竜介の部屋をやる機会に出会えたら良いな。

感想評価よろしくね(ハート)

サンキューマリオネット!


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