トリムルティの宝 (▷akua◁)
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World:アイテリア
始まり


プロローグなので結構短めです。


私は夢を見続けている。

魔法やらなんやらがあるファンタジーな世界で生きる自分の夢だ。

この夢はいつ覚めるのか、本当に夢なのか。

そう考えながらその世界で生活し、はや10年の月日がたっていた―。

 

 

 

「....」

 

まだまだぼんやりとする頭。

今日はモンスターとの戦闘があって疲れていたはずなのに、何故か目が覚めてしまった。

1度目が覚めると2度寝することが中々出来ず、仕方なく体を起こす。

宿屋の安い木でてきたベットから抜け出し、窓を開けて外の空気を軽く吸う。空を見ると綺麗な満月だ。

 

「この世界に来た時も、こんな満月だったな....」

 

私は普通の女子高生だった。演劇が好きで、将来は舞台女優になりたいと夢見る本当にごくごく普通の18歳だ。

それは突然だった。翌日の学校の準備を済ませ、いつもの様に寝ただけ。

しかし目が覚めるとそこは、全くの別世界だった。

 

それからモンスターに襲われそうになる、この世界のの常識はない、いきなり剣術を学ばされる....目の回る日々だった。

運良く自分を最初に見つけてくれたのが善人だったのが不幸中の幸いだったと思う。

 

この世界での生活は最初に私を見つけてくれた人、師匠のお陰でかなり安定している。

様々な所を旅し、用心棒として稼いでいる。

師匠が剣術を教えてくれたおかげで繋げた命だと思う。

 

「だけど....」

 

背中に意識を向けぐっと力を入れる。

すると背からは青く、大きな翼が。

角も生え、オマケに尻尾まで。

これだけではなく、もっと竜に近い姿にもなれる。

 

そう、自分は人間では無くなっていた。

それに気づくまでこの世界のに来てからそれなりに時間がたった頃だったが、今の自分は「竜人」という種族らしい。

それも今は絶滅した貴重な種族。

初めてこの姿を人に見られた時は、絶叫した後失神された。

それ以来人前で竜人の姿を晒すことはしないようにしている。

 

「まぁ、空を飛べるのは嬉しんだけど」

 

普通の人間から亜人へ変わっても、私はあまり動揺しなかった。順応性が高いというのか、鈍感と言うのか。

もう元の世界の家族の記憶も薄れてきて、ここの生活に慣れてきている事にも、人の適応能力の凄さを感じる。

元の世界に帰りたいという気持ちがこの10年で、だんだんと薄れてきていた。

 

軽く翼をバサりと動かしたあと、自らの中にしまう。

な何だか思いふけってしまったなと思いながらまたベッドに戻ろうとすると、急に胸の真ん中に痛みを感じる。

 

「いっ....!何?」

 

今日の戦闘で傷を受けた記憶はない。

それに胸の痛みだけでなく、体がごうごうと燃えるように熱かった。感じたことない感覚に、軽い恐怖さえ覚える。

急いで痛みの原因を探ろうと服のボタンは外し、胸元を見ると、そこには何かの紋章らしきものが焼かれるように刻まれていっていた。

 

「くっ....なに....これ....?」

 

全て模様が肌に刻まれると、黒かったそれは光り輝き水色に染まる。そしてその紋章には、それには見覚えがあった。

 

「え....これってまさか例のやつ!?」

 

私は真実を確認するため、1階の酒場へとかけ降りた。



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運命に選ばれし王達

「ちょっと、ちょっといい!?」

 

1階の酒場でこの宿屋の店主に駆け寄る。

 

「お、おう、何だい嬢ちゃん?....って、レナータか....。それより、男の前でその格好は不味いんじゃねぇか?」

 

取り乱す私に若干引きながらも、下着にワイシャツ1枚という私の軽装を気にする店主。

 

「そんな事をはどうでもいいから!この店に[運命に選ばれし王]についての本ってない!?」

「んなのあるに決まってんだろ!この世の常識だぜ?」

「それかして!!早く!!」

「そう急かすなって....ほらよ」

 

店主が差し出した本を奪い取るように受け取る。

 

 

運命に選ばれし王というのは、この世界の不思議な理の事だ。

この世界のは三大王国と言う大きな3つの国があり、[王の証]をもつ運命に選ばれし人物が強制的に国王となる。ブラフマーの称号をもつアズモンド王国、ヴィシュヌの称号をもつイデアーレ王国、そしてシヴァの称号をもつディアストリク王国の3つ。

王に選ばられる人に種族、身分は関係なく突然体のどこかに現れる紋章で判別され、その日から城と強力な武器(神器と言う)を与えられ、王として死ぬまで生きる事が義務ずけられているという。

 

本の初めに書かれているのは簡単に説明ればそのような事で、この世界では常識だ。

私は目的のページを本をバサバサと捲り探す。

 

「おいおい、大事にしてくれよ」

 

悪いが店主の言葉を無視して、やっと知りたい情報が書かれたページを見つける。

[王の証]、それぞれの王がもつシンボルだ。

本にはそれぞれ、ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの証が描かれている。

そして自分の服の胸元をガバッと開け、本に描かれている絵と見比べる。

 

「お、おい!?」

「やっぱり....一緒だ....」

 

自分の胸に刻まれているものと、ヴィシュヌの王の証が同じだった。

と、言うことは....

 

「私....運命に選ばれたんだ」

 

『!!』

 

私のその一言で、騒がしかった酒場が一気に静まりかえった。

そして....大爆笑。

 

「ぎゃははははっ!!おもしれぇ冗談だ!!」

「こんな小娘が王だとよ!?」

「笑っちまうぜ!がはははははっ!!」

 

酒場にいた大勢の人に笑われ、恥ずかしさやら怒りやらが込み上げてくる。

 

「でも見て!王の証が!!」

 

「どう考えても偽物だろ!上手に描いたな!!」

「そういや最近もあったな、偽物事件!」

「やめときなって嬢ちゃん!バチが当たるぞ!!」

 

口々にケチをつかれ、少し苛立つ。

 

「もー!本当なんだって!!」

 

そういい傍にあったカウンターに拳を叩きつけると、

 

カウンターが真っ二つに割れた。

バキバキと音を立てて。

 

シーン....

 

「お、おい....マジかよ....」

「....」

 

皆が真っ二つのカウンターを凝視した後、私を見る。

 

「え、え~っと....。後で弁償するから....」

「いや、そこじゃねぇだろ!」

 

私が苦笑いで言うと店主からのツッコミが飛ぶ。

ただちょっと怒りを知ってもらうと拳を叩きつけただけだ。何も破壊しようだなんて思ってないし、思っていても出来ないだろう。普通は。

そうだ、普通は出来ないはず。

 

「こりゃ、本気で嬢ちゃんが王に選ばれたんじゃないか?運命に選ばれし王ってのは基礎能力がドカンと上がっちまうらしいじゃねぇか!」

「ほらっ!だから言ったじゃん!!」

 

店主からの後押しでふふんと胸を張ってドヤ顔をする。

客があーだこーだと議論する中、すっと通る声が聞こえた。客が出す騒音に掻き消されない、とても澄んだ声だ。

 

「少々よろしいでしょうか?」

 

声の主を探すと宿屋の入口に燕尾服を着た老人が立っていた。見るからに仕立ての良い衣服に、老けていても分かる整った顔立ち、明らかにただものでは無い。

 

「らっしゃい....?」

「申し訳ございませんが、某は客ではごさいません。こちらに....」

 

「運命に選ばれた王がいらっしゃいませんか?」

 

その場にいた全員が私をすごい勢いで見る。

 

「嗚呼、やはり貴方様でしたか」

「多分私....だと思います」

 

謎の老人が私から少し距離のある位置まであるくと、そこで跪く。

 

「あ、え!?」

「申し遅れました、某はルイス・カリタ。イデアーレ王国のお城で執事長を務めさせていただいております」

「はぁ、これはどうもご丁寧に....」

 

突然の状況に戸惑いながらも一応返事はする。

 

「僭越ながら、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「あ、レナータって言います....」

「では、レナータ・ヴィシュヌ女王陛下。貴方様を城へご案内致します」

「女王陛下?私が!?」

「はい、そうでございます。貴方様は運命に選ばれました。その瞬間から貴方様もう王なのでございます」

「はぇ~....」

 

運命に選ばれし王なんて自分とは無関係の世界だった。おとぎ話のような感覚だ。それが今、崩れ去った。

目の前には跪く執事、先程まで私を笑っていた酔っ払い達からは尊敬の眼差しを向けられている(気がする)

あまりの急展開に目眩すら起こしそうだ。

 

「ではお手を、外に馬車を用意してありますので」

 

いつの間にか私の側まで来ていたルイスさんに手を差し出される。エスコート、と言うやつだろうか....?

この手を取ればもう戻れない気がした。

モンスターを狩って、狩って、狩りまくって生きていた今までの日々から。

「(急に....そんな、私はどうしたら....)」

 

「そ、その、悪いけど荷物取ってきていいですか?まだ部屋に置きっぱなしだから!!あとこの格好のままじゃ....ね?」

「これは失礼しました!某とした事が事を急いでしまいました....」

「急ぐので、ちょっと待っててください!!」

 

そういい早足に2階へ戻り部屋へ入る。

 

 

 

____

 

 

「あ~!!どうしよう、いきなり王様とか無理!!怖い!!私そんな器じゃないし、自信ないよ!」

「どうしよ~あ~!!」

 

先程までの緊張の糸がきれ、どっと愚痴が溢れる。

そして、ふと窓が視界に入る。

 

「(あの窓から飛んで逃げれば....)」

 

「....」

 

バチンと大きな音をたたて自分の頬を両手で叩く。

 

「また逃げようとしてる....もう逃げない....」

 

あの時決めたじゃないかと何度も頭で繰り返し、決心する。

 

「王様....なってやろうじゃない!!」

 

私は急いでいつもの服に着替え荷物をまとめると、待っていてくれているだろうルイスさんの元へ走った。

 

 

 

1536年3月21日、12時00分。

イデアーレ王国15代目国王、レナータ・ヴィシュヌ女王。生誕。

 

 

 

 

 

____

 

 

 

 

 

アズモンド王国

とある貴族の屋敷

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ....あいつらまたわざと汚しやがったな....」

 

ある大きな屋敷の一室、雑巾を持ち1人でこの広い広い床を掃除してどのくらいだっただろう。イライラしながら床を磨き、思い耽る。

この屋敷の主人に奴隷として買われ、かなりの月日が経つ。何度も売られては買われを繰り返し、かなり色々な場所を転々としたが今の主人は俺の事をかなり気に入っているようだ。加虐の対象として。

どれだけ仕事を完璧にこなしても、罵倒され、殴られ、蹴られ、日々生傷がたえない。

早く抜け出したかった。こんなクソッタレな日々から。

 

扉の外から音が聞こえる。

この家の主人、ジャムダールが帰ってきたのだろう。

 

「おう、ちゃんと仕事してるか?アンディート。」

「....はい」

「本当、お前は使えねぇんだから何倍も努力しなきゃな?あの勝手に死んじまった親友とやらの分までな!ははははははっ!!」

 

「っ....!!」

 

親友。俺と一緒にこの家に買われた奴隷の事だ。

 

「(アイツは勝手に死んじまったんじゃななくて....お前が....お前が....!!)」

「....なんだ?その反抗的な目は....」

 

ドゴォッ

 

「ぐぁっ....!!」

「お前はっ!!誰に向かってそんな目をっ!!向けてるんだ!!」

 

ジャムダールが思い切りみぞおちを蹴り飛ばし、倒れる俺を蹴る。

 

ボゴッドゴッ

 

「かはっ....!!」

「このクズが!!」

 

連続する痛みに耐えるが、打ちどころが悪かったのか意識が朦朧としてくる。

 

「(俺が何したって言うんだ....!!俺はただ....普通に生きたいだけなのに....!!)」

 

その時、蹴られている腹部とは違う所、右腕に痛みを感じた。

 

「ぐっ!?」

 

痛む部分を見ると、何かが刻まれていくのが見えた。

 

「な、なんだ!?早くそれをやめろ!!」

「くそっ、自分の意思でやってんじゃねぇよ!!」

「なっ、主に暴言を吐くとは....!!この無礼者め!!」

 

何かの紋章が完成するのと、ジャムダールが俺を蹴るのとは同時だった。

 

 

 

....蹴られたところが....痛くない。

 

 

 

「....どうなってんだ?」

 

黒かった紋章が光り輝き、赤に染まる。

その紋章をみたジャムダールは恐ろしく怯えているようだった。

 

「そ、それは....ブラフマーの....!!何故!?何故お前なんだ!?」

 

起き上がり、先程まで痛みを感じた自分の右の二の腕を確認する。

運命に選ばれし王の、王の証。

 

「はっははははっ!!そうか、運命に選ばれたのか!!俺が!?」

 

怯えるジャムダールにゆっくりと近づく。

 

「た、頼む!!殺さないでくれ!!いや、下さい!!なんでもします!!なんでも!!」

 

散々俺をゴミのように扱い、暴行を続けてきてこいつは何を言っているんだと思う。

 

「そうだな....では命令だ」

「はい!!なんでも!!」

 

 

「死ね」

 

今までの怒りを込めて、ジャムダールに回し蹴りを叩き込む。

バキボキッと骨の折れる音が聞こえ、そのまま吹っ飛んだ体は壁を突き抜けて、どこかへ落ちた。

悲鳴や助けを呼ぶ声が聞こえるあたりから、ホールにでも落ちたのだろう。

 

「やったぞミラ....!!俺達の夢が叶ったんだ!!」

 

笑いながら、泣きながら、今は亡き親友へと語りかける。

 

 

1536年3月21日、12時00分。

アズモンド王国20代目国王、アンディート・ブラフマー王。生誕。

 

 

 

 

 

________

 

 

 

 

 

ディアストリク王国

城内、謁見の間

 

 

 

 

 

 

「おい、みな跪け!!頭が高いぞ!!」

 

王座に座る小太りな男が叫ぶ。

怯えたメイド達は下げていた頭をさらに深く下げる。

 

「ふんっ、それでいい。全く礼儀の知らない無礼物ばかりだ!!俺は運命に選ばれた王だぞ!!」

 

少し声を荒らげただけではあはあと荒い呼吸をするこの男、ルッタは自らを37代目のシヴァ王だと名乗りを上げ、こうしてふんぞり返っているのだ。

 

しかし怪しい。

 

執事が確認した王の証はぐにゃぐにゃも曲がっていた上に、他の証拠を見せてくれと頼むと明らかに焦り激怒したのだ。

本来は運命に選ばれし王の居場所を示すコンパスがあるのだが、それは前王の息子のイタズラによってどこかへ隠されてしまっていた。

 

疑わしいが、本当に運命に選ばれし王だった場合のことが怖いので誰も何も言えずにいる。

 

「チッ、お前ら俺を疑ってんだろ!?丸分かりなんだよ!!」

「いいかよく聞け、この俺様こそが

 

バァンッ!!

 

大きな音と共に、ルッタの声が途切れた。

 

何が起こったのか。

皆が下げていた頭を上げ、確認する。

 

 

絶命。

ルッタは頭を銃で撃ち抜かれ死んでいた。

 

誰かが悲鳴をあげる。

 

「この俺様こそが....偽物の王だ!!ってね」

 

王座の後ろから声が聞こえた。

いつの間にそこにもいたのか分からないが、そこには白髪の少年が立っていた。

その少年はルッタの遺体を片手で王座から落とし、思い切り蹴り飛ばす。

 

「無礼物なのはオマエの方だよ、豚ごときが....

皆遅くなってごめんね、ボクが正式な37代目シヴァ王だよ」

 

ニッコリと微笑むその少年の顔を、その場にいる皆が知っていた。その名をムームア。前王の2番目の息子だ。

 

「改めて、よろしくね!」

 

その無邪気なはずの笑みは、今日は歪んで見えた。

 

 

 

 

1536年3月21日、12時00分。

ディアストリク王国37代目国王、ムームア・シヴァ王。生誕。

 



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従者

「....」

「....」

 

気まずい沈黙が続く。

いや、向こうはずっとニコニコとこちらを見ているので気まずいと思っているのは恐らく自分だけだ。

現在、先程ルイスと名乗った老人と馬車に乗っている。

 

「陛下?どうかなさいましたか?」

「いや、なんでも無いです....」

 

彼は私の気持ちなど知らないのだろう。じっと笑顔で見続けられるのは結構な苦痛なんだぞと伝えたいが、悪意ない微笑みに結局絆されてしまう。

これは自分から切り出さないとずっとこのままだなと察したので軽く咳払いをして、話題を考える。

 

「その....陛下って呼び方じゃなくて、レナータって呼んでください。何だか性にあわなくて....」

「左様でございますか?本来なら某ごときの使用人がそうのように気安くお名前を呼ぶことをは恐れ多いのですが....」

「私さっき王になったばっかりで緊張もしてるので、私のためだと思って!ね?」

「畏まりました。では、レナータ様。」

「はいっ」

 

ふふ、とお互い軽く笑い合い、先程の思い沈黙がなくなったことでカチコチに力が入っていた体が少し楽になった気がした。

 

「では、某からもお願いしたい事がございます」

「はい、なんでも!」

「敬語をお辞めになさっていただきたいです。こう見えて某も王に敬語を使わせてしまって少々緊張しております。」

「え!?あ、ごめんなさい!!じゃないや....ごめん?」

「はい、願いを聞き入れて頂いきありがとうございます」

 

良く考えれば王が使用人に敬語なんて世間一般的にはおかしいだろう。自分としては年上のルイスさんに敬意を払うのは当然だと敬語を使っていたが、逆に気を使わせてしまっていたらしい。王様というのは難しいなと思う。

自分はずっと旅人だっため、王という身分の高い人と話すどころか会ったことすらない。

そもそも、前の王はどんな人物だったのかさえも知らなかった。

 

「私の前の王様ってどうな人だった?私、そういう人とは無縁の生活してたから....」

「前ヴィシュヌ王陛下はそうですね....強き御方でした。他の選ばし王とはあまり仲がよろしくなかったようですが、運命に選ばれし王としての指名を果たそうと宝に辿り着く為の努力は惜しみませんでした。ですが....」

 

ルイスさんは先程とは変わり、悲しい表情を見せる。

そう、私が新しく運命に選ばれたという事は前王は死んだという事になる。王が死んだ瞬間に、どこかで新しい王が選ばれるのだ。

そこでやっと気がつく、自分がさっき王になったということは前王が亡くなったのは、ほんの数時間前なのではないかと。

 

「あ、あの、ルイスさん!前王様が亡くなったのってついさっきの事なんじゃない?私のところじゃなくて、その王様の所に居てあげた方がよかったんじゃ....」

「いえ、執事長が新しき王をお迎えにあがることは決まっておりますゆえ。お気遣いありがとうございます」

 

ルイスさんがどうだったかは分からないが、どんなに慕っていた王が亡くなったとしても傍には居られないのが執事長なのか。少し不憫に思えた。

 

「そう....前王様はなんでなんで亡くなったの?」

「申し訳ございませんが、某にもまだ分からないのです。前王様....クリファス陛下は他の王とお会いになると外出なさいましたので....」

「?、じゃあなんで前王様が亡くなったって分かったの?」

「クリファス殿下が召喚なさった従者様方が急に消滅してしまったので、これは、と」

 

従者とは、運命に選ばれし王が精神力と呼ばれるものを削って召喚する、王に忠実な下僕の事だ。

従者は王と深い繋がりで結ばれているため召喚主となる王が死亡した場合、同じく死んでしまう。

逆に従者が死亡した場合は死にはしないが王に強い痛みが伝わるのだとか。

 

「そっか....私も従者を召喚する事になるんだよね?」

「そうでございます。従者様は御身を守る重要な役目を持ちます。勿論王ご自身が驚異的なお力をお持ちになっている為に普通の軍隊に襲われたとしてもお1人で全滅させる事は可能だと思われます」

「じゃあ....」

「しかし、他の運命に選ばれし王が相手となれば、話は別でございます」

 

そもそも運命に選ばれし王というのは協力し合うのが前提で選ばれているはずなのだが....世の中そう簡単いかないらしい。

 

「それに、運命に選ばれし王というのははなんの経験もなくいきなり王になる御方ばかりです。そのサポートをするという役目もございます。従者様は豊富な知識を持つ方々ばかりでした。レナータ様も従者様を召喚なされたら、必ずや貴方様のお力添えになるでしょう」

「確かに、急に王に選ばれて右も左も分からない状態だしね」

 

ただの旅人だった私がいきなり王に選ばれて行先が不安だったが、従者がいてくれるなら大丈夫だろう....多分。

自分が召喚する従者はどんな人物だろうか。少し楽しみになった。

最初はなんと話をかけようか、名前は自分がつけるのだろうかと色々と思いを馳せる。

すると馬車のスピードが徐々に下がってくる。

 

「どうやら国に着いたようです」

「国って、イデアーレ王国?」

「はい、貴方様の国でございます」

 

私の国....なんだかプレッシャーで体が急に重く感じた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

イデアーレ王国に着くとあれよあれよと言う前に城へ連れられ、一通り城内を案内された。一通りと言っても城がなかりの大きさで広いため、かなり時間がかかった。最後に案内されたのがここ、謁見の間だ。

多くある部屋の中でも断トツに広く、そして長い階段の上に豪華な玉座が神々しく置かれている。

自分があの玉座に座る事を想像する。玉座に座りふんぞり返る私....あまりにも似合わない。

 

「では、レナータ様。玉座へ」

「え、もう?」

 

先程想像して似合わないと結論が出たばかりなのに、まだ心の準備が出来ていない。

何か逃げ道はないかと模索したがルイスさんの眼差しを受けて諦める。

長いカーペットを歩き、そしてこれまた長い階段を一段一段登ってゆく。たかが椅子に座るだけなのに心臓がバクバクした。

玉座の前に着きくるっと後ろを向くと、いつの間にかルイスさんはちょっと遠いところで跪いてる。

これはもう、座るしかない。

ストンと玉座に座ると凄く座り心地がよく、おおと声をあげそうになる。自分が今まで座ってきた木製のボロい椅子とは比べ物にならないし、まず比べること自体が失礼だ。

肘置きをスっと軽くなで、そういえば座ってどうするのかと思う。まさか座り心地の確認だけではないだろう。

 

「ルイスさん、私これから何すれば....?」

「まずは御身の安全のために従者様の召喚をなさった方がよろしいかと。それと某の事は呼び捨てで構いません」

「うん、分かった。よーし、じゃあいっちょやりますか!!」

「従者様の人数は平均2.3人となっております。あまり多くの人数を呼び出してしまうと精神力が持たなくなり発狂してしまうのでご注意を」

「....ちなみに発狂したらどうなるの?」

「死にます」

「....そっか!!うん、大丈夫!!」

 

少々怖いことを聞いたが、覚悟を決め勢いよく玉座から立ち上がり、腕をバッと前に出す。

なんとなーく召喚したい人数を思い浮かべ、すうっと息を吸い、叫ぶ。

 

「従者召喚!!」

 

 

 

 

「....」

 

 

 

 

何も起こらない。

 

「申し訳ございません。従者様を召喚するには特定の言葉が必要となります....」

「あ、はい」

 

ルイスのなんとも言えない表情にノリノリで叫んだ自分が恥ずかしくなる。穴があったら入りたい気分だ。入って埋まりたい。

ルイスからちゃんと召喚のキーとなる言葉を教えてもらい、いざテイク2。

 

「忠実なる下僕よ、我が呼びかけに応え、我の剣となり盾となりこの身をを守れ!!」

 

すると今度は変化があった。広い謁見の間に、白い魔法陣が浮かび上がる。

その数、8つ。

 

「っ!?レナータ様!?」

 

ルイスが立ち上がり心配そうに私を見上げる中、私は満足げに頷き、しかし自分の体がからどんどん何が削られていくおぞましい感覚に耐える。

正直苦しい。精神力を削りすぎると発狂していまうというのも、分かる気がした。

冷や汗がたれ、視界も徐々に歪んでくる。しかし目の前の魔法陣から人型の光が浮かび上がるのを見て、ふらつく体に鞭を打ち目を見開く。

精神力という目には見えないものだが、自分の1部を削って従者達が、生命が生まれる瞬間をちゃんと目に焼き付けておきたかった。

 

「レナータ様!!ご無理をなさらないで下さい!!このままでは貴方様が死んでしまいます!!」

「だいっ....じょうぶ!必ず....召喚してみせる!!」

 

8つの魔法陣から浮かび上がった人型の光が、ちゃんと人の姿になる。その時やっと苦しさがなくなり、倒れ込むように椅子に座ってはあはあと肩で息をする。

 

「ちゃんと、召喚できた?」

 

8人の従者が一斉に跪き、第1声を発する。

 

「レナータ・ヴィシュヌ女王陛下。我ら従者、この身が朽ちるまで貴方様に絶対なる忠誠を捧げる事を誓います」

 

そして皆がさらに深々と頭を下げる。

感動の瞬間。ちょっと無茶をしたが少しでも多く召喚したいという自分の願いは叶ったようだ。

そう、感動の瞬間のはずなのだが....

 

「皆まず....服、着ようか」

 

全裸。最初の感想はそれだった。

確かに生命皆、誕生した直後は衣服は身につけていないだろう。常識だ。

だが、召喚という普通とは違う生まれ方をしたならば何か簡単なものでも着させてあげてもいいのでは?

 

「何か....誰か毛布とか持ってない?」

 

この場にはルイスと従者達しかいないが、あまりの動揺に居ないものに毛布を求める。

 

「レナータ様、初めに頂く衣服は従者様達にとって特別な物となります。もし、お心遣い頂けるならレナータ様が選ばれた物を頂けると良いのですが....城には多くの衣服がありますゆえ」

 

ルイスがそういうと頭を下げ、私に願った。

従者達にとって特別。それなら私は、と、おもむろに翼を出し窓の縁に足をかける。

 

「悪いけどちょっと待ってて!30分!....いや、10分で済ます!!」

「レナータ様!?」

 

足に力を込め思い切り空へ飛ぶ、王になって強くなった自分の体にあまり慣れてなかったので、少し窓枠がミシッと音をたてた気がしたが....聞かなかったことにした。

暗い空をびゅうびゅうと風を切る音がうるさいぐらいに聞こえるほどスピードを出し、向かう場所は洞窟だ。他にも周る所がある。

 

「じゃあ、素材狩りといきますか!!」

 

王が体内に持つ神器と呼ばれる特殊武器を体から取り出し、軽く振る。驚くほど身に馴染むその双剣を初めに使うのは、従者達の衣服の素材を手に入れる為の狩りだ。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「ただいま!!」

 

 

王国に戻り、飛び出したのと同じ窓から帰還する。血まみれで。

 

「レナータ様!?その血は!?」

「大丈夫、全部返り血」

 

早く拭かないと、と焦るルイスをよそに従者達に向かって歩く。

全員が跪いたままキョトンとした顔で私を見ていた。ずっとその体勢でいたのかと申し訳なさを感じながらを、あるカバンを掲げ、皆に見せる。

 

「待たせてごめんね。素材を取ってきたので、これでみんなの服を1から作ろうと思います!

ルイス、私はいいから悪いけど衣服製造が出来るアビリタ持ってる人集めてくれない?」

「は、はいっ!畏まりました!」

 

アビリタというのは、人が持つ特殊技能の事だ。

強力な技だったり、攻撃力を上げたりと戦闘面に使えるものもあれば、先程言ったように魔法の篭もった特別な服を作ることの出来るアビリタもある。

確か運命に選ばれし王とその従者はアリムタの上位、クアリタというものが使えると馬車に乗っている時説明された。

 

急いで何処からから取ってきた高級そうなタオルを私に渡したあと、ルイスはまたまた急いで謁見の間を出ていった。

 

「えっと、皆このままで悪いんだけど別の部屋まで行こうか。男性と女性で衣装作る部屋分けた方がいいだろうし....」

「畏まりました」

 

従者の代表だろうか、召喚の直後に誓を宣言したのと同じく従者が返事をする。

するとルイスが戻ってきて、数名のメイドや執事を連れてきた。

 

「はぁ....はぁ....連れて参りました....」

「お、お疲れ、ありがとうね」

 

老体に無理をさせただろうかと反省し、城を案内して貰った時に空き部屋だと言っていた部屋へ皆を連れていく。

異様な光景だ。

裸の男女達とメイド、執事、そしてそれを連れる王。

誰にも見られませんようにと祈るしか無かった。

 

部屋に着いたらそれはもう忙しかった。

服のデザインを考えるのは私なので、男性用の部屋と女性用の部屋を行き来しながらああしてこうしてとメイドや執事に伝え、衣服を作ってもらう。

元々城にあった装飾品などを手の空いている使用人に持ってこさせて衣装のできた人からどれがいいか付けさせてみたりあれやこれやを試す。

そうしてやっと8人全員が自分の理想通りの衣装を身にまとって目の前に揃った時は感動で拍手までした。

 

「ああ、やっと全員分出来た....」

「お見事でございます、レナータ様」

「ありがとう、ルイス....あーそろそろ限界かも....」

 

衣装を作っている時使用人達に何度顔が青白いと心配されただろうか。実を言うと従者を召喚したことでかなりの疲労が体にのしかかっていた。

達成感で一気にその疲労を感じ、もう立つどころか意識を失いそうだ。

床に座り込みちょっと目をつむっただけで、私は眠ってしまった。



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8人の子達

「....」

 

ぼんやりと、意識が浮上する。

ふわふわとする意識の中、天井をぼーっと見るとなんだろうか、布。そして自分が横たわっているのは異様に寝心地の良いマットレスに、被っているのは柔らかい羽毛布団。服はいつものではなく寝やすそうな軽装に変えられていた。天蓋が有り、これは....ベッドか。そうしてやっと意識がはっきりしてくる。

自分の最後の記憶は―そう、従者の召還で無茶をした後、8人分の衣装の制作をし、達成感ではしゃいだ後に座り込みそのまま寝てしまったのだ。

マヌケだ。もう少し頑張る予定だったが失態を見せてしまったと思う。

周りを見ると、天蓋から垂れる布でよく見えないが人の気配がする。

誰かいるの?と声を出そうとしたが、思ったより掠れた声が自分からでて驚く。

 

「レナータ様?」

 

ふわりとした柔らかい声が返ってくる。

すると布越しに見える人影が濃くなり、誰かが側まで来てくれたのが分かる。

 

「お気づきになられたのですね、よかった....。

ご体調の方はいかがですか?」

「ん~、結構スッキリしたかも」

 

上半身を起こし大きく伸びをした後、ベッドから降りる。

布を履けて出ると、そこには先程会話をした人物が。

モノクルをつけた空色の髪をした女性。召喚した従者の1人だ。

緑色のくりっとした目が私を見つめている。

 

「私もしかして結構寝ちゃった?10時間とか....」

 

自分が衣装を作っている時は深夜だったが、窓から西日がさしている所を見ると、かなりの時間が経過したのではと予想する。

 

「いえ、その....5日間でございます」

「へぇ、5日....。ん!?5日間!?」

「はい、私達を召喚してくださった事によってかなりの精神力を消費して、疲労が溜まってしまっていたのでしょう。」

「それにしても5日....寝すぎだよ私....」

 

逆によく1回も起きずに5日間寝られたなと呆れを通り越して感心すら覚える。

ずっと寝ていたということはその間は皆に負担をかけてしまったのであろう。王がやるべき仕事を放置してしまっていたのだから。そもそも自分は王がどんな仕事をするか全然知らないのだが。

 

「私が寝てる間、皆はどうしてたの?王が意識不明な状態って国を攻めるのに絶好のチャンスなんだと思うけど....大丈夫だった?」

「そこは考慮しまして、外部に情報が漏れないように慎重に行動しましたのでご安心を」

 

自分が呑気に寝ている間に、みんなに苦労をさせてしまったようだ。私が出来る償いといえば、一刻も早く皆に元気な姿を見せることだろうか。

このままの姿ではなんだと着替えがしたいと提案する。

 

「畏まりました。では、お手伝いします」

「え」

 

手伝うとは....着替えを?何を手伝うのかと思う。ただ服を脱いでいつもの服に着替えるだけだ。

思ってもみなかった返答に若干戸惑いながらも、肩や腕の部分の甲冑はベルトが多く1人では時間かがかかるので、結局手伝って貰うことにした。

 

――

 

着替え終わるとまた謁見の間へ連れられ、またまたあの玉座に座らされた。恐らくこれから何度も座る様になるのだろうからいい加減慣れないとな、と考える。

 

「では、皆を呼びますので少々お時間をいただきます」

「うん、よろしく」

「〈メサージュ〉〈エクステション〉」

 

〈メサージュ〉という遠くにいる相手と会話ができる魔法を使い彼女は従者全員を呼び出し始める。

〈エクステション〉というのは低位の強化魔法で恐らく〈メサージュ〉を強化して、多数と連絡が取れるようにしたのだろう。しかし大人数で喋り出すと聞き取れないのでこれを使う時は大体が一方通行の連絡、という使い方になる。

 

「皆を呼びました。直ぐにこちらへ来ると思います」

「ありが「レナータ様!!お目覚めになられましたか!!」

「....え」

 

早い。あまりにも早すぎる。まだお礼も言わないうちに従者がここへ到着したのだ。

それも1人や2人ではない、全員だ。

扉の前でずっと待ってたのかと思うほど早かった

皆が早歩き(走るというのは場に相応しくないからだろうか)で階段の所まで来て跪く。

 

「お体の調子はどうでしょうか?」「何処か痛みはありませんか?」「お腹は空いていませんか?」「水をお持ちしましょうか?」「元気になるアイテムを....」

「いや、ストップ、ストップ!!」

 

皆が口々に私の身を按じる言葉を掛けてくれるが、一斉に喋られても聞き取れない。私は聖徳太子では無いのだ。

全員がしんと黙り込み、私の次の言葉を待っている。

 

「そのー、心配かけてごめん。体調は見ての通りピンピンしてるからそこは心配しないで、大丈夫。今は私が寝てた5日間に何があったか教えて欲しいな」

 

もしかしたら大きな変化があったかもしれないと不安で仕方なかった。仕事で初日からミスした様な不安。自分のせいで周りの人に迷惑がかかったのではないかとそわそわする。

しかし....誰も喋り出さない。どうしたのかと様子を伺っているとどうやら誰が報告するか戸惑っているようだ。

さっきの様にタイミングが合わず皆で話してしまったら私に叱られると思っているのだろう。

 

「あ~、じゃあ貴方」

 

そういい1人の従者を指さす。白の布地に黄色で刺繍がされたマントを羽織った赤い瞳の青年。青年....と言うにはかなり落ち着いた、貫禄のある雰囲気を醸し出しているが。

 

「貴方に....ん?待って。もしかしてみんな名前....」

「はい、まだありません」

 

やらかした....、そういえば従者の名前は王が決めてあげるのだとルイスから事前に聞いていた。

この5日間従者たちがどうやって過ごしたか考えると頭を抱えたくなる。

 

「みんなごめん!!」

「いえ、貴方様が謝る事など何もございません。私共はレナータ様から名前を頂けるだろうとルイスさんから聞いておりましたので、ただただ楽しみに待っておりました」

 

にこりと満面の笑みを浮かべられ、余計に申し訳なさを感じた。

名前か、と腕を組みうーんと唸る。命名などした事がないのでいざ考えようとすると案外難しいものだなと悩む。

さて誰からつけたものかと従者達をじっと見つめる。

 

「よしっ!」

 

手を叩き、ガチャッと手甲が鳴る。

折角皆が揃っているのだ、召喚した日にまともに話も出来なかったので良い機会だと思う。

 

「みんな、面接しよう!」

「面接....でございますか?」

「うん、私みんなとあんまり話も出来なかったし、みんなの事もっと知りたいから」

「私共に興味を持って頂いて大変心嬉しく思います」

 

さっきより深い笑みを浮かべ喜ぶ従者。

他の従者達もとても嬉しそうだ。思ったより私に物凄い忠誠心があり、私が命令すれば何でも聞いてくれるような気がする。いや、実際そうだろう。....つい甘えてしまいそうだ。

 

「ここじゃあアレだし、執務室に移動しようか」

 

 

 

――

 

 

 

 

コンコン

 

「どーぞ」

「失礼致します」

 

執務室に移動して、1対1で話を聞くからと順番を決めて一人ずつ入ってもらう事になった。待機メンバーは廊下で待っていてまるで会社の面接のようだと思う。何だか面接官になった気分がして何故かこちらが緊張してきた。

 

最初に入って来たのは先程私が指名しようとした白フードの青年。口元は布で隠れていて表情が読みにくそうだと思ったが、よく見たらシースルーになっていてにこりと弧を描いた口が見えた。

だが....1番気になるのは彼の頭部だ。深いフードで隠れてはいるが、ツルッとした頭が見える。そう、頭髪が無い。

若いのに苦労してるな....と、憐れむが召喚したのは自分なのでもしや私のせいか!?と焦る。

 

「レナータ様?どうかなさいましたか?」

「いや、大丈夫、全然大丈夫!」

 

何が大丈夫何だ、と自分にツッコミを入れてどうにか平静を保つ。もしかしたら気にしているかもしれないのでそこの話題は避けようと誓う。

 

「あ~、私従者についてあんまり知識ないから質問が多くなっちゃうかもしれないけど、いい?」

「はい、勿論です。貴方様のお役に立てるなら願ってもない事にございます」

「じゃあ....まず気になってるのは、皆が自分の事....そうだなー例えば好きな食べ物とか、趣味とかあと特技とか?そういうのを理解出来てるのかな?、と。だって私が召喚してからまだ5日しか経ってないから、言わば生まれたてなわけでしょ?」

「そのことについては大丈夫でございます。私共が召喚されてから、まるでこの体を随分前から使っていたかのような馴染みを感じました。なので自らの事も不思議と理解が出来ます」

 

本当に不思議だ、まあ魔法なんてそんなものだろうと勝手に納得する。そして安心した、これから従者達に色々聞く予定なのに返事が全部、分かりません、とかだったらどうしようと若干心配していたのだ。

 

「では、趣味、長所、短所、あとは得意分野を教えて下さい」

「はい。趣味は読書、長所は頭の回転の速さ、短所はありません。あったとしてもレナータ様の従者として完璧では無い、というのは罪だと思われますので即座に修正します」

「そ、そっか....」

「そして、得意分野は戦略でございます。レナータ様に敵対する者は私の戦略で即座に潰して見せますのでその際はお任せを」

「ほほぅ、心強い!私、頭の方は期待しないで欲しいから貴方みたいな人がいると凄く助かる!」

「ありがとうございます。知識であれば、仮面をつけた赤いマントの彼もかなりその面で活躍出来ると思われますよ」

 

仮面をつけた従者。頭で思い浮かべ、国政の事は2人に任せようかなと思考する。

 

「よし、じゃあそろそろ名前決めちゃおうかな」

「よろしくお願いします」

 

う~んと空を見つめながら先程貰った情報をまとめ、名前を考える。一生物なので文字数など真剣に考えたいが、この世界で名前の文字数での運勢の善し悪しがあるのかと疑問に思い、直感でビビっと来たものを与えようと思う。

まあ、気に入らなければ改名しても全然良いのだけど。ちょっと寂しいが。

その時、ふっと降りてきた。彼に相応しい名前が。

 

「サージェ、貴方をサージェ・ミタリーと命名します」

「有り難き幸せにございます!このサージェ・ミタリー、貴方様に絶対なる忠誠を誓います」

 

彼の、サージェの周りにぱぁっと花が咲くのが見える気がするほど喜びが伝わってくる。どうやら気に入ってもらえたようだ。

 

「じゃあ、悪いけど次の人呼んでもらっていい?」

「畏まりました!」

 

失礼します、と退室した後、外から「サージェ・ミタリーと素敵で大変素晴らしい名を頂戴しました!」と嬉しそうに報告する声と、「おお~」と羨ましがるような声と共に拍手が聞こえる。

....私のプレッシャーが倍増した。

 

 

そしてちょっとしてからノックが聞こえた。

 

「どうぞ」

「失礼します....」

 

キョロキョロと周りを見渡しながらかなり緊張した様子で入ってきたのは、私が目覚めた時に話をした空色の髪をした女性だ。水色の十字架の模様が入った膝下まである服に、上から緑色のフードの付いた羽織を着ている。

左目につけたモノクルは相手の体力や魔力の量が見えるマジカルアイテムでチェーンについている十字形のスターが揺れている。そして上から下まで見たあと、分かり切ったことだったが彼女の豊満な胸に視線がいってしまう。私の馬鹿野郎。

 

「あの、何からお話したら良いでしょうか?」

「はっ、そうだった。ごめんごめん、ちょとむ、いやなんでもないよ」

 

流石に胸ばっかり見てましたとは言えないので笑顔で誤魔化した。幸い彼女は私の真意には気づいてないようで、そうですかと笑顔を返してくれた。

 

「んんっ、じゃあ気を取り直して....趣味、長所、短所、あと得意分野を教えて下さい」

「はい。趣味はお菓子作りです。あと長所....ですか....おそらく細かい所に気がつける事だと思います。短所は1度怒りにとらわれると歯止めが効かなくなる所で、得意分野は回復魔法です。それ以外では取り柄はありませんが、逆に言えば回復魔法に関しては誰にも負けない自信があります!」

「なるほど....お菓子って何が作れる?」

 

つい私の中の食いしん坊がそこに飛びついてしまった。

 

「ええっと、クッキーやシュークリーム、あとアップルパイと....あ、ケーキも作れます!」

「おー、凄い....。ちょっとお腹空いてきちゃった」

「それは大変です!何かお作りしてお持ちしましょうか!?」

「いや、今はみんなの名前から考えたいから、よかったら....後で何か作ってもらえる?」

 

何だか真っ先にお菓子の話題に興味を持ってしまった自分が今更恥ずかしくなり控えめに尋ねると、彼女は喜んで!ととても嬉しそうにしていた。

ちょっと脱線したなと思い、彼女の名を考える。

 

「ん~、よし!貴方をルポゼ・マータと命名します」

「あ、ありがとうございます!」

 

またもやサージェと同様に彼女の周りに花が咲いたように見える。

 

「じゃあ次の人呼んでもらおうかな」

「はい、畏まりました!」

 

深々とお辞儀をした後、失礼しますと退室すると、またまた名前への賞賛と続く拍手が聞こえる。

 

「子供の名前考える親ってこんな気分なのかな....」

 

残り6人。私の直感命名能力(笑)がフル稼働する事を願うばかりだ。

 

そして3人目、ちょっと強めなノックと、やっちゃった....と悲しそうな声が聞こえたので入室を許可する。

入ってきたのは冠を被った白に少し黄色が混じった髪色の、本来耳がある場所に小さな翼がついた天使の女の子。濃いピンク色の瞳が私を申し訳なさそうに見つめる。理由は先程のノックだろうか?とがめたりなんかしないのになぁと思いつつも、原因は彼女が手にはめている手甲だろうと思う。

その手甲は成人男性の頭も軽々と潰せるだろうと予想できるほどの大きさで、恐らく軽いデコピンでこの部屋の扉どころか壁さえも破壊できるほど強力な武器だ。

 

「あたし....その....」

「うんうん、大丈夫だから。例え扉ぶち破ったとしても私は怒らないから、ね?」

「よ、よかった....」

「じゃあ、趣味、長所、短所、あとは得意分野を教えて下さい」

「はい!趣味は武器の手入れで、長所は諦めない心!短所は1人で突っ走ちゃう所です!得意分野は物理攻撃を得意とします!よろしくお願いします!」

「うん、こちらこそよろしく!それで....その、手甲での力加減とか大丈夫?付けさせた私が言うのも何だけど他の武器に変えようか?」

「いえ、大丈夫です!あたし、この手甲凄く気に入ってますので!それに力加減を間違えてもあたしの旦那はかなり硬めのガードが出来るので相殺してくれると思います!」

「へぇ、旦那さまがねぇ....旦那!?え、貴方結婚してるの!?」

「はい、あの青い角が生えてる笑顔が素敵な彼です」

 

若干惚気を聞かせられた気がしたけどそこは深く考えない事にした。それにしても、夫婦か....この子が結婚....。

犯罪臭がするのだがと言いたいとこだが、この国ではどれくらいの年齢から結婚が許されているのかよく知らないので大丈夫なのか....?と自分の中のなにかと葛藤する。

 

「失礼だけど....貴方いくつ?」

「あ、はい!300歳ぐらいはいってると思います!」

「300!?へぇ....てっきり幼女かと....」

「ごめんなさい....実はいつまでも若くて可愛いお嫁さんでいたくて今の状態は魔力を調整して小さくしてるんです....」

 

いや、若いにも程があるだろう。もしかして旦那さまとやらはロリコンなのではと疑惑が浮上する中、もじもじと恥ずかしがっている彼女を見て全て許した。幸せならOKです。

 

「でも、心配なさらないで下さい!戦闘の際は元の姿に戻ってフルパワーで戦いますので!!」

「もし戦う事になったら多分最前線で戦ってもらう事になると思うからその時はよろしくね」

「はいっ!お任せ下さい!」

「ではそろそろ....」

 

実はと言うと彼女の名前は話の途中で降臨してきていた。

最強のアタッカー。

 

「貴方をアタリル・イブズと命名します」

「ありがとうございます!凄く嬉しいです!!」

「ふふ、よかった」

 

最後にずっと気になっていた翼の形をした耳を少々見せてもらって何で聞こえるんだろうと疑問に思ったが、可愛いので全てどうでもよくなった。かわいいは正義なのだ。

 

そしてまた退室した後の賞賛と拍手の嵐。

多分全員やるんだろうなと少し笑ってしまった。

 

そして4人目。ちょっと大きめのノックの後に入ってきたのは先程アタリルの話に出た角の生えた男性。角と尖った耳、あとは牙がある所以外その特徴がないので分かりづらいが、彼は悪魔だ。天使と悪魔の夫婦。禁断の恋というやつだろうか。

 

「よろしくお願いします!!」

「はい。命名!ディーフェル・アダムズ!!」

「ありがとうございます!大事にします!!」

 

即効で命名したらそのまま退室しそうな雰囲気だったので急いで引き止める。

 

「いやいや、実はさっきアタリルが貴方の事話してたから、つい、こう直感がね」

「そうですか!レナータ様の直感は素晴らしいです!!凄い格好良い名をもらえて俺、すげぇ嬉しいです!!」

「そっかそっか」

 

てっきり適当に考えたんじゃないかと抗議されるものかと思ったが、当人は凄く嬉しそうだった。

あまりのスピード命名でディーフェルと話が出来ないところだったが。

 

「一応、趣味、長所、短所、あとは得意分野を教えて下さい」

「分かりました!趣味は防具の手入れ、長所は大体の事は笑って許せるとこです!多分!!短所は難しい戦略とか分からないところです!正直サージェが説明してる半分も意味わかりません!」

「そりゃ大変だ!」

「だけどあいつ凄いんで、俺が分かんないのを分かって色々考えてくれるのでありがたいです!!」

「サージェに感謝だね!」

「はい!!」

 

つい彼の大きい声につられて自分も結構大きめの声で喋ってしまう。多分彼は声だけじゃなくて器も大きい人だろう。何でも笑って許してくれるというのは心が辛い時傍に居てくれたら凄くありがたい存在だ。

アタリルはいいお嫁さんだし、ディーフェルはいい旦那さんだと思う。優しく見守ろう。

 

「あとー、得意分野は物理防御です!一応もっと悪魔に近い形態になれば攻撃力も上がります!」

「ディーフェルも今は本当の姿じゃないんだね」

「いえ、俺の方はアタリルと違って変態するとかなり魔力を使うのでこっちの方が本当の姿ですね!」

「なるほど....」

 

もっと悪魔に近い形態。少し見てみたい気もするが、魔力消費が激しいなら必要に迫られた時だけ使ってもらうことにしよう。

入って10秒ぐらいで命名してしまったが、ディーフェルの人柄が大体掴めてきたので次の人と交代してもらうことにした。

そしていつもの。4回目となると自分も混ざって拍手したい気分になった。

 

そして5人目。入ってきたのは紫色の髪をしたぴょんぴょんと揺れる大きなアホ毛が特徴的な少年。右と左で色の違うベストを着て、シャツの袖はまくっている。ニコッとVの字を描く口がとても可愛らしい。

そう思っていると、他の従者とは違って私のデスクの前まで来てぺこりと頭を下げたあと両手をバッと私に差し出す。

 

「....?」

「お久しぶりですレナータ様!よかったら握手して下さい!」

「あ、ああ。握手ね、いいよ」

 

私が手を差し出すと小さい両手でキュッと握って軽く振る。

 

「ありがとうございます、もう手を洗いたくありません!」

「いや、ちゃんと洗おうね。握手ならいつでもしてあげるから」

 

アイドルの握手会に来たファンの様なことを言い、他の従者と同じぐらいの距離の場所へてこてこと戻ってゆく。

心做しか大きなアホ毛がぴょこぴょこ動いているように見える。....あれは感情と連動して動くの....?

 

「では、よろしくお願いします!」

「じゃあ、趣味、長所、短所、あとは得意分野を教えて下さい」

「はい!趣味はマジカルアイテムの点検と整理です!長所は、んー?嘘をつけないところです!短所は人を無自覚に煽ってしまうところだって仮面のお兄さんに叱られました!あとー、得意分野は回避術です!」

 

もう既に叱られるほど何かやらかしたのか....と少し呆れつつ、そういえばさっきもかなりマイペースで悪くいえば空気の読めない子なのだろうかと思う。

 

「君は...今いくつ?」

「8歳です!」

「8歳の従者か....」

 

王を守るための精鋭が8歳とはどうなのだろう。こんな小さな子供を戦闘に出すのは流石に心が痛む。回避術に自信があるといっているので痛い思いはあまりしないで戦えるのかもしれないが、彼にはあまり戦わないでいられるように後でサージェにお願いしようと考える。

まあ本音を言えば、ほかの従者達にも痛い思いはして欲しくないのだが。

私の沈黙を自分に対する不満だと思ったのか、少年はしょんぼりと項垂れてさっきまで元気にぴょこぴょこしていたアホ毛もしなっとしている。

 

「やっぱり僕みたいな子供じゃ駄目ですか....?僕は処分されるんでしょうか?」

「....?、処分って?」

「もし召喚した従者を気に入らなかった場合、殺して新しく召喚し直す事があるって聞きました....」

 

なんだ、それは。

そんな事する王がこの世にいる事に怒りを覚えた。召喚する従者は確かに容姿や能力、年齢や性別など選べるものでは無い。だがそんな、自分が気に入らなかったという身勝手な理由で殺すなんてあまりにも非道だ。

少年の瞳は揺れ、今にも泣きだしそうだった。

 

「ぼ、僕、子供だけどほかの従者さんと同じぐらいの戦いは出来ると思います!だから....」

「大丈夫、心配しないで。私が君を召喚したのにも何かの縁や、意味があると思うんだ。だから処分なんて酷いこと絶対にしないよ」

「!」

「それに私は結構君の事好きだよ?」

「あ、ありがとうございます!」

 

少年は涙を零したがそれは嬉し涙のようで、良かった。

私の言葉が余程嬉しかったのか、好き....好きかぁ....と小さく繰り返しながら顔を赤くしていた。

 

「うんうん、じゃあそろそろ....。貴方をエルバト・スキートと命名します。」

「はい!ありがとうございます!僕、これからも頑張ります!!」

「よろしくね」

 

アホ毛がちぎれんばかりにブンブン揺れているが....あれは神経が通ってるのか?と不思議に思う。

ぺこーっと効果音が見えそうなほど可愛らしいお辞儀をしたあと、入って来た時と同じ様に口がVの字な笑顔を浮かべ退室しした。あれ可愛いな....。

 

そしてお決まりの....と、思ったが今回は動揺の声が聞こえた。私がエルバトを泣かしてしまったのでその事に対してだろう。しかしその後、「これは嬉し涙です!レナータ様は本当に素晴らしい御方です!!」とエルバトの声が聞こえその後より一層大きい拍手が聞こえる。

私の株がどんどん上がっているが皆の期待に応えられる様な王になれるだろうか....とちょっと不安になる。

 

そして6人目。控えめなノックの後に入ってきたのは、反転目の、微笑みを絶やさない人狼の男性。左右で色の違う獣耳は私が獣人にイメージする場所ではなく、普通に人間と同じ位置についている。にこりと私に向けた笑顔はサージェと違って爽やかと言うよりは、怪しげな....という風な印象だ。

 

「お久しぶりですレナータ様。こうしてまたお会い出来たことを大変喜ばしく思います」

「そうだね~、久しぶり。私もこうやってみんなと話できて嬉しいよ」

「そうですね....こうして密室で、二人きりで....。ふふっ」

 

え、こわ。

もしかして私に不満があって二人きりという絶好のチャンスに仕留めようとして....などと不穏な事を考えたが、そういえば王が死ぬと従者も消滅してしまうのでその可能性は低いかと安心する。じゃあさっきの不敵な笑みは何だったのか。

 

「え、えっと、趣味、長所、短所、あとは得意分野を教えて下さい」

「畏まりました。趣味は社交ダンス、長所は善人悪人の見極めができるところで、短所は他人を見下す所があるとあの仮面の従者に注意されましたね」

 

貴方もか。もしかしたらその仮面の従者は風紀委員みたいな人なんだろうか....?

 

「得意分野は暗殺です。あとは弓での遠距離攻撃が得意です。」

「あ、暗殺....。もし、もしだよ!私を暗殺しようと思ったら....できる?」

「貴方様をですか!?」

「いや、私と同じぐらいの戦闘力の敵だったら出来るのかな?って」

「恐らく....他の従者と協力すれば可能だと思います。ですが、それはあくまで相手が1人の場合によります。例えば....他の運命に選ばれし王だった場合は、その王の従者に妨害され不可能だと思います」

「そっか....」

 

別に他の王を暗殺しようなんて微塵も思っていないが....逆に相手が敵対行動を取った時、私はどうするのだろうか。

 

「誰か殺して欲しい人物がいるのですか?」

「いやいや、いないよ!ただちょっと興味本位でね」

「そうでございますか。レナータ様」

「ん?何?」

「私からも質問させてもらって良いでしょうか?」

「お、うん。いいよ」

 

従者にこうやって質問というのは初めてのパターンなので少し嬉しかった。何を聞かれるのだろうとわくわくする。

 

「そ、その....」

「?」

「レナータ様はどのような男性が好みですか?」

「....え、好み?」

「はい」

 

少々どもりながら聞かれたのはまさか好きな男性のタイプとは。予想斜め上の質問で思わず聞き返してしまった。

しかし、好きなタイプか....花の10代は部活に夢中だったし、この世界に来てからは生きることに必死だったためそんなこと考えた事もなかった。

 

「ん、ん~どうだろう....。私の事ちゃんと見てくれて、愛してくれる人かな?ははっ、何だか恥ずかしいな....」

「そうでございますか!」

「う、うん」

 

かなり食い気味に返事をされ、逆に私は引き気味に答える。

こういう恋愛の話は今まであまりしてこなかったせいか少し恥ずかしく、この場の空気をどうにかしようとんんっと咳払いをする。

 

「では、名前を!」

「はい」

「貴方をテゾール・ゴルドと命名します」

「―はっ、承りました。有り難き幸せにございます」

 

ありがとうございます、と手を胸に当てお辞儀をされる。凄く紳士的だ。微笑み方は怪しげだが。

退室しようと扉へ向かったが、ドアノブに手をかけたところで動きが止まる。

 

「どうかした?」

「私は....いつでも貴方様を見ておりますので....」

 

そしてまたにこりと笑った後、部屋を出ていった。

....え、やっぱりこわ。いつでも見てるって....ずっと自分の主人に相応しいか監視するって事!?うわ~どうしよう。自信ないぞ....。

そしてお決まりの。私はクラッカーとかあったかなと、マジカルアイテムが入ったカバンを探る。

 

 

残り2人。入ってきたのは今までで1番カチコチに緊張した赤髪の女性。9:1でピシッと分かれた前髪に後ろ髪は下の位置でお団子にまとめてある。赤を基調としたワンピースに、黒のコルセットはかなり絞っているのかウエストが凄く細い。銀のプレートアーマと肩に羽織った軍服が格好良い印象の女性だ。

 

「よっ、よろしくお願い致します!!」

「よろしく。そんなに緊張しなくても大丈夫、何も取って食いはしないよ」

「とって食う....!レナータ様はカニバリズムのご趣味がおありなのですか!?」

「いやいやいや!言葉のあや!」

「はっ、はい!!申し訳ございません!!」

 

これは....ものすごく緊張しているみたいだ。

どうにか緊張を解いてあげようと、質問からではなく軽く世間話から始めようと思う。

 

「私がデザインした衣装だけど....気に入ってくれた?」

「はい、とっても格好良くて、可愛くて、こんな素敵な服を頂けて本当に幸せです!!」

「そっか~、よかった」

 

ニッコリと笑うと彼女もぎこちなくだが笑い返してきてくれて、よしよし、と内心頷く。

 

「じゃあ、趣味、長所、短所、あとは得意分野とか教えてくれるかな?」

「は、はい!趣味は稽古です。長所は感の鋭さで、短所はその....怒りっぽいとこです!得意分野は自分はバランスの取れた戦い方ができるので臨機応変に戦える事だと思います!」

「なるほど....バランス型か。回復系の魔法とか使える?」

「魔法ではなく回復系のアリムタを習得しています。自身だけが対象ですが....」

「なるほど、よし....、貴方をヴィゴーレ・アルマと命名します」

「!!」

 

しん、と場が静まり返る。

今までの従者ならお礼をいい喜んでくれたが、ついに気に入らないと抗議される時が来たか....と心の中で頭を抱える。

やっぱり女の子なのにヴィゴーレなどという男の様な名前が気に入らなかったのだろうか。

しかし私は彼女が男性に対して憧れを持っているように感じたのだ。

 

「....別の名前にしようか?」

「その、自分の様な未熟者、いえ、レナータ様の従者であれば最強な従者である事が当たり前なのだと思いますが、私はヴィゴーレという強く格好良い名前に見合う様な人間なのでしょうか....」

「?」

 

一応、気に入ってはくれているのかなと一安心するが、ちょっとどういう意味か分からない。もらった名前が凄すぎて自分にはその名を名乗る資格がない、という事だろうか。

彼女はとても真面目な人物らしい。

 

「じゃあ、貴女が自分自身が納得出来る程の強さになったら、ヴィゴーレと名乗ればいいんじゃないかな?それまではアルマって呼んでもらうとかは....どう?」

「は、はい!素晴らしい考えだと思います!!流石はレナータ様です!」

 

ありがとうございました!と入ってきた時とは違い、笑顔で退室して行った。

そしていつもの。私はやっとカバンからクラッカーを見つけた。

 

そして最後の1人。例の仮面の従者だ。

ノックの後に失礼します、と低めの声が聞こえる。

金色の髪に、黄色の模様が入った赤い仮面をつけ、そこから覗く瞳は髪と同じ色をしている。赤く長いマントに、濃いワインカラーのベストを着て、中に着ているスタンドカラーシャツは胸元がガバッと空いていて厚い胸板が見える。

衣装作成の際には第1ボタンまで閉めさせていたのだが、もぞもぞと落ち着かない様子だったので好きにさせてみたらプチプチと第3ボタンまで外し、ふうっとすっきりしたようだった。首元が閉まるのが好きじゃないらしい。

 

「こうしてまたお話できることを光栄に思います。どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、じゃあ始めようか」

 

そう言っていつもの質問をしようとしたが、何故だか彼を見ていると不思議な気分になる。

随分前から知っていたような、何だか懐かしく暖かい感じ。

無性に彼の素顔が見たくなった。

 

「悪いんだけど、今仮面を外してもらう事って出来る?」

「勿論です。主のご命令であれば」

 

そういい彼が仮面を外す。

隠れていて分からなかった、目は私のツリ目とは対照的に少々タレ目気味だ。私の中でタレ目といったらほんわかしたようなイメージだが、彼のキリッとした眉と引き締まった表情がそのイメージを裏切った。良い意味で。

率直に言うととても整った顔立ちで、少し見蕩れてしまう。

 

「いかがなさいましたか?」

「い、いや、何でもない!ありがとう!」

 

そうですか、とまた仮面をつけ顔が隠れた事に残念がる自分がいることに気づく。何を考えているんだ私は。

彼の仮面は魔力を増幅させるマジカルアイテムだ。なので彼にとっても私にとっても良いことなのだ、と自分に言い聞かせる。

 

「じゃあ、趣味、長所、短所、あと得意分野を教えて下さい」

「畏まりました。趣味は料理、後は訓練です。長所は面倒みが良いところだと言われました。短所は無いかと思われます。得意分野は支援系の魔法です」

「支援系というと、攻撃力、防御力の向上とか?」

「はい、それもありますが、毒、眠り、混乱などの状態異常や攻撃魔法も使えます」

「なるほど、戦闘では後方支援って感じかな」

「はい」

 

では名はどうしようかと、彼を見ると、彼もこちらを見つめていた。透き通った金色の瞳に思わず釘付けになる。

じぃっと見たあと、ふと我に返り自分の不審な行動に自分自身でさえ理解が出来なかった。

どうやら私は彼の事になると何だかよく分からない行動をしてしまうみたいだ。

 

「貴方はポリシーとかある?」

「そうですね....つねに貴方様の味方でいることです。俺達は不老ではありますが不死の存在ではありません。ですのでこの身が朽ちるときまで貴方様の味方であり続け、傍にいる事を貴方様に誓います」

 

まるで熱烈な告白を受けたようで、照れて赤くなった頬を片手で覆って隠し、悩んでいるふりをして誤魔化す。

顔の火照りが少々落ち着いて来たところでまた彼と向き会う。

 

「貴方をエンド・ストーリアと命名します」

「素敵な名を頂けて大変嬉しく思います。これからもより一層深い忠誠を貴方様へ捧げます」

「うん、ありがとう」

 

これで8人の従者の命名が終わった。

もう執務室に用はないので、エンドと一緒に部屋をでる。

外にはエンドを除く7人の従者全員がちゃんと待っていてくれた。

 

「エンド・ストーリアという素晴らしい名を頂戴した」

「おめでとうございます」

 

サージェの祝福の声と共に拍手が。

やっとこの現場に居合わせ、私も交じる事が出来た事に少々喜びつつ、私は先程見つけたクラッカーを鳴らし皆をお祝いした。



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女王の仕事

「――!!」

「――!?」

 

外から何やら騒がしい。

今まで執務室で命名イベントをしていたので全然気づかなかったがかなり大人数で叫んでいる声のようだ。

 

「なんか....もしかして問題発生?」

 

傍にあった窓からこっそり外を見てみると、人がこの城の目前まで集まり騒いでいるようだった。

 

「申し訳ございません、レナータ様。実は王が新しく即位なさった際はその日に国民に対してスピーチを行わなければならなかったのですが、何分レナータ様はお具合がよろしくなかったようなので、理由をつけて引き伸ばしていたのです」

「私があまりにも顔を見せないものだから、不満爆発って感じかな?」

「不満より、不安なのだと思われます」

 

サージェが申し訳なさそうに事情を説明してくれる。

確かに国民達からしたら王のスピーチというのは、自分たちの国の王が信用に値する人物か見定める良い機会なのだろう。それがいつまでたっても行われないというのは国の未来が見えない、不安が募るばかりだ。

王は簡単に言えばランダムに選ばれる。私が暴君だったり、ずっと城に引きこもるヤツかもしれないし、そうだった場合は反旗を起こすつもりかもしれない。

 

「あ~大変大変!急いで国民達を落ち着かせなきゃ!!」

 

急いで城の正面にあるテラスまで向かおうと走り出そうとする。

 

「レナータ様、お召し物をお替えになられた方がよろしいかと」

 

いつの間に来ていたのだろうとルイスが私の目の前に現れる。自分の服装をじっと見たあと、これじゃダメ?と尋ねるとコクンと頷かれた。

そんなに汚い格好でもないとは思うが、やはり王には王に相応しい格好というのがあるのだろう。

 

「衣装室へご案内致します。あまり時間がありませんので城内を走ることになりますがよろしいでしょうか?」

「その必要は無い」

 

ルイスの提案に、エンドが1歩前へでて却下する。

何かいい案があるのだろうか。

 

「俺は転移魔法が使えますので、衣装室まで転移しましょう」

「魔力の方は大丈夫?」

「この場にいる全員を飛ばすとしても問題ありません」

「あー、とりあえず衣装室に行くのは私とルイス、それとエンド。他のみんなはテラスの手前で待ってて!!」

 

急いで指示を出し、皆が了解の意思を示したのを確認してからエンドに合図する。

 

「ルイス、そばで寄れ。ではレナータ様、御手を」

 

手を差し出され、咄嗟に手を重ねる。

 

「〈テレポート〉」

 

エンドを中心に私とルイスの足元に魔法陣が浮かび、視界がほんの一瞬暗くなり気づくと衣装室の前まで着いていた。

自分は転移魔法は習得していなく、初体験だったためはしたなく、ほぉ~と感動の声上げてしまう。

というか魔法陣の範囲内に入っていれば転移出来たので、エンドと手を繋ぐ必要なかったんじゃ....と疑問に思うが、今は一分一秒も惜しいので考えるのをやめにした。

 

「すぐ着替えるから待ってて!」

 

ガチャっと大きめの音を立てて衣装室へ入る。

 

「わお....」

 

そこには色とりどりの恐らく高価な衣装が並び、つい声をあげる。衣装だけではなく、これまた高そうな装飾品、鎧まである。

ハッと我に返り、早く着る服を探せと自分を叱ったあと、ぐるぐる部屋を周りそれっぽそうな服を探すが、あまりにも量が多いため目移りしてしまう。

もうここは直感だ、と目に付いた青色のシンプルなドレスを手に取る。

姿見の前まで急いで行き、ある事に気づき動きがフリーズする。

 

「まって、私ドレスの着方とか知らない....」

 

確かコルセットをしないといけないんじゃなかったか、そういえば髪型はこのままでいいのかと色々不安が込み上げてくる。とりあえず誰かに頼りたかった。

 

「ルイス!!近くにメイドさんいない!?」

 

扉の向こうで待機しているはずのルイスに問いかけるが、返ってきた答えは私の希望を見事に打ち砕いてくれた。

メイドが居ないなら....

 

「エンド!入ってきて!!」

「お、俺がですか!?」

 

明らかに戸惑った声が扉越しに聞こえるが、そんなの構ったことか。コルセットはよく分からないが多分紐を締める時自分でするのは難しかったはず。

 

「レナータ様はこれからお着替えなさるのですよね!?」

「そうだけど....あ~、命令!!入って来なさい!!」

 

流石に横暴だと自分でも思うが、ここは犠牲になってもらうしかない。

命令と言われたのなら逆らえないだろうと少々卑怯な手を使わせてもらう。

 

「か、畏まりました....」

 

素早く部屋に入ってきたエンドを見ると、仮面の下に見える目はぎゅっと閉じられていた。

それでもしっかりと私の側まで来れた。気配で分かるのだろうか?

 

「とりあえず鎧脱ぐのと、あとコルセット着けるの手伝って」

「俺の様な者が御身に触れてもよろしいのですか....?」

「全然大丈夫!急いでるし私も貴方の裸見たし五分五分だよ!」

「....畏まりました」

 

自分でも意味の分からない理屈だと思うがやっと決心してくれたのか、エンドが鎧の上腕部のベルトを恐る恐る外し始めたのを見て、空いている方の手でネクタイや腰のベルトを器用に外していった。

ガントレットやサバトン、グリーブもバンバン外して床に落としていき、手袋もスルスルと外す。

残りはブラとスパッツ、ストッキングだけになった。

 

「嗚呼....俺はなんて不敬なことを....」

 

いきなり現実に戻ったエンドに軽くチョップをくらわし、やっとコルセットの出番だ。

 

「....凄い情けないんだけどコルセットの付け方知らないいんだよね....エンドは分かる?」

「はい、一応知識として」

「じゃあよろしく」

「!!」

 

まだ目をつむっているエンドにはい、とコルセットを渡すと俺は今日が命日になるかもしれない....とボソッと呟いたのが聞こえた。

 

「では....」

 

やっとエンドが目を開く。私がエンドの方を向いていたからか、しばらく硬直した後、姿見の方に体を向けて下さいと言われそのようにする。

コルセットを背後から腰に覆わせ、手前にある金具を器用に留めていく。背後から抱きしめられているようでこっちも緊張する。エンドの手を見ると、同じく私とは別の意味で緊張しているのか手が震えていた。そして失礼しますと一言かけられ、背中部分にある紐をぎゅうっと引っ張られる。

 

「うぅ....キツ....」

「も、申し訳ございません!!」

「ごめん、つい。大丈夫だから続けて」

「はい」

 

今度はキツすぎない程度に紐を絞めてもらって、ありがとうとお礼をいう。

さっき見つけたドレスをエンドに持ってこさせ、確かこうだったかとドレスの中に入り、そのまま肩の部分を持って引き上げる。背中のスナップをエンドに頼み、ようやくドレスを着ることが出来た。

 

「あ~大変だった....エンドも手伝ってくれてありがとう。無理言ってごめんね」

「いえ、お役に立てて大変光栄です。ですが....」

「?」

「この事を他の従者達には内密にしてはいただけないでしょうか。もし知られてしまったら俺の命が危ういので....」

「う、うん」

 

私の着替えを手伝うことは従者達にとってどういう位置づけなのだろうと疑問に思うが今はそれどころじゃないことを思い出し、ぼさぼさになってしまったお下げのゴムとそれを覆っていた金具を外した後、軽く手ぐしでといた後エンドと部屋を出る。

 

「レナータ様、大変お綺麗にございます」

「ありがとう」

 

ルイスから褒めてもらい、少し照れるがそれよりルイスが大事そうに持っている物が気になった。

 

「それって....」

「はい、初代王から代々受け継がれているマントと王冠にございます。」

 

初代王から受け継がれたというからにはもっとボロボロだったりするのかと思ったが、予想より全然綺麗な状態だった。むしろ新品ではないかと疑う程だ。

その上にのっているのは薄い水色でとてもシンプルかつ美しい王冠だ。今から自分がこれを被るのかと思うと少し緊張する。

ルイスが差し出してきたので、それらを丁寧に受け取り、マントを軽く羽織ったあと王冠をそっと被る。

 

「どう?王様っぽい?」

「はい、とても強靭で叡智溢れる偉大なる女王に見えます。見た目だけではなく、実際レナータ様はそのような女王殿下でございます」

「ほ、褒めすぎだよ....」

 

照れて緩んだ頬をきゅと引き締め、パンッと手を合わせる。

これからスピーチをするのだ。いつまでも今までのふわっとした気持ちではいけない。

 

「よし、エンド。みんなが待ってるテラスまで飛ばして」

「畏まりました。ではいきます、〈テレポート〉」

 

何故か置いていかれそうになったルイスが急いで魔法陣の中へ入り、無事にテラスの前まで飛ぶ。

 

「お待ちしておりました、レナータ様」

 

サージェを筆頭とし、従者達が私の前に跪く。よく見るといつの間にかエンドもそこに加わっていた。みんなはテラスへの一本道を作るように、左右に4人ずつ並んでいる。

衣装室までは聞こえなかった声が、ここからはよく聞こえる。

 

『早く王を出せ!!』

『本当はクリファス様はご存命なのではないのか!?』

『この国は見捨てられたのか!!』

 

あっちこっちから国民達の悲痛の叫びが聞こえ、胸がきゅっと痛くなる。全部私のせいだ。ちゃんと事情を説明して、分かってもらわないと。私の考えを、ちゃんと伝えないと。

息を大きく吸って、ゆっくり吐く。

 

「みんな、ついてきてくれる?」

「はい、勿論でございます」

 

私の不安をかき消すように、サージェの優しい声が胸に響く。他の従者達も笑顔で私に頷きかけてくれた。

私にはみんながついているから大丈夫。では、舞台女優志望だった私の実力を見せるときだ!!

心の中でスイッチを切り替え、私はテラスへ歩き出した。

 

 

 

――

 

 

 

 

「えぇい、下がれ下がれ!ここからはお前らのような者が気安く入れる場所ではない!!」

「いいから早く国王に会わせろ!!でないと皆はずっとここに居座るぞ!!」

 

国民と城の兵士達の攻防が続く。

いわゆる過激派と呼ばれる者達が先導し、ここまで大事になっているのだろう。

私は飛行の魔術が込められたネックレスをつけ、テラスの手すりの上に立ち、そのまま外にいる人達に見えやすい位置まで飛ぶ。

 

「静まれ!我がイデアーレの民たちよ!!」

 

〈エクステション〉は人の声帯に直接かければ拡張器のようにも使える。そのおかげで声が皆に届き、騒がしかった城下が一気に静かになる。

 

「我がイデアーレ王国第15代目国王、レナータ・ヴィシュヌである!」

 

名乗りをあげると、先ほどよりは小さいがどよめきの声が上がった。

一応皆を私に注目させることは成功したようだ。

 

「まずは皆に謝罪したい。情けない事に私は即位して直ぐに従者召喚よる疲労から動けずにいた。この5日間さぞ不安だっただろう、本当に済まない」

 

頭を下げると、王が頭を下げたぞ!?と驚きの声が聞こえた。これは王に相応しくない行動だったかもしれない。でも私はちゃんと謝っておくのは大切なことだと思うので、あえてそれをした。

 

「そしてまずは皆に紹介したい!我が優秀なる従者達を!!」

 

私がテラスの方に手を向けそこに視線を向けさせると同時に、従者達8名が一斉にお辞儀をして挨拶をする。

約一名、というかエルバとが両手をブンブンと振りやっほーなどと言っているのが見えたが、今は見なかった事にした。

従者の平均敵な数は2名から3名。前王のクリファス殿下も3名を召喚したらしい。驚異の8名という人数に国民達は驚きを隠せないようだった。

 

「そして皆には決断してもらう事になる!私は....185年続いたこの国の鎖国状態を取りやめ、開国を宣言する!!」

 

一瞬しん、とした後皆が騒ぎ始める。

まあそうなるよねと心の中で呟きながら、まだ話はつづくぞという意味で手を思い切り叩き、またこちらに注目させる。

 

「私は運命に選ばれる前は旅人として広い世界を見てきた。その私が言おう、イデアーレ王国は文明があまりにも遅れすぎている!!このままでは滅ぶぞ!!

変わる事を恐るな!外の世界に怯えるな!もし不安が、恐怖があるなら私達が取り除いてやろう!!

そしてその第1歩として、私の従者達のうち5名を街で生活させる!皆卓越した才能を持つ有能な者達だ。かならずみなの助けになることを約束しよう!」

 

これには従者達もあまり顔には出していないが驚いているようだった。それもそのはず、そんな事誰も一言も聞いていないからだ。だって誰にも言ってないんだもの。

 

「私は運命に選ばれた王として、この国の繁栄を望んでいる!皆、私を信じて着いてきて欲しい!以上だ!!」

 

皆の声(みんながみんな大声で叫んでいるのもう何言ってるのか聞き取れない)を背に、テラスへ降りて城内へ戻る。

周りに従者たちとルイスしかいないのを確認してる、はぁ~っと大きめのため息を吐く。

 

「もう無理、駄目。あれ多分みんな怒ってるよね....」

「お疲れ様です、レナータ様」

 

ルイスが何処からか持ってきた椅子を差し出してくれたので、それにどかっと座る。

 

「仕事の出来そうな女王パターンBでいったけど、どうだった?」

「はい、仕事の出来そうな女王パターンB、あまりの威光に私共は失神しそうでした」

「え、そこまで!?」

 

にこりと笑うサージェの嘘か本当かわからないセリフに若干戸惑いながらも、それよりも先に従者達に言わなければいけないことがあるのを思い出す。

 

「あの....みんな黙っててごめんね」

「我々のうち5名を街に住まわせる事でしょうか?」

「....うん」

 

その事を国民達に話ながら見た従者達の顔は、少し曇っているように見えたのだ。恐らく従者にとって王のそばを離れることは精神的な苦痛になるのだろう。それでも私は告げなければならない。

 

「エンド、ルポゼ、アタリル、ディーフェル、エルバトには街に居住を持ってもらおうと思ってる」

 

やはり、名を呼ばれた5人は悲しそうな顔をしている。

 

「さっきスピーチで言ったように国民の力になって欲しいっていうのも理由にあるけど....、私はみんなに普通の、人としての幸せを知って欲しい」

「それはどういうことでしょうか?」

「従者は召喚されたらずっと王を守るために傍にいるって言うのは、私は従者の世界はそれだけで終わっちゃう気がするんだ。だからみんなには役職....仕事をしてもらって、もっと周りと関わりを持って欲しいと思ってる」

「それではもしレナータ様に何かあった場合、私共の本来の役割が果たせないのではないでしょうか?」

 

サージェが言うことはもっともだ。だけど私は....

 

「私、みんなの事....その、家族みたいに思ってるから....だから....家族の幸せを願うのって普通じゃない?」

 

皆が俯く。やはり説得は難しかったのだろうか。

するとううっ、と声が聞こえる。少し顔を傾け、うつむいた従者達の顔を見ると、泣いていた。

 

「ご、ごめん!!そこまで街に行くの嫌だった!?えっとじゃあ....その....」

「いえ゛、ちがいまずレナータさま....」

 

ルポゼが泣きながら喋り出す。色々ぐずぐずだ。とりあえずマジカルボックスからハンカチを取り出しみんなに配る。8枚もハンカチ持ってて良かったと思う。何故そんなに持っているかは自分でも不明だが。

 

「わたしだちをかぞくだと....そうお゛っしゃていただいて....わだしたちは....ゔゔ....」

 

ポロポロぐすぐすズビズビ、従者達の泣く音が響き私とルイスはポカンとするしか無かった。素直な感想を言うと、「え、マジで?」という感じだ。私の従者達はどうやら涙脆いらしい。それよりテゾールが白地にピンクの刺繍がされた可愛いハンカチで涙を拭っているのが面白くて笑いそうだ。

あとエルバト、その鼻をかんだハンカチは返さなくていい。

 

「それで....5人は街で生活する事に反論とかはない?」

「反論など、寂しくないと言えば嘘になりますが主が決定した事であれば喜んで従いましょう」

 

エンドがキリッとした顔で返事をしてくれたが、鼻が赤かったので今度こそ笑った。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

「では、みんなの役職を発表したいと思います」

 

従者達が落ち着いた頃に再び謁見の間へ戻り、話を始める。

実はもう命名イベントの辺りから誰にどんな仕事を任そうか考えてはいた。

 

「まず....エンド・ストーリア」

「―はっ」

「貴方に教会の神官を任せます」

「畏まりました。お任せ下さい」

 

教会はどういう神を信仰しているかは分からないが、彼が適任だと思った。ルポゼでもいいかと思ったが、彼女は来る人全員の悩みを重く抱えて自滅してしまいそうなきがするので少々淡泊な彼の方が向いていると判断した。

 

「次に、ルポゼ・マータ」

「はい」

「貴方に宿屋の宿主をまかせます」

「承知しました。お任せを」

 

宿屋と言ったら人にとっては癒しの場だ。客への対応や部屋の清掃、ベッドメイキングなどは細かいところに気づける彼女にぴったりだと思う。それにルポゼが笑顔で迎えてくれたらそれだけで癒されるだろう。

 

「アタリル・イブズ」

「はいっ」

「貴方に武器屋の店主を任せます」

「分かりました、お任せ下さい!」

 

彼女は武器に関しての知識が豊富だと言っていた。手入れが趣味なようだし、喜んでやってくれるだろう。商人としての才能があるかは分からないが、人当たりの良いアタリルなら大丈夫だろうと任命した。

 

「ディーフェル・アダムズ」

「はい!」

「貴方に防具屋の店主を任せます」

「分かりました、任せてください!!」

 

ディーフェルは防具に関しての詳しいようだったしアタリルと同じように手入れが趣味だと言っていた。それにイデアーレの武器屋と防具屋は隣同士のため、夫婦関係の2人には良い役職だと思う。彼に商売をさせることに少々不安はあるが、アタリルがしっかりしているので大丈夫だろうと考えた。

 

「エルバト・スキート」

「はいっ!!」

「貴方に道具屋の店主を任せます」

「分かりましたっ!頑張ります!!」

 

エルバトもマジカルアイテムに関しての知識があるようだったし、街で暮らしてもらう事が決まったあと私に道具屋をこっそり志願していたのだ。

8歳の子供に店をまかすのはどうなのだろうかと思ったが一応従者なので空気の読めない発言は多いが、どうやら普通の8歳の少年とは違うようだった。

それより不安なのはアイテムを使って実験してみる事が好きだと言っていた事だ。....少々嫌な予感がする。

 

「以上の5名にはさっきも言ったけど街で暮らしてもらう事になる。けど、居住の方は魔法で部屋自体を広く出来るみたいだからそんなに荷物が多くても大丈夫だと思うよ。もし自分だけで対応出来ないことがあったら私に相談してね」

「畏まりました」

 

エンドが代表して返事をする。

あとは残り3名。

 

「そしてテゾール・ゴルド」

「はい」

「貴方に宝物庫の管理を任せます」

「承知致しました、お任せ下さい」

 

彼は価値のあるマジカルアイテムや、武器や防具、とりあえずレベル4やレベル5のアイテムが好きなようだ。硬貨を数えるのが得意だと言って金貨、銀貨、銅貨を驚きのスピードで仕分けたあとキレイに並べ、指でなぞっただけで何枚あるか把握し合計金額を当てた時はそれはもう驚いた。これはアビリタではなく本当に彼のただの特技らしい。

 

「ヴィゴーレ・アルマ」

「はっ」

「貴方に兵士長を任せます」

「ご期待に応えられるよう、努力致します!」

 

彼女は努力家で真面目、そして指揮能力もあるようなので兵士達の長に相応しいと判断した。戦う事が好きらしく、兵士達と模擬戦などが出来れば....と思ったが実力差がありすぎて瞬殺で終わりそうだ。一応もしもの時に備えて従者同士での模擬戦も考えている。

 

「最後に、サージェ・ミタリー」

「はい」

「貴方に図書室の管理を任せます」

「承知致しました、どうぞお任せを」

 

図書室には膨大な量の本がある。彼は私がダウンしている間にその卓越した記憶力で図書室の本をあらかた覚えたと言っていたのだ。恐るべし頭脳派。それに本人も読書が好きだと聞いているので、最高の職場になるだろう。

 

「あと....サージェには悪いけど、参謀として私の傍についてくれないかな?負担が大きくなるかもしれないけど私も努力するから」

「畏まりました。私の負担などお考え頂いて大変恐縮です。恐らく私が貴方様と多くの時間を過ごせる従者になると思いますので誠に嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします」

 

サージェの心底嬉しそうな、そして若干他の従者達に自慢しているかのような言葉に周りの従者が嫉妬の眼差しを向けていた。う、うーん....複雑だ....。

 

「さて、みんなの役職が決まったところで....またまた発表!!

サージェをリーダーとし、貴方達従者をキーパーソンと名付けます!」

 

ちょっと安直過ぎたかな、と皆の様子を伺うが賞賛の嵐だったため安心する。

 

「我らキーパーソン、貴方様にご満足頂けるよう日々精進し、一層至大なる忠誠を貴方様に捧げる事を約束致します」

「うん、期待してるよ」

 

皆がより深く頭を下げ、私にその意思を示す。

従者達は私が思う以上に王に対する忠誠心があるようだ。勝手に色々決めてしまったが、彼らにとっての本当の幸せとは何処にあるのだろうか....。

 

「レナータ様?如何なさいましたか?」

 

少々空を見つめ思いふけってしまっていたようで、心配させてしまったが何でもないと答えておく。

今伝えることは伝えたので皆を解散させ、1人謁見の間でぼーっと考える。

 

「こんな王様でいいのかな....」

 

歴代のヴィシュヌ王や、他の王のことなどよく分からないが、自分の方こそみんなに相応しい王なのだろうか。

そう考えると嫌なことしか浮かばなくなる。いつか裏切られ、見捨てられるのではないか。私は本当に彼らを守れるのか。

腰にさげた、本来は体内にしまっておく神器に軽く触れ、今考えたネガティブ思考を全て内にしまい込む。

今の私を動かしているのは、彼らを守りたい、その気持ちだけだ。

 

プーッという音で私の思考は途切れる。誰かから〈メサージュ〉で連絡が来た時の音だ。

ふぅっと一息付き玉座の背もたれに身を預けながら、はいと返事をする。

 

『レナータ様。ルイスでございます』

「ん、どうした?」

『実は今しがた会議の招待状が届きました』

「....え、会議の招待状?」

 

なぜ会議に招待状が必要なのだろう。舞踏会じゃあるまいし。

ルイスから話を聞くと、運命に選ばれし王は5年に1度集まり会議を開くらしい。議論する内容ははもちろん宝についてだ。

だが、歴代王達はとでも仲が悪く会議がまともに出来たことはあまり無いとのこと。

 

「私以外の運命に選ばれし王ってどんな人?何百年も王様やってましたとか威張られたりしたら怖いんだけど....」

『いえ、それでしたら問題ございません。現ブラフマー王とシヴァ王もレナータ様と同時に即位されましたので』

「それって....前王はみんな同時に亡くなったって事?」

 

そう言えばイデアーレのクリファス前国王は亡くなる前に何処かへ出かけたと言っていたなと思い出す。

もしかして、他の王に会いに行ったのではないか....?

 

『レナータ様にはまだお話出来ていませんでしたが、クリファス殿下の死因は毒死でした。どうやら他の王達と祝杯を挙げた際に毒を盛られたようです』

「祝杯?何を祝ったの?」

『宝を探すためにお互いが協力し合うと協定を結んだ事に対してだと思われます。某もその事に関しては失礼を承知でクリファス殿下の日記を読んで初めて知ったのです』

「3人同時に亡くなったっていうのは....もしかしてお互いに毒を盛って殺そうと企んでたってこと?」

『はい、そうでございます。運命に選ばれし王が亡くなった際、ご遺体は塵ひとつ残さず消滅してしまうので詳しくは分かりませんが、それぞれの杯に毒が付着していたという状況をみるとそうだと判断致しました』

 

表では仲良く協力しようと謳ってその裏で全員が裏切ろうと目論んでいたなんて人は怖いなと思う。

協定を結んだ以上、それを祝うための祝杯に毒が盛られていないか確認するというのは裏切り行為だと思われる可能性がある。その為誰も確認せず、というか確認したくても出来なくてポックリ逝っちゃったのだろう。

それよりも私が死んだら塵ひとつ残らないとか聞いてないぞと心の中で叫ぶ。

 

「とりあえず、会議には出席するよ。それで、いつ頃?」

『一週間後にございます』

「一週間....分かった。ありがとう。」

『詳しくはサージェ様にお伝えしておりますので』

 

了解、と返事をし〈メサージュ〉をきる。

やっと一息つけると思っていたが王に休息は無いらしい。

 

「あ~、忙しい!!」

 

誰もいない謁見の間に、私の愚痴が大きく響いた。




ちょっと説明がなかった気がするのでマジカルボックスについて説明。
ウエストポーチの様な形をしていて装備すると自分の手の届く範囲に4次元空間の入口のようなものが出来て、そこからボックスに入れた物を取り出すことが出来ます。空間からものを取る感じです。そのボックス自体は装備すると見えなくなります。レナータや他の従者達も身につけていて、かなりの容量があるレベル5の物を装備するしています。大きさはレベル1の小、レベル3の中、レベル5の大があり、レベル5の物はかなりの金額です。以上です。


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キーパーソン

「ふうっ....」

 

執務室の座り心地の良い椅子に体を預け、一息つく。

開国宣言してからというもの国民達の意見についての資料が机にどんっと山積みになっている。

ずっと反対派の意見についてサージェと納得するまであーだこーだと議論し合って決定したものを記述、そしてまとめる。その繰り返し。

サージェは疲れた様子を全く見せず、ずっと私の傍にいて話を聞いてくれるが、私の方は結構ボロボロだったりする。

 

いままで知らなかったが、従者達は睡眠も食事も基本的には必要ないらしい。月に1度に数十分の休憩さえ取れればずっと働けると言っていたが、流石にそんな恐ろしいことはさせられないと食事や睡眠は普通の人と同じように取らせている。

それに対して運命に選ばれし王は今まで通り生きていればお腹はすくし、眠くなる。どうせならそこも従者達と同じ様にして欲しかったと疲れを感じながら思う。

 

「レナータ様、少々休息を取ってはいかがでしょう?」

「ん~、そうだね。悪いけど少し休憩させてもらうよ。サージェもしっかり休んどいてね」

「畏まりました」

 

私が伸びをしながら自室へ向かうのを、サージェは頭を下げたまま見送る。本当に律儀だな....。

自室に入り、一直線にベッドへ向かってそのままダイブした。

 

「あぁああ~」

 

柔らかいベッドに満足しながら、仰向けになり少し目を閉じると睡魔が襲ってくる。しかしこのまま寝たらずっと寝そうだな、と思い眼を名残惜しくゆっくり開く。

ぼーっと天井を見ていると、今頃従者達はどうしているだろうと心配になった。

あのスピーチをした後、8人の内5人の従者を街に住まわせているのだ。国民達と仲良くで来ているだろうか。新生活に不安を抱いていないだろうか。なんだか親のような気持ちだ。

 

「ん、待てよ....じゃあ見に行けばいいんじゃない?」

 

手のひらに拳をぽんっとあて、頭上に電球が浮かぶ(気がするだけ)。確か....とマジカルボックスをガサガサと弄り、目的のものを見つける。

 

「じゃーん!ランク5のレアマジカルアイテム!!その名も[クラルテクロス]!これを羽織ると私の姿が認識出来なくなるのだ!ふははは!!」

 

一人できゃっきゃと騒ぎ、満足したあと[クラルテクロス]を羽織り姿見の前に立つ。姿見には自分の姿は写っていない。完璧だ。

従者達は私が話しかけるとなんだか緊張しているように見えるので、これでこっそり見に行くことで従者達の自然な様子が見れるだろう。

 

「まずは街に行ってる子達が心配だから....教会から行こうかな。と、その前に....〈メサージュ〉」

『はい、ルイスでございます』

「あ、ルイス?悪いんだけど私はずっと部屋で寝てるってことにして部屋に誰にも入れないようにして。以上!」

『それはどういう

 

プッ

 

ルイスが何か言おうとしていたが勢いで切った。

恐らく某もついて行きますとか言うだろう。

マジカルボックスから転移魔法の込められたクリスタルを取り出し、手のひらに乗せる。

 

「〈テレポート〉」

 

クリスタルが砕け、魔法が発動する。

私が街の教会のをイメージすると、瞬きの間に転移した。

先程の私の部屋と違って周りは人だらけで、ガヤガヤと人の声があちらこちらから聞こえる。

人にぶつからないように身をよじって教会の中へ入ると、その美しさについ突っ立って止まってしまう。

左右に並ぶ長椅子、その中央の先には卓上にある本に何かを書き記しているエンドの姿が。

 

「(いたいた、エンドだ!)」

 

服は最初に与えた物ではなく神官にあった仕事着、役職衣装を身につけている。

すると私の横を死にかけたような顔で俯きながら教会内へ入る男性の姿が。とぼとぼエンドに向かっていく男性に少し警戒しつつ後を着いていくと、エンドは先程何かを書いていた本から顔を上げ内陣から男性を見下ろす。

 

「迷える者よ、何用か?」

「はい、神官様。実は私の嫁が、私に嫌気がさしたと逃げ出しまして....どうしたらよいのか....うぅっ」

 

どうやらお嫁さんに逃げられて、死にそうな顔をしていたようだ。エンドはそうかと言うとしばらく黙り込む。

 

「何故嫁はお前に嫌気がさしたと思う?」

「私が仕事ばかりであまりふたりの時間をとらなかった事だと思います....」

「なるほど、お前が悪い」

「!」

「お前達2人は病める時も健やかなる時も愛することを誓ったのだろう?お前はそれを破ったのではないか?人は言葉にしないと伝わらない事がある。お前は相手には愛を伝えたか?」

「....」

「相手もそうだ。自分達のためにおまえが努力しているのにも関わらず、その努力を見ようともしないでお前から離れた」

「で、では....私はどうしたら....?」

「嫁を追え。そしてまた分かり合えるように話し合えばよい。今からでもお互いの大切な時間を取り戻せば良いのだ。もし見つからなければ俺も協力しよう」

「あ、ありがとうございます!行ってきます!!」

 

男性は先程とは違った、何かを決心した様な顔で教会を飛び出して行った。

ちゃんと仕事をしている姿に、私も感心する。

男性を見送ったエンドはふぅっと息を吐き、卓上に肘をついて片手で目元を覆う。

 

「ああいう手の話は苦手だ....恋愛など分からん....」

 

男性には良いアドバイスをしているように見えたが、彼自身は恋愛に関して得意では無いようだ。

そう思っていると奥の部屋からシスターが出てきてエンドのそばへよる。

 

「大丈夫ですかエンド様?何かをあればわたくしに....」

 

そう言ってエンドの空いていた方の手を取り、自らの胸元でぎゅっと包み込んでいる。恐らくエンドの手には彼女の胸の感触が伝わっているだろう。

 

「(エ、エンド!!それ、それ!今恋愛感情向けられてるよ~!!)」

 

私は脳内で叫びながら彼に呼びかける。それと同時になんだかモヤモヤした感じが胸の中で渦巻いていた。

エンドが顔を上げ、彼女を見つめる。するとシスターは何を察したのかすっと目を閉じた。

 

「(これは....何だか良い雰囲気....?)」

 

やめて、と私は思った。思ってしまった。

私にふたりの恋愛を止める理由などない....はず。

エンドはどうするのか、見たくないけど見たかった。ぐちゃぐちゃと矛盾した気持ちの中、エンドの次の行動をうかがう。

 

「どうした?立ちくらみか?」

「へ?」

 

「(....まさかのスルー!!)」

 

わざと気付かないフリをしているのかと様子を見るが、本当にシスターの体調を心配しているようだ。

本当に恋愛感情に疎いというのが、今証明された。

シスターの方はかなり恥ずかしい思いをしたのか、何でもありませんとエンドの手をはなしまた奥の部屋へ戻って行った。

 

「....何だったんだ?」

 

お気の毒様とシスターにお悔やみ申し上げた後、少しざまぁみろと言葉を追加した。

するとまた教会に入ってくる人をエンドは迎え、話を聞いてあげていた。彼は言葉遣いは少々厳しめだがちゃんと人の気持ちが分かる人だと思う。自分の事については疎いよいだが。

私は安心して教会を出ることが出来た。

 

 

 

――

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

優しい声が客を迎える。次に寄ったのはルポゼのいる宿屋だ。彼女も普段とは違う役職衣装を身につけている。

 

「1泊、この代金で」

 

無愛想な男が明らかに少ない金額をカウンターに投げ、ルポゼを睨みつける。

それでも彼女は微笑んだままだ。

 

「申し訳ございません、お客様。当宿の1泊の宿代はそれでは足りません。1番安い部屋でも銀貨3枚は頂かないと....」

「あぁ?俺様に文句つけんのか?」

 

悪質クレーマーか。厄介なのに絡まれているなとルポゼを心配するが、彼女はまだ微笑んだまま怯えたような姿は見せていない。

何かあれば自分が出るか、と[クラルテクロス]の裾を少し握る。

 

「俺様だか何様だが分かりませんが、宿代を払えないと言うのであれば他の宿をおあたり下さい」

「んだとてめぇ!!女だからって手加減すると思ってるのか!?」

 

そう言いオトコが拳を振り上げる。

これはまずいと男の手を掴むため駆け寄ろうとするが、まだ微笑んでいるルポゼが気になり少し意識がそれる。

 

「〈ルーチェ・シールド〉」

 

ルポゼの言葉と共に、彼女を囲うように薄い黄色のシールドが張られる。男の拳はその意思をシールドによって防がれる。

 

「がぁっ!!いっ!!」

 

男が悶える。それもそうだろう、壁に思い切り拳を叩き付けたようなものだ。それに従者の発動したシールドともなれば相当な硬さのはずだろう。

ルポゼは先程男がカウンターに投げた銅貨2枚を取ると、カウンターを出て男の手にそれを握らせた。

 

「お帰りください」

「くっ、くそ!覚えてろ!!」

 

よくある悪役の台詞を叫び宿屋から飛び出てゆく男。

ルポゼに何も無くて良かったとほっとする。

 

「ル、ルポゼ様!大丈夫ですか!?」

 

同じくカウンターにいた女性従業員が心配そうにルポゼに駆け寄る。怖くて出れなかったのだろう。

 

「私は大丈夫です。でも少し緊張してしまいました」

 

そう言い笑顔を見せる彼女に、女性従業員も安心した様だ。

流石に従者だけあってそんじょそこらの野郎どもには負けないようだったので、私も一安心。

他にもその場にいた従業員やお客さんまでもルポゼを心配して声をかけてくれていた。

 

「(よしよし、こっちも上手くやってるようだね....)」

 

私は宿屋をでて、つぎの場所へ向かった。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「らっしゃい!!いいの揃ってるぜ!!」

「武器をお求めの方はこっちよ!」

 

武器屋と防具屋。隣り合わせのその店の店主をやっているのはアタリルとディーフェルだ。

よく見ると2つのお店を区切っていた壁紙無くなっており、お互いの場所へ行き来しやすい簡素な柵が取り付けてあった。....本当に仲がいいな。

 

「ちょっといい?予算は銀貨15枚ぐらいでいい防具探してるんだけど」

 

ディーフェルの方にセクシーな女戦士が話しかける。

カウンターにもたれ掛かり、少々胸元を強調した様な姿勢をとっているのが伺えた。

アタリルをちらっと見ると嫉妬の眼差しだろうか、ボソッと私も本当はあれぐらいあるもんという声が聞こえる。

 

「おうおう、お姉さん!それだったらこういうのはどうだ?」

 

ディーフェルが店の奥から取ってきたのは銀のプレートアーマー。とても綺麗に磨かれており凄く高そうに見える。

 

「本当にこれが銀貨15枚で買えるの!?」

「おう!強度は俺の保証付きだ!!どうだ?」

「か、買うわ!!」

 

自分の姿が反射して見えるほどの綺麗な1品だ。ディーフェルの趣味は防具の手入れなので、あれもかなりのメンテナンスをされてきたのだろう。

 

「貴方に会えて良かった。良かったらまた会ってくれないかしら?今度はベッドで....」

「ん?どう言う意味だ?」

「もう、言わせないでよ」

 

あわわっとアタリルを見ると怒気で周りが燃えているように見える。これはかなりご立腹だ。

 

「(ディーフェル!気づいて~!!)」

 

そうディーフェルに念じていると。ディーフェルはああ、なるほどと言い彼女に笑いかける。

 

「悪ぃなお姉さん。俺には超絶可愛い嫁ちゃんがいてね」

 

そう言いアタリルの方に視線を向けるディーフェル。ソレを追うように女性もアタリルを見た。

 

「なによ、貴方あんな貧相なおチビさんが好みなわけ?」

 

するとディーフェルは腰に手を当てうーんと考えたあとそんだなと続ける。

 

「あいつが小さくても大きくても、俺は愛してるぜ!これは絶対に変わんねぇな!ははっ!!」

「....そうっ、お幸せに!!」

 

お金を払い、プレートアーマーを受け取った女性は怒った様子で去っていった。

 

「何であんなに怒ってんだ....?」

「もう!ディーフ!!」

 

女性が去ったのを見送ったあと、アタリルがディーフェルに怒鳴る。やっぱり彼女に誘われていたのが気に入らなかったのだろうか。

 

「お客さんの前であんな恥ずかしいこと言わないでよ!」

「そう言ったってな....事実だしいいんじゃねぇか?」

「だから恥ずかしいのよ!もう!!」

 

アタリルは怒った態度をとってはいるが、少し嬉しそうだった。ラブラブだなぁと和んだ後、私が送り出した従者の中で一番心配な彼の元へ向かうことにした。

 

 

 

――

 

 

 

 

武器屋と防具屋の少し離れた場所にある道具屋。

エルバトが店主の店だ。

近寄って覗いてみると、あの可愛らしいアホ毛がぴょこぴょこしていた。その肩には緑色のぷにぷにした物体。

実はエルバトには補佐役としてサージェが召喚したスライムを預けている。仲良くやっていれば良いが....

 

「ね~、スライムくん。お客さん全然来ないねー」

プルプル

「このままじゃレナータ様に褒めてもらえないよー....」

プルプル

 

スライムに話しかけるエルバト。対してスライムは話せないので体をプルプルと揺らしながらエルバトに頬ずりをしている。ほのぼのした光景だ。

 

「ありがとうスライムくん!僕、頑張れる気がする!!」

 

うんうん、良い話しだとまったりしているとエルバトが客引きを始めた。

どうやら可愛い少年とスライムのコンビは宣伝効果抜群らしく、人がワラワラと集まってきて、思った以上に客が来たことに焦りながらもエルバトは嬉しそうに対応している。

 

「おい、このアイテムは何だ?」

「そちらはその液体を飲ませる、または掛けられた相手が性転換しちゃうマジカルアイテムになります!」

「へ、へぇ....そんなものまで置いてるのか....」

 

私も初耳だけど!?と思うがエルバトの道具屋はかなりの品揃えらしく、お手伝いしているスライムもとても忙しそうに体をみょんみょん伸ばしている。

そしてさっきの性転換マジカルアイテムを買って帰る男性。何に使うんだろう....?

 

エルバトの方は問題なさそうだと安心して城へ戻ろうと思った時、視界の端に子供が見えた。手には大きめな石。

 

「子供のくせにちょうしのるな!!」

 

そう言いエルバトに向かって手に持っていた石を投げた。何が子供の怒りを買ったかは知らないが、私の可愛い従者になんて事をするんだと、急いで石を受け止めようと走る。

エルバトの顔面スレスレで石を受け止め、それを握りつぶし粉々にする。

 

「....?」

 

エルバトを含め、周りの人達は何が起こったか 分からずぽかんとしている。

 

「なんの詠唱も無しに魔法を使ったのか...?」

「従者ってのは凄い....というか少し怖いな....」

 

まずい、私の軽率な行為でエルバトに悪い噂がつくかもしれない。どう誤魔化そうかと思った時、エルバトが白のクリスタルを掲げる。

 

「じゃーん!今のはこのマジカルアイテムで瞬時にシールドを張ったのです!今ならお買い得ですよ!!」

 

どうですか?と周りの客に問いかけるエルバト。不審がっていた人々もなんだ、アイテムだったのかと納得してさっきの不穏な空気がなくなった。

エルバトは私がいることに気づいていたのだろうかと思うが、スライムにこっそり「なんだか分からないけど、いいチャンスになったね」と耳打ちしているのが聞こえて、私の行動を逆に利用して売り込みをしたようだと感心する。

彼は私が思う以上に商人としての才能があるのではないかと、嬉しく思いながら転移アイテムを使い城に戻った。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

「(さて、城に戻ったわけだけど....)」

 

残るはこの城に居住をもつ3人。

ここから1番近いのは訓練場かと思いながらそこへ足を運ぶと、怒鳴り声が聞こえた。それは訓練場に近づくにつれどんどん大きく聞こえる。

なんだなんだと早足で向かうと、数十という兵士たちに指導しているアルマの姿が。

 

「そんな弱腰ではいざと言う時レナータ様を守れないぞ!!死にたいのか!?」

「そこのお前!!姿勢がなってないぞ!!」

「素振りが終わったら私と模擬戦だ!気合いを入れろ!!」

 

アルマの厳しめな言葉が兵士達へ飛ぶ。

兵士達の顔を見るとゾンビの様な疲れ切った顔をしていた。今にも倒れそうな者もいる。

 

「(わ、わぁ....スパルタ....)」

 

私だったら耐えられないかもと、イデアーレの兵たちにお疲れ様ですと内心声掛けをして、もう少し様子を見る。

流石にきつかったのかバタバタと数名倒れていっていた。1人が倒れるとまた1人と連鎖的に膝をつき始める。

 

「情けない!この程度で休むな!早く立て!!」

「しかし...」

 

虚ろな瞳でアルマに抗議する兵。唾液まで口から伝っており、少々可哀想になる。

このままでは潰れてしまうのではないかとアルマと話をしようと思った時、アルマがマジカルボックスから大剣を取り出す。まさかそれで....と焦るとアルマはそれを地面に突き刺す。

 

「〈ベアトリーチェ〉!!」

 

突き刺した剣を中心に魔法陣が広がる。この訓練場にいる兵士達全員が魔法の効果対象になるほどの大きさだ。

アルマの詠唱と同時に皆の体力が回復してゆく。

 

アビリタの上位、運命に選ばれし王とその従者しか使えないクアリタという特殊技能が存在する。

アルマのクアリタ、〈ベアトリーチェ〉は自分を中心とした上限半径500mの魔法陣に入っている仲間の体力を徐々に回復する、というものだ。アルマが愛刀の[グランドフィナーレ]を出したのは、そのクアリタを強化する能力があるからだ。

 

「少しの休憩の後、また訓練を始める!!気を抜くな!!」

『はいっ!!』

 

兵士達のさっきの死にかけの声とは違う、元気な声が聞こえてひと安心する。アルマも何も考えずに指導している訳ではないらしい。従者と普通の人の基礎能力はかなりの差がある。その為自分にできるから相手もできると勘違いして力量を誤ることがあるらしい。

ちゃんと兵士達の限界を見ながら相手をできる良い兵士長じゃないか、と自分のしっかりした従者を嬉しく思う。

そして私は次の場所へ足を向けた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

その部屋へ入ると私の好きな匂いがして、すぅっと鼻で吸い込んだ。図書室。大量の本が棚や壁まで埋めつくし、全て読むにはどのくらいの時間がかかるのだろうと想像して気が遠くなりそうだ。

部屋に入ってすぐの所にカウンターがあり、そこにこの場所を管理する者が椅子に座り本を読んでいる。サージェだ。先程休めと言ったのにここで仕事をしていたのかと呆れるが、彼にとってここにいることが休むことになるのかもしれない。カウンターには本が山積みになっており、サージェはそれを簡単にパラーッと読んだだけで内容を理解したようだ。確か彼は速読が出来ると言っていたが、本当にそれだけで分かったのかなと速読が出来ない私には分からなかった。

 

「....」

「(....)」

 

しばらく本を読むサージェを観察する。

文芸、ビジネス書、専門書、絵本etc.....様々な種類の本を読み、左側つまれた未読(おそらく)の本がどんどん右側の既読の方へつまれていく。私なら1ヶ月かかって読むだろう量の本を数分で読み終えてしまった。ちょっとそれで読書の楽しさとかあるのかなと思う。今度聞いてみよう。

そう思っていると、サージェの元へ白い天使がふわふわと降りてきた。

 

「ああ、ありましたか。ルポゼが読みたいと言っていたものですね。預かります。」

 

天使から1冊の本を受け取り、ぺこりと頭を下げた天使はまたどこかへ飛んで行った。この天使はサージェが召喚した司書のようなもので、彼一人では管理が大変だろうと召喚を許可したのだ。

サージェが先程受け取った本をペラペラとめくる。

 

「お菓子のレシピ本ですね....ああ、凄く美味しそう....」

 

目をキラキラと輝かせながらレシピ本を見るサージェ。もしかして甘いものが好きなのだろうか?

先程の本はもの凄いスピードで速読していたのに、このレシピ本は1ページ1ページしっかり目を通して、色とりどりのスイーツ達を見て「あー」だとか「これは....」だとか独り言がもれていた。

そして何を思ったのか本をパタンと閉じたあとボックスにしまい、天使に少し部屋をあけると告げるとどこかへ向かった。私も慌てて後を着いていく。

サージェが向かったのは、食堂。

傍にあったテーブルにつき、料理長のケイに何かを伝えたあとるんるんと待っている。

すぐにケイが持ってきたのは、とても美味しそうなガトーショコラだ。サージェは一言礼を言ったあといつも口元を覆っている布を下げて、フォークでそれはもう大切そうに1口分切り、口へ運ぶ。私もついつい口を開けそうになる。

 

「ん~、凄く美味です....生き返ります....」

 

満面の笑みでガトーショコラを咀嚼するサージェはとても幸せそうだった。

 

「(わぉ....意外な一面....。これは良い情報が手に入ったぞっ!!)」

 

サージェは甘いものが好き、と心の中でメモをしたあと邪魔してはいけないと食堂を出た。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

最後に宝物庫の前に立つ。ここは私の部屋より厳重な警備をさせている。まず今の状態で正面から入ることは絶対に出来ない。扉は特殊な鍵でしかあかない上入るとテゾールが感知できるようになっている。鍵は持っているので入ることは出来るが今回はこっそり従者の日常を見ることが目的なので正面からは入らない。

実は私とルイス、テゾールの3人しか知らない裏ルートがあるのだ。宝物庫への扉から少し離れた場所にある床を強く3回踏むと、そこがボコっとへこんだ後階段が現れる。私が階段を下ると入口がすぐに閉まる。ここは一方通行なのでもう戻ることは出来ない。

 

「確か....右、右、左、下、上、右、上....なんだっけ....?」

 

十字型の通路を正しい順番に通る。ちょっと忘れかけているがもし間違った場所へ進んでしまうとアラートが鳴り、テゾールにバレてしまうので慎重に思い出しながら進む。

そして何とか絞り出したルートを進み、宝物庫へ入ることが出来た。

 

「(あーやっとつい、た....)」

 

少々伸びでもしようと思ったら、正面にテゾールが微笑みながら立っていた。思わずヒッと声をあげそうになる。

いつもの怪しげな笑みで私をじっと見るテゾール。アイテムの加護で私の姿は見えないはず....と焦りどうしようかと様子を伺っていると、テゾールがこちらに手を伸ばす。

と、思いきや私の右後ろにあった聖杯を手に取り「少々汚れていますね....」と懐から取り出した布で聖杯を磨いている。

 

「(なんだ....バレた訳じゃなったんだ....)」

 

ほっと一安心してどこかへ向かう彼に着いていくと、宝物庫にある少し開けたスペースにどこから持ってきたのかテーブルと椅子を設置していた。

 

「紅茶でも飲みましょうか」

 

そう言いテゾールは奥にある自室へ入りティーポットとカップを持ってきた。

何故自分の部屋ではなくここでティータイムを始めるのだろうと思うが、お宝に囲まれながらくつろぐのも結構贅沢なのかなと考える。宝が好きだと言っていたし、多分そうだ。

 

「今日はディンブラーにしましょう、そのお供はどうしましょうか....?」

 

何か良い菓子はあったかなとまた部屋に戻るテゾール。彼は独り言が多いんだなとちょっと親近感を覚えると、ふと奇妙なことに気づく。

テゾールが出したテーブルに椅子は2つ。そして戻ってきたテゾールが座った向かいの空席にも何故かティーカップが。

 

「お菓子は今日の紅茶にあうものがありませんでした....ですのでお供は楽しい会話、という事にしましょうか」

 

そう言い自分と空席のティーカップに紅茶を注ぐテゾール。

なんだか不気味だ。元々彼はよく分からない行動や言動が多く1番謎な従者で、もしかして見てはいけないものを見てしまっているのではないかと思い、1歩後ずさる。

そして一瞬の瞬きの間に、先程椅子に座っていたテゾールがいなくなっていた。

 

「(えっ!どこに....)」

「動かないでください」

 

背後から声が聞こえる。

そして自分の喉元にはナイフが当てられていた。

一瞬すぎて分からなかった。いつの間にかテゾールが私の背後に周りすぐにでも私の命を狩れる状態になっていた。

 

「先程からせっかくお茶会に誘っているのに無視ですか?それにそうやって姿まで隠して....裏ルートはわたしを含めて3名しか知らないはずなんですけどね....」

 

その内の1人です~!!と心の中で叫びながら、いきなり動くとそのまま殺される気がするので動けずにいた。[クラルテクロス]をまとっている間は声を出しても相手に聞こえない。もしこのままナイフで喉元を掻っ切られてしまえば、いくら王と言えどなんの強化もしていない状態なのでおそらく死ぬだろう。

 

「(ひぃぃ....テゾール!私です!レナータです!)」

「この神聖な宝物庫に土足で踏み込むなんていい度胸してますね。ふざけんじゃねぇぞ、生かして返さねぇからな....」

 

急に口調がいつもの丁寧語ではなくなり、今度こそ声を上げてしまうが彼には聞こえない。

 

「じゃあ最後にその面拝ませてもらおうか!〈武装強制解除〉!!」

 

アビリタをかけられ、私の[クラルテクロス]が実体化する。

それを掴まれ思い切り引き剥がされた。

 

「わっ....!」

「....!?レナータ様!?」

 

目を見開き驚くテゾールに少し気まずい私。

テゾールもどうしていいのか分からないのか、ずっと固まっている。

 

「あ、あの~、実は今従者達がどうやって過ごしてるかこっそり見てまわってて....」

「....も、申し訳ございません!!貴方様に刃を向けるなどっ!!俺はなんて事を....!!ど、どうやって償えば....!?」

 

自分が守るべき存在に刃を向けてしまったことにかなり動揺している様で、カランとナイフが音をたたて落ち、目はめちゃくちゃ泳いでいて手も恐ろしいぐらい震えている。

息も荒く過呼吸でも起こすのではないかと心配するレベルだ。

 

「お、俺は....!!」

「大丈夫!大丈夫だから、ね?」

 

そう言い震える手を両手で包み込み顔を覗き込む。

それでもまだ自分のした事が許せないのか、私に処分されるのが怖いのか、手の震えは止まらない。

ならば、とテゾールをぎゅっと抱きしめ、背中を優しくさする。

 

「!?レナータ様....?」

「ごめんね、テゾールは私がコソコソ隠れてたから勘違いしただけで、何も悪くないよ。私が悪かった」

「あ、貴方様が謝ることなど何も!!」

「駄目、私の謝罪を受け入れなさい。命令です!」

「....はい」

 

しばらく背中をさすっていると手の震えや荒い息も落ち着いてきて、私のとった行動は正解だったかと安心する。

もう大丈夫かなと体を離そうとすると今度は逆にテゾールが私をぎゅうっと抱きしめてきた。多分全力の力だ。苦しい。

 

「ちょ、ちょっと苦しいかな~....」

「しばらくこのままで....お願いします....」

 

腕のチカラが緩められ、私の肩に顔を埋めるテゾール。

なんだか大きい子供みたいだと思い、いいよと返事をしてまた背中をぽんぽんと撫でる。

すーはーすーはーと肩口で物凄く深呼吸されているが、彼の奇妙な行動は今に始まったことでは無いのでスルーする事にした。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

私との別れを惜しむテゾールのホールドから何とか抜け出し、自室に戻ってきた。

 

「ふぅ、ちょっと疲れたな....」

 

またまたベッドにダイブして、ごろごろしながら色々振り返る。

街に出した従者達は思った以上に周りに馴染めていて、上手く生活しているようで安心した。私が急に決めたことなのでもしかしたら上手くいってないんじゃないかと思っていたが、余計な心配だったようだ。

従者達を召喚してまだ1ヶ月も経っていないので、これからまた彼らの事を知っていけたらいいと思う。

今度は隠れてじゃなくて堂々と会いに行こうかなと思ったが、街にいきなり王がやってきたら迷惑じゃないかと悩む。

 

コンコンッ

 

「レナータ様、サージェ様がお越しになられています。明日の会議についてお話があるようです」

「分かった、すぐ行く!!」

 

この事はまた今度考えよう。

それより先に、明日の運命に選ばれし王達の会議についてだ。私はベッドから降り服装を整えた後、部屋から出た。



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王達の会議

アズモンド、イデアーレ、ディアストリク王国のちょうど真ん中にある砂漠地帯、サンドゥ砂漠。

ふだんは狂暴な魔物ばかりがおり、誰も近づかないその砂漠に私は降り立った。

 

「ここが会議の会場なの?」

「はい、そうでございます」

 

ついに運命に選ばれし王達の会議当日になった。

朝早くから準備して、会議の際には必ず身につけなければならないという王冠とマントを身につけたあと、サージェに転移魔法を使ってもらい、ある建物の前まで来た。会議に同伴出来る従者は1名だけらしく、サージェ以外の従者は国にお留守番してもらった。

真っ白の神秘的なその建造物は砂漠の中にあるにも関わらず壁に傷一つなく、ついさっき建てられたような綺麗さ。

だがまるで上の部分を無理やりちぎった、2階が急に破壊されたかという様な妙な造りが気になった。

この建物は材質がこの世界にあるどの物質とも合致しなくて何で出来ているか分からないらしい。中に入ると魔法もアビリタ、クアリタも使えなくなるらしく、道理で今まで会議中に死人が出なかったのかと納得した。

 

「スフィーダの塔です」

「へぇ、塔?めちゃくちゃ一戸建てなんだけど....」

「上部にある中途半端な外壁から、元々は塔を造る予定だったのではないかと先代の王達は推測したようです」

「なるほど....とりあえず入ろうか」

 

塔(?)の入口に立つと、3mぐらいある扉がゴゴッと音を立てて自動で開き、扉を押そうとした私の手が空を切る。

ぶわっと中の冷たい空気が私に浴びせられ、ちょっと寒いなと思いつつ中へ入る。

左右に石柱がズラっと並び、その先にはまた扉が見えた。内装は思ったよりシンプルで、その石柱以外に物らしい物は無い。もっと甲冑とか飾ってあるのかと思っていた。ガシャガシャと自分が歩いた時の鎧の音と、後ろからサージェの着いてくる足音だけが響いた。

正直緊張している。事前にブラフマー王とシヴァ王がどんな人物か軽く聞いてはいるが、ちゃんと協力関係を築けるか心配だった。情報についてもそれほど多くないのでイメージと違ったらどうしようという不安もある。

いよいよおそらく会議室であろう場所の扉の前へに来た。大きく深呼吸をしていると、サージェが前に来て扉に手を当てた。

 

「私が開けます」

「分かった....ああ、緊張する。仕事の出来そうな女王パータンBね」

「仕事の出来そうな女王パターンBでございますね。承知致しました」

 

重そうな扉をサージェが片手で押し、ゆっくりと開いていく。

まず見えたのは50人用かと思うほど大きな円卓に、均等に置かれた3つの椅子。1番扉に近い席が空席になっており、私の席はあそこかと確認する。

 

「済まない、遅くなった」

「....」

「ほんとだよもう!ボク達結構待ったんだからね!」

 

左側に座っているのは柑子色の髪をした男性。

アズモンド王国20代目国王、アンディート・ブラフマー。

彼は元奴隷だったらしく、即位してすぐに奴隷制度を廃止した事でかなりの話題になっている。アズモンド王国の奴隷制での利益は凄まじく資金の大凡はそれで稼いでいたが、アンディートの行いによって結構な危機と聞いた。

そしてさっきから私を無言で睨みつけてくるのでなんなんだと少々警戒する。

恐らく連れてきた従者だろう人物は右目に傷のある屈強そうな男で、アンディートの傍に立っている。

そして右側に座っているのは灰色の髪の男の子。

ディアストリク王国38代目国王、ムームア・シヴァ。

彼は12歳という歴代最年少で即位した。元々王族、それも運命に選ばれし王の息子で、連続して同じ家系から王が選ばれるのは初めてらしい。ディアストリク王国については....よく分からない。王が新しくなっても国に大きな問題はなく、そして外にあまり情報が漏れないようになっている。国に入るのは簡単だが、出るのが凄く難しいらしい。

ニコニコと笑うその笑顔は、何故だか少し違和感を感じた。

連れてきた従者は金髪の女性。プレートアーマーをしているところをみるとたぶん戦士だろうか。

 

マントをバサァっと大袈裟に翻し手前の椅子に着席した後、足を組む。少し偉そうにしていた方が王らしいかなという軽率な考えからだ。

 

「君がヴィシュヌ女王?本当に女性なんだねー」

「私が女なのがそんなに意外か?」

「だって女王って珍しいもん」

 

そうなの?と視線でサージェに問いかけると、レナータ様でイデアーレ王国の女王は3人目になります、と耳打ちされる。

 

「さっきね、ちょっとブラフマー王と話したんだけど彼ね、従者5人も召喚したんだって!凄いよね?」

「そう....だな。歴代最高が5人だったか?」

「そうだよ!まだ7人の王しかなし得なかった偉業だよ~、ヴィシュヌ女王は何人召喚した?」

「私は....8人だ」

 

私の発言に私とサージェ以外の人がどよめく。やっぱり5人以上って凄い事だったのかと改めてここで実感した。

 

「8人!?ホントに?よく生きてたね!」

「召喚後は少々苦労したがな。本当だ」

「へぇ~、残念だったねブラフマー王。君が1番だったのに」

「チッ」

 

ブラフマー王に舌打ちされた後また睨まれたので、私何も悪くないんじゃ....と心の中で愚痴ったあと、さっきから彼の私に対する敵対心のようなものが気になった。

私は彼に何もしていないし、恨まれる様なことはなにしてないはずと自分の行動を振り返るが特に思い当たることは無い。

 

「ブラフマー王。私は貴方に何かしたか?先程から私との会話も避けているように感じるが?」

「お前は何もしてねぇ、ただ女がでしゃばってんのが気に入らないだけだ」

「ブラフマー王は女の人が苦手なんだって」

「苦手じゃねぇよ、嫌いだ」

 

シヴァ王の発言にあからさまに嫌そうに返すブラフマー王。私とは全然話しをしてくれないけど男であるシヴァ王は良いみたいだ。そういえばシヴァ王もさっきちょっと話したと言っていたなと思い出す。

何も性別の違いぐらいでそんなに敵対心剥き出しにしなくてもいいのではと思うが、男尊女卑の考えが強いのだろう。

 

「そうは言っても、我々はこれから協力関係を結ぶ事に成るだろう。そう駄々をこねられては困るのだが?」

「ああ?誰が駄々こねてるって....?」

 

少し私も苛立って煽ってしまった。火に油を注ぐとはまさにこの事だと自分で反省する。ブラフマー王から今にも殴りかかってきそうな程の怒気を感じる。

 

「まあまあ二人とも!冷静になりなよ。ここで戦っても何の利益もないよ?」

「そんな事ねぇ、こいつを殺して王を交代させる」

「....少し大人気がなかった。すまない、ブラフマー王」

 

素直に謝る私にブラフマー王は少し驚いたあと、やり場のない怒りを机にガンっとぶつけた後ムスッとした顔で黙り込んだ。どうやら許してくれたらしい。

代々王たちの仲は良くないと聞いていたが、自分達もそうなるかも知れないと少し不安になる。シヴァ王は何とか良い関係を築けそうだがブラフマー王は少し難しくなるだろう。

 

「それとさ、ヴィシュヌ女王。協力関係って言ってたけどもしかして宝のこと?」

「勿論だ。そのための運命に選ばれし王なのだろう?」

「ふーん、ボクの見立てただとさ....ヴィシュヌ女王って何か嘘っぽいよね。そんな人と協力関係なんて出来ない」

 

ぎくっとする。嘘っぽい....とはおそらく今している演技の事だろう。

 

「ボク昔から貴族達が父上に媚び売る演技見てたから分かるんだよね。そういう、偽った顔って言うのかな?」

「....」

「どうなんだ、お前」

 

ブラフマー王からも問われ、どうしようかと迷う。まさか仕事の出来そうな女王パターンBが見破られるなんて、結構演技には自信があったんだけどなと少し落胆する。ここでシラを切るとこれからの関係にヒビが入ってしまうかもしれない。それにもうそうこう考えているこの沈黙が、演技をしていたという肯定になってしまっているだろう。

 

「あ~うん、そうだね。ごめん、私あんな感じの性格じゃない....」

「!」

「やっぱりね!流石ボク!」

 

パッと軽く両手を挙げ降参の意を示すと、わーいわーいと喜んでいるシヴァ王と若干引き気味のブラフマー王。こんなすぐにバレるなんて思ってもなかったが、まあ自分らくし過ごす方が楽なので案外ラッキーだったのかなと前向きに考える。

 

「私のことはもう良しとして、宝の話進めようよ!」

「開き直るの早いな~。そういえば宝についてなんだけど」

 

シヴァ王は乗り出していた身を背もたれへ戻し、指をつんつんと合わせる仕草をしながら「ん~」とわざとらしく考えるような様子を見せる。

 

「ボクさ、自分の国さえ手に入ればそれでいいんだよね。だから宝の攻略に正直興味無い!」

「え....でも運命に選ばれし王の役目はどうするの?」

「そもそもさ、宝って何なの?膨大な富?最強の武器?それともなんでも願いが叶うとか?」

「それは....」

「ほら、分からないよね。もしかしたら宝って言うのは嘘でボク達の今の凄い力を奪われるかもしれないじゃん」

 

確かに宝が実際どういうものなのかは誰も知らない。だからこうやって会議をするのだと思ったのだが。

しかし自分の今の力が奪われるという可能性は考えてなかった。もしそうなるなら、おそらく従者達も消えるだろう。それを考えると....恐ろしい。

伝承では宝は【3人の王が協力して手にはいる】と言われていて、私はそうなると自然に思っていた。それは間違いだったのだろうか。

 

「....ブラフマー王はどうなの?」

 

シヴァ王が非協力的だと知ってブラフマー王にふるが、私の事がやっぱり気に入らないのか黙ったまま。

そしてまた舌打ちした後、退屈そうにテーブルに肘を置いてそこに頭を乗せる。

 

「俺は宝を攻略する」

 

良かったと思いじゃあお互いよろしくと言おうとしたら、だがと言葉を続けられる。

 

「お前とは組まない」

「....また女だからってこと?あのねぇ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

「そうじゃねぇよ。俺はシヴァ王とも組まない」

「じゃあ....」

「俺は1番なる、ならなきゃならねぇ。だから誰とも協力はしない」

 

もう言うことはないと言わんばかりに私から視線を逸らすブラフマー王。

あまりの2人の非協力的な意志に少々ため息を付きつつ、これかどうすればいいか少し考え、会議室がしんと静まり返る。

 

「私は、みんなと協力して宝を目指したい。どうしても伝承が嘘だとは思えないから」

「強情な女だ、誰も仲良しごっこはしねぇっつってんだよ。それとも力ずくで従えるか?」

 

そう言いついに立ち上がり私に体を向ける。

従者がボックスから大剣(おそらく従者自身の武器)を取り出し、ブラフマー王に渡す。

それを彼が思いきり振ると、その風圧だけで後ろにいたサージェが少しよろめいた。

 

「従えるとかじゃなくて、あくまで同盟のようなものだよ!」

「うるせえ!やっぱりお前は気に入らねぇ、ここで消しておく!!」

 

すぐさま距離を詰めてきたブラフマー王が狙うのは、私ではなく....サージェだ。

旅人であった頃の経験が役に立つ。視線が少しの間だけ私ではなくサージェに向いたのを私は見逃さなかった。

立ち上がり、腰に下げていた神器の片方を抜きサージェを庇うように立つ。

 

「―なっ!」

「狙いはバレてるよ!....私の大事な家族に手を出すなっ!!」

「チッ」

 

彼はサージェを諦め、私に上段から切りかかる。

両手でしっかり剣を握り、それを受け止める。

 

「ぐっ、このぐらいっ!!」

 

やはり運命に選ばれし王だけあって力が強く、受け止めた剣への圧が凄かった。しかし所詮は従者の武器。神器で対抗している私への力勝負では、彼は勝てない。

ギリギリと音が鳴る中、押していたブラフマー王の剣がどんどん戻されていく。

そしてついに、力の衝突に耐えられなくなったブラフマー王の持つ大剣が真っ二つに割れた。

 

「....」

「くそっ、使えねぇ」

 

カランと折れた大剣を床に放り、後ろで警戒態勢を取っていた従者が申し訳ございませんと謝り剣を拾う。

 

「ちぇ~、もう終わったの?まあ、楽しかったけど」

 

他人事だと私達の戦闘を鑑賞していたいシヴァ王。

そして不意に立ち上がり、扉の方へ向かっていく。

 

「ちょっとシヴァ王、何処に....」

「ボクは協力しない、それは変わらないから。疲れたしもう帰るよ」

 

ばいばーいと手を振り扉から出ていくシヴァ王に続くように、ブラフマー王も扉の方へ。

 

「じゃあなポンコツ女王。せいぜい早くくたばれ」

 

ムカつくひと言を残し出ていく。

 

「な、何なの?運命に選ばれし王ってのは皆こうなの?」

「申し訳ございません、レナータ様。先程は何も出来ず、貴方様に守られる事しか....」

 

サージェが悔しそうに私に謝ってくる。

彼は何も悪くないのに、私の向こう見ない行動のせいで悲しませてしまった事に胸が痛む。

 

「私こそごめんね。協力関係、できなかった....」

「いえ、レナータ様が謝ることは何もございません。ですのでどうか、悲しい顔をなさらないで下さい....」

「うん、ありがとう。これからどう行動すれば最善か、それが重要だね!!」

「はい」

 

元気を取り戻した私に、いつもの微笑みを向けてくれるサージェ。

会議は上手くいかなかったが、これから取れる行動はいくらでもある。

まあその辺は私の頭は役に立たないだろうけど、私には優秀な従者達がついている。そう思うと、さっきまでの不安も薄れていくように感じた。

 



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決意

今回はアンディート視点のお話です。


起床して、1番に思い出すのは今は亡き親友のことだ。

俺が生きているのはお前のお陰だと感謝の意を込めて今日も祈る。

 

「おはようございます、アンディート様」

「ああ」

「モーニングティーは如何なさいますか?」

「いらん」

 

そうメイドにぶっきらぼうに言い放ち、着替えをして自室を出た。中途半端に羽織るコート。今でも思い出す、あの瞬間を。

 

 

――

 

8年前

ある檻の中

 

 

「....」

 

また売られた。俺の態度が気に入らないと前の主人は俺を売った。奴隷制度のあるアズモンド王国でこんな事は日常茶飯事だが、やはり腹が立つ。特に俺は反抗的な態度のせいで短期感で売り戻される事が多い。

自分がこの国出身である事に嫌気がさす。

 

「チッ」

 

嫌な事を思い出した。何もかも、俺の人生がこんなになってしまったのはあの女のせいだ。俺を捨てて男と逃げたクソッタレな母親。親だとも思いたくない。

そのイメージが強く残りすぎたのか、今でも俺は女に対しての嫌悪感を拭いきれずにいる。

そして、視線を同じ檻に入れられた人物に向ける。奴隷には檻であっても1人部屋はないらしい。

青い髪に黄金の色をした瞳。自分の嫌いな女だった。

先程から俺の事をジロジロと見て鬱陶しい。少し痛めつけようかと考える。

 

「ねぇ」

「....」

 

話しかけてきたが勿論無視だ。だれが女と口をきくか。

女はあからさまに無視をした俺に対して、眉間に皺を寄せている。そして座ったままずいっと1歩分ぐらい距離をつめ、また俺に話をかけようとしてくる。

 

「おい女、これ以上近づくと殴り倒すぞ」

「分かった、近づかないから話ししようよ!」

「話もしねぇ」

 

軽くため息をつき、寝っ転がる。寝てしまえばあいつも話しかけてこないかもしれないし、何よりもう考える事に疲れた。腕を枕にし、女がいる場所とは逆方向を向いて目を閉じる。

不幸中の幸いか、女は顔が良い。買い手も直ぐに見つかるだろう。そう思いながら少しウトウトしていると、急に体を逆方向にグイッと向けられる。

 

「!?」

「もう、寝ないで!」

「はぁ?」

「私が退屈するでしょ!」

 

なんなんだコイツ....俺の事おもちゃとでも思ってるのか....?本当に殴り倒してやろうか。

ずいっと近ずけられた女の顔。その黄金色の瞳に自分が映っていた。心底嫌そうな顔をしている。

 

「お前の退屈凌ぎに俺はいるんじゃねぇんだよ。分かったらさっさと離れろ」

「貴方はどこからきたの?アズモンド出身?」

 

聞いちゃいねぇ。こいつは聞いたことを右から左に流してるのかと思うほど話が噛み合わない。いい加減うんざりする。俺はもう寝たいんだ。この変えられない現実を少しでも見ないために。

そんな俺に構わず、女は話を続ける。

 

「私はね、この国出身!親に売られちゃったんだよね」

 

普通は悲しそうに話すだろう内容を、女は明るく楽しい話のように語る。

 

「お父様とお母様はお姉様の事すっごく大事にしてて、私を売ったお金でお姉様を幸せにするんだって言ってた」

「....」

「最初は凄く嫌だと思ったし悔しかったけど、私にはこのどん底から幸せが見つかる気がするんだ!」

 

このどん底からだったら何でも幸せに感じるのでは無いかと思う。普通の生活、奴隷の俺達にとってはこの上ない幸福だ。4歳の頃から奴隷だった自分には分からないが、何気ない日常が恐らく幸せと呼べるものだろう。

 

「....お前はいつ売られた」

「ん~、10歳の頃だったから5年前かな?」

「....そうか」

「私と話す気になってくれた?」

 

女の嬉しそうな顔に苛立ち、また寝っ転がろうとすると女はごめんごめんと言い俺を止めた。

 

「そう言えばまだ名乗ってなかったや。私ミラっていうんだ、よろしく!!」

「....」

「よろしくってば!」

 

無理やり手を取り握手させられて、ブンブンと乱暴に振られる。名前なんてどうでもいい。どうせ直ぐにどちらかが買われ、次の主人にこき使われてる間に忘れてしまうだろう。

奴隷同士の出会いと別れなどそんなものだ。だから馴れ合いに興味はなかった。どうせすぐに忘れるし、忘れられるぐらいならお互いの事など知らない方がいい。

 

「貴方は?名前なんて言うの?」

「うるせぇ、俺に話しかけるな」

「分かった、もしかして変な名前なの?だから言いたくないとか?」

 

じゃあ私が当てようかな~などと考える仕草を見せながらニヤニヤする女。あまりのしつこさに好きにしてくれという諦めさえ感じてきた。

 

「ストゥー、とか?」

「....」

「じゃあ、エレーティコ?」

「....」

「ん~じゃあ....ア、アから始まる気がする!!」

 

一瞬ドキッとした。どうせただの感で言っただけだろうが、本当に当てられたら....少し話をしてやってもいいかなと馬鹿な考えさえ浮かぶ。

どうせ無理だけどなと鼻で笑うと、女はそれを馬鹿にされたと察知したのか頑張って当てようと頭に手を当て唸っている。

 

「降りてきた!アンディとかじゃない!?」

「惜しい....」

 

あと音引きとトを付ければ完璧だったのにという気持ちからつい返事をしてしまう。

女は俺が返事をした事を嬉しく思ったのか、目を輝かせながら顔を近づけ、本当に?と俺に問いかける。また黄金色の瞳に俺が映る。今度はさっきより優しい顔をしている気がした。

 

「さっきから近いんだよ、離れろ」

「もう答え!」

「は?」

「だから、名前教えて!!」

 

本当に人の話聞かないなと呆れつつ、名前を教えたら次こそは寝てやると思い、名を教える事にした。

 

「アンディート」

「アンディート....くん?」

「さぁ、教えたぞ。俺はもう寝る」

 

再び寝っ転がり女に背を向けると、またまた体の向きを強引に変えられる。そんな細い腕の何処にそんな力があるんだと思う。またかといい加減勘弁して欲しいが、女のニコニコとした楽しそうな笑みに、俺はまた体を起こす。

 

「今度は何だ」

「アンディートはさ、夢とかある?」

 

いつの間に呼び捨てになったんだと思いつつも、何ともガキっぽい質問だと心のなかで笑う。自分と同じ年の様だが女と俺とではこうも違うのか。希望を探し続ける女に対して、絶望に留まる俺。何だか少し羨ましい気もする。

だからだろうか、少し女に興味が湧いた。

 

「....お前はあるのか」

「よくぞ聞いてくれました~、ふふっ」

「....」

「あ~待って寝ないで!真面目に話すから!!」

 

話を続けろと顎で指示を出すと、おっほんとわざとらしい咳払いをしてずばり....と溜める。早く言え。

 

「運命に選ばれし王になること!!」

「....アホらしい」

「えー!私本気だよ?」

 

だからアホらしいと言っているんだ。運命に選ばれし王は確かに性別、身分、種族関係なく選ばれる。

当然だが、運命に選ばれるというのはそう簡単ではない。何十億分の三。王座は三席しかない。

 

「お前みたいな泥まみれの女が選ばれる訳ねぇだろ」

「そんなの分からないでしょ!ただの村娘が選ばれたって話聞いた事あるし!」

「村娘と奴隷じゃ話が違う」

 

その言葉は、自分に言い聞かせるためのものでもあった。

俺みたいな泥まみれなやつが選ばれるわけない、その辺の村人と奴隷では話が違う。

まだ希望を持っていた頃の俺の夢も運命に選ばれる事だったな、と思い出す。俺を苦しめた奴隷制度を、この国の王に選ばれてなくしてやりたかった。

こんな思いを抱いてはいけない、どんだけ期待しても叶わない夢にいつしか俺はその夢を心の奥に閉まっていた。

だが俺に無理だと言われてもなおその笑みを絶やさない女の、彼女の明るい笑顔を見て俺も口を開く。

 

「だけど....悪くないんじゃないか。願うくらい」

「!!」

 

初めての俺の前向きな言葉に、彼女は今日1番の笑顔を見せた。またまた近ずけられた黄金色の瞳に映る俺の顔は、少し笑っていた。

 

 

 

 

5年後

ジャムダールの屋敷

 

 

俺があの檻のでミラと会ってから5年。

何の運命のいたずらか知らないが俺とミラは同じやつに買われ、この同じ屋敷で働いている。

 

「アンディート!旦那様の部屋にちょっと汚れ残ってたよ!」

「げっ、本当か?」

「大丈夫、私が始末したから」

「ありがとな、助かった....」

 

しっかりしなよと背中をバシンと叩かれ、昔からコイツの馬鹿力はどこら出てるのかと不思議に思う。そして背中がじんじんする。

互いの夢を語りあってからというもの、彼女と親友となることがまるで決まっていたかのように意気投合し、今のような関係になった。

俺の女に対する嫌悪感は消えなかったが、何故かミラだけは大丈夫だった。

 

「おうおう、今日も仲が良さそうだなゴミ共」

 

この不愉快な声は、と声の聞こえた方を見るとやはり。

俺達を5年前に買ったこの屋敷の主、ジャムダールだ。

こいつは本当にクズ野郎で、不眠不休で奴隷を働かせるだけでなく気に入らないことがあると直ぐに過激な暴力を振るう。そのせいで俺達は生傷が絶えなかった。

 

 

「お帰りなさいませ、旦那様」

「お帰りなさいませ」

 

何度も何度も慣れた挨拶をこなし、心の中では散々罵倒してきた。ジャムダールは俺達を気に入っているのか、俺達がこいつに買われてから何度か新しく奴隷を買っていたが、そいつらは皆また売られてしまった。

そのニタニタと笑う表情が気持ち悪くて、いつも殴りたい衝動にかられる。

 

「仲良く乳繰り合うのはいいがちゃんと仕事しろよ?それしかお前らは価値がないんだからな!!がはははっ!!」

「失礼ながらご主人様、俺達はそういう関係ではございませんので」

「ちょ、ちょっと、アンディート!」

「何だ?俺に口答えするのか....?」

 

ジャムダールが俺の頭を掴み思い切り壁にぶつける。

ゴッと頭が壁に当たる音が何度も響き、壁に少し傷が出てた。

 

「ぐっ....」

「あ~あ~、お前のせいで壁が傷ついただろう!!糞が!!」

「ご、ご主人様、申し訳ございませんっ!彼には後できつく言っておきますのでどうかお許しを....!」

「チッ、お前らなどすぐに処分できるのだからな。覚えておけ」

 

そういい自分の自室へ戻っていくジャムダール。

俺達の首についているこの重い首輪を心から憎く思う。奴隷に必ず付けられる首輪は買い手の魔力とリンクしていて、首輪に殺せと命じるだけですぐに首が飛ぶようになっている。その光景は嫌というほど見た。

首輪が赤く光り、赤い花が咲くように飛び出た魔法の刃が肉を断ち、胴体から頭が落ちる瞬間を。

俯き、首輪を擦りながらそう考えていると、ひょこっとミラが顔を覗き込む。

 

「うおっ」

「うおっ、じゃないよ!また旦那様にあんな態度とって!」

「しょうがねぇだろ、アイツが....」

「私達がどう見られてたって関係無いよ、真実は変わらない、そうでしょ?」

 

そういい笑顔を見せるミラ。この笑顔に何度助けられてきただろう。たまに、俺のせいでミラにまで怒りの矛先が向くことがある。だが、ミラはそれについて怒ったことは無くいつも俺の心配ばかりしてくれる。

こんな親友に出会えて、俺は凄く幸せだと思う。

 

「そうだな。しかし....壁、どうするか....」

「あ~、このままだと絶対に旦那様怒るもんね」

 

うんうんと悩むこの時間さえ、2人なら楽しい時間になる。

ずっとそれが続けばいいと、俺は強く望んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ....ねぇってば!」

 

深く眠りに落ちていた意識が浮上し、声のした方に体を向ける。せっかく久しぶりの睡眠で人が気持ちよく夢に浸っていたのを、明るい声が現実に引き戻す。

俺とミラは同室で、安いベッドから抜け出したミラは同じく安いベッドに寝ている俺を揺さぶる。

 

「んっ....なんだ....?」

「こんな夜は語ろうよ!」

「.....どんな夜だよ」

 

いいからいいからとベッドから引きずり下ろされ、窓から見える月を眺めながら床に座る。

綺麗な満月だと思いながらくわっと欠伸をすると、隣にいたミラもつられて欠伸をしていた。眠いのなら寝ればいいのに。

 

「初めて会った時もこうやってお喋りしたね」

「お喋りって言うかほぼお前の1人言だったけどな」

「だってアンディートが無視するから!」

 

べしべしと俺の膝を叩き、あの頃のアンディートは目が死んでたな~とか思い出さなくてもいい事を呟いている。

初めてミラと会った日。そこから俺の運命は変わったなと思う。よく笑うようになった、夢を思い出した。よくある表現かもしれないが、こいつは俺の太陽みたいな存在だ。

 

「実はね....アンディートに自慢したいものがあるんだ~」

「自慢したいもの?」

 

そういいベッドのしたから何かを引きずり出し、バッ掲げる。紺色の生地に赤い刺繍の入ったロングコートだった。

 

「どうしたんだそれ?....結構高そうだな」

「私ちょいちょい旦那様からお小遣い貰ってたんだよね。アンディートには内緒って言われたけど」

 

それを聞いて1番に思いついたのは....考えたくもないことだ。

 

「お前....まさか....」

「違う違う!本当にただ貰っただけで、私の身は純潔そのもの!!」

 

俺の怒気を感じたのか慌ててすぐに説明するミラをみて、どうやら嘘じゃなさそうなことに心底安心した。もし体を要求されていたなどと聞かされたら今すぐジャムダールを殺しに行っていたところだ。

多分私が可愛いからかな~と冗談めかして笑いながら、コートを体にあててくるくる回っているミラ。こうやって見ると本当にただの女だ。その首輪さえ無ければ、と少し悲しい気持ちになる。

 

「これね、私が運命に選ばれし王になった時に着たいんだ」

「選ばれなかったら一生着れないな」

「酷い!せっかく王になったらアンディートを補佐官として傍に置いて上げてもいいかな~って、思ってたのに」

「言ってろ、運命に選ばれるのは俺だ」

 

ふっ、と片方が笑えば自然と笑みが零れた。

確かに自分が王に選ばれたいという気持ちもあるが、こいつにの補佐官になってやるのも悪くない気がする。こいつの純粋な思いに、絆されいている証拠だ。

 

「王になったら、私は世界一の王様になる!!」

「世界一の王様ってのは、具体的になんだ?」

「具体的?ん~?んー?」

 

お金?権力?とブツブツ呟きながら考え込むミラ。何も考えてなかったのかと呆れる。まあ俺も運命に選ばれし王になったら1番を目指そうとは思うが。

 

「ん?おい、それちょっと見せてみろ」

「え~、いいよ。はいっ」

 

コートを受け取り、俺も立って自分にコートを当ててみる。

やっぱり、こいつは本当ドジだ。

 

「お前これ、男用だぞ」

「え、本当!?」

「本当だ、ほら」

「ほんとだ~、肩のとこ合ってないしよく見たら長いぃ~」

 

王になるまで着ないという無駄なこだわりが、残念な結果をうんでしまったようだ。

やだ~とコートを抱きしめながら俺をばしばし叩いてくる彼女に対し、俺は何も悪くないだろと目で訴えかける。

 

「言っとくけど、あげないから!!」

「いらねぇよ、趣味じゃねぇ」

「も~、いいや!これでも着ちゃおう!」

「ダラダラコートを引きずる王か....」

 

それを想像して軽く笑うと、ミラは頬を膨らませて怒る。

それを指でつつくと口に入っていた空気がブッと抜け、また叩かれた。

 

「俺が王になったら直してやるよ、使用人にそういうのアビリタ持ちの1人や2人ぐらいいるだろ」

「いいもん、私が王になって自分で直させる!」

 

俺達が狙うのはブラフマーの称号。他の国の王になることはまるで興味がなかった。というかそんなこと考えもしなかった。

 

「俺が運命に選ばれし王になっても怨むなよ?」

「もちろん、私が選ばれても恨まないでね」

「じゃあ選ばれなかった方は補佐官な」

 

そう言うとミラはうーんと考え、少し俯く。

自分で言い出しといて補佐官は嫌なのか?なら参謀か?

しかしこいつは頭が悪いから、参謀には向かなそうだと心の中で笑う。

 

「私はね、もし選ばれなかったら....」

「ん?」

「ア、アンディートのき、きさ....」

「きさ?」

「....」

「何だ?」

「....やっぱ何でもない!!何でもない!!」

 

今度は両手でばしばし叩かれて、それを腕でガードしながらこいつはテンションが上がるといつも叩いてくるなと思う。

 

「そんじゃ、どっちが選ばれても恨みっこなし。約束しようぜ」

 

ミラの手前に拳を差し出す。

ミラは一瞬キョトンとしたが俺の意を汲み取り、自分の拳を俺の拳に軽く当てた。

 

「俺達の友情は絶対かわらねぇ、約束だ」

「....うん!」

 

ミラは少し切なそうに笑ったが、その意味はその時の俺には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、昨日遅くまで起きてたせいであんまり眠れなかったじゃねぇか....」

「いいでしょ、楽しかったし!」

「そういう問題じゃねぇよ」

 

そう言いつつも笑顔の自分に、こいつのせいで随分甘い性格になったなと思う。もう昔の闇に囚われていた自分を徐々に忘れていっていた。

全部ミラのおかげだ。勝手に1人で嬉しくなり、隣にあるミラの頭をわしわしと撫でる。

 

「わわっ、何?」

「何でもねぇ」

「も~、これから旦那様に会うのに髪が乱れてたら怒られるかもしれないじゃんっ!」

 

ぱたぱたと急いで髪を直すミラ。

俺達は起きて直ぐに使用人に旦那様が呼んでいると告げられ、こうしてジャムダールの自室に足を運んでいた。

二人揃って呼ばれることはそう珍しくなく、大体が八つ当たりだ。今日も恐らくそうなんだろうな、と憂鬱な気分になる。

そう考えているうちに、ジャムダールの自室の前へついた。

 

コンコンッ

 

「失礼します」

 

形だけの挨拶をして、室内へ入る。

すると直ぐに違和感を感じる。その正体は、ジャムダールからの凄まじい怒気だ。

自分たちがとんでもない過ちを犯したんじゃないかと記憶を辿るが、これ程の怒りに触れるような事に覚えはない。

 

「―旦那様、どのような御用でしょうか?」

 

ミラは恐怖を感じているのか声も出せないようだったので、俺が少し庇うように前に出てジャムダールに問いかける。

 

「あの女ぁ....俺様の求婚を断るとは....!!くそっ!!」

 

俺達が入ってきたことにも気づいていなかったのか、ガンっと思い切り机を殴った時に俺達に初めて視線が向いた。

 

「おお、いい所に来たなゴミ共....、俺様は凄く不機嫌なんだ....せいぜい楽しませてくれよ」

 

そういいジャムダールが机の引き出しから取り出したのは2本のナイフ、それを俺達の前へ投げる。

嫌な予感しかしない。ミラも同じように感じたのか、俺の服の裾を握る。今は、何があってもこいつだけは守ろうという気持ちが俺を立たせいている。

 

「どういうことでしょうか?」

「....殺し合え」

「―えっ」

 

声を上げたミラの裾を握る力がさらに強まる。

殺し合え。あいつの口はそう紡いだ。頭で何度も繰り返すが、脳が理解することを拒んでいるかのように頭から抜けていく。

 

「俺様はなぁ....お前らがクソみたいに仲良しごっこやってんのがアタマにくるんだよ!!早く殺し合え!!」

「....」

「分かった、生き残った方には大金をやる。そして奴隷から解放してやるぞ!!さぁ、早くやれ!!」

 

しばらく、ジャムダールの荒い息だけが部屋に響いた。

そしてふと、俺の服の裾を握っていたミラの手が離れた。

 

「....ミラ?」

「ごめん、アンディート」

 

何に謝られているか分からない。だがミラの手にはしっかりナイフが握られていることだけは理解出来た。

ミラの目は本気だ。本気で....俺を殺そうとしている。

 

「な、なんでだ?俺達は....」

「私は!!自由になりたい!!お金も欲しい!!だから....犠牲になって」

「ミラ....」

 

俺が戸惑っていると、床に落ちていたもう一本のナイフを拾い俺に投げて渡す。

つい反射的に受け取ってしまった。やめてくれ。こんなの見たくもない。

 

「ごめん、アンディート」

「さぁ、早く殺し合え!!でないとお前達二人とも俺が殺すぞ!!」

 

ジャムダールが手を前に出すと、俺達の首輪が薄く光る。

俺が動かずにいたら本当俺達を殺すつもりだ。

ゆっくりと、ミラと向き合う。

キッ俺を睨みつける目は、出会ってから初めて見た。そんな目をこいつから向けられたくなかった。

ナイフを持つ手がと震え、刃がカタカタと音を立てる。

 

「なぁ、ミラ。こんな事やめよう。お前を殺すなんて....」

「うるさい!!私は本気だよ!!」

 

ミラはナイフを逆手に持ち、俺に襲いかかる。

 

「早く殺れ!!」

 

ジャムダールのうるさい声が聞こえる。

 

「あああぁぁぁっ!!」

 

ミラが叫び、俺の目の前までナイフが迫った。

 

「ミラ....やめろ!!」

 

俺は....目を閉じる。

 

「―っ」

 

肉に、ナイフのささったおとがした。

俺にいたみはなく、血をはいたのは

 

ミラだった。

 

「なっ....なんで....」

「は、ははっ....どう?....私の演技....うまかったかな?」

 

演技。どういう事なのか。刺してしまった。ミラの手からナイフかが落ち、カランと音を立てた。

防衛本能で出したナイフに、ミラは自ら飛び込んだのだ。

なんで、なんで、それだけが頭でリピートされる。

倒れ込むミラの体を駆け寄ってその体を抱き起こす。

 

「私....アンディートには死んで欲しくない....」

「それはっ、俺だってお前には!!」

「そうだ....よね、そう言うと思ってたよ....」

 

ゴボッとミラが血を吐き、どんどん顔から赤みが無くなっていく。俺の腕の中で死に向かっているのが、分かった。

 

「ねぇ、アンディート....」

「頼むから....もう喋るな....」

「聞いて....?」

 

ミラの瞳から、涙が零れる。

 

「わたし...アンディートの事....大好きだよ。だから....」

「ミラ....」

「かならず....かならずね....私達のゆめ....かな....え....」

 

ミラが言葉を言い切る前に、その体から力が抜ける。

ぐったりと俺の腕の中で頬を涙で濡らした彼女は、もう息絶えていた。

 

「あ、ああ....あぁぁぁああ!!!」

 

どんだけ叫んでも、彼女は帰ってこない。もう言葉も伝えられない。あの笑顔は、もう見れない。

 

 

俺の好きだった彼女の黄金色の瞳に最後に映った俺の顔は、涙でぐちゃぐちゃに歪んでいた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

「........ディートさま....アンディート様?」

「―っ、何だ?」

 

呼ばれた事にも気づかないぐらい、思考に浸っていたようだ。いつの間にか俺は王座に座っていて、目の前には5人の従者たちが揃って跪いていた。

従者のリーダー、リヴェルダ・ファードが心配そうに俺を見上げている。

 

「本日、我々を招集なさった理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、その事か」

 

自分で呼び出しておいてボーッとしてる王なんて俺だったらついて行かないがなと思うが、従者達は嫌な顔一つせずに俺を尊敬の眼差しで見ているように感じた。

 

「お前らに重要な仕事をやる」

「―はっ。何なりとお申し付けください」

 

5人の従者。俺の強さの証明だ。

1週間前の会議で、それを超える人物が現れた。

ヴィシュヌ女王。

容姿、言動、そしてあの黄金色の瞳、全てがミラを連想させた。あの女は8人の従者を召喚したと言っていた。それが嘘か本当かは分からないが、本当であったなら....。

俺は1番の王でなければいけないのだ。そうでないと意味が無い。宝も俺1人で攻略する。だれにも渡さない。

俺は....ミラとの約束を果たす、それだけだ。

コートをぎゅと握り、改めて従者達に向き合う。

 

 

 

 

「レナータ・ヴィシュヌを殺す。その支援をしろ」

 

 



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vsアンディート・ブラフマー

 

執務室の椅子に身を預け、はぁ~っとため息を吐く。

ようやく書類仕事が片付いてきた。あれほど積み上げられていた書類は持つほとんどない。ただ紙に判を押すだけの作業がこんなに大変だとは思わず、どんどん持ってきていいよと言ってしまった自分を呪った。

内容も難しいものが多く、参謀のサージェには本当に多くの負担をかけてしまって申し訳ないと思う。

 

「あ~もう無理、ちょっと休憩」

「お疲れ様です、レナータ様」

 

プーッと脳内で音がする。〈メサージュ〉がで連絡が届いた時の音だ。これも不思議な魔法だなぁと思いつつ、頭で連絡を受けるというイメージをする。

 

「レ、レナータ様!!レナータ様でございますか!?」

「う、うん私だけど....どうしたの?」

 

この声は、アルマだ。いつもなら名乗るところから始まるのだが、何やら急いでいる様子だった。このように連絡された事は今までなく、かなり戸惑っているなと疑問に思う。

 

「それが!!ああっ、どう説明したら良いのか!!」

「落ち着いて」

「は、はい....実はブラフマー王が自らの従者5名を連れて、この国に向かっているのです!どのようにご対応なさいますか!?」

「それって....」

 

王と従者全員が国を出ると、国の防衛が手薄になる。いや、手薄どころでは無い。もし他の運命に選ばれし王がその間に攻めてきた場合は対応がとてつもなく遅くなり、国が半壊してしまうだろう。

それを承知で来ているのか。それともただの愚か者なのか。

ブラフマー王は会った印象的にはキレやすく、思ったことを簡単に行動に出しそうだと思う。

 

「先程テゾールに偵察に向かわせたのですが、会談に来るような様子ではないとの事です!!」

「そう....キーパーソン全員を今すぐ謁見の間へ招集して」

「畏まりました!失礼致します!」

 

アルマとの連絡が切れる。

ブラフマー王は会議の時私に斬りかかってきたし、私を殺して王を交代させるとも言っていた。

確実に私達と戦うために来ているのだろう。

 

「レナータ様、如何なさいましたか?」

「....みんな揃ってから説明する」

 

私のただならぬ様子にサージェが、心配そうに話しかける。

今は一分一秒でも時間が惜しいのだ。

私はサージェを連れて、謁見の間へ移動した。

 

 

 

 

 

「皆に集まって貰ったのは他でもない、ブラフマー王の事。もう聞いている人もいるかもしれないけど、アルマ」

「―はっ」

「皆に説明して」

 

王座に座り、集まった従者達を見渡す。

アルマは先程とは違いあせった様子はなく、立ち上がり意を決したような顔でゴクリと唾を呑んだ。

 

「現在、アンディート・ブラフマー王とその従者5名がこの国に向かっています。相手は飛行魔法で迫ってきており、あと2時間弱でここに到着すると推測されます。そして....恐らく私達と戦うつもりです」

「....皆、アルマから聞いた通りこれから強敵との戦いになる」

 

運命に選ばれし王と戦うと聞いても、従者達に怯えの様子はなく、目はギラギラと燃えているように見えた。

この子達が私の従者。その事に誇りを覚える。

 

「私が与える命令は2つ。まずひとつ、誰も死なないこと。必ずみんな生きてここに帰還しなさい」

 

皆が肯定の意を示したのを確認して、次の命令を告げる。

 

「そしてふたつ、誰も殺さないこと」

 

私の2つ目の命令に、皆は戸惑っているようだった。それもそのはず、相手はこちらを殺しに来ているのだ。その本気の相手に対して殺さないように戦うというのはとても難しいことだ。それを承知で、私は命令する。

 

「私はまだ、ブラフマー王との友好関係を諦めてない。私はブラフマー王と話し合うから、終わるまで食い止めて欲しい....できる?」

「承知いたしました。我らキーパーソン、貴方様の必ずや貴方様に御満足いただける結果を出しましょう」

 

代表して答えるサージェに頷きかけ、私は立ち上がる。

 

「彼らは国を6方向から囲むように来ている。つまり必ず相手は1人で戦わなければならなくなるから、こちら的には有利な戦闘になる!必ず全てに勝って、ここに戻ってきて!!以上、行動に移しなさい!!」

『―はっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆が去って、カラになった謁見の間で1人頭を抱える。

サージェとエンドが日頃から色んなパターンの戦略を考えてメモを取っていたため、国を攻められた場合のシュミレーションはその用紙を見て何度もしてきた。

だが所詮はシュミレーション。実戦は何が起こるか分からない事を、旅人であった私は身をもってよく知っている。

国民達は既に避難させていて、巻き込まれる可能性は少ないだろうが、無いとは言いきれない。誰も死なずにこの戦いを終わらせたい。そんな都合のいい考えるが浮かんでしまう。

 

「私達の戦いに巻き込まれればただの人なんて....」

 

重い。命の重み。国王としての責任。

だけど弱音なんか吐けない。皆にそんな所を見せたくない。

私は常に笑顔で余裕たっぷりの女王でいなくてはならないのだ。決して涙など流してはいけない。

....流してはいけない

 

「―うっ....ぐっ....」

 

考えれば考えるほど瞳から雫が零れた。

止まれ、止まれと思うほどはらはら涙は流れて、床に落ちてゆく。歪んだ視界越しに、それ見ていた。

 

「やっぱりつらいよ....師匠....うぅっ....わ、私は....」

 

この世界に来て、右も左も分からない私に生きる道を教えてくれた師匠。涙は大切な時まで取っておけ、と私の頬に雫のフェイスペイントを描いてくれた事を思い出す。

ついには立つのも疲れて膝をつき、私の鎧の金属音がする。

それと同時に、バサァっと布の音がした。

 

「―!?」

「あ....」

 

私のいる王座へ伸びる階段の手前に転移したきたのだろう。そこにはエンドがいた。先程の音はマントの音で、泣き崩れる私を見て驚き、フリーズしているようだった。

 

「あっ、エ、エンド?どうしたの?何か確認し忘れてた?」

 

どうにか取り繕おうといつもの笑顔を張り付けるが、ぐちゃぐちゃの顔にしゃくりあげた声。もう手遅れだった。

エンドがつかつかと階段を登ってくる。

 

「これは、あれっ....誰にも言わないでくれないかなっ?私、大丈夫だから、ね?」

 

大丈夫。そう自分で口に出した瞬間また涙が溢れ出してきた。泣いているのか、笑っているのか、自分でもよく分からくなった。

登ってくるエンドの顔は、陰っていてよく見えない。

 

「早く行かなくちゃ、皆心配し―」

「....もう、大丈夫です....大丈夫....」

 

言い訳ばかりする私を、エンドは優しく包み込むように抱きしめた。

久しく感じる人の体温に、その伝わってくる鼓動に、また私は、涙が止まらなくなった。

 

もう駄目だと、喉から溜まっていたものが溢れ出す。

 

「わっ....私もう辛いよっ!!わたしっだって人だし!!なきたいときっ....も、あるし!!」

「はい」

「もうっ....だれに頼っていいのか....わ、分からない....!!」

「....はい」

 

抱きしめる強さが一瞬強まり、そして少し離されたことによってエンドの顔が見える。

私を不思議な気持ちにさせる彼の視線が、私だけを捉えている。離された両手で頬を包まれて、彼の長い指で涙を拭われた。

 

「俺では、駄目ですか....?」

「....ぇ?」

「貴方の心の拠り所になるには、不十分でしょうか」

 

彼も、私に拒絶されるのが怖いのか瞳が揺れていて、それを隠すようにまた強く抱き締められる。

私はエンドから言われた言葉を、ゆくっくりと胸に染み込ませていった。

 

私は泣いてもいいのだろうか、彼の腕の中で。

 

「俺は大罪を犯してしまいました....、貴方を愛してしまった。従者としてこの気持ちはいけない事だと分かっていても、自分では止められないのです....」

 

そうか、これは恋なのか。

エンドの言葉を聞いて、彼と初めて向き合った時から感じていた不思議な感覚の正体を理解する。

何だ、そんな簡単な事だったのか、と。

今度は私が彼の胸に手を添えて、彼の顔を見上げる。

 

「レナータ様、俺は―」

 

何かを告げようとしていた彼の口を、

自らの唇で塞いだ。

 

「....これで私の気持ち、伝わる?」

「....はい」

 

笑いかける私に笑顔を見せた彼と、また、静かに口付けをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったですね、エンド?」

「すまない」

 

サージェを筆頭に、城の正面入り口で待っていた他の従者たちと合流する。

俺達のとる行動と、レナータ様がお考えになっている事がちゃんと噛み合っているかの最終確認をしようと言う話になり、その伝達役を名乗り出たのが俺だった。

 

「それで、レナータ様はどのように仰っていましたか?」

「ああ、何も問題はない、と」

 

レナータ様のことを考えると、さっきまでの事を思い出し赤面しそうになる。

顔を手で覆い考えるような素振りを見せる俺に対し、皆は少し不振がっているように感じた。まずい。

どうしても上がってしまう口角に早く収まれと命じるが、俺の口元は言うことを聞いてくれない。

 

「アルマ」

「何だ」

「俺を殴れ」

「了解した」

 

アタリルに頼むと流石に首が飛びそうなのでアルマに頼む。何故だと聞き返して欲しかった訳では無いが、あっさりと承知したアルマになんとも言えない気持ちになった。

2、3歩後ろに下がり有難いことに助走までつけてギュッと目をつむった俺の顔を飛びつくように殴りかかった。

 

ゴッ

 

3メートルは飛んだだろうか、正直思ったより痛かった。俺の首は繋がっているか?

吹っ飛んで城壁にぶつかり倒れ込む俺にマウントをかけ、さらに拳のおかわりを叩き込もうとするアルマを急いで止める。

 

「ば、馬鹿っ!!1発だけだ!!」

「そうか」

 

残念だ....と聞き捨てならないセリフを残して俺の上からどくアルマに、悪かったなと礼を言う。

戻ってきた俺達に呆気にとられている仲間達に軽く手を挙げ、続けてくれと合図する。

 

「馬鹿なんですか貴方?これから他国の従者との戦闘があるって言うのに何で自らの傷を増やしてるんです?脳みそ入ってますか?」

「俺には俺の事情がある。お前は黙っていろ」

 

いつもの様に文句を言ってくるテゾールと俺の間に、バチバチと火花が見える気がする。

こいつは何故か俺と初めて会話をした時からこの様子だ。俺が何かした記憶はないが本人が言うには、単に腹が立つからだそうだ。あまりにも理不尽。こいつの挑発的な態度に、つい俺も食ってかかってしまう。

こいつは仕事に関しては優秀だが性格に問題がある。どうにも仲良く出来ない。

 

「もうっ!二人ともいい加減にしてよね!!」

「ははっ!!今日のエンドはなんか変だなっ!」

 

怒るアタリルに笑うディーフェル。

いつも通りの光景に、俺も徐々に落ち着いてきた。何より頬の強烈な痛みがふわふわとした気持ちだった俺を現実に引き戻してくれている。

 

「では皆、私が先程話したように位置についてください。誰がどの従者に当たるかは分かりませんが、この作戦なら上手くいくはずです」

 

サージェが皆にそう告げると、ルポゼが少しいいですかと質問を投げかける。

 

「誰が誰に当たるか分からないということは、レナータ様が従者と鉢合わせしてしまう可能性もあるのではないですか?」

 

確かに、と思う。

もしそのような事があったら作戦も何も無くなる。

レナータ様はブラフマー王との話し合いを望んでいた。従者に足止めされる訳にはいかないのだ。

 

「それでしたら問題がありません。運命に選ばれし王同士は[気]と言うのでしょうか?そういったものが感じられるそうです。ですのでブラフマー王は南側から来ていると事前に分かっています」

 

ならばなんの問題もない。

俺達はただレナータ様の命令に従い、戦うだけだ。

皆が同じく決意を示し頷いたのを見て、サージェは少し深呼吸をし、リーダーとして宣言する。

 

「相手は同じく運命に選ばれし王の従者です。ですがおそるるに足りません!何故なら私達はレナータ様の従者です、その私達に敗北の2文字は初めからないのです!!....皆、武運を祈ります!!」

 

俺は強く頷き、エルバトと共に南西に向かった。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

side:レナータ

 

 

 

 

 

南側にある国の入り口、普段は人の出入りで忙しい大門は今は閉まっており、入ることも出ることも出来なくなっている。私は竜人化し、いつもの姿に角、翼、尾が生えた状態になりその門を飛び越える。

久しぶりの飛行に少々戸惑ったが、案外慣れるのは早かった。

そして国の外に出ると、やはり、と思う。

会話するのに丁度いい位置に着地し、目的の相手と向き合う。

アンディート・ブラフマー。

彼はただそこで待っていた、私を。

 

「ブラフマー王、これはどういうつもり?」

「どうもこうもねぇよ、イデアーレ王国を占拠しに来た。それだけだ」

「....嘘だね。貴方の狙いは私を殺す事。そうじゃない?本当は国の方はどうでもいいんでしょ?」

 

国の占拠が目的なら、もうとっくにブラフマー王は国内で暴れ回っているだろう。バラバラに攻めてきている従者達はただの足止め。だからここで私を待ち受けていた。

なんの怒りを買ったのかブラフマー王は私を殺す事に執着があるようだった。

 

「なるほど。それがお前の見解か。....おもしれぇ、ただのバカ女王じゃなかったわけだ」

「これでも私なりに努力してるからね。空っぽの脳に色々詰めてるんだよ」

「はっ....さぁ、無駄話もここまでにするか?」

「私は話し合いに来たんだけど」

 

そう言う私に腰のベルトを外し、羽織っていたコートをマジカルボックスにしまうブラフマー王。完全に戦闘態勢に入ろうとしている。

 

「やっぱりそうなるよね。....皆には話し合いするって言ってきたけど、私達はこれで話し合うことになるって分かってたよ」

 

私は体内にしまっていた双剣型の神器を胸部分から取り出し、軽く降る。その風圧がブラフマー王の所まで届き、彼の長い髪が揺れた。

ブラフマー王は会議の時には付けていなかった首飾りを身に付けており、恐らくあれが彼の神器だろうと予測する。

神器は必ずしも武器の形をしている訳ではなく、彼は魔術師なので魔力を強化するタイプの神器を与えられたのかもしれない。それを破壊できれば....。

 

「最後に聞いていい?」

「何だ」

「何故そこまでして私を消したいの?」

「....お前の....お前の全部が気に入らねぇ....。その目は....あいつだけのものだ―!!」

 

なんの事だか分からないが、話は終わりだと言わんばかりに私から距離をとり、飛行魔法で上空へ飛ぶブラフマー王に、私も羽ばたき追いかける。

 

「〈戦士の心得・強撃〉」

「〈ファイア・シュティーク〉」

「〈戦士の心得・俊敏〉」

「〈フレイム・シュティーク〉」

「〈戦士の心得・強固〉」

「〈ブレイズ・シュティーク〉」

 

互がバフ系のアビリタや魔法を自らへかけ、強化してゆく。

詠唱している間は隙だらけで普通はこの時点で攻撃を仕掛けてきてもおかしくないが、私何もしない。

今攻撃する方が賢いかもしれないが、何故かお互い正々堂々と正面から衝突したいという気持ちがあった。

ある程度の距離まで飛び上がり、同時にピタリと止まる。

 

「....行くぞ!!〈サンフレイム・モノラ〉!!」

「―っ!〈ハイドロリック〉!」

 

いきなりLv5の上級魔法を撃たれ、私へ向かって大きな炎の塊が物凄いスピードで飛んでくる。

あんなのに当たったら火傷じゃすまない。じりじりと肌を焼くような暑さを感じ、急いで放った水魔法が火の玉を包み込み鎮火する。

先程の強化魔法の詠唱で分かったが、彼の得意魔法は炎系らしい。私の得意魔法は水魔法で属性的に見れば私の方が有利だが、私は魔術師では無い。

所詮は剣士が使う魔法だ。実は先程の魔法は私が使える数少ないLv5の魔法で、非常にまずい状況にある。

 

「随分余裕そうじゃないか」

「はっ、そう見えるなら貴方の目は節穴だよっ!!〈アクア・スパーダ〉!」

 

双剣に水を纏わせ、一気に突進する。

魔術師相手に距離を取るのは良い判断ではない。剣の届かない範囲から魔法を連発されたらたまったもんじゃないからだ。胸元の神器を狙って突くように一撃を放つ。

それを避けようともせず、ブラフマー王はニヤリと笑った。

 

「させるかよ、〈ブレイズ・バースト〉」

 

圧縮された炎が私の顔の間近で爆破しようとするのが見えて、一瞬で肝が冷える。だが何故、と疑問に思った。この距離で爆破すれば確実に彼も巻き添えになるはずだ。

そんな事考えている場合ではないと、アビリタを使う。

 

「〈瞬間回避〉!!」

 

先程いた場所から5m程の距離まで一瞬後退する。

だがアビリタの使用が遅くなったため完全には防ぎきれず、左の翼が少し焼けていた。

 

「―っ、どこにい「遅ぇな!!」

 

いつの間にか眼前にブラフマー王が居て、それを認識する前に肩を掴まれみぞおちに膝蹴りを叩き込まれる。

 

「グッ―、ガハァッ....き、〈筋力向上〉っ!!」

 

嘔吐まではしなかったが、これが魔術師の生身の一撃なのかと疑うほどの強烈な痛みに気が遠くなる。

完全押されていた。

だが、それで終わるほどの私ではない。

右手に持っていた剣を手から体内に戻して、至近距離にきた彼の首を掴む。強化された力でグッと思い切り閉めると、ブラフマー王から初めて苦しそうな声が聞こえる。

しかし、窒息させるのが目的では無い。

 

「はっ....なせ....!!」

 

足蹴りが私の太ももに命中するが、その痛みを我慢して左手に持っている剣をくるっと回転させ思い切り振りかぶる。

狙うのは....彼の神器。

 

「壊れろっ!!」

 

私の剣の柄がそれに衝突し、

首飾りは中心からバキッという音を立てて砕け散った―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side:アルマ

 

 

 

正面入口とは真逆にある北の門の前に、アルマは立っていた。自らの愛刀[グランドフィナーレ]を地面に刺し、仁王立ちで標的を待つ姿はまさに武人だ。すると彼女の元へひとつの影が向かってきているのが見えた。

 

「来たか....」

 

短髪で右目に傷のある屈強な男。相手が聞いていた外見と一致することから、プローヴァリーの隊長、リヴェルダ・ファードであることは間違いないと確信する。

 

「....こんな少女が俺の相手か」

「―っ!!」

 

リヴェルダの放った一言にアルマは地面に刺していた大剣を勢いよく抜き、彼に突き付ける。その顔は怒りの感情に染まっていた。

 

「貴様....戦士とあろうものが敵を見た目で判断するとは....、失望したぞ!!」

「....なるほど....あんたにも戦士としての志があったか。であれば無礼を侘びる」

 

軽く頭を下げ、謝るリヴェルダに少々戸惑いつつもアルマはそれを受け入れた。それと同時に、自分と対等に戦えるであろう人物の登場に、不届きだとは思うが胸をふくらませる気持ちを抑えられずにいた。

腰を落とし構えの体勢をとるアルマを見て、リヴェルダも戦闘態勢に移る。

 

「我はキーパーソンが1人、ヴィゴーレ・アルマ!!貴様に敗北をもたらす者だ!!」

「ふむ、俺はプローヴァリーの隊長を務めるリヴェルダ・ファードだ。その挑戦、受けて立とう!」

互いにニヤッと笑い、すぐさま大振りの強撃がぶつかり合う。痺れを感じる手に、アルマは心踊らせた。今まで戦闘訓練をしていた兵士たちは比べるまでもなく、模擬戦に付き合ってくれた仲間たちとも違う、この戦場の緊張感。

戦士としての自分を全て肯定してくれているように感じ、何度も何度もリヴェルダに重い一撃をぶつける。

 

「楽しいか?ヴィゴーレ・アルマ」

「ああ!!こんな気持ちは初めてだ!!」

「そうか....俺も―だっ!!」

 

アルマの剣を弾き返し、リヴェルダの攻撃が迫る。

体勢を立て直しその剣を受け止め押し返すと、その倍の力で押し戻される。

しばらく睨み合いの攻防が続き、埒が明かないと感じたアルマは傍にあるリヴェルダの足を思い切り踏み、一瞬の隙の間に背後に回り込んだ。

 

「はぁっ!!」

 

全身全霊の力を出して切りかかる。

リヴェルダは体をひねり器用に避けたように見えたが、アルマの剣の切っ先が腹部をかすっていて、少し避けた衣服に血が滲んだ。

まずは一撃、と油断したアルマの腹部に今度は足甲を付けたリヴェルダの蹴りが命中する。しまったと思った時にはもう遅く、吹っ飛んだ体は民家にぶつかりレンガの砕けた音が聞こえた。

 

「慢心しすぎだ」

「むっ....そうか」

 

まるで自分が教えを受けているような状況を疑問に思いつつも、リヴェルダとの距離が出来たのを利用してため技の構えを取る。それを見てリヴェルダは軽く笑い、同じように構え、アルマに鋭い視線を向けた。

 

「競うか?」

「望むところだ!!」

 

アルマとリヴェルダ、双方の大剣が徐々に光を帯びてそれが最高潮に高まった時、光の柱が姿を見せる。

それを合図に、同時に技を放った。

 

「〈ブラッド・ムーブ〉!!」「〈ガイアの怒り〉!!」

 

アルマの放った真紅の斬撃が飛び、リヴェルダの放った褐色の斬撃とぶつかる。

強い力同士の衝突に衝撃波が発生し、周りにあったら建物が瓦礫に変わる。自らの剣を盾にして、アルマは耐えていた。

リヴェルダは同じようにしているのだろうと思い、砂埃が舞う中目を少し開くと同時に、腹部に痛みを感じた。先程蹴られた痛みではない。これは―。

 

「残念だ、こんな呆気ない終わりとは」

 

自分が動けずにいたあの衝撃波を乗り越え、リヴェルダは前進し私を切りつける余裕まであるのかとアルマは実力の差に笑うしか無かった。自らの腹部には、リヴェルダ大剣が突き刺さっていて、実際には口からは笑い声ではなく、血が吹き出した。

 

「ゴホッ....かなりの....痛みだな....」

「今、楽にしてやろう」

 

アルマの腹部から剣を抜き、今度はその細い首に向かって剣を振るう。リヴェルダは自分の勝利を確信していた。やはりこんなに若い少女に本気で立ち向かうのは大人気なかったかと思いながら。

 

「〈グラビィテア〉」

 

ずんっと体に重みを感じる。それも少し体勢を崩す程の弱いものでは無い、その重圧についには膝をつき動けなくなる。

リヴェルダはあれだけ偉そうに言っておいて、慢心していたのは自分じゃないかと心の中で苦笑いをした。

 

「重力の....コントロールか....!!」

「ゲホッゲホッ....はぁ、このコルセットはお気に入りなんだ。その代償、払ってもらうぞ....。〈ベアトリーチェ〉」

 

アルマの足元に魔法陣が展開される。腹部の傷が少しづつ癒え、紫色に染っていた唇もピンク色に戻り、流れていた冷や汗が引いていった。

そしてアルマの傷が塞がる頃に、やっと〈グラビィテア〉の効果が切れる。

 

「私も舐められたものだ。あの程度で死ぬか」

「魔法も使えるとは、中々のものだな」

「その称賛、素直に受け取ろう」

 

それと、とアルマは言葉を続け、マジカルボックスからひとつの髪飾りを取り出しそれを身につけた。

すると腕と脚の部分が薄く光り、その光が収まる頃にはアルマは白い鎧を身にまとっていた。先程取り出したのは瞬時に武装できるマジカルアイテムだ。

 

「どうだ?手加減していた少女相手に本気を出した気分は?」

「....笑うしかないな」

 

はぁ、とため息をつき血のついた大剣を振り血を飛ばす。

まさか時間稼ぎのために一撃食らって一芝居うっていたのではないかとリヴェルダは思ったが、その考えが当たっていたなら自分も考えを改め無ければと思う。

 

「では、本番と行こうか!!」

 

そう言いまた剣を構えるアルマに、リヴェルダは切りかかることで返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side:テゾール

 

 

 

 

弓を引き、魔力で出来た矢が敵を捉えそれを放つ。

だがそれはキンっと言う甲高い音とともに消える。

さっきからこれの繰り返しに、テゾールは苛立っていた。

 

「テゾールさ~ん、そろそろ姿を見せてもいいんじゃないですか?」

 

そう言い1点から動かない青年、ルオネス・ファードは辺りを見渡す。テゾールの得意技は暗殺。一撃目が失敗した時から暗殺者として敗北したようなものだ。

それを認めたくないという無駄な意地から、姿を消すアビリタを連続して使用しながら四方八方から矢を飛ばしているが、ルオネスが手に持っている1本のレイピアに全て弾き返されていた。

 

「俺もっと、正面からガンガンぶつかるような戦いがしたいんだけど....」

 

足元にあった石を蹴り、退屈だな~と余裕の表情を見せるルオネスに流石にいい加減無駄なプライドは捨ててやろうとアビリタを解除し、ルオネスの前へ姿を現す。

 

「おおっ!あんたがテゾールさん?初めまして!!」

「ええ、初めまして」

 

さっきまでお前の事殺そうとしてたけどな!、と脳内で台詞を付け加えにこりと笑う。

弓を本来の形状に戻し、それを手の中へ収める。

 

「何それ?鍵?」

「そうですね、これが私の武器なの―で!!」

 

返事の途中で武器をナイフの形状へ変え、ルオネスに切りかかる。狙ったのは目だったが、慌てて避けた彼の頬を少し切っただけで終わった。

そして何食わぬ顔で上手く行きませんね、とナイフをクルクル回す。

 

「こっわ!!今は俺の目玉狙ったでしょ!?」

「はい、狙いましたね」

 

またにこりと笑うテゾールの顔は爽やかと言うより歪んだ笑みだ。それに嫌なものを感じたルオネスは直ぐにレイピアを構える。早く仕留めなければ、そう焦る気持ちが湧き出てくる。剣士の感、というやつだろうか。それでもテゾールは笑顔のまま立っているだけ。

立場が先程と逆転している。

ヒュッとレイピアでテゾールの首を狙って突きを放つと、するりとレイピアが抜けていきそこにいたはずのテゾールの姿が消えていた。

 

「はい、終了」

 

ルオネスが背後の気配に気がついた時には、時は遅く右肩に激しい痛みを感じ、思わず握っていたレイピアを落とす。

慌てて振り返るが、そこには誰も居らず今度は正面から声が聞こえた。

 

「利き手は潰れましたね、降参してください」

 

初めからこうすれば良かったとテゾールは思い、ナイフを鍵の形状に戻し懐へしまう。

肩を抑えながら痛いなぁと呟き左手でレイピアを拾うルオネス。その瞳に絶望の色はなく、まだ負けを認めたわけでは無いようだった。そしてビシッと剣を構えてテゾールへウインクを飛ばす。

 

「残念!俺両利きなんだよね」

「....」

 

こいつ本当に殺してやろうかなと命令無視してしまいそうになるテゾールだが、レナータの事を考え苛立ちを収める。

これが終わったら褒めてもらえるかもしれない、ほぼそれだけの気持ちでテゾールは今戦っている。

さっき懐に閉まったばかりの武器をまたナイフの形状に変え、逆手に持ち、構える。

 

「俺の早業と競うっていうの?」

「そうですね、やってみますか?」

 

はっ、はははっとお互い笑い合う声はガキンッという金属音とともに消えた。テゾールが出すナイフの突きを、ルオネスのレイピアが軌道を逸らし回避する。

テゾールは繰り返しルオネスの急所を狙って必殺な一撃を放つが、尽くその軌道をそらされカラぶっていく。

 

「俺にはっ、勝てないんじゃない!?」

「ふっ....そうでしょうかねっ!!」

 

またもや首を狙って放たれる突きをテゾールは上半身を思いきり反らして避け、地面に手をつき足蹴りをプロテクトされている胸部分を避けて腹部に思いきり叩き込む。

 

「ガッ―!!う、そでしょっ!!」

 

ニヤリと笑ったテゾールはそのまま体を回転させ立ち上がり、よろめいているルオネスに回し蹴りで追撃する。

それも先程ナイフを突き刺した右肩につま先で蹴りかかり、確実に痛みを感じるであろう場所を的確に攻撃してゆく。

ルオネスの白い制服に出来ていた赤いシミが、さらに広がる。

 

「くっ....」

「早業が、何でしたっけ?」

 

ルオネスのダラっと下がった右腕の指先から、血が滴った。さっきの回し蹴りで骨までいったのではないかという程の激痛にただただ顔を歪める。このままでは痛みで切先がぶれ、テゾールのナイフがまた己を裂くのではないかと弱気な考えが浮かんだ。

 

「ん~、これはあんまり使いたくなかったんだけどな....」

「まだ奥の手が?なら早く使ってはどうですか?」

「じゃあお言葉に甘えて....〈ミラージュ〉!!」

 

アビリタを使ったルオネスの輪郭がぶれ、その姿が3人に見える。

 

「これ疲れるから使いたくないんだよね~、でもそんな事を言ってる場合じゃなないみたいだしっ!!」

 

そう言い先程の3倍の突きがテゾールを襲う。

普通の状態で五分五分だった剣術だ。それが3倍になったら当然防げる訳もなく、テゾールの体に突き刺さっていく。

ピシッピシッと細かい傷が増えていき、その鋭い痛みに耐えきれず後退する。

 

「ははっ、降参するのはあんたの方になりそうだね」

 

自分が放った余裕の言葉をルオネスに返され、テゾールの額にビキッと青筋が浮かぶ。

 

「....調子乗ってんじゃねえぞ青二才が....」

「!?」

 

テゾールの態度の豹変ぶりにルオネスは驚き、そして笑う。

自分がこの男の本性を引き出せたことを嬉しく思ったのだ。

それを馬鹿にされたと受け取ったテゾールはさらに怒りをあらわにする。

 

「てめぇは殺す....無力化で終わらせようとした俺が甘かった」

 

ナイフだった武器が鍵の形に戻り、今度はグンっと伸び大鎌の形に変わる。

テゾールにさっきまでの余裕の表情は無く、白と黒が反転したその鋭い目付きは殺意1色に染っていた。殺したい、だけど殺してしまったらだけど命令違反になってしまう。頭の中で2つの選択肢が交互に浮かび、軽く頭痛がする。

だが、混乱したテゾールが思い浮かべるのは、やはりレナータの笑顔だった。あの太陽を曇らせてはいけない。その気持ちが、先程まで囚われていたはずの殺意を凌駕する。

 

「はぁ、私らしくない。少々取り乱してしまったようですね....」

「いや、さっきの方があんたらしいんじゃ....」

「黙りなさい」

 

大鎌の柄を床に打ち付けガンと音を鳴らす。

テゾールはそれを合図に心を切り替えようと意識し、ふぅっと息を吐いた。自分の考えなど初めから関係ない、自分の全てはレナータの為にあるのだと。そしてそこに、とても幸福な気持ちを感じる。

 

「お待たせしました。では、再開致しましょうか」

「ははっ、面白くなってきた!!」

 

全身全霊の攻撃をぶつけ合う。

その2人の胸の内にあるのは、自らの敬愛する主人の事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side:アタリル&ディーフェル

 

 

 

 

「〈リクレクション〉」

「―っ!!」

「アタリル!!」

 

自分の最大限の力を出して殴りかかったアタリルは、ヴェルディ・ファードの放った魔法でその衝撃を跳ね返される。

かなりの速度で後方に吹き飛ぶアタリルの体を、ディーフェルは持っていたタワーシールドを地面に突き刺しその身で受け止めに行った。

ドフッと大きめな音とともにディーフェルの腕の中にアタリルが収まる。普段とは違い本来の天使としての姿で戦っているアタリルだが、かなりの負傷がみられた。

 

「ううっ....ごめんディーフ....」

「心配すんな!まだ負けたわけじゃねぇ!!」

 

アタリル地面に降ろし、再びタワーシールドを構えるディーフェル。盾役の自分がいるはずなのに、アタリルがこんなに傷ついていることにディーフェルは不甲斐なさを感じていた。彼女の真っ白で綺麗な翼には所々に血が付着しており、その美しい顔には余裕が無い。

 

「嗚呼っ!美しき愛だ!!しかし....その愛し合う2人を我のこの闇の力で滅ぼさなくてはならないなんて....残酷なディスティニー....」

 

飛行魔法で飛びながら、ヴェルディが額に手を当てやれやれという仕草を見せるがらアタリルはどうしても言いたいことがあった。

もう我慢できないと、ヴェルディにびしっと指を突き付け叫ぶ。

 

「さっきから闇の力とか言ってるけど、あんたが使ってるの光魔法じゃない!!」

 

ガーンッとヴェルディから効果音が聞こえる気がするほど、彼はショックを隠せないようだった。

ヴェルディは知っていた。自分の得意な魔法は光魔法だということを....。だがそれを簡単に受け入れることが出来ず、今まで闇の力と言いゴリ押ししていたが、ついに、ついに自分に現実を突きつけてくる人物が出てきてしまった。

 

「それを言うでない!」

「何で闇とか言うのよ!!あたし達を惑わすつもり!?」

「否!惑わすつもりなど皆無....だって....光と闇と言ったら....闇の方がクールだろう!?」

 

逆にアタリルに対して指を突き付け、おそらく自分がかっこいいと思っているポーズをとるヴェルディにシーンと静寂が場を包んだ。

 

「こいつ何言ってるか意味わかんねぇな!!」

 

ははっと笑いながらディーフェルはアタリルを庇うように前に出て、ヴェルディの攻撃を警戒する。

自慢のタワーシールドは、ヒビこそは入っていないものの何度もヴェルディの強烈な攻撃魔法を受け止めたせいで傷が出来てしまった。

だが、アタリルの命には変えられない。たとえこの盾が壊れようとも、自らの命が燃え尽きようとも、彼女を守りきるとディーフェルは決めたのだ。

 

「しかし貴様らは....軽口を叩く暇があるのか?2対1でこの有様とは....笑止!!」

「それを言われちゃ耳が痛てぇなぁ」

「うるさいわね!!あたし達は最強のコンビなの!ここからが本気よ!!」

 

アタリルは嘘をついた。本当はもう既に自分の全力は出し切っている。自分の得意とする物理攻撃がヴェルディには届かない。それがとてももどかしかった。

ディーフェルもそれは分かっていたが、どうすることも出来なかった。戦略を練るなど、得意では無い。ただただ守ることしかできない。今はそれに全力を費やしていた。

 

「そろそろフィナーレか?〈ホーリー・ミラクル〉」

 

ヴェルディの腕輪が付けられた左手から放たれる無数の光の光線が、アタリルに集中的に向かってくる。

アタリルを狙えば、必ずディーフェルが守りに入り体力を消耗していくのが分かっていての攻撃だ。

ヴェルディの予想通り、ディーフェルがその光の束をガガガガッと音を立てタワーシールドで受け止める。

受け止めた反動で後ろに後退しそうになるが、足を踏んばり耐え切った。

 

「ディ、ディーフ!!」

「大丈夫だ!まだまだいけるぜ!!」

「虚勢を張るのはナンセンスだ....見苦しいな....」

 

アタリルは突撃を考えていた。ヴェルディの魔法は強いがそれを避けず被弾して突っ込めば攻撃は当たるはず。というのも先程からその戦法で彼に何度かダメージを与えているのだ。アタリルはディーフェルに視線を送る。するとディーフェルは理解したと頷く。

アタリルは翼に力を込め凄まじいスピードでヴェルディへ突進した。

 

「同じ手は食らわんぞ!!〈ジャッジメント・クロス〉!!」

 

巨大な十字の光が、アタリルに向かって落ちる。

しかしアタリルはそのスピードを落とさない。当たれば流石に動けなくなるかもしれない上位魔法を向けられたとしても、なんの恐れもなかった。

それは、ディーフェルを信じる気持ちから得られる勇気だった。

 

「〈スポットライト〉っ!!」

 

ディーフェルのアビリタ発動と同時に、アタリルに向かっていた〈ジャッジメント・クロス〉が引き寄せられるようにディーフェルの方へ方向転換する。

 

「何っ!」

「これでもっ、くらいなさい!!」

 

ダメージを受けて向かってきたアタリルの一撃は弱いものだった。しかし、今回のものは違う。アタリルの全力を出した力の塊が、ヴェルディに迫っていた。

アタリルは大きな手甲をはめたその拳を、ヴェルディに叩きつける。

 

「グッ....ガアッっ!!」

 

両腕で防ごうと顔の前に出すが、そんなものはアタリルの行列な一撃の前ではなんの役にも立たず、ヴェルディは自分の骨が折れる嫌な音を拾うだけだった。

人の視覚では捉えられないだろうスピードで、地面に叩きつけられる。

 

「はぁっ....はぁ....どう!?あたし達が本気出せばこんな....きゃっ!!」

 

ぐったりとしていたヴェルディがアタリルに向かって魔法を放った。まだ、まだ彼は倒れない。

すんでのところで避けたが、また攻撃させるかもしれないと思ったアタリルは、ディーフェルの傍まで後退する。

 

「ディーフ、あいつまだ....ディーフ!?」

 

目の前の事で精一杯だったらアタリルは気づかなかったが、ディーフェルは盾を支えにやっと立てるというような状態で息も荒く、目は虚ろだった。

ディーフェルの今まで見たことない表情にアタリルは激しく戸惑い、彼に駆け寄る。

 

「ディーフェル!!大丈夫!?」

「はっ....ははっ....俺....駄目かもしんねぇな」

 

いつにない弱気なディーフェルの姿に泣きそうになるアタリルだったが、ぐっと我慢してディーフェルの体を支える。

 

「もう後退して、あとはあたしに任せて」

「もう....守るのは無理だ....」

「だからっ!!」

 

もう言うことを聞かないならディーフェルを抱えて逃げてしまおうかと考えるほど、アタリルは追い込まれる。

彼は大切な夫なのだ。もし失おうものなら自分が自分でなくなる気がした。ディーフェルを失う恐怖。それを強く感じ、アタリルはついに涙が零れる。

しかしディーフェルはアタリルの顔を見て、いつもの明るい笑顔をみせてしっかりと立ち、アタリルの肩へ手を置く。

 

「俺は守んのはもう無理みたいだ。だから、攻めよう」

 

えっ、と声を上げたアタリルから手を離しディーフェルは盾をボックスに戻し丸腰の状態となる。

敵を前に自らの武器を収めるというのは、敗北を認めるようなものだ。しかしディーフェルの瞳からは闘志は失われてないように見えた。

 

「ディーフェル?」

「ちょっと離れてろ....グッ、ガアァァァァアアア!!!!!」

 

言うと通りにディーフェルから少し距離を取ると、ディーフェルは前かがみになり叫び出す。

すると頭部にあった角がググッと伸びていき、皮ふは固く青いものに変わっていく。2mはある体は、さらに大きくなり、ブチブチッという音と共に大きな翼と尾が姿を現す。

その姿はひと目でわかる。―悪魔。

彼が膨大な魔力を使い、防御を捨てて攻撃に特化した形態へと変態した。

そうしている間に、死んだように倒れていたヴェルディが立ち上がりこちらを見て驚いていた。

 

「オーマイゴッド....これもしかして我、追い詰められてる感じ....?」

「ソウイウコダナ。ワルイガ、テカゲンデキソウニナイゼ?」

 

いつもより低く、響くようなディーフェルの声を聞き、アタリルは震えた。

恐怖ではない。アタリルの頭を占めるのは、あたしの旦那めちゃくちゃかっこいい!!、単純にそれだけだった。

 

「最終決戦よ!やっちゃおう、ディーフ!!」

「ヤッテヤロウ!!」

 

ははっ、と笑ったヴェルディは自らの主、アンディートに心の中で謝った。申し訳ないが死ぬかもしれない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side:ルポゼ&サージェ

 

 

 

 

 

激しい苛立ち。その苛立ちの発生源は2つで、ルポゼは胃が痛くなりそうだった。

サージェとハイド・ファード。

彼らが初めて顔を合わせた時、互いに感じ取ったのはこいつ生理的に無理だわ、その一言だけだった。

「なかなかしぶといですねぇ、サージェ・ミタリー」

「そちらこそ」

 

ギロっと睨み合うがふふふと笑う2人は正に犬猿の仲で、戦い始めてからずっとギスギスした空気がその場を支配していた。ルポゼは胃痛に効く回復魔法はないかと考えていた。まあ、あったとしても今はそこに回す魔力はないのだが。

 

「サージェさん、冷静にっ!」

「分かってはいるのですがね....こんなに気持ちを乱されるのは初めてです」

 

サージェ自身も戸惑っているようで、キュッと眉間に皺を寄せていた。サージェもこんな顔するんだなぁと珍しいものを見れたことに嬉しさを感じるルポゼだったが、ハイドからの攻撃に冷静さを取り戻す。

さっきからハイドかからの攻撃は全てサージェに向けられている。そのためルポゼは攻撃が少し掠ったり、爆風による煤を少し被る程度で済んでいる。ほぼ無傷だ。

そのお陰でサージェの回復に専念できていて、少し有利な戦いとなっていた。

 

「ああっ、もう!!腹立つなぁ!!早く死ねよ!!」

 

心を乱されているのはサージェだけではなく、ハイドも先程から敬語になったり口が悪くなったりと情緒不安定な様子をみせていた。

ハイド・ファード。策士だと聞いていたが思わぬ強敵の登場に、自慢の頭は役に立っていないようだった。それはこちらも同じだが。相手も回復魔法が使えるらしく、ただただ攻撃をぶつけ合い、負傷すれば回復。その繰り返しだった。

しかし、ルポゼ、サージェは回復魔法特化、攻撃魔法特化のコンビ。魔力、技力の上限はどの従者も大体が同じでいくらハイドが回復魔法を使えると言ってもこちらの攻撃を受ける度に回復していては魔力がいつか枯渇してしまう。

だが、それを回避する技がハイドにはあった。

 

「〈バンシーの鬼哭〉!!」

 

サージェが手に持っている1冊の本が光った。すると彼の背後から目に包帯を巻き、血涙を流す大きな女の魔物が現れて、その女が叫び出す。

 

『アアアアァァァァァアアアァアアアッ!!』

 

召喚者であるサージェは勿論、仲間と認識されているルポゼにもバンシーの叫びは、何か言っているな、ぐらいにしか聞こえない。

バンシーの激しい叫がハイドの耳をつんざき、魔法を詠唱するところでさ無くなる....はずだった。

が、ハイドには何食わぬ顔で立っている。それどころか余裕の表情で口笛さえ吹いている。

ハイドの挑発的な態度に、サージェはさらに眉間のシワを深める。

 

「効きませんねぇ、僕の目には敵わない。いい加減学習したらどうですか?」

「....」

 

参謀、知恵者。そう呼ばれるサージェを苦戦させるのにはハイドのクアリタが関係してした。

クアリタとは、運命に選ばれし王とその従者だけが使えるアビリタの上位互換の技能のことで、ハイドのクアリタは〈未来視〉。どのくらいの先の未来が見えるのか、サージェ達には正確に分からないが、ハイドはサージェの放つ魔法が事前に分かりその対処がすぐさま出来るのだ。

サージェはその先を読み応戦するのだが、ハイドは未来視でその先を、であればとサージェがまたその先をと裏の読み合いが続いていた。

正直ルポゼはその頭脳戦についていけていない。

 

「(このままでは私の魔力が尽きてしまいそうです...)」

 

杖をぎゅっと握りしめ、いざとなったらこの杖で殴りかかってやろうかと思っていたルポゼだが、急に脳内に聞こえてきた声に驚き思考が止まる。

 

「『聞こえますか、ルポゼ』」

「『は、はい!!』」

 

サージェの声だ。恐らく〈テレパシー〉だろう。

だが、サージェを見るとハイド何やら文句の言い合いをしている。

ということは....とルポゼは驚愕する。

サージェは誰かと喋りながら、〈テレパシー〉で私とも会話しているのか、と。

普通なら口から話している言葉と、脳内で話している言葉が混合して意味が分からなくなるはずだが、サージェはそれをやってのけていた。

 

「『今の私は、自分で言うのも何ですが役に立ちません。今ここで状況を変えられるキーとなるのは貴方です!!』」

「『えぇっ!!』」

「『何か良い案はありませんか!?』」

 

自分のなけなしの知恵を絞って考えるルポゼ。サージェはルポゼの為にハイドとの会話を長引かせてくれているようだった。

 

「『サージェさん....実は私の魔力が無くなりそうなんです。私は使えるアビリタは少ないですし....』」

「『いざとなったら私のクアリタで―』」

「『いえ、それはいけません!危険すぎます!!....もし私の魔力が無くなったらもうこの杖で殴り掛かりますので、ご心配なく!!』」

「『―っ!!それです!!ありがとうございます、ルポゼ!!』」

 

何が....?と思うルポゼをよそに、サージェは何かを決めたようで〈テレパシー〉を切る。

 

「うるせぇんだよ!!僕の髪型は今関係ないだろこのハゲ!!」

「ハゲで結構。私は気に入ってますので」

 

私とサージェがテレパシーで話している間、なんの話しをしていたのだろうかという様な会話を聞き、サージェに視線を送るルポゼ。

すると、サージェは本をパタンと閉じてマジカルボックスを戻す。サージェは他に武器を持っていただろうかとルポゼが考えているとサージェがこちらを向きキリッとした顔で言う。

 

「回復は任せました。早めに決着をつけます」

「えっ?は、はい!!」

 

何をするのかとルポゼが聞く前に、サージェは魔法を使う。

 

「〈テレポート〉」

 

目の前にいたサージェがいなくなり、驚くルポゼ。どこに行ったかとキョロキョロ辺りを見渡すと、ゴッという鈍い音が聞こえる。

 

「くっ、クソが!!視えてんだよ!!」

「そうですか―ねっ!!」

 

ルポゼは声が聞こえた方へ目を向けると、そこにはハイドに殴りかかるサージェの姿が。

しかし、ハイドには未来視があるので一発目は防がれてしまったようだった。

 

「え、え?」

 

ガッ、ゴッと拳が体にぶつかる音が聞こえ、ハイドに何発かサージェの拳が命中したようだ。

 

「お、お前―!!」

「ふっ!!」

 

拳に気を取られていたハイドに、足蹴りを食らわせるサージェ。未来視はどうしたのだろうと思うほど、ハイドは押されていて、危険を感じたのか距離を取る。

 

「貴方、肉弾戦の経験はありますか?」

「はぁ!?」

 

ボックスにマントを収め、口を覆う布を首を下げるサージェは笑っていた。

 

「エンドに鍛えてもらってよかったですっ!!」

 

そう言い戸惑い動けないハイドの顔面にフックを叩き込むサージェ。ハイドの掛けていた眼鏡が吹っ飛びレンズがカシャッと割れる。

 

「―ガッ!....ふ、ふざけんなてめぇ!!」

「本気ですよ」

 

口の中が切れたのか、口の端からつーっと血が流れるハイドに、腰を落とし拳を構えるサージェは追撃の機会を狙っている。そして直ぐにまた顔面に向かって拳を放つが、未来視で視られたのかそれは防がれる。

しかし、出した右手とは逆の手が素早く動き、ハイドの腹部に命中した。

 

「グァッ....ゲホッ!!はぁ、何で、なんで避けられない!!」

「いくら貴方に未来視の能力があると言っても、これの経験はないでしょう?」

「魔術師が体術なんて―!!」

「そこですよ。そして、こういうものは身体が覚えるんです」

 

裏の、そのまた裏のと腹の探り合いの頭脳戦をしていた2人だが、サージェはそこにイレギュラーさを求めたのだろう。

そこに勝機があると。

殴り合いを始めた魔術師2人にポカンとしていたルポゼは、はっと現実に戻りサージェに回復魔法をかけ始めた。

 

ルポゼの魔力がなくなる前に、決着は着きそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side:エンド&エルバト

 

 

 

「後ろを振り向くな!!前だけを見ろ!!」

 

エンドは叫んだ。自分の負傷を心配して恐らく駆け寄ってくるだろうエルバトを止めるために。

叫んだ衝撃で咳き込むと、ビチャビチャと床に血を吐き出した。この位の傷などなんともないと自分に言い聞かせ、腹に空いた穴を見る。これでも息がある自分は結構頑丈だったんだなとふっと笑った。

 

「標的の片方、瀕死。私の勝率、80%まで上昇しました」

 

ランツェ・ファードは表情を変えず淡々と述べた。

オートマタである彼女の左腕は銃火器の形に、右腕は剣の形に変化しており、その体にはヒビが入っていた。

激しい戦闘で付けていた目隠しは外れ、乱れた服の中から見えるコアは赤い光を放っている。

 

「はぁっ!!」

 

ブンっと風を切る音がし、エルバトの槍での攻撃が空振る。

エルバトは焦る様子はなく次に突きを連発するが、ランツェの右腕で全て弾かれる。

 

「〈ハルシオン〉」

 

エンドの杖が紫色にボワッと光を放ち、ランツェの動きが鈍くなる。幻術、恐らくランツェは正しい光景は見えておらずどう攻撃しようか考えあぐねているのだろう。

しかし、ウロウロと迷うような動きを見せていた銃口がピタリと止まり、エルバトに向かって正確に魔力で出来た弾を連射した。

オートマタは普通の人と造りが違うのか、2人の位置を計算して正確な射撃してきたのだろう。

 

「わわっ」

 

エルバトは自分の得意な回避術で全ての弾丸を避け、ランツェに対する次の攻撃を考える。その事だけに集中した。

自分の避けた弾が、全てエンドに被弾した事を考えないために。

後ろを振り向くなと、俺の事を考えるなと、何度も何度もエンドに言われた。エルバトは優しい性格だ。自分が攻撃を避けることで彼が傷つくのは凄く辛いことだった。

 

「(あのコアさえ壊せれば....)」

 

ランツェのコアを捉え、槍で狙う。

殺してしまったら命令違反になるが、エンドが死んでしまうぐらいならとエルバトは覚悟を決めた。

エンドのヒューヒューとか細い呼吸が聴こえる。早くこの戦いを終わらせたい。そのためにランツェを殺す。その気持ちだけがエルバトを支配する。

 

「エ....エルバト....」

「エンドさん?」

「恐れるな....俺は死なん....」

「で、でも―」

 

エンドはこの戦いで誰も死なないと確信していた。それは自らが信じる王、レナータ・ヴィシュヌが約束してくれたからだった。私は誰も死なせない、そう彼女はエンドに宣言していた。

 

「レナータ様は俺達を愛してくださっている。その加護が俺達にはあるんだ....」

「....」

「....俺は死なない、必ずあの御方の元へ帰る。勿論、お前もだ」

「―っ、はい!!」

 

あい、合、愛?ランツェは混乱した。かけられた幻術魔法はもう解けたはずなのに、と疑問に思う。

相対していたエルバトの表情は先程とは違くて、生き生きとしており、再び放たれた槍の一撃一撃が重かった。愛。その一言で彼は変わったのだろうか。

愛や恋など、ただの脳の不具合だ。理解できない。

考えれば考えるほど、ランツェの動きは鈍ってゆく。

 

「(私はアンディート様から愛を貰っているのだろうか)」

 

分からない。愛自体が分からないランツェには分からなかった。そしてついに、エルバトの突きが彼女に届く。

 

「〈ゲイル・ランス〉!!」

「―っ!」

 

風を纏ったエルバトの槍が、ランツェの左腕を吹き飛ばす。

ランツェは無くなった左腕とエルバトを交互にみた。愛というのはもしかしたら何かの強化魔法だったのかもしれない、そう思った。

 

「左腕を損傷。私の勝率、65%まで減少しました」

「はっ、65%とは高く見積もったな。....初めからお前に勝ち目などない」

「死に損ないは黙っていてください」

 

エンドは自分の言った挑発にちゃんと怒りで返すことから、彼女がただの機械ではないことがよく分かる。そして自分の言った愛という単語に惑わされていることも。

彼女がちゃんと人の気持ちを理解できるようになればいい、などど敵の心配までしてしまう。

 

「(俺も愛など分からなかったからな....あの御方の涙見るまでは....)」

「エンドさん!僕必ず勝ちます。だから支援を!!」

「任せろ、〈シュトース・シュティーク〉〈アルカティックランス〉〈ウィンドマジカル・バースト〉!!」

「どれだけ強化しても私には勝てません」

 

残された右腕の剣で突進してくるランツェに強化された槍で応戦するエルバト。エルバトは負ける気がしなかった。自分とエンドの2人なら必ず勝てる、と。

 

「―」

 

その気持ちは、ドチャッと言う音にかき消された。

 

ついに、後ろを向いてしまったエルバトが見たのは、

血溜まりに倒れるエンドの姿だった。

 

倒れた衝撃で外れたのか、彼が付けていた仮面が、エルバトの足元にころがっている。

 

「....エンド・ストーリア、死亡。私の勝率90%まで向上しました」

「あ、あああぁあああっ!!」

 

エルバトは槍を強く握り、泣きながらランツェにそれを振るい怒りをぶつけた。

視界が涙でぶれているエルバトの攻撃は全て弾き返される。

どうしようもない気持ちが、エルバトの中で渦巻く。

そしてランツェの放った斬撃に槍が飛ばされ、ただただ立ち尽くすエルバトを見て、感情はやはり人を弱くするものだとランツェは思った。

 

「私の勝率、99%。終わりです」

「....」

 

エルバトは、敗北を受け入れようと目をつむる。

 

が、その時....神の声が聞こえた―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー30分前ー

 

 

side:レナータ

 

 

 

「はぁ....はぁ....」

「....しつけぇなお前....」

 

自分が有利に立ったと思えばまた押され、不利に立ったと思えば押し返し、戦況は安定したものではなかった。互いにボロボロで、私の魔力も技力も尽きかけ、純粋な剣術だけが私の命を救っている。だが、魔力が尽きそうなのも相手は同じはず。神器を破壊されたからにはこれ以上の強化は無いだろうと考えた。

 

「(それにしても....)」

 

神器を破壊しても、彼の魔法の威力は落ちなかった。

魔力強化系の神器だと仮定しての行動だったが、その期待は外れたようで先程から強烈な魔法を幾度となく食らった。

何より、神器を壊されても余裕の表情を見せるブラフマー王が気になった。

 

「はぁっ!!」

「〈イグニート・シール....―っクソ!!」

 

私が双剣で切りかかると、ブラフマー王は防御魔法を展開しようとしたがキャンセルされる。

 

魔力切れだ。

 

私はやっとかと思い、そのまま勢いよく切りつける。

ブラフマー王の胸元に2本の線がはしり、血が吹き出すのを見て勝利を確信した私は、さらに追撃する。

 

しかし、ガキンッという音と共に、私の剣が弾かれる。

何故....?

 

「お前、俺の神器があの首飾りだと思ってるだろ。それに、俺が魔術師だとも」

 

そうそう言うブラフマー王の手には、赤い柄の薙刀が握られていた。

それは―

 

「残念だが、大ハズレだ」

「―っ!!」

 

薙刀の刃が私に迫り、反射的にそれを受け止める。

そして理解した、

 

これが彼の神器だと。

 

あの会議の時に切りかかられたのとは比べ物にならないほどの圧が私に降りかかった。押されている、あの時と立場が逆転していた。

 

「ぐっ....!!」

「いい加減....くたばれ!!」

 

くぐっと押され顔の前まで刃が迫る。このままでは、負ける。皆に、勝利を約束したはずなのに。

ふと、考えた。もし私の従者たちが今の押されている自分を見たらどう思うか、と。やはり残念に思うだろうか、こんな負けそうな主人を見て。

 

「(私は....!!)」

「!!」

 

ブラフマー王の薙刀を全力で押し返し、彼はその反動で体勢を崩す。そして彼が再び切りかかろうとするより早く、私の剣がブラフマー王の腹部に突き刺さった。

 

「―ガッ....!!」

 

刺さった剣を掴み引き抜こうとするブラフマー王に対して、さらに奥に、奥にと突き刺す私。吐血した彼の血が私の鎧にかかった。ハッハッと短い呼吸が耳元で聞こえ、私が握っていた剣を捻るとグチャッと嫌な音が聞こえた。

そして勢いよく剣を引き抜くと、ブラフマー王の腹部から血が溢れ出す。

 

「がっあぁああっ!!」

「....貴方の負けだよ....」

 

恐らく致命傷だろう傷を押さえ苦しむ彼に、哀れみの目を向ける。それが気に入らないのか彼は鋭い目で私を睨みつけ、何故か笑った。

 

「はっ、はははっ!!」

「何がおかしいの....?」

「まさか俺が....この忌々しい力を使うまで追い込まれるとはな....」

 

瀕死のブラフマー王が叫ぶと、真っ黒な魔力の渦が彼を包み込んだ。彼の魔力は尽きたはずではなかったのか。そう考えているうちに、その渦が消えると....私は驚愕した。

頭部からは4本の角が生え、長い髪の色は薄れている。片目だけ白黒反転した瞳の、縦に割れた瞳孔が私を見ていた。

先程とは違う赤と黒の衣装を身につけた彼は、薙刀を軽く振る。

 

「―悪魔....?」

「....本当はこの姿にはなりたくなかったがな....必ずお前には死んでもらう」

 

先程の致命傷は完全にとはいかないが塞がっているようで、次々に斬撃を叩き込む彼の力は先程とは比にならない。

私はそれを受け止めることしか出来ず、そして混乱していた。まだこれほどの力を残していたとは―。私の敗北の可能性がまた浮上してきた。

 

そして彼の放った一撃が、私の鎧を貫いた。

 

「―っ!!」

「神器には勝てなかったらしいな」

 

その激痛についよろめいてしまい、ブラフマー王のさらなる追撃が私の体を引裂く。

 

「ぐっあぁっ!!」

「さぁ、死ね!!」

 

ブラフマー王の留めの一撃が、スローモーションに見える。そして、思い出す過去。これは、走馬灯というやつなのだろうか。

思えばいい加減な人生だった。急に異世界へ飛ばされて、運命に選ばれて、王になって....、そして家族と呼べる人たちと出会った。‪嗚呼、ごめんねみんな。生きて帰ると言ったのに私は死ぬかもしれない。わたしが死んでも、決して後を追うような事は....事は....?いや?私が死んだら....

 

「みんな消滅するんだった!!」

「!?」

 

あまりの死闘に忘れていたが、いや、忘れてはいけない事なのだが自分を責めまくるのは後回しだ。

自分が死んだらみんな道づれの運命だった。

何ちゃっかり自分だけ楽になろうとしているんだと、スローモーションで迫っていた刃を急いで双剣で跳ね返す。

 

「馬鹿じゃないの私!?このニワトリ脳みそめ!!」

「....?」

 

急に自分を罵倒し始めた私にブラフマー王は戸惑っているようだった。

そして双剣を構え、ブラフマー王を睨みつける。

 

「負けるのは貴方だよ、ブラフマー王!!私は勝たなきゃいけない!!」

「それは、こっちも同じだっ!!」

 

またお互いの刃が混じり合い、激しい音を立てながら命を掛けた戦いが続く。身体中が痛い。私の斬撃が当たったとおもえば、今度は私が傷を受ける。

そうしているうちに、急にブラフマー王が血を吐いた。

 

「がはっ....な、何だ....!?」

 

急な自らの体の異変に驚くブラフマー王。

私はそれに心当たりがあった。亜人である私達の性質。

 

「言っとくけど純血じゃなければ変態にはかなりの力を使うんだよ」

「....なんだと?」

「貴方のそれ、体にかなりの負担がかかってる」

 

推測だがブラフマー王は悪魔と人間の混血だろう。

私は純血なのでなんの負担もなく変態できるが、彼は違うようだ。黒い服でよくは見えないが、先程の傷がまた開いたことによって血を吐いたのだと思う。

 

「くそっ!!」

 

急いで私を仕留めなければいけないと察したのだろう。彼は先程より早く強烈な攻撃を叩き込んでくる。

私とブラフマー王、共に魔力と技力は尽きている。本当に純粋な剣術で戦う。

ブラフマー王の薙刀の突きを、片方の剣で軌道をずらし、もう片方で腹部の傷を狙うがそれを寸でのところで片腕を犠牲にし防がれる。

器用に振り回された薙刀の柄が私の腹部を衝突し、今度は私が血を吐いた。口の中に鉄の味が拡がり、口に残った血を吐き出す。

このままでは負けてしまう、そう考えた時にに1つの案が浮かんだ。

 

「....貴方の女嫌いってもしかして母親のせいなの?」

「お前には関係ないだろ」

「....捨てれたの?」

「―うるせぇ!!」

 

図星だったのか、先程の安定していた攻撃が私の挑発で乱れ始める。卑怯な手だとは思ったが、私も負ける訳には行かなかった。

この瞬間に勝機を見出す。私は左手の剣をブラフマー王に投げ付け、そこに気を取られた彼の薙刀を払うと、手からそれが離れた。

 

「しまっ―」

 

彼が避けようとした時にはもう遅く、私の剣が彼の体を貫通し、剣から血が滴った。

 

密着しているせいで彼の表情は見えないが、ブラフマー王はか細い声で笑う。

 

「....すまねぇな....約束....守れなかった....」

「....」

 

それは私に向けた言葉では無いことが分かる。

私の首に当たった液体は血ではなく、涙だろう。

 

ずるりと剣を引く抜くと、飛行する力もなくなった彼の体は地面に向かって落ちていく。

私は慌ててその体を受け止め、地上へ降り、ブラフマー王をゆっくり地面へ寝かした。

 

「なん....だ、なさけ....を、かける....つもりか....?」

「違う」

「なら....ころ....せ」

「....これは貴方の為じゃない。私のためだよ」

 

マジカルボックスから1つのクリスタルを取り出し使用するとクリスタルが砕け、その破片が光となりブラフマー王に吸収される。

 

「ルポゼの回復魔法。効くでしょ?」

「何のつもりだ」

「貴方は私に負けた」

「....そうだな」

「なら私の要求を呑んで」

 

それを聞くとブラフマー王は少し目を見開き、笑う。

 

「逞しいこった。いいぜ、俺は負けた....何でも言え」

「....私と同盟を結んで、一緒に宝を攻略する事。私が貴方に求めるのはそれだけ」

「....は?自分に従えっていえばいいじゃねぇか。裏切るかもしれないぜ?」

「裏切るの?」

 

私がそう聞くと彼はいや、と言い目をつむる。

もうどうにでもしてくれと投げやりな様子だ。初めから彼とは友好関係を結ぶことが目的だ。従えるなんて冗談じゃない。

 

「あ、それと今すぐ貴方の従者達を止めて!早くしないと皆が危ない!!」

「....そう言われても指一本動か「じゃあ私が運ぶから!!」

「は?お前、まてまて、待て!!せめてその持ち方は!!おい!!」

 

私はブラフマー王を横抱きにして上空へ飛び、イデアーレ王国の中央を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとうるさいかもしれないから耳塞いでおいて?」

「だから指一本動かねぇって言ってるんだろ」

 

そう言えばそうだったとマジカルボックスから耳栓を取り出してきゅっと耳にはめてあげる。彼は不満そうな顔をしたが無視した。

 

「〈エクステション〉」

「....」

 

先程まで叫んでいたブラフマー王は国の中心に着く頃には大人しくなっていた。

色々なところから戦闘音が聞こえる。皆まだ戦っているのだろう。私は〈エクステション〉が使えるチョーカーを身につけ、声が遠くまで聞こえる様にする。

 

「聞け!ブラフマー王の従者達よ!!お前らの王は敗北した!!」

「うるせ....」

「即刻戦闘を中止し、投降せよ!!」

 

私の声が聞こえないのか、それとも自分の主人が負けたことを認めていないのか、戦闘音は止まらなかった。

私は戸惑ってブラフマー王の耳栓を急いで外す。

 

「もっと丁寧に「私の言葉じゃ止まらない!貴方が言って!!」

 

そういい自分のチョーカーをブラフマー王にはめる。

彼ははぁっとため息をつき、〈メサージュ〉を唱える。

 

『聞け、お前ら。あ〜あ〜、一斉に喋るな。うるせぇ。....ああそうだ、俺は負けた。....ああ。....すまないな』

 

それだけ言うとブラフマー王はチョーカーを外すように顎で指示する。人を顎で使わないでほしい。

 

「これで止まるだろう。実際戦闘音も聞こえなくなったしな」

「そうだね、よか―」

「....どうした?」

 

みんな無事かと辺りを見渡しながら飛んでいると、ある1点の光景を見た私の胸が、大きく波打った。

うっかりブラフマー王を落としそうしになるが、彼をしっかり抱え急降下する。嘘だ、嘘だとその言葉ばかりが私の中で繰り返されて地面に降り立つ。

そしてついにブラフマー王を手から放し、ある場所へ駆け寄った。

 

「あっ、あっ....れなーだざまっ!!....えんどさんがっ!!」

「エンド!!」

 

座り込み、泣きじゃくるエルバトが私に助けを求めていた。

その彼の傍には、血の海に倒れるエンドの姿が見えた。鼓動がどんどん早くなって苦しい。

すぐさまエルバトの傍で膝をつき、エンドの体を抱き起こす。彼の自らの血に濡れた頬を親指で撫でるが、その開かない目に私は涙を流した。

 

「エンド....エンド?何で?せっかくお互いの気持ちが分かったのに....」

 

彼は言葉を返さない。ただただぐったりと私の腕の中で目を閉じる彼はもう帰ってこないのだと私に思わせる。

 

もう帰ってこない。

 

それが私の心にスっと落ちると、それ闇が具現化するように私の体から黒い渦が巻き起こる。

 

「あ、あ....あぁぁぁぁあああっ!!!」

 

私が泣けば泣くほどその渦は大きくそして円柱のように高く拡がり、そこから波のように放たれる衝撃波が周りの建物が崩壊した。

周りが見えなくなり、腕に抱いたエンドを強く抱き締め、私は泣き叫ぶことしか出来なくなった。頭が痛い。

 

痛い

 

痛い―

 

 

 

 

 

 

 

 

「そいそこの従者!!そいつから離れろ!!」

「で、でも」

「巻き込まれて死ぬぞ!!」

 

ヴィシュヌ女王の傍にいた彼女の従者に避難を命じ、ランツェに抱えられた俺は次々放たれる衝撃波を受け気分が悪くなる。

 

「アンディート様、これは何でしょうか?」

 

まるで他人事のように淡々と質問を投げかけてるくランツェにため息を付きつつ、あの魔力の嵐の中心に居るであろうヴィシュヌ女王に視線を向けた。

 

「発狂だ。俺も初めて見るが、間違えねぇ」

 

精神力。人が潜在的に持っているものだが運命に選ばし王になるとそれが表に出る。発狂は自分の精神力の上限を越えるほど従者を召喚した時以外にも起こる事がある。

大きな苦痛を受けると精神力が減り、あの様に負の魔力が体を包み徐々に死に向かっていくのだ。

ヴィシュヌ女王の苦しみの感情の衝撃波を、同じ運命に選ばし王である俺はもろに浴びており影響される。

 

「ぐっ....きついな....」

「離れましょうか?」

「いや、大丈夫だ。逆に、あいつの側まで俺を連れて行け」

「....承知致しました」

 

発狂して死にそうになっているヴィシュヌ女王に俺は言うことがある。せっかく同盟を結んでやったのに簡単に死なせてたまるか。それに何勘違いしてんだと呆れの気持ちさえある。

 

「おい!!聞け!!ヴィシュヌ女王!!」

 

魔力の渦が俺の側まで迫る。これと衝突すれば瀕死の俺とただの従者であるランツェが無事です済むかは分からない。

それでもこれを止められるのは恐らく自分だけだと衝撃波に耐える。

 

「その従者は死んでねぇ!!そもそも従者が死んでから生滅するまでそこまでタイムラグはない!!勝手に殺すな!!」

 

聞こえていないのか、負の感情の嵐は止まらない。

こうしている間にも彼女は死に向かっている。自分の中で色々天秤にかけ、こうやって考えるのは性にあわないなとランツェに話しかける。

 

「俺をあの渦の中心に投げろ、歩く力は残ってねぇ」

「畏まりました、ご武運を」

 

少しは戸惑えよと思うが、ランツェは俺を両手で持ちぶんっと放り投げた。そう言えばこの嵐に吹っ飛ばされる可能性は考えていなかったと思いながら渦に衝突するが、背中から伝わる地面の硬さと痛みに無事に中央までついたことを確認する。

 

「くそ....めちゃくちゃ痛てぇ....俺まで苦しい」

 

先程より大きく聞こえる悲痛の叫びの発生原因、ヴィシュヌ女王を見て驚愕する。

白い。まるで灰のように真っ白だった。

運命に選ばし王は死ぬと塵さえ残さずきえると聞いていたが彼女の今の状態はその1歩手前なのではないかと焦る。

 

「馬鹿野郎が....」

 

先程までは指一本動かなかったが、少し休んだ事により立ち上がることが出来た。よろよろと歩きヴィシュヌ女王まで向い、傍で片膝を着き彼女と向き合う。

 

「おい!!」

「―あああああぁあぁああっ!!!!」

「聞けこのアホ女王!!」

 

そういい彼女の頬をぶっ叩くと死んでいた彼女の目に光が戻ったように見える。まるで灰の塊のようなその体を叩いて壊れたりしてないよなと不安になりながら、叫びを止め俺を見ているヴィシュヌ女王に告げる。

 

「ぶらふまー....おう.....?」

「そいつは死んでねぇ、その証拠に消滅してない」

「しんで....ない....」

「ああ、死んでない」

 

それを聞くと彼女は腕に抱いた従者を見つめ、胸に手を当てる。おそらく鼓動を確認しているのだろう、驚きの表情を見せたヴィシュヌ女王はぽかんと呆けた顔をしていた。

それと同時に先程までビュービュー音を立て渦巻いていた嵐が、パッと一瞬で消えた。

ふと周りを見ると、魔力の柱を見て異変を察知した自分とヴィシュヌ女王の従者が皆ここに集まっていた。

 

「レナータ様!!」

 

ヴィシュヌ女王の従者が彼女へ駆け寄る。

その当の本人は状況が掴めていないようだった。

 

「私....何してたん....だっけ?」

「発狂で死にかけてたんだよ、このバカタレ!!」

「いてっ」

 

怒鳴りながらヴィシュヌ女王の頭を軽く叩くと、彼女の従者達に睨まれる。何でだ、言っておくが悪いのはコイツだ。

 

「それよりその死にかけの従者の手当てを急げ、本当に死ぬぞ」

「....うん」

 

自分が先程までどういう状況だったのか徐々に思い出してきているのか、俺に対して申し訳なさそうな顔をしている。

その顔がミラと重なり、そういう顔が見たいんじゃないんだと、はあっとため息を着いた。

そうすると気が抜けたのか、急にバタッと仰向けに倒れてしまう。

 

「アンディート様!!ご無事で!?」

 

自分の従者が達が駆け寄ってくる。

大丈夫だと言おうと思ったがまた指一本動かせなくなっており、無茶をしたなと思う。少しはこいつらに甘えるか。

 

「ご無事もくそもねぇだろうが、またこいつのせいで動けなくなった。どうにかしろ」

「畏まりました!!」

「あ、ちょっ!!おい!!だから何で全員横抱きに持つんだ!!」

 

ヴィシュヌ女王にもランツェにも横抱きにされ、女性にそうさせる事に羞恥を感じていたがリヴェルダに横抱きにされると高さと絵面がやばい。

誰がいいと指名すると従者達が争うのが目に見えているので、大人しくすることにした。

するとヴィシュヌ女王がこちらを向く。その顔にはいつよりは控えめだが笑顔が戻っていた。

 

「あの、ブラフマー王....」

「アンディートでいい」

 

正直ブラフマーの名で呼ばれるのは慣れておらず、違和感を感じていた。そのため名前で呼ばせても良いかと思う。

 

「じゃあ、アンディート。ありがとう」

「二度とあんな事になんなよ、ヴィシ....いや、レナータ」

 

自分だけファーストネームで呼ばせるのもなんだ、と彼女の名を呼ぶと、レナータはミラによく似た顔で笑った。

 

 

 

 

 





今回は初のガチ戦闘。今まで書いたこと無かったので結構めちゃくちゃな文になってしまいました。最後まで読んで頂いてありがとうございます。頑張って書いた甲斐があります。

話の途中で技力というものが出てきますが、これはアビリタを使う際に消費する力です。魔法を使うと魔力を消費するのと同じです。
魔力、技力共に時間経過やマジカルアイテムで回復することが出来ます。
ちなみにクアリタは別枠みたいなもので、使える回数制限が決まっていたりします。能力によって1回きりなのか、時間制限があるのか、決してバラバラです。
アルマの〈ベアトリーチェ〉は1日使える回数は3回と決まっており、3日に1度、1回分回復します。
ハイドの〈未来視〉は1日に何度も使えますが、時間制限は5分。連続して使うとめちゃくちゃ疲れます。死にかけます。なので使う場面はしっかり選ばなくてはいけません。

そんな感じです。



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プローヴァリー

 

 

 

「アンディートっ!!」

「....ミラ?ミラなのか!?」

「そうだよ〜、何そんなに驚いてるの?」

「だってお前は....」

「そんな事より....アンディートの馬鹿!!」

「!?」

「私達が憧れてた運命に選ばれし王はあんなんじゃないでしょ!!」

「....そう....だな」

「でもあの子が止めてくれてよかった」

「....レナータのことか」

「うん」

「ミラ、俺は....」

「過ぎたことはいいんだよ!」

「だが....」

「アンディートがこれからどうするかが大事!!」

「....」

「あの子を助けてあげて」

「ああ」

「私、ずっと見守ってるから!」

「....行くのか?」

「うん。アンディートは早く目を覚まして。大切な人たちが待ってるよ」

「大切な....人?」

「そう、大切な人!!」

「....?」

「さぁさぁ早くっ!またねアンディート!死んだら会おうね!!」

「縁起でもねぇこと言うなよ」

「ふふっ」

「なあ、ミラ。お前は―」

 

 

 

 

 

 

 

バッと目を開けると、5つの顔が俺を見つめていた。

 

「「アンディート様!!」」

 

自分の体は横になっていて、周りを見渡すと俺の寝室だと分かる。何だか心地の良い夢をみていた気がするが、こいつらの大きい声で全て吹っ飛んでしまった。

俺の従者達。その全員がベッドを囲むように立ち、俺の顔を覗き込んでいる。

 

「ぅ―....」

 

うるせぇと言おうとすると、喉からは言葉ではなく掠れた音が出ただけだった。ケホケホと少し咳く。

するとメイドが慌てて水を俺に差し出してきたので、上半身起こしてそれを一気の飲みほす。

 

「ご無理をならさないで下さい。ずっと昏睡状態だったのですから」

 

リヴェルダが俺を気遣う。いつもの自信に溢れた顔ではなくとても悲しそうな表情を見て、その顔の原因は自分なのかと少々戸惑った。

 

「んんっ....はぁ、どのくらいだ」

「3日間でございます」

「くそ、3日も無駄にしたのか」

 

そういいベッドから降りようとすると酷い倦怠感と腹部に痛みを感じ、そのまま動けなくなる。

どうかそのままでとベッドにまた寝かされて、また5人に囲まれた状態となる。

 

「ヴィシュヌ女王が無理な変態をしたせいで暫く休養が必要に成るだろうと仰っておりました。それと....自分の発狂を止めたせいで無茶をさせてしまった事を謝罪しておられました」

「謝罪なら腹をぶっ刺した事の方にしてほいしがな。めちゃくちゃ痛てぇ」

「―っ!!」

「〈グレイト・ヒール〉!」

 

ハイドが急いで回復魔法を掛けてくるが、それを軽く手をあげ止めろと指示する。本当にこいつらは俺に対して過保護すぎる。

 

「どうせお前らの事だ、やれる事は全部やったんだろ?」

 

そういうと皆は俯き、暫く黙り込んだ後にリヴェルダが小さくはいと返事をした。おそらく自分達の最善を尽くしても俺を完全に癒すことが出来ないのが不甲斐なかったり、悔しかったりするのだろう。

 

「運命に選ばれし王の渾身の一撃だからな、そう簡単に癒えるものじゃない」

 

そういい刺された部分を服の上から摩ると、とグズっという音が聞こえそこに視線を向ける。

ランツェが泣いていた。

目隠しはびちょびちょに濡れ、そこから涙(オイル?)が滴っていた。普段表情を変えない上に人の心が分からないと言っていた彼女が泣いていることに、俺もだが周りの従者達も驚いた。

 

「な、なぜ泣く?」

「そ、その....アンディート様がっ、その、もうお目覚めにっならないのかと....」

 

ランツェの言葉を聞くと他の従者もおそらく心の奥に引っ込めて考えないようにしてた事が溢れ出したのか、皆が泣き出した。驚きでぽかんとする俺を他所についにはランツェが声をあげて泣き出す。お通夜か。

 

「はぁ....女はともかく大の男が泣くんじゃねぇ」

「で、ですが....あまりにも美し寝顔だったためっ!」

「....おい、もしかしてお前ら」

「はいっ....!3日間ずっとここに居りましたっ!」

 

知りたくなかった。恐ろしいことを聞いてしまったと身震いしながら泣いている従者達を見ると、大切な人達という言葉を思い出す。誰に言われただろうか。正確に思い出せなかったが、今の俺にその言葉はしっくり来た。ああ、俺にとってこいつらが―

 

「はぁ....ほら」

「....?」

 

そういい両手を広げる。だが従者達は俺の意図が理解できないようで互いに顔を見合わせながらその意味を探っているようだ。なんでこういう所は察しが悪いのだろう。

来い、とぶっきらぼうに言い放つと、皆が驚きの表情を見せた後、さっきより大きな泣き声を上げながら俺の胸に飛び込む。

 

「う゛っ....」

 

流石に5人一気に受け止めるとかなりの衝撃があり、俺は腹の痛みを我慢して皆を宥めるように手をパタパタと動かす。

 

「すまねぇな」

 

俺が謝ると、皆の俺に縋る腕や手の力が強くなる。

自分をこんなに慕ってくれる皆を、まぁ少しは可愛いかも知れないなと思い、おそらくレナータの甘さが移ってしまったのだろうと自分に呆れた。

だがこういうのも悪くないな、と従者達を見る俺の目はもしかしたら優しいものだったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆の涙が収まった頃に、従者が自分達対しては何の治癒も施していないことを知ったアンディートはお前ら全員暫く休暇だと叫び、従者達を部屋から追い出した。

 

「怒られてしまったな....」

 

リヴェルダがそう言うと皆がコクリと頷く。

しかし、おそらく考えていることは皆同じだろう。休暇とは、何をすればいいのだろうと。

従者達はずっとアンディートのために不眠不休でも問題ないのをいいことに働き続けていた。

ちゃんと休むというのは、初めてなのだ。

 

「我らに休息は必要無いが....ジェントルな主のオーダーとあればそれにお応えするのが我らの務め....」

「そうだね!じゃあ俺ここで休む!!」

 

そういいルオネスはアンディートの部屋の前で座り込む。

少しでもアンディートのそばに居たいというのがバレバレの行動に、じゃあ自分もと次々とそこに座る。

 

「....」

「これで....休んだことに、なるの?」

「どうでしょうねぇ....」

 

ランツェの言葉に皆で考えるが、なかなか具体的な事が思い浮かばない。そしてハイドが、であればと言葉を続ける。

 

「アンディート様の真似をする、というのはどうでしょう」

 

おお〜と周りから称賛の声が上がる。

休むという行動が分からないのから、休んでいる人の行動を模写すればいい。

 

「という事は....力の回復か?」

「そうでしょうね。僕達もあの戦いで体力、魔力、技力ともにカラに近い状態ですから」

「3日で自然に回復するのって沢山じゃないしね〜」

 

人の能力は自然と回復していく。それは本当に少しずつなので、旅人などいつ起こるか分からない戦いに備えなければならない者達は能力回復系のマジカルアイテムや技を持っている事が多い。

 

「アンディート様を守る者として....今の状態、危険」

「じゃあ早く回復を―」

「いや、待て」

 

立ち上がろうとしたルオネスをリヴェルダが止める。

というのも、実は以前アンディートに消耗系のマジカルアイテムはあまり使うなと命令されていた。

しかしリヴェルダ達はアンディートの回復に務めるためかなりのマジカルアイテムを使った。その中には消耗品もある。

 

「これ以上無駄遣いをするのは、良くないんじゃないか?」

「じゃあ回復系の魔法とかアビリタ付きの武器を使えば―!!」

「それにも回数制限があります。いざと言う時使えなかったら元も子もないでしょう」

「ん〜、どうしよ....」

 

手詰まり。まだ未知の休暇という行動について、従者5人は悩みになや―

 

「んなのなんか食ったり、ゆっくり風呂入ったり、好きな事すればいいじゃねえか!!まどろっこしい!!」

 

バァンッと扉が勢いよく開いたと思えばアンディートがまた怒っていた。どうやら部屋の中まで話が聞こえていたらしい。それが休暇なのか、と従者達は未知を知り喜んだ。

 

「というか、俺の部屋の前でたむろうな!早く休め、いいな!?」

 

従者達が頷くのを見てアンディートはよろしいと言いい、バタンッと大きな音を立てて扉が閉まる。

 

「では....それぞれ好きなことをしてみるか?」

「そうだね〜!それが命令なら!!」

「では我は自室へリターンするとしよう」

「私も....」

「それでは、僕もそうしましょう」

 

そういい皆が立ち上がるが、誰も一向に動こうとしない。

まだアンディートのそばに居たいという気持ちから、誰もが足を動かせずにいた。

 

「た、隊長。そろそろ行ったらどうですか?」

「お前こそ....」

「私、皆が行ったら....部屋に戻る」

「あ、ランツェちゃんそう言ってここに残るつもりでしょ!!」

「ギルティ!!抜けがけとはアンフェアだ!!」

 

わちゃわちゃと言い争いをしていると、今度は部屋の中からいい加減にしろお前ら!!と怒鳴り声が聞こえたので、皆は飛び上がり一斉に部屋へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は部屋に戻り、椅子に座って何をしようかと考えたが特には浮かばなかった。自分の好きな事といえば....鍛錬だろうか、と思い部屋の外へでる。

ヴィシュヌ女王の従者、ヴィゴーレ・アルマと戦った時、俺は確かに己の未熟さを感じた。

全体的に見れば俺の方が押していて、あのままどちらかが死ぬまで戦っていたならおそらく俺が勝っていただろうと思う。

―いや。こうやって何が起こるか分からない戦場で自分の方が勝っていただろうと考えることこそ、未熟者の証拠だとため息をついた。

訓練所へ行く道のりで、中庭を通りかかる。

ふと見た美しい木々が並ぶその中央にあるガゼボに、人影をみる。何となく、俺はそこへ歩み寄った。

 

「ランツェ」

「....隊長、ですか」

「なんだ、誰かを待っているのか?」

「いえ....」

 

テーブルにはティーカップが置かれており、中身が少し減っているのを見ると恐らくここでティータイムをしていたのだろうと思う。

俺は向かいのベンチにどかっと座り、彼女の腕を見る。

ランツェは従者2人との戦いで左腕を失っていた。腕は幸い戦闘後に見つけることができ、修理すればまた元に戻るそうだが、風を受けた制服の袖がバタバタと揺れるのを見て本当に取れたのかと実感した。

 

「その腕は痛くないのか?」

「はい、オートマタですから」

「そうか....」

「それに....痛覚があれば私は痛みで悶えているかと」

「まぁ、そうだな」

 

そういい紅茶を1口飲むランツェは、はっとしたようにマジカルボックスから1つのティーカップを取り出し、傍にあったティーポットの中身を注いだあと俺にずいっと渡す。

 

「どうぞ」

「あ、ああ。すまないな」

 

角砂糖を差し出すランツェに、必要ないと軽く断ると彼女はそうですかと自分のカップに角砂糖をひとつ追加した。

正直紅茶より珈琲派なのだがな、と思いつつそれを1口飲むと思っていたより美味しかった。

もう一口と口に含んだ時、ランツェが俺に問いかける。

 

「隊長は、愛が何だか分かりますか?」

「....?」

 

口に入っていた紅茶をゴクリの飲み、彼女の質問の意図を読み取ろうとする。

 

「....分かる、と思う。俺はアンディート様へ敬愛という愛を捧げているからな」

「敬愛....それは恋愛とは違いますか?」

「ああ。違うな」

 

彼女はよく人の感情が分からないと言う。

愛。人が持つ感情の中でもかなり難しいものだ。それは人によって感じ方が大きく違いで表す形も様々。

俺は先程の問いに分かると答えたが、本当に理解していると言えるのだろうかと自問自答する。

 

「急にどうしたんだ?」

「....エルバト・スキート、彼は愛という言葉で強くなりました」

「ああ、あの少年か」

「愛とは....強化魔法なのだと推測しました」

 

まあ愛で強くなる事はあるように思えるので、あながち間違えではないとは思うがと俺は頭をひねる。

 

「強化魔法....ではないが、人を愛することで強くなることはあると思うぞ」

「―っ!!それで、私はもっと強くなることが出来ますか!?」

 

急に身を前へ乗り出し声を荒らげるランツェを見て戸惑うが、彼女にもなにか思うところがあるのだろうと真剣に返事をする。

 

「そうだな。お前は人の心が分からないと言うが、俺はそうは思わない。お前も誰かを愛せば強くなる可能性はあると思う」

「....」

 

アンディート様に対する敬愛で強くなるというのは俺達プローヴァリー全員に言えることだ。

俺もあの御方のためならどんな戦場も潜りくけられる気がするからな、とティーカップにと伸ばそうとすると、ランツェにその手を握られる。

 

「どうした?」

「隊長....私に、恋愛を教えてください」

「....え」

 

思いがけない言葉に、俺は固まった。

目隠しで目は見えないが、彼女の目は本気だと物語っている....気がする。

 

「俺は、アンディート様に対する愛の事を言ったのであってだな―」

「であれば、敬愛と恋愛を重ねがけするれば更に強くなれるのでは?」

 

重ねがけ....?彼女は本当に愛を強化魔法だと思っているらしい。ランツェの突飛な考えにどう返したものかと悩んでいると、俺の無言を拒否されたと感じたのか俺の手を握るランツェの手の力が強まる。

 

「私はアンディート様を守るために、強くなりたいです....」

「それは俺もそうだが―」

「なら、2人で恋愛を学びましょう」

「えぇ....」

 

家族愛とかでも良くないかと言おうと思ったが、何故だかそれを言い出せないでいた。俺は....このまま流されてランツェと恋愛を学ぶことを嬉しく思っているのだろうか。

友情愛。自己愛。他にも浮かぶが、やはりそれも俺は言い出せない。

 

「私では駄目なのでしょうか....?」

「いや....そういう訳ではないが....」

「分かりました、では他の方に頼んでみます」

 

そういい俺の手をはなし、意気揚々とどこかへ向かおうとするランツェ。え、そんなにあっさり?と思い少々傷つきながらも、彼女を急いで追いかけ、その手を今度は俺の方から掴んでこちらへ引き寄せた。

 

「分かった。今から俺と交際してくれ」

「....良いのですか?」

「ああ、男に二言はない」

 

....言った。言ってしまった。

たしかにランツェの事は好きか嫌いかで言ったら好きだが、恋愛感情もない相手と交際するのは不純ではないかと悩む。

しかし―先程他の愛について言い出せなかった時点で俺は負けていたのだろうと思う。

 

「逆に聞くが、お前は俺でいいのか?」

「はい、勿論です。プローヴァリーの中では隊長が1番強いですから」

 

あ〜そういう理由かぁ〜と脳内で頭を抱える。普通に傷ついたのは言うまでもない。

 

「(彼女は確か17だったか....?13も年上のおじさんでいいのか....?)」

 

しかし、俺達の奇妙な恋愛はもう始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜あ〜、好きなことって言ってもなぁ〜」

 

そういいぶらぶらと歩いていると、食堂の前に着く。そこからは何だか良い匂いがして、空腹を感じた俺はそこに入ることにした。本当は俺達は食事を必要としないのでただの脳の錯覚だろうが。

 

「あ、ヴェルディにハイド!!2人もここに来たんだ」

「ルオネス、貴方もですか」

 

向かい合ってテーブルについていた2人を見つけ、少し安心する。

 

「こんな時に食い意地張ってるの俺だけかと思ったよ〜」

「食い意地とか言わないで下さい」

「我はただ腹に飼っている獣が鳴きだしたのでな!!」

 

やはり匂いがすると皆お腹が空くよねと思い、ヴェルディのとなりへ座る。ハイドが食べているのがおいしそうで、近寄ってきた料理長にカレーを頼むと制服を隣の椅子へかけ、料理を待つ。

 

「てかハイドまたカレー辛いのにしたでしょ!!」

「そうですが?」

「うわ〜、見てるだけで辛いよ〜」

 

彼はかなりの辛党で食べるものを大体辛くする。稀に一緒に食事をする時はいつも彼の皿だけ真っ赤だ。

今回もやはり真っ赤なカレーをハイドは涼しい顔で食べている。

 

「ねぇそれ1口食べさせてよ」

「....しょうがないですね」

 

メイドにスプーンを持ってこさせ、彼の差し出した皿から1口分すくって自分の口に運ぶ。

 

「ん、あれ。あんま辛くな―!!あああぁっ!!」

 

口含んで少し咀嚼した時は大丈夫に感じたが、あとから強烈な辛さを感じて悶える。飲み込んだ喉が痛い。

先程のメイドに水を頼もうとするともう既に持ってきていて、もしかして同じことした人がいたのかなと思う。

 

「ははははっ!!憐れ!!貴様は軟弱だなっ!!」

「さっき同じ事した貴方が何を―」

「シャラップ!!それは内密だとプロミスを交わしたはずだ....」

 

同じことしたのはヴェルディかと笑い、自分のカレーが届いたので、手を合わせたあといただく。やはりこのぐらいの辛さが丁度いいなと思う。あれは激物だった。

自分とハイドが食べ進めているのに対し、ヴェルディは何も口にしていない。そういえば彼が食事をしている所を見たことがないなと気づく。

 

「ヴェルディはなんか食べないの?」

「我か?我は....もう食した!!」

「見え透いた嘘つかないで下さいよ。貴方はここに僕の後に入って来ましたけど何も食べてないじゃないですか」

 

そうだったかととぼけるヴェルディ。もしかして食事シーンを見られたくない理由でもあるのだろうかと少し興味がわく。

 

「ねぇ、ヴェルディってずっと顔隠してるけどなんで?」

「―っ!!これは....ファッションだ!!」

 

そういえば召喚された時はお互いの顔はよく見なかったし、服を選んだ後にはもう彼は仮面と口元が隠れるマントで顔は見えなくなっていた。

そう思うとどんな顔をしているか更に興味がわく。

 

「その仮面外してみてよ!!」

「ノー!!これは我の皮膚同然!!それを剥がすというのか!!」

「グロテスクな事言わないで下さいよ....」

 

いいからいいからと仮面を掴み引き剥がそうとする俺とヴェルディの攻防が続いた。互角の戦い、わーわーと騒いでいるとハイドがヴェルディを庇う。

 

「嫌がっていることをするものではありませんよ」

「ちぇ〜」

「おおっ、ハイド!礼を言―」

「なんてなぁっ!!」

 

ヴェルディが気を抜いた瞬間、ハイドが彼の仮面を勢いよくひっぺがした。流石プローヴァリー1のゲス野郎。抜かりなし。

 

「ああっ!!」

「さぁどんなツラか拝ませてもらおうか、ふふふ」

「ハイド〜、台詞が完全に悪人」

 

そういい俺も手で目元を覆っているヴェルディの口元を隠していたマントをベシッと少し下げる。

 

「....」

「ヴェルディ?」

「流石に怒りましたかね....」

 

少々やり過ぎたかとヴェルディの様子を伺っていると、顔を隠している手の人差し指がすいっと動き、赤い目が見える。

ヴェルディの仮面は目の部分も黒く見えていて、どのような瞳なのかも見えた事がない。恐らくそういうマジカルアイテムなのだろう。

 

「怒ってるの?」

「....」

「流石にやり過ぎたのは反省しますから、無言で返さないで下さい」

「....ぁの....」

「?」

 

か細い声が聞こえる。一瞬キョロキョロと周りを見渡すが、やはり発生源はヴェルディのようだ。

 

「か、返して....俺....それがないと....」

「え、ヴェルディ?」

「ううっ....あんまり俺を見ないで....視線恐怖症なんだ....」

「....」

 

何だか可哀想になったのでマントを正してあげたあと、仮面を付けてあげる。するとガタンと椅子から立ち上がり、仁王立ちで決めポーズをとるヴェルディ。

 

「我、完全復活っ!!ぶははははっ!!」

「えぇ〜....なにこれ....」

「僕達は何を見せられているんでしょうね....」

 

とりあえず皆がちゃんと椅子に座り、ヴェルディをみる。さっきのは何だったのかと。

 

「ふむ、どうしても告げなければならないか?」

「勿論!仲間に隠し事なしで!!」

「僕もあんなの見たら気になりますよ」

 

そうか....そうか〜?となかなか言い出さないヴェルディに早くと催促する。

 

「実は我、人見知りするのだ....」

「....は?ヴェルディが人見知り?」

「フェイスを隠していないとまともにスピークも出来ない....」

 

は、はははっ!と堰を切ったように笑いだす俺とハイド。

ヴェルディが笑うでない!と怒っているが、予想斜め上の理由過ぎて笑いが止まらなかった。

 

「おいっ!!貴様ら、これはトップシークレットだからな!!」

「はいはい、分かった分かった」

「勿論、秘密は守りますよ」

 

 

 

 

 

当然、ヴェルディが人見知りというとこは半日で城中に広まった。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

イデアーレ王国の城に初めて国王が来客する。

相手は言うまでもない。

 

「ようこそアンディート」

「ああ、今度は客として来てやった」

 

この間は滅ぼしに来たがな、と初っ端なからブラックジョークをかますアンディートに笑いかける。

あの戦いから1週間、同盟国となるために色々契約が必要だとサージェから聞いた私はアンディートをイデアーレ王国へ迎えた。

車椅子に座りそれをリヴェルダに押させているアンディートを見ると、やはり完全に癒えていない事が分かる。

 

「ねぇ、あのさ....」

「お前今謝ろうと思っただろ」

「―っ!そうだけど....」

 

思っていたことを見透かされて驚くが、多分彼が続けるだろう言葉を私は分かる。

 

「あの事は気にするな、俺が好きでやったことだ」

「ん〜、でも」

「グチグチ気にすんじゃねぇよ、もう忘れろ」

 

やっぱり。彼は思っていたより優しい人なのだ。

瀕死の状態で私を助けたことに対して何か見返りを要求する訳でもなく、私に謝ることすらさせてくれない。

あの会議で切りかかってきたアンディート・ブラフマーと本当に同一人物かと疑う程だ。

会談をする際に使われる部屋に案内して、私も座る。

キーパーソンからはサージェだけを連れてきた。

 

「では、レナータ様、ブラフマー王。この書類をお読みになられた後、サインをお願いします」

 

そういい私とアンディートの前に紙の束のようなものが出される。うわっ太っ、と心中で思いその重い紙の束をペラペラと一生懸命読んでいると、向かいに座っていたアンディートは紙をパーッと捲り最期の用紙に簡単にサインをすると、私にまだかと言ってきた。100%読んでない。

 

「ちょっと、大切な契約なんだからちゃんと読んでよ....」

「そういうお前はちゃんと読んで内容理解出来んのか?」

「うっ....」

「ほらな」

 

アンディートは私を鼻で笑う。するとそばに控えていたリヴェルダが少々よろしいですかとさっきの紙の束を読んでいく。

暫くすると顔を上げ、それをアンディートへ返す。

 

「大体は理解致しましたので、分からない所は後でハイドに伝えます」

「....お前脳筋じゃねぇのかよ。そんな見た目して....」

「恐れ入ります」

「褒めてねぇ」

 

彼らのやり取りを聞きつつ仲がいいことはいい事だと思いながら頑張って書類を読んでいると、サージェが後で内容を説明致しますと言ってくれたので安心してサインした。

サージェがそう言うなら危険な内容ではないだろう。

 

「これで同盟を組んだってことになるのかな?」

「何だかパッとしねぇな」

 

そういう事にパッとするも何もないと思うがあのサインひとつで終わりというのも何だかな、と思う。

ん〜、と考えているとアンディートがそうだ、とマジカルボックスを探る。そこから出てきたのはお酒と2つの盃。

片方を自分の方へ、そしてもう私の前へ置き、両方にお酒を注ぐ。

 

「盃だ」

「おお、本格的っ」

「兄弟の契りではないが、まあ細かいことはいいだろ」

 

そう言ってお互いに盃を持ち、胸元まで上げる。

 

「じゃあ、俺達の同盟に」

「うん」

 

2人で同時にグイッと飲み干す。

喉にピリッとする感じが広がりあまり飲んだこと無いが意外といけるなと思っていると、アンディートが盃に再び酒を注いだ。

 

「え、こういうのって1回じゃないの?」

「美味いからもう一杯飲もうと、お前も飲むか?」

「....じゃあ、あと一杯度だけ....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんでさぁ、その時エンドなんて言ったと思う!?「どうかしました?」っだって!!こんなにアピールしてのに!!」

「男だったらもっとガツガツいっちまえばいいのによぉ!!」

「ほんとそれ!!」

 

はははっ!!と笑い合うお二人の頬は赤く染まり、ブラフマー王がマジカルボックスから取り出したお酒の瓶が殻になって何本か転がっている。

盃を交わしてからかれこれ1時間、お二人は酒盛りをしていらっしゃる。

 

「....」

「....」

 

リヴェルダさんと私はたまに振られてくる話題に返事をし、ただただ御二方の赤裸々な本音暴露大会を聞いている。これは私達が聞いても良いのだろうかと思うものまで。

リヴェルダさんと目がお互いの気持ちを察して軽く笑いかける。

 

「分かるぜぇ!!俺もよぉ!!こいつ!!こいつがランツェと付き合ってんの俺に言わねぇんだよ!!」

 

リヴェルダさんに飛び火。ご愁傷さまですと心で思い、目をそらす。

 

「なっ、何故っその事をご存知なので―」

「王の耳舐めんじゃねぇぞ!!何故俺に1番に言わねぇんだよ!!」

「そーだそーだ!!アンディートが可哀想でしょ〜!!」

 

ランツェさんと交際なさっているのかと意外に思いながら、私もリヴェルダさんの言葉を待つ。

 

「その....アンディート様は従者同士の恋愛を良く思われないのではないかと....」

「んなわけねぇだろ!!おめでとうっ!!良かったなぁ!!」

「いぇーい!!めでたいめでたいっ!!」

 

祝杯だっ!!と本人そっちのけでまたお酒を注ぎ一気飲みするお二人。私は解毒の魔法が込められたマジカルアイテムを用意して、宴の終わりを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜っ楽しかった!!」

「大丈夫でございますか、レナータ様?」

 

あれから2時間が経って国に残っているプローヴァリーの皆さんが心配していると連絡があり、宴はお開きとなった。

もう遅いのでこのまま寝ると仰ったレナータ様が千鳥足で自室へ向かおうするのを見て、僭越ながら横抱きで部屋まで連れていく許可をいただいた。

こんな所をエンドに見られたら何故俺を呼ばなかった!!と鬼の形相で責められるなと考えつつゆっくり部屋まで歩く。

 

「んぁ〜暑い〜」

「宜しかったら解毒の魔法を....」

「いやぁ、大丈夫!勿体ない!!」

 

アルコールは解毒の魔法で消すことが出来る。なので酔っていても解毒の魔法さえ使えば通常の状態にすぐさま戻れるが、ふわふわとした心地良さ、楽しさはなくなってしまう。

 

「....ん、もう歩けそう」

「ですが....」

「大丈夫だよ。降ろして?」

 

そう言うレナータ様の表情は先程とは違うものだった。

頬はほんの少しだけ赤い気がするが、いつもの笑顔を湛えるレナータ様だった。

 

「―っ!!」

 

自分で解毒の魔法を使った様子はなかった。エンド程ではないが私は人の嘘を見抜く能力はそれなりに長けていると自負している。それでも分からなかった。

 

―全て演技?

 

そのレナータ様の豹変ぶりに、私は言葉を失った。

どこまで嘘でどこからが本当なのか。私には全てが本当のレナータ様に見えた。

 

「どうしたの?」

「い、いえ。....先程の酔っていた状態はその....演技だったのですか?」

「ああ、その事....。ん〜、楽しかったのは本当だよ?でもちょ〜っとオーバーにはしたかな」

 

あまりの変わりように、今まで私達が見てきたレナータ様さえ演技だったのではと恐ろしい考えまで浮かぶ。そうではないとは分かっていても、この御方ならそれさえなせる気がした。

 

「しかし、何故そのようなことを?」

 

ブラフマー王を油断させ、国の機密情報でも引き出そうというのなら理解出来る。しかしそのような会話は見受けられなかったうえ、リヴェルダさんという監視役もいた。

ではどこに演技をする理由があるのか。

 

「ただ単に、アンディートと本心で話したかっただけだよ」

「それだけ....ですか....?」

「うん、それだけっ!!」

 

失礼な言葉遣いをしてしまったと思ったが、本当にそれだけなのかと疑いたくなる。もしかしてあの事を隠すためではと思う。

 

「レナータ様」

「ん?」

「あの事を、ブラフマー王に伝えなくてもよろしかったのですか?」

「....招待状の事だね。いいよ、伝えなくて」

 

招待状とは、昨日レナータ様の元へ届いた一通の手紙のことだ。食事会や舞踏会などの穏やかな物への招待ではない。

 

 

【レナータ・ヴィシュヌ女王様、貴方様を私の開催いたしますチェス大会へご招待致します。開催日は5月22日、時刻は00:00からとさせていただきます。貴方様が必ず来たくなるようなスペシャルな景品をご用意してお待ちしております。 ムームア・シヴァ】

 

 

ディアストリク王国の国章のシーリングスタンプがされたその封筒は真っ黒で、内容もただのチェス対決で終わる気がしないほど怪しいものだった。

開催日まで丁度40日間も時間があるので焦ることは無いとレナータ様は言うが、こっそりチェスの練習をしているのを私は知っている。同時に戦闘訓練まで。

そう考えていると、レナータ様の自室の前まで着いていた。

 

「っと、もう部屋まで着いた。送ってくれてありがとう」

「いえ、従者として当然の事をしたまでです」

「そっか、じゃあ明日ね!おやすみ〜」

 

手を振り部屋へ入っていくレナータ様を見送り。その閉じられた扉を、私はただただ見ていた。

先程のことを思い出し、まだ私達の知らない顔があるのかもしれないと軽い恐怖のようなもの感じ、そういえば扉をレナータ様ご自身に開けさせてしまった、と失態を反省しながら私も部屋へ戻ることにした。

 

 

 

 

 





ついに本性を表したレナータですが、レナータの演技力というのはかなりの見破るのが困難で、会議の際にムームアにバレてしまったのはレナータがかなりの緊張状態にあったからです。
レナータが本気を出せば仕事の出来そうな女王パターンBのまま生きる事も出来ます。その場合はエンド救済ルートがないので精神が崩壊してしまいますが....。
エンドは人の演技、嘘を見抜くのが得意で拷問の際に大変活躍します。しかし拷問担当はテゾールなので喧嘩が絶えないです。精神をエンドが、肉体をテゾールが痛めつけ、追い詰めとしていると誰でも秘密を吐きそうです。(話が逸れる)

ここまで読んでくださりありがとうございました。
次回、ムームア戦になると思われます。(多分)


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vsムームア・シヴァ

陽の光がカーテンの隙間から漏れ、それを眩しく思いながら目を覚ます。意識は浮上したが、目は開けられない。眠い。とても眠いのだ。

何だか体もだるいし、あと5分だけ寝ようかなと寝返りを打とうとするが何かにホールドされていてそれを拒まれた。

なんだっけこれと思いながらゆっくり目を開ける。

 

「おはようございます、レナータ様」

「ん....ぁあ....エンド....?」

 

エンドの整った顔立ちがドアップで見えた。いつもの仮面は付けておらず、ちなみに言うと服も着ていない。

ああそうか、そうだったと色々思い出してきて、いつもは私が起きる頃には居ないのになぁと少し戸惑った。

おでこに唇を落とされ、その後ぎゅっと抱きしめられる。

 

「もう起きないで、ずっと2人でこうして居ましょうか」

「む〜、分かった。起きる、起きるから〜」

 

ぎゅうぎゅう抱きしめてくるエンドの体をぺちぺちと叩きギブアップだと伝える。まあ、彼が私を抱き潰そうとしても全然痛くも痒くもないと思うが。

湯浴みの準備をしますねといい体を起こそうとするエンドに少々いたずら心が湧き、付いていた腕を掴み重心を崩させたあとベッドに仰向けにさせた。私はそれを見下ろす。

 

「ふふっ」

「....」

 

エンドがポカンといたずらに驚いたのをみて満足した私も、ベッドから降りようとする。するとベッド付いた手を引き寄せられそのままエンドの上に乗っかってしまう。

 

「それではご期待に添えるように努力します」

「え」

 

そういい私を組み敷いたエンドの目はまさかとは思ったが本気だった。ちょっと待ってと手で顔をつつみ押し返す。

エンドはグイッと体を逸らしたままま貴方様が可愛らしいことをするから....とぼやきながら私の上からどく。

 

「前大変だったから朝はダメだって約束したじゃん」

「そう言われても、貴方様が可愛らしいのがいけないのです」

「えぇ....」

 

何食わぬ顔で私を横抱きにし、部屋にあるお風呂場へ連れていってくれるエンド。風呂場は後処理が楽そうだな....とボソリと言ったのを聞き、私はいつものお返しに彼の肩を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くわっと欠伸をしながら私はある部屋へ歩き出す。三大王国の中でも随一の大きさを誇る、この場所。

 

「お越しくださり感謝致します。本来なら私がお迎えに上がるべきでしたが....」

「大丈夫、気にしないで」

 

サージェに案内され入るのは、とてつもなく広い図書室だ。ここは彼が管理している。いつも通りサージェの召喚した天使がふわふわと飛んでいて何やら本の整理をしているようだった。私がはじめて来た時、本は結構バラバラに置かれていたがサージェの几帳面さから本は分野別、名前順と綺麗に並べられてある。その作業が今でも続いている様子を見ると、かなりの量がここに保管されているのだろうなと思う。

 

「本日は如何様なご要件でいらっしゃいますか?」

「えっと、どれが見たいっていう明確な指定は無くて、とりあえず一通り見たいんだけど....」

「畏まりました」

 

そう言うとサージェは軽くどの分野の本がどこにあるかを説明し、最後に私に鍵を渡す。

 

「お預かりしておりました例の部屋の鍵でございます」

「ありがとう」

 

私はそれを受け取り、マジカルボックスへしまう。

例の部屋とは、禁書や重要な情報の記してある本が置かれた場所だ。そこの鍵は一つしかなくて、普段はサージェに預けてある。入れるのも私とサージェだけと決めてあって、他の者が入るとアラートがなるというかなり厳重な警備だ。

 

私はサージェにご苦労さまと伝えると飛行の魔法が込められたブレスレットを付けて飛ぶ。

私は飛行魔法、〈ヴォラーレ〉を習得していない。翼があるから要らないと言う理由からだが、今はいちいち翼を出すのも面倒だし、それを出すと角としっぽまでセットで出てきてしまう。何より翼が本にぶつかって落としてしまうなんて事があると大変だ。

 

「まずは....チェスのルールとか書いてあるやつ....」

 

ふわふわとゆっくり飛びながらサージェに先程説明された事を思い出す。なんせ、分野別にするといっても量が多すぎるのだ。やっぱりサージェについてきてもらえばよかったかなと思っていると、スポーツのルールが書かれいてる本を見つける。

 

「お、ここから辿れば....」

 

野球、サッカー、陸上、テニス、バドミントン、水泳、正確には違うが私が元いた世界と似たようなスポーツに関する本が沢山あった。ルールブックだけでこれだけ揃えなくてもよくないか?と思っていると、やっと遊戯系の本を見つける。

ボードゲームはどの辺だと見ていると【かくれんぼの必勝法】と背表紙に書かれた本が視界にはいり、手が伸びようとする。だって....気にならない?

 

「いけないいけない、こんな事してたら日が暮れるよ....」

 

ざーっと見ていくと、やっとチェスのルールブックが見つかる。やっとかと思うと、チェス関連だけで50以上はあるだろうか、気が遠くなる。

 

「え〜っと、チェスってこんなんだっけ....?」

 

チェスなどはやらない(せいぜいやってもリーバシぐらいの)私はどれも同じようなものだと色々な本をパラパラと読み....読むが....全く分からない。ただ出来たらかっこいいなぐらいの感想しか出なかった。

 

「....もうこれ後ででいいや」

 

そういいそれを本棚に戻す。切り替えは早い方なのだ。

それにこういうのはやった事ある人に聞くのが一番だと自分に言い訳しながら他の棚も見ていく。

チェスのルールを知るのも目的ではあったが、今回図書室に来たのはもっと違う理由がある。

 

「....ここか」

 

私が見つけたのは、運命に選ばれし王に関する本。

その数は約1000以上。運命に選ばれし王と言えば皆の憧れだ。嘘か本当か分からない伝書や自叙伝、王の証の紋章について、王冠と王の関係、誰も宝を手に入れない理由、運命に選ばれし王の法則性、スフィーダの塔の存在する意味、そして....宝とは何か。

私はその沢山の本を厳選して幾つか取り、持ちきれないものはそばにいたサージェの天使に手伝って貰い床に降りる。

本が読めるスペースにドサリと本を置くと、大変大きなタワーができる。

 

「ああ、これ読み終わるのに何日かかるんだろ....」

 

そう言いながら私は1冊目の本をめくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「....―タさま....レナータ様?」

「え、はいっ!?」

 

いつの間かサージェがそばにいて、私を呼んでいた。集中し過ぎてサージェが図書室入ってきたのも、私の名を呼んでいたことにさえ気づかなかった。

読んでいた本に栞を挟む。周りを見ると持ってきた本の10分の1も読んでいないだろうか、私ってこういうの向いてないなと思いながらサージェに視線を戻す。

 

「夕食はいかがなさいますかと伺おうとしたのですが....お邪魔してしまったのなら謝罪致します」

「いや、大丈夫。ちょっと集中してただけだから」

 

窓がないから分からないが、サージェの話が本当ならもう夜らしい。私が本を読み始めたのは朝の6時ぐらいだっただろうか。もう夜なのかと自覚すると空腹を感じ、くぅとお腹がなった。

 

「....お腹空いた....」

「直ちにご用意致します!失礼致します、〈テレポート〉」

 

そういい私の手を取り転移魔法を使うサージェ。恐らく目的地は私の部屋だろう。食事をとるスペースがあるので私はいつもそこでご飯を食べている。

テレポートに相手への接触は必要ないのを私は知っている。エンドもそうだったが必ず手を繋ぐなぁと思いながら私は部屋へ移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お腹も満たしたので、サージェとエンドを呼び出す。

勿論、チェスのルールを聞くためだ。多分本で読んでも分からないので、2人に聞くことにしていた。

 

「説明ですか....まずは1度やっている所を見て頂いてよろしいですか?その後ルールの説明に入りたいと思います」

「分かった。見とく」

 

そういいエンドとサージェが向かい合って座るテーブルのそばに椅子を置き、そこに座って盤上を見る。

白黒の盤に色んな種類の駒。

では始めますとサージェが言うのを聞いて、じっと駒を見た。

 

「e2、e3」

 

そうサージェが口に出すと、ポーンが勝手に前に出る。恐らく魔術がかかっているのだろう。

 

「e7、e5」

「g1、h3」

「d7、d5」

「b2、b4」

 

2人は次々と指示を出していくと、スイスイと駒が動いていく。私はまずEだか2だか配置すらよく分からないし、なんであの駒がすいーっと斜めに移動したのかも分からない。ただひとつ分かることと言えば、なんかかっこいいという事だ!!

 

最初は淡々と指示を出していたが、あとから考える間が開くようになっていく。

 

「c3、b...いやe2、f4」

「貴方それだと詰みますよ」

「....」

「d6、f7。チェックメイト」

「また負けか....」

 

何やら勝敗が決まったようだ。勝者はサージェ。エンドのまたという言葉を聞くに、何度も彼に負けているのだろう。

 

「いかがでしたか、レナータ様?」

「....かっこいいね!!」

「そうですか、ありがとうございます」

 

2人にパチパチと拍手を送ると、嬉しそうな表情をする。だが、エンドは少し不満なようだ。

 

「レナータ様がご観戦なさっているのに負けるとは....」

「貴方は裏を読もうとし過ぎなんですよ、私はストレートに進めていますのに」

「そうか....?」

 

出来るもの同士のかっこいい掛け合い。いいなぁと満足していると、エンドが立ち上がり私をサージェの向かいの椅子へエスコートする。

 

「え」

「さぁ、次はレナータ様の番でございます。私に勝利なされるまでみっちり練習致しましょう」

「俺もずっと見守ります」

 

にこりと笑うサージェは鬼教官のようなオーラを出している。サージェに勝つ?何言ってるんだ彼はと思うが、2人は本気のようだった。

エンドに見守られながらのサージェとのスパルタレッスンは朝まで続いた―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!!またいらしてくださいね!!」

 

そう言い僕が笑うとお客さんも笑顔になった。僕は嬉しくてニコニコする。肩に乗っているスライムくんも嬉しそうだ。

だけどこのぐらいの時間になるとお客さんも少なくなってきて、お店にある道具の整理を少しする。

 

「あれ、これの残りもう少しで無くなっちゃう....」

 

レナータ様に言ってどうにかしてもらおうと連絡を取ろうとすると、お店の前に人が来る。お客さんだろうか。

 

「いらっしゃいま―」

「大変です!!」

 

その黒髪男性は急いだ様子で僕に話しかけてきた。凄く慌てた様子だったので、僕もつられて焦る。

 

「ど、どうしました?」

「女王陛下の身が危険に晒されていると伝達するようにとサージェ様から!!さあ早く、案内致しますので!!」

「!!」

 

レナータ様が危ない!?僕はびっくりして直ぐにお店をしめると、その男性の後を着いていく。サージェさんのことを知っているなら大丈夫だろう。

 

「こちらです!!」

「は、はい!!」

 

よく分からない道に入り、右に曲がって左に曲がってそしてまた右に....色んな角を曲がって、こんな所で何があったのだろうと考えていると男性が急に立ち止まり僕はその背中にぶつかる。

 

「わわっ、どうしました?早く行かないと....」

「―いけませんねぇ。知らない人について行っちゃ....」

 

そう言い振り返る男性の顔は、いつの間にか変わっていた。黒かった髪は白と青のグラデーションがかかった綺麗な髪に変わっている。僕は驚いてその人から距離を取ろうとするが、ガッと腕を掴まれる。

 

「〈ドルミネート〉」

「―っ!!」

 

しまった、と思った時にはもう遅くて、僕は深い眠りについた―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はやっと本を全て読み終える。目的の物が見つかり、私は安堵した。最初に持ってきた本の中に探していたものはなく、禁書の部屋にそれはあった。

 

「これがあれば....大丈夫だよね?」

 

それをマジカルボックスにしまい、はぁっとため息をついた後、急かせかと本を移動させている天使達にご苦労さまと伝え図書室をでた。

それと同時に〈メサージュ〉がかかってくる。

 

『た、大変です!!大変です!!』

 

デジャブ。最近もこんな事あったなと思いながら声の主、アタリルに落ち着いてと冷静にさせる。

またどっかの軍が責めてきたのかと思うが、運命に選ばれし王の軍でない限りそこまで焦ることは無い。

 

「どうしたの?落ちついて話して」

『すぅ〜....はぁ〜....はい。その....エルバトが攫われました』

「....え」

 

一瞬言われた意味が分からず、脳内でアタリルの言葉を繰り返す。エルバトが攫われた....攫われた!?

 

「どういうこと!?」

『お店にエルバトが居ないので色々なところを探したのですが、それでも見つからなくて!!それで街の人に聞き込みをしたら誰かについて行ったのを見たと....!!』

「―っ!!」

 

私は怒りで傍にあった壁を殴った。壁が大きく抉れ、通りかかったメイドが驚いていたがそんなのは今は関係ない。

誰が、どうして、と考えると1つ思い当たることがあった。いや、それしかない。

 

「シヴァ王だ。今日は指定された日の前日、招待状に書いてあったスペシャルな景品っていうのは恐らく....」

『あ、あたし達はどうすれば良いですか?』

「ちょっと待って....今かんが―」

「レナータ様っ!!」

 

その時サージェが私の元へ走ってきた。

 

「何!?今忙しいんだけど!?」

 

つい怒りに任せて怒鳴ってしまう私に、サージェは少し怯えたように申し訳ございませんと頭を下げた。彼は何も悪くない。私は何をやってるんだと少し冷静になる。

 

「ごめん....今非常事態で....。何かあったの?」

「シヴァ王からまた手紙が届きました」

 

私はそれを受け取ると、急いで封を切り中の紙を広げる。

何かの地図のようだった。招待状に場所は書いてなかったのでここに来いと言うことだろう。

私はその地図を握りしめたくなる気持ちを我慢しながらアタリルと話をしている途中だったと思い出す。

 

「アタリル?居場所が分かったから大丈夫。今すぐ謁見の間に来て」

『畏まりました!!失礼致します!!』

 

〈メサージュ〉を切り、サージェと謁見の間へ向かう。私は必死に怒りを抑えながら足を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、ご苦労さま。早速本題に入るけど、エルバトが....シヴァ王に攫われた」

 

皆もう聞いていたのだろう、静かだがその顔にはやはり悔しさが見えている。私も同じだ。

 

「居場所も分かってる。スフィーダの塔があるサンドゥ砂漠の南側、そこに建物があるみたい。そこが指定されてる。だから、そこに私だけが行く....」

「お待ちください!!貴方様お1人を向かわすなど―」

「と、言ったらやっぱり反対されると思ったから、ちゃんと考えてあるよ。お願い!!」

 

そう私が合図すると、謁見の間に3人の人が入ってきた。皆はその人物を見て驚いてるようだった。それもそうだろう。

 

「ルオネス、ランツェ、ハイド。彼ら3人にここを守ってもらって、エルバトは私たち全員で助けに行きますっ!!」

 

後ろを振り向いたままのみんなの顔はこちらからは見えないが恐らくぽかんとしているのだろう。

謁見の間に向かう途中にアンディートに連絡して従者を貸して貰えるようにお願いしたのだ。アンディートはアホかお前と言っていたが、私の真剣な様子に折れたのか貸一つだと3人をここに向かわせてくれた。

 

「任せてよ〜俺らがいれば百人力!!」

「アンディート様の命令....絶対」

「このような事になるとは....貴方達の王はとんでもない御方ですね」

 

みんなはバッと私の方を向き、私が本気か探っているようだ。

 

「私は本気だよ。恐らく、シヴァ王の従者とも戦う事になると思うし」

「ですが、他国の従者など....」

「一応動きは制限してるから、大丈夫。もし裏切ったらどうなるかアンディートも分かってるはずだしね」

 

私の言うことならとみんなは渋々納得してくれたようだ。もしまだ反論するなら命令だとゴリ押ししようと思っていたが、その必要は無くなった。

 

「では皆準備を、これからエルバトを助けに行きます!! 」

『―っは!!』

 

皆が転移魔法で消えたのを見て。アンディートの従者たちを見る。

 

「今回はこっちの都合に巻き込んでしまって申し訳ないと思ってる。そして、来てくれてありがとう」

「いえいえ、大丈夫ですよ!!俺達、絶対に機密情報とか盗んだりしないですし!!」

 

ルオネスが冗談めいたように笑うが、ちょっとだけ疑ってしまう。

 

「とりあえず、国民には私と従者達全員がここから離れてるってことは決してバレないようにして」

「畏まりました、我らにお任せ下さい」

「じゃあ、頼んだよ!!」

 

私はそう言い戦う支度をしに行く。

 

 

今度ここに帰ってくる時は、エルバトも一緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

「ここか....」

 

準備が出来た皆を連れて、飛行魔法で急いで地図の示す場所へ向かうとひとつの建物が見えた。

サンドゥ砂漠にはスフィーダの塔しか建物がないと聞いていたが、実際そこに立っているのでそれ以外に言うことは無い。時間はちょうど5月22日の12時。空は暗く、星が見える。

扉の前に立つと待ってましたと言わんばかりに扉が開いてゆく。私は待ちきれずに扉の少しの隙間に体をねじ込んだ。

 

「やぁ、ヴィシュヌ女王。ボクの特設会場へようこそ〜」

「シヴァ王っ....!!」

 

室内へ入ると白と黒を基調にした装飾の細かい部屋があり、広さは小さな闘技場ぐらいだろうか。シヴァ王の声が響く。

左右に従者を控え、王座に座るシヴァ王はとても愉快そうに笑みをたたえている。

そしてその足元には―

 

「エルバト!!」

「レナータ様っ!!」

 

小さな鳥籠のような物に入れられたエルバトの姿が。

柱をつかみ今にも泣きだしそうな彼はそれを必死そうに我慢していて、私の方を向いている。

体に傷はなさそうだ。いや、もしかして痛めつけてその後治癒されたのか....?

それを考えると腹が立った。今すぐに暴れたい衝動にかられるが、エルバトを人質に取られている以上思うように動けない。

後から入ってきた皆が私をエルバトを助けに行こうとするが、シヴァ王が手を上げ止める。

 

「まあ、まずは座りなよ」

 

そう言ってシヴァ王が示すのは彼の向かいにある王座。言うことを聞かなければ何があるか分からない。ゆっくりと私はそこへ歩き出す。

それより気になるのはその王座を観客席とするように少し低い位置にある舞台。白と黒のまるでチェス盤を大きくしたようなその舞台がこの建物の大半を占めている。

 

「レナータ様!従うことはありません!!エルバトは私共が必ず―」

「従者は黙ってて!!今はヴィシュヌ女王と話してるの!!」

 

そう言い、彼は体内から銃の形をした神器を取り出し発砲する。シヴァ王の魔力で出来た玉がサージェの足元へ飛び、軽く爆発する。威嚇射撃のつもりだろう。

 

「―っ!!」

「皆はそこにいて!」

 

従者達に命令をすると、私は王座の前へ立った。

シヴァ王がニヤニヤと笑っているのも気になるが、何より王座から嫌な気配を感じる。本当は座るのは危険だが、エルバトが助かるならと私は座る。

 

「....くっ!!なに、これ....」

「ふ、あははははっ!座った!!座ったね!?」

 

私が王座についた瞬間、体の力がぬけその場から立てなくなった。それ以外に問題は無いが酷い脱力感に襲われる。

ただただその椅子にもたれ掛かることしか出来なくなった私は、シヴァ王を睨みつける。

 

「実はねぇ、ディアストリク王国の宝物庫でいいもの見つけたんだよね〜」

「....いい物?」

「なんと、竜人を封印する縄!!凄いでしょ!?」

「!!」

 

竜人は脅威の戦闘力から他種族に恐れられていた。そいうものがあっても可笑しくないとは思うが、不運にもシヴァ王が持っているなんて....。

私の様子に従者達が心配してこちらへ来ようとするのを、手を上げて止める。

 

「その縄を解いて王座にふんだんに使ってあげたから!ははっ!その王座1から手作りなんだから感謝してよね?」

 

最悪だ。感謝などするものか。

この状態では剣を振るうことも出来ない。もし今シヴァ王が攻撃してきたら、私はただそれをこの身で受けるしかないだろう。だが彼はそうしない。

 

「それで....何が目的なの?」

「招待状に書いてあっでしょ?チェス大会って」

「チェスって、まさかその舞台で....?」

 

私は中央にある舞台を見る。確かに沢山サージェとチェスの練習はした。しかし私は頭脳戦は得意ではない上、シヴァ王は自らそれを開催すると言ったので恐らく得意なのだろう。勝敗は見えている。

 

「普通にやればもちろんボクが勝つだろうね。だけど....」

 

そう言いシヴァ王が指を鳴らして合図すると、左側にいた男性の従者がその舞台へ飛び降りる。

私へ向かって深くお辞儀をその姿は紳士的だが、今の私に対してはただの挑発にしか見えない。

 

「これはただのチェスじゃないよ。従者を駒にして戦うんだ!!どう?楽しいと思わない?」

「....」

「ほら、ヴィシュヌ女王の従者もステージに上がって?」

 

そう優しく私の従者達に言うシヴァ王。

しかし動かない彼らを見て、持っていた神器の銃口を私へ向ける。

 

「ね?早く〜」

「....みんなごめん....指示に従って」

 

皆が舞台に降りるのを見て、私は悔しい思いでいっぱいになる。エルバトが攫われたのも、こうして従者達が危険にさらさてれいるのも、全部自分の油断が招いた事だ。

どういう勝負でも必ず勝って皆でイデアーレに帰る、私はそう決意を固める。

 

「ルールは簡単。ヴィシュヌ女王は普通にチェスすると思ってると思うけど、彼らには殺しあってもらう」

 

シヴァ王が女性の従者に指示を出すと、彼女は舞台の側まで行き何かをしようとしている。

 

「〈ワンダー・ウォール〉」

 

ガラスのようなものが舞台を包み込み、正方形の形に固まる。舞台にいる人達は完全に閉じ込められた状態となる。それから感じる膨大な魔力の量から、恐らくあれはアビリタではなく彼女のクアリタだろう。

 

「この壁は外からは影響を受けるけど、中からは絶対に壊せない」

 

シヴァ王が合図すると、中にいた彼の従者がガラスの壁を思い切り殴り、その後攻撃魔法を当てる。が、壁には傷一つ付かず割れる様子もない。

シヴァ王の言うことが本当なら、中にいる従者達にはこの壁は対処出来ず、破壊したいなら私がどうにかするしかない。自分の体が動かないのが、もどかしい。

 

「そして....君にはコレを付けてもらうよ」

 

私の元へシヴァ王の女性従者が飛行してきて、失礼しますわと言い首に何かをはめられる。ガチャッというか金属音がなり、心臓がどくんと波打つのを感じる。

シヴァ王を見ると、彼も自分で同じものを首にはめていた。

軽く擦るが、一瞬動悸がしただけでそれ以外に痛みや不快さはない。

すると、シヴァ王がにこりと笑う。

 

「―ぐはっ!!」

 

声の聞こえた方を見ると、盤上にいるシヴァ王の男性従者がエンドの腹部に拳を叩き込んでいた。

エンドは前かがみになり腹部を抑え、男性従者を睨みつける。

 

「―!!」

 

それと同時に、私も腹部に痛みを感じた。何故?とシヴァ王を見るが、彼が攻撃してきたわけではなそうだった。

 

今のはまるで....エンドが殴られたのと同じ感覚。

 

そして、ひとつのアビリタの名前を思い出し、口に出す。

 

「「痛覚共有」」

 

同じくその名を口にしたシヴァ王はまた笑う。

 

「1体7で戦うなんて不公平だと思わない?だからボクら王は、従者の痛みを共有する。それで手を打ってあげるよ」

 

ボクってば優しすぎない?と笑う彼の首輪をみる。彼の首輪も薄く光を放っていて、自分だけ痛覚共有をしていないという訳ではないようだ。本当に同じく条件で戦おうとしている。これなら少し勝機があるかもしれないと希望を持つ。

そう思っているとシヴァ王は私に語り出す。

 

「ねぇ、僕らってさ、チェスに似てると思うんだ」

「....どこが」

「だって駒がいくらあっても、ボク達王が死んだらゲームオーバーなんだよ?似てるよね?」

「....」

「君がさぁ、その椅子に座った時点でチェックメイトだったんだよ」

 

ニヤリと笑うシヴァ王に、私は睨みつけることで返事をした。私は死なないし、誰も殺させはしない。

だが....その気持ちに徐々に歪みを感じる。

 

「制限時間は無し!!どっちかが全滅するまでずーっとず〜っと存分に殺し合う!!ルールは以上!!」

 

私は....誰も殺したくない。そういう思いで、アンディート達とも戦った。だが、鳥籠の中で助けを求めているエルバトを見て考える。

これで良いのかと。

 

「ルナティス!ボクに痛い思いをさせないでよ!必ず皆殺しにして!!」

「....キーパーソンへ命ずる!敵を殺し、全員生き残って私の元へ戻りなさい!!」

 

私からの初めての殺害命令に皆は戸惑っているようだった。しかし私はもう決めた。エルバトを助けるためなら、相手は犠牲になってもらう。

従者達が承知の意を示すのを見て、私はシヴァ王と向き合う。

 

「じゃあ....始めようか」

 

私が何も言わないのを肯定と捉え、シヴァ王は手を上げる。

私に背を向け戦闘態勢に入っている皆を見つめる。どうか誰も死なないで欲しい。そう強く祈る私の願いは届くだろうか。

そしてついに、シヴァ王は上げた手を勢いよく降ろす。

 

「始めっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルナティスはマジカルボックスから大鎌を取り出し、それを器用にくるくると回した。その振り回す風圧は凄いが僕の方までは届かない。

皆が戦い始めるのを見ることしか出来なくて、僕はまた涙を流しそうになる。向かいの王座に座るレナータ様も見守ることしか出来ないのを悔しく思っているのか、その顔は険しかった。全部僕のせいだ。あの時、彼に騙されて連れていかれたのが悪かった。こうなるなら名前を決めてもらったあの日、処分して貰えば良かったとさえ思う。

レナータ様はそんなこと望まない優しい御方だけど、流石に今回のことで僕に失望したかもしれない。死ぬのは怖くない、レナータ様に失望されることが僕は1番怖かった。

 

「どうしたの?わんわん泣いたらいいんじゃん」

 

そう投げかけてくるシヴァ王に僕は何も言わない。

言葉を発せば泣きそうだった。正直に言えば、彼の言うように声を上げて泣きたい。だけど、レナータ様の従者としてこれ以上みっともない真似はしたくなかった。

黙り込む僕に、シヴァ王はつまらないとでも言うように大きなため息をつく。

 

「ムームア様に返事をしないとはどういう了見でございますか?ヴィシュヌ女王の躾がなってないのが丸わかりですわね」

「スターシャ、黙ってて」

「っ!!申し訳ございません!!」

 

スターシャが話しかけてくるが、それに対してシヴァ王は不機嫌そうに対応する。自分達とは大違いだと、レナータ様に召喚された事にいつも以上に幸せを感じた。

その時、シヴァ王が苦しそうにする。何だろうと思うが、首にはまっているマジカルアイテムが一瞬強く光ったのを見て、痛覚共有の事を思い出す。

 

「くそ―!!ルナティス!!攻撃を受けるなよ!!痛いだろ!!」

 

盤上で申し訳ございませんと深く頭を下げるルナティス。そんな無防備な彼に仲間たちは立ち向かっているが、簡単にあの大鎌で防がれている。彼は強い。僕らとは比べ物にならない―化け物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでは埒があかんぞ!!」

「分かってますよ、そんなことっ!!」

 

弓矢で攻撃するテゾールに強化魔法をかけながら愚痴ると、彼も苛立っていいるのかその怒りをルナティスにぶつけるように何本も矢を放った。

攻撃力向上、防御力向上、魔力強化、技力強化、俊敏性強化、クリティカルアップ、毒耐性、混乱耐性、睡眠耐性、炎系魔法攻撃力向上、水系魔法攻撃力向上、風系魔法攻撃力向上、光系魔法攻撃力向上、回復魔法回復量向上、炎系アビリタ攻撃量向上、水系アビリタ攻撃....etc。

俺は四方八方に散らばる仲間たちにバフ系の魔法を飛ばす。どの魔法が効率的か、誰にどの魔法をかけるか、そして誰の魔法の効果が切れそうなのかとそれらを計算しながら。

自分の魔力がぐんぐん減っていくのが分かる。自分はキーパーソンの中でも魔力は多い方だが、この人数に的確に魔法をかけるのは難しい事だ。自分があと1人....いや3人ぐらい欲しい。

 

「エンド!!」

 

名を呼ばれた次の瞬間、俺の首元に刃が添えられていた。

背後から声が聞こえる。いつの間に後ろに回られたのか、気づく暇もなかった。

 

「貴方、煩わしいですね。まずは、貴方に消えてもらいましょうか?」

「―っ!!」

 

このまま鎌を引かれれば確実に自分の首は飛ぶ。少し対峙しただけでもルナティスの強さは分かる。エルバトさえいれば得意の回避術で自分を守ってくれただろうと、囚われた彼を一瞬見た。そして、ゾクッと嫌な感覚を感じ、死を覚悟する。

 

「させるかぁっ!!」

 

アルマの声が聞こえ、ルナティスの体が吹っ飛んだ。彼女の大剣を何らかの防御魔法で防ぎ、防ぎきれなかったその衝撃を受けてガラスの壁に衝突している。

俺の首から鎌の刃が遠ざかると、生きていることに安堵した。

 

「悪い、油断した....」

「愚か者!お前が死ぬとその痛みは全てレナータ様へ伝わるのだぞ!!」

 

忘れていた訳では無いが、改めて口に出されるとさっきの自分の行動がとても浅はかなものだと感じる。死の覚悟、そんな事していいはずがなかった。従者が死ねばその痛みが王に伝わる。今は痛覚共有をしているので、その運命に選ばれし王と従者の理での痛みに、痛覚共有の痛みが上乗せされて伝わるのだ。先程俺が死んでいたら、実際に首が飛ぶわけではないがその二重の痛みがレナータ様を襲っていただろう。

 

「ん〜、なかなか死んでくれませねぇ。攻撃、防御、支援に回復なんでも出来る優秀な私が相手をしているのに....」

 

ルナティスはなかなか自分に自信があるようだ。

彼が言っているのように、ルナティスという男はなんでも出来た。普通従者はそれぞれ得意な分野を持って召喚されるが、それはせいぜい1つや2つ。しかし、彼は戦闘に関して天才的な才能を持っていた。体力や魔力、技力、何もかもが俺達とは違う。まさに反則技な従者。

 

「はぁ、はぁ....〈スポットライト〉!!」

「おっと、貴方1人で受けますか?」

 

ディーフェルの使ったターゲット集中のアビリタで、ルナティスの攻撃が全てディーフェルへ向く。

 

「危険すぎます!解除してください!!」

「いいから今のうちにやってくれ!!」

 

サージェが止めるが、ディーフェルは耐えきるつもりだ。

 

「〈ディフェーザー・ランフォルセ〉!!今だ、やれ!!」

 

俺がディーフェルに防御魔法をかけると、皆一斉にルナティスへ攻撃を仕掛ける。彼の力の底が分からない状態での長期戦は危険すぎる。ディーフェルのアビリタが切れるまであと30秒。ルナティスへ皆の渾身の一撃が当たる直前―

 

「〈トゥール・カウンター〉」

 

ルナティスがあるアビリタを発動すると、ドンッという音と共に攻撃が全て跳ね返る。それぞれ自分の本気の力全て己へ飛び、負傷する。

 

「―がっ....嘘だろ....」

 

苦しそうなその声の方をむくと、テゾールの胸に光り輝く黄金の矢が突き刺さっていた。あれは―

 

「〈デッド・オア・アライブ〉―!?クアリタを使ったのか!!」

 

〈デッド・オア・アライブ〉、テゾールのクアリタだ。

その矢に射抜かれた者は、その名の通り生と死か、五分五分の確率で決められる。正真正銘必殺の一撃。

 

「頼む、死ぬな!!」

「そう言われてもそういうんじゃねぇんだよ、この技は!!」

 

叫んだ勢いでがはっと血を吐くテゾール。その胸に刺さった矢が液体の状になりその身へ溶け込んでいった。

彼のクアリタがどのようなものかは簡単にしか知らない。もしかしたらもう死ぬことが決まったのかと焦る。

そうしている間にディーフェルのアビリタの効果が切れ、ルナティスがこちらへ向かってくる。

 

「そう急がなくても、私が殺してあげますのに....」

「―させません!!〈コスモ・エクスプロード〉!!」

 

ルナティスがサージェの放った攻撃魔法を鎌で切り替えそうとすると、その魔法はブォンと音を立て鎌を通り抜けた。

 

「―!!」

 

そしてその大爆破が、ルナティスを襲った―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐああぁぁぁぁっ!!!!痛い痛い痛いぃぃぃぃいっ!!!」

「ム、ムームア様!!」

「あの馬鹿ぁっ!!よりによってLv5の攻撃魔法をくらいやがって!!」

「〈 グレイト・ヒール〉っ!!」

 

シヴァ王が王座で踠くのを見て、次は自分の番かもしれないと覚悟する。そして身体中の痛みに耐えた。

シヴァ王は1人分の痛みだが、こちらは7人分の痛み。比べるまでもない。私は痛みで先程から意識が飛びそうだった。

本当は、はぁはぁと口呼吸をして目をつぶりながらその痛みが終わるのを待ちたい。流れる冷や汗を拭い、次々襲ってくるその激痛に叫びたい。だが私はそれをしない。

私のそんな所を見たらエルバトは恐らく自分を攻め続けるだろう、戦っている仲間たちは私の叫び声を聞いて胸を痛めるだろう。私は偉大なる運命に選ばれし王として、堂々と皆の帰還を待つしかなかった。

 

「何余裕ぶってんだよヴィシュヌ女王!!」

 

私のその様子が癪に障るのか、それとも痛みで苛立っていいるのか、シヴァ王は私に叫ぶ。

私は彼が最初にしたようにニヤリと笑い、強がりを言う。

 

「皆が私の命令で戦ってる、そんな時に私がギャーギャー騒いだらみっともないでしょ?」

 

私の挑発的な言葉に、シヴァ王の苛立ちはましたようだ。先程までの余裕の笑みも、今は怒りと苦痛で酷く歪んでいる。

 

盤上を見ると、また戦いは続いているようだった。

サージェが放った魔法にルナティスは防ぐことも出来ず直撃し、宙を舞った体はガラスの壁にぶつかりどさりと地面に落ちる。そこに皆が追撃しようと突進するが、それは大鎌の斬撃で防がれる。あれだけの魔法が直撃して、もう動けるのかとルナティスのその不死身な様を恐ろしく思う。

動けない自分の体が恨めしい、どうにか出来ないかと全力の力を振り絞って立ち上がろうとするが、ちょっと腰が浮いただけで終わる。

 

私が力になるのは無理なのかと諦めかけた時、

 

私の膝に何かが落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼、皆さん。ボロボロの様ですねぇ」

 

そういい私は大鎌を肩にかけ、ウロウロとする。が、誰も襲いかかってこない。今までの戦いで学習してくれたのだろう、私と戦っても絶対に勝てないということを。

先程....名はなんだったか、白いフードの従者が放った攻撃魔法は素晴らしかった。戦いで初めて感じる高揚感に私はとても喜びを感じていた。攻撃を受けたのにも関わらず。

自分はもしかして、戦闘狂なのかもしれないと思考する。

 

「私はとても楽しいです。皆さんはどうですか?」

「ああ、楽しいよ。おめぇが死ねばな!!」

 

そういい私に切りかかってくる人狼の従者に、呆れつつ大鎌で対応する。彼のナイフか私の鎌の刃を擦り嫌な音がした。彼は先程自滅する予定だったのでは?と疑問に思ったが、1人や2人死んでいても生きていても全滅するのには変わりないと軽く笑った。

私の攻撃かわし、至近距離まで来た人狼の従者の首を勢いよく鷲掴み高く持ち上げる。

 

「がっ―!!」

「武器がなくても戦えますよ?」

「テゾールっ!!」

 

この人狼の名前はテゾールと言うのかと、数十秒後には忘れるだろうことを頭に刻むと、襲いかかってきた天使の従者の拳を回し蹴りで跳ね返す。両手が塞がっているのでねと、笑うと彼女は悔しそうな顔をしてまた飛び込もうとするのを仲間に止められていた。私がこうして遊んでいるうちに、奥にいるモノクルをつけたヒーラーに回復してもらっているようだった。私はそれを見ているが、別にどうということは無い。

嗚呼、つまらない。

 

つまらないんだ。

 

 

もっと、もっと―

 

 

「―ぐぁあっ!!」

「!?」

 

叫び声が聞こえた。誰のものだとと思ったが

叫んでいたのは―私だった。

 

何故?なぜ?何故こんなに痛い?急に体に痛みが走った。

急な痛みに驚き、思わず首を絞めていた人狼の従者を離してしまう。もう少しでも窒息死しそうだったのにと残念に思う。

 

「テゾール!大丈夫か!?」

「大丈夫です。それにしても....」

 

ヴィシュヌ女王の従者達が、ある一点を見ていた。私もつられてそちらを見る。そこには―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、くそっ!!お前ら!!何をした!?」

 

腹部に痛みを感じる。ボクはルナティスが勝てると確信していた。あいつはボクに似てとても優秀だ、負けるはずないと。先程は痛みに我を忘れかけたが、なんて事ない、勝てばいいんだ。そう思っていた。

だから気づかないかった、エルバトと言う従者が何かをしているのに。

 

そして目の前には―

 

 

「ヴィシュヌ女王!!」

 

 

彼女はいつの間にかフルプレートの鎧を身に纏い、ボクの腹に一撃拳を叩き込んだ。

 

「―がっ!!この!!離れろっ!!」

「ムームア様っ!!〈ディフェーザー・ランフォルセ〉〈マジカル・シールド〉!!」

 

スターシャがボクに防御魔法をかけた後、シールドを張る。

そのおかげでヴィシュヌ女王の足蹴りは防がれたが、シールドにヒビが入る。とんだ馬鹿力だ。それも先程のものが関係しているのかと思う。

 

ボクがよそ見をしている間に、エルバトがヴィシュヌ女王に向かって何かの瓶を投げたのだ。丁度ヴィシュヌ女王の膝にそれが落ち、エルバトが飲んでくださいと叫ぶとヴィシュヌ女王は動けないはずの体を無理やり動かし、それを迷いなく飲み干ほした後立ち上がったと思えば....ボクは腹を殴られていた。

 

「―っがああぁあぁぁっ!!」

 

体に激しい痛みを感じる。ボクの首輪が激しく赤く光、またルナティスが負傷したのが分かった。だが今はそんなの関係ない。

 

「何がチェックメイトだって?シヴァ王?」

「....っ!!」

 

顔をおおったヘルム越しにヴィシュヌ女王の瞳に宿るのは、殺意。

殺される。運命に選ばれし王になってから直前殴り込んで来たやつに襲われそうになったり、暗殺されそうになったり、死とはそばにあるものだと分かっていた。

しかし、ヴィシュヌ女王から向けられた殺意は比ではない。怖い。その目が....。

 

嗚呼、それをボクに向けないで....

 

その目を―僕に―

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

6年前

ディアストリク王国

 

 

 

 

一生懸命廊下を走る。メイドが噂しているのを聞いたんだ。僕の大事な、大事な人が帰ってきたと。

僕はその人を見つけて、思わず嬉しさで飛び上がる。あちらも僕に気づいた様で、両手を広げて僕を待っている。ああ、やっと会えた―!!

 

「おにいさまっ!!」

「ムームア、久しぶりだな」

 

大好きなおにいさまが僕の頭を撫でる。その手には手甲がはまっていて、僕の毛が挟まってしまって2人でわたわたと外す。手甲だけじゃない、おにいさまはプレートアーマーを付けていて、腰には剣が下がっている。

 

「戦いは?どうだった?」

「ああ、もちろん勝ったさ」

「さすが僕のおにいさま!!」

 

そういい強く抱きしめると、汚れているからと僕を引がそうとするおにいさまに、僕はさらに引っ付いてやった。

 

僕のおにいさまは剣の才能があって、王子なのにいつも戦場に連れていかれてしまう。僕はそれが誇らしいとも思うがやっぱりさみしい気持ちもある。それにおにいさまがいない時は僕は一人ぼっちだった。お城に使用人はいっぱいいる。だけど誰も僕を見ようとしない。

 

「リーリア、帰ったか」

 

するとおとうさまがやって来て、おにいさまに戦場での話を聞いていた。どうやらおにいさまが敵の大将の首をとったらしい。僕はまるで自分のことみたいにほこらしかった。僕がさらにおにいさまに抱きつくと、おとうさまは怖い顔で僕をおにいさまから引き離す。

 

「お前はまだこいつと馴れ合っているのか?」

「父上、ムームアは何も―」

「うるさい!こいつは忌み子だ!!お前に何かあっても遅いんだぞ!!」

 

おとうさまは怒っている。また僕のせいだ。

僕の目は左右で色が違くて、オッドアイと言うらいし。僕はそれのせいで、いみごだとみんなに嫌われている。メイドは目を合わせてくれないし、おとうさまは僕を化け物と呼ぶ。

僕の目のこともあるけど、僕の才能もおそろしいと言っていた。

 

「ムームア、悪いけど先に中庭に言っててくれないか?俺は父上とお話があるんだ」

「わかった....まってる」

 

僕の事をおとうさまが睨みつける。とっても怖い目。おにいさまに向ける目とは全然違う。

だけど僕は大丈夫、だっておにいさまがいるんだもん。どんなに使用人が悪い噂をしても、どんなにおとうさまに殴られても、僕は大好きなおにいさまが僕を好きって言ってくれるから、それで十分だった。

 

 

僕のが中庭にあるベンチで待っていると、おにいさまがどかっと横にすわる。

 

「おにいさま、お話がおわったの?」

「ああ、終わった。父上のなっがーい話がな!」

 

そう言って手を広げてこんぐらいだと表すおにいさまがおかしくて、僕は笑った。

こ〜んなっ!!こんなだぞ!!とさらに大げさに言うのを聞いて、僕は息が苦しいぐらい笑う。こんなに笑うのはおにいさまの前だけだ。久しぶりに笑いすぎて、ほっぺたが痛かった。でも、それは幸せの痛みだ。

 

「ムームアは笑った顔が似合うな」

「そうかな?そう言ってくれるのはおにいさまだけ....」

「....」

 

さっきとは違って、おにいさまは悲しそうな顔をした。また僕のせいだろうか。大好きなおにいさまにまで嫌われたくなくて、僕はめいいっぱい笑った。

 

「心配しないで!僕は大丈夫だから!!」

「....ムームア」

 

おにいさまは僕を抱きしめる。ぎゅーっとぎゅーっと抱きしめてくれた。僕はそれが嬉しくて、強く抱き返す。

 

「ムームアは偉いっ!!だからお前にこれをやろう」

「え?」

 

おにいさまがいつも首にかけて服の中に閉まっている物。キラキラ金色にひかる僕の好きな懐中時計だ。

それを自分の首から外して、僕の首にかけてくれる。

 

「い、いいの?これおにいさまがおかあさまに貰った物だって....」

「いいんだ、ムームアはお利口さんにしてるからお母様も喜んでいるだろうしな」

 

おかあさまは僕を産んだ時しんでしまったらしい。でもおにいさまからおかあさまの話をいっぱい聞いたので、僕はおかあさまも大好きだ。

そんなおかあさまからおにいさまが貰った懐中時計を、僕はいつも羨ましがっていた。

それが今は僕の首にかかっている。それがとても嬉しかった。

 

「ムームアは俺がいない時何をしているんだ?」

「おべんきょう!!まほうの!!」

「そうか、偉いぞ!将来は一緒に戦場で活躍する日が来るかもしれないな」

「ほんと!?僕もっと頑張るね!!」

 

おにいさまと一緒に戦う日がいつか来るかもしれない。敵に追い詰められたおにいさまをかっこよく助ける僕....うん、凄くかっこいい!!僕はまた喜んだ。

 

「アーリア様、アルヴァ様がお呼びでございます」

「また父上が?」

「....?」

 

メイドが来て僕らの時間の邪魔をした。

またおにいさまをおとうさまが呼んでいるみたいだ。せっかく楽しくお話してたのに....。おにいさまをとられて僕は嫌な気持ちになる。

 

「ごめんな、ムームア。また後で話そう」

「わかった....」

 

 

 

 

僕はおにいさまとそう約束したのに、おにいさまはまたすぐに戦場に連れていかれた。いつもは強いまものとかが相手だって言ってたけど、今度は人をたくさんたおしてくるらしい。....僕は怖かった。

だからたくさんたくさん勉強した。おにいさまを守れるように。図書室からいっぱいまほうについて書いてある本を部屋に持ってきて、本当にたくさん勉強した。

おにいさまはいつ帰ってくるんだろう。早く僕の覚えたまほうを見てほしかった。

 

だけどどれだけ待っても、春がきて、夏がきて、秋がきて、冬がきて、そしてまた春がきても、おにいさまは帰ってこなかった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年

ディアストリク王国

 

やっと、やっとお兄様が帰ってきた。僕はまたメイドが噂しているのを聞いて廊下を走った。何年ぶりだろうか?僕の事を覚えているだろうか?色んなことが頭を浮かぶが、そんな事どうでもよかった。今は大好きなお兄様に早く会いたかった。

 

「お兄様!!」

「....ムームア?」

 

僕は―驚いた。確かにその人はお兄様だったが、僕の知っているお兄様と違う。やせ細って、体は痣だらけ。僕と同じ色の綺麗だった髪は、ボロボロで見る影もない。僕の好きなのキラキラと輝いていた目に、光はなかった。

 

「お、お兄さ―」

「近づくな!この忌み子め!!アーリアがこうなったのもお前のせいだ!!」

 

僕より先に来ていたお父様が、また僕を怒鳴りつけた。お兄様に僕を近ずけないように、その体で壁をつくる。

 

「アーリア、もうここは安全だ。ゆっく休め」

「はい....」

 

そう言って僕の横を通り過ぎようとするお兄様。

 

「お兄様!聞いて!!僕のLv5の魔法を―」

「すまないムームア、後にしてくれ」

 

お兄様はメイドに支えられながら、自室へ戻っていく。何があったんだろうか。僕はお兄様が心配でたまらなかった。

 

 

 

 

使用人達の噂話を沢山盗み聞きして、僕はお兄様に何があったか知る。

6年前の戦いでお兄様の軍は敗北して敵に捕らわれて、そしてそこで奴隷同然の扱いをされ、ずっとこき使われて生活していたらしい。しかし、お兄様はずっと脱出の機会を狙っていて、ついに1週間前にそこを抜け出してずっと歩いてこの国まで逃げ切ったと聞いた。通りであの酷い状態で帰ってきたのかと思う。

僕がもっと早く色んな魔法を習得していれば力になれたかもしれないのに....。幼かった自分を呪った。

 

 

1週間、2週間と経ってもお兄様とは会えず、同じお城にいるのに、とても寂しい。早くお兄様と話がしたかった。

そう願っていると、お兄様がいつものベンチに座っているのを見つけた。神様が願いを叶えてくれたと、僕は喜んでそこへ走る。

 

「お兄様!!」

「ムームア....」

「久しぶりだけど....僕との約束覚えてる?」

「....ああ、話をしようか....」

 

お兄様は元気がなさそうだったけど、にこりと笑ったのを見て僕は嬉しくなった。やっぱりお兄様はお兄様なんだ!!僕はいっぱいいっぱい話をした。まだお父様に嫌われていることや、たくさん勉強してすごい魔法を使えるようになったことと、あと、あと....

 

「そうだ!見てよ!僕の魔法!!」

「ああ」

 

そういい、シールドを張るとお兄様は驚いているようだった。それもそうだ、これは優れた一部の魔術師の中でも何十年も習得に時間がかかるLv5の魔法。でも、それだけじゃない。

 

「〈リジェクト・インパクト〉!!」

 

闇の魔法が爆破する。だけど、最初に張ったシールドのおかげで周りに影響は無い。

 

「ね、凄いでしょ!?僕あれからたくさん勉強してLv5の魔法まで使えるようになったんだ!」

「....」

 

お兄様は驚きで言葉も出ないようだった!!もっと喜んで貰えると思っていたけど酷い生活をしていたんだ、元気がないのもしょうがない。だけど今の僕はお兄様の力になれる!!

 

「だからね、これでお兄様を守ってあげる!!」

「ま....もる?」

「そうだよ、僕は運命に選ばれし王になるんだ!だからお兄様にもう怖い思いはさせ―」

「―っ!!運命に選ばれし王になるのは俺だ!!!!」

 

お兄様が急に立ち上がり、僕に怒鳴った。

僕はビクッと体を震わせ、お兄様?と呼びかける。

 

「いつの間にこんなに才能を....いや昔からか....」

「ねぇ、どうしたの....?」

「うるさい!!....運命に選ばれるのは....俺なんだ....」

 

そういい立ち去るお兄様の背中を見て、僕はぽかんとベンチに座って惚ける。あんなお兄様見たことない....。余程怖い思いをしたのだろう。僕が守らなきゃ。その思いはより一層強くなった。運命に選ばれし王になったら絶対に守りれる。僕はもっと魔法の勉強をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

お父様が夜にどこかへ出かけた。なんでも他の運命に選ばれし王と同盟を組むんだとか言っていた。僕はそんなものには興味はない。僕を殴るお父様なんて早く消えちゃえばいいのにと思った。

遅くまで勉強していたせいでとても遅くなった。今日は図書室で勉強していたから部屋まで行かなきゃ行けない。外は寒くて、部屋で勉強すれば良かったと後悔する。でも中庭の前を通った時、綺麗な満月を見て寒さを忘れてそれを見ていた。そうしていると、前から人影が見えて驚く。

 

「ムームア」

「お兄様!!」

 

ずっと部屋にこもっていたお兄様に久しぶり会えたことに僕はとても喜んだ。お兄様は少しやつれているけど、前と同じ僕の大好きな笑顔だ。いつものお兄様に戻ったんだ!!僕はお兄様に駆け寄る。

 

「お兄様!僕、前より勉強して強くなったんだ!だから絶対に運命に選ばれし王になれるよ!!」

「....そうか。偉いな」

 

そういい昔みたいに撫でてくれたお兄様。僕は嬉しくなって前みたいにベンチで話をしようと誘うが、お兄様はいい所へ連れて行くと馬を用意した。

僕は馬に乗る練習もしていたのでなんの問題もなく馬に乗り、先導するお兄様に着いて行った。どんな場所だろうとワクワクする。するとお兄様はスタリオル森に入っていき、僕もその後へ続く。この森はちゃんも整備されていなくて、あまり人が立ち寄らないところだ。

少し不安になるが、お兄様の言うことに間違いは無いだろうと一生懸命お兄様の後を着いて行った。

 

しばらくするとお兄様が馬を止める。それに続いて僕も馬を止めた。お兄様はここだと言って、馬から降りる。周りを見渡すも、ここはただの森だった。僕はここから歩いてどこかまでいい場所まで連れていってくれるのかもしれないと喜びながら馬をから降りた。

 

「なぁ、ムームア」

「?」

「お前は運命に選ばれし王になるのか....?」

 

急にどうしたのだろうと思うが、僕は自信満々に頷く。だってそのために沢山の勉強をしてきたんだ。運命に選ばれし王は無作為に選ばれるけど、少しでも優秀な方がいいだろうという考えからだ。

 

「僕必ず運命に選ばれし王になるから、その時はお兄様のこと絶対に守ってあげる!!」

「守ってあげる....か....」

 

そしたらお兄様は安心して暮らせる。お兄様は喜んでくれる。そう思っていた。

 

「....」

「お、お兄様....なんで?」

 

お兄様の手にはナイフが握られていた。そしてお兄様は僕を睨みつける。怖い。予想していなかった状況に僕は焦る。

 

「何が守ってやるだ!」

「!!」

「お前は昔からか才能があった、これからそれはまだまだ伸びるだろう」

「でもお兄様も―」

「俺の剣の才能はもう限界なんだよ!これ以上お前に抜かれてたまるか!!」

「そ、そんな....僕はただ....」

「運命に選ばれるのは俺だ!!」

 

そういいナイフで切りかかろうとするお兄様。その目はとても怖くて、僕はおぞましい感覚をお覚えた。お兄様から僕に向けられているのは、明確な殺意だった。

 

「や、止めて....!!」

 

僕は一生懸命逃げた。暗い森の中を、走って、走って、走った。

だけどお兄様はもっと早くて、肩を掴まれて僕はそのまま倒れ込んだ。後ろを振り向くと、ナイフを振りかぶるお兄様が。

 

「ねぇ、やだよ....なんで....?」

「....」

 

お兄様は何も言わない。その時、背中に痛みを感じる。切られたわけじゃないのに何で?そう思っていると、お兄様がナイフを振り下ろす。

 

「死ねっ!!」

「―っ!!」

 

咄嗟に僕は転がってそのナイフを避けた。

そして、無防備なお兄様の体を力一杯押す。

 

「止めて!!」

 

ドガッという音の後に、ゴキリ、と変な音が聞こえた。

恐怖で瞑ってしまった目を、恐る恐る開けるとそこにお兄様はいない。まだ背中に痛みを感じながら、立ち上がるりお兄様を探す。

 

「お兄様....?」

 

 

ガッと何かを蹴った。

僕は何だろうと目を凝らして見る。

 

 

「―」

 

 

 

そこに、お兄様は倒れていた。

正確には、お兄様だったものだ。

 

口から血を流し、首が妙な方向に向いているそれは―

 

「お゙....お゙ぇ゙っ....」

 

びちゃびちゃと胃の中にあるものを吐き出した。

 

 

お兄様を殺してしまった。

 

 

この手で。

 

 

 

「ゲホッ....な、何で....僕、ただ押しただけ....」

 

その時はっと思い出す、背中の痛みを。

もしかしてこれはと背中を摩るが、自分では確認できない。

でも感じた。この体のうちが燃えるような感覚は絶対に―。

 

「僕は、運命に選ばれたんだ....」

 

体の中に何かを感じ、それを出すイメージをする。分かる。なぜだか説明されなくても分かる。

僕の腹から、銃の形をした物が出てくる。

 

「これが、僕の神機....」

 

それを持ち、引き金に指をかけてそばにあった木に己の魔力で出来た玉を打つ。

 

すると木は消滅した。

 

消し炭になったそれを見て、力加減を間違ったと分かった。

そしてまたお兄様にだったものを見る。

 

「運命に選ばれたのは僕だ!!僕だ!!ボクなんだ!!」

 

自分の神器がこれだけでは無いのを感じ、空間からそれを出すのをイメージすると、大きな大砲が出てきた。

それで兄だったものを打ち、消し炭にする。

肉の嫌な匂いがした。

 

「もう誰も信じない!!ボクはボクのために生きるんだ....!!」

 

ボクが運命に選ばれし王になったということは、お父様も死んだ。あの城も、この国も、全部ボクのものなんだ―!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

現在

 

 

 

 

 

ヴィシュヌ女王はあの時と同じ、あの時の兄と同じ目をしている。

ヴィシュヌ女王は胸から神器を取り出し、スターシャの張ったシールドをまるで薄いガラスのように破壊する。

 

「―っ!!や、やだ!!来ないで!!」

 

ヴィシュヌ女王は何も言わない。

僕は涙を流す。怖い。怖い。死にたくない。

 

スターシャがボクを守るように立ち塞がるが、運命に選ばれし王に叶うはずもなく腕ではたかれただけでその体が吹き飛び壁にぶつかる。

僕はたただただ王座に座り、怯えるしかない。

 

「あぁあ....ボクは....」

 

ヴィシュヌ女王が剣を振りかぶる。それがあの時の兄と重なった。それが恐ろしくてぎゅっと目を瞑った。

僕は―ボクは―

 

 

 

ドスッ!!

 

 

 

 

「....」

「....」

 

どこも....痛くない。

 

ヴィシュヌ女王の剣はボクの体ではなく、王座の背もたれの刺さっていた。どういうことが分からず、僕は黙り込む。

 

「―あ〜!!やっぱりダメだ!!だって子供だもん!!」

「....?」

 

もー、と言いながら神器でボクと自分の首輪を破壊するヴィシュヌ女王。ボクはまだ状況が掴めていない。

するとヴィシュヌ女王がヘルムの目の部分をカショッと上にあげる。またあの目かとビクッと怯えるが、ヴィシュヌ女王の目に殺意はなく、ただの金色の瞳だ。

 

「どう?怖かった?」

「....へ?」

「私に殺気向けられて怖かったか聞いてる」

「う、うん....」

「よし、なら復讐終了っ!!」

 

それだけ言ってボクに背を向けエルバトの入った鳥籠を壊して彼を救出するヴィシュヌ女王をみて、先程の言葉の意味を探る。

 

「ごめんなさい、レナータ様....僕は....」

「いいんだよ、私こそ守って上げられなくてごめん」

 

そう言ってエルバトを抱きしめるヴィシュヌ女王。

ボクも、ボクにもああやって抱きしめてくれる人がいたら今頃―

 

「うぅ、うぁぁぁぁぁあああっ!」

 

ボクは泣いた。

みっともなく、子供みたいに泣いた。

わんわん泣くボクはお兄様の事を思い出していた。ああやって抱きしめてくれる人が―

 

「....貴方も、ごめんね」

 

声が聞こえ、僕を暖かいものが包み込む。

目を開けると、ヴィシュヌ女王がそこにいた。何故?

 

「うぁっ....ひぐっ....うぅっ....」

「あ〜あ〜、そんなに泣いて。悪かったって」

「....な、何で....?」

「....確かにエルバトを拉致したこととか、私の従者を殺そうとしたのは凄く腹が立ったよ?」

「なら....」

「だけど、ん〜、私も甘いよね。子供は殺せない」

 

ごめんと、また謝って強く抱きしめて来たヴィシュヌ女王を、ボクも抱き返してまた声をあげて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇっ!!彼、死んだの!?」

 

わーわー泣いていたシヴァ王を宥めて落ち着いた頃に、スターシャにクアリタを解除してもらい彼と盤上に降りると、

 

ルナティスが死んでた。

 

ヴィシュヌ女王に殴られた後に来た激痛ってルナティスが死んだ時のやつだったんだとボソリと呟くシヴァ王。

 

「レナータ様、申し訳ございません!!何やら和解なさったようですが、うっかり殺してしまいました!!」

「えぇ....」

 

サージェがビシッと90度に腰をまげ頭を下げる。

殺せと命令したのは私だからみんなは悪くないんだけど....と思いながらシヴァ王に視線を向ける。

 

「....」

「ご、ごめんね。なんか....殺したみたい....」

 

私が謝ると、はあっとため息をつき私を見上げてくる。

 

「別にヴィシュヌ女王が悪いわけじゃないでしょ!」

「ん〜、でも命令したの私だし....」

「いいよ別に、まだ精神力残ってるし」

 

そういいジャボに着いていた宝石とピアスを外して一点に投げ、そこへ手を向ける。

 

「我が忠実なる従者よ!!その忠義をもう一度我へ示せ!!」

 

掛け声ともに宝石とピアスが砕けて光を放って消えると、そこに魔法陣が浮かび上がる。そこから人の形した光の塊が出てきて徐々に色づいてくる。光が収まり、魔法陣が消えると跪いたルナティスがそこにはいた。

 

「ルナティス、うっかり死亡してしまい、また貴方様の元へ戻りました。この絶対なる忠義を再び貴方様に―」

「この馬鹿!!僕の道具のくせに何勝手に死んでるんだよ!!」

「....申し訳ございません」

 

シヴァ王の厳しい言い方に私はそこまで言わなくてもと言うが、部外者は口を挟まないでと怒られた。

彼の【道具】という言葉を聞くと、まだ彼は変わっていないのかと少し残念に思った。

 

「全く....しんぱ―いや、何でもない」

「....心配してくださったと、自惚れてもよろしいですか?」

「〜っ!!うるさい!!」

 

照れ隠しなのか、ルナティスの顔叩くと彼の首が転がっていき、あーっと彼はそれを追いかけて行った。

デュラハンと聞いていたがそんな簡単に取れるんだ、と首を捕まえたルナティスを見る。

彼はそれを脇へ抱え戻ってくる。....いや、つけないのかいっ!!

 

「ムームア様、申し訳ございません....。わたくしも何もお役に立てず、貴方様をお守りするためを存在しているというのにわたくしは....」

「もう、お前までいいよ。それに、お前はその頭脳しか取り柄ないの知ってるし」

「....申し訳ございません」

 

ただただ謝る子しかできないシヴァ王の従者達に私はどう声をかけていいか分からなくなる。

 

「でもよく聞いてと2人とも」

「はい、何でしょうか?」

「如何なる命令にもお応え致します」

 

シヴァ王は胸にある懐中時計を指でさすった。

その時の目はとても優しげでいて、そして悲しみも含んでいるように見えた。恐らく大切なものなのだろう。

 

「ボクはね、気に入った道具はずーっと大事にするタイプなんだ」

「―っ!!」

「....?」

 

スターシャにはその意味が伝わったようだが、ルナティスは分からないようでぽかんと(顔がないからよく分からないが)している。

 

「このおバカ!!ムームア様はわたくし達のことを大切だと仰ってくれたのよ!!」

「そ、そうなのですか!?」

「もう、聞かないでよっ!」

 

シヴァ王は怒ったようにそっぽを向くとそれを、どうなのでしょうか!?とシヴァ王の顔を見ようとするルナティスとの攻防が続いていた。

 

「な、何だか戦っていた時の様子と随分と違いますね」

 

ルポゼがぼそっと言うと、みんなが確かにと頷く。

するとスターシャが皆に向かって、お恥ずかしいことにと続ける。

 

「あの者は頭を外すと、知能が大幅に下がるのです。それなのに直ぐに頭を無くして....もう、大変でございます....」

 

ああ、苦労しているんだなとスターシャの死んだ目を見て察した。それをみてルナティスもこちらへ来る。

 

「キーパーソンの皆様!先程はボコボコにして申し訳ない。ついつい楽しくて調子に乗ってしまいました!ははははっ!!」

「い、いえ、こちらこそ殺してしまって....」

 

従者達が楽しそうに話をし始めるのを見て、私はそばにあった段差へ座り込む。すると隣にシヴァ王がちょこっと座った。

 

「ねぇ、ヴィシュヌ女王」

「レナータでいいよ、殺しあった仲でしょ?」

 

そう冗談をかまして笑うと、シヴァ王も笑った。

彼の初めて見るあの不敵な笑みではなく、彼の心からの様な笑いに見えて私は嬉しくなった。

彼も名前で呼んでいいと言ってくれる。

 

「ムームアは意外と笑顔が似合うね、その方がいいよ」

「....!!」

 

少し驚いた顔をしたムームアに、私は何か悪いことを言ったかと考える。するとムームアがペシッと太ももを叩いたのでどうした?と問いかける。

 

「別にっ!!それより....ボクも君と同盟を組むよ」

「ほんと!?」

「本当さ。ブラフマー王とも話し合って、本当に三大王国で同盟を結ぼう」

「そっか!絶対アンデイートも喜ぶよ!!」

 

私は立ち上がり、みんなの元へ行く。

そして先程の同盟の話を聞くと、皆喜んでくれて私は胴上げされた。

 

「ちょっ、ちょっと高い!!ああ、天井!!天井!!」

 

天井スレスレの胴上げに絶叫マシーンの様な怖さを感じて縮こまる私を見て、ムームアはまた笑った。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

イデアーレ王国

謁見の間

 

 

 

 

 

「みんな、ご苦労さま」

 

そう言うと、サージェはありがとうございますと素直に私の言葉を受け入れてくれた。

 

「これで目標である他の運命に選ばれし王との同盟が達成された訳だけど....まだこれで終わりじゃない」

 

皆もそれは分かっているようだが、改めて私は口に出す。

 

「私達が目指すのは、宝の攻略!この同盟はその第1歩に過ぎない。私は、自分が運命に選ばれし王として選ばれたからには、その宝を手に入れたいと思ってる」

「―っは。理解しております」

 

うんうんと頷く私、そしてその視線はエルバトへ向かう。

 

「エルバトはディアストリクにいる間大丈夫だった?酷いことされなかった?」

「いえ、それどころかいっぱいご飯食べさせて貰いましたし、あとお風呂にも入れてもらって....ふかふかのベッドに寝かされました。しかも子守歌付きです!!」

「そ、そうなんだ」

 

凄く良い待遇を受けていたのかと、酷いことをされたエルバトを想像して勝手にキレていた自分が恥ずかしくなった。だけどエルバトが無事ならそれでよしと、その羞恥を払拭する。

 

「2ヶ月後にスフィーダの塔でまた集まることになってるから、それまで攻略に必要な事をまとめることになってる。皆、協力して欲しい」

「畏まりました」

「では、解散!!」

 

 

そういい私はサージェの転移魔法で消えた皆を見送り、王座にもたれ掛かる。

アンディートが向わせてくれた従者達3人は無事に帰れたとアンディートから連絡を貰った。城に戻っても何もやらかしてないようで、安心した。

 

「はぁ〜大変だったぁ。というかチェスの練習あんなにしたのに意味なかったじゃん....」

 

あの時のサージェのイキイキした表情を思い出し、身震いする。もうしばらくチェスはしたくない。

 

そしてマジカルボックスからあるものを取り出す。

それは1冊の本だ。

 

「必ずこれが宝を攻略のキーになるはず....」

 

その本の背表紙をなぞる。

 

【テゾーロ・オブ・ヴェリタ[中巻]】

 

こんなあからさまな名前、なんで今まで気づかなかったのだろうと思う。

この本は禁書の部屋にあった。ウロウロと本を見て回っている時に床の違和感に気づいたのだ。ある場所を踵でコンコンと叩くとそこに空洞があるのが分かった。

危険だとは分かっていたが好奇心に負けてなんのトラップの確認もせずに床を破壊して見ると、そこには結界で守られた1冊の本があった。

流石に危ないかと思いエンドとテゾールを呼び、結界の解除をした後マジカルアイテムの鑑定をして貰ったがただの普通の本らしい。

勿論、私が危険を承知で床を破壊したことに2人から控えめなお叱りを受けた。

 

「3人の王が協力して手に入る....か....」

 

私はその意味を考える。一応アンディートともムームアとも同盟を組み協力関係にあるはずだが何かが起こったわけではない。しかし2ヵ月後の話し合いで何かが変わるのではないかと、私は期待に胸を踊らせながら自室に戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。
前回の宣言通り、ムームア戦です。

本当はムームアとレナータが戦うシーンも考えていたのですが、レナータが子供を痛めつけるという事が私の中で嫌だなぁと言う気持ちがあったのでこんな感じで落ち着きました。

途中でチェスをするシーンがありますが、あれは適当なのでチェスが上手い方からすると「何言ってんだコイツ」状態かもしれませんがご了承ください。

サンドゥ砂漠に突如出来たチェスの会場や対レナータ用の王座は、スターシャの指示のもと全てルナティスのお手製です。二人とも頑張りました。偉い。

テゾールのクアリタ、〈デッド・オア・アライブ〉は無事に生存に決定されてテゾールは生き延びました。もし死に決定された場合は体に染み込んだ液体状の矢がクリスタルの形に固まってそれが爆破します。つまり肉塊になります。

そしてエルバトが投げた瓶は彼のクアリタ、〈マジカル・ファーレ〉で作った物で、このクアリタは好きな効果のマジカルアイテムを作ることの出来るクラフト系のクアリタです。今回エルバトが作ったのは『レナータが強くなる何か』でした。急いでいたので具体的なイメージは出来なかったようです。
ちなみにこれが使えるのは10年に1度です。ここは次の話しでも触れるかも知れません。多分。

そしてコレはどうでもいい事ですが、チェス大会開催日の5月22日というのは、私の誕生日です。はい。どうしても入れてみたかった....。

補足は以上です。ありがとうございました。



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ノーネーム

 

 

 

あのチェス大会から数日。

ムームア様は臨時会議の日に向けて宝についての情報をありったけかき集めろとわたくし達に命令した後、ご自身は図書室へこもってしまった。

わたくしは何処から探したものかと、とりあえず前王と関わりの深い場所から当たってみようという案が浮かびムームア様の記憶の片鱗を少しさぐる。

従者は運命に選ばれし王の記憶の片鱗を持つが、わたくしはそれを多数持っていた。その記憶の長さはバラバラで、大半が魔法について勉強する姿だ。

前王....ムームア様の父親であるアルヴァに関する記憶を探るが、罵倒される姿や暴力を振るわれる姿しかなくわたくしは激しい怒りを感じた。

 

「こいつは死んで当然の人間ですわね....この手で殺してやりたかったぐらいですわ」

 

ぎゅっと拳握ると長い爪が手の平に刺さり血が流れる。

その痛みで少し冷静さを取り戻し、結局優良な情報は得られなかったなと残念に思う。とぼとぼと廊下を歩いていると、遠くで誰かが角を曲がってくるのが見える。

あの黒と紺のロングコートの男は....ルナティスだ。彼がこちらへ向かってこようとするのを見て、ささっと物陰に隠れる。自分は何故隠れてしまったのだろうと思いながらも、彼の行動を観察することにした。

 

「〜♪〜♪」

 

何やら鼻歌を歌いながら歩いているルナティス。鼻歌と言ったが正確には頭があった場合の口元がある部分、つまり何も無い空間から聞こえる。前に何故頭がないのに見たり聞いたり出来るのか聞いたことがあったが、「そんなこと考えた事もありませんでした!!ははっ!!」と言う何とも言えない返事を返されて終わった。結局真相は謎のままだ。

彼に、仕事もせずに何を呑気に散歩しているんだと叱ろうかと考えていると、ルナティスが急に立ち止まる。

 

「....?」

 

なんだと思っていると彼は掌に拳をポンっとあて、傍にあった壺を手に取り覗いていた。彼の謎の行動に飛び出るタイミングを逃す。そして彼は何をしているんだと観察していると、今度は壺を逆さにしてブンブン振っている。....あの壺がいくらするか分かっているのだろうか?

そこで、ルナティスの謎の行動をやっと理解出来る。

 

「(そんな所に宝に関する情報はありませんわ!あのおバカ!!)」

 

そこに無いと分かったルナティスは壺を元の場所に戻してまた歩き出す。彼は彼なりに仕事をしていたのだ。

しかし、ルナティスの行動を観察していると本当にそうなのだろうかと思えてくる。

いきなり普段は使われない空き部屋へ入ったかと思うとそのクローゼットをバンバン開けていって何も無いことが分かるとそれを全部閉じ、今度は自室に行き開けられるものは全部開けて中を漁ったあとそれをそのままにして出ていったり、壁や石柱をコンコンッとノックしてみたり....

 

「(彼は遊んでいるの....?)」

 

そう疑いたくなるほどお粗末な詮索。ルナティスは戦闘面では本当に、本当に反則と言えるほどの強者。大鎌を振り回し敵を薙ぎ払うその姿は嵐のようでいて、死を告げるデュラハンとは思えないほど美しい。だが、普段の彼はこの様子。全く、呆れるしかない。

 

ふと、彼が詮索を止めると先程まで何もしてませんでしたとでも言うかのように廊下を歩き始めるた。これ以上何をやらかすんだとわたくしも跡をつける。

そしてルナティスが角を曲がったのを見てわたくしも急いで曲がると何か少し柔らかめな壁にぶつかる。

 

「わっぷ、な、なんですの....?」

「私の跡をつけるとは、何用でしょう?」

「....っ!?」

 

そこにはルナティスがいて、今ぶつかった壁というのは彼の体だった。わたくしは驚いて飛び退き、えっとですね....と言い訳を探すが、何故自分が言い訳しなければいけないのかと思い返し真実を口にする。

 

「貴方がちゃんと仕事をしていらっしゃらないので、観察していたのですわ」

「私が仕事をしていない....?バリバリ働いていますよ?」

 

確かに色々行動をしてはいたが、それは全部無意味に思える。もっとやるべき事があるのではないか。わたくしはそれを彼に伝えたかった。だが、それより―

 

「いつからわたくしの尾行に気づいていらしたの?」

「そうですね....壺を覗いている辺りからでしょうか」

 

最初からじゃないか、と自分の隠密行動の未熟さを少し恥じながらも観察していた彼の行動に対して追求する。

 

「何故あの空き部屋のクローゼットを開け閉めしていたのですか?」

「そこに宝に関する情報があるかと....」

「あるわけないでしょう!!」

「えぇ....そうですか?」

 

おかしいですねぇと首(実際にはないので感だが)を傾げるルナティスにまだ聞きたいことがある。

 

「では自室を荒らしたのは?」

「そう言えば最近頭を見ていないなと思ったので少々探しました」

「ずっと付けていなさいと言いましたでしょう!?」

「ですがあれ5キロあるんですよ?重くないですか?」

 

そんな事は問題ないだろうと思うが、肩こりから頭痛がする事があるので嫌です、とキッパリ断られてわたくしのムカムカは増してゆく。頭さえつけていれば人並みの頭脳なのにこの方は....と怒りを通り越して呆れを感じてきた。

 

「貴方も頭がない生活をすれば分かりますっ!!これが結構邪魔だと!!」

 

そう言い彼がバッとマジカルボックスから取り出したのは頭。白と青のグラデーションがかかった綺麗な髪に、今は閉じられているが青い瞳をしたルナティスの頭だ。

 

「....ありまわね」

「そうですね」

 

そう言いよいしょと頭をしっかり首にはめる彼を見て、やっとまともな会話ができると安心する。

頭をはめた状態を見たのはあのチェス大会以来だ。脇に抱えていたと思ったらわたくしが次に見た時はもう無くなっていて、本人聞くと無くしましたといつもの一言だった。そして、そういえばと聞きたかったことを思い出す。

 

「貴方、あの戦いで死にましたわよね?」

「ええ」

「わたくしはムームア様を守るので必死だったので見ていなかったのでどのように死んだのですか?」

「あの時はですね―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィシュヌ女王の従者達がある一点を見ていた。私もつられてそちらを見る。そこには、腹部を抑え苦しそうな表情を見せる私の大切な、大切な主の姿。

 

「―っ!!!!」

 

何故かヴィシュヌ女王は椅子から離れており、私のこの腹に感じる痛みはムームア様が殴られたものだろ分かる。私でも動きを止めてしまうほどの激痛をムームア様が感じていると思うと、腸が煮えくり返る程の怒りを感じた。

 

「貴方達の主人はとんでもないことをしてくれましたねぇ....誰も....誰一人生かして返しませんよぉっ!!!!」

 

私は怒りに身を任せ、ヴィシュヌ女王の従者達に突進する。私の大鎌が敵を裂き、裂いて、裂きまくる。そう、思っていた。

 

「そんな雑な攻撃、当たらないわよっ!!」

 

天使の従者は私の鎌の刃を殴りつけ、その衝撃で私は武器から手を離してしまう。

 

ならばと私は、

 

素手で彼女に殴りかかった。

 

「ぇっ」

 

天使の従者の顔に一撃叩き込むと、彼女は吹っ飛び悪魔の従者がそれを受け止める。武器がなくても戦える。それは本当だ。早く、早くこいつらを倒して私は―

 

「〈ドローレ・リジェクト〉!!アタリルちゃん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫!ありがとう!!」

 

あのモノクルの従者も邪魔だ、そして仮面の従者。この2人さえ殺せば幾分か戦闘が楽になる。そう思い私はモノクルの従者にまで急スピードで踏み込む。私の蹴りで頭を吹き飛ばそう、ああ、それが良い。

 

「―っ!!」

「死んでください」

 

私の回し蹴りが彼女頭部に当たると思えば、それは空振りに終る。何故?と思えば、後から感じる痛み。視界に何か棒状のものが吹っ飛んでいるのが見える。

私の足だ。

 

私はバランスを崩しそうになるのを飛行魔法で回避して後退する。私の足を切断したのは、赤髪の従者。

彼女は私を睨みつけながら、さらに切りかかってくる。

それをスイスイと避けながら私は考える。どうすればこいつらに勝てるだろう。あんなに余裕だった私は今....追い込まれている?

 

「死ぬのは貴様だ!!」

「そうですかねぇ」

 

嗚呼、考えるのは苦手なんだ。怒りに身を任せてしまったことが私を敗北へ導こうとしている。私はただ戦って、戦って、戦えば勝てると思ってた。こんな時、彼女がいてくれたら....私達は2人でノーネームなんだ―

 

「〈ツァイト・ストップ〉!!」

 

私の動きが止められる。視線を動かすと、またあの仮面の従者だ。あの時殺せていればと後悔するが今更遅い。

このアビリタの効果はどのくらいだろう。それも分からない。人狼の従者が飛び上がったと思えば、弓をギリギリという音が響くまでしぼり、そして....

 

「〈アンセム・モルテ〉―っ!!」

 

彼の放った矢が、

 

私の心臓を直撃する。

 

「―ガァッ!!」

 

痛い、痛い―。これが....死の痛み?

矢は私の体を貫き、痛みのあまり飛行魔法を解除してしまう。うつ伏せに倒れ込み床に血をぶちまける私の姿をムームア様には見られたくないなと思いながら、私はだんだんと死に向かっていた。

 

私は慢心しすぎだのだろうか?

 

「さっきの仕返しですよ....このクソ野郎....死にかけたぞ」

 

そう言い人狼の従者が見下ろしてくるが、私は何も言えない。言い返してやろうと思えば、ゴボッと血を吐くだけだった。そろそろ限界のようだ。

 

「ゲホッ....はぁ....な、何故勝てない、の、でしょう....?」

「貴方は確かに最強です。ですが貴方自身がその能力を存分に使いきれていない。それが敗因でしょうか」

 

白いフードの従者が私の問いに答えてくれる。

 

「何より....私達は強い信頼関係で結ばれている。1人の貴方とは違う、そこでしょうね」

 

1人。ひとり?違う。私にも....頼りになる相方が―

 

「―おい待て」

「どうしました、エンド?」

 

仮面の従者が焦るように皆に話しかけている。彼の視線はムームア様達の方を向いている。私もそちらを見ると、ムームア様がヴィシュヌ女王に抱きついて泣いている。

私の主人は可愛いなぁと場違いなことを思っていると、体が光出した。

 

「やはりこれは致命傷でしたか....心臓に直撃でしたしね」

「待て待て、俺達の王は和解したようだぞ!!死ぬな!!」

「貴方同じようなセリフ2回目ですよ」

 

仮面の従者の言葉にツッコミを入れる人狼の従者。死ぬなと言われてもなぁと体は徐々に光の粒になり足元から散ってゆく。

 

「ああっ!!どうしましょう!?このままではレナータ様に叱られてしまいます!!」

「〈グレイト・ヒール〉っ!!....駄目です効きません!!」

「このまま死んでもらっていいんじゃないですか?」

「テゾール!!変なことを言うな!!言霊とはあるのだぞ!!本当に死んでしまう!!」

 

わたわたと私をどうにか助けようとしているヴィシュヌ女王の従者達を見て、私は笑った。先ほどまで敵対して殺しあっていたというのに....。おそらく彼らは、彼らの主人と似ているのだろう。

 

「....皆さん、私は凄く楽しかったです。....いつかまた、戦ってくれますか?」

「おい、やめろ!!そう言うのを死亡フラグと言うんだ!!」

「消えちまうぞっ!!かき集めたら大丈夫か?」

「そんなわけ―」

 

「――」

 

私は、最後に主人を想いながら、消えていった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう感じですかね」

「そう....ですか....」

 

わたくしは....彼が死んでしまったのは自分のせいだと理解した。ムームア様を守る役目のはずのわたくしは、あの戦いで何の役にも立たなかった。わたくしは彼に何と声をかければ良いのかと、辛い気持ちで目頭が熱くなる。

 

「結果は残念に終わりましたが、私は貴重な経験を得ました!!」

「?」

「あの様な楽しい戦いはなかった!!それに....私には的確に、正確に指示を出してくれる貴方が居ないと全力が出せないようです。それを知る、良い機会になりました!!」

「!!」

 

実は、わたくし達はあまり仲が良くなかった。

2人だけの従者。どちらがムームア様の1番になりたいと、どこかで競い合う様な気持ちがありお互いを信頼出来ずにいた。だが今は、彼はわたくしを思いやるような言葉をわたくしに掛けた。

 

わたくしは、それを嬉しく思った。

 

「そんな事より、早く仕事をしなくてはいけないのでは?」

「そ、そうでございますわねっ!」

わたくしが目に溜まっていた涙を気づかれないように拭くと、彼はにこりとわたくしに笑いかけてきた。

 

「くっ....わたくしが美女とイケメン、ロリショタに弱いことを分かっての笑顔ですの....?」

「ロリ....?よく分かりませんが命令に従い、詮索を続けましょう。2人で一緒に探すのと分担して探すの、どちらが効率が良いか貴方の知恵を貸してください」

「....わたくしは前王のお墓に向かいます。貴方は....隠し通路などがないか調べていいだけますか?お得意でしょう?」

「勿論、なんでも出来てしまうのが私ですから」

 

 

彼の自信満々の笑みに、わたくしは調子に乗るなと彼を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前王、アルヴァの墓の前に着く。城の裏にある前王とその妃、そしてムームア様の兄リーリア様の墓地。まずはムームア様の母君様とリーリア様に手を合わせたあと、アルヴァの棺の中には宝が沢山一緒に入っていたはずだと、わたくしはそれを遠慮なく掘り起こす。彼には手を合わせない。

 

「はぁ、はぁ。結構重労働ですわ....」

 

こっちの方をルナティスに任せた方が良かっただろうかと考えていると、やっと棺が出てくる。黄金でできた棺。余程金に執着があったのだろうなと思ったより重い棺を開けると、中には骨と金銀財宝の数々が。

 

「必要そうなものは....」

 

そう漁っていると、骨の手に握られているのは1つの羊皮紙だった。これだけ宝が好きなら普通はそれを手にするのではと思いながら、その羊皮紙を拝借すると骨の手がバラバラと崩れてしまった。

 

「....見なかったことにしますわ」

 

そう言い羊皮紙の中を見てみると、何かの場所を示す地図だった。どこかで見た事ある配置だなと思い記憶を探ると....

 

「これは....城内ですか」

 

城の形と合うことから城の地図だと分かる。矢印が書かれた場所にあるのは、宝物庫だ。わたくしは〈メサージュ〉でルナティスに連絡をすると、急いで宝物庫に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にここに宝の情報が?」

「おそらく、そうだと思われますわ」

 

だだっ広い宝物庫を見つめなが、わたくし達は途方に暮れていた。広い。2人だけで探すには広すぎる。

お互いトレジャーハンターが持つようなアビリタも魔法も習得していない。この中から宝に関する重要な物を探すとなると何ヵ月かかるだろうか。もう一度アルヴァの持っていた地図を見るが、宝物庫の何処とは書かれておらず落胆する。

 

「あ、そう言えばキーパーソンの中にテゾールさんという方がいらっしゃいましたわよね?」

「ええ」

「その方にご協力願うのはどうでしょう?」

「えぇ....私あの方怖いです....言っときますけど私は彼に殺されたんですよっ!!」

 

やだやだ怖いよ〜と顔を手で覆いながらくねくねと妙な動きをするルナティス。絶対にそんな事は思っていないだろう。逆に襲いかかってきたら返り討ちにしてやろうぐらいの意気込みだ。恐らくだが。

 

「ですがあちらもお忙しいはずですし....やはり止めましょう。それにわたくし達の能力不足のせいで貸しをつくってしまうのは従者として失格ですしね」

「では、私達はでやるしかありませんっ!!」

 

うおーっと金貨の山にダイブするルナティスをわたくしは思い切り引っぱたく。何考えてるんだこの人は....。ルナティスは1度やってみたかったんですと言うと冷静さを取り戻したようで、整理されていない宝の山や金でできた床や壁、隠し通路がないかなどを調べ始める。わたくしもそれに習って探してみるが、こうやって足で稼ぐと言うのは自分には向いていないのではないかと立ち止まった。

 

「どうされました?」

「....今考え事をしていますので静かに」

「りょーかいですっ!!」

 

口にチャックをするような仕草をした後黙々と作業をし始めたルナティスをどつきたくなる気持ちを我慢して、思考する。

あの強欲そうなアルヴァの考えそうな場所....探る、ムームア様から聞いた話....記憶の片鱗....そして残されていたアルヴァの日記....そのページの中の1行を記憶から引き出した。

 

「【私は天邪鬼だと言われた】....」

「....?」

 

確か、142ページ目の3行目、執事長にそう言われたという記述があったはずだと自らの記憶を信じた。

天邪鬼だと言うのなら宝の情報も恐らく逆、ここには絶対にないという事になる。元々他国と同盟を結ぶ気はなかったヤツだ。偽の地図を作っていてもおかしくはない。

 

「ルナティス!撤収です!!恐らくここに宝の情報はありません!!」

「えぇっ!でも最初にここにあると貴方が....」

「うるさいですわ!行きますわよ!!」

 

それよりこれ格好良くないですかとよく分からない指輪を見せてきた彼の腕を掴み、無理やりわたくしは宝物庫を出た。

彼が抵抗すれば簡単に振り解けるだろうから自分も一緒行くことを承知しているのだろう。しかし出たのはいいもののまた振り出しに戻ってしまった事に、わたくしはどうしたら良いか分からずにいた。

 

「どうします?」

「どうしましょうか....」

「宝の情報と言っても....おや?」

 

ルナティスの持ってきてしまっていた指輪が光り出す。なんだと思いながら2人で見ていると、その指輪からレーザー状の光が出て、どこかを示している。

 

「コレは....マジカルアイテムだったのですか」

「でも何の場所を....行ってみますか?」

 

ルナティスの問いにわたくしは頷き、2人でその光を辿りながら走る。あっちを曲がってこっちを曲がって、時にはこの方が近道だとルナティスに抱えられ壁を飛び越えたり....そして指輪の光がある一点を指していた。そこをぐるっと1周するがやはり光が示すのはここ。

 

「先程も来ましたわ....」

「リムラール様のお墓ですね」

 

前王の妃、ムームア様の母君様のお墓を指輪の光は指しわたくし達は戸惑う。墓をじっと見るが特に普通の墓で、やはり....掘り起こせということだろうか?父親の方はクソ野郎だったので遠慮なく掘り起こしてやったが、リムラール様となれば別だ。

 

「やはりムームア様にご許可を取らなくては」

「ですがお許しになるでしょうか....というかアルヴァ様のお墓は遠慮なく掘り起こしたようですが....?」

 

お互いどのような記憶の片鱗を持っているかは知らないので、彼はアルヴァに対してのムームア様の記憶は持っていないのだなと思う。簡単に記憶の片鱗の1部を伝えると、ムッとあまり見ない彼の怒りの表情を見た。

 

「そいつはは死んで当然の人間ですね....この手で殺してやりたかったぐらいですよ」

「それ、わたくしも言いましたわ」

 

話し合い、きちんとムームア様に連絡を取りご許可を得ることにした。流石に墓を荒らす行為は失礼過ぎると。

わたくしは〈メサージュ〉をムームア様に繋ぐ。この瞬間はいつも緊張して慣れない。

 

「ムームア様、宝の情報が手に入るかもしれないのですが...」

『本当!?ボクの方は全然収穫がなかったのに....。それで、どこにあるの?』

「その....恐らくリムラール様のお墓の中に」

『....』

 

やはり、沈黙が続く。自分の母親の墓だ、普通は怒ってもおかしくないはず。わたくしは怒鳴られるのを覚悟して返事を待った。元々どんなものかも分からないマジカルアイテムの示す場所だ。本当は無いかもしれない。やはり勘違いかもしれませんと告げようとするとムームア様はため息をつき、いいよと言った。

 

「....大丈夫なのですか?」

『でも丁寧に扱ってよね!ボロボロになってたらお仕置きだからねっ!!』

 

そう言って〈メサージュ〉を切るムームア様の気持ちはどんなものなのだろうと考えていると、ルナティスがどうでしたと声をかけてくる。

 

「許可がおりました。丁寧に扱えとの事です」

「それは当然ですっ!!では始めましょうか」

 

ルナティスがマジカルボックスからあの化石を掘り出す時に使うようなハケを取り出したのを見て、そんなのではいつまで経っても終わりませんわとツッコんだ。先程使っていたシャベルをメイドに持って来させて2人で掘り進める....と思われたがルナティスの脅威のスピードで直ぐにその作業は終わった。やはりこの作業はルナティスに任せるべきだったと思いながら棺の蓋を開ける。

 

「どうだったの」

 

背後から声が聞こえると、図書室にこもっていたはずのムームア様がいて驚き、わたくし達はすぐさま跪く。

そういうのいいからと言いながら手を合わせた後に棺を覗くムームア様に続き、わたくし達も失礼しますと覗いて見た。

胸の前で腕を重ねるように置かれているその腕の中には、1冊の本があった。

 

「【テゾーロ・オブ・ヴェリタ[下巻]】....下巻?でも、ボクが探してたのはこれだ!!でかしたぞ2人とも!!」

「有り難きお言葉にございます」

 

リムラール様の手からそれを丁寧に取ると、ムームア様は少し寂しそうな顔をしながら自らの手でその棺を閉じた。

本についていた汚れを払い、それをマジカルボックスにしまっている。

 

「お前らどうやってこれを見つけたんだ?ボクは絶対図書室にあると思ったのに....」

「これでございます。宝物庫を探している際にルナティスが盗んでいたので....」

「盗んでいたなどっ!!誤解でございます、ムームア様!!」

「いーから見せてっ!!」

 

ルナティスの手からその指輪を奪うと、マジカルボックスから黒い縁のモノクルを取り出してそれをかける。それ越しに指輪を見て、ふーんと声をあげた。

 

「【ルック・オブ・ロスト】失くしたものを探すアイテムだ。しかもランク5。効果は1回」

「―っ!!」

「も、申し訳ございませんっ!!そのような貴重な物と知らずに私は勝手に―」

「別にいいよ。さっきの本の方が大事だから」

 

もう要らないからこれあげるよと、ルナティスに指輪を投げ渡すムームア様。ルナティスはそれをおおっと掲げとても喜んで、部屋に飾りますっ!!とはしゃいでいる。わたくしも何かムームア様から頂きたかったなといじいじする。

 

「....スターシャ、お前はまた今度ね」

 

そう言い鼻で軽く笑った後に早く母上を眠らせては上げてとシャベルを指さすムームア様に、わたくし達はすぐさま行動に移した。

 

ムームア様はヴィシュヌ女王との戦いで少しお変わりになった。わたくしが言うのは失礼だが、ムームア様は誰も信用せず、常に怯えているようだった。それを....ヴィシュヌ女王が救ってくれたようにわたくしは思えた。

 

「スターシャ!!何ニヤニヤしてるんだよ!!」

「は、はいっ、申し訳ございません!!」

 

そう謝るわたくしの顔から、笑みは消えなかった。

 

 

 






前回の話はルナティス視点のシーンが多かったので今回はスターシャ視点のお話です。アンディート戦の後にプローヴァリーの話も挟んだので、ノーネームもこんな感じの人だよ〜と言うのを伝えたかったです。

実は最初、スターシャは今みたいな優しい気持ちのある感じではなく、直ぐに悪巧みするような策士タイプの子でした。ですがそれは私が彼女の性格をちゃんと掴めていませんでしたね。彼女は恐らくドジっ子タイプです。

ルナティスは最初からアホキャラなのは決まってました。頭はマジカルボックスにいつの間にかしまっていたり、食堂に忘れたり、廊下や中庭に落ちていたり、直ぐに無くします。やはり脳の入っている頭がないのでおバカな行動を取りがちなんでしょうね....。彼は稀に生まれるガチャで言う超レアキャラの様な存在で、ムームアは単に運が良かったので最強の従者を召喚出来ました。

前回のルナティス戦、キーパーソンのメンバーが誰も死ななかったのは確かに彼らが強い信頼関係で結ばれていて連携が素晴らしいからだけではなく、ルナティスが他数を一斉に殺すことをこだわっていた所にもあります。
というのも、一斉に殺すと多数分の死の痛みプラス痛覚共有の痛みでレナータにどちゃくそ痛いのが伝わる訳です。ルナティスはそれでレナータを殺すつもりでした。恐ろしい。

補足は以上です。ここまで読んで頂きありがとうございました。



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宝の真実

「おう、遅かったな」

「ああ〜、またブラフマー王に越されたっ!!」

「....アンディートでいい」

「じゃあボクはムームア様でいいよ」

「アホか」

 

ははっと笑い合うと、ムームアは決められた席にちょこんと座った。お互い4ヶ月ぶりぐらいの再会だ。不老な者には4ヶ月など短い時間だが、お互いまだ王になって1年目。それに顔を合わせるのはこれで2回目だ。

 

「....」

「....」

 

話すことがない。

お互いの共通の友人を待つ待ち時間のような、微妙な空気が流れる。だが考えていることは一緒、レナータ早く来ないかな、だ。

 

「またあいつが最後だな」

「そうだねー、初めて会議があった日もこんなだったね」

「あの時はお互いギスギスしてたがな」

 

アンディートは初めて会った時のことを思い出していた。ムスッと座る自分に色々質問してきて、鬱陶しいと感じていたなと心の中で笑う。今ではお互い何を話そうか迷っている。全く人生なにがあるか分からいな、と。

 

「お前もあいつに変えられたくちか?」

「変えられた?」

「俺はあいつと戦って丸くなったと言われるようになってな」

「....そうだね、ボクもだよ。ほんとレナータの甘さが移っちゃったよ」

 

やれやれとオーバーにリアクションするムームアにアンディートはまた笑う。こうして笑うことも増えたなと思い、ムームアの笑い方も以前とは少し違うように感じたアンディートは、やはり自分と同じだったかと確信した。

 

「そういえば、アンディートは会議の時レナータに切りかかってたよね」

「....それは言うな」

「ははっ!やっぱり恥ずかしいんだ!」

 

はあっと溜息をつき片手で目元を覆うアンディート。最初に会った時とは違う彼の優しい雰囲気に、レナータとどんな事があったのだろうとムームアは興味がわいた。

 

「君はレナータと何があったの?イデアーレを占拠しようとしたっていうのは聞いてるけど」

「戦って負けた、それだけだ。おまえはどうなんだ?」

「ふーん。まあボクもそんな感じかな〜」

 

噂をすれば、と言うやつだろうか。外からガシャガシャと鎧の音が聞こえ、アンディートとムームアは顔を見合わせた。誰かが走ってここへ向かっている。勿論、彼女だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん遅れたっ!!」

 

私がバァンッと扉を勢いよく開くと、やはりアンディートとムームアが先に席に着いている。前もこうだったな思い私が空席にストッと座ると、2人は何だか私を見てニヤニヤとしているようだった。

 

「な、何....?」

「お前最初の時『済まない、遅くなった』とか言ってたなと思ってな」

「そういえば言ってたねぇっ!!」

「も〜、そんなの引き出さないでよ....」

 

そういえば初めの時は、仕事の出来そうな女王パターンBでいったなぁと思う。すぐにムームアにバレたので今では恥ずかしい思い出だが。もう忘れて欲しいのに2人はまだニヤニヤしたままだ。

私はいいから始めるよとその場の空気と私の恥ずかしさを払拭するように両手をぶんぶんと振った。

するとムームアが手をパチッと合わせ、そういえばとマジカルボックスを探る。

 

「じゃ〜ん、折角同盟を結んだんだし祝杯をあげようよ!!」

 

そう言いムームアが出したのは黄金の杯。私はムームアがそれを言い出したのに驚く。確か彼の父親が死んだのは....

 

「ムームアのお父さんって今と同じような状況で亡くなったんじゃなかったっけ....?」

「だからだよ。ボクはあの人とは同じ道を辿らない。その証明さ!!」

 

それを見て私は安心する。彼は過去とちゃんと向き合うことが出来るようになったのかと。ムームアに何があったかはよく知らないが、彼は過去に辛い思い出があるように私は感じていたのだ。

 

「いいんじゃねぇか」

「ん〜、そうだね!!」

 

ムームアの楽しそうな様子に、私もアンディートもつられて笑う。その時私は疑問に感じたことを2人に言う。

 

「アンディートとムームアは同盟結んだの?」

「いや、まただな」

「確かに」

 

平然と言う2人に私は呆れた。実は今日は誰も従者を連れて来ていない。本来なら自分の身を守るために連れてくるべきだが、もう脅威である運命に選ばれし王が襲ってくることは無いので必要ないと断ったのだ。それは2人も同じようだった。

従者達がいたなら書類やらなんやらをマジカルボックスから華麗に取り出していただろうと思いながら、ふふっと笑いその役目を私がやる。

 

「はい、これ。契約書」

「用意がいいな」

「え〜、分厚いよ!!」

 

立ち上がり2人の前に用紙を置くとまた席に戻った。この円卓は何故こんなに大きいのだろうかと内心愚痴る。

やはりアンディートもムームアも内容を一切読まずに最後の用紙にサインをして私の所までスイーッと机の上を滑らせた。

 

「いや、これってお互いが持つものじゃ....まあいいや」

「じゃあ祝杯あげるか」

「はーいっ」

 

ムームアがボックスから高そうな(私には価値がよく分からない)ワインを取り出す。私も杯なんて持ってたかなとボックスを探すと、アンディートが私と酒盛りをしていた時に使っていた赤い大きめの盃を取り出していた。

 

「アンディート!!何それ?かっこよくないよぉっ!」

「何ってこれも盃だろ?」

「ボクだけ張り切ってるみたいじゃん....レナータは?」

 

私はそう言えばと思いマジカルボックスからそれを取り出してテーブルの上へ置く。

白に水色と黄色の模様が描かれ、手持ちがハート型になったティーカップだ。

 

「ティーカップかよ....」

「可愛いでしょこれっ!エンドから貰ったんだ〜」

「もうっ!なんでもいいよ!!」

 

2人に呆れられながら私はティーカップの縁を指でなぞる。ずっと断っていたがエンドが何か贈り物をしたいとグイグイ押してくるので、分かったと言ったら直ぐにマジカルボックスからこれを取り出してきたのだ。いつの間に用意したんだと驚いたが私に似ているから一目惚れして買っていたと告げられた。凄く嬉しかったのでずっと持ち歩いている。

 

「じゃあ、前王たちにならってお互いに注ぎ合おうか」

「そうするか」

 

私が思い出に浸っているといつの間にかこちらまで来ていたアンディートが私のティーカップにワインを注いだ。お礼を言いワインボトルを受け取り、ムームアの方へ歩き出す。

 

「みんな毒盛ってないか確認しないの?」

「しねぇよ今更」

 

ムームアの言葉に何言ってんだとアンディートは返す。私もおかしくて笑いながら、ムームアの杯にワインを注ぐ。

 

「というか私の鎧、毒耐性あるから大丈夫なんだよね〜」

「レナータだけ狡いっ!!」

 

私が自分の席に歩き出すと、ムームアが立ち上がりアンディートの方へ向かって行く。アンディートは注ぎやすいように盃を彼の方へ寄せた。

 

「ん?そういえばムームアのピアスとジャボの飾り戻ってるね?」

「ああ、これはあれのレプリカ。なんの価値もない飾りだよ」

 

そう言い親指でピアスを弾くムームア。私が先程言ったものは全てルナティスの復活に使ってなくなってしまったが、黄金に輝く懐中時計は彼の胸の前で揺れている。

 

そして全ての器にワインが注がれ、皆が着席する。

 

「誰が乾杯の挨拶する?」

「え〜ボクいやだ」

「レナータ、お前だろ」

 

え、そうなのと問うと2人共そうだと頷いた。こういうのはしたことが無いので少し緊張するが皆が望むならと私は立ち上がる。何だかティーカップ片手に立って挨拶しようとしている自分を客観的に見ると少し間抜けな気がした。

 

「え〜、本日はお日柄もよく....」

「そういうのいいから〜」

「早くしろ」

「ヤジ飛ばさないで!緊張してんるんだから!!」

 

軽く咳払いをして仕切り直す。うーんと少し考えたがやはりシンプルなのでいいかと改めてカップを軽くあげる。

 

「では、皆様ご起立を」

「おう」

「はーい」

 

2人が立ったのを見て、何だか色々あったなぁと思いにふけってしまうとそれを見透かしたのか早くと催促される。

 

「三大大国初の同盟を祝して、乾杯!!」

 

皆が持っている器を軽くあげ、同時に飲み干す。

ワインは従者達に勧められて飲んだことがあるが、これほど美味しいのは初めてだと思った。流石ムームアの選んだ代物。

全て飲み終えるとカランッと言う音が聞こえ、そこに視線を向ける。

 

「ぐっ....何だこれ....」

「アンディート!?」

 

アンディートが盃を床に落とし、喉元を押さえている。顔には汗が滲んでいて苦しそうな表情だ。

アンディートの盃にワインを注いだのはムームア。すぐに彼を見ると、ムームアはふふっと笑っていた。

 

「油断したね、君達」

「ムームア!今更裏切ったの!?」

 

私の問いにムームアはただ笑みを返すだけだ。

 

「くそっ....熱い....な、何を盛った....!!」

「何って、凄い精力剤」

 

シーンと場が静まる。精力剤....?私達は完全に毒を持ったと疑ってしまったが、ムームアの悪戯っ子の様な笑顔を見るとただのイタズラだと分かり、安堵する。

 

「なんだ....ただの精力剤かぁ、驚かさないでよ〜」

「ただのじゃねぇよ!!どうすんだこれ!!?」

「どうって....そこまで考えてなかったなぁ」

 

はぁはぁとだんだんと息が荒くなり、立っているのがキツイのかテーブルに手をつくアンディートを見てしょうがないと思い彼の側まで行く。

 

「はぁっ....あんま近寄んな....!」

「ちょっと待ってて....〈ヴェレーノ・スピー二〉」

 

私がアンディートに手を当て魔法を使うと、彼の呼吸がすぐに落ち着き元の状態に戻る。

〈ヴェレーノ・スペー二〉、上位の毒消しの魔法だ。

 

「へぇ、レナータってそういう系の魔法使えるんだ?」

「これはエンドに込めてもらったもの。みんな心配性で頼むからって言われて1回分だけ使えるようにして貰ったんだよね。対象に接触しないと効果ないけど」

「はぁ、ムームアお前覚えとけよ....!!」

 

ムームアを睨みつけるアンディートに、彼はただ仲良くしたかっただけなのに....とぶーぶー文句を言う。仲良くしたいから強力に改造までした精力剤を盛るなんてどんな子供だと思うが、イタズラが彼なりの挨拶だったのかなと思った。

 

「それより、余興はこんぐらいにして本題に入ろうよー」

「そうだな....こいつがまた何かやらかす前にな」

 

落とした盃をボックスへ戻し、再び席に座るアンディートに続き私も座る。少し間を開け、私達は多分同じことを考えているんだろうなと思い私はそれを確かめたくて口を開く。

 

「ねぇ、みんな宝について持ってきたものって1つじゃない?」

「やっぱりお前もか」

「これしかないよね」

「じゃあせーので出す?」

 

私がそう提案すると、2人にとも頷き全員がマジカルボックスに手を入れる。私はそれを掴み出す準備をする。

 

「「「せーのっ」」」

 

ドスッと言う音が3つ聞こえて私達の前にそれぞれ、赤、青、黒の本が置かれた。

 

「「「【テゾーロ・オブ・ヴェリタ】」」」

 

3人の声が揃い、それがおかしくて皆で笑う。

やはり皆考えることは同じだったかと私は安心した。私はルイスから、前王クリファスが大事にしていた本があったと聞いていたので絶対にこれだと確信を持っていたのだ。しかも私の物は中巻なので、上巻、下巻は必ず2人が持ってきているだろうとも。

 

「【宝の真実】とか、あからさますぎるよね」

「だけどそこが見落としになるんじゃねぇか?」

「私もタイトル見た時本当にこれか疑ったもん」

 

アンディートは上巻、ムームアが下巻を持っているようだ。私達はそれぞれ中をパラパラと捲ると最後のページで止まる。

 

「これ読んだ?」

「ボクは読んだけど」

「俺は読んでねぇ、だがこのページがな」

 

そう言いあるページをピラピラと揺らすアンディート。私も本の最後のページが気になった。

 

「この虫食いみたいに間が空いてるページ、絶対上巻、中巻、下巻が合わさって読めるものだと思う」

「しかも全部ひらがなで読みずらい!どうする?」

「お互い順番に読みあげればいいんじゃねぇか?」

 

なるほどと私はメモを取るための用紙を出して、皆にいいよと合図する。

 

「俺からだな....『うん』」

「『め』」

「『いにえ』」

「『らば』」

 

....

 

 

 

そうして私達は読んでいき、私の手元の用紙に全てを繋ぎ合わせた文章が出来上がる。どうなんだという視線を受けて、私はそれを読み上げる。

 

「『運命に選ばれし王よ、それを求めるがよい。このアイテリアにある宝の中でも頂点と言える代物、我はそれを守るものなり。我はその宝に相応しい人物を待ちながら眠りについている。さぁ、我を起こせ。3人の王が協力し、試練を乗り越えよ。我は待っている、このスフィーダの塔の最上階にある場所へ辿り着ける強者達を。このトリムルティの宝を抱きながら。』....以上です」

「....意味わかんねぇ」

「『トリムルティの宝』?それがボクらが探してる宝の名前なの?」

 

これだけ長い運命に選ばれし王の歴史がありながら、私達は自分たちの求める宝の名前を今日初めて知る。

トリムルティというのに聞き覚えもなく、結局どういう宝なのかは分からない。

 

「この『我』って言うのは誰なんだろう....」

「『それを守るものなり』って言ってるから宝の守護者みたいなもんなんじゃないのー?」

 

守護者。トリムルティの宝を守るために存在するのなら、それなりに長生きなのだろう。それが私達と同じ不老の存在なのか。その人物は眠りについているらしいのでもしかしたら普通の種族かもしれないと色々浮かぶ。

 

「『我を起こせ』とか、全体的に見て俺達と戦う気満々だよなこの『我』ってやつ」

「....やっぱり?」

「え〜!もっとスマートに話し合いで解決しようよ!」

「そう言ってもあっちは問答無用で殺しに来るかもしれねぇぜ?」

 

脅さないでよと怒るムームアだが、私も恐らく戦うことになるのではと感じた。文面からしてかなり挑戦的なものだし、何より宝がそんな簡単に手に入るとは思えない。

 

「それより『スフィーダの塔の最上階にある場所』って....どこ?」

「ここってこの部屋しかないはずだよね?ボク色々調べたけど」

「ここの上に壁の残骸みたいなのが残ってるだけだったな」

 

皆でしばらく考えていると、私はこの最後のページに何か線の様なものが見えた気がして、それをじっと見た。

最初は気のせいかと感じたがこれは必ずそうだと確信する。

 

「このページ何か他に書かれてない?こう....うっすらだけど」

「どこ?ん〜....あぁ、言われてみれば!!」

「見た感じこれも3つ合わせるやつじゃねぇか?」

 

そうかもしれないがどうやって合わせようかと私がわたわたしてると、アンディートは焦れったいと言うように本のページをワシっと掴んだ。

 

「んなもんこのページ千切ればいいだろ」

 

そう言い貴重な、貴重な!!本のページをなんでもないかのようにちぎるアンディート。私とはムームアはああっと声を上げたが、やはりそうするしかないかと諦め、彼をならい2人でページを慎重にちぎる。

 

もう移動が面倒なのか、2人とも私の方まで来てページを渡すとわきから覗きこむ。

私は3つのページを合わせて透かして見るが、先程の虫食いのような文字が綺麗に文章に見えるだけで他には見えなかった。おかしいなと私がクルクル回しながら見ているとアンディートが貸せとそれを私から取り上げる。

 

「さっきの文章、メモ取ってあるよな?」

「うん、取ったけど....」

「じゃあ失敗しても文句言うなよ」

「え?」

「〈ファイア〉」

 

そう言いアンディートが魔法を唱えると、ページを急に燃やし始めた。私は急いで水魔法の準備をするが、ムームアがそれを止める。

 

「な、なんで!?」

「うるせぇ、集中しねぇと本当に消し炭にしちまう」

「たぶん、炙り出しじゃない?」

 

焦るわたしとは対照的に2人は冷静で、炙り出しと聞いて私はアンディートがページを燃やすつもりでは無いことに安心する。ページを見ると先程の虫食いの文字が消えてゆき、他の模様が出てくる。

 

「最初のが消えたってことは魔法がかかってたんだぁ」

「....よし、出来た」

 

アンディートが炙ったページを軽く振り、私に渡す。私がそれを再び透かして見ると3つのページが合わさって、地図になっているのが分かった。2人も同じ様に紙を見上げ、おおっと声を上げた。

 

「この地図が示してるのって....」

「ここだな」

「....意味ないじゃん!!」

 

私はページをばら撒きたい気持ちに駆られるがそれを押さえてそれをゆっくりテーブルに置く。宝を守って待ってるねと言われてもそこに行けなければ意味が無い。

私は天井を見上げた....と、その時私が最初にこの塔を見た時の感想を思い出した。

 

「まるで上の部分をちぎったみたいな....」

「どうした?」

 

ちぎった....?本当はスフィーダの塔はちゃんと塔の形をしていて本当は上の階があったとしたら....。この塔の周りには壁に使われているのと同じものの瓦礫があった。地図はここを示している、この塔は....この塔の上部は....

 

「空」

「は?」

「空にあるんじゃない?」

「....レナータがついに壊れた」

「前々からやべぇなとは思ってたがな....」

「ちょっと!!それどう言う事なの!?」

 

私が真剣に答えを探しているのに、2人はやれやれと言ったように呆れている。私は至って真剣。というか前々からとはどういうことなのか!!

 

「絶対そうだよ!!」

「なら証明しろ」

「そうだね」

「....も〜っ!!分かった!!来て!!!!」

 

私は若干キレ気味に2人の手を掴むとバンっと足で(行儀が悪いが)扉を開けて翼を出して塔から出るのと同時に、思い切り飛び上がる。そのままスピードをグングン上げて空を飛んだ。恐らく手を掴まれている2人にはそれなりの圧がかかっているだろう。

 

「レ、レナータ!!アホかお前!!俺も飛べる!!」

「―っ!!」

 

アンディートは少し暴れていて、ムームアはなにか叫んでいるが聞こえない。私はさっきの仕返しに自分が出せる最大のスピードでどんどん上昇して行った―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「....あったね」

「....あったな」

「....そうだね」

 

雲をつきぬけどんどん空気が薄くなってきた上に、私がそろそろ体力の限界かと思った時、それを見つけた。

 

スフィーダの塔と同じ外装の建物が、そこに浮いていた。

 

 

私達はぽかんとそれを見つめていた。自分で必ずあると言ってここまで来た訳だが、実際にこうして目の前にあるとなんとも言えない気持ちになった。その時手の力が抜けて、アンディートの手を離してしまった。

 

「あ」

「―っ!!〈ヴォラーレ〉!!」

「あはははっ!!」

「笑うな!あとお前も落とすんじゃねぇよ!!」

「ごめんっ!!つい、ね....」

 

ムームアを荷物のように抱えながら、アンディートとその建物をグルグルと見て回る。が、何処にも入口らしきものが無い。

 

「そこにあっても入れないんじゃ意味ねぇな....」

「でも、絶対どっかにあるよ!!入口!!」

 

そう言って私がバンッと壁を叩くと、そこにポッカリと穴が空き私は転がるように塔の中へ入った。

 

「いたた....優しく扱ってよね!もう!!」

「ご、ごめん....。それに壁、壊しちゃった....?」

「いや、そうでもねぇみたいだ」

 

空いた穴からアンディートが入ると、その穴がニュッと無くなった。どうやら魔法がかかっていたようで、残念なことにもう一度出ようとすると壁に反応はなく、一方通行のようだった。

 

「ああっ!!」

「なんだ」

「これじゃ従者達連れてこれないっ!!」

 

私が全力で壁を殴るが、下にあるスフィーダの塔と同じで傷一つ突かない。ガッゴッと手足で懸命に壁の破壊を試みるが2人にやめろと止められる。

 

「そんなの魔法使って連絡すればいいじゃん、〈メサージュ〉....〈メサージュ〉!!....あれ?」

「もしかして通じないの?」

 

私もアンディートも〈メサージュ〉で従者に連絡をするが、誰にも繋がらない。

 

「あぁっ!!エンドっ!!ルポゼ!!アタリル!!ディーフェ―」

「全員呼ぼうとするなっ!!お前のとこただでさえ多いんだから!!」

「も〜、僕らだけで行くしかないのぉ....」

 

ため息をつき傍にあった階段に座り込むムームア。その階段はグルグルと螺旋状になっており上に伸びている。この上に『我』と名乗る人物がいるのだろうかと、私も横に座った。

 

「おい、座り込むなっ!!」

「まさかいきなり入れるなんて思ってなかったから....」

「ほんとだよ!ちょっと見学に来たのにっ!!」

 

でも、と言いムームアは立ち上がる。

 

「動かなきゃ始まんないよね!!行くよ、2人とも!!」

「お、おう」

「なんか男らいしなぁ...」

 

3人で螺旋階段を登っていく。3人分の足音が反響して聞こえるだけで、それ以外には何も聞こえない。すると一つの扉が、私達の前に姿を見せる。

 

「もしかして...」

「試練ってやつじゃないかな?」

「はっ、望むとこだ」

 

私達はそれぞれ神機を取り出して、自然と開く扉に警戒しつつ室内へ入る。そこは...何も無い。ただの広い部屋だった。その広さはムームアと戦った場所と同じくらいだろうか、かなり広い。なのに室内装飾などは一切なく、ただ次の扉に向かってレッドカーペットが敷かれているだけだろうか。

 

「なにもないね」

「どっか踏んだら斧が横から出てくるとかないよねぇ?」

「それはお前の城の話だろ」

 

ムームアの城って横から斧出てくるの!?と驚きながらも、ふと何かの気配を感じて全員がそこに視線を向ける。

次の部屋へ続く扉の前に、赤いく大きな魔方陣が浮かぶ。

 

そこから召喚されたのは―

 

「う、そ....」

「何だ?ドラゴン?」

「....レナータ、どうしたの?」

 

私は目を見開き、そいつを見た。体がガタガタと震えて、握った剣の切っ先が音を立てる。あいつは....あのドラゴンは....

 

「ぁっ....ぃやっ....な、んで...」

「おい、どうした!?」

 

私はガクッと膝をつき、そいつから目が離せなくなる。

ぼんやりとアンディートとムームアの声を聞きながら、赤く光ったあいつの目を見た私は、

 

意識を失った―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...ぁ、れ...?なにしてた、んだっけ....?」

 

酷い頭痛がして頭を抑える、記憶を探るが上手く思い出せない。そして....血の匂いがする。

私は2人を探さなければと後ろを振り向き、ふと止まる。自分は何故か負傷していて、手握った剣にも、服にも血が付着している。

 

「いつ...戦った....?」

 

思い出せない、思い出せない!!私は何をしていた!?

 

「いや...だ....思い出せない...」

 

私がフラフラと前に歩き出すと、コツッと何かを蹴った。

私は視線を落としてそれを視界に捉えた時、ドクンと心臓の音が大きく聞こえた気がした。

 

「な....んで....」

 

 

私の足元には、

 

 

血にまみれたアンディートとムームアが転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 






ついに最終決戦間近!!というところでレナータがアンディート、ムームアを殺した....?という感じですね。多分あと2話ぐらいで最終話になると思います。今回補足はあんまりありません。
ただただ私は運命に選ばれし王3人がわちゃわちゃ仲良くしてるのが嬉しかったです。ただレナータとムームアの話方が似てるので自分で読み返して、あれ、どっちがこのセリフ言ってた....?ってなりました。
レナータは女性らしい言葉を喋らないという無駄なこだわりのせいでこうなってしまいましたね。でもそんな彼女が好きです。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。





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試練

 

 

 

10年前

 

 

 

 

「え、ぇ?」

 

私は、何故か野道に寝ていた。そろそろ起きる時間かと携帯を手で探すと何か砂利のようなものに触れて私はゆっくりと目を開けたらそこは、だだっ広い大地。そしてそこにぽつんと横たわる私。脳内ををクエスチョンマークだけが占める。

 

「ど、どうしよ....」

 

私は立ち上がり、どちらの道に進めばいいかワタワタと焦る。その時、森の方からガサガサと音がなり、もしかして人かもと、期待をしてそこに視線を向ける。そこには....

 

「ニンゲンッ!!ニンゲンッ!!」

「―っ!?」

 

なんだ....?なんだ!?あれは!?あれはよくRPGゲームとか見る、ゴブリンとかいうやつに凄い似ている!?

私は完全に私は殺す気であろうそのゴブリン達に恐怖して、逃げようと走り出すが足がすくんで動かない。

私までたどり着いたゴブリンは、武器を振りかざした。

 

「(こんな訳の分からないことで、人生が終わるなんて....)」

 

私は涙を流しながらせめてもの抵抗に腕で顔を守るようにする。

 

ドガッ

 

音がして、私はゆっくりと目を開いた。

そこにはゴブリンを蹴り飛ばす、青いマントを身にまとった鎧の男が。男は腰に下がった剣を抜くとそれで残りのゴブリンを切り倒して、最後に剣に着いた血をブンっと振り払う。

 

「ぁ...あ....」

「おい、大丈夫か嬢ちゃん」

 

男が振り向き、私に駆け寄った。私は誰とも知らないその人に縋り声をあげて泣いた。

 

「ぁっ、ううっ、ごわかっだぁ....!!」

「こんな夜中に娘が1人出歩くな、危ないだろ?」

「ぅ゛うっ、ぐずっ...はい゛ぃ...」

「....にしても、なんだその服?」

 

私を珍しそうにまじまじと見る男に、私は呼吸を整えて事情を説明する。寝ていて覚ましたら知らないところにいたなんて事を....男は信じてくれた。

 

「お前、行く場所は?」

「ないです...」

 

こんな鎧なんか着てる人がいる世界などに私の行く当てなんかない。ここは、アイテリアという世界らしい。完全にファンタジーだ。

 

「ん〜....。なぁ」

「何ですか...?」

「俺と一緒に来るか?」

 

そう言いニカッと笑った男。

それが師匠、ウェンビルとの出会いだった。

 

 

 

 

 

私が落ち着くと近くの宿屋に連れていってもらってそこで少し話そうと2人で椅子に座る。

 

「そういや名前聞いてなかったな。俺はウェンビル、旅人だ。お前は?」

「名前...ですか?」

「あるだろ、名前」

 

私は思い出そうとする。というか思い出そうとしている時点でおかしい。自分の普通は名前などスルッと出てくるものだ。私がどんな人間だったか、趣味、特技、家族、そいうものは思い出せる。だが、名前だけは出てこない。

ん〜?と考える姿にウェンビルさんは察したのか、ならと続けた。

 

「今決めよう!!名前!!」

「ぇ」

「俺がかっこいいの付けてやるからな〜」

 

そう言い今度は彼がうんうんと悩み出す。私はそれより元の世界に帰る方法を探したいのだがと思うが、彼の真剣な表情にそれが言い出せなかった。というか女の子にかっこいいのはやめてほしい。

 

「ん〜、よし!!決めた!!」

「は、はい...」

「お前は今日から、レナータだ!!」

「レナータ....」

 

案外、可愛い名前を貰った。私はそれを何度か繰り返し口に出すと、何だか自分の名前がずっとそれだったかのように感じた。

 

「どうだ?」

「はい、凄くいいです」

「そうかそうか」

 

やっぱり俺は天才だなと自画自賛する彼に私も嬉しく思うと、先程寝ていたはずなのにうとうとと眠気が襲ってくる。

私は頑張って起きようとするが、半目の私を見てウェンビルさんは笑うともう寝ろとベッドに寝かせた。

 

「明日は剣の特訓だ、しっかり寝ろよ!!」

「....ぇ?」

 

剣....?私が疑問に思い体を起こして彼に問おうとした時にはもう、彼は隣のベッドで大きなイビキをかきながら眠っていた。寝るの早いなと私は思いながら、それは明日聞けばいいかと自分も眠りについた。

 

 

 

 

「もっとこう、ズバッと、バシッとだ!!」

「こ、こうですか?」

「違う違う!!こうっ!!」

 

生きるためには剣を学べ!!と朝早くから叩き起されて、森の開けた場所へ連れていかれたと思うと、長めで頑丈そうな木の棒を持たされて剣術を教えられる。しかも彼は人に教えるのが苦手なタイプな人で、さっきからズバッとかビュンッとか抽象的な言葉でしか説明できていない。

 

「はぁ...はぁ...」

「よし、休憩だ!!」

「はいぃ....」

 

傍にあった川の水を飲み、私は喉を潤した。そして汗をふぅっと拭うと彼はすぐに休憩終了!!と私に言いまた連れ戻す。

休憩とはなんだったのかと思いながら、私はまた木の棒を握る。

 

「ん〜....お前は一撃一撃が軽いんだよなぁ」

「それはやはり初心者ですから...」

「でも俺は分かるぞ、お前には才能がある!!」

 

鍛錬1日目でそんな事が分かるのかと私は疑問に思ったが、才能があると言われたらやはり嬉しいものだ。

私は少し気張って棒を教えられた通りに振ってみる。

 

「筋はいいと思うんだがなぁ....」

「わ、私頑張ってみます!!」

「おお、その意気だ!!」

 

私が一生懸命素振りをすると、彼は嬉しそうに自分も良さそうな木の棒を探すと私の横に並び同じく素振りをする。私は元の世界に戻ったら剣道もしてみようかなと思いながら上の空でブンブンと木の棒を振るとウェンビルさんに叱られた。

 

 

 

 

「よし、こいっ!!」

「はぁっ!!」

 

ガツッカツッと木の棒がぶつかる音が響く。鍛錬を初めて数ヶ月、私はやっとウェンビルさんに実戦の練習をしようと言われてウェンビルさんに向かって教わった剣術をぶつける。私の精一杯の一撃を、彼は軽く払い私の木の棒を飛ばした。

カランと音がして、私は気が抜けてドサッと座り込む。

 

「も、無理ですよぉ....」

「しょうがないなぁ、ちょっと休憩な!!」

 

そう言って私の前に座って胡座をかくと、彼は私をみてニヤニヤと笑っている。

 

「な、何ですか?」

「いや、俺は弟子ができるのが初めてでなぁ」

「弟子....?誰がですか?」

「お前に決まってるだろ!!」

 

まさか....俺は師匠だと思われていなかったのかと落ち込むウェンビルさん。まさか私達が師弟関係になっているなんて思っていなかったのだ。私は慌てて声をかける。

 

「じゃ、じゃあウェンビルさんのこと、師匠って呼んでもいいですか?」

「師匠...師匠!!悪くない!!」

 

ガハハッと笑うと彼、いや、師匠に私は機嫌直るの早い人で良かったと安心すると、また木の棒を握った。

 

「では師匠、ご教授お願いします!!」

「よし、やるか!!」

 

師匠の変わらぬ笑顔に、私も笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!!」

「くっ、させん!!」

「も、らったぁ!!」

 

私のフェイクの攻撃を防ごうとした師匠に本命の一撃を叩き込む。初めて実践訓練をした時と同じようにカランと木の棒が落ちる音が聞こえた。だが、今回は立場が逆だ。

 

「はぁ...やっと1本だな!!」

「やったぁ!!」

 

私は喜んでぴょんぴょん跳ね上がる。すると師匠が自分の木の棒を私に渡すと、今度からはこれなと言って笑った。私は理解ができず何がですかと問う。

 

「お前の攻撃は一撃一撃が軽い!!だが、二刀流にすればそれがカバー出来る、手数を増やすんだ!!」

「二刀流....ですか?」

「ああ、お前がある程度剣術を身につけたら言おうと思っていたんだ」

 

私はブンブンと2本の棒を振るうが、本当に出来るのか心配だった。それが顔に出ていたのか、師匠はニカッと笑って私の背をバシンと叩く。

 

「っぃたぁ....!!」

「俺が教えるんだ、心配するな!!」

「が、頑張ってみます!!」

 

私は二刀流とかかっこいいなと上の空で素振りをすると、また師匠に怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年後

 

 

 

 

カキンッと金属のぶつかる音が響き、私は師匠に斬り掛かる。それを受け止めて押し返し、剣をびゅっと突き出す。師匠の首ギリギリでそれを止めた。

 

「お、おぉ...お前成長早いな....」

「はぁ....はぁ....、緊張したぁ....」

 

毎日、毎日剣術の特訓をして、ついに今日、真剣での訓練で師匠に勝った。長かった....剣を教わってもう2年だろうか。私はある程度の魔物なら倒せるぐらいに成長していた。

 

「やっぱりお前には才能があるって言っただろ?」

「あの時はデタラメ言ってると思ってた」

「失礼だな!!」

 

今日はここで野営するかと焚き火を炊き、丸太に座る。

ぼんやりと焚き火を見ていると、師匠は急にすまんなと謝った。

 

「....何が?」

「お前に剣術を教えるので精一杯で、元の世界に帰る方法は何一つ分かってない」

「そうだけど...これから2人で旅して探せばいいじゃん!!」

 

それもいいなとニカッと笑って私の頭をワシワシと撫でる師匠に、私は子供じゃないんだからと手をペシッと叩いた。そして家族の事を思い出している時、ふと、師匠の過去が気になった。

 

「ねぇ、師匠ってなんで旅人になったの?」

「....」

 

私の問いに、師匠は寂しそうに笑った。辛気臭い話だぞと師匠は言ったが、私は少し考えたあと大丈夫と頷いた。

何があっても、師匠を慕う気持ちは変わらない。

 

「俺は....昔、死刑執行人だったんだ」

「死刑執行人って....あの、首を落とす人?」

「ああ」

 

今の師匠とはかけ離れたイメージの職に、私は驚く。でも何人もの首を切るなんてやっぱり心が病んじゃうのかなと心配に思う。

 

「俺には嫁さんがいたんだがな、罪を犯して死刑囚になっちまったんだ」

「それって....」

「ああ、俺が嫁の首を切り落とした。それからその仕事に嫌気がさしてな。辞めて旅人になったわけだ」

 

いつもとは違って真剣で、そして悲しそうな顔をする師匠に、私は涙が零れた。それを見て師匠を慌てているようだ。

 

「な、なんでお前が泣いてんだ!!」

「だって...そんなの、かな、しい....」

「....俺なんかのために泣いてくれて、ありがとな」

 

師匠はそう言うと私の涙を乱暴に拭い、そうだと言ってポケットをあさぐる。

 

「じゃーん!!フェイス.....なんたらが出来るやつだ!!」

「フェイスペイント?」

「そうだ!!」

 

そう言って私の右頬に何かを描く師匠。私は顔を動かさないようにじっとしていると、描いてた筆が顔から離れる。何か変な落書きをされていいないといいがと思い、師匠に何を書いたのと聞いた。

 

「雫の形だ」

「しずく」

「涙は大事な時までとっとけ、そのまじないみたいなもんだ!!」

「そっかぁ....ありがと、嬉しいっ!!」

 

私が笑うと、師匠もいつもの笑顔で笑い返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

3年後

 

 

 

師匠と出会って5年がたった。私達は私が元の世界に帰るための方法を探しながら、旅を続けている。

 

「あ〜!!ここもだめだったか!!」

「もうっ、異世界に飛ぶ方法とか言って、デマじゃん!!」

 

帰るすべはなかなか見つからない、私達は暗くなるまで噂で聞いた色々な所を周りどれも全滅でしょぼくれる。

 

「はぁ、今日はもう休むか。ちょうど近くに宿屋がある」

「そーだね、もう疲れたよぉ....」

 

私達は部屋を借りるとベッドにドスッと座った。お互い荷物の整理をしていると、師匠が何かを隠しながら見ているのに気づく。私は立ち上がり、それを覗き込んだ。

 

「何それ?」

「お、おお!!なんでもねぇよ!!」

 

師匠は急いでそれをポケットにぐしゃっと入れた。そしてもう寝ろと私をベッドにグイグイ押して寝かすと、自分もベッドに寝っ転がりまたいつもの様にイビキをかきながら眠っている。

 

「ほんと師匠眠りにつくのはやいなぁ....」

 

そして私はベッドに寝っ転がりながら考えた。先程師匠が見ていたのは何かの用紙。それにはいくつかの素材の名前が書かれていた。

 

「魔眼を持つドラゴンの鱗....」

 

そこに書かれていたものの1つを口に出す。師匠は前に装備を新調したいと言っていた。メモのいくつかの素材には横線が引かれていたが、それにはまだ線が引かれていなかった。まだ手に入ってないのだろう。

でも確か、魔眼を持つドリューというドラゴンが巣にしている洞窟があると色々な噂を聞いて回っている最中に聞いたのを思い出す。

 

「確かにこの近くだったよね...」

 

私はゆっくりと身支度をして、宿屋から飛び出た。私が1人でドラゴンを倒して、その素材を持って帰れば師匠は絶対に喜んでくれる。日頃のお返しが出来ると、私は早足でその洞窟に向かった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ...はぁっ...」

『ギャオオオオッッ!!』

 

魔眼を持つドラゴン、ドリューは予想より強かった。私の双剣は硬い鱗に跳ね返されて、鋭い爪は私の体を引き裂く。死の恐怖。私は構えた剣の切っ先をカタカタと震わせる。

 

「はっ!!」

『ガオオオオアアアアッッ!!』

 

ドリューの尾がビュッと音をたたて私に激突する。その衝撃で私は硬い岩の壁にぶつかり、口から血を吐いた。痛い、痛い....。そして出口に視線を一瞬だけ向けると、撤退のシュミレーションをする。

この洞窟の出入り口は狭い。ドリューの大きな体より私の小さな体の方が早く抜けられるだろう。

覚悟を決めて、持っていた毒のポーションをドリューの目にぶつけると、動きの止まった隙に私は出口に走り出す。

その時、出口に人影が見えた。

 

「レナータ!!」

「師匠!?」

「事情は後だ!!早くこっちに!!」

 

私は驚いて足を止めてしまう。私の攻撃を受けて暴れてたドリューは、目を光らせその魔眼を

 

 

師匠に向けた

 

 

師匠が手に持っていた剣を構える。その体は抵抗しているのか、震えていた。師匠の赤くなった目が捉えているのは、私だ。

 

「し、師匠?」

「....」

 

師匠は何も言わずに私に斬り掛かる。それを双剣で受け止めて、師匠を何度も呼ぶをが、やはり返事は帰ってこなかった。ドリューの魔眼とは、人を操るものなのか。私がそう理解したとき、師匠の剣が私の頬を裂く。

 

「ねぇ、やめて!!師匠!!」

「....」

 

師匠の本気の剣が、私をどんどん追い詰めていく。ドリューは私達を見て楽しんでいるのか、一切攻撃してこない。それに怒りを感じて斬り掛かりたくなるが、師匠に背を向けるのは危険すぎる。

出口は師匠が壁になっていて出られないし、それには師匠を1人残して逃げるのも嫌だった。

 

「師匠!!元に戻って!!お願いっ!!」

「ぁ....」

 

私の呼びかけに少し反応を示したのを見て、私は師匠の斬撃を受け止めながらまた叫ぶ。

 

「まだ一緒に旅をしようよ!!」

「....」

「私、まだ未熟者だから!!師匠がいないと―」

 

その時、師匠の振り上げた剣が、止まった。

 

「し、師匠....?」

「レ、ナータ....」

 

師匠は自我が戻ったのか、元の青い瞳で私を見ている。私は安心して、早く逃げようと言うが師匠は動かない。

 

「は、早く!!」

「もぅ、時間が無い....」

 

どういうことだと思っていると師匠の目が赤くなったり青くなったりするのを見て、私は師匠が必死に魔眼の支配に抵抗しているのが分かる。

 

「俺を...殺せ...」

「む、無理だよ!!」

「いいから、早く!!」

 

殺す、殺す?無理だ、無理だ無理だ!!

私にはそんなこと出来ない!!

師匠と過ごした今までの時間がフラッシュバックしてきて、私は嫌だと叫び頭を横に振る。

 

「もう...持たないっ!!」

「でも!!」

 

無理だ

 

「俺が....また、自我を失う前にっ!!」

 

出来ない!!

 

「殺せ!!」

 

嫌だ!!

 

 

 

 

「俺に...2度も家族を殺させないでくれ....頼む....」

 

 

涙を流し、私に笑った師匠に

 

 

「あ....ああ゛ぁああア゛ぁっあアっっ!!!!」

 

 

私は剣を突き刺した―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからどうしたかはよく覚えていない、気がついたら、森の中にぽつんと立ってた。

夜だったはずの空には太陽が登り始めていて、私は急いでさっきの洞窟に戻る。

息を潜めて洞窟に入ると、そこには目を閉じ眠るドリューの姿しかなく....師匠の遺体はなかった。

 

 

私は洞窟を離れると、途方に暮れた。

 

そして、どんどん涙が溢れてくる。

大声をあげて泣き叫ぶ私の傍には、初めてあった時のように慰めてくれる師匠はいない。

 

 

 

 

その現実だけが、私の胸を締め付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在

スフィーダの塔

 

side:アンディート

 

 

 

 

「ど、どうなってるの!?」

「知るか!!」

 

レナータがドラゴンに怯えたかと、その光った目を見て彼女が斬りかかってきたのだ。俺はその一撃を避けて、レナータの目を見た。

 

「目が赤い!!恐らくだが操られてる!!」

「そんなぁっ!!」

 

彼女の猛撃に俺達はただ避けることしか出来ていなかった。一撃でも当たれば致命傷を負うのではないかと言うほどの威力に、受け取めるのも出来ずにいる。

そして次に気がかりなのが後ろにいるドラゴンだ。

俺はムームアと後退して、作戦を練る。

 

「レナータとドラゴン、同時に相手するのは無理だ」

「なら―」

「俺はレナータを食い止めるから、お前はドラゴンを倒せ」

 

ムームアは文句を言いかけた口をキュッと閉じると、覚悟を決めたような顔をして頷いた。俺は改めて薙刀を握ると、レナータにそれを振りかざす。

 

「おい、聞いてるかバカ女王!!」

「....」

「簡単に支配されやが、って!!」

「.....」

 

銃撃の音が聞こえる。どうやらムームアも戦い始めたようだ。俺も負けじとレナータに食いかかる。

彼女は強い。ただの力勝負なら俺は負けるだろう。だが....

 

「〈身体能力強化〉!!」

「....」

 

自分の力が増すのを感じながら、俺は彼女の様子を伺う。やはり....

 

「魔法もアビリタも使えねぇみたいだな」

「....」

 

彼女は何も言わない。俺は、殺す気でまた薙刀を振るう。殺す気でいかなくては、俺が殺される。短期戦で終わらせたいと、俺は彼女の腕を狙い切りつけようとするが彼女の剣で簡単に防がれる。

 

「〈ブレイズ・シュティーク〉〈ブレイズ・バースト〉!!」

 

彼女の目の前に、強化された炎の凝縮したものが爆発して、劫火が彼女を焼く。やはり、魔法やアビリタ防ぐことはしない。

 

「このままじゃ死ぬぞ!!」

「....が、があぁあっ!!」

「―!!」

 

彼女が叫び出すと、角と、翼、尾が出てきて本来の竜人の携帯になる。ついに来たかと思っていると、変態はそれだけでは終わらなかった。

 

「おいおい、勘弁してくれ....」

 

肌が、青い鱗に覆われて顔は竜に近いものとなった。あれが竜人の本気なのだろう。俺は自分の習得している防御系のアビリタを全て使用して、彼女に立ち向かった。

 

「あぁああ゛ぁああっ!!」

「正気に、戻れ!!」

 

俺の薙刀を受け止めると、それを押し返して俺の腹部に彼女の剣がかする。それだけで血がどくどくと流れて俺の服を赤く染めた。その痛みに耐えながら、レナータの追撃を受け止める。

 

「く、そっ!!」

「あぁあ゛ぁああっ!!」

「〈フレイム・ノヴァ〉!!」

 

彼女に炎魔法が当たる、が、彼女は止まらない。痛覚が鈍っているのか、普通なら焼かれた激痛で隙が出来るはずだが、彼女ただ叫ぶだけだった。

 

「止まっ、て、くれっ!!」

「があぁ゛ぁああっ!!」

 

薙刀で彼女の剣を弾きながら、魔法で攻撃する。暴れ回るレナータは一切の防御無しで被弾したのにも関わらず、俺に斬撃をあびせた。俺は自分の体を魔力の渦で覆い、悪魔の姿に形態変化する。また腹の傷から血が溢れるが、そんなこと構ったことか。

 

「あの、時と似てるなっ!!」

「ぁああ゛ああ゛っ!!」

「イデアーレで、戦ったあの時っ!!」

「ぁあ゛あぁあっあ゛あっ!!」

 

彼女の猛撃は止まらない。どれだけ呼びかけても、俺の声は届かない。至近距離で魔法を放とうと前に出した手に刃が迫り、急いで引っ込める。今のは一瞬判断を間違えれば腕が無くなっていただろう。

 

「お前が何抱えてるか知らねぇが....」

「ぐぁああ゛ああぁあ゛っ!!」

「そんな簡単に、乗っ取られてるんじゃねぇよっ!!」

「あ゛あぁあぁ゛ぁああっ!!」

 

レナータの過去なんて知らない。先程のドラゴン見た時の怯え方を見ると何かトラウマがあるのだろう。彼女を救いたいという気持ちを、彼女にぶつける。しかし、思いのこもった俺の斬撃は尽く弾かれて、彼女には届かない。

 

「頼む、正気に戻ってくれっ!!」

「ああぁああ゛ぁああ゛ああっ!!」

「お前を殺したくないっ!!!!」

「ぁあ゛ぁあ―」

 

一瞬、彼女の動きが止まる。俺は何故と思ったが、この一瞬を逃すともう勝ち目は無いかもしれない。彼女の剣を薙刀で弾き飛ばすと、俺は彼女に刃を突き刺した―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side:ムームア

 

 

 

 

絶叫が聞こえて、ボクはそこ視線を向ける。アンディートがレナータに薙刀を突き立てていて、殺してないよねと心配になる。自分の戦いに集中していたせいで分からなかったが、レナータもアンディートも見たことの無い姿になって戦っていた。

 

「もう、人間なのボクだけじゃん!!」

 

あっち側の戦闘も気になるが、今は自分の戦いに集中しようと相手を捉える。ドラゴンは闇でできたブレスをガアッとボクに向かって放つ。

 

「〈ヴォラーレ〉っ!!」

 

それを飛行魔法で素早く回避すると、お返しと言わんばかりにボクの魔力の弾丸を打ち込む。ハンドガンを打ちながら、空間から出したアサルトライフルで弾丸の雨をドラゴンに浴びせた。

 

『ガァアアアアアッッ!!』

「レナータをあんなにしちゃって、ボク怒ってるんだから!!」

 

ドラゴンがボッと闇でできた玉をボクに放つが、それを横に飛んでかわす。服の端が少し消し飛んだのを見て、今のは不味かったなと焦った。それに気を取られて、ドラゴンが目前まで来ているのに気づかなかった。

 

『ゴァアアアァアアァアッ!!!』

「―っ!!」

 

鋭い爪がボクの体を切り裂りさこうと迫り、ボクは後退するが背中が壁にぶつかった。

 

『ガァアアアアアッッ!!』

「―くっ!!いっ、たぁ....!!」

 

ボクの肉をその爪が切り裂き血が吹き出る。首にかかっていた懐中時計のチェーンが切れて何処かへ吹っ飛ぶのを見て、ボクは心の中でお兄様に謝った。今のボクは前とは違う。

 

「お前が死ねばっ!!」

『グガアァアアアアツ!!』

「レナータはいつものレナータに戻る!!」

「ガァアアアアアッッっ!!」

 

ボクがこいつを倒せば支配の解除ができる。この戦いは、ボクの手にかかっていた。自分を変えてくれた彼女を救いたい。その思いを込めて、ドラゴンに向かってマシンガンを3つ出すと手で指示を出す。

 

「〈トリガーハッピー〉っ!!」

 

ドガガガッと音を鳴らしてめいいっぱいの攻撃をドラゴンに叩き込む。だが、その硬い鱗に弾丸は弾き返されて効いていない。ドラゴンがニヤリと笑うとその尾を素早く振り、ボクを壁に叩きつける。

 

「ぐぁっ!!く....このっ!!」

 

口の端から血が流れるがそれ拭い、また立ち向かう。ボクが殺されれば、みんな死んでしまう。それだけは絶対にさせない!!

 

『ガアアアアアアアアッ!!!』

「〈ホーリー・バレット〉!!」

『グガァアアアァアアアッッ!?』

 

光属性の弾丸を放つと、ドラゴンが先程とは違う反応した。硬い鱗に少し傷がついたように見える。だが、今の技は威力がそこまで高くない。ボクは何決め手になるものはないかと焦り考えるが、ドラゴンの高く上がった足が僕を踏み潰した。

 

「があぁああぁっ!!!!」

 

ゲボッと口から血を吐き、ニタニタと悪うドラゴンを見上げる。どんどん圧がかかり、内臓が破裂してゴポゴポと血を流すボクは死に向かっていく....

 

 

 

「のは、幻のボクだけどね」

 

 

 

そう言いドラゴンの背後に回っていたボクはドラゴンの後頭部に大砲を当てて、さっきのドラゴンがやったようにニヤッと笑ってとっておきの一撃を至近距離で放つ。

 

「〈クレイジー・キャノン〉」

 

ドガンッと起きな音が鳴り、ドラゴンの頭が吹き飛ぶ。するとドラゴンの体がズズッと闇の塊になり散っていった。

ボクは勝利した事に飛び上がって喜び、急いでレナータを見ると彼女の動きは止まっていて、人間の姿に戻るとそのままふらふらと倒れ込んだ。

 

「アンディート!!大丈夫!?」

「し、死にそうだ....」

 

アンディートはいつの間にかいつもの姿に戻っていた。

ははっと笑う彼に駆け寄り体を支える、が、ボクも体力の限界が来ていたのかそのまま2人で倒れ込んだ。もう、指一本動かせそうにない。

 

「ボクら、死ぬのかなぁ....」

「アホか、ちょっと休むだけだ....」

 

そう言って目を伏せたアンディートは気を失っているようだった。ボクも視界が白くなり、気持ち悪さを感じながら意識を手放した―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ、ぁあ...な、んで...」

 

倒れ込むアンディートとムームアを見て、自分の双剣を見る。自分がやったのか?2人を、この手で殺したのか....?

 

思い出せない!!

 

また....大切な人を殺した!!??

 

「ぁ、あぁ、やっ...いゃああぁあっ!!!!」

 

私は剣を地面に落として、膝をつき泣き叫んだ。取り返しがつかないことをしてしまった。傍にはあったアンディートの手を掴むと、何度も謝りながら2人に懺悔する。どんどん意識が遠ざかる。恐く、発狂だ。だが、2人を殺した私なんて死ねば―

 

「またか...お前」

「―っ!!」

 

握っていたアンディートの手が私の手を握り返して、さっきまで伏せられていた目は私を見ている。死んでない....?

 

「は〜い、ボクも生きてる〜」

 

体を仰向けにして手をあげて振ると、ムームアはゆっくりと体を起こした。

 

「お前また発狂しようとしてたな?いつもの早とちりしやがって....」

「はや....とちり....」

「運命に選ばれし王の遺体は残らねぇ」

「ぁ」

 

私はそうだったと思い出して、気が抜けて倒れ込んだ。2人をとも死んでいなかった。安心したが、勝手に死んだと思って騒いでいた自分が恥ずかしくなる。

 

「よ、よかったぁ....」

「よくねぇよ、みんなボロボロだろ」

「もーボク動きたくないよぉ〜」

 

その時、背後でガガッと音がしてそこに視線を向けると、ドリューが塞いでいた扉が開き次の部屋への通路ができた。私達は顔をバッと顔を見合わせて急いで立ち上がる。さっきのが試練だとするなら....

 

「やっとトのトリムルティ宝に....」

「この次も試練だったりしてね」

「不吉なこと言うなよ」

 

私達は若干早足でその扉を抜けて、次の部屋へ入る。

 

その部屋は如何にもとでも言うような、金銀財宝が無造作に散らばったまさに宝物庫だった。部屋自体は城にある謁見の間似ている。

しかし、その宝のある一点は一本道を作るように並んでいる。その道を視線で辿りながらその先を見ると、1つの椅子があり誰かが座っている。

それは真っ白な少女だった。目を瞑り、椅子に寄りかかるように座っているその少女はピクリとも動かない。

 

「あれが...『我』とか言ってた人かな....?」

「でも寝てるね」

「ん、あいつなんか持ってんな」

 

少しだけ近づいて見ると、彼女は小さめの宝箱を膝に乗せていた。本には『トリムルティの宝を抱きながら』と記述があったので、恐らくあそこに入っているのが私達が求める宝だろう。

 

「どうする、あの子の所まで行ってそぉっと宝箱奪っちゃう?」

「そんなこと出来ないでしょ....起きるよ、きっと」

「だが行動しねぇと何も始まんねぇよ、とりあえずあいつの側まで行くぞ」

 

アンディートがスタスタと歩き出したので、私達も続く。そして彼女まで5mというところぐらいで、彼女の目がゆっくりと開いた。私は神器を取り出し、警戒態勢をとる。

 

「お主らが試練を乗り越えた強者達か....?」

 

少女の思ったより可愛らしい声にとアンバランスな喋り方に戸惑いつつ、2人に視線を見向けられて私達が代表して答える。

 

「私達は運命に選ばれし王、試練は乗り越えました」

「なるほど。ならば我と戦うに相応しいであろう」

 

そう言って椅子から立ち上がり膝に乗っていた宝箱を椅子に置くと、彼女は私達をじっと見た。

 

「長かったぞ...我が眠りにつき千年以上が立ったが、ここ迄たどり着いたのはお主らだけだ」

「それはとても光栄です。念のために聞きますけど、戦わずにその宝をいただくことは出来ませんか?」

「愚か、そのような都合のいいことがあるわけがなかろう」

 

ですよねーと思いながら、私は剣を構えた。あちらはなんの構もせず、武器も見当たらない。魔術師なのだろうか。

 

「その前に、我の話を―って、もうこの喋り方面倒臭い!!」

「―っ!?」

 

急に彼女が地団駄を踏んだかと思うと、ため息を着きながら私達を睨む。

 

「あなた達!!遅いのよ!!」

「ぇ」

「私はここで、千年!!千年以上も待ってるの!!肩がこるわ!!」

「は、はぁ...」

 

急な態度の変わりように、私達はぽかんとしながら彼女の話を聞いた。先程までの喋り方はどうやら単にそれっぽいからやっていただけらしい。

 

「あなた達、運命に選ばれし王になって何年経ったの!?」

「まだ1年も経ってないです」

「はぁ!?ひよっこじゃない!!全く!!」

 

ひよっこ....、まあ確かにそうだが外見が年下の子にそう言われると少々恥ずかしいものだ。

 

「貴方は...トリムリティの宝を守る守護者なんですか?」

「ばっかねぇ!!私は、神よ。この世界の」

「神....?」

 

何言ってんだと思うが、彼女の頭部にある見たことのない輪っかや背から生えているこれまた見たことのない翼に、そうだとしても納得できるかもしれないと思う。

 

「私はアイテル。このアイテリアの創造主。分かった!?」

「は、はい」

「それにしても....」

 

彼女は私達を見ると、またため息をつく。そして背筋をピンと伸ばして私達を指さすと高らかに宣言した。

 

「あなた達が私に負けたら、私は世界を1度消滅させて作り替えるわ!!」

「!?」

「せっかく面白いシステム作ったと思ったのに千年も待たせるんだもの、つまらない!!」

「それだけの理由で!!」

 

私にとっては大切なことなの!!といい彼女は笑った。そして私をじっと見ると、やはりあなたねと続ける。

 

「な、なにが....?」

「あなた達がここに来れたのは、あなたのおかげじゃない?」

「私はなにもしてない、ただ皆と力を合わせただけ」

 

私はいつの間にか敬語で話すのも忘れて、彼女の悪い笑みに何故か汗を流した。

 

「ふふっ、その2人のお友達にはちゃんと伝えたの?」

「何を―」

「あなたが異世界から来たってこと!!あははははっ!!」

 

アンディートとムームアに振り返るが、彼らは驚いた顔をして私を見ている。わざと伏せていた。自分が異端者であると知られたくなかったのだ。

 

「おい、どういう事だ」

「私がねぇ、面白いと思って異世界からひょいっと連れてきたのよ、その子!!」

「レナータ、ホントなの?」

「....」

 

私はコクリと頷いた。そして私の世界のことを話す。魔法ではなく科学の発展した、魔物もいない平和な世界。そして私がただの、人間だということ。2人は真剣な顔でそれを聞いてくれて、私は申し訳なさでいっぱいになる。ここまで自分に協力してくれと言ったのにも関わらず、その私自身が隠し事をしていたことが後ろめたかった。

 

「黙っててごめん....でも私―」

「別にいいじゃねぇか、異世界人でも」

「ぇ....」

「そうだよ、なんかカッコイイじゃん!!」

 

2人は私は咎めたりはしなかった。ただ、それがなんなんだと言わんばかりにアイテルを睨みつけた。

 

「こいつが異世界人だが、何人だろうが関係ねぇよ」

「ボクらそんな簡単にここまで辿り着いてないんだから、舐めないでよね!!」

 

2人は気合い入れろと私の背をバシッと叩くと、笑ってくれた。私は嬉しくなって、剣を握りしめる。

 

「あ〜!!あぁ〜!!そう言うのいらないから!!鳥肌立っちゃう!!」

「そんな訳だから、私達は伝承の通り3人で協力して戦う!!」

「世界を壊すだとか意味わかんないことさせねぇ」

「よ〜し、ボクらが世界の救世主になろうよ!!」

 

私達が武器を構えると、アイテルはもおっ!!といって自分の魔力を剣形にして翼で飛び上がると、戦闘体勢に入る。

そしてそう言えばといい、私達はに手を向けると回復魔法をかけて私達の全ての傷が癒えた。

 

「ボス戦の前の回復は定番でしょ?」

「後で後悔しないでよね」

 

まさか神と戦う日が来るなんて、私は人生何があるか分からないなと心の中で笑った後、アイテルに斬りかかった。

 

 

 

その一撃を合図に、神と3人の王達との戦いが始まった―

 

 

 

 

 






ついに神との最終決戦が始まる―....って感じです。
ちょっと早めに書いたから文章がめちゃくちゃかもしれないです。
あと戦闘シーンもっと長くしたかったんですけど、私の脳内イメージを文章にする力が足りませんでした。

レナータは結構精神脆いので直ぐに発狂しそうになりますね。なんでもないように装うのは得意ですが、結構裏ではボロボロなタイプの人です。

ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回、恐らく最終話になるかと思います!!



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神と人と

 

 

 

「こん、のっ!!」

「―ぐっ!!」

 

アイテルの剣をレナータは自慢の神器で受け止める。見た目にそぐわないその怪力に押されながらも、アイテルの赤い瞳を睨んだ。アイテルは悪い顔で笑うとググッと力を強める。

 

「〈業火の斬撃〉!!レナータ、1人で突っ走るなっ!!」

「ごめんっ!!」

 

アンディートの炎を纏った薙刀の一撃で、アイテルが後退する。レナータは助かったと思いながら、体勢を立て直すとアンディートがアイテルの相手をしているうちに自分の強化を図った。

 

「〈戦士の心得・強撃〉〈戦士の心得・俊敏〉〈戦士の心得・強固〉」

 

師匠に教えてもらった大切な技で自分の身体能力が強化されるのを感じながら、レナータはアンディートと代わるようにアイテルに斬りかかった。

 

「ボクも忘れないで欲しいなっ!!〈ノワール・バレット〉!!」

 

ムームアの闇属性の弾丸がアイテルへ飛ぶが、まるで結界が張られているかのように彼女の体に触れる寸前の所で弾け飛ぶ。ムームアは眉間にシワを寄せると空中から4つマシンガンを出す。

 

「君どう見ても光属性じゃん!!くらえ、4倍だッ!!」

「何度やっても無駄よ、私は闇と友達なの」

 

レナータの攻撃を思い切り弾き、アイテルは優しい声でそう言うとムームアに剣を向けた。

 

「〈イノセンス・レイ〉」

「―っ!!〈ヴォラーレ〉!!」

 

自分に向かって放たれるレーザー状の攻撃に、ムームアは飛行魔法で避けようとするがどれだけ逃げても追尾されて徐々に追いつかれそうになる。

ムームアは防御系の魔法を考えたが、それでアイテルの、神の打った一撃が防げるのかと迷いがあった。しかしもう少しでぶつかってしまう。そう思い焦りながら防御魔法の詠唱をする。

 

「〈カイザー・オ―」

「伏せろ!!」

 

ムームアがシールドを張る直前にアンディートが庇うように突っ込む。アンディートはムームアを自分の体で包んだまま宝の山に衝突して、金貨が辺りに散った。

自分があのままシールドを張って受け止めようとしていたら、そのまま体の中心を貫いていただろうとムームアは背筋に冷たいものが走る。

 

「アンディート、大丈夫!?」

「いってぇ...だが左肩でよかった」

 

アンディートは、先程のレーザーの自分の体を貫いた部分を摩るが外傷はない。体の中だけを攻撃されたのだ。内部を焼かれた痛みに耐えながら、アンディートはまた薙刀を握った。

 

「ははっ!!マヌケ!!」

「こっちに集中した、らっ!!」

 

レナータが怒りに任せてアイテルに斬りかかるとアイテルもその一撃に体が飛び金貨の山にぶつかった。自分が笑った事と同じ状況にされたことから、アイテルは怒りを顔表しムクリと起き上がると、その素早い機動力で仕返しと言わんばかりに剣での突きがレナータの体を裂く。

 

「―あ゛ぁっ!!」

「ふ、あははははははっ!!!!」

 

レナータは腹に刺さる光の剣を掴んで力任せに引き抜くと、形態変化をして後退する。致命傷は避けられたが激しい痛みがレナータを襲った。

 

「〈戦士の心得・休息〉」

 

回復系のアビリタを使い完全にでは無いが傷を治す。アイテルは高笑いをしながら飛び、こちらを見下ろしていた。

 

「あなた達、ほんとに世界救う気あるの!?つまんないっ!!」

「うるせぇな、こっからだっ!!」

 

アンディートが形態変化をして薙刀を振るうが、片腕を負傷しているため本気が出せない。先ほどとは明らかに威力の落ちたその攻撃に、アイテルは苛立ちながら剣で薙刀を払ってその手から離させた。

 

「くそっ」

「アンディート、どいて!!〈ゼロミッション〉ッ!!」

 

ガチャガチャと音がして、ムームアは空間からライフル、マシンガン、ショットガン、ボウガン、ロケットランチャー、グレネードランチャー、光線銃、大砲....大まかに分けて8種類。様々なの銃を取り出す。そしてその総数、数百。ムームアは手元のハンドガンをある一点、アイテルに向けると引き金を引く。

 

「発射ぁっ!!」

 

無数の弾丸、レーザーがアイテルに向かう。切り札であるクアリタを放ってムームアは祈るように銃を握りしめ、自分の最大の攻撃を信じた。これなら少しは傷を負うはずだと。

しかしアイテルは一瞬驚いた顔をしながらも、にこりと笑った。

 

「〈インヴィンシブル・ゴッド〉」

 

ドンッと彼女が足で強く地面を叩くとそこを中心に衝撃波が発生して、ムームアの放った弾丸が全て消え去った。その衝撃波を受けて全員が吹き飛び、壁に衝突する。

 

「うっ....嘘でしょ....ボクのクアリタが....」

「あんた達は王、私は神。そこの差よねぇ」

 

ムームアに瞬時に近づき剣を向けるアイテルを、レナータとアンディートは出せる限りの力で飛び阻止しようとするが彼女の両手から放たれた波動でまた体が吹き飛ぶ。

近づくことすら出来ない。レナータはあの神は先程まで遊んでいたのだと悟り、そして焦る。

 

「はっ、ボクを殺しても必ずあの2人は君を殺すよ」

「舐めた口を利くクソガキね....」

「―がっあぁあ゛ぁああっ!!!!」

 

肩にその剣を刺されて悶え苦しむムームアに、アイテルは笑いながら反対側の肩にも剣を突き刺す。ぐりぐりと刃で傷を広げるように剣を捻られ、ムームアは少し暴れたあと激痛に耐えきれず失神し、彼の手から神器が落ちる。

 

「あらあら、子供はお眠かしら。じゃあ、永遠に眠りなさいっ!!」

「やめろおぉっ!!!!」

「レナータっ!!〈1度の好機〉!!」

 

アンディートが自分に何かのアビリタをかけてくれたの感じ、攻撃されるのを覚悟でアイテルに突っ込む。

 

「無駄って言って―」

「ムームアから離れろっ!!」

「―っ!?」

 

跳ね返そうとしていたレナータの双剣の一撃を避けて、アイテルは危なかったと少し切れた髪を触る。たかが少し力を合わせただけでその一撃が、自分にも届くものなのかと眉間にシワを寄せてまた苛立ち立つアイテル。自分が最強だと確信していた彼女にとって、数本の髪を切られただけでも屈辱的だった。

 

 

 

 

....

 

 

 

 

 

なによ、なによっ、なによっ!!私は無敵なの!!王ごときに、私が与えた力で戦ってるくせに!!

私は怒った。たかが3人の王ごときに、こうして感情を乱されていることに。長い眠りについていてまだ全力が出し切れないというのもあるが、それより何故こいつらはこんなに何度も薙ぎ払っているのに立ち上がるんだと、その底力にまた苛立つ。そしてそれと同時に少し楽しむ気持ちがあるのも、私を苛立たせていた。

シヴァ王はどうにか行動不能にしたが、まだあと2人残っている。

 

「はああぁあっ!!」

「もうっ」

 

ヴィシュヌ王の双剣を1本の剣で受け止めて、そのまま軽々と押し返す。ブラフマー王のアビリタで徐々に一撃一撃重くなっている彼女の攻撃に、焦りを感じた。

ヴィシュヌ王の連撃を受け止めながら、私は背後から斬りかかろうとしているブラフマー王に手を向ける。

 

「〈ヘヴン・ライト〉」

 

ブラフマー王に光が指して、その魂を天へ返そうとする。だが、彼は意志が強いのかそれを耐え切って私に炎魔法を纏った薙刀を私に振るうが、それを避けて持ち手の部分を掴み彼の手から奪うと、一回転させてその刃を彼の腹に突き刺す。

 

「―がぁッ!!」

「アンディート!!」

 

ヴィシュヌ王を蹴り飛ばし邪魔されせないようにすると、悪魔化の解けたブラフマー王を地面に捨て、踏みつける。

私の足を掴んできたブラフマー王の手を払い、何度も何度も傷口を踏みつける。

 

「汚い手で、触るんじゃないわよっ!!」

「ぐっ...がっ...がはぁっ!!」

 

口から血を吐きぐったりと体の力が抜けたブラフマー王を見て、私は勝利を確信した。彼の神器の刃を首に添えて、そのまま落とそうと振りかぶる。

 

が、嫌な予感がしてその手を止める。強い力を感じる。この懐かしい気配は....

そう思いその力の感じる方向に目を向けると―

 

 

 

 

....

 

 

 

 

腹部に思い切り蹴りをもらい、私は激しい音を立てて何かに衝突した。刺されたアンディートの方を見ると、アイテルに踏みつけられてもがき苦しんでいる。ああ、早く止めなくては。

私は立ち上がろうと手をついた時、カチャッと何かに触れた。

 

「(首飾り?)」

 

確かにここには宝が沢山ある。このような、全て黄金でできた首飾りがあっても不思議ではない。だが、私はそれから目が離せなかった。周囲の音が、遠く聞こえる。

それを手に取ると、強い力を感じて私は急いで自分が衝突したものを見る。

 

「(宝箱が...!!)」

 

アイテルが椅子の上に置いていた宝箱が椅子と共に粉砕されている。私がぶつかった衝撃で破壊されたのだ。

つまり、私の持っているこれが―

 

「トリムルティの宝....」

 

私がそれを口に出すと、その首飾り、トリムルティの宝は一瞬輝いた。まるで私に応えているかのようだ。

 

「だ、だめ!!」

 

声のする方に視線を向けると、アイテルが私に手を向けている。その表情は激しい焦りだ。私はその姿をぼぉっと見ながら、手がもちあがりトリムルティの宝を首に掛けようとする。まるで自分の物だったかのような自然な動作に私自身も疑問に思う。

 

「それは、初めからあげるつもりの無い―」

 

アイテルが私と接触するのと、私の首にその首飾りが掛かるのは同時だった。

ドクンッと心臓が波打ち、アイテルが自分に飛びかかっていくるのがスローモーションに見える。

そしてアンディートとムームアの体が光ったと思うと、2人の体が光の玉となり....私の体内に吸い込まれた。

 

私自身の体も光り、何だか魔法少女の変身みたいだと思っているとアイテルが剣を振りかぶり私に斬り掛かる。

 

「―っ!!」

 

私の体に触れた彼女の剣、彼女の体自身も何か強い力に跳ね返されたように吹っ飛ぶ。魔法少女の変身シーンに斬りかかるなんて非常識だよと思いながら、私はその体の変化を受け入れた。

 

「ちょっと怖いなぁ...」

 

ポロッと本音を零しながら、私の意識は薄れていった―

 

 

 

 

 

 

アイテルが飛んできて私の、私の?前に立っている。正確には飛んでいる。

俺はそれを見ながらニヤリと笑うと、アイテルは怒ったように剣を軽く降った。

ボクは彼女を真似るように自らの魔力で剣を作ると、それを握りしめた。

 

「私は、いや、俺、ボク?どれでもあるけど、どれでもないなぁ」

「....」

「....我はトリムルティ神、ファタリタ。貴様を倒す者だ」

「調子に乗っちゃって...私を倒すですって!?冗談じゃないわ!!」

 

ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ。創造、維持、破壊を司るそれぞれ神の化身が1つになった三神一体。それが我だ。まるでずっとこの体だったかのような馴染みを感じながら、白と黄色の衣装を身に纏い、黄色に光った魔法の翼で飛びながらアイテルと対峙する。

 

「神になったとこで、所詮は即席のもの。私には勝てないわ!!」

 

そう言って斬りかかるアイテルの剣は....軽い。さっきまで受けていたのと同じなのかと疑問に思うほど、あっさり跳ね返す。

 

「私はこの世界の神なのよ!!その私に―」

「神ならば、世界をそんな簡単に滅ぼして良いと?」

「そ、そうよ!!だってこの世界は私の玩具なんだからっ!!」

「なるほど....では消えてもらうよ」

 

アイテルに突進して勢いよく振りかぶった剣をぶつけると、彼女の懸命にそれを受け止める。ググッと我が押すと、彼女の顔に焦りが見えた。完全に立場が逆転している。

 

「なん、なのよっ!!」

「貴様と同じ、神だ」

 

そのまま力で押して切り払うと、アイテルが地面に激突する。我に見下ろされた事に怒りを感じているのか、彼女は叫んだあとまた向かってくる。

 

「〈サンクチュアリの奏〉」

 

剣にさらに光を纏わせて強化する。我の体を光のオーラが覆いアイテルの剣が体に接触する前に弾き返される。

 

「―っな!!」

「もう貴様の技は効かない」

「このっ、この、このぉっ!!」

 

何度もアイテルは我の体に傷をつけようとするが、全てが弾き返されて彼女は肩で息をする。

彼女の腹に拳を叩き込み、回し蹴りてまた地面に叩き落とすと自分も地面に降りる。

 

「ケホッ....こんな屈辱的なことは初めてよ....」

「こうやって戦うこと自体初めてじゃないのか?」

「....」

 

彼女は一瞬驚いた顔をしたが、我をキッ睨むとこちらに手を向けた。

 

「〈ディヴァイン・クロス〉ッ!!」

「〈インヴィンシブル・ゴッド〉」

 

無数の光できた十字架が我に向かって飛ぶが、魔法でそれを全て無効化する。我がニヤリと笑うと、アイテルはその赤い目をカッと開くとギリギリと歯を鳴らした。

 

「貴様がさっき使った技だ、先程のお返しという事だよ」

「こ...のぉ...、あなただけは絶対に殺すわ!!」

 

アイテルは剣を一回り大きくさせて上段から切かかり、それを受け止めて彼女と見つめ合う。

 

「貴様は何故戦う?」

 

その問いに彼女は少し動きを止めたあとまた強く剣を押して、我がそれを受け流すと彼女は上空へ飛び上がり距離を取った。

そしてぶつぶつと呟きながら、彼女は我を見つめる。しかし実際には思考するのに集中して、ちゃんと見てはいないのだろうが。

 

「何故....?宝が奪われたから....でも、殺すタイミングならいつでも....」

「答えは見つかったか?」

 

我が笑うとまた彼女は怒り、素早く降下しながらの突きの一撃を放ってくる。それを切り払うと何度も何度も我に斬り掛かる。怒りだけに染まっていた表情に、今は戸惑いが見え始めていた。

怒りに任せて放った剣は乱雑だ。それを受け止めながら自分もこうだったかもなと反省しつつ彼女の剣を強く切り払い、粉砕した。

 

「―っ!!」

 

また魔力で剣を創り、我に向かって、そしてまた剣を粉砕される。それを繰り返していると、彼女が急にピタッと止まった。

 

「どうした?魔力切れか?」

「そんな、わけ...ないでしょっ!!私の魔力が切れるなんて―」

 

ハッとした彼女に、今更気づいたかと笑うと我は剣を少し大きくした。

 

「あ、なた...私の魔力をっ!!!!」

「そうだね、接触する度吸っていたよ」

 

彼女はもう魔力で剣を造れない。何もしないところを見ると、恐らくあれが彼女の唯一の武器だったのだろう。それでも戦意を失わない彼女はこの宝物庫にある剣を適当に取るとそれで斬りかかってくる。

 

「あぁぁあ゛あぁ゛っッ!!!!」

「もう、見苦しいぞ」

 

そういい彼女の持っている剣を手で掴み破壊したあと、彼女の頭に浮かぶ輪をスパッと切る。

それは真っ二つ割れると砕け散り、光の粒になって消えていった。

 

「あ...ぁあ....、わ、私の輪っか―」

「終わりだ」

 

膝をつき涙目で天を仰ぐ彼女の首に剣を添えて、そのまま飛ばそうと振りかぶる―が

 

「....?何故だ....、動かない」

 

彼女の首に触れる直前で、自分の動きが止まる。アイテルはただただ無抵抗のままでいるので、彼女が止めた訳では無い。

 

「そうか...私か。俺もボクも殺そうとしているのに、何故私は抵抗しいる?」

 

自問自答して、また彼女の首をはね飛ばそうとするがやはり動きが止まってしまう。私に問う。何故止めるのかと。

そして、自然と口が動いた。

 

「アイテル、貴様は楽しかったか?」

「....」

「こうして、自分と戦える者が現れて」

「....そん、なこと―」

「ただ、貴様は構って欲しかっただけなのではないか?」

「....」

 

アイテルは泣いていた。それかもねと小さく言い顔を伏せた彼女に我は手に持っていた剣を消失させた。

 

「我の、レナータの部分が貴様を救いたいと願っている」

「あの、ヴィシュヌ王が?」

「貴様にとっての救いとは何だ?」

「....ははっ、ほんとお人好しね。私はあなたを本気で殺そうとしたのよ?」

 

それでも、と我の中のレナータが言う。それが総意となり、アイテルに手を差し伸べる。するとその手を戸惑いがちに取り、我は彼女を立たせた。

 

「...私の救い...ずっと眠りにつくことかしら」

「いいのか?」

「ええ」

 

我は彼女を抱えて、破壊させれた椅子を魔法で修繕させるとそれにゆっくりと座らせた。

ありがとうと言う彼女に手を向けると、彼女はにこりと笑った。

 

「私は...ただ誰かと遊びたかっただけだったのね」

「....」

「ありがとう、本当に」

「〈クレイドル〉」

「嗚呼....あなたを置いていってごめんね――」

 

 

我がアンディートのクアリタを唱えると、彼女をツルが覆ってゆく。ゆっくりと目を閉じながら、誰かに語りかけた彼女が眠りについたのを見て、我はアイテルに背を向けて歩き出し、宝物庫を出た―

 

 

 

 

 

が、すぐさま首飾りを外す。

 

 

 

 

 

 

光の玉が2つ体から抜けてゆき、アンディートとムームアの形に戻って、私自身も元の姿に戻る。

そして全員が顔を見合わせると、さぁっと顔が青くなる。

 

「「「おぇ゛ぇっっ」」」

 

あまりの気持ち悪さと頭痛に吐いた。はぁはぁと息を整え口元を拭うと、また皆で顔を見合わせた。

 

「トリムルティ化ってこんなに負担かかるんだ....」

「それにあのまま長時間融合してたら、本当にファタリタとして固定されるところだったじゃねぇか!!」

「う〜、気持ち悪いよぉ....」

 

それより皆、お互い顔が合わせずらかった。と言うのも、そのまま融合して1つの人格になるのも恐ろしいが、トリムルティ化の1番の難点は―

 

「「「記憶の共有」」」

 

やっぱりかと全員でため息をつき、明後日の方を見る。それに喋り方も、我だとか、貴様だとか凄い恥ずかしい。私はジタバタしたくなる気持ちを抑えて、皆に言う。

 

「あれだよ....みんな見たことは忘れよう....」

「そうだな、覚えてても....なんか、な」

「忘れられないよ!!みんな人生が濃いよ!!」

 

ムームアがプンプンと怒るが、それは君にも言えることだよと思う。アンディートとムームア。トリムルティ化している間は彼等の過去をまるで自分で体験したように感じる。恐らく自分の記憶も彼らに見られただろう。

 

「ああ....恥ずかしい」

 

そういい私は座りこんだ。嘔吐物を避けながら。アンディートとムームアも同じように座る。

2人との戦いを思い出す。アンディートは親友を、ムームアは兄を自らの手で殺してしまった。その事にどっちも囚われていたんだなと今、2人の記憶を知って納得した。

そして私も....

 

「レナータ」

「なに?」

 

アンディートは何か言いたが言いづらいというような顔をしていて、いつも何でもズカズカ言ってくるのに珍しいなと思う。そして、あー、と頭をかきながら私と目を合わせた。

 

「余計な世話かもしれないが....お前の師匠、まだ死んでねぇんじゃないか?」

「―っ!!」

「俺もムームアも大事なやつの遺体をちゃんと見たが、お前の記憶見た限り生きてる可能性もあると思う」

「ボクなんか自分で消し炭にしちゃったけどね」

 

ははっと笑えない冗談をいい、この部屋に落ちていた懐中時計を拾って大事そうに拭いているムームアに私は苦笑いを向けた。そしてアンディートに向き直る。

 

「ありがとう、アンディート」

「....お前みたいな能天気な奴が何抱えてるか知っちまったからな。ただの俺の感想だ」

「それでも嬉しいよ」

 

アンディートは見たことの無い優しい顔をして、私に笑いかけた。恐らく彼は少し私と親友、ミラさんを重ねているのだろうなと思った。記憶で見た限り自分でも驚くほど彼女と私は似ていたからなぁと不思議な気分になる。

 

「それにしても私、ムームアは天才派だと思ってたよ」

「思ってたって、ボク天才じゃん」

 

何を当たり前の事を言ってるんだと言う顔のムームアに、私は続ける。

 

「才能もあったけど、努力ゆえの秀才派だったんだね」

「まぁ、ボクたくさん勉強したしね」

 

努力するなんて当然じゃんと笑うムームア。まだ12歳なのに強いなと私は頭を撫でる。子供扱いをすると嫌がっていた彼だが、私の手を振り払ったりしない所を見ると撫でてもいいようだ。

 

「ボク、お兄様を守ってあげられるって喜んでたんだ」

「うん」

「でも、それがお兄様のプライドを傷つけてるなんて、知らないくて....。本当に子供だなぁ、ボク」

 

そう言って今度こそ私の手を振り払ったムームアはいつもの生意気な子供の顔に戻っており、やっぱり強い子だなと思う。

 

「それにしてもさぁ、せっかく神の力手に入れたし何する?」

「はぁ、融合したくねぇ」

「私もうこれ使うの嫌なんだけど....」

 

ムームアの言葉に反対派の私とアンディート。ムームアはぶーぶー文句をいうが、自分の手の中にあるトリムルティの宝を見て少し考える。

 

「神の力とかなんかよく分からないよね」

「確か創造、維持、破壊だったか?」

「一応アイテルと同じで世界も作り替えられるんだよね?」

 

そんな恐ろしいことが出来るのかと、私は少しゾッとした。そしてふと思う。

 

「そういえばアイテルのこと封印したのに、私達の力消えてないね」

「本当だ、忘れてた」

「考えなしに封印しちまったが、しくじったら従者達も消えてたかもしれねぇな」

 

そうだったら直ぐにアイテルを叩き起すけどねと思いながら、私は従者と聞いて皆の元へ、イデアーレへ帰りたくなった。

 

「....そろそろ戻るか」

「そーだね」

「私も、賛成」

 

2人共同じ気持ちだったのか、私達は立ち上がって皆でスフィーダの塔に別れを告げる。正確には眠りについたアイテルに。

 

 

 

....

 

 

 

 

「本当にこのやり方で大丈夫なのかっ!!」

「ボクちょっと怖いんだけどぉっ!!」

「だって皆、飛ぶ力残ってないじゃんっ!!」

 

そういえばここが空中であることを忘れていた私達はパラシュート無しのスカイダイビングを体験したあと、地面ギリギリで飛行魔法を使う羽目になった。

 

感想を言うと、死ぬかと思った、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レナータ様っ!!」

 

サンドゥ砂漠にあるスフィーダの塔に戻ると、従者が集まっていた。よく見ると....全員いる!?

 

「み、みんなどうしたの!?」

「レナータ様と連絡がつかなくなったので、何かあったのかとっ!!ああ、傷はどうされたのですか!?ルポゼ!!」

「はいっ、〈グレイト・ヒール〉!!レナータ様、大丈夫ですか!?」

「俺たちすげぇ心配して、」

「急いで来たんですが間に合いましたか!?」

「綺麗な顔にお傷が誰がそのようなことを!!」

「僕もみんなと―」

「ストーップ!!!!みんなで喋ったら分かんないから!!」

 

私はステイと合図すると、皆がピタリと止まり口を閉じた。周りを見ると、アンディートもムームアも同じようなことをしている。皆、心配する気持ちは分かるけど一斉に言われると聞こえない。なので、私はあーと言いながら整理する。

 

「まず、サージェ。皆ここに居るってことは、国はガラ空きなんじゃ....」

「それであれば心配ございません。緊急用の結界を張って来ました」

「ならば問題なしっ」

 

私はんんっと咳払いすると、体内からトリムルティの宝を取り出すと皆に見せる。体内からと言うのは、さすがにマジカルボックスしまうのは危ないかなと思い、試しに神器と同じように出来ないかと冗談半分でやったら、本当にしまえたのだ。

 

「これが私達運命に選ばれし王が求めしもの、トリムルティの宝!!それを手に入れましたっ!!」

 

おおっと声が上がり拍手をされたのでちょっと照れながら、そしてと続ける。

 

「あとついでに世界も救ってきた。まぁ、詳しいことは城で話そうよ。私疲れちゃったぁ....」

 

エンドに運んでと言うと、彼はめちゃくちゃ嬉しそうな顔をしたあと私を周りに自慢するように横抱きにしてそのまま抱きしめた。

 

「このくそエルフっ!!レナータ様から離れろ!!」

「見苦しいぞテゾール。俺は指名されたんだ」

 

私を抱えたままげしげしと蹴り合いをするエンドとテゾール。そしてそれを止めようとする他の従者達を見て、自分は日常に帰ってきたんだなと安心した。

 

「おい、レナータ」

「ん?」

 

アンディートが凄く嫌そうな顔でリヴェルダに横抱きにされているのを見て笑いそうになるのを堪える。それが彼には分かったのか、笑うなと怒られた。

 

「俺もムームアも、もう国に帰る。互いにこれから忙しくなりそうだな....」

「そうだね、そう言えばトリムルティの宝は私が持ってていいの?」

「もうしばらく使いたくないよぉー」

 

ルナティスに抱っこされたムームアが会話に参加する。2人ともボロボロで、私は笑った。

 

「何だ?」

「いや、2人ともボロボロだなって」

「それはレナータもでしょ」

 

そうだねと言ってまた笑うと、2人も笑ってくれた。

 

「じゃあ、次はまた会議でか?」

「そうだね、その時にはいい報告が出来たらいいけど」

「いい報告、ねぇ....」

 

そう言い私とエンドをジロジロと見るムームアに、何が言いたいかちょっと悟った私達は赤面した。

 

「じゃあな」

「またねぇ〜」

 

手を振り飛んでいくアンディートとムームアを見送って、私は一息ついた。

自分たちは世界を救ったが、その実感はあまりない。

だけど私に笑顔を見せる私の自慢の従者たちを見て、私は彼らを守れたならそれでいいと思った。

 

「2人とも帰っちゃったし、私達も帰ろっか!!」

『はいっ!!』

 

 

 

 

皆の元気のよい返事に私は、今日1番の笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 









ついに「トリムルティの宝」が完結いたしました!!いぇーい!!
最初は自己満足いいやと書き始めて、三日坊主の自分の事だし多分続かないだろうなとか思っていたのですが、ちゃんと書き終えることが出来ました!!
文才の無さと戦いながら頑張りました....本当にもっと勉強しなくては....。

一応これで話は終わり....だと思ってたんですが、まだ続くかもしれません。2部ってやつです。本当にふんわりとしか考えていないので確定という訳では無いのですが、書けたらいいなとは思ってます。

そして今回、最終回なのに話が短いですね....。
ゲームの話なんですけど、ラスボスより中ボスの方が手こずる時あるよなぁって事ありません?そういう事です。
なんか強引に和解させたように見えるかもしれませんが気のせいです。はい。
「王道」をテーマにお話作っていたのですが、やっぱり私のドラクエ好きがバレましたかね。(多分バレてない)。そしてファタリタの喋り方が変....しょうがないよね、3人が融合したんだしあんな感じでも....。
あとサブタイトルは私の好きな曲からとらせていただきました。

アンディートのクアリタ、〈クレイドル〉は対象を封印状態にする効果があり、誰かを1人封印している状態でまた他の誰かをというのは出来ず、今はアイテルを封印しているので今後は使えない状態です。
ムームアのクアリタ、〈ゼロミッション〉は1度使えば168時間で回復します。脅威です。これさえあれば数百万人は殺せます。それが1週間に1回撃てると考えると怖いです。しかも不老の子供が。

そしてレナータのクアリタですが....そうです、明かされていません。
レナータのクアリタは本当に彼女と相性の悪い自動発動系のクアリタなんですが、それは次に書こうと思ってるアナザーストーリーで書きたいと思います。

ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました!!


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アナザーストーリー
もうひとつの可能性


 

 

何もない大地に、彼女は1人で立っていた。周りに生き物はいない。正確にはこの星には彼女以外生物が存在しない。その原因は、彼女にあった。

 

「やっと....これで最後だわ....」

 

先程殺した鳥を見て、彼女は思う。この鳥と同じように自分も羽ばたくことが出来なくなって、苦しむ日々が続いたなと。しかしもう死んだように生きる人生に今日で終止符が打たれる。ニヤリと笑った彼女は叫んだ。

 

「私が最後の生命体となったわ!!これで条件は満たしたはずよ!!」

 

誰かに語りかけるように叫んだ彼女は、その声を拾った者から返事が返ってくる。その応えを聞いて、彼女は泣きながらまた誰かに語りかける。

 

「今から行くわ、待っててね....」

 

その声はとても優しいものでその言葉に返事は帰ってこなかったが、それでも彼女は嬉しくて笑った。そして彼女は思いを馳せた。またあの頃のように、みんなで―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜、うん。分かった...ちょっと待ってね。サージェ、次っていつが空いてる?」

「予定がない日は1ヶ月後にございます」

 

1ヶ月....改めて自分のスケジュールを聞くと気が遠くなるなと思いながら、〈メサージュ〉で連絡を取っていた相手に伝える。

 

「悪いけど時間取れるの1ヶ月後みたい....」

『え〜、ボクそんなに気が長いほうじゃないんだけど!!』

「でもそっちだって忙しいでしょ?」

 

話し相手、ムームアに伝えるとやはり思った通りの返事が返ってきた。互いに国王同士、こうして数十分連絡を取ることは出来るが実際に会って話すというのは難しい。三大王国が同盟を結んでから、周辺国とのわだかまりや文化の進み具合の違い、その他もろもろ対応しないといけないことが沢山出てきたのだ。

 

『まぁそうだけどさぁ...そういえばアンディートのとこはどうなったの?』

「イーニット王国との事?それならまだまだってとこかな」

 

イーニット王国は過去にアズモンド王国に戦争を仕掛けて敗北している国だ。その怨恨が今でも残っていて両国の関係は良いものとは言えない。今それの関係を修復しようとアンディートは頑張っているのだ。

 

『そっちに仲人になって欲しいって頼まれたんだよね?』

「そうそう、イデアーレとイーニットは長い歴史があるから」

 

イデアーレ王国がまだ鎖国状態だった時、唯一貿易を行っていたのがイーニット王国だった。確かに仲人としては私は適任だろうが、今回アズモンド王国との関係修復の事でこっちの関係に亀裂がはいるのは裂けたいと、現在なかなか難しい問題を抱えている。

 

『確かに同盟関係ではあるけど蹴っちゃってもいいんじゃない?』

「でもなぁ、アンディートも奴隷解放に向けて凄い頑張ってるんだよね....」

『それで少しでも力になりたいって?』

「うん」

 

はぁと大きめなため息をつかれたあと、ムームアはあのねぇと私を叱るように続けた。

 

『レナータは甘いよ!!』

「えぇ....」

『相手が頑張ってるからって、ほいほい簡単に手を貸して自滅してたらわけないでしょ!?』

 

まぁ、そうだけどと何故子供に説教されているのか疑問に思っていると聞いてる!?と怒鳴られて生返事をした。でもこう言ってはいるが、ムームアもアンディートの力になろうとしているのを私は知っている。

 

『とりあえず、ボクとの会談のセッティングはすぐにするから絶対に時間空けてよね!!』

「この暴君め!!」

『ふふ、なんとでもいいなよ。じゃあ、2週間以内に。よろしくね〜』

「あ、ちょ―」

 

ブッと〈メサージュ〉の切れるの音がして、今度は私がため息をつく。サージェに視線を送ると、お疲れ様ですといつの間にか出来ていたスケジュール表を渡される。恐らく私達が話している間に素早く作ったのだろう。さすが、仕事のできる男だ。

 

「シヴァ王様はどのように仰られておりましたか?」

「2週間以内にこいって」

「では....」

 

そういいサージェが執務机に置いたスケジュール表を指さし、この日ならと指で円を書く。

 

「8日後であれば調整出来ると思われます」

「そうだねぇ....みんなで食事会するの楽しみにしてたんだけどな〜」

 

8日後には従者達と過ごす時間を取ってあった。私達はそれぞれ大切な役割があるため全員が集まって何かすると言うのは、私が命令しない限り少ないのだ。少ないと言うより、ほぼ無いに等しい。

 

「私も楽しみにしておりました...ですが、シヴァ王様との会談となれば私共は納得し、我慢出来ます」

 

レナータ様との時間....と悔しそうな顔をするサージェだが、貴方はほぼ私と一緒にいるじゃないかと思いながら皆に連絡するように伝える。

と、思いったがみんなの顔が見たいので謁見の間に集合させてと後ずけでサージェに言うと、私は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

謁見の間について、サージェと皆を待つ。この部屋はかなり広いがいつもどうやってこんなに綺麗に掃除しているのだろうと疑問に思い、キョロキョロと周りを見渡した。

そして最初は座るのを躊躇していた王座にも今は普通に座れるようになった。人の適応力は凄い。

 

「なかなか来ませんね....申し訳ございません、皆久々に集まるので身支度に時間を掛けているのやも知れません」

「ははっ、いいよ待つぐらい」

「そうでございますか」

 

サージェのにこりとしたいつもの笑みを見て、私も笑顔を返す。そして次の瞬間、何故かゾワっとした嫌な感覚を感じる。

 

「―っ!!」

「レナータ様?」

 

これは、敵意?....いや殺意だ。

私はその発生源を部屋をぐるっと見渡して探すが、この部屋には私とサージェしかいない。と、窓に人影が見え激しい音を立ててその窓が突き破られる。

 

「レナータ様!!」

 

サージェが私を庇うようにして相手を警戒して立つが、入ってきた人物は足甲の音を鳴らしながらゆっくりと近づいてきた。私は体内から神器を取り出していつでも戦えるようにする。

 

「急に窓からこんにちはって、失礼じゃない?」

「....」

 

私が話しかけるがその人物、彼女は無反応だ。ベールの付いた冠を被り、紺色のマントの深いフードで顔はよく見えない。しかしコルセットから見える豊満な胸から女性であることが分かるが、情報が少なすぎる。

運命に選ばれし王になってから何度か暗殺されそうになったことはあるが、こんな正面から堂々来たの人は初めてだ。

余程自分の力に自信があるのだろう。

 

「すぐに帰りなさい」

 

命令するように言うが、彼女はまた無反応。というより会話する気がないのか、さっきから私ではなくサージェの方を向いている気がする。ベールで表情が見えないのでどういう感情かまでは掴めない。

 

「レナータ様からのお言葉でございます。素直に受け入れ―」

 

サージェが彼女に話しかけると、一瞬のうちにサージェの傍まで踏み込んで鳩尾に肘を叩き込む。苦しそうな声を上げたサージェを見て私は彼女に殺意を覚えて斬りかかるが、それは簡単に避けられて今度はサージェを私から引き離すように蹴り飛ばす。

 

「貴方....やってくれたね」

「....」

 

表情は見えなが、笑っている気がする。それにまた私は腹を立てて剣を構えるが、彼女はすぐさま移動してサージェの首を掴みグッと持ちあげると彼を盾にするように私に突き出した。

下手をするとサージェを斬ってしまうかもしれないと、私は焦りながら彼女を観察する。

 

「彼を離しなさい!!でないと本当に斬り殺すよ!!」

 

私は覚悟を決めて、彼女と戦おうとするが彼女は不意に顔に手を持っていくと恐らくベールをめくった。恐らくというのはサージェの体でこちらからは見えないからだ。

 

「―な、何故...!?」

 

サージェは激しい戸惑いの声を上げて、先程までしていた抵抗をやめる。彼女はベールを戻して、サージェを投げ捨て私に向き直った。かなりのスピードで壁に叩きつけられたサージェは気を失ってしまったようで、私は彼女を睨みつけた。

 

「私を殺したいなら来なさいっ!!」

「....じゃあそうさせて貰うわ」

 

初めて言葉を発した彼女は、それを体内から取り出した。運命に選ばれし王しか持たないはずの神器。

それも、私と全く同じ―

 

「殺しはしないわ、ちょっと眠ってちょうだい」

「―っ!!」

 

私が戸惑っていると、彼女は距離を詰めて私に斬りかかる。それを受け止めるが、彼女の力は尋常じゃない。運命に選ばれし王である私が押されるほどの相手、私は何が何だか分からなくなる。

 

「〈インベイジョン・インパクト〉」

 

片手の神器を体内にしまうと、片手で私を押さえ込みながら魔法を放つ。至近距離で放たれたそれに私は避けるすべは無く、その身で受け止める。

 

「―ぐっ、がぁ...!!」

「このぐらいじゃ死なないわよね?運命に選ばれし王様?」

 

痛い。これ程の痛みを感じたのはアンディートやムームアと戦った時以来だ。私は意識が飛びそうになるのを我慢しながら、彼女の剣を受け流し後退して距離を取った。

 

「な、んなの...貴方は...」

「さぁ、私にも分からないわ」

 

彼女は軽く笑うと剣を軽く振る。あれは『グランデ・スパーダ』、私の神器とそっくりどころか同じ力を感じる。しかし、1つだけ私の物と違うのは赤く光を放っているところだろうか。

 

「これが気になる?」

「まあね」

「答え合わせは、今度にしましょう、かっ!!」

 

ガキンッと音がして、私はまた彼女の剣を受け止める。あと一瞬でも反応が遅れていたら、私の首は飛んでいたかもしれない。殺すつもりはないとか言っていたが、ビリビリと感じる殺意はどう説明するんだと思いながら彼女の猛撃を受け止め、受け流し、避けることだけに集中した。

 

「逃げてばっかりね、レナータ・ヴィシュヌ」

「こっからだよ」

「....貴方は皆の王には相応しくない!!」

 

そういい思い切り放たれた彼女の斬りつけに私の双剣がその威力に耐えきれず手から離れてしまう。ブンッと遠くまで飛んだ神器を見て、私は思う。

 

負ける....?

 

彼女は自分の神器を体内にしまい、私の首を掴み高く持ち上げるとまた笑う。私は彼女の手を掴み、顔を狙って蹴りを放つがそれは簡単に払われて首を絞める力が強まる。

 

「....ぐ、ぁ...」

「最後に教えてあげる、私の名はレトロ」

 

そういい遠くなる意識の中、苦しさでもがいた手が彼女のベールを剥がす。彼女は落ちたベールを目で追い一瞬驚きの表情を見せたが、まあいいわと言い私に向き直る。

 

「―っ!!」

「イデアーレの国王に相応しいのは、私よ」

 

ついに視界が白くなり、意識が飛ぶ私が最後に見たのは

 

自分と全く同じ顔で笑う彼女の姿だった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、よく集まってくれたわね。面を上げなさい」

 

私は王座に座り、跪くキーパーソンのみんなを見て微笑んだ。やっと、やっとこの日が来た。数百年の準備を経て、私の願いがやっと叶ったのだ。だが、皆の顔は暗い。あの女のせいだ。

 

「あの出来損ないの前王の事は忘れなさい」

 

私がそいうと、皆がピクリと動き私にある感情を向ける。

 

敵意。

 

私は王座の肘掛に拳を叩きつけると、皆に怒りをぶつける。

 

「私に逆らうな!!誰に向かって敵意を向けてるの!?」

「....申し訳ございません」

 

謝ったサージェに私は分かればいいのよと微笑んで、皆の顔を見渡す。ああ、私の愛しい愛しい子供たち。また会えた....

 

「私が新しいイデアーレの国王、レトロよ」

「はい、レトロ様。なんなりとお申し付け下さい」

 

私はそうねぇと、考える仕草を見せる。数百年の間練った計画だ、本当はやることは既に決まっているが皆と一緒にいるの時間を少しでも伸ばしたかった。

 

「私と、サージェ、エンド、あとルポゼでこの国全体を覆うように結界を張るわ。この国に誰も入れないで」

 

外からの攻撃を避けるためでもあるが、本来の目的は誰も外に出さないためだ。誰も逃がさない。

名を呼ばれた3人は驚いているようだったので、一瞬何故だと疑問に思ったが直ぐに理解した。

 

「皆の名前ぐらい、知っているわ。当然でしょ?」

 

私は笑う。

大好きな、大好きなみんな。

もうあんな悲劇は起こさせない。

 

必ず、私が―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめに感じたのは、体のだるさ。わたしはぼんやりと浮上する意識のなか、今はなんじだったかと徐々に意識を取り戻しハッとする。

 

「サージェ!!」

 

起き上がろうとした体は何かに阻止されて、私はそれを見る。私の体は真っ赤な縄で縛られており、力を入れるがそれは引きちぎることは出来ない。引きちぎれないと言うより、縄を引きちぎる力すら出ないのだ。この酷い倦怠感は....

 

「ムームアが言ってたやつ...?」

 

確かムームアは竜人を封印する縄があると言っていた。彼はそれを解いて椅子に使っていたのでちゃんとした現物を見たことは無かったが、恐らくこの赤い縄がそれなのだろう。

起き上がろうにも、その力さえ出ない。私は情けなさでため息をつく。

 

「(それにしても....)」

 

周りを見渡すと、固く頑丈な石材で出来た床と壁に、目の前には図太い鉄の棒が並んでいる。この暗くジメジメとした部屋は、城の地下にある牢屋だ。

 

私がレトロと名乗る女のベールを取った時見た顔は、私と全く同じだった。相手の姿形を真似るアビリタでも使えるのかと考えるが、ではあの双剣は何だとまた疑問がわく。

神器はその人の性格や能力からその人物に1番合う物が与えられる。なので単に私と同じく双剣が彼女に合っているからそれを持っていると言う可能性はあるが、あれは私の神器と、似ているレベルでは無い。全く同じ物だ。

 

「というか、運命に選ばれし王じゃないのに神器持ってる自体....」

 

そこで嫌な考えが浮かぶ。

アンディートかムームアが死んでしまい、新しく王が選ばれた可能性。そんな事ないと頭で繰り返して、その考えをするのをやめる。第一、私は見てしまったのだ。寄せあげられた胸で全ては見えなかったが、ヴィシュヌの王の証が彼女の胸には刻まれていた。私の王の証はちょうど胸の谷間付近にあるので少しは見えるかもしれないが隠そうと思えばギリギリ隠せる。

 

「あー、もう。意味が分からない....」

 

しかし、私が諦めたらこの国を、大切な従者達を誰が救うのか。そう思うと私は力の入らない体を無理矢理動かして上半身を起こす。檻から外を見ると、私を監視するように手に槍を持ったうごうごと揺れている闇の塊のような何かと目が合う。いや、目は無いので私がそう感じただけだが。

 

「逃がす気はないみたいだね」

 

私が呟くと、その黒い塊は槍の柄頭を床にゴッとぶつけ威嚇しているようだった。あいつ自分の意識とかちゃんと持ってるんだ。

 

「〈メサージュ〉....無理か」

 

城の牢屋は特別製。魔法やアビリタは使えないようになっている。物は試しだと使ったのはいいが、魔力が少し減っただけでなんの収穫もない。このままアンディートかムームアが気づいてくれるのを待つだけなのかと自分の無力さを情けなく思いながら、私は壁に寄りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自由にして良いと言われて、私達はそれぞれの自室に戻ったように見せて内密に集まる。絶対に気づかれないように偽装工作をしながら、そして隠密行動に長けているテゾールに1人1人連れてきてもらい、やっと全員が集まった。

 

「皆、あのレトロ様に従うのかどうか、私は率直な意見を聞きたいです」

 

あの御方に敬称を付けるのにはちゃんと理由がある。それが今、皆がレトロ様に従うかどうか悩んでしまうと理由でもある。普通ならばレナータ様を無礼にも牢屋に入れて、自分が女王だと名乗る不届き者に従うはずがない。しかし....

 

「雰囲気は全然違いますが、あの御方から感じるものは....確かにレナータ様と同じものです」

 

ルポゼは顔を伏せてそう言った。皆もそれが分かっていて自分たちがどうすれば良いのか考えあぐねている。

 

「しかし、別名を名乗っている以上レナータ様と同じだと考えるのは、レナータ様に対して不敬な考えではないのか?」

「エンド、あまり苛立つのはやめなさい。戸惑う気持ちは皆同じです」

 

先程から、エンドは眉間に皺を寄せて苛立っている雰囲気を隠せていない。私が彼に叱咤すると彼はため息をつき、すまないと小さく謝る。

 

「僕、あの御方はレナータだと思うんですけど...違うんですか?」

「そうするとレナータ様がお二人存在することになりますから、非現実的ではあります」

「私達は、レナータ様がどう変わろうと、レナータ様がレナータ様である限り付き従うのが当然だろう」

 

エルバトとアルマはレトロ様に従うようだ。私はまだ迷いがある。もし反対派がいてその者とぶつかるのは危険なので、エルバトとアルマには自室に戻ってもらうことにした。

部屋に残ったのは6人。

 

「難しい事はよくわかんねぇけどよ、アルマの言うことは正しいんじゃねぇか?」

「あたしもそう思う....」

「....分かりました」

 

ディーフェル、アタリルも従うことを決めて部屋を出た。

あと4人。

 

「....私、レトロ様から時折優しいものを感じるんです。私は、それを信じたいです」

 

ルポゼがそう言って席を立つ、最後にごめんなさいと申し訳なさそうに言い部屋を出る。何も謝ることは無い。私だって迷っている。

あと3人。

 

私はテゾールに視線を送った。彼は笑い、当然私はと言って席を立った。

 

「レナータ様はエンドを選びましたが、レトロ様なら私を選んでくれるかもしれません。私はレトロ様に従いますよ」

「お前....それはレナータ様に対する侮辱と捉えるぞ!!」

「そう捉えてくれても構いません。愛情という気持ちは皆が同じく形という訳ではありませんから」

「....見損なった、早く俺の視界から消えてくれ」

 

エンドとテゾールがいつものようにいがみ合いをしているが、今の私にそれを止める気力はない。テゾールは話は終わりですと言い部屋を出る。

あと2人。

 

「私達は...どうすれば良いのでしょう...」

「確かに、皆が言うようにレナータ様がどうお変わりになったとしても、付き従うのは当然かもしれない。では、今牢に入れられているレナータ様は誰が救うことが出来る?」

「そう、ですよね....」

「俺は...殺されてもいい。レトロ様には従わない」

 

エンドも部屋を出る。私は1人残された部屋で、空を仰ぐ。涙が出そうだ。こうして私達がバラバラになってしまうような状況に。これが、レトロ様の望むことなのだろうか?

 

「私は....」

 

キーパーソンのリーダーとしてどうすれば、何をすれば正解なのか。

 

私には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(消えろ....消えろっ!!はいっ!!)」

 

私は強く念じる。檻の外にいる私の見張り番の黒いうごうごと蠢く何かに。

 

「(まぁ、消えるはずもなく....)」

 

分かってはいたが、ただただ誰かの助けを待つよりかは自分も何か行動するの大事だと思い色々試してみていた。その1つが見張り番に消えろと念じる、だ。

 

「(誰も助けに来ない、ってことはやっぱり)」

 

レトロは、レナータ・ヴィシュヌと同一人物だ。

私が出した結論はこれだ。誰かが私の姿を真似ている可能性もあるが、それならその分野に長けたテゾールが必ず見抜くはず。それに大半の時間を共に過ごしているサージェなら私の歩き方の癖や、よくやる仕草も分かるだろう。姿だけ真似ても中身は術者のままなのでそのような所でバレるという話は多い。

 

「(レトロが私なら...誰も逆らえないだろうなぁ)」

 

皆の絶対なる忠誠心は、私が1番分かっている。自分の大切な人が2人になって、その2人が対立してしまったらどちらに味方すればいいか間に挟まれた者は戸惑うだろう。だから、私は従者達が助けに来なくても責める気持ちは無い。それどころか来ないで欲しい。

 

「(もし私を助けでもしたら、殺されるかもしれない)」

 

そんな事あってはいけない。レトロが私だというならその可能性は低いが、絶対に無いとは言いきれない。現にサージェを痛めつけていたので、従者ではなく国を手に入れるのが目的なのかもしれない。

 

「(どれだけ憶測してもね...)」

 

1番いいのはアンディートかムームアが気づいてくれる事だ。ムームアは2週間以内に会談のセッティングすると言っていたのでその間に連絡がなければあっちから〈メサージュ〉を飛ばすだろう。それが通じない私を不審に思って来てくれればいいが...

 

『ボアアアアアッ!!』

「ひっ....何!?」

 

シュパッという音が聞こえたと思うと、私が先程消えろと念じていた見張り番が叫びをあげて消えていた。まさか私の念が効いたのかと喜んでいると、声が聞こえた。

 

「レナータ様...ご無事ですか」

「その声は...テゾール?」

 

檻の外から聞こえたのは、テゾールの声だ。恐らく不可視化のアビリタを使っているのだろう。私は出せるめいいっぱいの力でもぞもぞと檻の側まで寄った。

 

「ああ、そのような姿にされて...レナータ様を縛るのは私がしたかったです」

「....うん、遠慮しとく」

 

私を縛って何をするつもりなのだろうと思うがそんな事を考えている場合では無い。そして私が鍵を開けてと頼もうとすると、カツカツと小さく足音が聞こえてくる。私はテゾールに離れてと命じると、いかにも私は無力ですという感じを出して起こしていた体を横にした。

 

「レナータ様っ!!」

「エンド!!」

 

大きな声を出してしまい、互いにシーッと合図するとエンドが檻の傍にやってくる。檻を掴み、力技で開けようとするエンドに私は呆気にとられる。この牢は特別製なのでもちろん檻自体も頑丈でいくら従者の腕力でも曲げられない。エンドも焦っているのかぐいぐいと檻を曲げようとしている。

 

「エ、エンド...」

「待っていてください、レナータ様っ!必ずや....」

「退きなさい馬鹿、私がやります」

「―っ!?」

 

テゾールがいると知らないエンドは、急に声が聞こえビクッと体を跳ねさせる。不可視化のアビリタを解いたテゾールは牢の錠をいじる。

 

「エンド、アビリタの強化を」

「あ、ああ...〈技力強化Lv5〉」

「〈解錠技術〉」

 

ガチャっと音がして牢の鍵が開く。運命に選ばれし王が神器でやっと破壊できるレベルの錠が、テゾールの手に掛かれば一瞬で開いてしまう。いつもいがみ合いをしているエンドとテゾールがこうして協力してくれているのが嬉しくて、私は2人を抱き締めよう....としたが、縄で縛られているのを忘れていた。

 

「この縄は....私達には効かないようですね」

 

テゾールが軽く縄に触れたあと取り出したナイフで簡単に縄を切ってくれて、私は伸びをした。牢を出ると2人は跪きこうべを垂れた。

 

「ど、どうしたの?」

「お助けするのが遅れて申し訳ございません」

「俺達は....」

 

2人はレトロに加担してしまったのが後ろめたいのだろう。私は顔を上げてと言うとそのまま抱き締める。2人は戸惑っていたが、抵抗はしないので抱き締める力を強くする。

 

「私は怒ったりしないよ」

「しかし...」

「大丈夫、大丈夫だから」

「....」

 

 

 

「あらあら、感動的ね」

 

「―っ!!」

 

 

ぱちぱちと拍手をしながら私達を見ているのは、レトロだ。足音は聞こえなかったので恐らく転移魔法で来たのだろう。私は立ち上がり2人を庇うように立つと、彼女を睨みつけた

 

「私のシャドウが消されたと思ったら....」

 

レトロの視線は私の後ろにいるエンドとテゾールに向く。2人をギッと睨むと胸から神器を取り出す。

 

「貴方達2人は後でお仕置きよ」

「私がそんな事させる訳―」

 

私も同じように神器を取り出そうとするが、出ない。

 

「もちろん神器もマジカルボックスも没収に決まってるでしょ?」

「なら素手ででも抵抗する」

「はっ、ご自慢の鎧も無しに?」

 

確かに、今の私は丸腰だ。しかしこんな所でやられる訳には行かないと形態変化をして少しでも力を上げる。が、私の後ろにいた2人が今度は私を庇うように立ち、武器を取り出して構えた。

 

「....どういうつもりかしら?」

「もうレナータ様を傷つけさせはしません」

「私に逆らうつもり?....退きなさいっ!!」

 

レトロが距離を詰めてエンドの腹部に拳を叩き込むと、そのままテゾールの頭部に回し蹴りを放つ。2人が一瞬で倒れ込むのを見て、私は素手でレトロに殴り掛かる。

 

「馬鹿ね、そんなので勝てるわけないでしょ!!」

「―ぐぁっ....!!」

 

レトロの赤く光を放った双剣が私の体を引き裂き、後退しようとする私の首を彼女は逃がさいないといわんばかりに強く掴む。

 

「あ゛ぁがぁ....っ!!」

「〈トゥー・ドレイン〉」

 

彼女が魔法を使い、私の腹部を剣が貫通する。それと同時に体力、魔力、技力、全ての力が吸われているのが分かった。私は出せるだけの力で彼女に抵抗するも徐々にその勢いも弱まっていく。

 

「終わりね」

「レ、ナータ様....っ!!」

 

テゾールが立ち上がり持ったナイフでレトロに斬り掛かる。レトロは私の首を掴んだまま剣でそれを受け止めると、軽く笑う。

 

「雑魚は引っ込んでなさ―」

「〈耐性能力低下〉〈ハルシオン〉!!」

「―っな...このっ...!!」

 

エンドの放った幻術でレトロが困惑し、私の首から手を離す。その隙に後退して荒い呼吸をを整えた。腹の傷は酷く血が止まらない上に、力もほとんどレトロに吸われてしまった。私がどうしようと作戦を練っていると、再び2人が私を庇うように立った。

 

「レナータ様、お逃げください!!」

「で、も...2人を置いていくなんて...」

「俺達は、貴方様さえ生きていれば―」

 

その時、エンドの言葉を遮るようにガシャッと音がし、そこに視線を向けるとレトロが剣から手を離していた。顔を押さえてダラダラと汗を流し、体を震わせている。

 

「―ぁ、ぁあっ!!いや、ぃやあぁぁああっ!!!!」

 

何が起こったか分からないが、叫び出すレトロを見て私はチャンスだと思い魔法で天井を破壊するとエンドとテゾールの手を掴む。

 

「早く、逃げるよ!!」

 

しかし2人は―私の手を離す。

 

「申し訳ございません、レナータ様...」

「私達は、あの御方を1人に出来ません」

「でも、殺されるかもしれないのに...!?」

 

テゾールが失礼しますと言い私を突き飛ばすと、エンドが私と自分たちを隔てるようにシールドを張った。私の力なら少し本気を出せば拳だけでこのシールドを破壊できるだろう。だけど....それをしてはいけない気がした。物理的な問題ではない、心の問題だ。

 

「お逃げください....どうか....」

「....」

 

その瞳を見て、私は2人に背を向けて飛び立った。今の私では役に立てない。もし私が殺されたら、皆を道連れにしてしまう。

 

「わた、し...主人として、失格だよ....」

 

痛む腹を抑えながら私は出せるだけのスピードを出して、遠くへ、遠くへ飛んだ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レナータ様、お逃げください!!」

「嫌よ!!私も戦う!!」

 

エンドに強く手を引かれて、私は走っていた。城の中には見慣れた使用人の死体が転がっており、血の匂いは消えない。

 

ブラフマー王がこの国を攻めてきて数日。神器も鎧も破壊されて、ブラフマー王との戦闘でボロボロになった私はみっともなく城内に逃げた。国民も捕虜にされ、都市も占拠されたと報告があり、私は敗北を確信した。

 

 

しかし、アンディート・ブラフマーは私が死ねば手を引くと言う。

 

 

「まだ、戦える!!手を離して!!」

「その命令は聞けません!!」

 

走る、走る。どこに向かっているのかも分からず、私はただただエンドに連れられて走った。時折転びそうになる彼の右腕は、戦闘でなくなってしまった。それを見ると、涙が止まらない。そして、体に激痛が走る。

 

「―がぁっぁあっ!!」

 

この痛みは、従者が死んだ時のものだ。もう4回は経験した痛みに、私はまた泣き出す。

 

「また、誰かが....!!」

「....行きましょう」

「嫌だ!!もう誰も死なせたくないの!!」

「俺達は、貴方様さえ生きていれば良いのです!!」

 

振り払った手をまた力強く掴まれて、走る。もう嫌なのに、誰も死んで欲しくないのに、従者はそれを望んではいない。

 

「テゾール!!」

「エンド、やっと来ましたか」

 

城の裏口から出ると、そこにはテゾールが待っていた。

 

「テ、ゾール...」

「レナータ様を頼んだぞ」

 

エンドが私から手を離すと、今度はテゾールが私の手を引いた。そして私の手を掴んでいたエンドの手には、杖が握られている。

 

「エンド!!一緒に―」

「申し訳ございません、最後までお供する事が出来ずに...」

「最後って!!なんで!?」

 

エンドはテゾールを見ると軽く頷いて、私に背を向けて走り出す。私はまた手を引かれて連れられることしか出来ない。不可視化のアビリタを使いテゾールと森を抜けて、逃げて、逃げて、数時間後やっとイデアーレの領域を抜ける。その間に3回私に死の痛みが伝わっていた。もう、従者はテゾール以外に生きてはいない。

 

「はぁ...はぁっ...」

「このままイーニット王国まで逃げましょう」

 

そう言って私を安心させるように笑顔を見せたテゾールに、私は少しだけ気が緩む。

 

「貴方様さえ生きていれば、私達は―」

 

 

 

その時、ドスッと音がしてテゾールの口から血が流れた。

 

 

 

彼の胸からは銀色の何か、いやレイピアが突き出ていてそれがスッと抜かれ、倒れるテゾールの背後に誰かがいた。私は心臓部に激痛を感じて、呼吸を荒くしてその人物を確認する。

 

「いやぁ、俺って剣術も早業だけど足も早いんだよね」

 

そう言って持っていたレイピアについた血を払った男は、アズモンド王国の兵士の服を着ている。しかしテゾールに避ける隙すらみせないその技は、普通の兵が使えるものでは無い。

 

「ブラフマー王の従者....」

「大正解!じゃあ、死んでもらおうかなっ!!」

 

レイピアの突きを放つ従者の一撃を避けて、バランスを崩して倒れると、目の前でテゾールが消えていくのが見える。体が光り、それが粒となって散っていく姿は一見綺麗に見えるが、私には絶望の光景にしか見えない。

 

「あ゛ぁあ゛ぁああっ!!!!」

「―っ!!」

 

私は立ち上がり、ブラフマー王の従者に殴り掛かった。その一撃で彼の体が飛ぶが、私はそれを追いまた殴る。ゴキッと骨の折れる音が、グチャッと何かの潰れる音がするが、私は拳を止めない。何度も何度も怒りに任せて拳を振るうと、顔の原型を留めていない彼の体が光り出す。

―死んだ。

 

「はぁっ...はぁっ...!!」

 

私は立ち上がる。この名も知らない従者も死んだが、私の大切な、大切な従者も皆死んでしまった。私さえ生きていればと皆逃がしてくれたが、私が生きていて、何が残るのだろう。

 

「―」

 

立ち尽くす。一番大切なものを無くした私に何が残るのだろう。自問自答を繰り返すが何も分からなかった。

 

「....ぁああ、あ゛ぁあ....な、んで....」

 

泣いても、誰も帰ってこない。精神力の残っていない自分では、生き返らせることも出来ない。自分の無力さに涙が止まらなかった。みんなにまた会いたい。ただそれだけを願った。

 

声が聞こえたのは、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―っ!!」

 

私が目を開けると、そこは見慣れない天井だった。確か自分はレナータを捉えようとしていたはずだがと記憶を辿るが、ひどい頭痛がして頭を抑える。それに、いやな夢を見た。思い出したくないが、忘れては行けない私の罪。

 

「...レトロ様」

 

思いがけず声をかけられて、急いで体を起こして声の主を見るとそこにはルポゼが立っている。敵ではないことに安心して、私はため息をつく。

 

「お水を飲まれますか?」

「要らない、出ていって」

「ですが...」

「出てけって言ってるでしょ!!」

 

ルポゼは顔を伏せると、申し訳ございませんと一言私に告げて部屋を出ていった。足音が遠ざかるのを確認して、私はマジカルボックスを探る。

そこからアイテムを取り出して、魔力で空に浮かべて並べた。

 

金の装飾に赤い宝玉のついた杖。青いクリスタルのついた黒い柄の杖。大きな真紅の手甲。スカイブルーの宝石のついたタワーシールド。紫のクリスタルがついた黒い柄の槍。鍵の形をした変形型の武器。緑色で柄が描かれた魔術書。そして金のガードに赤いクリスタルのついた大剣。計8つ。

 

全て遺品だ。

 

正確には本物ではなく、彼らの持っていた物のレプリカ。従者に与えたものは、その者が消滅するのと同時に消えてしまう。私は記憶に焼き付いた皆の武具を作り、時折こうして並べては自らの罪を思い出すのだ。

 

「ごめんね...本当はあんな事言いたいわけじゃないの...」

 

私は青いクリスタルのついた杖を引き寄せてそれを手に取ると、軽く撫でる。

 

私が全てを失ったあの日、私は神の声を聞いた。「この世界の最後の生命体になれば、願いを叶えてやる」と。私はそれを疑いもせずに実行した。本当に皆に、従者達にもう一度会えるならどんなものにでも縋りたかった。何もかもを破壊して、殺して、殺して、毎日人を殺した。街を、国を破壊して、森を焼き払い、生きるもの全てを消し去った。あの忌々しいブラフマー王も―

 

「私は今度こそ...みんなと生きるわ....」

 

 

 

 

 

 

 

 

寒い、最初に感じたのはそれだ。

次に川の流れる音に、鳥の声。私は閉じていた目を開き、ぼんやりとした視界のまま周りを見渡す。

 

「な、に...してたん、だっけ...?」

 

下半身は川に浸かっており、上半身は陸に倒れ込むような格好。そして腹部からの出血。まさに命からがら逃げ出したという様に、私は記憶を取り戻す。

 

そうだ、自分は逃げ出したのだ。

 

思い出して、すぐに陸に上がるとよたよたと歩き出す。早くイデアーレに戻らなくては。しかし戻ったところで今の自分に何が出来る?というかここは何処だ?

グルグルと視界が周り、私は地面に倒れ込んだ。また起き上がろうとするが、力が出ない。

 

「(ここで...死ぬなんて....)」

 

私は手を伸ばす、誰か、誰か。私を―

 

 

 

 

「おい、大丈夫か嬢ちゃん」

 

 

 

聞いた事のあるような声を聞き、私は安心するようにまた意識を無くした。

 

 

 

 

 

....

 

 

 

 

 

パチパチと暖炉の焚き火の音がして、私は良い香りを嗅ぎながら再び目を覚ます。知らない場所だ。シンプルな小屋、感想はそれぐらいだろうか。私は柔らかいソファーに寝かされている。

 

「おう、目が覚めたか」

「―」

 

私は声の主を見て、声が出せなかった。もうこの世には居ないはずの、私の―

 

「師匠!?」

「....は?」

「い、生きてたの!?―っ痛たた....」

「いきなり叫ぶんじゃねえよ、傷が開く」

 

勢いよく半身を起こした私をまた寝かせて、スープ飲めるか?と問いかけてくる彼は、私の記憶の中の師匠と同じだ。まさか、アンディートの言った通り本当に生きているなんて思ってもみなかった。私は嬉しくなって彼の腕を掴む。

 

「師匠、生きててくれて嬉しい!!私―」

「ちょっと、待ってくれ」

「....?」

 

スープをテーブルに置き、椅子をよいしょとソファーの側まで持ってきた彼は私に向き直る。そして眉間に皺を寄せて私をジロジロと観察する。

 

「師匠って、俺の事か?」

「わ、私の事覚えてないの?」

 

私はまた体を起こして、師匠の手を握る。

もしかして、あの時自分を刺した私の事を恨んで知らないふりをしているのかと、私は目に涙を溜めた。

 

「お、おい!!泣くな!!」

「ごめん、なざい...!!私が、あの時....!!」

「....悪いが、俺は記憶がないんだ」

「―ぇ....」

 

彼はポリポリと頬をかくと、首を傾げる。

 

「気がついたらな、なんか森に立っててよ...」

「それって、エリチ森?」

「おお、よく分かったな!!」

 

やっぱり、ドリューのいた洞窟のある森だ。恐らくだが師匠は私に刺されたあとドリューから逃げることが出来て、ショックで記憶を無くしてしまったのかもしれない。

私のせいだと思うとまた涙が出た。

 

「わ、わたし...あなたの、ことっ、しってます!!」

「泣くなよ...でも、俺の事知ってんなら教えてくれ!!」

「は、はいぃ....」

 

私は知っていることを全て話した。私が異世界から来たことを信じてくれた事、剣術を教えてくれくれた事、一緒に旅したこと、そして...殺そうとした事。

 

「なる、ほど...」

「私、ただ師匠に喜んで欲しくて....だけどっ、あんなことに....」

「泣くなって、大丈夫だ。現に生きてるしな!!」

 

ガハハッと笑う師匠は私の背をベシンッと叩き、傷が開くとか言っていなかったかと思いながら私も笑う。私の知ってる師匠だ。そして不意に、真面目な顔をしたと思うと私の頭を撫でる。

 

「お前は、今まで自分のこと責めてきたんじゃないか?」

「....」

「多分だけど、いや、絶対俺はお前が自分のために頑張ってくれて嬉しかったと思う!!だからもう自分を責めんな!!」

「あ、ありがとうございます...」

 

安心した私はお腹を鳴らしてしまい、恥ずかしがる私に師匠はさっきのスープを渡す。不格好な野菜が入った、優しい味のスープだった。しばらく黙々と食べていると、師匠は私を見つめる。

 

「こういうこと聞くのもあれかもんしんねぇが...」

「ん?」

「その腹の傷、どうしたんだ?」

 

私は空になった器を師匠に返すと、どう話したものかと悩む。さすがに急に闇堕ちしたみたいな自分が現れて国を乗っ取られたなどとは信じてもらえないだろう。もしかしたら私が運命選ばれし王だと言っても笑われるかもしれない。

まぁ師匠の事だし、と思い全て話してみる。

 

「そりゃ大変だな...」

「し、信じてくれるの!?」

「おう」

 

やっぱり師匠だなぁと思いながら、私はソファーから降りる。着替えさせられていた服を着なおして、髪をいつもの様に束ねたあと、ソードホルダーに私の持っている中でも強いランク5の剣を2つ刺すとぺこりと師匠に頭を下げる。

 

「助けてくれてありがとうございました」

「いや、何処にいく」

「従者達を助けに」

「その役に立たねぇ体でか?」

 

グサッと師匠の言葉が胸に刺さるが、私はこのまま逃亡生活をして従者達を見捨てるのは絶対に嫌だった。もし、レトロに喜んで従っているなら少し考えたかもしれないが、皆迷っているように私は感じた。

 

「私は国王として、国を守る責任がある。今イデアーレは結界が張ってあって完全に封鎖状態みたいだし、それってもう軟禁じゃない?」

「それはそうかもしれねえが...」

「私も...本当はどうしたらいいか分からない」

 

師匠は椅子から勢いよく立つと、よしっと手を合わせて部屋の奥に言ったと思うと、剣を持ってきた。

師匠の使っていた剣だ。

 

「お前に」

「はい」

「必殺技を教えてやろう!!」

「...必殺技!?」

 

師匠は二カリと笑うと、俺だってずっと暇してたわけわけじゃねぇんだぜ?とまた私の背を叩く。昔のように師匠に剣を教われるのかと思うと、私は嬉しくて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチャカチャと食器にナイフとフォークの当たる小さな音だけが聞こえている。テーブルのを囲むのは7人。いつもなら9人なのにとあたしは心の中で不在の人物の事を思う。

レナータ様が居なくなったあの日から1ヶ月が経った。反逆罪としてエンドとテゾールは牢屋に入れられて、あたしは殺されなくてよかったと安堵した。

そして街にいたあたし達4人も城に連れ戻されて、従者全員がこの城から出ないようにと命令された。レナータ様と同じように、こうして気まぐれにレトロ様も食事会をするが同じ食事会でも漂う空気が全然違う。

 

「アタリル、私との食事中に考え事かしら?」

「も、申し訳ございませんっ!!」

 

レトロ様は優しく声をかけるが、その顔は怒りに染っている。あたしは必死に謝り許しを乞う。レトロ様はため息をつくと、また食事を再開した。

 

レトロ様に従うというこたは自分で決めたことだが、本当にこれでよかったのかと思う。レトロ様に従うという事は、レナータ様を見捨てるということなのではないか、最近はそればかりを考えている。

その時、ガシャンッと音がしてテーブルが揺れる。あたしはハッとしてレトロ様の方を向くが彼女の顔は先程より険しい。自分の手が止まっていることにあたしは気づいていなかった。

レトロ様は立ち上がりあたしのところまで来て手を掴むと、そのまま部屋から投げ出される。

 

「この出来損ないめ、部屋に戻って反省しなさい!!」

「は...い...」

 

バタンと勢いよく扉が閉められる。

あたしは1人立ちあがり、涙を堪えながら自室に戻った。

 

「レナータ様....」

 

愛しい主人の名を呼ぶと、堪えたはずの涙が零れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし...着いた」

 

勿体ないと少し思ったがランク5のマジカルアイテムで結界を相手に気づかれないように一瞬消して国内には入った。私は城の裏口まで来て、そこにコソコソと近づく。竜人の回復力のお陰で腹部の傷の回復は早かった。刺された部分を軽くさすり、次こそはと私は裏口のノブを捻る。

 

「おわっ!!」

 

が、私がノブを捻るのと同時に扉は勢いよく開き私は誰かに口を塞がれ中に引きずり込まれる。咄嗟にその人物の足を踏み、軽く溝尾に肘をくらわせる。

 

「ぐぁっ!!そ、某にございます....」

「ルイス―」

 

私が大きな声を出しそうになるのを、また口を塞がれ止められる。静かにとジェスチャーしたルイスに私はこくこくと頷くと、手が離れていく。

 

「どうしたの、こんな所で?」

「貴方様をお待ちしておりました」

 

話は移動しながらと、私達は地下牢に早足で向かう。エンドとテゾールはやはりそこに囚われてしまったらしい。時には使用人の目を避け、自分の城なのにまるで泥棒のようだと思う。

 

「従者様方は悩まれておられるようですが、某は即決でございましたよ」

「何が?」

「某がお迎えし、共にかけがえのない時間を過ごしたレナータ様は貴方様だけでございます。レトロなどには従いません」

 

レトロに敬称を付けずに呼ぶルイスの顔は真剣だ。私はその言葉が嬉しくて、小さくお礼を言う。同然のことでございますと笑ったルイスは私達を見つけてしまった不運な使用人を殴って気絶させていた。...意外な一面。

私の腕力では殺してしまう可能性があるので、ルイスは先導して使用人たちを失神させて行く。

そして地下牢まで着くと、私が囚われていたのと同じ牢に2人は入れられていた。

 

「エンド、テゾール!!」

「「―レナータ様!?」」

 

私は出せだけの力で檻をぐぐっと曲げて広げる。テゾールのように華麗に鍵開けとはいかなかったが、無事に2人を救出することが出来た。私は若干ぼろぼろになった2人を抱きしめた。

 

「遅くなってごめんね」

「何故お戻りに....」

「勿論、私の大切なみんなを取り戻す為に」

 

2人は、悲しい顔をした。それもそうだろう。神器も奪われ、いつもの鎧さえないこんな私が無謀にも恐らくこの世界で最強だろう相手に立ち向かおうと言うのだから。だが私は諦めない。必ず―

 

「私は勝ってみせる。信じて」

「...では俺も戦います」

「それは駄目」

「何故です!?」

 

声を荒らげるエンドに私は小さく首降ると、2人の肩に手を置く。

 

「絶対に手を出さないで。巻き込まれたら...死ぬだろうから」

「死んでも構いません、俺達は―」

「どれだけ言っても無駄だよ」

 

私が頑固なの知ってるでしょ?と笑いかけると、2人は黙り込んだ。納得してくれただろうか。いや、私の言葉だ。納得せざるおえないのだろう。だがそれでいい。

私は2人に背を向けて地下牢から出ようとすると、エンドとテゾールもついてこようとしたので止めた。

 

「せめて、直前までお供させてください」

「....わかった」

 

牢の見張り番を倒したことによって、恐らくもうレトロには私がここに居ることがバレているだろう。

 

私は走った。

 

 

運命に選ばれし王の反応を感じる、謁見の間へ。

 

 

 

 

 

 

....

 

 

 

 

 

やはり、レトロは謁見の間で私を待つように王座に座っていた。階段の下にはエンドとテゾールを除いた従者6人全員が跪いている。ベールで顔は見えないが、私と目が合ったレトロは立ち上がり、拍手をしながら階段を降りてくる。

 

「これはこれは。元女王、レナータじゃない」

「元じゃない、現だよ」

 

レトロは軽く私を鼻で笑ったあと、胸から神器を取り出す。あれは彼女のものでは無い、私の神器だ。それを何故か私の方に投げると、取れと指示する。

 

「丸腰の貴方と戦うのは弱い者いじめみたいで可愛そうだから、慈悲よ」

「...有難く受け取らせてもらう」

 

私は足元に転がった自分の神器を手に取ると、それを構える。そして視線を従者達の方に向けると、心配そうに私を見つめる彼らに小さく笑いかけた。皆私の気持ちを理解してくれているようだ。一緒に戦おうとはせず、ただただ跪き私達の戦いの末を見届けようとしている。

 

「情けなくあの子達に助けてって言えば?」

「貴方も私なら分かるでしょ?そんなことはしないって事」

 

お互いに笑い、それをかき消すように剣がぶつかる。ギギッと嫌な音がなり、私は懸命にレトロの剣を受け止めた。流石に重い。いくら神器を取り戻したとて私の万全の装備がない以上こうやって不利な戦いになることは最初から分かっていた。それに―

 

「貴方のその運命選ばれし王をすら凌駕する力...クアリタが関係してるんじゃない?」

「―っ!!うるさい!!」

 

私の言葉に明らかな動揺を見せた彼女に、私は自分の中にあった仮定が確信に変わる。

 

私のクアリタ『味方が死亡すると自分の物理攻撃力、魔法攻撃力の大幅に強化される』は自動発動系のクアリタだ。

 

これは絶対に使いたくなかった。味方と曖昧な表現だがそれは従者達の事だろう。自分が強くなるためにみんなを見殺しにするなんてしたくないし、誰も死んで欲しくない。私のクアリタは、私の性格に1番合っていないものだった。

しかし彼女はそれを発動した状態にある。誰かに殺されてしまったのか、それとも自分で....自分が強なるために殺したのか。その理由次第で彼女に対する気持は当然変わる。

 

「私の、前から消えてっ!!〈ブラッティ・カース〉!!」

 

右手の剣を体内にしまったレトロを魔法を放つ。真っ赤な林檎のような球体が私に猛スピードで迫り、後退しようとした私の腕を掠った。そのかすり傷から血が大量に溢れて止まらない。

 

「なっ...これだけで...!?」

「もっと魔法を勉強したらどう?」

 

出血に構わずに私は剣を構えレトロを見据える。私はみんなを、この国を取り戻さなくてはいけない。その為ならば自分自身だって....

 

「貴方に、人を殺す覚悟があるのかしら?」

「―っ!!」

「そういう汚れ仕事は全部あの子達に任せてきた...違う?」

 

確かに、私は誰かを直接手にかけるという事をしたことが無い。殺すと言ってもせいぜい魔物ぐらいだ。そんな私を気遣って、暗殺者や罪人などは全て従者達が始末していた。彼女の言う通り、従者達に頼ってきたのだ。

 

「...そうかもしれない。けど、貴方は許せない」

 

私は剣を握り直してある構えを取り、彼女に軽く笑いかけた。その意図を読み取ったのか、彼女も体内に戻した剣をまた握り私と同じ構えを取る。

 

「「〈戦士の心得・強撃〉」」

「「〈戦士の心得・俊敏〉」」

「「〈戦士の心得・強固〉」」

 

私達は同じ技、同じ人物から教わったアビリタで自らを強化する。自分の能力がぐんと上がったのを感じてレトロを見るが、彼女の余裕の態度は変わらない。私がどれだけ強化しても、自分の方が強いという気持ちからだろう。だが―

 

「....〈戦士の心得・強欲〉」

「―っな、何よ....それ!!」

「私のオリジナルじゃないよ?この意味...分かる?」

 

私は彼女の知らないアビリタを使い距離を詰めて斬りかかった。その衝撃で切り裂かれたベールの下のレトロの顔は、驚愕と僅かな恐怖。彼女は考えている、私の言葉の意味を。本当はもう答えに辿り着いたのだろうが、虚言だという気持ちが勝っているのだろう。

 

「嘘だ...嘘だ嘘だっ!!それはあの人に対する侮辱よ!!!!」

「信じられないなら、それでいい」

 

私は剣を弾き返されてそのまま腹部を蹴りつけられる。体が飛ぶが、そのまま形態変化をして翼を拡げスピードを落とす。体勢を立て直したばかりの私にレトロは怒りながら斬りつける。

 

「〈瞬間回避〉!!」

「こ...のぉっ!!」

 

受け止められる一撃ではないと判断した私が素早く避けると、彼女は直ぐに私の姿を捉えて追撃を浴びせる。まともに受ければ即死するような連撃を受け流しながら、私は内心焦っていた。

 

「(想定より強い...これじゃ負ける...)」

「〈ディクティター・スラッシュ〉!!」

「〈アクア・スパーダ〉!!」

 

レトロの剣から禍々しい真紅の斬撃が飛んでくる。それを水を纏わせた剣で切り払うが、その勢いは消えずに斬撃が私の体を切り裂く。私は左肩を犠牲にしてそのままレトロに突っ込むと体の回転を加えた一撃を彼女にくらわせる。肩から血が吹き出したが、そんなこと構っている場合ではない。

 

「ああっ!!忌々しい!!」

「それはこっちの台詞!!」

 

金属音が部屋に響き、私達は斬り合う。その時レトロは眉間に皺を寄せて私を睨みつけた。そろそろ彼女も気づいたのだろう。

 

「貴方...もしかしてさっきの....!!」

「戦士の心得・強欲は時間経過で徐々に攻撃力が上がる。早く私を殺さないとどんどん強くなるよ?」

「舐めた、口を聞くなぁっ!!!!!」

 

受け止めた彼女の剣から、焦りが感じられる。確かに〈戦士の心得・強欲〉はさっき説明した効果があるが、もちろん制限がある。そしてある一定値を超えればそれ以上は強化されないのだ。少し考えればそれぐらい分かるだろうが、レトロは私に煽られたことによってそれに気づいていなようだ。

 

「〈ノワール・レブル〉、〈ディクティター・スラッシュ〉!!」

 

レトロの体を赤く濁った光を纏い再び剣から放たれた斬撃は先程より大きなものだった。だが、私はその技を見て思う。

 

やはり、彼女は私を殺そうとしていないのではないか?

 

私にこうして煽られ怒った彼女が放つはずの攻撃は、普通は私を葬るためのものになるだろう。しかし今放たれた技は確かに強化はされているが、わざわざ後退して距離をとり放った。それをしなかったら私の上半身と下半身は繋がっていなかったに違いない。

彼女が私を殺さない理由、それは恐らく従者にある。私が死ねば従者を皆消滅する。それを避けるためにこうして回りくどい攻撃をしてくるのだろう。それでも疑問は残る。ルイスからレトロが従者に対してどのように接していたか聞いている。彼女がこの国を欲しているという私の考えは、間違っていたかもしれない。

 

「早く消えてっ!!」

「...死ねとか、殺すとかは言わないんだ」

 

レトロの動きが止まる。私の言葉に自分の目的が知られたと理解したのだろう。彼女はよたよたと後退したと思うと、空を仰ぐ。

 

「はははっ....あはははははっ!!!!!そうよ!!そうよ!!私はみんなが欲しいの!!こんな国要らないわっ!!」

「貴方の従者は、どうしたの?」

「死んだわよ!!私の為に!!私のせいで!!」

 

彼女の強く握った神器の切っ先が震える。私を睨んだレトロの顔は、酷い憎しみと悲しみに歪んでいる。

 

「私さえ生きていればってみんなみんな死んだわ!!」

「だからって私の従者を奪っていいわけじゃない」

「分かってるわよそんなの!!だけど、私は!!私はまたみんなと―」

 

叫ぶレトロに、私はマジカルアイテムを投げる。この瞬間しか、彼女が隙を見せたこの瞬間を掴めなければ私に勝機はない。なんて事ない、ただの目くらましのアイテムだ。だが私の魔力を込めて、壊れるギリギリまで強化した代物。

 

「―っ!?」

「はぁっ....!!」

 

レトロが目を抑えてよろついているのを確認して私は力を溜める。この一撃に、この技に私の全身全霊の力を込める。構えた双剣が徐々に青い光を帯びて、私の体までその光が包む。まだ、まだ放ってはいけない。そしてレトロの視界が正常に戻る。

 

「今更...こんな子供騙し!!」

「子供騙しでも時間が稼げればいいんだよ....」

「何....?なんなのよそれは!!〈アビス・シールド〉!!」

 

彼女は私の溜めた魔力、技力の塊を見てシールドを張る。そんなものではこれは防げない。レトロの隙ができて、戦士の心得・強欲が最大値まで私を強化したこの瞬間―

 

「〈秘技・流星斬〉!!!」

「―ぁ....」

 

 

 

 

 

 

レトロを私の渾身の一撃が襲った。

 

 

 

 

 

 

 








このお話しはエンドが2つに別れています。
正規ルートはサクリファイスです。



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→Root:サクリファイス

 

 

私は1人、横たわっていた。正確にはこの部屋には複数人がいるが、私はまた1人だった。レナータの一撃を浴びて、私は血まみれでただただ天井を見つめた。

 

「はぁ...はぁ....終わりだよ、レトロ」

「そ、う...みたい、ね...」

 

ゲボっと血を吐き、私は手でそれを受け止めて自分の血に濡れた手を見た。私の血は、まだ赤かったのか。あれだけ人を殺して、自分のためだけに生きた罪でとうに真っ黒に染まっているかと思っていた。まぁ、そんな話は聞いたことはないが。

レナータを見上げ、先程の技を思い出す。恐らくあれは、レナータ自身が作ったものでは無いだろう。

 

「師匠は...いき、てるの....?」

「うん。さっきの技、師匠に教えて貰った」

「そう....」

 

私は、師匠を殺していなかった....。ということは、町や森を一気に破壊し尽くした時に、私は、レトロはまた師匠を殺してしまったのだろう。また私の罪が増える。もう、早く消えてしまいたい。徐々に灰のような色になっていく自分の体に恐怖を覚え、私は手を伸ばした。私は、私はただ―

 

「レトロ様!!」

 

誰も掴むはずのない私の手を、掴まれた。

 

顔をゆっくりと顔を横に向けると、そこには涙で顔を濡らすエルバトの姿があった。サージェが呼び止めるが、エルバトは言うことを聞かない。

 

「レトロ様は...いえ、レナータ様は僕達に優しくなかったけど、僕は、僕は!!」

「ご、めん、ね...」

 

エルバトに続いて、残りの従者達も私の傍まで来てくれる。みんな顔は....悲しそう?私はあれだけ酷く扱ったのに。皆は、私ではない、気を使い私から離れたレナータに似たのだろう。

 

「ごめ、ん...。わた、しは...みんなに、嫌ってほし、かった....」

「何故そのような....!!」

「みん、な、私の為に、死んだ...なら、最初か、ら...好かれなけれ、ばいい、と思った、の....」

 

エンドは、貴方様の考えそうな事ですねと小さく呟きエルバトの手の上から私の手を握る。

 

「私は、た、だ...みんなと、いっしょ、に生きたかった、だけなのに....。なんで、こうな、ちゃったん、だろう、ね....?」

 

私の頬を涙が伝う。こうして皆の顔を見れるのは最後なのに、涙で視界が歪む。私の体が、どんどん灰色になっていく。もう―

 

「レナータ....」

「....」

「みんなを、よろし、くね....」

「....うん」

 

みんなが、泣いてくれている。わたしは、それだけで、こうしてわたしの、死をなげいてくれるだけで、しあわせだった。もう、めが見えなくなって、私がきょうふでもう片方のてをのばす。すると誰かが、そのてをにぎってくれた。

 

「み、んな....私のために、死ぬんじゃなくて....わたしのために生きて...」

 

ああ、みんなほんとうに....

 

「あ、りが、とう....」

 

 

もう手の感かんかくも、なくなり、わたしをよぶ声もとおざかって....ああ、レナータとよばれたのは、いつぶりだろう。私は....

 

 

 

幸せだ―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、大変だったね」

「大変どころじゃないよ!!」

 

他人事のように言う(実際他人事だが)ムームアとそれに怒る私に紅茶を出したメイドに礼を言うと、私はぐいっとそれを飲み干した。美味しい。

 

「なんであんなに会談にこだわってたのに連絡くれなかったの?」

「実はボクの所もバタバタしちゃってさ、忘れてた」

 

私はため息をつく。この子に頼った私が愚かっだったのだ....。それを察したのかムームアはその顔やめてと怒りながら紅茶を1口飲んだ。そしてほころんだ顔を見て、やっぱりうちのメイドの入れた茶は美味しいだろうと嬉しくなる。

 

「で、実際どうだった?」

「なにが?」

「自分自身が目の前で死んだ感想」

 

嫌なことを聞くなぁと思いながら、私はレトロの最後を思い出した。確かにすごく痛そうで出血も酷かったし、自分もこうなるのは嫌だなと思う。しかし、彼女は従者達に囲まれ幸せそうに散っていった。それを思うと、決して嫌なものでもないのかなと答えを出す。

 

「羨ましかったかな」

「...なんで?」

「従者に囲まれながら死ぬなんて、私達には出来ないじゃない?」

「まぁ、ボクらが死んだらみんな同時に消滅するからね」

 

ボクは死にたくなあなと笑いながら茶化すムームアにそれはそうだと頷いた。するとムームアは紅茶を全て飲み干すと立ち上がった。

 

「もう行くの?」

「そうだね、話も終わったし」

「そう、今日はありがとう」

 

最後に握手を交わしてムームアを見送った私は、立ち会っていたサージェに休んでいいよと言うと自分も自室へ戻った。

 

 

 

 

 

........

 

 

 

 

自室の窓際にある椅子に座り、私はレトロのマジカルボックスを手に取った。マジカルボックスは盗むアビリタが使えたり、持ち主が死亡した場合などで他者の手に渡る事がある。たとえ死んで他の人の手に渡った場合でもトラップが仕掛けられている事が多いので、それを持ち帰る人はあまり多くない。

レトロのマジカルボックスに、トラップは仕掛けられていなかった。彼女は誰にも負けない強さを持っていたので、仕掛ける必要がなかったのだ。

 

「ちょっと失礼...」

 

私は一応ことわって中を漁ると従者達の装備のレプリカが出てきて、それを並べてみる。彼女もこうやって並べて見たりしただろうか。表面に小さく擦れたような跡があるのを見て、多分何度もなぞっていたのだろうと私はそれをしまう。

中にあまり物は入っていない。ほとんど戦うのに必要なものばかり。そして、私はそれを見つける。

 

「本....。日記か」

 

失礼しますと頭で思いながら、私はそれを捲った。それは、日記と言うよりただただ彼女の気持ちを綴ったものだった。

 

『運命に選ばれし王になった!!私がだよ!?師匠はなんて言うかなー。これからちょっと不安だけど、従者達がいるから大丈夫!まだ少ししか話してないけどみんないい子そうで、私のサポートをしてくれるらしい。これから威厳のある王になるため頑張るぞっ!!』

 

私が運命に選ばれし王になって従者を召喚した日だ。あのレトロと比べ物にならないぐらい、なんというか....希望に満ち溢れている。私は次のページをみる。

 

『運命に選ばれし王には会議があるみたいで、私は色々考えてそれに仕事の出来そうな女王パターンAを演じながらちょっと遅れて参加した。運命に選ばれた初日に決めた通り、私はずっとこの演技を突き通そうと思う。従者達にも他の王にもバレなかった。でもブラフマー王に急に斬り掛かられて少し驚いた』

 

私は疑問に思う。初日に決めた演技を『従者』にもバレないようにという所から、私はずっと威厳のある王を演じながら生活していたことになる。そしてこの時の私は演技をムームアに見破られたが、レトロはそうではなかったらしい。

そしてページを捲ると、ぐちゃぐちゃと汚い文字が書いてある。

 

『みんな、みんな死んだ。私は無力だった!!ブラフマー王のなんの恨みを買ったから知らないが、絶対に復讐してやる!!私は諦めないわ、あの天から聞こえた声に従って必ずみんなに会いにいく!!』

 

天から聞こえた声....もしかしてアイテルだろうか。しかし彼女は眠りについていたはずだが、もしかしたら意識は薄く残っていたのかもしれない。この日からレトロの苦悩の日々が続いている。私はペラペラとページを飛ばしながら見ていると白紙が見えたので慌てて文章の書いてあるページまで戻る。

 

『願いを叶えてやる、とは具体的にはどういう事なのだろうか。みんなを生き返らせてくれるのか、それとももしかして...過去に戻るのだろうか。もし後者だった場合、恐らく私がいるのだろう。私とは違う私が。そうだった時のために、色々計画を立てなければ』

 

レトロが考えた通り、彼女は過去に来た。しかし私達は少し違う。それは女王を演じきれたか、演じきれなかったかの違い。ずっと自分を偽って生きるというのは辛いものだろう。だから彼女は歪んでいた。しかし、みんなと生きたいというのは私とは同じ考えだ。

 

『そろそろこの世界の生命体を皆殺しにできそうだ。いろんな国を魔法で消し去り、奇跡的に生き残ったやつは自らを殺しに行く。生き物を感知できるアビリタを開発できてよかった。早く、みんなに会いたい』

 

この少し血に濡れたページで、彼女の日記は終わっていた。半分以上が、いや最初の2ページ以外は暗い感情が書かれている。私は、それをマジカルボックスにしまうとある場所へ向かう。

 

 

....

 

 

 

城の裏に出来た1つのお墓、レトロのものだ。本当は分かっていた。従者達がレトロの死を望んでいないことを。確かに最後には私に味方する事を選んだかもしれない。だが私が負けて一緒に消滅したとしても彼らはその結果を受け入れただろう。私はその墓を掘り起こしてマジカルボックスを一緒に埋めると、手を合わせて庭師から貰った中庭の花を添える。

 

「レナータ様」

「....ルイス、どうしたの?」

 

彼も手に花を持っている。確かルイスはレトロの事をよく思っていなかったばすだがと思いながら私は墓の前から退く。ルイスは私と同じように花を添えて、手を合わせた。

 

「従者達様方が召喚された時から、某の運命に選ばれし王をサポートするという役目は終わります」

「....うん」

「しかし、もしかしたらレトロ....いえ、レナータ様に唯一強くものを言える者として某が今より強く、生き残れていたなら彼女の暴走を止められたのではないかと思ったのです」

 

今より強くと言うが、使用人たちをバッタバッタとなぎ倒す姿は普通の人間のわりにはかなり強いと思うが....。ルイスは私を見て、跪いた。

 

「ル、ルイス?」

「確かに従者様方にはどの分野でも勝てないかも知れません。ですが貴方様への忠誠心なら彼らに並ぶほど強いものだと、胸を張って言えます」

「....ありがとう。こんな私に」

 

私が顔を上げてと言ってルイスを立たせる。ルイスは確かに...と首を傾げたあと私ににこりと笑う。

 

「少々テーブルマナーは良いと言えません。某と特訓しましょう!!」

「え、えぇ...ルイスはスパルタだから嫌なんだけど...」

「甘えてはいけませんよ!!さぁさぁ行きましょう!!」

「今からぁ...?....〈瞬間回避〉っ!!」

「あ」

 

素早く城の中に入り自分の部屋に逃げる。

 

 

私は自分を偽らないぞ!!

 

 

 

 









レトロ犠牲ルート、サクリファイスは以上になります!!
自分で書いといてあれですがレトロが死ぬシーンは書いてて泣きました。自分は結構感情移入しちゃうタイプなのでこういうの弱いです。

レトロはMYTH&ROIDさんの「TRAGEDY : ETERNITY」という曲から生まれました。これを聞いた時、この曲をBGMにレナータが天から降りてきてバトルが始まったらかっこよさそうだなと思ったのですがレナータは別にラスボスとかでは無いので自分の中でしっくり来ませんでした。
ですが、某大人気ソシャゲのオルタナティブ化を見て、これだ!!と思いました。速攻でレナータを闇堕させました。オルタ化のエモい所は闇堕ちしても本来の性格の時と同じ目的を持っているというところですね。なのでレナータもレトロも「従者と幸せに生きる」という同じ目的を持って生きています。

レトロというのは裏という意味で、レナータの裏側の闇の部分が強く出ているレナータという意味で名付けました。決してレナータと別人ではなく闇が強く出たという、レナータもレトロのようにヤバイ一面を持っているというのが良いですよね。

分かりにくいかも知れませんが途中で従者達が話し合いをする時はサージェ視点です。これは従者の人数とか名前、誰がリーダーなのかを覚えてないと「は?」ってなると思うので一応....。

この話がトゥルーエンドなので2部からはレトロが死んだとという世界で話が進みます。あんなチートキャラが居たらバランス崩壊しますので。はい。

では、ここまで読んで頂きありがとうございました!!




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→Root:リリーフ

 

 

私は、彼女を見下ろす。

血にまみれ倒れる彼女は、虚ろな瞳で天を見つめている。死に、向かっているのだ。

私は大技を放った事によって体力を消耗して、荒くなった息を整えて彼女に近づいた。私からみんなを奪おうとしたレトロにはまだ息がある。

 

私は無意識に剣を振り上げ、彼女の首に向かって―

 

 

 

「お待ちくださいっ!!」

 

 

 

私の剣が、レトロの首に触れる直前でピタリと止まった。私達の戦いの末を見届けるはずだった従者。だが、ルポゼが立ち上がりレトロの傍まで走ると彼女に覆いかぶさるように盾になる。レトロを、庇っている....?

 

「退いて」

「そ、その命令は聞けませ―」

「退きなさいっ!!!」

 

ルポゼの肩がビクッと跳ねて、震えながら私を見つめた。私は他の従者達を見る。みんなの瞳が揺れている。

 

....そうか、皆は彼女の死を望んでいないのか。

 

私は剣を体内に戻して、レトロを庇うルポゼに背を向けた。その意図を察したのか従者達がレトロの方へ皆集まり、彼女を回復させていく。私は怒りに身を任せて皆の気持ちを考えずにレトロにトドメを刺そうとしていた自分を責めた。

 

「レトロ様!!」

「み、んな...?」

「ああ、生きておられる....良かった....」

 

皆の安堵する声が聞こえる。私の皆を守りたいという気持ちは、間違っていたのだろうか?

そして私は、皆の声を聞きながら立ち去ろうとした。

 

「レナータ...」

「...何?」

「そんな所で不貞腐れてないで、こっちに来たら?」

 

私が振り向くと、少し状態が回復したレトロが私に手を差し出している。私はどうしようか迷い、渋々彼女に近づくとその手をとって彼女を起こす。

 

「貴方は...何も間違ってないわ」

「そうなのかな...」

 

みんなを守りたい。ただそれだけの為に戦ったはずなのに。従者達の顔を見ると彼らは私を見て泣きそうな顔をした後一斉に抱きついてくる。

 

「おわっ...!!」

『レナータ様!!』

 

みんなを受け止めた衝撃で傷口から血が出るのをみて、慌てて治療が施される。ある程度の回復して、私はみんなに笑いかけた。そしてレトロの方へ向くと、彼女を抱きしめる。彼女は戸惑っているようだが、私はそれに笑いを返した。

 

「貴方を生かす。みんながそれを望むなら」

「....貴方は望んでないってことね」

 

私はレトロにだけ見えるように笑顔を作ると、彼女はそれを見てドン引きしているようだった。ただ笑顔を見せただけなのに....私はどんな顔をしたのだろう。そして私はうーんと悩みながらウロウロしたあと、手を合わせて頷いた。

 

「レトロを、宝物庫最奥の部屋の管理者に任命します!!」

「―っな、貴方馬鹿なの!?」

 

馬鹿とは失礼なと思うが、まあ私が逆の立場なら同じことを言うだろう。

宝物庫最奥の部屋とは、ランク5のマジカルアイテムの中でも国宝級の物が保管してある場所だ。それをさっきまで国を乗っ取ろうとしていた人物に管理されると言われたら、当然驚くだろう。だが私は、もう1人の私を信じたかった。

 

「勿論、レトロはその部屋から出ちゃ駄目。外から誰か会いに来るとしても私の許可が必要になる」

「でも、私は―」

「国王命令!!」

「職権濫用よ!!」

 

わーわー言い合う私達を従者が止める。しかし私が頑固なことは皆が知っているため、私の言った通りに事が進められる事になった。王様って便利だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レトロ様、この書物のここなのですが....」

 

「このマジカルアイテムの効果が....」

 

「アビリタの開発のことでお話しが....」

 

「この間武器の整理をしていた時....」

 

「今日見た夢の話なんですけど....」

 

 

 

 

 

 

「ごめんレトロ、この瓶の蓋開かないんだけど」

「....」

「レトロ?」

「な、なんでみんなこんなに会いに来るのよ!?」

 

彼女は怒っていた。いや、戸惑っているようだ。私はジャムの瓶を持ちながら首を傾げる。ホントに硬いんだって。彼女に瓶を渡すと簡単にガポッと音がして開き、返される。

彼女はこの部屋に用意された椅子に座ると、はぁとため息をつき冠に着いたベールの上から目元を押さえた。

 

「宝物庫の最奥の部屋よ?」

「うん」

「そして会うのには貴方の許可が必要!!」

「そうだね」

 

レトロに与えられたテーブルの上には様々な物が乗っている。彼女の好きそうな本や、お菓子の缶、よく分からない騎士のフィギュア、禍々しいオーラの出ているアイテム、ボックスフラワー、など....恐らく従者達から貰ったものだろう。

私は度々レトロの所に行きたいと報告を貰っているので分かるが、従者達は普通は滅多に来ないこの部屋をレトロが管理する事に決まってからよく来るようになっていた。

 

「この部屋は国宝級のアイテムが保管されてるのよ!?」

「知ってる」

「そんな簡単に出入りさせちゃ駄目でしょ!!」

 

私は確かにそうだがとは思うが、従者達があんなキラキラお目目で会いに行きたいと言えば、いいよと言うのが世の摂理というものだ。しょうがない。

 

「はぁ...本当にあの子達に甘いわね....」

「貴方もでしょ?」

 

彼女は一瞬テーブルに置いてあるものを見ると、無言で私を見つめる。ベールで顔は見えないが恐らく効果音にするとぐぬぬっ、という感じの図星をつかれた悔しそうな顔だろう。やはり彼女も私だ。従者達に甘い。

私はわざと強く締め直して持ってきたジャムの瓶をボックスにしまうと、彼女を見おろした。

 

「私はさ、女王をちゃんと演じられなかった。でも、心を保つことは出来た。貴方はずっと完璧な女王を演じるって辛くなかったの?」

「....どうだっかしらね、もう数百年前の話だし」

 

レトロは私から顔を背けると、何も無い空間を見つめる。恐らく昔のことを思い出しているのだろう。そしてまた私に顔を向けて彼女は悲しそうな声で言った。

 

「私は...みんなの期待に応えたくて、完璧な女王を演じ続けたわ。それから私は徐々に壊れていった。そしてイデアーレの崩壊、従者の全滅...私がこうなるには十分な爆弾だった」

 

私は黙ってそれを聞く。他人事ではない。今ここで生きている私ではなくても、私自身に起こった出来事なのだ。私にもこうなる可能性は秘められている。

 

「今更こんなこと言われても気分を悪くするだけかもしれないけど....本当に、貴方には申し訳ないと思ってるわ」

 

そう言って頭を下げるレトロ。私は顔を上げてと言うと彼女に笑顔を向けた。

 

「私達はちゃんと生きてる、だからもういいよ!!」

「....あんな事されて、よく私のこと許せるわね。それに生かして、居場所まで与えて」

 

彼女の言葉を聞いて、私は笑う。確かに私は彼女を生かすことを選んだ。それは正確に言うと私の意思ではない。

 

「多分私だけだったら....貴方は生きてない。絶対に殺してた」

「でしょうね」

「従者達が貴方の生存を望んだ。私は皆の幸せを願い、そして望みを叶えてあげる。その為だったら何だってするよ。それは貴方が1番理解で出来ると思うけど?」

 

レトロは少し固まったと思うとすぐに声を上げて笑う。何がおかしいんだと私が疑問に思っていると、彼女は笑いを止めた。

 

「貴方も相当歪んでるわね」

「貴方ほどじゃないけど」

 

私は空いている椅子を引き寄せてそれに座ると、持ってきたパンに先程のジャムを塗ってもぐもぐ食べ始める。紅茶を出してくれたレトロに礼を言って少し寛いでいるとハッと思い出す。

 

「あ、そうだった....」

「?」

「ただ瓶の蓋開けさせるために来たわけじゃないんだよね」

「じゃあ何しに来たのよ。私戦闘以外じゃほぼ役に立たないわよ」

 

そういう彼女だが数百年生きた知恵があるじゃないかと思うがそれはなんか褒めるみたいで嫌なので言わないことにした。私はレトロを部屋から連れ出して、ある場所へ向かった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリチ森にとある小屋。

私はそこにレトロを連れて行った。どうしても会わせたい人がいるのだ。戸惑う彼女の手を引き、私が扉をノックすると、ドスドスと大きめな足音が聞こえた後扉が開く。

 

「お、レナータ...と誰だ?友達か?」

「し...しょう....?」

「ん?」

 

誰だと首を傾げる師匠に、レトロは駆け寄り抱きつく。そして大声で泣きながら何度も懺悔した。私は同じことしたなぁと思いながらそれをただ見守る。

 

「わ、わだし、しじょう゛のこと....」

「あーあー、お前もか!!泣くなって!!」

「ごめ、んなざいぃ゛っ!!」

「分かった分かった!!」

 

とりあえず上がれと小屋の中にお邪魔した私達は師匠がガタガタと奥から出した椅子に座る。レトロは涙と鼻水でベールがびちゃびちゃになったのでそれを取るとハンカチで色々拭った。師匠はふーんと私たちを見比べると何度も頷く。

 

「お前がレトロって言う子か」

「は、はい...」

「レナータと同じ顔だが色々違うなぁ!!」

 

ガハハッと笑う師匠は私達を間違い探しのように交互に見てはあれが違う、ここは一緒だと面白がっていた。私は呆れてレトロの肩に手を置き、師匠に事情を話す。

 

「一応この子...じゃないな、この人?いや...とりあえずこれがレトロ!!私が殺そうとしてた人!!」

「おう」

「従者達が彼女と生きたいと望んだから、生かすことにした」

「生かす...ってことは勝ったのか?」

 

なるほどと頷いた師匠は手をブンブン振るとニカッと笑う。

 

「流星斬は役に立ったか?」

「あれで決着がついたよ」

「凄く痛かったわ....」

 

それを聞いてレトロの手を引き彼女にも流星斬を教えようとする師匠を止めて、私は改めて師匠に向き合う。するとその雰囲気を察したのか師匠も真剣な表情で私を見る。

 

「師匠」

「なんだ」

「やっぱり私は、師匠を城に迎えたい」

 

師匠はやっぱりその話かと呟くと、頭をワシワシとかいた。初めてこの小屋に来て技を教えて貰っていた時にも私は師匠にこの話をしたが、断られたのだ。師匠は笑顔を私に向けると頷いたので私は喜んでじゃあと話を進めようとすると師匠はビシッと言う。

 

「断る!!」

「なんで?お城ならここよりいい生活が出来るし、私は師匠が傍にいてくれたら絶対に守れるよ?」

「私からもお願い。師匠を危険な目に会わせたくない....」

「あのなぁ....」

 

師匠は言葉を探しているようだ。額に手を当てて暫く悩んだ後、自分の中でちゃんと纏まったのか私達の頭に手を置いて軽く撫でる。

 

「俺は記憶をなくしてぼけっと生きてた。だが自分には優秀な弟子がいることが分かったんだ!!それも今は2人もいる!!そんでその弟子は俺の幸せを願ってる!!」

「だから―」

「俺は、それだけでもう幸せなんだ。今死んだっていい!!ただ自分が何者かも知らねぇまま生きるはずだった俺に、お前達は希望をくれた」

 

師匠が優しい顔でそういうのを私は涙を目に溜め聞く。師匠は私達の頭から手を離し自分も椅子に座るとテーブルを撫でた。

 

「それに俺はこの生活が気に入ってんだ。お前達の気持ちはとっても嬉しいぞ、ありがとな!!」

「....分かった」

 

私の頑固なところはこの人に似たんだろうなと思いながら私は頷いた。すると師匠はよしと言って台所へ向かうと暫くしたあと器を2つ持ってきた私達に渡した。

 

「そんな悲しい顔するな!!ほら、食え!!」

「あの時のスープ...」

「俺の得意料理だ、というかこれしか作れねぇ!!」

 

私達は不格好な野菜の入ったスープを食べながらこれまでの事や、そしてこれからの未来の話をした。

 

 

 

 

私達のする未来の話は、希望に満ち溢れてた。

 

 

 

 

 

 

 








レトロ救済ルート、リリーフは以上になります!!

最初からレトロは死ぬって決まっていたのでちょっと無理矢理感があるかも知れないですけど、彼女にも幸せな未来があってもいいんじゃないかと今回のような分岐する終わり方にしてみました。

ルポゼは従者の中でも結構レナータだけに盲目的に従うだけでなく、周りに目を向ける事が出来る人物なのでレトロは彼女に庇ってもらいました。ですがけっしてレナータへの忠誠心がない訳では無いです。あと何度かレナータが退けと言っていたら諦めていたと思います。

レナータはレトロに対してあまり良い印象は持っていません。それは読んだら分かると思いますが、やっぱり自分の大切なものを横からかっさらって行ったやつに良い印象など持てませんよね。勿論従者達が生きて欲しいと望んでいるので殺しはしません。レナータも相当病んでますよね。そういうの私の大好物です。

では、ここまで読んで頂きありがとうございました!!




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World:エレムスト
6人の王


その部屋の空気は最悪なものだった。ある椅子に座る少年の体から放たれるのは闇。闇の塊だ。

 

「ア....アイテル、アイテル!!何でだよ....何で答えてくれないんだ!?」

 

その少年は肘掛に拳を叩きつけ、その怒りをぶつける。それを跪き静かに見守るのは、三人の人物。

 

右で不敵な笑みを浮かべるのは金色の髪をしたエルフの男性。左で柔らかな笑みを湛えるのは白髪の女性。そして真ん中で跪くのはフルフェイスの仮面を被った男性。

 

「なんで....何でなんだ....」

 

椅子に座る少年の表情は怒りから悲しみに変わっている。その頭上に浮かぶ輪が先程から何度か光っているが、連絡を取りたい人物、アイテルとは繋がらない。

 

「如何致しますかぁ、エレボス様ぁ?」

 

左側で微笑んでいた女性が少年、エレボスに問いかける。彼は体から放たれていた闇をいっそう強くするとあ〜、と叫びながら頭を抱え考えた。自分の半身のような存在である人物は死んでしまったようだ。では誰が、と。

そしてその答えは、簡単に導き出される。

 

「運命に選ばれし王....」

「オレ達の事か?!」

「違う!!」

 

エレボスの呟きに返事をした左側のエルフは怒鳴られたのにも関わらず大声で笑い始める。エレボスはそれにまた苛立って、こうなったのも全てアイツらのせいだと顔もわからぬ人物達に八つ当たりをした。

 

「お前ら....殺してこい」

「誰をですかぁ?」

 

エレボスは自分の前に跪く三人を見渡して叫ぶ。大切な、大切な友人を殺すことが出来るのは....

 

「アイテリアの....運命に選ばれし王達を殺してこい!!」

 

三人は深く頭を下げ承知の意を示すと、それぞれの想いを胸に動き出した―

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

滅多に被らない王冠に、これまた滅多に羽織らないマントを身につけ私は小走りである場所に向かっていた。そこに行くのは三回目だが、私は必ずある二人の人物を待たしてしまう。やっと辿り着いた目の前の扉を勢いよく開けるとやはりかと申し訳ない気持ちになる。

 

「まただぁ〜!!」

『レナータ!!遅い!!』

 

声を揃えて私を叱るのは勿論、同じ運命に選ばれし王である二人。ブラフマーの称号を持つアンディート・ブラフマー、シヴァの称号を持つムームア・シヴァの二人だ。

私は決められた椅子に座り、軽く息を吐く。

 

「お前はホント成長しねぇな....」

「ごめんごめんっ!!」

 

ボヤくアンディートに謝ると、まぁお前だししょうがねぇなと聞き捨てならない事を呟きため息をついている。しかしその表情は少し嬉しそうだった。

 

「5年も立ったんだからちょっとは気合い入れてよ!!」

「面目ない....」

 

ムームアは私にびしっと指を突きつけて怒っている。そういう彼も、嬉しそうだ。やはり皆久々の再会を喜ばしく思ってくれていて、私も嬉しかった。

 

「それにしてもみんな久しぶりだね!!」

「こうして三人で直接集まるのは五年ぶりだな」

「殆ど〈メサージュ〉で話してたからね〜」

 

私達運命に選ばれし王はトリムルティの宝を手に入れるためこうして五年に一回集まることになっているが、肝心の宝はもう手に入れている。またこうして集まっているのは、同盟を組んだ者同士の近況報告のようなものだ。

そう言いつつ、私はただこうして三人で会うことだけでも楽しいのだが。

 

「ん....?んんっ!?」

「どうした?」

 

一瞬見間違いかと思ったが、やはりそうだ。私はアンディートを指さし口をパクパクさせる。

 

「髪が....髪が無くなってる!!」

「無くなってねぇよ!!禿げてるみたいに言うんじゃねぇ!!」

 

彼の腰まであった長髪が、今は肩につかないぐらいに短くなっている。あれだけの長さになるまでかなりかかっただろうになんて勿体ない事を....。

 

「あれは最強の運命に選ばれし王になるって言う願掛けみたいなもんだったんだ。今はもう必要ねぇからバッサリ切った」

「ああ....あんなに長かったのに....」

「従者達と同じ反応すんなよ....正直あれだけ長かったら鬱陶しい」

 

しかし話を聞くとプローヴァリーの皆が余りにも悲しそうにするため切った髪は取っておいてあるらしい。勿論アンディートは捨てろと言ったがどうしても譲らないんだとか。

 

「ボク達不老なんだから髪切ったらもう伸びないんだよ?そう考えると長いままの方が良かったんじゃないかって思うけど」

「それが回復魔法を応用したら生えてる髪に切った髪を修復してくっ付けられるらしいぞ」

「へぇ、初耳!!私もやってみようかな....」

 

そう言っていつものお下げとは違いひとつの三つ編みを左側に流した自分の髪を軽くいじる。そのような回復魔法の使い方は知らなかったので切る勇気はなかったのだ。

 

「レナータは今のままが可愛いと思うよ」

「....ぇ」

「何その反応!!」

 

ムームアから容姿を褒められると言うのはなんだか以外だったのでポケッとしてしまった。しかし褒められるのは素直に嬉しいので私も気になっていたことを言う。

 

「ムームアもその帽子可愛いね」

「でしょ?ボクってばなんでも似合うから当然だけどね」

 

そう言って自信満々に胸を張った彼に、そう言えば続ける。

 

「王冠はどうしたの?」

「帽子のお披露目したかったからマジカルボックスしまった」

「えぇ....あれ被る機会って少ないのに」

 

余程あれが気に入っているらしい、星と月の飾りがついたキャスケット帽....もしかしてスターシャとルナティスを意識しているのだろうかと思うと、かなり可愛いなと思った。

なんだかんだ言っても従者達を大切に思っているんだなとほのぼのした気持ちになる。

 

「身なり変えるのもいいが、国も変えねぇと」

「そうだねぇ、私国政とかよく分からないから苦手なんだけどね」

「ボクもほとんどスターシャに任せてるかな」

 

俺も得意じゃねえけどなと言ったアンディートは頬杖をつきため息をつく。私達運命に選ばれし王は国王として生きるための教育などされていない。ムームアは例外かもしれないが、私とアンディートはそれに該当する。だから従者に丸投げする王も少なくないそうだが、私達はそうはしない。

 

「正直自分が役に立ってるか分かんねぇけど、何もしないお飾りの王には何たくないからな」

「色々難しいけどね。従者達は私が言ったことはなんでも従って実行に移すから」

「分かる!!この間人口ちょっと多いなって言ったらルナティスが国民を殺しに行こうとしたから驚いたよ!!」

 

その後死ぬ程怒鳴り散らしたよと付け加えたムームアは椅子に寄りかかりため息をついた。みんな苦労してるんだなぁ。

 

「それで、何か変わった事とかあるの?」

「そうだなぁ、私は国民と関わる時間増やしたとか....その辺かな」

「技術の成長具合はどうなった」

 

私の国、イデアーレ王国は私の代で鎖国状態だったのを開国した。それで色々問題が起きたがまずは国民との信頼関係を築いたあと、遅れている国の発展を進めていこうとしている。私だってちゃんと女王として仕事をしているのだ。

 

「それなら徐々にだよ。私どうせ不老だから長い目で見られるし」

「そこは人間の寿命に合わせなきゃダメじゃないの?発展途上のまま死んでく人もいるかもしれないじゃん」

「それを言ってたら何も進まないよ〜」

 

私も考えた事なのでムームアの言い分も分かるが、不老だからこそ出来ることをしたいと私は考えている。というかどんだけ最善を尽くそうとしても、必ずどこかで問題は発生すると思っているのでそれなら自分の信じた道を進みたい。

 

「アンディートは?」

「俺か?俺は....まだまだだな。レナータの言う通り長い目で見るしかねぇ」

「まぁ、奴隷の全開放って言ったらねぇ」

 

アンディートの国、アズモンド王国は彼が運命に選ばれる前は奴隷制があり、彼自身も奴隷だった。

奴隷制を無くし奴隷になる人を無くしたいと運命に選ばれてすぐに法律を変えたが、そう簡単に無くなるものでは無い。

 

「だが俺は諦めねぇ、何十年、何百年経とうが目標は達成させる」

「流石!!」

「じゃあボクの話も聞いて!!」

 

アンディートを賞賛して拍手をしていると、ムームアは次はボクの番だよねと手を挙げた。どうぞと二人で促すと立ち上がり両手を手を腰に当てた。

 

「やっと兵器製造していた連中の幹部を潰しました!!」

「おおっ!!」

「幹部かよ」

 

ドヤ顔でそういうムームアに今度は彼に拍手を送る。ムームアは椅子に座ると足を組みアンディートを軽く睨む。

 

「ボクこれでも頑張ったんだけどっ」

「そうだな、悪かったよ」

「分かればよろしい!!」

 

ムームアの国、ディアストリク王国は前王アルヴァの指示で兵器の開発が進められていた。ムームアは父親であるアルヴァと同じ道は辿らないと、それを食い止めようとしていた。裏で動く暗躍者を何人も捉えている。

 

「ムームアってまだ小さいのに凄いよね〜」

「小さいって、ボク見た目はこんなだけどもう17だよ!?」

「そうか、お前もうそんなになるのか」

 

それを聞いてドキッとする。自分で言い出しといて何だが後悔した。この流れは....

 

「俺はもう28、て事は....」

「そうだね....私....33歳....」

「わぁ、おばさん!!」

 

ムームアの言葉がグサァッ!!とかなり深く心に刺さる。私はテーブルに突っ伏し現実をどうにか受け止めようとする。

 

「お、おい....あんま落ち込むな」

「そうだよ!!ボクら年取らないし、シワも出来ないし皮もたるんだりしないんだよ!!」

「そ、うだね....よし!!前向きに!!前向きに生きるぞ!!」

 

私は顔を上げて高らかに宣言してうんうんと頷くと、顔を軽く揉む。確かに5年経っても全然老いは感じない。見た目も全然変わらないし、体力も変わらないどころか有り余っているぐらいだ。

 

「そう言えばエンドとはどうなったの?」

「どうなったって....変わらず愛してるよ」

「違ぇよ、ムームアが言ってんのは子はどうしたって話だ」

「それ」

 

子....子供!?

私は思いがけない質問に赤面する。忘れていたがトリムルティの宝を手に入れたあとそういう話を期待された気がする。私はじっと二人に見つめられてさらに顔を赤くする。

 

「そ、そういうのは温かく見守ってよ!!」

「チッ、まだか....」

「というか竜人とエルフ同士で子供ってできるの?」

 

私はう〜んと考えてそれは私も疑問だったんだけどと話を続けた。

 

「竜人って他種族との関わりが少なかったからよく分からないんだよね」

「じゃあ子供見れないかもしれないのかぁ....」

「私のことはいいよ!!二人はどうなの!?」

「どうって、なんだ?」

 

私はニヤニヤしながらアンディートとムームアを見る。二人は眉を顰めるとため息をつく。

 

「俺はそういうの興味ねぇ」

「ボクも」

「うわぁ、冷めてる....」

 

私の事はあんなにズカズカと聞いてきたのに自分の事となると恋愛には興味が無いと言う。全く何なんだこの二人は....

 

「二人もそういうのに興味を―、って〈メサージュ〉だ」

「ん、俺もだ」

「....え、ボクもなんだけど」

 

3人同時に連絡が来ることに、私は少し嫌な予感がした。その時ふと疑問が出てくる。私はこのスフィーダの塔に来る前、従者たちに国に結界を張るように命令している。その結界は魔法やアビリタを防ぐので〈メサージュ〉も届かないようになっていた。

 

それが今、私に届いたという事は―

 

「私だけど、どうした?」

『レナータ様!!申し訳ございません!!敵の侵入を....ぐぁっ!!』

「サージェ?サージェ!?どうしたの!?」

『はぁ...はぁっ....!!この国は、今...誰かに攻撃をされていますっ!!』

 

私が驚きで勢いよく立ち上がると、アンディートもムームアも同じく椅子から立ち上がっていた。その顔は激しい焦りの色に染まり、私達は互いに顔を合わせ、理解する。

 

皆同時に誰かに攻撃されていると。

 

「サージェ、今すぐに戻るからそれまで持ちこたえて!!」

『畏まり、ましたっ!!』

 

途切れ途切れに話す彼の様子を察するに、恐らく戦闘中なのだろう。〈メサージュ〉の切れた音を確認すると同じく連絡を切ったアンディートとムームアに事情を簡単に話す。

 

「誰かに国が攻撃されてる、急いで戻らなきゃ....!!」

「ボクの所もだよ!!でも誰がボク達をこんなに追い詰められるの!?」

「従者達も苦戦してる!!話してる場合じゃ―があぁっ!!!!」

 

アンディートが急に胸を抑えたと思うと、冷や汗を流しながら呼吸を荒くする。その様子に、私は血の気が引くような感覚を覚える。

 

「うそ、だろ....誰か....誰かが死んだ....!!」

「―っ!!」

「くそっ!!!!俺は行くぞ!!お前らも急げ!!!!」

 

運命に選ばれし王はその従者が死亡すると、致命傷の痛みを共有する。アンディートが感じた痛みは、それだ。

私達はトリムルティ化によって記憶を共有した。お互いにどれほど従者達を思っているかは自分のことのように分かるのだ。

 

「ねぇ!!二人とも!!絶対死なないで!!!!」

「当たり前だ!!」

「ボクだってそんなヤワじゃないよ!!」

 

私達は走って出入口から出ると、従者達の無事を祈りながら国に向かった―

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

国に着くと、その光景に私は立ち止まってしまう。

死んでしまった家族を泣きながら抱きしめる者や、武器を持ちどこかへ向かう者、ただただ叫ぶ者や空を見つめ立ちすくむ者....まさに戦争の風景だ。

 

「な....んで....!?」

 

その時私はある事に気づく。城の中に運命に選ばれし王の反応を感じたのだ。アンディートとムームアは自分の国に戻ったはずだ。説明がつかない。

私は行動しない事には始まらないと上空を飛び城まで急ぐ。

 

「(早く....早く止めなきゃ....!!)」

 

下を見ると武器を持つ人の集団を見つける。皆城に向かっているようだった。

私は急降下してその集団を止めるように降り立つと両手を広げる。

 

「皆、止まれ!!」

 

私の登場に国民達は驚き私に注目する。武器を持った集団の動きは1度止まったが、私を睨みつけると皆が叫び出す。

 

「この嘘つきめ!!三大王国が同盟を結んでも争いは無くならないではないか!!」

「わ、私のっ私の子供が死んだのよ!!!どうしてくれるの!?」

「お前を信じた俺達が愚かだったんだ!!!!やはり開国などするべきでは無かった!!」

「このクズが!!!!」

 

「―」

 

私は投げられた石を受け止めずそのまま顔面に食らうと、皆に向き合う。一人一人の言葉が痛い。

 

「私が、必ず収めて見せよう!!誰も戦わないで欲しい!!!!」

「うるせぇ!!もう自分でやるしかないんだよ!!」

「必ず、必ず収める!!自ら犠牲になるような事はしないでくれ!!....頼む....」

 

私は皆に頭を下げると、戸惑った様子の国民達に背を向け城に飛んだ。早く終わらせなければ、この国は崩壊する。私は出せるだけのスピードを出して敵に対しての怒りを抑えつつ飛んだ。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「おい、無事か!!」

「ア、アンディート様!!!!」

 

運命に選ばれし王の反応がある城に着くと、ホールでルオネスが誰かと戦っている。俺はその敵の容姿に驚きつつも神器を取り出しルオネスに加勢しようとするが、止められた。

 

「敵の長は謁見の間に!ここは俺に任せて下さいっ!!!」

「―っ」

 

見ればわかる、ルオネスは押されていた。だが俺は頷くと転移魔法の準備をする。従者を見捨てるような行動に胸を痛めながらも、大将さえ殺せば全て治まると急いで転移した。

謁見の間に着くと、そいつはいた。

金髪にエメラルドグリーン瞳をした男。そいつは王様に座り俺を見下ろしている。

 

「待ってぜぇ?アンディート・ブラフマー」

「誰だてめぇ....」

 

男は何がおかしいのか分からないが、高笑いしながら椅子から立ち上がり俺の元へ降りてくる。どんどん互いの距離が縮まる中、俺は薙刀を強く握った。

 

「俺か?俺は運命に選ばれし王!!ジュデリカ・アグニっつーんだけどなぁ....お前を殺しにてやったぜ!!ははははははっ!!!!」

「アグニ....?」

 

そんな称号聞いた事ない。それ以前に運命に選ばれし王は三人だけのはずだ。レナータもムームアも生きていたので、王が交代された可能性はない。ではこいつは....?

 

「お前達はよぉ、アイテル様を殺したらしいじゃねぇか!!」

「殺してない、あいつは眠りに―」

「んな事はどうでもいいんだよ!!殺せって命令されたから殺す、それだけだ!!」

 

命令ということは、運命に選ばれし王を従える者がいるのだろうか。運命に選ばれし王を従えられる程の力を持つものといえば神だけ。アイテルを敬称をつけて呼んでいる辺り、アイテルの信者だった者だったのかもしれない。

 

「(くそっ!!こうやって考えるのは向いてねぇ!!)」

「なんか言い残すことはあるか?聞いてやるぜ!!?」

「....お前は―

 

....……

 

―何者なの?」

 

ボクがそう問いかけると彼女、プレーノ・インドラと名乗った女性はにこりと笑った。

 

「そうですねぇ〜、ワタシ達わぁ……」

「達ってことはボク達と同じく、君とあと二人いるよね?」

「あらあら、言ってしまいましたわぁ、あはっ」

 

レナータもアンディートもボクと同時に国を攻撃された。相手が運命に選ばれし王だと言うなら、こちらと同じように三人だと予想したが、彼女反応を見るに正解だったようだ。というか彼女のような運命に選ばれし王が四人も五人もいたらたまったものではない。

 

「アイテリア、それがこの世界の名前ぇ」

「それが何?」

「あなた....いや、ムーくんは、世界が二つあるって言ったら信じてくれるぅ?」

「は?」

 

世界が二つ....ということは彼女達はアイテリアではなくもうひとつの世界の運命に選ばれし王なのだろうか。....それにしても、ムーくんってボクの事?最悪。

 

「....現に運命に選ばれし王がこうして目の前にいる以上、信じるしかないよね」

「そっかぁ。ワタシ達はアイテリアと対になる世界、エレムストの運命に選ばれし王なのぉ」

 

対になる世界。分からないことが多すぎる。ボクはとりあえず目の前にいる敵から少しでも情報を得る為に話を伸ばそうと考える。幸いにも彼女はうっかりと言いつつわざと自分達の事を話してくれるみたいだ。

 

「対になるって言うのは―

 

…………

 

 

―どういう事だ?」

 

ジュデリカはニヤリと笑うと俺の周りをグルグルと歩きながら答える。

 

「アイテリア、エレムスト。その世界は最初は一つだったんだと!!それをアイテル様とエレボス様が半分こした、以上だ!!」

「....」

「エレムストの方が運命に選ばれし王の歴史は100年早く造られてるんだぜ!!!?つーのもエレボス様の真似をしてアイテル様はアイテリアを造った!!つまりお前らは俺たちのパクリって事だなぁ!!!!」

 

また高笑いするうるさい声を聞きながら俺は苛立っていた。パクリと言われたことでは無い、そんなことはどうでもいい。しかし俺の怒りを馬鹿にされたからと勘違いしたジュデリカはさらに俺に言う。

 

「それにしても笑えたなぁ、あれは」

「....」

「オレがよぉ、この王座に座ってたら『それはアンディート様だけが座る物だっ!!』とか言いながらクソみてぇなオートマタがオレに向かってきたんだぜ!?アホみてぇ!!!!」

「―っ!!お前か....!!」

「ああオレだ!!!!そいつのコアを鷲づかんで引っ張り出してやった!!そんでそれを握りつぶした時の愉快さと言ったら無いぜ!!ははははははっ!!!!」

「こ....ろす....!!お前だけはぁっ!!!!」

 

あの時の、あの会議の時の激痛は、ランツェが死亡したものだ。俺は....また無力だった!!その怒りとやるせなさをぶつけるように神器でジュデリカを斬りつけようとするが、彼もすぐに斧状の神器を取り出してそれを弾き返された。

 

「ああぁああぁあッ!!!!」

「お〜怖ぇ怖ぇ!!」

 

俺は再びジュデリカを殺すための一撃一撃を叩き込もうとするが、今度はやつの方から斧を振り上げ俺はそれを―

 

 

…………

 

 

―双剣で受け流す。同じ運命に選ばれし王であるはずだが力の差は大きい。私は先程から一言も喋らない彼に何度も質問をぶつけながら剣を振り続けた。

 

「いい加減に、して、よっ!!」

「....」

 

フルプレートの仮面を被った彼(恐らく)の表情は分からない。誰なのか、目的は何なのかも分からないままだ。だが彼から感じるのだ、運命に選ばれし王の気を。

何度も神器だろう杖から放たれる攻撃魔法に翻弄されながら、私は自分の体力がどんどん減っていくのを感じていた。

 

「はぁ....はぁ....」

「〈――〉」

 

彼の杖が1層強く光ると、私は動けなくなる。〈ツァイト・ストップ〉、時間停止の魔法だ。私の鎧はそれに耐性があるのだが何故かその効果は見られない。焦る私に彼はゆっくりと近づき、手に、何かを握らせた。

 

「―す....け...」

「―っ!!」

 

彼の初めて発せられた一言に私は驚愕した。そして立ち去ろうとする彼に問いかける―

 

 

........

 

 

「どこに行く、つもり……?まだ戦いは、終わってないん、だけど?」

「そんなボロボロの状態でぇ、そんな威勢が張れるのねぇ」

「ボクはどこに、行くかって聞いてるん、だけど……」

 

傷だらけのボクに背を向けて、プレーノは槍を器用にクルクルと回すとそれを投げたあと体内にしまった。そんな一芸を見せて貰いたい訳ではない。

 

「今回はただ宣戦布告にきただけなのぉ」

「宣戦布告?」

「そう、ただ顔みにきただけと言うかぁ、ほんとにそれだけぇ」

 

ボクを殺すつもりは無いらしい。その証拠に神器もしまった。ボクは徐々に薄れていく意識の中、彼女を睨みつける。

 

「それでは、また会いましょうねぇ」

「ま、て....ボクは、まだ―」

 

ボクが気を失うのと彼女が転移魔法ので消えるのは、同時だった。

 

 

 

 

――

 

 

 

「皆....ご苦労だった」

 

瀕死の俺は、それでも王座に座った。どれだけ死にそうでも俺は王だ。皆が不安に思わないように、こうして見栄を張るしかない。

そして集まった従者達を見つめて辛くなる。いつもなら五で跪くあいつらは、今日は四人だ。律儀に並ぶ順番を決めている従者達は、いつも綺麗に1列に並ぶ。

リヴェルダとハイドの間の空白。それが余計に本来ならそこにいるはずの人物の不在を痛感させられる。

 

「....ランツェ・ファードが死んだ」

「....」

 

皆は無言だ。俺の前だからだろうか、悲しそうな顔をしないようにと我慢しているのが丸わかりだった。

 

「復活はさせねぇ、そんなに精神力は残ってねぇからな」

「....承知、しました....」

 

リヴェルダは絞り出すように返事をして、堪えきれない感情が少し表に出る。悔しさ、悲しさ....当然だ、こいつはランツェと恋仲にあった。ランツェと過ごした時間は濃いものだっただろう。

 

「今回の戦いでお前ら、いや、俺もかなり能力を消耗した。今後の話は時間を空けてする。今は休め」

『―っは』

 

皆が謁見の間から居なくなったのを確認して、俺は手で顔を覆う。ランツェは死んだ。それは、会議で遅れていた俺のせいだ。最初は冷たく当たり、鬱陶しく思っていた彼女の死に俺は胸を痛めている。俺は、俺は―

 

「すまねぇな、お前ら....」

 

俺は宝物庫から持ってきていた複数の宝をマジカルボックスから取り出すと、それを床に投げる。

あいつらの目の前で召喚しようとすれば絶対に止められる。だが始めてしまえばこっちのものだ。

ああ、初めてあいつらを召喚した時もここだった。俺はコートをボックスにしまうと深呼吸をして手を前に出す。

 

「我が忠実なる従者よ、その忠義をもう一度我へ示せ!!」

 

先ほど投げた宝が散って光の粒となると、床に魔法陣が浮かび上がる。俺は残り少ない精神力が削られていくおぞましい感覚に耐えながら、必死に立った。

本当は、知っている。精神力の減りは従者の復活より、新しく召喚しなおした方が少ない。戦力の問題なら従者を新しく召喚しなおすのが良い判断と言えるだろう。

だが、俺の強さの証明は、プローヴァリーは....

 

「があああぁあああっ!!!!」

 

俺の体を負の魔力が包み、体は徐々に灰のような色になっていく。ついに発狂が始まった。俺は苦しさに座り込みそうになるのを耐えて、魔法陣に精神力を送り続ける。

魔法陣から人型の光が出て来たのと同時に、謁見の間の扉が勢いよく開いた。

 

『アンディート様!!!!』

「お、まえ....ら....」

 

やはり、発狂した事をによって従者もなにか感じとったのだろう。皆が俺を見て焦り始める。

 

「アンディート様!!おやめ下さい!!死んでしまいます!!」

「ん、なの....分かってる、んだよ!!」

「―っ!!」

「だが....あいつ、じゃねぇ、と!!駄目なんだっ!!!!」

 

俺は小さく悪ぃなと謝り笑いかけると従者達はその意味を理解し、俺を止めるのをやめて跪き事の行く末を見守った。

俺が死んだら、皆も消滅してしまう。従者達はそれを分かっていながら、俺のわがままを受け入れた。ほんとに俺に甘いな、こいつらは。

 

「はぁっ....ぐ....あぁっ....!!」

 

痛い。苦しい。

おかしくなりそうなぐらいの激痛と気持ち悪さを俺は耐える。もう体は完全に灰の色に染まってしまった。とうに俺の精神力の限界を超えてしまったのだろう。

魔法陣から光が完全に人型のになり、徐々に色付き始める。

目がチカチカとして視界が白くなっていく。

もう少し、もう少しで―

 

「――」

 

遂に倒れた俺を受け止めたのは、人間のとは違い全く体温のない女性の細い腕だった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「みんな、生きててくれて....本当に良かった....」

 

私は謁見の間に集まった皆を見て、そして涙した。皆を失う恐怖。レトロの一件があってからその気持ちは一層強くなっていた。安心する気持ちもあるが、やはり悔しさもある。というのもここに集まったのはキーパーソン全員ではない。

エンド、アタリル、ディーフェル、アルマの四人は負傷が酷くて今動けない状態にある。

 

「申し訳ございませんでした....!!敵の侵入を許し、このような有様に....」

 

確かにサージェが言うように城は至る所に戦った痕跡が見えて、まさに荒らされたという言葉がピッタリだ。城だけではなく街の1部も破壊され、そして....

 

「沢山の人が、死んだ....」

「....」

 

国王として、国を守れなった。自分の無力さに腹が立つ。それを察したのか従者達は私を見つめる。暫く無言の時間が続き、私は目を伏せた。

 

「敵が誰かわからない以上、情報収集していくしかない。まずはアンディートとムームアに連絡をとって話しをした後その時にまた招集すると思うから、今は休んで」

「―っは。畏まりました」

 

皆が転移魔法で消えたのを見て、私は強化した〈メサージュ〉を使う。勿論相手はアンディートとムームアだ。私は一向に繋がらない事に不安を覚える。

 

「お願い....無事でいて....」

 

『....レ、ナータ?』

「ムームア!!」

 

私はムームアの声を聞いて安心したが、彼の声はか細いものでまた不安になる。彼は少しはぁと息を吐くとまたいつもの調子に戻った。

 

『どうしたの』

「いや、みんな大丈夫かなって」

『この感じ....〈エクステション〉使ってるの?』

「うん、でもアンディートが....」

 

いつもならぶっきらぼうに返事をして連絡を受けてくれるアンディートから、今回は返事が無い。意図的に拒否しているのかそれとも....意識がないのか。

 

『あっちにも来たんだよ、運命に選ばれし王が』

「やっぱり運命に選ばれし王だったんだ....」

『何も聞いてないの?』

「私のところに来た運命に選ばれし王は一言も喋らなかったんだよね」

 

そう言った私にふーんと相槌をうつ彼は、自分の所に来たというプレーノ・インドラという王から聞いた話を私にしてくれた。

 

「エレムスト....聞いたことないね」

『実際神なんて非現実なもの見たんだから、あと一個世界があるって言われても信じてやろうって気になるよ』

「私達のいる世界は、この星の半分なんだ....」

 

まあ当然だが何だか実感がない。

まとめると、エレムストと言うアイテリアと対になる世界の神、エレボスが私達が友人であるアイテルを殺害したと勘違いして自分の世界の運命に選ばれし王を刺客として向かわせた、という事らしい。

 

『宣戦布告に来ただけって言ってたくせに、アンディートから連絡はない....』

「死んで....ないよね....?」

『あのアンディートだよ?しぶとく生き残ってるよ』

 

そういうムームアだったがその声は暗いもので、少しの沈黙が続いた。その時に、小さく声が聞こえた。それは私のものでも、ムームアのものでもない。

 

『....お、れは....』

「アンディート!?」

『大丈夫なの?』

 

途切れの枯れた声だがアンディートの声がした。声を整えるような音が聞こえたあと、彼は少し咳払いをして軽く息を吐く。

 

『生きてたか....』

『やっぱりそっちにも運命に選ばれし王が?』

『ああ、クソ野郎がな』

 

舌打ちをしたアンディートの声は弱々しく、もしかしたらアンディートの方に来た運命に選ばれし王は血の気が多いやつだったのかもしれないと思う。激しい戦闘のあとの休養中だったなら申し訳ないなと思いつつも事情を聞く。

 

「そう....ランツェちゃんが....」

『俺が生きてるって事は恐らく復活は成功した。心配すんな』

『恐らくっていうのは?』

『今俺は寝室に居る。意識が戻ってすぐに〈メサージュ〉を受け取ったからな』

 

まだ会ってねぇと付け加えた彼に私は驚き、今すぐ会いに行けと怒鳴る。アンディートはそれに戸惑っていたが拒否された。

 

『王として、今は情報共有の方が先だ』

「....」

『お前も同じ王として、分かるだろ?』

『アンディートの言うことが正しいね』

 

私は早く会いに行って欲しい。死にそうになってまで復活させたのにそれを確認しないでこうして業務を優先するなんてあんまりだ。だが....私が彼と同じ立場だったとしても、もしかしたら同じ選択をしたかもしれない。私はムームアの言葉に同意を示した。

 

『それで、これからどうする』

「こうやって国を落とせる力を見せつけられた以上、最大戦力である私達王が国から離れなくなった」

『ってことは、協力して一人一人潰すってことは出来ないね』

 

あれは今までのようにまともに一体一で戦えるような相手ではない。エレムストの方が100年早く作られたと言っていたのでその差なのだろうか、同じ運命に選ばれし王でも力が違いすぎる。しかし協力して戦おうとすると、誰かは自分の国から離れなくてはいけなくなる。

 

『というか、国で戦うこと自体不味いよね』

「そうだね、これ以上被害が出ると流石に滅びるよ....」

『....なぁ、そのエレムストだったか?』

「エレムストがどうしたの?」

 

アンディートはいや、でもとブツブツ呟きながら何やら考えているようだった。私とムームアが何だと催促すると、彼は黙ってろと一喝した。

 

『殺られる前に、こっちからエレムストに攻め込んで殺せばいいんじゃねぇか?』

「でもエレムストってどうやって行けばいいの?」

『それに行く方法が分かってもボクらが行ってる間に攻め込まれたらたまったもんじゃないよ』

 

私達は行き詰まった。あれやこれや考えるがどうにも悪い考えばかりが浮かぶ。ああやって瀕死の従者や半壊しかけた国を見せられ、正直弱気になっていた。

 

『....そういやレナータ』

「ん?」

『テゾールから親とか兄弟の話を聞いた事あるか?』

「親とか兄弟....?」

 

そういう事は聞いたことない上に、従者達の親族と言われてもピンと来ない。

 

従者達の姿はもし従者としてではなく普通の人として生きた場合の姿で召喚される。なので従者達にはifだが人生というものがある。それを[シーヴィータ]と言うのだが、それを持つ者はごく僅かだし、持っていたとしてもほんの一部分という事が多い。

 

そしてうちのキーパーソンにその記憶持ちは一人もいない。そういう従者がたまにいるとサージェから聞いただけだ。

 

「うちにシーヴィータ持ちは居ないんだよね」

『そうか....』

『何か気になることでもあるの?』

『俺が城に着いた時ルオネスが相手してたヤツがテゾールそっくりだったんだ。もしかしたら知り合いかもしれねぇと思ってな』

 

テゾールの親族とは、と色々姿を想像するがやはり疑問に思う。同じアイテリアの従者ならともかく、別世界でそのような存在がいるのだろうか。

 

『知り合いじゃない方がいいがな』

「....そうだね、これから殺すことになるから」

『....ボクらに出来るのかな』

 

ムームアがいつになく弱気な事を言ったので、私も不安になる。何が最善の手なのか、何が正解なのか分からない。

 

「でも私達は、王として国を守る義務がある。戦おうよ」

『....うん』

『今日はこれぐらいにするか。二人とも疲れてるだろ、というか俺が疲れた』

 

考え込みすぎているであろうムームアを気遣い、アンディートは休むことを提案する。私達は次に連絡を取る日時を決めて〈メサージュ〉を切った。私は玉座にもたれ掛かりながらこれからの事を考える。

 

「はぁ....どうしよ....」

 

敵の情報が少ない。対策を練ろうにもどうにもならないのだ。しかしこの状況を変えられるかもしれない物を、私は持っていた。私は1枚の紙をマジカルボックスから取り出すり

 

「助けて、か....」

 

私の方に来た運命に選ばれし王が最後に私に告げたことだ。どういう意図なのかは分からない。その時に握らされた紙には地図と日時が書いてあって、恐らくここに来いという事だろう。

もしかしたら罠かもしれない。でも私は....

 

「行くしか....ないよね」

 

私はため息をつき、どうか無事に終わってくれと祈るしかなかった。








ついにもうひとつの世界に手を出しました!!はい!!

アイテル、エレボスの星は半分ずつ彼らが管理していて普段はアイテリアとエレムストの境界は結界が張ってあって行けないようになっています。そこをくぐるとまた反対側の陸地まで戻るようになっていて住んでる人はここがひとつの球体、惑星になってるって感じるようになってます。(分かりずらい説明)
アイテリアとエレムストを行き来できるのは神2人だけだったのですが、エレボスは怒りのあまりその結界を破壊しました。そしてアノルマ、ジュデリカ、プレーノが来たわけです。

最初もそうだったんですが、全然話をどう進めるか決まってません!!
ですので以前より更新が遅くなるかも....まぁ決まってしまえば早く書きたいと勢いで進めるかもしれません。

ここまで読んで頂いてありがとうございます!!2部もよろしくお願いします!!




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戦いに向けて

「それでぇ、どうでしたそちらはぁ?」

「どうもこうもねぇよ!!クソみたいに弱かったぜ!!」

「....」

 

この部屋には、三人の人物がいた。

 

円卓の左側の椅子に座るのは、ほわほわと柔らかい雰囲気を湛える白髪赤目の女性。第十代目クラウズウォーム王国国王、プレーノ・インドラ。

彼女は人魚であり、そして彼女に従える従者四人も全員人魚だ。加えて皆女性。

これは人魚と言う種族を愛するプレーノの運が単によかった訳ではなく、彼女は従者全員が女性の人魚になるまで召喚し、そうでない者は殺し続けたのだ。そのせいで今いる運命に選ばれし王の中でも断トツに多かった精神力は空になっている。

 

そして円卓の右側に座るのは、足を組みテーブルにそれを乗せるという行儀の悪い座り方をする金髪緑眼の男性。第三十二代目ドルヴィルド王国国王、ジュデリカ・アグニ。

五人の従者を従える彼はドルヴィルドの歴史上最悪と言われるほどの暴君であり、王であることをいいことに何でもかんでも好き放題の生活をしている。

そして従者に対しての当たりも強く、何かあると直ぐに暴力を振るう。だがそれでも従者からは慕われており、王と従者という形は成り立っている。

 

最後に円卓の一番扉に近い椅子に座るのは、頭全体を覆うような仮面を被り先程から一言を喋らない男性。初代レアリスト王国国王、アノルマ・スーリヤ。三人の従者を従える彼は、紫色のフードを被り肘掛に両腕を置いてただただ二人の会話を聞いていた。彼の声を聞いたものはこの中には居ない。ジュデリカか何度か驚かせて声を出させようとしたが、どれも失敗に終わっていた。

しかしジュデリカもプレーノも彼の溢れる強者としてのオーラに少しながら敬意があり、彼の喋らない彼の真意を探り行動する。

 

「とんだ期待外れだった、同じ運命に選ばれし王だから楽しみにしてたのによぉ!!」

「そうねぇ、ワタシの所なんて小さい子供でしたよぉ」

 

ジュデリカ、プレーノが話しているのは先日攻めたばかりの国の話だ。自分達の尊敬するエレボスに命令されて自分と対になるという運命に選ばれし王を殺しに行ったが、あまりの実力の差に二人とも呆れていた。

 

「おめぇはどうだった、アノルマ?」

「....」

「またシカトかよ!!はははははっ!!!!」

 

ジュデリカの高笑いが部屋に響く中、いつも通りの風景にプレーノはまたにこにこと笑う。

 

「しかし流石アノルマさんですねぇ」

「....」

「ヴィシュヌ女王が従者達を何よりも大切にしていると聞いて、あえてヴィシュヌ女王を軽く相手する程度に済ませるなんてぇ....」

「何でそれがすげぇんだ?」

 

プレーノはジュデリカに対してのため息をつくと、簡単なことだとまた笑う。

 

「自分はピンピンしてるのに大切な従者達は瀕死の状態....ヴィシュヌ女王は自らの無力さを痛感しているでしょうねぇ」

「ヴィシュヌ女王にとってつれぇ行動をとったって事か!!流石アノルマ!!クズ野郎だなぁ!!」

 

アノルマは何も言わない。それを二人は自分達の考えることに対しての肯定ととり、さらに笑う。

そしてジュデリカはそれにしてもと足を組みかえながら頭をかいた。

 

「これからどうすんだ?もう殺すか?」

「まだ早いんじゃない?ワタシもっと楽しみたいわぁ」

「....」

 

元々戦いを好むため、強い力を持ちながら戦えない状況にむず痒い気持ちを持っていた。自分達はエレボスの命令で互いに争うことを禁止されているために、ストレス発散と言って他国に戦争を仕掛けるなどが多々あったのだ。

その時に現れた自分達と同じ存在。彼らは期待に胸を膨らませていた。

 

「少し時間を置けば何がワタシ達の対策を練るかも知れないしぃ、ちょっとだけ様子を見ましょうよぉ」

「チッ、待つのはきれぇだ!!」

「アノルマさんはどう思われますかぁ?」

 

ジュデリカもプレーノのアノルマを見るが、彼はゆっくりと頷いただけでそれ以上何かアクションを起こそうとはしなかった。それを見てプレーノの勝ち誇ったような笑みを見せて、椅子に座り直す。

 

「アノルマさんもワタシの意見に賛成のようですよぉ?」

「はぁ、しょうがねぇな!!てめぇが言うなら!!」

 

そして軽く世間話を始めたジュデリカとプレーノの話をじっと座って聞くアノルマ。三人が集まった時のいつも通りの光景だ。この場にいる三人、それぞれ性格は違うが一つ共通点を上げるとしたら

 

 

 

皆狂っていた。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

国が攻められた3日後、指定された日時通りに私はその場所についた。中で待っているであろう人物を思い浮かべながらその建物の前に立つ。

スフィーダの塔。それが指定された場所だ。

 

この建物は特殊で神聖な場を荒らされない為に運命に選ばれし王とその従者しか入れないようになっている。そうでないものが入ると魔法が発動して外に転移してしまうようになっているが中から運命に選ばれし王の気を感じることから私をここに呼んだ彼が運命に選ばれし王である事は確定した。

 

自ら開いた扉をくぐり、会議までゆっくりと歩く。

正直私は今愚かな行為をしている。こうして敵が指定した場所にわざわざ赴き、「助けて」というか言葉だけを信じて会いに行こうと言うのだから。一応フルプレートアーマーを装備してきたが、なるべくそれを頼るような状況にはなって欲しくない。

 

「(いよいよか....)」

 

会議場の扉に手を置き、ドキドキとする自分の心音を聞きながら開けていく。会議場は明かりが無く窓からの月明かりだけが室内にさしている。扉から1番近いヴィシュヌの称号を持つ者が座る椅子に近寄ると、その真反対の影から彼はゆっくりと姿を現した。

 

「....良かった、ちゃんと一人で来てくれたんだ」

 

そういう彼の声は顔を覆うように被った仮面でこもって聞こえる。だが間違いない、私が戦った運命に選ばれし王と同じ人物だ。

私はヘルムを取り円卓に置くと彼と向き合う。私がヘルムを外しても、彼は自分の仮面を外そうとはしない。礼儀知らずなのからそれとも外せない理由があるのかどちらかは分からない。

 

「まず名乗るのが礼儀じゃない?」

「....アノルマ・スーリヤ」

「分かってると思うけど、私はレナータ・ヴィシュヌ。よろしくスーリヤ王」

 

見た目や声からして、肉体は10代だろうか。少しでも情報を得ようとを見ながら彼をじっと見る。

こんな所に呼び出して何をするつもりなのかと、私は次の言葉を探った。

 

「単刀直入に言うけど、助けてっていうのはどういう意味?」

「うん....それが....」

 

そう言い彼は円卓に近づくと、俯いて拳を円卓にゴッとぶつける。いきなりなんなんだと驚きながら彼の様子を伺うと、彼は顔を勢いよく上げると私に心の叫びを打ち明ける。

 

「怖いんだ!!助けて欲しい!!」

「....は?」

 

予想していなかった言葉についぽかんとしてしまう。彼は仮面を手で抑えてううっと声を上げている。どうやら泣いているようだ。戸惑いながらも私は事情を聞こうと、とりあえず彼を宥める。

 

「実は僕....初代スーリヤ王なんだ....」

「初代....初代!?」

 

初代という事は、この1541年....いや、エレムストは100年早く創られたと言っていたので1641年も生きたということになる。凄く長生きだ。

 

「僕が10代になるまでは運命に選ばれし王という概念は無かったんだ。それがある日急に体に王の証が浮かび上がって....」

「でも初代っていったら大変だったんじゃない?いきなり自分が国王になるとか言われても変な目でみられるだけだと思うし」

「そうだね、今のサイクルが出来るまで大変だったよ....」

 

彼は窓の外を見て、その頃を思い出しているようだ。私は運命に選ばれた日から直ぐに国王になったが、そもそも運命に選ばれたら必ず生涯を終えるまで国王でいなくてはならないと言う義務は誰が決めたのだろう。運命に選ばれし王についての書物は色々読んだことがあるが、諸説が多すぎてよくわからなかった。

 

「それで、それがどう助けて欲しいって話に繋がるの?」

「ジュデリカとプレーノの話は聞いてるかな....」

「....少しはね」

 

私の大切な友人を痛めつけた者の名を出され、少し苛立つ。それを瞬時に抑えてなんでもないように振る舞う。

 

「二人は僕が初代ってだけで強いって勘違いしてるんだ!!その期待とかが重くて重くてしょうがないんだよぉ!!」

「....はぁ」

「僕が喋らないのをいいことに勝手に解釈して、何故かリーダーみたいなポジションになってるし!!」

「ほぅほぅ」

「本当は僕は死にたくないだけなんだ!!全然ジュデリカとプレーノの方が強いのに!!」

「へぇ」

「もう辛いんだ....だから助けて欲しい....!!」

「ん〜、なるほど....」

 

なぜ助けを求めたのが私なのかは分からないが、色々疑問は手出てくる。

 

「貴方達はトリムルティの宝を手に入れてないの?」

「トリムルティの宝....ああ、あの三神一体の神になるマジカルアイテムの事?」

「神にたどり着いたってことはそれを手に入れたんじゃないの?」

 

トリムルティの宝を使えば記憶共有されるのでアノルマの記憶も分かり、その期待とやらは無くなるはず。それか手っ取り早く話してしまえば良いのに。

 

「一応僕が持ってるけど、これを使えば記憶共有が起こるってエレボス様から聞いたから....」

「使えばいいじゃん」

「嫌だよ!!僕がそんなに強くないって知ったら殺されるかもしれない!!」

 

なるほど。今まで自分たちに嘘をついていたと知れば殺される可能性があるほど他の運命に選ばれし王は凶暴らしい。しかしトリムルティの宝を手に入れているのに、エレボスに従っているというのはどういう事なのだろう。そもそもジュデリカとプレーノという人物の話を聞いている限り、誰かに従うということ自体を不思議に思った。

 

「助けるって具体的どうすればいいの?」

「....ジュデリカとプレーノを殺して欲しい」

「....なるほど」

 

私は考えた。正確には考えているフリだが。そもそも私は彼に会う前から答えは出ていた。半壊した国や、辛い日々を送る国民達、そして傷つけられた従者達―

 

「返事はノーだよ」

「―っ!!」

「あれだけイデアーレを攻撃しておいてよく助けてなんて言えるね」

「そ、れは....」

 

俯いた彼に同情の気持ちは無い。彼は、彼らは私の大切なものを壊しすぎた。それ対する怒りはどうしても消えなかったのだ。

俯いたままの彼はため息をつくと片手を軽くあげる。すると背後から黒髪の女性と、緑髪の男性が表れた。私の従者から聞いた外見と一致することから、彼の従者である事が分かる。

 

「貴方は一人で来たわけじゃなかったんだね」

「....僕はただ死にたくないだけなんだ。悪いけど、君には死んでもらうよ」

 

スーリヤ王が指示を出すと、二人の従者が向かってくる。後ろでスーリヤ王も神器を出しているのを見て本気で私を殺すつもりなのだと悟る。スーリヤ王だけでも苦戦していたのに従者まで加われば私でもどうなるか分からない。

 

だが私は余裕の笑みを見せた。

 

「テゾール、エルバト!!」

「―承知致しました」

「了解ですっ!!」

 

アビリタで身を隠していたテゾールとエルバトが姿を現して、スーリヤ王の従者の攻撃を防ぐ。

実は最初から従者達には事情を話してこうして姿を隠させた上で着いてこさせえていた。私もなんの警戒もなしに行くほど愚かではないという事だ。

 

「―なっ!!君は一人で来たって....!!」

「その台詞に、私ははいと答えた?」

 

エルバトがアビリタで二人の従者を弾き少し距離が出来たところで前もって決めた手順通りに撤退の準備をする。ヘルムをマジカルボックスにしまうとテゾールのアビリタでスーリヤ王たちの目をくらませて急いで建物の外に出ると、私は二人を抱えて勢いよく飛んだ。勿論不可視化は忘れずに。

 

「んー、あんまり情報は得られなかったなぁ」

「たけど相手がトリムルティの宝を持ってるのが分かっただけでも良かったじゃないですか!!」

「そうだね....ん?テゾール....何してるの?」

 

テゾールもエルバトも荷物のように小脇に抱えて飛んでいるのだが、テゾール何やら私の腕をさすさすと撫でている。手甲をはめているので触られた感覚は余りないのだが。

 

「....レナータ様に抱きしめられている....ああ....幸せです....」

「いや、抱きしめていると言うより抱えている―」

「いえ、私にとってはこれは抱きしめているに入ります!!」

「テゾールさんは相変わらずですね〜」

 

テゾールが私に好意を寄せていると知ったのはエンドと付き合ってからかなりたった頃だった。思い返せば求愛を何度もされていた気がする。これもそれのひとつなのだろう。

その時、アンディートに言われた事を思い出す。

 

「テゾールはさぁ、シーヴィータって持ってる?」

「シーヴィータですか....申し訳ございませんがありません」

「そう....」

「理由をお聞きしてもいいですか?」

 

私はアンディートに言われた事をテゾールに伝える。すると彼は暫く顎に手を当てたまま固まり、眉間にシワを寄せながらそう言えばと口を開く。

 

「自信はないのですが....兄弟がいた気が....します」

「何かのきっかけでシーヴィータを思い出すって従者もいるってサージェが言ってたから、テゾールも少し思い出してるのかもね」

「テゾールさんの兄弟かぁ....その人もレナータ様のこと好きになったりしますかね〜!!」

 

私はエルバトの言葉に苦笑いを浮かべると、飛ぶスピードを早めてイデアーレへ向かった。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

瀕死だった従者達はアイテムや魔法、アビリタのお陰で直ぐに良くなった。が、それはあくまで動けるほどにという事で万全の状態になるには自然治癒能力に頼るしかない。

しかし、「戦える状態の人だけ来て」とキーパーソンに呼びかけ訓練場に集めたレナータは呆気にとられていた。

 

「本日はどのようなご要件でしょうか?」

「み、みんな来たの....?」

 

全員来た。確かエンド、アタリル、ディーフェル、アルマは傷が酷く、癒えたと言っても日常生活が問題なく出来るぐらいだったはずではとレナータはその四人を見る。

 

「(曇りまなき眼....くっ、流されては行けない....!!)」

「如何なさいましたか?」

 

サージェがレナータの様子を伺うが、彼女は先程の四人の名を呼ぶとビシっと出入口を指さした。

 

「即刻ベッドに戻って休みないさい!!」

「お、俺達は戦えます!!貴方様のお役に立ちたいのです....!!」

「ぐっ....なんて真っ直ぐな瞳....!!ええぃっ!!駄目駄目!!」

 

レナータはまた流されそうになるのを頭をブンブンと振って振り払い再び出入口を指さす。愛ゆえに、時には突き放さ無ければいけない。まだ引いてくれない従者達にレナータは悩み、腕を組みながら皆に告る。

 

「そもそも今日は私と戦ってもらうために呼んだから、下手したら殺しちゃうかもしれないんだよ!?」

「レナータ様と戦う!?な、何故でしょうか!?」

 

サージェが立ち上がり珍しく焦っている。

レナータはこの間の戦いで自分の弱さを嫌という程理解した。運命に選ばれし王に与えられるその超越した力に甘えすぎていたのだ。今のままでは、エレムストの運命に選ばれし王には勝てない。

 

「私は弱い!!だからみんなに鍛えて貰いたい!!」

「私共がレナータ様に教えられることなど何も―」

「そしてみんなも、私との戦いで何が得て欲しい!!」

 

レナータはサージェの言葉を遮り、高らかに宣言した。レナータは普段から身につけいてる腕と足の鎧を外してそれをマジカルボックスにしまうと、神器ではなくランク5の剣を2本取り出してそれを軽く振る。

 

「みんなはフル装備で、全力を出して私を殺すつもりで来なさい」

「....」

 

レナータの真剣な眼差しに従者達は迷いを捨てて覚悟を決めた。自らの主人は本気だ。レナータと同じく、自らの無力さを知った従者達は彼女の気持ちが痛いほど分かる。それ故に各々武器を握り、戦闘態勢をとる。

 

「私も殺す気でいくよ....、っとその前に」

「?」

「しれっと参加しようとしてるそこの四人!!見学!!」

『承知しました....』

 

訓練場の端を指さして重症組を不参加にさせたレナータは満足そうに頷くと、残りの四人に向かって剣を構えた。

 

「かかって来なさい!!」

 

レナータは軽く笑うと、向かってくる攻撃に備えていつものアビリタを使い始めた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

レナータ様は戦闘時のフルプレートアーマーでも無く、竜人に変態したわけでもなくただの生身で私達と戦っている。私達四人は全力を出しているのにも関わらずあまりのレナータ様に傷を与えられることは出来ていない。

 

「エルバト!!」

「分かりましたっ!!〈ゲイル・ランス〉」

 

エルバトの放つ槍の一撃を軽く払うと、レナータ様はルポゼに向かって突きの攻撃をくり出す。その一撃が彼女に接触する直前に、レナータ様の動きが止まった。

 

「....〈ミラー・プリズム〉か....」

「ええ、その通りでございます」

 

テゾールのアビリタでレナータ様はテゾールと鏡写しの様な身動きしか取れなくなった。今が攻撃のチャンスかと思い魔法の準備をするが、テゾールは早足でレナータに近づくとそのまま抱きしめた。テゾールと同じ動きしか出来ないレナータも同じようにテゾールを抱きしめる。

 

「ああ....幸せ....俺このまま死んでもいいわ....」

「ちょっ、まってテゾールがいつも以上に怖いんだけど!?」

「そんな事している場合では無いでしょうっ!!」

 

外野からの「地獄に叩き落としてやる!!!!」と言うエンドの声を聞きながらテゾールを叱ると、彼は一瞬ルポゼに視線を向けた。私も彼女の方を見ると皆を回復する準備をしているようで、回復量強化の魔法を使っている。

 

「ぐっ....ぬぬっ!!」

「無駄な抵抗はやめて、私とのスイートな時間を楽しみましょう....」

「―〈サブマージョン〉!!」

「―っ!!」

 

レナータ様が魔法を唱えると、テゾールを中心に丸い水の塊が出来る。それが体を包みテゾールは呼吸が出来なくなり苦しそうな表情をしたが、それでもレナータ様を抱きしめるのをやめなかった。レナータ様自身も自分の魔法の範囲に入っており水中でテゾールから逃れようと体を動かそうと必死だ。

テゾールのアビリタの効果が切れるまであと30秒、私は強化魔法を唱えながらその時を待つ。

 

「〈ゼーゲン・ライト〉!!」

 

ルポゼの強化された全体回復魔法が使用され、私達の傷を癒していく。私はそれを受けて自らも攻撃魔法を放とうと手をレナータに向けるが、どうにも手が震えてしまう。

 

「サージェさん!!怯えてはいけません!!これはレナータ様からの御命令なのです!!」

「―っ!!そうですよね....ありがとうございます!!」

 

ルポゼの言葉に私は決心して地を強く踏みしめた。テゾールのアビリタの効果が消えて彼は直ぐに違うアビリタで姿を消すと、驚き魔法を解除したレナータ様に向かってレベル5の魔法を放つ。

 

「〈コスモ・エクスプロード〉!!」

「〈瞬間回ひ―」

 

アビリタで避けようとしたレナータ様に私の魔法が直撃して大爆発が起こる。爆風で自分のマントがバサバサと揺れる中、本当に直撃してしまったことに私は戦慄していた。

 

が、その怯えを払拭するように爆風の中から現れたレナータ様の顔には、笑みが浮かんでいた。

 

「普通に痛い!!」

「申し訳―」

「私は嬉しいよ、みんながこんなに強いんだって身をもって実感することが出来て....」

 

そう笑ってたレナータ様が、急に目の前に現れて私の腹部を殴る。痛みに悶えているとそれを回復しようとしたルポゼに今度は剣で斬り掛かろうとしていた。

 

「ぐ....」

「手加減はいけないなぁ!!私は殺す気で来てって言った、よ!!」

「〈回避術〉!!」

 

ルポゼに向かった剣をエルバトが軌道を逸らして空振りにさせる。レナータ様はまた嬉しそうに笑うとそのまま体の回転をくわえてルポゼに攻撃した。それをテゾールが大鎌で受け止めるとギリギリと金属音がして二人の攻防が続く。

先程からルポゼを集中的に攻撃しているのはヒーラーから先に潰した方が楽に戦えるからだろう。ルポゼの魔力量は多い。何度も何度も私達を回復させられていたらキリがないと分かっていての行動だ。

 

しかし、そちらばかりに目を向けていていはいけない。

 

「〈ドラゴン・スレイヤー〉!!テゾール、今です!!」

「―っな!!」

 

私の魔法によって赤い光を帯びたテゾールがレナータ様の剣を弾き返し、その身を大鎌が切り裂く。胸元から血が吹き出してよろよろと交代するレナータ様の服が

 

はらりとめくれた。

 

「「あ....」」

 

その時ドドドドッと地響きのようなものが聞こえたかと思うとエンドが猛スピードで走りレナータ様の体を自分のマントで覆う。そして周りをキッと睨んでくる。

 

「わわっ」

「誰も見てないだろうなっ!!」

「ああ!!テゾールさんが鼻血出して倒れてます!!」

「くそっ!!そのまま大量出血で殺せ!!」

 

テゾールに駆け寄ったエルバトが心臓マッサージをしているがそれは恐らく意味が無いだろうし、エンドはルポゼにレナータ様の回復を頼んでいるし、もう戦い所ではなくなってしまった。

 

「みんな〜ごめんね....。戦う時鎧来てるから油断してた....」

「いえ、それよりレナータ様の衣服を強化しなければならないという事が分かったのでそれで良いと思います」

「良いのかなぁ」

「良いのです」

 

ん〜?と悩んでいるレナータ様をどうにか丸め込んで戦いを終わらせる。もうレナータ様と戦うのは辛いので出来れば二度と無ければいいなと思いながら、私はまだ気絶しているテゾールをぶっ叩いた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「ああ....疲れたぁ」

 

私は自室のベッドで横になりながらゆっくりと目を閉じて心の中で謝る。勿論、今日戦って貰った従者達に対してだ。

嫌がっているのは当然分かっていた。それでも自分が強くなりたいという思いからあのように皆を利用するような事して、正直少し後悔の気持ちがあった。

 

「私のこと嫌いになっちゃったかなぁ....」

 

弱気になってしまう。いくつか制限をつけての模擬戦はしたことはあるが、今日みたいに本気で殺し合うのは初めてなので若干自分で言い始めたことだが私自身も傷ついている。自分のした事は間違いだったかもしれないと、私は枕に顔を埋める。

その時、小さくノックの音が聞こえた。多分メイドだろうと私は無気力に入っていいよと言うとベッド縁に座った。

 

「レナータ様」

「エンド....!?」

 

思いがけない彼の登場に私はベッドでゴロゴロしたことによる服や髪の乱れを急かせかと直してにこりと笑う。

 

「またですか?」

「....う〜、ごめん」

 

また、というは私が辛い時にこうして無理をして笑顔を作ることに対してだ。彼の前ではそれはしないという約束だったのだが、つい癖でやってしまう事が多々ある。

エンドは私の元まで来ると同じくベッドの縁に座り、私を軽く抱きしめる。

 

「分かっていますよ、どうせ自分のなさった事を後悔しているのでしょう?」

「どうせって....まぁ、合ってるけど....」

 

私はエンドを強く抱き締め返して、ため息をつき彼の胸に顔を埋めた。エンドは私の背を軽く摩ると頭にキスをして小さく笑う。

 

「俺達はどんな事があっても貴方についていきます。それは何があっても変わらない事実です」

「....うん」

「今日のことは....確かに胸を痛める気持ちもありましたが、レナータ様のお気持ちも当然皆理解していますよ」

「....」

 

エンドの言葉にだんだんと暗かった気持ちは元に戻っていき、安心から少し泣きそうになる。いい歳して全く情けない事だ。それでも彼にこうして抱きしめられていると、それでもいいかなという気持ちが生まれてくる。

 

「はぁ....女々しいなぁ....」

「いいじゃないですか、女々しくて」

 

俺は好きですよと笑ったエンドに、私は甘えるように身をあずけた。こうして居られるもの明日までかもしれない。いつか来るだろう死ぬかもしない戦いに、私は少し恐怖を感じていた。

 

「....レナータ様」

「ん?」

 

呼びかけられて彼の顔を見ようとするが、強く抱き締められてそれを阻止された。どうしたのだろうと思うと彼はいっそう抱きしめる力を強める。

 

「俺達はもう貴方のために死ぬ事をしません」

「....」

「貴方のために、貴方と共に生きる道を選びます」

「....うん、ありがとう....」

 

私が皆を失う事に怯える気持ちがある事を見透かされたのだろう。彼は腕の力を緩めるとまた背を撫でる。

 

「私....絶対に勝つから、力を貸して」

「勿論です」

 

彼の気持ちに答えるように私がそう言うと、私の中で何かが変わった気がした。みんながついてきてくれる限り私は絶対に歩みを止めない、止めてはならない。

 

「(みんなで生きてみせる....絶対に....!!)」

 

 

 

 







いつ攻めてくるか分からないからやっぱり怯えますよね。1度レトロに国を奪われてその恐ろしさを知っているので余計に....
しかし頑張れレナータ!!私は応援してるぞ!!(頑張るのは私)

そして、分かりましたか!?エンドがレナータに対してちょっと馴れ馴れしくなってるのを!!
やはり5年経つと互いに気を許せる存在になってますよね。

次はアンディートの話になると思います。

ここまで読んでいただいてありがとうございます!!




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無力だとしても

 

ボクは眉間に皺を寄せて廊下を早足でカツカツと歩いていた。その行先は医務室、珍しくボクの従者二人がその部屋にいる。勿論その理由は....

 

「(ボクの従者の癖に情けない....!!)」

 

プレーノ・インドラが攻めてきた時、一緒に来た従者は四人。レナータと戦った時の七体一の戦いと比べれば楽な戦いだろう。それなのに、ボクの従者は負けた。あれだけの身体能力を持つルナティスでも、あれだけの卓越した知恵を持つスターシャでも、そしてその二人が協力しようとも....。

 

「ボクにこんな....こんな苦しい気持ちにさせるなんて!!」

 

医務室で意識を失ったままの傷だらけの二人を見てボクはその状況を受け入れるのが嫌で逃げ出した。今は自室に戻り散々荒れたあとまた医務室に戻ろうしているのだ。情けないのは自分の方だと、ボクは分かっている。

医務室の前に着き、軽く深呼吸をすると扉を開け中に入る。独特の匂いがするその部屋のベッドにやはり二人は横たわっている。控えていた医療班の人を部屋から出してボクは傍にあった椅子を引き寄せて座った。

 

「何やってるんだよ.....二人とも....」

 

彼らからの返事はない。いつもならぎゃーきゃーうるさい二人の声が今は聞けない。ボクはそれだけで胸が苦しかった。

酷い戦いだったのだろう。彼らの綺麗な顔にはガーゼがついている。そしていつもとは違う簡素な服の下には至る所に傷がるのだろう。治癒力は魔法では限度があるので自然治癒に任せるしかないのだ。

 

自分があの時プレーノ・インドラを殺せていたらこんな風にはならなかった。

 

その現実がボクの胸をさらに締め付ける。意図せず瞳から雫が流れ、ボクは静かに涙した。

 

「早く目を覚ませよ....!!」

 

ボクが涙を拭った時、小さく音が聞こえる。その音の発生源を確認すると、ルナティスが目をゆっくりと開けていた。立ち上がり彼のベッドに駆け寄るとその顔を覗き込む。

 

「ムー、ムアさま....?」

「この....馬鹿!!心配させるなよ!!」

 

涙をぐっと堪えて彼に怒鳴りつけると、ルナティスは眉を下げ小さく謝った。その姿にまた胸が苦しくなったボクは彼の頭を軽く撫でる。

 

「でも、よく生きて戻ったね。そこは褒めてあげてもいいよ....?」

「あ、ありがとうございますっ!!」

 

ルナティスは半身を起こし、彼は隣のベッドに視線を向ける。ボクもその先に目を向けるが、やはりスターシャは眠ったままだ。

 

「....スターシャは私を庇って重症を負いました」

「....」

「使い慣れていない防御魔法を使って私を守ろうとしたのです」

「そっか....」

 

彼女は正直に言うと弱い。だからと言って使えない従者ではなく、司令塔として秀でていて彼女の才能はそこで発揮される。最強の能力を持つルナティスに無敵な頭脳を持つスターシャが指示を出す、それで初めてノーネームというチームは成り立つのだ。逆に言うと、どちらかが欠ければ全力の力は発揮できない。

 

「攻撃、防御、支援に回復...何でも出来るはずの私だったのですが....自信を無くしてしまいます....」

「―ふざけるなっ!!」

 

ボクは彼の胸ぐらを掴み、その驚いた顔を睨みつける。彼の弱音にボクが感じたのは哀れみはなく怒りだった。しっかりと目を合わせ彼に怒りをぶつける。

 

「自信を無くした?ボクの従者にそんな弱気な考えなんて許さない!!」

「―っ!!」

「守れなかったならもっと強くなればいい!!もっと高みを目指せ!!何もかも守れるように!!」

 

そう言って乱暴に彼の服から手を離すとルナティスのは顔を見ずに医務室から出た。ボクの顔を見て外で待っていた看護師が驚いているがそんな事は関係ない。ボクはまた早足で自室に戻る。

 

「(何もかも守れるように強くなれだ?そんなの....)」

 

自分への言葉だった。

無様に、敵に傷一つつけられず負けた自分への。先程から従者越しに自分を責めている。弱い、なんて弱いんだ。ボクは自室のドアノブに手をかけたまま俯く。

 

「ただ....ただ守りたいだけなんだ」

 

そんな簡単な願いさえ叶わない。弱いままの自分では。

力を入れすぎて潰れたドアノブを涙で歪む視界の中見て、ボクは扉に頭を当てる。

どうすればいいのか、何が最善なのか、ぐちゃぐちゃになった思考では分からなかった。

 

 

 

――

 

 

 

彼女はまだ目を覚まさない。ムームア様が去った後の静かな医務室で、私はぼうっと隣のベッドで眠るスターシャを見ていた。

 

(「彼に手は出させませんわっ!!」)

「違う....」

(「わたくしには構わず敵だけを見てください!!」)

「違います....」

(「わたくしがもし死んだら―」)

「違うんですよ....!!」

 

彼女に相応しいのはそんな激しい戦いの中で私を守ることではない。彼女がそうせざるを得ないような状況をつくってしまった自分の無能さに、私は軽く笑う。

これは自分が最強の従者だと慢心した自分への罰なのかと、拳を強く握り顔を歪めた。

 

「私は本当に....愚かだ....」

 

余裕な戦いだと思っていた。四対一。なんて事ない、自分なら数分で終わらせられると。最初は順調に見えたがそれは相手が手加減していたからに過ぎす、私に迫る三又槍をその体で庇うように前に出た彼女は―

 

(「わたくしは本当に....約立たずですわ....」)

「....それは私の方ですよ」

 

先程から彼女が戦闘中に自分にかけた言葉ばかり思い出している。ムームア様に叱咤されたばかりなのに、嫌な考えばかりが浮かび、自分に嫌気がさした。

もう頭を取って単純で能天気な考え方にしてやろうとかと頭に手をかけるが、それは逃げる行為なのではと手を下ろす。

 

「何もかも守れるように....」

 

自分が守るのはムームア様だけだった。それが今は、傷つく事に自分が胸を痛める程の相方がいた。大切な主人も、信頼出来る相方も守るためには、どうすればいいのだろう。

私はベッドからおり隣のベッドに近寄ると、椅子に座り彼女を見つめる。

 

「こういう時こそ、貴方の知恵をお借りしたいのですが」

 

そう言い手の甲で彼女の頬を撫で、手首を触る。脈がちゃんとあることに心から安堵して、私は彼女の手を握った。

 

「私は―貴方がいないと駄目みたいなんですよ....」

 

こんなに弱気になったのは初めだ。今はただ、優秀な相方が目覚めるのを待つことしか無力な私にはできなかった。

 

 

 

 

........

 

 

 

「(あわわわっ!!これはもしかして....告白、と言うやつなのですの!?)」

 

わたくしの手を握り、それを額に当て祈るようにしているルナティスにわたくしはただただ動揺していた。

実はムームア様の大きな声で目が覚めていて、その後ルナティスが若干うつ状態になっていたので起きるに起きれなかったのだ。

何でもっと早くに目を覚ましていなかったんだと自分を叱り、そして彼の言葉の意味を探る。

 

「(仲間を頼るような言葉にも捉えられますが....)」

 

ルナティスとは今までいわゆる恋愛感情というものの欠片もなかった。しかしこんな告白のような事を言われてしまったら、嫌でも変に意識してしまう。

 

「それにしても....」

 

そう彼が言い少し間があく。目を閉じているので分からないが、私の顔に視線を感じる....気がする。

 

「顔は綺麗なんですがねぇ、口を開くと残念です」

 

お前にだけは言われたくないわと思いながら、わたくしは顔をピクリと動かしてしまう。起きているのがバレたかと思ったが、特になんの変化もなく彼はただ私の手を握ったままだ。

 

「本当は弱音を吐きたいくせに見栄を張るし、自分が戦うことが得意では無いことにうじうじ悩んでるし、お嬢言葉でわーわーうるさいし....」

 

悪口のオンパレードを始めた彼に怒鳴り散らしたい気持ちを我慢しながら、わたくしは変わりに心中で愚痴る。

 

「(貴方だって自信過剰、加えてあんぽんたんですし、すぐに頭をなくしてわたくしを頼ってきますし....)」

「でも、貴方でないと駄目なんです」

 

わたくしの心の声の続きを言うように、彼ははっきりそう言った。そしてわたくしの手を強く握ると、先程よりも近い位置から声が聞こえた。

 

「ねぇ、もう目が覚めているのでしょう?」

「....」

「それとも眠り姫はキスがないと目が覚めないのですか?」

「〜〜!!起きていますわ!!先程から!!」

 

目を開け勢いよく半身を起こすと、彼の手をベシッと振り払った。その時腹部に痛みを感じて、思わずそこを抑えて体を丸めた。

 

「―なっ!!貴方は重症なのですから、いきなり飛び起きたりしないでください!!」

「いたた....貴方が妙な事言うからですわ....」

 

わたくしをゆっくり寝かせるルナティスに視線を向ける。なんて事ない、いつもの彼だ。いや、いつもよりはその表情は険しい気がするが、それ以外は通常通り。わたくしは少し拍子抜けする。

 

「し、しかし驚きましたわ....」

「何がですか?」

「貴方が....その、わたくしに恋愛感情があるなんて....」

「........は?」

 

心の底から訳が分からないとでも言うように、彼は何言ってんだこいつという顔でわたくしを見る。こちらも困惑して互いにフリーズする。

 

「恋愛感情?」

「だって貴方!!わたくしがいないと、わたくしでないと駄目だとか!!キスがどうたら言っていましたでしょう!?」

「....ああ、それは単に仲間としてという意味ですし、眠り姫の話はアホはこれでも読んどけ!!とムームア様が私にくれた童話の話を少し出しただけで....」

「....」

 

勘違い、壮大に勘違いをした。わたくしはあまりの恥ずかしさに彼に拳を何度も叩き込もうとするが、それはパシパシと全て受け止められる。

 

「ふ、はははっ!!貴方がそんな勘違いするなんて!!」

「わ、笑わないでくださいまし!!このっ!!このぉっ!!」

「怪我人は安静にしていてくださいよ」

 

彼は防いでいただけの拳を受け止めて握ると、軽く降る。その顔は嬉しそうでもありながらどこか悲しそうで、恐らく彼はわたくしが傷を負ったことを自分のせいだと責めているのだなとすぐに理解する。

 

「....これはわたくしのミスが招いた結果です」

「そのようなことは―」

「いいえ、私は最強である貴方を上手く指揮できていませんでした」

 

最強ですかと小さく呟いた彼は顔を伏せる。わたくしが寝たフリをしていた時の言葉を聞けば用意に分かる事だ。彼は自信をなくしている。

 

「貴方は本当におバカですね....」

「今は頭をつけていますよ?」

「そうではありませんわ」

 

彼の目をしっかりと見ながらわたくしは軽く笑いかけた。それにきょとんとした顔を見せるルナティス頬をぶっ叩くと頭がごろりと取れて床に落ちた。

 

「なっ、何ですか!?」

「貴方はいつも通り能天気に過ごしてればいいのですわ!!」

「しかし....」

「そうやっていつまでもうじうじして....シャキッとしなさい!!」

 

そう言いわたくしが腕を軽く叩くと彼は何かを決心したかのように軽く頷き、床に落ちた頭を拾いそれをなぜか掲げて笑っている。

 

「そうですね!!私は最強の従者!!それに負けたぐらいで腐るほど神経質ではありませんでした!!」

「そうです、その意気ですわ!!」

 

ルナティスは立ち上がり、魔法で瞬時にいつもの服に着替えると部屋を出ていこうとする。

 

「ムームア様に謝ってきます!!」

「行ってらっしゃい。あ、その前に頭を―」

 

何故か掲げたあとサイドテーブルに置いたままだった彼の頭を差し出しながら言った言葉は、ドアの閉まる音にかき消されしまった。またかと思いながら呆れた私の顔は、少し笑っていた。

 

 

――

 

 

 

ボクは悩んでいた。プレーノ・インドラに勝てるだけの力、それをどうやって手に入れるかを。

 

「兵器の開発、止めなければよかったかなぁ」

 

しかし、所詮はただの人が考えた兵器。運命に選ばれし王に適うはずもないかとため息をつく。自室に戻ったはいいが何も出来ないもどかしさから図書室に行き、運命に選ばれし王についての本を読み漁ったが有力な情報は得られなかった。

 

「あいつらの弱点か....」

 

自分の手をぐーぱーと動かし、それを見つめながらぼんやりと考える。ボクは自分の魔力に自信を持っていた。然しそれを凌駕するほどの圧倒的な魔力。プレーノ・インドラはそれを持っていた。

 

「じゃあ、他の能力は....?」

 

確かに魔力は凄かった。魔法で見た魔力量も恐ろしいほど多かったし、繰り出す魔法攻撃は脅威だった。しかし、彼女の神器での物理攻撃は、そこまで強いとは言えない気がした。

それに疑問を持ち、急いで〈メサージュ〉を唱える。

 

「聞きたいことがあるんだけど!!」

『うるせぇな....どうした?』

 

連絡した人物、アンディートは気だるそうに返事をする。休養中だったかもしれないがそれどころではないのだ。

 

「アンディートが戦った、ジュデリカ・アグニの戦い方ってどんなだった!?」

『あいつの戦い方?そうだなぁ....アビリタめちゃくちゃ使ってきて神器軽く振っただけで壁が抉れてたな』

「アビリタ....彼の技力量とか見た?」

『んなの見る余裕なかったよ。それがどうした?』

 

アンディートの言葉に返事もしないでボクは考え込む。何だか、エレムストの運命に選ばれし王はこう....極端だ。もしボクらの三大能力値が全部で10だとすると、アイテリアの運命に選ばれし王は自分の得意能力に6、他二つに2ずつ振り分けるような能力のバランスをしている。

しかしエレムストの運命に選ばれし王は得意能力だけに10、全ての力を使っているような気がするのだ。

 

「助かった、ありがとう!!」

『おい、結局なんの用―』

 

プッ音がなり、アンディートが喋り終わる前に連絡を切るとボクはまたまた思い耽る。もし得意能力だけに全てを振り分けたのなら、他の能力を巧みに使える者をぶつければ少しは有利に立てるのでは....?

 

「ボクの6は多分魔力....てことは対になるプレーノも?」

 

ジュデリカ・アグニはアビリタを使っていたと言っていたので得意能力は恐らく技力。そしてアンディートもそうだ。

レナータと戦ったやつの詳細はよく分からないが、体力値が得意能力なレナータと対になる存在なら―

 

「よし、レナータに連絡を....」

「ムームア様!!」

 

バァッンと図書室の扉が開き、大きな音に驚き体が跳ねたボクの視界に入ったのは、綺麗な土下座をしたルナティスの姿だった。そのまま固まるボクにルナティスはさらに頭を下げ体を震わせている。

 

「先程は申し訳ございませんでした!!」

「....で?」

「反則とまで言われるほどのなんでも出来るパーフェクトな上にイケメンという素晴らしい存在の私が自信を無くすなど....どうかしていました!!」

「どうかしてるのは君の頭だよ....もう!!」

 

椅子から立上り、ボクはルナティスの傍に立った。しゃがんでまだ土下座をしたままのルナティスの肩を掴むと顔を上げさせ、そして笑顔を見せる。

 

「それでこそボクの従者だ、自信過剰なぐらいが丁度いい」

「ムームア様....ありがとうございます!!」

「おわっ」

 

勢いよく抱きつこうとしてきたルナティスを素早く避け、派手な音を立てて本棚にぶつかった彼を見てまた笑った。するとまた図書室の扉が勢いよく開き、大きな音を立てた。

 

「このおバカ!!また頭を忘れて―」

「スターシャ!」

 

ボクはルナティスの頭を抱えて、走ったことによって少し乱れた髪を軽く整えながらこちらへ向かってくる彼女を迎えた。頭をポイッと投げてルナティスに渡したスターシャはボクの前で跪く。

 

「ムームア様....不甲斐なく敗北してしまい大変申し訳ございませんでした....!!」

「....そんなのはいいから、体の具合は?」

「―っ!!通常の状態と近いです」

 

ボクはふぅんと頷くと、彼女の頭に手を置き軽く撫でた。普段のボクならしないような行動に、スターシャは驚いているようだ。

 

「ム、ムームア様....?」

「よく、頑張ったね」

 

その言葉に彼女は顔を更に伏せぐすぐすと声を上げた。床に雫が落ちていくのを見ると、彼女は泣いているようだ。まあそうなるだろうなと想定内の状況にボクは小さく笑い撫でるのをやめた。

 

「確かにボクらは負けたと言えるかもしれない」

「....はい」

「でも死んでないじゃないか、それだけで勝ちなんだよ」

「―はい!!」

 

力強い彼女の返事に満足していると、ルナティスが頭をつけた状態でボクの前に跪く....のはいいが、距離がいつもより近い。

 

「....ムームア様」

「何?」

 

ルナティスは返事をしないで更にずずいと前に出ると、少し顔を上げ何か期待するような目でこちらを見上げる。ボクは少し考えたあとなるほどと納得すると、ルナティスの頭に手を置き撫でる。

 

「君はさっきやったじゃん!!全く....子供じゃないんだから」

「嗚呼...私は今世界一幸せな人間です....!!」

「人間って....デュラハンじゃんお前」

 

そうでしたと笑った彼の頭を軽く叩き飛んで行った頭を見ながら、ボクはこんなことしている場合ではないと二人に命令を出す。

 

「二人共、もしかしたらエレムストの運命に選ばれし王について重要なことに気づいたかもしれないから、いつでも戦えるように今は休んでて」

「しかし....」

「命令!!いいね?」

 

承知の意を示す二人を見て、ボクは図書室を出て自室へ歩き出す。アンディーとレナータへ意見を聞くために連絡を取らなくては。

 

「絶対に次は勝ってみせる....」

 

ボクは大切な従者を傷つけたエレムストの連中が許せなかった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

「というわけ」

『なるほど....能力ねぇ』

『だがそれが分かったところでどう対応するんだ』

 

連絡したはいいものの、ボク達は三人で首をひねらせた。造りの基礎が違うと分かったところで、ボク達と彼等の力の差は埋められない。

 

『ん〜....もうもどかしいよ!!この状況!!』

『だな、敵がいるのにろくに戦えねぇ』

「ボク達が国を離れないってのがね」

 

作戦を考えるはずが話が少し愚痴にそれてしまう。もう国の損害など考えずに突っ込んでやりたいというのは二人とも同じだろうが、そんなこと出来ないと言うのもよく分かっている。

その時レナータがああ!!と大きな声を出し、ボクは思わず怒鳴った。

 

「うるさい!!何!?」

『アイテルは?彼女に彼等の弱点とか聞けばいいんじゃない?』

『....怒りで完全にあいつの存在忘れてたな』

 

そもそもこの戦いの原因は彼女だった。それなのに普通に忘れていたことに各々自分達の無能さにため息をついた。アイテルは今、アンディートのクアリタで封印されている。

 

『弱点を聞くうんぬんの前に、あいつに自分は死んでないってエレボスとやらに伝えてもらえばいい話なんじゃなねぇか?』

『それだ〜!!』

「....でも、聞くに行くんだったらアンディートは国から離れなきゃいけないんじゃない?」

 

そうだがと小さく言ったアンディートはしばらく黙り込んだ。彼はジュデリカ・アグニ達との戦闘で従者を一人失っていたため、やはり従者達の身に危険が及ぶような事はなるべく避けたいのだろう。

 

『だが、クアリタは俺しか解除できねぇ。俺が....俺が行くしかないんだ』

『....』

「もしもの時は君の国は見捨てていいの?」

 

酷い言い方かもしれないが、そういう話になるのは避けられない。みんな自分のことでいっぱいいっぱいなのだ。いくら同盟国と言えど、どうしようもない時もある。

 

『当然だ。俺が逆の立場でもそうする』

『私も....力になれない』

「―へぇ」

 

彼らのその言葉は―嘘だ。ボクは演技や嘘を見抜く能力は人より優れていると初めての会議の時に言ったのになぁと思いながら顔だけ笑う。

本当にこの人達はお人好しというか、お節介というか。

 

「....じゃあアンディート、アイテルから話聞いたら連絡してね」

『分かってる』

『じゃあ、また』

 

ボクは〈メサージュ〉を切ると座っていた椅子にだらっともたれかかる。アンディートの気持ちを考える胸が痛い。今日は何度辛い気持ちになったのだろうか。運命と言うやつはボクの胸になんの恨みがあるんだと思い、目を覆った。

 

「幸せって長く続かないものなのかなぁ....」

 

ただ大切な友人や従者達となんでもない日々をすごしたいだけなんだと、ボクは自嘲めいたように笑った。

 

 

 

 

 








今回はちょっと短めですね。
あんだけ悩んでたのにアイテルの存在を忘れてるのはどうかと思ったのですが1部とは違い2部はその場その場で考えてるので無茶苦茶になる所が度々あるかもしれない....温かく見守ってやってください。

スターシャとルナティスはお互いの顔は結構好きなんですが恋愛感情は全くわかない感じです。最初はいつかお付き合いするのもいいかもと思っていたんですが、冷静に考えたら無いなと自分で納得しました。

そしてムームア様〜!!あんだけ道具道具言ってた従者たちに対してこの5年ですごい変わりましたね。あんなに甘やかして....頭なでなで。


ここまで読んでいただいてありがとうございます!!



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俺達は進む

 

プーッという音で目が覚め、俺はゆっくりと目を開けた。

 

「お、れは....」

 

いつの間に寝ていたのだろうかと疑問に思ったが、すぐに思い出す。ランツェの復活で発狂寸前だったが、こうしてここで寝ているということは彼女の復活は成功したのだろう。

 

『アンディート!?』

『大丈夫なの?』

 

レナータとムームアの声が聞こえ、意図せず〈メサージュ〉を受けたかと理解する。寝起きのかすれた声を少し整えると、俺と同じく運命に選ばれし王と戦ったであろう二人の無事を確認できて安堵した。

 

「生きてたか....」

 

そしてエレボス、エレムスト、俺達と対になる運命に選ばれし王....三人で情報共有したのはいいがやはりどうすればいいかは分からなかった。〈メサージュ〉を切った後もただただあの憎き野郎に勝つにはどうすれば良いのかと唸る。レナータと戦った時は国の事など一切考え無しに突っ込んで行ったが、今と昔では状況が違う。

 

「アイツらがどこに居るかも分からねぇからな....」

 

運命に選ばれし王同士が互いの気を感じ取れると言ってもある程度の距離に居なければと分からない。レナータ、ムームアの気は頑張れば今も感じることが出来るがエレムストにいるアイツらの気はアイテリアの範囲内でないと分からないようだった。

 

「つーか、まずはあいつらに会いに行くか」

 

あーだこうだ考える前に恐らく自分を心配しているだろう従者達に顔を見せることが先だろう。それにランツェが復活したというのをちゃんと確認したかった。

俺はベッドから降りると早足でドアへ向かい勢いよく開ける....と、そこには―

 

「何やってんだお前ら....」

『アンディート様!!』

 

廊下の俺の部屋から少し離れた場所で綺麗に整列していた自分の従者達を見て俺はため息をつく。なぜ立って待っているのか、それとちょっと距離があるのはどうしてだと色々浮かぶが、とりあえず跪いた従者達の傍までゆっくり歩きだす。

 

「まずはランツェ・ファード、無事復活したようだな」

「―っは。しかし....私のせいでアンディート様が....」

 

やっぱりなと思いながら、俺はいつも通りに綺麗に誰一人欠けることなく並ぶプローヴァリーを見て笑みが浮かぶ。

 

「俺が好きでやった事だ。お前が気負うことはねぇよ」

 

俺の言葉に、ランツェは納得がいかないようだった。俺がどれだけ気にするなと言おうとも多分こいつの気持ちは変わらないのだろうなと分かっている。

 

「よく聞け。ランツェだけじゃねぇ、プローヴァリー全員に告ぐ」

 

ランツェを失って仲間が死ぬ事への恐怖を思い出した。あれだけあいつの....ミラの死で実感したはずなのに、人はすぐに忘れる生き物だと飽きれる思いだ。俺は自分の気持ちをちゃんとまとめ、皆の顔を見渡す。

 

「俺は....お前らがもし死んだら、必ず復活させる。知ってると思うが俺の精神力はもうゼロだ」

「それでは....!!」

「ああ、そうだ。お前らが一人でも死んでみろ、俺は生き残った奴らも道ずれに死んでやる」

 

当然だが、従者達は顔を上げ俺の心情を探っている。そしてなにか言おうとしたリヴェルダを片手を軽く上げる事で止めると、俺は続ける。

 

「俺に死んで欲しくねぇなら絶対に死ぬな。お前達が生きてている限り、俺も全力で生きてやる....俺を殺すなよ?」

 

そういい軽く鼻で笑った俺に、従者達は深々と頭を下げる。こいつらが俺の言ったことに何を感じたかは顔を伏せているので分からないが、俺はそれだけ言うとその場を立ち去ろうとする。

 

「アンディート様!!」

「なんだ」

「....貴方様を死なせたりなどしないと、我々は貴方様に誓います!!」

 

リヴェルダの心からの言葉にそうかと一言返事をすると、俺は歩きだす。どうせあいつらの事だ、俺が目覚めるまでああやってずっと廊下で待っていたのだろう。早く休めよと思いながら、俺はその場を後にした。

 

 

 

――

 

 

 

アンディートが視界から完全に消え、数秒たった頃に皆立ち上がる。レナータと戦った後にアンディートが目覚めるまでずっと部屋で見守っていたことや、部屋の前で話し合いをしたことで叱られたことを考慮して廊下の離れた場所で待とうと決めたプローヴァリーの面々は互いに顔を見合わせた。

そして、その視線は一瞬で一人の人物へ向かう。

 

「ランツェ〜!!おかえりっ!!」

「よくぞヘルから舞い戻ったな....」

「いや、なんで地獄からなんだ」

「アンディート様を残して死ぬからですよ、当然ですね」

「....」

 

アンディートの目覚めを待つ間は一切言葉を発さなかった。主人の身を按じそれどころではなかったのだ。そしてアンディートが去った今、思いが爆破した面々はランツェの復活を喜んだ。しかし当の本人は皆からの言葉にどう反応を返していいのか分からないようだった。そしてランツェは俯き、暗い声で言う。

 

「アンディート様があのような状況になるぐらいなら....復活などしない方がよかった....」

「それは....アンディート様の想いを踏みにじる言葉ではないのか?」

 

リヴェルダがそう言うと、ランツェは黙り込む。確かにそうかもしれないと思った彼女はただただ俯いた。言い過ぎだとルオネスに肘でつつかれたリヴェルダは、慌てて彼女を慰める言葉を探す。

 

「し、しかし、俺は同じ立場でもそう思うかもしれない!!すまない....!!」

「いえ、実際隊長の言う通りです。何も謝ることはありません」

 

場がしんと静まり返る。自分が同じ立場ならそう思う、リヴェルダのその言葉はこの場にいる全員が理解できることだったからだ。その空気に耐えきれなくなったルオネスは手をパンッと合わせてニコニコと笑顔を見せる。

 

「とりあえず、みんな休もうよ!!」

「そうだな...アンディート様の早く休めと言う心の声が聞こえた気がしたしな」

 

皆が頷くとそれぞれ自室に戻る。ランツェは俯き自室へ歩きながらただただ自分を責めていた。あの運命に選ばれし王に挑むのは無謀な事だと、戦いになれば命はないと分かっていながらあの男がアンディートの為の王座にふんぞり返って座っている姿を見て、怒りを抑えられなかったのだ。

 

「(本当に....私は愚かな人形だ....)」

 

守るべき主を苦しめて、何が従者だ。ランツェの思考は暗く沈んだものばかりに包まれる。しかし、その暗い世界を打ち払う者が、彼女の腕を掴む。

 

「―っ!!」

「ランツェ」

 

不意に腕を掴まれて思わず戦闘態勢になりかけたが、その人物を見てランツェは肩の力を抜いた。

 

「リヴェルダ隊長....」

「敬称は要らないと....まぁ、気が向いたらでいい」

 

リヴェルダはランツェの頭をポンポンと軽く撫でると控えめな笑顔を見せる。その表情になんだかムズムズするような感覚を覚えたランツェは、この感覚の名はもう学んだぞとドヤ顔を浮かべる。

 

「隊長、今私は隊長に対して好きという気持ちが溢れているようです」

「お、おぉ....そうか....」

 

ランツェはストレートにそう伝えたが、リヴェルダの微妙な反応に間違ったことを言ったかと首をかしげた。

対してリヴェルダはこう真っ直ぐに伝えられるとかなり照れるものだとランツェから視線を外す。ランツェと恋愛を学ぶと言って5年、リヴェルダとランツェの距離はかなり縮んだと言えるだろう。しかしやはりどこかズレているランツェに、リヴェルダは若干戸惑っている。

 

「(しかし、もう俺のこの気持ちは止まらないのだろうな....)」

「....隊長?」

 

不思議そうに見上げるランツェを、リヴェルダは抱きしめる。あれだけ辛そうにしていたランツェにきつい一言を言ってしまった上、彼女を慰めようと追いかけたのはいいものの何も言葉が浮かばない。リヴェルダは自分の不器用さに内心溜息をつきながら、ランツェの反応を伺った。

 

「....」

「....」

 

無言。ランツェは今自分に何が起こっているのか一瞬理解が出来ず、数秒後にやっと思考が働く。リヴェルダに抱擁されている。その事実を理解し、そしてゆっくりと自分も抱きしめ返した。リヴェルダはその事に喜びを感じながら、暫くそのままランツェを包む。

 

「隊長」

「なんだ」

「脈がかなり早いようですが大丈夫ですか?」

「....」

 

きまらないなぁとリヴェルダは小さく笑い、ランツェを離す。しかし自分にそう言ったランツェ自身も耳をむにむにと揉む、彼女で照れている時に見せる癖を見て思わず声を上げ笑った。

 

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない....ふっ」

「....?」

 

本人は気づいていないようなので、リヴェルダは何も言わないことにした。不満そうな顔をしているランツェにリヴェルダはまた笑うと、あの時こいつと恋愛を学ぶことにして良かったなとランツェの手を握る。

オートマタの、体温のない冷たい手。その手にリヴェルダの体温が伝わりランツェの手を温める。ただそれだけの事に、リヴェルダは幸せを感じた。

 

「隊長」

「ん?」

「そこの角から三名の生体反応を確認しました」

「....はぁ、出てこいお前ら」

 

ランツェが顔を廊下の曲がり角に向けると、リヴェルダはため息をつきながらその三名を呼ぶ。リヴェルダもランツェもその三人が誰かわかっているので戦闘態勢は取らないが、手はサッと離す。

 

「出歯亀などやめましょうって僕は言ったんですよ?」

「なっ、言い出したの貴様だろう!!」

「まぁまぁ、みんな共犯だよね!!ははっ!!」

 

予想通りルオネス、ヴェルディ、 ハイドの三人が顔を出しこちらに向かってきたのを見て、ランツェは左腕を銃形態にして三人へ向ける。

 

「ちょっ、ちょっと待って!!俺まだ死にたくない!!」

「....冗談です」

 

他者には分からないレベルで笑顔を見せたランツェは腕を元に戻し下げた。リヴェルダは三人の頭に軽くチョップを食らわせるとそのまま正座させてくどくどと説教をする。

 

「人をコソコソ観察するなど戦士として恥じるべき行動だぞ」

「むむっ....確かに....」

「我はナイトではないゆえ、はははっ!!」

「―しっ、空気読んでください」

 

口答えするなとまた三人にチョップを食らわせるリヴェルダを見ながら、ランツェは今度は小さく声を出して笑った。驚いている皆をよそにランツェの笑いは止まらず、それに釣られてその場にいる皆が笑い出す。

 

プローヴァリーが自分達ではないといけないというアンディートの言葉が、よく理解できる気がした。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

「はぁ....分かんねぇな....」

 

城内をブラブラと歩き回りながら俺は思考を巡らせていた。分からない、まるで分からない。これからどう対応していいのか、国王としてどうすればいいのか。

深く考えながら廊下の角を曲がると誰かとぶつかり、咄嗟にその腕を掴んだ。

 

「―っと、大丈夫か?」

「ア、アンディート様!!お目覚めになられたのですか!?」

 

眼鏡をかけ直して深々とお辞儀をする彼は、執事長のフェレディだ。そう言えばまだ従者達と、歩いている最中にあったやつらにしか俺の目が覚めたとは言ってないなと思いながら彼を見る。

 

「よ、良かったです....一時はどうなる事かと....」

「ああ、迷惑かけたな」

 

全くですと少し厳しく言うフェレディに、俺は苦笑いを浮かべる。運命に選ばれし王というのは、どうにも執事長に弱いらしい。勿論能力や権力などの話ではない、気持ちの話だ。レナータやムームアにも聞いたが、執事長という存在は従者達と違い俺達に厳しく意見を言える立場にあるようだ。レナータのとこは何でもスパルタレッスンが凄いのだとか。

 

「(まぁうちも負けてねぇけどな....)」

「どうかされましたか?」

 

人畜無害とでも言うのような顔をしておきながらこいつは奴隷だった俺を立派な王にするため、やることなすこと全てにダメ出しの連発をしてきたものだと思い返す。....今もダメ出しはされるが。

 

「アンディート様、何かお悩みですか?私がお力になれば良いのですが....」

「お前に言っても....いや、そうだな」

 

運命に選ばれし王についての対策は流石に任せられないと思ったが、それ以前に聞くことがあったと思いだす。あらかじめ嫌な答えを予想して心にクッションを置き、俺は口を開く。

 

「何人....」

「はい?」

「使用人は何人辞める」

 

国民がこの国から逃げるのは時間がかかるかもしれないが、既に俺の敗北に失望したこの城の使用人が辞表を出していてもおかしくない。

支持が減るのが怖いのではなく、ただこの城で過ごす平和に慣れた俺が、信頼していた者達から見捨てられるのが怖いという情けない考えからの質問だった。フェレディの目をしっかりと見つめ、俺は返事を待つ。

 

「0です」

「....は?」

「ですから、使用人は誰一人辞めませんよ」

 

フェレディは唖然とした表情で俺を見ていた。なんだか俺が変な事を言ったみたいじゃないかと不満に思いつつ、なぜだと小さく呟く。

 

「俺は....アズモンド王国は敗北した」

「はい」

「なのに何故、俺についてくる」

 

フェレディは目を見開き驚いた後に、頑張って笑いを堪えている。流石に王に対して笑うというのは失礼だと理解しているのかすぐにそれを収め、自らの胸に手を当てた。

 

「私共は幸運にも貴方様の使用人となることができ、そして貴方様を傍で見守ってきました」

「....」

「貴方様がどれだけ努力してきたか、私共は理解しているつもりです。今更見捨てるようなみっともないことは致しませんよ」

「そう....か....」

 

予想外だった。誰も俺を見捨てる者はいない。そういうものなのかと疑問に思いながら首をかしげていると、また〈メサージュ〉の音が聞こえる。俺がそれを受け取ると、すぐさま大きな声が聞こえた。

 

『聞きたいことがあるんだけど!!』

「うるせぇな....どうした?」

 

なんの挨拶もなしに大声で話すのは、以外にもムームアだった。その大きな声に眉間に皺を寄せ軽く耳を抑えたあと、用件を聞く。

 

『アンディートが戦った、ジュデリカ・アグニの戦い方ってどんなだった!?』

「あいつの戦い方?そうだなぁ....アビリタめちゃくちゃ使ってきて神器軽く振っただけで壁が抉れてたな」

『アビリタ....彼の技力量とか見た?』

「んなの見る余裕なかったよ。それがどうした?」

 

何が言いたいんだと彼の質問の意図を探るが、ムームアは黙ったままで少し間が開く。ジュデリカ・アグニ、アイツは滅茶苦茶な野郎だったなと先日の戦いを思い出しながら、ムームアの返事を待った。

 

『助かった、ありがとう!!』

「おい、結局なんの用―」

 

プーッと音がなる。切りやがった....。

俺はモヤモヤした気持ちのまま待たせてしまっていたフェレディに視線を向ける。

 

「緊急事態でございますか?」

「いや、ムームアがジュデリカ・アグニについてちょっと聞いてきただけだ」

 

とりあえずお前は仕事に戻れと彼を返した後に、ムームアは何を考えているんだとまた城を歩き回りながら考える。ちょうど中庭を通りかかったのでそこにあるベンチに座り、ゆっくり息を吐く。

 

「アイツの戦い方....」

 

アビリタで自らの攻撃力を大幅に強化し、大きな斧を乱雑に振るい周りの物まで巻き込みながら俺を殺そうとするその姿はまさに狂戦士だ。そのせいで玉座の間は破壊され今修復作業がされているが、それについての従者達の怒りが凄まじい。

俺の事を想ってくれるのはいいが自重してくれと思いながら、話がズレてきてるなと足を組み直す。

 

「(アイツに対抗できるほどの強い力なんてこれ以上身につけられるのか....?)」

 

能力のレベルの上限が99ならば、俺ら運命に選ばれし王はその99に到達しているのだろう。俺達はこれ以上成長できるのだろうか、俺はそれ自体を疑問に思う。

それを遮るようにまた〈メサージュ〉の音がなり、今日は連絡が多いなと思いながらそれを受け取る。

 

『レナータ、アンディート、聞こえる?』

『聞こえるよ〜』

「ああ」

 

今回は三人での連絡のようだ。ムームアがなにか掴めたのかと思い俺は思わず立ち上がる。

 

『実はちょっと気づいたことがあって』

『有力情報ってことだね』

「倒せる方法が見つかったか?」

 

ムームアは急かさないでよと文句を言ったあと、アイテリアとエレムストの運命に選ばれし王の三能力値の違いについて説明する。

 

『というわけ』

『なるほど....能力ねぇ』

「だがそれが分かったところでどう対応するんだ」

 

話を聞いたのはいいが、結局どう戦えばいいかは分からない。確かに10にふってない能力については相手は強くない事は戦った時のことを思い出すと納得ができる。だが、相手が強者だと言うことに変わりはない。

 

『ん〜....もうもどかしいよ!!この状況!!』

「だな、敵がいるのにろくに戦えねぇ」

『ボク達が国を離れられないってのがね』

 

国を離れている間にアイツらが来たらと思うとゾッとする。あの日見た戦争の光景は忘れられない。鏖殺、一方的な戦だった。その時急にレナータが大きな声を出し、俺は顔を顰める。

 

『うるさい!!何!?』

『アイテルは?彼女に彼等の弱点とか聞けばいいんじゃない?』

「....怒りで完全にあいつの存在忘れてたな」

 

そもそも俺達がアイテルを殺したとエレボスが勘違いして始まった戦いだ。早急に解決できる策があるじゃないかと悩んだ時間の無駄さに心の中でため息を吐く。

 

「弱点を聞くうんぬんの前に、あいつに自分は死んでないってエレボスとやらに伝えてもらえばいい話なんじゃなねぇか?」

『それだ〜!!』

『....でも、聞くに行くんだったらアンディートは国から離れなきゃいけないんじゃない?』

 

そうだがと小さく言った俺はしばらく黙り込んだ。アイテルの封印は術者である俺しか解けない。しかし、動かなければ解決しない。この国を危険に晒すとしても....。

 

「だが、クアリタは俺しか解除できねぇ。俺が....俺が行くしかないんだ」

『....』

『もしもの時は君の国は見捨てていいの?』

 

ムームアの言葉に俺は一瞬考えたが、答えは決まっている。この国の王は俺だ。同じように危機に晒されているこいつらを巻き込み最悪の事態になることは避けたい。

 

『当然だ。俺が逆の立場でもそうする』

『私も....力になれない』

「―へぇ」

 

ムームアの見透かしたような返事に俺は気づかれたかと思った。色々難しい事考えたとしても、もしこいつらが危ない目にあっていたら助けに行っていまうのだろうなという本心を。しかしそれを対して何を言うでもない様なので、そこは流した。

 

『....じゃあアンディート、アイテルから話聞いたら連絡してね』

「分かってる」

『じゃあ、また』

 

〈メサージュ〉を切り、俺はプローヴァリーに警戒態勢を取るように命じるとそのまま飛行魔法で城をあとにする。

 

向かう先は当然、スフィーダの塔だ。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

ここに来るのも久しぶりだなと上空にあるその塔のてっぺんに俺は息を切らしながら入る。あの時はレナータが俺達の手を掴み飛んだが、自ら飛んでここに来るのは初めてだ。魔力はそれほど多い訳でもないのである程度魔法で飛んで、あとは悪魔形態になって翼で飛びやっと着いた。

 

「(戦いのあとが無くなってるな....)」

 

試練の際にかなり切り傷や焼き傷が着いたはずだったはずの部屋は、俺達が初めてここに来た時と同じ状態になっている。まあ神の住む場所だしそんなもんだろと思いながら、アイテルの眠る部屋へ入る。

様々な宝が散らばるその部屋の、まるで王座があるとでも言うかのように長い階段の上に置かれた椅子にやはり彼女は座っていた。その周りは太いツルで覆われている。

 

「折角願いを叶えたのに悪いな....解除させてもらう」

 

俺は彼女に手を向けクアリタを解除しようとするが、急にアイテルから光が発せられ思わず固まる。

 

《ちょっと待ちなさいよ!!》

「........は?」

 

ぼわぼわと光る彼女の体、しかし確かに彼女は目を瞑り眠りについている。脳に直接届いたようなその声に心当たりは一つしかない。

 

「アイテルか?」

《そうよ、何勝手に解除しようとしてるのよ!!》

「こっちにも色々事情があるんだ....って、話せるのか?」

 

当然よと恐らく表情が現せたならドヤ顔だろう台詞で言う彼女に、俺は彼女を覆うツルを軽くさする。

 

「これ、効いてねぇのか?」

《そうじゃないわ、あんただって寝てる時誰か来たら目が覚めるでしょ?そんなもんよ》

 

ざっくりした説明だと思いながら、それよりと今起こっている非常に不味い事態をアイテルへ伝える。早く終わらせなくてはいつアイツらが来るかわからないと俺は早口で彼女に願った。

 

「だから、そのエレボスってやつに連絡しろ」

《....出来ないわ》

「こっちは国の存亡がかかってんだよ!!」

 

思わず怒鳴ってしまうが、深呼吸をして落ち着けた後にアイテルに理由を聞く。面倒とかだったら叩き起してやる。

 

《連絡を取りたくても取れないのよ。そもそもそうしたのはあなた達じゃない!!》

「はぁ?俺達が....?」

《私の頭にあった輪っか!!あれが通信機みたいなもんなの!!》

 

....思い返せば確かに真っ二つにした。まさかあれ一つのせいでこんな事になるなんてと頭を抱え、俺はやはり戦うしかないかと決意を固める。

 

「ならアイツらの弱点でもなんでもいい、俺達は勝たなきゃいけねぇんだ!」

《....まぁ協力してあげなくもないけど、言っとくけど私は戦わないわよ。そもそも私はこの塔から出られないから》

 

そんな設定聞いてないぞと思いながら俺はなんでもいいから情報をくれと急かす。アイテルは少し考えたあと、それならと続けた。

 

《あなた達運命に選ばれし王には相性ってものがあるわ》

「相性?」

《ヴィシュヌはブラフマーに、ブラフマーはシヴァに、シヴァはヴィシュヌに強いの。エレボスの管理する運命に選ばれし王は私の管理する者達と対になるから彼らも同じはずよ》

「....んなの聞いたことのないぞ」

《当然よ、言ったことないもの》

 

だったらレナータとの戦いは最初から不利だったのかと思いながらも、負けたのは結局は自分が弱かったからかと納得して顎に手を当て考える。

 

《相性を考えて戦うなら少しは相手との戦力差を縮められるかもね、それとその能力値の違いを考慮して作戦を考えなさい》

「....ああ、助かる」

《あ〜もう限界みたい....せいぜい死なないように頑張ってね》

 

それだけ言うと、アイテルから放たれていた光が収まる。俺はすぐに〈メサージュ〉を唱えレナータとムームアに先程聞いた相性のことを伝えた。

 

 

〜〜

 

 

『『え〜!!やだ!!』』

「俺だって嫌だよ!!叫ぶんじゃねぇ!!」

 

アンディートだって叫んでるじゃんとブツブツ言うレナータを一喝して黙らせて、俺は予想通りの反応にため息をつく。こいつらの気持ちも分かる。戦うならば自分達の国を襲った者がいいというのは俺だって同じだ。

 

「勝つにはそうするしかねぇ」

『ん〜、ワガママ言ってる場合じゃないか....』

 

もうそれぞれに自分の思いを託すしかないのだ。こだわりを持ち死んでしまっては意味が無い。国を、従者達を守るのはそれが最善だと分かっている。

 

『じゃあボクがアノルマ・スーリヤを』

「俺はプレーノ・インドラを」

『私はジュデリカ・アグニか....』

 

それぞれ倒す目標が急に変わり、戸惑いの気持ちは当然ある。しかし、それが自らの国を守ることに繋がるならと無理でも納得せざるおえない。

 

「俺は、直ぐにでもエレムストに行って奇襲をかけた方がいいと思う」

『でも、んー....そうだね、いつ来るか分からないって怯えるよりガンガン行った方がいいのかな?』

『そうだよ!!ボクららしくないよ!!ずっと引きこもってるなんて!!』

 

こうしてぐずぐずしている間にも相手は動き出すかもしれない。自らの国で戦わせないようにするには一刻でも早くこちらから攻めた方がいいだろう。これからの行動がやっとまともに決まり俺達は決心する。

しかし、レナータは何やら黙って考えているようで、あのさと俺達に告げる。

 

 

 

 

『私は....』

 

 

 

 

―彼女は、何処までも彼女だった。

 

 

 

 







戦いたいけどあの戦いを思い出して恐れから動き出せなかったレナータ達。しかし相手の弱点を知り、「それをさえ分かればこっちのもんだぜ!!」と言わんばかりに戦う決意を固めました!!
しかし、レナータは何かあるようですね〜

ちょっ〜と話のズレや凡ミスが目立ってきましたがそこはスルーでお願いします。一応綺麗に合わせようとはしているのですが話を書いている間に「あ、これいいかも」って設定を盛っちゃってぐだぐだしちゃってます(自業自得)

次回はエレムスト側の話になると思います。
ここまで読んでいただきありがとうございます!!




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カリビナ



GL的な描写がありますので苦手な方は読まないことをおすすめ致します。
ストーリーに深く関係する話ではないので飛ばしても問題ないです。




 

 

「今日のプレーノ様のご予定は....」

 

僕はメモ帳を取り出して今日の日付が書かれたページを開く。そこは、白紙。予定は何も書かれていない。

 

「当然か」

 

僕の主人であるこのクラウズウォーム王国国王であるプレーノ・インドラ様は他種族を嫌う。なので他種族との交流をできるだけ避けているために、外交などの仕事は一切ない。

 

プレーノ様は人魚が最強の種族であるという誇りを持ち僕ら四人の従者、カリビナのメンバーも全員人魚だ。

最初は驚いたものだ。僕が召喚された時、一緒に召喚された他の二人の従者の首がプレーノ様の神器によって飛ばされた。召喚しては殺し、また召喚しては殺しを繰り返して精神力が尽きるギリギリまでやり続けたその行為の末、私達は揃ったのだ。

 

「僕達の為にあれほど無茶をするなんて....プレーノ様は本当に素晴らしい御方だ」

 

その気持ちに見合うだけの、いやそれ以上の誠意をお返ししなければと僕は再び心に誓い思いに浸って―

 

「ジーナちゃ〜ん!!」

「おわっ!!」

 

それを邪魔するものが私に飛びついてくる。いきなり背後から僕の胸を揉みしだくこの行動には覚えがある。

 

「ヴァリエラっ!!会う度に胸を揉むな!!」

「いーじゃん減るもんじゃないし!!逆に大きくなるんじゃない?」

「そう言う問題ではない」

 

ヴァリエラに強めのデコピンを食らわすと彼女は涙目で僕を見るが、それは演技だとわかっているので何も言わない。そうすると酷いよぉ〜と僕の胸に顔を埋めてグリグリと顔を押し付けてくるので今度は頭に強めのチョップをお見舞する。

 

「いたっ!!む〜、ヴァリエラちゃん怒ったぞ〜!!」

「怒りたいのは僕の方だ....」

 

適当に彼女を相手しながら城の見回りをしていると、今日は約束があったことを思い出す。なんで忘れていたんだろうと思い待ち合わせの場所に転移しようとすると、ヴァリエラも何故か展開した魔法陣の中に入る。

 

「何故君も来るんだ」

「いいじゃん!!ヴァリエラちゃん暇してるの〜」

 

しょうがないと溜息をつき、僕は図書室へ転移する。そこへ入りあるテーブルへ向かう。約束相手であるその人物は僕が気づくと軽く手をあげ挨拶し、そして後ろから着いて来るヴァリエラに呆れた顔を見せ読んでいた本を閉じた。

 

「ジーナ、遅いじゃない」

「すまない....正直に言うと忘れていた」

「シャルルちゃん、ちわ〜すっ!!」

 

図書室では静かになさいとシャルルに叱られるヴァリエラを見ながら、僕はシャルルの向かいの椅子に座る。

ちらりと視界に入った彼女の読んでいた本、「縛りの極意」という女性が何やら赤い紐でエロティックに縛られた表紙の本を見なかったことにしながら、僕は本題に入る。

 

「それで、悩みを相談したいとの事だったが」

「シャルルちゃん悩みあるの?ヴァリエラも聞きたい!!」

「貴方には別に聞かせたくないけど....まあいいわ」

 

シャルルは深刻そうな顔をして僕をじっと見つめる。そんなに重い話なのかと予想外の状況に僕は息を呑み、彼女の言葉を待った。

 

「実は....」

「きゃ〜、ヴァリエラちゃんドキドキ!!」

「うるさい。実は真面目な話、自分の戦闘力に疑問を持ったの」

 

場がしんと静まり変える、と思われたが空気の読めないヴァリエラは騒いでいる。僕にはシャルルが何故そう思ったのか、心当たりがあった。実際、自分も同じように考える出来事が最近あったのだ。

 

「あの人間とデュラハンの従者の事か?」

「....ええ」

「分かる〜、あの二人めちゃめちゃ強かったもんね〜!!」

 

名をスターシャ、ルナティスと言ったか....ムームア・シヴァのたった二人従者。最初見た時は圧勝だと笑みを浮かべたほど僕らは油断していた。この世界での運命に選ばれし王の従者の平均召喚人数は五~六人、歴代最高は十人。ムームア・シヴァの従者は二人だけの上、片方は僕達とまともに戦えるような戦闘力は持っていなかった。

 

「ヴァリエラちゃん知ってるよ、ああいうのチートって言うんだって!!」

「強い戦闘力を持つデュラハンに、的確な指示を出す人間....僕らは勝ったか負けたかで言うと勝ちなのだろうが....」

「試合に勝って勝負に負けたって感じね」

 

たしかに勝った、だがどうにもスッキリしない気持ちが僕らの中には確かにあったのだ。プレーノ様の従者である以上最強でなくてはならないのに、僕らはあの戦いでかなりの傷を負った。

 

「あたいも....もやもやする....」

「―っ!!びっくりした〜!!ファントちゃん気配消すのやめてよね!!」

「君もここに居たのか」

 

急に姿を表したファントに少々驚きつつも、いつもの事かと彼女に座るように促す。カリビナ全員が揃い、図書室に居た司書達が緊張しながらこちらを伺っているようにみえた。

 

「あたいは、みんなの事、守れた?」

「もっちろん!!ヴァリエラの事庇ってくれた時ちょーカッコ良かったよ!!」

「ファントは本当に自信が無いわね....」

 

ファントはそうなのかなと小さく呟くと自分の世界に入り込んで悩んでいるようだった。一度彼女がああなると何度話しかけても聞こえないようなのでとりあえず放置する。

 

「それで話を戻すが....シャルル、僕と戦闘訓練をするか?」

「え〜!!ジーナと戦うの?それやばくない!?」

「ヴァリエラうるさい。カリビナの最大戦力と言われる貴方と戦えるなんて、滅多にない機会だわ。その話....受けましょう」

 

シャルルはニヤリと笑い僕に手を差し出す。それを握り返し、僕も笑った。

 

「〈ライフ・ドレイン〉!!」

「―っ!!」

「....って、あれ?効いてない....?」

 

シャルルは体力を奪う魔法を使ったが、私は余裕の笑みを浮かべる。僕の体力は1ミリも減っていない。というのもそういうマジカルアイテムを身につけているというのが理由だが、僕は呆れた。

 

「仲間にどの魔法が効かないとか覚えておくべきだぞ」

「私、一聞いたら十忘れるタイプなの」

「え〜、眼鏡かけてるのに?」

「眼鏡っ子が全員頭いいなんて偏見よ!!」

 

流石に約千年ぐらいの付き合いなのだから覚えて欲しいものだと思いながら、僕は席を立つ。

 

「さぁ、僕と特別レッスンだ」

「特別レッスン!!なんか卑猥―」

「うるさいヴァリエラ」

 

わーわーうるさいヴァリエラとまだ自分の世界に入り込んでいるファントを置いて、僕は転移魔法でシャルルと訓練場へ向かった。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「ファントちゃん!!ねぇ、聞いてる!?」

「....ん、呼んだ?」

 

まだ自分の世界にこもっていたファントをヴァリェラは肩を掴んでぐわんぐわん何度か揺らして現実に戻させる。ジーナとシャルルが特別レッスンと言って模擬戦をしに行ってしまったので、暇になったヴァリエラの次の標的はファントに変わっていた。

 

「ねぇ〜、遊ぼうよ」

「何して?」

「ん〜?それから考えるのが遊びってもんだよ!!」

 

あははははと笑いながらファントの手を引き図書室を出たヴァリエラはそのまま中庭に走る。ファントは手を引かれながらそれに抵抗することをせずにただただヴァリエラの後をついて行った。

 

「ん〜っ!!ここは開放的できもちいーねっ!!」

「うん、気持ちいい」

 

2人で両手を繋ぎ、ぐるぐると回るとヴァリエラはまた楽しそうに笑う。ファントはいつも通りのジト目でヴァリエラを見ながらその回転を利用してぐるっと彼女を地面に押し倒した。

 

「いたぁっ!!も〜ファントちゃんどうし、んっ...んむっ!!」

「ん....ふ....」

 

ファントはヴァリエラの唇を奪うとそのまま深く口付ける。中庭のど真ん中、使用人がちらほら通るなか二人はお互いの口内を貪った。しかし使用人は誰一人驚いた様子を見せない。それはその光景がこの城内では多々ある事だからだ。

 

ファントとヴァリエラは別に交際している訳では無い。だが、そういう関係にはある。それはカリビナ全員に共通することだった。同じようにプレーノの従者となった仲間、いや姉妹のような存在である四人は仲が良すぎた。それだけだった。

 

「んっ、ぁ....どう、楽しかった?」

「も〜そういうの気分になっちゃったらどうするの!!」

「その時は、あたいが相手する」

 

今は普通に遊びたいの!!とファントを逆に押し倒すとヴァリエラはその頬にキスを落とす。それに頷いたファントはヴァリエラの手を取り起き上がってある一点を見つめた。つられてヴァリエラもそこを見る。

 

「戦闘音。ジーナのレッスン始まった」

「そーみたいだねっ!!」

 

金属のぶつかり合う音が遠くから聞こえる。ジーナとシャルルが模擬戦を始めたのだろう。ファントとヴァリエラは傍にあったベンチに座ると、手を繋ぎ他愛ない話をする。

 

 

〜〜

 

 

「ヴァリエラ普通にタチ専だから、普通に上になろうとしたらその時プレーノの様が―」

 

ヴァリエラが話しているとキーンッと音が聞こえ、次に目の前に何かが猛スピードで落ちてきた。自分達を襲う砂埃を腕で塞ぎながら、二人は落下してきたものを恐る恐る確認する。

 

「も〜、今いい所だったんだけど....って、シャルルちゃん!?」

「いたた....ジーナったらホント容赦ないわね....」

 

地面がえぐれるほどの強さで落下したはずだが 、それでも生きているところを見ると流石従者と言えるだろう。しかしその体は傷だらけで痛々しい。シャルルは手探りで何かを探すと、その探し物はまた空から飛んできて彼女の傍に刺さる。

 

「探しているのはこれか?」

 

緑色の柄をした三叉槍、それを起き上がって抜き取るとシャルルはそれを軽くふって土を落とした。そしてズレた眼鏡を正すと、飛行魔法で飛び自分を見下ろしている人物に抗議する。

 

「ジーナ、ちょっと休憩しましょうよ....」

「何を言う、まだまだこれからだろう」

 

シャルルが傷だらけなのに対してジーナは頬にかすり傷1つという一見しただけで実力差の分かる状況。ファントとヴァリエラはそれを見つめ小さくうわぁと声を上げる。

 

「特別レッスンってただのスパルタじゃん!!」

「うるさいぞヴァリエラ、これも愛ゆえだ」

 

赤い柄の三叉槍を持ったジーナは胸を張り堂々と言った。その槍の先端には血が少しついており、愛とはなんだ....とヴァリエラはぼんやり考えるが、ファントが二人の間に入り手を広げたのを見て考えるのをやめる。

 

「もう休憩。シャルル、キツそう」

「む....そうだな、僕も良い運動になったしな」

「ありがとね、ジーナ」

 

ジーナは魔法を解き地面に降りる。そして互いにマジカルボックスに武器をしまい軽くキスを交わす。それを見たヴァリエラはムッと頬を膨らませダメダメ〜とシャルルとジーナの間に入る。

 

「シャルルちゃんはヴァリエラのもの!!ジーナちゃんもヴァリエラの!!」

「でた、ヴァリエラの独り占め攻撃」

「あたいは?」

「勿論ヴァリエラの!!」

 

ヴァリエラは三人を引き寄せ強く抱きしめるとニコニコと嬉しそうに笑った。それに釣られ皆が笑顔になると、ゆったりとした可愛らしい声が聞こえた。

 

「あらぁ、ワタシも混ぜてぇ」

「―っ!!プレーノ様!!」

 

何処からかプレーノが姿を見せ柔らかな笑顔でこちらを見ているのに気づき、四人はすぐさま跪く。プレーノは笑顔のまま中庭の一部が悲惨な有様になっているのを見るとさらに笑顔になる。

 

「これはぁ、誰がやったのかしらぁ?」

「も、申し訳ございません。僕とシャルルが戦闘訓練の際に不注意で....」

 

顔を上げ許しを乞うジーナに、プレーノは首を傾げながら謝られたことを疑問に思っていた。

 

「いいのよぉ、このぐらい。ちょっと遊んだだけよねぇ」

 

プレーノにとって中庭が荒れたとしても、例え城が破壊されようと自分の心から愛している可愛い従者、子供達のやることであればなんだって許せる。それが当たり前だった。

 

「嗚呼、可愛いワタシの子供達....もっと傍にきてぇ」

 

腕を広げ迎えるようにするプレーノに、従者達は立ち上がり彼女に抱きついた。プレーノはそれに心からの喜びを感じ満面の笑みを浮かべる。

 

「プレーノ様大好き〜!!」

「ワタシも大好きよぉ、ヴァリエラ」

 

ヴァリエラが言えば他の皆もプレーノに愛を伝える。

家族愛。幸せな光景に周りはさぞ和むだろう。しかしそう思うものは彼女達の奥深くを知らない者。幸せには違いない、違いはないのだが―

 

「今日の夜伽は誰に頼もうかしらぁ....」

「僕と遊んでくれますか?」

「あたいもプレーノ様と遊びたい」

「私だって!!」

「え〜、ヴァリエラも〜!!」

 

ただ、彼女達の家族愛は少しズレていた。

 

 

 

 






今回はプレーノ・インドラの従者であるカリビナの話でした。
1部でもそれぞれの従者チームの話は挟んでいたので、今回もエレムスト側の従者の話は書きたかったので。

プレーノの従者は全員女性と決まった時点で、「あ、こいつらGLな感じになるな」って決まったので女の子同士でわちゃわちゃしてます。可愛い。
自分はGLは見れるってだけで特に好きってわけじゃなかったのですが妙な扉を開きそうです。(頑張って閉じてます)

エレムストの人魚は皆クラウズウォームで暮らしています。
人魚は陸上では人と同じ足で、水に浸かるとヒレに変えることが出来ます。なので下半身の衣服は脱ぎやすくなっている事が多いです。
実際プレーノもカリビナのメンバーも下はワンタッチで脱げる水着のようなものを着ています。見た目ほぼパンツ....

1話一万文字という縛りを付けてこれまで書いていたのですが(ノーネームの時は約九千ぐらいだったけど)今回は五千という短めになってます。
キーパーソンの時みたいに一人一人の日常を書いてもいいかなと思ったのですがなんかそれだとぐだぐだしそうというの、絡みを書きたいという理由でこんな感じになりました。あと私の想像力不足です。(多分それが一番の理由)
その割には後書きが長くなってますね。話し出すと止まらない。

次回はジュデリカの従者の話になると思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました!!


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テイラー

 

飛行魔法など使えないから脚力だけで城壁を飛び越え外に出ると、目的の場所へ向かう。ヒールの音が響く中大股で走るとすぐに大衆が見え、おれは息を大きく吸った。

 

「てぇめらぁあァ!!誰が喧嘩しろってつったァあぁァ!!!!」

 

キーンと耳鳴りがするのか皆が耳を塞ぎおれの方を見たのを確認して、来ていたドレスをアビリタで瞬時に鎧に着替えるとマジカルボックスからメイスを取り出しそれを突き付ける。

 

「肉塊にされてぇヤツは前にでロ!!じゃねぇヤツは散レ!!」

 

人の塊が散るのを見ておれは頷くと、武器をしまい〈メサージュ〉を唱える。こんな面倒なことをするのも全てジュデリカ様のため、それを何度も頭で繰り返し怒りを収めるとやっと相手が連絡を受け取った。

 

「シュティー、終わったゾ!!」

『はいはい、お疲れ様です』

 

相手、シュティーの冷静な声を聞きまた怒りが湧いてくる。と言うのも、さっきのように暴動や反乱が起ると毎回おれを向かわせて収めるのだ。皆がおれを怖がるからって良いように使いやがって....腹が立つ。

 

『ザミグラ、次はリベールの南東』

「リベール!?コッチから何キロある街と思ってんダ!!」

『ん〜、100kmぐらいですか?』

 

こいつ本当に殺してやろうかと思いながら貧乏ゆすりをしているとシュティーはそれを察したのかいつものお決まりの台詞を言う。

 

『何もかも偉大なるジュデリカ様のためです』

「ジュデリカ様のたメ....ジュデリカ様ノ....しょうがねぇナ」

『俺も頑張りますから、貴方も頑張ってください』

 

おれは小さく頷き返事をすると〈メサージュ〉を切りリーベルへ向かう。勿論徒歩で。

 

「これが終わったらジュデリカ様に褒めてもらえるかもしれねェ....もしかしたらヨシヨシしてくれるかモ....」

 

おれは妄想に胸を踊らせニヤニヤとした顔を引き締め、懐から一枚の写真を取り出す。中指を立てて険しい顔をしているジュデリカ様の写真。なんてカッコイイのだろう。おれは少し足を止め、周りに誰もいないことを確認するとその写真に顔を近ずけ....

 

「駄目ダ!!やっぱりこんな事は不敬ダ!!」

 

赤くなった顔をブンブンと振り、写真を仕舞うとまた走り出す。顔も怖ぇし、喋り方も仕草も男のようなおれをちゃんと他の女性と同じように扱ってくれるジュデリカ様。

おれがでしゃばった時、女は黙ってろと蹴りを食らった時は感動で打ち震えた。

 

「よし、今日も頑張るカ!!」

 

ジュデリカ様が収めるこの国、ドルヴィルド王国はよく反乱が起こる。というのもジュデリカ様は全く国王との仕事をせず、気に入らない事があると街を潰し、他国にもすぐに喧嘩を売る。自分を突き通した最高にカッコイイ生き様だ!!

また緩んできた顔をビンタして収めていると、プーッという〈メサージュ〉の音が聞こえそれを受け取る。

 

「おれダ、今忙しイ!!」

『やっほ〜!!リツカと〜』

『サリー....』

『で〜す!!』

「うるせエ!!いちいち二人で連絡してくるナ!!」

 

サリーとリツカ、双子の彼らはいつも一緒に居て連絡する時もわざわざ〈エクステション〉を使って二人で話してこようとする。しかもさっきの自己紹介は毎回入れてくる。正直うるさい。

 

「なんの用ダ!?」

『ジュデリカ様が戻れって言ってますよ〜!!』

『言ってるよ....』

「ジュデリカ様ガ!?」

 

おれはキキーッと足を止めUターンをするとすぐに城に向かう。自分に何か用があるのだろうかと嬉しく思いながら出せるだけのスピードで走り、また緩んだ顔を今度は放置した。

 

「おれの事なんて言ってタ!?」

『特に何も....』

『そうだね、特に何も!!』

 

そうかと残念に思い返事をすると、見えてきた城壁をまた飛び越えすぐにドレスに着替える。立ち止まりくるくると体にゴミが付いていないか確認して軽く手で払うと、傍にあった窓を鏡代わりに来て髪の乱れを整える。

 

『お〜いこっちこっち!!』

『こっち....』

「ア?」

 

〈メサージュ〉で聞こえる声に加え少し遠くからも同じ声が聞こえ、そこを見るとサリーとリツカが手を振っていた。

そこに向かい歩き出すと、二人は何かのボードを持ち掲げる。おれは立ち止まりそれを読み上げた。

 

「ドッ、キ、リ、大、成、功....?ドッキリ大成功!?」

「いえ〜い引っかかった!!」

「引っかかった....ジュデリカ様、別に呼んでない....」

 

....頭にくる、頭にくる!!!!

おれはメイスを取り出すと鎧に着替えるのも忘れ二人に向かって走り出した。サリーは片手剣を、リツカはバックラーを取り出すと戦う気満々でおれを迎えた。

 

「くそがァ!!!!」

「おっと、重っ!!」

「....」

 

サリーの斬りつけを身を翻し避けると、自慢のドレスの端が切れておれはさらに頭にきた。ああ、殺してぇ殺してぇ!!人の心を弄びやがって、絶対に殺す!!

メイスをサリーの頭目掛けて振りかぶるとそれを軽く避けられて、逆におれの顔に向かって剣の突きが放たれる。

 

「....避けないで」

「避けるにきまってんだロ!!」

 

頬にかすった剣を横目に勢いよく後退すると、ドレスから鎧に着替え気合いを入れる。それを見たリツカはさらに笑顔になり、サリーは相変わらず無表情。こいつらは目元が仮面で覆われているから何を考えているかよく分からない。視線でつぎの攻撃を予想することはたまにあるが、こいつらにはそれは使えない上に素早いので隙が多いメイスが武器であるおれと相性が悪い。

 

「てめぇら、今日こそ殺して―」

「なっ、ザミグラ!?」

 

おれを呼ぶ声を聞いて後ろを振り向くと、驚きで資料を落としたシュティーの姿が。急いで落としたものを拾いマジカルボックスにしまうとおれの元へ早足で向かってくる。

 

「リーベルに向かって下さいと言ったでしょう!?何故ここに!?」

「こいつらがジュデリカ様が呼んでるって言って呼び戻したんだヨ!!」

 

リツカとサリーに指を突きつけると二人はしらっとした顔で武器をしまっていた。そして立ち去ろうとする二人に待てとシュティーが指示を出すと渋々その場にとどまる。

 

「今からでもいいので戻ってください、予定が狂います」

「チッ、くそがァ....てめぇら二人はいつか絶対殺ス!!」

 

彼らにそう言い睨みつけると、二人は早く行けと言わんばかりに手を振っていた。本当にムカつくヤツらだ....!!

おれはまた走り城壁を越えてリーベルへ向かう。

 

「全く....あ〜イライラすル!!」

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「はぁ....仕事増やさないでくれます?」

 

シュティーは目元を抑えため息を吐いた。すっとぼけるサリーとリツカに怒りをぶつけたい気持ちになるが我慢すると、まぁいつもの事かと冷静になる。

 

本当にいつもの事なのだ。ジュデリカ・アグニの五人の従者、テイラーはすぐに相手の足を引っ張り蹴落とそうとする。理由は単純、自分が敬愛する主の一番になりたいからだ。戦闘中でも日常生活でも、いつでも相手を潰す機会を狙っている。

それに対してジュデリカは特に何も言わずに、目の前で殺し合いが始まっても優雅に椅子に座り観戦したりする。もし死んでしまったら自分の戦力が減るのにも関わらず止めたりはしない。

 

「冷静ぶってるけど、ボク知ってるんですよ〜」

「知ってる....」

「何がですか?」

 

シュティーは訝しそうな目で二人を見る。無表情なサリーにニヤニヤと笑うリツカは知ってるよね〜と言い合いながらわちゃわちゃと騒いでいる。

シュティーが早言えと催促すると二人でズバリと言って指を突きつける。

 

「ボクらの前に召喚された二人の従者を!!」

「殺したの、シュティーさん....でしょ?」

 

シュティーは表情一つ変えずに小さく笑った。

テイラーは五人構成だがその最初のメンバーにサリーとリツカは含まれておらず、彼らは死亡した二人の従者の補充として召喚されたのだ。その二人は戦闘中に死亡したとジュデリカは報告を受けているが、そう言ったのはシュティーだった。

 

「....そんな300年以上も前の話、忘れましたけど、ねっ!!」

「―っ!!」

 

リツカに何が光るものが飛び、それを瞬時にマジカルボックスから取り出した剣でサリーが払う。吹っ飛んで壁に刺さったものは、ダガーだ。

 

「お〜っと、綺麗に眉間に飛ばしてきた〜!!」

「凄い、だけどリツカは殺させない....」

 

つまらないなぁと小さく呟いたシュティーの笑顔は歪んでいる。数本ダガーを取り出して刃を見つめた後、鼻で笑いしまうとサリーとリツカに背を向け歩き出した。逃げるような行動に二人は不満そうにしていたが、シュティーは軽く振り向き悪い笑みを向ける。

 

「さっきので答えは分かりましたよね?ガキは大人しくしてろ、てめぇらも消すぞ」

 

それだけ言うとまた前を向き、軽く手を上げることで挨拶をし立ち去った。サリーとリツカは呆気に取られた顔でそれを見送り、シュティーの姿が見えなくなった頃に二人で顔を見合わせる。

 

「「怖っ」」

 

長い間従者として一緒に過ごしてきたが、二人がシュティーの本性を見たのは今のが初めてだった。自分達は消されないように頑張って逆に殺してやろうと二人はにこりと笑い手を繋いだ。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

シュティーは早足で色々な所を回っていた。ザミグラとサリー、リツカのせいで無駄な時間をとってしまったとスケジュールの調整をしてあっちこっち....というのもジュデリカが好き勝手やった結果のしわ寄せは全てシュティーに来るのだ。国政を任せられるほどの知恵を持つものはシュティーしかおらず、他の従者はどちらかと言うと戦闘向き。シュティーは過労などとは無縁なこの体に感謝していた。

 

「シュティー」

「おっと、どうしました?」

 

急に背後から呼び止められ、シュティーが振り返るとビュッと風を切る音がして反射的にそれを両腕で防ぐ。シュティーに向けられたものは、足蹴りだ。そしてそれを受け止められたのを見て残念そうにため息を吐いた人物はゆっくりと足を下ろす。

 

「行儀が悪いですよ、フランム」

「うちは悪くない、油断してるからだ」

 

ふんふんっとシャドーボクシングのように拳を打つ仕草をするフランムに呆れつつ、シュティーは忙しいのでと立ち去ろうとする。しかしフランムはシュティーのあとを着いてきて、手伝うわけでもなくただただその業務をこなす姿を見ていた。

 

「なんですか?見てるだけなら手伝ってくださいよ」

「でもうち、何していいか分からない」

 

戦うのなら出来るとファイティングポーズをとったフランムに、手伝ってと言ったのはいいものの何をさせればいいか思いつかずシュティーは悩む。

 

「じゃあ、とりあえず―」

 

シュティーがそう言いかけるとヒュッと何かが飛んできて、それを軽く避ける。今日は不意の攻撃が多いなと思いながらまた飛んできたそれを容易く摘むとなんだと確認する。

 

「毒針....なるほど」

「もしかして、暗殺者?」

「ははっ、ちょうど良かった。仕事ですよ、フランム」

「了解」

 

シュティーは城内への侵入を許してしまったことを悔しく思いながら、アビリタを使い敵の人数を把握した。フランムに指示を出すと彼女は強い脚力で敵の懐まで接近し、振りかぶった拳で敵の頭を粉砕する。シュティーは視線を向けることもせずある一点にダガーを投げると、天井から不可視化の魔法を使っていた暗殺者がボトリと落ちた。そしてフランムが膝蹴りで再び最後の暗殺者の頭を潰したのを見て、シュティーは一息つく。

 

「ふぅ、どうせ俺達には勝てませんのにね」

「そうだね、めんどくさい」

「じゃあフランム、追加の仕事です。この死体処分して来て下さい」

 

何か言いたそうな顔をしたフランムだが、しょうがないなと呟くと転がった死体を簡単に持ち上げスタスタと歩き出し焼却炉へ向かった。シュティーを手伝いたとは思ったが、なんか想像してたのと違うなと考えながら焼却炉へ死体を捨ててゆく。

ジュデリカが即位して、殺しにくるものは多かった。運命に選ばれし王である自分の主が好きな事をして何が悪いのだろうとフランムは思ったが、やはりやり方が気に入らない奴もいるのかと無理矢理納得する。

 

「(ジュデリカ様の邪魔になるやつは、うちが全部排除してやる)」

 

フランムが強く決意してると、少し遠い所から音が聞こえ城壁を越えてきたザミグラの姿が見えた。フランムがザミグラ向かって歩み出すと、同じくザミグラもフランムに向かう。どんどん距離が縮まり最終的には何故か回し蹴りがぶつかり合う。

 

「ふん、相変わらず中々だナ」

「ザミグラも」

 

互いに軽く笑い合い何なかったかのように廊下を歩くと、向かいから思いがけない人物が向かってくるのを見てすぐさま跪く。あの大股で堂々とした歩き方は敬愛する(ザミグラの方は敬愛だけではないが)ジュデリカだ。ザミグラはドレスに着替えておけばよかったと思い鼓動が早まるのを感じながら頭を下げる。

 

「おう、てめぇら丁度いい。シュティーを見なかったか?」

「申し訳ございませン、数時間前までは一緒にいたのですが現在の居場所は分かりませン」

「チッ、使えねぇなぁ!!くそ....連絡した方が早かったじゃねぇか!!」

 

ジュデリカは再び舌打ちをすると〈メサージュ〉を唱えた。相手は無論シュティーだろう。ジュデリカの用件は、暇だからどっかの街を一個滅ぼしたいと言うものだった。ジュデリカは稀にこうして暇つぶしをする。もしかしたら自分もお供できるのではとザミグラとフランムは期待した。

 

「ジュデリカ様、質問することをお許しくださイ」

「あ?なんだ」

「....今回は、我々の中から誰をお連れになられるのですカ?」

 

ジュデリカはそういや考えてねぇなと言うと腕を組み考え出す。正直ジュデリカからするとどうでもいい事だが従者達にとっては一緒に連れて行ってもらえるというのはご褒美のようなものだ。二人は祈った、自分でありますようにと―

 

「双子を連れてく。以上だ、オレは執務室に戻る」

「畏まりましタ」

 

ジュデリカがマントを翻し立ち去った気配を感じ、ザミグラとフランムは顔を上げ暫くして立ち上がる。

 

「あ〜、おれじゃなかったカ!!」

「うちでもない....」

 

その時、二人はハッとして顔を見合わせる。互いの考えていることが同じだと何となく察するとガシッと握手を交わし頷いた。

 

「今からあの双子を殺しに行こう!!」

「のっタ!!」

 

まるでこれから遠足に行く子供のようなテンションで二人はサリーとリツカの元へ向かった。何も知らない双子は中庭でのんびりしており、四人の戦いの仲裁をする事になるシュティーはまだせかせかと仕事をしてた。

 

 

気を抜けば仲間であるはずの者に殺される。

それがテイラーというチームだった。

 

 

 






今回はジュデリカ・アグニの従者、テイラーの話でした。
従者の性格はほんの少し召喚者に似る時があるという設定があるので、テイラーのメンバーは皆血の気が多いです。

ザミグラは最初ただの狂戦士だったのですが書いてるうちに凄い恋する乙女みたいになりました。あと言葉の最後がカタカナという特徴をつけたのですが喋りは普通の人と同じ感じで片言ではないです。

武器はあまり被らせたくないと色々ネットで調べたのですが、メイスってどうやって戦うんでしょうね。鎧の相手に打撃が出来るみたいなのを見たのですが動きがよく分からなくてこれからの戦闘シーンが不安です。ザミグラはメイス、フランムは体術、シュティーはダガー、サリーとリツカは片手剣とバックラーで戦います。

ザミグラがアビリタでドレスから鎧に着替えるシーンがありますが、これはレナータも使えます。レナータの場合は衣装一式を全て変えるのではなく、通常の装備にさらに鎧を着る使い方をします。ムームア戦の時すぐに鎧をまとえたのはそのアビリタを使ったお陰です。

次回はアノルマの従者の話を予定します。
ここまで読んでいただきありがとうございました!!


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フトゥースペラ

 

国の上空を飛びながら見廻る。そんなことしてもこの広い国の中かからたった一人を探すなどできるわけがないが、幾分かは気持ちが楽になるというものだ。先程から何度も何度も〈メサージュ〉を使い連絡を取ろうとするが一向に出ない相手のことを思いながら、ただ魔力が微量に減ったことを感じる。

 

「あ〜もう、ディレスのやつどこいったんだ....!!」

 

風を切る音を聞きながら飛んでいると海辺が見えて、俺の視線はある一点に集中した。あの紫と黒のパラソルは....!!

 

「こんのっ....〈ネロ・ヘキサラ〉!!」

 

空中で止まり、そのパラソル目掛けて上位の風魔法を飛ばす。大きな竜巻が起こり、そのパラソルはそれに巻き込まれぐちゃぐちゃになって飛ぶ。

どうせ浜辺で横になってサボっていたのだろうとその魔法が直撃した人物にざまぁと脳内で文句を言うと、肩を誰かがポンポンと叩く。

 

「―っ!!」

「モーリュ、よくも私に向かって上位魔法なんて打ってくれたわねぇ....」

「き、気持ちいい風が必要かなぁって....ね?」

 

パチンッという音と共に俺の頬に小さいもみじが出来る。言っておくが俺は何も悪いことをしていない、何も!!

ただのこんなクソ忙しい時にサボっている仲間に、ちょっとお灸をすえようと魔法をぶっぱなしただけだ。

 

「この糞ガキ....次やったら締めるわよ」

 

彼女は身長130cm代で外見は子供。そんな彼女に糞ガキと言われるのももう慣れた。世にいうロリババアだが、そんなことを彼女に言ったら確実に消される。

 

「そんなの事より仕事してほいんだけど」

「私はアノルマ様からの仕事じゃなと働かないわ!!」

「文句言わないでくれ....」

 

いいから戻るぞと言うとディレスは渋々俺のあとを着いてくる。 彼女はいつもアノルマ様からの命令しか聞かないといい俺が仕事を頼んでも全く聞く耳を持たない。

しかし今日は集会だと伝えるとディレスは納得したように頷き互いに飛ぶスピードを早めて城に戻る。

 

「それで、キリカはどうしたの?」

「彼女ならもう待ってると思うよ」

 

城内に降り立ち、急いでいつも集会をする部屋へ入るとやはりキリカは待っていた。俺がディレスを探し回っている間も待っていただろうからかなりの時間ここに居るのだろう。手元には重要な内容が書かれた書類があり、それにひとつひとつ丁寧に素早く目を通していところだった。

 

「あ、ディレス!!やっと来たね!!」

「はぁ....集会なら最初から言ってよね」

「よし、じゃあ始めるか」

 

俺達アノルマ・スーリヤ様の従者、フトゥースペラは現在ここに皆集まっている。つまり三人しか居ないのだ。運命に選ばれし王でありながら三人の従者しか従えていないのにはちゃんと訳がある。失礼な言い方かもしれないがアノルマ様はとても臆病、怖がりなのだ。

それなら従者を沢山召喚するのが安全で安心できると思う者もいるかもしれないがアノルマ様は、従者の裏切りに対して怯えがあるようだった。

そのような事は絶対にないとは何度も伝えたがアノルマ様はやはり恐れていて、俺が一度死亡して消滅した時も新しく召喚するのではなく俺の復活を選んだ。

 

「それで、今回は何が恐ろしいと?」

「えっとねぇ、城に鏡が多すぎるって仰ってた」

「....なら破壊すればいいわ」

 

またそうやって物騒な方に話を進めるとディレスの方を見ると、彼女はそれを察したのか眉間にシワを寄せたので慌てて話を戻す。

 

「アノルマ様がよく通るところやよく使う部屋の鏡を減らそう。流石に全て無くしてしまうのは俺達が困るからな」

「そうだね、アノルマ様の従者として身だしなみはきっちりしとかないと」

 

アノルマ様がよく通るところと言っても少ない。アノルマ様は基本自室からあまり出てこずに、執務室に入れるのも俺ら三人の従者だけ。話すことするら、俺達と魔法を使いテレパシーで話す。

 

「というか、今回再築の指示してたの誰だよ」

「私よ」

 

ディレスムスッとした顔で軽く手を挙げた。再築というのは、アノルマ様は稀に癇癪を起こし城を半壊させるのでそれを物の修繕が出来るアビリタや魔法持ちの人を集めて直さなくてはならないのだ。もう10回以上はこの作業を経験している。

 

「も〜、ちゃんと指示したの?」

「キリカ程じゃないけど私もやれば出来るのよ」

「その結果がこれじゃないか!!アノルマ様が鏡を嫌うのは皆が知ってることだろ!!」

 

まあまあとキリカが宥める中、俺とディレスの間に火花が散る。いつもなら喧嘩になるが、ディレスは一つため息をつくと小さく謝りテーブルに顔を伏せる。

 

「....実際アノルマ様から鏡の話が出てるのよね、私のミスよ」

「....」

「で、でも鏡さえ取って回ればいい話だし!!私最善の配置考えるから、元気だして!!」

 

そう言い俺に視線を向けたキリカの意図を察し、俺は用紙を取り出して城の地図を簡単に書き出すと、それを受け取り事前に調べていたのだろう鏡が置いてある場所をその地図に書き込んだ。

 

「アノルマ様の移動はほぼ魔法での転移だから....」

「....でも、ココここを通っていらっしゃるのをこの間見たわ」

「偶然かもしれないが、ここ周辺の鏡はとっぱらっておくか」

 

 

 

 

――

 

 

 

 

複製した地図を見ながら、ディレスは大きな鏡をその小さな体でひょいと持ち上げると傍に待機していた使用人に渡す。

こうやってアノルマが怖いと言ったものを取り除く事は多い。前は少し明るい色のカーテン、その前は大きな声で喋る兵士、更にその前は異様にお洒落な使用人....愛する主人が嫌うものは人であろうと排除してきた。

 

「あの御方が安心して暮らせる世界を....」

 

どうすればアノルマが安心して暮らせるか、フトゥースペラはその課題をずっと抱えている。あれも、これも要らない。本当は何もかもがあの御方にとっては不要なのではと使用人に一瞬視線を向けるが、使用人はただただ首を傾げている。

 

「....次の場所に行くわよ」

 

不要なのは、自分達では無いのか。そう思った事もあるしそれをアノルマに伝えた事がある。その時のアノルマの反応を、ディレスは忘れられなかった。いや、忘れてはいけなかった。

 

全ての負の感情を表したような空気。アノルマの顔は仮面で見えなかったが、その顔は怒り、悲しみ、絶望、恐怖、不安、困惑....様々なものに染まっていたのだろう。一瞬殺されるのではと思ったが、テレパシーで伝えられた「見捨てないでくれ」という言葉に、ディレスはアノルマにとって自分が言った言葉がどれほど酷いものだったかを理解し、泣いて謝罪した。

 

「―スさま....ディレス様?」

 

メイドが自分を呼んでいることさえ気づかぬほど思考に浸っていたようだ。ディレスはなんでもないわと一言告げると、今のが自分が取り除く最後の鏡だと分かりメイドを元の仕事に戻させた。

 

「〈メサージュ〉。モーリュ、私の方は終わったわ」

『お疲れ、俺の方も終わったよ』

 

ディレスはぼんやりと歩きながら、また先程のことを思い出していた。運命に選ばれし王の歴史が始まってからずっとアノルマに仕えてきた仲間、彼はアノルマにとって自分はどんな存在だと思っているのだろうかと少し興味がわく。

 

「ねぇ」

『ん?』

「貴方は、自分がアノルマ様にどう思われてるか気にした事ある?」

 

モーリュは小さく笑ったあと、少し間を開ける。すると向かいから丁度歩いていたとモーリュ遭遇して、〈メサージュ〉を切ると先程の返事を待つ。

 

「俺は、常に考えてるよ。自分が要らないと、捨てられないか常に怯えてる」

「....そう、やはりそういうものなのかしらね」

 

どれほど長く仕えてきたと言って、自分が絶対に捨てられないと確信は持てないものなのかとディレスは俯いた。それを見たモーリュはそばに歩み寄り、ディレスの頭に軽く手を置くと軽く撫でる。

 

「貴方がセンチメンタルになるなんて珍しいじゃないか、何があった?」

「別に、何も無いわ。....というか気安く触らないでよ、ぶっ殺すわよ!!」

 

ごめんごめんと手を離したモーリュの鳩尾に軽く拳を叩き込むと、ディレスは立ち去っていく。モーリュは何だったんだと思いながら、キリカの方はどうなったかと連絡を取った。

 

「キリカ、俺とディレスは終わったけどそっちはどう?」

『勿論終わったよ!!今次の仕事してる〜』

 

相変わらずの仕事人間だと僅かに尊敬の念を抱きながら、モーリュも手伝うためにキリカの元へ向かう。転移魔法を使いキリカの元へ飛ぶと彼女は何かの資料と睨めっこをしていた。

 

「キリカ」

「あ、モーリュ。もしかして手伝ってくれるの?」

「ああ」

 

キリカの読んでいる資料を横から覗き込むと、それはこの間のアイテリアに攻めた時の記録だった。

エンド・ストーリア、ルポゼ・マータ、アタリル・イブズ、ディーフェル・アダムズ、エルバト・スキート、テーゾル・ゴルド、サージェ・ミタリー、ヴィゴーレ・アルマ....計八名の従者達。そしてそれを発狂することなく召喚した王、レナータ・ヴィシュヌ女王。

 

「数が多いのが厄介なんだよねぇ」

「それもそうだが....なんでもヴィシュヌ女王は他二人の王とも戦い、殺すのではなく和解という解決法をしたらしいじゃないか」

「ヴィシュヌ女王....強敵だよね....」

 

イデアーレ王国を攻めてから数日後、アノルマとヴィシュヌ女王があった時のことを二人とも思い出していた。殺せと命令が出た時自分達の技を防いだ二人の従者。その片方にモーリュもキリカも不思議に思っている。というのも、知り合いに似すぎているのだ。

 

「ねぇ、あのヴィシュヌ女王の人狼の従者だけどさ」

「俺も同じこと考えてたよ。....シュティーに似てないか?」

「やっぱり!?」

 

アノルマ、ジュデリカ、プレーノが平和条約を結んでからその従者達もそれなりに交流がある。シュティー、ジュデリカの従者であるテイラーの一員である彼とヴィシュヌ女王の人狼の従者は一瞬見間違えるほど似ている。

しかしよく見れば違うところは多々あるので同じ存在ということは無いだろうが、もしかしてとモーリュは思った。

 

「シュティーってシーヴィータ持ってるって言ってなかった?」

「ん〜、どうだろう。私はあんまり仲良いわけじゃないから知らないけど....」

 

連絡を取ってみようと〈メサージュ〉を唱えようとした時、コンコンと控えめなノックの音が聞こえ入室許可を出す。入ってきたのはメイドで、すぐさま資料を仕舞ったキリカを見て場違いな所に来たことをメイドは理解する。

 

「あ、あの....ディレス様がすぐにお二人を呼んで欲しいと....!!」

「何故?理由は聞いた?」

「それが―」

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「癇癪だって!!なんでまた!!」

 

魔力の弾を四方八方に放つアノルマ様を宥めながら、私は駆けつけたモーリュとキリカを見る。そんなのこっちが聞きたいと思いながら私は魔法壁を張りながら被害を抑えていた。

 

「分からないわ!!でもそんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?」

「あぁああ゛ぁあ゛!!あぁあ゛ああぁ゛あああっ!!」

 

アノルマ様の悲痛な叫がこだまする。自室に呼び出され、少し話をしていたら急に頭を抱えこのように叫び、感情を放出するように魔法を無造作に放っている。

百年に一度のペースだった癇癪が、数年の間にこうして二度も起こるのは初めてで皆が戸惑っていた。

 

「アノルマ様!!ここに怖いものはございません!!もしあったのならば即座には排除しましょう!!ですから―」

「あぁあぁ゛あっ!!うるさ、いぃい゛!!」

「―がはっ!!」

「ディレス!!」

 

アノルマ様から放たれた衝撃波で吹っ飛び壁に衝突する。壁にかかっていた絵画が落ちるのを見ながら、切れた口内から出た血を拭う。

 

「(あんなに苦しんで....私が、私達がどうにかしなければ....!!)」

 

癇癪を起こした時にいつもなら収まるはずの時間はもう過ぎている。何をそんなに恐れているのかがわからない以上、こちらで想像して対処していくしかない。

自分の魔法壁ももう持ちそうにないと思った時、モーリュがアノルマ様に近づく。

 

「モーリュ!!」

「アノルマ様!!もしやヴィシュヌ女王の事でございますか!?それでしたら俺達が必ずや殺してみせます!!ですのでどうか落ち着いてください!!」

「ヴィ、シュヌ....!!ぁああっ....ほん、とに?」

「勿論です。貴方様を不快にするものはなんであろうと排除するのが、我々フトゥースペラですから」

そして急に力が抜け膝を着いたアノルマ様をモーリュが支え、そのまま気を失ったアノルマ様を彼は抱える。その瞳は、怒りに燃えている気がする。おそらく自分もだ。

 

「アノルマ様にこれだけのストレスを与えるなど....あの女王は生かしておけない....!!」

「同感ね、必ず仕留めるわ」

「む〜、あの時殺せていればなぁ....」

 

意識をなくしぐったりとした愛しい主の姿を見ながら、従者達は殺意を抑えていた。

 

 

 

―戦いの日は近い。

 

 

 

 






今回はアノルマ・スーリヤの従者、フトゥースペラの話でした。

フトゥースペラ、一応「未来の希望」という意味で考えたのですが....覚えずらい!!自分で考えといてなんですが覚えられなくて何度もメモアプリ開きました....勿論今は大丈夫です!!

ちなみにテイラーは「大地」、カリビナは「可愛い子供達」という意味合いがあります。レナータ達の従者のチーム名もちゃんと意味がある....というのは話したかもしれない....。
キーパーソン「重要な役」、プローヴァリー「強さの証明」、ノーネーム「名無し」です。細かく説明すると長くなるのでこんな感じです。

これでエレムストの従者達の話は全部終わりました。ただ戦う前にこういう子達だよって言うのを伝えたかったです。
フトゥースペラは運命に選ばれし王の歴史ができてからずっと三人で頑張ってるので1番絆が深いと思います。仲良し。

次回、ついに対決になります!!(多分)
ここまで読んでいただきありがとうございました!!



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vsプレーノ・インドラ

 

 

ボクは赤黒い空を見ながら飛んでいた。従者達を従え....ついにエレムストの領域に入ったのだ。地形はアイテリアとそっくり所か全く同じ、しかし反転している。

アイテリアとはもはや空気から違う。

下を見ると森の中で争っている魔物たちが見えた。弱肉強食、強き者しか生き残れない世界。

食って食われて命を繋ぎとめるために魔物も、そして人も必死だった。

 

「はぁい、そこまでぇ」

「──っ」

 

張り詰めた空気の中、のんびりとした声がボク達を止める。

この声の正体は当然分かっている。彼女に会うために、戦うためにここに来たのだ。

ボクの目の前にはクラウズウォーム王国国王、ボクと対になるインドラの称号を持つ女──

 

「プレーノ・インドラ……!!」

「こーんにーちは、ムーくん♡」

「うげぇっ…」

 

やはりムーくんというあだ名は自分だったかとげんなりしながら、小さく舌打ちをした。

それに気づいたのか気づいていないのか分からないが、プレーノはにこにことしたまま首を傾げている。

 

「ねぇ、あなた達は知ったんじゃないの?」

 

それにボクは何も言わない。

彼女が言っているのはボクら運命に選ばれし王の相性の話だろう。ヴィシュヌはブラフマーに、ブラフマーはシヴァに、シヴァはヴィシュヌに強い。それは対になるエレムストの王達も同じだ。

 

「ワタシの所にはブラフマー王が来るって思ってたんだけどなぁー。もしかして知らないのかなぁ?」

「君ほんとに性格悪いね、人のこと言えないけどさ」

「何のことぉ?」

 

にこにこと無邪気な笑みのまま、プレーノはボクを指さしくるくると指先を回したあと、ビシッとボクの後ろに控えている従者達を指さす。

そこにはいつものように余裕の笑顔を浮かべるルナティスと同じく堂々とした態度をとるスターシャ……ではなく。

 

「シヴァ王様、そろそろ潰しましょう」

「早まらないで!!もう、これだからアンディートの従者は……」

 

アンディートの従者であるプローヴァリーの面々だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

数日前

スフィーダの党

 

 

『私は──』

 

レナータは何かを話そうとして、言葉を止める。

俺は何か考えがるのだろうと黙っていたが、ムームアはそうもいかなかったのか「も〜、なに!?」と小さく声が聞こえた。

対するレナータは言い出す決意が固まったのかゴクリと唾を飲み込む音が聞こえると再び繰り返す。

 

『私はアノルマと話がしたい』

「話?」

『相手はわざわざ宣戦布告のために奇襲かけてくるようなやつなんだよ?対話なんてできる訳ないじゃん』

 

何を言い出すかと思えば無駄な話だとムームアの意見に賛同するが、レナータは1度言い出すと聞かない。本当に厄介な性格をしているなと思いつつ何か考えがあるのか、話の続きを待つ。

 

『確かに、戦いになるのは確実だけど…それでも私は彼と直接会いたい。だから力の相性は考えないで自分の国を襲った王と戦おう』

『そんな簡単な話じゃないと思うけど』

『我儘言ってるのは分かってる。それでも──』

 

ぎゃーぎゃーと二人の言い争う声を聞きながら、拳を強く握る。

俺はジュデリカ・アグニが憎い。

大切な従者達を傷つけ、ランツェを殺したあいつが。だが、そんな自分の怒りだけで勝つ可能性を捨てるわけにはいかないと抑えていた。それが上に立つ者として当然のことだ。

しかし、しかしこのレナータとかいう女は──

 

「あ゛~~~っ!!」

『な、なに!?』

『ほらぁ、レナータが我儘言うからアンディート怒っちゃったじゃん!!』

『でも、私はこれだけは譲れな──』

「俺達の誰かが1人でも負けたらアイテリアは滅ぶぞ、それは分かってるな?」

 

レナータが沈黙で返す。彼女も理解しているのだ。

誰かが死んで、新たに運命に選ばれし王が生まれたとしても俺達に協力するとは限らない。それにヤツらの性格を考えれば可能性は低いが、勝った方の王が他の王の支援に回れば敗北は確定に近い。

実力差が大きいのだ、レナータの提案はあまりにも危険すぎる。

だが……

 

「やってやろうじゃねぇか」

『アンディート……!!』

『正気!?ここにはボク以外まともな奴はいないの!?』

「ああ、いないらしいな」

 

おどけるように言った俺にムームアは大きく、それもわざとらしく溜息を吐く。

ムームアもレナータが言い出した時から分かっていたのだろう、長い付き合いだ。

勝てる可能性のある最善の作戦をとるか、大切な人の仇を取るため無謀な策に出るか、どちらを選ぶのかを。

 

『はぁ……ボクの負け!もー、今回だけだからね!』

『みんな…ありがとう』

「それは勝ってから言えよ。そんで…それだけで終わりってのは無しだぞ」

『分かってる。提案なんだけど、私達が召喚した従者達にも召喚主と同じように相性が適応されると思うんだよね』

 

なるほど、こいつの言いたいことはなんとなくわかった。

運命に選ばれし王とその従者の繋がりは深く強いものだ。召喚主と同じよう相性があると言われれば納得する。

今俺達が一番に考えなきゃいけないのは大きな戦力の開き。しかし相性の得意とする王には興味がない。少しでも戦力差をなくすにはそういう事しかないのだろう。

 

『従者をトレードする気?』

『そう。もう”私達”の最善はそれだと思う』

「仇とりてぇなんて気持ちに囚われなきゃ、もっと楽だったんだろうけどな」

 

王と王は一騎打ちになるだろうから、従者との連携の心配もない。

仲間に託すのも一つの手だろう。だが、そうできないのが俺達だった。

どうしてもこの手で、自らの怒りを相手に思い知らせてやりたい。レナータも、意見に否定的だったムームアも同じ気持ちだろう。

 

『私の大切な、何よりも大切な従者たちをよろしくね……!!』

『提案者が一番嫌がってるじゃん』

「まあそれぞれ思う所もあるだろうが、決意決めろよ」

『うん……みんな、生きてまた会おうね』

 

勝つという確信があるわけではない。それでも俺は、当然だと堂々と返事をした。

 

 

 

 

 

 

現在

エレムスト──クラウズウォーム王国付近、ライラ平野上空

 

 

ボクとプレーノはお互いの考えを探るように見つめあう。

プレーノは何故力の相性のことを知りながらボクがここに来たのか理解できないようで、にこにことした笑顔のまま首を傾げている。

 

「なんでかなぁー?」

「…心のない君には分からないよ」

「心がない?ワタシが?こころが、ココロが?こん、こんなに、こんなにも優し優しい素敵な、きれいな、きれいなきれいな綺麗なきれいなきれいな綺麗なきれいなぁ…心をワタシは、持ってるわよ?何でそんなこと言うの?」

 

心がないという言葉に瞳の光は消え、異常な反応をしたプレーノはどこかを見ながらボクに問いかける。その冷たい目に寒気のようなものを感じた。

彼女の何に触れたのかは分からないが、そんなの知った事ではない。

もうレナータとアンディートはそれぞれ戦うべき相手に会っているだろうか。

そう考えているとプレーノは太ももをなぞり、皮膚が水面のように波打つとその中心から大きな三又槍が姿を現す。

 

「(最初から神器で来るか……ならこっちも)」

「ムーくんは負けるよ?どんなことがあっても、美しく華麗にワタシが勝利するのぉ」

「あっそ、負ける気はないから」

 

槍を構えたプレーノに対して、ボクも体内の熱を現すように腹部からハンドガン型の神器を取り出すと銃口を彼女に向ける。

負けられない戦い。レナ―タと戦った時も負ける気など一切なかったが今回は状況が違う。

 

「プロ―ヴァリー!そいつらにボクらの邪魔をさせるなよ、絶対勝て!」

「ワタシの可愛い子供たち、そこのお馬鹿さんたちをやっつけて頂戴」

 

それぞれ命令を出すと、従者達は平野の方へ降りていった。

対峙するプレーノの影った瞳はしっかりとボクを捉えている。神器を強く握ると気を引き締め、ボクは──

 

「──<ゼロミッション>ッ!!!」

 

プレーノが動き出す前に、切り札であるクアリタを発動させた。

数百の重火器が宙から現れると、その全ての銃口がプレーノに向く。彼女は焦って魔法壁を張ったがもう遅い。

 

「放射ぁっ!!」

 

引き金を引くと同時に数百の弾丸が容易く魔法壁を破壊し、プレーノを襲った────

 

 

 

 

 

 

 

???年前

クラウズウォーム王国

 

 

 

 

「お父様、お父様!」

「おお、プレーノか。どうした?」

 

愛する父に私は抱きついた。父は私を強く抱き返すと頬に口付ける。

何も言わずにただ抱きついたままの私に不思議そうにした父は「なんだ?」と楽しそうに問いかける。幸せそうな仲のいい親子。それはもう幸せで幸せで──

 

 

''ワタシ''はそれを遠くから見ていた。

 

 

''プレーノ''はワタシに気づくと父の頬にお返しのキスをしてワタシの元へやってくる。

ああ来ないで欲しい。あんたと話をすると胃の上が痛むの。

そんなことはお構いなしに、いつもの媚を売るような気持ち悪い笑みを浮かべたプレーノは、ワタシの傍に来ると先ほど父にしたようにワタシを抱きしめた。

 

「お姉さま!」

「……」

 

プレーノはワタシの肩に顔をぐりぐりと押し付けると可愛らしい声で笑う。

それを父は微笑ましそうに見つめている。傍から見たらワタシ達は可愛い双子の姉妹。

そう、傍から見ればの話だ。

 

「だぁいきらい、お姉さまいつ死ぬのぉ?」

「──っ」

「みんなみんな私だけを好きになればいいのに…お姉さまはじゃまだなぁ」

 

プレーノはワタシだけに聞こえるようにそういうと体を離し、にこりと笑う。

これが妹の本性だ。にこにこと愛想を振りまき皆に愛される、いや、愛されようとしているモンスター。

不気味な笑みを浮かべるのはワタシと同じ顔。

 

「(気持ち悪い……)」

「私そろそろお仕事しなきゃ!またね、お姉さま!」

「ええ…気を付けて」

 

大好きな父のために、プレーノの良い姉を演じ続ける。

母は最近事故で死んでしまった。そのせいで心が病んでしまった父にこれ以上負担をかけるわけにはいかない。人当たりのいいプレーノは街のレストランで働き、人と関わるのが嫌いなワタシは家事をしている。

 

海に沈む人魚の国、クラウズウォーム王国でワタシは出来るはずの呼吸が出来ないように感じた。

 

 

 

 

 

 

「お父様、少し光を浴びてみたら?」

 

昼食の準備ができ、呼んでも来ない父の寝室に入るとベッドに座ったままぼんやりとしている父に声を掛ける。しかし返事は帰ってこない。また母のことを考えて自分の世界に入ってしまっているのだろう。

母が死んでからこうしてぼうっとしている父を見ることが多くなった。

暗い部屋のカーテンをワタシが開けると、父は立ち上がりワタシの手首を強く掴む。

 

「いっ…!お、お父様?」

「リオーラはどこだ?どこに行ったんだ!?」

「……お母様は亡くなったの」

「嘘を言うな!リオーラ、リオーラ!!」

 

父は部屋から飛び出ると家中を探し回る。家具を倒そうが、ワタシの作ったご飯をひっくり返そうが、お構いなしだ。

そして部屋のどこにもいないことを知ると座り込んで泣きじゃくる。子供のように。

 

「(ご飯は作り直せばいい、なんてことない)」

 

そんな父を見ながら私は自分の中で何かが削れるような痛みを感じた。

泣きたいのはこっちだ。苦しい、辛い。

吐き出せないどろどろした黒い何かをワタシは飲み込む。

倒れた家具を直し、こぼれた昼食を片づけると新しいものを作り始める。父はあと数十分したらいつも通りに戻るだろう。

父の泣き声を聞きながら、ワタシはどこで泣けばいいのだろうかと握りしめた包丁をまな板に突き刺した。

 

 

暫くしていつも通りに戻った父と昼食をとっていると、家の扉が勢いよく開かれた。

 

「たっだいまぁー」

「プレーノ!?貴方仕事は……?」

「楽しくないから辞めてきちゃったぁ」

「はぁ?」

 

ワタシはスプーンに乗っていた人参を皿に落とした。

あれほど、プレーノが大きな失敗をするたびに何度も何度もワタシが謝りに行った職場を、楽しくないから辞めてきた……酷く頭痛がする。

 

「私レストランとかじゃなくて、もっと私が輝ける場所でお仕事したいなぁ」

「ふざけないで……!!ワタシがどれだけ──」

 

「二人とも…喧嘩してるのか?」

 

心配そうにそう言った父にワタシは吐き出しそうになる暴言を飲み込み、にこりと笑って見せる。

 

「大丈夫よ、ワタシ達は喧嘩なんてしてないわ」

「そーだよ、お姉さまが一方的に怒ってるのぉ」

「そうか。駄目だぞ、姉なんだからもっと穏やかでいなくては」

 

姉だから。

それで妹の愚行が全て許され、ワタシが悪い事になるのか。

それはワタシにとっては呪いの言葉のように聞こえる。しかし、父の前では仲良しな姉妹でいなくてはいけない。

ワタシが我慢すれば、ワタシが我慢すれば──

 

「ごめんね、プレーノ。ワタシまた新しいお仕事探してあげるから」

「お姉様お願いねぇ。大好きだよ」

 

うそ、ウソ、嘘で全てが固められた家族。

何がいけなかったのか、どうすれば''ワタシ''は幸せになれるのか。何度自問自答しても、答えは出なかった。

 

 

 

 

 

 

父がワタシ達に気を使って、自分は大丈夫だから2人で外出して来ても良いと笑顔でワタシ達を見送った。

最悪だ。何故こんな我儘で身勝手な妹と2人で出かけないといけないのか。また頭痛がする。

 

「お姉様と2人かぁ、つまんなーい」

「(それはこっちだって同じよ…)」

 

2人で街を歩く。

プレーノは急にワタシの手を引くと色々なお店に連れ回し始めた。勿論会計は全てワタシ持ちだ。働いているプレーノは嫌そうにワタシにお小遣いとしていくらか渡している。いつか一人で暮らすために貯めていたそれらは、プレーノの無駄な買い物のせいでどんどん減っていった。

 

「もう帰りましょう、あまり遅くなるとお父様が心配するわ」

「えー、私はまだ遊び足りないなぁ。あ、そこのお兄さん!私達と遊ぼうよ!」

 

プレーノが考え無しに声を掛けたのは如何にもというようなイカつい男。その男の顔を見て、何処かで見た事があるとじっと観察する。

 

「あ?嬢ちゃん、なんか用か?」

「だからぁ、私達と遊ぼうって話」

 

ワタシはあまり外に出ない。知り合いでもない人の顔を覚えるはずがない。

しかし、見た事がある男の顔。どこで、どこで……

 

「(手配書だ!!連続殺人犯……!!)」

 

それに気づいた瞬間、すぐにプレーノの手を引き走り出す。何かがあってからでは遅い。話が通じない相手かもしれないしすぐに逃げるのが最善だと考えたが、ちらりと後ろを振り返ると男は追い掛けて来ていた。

 

「まずい……まずい……!!」

「ちょっと、痛いよ!!なんなのぉ!?」

 

プレーノが喚いているが説明する暇はない。

ワタシが安全なところと無意識に向かったのは自宅だった。

 

「(ワタシはなんでここに…最悪お父様まで…!!)」

「ね、ねぇ、お姉様!!さっきの人が──」

 

ドスッと音がして、プレーノの言葉は最後まで聞くことが出来なかった。

 

男が、男が、プレーノを

 

「ぁ、ああ…ぁ……」

 

ワタシの手からするりとプレーノの手が離れ、どさりと横たわった。背にはナイフが刺さっており、男はそれを勢いよく抜く。

 

動かないプレーノ、血溜まり、どんどん広がって…

 

 

──今度はワタシの番。

 

 

男が気味の悪い顔で笑いながらナイフを振りかぶった。ワタシはそれに何も出来ずにただぎゅっと目を瞑って死を待つことしか出来ない。

 

最悪な人生だった。

母が死んで病んでしまった父に、我儘な妹、それに我慢し続けるワタシ。

ワタシも妹のように自由に生きれたら、こんな風にはならなかったかもしれない。

しかし、ワタシにそんな器用な生き方は出来なかった。

 

何がいけなかったのか。

 

どうすれば良かったのか。

 

死ぬ間際でさえ、そう考えていた。

 

 

──しかし、ワタシに死は来なかった。

ワタシの手に何かが握らされ、目を開くと男が逃げているのが見える。

 

「(助かった……の?)」

 

安堵すると、力が抜けて座り込む。

しかし傍には妹の亡骸。冷静でいられるはずがない。

呼吸が荒くなり、現状を理解していく頭を必死に止めようとする。

プレーノは死んだ。

 

「は、ははっ……」

 

もうワタシは自由!!自由なんだ!!

彼女に縛られる事も無い、好きなように生きられる!!もう誰の姉でもない、ワタシはワタシなんだか──

 

「ああ…なんて事だ!!何があった!!?」

 

声のした方を見ると、父が困惑した表情でこちらを見ている。すぐにワタシの方に走ってくる。

 

お父様、ワタシ凄く怖かった!

 

「プレーノ、プレーノ!!しっかりしろ!!」

 

手を広げ抱擁を待っていたワタシを突き飛ばし、父はプレーノの亡骸に縋り付き泣いている。

ワタ、シ、ワタシは、ワタシはなんで放って、おくの?

 

「お前が…お前がやったのか!!」

「ちがう…なんで、違うわ……!!」

 

父の言葉に、何故と疑問を持つワタシの手に握られているのは、男がプレーノを刺したナイフ。

恐怖で投げ捨てることも、握っていることさえ忘れ、それを見た父がどう考えるのかは一目瞭然だった。

 

「よくも…プレーノを…!!」

「違う、違うのお父様!!ワタシの話を──」

「五月蝿い!!お前など…私の娘ではない!!」

 

ナイフで刺されるよりも、その言葉はワタシの胸に突き刺さった。手に握るナイフをカランと落とすと、

父がそれを拾う。

 

「お前、お前は……」

「いやだ、いや、なんで…やだぁ……」

 

父は…ワタシを殺す気だ。

逃げたい、逃げられない。恐怖で足が動いてくれない。

 

必死に、必死に足掻く。

倒れ込み、それでも腕の力だけで這いずって逃げようとするが、逃げられないだろう。

父の方を向くと、見た事のない、憎しみに染まった表情をしている。

 

ワタシが、ワタシがプレーノみたいにみなに愛され、自由に生きていたら変わっていただろうか。

姉ではなく、妹だったのなら変わっていただろうか。

 

ああ、死にたくない。なんで?なんでワタシなの…?

 

 

 

父の振り下ろすナイフが、ワタシを────

 

 

 

 

 

 

 

 

現在

 

 

「はぁ…はぁ……」

「どう?効いたでしょ?」

 

まさかクアリタを一発目に放つとは思っていなかったワタシは必死に張った魔法壁も意味をなさずそれを受けざるをおえなかった。

身体中が痛む。運命に選ばれし王でなければ死んでいたかもしれない一撃をもらい、肩で息をする。

 

「全然大丈夫ぅ、あんまり舐めないで欲しいなぁ」

「強がりもそこまで、追撃いくよ!!」

 

ムームアの神器から闇の弾丸が放たれ、私はそれを真正面から槍で薙ぎ払うがムームアのその余裕な笑みを見て思わず"いつもの笑顔"が崩れそうになる。

クアリタの破壊力に走馬灯のようなものを見てしまい、ココロが乱されて胃の上が痛む。

 

ズキズキ、チクチク

 

ワタシは"プレーノ"。

根暗で、何もかもを我慢して不器用に生きる愛されない"姉"ではない。

ならばもっと笑って、輝く美しいワタシでいなきゃ。

 

「あはっ、ムーくんには痛い思いしてもらわなきゃ。じゃないと割に合わないわぁ」

「できるもんならどうぞ。<ノワール・バレット>!!」

 

再び闇の弾丸がワタシに迫るが、一度弾かれた攻撃が当たるはずもない。

また槍で弾き飛ばす。また撃たれ、弾き、つまらない攻防が続く。

なら、こちらから──

 

「<アクア・ランス>」

 

槍に水を纏わせるとムームアに向かって宙を蹴り距離を詰める。

この槍で突いて終わり。所詮魔法使いなどこうやって距離を詰めれば焦ってすぐにワタシの槍で貫かれて死んでくれるのだ。

にやりと思わず下品な笑みを浮かべてしまう。

だが相変わらずの変わらない笑顔のムームアに苛立ちばかりが募る。

 

「<カイザー・オーラ>」

 

ガンッとムームアの体に接触する数ミリ前で槍は防がれる。

なるほど、その笑みの根源はその防御魔法かと再び槍を突き出すが、肉に突き刺さる気持ちのいい感触は無かった。

 

目の前には、黒。

大きな大砲がワタシに向けられている。

 

「消し飛べ!<クレイジー・キャノン>ッ!!」

 

どかんと放たれる彼の渾身の一撃。

 

──それがどうした?

 

「そんな魔法でワタシを殺そうなんてぇ、お馬鹿ねぇ!!」

「──なんで、あの至近距離から……!?」

 

そうよ、そうよそうよ!余裕の笑みを浮かべる強者はワタシの方なのよ!

嗚呼情けない。少しでもこんなクソガキに心を乱されていたなんて。

回避できた正体はワタシのクアリタに関係するが、それに気づいていないムームアは酷く混乱しているようだ。

彼は頭がいいのだろう。だから私の行動の裏の裏、ワタシの一歩先の行動をしようと必死になっている。

 

「(それじゃあ、駄目なのよねぇ……)」

「まあ、どうでもいいけど。ボクが勝つ事に変わりはないからね」

 

 

 

 

──そう、ボクは必ず勝たなくてはならない。

 

 

 

 

何故先ほどの攻撃が当たらなかったのかは現状分からない。

プレーノはボクと同じく魔法を得意とする王のはずだが、接近戦もできるのだろうか。

初めて自らの国で戦った時も接近戦で特に強いという印象はなかったが……。

なんにしても遠距離攻撃がメインのボクにとって近づかれることは良い事とは言えない。

 

「(ただ接近戦でもボクを殺せる思わせる為の一撃だったのかな……)」

 

あれが槍で最大の攻撃だったとしたら本当は接近戦は得意ではなく、そう思わせるためのブラフだったのか……考えが纏まらない。

レナータとの戦いはボクは傍観者だった。

アイテルとの戦いは頼れる仲間が隣にいた。

しかし今のボクはただ一人。そしてアイテリアの…世界の命運がかかっている。

 

「(ボクは…もしかして怯えているのか?)」

「じっくり考えてる暇はないんじゃないのぉ?<サブマージョン>」

 

水の球体がプレーノの指先から放たれると、それは徐々に大きさを増しながらボクに迫る。幼い頃から魔法の勉強をしていたのだ、どんな魔法か瞬時に理解するとすぐに指を鳴らし空間からマシンガンを二丁取り出すと水の球体に向ける。

 

「バレットチェンジ、<パーゴス・バレット>!」

「ふうん…そういうことしちゃうのぉ?」

 

連射される氷の弾丸で一瞬にしてその水の球体は凍り落下していった。

先ほどの魔法は少しでも体に触れれば水が体に纏わりつき相手を窒息させるものだ。

ボクの得意魔法は闇属性だが、他も知識として頭に入れておいてよかったと勉強熱心な自分に感謝する。

 

「<サブマージョン><サブマージョン><サブマージョン>」

「─なっ!」

「三倍はどかしらぁ?」

 

水の球体が三つ三角形を作るように並んでいる。

にこりと笑いながら腕を振り降ろしプレーノが合図すると水の球体は弧を描くように三方向から向かってきた。

一つでもぶつかったら、それから抜け出す技で思い浮かぶのは一つしかない。しかしその魔法は魔力消費量が多いうえに自分も傷つける可能性がある。

 

「(なら……)」

 

指を鳴らし、こちらも三倍だ。

マシンガンを六丁に増やすと氷の弾丸を一斉放射する。

これぐらいしなくてはあの魔法は防げない。自分の魔力がぐんと減ったのを感じながら苦笑いを浮かべる。

<サブマージョン>はレベル5の魔法だ。相手も連射したことによってかなり魔力は削れたのではないかとプレーノの様子を伺う。

 

──居ない……!?

 

「はあぃ、こっち」

「うそ、でしょ──!」

 

後ろから声が聞こえた。

肝が冷える。いつの間に背後に回られた!?

遅い、遅い、全てが遅い──

 

「ざんねん♡」

 

背中から槍に貫かれ、三又槍の先端がボクの懐中時計にあたりカツンと音を立てる。

激痛が背中から全身に伝わり、口の端からはぼたぼたと血が流れた。

 

「こんな早く終わるなんてぇ、つまらないわ」

「がはっ……げほ、ぁ──」

 

死。

死ぬ。

 

このままでは死ぬ。

 

何故大砲を回避できたのか、先程何故いつの間にか背後に回られたのか、分からない。必死に、必死に考える。

それ以前に──

 

「痛い?痛いよねぇ、泣いてもいいの、よぉ!」

「がああぁぁあ゛あぁっ!!」

 

勢いよく槍を引き抜かれ、吐き出した血がびちゃびちゃと下に落ちていく。

これは、致命傷か。

 

駄目だ、駄目だ駄目だ。

ボクが死んだら今戦っているプロ―ヴァリーは全滅させられる。

ルナティスとスターシャもボクと同時に消える。そうなったらレナータはどうなる?

 

死ねない、分かってはいた。

しかしこうして死に直面するとその重要さ、重みがボクにのしかかる。

 

「……誰が、泣くか、よ……クソババア」

「あらぁ?汚い口の聞き方ね、クソガキ」

 

プレーノは挑発されボクの後ろから聞こえる彼女の声色から怒りが伝わってくるのが分かる。

すると急に背後からプレーノの気配が消え、数メートル先に彼女の姿が見えた。

 

「五月蠅いガキは早々に退場してもらおうかしらぁ」

「はぁ……はぁ…っ」

 

失敗すれば確実に死ぬだろう。

だが何もせずによりかは数倍ましだ。

 

「『[アルトルーガ]……目覚めの時よ』」

「(なんだ…?)」

 

プレーノは神器を撫で優しく語りかけている。

何をしているか、ボクは理解できずにいたが彼女の神器の異変に気づき、手に持っている自らの神器を強く握る。

 

プレーノの神器が光り輝く。

三又槍である事に変わりはないが先ほどとは違う方をした黄金の槍……外見より気になるのは、大きな力をその槍から感じるという事だ。

 

「これから死んじゃうムーくんにいい事教えてあげるぅ」

「……」

「神器はねぇ、"進化する"のぉ」

「し、んか……?」

 

聞いたことがない。アイテルからのそんな話は聞いていない……しかし彼女達は運命に選ばれし王として長年生きてきた。何よりこうして目の前でその進化とやらを見せられたのだ、信じるしかないだろう。

 

「さぁ、ばいばいの時間だよぉ」

「しねな、い……ボクは、死なない!!」

「さよなら!!あはははははは!!!」

 

プレーノはボクに向かって大きく槍を振りかぶると、驚異のスピードでぶん投げた。

ボクの体にその槍が風穴を開けるまで数秒。

 

 

それを受け止めるように、ボクは"笑みを浮かべ"両手を広げた。

 

 

 

 

 

──

 

 

side:プロ―ヴァリー

 

クラウズウォーム王国付近、ライラ平野

 

 

 

「各員、注意は怠るな」

「りょーかい」

 

リヴェルダの言葉に、ゆるーっとした態度でルオネスは答えた。

戦闘態勢に入るランツェに、相変わらずの謎の決めポーズをしているヴェルディ、そしてそれを呆れたように見るハイド。

 

対して、その相手をするのは人魚の女性だけで構成されたプレーノの従者達。綺麗に1列に並び、色違いのお揃いの服に統一された武器を持っている。

 

「僕らはカリビナ。プレーノ様の忠実なる下僕。僕はそのリーダーを務めるジーナという者だ」

「私はシャルル。早い別れになるけど精々楽しませて欲しいわ」

「あたい……ファント。それだけ」

「はいは~い!みんなのアイドルヴァリエラちゃんだよ!よろしく!」

 

カリビナはそれぞれに自己紹介をするとぺこりと頭を下げる。

リヴェルダはその様子に今から行われる戦闘に気を引き締めた。

 

「(強者の立ち振る舞いだな。何よりただの挨拶のような能天気さを感じるが、しっかり握っている三又槍とがアンバランスで異様に見える)」

「リヴェルダ隊長、戦闘開始の許可を」

 

ランツェが一歩前に出ると殺意むき出しの声で戦闘許可を求める。

相手は別だったが、エレムストの者に殺されたことには変わりはない。なにより自らの主が自分たちの仇のために遠くで戦っているのだ。

早いところ済ませて支援しに行きたいというのはランツェだけだはなく、プロ―ヴァリー全員の意思だ。

 

しかし、それは相手も同じこと。

 

「では、戦闘を開始す──」

「了解しました」

 

リヴェルダが完全に言い切る前にランツェはカリビナの元へ走り出す。

初めから自分の言葉など待つ気はなかったのではないかという程のスタートダッシュぶりのランツェを心配しながら、リヴェルダは大剣を軽く振るう。

 

「ハイド、ランツェの支援に回ってくれ」

「承知しました。全く、あのように一人が突っ走ると戦線が乱れるのですが……」

 

そう言いつつランツェの元へ向かったハイドを見送りながらリヴェルダはルオネスとヴェルディに視線を向ける。彼らも指示を待っている。

リヴェルダは考える仕草を見せ、にやりと笑った。

 

「俺達は好きに暴れるか」

「たいちょ~!最高の作戦!」

「指示を出されたとしても、どうせ我らは作戦など放棄して好きなように戦うだろうがな!がははは!!」

「だろうな。では、いくぞ!!」

 

三人で顔を見合わせ頷くと、一斉に走り出す。

リヴェルダが向かうのは──無論カリビナのまとめ役であるジーナ。

 

「はぁ…本当ならあのデュラハンと人間のコンビを殺したかったのだが、致し方ない」

「悪いな、俺で我慢してもらおうか」

 

ヴェルディの上段から振り下ろす大剣を、その細い腕で持つ三又槍が受け止める。

がちがちと刃が擦れあう音が聞こえ、リヴェルダは僅かに口角を上げる。それを不快に思ったのかジーナは更に槍を持つ手に力を籠め、リヴェルダの大剣を押し返した。

大きく飛び退きリヴェルダは大剣を構えジーナを見つめる。

何故笑っているのか、余裕の戦いだと思っての笑いなのかとジーナは舌打ちをした。

 

「いやなに、君を弱者と思い笑った訳ではない」

「ではなんだ」

「……こうやって久々に強者と戦えるのが嬉しくてな」

 

リヴェルダの言葉が本心だとジーナは理解し、そして笑った。

 

「あんたは、戦闘狂と言われないか?」

「どうだろうな。言われたことはないが、そうかもしれん」

 

互いに笑いあう。

ジーナは戦いの高揚感に喜びなど感じない。どちらかというと平和主義者だ。

しかし、目の前の男の心底嬉しそうなその瞳に、少し戦士として戦う喜びというものの片鱗に触れた気がした。

再び剣と槍が交じり合う。

己の全てをかけた、命をかけた戦いが始まる。

 

相性が従者達にも適応するという仮説は正しく、リヴェルダはジーナと対峙すると力が溢れるように感じた。

ジーナもそれを感じている、力が上手く出せないと。

 

「なるほど、プレーノ様が言っていたのはこれの事か」

 

それでも、ジーナは負ける気はしない。

プレーノが戦っているのだ、自分が負けるなど絶対にあってはならない事だ。

リヴェルダも自らの主に思い馳せていた。最初にムームアに着いて行けと言われた時は動揺したが、その時のアンディートの顔を見て分かったのだ。

 

「(俺も、覚悟を決めなくてはな……)」

 

ジーナはリヴェルダの雰囲気の変化を敏感に捉え、槍を突き出した。何が変わったかは分からない。しかしこれ以上何かされる前に潰した方がいいと攻撃のスピードを早める。

リヴェルダはそれを大剣を盾のようにして防ぐとジーナが槍を引いた瞬間に大きく横にそれた。

 

「──させん」

 

リヴェルダは空ぶったジーナの槍の柄を掴むとそれを強く引いた。

しかし、ジーナは槍を離さない。グンっと引っ張られてリヴェルダと距離が縮まるとその首を狙って大剣が大きく振るわれる。

 

槍を離さなければ大剣を避けるとこは出来ない。

 

──などということは無い。

 

「〈アイシクル〉」

 

ジーナがリヴェルダの腹部に向かって氷柱を放つとそれを避けるために槍から手を離す。その瞬間を狙いジーナがすぐに槍で付くとリヴェルダの腹部に突き刺さった。

 

「─ぐっ……!!」

「不利だとしても、勝つのは僕らの方だ」

 

ジーナは槍を引き抜くと再び突き出す。リヴェルダは素早く後退すると腹部から流れる血を見て笑った。

 

「少々侮っていたようだ。俺の悪い癖だな」

「なら改めるといい。まああんたの命は今日までだけどな」

「ではそうならないよう、努力する、かっ!!」

 

地を蹴ってジーナに向かうと大剣を振るう。大剣の攻撃は本来なら大ぶりな攻撃で隙が多いので避けやすい。しかしそう出来ない素早い連撃がジーナを襲う。

 

「(強者との戦いか…)」

 

槍でその連撃を受け止めながらジーナは軽く笑っていた。

 

 

「ジーナの方は邪魔しちゃいけなさそうね……と、いうわけで私の相手は貴方かしら?」

「らしいな。我が贄となるがよい、ふははは!!」

「うっわ……今からチェンジとかできない?」

 

ヴェルディから、「こいつ関わったらストレス溜まるタイプのやつだ」と直感で察したシャルルは早くも対戦相手の変更を願い出た。

だが当然却下である。

周りを見るともう皆戦い始めているし、回避するすべはないと分かったシャルルは覚悟を決める。

 

「じゃあ、死んでもらおうかしら」

「そう簡単には死ねんよ。我が闇の力を見よ!」

 

ヴェルディは左手に腕輪を嵌めると空に飛ぶ。

シャルルは攻撃備え構えた。自分から得意魔法を明かしてくれるなんて馬鹿じゃないかと笑いを堪えながら槍を握る。

 

「〈ホーリー・ミラクル〉ッッ!!!!」

「──思いっきり光属性じゃん!!」

 

シャルルは自らに放たれた煌めく無数の光線を、槍をぐるぐると回転させはじけ飛ばす。しかし完全に意表を突かれ、光線が数カ所その身を焼いた。

 

「心理戦って事ね…」

「どうだ!!我が闇の、闇の力は!ふははは!!」

「こ、こいつ……!!」

 

まだ言うかとヴェルディの心の内が探れずにいるシャルルは焦っていた。槍を構え、上空から見下ろすヴェルディを狙う。こちらも飛べばいいが飛行魔法は習得しておらず、しかしマジカルアイテムを装備する隙を相手が与えてくれるとは思えない。

ならば、脚力で全て解決させるのみ。

 

「くら、えぇ!!」

「す、スーパージャンプ!!」

 

地を強く蹴り飛び上がるとヴェルディに向かって槍を薙ぎ払う。惜しくも彼の服を少し掠ったぐらいだったが、シャルルはいけると確信した。

 

「なるほど…その程度の攻撃だけではなかろう?」

「ご名答、だけど貴方はそれを知らないまま死ぬわ」

 

シャルルは自分で自分に何言ってるんだとツッコミをいれていた。よく三つ編み眼鏡と言う容姿で勘違いされやすい、長年の悩みをシャルルは心の中で叫んだ──

 

「(眼鏡っ子だからって頭良いわけじゃないのよ!!)」

 

対して、強く睨んでくるシャルルのそのキラリと輝く眼鏡を見てヴェルディは焦っていた。先程シャルルは心理戦だと言っていた。それが原因だ。

そう、ヴェルディも心の中で叫んだ──

 

「(我は頭脳戦に向いていない!!)」

 

睨むシャルルに、同じく睨み返すヴェルディ。

2人とも相手の作戦が分からずに、ただ睨み合っていた。

 

「策に溺れ、私の手の上で踊るといいわ」

「我こそプローヴァリーの中でも知恵者と呼ばれる者。覚悟すると良い……!!」

 

嘘。大嘘だ。

相手が自分たちの情報を持っていないのをいいことに必死に頭脳派を演じる。シャルルは胃が痛かったが、ヴェルディも同じだった。

 

「「((つ、次はどうすれば……!?))」」

 

お互い、本来の作戦は『殴られる前に殴れ』だ。

シャルルは出来るだけ頭が良さそうに眼鏡をくいっと上げると不敵な笑みを浮かべる。自分の相手は最初はイカレたやつかと思ったが、うちのヴァリエラもああ見えて頭脳派だと思い出し、そういうタイプのやつは変人が多いのかと思考がそれていく。

プロ―ヴァリーの知恵者枠を勝手に偽って名乗って申し訳ないとヴェルディは心中で謝ると、マントをばさりと大袈裟に翻した。

 

「睨み合っていても拉致があかんな。<ジャッジメント・クロス>ッ!!」

「<パーゴス・ウォール>!」

 

輝く十字架の矢がシャルルの迫るが、それを氷壁で防ぐ。

が、プレーノに事前に言われていたはずの相性のことを完全に忘れていたシャルルはその氷壁が簡単に破壊されたのを見て焦りだす。

何故あんな中位魔法で自分の上位魔法を防ごうとしたのか、ヴェルディはその意味が理解できずにいた。ただのシャルルのミスなのだが、これも何かの策かと苦笑いを浮かべる。

 

「(今の笑いは何?まさか私が考え無しで戦ってるのバレてるの……!?)」

「(中々頭が回るようだ……どんな作戦かは全く分からんがな!!)」

 

迷宮に迷い込む。

互いに頭脳戦は得意ではないただの脳筋だとバレないようにする。それがシャルルとヴェルディの戦いだった。

 

 

ドカンと拳が地面に叩きつけられ地割れが起こる。ファントはそのまま手を地面に着けたまま逆立ち状態になるとぐるぐると回転しルオネスに回し蹴りを叩き込む。

 

「─ったぁ…!!その回し蹴り仕方には嫌な思い出しかないなぁ」

「なかなかすばしっこくて死なない、イライラする」

 

回し蹴りを腕で防いだルオネスはそこがビリビリ痛むのを感じ苦笑いを浮かべる。これはまずい、一撃一撃の重さに何度も食らっていたらそのうち口から内蔵が飛び出るのでは無いかという想像をしながらレイピアを構えた。

腹に一撃くらったのがまずかったなと勝つ方法を幾通りか考えると、痛みを堪えながら素早くレイピアを突き出す。

 

「そんな細い武器じゃ、あたいは殺せない」

「──なっ!」

 

レイピアを掴まれ、止められた。

ファントはそのままへし折ってやろうと力を籠めるが、ルオネスがレイピアを離し顔に拳を叩き込んだことによって阻止される。

鼻からでた血をファントは手で拭うとレイピアを投げ捨てた。

 

「ごめんね。ほんとは女の子の顔は殴りたくなかったんだけど……」

「自分の心配をした方がいい。あんたがあたいと肉弾戦で勝てるはずがない」

 

ぐっと腰を落とし拳を構えたファントは勝利が見えた気がした。

しかし、ルオネスは負ける気は一切ない。

自分の自信のある技を使おうとして、ある性格の悪い獣人のことを思い出しながらルオネスは笑った。あの時は「調子に乗ってんじゃねえぞ青二才が」と罵られたなと、今では懐かしい思い出だ。

 

「じゃあこれを……<ミラージュ>」

「……?」

 

ルオネスの輪郭がぶれ、そのままファントに何の小細工もないストレートなパンチを繰り出した。

剣士の体術などそこが知れている。ファントは余裕の態度でそれを腕で受け止めた……が。

 

「!?」

「いてて…殴った方もかなり痛いんだけど」

 

殴られたのは一度だけのはずなのに、感覚的には三度に感じた。

ファントは先ほどルオネスが使ったアビリタが関係していると分かり、だがそれでも自分には敵わないと確信を持つ。

 

「あたい、あんたみたいな人嫌い」

「そう?何が君の癇に障ったかな?」

「へらへらして、薄っぺらい…何も考えてない様な所」

 

さっきから殴っても蹴ってもこいつは笑みを絶やさないとファントは苛立ちを覚える。何がそんなに面白いのか、早くその笑みを消したかった。

 

「何も考えてない、ねぇ。それは君のお仲間の金髪ちゃんも同じじゃない?俺と同類だと思うけど」

「──あたいの…仲間を、馬鹿にするなぁ!!!!」

 

かかった。ルオネスは怒りに任せて振りわれるファントの拳や脚を簡単に避けるとすぐさまレイピアを拾い上げ三倍の連撃を放つ。

挑発する材料としては誰でもよかった。しかし人を侮辱するのは好ましいことではないなと嫌な気持ちになったルオネスは早く戦いを終わらせたかった。

 

「このっ、くそぉ!!ヴァリエラに謝れぇ!!」

「そんなに怒らなくても、ね!」

 

ビュッと鋭い音を立てたレイピアの突きがファントの脚を貫いた。痛い、痛いが止まることは無い。

仲間を馬鹿にされた、それがどうしても許せなかったのだ。

まだ笑顔のままのルオネスに拳を振るう。

 

「チェックメイト」

「──っ!!」

 

それはひらりと容易くかわされ、ルオネスが狙うのはファントの心臓。ルオネスも何度かファントの強烈な攻撃を食らっているため長くは持たない。その為この一撃で仕留めたかった。

 

しかし──

 

ルオネスは敢えてファントの腹部を狙った。

完全に、ファントを死ぬと思った。だがルオネスは貫けたはずの心臓をわざと避けた。理由は分からないが好機と至近距離に来たルオネスの顔に拳を叩き込む。

 

「─いったぁ……!!ぐっ…ぁ…」

「何を…考えて、いる?」

「さぁ?さっき君が言った通り何も考えてないよ。あ、それより俺の歯折れてない?大丈夫?」

 

いーっと歯を見せているルオネスは変わらず能天気に見える。

ルオネスの考えていることが、ファントには分からなかった。

 

 

「わっ、わっ!!」

「標的の負傷確認。私達の勝算、60%まで向上」

怒り。怒り怒り。

ランツェの中に渦巻くのはその感情だった。それはエレムストの者達にも感じるが、1番は──

 

「(私は、なんて馬鹿なのだろう)」

 

あのジュデリカという男に一撃も当てられず、大切な主を苦しめて復活した弱い自分に対しての怒り。

早く、早く汚名返上しなくては、見捨てられるかもしれない。

 

「勝算60%?ヴァリエラちゃんの事舐めないで欲しいなぁ!ぷんぷん!」

「こんな馬鹿そうなのにかなり頭が回るようですね……」

「そうです、こう見えてヴァリエラちゃんは頭脳派担当な~のですっ!!」

 

ビシッと敬礼をしてウインクをするヴァリエラにハイドは若干腹が立ちながら、まだ怒りに囚われているランツェを気にかけ軽く背を叩く。

 

「1人で突っ走るのはやめなさい、ちゃんと周りを…仲間を見てください」

「……分かった」

 

もっと自分を頼れとハイドは伝えたかったのだが、ランツェは言葉のまま周りを見渡し戦っているプローヴァリーの面々を見た。

みんな、思い思いに戦っている。私は自分のことしか考えていなかったのではないかとランツェは呼吸の必要ない体で深呼吸をした。

 

「ありがとう、ハイド」

「…どういたしまして」

 

僅かに微笑みヴァリエラに銃口を向けるランツェは勝利を確信した。

 

「プローヴァリーの勝算、100%です」

「ぷっちーん。ヴァリエラちゃんキレちゃったなぁ…!!」

「1人でキレてなさい。〈スパイラル・ウィンド〉ッ!」

 

ハイドが魔法を発動するとヴァリエラの足元から竜巻が起こり彼女の体を切り裂いた。しかし、それでも歩み出すヴァリエラに更にランツェが魔法弾を連射する。

ヴァリエラはそれを槍で弾くが、その槍を杖のようにして体を支えるとだらりと頭を下げ血を吐いた。

 

「まだ、まだ立てる。ヴァリエラちゃん、強い子……!」

「ええ、貴方は確かに、強いわ。物凄く。…でも私達よりは弱い」

 

トドメを、とランツェが剣に変形している右腕をヴァリエラの首目掛けて突こうとする。が、ピタリと動きを止めた。

 

「……?」

 

ヴァリエラは訳が分からず、ただ止まり一歩後ろに飛び退き自分を見つめるランツェと同じく何もしないハイドに戸惑う。

 

ランツェとハイド……二人だけではない。

プロ―ヴァリーは”ある時”を待っていた。

 

 

「そろそろ、勝敗は決する…なっ!!」

「俺も、そう思うよ」

 

五分五分の戦い。流石リーダーと言うべきか、不利な状況にありながらもジーナはリヴェルダに食ってかかっていた。

どちらも深手を負い、立っているのがやっとな状態。

 

そう、見せかけていた──

 

「『承知』」

「──ぇ」

 

リヴェルダが”何か”に返事をすると大剣を素早く振るった。

ジーナは一瞬理解ができなかった。

何が起こったのか、どうしてこんなに体が軽く感じるのか、視界が回る回る。

 

リヴェルダは首のなくなったジーナの体を見ながら大剣を振り血を払った。

本来なら生きるか死ぬかの真剣勝負がしたかったのだが、自分の我儘のせいで''作戦''を台無しにする訳にはいかない。

 

「上手くいっただろうか……」

 

今だ上空で戦っているであろうムームアの方に顔を向けながら、リヴェルダは勝利を願った。

 

 

 

 

 

 

 

何故まだ笑っていられるのか、ワタシには理解できなかった。しかしもうムームアは死ぬ。進化した神器の一撃は簡単に防げるものでは無いし、それに加え彼は瀕死の状態にあるのだ。

 

「『今だ!!』〈トゥール・カウンター〉ッッ!!!!」

 

しかし、ムームアの体に接触する前に彼は上位のカウンターの魔法で神器を跳ね返す。

神器はワタシに向かって飛んでくる。それにムームアはニコリと笑みを浮かべた。

 

「ばいばいするのはそっちの方だったみたいだね」

 

彼は、これを狙って。だから笑っていられたのか。

ああ、気づいた時にはもう遅かった──

 

 

──なぁんてねぇ、笑っちゃう。

 

 

このガキは神器は体内に仕舞えると忘れているのか。

本当に愚かで哀れな子供だ。死ぬのはムームア、それは変わらない。

どんなに策を練ろうとも結局ワタシは勝てない、馬鹿な彼に笑ってやる。

 

 

「(体に触れる瞬間体内に戻せば……)

 

ぁ、ぁああ゙ぁああッっ!!!??」

 

 

─激痛。叫び声を上げたのは、ワタシ?何故?何故なぜ?

神器が、ワタシの腹部に刺さっている?

何故、何故だ?この首の死ぬほど強烈な痛みは…?

 

死ぬほど?

 

「が、はっ…ぁ……ころした、なぁ…!!ワタシの、ワタ、シの可愛い、子供をぉ!!」

「従者じゃなくて、自分の心配したら?…『あーあー、聞こえるかなリヴェルダ隊長。作戦成功だよ』」

「さ、作戦?なんで、なんでこんな事にぃ……!!」

 

嗚呼、最初から、最初からだったのか。

ワタシが跳ね返された神器を体内に戻すことなど当然知っていて、丁度そのタイミングに従者を殺し痛みで意識を逸らすことによってそれを阻止した。

 

あの挑発に誘導させられた時から全ては……

いや、それ以前から──

 

「いやぁ、調子乗ってるから神器でトドメ刺してくれると思ったよ。まぁこれは数ある作戦の1つでしか無かったけど、成功してよかった」

「ぁ、はぁ…ぁ……死にたくない、ワタシは、ワタシ、は……!!」

 

体が徐々に灰色に変わっていく。

これが死。運命に選ばれし王として超越した力を持った者の末路。

飛行する力さえ出せくなったワタシは落下していった。

 

必死に手を伸ばす。

死にたくない、死にたくない死にたくない──

 

ボロボロと崩れ落ちていく肉体に恐怖を感じる。

ワタシは今度は何を間違ったのか。

 

''プレーノ''になってもワタシは変わらなかった。

 

誰か、誰でもいい、誰か……!!

 

 

「ワ、タシの名を…呼ん……で……」

 

 

 

誰にも届かなかったワタシの言葉は、その身と共に風に消えた────

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ、ああ、プレーノ様!!プレーノ様!!」

「そう…あたい達は、負けたのか……」

「…プローヴァリー、楽しかったわ。…さようなら」

 

先程まで対峙していたプレーノの従者達が光の粒となり消滅していく。プローヴァリーの面々はそれを見送り、まだジーナの遺体があった場所を見つめたままのリヴェルダの元へ集まった。

 

「これで……良かったのだろうか」

「わざとトドメを刺さないでいたことが?」

 

リヴェルダの問いかけに、ルオネスは聞き返す。それに頷いたリヴェルダは、手加減したということがどうしても納得いかなかった。

 

「勝つための作戦とはいえ、戦士として全身全霊で挑みたかった。単なる俺の我儘だが、な……」

 

みな、リヴェルダの性格は分かっている。彼にとってそれは辛いことだったのだろうと思いながら、それでもとハイドはリヴェルダに言う。

 

「僕には戦士の生き様どうこうは分かりませんが、死ぬよりマシだと思いますよ。僕達には死んだら悲しんでくれる慈悲深き主がいるのですから」

「シヴァ王に従う、アンディート様からの命令。だからそれは正しい行動」

「そうだよ、僕らは──ん?なんだろアレ」

 

ルオネスが上空を見上げじっと目を凝らしている。

あの灰色の髪に紺色の服を着た少年は……

 

「隊長!!空からシヴァ王様が!!」

「う、受け止めろ!!」

 

落下してくるムームアをルオネスが位置を確認しながらしっかりとキャッチした。

目を瞑り、今にも息絶えそうなムームアを見て皆が慌てふためく。

回復系のマジカルアイテム、魔法、アビリタを駆使して傷を癒し、青ざめていたムームアの顔色がほんのりピンク付くとみんなで安堵の息を吐いた。

 

「──ん……ぁ、死んでな、い…?」

「ええ、生きておられます」

 

ムームアの言葉にすぐにリヴェルダが返事をすると、ムームアは笑い出す。

何事かとプローヴァリーの面々はその笑いの意味を理解出来ずにいたが、ムームアはまだ笑って、そして…泣いた。

 

「シヴァ王様!?まだ何処か痛みますか!?」

「痛いよ、痛い。どこもかしこも……」

「申し訳ございません。しかし治癒の限界が──」

「これが…生きてる、証なんだ。あー…痛い」

 

ルオネスに抱えられたまま、ムームアは暫く静かに涙を流した。ムームアはごしごしと涙を拭うと、「泣いてばかりだなぁ」と小さく呟きルオネスに降ろすように言う。

 

「『ワタシの名を呼んで』……ねぇ」

 

ムームアは瞳を閉じ、まだ痛みが残る腹部を抑えながらプレーノの事を考えていた。最後に彼女が言った言葉の真意は分からない。

しかし散り際のプレーノの表情は''本当の彼女''だった気がしたのだ。

初めて彼女と会った時から何か小さな違和感は感じていた。どこか歪みがあると。

彼女がどんな人生を送ってきたのか、最後に何を思ったのかは知らない。

 

自分達はそれを乗り越えて進むだけだと、ムームアは目を開いた。

 

「それにしても驚いたよ。神器に次の段階があるなんてね」

「次の段階、とはどういう意味でしょうか」

「戦ってるとき聞いたんだ、神器は進化するって」

 

体内から神器を取り出すと、それをじっと見つめる。

ただのなんてことない黒のシンプルな形をしている。あの時彼女は呼びかけていた。

 

神器の眠る力を呼び覚ますように。

 

「う~ん…進化!」

 

しかし、神器は何の反応も示さない。

ムームアは神器をぺちぺちと軽くたたくと、上下に激しく振ってみる。

プロ―ヴァリーは神器の進化を見ていないので何のアドバイスもできずにただ見守っている。それにアドバイスをしたところで「うるさいなぁ、今やろうとしてたんだけど!」と怒られるのは目に見えているので何も言わない。

 

暫く呼びかけたり、発砲したり、念じてみたりと試行錯誤したが神器のうんともすんとも言わない様子に、ムームアのストレスはマッハだった。

 

「『ボクの相棒なら本領を発揮して見せろ!!』」

 

半ギレなムームアの呼びかけに、神器は輝き始めた。

プロ―ヴァリーが見守る中、黄金に色づき形を変え始めた神器をムームアは嬉しそうに期待に満ちた目で見つめる。やがて変形は収まり、両手で構えるサイズの銃が出来上がる。

 

「う~ん、あんまり金ぴか過ぎるのは好みじゃないなぁ。あんなに頑張ったのに」

「しかし進化は成功したようですね。おめでとうございます」

「ありがと。でも形は大きくなったけど、威力は……」

 

ムームアはそう言うとリヴェルダに銃口を向ける。

一瞬でピリッとプロ―ヴァリーの出す雰囲気を見てムームアは満足そうにすると、神器を元の状態に戻し体内にしまう。

 

「仲間の為なら、自分の主の命令に背くの?」

「いえ、そのような事は──申し訳ございません」

「いいよ別に。逆に何の感情も無かった時の方が不快だよ」

 

意地悪してごめんねといたずらっ子の笑みを浮かべるムームアを見て、プロ―ヴァリーは安堵から体の力が少し抜けた。最後まで遊ばれてばかりだ。

 

「(レナータとアンディートは大丈夫かなぁ……)」

 

少々不安に思う気持ちもあるが、先に言うべきことがあるなと並んだプローヴァリーを見た。ムームアはぎゅっと首に提げた懐中時計を握りながら、拳を掲げる。

 

「ボクらの勝利だ!!」

 

高らかに宣言したムームアは、いつも通りの生意気な笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 







前回からおよそ5ヶ月空きができてしまいました!!申し訳ない!!
私も書く気になったのはいいのですが、「あれ、展開どうしようとしてたっけ?」「今までどんな話の流れだっけ」と読み返して書き始めました()
多分作者の私が忘れてるのに読者のみなさんが覚えてるはずがないと思うのでちょっと説明します。

間に入ったスフィーダの塔での回想シーンは、4話でアンディートがアイテルに会ったあとレナータ、ムームアに連絡をとった時の話です。
自分の国を襲った王では無く相性が有利になる王と戦うという話になり、3人とも不満に思っていましたが、仕方がないだろうと諦めムード。
しかしレナータは考えがあるのか、「私は──」と何かを言いかける。
みたいなのが4話の終わりでした。

従者を交換するのはちょっと無理があるのではと思ったんですがどうしてもやりたい事があるんですよね。なのでこんな感じに。

プレーノはプレーノという名ではなく、その姉でしたね。
姉と言うだけで全て押し付けられるその役に嫌気がさしたのと、そして自由な妹への憧れもあり運命に選ばれてからプレーノを名乗るようになりました。

ここまで読んでくださりありがとうございました!!
次回はジュデリカ戦になる予定です!!


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vsジュデリカ・アグニ

「こっち方向であってるよな」

「はい、問題ございません。確実にこの方角にエレムストのスフィーダの搭があります」

 

飛行しながら背後から聞こえるサージェからの返事に俺はそうかと短く答えると、搭を目指して飛ぶ。

勿論目的はあのクソ野郎、ジュデリカ・アグニを殺すことだがこうして搭に向かうのには理由がある。飛行するスピードを速め、ドルヴィルド王国付近に来ると俺に向かって何かが猛スピードで飛んでくるのが見えた。

 

「来たか!」

 

素早く回転しながら向かってくる見覚えのある大斧を避けると、それは弧を描いてある人物の手元に戻った。少し上空からこちらを見下ろす金髪のエルフ。

 

「久しぶりだな、ジュデリカ・アグニ」

「アンディートじゃねぇか!会いたかったぜぇ?ははははは!!!」

 

気安く呼ぶなと思いながら、楽しそうに斧を振っているジュデリカを睨みつける。その意味を理解したのか、ジュデリカは挑発的に笑うと俺の後ろにいるレナータの従者達、キーパーソンを眺めた。

 

「あのオートマタの従者は復活させなかったのか?ご愁傷さまぁ」

「お前にはもう関係ない。話は終わりか?」

 

俺が怒らないのがつまらないのかジュデリカは「ふーん」と呟くと、斧の先をキーパーソンに向ける。

 

「そいつら殺せば、またあん時みたいに怒り狂ってくれるか?」

「させるかよ、その前にお前が死ぬ」

「威勢がいいな、気に入った。やっぱりてめぇとはいい友達になれると思ったんだ!!」

「は?」

 

友達?何を言っているんだこいつは心底不快に思いながら俺と同じ目線まで降りてきたジュデリカを見ながら、唾でも吐き掛けてやろうかとまたこいつの挑発に乗りそうになる。

 

「なあ、ヴィシュヌ王とシヴァ王裏切ってオレ達の仲間になれよ」

「……お前本気で言ってんのか?」

「あ?当然だろ。こっちはアイテリアより楽しいぜ?」

 

アズモンド王国をあんなに破壊して、俺の従者を傷つけて……こいつはイカレている。

こいつは本気で俺を仲間にしようとしている、先程の挑発とは違うというのが表情から分かる。

自分も相当頭のネジが外れてると思っていたが、こいつは比じゃない。

困惑している俺にでさえ不思議そうにしているその様子に、僅かに恐怖すら感じた。

 

「好き放題暴れまわって、たまには戦って遊ぼうぜ!ぜってぇ楽しいか──」

「ふざけんじゃねぇ!!」

「…なんでそんなに、怒るんだよ……」

 

先程まで愉快そうにしていたジュデリカは急に声のトーンが下がった。

静寂から……怒り。ジュデリカは斧を振り俺を斬ろうとしたが、エルバトが俺に触れアビリタを使い瞬時に大きく後退できたおかげで避けることができた。

 

「わりぃな……」

「いえいえ、レナータ様からのご命令ですから!」

 

従者の元へ戻ったジュデリカは叫びながら彼らを殴っている。それを宥める従者達。

まるで──

 

「大きな子供のようですね」

「……だな」

 

サージェが言ったことに納得する。

癇癪がおさまったのか、ジュデリカは暴言を吐きながらこちらの出方を伺っている。

俺は神器を取り出すとジュデリカに背を向けキーパーソンに命令を出す。

 

「相手の従者を全力で殺しにかかれ。そして誰一人死ぬな。以上だ」

「畏まりました」

 

サージェが深々と頭を下げたのを見て、俺はジュデリカの方に向かう。互いが全速力で飛行して武器を振りかぶった。

 

相手まで10m──6m──2───

 

「もらったァ!!」

「──なっ!?」

 

上空。予測していない場所からの攻撃に思わず声を上げると振り下ろされたメイスを薙刀で防ぐが、その剛力に気づいた時には空から地に落ちていた。

強く地面に叩きつけられ、頭を打たなくてよかったと体を曲げ飛び起きる。

 

「なんて野郎だ…いや、今のは女だったか……?」

「ウチのがわりぃ事したな、一騎打ちの殺し合いに水を差すなんてなぁ。後でシバいとくから勘弁してくれよォ?」

 

ふわりとジュデリカが地に降りると上空を見ながらそう言った。本来なら俺が空で、従者達が地で戦う予定だったが、まあどちらでも変わらないだろうと薙刀を構える。

 

「に、しても……フィールドが狭ぇと思わねぇか?」

 

確かに落ちたのは森の中。特に整備されている訳でもないので木が生い茂っている。身を隠しながら戦うかと思案しているとジュデリカはニヤリと笑い両腕を広げる。

 

「〈魔法強化Lv5〉、いくぜぇ…〈ラース・バースト〉ォッ!!!」

「──〈瞬間回避〉!!」

 

ジュデリカを中心に闇の塊が大爆発を起こした。

俺はアビリタを使い回避しようとしたが、強化されたLv5の魔法は流石に無傷という訳にはいかずに黒い炎で火傷を負う。

辺一面の木は消し飛び、「これで広くなった」と笑ったジュデリカに、そんな事の為にあの魔法を使ったのかと苦笑いを浮かべる。

 

「自分から無駄に魔力減らしてくれるなんて、優しんだな」

「礼には及ばねぇ、ハンデってやつだよ」

 

調子に乗ってくれてありがたいとコートからマジカルアイテムを取りだす。ある魔法が込められたクリスタル、それを使用するとクリスタルは砕けて破片が光の粒となり俺の体に吸い込まれる。

ジュデリカはそれが何か特に興味はないようで、ただにやにやと俺を見つめていた。何をしようと自分には勝てない、絶対の自信が口に出さなくとも感じ取れる。

 

「もう小細工は終わりかぁ?いくらでも待ってやるが」

 

鼻で笑うジュデリカに薙刀を構えることで返事をする。

”あれ”のタイミングを間違えなければ計算上は勝てる…などという事はなく、正直言うと自信がない。アズモンド王国で戦った時、俺は手も足も出なかった。

 

「(それでも、負けていい理由にはならない…!)」

「こねぇなら…こっちから行く、ぜっ!!」

 

ジュデリカが踏み込むと、一歩だけでもう攻撃範囲内に入った。

狂気的な笑みを浮かべながら斧を振り回す姿はまさに狂戦士、一撃一撃が重く少しかすっただけでも大ダメージを負うだろう。

俺はそれを後退し避けながら反撃する機会を伺う。

 

「おらぁ!逃げてばっかか!?」

「<流水乱舞>」

 

加速した動きでジュデリカの背後に回ると突きの攻撃を放つが、後ろに目でもついてるのかと疑うほどに素早く防がれる。しかしそれも想定済み、大ぶりなジュデリカの反撃を飛び退き回避すると次の手に出る。

 

「<能力向上>、<残像剣>」

 

今度はこちらの番だと薙刀を回転させながら斬りつける。加速の状態に加え、基礎能力が大きく上がった状態での二重の攻撃。最初は斧で防いでいたが、それも追いつかなくなりついにジュデリカの身に刃が届く。

と、言っても頬にかすり傷を付けた程度だ。ジュデリカは刃を弾き返すとゆっくりと傷に触れた。

 

「──は?オレに、オレ様の体に………コロス」

「そんなの怒ってたらこの先持たねえぞ」

 

誰かに傷を負わされるという事がないのだろう、ジュデリカは眉間に皺を寄せ俺を睨んだ。

先程の技でもう少しダメージを与えるつもりだったのだが、頬にかすり傷だけかと自嘲する。

まだ得意とするアビリタを一回も使わずに戦っているジュデリカだが、本気を出す気になったのか身体強化系のアビリタを数種類使って満足げに頷く。

 

「遊びは終わりだ。肉塊にしてやるよ」

「望むところだ」

 

無謀だと言えるだろう、自分でもそう思う。それでも勝たなくてはならない。

同じように戦っている仲間のことを思い、俺は薙刀を強く握り直した。

 

 

 

 

 

 

 

side:キーパーソン

 

ドルヴィルド王国付近、リグ大森林上空

 

 

 

「では、作戦通りに」

 

サージェは皆が頷くのを確認すると対戦相手を見た。

アンディートを森に突き落とした赤い鎧の女戦士、ザミグラ。ただぼうっとしている青髪の少女、フランム。両手をつなぎくるくると楽しそうに回っている仮面の双子、サリー、リツカ。そして──

 

「ねぇテゾールさん。レナータ様が言ってたのってあの人じゃないですか?」

「確実にそうでしょう」

 

そっくりの怪しげな微笑のままずっとテゾールを見つめる白髪に黒のメッシュが入った獣人、シュティー。

アノルマと搭であった日、レナータにジュデリカの従者の中にテゾールに容姿がそっくりな獣人がいると聞かされていたテゾールとエルバトはその姿を見て確信した。

するとシュティーは仲間は誰も引き連れずにテゾールの傍まで近づいてくる。

 

「おっと、馬鹿なんですかね?それともわざわざリンチされに来たドМですか?」

「その毒舌ぶり、やっぱり兄さんだ」

「気安く兄などと呼ばないで欲しいですね。貴方など知りませんよ」

「もしかして兄さんはシーヴィータ持ちじゃないんですか?残念だなぁ」

 

話聞いてねぇのかこいつと思いながらテゾールは自分を兄と呼ぶ目の前の男に、確かに懐かしい気持ちを感じた。しかし兄弟だったからと言って殺すことに変わりはないと武器を取り出そうとする。

しかしシュティーは「それより」とある一人の人物に目を向けると、先程とは違う種類の笑みを見せる。

 

「貴方かなり俺のタイプな容姿してますね……もしかして兄さんの恋人ですか?」

「……は?」

 

キーパーソンの誰もが一瞬脳内処理が追い付かなかった。

一番混乱しているのは言われた本人、エンドだ。

 

「いや、違う」

「そうなんですか?俺と兄さん好みのタイプほぼ一緒だったので、絶対そうだと思ったんですけどね」

「ああもう我慢ならねぇ……殺す!!」

 

武器をナイフ状にしてテゾールは素の口調でそう叫ぶとシュティーに斬りかかる。

シュティーはそれをダガーで受け止め、もう片方にも持ったダガーで反撃するとにこりと笑った。その笑みに更に腹が立ち、テゾールはナイフをシュティーの顔に向かって突きを放つ。

それを二本のダガーで受け止めたのを見て、テゾールはシュティーの腹に思い切り蹴りを入れた。

 

「あいつの始末は私がしますので、あとよろしくお願いしますね」

 

テゾールはそう言うと吹っ飛んで行ったシュティーを追いかける。

ぽかんとしながらキーパーソンの面々はそれを見送り、サージェが咳ばらいをした。

 

「気を取り直して、残っている人達をどうにかしましょう」

「えーっと、誰が誰の相手するんだっけ?」

 

アタリルが早く戦いたいとそわそわしながらそう言うと、サージェは溜息を吐き再び説明した。

 

 

「おれの相手するのはお前らカ。残念だったなぁ、死亡確定ダ」

 

ザミグラは愉快そうに笑うとメイスを軽く撫でる。どいつもこいつもこれでただの肉の塊にしてきた。運命に選ばれし王の従者でも一ミリも負ける気がしない。

 

「慢心は失敗を招く、死ぬのは貴様の方だ」

「よ~し、頑張りましょうっ!!」

 

対してアルマは臆すること無く大剣を構えると、後方に控えるエルバトに意識を向ける。八歳と言えど従者だ、いつもの様に呑気そうに見えるが発する雰囲気が違う。

睨み合いが続く──等という事はなく、ザミグラは地を強く蹴り距離を詰める。メイスを振るうと、アルマはそれを体を捻り避けそのまま回転を加えながら大剣で斬りつけた。そこに加え、エルバトの槍での突き。

 

「<ヴィガール>ッ!!」

 

しかしそれは強化されたザミグラの鎧に弾き返された。小さく舌打ちをしたアルマは一旦後ろに下がる。それと交代するようにエルバトが前に出ると突きの連撃を放つ。金属音を鳴らしながらそれは容易く鎧に弾かれたのを見て、ザミグラは笑う。

 

「そんななよっちぃ攻撃、おれには通らないんだよォ!!」

「そうみたいですね……」

 

ザミグラの鎧はランク5の物だ。強化系のアビリタを使用した状態の彼女の鎧に掛かればほとんどの攻撃が弾かれるだろう。傷一つ付いていない新品同様の鎧。それはザミグラによって自慢できることの一つでもある。

 

「お前らはここで終わル。おれは無敗の戦士ダっ!!」

 

勝利、ザミグラの脳内にあるのはその二文字だけだ。

彼女はテイラーの中でも随一の破壊力を有す。力を最重視するジュデリカがテイラーのリーダーを任せたのはそれが理由でもある。

力こそ全て。そのザミグラが振るったメイスに当たればどうなるかなど、容易く想像できる。

 

「エルバト、お前は絶対に回避しろ。いいな」

「了解ですっ」

 

ブンッとザミグラがメイスを振ると、アルマはそれを大剣で受けた。その重さに耐えきれずに押されたアルマは踏ん張り宙で止まる。

エルバトがこれをくらったらひとたまりもないなと素早く髪飾りを取りだし頭に付けると、アルマの腕と足の部分が薄く光り、その光が収まるころには白い鎧を装備していた。

 

「鎧を装備したぐらいで変わんねェ!!結局はおれのメイスの餌食になるんダ!!」

「私の鎧は簡単には砕けんぞ」

 

アルマは堂々した態度で大剣をザミグラに突き付けた。エルバトが何故か自分のことのようにドヤ顔をしながら、自らにアビリタをかけ始める。

 

「<回避能力向上><影武者>」

「行くぞっ!!」

 

二人同時にザミグラに攻撃を仕掛けた。左右から挟み込むように斬りつけるとアルマとエルバトの刃がぶつかり、ザミグラの姿が消える。

すると背後から気配を感じ、エルバトの頭上にメイスが振り下ろされる。

ザミグラは、死んだなと確信してにやりと笑った。しかし、エルバトの頭が潰れた──と、見えたがその輪郭がぼやけて消える。

 

「さっきのアビリタの効果……!!」

「正解!!」

 

びゅっと突き出された槍の攻撃をメイスで受け止めたザミグラは、アルマの姿が見えないことに気づきすぐに飛び退いた。

 

「遅いっ!!」

「なっ──」

 

不意打ちの一撃。鎧すら裂くアルマの斬撃がザミグラを襲う。

従者にとって主人からもらった衣服、装備は何よりも大切なものだ。その鎧に傷がつくどころか破壊された……そのことにザミグラは激怒した。

 

「おま……おまェ……!!」

 

怒りを乗せたメイスを振るう。ザミグラはフルプレートを纏っているにも関わらずに身軽な動きでアルマに接近するとその横腹をメイスで殴った。

 

「──がぁっ!!」

「アルマさん!!」

 

肋骨が折れただろうが、それでもアルマは剣を離さない。

体は宙を舞い、猛スピードで吹っ飛んだ。しかし何かに受け止められる。

 

「おっと、アルマ?大丈夫か?」

「ディーフェル……すまん、邪魔をしたな」

 

口の端から流れた血を拭うとアルマは回復魔法を使い傷を癒しながら、再びザミグラの元に向かった。

 

──

 

それを見送りながら、ディーフェルは隣にいるアタリルに視線を向ける。

 

「苦戦してんのかな?」

「うーん、してたとしても倒せるよ。信じよう」

 

それに頷きにかりと笑ったディーフェルを確認すると、アタリルは拳を構える。

狙うは傷つきながらも楽しそうにしている双子。

サリーとリツカは手を繋ぎながらひそひそと耳打ちで何かを話しては笑っている。

二人でこくこくと頷くとこちらを向いた。

 

「ねぇ、戦うの止めにしない?」

「止めにしない……?」

 

アタリルとディーフェルはそれが本気で言っていると二人の様子から察すると、互いに顔を見合わせた。

サリーもリツカも、戦い始めてからずっと遊んでいるのだ。避けられると分かっている攻撃をわざとしたり、無駄にこちらの攻撃を受けてみたり。

その行動は、二人の絶対的な自信からくるものだった。

 

「ジュデリカ様が勝利なさるんだから、この戦い、意味ない……」

「いみな~いっ」

 

サリーとリツカは手を繋ぎくるくる回って笑う。

自らの主人が必ず勝つと信じるからこそのお遊び。それを知ったことで最初にキレたのはアタリルだった。

 

「だからふざけて戦ってたのね……自らの主人を信じる気持ちはわかるけど、その主人が戦ってるさなか任務を放棄するなんて笑っちゃうわ」

「お前らも俺らを殺せって命令されてんじゃねぇのか?」

 

「確かに」と言いながら双子はきょとんとすると、改めて武器を握りなおした。

ジュデリカには「楽しんで殺せ」と言われており、自分たちはまだ「楽しむ」という事しかしていないなと反省した。命令違反をしたいわけではない、今度実行するのは「殺す」だ。

 

「今度は本気!!」

「今度は本気……」

 

二人は手を離すと頷きあい、そしてアタリルとディーフェルに攻撃を仕掛ける。

サリーの斬りつけをディーフェルが盾で受け止めると、アタリルは大きな手甲をはめた手で殴ろうと振りかぶる。

 

「サリー!!」

 

サリーを庇うようにリツカは前に出るとバックラーを構える。

衝撃。その勢いにサリーごと後ろに吹き飛ぶと、途切れそうになった飛行魔法をかけなおす。

 

「リツカ…ごめん……」

「大丈夫!!反撃するよ!!」

 

アタリルの拳を避け、サリーの剣がアタリルを切り裂く。ディーフェルは盾でサリーに突撃すると、怯んだサリーに拳が炸裂した。

 

「〈チェンジ・ラージェ〉ッ!!」

 

リツカが魔法を使うとサリーとリツカの位置が逆転する。リツカはアタリルの連撃をバックラーで受け止めるが、そう長くは持ちそうにないとサリーに視線を送った。

 

「ぁああっ!!」

「おっと、〈スポット・ライト〉!!」

 

サリーの攻撃がディーフェルにしか向かなくなり、舌打ちをしながら剣を振るう。自分の全力を叩き込んでもディーフェルの盾を突破することはできない。

ディーフェルは盾でサリーの剣を弾き返すとにやりと笑う。

 

「お前達も最高のタッグだが、俺達には敵わないみたいだな」

「……そんな…そんな事ない!!」

 

リツカの方を見ると必死にアタリルの攻撃を受け止め、そしてついにバックラーを弾き飛ばされた。そしてタイミングよくディーフェルのアビリタの効果が切れてサリーは覚悟を決める。

 

「(リツカを失いたくない──)」

「……サリー?」

 

リツカに手を伸ばしたサリーを見て、リツカは胸騒ぎがした。小さくサリーの名を呼ぶと、彼女は珍しく笑顔を浮かべている。

 

「<チェンジ・ラージェ>‼」

 

サリーとリツカの位置が変わる。

相手を殺すための本気のアタリルの拳を、サリーはノーガードで受けた。本気で戦うと決めたからこそ、それは遊んでいた時よりも痛く感じた。

アタリルの拳は止まらない。連撃がサリーを襲うが防御をすべてリツカに任せているサリーはそれを防ぐすべがない。

 

駄目、駄目。死んでしまう。

 

リツカは焦りながら、完全に舐めてかかっていたことを後悔する。

しかし気づいたときにはすべて手遅れだった。

 

「リ、ツカッ!!」

「──っ」

 

サリーはリツカに持っていた剣を投げる。

それを受け取り、トドメとアタリルが放った渾身の拳でサリーは意識を手放した。

きらきらと輝きながら落下していくサリーは光の粒となり、消滅した。

死んだ。大切な自分の片割れが死んでしまった。

リツカはその現実が受け入れられず、茫然としてしまう。

 

「ぁ……ああ……サリー?」

 

いつも一緒だった。ずっと、今までも、これからもそうなのだと、そう思っていた。しかし現実は違った。リツカの手にあるのは自分のバックラーと、サリーの剣。リツカとサリーは二人で一人。だが、今は違う。

 

「そうか、そうか……もう一人で戦わなきゃいけないんだね」

「敵に同情なんてしたくないが……」

「あたし達も彼らと似てる、しょうがない事だわ」

 

アタリルは拳を構える。寂しいのならすぐに葬ってやろう。彼らの敵としてできるのはそれぐらいだ。リツカは仮面を投げ捨てると叫びをあげアタリルとディーフェルに立ち向かった。

リツカは分かっている、この二人には勝てないと。

それでも逃げてはいけない戦いがこの世にはあるんだと、初めてそう思った。

 

──

 

その咆哮は勇ましく、それが聞こえたエンドはぴくりと耳を動かした。

相手からしたら不利な相性の悪い戦い。プローヴァリーとの戦いを思い出す、と横で自分を睨んでいるサージェに気づき慌てて杖を握りなおす。

 

「よその心配をしないで自分の心配をしたらどうですか?」

「ああ、悪かった」

 

フランムはそれをみながら苛立っていた。というのも、こちらは瀕死の状態で、自分のことなど蚊帳の外とでもいうかのように話をしているのが気に入らない。

エンドとサージェは強い。

エンドの支援魔法にサージェの強力な魔法、何よりどちらも頭が回る。

自分がいかに力の強さだけで戦ってきたか痛感していた。どう攻撃しようが、どう防ごうが、それが全て二人に読まれている。

 

「まけ、ない。うちは……負けない」

 

フランムに対して二人が向ける感情は、無だった。

力だけで勝てるほど、この戦いは甘くない。彼女はそれに気づくのが遅かった。

手の内の読み合いならキーパーソンの中でサージェに勝る人物はいない上に、その次に頭の切れるエンドの多彩で的確な支援魔法でのサポート。

単にフランムは相手が悪かったのだ。

 

「お前達がここにいるという事は、ヴィシュヌ王はアノルマ様のところへ向かった」

「それがどうかしましたか?」

「……」

 

それならば、あの自らの主すら認める最強の運命に選ばれし王ならヴィシュヌ王ぐらい容易く殺せるだろうと、フランムはその時を待つしかなかった。このまま戦っていればフランムの敗北は明白だ。

しかし、ヴィシュヌ王が死んで彼らが消滅するまで耐えきれば──

 

「お前の考えていることは分かる。しかし残念だが俺達の主人が負けることなどない」

「アノルマ様の恐ろしさを分かっていないからそんなことが言える」

 

エンドもサージェもレナータからアノルマに助けを求められたことを聞いている。初代スーリヤ王という長寿にも関わらず長年周りを騙せるだけの演技力は称賛に値するが、それだけだ。どれだけの力を持とうが、レナータには勝てないと二人とも確信を持っていた。

 

「最後までこない救いを待ちながら死になさい」

「──っ」

 

エンドが後ろに下がると、サージェは召喚した天使でフランムに攻撃を仕掛ける。

飛んできた天使を殴り、蹴り、破壊しても次の天使が来る。無限湧きとはこういう事を言うのだろうかと思いながら攻撃を受けながらも次々向かってくる天使を殺し尽くした。ボタボタと拳から血が流れるが、もう回復ポーションは切れてしまっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

サージェの魔力をマジカルアイテムを使い確認するが、余裕な態度の割にはもうレベル5の魔法を一度撃てる程しか残っておらずフランムはそこに希望を見出した。

しかし勿論サージェは自分の魔力量を考えずに魔法を使ったりはしない。作戦は幾通りもある、これはその中の一つに過ぎないのだ。

 

「早々に殺して味方の支援に回りましょう」

「そうだな」

 

慈悲はない。

エンドもサージェもプローヴァリーとは時折交流があった。その中でいかにアンディートが従者達のことを大切に思ってきたのかは知っているつもりだ。そしてプローヴァリーの面々がその主に似て優しい事も。

しかし、ランツェ・ファードの命はジュデリカによって奪われた。

同じ従者として、そして仲間として怒りを感じずにはいられなかった。いくら復活できたからといってそれが許されるはずがない。

 

「命は命で償ってもらいましょうか」

「〈攻撃魔法威力強化〉〈能力向上〉」

 

──せめて一撃で仕留められるよう、全力の一撃を。

 

「〈コスモ・エクスプロード〉ッ!!」

「ああ……ジュデリカ様──」

 

全てを消す大爆発。それにフランムは耐えきれず、光の粒となり消えていく。

最後に思い浮かべるのは、愛しい主人の姿、そして……何故か殺しあう仲だったテイラーのメンバーだった。

 

「さて、私達の役目は完了しました」

「後は……」

 

エンドとサージェは周りを見渡した後、ある場所に視線を向けた。

 

──

ナイフとダガーの刃が交じり合う。似た顔をした二人の獣人が、命を懸けて戦っていた。それを離れた場所からルポゼは見ていた。

最初は邪魔してはいけないと思ったが、仲間の傷つく姿に耐えきれず加勢したのだ。

 

「(テゾールさん、なんであんなに辛そうに……)」

 

時折顔を顰め動きが止まり、避けられたはずの攻撃を受けてしまうなど、普段の彼からは想像できないミスが続いている。

ルポゼのはある可能性が浮かんでいたが、そんなことがあるのだろうかと知識不足の自分自身に呆れていた。

 

「手加減しているんですか、兄さん」

「そういう割にはボロボロみたいですけどねぇ」

 

シュティーの白い髪には血がついており、それはもちろん自分の物だ。どちらが優勢か、第三者がすぐに判断できるほどにシュティーは傷を負っている。

シュティーがダガーを数本テゾールに投げた。それはすべて的確にテゾールの急所に向けられたが、テゾールはナイフ一本でそれらを全て弾き落とした。

 

「はぁ……はぁ……」

「最初の余裕は無くなったようですね」

 

額から流れる血を拭うと、シュティーはテゾールに笑顔を返した。

テゾールには傷一つない。どれだけ傷を負わせようがテゾールの後方に控えているルポゼが完全に回復するからだ。

そのせいでルポゼの魔力は尽きかけているが、その前にシュティーが死ぬだろう。その場の誰もが、本人さえもそれを理解していた。

 

「なんだか、気分がいいです」

「それはどういう意味ですか?」

 

シュティーは相変わらず笑顔のままテゾールに言う。

珍しい事なのだが、シュティーはシーヴィータをすべて覚えていた。記憶の中にあるだけだった兄とこうして会えたことが、シュティーは嬉しかったのだ。

テゾールは何一つ覚えていないのは残念だが、それでも心は満たされている。

 

「兄さんとこうして戦えて嬉しかった……」

 

そう呟き、シュティーはダガーをテゾールに投げる。今までのダメージが蓄積され、うまく力の入らな手で。

死にかけのシュティーの攻撃などかわすのは容易かった。本人もそれを分かっている。しかし、自らの主人が戦っている今、簡単に命を捨てることなどできない。

 

「貴方を殺します」

「……」

「しかし、私は……いや、俺はそれを決して忘れない」

「──っ」

 

それだけ言うと、テゾールはナイフを構えシュティーを刺す。防ぐ暇すらなく、シュティーの心臓にナイフは突き刺さった。

接近した二人は互いの呼吸音を聞いた。シュティーの吐いた血がテゾールにかかり、テゾールはナイフを抜く。

 

「痛いなぁ、死ぬってこんななのか……」

 

最後まで笑顔だったシュティーは消滅する。その光の粒を掴むように手を伸ばそうとしたテゾールは手をおろした。

 

「……実は、彼と戦いながら思い出していってたんです。シーヴィータを」

「そうなんですか……」

 

ルポゼはテゾールの傍までくると、一度だけ優しく背を撫でる。

シーヴィータの中で、テゾールとシュティーはとても仲の良い兄弟だった。

幼い頃から弱気なシュティーを、テゾールはよく守っていた。どこにでもいる普通の兄弟。しかし運命に選ばれし王の従者として生を受けた二人は、殺しあうことになった。

 

「後悔はしていませんが、悲しくないと言えば嘘になります」

「でも、彼の死を抱えて生きると決めたのなら、それだけで彼は報われたのではないのでしょうか」

「……そうだと、いいですね」

 

ルポゼは戦いながらテゾールの表情がたまに辛そうに見えたのは間違いではなかったかと、彼の心境を考え胸が痛んだ。一撃一撃、刃がぶつかるたびに流れ込んできた記憶。テゾールはそれを思い出しながら、ナイフを仕舞う。

下を向くと、遠くにアンディートとジュデリカが戦っているのが見え気を引き締めた。戦いはまだ終わりではない。

 

──

 

 

「くそ…くそぉ‼‼」

「今ので五回目か…てことは……」

 

テイラーの全滅。

気が遠くなるほどの痛みをオレは感じた。その原因はそれだろう。

しかしどうでもいい、何の感情も湧かない。あいつらが心から俺のことを慕っていたのは見ていれば分かる。

だが何も感じない……本当か?オレは……オレハ──?

 

「あいつらの方は命令をこなしてくれた。なら俺も期待に応えなきゃいけねぇな」

「全員まとめてぶっ殺してやるよ……‼」

 

しかし、キーパーソンの誰一人もここに降りてくることはない。何故だと疑問に思っていると、アンディートは笑った。

 

「俺たち運命に選ばれし王同士の戦いに巻き込まれたら、いくら従者と言えど危ないからな。戦いが終わっても加勢しないように命令してある」

「あ?完全にオレ様の事舐めてるな……じゃあてめぇを殺した後皆殺しにしてやるよ‼」

 

従者の心配なんてしてる暇はないと分からせてやる。

オレは神器を構えると大きく息を吸った。

 

「『血の雨を降らせようぜ[ガイラウド]、オレに従え‼』」

 

神器が輝き、更に大きさを増すと煌めく大斧がオレの手の中に納まる。オレの神器は元から黄金色をしているため色に変わりはないが見た目は大きく変わった。

アンディートはそれを見て警戒している。オレは地面に斧を突き刺し、柄を撫でた。

 

「神器の進化。エヴォラメントについてアイテル様は教えてくれなかったのかぁ?」

「エヴォラメント……」

 

アンディートはオレの言葉を繰り返す。どうやらアイテル様は親切ではないようだと予想との違いに驚いたが、まあそんなことはどうでもいい。

 

「なぁ、そろそろ決着つけようぜアンディート」

 

オレは斧を地面から抜くと先をアンディートに突き付ける。戦いはこちらの方が優勢にある。普通ならこのまま油断することなく叩き潰していけば終わるだろう。

──だが、それではつまらないのだ。

 

「てめぇも神器をエヴォラメント化させろ。やり方を教えてやる」

「……本気か?」

「本気に決まってんだろ。その方が面白い」

 

アンディートはオレの言っていることが罠ではないか疑っている。それならとオレは斧をアンディートの前に投げ捨てた。

オレは何もしないと両手を広げてアピールをすると、アンディートは信じられないというような顔でオレを見た。

 

「どうだ?信じるか?」

「お前は本当にイカれてる」

「褒めんなよ」

 

アンディートはオレを信じたのか、力が欲しいのか、それとも両方なのか分からないが薙刀の柄頭を地面につけると戦闘態勢を解いた。

オレはそれを見て満足し頷くと、さっそくと説明を始める。

 

「体の底から湧き上がるこのメラメラがあるだろ?それをぎゅっとして神器にドーッン‼、以上だ」

「やっぱりか、お前はそういうタイプのやつだと思った」

「どういう意味だ」

 

アンディートは顔を顰めながらオレを見ている。とても分かりやすい説明だと思ったが、才能がないヤツには分からないのかとため息を付く。

ならば、とオレは手を前に出す。

アンディートの前に落ちていたオレの神器がそれに反応し、引き寄せられるように手の中に戻った。

 

「おっとわりぃな、誰も武器を捨てたとは言ってねぇぜ?」

「だと思った。謝る必要はない」

「そっか、つまんねぇなぁ……」

 

オレは神器を振るとアンディートに笑いかける。

こういうのは実戦でどうにかした方がいい。アンディートはオレの考えを理解したのか、すぐに薙刀を構えた。

 

「〈技力強化Lv5〉〈攻撃威力向上〉〈武器能力向上〉〈筋力強化〉」

「……」

「本気で来ないと死ぬぜぇ?」

 

地面を蹴り瞬時にアンディートに接近する。

斧を大きく振るうとアンディートはそれを受け止めようと薙刀を構えるが、すぐにそれをやめアビリタを使い回避した。

 

「(正解だ、受け止めたら神器ごとぶった斬ってた)」

 

だからと言って逃がしたりはしないと追撃、追撃、追撃。

少しかすっただけでも致命傷になりかねない今のオレの一撃一撃は、避ける以外の選択肢はないのだろう。

いや、そんなことはない。まだ道はあるだろ?

 

「早くエヴォラメント化させねぇと死ぬぞ‼」

「くっ……‼」

「おらおらおらァ‼‼」

 

アンディートの表情に焦りが見える。何度もオレの言ったことを思い出し神器をエヴォラメント化させようと必死なのだろう。

するとアンディートの神器が薄く輝いた……が、すぐにその光は消える。

 

「なさけねぇ、なぁ‼‼」

「──がッ‼」

 

足甲の付いた脚で腹部を蹴り飛ばす。アンディートは地面に転がり血を吐きながらオレを見上げていた。

 

 

『もう……やめて……‼』

 

 

その瞳を見て、ふと何かを思い出した。

なんだったか、しっかりとは思い出せない。これはなんだ、この息が苦しくなる感覚は、なんというなまえだったか。

 

「くそぉ!!」

 

立ち上がったアンディートは薙刀を振り、オレの体に一本の赤い線が走った。

その瞳には見覚えがある。

何かを守ろうとする強い意志を持った者の瞳。

自分の為だけに武器を振るうのではなく、大切な人のために。

 

オレは、その瞳が嫌いだ。

 

 

 

──

 

 

 

???年前

 

とある国の小さな村

 

 

「ユナせんせい‼」

「どうしたの?」

 

おれは紙に書いてあるミミズのような文字を先生に見せた。

「ユナせんせいだいすき」と書いてある。おれはワクワクしながら先生の反応を待った。絶対喜んでくれる!

それをじっと見たユナ先生は困った顔をしている。

 

「先生になんて書いたか教えてくれる?」

「せんせい読めねぇの!?」

「うん、ごめんね」

 

困ったのはおれの字が読めないからか。別に嫌われたわけじゃないと分かったおれは大きな声で書いたものを読み上げた。

 

「ふふ、ありがとう。先生もジュデリカのこと好きだよ」

「そっか!」

 

にこにこと笑顔でオレをみたユナ先生の顔を見てなんだか恥ずかしくなったおれはその紙を先生に押し付けて部屋を飛び出した。

喜んでくれた!喜んでくれた!

おれはそれがすごく嬉しくて庭まで走るとそこに寝転がった。

 

「せんせいもおれのこと好きなのか……」

 

なら両想いというやつだ。おれは本で読んだことがある。両想いになった王子様とお姫様は大きな城で幸せに暮らすんだ。

でもおれは王子様じゃないし、先生もお姫様じゃなくて先生だ。

 

「ならおっきな城だけでもおれが準備しよう!!」

 

どうやったらお城が手に入るかわからないが、そうしたら先生はもっと喜んでくれるだろうとおれは起き上がって振り返る。

 

今住んでいるところはお城ほどではないが大きい。

親がいない孤児と呼ばれるやつらが集まる場所だ。まあおれもその孤児らしい。

だけどおれにとってはここにいるみんなが家族だ。

 

「あ、ジュデリカだ!」

「早く逃げないと殺されるぞ!」

「お前なんか死んじまえ!」

 

石を投げられ、おれはそれをキャッチした。最近こうやってみんなが石をくれることが多い。流行っているんだろうか?

ここにいるみんなは優しい、だから親なんていなくても全然寂しくない!!

 

おれは幸せだ!

 

 

──

 

 

みんな少し身長が伸びた。

オレは伸びなかったけど多分まだ成長期とやらが来ていないんだろう。

みんながおさがりの服を着るなか、俺だけ新品の服が与えられた。

 

「せんせい、外で遊んでくる!」

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

 

オレはそれに頷くと走って外に出た。外の空気が気持ちいい。

オレが散歩をしていると、遠くでみんなが遊んでいるのが見えてそこに走りだす。

 

「なにしてんだ?」

 

みんなはオレのことを無視して、誰かを囲って蹴っているようだ。

よく見る遊びだ。

オレも混ざりたい。一緒に遊んで欲しいのに誰もかまってくれない。でも理由は知ってる。

 

「なあ、オレも混ぜ──」

「うるさいな!エルフは黙ってろ!」

 

付き飛ばされ、オレは尻餅をつきながらムッとした。

確かにオレはみんなと違って耳が長い、エルフと呼ばれる種族だ。

ユナ先生がみている子たちはみんな人間だけど、オレだけ種族が違う。よく分からないけど、オレは特別らしい。

 

「なんでシェルドは泣いてるんだ?」

 

みんなに蹴られている子、シェルドはずっと泣いている。よくオレに石をくれるやつらはオレの言葉を無視してそれを続けた。

シェルドは泣いて、助けてって言ってる。ああ、なるほど──

 

これは悪い事なのか。

 

オレはすぐに立ち上がり囲っているやつらの肩を掴むと思い切り殴った。殴って、蹴って、また殴って。赤いものがオレに飛び散ったが、オレは先生に止められるまでそれを続けた。

 

先生は怒っている。個室に呼び出されたオレはそれが何故だか分からなかった。

 

「みんな死んじゃいそうになったんだよ、なんで怒られてるかを分からない?」

「だって悪いことをしてたのはあいつらの方だよ?シェルド泣いてたもん」

「殴ったり蹴ったりするのは暴力って言って、いけないことなの」

 

あれは暴力というのか。オレは良く分からないけど、あれは悪い事。

先生はそれを何度も説明している。でもオレはそれがよく分からなかった。

 

ただ、暴力は──とても楽しかった。

 

 

──

 

 

みんなまた少し身長が伸びた。

オレはまたみんなと違って新しい服を着る。成長期はいつくるのだろうと疑問に思いながら外へ飛び出した。

あのことがあった日からなぜかオレにみんなが近づいてこなくなった。オレは友達が欲しい。どうすればみんなと友達になれるか沢山考えた。

 

「どうすればいいんだ……?」

「ジュデリカくん、なにか悩み事?」

 

庭で考え事をするオレに誰かが話しかける。

確かにあの日以来みんな話しかけてこなくなったが、例外が一人だけいた。

 

「シェルド!」

「もしよかったら力になるよ」

 

オレは正直に友達がたくさん欲しいのだとシェルドに相談した。

するとシェルドはしばらく悩んだ後そうだと何かを思いついたようだ。シェルドは頭がいい、馬鹿なオレと違っていい案を出してくれるだろう。

 

「みんなジュデリカのこと怖いヤツだって思ってるんだ。だからみんなが困ってることを助けてあげたり、優しいところを見せてみようよ」

「優しいところか……」

 

優しいところ……オレはすぐは思いつかなかったが、とりあえずやってみようと施設の中に戻るときょろきょろと周りを見渡す。

すると高いところにある本が取れないようで背伸びをしている奴がいた。オレはそれを取ってあげるとそいつに差し出す。

 

「あ、ありがと……」

「礼はいいから、オレと友達になってくれよ!」

「友達……?」

 

そいつはそれを聞くとなんだか嫌そうな顔をした後オレから本を奪い取って逃げようとした。オレはそれが気に入らなくてそいつを捕まえると一発殴った。そしたらすんなり友達になってくれて、オレはやっと友達の作り方がわかった!

 

「殴ればいいんだ!」

 

それからオレは困ってるやつを見つけて助けてやると、逃げようとして奴は殴って友達になった。そしたらだんだん逃げようとするやつはいなくなって、オレはたくさん友達ができた。

先生は暴力は悪いことだって言ってたけどそんな事はないんじゃないかと思った。だってこんなにたくさん友達が出来たんだ。暴力はいい事なんだ。

 

「ねえ、ジュデリカくん」

「おお、シェルド!どうかしたか?」

 

シェルドはなんだか落ち込んでいるようだ。何かあったのなら助けてやりたいとオレは話を聞く。何故か分からないけどいつもより話す時の距離が遠い気がする。

 

「……なんであんな事するの?」

「あんな事?」

 

何のことだろうとオレは首を傾げる。その様子にシェルドは何でもないと一言言って部屋に戻っていった。何だったんだろう。

オレは自分の部屋でシェルドが言ってたことをずっと考えていたが、やっぱりわからなかった。

 

 

──

 

またまたみんな身長が伸びた。

やっぱりオレは相変わらずだ。新しい服を着て、いつもなら外に出るが今日は図書室に向かった。先生のおすすめされた絵本を借りに行こうとそれを探していると、いつもオレに石をくれる三人組がなにか集まって話している。

こいつらは頑なにオレを拒んで、未だに友達になれていない。でもオレの目標は施設のみんなと友達になる事だ。

 

「なに話してんだ?」

「げ、ジュデリカ……」

 

明らかに嫌そうにした三人にやっぱりオレが嫌いなのかと嫌な気持ちになる。

何が駄目なのか、この三人だけは殴っても友達になってくなかったから、ほかの方法がいいんだろうか。

 

「なんでオレのこと仲間外れにするんだ?」

「うるさいエルフはどっか行け!」

 

エルフ……そうか、エルフなのがいけないんだ!

オレはすぐに台所に行くと包丁を取り出した。エルフの特徴である金髪と長い耳。金髪は他の種族でもいるから、問題は耳だ。

 

「ぃ……ぐっ……!!」

 

オレはすぐに三人の元に戻るとにこりと笑う。

三人は青ざめ、オレを怯えたような目で見た。なんでだろう、でもこれで友達になれる!

 

「ほら、耳も人間と一緒で短い!オレも人間だ!」

「おま、え……耳は……」

「切った!」

 

三人はそれを聞くと叫びながら逃げようとする。なんで?なんでだ?

オレは三人を捕まえると殴った。

 

「なあ友達になってくれよ。オレも人間だぞ?」

「おまえ、おまえ可笑しいよ!!狂ってる!!」

「なんで……なんでそんなこと言うんだよ!!」

 

オレは、悲しかった。だから暴力を振るった。

抵抗していた三人は暫くしたら動かなくなって、駆け付けた先生が何故か泣いているのを見てオレは更に訳が分からなくなった。

 

 

──

 

オレが殴った三人は次の日から姿を見なくなった。なんでも他の施設に行ったんだとか。オレは最後まで友達になれなくて悲しかった。

 

「ジュデリカ、ちょっと先生とお話ししようか」

「ん?いいぜ!」

 

何だろう、ついにお付き合いの話だろうかと楽しみにしていたオレは先生が案内するまま地下の暗いところまでついていて、そして鉄の棒がたくさん並んだ場所に入るように言われた。

 

「こんな暗いところでお話しするのか?」

「ごめんね……本当にごめんなさい……」

「?」

 

先生は扉に南京錠をかけると泣きながらオレに謝っている。何故だか知らないが先生が悲しむ顔は見たくない。しかしここはどこだろう。本で読んだ牢屋という物にそっくりだ。

 

「ジュデリカ、よく聞いて」

「おう」

「貴方は、ほかのお友達と違って体が大きいわ」

「確かに……同じ六歳のみんなとは全然違うな!」

 

確かにそうだが今さらそれが何なのだろうと首を傾げ、先生が話すのを待つ。

みんなはオレのお腹の真ん中あたりまでしか身長がない。何故かは分からないけど、オレは気にならなかった。

 

「貴方はね、心と体の成長があっていないの」

「どういう意味だ?」

「ジュデリカはね、もう25歳なのよ」

 

25歳?いつものことだけど先生が何を言っているか俺にはよく分からなかった。

しかし今日は一段と分からない。

オレは……子供じゃないのか?特別ってのはそういう事なのか?

 

「なんで……なんで黙ってたんだよ……」

「それはジュデリカを守るためで──」

「嘘だ!!どうせ先生もオレが怖いんだろ!だからこんな所に閉じ込めて……」

 

先生は俯くとそれ以上何も言わずに地下から出て行ってしまった。

オレは一人ぼっち。友達も助けに来てくれない。

 

──もしかして、みんな誰も友達と思ってくれなかった?

 

みんなをオレが怖かったんだ。大人の体をしているから。

オレはただ、友達が欲しかっただけなのになんでうまくいかないのだろう。

オレは牢の中でずっと、ずっと考えた。

 

どうすればいいのか、どうしたらみんなと友達になれるのか……

 

そこから、どんどんおかしくなった。

 

 

──

 

暴れて、暴れて、暴れまわった。

牢屋の鍵など簡単に破壊できた。その後は施設を破壊して回って、大好きだった庭の花壇もぐちゃぐちゃにした。

ついでに止めようとしてきた友達──いや、人間もぐちゃぐちゃにしてやった。

 

もう誰もオレを止められない。オレは自由になるんだ‼

 

逃げようとするやつを捕まえて、殴り殺そうと拳を振りかぶる。

オレのことを怖がった奴はみんな死んでなかったことにすればいい──

 

「もう……やめて……!!」

「……?」

 

声を掛けられ振り返る。そこには大好きな先生が居た。

先生ならオレのこと分かってくれるはず!……だけどその手に持っているのは何だ…?

 

「あ、オレ知ってる!それマスケット銃っていうんだろ!本で読んだんだ!」

「動かないで……その子を離しなさい」

 

オレは言うとおりに捕まえていたやつを離すと、そいつは先生の後ろに隠れた。

あんまりオレの先生にくっつかないで欲しいが、あとで死ぬんだから許してやろうとにこにこ笑った。

 

「なあ先生。ここを出て新しいところで一緒に住もうよ!」

「なにを、言って……」

「オレは王子様じゃなしし、先生もお姫様じゃないけどお城は頑張って用意するからさ!」

 

先生は震えている。何故だろう?オレの気持ちに感動しているのだろうか?

 

「貴方は……貴方はおかしいわ!」

「……?」

 

先生は自分の後ろに隠れていた人間を逃がすと、

銃をオレに向けた。

 

「な、んで……?なんでそんなもんオレに……?」

「これ以上子供たちは傷つけさせない!」

 

先生は本気だ。みんなを守ろうとするその強い意志のこもる瞳でオレを見ている。

 

「ねえなんで?オレはただ……」

「動かないで!」

 

先生に伸ばした手をオレは言うとおりに手をおろす。

 

何を、何を間違ったのだろう。

オレはただ友達が欲しかっただけだ。

 

なのになんで……?

 

「なんで……なんでそんなに怒るんだよ……」

「──貴方は……化け物よ」

 

先生は銃をしっかり構えた。

 

「先生、なんで?なんでそんなこと言うんだ?オレ、分かんないことだらけで、でもちゃんとわかるように頑張るから──」

「……」

 

先生は何も言わずに涙を流している、それを見てオレも悲しくて泣いた。

なんで、なんでサヨナラしなきゃいけないんだ?

 

 

先生は引き金に指をかける。

 

そこには、決意が見えた気がした。

 

 

ああ、オレは死ぬのか。

 

 

そして引き金が引かれ、大きな発砲音が村中に響いた────

 

 

 

──

 

 

ジュデリカは俺が斬りつけた後から、どこか様子がおかしくなった。

おかしくなったというより……涙を流したのだ。

 

「お、れは、オレは……ただ……!!」

 

苦しそうに胸元を抑えながら泣いている。これはチャンスだろうが、果たして今の彼に攻撃していいのかと自分の中で葛藤する部分があった。

しかしそんな事考えなければよかったと後悔した。

 

「オレは、オレはぁ!!」

 

先程より力強く斧を振り回し、正気を失ったまま俺を殺そうとしている。アビリタの効果が切れるまであとどれぐらいだと焦りながら回避していたが、ついにこちらの技力が尽きてしまう。

 

「──ぐああぁぁあ!!」

 

腹部を抉られ、血が噴き出した部分を抑えながらよろよろと後退する。

本当に神器をエヴォラメント化させないと太刀打ちできない。俺は自らの闘志を神器に送り込むようなイメージをすると、神器が光りだす。

 

「(やったか!?)」

 

しかしその光はすぐに消え、そっちに意識を回したばっかりにジュデリカの攻撃が回避できず腕をかする。凄まじい痛みに悶えそうになる。だがここで諦めてはいけない。

 

「頼む、進化してくれ……!!」

「ああぁぁぁあっッ‼‼」

 

ジュデリカの攻撃が迫り、薙刀で受け止めようとする。

しかし、俺の薙刀は、神器は両断された。

 

攻撃を再び浴び、意識が朦朧とする。

 

「(ここで……終わるのか……?)」

 

あまりに痛みに意識を手放したいとさえ思う。もう死んで楽になりたいとさえも。

 

だが、俺は……俺は────

 

 

「『ここで諦めるわけには、いかねぇんだよぉ‼!』」

 

 

神器が今までで一番の光を放った。

切れた部分はすぐに元通りになり、黄金に輝く薙刀を俺は持っていた。

 

「これがエヴォラメント化……」

 

ジュデリカの斧を受け止めると、押し返しすぐに距離を取る。

もう技力は尽きたし、もとより魔力は少ない。散々斬られた体も持ちそうにない。

絶望的な状況だ。

 

「てめぇはもう死ぬんだよ‼あいつらと同じように‼」

「死んでたまるか‼」

 

ジュデリカは相変わらず泣きながら斧を振るっている。あと一撃でも当たれば俺は死ぬだろう。それに何もしなくても大量出血で天国行きだ。

 

 

──できることは、ただ一つ。

 

 

俺はわざとジュデリカに接近し、その腹に手を当てる。

 

「〈ドローレ・リターン〉解放ッ!!」

「────ッ」

 

ジュデリカが無数の傷を負う、Lv5の魔法を撃つ魔力はないはずの俺がそれを放ったことに、ジュデリカは驚きを隠せなかった。

びちゃびちゃと血が滴り、ジュデリカの足元に血だまりが出来ていく。

 

「な、んで……」

 

ジュデリカはそのまま後ろに倒れ、斧が地面に転がる。

俺は薙刀を杖にするようにギリギリの状態で立ちながらジュデリカを見下ろす。

 

「ただの、小細工だ」

「……ああ、さいしょ、のか……」

 

ジュデリカが笑うと咳き込み血が口から溢れた。

自らのダメージをそのまま相手にも同様に味合わせるという魔法、〈ドローレ・リターン〉。自分の傷が癒えるわけではないので、俺も立つので精いっぱいだ。

切り札として最初に1度だけ使えるように込めておいて良かったと安堵する。

徐々にジュデリカの体が灰色がかって来る。運命に選ばれし王の最後、発狂の時に見た現象と同じだと俺はジュデリカをただただ見ていた。

 

「オレは……死ぬのか……」

「ああ、死ぬ」

「そうか……」

 

消えていく、だんだんと灰になり風にさらわれてゆく。

ジュデリカはそれでも笑ったままだった。

 

「オレ、気づい、たんだ……」

「……」

「テイラー、が、全滅、したとき…かんじた、のは……かなし、さだった……」

 

ジュデリカは涙を流しながら笑っている。それを見届けるのが自分の役目だと、俺は最後までその言葉を聞く。

 

「ともだ、ち、が……ほしく、て……おれ、は……」

「お前ともっと違う出会い方をしてたら、俺らは友達だったかもな」

「ほんと、か……?ははっ……あり、がと…な…………」

 

ジュデリカは俺に手を伸ばす。

その手を握ってやると、彼は心からの笑みを浮かべ完全に人の形が崩れて消えた。

 

「……こいつに、もっとしてやれる事があったのかもしれないな…」

 

ジュデリカ・アグニ。

歪んでしまった彼の死を乗り越えるのではなく、抱えて生きようと俺は思った。それがせめてその命を奪った俺にできることだと。

 

「あー、それにしても限界だ……」

 

俺は神器を体内に収めると、そのまま倒れこみ意識を失った。

 

 

──

 

 

「──ーマ王様、ブラフマー王様!」

「……間一髪……ってとこか」

 

キーパーソンの安堵した様子を見ると、自分は死に際だったのだろうとアンディートは半身を起こした。周りを見ると、だれ一人欠けていない。

 

「キーパーソンはなかなか優秀らしいな、ご苦労」

「労いのお言葉、有難うございます」

 

キーパーソン皆が頭を下げるとアンディートはなんだか居たたまれない気持ちなる。そして立ち上がるとぐっと伸びをして茶化すように笑う。

 

「褒美は何が欲しい?つっても従者ってのは大体みんな物欲がないからな……」

「……ジュデリカ・アグニはどんな人物でしたか?それをお聞きしたいです」

 

サージェの問いに、「それが褒美か?」と聞くとこくりと頷いた。

本当に欲がないなと思いながらも、俺の意見だがとアンディートは話し始める。

 

「最初に大きな子供の様だって言ってたが、実際そうなんだと思う。あいつは昔のまま時間が止まっている、ただ友達が、仲間が欲しかっただけの子供だ。間違った方向に進んじまったが、あいつを見捨てずに寄り添うやつが居たら今とは変わってたかも知んねぇな」

「従者達はその役には不十分だったのでしょうか?」

 

サージェの代わりにテゾールが問いかけると、アンディートは首を振った。

 

「なっていたと思うが、ただ本人が気づくのが遅かった。それだけだ」

 

テゾールは礼をいいそのまま黙り込む。

やはりあのそっくりな獣人は知り合いだったのだろうとアンディートは思うと、テゾールの肩を軽く叩き、慰めの言葉はかけなかった。

 

「俺達は勝った。だが戦いはこれからだ、気ぃ引き締めろよ!!」

『──はっ』

 

キーパーソンの返事に頷くと、アンディートはレナータとムームアの無事を祈った。

 






ジュデリカ戦、終了しました!!
テイラーはカラビナの王が死亡したことによっての消滅ではなく普通に殺されて全滅という悲しき展開……

私がずっとやりたかったのはシュティーとテゾールの絡みですね!!
そのせいでこんな従者交換というむちゃくちゃな戦いになってしまいました。でも折角兄弟なのだからお互い会わないまま死んじゃうのも嫌だったのです。

シーヴィータとかエヴォラメントとか覚えずらい専門用語が増えてきましたね!!でも中二っぽくて好きです。中二病はもう治りません。

次回はアノルマ戦になると思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました!!


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vsアノルマ・スーリヤ

髪が風になびき、肌寒さを感じながら飛行する。

向かうはスフィーダの塔。直接目的の王の元へ行くのではなく、エレボスがいるであろう塔に向かえばからなず止めに来るだろうという作戦だ。

やはりその考えは正しく、成功したようだ。

 

「隠れてないで出てきたら?」

 

私はレアリスト王国付近の上空で止まる。不可視化の魔法を使っているがそう来るだろうと事前に付けていた眼鏡を外すと虚空に話しかけた。

暫く沈黙が続く。しかし小さくため息のようなものが聞こえると不可視化を解き、目の前に四人の人物が現れた。

 

「やっぱり戦うしかないんだね」

「もちろんだよ」

 

私は軽く後ろに視線を向けたあと、アノルマを見つめる。エレムストの魔物はアイテリアに比べて凶暴性が強い。これまでは二つの世界は結界で区切られていたが、今は違う。

 

「結界が無くなったことで、アイテリアがどうなってるか貴方は知ってるの?」

「ああ、知ってるよ。このままじゃいつか滅ぶかもね」

 

何も感じていないような淡々とした口調でそう言ったフルフェイスの仮面をかぶった王、アノルマ・スーリヤはこちらを見つめている。

その後ろに控える彼の従者達は、私が連れるノーネームを怪訝そうに見ていた。それもそうだろうと納得していると、アノルマは首を傾げる。

 

「何故君が来たんだ?シヴァ王が来るんじゃないかと思ってたんだけど」

「そうだね、普通に考えたら勝つためにはそれが一番だよ」

「理解できないな……君、今度こそ死ぬよ?」

 

初めて会った時のアノルマは手加減をしていた、そして二回目は私がすぐに撤退した、今回で三回目だが……相手の力が全く分からない。

彼は自己評価が低い。ジュデリカ、プレーノの方が自分より強いと言っていたが、果たしてそれは本当なのだろうか。

 

「……僕はただ、死にたくないだけなんだ。その気持ちだけで今日まで生きてきた」

「……」

「でもエレボス様には逆らいたくない。だから──君を殺して、僕は生きる」

 

生きたいのなら戦いを放棄すればいい。私から逃げればいい。なのにそれをしない、できないだけの忠誠心がアノルマにはあるのだろう。

それが何故なのか、私はずっと疑問に思っている。聞いた限りジュデリカもプレーノも人に従うような人物ではないと思うのだが、その忠誠心はどこから来るのか。

 

「なんでエレボスに従うの?」

「……言いたくない」

「そう……なら話は終わりだね」

 

私が腰に提げていた双剣状の神器を抜くと、アノルマは胸元から杖状の神器を体内から取りだした。

私達の得意能力は体力……つまり耐久力だ。魔力も技力もそこそこな私は下手に魔法やアビリタを使うと速攻で負ける。

私のクアリタ、『味方が死亡すると自身の物理攻撃力、魔法攻撃力が大幅に強化される』というものは当然使えない。

自ら望んだ不利な戦い。それに勝つためには策と、そして強い意志が必要だ。

 

「スターシャ、ルナティス。下で後ろの三人の相手を」

「畏まりました」

「……絶対死なないでね」

 

ノーネームの二人を見つめそう願うと、二人は微笑み深々と頭を下げた。

うちのキーパーソンを相手に苦戦を強いたのだ、この二人なら負けはないだろうとアノルマの従者と下に降りて行くのを見送る。

 

「僕の従者には勝てないよ。いくら自信があろうとも」

「自信だけじゃない。あの二人はムームアの……大切な仲間の従者だから信頼できる」

「信頼……他の王なんてただの他人じゃないか。きっと裏切る、君を見捨てるんだ」

 

何がそうまでして彼に不信感を抱かせているのかは分からないが、悲しい人だ。

従者は自らの精神力、いわば魂のようなもので召喚する肉親よりも近い存在。彼は自らの召喚した心からの忠誠を誓うあの三人しか信じることができないのだろう。

 

「誰かを信じる、それはとても勇気のいることかもしれない。でもそれに怯えたままじゃ貴方はその暗闇からは抜け出せないよ」

「いいんだ、死にさえしなければ。どんなに暗くてもそこにいる」

「……それは生きてるって言えるの?」

 

私の言葉を不快に思ったのかアノルマは杖を構えた。

 

──私は何をしているのだろうか。

これから殺す相手の心配などしてはいけない。殺すという事は彼の人生を終わらせ、生きるはずだった未来を奪うという事だ。私はそれを自分のためにしようとしている。

どれだけ救いたいと願っても、避けられない事だ。

 

「(本当にそうなのだろうか……)」

 

国も従者も仲間も、敵さえ救いたい。全部というのは我儘だろうか。

でも大切な人を傷つけられた。

確かに何よりも大切な従者達を傷つけられ心底怒っているが、その感情のまま彼を殺して進んでいいのだろうか。

どんどんと自問自答の波に呑まれていく。

 

「〈ポテンシャルアビリティ〉〈サイコエナジー〉」

 

アノルマが詠唱を始める。

今さら何を迷うのか、もう覚悟は決めたはずなのに今頃うじうじと、本当に私らしい。

私も結局出した答えは彼と一緒だ、自分の世界を守るため──

 

彼を殺して、私は生きる。

 

「〈戦士の心得・強撃〉〈戦士の心得・俊敏〉〈戦士の心得・強固〉」

 

更に増した溢れる力で、素早い動きで、打ち破れぬ体で。

そこに足場があるように宙を蹴ると、アノルマに接近する。アノルマは杖を構えたまま動かない。私はそれを疑問に思いながら双剣を振りかぶった。

 

「──っ!?」

 

まるで彼の周りに球体のバリアが張ってあるかのようにそれは弾かれる。先程の二つの魔法の効果ではない。恐らく私が来る前からかけていたのだろう。

 

「〈ハイドロボム〉‼」

 

剣先から水の球体を作り出し剣を振るってアノルマ、正確にはシールドに向かって放つ。それはシールドに当たると爆破が起こり、空間が割れたようひびが入るとそこを中心に二撃三撃と連発していった。

次第にひびは大きくなり、ついにシールドが破壊される。

 

「〈アルカナ・シール──」

「させないッ‼」

 

再びシールドを張られる前に双剣で斬りつけると、それを杖で受け止められる。ギリギリと火花が散り、にらみ合いが続くと私はアノルマに笑いかけた。

 

「殺すなら、殺される覚悟がないと死んじゃうよ?」

「そうかな。僕はそう思わな、いっ‼〈リジェクト・インパクト〉‼」

 

剣を押し返されるとアノルマが突き出した手から衝撃波が放たれる。至近距離からそれを受けたがアビリタの効果のおかげであまりダメージは負わずに済んだ。

しかし痛いものは痛い。私は腹部を抑えながら指を鳴らすと、それを合図にフルプレートアーマーを瞬時に装備して再びアノルマへ攻撃を仕掛ける。

 

「くら、えぇッっ‼」

「〈カオス・マインド〉」

 

双剣をひらりとかわすと、アノルマの手が私に伸びた。

直感で分かる、この魔法を使われるのは不味いと。

 

「最悪を見ろ」

「ぁ────」

 

アノルマの手が私の頭部に触れると、視界がパッと暗くなる。

暗闇に包まれたまま、神経を耳に集中させ音を拾おうとする。剣を構え、アノルマからの次の攻撃を待つが違和感に気づく。

──アノルマの動く音どころではなく、風の音さえ聞こえない。

 

「(触覚は無事、五感じゃなくて視覚と聴覚を奪う魔法だとしたら……)」

 

それは不味いなと焦りながら次の策を考える。魔法壁で攻撃を防ごうにも私の防御魔法は前方にしか魔法壁を張れない。もし使ったとしてもどこから来るか分からないので無駄な魔力な消費になる。

 

「──レナータ様?」

 

急に視界が復活すると、そこはイデアーレの城だった。謁見の間で王座に座りぼうっとしている私にサージェが心配そうに声を掛けた。

いつの間に、どうしてここにいるのだろう。確かさっきまでアノルマと──

 

「そんな事より、ここでのんびりしましょう」

 

私の心の声に返事をするように、エンドが私に笑いかけた。今度は自室のベッドにエンドと二人で腰を掛けている。今日は……二人で過ごす日だったか。何故そんな大事な日を忘れていたのだろうと私はエンドに寄り掛かった。

 

「愛しています」

 

エンドはそういうと私をベッドに押し倒し──首を絞めてくる。

なんで、やめてと言おうとするが声が出ない。エンドの手を掴み抵抗するが、何故か力が入らない。私は涙を流しながら出せるだけの力でエンドを突き飛ばす。

そして、パンッと音が鳴る。

私は閉じた目を開くと、その光景に息が止まった気がした。

壁には大きく花が咲いたように赤が広がり、その中心には中身が飛び散った恋人が張り付いている。

 

「ぁ……ぁあ……」

 

ぼとりと肉の塊が床に落ちると、私はまた謁見の間にいた。

今度は王座に座ってはおらず、手に神器をもったまま立ち尽くしていた。

足元には八つの遺体。ほぼ原形は留めていないが、それらが誰だったかが理解できる。私の持つ双剣は血が滴ってをり、誰がそれらを殺したのは明白だった。

 

「────わ、わたし……は…」

 

マジカルボックスから短剣を取り出すと、心臓部に当て思い切り突き刺す。

しかし、痛みは感じない。刺さったが私は死んでいない。

 

「ぁ、なんで、なん、で、なんで──‼」

 

静かな謁見の間にぐちゃっぐちゃっと肉にナイフを突き刺す音が響く。

何度刺しても、首を斬ろうと、私は死なない。死ねない。

 

辛い、苦しい。早く、早く死にたい。

こんな現実から逃れたい、こんな最悪な現実から────

 

 

「現実……?」

 

 

従者は死亡すると消滅するはず。こうして遺体が残るのはおかしい。

それにエンドが私を殺そうとするなんておかしい。

そもそも戦っていたはずの私が城にいるのはおかしい。

 

おかしい。そう、おかしいことだらけだ。

 

そう気づいたとき、城に大きくひびが入る。おかしい、これは違う──

 

 

 

「──幻術か‼」

「ああ、もう気づいたの?」

 

目の前にはアノルマが短剣を持ち振りかぶっている。それを剣で払うとすぐに大きく飛び退いた。

運命に選ばれし王とはいえ、心臓を一突きされたら少しはもつだろうが死んでしまう。危うく死ぬところだったと汗を流しながら双剣を強く握った。

アノルマに接近するのは危険だが、双剣での攻撃範囲内まで近づかなくてはいけない。

 

「君はどんな最悪を見た?」

「あんまり思い出させないでくれないかなぁ……」

「僕に負ける最悪、国が崩壊する最悪…それとも仲間が死んじゃう最悪かな?」

 

先程の幻術で見た光景を思い出し吐き気がした。

私は正直に言うとあまり精神が強いわけではない。だからこんなにも手が震え、剣が音を立てるのだろう。

 

「そうなんだ、仲間が死ぬ最悪か……じゃあそれを現実にしてあげるよ」

「──させないっ‼」

 

アノルマが私から距離を取ると詠唱を始める。

私が死ねば従者達は道ずれ、その上アンディートとムームアも危険な状態になる。

 

怖い、確かに怖い。失うのは怖い。

 

だからこそ戦わなきゃいけない──

 

「『誰も死なないし、死なせない……私達はお前達を倒して前に進む‼』」

 

私は決意を口に出す。

すると……私の神器が急に輝きだした。眼が眩むほどの輝きが収まると、私の神器は黄金の双剣となっていた。

 

「……うわ、金ぴか…趣味悪っ、なにこれ」

「エヴォラメント……まさか自力で……?」

 

アノルマから驚愕が伝わってくる。エヴォラメント……なんだか知らないが、神器からいつもよりも大きな力を感じる。ランクアップという事だろう、色は気に入らないが。

軽く振ると風が起こり、アノルマのフードが捲れた。

 

「早くしないといけないみたいだね……『[テイリフォーク]、僕の力になって』」

 

アノルマが神器に語り掛けると、私のと同じように黄金の神器に変わる。あっちも本気を出したのだろう、こちらもヘルムを投げ捨てると本来の竜人の姿に変化して改めて双剣を構えた。

怖い気持ちも怯える気持ちも抱いたまま、私は叫びを上げアノルマに斬りかかった。

 

 

──

 

 

 

side:ノーネーム

 

レアリスト王国付近、ギルトス砂漠

 

 

「三人ですか……」

「ルナティス、貴方はいつもそうやって……!!」

「『調子に乗るな』、でしょう?」

「…分かっているならいいですわ」

 

私達は砂漠に降りお互いの出方を伺っている。相手は3人、翡翠の髪をした悪魔、黒髪をサイドテールに結んだ女性、左右で違う高さに結ばれた白髪の少女。

名は何だったかと考えていると、それを察したのかスターシャは説明し始める。

 

「左から、モーリュ、キリカ、ディレス……と、いってもすぐにお別れするのだけど」

「えぇっと…いっぺんに言われても分かりません。私は名前と顔覚えるの苦手なんですよね」

 

「どうせすぐ忘れるんでしょ」とボソリと言ったスターシャに確かにと納得する。交流のあるキーパーソンやプローヴァリーの面々すら名前を覚えるのにかなりの時間がかかった。しかし、今回はちゃんと覚えておかなくてはいけない。

 

「では、作戦通りに」

「ええ……貴方を信じますわよ」

 

スターシャはあるマジカルアイテムを私に渡す。羽の形の装飾の施された髪飾り、その片方を受け取り髪に付ける。

スターシャも同じように付けるととサラリと髪をなびかせた。

 

「ねー、そっちの準備終わった?」

 

黒髪の女性、キリカがこちらに問いかけてくる。これからただの運動をするようなのんびりとした声に気が抜けるが、それはフェイクだろう。

 

「終わりました。では……あちらの戦いも始まったようですし、わたくし達も始めましょうか」

 

アノルマの従者達、フトゥースペラは警戒心が強いのか自分の方が強者だと自惚れることはないらしい。カリビナの時とは違うなと思いながら、私は軽く飛ぶと数メートル彼らに近づく。

 

「貴方方に直接攻撃を降すのはこの、攻撃、防御、支援に回復……なんでも出来る私一人です」

「はぁ?舐めてんのこのデュラハン……」

 

ディレスは不快だと感じたのか顔を顰めると空いてるか空いていないのか分からない目で私を見ている。挑発だと思ったのだろう、怒るディレスをモーリュとキリカは宥めている。それを観察しながら、私はただ本当の事を言っただけなのにと残念に思った。

 

「あんたも、そこの人間も殺して私達はアノルマ様の元へ行くわ。あの憎きヴィシュヌ女王を殺さなきゃ……」

「憎い?ヴィシュヌ女王様は何かされたのでしょうか?」

「貴方にいう筋合いはない」

 

ディレスが舌打ちをした後にモーリュがそう言うと、キリカは棍を取り出しクルクルと回して構えた。私も同じように大鎌を回転させ構える。

 

「〈アネモス・トリル〉!!」

 

最初に動き出したのはモーリュだった。

私は最初の一手として、大鎌の攻撃ではなく魔法を発動した。

 

「〈モンド・ストップ〉」

 

カチリと音がして、世界が止まる。と言っても止まるのは私を中心とした五十メートルの範囲内の世界の上、効果は二十秒。しかしそれでも十分な時間だ。

 

「〈テレポート〉」

 

次に転移魔法を使用してスターシャに触れると彼女だけ時間停止から解放する。彼女に触れたまま再びテレポートで元の場所に戻ると、スターシャはクアリタを発動させた。

 

「〈ワンダー・ウォール〉」

「では、ノーネームの力を見せましょうか」

 

私がそう言うと、スターシャは悪い笑みを浮かべながら笑った。恐らく自分も同じような顔をしているのだろう。

スターシャのクアリタは私とフトゥースペラの3人を囲うように透明なキューブを作り出した。

私が手をパンッと合わせると、モンド・ストップが解除されフトゥースペラの3人は再び動き出す。

しかし周りの異変に気づき直ぐに止まると私達を睨みつけた。

 

「何をした」

「いえいえ、少し時間を止めてちょちょっと逃げられなくしただけです。相方に手を出されては困るのでね」

 

モーリュの問いかけにそう応えるとスターシャの作り出した魔法壁をコツコツと指で触れる。

キリカが棍を思い切り魔法壁にぶつけるが、ヒビひとつ入らないそれにモーリュとキリカに首を振るとフトゥースペラの面々は納得したようだ。

 

「この技力量…クアリタね。破壊できない魔法壁といっても効果時間はあるはずよ」

「そうですね、しかしその前に私が皆さんを殺すのが先でしょう。もしくは……」

 

私は上空を見る。ヴィシュヌ女王様が先に決着をつけるのが先かもしれないというのが伝わったのか、3人は明らかな殺気を私に向けた。

さて、と大鎌を構えると私は挑発的な笑みを浮かべる。

 

「『スターシャ、早速ですが何をすればいいですか?』」

「『助けを求めるのが早すぎやしませんか?』」

 

ワンダー・ウォールはあらゆる魔法、アビリタを遮断してしまう。しかし最初に付けた髪飾りはランク5のマジカルアイテム。これの効果のお陰でこうしてテレパシーが使えている。

 

「『最初に倒すのはディレスが良いでしょう。キリカが接近戦で邪魔をしてくるかもしれませんが、ディレスの魔法は恐らく強力です。早めに潰しておいた方が後々楽になりますわ』」

「『了解です』」

 

キリカの棍を避け、テレポートを使いながらディレスに接近する。大鎌を振るい彼女の首を取ろうとするが、彼女それを簡単にかわすとすぐに私から距離をとる。

 

「〈スコトス・ヘキサラ〉!!」

 

闇の塊が私に飛ぶが、それを大鎌をバットに見立てて跳ね返すとそれは魔法壁にぶつかり大きく爆破した。

 

「『おバカ!!サージェさんが使うような武器をすり抜けるタイプの魔法だったら直撃でしたよ!!』」

「『ああ、そんな事も──』」

「『六時の方向、キリカが来ています!!』」

 

爆風に紛れキリカが背後から棍を私に振り下ろそうとしているが、私はテレポートでそれを避ける。

それを追うように何度も棍を振るい、その度に私は避け続け地面にはいくつものクレーターが出来た。

 

「『貴方のテレポート先は読みやすいので乱用しないように』」

 

スターシャからの指示に短く返事をすると言われた通りに回避のためのテレポート回数を減らし、受け止められる物理攻撃は鎌で受け止める。

モーリュとディレスの魔法攻撃に加え、キリカの物理攻撃。見事に連携の取れた動きに私は関心した。これが長年従者として生きた者達の戦闘かと。

 

しかし──それでも私達には勝てない。

 

「『キリカを誘導しながら、ターゲットをモーリュに変えたと見せかけディレスにレベル5の魔法を』」

 

正面から来たキリカの顔を掴み、全力で地面には叩きつけると素早くモーリュの方へ向かう。大鎌を振りそれをモーリュがシールドを張り受けたのを確認する前に、ノールックでディレスに魔法を放つ。

 

「〈ルナ・ミッドナイト〉」

 

暗黒のレーザーが私の指先から放たれるとディレスの叫び声が聞こえる。私は脚力だけでモーリュのシールドを破壊すると背後から迫るキリカにモーリュの頭を掴み突き出した。

 

「──っ!!」

 

キリカはすぐにモーリュに当たりそうになった棍の軌道を逸らして、それを回転させると私の腕にぶつけた。

その痛みにモーリュを離すと、私はテレポートで一旦下がりながらディレスに魔法を連発する。

三人も一度私から距離をとると、息を荒らげ私を睨んでいる。三人には私がパーフェクトな従者に見えるだろう。

まぁどれもこれもスターシャに指示されで出来ることなのだが。

 

「大口叩くだけあってかなり強いようね」

「お褒めの言葉、素直に受け取らせてもらいます」

「でも、自分だけが優秀だとは思わない方がいいわ…〈ツァイト・ストップ〉!!」

「『ルナティス!!』」

 

ピタリと私の動きが止まる。私の時間停止魔法よりも低位のものだが、私だけの動きが止まる。スターシャから動けとテレパシーが聞こえるが、彼女もなんの魔法かは理解しているだろう。

ディレスがモーリュに合図をすると、モーリュは私に向かって手を突き出す。

 

「くらえ!!〈アネモス・デカロ〉ッ!!」

 

彼の持つ魔法の中でも強力な物なのだろう、放った反動で少し後ろに吹き飛んだモーリュは魔法壁に衝突した。それ程の威力の魔法が、今私に向けられている。

竜巻がごうごうと私を襲おうと接近してくるが、当たれば身を切り裂かれ四肢が繋がっているかも危うい。

ディレスは更にそれに強化魔法をかけ、そして追撃しようとキリカが準備している。

 

「(なかなか素晴らしい、しかし──)」

 

ザクッと肉を裂く。

モーリュの放った風魔法は私には当たらず魔法壁にぶつかり消えると、その本人は口から血を流した。

彼の胸元からは、私の大鎌の刃が突き出ている。

 

「な、んで……」

「時間停止魔法対策。何も自分だけが優秀だとは思ってませんよ」

 

ディレスにそう笑いかけ大鎌を振ると血を飛び散らせながらモーリュが彼女の足元に転がる。強者、フトゥースペラの面々は私に対して警戒レベルを上げただろう。

まぁ、勿論時間停止を使ってくることを予想してアイテムを持たせたのはスターシャなのだが。

 

「流石にさっきの魔法をくらっていたら本気で敗北の可能性がありましたが……どうやら大丈夫だったみたいですね」

「こ、のぉぉお!!!」

 

ディレスは闇魔法を連射する。ここまで仲間が傷つけられることは今までなかったのだろう、かなりの荒れようだ。

モーリュが自らに回復魔法をかけ、それをキリカが庇うように立っている。

 

「『モーリュに追い打ちをかけましょう。トドメのつもりでやってください』」

「〈チェンジ・ディオツィオーネ〉」

 

ここまで追い詰めてこれ以上の回復は不味い。ディレスの放った魔法をカウンター魔法で跳ね返しモーリュ達に向ける。仲間の渾身の攻撃、キリカはそれを棍で弾くが全てといかなかったようだ。

 

「キリカ!!モーリュ!!」

 

ああ、戦線が崩れた。自分の攻撃が仲間を傷つけたとなればそうなるだろうと私は追撃に向かう。

 

「『ルナティス、油断しないで!!』」

「──っ」

 

キリカは何かを決意したような顔で私を見ている。スターシャの忠告に私は一度テレポートでの後退を考えたが、キリカの方が早かった。

 

「〈ブレイジング・メテオ〉ッっ!!!!」

 

棍を軸にしてぐるりと回るとキリカの足が燃え上がり避けるのが間に合わなかった私の腹部に強烈な蹴りを貰った。

骨が折れ、内蔵が破裂する。

 

「『ルナティス!!』」

 

魔法壁に衝突した私は血反吐をぶちまけながら地面に落ちる。あれが彼女のクアリタなのだろう、その恐ろしい威力に私は一撃で瀕死まで追い込まれた。

逆転劇。今度はこちらが追い詰められる番だった。

魔法壁に手を付きゆっくりと立ち上がると、丁度スターシャの姿が見えた。

 

そんな泣きそうな顔をしないで、私のせいでまた悲しい顔をさせているのか……。

 

「『大丈夫…大丈夫です……』」

 

私は回復魔法をかけながらテレパシーでそうスターシャに伝える。口に残る血を吐き出すと、手を離してしまった鎌をどう取り戻そうか考えながらディレスの攻撃魔法を避ける。

 

「〈ディフェーザ・ランフォルセ〉」

 

まだモーリュの回復には時間がかかるようなので、私は防御魔法をかけるとキリカの棍を腕で受けながら鎌を取り戻そうと走る。もう少し、もう少しで──

 

「〈グラヴィティア〉!!」

「くっ……!!」

 

あと少しで届くという所で重力操作の魔法をかけられ私は膝をつく。チャンスとばかりにキリカの棍が私に炸裂するが防御魔法の効果はまだ続いているのであまりダメージは負わない。しかしそれも時間の問題だ。

 

「アタシ達は貴方を倒して、アノルマ様の所に……!!」

「こちらも、負けられないんですよね!!」

 

棍を振りかぶったタイミングでキリカの顔面に拳を叩き込む。よろつきながら後ろに下がったキリカの腹部に、今度はさっきのお返しとばかりに足蹴りをくらわせる。

重力操作?気合いで乗り越えた。

というのは嘘で、これもスターシャの作戦通りだ。

 

「『予想が当たったようですわね』」

「『流石に全ての魔法の対策は出来ませんからねぇ』」

 

キーパーソンから事前に情報を聞き、使うだろう魔法を予測して対策、そしてこの戦いに挑んでいる。

私は大鎌を拾うと一回転させ構える。この動きはもう癖のようなものだ。

 

「貴方方は強い、確かに強い。私一人なら負けていたでしょう」

 

一瞬だけスターシャに視線を向け、私はフトゥースペラに敬意を払い軽く頭を下げる。

 

「しかしノーネームには敵わない、私達は最強の従者です」

「『……ルナティス、調子に乗らないように』」

 

モーリュの回復が終わり再び立ち上がると、首を鳴らす。キリカが棍の先端に炎を纏わせると、ディレスはマジカルボックスから杖を取りだした。

つまり、本気だ。

 

「『ルナティス……!!』」

 

さっきまで感動で呼んだ私の名を、今度は叱るように呼ぶスターシャ。本気で戦うぐらいが丁度いいんですよと笑いながら言うと、スターシャは魔法壁越しに私を睨んだ。

 

 

 

──

 

 

「中々しぶといなぁ……」

「ありがとう」

 

僕の嫌味にレナータはそう返して再び剣を振るう。いくら神器がエヴォラメント化したからと言って、僕には敵わないのに。

 

「〈インベイジョン〉」

 

魔法を唱えると杖が薄く光り、レナータの魔力を僅かに奪って吸収した。レナータはそれを気にすること無く僕に剣を振るい続ける。それを杖で受け止めながら時折魔力を吸い、レナータは徐々に追い込まれている。

 

「〈戦士の心得・強欲〉」

 

レナータがアビリタを使うと攻撃の手を休める。彼女は荒らげた息を整えると、構えていた剣を下ろした。降参、という事のなのだろうか。

ならば早々に殺して城にひきこもりたいところだ。こんな死と隣り合わせの戦場などにはいたくない。

 

「私達が戦わないで生きれる道ってなかったのかな?」

「無いよ。こうして混じりあった今、それは無い」

 

今更何を言うのだろうと思ったが、彼女には怯えの気持ちが見える。だからそう考えるのもしょうがないのだろう。

しかし、もうどちらかが勝って生き残る以外にすべは無い。彼女もそれを理解し決意したように見えたが、所詮はそれだけの決意だったのかと僕は杖を構える。

 

「〈デスペリア・ディスティ──」

「私は戦うのが怖い」

「……なら逃げたらいいじゃないか」

 

彼女が何を言いたいのかが分からない。僕は杖を下ろすと、ため息を吐く。

逃げたらいいなどと言ったが、逃がすつもりは無い。僕にとって彼女は脅威だ。そんなものを放っておくわけにはいかない。

レナータは翼で飛び距離を詰めると剣を大きく振りかぶる。こんな攻撃避けるのは容易い。しかし彼女は手から体内に神器を収めると僕の仮面に触れた。

 

「──くそっ!!」

 

彼女の目的はそれかと気づいた時には僕の仮面を取られ、腕で顔を隠しながらレナータを蹴り飛ばす。見られる、この顔を見られる。隠すものはないかと焦りながらせめてもの抵抗にフードを被り直した。

 

「……」

「……どう?気持ちが悪いだろう?」

 

僕は……四つの瞳で彼女を見つめる。人間という種族でありながら多眼に生まれた僕は、誰からも望まれなかった。

レナータの驚愕した顔に僕は顔を顰めた。

 

「これで満足?早く仮面を返し──」

「驚いたけど、別に気持ち悪いとは思わないよ」

「は?」

 

レナータの言葉が嘘偽りではないと分かる。僕はそれを不愉快に感じた。偽善者、どうせ自分も似たような経験があるとかそう言って自分と重ねているんだろう。

結局は自分の事が可愛いだけだ。本気で僕を受け入れてくれる人などいない。

 

「貴方がどんな思いでこれまで生きて、笑って泣いてきたか。これからも続くはずだったそれを奪って進むのが怖い」

「……君は、本当に……」

 

愚かだ。

段々と苛立ってきて、僕は杖で彼女に殴りかかった。それをレナータは受け止めながら本気の眼差しで、嘘偽りない瞳で僕を見ている。

一度後退した僕にレナータは仮面を投げ返すが、それを杖で叩き落とすと再び接近する。また取りだした双剣での斬りつけを杖で受け止め押し返すと大きくよろけたレナータの顔を杖の装飾の部分で殴った。頭を抑えながらも、決して折れない意志を持った瞳をしている。

何故?何故…?彼女は諦めたのではなかったのか…?

 

「そろそろか……さぁ、あの時のお返しだよ!!」

「──!?」

 

僕の目の前にクリスタルが投げられそれが砕け光の粒が収縮し魔法が発動される。

〈ツァイト・ストップ〉、僕が初めてレナータに会ったあの日に使った魔法だ。しかし時間停止対策はしてある、止まったのは3秒程度。それでも、レナータにとっては十分だった。

 

「〈テレポート〉、今ので魔力切れか……」

 

レナータは僕から大きく距離を取ると、剣を構え腰を落とす。

なにか来る。それが分かると僕はすぐに防御魔法をかけ、魔法壁を張った。

 

「これで最後だよ!!〈秘技・流星斬〉っ!!」

 

虹色に煌めく斬撃がレナータの双剣から放たれた。その眩しさに目を細めるが、レナータの渾身の一撃は僕の魔法壁を破壊しただけで消え去った。

これまでか。彼女にもうこれ以上の技はないだろう。

 

「〈ノワール・インパクト〉ッ!!」

「〈瞬間回避〉!!」

 

衝撃波避けるために使った回避のアビリタの能力を逆手にとり、僕の目の前まで接近するとレナータは剣を突き出した。

魔力はさっき尽きたはずでは──

 

「くっ……!!」

「──がはッ……!!」

 

レナータの剣は心臓を貫き、僕の力の入らなくなった手から神器が落ちる。だけど、まだ終わるわけにはいかない。

無理やり力を振り絞り、レナータの首を掴むと締め上げる。

彼女も窒息しそうなのか顔が赤く苦しそうに目を瞑った。心臓の修復は出来ない。でも彼女を道連れにしてやる。

お前も、お前の大切な従者達もみんなみんな死ぬ──!!

 

「がぁああっッ!!!!」

 

レナータは叫びをあげると僕に刺さった剣を引き抜いた。ケホケホと咳き込みながらレナータは僕を見ている。

痛いなんてものじゃない。心臓を貫かれたのだ、当然だろう。びちゃびちゃと血を吐きながら、僕は胸を押えた。

 

これは……死ぬ。

 

「ゲホッ……貴方、を…救う道があったのなら、私は迷わずそれを選んだ」

「………」

「この結果を、私は謝ったりしない。だけど──」

 

彼女も限界が近かったのかレナータの竜人化が解ける。翼を失ったレナータと、瀕死で飛行魔法を維持できなくなった僕。

彼女と共に落ちていく。

レナータは薄く目を開き、懸命に僕に手を伸ばしていた。

もう、もう遅いんだよ。

僕の体は灰色に染まり、散っていく。

 

怖い、怖い……あの時も、こうして落ちて────

 

 

──

 

????年前

 

人里離れた海の見える家

 

 

「……な、なに?」

「ああ、我が子は何故……」

 

夫婦は自然が、特別海が好きだった。大国からわざわざ離れ海の見える場所に立てた小さな家に暮らしている。そんな平凡な夫婦の間に生まれた待望の赤ん坊。

しかし、その赤ん坊──僕の生誕は喜ばれなかった。

 

夫婦は2人とも人間だ。特に病もなく健康体で、特殊な能力などもない。しかしその夫婦の子には生まれつき目が四つあった。

忌み子。もしかしたら自分達に不幸を呼ぶ子なのかもしれないと夫婦は思ったが、それでも2人はその赤ん坊にアノルマと名付け愛することを決めた。

 

──

 

「お母さん、お絵描きのクレヨンがもうないよ」

「そうなの、じゃあお買い物の日に街で買ってくるわね」

 

母は優しい。いつも僕のお願い事を聞いてくれる。多分甘やかしてるとも言うのだろうが、僕はそれでも愛さえもらえればそれで良かった。

いつも疑問に思っていた、何故母と父には目が二つしか無いのだろうと。僕は両親以外の人を知らない。

 

「ねぇ、僕もお買い物に連れてって」

「──駄目よ。ごめんね……」

 

母はいつも通りの返事を返した。沢山お願いを聞いてもらえるけど、これだけはいつも駄目だと言われる。それが何故だかは分からなかったが、僕はまた後で考えれば良いとお絵描き以外の遊びを探した。

 

外に出ると、海の匂いがする。

地面のギリギリまで海に近づき、下で波打っているその透き通った青を見つめた。

なんて綺麗なんだろう。僕はどんどん吸い込まれるように顔を前に出すとバランスを崩し、崖の下に落ちそうになる。

 

「──アノルマ!!」

 

落ちそうになった僕を引き寄せると、父は青ざめた顔で大きく息を吐いた。僕も心臓がひゅっとした感覚にドキドキしながら父に強く抱きつく。

 

「崖には近づくなと言っただろう!!海に行くには回り道しなければいけないんだ、分かったか?」

「ごめんなさい……」

 

父にあまりにも綺麗で吸い込まれそうだったのだと伝えると、分かるぞと笑ってくれた。父も海が大好きだが、僕もそんな両親に影響されて海が好きだった。

たまには海に触れたいと言うと、父は必ずと約束してくれた。

 

「お父さん、今度内緒で街に連れてってよ」

「……アノルマ、ごめんな。海になら連れてってやるから」

 

やはり父もこのお願いだけは聞いてくれないようだ。もう崖に近づかないと父と指切りげんまんをすると、僕は違う遊びを探しに家に戻った。

 

──

 

お絵描き、読書、縄跳び、どの遊びも飽きてきた。

毎日が同じことの繰り返し、僕は父の書斎に向かうともっと難しい本はないのかと探す。父は色々な魔法を勉強していて、魔導書が沢山あった。

僕は自分にはもしかしたら才能があるかも知れないと少しワクワクしながら適当に本を一冊取る。

 

「うーん、僕にはまだ分からないなぁ」

 

難しい文字の羅列に僕は目が痛くなり本を戻す。だけど僕も魔法を使ってみたかった。読めそうな本を探し、それらしき物を見つけると内緒で部屋に持っていった。

 

「『物の腐敗を遅らせる魔法を応用すると、いつの未来か時さえ止められる魔法を生み出せる可能性がある』へぇ、時間を止められる……夢みたいだ」

 

僕は夢中になって魔導書を読んだ。出来るかもしれないと思ったものには挑戦してみたが、どうやら僕には魔法の才がないようだ。しかし、こうして様々な魔法の存在を知るだけでも楽しかった。

時間を忘れ読みふけっていると、仕事に出かけていた父が帰ってきた音がしてすぐに引き出しの中に本を隠した。

 

「アノルマ、入るぞ」

「……お父さん、いつもそう言いながらすぐ入るじゃないか」

 

頬を膨らませ、僕が怒るのを見て父は謝るとお土産だと新しい本をくれた。読みたかった本の続編だ、僕は大喜びしてすぐに機嫌を直すと父に抱きついてお礼を言った。

 

「いつも貰ってばっかりで、僕も何かお返しがしたい」

「ははっ、子供はそんな事考えなくてもいいんだよ」

 

僕は真剣だったのに父がそれを笑ったので、また頬を膨らませリビングに向かった。ご飯中も口をきいてあげないでおこうと思っていたが父の街での話が面白くて、僕は拗ねていたことなど忘れて笑った。

 

 

──

 

 

もうすぐ母の誕生日が来る。

実は僕はある作戦を考えていた。そう、僕一人で街に行ってやろうというちょっと危険な作戦だ。

両親は街には怖い人が沢山いるから、それらから僕を守るためだと街に連れて行ってくれたことは生まれて一度もない。

でも僕ももう十四歳になった。子供なら守られるべきだったかもしれないけど、もう十分大人だとこっそり準備をしていた。

 

「街で誕生日プレゼントを買ってきたら喜んでくれるはず……サプライズだ」

 

母は父の仕事を手伝うため少し遠くに出かけている。これは絶好のチャンスだとポケットにお金を詰めると家に鍵をかけ飛び出した。海の匂いがどんどん離れていく。

最初は調子に乗って走っていたが、街は案外遠くて地図を見ながらやっと辿り着くことが出来た。

 

「ここが街……?」

 

人が沢山いる。僕はまず何からしたらいいだろうかと道を歩いていると、なんだか視線を感じた。

周りを見るとみんなが僕を見てひそひとと何かを話しているようで、僕は少し嫌気持ちになる。

それにしても──

 

「みんな、みんな目が二つだ……」

 

そうか、両親が珍しいのではない。僕が変なのかとこの時初めて気づいた。だから両親は僕を街に連れて行くことをあれだけ拒んでいたのかと。

僕が視線を向けると、少女が泣き出してしまった。僕は何もしてない。それでもその少女を抱きしめた母親は僕を睨みつけた。

怖い、怖い……だけどお母さんのためだ、ここまで来たら絶対にプレゼントを買って帰るぞと再び歩き出す。

 

「やっぱり駄目なのかな……」

 

人におすすめのお店を聞こうとしても逃げれる、いざお店に入ると客が逃げてしまうとつまみ出される。もう散々だ。

心の中でお母さんに謝ると、僕はとぼとぼ歩きながら街から出た。行く時はあんなに楽しみだったのに、帰りは泣きそうな気持ちになる。

 

──その時、誰かに見られている事を僕は気づかなかった。

 

家に着くと、父と母が血相を変えて僕に駆け寄った。もっと遅くに帰ってくると思っていたが、どうやら街に行ったのがバレてしまっているようだ。

 

「大丈夫か!?何かされなかったか!?」

「街には行ってはいけないとあれほど言ったでしょう……!!」

 

両親の慌てように僕は涙を流すと母に抱きつき大声で泣いた。母ごと包むように父に抱きしめられ、僕は自分のした事がどれ程両親を傷つけたか痛感した。

 

──

 

僕はあれから街に行くことを願うことはなかった。いつ通りの、当たり前の生活が何よりも幸せだったのだと理解したからだ。今日約束通り崖には近づかないで遠くから海を眺めていた。

海は広い。どこまで続いているのだろうと好奇心が湧くが、僕は恐らくこれからもこの家で過ごし、そして最後を迎えるのだろうと思った。だけどそれでも両親が愛してくれて、僕は自分を不幸だとは感じなかった。

 

「学校に行って勉強もしたかったけど、お父さんの買ってきてくれる本で自分で勉強するしかないか……」

 

学ぶことは大切だ。これから街に出て働くことがないとしても、将来自給自足で生活していくためには知恵が必要だ。

僕は早速勉強しようと家に戻ろうと振り返ると、父が走ってここに向かっているのが見えた。

 

「今日は仕事早く終わったのかな」

 

しかし、父の表情を見てそうではないと分かった。僕は父に手を引かれながら家の中に入る。

父の僕の腕を掴む強さに痛いと訴えかけるが、父はそれどころではないようだ。

 

「急いで荷物をまとめろ、この家を出る」

「あなた?どういう事なの……?」

 

父が説明するには、僕を不幸を呼ぶ子だと思った街の人達が僕を殺そうとこの家に向かっているのだという。何故そこまで大事になったのかは知らないが、これは自分が街に行ってしまったせいだと何度も謝る。

 

「過ぎたことは仕方がない、最低限に必要なものだけまとめて早くここを出よう」

「う、うん……」

 

僕はリュックに誕生日の時使えなかったお金や父に返し忘れた魔導書、母から貰ったロケット、小さい頃大好きだった絵本……それらを詰めると荷物をまとめ終わって待っていた父と母に手を引かれ家を出た。

遠くから人の声が聞こえ、僕らは走った。

走って、走って……遠くに、遠くに向かった。

行く宛てもなく、ただただ空き家などで夜をやり過ごしながら少ない食料で生き延び、生きるためにたまに盗みもした。

 

「(全部……僕のせいだ……)」

 

どう償いをしていいか、僕は分からなかった。

 

 

──

 

逃亡生活が長いこと続いた。驚くほど広まっていった僕に関する悪い噂はどんどん誇張され広まっていき、懸賞金までかけられるほどになった。

父も母も日に日に老け込んだように見える。あの楽しかった平凡な日々はもう戻らないのか、そう考えると涙が出た。

 

「……泣きたいのはこっちの方だ」

 

父は小さくそう呟くと、急に僕の肩を痛いほど強く掴むと涙を流しなが訴える。

 

「お前が…普通の子に生まれていればこんな事にはならなかったんだ……!!不幸を呼ぶ忌み子というのは、本当だったんだ!!」

「ご、めんなさい……ごめんなさい……!!」

 

母はそれを止めない。父も僕の肩を掴みながら、顔を伏せた。僕がこんな容姿をしているから、大切な両親を苦しめている。幸せな日々は、もう戻ってこない。

 

「申し訳ないと思うぐらいなら……いっそ…死んでくれ……」

「やめて!!……やめてよ……!!」

 

父の言葉に母はそう言ったが、僕と目を合わせようとはしなかった。僕は多眼に生まれても自分は不幸ではないと思っていた。それは両親からは愛されていたからだ。

 

だけど、今は──

 

その日はまた廃墟に泊まり、夜をやり過ごした。

僕は寝静まった両親を確認すると荷物も持たずに一人で廃墟を出る。

 

「ごめんなさい……」

 

振り返り両親に謝ると、僕は走り出した。

 

──

 

結局行く先なんてない、僕は気づいたら住んでいた家に戻っていた。家は崩壊していて、僕を殺すため必死なんだと瓦礫を撫でた。

大好きな海を見る。空は暗く月明かりだけで照らされた世界は水面をキラキラと輝かせ、僕はそれに魅入っていた。

どんどんと海に近づきながら、僕は父の言葉を思い出す。

 

「誰も……誰も僕が生きることを望んでないんだ……」

 

怖かった、何もかもが。

僕に怯える街の人に、僕を殺そうとしている人達、そして大好きな両親でさえも──

 

ゆっくり、ゆっくりと歩み出す。

──僕がいたら、周りを不幸にしてしまう。

 

ゆっくり、ゆっくり崖に近づく。

──ならどうればいいのか。

 

崖の下を見た。

──答えは一つしかない。

 

 

振り返り、ボロボロになってしまった家を見つめながら……

僕は体の力を抜き、崖から落ちる。

 

浮遊感に気持ちが悪くなる。

 

さっきまで足場だった所が遠くなる景色が、スローモーションで見えた。

 

ああ、怖い……怖い……!!

 

あの楽しかった日々が戻らないのなら、その現実から逃げたい。

父から言われた言葉が胸に刺さり、それから逃げたい。

自分が誰にも受け入れてもらえないということから、逃げたい。

 

逃げた、僕は生きることから逃げた。

 

 

だけど、だけど本当は──

 

 

 

 

「もっと生きたかっ────」

 

 

 

 

心からの望みを最後まで言えずに、アノルマという少年の生

はそこで終わりを迎えた。

 

 

 

──

 

 

 

「──い、おーい」

「………ぁ…あ……」

「おはよう、って言っても夜だけどね」

 

黒髪の少年が僕を見下ろしている。頭には見た事のない輪っかに、背には同じく見た事のない翼が浮いている。

 

「──かみ、さま……?」

「へぇ、正解だけど……なんで分かったの?」

 

僕はぼんやりとしたまま、何があったのか思い出そうとする。海の匂いがして、仰向けに倒れる僕の視界には足場だった崖が遠くに見えた。

 

そうだ、自殺したはずだ。

 

僕は体を起こそうとするが、激痛が走りすぐに仰向けに戻る。何か海水では無い液体に触れたなとそれに触れて手を目の前に持ってくると、赤いものが付着していた。

 

「ぇ……血……?」

「当然だよ。君、崖から落ちて死んだんだから」

「死んだ……?」

 

分からないことだらけだ。確かに死のうとしたが、今こうして自分は生きている。そして目の前には自称神がいて……

 

「蘇生だよ、蘇生。神なんだからそれぐらいできるよ」

「蘇生……」

 

それを聞き、僕は痛みなど構わず体を起こすと神の肩を掴んだ。僕が感じたのは、怒りだ。

 

「なんで、なんで余計な事をしたんだよ!!僕は必要ないんだ、死ぬべき命なんだ!!」

「死ぬべき命なんて一つもないよ」

「──そ、れでも……!!」

 

涙が溢れる。死ぬべき命なんか無いと言う神の言葉が、僕の心に刺さった棘を消してくれた気がした。

泣いた、声を上げてそれはもう大声でと暫く泣き続けた。

僕が落ち着いてきた頃に、神は話を続ける。

 

「君は最後に生きたいと願った。俺はね、そんな望まない死を遂げた命にまた生を与えたいんだ」

「……なんでそんなことを」

「なんでって……やりたい事があるし、何より──」

 

神は三日月のように口を歪め笑った。

 

「面白そうじゃん」

 

とんでもないやつに助けられてしまったと僕は後悔し始めたが、もう一度死ぬ勇気もなかった。

これからどうすればいいのか、分からなかった。更に神は話を続ける。

 

「君にはねぇ、運命に選ばれし王になってもらうよ」

「運命に選ばれし王……?」

 

神はうーんと唸りながら、パチンと指を鳴らす。僕はネーミングセンスの無さになんだか神を残念に思っていると、それが伝わってしまったのか神に頭をガッと掴まれた。

 

「!?」

「まずは、王である証、常人では手に入らない超越した能力……あとは特別な武器、そして……不老の力」

「え、ぇ……!!」

 

神が次々と言う度に、体に何かが流れ込んでくる感覚がして身を震わせた。

体の底から湧き出るような強大な力を感じる。

 

「最後に忠実なる従者と、国かな。それは自分で頑張ってね」

「従者?国?どういうこと…?」

 

神は僕から手を離すとふわりと浮き上がった。意味がわからぬまま僕は唖然しながら神を見上げる。

 

「運命に選ばれし王は三人。君達の目標はある宝を手に入れる事だ」

「僕と同じような人が三人いるの?」

「そうだよ、仲間と協力して宝を手にするんだ。ああ、あとくれぐれも俺の存在は内密にね」

 

神はそれだけ言うと、バイバイと手を振りながら飛び去っていく。僕はあまりの情報の多さに処理しきれずに混乱しながら立ち上がり、それを見ていた。

 

「ではレアリスト王国国王、アノルマ・スーリヤ。二度目の人生を楽しんでね」

 

パッと消えた神を見て、僕は暫くそこに突っ立っていた。二度目の人生……僕が望むのは──

 

「もう死にたくない……!!」

 

それだけだった。

 

 

──

 

 

嗚呼、死にたくない。

それを願ったはずなのに僕はこうして二度目の生を散らそうとしていた。

 

あれから運命に選ばれし王として生きるのは大変だった。

 

死にたくない、その気持ちは今でも変わらない。

 

辛かった、苦しかった。

でも彼女はそれを分かってくれたのだろうか。

もしそうならば、それが真実であったのなら……

 

「〈スピリット・メモリー〉……!!」

 

レナータの伸ばされた手を取ると、僕はクアリタを使った。

ジュデリカやプレーノとは違って戦闘に全く役に立たないこのクアリタを今までは嫌っていた。

 

でも今は、この瞬間のためにこの能力を持ったのだと、そう感じた。

 

どうか忘れないで、僕という人間を。

 

アノルマ・スーリヤの生は終わりを迎える。だけど──

 

「ぼく、を、殺すのが……きみで、よか、った……」

 

最期にレナータにそう笑いかけると、彼女の驚いた顔を見ながら僕は灰となり消えていった────

 

 

…………

 

 

私は大鎌を杖にして息を荒らげながら血を吐いた。しかし瀕死なのは彼らも同じ、長年同じ時を過ごしてきただろうフトゥースペラを追い詰められただけでも私は合格だろうと自らを褒めた。

 

「〈グレイト・ヒール〉さぁ、私はまだ戦えますよ!!」

「不死身なの、こいつは……!!」

 

魔法を放とうとしたディレスの体が光り出す。ディレスだけでは無い、モーリュ、キリカも同じように光り出した。この光景は見たことがある……というか体験したことがあるというのが正しいだろう。

 

従者の消滅だ。

 

「ア、アノルマ様が負けた……!?」

「そんな…そんな事がありえるの!?」

 

ディレスもキリカもアノルマが負けた……死んだことが信じられないと言うように上空を見つめている。しかし、モーリュは二人を引き寄せ、強く抱き締めると目を瞑り涙を流した。

 

「……アノルマ様は寂しがり屋だ。皆で一緒にあの御方の元まで行こう」

「モーリュ……。毎日、楽しかったね……!!」

「そうね……私達、良いチーム……家族だったわ」

 

三人は笑顔を浮かべたまま光の粒となり空に消えた。あと少しでも戦闘が長引いていたらこちらが負けていたかもしれないと思いながら、私はそれを見送った。

スターシャがクアリタを解くと私の元まで駆けてくる。

 

「……わたくし達の勝利ですわ」

「……」

「ルナティス?」

 

スターシャは返事をしない私に不思議そうにしている。私は彼女の方を向くと、彼らと同じようにスターシャを抱きしめる。

 

「な、なんですの!?」

「……私達も……家族でしょうか」

 

自らの主に大切にされている事は知っている。しかしフトゥースペラのように胸を張って家族と言えるのだろうかと私は不安になった。

スターシャは子供をあやすように私の背を撫でると、抱き返した。

 

「貴方は本当に……手のかかる弟みたいですわ」

「……弟ですか?兄ではなくて」

「こんなあんぽんたんな兄はごめんです」

 

そう言って笑うスターシャに、私は安心した。ムームア様がどう思うかは分からないが、少なくとも自分の事を家族だと思ってくれる者が一人いる。それだけで心が暖かくなった。

 

「しかし……わたくし達は良き相方ではなくて?」

「相方兼家族です」

「相方兼家族」

 

私の言葉を繰り返し、またふふっと笑ったスターシャだったが……私を突き飛ばし、よろめいた所に顔面パンチをくらわされそのまま転倒する。

何が起こったのだろうと殴られた所を抑えながら立ち上がると、スターシャはあわあわとしながら私の後ろを見ていた。

 

「ヴィシュヌ女王様!?いつからそこにいらっしゃったのですか!?」

「えーっと、降りてきたらなんか抱き合ってたから…つい見てた」

 

スターシャは顔を赤らめ「何とか言い訳しなさい」と私の背をペンペンと叩いてくるが、私は何がおかしいのだろうと思いながらヴィシュヌ女王様に説明する。

 

「私達はお互いが大切な存在だと確かめ合っていました」

「なるほど、へぇ〜…二人ってそういう……」

「違います!!違いますわ!!誤解です!!」

 

ヴィシュヌ女王様の暖かな視線にスターシャは私の事を先程より強く叩くが、これでもさっきまで死にかけていたんだぞと地面に転がっていた大鎌をマジカルボックスに仕舞った。

 

「それはそうとして……見事な勝利、おめでとうございます」

「……うん。ありがと」

 

ヴィシュヌ女王様は全く嬉しそうではない。スーリヤ王と戦う内に何かあったのだろう。生死を掛けた戦いというのはそういうものだ。

 

「私って我儘だからさぁ、本当は……みんな救える道もあったんじゃないかって思っちゃって。アノルマだけじゃない、ジュデリカやプレーノも」

「……それでも、貴方様はアノルマ・スーリヤを殺した。覚悟を持たぬ心弱き者なら、今頃はここに立っていなかったでしょう」

 

ヴィシュヌ女王様はそれを聞くとニコリと笑ってみせる。彼女が戦いさなかアノルマ・スーリヤという人物の何を知って、何を感じたのかは私には分からない。

しかしヴィシュヌ女王様は、戦う前と今では違う気がした。

 

「何はともあれ、私達は勝利した。勝者とてやらなくてはならないことがある」

 

ヴィシュヌ女王様はスフィーダの塔がある方向に視線を向けた後、目を瞑る。

 

「アンディートもムームアも戦ってる途中なのか勝ったのかは分からないけど生きてるみたいだね」

 

そう言えば運命に選ばれし王同士は気のようなものを感じるのだったと思い出す。なんとも便利。

ふうっと安心から大きく息を吐いたヴィシュヌ女王様は私達のに向き直ると肩にぽんと手を置いた。

 

「二人共、お疲れ様。ムームアには沢山褒めてあげてって言っとくから」

「本当でございますか!?有難うございま──」

 

突然ふっと視界が白くなると、私は後ろに倒れながら意識を失った。

 

 

…………

 

 

「びっくりしたぁ……!!」

「かなり無理をして戦っていたので、疲れが溜まっていたようですわね。お手数お掛けしました」

 

倒れそうになったルナティスを私は受け止めるとゆっくりと地面に寝かせた。大丈夫かとルナティスの頬をぺちぺちと叩くスターシャは心配そうにしている。

私は少し彼らから離れると、作っていた笑顔を崩した。

 

「ぁ、ああ……そう、そうなんだね……」

 

今はいない人物に話しかけながら、私は目から溢れる涙を堪えきれずにいた。見た、全てを見たのだ。

アノルマ・スーリヤという人間の人生を。

彼の使った魔法でまるで一本の映画のようにまとめられた彼の記憶を私は見た。

 

辛かった、苦しかった。

何より、一度経験した死をもう二度と味わいたくなかった。

そんな彼の気持ちを──

 

「なんで私にこれを託したの……?」

 

最期の彼は笑っていた。あれだけ怖がっていた死を与えた憎いはずの私に、笑いかけたのだ。

これだけの苦しさを、全てをかき消すように。

 

「ははっ……ずるいよ…記憶を見せておきながらそんな事するなんて」

 

人は肉体の死と忘却による死で二度死ぬと言うが、彼の三度目の死を私は防ぐことができる。それが唯一できる人物なのだ。ならば生きよう。私が死ぬ最後の時まで、アノルマは死ぬ事は無い。

 

「あ〜、これからが本番なのにセンチメンタルになってどうするの!!」

 

両頬を軽く叩くとごしごしと涙を拭い、いつも通りの笑顔に戻る。あまり時間を無駄しにしていけない。こうしている間にもエレムストの凶暴な魔物がアイテリアに流れ込んでいるのだ。私は深呼吸をすると何故か頭の取れているルナティスとスターシャの元へ戻る。

 

「お待たせ、じゃあスフィーダの塔まで行こうか」

「そうしましょう!!ああ、早くムームア様に会いたいです!!そして沢山褒めてもらうのです……きっとムームア様は「よく頑張った、君達こそ一番の従者だ。ボクの自慢だよ」って仰ってくれるに違いません!!そうしたら私は──」

「うるさいですわ!!」

 

ペンッとルナティスの背を叩き、スターシャは申し訳ないと私に頭を下げる。頭を付けていた時はあんなに格好良かったのに……彼は残念なイケメンと言うやつだろう。

私達は〈ヴォラーレ〉の魔法がこもったアイテムを装備すると空に飛んだ。悲しくも誰も魔力が残っていないし、スターシャは元から習得していないようだ。

 

「おっと、アンディートもムームアも塔に向かってるみたい」

 

そうか、二人も勝ったのか。私の我儘に付き合ってくれて、そして勝利してこうして再び会えることに喜びを感じた。

飛行するスピードを限界まで速めながら私は塔に向かった。

同じように党に向かって飛行する皆が徐々に見えてくる。

 

そして私達は塔の前に降り立った。

 

「勝ったんだな」

「うん。二人もね」

「ははっ、勿論楽勝だったよ!!」

 

二人ともボロボロだ。ある程度治癒はしたのだろうが、服に着いた血で簡単な戦いではなかったことが分かる。そして私も含めてだろうが、浮かない顔をしている。

アンディートは私とムームアの肩を組むと顔を伏せながら大きく息を吐いた。

 

「お前らが生きてて、本当に良かった」

「ボクが負けるわけないじゃん」

「相変わらず強がり言って……何だか安心するよ」

 

ふっ、と誰かが笑うと三人で笑い出す。

生きてまた会おうという願いが叶い、私はまた泣きそうになるのを堪えながら笑った。

暫くしてアンディートが私達の背をぽんと叩くと肩を離し、塔を見上げる。私達のと同じように塔の上部が無いという事は、やはり──

 

「また飛ばなきゃいけないのかぁ……」

「レナータ、前みたい連れてってよ」

「今はそんな体力ないよ!!」

 

そう言っていると、私達の足元にふっと円盤のようなものが現れた。丁度三人乗れるぐらいの大きさだ。

恐らく、彼は見ているのだろう。

 

「乗れってことか……どうする」

「それ以外ないでしょ、行くよ」

「……この先にエレボスが待ってる」

 

私達は頷き合うと、自分達も行くと抗議する従者達を説得して円盤に乗った。わざわざこの大きさにしたという事は、元から塔に従者達を入れる気はないのだろう。

円盤は私達が皆乗った瞬間すぐに動き出す。上へ、上へとぐんぐん登っていき、私は少し落ちないか心配だった。アトラクションのようでちょっと怖い。

 

「着いたぞ」

 

私がぎゅっと目を瞑っている間にいつの間にか着いていて、アンディートに声をかけられるとゆっくりと目を開けた。怖がっている私をムームアが鼻で笑ったのを見て、ムッとすると軽く頭にデコピンをした。

 

「じゃあ行こうか」

 

二人が頷いたのを確認して、私が塔に触れると人が一人通れるほどの穴が現れる。一人づつ中に入ると、アイテリアで見たのと同じように螺旋階段が続いている。

無言で私達は階段を上っていく。警戒しながら神器を取り出すと、あの趣味の悪い黄金色からいつも通りの双剣に戻っていた。

 

「どうしよう、もう二度とエヴォラメント出来ないとかだったら……」

「レナータも神器の進化させたの?」

「お前らもか」

 

みんなしたのかと双剣を見ながら階段を上り続けると、ついにそれが途切れた。目の前には大きな扉があり私が視線で二人に合図をすると、その扉を強く押す────

 

「……ぇ」

 

──そこには、見覚えのある人物が立っていた。

 

 

 

 





はい!!これでもエレムストの運命に選ばれし王との戦いが終わりました!!
みんなが戦わないで助かる方法……「え、そんなのエレボスにアイテルは眠ってるだけって伝えて貰えばいいじゃん」って思いますよね。分かります。私もそう思います。
そう出来なかった理由を、私は今から必死に考えます!(後先考えず書いていた皺寄せ)

アノルマ、ジュデリカ、プレーノのエレボスに対する忠誠心は自らを生き返らせてくれた恩から来ていました。三人とも本当はまだ生きたかったけど死んでしまった、だけど救われたので恩人にお返しがしたい、みたいな感じです。
三人もレナータ達のようにエレボスと戦いトリムルティの宝を手に入れ、そしてその後にエレボスが自分の恩人だと知りました。(アノルマは知ってましたが)
恩を返したいと言ってもエレボスもアイテルと同じように半分寝た状態で椅子に座って下界の様子を見てるだけなので、アイテリアの運命に選ばれし王を殺せというのは三人にとって初任務でした。

それにしても戦闘が続きますね……この作品はバトルものなので勿論エレボスと和解して戦闘回避というハッピーな事はありません。
しかしその前にある人物と戦わなくてはいけないので、プレーノ戦、ジュデリカ戦、アノルマ戦、???戦、エレボス戦と5回連続ですよ。一部の時のように戦闘の話、その後の話と一度日常シーンを挟めたら良かったんですけど、エレムスト側の人はみんな殺すことになってたのでそれが出来なかったんですよね。そして私は戦闘シーンが苦手なのでなかなか考えるのが難しい……。みんな戦い方が同じ感じするなと思ったりするかもしれませんが、それはお許しください。悲しくも今の私ではこれが限界です……!!

前は長い期間空いちゃいましたが勿論完結しないまま放置する事は無いのでちゃんと終わらせるつもりです。
あとはレトロのように番外編みたいなのも書けたらいいなぁと考えています。

次回、誰と戦うのでしょうね!!何となくバレてる気がしなくもないです!!
ここまで読んでくださりありがとうございました!!



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空っぽの神

 

アイテリアでは試練があった部屋には見覚えのある人物が立っていた。見覚えがあると言うより、さっきまで会っていた……殺した人物だ。

 

「……アノルマ?何で……」

 

彼だけではない、ジュデリカとプレーノの光のない瞳でそこに立っている。彼らは無表情のまま私達を見つめ、そこに感情はないように感じた。

 

『あー、あー。聞こえるかな?』

「この声……」

 

アノルマの記憶で見た神の……エレボスの声だ。私はそんな事より何故彼らが生きているのか分からなかった。そっちの方が重要だ。またエレボスが蘇生させたのか……何のために?

 

『もう、返事ぐらいして欲しいね。分かってるかもしれないけど、俺はエレボス。この部屋までの到達おめでとう、素直に賞賛するよ』

「──エレボス、聞いて!!アイテルは死んでない!!」

 

元々はその勘違いから始まった事だ。それさえなければこんな事態にはならなかった。私がアイテルの無事を必死に伝えると、エレボスは何故か愉快そうに笑った。

 

『はっ、あはははははっ!!……知ってるよ、そんな事』

「じゃ、じゃあ何でアノルマ達を止めなかったの!?何故結界を破壊したの!?」

 

知っていた。彼は知っていたのだ。エレボスはまた笑った、それはもう楽しそうに笑っている。それに怒りを感じながら私は双剣を強く握る。私の質問に対する彼の答えが分かったからだ。

 

『楽しそうだったから、ただそれだけだよ。冷静に考えれば君らが運命に選ばれし王として力を持っているのがアイテルが生きているという証拠だ。だけど君らが戦ってる姿がさぁ、とっても面白くて……ついね』

「このクズ野郎……!!」

 

アンディートが舌打ちをするとエレボスが居るであろう部屋に向かおうとするが、それを遮るようにアノルマ達が動く。

 

『君らは覚悟を持って彼らを殺した。そしてそれぞれ自分で殺したのにも関わずそれを悲しんだ……ああ面白いっ!!自分で殺したくせに何でそんなこと思うの?クズ野郎は君らの方じゃないか!!』

 

確かに私達はアノルマ達を殺してここまで進んできた。誰もが避けられないと分かった戦いで、私達は勝利した。だからこそ後悔はせずに彼らの死を忘れないと誓いここまで来たのだ。それをエレボスは面白いと言う。

 

『ねぇ、どんな気持ち?そんな彼らとまた対面したのは……嬉しい?』

「……アノルマ達は死んだ。それに……私達の目の前にいるのは同じ人じゃない」

『へぇ、よく分かったね。そうだよ、神でも出来ないこともあるんだ。運命に選ばれし王として超越した力を持った者は二度と蘇生出来ない』

 

それが特別な力を与えられた者の末路なのだろうと私は抜け殻のようなアノルマ達を見る。容姿はそのままだが、濁った瞳で私達を見ている彼らは、私達と戦った彼らではない。

 

『でも一応同じではあるよ?彼らの遺伝子の同じ生物を作ったんだ。だけど君らが大切にする心と言うものはないけどね』

「それは同じとは言えない。貴方みたいな人には分からないだろうけどね」

『うん、全然わからないよ』

 

エレボスは人の心というものがよく分からないのだろう。アノルマ達だけではない、私達もただの暇つぶしの道具でしかないのだ。アイテルも似たような思考だったので今更不快感はない……はずだ。

これほど許せないのはやはりアノルマ達をこんな状態にしてまで蘇生させ、わざわざ私達に見せつけてきたからだ。

 

「ここまで来てじゃあ通っていいよなんてことないよね?」

『もちろんだよ‼それじゃあ彼らを蘇生させた意味がない』

 

ムームアの問いにエレボスは楽しそうに返事をすると、パチンと指を鳴らす音が聞こえアノルマが何かを体内から取り出す。

金色に輝く世界に一つしかないはずのそのマジカルアイテムは──

 

「トリムルティの宝か……‼」

 

アンディートがそう言うとアノルマがそれを首にかけ、ジュデリカとプレーノの体が光る球体となりアノルマの体に吸い込まれていった。

アノルマの体が光りだし、どんどんと形を変えると一つの姿に落ち着きソレは閉じていた眼を開く。

赤い四つの瞳にエルフ耳の、少年とも少女ともとれるような人物がそこには立っている。あれは間違いなくトリムルティ化だ。

 

『さあ、彼らは神の領域に達した。元々戦力差のあった彼らに君たちは勝てる?』

「勝てる勝てないじゃなくて、勝つしかないよ」

『じゃあ見せてよ、どんな困難にも打ち勝つ君らの意志ってやつをさぁ‼』

 

ならば見せてあげよう、戦う者の強さを。

しかし、一つ問題がある。ソレが何もしてこないのをいいことに私達はこそこそと話し始めた。特に秘密にする必要もないのだが。

 

「ねぇ、どうするの。ボク達もトリムルティ化する?」

「つってもアイツを倒したら次はエレボスの野郎をぶっ飛ばさなきゃいけないだろ?そんな長時間融合してたら──」

「絶対ファタリタとして固定されちゃう……‼」

 

もう記憶共有はこの際どうでもいい。問題は長時間トリムルティ化するともう元の三人には戻れず、誰でもないファタリタという神として存在することになるのだ。そんな事になっては困る。

世界を救うために救世主となったというと聞こえはいいが、ようは世界のために死ねということだ。

 

「でも今の神じゃないボク達で勝てる?それにあっちは違うけどボクら瀕死状態から復活したばっかなんだよ⁉」

「確かに……」

「よく考えたら魔力も技力もゼロに近いな」

 

みんなで顔を見合わせる。世界のために死ぬか、そんな決断がすぐに出来るはずもない。もしファタリタとして生きることになったら従者たちにどんな顔をすればいいのだろうか……。

などと考えていると、しびれを切らしたのかソレが動き出す。

 

「おい‼早く決めねぇとアイツ完全に殺す気だぞ‼」

「レナータ‼」

「ごめん二人とも、私と心中して‼」

 

すぐにトリムルティの宝を体内から取り出すと首にかける。またあの不思議な感覚に襲われ、私達は一つになる──出来ればもう二度と体験したくなかった。

ソレは何の詠唱もなしに闇魔法を放つと、私は双剣で弾き消す。無詠唱で魔法を撃てるということは、名前からの対策はできなくなる。さすがは神といったところか。

 

「いや、神でも詠唱はしていたぞ……?」

 

そこに気を取られていると、再び魔法が放たれる。

さて、魔力も技力も尽きている今、どうソレと戦うかと回避しながら悩んでいるとその問題はすぐに解決した。

なぜか三大能力が完全回復していた。恐らくトリムルティ化によって一度俺達の情報が初期化され、ファタリタとして再構築されたのだろうとそれっぽい回答を導き出すとすぐに双剣を構える。

 

「それさえを分かればこっちのものだ。力の差がなんだというんだ、ボクは勝って先に進ませてもらうよ」

 

ソレは無表情のままただただ攻撃をし続ける。それぞれの面影があるその姿に剣を振るうのを躊躇しそうになるが、俺はそれでもと斬りかかった。

ソレは彼らではない。それぞれ違う色をした人生を歩み、それを想い私に負け散っていった尊い彼らでは。

それを分かってはいるが、一瞬戸惑ってしまう。

 

「何をそんなにためらってるの?一度は殺した命じゃないか」

 

初めてソレは口を開く。ボクがそれに驚き動きを止めると、闇魔法が爆破し体が後ろへ飛んだ。壁にぶつかりやっと止まると、私に向かってソレは一歩踏みだした。

やはり先ほどと同じ死んだ目をしている。

 

「嗚呼……僕?違うな…オレ、ワタシ……どれでもないのか」

「……貴様、名は」

「僕は、そうだな…ヴァルトラとでも名乗っておこうか」

 

俺と同じような曖昧な存在。しかし私とは違い、ソレ……ヴァルトラには中身がない。本当にただボクと戦うためだけの神。それしか存在理由がないのだろう。

時折首を傾げながら、私を見ている。

 

「そうだ、そうだったな。オレはお前を殺さなくてはいけないのだった」

 

そういうとヴァルトラは瞬時に至近距離まで迫り私の顔面をフルスイングで殴った。か細い体をしておきながら凄まじい一撃だと困惑しながら双剣で斬りかかり二撃目を防ぐ。だが何故か殴った側のヴァルトラも驚いているようで、ボクは何が何だか分からなくなる。

 

「なぜワタシはこんな事を……?いや、違う。これは正しい……?」

「自分さえ分かっていないのに、ボクに勝てるわけがないだろう」

 

そういうと、やはり分からないと結論付けて満足したのか再び私に向かってくる。槍、斧、杖を使い分けながら隙のない攻撃を仕掛けてくるヴァルトラに、彼らを思い出した。ならばとこちらも双剣を体内に収め薙刀で斬り払うと、ヴァルトラは距離を取り頭をかく。

 

「オレは、お前を殺す……それでいいはずなんだ」

「……俺だって容赦はせんぞ」

 

空っぽ、何もないヴァルトラは自らの目的さえも失いかけている。それでそこに立ち、俺から視線を背けることはない。いくら自分の中で回答を出そうとも、また湧き上がる疑問。それにヴァルトラは囚われている。

勝算の低いと思われた戦いに、希望が見える。銃を取り出しボクは魔力弾を連射した。最初はかすりもしなかった攻撃が徐々に当たり始める。

 

「これでよかったんだろうか?僕は……」

「貴様のそれは、貴様自身の意志ではないだろう。私はそう思うがな」

 

優勢だったヴァルトラがどんどんと俺に追い詰められていっている。私は双剣を突き出すと、ヴァルトラの胸元から血が滴る。お返しとばかりに斧を振るわれ、ボクは腕に傷を負った。ヴァルトラが使った時間停止魔法を無効化し、こちらも同じ魔法を使うと無効化され、光魔法を放てば闇魔法で相殺される。

だが、同じトリムルティ神といえどボク達には大きな違いがあった。

 

「何度来ようとも俺には勝てはしない‼」

「うるさい、うるさい……‼」

 

意志の違い。

私を殺すことを戸惑っているヴァルトラに、迷いなき俺。

ボク達の違いは僅かそれだけだが、それこそがこうして実力差の大きいはずのヴァルトラと対等に戦えていることの答えだ。

 

「諦めろ、もう躊躇などせんぞ」

「黙れぇっ‼」

 

嗚呼、悲しい。一度は覚悟を決め、その想いを背負い生きると決めた命を再び奪わなければならないなんて。こんな残酷なことがあっていいのだろうか。

彼らに似ているが、彼らと違う意志のない濁った瞳を見て思う。

だからこそ……一度殺した人物、その唯一として彼らを葬らなければいけない。

 

「もう……止まってくれ‼」

「ワタシは、お前を……お前を……‼」

 

薙刀を振り下ろすと、それを斧で受け止められる。力がぶつかり合い衝撃波を発生させると同時に吹き飛ぶが、立ち上がり、またぶつかる。

止まらない、止まったりしない。

大きく飛びのいたヴァルトラが魔力を杖にためるのを見て、私も双剣に力を籠める。

 

「くら、えぇえっ‼」

「あ゛ぁあっ‼」

 

赤黒い闇の塊と、光を放つ斬撃が衝突する。

互いの本気の一撃が相殺され消し飛んでも、それでもまだ止まれない。

 

斬っては斬られ、殴られれば殴り、撃たれては撃った。

 

終わらない、まがい物の神同士の戦は終わらない。我の中にはヴァルトラを倒すという闘争心しかなく、ただただ武器を振るった。

 

「倒れろぉお‼」

「──っああぁぁあ‼」

 

ヴァルトラの右腕を斬り飛ばす。切り落とした腕は光の粒子になり体に吸収されるとすぐに再生した。神はそんなことまで出来るのかと、核である心臓を狙うがヴァルトラは今までと違いそれは必死に防ぐ。

つまり心臓さえ潰せば確実に死ぬということだ。

 

「まだ終わらんぞ‼」

 

ヴァルトラと戦いながら、段々と違和感を感じていた。彼はなぜ私を殺すという以外に何もないはずなのに、自らの生命維持に執着があるのか。

戦うという意志だけで動く生き物は自分の負傷など顧みず本当に相手の命を終わらせることだけしか考えていない。俺はそれを見たことがあるので分かる。

しかし、ヴァルトラは攻撃を防ぐということをする。

それは自分が動けなくなると目的が達成できないからなのか、それとも──

 

「貴様は、死にたくないと……生きたいと願っているのか?」

「生きたい……?」

 

ヴァルトラはそれを聞くと動きを止める。答えが見つからないのか、何度もその言葉を繰り返すと、頭を抱え唸りだす。空っぽだったものに無理やり大きな問いを詰め込んでいるのだ、混乱するのも当然。その隙だらけの今に、俺はどうすべきか悩んでいた。

 

「(今なら殺すことはできなくても重傷を負わすことは出来るだろう。だが……)」

「あ、ぁあ、あ……いき、生きたい?わ、分からない……僕は……‼」

 

ヴァルトラは泣き出した。ぽろぽろと流れる雫が床に落ちるとまるでそこが水面のように波うち、そこから蛍のような光りがいくつも浮かび上がる。

先程まで戦場だったこの空間は神秘的な光に包まれ、まるで違う場所に転移したのではと錯覚してしまう。

 

「なんだ、これは……」

 

 

 

           …………

 

 

怖い、怖い──

なんだこれは、なんだ、なんだなんだ?

 

ワタシは思ったのだ、彼を殺さなくてはならないと。

オレは思ったのだ、ならば武器を振るえばいいのだと。

僕は思ったのだ、それだけがここにいる意味なのだと。

 

それなのに、この溢れる気持ちはなんだ。彼とぶつかり合うたびに感じるこの思いは。

彼は強い何かの籠った瞳で僕を見ながら、彼のその何かを武器に乗せて伝えてくるのだ。

やめてくれ、壊れそうだ。

ならばとオレも武器を振るう。壊せ、壊して、壊して壊して、そして無くしてしまえばいい。

倒れても立ち上がり、傷ついても止まらないお前のそれはなんだ?

ワタシに無くて貴方にあるそれはなんだ?

分からない、分からないが僕がどれだけ考えてもその答えに辿りつけないことは分かる。早くこの苦痛から逃れたかった。だからオレはがむしゃらに戦う。

 

「苦しい……消えろ、消えろ消えろぉっ‼」

 

もう彼も──自分さえ、消したかった。

 

 

…………

 

 

ヴァルトラが叫ぶたびに蛍のような儚い光がパッと弾け花火を思わせる。これが人の想いというやつなのだろうか、光は次々と弾けて消えていく。

空っぽの神は私と戦うほんの少しの時間で色々なものを知った。それに耐えきれずにこうして消していっているのだろう。必要ないものとして。

 

「あぁ……いやだ……苦しい、怖い……‼」

 

ヴァルトラは苦しんでいる。何が怖いのか、何に苦しんでいるのか。我には分からない。

無理やり生かされ、戦わされ、エレボスの道具のように扱われる。

そんなことを、あの戦いで想いを交わした彼らが望むのだろうか。

俺はそうは思えなかった。ならばこうして対峙している私がやるべきこと、想いを知っているボクだからこそやらなくてはいけないこと。

 

「苦しいのなら……開放してやろう」

 

私の過去を、俺の今を、ボクの未来を──

 

「──我の全てを‼」

 

手の中にすべての思いを、意志を込めた剣を生成する。輝くその剣を構えると叫び苦しんでいるヴァルトラを見据える。

我の全てを受け止めて、そして──

 

「安らかに、眠れ」

「──っ」

 

剣は──ヴァルトラの心臓を貫いた。しかし、いくら混乱状態にあったからと言え今までの動きを見ればこの攻撃をかわすことも出来たはずだ。

剣を引き抜くと倒れそうになるヴァルトラを支えゆっくりと寝かす。彼はうつろな瞳で私を見ながら、小さく笑った。

 

「またそれ……ずるいなぁ」

 

私がそう言うと、ヴァルトラの体が光ると先程の蛍のようにぽつりぽつりと浮き上がって徐々に消えていく。彼は最後に何かを言ったが、俺はそれを聞きとれずにヴァルトラが消えていくのを見送った。伝わっただろうか、我の心からの気持ちが、意志が彼の無いはずの心に。しかし……ひどく胸が痛む。ボクが次に感じたのは、怒りだ。

 

こんな、こんなことがあっていいのか。

 

『勝者、ファタリタ‼おめでとう‼』

 

再びエレボスの声が聞こえ、我は怒り狂いそうになる。

高を括っていられるのも今の内だ。意志の剣を持ったまま、私はヴァルトラがいた場所を一瞬だけ見た後大きく足を引くと次の部屋へ続く扉を蹴り破った。

 

「我が怒りを知れ……‼」

 

長い階段の先でこちらを見下ろし笑っているエレボスを、我は睨んだ。

 







ファタリタvsヴァルトラという事で、トリムルティ神同士での戦いとなりました!!最初はアイテリアであった試練みたいな話は無しにしてすぐにエレボス戦にいこうと思ってたんですけどなんか入れたかった私が無理やり考えたのがヴァルトラですね。
あとただ単に折角なんでアノルマ達もトリムルティ化させたかったのもあります。

これねぇ、多分一人称の違いがね……読んでいる方は混乱してこないかなぁと心配です。
レナータは私、アンディートは俺、ムームアはボク
アノルマは僕、ジュデリカはオレ、プレーノはワタシ
とみんな表記的には違う感じにしています。トリムルティ化している最初なへんの時はまだ三人としての自我があるので一人称は混合しています。ですがね!!最後の辺りでファタリタの一人称である我がちょくちょく入ってきているのがお分かりでしょうか!!そうです、もうファタリタとして一つになる前兆が……!!恐ろしや……。

次回、ついにエレボスと対面!!
ここまで読んでくださりありがとうございました!!次が最終話になると思います!!


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三神一体

神──それは全ての存在の頂点に立つ世界の管理者。

 

「やあお疲れ。とっても楽しかったよ、醜くて」

 

アイテリアで見たのと同じような宝物庫にある長い階段の上にある椅子。そこにその神、エレボスは座ってこちらを見下ろしていた。普通の者ならその周りに散乱した宝に目を奪われたかもしれない、エレボスから感じる強大な力の波動に恐れ膝をついたかもしれない。

しかし、我は輝く剣を握りながら彼から視線を外さずに歩きだした。

 

「醜いのは貴様のほうだ外道め。この世界に生きる者の代表として許しておかんぞ」

 

エレボスは心外だとばかりにおどけたような表情を見せると、ため息をついた。足の長い椅子からひょいっと降りて一歩一歩階段を下りていく。

 

「あのさ、この世界を作って君らをここまで見守ってきたのは誰だと思ってるの」

「見守る?死者を蘇生させ、おもちゃの様に扱うのもその一環か?」

「だってずっとここで眠るのも退屈だから……ちょっと遊んでもいいと思わない?」

 

神は笑う。先程我とヴァルトラが戦ったこともどうせすぐ忘れ、また新しいことでもするのだろう。こいつはそういう類のやつだ。

運命に選ばれし王というのもそもそもは神の退屈しのぎだった。そして運命に選ばれし王の目的であるトリムルティの宝、それに辿りついてしまった者たちを見て神が何を思うか……もう一度見ているので分かる。

 

「せっかく面白い事思いついたと思ったのに……楽しくないから世界を一度消滅させて作り変えようかなぁ」

「貴様もアイテルと同じか。これだから神というやつは……」

 

勝手だが、我のイメージする神というのは慈愛に溢れ自らが作り出た人々の幸せを願い見守っている、そんな存在だ。こんな自分勝手な世界をおもちゃとしか思っていない神を見たら、下界でそんな慈悲深い神を信仰している者たちが泣くぞ。

イメージを押し付けるのはいい事とは言えないが、もっとこう……あるだろう。

 

「アイテル生きてるんだよね?じゃあ二人でまた相談して──」

「残念ながらそうもいかんのだよ。我がいる限りな」

 

こんなことはおかしい。こいつの都合だけで今生きている者たちが消されてしまうなんて。そんな非道があっていいわけがない。

しかし神のいない世界というものがどうなるかは知らない。アイテルに聞いておけばよかったと後悔しながらも、今の我にはもうこれしか思いつかなかった。

これから神殺しをする。しかしそうした場合当然エレムストの神の席は空く。そしてアイテルがこの世界に干渉できるかは分からない。ならば──

エレボスに剣を突き付け、我は決意を固める。

 

「貴様を殺して、我がこの世界の神となる」

「は……?あ、あはははははっ‼本気?本気で言ってるの⁉」

 

階段の途中で立ち止まり、エレボスは涙を流すほど爆笑する。暫くしてその笑いが収まると、急に冷たい空気が流れた。エレボスの体からはその中に渦巻く気持ちを放射するように闇が溢れている。

 

「ふざけるのも大概にしろよ。お前に何ができる?」

「トリムルティの宝をアイテルから奪った時の焦りようは普通ではなかった。いくらこの世界を消滅させようとも、トリムルティ神となった者は消せないのではないのか?」

「──っ‼」

「図星か。まがい物とはいえ神は神ということだ……さあ世界を消滅させてみたらどうだ?」

「どうせ時を戻して無かったことにするんだろ?生きてきてこれほど腹がったことはないよ……最悪な気分だ」

 

なるほど、確信はなかったが今の自分は時すら操れるのか。

ブラフだったがいい事を聞いたと薄く笑いながら、もうエレボスに逃げ場がないことに我も覚悟を決める。エレボスは階段を下り終わると、魔力で剣を作った。

もうお互いに道は一つしかない。

 

「神に反逆するなんていい度胸だ、お望み通り相手をしてやるよ」

「かかってこい。貴様は負ける」

 

友人を殺す事になるのだからアイテルには悪いと思うが、それでもこいつは生かしてはおかない。心底腐ったやつにこのまま世界を好きにさせてたまるものかと意志の剣を構えると、剣は決意に答えるように輝きを増した。

 

「あ〜、腹が立つなぁ!!早く終わらせてリセットしてやる!!」

「──ぐっ!!」

 

エレボスの闇の剣と我の意志の剣が交わり、周りにあった宝がその衝撃で飛び散った。様々な宝が宙を舞い、キラキラと光を反射させその中睨み合う。

押し切ろうと力を込めるが、エレボスの剣から出る闇が我の持つ剣まで侵食していき酷い不快感を感じてすぐに離れた。

 

「君のその剣、君の心を具現化させたような物だろ?俺の闇に触れるとどうなるか……分かるか?」

「我の意志は、決意は歪んだりせん」

 

そう強がりを言ってみるが先程の接触で分かった。確かにこの剣は我の意志そのものだ。闇に触れるとどんどんと心が荒んでいくのだろう。あまり剣は使えないなと手を前につきだす。

 

「〈リジェクト・インパクト〉ッ!!」

「そんな、の……効かないなぁ!!」

 

我が放った衝撃波を簡単に耐えきり至近距離まで詰め寄ってきたエレボスは剣での突いてくる。それを弾きくと、再び剣が闇に触れた。

 

『お前が本当の神になれるのか?』

 

頭の中に何か聞こえるがそれを無視しながら我は追撃をしかけてくるエレボスの剣を何度も受け止めながら後退していく。エレボスの勢いは止まらず、我はどう反撃に出るかと焦り始める。

 

『ただの凡人が、世界を背負える?』

『全てを統べることがどれほど重いことか分かるか?』

『お前みたいなやつにはできない』

『早く諦めて楽になればいい』

 

「だま、れぇっ‼」

 

エレボスに斬りかかると、彼はそれをひらりとかわして楽しそうに笑う。気のせいだろうがエレボスの剣の闇が増したように感じる。

 

「黙るも何も、俺は何も言ってないよ?」

 

分かっている、エレボスは一言もしゃべっていない。そして先程から聞こえるこの声は、自分自身のものだとも。己の中にある人の弱い部分がつつかれどんどんと引き出されているのだ。レナータもアンディートもムームアも神として作り出されたわけではない。今までただの人として生きてきて、急に神の座の空席を埋めるなどそう簡単に決心できるものではない、それも分かっている。

 

「……貴様は自分が神であることをどう思っている」

「どうも思ってないよ、生まれた時から神だったからね。俺にとってはこれが当たり前なんだ」

 

エレボスは闇の剣をなぞると、我を見つめながらため息を吐き先程まで座っていた椅子に視線を移す。神が座る割には簡素なそれを見ながらエレボスは話を続けた。

 

「君はね、神になるには人の心が強すぎる。神なんてどっかネジが外れてるようなやつがやるようなもんなんだ」

「貴様もそうだと言うのか」

「そうだよ。だから君が怒るようなことを平気で出来るんだ」

 

我は神になりきれていない。神として、元々は三人の人だった我と初めから神として生まれたエレボスでは天地の差があるのだ。

自らがエレムストの神としてこの世に君臨するとして、それに、その一人ぼっちの寂しさに我は耐えられるのだろうか。

 

「迷いがあるやつに俺と戦う資格はない」

「……迷いがあるからなんだというのだ」

「は?」

 

それでも、と我は剣を強く握る。人らしさが神に必要ないもの誰が決めた。確かに凡人にはできないかもしれない、全てを統べるのは重いかもしれない、まがい物の神には務まらないかもしれない。

だからと言って諦めるわけにはいけない。我は──

 

「人らしい神として、今より少しでも幸せな世界にしてみせる」

 

迷っても、恐れてもいいのだと自らに語り掛けると、再び意志の剣の輝きが増しより強固な剣となる。

エレボスはその光に不快そうな顔をすると、剣を強く振った。怒りから溢れる闇はさらに大きさを増して、それは飲み込まれそうな程の漆黒となった。

 

「折角親切に説得してあげたのにさぁ……やっぱり殺すしかないか」

「死ぬのは貴様だ、引導を渡してやろう」

 

剣を構えると距離を詰めエレボスに斬りかかる、エレボスはそれを受け止め笑ったが……我の意志の剣に闇が侵食することはなかった。神の放つ闇さえ乗り越えるほどの決意が、我の中にはある。

エレボスがどれだけ連撃を叩き込もうが、頭の中に声が聞こえることはない。

 

「〈ルミナ・ダウン〉!!」

「〈アビス・シールド〉ッ!!」

 

我が放った降り注ぐ光線を闇の魔法壁で防ぐと、エレボスは再び確かめるように剣を振るう。何度やっても同じことだ。やはり意志の剣は闇に侵されることなく煌めいている。エレボスは舌打ちをし、力で我の剣を押し返すと後ろに下がろうとした我の体に手を当てた。

 

「これで終わりだ……‼〈インテンション・クラッシュ〉ッ‼」

「なっ──」

 

精神を不安定にさせる魔法を使われ、まずいとエレボスに蹴飛ばしすぐに離れる。しかしもう我の体は闇に包まれ不快な感覚が……しない。胸を押さえていた手を放し、怪訝な表情で我を見るエレボスに笑いかける。

 

「なんで……俺の…神の使った魔法だぞ!?なぜ効かない!?」

「我も、徐々に本物の神に近づいているのだろう」

 

人間らしい神でいると先程決めたばかりだが、その意に反して我の心は人を辞め始めているようだ。元の人格がごちゃ混ぜになり一つとなったこのファタリタという神の完全体に近づいている。長時間の融合のせいだなとトリムルティの宝に触れ、剣を振りかざす。

 

「〈戦士の心得・強撃〉〈業火の斬撃〉ッ!!」

「〈ディクティター・スラッシュ〉‼」

 

強化された炎の斬撃と、赤黒い禍々しい深紅の斬撃がぶつかり合い大きな爆発が起こると、その爆煙も消えぬうちに剣が交じり合う。互いに譲らない、力の押し合いをしているとパキッと音を立てエレボスの剣にひびが入った。

それを見て我を睨みつけたエレボスはわざと強く剣を押し破壊すると、それに力の行き場を失った我は大きくよろける。

 

「ここだっ‼」

「──がぁっ‼」

 

エレボスは我の腹部の近くで剣を生成させ、それが腹を貫いた。すぐに引き抜き二撃目を放つエレボスの剣を素手でつかみ、手から血を滴らせながら次の手を考える。このままでは埒が明かない。

 

「〈瞬間回避〉〈魔力強化Lv5〉〈イノセンス・レイ〉ッ‼」

「ああっ‼うざったいなぁ‼」

 

回避系のアビリタで大きく後退すると、魔力を強化し剣の先から渦巻いた光を纏う光線を放つ。それをエレボスは待ち構えている。この動きの場合は……

 

「〈インヴィンシブル・ゴッド〉ォッ‼」

 

派手に足を地面を叩くとエレボスを中心に衝撃波が発生して光線が消え去る。やはりこの無効化魔法を使ってきたかと予想が的中し、再び同じ魔法を我はエレボスに向ける。それをされると予測していなかったエレボスは驚いた顔をしていた。

 

「〈リフレクショ──あ゛ぁあッ‼」

「やっとまともにくらったか」

 

光線はわき腹を内蔵ごと焼き貫通し、エレボスはそこを押さえながら大きく息を吐いた。彼が怒れば怒るほどに彼を覆う闇は大きくなっていく。

 

「〈オーバー・ヒール〉、このぐらいで満足してるわけ?」

 

エレボスが回復魔法を使うとその傷は完全に癒える。どれだけ攻撃しようがこうやって回復されるのは目に見えているのだ。

 

「〈マジカル・クレアボヤンス〉」

 

エレボスの魔力量確認するが流石神といったところだろう、これまでに上位の魔法を使ったはずだがまだ半分以上は残っている。対してこちらの魔力は三分の一を切っており、よい状況とは言えない。このまま戦っていたらこっちが先に魔力が枯渇してしまう。

 

「〈戦士の心得・休息〉」

「もう諦めなよ、俺には勝てないって分かってるんだろう?」

 

回復をしながらエレボスの挑発を無視して剣を構えた。まだ、まだ戦える。

勝って本当の神になるまで、立ち止まってはいけない。我にエレムストの全てがかかっているのだ。楽しく裕福に生きる人々も、貧相に絶望しながら生きる人にも等しく生きる権利がある。それを消し去るなど、許されるはずがない。だから我はこの剣を捨てることは出来ない。

 

「ああ、分かったぞ。なんで気づかなかったんだろう」

「何がだ」

「君は……今の君だから立っていられるんだ」

 

高笑いしながら、エレボスは剣を投げ捨て消し去った。戦意喪失したようにも見えない。我は次に何が来るか身構えながらエレボスの一挙一動に神経を張り巡らせた。

今の我だからこそ立っていられる。どういう意味かと考えていると一つの答えに辿りつく。しかし我がそれに気づき防ぐより、エレボスの方が早かった。

 

「〈アカシックレコード・オールマイティ〉‼さぁ、俺の世界へようこそ‼」

 

体が動かない。エレボスはこの空間の全てを支配すると、にやりと笑い勢いよく我に向かって接近した。彼が狙うはトリムルティの宝。

それに手を押し当てるとある魔法を発動させた。

 

「元に戻せばいいんだよなぁ!!〈フュージョン・キャンセル〉‼〈ブレイク・マジカルアイテム〉ッ!!」

「くそっ‼──あぁああ゛ぁあッ‼」

 

エレボスに向かって剣を振るがもう遅い。体内が燃えるような熱を感じ、我の体から二つの光の球体が飛び出すとそのまま後ろ倒れこむ。意識が朦朧とするような激しい頭痛と吐き気に耐えながら、"私"はエレボスを見上げた。

 

「はは…あははははっ‼俺の、俺の勝ちだ‼ただの人が神である俺に敵うはずがない‼」

「やってくれたね……正直お手上げだよ」

 

私は同じように頭痛と吐き気に耐えながら立ち上がったアンディートとムームアを見ながらため息を吐く。神だからこそ対等に戦えた、人でなくなったから恐怖を乗り越えられた、しかし今はただの三人の王だ。

 

「もう二度と元には戻れないと思ったんだがな。喜んでいいのか悲しむべきなのか半々だぜ」

「悲しむに決まってるでしょ!?ボクらこれで勝算なくなったんだよ!?」

 

アンディートは頭をかきながら神器を取り出す。ムームアも神器を取り出し怒りながら銃口をエレボスに向けた。私はトリムルティの宝を一度はずし、再び首にかけるがその瞬間トリムルティの宝は砕け散ってしまった。

 

「アカシックレコード・オールマイティ。全知全能の力でトリムルティの宝は破壊させてもらったよ。一度しか使えない魔法だったけど……まあいいや。さあ絶望しなよ、もう君たちは死ぬんだから」

 

私は神器を取り出し余裕顔のエレボスに斬りかかる、アンディートは薙刀を振りかぶり、ムームアは魔力弾を放った。それをエレボスは剣の一振りだけで防ぐ。圧倒的な力の差に、私達は立ち尽くした。

 

「〈アビス・ショッ──くそ、魔力切れか。まああれを使ったんじゃしょうがないか」

 

エレボスは優しく微笑みながら剣を振りかぶる。私はそのまま受け入れることはせずに立ち向かうが、双剣は容易く弾き飛ばされて斬りつけられる。服が避けて、そこから血が溢れる。何度も、何度もエレボスは私を斬りつけると、アンディートはそれを止めるようにエレボスに斬りかかった。

 

「〈瞬間回避〉、もう諦めなって」

 

それをアビリタでかわすとアンディートの腹を貫き、全力で蹴り飛ばす。血を吐きながら宝の山に衝突したアンディートは必死に起き上がろうとするが、体が思うように動かないのか起き上がれないでいた。

ムームアは手を震わせながら銃をエレボスに向けている。自分の全力であるクアリタをアイテルに一撃で防がれたことを思い出し、動けずにいたのだ。力なく膝をつくと、神器を床に落とし顔を伏せる。

その二人の様子を見て、私は死ぬ覚悟をし血をながらそれでも立ち上がった。

 

 

──その時、脳内に声が聞こえた。

 

 

…………

 

 

「いいねぇ、その絶望っぷり……俺の勝ちだ‼」

「こんなとこで……終わってたまるかよぉ‼」

 

アンディートは無理やり体を動かし悪魔化すると俺に向かって走り出す。そんな事をしても意味がないとまだ分からないのかと俺は軽く剣で薙刀を受け止め笑った。無駄だ、お前れのなにもかもが無駄なんだ。アンディートの首を飛ばしてやろうと剣を大きく振りかぶる。

 

「〈チェンジ・ラージェ〉」

 

──しかし、瞬きの間に目の前には……笑みを浮かべるレナータの姿が。

 

「は?」

「油断してくれてありがとう。本当にそれには感謝しかないよ」

 

彼女の首には──破壊したはずのトリムルティの宝がさがっている。

何故、何故だ何故だ!?あれは修復不可能なはず‼

レナータはファタリタとなると、がら空きだった俺の懐に入り込み、

 

俺の心臓を意志の剣で貫いた──。

 

「──な、んで……」

「貴様の失敗はアノルマ達をトリムルティ化させた事だ」

 

どういうことだと引き抜かれた剣を見ながら考える。ああそうか、それはアノルマ達が使っていたトリムルティの宝か。俺はそれを回収もせずに放置したうえ、それをレナータ達の誰かが持っている可能性なんて考えていなかった。ムームアのあの諦めたような行動も演技、アンディートの無謀といえる攻撃もわざとだったのだ。

油断してくれたことに感謝しかないというレナータの言葉を痛感する。

 

「神といえど心臓は修復できないだろう」

「あ、ああぁ゛ああぁ゛っッ‼‼」

 

血を吐きながら剣で斬りかかろうとするが、それは意志の剣に払われ砕けてしまった。魔力の切れた今、再び剣を作ることは出来ない。

それでもと何度も何度も回復系のアビリタを使うが血は溢れて止まらない。立つ力すらなくなった俺は後ろに倒れる──

 

「待て」

 

──ことはなく、俺の手をファタリタは掴むとゆっくりと地面に横たわらせる。何のつもりだと睨みつけるが、ファタリタは何を思っているか分からない瞳で俺を見つめる。このまま死んでいく俺を見てどうするというのだ。

 

「〈アカシックレコード・オールマイティ〉……ほう、やはり我も使えたか」

 

まるで世界はこの部屋だけと錯覚するような不思議な感覚に囚われる。何故こいつがこれを使ったかは分からない。本当に最後まで予想を裏切るやつだ。

更に、ファタリタは意味の分からないことを言い出す。

 

「貴様を助ける」

「──ここま、で、きて……なにを、いまさ、ら‼」

「不可能すら可能に出来るこの空間ならば出来るだろう?」

 

確かに出来る。しかしあれだけ俺を殺すことにこだわっていたこいつが何のためにそんなことをするのか分からなかった。意味不明だ、それに……

 

「そんな、屈辱的、だ……この、まま……おれは、しぬ……‼」

「決定権は勝者にある、すこし黙っていろ」

 

なんだこいつ急に偉そうだなと思いながら、俺は目を閉じた。

 

 

          …………

 

 

「まずは……〈オーバー・ヒール〉。そして、〈オーソリティ・ロック〉」

「──くそっ、お前なんてことを……‼」

 

我はこの……言い方は悪いがやりたい放題の空間で好き勝手にした。まずはエレボスの心臓の修復、全回復。そして……神としての権限の制限だ。

これまでのように下界を見て人類が滅ぶのを避けようと少し手を加えることは出来るだろう。しかし無意味な殺生や蘇生は出来ないようにロックした。本当に我が考えるような慈悲深い神のような行動しか出来なくなったのだ。ざまぁみろ。

しかし……

 

「もう我は元には戻れんな」

 

アカシックレコード・オールマイティの効果時間が終わり、トリムルティの宝に触れながら小さく呟く。一度トリムルティ化を解いたとしても、すぐにまた融合してしまったのが原因で人格固定が早く始まったのだ。元の人格の片鱗を感じながら我は徐々に無感情になっていくのを感じる。

 

「……君はそれでよかったのか──」

「スト~~~~ップ‼」

 

背後から聞き覚えのある声が聞こえ、我は振り返る。

そこにはアンディートのクアリタで眠りについていたはずのアイテリアの神、アイテルが立っていた。何故ここにいると聞く前に、アイテルは我に近づきビンタを炸裂した。痛みに頬を押さえながら頭の中は疑問符だらけだ。

 

「ばっかじゃないの!?いっちょ前に神になる覚悟とか決めちゃって‼」

「しかしこんなクズ野郎を神にしておくわけには──いてっ‼」

「私の友達をクズ野郎呼ばわりするな‼」

 

ぷんすこと怒るアイテルに困惑しながら、なぜか彼女のペースになっている。しかし一つ疑問が浮かんだ。

 

「貴様は確か塔を出れないと言っていなかったか?」

「そうよ。神があの塔を出ると管理者がいないと世界が判断して徐々に崩壊していくの」

「では早く戻らんか愚か者め‼なぜここに来た‼」

 

我が怒鳴るとアイテルは耳をふさぎ、そして我の手を取った。そしてエレボスに何かを投げると、彼はそれを受け取る。

 

「新しい通信手段よ。それとこいつもう連れて帰るから、またね‼」

「ア、アイテル!?」

「〈グレート・テレポート〉」

 

ふっと視界が暗くなり気づいた時には塔の外にいた。アイテルは我の手を引きながらぶつぶつと文句を言っている。二人でアイテリアに向かい飛行していると、アイテリアとエレムストの境界に徐々に結界が戻っているのが見える。

二つの世界が区切られるギリギリのところでアイテリアの領域に入り、我の手を引いたままアイテルはスフィーダの塔に向かった。

 

「間に合って~~‼」

「お、おい。手を放せ」

 

アイテルは螺旋階段を素早く上ると試練の間を抜け、いつもの部屋に戻ってきた。そして目を瞑り、暫くして開く。

 

「そこまで崩壊は酷くならなくて済んだみたい、よかったぁ……」

「よくないだろう。何故そこまでしてエレムストに来たのだ」

 

それを聞くとアイテルはため息を吐きながらまた我を叩こうと手を振り上げる。しかしその手は下されアイテルは二回目のため息を吐く。

ゆっくりと階段を上っていくと彼女は椅子に座り、我を見下ろした。

 

「……エレボスを殺そうとした事には心底腹が立ってるわ」

「当然だろうな」

「でもそうしなくてはならないだけの何かがあったのね。あんた達が怒ることって言ったら……どうせ私と同じように簡単に世界をやり直そうとか言ったんじゃない?」

 

それもあるが、アノルマ達を無理やり蘇生させ道具のように扱ったのも理由だなと思いながら頷いた。アイテルはやっぱりねと言うと話を続けた。

 

「それで、あんた達はトリムルティ化すれば記憶共有と神としての人格固定がされるのを分かっておきながら、その姿でいるってことは……三人に戻れない人生を歩むと決めたのね」

「……我にはそれしか道がなかった。結局エレムストの神にはならなずに済んだが、どうこう言ってももう遅い」

 

アイテルは椅子から立ち上がると、大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。そんな事には構わず、ファタリタとなり従者達にはなんと言ったらいいだろうかと、国はどうすればいいだろうかなどと考えているとアイテルは手を叩きパンッと部屋に音が響く。

 

「〈アカシックレコード・オールマイティ〉……〈フュージョン・キャンセル〉」

「──!?」

 

確か一回しか使えないはずの魔法を、アイテルは我に使った。我の体から光の球体が二つ飛び出るとアンディートとムームアの姿に戻り、私も無事レナータとして戻った。

そして──

 

「「「おえ゛ぇっ」」」

「ちょっと‼ここで吐かないでくれる!?」

 

私達は吐き気と頭痛を堪え……そして顔を見合わせると嬉しさに笑みは堪えられなかった。

 

「よかったぁ‼元に戻れたぁー‼」

「完全に神になる覚悟したが……もう二度としたくねぇ」

「怖かったよぉ‼はぁ……自分の体が一番……」

 

それぞれ喜びながら、また椅子に座ったアイテルを見て申し訳ない気持ちになる。神なのだから、たった一度しか使えない魔法はもっと重要な時に使うべきものだったのだろう。しかし彼女は私達を元に戻すために使ってくれた。

 

「……悪いと思うならもっとこの世界のためにこれからも貢献しなさい」

「ありがとう、アイテル……恩は必ず返すから」

 

アイテルはふっと笑うと、アンディートに視線を向けた。そういえばアイテルはアンディートのクアリタで寝ていたはずではと思い出す。

 

「あんた達が疑問に思っていることぐらい分かるわ。私と戦った時も言ったけど……あんた達は王、私は神。その差よ」

「つまり俺のクアリタ程度……」

「その気になれば簡単に解除できるのよ。寝心地がいいからそのままにしてただけでね」

 

なるほどとアンディートが納得すると、ムームアが何かに気づきハッとすると焦り始める。何事かと私聞こうとした時、私もアンディートもそれに気づいた。

なにか、なにか大切なことを忘れていると思ったが……

 

「「「従者たちエレムストに置いてきた……‼」」」

「馬鹿ね。当然とっくに避難させてるわよ‼」

 

私達は安心すると今まで忘れていたことを心の中で謝った。アイテルは従者たちはそれぞれの国に転移させたと言うと、そのまま目を閉じた。

何か探るように唸ると、ふっと笑う。

 

「従者どもはあんた達が心配でならないのか、かなり荒れてるわよ」

「え、じゃあ早く戻らなきゃ‼」

「あいつら……留守番も出来ねぇのか」

「ボクがいないと駄目なんてほんと子供だなぁ」

 

それぞれそういい笑いあうと、アイテルは目を閉じたまま私達を追い払うようにしっしと手を振る。今度は神としてちゃんと仕事をするのか、再びアンディートのクアリタを使うことは拒んだ。

最後まで目を瞑ったままのアイテルにお礼を言い私達はスフィーダの塔を出る。

 

「愛想ないなぁ」

「……多分、寂しんじゃねえか」

「私達は気軽に会いに行けないしね……」

 

試練の間を出て最後に振り替えると私達は名残惜しく思いながら、スフィーダの塔から出た。

 

 

          …………

 

 

「またこれ!?」

「しょうがねぇだろ‼ファタリタになる前の状態に戻ってんだから‼」

「も~‼ボクもう絶対この塔来ない‼」

 

さっきまでの雰囲気が吹っ飛ぶほどのパラシュート無しのスカイダイビングを再び体験し、何故こんな高いところに塔を作ったんだと愚痴りながらまた地面ギリギリで飛行魔法を使う羽目になった。

 

 

勿論感想は、死ぬかと思った、だ。

 

 

 

         ──

 

 

「ただいまぁー‼」

 

私はイデアーレ帰るとすぐに城に向かった。アイテル言うにはみな荒れているらしいが、実際はどうなのだろうと恐る恐る城に入る。そこにはみんなでオロオロと同じ場所をうろちょろしているキーパーソンの姿が。

 

『レナータ様!!』

「みんな〜〜!!」

 

どんどんと私に飛びかかってくるみんなを受け止め、その勢いに床に倒れると大声で笑う。生きて、ちゃんと生きて帰れたんだ。それが嬉しくてみんなに潰されたまま両手を広げちょっと泣きながら笑っていた。

 

「申し訳ございません!!重いですよね……!!」

 

サージェの言葉にみな急いで起き上がり、私はエンドに手を引かれ起き上がる。みんな私より泣いて、本当に私に似たんだなぁとまた笑った。初めて女王として仕事をした日と同じようにみんなにハンカチを配ると城内を見渡して大きく伸びをする。

 

「じゃあ、取り敢えず謁見の間に行こう。そこでスフィーダの塔での話をするよ」

 

転移すればすぐに着くが、私は歩いて謁見の間に向かいながらアノルマと戦った時の話をした。ジェスチャーを加えながらあの時の攻撃は痛かっただのこの時は負けると思っただとか話しながら、みんなは私が面白おかしく話すのを真剣に聞いていた。

 

「それで使われた幻術が凄くてほんと吐きそうだった──ちょっと、恥ずかしいからメモしないで!!」

 

何故か興味津々にメモしていたエルバトを叱るとみながら笑う。そうこうしているうちに謁見の間に着くと、大きな扉をアタリルとディーフェルが押しゆっくりと開いていく。

 

「行こうか」

 

私の一言を合図に皆歩き出す。コツコツと複数の足音だけが部屋に響き、いつもの場所で皆が立ち止まると一つの足音が階段を上っていく。やっと戻ってきた、この場所に。

私は振り返り玉座に座ると、跪くキーパーソンを見ながら歓喜の息を吐く。朝日が差し込む謁見の間で、微笑みを浮かべる従者達を玉座から見下ろす王の私。

 

 

 

──そうだ、私の居場所はここなんだ。

 

 

 

私達の物語は終わらない。これからも困難が続くのだろうが、それを乗り越えるだけの意志を持ち、私は物語を紡いでいくのだ。

 

「じゃあ聞いてもらおうかな。この世の……神の話を」

 

 

そう言って、私は王冠を被ると笑みを浮かべた。

 

 

 




第二部、無事最終話を迎えることが出来ました〜!!
いやぁ、めちゃくちゃですね!!分かります……自分の中で書きたいものをどうにかまとめるのに必死でした。全知全能の魔法便利すぎてエレボスもアイテルも1度しか使えないのにぽんぽん使っちゃったりね。でもこれを使うだけの価値がレナータ達にはあるって判断したんじゃないかな!!

今までは王同士の1体1の戦闘、従者の戦闘、敵の王の過去と3構造で戦いの話は書いてたんですけど、エレボスと1体1の戦闘書いてたら4000字ぐらいで終わりそうだったんですよね。焦って尺を伸ばしてこれぐらいです。戦闘シーン難しい。

一応このまま融合してファタリタとしてエレムストの神になるって言うルートも考えてました。それでも良かったんですけど、私はこれからレトロ編みたいなアナザーストーリーも書きたいわけです。そうなるとファタリタでは困るんですよね。だからそのルートは却下になりました。

アノルマ達のトリムルティの宝をこっそり回収していたのはファタリタの中のムームアの意識です。「なんかに使えるかもしれないから貰っとこ」ぐらいの気持ちだったんですけど本当にあれがなかったら全滅でした。ムームアは完全に諦めたふりをしてレナータ、アンディートにテレパシーで作戦を伝え、そしてああなったと……その辺の描写は詳しくしてないので分かりづらい!!
ムームアはレナータにトリムルティの宝を渡し、アンディートはそこから意識を逸らすためにエレボスに攻撃を仕掛ける、そして宝を首にかけたレナータは魔法でアンディートと自分の位置を瞬時に交換し、ファタリタ状態でエレボスをグサッ!!みたいな感じです。

去年の2月に初め、そして4月に第一部終了。そして去年5月から二部が始まり、5ヶ月も空けたあと今年1月に二部終了となりました。
約1年、お付き合いありがとうございました!!すごい楽しかった!!

ここまで読んで頂き本当にありがとうございました!!


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アナザーストーリー
俺に贈る鎮魂歌


意識が朦朧とする。森の中、一人の男はふらふらと歩きながら行くあてもなくさまよっていた。なぜこんな状況になったのか、今ではよく思い出せない。ただ前に、前に進まなくてはならないという事だけは分かった。

しかし男はついに力尽き倒れこむ。瀕死の状態で歩き続けたのだからその結果もしょうがないのだろう。力なく伸ばした手は、ドサリと地に落ちた。

 

「おい、大丈夫か兄ちゃん」

 

声が聞こえる。しかし男にはもう目を開ける力も、助けてくれと声を出す力さえない。返事のない男を見て、声の主はため息を吐くと男を抱えた。

 

「既視感が凄いんだが……まあこれもなんかの縁だろ‼」

 

声の主──ガタイの良い長身で青い瞳をした元戦士、ウェンビルは自分が森で瀕死の人を助けるのは二度目だと、一度目に助けた人物のことを思い出しながら家に戻った。

 

 

          ──

 

 

暖炉の火の音が聞こえ、俺は目を覚ました。あまりの体のだるさに最初は目覚めることを拒んだが、知らない匂いの空間にすぐに瞑っていた目を開くと体を起こす。

しかし体中が痛み思わず顔を顰めた。体には手当の跡があり、自分をここに連れてきた人物は少なくとも敵対心はないと分かり安堵の息を吐く。

周りを見渡すと、恐らく一人で住んでいるのか一人分の生活用品しかなく、雑に置いてある衣服を見るとその大きさから男性であることが予測できる。

 

「(そもそも最後に聞いた声は野太い男の声だったな……)」

 

俺に大丈夫かと問いかけた人物がここに住んでいて、そして介抱するためにわざわざ担いで連れてきてくれたのだろうとその男性をきょろきょろと目で探す。

そして、俺が気になったのは……丁寧に手入れされた一本の剣だ。それを見ると、今負っている傷のことを思い出し、寝かされていたソファーから降りようとする。

 

「よかった、目が覚めたか」

 

丁度その時、男性が奥の部屋から姿を見せる。想像通りの逞しいその男に俺が軽く頭を下げると、男はにかっと笑い俺に何かを差し出した。

木の器に、不格好な野菜の入ったスープが入っている。男がニコニコとしたままこちらを見ているという事は、食べろという事だろう。

俺は器に口をつけ、丁度良い暖かさのスープを一口飲んだ。優しい味がする。

 

「どうだ?俺の弟子がなぁ、忙しいくせにわざわざこれ食いにくるんだ。てことはそんだけ美味しいってことだろうな‼がはははっ‼」

 

……いや、特別美味しいというわけではない。どちらかと言うと普通だ。

多分その弟子というのは、スープを食べるという口実でこの男に会いに来ているだけだろうと豪快な笑い声を聞きながらまた一口すすった。

 

「あり、がとう…ございます」

「礼なんていいよ。俺はウェンビルだ、よろしくな」

 

差し出された手を握るとこくりと頷く。名乗られたからには、自分も名乗り返したいところだ。しかし、俺にはそうできない理由があった。どうしようか俺が悩んでいるのを見ると、ウェンビルさんは俺の向かいに椅子を持ってきてどすっと座る。

 

「言いたくねぇんだったら深入りはしないぜ?傷が癒えるまでここにいたらいい。まあこのむさ苦しいおっさんと一緒だがな‼」

 

再び笑い始めるウェンビルさんに、俺は戸惑いながらも助けてもらったのだから事情を話すべきかと悩んでいた。しかし話せば巻き込むことになるかもしれない。

しかし俺は──誰かに助けてほしかった。

 

「俺は……名乗りたいですが、名がありません」

「ほう、名前ねぇのか。珍しいな」

「これまで、ずっと、ずっと一人で生きてきました。だから名がなくても特に問題がなかったのです」

 

なるほどとウェンビルさんは頷き、先程とは違い真剣な顔で俺の話を聞いている。こうして救ってくれた彼に、さらに助けてほしいと言うのはあまりにも図々しいかもしれないが、俺は今まで我慢してきたものを吐き出すように話を続ける。

 

「しかし実際にはずっと一人ではなかったんだと思います」

「……と、言うと?」

「記憶が……無いんです」

「へぇ、俺と一緒だな」

 

ウェンビルさんの言葉に目を見開くと、彼は記憶がないことを何でもないように話した。彼は今の生活に満足しているので、自分の記憶を戻すことについては興味がないらしい。記憶がないことが怖くはないのかと聞くと、頷いた後弟子もいるからと笑った。

 

「俺は……過去に自分がどんなことをしていて、どんな人生を送っていたのか知りたいんです。お願いします……どうかお力を貸しては頂けないでしょうか」

「いいぞ」

「躊躇うのはわかりま──え?」

 

あまりの返事の速さに思わず聞き返すと、ウェンビルさんは笑顔で俺に協力することを承諾した。俺にとっては願ってもない事だが、彼は大丈夫なのだろうか心配になる。詐欺と簡単に引っかかってしまいそうだ。

 

「つっても俺の世界って言ったらこの森の中ぐらいだ。だから、頼りになる人を紹介するってことでいいか?」

「頼りになる方ですか?」

「ああ。俺の弟子、レナータっていうんだが王様だし力になるだろう」

「レナータ……あの運命に選ばれし王のヴィシュヌの称号を持つ王ですか!?」

 

これまた何でもないようように話をするウェンビルさんに、力が抜ける。運命に選ばれし王の師匠に助けられたなんて、俺はかなり運がいいらしい。

レナータ・ヴィシュヌ女王。なんでも博識な上に威厳があり慈悲深く、揺るがない精神の持ち主で国民の間では完璧な王と称賛されているのだとか。そして歴代最高の八人の従者の召喚を成功させ、一年前に起こった世界規模の大災害を収めた張本人……会う前から胃が痛くなる。

 

「あいつ優しいから二つ返事で受けてくれると思うぞ」

「そ、そうですか……?」

「ああ、大丈夫だって。じゃあ行くぞー」

 

え、今から……?とスープをすぐに食べ終わると身支度をし終えたウェンビルさんに続き家を出る。アポなしで運命に選ばれし王に会いに行くその度肝の強さに、感心していいのか呆れたほうがいいのか分からずにウェンビルさんの後をついていく。

それにしても自分は己の血に濡れた服を着ているし、ウェンビルさんに至っては部屋着だ。俺は胃がキリキリしながら彼を信じてイデアーレ王国に向かった。

 

          …………

 

「ほら、帰った帰った。あんまりしつこいと牢屋に入れるぞ‼」

「だからぁ、ウェンビルが話があるから会いに来たって一言伝えてくれるだけでいいんだって‼」

「女王殿下はお忙しいんだ、冷やかしは許さんぞ‼」

 

やはりこうなったか。ウェンビルさんは〈メサージュ〉を習得していないらしいので事前に会いに行くとも伝えられず、みすぼらしい格好をした俺達は当然門兵に止められた。もしかしたらヴィシュヌ女王の師匠というのは妄言なのではと失礼なことを思いながら、俺は彼の必死の交渉をただ見ていることしかできない。ウェンビルさんは同じことを何度伝えているが門兵は聞く耳を持たず、俺も同じ立場ならそうするだろうとウェンビルさんの肩を叩く。

 

「ウェンビルさん、その……ちゃんとまともな格好をして出直したほうが──」

「ウェンビル様でございますか?」

 

門の前に一人の男が門を飛行魔法で乗り越え降りてくる。赤いマントを纏い仮面をつけたエルフの男は、ウェンビルさんを見た後俺に視線を向け門兵に門を開けるように指示を出した。

 

「あんたは……?」

「お初にお目にかかります。俺はレナータ様の従者、エンド・ストーリアと申します」

「ああ、あんたがあのレナータのかれし──」

「〈テレポート〉‼」

 

ふと視界が暗くなると、いつの間にか俺達はお城の中にいた。テレポート、Lv4の空間転移魔法だ。門を開けてもらった意味はなんだったのだろうと疑問に思ったが、ウェンビルさんの言葉とストーリアさんの安堵したような様子を見てなるほどと理解した。

 

「手荒な真似をして申し訳ございません。俺がレナータ様と恋仲にあるのは内密にしておりますので……」

「おっと、そうなのか。わりぃ事したな」

「いえ、お気になさらず。本日はどのようなご用件でしょうか」

 

ストーリアさんがそう聞くと、ウェンビルさんは事情を話す。それに頷いたストーリアさんは俺達を広い部屋に案内するとそこで待つように言われた。高価そうな服を来た使用人が入ってきて飲み物を出すと、ウェンビルさんは「なんだか落ち着かねぇな」と笑いながら俺に耳打ちをする。

 

「そうですか?なんだか俺は──」

 

逆に落ち着くと言おうとした時、部屋にはストーリアさんではなく白いフードを被り口元を布で隠した赤目の男性が入ってくる。

 

「初めてお目にかかります。エンドに代わりまして、謁見の間には僭越ながら私がご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします」

「おう、よろしくな‼」

「よろしくお願いします」

 

彼もその格好や立ち振る舞いからヴィシュヌ女王の従者なのだろうと見ていると、彼はそれに気づいたのか俺に微笑んだ。従者というのは誰もが整った顔をしているなと軽く微笑み返す。

 

「では失礼して……〈テレポート〉」

 

再び空間転移魔法が発動すると、今度は大きな扉の前に立っていた。この扉の先、謁見の間にヴィシュヌ女王が待っているのだろう。今更緊張してきた。

フードの従者さんが一歩前に出ると、その大きな扉は俺達を迎えるようにゆっくりと開いていく。

その先に広がる光景に、思わず息をのんだ。

豪華な装飾が施された神秘的な謁見の間、そこにある長い階段の上に置かれたこれまた豪華な金の縁に青を基調とした玉座には一人の女性がまさにその場に相応しく堂々と座っている。

 

「レナータ様。ウェンビル様、そしてお連れの方においでいただきました」

「ご苦労、お前はさがりなさい」

「──っは」

 

白いフードの従者さんがヴィシュヌ女王に深く一礼すると、俺達にも軽く頭を下げ去っていく。ヴィシュヌ女王に視線を向けると、彼女も俺を見ていてドキッとした。何か失礼なことをやらかしていないかとお城に来てからの行動を思い返しながら、ウェンビルさんが跪いたのを見て俺も慌てて跪く。

 

「して、その者の記憶を取り戻してほしいというのが願いか」

「はい、もしお力添えいただけるのであればそれ相応の対価をお支払いいたします」

 

ウェンビルさんの対応に師弟と言えど身分の違いでちゃんと言動を変えるのかと思っていると、ヴィシュヌ女王は急に立ち上がり階段を一歩一歩降りてくる。距離が近づくほど心臓が脈打つのが早くなる気がした。

 

「お前にそれほどの対価が……ふっ、対価が……あははっ‼」

「はいお前の負けな‼やっぱ女王向いてないんじゃないか?」

「酷いなあ‼師匠が面白いから、ついね」

 

先程までの緊張感はどこへ行ったのやら。ヴィシュヌ女王はにこにこと笑顔でウェンビルさんに軽く抱き着いた後、べしべしと背を叩いてくるウェンビルさんに笑っている。さっきまで威厳溢れる王だったが、俺の目の前にいるのは同じ人物だが雰囲気が全く違う。一瞬別人に変わったのではないかと錯覚するほどだ。

 

「それで、記憶喪失の青年っていうのが貴方であってるかな?」

「はい。その、よろしかったら記憶を取り戻すのを手伝ってもらえないかと……」

「うん、いいよ」

「確かに女王殿下はお忙しいかと──ぇ」

 

デジャヴ。本当に二つ返事で承諾してくれて若干拍子抜けした。これでも説得のシミュレーションをしていたのだが、無駄になってしまったようだ。しかしありがたいことなので、俺はヴィシュヌ女王に頭を下げる。

 

「どうかよろしくお願いします。どうしても……思い出さなければいけない気がしてならないのです」

「う~ん、一応記憶を戻すのに一番簡単な方法が少し前までは出来たんだけどなぁ……」

 

簡単な方法とはどういうものだろうと少し興味が湧きながらもヴィシュヌ女王の渋い顔を見て聞くのはやめておいた。ヴィシュヌ女王はぶつぶつ呟きながらうろうろとしており、それを見たウェンビルさんはまたばしぃっとヴィシュヌ女王の背を叩く。とても痛そうだが叩かれた本人は特に痛がるような様子はない。

 

「よし、あとは任せたぞ‼」

「え、師匠もう帰っちゃうの!?……泊まっていけば?」

「自分の家じゃねぇとなんか安心できないんだよ」

「え~、じゃあまた遊びに行くね‼」

 

ウェンビルさんはヴィシュヌ女王と俺に手を振って謁見の間を出ていった。……出ていった!?という事はつまり──

 

「じゃあ、さっそく記憶探しを始めようか」

「は、はい‼」

「そう固くならないで大丈夫だよ」

 

王様と二人きり。緊張している俺にヴィシュヌ女王は微笑むと、ついて来てとどこかに向かい始める。暫く歩くと応接室につき俺達はそれぞれ向き合って座る。彼女は俺をじっと見ると、眉を顰めた。

 

「その服と手当の後……何かあったの?」

「ああ、これは……住んでいた小屋が襲われてしまって」

「襲われた?それはなんで?」

 

俺は言葉を詰まらせる。殺意をもって俺に襲い掛かる人達……長年暮らした小屋が破壊される光景。正直思い出したくない。しかし記憶を取り戻したいと願い出たのは自分だ。俺は簡潔に説明できるように考えながら、ヴィシュヌ女王に伝える。

 

「俺は人間種ですが、今のこの姿から歳を取らないんです。もう数十年外見は変わらないですし、それに自分の中に強い力を感じます。俺の存在を知っていた人は、俺を異端な恐ろしい存在として……殺そうとしました」

「……そう」

「分かっています。人は自分が理解できない事には敏感で、脅威とみなすという気持ちは。それでも、俺は周りに干渉せず自給自足の平凡な暮らしをしていただけです。なのに、なんで……俺の何がいけなかったのでしょうか……?」

 

俺は顔を伏せた。みっともなく泣きそうになり、堪えられなかった涙が俺の太ももに落ちる。ヴィシュヌ女王は立ち上がると俺の隣に座り、ゆっくりと俺を抱きしめた。その温かさに、余計に涙が出る。しかしこうして吐き出して泣くことで、少し楽になった気がした。

 

「貴方は何も悪くなかったのに襲われてしまった。それでも復讐に囚われずにこうして前に進むために努力をしている。貴方は優しさを持つとても勇敢な人だよ。だから自信もって、記憶を取り戻すために頑張ろう」

「ありがとう、ございます……‼」

 

ヴィシュヌ女王が差し出してくれたハンカチを受け取り涙をぬぐうと、俯いていた顔を上げる。ヴィシュヌ女王は先程の元気そうなにこにこ顔とは違う微笑みを浮かべている。威厳はどうなのだろうと思ったが、慈悲深いというのは本当のようだ。

 

「まずは着替えを──っとごめん。メサージュだ」

「いえ、お気になさらず」

「ありがと」

 

そう言うとヴィシュヌ女王は部屋を出ていく、扉越しに音が聞こえるが何と言っているかまでは聞き取れない。暫くしてヴィシュヌ女王は慌てたように戻ってくると、俺に申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「え?ど、どうかしたんですか……?」

「ちょっと問題が起きてるみたいで……詳しくは話せないけど、私が向かわないと収まらないみたいだからすぐ行かなきゃ」

「俺は待ってますからどうぞ行ってください。王としてのお仕事の方が大事ですから‼」

 

俺は慌てて大丈夫だと伝えると、ヴィシュヌ女王はそうだと手のひらにこぶしをポンと当てた。俺はそれに……なんだか嫌な予感がした。

 

「私が頼まれたことだから私がお手伝いした方が本当はいいんだけど……」

「だ、大丈夫です。俺待ってます──」

「アンディートにも協力してもらおうか‼」

 

ヴィシュヌ女王の名案を思い付いたぞという顔に、俺は首を縦に振るしかなかった。

 

 

         ──

 

 

「で、お前がここに来たわけだ」

「はい……」

 

ぎろりと隈のできたその鋭い目つきでブラフマー王は俺を見る。滅茶苦茶怖い。今すぐ逃げ出したい気持ちだ。ヴィシュヌ女王には「睨んでるように見えるけどあれが普通の顔だから安心してね」と送られたが、それにしても完全に睨んでいる。俺は同じように応接室にと通されると、事情を説明した。

 

「そうか。辛いことを何度も話させて悪いな」

「あ、いえ……大丈夫、です」

「だからそんなに怯えたような顔してんだな……」

 

いや、それは貴方が怖いからだとは言えずに苦笑いを浮かべどうにか場をやり過ごす。ブラフマー王は俺を見ると立ち上がり、来いと一言俺に告げ応接室を出る。

 

「まずは着替えろ。城には余ってしょうがねぇほど衣服があるし、なんか貰っていけ」

「いいんですか!?」

「沢山あるし、服も着てもらった方が幸せだろ。多分」

 

暫くブラフマー王の後を着いていくと、衣装部屋についた。中に入ると色とりどり、沢山の服が溢れかえっている。アクセサリーや帽子、靴、鎧まで。ここでトータルコーディネートができる。

 

「お前には何が似合うか……」

 

ブラフマー王は俺を上から下まで眺めると服をあさり始める。もしかしてこれは選んでくれるのだろうかとその光栄さと、また別の意味でドキドキする。もし、可能性は低いがもしブラフマー王のファッションセンスがアレだったとしても、王が直々に選んでくれる服だ。ノーとは言えない。

 

「こんなんはどうだ」

 

すっとブラフマー王が差し出し俺の体に当てた服は、ダサいどころか俺にしっくりくるものだった。それにおしゃれだ。しかしブラフマー王はあれだこれだと俺に色々俺の体に当てた後、やはり最初のものがいいと俺にそれを着けさせると鏡の前に立たせた。

 

「胸元が寂しいな。ネックレスでもつけるか……」

「あ、ネックレスなら持ってます」

 

そう言い元着ていた服のポケットからネックレスを取り出し首から下げる。ブラフマー王から渡されたものを着て、軽く髪を整えると自分で言うのもなんだがさっきとは見違えるほど綺麗に変身できた。ブラフマー王はそれに満足そうに頷いている。思ったより優しい人なのかもしれない。

 

「そのネックレスちょっと見せてもらっていいか?」

「はい、勿論です」

「〈アプレイザ・マジカルアイテム〉」

 

ブラフマー王がアビリタを使うと彼の眼がライトグリーンに光り、俺のネックレスも同じように光りだした。

アプレイザ・マジカルアイテム。マジカルアイテムのランクや効果を鑑定するアビリタだ。最初は真顔だったブラフマー王が、急に眼を見開き俺とネックレスを交互に見た。

 

「お前これ……隠せ。絶対にもう誰の目にも触れさせるな」

「ど、どうしてですか……?」

「もしこのマジカルアイテムの存在が知れればまたお前の命が危うくなる。……それに、これは人が持っていい物の域を超えてる」

「そうなんですか!?俺はなんてもの首にかけて……‼」

 

俺が急いでネックレスを外すと、ブラフマー王はシンプルなジュエリーボックスを取り出しそれを俺にくれた。そのあと盗難防止用のトラップに強固な封印、マジカルアイテム感知阻害、ネックレスが俺以外の手に渡らぬように何重にもアビリタをかける。

 

「こんなもんか……。早くマジカルボックスに仕舞っとけ。絶対無くすなよ」

「はい。それで……これにはどういった効果があるんですか?」

 

ブラフマー王はわざわざ部屋に盗聴防止、防音のアビリタを重ね掛けすると俺にアイテムの効果を教えた。その場が静まり返り、俺が震えているのを見てブラフマー王は俺の方を軽く叩く。

 

「大丈夫だ、俺が死なない限りソレの封印は解けない。まあ……お前が使いたいって望むのなら解除するが」

「いえ、いいです……これはこの世に無い方がいい物だ」

「同感だ。本当は破壊したいが、少し前なら出来たんだけどな……」

 

何かを思い出したのかブラフマー王はヴィシュヌ女王と似た渋い顔すると、もう行くかと衣装室を共に出て城内を歩く。イデアーレ王国のお城もそうだったが、床にはごみ一つなく高級そうな置物も沢山あるのに埃は一切なくどれも手入れが施されている。毎日掃除が大変そうだと丁度すれ違った使用人に敬意を込めて会釈した。

 

「それで、お前の最後の記憶は?」

「えっと、八十年以上は前ですね。気づいたら傷だらけでエリチ森に立ってたんです」

「傷だらけ?お前トラブルに巻き込まれやすいんだな」

 

廊下を歩きながら話を聞くと、ブラフマー王は軽く笑い進み続ける。その足取りから適当に歩いているのではなくどこかに向かっているのが分かった。しかし廊下の途中でブラフマー王は急にぴたりと止まると俺に振り替える。

 

「なんで隣を歩かねぇんだ。まだ俺が怖いか?」

 

まだ、という事は最初からブラフマー王を怖がっていたことはバレていたようだ。なら最初のあれは彼なりの冗談だったのだろう。俺はブラフマー王の言葉に首を横に振った。もう怖くはないしそれどころか好感を持っている。

 

「いえ、そうではないのです。……うまく説明できませんが、こうして後ろを歩くのが当然というか落ち着くというか。それが当たり前だった気がするんです」

「当たり前か。……なら昔は貴族の家の使用人とかだったんじゃねえか」

「なるほど、ありえますね……‼」

 

これで少し過去に近づいたなとブラフマー王は言い再び歩き出した。ヴィシュヌ女王の時もそうだったがこうして後ろを歩いたり、誰かに仕えることが当たり前だった気がする。そう考えているうちに、お城の中庭に着きブラフマー王はそこで止まった。

 

「綺麗だろ、あそこにガゼボがある。そこで話そうか」

 

頷いた俺を確認するとブラフマー王はガゼボに歩き出し椅子に座る。彼に促され俺は彼の向かいに座り見事な中庭の整えられた木々や花々を見る。ブラフマー王はこれを自慢したかったのだろうか、満足げな顔をしている。

 

「庭師がなかなかの凝り性で、俺も、俺の従者達も気に入ってんだ」

「凄く綺麗ですね……‼ブラフマー王殿下がお気に召すのも分かります」

「だろ?」

 

ブラフマー王は初めてとても優しい笑みを浮かべている。こういう顔も出来るんだとじっと見つめていると、彼は軽く咳ばらいをして自身の胸元を指でとんとんと叩く。

 

「話を戻すが、さっきのネックレスをどこで手に入れたか覚えてるか?」

「いえ……ですが、誰かに貰った気がします」

「貰った?そうか……効果を知らなかったのか、それともそれに見合うだけの価値がお前のあると判断したのか。もしかしたらなんかの手掛かりになるかと思ったんだがな」

 

ブラフマー王は再び考え始めると、いくつか質問を投げかける。名前はあるのか、年齢はいくつか、趣味は、特技は──

 

「特技というか、普通とは違うところが……」

「ほう、普通とは違う?」

「運命に選ばれし王やその従者しか使えないという人を超越した力……Lv5の魔法やアビリタがいくつか使えます」

 

それを聞くとブラフマー王は本当かと俺を興味深そうに見つめた後、それが嘘ではないと判断してくれたのか頷いた。

 

「三大能力値見せてもらうぞ。〈オール・クレアボヤンス〉」

 

じっと俺を見るブラフマー王に緊張から不自然に肩を上げ視線を泳がせていると、ブラフマー王は俺の三大能力値を見終わったのか椅子の背もたれに体を預け、なぜか唖然とした表情で俺を見ている。

 

「どうかしたんですか……?」

「いや、でもそんな事あるのか……?だがこれはそうじゃないと納得できねぇし……俺が知らないだけなのか?」

「あ、あの……ブラフマー王殿下?」

 

一人で自問自答し始めたブラフマー王に声をかけると彼はハッとしてため息を吐いた。何か不快にさせるような事をしてしまっただろうかと小さく謝ると、ブラフマー王は手を振り違うと俺に言う。

 

「自分の知識不足に呆れてただけだ。お前の三大能力値を見てある可能性が浮上した……つっても俺の予想に過ぎないがな」

「ある可能性……?」

 

ブラフマー王は少し前かがみに座りなおすと、俺の顔をしっかりと見つめる。何と言われるのか、俺は少し怖かったがそれでも聞くのをやめたりはしない。

 

「Lv5の魔法、アビリタは確かに運命に選ばれし王やその従者しか習得していないが、稀に才能あるものはそれを習得できることがある。だが……お前の能力は才能ってレベルじゃねぇ」

「と、言うと……」

「能力こそ運命に選ばれし王程に近いが……お前はその従者だった可能性がある」

 

しかしと俺が言おうとすると、ブラフマー王は分かってると一度目を閉じ何かを考えるそぶりを見せると目を開く。

 

「確かに、従者は主が死ぬと消滅する。だがお前は誰かに仕えるのが当たり前のように感じると言っていたし、歳も取らない。それにさっきのネックレスももしかしたら運命に選ばれし王から受けった物かもしれねぇ。あまりのも突飛な話だがな」

「俺が……従者?信じられない、そんなことが?でも──」

 

確かにそう言われると今までのもやもやが納得できる気がした。自分が運命に選ばれし王の従者、主が死んでも消滅しなかった……消滅できなかった哀れな存在。

そう思うと、胸が痛かった。もし敬愛する主が死んだのなら共に消えたかった。何故、のうのうと生き残ってしまったのだろう。

 

「悪いが俺は消滅しなかった従者については知らない。それに前例がないのかもしれない……だが、その顔を見ると俺の考えが当たってたのか?」

「そうなんだと思います。誰かに……そう、誰かにこの命を捧げると強い忠誠心を持っていた気がします」

「そうか。しかし……記憶が戻った訳じゃないのか」

 

ブラフマー王は再び考え始める。従者だったかもしれなと分かったのなら記憶の取り戻すのがもっと進みそうだと俺は期待と不安に大きく息を吐く。何の手掛かりもなくさまよっていたが、どんどんと進むべき道が見えてきた気がする。ブラフマー王は立ち上がるとついて来いとガゼボを離れどこかに歩き始めた。慌てて俺はついて行く。

 

「ヴィシュヌは15、ブラフマーは20、シヴァは37、総数……俺達を引くとして69人」

「これまでの運命に選ばれし王の数ですね」

「ああ。その69人の内の誰かの従者だった可能性があるなら、ピンとくるやつがいるだろう。俺が言うのもなんだが従者にとって主は何よりも大切な存在だからな」

 

そうだとして、これからどうするのだろうと思っているとブラフマー王はある部屋の前で止まるとにやりと笑った。

 

「69人分、あるだけの資料集めて全部確認するぞ」

 

図書室。そのこの大きな扉を開きだだっ広い室内を見て俺は苦笑いを浮かべた。

 

 

          …………

 

 

ブラフマー王は資料集めを司書と手伝ってくれて、膨大な量の羊皮紙や本の山を見て俺は何から手を付けていいのかわからなかった。ブラフマー王は椅子に座りながらただ俺が資料に手を付けるのを待っている。というのも、ブラフマー王が見ても実際記憶を取り戻すのは俺なので、彼がそれらを読んでも意味がないからだ。

 

「で、では始めます……」

「おう。何か手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれ」

 

そう言うとブラフマー王は俺の邪魔にならないように少し離れた場所に座ると何かの本を読みだした。俺はとりあえずと一つの本を取り読み始める。

書かれているのは現ヴィシュヌ女王の一つ前の運命に選ばれし王、クリファス・ヴィシュヌ王についてだ。彼が運命に選ばれたのは32歳の時、王として生きたのは54年。ヴィシュヌの歴史から見ると早くに亡くなったらしい。

しかし国民からの人望は厚く、鎖国状態にあっても上手く立ち回ったのだとか。……じっくりと読んでいたが、これでは切りが無い。

次々と資料を手に取って読んでいくが、数時間経ってもどれもピンとくる人物は居らずに一向に減らない資料にため息を吐く。

 

「少し休憩挟むか。あんまり根を詰めても体に悪い」

「でも記憶を取り戻したいと願ったのは俺なので……」

「ごちゃごちゃ言うな、国王命令だ」

 

ブラフマー王は軽く笑いそう言って本を閉じるとぐっと伸びをした。彼の読んでいた本が気になりちらりと盗み見ると、運命に選ばれし王の従者についての本だった。何も言わずに彼も手伝ってくれていたのかと嬉しくなると、ブラフマー王は置いていくぞと言いながら図書室を出る。

 

「今度はどこに向かうんですか?」

「食堂」

 

そう短く返事をするとブラフマー王はすたすたと今までと違って早足で食堂へ向かう。恐らくさっき読んできた本を俺に見られ恥ずかしがっているのかもしれない。不器用な人なんだなと俺は気づかれないように小さく笑う。

食堂につくと適当に座り、ブラフマー王は料理長に何か作ってくれと頼むと俺に視線を向けた。

 

「そういや従者は食事の必要がないとか言ってたな。お前もそうなのか?」

「確かに……今まで空腹を感じたことがないです。眠くもなりませんし、疲れもしません」

「……お前それ不思議に思わなかったのか?」

 

呆れたようにそう言ったブラフマー王に俺はすみませんと笑う。それにブラフマー王も笑い返した。その笑顔に俺は温かい気持ちに包まれる。俺のまだ名の知らぬ主には悪いが、俺は……この人が俺の主だったらよかったのにと思った。

 

──そう、俺は心からそう思っていた。

 

 

          …………

 

 

軽く食事を済ませ、俺とブラフマー王は世間話で盛り上がるとあまり遅くなってもいけないと図書室に戻った。そこには相変わらずの大量の資料。それでも俺はため息などつかずに、やる気満々でそれに立ち向かった。ブラフマー王……アンディート様も従者についての本を読み続けてくれた。

暫くして、資料の五分の一ぐらいに目を通し終わった頃だろうか、俺はある名前を見てその名を口に出す。

 

「アイハルド・ヴィシュヌ……」

「見つかったか?ピンとくる名前」

 

アイハルド・ヴィシュヌ。イデアーレ王国12代目国王。齢20で運命に選ばれし王となり、その12年後死亡。召喚した従者はただ1人だったが、才を持ち全能な従者だと噂された。アイハルドは国民よりも従者のことを最優先に考え彼自身の評判は良くなかった。未だに死因は分かっておらず、暗殺されたと予想された。

 

「ああ……そうだ、俺の主……アイハルド様」

「記憶は戻りそうか?」

「その唯一の従者だった俺は、俺は……?フロスト、そう、フロストだ……」

「それがお前の名か」

 

よかったなと笑い俺の方に手を置いたアンディート様の手を俺は強く払った。彼の驚いた表情を見ながら俺は涙を流す。頭が痛い、こんな事をしたいわけではない。嗚呼、徐々に思い出す。俺の過去を、何を忘れていたかを──

 

「おい、どうした。気分が悪いのか?」

「あ、あぁ、駄目、駄目だ駄目だ……‼いやだ、いやだ……‼」

「フロス──」

 

彼の口から俺の名を聞きたくなくて、俺は椅子から立ち上がると机から零れ落ちた資料も無視して図書室から飛び出た。早く、早くここを離れなくては、そうでないと、そうしないと……‼

走って、必死に走って中庭に出ると空を見上げる。早く離れなくては──!!

 

「〈ヴォラー──」

「待て‼」

 

飛行魔法を使う前に、アンディート様が俺に追いつく。息を荒げながら立ち去ろうとする俺の腕を掴み、何故俺が逃げるのか分からず不思議そうにしている。

 

駄目だ、早く彼から離れなくては、気持ちが抑えられない。アンディート様は俺に何か話をかけているが、俺にはそれが聞こえないほどこの溢れる思いを押さえ続ける。でも駄目だ、我慢できない。

 

 

俺はマジカルボックスから片手剣を取り出すと、俺をつかむ手を斬り払うように剣を振った。

 

 

「──っ!?」

「あんまり触らないでください。じゃないと、俺、俺は──

 

 

あんたを殺したい気持ちが抑えられないじゃないですかぁ‼‼」

 

 

もう堪えるのはやめだ。俺はバックラーを取り出し左腕に装備して剣を構えた。

全て、全て思い出した。俺の過去、アイハルド様と過ごした時間、そして最後にされた命令──

 

「ア、アイハルド様は、アイハルド様はぁ……ブラフマー王に暗殺された‼俺は、は、敵わなくて、でも、それでも、ブラフマー王はころ、殺さなきゃ……‼」

「だがそれは俺じゃないだろ‼」

「『ブラフマーを絶対に許すな』そう、そういった、アイハルド様は‼だから、アイツじゃなくても、ブラフマー王は、ぜ、全員殺害対象…………そうだ、ブラフマー王はみな殺さなくてはならない。俺はお前を殺して、次のブラフマー王も殺す。ずっと、ずっと……」

 

ああそうだ。それが俺の役目だった。申し訳ございませんアイハルド様。愚かにもそれを忘れ、こいつと慣れあった俺をお許しください。しっかりと清算いたします。こいつを殺して。全てなかったことに──

 

「アンディート様に武器を向けるなど……身の程を知れ」

「──リヴェルダ、そいつに手を出すな」

 

ブラフマー王の従者だろうか、アズモンド王国の兵士の服をきた男が現れる。ソレに続き四人。やつの従者、プローヴァリーと言ったか……しかし関係ない。殺すのはブラフマー王で十分。あいつさえ殺せば、従者達も道連れに殺せる。

 

「落ち着けフロスト。ゆっくり話し合おう」 

「気安く俺の名を呼ぶなぁ‼」

「……しょうがねぇ」

 

ブラフマー王は体内から神器を取り出す。やっと戦う気になったか、しかし勝つのは俺の方だ。必ずアイハルド様の仇を取り命令通り殺して、殺しまくる。

ブラフマー王は何故か従者には俺に手を出さないようにと命令し、俺を最初と変わらない目つきの悪い顔で見ている。

 

「舐めるな……一対一で戦うつもりか?」

「ああ、ケジメってやつか?先代がやらかしたのならその尻拭いをしてやらねぇとな」

「ふざけるな、ふざけるなぁ‼」

「俺は真剣だ。お前の怒り……俺が受け止めてやる」

 

なら受け止て死ね。

俺は地を蹴りやつに接近すると剣を突き出す。しかし確実に当たると思ったスピードで放ったが彼は瞬間回避を使い避けたのだろう、俺の横に回ったやつの炎を纏った薙刀が俺に迫る。

それをバックラーで受け止めて分かった。この力量差、やつは俺の能力は運命に選ばれし王が程ではないと言っていたが、分かる。

 

──この戦い、勝てる。

 

俺が笑うとやつはそれが気に入らないのか薙刀で大振りに薙ぎ払う。それ大きく後ろに避けると一旦更に下がって距離を取る。どう殺してやろうか、従者が手出ししてこない今、やつらが戦闘に参加する前に仕留めたい。

 

「〈魔力強化Lv5〉〈アイシクル・カルヴィリー〉ッ!!」

 

幾つもの氷柱がやつの足元から突き出てそれを避けるため飛び上がったやつに氷柱を何本を放った。しかしそれは薙刀払われ、ヴォラーレを使い俺に向かってくる。

あまり接近戦は得意ではないので遠距離からの攻撃が望ましいが、仕方ないと攻撃能力向上を使うとやつを迎え撃つ。

 

「〈技力強化Lv3〉〈業火の斬撃〉!!」

「効かないなぁ!!」

 

炎の斬撃を剣で振り払うと、上段からの斬りつけを受け止める。刃が擦れる音が鳴りぐっと力を込めるとやつを少し押し戻す。

 

「〈マジカル・シールド〉〈ヘイル・エストレア〉ァ!!」

 

自らにシールドを張り、数百の雹が隕石のように俺達に降り注ぐ。しかし俺はシールドを張っているので無傷だがやつは防御が間に合わずその雹の雨に打たれる。

怯んだその隙を狙って素早く剣で切りつけ、俺は返り血を浴びた。

 

「──ぐっ!!」

「ほらほら、あんまり舐めてると死にますよ?」

 

顔についた返り血を拭い、再び斬り掛かる。それを弾かれ、また斬っては弾かれと攻防が続く中、俺は違和感を感じた。勝てるとは思ったが、弱い。弱過ぎるのだ。

1度手を休めると、やつを睨みつける。まさかこいつ──

 

「手加減をしているのか……!!」

「さあな」

「とことん舐めきって……本気で戦え!!」

 

屈辱的だ。手加減しているやつに調子に乗って攻撃を仕掛け、どうせ裏では俺のことを笑っていたに違いない。腹が立つ。それをぶつけるようにまた剣を振るう。気に入らない、気に入らない……!!

 

「〈パーゴス・オクターレ〉!!」

 

氷の塊を放つとそれがやつの体に触れた瞬間氷柱を飛び散らせながら破裂する。いくつかが体に刺さり血が流れるのも気にせず、やつは俺に向かって斬り掛かる。

それをバックラーで受け止めようと前に出すが、それはブラフで俺の腹に強烈な蹴りが叩き込まれる。

 

「がぁっ!!」

 

かなりのスピードで後ろに降ったんだ俺は何かにぶつかり止まる。俺がぶつかった事によって半壊したガゼボの瓦礫を見て、俺は立ち上がる。

 

 

『綺麗だろ、あそこにガゼボがある。そこで話そうか』

 

 

 

少し前までここで話していたやつと、今ではこうして戦っている。しかし、何も感じない。悲しくもないし、辛くもない。俺が感じるのはブラフマーに対する怒りだけ。だから、この胸の痛みも気のせいなんだ。

 

「戦ってる時にぼぉっとするじゃ、ねぇっ!!」

「──っ!!」

 

炎属性魔法が放たれ、瞬間回避で避けると俺が先程までいた場所が爆破する。ヴォラーレで飛びやつに向かって急降下し剣での刺突を試みる。

 

「〈ブレイジング・グレネード〉!!」

 

手の中に生成された炎の塊を俺に投げると、俺はそれを剣で払う──が、それが剣に触れた瞬間大爆発が起き俺の体を焼く。落下しながら見えたやつの顔は……何故か焦っている。

 

「(敵の心配なんて……!!)」

 

再びヴォラーレを使い地面に衝突することを避けて剣を構える。爆破の瞬間バックラーで少し防いだため軽傷で済んだが、無傷とはいかない。爆破の衝撃で、中庭は荒れている。

 

 

 

『庭師が中々の凝り性で、俺も、俺の従者達も気に入ってんだ』

 

 

 

うるさい…うるさい!!何故やつの言葉を思い出す。俺は……俺は使命を果たさなくてはいけないんだ。アイハルド様の意志を、俺が継ぎその志願を叶えなくては!!

俺は迷いを断ち切るようにやつに斬り掛かる。それを受け止めるやつの瞳は俺をまっすぐ見ている。

 

「くそぉっ!!!〈パーゴス・オクターレ〉!!」

 

それを見るのが嫌で俺は至近距離で魔法を発動させ弾け飛ぶ氷柱に自分が巻き込まれるも気にせずやつにくらわせる。お互いに傷だらけになりながらも、俺の方が優勢と言えるだろう。

 

「〈イグナイテッド〉!!」

「──っ」

 

薙刀から炎が放たれ俺は後ろに下がる。やつはやはり、その真っ直ぐな瞳で、真剣な顔で俺を見ている。それがどうしても気になり、俺を迷わせる。

 

 

 

『少し休憩はさむか。あんまり根を詰めても体に悪い』

 

 

 

こうして刃を交える度に思い出す。短い時間だったが不器用なりに気遣い時折優しい笑みを見せるやつを。ああ、この胸の痛みは気のせいじゃない。でも忘れなければ、全て、全て──!!

 

「や、めろ……やめろ!!その目で俺を見るなぁ!!」

 

自分が涙を流していることにさえ気づかずに、剣を振るい続ける。俺は、俺は結局何がしたかったんだ。俺の剣を、怒りを受け止め、傷つきながらも真剣に向き合う彼に……俺がしたい事はこんな事なのか?

 

「あ、ぁあ……ぁあ゛あぁ!!!!」

 

血を流す彼はもう薙刀で受け止めるのではなく、ただただ俺の攻撃を受けていた。それにが更に俺の怒りに火をつける。早く殺して楽になろう、早く。早く。

 

「この、おぉ!!!!」

「──くっ!!」

「〈キル・ウォーニング〉」

 

薙刀を弾きとばしその手から放させると手を突き出し、彼の急所に照準を合わせ剣を引いた。彼は防御魔法を唱えようとしているが俺のこのクアリタを避けられた者は居ない。彼の従者達が命令を無視して動き出すが、もう遅い。

 

「〈フォーカス〉〈リジェクト・インパクト〉」

 

向かってきた従者達を限定して衝撃波で吹き飛ばす。彼らは届かない。どんな手段を取ろうとももう俺には届かない。

終わる、全てが終わる。

 

やつは、それでもまっすぐ俺を見つめている。

 

何故、なんで、こんなにも俺に本気で向き合ってくれるこの人を殺さなくてはいけないのか。俺は……本当はどうしたいんだ?

 

いやだ、本当は嫌なんだ。だけど今更、剣を突き出してしまった俺はどうすればいい。

 

だれか、俺を止めて────

 

 

 

 

「〈クレイジー・キャノン〉ッ!!」

 

 

 

 

どかんっと大きな発砲音がなり、激痛が走る。今日はこんなに綺麗な空だったのかと宙を舞いながら他人事のように思い、勢いよく地面に叩きつけられた。

 

「────」

 

何が起こったのか理解できなかったが、誰かが……俺を止めてくれた。手に剣を持っていないことを確認すると俺は安堵から涙を流す。

アンディート様を殺さずにすんだ。さっき彼は自分が死ぬと理解して、それでも俺を憎むような顔もせず、悲しそうな顔もせず、最後まで俺の怒りを受け止めようとしてくれていた。

 

「ぅ…ぁ……ごめんな、さい……ごめんなさい……!!」

 

ただ怒りに任せて大切な人に剣を向けてしまった。あんな事をして、許されるはずがない。自分に向かってくる足音が聞こえ、俺は流れる涙を拭いながら謝り続ける。

カチャリと頭に何かが強く突き付けられ俺は閉じていた目を開けた。

俺を跨ぎ、銃を突きつける灰色の髪をした少年が俺を見下ろし睨みつけている。

 

「こいつ殺していいの?」

「やめろ……俺の、客だ……‼」

 

苦しそうなアンディート様の声が聞こえ視線をそこへ向けると、彼の腹部に俺の剣が突き刺さっている。確かに心臓は避けたが、完全に無傷ではなかった。

 

「いつから客に殺されるサービス始めたの?」

「つい、さっきだ。そんで……今やめた」

 

少年は茶化すように話しているが、俺に向けられる殺気からアンディート様がもし敵だと言えば俺はすぐに殺されていただろう。従者に治癒魔法をかけられながら剣を腹から引き抜いたアンディート様は口から血を流し、そんな重傷を負わされながらも俺に笑いかけた。

 

「心配すんな。腹貫かれるのは二回目だし、なにより一回目の方が断然痛かった」

「で、でも、俺……俺は、貴方を殺そうと、して……‼」

「まあ若干八つ当たりな所もあったが……俺も似たようなことしたことあるからお前を責める資格はねぇよ」

 

それを聞くと少年は笑いながら俺の上から退き、手に持っていた銃が体の中に吸い込まれた。そんなことが出来るのは運命に選ばれし王ぐらいだ。という事はこの少年は……シヴァの称号を持つ、ムームア・シヴァ王なのだろう。

 

「聞いてよ。アンディートの八つ当たりって相手が死んだ親友と目の色が似てたから、気に入らなかったって理由なんだよ。それで国滅ぼそうとしたの、面白くない?」

「……あながち間違ってるわけでもないからなんも言えねぇな」

「そんで返り討ちにあってお腹ぶっさされて、それが一回目ってわけ」

 

愉快そうに笑い「余計なことを言うなと」アンディート様に睨まれているシヴァ王は、俺に手を差し出す。困惑している俺に更にずいっと手を出され、その小さな手を取り立ち上がる。

シヴァ王は俺の状態を見てふーんと不満そうにすると、興味深そうに俺の体をぽんぽんと叩いた。

 

「さっきの技、ドラゴンの頭を消し飛ばすほどの威力はあったんだけどなぁ」

「お、俺……その、どうすれば……」

 

急な和やかな雰囲気にどうしていいのか戸惑っていると、アンディート様もシヴァ王も鼻で笑う。何か変なことを言っただろうかと謝ると、アンディート様は違うと一言言った。

 

「この流れでじゃあ死んでくれとはならんだろう。許すっつってんだよ」

「そーそー。……まあ従者たちは死ぬほどキレてるみたいだけど、そこはどうにかしなよ」

「あ、お前ら‼武器と殺意どっかにしまっとけ‼」

 

アンディート様の言葉にプローヴァリーは渋々武器をしまうが、俺に対する怒りは抑えきれないようだ。当然だ、俺も同じ立場ならそうなる。やはり死んで償った方がいいのだろうかと思っていると、それを見抜いたのかアンディート様は俺にデコピンをした。

 

「申し訳ないと思うなら何かしてもらうか。肩たたきとか」

「庶民の父親じゃないんだからもっとマシなこと頼みなよ‼」

「誰が父親だ」

 

本当に、本当にこの御方は許してくれるのか。アンディート様とシヴァ王のやり取りが面白くて、俺は笑う。楽しかった……ウェンビルさんに拾われ、ヴィシュヌ女王と出会って、アンディート様に優しくしてもらえて──

 

「ごめんなさい……俺、肩たたき出来そうにありません」

「──お前……なんで死にかけてんだよ……‼」

 

体が光り始め、徐々に消えていく。俺は記憶を取り戻したいという願いを叶えた。曖昧な存在が満たされた時どういう道を辿るかなど、どんなストーリーでも結末は一緒だ。

 

「俺は本気で……自分が貴方の従者だったらよかったのにって思っちゃいました。アイハルド様の従者失格です」

「じゃあ、ここに居たらいいじゃねぇか!!」

 

それは出来ないと首を横に振ると、アンディート様は一度辛そうな顔をしたあと大きく息を吐き笑みを浮かべた。悲しい顔で見送るのが嫌なのだろう、アンディート様は笑顔のまま俺を片腕で抱き寄せる。

 

「ありがとうございました。凄く、楽しかったです!!」

「ああ、俺もだ。……じゃあな、フロスト」

 

記憶のない日々は辛かったが、こうして俺の死を悲しんでくれる人に出会えた。俺は、それだけで十分だ。最初は逃げ出したいと思っていた彼のそばを、今は離れたくなかった。

 

だけど、最後は笑顔で。

 

 

「さようなら──‼」

 

 

マジカルボックスからある物を取り出しアンディート様の胸に押し付けると俺は空に消える。辛い、寂しい……だけど、誰かが俺を迎えに来てくれた気がして、俺は安心して目を閉じた。

 

 

 

          …………

 

 

「……見送るのは辛いな」

「運命に選ばれし王になったからにはこれから何度も経験するだろうね。……もしかして泣いてる?」

「泣いてねぇよ」

 

あいつも笑顔で逝ったんだ、俺に泣いて欲しいわけではないだろうとフロストが消えていった空を見る。ムームアはそれより俺が渡されたジュエリーボックスが気になるようでそれをじっと見ていた。

 

「それなに?」

「……教えねぇ、俺とあいつだけの秘密だ」

「何それ‼余計気になるんだけど‼」

 

俺はそれを取ろうするムームアに鼻で笑うとマジカルボックスに仕舞った。これを俺に託したのにも何か意味があるのだろうと、その意図は分からないがフロストに心の中で礼を言う。

 

「つーか、なんでお前ここに居るんだ?」

「……ちょっと疲れたから息抜きに散歩してたんだよ」

「分かったぞ。お前家出してきたな?」

「家出って、子供じゃないんだから‼」

 

隣国の城まで散歩しにくるやつがどこにいるんだと笑いながら、こいつが来なかったら死んでいたのは確実なのでスターシャに告げ口はしないでおく。従者達を通常勤務に戻すと、俺はムームアと歩き出す。

 

「それで、さっきの人誰だったの?」

「ああ、あいつはな──」

 

俺は話し出す。とある消滅できなかった記憶喪失の従者……友人の話を。

 

 

 





『俺に贈る鎮魂歌』1度あげたんですが矛盾点を発見してラストを書き直しました!!いやぁ、前のバージョンは自分でももやもやした終わり方にしたのでこうして書き直せて良かったです。

前のアナザーストーリーはレナータの話だったので、今回はアンディートのお話となります。彼は不器用なりに優しさのある人です、昔はちょっとやんちゃしてましたがね。
二部の話から一年経った頃のお話になります。少し落ち着いたあたりじゃないと色々問題の対処に忙しいんじゃないかと思って一年後にしました。でもまだ忙しいみたいで、レナータもすぐに退場しましたね。

フロストくん。アンディートが本気を出せなかったのと、相性のお陰で戦闘でかなり優勢に立つことが出来ました。あとは元々従者として優秀だったという所もあります。彼が途中で使った〈キル・ウォーニング〉は相手の急所を80%の確率で貫くことが出来る必殺の一撃を放てるというものです。

彼が持っていたマジカルアイテムの効果は次のムームアのお話で明かされます。次の話まで引き伸ばすというね……その割には「なんだその程度か」って思うものかもしれない……。

次回はムームアのお話です!!
ここまで読んで頂きありがとうございました!!


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リベルタスが微笑む日

「あ~、もうっ‼」

 

広い執務室の椅子、そこには身長140程度の少年が座っている。その場には相応しくないと愚者は笑うだろうが、彼がどんな人物か知る者は彼こそがこの場に相応しいと言うだろう。

少年がだんっと机を叩くと、机に乗っていた資料が一瞬浮く。落ちなかったのはそれを予測してすぐに横に控えていた女性が抑えたからだが、少年はそれが気に入らなかったのか女性を睨む。

 

「スターシャ、その資料もう君がやって」

「お言葉ですがムームア様、『自分でやるから絶対止めるな、もし投げ出しそうになったらそれは止めろ』とご自身で仰ってからまだ24分しかたっておりません」

「ボクそんなこと言ってない」

 

スターシャはそれに何と言っていいのか迷った。昨日までの自分なら「そうでございますわね私の不出来な記憶力をお許しください」と聞いたことを無かったことにして、その国王が目を通しサインしなくてはならい重要な書類にムームアと全く同じ筆跡でサインしただろう。

 

「……言いました。確かにこの耳で聞き、記憶しております」

「む……」

 

ムームアはこのままスターシャが分かりましたと自分の作業をやってくれるものだと思っていた。立ち上がろうと浮かしていた腰を下ろし、スターシャをじろじろと観察する。スターシャは何でもないような顔をしているが、ムームアは一瞬泳いだ目を見逃さなかった。

 

「ティムルだな?」

「い、いえ……?」

「やっぱりか‼あのスパルタ執事長め、どうせ甘やかすなって言われたんだろ?」

 

スターシャが目をそらし何も言わないのを見てやはりかを確信する。ティムルは前王……ムームアの父の代から執事をしているベテランだ。どうも運命に選ばれし王はみな執事長に弱いらしい。弱いというか、逆らえないのだ。

 

「もう怒った。スターシャ、十秒目を瞑って」

「か、畏まりました……‼」

 

叩かれるとでも思ったのかぎゅっと目を瞑るスターシャを確認すると、ボクはため息を吐く。最近休みがない。確かにそれを望んだのは自分だが、それでも限度というものがあるだろう‼ボクはもう疲れました‼と、いう事で……

 

「〈テレポート〉」

 

ムームア・シヴァ十八歳、家出します。

 

 

 

          …………

 

 

 

がやがやと騒がしい街を歩きながら、ボクは周りを興味津々に見ていた。いつもの格好にフード付きのマントを被っただけというお粗末な変装で、ディアストリク王国の都市の様子を見に来たのだ。自分の国が実際どう動いているのか自ら確認するのも大事だと、別に家出してきた訳ではなくこれは仕事なのだと何度も自分に言い訳をした。

 

「少しは治安はが良くなってきたのかな……」

「お、おい!泥棒〜!!俺のマジカルボックス返しやがれぇ!!」

 

言ったそばから。ボクはこちらに向かってくるしてやったり顔の泥棒男に足を引っ掛け転倒させると、手に持っているボックスを奪い取る。ボクの国で簡単に泥棒なんて千年早いぞ全く。

 

「〈リストレイント〉」

 

魔力でできたロープで瞬時に泥棒男を拘束すると騒ぎを聞き付けた警備兵に男を引き渡した。警備兵はボクに礼を言うとすぐに男を連行する。ちゃんと仕事をしているようでなにより。

 

「はい、これ」

「ありがとう……」

 

駆けてきたボックスを盗まれた人にそれを返すと、その人はボクをじろじろと見てくる。少し目立つことをしてしまったかと焦り、すぐにその場を去った。

泥棒男をとっ捕まえたせいで少し人の目を集めてしまい、すれ違いざまにボクを見る人が多い。しかし暫く歩き続ければそれを無くなり、ボクはほっとした。

 

「(でも、一人だけ付けて来てるな……)」

 

ずっとボクの後を着いてくる人物がいる。少し回り道をしたりして確認したが、相手は尾行を隠す気が無いのか単に下手なのか丸分かりだった。ならばと人気のない道へ進み、角を曲がった時に不可視化魔法を使う。行き止まりの道でボクがいなくなったことに焦る相手を見てボクはため息を吐いた。

 

「子供がなんの用?」

「ひぇっ!ど、何処にいるの……?」

 

どんなやつかと思えば少年がそこには立っていた。ボクは不可視化を解いて少年に姿を見せると、彼は目をきらきらと輝かせながらこちらを見ている。……嫌な予感。

 

「ねぇ、今のどうやったの⁉さっきの男の人を拘束した魔法ってLv3の魔法だよね⁉どうしてそんなに凄い魔法を──」

「はいはいストップ、質問は一回だけ。それ以上は受け付けないよ」

 

早く適当に誤魔化してまた街を見て回ろうとボクは少年にそう告げる。少年はこくりと頷きあれがいいかこれがいいかと考え、あまりの長さにボクは足をとんとんとしながら待つ。すると少年はちゃんと纏まったのかじゃあとゴクリと喉をならした。

 

「僕と友達になってくれない……?」

「………は?」

 

友達。少年はボクを真剣な眼差しで見ながら返事を待っている。正直言うとこんなよく知らない少年、それを見るからに庶民な彼と友達なるメリットないしそもそもボクは子供が好きではない。

 

「ボク子供嫌いだから嫌だ」

「子供嫌いって……君も僕と同じくらいの歳じゃないの?」

「君いくつ」

「十二歳」

 

 

確かにボクの肉体年齢は十二歳だ。運命に選ばれたのは六年前なので中身はもう十八、目の前の少年より六つも年上なのだがそれを説明するにはボクが運命に選ばれし王、不老の存在だと明かさなくてはならない。それは普通に面倒な事になる。

 

「ボク忙しいから、質問には答えたしもう行くね」

「え、ぇっ!ねぇ、もうちょっと魔法のこと聞かせてよ!!」

 

しつこい少年をどうしたら良いだろうかと彼に背を向け歩き出しながら考える。完全に無視するボクに負けじと話しかけながら隣を歩く少年は、本当に何処までも着いてきそうだ。テレポートでどっかに飛んで巻けばいいかもしれないが、あまり噂になるようなことはもう避けたい。つまり、お手上げだ。

 

「分かった、分かったから……じゃあ君がボクの友達相応しいか証明してよ」

「証明……どうやればいいの?」

「そうだなぁ、この国の事聞かせて。あとは街の案内とか。ボクはこの国来るの初めてなんだ……協力してくれる?」

 

それを聞き少年はブンブンと首を縦に振り頷くと嬉しそうに先導して歩く。平民の視点からこの国がどう見えるのか、子供なのが残念だが聞いておくのは悪いことではないだろうと少年の後をついて行く。少年は歩きながらまず何から教えようかと周りを見渡している。

 

「そう言えば名前言ってなかった、僕はフルト!!君は?」

「……ミエール」

 

適当に偽名を名乗るといい名前だねと少年、フルトは嬉しそうに笑う。

 

「何か聞きたい事とかある?」

「うーん。じゃあこの国の王ってどんな人?」

 

フルトは腕を組み考え込むと、暫く固まる。そんな悩むほどの質問だったかと返事を待っているとそうだなぁと彼は城がある方角に視線を向ける。

 

「実は僕あんまり知らないんだよね。丁度僕らと同じくらいの子供が即位したって聞いたけど、僕は最初の声明の時寝坊しちゃって聞きに行けなかったから……」

「そうなんだ。……何だか子供が王様なんて心配だね」

「そんな事ないよ!!」

 

笑いながら言ったボクにフルトは大きな声で否定すると、ハッとして小さく謝った。何故そんな全力で否定するのだろうと疑問に思いながら、フルトをじっと見つめる。

 

「……先代のアルヴァ王様から今のムームア王様に変わって、僕らの生活がいい方向に変わってきたんだ。僕のお父さんもお母さんもムームア王様の方が好きだって言ってたし、僕もそう思う」

「……へぇ」

「それにね!子供の運命に選ばれし王なんて、そのー、なんかカッコイイじゃん!」

 

格好良いだけでは王は務まらないんだけどねと心の中で言うと、ボクの行動が少しは国に良い影響を及ぼしているのが確認できて、それだけで収穫があったと言えるだろう。フルトはボクの手を引き色々なところを案内した、お気に入りのおもちゃ屋さんやお菓子屋さん、両親がよく連れて行く服屋、そして……

 

「ここが僕の家!」

「なるほど、じゃあボク帰るね」

「ちょ、ちょっと待って!ちゃんとおもてなしするから!」

 

家に行くなど親しくなり過ぎるのはNGだ。あんまり印象に残って後々正体がバレた時問題が起こるかもしれない。自分は運命に選ばれし王の友人なんだと自慢でもされようものならフルトの評価がこっちにまで関わってくる。

しかしフルトの必死の引き止めと、捨てられた子犬のような潤んだ瞳にボクは渋々頷き彼の家にお招きされた。

 

「今日お父さんもお母さんも居ないんだ。少し遠くで仕入れたマジカルアイテムを売ってて、遅くまで帰らないって」

「へぇ、マジカルアイテムね」

「たまーにLv3の魔法が篭ったクリスタルも売るんだ、凄いでしょ!」

 

彼は魔法が好きなようだ。ふんすと自信満々に胸を張った彼にボクは適当にそうだねと返事をすると、通されたリビングのテーブルにつく。フルトは台座に上りキッチンで何かをいじると、ボクの前にティーカップを置いた。

 

「はい、ミルクティー。お菓子も食べる?」

「いい、お腹空いてないから」

 

結構裕福な家庭らしい。少し高めの茶葉を使っただろうミルクティーを1口飲むと部屋を見渡す。裕福と言っても貴族ほどではない、マジカルアイテムでの儲けはそこそこなのだろうか。ちょっと奮発しましたとでも言うかのような高価な絵画が、部屋の雰囲気から少し浮いているのが気になるぐらいで特に面白みもない。

 

「ねぇ、ミエールの話も聞かせてよ」

「……ああ、うん」

 

一瞬誰のことだと思ったがそう言えば自分でそう名乗ったのだったと思い出し、咄嗟に頷いてしまった。しかしボクの話など何を話せばいいのかと考えていると、フルトはボクの向かいの椅子に座ると前のめりになる。

 

「さっきみたいな上位の魔法、どうやって習得したの?」

「あれね……クリスタルを使ったんだ。ボク自身は習得してないよ」

 

見え透いた嘘にフルトは不満そうにしている。そこは話したくないようだと察して話題を変えてくれたら嬉しかったのだが、少年の好奇心というのは止まらないものだ。目を細めボクをじっと見る彼に、ボクはため息を吐く。

 

「勉強。才能が関係してくるアビリタと違って魔法は本人の努力次第でどうにかなるってボクは思うよ」

「誰かに習ったりした?」

「いいや、誰にも。独学で習得したものだ」

 

まぁ少しは才能もあったかもしれないと幼いながら伝説級と言われるLv5の魔法を独学で習得した自分は凄いなと実感したボクは、再び目を輝かせたフルトから視線を離しミルクティーを飲む。

 

「ミエールみたいな子がいて両親はさぞ鼻が高いだろうね!羨ましいなぁ……」

「君だって時間はかかるかもしれないけど、努力すれば上位の魔法を使えるかもしれない。自分で可能性を狭めてはいけないよ」

「そ、そうだよね!ボクも頑張ってみるよ!」

 

一瞬悲しそうな顔をした事に少し気になったがそこまで深くは考えずに、意気込むフルトを見ながら自分の首にかかる懐中時計に軽く触れる。

両親はボクのことを自慢に思っていただろうか。父の方は無いとしても母が生きていたのならそう思ってくれたかもしれない。兄とも関係が拗れなければ今頃は自慢の弟だったかもしれない。しかしボクはみんな無くしてしまった。

 

「ミエール?どうかした?」

「いや、何でもない」

 

思い耽り黙ったボクを心配そうに見たフルトにそう返すと、ボクはミルクティーを飲み終えた。おかわりをするか聞いてきた彼に首を横に振り断ると、ふうっと息を吐いた。

 

「ねえ、僕がミエールの友達として相応しいか証明できた?」

「……及第点ってとこかな」

「やったぁ‼これで僕ら友達だね‼」

 

椅子から降りてぴょんぴょんと跳ねるフルトは肘をテーブルにぶつけ悶えている。僕がそれを見て笑うと、彼も笑う。その時、ノックの音が聞こえた。

ボクはフルトと顔を見合わせ、フルトは玄関に近づくと扉をゆっくりと開けた。

 

「こんにちは、突然申し訳ございません。こちらに私の息子がお邪魔しておりませんか?」

「息子?もしかしてミエールの事ですか?」

「……ええ、そうです」

 

ボクは壁に隠れながら焦っていた。見た目は違うがあの声はルナティスだ。何より彼が手に持っている運命に選ばれし王を探すためのコンパスがそうだと物語っている。昔のように隠しておけばよかったとため息を吐きながらボクは隠れるのをやめ、おとなしくフルトの隣に並ぶ。

 

「探したぞミエール。さあ、家に帰ろう」

「……嫌だって言ったら?」

 

いくら演技をしようと中身はルナティス、もしボクが本気で嫌だと言えばそれは命令だと受け取り撤退するだろう。実際困った顔をしている。

フルトはボクの顔を見ると背を軽くたたき、にこっと笑った。

 

「もしよかったら明日も来てよ、僕待ってるから」

「……分かった。今日は帰るね」

 

ボクはフルトに見えないようにルナティスをぎろっと睨んだあと、手を振るフルトに見送られながら彼の家を後にした。暫く歩き二人で人気のないところに行くとテレポートで城に戻る。

 

「で、誰が誰の父親だって?」

「申し訳ございません、それが適役だと思いまして。それに貴方様の父親面をする機会などもう二度とないかもしれませんから」

 

元の姿に戻り、はははっと笑うルナティスのわき腹をどつきながらボクは執務室向かって歩く。全く、少しの休みも与えれれないのかとぶつぶつ文句を言い執務室に入ると、そこには執事長のティムルが笑みを湛え待っていた。

 

「ムームア様、少々お話が」

 

怒りのオーラが見える気がするティムルに苦笑いを浮かべ、後ろでぱたんと扉の閉まる音が聞こえボクは覚悟を決めた。

 

 

          ────

 

 

そこからは忙しかった。ティムルのいつにも増してスパルタなレッスンに、国王としての仕事、少しサボっていた分の皺寄せが来たのだ。前王の時は兵器の売買で繋がっていた国とは現在険悪な関係。それもそうだ、ボクが即位した数日後突然乗り込んで「君らの国とは縁を切ります」と一言告げて喧嘩を売ったのだ。

 

「あの頃は若かったなぁ……」

 

いくら父親のやり方が嫌いだったとしても、もっとやりようはあっただろうと昔の自分に呆れながら書類に判を押していく。

そもそも、ボクは自覚はなかったがずっといい子を演じてきた。そのせいで来なかった反抗期とやらが父が死に、兄に裏切られたあの日から来たのだろうとため息を吐きまた判を押す。

反抗期ならば人は誰しも来るものだから、ちょっと調子に乗ってもボクのせいではないのではと頷き再び判を──

 

「恐れながらムームア様」

「何?」

「同じ場所に何度も判を押されていますが、そのままでは真っ赤になってしまうかと」

 

ボクの手元を見ると確かに何度も判が押されている紙がある。上の空のまま仕事をするとこういう事になるのはもう何度も経験した。幸いこれはスターシャが出した法案の記してある用紙なので何の問題もない。また書き直させればいい。

 

「ちょっと10分ぐらい休憩させて。ミルクティーが飲みたい」

「ではメイドを──」

「君が作ってきて」

 

畏まりましたと深々と頭を下げた後、スターシャは扉から出ていく。確かにメイドの入れた紅茶も美味しいが、彼女の物は格別だ。

しかし、従者二人はよくボクに従う気になるなと先程まで彼女がいた場所に視線を向ける。その気になれば自らは一切の手も出さずに国一つ潰せるだけの知恵を持つスターシャに、一人でも物理でそれが出来るルナティス。彼らは自他共に認める優秀な従者だ。

 

「は~憂鬱。いつ見捨てられるんだろ」

 

そんな事直接二人に言えば大変なことになるだろうなと憂鬱な気持ちを消し去るように笑い、そして思い出す。

 

「ミルクティーといえば……フルトは何してるかな」

 

明日来ると言ったのが丁度一か月前だ。あれから多忙になり忘れていたが約束を破ってしまったことに罪悪感を感じる。そもそも容易く来れないことは分かっていたのだから、できない約束など最初からすべきではなかったと椅子から降りる。

 

「また叱られるんだろうなぁ……〈テレポート〉」

 

今は運命に選ばれし王ではなく、ただの一人の少年として誰かと話したかった。あれだけ疎ましく思っていたフルトにわざわざ会いに行く日が来るなんてとマントを羽織り、城の裏口から出ると街に向かった。

 

「急に来たらびっくりするだろうな」

 

自分が笑っているのに気づき、誰も見ていないのに咳ばらいをすると真顔に戻る。別に楽しみにしているわけではない。ただボクが運命に選ばれし王だと知らない知り合いが彼しかいないだけだと言い訳しながら、あの日の道順を思い出しながら彼の家の前につく。

あの日と変わらないフルトの家がそこにはある。彼の両親はボクの顔を知っているかもしれないとフードを深く被りなおすとノックをする。暫くして、一人の女性が出てきた。フルトは母親に似たのかとその女性を見て思うと、女性は急にボクに抱き着いた。

 

「ちょっ、何して──」

「フルト‼帰ってきてくれたのね‼」

「は?」

 

ボクが突き飛ばさない程度に女性を押し返すと、彼女はフードで陰るボクの顔を見てフルトではないと知ると落胆した様子を見せる。人の顔を見てその反応は失礼だろうとムッとするが女性の顔をよく見ると痩せこけ隈も酷い、体調でも悪いのか。女性は急に泣き出し奥から出てきた男性、恐らくフルトの父親が彼女を宥めている。

 

「ボク、フルトの友達のミエールって言います。約束をしていたので会いに来たんですけど……」

「──そ、うか……君がミエール君か……」

 

男性はボクを見て表情を曇らせる。何があったのだろう、二人の様子を見てボクはだんだんと不安に──

 

 

「フルトは……天国に行ってしまったんだ」

 

 

一瞬、ボクは彼がなんと言っているのか理解できなかった。

いや、雰囲気の暗い家の前に立った時から、ボクは何となくわかっていた気がする。あれ程元気だった彼が死んだと、言われる気がしていたのだ。嫌な予感と言うのか、胸騒ぎがしたというのかよく分からない。でも、それでも彼が死んだという実感は湧かなかった。

男性はボクを家の中に入れるとフルトと同じようにミルクティーを出してくれた。女性、フルトの母親は寝室に連れられ、彼女はまだフルトが死んだという事を信じきれていないらしい。

 

「フルトは病を患っていてな……医者は90%成功すると言った手術が、上手くいかなくて……」

「ボ、ボクにはそんな事一言も……!」

「もし聞いていたら、君は知る前と同じ態度が取れたか?」

 

それを聞いてボクは黙り込む。フルトは自分が病気だからと周りから哀れまれ、腫れ物のように扱われるのが嫌だったのだろう。ボクももし彼が病気で手術を控えていると知っていたら、今とは違う態度をとったかもしれない。

そうか、ボクが時間をかければ上位の魔法を習得出来るかもしれないと言った時悲しい顔をしたのは、彼にはもう時間が無い可能性があったからだったんだ。

 

「フルトは、君に会うのを楽しみにしていたよ。凄い友達が出来たんだって散々自慢しきてな……」

「ごめんなさい、ボク……」

「こちらこそ済まないな、少し……俺達も受け入れられなくて、辛くて……」

 

俯き目元を強く押えた男性は、深呼吸をしたあと顔を上げボクに悲しげな笑顔を見せる。

 

「良かったらフルトに会いに行ってやってくれないか?」

 

そう言い男性はフルトのお墓がある場所をボクに伝える。ボクは前と違う味のするミルクティーを飲み終えると、フルトの父親に頭を下げ家を出ていく。

フルトのお墓の前につくまで、ボクは抜け殻のようだった。フルトと過ごした短い時間を思い出しながら、ボクはぼんやりと歩き続けて、そしてお墓の前につく。

 

「そうか……君は死んだのか」

 

お墓に刻まれた彼の名を見て、やっと涙が出る。

ああ、そうか、本当に居ないんだ。

もっとやってあげられるとこがあったんじゃないか。言ってあげられることがあったんじゃないか。今更考える。あれや、これや、もう出来ないことばかり。

 

「ほ、ほんとは、君の病……治せる、方法があったん、だよ。少し前、までね」

 

ははっと笑いながら、泣きながら、そうお墓に……フルトに話しかける。ファタリタであれば治せただろう、しかし今のボクに病を治す手段はないし、フルトはもう居ない。

 

「ボクの方が、君の友人には相応しくなかったよ……」

 

君からの返事が欲しい。でもそれはもう聞けない。

ボクは踵を返すと歩き出す。前に、前に進まなくては。彼の分まで。

気づいたら僕の前にはルナティスが立ってて、ボクはゆっくりと彼の傍に近づく。ルナティスは何も言わない、いつも通りの微笑みではなく珍しい真剣な顔でままボクを待っていた。

 

「また勝手に飛び出して、今度はティムルになんでどやされるか今から憂鬱だよ」

「……申し訳ございません」

「なんでお前が謝るんだ」

 

ルナティスは再び謝った。

彼は何も悪くない、悪いのは、ボクの方だ。謝るのはボクの方なんだ──!

 

「ボクは、どうすればよかったんだ⁉」

「そのままで良かったのです」

「そんな事ない!もっと何か、なにか出来たはず……!!」

 

ボクはルナティスの上着を掴みながら彼に怒鳴る。何も悪くないルナティスに何度も怒鳴り、叩き、そしてボクはしゃがみ込んだ。ルナティスは屈んでボクを抱きしめ、体を優しく撫でた。その温かさに涙が余計に止まらなくて、ボクは泣き疲れてルナティスに寄りかかったまま寝てしまった。

 

 

…………

 

 

目が覚めて、いつの間にか寝室のベッドで横になっていた。やっぱり一番にフルトの事を考えた。さっきよりも落ち着いたが何かを失ったという気持ちが胸を締付ける。ボクは暫く天井を見つめながら、何も考えずに横になっていた。暫くしてノックの音が聞こえ返事をすると、失礼しますとスターシャが入ってくる。

 

「ご気分はいかがですか?」

「……最悪だよ」

 

ボクは体を起こし、額に手を当てながらため息を吐く。頭が痛いし喉も乾いた。サイドテーブルに置いているピッチャーの水をコップの満杯まで入れると一気に飲んだ。まだ頭がぼんやりとして、ボクはまだ横になっていた方がいいと言うスターシャを無視してベッドから降りる。

 

「何かしていたい」

「……畏まりました。すぐにスケジュールを調整致します」

 

それからフルトの事を考えないようにわざと忙しくして、それでも寝る前は思い出してしまい寝れない日々が続く。ボクのせいじゃないのかとどんどんマイナス思考になっていって、こんなに人の死に囚われたのは初めてだと毎日悩んだ。

わざと仕事を入れたくせに上の空、また同じ資料に何度も判を押すとスターシャに指摘される。

 

「ムームア様、少しお休みになられた方が……」

「そうだなぁ……じゃあミルクティー入れてきて」

 

そう言って執務室から出ていったスターシャを見て少し経つとボクはテレポートで外に出る。運命に選ばれし王を探すためのコンパスはティムルがレッスン中一瞬気を抜いた時に奪ってやったので今度はボクを探すことは困難になるだろう。

全くボクは何度家出をすれば気が済むのか、自分に呆れながら街を歩く。マント一つで国王が街を堂々と歩いても気づかれないなんて、街の人々は鈍感にも程があると行くあてもなく歩き続けた。

 

「……暇だ」

 

今日は平和だ。とてもいい事だが気がまぎれるわけではない。どうしようかと考えていると、ふとある人物が脳内に浮かび上がった。

 

「レナータとアンディート、何してるかな」

 

二人とも自分と同じ身分、共感する出来る事もなかなか多いのでたまに国王として話すのではなく関係ない話もメサージュでしたりする。

もしかしたら、今の僕のもやもやも解決してくれるかもしれないとまずはキーパーソンのリーダーであるサージェに連絡を取る。

 

「ムームアだけど、今レナータは城にいる?」

『申し訳ございません、只今外出中でございます。急用であれば直ちにご連絡いたしますが』

「あーいいよ、暇だったら話したかったってだけだから。これは伝えなくていいからね」

『畏まりました。では失礼いたします』

 

相変わらず従者というのは硬いなとメサージュの切れた音を聞きながら今度はリヴェルダにメサージュを飛ばす。しかし、何故か切られた。国王直々の連絡を何の断りもなしに切るのは珍しいと思いながら、もしかしたら忙しいのかもしれないと納得する。

 

「でもやっぱりおかしいよな……」

 

前にもアンディートが忙しい時リヴェルダに連絡をしたが、サージェのように断りを入れたぞと不審に思う。なんだか嫌な予感がする。今までのボクなら無視したかもしれない、でも今のボクは──

 

「様子を見に行こう……‼」

 

何かあってからでは遅いと痛感したばかりのボクは人気のない場所へ向かうとマントを脱ぎ去りヴォラーレで空に飛びあがる。全速力で飛ばせばアズモンド王国の城まで十分もかからない。魔力の急激な消耗と脈の速さで気分が悪い。でも少しでも速度を落とすのは駄目な気がした。

 

「これで優雅にお茶でも飲んでたら八つ当たりしてやる‼」

 

勿論その方がいいのだがとやっとアズモンド王国の領域に入り、城まで猛スピードで飛行する。すると何故か戦闘音が聞こえ、その音の発生源……多分中庭だろうと予想してそこに向かった。

 

そこにはアンディートとプローヴァリー、そして見たことのない青年がいる。問題はその青年とアンディートが戦っていて、まさに決着が着きそうなところだ。青年はアンディートの心臓に向けて剣を突き、プローヴァリーは魔法で吹き飛ばされ動けない状態にある。

 

 

──今ボクが動かないと、アンディートは死ぬ。

 

 

「〈クレイジー・キャノン〉ッ‼」

 

 

神器を取り出し、何もない空間から大砲を出すまでの数秒は心臓が止まったのではないかと思うほど苦しかった。どかんっと大きな発砲音がなり、青年が宙を舞い戦闘で荒れ果てた中庭の中央に落ちるのを見てボクは彼の傍に降りた。

泣きながら謝っている青年にボクは苛立つ。彼の体を跨ぐと頭に銃を突きつけ今すぐにでも発砲したい気持ちを抑えた。

 

「こいつ殺していいの?」

「やめろ……俺の、客だ……‼」

「いつから客に殺されるサービス始めたの?」

「つい、さっきだ。そんで……今やめた」

 

アンディートの腹部には避けきれなかった青年の剣が突き刺さっていて、それでも青年に対して敵意がないのを確認すると青年から銃を離し、治癒魔法をかけられながら剣を抜くアンディートを見ながら自分の胸騒ぎを信じてここまで来て正解だったと安心する。

 

「心配すんな。腹貫かれるのは二回目だし、なにより一回目の方が断然痛かった」

「で、でも、俺……俺は、貴方を殺そうと、して……‼」

「まあ若干八つ当たりな所もあったが……俺も似たようなことしたことあるからお前を責める資格はねぇよ」

 

アンディートは笑いながら青年と話しているが、こっちは肝が冷えたんだぞと思いながら呆れて笑い神器を体内に収める。青年はそれを見て驚いた様子を見せたが、アンディートの知り合いならば正体を明かしても問題はない。

 

「聞いてよ。アンディートの八つ当たりって相手が死んだ親友と目の色が似てたから、気に入らなかったって理由なんだよ。それで国滅ぼそうとしたの、面白くない?」

「……あながち間違ってるわけでもないからなんも言えねぇな」

「そんで返り討ちにあってお腹ぶっさされて、それが一回目ってわけ」

 

トリムルティの宝で記憶共有をしたのでアンディートの一回目に腹部を突き刺された理由は知っている。全く彼の言う通りとんでもない八つ当たりだ。余計なことを言うなと睨まれたがボクに心配かけたのだ、少しは仕返しをしてもいいだろう。

まだびくびくと震えている青年にボクは手を差し伸べる。困惑している彼に構わずさらに手を突き出すと青年はボクの手を取ったので立ち上がらせた。

 

「さっきの技、ドラゴンの頭を消し飛ばすほどの威力はあったんだけどなぁ」

「お、俺……その、どうすれば……」

 

ボクの使う魔法の中でも威力の強いものをくらったのにも関わらず、致命傷にはならなったのを若干不満に思いながら彼の体をぽんぽんと叩いた後、青年の言葉にボクは鼻で笑った。

 

「この流れでじゃあ死んでくれとはならんだろう。許すっつってんだよ」

「そーそー。……まあ従者たちは死ぬほどキレてるみたいだけど、そこはどうにかしなよ」

「あ、お前ら‼武器と殺意どっかにしまっとけ‼」

 

さっきから青年の事を殺す気満々でアンディートの指示を待っていたプローヴァリーは渋々といった様子で武器を収めている。まあ腹が立つ気持ちはボクも同じだが、アンディート自身が許すと言っているのだ。そうするしかないのだろう。

青年は泣きそうな顔をしながら何かを考えているようで、そんな彼にアンディートはデコピンをした。

 

「申し訳ないと思うなら何かしてもらうか。肩たたきとか」

「庶民の父親じゃないんだからもっとマシなこと頼みなよ‼」

「誰が父親だ」

 

確かにアンディートはいいお父さんになるだろうろ思うが、親友への思いの拗らせ方を見る限りもう婚期は逃したのではないかと思う。アンディートをからかっていると青年は笑いだし、そして辛そうな顔をした。

 

「ごめんなさい……俺、肩たたき出来そうにありません」

「──お前……なんで死にかけてんだよ……‼」

 

体が光り始めた青年を見て、これは従者の消滅と同じ現象だと不思議に思いながらアンディートと青年の傍から離れ二人の別れを見届ける。

青年は最後は幸せそうに笑っていた。何があったのかは知らないが、誰かが見届けてくれるのは幸せなのだろうとボクはフルトのことを考えた。

 

「……見送るのは辛いな」

 

空を見上げたままのアンディートの傍に行くと、彼はぽつりとそう零した。ボクは……見送ることさえできなかった。

 

「運命に選ばれし王になったからにはこれから何度も経験するだろうね」

 

不老の存在。そうなったのなら大切な人の死を見届ける事しか出来ないのだ。確かに不老というのは便利かもしれないが、その分つらい事もある。アンディートが眉間にしわを寄せるのを見て、ボクは彼の顔をじっと見る

 

「……もしかして泣いてる?」

「泣いてねぇよ」

 

はぁと大きく息を吐いたアンディートは最期に青年が渡したジュエリーボックスを強く握った。何かのマジカルアイテムだろうかとそれをじっと見つめる。

 

「それなに?」

「……教えねぇ、俺とあいつだけの秘密だ」

「何それ‼余計気になるんだけど‼」

 

アンディートの手からそれを取ろうとすると、彼はひらりとかわしてマジカルボックスに仕舞う。二人だけの秘密なんて、女子じゃないんだから教えてくれたっていいのに。まあアンディートを助けることが出来たので良しとするかとボクは気なるけど今はそれ以上聞かないことにした。

 

「つーか、なんでお前ここに居るんだ?」

「……ちょっと疲れたから息抜きに散歩してたんだよ」

「分かったぞ。お前家出してきたな?」

「家出って、子供じゃないんだから‼」

 

まあ家出といっても間違いではないが、アンディートが心配になり見に来たと素直には言えなかった。だってなんだか恥ずかしいし。アンディートは従者達を通常勤務に戻すと、どこかへ歩き出したのでついて行った。さっきの青年の詳細を聞きださなくてはいけない。

 

「それで、さっきの人誰だったの?」

「ああ、あいつはな──」

 

 

          …………

 

 

「ふーん、消滅しなかった従者……言わばはぐれ従者だね‼」

「お前ネーミングセンスねぇな」

 

ぴったりだと思ったんだけどなと不満に思っていると、アンディートはそれでとソファーにもたれ掛かりながらボクをじっと見る。なんだとボクが黙ったまま見つめ返すと、アンディートは大きくため息を吐いた。

 

「なんかあったんだろ?俺だけに話させて自分は何もって言うのは無しだ」

「なんかって……まあ、少しね」

 

確かにそれを、フルトの事を話しに来たのだがいざ話すとなるとどうにも言葉が出ない。ボクは人に弱いところを見せるのが好きではない、情けない姿を見せたくないのだ。しかしアンディートは急かすことなくボクが話し出すのを待ってくれている。

 

「……友達が、死んじゃって。病気だったんだけど、ボクは何も知らなくて冷たい態度をとったままで、お別れも言えなかった。会う約束もしてたのにそれも忘れてて、思い出して彼の家に向かった時にはもう……」

「……そうか」

「なんかもっと出来る事があったんじゃないかって、思うんだ。だけど……彼はもういない」

 

ボクは俯いた。アンディートの真剣な表情を見ているとその優しさに泣き出しそうだったからだ。ズボンを強く握りながら、ボクはぐっと涙を堪え黙り込んだ。

 

「確かに死んだやつは戻ってこねぇ。そいつが最後まで思っていたお前に対する印象は約束を守ってくれなかった冷たい友達だったかもしれない」

「……そう、だよね」

「だが、俺は死んだやつってのは、死後俺達の事見守っててくれてるんじゃねぇかって思ってる。だからお前がこうしてそいつの死を嘆き、そして何もしてやれなかったって後悔してるの見たらそいつも悲しいんじゃないか?」

 

ボクの今の姿を見たらフルトは何て言うのだろうか。優しい彼のことだ、ボクを責めたりはしないだろう。それどころかもしかしたら笑わせようとしてくれるかもしれない。ボクの太ももに涙が落ちる。

 

「死者の言葉は聞けない。だからそいつが何を思ったか、残されたものは勝手に想像して生きていくしかないんだ。すぐに受け入れて立ち直れなんて酷なことは言わねぇよ。こういうのは時間が解決してくれるからな」

 

あれだけ心の中を支配していた靄のようなものが、少し晴れた気がした。ずっと吐き出せなかった弱音を吐き、悪循環にはまっていたボクの気持ちはアンディートの言葉を聞きそれから抜け出せた。ボクの隣に座りハンカチを渡したアンディートに小さくお礼を言い、彼はポロポロと涙を零すボクが落ち着くまで何も言わずただ傍にいてくれた。

 

「もう、大丈夫」

「そうか。お前はなぁ、あんまり一人でどうにかしようとすんなよ」

「だって……」

「記憶共有したからお前がどう生きてきたのかは分かるが、今は俺もいるし、レナータだってバカそうに見えて意外と考えてるからな」

 

向かいのソファーに戻ったアンディートを見ながらレナータのことを考える。確かにレナータは一見バカそうだが人生経験は豊富だ、迷ったとき良いアドバイスをくれるだろう。弱虫で精神はもろいが。

昔は確かにだれも信用できなかったが、今は頼れる人がいる。それだけで幸せなのかもしれない。

 

「でもこうやって会いに来たんだ、お前にしては頑張ったじゃないか」

「上から目線で言うのやめてよ‼」

「年上なんだから少しは兄貴面してもバチはあたんねぇだろ」

「……父親面の間違いじゃない?」

 

彼ももう29歳だ。十分おじさんに近いだろうと茶化すとアンディートは本気で嫌そうな顔をした。レナータもそうだが、二十代後半になると何か焦りのようなものを感じるらしい。ボクにはまだ分からないが、素直に誕生日が祝えなくなるんだとか。

 

「不老なんだからさぁ、これから油断しなきゃ数百年、下手したら数千年生きれるかもしれないんだよ?今の年齢なんて赤ん坊みたいなもんじゃん」

「百超えたら諦めつくかもしれねぇが……いいさ、お前もいつか分かる時が来る」

 

不敵に笑うアンディートを見てぞっとする。ボクは話題を変えようと色々考えたあとやっぱり気になるとさっきのジュエリーボックスの事を聞いた。アンディートは教えないと首を横に振るが、ボクには分かる……あと一押しぐらいでいけるな。

 

「分かった、何かボクもその秘密に見合うだけの話をするから」

「これに見合うほどか。無理だろうな」

「……へぇ、それだけ希少なものなんだ」

 

じっと見つめると、アンディートは眉間に皺を寄せた後ため息を吐いた。そしてマジカルボックスからジュエリーボックスを取り出しテーブルに置く。ボクがそれに触れようとすると、焦った様子で止められる。

 

「トラップ系も仕掛けたから下手したらLv4の攻撃魔法が……」

「ちょっと‼最初にそう言うの言ってよ‼」

 

危ないじゃんと怒鳴るとアンディートは軽く笑いながら謝る。まったく、笑い事ではない。しかしなんの変哲もないジュエリーボックスだ。中にはサイズ的にネックレスが入っているのだろう。

 

「〈技力強化Lv5〉〈空間施錠〉〈サイレント・スパーツィオ〉あとは……」

「え、そんなにやばい物なのこれ」

「〈反撃体制〉〈地獄耳〉、まあ城の中だしこんなもんか」

 

アンディートがある程度魔法とアビリタをこの部屋や自身にかけると、はあっと息を吐く。このマジカルアイテムの情報が知れ渡ればまずいのだとそのアンディートの警戒する様子で誰でもわかる。

 

「このジュエリーボックス自体にも盗難防止がされてるから正直開けるのは手間だ。だから効果だけ話す」

「う、うん……どうぞ」

「見た目はありふれた少し高そうなネックレスだったんだが、それにとんでもねぇ魔法が込められた」

 

ボクがごくりと喉を鳴らすと、アンディートはジュエリーボックスをこつこつと指先でつつく。さっき自分で触るなとか言ってなかったかと思ったが術者である彼には発動しないのだろう。

 

「〈ベネティクション・リヴァイバル〉……死者蘇生魔法だ」

「死者蘇生!?そんな魔法がこの世にあるの!?」

「聞け、まだ話は終わってない。ただの死者蘇生じゃねえ、死者の致命傷を回復させ心臓を再び動かすんじゃなくそいつが死んだという事実を無くす、いわば時間操作に近い」

 

死者蘇生、時間操作は神しか使えない。それが人の手に渡るとなれば奪い合いで戦争すら起こりかねない、誰もが喉から手が出るほど欲しい物だ。死者はもう戻らない、先程それを話したばかりなのにこんなものがこの世に存在するなんて……。

 

「使用者と対象者の能力値にもよるが、俺達運命に選ばれし王なら平民を十万程度は生き返らせることが出来る。勿論代償として使用者は死ぬが十万も生き返るんだ、御釣りが来る」

「……やばいね」

「ああ、やばい」

 

アンディートはジュエリーボックスを再びマジカルボックスに仕舞うと額を押さえ目を伏せる。あれだけどんなものか知りたいと迫ったが、正直聞かなければよかったかもしれない。

 

「従者の持ち物はそいつが消滅すると共に消える。だから本当はフロストに持っていって欲しかったんだがな……」

「こんなのが存在するっておかしくない?」

「俺が思うに……アイテルの暇つぶしだろうな」

 

確かに彼女ならやりかねないと納得する。ボクらが醜くこのアイテムを取り合うのを天から見てあざ笑いたいのだろう。しかし残念ながら、アンディートが持っている限りそんな事態は起こらない。してやったりだ。

 

「つーわけで、この秘密に見合うだけの話をお前は持ってるか?」

「意地悪だなぁ」

 

あるわけがないだろうと言うと、アンディートはだろうなと苦笑いを浮かべた。もうさっき聞いたことは忘れよう、ボクはそう決心した。面倒ごとには巻き込まれたくない。

 

「おっと、聞いたからには勿論なんかあったら協力してもらうぞ」

「……ボクもう忘れちゃったな~」

 

しらーっと明後日の方向を向くと、アンディートはふっと笑う。何かおかしい事を言ったかと疑問に思っていると、アンディートは魔法を使った。

 

「〈メサージュ〉」

「なっ、もしかして‼」

「ああ、スターシャか?ムームアならうちの城にいるぞ、迎えに来てくれ」

 

にやりと笑ったアンディートは彼の種族に相応しくまさに悪魔だ。早急に逃げようとしたが最大まで強化された空間施錠を先程アンディートがかけたため神器で扉ごと破壊しない限り出ることはできない。……つまり詰みだ。

 

「ちくしょ~、アンディートめ‼覚えてろ‼」

 

自国に連れ戻されティムルから散々説教をくらったのは言うまでもない。

いつも通りのボクに戻り、またぼーっとしながら書類に判を押す日々が戻ってきたのだった。

 

 

 





以上、ムームアのお話でした!!
ちょっとだけアンディートの話と重なる部分がありますね。フロストと会った時のムームア視点が見れます。少し前に友人が亡くなったばかりなので本当はアンディートを殺そうとした事めちゃくちゃ怒ってました。でもそれは表に出さないで茶化していましたね。

フルトくん、最初は病気で死ぬ予定なんて一切ありませんでした。しかし思いつきで話をねじ曲げていくのが私です。ムームアに初めてできたムームアが運命に選ばれし王だと知らない友人。友人の大切さを強く実感させるために亡くなってもらいました。本当はムームアが運命に選ばれし王だとバレて、それでも変わらず友人でいるというルートも考えていたんですけどね。

そしてフロストくんが持っていたマジカルアイテムの効果が明かされました。普通の感覚で考えると死者蘇生はどうやっても出来ないこの世界でそれをできるアイテムというのはもはや恐ろしい物です。しかし私は神同士の人の力を超えたバトルを書いたせいで、それが「……別に凄くないくない?」と感じました。なんてこったい。トリムルティの宝以上の神の脅威となる効果が考えられませんでした。実際本当にアイテルの暇つぶしです。

ここまで読んで頂きありがとうございました!!


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聖人君子に唾を吐け

「またアンビシャス⁉分かった、今行く!!」

 

エレムストの件があってから一年。復興作業をしながらエレムストから流れてきた狂暴な魔物(現在アンビシャスと呼んでいる)を時折退治しに行っている。私が出る程のものでは無い場合もあるが失った信頼を取り戻すためだとか、ただ単に私が誰も傷ついて欲しくないと言う理由でこうして出向いていた。

 

翼を生やし執務室を出て廊下の窓から飛び出すと、後ろから聞こえたルイスの「行儀が悪いですよ」という声を聞かなかったことしにして、教えられた場所に向かう。

そこには服装から見るに旅人だろう五人ほどのチームがアンビシャスと戦っていた。なかなか苦戦しているようで、ヒーラーの女性が鋭い爪で切り裂かれそうになる寸前で私が抱えて飛びリーダーだろう男に投げ渡す。

何が起こったかよく分からないという表情をしたままのチームに任せてと一言告げると腰に下げた神機の片方を抜くと空からアンビシャスの首めがけて降下する。

 

「はぁっ!!」

 

スパッと首の無くなったアンビシャスは大きく地響きを鳴らしながら倒れ、私はその血だまりを避け地に足をつける。剣に付いた血を払い鞘に収めると先程戦っていた五人に振り返った。

 

「大丈夫だったか、旅の者たちよ」

「ぇ、あ、はいっ!!有難うございます!!ヴィシュヌ女王殿下!!」

 

膝まずこうとする旅人たちによせと手で止めさせると、何か聞きたそうにしているチームのリーダーだろう男に視線を向けた。私は表情を僅かに崩すと、それに安心したのか男は話し出す。

 

「お聞きしても、よろしいでしょうか……?」

「ああ、答えられることならば答えよう」

「何故、俺らみたいな平民を助けるんですか?」

 

王が民の力となるのは当然の事だと思うが、彼らが言うのはそういうことでは無いのだろう。私達運命に選ばれし王は普通とは違う力の持つ、言ってしまえば王の頂点に立つような存在。そんな偉大な人物が何故旅人のような身分の低い者達の力となるのか。それに彼らは偶然イデアーレの領地にいただけで、本当は他の国の者かもしれない。そんな彼らを助ける理由。

 

「まず一つ。お前達を助けたというのは半分正解、半分は不正解だ。我がイデアーレ王国の領土にいるアンビシャスを野放しにしてはおけん、民に危険があってからでは遅いからな。だから討伐したまでだ」

「な、なるほど……」

「そして二つ。我ら運命に選ばれし王は分かると思うがどいつもこいつも自由人だ。私が助けたいと思ったから助けた」

 

私を見るみんなの視線が憧れで輝いている気がする。鼻が高い分そんな彼らの期待を裏切ってはいけないと若干プレッシャーも感じるが、それに応えてこその王だ。

私に握手を求める旅人達を見て懐かしく思い、ふと昔のことを思い出し軽く笑う。それに不思議そうにしている旅人達に私は語る。

 

「私も昔は旅人だったのだ」

「ヴィシュヌ女王殿下がですか……⁉」

「ああ。運命に選ばれし王と言うのは誰もが選ばれる可能性を持っている。私は幸運に恵まれたのだな」

 

ボロの宿屋で運命に選ばれた日は今でも忘れられない。少々思い出に浸り、皆と握手をし終えるとリーダーの男性の肩を叩く。

 

「私が死んだら今度はお前の番かもしれないぞ」

「ははっ、それは責任重大ですね!!」

 

周りが笑うのを見て私は再び翼で空に飛ぶと旅人達を見下ろす。私は師匠と二人きりだったが、こうして多数のチームも楽しかったかもしれないと違う人生を思い浮かべると指を三本立て彼らに見せる。

 

「お前達を助けた理由三つ目……全て教えては面白みが無い。お前達で考えてみろ」

「はい、頑張ります!!」

「ではな、くれぐれも気を抜いて死んだりするなよ」

 

そう言い私は彼らに軽く手を上げ別れの挨拶をすると城に飛び去った。当然の三つ目の理由などない。ああやったら頭の良い王に見えるかもしれないという作戦だったのだが、上手くいっただろうか。

アンビシャスを殺しに行くのは手間だが、女王としての堅苦しい仕事の合間にこうして息抜き出来るのは有難い。またその放棄した業務に戻ると考えると若干憂鬱だ。

 

「よいしょ……ふ〜」

「ふー、ではありません。レナータ様」

「あ、はははっ、ルイス……」

 

私が窓から出た時からそこで待っていたのだろう、来た時同じ窓から城内に戻るとルイスが変わらぬピシッと伸ばした背筋のまま私を見ている。まさか待たれているとは思わず、ではまたと執務室に行こうとすると引き留められる。まあそうだろう。

 

「以前、某が何と申し上げたか覚えていらっしゃいますか?」

「えーと確か『女王とあろうものが窓から外に出るなど言語道断、気品を保ち優雅に振舞って頂かなくては下の者にも示しがつきません。もし使用人に見られた場合何と仰るつもり──」

「そうです。覚えておられるのでしたら、先程の行動はどういった意味を持つのか……某にお教えくださいませんか?」

 

怒っている。とても怒っている。

素直に忘れてましたなんて言えばまた同じようなことをくどくどと言われるのだろう。それに対して私は運命に選ばれし王だからしょうがないと言えば、「だからと言って甘えてはなりません‼」と一喝されるまでがセットだ。

 

「だって私六年前までただの旅人だったんだよ?ちょっと出来損ないの王でも今はしょうがないと思わない?」

「それをすぐに一人前の王に育てるのが某の、執事長の役目なのです‼ですのでどれだけ疎まれようと嫌われようと、しつこく言いま──ケホッ‼ゲホッ‼」

「だ、大丈夫!?」

 

大きな声を出したルイスは急に咳き込み、私は慌てて傍によるとその背を摩った。ルイスは軽くのどの調子を整えると私に大丈夫だと言う。

 

「……某も若くはありません。どうか老い先短い年寄りの儚い願いを聞き入れては頂けないでしょうか」

「そんなこと言わないでよ‼ルイスまだ72歳じゃん‼」

「まだではありません……もう72歳なんです」

 

ルイスの珍しい悲しそうな笑顔に、私は目元がじわりと熱くなった。彼がいるのが当たり前だったと思っていたがそうではないのだ。いつか私より先にルイスの方が天に行く、彼の言葉にそれを痛感させられ、涙を流した私に今度はルイスが背を摩る。

 

「申し訳ございません。泣かせたいわけでは無かったのですが……」

「そんな話、しないでよ……、わ、私は……わた、しは……‼」

「……承知いたしました。申しません、二度と」

 

ルイスがそう言ったのを聞き私は何度も頷くと、ぐしぐしとハンカチで涙を拭い大きく深呼吸をした。私がいつも通りの笑顔をルイスに見せると、彼も笑ってくれる。

するとタイミングよく足音が聞こえ、そこに視線を向けるとサージェがこちらに向かって来ている。多分私達の話を聞いてしまったのだろう。

 

「レナータ様、お戻りになられましたか」

「うん、ただいま。今回のアンビシャスはそこまで強くなかったから早く済んだよ」

「では、少々お話がありますので執務室の方へ」

「某は勤務に戻りますので、何かあればお申し付けください」

 

そう言いルイスは私達に頭を下げ執務室まで見送る。やっぱり仕事に戻らないといけないか。しかし執務室の前で少し振り返りまだ頭を下げているルイスを見て、私も頑張らなくてはと意気込む。あんな悲しい顔をさせて、まったく何をやっているのだと椅子に勢いよく座り息を吐いた。

 

「レナータ様」

「ん、どうした?」

 

サージェは私を見つめながら、何かを言おうかどうか迷っているようだ。私は椅子を少し回転させサージェに体を向けると彼が話し出すのを待つ。サージェが言葉を詰まらせるなど滅多にない事だ。

 

「……イーニット王国から手紙が届いています」

「そう。あ~なんかやらかしたかなぁ」

 

サージェが本当に言いたかった事はこれではなかっただろう。しかし私が聞く姿勢を見せたのにも関わらず、それでも話さなかったのだから聞かない方がいいのだろう私は彼に話を合わせる。

さっきの話を聞いていたのならルイスを許して欲しいと、自分達はずっと傍に居ると伝えたかったのだろう。それは言わずとも理解していると、サージェも分かっているのだ。

私はサージェから渡された封筒を慣れた手つきでペーパーナイフを使い開封する。そして中の便箋に書いてある文字の羅列をぱーっと流し見た後、凛々しい表情でサージェに渡す。

 

「内容を私の脳みそでも分かるように説明よろしく」

「畏まりました。重要な話があるので会談を行いたい、日時はそちらが好きな時間で構わないが、出来るだけ早い方がよい……とのことです」

「あんな長い文章がこんな短い内容なんて……恐ろしい」

 

見たところ細かい文字で一通ぎっちり書かれたぞと思いながら、サージェから返された便箋を改めて見る。……やっぱり面倒くさく書かれている。

私も用件だけサージェに伝え代筆させているので実際に私が他国に送った物の内容もこんな感じなんだろうなと、実際サージェが書いたものを適当に流していた自分に呆れる。

しかし現在考えなくてはならないイーニット王国の事だ。

 

「急ぎの話……なんだろう、貿易面で問題でも出た?一年前の事があってどこの国も大変だからなぁ」

「いえ、恐らくアズモンド王国での件だと思われます」

「え、なんでここで急にアズモンド王国が?」

 

もしかしてアンディートが何か動いたのだろうかと彼を思い浮かべる。

約200年前、アズモンド王国はイーニット王国に戦争を仕掛けそして滅ぼす寸前まで追い込んだ。事の発端になったのはよくある話、アズモンド王国の姫がイーニット王国の王子に惚れ、求婚をしたのだが断られたというものだ。

イーニット王国は他の国と協力することはせず無謀にも運命に選ばれし王の国であるアズモンド王国と戦った。当然敵うはずもなく、戦争はイーニット王国の民をアズモンド王国の奴隷として引き渡すという事で幕を閉じた。

それから続いたアズモンド王国の奴隷制は元奴隷である現ブラフマー王、アンディートの働きによって廃止となり、現在奴隷の開放が続いている。

 

「もしかしてアンディートが前に言ってたイーニット王国との仲を取り持って欲しいって話かな」

「ええ、ブラフマー王様が何か動いたのだと思います」

 

戦争後にイーニット王国の復興に手を貸したのが我が国、イデアーレ王国だ。そのおかげでその後鎖国状態になったイデアーレ王国はイーニット王国とだけは貿易関係を続け力を貸してもらった。現在でもイデアーレとイーニットの友好関係は続いており、アンディートはイーニット王国との昔のしがらみ無くす為に動いているのだが、なかなか上手くいかないらしい。そこでアズモンド王国と同盟を結び、イーニット王国とも友好関係を持つ我が国の出番というわけだ。

しかし……私は断った。アンディートには悪いが今イーニット王国との関係にひびが入るとうちの国が困るからだ。こっちも私の代で開国宣言をしたばかり、ムームアのところも兵器開発を止めた上に兵器売買で関わっていた国に喧嘩を売ったらしい。

 

「三大王国が同盟を組んでまだ間もないし、今のところ私達って自分の事でいっぱいいっぱいなんだよね」

「ある程度の余裕が欲しいところですが、今の国の状態に国民が慣れるのも時間がかかります。ブラフマー王様とのお話はイーニット王国との会談後でよろしいかと」

「そもそもさぁ、奴隷制始めたのってアンディートじゃないじゃん。他の国と違って運命に選ばれし王の国は歴代の王とはただの他人だし、何で逆に奴隷制を廃止したアンディートにイーニット王国はそんな邪険にしてるわけ?」

 

サージェに苛立ちをぶつけてもしょうがないと一言謝ると、彼は構いませんと話を続ける。ついつい友人が邪険に扱われていると思うと腹が立ってしまった。

 

「王族は普通は一つの家系からなります。ですので先祖様の恨みが祖先まで伝えられたのでしょう。怨恨は途絶えず、人によるとは思いますが少なくとも現イーニット王国国王、ゾルテモ様は先祖様の考えを受け継いだのだと思われます」

「ゾルテモ王いい人そうなんだけどなぁ……私が相手だからか」

 

会談を行うときは、失礼のないように代理を立てるのではなく私が直接行っている。本当なら影武者を送りたいところだが、バレた時が怖いのでそれは出来ない。正直緊張で胃が痛くなるので会談などお断りしたいぐらいだ。

 

「とりあえずイーニット王国に話聞きに行こうか。日付は……何時ぐらいがいい?」

「そうですね、早めにとご希望のようなので一週間後はどうでしょうか」

「よし、じゃあ決まりね」

 

サージェは私のスケジュールを全て頭に入れているので彼が言うのなら大丈夫だろうと一安心すると、ノックの音が聞こえサージェが確認しに行く。

 

「エンドが入室許可を求めています」

「あーいいよ。入って入って」

 

もう慣れたのだが、従者なら入室許可は要らずに名乗って入るぐらいでいいのではないかと思う。何度か伝えたがそれが礼儀だと断られた。私の命令に忠実な彼らだがこういうところは譲らない。頑固なところも私似だ。

 

「申し上げます。ウェンビル様とお連れの方が謁見願い出ておりますが、どうご対応なさいますか」

「え‼師匠が!?珍しいなぁ……それで、なんて言ってた?」

「はい、お連れの方の記憶を取り戻すのを手伝って頂きたいとの事です」

 

記憶喪失の連れ……何があったのだろうとエンドには一旦下がらせてサージェに二人を謁見の間に連れてきて欲しいと指示すると私は身支度を整えた。

と、言ってもいつもの格好に王冠をかぶりマントを羽織るだけだ。本当ならドレスに着替えるべきなのだろうがどうせ相手は師匠なのだし、それに単に動きずらい格好が好きではない。

先に謁見の間で玉座に座り師匠を待つ。扉の向こうから人の声が聞こえたので恐らくもう連れてきたのだろう、私は外用の仕事のできる女王の表情を作り堂々と扉が開くのを見つめる。

 

「レナータ様。ウェンビル様、そしてお連れの方においでいただきました」

「ご苦労、お前は下がりなさい」

「──っは」

 

師匠がどんな人を連れてくるのかと思ったら、薄い焦げ茶色の髪をした深海のような青の瞳をした青年、それも私を見てがちごちに緊張しているようだ。師匠が跪いたのを見て、青年も慌てて跪く。いつもなら師匠はこんなことはしない、しかしその意図を察して私は心の中で笑う。

 

「して、その者の記憶を取り戻して欲しいというのが願いか」

「はい、もしお力添えいただけるのであればそれ相応の対価をお支払いいたします」

 

まじめな態度の師匠。駄目だもう笑いそうだ、私はそれを必死に堪えながら長い階段を一歩一歩降りて二人に近づいていく。

 

「お前にそれほどの対価が……ふっ、対価が……あははっ‼」

「はいお前の負けな‼やっぱり女王向いてないんじゃないか?」

「酷いなぁ‼師匠が面白いから、ついね」

 

まじめにきめているくせに部屋着というのがもう我慢できずに笑ってしまった。

私が最初に女王として振舞ったので、師匠もそれに乗り私の演技がどこまで続くのか試したのだろう。私はいつも通りの笑顔に戻ると、ポカンとしている青年に話しかける。

 

「それで、記憶喪失の青年っていうのが貴方であってるかな?」

「はい。その、よろしかったら記憶を取り戻すのを手伝ってもらえないかと……」

「うん、いいよ」

「確かに女王殿下はお忙しいかと──ぇ」

 

青年は断られると思っていたらしいが彼は師匠の知り合い、ならば協力するのが普通だろう。確かに忙しいが師匠は私の命の恩人だ、その彼が直接頼みに来たのだから断れるはずもないし、断りたくない。

 

「どうかよろしくお願いします。どうしても……思い出さなければいけない気がしてならないのです」

「う~ん、一応記憶を取り戻すのに一番簡単な方法が少し前までは出来たんだけどなぁ……」

 

トリムルティの宝で神であるファタリタとなれば精神操作系魔法の応用などで、記憶の復元など容易かっただろう。しかし私達のトリムルティの宝は破壊された。それにあれだけ嫌な経験をしたのだ、もう二度とファタリタにはなりたくない。

ならばどうしたらいいだろうと考えながらその場をうろついていると、師匠にばしぃっと背を叩かれる。

 

「よし、あとは任せたぞ‼」

「え、師匠もう帰っちゃうの!?……泊っていけば?」

 

幸い空き部屋なら沢山ある。折角ここまで来てくれたのだからもっと話がしたいと私は提案する。しかし師匠は少し考えたそぶりを見せ首を横に振り断った。

 

「自分の家じゃねぇとなんか安心できなんだよ」

「え~、じゃあまた遊びに行くね‼」

 

師匠は私と青年に手を振り謁見の間から去っていく。恐らくそれを予想していたサージェがお見送りをしてくれるだろうと青年の方を向くと、彼は驚いた顔で師匠が去っていった扉と私を交互に見て更に緊張しているようだ。

それもそうだろう、いきなり国王と二人きりになってしまったのだ。逆の立場なら私もそうなる。

 

「じゃあ、さっそく記憶探しを始めようか」

「は、はい‼」

「そう固くならないで大丈夫だよ」

 

そう言い彼を安心させるように微笑むと、場所を変えようと応接室へ向かった。青年は黙って私の斜め後ろを慎ましくついて来ている。

応接室につき青年をソファーに座らせると、私はその向かいに腰を下ろす。それにしても気になっていたが青年はずいぶんとボロボロな、それも血の付いた服を着ている上、服の下には包帯が見え何かあったのだろうかと心配になる。

 

「その服と手当の後……何かあったの?」

「ああ、これは……住んでいた小屋が襲われてしまって」

「襲われた?それはなんで?」

 

青年は黙り込んだ。聞いてはいけない事だっただろうかと様子をうかがっていると、青年は短く息を吐いた後話し出す。

 

「俺は人間種ですが、今のこの姿から歳を取らないんです。もう数十年外見は変わらないですし、それに自分の中に強い力を感じます。俺の存在を知っていた人は、俺を異端な恐ろしい存在として……殺そうとしました」

「……そう」

 

不幸な境遇にあったらしい彼は、それでも私に思い出すのも嫌だっただろう事を話してくれた。青年は少しうるんだ瞳で話を続ける。

 

「分かっています。人は自分が理解できない事には敏感で、脅威とみなすという気持ちは。それでも、俺は周りに干渉せず自給自足の平凡な暮らしをしていただけです。なのに、なんで……俺の何がいけなかったのでしょうか……?」

 

青年はついに顔を伏せ涙を流す。辛かっただろう、苦しかっただろう。彼の心境を思うと胸が痛い。私は立ち上がり彼の隣に座ると軽く抱きしめた。

 

「貴方は何も悪くなかったのに襲われてしまった。それでも復讐に囚われずにこうして前に進むために努力をしている。貴方は優しさを持つ勇敢な人だよ。だから自信をもって、記憶を取り戻すために頑張ろう」

「ありがとう、ございます……‼」

 

かけられる言葉はこれぐらいしかない。だが気休め程度にはなるだろう、他人の私ができるのはそれぐらいだけだ。それでも少しでも彼の助けになればいいと、涙を流す彼にハンカチを差し出し涙を拭う青年に微笑みかける。

彼が落ち着いてきたころに、このままの格好では不便だろうとボロボロの服を見る。

 

「まずは着替えを──っとごめん。メサージュだ」

「いえ、お気になさらず」

「ありがと」

 

プーッと音が聞こえ、急いで応接室を出ると周りに人が居ないか確認して連絡を受け取る。

 

『サージェでございます。急いで申し上げたいことが……‼』

「何かあったの?」

 

サージェの慌てた様子に緊急事態かとこちらも何を言われるか身構える。また誰かが攻めてきたとかじゃありませんようにと祈るしかない。

 

『イーニット王国から使者殿がお越しになられています‼いかがなさいますか?」

「え、会談の予定があるのに!?」

『それが、アズモンド王国について早急に対応しないと貴族派閥がうるさいらしく……それを収めたいので申し訳ないが至急こちらに来るか、そちらに向かうとゾルテモ様は仰っているようです』

 

確かにゾルテモ王には前に会った時、何かあれば相談に乗りますと言った。言ったがあまりにも自分勝手ではないかと叫びそうな気持を押さえながらも、王としての苦労は分かる。それにここで恩を売っておくのも悪くないだろうと、そちらに向かうと伝えて欲しいとサージェに言いメサージュを切る。

それにしてもアンディートは何をしたんだと彼にも怒りの矛先が向くが、すぐにでも支度をしなくてはならない。慌てて応接室に戻ると青年に頭を下げた。

 

「え?ど、どうかしたんですか……?」

「ちょっと問題が起きてるみたいで……詳しくは話せないけど、私が向かわないと収まらないみたいだからすぐ行かなきゃ」

「俺は待ってますからどうぞ行ってください。王としてのお仕事の方が大事ですから‼」

 

なんていい青年なんだと私は感心する。青年をこのまま一人にして置くのも可哀そうだなと考えていると、一人の人物が思い浮かび手のひらにこぶしをポンと当てる。

 

「私が頼まれたことだから私がお手伝いした方が本当はいいんだけど……」

「だ、大丈夫です。俺待ってます──」

「アンディートにも協力してもらおうか‼」

 

そもそも私がこうして忙しくなってしまったのは彼のせいだ。少しぐらい頼ってもいいだろう。青年が頷いたのを見て私はすぐに動き出した。

私は再び部屋を出るとある人物、勿論アンディートにメサージュを繋ぐ。

 

『おう、どうした』

「おう、どうした……じゃないよ‼貴方イーニット王国に何したの!?」

『はぁ?……やっぱなんか言われたか?』

 

何か心当たりがあるようだ。私は彼に問いただす、これからゾルテモ王と話すだろう事の解決策をある程度考えておかなくてはいけない。

 

『俺は早くイーニット王国との関係を修復したい。奴隷たちは俺に対して不信感しかねぇから解放するって言っても信じてくれないやつが結構いるんだ。だからイーニット王国とは友好関係にあるという建前が必要だ』

「うん。それは分かったけどそれで何であんなにゾルデ王が悩んでるわけ?」

『正直どうしていいか分かんなかったからムームアに相談して、国宝級のマジカルアイテムをイーニット王国に信頼の証として差し出すことになった』

 

信頼の証、というか今まで信用していなかった国からそんなもの渡されても信じられないし、渡されても怖いだけだ。何よりそれは──

 

「物で釣ろうとしたってこと!?成金の発想じゃん‼金で友達は買えないんだよ‼」

『だがムームアがそれが一番手っ取り早いっていうから、あいつ国王の息子だったし参考になるかと』

「相談相手が悪かったか……」

 

私は一度アンディートの提案を断っている。だから次に相談相手として選んだのが同じく運命に選ばれし王であるムームアだったのだ。なんてこったい。

もう過ぎたことはしょうがないと私は今から記憶喪失の青年を送るとだけ伝えメサージュを切る。

 

「〈メサージュ〉、エンド?悪いんだけどさっきの師匠の知り合いの青年をアズモンド王国まで送ってくれない?ちょっと事情が変わっちゃって……」

『サージェから話は聞いています、イーニット王国の事でございますね。畏まりました』

 

再びメサージュを切り、会談には誰を連れていこうかとうろうろしながら悩み始める。エンドが城を出るならサージェを連れることはできない。もし国に何かあった場合的確な対応ができると信頼するのがこの二人なので、どちらかは国に残ってもらわなくてはいけないからだ。

次に候補として出るのは──

 

「〈メサージュ〉、ルポゼ、急ぎでイーニット王国まで行かないといけないから私の補佐として付いて来て欲しいんだけど。詳しい話は移動しながら……うん、迎えに行くから待ってて」

 

私は近くの窓から──ではなく、すぐに走って城の裏口から出ると不可視化を使い翼を出し飛ぶ。都市にあるルポゼが管理する宿屋まで数分で着くと入り口付近で待っていた彼女を掻っ攫うかのように抱えて飛んだ。

 

「レ、レナータ様。何があったのでしょうか?」

「それがアンディートが──」

 

 

          …………

 

 

焦る気持ちは表に出さず、私は威厳ある王らしく凛々しい表情のまま座る。私の斜め後ろには微笑みを湛えたままのルポゼが立って付き添っている。しかし彼女は今はこんなだが私の目の前の人物、ゾルテモさんの言葉に私が少しでもストレスを感じていると分かると彼に対しての敵意が見える。

 

「『ルポゼ~、私の見えるストレスメーターみたいになってるから抑えて‼』」

「『申し訳ございません、善処します。しかしレナータ様、この男は先程から自分の事しか考えておらず失礼な発言ばかりを──』」

「レナータ君、どうかしたか?」

 

黙り込んだ、正確にはルポゼとテレパシーで話していた私を不思議そうに見たゾルテモ王に失礼のない程度に軽く笑うと膝の上に重ねていた手をひらひらと振る。

 

「いや、私の友人があまりにも突飛な事をしたものだから呆れて失笑してしまうよ。貴殿には申し訳ない事をした、私からも謝罪させてほしい。済まなかった」

「……このような言い方も悪いが、ブラフマー王とはあまり親睦を深めない方が良いのではないか?彼は一度君の国にも攻め入ろうとしていただろう、私は彼を信頼できない」

 

今までの私の態度を見てアンディートとの関わりを切れと言うのか。彼は私と友好的な関係を続けたいのか見切りたいのか、現在開国したばかりのイデアーレ王国はイーニット王国に手を貸してもらっている状態なので下手に私がキレれでもしたら全て台無しになる。しかし友人を悪く言われ良い気分になる人などいない。

 

「それに彼は元奴隷なのだろう?今回の行動と言い、何を考えているのか──」

「元奴隷なのと彼がとった行動と何か関係があるか?」

 

──やらかした。少々ピリピリした空気にゾルテモ王の側近も若干身構えている。当然だ、もし私が怒ってもういいです貴方の国滅ぼしますなどと言えばゾルテモ王に為す術はない。昔ならば運命に選ばれし王に対抗するには他の運命に選ばれし王に協力を仰ぐなどの方法があったが、三大王国が同盟を結んだ今それは出来ない。

私が少し睨んでしまったせいでゾルテモ王も怯えの色が見える。まずい、これはまずい……もう嫌だ誰か助けてくれ。

 

「彼は……確かに貴方の境遇や立場から考えれば信頼に値する者ではないかもしれない。しかしあれでも彼なりに国を良い方向に進めようと努力している。今の奴隷制の廃止もあるがこうやって貴方の国との関係も良いものに出来たらと考え動いているのは見れば分かると思うが」

「しかし努力だけでどうにかなるものではない。私達は国の未来を背負っている、そう簡単に首を縦に振ることはできないのは君も分かるだろう?」

 

この人私を呼び出した割には中々話が進まないなとバレない程度にため息を吐く。もしかしてただ愚痴を聞いて欲しかっただけなのか……ならばそこの頭良さそうな側近にでもしておいてくれ。

私は背筋を正したまましっかりとゾルテモ王を見ると彼も緊張した様子で見つめ返す。これから私が重要なことを言うと思っているのだろう。

 

「『ルポゼ……なんて言えばいい?』」

「『ゾルテモ王様は早急に解決したいとの事でしたので、一旦話を持ち帰るという術は出来ないと思われます。ですので今解決策を提示した方がよろしいかと』」

「『なるほど、分かった』」

 

いや、分からん。その解決策が分からないのだよ。しかしこれ以上ルポゼに頼るのも申し訳ない上に彼女は私に期待に溢れた目を向けている。もう自分で考えるしかない、覚悟を決めるんだ私。何かあっても後でサージェにどうにかしてもらえばいい。

 

「前王クリファスは言っていた、『勇気ある者の前進は光ある道を作り、臆病者の後退は奈落の底に続いているだろう』と」

「ふむ、確かによく言っていたな」

「今は前進すべき時なのだよ、ゾルテモ殿。アンディートが信頼に足る人物だと信じてもらえるよう私が……イデアーレ王国がイーニット王国とアズモンド王国の架け橋となろう」

 

私の言葉を聞いてゾルテモ王は目を見開き、口元に軽く手を当て考え出す。結局アンディートが最初に私が頼んだような事態になってしまった。もうこうなっては後戻りはできない。友達と友達の喧嘩の仲裁をするようなものだろう、そう言うのは結構得意だ。……規模が違いすぎるが。

 

「……分かった、君が言うのならその方向で話を進めよう。それで、さっそく頼みがあるのだが」

「ああ、何でも言ってくれ」

「ブラフマー王から贈られた品だが、そちらで預かってはもらえないだろうか。ランク5の、それもその中でもかなり希少な物だ。情けなくもまだ保管する環境がまだ整っていなくてな」

 

国宝級のマジカルアイテムだと言っていた。何の効果があるかはアンディートから聞くのを忘れたが保管する準備に時間がかかるのだ、それ程の物なのだろう。私達運命に選ばれし王とその従者であればLv4、5の魔法やアビリタでささっと強固な盗難防止が出来るが他国はそうもいかない。それにしても、いいのだろうか。

 

「私がそのまま返さぬかもしれんぞ」

「そのようなことを君はするのか?」

 

ふっとゾルテモ王が笑うと、こちらも笑う。あのピリピリした空気はもうない。彼の側近も安心したのか少々顔が緩んだように見える。もうこれで安心、万事解決。

私は大きく息を吐きだらっと背もたれに身を預けたい気持ちになるが、それを我慢しつつゾルテモ王の指示で持ってこられたマジカルアイテムを受け取る。

細かい装飾の施された小箱だ。これ自体がマジカルアイテムなのか、それとも中に何か入っているのか気になるが聞くのは不作法だろうと何も言わないでおいた。

 

「これから私の従者の一人、隠密行動に長けた者にこちらに来るよう伝えるとしよう。帰る道中に何かあっては不味いからな」

「心遣い感謝する。ではそれまで何か飲みながら話でもしようか」

 

早く帰りたいが断るなど失礼なことはできないので笑顔で頷く。

それからはゾルテモ王の子供自慢が続いた。最近似顔絵を描いてくれたのだとか、上位アビリタ習得の適性があるかもしれないだとか、もう存在が凄く可愛いのだとか……こう見ればただの親ばかだなと親近感が湧く。

 

「レナータ君は結婚などは考えておらんのか、子は可愛いぞ」

「そうだな……確かに我が種族の血を残したいとは思う」

「そうか、君は竜人だからな」

 

なんかそれっぽい事を言ったが、いつかはエンドとの子供は欲しいかなぁとは思う。しかし竜人は他種族と関りがなかった為、同族以外との交配で子が出来るのか分からないのだ。しかしそんな事ゾルテモ王に話せないし、話す気もないが。

 

「レナータ様、テゾールがこちらについたようです」

「そうか、では私達はこれでお暇するとしよう」

 

ルポゼの言葉にやっと解放されると安心しながら立ち上がり、同じく立ち上がったゾルテモ王と握手を交わす。

 

「今日は来てくれて本当に感謝する。これからもよろしく頼みたい」

「こちらこそ、世話になっているからな」

 

軽く挨拶をしたあと見送られ、私達は城内から出ると帰りの馬車を断り飛行魔法で帰る。本当なら厚意に甘えた方がいいのだろうが、私の精神が限界だ。

一応不可視化は使っているがずっと凛々しい表情で飛行し、そしてイデアーレの領域に入った瞬間今日一番のため息を吐く。

 

「あ~疲れた‼どう?私大丈夫だった?」

「お疲れ様です、レナータ様。完璧だったかと」

 

ルポゼの言葉に安心して従者たちのスピードに合わせながら急いで城に戻る。ルポゼを都市の宿に降しお礼を言うといつも通りの勤務に戻ってもらい、頭を下げ見送る彼女を後にした。

テゾールは渡したマジカルアイテムに興味津々な様子だが、流石にどんな効果の物か確認はしない。後でアンディートから聞けたら伝えてあげようと城の前に降り立つ。

そこにはサージェとアルマが待っており私の姿を確認するとすぐに跪き、私はそれに軽く手を上げ立たせると城内へ入った。

 

「お帰りなさいませ、レナータ様」

「ただいまぁー、色々話したいことがあるからサージェと……そうだエンドは帰ってきてる?」

「はい、現在教会に居るかと思われます」

「じゃあ悪いけどこっちに来るように伝えて、それで二人は私の執務室まで来て欲しい」

 

私の判断に問題がなかったか確認しなくてはならない。というか問題だらけの気もするし、自信のないテストの採点を待つ子供のようだとげんなりする。執務室に行くまでに堅苦しいドレスを脱ぎいつもの服に着替えると、冠とマントを慎重に仕舞う。

その時メサージュの音が聞こえ、息をつく暇もないと連絡を受けとった。

 

「はい」

『俺だ、フロスト……俺のとこに寄こした青年の事で話がある』

「アンディート‼あー、今はいいや。そっちの方が先で」

 

言いたいことが散々あるがあの青年の話の方が先だと執務室入り椅子に座る。フロストというのが彼の名なのだろうか。こうして連絡が来たという事は大きく進展があったのだろう。

 

「もしかして記憶戻ったの?」

『ああ、戻った。戻ったのはいいんだが──』

 

 

          …………

 

 

「そうなんだ……はぐれ従者、そんな存在っているんだね」

『ああ、俺も初めて見た』

「う~ん、師匠になんて伝えようかなぁ」

 

しかし師匠はありえないようなことを言っても絶対信じてくれるし、そのまま伝えても大丈夫だろうと話を続ける。

 

「大変なことになったみたいで……ごめんね。でもちゃんと彼と向き合ってくれてありがとう」

『あっちも真剣だったからな、それに応えるのは当然だろう』

 

彼らしいなと僅かに微笑み、青年……フロスト君のことを思う。確かに不老の存在で自らの内に強い力を感じるという時点で従者だったという可能性に私が気づけたかもしれないなと考える。そうだった場合彼とアンディートが戦う事もなかったかもしれない。私なら従者と協力して押さえただろう、しかしアンディートはそうしなかった。

 

『また自分のせいだとか考え込んでるだろ、気にすんじゃねぇよ』

「でもさぁ……」

『俺が好きでやった事だ、それにお前は関係ねぇよ』

 

頼んだのは私ただしとうじうじ悩んでいるとハッと思い出す。全くなぜ忘れていたのか、私は先程と態度を180度変えた。

 

「さっき会ってきたけどゾルテモ王すごく困ってたなぁ〜」

『……』

「沢山愚痴聞かされて胃が痛いなぁ〜」

『…………』

「それに──」

『分かった分かった!!何が望みなんだ、何でも聞いてやるよ!!』

 

私は勝ち誇った笑みを一人で浮かべると、さて何をお願いしようかとくるくる椅子で回る。その時ノックの音が聞こえそう言えばサージェとエンドを呼び出しているんだったと思い出しピタリと止まった。しかしお願い事はすぐには思いつかず保留とする。

 

「何か思いついたら連絡するから、その時はよろしくね〜」

『全く……じゃあな』

 

私はメサージュを切り二人の入室を許可すると、入って並んび跪く二人に顔を上げるように命じさてと脚を組んだ。

 

「早速だけど私の頭脳達、私を完璧な女王にしてもらおうかな」

「畏まりました。まず何から始めたらよろしいでしょうか」

「正直何が間違ってて何が正解だったかすら分からないから、そこからだね」

 

全く誰だこんな人任せな女を王の席に座らせてるのは。

私はその場に居たルポゼも連れてくるべきだったなと自らの失念を叱ったあと、エンドとサージェからの大量な添削に早くも頭を抱えた。

 

 





以上、番外編第3弾、レナータの話でした!!
本当はレナータの話はレトロ編があるのでいいかなと思っていたんですけど第1弾と第2弾の話が繋がっているのでレナータも少し絡みが欲しいなぁと。

イーニット王国の存在とアズモンド王国との関係の設定は前々からあったのでそれをちょっと出そうかなぁーなんて思っていたらそれがメインになってしまいました。話を考え始めた時は最初に助けた五人の旅人を再び危機から救う話にしようと思ってたんですが見事にどんどん話がズレていきましたね。
あとはディアストリク王国の近くにはザイルダ王国という姫がイケメンに惚れやすいので有名な国があります。周辺国で考えてあるのはこのぐらいで少ないです。

それにしても頭良さそうな話めちゃくちゃ難しいですね!!いつも思います、なんで国王の話にしたんだろうと。外交とかどんなか分からないよ国政とかどうすんだ意味わからないよコノヤロウと思いながら書いてます。
ここでどうでもいい情報が入りますが、イデアーレの成人は20、アズモンドは17、ディアストリクは18です。最近秒で考えました。

アンディートがゾルテモ王に渡したマジカルアイテムは[運命のダイス]というランク5のアイテムで、もし使用者が危機的状況になった場合、それから脱出できる最善策がダイスを振ると出てくるというものです。使い方によっては最高なアイテムですがぱっと見ると平凡な物ですね。

ここまで読んで頂きありがとうございました!!


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→IFRoot:君が歌う夢想曲

『俺に贈る鎮魂歌』『リベルタスが微笑む日』『聖人君子に唾を吐け』の3つの話の後、もしアンディートがあのネックレスを使ったらというIFのお話。
アンディートが病み気味でメリバっぽいのでちょっと無理だなと言う人は読むのをオススメしません。




「〈メサージュ〉」

「なっ、もしかして‼」

「ああ、スターシャか?ムームアならうちの城にいるぞ、迎えに来てくれ」

 

にやりと笑ったアンディートにムームアはわなわなと体を震わせた。告げ口はしないでおこうと思ったがこの話から逃げようというのなら別だとアンディートは扉の方を見る。最大強化した空間施錠を使ってあるこの部屋は神器でも出さない限り出ることはでいない。

ムームアは破壊してでも逃げようかと思ったが、人の城を壊すのは出来るだけ避けたいと大きくため息を吐き、諦めたように両手を軽く上げお手上げだをアンディートに告げた。そして少し間を置いたあと、ムームアは改めて真剣な表情でアンディートに向き合った。本当なら聞かないでおこうと思ったが、さっきのアイテムの効果を聞いて心配に思ったことがあったのだ。

 

「ねぇ、さっきのアイテムの事だけど」

「なんだ」

「……君、使ったりしないよね?」

 

ムームアの言葉にアンディートは一瞬きょとんとした後、笑いだす。何を言い出すかと思えばバカな話だと彼は腹を抱えた。アンディートが笑った事にムームアは不満に思い、その不機嫌な顔を見てアンディートはふっと鼻で笑う。

 

「さっき言っただろ、使用者は死ぬ。それに人生ってのは一回きりだから尊いんだよ」

「そう、だよね……ボクの考えすぎか……」

「何考えたか知んねぇけど、あれは人が使っていいもんじゃない」

 

ムームアはアンディートのいつも通りの様子に嘘ではないと判断して、こちらも笑った。

現在の運命に選ばれし王には共通点がある。それは一番大切だと思う人を自らの手で殺してしまったという事だ。しかしレナータの師匠は記憶を失いながらも生きており、ムームアは兄の死を悲しむ気持ちはあるがもう受け入れている。

しかしアンディートは違う。ムームアは彼が親友……ミラの死に対して大きな後悔の念を持っているのをトリムルティの宝で記憶共有した時に知っていた。それがどうしても気になったのだ。

 

「心配ならお前が持つか?」

「嫌だよ、そんな厄介事の卵みたいなアイテム手元に置いとくなんて」

「だろうな」

 

アンディートはそう言った後ふと何かに気づき動きを止めた。そして指を鳴らすと部屋にかかっていた全ての魔法とアビリタを解き、ムームアに視線を向ける。

嫌そうな顔をしたムームアだったが、しょうがないと彼の意図に気づき立ち上がるとその瞬間ノックの音が聞こえる。

ムームアが扉を開けるとそこには息を切らせ必死な表情をしたルナティスが立っており、その意外な様子にムームアはぽかんとする。

 

「や、やあ……」

「ム、ムームア様‼嗚呼、よかったです‼ご無事で‼」

 

泣きそうな顔のルナティスをムームアは宥めながらこれほど心配をかけてしまっていたのかと反省した。最近急に姿を消すのが多かった上にコンパスもいつの間にかなく無くなっていて、本気で出ていったのではと探し回っていたらしい。

 

「悪かった、悪かったから。あー、泣くなよ……」

「よ、よがっだです……私たち、は……すてら、れたのではないがと……うぅ゛っ……‼」

「……不安にさせてごめんね。じゃあ、帰ろうか」

 

ムームアはルナティスの背を軽く摩った後、アンディートに別れを告げるとテレポートで消えた。それを見送り、アンディートはしんとした部屋で一人佇んだ。

 

「……お前が嘘を見抜けないなんて、珍しい事もあるんだな」

 

小さくそう呟くと、アンディートは中途半端に着ていたコートをしっかりと羽織りなおした。

 

 

           ………………

 

 

俺はある場所へ歩き出した。

誰にも見られないよう細心の注意を払い、薄暗い場所を進んでいく。まだ引き返せる、だが俺にもう迷いはない。呼吸をするのが嫌になるほどの淀んだ空気のこの場所……監獄に俺は不可視化で警備兵の前を難なく素通りすると、牢の前に立つ。

 

「おい」

「………」

「聞こえるだろ、こっちを向け」

 

牢の中にいる囚人は空を見つめながら死んだようにそこに居る。もう人生を諦めているのか、こうして呼び掛けても反応がない。それに舌打ちをすると、牢の扉に手を当てる。

 

「〈解錠技術〉」

「──!?」

「鍵は開けた、出ろ」

 

カチャンと鍵の開いた音に、囚人の目に少し光りが戻りこちらに視線を向けた。そしてゆっくりと開いた扉を見て勢いよく立ち上がるとすぐに外に出る。興奮状態なのか息を荒くしながら、きょろきょろと周りを見渡すそいつの肩に手を置きこちらを向かせる。

 

「お前、何をしてここに居る」

「は?ぇ、あ、あんた……誰だ?」

「三秒以内に答えねぇとまたそこに入ることになるぞ」

 

俺の脅しに慌てた囚人に静かにしろと告げ、囚人はそれを聞くと何度も頷いた。答え次第で助けてもらえると思っているのか、慎重に言葉を選んでいる。

 

「……普段から、窃盗を少し……」

「他には」

「さ、殺人罪。妻と、娘がいたんだが……ある日、カッとなって……」

 

なるほど、死んでいいクズだ。"丁度良い"。

俺はマジカルボックスからジュエリーボックスを取り出しかけてあるアビリタを次々と解除していく、どうしていいか分からない囚人はただそれを見ていた。

そして中から取り出したネックレスを、囚人に渡す。

 

「こ、これは……?」

「これに込められたある魔法を使って欲しい。そしたら……この監獄から出してやる」

「ほ、ほんとか!?」

 

囚人の目に完全に光が戻った。馬鹿で助かる、そんなうまい話しあるわけがないのに。囚人は完全に信じ切ったようで、その魔法の代償を伏せて話すと目を見開き驚いている。

 

「これ、だいじょぶなのか……?」

「ああ、大丈夫だ」

「で、誰を生き返らせればいいんだ?」

 

ついに、ついにこの時が来た。最初は使う気などなかった。でも、それでも手元にミラにもう一度会える希望があるのに、それを無視したまま生きる事なんて俺には出来なかった。使用者は死んでしまうが、それなら死んでもいいクズに使わせればいい。俺ははやる気持ちを抑えながらコートを握る。

 

「ミラ・エナーレ」

「よ、よし。本当にここから出してくれるんだよな!?絶対だからな!?」

「ああ、勿論」

 

ここじゃないどこかに行くという意味でここから出すというのは嘘ではない。囚人は嬉しそうにネックレスを握りしめた。

さあ、彼女のために──死んでくれ。

 

「〈ベネティクション・リヴァイバル〉‼」

 

詠唱を終えると、囚人の体が光り出す。足元から徐々に消えていく自分の体を見てやっと俺に騙されたと気づいたのか、俺に殴りかかろうとするがもう遅い。その拳が俺に触れる前に囚人は消え去りその場が静寂に包まれた。まさか失敗したのか、そう不安に思っていると羽織っていたコートがすっと消え焦りだす。

そして俺の隣に魔方陣が浮かび上がると、そこから人型の光が浮かび上がる。

 

「成功したのか……?」

 

それは少しずつそれは色づき、そして俺の目の前には一人の女性が立っていた。

薄く水色かかった白髪の、紺と赤色をしたコートを着た彼女は瞳を閉じたまま張っていた糸が切れたかのようにふと俺に向かって倒れこむ。

俺は彼女を受け止めると、その頬に手を添える。そしてゆっくりと目が開き、懐かしい俺の大好きだった黄金色の瞳が俺を見つめた。

 

「──っ」

「……アンディート?」

 

彼女は眉を顰め俺の顔を不思議そうに見ている。その後周りをきょろきょろと見てここが監獄だと気づくと更に訳が分からないというような顔をした。姿は記憶にある彼女より成長しているが、確かに俺の知っているミラだ。

その存在を確かめるように、俺は彼女を抱きしめた。

 

「ミラ……ミラ……‼」

「へ?ア、アンディート……?」

「ごめん、ごめんな。あの時気づけなくて……俺も、お前が好きだ」

 

奴隷だった時のコートを見せてくれたあの日、俺は彼女が俺に好意を抱いていると気づけなかった。ミラも恥ずかしがって俺に伝えられないまま、その翌日──

 

「もうどこにも行くな、俺の傍に居てくれ……!!」

「急にどうし──」

 

その時遠くから声が聞こえ、俺は小さく舌打ちをすると再び不可視化を使いミラの手を引いて走り出した。俺達の声に気づきこちらに向かって来ている警備兵と入れ違いに監獄から出る。ミラを引き寄せ横抱きにすると暗くなった空に飛んだ。

 

「ん〜?なんで監獄にいたんだっけ?」

「後で話す。それより今は城に戻ろう」

 

むむっと眉間に皺を寄せながら考え込んでいるミラの体温を感じながら、本当に生き返ったのだと喜びで涙が出る。それに驚き心配そうに指で拭う彼女を愛おしく思い飛行スピードを速め中庭に降り立つ。

 

「え、ぇ、なんでこんなに中庭荒れてるの!?」

 

自分がここに居ることに疑問はないようだが、どこまで記憶があるのだろうと考えながら彼女を横抱きにしたまま自室に向かう。すれ違った使用人は驚いたような顔をしながらも不審人物を見るような顔ではない。

あの魔法はその者が死んだことを無かったことにする。つまりミラが死んだという事が無かったことになっている。今の彼女はもしかして……俺の妃なのだろうか。

自室につき扉を雑に開けると、ミラを降して椅子に座るよう促す。

 

「ねー、アンディートなんか変な物でも食べたの……?」

「どういう意味だ」

「急に、その……好きとかさ……」

 

ミラは悲しそうな、戸惑ったような笑みを浮かべながら向かいに座った俺を見た。日頃は愛を伝えたりしないのかと思いながらも、彼女の表情が気になる。

 

「昔、友達としてしか見れないってアンディート言ったのに、お互いそのことは忘れようって言ったのに……今更突然、そんなのずるいよ……」

「──そ、うか……」

 

そんな事を俺は言ったのか。確かにミラがあの日死なずに生き続けていたのなら、そういう未来もあったかもしれないと彼女の記憶にある俺に苛立つ。失ってからしか彼女の大切さに、そしてこの好きという気持ちに気づけなかった。だが今彼女は目の前に居る、もう触れられるし気持ちの返事も聞くことが出来る。

 

「……夢を見たんだ」

「夢?」

「お前が死ぬ夢を」

 

彼女の命が散った瞬間を思い出す。俺の手に伝わったナイフに肉が刺さる感覚、血に濡れ涙を流した彼女の最期を──

 

「本当に今更だ。お前がどれだけ俺にとって大切な存在だったか、俺は気づけなかった。ずっと俺の傍に居てほしい、もうお前を失いたくない……」

「……そんな顔しないでよ。もう失いたくないって……夢の話でしょ」

 

ミラは立ち上がると、扉の方へ向かっていった。

彼女の記憶の俺はミラの気持ちを拒絶して、それを忘れろと言った。それをいつ言ったのかは分からないが、最近の話ではないのなら彼女はもう俺を好きではなくなったのかもしれない。

それならば、もう一度その気持ちを思い出させるために俺は何度でも愛を伝えようと決意した時、カチャリと音が聞こえた。

俺が後ろを振り返ると、ミラは出ていったわけではなく部屋の鍵を閉めた。

 

「確かに今更自分勝手だし、そんなの我儘だよ」

「……ああ」

「だけど……それは昔からだったね」

 

ミラは笑みを浮かべる。俺は椅子から立ち上がると彼女に駆け寄り強く抱きしめた。もう離したくない、ずっと、ずっと俺の傍に……。

 

「ちょっと、苦しいよ‼自分が運命に選ばれし王なの忘れてない?」

「……」

「いいよでも。アンディートにならこのまま抱き締め殺されても」

 

なんてねと笑った彼女に俺は体を少し離し頬を撫でた。それに嬉しそうにするミラが目を瞑ったのを見て、ゆっくりと唇を重ねる。

幸せだ、もう手に入らなかったはずの幸せが俺の腕の中にある。もう一度、もう一度と何度も口づけるとミラは頬を赤らめた。

 

「その……優しくしてね。私、は、初めてだから……」

「………何が?」

 

何のことだと思うと彼女はポカンとした後恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俺の胸を強く叩く。少し間が空いた後、俺はやっと彼女の言葉の意味を理解した。

 

「部屋に連れてきたからそういう、いや、なんでもない‼今のなし‼私自分の部屋に──」

「なしは却下だ」

 

ふっと笑いミラの頬に軽く口付け横抱きにすると俺の無駄にでかいベッドに彼女を寝かせ、俺もそこに乗り上げ彼女を組み敷く。まさか再会1時間程度でこんな展開になるなんて思ってもみなかった。恥ずかしそうに顔を逸らす彼女の顎を掴みこちらを向かせ、彼女の瞳をのぞき込む。それに更に顔を赤らめた彼女に俺は笑みを深めた。

 

「あ、あんま見ないでよ。恥ずかしいから」

「じゃあ目ぇ瞑ってろ」

「でもアンディートは結局見て、んっ……」

 

彼女のタートルネックをずらし首筋に顔をうずめ、そこを軽く吸う。顔を上げ今度は先程と違い淫らに口付けながらミラの見たことのない顔に興奮を覚え、俺は見慣れたコートに手をかけた──

 

 

          ──

 

 

鳥の鳴く声が聞こえ、朝日の眩しさに俺は目を覚ました。ぼんやりとした意識のまま隣を見るとそこにはミラがすーすーと小さく寝息を立てている。

彼女の顔にかかった髪を起こさないように指で払うと、彼女の顔をじっと見つめる。

 

「……夢じゃないよな」

 

彼女を抱き寄せ、髪に顔をうずめながらその体温の心地よさにまた目を閉じた。涙が出そうになる。もう、もう絶対に同じ運命を辿らせたりはしない。俺が守ってやる。

 

「愛してる」

 

これから彼女に何度でも愛を伝えよう、後悔しないように。顔を離しその額にキスをすると、寝ているはずのミラの顔が赤く染まる。じっと見つめると彼女は明らかに不自然な寝息を立て、俺は小さく笑った。

 

「ミラ、愛してる」

「ぐー、ぐー」

「なあ、起きてんだろ?」

「……寝てる」

 

反対方向に体を向けようとした彼女の両脇に腕を置き再び再び跨ると、かぶっていたシーツが捲れる。何事かと目を開き俺を見上げる彼女の体についた昨日の印に口付け、親指でそのピンク色の唇をなぞった。

 

「もっかいするか」

「やだよ‼昨日何回もしたじゃん‼」

「足りねぇ。なぁ……駄目か?」

 

ぐぬぬっと俺の表情に迷っている様子の彼女の鎖骨をつうっと撫で、何度も口付ける。最初はきゅっと口を閉じていた彼女も次第に薄く口を開き俺に応えると、首に腕を回してきた。俺の勝ちだ。

 

「……一回だけだからね」

「ああ」

 

しかしその約束は簡単に破られると、散々好きにされぶつぶつ文句を言うミラを風呂に入れて俺達は部屋から出た。その時丁度部屋をノックしようとしていただろうリヴェルダと目が合い、リヴェルダは手を下ろす。

そう言えば従者達はミラとどういう関係なのか、彼女の死がなかったことになったのなら誰ですかとはならないだろう……多分。

 

「……口外しない方がよろしいでしょうか」

「いや、別にいい」

 

状況を見て察したのかリヴェルダはなんだか温かい目で俺達を見ながら去って行った。結局何の用だったのかと不思議に思っているとミラは恥ずかしそうにしている。

 

「い、いいの隠さなくて?リヴェルダなら口硬そうなのに」

「問題無い。隠すことでもねぇだろ」

 

ミラがリヴェルダの名を知っているという事に、やはり彼女は従者達とも交流があるのかと安心する。昨日自分の部屋に戻るとも言っていたし、この城に住んでいるのだろう。昔どちらかが運命に選ばれし王になったら選ばれなかった方は補佐官になると約束した。その約束通りになっているのかもしれない。

 

「俺は執務室で仕事を始めるが……お前はどうする?」

「どうするって、こないだ宝物庫のアイテム全部確認しろって鬼命令出したのアンディートじゃん」

「……そうだったな」

 

知ったかぶりをして執務室に向かおうとするが、あとでねと手を振って宝物庫に向かおうとする彼女の手を掴む。自分でも無意識だったが、俺は寂しさを感じ手を掴んだまま彼女も執務室に連れていく。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「お前もこっちだ」

 

ミラはおとなしく手を引かれながら俺と執務室に入ると、俺はゆったりとした大きめの椅子に座り彼女を膝に乗せた。しーんと彼女は固まったままで、それはそのまま仕事を始めようと机の引き出しに手を伸ばすとミラはハッとして俺の手を軽く叩く。

 

「なんだ」

「それはこっちの台詞‼私は私でやることがあるの‼」

「知らん。俺の傍を離れるな、以上だ」

 

椅子から降りようとした彼女の腰をホールドするとミラはじたばたと暴れた後、俺には敵わないと理解したのか大人しくなった。それでいいと俺は紙とペンを取り出し、イデアーレ王国に送る手紙の内容を箇条書きで書き出す。

伝えたいことさえ書いておけば後はハイドがうまい事文章にしてくれるのだ。

 

「ねえこれイデアーレ王国に送るの?」

「ああ、そうだが」

 

彼女は俺が書き出していくのをじっと見ながら何か考えている。何かおかしなことでも書いたかと書き出したものを読み返していると、ミラはこちらを見た後目を伏せた。

 

「あのさ……」

「どうした」

「アンディートはレナータさんの事どう思ってるの?」

 

レナータの事をどう思うか、改めて聞かれるとどうだろうなと悩む。最初はミラと似ているのが気に入らなくて殺そうとして、国まで攻め込んだがミラが生きているこの世界ではその事はどうなったのだろうと考える。もし攻め込んだことがなかった事になっているのなら今同盟国になっているのか、それも怪しくなってきた。

ミラの質問にまだ答えていないことを思い出し、慌てて答えを探す。

 

「どうって、ただ同じ運命に選ばれし王としてしっかり仕事してるなって感心するが、結構精神不安定なとこあるから心配ではあるな」

「……それだけ?」

「ああ、いい友人だと思ってる」

 

なるほどと頷いたミラは満足そうだ。何が彼女の機嫌を良くしたんだと疑問に思いながら、また仕事に戻ろうした時なるほどと理解する。

 

「お前レナータに嫉妬してるのか?」

「……してる」

「正直でよろしい。心配しなくても俺はお前しか見てねぇよ」

 

可愛い奴だと彼女の腰を掴み持ち上げると体をくるっと一回転させ俺に跨らせるように座らせると、頬を赤らめる彼女の髪を撫でた。

自分と似た容姿をしているから気になるのか、ただ単純女性として尊敬しているからなのかは分からないがミラは気になってしまったのだろう。

 

「なんだ、俺の気持ちが信じられなかったのか?」

「だって本当に急だったから……」

「まだ足りないなら言えば俺も応えたのに」

「ぇ、あ、ちょっと‼揺さぶらないで‼違うから‼」

 

彼女の腰を自分と密着させるように押さえつけながら下から突くように体を揺すると、彼女は赤面したまま俺の胸を叩いた。……今度椅子に座ってするのもいいかもしれない。

 

「ほら、早く仕事して‼」

「おう」

 

レナータにはイーニット王国の事で迷惑をかけたようなのでなにか詫びなくてはいけない。なんでも言えとは言ったが、どんな無理難題を要求されるのだろうと不安に思いながらため息を吐く。あまり無茶なものは要求してくれるなと書き加えると、ノックの音が聞こえ俺は入室許可を出す。

 

「せ、せめて椅子から降ろしてから──」

「失礼しま………お取込み中失礼致しました」

「気にするな、入れ」

 

ハイドが執務室に入り俺達を見た瞬間出ていこうとしたのを見て引き留める。丁度イデアーレに送る手紙の内容が書き終わったところだ。それを渡して、説明不足な点をハイドに話しながらミラの背を撫でる。ある程度補足説明し終えると、彼を退室させて俺は次の仕事に取り掛かる。

 

「ね~私もそろそろ宝物庫のアイテム確認に戻りたいんだけど」

「駄目だ、ここに居ろ」

 

彼女に何かあってはいけない。目の届く範囲に居ないと不安になるのでそのままにして数時間作業を続けていると、時折抵抗していた彼女が大人しくなり顔をのぞき込む。

ずっと座らせているため飽きたのか、ミラはいつの間にか寝てしまっていた。それに微笑み俺は彼女を起こさないように抱え俺の部屋のベッドに寝かせた。彼女の部屋がどこなのか分からないのでしょうがないと思いながら執務室に戻る。

 

「アンディート様」

「ん、おう。どうした」

 

執務室にはいつの間にかリヴェルダが立っていて、俺は彼の表情に嫌な予感がした。

 

「ムームア様が至急お会いしたいと仰っています」

「いつ頃だと聞け」

「それが……もうこちらにお見えになっています。何かあったのでしょうか?」

「……応接室に通せ」

 

嫌な予感は当たりそうだ。ただの愚痴ならいいがと思いながらも俺は覚悟決め、一度自室の扉に視線を向けた後、応接室に向かった。

 

 

 

            …………

 

 

「やあ、アンディート」

 

応接室のソファーにムームアはいつも通りの生意気な笑顔で座っている。俺は返事もせずに向かいに座ると、ムームアの様子を伺う。まさか気づいているのか、彼は。

 

「単刀直入に聞こう。君、例のネックレス使ったね?」

「あんときも言ったが使わねぇって言っただろ」

 

ムームアは俺の返事に目を細める。気づかれた、やはり気づいていたのだ。唯一俺以外にネックレスの存在を知る彼には何か感じるものがあったのだろうかと焦る。俺が死者を生きらえらせたと知ったら彼はどう思うのか。

 

「最初はね、分からなかったよ。君の嘘が」

「……」

「そして、もしあの時の君の言葉が嘘だとしてネックレスを使ったのなら、誰が生き返ったのか。……ミラさんだよね?」

 

ただ俺があの時嘘をついていたかもしれないという疑いだけでムームアはそこまでたどり着いた。それもこの一日で。しかしミラの死がなかった事に全てが改竄されたこの世界で、彼女が死者だった証拠は何もない。

 

「馬鹿なこと言うなよ、あいつは14年前から俺と一緒だ」

「……信じたい、君を信じたかった」

「なら──」

「でもボクは、アイテルに確認しに行ったんだ」

 

この世界を常に見ており、元々そのネックレスを作ったであろう神。彼女に確認しに行ったというのならもう全て知っているのだろう。俺はため息を吐く、彼にネックレスの効果を明かしたのは間違いだった。

 

「ああそうだ。俺はミラを生き返らせた」

「……アイテルの言ってた通りか」

「それでお前はどうする、ミラに何かするってなら容赦はしねぇ」

 

俺の言葉を聞いて、ムームアは悲しそうな顔をした。悲しそうというよりは、哀れみだろうか。しかし誰にどう思われようと俺はこの選択を後悔しない。もう二度と離れないと誓ったのだ。そのことで誰と敵対することになっても構わない。

 

「生き返らせた人を再び殺したとしても、その人が死んだという事実のあった世界にはもう戻らない」

「……ならお前は何をしに来た」

「ボク達はエレムストで二度目の人生を送った人の最期を見た。それなのに、君は沢山の人の記憶を捻じ曲げてミラさんを生き返らせた。『人生は一度きりだからこそ尊い』、そう言った君を……ボクは信じたかったんだ」

 

ムームアは顔を伏せながらいつになく弱い声でそう言った。それに何も感じないわけでは無い。しかし、自分の言ったことだが所詮は綺麗ごとなのだ。失ったはずの愛する人にもう一度触れられる。例え悪人と呼ばれようが、人を辞めようが、俺は昨日に戻ったとしても何度でも同じ選択を繰り返すだろう。

 

「騙して悪かった。だが俺は後悔しない」

「……そう。ただボクは、君がどれほどのものを歪めてしまったのか、自分が犯した罪を理解してほしかっただけだ」

「それを聞いた上で、理解した上で……それでも後悔はない」

 

俺はムームアをしっかりと見ながらそう言い、彼はそれ聞き顔を顰めたあとさっきと同じような生意気な笑顔に戻った。

 

「分かったよ。ボクは今日のことを無かったことにして、何も知らなかったことにして生きてあげる。でも君には……失望したよ」

「……」

「じゃあもう行くね。次会ったときはお互い何も知らないボクらで」

 

ムームアはそう言うとテレポートで消えた。

一人取り残された部屋で、俺は暫く何も考えずにそこに座っていた。確かに世界を歪めた、それでも俺は彼女に会いたかったのだ。

 

 

──それ以外は、何もいらない。

 

 

「……戻るか。リヴェルダも急にムームアが来てビビってたみたいだし……言い訳を考えなきゃな」

 

俺は応接室を出ると、なにもなかったかのように執務室に向かう。ミラはまだ寝ているのだろうかと思いながら歩いていると、ランツェが向かいから歩いて来ているのを見つけ彼女もこちらに気づくと跪いた。

 

「いい、立て」

「──っは」

 

ランツェも他の従者と同様、ミラがいることに対して何の違和感もないのだろう。じっと見つめる俺を不思議に思ったのか、ランツェは戸惑っているようだ。俺は軽く笑い何でもないと告げると、彼女はほっとしている。

 

「ミラとは仲良くしているか?」

「はい。良くして頂いております」

「そうか。これからもあいつのこと気にかけてやってくれ」

 

そう言い俺は頷いたランツェの頭を軽く撫でた後去って行く。気分が良い、それもこれも全てミラがいるおかげだ。俺はすれ違った使用人達が奇妙なものを見る目を向けるのも気にせず、鼻歌を歌いながら執務室に戻った。

 

 

           ──

 

 

私は隣で横になっているアンディートがちゃんと眠りについたの確認してその髪を優しく撫でた。数年前私の告白を断り、今までそれを忘れるよう努力して生きてきたのに彼は突然私が好きだと言った。別人ではないかと疑うほどに変わった彼を不思議に思いながらも、長年想っていた彼に愛を貰い私は幸せだった。

しかし、その時気づいたのだ。私の中にある2つの記憶の存在に。私はアンディートと出会ってジャムダームの奴隷として過ごし、そして彼が貴族の地位を降ろされたとき解放さた。その後彼が運命に選ばれ、約束通り私は彼の補佐官として彼のそばに居ることになった。

しかし、あの奴隷時代に彼にこのお気に入りのコートを見せた次の日、ジャムダームに命令され殺し合い私が死ぬという記憶がある。最初は夢かと思ったが、あまりにも現実味がありすぎる。そしてアンディートの急な変貌。

 

「……貴方の夢は、本当に夢だったの?」

 

寝ているアンディートに小さくそう問いかけると、私はその不安をかき消すように彼の胸に顔を埋めた。今生きるここが嘘だとしてもいい、それでも彼の隣を歩んで生きられるこの世界を肯定しよう。

 

流れる涙の意味も分からずに、私はただ彼の鼓動を聞いていた。

 

 

 

 






以上、番外編病み病みIFルートでした!!
アンディートはフルトが亡くなって落ち込んでいたムームアにあんだけ死者は戻ってこない的なこと言ってたのにお前は生き返らすのかよって思いました。
でも折角ネックレスの存在を作り、そしてそれをアンディートが所持しているという現状でそれを使わない手はなかった……。
最初にどうにかネックレスを使わせる話と、カップルがただただイチャつく話のどっちかを書きたかったんですけど、どっちも叶って私はハッピーです。

IFにしたのは、アンディートの考え方が本来の彼と違うという所と、ムームアとアンディートがギクシャクするのが嫌という所、そして全体的にバッドエンド感があるからです。
でもミラが生き返ってアンディートと幸せになるのが見たいってなったので、じゃあIFで書こうかという事になりました。アンディート様童貞卒業おめでとう。


完全に私の好みの展開について来てくださった強者さん、ここまで読んで頂きありがとうございました!!


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おまけ
魔法、アビリタ、マジカルアイテム一覧


【魔法】

 

〈メサージュ〉

遠くにいる人物と会話が出来る魔法。距離は300万km程度。

連絡する人には事前に魔術での登録が必要で、知らないものに使うことは出来ない。

一度に会話できる人数は一人まで。脳内にプーッという音が聞こえ、それを受け取るイメージをすることによって会話が出来るが拒否することも出来る。Lv3の魔法。

 

〈エクステション〉

メサージュを強化して複数人と会話できるように出来る魔法。メサージュを習得している者は同じく習得していることが多い。直接声帯にかけることによって拡声器のようにも使える。Lv2の魔法。

 

〈テレポート〉

空間転移魔法。使用者を中心に魔方陣が浮かび上がりその範囲に入っている者を転移させることができる。転移できる距離は2000km程度。一度目で見たことがある場所にしか転移できない。Lv4の魔法。

 

〈グレート・テレポート〉

空間転移魔法。使用者、そして使用者が触れた者を転移させることができる。範囲は無制限で一度見たことのある場所ならばどこでも転移できる。Lv5。

 

〈ルーチェ・シールド〉

光属性。い黄色のシールドを使用者を中心にドーム状に張る魔法。並の人間ではその強固さに下手に殴りかかれば手首の骨が折れるほどの硬さ。Lv4の魔法。

 

〈ハイドロリック〉

水属性。大きな水の球体で対象を包み水圧で殺す魔法。巨大な炎の塊を包み鎮火することも出来る。Lv5の魔法。

 

〈アクア・スパーダ〉

水属性。武器に水を纏わせ炎属性の攻撃の対策ができる。刃を相手に突き刺し氷魔法で凍らせ凍傷を負わせることも出来る。Lv4の魔法。

 

〈アクア・ランス〉

水魔法。武器に水を纏わせ炎属性の攻撃の対策ができる。刃を相手に突き刺し氷魔法で凍らせ凍傷を負わせることも出来る。Lv4の魔法。

 

〈ブレイズ・バースト〉

炎属性。圧縮された炎が大爆発を起こす。あまり至近距離で発動させると自らも巻き込まれる場合があるので、転移魔法とセットで使われることが多い。Lv5の魔法。

 

〈ブラッド・ムーブ〉

闇属性。深紅の斬撃を飛ばす魔法。使用者が傷を負えば負うほど威力が増す。Lv5の魔法。

 

〈グラビティア〉

対象にかかる重力を100倍にする効果がある。並大抵のものはつぶれて圧死してしまう。効果時間は5分。Lv5の魔法。

 

〈リフレクション〉

受けた攻撃を跳ね返すカウンター系。これより上位の攻撃は跳ね返すことができない。Lv4の魔法。

 

〈ホーリー・ミラクル〉

光属性。追尾性のある無数の光線が対象に天から降り注ぐ。Lv5の魔法。

 

〈ジャッジメント・クロス〉

光属性。巨大な十字架の光の塊が対象に天から落ちる。着弾すると爆発が起こる。Lv5の魔法。

 

〈テレパシー〉

離れた人と会話が出来るメサージュに近い魔法ではあるが、使用範囲が狭く近くの者にしか声が届かない。Lv2の魔法。

 

〈ハルシオン〉

相手に幻覚を見せることができる。相手は目の前がぐにゃぐにゃと歪んだように見え、攻撃がまともに当たらなくなる。効果時間は5分。Lv3の魔法。

 

〈ゲイル・ランス〉

風魔法。槍に突風を纏わせ攻撃威力を上げる効果がある。Lv3の魔法。

 

〈シュトース・シュティーク〉

風魔法の攻撃力を高める効果がある支援系。Lv4の魔法。

 

〈アルカティック・ランス〉

槍での攻撃力と対象の俊敏性を高める効果がある支援系。Lv5の魔法。

 

〈ウィンドマジカル・バースト〉

風魔法の攻撃力を大幅に高める効果がある支援系。Lv5の魔法。

 

〈イグニート・シールド〉

炎魔法。炎の魔法壁を使用者の前方にはる防御魔法。Lv4の魔法。

 

〈グレイト・ヒール〉

上位の回復魔法。ある程度の傷はこの魔法一つで治癒できるが、致命傷は治癒が遅くなると傷跡が残る場合がある。Lv4の魔法。

 

〈ヴォラーレ〉

飛行魔法。魔力が尽きるまで飛ぶことができる。速度も体が耐えきれる程度まで速めることができる。習得が難しいためマジカルアイテムで補うことが多いが、マジカルアイテムに込められたものは習得したものに劣る。Lv5の魔法。

 

〈ドルミネート〉

対象を眠らせることができる効果がある。効果の強さは個人によって異なるため考えて使用したほうが良い。効果時間は5分。Lv3の魔法。

 

〈ディフェーザー・ランフォルセ〉

物理防御力、魔法防御力を大幅に強化する防御系。効果時間は30分。Lv5の魔法。

 

〈コスモ・エクスプロード〉

武具で受け止めようとしてもすり抜けるため、防ぐにはシールドをはるか回避するしかない。着弾すると大爆発が起こる。Lv5の魔法。

 

〈マジカル・シールド〉

魔法を防ぐドーム状の障壁を張ることができる防御系。物理攻撃には弱い。Lv4の魔法。

 

〈リジェクト・インパクト〉

闇魔法。闇が圧縮された球体を放ち着弾すると爆発を起こす。Lv5の魔法。

 

〈ドローレ・リジェクト〉

使用者が傷を負った分だけ対象を治癒することができる回復系。Lv4の魔法。

 

〈ツァイト・ストップ〉

対象の動きを10分間止めることができる。しかし致命的になりかねない魔法なので時間停止系の魔法の対策をしている者は多い。Lv4の魔法。

 

〈アンセム・モルテ〉

光魔法。それを放つと光の矢が的確に急所に向かって飛ぶ。一度刺さったら抜けにくい。Lv5の魔法。

 

〈ヴェレーノ・スピーニ〉

上位の毒消し魔法、低位のものならアルコールで酔った時の酔い覚ましに使われることもある。Lv4の魔法。

 

〈フレイム・ノヴァ〉

炎魔法。ブレス上の炎が放射され、焼かれればかなりの火傷を負う。Lv4の魔法。

 

〈トリガーハッピー〉

魔法弾の雨がマシンガンから放たれる。ムームア限定の魔法。Lv3の魔法。

 

〈ホーリー・バレット〉

光属性。魔法弾を放つことができ、バレットチェンジすることによって属性を変えることができる。ムームア限定の魔法。Lv3の魔法。

 

〈クレイジー・キャノン〉

大砲から凄まじい威力の大きな魔法弾を放つ。ムームア限定の魔法。Lv5の魔法。

 

〈イノセンス・レイ〉

光属性。螺旋状に光を纏った追尾性の光線を放つ。対象に当たれば体の内部だけを焼き貫通する。Lv5の魔法。

 

〈カイザー・オーラ〉

霧状の魔法壁を張りLv5の魔法さえ防ぐ。Lv5の魔法。

 

〈インヴィジブル・ゴッド〉

使用者を中心に衝撃波が起こり、それに触れたあらゆる魔法やアビリタ、クアリタを無効化できる。神だけが使える魔法。

 

〈ヘヴン・ライト〉

対象者に光が差し魂を強制的に肉体から引きはがすことができる。意志が強い者には効かない。神だけが使える魔法。

 

〈ディバイン・クロス〉

数百の十字架が対象に降り注ぐ。攻撃範囲が広い。Lv4の魔法。

 

〈インベイジョン・インパクト〉

闇属性。対象に触れることによって体内から破壊する闇の衝撃波を放つ。Lv5の魔法。

 

〈トゥー・ドレイン〉

対象に触れることによって、三大能力を触れている間吸収することができる。Lv5の魔法。

 

〈ブラッディ・カース〉

闇属性。真っ赤な球体を放ち、当たった部分を抉る。Lv5の魔法。

 

〈ディクティター・スラッシュ〉

闇魔法。禍々しい深紅の斬撃を放つ。Lv5の魔法。

 

〈ノワール・レブル〉

闇属性。武器に闇を纏わせ闇属性の魔法、アビリタを強化することができる。Lv3の魔法。

 

〈アビス・シールド〉

闇属性。闇の魔法壁を使用者の前方に張ることができる。Lv5の魔法。

 

〈ミラー・プリズム〉

相手が使用者と鏡写しのような動きしかできなくする。Lv4の魔法。

 

〈サブマージョン〉

水属性。水の球体を放ちそれに触れた者は包み込まれ溺死する。どれだけもがいても離れることはない。Lv5の魔法。

 

〈ゼーゲン・ライト〉

一段階効果の低いのグレイトヒールを味方全体の使用し、治癒できる。Lv5の魔法。

 

〈ドラゴン・スレイヤー〉

攻撃に竜に対する特攻を付与する。Lv4の魔法。

 

〈ライフ・ドレイン〉

触れた相手の体力を吸収することができる。Lv3の魔法。

 

〈アイシクル〉

氷魔法。一つの氷柱を相手に放つ刺突系の攻撃ができる。Lv3の魔法。

 

〈パーゴス・ウォール〉

氷魔法。使用者の前方に氷壁が作られ攻撃を防ぐことができる。Lv3の魔法。

 

〈スパイラル・ウィンド〉

風魔法。大きな竜巻を発生させる。Lv5の魔法。

 

〈チェンジ・ラージェ〉

任意の味方と自分の位置を瞬時に入れ替えることのできる転移系。これを使いタンクと位置を交換し守ってもらったり逆にアタッカーが位置を交換して素早く相手との距離を詰めるなどの使い方がある。Lv5の魔法。

 

〈ドローレ・リターン〉

触れた相手に自分が受けたダメージと同様のものを与えることができる。自らの傷が癒えるわけではない。詠唱し、その後は任意のタイミングで発動することができる。Lv5の魔法。

 

〈ポテンシャルアビリティ〉

潜在能力を一時的に引き出すことができる。効果時間は10分。Lv4の魔法。

 

〈サイコエナジー〉

幻術系の魔法を強化し、相手が幻術だと気づきにくくすることができる。Lv4魔法。

 

〈ハイドロボム〉

水魔法。凝縮された水の球体が爆破する攻撃魔法。Lv4の魔法。

 

〈アルカナ・シールド〉

Lv4以下の攻撃を触れた瞬間無効化できる球体状の魔法壁を張ることができる。Lv5の魔法。

 

〈リジェクト・インパクト〉

無属性の衝撃波を放つことができる。Lv5の魔法。

 

〈カオス・マインド〉

相手の思う最悪の状態を幻術で見せる。上位の幻術魔法なので使用されると気づきにくく、そのまま幻の世界に意識を持っていかれ死亡する場合がある。Lv5の魔法。

 

〈アネモス・トリル〉

風魔法。相手の四肢をも切り裂く竜巻を起こす。Lv5の魔法。

 

〈モンド・ストップ〉

使用者から半径500m範囲内の世界の時を止めることのできる時間停止系。効果は20秒。Lv5の魔法。

 

〈スコトス・ヘキサラ〉

闇属性。大きな闇の塊を放つ。Lv5の魔法。

 

〈ルナ・ミッドナイト〉

闇属性。指先から漆黒のレーザーを放つ。Lv4の魔法。

 

〈チェンジ・ディオツィオーネ〉

相手の攻撃を跳ね返すカウンター系。しかし威力は半減する。Lv4の魔法。

 

〈インベンション〉

相手の魔力を僅かに吸収する。Lv4の魔法。

 

〈デスペリア・ディスティニー〉

相手の物理攻撃力、魔法攻撃力を徐々に低下させていく。Lv5の魔法。

 

〈ノワール・インパクト〉

闇属性。使用者を中心に闇の衝撃波を放つ。Lv4の魔法。

 

〈ルミナ・ダウン〉

光属性。数十の光線を天から相手に向かって放射する。Lv5の魔法。

 

〈インテンション・クラッシュ〉

相手に恐怖や不快感を与え精神を不安定にさる。感情が薄い者には効きにくい。Lv5の魔法。

 

〈オーバー・ヒール〉

上位の回復魔法。あらゆる傷を癒す。Lv5の魔法。

 

〈エンデュランス・クレアボヤンス〉

相手の現体力量を確認することができる。Lv2の魔法。

 

〈マジカル・クレアボヤンス〉

相手の現魔力量を確認することができる。Lv2の魔法。

 

〈アビリティ・クレアボヤンス〉

相手の現技力量を確認することができる。Lv2の魔法。

 

〈オール・クレアボヤンス〉

相手の現体力量、魔力量、技力量を確認することができる。Lv4の魔法。

 

〈アカシックレコード・オールマイティ〉

全知全能の力。使用者の思い意のままの空間が3分の間展開され、普通なら使えない魔法もこの空間内なら使用できる。神だけが使える魔法。使用回数は一度きり。

 

〈フュージョン・キャンセル〉

複数の存在がが融合した状態の融合能力を解く。全知全能の空間でしか使用できない。

 

〈オーソリティ・ロック〉

神の権限を使用者の思いのままに制限することができる。全知全能の空間でしか使用できない。

 

〈アイシクル・カルヴィリー〉

氷属性。相手の足元に剣山のように氷柱を地面から突き出す。Lv3の魔法。

 

〈ヘイル・エストレア〉

氷属性。幾つもの雹が隕石のように広範囲に降り注ぐ。Lv4の魔法。

 

〈パーゴス・オクターレ〉

氷属性。氷の球体が放たれ何かにぶつかると細かな氷柱を放射しながら爆発する。Lv5の魔法。

 

〈ブレイジング・グレネード〉

炎属性。炎の球体が手の中に生成され、手榴弾のように相手に投げると爆発する。Lv3の魔法。

 

〈イグナイテッド〉

炎属性。武器から業火を放ち相手を焼くことが出来る。Lv3の魔法。

 

〈ベネティクション・リヴァイバル〉

死者蘇生魔法。致命傷を回復させ再び心臓を機能させ生き返らせるものではなく、そもそも対象が死んだと言う事実自体を無かったことにするので時間操作に近い。Lv5以上でそもそもこの世に存在するはずの無い魔法。

 

 

【アビリタ】

 

〈武装強制解除〉

相手の身に着ける武具やマジカルアイテムを強制的に無効化し取り外すことのできるアビリタ。Lvが1∼5まであり、それに見合ったレベルのものでしか解除できない。

 

〈戦士の心得・強撃〉

レナータ・ヴィシュヌが師匠から受け継ぐ特別なアビリタ。戦士職である者の物理攻撃力を高める。効果時間は30分。Lv3のアビリタ。

 

〈戦士の心得・俊敏〉

レナータ・ヴィシュヌが師匠から受け継ぐ特別なアビリタ。戦士職である者の素早さを高める。効果時間は20分。Lv3のアビリタ。

 

〈戦士の心得・強固〉

レナータ・ヴィシュヌが師匠から受け継ぐ特別なアビリタ。戦士職である者の物理防御力を高める。効果時間は30分。Lv3のアビリタ。

 

〈戦士の心得・休息〉

レナータ・ヴィシュヌが師匠から受け継ぐ特別なアビリタ。戦士職である者の傷を徐々に治癒する。効果時間は10分。Lv3のアビリタ。

 

〈戦士の心得・強欲〉

レナータ・ヴィシュヌが師匠から受け継ぐ特別なアビリタ。戦士職である者の物理攻撃力を徐々に高める。上限はあるものの時間が経てば経つほど強化される。Lv4のアビリタ。

 

〈秘技・流星斬〉

レナータ・ヴィシュヌが師匠から受け継ぐ特別なアビリタ。武器に青い光が帯び、それを斬撃として相手に放つ攻撃系。Lv4のアビリタ。

 

〈ファイア・シュティーク〉

炎属性の魔法攻撃力を強化する支援系アビリタ。Lv3のアビリタ。

 

〈ファイア・シュティーク〉

炎属性の魔法攻撃力を大幅に強化する支援系アビリタ。Lv4のアビリタ。

 

〈ブレイズ・シュティーク〉

炎属性の魔法攻撃力を超大幅に強化する支援系アビリタ。Lv5のアビリタ。

 

〈瞬間回避〉

受ける攻撃を素早く回避することのできるアビリタ。使用タイミングが重要で、早すぎれば発動せず、遅すぎれば完全に回避することはできない。回避した後の場所は半径10m以内なら任意で決められるため、これを利用し相手に接近することも出来る。Lv5のアビリタ。

 

〈能力向上〉

使用者の三大能力と身体能力を底上げする効果がある。Lv4のアビリタ。

 

〈ガイアの怒り〉

土属性。褐色の斬撃を飛ばすアビリタ。Lv5のアビリタ。

 

〈ミラージュ〉

使用者の攻撃を三倍に増やし、俊敏性を高めるアビリタ。使った分だけ疲労も三倍となる。Lv4のアビリタ。

 

〈バンシーの鬼哭〉

召喚魔法。使用者の背後に巨大な目に包帯を巻き血涙をながす女が召喚され絶叫を上げる。それを聞いたものはあまりの不快感に暫く動けなくなる。使用者が仲間と認識している者には聞こえない。Lv4のアビリタ。

 

〈痛覚共有〉

任意の相手とその名の通り痛覚を共有することができる。一人あたりの共有人数は決まっておらず、致命傷を数人分同時に親となるものが共有した場合その痛みだけで死亡す場合がある。Lv3のアビリタ。

 

〈スポットライト〉

効果時間に放たれた攻撃がすべて使用者に向くようになる。このアビリタを使用した場合、相手は使用者にしか攻撃ができなくなる。効果時間は5分。Lv4のアビリタ。

 

〈トゥール・カウンター〉

使用者を中心として衝撃波が発生し、その衝撃波に触れた攻撃を全て相手に返すことができる。クアリタさえも跳ね返すことができる。Lv5のアビリタ。

 

〈業火の斬撃〉

炎属性。武器に炎を纏わせそれを斬撃として放つ。Lv5のアビリタ。

 

〈一度の好機〉

弱い攻撃の三段階能力値を上げ、避けられた攻撃を三分の一の確率で当てることができるようになる。Lv4のアビリタ。

 

〈サンチュクアリの奏〉

光属性。魔力で生成された剣の物理攻撃力を強化させ、使用者の光属性魔法攻撃力を強化する。Lv5のアビリタ。

 

〈魔力強化〉

様々な魔法の強化ができる。レベルは1~5まである。

 

〈技力強化〉

様々なアビリタの強化ができる。レベルは1~5まである。

 

〈攻撃魔法威力強化〉

その名の通り攻撃魔法の威力を強化できる。これに魔力強化を重ね掛けすると暴走する可能性がある。Lv5のアビリタ。

 

〈攻撃能力向上〉

物理攻撃力、魔法攻撃力を強化する。Lv3のアビリタ。

 

〈解錠技術〉

あらゆる鍵の解錠ができる。魔法のかかった鍵でも強化、使用者の職業次第でどんな物でも解錠できる。Lv5のアビリタ。

 

〈耐性能力低下〉

相手のあらゆる魔法、アビリタの耐性を低下させる。格上の相手との戦闘で役に立つ。Lv4のアビリタ。

 

〈回避術〉

相手からの攻撃の軌道をそらし技を避ける回避系。Lv4のアビリタ。

 

〈回避能力向上〉

素早さを向上させ、回避系の魔法、アビリタの強化ができる。Lv4のアビリタ。

 

〈流水乱舞〉

加速した状態で流れる水のようにしなやかな動きができるようになる。Lv5のアビリタ。

 

〈残像剣〉

武器での物理攻撃が二重になる。一振りで二度の攻撃を当てることができるが、ラグを考えないと上手く当たらないのでテクニックが必要。Lv5のアビリタ。

 

〈ヴィガール〉

鎧の物理防御力、魔法防御力を大幅に強化する。Lv5のアビリタ。

 

〈影武者〉

影武者を作り、一度の攻撃をその影武者に負わすことによって回避する。Lv5のアビリタ。

 

〈ブレイク・マジカルアイテム〉

触れたマジカルアイテムを破壊することができる。術者が優れた魔術師であるほど壊されたアイテムの修復は困難になる。Lv3のアビリタ。

 

〈アプレイザ・マジカルアイテム〉

マジカルアイテムのランクや効果を鑑定することが出来る。Lv3のアビリタ。

 

〈フォーカス〉

次に使用する魔法を任意の相手だけを対象として発動出来るようになる。Lv4のアビリタ。

 

 

【クアリタ】

 

〈復讐者〉

レナータ・ヴィシュヌのクアリタ。味方が死亡すると自分の物理攻撃力、魔法攻撃力が大幅に強化される。味方というのは、従者達のことを指す。別世界から来たレナータであるレトロは、このクアリタのおかげで強大な力を手に入れてしまった。

 

〈クレイドル〉

アンディート・ブラフマーのクアリタ。対象を封印状態にすることができる。一度の使用によって一人しか封印はできない。解除する場合も術者しかできない。

 

〈ゼロ・ミッション〉

ムームア・シヴァのクアリタ。計八種類、総数数百の銃を取りだし対象に魔力弾を一斉放射する。

 

〈スピリット・メモリー〉

アノルマ・スーリヤのクアリタ。使用者の人生を一本の映画のようにまとめ、相手に見せることができる。使用回数は一度きり。

 

〈地獄からの使者〉

ジュデリカ・アグニのクアリタ。触れた者を共に恐ろしいほどの激痛を感じさせながら心中することができる。

 

〈コスモ・ストップ〉

プレーノ・インドラのクアリタ。範囲制限のない時間停止魔法。止められる時間は約20秒。回数は三回までで再び使えるまで十数年かかる。

 

〈ベアトリーチェ〉

ヴィゴーレ・アルマのクアリタ。使用者を中心とした上限半径500mの魔方陣に入っている仲間の体力を徐々に回復魔法。効果時間は10分。

 

〈未來視〉

ハイド・ファードのクアリタ。数秒先の未来が見え、相手からの攻撃を事前に防ぐことができる。最強化と思われたそのクアリタだが、使用者があまりにも予測不可能なことが起きると対処ができない。

 

〈ワンダー・ウォール〉

スターシャのクアリタ。直径約200mのキューブ状の魔法壁を作り出し中に入った者を閉じ込めることができる。中からは一切干渉ができないが、外からの破壊は可能。効果時間は1時間。

 

〈デッド・オア・アライブ〉

テゾール・ゴルドのクアリタ。生と死が半々の攻撃魔法。黄金の矢が対象に刺さった場合、それは液体状になり対象の体に染み込む。生存に決まった場合は矢は消え去り、死亡に決まった場合は矢が体内でクリスタル状になり爆破する。

 

〈マジカル・ファーレ〉

エルバト・スキートのクアリタ。どんな効果のマジカルアイテムもクラフトできる。

本人は気づいていないが、作れない物もある。

 

〈ブレイジング・メテオ〉

キリカのクアリタ。攻撃威力の強化された足に業火を纏わせ隕石の如く強烈な蹴りを放つ。並大抵のものなら四散する。

 

〈キル・ウォーニング〉

フロストのクアリタ。相手の急所を80%の確率で貫くことが出来る必殺の一撃を放てる。

 

 

【マジカルアイテム】

 

[グランドフィナーレ]

ヴィゴーレ・アルマがレナータに与えられた金のガードに赤いクリスタルのついた大剣。彼女にクアリタである〈ベアトリーチェ〉を強化することができる。ランク5の武器。

 

[マジカルボックス]

内部が四次元空間になっているウエストポーチ。見た目よりも沢山の物を入れることができ、持ち主がイメージすることによって物を取り出すことができる。ボックス自体を装備すると盗難防止のために見えなくなる上、もしもの時のためにトラップを仕掛けることも出来る。容量も異なり、ランク1の小、ランク3の中、ランク5の大がある。

 

[クラルテクロス]

羽織ることによってその人物を認識できなくなるマント状のマジカルアイテム。音も匂いもすべて遮断され、よほど隠密行動に詳しくないものでないとそれを見破ることは困難。ランク5のマジカルアイテム。

 

[ルック・オブ・ロスト]

なくしたものを指輪からさす光が示し、探すことができる。効果は一回の使い切りで、使用後はただの指輪となる。ランク5のマジカルアイテム。

 

[運命のダイス]

もし使用者が危機的状況になった場合、それから脱出できる最善策がダイスを振ると出てくる。出てくるものは物であったり人であったり状況によって様々。ランク5のマジカルアイテム。

 

[トリムルティの宝]

アイテル、エレボスが生まれた時から持つマジカルアイテム。主人格となる人物がそれを首にかけると三人の人物が一つに融合し、神と同等の力を力を持つ存在となる効果がある。元になる三人の人物の総合能力が均等でない場合は融合することが出来ない。

融合していると徐々に三人の人格が溶けて混ざり合い一つの人格にまとまり、そうなった場合は元に戻ることはできない。融合することによって三人の記憶が共有され、融合を解いた後はその反動として強烈な頭痛と吐き気に襲われる。そして他人の記憶を見てしまった罪悪感にも襲われ何とも言えない気持ちになる。

これを破壊することは持ち主であった神ですら不可能であったが、唯一それを可能にする方法があった。しかし現在のアイテルとエレボスはそれが出来ない状態にある。

アイテリアのものは破壊され、今この世にあるのはエレムストにある一つだけとなった。

 



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