魔剣使いとポンコツ生活 異聞《ROGUES》 (無花果紋目)
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始まりの章
一話 闇に生きる者達


 
 
この世界において人の命とは軽いものである
一向に減ることが無い外敵、つまりはモンスターに奪われる人間も、
あるいは人類の闇そのものである狂人共によって仕組まれた災害によって虐殺されるのも、よくあることなのだ。
まあそんな残酷な世界であっても黒幕や災厄に等しい存在を知るか死ねとばかりに鏖殺し、突き進む存在もいるのだが。
これはそんな厳しい世界の闇に生きる者達の物語である。




―――人里離れたとある荒野にて二人の男が死闘を繰り広げていた。

一人は銃を持ち、一人は光輝く剣を持って相対する人間の命を奪おうとする。

一般的な状況において銃を持っている人間の方が有利なのは当たり前の事である。

この世界に跳梁跋扈する怪物達に対しては効果は薄いが、人間に対しては猛威を振るう武器、対人類種用の武器。

それが世間の常識。

引き金を引く、それだけで人間の命を奪う、素人でさえそれが出来る、奇襲を仕掛ければ並みの人間ならば術技は発動する間もなく致命傷を負う。

さて問題である。

 

もしそんな銃をこれ以上なくそれ専用の技術を極め抜いた人間が振るうとどうなるか。

 

答えは簡単だ、人類種どころかこの世界の頂点の一角、魔王すら殺すだろう。

 

そしてそれに対抗できるのはそれと同等以上の技量を持つものだけだ。

 

複数の乾いた破裂音、そしてその音と同数の弾丸が放たれた。

音速を越えた弾丸の群れはは人間の視覚を遥かに越えた速度で空間を突き進む。

その進行方向には光輝く剣を持った男の胴体と頭部がある。

コンマ数秒もなく男の肉体へ弾丸が到着し相手の命を奪う、その筈だった。

しかし弾丸が肉体を貫いた証の濡れた破裂音はしない。

代わりに甲高い金属音、そして焼け焦げた鉄の匂いが当たりに充満していく。

斬った、弾丸を。

音を越える弾丸達を一つたりとも残さず。

信じられないその現象を証明するのはこの現実のみ。

その光景を視て少なからず銃を持つ男は驚愕していた。

最初に放った弾丸を切り捨てられた事にでは無い。

驚愕の原因は二度目の銃撃。

一度目の弾丸の発射に合わせ射出した魔力で形作った弾丸。

不可視にして無音のその弾丸を確かに意識の合間を縫って撃ち込んだ。

銃の男の経験上、自分の術技を誇るだけの屑ならこの弾丸で蜂の巣になる。

乾いた破裂音と確かな実体を持つ弾丸は引き金を引くタイミングさえ掴めば避けれる人間は世界に少なからずいる。

だが回避した先に配置した不可視の弾丸は確実に相手の肉を抉る。

負傷しながら生き延びるならまだ理解しよう、今まで道理追加の弾丸を撃ち込むだけだ。

一切の傷を負うことなく回避するなら褒め称え記憶に残そう。

その相手との戦いは己の全てを掛ける死闘になるだろうから。

だがこいつは何だ。

銃の男が経験した中で初撃に撃った全ての弾丸を切り捨てられたのは始めてだった。

嫌に冷たい汗が背中に流れる。

濃厚な死の気配を感じると共に銃の男は引き金を引いた。

歴史に記されることの無い激戦が火蓋を切って始まった。

 

――――――【銃神】【千弾千中】【無限修羅】

 

――――――【雷神】【剣聖】【無限修羅】

 

両者は超人では合るが人間である、心臓を撃ち抜かれたら死ぬし、臓物を切り裂かれたらあっけなく命を落とす。

決してこの世界に存在する魔人等の上位種達のような人域の外側の頑強性があるわけでは無い。

しかし二人の男が駆使する戦闘技術は人外の域、それもこの世界で最高峰である神の領域に届いていた。

刃凱魔郷(ソードアート/ブレイドアーツ)と呼ばれるこの世界の人類が独自に編み出した5つの剣技。

その全てを操る怪物(剣聖)の男、シドルファス・オルランドゥ。

彼は驚愕を味わっていた。

魔法剣。

暗黒剣。

聖剣技。

技剣。

剛剣。

それら全てが封殺されている。

あらゆる剣技の初動を潰され、攻撃を防ぐ意識の隙間に弾丸を送り出される。

特殊な弾丸で辺りのマナを散らし、魔力を四散させる。

発射された弾丸は弓矢の様に縦横無尽、変幻自在に変化する。

おそらく手首、肘、肩のスナップにより引き起こされているのだろう。

普通はそんな撃ち方をしたなら骨折、よくて脱臼を引き起こす。

しかし相手はそんな様子が一切無い。

つまりこの撃ち方を可能にする程の尋常では無い鍛練の結果なのだろう。

驚嘆の念と共に改めてシドは相対する男が放つ弾丸を切り捨てながら観察する。

手にしている武器は何て事はない二挺の実弾銃。

そして身に纏うのは特徴的な鎧、たったそれだけである。

その鎧にはおそらく複数の特殊な機構が備え付けられてはいるのが視てとれるが、使用しないのはこの相手との戦闘距離のせいだろうか。

不可視と可視の二種類の弾丸、聴覚と視覚、そして触覚を惑わし少しずつシドの肉を抉っていく。

しかし相対する二人の距離は縮まった。

元々の二人の間隔は歩幅にして約二十五歩、そして今現在十九歩。

弾丸の濁流、それら全てを切り伏せ、進む。

正真正銘狂気の沙汰である。

銃を向けられる、ただそれだけで人は恐怖を感じるものだ。

どんな人間であれそこは変わらない。

己の心の内から沸き上がる恐怖を抑え込み、音速を越える弾丸を全て切り伏せる。

そんな光景を端から見れば圧倒的有利なのは銃の男の方だろう。

シドは傷がところどころ有るのに対して銃の男には傷一つ無いのだから。

しかし二人にとって全くの反対。

追い詰められているのは銃の男の方だ。

当たり前の話ではあるが弾丸は無限には存在しない。

決まった弾数を撃てば銃はただの鉄の棒切れに変わる。

魔力で形成する弾丸も己のオドから作り出すが故に体力を消耗する。

現在、銃の男の残弾数は持ち前の半分を切っている。

そしてシドの体力の残りは半分も切れていない。

じわじわと真綿で首を締められる様な感覚が銃の男を襲う。

シドが一歩、また一歩と命に近づいて来る。

 

 

引き金を引く、銃弾が放たれる、切り捨て、一歩進む。

 

引き金を引く、銃弾が放たれる、切り捨て、一歩進む。

 

引き金を引く、銃弾が放たれる、切り捨て、一歩進む。

 

引き金を引く、銃弾が放たれる、切り捨て、一歩進む。

 

 

同じ映像を繰り返し再生するかの如き光景。

相違点としては着実に銃の男とシドの距離が縮まっていくこと。

銃の男は残弾でシドを撃ち取れば勝利し、シドは全ての弾丸を捌き、銃の男を切り伏せれば勝利する。

それが両者の勝利条件。

つまりここからは単純なまでの技量勝負。

 

「――シィッ」

「――フゥッ」

 

裂帛の気合いはいらない、唯どこまでも冷静に、確かな覚悟と殺意を共に必殺の行動を行う。

そこからの戦闘は歴史に記される事はない、見届けたのはこの物語の主人公である少年のみ。

戦闘の結果、発砲音が聞こえなくなった時に銃を持つ男は敗北し、雷神は勝利した。

 

■●■●■●

 

――――――目の前で起きたことが信じられなかった。

己の中でもっとも強かった父が倒れ伏す様を信じたくはなかった。

だがいくら待てども現実は変わることはない。

そして数分たってようやく自分の手足は動き出した。

まるで赤子がようやく歩くことを覚えた様な鈍い動きだった。

眼下にあるのはだんだんと冷たくなっていく父親の死体。

赤色の液体が骸を中心に広がり、乾いた砂漠に吸収されていく。

川の字の如く、死体を中心に向かい合った位置に満身創痍の父の仇が居た。

そいつを認識すると同時にまるで発条仕掛けの様に身体が動いた。

いつも衣服に仕込んでいた暗器を取り出し目の前の男へと切りかかる。

 

【ファストアクション】【暗器】

【迎撃態勢】【剣聖】【見切り・刃流れ】

 

何が起こったのか解らなかった。

気付いたら自分は空を舞い、流れる景色を眺めていた。

そして衝撃が己を包み込む。

まるで高速で身体が壁に激突したようだった。

その壁が地面だと認識するのに数秒かかった。

やがて顔に炎の様に熱い痛みの奔流が襲ってきた、ぬるりとした血の感触と匂いで顔を斬られたと理解した。

しかし意識がはっきりしているから重要器官にまでは達していない事が解る。

それが逆にどこまでも恐怖と痛みを脳髄に知覚させてきた。

痛苦により思うように身体が動かない、幼児ながらも鍛えた己の身体は力なく地面を引っ掻くのみだった。

息が出来ない、衝撃によって呼吸器が一時的に麻痺してしまったのだろうか。

砂と血が混ざった泥が口に入って吐き気を誘い、涙もつられて滲んできてしまう。

視界は脳震盪と涙、そして血液が視界を赤に染めて意味の解らない絵画の世界に入り込んでしまったようだった。

そんな意味不明な思考が思い浮かんでは消えてを繰り返す。

歪んだ視界がある程度元に戻ると眼前には光輝く剣先が突きつけられていた。

声は出なかった、目を瞑るとゆっくりと絶望が己を飲み込んでいくのを感じた。

しかしいつまで待っても自分の意識は消えることは無かった。

目を開けばだんだんと小さくなっていく父の敵の姿があった。

ふざけるな、侮辱するのか、そう一族の戦士としての誇りを思うより先に安堵が心に満ちていた。

許せなかった、己の未熟と弱さが。

父の命と己の誇り、それよりも自分の命があってよかったと、そう思ってしまった。

これほどまでに己は弱く、外道だったのか。

そう突き付けられた、完膚なく、完全に。

止まった筈の涙が溢れ出す。

血と涙のが混じった不透明な液体が頬濡らしていく。

喉から嗚咽が漏れだした

 

 

「オ"ぉギィガァぁァー」

 

 

言語として成り立っていない、獣の鳴き声に等しいその音を声帯から数秒放つ。

そしてその数秒間に意思を、覚悟を決めた。

 

「雷神シド」

 

発した言葉は決して大声では無かった。

しかしどこまでも真っ直ぐに、空間に響いていった。

それは宣誓だった。

未熟な自分への別れと、そして決意の表明である。

 

 

「俺はお前を殺す」

 

 

今、ここに新たな復讐の鬼が生まれた。

 

―――――■■・■■■■は【復讐鬼】を獲得した。

 

 

■●■●■●

 

 

――――――目を、覚ます。

昨日の夜遅くまで整備していた為か首がこっていた。

少し首を動かしポキポキと身体の内側で音を鳴らして彼はベッドから抜け出た。

早朝のためかまだ外気は肌寒く、彼は布団の中へ戻りたい衝動を押さえつけ思考を始める。

彼が見た夢は昔の光景だった。

忌々しくも今の自分を決定付けた光景を彼は見ていた。

その時から、もう十年経った。

幼児だった彼の肉体は少年を経て青年に変化している最中にある。

彼は思考する、俺は、僕は、前に進めているのだろうか。

この復讐の道を。

あの頃と比べれば遥かには強くなったのだろう、それは間違いない。

日々の鍛練の密度を増し、この国の腐った戦場に向かい生き抜いた。

人殺しも、薬も、拷問も経験したし、経験させられた。

ああ、だが。

強くなればなるほど、修羅に成れば成るほどに復讐の道のりの険しさに目を背けたくなる。

父の仇の男、雷神シドは怪物だ。

今の己では傷一つ付けれず終わる、それが理解できるほど彼は強くなってしまった。

ああ、アア、嗚呼。

蛮勇でありたかった、馬鹿でありたかった、阿呆でありたかった。

そうだったなら直ぐにあいつに挑んでしまうのに。

シドの強さが解ると同時に父の強さがはっきりとしていく事が彼に追い討ちをかけてくる。

後何年、何十年掛けたなら俺は彼処まで行けるだろう、そう彼は思ってしまうのだ。

例えるなら開かない扉を無理やり開けたのに前述した二人は次の次の次の次のさらに次の扉の先に居るのだ。

その扉は一つの扉を開ける度に、より厳重になっていく。

彼がその身を焦がす憤怒に任せて復讐に向かおうとしてもあのときの光景が、付けられた傷がそれを阻害して来る。

         【復讐鬼】【刻まれた傷】

今行ったところで無駄死にするだけだと、理解させられる。

毎日、毎時、毎秒。

彼は復讐を考える、それだけで燃えるような怒りと、胸に穴が開いた様な虚無感が彼を襲う。

ああ、この世界は不条理極まりない。

ただ生き残っていくだけで復讐の意味も意義も見失いかけてしまうのだから。

 

 

 

意識を彼は切り替える。

いまこの瞬間うだうだ悩んだところで状況は好転しないのは明白だった。

この精神状態では命を落とすと、そう彼は判断する。

故に切り替えた、戦闘の為の思考へと。

寝間着から戦闘服へ、そして父から受け継いだ鎧を彼は鍛え上げた身体に装着させていく。

彼は残った兜を被る前に一回だけあの日から消えない顔の傷をなぞり、被った。

部屋に設置された銃器用の作業台、そこに置いてある二丁の拳銃を手に取って廊下への扉を彼は開ける。

彼が寝泊まりを行っているこの建物の廊下は決して華美では無いが、高級感と清潔感が調和していた。

重要な生活環境の内に入る住居、つまりは寝泊まりする場所。

どんな場所であれ数秒あれば熟睡に入れる技術を彼は習得していたがそれは決して生活し続けることを想定してはいない。

睡眠は身体と精神を修復する重要な代物であり、成長も睡眠の量により決定されると言っても過言では無い。

この世界には肉体改造による強制成長の方法もあるにはあるがリスクと巨額の資金が必要なため自然成長の方が良いと彼は判断した。

より成長し、より強くなる為に彼は良質な場所、この館を選び、住んでいる。

金銭的に一年間泊まれる場所、そして信頼が出来る場所。

それが最低限の睡眠条件だった。

そしてここを利用するもう一つの理由が存在する。

廊下の突き当たり、そこにある隠し扉を彼は開ける。

その先には簡素な階段が有った。

彼は階段を上り、その階段を上がった場所に有る薄暗い場所には似合わない豪奢な扉を開けた。

 

「いらっしゃーい、ようこそ~、《眠れる怠惰亭》へ」

 

小洒落たバーのような内装のカウンターの奥から可愛らしい声が響いた、少女の声だ。

その音源には安楽椅子に少女の姿をした人間が座っていた。

目隠しのアイマスク、そして自身の身長よりも大きい抱き枕を抱えている彼女の名は大刀洗斬子。

この館の支配者にして彼等闇の住人への依頼の紹介者。

周りを見れば早朝だと言うのに彼の他にも数人の同類が居る。

その中の一人に彼はチームを組んでいる男を発見する。

 

「よう、おはようだ相棒」

「ああ、お前もなテッド」

 

彼と五年以上のコンビを組んでいる男、テッドは眠たげな瞳と欠伸を噛み殺しながら言葉のみの挨拶を彼に送る。

それで良いと彼は思うし、テッドもそうなのだろう。

テッドの他、残り二人のメンバーの姿が見えなかった。

どちらも自由人なのでまあ良いかと彼は思うが一応聞いておくことにした。

 

「二人はどうした」

「拳バカは裏拳闘の大会に出場して現在準決勝、機巧バカは爺さんのところで調整と改造中」

「そうか」

 

まあ彼にとって予想通りの解答だった。

テッドが座っている席の隣の席に彼は座り。

テーブルに備え付けられた機器を操作し受注可能な依頼を見ながらテッドと相談を始めた。

 

「密造銃の別都市への輸送」

「パスだ、よく見りゃあどこかも知れない組織の品物をクロコダイルがいるシマへの輸送だろ?、受けるやつは馬鹿だ」

「遺跡の発掘」

「機巧バカがいないのにどうやって遺跡探査を行う」

「王国への麻薬の輸送」

「自殺しろってか」

 

その他複数の依頼が彼の口から読み上げられ、テッドの口から否定の言葉が繰り返される。

そして残った依頼の一つを彼が読み上げる。

 

「サンドワームの討伐、出来高制」

「それだな」

 

賛同の言葉と共にテッドが座席から立ち上がる。

バーのカウンターへ向かい持ち前の端末からデータを送った。

 

「依頼を受理したよ~、気を付けて行ってらっしゃい」

 

自身へと掛けられる柔らかい声に人は好感を覚える、そんな風に好感と信頼を覚えられるように彼女は話術を磨いてきたのだろう。

     【交渉術】【フェイス】【鑑定眼(真贋)】【魅惑の美貌】

彼女のように人を見定め勧誘し己の指揮下で人員を動かし、依頼をこな人間、それをこの国では【フェイス】と呼称される。

外国で言う冒険者ギルドのギルドマスター兼政治家、それが彼女たち【フェイス】である。

この国の混沌とした勢力の数々に手を貸し、利益を得るためにあらゆる犯罪行為すら働く金の亡者。

そしてそんな金の亡者の手足が彼等、【シャドウランナー】と呼ばれる二人闇の冒険者だ。

相違点としては正規の冒険者のように自身から加入しようとする人間が少ないことが言える。

なぜなら好き好んで犯罪を行える人間は少数派なのだから、他人を害するものは尚更だ。

この世界には悪人は大勢いるが、善人はそれ以上に存在している。

故に今現在、世界的に悪は栄える事はない。

しかし、悪は常に必要とされ、存在している。

人間の欲望に果てはない。

美食を求め、快楽を求め、禁忌を求める。

故にその需要を提供できる場所は厚遇されと商品は高値で取引される。

その仲介業者であるフェイスとその手駒であるシャドウランナーには莫大な報酬が支払われるのも当然だろう。

まあ要するに表が有るものには必ず裏があるということだ。

テッドが先に豪奢な扉を開けて薄暗い隠し階段を下りていく。

彼もそれに続いて階段を降りた。

階段を降りた先にはこの館の裏口が有りそこから二人は外へ出た。

そこから出る理由は彼の拠点であるこの《眠れる怠惰亭》は高級娼館も兼ねているためだ。

そんな場所に彼等の様な無頼な輩がいると言うだけで客足が減る可能性もある。

しかしそれを上回る利点があるから彼等をこの場所に館の主は住まわせている。

彼等にもこの場所に住まう利点が有るからこそこの館を拠点としている。

利益に縛られた信頼関係、それが両者を繋ぎ止めるものだった。

今でも館の中からは女の嬌声と男の獣の様な叫びが今もこの館に響いてくる。

 

「今日もこの館は盛況だな相棒」

「この都市でも一二を争う人気店だからな、無理もない」

 

そんな風な会話を一言二言挟んで二人は裏口から出た。

出た先は迷宮のように入り組む細道が有り、そこを抜けて本道へと出る。

途端、喧騒が二人の視界に入ってくる。

その光景には純人種。

妖精種。

土人種。

精人。

猫亜人。

鼠亜人。

犬亜人。

狐尾人。

猪豚族。

鬼人。

靭人。

果てには魔人までもがいる光景がそこには広がっていた。

彼等にとってはその光景は日常風景であったが、他にこの光景を目にできる場所は無いだろう。

この国、奏護同盟デザード以外では。

奴隷やその飼い主として、賞金稼ぎなどの荒くれ者として、魔術師の集団として、

立場や目的は違えど今ここに広がる光景は有る意味では理想郷の世界だった。

ただし、都市に広がる犯罪の数々を考え無ければ話だ。

殴り合いの喧嘩は日常茶飯事、胡乱な目をした薬物中毒者が強盗を行おうとして店員に殺されるのもよく有る話。

淫靡な格好とした女達はそんな光景にも目もくれず荒くれもの達に客引きを行う。

暗い細道には死体が積もり、それを回収する業者はそれを金に変える。

他にも様々な犯罪行為が公然と行われている。

ここは絶望の終着点にして出発点。

犯罪都市にして無法都市、あらゆる暗黒産業の一大産地。

それがここ、遺跡都市ノアだ。

そしてそんな町全体に広がる無法の光景よりも目を引くものがある。

空だ、空が無いのだ。

本来様々な色彩を描く大空はそこにはなく、鉄色の天井がそこには在った。

この天井の上にもカムフラージュ用の都市は建造され、実際に生活している者もいる。

その下に作られた地下都市、それがこの都市だ。

元々、ある文明の遺跡がここには在った。

地下にすっぽりと包まれるように遺跡と空間が在ったのだ。

特異な地盤沈下によるものであると一般的には知られているが真実は定かでは無い。

そんな場所を見つけたのは初代クロコダイルとされている、なぜ見つけられたのかは不明でありあれこれ憶測が飛び回り話の種にされている。

ただ確実なことは彼はこの遺跡を改造した事だ。

この遺跡からは様々な貴重品が見つかり高値で売買され、それが資金にしてさらに発掘が行われた。

巨万の富を夢見た荒くれもの、発掘される技術を欲する職人、それらと取引を行う商人。

発見された場所柄故に犯罪はそれを止める者はいなかった為に横行し、その価値を上昇させていった。

それに合わせ合法、非合法問わず奴隷も多くこの都市に流入していき、やがて今現在の世界随一の犯罪都市に発展したのである。

昔は只の遺跡だった場所には灰色の建造物が乱立し、様々な商売を行っている。

この都市は今もなお発掘と増築を繰り返している。

麻薬は栽培され、盗品は売買され、血に濡れた金貨はここで洗浄される。

あらゆる犯罪を輸出する最悪の都市、それがこの都市、ノアである。

そんな街を二人は歩き、無数に存在する外部へ通じる場所に到着する。

 

「今日はここか」

「ああ、雇い主曰く先日までの場所は掃除中らしい」

「へぇ、それはまた結構なことで」

 

ついた場所に有るのは物資の運搬用に偽装されたエレベーター。

実際に運搬用にも使えるが、それに使われることは少ない。

彼等の雇用主、太刀洗斬子が持つランナー用の出口の一つである。

それに二人は乗り設置されている上昇ボタンを押す。

すると地響きの様な音と共にエレベーターは動き出す。

数分もすれば外へと付く道のりが始まった。

ゴウン、ゴウンと鳴り響く音をBGMに二人は会話する。

 

「そう言えば知ってるか?」

「何をだ」

「王国の話だよ」

 

王国、それ自体はよくある国名だと言える。

この会話で話題になった王国とは世界において六つの”主国家”の一つに数えられる王国の話だ。

彼等が知る王国、それは<狂気の軍事国家>。

他国の精鋭騎士団に匹敵する<武家>という鍛錬と膨大な経費を注ぎ込んだ軍組織を形成する国家であり、戦闘と戦争に特化した国。

修羅英傑がそろうその国は彼等日陰者にとっては天敵と言える国家。

その国についてテッドは彼に話を振った。

 

「また王国で犯罪組織でも滅んだか」

「まあそれもあったんだが、違うんだよ」

 

彼等闇の住人にとって情報は命に等しい。

組織に属してはいるが、他の国家や冒険者組合のように万全な情報は得ることは難しい。

彼等は住む場所が場所なためほかの都市よりも格段に精度が高い情報を持っている。

 

「ではなんの話だ」

「属性災害が複数起こってよ、武家のエリートどもが死にまくったらしいぜ」

「ありえんな」

 

彼は断言する、そんな話はあり得ないと否定した。

テッドは目付きが悪い瞳を愉快げに歪ませる。

 

「何故そう思う」

「あの怪物どもが属性災害が起こっても只で死ぬものかよ」

「まあ当たりっちゃ当たりだぜ」

 

ニヤニヤとした表情でテッドは知っている情報を話す。

 

「あの合法ロリ曰く不自然な空白期間が有ってそれを境に段々死亡してってるらしい」

「つまりは」

「何らかの不足な事態が発生して死亡したか誰も知らねえ内に何かに挑んで負けて死んだかだな」

「恐らくそれが正しいのだろう」

 

王国が全力で挑んで負ける存在。

二人はそんな存在がいるとは考えたくなかったが結果のみがその存在が本当に居ることを証明していた。

 

「もしそんな奴が来たらどうする?」

「この世界にあり得ないことなど無いからな、その時は全力で生き足掻くとしよう」

「ちぇ、可愛げねぇなあ」

「俺に可愛さを求めてどうする」

「それもそうか」

 

ちょうどその会話を終えると同時にエレベーターは地上へと着いた。

 

「さぁて今日もお仕事頑張ろうぜ相棒」

「ああ、よろしく頼む」

 

そして彼等の仕事は始まった。

 

■●■●■●

 

二人の拠点である都市ノア、その地上階層に彼等は出た。

喧騒は地下とは一段落ちるがそれでも賑やかな都市である。

上を見上げれば空に太陽が昇っており、地面と生物を赤く照らしている。

都市を囲うように建造された高い城壁の先には水平線の彼方まで砂漠が広がっている。

正しく砂の海と形容できる光景、日の光によって赤く染め上げられたその光景は幻想的だった。

しかしそれは見ている時だけだ

容赦なく生物を照らす日光と地面に敷かれた砂が光を反射してさらに温度を引き上げ水分を奪う。

砂の海に波を引き起こす風は繁盛に砂嵐を引き起こし突風と共に鋭い砂を身体に叩きつけてくる。

どこまでも只広がる砂漠は心を蝕み、狂気に人を駆り立てる。

そんな厳しい環境を二人は町から出て、進んでいた。

彼は父から受け継いだ鎧により叩きつけてくる砂と太陽光を防いでいる。

テッドはマントを身につけ日光に身体を晒さず、目や口などの感覚器官はマフラーとゴーグルで防いでいた。

 

『相変わらずその鎧は便利だな』

『そうでもない、使いこなすのに何年も掛かるし整備するのに金も掛かる』

『それなら俺みたく原始的装備の方が良いってか』

『どうだかな、利点も欠点もお互いに有る』

 

今日も風が激しかった、そんな中での会話は吹き荒れる暴風により阻害される。

だから彼等は通信用の機械を装備していた。

この他愛の無い会話に思える行為にだって意味は存在している。

近くに他者が存在する、それだけで人は安心を得ることができ、そしてそれはこの過酷な砂漠において、何よりも大事な事だ。

孤独では無い、それだけで人は救われるのだから。

 

『相棒、そろそろか』

『いや、もう少し先だろう』

 

延々と続く砂漠は距離感を狂わせる。

彼等の目的地と都市の距離はそう遠くは無い、しかし正規の街道から外れた道を歩くだけで大幅なタイムロスを引き起こしていた。

只でさえ砂に足を取られ、移動速度は減少し、しかも熱により捻れ曲がった光景が焦りを引き起こす。

テッドと彼の両名は長年のこの国で生活している為普通の人間よりも遥かに強靭な精神力と体力を持ってはいるが疲労が無くなる訳ではない。

汗は身体から流れるし、遮断出来ない日光で肌は焼ける。

故に出来るだけ急いで目的の場所へと向かっていた。

二人の目的地は三連岩と呼ばれる場所だ。

この地域に住む人々は皆知っているが実際に見た人間は少ない。

まるで幼児が石を三つ並べたかのような場所、ただそれだけの場所である。

遺跡もなにも無いし、詳細を調べようとする学者もいない。

誰も見向きもしない場所、それが三連岩だった。

やがてそんな場所に二人は着いた。

赤色の巨大な岩山が三つあった、そしてその岩山には一つの穴が開いている。

その洞窟の中に彼は入る。

わざわざこんな辺境の場所に彼等が来たのはここに隠したある品物の回収である。

 

「街中の倉庫に隠すよりもこんな場所に隠した方が安全とは笑えるぜ」

「仕方無いだろう、まさかクロコダイルに喧嘩を売る馬鹿どもが来るとは思わなかったからな」

「ああ、思い返すだけでイライラしてくるぜ」

 

洞穴に入ったことでテッドはマスクとゴーグルを取り外し、一息着いて彼と会話を始めた。

彼等が話す馬鹿とは、聖練から逃れて来た犯罪グループのことである。

Sランク冒険者の一人に壊滅させられた組織の残党がノアの利権に手を出そうとして潰された。

情報網を握っていた頭目や幹部はすでに殺されており、残った烏合の衆の部下が一旗上げようとしたのが事件のあらましである。

馬鹿ではあったが以外にも実力者が複数人いたため全ての構成員を殺すのに六日もかかった。

その抗争に彼等も巻き込まれ、漁夫の利を狙った馬鹿や火事場泥棒を行おうとした阿呆から資産を守るため複数の場所に分散し隠していた。

拳馬鹿と呼ばれる二人の仲間は知るかそんなことより闘争だ、と言わんばかりに相手方の実力者を殴りに行ったのは二人の記憶に新しかった。

その隠し場所の一つであるこの場所に隠した物品は彼等の砂漠での移動手段の一つ、砂上船である。

この奏護において常に吹き荒れる風を帆で捉え、進む乗り物。

彼等が持つそれは小型に分類される代物であり、機巧技術も使われている改造品、精々五人乗れるかどうかと言うぐらいの物だ。

この砂漠のどこかには城のような大きさの砂上船に住む部族もいると二人は噂に聞いていたが本当に居るのかは彼等には解らない。

六日間も安全な場所に放置していたとはいえ埃は積もり、汚れは溜まる。

バックパックに入れてあった掃除用品を取り出し洗浄を彼等は始めた。

彼は船の掃除を行いテッドは機巧技術が使われている部分のメンテナンスに入る。

         【機工知識LV3/5】

十全な機材はあるとは言えないが最低限の設備と道具はここに置いておいた為、修理やメンテナンスが可能だった。

 

「行けそうか」

「ああ、まあ帰ったあとに爺さん所によって部品を買おうぜ、

 汚れている部分や交換しといた方がいい部分があった」

「わかった、部品の代金は俺が出そう、ここに隠そうとしたのは俺だ」

「気前がいいね、ついでにビビアンの所で飯奢ってくれ」

「それは断る、お前はそういう時に一番高いメニューを選ぶだろう」

「ばれてたか」

 

言葉は途切れず、また二人の作業も途切れず続いていく。

そうして五分も経てば埃の積もった砂上船は新品同然に変わっていた。

後ろから船を押して洞穴から出し砂漠に進水させ船に乗り込む。

慣れた手つきで帆を張り取り付けられたエンジンを着火させる。

凄まじい速度が船が砂上を滑り始める。

周囲の光景は流れるように切り替わっていく。

そんなスピードの船を手足を操るが如く彼は操縦していた。

        【機工知識LV1/5】【騎乗】

彼に機工の知識は余りない、しかし乗り物を操ることにかけては天才的才能があった。

障害物である岩石を避け、突然の風向の変化にも対応し、そして人間の臭いを察知したモンスターをあらゆる手管を用いて回避、あるいは引き潰していく。

 

「上手いもんだ」

「お前も出来るだろう」

「いいや俺はお前みたいに機巧を操ることは苦手だ」

「そうか」

 

そう言ってテッドは船の底に座り込み両腰にある二つの異様な鞘を叩く。

それはまるで銃の円筒の様な形をしていた、機巧剣と呼ばれる剣、それがテッドの主武装だった。

この剣を十全に扱う為に彼は機工の知識を磨き、そして身体を鍛えてきた。

 

「俺が使うのはこっちさ」

「今日の弾倉は何だテッド」

「安物さ、サンドワームならこれで十分だろう」

 

言葉の応酬を繰り返しながら彼等は進む、討伐目標であるサンドワームの巣へ向けて。

そして数分は経っただろうか二人は目的地である場所に到着し。

      【■■■■■■■の鎧:生体感知】

風を切り裂きながら進む船の後ろから接近する生物の反応を察知した。

 

「テッド」

「ああ」

 

      【迎撃態勢・常在戦場】【迎撃態勢・荒野の掟】

二人が戦闘準備を完了させた時。

      【夢幻羅道】【修羅道】

彼らの敵は出現した。

 

『きシャァーーー!!!!』

 

金切り声が砂漠に響く。

討伐目標のサンドワームが地下から砂を撒き散らしながら姿を表した。

ミミズと芋虫が融合したかのような生物、サンドワームである。

サンドワーム、特級有害指定生物に認定されている怪物。

特級有害指定生物、それはこの奏護において地域ごとに指定される最優先討伐対象の事だ。

マローダーと呼ばれる魔物が認定されているのは有名な話だった。

身体のほぼ全てを改造し、なかには固有の能力を持つ強靭無比な怪物。

彼等の大元と見なされている預検帝と呼ばれる国家にもこの国は奴隷等の違法品を輸出している。

そうならなぜマローダーは特級有害指定生物なのか。

その理由としてある事件が関係している。

とある都市があった、主に奴隷を輸出している都市である。

そこがマローダーに襲撃され、一人残らず誘拐された。

老若男女の区別なく、残ったのは灰と化した都市の跡のみ。

奴隷商人が奴隷になるとはある種の因果応報を感じさせるが莫大な被害をこの国は被った。

奴隷を養うのもただではない、食糧などの生活費や売るための場所代も不可欠。

結果、千を越える奴隷と五百を越える都市の住人を支配者達は失った。

この出来事によりマローダーはこの奉護全域において最優先討伐対象になっている。

そんな危険な生物の一種にサンドワームは指定されている。

そもそもとして特級有害指定生物に指定される生物の基準は強さではない。

人間の生活地域において有害であり生活をこれ以上無いほど妨げる生物が指定される。

サンドワームが指定されたのは巨大さと雑食性と生活性にある。

サンドワームの体長はどんなに小さい個体でも10mを越え。

植物や動物などの有機物だけでなく無機物すら食し。

砂の奥深くで生活し、獲物を食らうとき以外に地上に出てこない。

砂中での移動も素早く人間では振り切ることは出来ない。

さて問題である。

こんな生物が人間が住む街周辺に生息したらどうなるだろう。

答えは簡単だ、町周辺の道路は陥没し交易は先細り、作物は食われ人々は飢える。

そして食らった物質を養分に換えサンドワームは肥大する。

歴史上において山喰らいと呼ばれるまでに巨大化した個体も存在している。

故に最優先で討伐する、都市に近づく前に生き餌という名の冒険者やシャドウランナーを使って。

しかし決してサンドワームは弱い種族ではない。

生まれながら備えついている顎の歯は鉄を容易く噛み千切り、その大きさによる体当たりは城壁を凹ませる。

そんな生物が複数、そして同時に彼等の乗る砂上船の後ろに現れた。

並みの冒険者グループなら軽く全滅する状況、しかし彼等は並では無かった。

サンドワームの出現に合わせて発生した砂の大波に彼は巧みに操舵して砂上船を乗せ空中に浮かんだ。

それに合わせてテッドは中空へと跳んだ、同時に上に投げた掃除と修理の時に出た大型のごみを投げる。

空中に足場を得たテッドはさらに上空へと駆け上がる。

          【フリー・ラン】

「一二三四、飛んで六か、まあ妥当だな」

眼下にいる敵の数を数え、テッドは獰猛に笑った。

そして両腰の鞘から両腕で二つの柄を掴み剣身を抜き取り、サンドワームに向け柄に設置された引き金を引いた。

          【機巧剣士】【早撃ち】【二刀流】【修羅道】

瞬間、柄から轟音が轟き剣身が発射された。

火薬によるものだと、銃声を知るものは理解するだろう。

この場合弾丸は剣身のことであり、発射の為の動作は機械の如く洗練されていた。

両腕に握る二つの柄から発生した衝撃を使いテッドは空中で体を独楽のように回転させた。

そして柄のみが残った剣を再度鞘に納めた。

ガチリ、と音がした。

錬金術と機工技術によって作成された鞘の円筒が回る。

新たな剣身が用意され、柄に挿し込まれた。

それは次弾が装填されたことを意味していた。

そして先程と同じ動作で同じ出来事が引き起こされる。

合計三回その行動は行われ、合計六つの弾丸は放たれた。

弾丸となった剣身は音速に等しい早さで空間を突き進んだ。

その弾道には六匹のサンドワームそれぞれの肉に着弾、ついで水風船が破裂したような音が発生する。

それは肉が弾けとんだ音であり、同時にその音が六つ辺りに響き。

 

「「「「「「「ピギィィィ!!」」」」」」

 

そして悲鳴が発生する。

声帯が無い筈の生物から発せられた悲鳴は人間を不快にさせる物だった。

体に風穴を開けられながらもまだ生命活動を止めないその姿は見ている者に畏怖の念を覚えさせるだろう。

   【戦闘続行・生存ほんの【戦場作法・ダブルタップ】【ロングショット】【百発百中】

そんなものは知らんと言わんばかりにのたうち廻るサンドワーム達の脳髄に銃弾は叩き込まれた。

彼だ、片手で船を操舵し、残った方の手で銃の引き金を引いたのだ。

もうすでに彼が乗る砂上船は遥か先に進んでいる。

そんな場所から彼はサンドワームの小さい脳髄を撃ち抜いたのだ。

死骸と化したサンドワームの上にテッドが着地した。

じゅくり、と熟した果実を踏み潰したかのような感触。

足元でそんな感触を体感しテッドの表情は不快に染まる。

 

「ちっ、飛び上がる動作は不要だったな」

『そうでもないだろう、船の上のままなら死骸の回収に時間がかかる』

「そうだけどよ、この靴気に入ってるんだぜ」

『なら部屋の中で飾っていればいいだろう』

「馬鹿やろう、靴は履いてこそだ」

 

テッドが思わずついた悪態に対して彼は応じる。

テッドの趣味の多さは彼も知っていたが靴まで収集していたとは知らなかった。

 

「何分で来れる?」

『早くて一分半だ』

「オーライ、もう少し早めに頼むぜ」

『努力しよう』

 

その会話と共に死骸の上に立つテッドの周囲の砂が盛り上がる。

 

「「キシュアァァアアア!!!」」

 

二体のサンドワームが現れた。

恐らく怒っているのだろう、そうテッドは判断した。

サンドワームに表情は無いが顎がカチカチと鳴っているのがその証拠だ。

 

「同情はしてやる、だから死ね」

 

その二体サンドワームは先程殺した六体よりも遥かに巨大化した個体だった。

けれどもテッドは恐怖で怯えることなく笑って挑発する。

そして二体のサンドワームと一人の男が激突を始めた。

 

■●■●■●

 

彼が一分でテッドのいる場所へ戻るとそこに広がっているのはサンドワームの体液にまみれたテッドの姿だった。

負傷していたがそのどれもが軽傷であり手持ちのポーションで治せるものだ。

 

「遅えぞ、相棒」

「やはりお前は凄いなテッド」

「どの口が言いやがる、横からあの二匹に牽制弾撃ってただろうが」

「だが倒したのはお前だ」

「そんなに敬服してるんだったら煙草の一本でも寄越せ」

「持っていなかったか?」

「見たら判るだろ、この芋虫野郎の体液で濡れた煙草なんざ吸えるかってんだ」

「わかった」

 

軽口を言い合いながら拳を合わせ彼とテッドは仕事の終わりを祝う。

 

「銘柄は」

「夕日に吠える」

「残り一箱だ、良かったな」

「良かねえよ」

 

その会話と共に彼等の今日の仕事は終わりを告げる。

これは英雄の話でも、勇者の話でもない。

闇の世界で生き、目的を果たそうとする者達の物語である。

 

 

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー
登場順に紹介していきます。

>雷神シド
原作スレにおいても最強の一角の人物。
お父さんと戦った理由は今は不明。
強さはまだ原作スレに出ていないので予想で書いてます。

>お父さん
元ネタはちゃんと有ります、主人公と同じ作品で親子関係です。
この人の作成理由は書いてる内にインフレが止まらなさそうだったため作成。
もうこの作品最強のキャラ書いとこうって感じで書きました。
過去作主人公枠と考えてください。

>主人公くん
復讐鬼と常人の間を行ったり来たりしている少年。
こんな風になったのは一つの事件が関わってくるのですが今はまだ秘密にしておきます。
彼の現在の心境を説明するならば、
メジャーリーグトップクラスの選手の全力キャッチボールを見てしまった野球少年。

>斬子ちゃん
モブの様な登場をした少女。
ヒロインになるかは未定。
ドえらい厄ネタを背負ってます。

>テッドさん
昔に自分が書いていたネット小説の主人公をモデルにしたキャラです。
まあ色々厄ネタが潜んでいる。

>《犯罪都市ノア》
クロコダイルの直轄地、暗黒産業の一大産地。
上層と下層の二つに分けられており、二つの都市が重なりあっている。
上層はダミーではあるが大都市と相違ない大きさと経済力がある、
下層は地下遺跡を修復、改造して出来た都市であり、こちらの方が重要視されている。
某魔界都市と異界都市を足して二で割った場所。
なおマンサーチャーや天秤組織は存在しません。
特産品は麻薬や奴隷、その他違法品。

>《眠れる怠惰亭》
高級娼館にしてシャドウランナーへの仕事の斡旋所。
五階建ての建物であり一階と二階が娼館、三階が娼婦の部屋、
四階がシャドウランナーの部屋、五階が店主、太刀洗斬子の部屋がある。
地下の階も存在するらしい。
この都市において知らぬものなき有名店にして人気店。
半年先まで予約で一杯らしい。

>《フェイス》
闇の交渉人にして人材派遣のプロ。
もし依頼が失敗したのならフェイスの責任になる。
なぜなら派遣される人間はフェイスにより選ばれるのだから。
原則として確かな眼力や多大な人脈が無ければ成れない職業。

>《シャドウランナー》
フェイスから派遣される請負人。
冒険者ギルドの様なランク分けはされておらず。
実力はそこいらのチンピラからS級に比較される実力者までピンキリである。


 


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二話 拳に生きる者

 

「迷わず攻撃しろ、
         魔力を切らすな、
                 クロコダイルとは絶対に、争うな」

            《奉護に伝わる警句》

     


この犯罪都市において賭け事に困ることはない。

カジノは無数にあるし、他の場所で見ることは叶わないこの都市独自の賭け事も存在する。

人々を熱狂に包み込む夢の都にして堕落の象徴であるカジノ。

そんな場所にテッドと彼の二人は仕事で来ていた。

今回の物語の舞台はこの都市最大のカジノ『エルドラド』である。

 

■●■●■●

 

きらびやかに光輝く内装は黄金や銀等の貴金属、ダイヤモンドやルビー等の宝石類によって装飾されている。

明るいライトが部屋を照らし、外装は様々な色に光るイルミネーションが誂えてあった。

この一つの建造物に小さな国の国家予算と同等の金額が掛かっていると聞いて二人が納得したのも無理はないだろう。

ここでは無数の人間が夢を見て、そして散っていく。

そして何千人、何億人の中で一人、巨万の富を得る者もいる。

この治安最悪の国の更に最悪の場所で巨額の金を得た人間の末路は言うに及ばず。

巨万の富を得たものがいた、という結果のみが残る。

そんな超が付くブラック通りすぎてヘドロのような場所に彼等はいた。

 

「フリーの時間ならここでたっぷり遊ぶんだがなぁ」

「我慢しろ」

「だがな相棒、何だって見慣れた拳バカの戦闘風景を見守らなきゃならんのだ」

「仕方ないだろう、報酬も割高でお前の希望通り勤務時間も短い」

「はぁ、目に毒って言葉の意味がよく解ったぜ」

 

視線の遥か先にあるゲームテーブルやスロットを見ながら隣に立つ彼にテッドは言葉を投げ掛ける。

彼等が現在いるのはこのカジノの中で最大面積を誇る施設、コロシアムにいた。

表の世界のコロシアムでの禁止されるルールはここでは一切無い。

目突き金的、頭部への攻撃、相手の殺害、そのすべてがここでは許される。

一対一、一対多、等の一般的な試合形式から対モンスターの試合もここでは行われる。

虐殺の試合も白熱した試合もここでは同時に起こりうる。

血飛沫は絶え間なく上がり、骨が砕ける音、口汚い罵声、女達の甲高い応援が絶えない場所。

様々な音や匂いが混ざり、溶け合う。そんなこのカジノの賭博の中でも最上級のメインイベント。

そこで彼等は警備の仕事を任されていた。

 

「しかし何故俺ら見たいな奴をこんな場所の警備に当たらせるかね」

「俺達みたいな奴らだからこそだろう、あっちを見ろ」

 

彼が視線を向ければ客の階層が二つに別たれている。

富裕層の人々とそれ以外の人々。

前者は上層部、後者は下層部に集まっている。

そして前者の周りには彼等のような一流の実力者から見ても手練れの人間が護衛していた。

 

「成る程ねぇ、俺達は金持ってねぇ奴らを守れってことか」

「どちらかと言えば小飼の部下の被害を減らしたいのだろう」

「要するに俺らは守ってますよアピールをしてりゃいいってわけだ」

「まあ、その通りだな」

 

今現在二人の服装は上下ともに漆黒のスーツである。

両者の厳めしい目付きと装備している武器によりその道の人間にしか見えなかった。

彼等の視線の先にはコロシアムの舞台があり、そこには美しい美女が立っていた。

 

『おっっ待たせしましたーーーー!!!!』

 

拡声器を通して大音量の声が放たれる。

コロシアムの実況役の一人である彼女の声に観客の只でさえ高いボルテージが更に上がった。

 

「早くしろーーー!!!!」

「血ぃ見せろぉーー!!」

 

狂気と熱狂の渦が広がっていく。

軽食や飲み物売り歩く商売人へと注文が殺到し、どちらが勝者かを賭ける注文は青天井の如くつり上がっていく。

 

「うるせぇ」

「同感だ」

 

そんな光景を冷たい瞳で見ている二人、何故こんなにも二人は冷めているのか。

彼等だって戦士の血は流れている、激闘には手に汗握るし死闘には胸踊る部分も確かにある。

その理由は。

 

「俺達も賭けるか?」

「やめとけやめとけ、賭けにならねえ」

 

勝敗の予想が完全についていたからだ。

 

『―――それでは選手入場ですっ!!!』

 

長い説明をしていたらしい実況の女性、今なお変わらず美しい声で観客を煽っていく。

 

『東のコーナー、エクスマキナの拳士にしてその鋼鉄の身体を操る男ぉぉ!!、ブレッドぉお!!!』

 

入場口から派手な音が響く。

その場所から現れたのはほぼ全身を機械に置き換えた大男。

 

「グォオオオ!!!」

 

威風堂々と咆哮を放つと同時に身体の各所から白い煙が漏れ出る。

観客の人々もそれに合わせて歓声をあげた。

一目見れば解る、はぼ理性を失っていることが。

そのことを理解しているだろう実況の美女は恐怖を一切浮かべることなく実況を進めていく。

 

『西のコーナー、機械化一切無し!!!、鎧無し!!、武器無し!!,

されど一撃も攻撃を受けずここまで勝ち上がって来た男!!!、アスラ・ザ・デッドエンドぉぉぉ!!!』

 

悠々と美女の呼び声に従い、その男は入場口から出てきた。

獰猛な獣を思わせる笑みを浮かべ、掛けたサングラスを外し観客席へ投げ入れる。

観客達はそれを手にいれようとして乱闘騒ぎが起こっていたが男は興味がない。

彼が興味があるのは目の前にいる敵対者のみ。

そして二人は向かい合い、実況の女は安全圏まで退避した。

 

「相変わらずだな」

「ああちっとも変わってねぇ」

 

彼とテッドはそれを白けた瞳で見ていた。

 

「何秒持つと思う」

「三十秒弱」

「なら俺は四十秒弱だ」

 

その会話が終了すると共に試合開始のブザーが鳴り響いた。

小型爆弾のような衝撃と轟音が辺りに鳴り響く。

それは相対した両者の踏み込みであり、二つの拳が激突した音でもあった。

ブレッドとアスラの拳は圧倒的にブレッドの拳の方が大きい。

拳だけではない、体格を含めてブレッドの方が巨大だった。

だが押し勝ったのはアスラの方だった。

簡単な話で、当たり前の結果であった。

アスラの方が絶大な筋力を持ち、そして技法を凝らしていた、それだけの話である。

    【轟怪力】【練気重拳】【超人】

まるでボールが投げ飛ばされたかの様な光景。

ボールはブレッドで投げたのはアスラ。

軽い楕円の軌道を描いて飛んでいき囲いの壁に激突し、亀裂が走った。

ブレッドも只では終わってはいない、獣如く亀裂から凄まじい勢いで飛び出しアスラへ拳を叩き込んだ。

だが、アスラにダメージは無い。

    【超頑強】【回し受け】

そもそもとして肉体の異常な頑強性によりダメージは皆無。

それに加えて円を描くが如く動いた腕により鋼鉄の腕は逸らされ空を切る。

 

「次は俺の番だな」

 

狂暴な笑みを更に深く浮かべてアスラは宣言する。

そして構えた。

両手に魔力が重点される、そして振りかぶり、拳が放たれた。

全身の筋肉を使って加速された拳をブレッドは目視できた。

彼の全身の殆どは機械化されており、神経系もその一つだった。

防ごうと身体を動かそうとするが、出来ない。

ブレッドが自身の身体を見下ろし、理解した。

自身の足の甲が踏み抜かれ、固定されていることを。

それでもブレッドは諦めなかった。

初撃で右腕は破壊された、残った左腕で防ごうとする。

しかしその行動も無意味に終わった。

 

「一撃必倒」

 

一撃目、ブレッドの丸太の様な腕はひしゃげ、重心が崩れる。

 

「二撃滅砕」

 

二撃目、ブレッドの無事な四肢と臓器が粉砕された。

 

「三撃鏖殺」

 

三撃目、最早無事な部分は無い。

 

肉体の殆どは潰され、ひしゃげ、壊された。

されど攻撃の手は緩むことはなく、ブレッドの命はそこで終わった。

肉の塊と化したブレッドを初撃で叩き込んだ亀裂にもう一度ぶち込み、アスラは拳を振り上げた。

一瞬、間が空いた。

そしてその次にこのカジノ全体を揺らすほどの大歓声がコロシアムに満ちた。

大地を振動させる大声と、掛札が乱舞する。

勝利と敗北は同時にやってくる。

それはアスラの様な明確な生死のやり取りであったり、大勢の観客みたく賭博の勝敗だったりもする。

 

「四十秒弱、俺の勝ちだな」

「ああ、予想以上に対戦相手が強かった」

 

この後、賞金を受け取ったり、女達に群がれたり、罵声と賛辞が入り交じった大声を掛けられながら帰途につくアスラ。

帰りの通路にて仕事が終わった二人はアスラを待っていた。

テッドとアスラが対峙した瞬間、広い通路に殺気が滲み、空間に浸透していく。

 

「優勝おめでとうございますってか、拳バカ」

「抜かせよ、お前が出たらもう少し楽しめただろうに、剣バカ」

「どちらも同じ穴の狢だろう」

「「黙ってろ銃バカ」」

「解せぬ」

 

向き合う二人は殺気を飛ばし合ってはいるもののの敵意や害意というものは全く無く、

まるで自然に会話をするように殺意の応酬を繰り広げている。

数分ほど殺気と軽口を飛ばし合って、ようやく両者は本題に入った。

 

「まあ、あれだ奢れや拳バカ」

「いいぜ、ただし今日稼いだ金全部使いきるまで返さねぇからな」

「もしやそれは俺も入っているのか」

「「当たり前だ」」

 

要約すれば纏まった金入ったしちょっと飯食いに行こうぜっていう話だ。

 

「で、どこに食いに行く」

「肉」

「答えになってねぇぞ」

「ビビアンの所でいいだろ」

「この場所の周りには高級店が無数にあるだろうが」

「俺は質より量だ」

 

そう、この巨大カジノ、エルドラド周辺には様々な店舗が併設されている。

この都市で最も金が集まり、消費される場所。

金を稼ぎ、金を使う、その簡単なサイクルがここにはある。

普通の都市ではお目にかかることさえ難しい高級品の酒や食材、武具や魔具、そして奴隷。

この都市で買い物を行った人間はここ以外での商品では満足できなくなる。

それ程までに充実した商店街がこのカジノの周辺に広がっているがそんな場所より行き付けの店を優先する二人であった。

 

「二人は先に行っていてくれ、俺には用事が出来た」

「……分かった、早めに来いよ相棒」

「おう、遅くなったら肉無くなってんぞ」

 

その会話と共にアスラとテッドは軽口を言い合いながら行き付けのビビアンの店へと向かっていった。

 

「さっさと出てこい」

 

     【戦場作法・気配感知】

その一言は先ほどの二人に向けた柔らかい声音では無く、どこまでも冷たい声だった。

 

「ややなぁ、そんな怖い顔せんでええやん」

 

発生したその声はどこまでも明るく、そして自然な声だった。

廊下の先から現れたのは大柄の女、その顔は童顔であり、どこかあどけない少女の様に思える。

片手には短槍があり、その佇まいには一切の隙がない。

 

「何のようだ夜叉姫」

「ウチの名前は大江和那や、いい加減覚えてくれへん」

 

夜叉姫、またの名を大江和那。

このカジノの警備部隊副隊長の修羅の女である。

 

「何のようだ、わざわざ俺だけに殺気を飛ばすなど趣味が悪いぞ」

「相方のテッドくんは気づいてたらしいけど」

「あいつが気づいたのはあんたの存在じゃなく、俺の変化だ」

「そんなに深い絆で結ばれとるんやね」

「やめろ冗談としても趣味が悪い」

 

彼は軽口を彼女と叩き合っているが、警戒は怠ってはいない。

今の装備でこの距離で戦えば九割方負ける、そう彼は考えていた。

 

「で、本題は」

「うちのボスが呼んどるんや」

 

その言葉を聞いた彼は苦虫を百匹は噛み潰した様な顔になった。

 

「拒否権は」

「無いで、解るやろ、私が来た時点であんたは負けとる」

 

彼女、大江和那を彼が苦手とする理由はその明るい性格とそして自分との相性にある。

     【夜叉姫・修羅道内蔵】【茨木流槍術後継者】

ため息を一つついて彼は口を開いた。

 

「分かった」

「よかったわ、じゃあついてきてや」

 

前を行く彼女の後ろに彼はついていった。

迷路の様に複雑なこのカジノの通路を迷うこと無く彼女は進んでいき、そして目的とする部屋に二人は着いた。

二回、彼女はノックする。

 

「ここはトイレでは無いぞ、和那」

 

ドアの奥からその声が響いた。

びくり、と背を揺らした彼女は今度こそ三回ノックする。

 

「入れ」

 

ドアの奥にいる人間がそう言った。

そして二人はその部屋、このカジノの主の部屋へと入室した。

 

「ようこそ、我が部屋へ」

 

圧巻という言葉を具現化させた様な部屋だった。

調度品から壁、天井などの仕切りさえ知識がない彼でさえ解る程の高級品の数々。

目も眩む黄金と銀の杯、最高級の木材で作られたテーブルや椅子。

その全てがオーダーメイドの特別品。

過ぎた華美な装飾は逆に安っぽさを感じさせるものだが、この部屋は違う。

この部屋の主とこの部屋の全てが完璧に調和していた。

   【超絶美貌】【カリスマ】【覇者の才】

部屋の主である彼女、神条紫杏にあわせて作られたのだから当然と言える。

この犯罪都市ノアの七人の王の一人にして、奉護において最大の会社、TSUNAMIグループの会長。

わずか三十代で莫大な栄光と巨万の富を得た伝説の女傑。

司るのは経済、全世界の3%の資産を持つと噂されるほどの超が付く大富豪である。

曰く彼女に出来ないことはない、曰く彼女の部下は精鋭騎士団に匹敵する戦闘力を持つ。

曰く、曰く、曰く、曰く。

今までもこれからも彼女に関する噂は後を絶つことはない。

そんな文字道理天上の存在と言える彼女に彼は呼ばれた。

 

「俺に何のようだ」

「いやなに、ただの質疑応答だよ」

 

この女、神条紫杏が彼は嫌いだった。

何もかも見透かす癖にこちらから言うように仕向けてくる傲慢さが。

 

「だったら早く済ませろ、二人のバカを待たせている」

「ほう、私よりも仲間を取るかね」

「当たり前の話だ、俺はあんたが嫌いだからな」

「面と向かって侮辱されたのは久しぶりだ、そう思わないか和那」

「え、ウチに話振るん」

 

クックックと喉を鳴らして愉快そうに紫杏は笑う。

予想以上に空気が重くなっていることに夜叉姫と呼ばれる女は今すぐ逃げ出したくなっていた。

 

「君の父親に関してだよ、ボバ・フェット」

「そこからは言葉に気を付けて口を開け神城紫杏」

 

殺気が部屋を満たす、氷の如く冷たく突き刺すような殺意。

出所は彼、ボバ・フェットだ。

思わず手にしている槍で攻撃を行おうとした和那を紫杏が止める。

 

「やめておけ和那」

「せやけど」

「やめろ、と私は言ったぞ」

 

部屋に満ちた殺気を受けてなお面白そうに彼女は笑う。

それは余裕の現れであるかどうかは彼には解らない。

しかし改めてこの女、神城紫杏を彼は嫌いになったのは確かだった。

 

「君の父、ジャンゴ・フェットには私の父親もよく仕事を頼んでいた」

「それがどうした」

「だから疑問なのだよ、我が社に残っている彼の仕事の成功率ははっきり言って化け物だ、

 無理や無茶を具現化した仕事さえ簡単にこなし続けた、

 あの時代において間違いなくこの国最強の男だ、何故そんな男が消えたのか」

「知らん、知っていてもお前には言わん」

「そうかね、君が一番その事について知っていると私は思うのだが」

「知らないと、俺は言ったぞ」

「それは残念だな、まあいい、私の部下で調べるとしよう」

「なら俺はこれで失礼する」

 

その会話と共に彼は退出する。

バタン、と勢いよく閉められたドアの先へと彼はこの部屋から消えた。

部屋に残った二人の女は数回の呼吸を持って会話を再開する。

 

「よかったんか、何か知ってる感じやったけど」

「いい、ああいう輩は信念が続く限り絶対に口を割らん、彼と同じ瞳をしていたのだから間違いない」

「あいつかぁ、似ているっちゃあ似ているんかなぁ」

「何だ、私が信用できないのか、カズ」

「いや信用しとるけど、男に関しては信用できんわ」

「こやつめ、はっはっはっ」

 

仲良さげに会話している彼女は彼とは話していた冷たさは無く、どこか優しい印象を受けるものだった。

数分程会話をして、彼女達は仕事に戻っていった。

 

■●■●■●

 

同日、同時、某所にて。

「クシュン、誰かが噂してるのかなぁ!!!」

どこかの夜の森にて一人の男が疾走していた。

腕には少女を抱き抱えて走っている。

腕に隠すように抱えられた少女は男の胸を抱き締めながら心から沸き上がる恐怖を押し殺している。

二名の後ろに続くのは無数の化け物。

様々な種類の怪物が男と少女を追走していた。

何故、何でと考えを纏める時間さえ男は惜しい、凄まじい速度で彼は走っていたが、それ以上の早さで怪物達は追ってきていた。

確実なのは旅の途中で寄った村は全滅しており生き残っていたのはこの少女のみであること。

そして近くの都市へ向けて男は全力疾走をしていることだけだ。

 

「もう少しだ、大丈夫、君は絶対守るさ」

 

優しい声だった、少女はその声に幾度と無く救われていた。

走り、走り、走り続けた。

時にジグザグに、時に進行方向を変化させ、時に同士討ちを誘い、彼は走った。

その果てに袋小路の場所に二人は行き着いてしまった。

少女は自分の胸に絶望が満ちていくのを感じた。

しかしそれと対照的に男の心には希望を感じていた。

 

「よし、ここでいい」

 

少女を一度下ろして袋小路の奥へと隠し、男はトレードマークの赤と白の野球帽をかぶり直し袋小路の入り口に立つ。

 

「お兄ちゃん」

 

少女のか細い声、怖いのだろう、恐いのだろう、その声は震えていた。

しかし少女の喉から出た言葉は絶望に歪んだものでは無かった。

 

「頑張って」

 

その言葉だけで男はどこまでも頑張れる、どこの誰とも知らない少女でも、不幸で泣いているのなら全力で助ける。

今までもこれからも。

この行いに意味なんて無いのかも知れない、ただの偽善者なのかもしれない。

それがどうしたと男は笑おう、一つでも涙を拭えるなら、一つの笑顔を増やせるなら、いつだって男はそうしてきたのだから。

目の前の怪物達の大群を見ても男は笑った。

この袋小路、自分が倒れなければ少女は生きて帰れる。

ならば勝利し続ければいいだけだ。

 

「来いよ化け物ども試合開始(プレイボール)だ」

 

彼の名はパワポケ、王国の学園に通う弟を持つ、ただの大バカ野郎である。

      【夢幻修羅】

 

■●■●■●

 

彼、ボバ・フェットの機嫌は今現在最悪と言ってよかった。

心の地雷源でタップダンスを踊られたかのような感覚。

それに加え、あの女に言いように踊らされたのが気に食わない。

カジノから速攻で外部へと出て、目的の場所へと向かう。

彼の元々の目付きの悪さがさらに悪くなり、道行く人間に道を開けられるのさえ彼は気づいてはいなかった。

彼が本来の冷静さを取り戻すのに数分かかった。

普段の冷静さを知る人間ならば驚くほどに彼は激情していた。

目的とする場所、彼等のチームの行き付けの店、鴉羽の宿へと彼は足早に向かっていた。

値段は安く、安全な材料を使ってそこそこ上手い飯を出す、そしてメニューも多い。

この都市では少数派のまともな店だった。

大通りでは無く、裏通りの入り口付近にその店は存在している。

黒塗りの二階建ての建物、それが鴉羽の宿である。

その店の入口であるドアを開け、彼は入店する。

少なくない客がすでに片手に酒を持って料理に舌鼓を打っていた。

ワイワイと喋る人々の喧騒はカジノとはまた別種のものだ。

彼はこの煩さが嫌いでは無かった。

 

「「いらっしゃい」」

 

店の中から二つの声がした。

一人は若い女性、もう一人は老婆の声だ。

若い女性店員であるビビアンは彼を見るとアスラとテッドの個室席へと案内する傍ら注文を聞く。

 

「注文は決まってる?」

「いつもので頼む」

「了解、そんじゃ待ってて」

 

その返答と共にアスラとテッドの個室へと彼は到着した。

そこで見た光景は鉄板に焼かれる大量の肉の山と向き合う形で座る二人だった。

二人の脇には米が入ったデカイ釜が置いてあり、テーブルにあるどんぶりにそれをよそうのだろう。

じゅうじゅうと焼ける肉の音と臭いは否応なく腹を減らしてくる。

空いている席に彼は座り、自身が頼んだ定食が来るのを待つ。

その横ではテッドとアスラによる肉の争奪戦が起こっていた。

 

「拳技使うなんて汚ぇぞテメェ!!」

「抜かせよ、剣バカぁっ、使えねぇほうが悪いんだっ!!」

 

  【修羅道】

  【強者の矜持】 

無駄に洗練された無駄の無い動きで箸が空中で激突している鉄板に彼は肉を投下する。

さらに箸の激突が加速していき、常人では見えない速度で攻防と肉と米の消費が行われていき。

 

「うるさいよ、あんた達!!!」

「「げぇっ、ババア!!!」」

 

ジャーンジャーンと効果音が鳴り響く様に老婆の店主が個室の扉を開け登場した。

肉を投下した時点ですでに彼は退室しており、個室に姿は無かった。

なぜならこの老婆が来ることが予見できていたためだ。

実際その通りであり老人とは思えないスピードでアスラとテッドの両名に老婆は接近していく。

 

「くそ、相棒の野郎逃げやがった!!」

「いやこっちは二人だ勝てるぞ!!!」

「遺言はそれでいいかい馬鹿ども!!」

「「バカ野郎俺らは勝って生きるぞ!!!」」

 

    【無限修羅】

  【修羅道】【強者の矜持】

乱痴気騒ぎが起こっている個室をよそに彼はカウンター席に座って頼んだ定食を食べていた。

柔らかいパンに、厚切りのベーコン、青々とした野菜のサラダ、暖かいスープ。

その四つの食品を彼は食べていく。

パンはナッツを混ぜて焼かれており、独特の食感が楽しめる。

スープと合わせて食べるとさらに美味しく変わった。

ベーコンは外はカリカリに焼き上げられ、噛めば噛むほどに肉汁が染み出てくる。

新鮮な野菜を使ったサラダはその肉汁を見事に調和し、味を更なる高みえと昇華してくれる。

 

「美味しそうに食べるよなお前」

「ああ、実際美味だ」

「よせやい、照れるじゃないか」

 

食事を食べる彼を見ながら、客が注文した料理をビビアンは作っていく。

上手い飯によって彼の不機嫌は見事に治った。

なおこのあと見捨てられた二人によってボコボコにされるのだがそれはまた別の話である。

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>彼改め、ボバフェットくん
実はめっちゃ書きにくかったボバ・フェットくん。
彼の地雷は父に関することです、それも侮辱するのであればすぐに殺しにいくほど。

>出番が少なかったテッドさん
仕事が無い日は大体エルドラドで賭博をしてるテッドさん。
勝った金で趣味の物を買い漁っている。
運は良い方らしい。

>拳バカ、アスラくん
チームの中で身体能力に限ったら最強のアスラくん。
なおチームメンバーは全員こいつを殺す手段を持ってます。
理由?、こいつが裏切ったら一番厄介だから。

>拳バカの被害者、ブレッド。
彼は弱くありません、むしろ強い方です。
ヒットアンドアウェイ戦法で戦っていたのならアスラに勝ってた可能性も十分にあります。
しかし悲しいかな、理性を失っていたためミンチよりひどい有り様に。

>君は不憫が似合う、大江和那
パワポケでは一番好きなキャラ。
口調がエセ関西弁になってしまった。
ボバ・フェットには高確率で勝てますが、テッドには高確率で負けます。
戦闘方法は固有魔法の重力操作と短槍を併用して戦うスタイル。

>ラスボスみたいな登場をした女、神城紫杏
超金持ってる女、敵キャラみたいな書き方したけれど味方です。
奉護において凌駕魔具はこの人が会社を上げて潰します、都市ごとでも。
力と金で支配してるんだから簡単に力が手に入る物を潰すのは当たり前だよなぁ。
未来で血反吐吐いて奉護を維持する人材の一人。

>ハーレム野郎、後に種馬、パワポケ
パワポケ全作のヒロインとストーリーを攻略した怪物。
女の子を助けるために今現在も色々大変な目にあってるけど彼は元気です。
数年後結成された女子の包囲網によって捕獲、死ぬよりもひどい目に合う。
なお、惚れる女性はまだ増える模様。
数章後に再登場予定。

>巨大カジノ《エルドラド》
この世界最大のカジノにして欲望の坩堝。
ここに無い賭け事は存在しないと言われる程に様々な賭け事がある。
あれです、ここにはカイジとかの賭けとかが大量にあると思ってください。
周辺には高級商店が無数にあり、その全てがTSUNAMIグループ傘下のものである。

>《TSUNAMIグループ》
奉護全域に手広く商売を行っている財閥グループ。
元々大きな商会だったが紫杏は次いでから急激に成長した。
科学者や魔導士を招致して残存する遺跡の技術解析と道具の開発を行っている。
改造人間の部隊が存在するらしい。

>《鴉羽の宿》
無限修羅のババアと一般人のビビアンが経営する料理屋。
ビビアンは豚が苦手らしいぞ、何でだろうね。
何でもババアが友人から託されたビビアンの為に店を建てたらしいぞ。
元ネタは解る人には解ると思います。
 


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三話 夢を求める者

 

「善人であるだけなら食っていけず、
                 悪人であるだけなら生きていけない」


               《奉護に住む住人》





二人の男が向かい合っていた。

その場所は大きな部屋であり、様式は畳が敷かれた和風のものである。

向かい合う二人の横にある障子の隙間からは整理された庭園が垣間見えた、それは彼らが向かい合う場所の大きさを暗示している。

一人は部屋の上座に、もう一人は下座に座っている、両者の上下関係がそこから解るだろう。

 

「何故、やめるのか聞いてもいいかね」

 

上座に座る男、鶴見篤四郎は自身の目の前にいる部下の男へと尋ねた。

 

「弟が、死にました」

 

下座にいる男、尾形百之助はそう言った。

 

「それだけかね」

 

この世界は残酷だ、肉親の死さえ簡単に起こり得るのである。

しかしそれだけの理由ならとっくの昔に自身の部下を辞めている筈だと鶴見は考えていた。

幾多の残虐な行為を自身の部下である尾形に行わせた鶴見は間違いなくそう思っている。

 

「それだけですが、辞めるいい機会だとおもってます」

 

まるで友人に気軽に話すように軽く尾形はそう言った。

顔に浮かぶのはいつも道理の能面の如き無表情。

感情をまったく表に出すことなく尾形はつらつらと語り出す。

 

「弟は俺よりも優秀な男でして、頭の出来もよかった、俺が敵を殺せば学費にための資金を貯められる、

 だから俺はこの国の兵隊になりました」

「知っているとも病床の母とその世話を弟に任せ、僅か八歳の時から私に尽くしてくれた」

「だからです、母は昨年死に、弟は先月死にました」

 

鶴見は理解する、長年のこの部下と上司の関係が終わりを迎えることを。

唯一彼のカリスマに靡かなかった男、尾形百之助。

その真っ黒な瞳には何も写ってはおらず、不気味さを感じさせる。

 

「それで、辞めてどうするのかね」

 

しかしそんな黒い瞳はこの男、鶴見とて同質のものを持っている。

これ以上無い冷徹な瞳を尾形に向けて、鶴見は低い声を放った。

常人ならば心臓が止まりそうな程の恐怖を感じるその視線、それを受けながら尾形は口を開く。

 

「そうですね、まず弟のことを知ろうと思います、遅すぎるかもしれませんが」

 

虚を取られる、とはこういう事を言うのだろうか。

少なくとも鶴見は眼前に居る尾形の変化に呆気に取られていた。

無表情が染み付いていた彼の表情がうっすらとであるが笑顔に変わっていたのである。

これは十数年尾形と戦ってきた鶴見にとっては異常なことだった。

 

「ふむ、何が君を変えたのかね」

「何も変わっていません、戻ったんです」

 

その一言と共に彼は立ち上がり、外への襖に手を掛ける。

 

「お世話になりました」

「ああ、長年ご苦労だった」

 

この会話が鶴見と尾形の最後の会話だった。

 

■●■●■●

 

それから数年後、彼、尾形百之助は砂漠を疾走していた。

己の肉体では無く、鉄で作られた機械に乗ってである。

この世界の魔道文明の機動兵器を修復した代物を機巧と呼ぶ、彼が現在操縦しているのもその一つである。

名をヒルドルブと言い、巨大な戦車のような姿をした機巧である。

それが彼の今現在の武器であり、商売道具だった。

今も昔も彼の仕事は変わらない、敵対者に向けて引き金を引く。

ただそれだけの単純作業だ、違っていると言えば使用する重火器の口径の大きさくらいだ。

彼が何故砂漠を疾走している理由は、彼の仲間である三人が別の都市にて仕事をしていたため、一人で出来る仕事を太刀洗斬子から受注し完了させ、拠点とするノアに帰還しようとしているところなのである。

 

「火蜂、帰還までの時間は」

『計測によるとあと三六分二十二秒と推測』

 

彼の声に反応するものが一つ。

人間では無く、かといって人語を話す獣でも無い、その声は機械が発した言葉だった。

合成音声で尾形の問いかけに答えたのは機械の蜂だった。

それは元になった生物である蜂のような羽ばたきでは無く、ドローンのプロペラのような物を回転させ空中に佇んでいた。

しかし操縦室の中は砂利道を進む振動以外は全くの無音であり、それだけで高い技術が使われているのが解る。

この機械の蜂は尾形の母が作り、兄である彼から弟へと託され、そして弟の死後彼の元に戻ってきた。

その名は火蜂、自立型戦闘支援ユニットである。

 

「予定より早いな」

『サンドワームの被害減少によるものと推測される』

「さっさと帰って酒でも飲むとしよう」

『その場合当機はオイルを要求する』

 

外部は青空に浮かぶ太陽の光により暑いが、ヒルドルブの中は快適そのものだ。

大枚をはたいてクーラーを設置してよかった、と尾形は思いつつ砂漠を進んで行く。

そして数分後に問題は発生した。

 

『生体反応を検知』

「人数は」

『一名』

「周辺も含めてか」

『高度な情報妨害が無ければその通りである』

 

火蜂の報告を聞いた尾形は冷静にいつもの癖の動作を行う。

髪をかきあげ、そして息を短く吐く、思考を纏め、損得勘定を行っていく。

彼の経験からこういう場合は二つのパターンに別れる。

一つ、動けない一つの人間の命を囮にした人狩り集団。

二つ、どこかの大バカが行き倒れている。

彼にとっては前者の方が余程楽なものだがこの場合は後者だ。

行き倒れた大バカを回収するか、しないか。

その選択を尾形は迫られる。

 

「もう死んでたりはしないか」

『否定、まだ数時間は生存可能』

「クソが」

 

彼はその言葉の後に長いため息を吐き、そして件の大バカの元へと向かった。

 

■●■●■●

 

「まずい水じゃ」

 

それがその男が最初に口から放った言葉だった。

先程まで半死半生だった男が放つにしては非常に厚かましい言葉だった。

尾形が助けた大バカ、名をデビットと言った。

 

「なら返せ」

「いやじゃ、こちとら三時間あの暑い砂漠を歩き続けたんじゃい」

「ガキかあんたは」

「ピチピチの八十二歳じゃわい」

「俺の知ってるババアと同い年かよ」

 

彼が駆るヒルドルブの操縦室ともう一つの待機室があり、そこに二人は居た。

気だるげに待機室の椅子に座るデビットの事情を彼は聞き出そうとする。

 

「で、なんであんな場所に倒れてたんだ」

「何故貴様なぞに言わねばならん」

「そうかそうか、またミイラになりたいらしいな」

「やめんか、お前に敬老の精神は無いのか!!」

「無い」

「外道!!、鬼!!、悪魔!!」

「誉め言葉だな」

 

言葉の応酬は止まらず、デビットを尾形は掴み外へ放り出そうとする。

 

「わかったっ!!!、話すからやめてくれ!!」

 

どうやら先に観念したのはデビットだったらしい。

身体をほぼ外に出してようやく観念した老人は自身の身の上を語り出す。

 

「わしゃあ元々炭坑夫じゃった」

 

その言葉と共にデビットの過去となぜ自分がここにいるのかを話始める。

彼は元々この国にある小さな炭坑場で生まれ、そして働いていたらしい。

環境は劣悪極まりない場所で毎日誰か死んでいたという。

何とか元々の支配者を蹴落としたものの、学も腕もない自分達がやっていくにはただならぬ苦労が連続していとこと。

自分がそいつらのリーダーでありこの年になるまで引っ張って来たこと。

苦労を取り除いてもその次の苦労は今の年齢になるまでやって来て、もう何もかもどうでもよくなり自暴自棄になり死のうとして尾形に拾われたこと。

 

「そうか、よくあることだな」

「血も涙もないのうお主」

「流れているが、お前の話じゃ死にたかったらしいじゃないか、何故生き延びた」

 

人は尾形が放った言葉を残酷と捉えるかも知れないが尾形のデビットへ向けた言葉は的を射ていた。

この世界でデビットと同じ境遇の人間は余るほどいるのだから。

 

「何故、じゃろうなぁ」

 

その身体は周囲の期待に答え続けた人間にしては余りにも小さかった。

 

「友も、妻も、息子も先に逝ってしまった」

 

押せば倒れる枝のようにも、今にも割れそうなガラスにも彼は見えた。

 

「ああ、しかし」

 

ピクリ、とデビットは身体を揺らす。

 

「美しい、ものを」

 

たどたどしく、己の内からデビットは理由を探す。

 

「美しい(未来)を見たかった」

 

弱々しい声だったが、室内によく通っていく声だった。

 

「もう一度だけでも」

「なら見ればいい」

 

最後の言葉に被せるように尾形は言い放った。

 

「だが」

「要はあれだろ、目標とかが無くなってどうしたら判らないって話なんだろ」

 

尾形が一度口を開けば後は止まらなかった。

 

「ならいっそ原点に戻ればいい」

「は?」

「デビット、お前の一番最初に夢を見た場所はどこだ」

 

不気味な程無表情だった目の前の男が薄ら笑いを浮かべているのに動揺して思わず自身の思いを吐露してしまう。

 

「それは」

 

降り積もった砂の中の物を探るように、大事な思い出を思い返す。

 

「それは、あの炭坑の夕焼けがよく見える場所」

 

返答は以外にも短かった、それだけデビットにとっては大切な物だったのだろうと尾形は思う。

人間の記憶は棚のようなものだ、何度も思い返せば引き出しを覚えるように簡単に思い返せる。

 

「どこだ、その炭坑は」

 

尾形が問う。

 

「ここから何キロか離れた場所だ、もう何十年も経ってる残ってるかわからんぞ」

 

デビットにとっては思い出の場所であっても年月は残酷だ。

もう残ってはいないのかもしれないし、野盗の拠点になっているのかもしれない。

 

「だからどうした、夢をみたいんだろ」

 

その一言と共にデビットの瞳に光が灯る。

 

「そうじゃな、もう一度だけ観てみるとしよう」

 

その光はデビット昔の姿を思わせるような強い決意が見えた。

 

■●■●■●

 

荒野を二人は進む、先程まで真上にあった太陽は傾き出していた。

キャタピラから伝わる振動で身を揺らし、操縦席に座る尾形は周囲を観察していた。

 

「古い道は発見したが、断続的で規則性が少ない、しかも複数ある」

『推測、複数の鉱山等の産地の重複によるものと推定』

「じいさん、どの道かわかるか」

「この右から三番目の道じゃ」

 

照らし出された無数の道の一つにデビットは指を指す。

尾形は何も言わず、デビットが選択した道を進んでいく。

 

「のう、尾形」

「何だ、爺さん」

 

無音の空間に堪えかねたのかデビットは口を開いた。

 

「なぜ儂なんぞの為に行動してくれる」

「あんたのためじゃない、俺のためさ」

 

へらり、とニヒルな笑みを尾形は浮かべてそう言った。

 

「それははどういうことじゃ」

「長話になるがいいか」

 

こくり、とデビットは頷いた。

 

「俺は元々桜皇出身でな」

「桜皇?、確か東の島国じゃったか」

 

確かこの奉護と覇濤のみが行き来出来る島国。

それがデビットの知識にある桜皇の知識だった。

 

「そうその桜皇、その中にある雷の国と火の国っていう二つの国の人間が俺の両親、政略結婚だったがな」

「ほへぇ、儂みたいな田舎者にはよくわからんのう」

 

何でも桜皇の中にある二つの国が友好の証で両国の名家が婚姻したのと同時に尾形の両親は結婚したらしい。

身一つで成り上がったデビットには政略結婚の意義が解りかねたが尾形の表情から見て録なものではないのは解る。

 

「まあ結婚した後すぐにある事件が起きて離婚しちまったがな」

「ほう」

 

彼曰くその事件で両国の関係が悪化、元々愛なんぞ無かった夫婦の関係は終わりを迎えたらしい。

 

「離婚したはいいが母の実家が取り潰されて路頭に迷うわ、父からのうざい小細工やらを避けながら生活してた」

「殺伐しとるのう」

 

この国の方がよっぽどだがな、と彼は言ったが、実際に殺伐としていたことは間違いない。

離婚した父は子宝に恵まれず、故に男子である彼ら双子の兄弟を求めた。

兄である彼が銃を手に野生の動物を狩り、そこらで拾ったゴミ同然の書物を教科書に弟は腕の良い技師だった母から英才教育を受けた。

いつも母と一緒に居た弟に嫉妬はしたかもしれない、だけど家族の為ならそれはまるで苦では無かった。

家族の為に生きるのは充実で満ちていたし、自分の銃の才能を磨けたのだから。

実際彼は弟と同じ教育をされても弟のように要領よく学習できなかっただろうと考えていた。

 

「まあ路銀が尽きたら働くしか無い、だけど俺みたいなガキを雇う所なんざ限られてる」

「男娼か」

 

男色を好む人間は世界に考えたくも無いが確かに存在する。

桜皇には多いとデビットは聞いていた。

 

「バカを言え、少年兵さ」

「そっちの方がバカな選択だと思うんじゃが」

 

人間は弱い、戦争のように大規模殺し合えば加速度的に人は死ぬ。

災害に等しいモンスターの相手だって同じこと。

男娼の方がまだ生存率は高い筈だ、よく母親が認めたものだとデビットは思った。

 

「まあ浅学だったからな、得意だった銃の腕で稼いで母と弟の元へ仕送りしてたんだ」

「ほう、弟か、どんな奴じゃ」

 

その言葉を投げ掛けられ、操縦席に座る尾形の後姿は僅かに揺れた。

口を何度か開閉して、喋り出す。

 

「人一倍利口で、優しい奴だった、俺なんかよりも余程頭が良かったから学者になると思ってた、だけど夢半ばで消えちまった」

「と言うと」

「殺された、ガキを庇って」

 

その手に栄光を掴む筈だった弟は見ず知らずの子供を庇って死んだ、下手人は巷で噂の辻斬り。

沈黙が二人がいる空間を支配する。

 

「……」

「初めてだったよ、人に憎悪を向けて引き金を引いたのは」

 

数日と待たずその辻斬りは尾形のスコープの内側で死んだ。

脳漿を地面にぶちまけながらゆっくり倒れる姿を尾形は目に焼き付けた。

 

「すまん」

「別にいいさ、まあその時思ったんだ、俺は何がしたいんだろうってな」

 

死にゆく仇を観て尾形はそう思った。

 

「俺はその時まで義務感で銃を手に敵を殺してきた」

 

家族の為に、生きる為に。

尾形は一度だって夢を抱いたことはなかった、強制はされずとも生き残ることができる選択肢は限られていた。

 

「だから普通の人間みたいな夢をみたかった」

 

好きな人と結婚する、目標とする職業になる、そんなたわいもない夢をみたかった。

血に濡れた自分が、上司を裏切った自分が、そんな事は無理だと言う。

だけど、弟が夢を語る時は何よりも輝いていて見えたから。

 

「弟の夢を叶えてやりたかった」

 

自身がどれだけ汚れていても弟が夢を叶えてくれたら自分も夢を叶えられた気がしたから。

そんな思いも無に帰してしまった、目的も当てもなくさまよう自分の意味が欲しかった。

 

「……案外、似た者同士なのかもしれんな、儂ら」

「そうなのかもな」

 

室内の空気は重苦しかったが心の距離は縮まったようにデビットは感じた。

 

■●■●■●

 

目の前に広がる廃墟をデビットは呆然と見つめていた。

 

「残ってたのか」

「幸運だったな、中に盗賊の反応も無い」

 

火蜂の報告と武装を取り出しながら尾形はそう言った。

   【多目的ハイパーセンサー】

幽鬼のような足取りでデビットは炭坑に入っていく。

 

「火蜂、機体を頼むぞ、何かあったらすぐに報告しろ」

『了解、御武運をマスター』

「マスターはやめろ」

 

その会話と共に尾形はデビットの後を追って炭坑の中に足を入れる。

埃っぽい空間、つまりは坑道を進むデビットは所々で立ち止まり、昔を懐かしむように周囲を見渡す。

 

「かわっとらんのう」

 

彼の記憶の中にあるままにこの炭坑は薄汚れ、しかし過去とは真逆で暗く静かだった。

昔を思い出すようにデビットは目を細め、ゆっくりと進んだ。

物置小屋には子供の時隠した綺麗な石がまだ残っていた。

糞みたいにまずい飯を出す食堂は椅子しかなく、可笑しくてくすりと笑ってしまった。

ここにはいなくなった友人と、自身の親がいた。

今現在この炭坑にあるのは誰にとっても価値が無いものだ、しかしデビットの過去がここにはあった。

 

「ああ、嗚呼、アア、皆」

 

デビットが嗚咽を喉から絞り出す。

その姿を尾形が後ろで見つめていた。

夢と希望、現実と絶望。

それがデビットがここに残した物だった。

心が軋む、もう折れてしまえと思ってしまう。

ああ、だけど、それでもと、みっともなくデビットの心は折れない。

 

「だけど、未来を見たんだ」

 

いつの間にかデビットの喋り方は少年の頃の口調へと戻っていた。

 

「皆が頑張って、そして掴んだんだ」

 

僅か二十九年しか生きていない尾形にとって、デビットの口から放たれる言葉一つ一つが重い。

 

「だから僕は、儂はまだ立たなきゃいかん」

 

彼の小さく曲がっていた背中は真っ直ぐに変わり、決意と共に彼は立ち上がった。

ゆっくりと立ち上がり、そして目的の場所へと二人の人間は進んでいった。

 

「大丈夫か」

 

尾形が口を開く。

安っぽい言葉であったが、何も声をかけないよりはずっといい。

そう、尾形は思っていた。

弟との交流を自発的に断った過去が尾形をそうさせた。

 

「感謝するぞい、尾形」

 

後方にいる尾形の方に振り返ったデビットの表情はどこまでも晴れ晴れした笑みを浮かべていた。

 

「別にいいさ」

 

尾形はひどく眩しそうにデビットを見ていた。

彼らが進む坑道は木と鉄で補強されていたが、長い年月放置されていた為所々壊れている。

あと数ヶ月すれば間違いなく崩壊するであろう場所を彼らは進んでいた。

そして数分程その道のりを進めば彼の夢の出発点が見えてくる。

 

「ここか」

 

尾形は尋ねた。

 

「ああここじゃ」

 

そこは陳腐とさえ言える場所だった。

スラムの掘っ立て小屋の方がましかもしれない瓦礫とゴミでできた廃墟だった。

 

「ひどい場所じゃなぁ」

 

現実を噛み締めるようにデビットはそう言う。

幾度も思いを馳せた場所は廃墟、当たり前と言えば当たり前と言える。

 

「ああじゃが」

 

陽の光がこの場所に射し込んでくる。

傾いた太陽は大地に沈んでいき、地平線の彼方まで茜色に染め上げた。

空を飛ぶ鳥、揺れる砂、小さく影を作る魔物、その全てが調和していた。

 

「綺麗じゃなぁ」

 

数十年の月日が経ってもなおこの光景は変わらずデビットの心を動かす物だった。

感動で涙が滲み、手足が震えた。

 

「ああ」

 

尾形はデビットがつい漏らした言葉に同意する。

だが涙は滲まず、手足は震えない。

綺麗だと思いはすれど心は揺れ動くことはなかった。

【凍った心】

これが尾形百之助。

一切の感動を感じれない人間。

笑ったり怒りはすれど心の深奥は一切動かない。

壊れた人間、つまりは狂人と彼の父親はそう評した。

しかしそれは正しいとは言えない。

 

「なあ、爺さん」

「何じゃい、尾形」

 

二人は横に並んで夕日と世界を見ていた。

 

「写真を、撮らないか」

 

ポツリ、と小さな音量で尾形はそう言った。

彼が背負っていたバックパックにはマナカメラが入っていたからだ。

 

「ああ、いいぞ」

 

夕日を背中に彼らは写真を撮り、各々の拠点へと戻っていった。

それが彼らの奇妙な一日の終わりだった。

 

■●■●■●

 

暗い部屋に光を付け、自身の部屋に尾形は入る。

彼の部屋の内装は殺風景なものであり、彼の心象風景を表しているかのようでもあった。

ナイフ以外の武器を所定の位置に置き、ほんの少しだけ心を緩ませる。

それだけでストレスは軽減され、心は楽になる。

 

「さてと」

 

誰もいない空間に一言呟きあるものを取り出す。

写真である。

写っているのは夕日に照らされた尾形とデビット。

それを心を読ませない瞳で少しだけ見つめ、そしてある場所に画鋲で止めた。

その場所には無数の写真が止めてあった。

様々な場所で様々な人間と彼は写真を撮っていた。

 

「勇作」

 

弟の名前を彼は呼んだ。

 

「夢はまだ無いけれど、もう少しだけ探してみるよ」

 

尾形百之助は夢を求める、この世界で生き残る傍らに。

 

 

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>戦闘シーンが書けなかった尾形くん
原作に比べてマイルドになってる尾形くん。
鶴見は半端な答えだったら尾形を殺すつもりだったらしいぞ。
戦闘場面は次回書きます。

>実はあんまり設定考えて無いデビット
書いてる途中に考えたファンキー爺。
次登場するのかは未定。
実はこいつありえねえサクセスストーリー攻略してます。
まあその話はいつかしますのでお待ちを。
 


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四話 集まった男達

 

「準備は忘れず、
        作戦は綿密に、
               頭は常に冷静に」

           《あるシャドウランナーの一言》


複数の人間がテーブルに集まっている。

風貌や性格もバラバラの男が四人、そこにいた。

テーブルの上には無数の皿とジョッキ、そして彼等今現在興じているポーカーのカードがあった。

 

「これ上手いな、コール」

 

四人の内の一人、テッドがチーズがかけられたフライドポテトをつまみ、テーブルの上にチップを乗せる。

 

「まじか、おい長者原俺にも一皿くれ、レイズだ」

 

アスラテッドが賭けたチップよりも多くのチップをテーブルに乗せる。

カードを持った手の反対にはフォークに突き刺された厚いベーコンがあった。

それを頬張り、デカイグラスに入った酒を喉奥に流し込む。

そしてテーブルから離れたバーのカウンターにいる男にテッドが食べている料理をアスラは注文した。

 

「了解いたしました、少々お待ちください」

 

【専科百般・料理】【分割思考】

長者原と呼ばれた男は手慣れた様子で今も行っている複数の料理の調理にアスラの注文の品を加える。

まるで二つの腕が六つあるように見える程高速に、そして正確に調理を彼は行う。

そんな彼のその数歩程離れた場所に存在する安楽椅子に座るこの場所の主は今も惰眠を貪っていた。

 

「食べ過ぎは禁物だぞ、バカ共、ドロップだ」

「その通りだ、コール」

 

二人の大食漢に対して尾形はそう言った。

五枚のカードがテーブルに伏せ、手に持ったコップの中身であるコーヒーを彼は飲み干す。

それに続いてボバ・フェットも口を開いた。

彼の手にはパンがあり、それをスープと友に食べていた。

 

「うるせぇぞ銃バカ二人組」

「そうだそうだ」

 

アスラとテッドの二人は顔を赤く染め、尾形達に吐き捨てる、誰が見ても解る、彼等は酔っぱらっていた。

ここ、《眠れる怠惰亭》の隠し部屋にて彼等闇の住人は食卓を囲んでいた。

《眠れる怠惰亭》にて料理が振る舞われるのはこの場所に長者原がいるときのみである。

彼は太刀洗斬子の忠実な従者であり、この街に住む彼女の無数の諜報員の一人であるため、この場所にいないことが多いのだ。

長者原の料理の腕は王宮の料理長と比肩される程の腕前であり、そして値段もその天上の味に比べたら格安と言って極まりない。

故に今日、彼等はこの場所で食事を取っていた。

 

「ご注文の品でございます」

「ありがとよ」

 

客席へとやって来た長者原が器用に持つ、複数のトレーの中の一つに乗せられた料理を手に取り空になったトレーの上にアスラは値段ぴったりのゴルを乗せる。

ここの料理の代金は値段ピッタリでないと支払えないのだ、本来ここは飯屋等ではない無いためそのような決まりがある。

それを心得ていたこの四人は事前に大量の硬貨を用意していた。

 

「そんじゃ勝負と行くか」

 

フライドポテトの最後に残った一本を口に咥え、テッドは己の手札を見つめそう言った。

今回勝負する二人もその言葉に頷き、一度食事を辞める。

 

「ツーペア」

 

テッドが札を見せ。

 

「スリーカード」

 

アスラが札を見せ。

 

「フラッシュ」

 

ボバ・フェットが札を見せた。

三者三様の役はこの場合ボバ・フェットの勝利である。

 

「よし、これで五勝目」

 

勝者である彼はテーブルの上に手を伸ばし賭け金を徴収する。

彼等の賭けは簡単な話、自分が食べた料理の代金を任意の敗北者に向かって押し付けるものだ。

そこそこの出費だが財布が痛む程では無いし、長者原がこの場所にいることは稀な為開催する回数もそう多くはない。

まあ要するに、このチームのちょっとした遊びの一つだ。

 

「長者原、この馬鹿二人にサラダを」

「解りました、ドレッシングは各々の苦手な味でよろしいでしょうか」

「ああ、頼む」

 

その言葉と同時にテッドとアスラの赤い顔は青白く染まった。

 

■●■●■●

 

先程の騒動から十数分過ぎた時だろうか、太刀洗斬子は起床する。

それはシャドウランナーへの仕事の発生を意味していた。

 

「そこの馬鹿四人、個室へこ~い」

 

彼女の間延びした声で呼ばれた馬鹿。

つまりはボバ・フェット、テッド・D・ジェノア、尾形百之助、アスラ・ザ・デットエンドの四名である。

酒を飲んでいた彼等はその言葉を聞いて一つの丸薬をポケットの中から手に取り、噛み砕く。

効果は単純明快、アルコールの分解である。

赤みがかった顔は普段の肌色に巻き戻り、酩酊状態は一瞬で解除された。

彼等シャドウランナーはいつ依頼が来てもおかしくはない。

故に非常事態への対応方も常備しておく、いついかなる時でも即座に依頼を遂行できるように。

体の関節を鳴らして立ち上がり、装備の準備も身体のチェックも同時に行う。

思考を纏め、この館の主である女が呼ぶ場所に四人の男は赴いた。

彼等が集まった個室は来客様の貴賓室では無く、ただの打ち合わせの為だけの簡素な部屋である。

防諜のために防音ではあるがそれ以外の特別な機能は存在しない。

 

「依頼は何だ」

「基地強襲、構成員皆殺し」

「場所は」

「スラム近辺の発掘会社、奴隷が反乱を起こして制圧されたらしいよ」

「数は」

「依頼人曰く三十人弱、だけど宛にはしないでもう少し多くいる」

「時間は」

「今から一時間三十二分に開始が最善かな」

「報酬は」

「二十万ゴル、依頼人からどんな方法を使っても取り立てる」

「引き受けよう」

 

会話は短く、内容は詳細に。

それがフェイスとシャドウランナーの理想である。

彼女の言うことは信頼し、しかし完全には信用しない。

この世界では不足の事態などいくらでも起こりうる。

聞いていないや知らないは通らない、例え聞いていない不足の事態にさえ対応しなければ一流とは言えない。

それがシャドウランナーの基本であり、この世界の常識とも言える。

このシャドウランナー四人のチームリーダーであるボバ・フェットはこの依頼を受けることに決めた。

そして自身以外の三名に指示を出す。

 

「十五分後に最集合、各々準備を整えろ」

 

彼等三人は頷き、自身の部屋に装備を取りに行く。

これがこの日の彼等の仕事の開始の合図だった。

 

■●■●■●

 

暗闇に満ちた空間を彼等は進む。

特徴的な鎧を身に着けた男は鎧の機能の一つであるワイヤーを使って。

【ワイヤーアクション】

巨大な鞘を二つ持つ男は重力を感じさせない軽快な動きで。

【フリーラン】

最後の一人は圧倒的身体能力によって。

【超俊足】

三人は各々の方法で依頼の場所へと向かっていた。

もう一人のメンバーである尾形はもう狙撃位置に着いている。

あとは彼らが作戦を決行するのみだ。

彼等が向かうはスラムと呼称される区画の付近に存在する建造物。

貧困層はどんな国家、地域に存在し、このノアもご多分に漏れず存在している。

彼ら貧困層はノアに三つある都市区画で生活していない。

このノアが存在している地下空間の周辺を掘り出し、スラムを形成している。

都市部で排出されるゴミを利用して暮らす人間が大勢そこにはいるのだ。

本来の地下都市である部分では無く、素人同然の人間達が掘り進めればどうなるかは言わずとも解るだろう。

片手では足りない崩落が過去引き起こされ、それを利用し都市部は更に拡大した。

崩落で死ななかった貧困層がそっくりそのまま労働者である奴隷に変わり、遺跡の発掘は加速する。

それにより過酷な労働が強いられる奴隷が麻薬を使い、使えなくなればまたスラムに捨てられる。

麻薬による快楽が得られなくなれば性交による快楽を求め、奴隷になる人口は補填される。

スラムの反対の場所に建設された黄金郷の名を持つカジノはある意味皮肉と言える。

奴隷の運用の総本山と言える場所で彼等が求める巨万の富が産み出されるのだから。

きらびやかに輝くこの地下都市の太陽は真実を知る者にとってはどす黒い太陽に見えるだろう。

そのサイクルが幾度と無く繰り返され、奴隷が使い潰される場所、それが発掘会社であり今回の依頼場所だった。

 

■●■●■●

 

設置された電灯はすでに役目を忘れ、暗闇を光で照らすことはない。

スラムにもっとも近い建造物、そこにいる全員の殺害。

それが今回の依頼内容だった。

 

「尾形、こちらで見張りを確認したがそちらではどうだ」

『こっちでも確認した、地上に二人、屋上に一人だ』

「こちらで確認した人数と同数だ」

『火蜂のセンサーを騙せる奴何ざここじゃ無く、もっと大規模な場所で雇われてるさ』

 

発掘会社の質もピンキリである。

最新の技術を使い発掘する会社や大勢の奴隷を使い潰す会社。

どちらもこのノアには存在している、この都市で尊ばれるのは人道や倫理では無く効率と利益であり利益を産み出せない会社は即刻潰れる。

どうやらこの会社は後者の方だったらしい。

みすぼらしい衣服に逃亡防止用の足かせの重りを取り外しただけの物が今も付けられているのがその証拠だ。

 

「どうやらここの社長は三流だったらしいな」

「そりゃそうさ、本当に優秀なら自分の手勢だけで鎮圧できるもんだ」

 

ボバ・フェットの呟きにテッドは同意する。

とりわけ嫌悪していると言ってももっと優秀な奴隷運用を行う人間を先日見たばっかりなのだから仕方ないと言える。

 

「どうでもいいぜ、いつ殴り込む」

「少し待て、尾形、合わせてくれ」

『了解』

 

【トゥーハンド】【ロングショット】【百発百中】

【ロングスナイプ】【人体構造理解】【多目的ハイパーセンサー】

その会話と共に三つの引き金が引かれた。

大きな音は無く、見張りの三人は人形の糸が切られたように倒れ込んだ。

ドサリ、と倒れる音さえせずである。

それは人体の構造を理解した人間で無ければ出来ない芸当であり、まさに魔技と呼べる代物だった。

同時にその神業とも言える芸当に驚くこと無く、テッドとアスラの二人は動き出す。

地面に倒れた二つの死体を持ち上げ、路地裏に隠す。

後はこの街に無数に存在する死体剥ぎや怪しげな魔法使いが処理してくれるだろう。

 

「二分だ」

「了解だ、相棒」

「もうちょい早めに頼むぜ」

 

二分、それはボバ・フェットがこの施設に爆弾を仕掛ける際にかかる時間。

彼は身に付けている鎧に着いている複数の特殊な機能の一つ、ジェットパックを作動させる。

【■■■■■■■の鎧・飛翔駆動】

鳥のように鮮やかにとは言えないがそれでも洗練された動きで彼は空を飛んだ。

その動き一切の無駄な挙動は存在せず、数秒もかからず彼は屋上へと到達する。

そして背中に背負うバックパックの中からボール型の時限爆弾を取り出し、そして通風菅の中に投下した。

慣れた手つきでその行動を行ったあと、アスラとテッドの元へ彼は返ってきた。

 

「早いな相棒」

「予想以上に警備装置がザルだった、これなら奴隷が反乱を起こさずとも早期に潰れていただろうよ」

「そんなことはどうでもいい、あと何秒だ」

「もう起爆する」

 

その会話と共に轟音が周囲に鳴り響く。

花火を見るように気安くそれを数秒見つめ三人は動き出す。

先頭はアスラ、二番手はテッド、そして最後尾にボバ・フェットの編成で彼等は高速で施設への道を突き進んでいく。

そして入口に当たる鋼鉄の扉をアスラが蹴破った。

それが開戦の合図だった。

 

「お邪魔しますってなぁ!!」

 

先程の爆弾の破裂音とも張り合う程の爆音が人体によって引き起こされた。

彼の蹴りを受けた鋼鉄の扉はひしゃげ建物の内部へと吹き飛ぶ、扉の目の前に居た人間は吹き飛んだ扉と壁に挟まれ赤い壁の染みへと変わった。

途端部屋に悲鳴と怒号が満ちる。

あるものは武器とも言えない代物の鉄パイプを持ち三人へ攻撃を行おうとし、あるものは一目散に逃げようとし。

 

「あん?、聞いてた人数とやっぱ違うな」

「彼女の言う通り依頼人が過小に通達していたらしい」

「何でもいいさ、オラ行くぞぉ!!」

 

圧倒的な数に囲まれながら彼等は談話していた、そんなことをしていても彼等は最適に敵対者を殺す為に行動していた。

【夢幻羅道】【修羅道】【強者の矜持】

テッドは鉄パイプを持った男を武器ごと切断し、アスラはその辺に転がっていた家具を掴み周囲にいる敵をそれで殴って血の花を咲かした。

ボバは逃げようとする者や数少ない遠距離武器持ちを撃ち殺す。

殺戮の嵐と化した彼等を止めることはろくに戦闘をしてこなかった奴隷には不可能だった。

 

■●■●■●

 

仲間が引き起こしたグロテスクな光景をスコープ越しに見ながら尾形は索敵を行っている。

と言っても火蜂による後方からのセンサーによる探知を行うだけなのだが。

 

「火蜂、これは間違いないか」

『当機を疑うのか』

「いいや、この依頼をした社長殿は馬鹿だと確認できただけさ」

 

この作戦の前に太刀洗斬子が提供した今回の任務を行う場所である建造物の設計図。

設計図は間違ってはいない、改築と改造をした場所以外は。

 

「おい、リーダー解ってるか」

『ああ』

 

元々あった部屋は何度も分割され、奴隷を物の如く詰め込んでいたのだろう、浴室さえこの建造物から無くなっていた。

設計図のデータを最新の物に書き換えながら尾形は髪をかき上げる。

今は奴隷達の事情はどうでもいい、仲間のサポートを最優先にすべきなのだから。

 

「火蜂、板を二枚追加だ」

『了解、発射地点は』

「B-2とC-5だ、元々あるのはその地点で待機させろ」

『了解、では発射を行う』

 

機械の蜂は鉄の羽を広げ背負っている機械の中の一つを作動させる。

そして極小の板が先程尾形が指示した場所に向かって放たれた。

僅か1cm程度の金属板は正確に指定場所に到着し空中に浮かぶ。

これで援護射撃の用意は完了された。

 

「よくやった」

『報酬は天然オイルを要求する』

「違いなんて解るのか」

『当然である』

「お前はソムリエか」

 

軽口を機械の蜂と言い合う尾形が今いる場所は彼の仲間から数百m離れた場所にあるビルの一室だった。

ホテル等と言う代物では無く、ただ一定の時間客に部屋を貸すだけの場所だ。

従業員は客が何をしているかなど知りもしないし、知ろうともしない。

彼のような住人に人気がある場所の一つだった。

 

「今から援護を開始するぞ、増援っぽい薬中どもがそこに向かってる」

『了解、逃亡した人間も頼む』

「仕事が多いな」

『出来ないか』

「余裕に決まってる」

 

通信相手であるボバ・フェットの通信機越しに聞こえてくる悲鳴と爆音と銃声が混ざりあった音を聞きながら彼は狙撃を行う。

狙撃手は複合的にあらゆる知識を修めていなければならない。

数学者であり心理学者であり技術者であり魔術師でなくてはならない。

風速から始まり距離、弾道、マナ濃度、物理法則、相手の精神状態。

それら全てを脳内でまとめ、射撃する。

極限まで絞り上げ、磨きあげたその技術は芸術とさえ言える物に変わる。

そして尾形百之助はその芸術を作り出す芸術家の中の最高峰の一人だ。

彼の指が引き金を引き、弾丸を発射する。

しかし火薬の破裂による銃声は存在しなかった、けれど音速を越える弾丸は発射された。

その理由は今現在彼が使用している狙撃銃に由来する。

電磁投射式狙撃銃、それが彼が今使っている狙撃銃だ。

火薬による発射では無く電磁力による発射を行う銃、

それだけの代物であるがこの依頼において普段扱っている狙撃銃よりもこっちの狙撃銃を使っていた。

なぜなら発射音は全く無く、無音と言っていい程静かであり、狙撃の痕跡を残さず反動も少ない。

火薬式のように薬莢等は必要なく金属の弾丸のみあればいい。

このように録な戦闘経験も無い雑魚に分類される人間を撃ち殺すのはこっちの方が安上がりだし効率がいい。

引き金を引きながら尾形はそう考える。

今この瞬間も彼は引き金を引き、スコープの内にいる人間を撃ち殺している。

しかしその光景には謎があった。

彼の狙撃銃から発射された弾丸は本来当たらない筈なのだ。

何故ならばこのビルから他のメンバーがいる場所には弾道が通らないためだ。

それはつまり視線が通らないことも意味している。

しかし尾形が放つ弾丸は全て標的である奴隷達に着弾していた。

二つの事柄がその光景を作り出していた。

一つ目の理由は視線が通らない訳では決してないという点。

人間の視線では通らなくとも機械の視線は通る、尾形は火蜂を含めた複数の機械による二つの視界を手にしていた。

上空からの視界と赤外線などの人間には視認不可能の視界を自身の網膜に転写させ、狙撃を行っている。

これで視線の問題は解決した、次は弾道の問題である。

この世界にはダマスカスと呼ばれる金属がある。

金属でありながら弾性を持つその金属の板を火蜂は射出した。

尾形に指定された場所に寸分違うこと無く発射され、そして着弾した1cm程度のダマスカスの板。

それに狙いを定め、尾形は弾丸を放つ。

放たれた弾丸と設置された金属板、二つの金属が衝突した。

しかし高速でぶつかった金属は火花を散らすことは無く、跳弾が発生する。

ダマスカスの弾性と火蜂による高速演算により発生した跳弾は理想的な弾道を描き高速で空間を進む。

しかしそれだけでは標的には届くことはない、先程と同じ現象を二度、三度繰り返してようやく目標へと到着する。

その頃には弾丸は人間を殺すことが難しい程に減速する、それを防ぐために尾形は前もって電磁加速装置を街中に配置していた。

四角い穴が空いたその装置を通過すれば弾丸は再加速する。

跳弾を起こすダマスカスの板と再加速を発生させる電磁加速装置。

そして尾形が生来持つ並外れた集中力と狙撃センス、この三つが合わさり魔弾は完成する。

【魔弾の射手】

放たれた無数の弾丸はビリヤードの如く跳弾と加速を繰り返し標的を穿つ。

その行動を数回行った時だった、彼の視界は一人の人間を捉えた。

それだけなら驚くこともなかったが火蜂と共有している視界から得た情報に異常があった。

 

「リーダー、何か変な人間がそっちに向かってる」

『了解した、対象の監視に集中してくれ』

「わかった、気をつけろよ」

『当たり前だ』

 

会話が終了すると共にその異常な人間を尾形は見つめる。

火蜂に備え付けられたセンサーはこの遥か遠方からでも人体の熱や魔力の変化を高精度で捉えることが出来る。

故に尾形はその人間の異常が理解出来た。

まず体温が異常だった。

普通の人間の約二倍の熱さをその人間は持っていた、そんな体温をしていたら血液が沸騰し脳がとろけ死んでいなければならない。

次に魔力が異常だった。

人間の魔力は常に体のあらゆる部分に存在している。

しかしある一点にのみ魔力が集まっている、こんな無茶な魔力の操作は死を招く。

常識から外れたおかしい存在は見慣れていたが、警戒することを忘れる程愚かではない。

 

「火蜂、五枚追加だ」

『了解』

 

息を吐き、尾形は警戒と集中を深めた。

 

■●■●■●

 

彼等が突入してものの数分でこの建造物の中で無数の人間が死体に変わっていた。

生き残りを探す彼等は通路を進んでいく。

そして数分後、三人の前に一人の大男が現れた。

ぶつぶつと男は呟く。

 

「運がねぇ、運がねぇ」

 

鋼の糸で編まれたような太い筋肉の鎧は二メートル近い身長を更に大きく見せていた。

他人を威圧する目付き、ボサボサの髪。

たいしてこの街で珍しくも無い風貌。

しかしその瞳は胡乱な動きを見せ、足取りは病人の如く不確かだ。

ガリガリガリ、乱暴な手つきで頭皮を大男は掻く。

フケが周囲に散らばる、それだけで男が不潔であることがわかる。

女がここに居たなら悲鳴を上げるだろう。

 

「やっとだ、やっとあの糞野郎を叩き出せたんだ」

 

ガリガリガリガリガリガリ、乱暴な手つきで男は頭皮を掻く。

片手で行われていたその行為は両手になり更に大量のフケを周囲に散らばらせる。

掻き毟る速度は徐々に徐々に加速し、乱暴な手つきに変わっていく。

やがて髪ごと頭皮を掻き毟った。

 

「クソクソクソ、お前だな、お前ダな、俺の幸運を奪い取りやがったんだ!!、返せぇェェェェッッ!!」

 

言動には狂気が混じり、血液で自身の顔と指を濡らした男がそう言った瞬間に男の側頭部に弾丸が命中した。

尾形の狙撃である。

骨と骨の隙間を狙って放たれたその一撃は人間の命を容易く奪うものだった。

ただの人間だったら。

弾丸は受け止められていた。

男の背から出現した何かによって。

うわ言を呟く男から生えたそれは植物のようであり、蔦と花のような部分があった。

骨と血肉で構成されたそれはまるで触手の如く高速に蠢いている。

 

「返せよォォォォォオ!!!!」

 

【肉花・開花】【狂羅輪廻・不全】

狂乱した男が通路を疾駆した。

爆発的と言っていい程に圧倒的な加速速度で一瞬で最高速度に至る。

そして肉の蔦を鞭の如く振るう。

その大振りな動作は戦闘慣れした三人にとって回避するのは容易く、三人は各々最適な回避を行った。

肉の鞭は空振りし、壁に激突する。

衝撃、次に轟音。

一撃で壁を粉砕してのけた一撃、だがただの力任せな一撃だった。

その発生した破壊の痕を三人は見つめ、大男が持つ戦力を分析する。

そしてチームのリーダーであるボバ・フェットは口を開く。

 

「援護する、好きに行動しろ」

 

彼の言葉を受けた二人は獣のような笑みを見せ己の得物に力を込める。

 

「了解、合わせろ拳バカ」

「てめぇがな、剣バカ」

 

返答すると同時に前衛二人は動き出す。

 

「ギィガァァアアァア」

 

狂乱の大声を垂れ流した大男は複数の肉の鞭を放つ。

それを二人は捌き、断ち切る。

アスラは肉体の頑強性と魔力を身に纏わせ肉の鞭を砕き。

テッドは刹那の見切りで鞭を鋭い刃で切り伏せた。

 

「返せ返せ返せ返せぇェェェェ!!」

 

狂った大男の咆哮、あるいは要求。

返せ、と男は血の涙を流しながら鼓膜を震えさせる大声を放つ。

もはやその瞳にはかろうじて存在した理性は無くただ狂気だけが存在していた。

その大男が放つ咆哮に比例するように肉の鞭は加速していく、今まさに状況は拮抗していると言っていい。

 

「2、42、38」

 

後方にいるボバ・フェットがそう呟いた瞬間、拮抗は簡単に崩れ去った。

理由は簡単。

この場にいる三人の連携が始まったからだ。

【小隊指揮】【援護射撃】

肉の鞭がテッドを打つ前にボバ・フェットが発射した鉄の銃弾によって千切られる。

アスラがそれと同時に大男に突っ込み、拳を身体に打ち込む。

【練気重拳】【魔法拳】

テッドは大男が激痛に呻く瞬間を見逃さず、大男の膝間接に剣を差し込み柄を取り外す。

【機巧剣】

移動が制限された大男のもう片方の膝に施設の外から飛んできた弾丸が叩き込まれる。

【ロングスナイプ】【魔弾の射手】

まるで獣を解体するように淡々と大男は無力化されていく。

 

「アアアアあアアアアアアaA」

 

激痛から産まれた大男の絶叫を受けても彼等は顔色一つ変えること無く攻撃を加える。

 

「何言ってるか解んねぇよ」

 

冷徹な一言をテッドは放ち、剣身が残るもう片方の剣を突き刺し、柄から剣身を取り外す。

それに続いて進撃したアスラは残された剣身へと拳を撃ち込む。

下から突き上げるように放たれた拳は剣身を凄まじい速度で上昇させる。

大男の肉体が徐々に左右に別れていく。

正中線に荒々しくはしる赤いラインからゆっくりと。

そして血の噴水が空間に産まれた。

まるでシャワーの如く噴き出した血液は熱かった。

べちゃり、と地面に投げ出された大男の死体よりもそちらの方に三人は注目する。

 

「どうゆうこった」

「詳しくは解らんがこれを見ろ」

「なんだなんだ」

 

ボバ・フェットが蹴りあげた大男の死骸。

その背骨にあった肉の鞭の原因である肉の花。

それが今はびちびちと陸に上げられた魚の如く蠢いている。

 

「気持ちわりい」

「同感だが、これがこの大男の異常の原因ではあることは間違いない」

「あれか、水の代わりに血でも吸ってたてことか」

「まるで吸血鬼だな」

 

そんな会話をしながら死亡の確認として一撃攻撃を加え、彼等は施設の奥へと進んでいく。

最後尾を進むボバ・フェットは死体になった大男の首の首の付け根に笛を持った道化師の刺青が有ったのを発見したが、

現在の任務は調査では無く殲滅だったため記憶には残したが気にすることは無く進んでいった。

 

■●■●■●

 

三人から遥か彼方の場所で一つの存在が声を上げる。

ゴミ山の上に座る赤い鎧を付けた男はさも残念そうに口を開く。

 

「やれやれ、久しぶりに花が咲いたんだがなぁ」

 

男は首を悲しげに振るうが放つ声は少しも動いてはいなかった。

 

「残念、残念」

 

その声と共に男の後方にポッカリと穴が開く。

 

「おい早くしろ」

 

急かすように空間に開いた穴の奥から響く声に鎧の男は答える。

 

「ハイハイ了解、それにしてもあの男……」

 

座っていたゴミ山から立ち上がり、鎧の男は穴へと向かう。

その脳裏には特徴的な鎧を付けた男があった。

 

「なるほど、あの男の息子か」

 

記憶に存在する一人の男と合致した鎧の男は楽しげに笑った。

【夢惨輪廻】

そして完全に穴の奥へと入り、鎧の男は視線の先にいる人間を見つめ、手をふった。

 

「いつか会おうあの男の息子よ、そんじゃあ、チャオ」

 

ポッカリと空間に空いた穴は最初からそこには無かったように消え失せた。

 

■●■●■●

 

この街のどこかで太刀洗斬子は情報を得ていた。

 

「うんうん、そう、ご苦労様、帰還していいよ」

 

自身が送り込んだシャドウランナーからの報告を通信機越しに彼女は聞き脳内で情報を纏める。

そして数秒もすればある程度の推察は完了していた。

安楽椅子に座りながら目の前にいる人間に問う。

 

「そろそろ話してくれないかなぁ」

 

まるで家畜のように鎖から吊り下げられた肥満体形の男、今回の依頼人を彼女は拷問していた。

身体の各所には青アザが付けられ、指の先は曲がらない筈の方向に曲がっている。

パクパクと魚のように口を開けど喉から声は出なかった。

 

「ならしょうがない、長者原」

「はい」

 

いつのまにか彼女の後ろに立っていた男、長者原に彼女は命令する。

 

「どんな手使ってもいいから情報引き出して、私はあいつらを招集する」

「了解致しました、お気をつけて」

 

彼女は指を鳴らし、現れた黒子に抱き抱えられその場所を去った。

残ったの長者原と養豚場の豚のような男のみ。

あとは語るまでもない。

ただ遠くまで聞こえる悲鳴を男が上げたのは確かだった。 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>主人公なのにあんま活躍してないフェット君
彼の着る鎧には便利な機能が沢山付いているぞ。
今回大男の戦いの中呟いた番号は仲間への指示と尾形への狙撃を意味していたらしい。
何か変な鎧を付けた男に目を付けられた彼の行く末はどっちだ。

>それ以上に出番が無いテッドさん
実は彼の剣は発射だけでなく取り外しも簡単に出来る。
何故って、間違って発車したら勿体ないかららしい。
今回も一話同じ安物も剣が装填されていた。

>人間粉砕マシーンアスラ
重いもので人を殴れば死ぬ。
バトルジャンキーだがボバ・フェットの指示はちゃんと聞くぞ。
大体一撃で致命的ダメージを与えるこのチームのメインアタッカー。

>多分今回一番活躍した尾形くん
何か凄まじいことをやらかしている男。
なお別に板は無くてもあの芸当は可能だが命中率は低下する。
大男との戦闘中は逃げ出した奴隷を鴨撃ちしていた。

>肉の花を咲かせた大男
元々は善人だったが、何故か狂気に犯された。
ナンデダロウナー。
本来は棍棒を用いた戦闘スタイルだったが肉の花により使用不可能になっていた。
併用出来ればもっと苦戦させられたと思う。

>ようやく登場したメインの敵
まあ言わずとも解ると思いますがこいつが今回の騒動の原因です。
ボバ・フェットの父親と何かあったようだが?。

>えげつねぇ斬子ちゃん
本性見せてきた。
次回は彼女メインの話になると思います。

>何でも出来るよ長者原くん。
原作でも便利屋だった彼、この世界でも便利屋だ。
過労王が欲するであろう家事から政治まで何でも出来る万能選手にして差別意識皆無の男。
だが残念彼は斬子ちゃんのものだ。

>《スラム》
この都市においてもっとも犯罪率が高い場所。
人狩り集団や人体実験の材料を求めるマッドな奴らの生息場所。
都市部から隔離されている。

>《発掘会社》
文字道理この都市や周辺にある遺跡の発掘を行う会社。
冒険者雇うこともあるらしい、優秀な所だと戦闘要員はいるから肉盾だろうけどね。
TSUNAMIグループがシェアを独占しているらしいぞ。
 


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五話 暗躍する者達

 
 『己が正義である保証など在りはしない』

       《クロコダイル》

 


この物語の舞台である都市、ノアには全部で四つの区画が存在している。

初代クロコダイルにより発掘され建設、修復された第一区画。

今現在もこの場所に埋没している遺跡群の解析と研究を行う場所であり、世界最新鋭と言われる機械技術の開発場所である。

そしてクロコダイル勢力の武器製造やその技術を奉護全体へ普及させる役目をもつ。

その第一区画を囲む様に建築された区画、第二区画。

一度目のスラム崩落により拡張されたこの都市最大の面積を誇る歓楽の聖地。

この都市、ノアの主要財源でもある区画でありノアの目玉とも言って良い世界最大のカジノ、エルドラドも存在している。

血に汚れた金がここで洗浄される、亡国の財宝は一度ここを通過すると噂されている。

そして暗黒産業を世界に向け発信する第三区画。

麻薬の原料である植物の栽培などの農業関係はこの地下都市の上に建設された偽装都市で行われている。

この地下区画で行われるのは面に工業であり、破壊された魔具、武具の修復を行う。

主にこの国にて発掘された機巧の修復もそのうちの一つだ。

他にも肉体を機械に置き換える手術もここでは格安で行われる。

指先等の末端部位から重要臓器まで、それを行う技術者の人数はこの都市は間違いなく世界一だろう。

故にこぞって簡単に力を得たがる犯罪者やチンピラがこの区画にやって来る。

スラムを除けば間違いなく最も治安が悪い場所でもあり、犯罪者を駆除する事を生業とする者もこの区画には多い。

また、先述した手術等の技術の応用により美容整形手術も率先して行われており、美しい娼婦を量産している。

他国に存在する盗賊などの犯罪者にたいして道具の供給を行う場所でもある。

そしてその主要となる三つの区画から隔離されたスラム区画。

最底辺の人間の棲み家であり、国際犯罪者の逃げ込み場所。

ここには法も道理も存在しない、麻薬中毒者の巣窟であり奴隷の供給場所。

貴族の貞淑な少女もここでは三日もすれば淫乱な娼婦へと変わる。

地獄に最も近いとされる場所、それがこの都市ノアのスラムだ。

他にもその区画毎に様々な細かく区分が存在しているが、主な区分はこの三つである。

そしてそんな街の某所にて一つの会合が始まっていた。

この都市の行方を決める黄金夜会と呼ばれるものである。

 

■●■●■●

 

その場所は暗かった。

それは光量的意味でもあり、場所的意味でもあった。

何らかの魔具か魔法による効果だろうか、その場所、とある建物の一室の空間は闇で満たされていた。

それはつまりこの闇により今から会議が始まるであろう室内の光景は外部から完全に遮断された事を意味している。

墨汁の如く濃密な闇で満たされた光景は本能的に不気味さを感じさせる。

しかしどのような技術によってかその闇は室内にいる人間や家具を浮かび上がらせていた。

闇により浮かび上がった部屋の内装は誰の目にも高級品であることを理解させる調度品の数々で満たされていた。

しかしその中心に位置する巨大な円卓には不足に見える。

何故ならばその円卓自体が他の調度品よりも遥かに精緻な意匠、つまりはより上等な品であり、それに座る人間達はそれに相応しい品格を持っていたからだ。

 

「黄金夜会を開始する」

 

円卓に座る内の一人がこの会合の開始を宣言する。

女の声だった。

聞くものを威圧するようなその声の主、神城紫杏はいつも道理の表情で集まった面々を見渡す。

【七罪王・傲慢】【覇者の才】

この都市を支配する彼女を含めた七人の王、そしてその側近である一名、つまりは十四人がこの場所に集まっていた。

これは異常事態だった、この場所に七罪王と称される人間が全員集まる機会など年に片手で数えられる数しかない。

彼等全員は多忙でありこの国、奉護各地で指揮を取る。

一重に自身が所属するクロコダイルの勢力圏を伸ばすために。

 

「はいは~い、集まってくれてありがと~」

 

紫杏の開始宣言に次いで発言した間延びした声を発する少女の姿をした存在。

ボバ・フェットのチームの雇用主である太刀洗斬子は感謝を述べる。

【七罪王・怠惰】

嘘の様にも本当の様にも聞こえるその声を伺うことは出来なかったが集まった面々にとってそれはどうでもいい事だった。

 

「緊急の用向きとのことですが何でしょう斬子さん」

「怠惰である君が緊急と呼ぶからには重大なのが解るが」

 

斬子に対して疑問を投げ掛ける二つの声。

一方は見るからに異形の小柄な姿をした存在だった。

体毛は一切無く、硝子のような紫色の部位が各所に存在するその存在の名はフリーザ。

この場所に集まった七人の内最も戦力を有するこの街における武闘派の長である。

彼の仕事はこの国の人類圏における有害生物の駆除であり、ノアに滞在する時間はこの七人の内最短だった。

今現在もG級と呼称される怪物の一匹を部下と駆除してきた帰りであり、出された高級品の茶菓子と飲み物を胃へと流し込んでいた。

【七罪王・憤怒】【魔人】

もう一方は細い体つきの優男。

白衣を身につけたその姿は科学者である事を表していた。

この都市のみならずこの国全体の遺跡の解析、研究を取り仕切る存在、茅場晶彦である。

彼も様々な移籍に自分の足で向かう為、この都市にいる時間は比較的短い。

しかしこの面々の中で最高齢の人間であり、この国で最も優れた科学者である。

【七罪王・強欲】【機工技術Lv5/5】

多忙である両者を含め、この場所にいる人間の時間は黄金にも勝るとも劣らない。

そんな黄金に等しい時間よりも価値がある彼等を集めるに足る理由を太刀洗斬子は口に出す。

 

ラッパ吹き(トランペッター)が現れた」

 

その言葉が放たれた瞬間、空間に殺意が満ちた。

常人ならばこの場所に来た瞬間死ぬような、そんな濃密な殺気が濁流のように放たれた。

従者としてやって来た七罪王の付き人はあるものは青ざめ、またあるものは首を横に振る。

彼等従者はこの場において発言権は存在しない。

故に彼等が願うのは同格である彼等七人の内の誰かによる制止だった。

 

「皆さん、まずは落ち着きましょう」

 

空間が凍った様に静止していた世界で従者が何よりも望んだ一言をようやく放ったたのは一人の女性。

妖艶という言葉を形にした様な肉感的な体つきをした美女の一言で僅かではあったが空気が弛緩する。

絶対零度の世界からなんとか七人を平常に近い状態へと戻した彼女の名はイヴ・アガペー。

この都市の歓楽の主であり、誰よりも人間の心を知り尽くしたサキュバスである。

【七罪王・色欲】【心理学Lv5/5】

彼女自身、一瞬ではあるが他の六人に等しい殺気を飛ばしていたがそれを一瞬で引っ込めた。

それだけで彼女の思慮深さが伺えるだろう。

ニコニコと美しいその顔に笑みを浮かべる彼女の横にいる存在が口を開く。

 

「ソレハ、確カカ、怠惰」

 

僅かに緩んだ空間をまた締め上げるようにその声は放たれる。

掠れた老人の声と機械の合成音声が混じり合ったようなその声は聞くものに恐怖を与える。

事情を知らぬ人間が聞いたら失禁するであろうその声に怯むものはこの場には居なかったが、その声の主が発言したのに彼等、彼女等は驚いた。

普段の会合であるならばどその存在は発言をすることは無い、ただ用意された椅子に座していただけだったからだ。

その声の主が居る筈の場所には髑髏の仮面が空間に浮かんでおり、姿形を伺うことすら出来ない。

あまりにも高度な技法を持ってそれを行っているのだろう、クロコダイル直属の暗殺集団の長である髑髏は。

髑髏の仮面を被ったその存在の名は誰も知らない、だがこの七人に中で最もクロコダイルに忠誠を誓っているのは確かだった。

【七罪王・嫉妬】【陰形自在】【気配遮断】

その髑髏の仮面の奥から発せられる眼光は人を射殺せる代物だったが、それを数えるのも馬鹿らしい程浴びてきた太刀洗にとっては威圧には成ることは無い。

 

「絶対かどうかはまだ解らないけど、可能性は高いよ」

「奴らは狡猾だ、どうやって痕跡を見つけた」

 

彼女の放った言葉に対して疑問を呈する禿頭の男、レックス・ルーサーは頭を撫でながらそう言った。

この国の暗黒産業を海外に輸出する男の脳内にある知識では議題に上がった組織は隠密行動を得意としていたからだ。

 

「多分だけどスラムの中で実験してた個体が紛れ込んだんだと思う」

「同意する、彼女から秘密裏に送り込まれた実験体の中には未消化の薬物や手術痕が多々あった」

 

茅場と太刀洗の両名により補い合った情報は一つの結果を導き出す。

過去に彼等が討滅させた筈の組織の復活を。

 

「しかし奴らの組織は八割方幹部とボス含めて消し飛ばした筈ですが」

 

フリーザはその敵対組織との戦いの最前線に身を置いていた、故に過去にその組織のボスが殺害された現場に居た。

確かに、目の前で無数の銃弾と己の魔力により消し飛ばした筈だった。

 

「偽物であったとしても、本物であったとしてもやることに変わりは無い」

 

この場にいる七人の意見を代弁するかの様に紫杏はそう言った。

集まった面々もそれに頷き、謀略を講じ始める。

 

「前の時はどうやって殲滅した」

「ジャンゴ・フェットと私、そして過半数以上の九害を投入、考える最高の状況の中で奇襲を仕掛けました」

「しかし先代の傲慢と暴食、そして色欲がやられました、九害も二名相討ちに」

 

九害、それは彼等七罪王にとっての最高戦力。

この都市ノアにおいて王国の六神武貴に匹敵する最強の象徴。

それが二名討たれ、七罪王が三名倒れた、その時住民は驚愕し、新興組織は後釜を狙う。

泥沼の紛争状態だったこの場所に新たに神城紫杏とレックス・ルーサー、そして先代色欲の副官であったイヴ・アガペーが玉座座り、紛争は終結した。

少なくない被害をこの国は被り、ラッパ吹きの名はこの都市で禁句となった。

 

「しかも大襲撃と同時に仕掛けて来ましたからね、G級の被害も馬鹿になりませんでしたよ」

 

フリーザはやれやれといった具合に首を振るう、苦い記憶を思い出した為か口元は歪んでいた。

大襲撃と共に戦争を仕掛ける。

それは盛大な自殺と同義だ、この他の場所よりも遥かに安全である地下都市でさえ様々な対抗策を講じる。

だがその組織はやったのだ、盛大な自殺を。

国家では無いが故に、好きに動け、仲間では無いが故に、利用し合い潰し合う。

自殺主義者にして破滅主義者の集団。

それがこれから彼等が相手にする事になる組織だった。

 

「一応だけど新規加入したのはダークマスターズの分派らしいね」

 

太刀洗斬子は会合の直前に得た情報を惜しみ無く他のメンバーに渡す。

彼女は情報のスペシャリストでありそれを売り買いする生業を行う人間だ。

故にどんな場所であれ彼女の情報網は広がっている。

まるで蜘蛛の巣の如く張り巡らされた情報網の中で得た情報を取り捨て選択を行い纏め、売り払う。

だから破滅主義である敵対組織はいち早く潰れて貰わなければ困るのだ。

紡ぎ続けた情報網を守り、権益を護り、己の全てを守る為にも。

そこからの会話は謀略に満ちていた。

騙し、殺し、潰すために。

その為だけに規格外の才を持つ七名は知恵を絞り、資金をかき集めていく。

そしてこの会議と全く同時に敵対組織である者達もこの世界の何処かで集まっていた。

 

■●■●■●

 

青白い光が明滅するなかで赤い鎧の男は楽隊の指揮者の如く指を振るう。

 

「「「「「ギャアアァアアァアアアアアア」」」」」

 

幾重にも重なった悲鳴が放たれる。

怒声や悲鳴は折り混ざったその声は正しく狂気的と言って良い代物だった。

その感情が渦巻く場所であれ大男のような肉の花が咲く事は無い。

 

「電気刺激じゃ咲かないなドクター」

「仕方ねぇ、毒物に切り替えていくぞ」

 

指を振るのを止めて、鎧の男は口を開く。

隣に座る白衣の男は悲鳴をあげる人間に興味無さげに目の前にある機械を操作し、電撃による痛覚の刺激から毒物による刺激に切り替える。

悲鳴は途切れる事はなく様々な懇願と呪詛が混ざり合う見るも無惨なその光景を二人は見つめ相談を始めた。

 

「完全開花は難しいかドクター?」

「ただの開花ならさほど難しくねぇ、だが完全な開花は今の数倍は必要だぜ」

 

二人は首を振る、今現在の数倍の人数の拉致が不可能か可能かであるならば可能だ。

しかしその場合間違いなく外部の何処かしらに感付かれる。

それはつまり、彼等が敵対する者達が必ず反応し全力で潰しに来ることを意味していた。

 

「まあ、休憩にしようぜ」

 

数十人に及ぶ人命を弄びながら赤い鎧の男はそう言った。

それに呼応してドクターと呼ばれる男は座っていた椅子から立ち上がり実験室から退出する。

未だ鳴り響く悲鳴をまるでものともせず、彼等は気軽にその場を去った。

休憩室に当たる場所にてコーヒーを啜りながらドクターは鎧の男と会話していた。

 

「スターク、どこであんなの見つけたんだ」

「秘密❤️」

「気色悪いぞ」

 

可愛らしいポーズを取りながらスタークと呼ばれた鎧の男は返答する。

どんなに可愛らしいポーズを取ろうがそれをやっているのは鎧を着た男で声も低いのだから気持ち悪いに決まっている。

その率直な感想をドクターは垂れ流し、数分会話してある場所へと二人は向かう。

彼が主に居る研究室とは反対に位置する場所だ。

先導する鎧の男を追うドクターと呼ばれる彼の記憶ではただの広い物置小屋だった。

しかし今現在は全く違った空間へと変貌していた。

入口の扉を開き室内を見れば所狭しと置いてあった資材は何処かしらに片付けられ、その代わりに人間達がそこには居た。

様々な人種の、様々な衣服を身に纏った集団が各々好きなように行動していた。

仲良さげに話し合う者もいれば取っ組み合いの喧嘩一歩手前の険悪な空気の者もそこにはいた。

なぜ、どうやって、とドクターは思わず思考してしまう。

彼が建築したこの建物に入るには必ず彼に検知される。

そのはずなのだ、しかしこの場に集まった全員を彼、ドクターは知らなかった。

それについてスタークに質問する前に、その奇怪な一団全員が見える位置にスタークは木箱を置き、その上に立つ。

 

「諸君、よく集まってくれた」

 

薄っぺらい賛辞をスタークは述べた。

けれどその言葉には本当に心を籠めているかのように聞こえた。

 

「君達の悪行を認めよう、君達の悪徳を讃えよう」

 

決してその声は大声等では無い。

しかしどこまでも空間に浸透していく、そんな声だった。

 

「我らは秩序等では無く、混沌と自由を求めここに集まった」

 

徐々に、徐々にこの場所に集まった人間達が魅了されていく。

先程まで殺し合う直前だった者までその手を止め、スタークの言葉に耳を傾けている。

 

「さあ、武器を持て、知恵を持て」

 

まるで劇場の役者の如くスタークは言葉を放つ。

 

「我ら災厄を運ぶ者(トランペッター)、これより行動を開始する」

 

そして今この瞬間、大小問わずこの男にこの場にいる全員が魅了された。

【邪知なるカリスマ・人心掌握】

そしてその言葉と同時に彼等がいる施設が揺れ動いた。

大規模な地震の様な振動。

それが自然現象では無いことが部屋に集まった人間達は理解出来た。

故にこれは人為的な物である。

たった三人の男による襲撃だった。

何度も、何度も、その振動は発生し、彼等が集まった場所へと近づいていく。

そして最後の壁が打ち破られ、その男達は現れた。

 

「よう、初めましてだ糞野郎ども」

 

一人目の男は血塗れだった。

 

「理由は聞かない」

 

二人目の男は赤白の帽子は被っていた。

 

「速やかに死んでくれ」

 

三人目の男は青いコートと赤い瞳を爛々と輝かせていた。

 

「そちらがな、と言っておこう正義ども」

 

スタークは木箱から飛び降り、武装を構えた。

集まった人間達の中でも武闘派に入る人間もそれに続く。

そして激突が始まった、その戦闘の結果は誰も知らない。

しかしこの施設が崩壊しトランペッターと呼ばれる組織の行動が遅れたのは確かだった。

 

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>七罪王の皆さん
原作時間軸で血反吐吐くであろう人達。
奉護という国家の維持や活発化したモンスターの掃討。
そして崩壊した都市の再建。
やること一杯、頑張れ。

>笛吹き屑ども
この物語のメインの敵。
三人の襲撃者により今はまだ積極的に動けない。
なおこいつら目的も目標も行動もバラバラ。
野生のジェスターの集まりと思ってください、もしくは十賢者。
頑張れボバ君、地獄への道は作られた。

>三人の男
EXPC枠、いつか出す。
まあ多分解る人には解る元ネタ。
血塗れは仕事で、赤白帽子は正義感で、青コートは復讐で来た。
尚拠点情報は太刀洗斬子がある程度推測し、血塗れに渡した。
その情報の範囲にある建造物を片っ端から調べて正解に行き着いた。

>七罪王について
奉護、クロコダイル陣営の大臣のようなもの。
各々は組織のトップであり、クロコダイルに大なり小なり忠誠を誓っている。
クロコダイルがノアに居ないのも彼等を信頼しているため。
なお監視要員はきちんと付けている模様。
あれです、こいつら全員ちゃんと連携とって殴ってきます。
それに別段七罪王同士仲が悪くないので誰か殺されたら復讐に赴きます。

>九害について
七罪王の勢力で最強の人材を集めた奉護の六神武貴とも言える存在。
種族、性別問わず強く、そして組織への忠誠を持つものが任命される。
この九人の枠をいくつ取れるかで七罪王のパワーバランスを見れるとも言われている。
あまりキャラを考えていない、誰か考えてくれねぇかなと無花果紋目は思っている。




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幕間その1 
幕間 彼らの日常




 
     『休みをくれ』

    《未来にて最強の狩人》




彼らシャドウランナー等の闇の住人にも休日という物は存在する。

表社会、つまりはこの奉護以外の国家やそれに準ずる組織による保護を受け生活する人間達のような万全な福利厚生はここ、ノアには存在しない。

しかしそれでも十分な程に彼等の雇い主である太刀洗斬子はちゃんとしていた。

彼女の様な人間、つまりはフェイスは己の手足であるシャドウランナーに対して十分な報酬を用意しなければならない。

それは金銭等の常識的代物から専用魔具や武装等の特異な代物まで様々であり、休暇もその一つだ。

 

■●■●■●

 

コトリ、と部屋にある机の上に先日購入した品物を彼は置く。

箱詰めされた弾丸である。

彼、ボバ・フェットが扱う武器は言わずものがな拳銃である。

故に今行っているような弾丸の補充と点検は日常業務と言って良い。

箱の蓋を開け、中の弾丸一つ一つを手に取り確認し、仕分け始める。

この都市ノアには弾薬製造専門の鍛治師や工場が多数存在しており、彼もその内の一つと契約している。

つまりは他のどんな場所よりも人殺し(マンハント)を専門とする人間が多い、銃で殺される人間も、殺す人間の人口は恐らくこの都市は世界一だろう。

彼、ボバ・フェットもこの都市に無数に居る銃使いの内の一人である。

コトリ、コトリと箱に入っている三十発の弾丸を分ける。

万が一、億が一不発するかも知れない弾、そしてそうではない弾の二つに。

前者の物も間違いなく高品質であり、使用するのになんの問題も無いだろう。

万が一なのだ、弾丸が不発する確率は限りなく低い、しかし彼の仕事上その万が一が発生してはならない。

発生したならチームの崩壊と仕事の失敗も十分にあり得るのがこの世界なのだから。

幾ら警戒と準備を積み重ねようと過剰ではない。

彼が手に取り感じるのは弾丸の重さ、つまりは弾頭と薬莢の比重。

コンマ何㎎の重さの違い、それを長年の経験で感じとり彼は仕分ける。

最初の箱を仕分ければ次の箱、また次の箱へと仕分けていく。

それを続け、机の上に存在する大量の弾薬、結果は九割が万が一が存在していない代物だった。

これは驚異的な結果であるが、彼が知る弾丸の作り手にしてみれば不服な結果だろう。

 

「報告するか」

 

作成者の女にこのことを報告すれば百%機嫌が悪くなる。

しかし報告しなければ彼女自身が気づいた時更に機嫌が悪くなる、そう仕分けした弾丸を片付けながら彼は考えていた。

今日使用する弾丸のみが机の上に残される、そして一つづつ丁寧に彼が使う銃の弾倉へと装填していく。

それが終わる頃には静かだった外は喧騒に満ちていった。

この地下都市には太陽の光は届くことは無い。

しかしこの都市全体に定時で響く鐘の音色が今の時間を教えてくれる。

午前五時、それが今の現在時刻。

普通の都市なら寝静まるこの時間でもノアは眠る事は無い。

今も男と女の喘ぎ声、殺し合いと罵声の浴びせ合いは彼の耳に少しだが届いている。

防音をしているこの宿でさえそうなのだからしていない場所は推して知るべしだろう。

まあこの都市には防音の手段が無数にある為何処の場所も大なり小なりしている。

そんな無秩序な物音をBGMに彼は鎧を装着していく。

そしてそれが終わる頃に部屋の入口の扉をノックする音が響いた。

 

「開けるぜ相棒」

「開けてから言うなテッド」

 

ノックをしてから数秒とせず部屋に入ってきた男、テッドに彼は文句を言う。

 

「良いじゃねぇか、俺とお前の仲だ」

「親しき仲にも礼儀あり、と言う桜皇の諺をしらないのか」

 

ヘラヘラと笑いながらそう言うテッドに彼は苦言を呈する。

そんな言葉もテッドはどこ吹く風だが言わないよりも効果はある、と彼は信じたかったがこのやり取りはもう少しで三桁に達すると考えると意味はないのかもしれない。

 

「で、何のようだテッド」

 

眉間を押さえながら彼は言う。

 

「買い物行こうぜ相棒」

「何故だ」

 

彼はテッドの唐突な発言は慣れた物である。

 

「俺は思ったんだよ、相棒を含め俺の仲間は趣味が少なすぎる」

「まあ、お前程の趣味人は俺達にはいないな」

 

彼等四人のチームで最も多趣味な男、テッドは彼含め残り三人の趣味の少なさが気に入らないらしい。

リーダーである彼、ボバ・フェットの休日はほぼ鍛練に満ちているし。

アスラは喧嘩に明け暮れ。

尾形は自身が持っている機巧の整備で忙しい。

そう考えれば多趣味であるテッドには耐えられないのだろう。

それでもそんな三人の内比較的に思考が似ているアスラはテッドと居ることが多い。

しかしテッドの横にアスラは居ない、つまりは何らかの理由で留守なのだろう。

 

「いつも一緒に馬鹿やってるアスラはどうした」

「あいつはお気に入りの娼館に行って留守だ」

 

その疑問を口に出せば、当然とも言える返答が返ってくる。

この高級娼館《眠れる怠惰亭》に比較できる娼館はこの都市で片手で数えられる。

つまりはその五つの内のどれかに行ったのだろう。

 

「尾形はどうした」

「爺さんの場所で合流するとさ」

 

もうこの時点でボバ・フェットには拒否権は存在しない。

彼等四人が築き上げたチームの信頼はこの誘いを断った位じゃ揺らがないが彼は参加するしかない。

何故なら誘われ、用事も無いのに断ったのなら尾形とテッドの二人はかなりの長期間嫌味の種にする。

仕事にまで引きずられたら困るのは此方だ。

ため息を一つ吐き、彼は不承不承ではあるが参加を口にする。

 

「わかった参加しよう」

「その言葉を待ってたぜ相棒」

 

そうなれば話は早い、鎧は着ている、財布を持って外に出るだけだ。

裏口から出て入り組んだ細道を抜ける。

前回使った道は使わない、別の通りに繋がるルートで表道りに彼とテッドはやって来た。

 

「何処へ行く」

「エルドラドだよ、パーッと遊ぼうぜ」

 

この都市に無数にある賭博の場、その中でも最大の規模のカジノ、エルドラド。

彼が嫌う女、神城紫杏の経営するカジノでもある。

心底嫌そうな表情をボバ・フェットは浮かべていたが被っている兜に隠されている。

 

「そんでその後周りで何か買おうぜ」

「尾形はどうする」

「あ」

 

どうやらカジノで遊ぶことに頭がいっぱいで合流予定の尾形の事を忘れていたらしい。

 

「行く前に合流するぞ」

「そうだな」

 

尾形が居るのは第三区画、今現在彼等二人がいるのは第二区画。

そしてエルドラドがあるのは第二区画の最奥。

つまりは今から向かうのはエルドラドの真反対の方向である。

後ろ髪を引かれているテッドを横目にボバ・フェットは道を突き進む。

この都市で騒動が起こらない日は無い。

七罪王という支配者であり絶対者たる存在はいるが彼等は己の統治下にある領域以外別段興味は示さない。

この都市の八割は彼等七罪王が支配している、故にその空白地に七罪王の配下では無い者や無所属の荒くれもの達が殺到するのだ。

ノアの権益の残りかすである二割であれ莫大な財産を得る事は出来る。

日夜その小さな場所で様々な組織が血肉を削り合っている。

そしてそんな血を血で洗う戦いを征し統一を成し遂げた者は七罪王に殺される。

例外として築き上げた権力を捨て、七罪王の幹部に就任した者もいたがそれは少数派だ。

間違いなく破滅が待っている場所だったが目先の欲に抗える人間はこの都市には来ないだろう。

二人の様なシャドウランナーの主な仕事場所もそんな場所なのだ、嫌いはすれど否定はすることはない。

そして彼らが目的地とする尾形との合流場所はその点在する二割の一つ。

工場が建ち並ぶ地区の近く、今も何らかの機械の駆動音が耳に入ってくる、そんな場所。

廃工場のすぐ近くの小さな二階建ての工場。

そこが尾形との合流地点。

数メートル進む毎に何らかの荒事が起こっていたが無視して進み着いたそこでは尾形とその愛機である火蜂が居た。

 

「よう、遅かったな」

『同意である』

「別にいいだろ、ほらお前が欲しがっていた規格のパーツだ」

「それとオイルを持ってきた」

 

テッドの手には小さな木箱が、ボバ・フェットの手には鉄製の缶があった。

 

「良く見つけたな、これあんまり見かけない代物なんだが」

「この前の仕事で一緒に仕事した奴から貰ったんだ」

 

尾形がテッドと話してる横で火蜂が缶の蓋を器用に開け本物の蜂が蜜を飲むようにオイルを吸収していた。

 

『美味である』

「解るのか」

『これはジャンクヤード産であるな、雑味が多いがそれもまた良し』

 

火蜂はオイルを飲みながら三人の周りを音も無く旋回する。

その姿がどこか嬉しそうに見えるのは錯覚では無いだろう。

 

「用が済んだならばさっさと消えろ、小僧共」

 

そんなある種ほほえましい光景を殴り付けるように厳格な声が三人と一機に放たれた。

音源は彼らが立っている工場の奥から聞こえてきた。

足音も無く近づいてくる老人、ジンと名乗る義手を付けた彼を三人は良く知っている。

何せこの老人はチーム1の戦闘狂(バトルジャンキー)、アスラ・ザ・デットエンドの義親なのだから。

基礎は仕込んだから後は任せると、知り合いである太刀洗斬子に紹介されさらに彼女に紹介され彼らのチームにアスラは来た。

世間一般的に英雄病の患者の如き名前を自称するアスラに彼、ジンは鉄拳を放つのが日常風景だ。

そんな苛烈な言葉を放つジンに三人は三者三様の返事を返す。

 

「ああ、失礼する」

「ポックリ逝くなよ、糞ジジイ」

「ヒルドルブは指定の場所に頼む」

 

一人は冷静に、一人は悪態をつき、一人は彼に依頼した。

そんな三人の言葉を老人は受け止め、こちらに背中を向ける男達を見る。

 

「まったく、あのバカ息子にはピッタリな奴らだ」

 

その言葉にどんな意味が込められているのかは当人以外には解らないがその口元に浮かんだ笑みはどこか優しいものだった。

 

■●■●■●

 

ジンに追い出された三人の人間と一つの機械。

彼らは第二区画に向かっている、先述したエルドラドに向かうためだ。

 

「エルドラドで何をするんだ」

「ポーカー」

「ルーレット」

『射的である』

 

ボバ・フェットの質問に人間の二人はメジャーの遊戯を答えたが火蜂はマイナーな物を答える。

 

「射的、そんな物もあるのか」

『指定の弾薬を使い的を狙う者である、当機とマスターでさえ上位十名に入れない』

「ほう」

 

その火蜂の返答に彼の心が僅かに高揚する。

 

「それは累計か」

『そも通りである、マスターは一回やってそれ以降やっていない』

「あれは俺のスタイルとは相性が悪いんだよ」

 

彼と火蜂の会話に尾形も加わり、そのゲームについて話始める。

何でも精霊術により発生させた低級の精霊を指定弾薬を装填した拳銃で撃つゲームらしい。

成る程、と彼は納得する。

尾形がメインで扱うのは狙撃銃である、一通りの銃器を扱うことは出来るが最も得意なのは間違いなくそれだ。

つまりは彼の得意とする遠距離での銃撃では無く、中距離から近距離の銃撃を求めるゲーム。

 

「面白そうだ」

「そりゃ結構なことで」

 

一人だけ話に混ぜれなかったのが不満なのか因縁を付けてきたチンピラを斬り殺しながらテッドは少しだが不満げに言葉を吐き捨てる。

 

「そういじけるな、お前も楽しめばいいだろ」

『同意である』

 

会話の合間にボバ・フェットはチンピラの仲間と思わしき魔法使いを銃弾で撃ち殺し、火蜂は一人残った大男を少量の放電で気絶させる。

 

「わぁってるよ、おいそこの持ってくなら金払え」

 

我先にと集まってきた死体拾いから少なくない金銭が入った袋を受け取り、三人は進む。

 

「昔より精人見なくなったな」

「ああ、あの妖精王(笑)が死んだからな」

 

建造物の上を当然のよう移動しながら三人は話始める。

眼下に広がる町の風景は多種多様な種族が生活している。

精人と呼ばれる希少種も少なからずこの町には居たのだが今はあまり見ない。

その理由は九害・最恐と名乗っていたオベイロンの粛清によるものだ。

 

「ああ、あのバカか」

「ああその馬鹿さ」

 

何でも七罪王に反乱を企てたとかで見るも無惨な姿で殺されたらしい。

有り余る程に素行が悪いわ、派閥からの指示は無視するわ、勝手に都市の住人を拐うわ、殺されない理由は無かったため別段都市の住人は驚いてはいない。

一度彼ら四人はその男を見たことがあるが他の九害に比べれば余りに殺しやすそうだった。

動きに無駄が多い、反応も反射も遅い、おまけに自身の部下に苛立ちをぶつける。

とても九害に相応しい男とは思えなかった。

 

「でも精人は居るにはいるな」

「何でも強欲の所が新しく手法を開発したらしいぜ」

 

オベイロンが殺された数年後には彼が持っていた術式に変わる新しい手法がこの町の技術者共により作り出された。

成功率は一段落ちるが性能は寧ろ上がっている、しかし特殊な設備が必要でありコストも増加したそれは前のように日夜生産することは出来ない。

七罪王に言わせれば多少のコスト増加よりも簡単に反意を抱く屑の処理が出来て嬉しいのだがそんな天上人の思考は彼らには解らない。

まあそんな話をする内に彼らの目的地であるエルドラドに到着した。

 

「やはり喧しいなここは」

「人が集まれば喧しくなるのは当然だろう」

『当機は余り気にしない』

 

尾形は少し顔を歪めながら口に出した言葉にボバ・フェットは答える。

それに追随して火蜂が答える頃にはもう慣れたのか尾形は動き始める。

 

「三時間後に待ち合わせだ」

「解ってるよリーダー」

 

テッドはいつの間にか居なくなっていた、まああいつの事だから時間になれば合流出来るだろうと彼は考え尾形と別れる。

 

「案内を頼む、火蜂」

『了解である』

 

飛行する火蜂を珍しげに見る周囲の人間を無視して彼は進んで行く。

やがて目的地の場所の入口に付くとその脇に火蜂は停止する。

 

『ここである』

「一緒に入らないのか」

『ここは一人専用なのだ』

「そうか、待たせて悪いな」

『遠慮はしなくていい、楽しんできてくれである』

「尾形の真似か」

『マスターはここまで人が良くないである』

「同感だ」

 

部屋の先にあったのは黒色の幕が下りた場所、十数メートルの暗闇の空間が広がるその空間には一人の男が居た。

 

「ようこそお客人」

 

部屋の中に満ちた暗闇と同化するように黒い衣服を見にまとった初老の男。

彼が入って来たと同時に行った歓迎の動作は洗練され気品に満ちていた。

見るものが見ればそれはこの老人が高貴な家の出だと理解できるだろう。

 

「ルールの説明は必要ですかな」

「ああ、頼む」

 

その老人が放つ言葉は人を安心させる優しさに満ちており、しかも聞きやすい。

 

「では、説明を開始します」

 

堂々と老人は話始める、しかし決して耳障りなどでは決してない。

 

「ルールその一、掛け金のベットは最初の一度のみです、途中の増加は認めません」

 

当たり前ではあるが、その当たり前を解説をすることこそに意味がある。

そう老人は考えていたし、この丁寧な説明が長く顧客を得ている理由だった。

 

「ルールその二、銃に不正が無いか一度確認させていただきます」

「そちらが不正をしない証拠は」

「私を信じていただくしかありません」

 

その質問の返答に僅かに黙り、自身のホルスターから二つの愛銃を抜き取り老人に渡す。

どこからか現れた机の上に銃は分解され、組み立てられる。

 

「拝見させて頂きました、この銃をどこで手に入れたのですか」

「父の物だ、そして俺が受け継いでいる」

「そうですか、プライベートの事を伺い申し訳ありません」

「いや、別にいい」

 

僅かだが老人の瞳の光が揺れ動いた。

その揺れは何を意味しているのだろう、驚愕だろうか、悲観だろうか、その心中を察することは彼には出来ない。

 

「では説明を続けさせて頂きます、ルールその三、こちらで用意した弾丸以外での参加は認めません」

 

老人の朗々とした説明の声が数分響き、彼の時間がやって来る。

 

■●■●■●

 

「それでは開始いたします」

 

こちらに向けてそう言葉を投げ掛けた老人が指を振るえば精霊が産み出された。

【精霊術LV3/5】

ポツリ、と水が紙の上に落ちた様に世界に滲むように精霊が産み出された。

そしてそれを弾丸で打ち消す。

【トゥーハンド】【反応速射】【百発百中】

両手に持つ二つの拳銃、父が持ち扱っていた銃。

この銃で巻き起こされるあの神域の銃の技にはまだ遥か遠い。

だがそれに至るための努力はしてきた。

【狂気の努力】

一日の内銃を手放す時間は極々僅かな時間のみ。

『銃を身体の一部にしろ』

父の教えが聞こえた気がする。

二丁を操り出現した精霊を特殊な弾丸で打ち消す。

『自身が有利等と思うな』

空になったマガジンを取り替える、何千、何万と行ってきたその動きは自動化されている。

【クイックリロード】

『剣も魔法もあらゆるものがお前を殺す可能性を秘めている』

一発で二匹同時に消し飛ばす。

『故に我らはあらゆるものを殺さねばならない』

集中は加速する。

『剣士を、拳士を、槍使いを、機巧繰りを、魔法使いを、銃使いを、魔王を、神を』

世界に自分が溶けていくようなそんな感覚。

反応しろ、反射しろ。

精神を凌駕しろ、肉体を超越しろ。

引き金を引け。

呼吸すら邪魔に感じる。

【銃■模■】

そして完全に自分が世界に溶けた瞬間。

弾丸は曲がった。

驚く暇も惜しい、もっと、もっとだ。

この世界に没頭しろ。

 

「そこまで、でございます」

 

肩を叩かれる。

思わず銃口を向けた先には老人が立っていた。

引き金を引くよりも早く銃口を反らす。

カチリ、と引き金を引いても火薬の破裂音は存在しなかった。

ここで漸く全ての弾丸を使ったのだと気づいた。

 

「ふむ、彼に似た部分はあれどまだまだ若い」

 

やれやれ、と首を振る老人はどこか若々しく見えた。

 

「父を、知っているのか」

「ええ、何度か殺し合いましたが全て負けています」

 

ニコリと笑う老人は悪戯に成功した子供の用だった。

毒気と集中が身体から抜けていく。

緊張がほぐされた、そう理解したと同時に自責の念が混み上がる。

何だ、この無様は。

銃使いは欲に溺れるな、父の言葉だろうに。

弾道を変化させる撃ち方を乱用したせいで腕が痛む。

身体の負担を考えず行った自身の馬鹿さ加減が嫌になる。

 

「クソっ」

「そう自己嫌悪する必要はありません、若さは武器です」

「しかし」

「まあ、まずはお茶でもどうぞ」

 

こちらにどこからか現れた椅子に座る老人の瞳に押され用意されたもう一つの椅子に座った。

 

「親父はどんな人間だった」

 

口にしたのは自身の父親、ジャンゴ・フェットについて。

雷神シドに殺された父親について己が知っていることは少ない。

時折母の元を訪れ、自身を鍛え、愛を注いでくれた。

故に自分は復讐に身を落としている。

 

「ええ、私が知る限り最強の銃使いです」

 

丁寧な口調ではあったが有り余る熱がその言葉には篭っている。

 

「正確無比な射撃に、揺れる事の無い精神力、そしてどうやってか魔人を殺す神業」

 

彼、ボバ・フェットは聞き入っていく。

老人の語り口は遥か昔を見ていた。

 

「これは初めて奴とやりあった時の話ですが」

 

老人の話を時間を忘れ聞き入ってしまい、集合が遅れてしまったが彼の心は晴れやかだった。

 

■●■●■●

 

「何かいいことあったの」

 

彼に声を掛けるのは金髪の少女、ビビアンである。

つまりはその場所は鴉羽の宿である事を意味していた。

目の前にあるパンを口にしながら、彼はビビアンに疑問を口にした。

 

「どうしてわかった」

「いやだって、ボバが料理の事を口に出さないのは何か良いことあった時かその反対だもの」

 

あっけらかんとそう言うビビアンに思わず勝てないな、と思いながら彼女が作った料理を彼は口にする。

休日はいつもこうだ、誰かに何かが起こる、今回それが彼だっただけである。

不幸も幸福も起こり得る、故にそれを受け入れ前に進むのだ。

ここノアを含めて世界は厳しいが優しさが無いわけでは無いのだから。




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>何か厄いスキルが見えたボバ君。
父親に憧憬と理想がおり混ざって大変な事になってる。
記録はベストテンに入ったらしい。

>ジジイその1
アスラの義理の父親。
この人怪力とかの身体スキルは頑強系統しか持ってません。
いずれ活躍する、と思います。

>ジジイその2
ジャンゴ・フェットの死に様を知った数少ない人間、心の内に秘めておく模様。
精霊術の達人、それぐらいしか設定がない。
再登場未定。



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幕間 鴉羽の宿繁盛記その1

 


    『旨い飯は命の源』

     《ビビアン》


ノアの第二区画、それも第三区画に近い治安が悪い場所の裏道りの近くにその店は存在する。

店名は鴉羽の宿。

由来も略歴もよくわかっていない店だがこの町では珍しくもないため気にされていない。

大切なのはその店がうまい飯を出して、そしてそれが安全であるという事実だ。

そしてこの話はそんな店の従業員であるビビアンという少女の話である。

 

■●■●■●

 

まだ空気が肌寒い早朝に彼女は起床する。

朝と言ってもこの地下都市に朝日は入っては来ない。

地上に繋がる数多の通風口からまだ流れ込んで来る冷気が夜が明けたばかりだと教えてくれる。

ベッドのそばに置いた時計が狙った時刻を指し示していることを確認すると彼女はノロノロと布団から抜け出す。

今だ布団が放つ魔力に引かれながらも彼女はその誘惑を断ち切り、自分の部屋を出て洗面台に行き冷水で顔を洗う。

完全には目が覚めることはないが十分に目と思考は冴えてくる。

次に自分の部屋よりも長くいる調理場に向かい自身の朝食を作っていく。

昨日残ったパンと野菜、後は固い干し肉、それが材料。

パンは普通にバターを塗ってトースターで焼き上げる。

そうすれば表面が黄金色に輝いて食欲をそそる匂いを放っていく。

野菜はよく水で洗い、適当な大きさに切り、小さな皿に入れて用意しておいたドレッシングを掛ければサラダの完成である。

干し肉はスープの残りに入れ、数分煮込めば辛口スープの味が染み込み、そうすれば肉が柔らかくなり食べやすくなる。

これで彼女の朝食は完成した。

しかしビビアンが祖母と慕う老人の分は無い、それは買い出しに行っているためだ。

彼女の義理の祖母、アイリーンは彼女が起きる早朝よりも早く起床し今日の分の食料を貯めてある倉庫から持ち出しにいく。

こんな犯罪が蔓延る都市で己の手が届かない場所に財産を置くなど自殺に等しい行為である。

しかしそんな場所でも例外というものは存在する、七罪王という特級の例外が。

表に出せない秘密組織の長である者もいるがむしろ表社会で比類ない栄光を掴んだ者もいる。

そしてそんな彼らの持つ無数の収入源の一つ、貸金庫にこの店は契約している。

他にも似たような商売をしている業者はあるが安全性と利便性が段違いである為殆どの人間は使っていない。

それ程迄にこのノアでは七罪王が絶対視されるのだ。

他の国の貴族のように血統ではなく、ただの才覚と努力を持って偉業を成した七人の怪物を。

そんな怪物達の領地の一つに住む彼女は朝食を残さず食べ終え、店内の掃除をしていた。

祖母の道楽で始まったこの店は売上を重要視してはいない。

それでもそこそこの黒字は出してはいるが大儲けには程遠い、彼女は別に気にしてはいない。

むしろ客に振る舞う新しいメニューを作るのに頭を悩ませていた。

月に一度この店は新メニューを出す。

今回は彼女の番なのだ。

 

「デザートかな」

 

彼女の頭に思い浮かぶのはケーキなどの菓子類、好物でもあるそれらを思い浮かべると彼女は思わず頬が緩ませる。

いくつかのケーキのレシピは彼女の頭の中にあるがどれも商品のレベルではない、しかも材料と手間がかかる。

元は取ろうとするならば値段を高めに設定するしか無い。

しかしそれでは本末転倒である。

 

「だめだ、コストが合わねぇ」

 

彼女の言葉どうりかかる手間が多い菓子類はこの店の二人だけの店員では逆に売上が落ちるだろう。

それでは意味がない、テーブルを雑巾で拭きながら彼女は新メニューについて考える。

 

「じゃあ肉かな」

 

この都市で比較的安価で入手しやすい肉を使った料理を彼女は考えた。

噂では七罪王の一人である強欲がクローニングと呼ばれる技術を使い大量に肉を作り出していると彼女は聞いた。

安く、そこそこ上手いこの肉を彼女は好んでいたし、この店にくる客もよく頼んでいる。

ではどんな料理を作るのか。

ステーキは既にある、新しいソースを作ればいいがそれだけだとインパクトが少ない。

ではどうするか、牛、豚、鶏、様々な肉は用意されている。

創作料理は博打の面も大きい、慎重に考えなければならない。

そう彼女が思考していると店の入口の扉が開いた。

やって来たのは皺を刻んだ老人、彼女が慕うアイリーンである。

 

「帰ったよ」

「おかえり、婆ちゃん」

 

残りのテーブルを拭く手を止めビビアンはアイリーンに抱きついた。

老人でありながらアイリーンの身体は硬い、つまりは鋼の如く鍛え上げられていた。

老婆、アイリーンの過去をあまりビビアンは知らない。

神父をしていた父の友人らしいことしか彼女は知らなかった。

アイリーン曰く糞みたいな仕事をしていたらしい、とても人に風潮することが出来ない仕事を。

【鴉羽の狩人】【無限修羅】

しかしそんな過去の事はビビアンにとってはどうでも良かった。

この老婆は父と母が死んだ時助けに来てくれた、自分が立ち上がるまで一緒にいてくれた。

それが彼女に取っての変わり用のない事実だった。

アイリーンを抱き締めるビビアンの顔に浮かべられた笑みは親愛に満ちている。

つまりはもうビビアンにとっての家族なのだ。

 

「離しな、十九にもなって子供みたいな真似するんじゃないよ」

 

己を抱き締めるビビアンの腕を軽く離し、アイリーンはビビアンの頭を撫でる。

その行動は母性に満ちており、彼女の頬にも笑みが存在した。

 

「準備はできてるだろうね」

「もちろんだよ」

 

この会話が起こる、それはつまり開店の時間が来たということ。

残りの机を手早く拭き、表にあるスタンドプレートを『open』に帰る。

二人は自身の身嗜みを整え、任されている場所に立つ。

アイリーンは厨房である調理台に、ビビアンは入口から少し離れた位置に立ち、注文用の紙とペンを持つ。

数分もすれば今日の初めての客がやって来た。

 

■●■●■●

 

店が始まって二時間あまり、客席の八割は埋まっている。

今日は特に客が来ていた。

明日は休みの人間が多いからだろうかとビビアンは考えていた。

 

「ビビアンちゃん、定食のBセット、と酒の大瓶を二つ頼む」

「はいはい、あんま飲み過ぎるなよ」

「酒は百薬の長さ」

「そう言って最後に吐くんだろう」

 

常連の一人と会話しながらビビアンは周囲を、つまりは店内を見渡した。

ガヤガヤ、と人が話す声が店に満ちており、陽気な活気がそこにはある。

 

「うう、何故だ」

「またイヴの姉さんに告白したのか、これで何回目の失敗だよ」

「うるせぇ、あんなおっぱいに我慢できるわけねぇだろ」

「そんなんだから童貞なんだよ」

「なんだァ?てめェ......」

 

カウンター席に座る二人の男がバカな会話をしながらラーメンを啜っている。

 

「おーいビビアンちゃん」

「今行くから待ってて」

 

注文を受けアイリーンが調理し出来上がった料理や飲み物を客にビビアンが持っていく。

 

「やっぱりあの店の剣はいいぞ」

「ええ、お前が言うなら次はその店に変えようかな」

「やめとけやめとけ、そいつのいいぞは信用ならねぇ」

「お前に言われたくねぇよ、あの時は死にかけたんだぞ」

「生きてるからいいじゃねぇか」

「そういう問題じゃねぇんだよ」

 

大きな肉塊のステーキをナイフで切り分けながら三人の獣人が話している。

 

その間にもビビアンは肉、野菜、魚、等の様々な材料で作られた様々な料理を運ぶ。

狭い店内を縫うように彼女は動き、運んでいく。

何年もやって来た動きは洗練され速い。

 

「大襲撃までもうちょっとだな」

「て言っても数ヶ月はあると思うが」

「なあにこの歳になるとすぐさ」

「ここにいりゃあ安全だろ」

「んなわきゃ無いさ、世界は何だって起こり得る」

「また、昔話かいエルフの爺さん」

 

獣人の若者とエルフの老人が酒を手に話し合っていた。

 

そんな彼が飲む酒を、ジュースを、水を、様々な飲み物をビビアンは運ぶ。

重い酒瓶を軽々持ち上げ、客の席に運んだり、片付けたりするのだ。

 

「また彼氏が浮気してたんです」

「いい加減別れなさいよ」

「でも」

「でもも何もないわ、このままじゃ貴方の方が腐っちゃう」

「ボビーさん」

「お黙り!!、今の私はキャサリンよ!!」

 

筋骨隆々の純人種のオカマがサキュバスに人生相談をしている。

 

老いも、若きも、男も、女も、種族も、関係なくここでご飯を食べている。

この光景こそがビビアンを両親の死から立ち直らせた。

これまでも、これからも、この光景が彼女、ビビアンの変えがたき宝になるだろう。

そして特殊な客との会話や、出会いもビビアンの宝だ。

 

■●■●■●

 

一人の男がこの店にやって来た。

紫のチャイナ服のような物を身に纏っているその男はジロリ、と店内を見回した。

顔立ちは整っており、それを見た女性の客が顔を赤らめた、男はそれに反応して舌を鳴らす。

そして一定以上の実力者は男の強さに勘づいた。

 

「リィさん、いらっしゃい」

「ああ、腕は落ちて無いだろうな」

「もちろんだよ」

 

リィと呼ばれた男は傲慢とも言える態度でビビアンにそう言ったが、彼女は気にすることはない。

この男が傲慢な事はすでに知っていたし、作った料理を貶しても残さず食べてからだ。

つまりは律儀であると彼女は考えている。

 

「テーブルかカウンター?、それとも個室?」

「個室だ」

 

数十回繰り返した会話を終えリィを個室に連れていく。

この店の個室は一人用の部屋と複数人用の大部屋がある、よく使う四人の彼女の友はまだ来ていなかった。

 

「いつもの桜皇定食でいいかい」

「それと暖かい茶を頼む」

「了解ちょっと待ってね」

 

個室の椅子に座ったリィにビビアンは彼がよく食べるメニューの一つを聞く。

桜皇定食、ここらでは取ることが出来ない珍しい魚介類を素材に使った桜皇の料理を真似た定食である。

周囲が砂漠であるこの都市では魚介類は高級品である、つまりはこの桜皇定食の値段も素材と比例して高いのだ。

それをほぼ毎回注文する彼の経済事情に興味はあったが今は注文された品物を出すのが先決だ。

 

「婆ちゃん、桜皇定食一人前」

「了解、これ出来たから持っていきな」

 

ビビアンはアイリーンへの注文された桜皇定食の報告と彼女が造った料理の配膳を行う。

この店の店員はビビアンとアイリーンの二人のみ。

普通に考えれば盛況しているこの店の仕事量は僅か二人には多すぎる。

しかしそれを切り盛り出来る程に彼女達二人は有能だ。

ビビアンは同時に複数の皿を動かし注文した客の場所へ運ぶ。

一度として客が注文した料理を間違えず、そして迅速に彼女は動く。

【記憶術】【接客技術・熟練】

アイリーンはまるで腕が分身したかの様に高速で複数の料理を調理していく。

難しい筈の獣の解体を容易くこなし、休み無く調理を続けている。

【生命解体】【超タフネス】

鮮やかとさえ言えるその光景は常連客にとっては日常風景であるが初めて来た客にとっては目を奪われる光景だった。

 

「爺さんすげぇぞあの子達」

「なんじゃああいうのが好み何か」

「違ぇよ、無駄がねぇって話だ」

「どんな道であれ玄人はいるもんさ」

「そうかぁ?」

 

頭に疑問符を浮かべる頭に猫耳生やした青年とエルフの老人は自身の目の前にある料理に手を向かわせながらそう会話していた。

彼ら二人の年齢は孫とその祖父よりも離れていたが仲良さげに話している所を見れば友情に歳は関係ないのだろう。

 

「だがあっちの老婆は違うね」

「何か言ったか爺さん」

「いいや、何にも」

 

老人が僅かに口を開き言った言葉は若者には届かなかった。

【鑑定眼・真贋】

あれは殺しに慣れている人間の動きだ、それも長い年月を費やした類いの。

老婆が動いたら先ほど入ってきた若者以外はこの場にいる全員殺せるだろう。

そう思わせる程の高い実力を老人は垣間見た。

今この場所で人を相手にした商売をやってるのがおかしい人種なのだが、片方の少女は違う。

むしろこの都市にいるのがおかしい善人だろう、何やら深い事情があるのだろうが老人には解る筈も無し。

 

「はぁ」

「ため息付くと幸せが逃げてくぜ爺さん」

「お前の能天気さが今ばかりは羨ましいよ」

「??、よくわかんねぇけど食うか、これ」

「いらないよ、この歳になると塩分が濃いのがきついんだ」

 

一つため息を吐いて、このことについて考えるのを老人はやめた。

今は目の前にある旨い料理を堪能することにした。

 

■●■●■●

 

出てきた料理、桜皇定食をじっと彼、リィ舞阪は見つめた。

良く焼かれた鮭に、大盛りの白米、付け合わせの野菜の漬物と味噌汁。

その全てが調和していた。

きらびやかに輝いて見えるその料理を観察して彼は口を開いた。

 

「老婆の方か」

「ごめん、今日客が一杯入ってて」

「別にいい、味はお前の方が好みだがこちらも不味い訳ではない」

 

アイリーンが調理したものは彼には僅かばかりに塩辛い。

それについて知っている為謝る彼女、ビビアンに対してリィはそう告げる。

申し訳なさげに部屋を出ていった彼女を見送った後彼は箸を手に取り食事を開始する。

湯気が立っている大盛りの白米を少し口に入れ噛み締める。

もぐもぐと何度も噛み、そして飲み込んだ。

この国ではあまり知られていない白米を食べれることに彼は少し感動を味わっていた。

昨日まで任務漬けだった為により懐かしさを覚える。

 

「フリーザめ、後で文句言ってやる」

 

そう呟きながら瞑っていた瞳を開き、メインである大切りの焼き鮭に箸を伸ばす。

少し力を入れれば鮭は簡単に切れた、端の部分を摘まみ取る。

そして口に入れる。

適量の塩とよくのった油を味わい、米を口に放り込む。

油が米をパラパラに、塩が米に味を付ける。

そこからはもう止まらない。

米。

鮭。

米。

米。

野菜。

味噌汁。

米。

野菜。

鮭。

気付けば盛り付けられていた料理は彼の胃に消えていた。

何度も、何度も味わい、口にした定食、しかし未だに飽きる事は無かった。

満腹になった腹を感じながら個室を出た。

狭い通路を歩いてビビアンを見つけ口を開く。

 

「旨かった、代金は机の上に置いておいたぞ」

「了解、また来てね」

「ああ」

 

その会話と共に入口から外に出る。

もう夜になったのか僅かに寒気を感じる。

店を出た彼は裏道に向かって進み、闇に消えていく。

一歩、また一歩と進む彼に追随す複数の人間がいた。

気配を消して行動しているその集団を知覚することは出来ないだろう、並みの人間だったなら。

【水底で水面を見上げる】

ある場所で彼は立ち止まる、そして虚空に向かって音を放った。

 

「誰だ」

 

それは何も知らないものが見たのなら滑稽とさえ思える光景だったが追跡していた集団にとっては驚愕どころでは無かった。

彼らにとっては完全に消している気配をどうやってか見抜いていたのだから。

答えは簡単、気配は消せてもマナは消せない。

彼の特別な瞳を騙すことは出来なかったのである。

【直色の魔眼】

 

「嫉妬の奴等では無いな、あいつらにしては未熟すぎる」

 

暗殺集団の長である髑髏の仮面を頭に思い浮かべながら彼は言葉を放ち続ける。

 

「貴様らの所属や目的はどうでもいい」

 

堂々と彼、リィ舞阪、あるいは九害の一人フォルテッシモは口を開き声を放つ。

【九害・最境】

 

「今の俺は気分がいい、逃げるのであれば追わんぞ」

 

しかし彼が探知している人間は消えなかった。

 

「そうか、では死ね」

 

そう殺気を放つことすらせず、淡々と花を摘むようにフォルッテシモは言い。

そして戦闘という名の虐殺が始まった。

【ザ・スライダー】【虐殺の妙技】【人体構造理解】

 

■●■●■●

 

カタン、と入口である扉が開かれる。

そしてやって来た男達を見てビビアンは頬を弛ませた。

 

「いらっしゃい」

「ああ」

 

特徴的な鎧を着けた男、狙撃銃を持った男、二つの鞘を持つ男、野性的な男。

この店の常連であり彼女の友人達である。

いつもどうり彼女は彼らを個室に案内して、注文を聞く。

彼らはいつもどうり各々好きな料理を頼む。

そして食卓を囲み楽しんで、夜は過ぎていく。

彼女は彼と共に戦う事は出来ない、彼を止める事は出来ない。

しかし拠り所にはなれるだろう。




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>貴重な一般人ビビアンちゃん
特に話すことはないけど一応ボバ君のヒロイン予定。
料理の腕は一流半程度。
豚を許すな。

>無限修羅なおばあちゃんアイリーン
原作のブラボでも屈指の萌えキャラお婆ちゃん。
野生の無限修羅。
ビビアンを娘のように思っているためボバ君はボコられます。

>九害初登場フォルテッシモ
クレープと迷ったけどここそんな店じゃないよと鮭に変更。
追加スキルの二つを簡単に説明すると。
【虐殺の妙技】は複数タゲ取り。
【人体構造理解】クリティカルの確率上昇とダメージ増加。



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幕間 妖精王の死

 
 
   『今日生きたいなら明日のことを考えるな』

        《ノアの住人》

  



九害。

暴力を生業とする人間が多いこの町、ノアにおいて最強と言われる称号を持つ存在達。

選抜と対外的な価値を維持するために九人までしか選ばれないそれが代替わりするのは二つの理由のみとされている。

一つ、先代九害からの継承。

これは風水師等の特別な職を持った者や長年に渡って務めてきた者のみが許されているが死因が数多生まれるこの都市が故にこの理由で襲名する者は少なく、これで選ばれた人間は現在は一名のみ。

二つ、七罪王による指名。

これは七罪王の合議により決定であり、彼ら七人の怪物達が展開する数多の策謀の結果選ばれる。

今現在の九害襲名者の多くもこれで選ばれており七罪王の権力闘争の具現化とも言えるメンバーと言えるだろう。

しかし知られていない三つ目に方法が存在する。

それは___

 

■●■●■●

 

悲鳴が空間に木霊した。

それ事態はこのノアでは対して珍しくも無い、他の都市なら寝静まっている今も幾つもの悲鳴や怒声が響いている。

しかし今回その発生源が問題だった。

 

「イィギイィィイッ」

 

端正だったのだろう顔は涙等の顔の各所から流れる体液と全身を襲う苦痛で歪み、その痛みに耐えきれない精神は身体を踞らせた。

芋虫の如く地面を這いつくばって情けない悲鳴をその場に垂れ流す存在、それをこの町で最強と名高い九害だと誰が思うだろう。

九害の一人であり、最恐と名乗った男、オベイロンの思考は混乱の極みに有った。

発端となったのはあるシャドウランナーによる妨害だった。

彼の認識で魔法も使えない弱者だった筈の存在に傷を負わされ、不様に逃げ帰った彼を待っていたのは急速な没落。

そのシャドウランナーは七罪王の部下達に追われ殺されたらしいが問題はその次だ。

九害の座を返上しろと通達されたのだ、オベイロンの中で自分よりも弱い女に。

その命令を伝えに来た女の部下を殺したこの男は報復を恐れ部下に造らせた場所に逃げ込んだ。

何重にも結界や護衛の人員を配置した見るものが見れば即座に解るその場所に。

 

「わ、解ってるのか、僕の後ろには七罪王がいるんだぞ」

 

引き千切られた右腕を押さえつけながら己を襲撃した存在に声を言い放つ。

今現在の彼は九害の特権は適応されない、つまりは七罪王からのバックアップも受けられない。

オベイロンという存在が持つ物しか今の彼は使えない。

しかしその事を知っているのは七罪王やその部下しかいない、外部の人間にはオベイロンが裏切ったことを知る人間はいない筈だった。

故に彼はもう意味のない称号を傘に着て襲撃者を脅す。

この都市では九害という名は強者の類を意味する。

七罪王のバックアップ、つまりは巨大な後ろ盾があるから恐れられているのではない、そのことをオベイロンは知らなかった。

 

「その七罪王を裏切ったのは君だろう」

 

甲高い悲鳴にも似たその声に視線の先にある闇から先程言った言葉の返事が返ってくる。

女の声だった、友人に話すように気軽な声色でオベイロンへと声を投げかける。

 

「へ」

 

呆気に取られるという言葉どうりの表情を浮かべたオベイロンに闇は追撃する。

彼女の主から与えられた情報で。

 

「三日前、ここから近い都市のウエルパに向けて連絡を取ろうとしていただろう、それも別組織の人間と」

「何で」

 

間抜けな表情で固まったオベイロンの前に声の主が現れる。

闇の奥底から一歩、また一歩と徐々にオベイロンへと近づいていく。

 

「どうして知っているのか、だっけ」

 

男の視界に現れたのは全てが雪の様に白い一人の女だった。

肌も、髪も、衣服さえその女は透き通る様に白い。

まっさらなキャンパスの如く白い女の風貌の中で唯一その瞳だけが色を持っている。

極彩色で彩られたその瞳は万華鏡の様に美しい色彩を無数に描き出していた。

【■■■の魔眼】

 

「逆に聞くけどお前如きの工作で七罪王の情報網から逃げられると思ったの」

 

引き裂いたかの様な笑みはオベイロンへの嘲笑を意味していた。

そしてそれを我慢できる様な器をこの男は持っていない。

 

「お前ェッ」

 

オベイロンの心の内側から発生した憤怒に身を任せ屋敷に住まう己の従僕を呼び出し白い女を殺そうとする。

それは彼が用いる外法により生まれる絶対命令権。

これに抗う術を造り出された少女達は持たない。

一分も経たない内にこの場所にオベイロンの下僕がやって来るだろう。

本来なら。

【ハムレット:■絶■により不発】

自身を侮辱した目の前の女の美しい体を犯し、汚すことを考えていたオベイロンの歪んだ笑みは消え失せた。

何故ならその絶対命令権の不発を感じ取ったからだ。

有り得ない、有り得てはならない。

己の命令を聞かない存在がいてはならない。

 

「なぜだっ、何故来ないッッ!!」

 

そんな思考を元にその口からオベイロンは汚い罵詈雑言喚き散らし、それに伴い涎を撒き散らす。

 

「対処する方法が無いのに姿を現す馬鹿がいるわけ無いでしょう」

 

白い女の一声に冷や水を浴びせられたオベイロンの思考は目の前にいる人間に戻る。

彼女に向けられた血走った瞳とがらがらの喉から放つ叫びが愚かな男の殺意を表したが、それを受けても飄々とした態度で女は口笛を吹く。

誰にでも解る挑発に乗せられ、オベイロンは己の中から湧き上った殺意に流され残った片方の手に剣を持った。

それは無数の苦悶に満ち満ちた少女たちの顔が浮かび上がる異形の片手剣。

呪いの武器という言葉を形にしたような代物。

一度切り裂けば霊体感覚を汚染し絶頂させ続けるその魔剣。

己の精液と血で元々の剣よりも強化したそれをオベイロンは振るい。

枯れ木の如くその魔剣はへし折られた。

それは当然の結果だ。

【魔法拳・混然】【狂羅輪廻】【祖麼惨切破】

 

「へ?」

 

目の前で起こった現象にオベイロンの思考が停止する。

自身への絶対の自信と他者よりも優れているという優越感、それがオベイロンの心の内を今まで満たしてきた。

エンジェルハイロゥという彼が手に持つ魔剣の名もかつてこの世界の絶対者である魔王を打倒した英雄の剣を自分が作ったという自己満足の剣だ。

例え能力が強力であったとしてもそもそも傷つける事さえ出来なければ意味がない。

 

「強度が甘いし太刀筋も温い、そもそもそれ剣としては落第だよ」

 

オベイロンは気付いていなかったが彼が持つ剣は重大な欠陥を抱えていた。

まずオベイロンの剣の腕が最低きわまりないこと。

録に努力もしないこの男が剣の鍛練などする筈もない。

故に彼女に傷を付ける事さえ出来ず軌道を読まれへし折られた。

次に強度が圧倒的に足りないこと。

不純物であるオベイロンの精液と血液で切れ味が良くなる筈も無し。

元々骨董品の域に入っていた剣を鍛治の素人であるオベイロンが作り直したとしても精々市販の物よりも少し上程度だ。

そして最後に白い女、白無苦は紛れも無く強者に分類される人間だったこと。

それも彼女の目の前にいる元九害を抹殺するに足るほどの。

 

「反応が遅いし、警戒が甘い」

「は?」

 

今だ思考停止していたオベイロンに白無苦が告げる。

それと同時にパァッン、と何かが破裂した様な男が響いた。

音源はオベイロンの四肢。

水風船が炸裂した様な現象が四つ同時に起こった。

二つの腕と脚、それが内側から弾け飛ぶ光景が両者が存在する部屋に広がる。

不均等だった腕は腕自体が無くなり均等に変わり。

同時に太股から先が無くなったオベイロンの今の姿は正しく芋虫のような姿に変わっていた。

【独律独法】

 

「ぎゃアァァアaA」

 

先程の光景の繰り返しのように悲鳴が轟く。

しかし地べたに這いずる愚者に与えられた苦痛は先程の何倍にも及ぶ。

最初の腕を失った時の傷は断面が綺麗に切断され、苦痛は少ないだがそれが理由で出血が激しかった。

そのため貧血を起こし、冷静な判断力を失った。

しかし今度の負傷はそれとは全くの別種の痛みだった。

傷口が焼き潰されたのだ。

最初に四肢を破裂させ、そして出血に至る前に傷口を焼く。

痛覚神経に火傷を負えば延々と痛みが負傷者を襲う。

それを理解して白無苦は行動した。

最も痛みが残る細胞の壊死数歩手前の瞬間に。

オベイロンが放つたった一人による悲鳴の交響曲を聞く観客は白い女ただ一人。

顔には笑みを、狂気を含んだ笑みを彼女は浮かべている。

【狂羅輪廻】

 

「普通なら今から殺すんだけどさ」

 

白い女がやれやれと言うように首を振りもはや痛みで女を認識していないオベイロンに手を伸ばす。

 

「上から地獄を与えろって言われてるから」

 

憐れむような言動とは裏腹に顔には笑みが張り付いたままだった。

そこから先はただ悲鳴がその場所に満ちていく。

 

■●■●■●

 

惨劇が起こっている館から数十メートル離れた場所。

そこでピルルクという名の妖隷(スピリット)は恐怖を味わっていた。

理由は己を取り囲む四つの存在。

そのどれもが並々ならぬ気配を垂れ流している。

自分など一秒すら経たない内に殺されるということを理解している彼女は恐怖を押し殺し、何とか平静を保つ。

この四人の機嫌を損ねれば次の瞬間に彼女の命は潰える、そう彼女は考えていたし実際その通りである。

彼らの機嫌を損ねて生きていられるのはこの都市の支配者以外いない。

放たれ続ける濃密な殺気にも似たそれをずっと受けていた彼女は限界を迎えるのもそう遠くはなかった。

一人の男が介入しなければだが。

 

「やめなよ」

 

その一言で殺気は霧散した。

言葉を発したのは一人の男。

サイケデリックなアロハシャツにぼさぼさの金髪。

胡散臭いという言葉道理の男は口に咥えたタバコを手に取り、手指を用いて操っている。

 

「何故だ」

「いやぁ、君らの気配は消してるんだけどさ、無駄な労力は使いたくないんだよ」

 

彼の足下から発生している魔力の波長、それが意味しているのは結界の発生。

彼こそがオベイロンの外法の技を不発にした張本人である。

【魔術師Lv4/5】【陰陽術CL4】【浄化術Lv4/5】【■絶■】【九害・最郷】

 

「いやはや、こうして見ると壮観な面子だねぇ、いつぶりだい九害が過半数以上集まるなんて(・・・・・・・・・・・)

 

その発言を驚愕に値するものだった。

彼を含む九害は常に何らかの任務を受けており、二名揃うのだって少ない。

それが過半数集まったというのは紛れも無く異常事態である。

 

「オレとお前以外は任務では無いがな」

「それにあの小娘もまだ九害では無いだろう」

 

スーツを着こんだ男と二足歩行の猫を思わせる可愛らしい外見をした生物。

どちらも野太く低い声音だったが前者は冷たく感じる声色をしていた。

 

「まあそう言うなよ、獣兵衛くん、犬井くん、」

「俺たちにくんを付けるのはお前くらいのものだ」

 

二足歩行する猫、獣兵衛は頭を軽く掻き首を振るう。

可愛らしい外見に動作だったがそれで侮る人間などこの場にいるわけも無し。

 

「オレ達が来る必要は有ったか」

「そりゃあ有るよ、僕は直接戦闘は専門外なのさ」

「この光景を作っておいてよく言ったものだ」

 

彼らの周りに広がっているのは倒れた少女達。

一人二人では無く数十人規模の集団。

この地べたで這いつくばる彼女達がオベイロンの拠点である屋敷を守る護衛だった。

 

「僕が担当したのは三割ぐらいだろう、残りは君達前衛二人がやってしまったじゃないか」

「後方の術者がそれをやれるのが異常だと言ってるんだ」

 

胡散臭い笑みを浮かべながら

 

「殺すのは禁止だからね、苦労したよ」

「貴重な精人、それも数年オベイロンの元で生き残っている優秀な人材が揃っているからな」

 

スーツの男、犬井はギロリと睨むような視線をピルルクに向かわせる。

殺意は籠ってはいなかったが実力差を理解している彼女からしてみれば絶望が深くなるだけだ。

 

「おいおい、熱烈な視線をか弱い女の子にぶつけるもんじゃないよ」

 

その視線から隠すように軽薄な男、忍野メメは二人の間に立った。

 

「か弱い?、むしろ強いだろう?」

「そんなんだから娘からパパ、臭いって言われるんだよ」

 

厳格な顔をしていた犬井の顔が初めて変わった、驚愕の表情へと。

 

「何故知っている」

「いやなに僕の教え子の一人と、彼女は知り合いなんだよ」

「あの変態では無いだろうな、もしそうならお前ごと潰すぞ」

 

大人げない殺気をメメに叩き付ける犬井を呆れた様子で見守る獣兵衛。

彼は自らの横に居る男に話しかけた。

 

「すまんな、うるさくして」

『かまわん、雑音が一つ二つ増えた所で俺のすることは変わらない』

 

【彼方からの演奏】

無数に存在する楽器の一つであるサックス。

特注品のそれで彼はこの世界全ての音を作り出す。

その男の名はミッドバレイ。

ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク。

今現在この場に居る全員の生体反応と物音を消去している男である。

彼は今現在も演奏を続けている。

それならば何故獣兵衛と会話できるのか、その理由は己の声音と全く同質の音程、音階、音質を演奏に織り交ぜ、獣兵衛のみに伝えているからだ。

 

「やはり凄まじいな、お前の技巧は」

『俺からすれば最速で音を越えて移動できるお前らの方が化物に見えるよ』

「いや俺はまだその領域には入っていない、精々亜音速程度さ」

『その時点で怪物と気づけ』

 

端から見れば一切発言していない男に話しかける二足歩行の猫という奇妙な光景がその場に広がる。

それを不思議そうに見るピルルクに犬井の追求を振り切った忍野メメが話しかけた。

 

「おやおやどうしたんだいお嬢ちゃん、もしかして喋る猫を見たのは初めてかい」

 

知り合いと会話するように気軽に話しかけて来た彼にピルルクは驚きで肩を揺らしながらも反応した。

 

「いえ、獣人は幾度も目にして来たのですが獣兵衛様はそのどれもと違うので」

 

獣人と分類される種族は多かれ少なかれ人間的特徴が存在する。

それがピルルクに取っての常識でありこの世界の一般知識でもあった。

 

「ああそれは簡単だよ」

 

手に持つ煙草を弄びながら忍野メメは顎で獣兵衛を指す。

 

「彼はそもそもとして獣人とは種族が別なんだよ」

 

その時の感情を彼女はどう表現すればいいのか解らない。

意図も容易く自身の常識が破壊されたのだから無理もないだろう。

 

「種族が別とは、一体?」

 

言葉が詰まったのは彼から告げられた真実による衝撃だろうか。

ピルルクは獣兵衛から目を離すことが出来ず、そのまま横にいる忍野に問いかける。

 

「そもそも亜人に分類される種族は純人種に起きた<始まりの祝福>と呼ばれる遺伝子異常から生誕したとされている、それは知っているかい」

 

コクリ、と可愛らしく頷く彼女を見て忍野は話を続けていく。

 

「獣兵衛は違うのさ、その真逆、猫に起きた突然変異種、ただ一匹だけの単一種族、それに魔人ときたもんだ」

 

【異常個体】【魔人】【九害・最匈】

忍野が浮かべたその瞳の色はどこか憐れんでいるようにピルルクは感じた。

 

「彼は永遠に孤独なんだよ」

 

悲しげに目元を歪ませた忍野に獣兵衛は振り返った。

 

「何を勝手に俺の人生を悲観しているんだ」

 

ひょこひょこと可愛らしく移動しながら忍野メメの前に彼は立つ。

 

「俺の人生の価値は俺が決める」

 

瞳は鋭く、決意は硬い。

つまりは彼にとっては忍野が認識とは違う事を意味しており。

 

「ごめん、他人がどうこう言うもんじゃなかったね」

 

それが解らない忍野では無かった。

 

「ああ、俺も自分の事をあまり話さないからな」

 

獣兵衛から僅かばかり漏れ出ていた怒りは消失した。

 

「それに終わったらしいぞ」

 

十個の瞳がオベイロンの屋敷に集まる。

戦闘という名の拷問が終わり、悠々と白無苦が入り口から出てくる。

それがその日起きた出来事であり、数年以来の九害が複数人集まった日となった。

 

■●■●■●

 

それの意識が回復した。

光も音も感じない場所でそれ、オベイロンは目を覚ました。

ここはどこなのか、あれから何時間経ったのか。

そんな様々な疑問が生まれそして立ち消える。

暗闇の世界でオベイロンは混乱していた。

それから数時間、あるいは数日は過ぎた所で闇が晴れる。

久し振りに光を実感したオベイロンは存在しない瞳を細め、光の中にいる存在を見極めた。

 

『やあ、オベイロン君』

 

映ったのは白衣を身につけた一人の優男。

その男をオベイロンは知っていた。

地下都市ノアの支配者、七罪王の一人、『強欲』を司るその男、茅場晶彦を。

オベイロンは彼を認識して声を荒げようとする、しかし出来ない。

何故なら彼には声帯が無いのだから。

 

『これを見ているのかはどうでもいい』

 

茅場晶彦は口を開いてはいない。

つまりは魔法の一種、念話に分類される代物だとオベイロンは推測した。

そうと判れば彼は魔力を伝って相手の位置を把握しようとするが、出来ない。

 

『今頃君は無駄な事をしているのだろう』

 

茅場晶彦が放つ言葉一つ一つにオベイロンは感情を読み取ることが出来なかった。

殺意が籠った冷徹さでも、憤怒に塗れた憎悪でもない、ただただ平坦な言葉が優男の姿をした存在から放たれる。

 

『現在の君には魔力も肉体も存在しない』

 

世界が、切り替わる。

優男から一つの光景へ。

オベイロンの視覚に映り込んだ光景は衝撃的なものだった。

半透明な液体の中でプカプカと浮かぶ一つの脳。

 

『この脳以外にはね』

 

それが己の脳であるとオベイロンが理解するのに数分、受け入れるのには数倍、あるいは数十倍かかるのだろう。

思考が今現在の状況を呑み込む事を拒否し、現実からの逃避を始める。

しかし変わることがない純然たる事実が彼を追い詰めていく。

 

『おや、脳波が揺れたね、これは恐怖か憤怒かは私には解らないが以外と愉快なものだな』

 

その顔に笑みは無い、けれどどこか楽しそうな声色で茅場は告げる。

 

『ああ、安心したまえマナフレアの検体は貴重なんだ』

 

子供に言い聞かせるように優しく丁寧に。

 

『細胞の一片に至るまで有効活用するとも』

 

けれどもどこまでも冷たく。

 

『だから安心して活用されてくれたまえ九害改め備品兼実験体のオベイロン君』

 

オベイロンが意識の中で上げたその悲鳴は誰にも理解されることもなく、届くこともなかった。

 

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>九害改め備品のオベイロン
別にこいつ弱くは無いです、ただ相手が和マンチだっただけです。
スピリットの大群、「結界張って呼べなくしてもらって他の九害に任せます」
膨大な魔力、「魔法唱える前に拷問アタック」
エンジェルハイロゥ、「素人の剣が当たるわけないだろ!!」
以下他にも色々用意して対策とってました。

>拷問少女❤️白無苦ちゃん
元ネタはテッドさん主人公のネット小説でのヒロインの一人。
えげつけない初見殺しを大量に持ってるし、狂ってるけど和マンチ戦法取りまくる。
一応テッドさんが口説く予定。
頑張れテッドさん。

>一番不憫な子ピルルク
屋敷の情報リークしたら何か九害が大量に来た。
この後七罪王の一人と交渉してスピリット達の部隊を率いることになる。
口調が解らねぇ。

>最強だが娘に弱い犬井さん
神城紫杏の姪にあたる義理の娘を持つ。
最近思春期に突入した彼女の言葉が一番傷付くらしい。
赤白帽の男に一度敗北したらしいが?。

>たぶん未来で過労死するであろう忍野メメ
セブンスドラゴンの被害地域の修復を担うことになる男。
いずれ来る深海沈めるドラゴンに対しての切り札。
頑張れ❤️、頑張れ❤️。

>喋る猫獣兵衛
多分九害の中で最もまともな人格の持ち主。
彼が担当したスピリットの負傷はいずれも軽傷だった。
切り札は亜音速移動による攻撃、相手は死ぬ。

>ちょっと何やってるか解んないですミッドバレイ
多分単純な技巧なら一番九害の中で洗練されてるんじゃないかな。
ただの技量による念話が可能、こいつがいると魔力反応なしで連絡が取り合える。
一番組ませてはならないのは獣兵衛、無音で亜音速の猫が突っ込んできます。


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暗黒産業の章
密造酒の章



  『酒が無くちゃ生きられない人間もいる』


      《伊丹空亡》

 


酒は百薬の長とはよくいったものだとボバ・フェットは思った。

少なくとも彼の目の前に広がる光景はそれとは違う。

真っ赤な顔をした男が三人店の床に寝っ転がっているのだから。

 

「まさか尾形も飲むとはな」

「半ば強制的だけどね」

 

彼の座るカウンター席の前にいる女。

眠れる怠惰亭の隠し部屋の主、太刀洗斬子は変わらない笑みをその可愛らしい顔に浮かべていた。

 

「今日の仕事はなんだ」

 

彼ら四名をこの場所に呼んだということは間違いなく仕事の依頼だ。

それも間違いなく厄介な。

 

「それだよ」

 

小さな指を向けたのは彼の手に握られた一つのガラス製のコップ。

その中に入った液体、つまりは酒だった。

 

「酒か」

「そうそれも密造酒」

 

ニコニコと変わらない笑みのまま彼女はそう告げる。

 

「何故だ、密造酒なぞこの業界でも初歩も初歩だろうに」

 

彼の言葉は正しい。

密造酒とはその名の通り公的に許可を取ることなく作成した酒のことだ。

品物としても劣悪な物が数多く、健康に被害を及ぼす物も珍しくはない。

だがそんなものであれ酒は酒なのだ、生きるのが辛い人間は酒に頼る。

密造酒の利点はその安さにある、そこらにいる乞食でさえ変えるほどに格安で販売されているのだ。

ゆえに新興組織が資金稼ぎに弱者を貪るための手段として使われる。

長年闇の世界で生きてきた彼にとっては基礎知識といってもいい。

 

「けど今回は違うんだよボバくん」

「ボバくんはやめろ、それでどういうことだ大刀洗」

 

彼女は勿体ぶった調子で口を広く。

 

「ムーンシリーズて知ってる」

「いや、酒造業界について俺は知らん」

 

やれやれと女は首を振った。

 

「そんなんじゃ女の子にモテないよ」

「女に言い寄られたいわけではない、さっさと本題に入れ」

 

彼からの催促で件のムーンシリーズの説明を彼女は始めた。

曰く、あまりの美味さ故飲むことを禁止された酒だという。

今現在密造酒に分類されるそれは持つことさえ禁止されているかららしい。

例えば吸血鬼のための酒、月の血(ムーンブラッド)

ある生物の生き血を使ったその酒は吸血鬼にとって麻薬に等しい美味さだったらしい。

人間が飲んでも美味極まりなくそれを狙って襲撃に逢った吸血鬼もいたらしい。

様々な種族や年代に合わせて作られたその世界最高の美酒達、ムーンシリーズ。

その中でも史上最高と呼ばれる一品、月から堕ちる(ムーンドロップ)

言語で言い表すことが出来ないその旨さは神すら求めた言われる。

一瓶二千万ゴルの値段で取引されたそれは瞬く間に消費されもう残っていないとされている。

表では。

 

「実はさ、それを作った人間の娘が今回の依頼者なのさ」

「そうか」

 

彼女からそのことを告げられても彼の表情が変わることはなかった。

 

「えぇ、驚くとこだよここ」

「そんな器用なことは俺には出来ん」

「ま、いいけどさ」

 

彼女が座る安楽椅子が体重を預けたことで軋んだ音を発てた。

 

「今回の依頼はその子をある場所に連れていくこと」

「何処だ」

「本人から聞いて、まあ依頼人との合流地点を聞けば君なら解るだろうけど」

「了解した、起きろお前達」

 

床に転がる仲間を蹴り上げ、四人は準備を行う。

雇用主である女から送られた情報で目的地を推測しながら。

 

■●■●■●

 

その場所の空気は薄い。

事前に用意しておいた器具が無ければ死に至る程に。

その場所は暴風が吹き荒れている。

空を自由に飛ぶ竜でさえ飛行困難な程に。

その場所は寒冷極まりない。

万全な対策を施した装備に身を固めた彼らさえ寒く感じるほどに。

空気が薄く、暴風が吹き荒れ、氷冷なるその場所、名称はロックダウン。

この世界最高峰の岩山である。

 

『さすがにきついな相棒』

『ああ、しかしまだまだ続くぞ』

 

彼ら四名が数時間連続で登っているが頂上はまだ見えない。

このロックダウンに生物は定住することは出来ない。

それは生物を拒む環境もそうだが他にここに住まうある存在に起因している。

ここに住む存在を知っているボバ・フェットからすればこの山を登るのは盛大な自殺と同義だ。

できるならば今すぐ降りて都市へと帰還したい。

だがそうはいかない、大刀洗斬子が自分たちに依頼するとは失敗不可能の場合だ。

この依頼を失敗したのなら彼女の評価は落ちるだろう。

そしてその手足である彼ら四人も。

 

『本当に大丈夫なんだろうな依頼人』

『はい、どうか信じてください』

 

胸の内から発生する恐怖を抑制しながら自分たちに依頼した人間に彼は疑問をぶつける。

最後尾にいるアスラの背にいる依頼人がその質問に答える。

根拠が不確かではあるがそれを信じて登るほかないのが今の現状だった。

一切の登山器具を持たず己の肉体のみで登るアスラの背にいるのかというと一番安全だからである。

先頭を行くボバ・フェットでは身に纏う特殊な鎧のため背負うことができない。

二番目を行くテッドは機材を持ってきている。

三番目の尾形では人を背負うことができない。

その三名が背負え無いのなら残ったのはアスラ。

埒外の身体能力を持つ彼ならば依頼人の少女は軽い荷物に過ぎない。

 

『もう数十分登れば一日目の目的地へ着く』

 

【戦場作法・作戦立案】

今までの経験と努力からこの山の地形を割り出し企画をリーダーである彼は立てていた。

彼の言葉どおり数十分登れば休息可能な場所へと着く予定である。

 

『ところどころに亀裂がありますがそこではだめなのですか』

 

依頼人の少女の言葉は正しく長年の雨や風で飛ばされてきた砂で削れたのか所々人が入れる大きさの亀裂があった。

その質問に彼は答える。

 

『ここに走る亀裂は雷の通り道だ、入れば死ぬぞ』

 

そういって登る岸壁から石を取り件の亀裂えと投げ入れる。

コンコンと石と石が当たったことで音が発生し、雷鳴が迸る。

 

『ほらな』

『ほらな、じゃねぇ先に言えバカ』

 

突如として鳴り響いた轟音。

それを発生させたボバ・フェットにテッドは文句を言った。

 

『当たらないように計算したからいいだろう』

『言わない理由にはなんねぇだよ、変なとこで天然になるんじゃねぇ』

 

文句をがなり立てるテッド、それに謝罪するボバ・フェット。

ある種子供じみたそのやり取りにおもわず依頼人の少女は笑ってしまった。

自身が立てた笑い声に気付いた彼女はすぐに謝罪する。

 

『すいません大変なのに』

『いいさ、チーム組んで長いのによく飽きねぇもんだよ』

 

特殊な装備に身を包んだ少女は重い。

元々の体重の一・五倍に増加した少女を容易く持ち上げる男、アスラ。

【轟怪力】【超タフネス】

彼に驚愕しつつも少女は疑問を呈する。

 

『しかし依頼して即日登るとは思っていませんでした』

『あいつ曰くあんたとの合流場所さえ判れば目的地は把握できるらしいぜ』

 

それはノア周辺の地理を理解している彼にとっては造作もないことだったが酒造関係以外には疎い彼女にとっては理解の外側の技術だった。

 

『やはりプロの方は凄いのですね』

『はは、プロはプロでも闇が付く方のプロだがな』

 

己の背に乗る少女、その重量を感じながら彼は岩壁を登っていく。

他の三名のように登山器具を用いることなく己の腕と脚のみで。

 

『どうした、尾形ぁ、元気がねぇな』

『うるさい、山を登るのは久しぶりなんだよ』

 

まるで獣の如く駆け上がっていくアスラの前には息が切れてきた尾形の姿があった。

彼も十二分に高い体力を持っていたが人域の外側にいるアスラ程の身体能力は持ってはいない。

狙撃手である彼の仕事は高速で移動することではなく、待ち続けスコープの内側で殺し続けることだ。

故にこのような肉体労働中心の仕事は苦手である。

よく使う火蜂を利用した移動法もこの吹き荒れる風の中では使えない。

 

『こんな場所に何があるんだ』

『行ってみりゃわかるさ』

 

おそらくロクでもないものだろうが、と続けようとしたその言葉を飲み込み彼らは登る。

リーダーであるボバ・フェットの予想通りの空洞がポッカリと空いていた。

 

『さすがだな相棒、これで休める、尾形』

 

その場所で全員が睡眠可能であることを確認したテッドは尾形が持っている品を要求する。

 

『あいよ』

 

簡素な返事と共に尾形が取り出したのは一つの球体。

カプセルと名付けられたその道具を空洞に投げ込む。

そうすればみるみる膨らみ一日だけの居住空間が制作された。

七罪王が一人強欲が作成したその一品は言うまでもなく高級品であり貴重品だ。

それを惜しみなく使える今回の依頼は厄介極まりない。

 

『今日はここで休むぞ』

 

ボバ・フェットが言葉を発する前に今日の宿に仲間が入っていく。

吹き荒れる風の音のみが残り、彼も仲間を追って内部に入っていった。

 

■●■●■●

 

重苦しい装備を空間の端に集め、一息つく。

絶対安全な場所では断じてないがそれでも十分なほどにこのアイテムは信頼できる。

最低限の警戒と武装に身を包み、彼らは眠りに着く、ことはない。

 

「どうして嬢ちゃんはこんな山に登るんだ」

 

テッドとアスラはまだ体力が有り余っている。

そのため談笑が始まった。

呆れた表情で彼らを見つめる尾形とボバ・フェット。

見慣れたその表情を無視して彼らの会話は始まった。

 

「あるものをお渡ししなくてはならないのです」

 

自身の小さな胸に手を当てて彼女はそう言った。

彼女の名前は伊丹重音、ムーンシリーズを作成するであろう逸材である。

 

「あるもの?、そいつはなんだ」

 

当然の疑問を彼女に放つ。

 

「申し訳ありませんが言えないのです、約束なので」

 

深々と頭を下げる彼女に毒気を抜かれ、テッドは首を振る。

 

「それにしてもあのムーンシリーズの後継者がこんなお嬢ちゃんなんてねぇ」

 

ジロリとテッドが重音を見た。

テッドという男は多趣味な人間である。

その数多く存在する趣味の一つとして酒もコレクションしている。

故に酒の中でも伝説であるムーンシリーズのことも知っていた。

何百年前から続く半ば伝説と化しているその酒達。

四人の中で最も高揚していたテッドは目の前にいる小柄な少女に疑問が生じている。

 

「お嬢ちゃんではありません、伊丹重音です」

 

気丈な光が彼女の瞳に灯る。

同様に凛とした面構えへと彼女の表情は変わった。

それは自身の仕事に対しての誇りであり、使命感なのだろう。

ああ、これは厄介だな。

そうテッドは認識し、メンバーも同じように理解した。

誇りとは鎖のような物だ、その道筋から逃げられない用にする。

生へと繋ぎ止める命綱にも、才能を潰す重石にもなりうる物だ。

この娘はどうなのか、見極める必要がある。

それが長年闇の世界で生きてきたテッドの見解だった。

 

「すまねぇ、言葉が過ぎた」

「いえ、こちらも声を荒げてしまい申し訳ありません」

 

表面上和解した両者だが室内に重苦しい空気が満ちていた。

アスラは考えるのを放棄し睡眠に入り、尾形も面倒事を察知して同様に意識を断った。

残ったのはチームのリーダーであるボバ・フェットのみ。

今まさにテッドにとって彼は最後の希望だった。

 

「テッド」

「何だ相棒」

 

重苦しい空気、それを気にせず彼は口を開いた。

 

「ムーンシリーズについて教えてくれ」

「造ってる奴が目の前にいるだろう」

 

伝説の酒、ムーンシリーズ。

その創造主である人間が目の前にいるにも関わらず、彼は自身の相棒に質問した。

 

「今回の報酬の売値には客観的な視点が必要だ」

 

この依頼の報酬。

それは彼女が秘蔵するムーンシリーズの一本。

間違いなく数百万ゴルに達するであろうそれは今現在無価値に等しい。

何故ならば専門家ではない彼らにとっては正確な指標が存在しないからだ。

そしてそれがわからない二人では無かった。

 

「重音ちゃん、年は?」

「二百が六つ、四百が四つに、五百が三つです」

「鮮度は」

「酸化等は完璧に防いでいます」

「堕ちはねぇよな」

「ありません」

 

専門用語が彼の目の前の男女から溢れ出す。

何を言っているのかは彼には解らない、恐らくは交渉しているのだろう。

彼と彼女はその酒の価値を理解している。

それはつまり報酬の増減が出来るということだ。

最低でも数回の難しい仕事に匹敵する報酬が得られるがそれでも高い報酬が欲しいのが人情である。

テッドは報酬を増やしたい、重音はそのままにしたい。

お互いの思惑が混じり合い、二人は騙し合う。

そして交渉の結果。

 

「六百が一に、二百が二つです、これ以上は無理です」

「よし、それでいこう」

 

【箱入り娘】

【暗黒都市の掟】

テッドが交渉を有利に終わらせた。

酒造り以外をやって来なかった少女と長年暗黒の都市で生きてきた男、当然と言える結果と相成った。

 

「やったぜ相棒」

「よくやったテッド」

 

悪どい笑みを浮かべるテッドを彼は称賛する。

しくしくと涙を流す少女の反対側で悪党たちは笑みを深めた。

 

「しかしどこで売る?、太刀洗に任せるか?」

「それだと何割か持って行かれるだろう」

 

彼らはブラックマーケットの様な市場へ流す技術は持ち合わせてはいない。

つまりはどれだけ希少な品物を持っていたとしてもそれを販売するための販路が無いのだ。

それを鑑定できる知識と技巧を持つ人間が存在する場所でなければいかな伝説の財宝だって意味が無い。

鑑定する技術も販路も持っている人間、知り合いであり雇用主である太刀洗斬子がそれに当て嵌まっているが彼女に頼ることはしない。

一度頼めば依存してしまう、新たな方法を考えることが出来なくなる。

思考の固定は死に繋がる、もしも太刀洗斬子が死んだ場合の事も考えておかなければならない。

そうしなければ死が早まる、復讐を果たすまでは彼は死ねなかった。

 

「鑑定が出来て金が十分手に入る場所か」

「ああ、出来れば金を即日用意できる場所が望ましい」

 

二人は頭を悩ませる、長年生きてきたあの都市の全てを彼らはまだまだ知らない。

そして結論が出たのは同時だった。

 

「「オークション」」

 

ノア最大のカジノであるエルドラドでは特定の日にちでオークションが開かれており、近々開催が予告されていた。

間違いなく今回の依頼で持ち帰る酒は高値で競売される。

 

「名案だな」

「まったくだ」

 

お互いに頷き合い、そして三人の人間は眠りについた。

 

■●■●■●

 

早朝に彼らは起床し外に出る。

未だ暴風が吹き荒れている外部との気圧差で吹き飛んだボールを尻目に彼らは登頂を開始する。

ロックダウンの頂上に近づくほど岩石に含まれるマナの密度は上昇し頑強になっていく。

登山道具のひとつであるピッケルは用意しておいた数は半分に減っていた。

 

『あと数分で頂上に着く、準備はいいか依頼人』

 

昨晩と変わらずアスラの背に乗っている少女にボバ・フェットは告げる。

彼女は覚悟を決めて返答した。

 

『はい、お願いします』

 

その言葉と共に四人の男たちの動作は加速する。

動作は決して淀まず止まらない。

先頭を行く一人の男の指揮の賜物だろう。

【小隊指揮】

そして先ほどの宣言通り、数分後に彼らは頂上へとたどり着いた。

彼らの目の前に広がった光景は雲の海だった。

先ほどまで吹き荒れていた風も今では感じない。

まるで別世界のように穏やかな環境。

彼らが到達した岩山の頂点は平らな盆地だった。

岩の表面には苔が生え、緑がその場所には広がっている。

ボバ・フェットの予想以上に頂上は広い。

本来自然現象で発生した山岳ならば上方向に向かうほど細くならなければならない。

その真反対の光景がそこには有った。

例えるなら不安定な棒の上に皿を乗せたように不釣合いな場所。

まず間違いなく自然現象では発生しない地形、つまりは異常な法則で組み上げられた場所。

常に張っている警戒を引き上げ、全員が武器を用意する。

 

「何じゃお主ら」

 

それは余りにも突然現れた。

様々な方法で張られた警戒網をすり抜けて。

あるいはその場所に顕現したとも言える。

【空の大精霊】【凝縮出現】

彼らはその言葉よりも早く動き出していた。

アスラが己の背にいる少女を超低空で投げ捨てる。

最低限死なない速度で投げる動作と共に攻撃に移行する。

アスラが突っ込むと同時にテッドが二振りに剣で切り込む。

【迎撃態勢・戦いの記憶】【轟怪力】【重奏連撃】【連携行動・剣】

【迎撃態勢・荒野の掟】【機巧剣・技剣】【早撃ち】【連携行動・拳】

長年の共闘から発生した連携に言葉は要らず、淀むことなく行動した。

三流なら五臓六腑が弾け飛び、二流なら半端な実力な為に致命傷を避け生き地獄を味わい、一流でも間違いなく負傷する。

だが目の前にいる存在はそのどれもと違う。

【天に等しきもの】

この世界において絶対者と分類される超常の存在である。

アスラが放った個人へ向けられた絨毯爆撃の如き怪力と魔力を含ませたその連撃は鋼鉄を砕く事さえ可能なその一撃。

人間ならば臓腑が潰され、複雑骨折になり、血肉が空間に飛び散る。

そんな攻撃を事もなさげにその存在は捌いた。

【無窮の記憶・再生】【疑似肉体・膨張増殖】

遥か昔に相対した拳士の技巧を吐き出す(・・・・)

黒い人型が膨れ上がり、弾ける。

そこから現れたのは無数の腕。

まるで雪崩や津波の如く、人間の腕が増殖したった一人の人間に殺到する。

アスラ放った連撃は複数の腕を消し飛ばしたがそれを越える数で彼を殴り飛ばした。

 

「ガぁッ、こいつッ」

 

【回し受け】【超頑強】

避け、流し、カウンターをアスラは放つ、しかしあまり意味が無かった。

単純な話だ、物量の差である。

たった二本の腕、脚を加えたとしても四本。

相手側は百を越えている、しかもそのどれもが武芸を行使している。

あまりの攻撃量に空に浮かんでも攻撃が止むことは無い。

数十の打撃を空中で受け、アスラは投擲されたボールの様に回転しながら高速で吹き飛んだ。

視界が廻り、回る。

急速に変化していく視界を止める為にアスラは手を伸ばす。

地面、つまりは岩の床に拳を叩き込み無理矢理回転を止めた。

並みの人間では出来ない、出来たとしても突き刺した腕の肉と骨がひしゃげ複雑骨折を起こすか千切れ飛ぶかのどっちかだ。

そのまさに超人の技を彼は行った。

【超人】

人域を超えた肉体を持つ彼の肉体に激痛が走る。

身体へのダメージは少ない、精々薄皮が一枚破けた程度だ。

だが精神的な物は大きかった。

破けた皮膚の先にある痛覚神経が砂と岩で擦れ肉体に痛みを伝える。

それを無視して突き刺さった己の腕を引き抜き戦闘に再び参加する為に地面を疾走する。

【超俊足】

テッドはそれを流し目で観ながら攻撃を開始する。

行使する技は技剣と呼ばれる剣術。

聖練に伝わり、数十、数百に渡る型と返し技、人体駆動力学に基づく論理的な剣術体系を納めた使い手の技。

この国ではそのデータがインプットされたメモリーチップが存在する。

質はピンキリであり使い手の技量も元々一定まで無ければ意味が無い。

出来損ないの操り人形の如く歪な動きにしかならない、対人ではそれは余りにも重い足枷となる。

それを彼は己が持つ剣の柄に組み込んでいる。

剣が行う動きに己が行う動作を組み合わせ、自己流の剣技を編み出した。

様々な機構を組み込んだ剣を己の肉体の如く操り、戦う剣技、その名も機巧剣。

今現在彼のみが持ち得る独自の剣技である。

その剣技が風を切り鋼の刃が膨らんだ黒い人型に向かう。

そしてその黒い人型は身動きすらせずその銀色の軌跡を受け入れた。

【疑似肉体・分裂】

そしてその軌跡をなぞるように黒い人型は切り分けられた。

テッドは驚愕する。

一切の手応え無く切断できたことに。

柔らかなケーキよりも遥かに軽く柔らかに、まるで空気をそのまま斬ったかのような感覚が彼に伝わる。

 

「まあ、中々よい太刀筋だったぞ」

 

ふわりと風船のように切り裂かれた上半身が浮かぶ。

【自然感応・マグネットパワー】

テッドがその上半身に引き寄せられた、まるで磁石と磁石が引っ付こうとしているかのように。

 

「クソがッ」

 

体幹がずらされ、重心が揺れる、剣筋が乱れ、力が抜ける。

それは単純なまでの武技殺しにして格下殺し。

逸脱した武芸を持つ人間が多いこの世界。

それに対する対策もまた多い。

超越者の領域にいる存在は多かれ少なかれその対策を持っている。

獅子が兎を本気で狩るように大人気なく生物として上位にいる存在がそれを行う。

それは弱者である人間にとっての絶望。

誰もが膝を折り、屈するその現実を殴り飛ばしていく人間も多いが大多数の人間はそうでは無い。

今現在黒い人型が行使している技こそがその武芸に対する対策だ。

マグネットパワー、それは電磁力操作。

圧倒的魔力により己の肉体を電磁石のように磁力を手にいれる技である。

人間が装備する武器や防具には大なり小なり金属が使われており、中には生態武器と呼ばれる例外も存在するが今この場にそれを持っている人間はいない。

そんな武器や防具を肉体と融合させるように人間は鍛練し精密な機械の如く武芸を身に付けていく。

己の肉体と一体化した武器、防具が思うように動かなくなる。

それは正しく精密機械を壊すようなもの。

魔技や神業を放ってくる六勇者、十二英傑との戦いで作り出した彼の武技対策である。

なお、何度かぶっ飛ばされ、消し飛ばされた経験から産み出された技である。

【YRS】

 

「あのバカどもクラスで無いならばやりようはいくらでもあるわぁ!!」

 

過去のトラウマを叫びながら引き寄せられたテッドを殴り飛ばす。

衝撃と音が鳴り響く。

先程と同じ人間が吹き飛ぶ光景が広がる、筈だった。

 

「チッ、お気に入りだったんだがなぁッ」

 

腕に来た衝撃にテッドは舌打ちを一つ打つ。

何て事はない、柄から剣身を取り外し盾にしただけだ。

それだけでは防ぐ事は出来ない。

出来たとしても代わりに殴られた剣身がこちらに飛んできて負傷する。

それが起こらなかったのは彼の相棒、ボバ・フェットのおかげだ。

剣身が殴り飛ばされた瞬間、その真横から弾丸が命中し軌道を変化させた。

【援護射撃】【百発百中】【連携行動・銃】

声を一切出さず、視線を介さず、ただの経験と勘から産み出されたその技。

それを認識した瞬間に間髪いれずに追撃を行おうとしたその人型の顔面に蹴りが叩き込まれる。

アスラである。

その俊足で地面を疾走して人型の顔面にドロップキックを放ったのだ。

人型が人外の膂力により切り揉み回転しながら吹き飛ぶ。

そして着弾。

土煙が発生し、その場にクレーターが生まれた。

そこから悠々とこちらに向かってくる人型を見ながら彼らは情報を共有する。

 

「殴った感触が浅ぇな」

「衝撃が吸収されているのか?」

「フルメタルジャケットでは意味もない、攻防の合間に発射していたが通過していた」

「おいおい無敵かよ」

「完全無欠の存在などいやしない」

「精々足掻くか噂の万象王相手に」

 

この山には怪物が住まう。

その名は万象王。

遥か昔からこの山に住まい修羅英傑と戦った存在である。

そして今その存在に彼らは戦いを挑んでいる。

しかし目的は勝利ではない。

もっと別のものだ。

 

「もうおしゃべりはいいかのう」

 

流暢に人語を話す万象王に彼らは返答する。

 

「かかってこいよクソ爺」

「はっはっは、よかろうその挑発にのってやる」

 

人型が膨らみ、異形へと変わる。

それに向かって彼ら三人は突っ込んだ。

 

■●■●■●

 

彼女が始めに感じたのは衝撃だった。

自身の顔を叩かれる痛みで彼女は目を覚ました。

 

「こ、ここは」

「起きたか」

 

目の前に写ったのは髭を生やした男の顔。

思わず飛び上がり、後ずさる。

 

「その反応を見れば異常は無いな」

 

冷たい瞳で彼女を見下ろしながらながら尾形は口を開く。

 

「さっさと例の物の準備をしろあと十数分しかもたんぞ」

 

尾形の視線の先では彼の仲間が激闘を繰り広げている。

命を奪う魔手が、弾丸が、剣閃が。

無数の形をした異貌の存在とぶつかり合う。

【修羅道】【夢幻羅道】【強者の矜持】

【天に等しきもの】

その光景に圧倒されながらも重音は己の役割を遂行しようとする。

背中から来る痛みから来る涙をこらえながら己の懐から一枚の紙を取り出す。

それは彼女に託された父親からの手紙。

 

「いと尊き万象王様!!!、ここに我が父、伊丹空亡からの手紙がございます!!」

 

ピタリ、と異貌の動きが止まる。

そして暴風が世界を満たした。

【自然感応・殺戮の暴風】

まるでミキサーのように岩の表面が削り、そして空気と混ぜ混む。

正しく殺戮の暴風そのものとかした物が三名に叩きつけられた。

そしてそんな自然災害に対して三名が取った行動は壁を作ること。

テッドの鞘に残った十一本の剣身、そしてアスラで簡易的なバリゲードを製作した。

 

「ギャアァッ!!、てめえら」

「我慢しろ、しなければ俺たちが死ぬ」

「尊い犠牲になってくれ」

「あんま効かねぇにしても痛ぇもんは痛ぇんだよ!!」

「安心しろ、そう言えるのはお前が凄いからだ」

 

アスラの背中を掴み盾にしながら彼から発せられる罵倒を二人は受けながす。

殺戮の風が止む頃にはもはや異貌の姿は無く重音のすぐ目の前に先程の人型が居た。

 

「小娘、それは本当か」

 

万象王から放たれる圧力は彼らのような手練れであれ圧力を感じるような代物だ。

ただの小娘である重音が耐えられる筈がない。

【家族との誓い】

彼女の父親との約束が無ければ。

 

「本当です」

 

足が震える、手が震える、臓物が余りのストレスで痛み始める。

今すぐにでも意識を手放してしまいたい。

そんな生存本能に抗い、彼女は忽然と意識を保った。

 

「嘘なら殺すぞ」

「どうぞ、しかしこの手紙を読んでからにして下さい」

 

震える手で万象王へと重音は手紙を差し出した。

それを奪い取るかのように万象王は手にとって手紙を読み出す。

静寂が空間に満ちた。

そして数分後、万象王は手を差し出す。

 

「手紙通りなら渡せる筈だ」

「はい、未熟ではありますが」

 

彼女が持ち出したのは小型の陶器の瓶だった。

それは彼女の今の全身全霊を掛けた代物。

名もなき酒だ。

それを万象王は手に取りその場にただずむ。

 

「行きましょう」

「いいのか」

「いいんです、私がすべきことはやりました」

 

その彼女の言葉と共に彼らは己の道具を集め、山を去った。

 

■●■●■●

 

上空に浮かぶ月を見ながら万象王は渡された酒を飲む。

彼女の父親の酒を知っている彼からしてみれば未熟にも程があるその酒を心の底から上手いと感じたのは何故だろう。

 

「やはり人間は脆く、弱い」

 

この世界の常識を万象王は口にする。

長らく万象王が現世に留まって見つけた娯楽の一つ、それが酒だった。

自身の部下である存在が趣味で作った酒を口にしたのが始まりだ。

それがそいつの家族が酒を作り続けて自分の場所に持ってきた。

六勇者が強奪に来たこともあった。

彼らが作り出した酒はどれも旨かった。

その中でも彼女の前の代、空亡が作った酒が格別に旨かった。

何より面白い男だった。

夢を語る男だった、自分は世界で一番上手いと酒を作るのだと言っていた。

女に駄目な男だった、帽子をかぶった美人な女に酒を貢ぐような男だった。

その女が張った結界の中で万象王は生活している。

快適な空間ではあるが、少々窮屈であるのが欠点であるが満足している。

 

「バカが」

 

そんな彼が最後に娘に作らせた酒、それが今飲んでいる酒だ。

病床で痩せ細りながらも娘に酒の作り方を教え、導いた。

馬鹿だ、大馬鹿だ。

己に頼れば寿命なぞ伸ばせただろうに。

万象王から魔力が流れ出し、空間が撓む。

そして万象王はこちらに向かってくる存在を感知した。

 

「古龍か」

 

山の周囲の雲が盛り上がり巨大な龍が姿を表す。

 

「今の儂は機嫌が悪いぞ」

 

ボバ・フェット達に向けたものよりも遥かに巨大な殺意を身に纏わせ万象王と古龍の戦いは始まり、数分で決着した。




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>今回は話のメインじゃなかったボバチーム
報酬がアップしてホクホク、格上との戦闘経験でガッポガッポ。
そんな彼らの次の舞台はオークション。
いくらで売れるかな。

>趣味人、万象王
戦国妖狐の記憶が曖昧で口調がわからない。
戦闘も趣味のひとつで普段は張ってある結界の中で漂っている。
本気モードは全方位プラズマキャノン。
相手は死ぬ。

>可愛そうな依頼人、重音。
大人の汚さを知った少女。
知り合いに太刀洗が居てよかったね、いなかったらファック&サヨナラされてたよ。
酒造の才は父親に次ぐ、あとは経験を積むのみ。


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オークションの章

 

 『金も名誉も思いのままさ、勝てればな』

   《エルドラドの噂話》


絢爛豪華という言葉が形になった内装がその部屋に広がっている。

その数多ある内装の一つである椅子に座って二人の人間が向かい合う。

一人は今回のオークションの目玉になるであろう商品を持ってきたボバ・フェット。

そしてこの場所、エルドラドの支配人、神城紫杏。

 

「どこで手に入れたかは聞かん」

 

綽々と彼女は口を開いた。

類いまれな観察眼を持つ彼女は意尼目の前に座る男が持ってきた品物が本物であると理解する。

伝説の密造酒、ムーンシリーズ。

その中の一つである月の夢(ムーンドリーム)

まるで夢を見ているかのが如く多好感を体に発生させる酒。

彼女は何度かムーンシリーズを口にしてはいるが未だに慣れないほどに美味い酒だ。

偽物であるかどうかは考えてはいない。

事前に用意していた凄腕の鑑定士の保証、そして目の前にいる男が嘘をつけるような人間ではないことを彼女は知っていった。

 

「事前の取引通り二割をこちらが、残りはお前たちに送る」

 

書類を取り出しテーブルの上に置く。

粛々と彼はペン立てからペンを取りその書類に己の名前を記入する。

 

「高値で売れるといいな」

「そう願うさ」

 

彼女の言葉にそう返答し、彼はその部屋から退室した。

静寂に満ちた空間に一人残った彼女の懐に振動が発生する。

彼女とその部下に持たせている通信機だった。

 

「どうした」

『紫杏、侵入者よ』

「人数は」

『こっちで確認できたのは十二名、もう始末したわ』

「別口の侵入者は」

『間違いなく居るだろうけど人数が絞り込めない』

「ルート自体は絞り込めたか」

『ええ』

「ならば問題ない、和那と犬井で対処する、お前は内通者を見つけ出せ」

『了解』

 

会話が終了し通信機から音が止まると同時に彼女は思考する。

今日開催されたオークションの会場は一定の金額で遊んだ人間に向けて告知されている。

つまりは今回の襲撃者はそれを知っているということ。

それを元に彼女は記憶している情報を引き出し、推測していく。

【記憶術】【覇者の才】

そして浮かび上がった答えを通信機の先に居る人間に向けて告げる。

 

「犬井」

『ああ』

「殲滅しろ」

『了解』

 

簡潔なその一言が彼女が持つ最強の手駒への指令だった。

通信が切れ、二度目の静寂がその部屋に満ちた。

 

「笛吹か道化師か知らんが後悔させてやろう」

 

【黄金郷の主】【神算鬼謀】

彼女の思考が回り出す。

現れた敵対者の殲滅と虐殺のために。

 

 

■●■●■●

 

もう少ししたら競り合いが行われる場所に彼ら四人の男は居た。

今現在の彼らは高級なスーツに身を包んでいる。

 

「脱いじゃ駄目か、堅苦しくてかなわねぇ」

「我慢しろアスラ」

 

堅苦しいその服装を着なれていないアスラは鬱陶しそうに自身の首に巻いたネクタイを緩める。

それを咎めたのは尾形だ。

彼は没落はしたが名家の出身である為正装や政治等に関する知識は持っている。

【政治知識】Lv1/5

今現在彼ら四人がいるのは今日行われるオークションの会場、それもVIP席である筈の場所だ。

まるでオペラ会場の如く豪奢な装飾を施された客席が地面を埋め尽くす様を見下ろす席に彼らは居た。

本来こんな場所に座れるような財力を四人は持ってはいない。

なぜこんな席にいるのかというと競売にかけるムーンシリーズで発生する莫大な金が原因だ。

僅か二割とはいえ農民が数年は遊んで暮らしていける程の金額。

紫杏にとっては小金に等しいものだがそれでも多額な金がエルドラドに入って来る。

故に次の機会で有利な交渉を行う為にこんな限られた人間のみが入れる席に彼らは座っている。

四人が見下ろす人がひしめく空間に美麗な音楽が奏でられ始めた。

競売が始まる前の舞台の上にいる楽団の演奏、たしか演奏者全員が著名な人物だったことをボバ・フェットは耳にしていた。

恐らくこの場所の支配者のカリスマと金に魅せられたのだろう。

それほどまでに彼女のカリスマと財は人々を魅了する。

【超絶美貌】【カリスマ】【覇者の才】

嫌っている彼でさえその有能さには舌を巻く。

一体どれ程の才覚と努力をつぎ込めばあそこまでの富を築き上げることが出来るのか経済学者でも無い彼には想像出来ない。

彼が理解できるのは神城紫杏という人間は天才であり、ある種怪物ともいえる存在であることのみだ。

そう彼が思考している間に音楽家達の演奏が終わりを迎えた。

そして一度天井に設置されていた無数のようなライトが消え空間は闇に包まれる。

静寂が空間を満たして数秒した後一人の女が照らし出された。

その女は闘技場にて解説兼実況者である女だった。

先日のアスラが参加していた大会の決勝戦の実況者でもある彼女は以前のように熱狂させる声色ではなく、その反対の氷のように冷たい声で淡々と司会を行っていく。

 

「これより競売を開始します」

 

決して大声ではないその声が会場に響き渡っていくと同時に最初に競売にかけられる物品が映し出された。

様々な装飾が施された王冠がそこにはあった。

 

「始めの競売品はさるエルフの王が造りだし被っていた王冠です」

 

その王冠に彼ら四人は見覚えがあった。

殺された元九害、オベイロンの頭にあった代物である彼らは気づいた。

それに気がついたからといってどうすることも出来ないしする気もないが四人の話の種にはなった。

 

「おいおい、あんな野郎が被ってた王冠に金を出すのかよ」

「それを知らない奴等には超高級品の王冠にしか思えんのだろう」

「まあ見た目だけなら綺麗だな」

 

その言葉どうりみるみる売値がつり上がっていく王冠には惜しみ無く希少金属と宝石が使われており、細緻な装飾がそれと調和している。

見事というしかないその工芸品に使われた材料を知っている彼らからすればこんなものを買うのなんて金の無駄にしか思えなかった。

冷めた目で眼下で行われている競売を見下ろし、彼らはVIP席に用意されていた菓子をつまむ。

 

「あんな物でも好事家からすれば垂涎の一品なのだろう」

「それに俺達の仕事の複数回分の値段が付くとは涙が出るね」

 

ボバ・フェットと尾形はコーヒー片手に悪態を吐いていた。

軽い調子で発している声色は本気ではないが嘘でもない。

次の物品のオークションに熱中している老若男女の人間。

彼らは外国の貴族などの富裕層である。

聖練に所属する貴族や大商人、覇濤にて海賊を営む男。

なかには遠い島国である桜皇から来たものさえ其処には居た。

王国に所属する貴族などの人間は少なく、片手で足りる数しかその場所にはいない。

これは王国という国家に所属する人間を腹の内に入れるリスクが合わないからだ。

もしもこの都市の情報が漏れたならば何らかの形で王国は対策を練ってくるだろう。

もしかしたら噂に名高き六神武貴が変装して潜り込んでくるのかもしれない。

そんなもしもの出来事を考えたところで現実に起こる確率はこの上なく低い。

しかし絶対にあり得ない事はないのだ。

故に何十もの警戒を施してある。

 

「この酒美味いな」

「前の依頼でもらったやつはどうしたよ」

「貰ってすぐ飲んじまった」

「おいおい、もったいねぇな」

 

そんな小難しいことは知らんとばかりにテッドとアスラの二人は備え付けてある冷蔵庫から数本の酒を抜き取り飲み干していた。

魔導文明の遺産をレストアした代物であるそれはこの奉護において大ヒットを泊した商品でありTSUNAMIコーポレーションの人気商品だ。

こうした滅んだ文明の遺産から新しい道具や魔具を作り上げていくのが神城紫杏の会社の発端であり、主力産業でもある。

そんな国外に輸出されている高級品を十を越える数が用意されているこの場所は流石の豪華さと言えるだろう。

己の部屋には一つも置いていない代物ばかりが並ぶその空間。

緊張せず淡々とオークションの進行を彼らは見ていた。

この裏で起こっていることに気づかず。

 

■●■●■●

 

防音が施された壁や床を抜けて熱狂する声がその場所には響いていた。

 

「上は盛り上がっとるなぁ」

 

女はそう呟く。

無数の屍を見下ろしながら。

様々な方法でその死体の山は作られている。

首がへし折られピクピクと動くだけの肉体となった者。

頭蓋を消し飛ばされ壁の染みになった者。

臓腑に穴を空けられ悶え苦しむ者。

そんな多種多様な方法で作られた血生臭い芸術品の山。

 

「さっさと来てくれへん、こっちは予定が詰まっとんねん」

 

あくびを漏らすが如く目の前にいる集団へと彼女は言葉を放った。

闇に溶けるような漆黒にして全くの同一の装備に身を包んだ集団。

怪しさ満点の彼らを見つめながら女は口を開く。

 

「おかしな話やなあ、この場所知っとるなんて」

 

今現在のこの状況は彼女、大江和那にとって少なからず予想外の出来事であった。

彼女が今いるこの場所は競売品の保管室の通路である。

つまりは招かれない客が警戒を抜いて侵入してきたということ。

 

――――――やれやれやなぁマジで。

 

心の内でため息を吐きながら槍を持つ構えを変化させる。

槍を後方に手を前方に向けたその構えは彼女が受け継いだ茨城流の対人戦の基本の構えである。

すぐ後ろにある保管室の入り口をチラリと見つめて彼女は思考する。

自身の目の前にいるこの集団の狙いの詳細は不明だが間違いなく部屋の奥にある品物が目的であると。

そしてこの集団はそんじゃそこらのチンピラでもシャドウランナーでもない。

チンピラにしては実力がありすぎる。

シャドウランナーにしては装備が整いすぎている。

ならば考えられるのは暗殺者集団か―――――

 

「外国の暗部か」

 

ポツリと呟いたその声に僅かながら集団の中の一人の身体が揺れた。

それを彼女は見逃さなかった。

【鑑定眼(偽)】

ビンゴと心の内で呟くと同時に彼女は動き出す。

虚を取られた集団が一歩遅れて動き出す頃には一つ目の死体が出来上がっていた。

何てことはない重心を乗せた拳の一撃。

それだけで衝撃吸収機能が備わっていた装備を貫いて命を奪った。

狙いは心臓の真下にある大腸などの臓器。

【夜叉姫】【魔力撃】

魔力をのせて放たれた最短効率の一撃は容易く人の命を奪った。

彼女の動作は止まらない。

悪足掻きをする暇すら与えず前に倒れる最中に首をへし折る。

確かに死亡したことを手に伝わる衝撃で感じながら倒れ行く屍の肩を持つ。

そして跳んだ。

跳び箱を跳ぶように軽やかに。

【重力変転】

残り四人。

宙に浮かんだ彼女を狙い集団は毒牙塗られたダガーを投擲する。

光が反射しないように艶消しされたそれを投げる一連の動作はまさしくプロの動きだ。

それをわずかな身体動作だけで彼女は避ける。

そして床に槍を突き立て支柱に変えてけりを放った。

ポールダンスみたく槍を膝と太股に挟み綺麗に放たれた円を描く蹴りは残った四人の中の一人の首をへし折った。

残り三人。

またもや蹴り殺した人間の肩に踵を引っ掻け、それを始点にして移動を始める。

先程よりも高速で動く彼女に集団はダートを投げる暇もなく彼女の攻撃を受ける。

最大加速と体重が乗せられた槍が簡単に人間へと突き刺さる。

床に人間を縫い付けると同時に先程と同じく槍を支柱に彼女は跳んだ。

そして彼女は着地する。

天井に。

彼女の固有魔法である重力ベクトルの操作の簡単な応用である。

【重力変転・天地自在】

彼らの頭上から彼らを見上げる彼女。

残り二人。

天井を地面の様に扱い彼女は跳躍する。

自身の目前へと突き出されたナイフを首を傾け避ける。

後部へと抜けた相手の手首を極め足を払う。

重力に従い地面に落下していく相手の重力を数倍に膨らまさせる。

普段の数倍の重力を受けたその男は高速で地面に叩き付けられる。

そうなれば極められていた手首、肘、肩の三つの間接がひしゃげ、曲がる。

自身を襲う激痛により絶叫を放つよりも早く追撃の踏みつけにより首を粉砕され呆気なくその男は絶命した。

残り一人。

息を吸い、吐く。

肺に溜まった二酸化炭素が放出される。

そしてまた空気を吸い込む。

今度は空気中のマナを吸い込んで、同時に血流のコントロールや肉体を活性化させる

【錬気法】

筋肉が膨れ上がり、オドが隆起する。

残った一人の男がその合間を狙って逃走を図る。

―――暗部にしちゃあ甘いわ、ちゅうことは偽装した別の所属の人間か。

背中を向けて通路を疾走する人間を見ながら彼女は思考する。

この場所に入り込むような精鋭ならばこの程度の強さはあり得ない。

そして自爆手段を持ち合わせていないのもおかしい。

彼女が殺し尽くした死体からは爆発も毒ガスも発生しない。

爆発程度で負傷する体でも、毒ガスで死ぬような肺を彼女は持ち合わせていないが。

彼女は脳内で思考を展開しながら手に持つ槍を振り上げる。

この戦闘で初めて彼女が両手で槍を持った瞬間だった。

ここで一つの質問である。

最強の槍の技は何か。

古龍の鱗を貫通する突きか。

あらゆる攻撃を防ぐ払いか。

それとも多数の人間を殺す薙ぎ払いか。

その質問に対し彼女はこう答える。

 

「打ち下ろしや」

 

その答えが現実の光景として展開される。

槍の自重、彼女の膂力、そして彼女の固有魔法。

この三つの要素が集まったその一撃は風を切り裂いて相手の肉体に達する。

そして装備を、肉を、骨を食い破った。

【槍撃乱舞】

それが一撃目。

鎖骨から肺まで切断した槍を引き戻すのでは遅い。

己が槍を迎えに前に進む。

倒れ込むように体を折り畳み槍の持ち手を変える。

両手から片手へと。

そして血が滴る槍を廻した。

それは簡単に言えばペン回しの様な技。

何一つ特別な技巧ではない。

槍に熟達したものであれば誰にでも出来る単純な技だ。

しかし彼女のそれは一つ違う点があった。

彼女、大江和那の固有魔法、重力のベクトル操作は万能に近い代物である。

物体を、肉体を動かし操るその至極単純で強力な異能。

一番慣れ親しんだ槍に彼女はそれを利用している。

振り下ろしという技において最も大きなダメージを生むのは落下の速度である。

重力による落下という現象はどんな存在であれ逃れることはできない。

彼女の異能は重力の方向を操作する。

それはつまり振り下ろしという技をこれ以上なく強化するものだった。

一撃で大抵の生物を絶命させるその致命の技を完成させた当時の彼女は慢心していた。

そしてその慢心を文字通り一人の男に打ち砕かれた。

初速と軌道を見切られ、体勢を崩され、完膚なきまでの敗北を味わった。

故に彼女は練磨した、己の異能と槍技を。

その結果彼女の能力と槍技は飛躍した。

今の彼女、大江和那は異能、つまりは重力方向の操作を完璧に鍛え上げた槍技と合わせて振るう出来る。

それはあらゆる槍技に高高度からのによる落下の衝撃と威力が加算されることが意味している。

くるりくるりと風を切り槍が高速で回転していく。

そして暴虐の一撃がたった一人の人間に向けて放たれる。

 

爆音、轟音、破裂音。

 

その三つの音が重なってその場所に発生する。

数々の衝撃対策が施されているエルドラドを僅かにだが揺らすほどの一撃。

そんな攻撃を受けた最後の一人の人間は無惨にも生きた痕跡すら残さず消し飛んだ。

 

「しもた、やりすぎたわ」

 

あっけらかんと言葉を吐きながら彼女は頭を掻いた。

彼女の目の前には壁が削られ瓦礫が巻き散らかされた通路があった。

 

「あかん、紫杏に叱られる」

 

あちゃーと頭を抱えて後悔した後彼女は通信機を用いて連絡を行った。

なお、始末書と言う名の紙の山の処理に彼女は追われることになるのは別の話。

 

■●■●■●

 

エルドラドの別の場所にてとある人間が先程の集団の死を感知した。

 

「陽動は成功したらしいな」

 

その言葉を呟いて影の集団は完全な闇の中を疾走する。

こちらの集団こそが本命、トランペッターの魔の手を実行するための拵えられた秘密部隊。

今回の作戦の目標はこの場所に秘蔵されている美術品でも、莫大な金銭でもなく、この場所に来ている外国貴族の抹殺。

それは高尚な思想によるものでは無い。

ただ単にそうした方が面白そうだからと愉快犯的目的の為に彼らは改造され、目的を果たす為だけの存在に変えられた部隊、それが彼らだった。

【改造人間・忠誠心】【群隊行動】

過去も未来もない彼らが進む先にはボバ・フェット達が居るオークションの会場が有る。

その場所に一分も使わず到着する程に高速で彼らは移動していた。

幾重もの投薬と改造手術により生まれた超人的身体能力を遺憾なく発揮しながら彼らは進む。

改造された眼球は闇の中でも真昼のごとく視界を確保していた。

【暗視】

高速で変化していく視界の中で一人の男が写った。

それが彼らの終焉だった。

【一剣一銃】

たった一振りの剣と一丁の銃を用いて十を越える人数を一瞬殺害した男、犬井灰良は自身が殺した人間達の先から来る後づめの改造人間の部隊に告げる。

 

「抵抗しろ、降伏は無意味だ」

 

【九害・最強】【無限修羅】

その虐殺は音もせず始まった。

 

■●■●■●

 

上機嫌な様子でテッドは帰り道を歩く。

それは彼等が持ち込んだ商品が高額で競り落とされたことを意味していた。

小踊りしそうな程に軽やかに道を進む彼に冷や水を浴びせるべくボバ・フェットは口を開いた。

 

「いい年した男がはしゃぐな」

「おいおい喜びを身体で表現するのは良いことだろう?」

「それを往来の場でやることは違うと思うぜ」

 

アスラさえそう言う程にテッドの気分は舞い上がっていた。

その周囲には切り殺されたチンピラ達が積み上がっていた。

今現在の彼らの服装は高級そうなスーツである。

死体になっている彼らからすれば鴨が葱が背負って来たようなものだっただろう。

しかしどうやら鴨は獅子だったらしい。

 

「明日も仕事があるんだ、さっさと戻るぞ」

 

尾形は着こなしていたスーツを崩して首を降る。

今日あの場所で莫大な財産を手に入れたからといって悠々自適な生活が即座に出来るわけはない。

この都市ノアには税金が存在しない、それは福利厚生などの社会保障が存在していないことを意味する。

病や負傷などの治療は己でするか、もしくは自身が信頼できる闇医者や癒し手を見つけるしかない。

生活する場である住居の安全も己の手で、つまりは金銭を用いて防備を固めるしかない。

この場所で生活をすること自体に少なくない金がかかるのだ。

彼らは同じ場所、つまりは眠れる怠惰亭で生活している。

家賃はほぼ無料に近いが食品や医療関係の保証は存在しない。

彼らは己の手で武装の修復や購入をしなければならない。

彼ら凄腕に分類されるシャドウランナーに対する依頼は多い。

誰もが失敗をしたくは無いのだから。

つまりは戦闘の回数が増えるほどに彼らの金銭の消費は増えていく。

尾形が持っている機巧、ヒルドルブがいい例だ。

要人の護衛や遠方への仕事などに加えて外部での魔術師のいない彼らの最大火力でもあるヒルドルブに掛かる費用は莫大だ。

まず機巧に掛かる整備費用。

純機械であるヒルドルブの整備には一流の技術者と整備用の機材が必要がある。

それに関しては使い手の尾形自身が技術者であるため割安で行える。

次は弾薬にかかる金額もまた多い。

ヒルドルブが扱う弾丸は人間が扱う物よりも遥かに大きい。

それはつまり人間が扱う弾薬よりも遥かに高いのだ、加えて様々な特殊弾薬を使えば掛かる費用はさらに跳ね上がる。

もしも大きな損傷を受ければ今回手にいれた金額の三分の一は使う。

故に彼は少なくない金銭を貯金している。

他の三名だって似たようなものだ。

テッドは用途に分けた剣身の購入。

ボバ・フェットは弾丸と鎧の整備。

アスラは特殊な装備はないが一番負傷しやすい為に治療器具。

他にも様々な使い道で金を彼らは消費している。

だから彼らは金の為に命を懸けるのだ。

表社会ではなくこんなごみ溜めじみたこの都市にて善ではなく悪の道を彼らは進み続けるだろう。




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>事件の後五徹した女、神城紫杏。
トランペッターへの殺意が増した。
この人のスキルは指揮系統と経営系のみ。
武術関係には才能が無いらしい。

>始末書の山に埋もれた女、大江和那。
事件後頭から白い煙を吐き出したそうな。
彼女がいつも着ているスーツは防弾防刃の特別仕様。
本気の時はとあるスーツを纏う。

>九害最強、犬井灰良
原作の男キャラで一番好きなキャラ。
実は彼が戦っていた通路では会場には行けなかった。
身体中を機械化している。


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娼婦の章


『ええ何度でも、貴方を愛しましょう』

    《イヴ・アガペー》

 


その日、一人の女がノアで死んだ。

特段珍しくも無いその出来事だがそれを悼む者も勿論存在する。

それはつまり悼むための場所が存在していることを意味している。

灰色の物体の中には死んだ女の骨が入っていた、お気に入りの衣服を同様にその灰色の物体の中に入っている。

その灰色の物体、つまりは墓の周りで行われている葬儀をテッドは見ていた。

このあらゆる犯罪が行われているノアにおいても墓場は聖地の一種を保っていた。

他の場所よりも人死にが近いこの場所でも人は死を悼むのをやめなかったのだ。

―――当たり前のことだろう。

そうテッドは胸の内にその言葉を吐き出す。

なにかに悲しむ生き物なのだ、人間は。

彼の視線の先にある墓の周りには数人の女性による葬式が行われていた。

墓の周りを囲む女達の服装は喪服と呼ぶには派手で露出も多かった。

そして化粧もそれと同じく派手だった。

そんな服装をした人間の職種は限られている。

性を売る女達、娼婦である。

娼婦と呼称される彼女らのような人々は社会的弱者に分類される。

強者達に犯され、売り買いされる人間。

そんな彼女達はこの都市ノアには三つに分類される

一つは個人による売春。

性病などのリスクが高く、風貌もみすぼらしい女達。

戯れに殺される命も多いどん底の娼婦。

間が良ければ後述の組織に拾われる可能性もあるがそれは極少数の希望を掴んだ者だけだ。

主にスラム、もしくはそれに近しい場所で行われている。

二つ目は奴隷を使った売春。

この奏護において最もポピュラーな風俗。

多少の無茶をさせる事が出来るし、もしも殺してしまっても殺した奴隷の倍額払えば罪にはならない。

この国を象徴する無法の性風俗である。

主に第三区画、そして第三区画に近い第二区画で行われている。

三つ目は娼婦連盟に所属している娼婦による売春。

イヴ・アガペーという大娼婦が組織した複数の大規模娼婦ギルドの連盟に所属した娼婦のことだ。

テッドが拠点にしている眠れる怠惰亭もその一つであり、このノアに存在するほぼ全ての娼婦ギルドが所属している。

主に第二区画や第一区画に存在しておりこの都市において知らないものはいない程に大規模だ。

これにより娼婦ギルドに所属している女に対する殺人は目に見えて減った。

複数の娼婦ギルドの連盟に所属する人間の殺人に対する報復するための資金が簡単に集まるからだ。

それはつまり復讐が組織だって簡単に行えるということだ。

端的に言えば誰しも報復は怖いのだ。

そして今テッドの目の前で行われている葬儀の対象の女は後者だ。

そうでなければ一介の娼婦が高額の金銭が必要なこの場所に埋葬されるわけがない。

周りにいる女達は悲しみに暮れている。

しか決して泣き腫らしたりはしていなかった。

顔と化粧が崩れないように意図して制御していたわけでは無いだろう。

職業意識が骨身に染みていたのかもしれない、あるいは己に課せた掟なのだろうか。

一晩の稼ぎをふいにしてはいけない、彼女達の仕事はそう言うものだ。

連盟に所属する娼婦の殺人が目に見えて減ったと言っても消滅したわけでは無い。

狂人、怨恨、依頼、その他様々なものが理由で娼婦は死ぬ事件が起こる。

そして今回は狂人による犯行だった。

それだけの話だ。

数分もすれば彼女達はそこから離れ護衛の男達に守られて己の仕事場に向かって行った。

そして墓場にテッド一人だけが残った。

黙々と棺が納められた新品の墓に彼は近づく。

墓に刻まれた名前を眺め、墓場から出た。

彼女とテッドの関係は数回抱き、抱かれただけの関係だった。

愛し合うような特別の関係だったわけでも無い。

商品と購入者。

ただそれだけの関係。

しかしテッドにとってその女はいい女だった。

だからテッドはただそれだけの理由で仇を撃ってやろうと決意した。

 

■●■●■●

 

まずは情報収集から彼は始める事にした。

今回のような場合もっとも信用できる女の元へは彼は行かなかった。

あそこには自分の仲間に見つかる可能性が高かったからだ。

金にもならない独り善がりの行動に自身の仲間を巻き込むようなことをテッドはしたくはなかった。

彼の心の中では別にその行動は負い目とかそういう感情ではなく、単純に彼らに借りを作りたくないと考えただけだった。

コツコツと足音を鳴らしながら舗装された道路を彼は歩く。

今日も今日とてノアは盛況である。

殴り合いの喧嘩、麻薬を取引している連中、娼館の客引きをしている若者、乞食の格好をした情報屋。

それら全てが見慣れた光景だ。

その健全な街並みには程遠いその光景の中ではテッドという人間はこれと言った特徴の無い人間だ。

色の抜けた灰色の髪も、色違いの瞳も、眉間に刻まれた大きな手術痕さえこの町では特徴ではない。

それを隠すために変装術を独学で納めている彼にしてみればこの町は生きやすい事この上ない。

歩く傍らそんな思考を繰り広げながら彼は道を進んでいた。

目的地は彼が普段いる第二区画の隣である第三区画の裏通り。

この区画は治安も悪ければ空気も悪い、地上に通じる排気孔から漏れる空気は煙臭くて堪らない。

第三区画は工業の区画だ。

テッドが今いる地下空間に存在する巨大遺跡の発掘用の機材。

荒くれ者達が求める義手義足などの人工義肢。

この奏護で発掘された機巧と呼ばれる完全機械の兵器。

そして世界で最も生産されているだろう銃器や弾丸。

他にも様々な工業製品が日夜この場所で生産されている。

そしてこのように解説されたならなぜ地上で生産しないのか疑問が生じるだろう。

まず第一にこのノアの所属国家である奏護という国家の特色が理由の一つだ。

奏護において紛争は絶えることはない。

この国を構成するのは二大勢力であるクロコダイルと天空人(ハイランダー)だけでは無くその他大小様々な勢力が存在している。

例として挙げるならある目的の為に徒党を組んだ悪党であったり今まで外部との交流が無かった土着民族であったりもする。

それら様々な勢力が相手勢力を追い落とそうと争いを繰り広げている。

クロコダイルの勢力はそんな様々な勢力から貴重品や金銭を搾り取っている。

敵対する相手を殺す為の武器を。

その武器で傷ついた人間の為に中毒性のある薬品を。

滾った性を発散させるための女を。 

そしてすり減った戦力の代替としての奴隷やランナーを。

ある種の食物連鎖の如く余りにも効率的な形でクロコダイル勢力は搾取対象の勢力を生かさず殺さず複数の紛争を長引かせている。

それは紛れもなく外道の所業であり、罰せられるべきなのだろう。

しかし七罪王は罰せられる事はなく、報復される事もない。

その理由は依存だ。

搾取対象の組織が気づいた頃にはもう遅いのだ。

戦力となる自陣営の戦士は薬品の依存で使い物にならず。

戦士は女を抱かなければ不満が溜まり。

武器を己の手で造り出す術を持たず。

そして陣営の中で最も強大な力を持つ人間は七罪王の配下だ。

それはさながら詰み将棋のように相手が気付いた時には歯止めは効くことはなく、戦いは継続する。

どうしようもないように、どうも出来ないように相手を依存させる。

勢力という形を持つものの復讐はこれで無力化できる。

しかし個人の復讐は、たった一人の復讐者は、狂人の復讐はどうするのか。

それがこの地下で生産する理由にもなるのだ。

まず地下という閉鎖空間に入り込む方法は限られている点。

復讐を行うには、七罪王の首に刃を届かせるには七罪王の手のひらの上に来るしかない。

そしてこの街の情報、七罪王の情報は『怠惰』に管理されており、『強欲』と『暴食』による提供される製品の大量生産もこの場所で行われている。

つまりはどうしようもない、復讐など出来ない状況を造り出す。

もしこの都市が崩壊しようとも問題はない。

彼ら七名の人外の化物達ならば問題なくこのノアと同等規模の場所を建設可能であり、略奪して支配も可能なのだから。

七罪王は逃走手段も準備をしているし、防衛手段も増加させ続けている。

この奏護の首都とも言えるこの悪徳の都に巣食う魔物は甘くも愚かでもないのだ。

その事を幸運にも知っていないテッドは目的地に到着していた。

テッドが目指した場所は廃墟だった。

廃墟の内部に入り、指定された部屋へと彼は出向いた。

大して珍しくないその場所は薄暗く埃臭い。

暗闇の中を視認できるように訓練し、闇夜に慣れたテッドでさえそうなのだから常人が見れば視界が漆黒に染まっているだろう。

今テッドが立っているガラクタに埋め尽くされているその部屋こそが今回のテッドの目的地である。

 

「やあ、テッドくん」

 

無数のガラクタの中の一つが口を開いた。

そのガラクタ、梟の像の残骸はやや高揚した調子で音声を放った。

 

「相も変わらず人前に出れねえのか梟」

 

テッドのその言葉に文字通りの梟の像はその先から笑いを返した。

 

「はっはっは、私は恥ずかしがり屋でね君のように蛮勇には生きれない」

 

けらけらと少年のような調子で老人の声色の梟は笑う。

テッドは周りにあるガラクタを蹴飛ばし即席の座る場所を造りそこに座った。

飛来した瓦礫に衝突し、音源である梟の像倒れる。

 

「で、頼んどいた情報は」

「今から送るよ」

 

その言葉と共に梟の像から機械音が鳴り響く。

梟の小さな口の中から紙束が現れる、それをテッドは手に取り、記載されている情報を流し見る。

新しく描かれたばかりのインクの匂いを感じながら、彼は文字列を睨む。

そしてそれを記憶した後いつも煙草を吸うために使っているライターで火を灯す。

指先に炎の熱を感じながら、彼は思考を加速させ推理する。

テッドがには特別な推理能力や計算能力は持ってはいないが、得た情報で推理することは誰にでも出来る。

彼が依頼した情報屋梟がもたらした情報は精確だった。

故にそれを纏め、推理するだけでいい。

 

「代金はいつも通りで頼むよ、それじゃあ」

「ああ」

 

二度目の機械音が鳴り響き、そして物言わぬ像へと戻った。

そしてその場所に残ったのは考え込む一人の男だけだった。

 

■●■●■●

 

このノアに太陽の光が届くことはない。

代わりに人々の上に広がる景色は鉄色の蓋だ。

その下をいつも道りにテッドは歩いていた。

しかし今回はいつもと変わっている点が存在している。

彼の太い腕に己の腕を絡ませている人間がいたのだ。

その人間の性別は女だった。

柔らかそうな肢体、豊満な胸、可愛らしい顔、そして吹き付けられた、あるいは塗られた香水。

つまりは娼婦だ。

それも今朝死体が発見された女の親友の。

 

「ねぇ、本当に来るの」

「間違いなくな」

 

耳元で囁かれるのは愛を秘めた言葉ではない。

猜疑の心を含んだ質問だった。

テッドという人間については死んだ女と親友だった彼女はよく知っていた。

何度か抱かれたこともある。

彼、テッドが今回彼女に頼んだのは囮への協力である。

経緯を聞いて迷わずその提案に乗って来た彼女だったがテッドの腕に絡ませる右腕には僅かながら力が入っていた。

その顔に浮かべる笑みもほんの少しだけ震えている。

テッドを信頼していないわけではない。

今までの生涯で戦場に立ったことがない彼女に動揺するなと言う方がおかしいのだ。

 

「止めてもいいぞ、信頼できるランナーを護衛に付けてやる」

 

彼の口から出た言葉は本心だった。

そもそもとしてテッドは彼女を巻き込むつもりは毛頭無かった。

死んだ女の勤めていた娼館に出向き、そこのオーナーに話をしに行っただけだ。

そこに盗み聞きをしていた彼女が入り込んできたのである。

 

「嫌よ、あの子を殺した糞野郎を地獄に叩き込まないと夜も眠れないわ」

 

女の言葉は震えてはいたが確固とした信念を感じるものだった。

そしてそれを無視できる程にテッドは非情ではなかった。

 

「俺が危険だと思ったら逃げろよ」

 

ため息を一つ吐き、彼と彼女は道を進んでいった。

己を狙う視線を感じながら。

数分後、彼らはその視線の根源である人間と対峙することになった。

 

■●■●■●

 

疾走する、疾走する。

灰色の壁を足場に、薄汚れた裏道を足場に。

まるで獣の如くその人間は走っていく。

複数の麻薬と人体改造により得た超常の力で持って。

思考は纏まる事はなく、論理を紡ぐ事はもはや無い。

その人間を突き動かすのはたった一つの感情。

嫉妬だ。

幸福への嫉妬がその空っぽの肉体を動かしている。

今まで壊してきた幸福が快楽へと変換されているのだ。

その麻薬染みた破壊衝動に任せてそれは疾走した。

今眼前に存在する幸福そうな女を殺すために。

ついこの前殺した女と同じように殺すために。

それは気付かない、気付けない、もうすでに己の存在を探知されていることに。

【迎撃態勢・荒野の掟】

そして狩りは始まった。

強烈な音と共に飛来する殺人鬼。

それに対してテッドが行ったのは柄を向けるという動作のみ。

滑稽とすら言えるその行動を見つめ、殺人鬼は脅威にならないと本能的に察知し己の手に握る剣と呼ぶには余りにお粗末なものを振りかぶる。

 

「アホが」

 

攻撃を先制させたのはテッドだった。

と言っても向けた柄に備え付けられた引き金を引いただけだ。

それが攻撃を生み、相手への殺意が現出する。

殺人鬼が飛来した裏道を瞬間的に埋め尽くすような爆炎が発生した。

魔法ではない。

彼は魔法を使うことは出来ない。

これは純然たる科学法則によって生み出された結果だ。

彼が扱う機巧剣は剣身を射出することが可能である。

つまりは重量のある剣身を発射する事が出来る火薬を内蔵しているということだ。

それを射出させる剣身を用いず相手に狙いを定めて引き金を引くとどうなるか。

答えは先述した通りだ。

人一人程度なら炎に包み込める。

ごろごろと地面にのたうち回る一つの人影。

テッドが引き金を引いたことで起こった音でようやく気付いた娼婦はその襲撃者の方向へ視線を向ける。

自身の四肢をじたばたと動かし、火を掻き消そうとするその人間の姿が彼女の視界へと入った。

一言で言うなら不潔だった。

伸ばしすぎな髪はボサボサで、垢と涎等の液体が混ざった匂いを垂れ流し、虚ろな瞳にはなにも写さない。

そして何よりも特徴的なのはその顔だ。

余りにも、余りにもその殺人鬼の、女の顔は醜かった。

恐らく何らかの実験、もしくは手術の失敗によるものだろう。

腕の悪い闇医者によってそうなった娼婦を彼女は何人か知っていた。

その何人かの娼婦は自身が所属している店のオーナーによって治療され事なきを得たがそんな幸運は極々少数派だ。

自身が醜くなった現実からの逃避に麻薬に手を出し、金を手に入れる為に危険な改造手術を受けたのだろう。

そう彼女が思考を展開をしていると同時にテッドと女は戦闘を開始していた。

 

「一つ言っておく」

 

自身の眼前へと迫る殺人鬼にテッドは告げる。

悠々と柄を鞘に戻しながら。

 

「今から起こること全部」

 

鞘に設置された機構が起動する。

巨大な円筒(シリンダー)が回転する。

そして一つの剣身が柄へと差し込まれる。

 

「八つ当たりだからな」

 

【機巧剣士】【早撃ち】【修羅道】《龍髭鞭(りゅうしびん)

その言葉が終わった瞬間、殺人鬼の片腕がもぎ取られた。

彼が今現在持ち合わせている十二本の剣身の一つ龍髭鞭。

十二本の剣身の中で唯一彼の持ち合わせている奥の手の一つの剣身だった。

世にも珍しい龍属性の剣。

古龍の血管の束を乾かし、ダマスカス合金で舗装された一品。

並大抵の剣が折れる角度で抜刀しようとも剣身が曲がりたわむことで更なる加速を生む。

それに加え微弱ではあるが龍属性を纏い並大抵の防護を切り裂ける高ランク魔具。

まあ先日戦った万象王には剣線が見切られ通じなかったが。

そんな剣を一流の瞬撃士が使えば今目の前で起こったように瞬きする暇もない高速の攻撃が可能だ。

その攻撃を、激痛が発生する攻撃を受けても殺人鬼は剣撃により発生した衝撃で仰け反るのみ。

彼女に苦痛はもはや発生しない。

【苦痛無視】

それに続いて完全に切断された場所から煙が上がる。

まるで肉を無理矢理繋ぎ合わせたように傷口からの出血が停止した。

【超速再生】

にたり、と気味が悪い笑みをその顔に浮かべた瞬間。

殺人鬼の視界は消失した。

先程と同じだ。

テッドの高速の斬撃が今度は殺人鬼の眼球を切り裂いただけだ。

 

「死に果てろ」

 

【機巧剣・技剣】

その一閃だけでは剣撃は終わらない。

返す刀で耳をそぎおとす。

同時に聴覚と視覚の二つを失った殺人鬼は嗅覚でテッドの居場所を探そうとする。

その努力は水の泡へと消えた。

鳩尾への鋭い蹴り上げが殺人鬼へと着弾した。

苦痛は無けれども衝撃が消える事は無い。

その衝撃のままに殺人鬼の肉体は空中に浮かんだ。

身体の自由を失った殺人鬼の急速に巻き戻っていく視界に写ったのは、何処までも虚無に満ちたテッドの表情だった。

【フリーラン】【早撃ち】

ぎちぎち、と鞘の中で剣身が曲がり、たわんでいく。

そして限界まで引き絞られた一閃が放たれた。

それはまるで閃光の如き一撃だった。

必然の結果、殺人鬼の首は瞬間的に撥ね飛ばされた。

 

■●■●■●

 

からり、とグラスの中にある酒に浮かぶ氷を揺らす。

酒の水面に浮かぶ自身の顔を見つめてテッドは此度の自己満足の結果を整理した。

殺人鬼、調査の結果本名はルエルと判明したあの女は痛み無くテッドの手によって葬り去られた。

大変だったのはその後である。

腰を抜かした協力者を担いで彼女の職場まで搬送される羽目になった。

店内で他の女達にクスクスと笑われ赤くなった彼女から受けた一撃の結果がまだ顔に残っている。

はあ、とため息を一つ。

娼館のマスターによって掛ける予定の賞金は彼の懐に入ったはいいが今回のことは自己満足による結果だ。

故に無理に返そうにもオーナーの筋が通らない。

だからこうしてちびちびと安酒を飲んでいる。

テッドが今いるこの小さな酒場のマスターが声を放つ。

 

「今日はよく飲みますね旦那」

 

彼が座るカウンターの上には空の酒瓶が複数存在していた。

ちびちびと酒を啜っているがこうして数時間飲み続けている。

時間が巡り昨日死んだ女が好きだった酒を彼は飲んでいた。

 

「そんな日もあるさ」

 

マスターの言葉を流しながら酒を口へと運ぶ。

度数が低い果実酒だ。

甘い味がテッドの口の中に広がっていく。

からん、と入口に備え付いている鈴が鳴り響いた。

いらっしゃいませと接客を行う店主の視線の先をテッドは揺れる視界で捉えた。

そこに居たのは美しい女等ではなく特徴的な鎧を身につけた男だった。

つまりはボバ・フェットだ。

テッドの隣の席に自然に彼は座り口を開いた。

 

「いい女を紹介すると言っていたが」

 

ああそういえばと死んだ女をこの男に紹介する約束をしていたことをテッドは思い出す。

胸の内に広がる苦い感情を飲み込んでテッドはニヒルに笑った。

 

「ああそれなんだが振られちまってな」

「そうか」

 

からり、と氷が揺れる。

 

「なあ相棒」

「何だ」

 

マスターがボバ・フェットへと酒を出す。

 

「朝まで付き合ってくれ」

「ああ」

 

こうして数日のみの復讐譚は終わりを告げた。

その後死んだ女の墓には豪勢な花束が添えられていた。




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>ちょっとハードボイルドな男テッド
龍髭鞭は本当に彼の奥の手の一つです。
それほどまでに死んだ女を愛していました。
ちなみに件の女は本来死んだ日の数日後に身請けされる予定でした。


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麻薬の章 (上)

『さあゲームを始めよう』

  《邪知なる蛇》




女が居た。

目麗しい美女だった。

十人中十人が美人だというほどに。

【超絶美形】

女は喉を震わせ歌う、吟う、唄う、詠う。

数多の人間を魅了する歌声をその小さな口から放つ。

 

「ああデウス様、でうす様、デウスサマ」

 

それは讃美歌だった、しかし美しい声で放たれる歌は狂気に満ちていた。

大音量で冒涜的にまで脳を揺らし、まるで犯すように精神を塗り替える。

【惨美歌】【薬染体液】【精神汚染】【破壊された聖女】

まるで幼児が歌うようにあまりにもその歌は無垢でありながら狂気で満ちていた。

その歌声が響く場所には煙が立ち込めている。

それが彼女の歌をこれ以上に無く強化していた。

女の周りに広がる光景がそれを証明している。

人間である、その場所には所せましと人間がひしめき合っている。

彼等は清聴していた、女の狂った歌を。 

神聖なものを見つめるようにその場にいる全員の瞳には陶酔が満ちている。

そんな光景を遠目に見つめる者が居た。

赤い鎧を身につけた男だ。

 

「いやあ重畳重畳」

 

楽しげに喉をクククと鳴らしながら男は笑う。

 

「この前の奴等には酷い目にあったがまあ収穫はあった」

 

過去の光景を思い返して首を降り、膝に肘をついて一人の女を囲む人間達を見下ろす。

 

「ああ、やっぱり人間は素晴らしい」

 

その言葉の真意を知る者はいない。

この絶望をばらまく存在に牙を突き立てた人間はまだ来ない。

 

「さてさて今回は何人死ぬのかな」

 

まるで劇場を楽しむ子供みたく鎧の男、ブラッドスタークは空を見上げ笑う。

災厄を運ぶ者(トランペッター)

 

「ゲームスタートだ」

 

そう呟いた男の手には二つの色の小さな容器があった。

 

■●■●■●

 

がたごととヒルドルブの内部が揺れる。

砂漠を突き進むその上に爛々と世界を照らす太陽がある。

それから放たれる熱波は空気と地上にいる生物を熱していく。

しかし四人がいるヒルドルブの内部は涼しいものだった。

内部に備え付けられたクーラーのお陰だ。

その科学技術の恩恵を受けながらテッドは自身の剣を点検しながら口を開く。

 

「今回のブツは麻薬にしちゃあ重かったな」

 

口に咥えている煙草を揺らしながらそうテッドは疑問を放った。

そしてその疑問に対して同じく鎧の調整をしているボバ・フェットがその疑問の回答を答えた。

 

「あれはレシピだ、今のあれ自体に麻薬としての価値は薄い」

 

その言葉に納得がいった表情をテッドは浮かべたが彼の近くで酒を飲んでいたアスラが口を開いた。

 

「レシピ?」

 

アスラの表情から彼にはその知識が無いことを理解した二人は目の前の無知な人間への説明を押し付け合う。

 

「今回運んだあれに複数の植物を化合させることで麻薬に変化させる方法の事だ」

 

彼ら三人の視線を向けた先に居る人間、尾形は後方に居る人間へそう言った。

 

「今回運んだあの木箱の数、そして刻まれた番号が指示を示している」

 

横から入ってきた言葉に続けてボバ・フェットは補足の言葉を放つ。

麻薬はこの世界でも多くの国家が禁止している。

故にその禁止されている地域への麻薬の輸出、あるいは販売するための方法は多岐にわたる。

運ぶ麻薬の質によって値段は青天井につり上がっていくのだから世界のあらゆる場所でも麻薬の作成が続くのも自明の理だろう。

そんな麻薬には多岐にわたる種別や効能が存在する。

精神を高揚させるもの、己を陶酔させるもの、幸福な幻覚を見せるもの、あるいはからだのリミッターを解除するもの。

固体、液体、気体などの複数の状態による販売。

さらに肉体への摂取方法で細分化していく。

快楽を得る方法だけ麻薬という代物は発生する。

現に四人のようなシャドウランナーにも好んで使用する麻薬もある。

集中力を引き上げる物や、痛覚を麻痺させる物。

戦いの場に身を置く彼らにとっても麻薬とは切っても切り離せない物なのだ。

今回彼らが運んだ物は農作物に偽造した麻薬の原料となる植物を乾燥させた物だ。

加工によっては薬品にも変わるが故に外国でも規制されいない種類であり薬品に加工可能ということは麻薬にも加工可能であることを意味している。

麻薬という毒も転ずれば薬にもなり、人を癒す薬も転ずれば麻薬へと変わる。

今回の仕事の結果少なくない人間が不幸になるだろう、それを彼らは知っているし理解している。

しかしそんな外道な行いはこの国ではありふれているのだ。

仕方ないとは思わない、彼らにだって善意はある。

彼らシャドウランナーは正義の味方ではない悪の味方でもない。

時と場合によりそのどちらも行う役者だ。

そんな彼らは今自分達の拠点へと帰還していた。

残り数時間もすれば偽装された地上の都市が見えようとしていた時に異変は発生した。

 

「おいリーダー」

 

尾形が自身の後方にある待機部屋にいるボバ・フェットへ向けて言葉を送った。

それはつまり異常事態が発生したことを意味している。

 

「どうした尾形」

 

整備が完了した拳銃をホルスターに差し込み、彼は尾形が座る操縦席へと向かう。

 

「あれを見ろ」

 

今だ地面は揺れている。

それは今現在もヒルドルブが砂漠を走行していることを意味していた。

操縦席に配置されたモニターに写る光景を器用にヒルドルブを操縦しながら尾形は指し示す。

 

「これはどういうことだ」

 

ボバ・フェットは困惑した。

尾形が指し示した先にあったのは一つの都市だ。

今現在の時間帯はもう日は沈んでおり、漆黒の闇が世界を包んでおり空に浮かぶ星々とと月光が唯一の光源だった。

しかし二人の視線の先にある都市は光っていた。

それはあり得ないことだった。

 

「おい、あそこは空街の筈だぞ」

「ああ俺の記憶の中でもその通りだ」

 

この奏護において大都市はノア以外存在しない。

それは正式な国家という出はない故である。

他国のような常備軍である騎士団は存在しない。

故に大量発生するモンスターの被害に対処する人間は少ない。

戦力となるランナーは存在するがその戦力を維持する事は難しい。

故に空街と呼ばれる建築物以外存在しない都市を不定期に移動を繰り返しながら奏護は動く。

彼ら四人はクロコダイルの勢力下であるノアに所属しているシャドウランナーである為勢力が移動する周期におおよその推測が出来る。

その為この異常事態の発生に戸惑っていた。

 

「どこぞの盗賊か蛮族が乗っ取ったか」

「いや、それにしては街の被害が少なすぎる」

 

画面に拡大された光を放つ都市を囲む城壁は襲撃により乗っ取られたにしては綺麗なものだった。

故に今回はそうでは無い。

 

「じゃあ何だっていうんだ」

「わからん」

 

今現在得られる情報では正確な都市の状況を得ることは出来ない。

それにこの状況において不可解な点をボバ・フェットは理解していた。

 

「わからんが、クロコダイルがこんな事を見逃す筈がない」

 

クロコダイルという人間が自身の勢力下で起きた事件を知らないわけが無い。

あの悪党がこんな容易く都市を取れるようにするわけが無い。

そしてもしも今回の事件を実行できた、あるいは可能だったのは。

 

「この異常事態は数日以内に起こった、そして個人、あるいはそれに近い少数による犯行か」

「考えられる可能性としてはそれが一番高いな」

 

着々と今現在得られる情報を積み上げていく二人。

その後ろで酔いが覚めたアスラとテッドが戦闘のための準備を進めていく。

 

「で、どうするよ」

 

戦闘準備を完了させたテッドが三人に問いかける。

尾形とボバ・フェットが後ろに配置された部屋に移動し、チーム全員での会議が始まった。

 

「そもそもとして依頼じゃ無いんだ、厄介事に突っ込む必要はないだろ」

 

【凍った心】【クレバー】

帰還派に立ったのは尾形だ。

合理主義である彼にとって無駄なリスクは極力取らない方が良いと判断したのだろう。

 

「けどよ、放置しても問題になるだろ」

 

【戦闘狂】【脳筋】

強行派に立ったのは他三人の予想通りアスラだった。

クロコダイルに気づかれること無く街を占拠した、つまりはそれを可能にする程の強者がいるという事だ。

ならば戦闘狂(バトルジャンキー)である彼が我慢出来るはずもなし。

いまこの瞬間都市へと飛び出さないだけ三人と出会った頃よりも成長している。

 

「偵察も無しじゃあちと面倒だし火蜂を斥候にして都市情報を入手してからにしようぜ」

 

【修羅道】

積み上げてきた戦闘経験からテッドが予測出来たことは二つ。

一つは確実に面倒事であること。

二つは放っておいてもいいが結果的に此方に不利益が発生すること。

そして三人の意見が出され、三人の視線がボバ・フェットへと向けられる。

彼は呼吸を数回行い口を開いた。

 

「まずはテッドの案でいこう、あちら側の状況を確認後突入か撤退かを決める」

 

【戦場作法・作戦立案】【小隊指揮】

その言葉を聞いて各人は動き出した。

 

■●■●■●

 

高速で回転するプロペラは音も無く城壁の上空へと到着した。

機械の蜂、火蜂は砂塵が吹き荒ぶ世界を見下ろして合成音声を垂れ流す。

 

「ふっはっは、人がゴミのようである」

『無駄口を叩くな火蜂、撃ち落とすぞ』

 

遥か上空から都市を見下ろす火蜂の元へと尾形の声が届いた。

火蜂の中に内蔵された通信機能により両者の会話は成立していた。

 

「やめて欲しいである、ご主人ならば可能だから余計怖いのである」

『ならさっさと仕事をこなせ』

「了解である」

 

機械の蜂の背に載せられた機構が動き出す。

【武装格納】

この火蜂に搭載された機能は多岐にわたる。

それは製作者である尾形の母が己の持つ全ての技術を注ぎ込んだ機械。

子供を守り、脅威と戦うための機械の蜂は己の仕事を開始する。

背中に背負った機械を取り外し投下する。

まるで蜂の巣のような機械は一定距離地面に接近すると飛散した。

そして巣穴から出てくるのは複数の小型ドローン。

眼球に羽を着けたような異形の機械がその瞳に都市の光景を写し出す。

 

■●■●■●

 

機械が写し出した都市の光景は地獄と言えた。

 

「こいつはひでぇな」

 

アスラがそう口に出した言葉にこの場にいる全員が心の内で同意する。

映像に写っていたのは絶え間なく性交している人々の姿だった。

老いも若きも関係なく、男も女も関係なく。

只欲情が突き動かすように彼らは己の肉体を動かしている。

その饗宴に参加している人数は裕に百を越えていた。

 

「洗脳系じゃねぇな、それにしては動きが滑らか過ぎるし人数が種類が多すぎる」

「麻薬系かだろう、それもかなり純度が高い」

「そんな高値な代物を買える人間には見えないが」

「愉快犯かあるいは計画に基づいた行動かは解らん」

「高級麻薬を無償でばらまく救世主様ってか」

 

【鑑定眼(偽)】【観察眼】

包帯が巻かれた病人、汚ならしい孤児、醜い顔の女。

どれもが高値で取引される高純度の麻薬を買えるようには見えない。

そう結論した彼らは確実にそれを与えた黒幕がいるということを理解した。

迫害されてきた人間に幸福を与える救世主のようにも見える行い。

麻薬という救いでなければそれは正しかっただろう。

 

「しかしそんな奴等が都市を獲れるのか」

「不可能か可能かで言ったら不可能だろうこいつらだけじゃ」

「つまりは強い奴は確実にいるな」

 

アスラの口元に引き裂いた様な凶悪な笑みが浮かぶ。

それは火が燃料に付くように彼の戦闘本能が同様に火が着いていることを意味していた。

 

「クロコダイルに気付かれる事なくあの街を占領できる人間か」

「預顕帝か」

「あり得るが奴等が街を無事ですます筈がない」

「まま間違いなくだろうな」

 

そんな会話を数分続けて彼らは結論を出した。

こんな事をしでかす奴等が逃走の手段を用意していない訳がない。

それに加えて今回の様な戦力として低い者達でも無い戦力群衆を率いれられたのなら無知のままでは危険。

故に。

 

「可能ならば相手の戦力の殲滅、ある程度の情報を得るのが最低限だ」

 

リーダーであるボバ・フェットの言葉に三者三様の表情を浮かべる。

 

「間違いなく面倒だぞ」

「それでも向かった方が利点が多い、それをお前という男は知っている」

 

その言葉を掛けられ尾形は僅かに目を揺らしため息を吐いた。

 

「撤退の準備はしておく」

「頼んだ」

 

尾形は操縦席へと向かい突入のための準備を開始した。

 

「やっぱりお前らと居ると退屈しねぇな」

 

コキリと首を鳴らしながらアスラが話しかけてくる。

その顔に浮かんでいるのはこれから来る戦いへの興奮。

 

「これからも退屈することはないだろう、死なない限りは」

 

その言葉でさらにアスラは笑みを深める。

彼は残っている酒を飲み始めた。

戦闘が始まる頃には酒は抜けている事を長年の経験からボバ・フェットは知っていた。

 

「またか相棒」

「まただ、テッド」

 

【修羅道】

修羅に至るほどの戦闘経験。

それが彼に告げる。

間違いなく厄介事で面倒事であるということを。

それを理解したテッドの瞳からはハイライトが消えていた。

 

「しゃあねぇな終わったら酒奢れ」

「解った」

 

これで彼らの準備は整った、後は賽を振るうだけだ。

 

「尾形俺のスレーヴを出せ」

「了解」

 

その言葉と共にヒルドルブに積まれたボバ・フェットの愛機が砂漠に投下される。

重量物の投下により砂煙が発生する。

出入り口からジェットパックを起動させ飛翔したボバ・フェットがその中に突っ込む。

そして発生した砂煙を切り裂き一つの鉄塊が恐るべき速度で砂漠を疾走する。

この世界において魔導二輪と称される巨大なバイクを彼は自由自在に操り光が灯された都市へと向かう。

【騎乗】

その巨大なバイクの名前は<スレーヴI>。

彼の父、ジャンゴ・フェットの愛機であり父の死後ボバ・フェットへと受け継がれた。

魔導文明の遺跡から発掘されたこの機体に改修に改修を重ね彼は使っている。

流れる光景と同化したスレーヴIとそれに跨がる彼は流星の如く砂漠を突き進む。

その後ろから雷鳴の如き轟音が世界に鳴り響く。

それはヒルドルブの砲撃。

純粋な化学反応により数㎏の重量物、つまりは砲弾が音速を越える速度で発射され。

数㎞離れた城壁に着弾する。

衝撃、ついで爆音。

都市の中にいた浮浪者達はそれにより耳が痺れ、体の動きが鈍くなる。

その隙に乗じて砲撃により発生した城壁の風穴へとボバ・フェットは向かう。

アクセルを踏むことで上昇されたエンジンの熱が更なる加速を生んだ。

そしてその穴へと鉄の馬は体を滑り込ませる。

それがこの一日だけの戦争の始まりだった。

 

■●■●■●

 

じゅくり、と果実を潰したような音がする。

それはスレーヴIの巨大な車輪が道路に寝転がって獣の如く交尾を行っていた人間を轢殺した音だった。

あまりにも簡単に、痛みもなくその人間達は死んだ。

回りの人間がそれを認識するよりも速く二度目の惨劇が起こる。

先程まで隣に居た人間が見るも無惨な姿へと変わる。

そんな事が起こったならばまともな人間ならば逃走するだろう。

しかしこの場所にいる人間はまともではない。

惨劇を起こした張本人、ボバ・フェットへと向けて狂人の集団は突っ込んだ。

それはまるで砂糖に群がる蟻のような光景。

様々な身体改造と薬物による常人とは思えない身体能力でボバ・フェットへと迫る。

その光景を鎧の機能による強化された視界の中で認識しながら彼が行ったのはボタンを一つ押しただけだ。

それだけで十分だった。

ガチャリ、とバイクの側面が変形する。

数瞬の間で行われたその変形の結果が現れる。

現れたのは無数の銃身を束ねた異形の銃。

それはガトリングと呼ばれる代物である。

彼、ボバ・フェットという個人が持つ最大火力の兵器だ。

そして彼はハンドルに備え付けられたもう一つのボタンを押す。

束ねられた銃身が回転し殺戮が始まった。

無数の弾丸による弾幕が老若男女問わず挽き肉へと変える。

自動で照準を合わせ殺戮を行っていく。

【オートロック】

勿論ガトリングという驚異を認識し他の人間を囮にボバ・フェットを狙う人間も居た。

【迎撃態勢・常在戦場】【ガンマスター】【百発百中】【夢幻羅道】

しかしそれも無意味に終わる。

まるで花の蕾が開くようにバイクの胴体から無数にして多岐にわたる種類の銃のグリップが現れた。

そのグリップを掴み、引き抜く。

向かってきた蕩けた瞳の人間へと銃口を向け引き金を引く。

並外れた頑強性を持つ人間には大口径の銃で殺し。

俊敏に動く相手には散弾銃で機動性を奪い脳漿を撒き散らさせる。

そして虐殺の舞台となった道路をスレーヴIは突き進んで行く。

今回の彼の役目は囮だった。

本命はその反対の場所から侵入した他の三人だった。

 

■●■●■●

 

軽やかな身のこなしでテッド達は城壁の上に到着した。

【パルクール】【超俊足】【フリーラン】

その場所から見えるのは狂人集団の行き先だ。

 

「相棒、問題はないか」

『問題ない、作戦は続行だ』

 

通信機の先から聞こえる銃声を背景にテッドはボバ・フェットは会話を終えた。

 

「予定通り俺は個別行動に移る」

「ああ、気を付けろよ」

「問題ない」

 

【パルクール】【影を駆け抜けるもの】

軽やかな動きで尾形と火蜂は都市の闇へと消えた。

消え去る尾形の背中を数秒眺めてアスラと共にテッドは街を歩む。

 

「空町と言っても連絡用員はいた筈だ」

「それが音沙汰が無いって事は」

 

夜道を行く彼らの目の前に二人の人間が立ち塞がる。

 

「ああいう強者が居るってことだ」

 

二人の視線の先にいる人間は異質だった。

それは他の狂乱している人間達とは別種である事を意味している。

一人はガスマスクを被った細身の男だ。

黒い外套を身に纏ったその姿は夜に同化しているようだ。

その隣に居るもう一人の男は巨漢だった。

限界まで引き伸ばされた皮膚の中には筋肉の鎧が存在しているのが解る。

そして何かがその体内で蠢いていた。

 

「おい拳バカ」

「何だ剣バカ」

 

その二人の人間を見てアスラとテッドは理解した。

この人間達は強敵であると。

それに加えてテッドは理解した。

 

「あのマスク野郎は俺によこせ」

 

その言葉の意味をアスラは理解した。

ガスマスクの男の右手に持っているモノを視認したからだ。

女の死体だった。

美人だったのだろうその顔は苦痛と絶望に歪んでいる。

離れたテッド達のいる場所まで漂う精臭が彼女がどんな扱いを受けていたのか物語っている。

恐らくこの近くを通った商人だろう。

胸糞悪い話ではあるがこの国ではありふれた悲劇だ。

テッドの顔には怒りの表情が張り付いていた。

それを見たアスラは変わらず笑みを浮かべる、しかしその笑顔の意味合いは違った。

 

「ああ、解った」

 

了承の言葉と共にアスラはその超人的な俊足で大男に接近し殴り付ける。

【超俊足】【練気重拳】

大男は空中に吹き飛び建造物へと衝突して土煙が発生する。

その中へアスラが消えていく光景に目を奪われたガスマスクにテッドは切りかかる。

 

「死ね、糞野郎」

 

細身の剣がテッドの剣とぶつかり火花が散った。

 

■●■●■●

 

エンジンが回転し高速でスレーヴIは都市を走り抜ける。

砂漠の様に高速で動くことは死体や破壊された屋敷の瓦礫等が散らばった悪路故に出来ない。

しかしそれでも素早く都市の道路を鉄の馬が疾駆する。

そして狂人の群れの中心の場所へと障害物となる人間を引き潰しながら彼は向かう。

片手で運転をしながら片手で銃器を扱う。

そんな絶技を行いながら彼は進む。

加速する視界の中で彼は思考を展開する。

―――こいつらの症状と特徴的な甘い臭い

彼の記憶の中で狂乱する人々の理由を一つ思い付く。

―――リップオブファイアか

リップオブファイア。

それは彼が知る中で最低で最高な麻薬だ。

最高である点は多幸感の長時間の継続。

まるで幸福な夢を見続けるようにそれが続く。

最低であるのはこの麻薬は感染するということ。

キスや性交などの粘膜接触によりその多幸感が感染する。

そして副作用も軽いものしか存在しない。

一時期奏護で比類なく蔓延した悪夢の麻薬。

製法は現存しない、筈だ。

―――今考えても仕方ない

思考を切り替える。

もう目の前に狂人の発生源である建築物が見えるのだから。

片手で保持していた銃器を格納し更に加速する。

そのままであれば壁に激突してボバ・フェットは死亡するだろう。

だがそうはならない。

僅かな動作でボタンを押したからだ。

その結果、硬質な外装をスレーヴIが纏った。

そして壁を走り抜けバイクが跳び、壁と激突した。

その建造物、教会だった場所のステンドグラスを割り砕き内部へと彼は突入する。

着地地点にいた人間を押し潰し、彼は発生源であると思われる蠱惑的女を見据えた。

 

「何も言わなくていい、速やかに死ね」

「あらアらあラアラ、乱暴なお人」

 

【夢幻羅道】

【狂羅輪廻】

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>女に平気で銃を向ける男ボバ・フェット
原作の相棒であるスレーヴIは宇宙船からバイクに変更。
原作通り様々な火器を積んでます。
次回血反吐吐く。

>狂った聖女
実験で作られた壊れた聖女。
大体スタークが悪い。

これ以外は次回やります。


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麻薬の章(中)




   『世界に祝福あれ』

 《壊れた少女の遺言あるいは呪い》




 

銃の話をしよう。

この名も無きこの大陸においての銃の話を。

時に尊重され。

時に嫌悪される銃という兵器の話を。

銃とは弱者の武器である。

どんな人間であれ備え付けられた引き金を引けば一定のダメージを与えられる。

それはつまりどんな銃の達人であれどその一定のダメージ以上を与えることは出来ない事を意味する。

一定のダメージ、火薬で発射された鉛玉で致命傷を与えることが出来るのは精々人間位のものだ。

この世界で跳梁跋扈する怪物達には余りにも無力な代物。

そしてその唯一殺せる人間であれこの世界では頑強性が可変する。

故にこの大陸において限定殺戮の信仰は存在しない。

例外とされる銃の使い手達を除いては。

 

■●■●■●

 

銃声が、鳴り響く。

その数は三つ。

ボバ・フェットが引き金を引いた数も同じだった。

【夢幻羅道】【百発百中】【クイックドロー】

それは未だ彼が乗りこなしているスレーヴIは打ち砕いたステンドグラスの欠片が雨の様に降っている中の出来事だった。

その光輝く雨の隙間を縫う様に放たれた銃弾は聖女の眉間に一発、胸に二発着弾した。

間違いなくそれは人間にとっての致命傷。

何も出来ず彼女は死ぬ、事はなかった。

ぞぶり、という音がした。

まるで何かが高速で水に落ちたような音だった。

人体から鳴る音にしては間の抜けたその音は聖女へと着弾地点から発生していた。

 

「酷イ人でスねェ」

「…………チッ」

 

二人に会話が成立することはない。

女は自己の精神を狂気で浸して自閉し、ボバ・フェットは敵対者と会話をすることは絶対にない。

故に殺意と殺意の応酬のみがこの空間で行われる。

ボバ・フェットの思考は銃弾が無効化された光景を解析していた。

人殺し(マンキラー)と呼ばれる銃への対策はこの世界では無数に存在する。

誰だって引き金一つで人を殺せる道具への対策を必要としていた。

それは装備だったり魔術による障壁であったりもする。

故に魔術師という存在を見たら真っ先に殺すのが銃使いの常識だ。

彼、ボバ・フェットもその常識に乗っ取り目の前の女を射殺しようとした。

しかしそれは失敗に終わった、それは何故か彼は分析する。

弾丸は女の肉体へと命中した。

しかし目で見られる負傷は存在しない。

つまりは不可視の障壁、しかし詠唱は見られない。

そして特徴的な水没音。

 

「固有魔法による水の障壁か」

 

ボバ・フェットは自身が考えた推測を口に出す、それは確認であると同時に女への揺さぶりでもあった。

しかし女の顔は変わらず蠱惑的な笑みを張り付けていた。

どこまでも魅力的なその笑みはこれ以上なく人々を魅了する。

【超絶美形】【善意伝搬】

この戦場であれ並みの人間であれば武器を向ける事すら躊躇ってしまうほどに。

女が困っていたら助けてしまう、そういう風に思考を誘導される。

それは娼婦が持つような技術ではない。

女の肉から香る匂いとその美貌から来る人間の本能だ。

その美しさに魅了された人間が自発的に彼女を助けようとする。

ただそれだけのもの。

それが厄介極まりない。

己の内から沸き上がる善意を押さえ付けられる人間などいない。

しかしボバ・フェットはそれに惑わされてはいなかった。

【マルチタスク】

強固な殺意を身に宿し、加速した思考の中で作戦を考える。

そして考え付いた作戦を彼は実行する、筈だった。

【夢幻羅道】【騎乗】

それは無意識の行動だった。

積み重ねて来た戦闘経験が生み出した咄嗟の行動、それが彼の命を助けた。

ぞぶり、と音がする。

ぞぶり、と音がする。

ぞぶり、と音がする。

音がする、音がする、音がする、音がする。

【狂羅輪廻】【薬染体液】【腑蝕胎解】

突如として発生したのは何かがどろどろに溶けた液体。

赤黒い色のそれを見たボバ・フェットはそれが何か理解する。

【鑑定眼(偽)】

――――人間の死体、それも多数の

先程まで彼が駆るバイクがあった場所をその狂気の液体が通過する。

それはまるで小さな津波のごとくその場所の先にある複数の長椅子を飲み込んだ。

ばきりと折れてひび割れ万力にて擂り潰される。

【圧壊】

物理法則を超越したその光景をボバ・フェットは解析する。

―――――先程の弾丸を阻んだのもこいつか、いやそれでは頭部の説明がつかない

彼が放った弾丸は着弾していた。

それを彼は手応えで理解していた。

腹部に向けて放った弾丸は衣服にこの液体を染み込ませて防げる。

では頭部はどうやって防いだのか。

それが謎だった。

その事について考える暇も与えない様に赤黒い水が動き出す。

【狂羅輪廻】【刺突】

水が変化し、まるで熟練した剣士の鋭い刺突の如く大量の水がボバ・フェットを目掛けて殺到する。

【夢幻羅道】【コンバットアクション】【■■■■■■■の鎧・飛翔駆動】

長年の鍛練で培った体術でバイクの上で折り畳んだ脚を跳ね上げ空中に移動。

そしてそれを予想していた追撃を紙一重の所で避けジェットパックが起動する。

割れたステンドグラスから外部へと脱出し、スレーヴIは自動操縦で教会の入り口を破壊し脱出した。

ちらり、と彼がスレーヴIが無事であると確認すると同時に彼は背後へと視線を向ける。

そこには噴水の様に展開した水を足場に女が天井を突き破って到着していた。

 

「鬼ゴっコでスかァ」

 

変わらない笑みを顔に張り付けて、女はその胡乱な瞳をボバ・フェットへと向ける。

―――テッド、最低でも盾役にアスラが要るな。

彼の脳内で敵対者への確実な殺害方法が繰り広げられる。

その結果、単独では勝率は薄いと彼は判断する。

息を吸い、吐く。

それを僅な時間で幾度か繰り返し、彼は覚悟を決める。

―――軽傷で終わらせるなら、だが

思考を殺意で満たす。

氷点下の様に冷たい思考と共に彼は女へと銃を向ける。

 

■●■●■●

 

鋼鉄と鋼鉄がぶつかり火花が散った。

それの正体は三つの刃だった。

一人は二つの剣を使い。

もう一人は残った一つの剣を使い、相手を殺そうとする。

【修羅道】【二刀流】【機巧剣・技剣】

【無痛・狂信】【砂塵の剣(デザート・スパーダ)】【柔らかな肢体】

テッドが振るう二つの刃、それを紙一重で避け、あるいは受け流す。

彼が振るう剣技は無傷でいられるほど生易しくは無い。

大小様々な負傷が相手の体に刻まれているがそれによる痛みを感じていないのか黒い男が止まる事はない。

この黒い男が振るう剣技をテッドは知っていた。

 

「砂塵の剣士は誇りを持って剣を振るうんじゃなかったのか」

 

砂塵の剣(デザート・スパーダ)

それはこの奏護という国で生まれた剣術である。

この国の代表である早撃ちという剣技が渡り鳥の剣とするならば砂塵の剣(デザート・スパーダ)は地を這う蛇の剣だ。

暗殺の為の剣技であり、土着民族が生み出し受け継いできた剣士殺しの剣技である。

では何故その剣技をテッドが知っているのか、それは彼が今現在のチームを組む前に土着民族との紛争に参加していたからだ。

嫌という程に同じ流派の剣士と戦った経験が彼に告げる。

【修羅道】

この男の剣技は一流では無い。

後数分もあれば殺せる程度の腕だ。

砂塵の剣(デザート・スパーダ)の恐ろしさは徹底した砂漠環境への適応にある。

砂漠で脚を取られない為の摺り足は人間とは思えない程の速度で砂漠の上を疾走する。

吹き荒れる風に合わせて振るわれる薄刃の剣は柔らかくしなり、恐ろしい速度で突きを繰り出してくる。

度重なる秘薬の投与により肺活量を強化した肉体はどんな環境であろうと剣を振るい続ける。

そして何よりこの流派は同じ流派の剣技を組み合わせる事で厄介さが増していくことだ。

独自の戒律による信仰は彼らの中では絶対視されておりこんなクロコダイルの勢力下にいることはまず無い筈だった。

 

「……もう私にあの信仰は意味をなさない」

 

しわがれた声を黒い男は喉から響かせた。

剣と剣が打ち鳴らす度に甲高い音と火花が散る。

その合間に言葉が紡がれていた。

 

「へぇ、そりゃあいいや、遠慮なく殺せる」

 

テッドの剣が加速する。

【機巧剣・技剣】【機巧剣・剛剣】【二刀流】【修羅道】

水の濁流のような連撃は全てが致命に至る一撃。

右手から放たれる剣は力強く、されど正確無比に武器と人体を破壊する物。

左手から放たれる剣は精密であり、完成された殺人の為の機械を思わせる物。

その二つの剣撃が一切の矛盾なく運用されていく。

まるで二つの生き物を合体させたかのような余りにも歪な技巧によって黒い男の肉体へと傷が刻まれる。

――――殺った。

間違いなく致命傷を与えた事をテッドは手応えで感じていた。

故にこの致命の状況であっても向かって来る異常な精神力を持って戦闘を続行をしてくるのを警戒しテッドは黒い男を蹴り上げる。

そして追撃にして止めの一撃である剣身を発射した。

一連のこの行動は間違ってはいない。

むしろこの場においては最適解だっただろう。

しかし横やりを入れる男が居なかったならば。

【邪知なる蛇・毒蛇の一射】【ト■ン■チー■ガ■・デ■■スチー■】【ファストアクション】

両者にとって完全な死角から撃ち込まれた一射が音もなく黒い男に着弾した。

そしてテッドが目の前に起きたその出来事に驚愕する暇も無く状況が変化が発生した。

例えるならばガスで風船を一瞬で膨らませて破裂させたような光景。

ただし現実で膨れて破裂した風船は黒い男だったが。

破裂音と共に衝撃が周囲へと撒き散らされ、テッドの視界が砂埃で隠される。

そしてそれを切り裂いてテッドへと六つの剣閃が飛来する。

砂塵の剣(デザート・スパーダ)】【砂塵の剣(デザート・スパーダ)】【砂塵の剣(デザート・スパーダ)】【砂塵の剣(デザート・スパーダ)】【砂塵の剣(デザート・スパーダ)】【砂塵の剣(デザート・スパーダ)

【修羅道】【迎撃態勢・荒野の掟】【機巧剣】【二刀流】

唐竹、振り下ろされる刃を右の剣の柄で弾く。

袈裟、唐竹を弾くと同時に右の剣の剣身でそらす。

逆袈裟、袈裟と同じ要領で左手で握った剣で弾く。

刺突、体を捻り起動から外れる。

右薙、四つの剣閃を回避した後に全身を脱力し体を沈みこませ回避する。

左薙、脱力したことにより起動が外れる。

ほぼ同時に飛来した攻撃をテッドなんとか回避した。

 

「おいおい、とんだ着ぐるみを着込んだじゃねぇか」

 

たらり、と頬に冷や汗を流しながらテッドは目の前に現れた存在を見る。

視線の先にいたのは怪物(モンスター)だった。

まるで無理矢理三人の人間を組み合わせ、金属の鎧を着けたような生物はどこからか言葉を吐き出した。

 

「おお、オオ、オオ、やはり私は正しかった」

 

まるで演劇の役者のごとく黒い男だったものはそう言葉を吐いた。

熱に侵された病人のようなその姿を冷静にテッドは観察する。

【修羅道】【鑑定眼(偽)】

―――どういう仕掛けだ、こいつは

心の内で発生した驚愕を抑え込み黒い男だったモノを観る。

もはや肉体は人形を保ってはいなかった。

例えるならば巨大な昆虫の上に奇妙な銅像を置いたような生物だ。

全部で六つある眼球は全てが別々な方向へ向けられている。

鍛え上げられて腹筋は三つ並んでいる。

羽のように生えた四つの長い腕は振るっていた薄刃の剣と一体化している。

晒された皮膚浅黒く日光を反射している。

【六剣一身・精神汚染】【ハーフ■マ■■ュ】

ああ、気味が悪い。

そう心に吐き出す。

―――ここらじゃ見ない魔物の特徴が混じってやがるな、いかれた科学者の作品か何かか?

理解を拒み思考を放棄しようとする意識をテッドは縫い付ける。

そして体を動かした。

【フリーラン】

体格、手数、射程。

その他様々な要因が相手が勝っているのであれば正面から勝負を挑むのは愚の骨頂だ。

故にテッドは男の視界外へと消えるために跳ね飛ぶ。

その行動は素早く建築物の影へとテッドは姿を消した。

そして怪物の後方へと周り切り込む。

【怪物肉体・複眼】

しかし怪物の複数の眼球は後方から来る刃を察知した。

【怪物肉体・多脚】

下腹部に存在する昆虫の足が瓦礫を踏みつける。

そして人間ではあり得ない速度で六つの刃が振るわれた。

戦闘は未だ続いていく。

 

■●■●■●

 

 アスラ・ザ・デッドエンドという男は紛れもなく強者に分類される人間である。

それは肉体的な意味でも、戦闘力的な意味でもある。

彼の怪力から放たれる一撃は規格外の存在以外であるならば一撃で殺傷可能である。

故に今彼は困惑していた。

確実に殺した手応えの攻撃を受けて向かってくる巨漢に。

―――何だこいつ

降りかかる己の頭蓋の二倍はある拳を受け流しカウンターの拳を叩き込む。

【強者の矜持】【超人】【回し受け】【練気重拳】

めぎょり、と骨を砕いた感触が拳に伝わる。

しかし巨漢はダメージが無いかのように攻撃を継続する。

【二重羽織】【頑強】

身体全体を使った右ストレート。

僅な動作で拳を避け、懐に飛び込む。

幾度も行ってきた動作を行う。

最短効率で放たれる拳は触れるだけで命を奪う。

勿論、この一撃があまり意味がない事をアスラは理解している。

アスラという人間は馬鹿ではあるが愚かでは決して無い。

故にこれは探りの一打である。

この巨漢の中に潜む存在を近くするための。

そして直撃。

幾度も己の拳に伝わってくる手応えから相手の存在を直感的に見抜いていく。

【野生の直感】

―――骨と肉を潰した感触はある、だが訳解んねぇしこりが幾つかあるな、つまりはこいつの中に文字通り何か居やがるな

脳内で思考を行いながらアスラは巨漢が繰り出す攻撃を避け、或いは受け流し、或いはカウンターを叩き込んでいく。

しかし一向に戦況は変わることはない。

状況が変化したのはアスラが巨漢の腹部にこれ以上ない打撃を叩き込んだ時だ。

その間違いなく内蔵を破裂させる一撃は受け止められていた。

臓器があるはずの内部で。

【二重羽織】

アスラは理解した。

この巨漢は二つの生物の融合体だということに。

【強者の矜持】

理解した後の行動は早い捕まれた腕を支点に延髄へ向けて蹴りを放つ。

着弾、衝撃そのままに巨漢が吹き飛ぶ。

家屋が倒壊したことで起きた砂塵が周囲へ満ちる。

それを毒蛇は見逃さなかった。

【邪知なる蛇・毒蛇の一射】【ト■ン■チー■ガ■・デ■■スチー■】【ファストアクション】

テッドの時と同様のことが起きる。

怪物となった巨漢が家屋を構成していた木材を吹き飛ばしながらアスラへと疾走する。

鋼色に染まった肉体へ拳を放つも弾かれる。

外皮が比べるまでもなく強靭に変わっている、しかも内部の何かが活性化することによって鑢のように皮膚が変化し拳をを削ってくる。

無手であるアスラにとってこれ以上ないほどに相性が悪い敵だった。

 

「……クカカ」

 

されどアスラは笑った。

決して諦念から来るものでは無く、どこまでも爽快な感情から涌き出た笑顔だった。

―――ああ、こんなにも世界は広い。

彼は生まれながらの強者である。

だが、そんな彼であれど拮抗、もしくは凌駕する存在は珍しくも無い。

故に彼は嗤った。

どこまでも晴々とされどどこまでも凶悪に、殺意を滾らせて。

―――拳が通じない?、今の拳が通じないだけだ、もっと工夫しろ

アスラが拳に魔力を充填する。

これだけでは意味がない。

今まで通り無効化されるだけだろう、故に工夫を加える。

拳のみでは無く腕全体に魔力を纏わせる。

そして疾走。

【超俊足】

今まで通りの速さで拳を叩き込む。

それと同時に拳に激痛が迸る。

ミキサーに拳を叩き込んだような物だ、アスラの拳に大小様々な傷が拳に作られる。

打撃から発生した衝撃をものともせず巨漢はアスラを両腕で掴んだ。

それは恋人を抱き止める様にも見えたがそんな生易しい物ではない。

ミキサーにかけられたのが全身に変わり万力のような怪力で押し潰さる地獄だ。

【二重羽織・活性】【怪力・粉砕】【鑢皮】

苦痛から発生する悲鳴をアスラは飲み込み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「おいおい、俺を抱き締めていいのは美人の女だけだぜ」

 

ミシミシと骨が軋んでいる中でアスラは笑う。

 

「だがありがとよ」

 

みしり、と音がした。

それはアスラを掴んでいた腕が折れた音だった。

その負傷が治るまでの僅な時間でアスラは構えた。

 

「俺の胸に空いた深い風穴が少し埋まった」

 

そしてアスラの渾身の一撃が放たれる。

【天武の才】【練気重拳】【魔力撃】【■■適合者】【超人】

拳が巨漢の肉体に到達し巨漢が仰け反る。

そして世界が震撼し、両者の戦いは終わりを迎えた。

 

■●■●■●

 

様々な場所で戦いが繰り広げられている中で尾形は介入せず沈黙していた。

それは戦闘への恐怖から来るものでは無い。

今、戦場を操っている何者かを探るためだ。

 

「火蜂」

『未だ計測不能である、有り得ん程に高度な迷彩である』

「それに加えて射撃技術も馬鹿にならん、俺と同等以上だ」

 

この街を狂気の宴に叩き込んだ黒幕は姿を見せることなく彼等を追い込んでいた。

もし黒幕が殺意をもって介入してきていたのならすでに自分たち四人は死んでいると尾形は考えていた。

故に最低限の情報を掴み撤退する。

そう尾形は思考を纏め、息を潜め、敵を探る。

【視界共有】【鷹の目】【多目的ハイパーセンサー】【弾道理解】

人間だった者達を怪物へと変化させた凶弾の弾道は不可解極まりなかった。

波打つように弾道が変化し建築物の隙間を縫い目標へと着弾した。

しかし銃の発射音である火薬の類が破裂した音はない。

つまりは火薬式ではなく電磁式、もしくは蒸気式のライフル。

【クレバー】【凍った心】【観察眼】

そう推理を展開しながら彼は乱立する建築物の群れを飛び回っていた。

【パルクール】

スナイパーという職種の人間は普通の人間が思うよりも遥かに移動を繰り返す。

何故ならばこの世界では銃器が通じる生物は少なくそして銃声を逃す聴力を持たない存在も少ない。

故に尾形は移動する、最高のタイミングで黒幕に銃弾を撃ち込むために。

 

■●■●■●

 

腹部、24発。

右腕、12発。

左腕、13発。

右脚、27発。

左脚、19発。

頭部、9発。

合計104発の弾丸。

それがボバ・フェット女に対して撃ち込んだ弾丸の数だった。

しかし女は死んでいない、そしてさしたる負傷すら身体に刻んではいなかった。

【腑蝕胎解】【薬染体液】

 

「チッ」

 

今一度ボバ・フェットは舌を鳴らす。

彼が放った銃弾は確かに身体を傷つけ、傷口から飛び散った体液が気化し麻薬に変わり、体内から涌き出たヘドロが傷口を埋め修復した。

その光景を幾度も繰り返した彼は理解する。

この女自体がリップオブファイアその物だということに。

そしてどうやってか溶かされた人間のヘドロはこの女を治療できるという事実に。

彼は思考する。

残弾と相手を殺傷する為の方法を。

【腑蝕胎解・寄生同調】

ピクリ、と女が僅かに揺れ動く。

ボバ・フェットの弾丸によってでは無く、彼女自身が動いたのだ。

英雄試練(プレゼントボックス)進化(オープン)

そして悪夢が始まりを告げる。

 

「ボスには進化が付き物だろう」

 

悪辣な蛇がどこかでそう言って嗤うと共に変化が起こる。

どちゃり、と音がした。

音源へとボバ・フェットが目を向けた先には女がいた。

弾丸を叩き込んだ女と全く同一の女が。

【ガンマスター】【クイックドロー】

ボバ・フェットが反射的に両手に持つ銃の一つを向け、引き金を引く。

着弾。

現れた女はそれにより仰け反った、けれど直ぐに治り、口を開く。

【腑蝕胎解】【惨美歌・二重奏(デュエット)

歌が空間を満たす。

余りにもおどろおどろしく奏でられるその二重奏は聞いた人間の脳を揺らし判断力を削る。

一般人なら正気で立っていられない状況でボバ・フェットは素早く動いていた。

それは彼の人並みならぬ精神力と身に付けている鎧によるものだ。

銃弾を二人の女の喉に叩き込み歌を途切れさせる。

彼は退却を決断してジェットパックを使い離脱を――――――

どちゃり、と音がする。

音源に立っている女が口を開いた。

【惨美歌・三重奏(トリオ)

更に音量が増した歌が満ちる。

脳が、揺れる。

ボバ・フェットは三人に銃弾を叩き込む。

心臓と脳髄が警鐘を鳴らす。

どちゃり、と音がする。

四人目の女が現れた。

【惨美歌・四重奏(カルテット)

彼ですらまともに動く事が出来なくなった。

神を讃える歌は人を貶める歌に変わっている。

ぎしり、と歯を食い縛り動こうとする。

その瞬間に彼の瞳に写ったのは泥の濁流だった。

身体を傷つけられながら元の教会に押し戻されていく。

疑いようも無く彼は危機的状況の中にいた。

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>絶賛ピンチボバ・フェット
相性が悪い、それにつきる。
次回、覚醒予定。

>人間を止めた怪物と戦闘中テッド
瞬殺してボバくんの救援に向かう予定だったが私の中のスタークが囁き敵を強化しました。
がんばれ、がんばれ。

>厄ネタが顔を出したアスラ
最終状態で一番ステータスが高い奴。
ちょっとあるキャラにボコられる予定。

>死亡フラグが立った尾形
スターク警戒中。
彼がいなかったら戦闘中に嬉々として妨害の弾丸を打ち込まれていた。
スタークはちょっと楽しくなってきている。

>怪物になった二名
特に言うことはない。
経歴については次回書きます。
ヒントは他に女もいるのになぜ商人を手に持っていたか。

>第二形態に進化した聖女。
こいつも経歴は次回書きます。
惨美歌で相手を妨害し腑蝕胎解で攻撃。
ただそれだけの戦法。

>『砂塵の剣』
奏護の土着民族に伝わる剣技。
排他的でありその技法の多くが謎に包まれているが高天の者達とは小規模だが交流がある。
これに関しての章をやる予定。


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麻薬の章 (下)



  「うるせぇ、死ね」

 《この世界にいる修羅達の常識》


幸福感が心に満ちていた。

身体の節々に走っている激痛が嘘のようにふわふわとした精神状態だった。

【薬物耐性】

味覚は無いが口に水気がある、これは吐血した血だろう。

視覚は悪い割れた兜の隙間から揺れる世界が見えた。

嗅覚もダメだ、甘い臭いが消えない。

ああ、絶体絶命とは正にこの事だ、そう心の内にボバ・フェットは吐き出した。

力を入れようにもそれが適切な量の力か解らない。

ボバ・フェットはまるで眠るように死にかけていた。

泥の濁流に呑まれ同時に呑み込まれた建材にぶつかり体中に打撲や捻挫が起きている。

それだけならまだしも身体に入り込んだ泥が己の肉体を汚染していた。

これにより肉体が思うように動かすことが出来なくなっている。

ピクリとも動かない彼に向けて複数人に増えた女が重ねて言葉を放った。

 

「「「「ああ、これで貴方も救える」」」」

 

それは今までの狂気に満ちた言葉では無いその言葉でボバ・フェットは意識を覚醒させる。

ぎちり、と筋繊維が音を放ち肉体の限界を認識させる。

無視した。

ぐらぐらと世界と感覚が揺れている。

指が動けばそれでいい。

喉から血が溢れてくる。

飲み込み、敵を見据えた。

【戦闘続行・矜持】

そして彼は揺れる世界の中で引き金を引いた。

弾丸の速度はいつも通りに変わらず発射される。

【ガンマスター】【クイックドロウ】【夢幻羅道】

それこそが殺戮のための武器である銃の利点。

だがそれは敵対者である女には効果が無いことをすでにボバ・フェットは知っていた。

音速の壁を越えて弾丸は四人に増えた女に命中する。

そして出来た傷を修復するその一瞬、それが彼の狙いだった。

轟音を上げながら教会の壁を突き破って現れたのは彼の愛機、スレイヴIだ。

過剰なほど積み込まれた銃器の一つを主人目掛けて射出する。

それは人間が携行出来る銃器の中で最大級のもの、グレネードランチャーと呼称されるものだ。

ずしりとした重さは麻痺した感覚では感じれなかったが彼はしっかりとそれを握り弾薬を装填する。

 

「お、前、の」

 

彼が持つ最大級の兵器をもって彼は口を開いた。

舌が麻痺しているのか辿々しいものだったが彼は言う。

 

「救、い、は」

 

肉体が修復され元々の美しい容姿を取り戻した女達に向けて彼は言う。

 

「必要ない」

 

割れた兜から覗く毅然とした瞳が女を見ていた。

それに呼応するように泥が蠢いて彼を襲う。

まるで津波のように荒れ狂う巨大な泥の奔流に向けて彼は引き金を引く。

今までの銃撃とは比較ならない爆発音が鳴り響く。

そして巨大な弾薬が破裂し、特殊な効果を生む。

【特殊弾薬・凍結弾】

氷の属性石を基軸に複数の凝固点が高くする薬剤を混ぜた液体で満たされたそれが破裂すると同時にそれが付着した泥が凍りつく。

続いて二度、三度とその弾丸をぶちかましながら彼は鎧の機能を起動させる。

【■■■■■■■の鎧・飛翔駆動】

黒い煙を上げながらも背中のジェットパックは正常に起動し彼の肉体を空中へと運んだ。

廃墟と化した教会の中で泥の洪水と弾丸が交錯し最後の戦闘が始まる。

【狂羅輪廻】【腑蝕胎解】【惨美歌】

泥は蠢き彼へと向かってくるそれに合わせて美しくもおどろおどろしい歌が歌われる。

しかし脳を揺らす歌は今現在一人しか歌っていない、そして女は歌えないことをボバ・フェットは理解していた。

彼はこれまでの闘いからある推測していた。

この女は精人、あるいはそれに類する存在であると。

少し前に戦った万象王に似た手応えを彼は感じていた。

彼には専門的魔術知識はないが鎧の機能の一つであるマナセンサーが示す圧倒的な海属性のマナから判断し、そして弾丸の効果の薄さから推測していた。

この推測は半分は正しく、もう半分は間違っていた。

女、マリアと呼ばれていた彼女はスピリットと呼ばれる人工精人である。

今現在より数年ほど前に死んだ九害、オベイロンが作成しそして失敗作として破棄された存在、それが彼女だ。

この奏護の小さな村で彼女は産まれ、育ち、オベイロンに破壊された。

彼女はただの優しい少女であり、大した才能も持ち合わせてはいなかった。

普通と違ったのは彼女を変えたオベイロンだ。

オベイロンは彼女をスピリットへと変化させる時にある大精霊をモチーフにした。

かの有名な王国の宮廷薬師をモデルにしてそれを自分の手でオベイロンは造り出そうとし、そして彼は失敗した。

あまりにも不完全なスピリットへと転生した彼女をオベイロンは存在を認めず、スラムへと破棄した。

それだけであったのなら数日経てば消え去っていただろう。

悪辣な蛇に発見されることが無ければ。

蛇は彼女に何度でも再生する肉体を与えた、蛇は彼女に幸福を分け与える薬の血液を与えた、蛇は人々を魅了する歌声を与えた。

そして何よりも蛇は少女に使命を与えた。

人々を幸福にするという使命を。

彼女は自身の心の奥底に残された善意のままに幸福を、始めて与えられたあの天上の幸福を全ての人々に分け与える為に行動した。

オベイロンという存在が産み出したスピリットの中で最も成長しながらも、誰もそれを知らない。

モデルであった宮廷薬師にこれ以上なく近づいた大精霊に匹敵する存在と化した彼女を。

そんな彼女に対してたった一人で挑む彼は理解している。

今のままでは勝利することは不可能であるということに。

ただの弾丸では効果が薄く、そして爆弾で吹き飛ばそうにもそれをする前に攻撃が来る。

今現在、凍結弾で泥の足止めが成立しているのは目の前の女の実戦経験の少なさによるものだ。

しかしその恐ろしいまでの狂気から来る行動は全てが予測できず、彼の反射から来る行動と今までの戦闘経験を合わせて漸く対応出来ているのが現状だ。

故にこのまま戦えば敗北するのは間違いなくボバ・フェットの方のは明白だ。

このまま銃しか使わなかったら、だが。

兜の中で割れた画面が光輝く。

それは彼が身に付けている鎧の全ての機能を使用する証だった。

【マンダロリアンの鎧・全機能解放】

弾切れになったグレネードランチャーを彼は前方へと放り投げる。

そして一つ目の鎧の機能を発動させる。

左腕を突きだすと同時に炎の渦が発生し氷が蒸発させ白い煙へと変化させた。

それを目眩ましに利用して限界が近いジェットパックでさらに上空へと移動する。

そして限界の高い天井に捕まり背面に設置された小型ロケットを発射した。

彼の携行できる兵器の中で間違いなく最大火力のそれは彼を見失っていた女を地面ごと吹き飛ばした。

崩落していく自分を省みることなく女はボバ・フェットへと目掛けて攻撃を仕掛ける。

【狂羅輪廻】【腑蝕胎解】

泥の凍った部分を利用して飛び道具のように射出する。

それを身を捻りながら重力とジェットパックの二から来る加速した世界で彼は愛銃を構えた。

今現在地下の崩落により中に投げ出された同じ容貌の女達を撃った。

放たれた全ての弾丸が着弾する。

そしていままでのように女の肉体は弾けとんだ。

しかし、いままでと違う要素が今回はあった。

女の肉体が修復されることが無かったのだ。

ここでようやくボバ・フェットは女の正体を理解した。

女が泥を操っていたのではなく、泥が女を操っていることに。

確かな鑑定眼を持つ彼がそれを見抜けなかったのは女の能力によるものだ。

異常なまでに綺麗な女の容姿と脳を揺らす歌声により目を離すことが出来なかった。

そしてそれに気づいたのならばそれを見逃す理由はない。

特殊な弾薬を装填し二丁の拳銃を蠢く泥へと向けた。

そして火花が散り、弾丸が発射される。

装填した弾薬は特殊な散弾である。

威力自体は普通の散弾よりも低いが魔力の濃さにより色を変化させるという代物だ。

そして不自然なまでに泥の塊の中で色が濃くなった場所がある。

それはつまり、何らかの魔術の構成要素の要である事をボバ・フェットは理解した。

そしてその場所に左腕を向けワイヤーを射出する。

カァン、と金属音が空間に響いた。

【ワイヤーアクション】

そして巧みなワイヤー裁きでその音源の物体を引き上げる。

ぎゅるぎゅると火花を上げながらワイヤーが巻き上げたその物体は悪趣味極まりない物だった。

例えるなら玄人にしか解らない高尚な美術品か何かのような物だ。

鎖で繋がれた複数の腐乱死体、骨格から見て女だろうそれを豪奢な装飾の剣が縫い止めている。

その剣は冒涜的なオーラを放ちながら脈動していた。

彼は知るよしは無いがこの複数の死体こそがあの普段活動している女の肉体の正体。

死霊術を応用し霊体情報をその幸福感と快楽をもって漂白、汚染し、突き刺された剣から女の人格を刻み込む事によって泥の肉体と女の人格をもった生命を産み出していた。

例えるなら人間の形をした泥人形。

故にどれだけ銃弾を叩き込もうが意味はなく、そして同時に複数の肉体が存在できる。

その事を理解できるような魔術的知識は彼にはない。

だが、今この瞬間こそ勝機であると彼は理解していた。

限界を迎えている肉体に鞭を打ち、銃口をその場所に狙いを定める。

【夢幻羅道】【トゥーハンド】【百発百中】【銃■模■】

引き金が引かれ、弾丸が発射される。

まるでスローモーションのように思考が加速していく。

脳内麻薬が分泌されているからかこれ以上ない技をボバ・フェットは行使した。

発射された銃弾は寸分狂うことなく全て同じ場所に着弾し、剣に皹を入れる。

自身の死を明確に感じたのか泥が蠢いて彼を狙う。

人間など容易く死ぬその泥の洪水に向かい彼は炎と銃弾でもって答えた。

泥が蒸発し、煙と化したリップオブファイアが彼の肉体に入り込む。

ぼたぼたと顔中の穴から血を垂れ流しながらも彼は引き金を引き続ける。

そして剣身が折れ、腐乱死体から切り離される。

あと数秒もたてばその狂った精神の大元である剣が折れた事により精神が崩壊し活動が停止する死の時間、彼女はそれでもなお動いた。

それは決して自己の為ではなく他者の為である。

【戦闘続行・救済精神】

彼女は最後のその一瞬まで救いの手を向ける。

泥が蠢いて、ボバ・フェットを覆うように展開していく。

決して逃さぬように、必ず救えるように。

それに対しての彼の返答は決まっている。

 

「言った筈だぞ」

 

弾丸が発射される。

泥を抜いて本体へと直撃する。

【百発百中】【戦場作法・ダブルタップ】

 

「お前の救いは必要ない」

 

その拒絶の言葉と共に彼は必殺の弾丸の群れを打ち出す。

一発目、着弾。

二発目、着弾。

三発目、着弾。

四発目、着弾。

五発目、着弾。

六発目、着弾。

七発目、着弾。

八発目、着弾。

九発目、着弾。

最後の十発目、着弾。

そして壊れた聖女はあっさりと死滅した。

自我を失った肉体である泥は崩壊した岩石の山に押し潰され二度と日の目を見る事はないだろう。

そんな敗者である女を勝者であるボバ・フェットが見下ろしていた。

上から降ってきた岩雪崩を回避し壊れた教会の屋上へと避難していた。

荒い行きを整えようと呼吸を落ち着けようとするが、出来ない。

どんな薬物に致死量というものが存在する、それはリップオブファイアにももちろん存在する。

今現在彼の肉体には致死量に限りなく近い量のリップオブファイアが存在していた。

近づく死の気配への対策を彼は打つ。

腰のポケットの一つに入っている注射器がそうだ。

透明な液体が入ったそれ、解毒薬が入った注射器は全部合わせて六つあり、それを次々と自分の肉体打ち込んでいく。

リップオブファイアを解毒する医療技能は彼にはない。

故に死を先伸ばしにするために迅速に行動した。

大量の解毒薬を使った副作用か、はたまた限界を越えて己の肉体を酷使した代償か。

彼の意識は急速に闇に溶けていった。

 

■●■●■●

 

火花が散って咲いた。

それは二度、三度と連続して起こり絶え間なく続いていく。

―――洒落にならんぞこの強さ

その火花を発生させている内の一人であるテッドはそう心に吐き出す。

人間が扱う剣技というものは全てが人体を限界まで利用して放たれる。

そうでなければこの世界に蔓延る怪物達の相手をすることはできないのだから。

関節、筋肉、魔力、そして装備、その他様々な要素を組み合わせて剣術は放たれる。

しかし、人間の肉体には限界というものが存在する。

剣を振るう腕は二本しか存在せず。

筋肉の量にも限界があり。

絶対的魔力格差には剣はあまりにも弱い。

しかしもしもその限界を越えた肉体を持ちながら十全な剣技を振るう存在がいたならどうだろう。

答えは簡単だ、それは理不尽を具現化させた存在だろう。

それが今テッドの目の前に存在していた。

閃光が、彼に放たれる。

それは腕と一体化した剣が鞭のようにしなって放たれた攻撃であり、音の壁をほんの少しではあるが突破したものだった。

しかもそれは砂塵の剣(デザートスパーダ)という完成された剣術技巧を使ってのテッドへの攻撃だった。

【六剣一身】【砂塵の剣(デザートスパーダ)

音に等しい早さで迫り来る攻撃を時に躱し、時にその手に持つ剣で弾く。

これは彼が音を越えた斬撃を放って防いでる訳ではない。

彼は己の鍛え上げた観察眼により先読みし、防げるようにしているのだ。

【修羅道】【鑑定眼(偽)】

人生の大半を戦いに捧げた彼にとって何度も戦った剣士の技を予測するのは難しくない。

音速を越える斬撃を放つには合理的な剣の軌道を振るう他ない、それはつまりその合理的な軌道を予測すれば防ぐことが出来るということだ。

怪物に変化する前に未熟な剣士だったからかテッドはその軌道を簡単に予測することができた。

しかしそれは数ある怪物の攻撃の一つを防げるというだけだ。

全ての攻撃を防げるわけでは決してない。

それを証明するかの如く昆虫に似た足を高速に動かして怪物は突進する。

例えるならそれはさながら猛牛の突進にようであり、直撃したなら間違いなく致命傷を負うことになるだろう。

【フリーラン】

足を畳み込み、跳ね上げ、空中へと彼は跳んだ。

ただ空中へと飛ぶだけでは音速を超える斬撃の的になるだけだ。

故に彼は建物と建物の隙間である路地裏へと移動する。

怪物の巨大な肉体とそれに備わった長い刃から逃げるために。

乱れた呼吸と集中力をテッドは安定させる。

音速の斬撃と初見の怪物との戦いは熟達した戦士である彼であっても辛いものある。

 

「さて、どうしたもんか」

 

迷路のような路地裏を移動しながら彼はそう呟いた。

何も彼はやられっぱなしだった訳ではない。

数度の反撃と、先制攻撃を相手に与えている。

しかし、それから得たのは彼と敵の相性は最悪に近いという事実のみだった。

 

「パワー、スピード、共にあちらが上」

 

分析を彼は進める。

 

「技量は俺が上だがスピードで上回られてるから意味がねぇな」

 

淡々と、冷静に、勝利に近づくために。

 

「しかも皮膚や筋肉にかなりの弾性がある、無ければあんな速度で剣は振るえる筈がない」

 

故に。

 

「俺の斬撃がすかされる」

 

彼は普通の市販品の剣で斬鉄が可能な剣士である。

故に鋼鉄の肉体を持つ怪物にも簡単に手傷を負わせられる。

しかし斬撃というものは弾性があると切りにくい。

それは圧力にたいして弾性により変形して斬撃の効果を薄くさせるのだ。

 

 

「一応傷は付けられたが、致命傷じゃねぇ」

 

いくら弾性があるからといって無傷でいられる訳はない。

多少ではあるが目に見える傷をテッドは与えていた。

 

「部位切断には大振りが必須だが手数で上回れている、やったらあの斬撃の餌食だな」

 

頭の中で構築されていく敗北という絶望により彼は息を吐いた。

 

「唯の獣だったら楽なんだがなぁ」

 

その言葉通り、あの怪物が獣のように本能のみで動くのであればやりようは幾らでもある。

しかし相手は人間の理解力を残していた。

彼が得意とする剣身の発射を一度見ただけで完全に防いでみせたのだ。

 

「考えれば考えるだけ不利になりやがる」

 

がしがしと頭を掻く。

一瞬退却するという案が彼の脳に走る。

単独で勝利する確率は低いのだから。

そう、自分を納得させようとした。

けれど、彼はそれを否定する。

 

「いつもなら逃げるんだがなぁ」

 

なぜならば絶望して死んだ女が彼の脳裏に存在していたからだ。

名前も知らぬ女の為にテッドは勝ち目が薄い戦いをすることに決めた。

彼の潜んでいた建築物が切られたのはそれと同時だった。

【六剣一身】

 

「ちぃっ」

 

倒壊してくる瓦礫を二本の剣でテッドは弾く。

当たり前の話だが人間は重い物体に当たれば死ぬのだ。

故にテッドは死なない程度の大きさに破壊しながら回避する。

瓦礫と化した建物を踏みしめて、怪物は現れる。

そして、音が鳴る。

その音が音速を越えた斬撃が放たれた証であるとテッドは知っていた。

 

「しぃぃいっ」

 

【修羅道】【迎撃態勢・荒野の掟】【機巧剣】【二刀流】

斬撃を、弾き、弾き、弾く。

無限に等しい数秒間の中で彼はそれを行った。

そしてピキリ、と剣身がひび割れる。

―――もう少し高いの持ってくるべきだったか

冷静にそうテッドは心に吐き出す。

そして勝利のために思考を巡らした。

―――剣身変える暇は無い、かといって次の斬撃は防げない、なら

後方に彼は柄と鞘を投げる。

紛れもなく自殺行為のそれを彼は行った。

それは勝利することを諦めた訳ではない。

勝利するために、彼は動いた。

彼は前進する。

振るわれる斬撃の軌道を予測し、回避しながら。

そして怪物の三つ並んだ胴体に手を押し付けた。

押し付けられた手に意識を向けた怪物はその音を確かに聞いた。

かちり、と歯車が組合わさったかのような音を。

そしてテッドの右腕に光が灯る。

 

「―――剣抜刀」

 

【■■残骸・■騎士の右腕】【聖剣技(偽)・不動無明剣】

そして極光の一撃が放たれた。

小さな流星のようなその一撃は怪物の全身を消し飛ばしてもまだ止まらず、町の一角を吹き飛ばした。

光に飲まれ、崩壊していく黒い男の脳裏には二人の男女と笑い会う自分の姿が写っていた。

そしてその意味を理解した男は声にならない絶叫を響かせ黒い男だったものは消滅した。

 

「糞、これ燃費悪いんだよ」

 

発動した聖剣技により生命力を消費した影響か気だるげにテッドはそう言った。

テッドは胸元からタバコを取り出し火を付ける。

いつも使っていたライターはどこかに落としてしまったようでしょうがないから自分の腕を利用した。

未だに腕に灯る残光のタバコを押し当て、火を付ける。

 

「ああ胸糞悪い戦いだったぜ」

 

その言葉と共に吸い込んだ煙を吐き出した。

彼は見るも無惨な右腕を見る。

 

「それと同じぐらい胸糞悪い体だな、おい」

 

ぼこり、と気泡が右腕に現れる。

それは断続的に出現し、右腕を修復していく。

【■■残骸・■の心臓】

治った右腕を動かし、問題なく動作しているか確認する。

 

「さてもう一仕事するか」

 

投げ捨てた剣と鞘を回収し、彼は仲間と合流する為に動き出した。

 

■●■●■●

 

 

所々廃墟と化した都市の某所に一人の男がいた。

 

「クッ、ハハッ」

 

心底面白そうに喉から嗤い声を響かせるその赤い鎧の男、ブラッドスターク。

手と手を打ち合わせ拍手するその姿は特上の劇場を見る観客の様だった。

【気配遮断】【影を駆け抜けるもの】

 

「いや、しかし予定外の即効劇だがなかなかどうして面白い」

 

この男がこの都市に来てボバ・フェット達と遭遇したのは完全なる偶然だ。

故に予定も計画も在ったものじゃない。

元々この奏護で聖女の信者を集めて聖練に新たな【指定災害人在(ディザスターマン)】として襲撃させるという予定だったのだ。

何千もの人間を絶望に落とす計画を悪党に分類される人間が防いだのだ。

これほど面白い事はない。

だが、立てていた計画は完全に邪魔され、破壊された。

故に報復をブラッドスタークは行おうとする。

手に持つ長銃をボバ・フェットへ向けて狙いを定める。

そんな時だった。

風を切り裂く音と共にとある物が飛来した。

【夢幻修羅】【完全なる選手(パーフェクトプレイヤー)・神速の直球】【ファストアクション】

丸い球体のそれは精密なコントロールと時速二百キロメートル超のスピードで長銃へと衝突する、ように思えた。

【夢惨輪廻】【迎撃態勢・常時悪辣】【象形拳《蛇》】

大概の生物を絶命させうるその投擲をブラッドスタークは防いだ。

長年の戦いの経験から生じたその動きはまるで蛇の如く流麗に腕をしねらせ投擲された球を避けた。

ブラッドスタークはそれだけで動きを止める事は無い二度、三度と投擲される球の群れを全て回避した。

そしてそれを投擲したと思われる人間に言葉を放つ。

 

「またお前か」

「それはこっちの台詞だよ」

 

トレードマークの紅白帽を被るその男に向けてブラッドスタークはそう言った。

それにパワポケが返答すると共に余りにも日常的に戦闘が始まりを告げる。

まず始めに動いたのは ブラッドスタークだった。

洗練された動作で小型のナイフをパワポケへと投擲する。

その全てが艶消しと猛毒の塗布が行われていた。

【投擲術】【小型ナイフ・毒液塗布】

夜の闇に溶けるかのようなそのナイフをパワポケは迎撃する。

右手に持つ木製のバットに魔力を込め、硬化。

身を捻り、命中するナイフの数を減らす。

それと同時に振りかぶったバットが振るわれる。

暴風を巻き上げ自身に命中するであろうナイフの軌道を変化させ回避すると共にブラッドスタークへ攻撃を放つ。

【夢幻修羅】【完全なる選手(パーフェクトプレイヤー)・打率十割】【T.A.S】

それを読んでいたブラッドスタークは長銃を振るう。

備え付けられた銃剣から蒸気が吹き出し加速する。

【夢惨輪廻】【銃剣術】《ト■ン■チー■ガ■・ライフルモード》

加速したその銃剣はバットと激突し、衝撃が生まれた。

その衝撃は周囲にある建築物を揺らし、空気を破裂させる。

並みの人間ならば衝撃に痺れ動け無くなるだろうそれを物ともせず両者は動き続ける。

【夢惨輪廻】

【夢幻修羅】

バットと銃剣が衝突し続ける。

【象形拳《蛇》】【銃剣術】【人体構造理解】【悪辣なる蛇・殺意理解】

【努力の才能】【人間の如く】【やきうの武練】

一呼吸の内に数度の攻防が行われる。

今現在この戦況は拮抗していた。

近接戦の力量は間違いなくパワポケの方が上である。

しかしブラッドスタークは未だ拮抗させている。

それは人間の殺意と構造を完全に理解して、利用しているからだ。

相手が次に狙える部位を理解すれば対応は難しくはない。

自力ではパワポケに劣っているブラッドスタークが拮抗できている理由である。

 

「どうやってここに来た」

 

銃剣とバット鍔迫り合わせ、ブラッドスタークは口を開く。

ここにこの男が来るのは偶然ではないと彼は確信していた。

見抜けるような証拠も痕跡も残してはいなかったからだ。

 

「クロコダイルさんに依頼されたんだ」

 

全身を利用してバットに力を込める。

ギリギリ、と鉄の刃とバットが拮抗する

 

「俺の把握している難民のキャンプが消えた、空町が不法占拠される可能性があるってね」

 

―――多分それだけじゃないんだろうなと思ったらこれだよ

トランペッターの拠点を共に襲撃した他の二人の男は現在別行動をしている。

故に援護が来ることは無い、つまり。

―――速攻で決めるっ!!

その言葉を心の内で吐き出すと共に均衡が崩れる。

バットが銃剣を押しきり、ブラッドスタークを吹き飛ばす。

それは両者の狙いが一致した故に起こった出来事だった。

 

「厄介だなぁ、相変わらず」

 

吹き飛ばされると同時に跳躍し、空中で回転しながら銃撃を行うブラッドスタークはそう呟いた。

弾丸の軌道は不規則に変化してパワポケを狙う。

そして持つ長銃から吹き出す蒸気によって落下するのではなく移動した。

着地したのは十数メートル離れた建造物の屋上。

ブラッドスタークは高地に立った、それは超一流の狙撃手に狙われるということだ。

―――まずい

向かってくる弾丸を避けながら、彼は思考するよりも早く彼は投球していた。

【夢幻修羅】【完全なる選手(パーフェクトプレイヤー)・万色の変化球】【同時投球】

様々な軌道を描いて向かってくる球が己に着弾するよりも早くブラッドスタークは引き金を引いた。

《ト■ン■チー■ガ■・■チー■アタッ■》

その銃撃が普通の物と違う点がある。

それは弾倉に当たる場所に奇妙なボトルが装填されているということ。

魔力が隆起する。

風が吹きあれ、投げられた球がそれにより命中せず夜空に消えた。

弾丸が、発射される。

それは第三章魔法に匹敵する威力の代物だった。

ただそれだけであれば彼はそれ以上の魔法を知っているし実際に攻撃されたこともある。

右手に握る相棒であるバットで防いだことさえある。

しかし彼が危惧しているのは魔法の威力では無い。

問題はブラッドスタークという超一流のスナイパーが、自身を間違いなく殺せる威力の一撃を、完璧なタイミングで射撃してくるということだ。

それを彼は直感的に理解した。

その人一人を消し飛ばして有り余るその一撃をパワポケは迎撃しようとする。

時間が止まったかのようなその瞬間だった、尾形が介入したのは。

発見した正体不明の狙撃手、ブラッドスタークを狙撃したのである。

【魔弾の射手】【ロングスナイプ】

飛距離にした二千四百メートル。

尾形の渾身の一射が着弾する。

それはブラッドスタークの肉体にではない。

初見の鎧の強度は正確に判断することは不可能だ。

ならば今現在その正体不明の敵と闘っている紅白帽子の男を支援する、そう彼は判断した。

【凍った心】

今正に発射される瞬間、長銃に尾形が発射した弾丸が着弾した。

それを確認した後即座に尾形は逃走する。

ブラッドスタークが持つ銃はただの銃撃では破壊されることはない。

しかし発射される銃弾の軌道は逸れた。

それだけでパワポケには十分だった。

長銃が狙撃された瞬間、彼の脳裏には様々な単語が浮かんでは消えた。

―――狙撃、誰、チャンス、勝てる、自分へは?、一発なら、耐えられる、なら、いける

そう決断すると同時に彼の身体が動いた。

完全なる選手(パーフェクトプレイヤー)・韋駄天】

風を切り裂き、彼は走る。

瞬き一つする暇も無い速度でブラッドスタークの目の前に彼は現れた。

【強振】

全身全霊の一撃が、放たれる。

【象形拳《蛇》・化勁】【超頑強】【無痛覚】

ブラッドスタークの肉体がまるでボールの如く吹き飛ぶ。

―――芯が外れた……っ!

パワポケは驚愕によって唾を飲み込んだ。

一瞬の隙を突いた会心の一撃。

それを僅かであるが攻撃の威力を減少された。

彼はそれに驚きながらも追撃の為に吹き飛んだ場所に彼は走る。

しかしそれは出来なかった。

吹き飛んだ時に生じた砂煙の中からブラッドスタークとは別種の攻撃が向かってきたからだ。

【風の大精霊】

半透明なそれは精霊と呼ばれる存在でありこの世の魔境である魔王領でもなければこんな街中で発生する筈がない。

ならば答えは一つだ。

ブラッドスタークが召喚したのである

 

「今回はここまでだな、クロコダイルの奴が二の手三の手用意していない筈がない」

 

砂煙の中から銃弾を放ちながらブラッドスタークは言う。

 

「そんじゃあ、チャオ★」

 

その言葉と共にブラッドスタークの気配は忽然と消え失せた。

残ったのは災害に等しい大精霊とそれに立ち向かう男のみ。

今はまだ、彼と悪党達が共闘することはなかった。

 

■●■●■●

 

目を、覚ます。

身体には痛みが満ちている。

鼻には薬品と消毒された清潔な空気が入り込む。

視界は明瞭。

そして視線には見慣れた天井が写っていた。

 

「おや、目が覚めましたか」

 

ひょっこりと彼、ボバ・フェットの前に紙袋を被った男が現れた。

どう見ても不審者であるその男は彼の知人だった。

 

「ファウストか、治療感謝する」

 

普段とは段違いに鈍い己の身体の動作を確認しながら彼は紙袋の男、DR.ファウストにそう言った。

この都市、ノアにいる無数の闇医者の中でも最高峰の腕の持ち主であるファウストの手によってボバ・フェットの傷はほぼ塞がれている。

それ、つまりは傷の治療自体はファウストにとっては日常的な出来事だった。

 

「礼には及びません、しかし貴方をここまで負傷させるとは何者ですか」

 

彼が疑問に思うのはボバ・フェットという人間にここまで負傷を負わせることの出来る存在だ。

無論彼は無敵でも最強でもない、しかし間違いなくボバ・フェットという人間は一流に分類される人間だ。

だがここまでの負傷をするというのは珍しい。

他のメンバーも彼ほどでは無いが負傷している。

DR.ファウストにとってこれは異常事態だった。

 

「わからん、組織か個人かを判別する時間もなかった」

 

ボバ・フェットの返答は曖昧だった。

しかし確固たる考察を持って彼は言葉を続ける。

 

「しかし間違いなく悪意を持った奴が関わっている」

 

―――でなければああまで人間の精神を壊せるものか。

彼の目に焼き付いた壊れた女の笑顔はどこまでも憐れなものだった。

目を伏せてそう言う彼の姿を見てファウストは余り深入りしない決断をした。

 

「………解りました、深入りはしません」

 

その言葉でそれに対する問答は終わった。

しかし会話は終わらない。

 

「では治療薬を飲んでください、かなり苦いですよ」

 

ファウストが差し出したのは山盛りの薬とコップに入った水である。

ボバ・フェットはそれを見て度肝を抜かれる。

 

「まて、流石に多すぎないか?」

「何を言っているんです、むしろ少ないくらいですよ貴方の身体の中にあるリップオブファイアの治療するには」

 

ぐいぐいとボバ・フェットの口に薬の山を押し込む。

口中に広がるあまりの苦味に今一度ボバ・フェットは気絶した。

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>苦い物が嫌いになった男ボバフェット
鎧が破損しました、性能が低下します。
特殊弾のレパートリーを増やすようになりました。
どうやら鎧には他の機能もあるようだが?

>腕が真っ黒焦げのテッド
あの攻撃はくっそ痛いです、自分の腕をマッチにしたようなもんですから。
厄ネタが顔を出してきました。
使用限界まで後■■回。

>MVP尾形
陰形の効率が上がりました。
精密動作を行う効率が上昇しました。
火蜂との連携能力が上昇しました。
自身よりも上手の狙撃手との戦闘を経験しました。

>久し振りに負傷したブラッドスターク
ちょいと出番が少なくなる。
珍しい拳法を使うらしい。

>一番借りを作ってはいけない奴に作ってしまった男、パワポケ
自分から厄ネタに突っ込んでいく男。
こいつ来なければ尾形死んでます。
大精霊を倒した後どこかに旅立った。

>新キャラファウストさん
高い医療技術を持つ男。
裏社会ではなく表社会で名声を手に出来る腕前である。
過去に何か罪を犯したらしい。


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幕間その2
幕間 七罪王 【傲慢】


『この地獄の世界を誰かが、どうにかしなければ』

        《神条紫杏》


神条紫杏。

性別、女性。

年齢、30歳

表向きな職業、資産家兼TSUNAMIグループ会長。

裏社会での職業、ノアの支配者七罪王の一人である傲慢。

彼女は七罪王の中ではノアに居る事が多い。

しかしそれはノアにいないという時期が無いわけでは決してない。

彼女が会長であり奏護の経済を支配しているTSUNAMIグループは巨大複合企業だ。

奏護においてほぼ全ての地域で日用品から最新の兵器と魔具を販売している。

クロコダイルという絶対者が管理しているこの砂漠の海にて彼女が経営する会社の物品が売れない日はない。

そしてそれは諸外国においても同じ事だ。

 

「貴方の父、ハワード・スターク氏にはよくお世話になりました、これからも我が社をどうかよろしくお願いします」

 

彼女が柔らかな笑いを浮かべ目の前にいる相手と握手を行う。

今現在彼女が居るのは人類最大国家の聖錬である。

この国ではツナミが販売する兵器の需要は低く、日用品の需要は高い。

それはこの国が世界各国の中で表向きではあるが平穏極まり無いことと、先駆者であるシェニーダストカンパニーの存在が大きい。

すでに一定数のシェアがその場所に築かれているのであればそれを奪うことは難しい。

特に兵器開発に技術が集中しているシェニーダストカンパニーのシェアをTSUNAMIが奪うことは難しいだろう。

 

「ええ、私も貴方とは良い関係を築き上げたいと思っています」

 

故に彼女が行うのはそのシェニーと競合する会社の支援と未だ空白の産業への投資である。

そして今彼女が握手している男、トニー・スタークこそがその相手だ。

【超絶美貌】【カリスマ】【覇者の才】【政治知識Lv4/5】【黄金郷の主】【灰色の頭脳】

彼が会長を勤めるスターク・インダストリーへの投資こそ彼女が今回聖練に来た理由である。

スターク・インダストリーの先代社長であるハワード・スタークが死んでから未だに数年。

社長に就任したばかりの彼、トニー・スタークには早急に実績が必要だ。

例えば新たな地域、つまりは奏護に販路を獲得する。

或いはその奏護において絶大な影響力を持つTSUNAMIとの契約を締結するなどといった物だ。

それを理解している彼女は出来るだけスターク・インダストリーと自社に適切な利益を得られる契約を持ってきた。

相互の利益としては少ないものだが信用という不可視の貴重品を得ることが出来る。

故に彼女の目論み通りこの契約はスターク・インダストリーに受け入れられた。

 

■●■●■●

 

その帰りの馬車の中での事である。

がたごと揺れる馬車は彼女のホームである奏護に向かっている。

馬車に伝わる振動と共に揺れる彼女の前には茨城和那が座っている。

片手に愛用の槍を持っている彼女は窓から流れていく光景を見ていた。

ちらり、と彼女は目の前に座る紫杏を見る。

整った顔立ち。

強い意思を感じさせる瞳。

美しい声。

端的に上げたどの部分も彼女が美人であるということを示している。

同じ女性としては親友である彼女に僅かながら嫉妬してしまうような美貌。

しかしそんなものは神城紫杏という人間を構成する要素の一つに過ぎないことを和那は知っている。

美しい美貌も。

途方もない資産も。

国家の経済を動かしうる商才も。

そして彼女の唯一の戦う為の才能も。

ある一つの要素に比べれば大した物ではない。

彼女の最も重要な要素。

それは精神力である。

あらゆる苦難に見舞われても彼女の心は決して折れる事は無い。

これもでもこれからも彼女の心が折れる事は無い。

【漆黒の意思】【壊れた心はもう折れない】

そう茨城和那は確信している。

それは長年の付き合いと、ある男との別れの時を目撃した人間だからだ。

和那にとってそれは間違いなく運命の日だった。

神条紫杏は元々冷酷ではあったが決して冷徹では無かった。

しかしあの日から紫杏は変わった。

冷酷であり、冷徹であり、残酷な人間に変わった。

彼が、パワポケが一人で黒幕の軍勢へ足止めの為に向かっていくのを止められなかった時から。

あの時は誰も彼もが傷だらけで満身創痍だったのに。

パワポケはいつも通り、あの優しい笑顔で向かっていった。

誰もが引き留める中で彼は進んでいった。

未だに茨城和那は彼を止められなかった事を悔やんでいる。

それは彼と共にいた全員がそうだろう。

 

肉体の大部分を機械に置き換えた人間も。

 

強大な固有魔法を持つ人間も。

 

高度に武道を納めた人間も。

 

完成された生物兵器も。

 

パワポケよりも強かったその全員があの場所にいたのに。

その全員が彼を、パワポケを止めることが出来なかった。

無意識の内に手に力を込めたことにより槍が軋む。

パワポケに甘えてしまった過去の自分を和那は憎悪する。

なにが「大丈夫」、だ。

誰よりも危険な戦場に赴いて大丈夫な筈がないだろう。

それを止められなかったのが何よりも悔しくて。

そして何よりその大丈夫を無責任に信じていた自分が居たことが何よりも腹立たしかった。

しかしその腹立たしさを口に出すのはそのバカと向き合ったときだけだ。

皆も同じ気持ちだろうと考えながら馬車に備え付けられた窓から外の光景を和那は見る。

日常的に見ている砂漠とは違う鬱蒼とした草原が広がっている。

 

「なあ紫杏」

「なんだ、カズ」 

 

黙々と積み上げられた書類の山を片付けながら紫杏は和那と話始める。

 

「何で車使わんの?、そっちの方が速いやろ」

 

口に出したのは今自分が乗車している馬車に関しての疑問だった。

彼女の会社では魔導文明の遺産である無数の車両をリペア、或いはそれを元にした新しい車両の開発も行っている。

故にこの聖錬に乗って来ても良かったのではないだろうか。

丁度取引相手は機械関係に強いスタークインダストリー。

好印象を与えるには十分だと和那は考えていた。

 

「そうだな、そうすればまず間違いなく好印象を与える事が出来るだろう」

「せやったら」

「聖錬は広いんだ」

 

紫杏の言葉通り聖錬は広大だ。

人類が生息する国家において最大規模であり、地形や国家も多岐に渡る。

 

「燃料とドライバーが持たん」

 

長時間の運転が可能な運転手、そして車を動かすのに必要な燃料。

この二つがネックだった。

長時間の運転ができる人材自体は彼女の会社に無数に所属している。

しかし燃料は別だ。

当たり前の話ではあるが燃料は有限である。

砂漠地帯の奏護から整備もされていない道路を長時間走り、そして逐一燃料を買っていくのは難しい。

それに仮にできたとしても車は汚れるし、傷つく。

それでは舐められてしまう。

神条紫杏という女は未だ若い。

その才気は一目見れば理解できるが、その若さ故に舐められやすい。

その人間の浅ましさを彼女はよく知っている。

若かりし頃その美しい体を売れと言われたのも一度や二度では足りない。

まあ、そう発言した連中は一人の例外も無く殺しているが。

今回の会談はあくまで顔見せであり、威圧するためでは無い。

そして何よりも。

 

「今回の目的は品定めだ、トニースタークという男の」

 

もし今回の会談で利用価値がないと判断したならば即座に暗殺し、別の傀儡となる人間を用意しただろう。

 

「で、どうやったん?ウチにはスケベなおっさんにしか見えへんかったけど」

「百点満点で言うところの百点だ、今の時点でな」

 

【黄金郷の主・審美眼】【観察眼】

紫杏の言葉に和那は目を見開いた。

 

「マジ?」

「マジだ」

 

茨城和那にとって彼女の言葉には絶対の信頼を寄せている。

しかし彼女がそこまで評価する人間は数える程しか見ていない。

 

「何だ?私が信用できんか、カズ?」

 

数多の天才や優秀な人材を見聞きしそして運用してきた彼女にとって目の前にいる相手がどんな才能を持ちその限界値を知るのは容易い。

まあこの世界において凡人と評された人間が努力で慢心した天才を越えるというのはよくある話だが。

それを彼女はパワポケという男を観察してよく知っている。

しかし戦闘力ではなく学術方面においては凡人は天才の影を踏む事すら出来ない。

天才の一時間の研究は凡人の十時間を遥かに越える。

それは比喩でもなんでもなくただの事実である。

しかしこの世界はそれを肯定するほど素晴らしくも無ければ、優しくも無い。

嫉妬、怨恨、災害、狂気。

その他様々な要因でこの世に生まれた天才は姿を消す。

天才は貴重品だ、学術方面はさらに貴重だ。

しかしその貴重品が本当に有益かは判らない。

人格破綻者がその才覚を持っているとすればそれは災厄に他ならない。

故に正しい社会的地位に就いている天才は紛れもなく貴重品だ。

 

「いや信用しとるけど」

「ならば問題なかろう、例の計画も無しだ」

「了解や」

 

この瞬間、トニースターク暗殺計画は闇へと葬られた。

噂通りの只の遊び人だったのなら、躊躇せずにシェニーダストカンパニーに自分の会社を売り払ってしまうだろうから。

それをさせない為の暗殺計画。

 

 

「オバディアには過ぎたモノだとは思っていたが」

 

書類を片付けながら、傀儡候補だった男へ思考を向ける。

先代社長ハワード・スタークの親友、オバディア・ステインへと。

オバディアは優秀な人間だ。

しかしそれだけだ。

シェニーダストと競合するには何もかもが足りない。

それに何よりも心の奥底に存在する劣等感が足を引っ張る。

オバディアの天才への劣等感、それを彼女は見抜いていた。

スターク社の裏で何やら暗躍しているのも合わせて。

 

「適格な人間が見つかったな」

 

僅かにその頬に笑みが浮かぶ。

それと同時に書類の山、つまりは仕事が終わった。

首を動かし、腕を動かす。

簡単なストレッチだ。

ゴキゴキ、と間接から音が鳴る。

 

「運動をすべきか」

「なんや、久しぶりに野球でもするんかいな?」

 

和那のその言葉にたいし僅かに紫杏は目を細め。

 

「そうだな、それもいいかもしれん」

 

自嘲気味に笑みを浮かべる。

それは過去への憧憬か、それとも変わり果てた己への侮蔑か。

 

「まあ、今は眠るとするさ、十五分眠る、周辺の警戒を頼む」

「まかせとき」

 

数瞬の思案の後、目を瞑り彼女は眠る。

夢の世界へと落ちていく。

 

■●■●■●

 

夢を、見ている。

 

それは幼少期の記憶だった。

子供の頃から神条紫杏という人間は優秀な人間だった。

聡明であり、社交的であり、カリスマがあり、美貌があった。

親によく従い、泣き言を言わず、目標を達成する為に努力する。

親が願う、理想的な子供。

それが神条紫杏だった。

今も昔も誰かの願う人格を演じている。

 

親のために彼女は我慢した。

おおよそ子供が欲するであろう玩具や自由を求めず。

空いた時間があれば、勉強や鍛練へとのめり込んだ。

政治、経済、数学、帝王学、その他様々の学問を彼女は学んでいった。

【覇者の才】【灰色の頭脳】

彼女は孤独ではなかった。

己のカリスマで築き上げた部下がいた。

自分が子供らしくない子供に変わる前からの親友もいた。

そして何よりも、彼がいた。

仮面に亀裂が入ったのはその時だろうか。

 

普通の人の幼少期とは違うが満たされた生活。

それが何よりも幸福だった事に気付くのはその直ぐ後だった。

 

■●■●■●

 

ぱちぱちと材木が燃え盛り火の粉が割れる。

それに合わさって上がる黒い煙が何よりも今の状況を表している。

それは火事であり。

放火であり。

モンスターであり。

それは人間だった。

人間が引き起こした人為的な災厄だった。

息がしにくかった。

被せられた外套が屋敷を満たす黒煙から肺腑を守るためと理解しているが苦しかった。

虫のように屋敷の廊下を這いずり、何とか移動する。

割れた窓から見える景色は紅蓮に染まっていた。

地獄絵図という言葉が相応しい情景がそこに広がっている。

複数の怪物とそれを操る人間達が自分の世界を破壊していく。

それをただただ、見ていた。

心にヒビが入る音がする。

彼女の築き上げてきた努力が燃えて灰になっていく。

この世界にありふれた悲劇が彼女に襲いかかっていた。

 

「……父様」

 

うわ言のように繰り返して紫杏は自分の父を呼ぶ。

そして這いずる。

普段の姿では考え付かないような無様な姿で。

数分か、はたまた十数分か。

正常な時間認識も彼女にはもはや出来ない。

そして、父の書斎の目の前につき、その扉を開けた。

彼女にとっての地獄がそこにはあった。

小娘だった紫杏の想像も出来ない苦痛の表情をした父親の死体がそこにはあった。

念入りに肉体を解体し、拷問されたそれを紫杏は父だと判別した。

【観察眼】

判別できてしまった。

その瞬間、彼女の心は壊れた。

【壊れた心】

この時の神条紫杏は自分の心の大部分を占める人間が死んで耐えきれるような人間ではなかった。

只の小娘だったのだ。

父の期待に応えたいだけの有り余る才能を持った、只のどこにでもいる少女だったのだ。

故に残ったのはその少女の残骸。

これまでのような父の為ではなく己の生存の為に彼女は動き出した。

最早、それに何の価値もなくなったが故に。

残骸から衣服の切れ端を引き剥がし、外套の上にさらに被る。

そして先ほどのように廊下を這いずっていく。

 

「おい、お―――」

 

嗄れたマスクで塞がれた口から漏れでた声。

それが襲撃者であると紫杏は即座に理解した。

紫杏は行動する。

 

迅速に。

 

正確に。

 

的確に。

 

彼女は見知らぬ男を攻撃した。

装甲を纏った顔面や腹部ではなくその継ぎ目が存在する首へとナイフを刺した。

始めて父から褒められた時に貰った護身用のナイフを。

幾重にも特殊処理された剣身は簡単に防護服を切り裂き、その下に隠された皮膚を切り裂く。

その一撃は浅い。

何の訓練も受けていない人間が、それも子供が刺し殺せる程鍛えた人間の体は脆くはない。

その男は十分な訓練もしていたし、万全な装備もしていた。

不意を突かれた所で死ぬことは無い。

逆にどう反撃し、殺すか、男の思考はそう固まっていく。

 

(掴んで、落とす、その後お楽し―――)

 

冷徹な戦闘思考と、下卑た思考が両立したその思考は半ばで消失する。

剣身から雷が走った為である。

それはごくごく単純な原理から発生した物だった。

紫杏が手にしているナイフには二つの機能が存在する。

第一の機能は科学的な電撃の発生である。

これ自体は何ら特別な機能ではない。

主軸となるのは第二の機能である。

第二の機能、それは第一の機能で産み出された電撃の強化である。

使用者のオドを吸収、そして空属性へと変換し第一の機能で発生した自然の電撃を強化する。

そしてその強化された電撃は剣身を伝い、剣先から発射される。

魔具ランクで言えばどう高く評価してもCランクから上に行くことはない。

少々高いが普通の人間が買えない物ではない。

しかし、人一人の命を奪い取って余りある物だった。

 

じゅう、と肉が焼ける臭いがする。

眼球がとろけ、神経が焼け崩れ、肉が焦げる。

今この瞬間、名も知らぬ男を紫杏は殺した。

ばたり、目の前の床に音を発てて倒れる男の死体を見て、彼女は呟いた。

 

「これが殺しか」

 

ポツリ、と呟いてゴミを見る目でそれを見据える。

何の海外も持たず彼女は口を開いた。

 

「最悪だな」

 

刀身が折れたゴミくずを捨て去り。

 

「だが」

 

一拍。

 

「何てことはないな」

 

何の感慨も無く、動揺もなく、彼女はそう吐き出した。

亡骸から利用できるものを探す。

懐からスプレーらしき物を発見する。

それは父の商会が開発し、取り扱っていた筈の耐火スプレーだった。

鍛冶や料理等、それに類する火を扱う場所での火事を簡単に防止するのが目的の物だった。

モンスターの攻撃で発生する炎でさえ防具に幾重にも塗布すれば防げる優れものだ。

しかし燃えないだけであり熱は変わらず発生する、つまりはあくまで延焼を防ぐための物である。

それを襲撃者の一味である男が持っていた。

残量は極僅か。

このスプレーを此処まで使用することは稀だ。

それに戦闘に一切役立たない代物を持ってくる意味がない。

ならば本来の用途ではない使用方法を行ったのだろう。

そう推理して紫杏は自身の父親の惨状を思い返す。

この二つを合わせて推理する。

 

考える。

 

考える。

 

考える。

 

そして、結論を出した。

これを拷問の道具としてこの男は使用した。

 

「くっは、ははあは」

 

人の為に開発し、そして利用されていたと思っていた物が拷問道具として利用されていた。

悪意を。

人間の悪意を。

彼女は理解した。

そしてそれはつまり彼女は最早形振りなど構わないということだ。

紫杏は身に被った服に残り僅かの耐火スプレーを吹き掛け男が腰に差していた剣を手に取る。

幾つもの命を切り殺した痕があるその剣で紫杏は元々の持ち主へと振るった。

そして水音が一つ。

 

二つ。

 

三つ

 

四つ

 

五つ。

 

きっちり五等分された死体を彼女は持つ。

そしてその数と同数の投擲の動作を彼女は行う。

生首を。

右腕を。

胴体を。

左腕を。

右脚を。

左脚を。

窓ガラスから投擲する。

 

「「「「「なっっ!!!!!!」」」」」

 

驚愕の声が地上から聞こえる。

それよりも速く紫杏は死体が投げられた真反対の窓から飛び降りた。

都市に此処まで被害を与えられる連中だ。

簡単に先程までいた二階に侵入される筈だ。

故に生首の到来という異常事態に便乗して脱出する。

衝撃。

そして数瞬の意識の明滅。

からだの節々に走る痛みを意思で押さえつけ彼女は目的の場所に移動する。

それは今この都市において最も凄惨な場所だった。

何十人、あるいは百を越える数の死体が積み重なった死体置き場である。

その山に彼女は潜り込んだ。

衣服は脱ぎ捨て裸体で、である。

奥へ、奥へ。

そうして一番下に潜り込んだ後赤子のようにうずくまる。

 

(思考を止めるな)

 

死臭が漂う中で彼女は思考する。

 

(止めたら私は確実に発狂する)

 

赤の他人も、見知った人間も、嫌いな人間も、親しい人間も、例外無く、殺されていた。

貧富も性格も関係なく、殺されていた。

彼女は常人ならば発狂するであろう環境で思考を止めなかった。

そうしなければ自分も回りの人間と同じようになるだろうから。

意味もない思考を堂々巡りを繰り返す。

それを襲撃が終わるまでの数日、彼女はそれを行い続けた。

神条紫杏という女にはそれしか出来なかった。

周りの死体が腐っていく光景を目に焼き付けながら踞るしか無かった。

しかし彼女の友人達はそうではなかった。

浜野朱里は瀕死の重症を負いながらも副首領の足止めをした、そのせいで身体の殆どを機械に置き換えた。

茨城和那は襲撃者達の副首領を父親と共に撃破した。

■■■■は、■■■■は、■■■■は、■■■■は、■■■■は、■■■■は。

誰も彼もが襲撃に対し何かしら行動していた。

そしてパワポケは、彼女の親友は、皆の親友は。

襲撃者の首領を単身撃破していた。

何が、どうやって、勝利したのかは誰も知らない。

ただ、彼の父親と母親が死に、彼が自己犠牲的な性格になったのはどうしようもない現実だった。

神条紫杏という人間は、何も出来なかった。

しかし彼女はその後の全てが解決できた。

彼女は生き残った全ての人間を纏め上げ、父の遺産を使い行動を始めた。

建物の修復、安全の保証、経済の回復、そして逃亡した襲撃者達の掃討。

この全てを彼女は達成した。

たった十二才の小娘が、である。

誰も疑問を抱かなかった。

彼女には、神条紫杏には出来たからだ。

どうしようもなく民衆の理想を実行できたからだ。

【箱の中の猫】

彼女は周りの期待に答え続けた。

父の為に作り上げた仮面は顔と融合していた。

 

■●■●■●

 

それから八年後の事である。

一組の男女が向き合っている。

女は神条紫杏。

男はパワポケだった。

 

「行くのか」

「ああ」

 

紫杏が普段のような覇気が無い声でパワポケへと言葉を向ける。

少女と大人の女の間。

そんな美しい容姿へと彼女は成長していた。

 

「ここからは俺一人で行く」

 

パワポケの肉体は研ぎ澄まされ、鋼のようになっていた。

少年だった顔は消え、戦士の顔へと変わっている。

動揺が彼女の心の内で広がっていく。

彼女は外部からの衝撃には強くとも内部からの衝撃には弱かった。

表情に出す事は無かったが、言葉の節々に動揺が見られる。

 

「何故だ」

「解ってるだろ」

 

単独での決死行。

紛れもない自殺行為のそれをパワポケは実行しようとしていた。

それは彼しか黒幕の元へ向かえる人材がいなかったからだ。

 

「それは自殺に等しいぞ」

「ああ解ってる」

 

彼女の言葉は正しい。

この時、物語の主人公ボバ・フェットが活躍する時代の十一年前。

崩壊戦争(カタストロフ)』と呼ばれる奏護全体を巻き込んだ大戦争の真っ只中の時代。

トランペッターという存在が仕掛け、大神とジャッジメントというその時代の奏護の二大企業が便乗し、天上人が策謀し、クロコダイル自らが動いた戦争。

かっこうと呼ばれる男が活躍する十数年後の怪物達の饗宴とは違い。

崩壊戦争(カタストロフ)』は人間による人間の為の饗宴。

悪意、敵意、憎悪、憤怒、その全てを混ぜ合わせた地獄の坩堝。

その中で頭角を表した人間達の中の一人。

それが神条紫杏だった。

 

「お前に、皆に死んでほしくないんだ」

「俺もさ」

 

そして彼女の目の前にいるパワポケもその中の一人だった。

数々の困難を仲間と共に打破し、勝利した。

そして今現在、彼は最も困難な道を進もうとしていた。

 

「あたしはお前みたいに、パワポケみたいになれない」

「それはそうだ、お前はお前にしか、神条紫杏にしかなれない」

 

紫杏の瞳から涙が溢れ始まる。

 

「だけど皆のように、なりたかったんだ」

 

茨城和那のように。

浜野朱里のように。

パワポケのように。

驚異に自らの立ち向かう力が欲しかった。

しかしどんなに頑張っても強くなることが出来なくて。

自分に出来るのは富と、知恵と人を集める事だけだった。

いつも他の皆が傷つく。

どんなに知恵を絞っても。

どんなに金を集めても。

どんなに、どんなに頑張っても。

周りの人間だけが傷つく。

自分が傷つく前に周りが自分を守る。

解っている、彼ら彼女等にとって自身は必要不可欠の存在だと。

それでも。

それでも、友人達が死なないことを只祈ることしか出来ない自分が神条紫杏は心底嫌いだった。

 

「胸を張ってくれ、紫杏」

「え……」

 

パワポケは紫杏を抱き締めた。

力強く、しっかりと。

 

「死んだ皆に墓を作ってやれたのも、俺達に腹一杯飯を食えるようにしてくれたのもお前だ」

 

子供をあやすように。

 

「お前がいてくれたから、俺は、俺達は頑張ってこれた」

 

心からの感謝を紫杏に告げる。

 

「それに俺はお前が、紫杏が憧れるような人間じゃない」

 

そして紫杏に、本心を告げる。

 

「情けないやつなんだ」

 

涙を、流しながら。

 

「お前みたいに、皆みたいに、自分を曲げないで信念を貫く事なんて出来なかった」

 

誰にも言えない本心がそこにはあった。

 

「いつも自分を曲げて、臆して、逃げようとしてる」

 

彼はヒーローでも何でもないただの普通の人間だった。

驚異であるモンスターは怖い。

目の前に立つだけで恐怖で身体が震える。

悪党と戦う時だって毎回涙が出そうになる。

パワポケはそんなどこにでも居る男だった。

 

「今もそうだ、大切な皆を見捨てて逃げ出したい気持ちが確かにあるんだ」

 

それは本心だった。

彼の性根はいたって平凡なものだ、とても戦いには向いていない。

それを無理矢理この修羅の世界へ向けて動かしている。

 

「結局の所、自分の為なんだ」

 

黒い天井を見つめ彼は言う。

 

「俺は皆の命を背負って生きていける程強くない、ただ皆の期待に応える強い自分でありたいだけなんだ」

 

ただそれだけの理由で彼は戦ってきた。

 

「それが俺なんだ」

 

修羅の中の修羅たる拳法家にも。

無敵に近い電脳の神とも。

最強のサイボーグとも。

巨大なる犯罪組織とも。

人間とは思えない怪物とも。

彼は戦ってきた。

 

「皆が頑張ってるから俺の鉛みたいな心を動かしてくれる」

 

彼の心は決して強くなど無い。

 

「だから俺は皆がいる限り、誰にも臆さない、負けない」

 

けれど自分の周りに守るべき人間がいる限り彼の心は絶対に折れない。

【宿業英雄】【不壊心】

必ず立ち上がる。

どれだけ傷ついても。

どれだけ苦しくても。

それは独蔑と呼ばれる自己否定的狂気とはまた違う狂気だ。

パワポケという人間はそれを自覚している。

故にどこまでも自己犠牲的な人間なのだ。

自分の為に周りの人間を利用しているのだから、その代償として一番危険な場所に自分の身を置く。

 

「そんなのは間違っている」

 

その言葉はパワポケの生き方の否定ではない。

彼の自己犠牲的行動によって救われた人間は無数にいるのだから。

ただ、間違っている。

それでは、それではあまりにも。

 

「お前が、お前が報われないじゃないか」

 

パワポケという人間が救われない。

苦難と絶望の中を進み続けるのに耐えられる筈がない。

苦痛は苦痛のままで。

絶望は絶望のままなのだから。

一人の人間が背負うには余りにも重すぎるのだ。

 

「それでいい、それでいいんだ」

 

しかしその生き方をパワポケは肯定した、選択した。

そしてこれが神条紫杏とパワポケが交わした最後の会話だった。

これ以降、彼女とパワポケが会合することは無かった。

今の所は。

 

■●■●■●

 

彼女が今までの人生で学んだ事は二つ。

一つはたった一人で救える人間の数は少なく世界を変えることは出来ないということ。

故に彼女は最大多数を救えるようにした。

金銭の力で、この国の死者数を減らした。

世界を変革可能なまでに成り上がった。

一つは清廉潔白なままでは永遠にパワポケを救うことができないということ。

縛り上げ、組伏せ、幸福を享受させる。

故に巨悪である七罪王になった。

今まで闇に潜ってきた実力者や研究者をTSUNAMIグループという表社会に繋がる場所へと持って来た。

より多くの悲劇を消し、人々を救った。

己という巨悪の力を持って人間を救う。

それが神条紫杏という女だった。

 

その女は個人として、世界随一の巨額の資産を持つ。

 

その女は調略と工作、そしてカリスマによって国家を運営する知謀の力を持つ。

 

その女は国家に匹敵する、勝利を得るためのあらゆる行動をする。

 

たった一人の男の為に此処まで成り上がった恋する女である。

 

七罪王、傲慢、司るは経済。

 

神条紫杏。

 

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>間違いなく歴史に名を残す女しあーん
彼女が奏護で主に活動しているのは活動するなかで一番多くの人々を救えるからです。
現に彼女が就任してから死亡する人間は減っています。
紛れもなく優秀で天才的な只の少女。
もしどこの国で活動していても絶対に過労死するであろう人材。

>ニア勇者先輩、パワポケ
彼の不幸は幸運にも父母の仇を取れてしまったこと。
凡人である彼は復讐者になる為の重すぎる復讐心を抱く前に殺せてしまった。
それ故の代償行為の人助けを今も行っている。
苦しみと絶望を味わい続けながら。
彼を知るものは今にも折れる枯木に見えると言った。

『崩壊戦争』
この戦争の全容を知るものは少ない。
他国では知られていない戦争であり、大襲撃が二回ほどまで続いた。
有象無象の区別なく人々は死んだ。
それを始めた蛇は今一度と目論んでいる。
ボバフェット達が活動し始めたのもこの時期。


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幕間 暗黒都市観光録 ①



「長生き出来るかはあんたしだいでさあ」

     《鼠》





こんな町に観光に来るなんて奇特な方ですなぁ、へへっ。

いやいや、馬鹿にしてる訳ではねぇでさぁ、ただ半端な腕だと死ぬよりも酷い目にあうという事は承知しておいて下さいよ。

あっしは、鼠。

この糞ったれな街でけちな案内人をしていやす。

 

■●■●■●

 

さてさて、まずはこの街のルールを教えやしょう。

え、この街にルール何て物が存在するのかって?、勿論でさぁ。

この混沌の街で守んなきゃいけねぇルールは七罪王に喧嘩を売るなって簡単な一つのルールです。

七罪王、セブン・シン、ギルティ・キング。

他にも色々な異名がありやすが、これらが一番有名でしょう。

奴さん方、誰も彼も恐ろしすぎる方々でございます。

どんな人間かって、素人さんすぎやしませんか?。

いやいやこの街の住民なら自分で調べろって言う所ですが、まあこの小物の視点ですがお話ししやしょう。

まあ七罪王は名前どうり七人の化物連中です。

種族や年齢なんざ問わず、強く、才に溢れ、そして富める者が選ばれ、いや成り上がります。

彼ら彼女らは殆どこの街の表舞台なんざ出て来やしませんが。

有名所はイヴ・アガペーでしょうや。

奏護の外の国の王族からも呼ばれる大娼婦。

一晩で何万、何十万ってゴルが飛ぶ。

おおよそ水商売の女神様みたいな人でさあ。

ああ、変な欲出して拐おうなんざ思っちゃあいけやせん。

いつもべったりと糞強い護衛が張り付いていやすし、本人も化物だ。

徒手格闘のね。

あっしは見やした、あの美の化身みたいな女が数十人の人間を意図も容易く素手で折り畳むのを。

いつも通りの優しげな笑みのままに。

人間の身体を四角形にね。

この話を信じようが信じまいがそちらの自由って奴です。

さて、長話はやめてそろそろ行きやしょう。

入口に留まるとハイエナどもがやって来ます。

やつら、雑魚が多いですが強い奴も紛れてることもありやすんで。

 

■●■●■●

 

この街だけじゃあありゃあしませんが、まあこのノアでは金が全てです。

何をするにも金がいります。

賭け事するにも。

女抱くにも。

麻薬吸ってラリるのにも。

人殺しをする為の武器買うにも。

安全な場所に住むのも。

金が必要でさぁ。

人間、何をするにしても金がいる。

このノアで出来ねぇ事は無いが、その為には金がいる。

その金を手に入れる方法もこの街は多い。

まあ表じゃ出来ねぇ事も多いですがね。

喫茶店の店員から、薬の密売人、臓器の保存要員、死体の回収人。

探せば五万とありやす。

あっしも案内人だけじゃあ無く、まあ色々やっていますよ。

色々、ね。

人間、隠し事は一つや二つじゃ足りないってことでしょうや。

さ、着きやしたぜ。

この第二区画、その中でもまあ安全な場所の一つ、四番街。

別名死の街道(デスストリート)

そんなぎょっとしないで下さいよ。

お客さんが舐められちまう、弱者としか思われなくなりますぜ。

無理を言うなって?、無理を通して下せぇ、あんたと俺の命に関わるんだ。

ああ、番街ってえのは七罪王に任命された奴が監督している中規模な市の事でさあ。

商品の質も量も安定してるし、一定の安全は保証されてる。

何せこの街の王様の部下が仕切ってる町だ。

まあたまに馬鹿が来ますがね。

それはともかく、特にここ四番街は特に九害の一人が仕切ってる場所ですんで。

素人さんにおすすめですよ。

ここでは剣や銃の武具から魔具を主に扱っていやす。

まあここを利用した事の無い人間はここにはいないでしょうや。

ほうら、こいつを持っといて下さい。

Firearms-465hK、まあ護身用の拳銃ですわ。

装弾数は驚異の二十発、連射も可能。

それに薬莢が存在しないケースレス弾薬。

つまりは追跡もしずらい。

まあお客さんは腕に自信があるようですがもしもの時の為に持っといて下せえ。

人間いつ致命的な失敗(グリッチ)するか解りゃあしませんからね。

素直に受け取ってくれて何よりでさあ。

桜皇の言葉でしたっけ素直は美徳、いやあいい言葉だ。

さあ、ぶらぶら歩きましょうや。

おすすめの酒場や娼館を紹介しやすよ。

危険な場所もね。

 

■●■●■●

 

お客さん、何の為にこんな場所へきたんです。

まあ言いたくねえなら別にいいんですがね。

目的は聞いておけばこっちとしても案内しやすいもんです。

……だんまりですかい。

人間、言いたかない事は無数にありやすから別にいいですがね。

問題を起こすならお客さんはお客さんじゃなくなる、そのことを覚えといてくださいよ。

へへっ、怖がらせるつもりは無いですよ。

まあ節度は守れって事ですよ。

そんじゃあ、あの酒場に入りましょうや。

酒場、蒼空(スカイブルー)にね。

 

■●■●■●

 

んっ、んっ、ぶはーっ。

いやいや一人で楽しんじまってすいません。

ささ、お客さんも一杯どうぞ。

ちゃんと表の奴ですよ。

値段は高いが安全だ。

安けりゃいい奴は素人が造った密造酒飲みますが、俺はまだ失明したくないんでね。

ひひ、さあ酔いが廻ってきやしたぜ。

口が軽くなって何でも喋っちまうかもしれませんねぇ。

さあさあ、聞いてみて下さいな。

道から聞こえる銃声、罵声は何かって?。

そりゃあストリートギャングどもの抗争でしょうや。

奴らは何でもしやす。

殺しも、ヤクの売人も、奴隷にする人間の誘拐も。

七罪王に無断で遺跡の盗掘さえやってのける。

命知らずで惚れ惚れしやすぜ、まあ命を散らす奴が多いですがね。

まあそんな奴らのチームが多けりゃ抗争も多い。

人種の違いや、服の衣装、肩にぶつかった。

そんなささいな事でも血の気が多い奴らが凶器を振りかざす理由には十分ってことでしょう。

表の奴らはどうやら自分のチームのボスの女に手を出したとかどうとか。

そのボスの両方がそれを言ってんだからめんどくせえ話ですわ。

まあ明日にでも終わるでしょうよ、この場所で抗争するってことは九害に喧嘩を売るのと同じだ。

それが解んねえレベルの脳味噌ならどうせ長生き出来なかっただろうしょうね。

無知ってのはそれだけで罪ですよ。

誰も彼もが例外じゃない。

死ぬのは一瞬ですが、生きるのは一生です。

精々頑張るしか俺ら純人種には出来ることがない。

へへっ、辛気くさい話になっちまいましたね。

さあ、他に何か聞きたいことはありやすか。

この町で有名な奴らですかい。

七罪王や九害の隠されてねぇ奴ぐらいは知っていやすね。

そうですねぇ。

どんな具合に有名かによりますが。

まああっしが知ってる奴らをお教えしやしょう。

この街で有名になるってことはそれだけ命を狙われやすいってことですがね。

それでも生きているのはそれだけ強いって事でさあ。

ノアの便利屋、シャドウランナーで言うなら【弾剣(バレットソード)】、【双銃】、【魔拳】、【魔人殺し】、【精霊喰い】、【三重火炎奏者】。

最近だと【銃王】の奴が名を上げてきてますぜ。

表の奴らなら乱崎一家とかいう奴らが名を上げてるらしいですよ、何でも洗脳技術を持っているとかで。

ああ、かの伝説のジャンゴ・フェットとやりあったデッドショットもいやすね。

他にはって?。

うーんそうですねぇ、あっしもこの業界じゃあ詳しい方とは思っていやすが、全てを知っているわけではねぇんで。

それにこの街じゃ名前の知られてねぇ凄腕は腐る程いやすし。

何より自分の名前や戦闘スタイルを知った奴を生かしておかねぇおっかねぇ野郎もいやす。

その中でも特にヤバイのは《戦狼部隊》の奴らでさあ。

九害が規格外の単独戦力なら《戦狼部隊》は最高の部隊。

七罪王が買い集め、鍛え上げた特殊部隊。

絶対的な忠誠による統率と一流の戦力。

それが完璧な地の利を得て攻め混んでくる。

七罪王の有りったけの支援を得てですよ。

九害とだって連携を可能にする奴らだ。

しかも全体的な人員、戦力、そして組織図も解ってねぇ。

それはつまり探ってきた奴らは皆殺しにされてきたからだ。

このノアで奴らを探るのはタブーなんですよ。

お願いだから探るんじゃありませんよ。

命が危ねぇんだ、あっしも含めてね。

人間深入りしすぎるとろくでもない事に首を突っ込んじまう。

外の砂漠で滅んだ部族の残党のテロだとか、いかれた教団のいかれた計画だとか、外国の諜報員だとか。

エトセトラ、エトセトラ。

このろくでもない都市はどこまでもろくでもないんです。

意地も誇りもここでは価値は無ぇ。

価値があるのは生き残る覚悟ですよ、お客さん。

さあ、喉は潤った、腹は膨れた。

他の所へ行きましょうや。

 

■●■●■●

 

さてさてこの道中も佳境ですな。

第三区画に到着です。

お客さん、ノアの区画で最も治安が悪い場所へようこそ。

ストリートギャングの荒くれ、桜皇から流れてきたヤクザ組織、冒険者から落ちた盗賊。

この場所は悪党どもの巣窟、そして暴力の聖地でさぁ。

薄汚ねえ代物がここには山ほどありまさあ。

曰く付きの魔剣も、欠陥兵器も、あらゆる目的の為の奴隷も。

ここには無数に存在しやす。

ああ、あんまりキョロキョロしないで下せえ、一応気配消しの香と魔具を身に付けてやすがそれはそれで気付く輩はいるもんなんで。

お客さん、あっしもこの区画を廻るのは命懸けなんでさ、無駄話は無しですぜ。

あの高い壁に囲まれた場所は何だったんだって?。

そりゃあ第一区画ですな。

俺たちは足を踏み入れる事さえできない場所だ。

第一区画にゃあ、TSUNAMIグループの最新式警備装置や、凄腕の警備どもがうじゃうじゃといる。

無断で入ったらミンチか穴だらけ布切れになるのがオチだ。

そんな物にはあっしはなりたかないんでね。

人間身の程を知るのが一番だ。

さて、お客さんこれをどうぞ。

外套ですよ、特別製のね。

そろそろ雨が降るんで(・・・・)

さあて来やすよ、暗黒都市ノア名物《黒雨》です。

上を見ないで下さいね、僅かでも雨入ったら失明する可能性あるんで。

この第三区画は工業の街です。

魔導文明の工場が丸々残ってる所も多い、それで出るゴミや煙を排出する廃棄孔もね。

でも完全には残ってねぇ、どっかしらひび割れ、破損してる。

そして漏れたそれが外が夜になった時に冷えて結露になる。

気体から液体に変わった薄汚ぇそれがこの第三区画に降り注ぐんですよ。

故にこの場所じゃあ雨具は必需品の一つなんでさあ。

今日の雨は長いですよ、何でも聖練で大口の注文が入ったとかでそこら中フル稼働でしたからね。

何でも円卓って所で損耗した機巧の修理に必要な部品を発注しまくってんだとか。

まあこの都市にまで部品の発注が来るとは余程大きな戦争だったんでしょうなあ。

糞ったれなこの都市がさらに潤ってる。

七罪王の支配を受けてねぇ場所は毎晩祭りみてえに騒いでまさあ。

より多くの工場を得ればそれだけゴルを増やせるんだからしょうがねぇでしょうよ。

シャドウランナーも毎晩大忙しだ。

この第三区画では銃声と剣撃、そして魔法の音が鳴り響かせてる。

人種、性別、年齢関係無く全員が喧騒の演奏者だ。

理不尽と悪意の嵐が今、この場所を包んでまさあ。

シャドウランナーの他にも情報屋や武器屋、それに闇医者も繁盛してますよ。

ま、そのおかげであっしの仕事は商売上がったりでさあ。

そして残念な事に、これが更に人を呼び込んでる。

この都市で多くの人間が死んでも代わりはすぐに入ってくるんですよ。

何せここではあらゆる快楽を味わえるのに加えて表より簡単に金が手に入れられる。

モンスターっていう怪物を殺すよりも簡単にね。

それを知った冒険者は怪物を殺すための剣を人間に向けるようになる。

まあ、怪物殺しを生業とするシャドウランナーも少なくは無いですがね。

人間、楽な方に流れたがる。

お客さんはどうですかい。

ここに来る前に何をしていらっしゃったんで。

まあ、その甘っちょろいから察するに元冒険者でしょうよ、それもCランクになったばかりのね。

なぜ解ったって?。

あっしもこの商売長いんでね。

まだ生きてる奴も、死んでる奴もいやすが。

お客さんは人を殺してきた奴の面構えじゃない。

けれど腰に帯びた剣は何度か使った跡がある。

なら冒険者だ。

冒険者でも人を殺したことのある奴の面はピンと来る。

お客さんにはそれが無い。

そんな人間がどうやってかこんな場所に来ちまってる。

まあ悪い輩に嵌められたんでしょうな。

将来有望な人間に嫉妬する奴はどこにでもいやすからね。

まああっしから言わせるとそいつら馬鹿で阿呆ですよ。

人間、恨みよりも恩の方が長く覚えといてくれるもんですよ。

一生もんの恩なら尚更ね。

だからあっしはお客さんに恩を売らさせてもらいますよ。

そしてどうか末長く情報屋兼案内屋《鼠》をどうかご贔屓にってね。

さてさてそんな謳い文句を言ったばかりですいやせんが、伏せてくださいお客さん。

お呼びじゃない奴等が来やしたぜ。

ギャングどもだ。

全員合わせて、二十人ってところでしょうな。

さあて頑張って生き残りましょうぜ。

ようこそお客さんこのくそったれな街、ノアへ。

長いか短いかはあんた次第ですが、楽しんでいってくだせえ。




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>三下の鼠
そこそこ強い。
ボバ達の冒険や戦いに関する伏線や出せない設定を解説する役として作成。
ちゃんと客共々生き残った模様。

>《戦狼部隊》
部隊単位での七罪王の最高戦力。
各地からの選りすぐりの精鋭を集めた部隊であり、九害の後詰めや支援等で姿を表す。
全員が黒いスーツと仮面をしており情報は残さない。
実は茨城和那はこの部隊に所属していた。
組織図などの詳細は不明。
オベイロンの抹殺時には脱出経路や敵対組織の殲滅を行っていた。
つまり、どうやっても詰んでいた

>《番街》
大体の事は本文で話したが七罪王の中にも街の運営に向いてないのも少なからずいる。
その為に出来る奴をスカウトし、運営を任せている。
しかし彼ら七罪王は決して無知でも馬鹿でも無い。
甘く見た奴等が死ぬのは何度も起こっている。


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幕間 鴉羽の夢



『胎児よ胎児よ何故踊る』

 《ある狂人の戯れ言》




夢を、見ている。

古い錆び付いた夢を。

最早自分以外の誰かの記憶にも残っていないだろう夢を、彼女は見ている。

どこまでも血に塗れ、理不尽な夢を。

底知れない狂気と後悔に対峙したときの夢を

 

■●■●■●

 

かつんかつんと音が鳴っている。

それは硬質な靴底が舗装された道路と打ち合わされて鳴る音だ。

ゆっくりとその音は鳴っていた。

聴くものが聴くものならばこの音の主が只者ではない事に気がつくだろう。

なぜならばその足音は均一にそして一定に発生していたからだ。

かつんかつん、と同じ音程で足音は発生する。

寸分の狂いも無く、正確に、そして連続して足音が発生する。

重心のぶれも、無駄な力みも存在しないそれは発生源である人間が達人である証拠だ。

その達人、鴉羽の狩人は僅かな乱れもなく、されどできるだけ急いで道を進んでいた。

いつも通りのペストマスクに漆黒の装束に身を包み、道路を疾走していた。

【鴉羽の狩人】【無限修羅】【タフネス】【俊足】

彼女の所属している賢人機関からの密命。

先日発見された隔離領域の内部の調査を彼女は行っていた。

キナ臭い命令だったが彼女に拒否する権限は存在せず、やむを得ず彼女は件の場所へと向かった。

そして地獄を目にした。

気が狂った民衆、そして人体実験によって発生したと思われるモンスター、そして何よりも。

 

「チィッ」

 

【無限修羅】【迎撃体勢・老練自然】【見切り】【タフネス】

【狩人の宿業・槍斧】【怪力】【超タフネス】

同じ組織に所属している筈の狩人、それも狂い襲ってくる。

身に染み付いた狩人の業は本来の正確なものであり、それに加えて賢人機関の人体改造による怪力が上乗せされる。

まともな戦士であれば一撃受けただけで死ぬ代物。

それが連続して絶え間無く人体を襲ってくる。

本来慮外の怪物であるモンスターに向けて振るわれる筈の技が人間を襲ってくる。

 

「こっちはか弱いババア何だ、手加減しておくれよっ!」

 

そう短く言葉を吐き捨てながら鴉羽の狩人は片腕のみでその嵐のような攻撃を剃らし、躱す。

未だ魔具が完全に普及していない時代である。

現代には遠く及ばない代物しかこの時代にはしない。

賢人機関に所属している彼女とて、使いなれぬ代物を任務に持ち出したりはしない。

己の五体と修練を積み重ねた技でもって彼女は応戦する。

眈々と、機械的に。

片腕のみで攻撃を防ぐ。

人体を容易く切り裂く袈裟懸けを。

神速の刺突を。

押し潰すような打ち降ろしを。

たった一本の短剣で逸らし、躱す。

人外の体力が底を尽き、相手が仕切り直そうと銃を向ける。

それは一瞬の内に行われた瞬きをする暇も無いほどの速さの抜き打ち。

正確に鴉羽の狩人の胴体を狙い、装填されているのは銃弾は散弾。

瞬きもしない内に人間をいとも容易く凄惨な死体へと変貌させるモンスターさえ重症を負うであろうその一撃。

己の命を簡単に奪うその攻撃、それこそが鴉羽の狩人の狙いだった。

【無限修羅】【見切り】【パリィ】

カキィィンと、音が空間に鳴り響く。

 

それは鉄と鉄が衝突した音であり。

 

銃と刃が衝突した音であり。

 

鴉羽の狩人が引き起こした音であり。

 

そして相対する人間が死ぬ原因の音だった。

銀色の閃光が、相手を貫く。

それは彼女が持つ短剣だった。

弾丸が上空に打ち出されると同時に、彼女の刃は相手を貫く。

肺のある胸と、消化器官のある胴。

その二つを同時に刺したように錯覚する程の速さの攻撃だった。

流麗に、されど熾烈に、彼女の剣は容赦なく人体を破壊した。

だが当然、相手はまだ生きている。

並みの人間、いや狩人であっても彼女の一撃を耐えられる者はそうはいない。

しかしその狩人は生命を残していた。

それは禁忌の血の医療によるものか、あるいは狩人としての直感か。

或いはその両方によってか未だその狩人は生存していた。

【戦闘続行・狂気】

臓腑が腸からこぼれ落ちそうな程の重症。

それでもなお動こうとするその男を、鴉羽の狩人は容赦なく殺害した。

【無限修羅】【戦士殺し】【血染めの衣】【流麗刃】【生命解体・人】【命殺乱舞】

思考を展開する暇もなく、その狩人は呆気なく死に至った。

崩れ落ちるよりも速く、二度三度と刃を突き刺す。

長年の経験と直感。

この世界において一流の舞台に身を置く人間、あるいは人類種はそれを持ち合わせている。

ある種の臆病さとでも云うのか、相手が確実に死に至るまで油断も慢心もしない。

鴉羽の狩人も又その例に漏れず、変質的なまでに男の生死を確定させる。

容赦なく、躊躇なく、生命活動を停止させた。

その無駄のない動作は芸術的でもあった。

人間の極致ともいえるその動きを行った鴉羽の狩人は浅く、そして連続して呼吸をする。

僅な時間で体力を回復させるものだ。

移動しながら行えることと、回復にかける時間が短い二つのことから鴉羽の狩人は好んでこれを使った。

【カレル文字・狩り】

それに加えて彼女に刻まれた魔術回路が脳内に様々な薬物を作り出し、疲労を回復させる。

 

「覚悟はしていたが、嵌められたねえ」

 

そう虚空に向けて鴉羽の狩人は呟いた。

始まりの狩人ゲールマンは何処かへ姿を消した。

人の為に血の医療を産み出したローレンスは狂気に堕ちた。

聡明なるマリアは賢人機関の深淵へ身を墜とした。

心優しき男だったデュラは度重なる殺戮に耐えられず罪滅ぼしの旅に出た。

正しく英雄だったルドウイークは獣に墜ち、彼女を含めた数人の精鋭の狩人に狩り殺された。

狩人の半数が死に、遺体は賢人機関に回収された。

賢人機関の英雄という肩書きは死後も尚彼を縛りつけた。

次は自分の番か、そう彼女は思う。

姿を消した以外の狩人の中で最も長く戦っている彼女。

実験台としては申し分なしという訳だ。

 

「はあ」

 

息を、吐く。

それで絡まった思考を停止させる。

狙いが解ったなら喰い破るまで。

そう彼女は思考する。

この隔離領域、どう考えても人工的な代物。

ならば脱出出来る。

あの屑どもが、自分の知識こそが最上だと思っている奴等が己の知識を失われる可能性を許せる訳がない。

 

「老骨には優しくして欲しいもんだ」

 

彼女は別段、自身の命を大切に思っている訳でも、価値があると思っている訳でも無い。

だが責任があるとは思っていた、今まで殺した命に対する責任が。

善人も悪人も狂人も数え切れない程に殺した。

ならばそれ相応に努力しなければならないだろう。

この薄汚れた命の存続に、使命の遂行に。

かつんかつんと足音を鳴らす。

規則正しく、機械的に彼女は歩いていく。

 

それから数分、あるいは十数分だろうか。

この領域において時間の流れは一定ではなく、不規則で不合理だ。

頭上に登る赤い月も何の作用があるのかは彼女には解らない。

どうせろくでもない事をしているのだろう。

そう彼女は思考を完結させる。

襲い来る人間だった者達を斬殺しながら、この領域の元となった街の構造を推測していく。

【無限修羅】【探索者】

 

「幾らか順番が変わっているが元となった街が丸々残ってはいるねぇ」

 

一振りで複数の命を奪い、血飛沫を発生させる。

正確に頸動脈を切開された肉体はまるで噴水の様に血を流れさせた。

その降り注ぐ血の雨の一滴もその身に受けること無く、彼女は疾走する。

血の一滴だけで気配を生んでしまうのだから、それに気づかぬ獣はいない。

臭い消しの香を彼女は持っていたが無駄に使わぬことにこしたことはない。

彼女は走る、殺した生物の数は百を越えてから数えてはいない。

ただ彼女はこの狂った獣達の発生源の中心へと向かっていた。

恐らくはそこにある出口を確保するために。

狂った敵対者達が発生する場所は全てが等間隔。

その点を繋げて出来た円の中心からは一切獣は向かってこない。

つまりはこの狂った生物達は産み出した奴等にも制御不可能という訳だ。

 

「ならあたしはゴミ処理屋ってところかね」

 

自身へ向けた皮肉を吐き出し彼女は進む。

かつんかつんと足音を鳴らしながら。

そしてそれから数分後、彼女は辿り着いた。

黒幕が居るであろう場所の一歩手前まで。

その現実に対して彼女は変わらない。

どこまでも冷静に、冷徹に、殺意を保つ。

彼女の精神は揺らがない。

かつんかつん、と足音を鳴らす。

時計の針が時間を刻むように。

 

時間を刻む。

 

時間を刻む。

 

時間を刻む。

 

その永遠に続くと思われた音が停止する。

ぴたり、と。

一瞬の静寂がそこに現れた。

 

「なんだい、いなくなった馬鹿どもが雁首揃えてさ」

 

その静寂を破ったのは鴉羽の狩人だった。

彼女の足音が停止した原因、その存在に対して言葉を投げかける。

彼女の正面、そこに二人の男が立っていた。

その二人を彼女は知っていた。

ガスコイン、ヘンリック。

両名とも名の知れた狩人であり、彼女の戦友だった。

 

「ヴィオラとお嬢ちゃんはどうしたんだい」

 

彼女は話しかける、街中で会ったかのように気軽な態度で。

返答は無かった。

そして己へと向けられる殺気こそが、返答だった。

 

「そうかい」

 

息を吐く。

ただそれだけの動作で彼女は戦友を抹殺すること決めた。

 

「あんたらも私を置いていくのかい」

 

じゃきり、と二つの重ねられた刃が分解される。

それと同時に、彼らが武器を構える。

そして、幾度も共に戦った戦友同士の戦いが始まった。

 

■●■●■●

 

 

それはまさしく死闘という言葉が具現化したような光景だった。

【古狩人】

鴉羽の装束を揺らし煙か何かのように彼女は消失する。

【古狩人】

それをガスコインは鋭敏な嗅覚を持って察知する。

【古狩人】

ヘンリックはそれに合わせ、ガスコインが合図するまでもなく鴉羽の狩人の奇襲に対応する。

きらびやかな魔法や異能はそこには存在しない。

鍛え上げられた純粋なる体術と武芸、そして血に塗りつぶされた経験がその戦場を形成する。

【無限修羅】

【狂羅輪廻】

【狂羅輪廻】

殺意と狂気。

その二つが今現在この殺戮の舞台に満ちるもの。

殺し合う三人のだれもが主演。

血と狂気、そして火薬が小道具。

結末は未定。

人間が繰り出す狂騒劇は止まらない、止まれない。

 

―――まずいねこりゃ、死ぬかね

 

危機感を覚えていないようにあっさりと、彼女は自身の頭蓋を叩き割る一撃を弾きながら心のうちに吐き出した。

【超俊足】【豪怪力】【熟達連携】

【超俊足】【業怪力】【熟達連携】

【俊足】【見切り】

身体能力は全てが相手が上、技量は互角、数は言うまでもなく。

絶望的な状況である。

雪崩や暴風雨の如く襲い来る二人の男の攻撃。

それを今現在彼女が防げているのは二つの要因が存在する。

一つは彼らの動きを知っているという経験。

狂気に堕ちながらも彼らの動きは一切の淀みなく攻め立ててくるが、動作や技法、その他諸々の戦闘のための動き全てが全く変わらない。

幾十にも渡る共闘の経験が皮肉にも彼女を生かしていた。

もう一つの要因は彼らの肉体の変化である。

かつてより強化された肉体の性能は彼らの全盛期を上回っている。

しかし先述したように彼らが振るう技の数々は昔のままだ。

ほんの僅かなズレが二対一という鴉羽の狩人を生かしていた。

 

「グルゥウアァ!」

 

獣そのもの叫びを喉から放ちながら、振るわれる斧。

舗装されていた石畳を軽々と剥がしながら、彼女へと迫る。

空気を切り裂き、肉を切り裂くその一撃が彼女へと直撃するまでのほんの数瞬。

それだけの時間で、ガスコインの視界から彼女は掻き消えた。

【霧散鳥没】【ウィンドワルツ】【俊足】

極限まで無駄を無くした動きで相対した敵の視界から消える彼女の得意技である。

 

「なんだいヘンリック、勘はいいままかい?」

 

彼女の移動先には鋸鉈を振りかぶるヘンリックの姿があった。

【狂羅輪廻】【血潮の直感】【仕掛け武器マスタリー・鋸鉈】

常人が思考することも、認識することも出来ないほどに早く、鋸鉈は振るわれる。

金属音。

【無限修羅】【見切り】【パリィ】

完璧なタイミング、これ以上は望めない、そんなパリィ。

されど彼女の腕の骨にはひびが入った。

そんな事お構い無しに鋸鉈が連続して振るわれる。

激痛が稲妻のように脳髄を刺激する。

常人ならば指一つ動かす事すら出来ない状況。

【カレル文字《狩り》・苦痛耐性】

彼女の脳に刻まれたカレル文字が脳内麻薬を分泌させ、痛覚を抑える。

しかしそれは対処療法に過ぎず今この状況を乗り越える事は出来ない。

故に彼女は考える、現状を打破する方法を。

 

―――右、不可能、後ろ、ガスコインが塞いでる、左も同様、ならば…

 

その瞬き一つも挟む暇のない嵐の中で彼女は決断した。

必ず死ぬであろう後方への退避よりも九割九分死ぬであろう前方への加速を。

筋肉を引き絞り、解放する。

それは熟練した弓手が弓を引き、矢を放つ様に滑らかな動作。

だれでも修練すれば出来る、単純な肉体動作。

【霧散鳥没】【俊足】

しかし今この瞬間、それが出来るのは異常と言う他ない。

【無限修羅】

事も無げにそれを実行してみせた彼女はその異常の中の異常である。

ヘンリックの真正面、彼が持つ鋸鉈と銃の間合いでは無い。

彼女の、鴉羽の狩人の、慈悲の刃の間合いである。

 

「グルゥウ、ルルゥ」

 

それを認識したガスコインは援護へと向かう。

【鋭敏嗅覚】【熟達連携】【超俊足】

狼のように俊敏に、彼は鴉羽の狩人へと向かっていく。

その姿を見る必要ももなく彼女は察知していた。

 

―――だろうね、あんたは絶対にヘンリックを見捨てない

 

なぜなら友だから、戦友だったから。

彼ら二人の思考を手に取るように解ってしまう。

武器の仕掛けと間合いも、ピンチになった時の動作も、それを打破するための連携も、これらの全てを彼女は知っている。

【無限修羅】【戦士殺し】【見切り】

故にそれを実行できないように彼女はする。

武器を振るえば、ヘンリックを傷つけ。

銃を放てば、ガスコインに命中する。

その絶妙なまでの間合いに彼女はいた。

戦友としての経験だけならば、ここまでの事は出来はしない。

彼女の鴉羽の狩人としての今までの経験がこれを完成させたのだ。

仲間殺しの経験を、技を、積み上げてきた。

親のように思っていた狩人を殺した。

兄のように思っていた狩人を殺した。

弟のように思っていた狩人を殺した。

友と思っていた狩人を殺した。

自分の子供のように思っていた狩人を殺した。

殺した。

殺した。

殺した。

殺した。

殺した。

殺した。

祈るように、機械のように。

殺して殺して殺し続けた。

その果てがこの姿である。

相手の絆を利用し、信頼を利用し、己の有利な状況を構築し、殺す。

この姿こそが鴉羽の狩人。

他の誰にも出来なかった外道極まりない姿。

【無限修羅】【鴉羽の狩人】

そして今、また一人友を殺す。

 

「見せてやるよ、あんたらに見せてなかった奥の手だ」

 

鴉羽の狩人が相手と身体が密着する程に踏み込む。

そして絶死の舞踏が始まった。

【無限修羅】【命殺乱舞】【血染めの刃】【流麗刃】【生命解体・人】

肺。

太股。

肩。

喉。

脊椎。

各部腱。

腎臓。

肝臓。

大腸。

小腸。

左目。

肋骨。

その全てが瞬き一つもしない間に破壊される。

舞うように、踊るように、彼女の両手から銀色の閃光が放たれる度に。

当然、その破壊の嵐からヘンリックが逃れようとする。

その隙とも言えない隙を彼女は見逃さない。

反応に反応し、反射に反射する。

鏡を合わせの如く相手の行動の全てに反応し、攻撃する。

人間が生命を活動させるのに必要な部位全てに刃を入れる。

それはつまり、人間の生命活動する事が出来なくなる程に攻撃したということだ。

血液が中を舞い、彼女の装束を濡らす。

そして、鉄の臭いが世界に満ちる。

自身の死が確実になったという事をヘンリックは自覚する。

己の肉体から身を侵していた狂気と共に流れ出る赤い液体はすでに致死量を超え、意識は急速に暗闇に包まれて行く。

走馬灯が流れていく。

流れていく景色には何もない家族も友人も何もかも。

彼にはその全てが無かったから。

唯一持ち得たのは血で作られた鎖で出来た戦友のみ。

 

―――ああ、死ぬのか、まぁいいか

 

恐怖は無かった。

惜しむほどの命では無かったから。

獣を叩き殺すのも。

邪魔をしてきた人間達が刃を向けてこようと。

守った市民達に化物と呼ばれようと。

重傷になり死にかけようとも。

怖くは無かった、恐ろしくはなかった。

 

―――けれど、ああ

 

あの優しい彼女に。

誰よりも自分達の死に嘆き悲しむであろう彼女に。

アイリーンに。

自分達の介錯をさせてしまうのが、ほんの僅かに悲しかった。

ヘンリックの意識はそう考えた後、永久に途絶えた。

 

「ガアァアア!!」

 

獣の遠吠えが響く。

狂った意識でありながらも、親友との絆は色濃く残っていた。

古狩人ガスコインとしてでは無く、ヘンリックの友のガスコインとして彼は行動した。

 

「甘いよガスコイン」

 

それすらも、彼女は読んでいた。

【魔法剣・不可視の刃】

風を圧縮し、破裂させる。

不可視の刃がガスコインの肉体を傷つける。

彼を一瞬止められる程度の小技。

だが、その一瞬で十分。

一瞬さえあれば彼女とガスコインの間では十分な差。

再び銀色の閃光が放たれる。

【命殺乱舞】

 

「シィッ」

 

肺から空気を絞り出す。

今この瞬間を逃したら彼女に勝機は無い。

長期的な連戦は今の彼女にとってこれ以上無いほどの消耗を強いていたからだ。

ガスコインの死に物狂いの攻撃に対して今の彼女では対抗するのは難しい。

 

「ああ、まったく」

 

血飛沫が舞う、先程のように。

 

「糞みたいな気分だよ」

 

その言葉を彼女が吐き捨てたと同時にガスコインの肉体が地面へと倒れた。

かつんかつん、と靴音を鳴らす。

先程までの靴音とは明らかに乱れている。

【タフネス】

 

「ハァハァ、正気に戻ったかい馬鹿犬」

「だれが犬だ」

 

先程までとは違い理性のある言葉を彼は発した。

それに対して僅かな後悔を胸に抱きながら、彼女は口を開く。

 

「すんすんと臭いを嗅ぐ奴が犬じゃなけりゃあ何だってんだい」

 

マスクを被っていてよかったと彼女は心のそこから思った。

涙が見えないから。

 

「香水も付けない、血生臭い女だよおまえは」

「違いない」

 

僅かな笑い声がそこに響いた。

 

「何か言い残すことはあるかい」

 

慈悲の刃を彼女が振りかぶる。

絶対に痛みを感じさせ無い様に命を絶てる様にしっかりと。

 

「アイリーン、娘を頼む」

 

それがガスコインの遺言だった。

狩人では無く、ただの鴉羽の狩人の、アイリーンの友人としての頼みだった。

 

「……なんでだい、恨み言を言っておくれよ、蔑んでおくれよ」

 

死体に刃を突き刺したまま彼女は口を開く。

 

「なんで」

 

一拍。

 

「なんで!!、誰も彼もが血に酔うんだ!、狂うんだ!」

 

その言葉は悲鳴だった。

恐らくこの世の誰もが聞いたことが無い彼女の悲鳴だった。

仮面を取り外す。

そこにあったのは涙を堪えた老婆の姿。

 

「もう嫌だ、もう嫌だ、友を殺したくない……」

 

彼女が、アイリーンが何故鴉羽の狩人を長年続けられたのか

偶然である。

ただ、同期の誰よりも精神的に強く。

血に酔う機会が少なかっただけだ。

ただ、それだけなのだ。

 

「クソッタレ……」

 

その悲鳴は誰にも届かず消え失せた。

 

仮面を、被る。

懐の注射器を己に突き刺す。

 

「ああ、やってやるさガスコイン」

 

今、この瞬間。

彼女は鴉羽の狩人としてでは無く、ただのアイリーンとして活動を開始した。

 

■●■●■●

 

「ギャァアア!?」

 

悲鳴がその部屋に木霊する。

 

「なんだい、人間を散々切り刻んだのに自分の身体は駄目なのかい」

 

悲鳴をあげた人間の視線の先には鴉が居た。

 

「なぜだ、どうして、あれが、アメンドーズが敗れる」

 

悲鳴をあげた男は理解が追い付かなかった。

自身の最高傑作アメンドーズ、それを殺した目の前の老齢である筈の女が。

 

「簡単な話さ」

 

彼女が口を開く。

 

「圧倒的な魔力、身体能力、異能、おまけに希少な属性と巨体、まあ小国家なら潰せるだろうさ」

 

彼女は朗々と先程討伐した怪物の特徴を口にする。

それに同意するかのように男は奇声を挙げる。

 

「ああ、そうだ、正規魔王にだって劣らない、私の最高傑作だ!!、なぜお前何かが殺せるっ!!」

 

それに対してアイリーンは嘲笑を浴びせる。

 

「おいおいあんなのが魔王だなんて冗談はよしておくれ、あんなのは大道芸人とそう変わらない」

 

気軽に彼女は口を開く。

 

「それに」

 

殺気が。

戦闘場面に出たことすらない男にとって恐ろしすぎる殺気が彼女から漏れ出す。

 

「私がいったいどれだけの命を奪ってきたと思う」

「ヒッ」

 

それが男の遺言だった。

どんな野望を持っていたかは誰も知らない、ただ無為に死んだのは事実だった。

 

「さてさて眠り姫を起こすとするか」

 

始末した男の死体を一目も見ること無く視線を彼女は移した。

そこにあったのは半透明な液体で満たされた巨大な円筒とそれにプカプカと浮かぶ幼女だった。

 

「ったく、息をつく暇もないね」

 

ぐらぐらと地面が揺れ始める。

男が死んだせいだろうと彼女は思うが殺したことに後悔は無い。

銀閃が迸る。

円筒に亀裂が走り、内部から半透明な液体と共に幼女が流れ落ちる。

 

「お嬢ちゃん汚いものっですまないが我慢しとくれ」

 

男の衣服を奪い、纏わせる。

そして用意していた脱出ゲートで彼女と幼女は脱出する。

この奇妙な脱出劇を知る者は誰もいない。

ガスコインとヘンリックの死体事、この異界は崩壊し消え失せた。

これに巻き込まれ彼女も死んだ、それが賢人機関の推測である。

 

■●■●■●

 

崩壊しかけたゲートから脱出したせいか、彼女達は本来居た時間の遥か先へと転移していた。

それを彼女は認識しているが救った幼女、ビビアンは気づいてはいないだろう。

安楽椅子に座りながら彼女は考える。

―――何の因果かこんな場所と時代にで店を構えるなんてねぇ、人生ってのは解らないことだらけだ

 

「それでも生きていくのが人生だろうさ」

 

そう彼女は呟き、目の前に掛けられた鴉羽の狩装束を見つめた。

 

 

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>高性能お婆ちゃんアイリーン
恐ろしい程スキルがコンボする。
まあ今のところ前線に出張る事はないだろう。
ボバくんには意外と目を欠けている。

>天国でボバくんを殺意に満ちた瞳で見ているガスコインとヘンリック
もしも完全に正気だったらアイリーンお婆ちゃん負けてました。
けれどどっかの馬鹿が余計な事をしたせいで敗北。
ガスコインが男に捕まったのは娘と妻が人質に取られたせい。
ヘンリックはガスコインを人質に。
あまりに簡単に行ったんで男はこの人達を過小評価してました。


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影走者達の協奏曲
影走者達の協奏曲 序曲




 『さて、シャドウランを始めよう』

  《シャドウランナーの言葉》


ノアという都市に出入りする方法は文字通り無数に存在する。

それは過去の魔導文明時代に建設物を発掘した物や、無数の奴隷を働かせて完成させた洞窟。

他には仮死状態になり荷物に紛れて運ばれるというものもある。

そんな無数にある方法の一つである洞窟に複数の人間が進んでいた。

複数の人間全員が男であり、その特徴全てがまともではない。

屈強な肉体。

身に付けた刀剣と防具。

改造手術を受けた証の手術痕。

人間よりも獣に近い眼光は殺意に満ちている。

そのどれもが異常であり、どこの誰が見てもまともの職種の人間には見えないだろう。

彼らは夜よりも暗い洞穴を迷うこと無く、進んでいく。

それは何度もこの道を進んだ経験から来るのか或いは改造された眼球に暗視の機能を追加したのか。

はたまたそのどちらともか、どんな要因であれ彼らは洞穴を進んでいく。

彼らの陣形は円陣であり、中心にあるものを護るように組んでいた。

【小隊行動】【暗視】

そこにあるのは鳥籠のような檻だった。

中には二人の少女がいる。

彼女達は身綺麗で清潔な印象を受ける。

栄養状態も良いのか健康的な肌色である。

猿轡等で口を封じられ手足を拘束されているが身体を傷付ける程の代物ではない。

これはノアにおいて異常な出来事だった。

他の場所から拐われた女達の末路は多岐に渡る。

娼婦、奴隷、或いは食品。

様々な種族の人間が居るノアにおいて表社会では出来ない欲望や願望を女にぶつけるというものはありふれた光景である。

そんな一般的な拐われた人間にはこの女達のような恵まれた待遇を受ける事は無い。

実行犯である盗賊に犯されるのは当たり前、戯れに殺される人間も一定数存在する。

それでも現在の状況は彼女達にとって絶望としか言いようがないだろう。

何とか気丈に振る舞おうとするが諦めの感情の方が顔に出ており鉄の床に向けて俯いている。

暗闇の中で、会話も出来ず数時間そのままでいる。

これに耐えられる人間は少数だ。

それがろくな訓練もしていない人間なら尚更に。

後数十分程度でノアの都市部に到達する距離、それが彼女達の人間としての生の終わりまでの時間。

ここに正義の味方も白馬に乗った騎士も来る事はない。

彼女達は祈る。

起こる筈の無い奇跡に。

そうでもしないと発狂してしまうから。

だが、その奇跡は起こった。

それは正義の味方でも、白馬に乗った騎士でもない。

どこまでも自分の欲望の為にに依頼をこなす悪党。

シャドウランナーである。

始めに鳴り響いたのは頭蓋の砕ける音である。

並大抵の一撃では砕ける事はないヘルメットごと頭蓋が砕け、崩れたゼリーのような脳漿と真っ赤な血液が撒き散らされる。

一瞬、檻を囲む男達が呆気に取られる。

たった一瞬、その一瞬で勝敗は敗北へと一気に傾いた。

頭蓋が砕かれ、死体が倒れ伏せるのと同時に二つの影が男達へと突撃した。

暗視能力を持つ男達は襲撃者の姿を確認する。

どちらも目深にフードを被っており、仮面を付けている。

一人は拳を、もう一人は剣を振りかぶり。

男達へと攻撃を叩き込んだ。

【修羅道】【機巧剣・剛剣】

【強者の矜持】【轟怪力】【練気重拳】

ぐしゃり、ずばり。

そんな二つの音が同時に発生する。

つまりそれは二つ新しい死体が出来たということであり。

男達の戦力が更に低下したという事を意味する。

だが男達もただで殺られている訳ではない。

経験と訓練に基づき素早く散開し、二人を囲む。

【訓練対応】【包囲戦術】

各々がその手に武器を握る瞬間、弾丸が腕を貫いた。

【百発百中】【ロングショット】【トゥーハンド】

その突然発生した銃撃には発砲音は存在せず、ただ突き刺すような痛みが銃で撃たれた事を証明していた。

混乱が産まれ、その隙を逃すような真似を二人の人間がするわけがなかった。

挽き肉になるか、刺身になるか、あるいは脳髄に穴が開くか。

そのどれかで男達は死んだ。

ものの数分で二人の少女の絶望が覆る。

そんな夢か何かのような光景を檻に閉じ込められた女達は見ていた。

血の海に佇む二人の男を。

その二人は目深に被ったフードとマスクを取り外した。

現れたのは二人の男。

テッドとアスラである。

二人は息苦しかったのか大きく息を吸ってから会話を始める。

「おい、この面倒な物はどうにかならないのか」

「しょうがねぇだろ、造られたばっかのこの道にはガス溜まりがあるかも知れねぇんだから」

 

二人はピクピクと蠢く死体に確実な死を与えながら二人はそんな会話を続ける。

無数に枝分かれした洞窟には魔物などの住みかになっている場所や死体が放置され病の元となる場所もある。

その為安全な場所と判断出来ない洞穴ではガスマスク等の装備が必需品でもあった。

日常の一つと化したその動作は洗練されていて動物の解体のように止まること無く即座に完了した。

 

「で、どうだ」

「残念ながらハズレらしいな」

 

ちらりと自身の頬に付いた血を拭いながらテッドは鳥籠を見る。

中にいるのは二人の少女。

それを見て溜め息をアスラとテッドは吐いた。

 

「複数のルートで別の物運んで、本命はもっと特殊なルートか?」

「七罪王の傘下じゃねぇ運び屋連中が別々の組織から大口の注文頼まれて、色んなもん持ってきてるからな」

「特定は難しいだろうな」

 

そんな会話をしている二人の後ろからかつんかつんと足音が響く。

特徴的な鎧のその男ボバ・フェットは無言で自身が撃った傷跡を見る。

そして手首に空いた穴から弾丸を取り出す、傷痕から出て来たのは鉄色では無く自然な茶色である。

今回ボバ・フェットが使用したのは樹木から作り出された弾丸だった。

特殊な加工により鋼鉄並の硬度でしかも軽いそれを扱う為の特殊な銃を今回彼は使った。

圧縮されたガスにより発射する空気銃である。

この銃は静音性と連射性に優れているが一つ問題が有った。

 

「精度がぶれた」

 

圧縮されたガスに乗せられる軽い弾丸は弾道が火薬で発射される銃の弾丸よりも軽い為マナの作用やその他の要因からも弾道が変化しやすいからだ。

彼ほどの腕前があればそんな物有って無いものだが違和感というものは残る。

 

「タイミングバッチリだったが?」

「コンマ数ミリだが、狙いからずれた、腕の良い奴なら戦闘に支障のある部位からは避けるだろう」

 

彼にとっての普通は常人にとっての普通ではない。

 

「習熟がまだ甘い」

「お前がそう言うんならそうなんだろうよ」

 

彼らの私的な会話はそこで終わった。

仕事、シャドウランへと話は移る。

 

「尾形、増援はどうだ」

『無しだな、火蜂のセンサーには何も写ってねぇ』

 

遠方にて奇襲の警戒と偵察を行っている尾形の報告を聞きながら彼はライトを照らし鳥籠を見る。

なんらかの合金で出来ているのだろうそれは見るからに頑丈そうだった。

魔獣等の捕獲にも使われている一品だった。

 

「アスラ」

「あいよ」

 

だが筋肉の前ではそれは無意味だった。

普通の冒険者が見たら目を疑う光景が実現した。

まるで飴細工か何かのように合金がぐにゃりと曲がる。

人が簡単に通れる程に広がった鳥籠の網から二人の少女が出てくる。

白と黒。

そう少女達をみれば誰もがそう言うだろう。

対照的な見た目。

共通しているのはどちらも口枷等の拘束具が付けられている事とその容姿。

どちらも美しく、高級娼婦よりも美しいかもしれない。

【超絶美形】

【超絶美形】

ひゅう、と口笛をテッドが吹く。

そんな特徴的な容貌よりもボバ・フェットが注目したのはその衣装。

紅白で分けられたその衣装ここらでは見ない桜皇の衣装。

巫女服と呼ばれるそれを身に付ける人間は多くが。

 

「九十九の巫女か」

 

【奉納巫女】

こくり、と二人の少女が頷く。

九十九巫女、世界の全ての国から独立した”人材の確保と量産”並びにそれを使用しての世界調査を目的としている機関。

そこで取引される商品。

九十九巫女。

それが二人の少女だった。

 

―――口枷をさせたままではこれが限界か

 

数秒思案し、彼は少女達の頬に手を伸ばす。

ビクリと一度、顔を震わせ、次に決心したのか目を瞑る。

そして数秒後彼女達の枷は全て取り外された。

巧みな動作でナイフを抜き取り、猿轡を切り裂いたのである。

 

「あー」

「無理に喋ろうとするな、何時間口を使ってないのかしらんが精確な情報を寄越さなければ解放したのが無駄な徒労になる」

 

特徴的な鎧から響くその言葉に従い彼女達は久しぶりに息を吸い、吐くことに終始した。

そして二桁の数の一分が過ぎた後、彼女達は無理なく喋ることが可能になった。

 

「質問するぞ、いいか」

「はい」

「ええ」

 

二種類の返答を聞きながら、彼は口を開く。

 

「まず第一にお前達はどこ出身だ、王国か覇濤か」

 

彼が口にしたのは彼女達の出身である。

これでどんな組織と繋がっているのか解る。

 

「いいえ私たちは桜皇出身です」

 

白い少女が答える。

それに僅かながら他の二人は驚愕した。

 

―――おいおいハズレかと思ったが、これは当たりか

 

―――コストが合わねえだろ王国か覇濤で浚った方が安上がりだ

 

同様の事をフェットは思ったのか、次の質問はそれに関係したことだった。

 

「どうやってこっちに来た、船か、橋か」

「橋の方、どこかのお金持ちが私達を買ったんだって」

「それで」

「砂漠の近くになったらこの檻に入れられたわ、それからずっと何かに運ばれていたの」

 

ボバ・フェットはこの解答から思考する。

脳髄で電子が飛び交い、未来を思考する。

 

「質問は終わりだ」

 

ボバ・フェットは話を打ち切る。

少女達は、僅かながら活気を取り戻し、久しぶりにお互いの顔を見る。

希望が出来たのだろう、助かるのでは、と。

その希望を踏み潰すようにボバ・フェットは発言する。

 

「ここからは質問じゃない、お前達の未来の提示だ」

 

絶望の一言を。

 

「お前達は遅くても三日後に死ぬ」

 

それはどうしようもない事実だった。

この洞穴から出た場所はスラム区画。

ノアにおいて最悪と称される場所。

そこにいくら優秀な少女でも経験した事がない環境を放置する。

どうなるかは言うまでもない。

よくて娼婦、もしくは狂人達の胃袋に収まることになるだろう。

 

「お前達は今崖っぷちに居ることを理解しろ」

 

彼女達の衝撃を受けた表情を見つめながら彼は言う。

 

「俺達はお前達を助ける理由も利点もない」

 

冷徹なその一言に続けて彼は言う。

 

「だからお前達、選択をしろ」

 

銃を抜き取り、発射する準備を整える。

 

「今ここで死ぬか、地獄のような町を生きるか」

 

そして二つの道を提示する。

 

「死ぬのを選択したなら、痛みも無く殺そう」

 

右手に銃を、左手には救いの手を。

 

「生きるのを選択したのならどれだけ苦しむかもしれんが絶対に生かすと誓おう」

 

その言葉を聞いた彼女達が選んだのは左手。

 

「後悔するなよ」

「しないわ」

 

彼女達はボバ・フェットの手を使い立ち上がる。

それまでとは違う強い意思を持っていた。

 

「名前は」

 

それに彼女達は答える。

 

「夜凪景、よろしく変な鎧さん」

 

黒い少女は夜凪景。

 

「百城千世子です、よろしくお願いします」

 

白い少女は百城千世子と名乗った。

 

「ボバ・フェットだ」

 

彼はそう言うと後ろの男二人も名乗る。

 

「アスラだ、うちのチームに花が一気に二人もできたな、おい」

「テッドだ、なあ相棒、素人入れて大丈夫なのか」

 

怪訝そうにそういう二人に対してボバ・フェットは言う。

 

「あれへの対策が欲しい、九十九の巫女なら対策も可能だろ う、使う符や魔具は大刀洗に用意させよう」

「だがよ、そこまで必要なのか今回の相手は」

「必要か否かで言えば必要だ、確実にだ」

「「あれ?」」

 

テッドとボバ・フェットが口論を交わす中、彼女達に疑問符が浮かぶ。

 

「話は拠点に戻ってからだ」

 

人工的に作られた光が全員を後方から照らす。

それは尾形が操作する車両から放たれたライトだった。

 

「行くぞ」

 

その一言で他の全員は行動を始めた。

これが二人の少女がボバ・フェット達のチームへと入った瞬間だった。

 

■●■●■●

 

それから十数分後、彼らの拠点である眠れる怠惰亭にて。

 

「いいよ~」

 

そう軽い言葉で太刀洗斬子は夜凪景と百城千世子がシャドウランナーになることを了承した。

いつも通り軽い口調だが舐めるように二人の少女を見つめる。

アイマスク越しだがそれを感じたのか千世子と景の二人は男達の影へと隠れる。

 

「装備の代金はボバくんにつけとくから~」

「即金で幾らだ」

「五万」

「預けてるゴルから引いといてくれ」

 

その会話が終わると同時に太刀洗は指を鳴らす。

芝居のように軽快に音が鳴ると同時に長者原がその場に現れる。

 

「失礼致します」

 

その手には複数の装備と山盛りの符が有った。

ごとり、と近場の机にそれを置く。

 

「お手を失礼」

 

そして二人の少女の手をある物に触らせる。

人の属性を識別できる計器である。

それに彼女の手が触れると同時に色が変化する。

 

「夜凪様は闇・冥属性」

 

山程の符から適した物と魔道具を目の前へと出す。

それを受け取った彼女は目を開いた。

 

「これ、かなり高い奴」

 

九十九では重要な修行でしか使った事が無い代物。

それが山の様に自分の手にある。

その事実に気絶しそうになるのを何とか耐える貧乏娘をよそに長者原はもう一人の少女へと符を差し出す。

 

「おや、これは珍しい、星属性が混じっていらっしゃいますね」

「はい、やっぱり有りませんか」

「少量ですが御座います」

 

夜凪に渡した符の量に比べれば半分以下の数の符が渡される。

 

「凄いですね、私達の所だと全然無かったのに」

「余程の物でなければこの町では揃えられると自負しております」

「作る道具も有りますか、よかったら頂いておきたいんですが」

「どうぞ」

 

にこやかに長者原と話す千世子。

その光景を見ながら太刀洗斬子は静かに語りかける。

 

「それで、続けるの?」

「ああ」

 

それは確認だった、仕事を続けるか否かの。

そしてボバ・フェットは続けると決断した。

ならば彼女は仕事の報酬の話へと移る。

 

「一人頭二万、あの子達の分も追加しとくよ」

「それと情報だ」

「君の鎧を完全に直せる情報だね」

 

今回の仕事の報酬は彼にとって必要不可欠だった。

自分の鎧を直せる職人の情報が。

ジンと呼ばれる職人によって外見上は完全に彼の鎧は修復されたが今までの機能が封じられてしまった。

 

「高等魔術言語に通ずる人間が必要だ」

「それも君の鎧みたいな特級の代物の修復だろう、短時間で修復出来るならさらに少ない」

「それでもだ、頼んだぞ」

「あいあい」

 

ジンと呼ばれる職人は一流の機巧職人であったが問題が生じたのは鎧のシステムの方だった。

不機嫌そうに自分に毒舌を吐き捨てる老人をボバ・フェットは幻視する。

太刀洗とボバ・フェットの会話が終わると同時に二人の少女の準備が整った。

 

「さてさて準備はいいかい新しいお友達(チャマー)、闇を走るお時間だ、覚悟を決めたなら後ろの部屋においで」

 

ごくり、と唾を飲み込み彼女達は覚悟を決める。

そして自分達を助けた男達と共に暗闇に満ちた部屋に入った。

内装は簡素な物だったがしっかりとした作りのものであり、一つの大きなテーブルが特徴的だった。

 

「二度目になるけど今回のランの説明を始めるよ」

 

特徴的なテーブルの上に置かれた機器から暗闇に満ちた部屋の壁へと映像が映し出される。

そこに映っていたのは一人の大男と棺桶。

 

「目的はこの男、或いは運び込まれた代物の奪取だよ」

 

つらつらと解りやすく彼女の口から今回のランの内容が話し出される。

 

「最近聖錬から機巧関係の注文が殺到して空白地で紛争激化してるんだけど」

 

太刀洗は男を指差す。

 

「この男率いる尸堂会が急に勢力が伸ばしてるんだよね」

 

続いて映し出されるのは蠢く死体の群れ。

俗に言うゾンビの軍勢である。

 

「どうやらアンデット系統を使役してるらしくてさあ」

 

苦痛を感じない兵隊、対策を持たない人間にとってこれ以上の無い驚異である。

 

「そこいらのチンピラどもじゃあ兵隊の仲間入りなんだよね」

 

この町にて普及している銃も死者には意味がない。

故にこの組織が勢力を伸ばしているのは当然とも言えた。

 

「さすがにこういう輩が力を付けるのは上の人たち嫌らしくてさあ、処理はもう決まってるんだけど」

 

出る杭は打たれる。

その言葉通り駆除されるのは既に決定していた。

 

「それを察知したのかこのクソはクソみたいな物を持ち込んでくれました」

 

指を大男から棺桶にスライドして。

 

「桜皇の巡轟地獄、あるいはそれに匹敵するであろう妖怪が封印された棺桶です」

 

その発言を聞いた二人の少女は顔を青く染める。

桜皇の九十九巫女である彼女達にとってその存在の恐ろしさはよく知っている。

 

「調べてみた所、霊夢と呼ばれる存在によって封印されてたっぽいんだけどさあ」

 

口調は軽いが怒気を確かに交え彼女は言う。

 

「忍界大戦の時に紛失した物をどうやってかさあ、こっちに引っ張ってきたんだよねぇ」

 

その部屋にいる全員が僅かながら恐怖を感じる程に彼女から怒りの感情が放出される。

 

「桜皇の土地外だから弱体化はしてるだろうけど危険な物には違いないからさあ」

 

指した指を震わせる。

 

「さっさとこのバカから、奪ってこい、処理はこっちでやるから」

 

静かに声を怒りに震わせシャドウランナー達に命令を下した。

それに従い彼らシャドウランナー達は動き出した。

 

■●■●■●

 

それと同じ時間に様々な場所にて影を駆け抜ける者達が動き始めていた。

 

金の為に。

 

「報酬もいい、女も抱けた、良いことづくめだ」

 

仁義の為に。

 

「腐れ外道でも恩人なんでな」

 

命令の為に。

 

「きつい任務になりそうだ」

 

誇りの為に。

 

「さあ、早撃ち勝負だ」

 

勝利の為に。

 

「勝利とは死なないこと」

 

命の為に。

 

「まだ、死にたくない」

 

彼らは命を掛けるのだ。

 

さあシャドウランを始めよう。

いつも通り危険に満ちた苦痛の仕事を。

 

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>久し振りの主人公ボバくん
久し振りに書いたのでキャラがぶれていないか心配。
空気銃を用いたのは一気に奇襲で殺すため。
多数という有利はなにもさせずに殺すに限るんだよなぁ
現在鎧に発生した不具合に四苦八苦してる。

>テッド&アスラ
夜凪と百城の加入にあんまり乗り気ではないが大勢のアンデットに有効だと理解している。
もし彼女達が加入していなかった場合ボバ・フェットが雑魚を焼夷弾等で引き受けていた。

>やっと出せた夜凪&百城
キャラ描写がムズいことこの上ない。
女子の心情なぞ男には解らぬのです。
一定の戦闘は経験しているので足手まといにはならない。
この章のキーマン、いやキーウーマン?

>ムカ着火ファイアーインフェルノ状態太刀洗
マジギレ、殺す手筈は整えているが一杯食わされたことにご立腹。
絶対殺す。

>シャドウランナーの皆さん
今回のお話が遅れた大体の原因。
まだ登場予定の九人の内五人しかキャラシを作れていない。
頑張れ自分。


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第一楽章


  「忙しい」

 《現在死ぬ気で頑張ってる太刀洗斬子》




ノアという都市は巨大である。

それは面積としても、人口としても、人種の多様性としても言える。

この世界は広いがここほど醜悪で絢爛な都市は他には無い。

ある意味理想郷とも言えるその都市を二人の少女は五感で実感していた。

眼球から写る景色、鼻腔に流れ込む匂い、鼓膜に直接伝わる騒音、それら全てが彼女たちにとって未知だった。

 

「……凄い」

 

黒い少女の喉から絞り出されたその言葉に白い少女は頷く。

二人の少女を前後に挟みながら進むのは三人の男達。

 

「観光するならば仕事が終わってからだ」

 

冷や水を浴びせるような言葉を吐くのはボバ・フェット。

彼は先頭にテッド、最後尾にアスラを配置し、彼自身はセンサーによる索敵を担当している。

スナイパーである尾形は既に作戦区域にて潜んでいる。

彼等が今向かおうとしているのはこの都市の素人である彼女達の作戦区域までの護送。

彼女達は戦闘の素人では決してない。

むしろそこいらにいるごろつきどもが束になっても敵わない強者である。

しかしこの都市では強いだけではやっていけない。

故に未だこのノアの常識も知らない少女達には先導する人間が必要だった。

喧騒の中を進むこと十数分、彼らはとある廃墟へと到着する。

そこが彼女達が今回の仕事場である。

 

「ここ?」

「ああ」

 

九十九機関の巫女であった彼女達は浄化術を修めている。

今回、大量のアンデットを相手は運用してくる。

それに対する対抗として彼女達はこの廃墟から彼らが目標である男を暗殺する為の時間と隙を作り出す。

彼女達をボバ・フェットが勧誘したのはそれが理由である。

理由は打算的だが善意が無いわけでは無い。

でもなければ彼女達を勧誘したりはしない。

廃墟の屋上から蠢く死体の群れを見下ろしながら白い少女、百城千世子はそう思考する。

作り上げた美しい仮面には自身の思考を挟まれる事はない。

彼女達は桜皇にいたころと変わらず赤と白の巫女服を身に纏い、札を手に取る。

戦闘を行う為のスイッチは完全に入っていた。

【奉納巫女】

【奉納巫女】

 

「虫みたいだね、潰すのは簡単そう」

「そうかしら、私は鼠に見えるけど」

「どっちでもいいよ、必要なのはあいつらを潰す早さでしょ、鎧さん?」

「ああ」

 

鈴の音のような高い声の間に野太い男の声が混じる。

リーダーであるボバ・フェットである。

それから二人の少女と彼は作戦と彼女達の役割を話し合う。

 

「時間としては三十分」

「問題ないよ、夜凪さんと交互にやれば全然行ける」

「戦闘も考えられる、用心しろ」

「了解」

 

幾らか言葉を交わした後、彼はある物を渡した。

 

「これを持っておけ」

「何これ?」

 

渡されたのは懐中時計のような物体だった。

機械的な装飾が施されているそれを二人の少女が見つめる。

 

「継戦不可能の場合撤退しろ、こいつが俺たちがいる道を示してくれる」

「ありがと」

 

そう言って千世子は巫女服に備え付けられたポケットにそれをしまう。

これで準備は整った。

突入する男達はビルの屋上に立ち。

 

「始めろ」

「「了解」」

 

二人の少女が浄化術を発動するのと同時に飛び降りた。

シャドウランナー達の火蓋が切って落とされた。

 

■●■●■●

 

「ヴあぁぁアァa」

 

意味の無い言葉を吐き出していた蠢いていた無数の死体が倒れていく。

【浄化術Lv3/5】

【浄化術Lv3/5】

まるでドミノを倒すようにバタバタと元の死体へと下位のアンデットは戻るその光景はお伽噺のようだった。

そのお伽噺に登場するような老若男女の区別なく構成されていた死者の軍団の群れを掻き分け三人の男達は進んでいく。

彼らの武器である銃弾も剣も、拳さえ使う必要は無い。

浄化術で消滅、或いは弱体化したアンデットには彼ら三人を阻止する力も技術も存在していない。

まるで砂を掻き分けるように彼らは目標の死霊術師の男がいるであろう場所へと彼らは進む。

ものの数分で彼らは目標地点の三分の二に差し掛かった。

【捜破者Lv3/5】【■■■■■■■の鎧:多目的ハイパーセンサー】

自分が修める都市知識とセンサーから来る情報を合わせてボバ・フェットはそう判断した。

 

「効きが悪くなってきたな」

 

優秀ではあるがたった二人の浄化術では元より屍の軍団の完全な無力化は不可能である。

それを理解していたボバ・フェットは進んできた大通りから脇の小道へと移動する。

相変わらずとろくさい動きではあったが浄化術の範囲よりかは数倍は早い動きで三人へと死体の群れが襲いかかる。

【怪力】【腐蝕血潮】【呪腕】

捕まれれば腐った肉体の限界を超えた怪力と込められた呪いによって対策をしていない人間であれば動けなくなるだろう。

しかしここにそんな並みの人間は存在していない。

ボバ・フェットはナイフで。

【夢幻羅道】【コンバットアクション】

アスラは拳で。

【強者の矜持】【轟怪力】【魔力撃】

テッド剣一本で。

【修羅道】【機巧剣】

死体の機能を停止させていく。

ぐしゃり、ぼきり、ざしゅり。

三者三様の音がそこに響いた。

テッド達三人は目の前の死体の四肢の腱や間接へとと叩き込んだ。

それで終わりである。

後は雪崩のようにこちらに来る死体が彼らによって間接が破壊され倒れた死体に引っ掛かり続けざまに倒れていく。

滑稽な光景だが笑い事では無い人体は脆い。

それも死体であり、録に整備もされていないなら尚更だ。

 

「ストライクってな」

「いやどっちかって言えばスペアじゃねぇか?」

 

痛ましい死体の塊に巻き込まれる事なくこちらの向かってくる死体の頭蓋を破壊しながらテッドとアスラの二人は会話する。

迷うことは無く彼らは小道を進んでいく。

それはリーダーであるボバ・フェットを信頼しているからだ。

 

「止まれ」

 

ボバ・フェットが制止を口にする。

無駄口を叩いていた二人は口を塞ぎ、リーダーである彼の指示を待つ。

彼は懐からある魔具を取り出し、起動する。

【道化師の影・起動】

魔具が発動し、計算された機能により魔力現象が現れる。

彼らの影法師の人形が彼らが進む筈だった道を代わりに進む。

そして影法師の頭蓋が吹き飛んだ。

偽物の頭蓋を貫通し彼らの足元へと弾痕ができる。

狙撃である。

それを理解し、粒子へと変わっていく自分達の姿を視認すると同時に別の場所にいる仲間へとボバ・フェットは指示する。

 

「尾形、狙えるか」

『問題ない』

 

通信機から聞きなれた返事が来ると同時に銃声が通信機から聞こえる。

そして薬莢が落ちる金属音が二度響いた。

 

『二人は倒した、そこからは問題なく行ける筈だ』

「感謝する」

 

尾形と交信しながらボバ・フェットはハンドサインで二人に指示を出す。

指示に従いテッドとアスラは流れるような動作で進もうとする、瞬間。

三人を挟む壁から機械の植物が生えた。

壁を破壊したにも関わらず発生した音はごく僅か。

それでいて人間を殺すには十分のパワーとスピード。

それは魔導文明時代の植物型機械を改悪したトラップ。

【赤外線センサー】【倫理規定・解除】【殺人蔦】

多くの人を楽しめさせていただろうそれは今や敵対者の命を散らす為の兵器である。

 

「アスラ」

「あいよ」

 

自身を絶命させるトラップを一目見て、ボバ・フェットは坦々と処理を開始する。

【百発百中】【トゥーハンド】【援護射撃】

サプレッサーを付けた二丁の拳銃を腰から抜き、両側から生えた機械植物に向けて弾丸を打ち込む。

金属で出来た蔦は歪み、傷ついた。

しかしそれは僅かに自分達へと植物達が襲い来る速度を遅らせたにすぎない。

新たな金属の蔦を発生させ更に襲いかかる。

だが、アスラにはそれで十分だった。

【轟怪力・握撃】

その僅かな瞬間にアスラは機械植物の蔦を掴み引き抜く事が出来るのだから。

みちみち、と金属繊維が悲鳴を挙げる。

その悲鳴は絶叫へと代わり破壊が訪れた。

歯車や螺を撒き散らしながら、アスラは事も無げに引きちぎり根本へと投げつけた。

訪れるのは破壊の轟音。

機械植物の機能が停止したのを視認して彼らは進む。

彼らの動きは変わらず早く、そして無駄がなかった。

慣れた動きで隊列を組み、進む。

機械植物と共に破壊された建造物の壁が小さくなった瞬間だった。

先程と同じように壁が破壊されたのは。

【ファストアクション】【剛怪力】【BAIN・ハイパードーピング】【錬気法】

それは先刻の現象と同一の現象だが結果はまったく違った。

機械植物と違いまるで重機の破砕音のような轟音が響く。

しかしスピードとパワーは比較にならない。

この大陸にもはや存在しない巨人か何かのように巨大な腕が壁を障子か何かのように粉砕したのだ。

壁を破壊して尚スピードは衰える事は無くボバ・フェット達に向けて突き進む。

喰らえば即死。

その言葉が脳裏に浮かぶよりも早く三者三様の対応を彼らは実行した。

銃弾を打ち込み。

【迎撃態勢・常在戦場】【百発百中】

剣で切り裂き。

【迎撃態勢・荒野の掟】【機巧剣・剛剣】

拳を叩き込んだ。

【迎撃態勢・戦いの記憶】【練気重拳】

その攻撃の数々を小雨か何かのように振り払い出てきた巨腕は腕と比例して巨大な拳を一番近くにいたアスラへと直撃させる。

【錬気拳】【剛怪力】

否、直撃していない。

拳と衝突したのは道端に転がっていた死体である。

それを軸にアスラは自身へと襲い来る拳を受け流したのだ。

【回し受け】【超頑強】

拳が直撃した死体は文字通り四散する。

舞い上がった臓物と血液がスプリンクラーのように彼らを濡らす。

 

「Ummm,外したか」

「避けたんだよ、薬中野郎」

 

まるで重機の作動音のように重低音の唸り声が砂煙の奥から響く。

音に続いて現れるのはその声を放つのを納得させる大男。

プロレスラーのようなマスクとガスマスクが合わさった特徴的なマスクと身体の各所を張り巡らせられたチューブ。

チューブの中には緑に淡く輝く液体が巡っている。

それが違法薬物のカクテルである事とこの男のことを彼ら三人は知っている。

この男の名前はベイン。

シャドウランナーである。

【シャドウランナー】【VAIN】【灰色の脳髄】

つまりは第三者の依頼によって行動しているということ。

ボバ・フェットは最悪の可能性を思考しながらベインへと言葉を吐く。

 

「そっちの依頼は」

「言う必要は無いだろう?」

 

薬物中毒者には似合わない知性を携えた瞳でベインはボバ・フェットの質問を返す。

まるで劇場の役者のように自身へと注目を集める。

それの意図を即座にボバ・フェットは見抜いた。

【■■■■■■■の鎧・多目的ハイパーセンサー】【トゥーハンド】

 

「そこか」

 

一つの視線と銃口をベインへと向けながらもう一つの瞳と銃で舐めるように見回し、発砲。

銃声は数回発生した。

前方に二発、後方に一発。

放たれる鉛玉をさも当然そうに着弾点にいた人間達は回避、或いは防ぎボバ・フェット達を挟むように降り立った。

 

「おいおい、チームプレーは苦手なんじゃなかったのか」

「時と場合によるさ」

 

テッドが軽口を叩きながらも何時でも斬り合える体勢に変える。

他の二人も同様だ。

油も慢心も心の内には無い。

 

「何でバレたんだ、おい」

「あんたが間抜けだからよ」

 

前方に降り立った二名。

一人は男だった。

長身であり右手に長槍を持っている。

野獣のような眼光をフードの影から光らせている。

伸ばしっぱなしの黒い髪が暖簾のように垂れている。

 

(槍狂いのセンロック)

 

もう一人は少女である。

深紅の髪とクリムゾンレッドの瞳を輝かせる、少女。

しかし肌には幾筋ものラインが走っており、彼女が純粋な人間では無くエクスマキナである事が伺える。

 

(こいつは知らないな)

 

「喧嘩は帰ってからにしな」

 

後ろに降り立ったのは一人の長身の女。

にっかりと大きく口を開いた笑顔で前方にいる男女へと口を出す。

上半身を胸を巻いたさらしと紅と黒の上着を羽織るのみと扇情的な肉体を晒している。

 

(引き裂き笑み(トルンスマイル)の青江)

 

そんな四人の敵に対しボバ・フェット達が行ったのは迷いの無い逃走である。

手榴弾の爆発のような衝撃と轟音がアスラの蹴りによって発生する。

発生源はベインが破壊した壁の反対側。

一瞬でコンクリートの壁を破壊し大穴を開ける。

だが敵に対し無防備な姿をさらけ出すのとそれは変わらない。

敵対者達がその隙を狙い動き出す。

槍が、機構剣が、小太刀が、規格外の巨拳が。

アスラ一人に目掛けて放たれる。

それを見てアスラは笑う。

自分へと迫る死に対する破れかぶれの笑みなどでは無い。

それは純粋にこの状況を楽しむ狂人の笑みだった。

蹴りを放った反動をそのままに彼は四肢を折り畳み、バネ仕掛けの人形のように跳躍する。

【強者の矜持】【超人】

コンマ数秒後、アスラが居た場所をベインの拳が通過した。

度重なる投薬と練気法によって強化された一撃は人体はおとか地上に蔓延る怪物すら挽き肉へと変えられるだろう。

【剛怪力】【BAIN・ハイパードーピング】【錬気法】

それを野性的な勘で理解していたアスラは口元から狂笑を漏らしながら他の攻撃の迎撃へと移る。

青江が投擲した小太刀を身を捻り回避する。

【阿修羅姫】【投射術】

次いで巨大な機巧剣を振り下ろしてくる紅霞の一撃を殴り抜く。

【錬気重拳】【轟怪力】

【スキルソフト・反動制御】【エクストラアーツ・不発】

跳ね上げられた自身の剣を何とか受け止め、反動を制御して後方へと飛ぶ。

態勢が崩れた空中のアスラへとセンロックの槍が迫る。

何の変哲もない木と鉄で出来たその槍を如何なる技法によってか目にも止まらない速度で突き出される。

【修羅道】【我が槍は魂なり】【狂道愚直】

頑強なアスラの肉体に穴を開けられる一撃を横から振るわれた剣が防ぐ。

テッドの刃である。

【修羅道】【機巧剣・技剣】

 

「おいおい、俺を忘れんなよ」

「悪いな、喰えそうな奴は先に喰う男なのさ俺は」

 

まるで狼が睨み合う様に歯を剥き出しにして両者は鍔競り合う。

この小道において不利である筈の槍をまるで自身の肉体のようにセンロックは操りテッドの命を狙う。

突きを、払いを、叩きを、テッドは数百の型を記憶から引き出し対処する。

まるで花火のように火花が散っていく。

膠着状態から目まぐるしく状況は変わっていく。

銃が、拳が、槍が、剣が、刀が。

状況を変化させていく。

 

「紅霞」

「旧式の癖に指図しないで」

 

ボバ・フェットが放つ銃弾を防ぎながら青江が放った言葉によって更に戦いは激化していく。

紅霞と呼ばれたエクスマキナの少女が持つ巨大な刃が鋏のように開かれる。

現れたのは砲身。

【BLOOD・PLAYERs・砲撃形態】

それを視認したボバ・フェット達は直感的に敵を吹き飛ばしアスラが空けた穴へと飛び込む。

敵対者たる三人は空中へと飛び上がる。

そして赤が小道を満たした。

まるで熱した鉄を水に浸けたような音が響いた。

 

「おいおい、まじか」

 

テッドが呆気に取られた表情を浮かべる。

彼の視線の先には赤く溶解した地面があった。

まるで絵物語に出てくるドラゴンのブレスのように、紅霞と呼ばれた少女が放った光線は射線上の全てを薙ぎ払った。

 

「エクスマキナでも上位の機体か」

 

冷静にその痕を見つめながらボバ・フェットは戦略を練る。

いかに目標の男を殺し、任務を達成するか。

 

「アスラ、もう二個壁を壊せ」

「あァ?、反撃しねえのか」

「するぞ、移動しながらだがな」

 

ボバ・フェットが作戦を小声で話す。

それを聞いた二人は凶悪な笑みを浮かべ。

 

「「いいね」」

 

そう言った。

 



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第二楽章

「あおいあおいしゃれこうべみっつならんで眠ってる」

      《桜皇の童謡の一部》





人間が絞り出した悲鳴のような建造物がその裏路地には並んでいた。

高さも横幅もどれもバラバラで、統一性など全く無い。

魔導文明時代に敷かれたのであろう道の舗装も剥げ落ち荒廃しているのが見て取れる。

その悪路苦もなく進む集団が二つ。

ひび割れた電灯が放つ無機質な光がその二つの集団を断続的に照らしている。

一つは追う集団、もう一つは追われる集団。

二つの集団の力量差はそこまで無い、ならばなぜ追われる集団は逃げるのか。

その理由は相性の差と目的の差である。

追われる集団、ボバ・フェットが率いるチームの目的は今回の首謀者の殺害とその人物が持っている物品の破壊か確保である。

つまりは今現在彼らを追う集団を撃退或いは殲滅したところで目的が達成できなければ意味がないのだ。

そのような理由もありボバ・フェット達は逃走していた。

左右だけでは無く前後、果てには上下も織り混ぜながら彼らは目的地へと進んでいく。

すぐ後ろには四人のシャドウランナーが獣のように追い縋っている。

八人の生物の脚が地面を叩き、音を生む。

それに引かれてゾンビ達が寄ってくる。

しかし人域において一流の位置に存在する彼らに取って動く死体の囲いなど紙の障子にも劣る。

先頭にいるアスラとテッドの攻撃が複数の死体に着弾する。

【魔力撃】【練気重拳】

【修羅道】【機巧剣】

アスラの拳による衝撃と轟音、テッドの肉を切り裂く子気味のいい音。

二つの音が合わさり合った瞬間、死体の臓物と血液が中に浮かぶ。

シャドウランナー達の視界が変色した血液で埋まる。

乾いた破裂音が発生した。

【百発百中】【トゥーハンド】

その意味を理解出来ない人間はこの場には存在しない。

銃弾の発射である。

そして今ここにいる人間で銃を扱う人間は一人、ボバ・フェットだけだ。

赤黒い液体を掻き分けて狙いを済ませた弾丸は進んでいく。

鉛の弾丸は音速を越え、丸太の様に太いベインの腕を掠めた。

【超頑強】【BANE】

血の赤い線が弾丸をペンとして彼の腕に引かれる。

 

「何……?」

 

ベインのくぐもった声がマスク越しに放たれる。

その言葉の意味は疑問。

自分の強靭な肉体が傷ついた事では無い。

今彼のマスク越しに写る世界は血が滴っていた。

先刻ボバ・フェット達と交戦した瓦礫の降り注ぐ戦場とは似ているようで別種の戦場である。

視界が悪いのは一緒だが、状況が違う。

対面していた先程とは違い、今のボバ・フェットはベイン達を視認していない。

血液と臓器の雨を浴びながら後ろから迫る自分達を狙い撃った。

その事実がベインという人間を驚愕させていた。

冷や水を浴びせられたような感覚が彼を襲う。

本の僅かに絶え間無く動かしていた脚が鈍るその瞬間をボバ・フェットは見逃さなかった。

ガチャリ、という音がする。

その音の意味を理解したのは彼の仲間である二人のみ。

二人の男は同時に頭を下げる。

すぐその上を鉛玉の豪雨が通過した。

轟音と共に壁を破砕するのは一つの重機関銃。

《ブローニング・バードM95》【ガンマスター】

人間の子供以上の大きさのそれを赤色に濡れた視界で認識したシャドウランナーは驚愕に目を開きながら直ぐ様行動を開始する。

広く、分厚い手が地面を掴む。

【剛怪力】【BANE・ハイパードーピング】【錬気法】

次の瞬間ベインの怪力によって地面は壁へと変化していた。

しかしそれだけではボバ・フェットの持つ重機関銃を防ぐ事は出来ない。

故にベインは壁と化した地面へと魔具を押し付け魔力を込める。

《B級魔具・弾中鉄塊》

すると銃弾は壁へと触れると共に高音をあげてていく。

この町ノアにおいて最も使われる殺人の道具は銃である。

ならばそれへの対策が練られるのも自明の理と言える。

そんなこの町の歪んだ環境が産んだ魔具の一つを使いながら、ベインは軽減されていながらも常人の骨を粉砕する衝撃を受け止めていく。

 

「どこからあんなの持ってきたのよ!!」

「知るか!?」

 

殺到する鉄の豪雨から身を壁という傘で何とか防ぎながらセンロックと紅霞は反撃の機会を伺う。

ボバ・フェットが持つ重機関銃が彼らに傾いていた勝利の天秤をひっくり返した。

四人のシャドウランナーは程度は違えど共通した思考を展開していた

どこからボバ・フェットの手にしている重機関銃が現れたのかを考察していたのである。

 

(道のどこかに隠していた)

 

否である。

 

(分解して格納していた)

 

否である。

 

(仲間に持たせていた)

 

否である。

 

(死体になったシャドウランナーの武器を奪った)

 

否である。

 

四人の人間が展開した思考はどれも違っていた。

正解は彼らの上空に存在した一つの機械。

火蜂である。

【武装格納】【貨物投下】

音も無く、姿も写さぬその機械こそがボバ・フェットへと兵器を渡した。

火蜂の役割は上空から戦況を写すことによる狙撃の支援と、仲間への物資の輸送なのだ。

これにより行き止まりになどに遭遇すること無く目的地へと向かっていける事が火蜂のおかげで可能である。

その二つの援護によりボバ・フェット達は戦闘を今現在に限ってと付くが有利に展開する事が出来た。

だが侮るなかれ彼らと相対する者達も一流のシャドウランナー。

たかだか重機関銃の掃射ごときに怯む事はない。

彼らは震える様な恐怖に飲み込まれる事無く、状況の打開方法を模索する。

数秒、あるいはもっと短かった時間かもしれない。

しかしそれだけで十分だった。

ボバ・フェット達にとっても、相手側にとっても。

勝利を得るための策を練るには。

状況は変化した。

ベインが弾幕を堪え忍ぶ時間が終わった。

それを言葉もなくこの場にいる全員が理解した。

弾丸は無限に存在しない。

それは子供であろうと知っている。

故に重機関銃の弾丸が切れたのと全く同時に全員が動き出す。

銃身が赤熱した重機関銃。

それをボバ・フェットは躊躇無く投げ捨てた。

ベインは地面に響いたその音を認識するよりも早く、つまりは最後の重機関銃の弾丸の衝撃が終わると同時に動き出していた。

この七名の人間の中で最速のその行動が出来たのは彼の知力によるものだ。

【BANE】【灰色の脳髄】

彼は計算したのだ。

一体何秒で弾切れを起こすのかを。

銃弾の雨を受けながら冷静に、確実に狂人の所業をやってのけた

この場で誰よりも優れた肉体と知性を両立させた男はその怪力を持って壁を投げた。

まるで砂を押すかのように軽やかに彼が投げた壁は進路上の物全てを破壊していく。

魔物であろうと喰らえば死は免れないそれに向かっていく影が一つ。

アスラである。

彼はいつものように狂笑を顔に浮かべ、突き進む。

彼の脳裏には絶望も悲嘆も微塵もありはしない。

あるのはただ戦いの愉悦のみ。

さあ刮目して見るがいい。

そう言わんばかりに彼は一つの技を繰り出した。

二つの脚を並ばせ人体において最も頑丈な背面を加速したまま壁へと当てる。

ただの体当たりか?、否。

彼の鉄を越える強度の肉体は己の怪力によって締め付け硬度を高めていた。

アスラの身体は一つの巌と化し、彼の肉体と壁が接触する。

【強者の矜持】【超頑強】【轟怪力】【我流・鉄山靠】

瞬間、幾つもの爆弾が破裂したような轟音が響く。

高速で激突した二つの物体。

打ち勝ったのはアスラの肉体であった。

常人がみれば目を見開くどころか自分の眼球を疑う光景。

そんな物はこの場にいる人間は見慣れている。

爆散し細切れになった壁が砂煙の中を生む。

その濃霧のように視界が悪い空間で二対一の戦いが繰り広げ始まった。

先鋒はセンロック、次手に青江。

どちらも修羅道に身を浸した人間。

【修羅道】

【阿修羅姫】

強者にして狂人たるアスラとて一対一で自分の死がよぎる相手。

されどアスラは笑う、嗤う。

死や怪我などこの一瞬の絶頂の時間に必要な対価に過ぎない。

首をこきりと鳴らす。

快音である。

指をポキリと鳴らす。

またも快音。

 

―――ああ最高だ

 

その思考と共にアスラの世界がとろける。

加速した脳髄が戦闘に必要な物事以外をシャットアウトしたのだ。

【強者の矜持】【回し受け】【超人】

【修羅道】【我が槍は魂なり】【狂道愚直】

【阿修羅姫】【富田流小太刀術】

そして常人には視認不可能の速度のアスラの二つの拳と槍、そして小太刀が接触する。

三名の人間による死の舞踏が始まった。

初手はセンロックによる多段突き。

【狂道愚直】【連突】

肉体と融合したように鮮やかに、彼の槍の切っ先は風を切り裂きアスラへと襲い掛かる。

肉どころか鉄板さえ貫く合計五つの刺突、アスラは精確に自身の肉体にそれが命中するであろう事を認識した。

故に対応する。

【強者の矜持】【超人】【超頑強】【】回し受け

最初に行ったのは自身の体勢を横から縦に変える事だ。

単純に被弾する確率を減らし、腕を盾にして攻撃を反らす。

一つ、二つ、三つ、四つと薄皮一枚切り裂かれること無く防いでいく。

少量の魔力を込めた彼の防御は鉄の防具を簡単に叩き割る。

理不尽にて暴虐極まりない身体能力に武術を搭載した戦闘兵器、それがアスラだ。

そのアスラが驚愕する。

タイミングも、防御する拳の威力も、完璧だった。

センロックの槍がうねらなければ。

【修羅道】【狂道愚直】【脱骨自在】

彼は槍を突き出していた。

アスラはそれを目視しており、槍の穂先へと拳を叩き付けようとした。

アスラが折れた穂先を幻視した矢先の事だった、穂先がまるで生き物のように回転し彼の拳を避けたのは。

腹からから胸へほぼ直角に穂先は変化し、加速する。

 

―――避けられねぇ

 

回避も防御も不可能。

その事実をアスラは認識する。

せめて致命傷を防ごうとアスラは体勢をずらそうとする。

だがそれは出来ない。

アスラは瞬間的に自身の体勢を崩そうとした瞬間、一つの脚がアスラの右足に蛇のように絡ませた。

【阿修羅姫】【絡み脚】

間接を固定したその脚の持ち主はその通り名と同じようににっかりと笑っていた。

人間の間接を完全に理解したその動きはアスラの挙動を封じ込み、彼を回避不可能にした。

重傷は免れないだろう、彼一人だったならば。

【修羅道】【機巧剣】【二刀流】

割って入るは二つの剣。

一つは鞭のようにしなり、もう一つは鈍器のような面持ちをしている。

《龍髭鞭》《骨砕き》

二つの刃は頭蓋と首の二つの急所めがけて振るわれ、息の根を止めるために振るわれた。

センロックはアスラに届くはずだった一撃をずらして鉄塊の一撃を受け止め、反動をそのままに後方へと後退する。

青江は全身の力を抜き糸の切れた人形のように体勢を崩す。

何もしなければ脳髄を切り裂いたであろう一閃は前髪を切り裂いたのみで止まる。

切り裂かれた髪がパラパラと舞い落ちるのを横目に彼女は片手に持つ小太刀を地面に刺す。

【阿修羅姫】

【修羅道】

そしてそれを機転に体重を乗せた回し蹴りをテッドへとカウンター気味に放った。

テッドは振り下ろした事による二つの剣の慣性に従い落下するように回避する。

地面へと激突する前に脚を挟み込み、二撃目を青江に振るう。

青江は切り裂いたような笑顔を変わらず浮かべながら小太刀で受け止める。

【機巧剣・剛剣】

【受け太刀】

当然の結果として青江の持つ小太刀は破壊され、彼女は吹き飛ばされる、しかしその衝撃で地面へと二度叩きつけられても青江はセンロック達の元へと帰還した。

青江は地面に三度叩きつけられる前に曲芸のように飛び上がりながら腰から小太刀を取り出す。

先程自身が壊した物と同一の小太刀をじっとテッドは見る、否、同一ではない。

持ち手である柄が数㎝長い、それを青江は悟られぬように小太刀の握りを僅かに変えている。

 

「性格悪いな、アンタ」

「お互い様さ」

 

テッドが青江の小太刀を観ていたようにテッドの剣を青江も観ていた。

彼が持つ鞭のようにしなる剣、龍髭鞭の持ち方を変えていたのを青江は理解していた。

お互い精々一寸か二寸剣の振りが長くなるだけの小細工。

一定の領域にいる剣士がこの小細工を嗤う事は無いだろう。

巨大すぎる怪物とて重要な血管に僅かな切れ込みを入れた事で死に至る事もある。

英雄が雑兵の一太刀が運悪く急所に当たって死ぬのも珍しくない。

生物は僅かな切れ込みを入れれば死ぬ。

気合いや根性といった精神力、限界を越えて戦闘をさせる訓練、抜け穴は無数にある。

されどそれが活かされる事態は少数。

鍛え上げた技巧と肉体、それが無ければそもそも上記の方法は意味を成さない。

そして目の前にいる剣士が少数である事を両名は理解していた。

お互いに笑みを浮かべ手に持つ武器を向け会う。

 

「流派無し、無所属、テッド」

「富田流皆伝、ヒトガタナ式エクスマキナ1873号、にっかり青江」

 

剣士の名乗り合いというには余りに簡素。

されど両者にそれ以上に言葉を交わす必要は無い。

そして、両者は自分の手に持つ剣を振るい火花を散らした。

目紛るしく動く戦況、その後ろにてボバ・フェットは活動していた。

紅霞の足止めである。

この場において最も火力の高いのは彼女である。

つまりは彼女に勝る火力をボバ・フェット達は持ってはいない。

故にボバ・フェットは徹底した妨害を行っていた。

【百発百中】【ガンマスター】【鑑定眼(偽)】

【頑強】【スキルソフト・反動制御】

間接を狙い、眼球を狙い、口腔を狙い、延髄を狙い、武器を狙った。

彼女が持つ巨大な大剣はその役割を果たす事は出来ないでいた。

 

「こいつっ、何なのよ!」

 

上下左右全方位から襲い来る弾丸はただ一人によって発射されている。

彼の、ボバ・フェットの狙いは外れない。

百発百中という射手の理想は運では出来ない、努力でも出来ない、才能でも出来ない。

その全てが必要である。

彼は運よく銃が大量に扱われる街に生まれ。

たまたま自身の父親が神のごとき銃の腕前を持ち。

その才能を受け継ぎ、練磨し、努力することが出来る。

そんな銃という物体を極め、究め、窮める事を実行する事が出来る人間のみが彼の、百発百中の領域に入れる。

最早彼にとって弾丸がどうやって飛び、跳ね、貫くのかは見ただけで理解できる。

故に紅霞が敗北するのは自明の理である。

自身を襲う弾丸を無視して振り上げた大剣を淡々と彼は狙い打つ。

一、二、三、四、とリズミカルに彼女の大剣へと弾丸は同位置に着弾し、紅霞は衝撃によって倒れた。

 

「えっ」

 

脳髄が驚愕を認識するよりも速く、彼女の首にもう一つの弾丸が命中する。

【ロングスナイプ】【魔弾の射手】

彼女は思考の外側から現れたその弾丸によって致命傷を受けた。

超々遠距離からの狙撃である。

尾形百之助の一射は、精確に命中した。

そのボバ・フェット達以外が考えもしなかった光景が戦況を更にボバ・フェット達の有利にしていく。

アスラが再度突撃を開始する、センロックがそれを阻もうとするがボバ・フェットの銃弾がそれを阻止し防御可能なベインの影から動けなくする。

テッドと青江の攻防は互角であったがアスラによる連携により苦境に立たされた。

数分の間に彼らの関係は逆転した。

その事実をベインは認識する。

【シャドウランナー】【灰色の脳髄】【BANE】

センロックを狙う弾丸を防ぎながら彼は冷静に計算していた。

そして結論を出す。

 

「引くぞ」

「逃がすと思うか?」

 

彼の指示を聞きながらボバ・フェットは銃口を変わらず向け続ける。

 

「逃がす筈だ、これ以上俺たちに構いたくはあるまい」

 

冷静に、論理的に彼は話を始めた。

 

「ちっ」

 

それを聞いたボバ・フェットは舌打ちを一つ放ち、銃口をはずす。

その裏にてテッドとアスラの両名の攻撃を青江は捌いていた。

 

「そっちのボスは俺たちを逃がすらしいぜ」

「知るかよ」

 

アスラの剛拳とテッドの二つの刃を捌きながら青江は体中に傷を作りながらも飄々と笑顔で喋っていた。

【阿修羅姫】【受け太刀】

 

「だよなぁ、だからこうする」

 

彼女はあるものを吐き出した。

《小型閃光弾》【反芻自在】

いかに修羅であうテッドでもつばぜり合いの最中に物を吐き出されるのは始めてであった。

小型で丸いそれは一瞬で光輝きテッドでアスラの視界を一時的に麻痺させる。

それに合わせてセンロックとベインはピクピクと痙攣している紅霞を拾い上げ逃走した。

 

『追撃は』

「二、三発だけでいい」

 

簡素な指示を尾形へと伝えた後彼らは進む。

テッドとアスラは不満げではあったが彼らとてプロである。

すぐに気持ちを切り替えて闇の中を進んでいった。

彼らは知らない、盤面が切り替わっていることを。

 

 

■●■●■●

 

 

彼らが目的地である館につくよりも速くその館で事件は起きていた。

【修羅道】【人魔屠殺】【影の英雄・影技自在】

 

「ぐぁあああああっ!」

 

悲鳴があがる。

それは死体の群れに囲まれた死術師があげた絶叫だった。

堪えがたい痛みが彼を襲っている。

この区画にて悲惨な光景を作り出したその男はまるで自分が無数に産み出したゾンビのように悲鳴をあげていた。

 

「どうした?、もう品切れか?」

 

無数の死体の群れと相対するはたった一人の男。

【ファースト・シャドウランナー】【名無しのジョンドゥ】

黒い外套を被ったその表情も顔立ちもうかがうことは出来ない。

男の周りには改造された死体と死術師の部下の人間が動かぬ骸に変わっていた。

【痛覚抑制】【魔術師Lv3/5】【操霊術師Lv3/5】【創屍術師Lv3/5】

 

「何者だ貴様っ!、九害かっ!」

 

死術師は痛みによる混乱はなんとか抑えつつ、男へと大声で問いかける。

 

「目的は何だ!、金か!、女か!」

「違う」

 

男、名無しのジョンドゥと呼ばれる男は冷淡に返す。

 

「貴様の命だ」

 

瞬間、男の姿が掻き消える。

【影の英雄・影技自在】【クイックステップ】

加速したジョンドゥを死術師は視認する事が出来ず自身の周りをゾンビで囲むことしか出来ない。

それは悪手であると知っていてもそれ以外死術師には出来ない。

対策が取れるであろう腹心と手駒、そして護衛はジョンドゥによって既に殺されていたから。

館に詰め込んでいた防備はこのたった一人の男によって無効化され、残ったのは自分と急遽作り出したゾンビのみ。

 

「糞ぉ」

 

呻き声のような悪態をつきながら死術師は考えを巡らす。

死術師が用意した手駒は全滅している。

―――どうするどうすれば

思考を展開すればするほど絶望が死術師を包み込んでいく。

死術師があらゆる策を考えるよりも速くジョンドゥの刃は振るわれる。

ジョンドゥが持つ文字通りの閃光の剣は死術師を囲む死体をかろやかに切り捨て、かりそめの命を終わらせていく。

【修羅道】【人魔屠殺】

屠殺するように効率的に死体は解体される様芸術のようであった。

そして死術師が何か言葉を紡ぐよりも速くジョンドゥは告げる。

 

「お前の命の値段を教えてやる」

 

最後のゾンビを切り捨て、光剣を構え彼は言った。

 

「3ゴルだ」

 

死術師の視界に最後に写ったのは三つの硬貨。

汚ならしいそれを持っていたのであろう人間の身分は貧困しているのだろうと伺い知れる。

 

―――そんな、そんな金で私の命は

 

言葉を紡ぐ暇すら無く、死術師の命脈は絶たれた。

首と胴が泣き別れし、倒れる。

空中に浮かび上がった首を四つに分断し、ジョンドゥは死術師の完全な死を確認する。

しばしその空間は無音と化した。

死術師は死んだ、完全に。

それを認識し、ジョンドゥは館の外へ向かおうとする。

その瞬間、死術師の死体が風化する、否。

生命を燃焼させ魔力を発生させたのだ。

異常を知覚し、ジョンドゥは屋敷から脱出する。

脱出するジョンドゥの視覚に僅かに映った光景は。

自身が切り捨てたすべての死体が干からびたものだった。

それは偶然の産物だった。

もしも、ジョンドゥが死術師の手駒全員を殺されなければ。

もしも、死術師が住人をこの場所で改造しなければ。

もしも、封印された怪物とマナ属性が一致していなければ。

それは起こり得なかった。

封印された怪物が復活することは無かっただろう。

 

DANGER DANGER DANGER
DANGER DANGER DANGER

 

 

【巡轟地獄】【妖魔剣豪】

 

 

DANGER DANGER DANGER
DANGER DANGER DANGER

 

今、剣豪にして災害級の怪物が目覚める。

ここに英雄はいない、居るのは影に潜む者達だけ。

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>大体やべー奴らシャドウランナー
どいつもやべー奴らなのは伝わったでしょうか
紅霞はちょっと不憫かと思われますが実力よりも修羅の精神が足りなかった
この章は協奏曲です、つまり?

>黒幕を殺すのは主人公かと思ったか?、残念俺だよ!、ジョンドゥ
やべー奴
こいつを例えるならLv99のプレイキャラ
無限修羅では無い
完全に横から来たやべー奴


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第三楽章



「あおいあおいしゃれこうべ、赤くそまってわらってる」

       《桜皇の童謡の一部》


古来、桜皇には妖魔剣豪と呼ばれる存在が伝えられている。

人でなしの怪物でありながら剣豪に並ぶ技量を持つという存在。

彼らは鬼とも修羅とも呼ばれある種武芸者にとっての目標であり、到達点とも言われた。

半端な妖魔がそれを名乗っては武芸者に討伐されるという話も後を絶たない。

そんな伝承の化物の中でも一際怪物的と呼ばれる存在がいる。

桜皇英傑と並び称される妖魔剣豪の頂点。

災害に等しき怪物、巡轟地獄。

妖魔剣豪八番鬼。

人界守る守護者であったとも言われるその鬼達は民を殺し、侍を殺し、忍を殺し、将を殺した。

【巡轟地獄】

そんな未来永劫民衆に恐怖を刻みこんだ怪物の逸話はある時パタリと消える。

何故ならたった一人の剣聖によって七鬼が討たれ。

首領であった鬼は一人の侍と巫女の力によって封印されたなど誰が思うだろうか。

【侍の一念】【巫女の献身】

そしてそんな怪物が異国の地で解放されるなど。

 

――怨――

 

地の底から響くような声。

決してそれは雄叫びのようなものではない。

まるで高名な僧侶の経のように小さいながらもよく通る声で、脳髄へと刻み込まれていく様な声。

朗々と意味をなさぬ怨嗟の声を寝言のように挙げ続けたその怪物は偶然によって解き放たれる。

そして、そして。

最悪の剣豪が目を覚ました。

 

■●■●■●

 

その光景をジョンドゥが理解するのに数瞬かかった。

自身が脱出した死術師の本拠地がぐずりと崩壊していく異常な光景。

そんな慣れてしまった異常事態に警戒していた彼へと怪物は姿を刃を振るって現れた。

その存在が振るった刃は空気を切り裂きながらも音はせず、ただ冷たい殺意をそのままに脆い人体を切断しようとする。

【変幻自在刀法・序番】

生半可な人間であれば首と胴体がいくつ泣き別れても足りない、その一撃を平然とジョンドゥは浮き流す。

【迎撃態勢・常在戦場】【修羅道】

赤き光刃で首を狙う妖刀を逸らし、お返しとばかりに得手とする魔力圧を打ち込む。

【フォース・プレス】

人間ならば臓腑が押し潰れて致命傷になる筈のそれはいとも容易く切断された。

【変幻自在刀法・霞切り】【夢惨輪廻→劣化により狂羅輪廻】

まるで霞を切るが如く二本目の刃はジョンドゥが放った魔力圧を切り裂いた。

ここでようやく、互いが敵の姿を認識する。

方や、八面六臂という言葉通りの姿をした巨大な鎧武者を。

【狂羅輪廻】【八面六臂】【妖魔剣豪】

方や、墨汁のような漆黒の外套を身に纏った光の刃を持つ男を。

【修羅道】【影の英雄】【ファーストシャドウランナー】【暗黒卿】

互いに認識した。

そして理解する、この相手は強敵であると。

 

「妖魔剣豪八番鬼が一鬼、蝋面白棺守不死肚之躯丸」

「ジョンドゥ」

 

簡素な名乗りあいを終え、太古の怪物に影の英雄が挑んだ。

先手はジョンドゥが取った。

まるで地面を滑るように移動し、赤き刃を振るう。

【フォーム4・アタロ】

それは死術師へと振るった剣筋とは訳が違う。

死術師へと振るったのは暗殺者としての刃。

今彼が振るっているのはまごう事なき剣士の刃だ。

【暗黒卿・光剣マスタリー】

急所だけを狙う暗殺の技では無く、相手を殺害する手順を組み立てていく戦士の技を使っている。

それを暗殺者の技の速度でジョンドゥは振るっていた。

【影の英雄・影技自在】

光の剣が残像である赤き閃光の流星群を描きながら、敵へと殺到した。

その死の暴風雨とも呼ぶべき連続の斬撃を前に躯丸は一歩も動く事無く、守り、受け流していく。

【変幻自在刀法・受け太刀】

しかし、全てを防げた訳ではない事をジョンドゥは理解している。

確実に数度肉を焼き切った手応えが彼にはあった。

だがしかし、躯丸の肉体には傷一つ無く、その直撃した攻撃は全て鎧に防がれた。

《妖鎧・十二単》【超頑強】

それをジョンドゥに理解させるよりも速く、躯丸の刃は動き出す。

先程振るわれた小手調べの一太刀とは別次元の斬撃が放たれた。

【変幻自在刀法・三幻太刀】

肘を外側に折り畳みながら(・・・・・・・・・・・・)放たれる変形抜刀。

【変幻自在刀法・変形抜刀】

霞すら両断してのける一閃。

【変幻自在刀法・霞切り】

まるで全身の骨を微塵に砕くように放たれる峰打ち。

【変幻自在刀法・釣瓶打ち】

それらすべてが躯丸の六つの腕から同時に放たれた。

流星の如く迫る合計六つの刃、それら全てが一流の剣士の奥義を超えている。

しかしジョンドゥの脳裏に絶望は生じない、淡々と自分の死の可能性を受け入れ対応する。

【修羅道】【冷静沈着】

その悪夢の様な剣撃の数々を彼は迎え撃つ。

光剣でさばき、撃ち合い、防ぎ。

【フォーム3・ソレス】

魔法(フォース)で逸らし、ずらし、躱す。

【フォース・シールド】

それはまるで未来を視認して奇跡を起こすかのような光景だった。

【暗黒卿・超直感】

絶望が具現化した様な剣の群れを逸らしきった彼の背中には冷や汗が滝のように流れ、心臓は異常な速さで収縮を繰り返している。

ジョンドゥに向けて放たれた剣の閃光全てが彼一人どころか無数の命を奪えるもの。

彼にとっても先程の防御を無傷で終わらせられたのも文字通り奇跡のようなものだ。

これが出来たのは根本的にジョンドゥという男が持つ技を躯丸が知らなかった事が大きい。

彼が人々を蹂躙していた時代に光輝き焼き斬る剣も、洗練された魔術も存在しない。

しかし、一度視認したのなら話は別だ。

 

「成る程、ではこうだ」

 

躯丸が持つ六つの妖刀の全てが墨汁を垂らしたかのような漆黒に染まる。

【魔法剣Lv2(4)/5・黒刀】

それは黒刀と呼ばれる一流の侍である証左。

見事な仏像の様に漆黒の刀を構える躯丸にジョンドゥは否応なく注目する。

その瞬間、ジョンドゥの腹に躯丸の攻撃が突き刺さった。

【変幻自在刀法・虚空打ち】

彼に命中したのは六つの鞘の内の一つだった。

黒く染まった刀は囮だったのだ。

真正面から奇襲を受けたジョンドゥはびきびき、と自身の骨がおれる音を聴いた。

彼も無防備で攻撃を喰らった訳では決してない。

《高性能プロテクター(完全破損)》《B級魔具・鉄の肉体(破壊)》【フォース・シールド(突破)】

防御用のプロテクター、頑強性を高める魔具、フォースによる防御幕。

この三つの防御法と、感知網を敷いていた。

だがその全てが悉く、粉砕された。

そしてそれらが無ければジョンドゥの胴体は爆散しあたり一面を血の色に変えていただろう。

冷静にそう考えながら彼は余りの衝撃で空へと吹き飛んだ。

ジョンドゥの肉体が砲弾のような大きな弧を描く前に障害物である建造物に激突する。

普通の人間ならば壁に人肉のペーストをぶちまけていただろうが彼は違った。

【修羅道】【フォース・プッシュ】

先んじて壁を己の魔法で崩壊させ衝撃を逃し、ダメージを軽減させながらも相手から身を隠した。

建造物の内装を破壊しながらもジョンドゥは無事命を取り留めた。

しかし致命傷ではないが重傷だった。

ジョンドゥはその事についた考える暇はないと理解していた。

懐から丸薬を取り出し、噛み砕く。

《戦術魔薬・カミカゼ》

痛みが薄れていくが傷が無くなったわけではないただの痛み止めである。

そして集中力を無理矢理最大にする魔薬でもある、服用し続ければ確実に死ぬ劇物を躊躇無く彼は飲み込んだ。

自身の魔力を消費して回復する方法を彼は持っていたが、敵へと攻撃へと魔力を割く方が必要であると彼は判断したのだ。

そしてそれは当たっていた。

轟音と衝撃。

次に膨大な破壊がその建物を襲撃する。

言わずもがなそれは躯丸が行った事だ。

たった六本の刀で鉄筋コンクリートで構築された建造物を紙細工のように解体し、崩壊させる。

【狂羅輪廻】【変幻自在刀法】

 

「クソッ」

 

この瞬間、ジョンドゥは怪物ではなく侍を相手にしていたと理解した。

怪物ならばジョンドゥへ向けて真っ直ぐに何かしらの攻撃を仕掛けてきただろう。

しかし躯丸は建造物を利用し圧死させる事を選択した。

どうすれば効率的に人間を殺せるか知っているのだ相手は。

冷静に思考を廻しながらも確実にジョンドゥは追い詰められていた。

上から落下してくる瓦礫を捌きながら、彼は相手を倒す為の思考展開した。

 

■●■●■●

 

土煙が、周囲を舞っていた。

視界を汚し、様々な匂いを巻き上げるそれを事も無げに振り払う事が躯丸には可能だった。

しかしそれを躯丸は実行する気は無かった。

彼の目の前にある建物の残骸から敵対者であるジョンドゥが顔を出すのを待っていたからだ。

合計六つの眼球を凝らし、土煙にわずかな変化が無いか観察する。

そして躯丸の推察通りに変化は起きた、それも劇的に。

土煙を吹き飛ばしながら何かが複数(・・)飛翔する、それは瓦礫だった。

【フォース・ハンド】

浮かび上がったその全ての何かを六つの瞳で視認する。

【八面六臂】

それら全てが誘導であり布石。

僅かでいい。

本命である攻撃への意識を逸らせればそれでよかった。

警戒意識というものは無限では無い。

割けば割く程削れ、無防備へと近づく。

新しい情報を投入し続ければ奇襲の成功率は上がる。

そして、そして、本命の攻撃を彼は実行した。

瓦礫から音も無く、這い出る。

【影の英雄・影技自在】

そして、全身全霊で駆け出した。

【身体強化(フォース)】

自身の肉体を強化しながら暗殺者としての技を使いジョンドゥは駆け出した。

それを歴戦の怪物は一瞬遅れて知覚した。

【狂羅輪廻】【妖魔剣豪】【八面六臂】

そして肉体へと本能と同じレベルで刻み込まれた殺戮行動を実行した。

六つの刀に追従するように魔力で編んだ刀を躯丸は空中に浮かべた。

【魔法剣Lv2(4)/5】

躯丸が斬撃を振るえばそれに合わせて編まれた刀の群れがまるで肉食の獣の如くジョンドゥへと殺到する。

その魔力で編まれた刀は透明に近く、そして回転し高速でジョンドゥへと向かう。

肉体に僅かでも掠ればたちまち肉を抉り、肉体腐らせるそれを視認しながらもジョンドゥはさらに加速した。

加速のための足場は無数に有った、ジョンドゥが先程空中へと浮かせた建造物の残骸が。

【フォーム4・アタロ】

それを踏み台にして自身の肉体が引き千切れると錯覚するほどの加速をジョンドゥは行った。

縦横無尽という言葉を現実にしたような動きをジョンドゥは実行する。

それは余りの速さによりジョンドゥの肉体が残像により分身したように錯覚する程だった。

しかし躯丸は見失う事無くジョンドゥのスピードに対応していた。

完全に視認している訳ではない、ジョンドゥが行う運動の軌道を予測しているのだ。

躯丸の肉体に死角は殆ど無い、三対の瞳を個々に動かし、昆虫のように軌道を分析する。

【八面六臂】【散眼】

長年の戦闘経験により蓄積された眼力と技術は今、その真価を発揮していた。

六つの眼球をそれぞれ自在に操り、ジョンドゥの軌道を見切り、太刀を振るう。

目で追えない程の速さのジョンドゥへと斬撃が当たれば簡単に胴体が上下に泣き別れになるだろう。

故にジョンドゥは軌道を変えた。

軌道は完璧に見切られている。

余りの速さで腕はまともに動かす事は出来ない。

故に自傷しながらジョンドゥは軌道を変える。

足場にした台座を自身に衝突させ強引に軌道を急激に変化させる。

【フォース・ハンド】【暗黒卿・光剣マスタリー】

自殺行為であるそれを実行し、ジョンドゥの光剣は躯丸の胴体を斬り付けた。

手元にくる肉を焼き斬った手応え、命に届いた感触を認識しながらジョンドゥは加速を停止する。

地面に二本の道を引きながら彼は油断せず躯丸を視界に入れる。

再度加速しようとした瞬間、躯丸の巨体がジョンドゥの眼前に出現した。

それは何の特殊な技術では無かった。

ありとあらゆる武術の根幹の一つ、歩法を使ったのだ。

【抜き足】

異質なのは基礎の基礎たるその技法を躯丸という怪物が使用したこと。

約3Mの巨体がそれを実行した。

この事実をジョンドゥが予測していなかった訳ではない。

戦術的に行動し、高度な剣術を使用することから推測はしていた。

しかし、今までの躯丸の行動から速度やそれに類する技術は未熟、あるいは使用が出来ないと判断していた。

今までの躯丸の行動は迎撃等の守勢だったのだから。

 

(何だ、何が変わった)

 

疑問を疑問のままとせず五感をフルに活用し、躯丸の速度が上昇した原因を探し、発見する。

【鑑定眼(偽)】

蒸発し崩壊していく鎧の残骸という原因を。

《十二単・七層破損》

ジョンドゥが何故速度が上昇したの真相に気付くことは無かったが、鎧が原因だという事は理解した。

妖鎧十二単、躯丸が身に付けているのは妻の嫁入りの時持ってきた衣装を改造し鎧に変え、更に妖魔化した事で変質したもの。

生命力を蓄え、それを燃焼させることで魔法剣等の威力を上昇させるそれには欠点があった。

構造として十二層に及ぶ多重積層の生体と無機物の混合鎧であり頑強ではあるが重すぎるというもの。

それがジョンドゥの決死の一太刀で七層焼き斬られた。

ジョンドゥの光剣は修復を困難にし、生体鎧の部分は焼き付いたせいで痙攣を起こす。

故に捨てた、愛する妻の遺品であったそれを、何の躊躇も無く。

かつてあった誇りも矜持も今はなく、強弱問わず人間を抹殺する怪物だったから。

重りを脱ぎ捨て先程よりも速くなったその刃をジョンドゥへと振るった。

ジョンドゥはあっさりと死を覚悟し、せめて一太刀浴びせようと光剣を構えた。

【フォーム・ドジェム・ソ】

世界が静止したような静寂の中、二人の剣士が己の愛剣を振るった。

そしてその瞬間、二人の間に割って入るように銃声が響いた。

【百発百中】

奇襲となったその銃弾は十二単により、全く躯丸にダメージを与えることは無かったが僅かに動作を遅らせる事は出来た。

そしてその瞬間を奇襲する五人のシャドウランナーがいた。

しかし、躯丸に死角は存在せず、油断も慢心も存在しなかった。

【八面六臂】【迎撃態勢・修羅残穢】

瞬間的にジョンドゥを向かって振るう刃を二つへ、背面からの奇襲者達へ四刀を振るう。

結果は誰にも傷は入らず、戦況は仕切り直しとなった。

ジョンドゥは期待していなかった援軍の存在に驚いていた。

七罪王の手勢はもう少し時間が無ければ来なかった筈。

それは要請した彼自身が理解していた。

故にこの戦場に来たのは、七罪王の誰の手勢でも無い事を理解した。

それならばここに来られる戦力はシャドウランナーのみしかいない。

そして彼らがここに来た理由についてジョンドゥは理解した。

 

「罪号依頼か」

 

ジョンドゥの口から出された言葉は七罪王からの指名依頼の通称。

指名されたシャドウランナーには拒否権は存在せず、成功は難しい、しかし成功すれば莫大な報酬が手に入る。

金の為という浅ましい欲望で彼らは死地へとやって来た。

シャドウランナーはやって来た。

ジョンドゥが痛む身体を動かそうとすると同時に彼にワイヤーが巻き付く。

【ワイヤーアクション】

そして強制的に高速で後方へと移動した。

後方でジョンドゥを待っていたのは巨体のマスク男と特徴的な鎧の男。

ベインとボバ・フェットだった。

先程まで敵対しあっていたが今は別だ。

センロックも青江も、前線にて己が武器を振るっていた。

 

「情報はあるか」

 

その質問にジョンドゥは手短に、そして簡潔に返答する。

 

「中近共に怪物だ、魔力も身体能力も人間とは比べ物にならん」

 

ジョンドゥの返答と、前衛のシャドウランナーとの戦闘を観察しながらボバ・フェットは勝利への道筋を計算する。

そして、計算が終了し彼は解答を弾き出す。

 

「やるぞ」

 

彼は自身を含めた全員を死地に向かわせるのを決定した。

そしてちっぽけな鉛玉で災害に等しい怪物に立ち向かう覚悟を固めた。

最後の幕を上げる、物語は佳境へと進む。

役者の準備は万全、小道具と演出は豪華に。

屍山血河の死合舞台が始まった。




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>スターウォーズの思い出補正で強くなってるジョンドゥ
暗黒卿は強いからね、仕方ないね
死にそう、これが終わればぶっ倒れる。
みんなは麻薬はやめようね

>妻子と一心同体(意味深)の躯丸
強いです。
まだ奥の手使ってません。
次回で色々過去とか書こうと思ってます。

>《罪号依頼》
七罪王から直接指名された依頼の通称。
成功すれば莫大な報酬を貰えるが危険なものも多い。
ノアの未踏地区の調査、外国での工作活動、敵対組織の壊滅。
今回は怠惰からの依頼。
裏で血反吐で枕を汚す女がいるよ。


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最終楽章



「あおいあおいしゃれこうべ、さむらいとみこにおこってる」

       《桜皇の童謡の一部》





 崩れ去った瓦礫の上で踊るように複数の影が蠢いていた。

一つの大きな影に向けて複数の影が喰らい付いて行く。

大きな影、躯丸は先刻ジョンドゥに刃を振るったよりも速く、剣技を放つ。

【狂羅輪廻】【変幻自在刀法】

人間を簡単に細切れにすることが可能な攻撃の数々をあるものは躱し、あるものは防ぎ、あるものは剃らした。

【阿修羅姫】【修羅道】【修羅道】【強者の矜持】

なぜ、ジョンドゥよりも実力が低い彼らが強化された躯丸の攻撃を防御できるのか、簡単な話だ。

躯丸の放つ攻撃の密度が違うのだ。

今現在、躯丸は一人につき一本から二本の腕で交戦している。

それでも、超一流のシャドウランナーの集団と互角以上に戦っているのはまさに怪物である証拠だろう。

されど、この怪物と戦えるという時点でシャドウランナー達もまともな戦士とは一線どころか二線、三線、を画しているのは明白だった。

 

「「「ウオッォオオオオオ!!」」」

 

全員が裂帛の叫びを喉から絞り出し、各々の武器を繰り出した。

拳を、小太刀を、槍を、双剣を強固な殺意と共に躯丸へと放つ。

【練気重拳】

【富田流小太刀術】

【我が槍は魂なり】

【機巧剣・二刀流】

されど拮抗以上にはならない、押し切ることが出来ない。

彼らの全身全霊の攻勢をたった一人の異形が防いでいく。

【八面六臂】【妖魔剣豪】

もしも普通のシャドウランナーがこの光景を見たら己の眼球や視覚センサーの異常を疑うだろう。

己の知るなかでも最高のシャドウランナー達が多対一で互角になっているのだから。

また、桜皇の侍達も同様の反応を示すだろう。

片手で数えられる人員で災害に等しい存在である躯丸が押さえられているという事実に。

そんな悪夢のような戦場で彼らは戦っていた。

当然どちらの陣営も無傷ではない。

大小様々な傷を全員が負っている。

傷口から流れ出る血液も、体に奔る痛みも、彼らの闘いを止めることはできない。

その狂騒劇の伴奏を務めるのは特徴的な鎧の男、ボバ・フェット。

二挺の拳銃を巧みに操り、躯丸の攻撃を妨害し、共闘者の行動を助けていた。

【夢幻羅道】【百発百中】【ガンマスター】

鉛の弾丸では躯丸が身に纏う鎧は傷つけられない、そもそも妖魔に対して弾丸は効果的ではない。

火砲にて妖魔を仕留めるのであれば最低でも機関銃は必要である。

しかし幾らボバ・フェットであれど機関銃の弾丸全てを仲間に当てずに躯丸に命中させるのは無理であった。

妖魔にとって肉体に穴が開く程度修復と治療が可能だが、人間が喰らえばまず間違いなく致命傷になるのだから。

もしもボバ・フェットの技量が父の領域にあったのなら機関銃であっても仲間に傷一つ付けることなく支援できただろう。

しかしそんな腕前は彼にはない。

今現在の装備と技量で戦うしかないのだ。

彼が放つ弾丸は確かに躯丸の動きを阻害していた。

いかに躯丸の肉体に傷をつけることが叶わなくともやれることはある。

ダメージは通らずとも衝撃を通すことは可能だった。

故に味方へと刃が振るわれる瞬間弾丸を衝突させ、その攻撃を妨害する。

目まぐるしく変わり続ける戦いの中で針を通すような精密作業をボバ・フェットは連続でやってのけた。

【援護射撃】【百発百中】

そんな厄介な相手を躯丸を放ってはいない。

何度も魔力で編まれた刃を六つの刀を振るうと同時にボバ・フェットへと射出していた。

【狂羅輪廻】【魔法剣Lv2(4)/5】

さながら引き絞られた弓矢のように高速で刃をボバ・フェットへと放ちながら、躯丸は四人のシャドウランナーと争っていた。

周囲の建築物に穴が空き、瓦礫と化していく。

状況は拮抗していた。

どちらも奥の手を残している。

先に切った方が不利になるか、有利なるか、この場にいる全員がそう思考の歯車を回していた。

そして、最初に手札を切ったのは躯丸だった。

六つの腕に握る妖刀の中の一振りの能力を解放する。

その妖刀によって発現する現象は、一切の予兆なく相対するアスラを襲った。

それは先程までと変わりなく鋭い一撃を鋼鉄の如く硬化させた手にて弾いた瞬間だった。

りぃん、という音がアスラの聴覚に響いた。

《妖刀・久音》

 

「――――あ?」

 

疑問の声を喉奥が放つと同時に頭部に存在するすべての感覚器官から血が吹き出した。

【超頑強】

突如として真っ赤に染まる視界、鉄の臭いと味に支配される口腔と鼻腔、音が消えた世界。

常人なら即座に混乱に陥る世界へとアスラは叩き込まれた。

されどその死地へと一瞬でアスラは適応した。

【超人】【天武の才】

しかしその一瞬がこの戦場では命取りだった。

一瞬の内に刃が閃光の如く振るわれる。

【修羅道】【暗黒卿・光剣マスタリー】【影の英雄・影技自在】

今も尚、他の三名の前衛は躯丸の残りの腕と攻防を繰り広げている、つまりカバーに入る事が出来ない。

死。

漠然としたその存在がすぐそばにやって来るのをアスラは理解する。

反応も反射も出来ないその一撃によってアスラの命は潰える、事は無かった。

 

「やらせん」

 

鉛の弾丸が振るわれた刃に衝突し隙を作る、そしてその隙に赤き光刃が振るわれた。

【援護射撃】【百発百中】

【修羅道】【フォーム3・ソレス】

アスラの目の前に黒い外套の男、ジョンドゥが現れる。

先程までアスラが担っていた戦闘の位置にジョンドゥが入れ替わるように入ってきた。

アスラはそれを理解すると同時に自身も躯丸を攻撃しようとするが、実行できなかった。

様子がおかしいと判断したボバ・フェットのワイヤーが巻き付け後方へとアスラを逃す。

【ワイヤーアクション】

今のアスラが回避不可能であると知っている躯丸は追撃の魔法剣を四名の敵と争いながらアスラへと放つ。

【魔法剣Lv2(4)/5】

風を切りアスラの命を狙う刃をベインが防ぐ。

【超頑強(薬物)】【BAIN】

鋼の筋肉に魔力を通し身体の頑強性を高め、肉体に傷一つ付ける事無く凌いでみせた。

ベインが躯丸との直接先頭へと向かわないのは攻撃のスピードにある。

巨体に搭載された筋肉によりスピードは十分あるベインだったが躯丸と攻防するには技量が足りてなかった。

彼が一度攻撃する頃には躯丸の斬撃が十数撃命中する。

それほどの速度の差が両者にはあった。

どうしようもないその事実を卓越した頭脳によって理解したベインは後方にいるボバ・フェットと負傷した人間の援護に徹する事を選択した。

【カバーリング】

迫り来る刃を弾きながら物陰へとアスラを運ぶ。

そこで待っていたボバ・フェットとベインは合流した。

 

「喋れるか」

 

物陰から躯丸へ向けて発砲しながら壁に身体を預けるアスラへと質問する。

対してアスラは陸に上げられた魚の如く口を無意味に開閉させるだけだ。

それを見たボバ・フェットは迷う事無く右手から銃を離し、硝煙の臭いが染み付いた指をアスラの口へと入れる。

血と硝煙の味がアスラの口を満たした。

 

「舌を動かせ」

 

噎せそうになるアスラだったがボバ・フェットの指示通り自身が体験した不可思議な攻撃を声を出す事無く舌のみを動かす。

アスラの舌の動きと現在の症状からボバ・フェットは原因を突き止めていく。

この場においてベイン以外で最も頑強であるアスラが単純な破壊攻撃で行動不能になるとは考えにくい。

どちらかと言えば寧ろ搦め手によるものであるとボバ・フェットは考える。

アスラは音を聞いたという。

 

「音、振動、衝撃か」

 

ボバ・フェットは躯丸の三振りの妖刀の中の一つの能力を見抜いた。

《妖刀・久音・振動操作》

音とは極論を言えば振動であり、振動とは衝撃の連続である。

アスラが躯丸の斬撃を弾いた瞬間に音により肉体の内側、つまりは内臓を負傷させたのだろう。

並外れた頑強性を持つアスラであれ一瞬で行動不能にするのならば並みの人間であれば臓腑の機能が停止するだろう。

そんな不可視の攻撃が躯丸という怪物の手によって振るわれている。

そのどうしよもない事実をボバ・フェットは理解した。

ぬるりとした嫌な冷や汗が背を伝うのをボバ・フェットは感じた。

 

「伏せろ!」

 

それと同じ瞬間だった。

ベインの大きな手がボバ・フェットを掴み地面へと無理矢理伏せさせたのは。

【カバーリング】

そしてその刹那、何かが先程までボバ・フェットが居た場所を壁にしていた瓦礫までも貫通して通り過ぎた。

もしもベインが伏せさせなければ特徴的な鎧の兜を貫いてボバ・フェットを殺していただろう。

その飛来物は刀だった。

飛んできた刀は鍔まで貫通し壁に埋まっていた。

ならば躯丸が握る刃は減ったのか、否、そのままである。

 

「マジかよ」

 

驚愕の言葉をテッドは喉から絞り出す。

その謎を理解出来たのは刃を至近距離で打ち合っていた者たちのみ。

テッドは目にした。

刀が文字通り増えるのを。

刀の波紋から鍔や柄の意匠に至るまで全てが同一の刀が増えるのを。

そう、それが三振りの妖刀、その二振り目の能力。

同一の切れ味、意匠の刀を増やす能力。

《妖刀・重子》

そしてボバ・フェットへ向けて射出したのは単純な躯丸の技量だった。

鍔迫り合う態勢を利用し、自身の巨体を一瞬持ち上げさせ、増やした刀を蹴飛ばしたのだ。

【狂羅輪廻】【刀射術】

そしてこの瞬間躯丸という怪物の脅威が本気を出してきた事をこの場にいる全員が理解した。

故に争う全員がそれに応じるのは必然だろう。

まず始めにその準備が完了したのは青江だった。

《黒襤褸・改造Aランク魔具》

彼女の纏う黒い外套がまるで生物の如く蠢き肉体を包み込む。

そしてぎちぎちと肉と骨を締め付け始める。

それは極論を言えばテーピングと同じ原理だが本来のテーピングの用途とは効果は違う。

肉体を保護するのでは無く、肉体の強度の限界まで強化しながらも無理矢理動かすための術。

その締め上げられた肉体に次の段階に入った証である痛みが彼女を襲う。

肉体を包む衣の内側が針状に変化し、身体の各所へと突き刺さる。

それは衣と神経を接続した段階。

並みの人間ならばのたうち廻る激痛を受けながらも彼女は笑みを崩さず手に持つ小太刀を構えた。

瞬間、躯丸の視覚から青江は姿を消した。

《黒襤褸・疑似超人化》

しかし怪物の肉体は先程よりも数倍加速した青江の攻撃に反応した。

空間に金属の悲鳴が響き渡る。

初撃は防がれた、これで彼女の攻撃は終わりか、そんなわけはない。

異名通りの引き裂いた笑顔が彼女の顔に浮かんだ。

【引き裂き笑み】

二撃目、刀の握りを変化させ剣の軌道を変える一閃。

【遊雲】

三撃目、自身へと振るわれる太刀に合わせて手首を切る斬撃。

【合わせ鼬】

四撃目、高速で小太刀を持ち変え拍子ずらす幻惑の太刀。

【夢幻】

それでも尚、躯丸は倒れなかった。

妖鎧と肉体の強度は青江の刃を命に届かせる事はなかった。

《妖鎧・十二単》【超頑強】

されど、躯丸の視線と意識は彼女の元へと集まった。

それを見逃す人間はここにはいない。

躯丸と敵対する人間全員が取った行動、それは一歩後ろに引くこと。

たったそれだけだった。

それだけで十分だった、尾形百之助というスナイパーが味方へ被害を出す事無く狙い打つのは。

【ロングスナイプ】【魔弾の射手】

ただの狙撃銃では無駄、ならばそれ以上の火砲を用意するまで。

単純で暴力的な解決法ではあるがそれは有効だった。

轟音の後、躯丸の腕が一本弾け飛んだ。

その事実に尾形は驚愕のあまり息を呑む。

銃撃を防ぐ方法はこの世界においてありふれている。

けれど完全な奇襲、そして巨大な怪物用の大砲を使って仕留められない怪物を尾形は始めて見た。

しかし尾形の驚愕は一瞬だった、凍り付いた彼の心は即座に彼の肉体を動かした。

【凍った心】

その場からの移動である。

尾形は目的の死霊術師の屋敷を崩壊させるために構築した大砲の発射装置から飛び出す。

そしてそこには再度蹴り飛ばした刀が飛来し、発射装置は炎と衝撃を周囲に撒き散らし、崩壊した。

もしも躯丸がボバ・フェットに対してこの攻撃を一度行い、それを尾形が目視していなければ尾形は対応できず死んでいただろう。

衝撃と炎で己の肉体を傷つくのを厭わず尾形は腰に下げた狙撃銃で射撃を行うと共にもしもの為の撤退の準備を開始する。

狙い通りに頭蓋を吹き飛ばすには至らなかったが躯丸の体勢を崩すのには尾形は成功していた。

それに前衛の人間全員が即座に連携して行動する。

肉を切り裂き、骨を絶つ攻撃を放つ。

【富田流小太刀術】

【機巧剣・剛剣】

【暗黒卿・光剣マスタリー】

【連突】

それに対して一本の腕を失なっていても躯丸は対応する。

人外の澱んだ血と人間の鮮血が空中で入り交じる。

続いて奥の手を切ったのはセンロック。

このまま戦い続けた場合、彼の切り札は使用できない。

故に今切るべきだと彼は認識し、実行した。

センロックは不具者である。

【不具者】

この世界において大概の人間が使用できる魔具を使用することが出来ない。

故に彼がノアにおいて産まれ、成長できたのは奇跡という他ない。

【祝福されなかった命】

大抵の不具者が経験する身を絞るような羨望も、焦がすような憎悪も彼の中には無い。

センロックという男の手には槍があった、それだけあればよかった。

矮小で、武骨な鉄の槍。

それでどこまでいけるのか、彼は知りたかった。

そして彼は戦い、闘い、勝利し、敗北し、生き残った。

【修羅道】

修羅の道に浸ってもまだ足りぬ。

【狂道愚直】

狂気の道を愚直にひた走った彼は、魔技を編み出した。

【我が槍は魂なり】

そしてその不具者という弱者でありながら魔具を装備せし人間達を鏖殺せしめた魔技が躯丸に向けて放たれた。

その魔技の動作は通常の刺突と変わらない。

一歩踏み込み、それと合わせて槍を放つ、ただそれだけの動作。

だが速度が違う、威力が違う。

その理由は筋肉の捻りにある。

人間の動作において筋肉の捻りという動作は重要なものだ。

とりわけ何かを回転させる、動かすというものに関して捻りという動作がなければ大した動きをすることはできない。

その捻りという動作をより強力に出来ないかとセンロックは考えた。

より大きく、より速く、筋肉を捻らせれば当然、槍の威力も飛躍的に上昇するだろう。

しかしそれには骨が、人間の基本の構造が邪魔だった。

故に彼は改造した、己の骨も肉も。

【肉体改造・間接増設】【肉体改造・筋繊維強化】

間接増設、筋肉の弾性強化、その他様々な改造手術を己の肉体に施工し完全に生まれながらの肉体から逸脱することで彼の槍は完成した。

そしてその槍が妖魔にして剣豪へと放たれる。

槍が奔る。

【我が槍は魂なり】【連突】

強化された肉体によって振るわれた槍は高速で躯丸へと向かっていく。

それだけならば唯の槍使いと大差は無い、しかし異常なのは攻撃の軌道の変化数。

最低三回、槍は軌道を変えていた。

まるで蛇のように縦横無尽にしなり、絡み、躯丸の肉体を穿っていく。

【魔槍・蛇骨】

当然、この絶技を行使するのには代償がある。

本来人間の肉体に想定されていない挙動を行う事は人間の脳と霊体に負担を強いる。

今現在彼の脳裏には不可解な頭痛と違和感が襲い続けている。

 

(それがどうしたよッ)

 

センロックは無意識に頭を掻きむしり、嘔吐しようとする肉体を無理矢理稼働させる。

【苦痛無視】

 

(俺にはこれ以外何もねぇッ)

 

槍が加速する。

指を、足を、腕を、腰を肉体全てを使い加速させる。

 

(家族も、友も、女も、ねぇッ)

 

火花が迸る。

その証拠に武具を構成する金属は無惨な悲鳴を挙げる。

 

(この、ここの、一瞬の現実こそが俺だッ)

 

まるで肉食獣の如くセンロックは舌と歯を剥き出しにして叫ぶ。

【我が槍は魂なり】

 

「ガァアアアアアアッッ」

 

それは己の存在を証明する咆哮。

俺を見ろ、俺を見ろ。

この魔力を持たず、価値がない俺を見ろ。

そう叫ぶ彼が振るう槍は鉄色の流星と化した。

瞬く流星は僅かに躯丸の刀を上回り、鎧へと穴を穿った。

それは快挙にして奇跡だった。

 

「まだだぁっ!」

 

槍を持つ間接を外す、されど槍はしっかりと彼は握る、そして槍の柄へと突きの勢いのまま己の肉体を衝突させる。

僅かに鎧を貫くだけだった刺突は幾層もの装甲を打ち貫いた。

【魔槍・毒牙】

衝突したセンロックの肉体はひしゃげ、口から血を垂れ流した無様な姿を曝す。

しかし、それを笑うものは敵味方含めこの場にはいない。

躯丸は最短最速の動作でセンロックの命を狙う。

 

「お返しだァッ」

 

それを止める男、アスラ・ザ・デッドエンドがそこにいた。

【強者矜持】【超人】

未だに肉体の数多くを己が垂れ流した血で濡らしながらも彼は戦場へとやってきた。

拳を握り、全力でそれを振るう。

そんな簡素な攻撃方法が十二単を破るほどの威力を持っていた。

故に躯丸はセンロックに振るう筈だった刃をアスラへと向かわせる。

その隙に後ろから伸びた巨人のようなベインの巨大な腕がセンロックを掴み、撤退させる。

【灰色の脳髄】

戦況は振り出しに戻る。

 

「見事だ」

 

心からの称賛を刃を振るいながら躯丸は呟いた。

躯丸の命に手が届く機会は百を越えた年月以来だった。

故に、全身全霊で鏖殺するのを決意した。

この一戦の後の事は無視し、己の持つ全てを持って勝利を掴む事を彼は選んだのだ。

 

「なら死ねよっ!」

 

テッドが刃を振るいながら放ったその言葉はこの場にいる人間の総意だった。

なんなのだ、幾度切れば、幾度弾丸を撃ち込めばこの怪物は死ぬのだ。

死ね、死んでくれと縋る様に暗黒の都市で生まれ落ちた修羅達は攻撃する。

祈りにも似ていたその思いを、踏み潰すように躯丸の魔力が膨れ上がる。

不具者であるセンロックにも視認できる程に躯丸は濃密な魔力を放ちながら彼は残った腕に持つ五つの刀を手放す。

そして三対の腕が法界定印と呼ばれる印相を組む。

これ以上ないほど明確な隙がそこに生まれた。

全員が攻め込む。

今まで援護に徹していたベインさえもが踏み込んでいた。

彼らは反撃の可能性を考慮しなかった訳ではない、今この瞬間刃を届かせなければ全員死ぬと直感したのだ。

そしてそれは正しかった。

 

領域

 

絶望が、溢れ出す。

拳が、銃弾が、刃が、直撃していく。

肉を潰し、穿ち。

骨を砕き、折る。

されど絶望は止まらない。

躯丸が忘れ去った妻への愛情たる鎧、十二単は化生に堕ちた彼を守っていた。

生体装甲がその蓄えた生命力を燃焼させ、肉体を修復していく。

かろうじて血を塞ぎ、骨を繋ぐ程度の回復。

それだけで躯丸の勝利を掴むには十分な時間だった。

 

展開

 

悪夢が始まる。

 

腐乱四顛倒

 

【領域展開・腐乱四顛倒・不完全】

それは本来死骸で出来た底無し沼の異界を構築する筈だった。

しかし出来なかった。

未だ躯丸は十全ではなく、撃ち込まれた封印は有効だった。

だがその不完全な異界であってもこの場にいる全員の命を奪うには十分。

躯丸の領域、腐乱・四顛倒の能力は領域内で殺した人間を分解、吸収し回復するという単純な代物。

故に不完全であっても十分に機能する。

死霊術師の組織が作り出した、無数の死骸。

仮初めの霊体は一瞬で分解され、躯丸の修復の材料へと変わる。

失った腕の一本がまるで植物が生えるように再生した。

この回復力が桜皇において躯丸の殺戮を歴史に刻んだ理由の一つ。

そしてもう一つの理由は印相を解き、その手に握った三本の妖刀最後の一振り、禍月。

躯丸の人間時代からの愛刀であり、三振りの妖刀で最も血を吸った刀でもある。

この刀に特殊な能力は存在しない。

ただ、躯丸の六つの腕の全力に耐え、皇義を使った躯丸の全霊の魔法剣に耐える唯一の刀であるというだけだ。

《妖刀・禍月》

全盛期の躯丸はこの攻撃で一国の軍勢を消し飛ばした。

異国の地であるノアでは皇義は使えない。

しかし確実に街の一角を消し飛ばすであろうその一撃。

それを放つ準備が始まる。

この躯丸が形成した異界にそれを防げる人間もその行動を阻害出来る人間もいない。

彼らの死はもはや必然であり、稲を刈るように命を散らされる。

だが、ここに例外が存在する。

 

「「領域展開」」

 

二つの高い美しい声が躯丸の正面から暗く澱んだ世界に響く。

【領域展開・未然】【領域展開・未然】

百城千世子と夜凪景である。

彼女達の若さであり得ない事に領域を展開した。

その領域は不完全であり不格好、躯丸の不完全な領域であっても比べるに値しない、そんな代物。

しかし、拮抗していた。

彼女達は命を燃やし、道具を最大限利用し、協力者を信じて、自分達を救った男達を信じていた。

【生命燃焼】

美しい顔を目や鼻から垂れ流した血で汚しながらも、常識外の怪物の領域と拮抗していた。

それは数分と持たない拮抗。

躯丸は何をするでもなく、二人の少女が倒れるまで展開し、それまでに倒れたシャドウランナー達の息の根を止めるだけでいい。

侍であった躯丸なら、そうしただろう。

しかしこの場にいたのは怪物であり、桜皇に信仰と畏れによって形成された存在である。

躯丸が二人の少女を瞳に納める。

そして躯丸の脳裏を掠めたのは自身を討った侍と生前の妻だった。

【死が二人を別つとも】【侍の一念】

躯丸という存在に集められた思念は侍に討たれ、妻を殺された悲劇の侍が妖魔に転じたというものである。

事実千世子と景の二人の少女は躯丸を討った侍と彼の妻の血筋の少女である。

今回の騒動の原因である死霊術師はこの二人をこの街で蔓延る整形技術を利用し、躯丸の制御用肉人形に用いようとしていた。

その目論見とは全く違った結果だが、確かに躯丸にこの二人の少女は有効だった。

自身を殺した相手と最愛の妻。

矛盾した光景が構築された躯丸の自我に亀裂を入れる。

故に躯丸はそれまでに構築した論理的思考をかなぐり捨てて、躯丸は二人の少女を己の手で殺すために疾走を開始した。

それはつまり廻りにいるシャドウランナーに隙を曝すという事であり。

その隙を逃す人間はこの場にはいなかった。

地面に転がっていた全員が疲弊し傷ついた肉体を命を燃やして動かした。

【【【【【【生命燃焼】】】】】】

ベインが躯丸の足を掴む。

筋肉が躍動し、血脈に薬品が巡る。

【BAIN・オメガドーピング】【剛怪力】【錬気法】

人間の領域を超えた怪力でベインは躯丸の巨体を固定することに成功した。

次いで動いたのはセンロックと青江の二人。

センロックはかろうじて塞いでいた傷が開くのも厭わず槍を投げつけ、躯丸の固定を強化した。

【投槍】

青江は骨髄までに針を通し、肉体を強化。

《黒襤褸・過剰駆動》

そして背負うアタッチメントの真の姿を曝す。

《変形機工剣・にっかり青江》

小太刀を封入した鞘だったアタッチメントから機械音が鳴り響く。

そして青江の背を超える長大な大太刀が現れる。

華美な装飾が一切ないその大太刀を彼女は振りかぶる。

そして全身全霊の振り下ろしを放った。

【雲耀の太刀】【リミットオーバー】

魔具を過剰駆動させ、肉体の限界を無理矢理越えて放たれた刃は刃は秒を超え、絲を超え、忽を超え、毫を超え、雲耀の領域に達していた。

しかしその代償大きい。

刃を振り下ろしている彼女の腕を包む黒衣の内側では真っ赤な花が咲いていく。

筋肉は破裂していき、骨は砕かれていく。

激痛が加速度的に増していく攻撃。

だがその痛みに彼は負けず、大太刀を彼女は手放すことなく、愛刀を握る躯丸の六つの腕の半分を切り落とした。

そしてその結果を見て彼女は通り名である引き裂いた笑顔ではなく、小さな、しかし勝利を確信した笑顔を浮かべた。

躯丸は獣の様に両断された腕も厭わず邪魔な障害を殴り付ける。

【怪力】

拳を受けてまるで子供が人形を投げ飛ばしたようにセンロックと青江が吹き飛ぶ。

二人を心配する暇は無い、それをこの場にいる全員が理解している。

今、この瞬間を逃せば勝利は無いのを理解している。

未だ致命の刃を躯丸は握っている。

どうにかして発狂している内にそれを落とさせなければならなかった。

 

「───天昇せよ、我が■■■」

 

アスラは無意識の内に言葉を口から流す。

【天武の才】【練気重拳】【魔力撃】【■星適合者】【超人】

それを知覚したのはこの場には当人を含めて誰もいない。

故にそれの効果の恩恵をアスラは知覚する事はなかった。

ただ彼は通常と同じように全力で殴り付けただけだ。

それが通常時とは違ったのはその一撃が通常の一撃と比較して十数倍の威力になっていた以外は。

アスラの全身全霊の一撃は十二単の兜の装甲を吹き飛ばし、躯丸の頭蓋を吹き飛ばした。

当然の帰結として躯丸の体勢は崩れる。

だがまだ終わらない。

領域の効果はまだ躯丸を支えている。

直ぐに体勢を戻し――――――

 

「させんっ―――」

 

纏う黒い外套の奥で赤く縁取られた黄色の瞳が輝く。

雷と見違える程強烈な青白い電光がジョンドゥの手から放たれた。

【修羅道】【暗黒卿・超絶魔力】【フォース・ライトニング】

躯丸を掴むベインも巻き込まれるが違いがある。

センロックが投擲した槍と妖刀という避雷針となる存在の違いが。

ベインはその卓越した知性から電光の構造を理解し、ダメージを最小限に抑える。

【BAIN】【灰色の脳髄】

躯丸はそうはいかない。

手に握る愛刀と突き刺さった槍を伝い、電気が内側と外側の両方から肉体を焼き焦がす。

 

「ぐぅあァアア亜嗚呼」

 

始めて躯丸が悲鳴を挙げる。

青い雷が全身の神経を焼き焦がしていく。

そして躯丸の手から、禍月が零れ落ちる。

重力に引かれながら落ちる大太刀を縋るように躯丸は手を伸ばす。

数瞬も経たず彼の手には再び愛刀が握られる、筈だった。

躯丸の異形の肉体よりも一回り小さい男、テッドがその大太刀を手に握らなければ。

ずしり、と大太刀の重さを感じながらテッドは己の自我を崩壊させる。

【■■残骸】

己の全てが崩壊していくのを理解しながら、大太刀を握る手に力を込める。

そして発現するのは彼という存在に組み込まれた機能。

【夢幻簒奪】

万能にして絶対なる英雄を作り出す試作品。

英雄の残骸からその英雄が扱う技法を自分に宿す能力。

禍月に宿る残留思念を崩壊した自身の霊体に組み込む能力。

それは世界の種を飲み込んだ少女とは違い、一方的に搾取する外法。

【夢幻簒奪・同調習得】

テッドの肉体に流れ込むのは躯丸の元となった侍の記憶と怨嗟。

発狂しながら崩壊した自我を瞬間的に元に戻す。

胃液が逆流し、脳髄が悲鳴を挙げていく。

【苦痛耐性】

それを埋め込まれた機械によって押さえ付け、最早忘れ去られた英雄の技法を繰り出す。

ぎちりと筋肉を収縮させ、大太刀を担ぎ、振り下ろす。

ただの兜割りと同じような攻撃。

当然、強固なる十二単を突破することなく途中で刃は止まる。

しかし本当の技はここからだった。

まるで長い刀身に倒れ込むように脱力させながらもう一歩踏み出す。

脱力状態から全身の背骨を含む全身27か所の関節を回転、連結加速させる。

再び、刃が肉を断ち始める。

躯丸は狂乱した思考でありながらその技を思い出した。

人間時代の彼が得意とした対妖魔用の剣術を。

今現在の彼の異形であれば放てぬ技を。

加速した刃が躯丸本来の肉体へ達した瞬間、それまで加速させ続けた間接の動きを腕と手首、そして左脚以外固定し、自身の体重を刃に乗せる。

肉体への負担で両手首と左膝をひしゃげさせながら放たれたテッドの体重全てを乗せた高速の刃は十二単の装甲を破り、躯丸の強靭な肉体の三つある胴体を二つへと減らした。

【鬼哭之太刀(偽)】

その技の名前は鬼哭之太刀。

人間時代の躯丸が得意とした技である。

噴水の様に汚濁した血液が吹き上がり、地面を濡らしていく。

本来であればこれに加え、肉体に達する瞬間に魔法剣を展開し、相手の肉体を爆散させる技だったがテッドの腕ではそれが出来なかった。

そして躯丸が技を察知して本能的に身体を逸らしたのもあり、躯丸の命を消し去るには足りなかった。

無理矢理練習もしていない技をそれを使うための肉体も作らずに放ったのだからこれは当然の結果だった。

しかしテッドの、シャドウランナー達全員の攻撃によって躯丸の強固な鎧の装甲や肉体に穴が開いたのは事実だった。

その穴を逃さぬ銃使いがこの場所にはいた。

乾いた破裂音が連続する。

【夢幻羅道】【百発百中】【ガンマスター】

シャドウランナー達が開けた穴に弾丸を通しながら体内で跳弾させ、臓器や筋肉をズタズタにしていく。

自身が持ってきた銃だけでなく周囲に転がっていた粗悪な銃まで使用してボバ・フェットは躯丸へ弾丸を叩き込み続ける。

だが、まだ死なない。

未だ狂乱していながらも、桜皇全土を震え上がらせた怪物はまだ止まらない。

【戦闘続行・修羅】【巡轟地獄】【妖魔剣豪】

しかし、ボバ・フェット達の戦いは終わりを告げる。

この地下に要る筈の無い狼の遠吠えによって。

そのサイレンにも似た声がシャドウランナーにとっての戦いの終演の合図だった。

遠吠えを聞いたボバ・フェットは複数の手榴弾を躯丸へと投げつける。

爆音と閃光が発生する。そして同時に煙幕も発生する。

 

「二度と会いたくは無いな」

 

それと同時に戦車の様な機巧、ヒルドルブが現れる。

【騎乗】

操縦者である尾形の声がスピーカー越しに響いた。

 

『さっさと乗れ、死ぬぞ』

 

いつも通りの平坦な声色だったが僅かに焦ったような声だった。

 

「解っている」

 

躯丸へ追撃の銃弾を放ちながらボバ・フェットは急いで負傷者達をヒルドルブへと担ぎ上げる。

最後に一歩も動けない程に消耗した二人の少女の元へとジェットパックで移動した。

汗腺からは止めどなく流れる汗と身体の各所から流れる血液が混ざりあったその姿は背徳的で美しいものだったが、それを気にする暇がボバ・フェットには無かった。

 

「よくやった」

 

だが感謝の一言だけは忘れずに彼は言った。

米俵の様に二人の少女を担ぎ上げ、ヒルドルブへと飛び乗る。

そして直ぐに躯丸を中心とした煙幕が見え無くなるほどに彼らシャドウランナーは移動した。

それが今回の影走者達の協奏曲の終幕だった。

 

■●■●■●

 

一分も経たぬ僅かな時間で撤退したボバ・フェット達。

それを追おうとする躯丸だったが、出来なかった。

新たな襲撃者が現れたのである。

それは音もなく空から投下された黒い生態装甲を纏った人間達だった。

彼らを知る人間は七罪王とその幹部以外には存在しない。

九害に並ぶこの街、ノアの最高戦力。

戦狼部隊。

それが姿をお表した。

呼吸音すら発する事なく彼らはそれぞれ武器を構える。

そして一人の女が最後に降り立ち。

 

「やれ」

 

終わった舞台の裏側が始まりを告げた。




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>頑張ったぜテッドくん
彼が今回使った鬼哭之太刀は躯丸の時代において秘伝の技法でした。
数週間は悪夢に苦しむことになる。
実は大太刀持っていってる

>相性悪かったね、ボバ・フェット
実は今回のMVP。
躯丸の攻撃剃らしたり、遅らせたりしてた
銃使いは成長しにくいんだよね

>厄ネタが出てきた男、アスラ
結構ボコられてたけど他のやつらが受けたら死ぬからねしょうがないね
クロコダイーン枠

>領域展開した二人
原作が終了して成長ルートが消え失せたよ、どうして(現場猫)
とあるバカはこの二人加工して躯丸操ろうとしてましたが無理です。
正規の手順で封印解いた場合、躯丸は夢惨輪廻ですんで死霊術師としての技量が足りない

>大活躍だった青江さん
実は自分の性癖で強化している。
本来のスキルソフトで得る技術がエラーにより習得できなかった欠陥品
富田流小太刀術も雲耀の太刀も自分で習得し、昇華した。
エクスマキナの異端児。

>不具者だったセンロック
こいつがある意味一番ヤバイんじゃねと思ってる。
銃がめっちゃある町で棒切れ一本持った不具者が修羅道を手にする確率っていくつだよ
まあ頑張りまくったんだろうな、と

>あんまり活躍できなかったベインさん
頭いい筋肉で薬物中毒者。
強いんだよ?、相手が悪かったんだ

>でーでんででーんな暗黒卿、ジョンドゥ
スターウォーズは最高の映画ってはっきりわかんだね
躯丸を抜いて今回のメンバーで一対一でやった場合この人が七、八割勝ちます。

>盛りすぎた躯丸
まじで盛りすぎた、反省
固いし、回復手段持ってるし、技量あるしでシャドウランナー全滅させないために頭捻りまくりました
ジョンドゥがいてよかった
最早彼を討った侍も彼本来の名前も残ってはいない
怪物の名前のみが残っている。

>《妖魔剣豪八番鬼》
剣豪って書いてあるが実は剣豪は躯丸入れて二人だけでした。
他のやつら槍やら弓やら軍勢やら使ってました。
昔は連携をとれていたが殺戮を重ねるにつれて自我が変形していき連携がとれなくなった
故に剣聖に負けた
彼らは最早護国の侍達ではなく、ただの怪物達だったから


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幕後の死闘




    「ころちゅ」

 《殺意が溢れて幼児化した大刀洗》





戦狼部隊。

この都市ノアにおいて知らぬものはいない七罪王の武力の象徴。

しかしその実体を知るものは少ない。

 

あるものは不死身の兵隊達で構成された部隊であると言った。

 

あるものは極大の射程を持つ様々な武器の射手達で構成された部隊であると言った。

 

あるものはエースの機巧繰りで構成された部隊であると言った。

 

あるものは毒物やウイルスを操り一夜で都市を破滅させる虐殺の玄人達で構成された部隊であると言った。

 

あるものは科学的砲撃や魔術的砲撃のどちらにも精通した砲撃部隊であるといった。

 

あるものは音も気配も無く七罪王の敵を始末する凄腕の暗殺者集団であると言った。

 

そしてこの噂すべてが真実であり虚偽である。

戦狼部隊と名付けられた部隊は複数存在しているというだけなのだ。

部隊の役割毎に狼の部位の名称が付けられており、隊員の総数は小国の騎士団よりも上である。

そしてこの戦場にやって来た戦狼部隊の名は『爪』、戦狼部隊の最精鋭部隊である。

『爪』の役割は特記戦力の足止め、及びそれの抹殺。

人類が誇る悪意と殺意が結集した英雄殺しの部隊である。

 

■●■●■●

 

彼らの動作に音はなかった。

それは鼻や口を動かす呼吸の音だけでなく衣服を動かせば発生する筈の衣擦れの音や風切りの音すらも発生することは無かった。

《特殊生体鎧・黒骸》

ゆらり、と彼らは己が武器を構え疾走する。

まるで一個の生物であるかのように連携し、彼らは攻撃を始める。

【最上の歯車】

躯丸は地面に転がった二つの妖刀を手に取る。

妖刀重子、妖刀久遠。

至上の愛刀たる禍月はテッドが強奪している。

重子の能力で残った手に刀を握る。

どす黒い血液は滝のように流れ、腕は半分にまで減り、六つの瞳は四つに減った。

領域展開に失敗し、魔力は減少し二度目の発動は不可能だった。

されど、躯丸に絶望は無い。

【狂羅輪廻】【戦闘続行・修羅】

これ以上無く死に近づいているが周囲に感じる弱者の命を百を越えて貪れば回復は出来ずとも傷は塞げる。

故に。

 

「死ね」

 

殺意を滾らせ、腕を振るう。

【変幻自在刀法】

躯丸の肉体は満身創痍であれど人間の限界など越えた速度で刀を振るわせる。

一瞬の内に風を切り裂き戦狼の命を奪う、筈だった。

【夜叉姫】【茨城流槍術】

先行した二人の戦狼の内一人が斬撃を剃らす。

そしてその剃らした事によってずれた腕を二人目の戦狼が掴み、固定する。

【冷静沈着】【ハイマニュピレーター】【怪力】【神経加速】

みしり、と十二単が歪む程の剛力と共に脚部の生態装甲が形を変える。

変形した生態装甲はアンカーのように地面に突き刺さり、彼女と躯丸の腕の一つを固定する。

《黒骸・変形》

瞬時に固定された腕にしがみつく戦狼を躯丸は蹴り飛ばそうとする。

その前に他の戦狼がやって来る。

さながら群れのように武器を彼らは振るった。

まるで家畜を屠殺するように効率的な連携で戦狼達は躯丸を攻め立てる。

【戦狼部隊・爪:トループ補正無効】【精神固定(マインド・セット)】【対英傑戦術】【屠殺連携】

彼らの精神は一切揺れ動かず、恐怖も喜悦も存在していない。

まるで機械のように彼らは躊躇なく行動していた。

しかし、彼らが相手にしているのは躯丸という怪物はその程度では止まりはしないない。

肉がえぐられ、血が噴き出ようが、骨がへし折られ、神経に苦痛が奔ろうが。

彼は止まらず、死なない。

襲い来る殺意の洪水に対して身体を逸らし、刀で受け止める。

【狂羅輪廻】【変幻自在刀法・受け太刀】

そうやって一切の途切れなく続く戦狼達の攻撃に強引に隙間を生み出す。

絶死の刃が振るわれる。

理想的な弧を描いて振るわれた斬撃はいとも容易く命を奪う、筈だった。

纏う鎧を、筋肉を、骨を、臓器を纏めて断ち切った。

しかし、攻撃を受けた戦狼は倒れることはない。

地面に臓器が散らばり、血が撒き散らされる。

そんな誰が見てもすぐ死ぬであろう戦狼は何ら躊躇することなく躯丸に掴み掛かる。

【我らに犬死には無く】

その動作は全身全霊だった。

生命力も魔力もすべて燃やし尽くした行動だった。

【生命燃焼】

特異な装備をしているとはいえ唯の人間が行うその程度の動きでは一瞬にも満たない時間を稼ぐことしかできない。

しかし、それで十分だった。

後方にて待機していた三名の戦狼が詠唱を紡ぎ終わり、魔法を発射したのだから。

【魔術師Lv2/5】【簡略化詠唱】

【魔術師Lv2/5】【簡略化詠唱】

【魔術師Lv3/5】【連想化詠唱】【高速詠唱】

彼らが選択したのは最も速く、それでいて効果的だと判断した雷の魔法。

《ショックボルト×3》

瞬いた電光は躯丸へと一直線に進んでいく。

それを感知している躯丸は自身の腕を拘束する戦狼により魔法剣による斬撃での迎撃は不可能であると判断した。

 

「重子」

 

己が手に握る妖刀の一振りの能力を発現させる。

《妖刀・重子》

その結果五本の日本刀が迫りくる魔法と躯丸の間に盾のように出現した。

刀を避雷針にした事により放たれた魔法は躯丸の肉体に傷を負わせることなく姿を消した。

そして躯丸は自身の肉体を固定している戦狼を逆に利用し、全身全霊で蹴り付ける。

【怪力】

人外の脚力で射出された刀は弾丸のように魔法を放った術者の元へ逆走するかのように向かった。

しかし、その場所にはもう術者たちはいない。

魔法を放った直後に彼らは移動していた。

三方向に分かれた彼らは躯丸を包囲する。

【最上の歯車】【滅殺せよ確殺せよ】

躯丸は四つの瞳をそれぞれ動かし多角的に戦況を理解する。

【三面六臂】

そして理解したのは一切の言葉や動作も無しに躯丸が今まで戦ってきた集団の中でも最高の連携をしているということ。

【屠殺連携】

掴み掛かって死んだ人間すら自身を殺すための道具として利用し、次の一手へと変える。

それ自体は躯丸も幾度も経験していた事だったが、今までと違ったのは躊躇のなさ。

一切の感情も無く死体を利用する様は人形のような異質さがあった。

精神固定(マインド・セット)】【最上の歯車】

覚悟も狂気も戦狼達の連携には存在しない。

ただただ最大効率に成果を求めていた。

躯丸は知らない。

自身がどれだけ封印されていたのか。

狂気が薄れているのか。

そして技術がどれだけ発展しているのか。

彼が戦場を駆けていた時代には存在していなかった道具が存在しているのかを。

ごきり、と音がする。

躯丸はそれを感知し、周囲から放たれる攻撃を捌きながら音の発生源へ目線を送る。

その音は最後にこの戦場へと降り立った女から発生していた。

油断も慢心もせず躯丸は行動する。

久音の能力である衝撃操作で纏わりつく戦狼ごと地面を弾き石礫を女へ向けて放つと同時に魔法剣による水の刃を放つ。

【魔法剣Lv2(4)/5】

それに砂を紛れ込ませ、泥の刃にする。

躯丸が放ったこの刃は命中すれば高確率で肉を抉り体内に泥を運ぶ。

激痛を味合わせると共に回復を阻害する極悪の技である。

 

(さてどう防ぐ、それとも死ぬか)

 

礫を弾いたことで砂煙が発生している。

故に散弾のように撒き散らされた礫を視覚を封じられた状態で防がなければならない。

泥の刃も同時に、である。

徹底した人間殺しの刃が放たれた。

その結果として生じた現象は金属音だった。

 

「さて」

 

金属でできた羽のようなもので煙が一瞬の内に晴れる。

 

「予定よりも戦力は下がっていないようだが」

 

そして現れるのは漆黒の天使。

漆黒の金属繊維で編まれた装甲、未知の金属で構成されている仮面、布のような金属の外套。

それら全てに無数の黄金色の文字刻まれており、生物のように脈動していた。

魔人という言葉が相応しい存在へと女を変えた道具の名は機鋼天使(ザフキエル)

始祖魔術師と称されるエジソン・アシモフが造り出した最初期の古代魔具にして最強の魔具、原式装魔具(アーリーモデル)

その内の一つである。

【原式装魔具所持者】

適切な装着者一人で街を壊滅させることも出来る戦闘力を持つとされるそれの異質さを一目で躯丸は理解した

過去の記憶を探り、それに似た道具が脳内に浮かび上がる。

 

(皇具のような類か)

 

完全に一致とまではいかないが躯丸にとって最も警戒が必要な道具の一つを連想したのは確かだった。

故に最高最速での抹殺を躯丸は決断した。

一歩踏み出す。

その間にも戦狼達は襲い掛かり、肉体に傷を付ける。

【滅殺せよ確殺せよ】

個人で判断するのであれば躯丸が戦狼一人を殺すのに十数秒も掛からない。

しかし連携をしているのなら話は別だ。

十数分前に交戦したシャドウランナー達よりも遥かに高度な、そして機械的な連携こそが躯丸を苦戦させている。

【屠殺連携】

単純な肉体の損耗による手数と視覚の減少。

領域展開と失血による魔力的、精神的な消耗。

それらを加味しても躯丸という存在は怪物だった。

高速で飛び掛かって来た戦狼を空中で切り捨てる。

直ぐには死なず、足を止めようとしてくるのを知っているが故に四肢と首を一息に切断する。

【変幻自在刀法】

即死である、躯丸の常識では。

どのような英雄であれ、妖魔であれ、ここまで徹底的な破壊をすれば生命活動を終わらせられる。

事実、その戦狼の人間としての命は終わっていた。

だが、兵器としての使い道は残っている。

体内に埋め込まれた、様々な機巧は生きている。

生命活動の停止に伴い外部からのアクセスに対するロックが解かれる。

【アクセスフリー】

そして手足が千切れた死体に埋め込まれた兵器を外部から支配する。

新たなその肉体の支配者はこの戦場にはいない。

遥か後方にて戦場を俯瞰し、情報を同胞達に提供している。

地上、地中、空中。

ドローン、小精霊、肉眼、バイオセンサー。

方法や場所は様々であり、その中には躯丸と交戦したシャドウランナー達に設置させたものもある。

そしてその中の一つを操る人間が戦狼の死体を操作し、生前から体に仕込まれた機構が駆動させる。

【テクノマンサー】

発生するのは爆発でも銃弾でも魔法でもありはしない。

ただの光と音である、殺人が可能なほどの。

《明星爆弾》

科学的に発生するそれをよける方法はない。

鼓膜が破けるような轟音と目が眩む様な閃光が発生する。

躯丸の視覚と聴覚はこれによって失われる。

そう仮定した戦狼が四人が仕掛ける。

しかし、その四人に向けて躯丸は見えているかのように正確に刀を振るう。

【変幻自在刀法】

まともな戦士であれば驚愕により対応が遅れ、放たれた斬撃は防げなかっただろう。

しかしここにまともな戦士など一人もいない。

【戦狼部隊・爪】

あるものは避け、あるものは防ぎ、またあるものは反撃さえした。

躯丸は反撃を受け流しながら思考する。

 

(やはり手数が足りんな)

 

全身の痛みを知覚するよりもその怪物は現実を再認識する。

どのような英雄であれ個人では限界が存在する。

それは英雄に倒される怪物も同様である。

単一個体であり、多数の敵と戦闘するのであれば手数の減少は致命的であるのは子供でも分かるだろう。

故に躯丸という怪物は狂気の行動に出る。

【狂羅輪廻】

ずぐり、と音がする。

それは物体が肉に差し込まれたときに発生する音だった。

妖刀重子。

保有する能力は所有者の血液を媒介に同質の刀を生成するというもの。

ならば、今現在シャドウランナー達の全身全霊を掛けた攻撃によって作られた傷口から垂れ流される血液を媒介にし、刀を形成するのも可能だろうか。

答えは、 YESだ。

にっかり青江の手により肘から先を切断された腕からは飛び出すように刀が生える。

テッドによる奥義により、切り落とされた胴体から流れ出る血を止めるべく肉体を柄にして形成された刀達が塞き止める。

そうして針山のように姿を変えた躯丸の肉体は無傷の場合と同じ六本の攻撃手段を形成した。

もしもこの行動を見たものは百人が百人とも愚策と断じるだろう。

体内に異物が増えるということは重心や体重が、つまりはバランスが変わるという事である。

あらゆる武芸においてそれが占める比重は多い。

それが変わればまともに剣をふるうことも難しくなる。

普通の者ならばこれを好機と確信し、突っ込むだろう。

だが戦狼は違った。

即座に後退しながら携行している大型銃器を躯丸に向けて連射する。

【重火器習熟】【精神固定(マインド・セット)】《特殊重火器・ベヒーモス》

人間をひき肉にして余りあるその兵器を微塵の躊躇もなく発射しながら戦狼達は後退する。

彼らが屠殺してきた相手は無駄な動きはしてこなかった。

何らかの意図があり、捨て身の攻撃を仕掛けてくる。

そう戦狼達は理解している。

事実、躯丸はその肉体へと掛かる負荷を無視して戦狼へと突っ込んでいく。

半壊した十二単と己の肉体が削られ、激痛が生まれるが躯丸は無視する。

それよりも重要なのは手の中にあった。

躯丸が己の射程距離に戦狼達を捉える。

【変幻自在刀法・未然】

そして、刀を振るう。

すぷん、と滑稽な音がする。

戦狼が弾く、防ぐ。

【夜叉姫】

【最上の歯車】

【冷静沈着】

一歩進み、再度振るう。

【変幻自在刀法・不全】

背後や真横から来る魔法を割断しながら、振るう。

ずぱん、と不格好な音がなる。

僅かに戦狼が傷つく。

直感的に何か不味いと思った戦狼の一人が他の二人を逃すために突貫する。

《黒骸・硬質化》【頑強】【固有魔法・プロテクト】

防御力に秀でたその戦狼は躯丸が何かをしようとする前に拘束し、自身を含めて躯丸への科学と魔術を複合した多重爆撃により仕留めようとする。

そしてそれをしようとした瞬間。

すぱん、と人を魅了する音がした。

【変幻自在刀法・完全】【妖魔剣豪】

音を放ったのは躯丸が六刀。

そしてそれが直撃したのは拘束しようとした戦狼。

ごぽりという水音の後まるで人形の糸を切ったかのように戦狼は文字通り四肢と胴体、そして首を離して崩れ落ちた。

その光景を淡々と戦狼は迎え入れる。

槍を持つ戦狼は死を覚悟し生命力を燃やす準備をする、身体に機械を埋め込んだ戦狼は全てのリミッターを解除し一矢報いる準備をする。

【夜叉姫】

【冷静沈着】【リミッター解除】【全機構駆動準備】

その二名に躯丸が返す刃で攻撃しようとする瞬間、躯丸に黒い波が襲い掛かる。

【理解の生命樹】【調律者】《機鋼天使(ザフキエル)・黒波》

まるで大海原の波濤の如く、荒々しいそれを構成するのは様々な金属であった。

周囲の建築物を構成していた建材、折れた剣や壊れた魔具等から出た廃棄物、そして細かな砂鉄さえも含めたそれらはまるで生き物の如く蠢き躯丸を飲み込まんとする。

女が身に纏う原式魔装具、機鋼天使(ザフキエル)の能力は単純にして強力な金属操作である。

機鋼天使(ザフキエル)・金属操作》

500年前にこの原式魔装具が作り出されて以後、人類は幾度もこれを巡り争ったと言われる曰くつきの一品だ。

戦闘力が高いというだけで人はそれを巡って争うが、これは他の原式魔具よりも遥かにこの機鋼天使(ザフキエル)を求めて争った。

その理由は自身も周りも凄まじく強くなるからだ。

機鋼天使(ザフキエル)を身に着けた者は金属を操作すると同時に操作するための金属を探知することが可能になる。

つまり機鋼天使(ザフキエル)の装着者は生きた鉱脈になるということだ。

建築物や道路から食器や武器に至るまで人間が生活をするのに金属というものは必需品である。

どのような為政者とて無限に金属を欲するだろう。

そしてそんな絵に描いた餅のような夢想な代物が手に入るとなれば死に物狂いで争うのは当然の帰結だった。

幾度も戦乱が起こり、国が滅びた。

これの製作者は天からの使いが施した金属を巡って人間たちが争うのを祈っている。

そして今現在から二十年前に保有していた国家が滅んで以来、表社会においてこの機鋼天使(ザフキエル)は紛失したと思われている。

真実は違う。

機鋼天使(ザフキエル)を代々継承する家系に生まれた女によって滅んだのだ。

その女は壊れていた。

人間が当たり前に持つ人倫も倫理も道徳も美徳も持ち合わせてはいなかった。

【感情不理壊】【先天性:罪悪失調症】

宙に瞬く星々に彼女は心を奪われなかった。

人が苦しみ、壊れていく様にこそ彼女は喜びを見出した。

故に彼女は生まれた国の希望を奪い姿を消した。

親兄弟が拷問されて死に、他国に高額で金属を売りつけていたせいで国が滅んだ。

それを見て彼女は感動によって涙を流した。

胸の内に流れる熱い熱き情動が得られるならば全身を襲う苦痛もどうでもよかった。

強力にして有用な道具にもデメリットというものは当然存在する。

原式魔具に共通するデメリットである特徴的な波長による一生狙われるよりも上のデメリットが機鋼天使(ザフキエル)には存在する。

身に着け続ける程に植物の根のような新たなチャクラ菅と呼ばれるモノに似た器官を形成し、装着者の肉体を蝕むというデメリットが。

寿命も病にもそれは影響しない、ただただ重苦しい苦痛を装着者に与えるのだ。

肉体へ新たな器官が形成されればされる程により強力に、より多機能に。

そうして周囲の人間は装着者の更なる苦痛を願うようになる。

女の一族は機鋼天使(ザフキエル)を装着するために存在する一族だった。

国に身を捧げるように教育され、実際にその身を国に捧げる人柱の一族。

誤算だったのは女、ビナー・ガリオンという人間がそんなものでは修正不可能な怪物だったこと。

彼女は自身の悦楽の為に全てを犠牲に出来る。

故により多くの悲劇を観るために裏社会の長である七罪王の配下となった。

強者も弱者も、老人も幼児も、戦士も市民も、甚振り、殺せる。

戦狼部隊を率い、悲劇を産み出す戦狼の頭こそが彼女の天職だった。

そんな破綻者にして都市を蹂躙する存在の攻撃を躯丸は事も無げに切り落とす。

【変幻自在刀法】【魔法剣Lv2(4)/5】

 

「温い」

「だろうな」

 

魔法剣により金属性のマナを消し飛ばし、波はただのガラクタへと姿を変える。

それを予想していたビナーは既に次の手を配置している。

波はあくまで囮であり、煙幕。

次手の波状攻撃こそが本命。

躯丸を囲むように数多の武具が浮かびあがる。

先程の波を構成していた物とは次元が違う。

長年に渡り彼女のオドに浸し、紋章刻印を刻んだそれらは波のように魔法剣で打ち払われて消え去る脆い代物ではない。

徹底した訓練によってビナーが編み出した技法だった。

そして虚空をビナーは握りしめる。

同時に、その無数の武具達が躯丸に向けて発射される。

機鋼天使(ザフキエル)・黒の暴乱》

波の様にただただ飲み込むような動きではなくまるで剣士が刃を振るう様に巧妙な動きで躯丸へと殺到する。

人間を十度殺してもなお足りぬ攻撃に対して躯丸は応戦を行う。

【狂羅輪廻】【変幻自在刀法】

久音を使い襲い来る武装を粉砕し、重子を盾に使い防ぐ。

その最中にビナーへとバットでボールを打つように複製し宙に浮かべた重子を握る刀で打ち抜く。

刀は放たれた弓矢のように高速にビナーへと向かう。

即座にビナーの眼前に壁が築き上げられそれを防ぐ。

一つ、二つ、三つ。

形成された鉄板を打ち貫き、四枚目半ばで刀は停止する。

当然、ビナーの肉体には傷一つついてはいなかった。

彼女は操作が難しくなった鉄板を即座に放棄しながら周囲に配置している戦狼に向けて指令を出す。

【戦狼の統率者】【悪辣なる繰り手】

戦狼が行ったのは武器の変更。

同じようで別の武装に戦狼達は変更する。

理由としては消耗した武器の廃棄によるビナーの操作する物の増量と躯丸の思考の複雑化による自滅狙いである。

戦狼の体格は三つの種類に分けられるように選ばれ、加工している。

生体鎧により男女の差を削り、手足を同じ長さに伸ばし、似た武装を扱う。

のっぺりとした生体鎧の意匠はすべて同一。

並外れた鑑定眼を持ってしても視界から外れれば見失いかねない程の同一性。

《黒骸・同一意匠》

それを高速戦闘の合間に見分けるのは躯丸といえど不可能であった。

己が付けた傷で見分けようにも生体装甲は余程深い傷で無ければ短い間に修復される。

《黒骸・人体修復機能》

常人ならば絶望する戦況も躯丸という妖魔であり、剣豪であり、修羅である躯丸は止まる事はない。

四つへと減った眼球をせわしなく動かし、狂気に染まった思考で攻撃に対応している。

【散眼】【三面六臂】【狂羅輪廻】

前後から、左右から上空から。

ありとあらゆる角度からの様々な手法による飽和攻撃。

故に、躯丸は気付かなかった。

土の下から殺気が存在しない攻撃が来たことに。

どんな怪物であれ生物であるということは一度に認識し処理出来る情報の量には限界が存在する。

躯丸は今現在に至るまで一度も攻撃されなかった方向を無意識のうちに重要視しなくなったのだ。

それがビナーという指揮官がたった一個体に仕掛けた作戦だった。

シャドウランナー達による斥候と鎧に搭載された光学迷彩による姿を消しもせずに躯丸との相対したの確実に躯丸を殺すため。

幾重も死を重ねて勝利を得る人でなし。

【死重勝得】

それがビナーという女だった。

地下より引きずり上げたのは八本の柱。

《金剛柱》【殺戮陣】

自身の感知を抜けて出現したそれに躯丸は刃を振るう。

鉄を容易に切り裂くその斬撃は柱に僅かに傷を付けるだけだった。

理由は単純。

ただ躯丸の斬撃を受けても僅かな傷しか付かない程の頑強な代物だったというだけだ。

土の国と呼ばれる桜皇の国にて浸魔獄と呼ばれる場所を封印するために作られた物と同質のそれは剣聖の一太刀を理論上防ぐことが可能な代物。

故に当然、万全な状態ではない躯丸が破壊するには時間が掛かる。

それを理解した躯丸が出来るのは上か下への逃走。

躯丸が通るのは不可能であっても銃弾や弓矢が十分狙える程度には隙間がある。

即座に下への逃走経路を躯丸は切り捨てる。

周辺の地理及び時間が無ければ地下への逃走は不可能なのだから。

残ったのは上、宙への逃走。

その為に足を力を込めた瞬間、銀閃が躯丸に放たれる。

《特製流体刀・ラセツ》【一閃】

完璧な奇襲だったその一撃を躯丸は反応し、防ぐ。

【変幻自在刀法・受け太刀】

そして玩具のように吹き飛んだ。

人間の力では動かすのは不可能なはずの躯丸を。

金剛の柱に激突し骨に奔る痛みよりも吹き飛ばされた事実に躯丸は驚愕する。

行ったのは柱の結界の内側になぜか居る戦狼。

 

「蝋面白棺守不死肚之躯丸」

 

くぐもった声が響いた。

 

「戦極時代末期に活動し封印された巡轟地獄にして妖魔剣豪」

 

その言葉と共に生体装甲が崩壊する。

機密保持の為に埋め込まれた機構により生体装甲が崩壊し、煙を発生する。

白い煙が晴れ、そこにいたのはサングラスを掛けたスーツの男だった。

 

「貴様を殺す」

 

この都市最強戦力のその男、犬井灰根はそういった。

【無限修羅】【九害・最強】




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー


>戦狼部隊の皆さん
全員凄腕の人達、一糸乱れぬ連携で相手を殺す。
見覚えのある人間が混じっていますね。


>金属操作おばさんビナー
実は久しぶりの出勤。
普段は硝子の光源などの奏護に存在するレアメタルなどを回収などが主な任務。
過労死枠。
でも弱者たちが苦しんで死んでいく姿が見られるので楽しんでいる。
節度を持って趣味を実行するので質が悪い。

>満を持して登場、犬井灰根
この人に関しては次回やります。


>《戦狼部隊》
狼の部位ごとに役割を持った特殊部隊。
最精鋭たる爪の役割は特記戦力の撃滅、およびそれの捕獲。
それ故に特記戦力を産み出す原式魔具の回収も任務に入っている。
頭はその中でも九害が死亡をしたさいの候補でもあり、彼らが爪を率いて動くのは稀。
一般的な七罪王の配下とは違い、七罪王全員からの後方支援が得られるのが特徴。
故に危険が多い任務を担当することが多い。
戦狼部隊の全容を知るのは七罪王の頭の中だけである。
書類もデータも存在しない。


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演奏の終焉



  「俺が最強だ」

  《九害・最強》






むかしむかしの話です。

ある国に八人の侍がいました。

当主の変幻自在の二刀流の剣豪が。

遥か遠方の敵をを狙い撃つ弓使いが。

目視すら許さぬ神速の槍使いが。

まるで草を刈るが如く人間を薙ぎ払う薙刀使いが。

無手にて妖魔を打ち滅ぼした拳豪が。

英知にて様々な秘術を操った陰陽師が。

無常なる銃器を操る銃士が。

己の手足の如く軍勢を操った軍師が。

彼ら全員は強く、善良でした。

国民たちは彼らを尊敬し、彼ら八人も国民を信じていました。

彼らの国は繁栄し、幸せに暮らしました。

 

むかしむかしの話です。

ある国で八人の妖魔が生まれました。

美貌を謳われた天才軍師だった、鉄仮面を着けし魔軍師が。

確かな優しさを持った銃士だった、非常なる殺戮者が。

高潔なる陰陽師だった、悪鬼外道なる妖術師が。

鎧も武具も持たなかった拳豪だった、全身に凶器を埋め込みし鬼が。

誰よりも慈悲深かった薙刀使いだった、無慈悲にして老若男女を薙ぎ払う妖怪が。

神速と称された槍使いだった、百足の足を持つ首なしが。

百発百中を体現した弓使いだった、背中から一本の異形の腕を生やした魔手が。

家族を愛し、仲間を愛した剣豪だった、三面六臂の妖魔剣豪が。

それは国を守っていた英雄が堕ちた結果でした。

彼らは自分たちの国を滅ぼした国を滅ぼし、桜皇に恐怖を撒き散らしました。

そして彼らは侍と巫女の二人と彼らの仲間、そして剣聖により全員が討たれました。

もはや形骸化した恐怖の名前しか彼らの名前は存在しません。

国を守った古今無双の英雄たちの名前はどこにも残ってはいないのです。

 


 

むかしむかしの話です。

ある砂漠の国に一人の男がいました。

男は強さを求める求道者でした.

強さに邁進する男を支える女が男の傍にいました。

やがて二人は子を作りました。

最初に抱いた最強の野望には程遠かったですが男はこれもいいものだと思いました。

それが崩れたのは巨大な怪物が襲来したからです。

強力な異能と巨体に見合った身体能力。

常人には理不尽の塊に対して男と仲間たちは一歩も引かず闘いました。

全てが崩れ去ったのは戦いの最中にやってきた更なる理不尽。

黒炎を纏った竜魔神でした。

ものの数分で戦える人間は消え。

男の娘のような非戦闘員はそれよりも速く消え失せました。

生き残りは男のみ。

培ってきた絆も努力も愛情も泡沫の夢として霧散しました。

身体の半分が焼け焦げていながら刃を離さずにいました。

そして廃墟と化した街に一人の男がやってきました。

彼は言いました「ボクと来ないか」

悪魔のような男の手を求道者は握りました。

そして強さと狂気を得ました。

 

むかしむかしの話です。

とある砂漠の国で大戦が起きました。

その時に二人の男が争いました。

星屑のように瓦礫が降り注ぐ中で彼ら闘いました。

一方は変わり果てた求道者、一方は紅白帽子の男です。

永遠のような数十秒。

それが二人の戦闘した時間でした。

実力は互角でした。

力も、技も、心も。

どちらも己を狂気的な精神で鍛え上げた修羅でした。

故に勝敗を分けたのは完全なる運。

一瞬の火花のように現れたそれを掴んだのは紅白帽子の男でした。

求道者は二度目の敗北を味わいました。

そして求道者は狂気を奪われました。

 

 


 

奇妙な静寂が世界に広がっていた。

まるで世界の全てが物言わぬ死体へと変わったかのように世界から音が消えていた。

睨み合う犬井灰根と躯丸の両名から放たれる殺気と闘気が空間から音を奪っていた。

【狂羅輪廻】【妖魔剣豪】

【無限修羅】【九害・最強】

当然、恐怖など存在しない戦狼達はいつでも躯丸を攻撃可能だったが司令官であるビナーの指示を待っている。

【最上の歯車】【戦狼部隊・爪】

たった数秒、それだけの時間が両者の精神の中では鉛の様に重く流れていた。

体形、損傷、構え、武装、その他もろもろ。

【鑑定眼(真贋)】

【三眼】

歴戦の強者にとってそれだけの時間があればそれらすべての観察が可能だった。

そして同じ事を両者は脳裏に浮かべた。

相手が強者であると。

それと同時に激戦により劣化した建物が崩れ落ちる。

僅かな地響きと土煙が世界に出現する。

瞬間、世界から戦狼達の視界から二名が消失した。

躯丸は妖魔に似合わぬ技量を持って。

【抜き足】

犬井は人間に似合わぬ脚力を持って。

【超々俊足】

人間の認識限界を振り切ったのだ。

そして、一拍もせず世界に轟音が響き渡る。

それは両者が持つ刃の衝突した音だったが当然、衝突の瞬間は視認など許されない。

【狂羅輪廻】【妖魔剣豪】【変幻自在刀法】

【無限修羅】【九害・最強】【金剛悪鬼】

痕跡として火花が散るのを認識させるのみ。

息を吸う暇もない間に繰り広げれた十数にも及ぶ剣戟。

それで判明したのは二人の身体能力と技量の優劣。

膂力、犬井。

【剛怪力】

敏捷性、犬井。

【超々俊足】

反射速度、犬井。

【超反応】

手数、躯丸。

【三面六臂】

技量は互角。

【妖魔剣豪】

【九害・最強】

故に、当然の結果として一方的に躯丸に傷が入っていく。

躯丸という怪物をしてどうしようもない現実がそこにはあった。

相次ぐ強者との連戦、異郷の土地という地の利を得られぬ戦い。

体力的にも魔力的にも限界などとうに超えている。

そんな状態で犬井にかろうじて防戦が出来ているという点では間違いなく規格外の怪物である。

【妖魔剣豪】

だが、それだけだ。

どすぐろい血が空間を彩っていく。

犬井灰根という存在がこうまで躯丸を一方的に圧倒しているのは幾つもの理由が存在している。

一つ目は先述したように躯丸の消耗。

万全などとは欠片も言えない状態に加えて手数を六つに取り戻したと言えど犬井灰根という修羅には練度不足の技。

シャドウランナーと戦狼部隊が残した爪痕は最も重要な戦場で躯丸を蝕んでいる。

二つ目は情報のアドバンテージ。

【九害】

既に犬井に躯丸の手の内は知れ渡っている。

躯丸が存在していた時代とは違うのだ。

情報の伝達速度は躯丸の時代とは比べ物にならない。

それもこのノアであればより情報の伝達速度は高速である。

対して躯丸にとって犬井灰根という存在は完全なる未知。

何をして攻撃してくるのかも推測しか出来ず、理解するには時間が掛かる。

三つ目の理由は単純、今現在の躯丸よりも犬井灰根の方が強いからだ。

【無限修羅】

力も、速さも犬井の方が上である。

故に勝負の天秤は犬井に傾いていく。

それは決して劇的ではなく、緩やかに躯丸を追い詰めていく。

躯丸が形成した刃に犬井の流体金属刀が着弾し、飴細工の様に躯丸の刃が砕かれたのがその証拠だった。

人間の力で、それも片手の体重も乗っていない一撃で砕かれる程、躯丸が百年以上の歳月を掛けて完成させた形成技術は脆くなどない。

【狂羅輪廻】【妖魔剣豪】

熟練した戦士の全身全霊の一撃であれこのような現象は起こるはずはない。

だがそのあり得ない事態が現実に起こっていた。

そしてその現象が起こっている理由を躯丸は理解していた。

相対する男は、犬井灰根は重いのだ、これ以上ない程に。

岩よりも、鉛よりも犬井灰根の肉と骨は重い。

そしてそれに比例するような硬度をその肉体に収めている。

【金剛悪鬼】

現に幾度にも及ぶ剣戟の中で躯丸が数発命中させた斬撃は犬井灰根の肉に傷付けることは出来無かった。

うっすらと僅かに皮膚に線が引かれたが、血は流れず直ぐに再生され傷は消える。

【メタルブラッド】

手の内を晒しあい、観察しあった両者。

互いに全力だった。

消耗など気にしていたら死ぬと二人は確信していたからだ。

刃をぶつけ合い、削り合った。

故に、故に。

ここからは全霊の勝負となる。

本気でやっていなかったわけではない。

手を抜いていたわけではない。

それが出来るような相手では無いことを互いに理解している。

だが両者は複数存在する奥の手を使ってはいなかった。

相対する強者を仕留めるならば確実に命を刈り取れる瞬間でなくてはならなかったのだ。

呼応するように両者が放つ殺意が空間に溢れ出す。

そんな両者が相手に攻撃を仕掛けるよりも早く行動した人間がいた。

この場において修羅に次ぐ逸脱した強者のビナーである。

【修羅悪姫】【原式魔装具所持者】

今回の任務においてなぜ彼女が指揮を執ることになったのか。

その理由は犬井灰根にある。

この男が余計な被害を出す前に封じ込め、被害を食い止めることがこの戦場においての戦狼の指揮者よりも重要度の高い役割だった

その役割を果たすために彼女が行ったのは手を合わせること。

そうすれば呼応するようにめきめきと音を立ててビナーの動作に合わせ二名を取り囲む金属が変形する。

【鳥籠・封函】

異音が止み、出来上がったのは球形だった。

通気口も、出入り口もないその中に二人の修羅が封じ込められる。

この時点で金属を操作できるビナー以外の外部の人間からはどうしようもない状態になった。

そして突き抜けるような轟音が球体に変化した瞬間に響いた。

それは球体の中で最後の激突が始まった証拠だった。

 

■●■●■●

 

完璧な闇がそこにはあった。

光源となるものは一切ない、すべてを塗りつぶす漆黒が満ちている。

両者にとってその闇は恐怖になりはしない。

球体へと変化する数舜の内に相手の位置取りを両者は把握していた。

【狂羅輪廻】

【無限修羅】

それに沿って刃を振るえば、問題なく相手へと届く。

何千、何万と人間や怪物を切り殺してきた経験が犬井と躯丸に絶対の確信をもたらす。

永劫のような一瞬、永遠のようなコンマ数秒の後、全霊の戦は幕を開ける。

先手は躯丸が取った。

くるりと独楽の様に軽やかに回転して放つのは十二連撃。

【変幻自在刀法・回転剣舞十二連】

遠心力を伴ったそれは鎧武者は簡単に切断する程の切れ味を持ちながら斬撃軌道が変化し予測が不可能な代物。

だが犬井は弾き、防ぐ。

まるで見えているかのように、軽やかに犬井は防いだ。

否、犬井はこの闇の中で高速で迫る斬撃を視認していた。

【三眼】

犬井灰根の肉体は九割以上が人工物で構成されている。

眼球、及び視覚神経も例外ではない。

元々の彼の眼球を元に機械と精霊の視覚を組み込み、反射速度を極限までに引き上げた物が今の彼の眼球である。

【超反応】

常人ならば極彩色の視界と零体との違和感により数分で根を上げ、発狂する狂気の一品。

それを犬井灰根は四六時中起動し続けている。

彼にとっては発射された弾丸すら見切ることは容易いものである。

故に、人外の速度で振るわれた躯丸の剣戟も容易く見切れる。

しかし見切る事が可能だからといって誰でも防げるわけではない。

相手の防御に合わせて躯丸の刃は人間を超えた関節の可動域により軌道は目まぐるしく変化する。

【可変駆動】

だがそれは犬井も同様である。

彼を構成する機械の肉体に限界などない。

認識と同時に意思は反映され、五つの刃と一つの刃が火花を散らす。

【狂羅輪廻】

【無限修羅】

攻守は当人たちにも無意識の内に入れ替わり、立ち代わる。

一寸先も見えぬ闇の中でまるで完璧に嵌った歯車のような剣戟の応酬が繰り広げられた。

その薄氷の上のような戦局を動かしたのは犬井だった。

放ったのは刺突。

【蛇突】

突き出す瞬間に特殊な手首の捻りを加え、敵対者に巻き付くような軌道で相手を突き刺す技だった。

当然、その程度の技では躯丸には届かない。

いともたやすく弾かれ、距離を離される。

【変幻自在刀法・受け太刀】

そしてそれを犬井灰根は狙っていた。

かちり、と簡素な音がする。

それは犬井の体内で起こった音だった。

周囲への被害を気にせずに戦いを行うためのスイッチを入れるための音だった。

そして犬井の肉体から暴風雨が放たれた。

【殺戮機刃】

雨は彼の持つ刃が高速で振った事により飛散した流体金属、風は超重量の物体が高速で動いたことで生じた衝撃波。

躯丸へと降り注ぐ豪雨は肉をそぎ落とし、暴風は臓腑を潰していく。

犬井灰根が行う動作に淀みなどない。

行っているのは徹底して効率化した斬撃。

それ自体は大したものではない。

人間であれば努力を重ね続ければ至るもの。

異常だったのは物量である。

犬井が一呼吸の合間に放った数度の斬撃には同一のものは存在しない。

全てが異なる斬撃だった。

斬撃の最高効率は決まっているといっていい。

どんな人間であれ最終的には同じ効率で斬撃を放つようになる。

しかしそれは全く同じ剣だった場合である。

刃渡りから、柄の長さ、重量、鋭さ、装飾。

それらの形状が違えば最高効率も全く違うものになる。

歩幅、振りなどの動作も軌道も全くの別物に代わる。

故に犬井が放った最高効率の斬撃がすべて違うという事は犬井の手に持つ刃が変形したということに他ならない。

つまり犬井灰根は高速戦闘の最中で流体金属刀を変形させ、それに合わせた体捌きを行い、刃を振るっているのだ。

まさに神業といえるそれを生身の人間が行えば五臓六腑が潰れ、肉が弾け、骨が砕け散る。

だが犬井は違う、生身などではない人工物で出来た金剛の悪鬼である。

【金剛悪鬼】

その肉は祈りで出来ている。

【我が肉は祈り】

理不尽を打倒するために百を超える学者たちが完成させた人工筋肉と神経である。

その骨は呪いで出来ている。

【我が骨は呪い】

先住民族、及び希少種族の秘術を簒奪し、改良した金属呪骨である。

そしてその肉体に組み込まれたあらゆる機能を己の意識と共に制御、認識しながら動かすことが出来る犬井の技量。

【全機鋼駆動把握】

これらが合わさった殺戮機械の刃は躯丸を蹂躙した。

何も躯丸に出来ることは無い。

いくら常識外の怪物である躯丸であっても長時間に渡る戦闘で負った傷は確実に体を蝕んでいる。

そして急場を凌ぐ為に構築した重音の刃も犬井を相手するには完全な悪手だった。

かすっただけでも犬井の攻撃は簡単に刃の鎧は砕け散り、内部に金属が侵入する。

それにより発生する苦痛は躯丸にとって問題ではない。

問題になるのは関節や神経に入り込み動作の邪魔になることだ。

一瞬でも動作が止まれば躯丸の肉体は犬井の一撃により弾け飛ぶだろう。

躯丸に備わった巨体に見合った重さは武器であったが今の状況では重しでしかない。

ゆっくりと、逆転不可能なまでに戦況は犬井に傾く。

妻の愛だった鎧は剥がれ。

≪十二単・全損≫

信念だった妖刀の二振りの内、音を操る久音が砕けた。

≪久音・破壊≫

躯丸に敗北が近づいている。

桜皇を絶望に陥れた怪物の肉体が死滅していく。

犬井に油断は無い、慢心も存在しない。

【無限修羅】

しかし犬井が驚愕する事態が起こった。

躯丸が刃を己の肉体で受けたのだ。

それがわざとだったのは誰もが見ても一目瞭然だった。

犬井の刃は躯丸の肉体の大部分切り飛ばした。

もはや三つ存在した顔と胴体は人間の様に一つに戻っていた。

夥しく肉体から血を流れていく。

どう考えてもあと数分で死に至る存在。

放っておいても確実に勝てる。

犬井の最高の眼球は、感覚器官はそう告げている。

しかし経験は別の事を告げていた。

危険である、と。

犬井灰根は知っている。

瀕死になっても寧ろ鋭さを高めた紅白帽子の男を。

別種だがそれと同質なものを犬井は躯丸に感じていた。

故に、観察する。

躯丸は複製した重音を残った二本の腕に持つ。

そして構えた。

今までの怪物の構えではない、人間の、侍の構えを。

【修羅道】【変幻自在二幻流】

 

「参る」

 

その言葉に犬井は返答する。

 

「来い」

 

【無限修羅】【殺戮機刃】

淡々と、しかししっかりと躯丸を見つめながら。

怪物から人間に戻った男を殺しにかかる。

なぜ躯丸が人間に戻ったのかはどうでもいい。

お互いに相手に殺意を持ち、武器を持っているそれだけで殺し合いの理由には十分だった。

一方的な蹂躙劇の幕が上がる。

数百年続けてきた怪物の手法を止め、人間の技を使う。

【変幻自在二幻流】

美談とは言えるだろう、しかし戦闘力は比べるのも愚かしい程に堕ちている。

最早記憶にない時代の技を彼は振るっているのだから。

精度も練度も錆び付いたその技では犬井には届かない。

だが滑稽とさえいえる躯丸の愚行に対して犬井は全身全霊で答えた。

【一剣一銃】「クイックトリガー」

袖口から銃を取り出し、構え、銃撃する。

装填されていたのは拘束用の小口径の弾丸。

犬井の狙い通りの場所に弾丸は着弾し、躯丸の肉体は端へと吹き飛ぶ。

躯丸が壁に叩き付けられる瞬間に犬井は銃を捨て、流体金属刀を両手で構えた。

竜魔神に傷を刻む為の奥義を放つために。

みしり、と音がする。

それは犬井が持つ流体金属刀の柄が余りの膂力に悲鳴を上げた音だった。

躯丸の意識はぼうっと犬井が刃を放つのを見つめている。

 

そして。

 

そして。

 

絶対なる刃が放たれた。

【殺戮機刃・絶刃】

瞬間、世界から音が消失し、躯丸だった侍の意識と魂は世界から消失した。

ビナーが構築した球体は内側から弾け飛んだ。

そしてそれに遅れてミサイルが爆発したかのような衝撃と轟音が世界を包む。

地下都市であるノアの全域だけでなく地上に建造された偽装都市までその音は響いた。

しかし住民達はそれを無視する。

このような事が出来るのはこの都市で頂点に君臨する恐怖の象徴しかいないからだ。

深追いすれば間違いなく死ぬと住民たちは知っている。

故に、何もなかったと自分を誤魔化し、記憶からこの事態を消去した。

そして数日もすれば完全に住民たちの中から今回の事は消失した。

二匹の悪鬼の内金剛で構築された悪鬼の方が勝利した。

今回の事件の顛末はその程度の事だった。

 

■●■●■●

 

球体が崩壊し、犬井数分ぶりに人工の光を浴びる。

そして待機していた戦狼の司令官に終戦を告げる。

 

「終わったぞ」

「見ればわかるさ」

 

淡々とした口調であるが待機していたビナーは犬井の報告に応答する。

それと同時に連続した風を切る音が複数戦場にやって来た。

TSUNAMIグループが製造したヘリコプターである。

全部で三機のそれは戦力を回収するためのもの。

一機は犬井一人を回収し、一機は戦狼達を収容し、一機は砕けた機材を運んだ。

尚、ビナーが躯丸と犬井を封じるのに使用した金属はヘリコプターでは回収不可能だった為後日、本人が回収していった。

 

『回収完了、痕跡消去後帰投します』

 

操縦手の声が響くと同時にあるものが戦場に投下される。

炎と火の属性石と焼夷剤を入れたナパームである。

痕跡の一切を消去して、戦狼と九害は姿を消した。

それが今回の協演のあっけない最後だった。




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>九害最強犬井灰根
徹底した速度と筋力と効率化された刃の暴力。
他の九害を抹殺できる、故に最強。
一度の敗北で狂気を得た
二度の敗北でそれを奪われた
故に、もう二度とは負けられない
だから彼は最強を名乗る

>最後に人間に戻った?躯丸
狂気が薄まっての復活
連戦によるマナやオドの減少
精神的ショックの連続
その他もろもろがあり人間時代の侍だったころの人格が出てきました
怪物ではなく、侍として死にました
何も残せず消えた、本当に?


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その後の顛末





      「疲れた」

  《残業が残っている大刀洗さん》





煌々と町の一角が炎により光ろうとこの街、ノアの日常が揺らぐことは無い。

女達は自分の肢体を買う男を求め、誘う言葉を吐き。

男たちは酒を浴びるように飲み。

薬物中毒者たちは安い粗悪な麻薬をその身に入れ陶酔している。

銃撃と剣戟の音と赤子泣く声が同時に起きている。

奇跡と悲劇が同時に起こる、それがノアの日常だった。

そんな街の一角にその医者の医院はある。

灰色のコンクリートで作られたビル、そこにDr.ファウストの医院があった。

 

■●■●■●

 

 

薬品とアルコールの匂う空間にシャドウランナー達はいた。

自然災害に等しい躯丸を足止めしながら重傷を負わせた彼らは同じように誰もが傷を負っていた。

それは数日も休めば完治するものから並みの医療者では治すことが難しいものまで様々だった。

幸い、シャドウランナー達が入院している施設の主は並みでは無い、この都市随一の腕を持つ名医である。

故に、彼らは一応はが付くが会話が可能なほどに回復していた。

 

「死ぬかと思ったね」

「ええ」

 

黒と白の少女。

夜凪景と百城千世子はその美しい身体を入院服で包んでいた。

彼女達は勇敢に戦い、目的達成に貢献した。

だがその過度な魔力消費と長時間の集中の代償により彼女たちの肉体はボロボロであった。

今も点滴でしか栄養を取ることが出来ていない。

 

「美味しいものが食べたいわ」

「お饅頭とかね」

 

彼女達は整った顔立ちを同じように天井に向けながら雑談をしている。

異郷の地で受ける知らない医療。

煎じた薬草、或いは魔術による治療しか受けてこなかった彼女たちにとっては全てが未知な物だった。

疲労が彼女たちの肉体に満ちているのと同時に不安や恐怖が同様に満ちていたが溜まりに溜まった疲労には勝てず二人の少女は意識を失った。

他の者たちも例外ではない。

誰も彼も疲労と負傷により戦闘はもとより日常行動も不可能なほどの負傷を負っていた。

一番軽傷であった尾形であれ背部への火傷に加えて砲撃装置が破壊されたことによって発生した金属片が身体の各所へ突き刺さっていた。

シャドウランナー全員を拾い上げ、医者の元へと運んだ後糸の切れた人形の様に倒れた。

今現在は火蜂のロボットアームが差し出すウサギ型に切られたリンゴをベッドの上で咀嚼しているが軽傷とはとても言えないものだった。

次に軽傷だったのは最前線いながらも援護に徹していたボバ・フェットである。

身体の各所に包帯や絆創膏を張り付けながらも特徴的な兜は被ったままなので笑いを誘う滑稽な姿をしていた。

この二人以外の他の面々はそれ以上の傷を負っている。

にっかり青江は腕の筋肉と骨の骨折により救命ポッドの中で裸で浮かんでいるし。

内臓にまで傷を負ったアスラはまるで末期の患者の如くそこら中に点滴が刺さっている。

ベインとセンロックはまるで糸人形の様に四肢を包帯で吊り下げられている。

霊体の崩壊を自ら起こしたテッドは今も尚気絶したままだ。

そんな死屍累々という言葉が似合うこの空間で一人の怪人が頭を抱えている。

 

「何でこんなに重症患者が来るんですかねぇ」

 

紙袋を被った異常な長身の医者、DR.ファウストは心情を吐き出すように暗いため息を吐いた。

全員が全員、重症を負っていたのに誰も死ななかったのはひとえにこの男の卓越した医療技術があってこそである。

【高等医療技能】【手術技能・熟達】【人体構造理解】【超タフネス】

 

「感謝する」

「あんがとよ」

「支払いは後でやるよ」

「とりあえず腕一本治ってからで頼むわ」

「私達はどうすればいいのかしら」

「取り合えずあの目隠ししたあの娘から報酬もらってから考えよ」

 

寝たきりでもおかしくない患者たちが話しかけてくるのに思わず医者である彼は耳を塞ぎたくなる。

今日一日でファウストという医者が大小関係なく治した患者はこのシャドウランナー達を含めれば百へと届く程だった。

故に当然、疲労が溜まっている。

腕は鉛のように重いし、思考は絡まった糸の様に判然としない。

 

「お代は後程必ずいただきますがとりあえず自分の体を休めさせて治してください」

 

ふらふらとしながらも全員の傍らに薬を置きながら彼は部屋から出る。

そしてその間際、人間の関節の可動域を越えた角度で振り返り。

 

「騒げば剥きますよ(・・・・・)

 

瞳に赤い光を灯しながらそう言った。

【人体構造理解】【元■■-ダー】

思わず何名かはコクコクと頷いたのを見て、ドアが閉められた。

静寂が空間に満ち、何も言わずとも彼らは眠りについていった。

それがシャドウランナー達の今回の顛末だった。

 

 

■●■●■●

 

 

夢を、見ている。

幾重にも重なった悪夢をみている。

 

「「「「うぉぉおおお!!」」」」

 

鬨の声が挙がる。

何十人もの槍を持った侍たちが突撃する。

【精兵】【声合わせ】【列槍】

ばしゃり、と音がする。

それはぬかるんだ泥を踏め閉めるような音だった。

思わず聞き惚れてしまうそれは一切の無駄な力が脚に入っていない証拠である。

【妖魔剣豪】【夢惨輪廻】

そして、血の雨が降った。

腕が、脚が、首が、胴体が切断される。

【変幻自在刀法】

藁の様に精強だと一目でわかる侍は死に絶えた。

 

「脆い」

 

それを成したのは人外の侍、躯丸。

【巡轟地獄】【八番鬼・頭領】

既に彼は死んでいる故にこれは本物ではない。

太古の昔の光景を垣間見えているだけだ。

 

 

「侍としてお主たちを見逃せぬ」

 

侍がいた、刀を振るい殺した。

【変幻自在刀法】

 

「民を守れっ!、一人でも生かすのだっ!」

 

武将がいた、刀を振るい民ごと纏めて殺した。

【変幻自在刀法】【血染めの衣】

 

「なんだ貴様はっ!本当にモータルから生まれたのかっ!」

 

ニンジャがいた、刀と領域を使い殺した。

【変幻自在刀法】【領域展開】

 

「何故我らを攻撃する!?、敵を人間だろう」

 

妖魔がいた、念入りに黒刀と領域を使い滅した。

【変幻自在刀法】【魔法剣・黒刀】【領域展開】

 

「皆の為に!」

 

英傑がいた、皇義を使って殺した。

【■■■■】

 

殺した。

殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺した。

老若男女、人妖、英傑、ニンジャ区別なく平等に塵殺した。

【夢惨輪廻】

そして天下に蝋面白棺守不死肚之躯丸という怪物の名が響いた。

【妖魔剣豪】【八番鬼・頭領】【巡轟地獄】

 

 

骸が地平線を埋め尽くしている。

まるで泥の様に腐乱死体が足元に満ちている。

吐き気を催す光景になぜか感動してしまう。

ここまで芸術的に一個の生命が殺し続けられるのかと。

 

そして、そして。

最後の一団が記憶に浮かんでくる。

特徴的だったのは黒髪の侍と巫女、そして修羅。

その人間たちの闘いを言語化することは男にはできなかった。

ただ、見惚れる程に洗練された武がそこにはあった。

ただ、感動するまでに美しい魔法を扱う巫女がそこにはあった。

そんな、永遠にも思うほどの闘いの終わりを傍から男は見ていた。

躯丸が封印される。

そして侍と巫女が接吻し、それを横から修羅が茶々を入れる。

御伽噺の終わりを男は見た。

 

 

世界が暗転する。

霊体に込められた経験の読み取りが終わったのだ。

そして男、テッドは現実の世界に戻ることは無かった。

今までなかった出来事に混乱したテッドの後ろに黒闇から人影が浮かび上がる。

 

それは鎧武者だった。

 

鎧武者は二刀流だった。

 

そしてテッドの首が刎ねられた。

死を、感じた。

 

「どうなってやがる」

 

刎ねられた首が戻り、自身は戦闘用の装備に身を包んでいる。

目の前には黒い輪郭しかわからない鎧武者。

 

「■■■■■■■■無黒丸」

 

侍は己が名を言い、そして構えた。

【■■修羅】【無双剣豪】

 

テッドもそれに答える。

 

「テッドだ」

 

【修羅道】【機巧剣】

 

そして両者は激突し、一方的な蹂躙劇が行われた。

 

 

■●■●■●

 

 

七罪王の拠点であるノアの第一区画に三台のヘリが降り立つ。

それから降りてくるのは七罪王の武力の象徴である戦狼部隊と九害。

音もなく戦狼部隊は降り立ち、九害たる犬井灰根もそれと同様に降り立った。

彼を先頭に、それに続くように戦狼部隊の指揮官たる女が続き、そして隊員が続く。

そんな彼らを出迎える様に一人の女が立っている。

 

「お帰り~、今回の草は強かったっぽいね~」

 

軽薄な声で女は、ミョはそういった。

七罪王の配下の戦闘部隊の一つを率いる女はまるで侍女のように一礼する。

それは完全な武力となった戦狼部隊と九害への敬意だった。

 

「そちらはどうだ、子兎」

 

戦狼部隊の指揮官、ビナーはミョに問いかける。

 

「問題なし、棺を引き込んだバカ業者は掃滅したよ」

 

【兎部隊・隊長】【プロフェッショナル】【殲滅特化兵】

選別に選別を重ねたエリートである彼女が率いる部隊は一切の痕跡も逃さずこのノアに躯丸の棺を持ち込んだ業者を皆殺しにしていた。

 

「でも」

 

しかし。

 

「どう考えてもあの程度の連中が手に入れられる代物じゃないんだよねぇ」

 

資料を精査し、人員を拷問して得た結果。

どう考えてもこの企業が密輸可能な代物ではなかった。

 

「人員には調査にない改造手術とかやってるし」

 

人体の大部分を機械に置き換える、或いは獣具と呼ばれる生体魔具に置き換えた改造人間が殆どだった。

それを行える技術者との伝手もなく、資金もないのに、である。

 

「まあ殲滅が私の役割だからそういうのは怠惰の黒子衆がやるでしょ」

 

未だ解らない事件だったが、一応はノアに訪れた災厄は去った。

それが七罪王の配下の事の顛末だった。

 

 

■●■●■●

 

 

闇の中で二人の女が向き合っている。

一人は大刀洗斬子、もう一人は神条紫杏だった。

二人の闇の王たちは得た情報を精査しこれからの事について会議を行っていく。

 

「密輸業者の関連した企業の捜索は任せる」

「りょーかい」

 

淡々と彼女たちは幾重にも及ぶ莫大な作業を処理していく。

【七罪王・傲慢】

【七罪王・怠惰】

 

「死んだ戦狼部隊の補充は?」

「既に手配済みだ、精神加工はイヴに、肉体加工が茅場の手が空いたら行わせる」

 

彼女達が行うべき仕事は多い。

それは単純な事務処理だけではなく、事業の展開も含まれている。

 

「浄化術での洗浄はいつからやる?」

「メメが数日後に帰ってくる手筈だ、やつに任せる」

「洗浄した後はどうする?」

「躯丸の残骸を少しでも多く回収して、情報を吸い上げる」

 

深く、暗い闇の中で彼女たちは今日もせわしなく働く。

それが今回の事変に対するこの都市の支配者の顛末だった。

 

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>誰も彼も重症よシャドウランナー達
全員が全員負傷していますがちゃんと生き残りました。
ジョンドゥがいませんが彼は一人別の医者へと行きました。

>地獄を見ているテッド
ボッコボッコにされ中。
【変幻自在二幻流】を習得可能になりました。
まあそれまでは地獄を見るでしょうが

>仕事を終えた皆さん
休日だねよかったね

>残業が残っている二人の上司
残業だよ、やったね二人とも
二人「殺すわ」




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幕間その3
幕間 暗黒都市観光録 ②





「この都市にはいろんな奴がいます」

      『鼠』






惨劇が起きてから日が浅いが、誰も彼も変わらずに生活をしてますなぁ。

そしてそれはあっしも同じくですわ。

どうも、しばらく。

あっしは、鼠。

この糞ったれな街でけちな案内人をしていやす。

 

■●■●■●

 

久しぶりですなぁ、旦那。

顔を見るにそこそこ慣れてきましたかね、このくそったれな町に。

どうです、どっかの組織には入れましたか。

旦那程の腕ならまぁストリートギャングどもにはならずにすむでしょうや。

やつらの中でもでかいチームはありますが大体のやつらはその日暮らしの三一ですんで。

そうですか、レストランの護衛ですか。

エルドラドに近い場所ですから給金もいいでしょうな。

それで、あっしに今回は何の用で。

・・・なるほど、強くなる方法ですかい。

この都市には合法非合法問わず色々ありますが、順を追って説明しましょうか。

ついてきてくだせぇ。

 

 

■●■●■●

 

 

毎度の事ですが離れないでくださいね。

今日の第三区画は予報では黒雨は降らないはずですがもしもがあるんで。

ギャングどもはこの前の事変の影響で場所取りの為に暴れてますし、それと同時にいい腕のシャドウランナー達が行動してる。

まあそんな場所だからいろんな強くなる手法があるんですがね。

このビルから見下ろしてくだせぇ。

近すぎるとばれますし、旦那が逃げる時間があっしが稼げないんで。

大丈夫です、遠見用の魔具はお貸ししますんで。

 

さて、まずは銀髪の兄ちゃんを見てください。

身体中にタトゥー入れてるでしょ。

あれが強化方法の一つでさぁ。

肉体の神経に沿って属性石や特殊な魔薬を材料に作った奴を刻むんでさぁ。

タトゥーの紋様によって肉体強化、魔力強化など様々な効果が得られるます。

手軽に入れられますし、強化される幅も一定で、なにより結構安全です。

そこそこ腕のいい医者ならね。

やぶに当たったら悲惨ですよ。

属性が合わない材料を使って骨が砕ける、脆くなる、骨と肉が異常にくっつく。

魔薬の量を間違って肉がとろける、皮膚がゆがむ、強化されすぎて歩くことすらできなくなる。

まぁ、他にもいろいろありますがタトゥーは失敗すりゃあこのデメリットと一生付き合うことになりまさぁ。

あっしも入れてますがちゃんと腕のいいところでやりました。

他にこのタトゥーには所属している組織を示す役割もあります。

ギャングやマフィア、ヤクザ者も似たようなタトゥーを入れることが組織に入る条件になってます。

裏切り者を一目で見分けられますし、何より同じものを共有しているということで信頼関係が生まれますしね。

だからこの街でも主流な強化方法です。

 

次はあれです、あのマスク野郎を見て下さい。

奴はケミカリストです。

薬物によって肉体を強化するのはこの街じゃあありふれてますが、その中でもケミカリストのやつらは断トツのいかれです。

肉体、精神、魔力、全てを魔薬を使って強化するやつらです。

医者よりも薬に詳しく、そしてジャンキーどもより薬物中毒者な人間、それが奴らです。

なるには学が必要で、あり続けるには鋼鉄の精神が必要で、なによりも金が必要な存在。

それがケミカリストという存在でさぁ

 

あとは、そうですねぇあの継ぎ接ぎの姉ちゃんを見て下せぇ。

旦那も知ってるでしょう獣甲ってやつです。

失敗率も少なくないんですが、それだけに強力ですよ。

人間じゃ得られない力を持つことが出来ます。

あの姉ちゃんは多いですね。

四肢全部取り換えてますよ。

運がいいのか、金を持ってるのか、それともその両方か。

まあ、旦那よりも強いでしょうな。

獣甲以外にも昆虫の能力を持ったバケモンみたいなやつも出てきたって聞きます。

まだ実験段階ってところでしょうな。

 

 

最後にあの大男を見て下せぇ。サムライです。

改造手術で戦闘特化に強化された奴らです。

人工的に埋め込まれた機械やら生体魔具で小経口の銃弾じゃあ弾いちまう。

大口径のやつでも武装してたら、軽傷ですんじまうバケモン連中でさぁ。

まあそんなだから生活するにも金がかかるし、長い調整が必要なんですよ。

このノアだと商人やら、娼館などのガードマンですわな。

普通の人間には振り回せない武装を振るう姿は威圧感がありますから馬鹿やらかす奴が減りますんで。

問題は維持費とか以外には女が抱けなくなるんですよ。

ぐちゃりって女を潰すサムライの話はよく聞きます。

旦那もなるのはいいですが気を付けてくださいよ。

 

 

さてここから見て解る強化方法はこのぐらいですかね。

ついてきてくだせぇ、別のやつらを見せてあげます。

 

 

■●■●■●

 

 

さぁ、どうぞお入りください。

埃くせぇですが我慢してくださいよ。

よしっ、電気は生きてますね。

さてさて改めてようこそ、あっしの副業の武器屋に。

色々そろえてやすよ。

銃も剣も、薬もね。

さぁて、まずはこちらを。

アデプトの奴らが使う武器収束具です。

剣だから旦那にもいいでしょう。

アデプトの奴らは普通の魔法使いとは違って徹底した自己強化をする奴らです。

なるのは大変ですが強い奴らが多いですよ。

最上位の奴らは弾丸よけるのも油断をしなければ出来る人間も多いですから。

 

次はこいつですかね。

魔銃と特殊弾薬です。

構造とかあっしは知りませんが特異な能力や、段違いの威力を持ってます。

ガンスリンガーの奴らとサムライの奴らのイタチごっこの原因の一つですかね。

まあ超凄腕の奴らは眼球内とか口腔で跳弾起こしてサムライ殺しますがね。

これが悪いってんじゃありませんよ、ただ高いし威力がありすぎて扱いにくい部分もあるのは確かです。

 

他には共感覚を調整する薬剤とか、改造用の寄生虫とかですが---あん?

 

 

■●■●■●

 

 

それは突然の出来事であった。

半地下の崩れた建造物の中にあるネズミの武器屋の扉がひどく乱暴に開け放たれたのだ。

乱暴の開け方と同様に乱暴にがしゃり、と音が鳴る。

開け離れた入り口から獣の如く入ってきたのは機械の獣のような巨体の男。

 

「血、血ぃ~ッ!」

 

唸り声の如く喉から絞り出したのは鮮血への渇望。

薬物中毒者が麻薬を求める様に血を求めていた。

腕には刃が、型には銃器が、脚にはミサイルポッドが。

機械仕掛けのいかれ(サイバーサイコ)】【フル・サイボーグ】【サムライ】

全身兵器という言葉がこれ程似あう存在はそうはいないだろう。

 

機械仕掛けのいかれ(サイバーサイコ)か」

 

ひどく冷徹な声がする。

和気藹々と元冒険者の少年と喋っていった男からその声は出ていた、

男、鼠はにっこりと少年を見て口を開く。

ひょろりとした腕はとても重いものを持つようには見えず。

頬もこけており、栄養をちゃんととっているのかもわかりはしない。

人相も糸目だけが特徴的な男、それが鼠だった。

 

「旦那」

 

先程までと同じ調子で鼠は言う。

 

「あれが、強化しすぎた奴の末路です」

 

かちゃり、と机の上に置いてある魔銃を手に取る。

 

「この街じゃあ強化しすぎて狂ったやつらも少なくはない」

 

並べた魔弾をもう一方の手に取る。

 

「こいつみたいな奴らはボンボンがバカやったか、どっかのいかれや学者の実験に失敗した奴のどっちかです」

 

魔弾を、装填する。

 

「まぁやりすぎは禁物ってことですわ」

 

鼠は笑った、先ほどまでと同様に。

そして。

 

「血ィッ」

 

狂人が咆哮する。

乾いた肉体に浸す血を求めて。

機械化された肉体は純真の肉体を持つ少年が行動するよりも早く肩に装備された銃器を動かした。

自動で敵を狙い、打ち殺す凶器が高速で動く。

【マニピュレーター】【オートターゲッティング】

それが機能通り、敵を打ち殺すよりも速く、銃器は破壊された。

【溝鼠の矜持】【クイックショット】『魔弾・衝撃弾』

鉄が破壊された事で起こる轟音による驚愕よりも元冒険者の少年はあることに驚愕していた。

鼠が撃った。

そして巨大な銃器を破壊した。

たったそれだけの事に少年は驚愕していた。

元少年にとって鼠という男は強者ではない。

卑屈な性格をしているが周到な準備を利用する人間であると思っていた。

その驚愕が収まるよりも速く、事態は急変する。

銃器が破壊された事実に臆することなく獣は行動する。

人間などひき肉にして余りある怪力でもって己が腕に内蔵された刃を振るう。

【怪力】【ブレードオプション】

風を切り裂き、二人の人間を切り裂かんと向かっていく。

その瞬間、鼠は消えた。

【溝鼠の矜持】【フィジカル・アデプト】『閃狼の刺青』

こつり、と音がする。

それは鋼鉄の肉体に拳が当てられた音であった。

 

「おせえよド三一」

 

どすの利いた声を鼠が放つ。

そして。

 

「死ねや」

 

死を宣告した。

その言葉と同時に衝撃が発生した。

【魔力撃・殺戮の手】【釘打ち】

金属の塊である獣がまるでボールの様に吹き飛ぶ。

入り口だった場所が粉砕され、獣で埋まった。

 

「頑丈ですなぁ」

 

和気藹々とした声がする。

鼠の声だ。

それに返事するように獣が瓦礫の下でもがいている。

【頑強】

 

「だが死ねや」

 

冷徹な声がする。

鼠の声だ。

それに返事をするように悲鳴がなった。

 

「aaaaaaaーッ!」

 

【鉄鼠の錆】

不格好にぱたぱたと腕を動かし、獣は死んだ。

その理由は先程の拳の一撃と鼠の固有魔法にある。

鼠の固有魔法は金属の酸化操作。

肉体をほぼ機会に置き換えている人間の天敵である。

確かに死んだことを確認して鼠は振り返る。

 

「いやー大丈夫でしたか旦那」

 

先程までの声色の鼠だった。

こくり、と少年は腰を抜かしながら頷いた。

 

 

■●■●■●

 

 

いやあ、お恥ずかしい。

手を汚すところを見られちまいましたね。

なんですかい、なぜそんなに強いのにいつも闘わないのかって?。

今のはあっしが不意を打ったから勝ったんですよ。

正気の奴との正面戦闘じゃあああはいきやせん。

この街で強そうにしてるのはただの馬鹿かそれとも本当の強者かどっちかです。

あっしは本当の強者じゃないんですよ。

だからね、徹底的に相手をだますし、情報も集めます。

そうやってようやく勝負の舞台に出てくる臆病者なんですよ、あっしは。

なんですって、かっこいいですって。

・・・照れるだろ、やめろ。

赤くなってなんかいない、キラキラした瞳で近寄るな、やめろ。

チィッ、誰にもいうなよガキ。

したら殺すからな。

酒、奢ってやるよ、お前の店でな。

何青くなってやがる。

姉さん方に揶揄われてるってそりゃあいいこと聞いたぜ。

これでチャラだ、朝まで飲んでやる。




>鼠だが猫を被っていた鼠
罠張ってフィジカルアデプトで強化して魔力撃をぶち込むスタイル
ボバ君たちには逆立ちしても勝てないが超一流手前の男
以外と子供に慕われている、大体死んでるけど

>図らずも助けられた少年
何とか生き残ってる少年、改造手術よりもアデプトになると決めたようす
お姉さん方からは弟が出来たみたいとからかわれている
煽情的な衣装にたじたじな様子

>《タトゥー(魔紋)》
神経などにそって刻まれた刺青。
ノアにおいて普及している人体強化手法の一つ。
奏護の敵対部族から接収したのを都市の人々で実験している。

>《ケミカリスト》
薬物の専門家、作用も副作用も知り尽くしている。
魔薬にて強化し、魔薬にて相手を弱体化させる。
味方を強化することも可能。

>《サムライ》
機械や獣甲で肉体を大幅に置換したものを指す。
非常に頑強であり、ノアにおける戦闘の花。
由来は大陸に桜皇が入って来た時に生まれたとか魔導文明時代の強化兵の名前だったとかいろいろ。

>《アデプト》
自己強化魔術師、徹底した自己強化魔法の使い手であり最上位は弾丸すら見切る。
鼠はアデプトであり、タトゥーと併用して加速した。
なるのは難しく、師となる存在が不可欠である。



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幕間 奏護の伝説


 『さあ、遊ぼうぜ』

 《喇叭吹きの長》





伝説はどんな場所であれ発生する。希望、絶望、恐怖、畏怖、羨望などを理由に世界はその偉業と所業を語り継いでいく。

 

王国においては魔人との戦争において活躍した六人の蛮族、六勇者。その末裔たる六神武貴。

聖錬においては民衆の希望たる二人の永遠戦姫、御伽噺の英雄たるロトの勇者。

桜皇においてはたった一人で戦局を左右する英傑たち。そして同時に英傑に打倒された妖魔たち。

魔王領においては正しく人外の怪物たる正規魔王。魔王を殺した魔王殺し。

誰も彼もが最強を謳われ、只人を夢へと駆り立てる。

 

では犯罪の巣窟たる奏護ではどのような伝説が語られるのか。

 

放浪の犯罪王、砂棺王クロコダイル。

 

いずれ来る怪物を刈り尽くした黒い鴉、かっこう。

 

四度の反転乗り越えし最強の鬼人、赤禍武のハルキヨ。

 

空を駆け破壊を生む空爆魔王、ハンナ・ルーデル。

 

これだけか、否である。

 

王国で、聖錬で、桜皇で、魔王領で。

語られる伝説がまだまだあるように奏護において語られる伝説はこれだけではない。

 

希望と絶望を生み出す伝説が尽きることは無いのだから。

 

 

■●■●■●

 

 

その女は英雄である。

【英雄】

悪を挫き、善を守った守護者である。

幾多もの狂人、怪物、悪人を討ち取った伝説。

【裏組織滅殺者】

その名は『赤い霧』。

【赤い霧】

奏護最強の鬼人である炎虎と並び、最強と呼ばれた英傑である。

そんな一騎当千の存在が、死に掛けていた。

 

 

「GYAOOO-ッ!!」

 

 

天地を揺らす叫び声が響く。

それは恐怖を生み出し、同様に破壊を生んだ。

破壊を産み出した原因はその叫び声をあげた存在の巨体にある。

その存在は山の大きく、黒い。

【山の如し】

黒き肉体にはどのような素材か不明の包帯が巻き付けられている。

【自縄自縛の呪布】

肉体の背部には羽が生えており、その羽には金色に爛々と光る瞳が生えていた。

【夜に誘う大鳥の羽】

異形にして異貌の怪物が英傑の前にいた。

その怪物の名は終末鳥。

【終末鳥】【天に等しきもの】

G級に分類される怪物である。

万夫不当を滅するその存在もまた、死に掛けていた。

赤い霧の手によって。

 

終末鳥には長く、鋭く、速い二つのかぎ爪があった。

【鉤爪】

その二つの内一つが切断されている。

 

終末鳥には印をつけ、獲物を逃さなくする呪いがあった。

【黄昏の瞳・呪眼】

赤い霧は逃げはしなかった、後ろにいる弱者を守るために。

 

終末鳥には空間を闇に閉ざし、飛び回る羽があった。

【夜に誘う大鳥の羽】

引きちぎられ、自由の翼はもがれ地に落ちた。

 

終末鳥には熱閃を放つ数多の瞳を持っていた。

【黄昏の瞳・滅びの光】

一つずつ丁寧に潰され、もう数える程しか残ってはいない。

 

終末鳥には衝撃を撒き散らす天秤を持っていた。

【審判の天秤】

天秤は断ち切られ、柱しか残ってはいない。

 

終末鳥には全てを食らう嘴を持っていた。

【罰の嘴】

真っ二つに切断された。

 

どれもこれも人間を過剰なまでに殺し尽くす機能を持った器官だった。

しかし英傑の手によって破壊された。

生命としてもう死ぬのは免れない。

その限界を怪物は軽々と超えていく。

【戦闘続行・怪物】

 

だが英雄も無事ではいない。

瞳は光を失っている。

放たれた光線の光で目が焼かれたからだ。

もううっすらとしか認識していない。

 

とめどなく血が流れている。

鳥を地に落とした衝撃で内臓が傷ついたからだ。

 

腕の感覚が無い。

嘴を弾いた瞬間に、腕が千切れかけたからだ。

 

全身には痛みが奔っている。

そんな身体を固有魔法である血液操作で無理矢理動かしているからだ。

【震天動血】

 

満身創痍はもう超えている。

意地と根性で彼女は動いていた。

【苦痛耐性】【戦闘続行・英雄】

 

僅かな時間、死に掛けの英雄と怪物は睨み合う。

そして最後の攻防が幕を開けた。

 

 

終末鳥が瞳を輝かせ、光線を放つ。

【黄昏の魔眼・滅びの光】

自由自在に曲がりくねり、赤い霧を襲う。

だがそれはもう彼女は見慣れている。

狙いを定める瞳孔の角度には生命である限り限界が存在する。

元々は全方位を瞳は見渡す事が出来たが、彼女に殆どの瞳が潰された今となっては死角が出来てしまっている。

故に、瞳がカバーできない角度が光線の発射できない空間になっていた。

その場所を踊るように、英雄は舞った。

【血華舞踏】

肉体の大部分は負傷している。

血液を生成し、人工的な心臓と先天的心臓を動かす鎧で身を包み、無理矢理動かしている。

【震天動血】『血意の鎧』

負傷箇所を新たな血管へと変成させ、そこを流動する森属性の血液で肉体を活性化させる。

原理は単純明快、故に理解不能の所業。

それは傷を塞ぐどころか広げるという事であり、命を削り続けるという事である。

現在進行形で彼女を襲う苦痛が怪物に勝利した後でも苛み続けるのは間違いない。

 

 

————痛い、苦しい、痛苦痛痛苦痛痛痛痛痛苦痛痛苦痛痛痛痛

 

絶え間ない自身の悲鳴を赤い霧は、ゲブラー・カーリーという女は聞いた。

 

「だから」

 

歯を食いしばる。

心を燃やす。

そして。

 

 

「どうしたぁァァァ——————————ッ!」

 

 

叫んだ。

【夢幻修羅】

喉が張り裂ける程に。

痛みも苦しみも知った事じゃない。

必要なのは目の前に存在する怪物を殺意と。

無辜の人々を殺戮する存在への怒りだ。

【無辜の守護者】【英雄】【G級ハンター】

それが何よりも力を生んだ。

数瞬も必要なく、終末鳥は彼女の間合いへと踏み込まれ。

彼女は刃を振り上げる。

 

 

「死ねぇェェェッ—————!」

 

 

渾身の力と殺意を持ってその斬撃は放たれる。

斬撃の名は大切断。

【剛剣・大切断】

剛剣と呼ばれる武具破壊術、己が剣腕の威力のみならずピンポイントでの衝撃を束ねる手法の基礎にして奥義。

全体重と全動作を剣閃へと乗せる。

ただ、それだけの技。

あらゆる剣士はそれを行うことが出来る。

だが一切のロスなく最高効率でそれを放つのは至難の業。

それが出来る技量に。

規格外の身体能力が合わさったらどうなるだろうか。

 

 

—————ざぱり、と音がする。

 

 

それは肉と肉が綺麗に切り離された音。

幾重にも及ぶ強固なる防御の全てを断ち切り、終末鳥を切断した音。

どろりとした淀んだ血脈が、命の証がまるで噴水の様に辺り一面を濡らす。

奏護の代名詞たる地平線まで広がる砂漠に赤いオアシスが形成される。

生命が終わるには十二分の出血。

だが、怪物の中の怪物たる終末鳥は未だ死なず、敵対者の命を狙う。

断ち切られた事による痛みを無視し、大振りの斬撃を繰り出し体勢を崩したゲブラーを半分になった嘴で狙う。

【罰の嘴】

歯並びの良い歯はまるで鋸のようであり、いかに頑強な存在であれ削り殺される。

勝利を、獣は確信した。

自分の口内へ広がる甘美な血の味を幻視する。

 

 

「何を勝ち誇っている」

 

 

英雄から迸る怒りが、獣の確信を疑問に変える。

【夢幻修羅】

撒き散らされた化物の血液が一点に集まっていく。

それは赤黒く脈動する鎧である。

『血意の鎧』

鎧機能によりゲブラーへと血液を供給する。本来の人体であれば爆発する程に。

固有魔法と鎧、そしてなによりも強固な意思によって無理矢理彼女はそれを制御する。

 

 

「お前のような化物が、甘美な勝利を得られると思うな」

 

 

爆発的に、元より常人とはかけ離れた彼女の身体能力が上昇する。

振り下ろされた大剣を直ぐに構え直すことが出来る程に。

そして始まるは蹂躙撃。

比類なく高まった身体能力で大切断を繰り出し続けるだけの攻撃。

【剛剣・縦横夢刃】

 

 

「弁えろよ怪物め」

 

 

肉が切り裂かれる。

 

 

「いい気分で終われるなどと思い上がるな、絶望しろ、苦しみ抜け」

 

 

己の肉体が挙げる悲鳴を無視して彼女は刃を振るう。

 

 

「何も得られず──死ねェ──!」

 

 

最後の一振り。

一切の怪物の痕跡を残さぬための一閃。

【剛剣・大切断】【震天動血・死閃】

生きた魔剣へと彼女の栄養を使い終わった血液が圧縮される。

そして彼女が放った斬撃の瞬間、ウォーターカッターの様に放たれた。

切断された部分から放たれた血の刃が傷を拡大していく。

悲鳴さえ挙げることは許されず、終末鳥は死滅した。

 

 

 

ずどん、と巨大な死骸が地面に落ち大地が揺れる。

その亡骸の上にゲブラーは着地した。

ぐちゃり、と不快な感触を感じながら彼女は大剣を亡骸に突き刺し、寄りかかる。

息も絶え絶え。

その言葉が似合う満身創痍。

故に、悪辣な蛇は千載一遇のこの瞬間を見逃さなかった。

【悪辣なる一射】【バッドエンドメーカー】【スチームショット】【百謀千悪】

音もなく弾丸が飛来する。

視線も音もしない不意打ちは彼女に直撃する、かに思えた。

この程度で死ぬようなら彼女は英雄と呼ばれない。

倒れこむように回避し、発射地点を探る。

それこそが蛇の、ブラッドスタークの狙いであった。

 

 

「なっ!」

 

 

驚愕の表情をゲブラーは浮かべた、

自分の腹から突き出た腕を見て。

【気配迷彩】【光学迷彩】

 

 

「さすがは英雄、初撃で決めるつもりだったんだがな」

 

 

後ろから聞こえる嘲笑が混じった声に、ゲブラーは確信する。

ここでこいつは殺さなければならないと。

腹筋に力を入れて拘束し、相打ちに持っていく為に大剣を振りかぶろうとするが、出来ない。

身体が麻痺している。

血液を操り無理矢理動かそうとしているがそれでも動かない。

【震天動血】

 

 

「無駄だぜ、骨と神経と霊体を拘束してるからな」

 

 

万全と言っていい拘束によってゲブラーは捕獲されてしまった。

【三縛手呪】

この事実を、彼女は疑問に思う。

 

 

「疑問に思うか、英雄?」

 

 

彼女の心を見透かすように蛇は口を開く。

嘲るように、惚けるように。

 

 

「ただ単に狙ってたんだよ、化物差し向けるぐらいにな」

 

 

その一言がこれ以上ない程、彼女に怒りを生んだ。

 

 

「貴様ァッ!」

 

 

怒気がその肉体から溢れようと、体が動く事は無い。

それほどまでに完璧に彼女は拘束されている。

故に。

 

 

「それじゃあ、エスコートしてやるよ赤い霧」

 

 

蛇の陰謀は止まらず。

赤い霧と呼ばれた英雄は失踪した。

誰もが英雄は、彼女は死んだという。

しかし信じない者もいる。

 

 

 

■●■●■●

 

 

その女は光狂いである。

人間が困難を越え、成長していく姿を何よりも尊ぶ女である。

未だ世間に名を知られることなき存在。

それが産声をあげた事件があった。

短い時間で忘れ去られるようなそんな小さな事件が。

 

 

ぱちぱち、と木材が燃える音がする。

黒い煙は濛々と立ち上がり、酷く苦い臭いを放つ。

そこはとある流派の道場だった。

一人の剣聖と数多の弟子が修練に励む神聖な場所。

そんな場所が、燃えていた。

剣聖とその筆頭弟子の手により。

 

 

「………今一度聞こう、なぜ弟子たちをたぶらかした」

 

 

小さな老人、『剣聖』ヨダルラーハは己の弟子へと問いかけた。

【剣聖】【無限修羅】

いつもの飄々とした姿はどこにもなく、静かな殺意と冷徹な怒りがそこにはある。

一流の戦士であっても自分の首が斬り落とされたと錯覚するような恐怖を生むだろう剣聖の殺意を対峙する人間は事も無げに受け流していた。

 

 

「たぶらかしただなんて。みんなにお師さんの技を伝えて、鍛錬に励んだのよ」

 

 

その女、剣聖の筆頭弟子であるグレイスは美しかった。

【筆頭弟子】【夢幻英姫】

いつも通りの尊敬の念に満ち溢れた表情で彼女はヨダルラーハの質問に答えた。

自分は師の技を他の弟子に伝え、鍛錬に励んだだけなのだ、と。

 

 

「自制も聞かぬ未熟者を暴れさせ、無益な血を流し、金を盗んで何が鍛錬か……!」

 

 

筆頭弟子の答えの誤りを正すように、ヨダルラーハは怒りの声をあげた。

奏護においてクロコダイルの傘下にない部族、商人のキャラバンを襲う事件があった。

この犯罪が蔓延る国家においては珍しくはない。

しかし、被害者が全員同じ流派によって斬殺されたのは珍しい。

クロコダイルからの情報により、自身の弟子の凶行であると知りヨダルラーハは自身の手で後始末を行った。

弟子の大部分を、彼は切り殺した。

涙を流しながら。

そんな筆頭弟子たるグレイスの手によって誑かされた弟子たちに共通していたのは強くなっていたということ。

グレイスの手から自身の技術を伝えただけでは説明がつかないその事象は単純な話で合った。

技法を改造したのだ、習得しやすいように、利用しやすいように。

それは短期的に見れば剣士としての技量が増すが、長期的に考えれば剣士としての未来は消える。

悪魔的とさえ言えるその教導の才。

【応機接剣】

正しくそれを使えばどれ程の偉業を成し遂げられただろうか。

どれほど多くの人々を助けることが出来ただろうか。

そうグレイスの師としてヨダルラーハは考えずにはいられない。

 

 

「お前の語った使命がその先にあるのか!、グレイス!」

 

 

問いかけは、これが最後になるという確信があった。

これが終われば師弟も関係ない剣戟の世界へと入る。

故に、どうか、止まってほしい。

そう思わずにはいられない。

愛弟子を斬るという覚悟はしたくないから。

 

 

「あるわ」

 

 

剣聖の願いは叶わない。

普段浮かべている笑みは消え失せ、真剣な表情で筆頭弟子たる愛弟子は答えた。

【人間賛禍】

だから、剣聖は覚悟した。

愛弟子の未来を斬る覚悟を。

その後にやってくる永遠に続く後悔と付き合う覚悟を。

 

 

「……それを正義と疑わぬなら、もうお前に剣を握らせるワケにはいかん」

 

 

ヨダルラーハが剣の柄を握る。

女の手を握るように柔らかに。

【剣聖】【早撃ち】

グレイスも同じように剣の柄を握る。

同様に柔らかに。

【筆頭弟子】【早撃ち】

そして全く同じ構えをした。

 

 

「お師さんにそれが出来る?」

 

 

その問いかけの答えはもう決まっていた。

 

 

「無論じゃぁッ!」

 

 

師は両目から涙を流しながら、弟子はいつになく集中した表情で、激突した。

それは道場の看板が燃え落ちるのと同時だった。

両者の脳裏にこの場所で過ごした思い出がよぎる。

 

春は花見をした。

ブレインとヨダルラーハが悪酔いし、グレイスが介抱した。

一緒に食べた団子がとても美味しかったのを覚えている。

 

夏には覇濤へ合宿に行った。

グレイスが際どい水着を着て男衆が沸き立った。

ナンパをしてきた男の服を切り落としたのには苦笑した。

 

秋は皆で釣りに行った。

ブレインが一匹も釣ることが出来ず釣り竿を投げ捨てヨダルラーハと喧嘩になった。

グレイスが最も多く魚を釣り、塩焼きにしてみんなにお裾分けした。

 

冬はブレインが戦友であるガゼフの下へ行くのに同行し、武技を高めあった。

外国の触れる機会なく技法を得られたのはとても良い体験だった。

 

そんな、無数の思い出が瞬き、涙と共に消えていった。

 

師弟の勝負は数分で終了した。

ヨダルラーハが振るった刃はグレイスの利き腕である右腕の腱を切り裂き、彼女から永遠に剣の道を絶った。

愛弟子の未来を奪った。

その事実はヨダルラーハの心をこれ以上ない程追い詰めた。

剣を握る手が震える。

そしてヨダルラーハはグレイスの息の根を止める事無く去った。

自分の手で命を奪うことができなかった。

 

 

「やっぱり優しいわ、お師さん」

 

 

燃え盛る炎の中で、グレイスは微笑んだ。

自身の剣の道が途絶えたという現実にこれっぽちも彼女は悲観していなかった。

彼女の願い通りの素晴らしい人間の素晴らしさが見れたのだから。

そして遂げられなかった目的とは別の目的を達成できたと確信していた。

【謀略家・プランニング】

 

 

「ブレイン君、これでガゼフさんと決闘できるわよね」

 

 

別の目的とはヨダルラーハの二番弟子たるブレイン・アングラウスの望みであるガゼフ・ストロノーフとの決闘の補助である。

傷から流れ出る血よりも、鮮やかに彼女は笑っていた。

ここで命尽きようとも彼女に一切の後悔はない。

そんな時だった。

 

 

「お見事、素晴らしい手腕だな」

 

 

燃え盛る炎の中においては異質極まりない声がする。

まるで遊びに来たような、軽い声色だ。

【テレポート】【悪なる蛇・爬羅剔抉】

 

 

「誰かしら」

 

 

動かない右腕を庇う様に、左腕で刃をグレイスは構えた。

両腕が揃っていた時の様にはいかないが、人間の首を刎ねる程度は造作もない。

 

 

「あんたをスカウトしに来たのさ」

 

 

悪辣なる蛇、ブラッドスタークは炎の奥から悠然と現れる。

そして向かい合う女を勧誘した。

 

 

「何の組織かしら?、預験の組織だったらお断りなのだけど」

 

 

グレイスは敗北を悟る。

今この状態では、勝機は一切ない。

それを一切表情には出さずに彼女はブラッドスタークと向き合う。

 

 

「おいおい、あんな面白みのない奴らと一緒にしないでくれ」

 

 

やれやれと言う風にブラッドスタークは首を振る。

その動作は芝居がかったものであり、どこまでも胡散臭いものであった。

しかしグレイスにとってはこれ以上ない魅力的な話であった。

【■業・■ス■ル】

 

 

「あんたの目的を俺達は支援できる」

 

 

淡々とそうブラッドスタークは言う。

もうこの状況においてグレイスに選択する自由は存在しない。

 

 

「わかったわ」

 

 

故にグレイスはブラッドスタークの組織へ入ることを了承した。

 

 

「よろしくね蛇さん」

「ああ、ようこそ喇叭吹き(トランぺッター)へ」

 

 

今この瞬間、新たな災厄運びの喇叭吹き(トランぺッター)が生まれた瞬間であった。

喇叭吹き(トランぺッター)

 

 

■●■●■●

 

 

奏護において地平線の彼方まで支配する砂漠の光景は珍しくはない。

そんな数ある光景で二人の男がいた。

太陽によって赤く照らされた世界は人間を蒸し料理にするような熱を与えてくる中で一人は恐怖を、一人は狂喜に浸っていた。

 

 

「モントロス!倍払おう!いや3倍だ!頼む、殺さないでくれ!生かしておいたほうがいい!」

 

 

恐怖に駆られている一人がそう言った。

声は震え、涙を流し、体を狼狽により揺らしている。

まるで幼児の様な無様な姿だった。

こんな男が凶悪な賞金首であると誰が思うだろう。

【賞金首】

十人を超える数の人間を殺し、逃れてきた犯罪者であると誰が思うだろう。

 

 

「死んだほうがましだ」

 

 

そんなみっともない賞金首の男をモントロスと呼ばれた男は軽やかに放った弾丸でだまされた。

ばん、と乾いた火薬の音がする。

六弾銃王(リボルバー・ガンキング)】【百発百中】

銃声に次いで発生した硝煙が空気に揺れるのと同時に、賞金首の男は骸となった。

血が砂を汚していく。

何が楽しかったのかモントロスは物言わぬ存在に対して再度引き金を引いた。

二度、三度と引き金を引く。

肉に穴が開き、引き千切れる。

そこでようやくモントロスは引き金を引く手を止めた。

銃をホルスターに仕舞い込み、代わりに取り出したのは武骨なナイフ。

それを使って行うことは賞金稼ぎにとっては一つだけだった。

【賞金稼ぎ・剥ぎ取り】

 

 

ぐちゃり、ぐちゃり

 

 

肉を潰す音。

 

 

ぶち、ぶち

 

 

肉を千切っていく音。

 

 

ぼきり、ごきり

 

 

骨を折る音。

 

 

そうして出来た生首に専用の保護剤を塗布して、騎乗してきたバイクに乗せる。

高速で砂漠を移動するモントロスの胸中は怒りに満ちていた。

たった一人の人間への怒りを際限なく高めていく。

 

 

「ジャンゴめ…ッ!」

 

 

ジャンゴ・フェット。

ぽっと出の男が自分よりも部族の中で信頼され、尊敬されている。

その事実がモントロスの心を苛む。

マンダロリアン部族の間では次の部族長は間違いなくジャンゴ・フェットであると囁かれていた。

その度に燃え盛るような怒りがモントロスを焦がす。

 

 

「汚らわしい混血の末裔がッ…!」

 

 

風を切りながらモントロスは罵声を口にする。

部族の里では口にできない言葉を風に乗せていく。

 

 

「荒れてるなぁ、六弾銃王ともあろうというものが」

 

 

後ろから発生した音の内容を理解するよりも速く、モントロスは銃を引き抜き銃弾を発射した。

【六弾銃王】【反応速射】

その直後、キィッィインという不協和音が発生する。

彼が駆るバイクのすぐ後ろにて発生したその異音の正体は声を掛けた下手人が銃弾を弾いた音だった。

【象形拳・蛇】【化勁】

 

 

「危ない危ない」

 

 

その下手人はモントロスが切り落とした生首の上に立っていた。

目を見張ると同時に追撃の弾丸をモントロスは放とうとする、前に長銃に付けられた銃剣が彼の眼前に突き付けられた。

 

 

「お話しようぜ、モントロス君」

 

 

銃口を下手人に向けながら、オートパイロットの進路を近場にある岩に衝突するようにモントロスはしようとする。

だがその行動は中止される。

下手人が放ったある言葉によって。

 

 

「ジャンゴ・フェットの殺し方を教えてやる」

 

 

 

偽りかもしれなかった。

単なる妄言に過ぎないかもしれなかった。

だがそんなリスクよりも、ジャンゴ・フェットを殺せる。

それに何よりもモントロスは惹かれた。

戦士の矜持よりも、誇りよりも。

 

 

「話を聞いてやる」

 

 

僅かに笑いを含めながら、モントロスは停車する。

そして二人以外誰も知らぬ会話が行われ。

結果として銃神は死ぬことになる。




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>出オチ!、終末鳥!
めっさ強かった。
半死半生レベルにゲブネキを追い込んだ。
まじで都市まで行ったら全滅する。
こいつが最悪なのは強制的に自分に挑ませる奴がこの世界だと無制限なこと。

>誘拐されたゲブネキ
どれか一つでも緩めば死んででも一太刀ぶち込んだ女傑。
剛剣を主体としたキャラでありぶちかましてたたき切るキャラ。
血液操作しまくって自分の身体能力向上させまくると同時にそれで傷ついた肉体を無理矢理活性化させて動かすという無茶をしている。
つまり→女&純人種版ラゼンガンだよ!

>怪奇!、瓶喰い女グレイス
この世界では月が無いんで単純に人間の光に目を焼かれたウーマン。
ちゃんと計画立てて人間を覚醒させようとする一番厄介なタイプの光の亡者
ちなみに目を焼かれた要因は主にヨダ爺とブレイン

>お労しや、ヨダ爺
最愛の筆頭弟子に誑かされた弟子切り殺しまくって帰ったら遺書残して二番弟子のブレイン君が遺書書いてどっか行ってました。
悪事を働いた弟子を全員切り殺したのち、放浪の旅を始めたそうな。

>マイナーなキャラであろうモントロス
こいつはPS2のジャンゴ・フェットが主役のゲームの敵キャラです。
原作程実力伯仲ではなかったので襲撃も決闘も出来なかった。
故に謀略を使って彼は目的を遂行しました
ジャンゴがシドと闘わざるをえない状況にした張本人。

>どこにでも現れるよブラッドスターク
超便利に人材回収していく。
組織運営資金はどこぞの青い邪仙とかが出してるよ
目の上のたん瘤のクロコダイルの勢力を弱くできるからね
エンジョイ勢筆頭、計画を立てる頭も必要な事を考える頭もあるという最悪な奴。


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幕間 眠れる怠惰亭にて






   「女の心はわからん」


   『ボバ・フェット』





夜凪景と百城千世子、この二人の少女が暗黒都市ノアにやって来てから数日が経過した。

彼女達がやって来た僅か数日の間に起こった惨劇により、数か所の残骸の街道が出来ていたがノアは変わることは無い。

異形の魔人達に殺され散乱した改造パーツを求めてストリートギャングが争い、ランナーが消費された事で必然的に生き残っているランナーへと仕事は集中している。

老若男女、種族問わずこの都市において死んだ命は区別されることなく、無駄なく活用されていく。

中には共同墓地と呼ばれる場所に埋葬された人間もいるだろうが、それはそうならなかった人間と比べれば圧倒的に少数だった。

そんな銃声が鳴りやまない町は王たる七罪王以外が知らない内に回復期間に入っている。

経済が流転し、人材は回収され、研究は進化する。

ノアという都市は数えきれないほどに傷つき、壊れてきた。

故にその度に回復してきた街でもある。

永遠に完成することなき人間の欲望を具現化したこの街は着実に回復している。

そんな都市の一角にある娼館、『眠れる怠惰亭』で二人の少女が生活を送るようになっている。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

「家具が欲しい?」

 

 

その言葉を発した人間に再度問いかける様にその男、ボバ・フェットは言った。

場所は眠れる怠惰亭の地下室、彼の毎日の修行場である射撃場。

絶え間ない銃弾の発射により硝煙の匂いが立ち込めている場所でボバ・フェットはいつものように特徴的な鎧を身に纏っていた。

表情を伺う事が出来ないその男と向き合う様に二人の少女が立っている。

どちらもこの銃撃の匂いがするような場所には似合っていない美貌の持ち主でありそれが新たな彼のチームのメンバーである夜凪景と百城千世子である。

【超絶美形】

【超絶美形】

 

 

「そう、家具が欲しいの」

「ここの寝具は一流だし、タンスも十分な量あったはずだが・・・」

 

 

黒い少女、夜凪景がそう発言したのに対してボバ・フェットは自身の感覚で彼女の考えに対して返答する。

彼にとって家具とは寝る、モノを収納するといった用途だけの物であり、性能が十分であれば文句などない。

そんな彼の感覚は彼女らに適用されるわけはない。

 

 

「無地は嫌」

「色がちょっと・・・」

 

 

十分な性能を持った家具がある彼女達の部屋だが急なパーティ増員に対する用意が足りていなかった。

本来ならオーダーメイドの家具や設備を作るが大刀洗はいまそんな暇は存在しない。

故に娼館の娼婦用の家具を流用し、与えていた。

だが彼女たちにとっては気に入らない部分があるようだが。

 

 

「???」

 

 

解るはずはない。

弾丸を命中させる感性を極限まで研ぎ澄ましているがこの男は女の感性はとんと理解できないし感じられない。

故に童子のように首をかしげる。

 

 

「買えばいいのでは?」

「「どこで?」」

 

 

ボバ・フェットの当たり前の疑問は二人の当たり前の回答で返答される。

この都市に来て数日の彼女たちにとって家具を買う場所は知ることなどないだろう。

そもそもとして高度な教育を施されていようと現に家具を買うのは彼女たちにとっては初めての事である。

だが、ボバ・フェットも女子の家具を買う場所など知らない。

 

 

「大刀洗に…」

 

「今はいないし」

「多分一週間は戻らないって言ってた」

 

 

こういう事に一番長けている人物を挙げようとするが、その人物は今はいない。

先の騒動により業務が溜まりに溜まった彼女はキレながらそれを処理している。

ボバ・フェットは知っていそうな人間をあげていく。

 

 

「テッドは?」

「相棒に聞けって」

 

「アスラ」

「知らないって」

 

「尾形は…いやいい」

「お察しの通り断られたわ」

 

 

ボバ・フェットの脳裏から解決策が消えていく。

そして一つの事実が浮かび上がる。

他のメンバーが自身にこの面倒事を押し付けたという事実が。

 

 

「………」

 

 

真綿で首を締め付けられるような感覚をボバ・フェットは味わっていた。

はっきり言って断る方が彼にとっては望ましい。

しかしそれが出来るとは思えなかった。

こちらを見てくる美しい少女たちの視線がボバ・フェットは重く感じる。

彼にとって苦渋の決断しか、彼には残っていなかった。

 

 

「…分かった、少しここで待っていろ」

 

 

その言葉が兜の奥から響けばきゃいきゃいと少女たちが喜ぶ。

反対に彼の気分は落ち込んでいくが、階段を上っていくことでその姿はこの部屋から消えていった。

 

 

「やったね」

「うん」

 

 

彼の足音も聞こえなくなった時、二人の少女は会話を始める。

【奉納巫女】【観察眼】

【奉納巫女】

 

「ボバさんは他に選択が無いときはお願いを聞いてくれる」

「だから事前に取りうる選択を減らしておくと良い」

 

 

まるでボバの行動を見透かす様に、二人の少女は言う。

黒い少女は自身の心をボバ・フェットへ近づけて。

白い少女はボバ・フェットの行動を分析して。

演者の才(アクタージュ)】【俯瞰風景】【観察眼】

演者の才(アクタージュ)】【深憑】

 

「この前の事件でいい所無かったし」

「もう少し親密になっておきたいね」

 

 

それは獲物を狙う獣のような行動。

少しづつ、少しづつ彼女達はボバ・フェットの心を狙っていく。

 

 

「別に初めてとかが気にしないけど」

「好きな人は振り向いてほしいし」

 

 

己の才能を振り絞って、彼女たちは狙う。

自身たちを救ってくれた男の心を。

 

 

「「だから」」

 

 

故に。

 

 

「「頑張ろう」」

 

 

その愛を届かせる努力を止めることは無い。

 

 

■●■●■●

 

 

そのような理由で二人の少女を連れてボバ・フェットはノアへと身を投げた。

喧噪と華美な装飾を目に染み込ませながら彼が最初に向かったのは家具屋では無かった。

 

 

「家具屋の場所だぁ?」

 

 

【家事万能】【料理上手】

鴉羽の宿、彼がよく行く定食屋の場所であった。

少し小さめの店内のカウンター席に彼は座って知り合いであるビビアンに相談していた。

 

 

「俺にはわからん、どうすればいい」

「家具ねぇ」

 

 

彼を挟むように座って飯を食べている夜凪景と百城千世子という二人の美しい少女をビビアンは見つめる。

昔見た化粧と豪華な服装をしていた吟遊詩人も綺麗だなと彼女は思った。

夜凪景はもくもくとハムスターの様に様々な料理を食べ、百城千世子は丁寧な所作で、しかし速く食べている。

 

 

「美味しい」

「食べたことがない味付きだね」

 

「そう言ってくれると製作者冥利に尽きるよ」

 

 

嬉しい言葉にニコニコと笑いながら彼女はお代わりのおかずや、パンを二人のお盆に乗せていく。

そうやって食事を作る作業をしながら彼女は考え、時計と店内を見る。

 

 

「うん、いいかな」

「?」

 

 

彼女は二人の少女が食べ終わった後、食器を洗いエプロンを解いた。

そして彼女はカウンターから出てもう一人の店員である老婆へと声をかける。

 

 

「婆ちゃーん、ちょっと出てくるわ」

「気を付けな」

 

 

ぶっきらぼうに老婆から返答が返ってくる。

そして同時にボバ・フェットに対して殺気が飛ぶ。

怪我一つでもさせたら殺す。

そう言葉なしに老婆、アイリーンがボバ・フェットを脅す。

ボバ・フェットはため息一つをして、ビビアンに向き合う。

 

 

「頼む」

「ああ頼まれたよ」

 

 

そして家具を買うという三人の目的に一人の少女が加わった。

 

 

 

■●■●■●

 

 

第二区画、最大カジノ「エルドラルド」付近。

そこは金を落とす為の商店街がある場所。

七罪王が支配する番地の中でも特に商売の色が濃い。

故に、その場所の喧騒は銃声や嬌声よりも売買の声が多い。

そして数多いその声の一つにボバ・フェット達はいた。

 

 

「高ーよ、もうちょうい安いだろこれ」

「いやいや、これは言い値ですぜ」

「嘘つけよ継ぎ目が見え見えだっつうの」

「げっ」

 

 

【交渉術】

ビビアンが商売人相手に交渉をしている。

何でも椅子が修復しているしていないで値下げ交渉をしているらしい。

 

 

「みてみて、これかわいくないかな」

「うん、やっぱり景ちゃんのセンスは独特だね」

 

 

【感性独特】

景は試着した服を千世子に見せている。

意味の解らない生物とその名前がプリントされたその服は普通では買わないだろう。

しかし、夜凪景という人間にとってはそれはかわいいらしい。

それを否定せず、千世子は自身の試着した白いワンピースをボバに見せる。

 

 

「どうかなボバさん」

「なぜ俺に聞く」

 

 

一行の中で唯一の男は当然の如く荷物持ちであった。

山のように買われた服、そして家具を乗せた荷台に乗せ彼は運んでいた。

疲労は確実に彼に溜まっていた。

 

 

「いいから、どうかな」

 

 

【舞踊】【俯瞰風景】

くるり、とそこで彼女は回る。

奉納巫女としての教育の一つである舞踊。

それの技法を応用した彼女の一回りは華麗であり、美しかった。

周囲の視線が集まる。

美しい少女がただ一回りしただけだ。

それだけで彼女は多くの人々の視線を奪っていた。

 

 

「いいんじゃないか、動きに支障が出なさそうだ」

「そういうんじゃないんだけど、まあいいや」

 

 

ボバの返答に肩を落とすが、彼女はこの服を買うと決めたらしい。

むぅ、と僅かに頬を膨らまさせ、対抗するようにもう一人の少女も見せる。

同じくらいに美しく、一回り。

【舞踊】

 

 

「お前もか」

 

 

そう言って様々な服を着て対抗する二人の少女を批評するという作業が彼の荷物持ちの作業に加わり、さらに彼を疲労させることとなった。

 

 

■●■●■●

 

 

 

買い物が終わり一同は拠点へと帰宅する。

ボバ・フェットは自室に戻り、日課の銃の整備を終わらせ、兜を外し机の上に置き、それと向き合った。

物言わぬ兜とボバ・フェットは向き合う。

 

 

「父さん」

 

 

【銃■■倣】

父を、ジャンゴ・フェットの首を持ち上げた時の事を思い出す。

最強だと、無敵だと、神の様に信仰していた存在。

それを奪われた、故に復讐の道を歩む為に努力し続けている。

【復讐者】【刻まれた傷】

だが、届かない。

それが解る程度には彼は進化している。

 

 

「どうすれば、いいんだ」

 

 

答えは返ってこない。

死んだ人間が生き返る事などない。

復讐という方法で牙を届かせるには父を殺した相手は怪物でありすぎた。

だが諦めきれない。

 

 

「俺は、俺は」

 

 

報いを与えたい。

父の死に報いなければなら無い

そう考え、行動してきた。

鍛えれば鍛える程に無駄であると、父の領域には届くことは無いと理解させられる。

積み上げた努力は無駄ではない。

彼を修羅へと至らせたのだから。

【夢幻羅道】

だが、足りない。

圧倒的に足りない。

『雷神』を殺すには圧倒的に足りない。

それだけの話だ。

 

 

「父さん……」

 

 

そう言って兜と見つめあう彼の背中はちっぽけな少年のように見えた。

数分、見つめあい彼は寝床にて就寝した。

永遠に答えが出ない問題を考えながら。

 

 

 

■●■●■●

 

 

同じ場所の別の部屋にて二人の少女は会話する。

 

 

「景ちゃん、気付いてる?」

「ええ」

 

 

彼女が話していたのは今日の出来事と周り人間について。

ボバ・フェットは当然として、アスラや尾形、ビビアンについても話していた。

性格や好みなどから、傾向に至るまで。

最後に話しているのは。

 

 

「テッドさん」

「頭がおかしいわ」

 

 

【観察眼】

【深憑】

ボバ・フェットを相棒と呼ぶ男、テッドの異常性について。

数日過ごして彼女達はその異常性について一定の理解を得ていた。

彼女達が話すテッドの異常性、それは。

 

 

「動きと心がバラバラだよね」

「ええ」

 

 

人格は少し下品だが狂人ではない。

しかしその癖や生物的挙動がおかしいのだ。

まるで別々の人を繋ぎ合わせた様に、それらがバラバラなのである。

 

 

「まるで別々の人が同じ体に一緒にいるみたい」

「多重人格っていうのかな」

「いえ、それなら性格が変わらないとおかしいわ」

 

 

彼女達の疑問はいくら相談しようと解けることは無かった。

 

 

「いずれ、解るのかしら」

「そう思いたいね」

 

 

そう言って二人はベッドに向かい眠りにつき、彼女達の休日は終わった。

 

 




かる~い人物紹介と用語解説のコーナー

>女の心がわからないボバ・フェット
実は彼は二十台。
鍛えに鍛えて超一流までに磨き上げた。
それで得たのは小細工に等しい跳弾芸。
もっともっとと彼が鍛え続ける。


>美しい花に毒があるアクタージュ二人組。
女って怖いよね。
何時間も拘束されてそれから助け出して生きるすべを与えてくれた。
まあ狙うわなって。
もっとコスプレしてもらう。


>ついでに何個か食器を買ったビビアン
綺麗な子たちだなーとアクタージュ組を見て思ったそうな。
もうちょいしたらメインヒロインの章があるぞ。
ちょっと曇るけどね。



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諸頭同盟の章
砂塵の航路





 『我ら血と太陽の下に結ばれ、進まん』

    《諸頭同盟憲法序文》





 

ごうごうと風が吹く。

砂塵を巻き上げ、地上の全てに叩き付けていく。

 

ぴかぴかと太陽が輝いている。

全てから水分を奪い、代わりに熱を与える。

 

生物というものが生きるには過酷に過ぎる気候。

そこに狂暴なる魔獣、暴虐なる蛮族、蠢く犯罪が加わる環境を通り過ぎる影が一つあった。

その影はまるで大海原を行く船のように砂上を進んでいく。

いや、それは正しく船であった。

砂上船、そう呼ばれる代物がそこにはあった。

風を防ぎ、熱波を防ぎ、外敵からも守るそれは巨大だ。

まるで一個の城か要塞のように巨大な船は取り付けられたエンジンと古来から伝わる帆により思うがままに進んでいく。

砂と風を掻き分けて、人と積み荷を乗せて進んでいくその船上には市場が開かれていた。

干し肉などの携行食料、魔具、弾薬、そして簡素な調理でできた腹を満たす為のジャンクフードが売られている市場は活気があった。

わいわい、ガヤガヤといった喧騒が絶えずそこに響いている。

この砂上船にボバ・フェット達は乗っていた。

 

 

■●■●■●

 

 

船上に開かれた市場の喧噪をボバ・フェットは見下ろしている。

そこは市場である甲板から二段上の階層。

この場所に乗るために掛かる金はそこそこ高いが上流階級でなくても問題なく乗船が可能だった。

ボバ・フェットとその仲間たちはこの階層の部屋を借り、数日過ごしている。

日課の鍛錬は済ませた。

外敵が来る気配もない。

故に趣味の悪い金持ちのようにこの場所に来ることのできない人間たちを彼は見ていた。

別にそれを見て悦に浸るわけでも、見下すわけでもない。

ただ、視線を向けているだけだ。

彼の脳裏はその間にこれまでとこれからがぐるぐると回っていた。

復讐、鎧、誇り、銃、怒り、父。

【復讐者】【刻まれた傷】

意味のない単語が彼を思考の渦に捉えていた。

 

 

「大丈夫?」

 

 

横から響いた声が、彼を現実へと引き戻した。

【超絶美形】

音のする方に振り向けばそこにいるのは顔近づけた美少女が、夜凪景がそこにはいた。

普通の男であれば赤面するであろう展開は、ボバ・フェットには通じはしない。

【鉄面皮(物理)】

 

 

「問題ない」

 

 

思考を切り替え、冷静になる。

何度も、何百回もしてきたことをする。

一秒もいらない。

淀みとなる思考を振り払い、思考を回す。

自分とは違い、これといって目的の無い仲間がついてきたのは彼にとっても想定外の出来事であった。

鎧の修理以外に彼が諸頭同盟に目的は無い。

その為、短時間で行って帰ってくるつもりであった。

しかし仲間全員が付いてきてしまったのでこの大型船に乗ることになった。

この前の騒動で、ノアにおいてシャドウランナーへの依頼は減少傾向にある。

特に莫大な金を手にしたボバ・フェット達は暇を持て余すことになるほどに。

そんなものを望まないテッドとアスラは闘いの匂い嗅ぎつけて。

尾形は王国の領内で問題を起こすリスクを考え抑え役として。

二人の少女は観光として。

<人類覇権国家>【王国】傘下『諸頭同盟』へと向かうことになった。

そういうことで風を切り裂きながら進む船に乗っている。

この長い船旅の中でテッドは趣味を楽しみ、アスラは酒を飲み、尾形は銃と火蜂の整備をしている。

夜凪景と百城千世子の二人は景色を楽しんでいるところに、彼が風に当たりに来た。

無感動に世界を見る彼とは対照的に雄大な自然を子供のように二人の美少女は見ていた。

 

 

「む・・・」

「どうしたの?」

「何かあったのかしら?」

 

 

何かを見つけた彼に二人は反応する。

【鑑定眼(偽)】【多目的ハイパーセンサー】

それに対してボバ・フェットはいつも通りの調子で返す。

 

 

「ここにいろ」

 

 

そう言って彼は二人に背を向ける。

遠ざかる男の背中を首を傾げながら彼女達は見送った。

 

 

■●■●■●

 

 

ボバ・フェットが向かった先は市場が開かれている甲板だった。

喧噪を掻き分けながら彼は向かう、見つけたあるものの為に。

その先で彼を迎えたのは怒声だった。

 

 

「んだっテメェッ!コラッ!!」

「なんのつもりだぁ!あぁん!」

 

 

ガラの悪い、チンピラという言葉が似合う声がそこに響いた。

干し肉を売る屋台の前で二人の男が恫喝している。

鋭い目つきに、顔に何個ものピアスを開け、武装している。

【改造者】【悪漢】

普通の人であったであったのなら関わりたくない人種。

そんな男たちが荒々しく吠え挙げているのは小柄な少年のように見える男であった。

黒っぽい服装に、カウボーイハット、赤いマフラーを身に纏った彼はおどけるように肩を揺らして口を開く。

 

 

「だからさ、割り込みはよしてくれって言ってるんだよ」

 

 

子供のいたずらをとがめるような声色で彼は言う。

【挑発術】

自分の後ろに並ぶ人間を流し目で見ながらつづけて。

 

 

「後ろに並んでいるこの人たちが見えないのかい?」

 

 

そう、当たり前のことを言った。

それが小物の二人の心に灯されていた火に油を注いだ。

【小物】

 

 

「テメェッ!」

「こいつが見えねぇのか!」

 

 

危険な武器を見せびらかす。

虎の威を借りる狐という他ない光景を嘲るように。

 

 

「見えるよ?どこで拾ってきたんだい?」

 

 

そう、言葉を吐いた。

【挑発術】【観察眼】

ぶちり、とチンピラ二人の心の堪忍袋の緒が切れる。

燃え盛る怒りのままに武器を握る。

 

 

「抜くのかい?」

 

 

チンピラの脳裏には命乞いをする目の前の童顔が浮かぶ。

それを実現しようと武器を引き抜く。

 

 

「死ねッ!」

「クソガキが!」

 

 

チンピラたちは武器を抜いた、それを振るおうとする前に雷鳴のような音が響いた。

 

 

「遅いよ」

 

 

【ガンスリンガー】【壊音の霹靂】

きぃん、と響いたのは金属の悲鳴。

振るう前に弾丸が撃ち込まれた武器はくるくると宙を舞い甲板に転がる。

それを成したのは突然現れたかのように彼の手に握られた拳銃だった。

 

 

「さて、皆さん見ましたか」

 

 

急に武器が弾かれたことで手首を痛めた二人のチンピラが蹲る姿を周りに晒すように手を振る。

【詐術・雰囲気操作】

 

 

「武器だ・・・」

「銃を抜きやがった・・・」

「規則違反だ・・・」

 

 

ひそひそと人々の囁き声が伝搬する。

 

 

「何事だ!」

 

 

それを聞きつけて、船員である黒服たちがやって来る。

筋骨隆々であり、立ち振る舞いから強さが伝わってくるようだ。

 

 

「この転がってる馬鹿どもが割り込みをしたんだよ!」

 

 

ぎろり、とカウボーイハットの男を睨んだ黒服に対して干し肉の屋台の店員である中年の女性が口を開く。

 

 

「そうなんです!あの人たちの方が先に抜いてました!」

「この兄ちゃんは自衛のために抜いただけだ!」

 

 

後ろから列に並んでいた人間たちが擁護する声を挙げる。

 

 

「そうか」

 

 

標的からカウボーイハットの男を黒服たちは外す。

そして愚か者たちに視線が行く。

 

 

「この場にいる全員に通告する!この甲板市場にいる間の武装を抜くのは厳禁である!」

 

 

空間に良く響く声を市場にいる全員が耳を澄ませて聞く。

警告をいやというほど聞いたものはやれやれと言った風に首を振るが初めて乗った人間は恐怖から僅かに震えている。

 

 

「貴様も次は無いぞ!」

「了解しました、職務ご苦労様です」

 

 

カウボーイハットを外し、男は一礼する。

それを見た後黒服達はチンピラたちを掴み上げ、どこかへと連れていった。

情けない悲鳴を挙げながら引きずられていくのを無視して喧騒が再開する。

そうしてカウボーイハットの男は目的である干し肉を手に入れ、群集へとまぎれていく。

 

 

「何か用かな?」

 

 

その後ろにぴたりと鎧の男、ボバ・フェットがいた。

無言で、彼はカウボーイハットの男を見つめる。

そして相手からは見えない口を開いた。

 

 

「名を、聞きたい」

「どうしてだい?」

 

 

殺気はないが銃使いとしての本能が警鐘を鳴らす。

故に、いつでも銃は引き抜けるよう男はしている。

 

 

「見事な早撃ちだった、銃使いとして知っておきたい」

 

 

子供のように純粋な回答に毒気が抜かれる。

そして喉を鳴らした。

 

 

「ククク、いやすまない、嘲笑じゃないんだ、ただ君みたいな奴は珍しくてね」

「自覚している」

 

 

カウボーイハットの男が振り向き、二人のガンスリンガーが見つめ合った。

そして名乗りあう。

 

 

「ビリー・ザ・キッド、人にはキッドと呼ばれる」

「ボバ・フェット、皆はフェットと俺を呼ぶ」

 

【ガンスリンガー】

【ガンマスター】

その後、僅かに言葉を交わし、二人は別れた。

まるで運命のように両者はこの出会いを感じた。

 

 

■●■●■●

 

 

大型の建造物及び工作物において高さこそがそこにいる人間の社会的地位を表す。

高ければ高い程、より高位に、低ければ低い程、より下位に。

故に最も高い一室にいる人間は、支配者層といえる。

そこに二人の人間が向かい合ってソファに座っていた。

 

 

「いやー光栄ですよ、噂に名高きこの《ハーメルン》の最上階に乗せてもらえるなんて」

 

 

 

軽薄そうに言葉を吐き出すのは男であった。

真偽を読ませない声色に薄笑いを浮かべた青年はどこか楽しそうな感情を感じさせた。

【商人】【悪魔の男】

銀色の髪に白い肌はこの奏護において異質であったがどこか馴染んでいる。

 

 

「あらあら、キャスパー君も男の子なのね」

 

 

キャスパーと呼ばれた男と向き合っているのは美しい女だった。

一目で高級であると理解できる赤い布のドレスで肉感的な身体を包んでいる。

【超絶美形】【七罪王・色欲】

女が纏う妖艶な雰囲気は男だけでなく女ですら魅了されてしまうだろう。

 

 

「誰だって好きに決まってますよ!、この船のスペックや構造を知ってるならここに来るっていう夢を持つはずです!」

 

 

【悪魔の男】【兵器オタク】

興奮隠さない男をまるで母親の如く見つめる女は、護衛として男の後ろに立っている人間に疑問を問いかけた。

 

 

「いつもこんなに可愛いの?チェキータちゃん?」

 

 

そう呼ばれた護衛は一瞬の間を置いた。

ちゃんと普通は呼ばれない呼び方、そして護衛している男の今までの興奮した光景が脳に浮かんだからだ。

にこり、と笑顔を浮かべて護衛であるチェキータという女は返答する。

 

 

「ええ、兵器を見てるときは大体こんなものね」

 

 

【元爪】【プロフェッショナル】【阿修羅姫】

笑顔でイヴの質問に答えながらちゃんという言葉に笑いが止まらなくなったキャスパーの首を絞める。

まるで姉弟のような光景をニコニコとイヴは見つめkる。

その後ろでイヴの護衛は暇そうにあくびをしていた。

 

 

「寝不足かしら?駄目よ夜更かしはお肌に悪いんだから」

「関係ないよ、私がここにいる意味が退屈なだけ」

 

 

老人のように白い髪と赤い目の女、ミョはそういいつつもいつでも動けるように武器と身体を準備させている。

【兎部隊隊長】【思春期を殺した少女】

しかし、自身がここにいる意味はあまりないと彼女は思っている。

彼女の隣の存在がその理由だった。

茶色いダイバースーツを身に纏い、番犬のように彼女の後ろに座っている存在。

九害の一人、『最洪』のセッコがそこにいるのだ。

【九害・最洪】

ミョが弱いわけではない、彼女も十二分に手練れに入る人間である。

だが彼女の常識においてこの会談は自身と九害を同時に護衛させる業務では無かった。

つまるところセッコ単独でやる仕事である。

故にやる気が起きない。

しかし油断や慢心は彼女にはない。

引き金は常に引けるし、ナイフで人を切り殺す準備はしてある。

 

 

「一応、表社会じゃあ私たちは関係のない組織になってるからね」

「そうですよ、僕達は今日初めて会った、そういうことになってます」

 

 

そう向き合ってる二人に言われるのを叱られた子供のように耳を塞ぐ。

 

 

「はいはい、わかってますって」

 

 

そうやって部屋の中の人間たちが日常的な会話をしながら七罪王とその配下の悪魔の男が諸頭同盟へと向かっていく。

 

 

■●■●■●

 

 

狼、蟷螂、蜥蜴、龍、剣。

その他様々な生物、無機物を模った氏族を表す垂れ幕がその場所を囲むように掲げられている。

囲む垂れ幕の下はすり鉢状に広がっており、そこに椅子が囲む垂れ幕のように並んでいた。

椅子に座っているのは誰も彼もが諸頭同盟を構成する氏族の長や技術者の長老や土着宗教の司祭など様々である

纏う衣や装飾品の意匠や、色。

老若男女、種族問わず集まった彼らがいる場所は船とは別種の喧騒が鳴り響いていた。

席に座る者たちの秘書たちもせわしなく動き回り新たな情報を主人へと渡す。

それが新たな議題を呼んでいく。

 

 

「だから!戦線に人員が足りんのだ!王国に要請を行わせろ!若人が死にすぎる!」

「貴様の言うことは急に過ぎる!やりすぎれば我らの指揮権と混同が起きてしてしまう!」

「今でも《剣》のような広範囲攻撃を持っている者を派遣してもらっているのだぞ!これ以上は無理だろう!」

「戦地派遣されている司祭たちの帰還が遅れています!交代の司祭を用意していますので戻してあげてください!」

「それよりも商業地区において起きた、例の事件についての対処計画を!」

「皆さん落ち着いてください!」

 

 

この諸頭同盟【氏族議会】では王国への併合を目指すタカ派、今のまま利益を獲得していこうとするハト派、どっちつかずの中道派。

個人的感情、宗教的価値観、氏族の確執、その他様々な立場と思いから議論は紛糾していた。

ある意味、この場所は平等な世界ともいえる光景だった。

その紛糾する場所の奥、壇上には貴賓席があり、そこには一人の女性が座っている。

新雪のように白い肌に、きめ細やかな白銀の髪を持ち、黒を基調とした服を纏っているのは諸頭同盟を率いる同盟長の補佐、スラルである。

【同盟長補佐】【上級魔人】

彼女の椅子に座る姿勢は真面目そのものであったが瞳は退屈が現れていた。

 

 

「スラル様」

「いつも通り、纏まらないのね」

 

 

緑髪と頭に被っている羊の頭骨が特徴的な女性が彼女をたしなめる。

ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。

それが彼女の護衛たる騎士の名である。

【近衛騎士】【魔人】【破面】

いつでも守れる位置で自身の主であるスラルの傍に立っている。

 

 

「私がバカやったからかしら」

「いえ、このところ氏族の代替わりがあったようなのもいつも以上に纏まらない理由かと」

 

 

スラルが天井を見る、そこには複雑な彫刻と絵画が混在していた。

諸頭同盟が結成されたときに刻まれた初代達の肖像である。

祖先がこの様をみたらどう思うだろう。

そう彼女が思う間にも議論は進まず、纏まらなかった。

 

 

■●■●■●

 

 

スラルとネリエルが帰りの道を進んでいく。

その前方で二人の人間が会話している。

一人は魚の顔をした軍服を纏った男性。

もう一人は青い髪をした神父の男だった。

【マーマン】【ウォーマスター】

【聖陽教神父】

 

 

「カリム殿前線での葬儀ありがとうございました」

「いえ当たり前で当然の義務ですよアクバー将軍」

 

 

その会話の途中にスラルが二人の視界に入った。

カリムと呼ばれたものは己が信仰する宗教の祈りの印を。

アクバーと呼ばれた者は軍人形式の敬礼を。

スラルへと向ける。

 

 

「ご健康そうですなスラル様、ネリエル殿」

「元気で好調そうでなによりですスラル様、ネリエルさん」

 

 

敬意と尊敬を向けられた彼女は優しい瞳をしながら返礼の一礼をネリエルと共に行う。

 

 

「あなた達もね、アクバー、カリム、ここに戻ってきたのは報告?」

「それもありますが私の船の点検と整備をしに来ました」

「奏護のメタルサーガに行くほどでは無いので、点検が終わり次第前線に戻ります」

「休息をとってはどう?私の手料理を御馳走するわよ」

「それはやめてください」

「どうしてネリエル!?」

「シックス様を気絶させたのは忘れられません」

「それだったら俺がクックして作りますよ」

「彼の料理は絶品ですよ、お二人とも」

「ぜひ!」

「え、ちょ、私は?」

 

 

諸頭同盟守るために戦う戦士たちはお互いに敬意を持ちながら会話を弾ませていった。

 

 

■●■●■●

 

 

暗闇の中で悲鳴があがる。

 

 

「やめで、やめでください」

 

 

四肢が動かなくなっているその人間をそれは掴み上げる。

【四縛毒手】【怪力】

人外の怪力でまるで軽いものを扱う様に自然と男の身体が中に浮かぶ。

 

 

「駄目だね」

 

 

痛みと苦痛を与えながら、それは笑みをこぼしていた。

あざ笑うように、男を見る。

そして毒を流し込む。

 

 

「イギッーーーーッ!???」

 

 

言葉が出ない程の激痛を感じながら男は死んだ。

 

 

「終わったか?」

 

 

毒で殺した男の後ろから、声がかかる。

 

 

「ああ」

 

 

振り返ると同時に男の姿が換わる。

殺された男と全く同じ姿に。

【変形術】

 

 

「終わったぜ」

 

 

悪意に満ちたその声は己の後ろにいる複数の影に声をかける。

 

 

「さあ、行こう相手は王国、楽しまなきゃ損だ」

 

 

悪意が、動き出す。

 

 



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同盟への到着




 『血は信仰と共に築かれる』

 《祖霊崇拝団体、民崇連盟》




その少女が目を覚ましたのは未だ陽が出ていない早朝だった。

 

自身の代わり映えの無い質素な部屋を数秒眠気から覚ますように見つめ、根間儀から着替える。

白く、薄手の装束へ身を通す。

夜の時間の残る時間帯である為に冷えた空気が彼女を襲う。

夜風は薄い布を貫通し冷気を彼女へと伝える。

ぞくり、と蠢く己の体の反応を感じながら彼女は目的の場所へと向かった。

その場所はこんこんと水が湧き出る噴水のような場所であった。

掘り下げて作られたため池に噴水から水がしたたり落ちていく。

その中へと彼女は足を踏み込む。

深さは浅い、足首程度までしか水は入っていない。

しかし、それは冷水である。

長く浸かれば体温を確実に奪っていく。

そんな場所で彼女は膝を曲げ、降り注ぐ水に身を投げる。

ばしゃばしゃ、と装束事肉体が濡れていく。

水にぬれたことで装束が濡れ、彼女の華奢で女らしい肉体に張り付いていく。

それに構うことなく、彼女は己の信仰対象へと祈りをささげる。

【清廉精神】

 

 

「炎ハ魂ノ息吹…」

 

 

手で聖印を作り、目を閉じ、集中する。

幼少期から何度も繰り返してきたことを行う。

他者から見れば過酷なる修練も長年続けば日常と化す。

彼女にとってこれは日常であり、ありふれた日課の一つだ。

【修練者】【聖陽教シスター】

 

 

「黒煙ハ魂ノ解放…」

 

 

儀式場に少女の高い声が響いていく。

絶え間なく降り注ぐ冷水は彼女を苛む。

 

 

「灰ハ灰トシテ…」

 

 

されど彼女が手で形作る聖印は一切揺らがない。

朗々と唱え上げる聖句もまた同様である。

彼女の信仰心を証明するかのように彼女の肉体は一切揺らがなかった。

【揺らがぬ精神】

 

 

「其ノ魂ヨ…炎炎ノ炎ニ帰セ…」

 

 

息を吸い、一拍。

閉じていた目を開き、空間の上部に存在する十字に祈る。

 

 

「ラートム」

 

 

【炎々の祈り】

洗練されたその祈りまでの光景は何百回、何千回と繰り返されてきた美しさを持っていた。

その宗教的清廉さを持つ空間に一人の男が入ってきた。

 

 

「懸命に精が出るな、アイリス」

 

 

その声でアイリスと呼ばれた少女が振り返る。

金髪碧眼の美しい小柄の少女だった。

【華の如き肢体】

可憐という言葉が似合うその肉体には清貧な食生活からくるのであろう。

その玉体が白い装束が濡れることで露になる。

 

 

「おはようございます、カリム神父!」

 

 

さっきまでの真剣そのものの表情とは打って変わって向日葵のような柔らかな笑顔をカリムと呼ばれた神父服を着た男に向ける。

【向日葵の笑顔】

 

 

「戦地からお帰りになって直ぐなのですからもう少し休まれてもいいんですよ?」

 

 

優しい言葉を投げかけるその声もまた姿に似合ったかわいらしいものである。

それを耳にしながら、彼もまた彼女に言葉を投げかける。

 

 

「今日はまだまだ冷えるぞ、もう上がった方がいい」

 

 

【冷静沈着】【聖陽教神父】

片手に持っていたコートを彼女の傍の床に置く。

少女の裸体を見ない為に目を閉じながら。

 

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

アイリスは水から上がり、下がった体温を上げるためにカリムが置いたコートに腕を通す。

どうやら、男用のものだったようで彼女には大きく裾が地に着いてしまっている。

 

 

「アイリス、頼んでおきたい事がある」

 

 

アイリスに背を向けながら彼は言う。

その姿は、彼の真面目な性格が見える。

 

 

「なんでしょう、亡くなられた方の遺族への報告なら昨日済ませましたよね?」

 

 

【葬儀知識LV3/5】【葬儀知識LV2/5】

冷気を感じ、背を震わせながら彼女は疑問を口にする。

この諸頭同盟において宗教は多様で複雑だ。

複数の国家が共同で人民の知識向上を行うために計画され設立されたキルヒアル賢人教導会。

桜皇による侵略戦争の折に伝来し、元々あった太陽信仰と融合した太陽を崇める聖陽教。

先祖代々受け継いできた祖霊、精霊を崇める者たちの民宗連盟。

その他にも様々な宗教がこの地には存在している。

あまり宗教を支持していない王国の属国ではあるがあまりに先祖伝来の信仰が多く、規制できていないのだ。

故に、戦死した時の葬儀も生前に頼んでおかねば共同で葬儀が行われる。

遺体も火葬や土葬などで葬るかは宗教によって違うので、戦死した遺族には葬儀を行った宗派が連絡を行う。

アイリスという少女は先日、カリムと共に遺族の元に周り、戦死報告と慰霊を行っていた。

その為彼が自分に頼むことは他にないはずだった。

 

 

「いや、宗教に関わる頼みじゃねぇ、もっと身近で個人的な頼みだ」

「なんでしょう?」

 

 

頭をぽりぽりと掻き彼は言った。

 

 

「今日から数日はガキどもをあまり出さないでくれ」

「何か事件でもありましたか?」

 

 

諸頭同盟には様々な種族が生活している。

その為衝突することは少なくない。

孤児たちの受け皿になっている宗教の関係者にとっては抗争によって子供たちに外出を自粛するように言うのは慣れていた。

今回もその類かと思った彼女だったが、それは違った。

 

 

「そうだった方がましだったな、大型商業船が来るんだよ」

「はい?」

 

 

【政治知識Lv0/5】

アイリスは首を傾け疑問符を脳裏に浮かべる。

彼女はまだ政治的な知識は身に付けてはいない。

故に、商業船の到来が自分達に何をもたらすのかわからなかった。

仕方ないとばかりにカリムは僅かに振り返り、彼女に説明する。

【政治知識Lv3/5】

 

 

「いいか、金と物が一気に動けば人間も一気に動くもんだ」

 

 

アイリスは頷く。

 

 

「大型の商業船には異邦人が大量に乗ってくるだろ、そうすりゃ問題が起こる、下手すりゃ外交にも影響するぐらいのな」

 

 

また、頷く。

ここまででは自分達に関わることではないと彼女は感じた。

 

 

「だから治安が不安定になっちまう、ガキどもを余り出歩かせたくない位にな」

 

 

この土地では犯罪と比例して徒党を組む悪党も多い。

大部分は駐屯する王国兵に刈られるものだが、頭が良い輩は彼らがいない場所で悠々と犯罪を起こしている。

特に氏族の有する土地では王国兵は正式な議会を通した許可書が無ければ動けないのだ。

下手に動けば弾圧だと外国にみなされてしまうのだから。

故に金と物が動けば彼ら犯罪者は動いていく。

子供を平然と売り飛ばす程に。

それを理解したアイリスは考えを直ぐに改め、聖印を組む。

 

 

「わかりました、子供たちには余り出歩かないように、行くとしても大通りを歩くように言っておきます」

「頼む、俺は連盟やキルヒアの奴らとの報告会があるからな、急いで戻ってくるつもりだが心配でな」

「わかっています、お互いに頑張りましょう」

 

 

頷き合い二人とも聖印を組む。

 

 

「「ラートム」」

 

 

お互いに聖句を唱えカリムはアイリスに背を向け退室していった。

そして夜が明けて、災厄の方舟からやって来た大型商業船《ハーメルン》が到着した。

 

 

 

■●■●■●

 

 

その異国の景色にボバ・フェットは自分達が活動している町に似た雰囲気を感じた。

しかし違う部分も多々あるように彼は感じた。

絶えず続く喧噪には明るい活気が混じり。

宗教的な衣装を身に纏った人間が多い。

そして、何よりも。

地下ではないが故に、空には蒼穹が広がっていた。

しばしその光景を目に焼き付けて、ボバ・フェットは仲間たちと合流する。

入国の為の審査をこれから受けるのだ。

この船から降りるための橋が掛けられ、そこに複数列で並んでいく。

 

 

「ちゃんとした方法で国に入るのは初めてになるのかしら?」

「最初は物だったしねぇ」

 

 

ボバ・フェットの後ろで夜凪景と百城千世子が会話している。

彼女達は先日彼と共に買った衣服と日光から守るためのコートを身に纏っていた。

 

 

「うまいもんあるかねぇ」

「あと酒だな」

「テッドのおごりでな」

「何でだよ!」

 

 

一つ前でアスラとテッド、そして尾形が話している。

この前の一件で言われがなくもない罪を背負ったテッドは目覚めてから細かい雑務や飯の会計などを押し付けられるようになっていた。

それを不服そうに頭をがしがしと掻きむしり貧乏ゆすりをするテッドだった。

いつも通りのパーティの光景を繰り広げながら、彼らの入国審査の番が来る。

 

 

「あいよ、すまないね兄ちゃん方待たせちまった」

「問題ない、そちらも仕事なのだから」

「そう言ってくれるとありがたい」

 

 

騎士鎧を纏った一団の目の前に彼らはやって来た。

その隊長である男が軽口を放っていたが、その男が纏う雰囲気から手練れであることがうかがえる。

【修羅国家の民】【先達する経験値】【歴戦の人生】

 

 

「そんで、入国目的はなんだい?」

「俺は自分の部族がここの都市の近辺に来ていると聞いたからだ」

「後ろのお嬢ちゃんたちは?」

「付き添いですー」

「美味しいものが食べられるらしいから一緒行こうかなって」

 

 

どこか的外れな夜凪の返答に僅かに、兜の奥で騎士鎧の男が笑う。

そのすぐ後に、ボバ以外の男に向けて彼は問う。

 

 

「それで兄さん方も同じかい?」

「まあ、相棒が行くっていうんで俺も行くかってなったんだ」

「俺は活動してた町以外で武術って奴を見てみたくてな」

「機械部品の買い出しに」

「なるほどなるほど、身分を証明できるものある?」

 

 

その騎士鎧の男の言葉に全員が懐をまさぐり、あるものを取り出す。

冒険者カードである。

偽装した物ではなく、本物である。

七罪王のコネであれば実際の討伐クエストと自身が下した命令をこなさせることも可能である。

故に彼らは身分証明書でもある冒険者カードを合法的に所持していた。

 

 

 

「なるほどなるほど、Bランクねぇ」

「ああ、傭兵をやってた時期が長いんだ」

 

 

じっと、騎士鎧の男がボバ・フェット達を見る。

そして数秒後彼は口を開いた。

 

 

「うん、よし」

 

 

さらさらとペンを動かして入国許可書を書き上げる。

それを人数分彼らに渡す。

 

 

「ようこそ、諸頭同盟へ」

 

 

そして彼らは異国に入国した。

 

 

■●■●■●

 

 

闇の中にて、複数の影が囁き合っている。

全てを閉ざす黒に染め上がった空間で話し合うそれらの存在を精確に視認できない。

しかし、確かにそこに悪事を企むものたちはいた。

 

 

「おい、いつ仕掛けるんだァ」

「落ち着きなさい、もう少しです」

「タンキガスギルヨ、キミハ」

 

 

闇と同化している陰でさえ、それらの異形は理解できる。

普通の人間の範疇を越えた姿をしているのは明白だった。

【■■■■】【気配迷彩】【光学迷彩】

 

 

「チャオ☆我らがトランペッターの一員達よ」

 

 

後ろから不意に聞こえた声に異形の一人が刃を振りかぶる。

しかし、そこにいた存在を認識した瞬間に取りやめる。

 

 

「お前か」

「お前って、ひどいなぁ俺がお前たちに色々与えてやっただろう」

 

 

道化の様に新しく表れた影は言う。

それに対して反応はさまざまである。

 

 

「利用しあってるだけだろォが」

 

 

信用していない声色の者。

 

 

「もちろん感謝しています、祖霊の使徒よ」

 

 

狂信的な精神をうかがわせるもの。

 

 

「ボクタチガタノシメレバソレデイイヨ」

 

 

愉悦と自身が高位の存在であると認識している者。

そんな彼らをみる男もまた、狂気を感じさせる。

闇は悪意を持って蠢いていた。



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出会いは人それぞれに





 『出会いは宝だ、良くも悪くも』

  《旅人の言葉》





 

 

諸頭同盟という地に辿り着いたボバ・フェットには目的があった。

その目的とは自身の部族の元を訪れ不調となった鎧を戻すというものである。

故に当然彼は他のメンバーと離れ、自身の部族の場所へと向かう、筈だった。

 

 

「………」

 

 

到着した同盟の都市を出て、砂漠地帯を自身のバイクである《スレーヴ1》で疾走する彼は後ろをちらり、とみる。

多数の銃器、兵器を搭載している彼の愛車には彼以外の人間が座るスペースが存在する。

いつもは自身の相棒、或いはスナイパーが乗っている場所に二人の少女が座っていた。

 

 

「これ美味しいわ、千世子ちゃんもどう?」

「私はこっちのジュースがあるから大丈夫だよ」

 

 

いつもそこに目を向ければ存在する酒とたばこを飲み、吸う光景。

それとは全く違う可憐な少女二人の食事風景がそこにはあった。

黒い少女手に持っているのは酒の瓶ではなく、串に刺された肉。

男たちの様に頬張っているがそれも彼女の美しさによってかわいらしさに変わっている。

白い少女が持つのは紙にまかれたたばこなどではなく、美しいカップに入った果汁のジュース。

がさつで、騒音を撒き散らしていた男共よりは幾分もマシである。

しかし、ボバ・フェットは不満であった。

 

 

「なぜ付いてくる?」

「テッドさんたちに頼まれたの」

「フェットさんがバカしないようにって」

 

 

いつもと違う彼の姿を見たテッドが彼は止めることはなかった。

だが、止めるようなつもりもまたなかった。

それを尊重するのもまた、相棒であると彼は考えていたからだ。

故に、二人の少女には最低限馬鹿をしない為のリミッターとして宛がった。

仲間として認識されている少女がいるのに、自身を捨てるような選択はボバ・フェットという人間にはできないと理解しているからだ。

もしも普通ではない状況であっても、冷静に彼の肉体に溜まった経験はそう彼を動かす。

テッドという人間はそれを理解していた。

 

 

「………そうか」

 

 

そんな相棒の意図を察して、ボバ・フェットも渋々ながらこのまま自身の部族の場所へと向かうと決めた。

砂を巻き上げ、風を切り裂き彼らは進んでいく。

どこまでも続く砂の水平線を少女たちは見つめていた。

桜皇の山奥にて育てられた彼女達にとって目の前の自然は今まで経験した自然とはまた違う雄大さを持っていた。

 

 

「あまり見つめるなよ、目が潰れる」

「「はーい」」

 

 

砂漠の素人である二人の少女を彼が窘めるのと同時にそれが空から来た。

【■■■■■■■の鎧・飛翔駆動】【戦士の血統】

ごぅん、と衝撃と音が発生する。

砂上を走る二輪車の上に着地したのは特徴的な鎧を身に着けた人間。

その手に握られているのは人狩り(マンハント)の武器、つまりは銃である。

突然現れた襲撃者に対して少女たちは一瞬対応が遅れる。

彼女達が悪いわけではない。

高速で移動するバイクに着地するような非常識な行動を人間が行うとは思っていなかったのだ。

故にその一瞬が明確な隙となった。

銃口が彼女達に向けられ、引き金が引かれる、前にその男は動いた。

【射撃訓練】【戦士の血統】

バイクのハンドルを片手で握り背後に向けて蹴りを繰り出す。

【コンバットアクション】【夢幻羅道】

そのまごうことなき曲芸のような蹴りは少女二人に向けられた銃口を上空に変えた。

蹴りを繰り出すと同時に運転を自動操縦に変え、対応しようとする襲撃者と向き合う。

 

 

 

「………」

「………」

 

 

向き合う二人は無言であった。

高速で動く二輪車という不安定な場所。

落ちれば死が待っている。

だが二人に焦った様子は見られなかった。

そして、風が吹いた。

その瞬間、両者の銃が相手の命を奪おうと動いた。

【射撃訓練】【クイックアクション】

【トゥーハンド・レッドアクション】【夢幻羅道】

 

 

「はや…」

「遅い!」

 

 

銃口が彼に当たるよりも速く数発の銃弾が襲撃者に命中した。

鎧は弾丸を弾いたが、衝撃は残っている。

故に彼の愛車から吹き飛んだ。

高速で移動していた乗り物から落ちる。

それだけで常人は死ぬ。

だがここにいるのは普通の人間ではない。

地面に当たるよりも速く、空中で大幅に上へと方向変換する。

それは背部に背負ったジェットパックの効果である。

【■■■■■■■の鎧・飛翔駆動】

 

 

「アマチュアめ」

 

 

【■■■■■■■の鎧・飛翔駆動】【夢幻羅道】

鳥が逃げる様に飛び立つ襲撃者の上に、既にボバ・フェットは飛んでいた。

タイミング、角度、速度、全てを計算に入れて彼は飛ぶ。

緊急回避のための上昇とは速度も効率もまるっきり違う。

ゆうゆうと銃を下に向け、引き金を引く。

【百発百中】

 

 

「ガッ!」

 

 

彼が撃ったのは非殺傷弾である。

しかし激痛を与える。

故にもがきながら襲撃者は墜落していく。

再度、ボバ・フェットの愛車へと。

今度は体勢も完璧ではない、故に襲撃者は落下の衝撃であっさりと気絶した。

 

 

「幸先が悪い」

 

 

そう着地したボバ・フェットは言葉をこぼした。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

 

晴天、という言葉がその空には相応しかった。

太陽は赤く、空の色は青い。

故に当然その下の世界は熱い。

汗を流しながらテッドは人混みに流されていた。

流し目でみる都市の光景は活気と笑顔が満ちている。

生きようとする欲求が見て取れる。

 

 

 

「兄ちゃん!うちの酒を買っていきな!美味いぜ!」

「なんのうちのジュースの方が飲みやすいぜ兄ちゃん!」

「男なら肉食いねぇ!」

 

「あーすまねぇ、気分じゃねぇや」

 

 

 

客引きをのろりくらりとかわしながら彼は進んでいく。

もう少し影の住人である自分だがこの光の中で浸っていたい。

そうテッドは思っていたが染みついた修羅は簡単にはそうさせてはくれない。

道を歩く道中に見られる戦いの心得がある人間を自然と分析する。

【修羅道】【鑑定眼(偽)】

 

 

 

(やっぱ王国兵は全体的に練度がたけぇなぁ、比べると獣人どもは練度がまちまちか?)

 

 

 

ぎょろぎょろと目を動かし歩く傍らに見つからないように兵士たちに目を向ける。

その最中にも剣をいつでも抜けるようにしておく。

テロも暗殺者も殺したことがあった。

故に油断などできなかった。

 

 

 

「さぁさぁ寄ってらっしゃい!、見てらっしゃい!」

 

 

 

目的もなく放浪しているテッドの耳に一際大きな声が響いた。

目を向ければ派手な衣装に身を包んだ男が設営したのであろう舞台の上で叫んでいた。

 

 

 

「砂漠の発掘調査に参加しないかい!見つけた宝は君の物だ!」

 

 

 

その言葉にざわつく民衆。

テッドは一人冷めた思考でそれを見ていた。

 

 

 

(遺跡も眉唾だが発掘するなら労働力がいる、宝もあるって言えばイナゴみたいに来るし参加料でかなり稼げるってところか)

 

 

 

その魂胆を読みながら彼は参加者の列に並び始める。

 

 

 

「暇つぶしにはもってこいか」

 

 

 

それは暇つぶしだからという投げやりであり、男ならだれもが持つ冒険心というものだった。

 

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

 

 

尾形にはテッドと同じく目的は無かった。

せいぜい火蜂やヒルドルブのパーツを買い込むだけであった。

宿にその買い込んだパーツを預ければ、もはややることは無い。

故に、こうして酒に浸っている。

煽情的な衣装を纏った女が給仕と踊りをしていた。

酒を飲みながら下卑た視線を男が送っている。

チップが交わされ、キスやボディタッチが行われている傍で尾形は一人酒を飲んでいた。

薄暗い空間が良心を眠らせているのだろうか、そう考えながら酒をちびちびと飲んでいく。

 

 

 

「追加で一杯」

「承知しました」

 

 

 

グラスにもう一杯琥珀色の酒が注がれる。

そうしていた尾形の後ろから声が掛けられる。

 

 

「おい、あんた」

 

 

 

その声に答え、振り向けば一人の若い男がそこにいた。

じっと僅かな時間で尾形はその男を観察する。

【観察眼】

 

 

 

(ホルスターには銃、近接武器は無い、身軽な軽装)

 

 

 

観察を済ませ、男に向けて尾形は口を開く。

 

 

 

「何の用だ」

 

 

 

その言葉を待ってましたと言わんばかりに若い男が口を開く。

 

 

 

「あんた腕が立つんだろ、銃にも自信が籠ってる」

 

 

 

隣に男が座る。

そしてバーテンダーに向けて指を一本立てる。

 

 

 

「この人と同じ奴を頼む」

「はい」

 

 

もう一杯、酒が差し出される。

それを一気に飲み干し、彼は尾形に言った。

 

 

 

「少しの間でいい、俺と一緒の船に乗ってくれ」

 

 

 

軽薄そうな見た目の男の瞳には覚悟の炎が灯っていた。

命を投げ捨てでも構わない、そう言いたげな目を見つめる。

 

 

 

「なぜ、俺の力が借りたい」

「相棒が捕まっちまった、助けたいんだ」

 

 

 

怒り、不安、焦り、心配、様々な感情がその男の顔に現れている。

見ず知らずのその男は尾形に頼み込む。

 

 

 

「敵は?」

「街はずれの場所に十数人、異形種が多い」

「脱出経路は?」

「すでに用意してある」

 

 

まずは戦力計算による難度の測定、

そして次に報酬。

 

 

「報酬は?」

「金なら相場よりも高く出す!、女も知り合いの娼館を紹介する!、他にも俺にできる事なら最大限やらせてもらう!だから頼む!」

 

 

 

総合すれば難易度が高いが報酬はあまり期待できないという事だ。

その熱意が籠った男の言葉に尾形の心が揺れることは無かった。

どこまでも冷たく、彼の心は利益を計算する。

【凍った心】

だが、今回はそれとは関係なく男は決断した。

 

 

 

「いいだろう、協力しよう」

「恩に着る!」

 

 

椅子から立ち上がり、出口を目指す。

そして横に並ぶように歩く男に質問した。

 

 

「誘拐された相棒の名は?」

 

 

先に扉を開けた男が言った。

 

 

「チューバッカ!」

 

 

 

軽薄そうな男、ハン・ソロがそういった。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

アスラ・ザ・デッドエンドは退屈していた。

人が多ければ喧嘩が増える。

故に彼にとっての遊び場がこの諸頭同盟には無数にあると彼は思っていたがそうではなかった。

治安がいいのだ。

喧嘩が起こっていないわけではない、即座に鎮圧されているのだ。

一般兵とおぼしき人間たちが喧嘩を起こしている場所に突撃しとっ捕まえているのだ。

故に彼にとっては退屈で、普通の人々にとっては良いことに平和であった。

 

 

 

「あ~クソ」

 

 

 

不満そうに息を吐きながら、露店で買った肉を嚙み千切る。

その姿はまさしくチンピラであった。

己の衝動に任せ、道を進む。

そうして彼がやって来たのは郊外に近い場所だった。

怪しげな雰囲気の店が増えていく中で一つの露店がアスラの目に留まる。

それは花屋であった。

色とりどりの花が揃えられ、飾られている。

 

 

 

「花はいかがでしょうか、聖陽教秘伝の長持ちする華です」

 

 

 

それを売っているのは修道女だった。

聖陽教において商売は一定の職種禁じられている。

しかし農業やこの花売りは信仰対象である太陽の光を浴びて育っていくから認められていた。

宗教とて人が所属しているのなら金がいる。

独立した団体として存在しているのならなおさらである。

信仰心があっても金が無ければ生きていけないのは確かなのだ。

 

 

 

「へへへ、シスターさんよぉここらで商売してんなら俺らにみかじめ料払ってもらおうか」

 

 

 

がらの悪い男達がシスターを周りから見えないように取り囲む。

弱者には強いゴロツキ達である。

 

 

 

「払えないならその体で払ってもらうことになるぜぇなにせ花売り何だからなぁ」

 

 

 

下卑た視線を若いシスターへと向ける。

容姿は可憐であり、商売女とは比較にならない。

だが、彼女は神に忠誠を誓った修道女なのだ、心は決して弱くない。

 

 

 

「あなた方が誰であろうと私の身体は聖陽のものです、精を発散したいのであれば別の場所を探してください」

 

 

 

睨む少女に向けられたひゃははと下品な笑い声は中断されることになる。

なぜなら声を挙げていた男の顔に蹴りが直撃したからだ。

 

 

 

「よう」

 

 

 

悠然とその男は歩いてきた。

 

 

 

「いい女だなあんた」

 

 

 

アスラ・ザ・デッドエンドはやって来た。

【強者の矜持】【戦闘狂】

 

 



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始まるそれぞれの物語



  『犯罪者はブタ箱に出荷よー』


      《王国兵》





ボバ・フェットは自身の自動二輪車、《スレーヴ1》の上に侵入者を捕らえ、載せて走行していた。

彼と同じような鎧を纏った侵入者を百城千世子と夜凪景はまるでのたうつ蟲の生死を確かめるようにつつきながら目の前で運転する男に問いかける。

二人の美しい少女が行う動作は美しいものだったが、残酷さが伴っていた。

 

 

「この人、殺さないの?」

「それなら鎧を剝がした方がいいわね」

「よせ」

 

 

ノアという町で生活していく中で殺人はほぼ日常的に起こっていると彼女は知っていたし、同時にそこで長年過ごしてきたボバ・フェットという人物が襲撃者に対して容赦をするような人格をしていないことも理解していた。

似た鎧を着ているという点が特別なのかと考えながら、彼女達は捕らえられている襲撃者の分析を行っていた。

どのような人格で、どんな目的で、どれだけの力があるのか。

それをリスト化し己の脳に刻んでいく。

【アクタージュ】【無貌】

夜凪景はある種本能的に侵入者の精神をトレースし、

【アクタージュ】【千貌】

百城千世子は男の外見などから論理的に精神を解剖していく。

彼女達の精神の分析が数分間程度続いた時、スレーヴ1は停止した。

目的地を知らぬ彼女たちは一瞬そこに着いたのかと考えたが、直ぐにその考えを改めた。

周囲は砂漠の合間に出来た岩山の残骸とも言うべき地形であった。

吹き荒れ続けた砂塵によって削り続けられたその場所は最早砂漠に出来た僅かなでっぱりとなっており、獣の住処にも、人が住むにも向かない不便な場所だった。

しかし人が隠れるには十二分な場所だった。

顔を出したるは鎧姿の集団。

【マンダロリアン】【銃器習熟】【火器統制】

二人はその集団から身を隠しながらも観察し情報を手に入れていく。

容姿は全て完全に鎧と兜によって隠されているので観察不能だったが背の高さも、肩幅などといった身体的特徴に統一性が無いことをまず理解し。

次に運転席に座るボバ・フェットと同一のT字型の鎧と銃器を構えているのは共通していることを理解した。

 

 

「ボバさんの友達?」

「そうであって欲しいね」

 

 

銃器を向けられ、完全に囲まれている。

完全な不利な状況にあるのは疑うべくもない。

そう、彼女達の冷静な思考は答えを出している。

同様にその不利をボバ・フェットは承知していたし、それの解決方法も理解していた。

 

 

「どうぞ」

「ああ」

 

 

まるでボバ・フェットの思考を読んだように彼女達は拘束されている侵入者への道を開ける。

【百発百中】【ガンマスター】

彼の放つ攻撃が確実に侵入者の命を奪うことが可能になった瞬間だった。

 

 

「人質か?」

「そんなものだ」

 

 

それを理解していない囲んだ襲撃者の一人が嘲笑するように口を開き、ボバ・フェットはそれに答えると同時にスレーヴ1を囲む銃口の全てが彼に向いた。

下手に動けば死が待っている状況であっても彼は少しも怯えた様子を一切出すことない。

【夢幻羅道】

さすがに女を引き連れては初めてであるがこの程度の死線は何度もくぐり抜けて来ているからだ。

 

 

「お前が引き金に指を掛けた瞬間死ぬし、もし撃ててもそいつは死なない、そして偽物の鎧を付けた貴様は死ぬ」

「そうか」

 

 

そのボバ・フェットの軽い口調に苛立ったのか牽制と威嚇のためにその喋っていた男が引き金に指を掛けようとした瞬間。

 

 

「右肋骨下」

「な…」

 

 

【戦士の血統】

ボバ・フェットは言葉を紡いだ。

それが二人の少女には何かわからなかったが重要な意味が存在しているということは嘲弄していた男の驚愕から感じることが出来た。

 

 

「お前らヴィズラ家の鎧はそこに僅かにへこみがある、勲章を付けるためのな、そこに打ち込めば衝撃が集中して内臓が死ぬぞ」

 

 

その驚愕が周囲を囲む人間たちに連鎖していくのを見計らってボバ・フェットは更に混乱を生み出すために口を動かす。

 

 

「こいつが勲章が無いってことは若手、そして先達もつけず来ていた、つまりこいつはまだ鎧を与えられたばかりで、はしゃいで飛び出してきたガキだ」

 

 

岩山の残骸にいるあらゆる人間の視点が一人の男に向かっている。

それは囲んでいる鎧を着た集団たちがボバ・フェットという男が只者では無いことを理解した証拠である。

 

 

「それもこんなに大人数で来るとはよほど大事らしいな」

「黙れ」

 

 

発言していた男のグリップに力が籠る。

しかし決して銃撃の邪魔になる程には握っていない。

それだけ撃ち慣れ、熟達している。

しかしそれは焦りを隠すどころか証明している。

 

 

「どうした?、俺の鎧は偽物なのだろう、撃ってみろ」

「…ッ」

 

 

圧倒的有利な状況が僅かに崩れそうになる。

それだけで人間は混乱に陥っていくものである。

先程までとは別種の殺意や怒りなどといった感情による緊張が周囲を満たしていく。

煌々と地面を照らす太陽が熱を与えるだけの時間が数秒間続き、誰かが動こうとしたその瞬間。

 

 

 

「両人、止めよ」

 

 

新たな声がそこに響き、声の持ち主へとボバ・フェットへと向けられていた視線が全て移る。

それは決して誰もが敵対者への警戒を忘れたわけではない。

現れたその存在の威圧感の凄まじさがそれを一瞬とはいえ忘れさせたのだ。

声の主はボバ・フェット達と同じように特徴的な鎧を身に纏っている。

その背はまるで鬼人のように高く、筋肉は巌のようであることが鎧の上からでも解った。

唯一晒された頭部は禿頭であり、肌は浅黒い。

そして最も特徴的なのは赤い瞳。

まるで血のようにその瞳は輝き、削りだされた彫刻の様な美しさと肉体に宿る筋肉のように険しい容貌を更に凶悪にしていた。

 

 

「久しいな、我らが最強の子よ」

「お久しぶりです、我らが父よ」

 

 

その現れた大男こそボバ・フェットが探していた己の鎧を修復できる人物。

【マンダロア・ザ・グレート】【■■■■■・プロト】【鍛冶場の主】

傭兵部族、マンダロリアンの創始者ヴァルカンである。

 

 

■●■●■●

 

 

この諸頭同盟に入国した時に乗っていた《ハーメルン》よりも遥かに小さい砂上船の上でテッドは断続的な揺れで眠気に襲われていた。

何もしない時間程退屈なものはないことをテッドは今までの人生から学んでいた。

されど、この異国の地において会話をする相手というものを探すのは難しものだった。

故に。

 

 

 

「あの、すいません」

「ん?」

 

 

 

その掛けられた声は彼にとって退屈を終わらせるものだった。

声に向けて首を曲げた先にいたのは少女であった。

かわいらしさが残る若い少女である。

目を引くような格別な美しさはもっていないが可愛らしい容姿をしている彼女は剣と、軽装鎧で武装していた。

 

 

 

「どうしたんだい冒険者のお嬢ちゃん」

「はい、一応なのですが身分確認をしているので何か身分証明が出来る物はありますか」

「ああ、ほら」

 

 

 

胸元に手を忍ばせ、入国時に持たされた書類を見せる。

シャドウランナーである証は肌身離さず持ち歩いているがこれは傭兵間やシャドウランナーの関係者以外には碌に役には立たない。

故に入国した時の書類こそが今のテッドの身分証明であった。

このような時に必要ななものとなるからだ。

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

少女は手に取り、恐らく参加する人間の表に確認した証をつけていく。

その丁寧な態度を見て、彼は疑問に思った事柄を彼女に聞くことにした。

 

 

 

「質問いいか?」

「ええ、わかる範囲でしたら」

 

 

 

質問を三つ、テッドはした。

一つ、調査する遺跡の安全性。

曰く、この企画を計画した際に調査をして生息していたモンスターを討伐し護衛として冒険者パーティを複数雇用している。

 

一つ、なぜ二度も確認を。

曰く、敵対する部族の客を一緒のグループにした場合、人傷沙汰になる可能性が高く、責任が重くなるからその可能性を減らす為である。

 

一つ、身分証明と言っても冒険者の認識票以外であるものなのか。

曰く、部族に所属している血盟標というものがあり、それで判別する。

 

そうやって疑問を解消しながら、テッドは遺跡へと向かって行った。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

まず場所が必要だった。

救出するにも、そしてそれに伴う行動をするにも。

闇の中で二人の男が密会している。

 

 

 

「まずどこにいるんだそのチューバッカって奴は」

「スラムの一角にある、部族の地区の間にあるから王国の奴らでも捜索に来るには一苦労する場所だ」

 

 

 

一人はハン・ソロ、もう一人は尾形であった。

彼らはチューバッカというハン・ソロの友人を救出する計画を練っている。

【スナイパー】

【アウトローの掟】

 

 

 

「聞く限りじゃ、お前の友人を攫った奴は大物らしいな」

「ああ、ジャバはこの街の悪党どもの大物さ」

「そんな奴が敷いた警備も厳重で当たり前だがどうやって救出するんだ?」

 

 

当然の疑問である。

裏社会において面子というものは何よりも重んじられるため、それを損ねないように警備は厳重になる。

そんな疑問に対してハン・ソロはこう答えた。

 

 

 

「あんたらが乗ってきた船の客人のおかげだ」

「ああ、あの人か」

 

 

 

《ハーメルン》に乗ってきたイヴ・アガペーもまた裏社会の大人物である。

【七罪王・色欲】

故に、この都市にいる裏社会の人間たちはその対応に行かなければならない。

 

 

 

「会合が二日間開かれるんだよ、裏社会の大人物たちがな」

「それだけでは不足じゃないか?」

「いや、ジャバは徹底して自分にとって重要なモノのみ護る奴だ」

「何でわかる?」

「前にあいつの護衛依頼を受けたからだよ」

 

 

 

その質問に対してそうソロはバツが悪そうに言った。

 

 

 

「美人やら金銀財宝やら麻薬やらな」

「顔を見るにろくでもない依頼だったみたいだな」

「その通りだ」

 

 

 

ジャバの性格と護衛の方法を彼は経験から理解していた。

そんな彼の話を聞きながら尾形は冷静に、救出のための策を練っていった。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

慣れない場所に来たものだと頭上にあるステンドグラスを見ながらアスラは思った。

その傍らには助けられたシスターアイリスがいる。

彼の拳は人を、それもチンピラを殴った程度で怪我することはない。

 

 

 

「だから治療なんていらねぇよ」

「もしもがあります」

 

 

 

しかしもしも怪我をしていたら自分のせいで怪我をしたことになると、彼女は譲らず彼を自分の教会へと招き治療していた。

巻かれていく包帯を見ながら、アスラは口を開いた。

 

 

 

「それにしてもああいう奴らが出る街だとは思ってなかったな、あの兵士たちがいるんだろ?」

「いつもはそうなんですけど、新しく砂上船が来た影響で王国兵の方々はそちら側に行ってたみたいで」

「暴れてたらすぐ来てたけどな」

「あれだけ暴れたら当然ですよ」

 

 

 

最近の欝憤を晴らすために人を投げて殴りまくってたら後ろから肩を叩かれたことを思い出しながら二人は会話していく。

 

 

 

「しかし手慣れたもんだな」

「聖陽教の義務の一つに傷病者の手当てがありますから」

 

 

 

シャドウランナーの生活をしてきた中で医者に世話になった時は数えきれないほど多い。

アイリスに治療手腕は慣れているものだった。

【下等医療技能】【聖陽教シスター】

なぜ彼女のような人物がこのような医療技術を持っているのかアスラには疑問であった。

 

 

 

「義務?」

「諸頭同盟は王国の傘下なので宗教は基本的に強権は持てないし、存在するには義務を行わなければならないんです」

「なぜだ?」

 

 

 

この世界において原則として宗教というものは祖先や精霊などを信仰する土着信仰などといったもの以外存在しない。

聖陽教はそれには当てはまらない例外の一つであった。

 

 

 

「義務が出来た理由は知りませんがこの義務は私が産まれる少し前に起こった独立戦争で我々聖陽教と祖霊を崇める民崇連盟の方々が戦争のきっかけになって大きくなったと聞いています」

「それなのに残ったのか?」

「とても王国の方々が強かったらしく直ぐに負けちゃったので、それでも当時の司教の方々は罪人として殺されちゃいましたけど」

 

 

 

苦笑しながらアイリスは包帯を結び終わる。

そして祭壇に掲げられた十字架に向けて祈りを捧げる。

 

 

 

「それに種族の壁なく助け合うことを説く聖陽教はこの国には無くてはならないと私は思うので、残って良かったと思います」

「ふぅん」

 

 

 

アスラは訝しげな表情を浮かべながらも頷き、彼女が祈る方向を見た。

そして十字架の中心に光り輝く石を発見した。

 

 

 

「その石はなんだ?」

「ああ、聖陽石ですね」

 

 

 

祈りを解いて彼女もまた十字架の中心を見た。

そしてその石に伝わる伝承を紹介する。

 

 

 

「星降る夜に太陽の如く降り注いだと言われています」

「へぇ、価値ありそうだな」

「正直言ってわかりませんね、聖遺物としか言われてこなかったものですから」

 

 

 

そうアスラは信じていない神を信じる少女と会話していった。



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線は並行して引かれていく





      『そんなー』


      《犯罪者》






砂の匂いがする、と夜凪景は思考した。

乾いた、肉体の中にある水を吸い出すような強い臭い。

脳裏によぎるのは暗く、五感を封じられて運ばれる記憶。

恐怖というものを刻み込まれた時間。

それを思い出しているのは自分だけではないだろう、と彼女は横の白い少女を見る。

白い少女、百城千世子も同じことを考えていたようでお互い目を合わせる形となった。

そんな常人であればトラウマになるような記憶を思い返して美しい二人の少女が思ったのはそんな暗い気持ちではない。

 

 

 

―――ああ、いい経験をした。

 

 

 

そんなある種怪物じみた狂気を彼女達は自覚する事無く現在に至っている。

【演者の才】

【演者の才】

彼女達にとってあるゆる経験は己が演じるための材料に過ぎないのだから。

まるで正反対の白と黒の少女はそんな考えの中周囲の環境を同時に観察している。

日差しは強く、肌を焼き、体内を熱する強さである。

故にそれを遮る為の工夫が施された野営地でボバ・フェットの出身である民族、マンダロリアンは生活している。

襲撃された場所から同盟の都市に数キロ近づいた地点にある円形に連なった大岩の内側に、大規模な野営地があった。

奇異と敵対を感じさせる視線を全身に浴びながら、少女たちは目の前の特徴的な鎧を着た男、ボバフェットと頭二つは大きな男、ヴァルカンに付いていく。

襲撃の挨拶の後、二人は無言であり重苦しい気配を周囲に向けて放っている。

チラチラとこの場所にいる人間をまとめて観察している中で分かったのが彼、ボバ・フェットが歓迎されていないということだ。

そして、一際大きな、それも特殊な金属でできた野営地に二人の少女と鎧の人間たちは止まった。

 

 

 

「ここからは私たち二人でいい」

「長!しかし!」

「いいと言った」

「もしもこの男が暗殺者であったなら!」

「私がやられるとでも?」

「……いいえ」

「ならば待っていろ」

 

 

 

【マンダロア・ザ・グレート】

リーダー格であろう男とヴァルカンの会話は子を咎める親のようだった。

その横でボバ・フェットも二人の少女と会話する。

 

 

 

「お前らもだ」

「こんな敵性コミュニティの中に置いていかないで欲しいんだけど」

「目がなんかこわい」

「安心しろ、もしお前らに手を出した奴が出た場合、そいつは殺してやる」

「それは安心できる要素じゃ無いよ、フェットさん!」

 

 

 

そんな会話をした後に二人の男はテントの中に入っていった。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

光源は、中には無い。

夜のような暗闇が、拡がっている。

ぶぉう、という空気が大きく蠢く音だけがこの場所の特徴であった。

 

 

 

「して、何ようだ最強の子よ」

 

 

 

その声はまるで鉄のように重く感じさせるものだ。

【マンダロア・ザ・グレート】【カリスマ!】

人の本心を強制的に引き出すような、威厳に満ちている。

そんなものが無くてもボバ・フェットは本心を語るつもりであったが、それをしやすくしてくれたのだろう。

 

 

 

「鎧の、修復をお願いしたく」

 

 

 

兜をとり、素顔を晒す。

今も尚雷神と呼ばれる剣聖に付けられた傷はいえず、精悍な顔に傷跡を残している。

 

 

 

「素材は持ってきているようだな、始めるとしよう」

「よろしいのですか?」

 

 

 

ボバ・フェットは簡単に了承されるとは思ってはいなかった。

責められ、詰られることを覚悟していた。

それでも鎧を直してもらう為に苦難の道を進む決意をしていたのだ。

 

 

 

「なに、友の子と長話をしたいというだけだ」

 

 

 

ぼう、と炎が灯る。

それは青く、天幕の上にある太陽の日差しさえ比べ物にならない程である。

熱を感じることのない距離のボバ・フェットにさえそれを熱いという思考を抱かせる青い炎。

それを前に巌のような大男、ヴァルカンがその浅黒い肌を晒す。

 

 

 

「さあ、その父の鎧を渡すがいい、貴様の鎧にしてやろう」

「……はい!」

 

 

 

【鍛冶場の主】

大きな鉄槌を持ったヴァルカンに、ボバ・フェットは己の鎧一式を差し出す。

それはまさに宗教画のような光景であった。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

ボバ・フェットの鎧の修復が始まったテントの外側にて待つ二人の少女の元に、マンダロリアンの一人が訪れていた。

それは砂漠の中で襲撃してきた未熟な新人のマンダロリアンだった。

 

 

 

「なにかようですか?」

「いやぁあたしを負かした相手がどんな奴かなって思ってさ」

 

 

 

声色からそれが少女であることがよくわかる高い声だった。

【観察眼】【演者の才】

それに対して一応警戒しながら二人の少女は目の前の同じ年代の少女と会話することに決めた。

 

 

 

「このテントの中にいますよ」

「じゃあ無理だなぁ、この中に入るの長以外はあの人に許可されないと無理だし」

「やっぱり特別なんですか?一つだけやけに大きくて色んな金属使ってるとは思っていましたけど」

 

 

 

三人の人間の視線が大きなテントに向く。

二人は中にいる男を思って、一人はもう一人の大男を思って。

 

 

 

「ここに入れるのはあの人に鎧を作ってもらう時か、戦士の儀式をする時だけ」

「儀式?」

「そ、私もこの前その儀式通過して鎧を作ってもらったんだよ」

 

 

 

見せつけるように少女のマンダロリアンはくるりと回る。

傷は無く、新しい。

ボバ・フェットが打ち抜いた場所以外は。

 

 

 

「いやぁ慢心してたな、反省できてよかったよ」

「死ぬよりはいいものね」

「私たちでよかったのかな?」

 

 

 

【天然】【コミュ強】

そんなある種天然な回答を聞き、思わず少女のマンダロリアンは笑う。

 

 

 

「そうだね、あたしはサビーヌ、サビーヌ・レン、アナタたちは?」

「夜凪景です、よろしくサビーヌさん」

「百城千世子、千世子でいいわ」

 

 

 

そんな会話が鉄を打ち、ボバ・フェットの鎧を直す裏で起こっていた。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

子供の笑顔とそれに伴う笑い声というものはアスラという人間が経験したことは余り無いものだ。

ノアという都市においてはそんなものを目に見える場所で挙げる人間は狂人か、もしくは襲い来る人間を叩き潰せる猛者ぐらいなものだ。

故に無警戒に己に近づいてくる子供達と遊ぶのも当然、未経験である。

 

 

 

「兄ちゃん!もっかい!もっかい!」

「次あたしよ!」

「カカカ、いいぜガキども、てめぇらなんざいくらでも投げてやる」

 

 

 

それは赤子のあやしである高い高いの上位互換である。

子供を怪我しない程度に高く、そして衝撃を与えないように柔らかに迎える。

【天武の才】

アスラは持ち前の才能で衝撃を受け流す術を応用してこれを行っていた。

【轟怪力】

まるで砂糖に群がる蟻のように孤児たちはアスラに掴み、上り、ぶら下がっている。

【超人】

普通の人間であれば倒れる程の重量であるが、アスラという超人の肉体を持つ男にとっては軽いものだ。

そんな今まで経験したことが無い穏やかな平和というものをアスラは過ごしていた。

それが終わり日が暮れる証拠の夕焼けを教会の庭に備え付けられたベンチに座りアスラは見ていた。

世界に赤い色を付ける光、それをアスラは見つめている。

 

 

 

「アスラさん、今日は本当にありがとうございました」

 

 

 

相も変わらず目つきの悪いその男に近づくのはこの教会のシスターであるアイリスであった。

白と紺で彩られたシスター服も僅かに赤みを帯びている。

 

 

 

「かまわねぇよ、あんたも随分ガキに好かれてみてるだな」

「あはは……、産まれてからずっとここで過ごしているのだ兄妹みたいですので」

 

 

 

すとん、とアスラの隣に彼女が座る。

害意は無い、それを理解していながらも警戒を怠ることは無い。

可愛らしい少女を横目に見ながらアスラは口を動かした。

 

 

 

「それじゃ、あんたも孤児か?」

「はい、色々な理由で預けられる子が多いですね」

「へぇ」

 

 

 

どおりで、とアスラは脳裏に印象付けられた孤児たちの顔を思い出す。

髪の色や肌の色、果てには種族すら違う彼ら。

良く育てるものだとアスラは冷酷な思考をする。

違いがあれば差別が発生するという変えようがない事実を認識しているからだ。

それだけ横にいるシスターが信仰する聖陽教という宗教が力を持っているのか、それとも諸頭同盟という国の特徴なのだろうか。

そんな疑問を脳裏に浮かべて、新たに脳裏に浮かんだ疑問を彼女にアスラはぶつけた。

 

 

 

「なあ、あんたは何のために祈ってる」

「はい?」

「いるかもわからないものに何故祈るんだ?」

 

 

 

ぽつり、とアスラの口から言葉が漏れ出した。

それは単純な疑問であったが自分のなかに生じたしこりというものを解消するためのものだった。

 

 

 

「そうですね…、もしかしたら私たちの信仰の対象である存在はいないのかもしれません」

 

 

 

僅かな沈黙と思考。

己が信仰している存在はいない可能性を彼女は肯定した。

【聖陽教シスター】

そう、彼女は言った。

シスターとしてはあるまじき思考。

場所が場所であったならば異端と呼ばれたかもしれない。

 

 

 

「ならなんで祈る?」

「もしもいなかったとしても、祈り続けた歴史があるからですよ」

 

 

 

【華の信念】

アイリスという名前のように花のような柔らかな笑顔で彼女は言う。

 

 

 

「誰かが祈り、紡いできたという過程があり、それが人を救ってきた」

 

 

 

夕陽が彼女を温かく包む。

 

 

 

「それだけで、祈るには十分だと思いませんか?」

 

 

 

【聖心清身】

ああ、この女は純粋なのだとアスラは理解する。

ノアという邪悪の巣窟を知らぬ、人の心の醜さを知らぬ。

下手な悪党や心無いものでもからしたら何を馬鹿なと言われる類の人間だ。

だが、この清らかな女は。

 

 

 

「あんた、いい女だな」

 

 

 

そうアスラは思った。

夕陽の赤とは別種の赤が彼女の頬に灯る。

 

 

 

「え、あの、その、私なんて化粧も知らないですし……」

「そういう意味じゃねぇよ」

 

 

 

突然の誉め言葉に対する混乱する彼女を見ながらアスラは笑った。

 

 

 

「俺に無かった視点を教えてもらったたんでな、そうか過程か」

 

 

 

そう言ってアスラはしばし考え、未だ混乱しているアイリスに向けて言葉を放った。

 

 

 

「一つ約束をしようぜ」

「はい?」

 

 

 

チンピラのような顔つきとは思えぬ真面目な顔で彼は言う。

 

 

 

「何でもいい、あんたと約束したという過程が欲しい」

 

 

 

その言葉を受けてシスターアイリスは一つの約束を彼と結んだ。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

遺跡というものに入るのはテッドにとって慣れていることである。

なにせノアという都市そのものが一個の都市という形をした遺跡であるからだ。

地上に建設されていた都市が区画ごと落ちていたり、断層によりさらに落下した区画があったりと多岐にわたる。

そんな中を調査する仕事を主とする奴隷ランナーたちもいるが、別の話だ。

 

 

 

「魔導文明ぐらいのやつか、これ?」

 

 

 

こんこんとテッドは遺跡内部の通路の壁を叩いて材質を確かめる。

【迷宮踏破者Lv2/5】

現在、単独でテッドは行動していた。

単純な娯楽であるならば浅い区域で護衛に守られながら発掘を。

金などが目的の奴は契約書を書いて奥地へと。

そんな風に分けられた参加者の内、テッドは後者を選んだ。

別段金が欲しいわけではない。

だが久方ぶりに冒険というものをしてみたくなった。

男というものはそういうものだと一人で呟きながら、テッドは進む。

 

 

 

「なんだ?」

 

 

 

そしてピタリと動きを止める。

砂埃が僅かに窪んだ場所を見つけたのだ。

生物か、もしくは自動の機械が動いた結果なのかはわからないがそれは行き止まりの方向に続いている。

それを追い、壁を探り一つの差込口を見つける。

 

 

 

「合う奴あったか?」

 

 

 

そういって持ってきた道具袋の中をまさぐって差込口にあうものを探す。

遺跡全体を探索するのに必要な道具は数え切れないほどにノアには売られている。

その中の一つが、開けるというプログラムだけが組み込まれた『鍵』と呼ばれる代物である。

形が合うものを差込み、しばし待つ。

そして僅かに行き止まりの壁が動くのを見てテッドは笑みを浮かべる。

 

 

 

「ビンゴ」

 

 

 

僅かな隙間に身体をねじ込み、未踏の地にテッドは足を踏み入れた。

 

 

 

暗闇の中に火を灯す。

それは視界を手に入れる為だけでなく酸素がそこにあるのか確かめる為でもあった。

片手に剣の柄を持ち、いつでも抜刀できるようにしながらテッドは周囲を見回した。

 

 

 

「あん?」

 

 

 

放ったのは疑問の声。

なぜならばそこにあったのはそれまでの合理的なモノではなかったからだ。

合理は不合理で、されど祈りが籠ったものに塗り替えられていた。

 

 

 

「こいつは鎧と、剣か?」

 

 

そんなある種グロテスクな内装の中心にあったのは金色に輝く鎧と、巨大な二つの刃を直列にくっつけたような異形の剣だった。

テッドがそれを発見するのと彼の後ろで悲鳴が聞こえるのは同時の事だった。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

ハン・ソロと尾形が行動を始めたのは昼が夜に変わり始めた時である。

場所と警備の人員がわかっている状況でただ待つのは愚策であるが、尾形は場所と地形を頭に叩き込んでいない。

故に僅かばかり時間をとり、完全に周囲の情報を尾形は頭に叩き込んだ。

【狙撃手】【元少年兵】

救出とは殺すよりも確実に物事を運ばなくてはならないことを尾形はよく知っていた。

迅速に彼らは行動しハン・ソロの相棒が拘束されている場所を観察できる場所に到着する。

そこは入り組んだ街中の奥にあり、小さな建物だった。

 

 

 

「あそこか、お前の相棒は?」

「間違いねぇ、ジャバの野郎の倉庫の一つさ」

 

 

 

尾形はスコープで、ソロは双眼鏡でその場所を見つめていた。

警備はソロが尾形に話していたよりも薄いものだった。

 

 

 

「どういうことだ、おい」

「そんだけ今回の会合が重要ってことじゃないのか?」

「だといいがな」

 

 

 

上空からの火蜂のセンサーでも少ない生体反応しか検知できない。

つまりはそれだけ手薄ということが確実なのだ。

 

 

 

「作戦通り、ここから援護してやる」

「頼んだ」

 

 

 

そう言って二人の男による救出劇は始まった。

 

 



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悪意により交わる




      「いやっふーぅぅ!」

      ≪たのしんでる蛇≫





悲鳴が聞こえた直後テッドの背後でわずかな音が立つ。

その僅かに地面を踏む音からテッドは抜刀し、音源に向けて刃を振るった。

【修羅道】【機巧剣】【迎撃態勢・荒野の掟】

【アウトサイダー】【改造個体】

閃光、鮮血。

まるで噴水の如く血が吹き出す。

それはテッドの物ではなく、彼が切り裂いたものからである。

 

 

 

「ギュィィッ!?」

「なんだこいつは?」

 

 

 

どちらも疑問が脳裏に浮かんでいた。

ひとつは己を傷つけた刃に対して、もう一つは襲撃者の姿について。

前者は人間という弱者に傷つけられたことに対する驚愕だが後者は長年の経験からくる手ごたえの疑問である。

数えきれないほど振るってきた相棒から伝わって来た切り裂いた対象は皮膚から肉ではなかった。

寧ろ鎧を纏った相手を無理矢理割った時に近しい。

そうテッドが感じたのと同時に彼の視界が闇に適応し、相手の姿を映し出す。

テッドの感覚は正しかった、慣れ親しんだ鎧の如き外皮を纏った獣ではない、襲撃者は文字通り鎧を纏った獣だったのである。

【鎧纏いし獣】【アウトサイダー】

血が吹き出す傷口を四本の腕の一本を使い抑えつけている。

 

 

 

「クソ科学者の改造モンスターかなんかか?」

 

 

 

理性が無い、知性が無い。

【理性焼失】【知性皆無】

ただ暴力と狂暴な精神がそこにある、故にテッドはそう判断した。

そしてこういう手合いに決まっているのは。

 

 

 

「単体じゃないってことだよなぁッ」

 

 

 

地を蹴り、宙に浮かぶ。

【アクロバット】

後ろから伸びてきた獣の四腕を踏み台により高く跳びあがる。

ぎゅるぎゅると眼球を高速で動かし、敵を把握しながらテッドは最初に引き抜いた剣を鞘に戻し、回転させる。

 

 

 

「数は5、ボスがいねぇってことはまだ出て来てないってことか?」

 

 

 

そして回転させるために納刀したとは別の手をその中の一匹に向け引き金を引き、剣身を射出する。

【機巧剣・銃剣】

硝煙の香りが炸裂する。

同時に発生するのは脳髄が爆散して鮮烈な赤色により塗り広げられる空間。

 

 

 

「ヴヴッ!」

「ッガガガ!」

 

 

 

そんなのをお構いなしに残った四匹の獣はテッドに向け突進していく。

剣身を無くした柄を同じように鞘に納刀して着地したテッドは腕をクロスさせ、抜刀する。

新たに装填された剣身は歪な形であった。

左手にはククリと呼ばれるくの字型の剣であり、鋸の如く小さな刃がついていた。

《曲鋸》

右手には曲がりくねった小剣である。まるで悪趣味な玩具のような代物だった。

《スペツナズ》

そんな双剣を手にテッドは四匹の獣に突進していく。

両者のうち先手を取ったのは獣たちであり先頭の個体がその剛腕でもって矮小な人間を潰そうと拳を振るう。

それをテッドは上体を逸らしながら膝を折り地面につけ滑ることで回避する。

鼻先をかすめる致命の拳を慣れた瞳で避け、それに引っかけるようにククリを振るった。

ぞぶり、と柔らかい感触と筋張った肉にフォークを刺すような感触。

血管をより巻き込むように捻りながらクロスカウンターのようにテッドは刃を振り切る。

【機巧剣・技剣】【修羅道】

そうしてまず一匹テッドは獣を殺した。

勢いのままに折りたたんだ足を開き、地面と平行して跳ぶ。

辿り着くのは別個体の獣の股の下。

もう片方の小剣を突き出し、ひねる。ぐるりと簡単に刀身がまるでゴムのように一回転する。

摩訶不思議なそんな現象が起こるように設計されている。

そして、引き金を引く。

【機巧剣・銃剣】

剣身が射出される。

ねじりから解放された事で回転しながら。

股の下から胃と肺を貫通し、食道と脳を完璧つなぎ合わせた。

これで二匹、そう脳裏で倒した獣の数をテッドは浮かべる。

 

 

 

「手負いが一匹なら問題ねぇな」

 

 

 

そう言っているテッドだが別の問題を浮かべている。

背後から聞こえた悲鳴だ。

こいつらの別個体がいるのか、それとも別種か。

早急に眼前の問題を片づけた後助けに行こうとする程度には彼には善性が残っていた。

脳裏で問題を除く算段を描いていたその時―――。

 

 

 

「ヴゥオオォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

大きな獣声が鳴り響く。

【アウトサイダーキング】【特殊改造個体】

その遠吠えは新たな存在によるものだった。

まるで重機の如く大きなその四本腕の獣。

 

 

 

「こいつらのボスか?」

 

 

 

大きい=ボスとは安直であるが獣の社会では最も多い。

故にこの個体もボスかそれに類する存在であると結論付けテッドは二本の剣を構える。

それに答えたのは巨拳。

―――速いッ。

【修羅道】

髪をかすめながら身を捻り躱す。

そんな死闘の開戦の瞬間であった。

両者が踏みしめていた地面が崩落するのは。

 

 

 

「なっ!?」「ヴぁ!?」

 

 

 

巨拳の威力に地面が耐えかねたのか、そんなことはありえない。

建築物がたかだか一つの生命体の拳程度で崩れ去るなど。

だが、そんなありえないことが起こってしまった。

この四本腕のボスとは格が違う生物によって。

地面が崩落し、宙に浮いたテッドは視認した。

四本腕のボスを喰らう肉の巨木としか言いようがない化物を。

【■■■■■】【■に等しきもの】

そして崩落する中で少しでも生存率を上げるために鎧と一緒に祀られていた歪な剣をそれに突き刺した。

【アクロバット】【修羅道】

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

ボバ・フェットの鎧が生まれ変わったのは、上っていた太陽が赤く染まる程の時間がかかった。

マンダロリアンの鎧鍛冶であるヴァルカンが汗を流しながらも、疲れを感じさせない顔つきで鎧一式を置く。

未だ完成ではない。

【鍛冶場の父】

終わるのは彼が完成というまでだ。

 

 

 

「我らは元々、一つの軍人の集団から始まった」

「知っています、魔導文明の時代はの舞台であったとか」

「その通りだ」

 

 

最後の工程を初めながらヴァルカンは口を開いた。

熱した焼き印を片手に持ちながら。

焼き印は熱する炎によって様々な形に変わっていく。

 

 

 

「退魔戦争ではレックスと呼ばれるものが率いていたが、その後はこの奏護において勢力を作りあげていた」

「はい……」

 

 

 

沈黙が場を支配する。

この後に来る 責をボバ・フェットが予測したからだ。

 

 

 

「先代の長、ジャンゴ・フェットは傭兵として比類なき存在だった、族長としてもな」

 

 

 

父への称賛、それはボバ・フェットにとっては嬉しいものだ。

ましてや、このヴァルカンに褒められる戦士など数える程しかいない。

 

 

 

「ですが、父は……」

「ああ、負けた、多くの戦士が死んでいった」

「はい……」

 

 

 

首を断たれた父の姿を幻視し、ボバ・フェットは歯を軋ませる。

【復讐者】【刻まれた傷】

同時に思い描くのは鎧を残して死んでいった者たち。

憎悪が、ボバ・フェットの胸に宿る。

 

 

 

「だからこそわからんのだ」

「何がでしょう?」

「何故、奴は雷神に挑んだ?、どんな状況であったのだ」

「それは……」

 

 

 

ボバ・フェットの幼児の頃の記憶は曖昧で、父の死だけが残っている。

そして子供の頃の彼に、傭兵としての目的以外の理由など考えてもいなかった。

ただ父を殺した存在への復讐を考えていた。

【復讐者】

 

 

 

「わからないのならば、それを報酬にする」

「報酬、ですか」

「ああ」

 

 

 

焼き印を完成したスーツに押し、彼の、ボバ・フェットの印を付ける。

【マンダロア・ザ・グレート】

今、この瞬間父の鎧であった鎧は彼の鎧となったのだ。

そしてそれをボバ・フェットに差し出しヴァルカンは言う。

 

 

 

「一面的にものを見るな、多角的に分析し、理由を調べ、その後にこそ復讐相手を殺すがいい」

 

 

 

それは神の啓示のようでもあり、弟子を鍛える師匠のようでもあった。

故にそれに答えるように、ボバ・フェットは答える。

 

 

「命に代えても達成いたします」

 

 

その瞬間、テントに彼ら以外の人間が入ってくる。

鎧を纏い銃を構えたその男は焦った様子で報告する。

 

 

 

 

「何事だ!」

「緊急信号です!、特級の赤を確認!」

「ならば準備は完了しているだろうな!」

「ハッ!、戦士全名準備完了しております!」

 

 

 

電光石化の速さで事態は急変していく。

【マンダロアザグレート】【ハイコマンダー】【迅速伝達】

それに合わせるように鎧を纏ったボバ・フェットも合わせる。

二人は目を合わせ頷き、テントの外に出る。

そこにいたのは騎馬兵の如く整然と並んだ機械の騎兵たち。

 

 

 

「我らは諸頭同盟がスラル殿との契約の下、救援に向かう異を唱える者はいるか!」

 

「「「「いません!!」」」」

 

 

 

集まった戦士たちにヴァルカンは告げる。

【カリスマ!】【マンダロアザグレート】

 

 

 

「ではゆくぞ!」

 

 

 

粉塵を巻き上げ進んでいく戦士たちを追いかける為に自身の愛機の元にボバ・フェットは向かい一分もしない内に追従していった。

後ろには白と黒の少女が乗っていたが。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

「ママーあれ買ってー」

「この前新しいの買ったでしょ」

「桜皇からの輸入品だよー」

「最近水道の量が変だなあ」

 

 

喧騒と活気の街中を一人、アスラは歩んでいる。

アイリス達との穏やかな時間を過ごしていたが彼の脳にはそれとは遥かに違った記憶がよみがえる。

それは闘争の時間。

血と汗と臓物に満ちた時間。

生を感じさせる時間。

名前も知らない異形の拳客との死闘を何度も、何度も。

【■拳を継ぐもの】

恋を患った乙女の様に、熱烈な感情でアスラは思い返している。

拳と拳で殴り合う時間を。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

血が、匂っている。

鉄の匂いだ。

己からも、相手からも大量に。

死が近づいていく冷たさが命の奥底からやって来る。

だがそんな冷たさではこの闘争の、殴り合いの熱を搔き消す事など不可能だった。

熱が脈動し、筋肉を動かさせる。

拳を相手の肉体に叩き付ける。

何千、何万と繰り返してきた暴力だからこそわかる。

効いていない、命には届かない。

対して相手の拳はどうだ。

この満身創痍の身体には一発とて致命傷だ。

なんて不公平、なんて理不尽、なんて――――。

 

愉快。

 

 

 

「くかかっかかっ!」

 

 

 

獣じみた嗤いを喉奥から絞り出す。

それにより絶望を、恐怖を、死を無視する。

命を消費し続ける肉体も同様だ。

相手を殺す手札がないならひねり出せ、編み出せ、作り出せ。

拳じゃ足りないのなら蹴りを、肘を、膝を、頭を叩き込め。

泣き言なぞ必要ない、いるのは目の前の拳士を打倒する方法だ。

そして、そしてアスラは――――。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

上等な料理を思い返すように、アスラは頬を緩め、己はどうしようもなく終わっていることを再認識する。

滾る熱情を感じているアスラと同調するように、地面が揺れた。

初めは僅かに砂が動く程度。

だがそれだけで十分だった。

訓練された兵士と、アスラという男には。

それが本格的な揺れに変わる前に戦闘準備を訓練された者たちは動き出す。

【王国への忠義】【戦場の絆】【修羅国家の民】

 

 

 

「構えろ!お前ら!」

「「「jud!!」」」

 

 

 

剣を、槍を、弓を、鎚を。

各々が即座に己の武器を構える。

アスラもそんな彼らと同じように脱力し、拳を放てるように準備を完了させていた。

そして地震と勘違いする程に大きくなった振動とともに複数の場所から爆発が起こった。

兵士は最も近い場所に向かい、アスラは己の本能の赴くままに突き進んだ。

【強者の矜持】【戦闘狂】

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

諸頭同盟の首都であるこの場所には現在の王国に占領されている以前から多様な歴史が数多存在し、構築されてきている。

それは戦争であり、それは支配であり、それは文明でもあった。

この人の命が軽すぎる世界において文明を築くには元々存在していたものを利用することが多い。

砂漠に近いこの同盟において最もそれが顕著なのは生存に不可欠な水道である。

地下百mを超える暗黒の中にトランペッター、ブラッドスタークはいた。

流れていたであろう水脈は枯れて久しく、わずかに湿気を生み出すのみ。

人間には認知不可能な闇の中で蛇は囁く。

【気配迷彩】【■■■形】

 

 

 

「さてさて」

 

 

 

この怪物が背乗りと呼ばれる手法でわざわざ自力で同盟に侵入した理由はこの枯れた水脈の発見と、水道の確認である。

一般的なテロである水道の破壊と汚染。

面白みのないそれをブラッドスタークはやるつもりは無い。

顔を変え、身長を変え、別人になりすまし、僅かな時間利用し、観察する。

そうでなければこの怪物でさえ気づかれる程の練磨された兵達が監視している。

故に怪物はそんな当たり前の対策事ぶち壊す道具を用意していた、

 

 

 

「モォォォオオオッッ!」

 

 

 

それは地を揺らす嘶きだった。

ぶるりとブラッドスタークが立つ水道全体が揺れる程の音。

そんな騒音と共にその生物はやって来た。

肉が、そこにある。

太く、大きいそれはされど脂肪ではない筋組織がそこにあると理解できる。

肉が、そこにある。

蠢き脈打つそれは超常の生命であることを感じさせる。

肉が、そこにある。

都市の水道という巨大な道を埋め尽くすほどに巨大なものが。

 

 

 

「自信作をお披露目するとしようか」

 

 

 

ぞぶり、とその肉の塊にブラッドスタークは入り込む。

巨獣が痛みを感じることはない。

そのように改造され、育成され、作成されている。

肉は進んできた、狭い道を押し広げ、邪魔者を轢殺して。

この都市から数十キロ離れた水源からやって来たのだ。

そしてその巨体の全長は1㎞を超える。

未だ人類が認知していない人類脅威、無限の畜肉屠(ミノタウロス)の細胞から作成した改造個体、迷宮肉屠(ラビリンス)

迷宮肉屠(ラビリンス)】【終わりえぬもの】【■■■ター■■■ト】

それが今諸党同盟の水源から現れた。

6つの頭部を(・・・・・・)それぞれ暴れさせて。

 

 



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交わった戦士達






『刃を持って、誇りを胸に、背後には護るもの、それがあれば戦える』


             《兵士》




 

 

恐怖。

 

 

それはこの残酷なる世界において様々な形で現れる。

病魔、テロリスト、戦争。

多種多様であるがその中でも最も多く表れるのは決まっている。

 

 

 

「クフィフクィフィイクク」

「ぐるぐるグルルウ」

「ビギイイィィ」

「KIaaaaaaaaaaaッ!」

「ぶるるるぅぅうぶうるう」

「キャアウアウアウアアアアアアアア」

 

 

 

強く。

 

凶悪で。

 

理不尽な。

 

――――怪物である。

迷宮肉屠(ラビリンス)】【六怪頭】【終わりえぬもの】【■■■ター■■■ト】

 

 

 

見るがいい人間。

そう言わんばかりに伸ばされたの六つの頭部。

水源という防ぎえぬ進入路を拡張させ、這い出たその異形に人々は恐怖する。

様々な人種が存在するこの都市において皮肉にも思想を統一したのはその輪にも入れぬ怪物だった。

生活の場に突然現れた巨大生物。

それの出現により既に怪我人と死人が出ている。

恐怖に彩られた数多の人種が泣き叫び、逃げていく。

子供を押しのけ、それを助けようとする母を流しながら。

都市は滅ぶ、そう少なくない住民が確信しそうになった時である。

恐怖振りまく六つの内二つが破壊されたのは。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

光眼頭、そう名付けられた頭部に意識はない。

【光眼頭】【肉の人形】

生命として活動してはいるが、そこに意思は無く。

司令塔器官からやってくる指令を処理するのみ。

まさしく生体機関であるその頭の能力はその特徴たる一つのみ存在する巨眼に由来する。

【大怪球】

その煌々と光る眼球の役割は本来の光を映す視覚では無く、光を放つ砲台であった。

鉄すら溶かす熱の光線を放ち、都市を焼く。

簡潔なその指令を実行すべく、光を大眼球の眼前に集める。

【チャージ】

蓄積は凄まじく早く、混乱のただ中にあった人間達を容易く建造物ごと炭化させうる威力の散弾光線。

そして全ての頭部が持つモンスター生産能力により生成した直撃した光線を拡散させる甲殻を持った魔物。

【モンスタープラント】

慈悲と言う精神は存在しない光眼頭の光線は市民達を焼き付くす筈だった。

そんな破壊行動をとらんとした巨頭の前へと男が、歩いていく。

その足取りは決して死にに行こうとするような狂人の歩みではない。

【王国への忠義】【修羅国家の民】

しっかりと地を踏み、敵を見据え、闘う意思を持った者だ。

光眼頭に搭載されている合理という歯車はその弱者(にんげん)をなんら障害とは見なすことは無かった。

故に、光線は淀みなく発射される。

電球が幾つあろうと対等になることは無い光量と、それに比例したエネルギーを持つ破壊力。

発射されれば未曽有の被害が出るその一撃の一寸前。

【修羅国家の民】【先達する経験値】

 

 

 

「鈍いぜ、怪物」

 

 

 

光刃が閃く。

<【聖剣技Lv2/5】+【早撃ち】>=【我が閃光】【修羅道】

そう表現するしか無い程に速く、そして鋭く光眼頭が蓄積させた光球を切り裂き、大眼球を切り裂く。

突如して行われた神業。

それに素早く光眼頭が反応するのは痛覚では無く、どこまでも無機質な忠実な下僕としての本能。

【痛覚無視】

生命維持を切り捨て更なる光弾を放ち少なくとも犠牲者を出そうと行動に移そうとする。

【ラストアタック】

 

 

 

「GUruruuッ―――」

「俺は言ったぜ、鈍いってな」

 

 

 

【我が閃光・アストロブレイド】

その怪物の行動を読んだように、男は言葉を吐き出した。

ぐしゃり、と音がする。

それは一撃目の傷に重ねるように放たれた神速の二撃目が直撃した音だった。

理解をする知能も無く、エネルギーを集めた光眼頭は爆散した。

肉塊と血飛沫が鉄の匂いを漂わせ、落下していく。

それら一つ一つが人間の重量を超え、圧死させるのは十分。

討伐したところでその質量により、犠牲者を増やす英雄を嘲笑うための機構。

外道極まるその機構に対して男が言ったのはただ一言である。

 

 

 

「頼むぜ、お前ら」

 

 

 

その助けを求める一言に答える人間はそこら中にいた。

鎧を身に纏い、武器を持ち、闘う精神を持った者たちが、兵士達が。

信念と、勇気を持って怪物を打倒した男に答える。

 

 

 

「「「「「「「jud!」」」」」」」

 

 

 

【戦場の絆】【王国流儀(真)】【修羅国家の民:マルチロック】【川上流ネームド】

故に、悪辣なる罠は兵士達一人一人が持った武装を持って打ち砕かれた。

男はそれを眺めながら、後ろに来た兵士達と言葉を交わす。

 

 

 

「団長ー速攻で潰すのはいいんですがもうちょい連絡して欲しかったなって」

「そうですよ、可愛い子とお茶の約束できそうだったんすよ」

「光だけでどこにいるかわかる前提なのやめてくださいよ」

 

 

 

軽口を叩くその兵士たちは団長と呼ばれた男の直轄部隊。

長年死線を連れ添った仲間たち、故に彼らとかわす言葉も軽い。

 

 

 

「しょうがねぇだろ、急に緊急の知らせが来たんだからよ」

「ですねぇ」

「うーんお茶の約束はお流れか、私は悲しい・・・」

「それよりもどうします?怪物は無数で、強そうなのいますけど?」

 

 

 

一つ潰そうとも怪物は無数に存在し、市内は混乱状態である。

平和であった市内は戦場と化しているのを見つめながら部隊の皆々が指示を待つ。

 

 

 

「決まってるだろ?」

 

 

 

団長と呼ばれた男は答える。

いつも通り日常会話をするが如く。

 

 

 

兵士(俺たち)がやるのは怪物をぶっ倒して、守るべき人々を護るのさ」

 

 

 

民を護る兵士の言葉を口にした。

そしてその言葉に合わせて呼応して先程の被害を排除した面々が終結していく。

集まった面々に、男は言う。

 

 

 

「往くぞ」

 

 

【王国諸頭同盟方面軍団長】【王国への忠義】

その言葉に答えるのは一言で十分だった。

各々が武器を構え言葉を放つ。

 

 

 

「「「「「「――judgment!」」」」」」

 

 

 

【歴戦の人生】【戦場の絆】【王国への忠義】

人類国家盟主の兵士達は、闘争を開始した。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

城殻頭と呼ばれる頭には例外的に自己という意識は存在していた。

与えられた能力を最大限活かせるように。

【城殻頭】【糸繰の知性】

その能力とは物質の変形。

自信の巨体に触れた物体を作り替える能力。

さながら粘土のように柔らかに、されど硬度は保ったままで怪物達に有利な環境へと作り替えていく。

【巨大なる手】【陣地構築】

八つある異形の頭のうち、最も時間経過と共に驚異が増していく頭部である。

襲来して間もない現在においても己を守る城を築き、攻撃を防いでいた。

知能を持つが故に己がいる場所を安全だと認識した瞬間。

【剛来天矢】

衝撃が飛来した。

その圧倒的な衝撃のままに壁を砕き、鉄を砕き、更には頭部に存在している鱗を砕いたそれは矢であった。

しかしそれは弓矢というには余りに大きすぎた。

大きく。

分厚く。

長く。

重く。

そして大雑把すぎた。

それはまさに鉄塊だった。

大の大人が数人で持ち上げようともびくともしないであろう巨大な矢。

それがバリスタなどの兵器によるものでは無いということを、城殻頭は理解した。

なぜなら射角がとれぬように、地に伏せ、城を築き、何十にも壁を張り巡らせたのだから。

では何が怪物の防御を破ったのか、その答えは遥か遠方の都市の中心に建てられた塔にある。

天が近く見える塔の頂上に一人の女がいた。

背は高く、190を越える巨体。

その見に相応しい筋肉を持ったその女は甲冑を纏い、遠方の怪物とそれが築き上げた要塞を直視した。

【鷹の目】【剛弓遠射】【修羅国家の民】

鍛え上げた眼力は、魔具を使用することなくはっきりと弱所を見抜く。

そして屋上の地面に突き刺した鉄の塊のような弓矢を手に取った。

弓矢の重さを感じさせない程軽やかにそれを持ち上げ、つがえる。

すう、と息を吸い。

彼女は呟いた。

 

 

 

「我が剛弓をもって、無辜なる民草を守り、敵を討滅せん」

 

 

 

【夢幻羅道】【怪力】【三つ星の誓い】

その宣誓は小さな声であったが力強く響いた。

同時に、彼女の信念の重さと比例するように、彼女が持つ矢の重量が増加していく。

これこそが先ほどの局地的破壊の真相。

彼女の属性である地属性は物質を強化し、重量を増減する。

鉄塊である弓矢にそれを行えば、個人で行えるものが少ないほどの破壊を生むことが可能である。

先程の初弾はただの鉄の塊であった。

であれば同属性の属性金属にそれを行えばどうなるであろうか。

当然、威力を向上し、破壊は劇的に進化する。

しかしそれはその重さが増していく矢を放つことが出来ればの話であるが。

みしり、と軋みあがる肉と骨。

産まれ、そして育んできた肉体の悲鳴。

【努力の才能】【白鳥の如く】

それを無視するのではなく、向き合い彼女は弦を引く。

身に染みた動作で矢をつがえ狙いを定める。

【我が弓は骨肉である】

その発射体勢はまるで大樹が如く荘厳で像の如く美しい立ち姿であった。

今までの彼女の努力が具現したが如き一拍程の時間の後、その剛砲は放たれた。

不断の精神で、重き矢を使う術を生みだし。

鍛え上げられた肉体で、重量から考えられぬ加速を生み。

強化された重量でもって空気を強引に引き裂いたその一射は障害を無視し着弾し。

斬首の如く巨頭を長い首から切り離し、壁に激突した。

【直射:轟天一射】

 

 

 

「さて、団長が一つ潰し、クーフーリン殿も来たようだが」

 

 

 

彼女の広い視界に赤い槍を持った男が軽やかにこちらに向かってきているのと光の刃が瞬き首を爆散されたのが映る。

成果に驕ることなく、彼女は次の獲物に狙いを定めた。

人々を護るために。

 

 

 

「人間を嘗めるなよ」

 

 

 

【王国諸頭同盟方面軍副団長】

それこそが国家を護る兵士であるが故に。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

混乱のただ中で、起きた奇跡の様な討伐に、呆気にとられた。

眼前に起きた奇跡を享受し、平和に生きられる。

そう夢想するには十分な光景。

一般市民のみならず同盟の兵ですら一瞬そう思ってしまったその瞬間。

そのわずかな時間にその男は動いた。

【将軍】【名将】【鼓舞】【軍事天来】

 

 

 

「諸君!」

 

 

 

声が、響く。

それは人は魅了するような声ではない。

だが力強く、集に響くその声に人々の視線は集まった。

【カリスマ・実歴】

声の主の名はアクバー。

この諸頭同盟の軍のトップである。

 

 

 

「国を守るべき我々は今護られている!外国の、王国の兵士達に!」

 

 

 

高々と、彼は告げる。

今現在の自分達は守護されている存在であると。

民衆に、兵士達に、そう告げる。

【鬼心軍配】

 

 

 

「これを良しとするか?ただ逃げまどい、誰かが助けてくれるのを黙っている腑抜けなのか私たちは?」

 

 

 

ぴくり、と同盟の兵士達が揺れ動く。

それはプライドの自覚、兵士としての誇りと矜持の再認識。

【同盟兵士】【牙持つ兵】

 

 

 

「「「「いいえ!」」」」

 

 

 

故に答えは否であった。

急速に奇襲という事象によって起こった混乱を抑え込む。

 

 

 

「ならば!何をする!?」

 

 

 

二つ目の質問に対する答えは決まっている。

武器は手に握り、惑う市民たちを護れる立ち位置に素早く移動する。

 

 

 

「「「「理不尽と闘います!抗います!」」」」

「ならば良し!」

 

 

 

魚面の男は頷き、自身の部下たちを見る。

純人、亜人、妖怪に至るまで様々な人種がいる。

同様にその過去も様々な過去がある。

だがこの場所で抱くのは一つの目的である。

 

 

 

「この国を護るぞ!」

 

 

 

奴隷からその身一つで将軍に成り上がった英雄の言葉。

同盟の昇り鯉と呼ばれた男のその言葉に答えたのは同盟に相応しき様々な雄叫びであった。

【同盟の昇り鯉】【将軍】

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

この怪物の奇襲による被害が少ない現実には様々な理由がある。

王国兵とそれを率いる英雄の存在。

諸党同盟という人種の混沌の坩堝を御せるアクバー将軍の存在。

しかし人々の絶望を食い止める最大の要因となったのは一人のマンダロリアンであった。

 

 

 

■●■●■●

 

 

 

襲撃が起こる数分前。

都市外縁部の建造物の屋上。

そこに奇妙な鎧の戦士が一人佇んでいる。

戦士の一族マンダロリアンの一員である男は連絡要員であった。

なんらかの障害、及び問題が発生した際に即座に都市の上層部及び本拠に連絡を行う。

故に男はマンダロリアンの中でも上位に入る実力者であり。

【熟達兵】【戦士の血統】【ハイパーセンサー】【歴戦の勘】【迎撃態勢:常在戦場】

それ故に地中からなんらかの怪物が侵入してきたことに気付き、即座に連絡しようとした瞬間。

刃が彼の胸から突き出された。

【■■■転】【■面】

 

 

 

「困りますね、ちゃんと被害を出せるようにしていただかねば」

 

 

 

ごぽりという水音が身体の内部から発生する。

そして、自身の死を男は理解した。

鉄の匂いと味が味覚と嗅覚を埋め尽くしていく。

 

 

 

――――だから

 

 

 

苦痛が全身を蝕み、己の思い通りに動かない。

生というものの儚さを学ばせてくるその時間。

 

 

 

「だからどうした!」

「なっ!?」

 

 

 

そう男は吠えた。

【戦闘続行:修羅】

肉体の限界を精神でねじ伏せ、男は行動する。

任せられた任務のために、残される人々の為に。

深々と突き刺された刃を強引に引き抜き血を垂れ流す。

それに構うことなく男は銃を構えた。

空中へと。

崩れ落ちていく肉体に無理矢理いう事を聞かせ、一、二、三と引き金を引く。

【クイックトリガー】≪明狼星≫

そして赤い花火が三度咲いた。

至急、都市崩壊レベル、自身の死亡。

その三つを伝えるそれを仰ぎ見ながら口元から血を流し倒れ永遠の眠りに就く。

自身を殺す男に何もできなかった後悔は無い。

それはこれから最悪の事態に挑む戦士たちがやってくれるだろうと思考し。

鎧に隠された顔に微笑を浮かべて彼は息を引き取った。

 

 

 

 

 

 



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