英雄とはこれ如何に (星の空)
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第1話 英雄再臨

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………っ!!あぁもうッ!なんでこうなるんだよ!」

 

俺こと燦嘹朱爀(あきれうしゅかく) 6歳は、幼馴染の咫藍弖澟(あたらんてりん)と近所の弟分である千子士郎(ちこしろう)を連れて森の中を必死に駆けていた。

俺たちの後ろには言い様のない化け物共がどしどしと追いかけてくる。この化け物共はキャスター(・・・・・)とかいう変質者が変な本を使って呼び寄せた存在で、俺たち以外にもいた子供たちを食べた(・・・)のだ。

キャスター(・・・・・)とかいう変質者に出会った時、俺の意思は逃亡を計った。が、身体が言う事を聞かず、他の子供たちと共に迷いの森にまで連れてこられたのだ。

 

「あぅっ!!!!」

「っ士郎!?」

「大丈夫かっ!?男なら泣かずに立て!!絶対に3人とも生き残るぞ!!」

 

誰か(読者)に説明していたら士郎が木の根に躓いて転けてしまい足を挫いた。澟が咄嗟に腕を掴み、俺は脇を抱え立ち直らせて走り出す。しかし、1度立ち止まったことが原因で化け物共に囲まれてしまった。

俺たちは背中合わせにして化け物共を睨むも、化け物共はジリジリと寄って来る。

 

「朱兄ごめん、ボクが転けたばかりにこんな事になって……」

「バカを言うな!朱爀が言ったであろう、我々は絶対に生き残ると!」

「ッ!?澟!!!!」

 

士郎が挫いた足を解しながら化け物共を睨みつつ俺に謝って来た。それを澟が士郎に顔を向けて(・・・・・・・・)窘めた。

それを隙と見た化け物共のうち1匹が澟に飛びかかり、澟は俺の呼び声に反応し、化け物が飛びかかってきたことに気づき青ざめた。

俺は襲われる恐怖より大切なものを失うことに恐怖し、澟を右腕で士郎の方に押し退けて、俺も反対側に動く。

しかし、子供と化け物の差は歴然としており、俺は右腕を喰い千切られた。

 

「グァァッ!!!!!!!!」

「朱兄ぃ!?!?!?」

「朱爀っ!?」

 

俺の腕が喰われたことに澟と士郎は頭の中が真っ白になったのかフリーズしてしまった。その間に化け物はそのまま通り抜け、他の化け物が俺を喰らいに飛びかかってきていた。

フリーズから立ち直った2人が俺に手を伸ばす。

その手を見ながら俺の頭の中には走馬燈が駆け抜けていた。

初めて澟と出会った頃からの毎日。

親子喧嘩で飛び出していた士郎を窘めて家族の仲を取り持った日。

父と母がこ、子作りをしていた瞬間。

幼稚園でのわちゃわちゃした暮らし。

そんなありふれた日々を長らく見続けた。

 

ん?ギリシャ?錬鉄?英雄?聖杯?……姐さん?

 

ふと、駆け抜けていく走馬燈の中に知らないものが浮かんできた。

それは、奇しくもこの状況を打開出来る力だった。しかし、それを成せば人間ではなくなる(・・・・・・・・)

人間のまま喰われ死すか、人間を辞めてでも助かるか。

普通の人間ならどうする?大抵は諦める(・・・)。力を有して生き残っても迫害されるだけだ。そうなるなら潔く諦めよう。そうして喰われ死ぬだろう。

 

しかし、ここには俺の大切なものがある。

だから、その言葉を紡いだ。

 

「…………霊器…………解放」

 

 

燦嘹朱爀side out

 

───────────────────────

 

咫藍弖澟side

 

 

「…………霊器…………解放」

 

ゴウッ!!!!

 

「わわわっ!?」

「んなっ!?!?!?」

 

朱爀が小さく呟いた途端、莫大な魔力(・・)が朱爀を中心に渦巻く。

士郎は何が起きているか分からず慌て、私……咫藍弖澟はそれ(・・)を見て驚愕した。

それ(・・)とは、第2の生(・・・・)己を慕ってくれた大英雄の武器(・・・・・・・・・・・・・・)、青銅とトネリコで造られた槍を第3の生(・・・・)で再び目にしたことに驚愕したのだ。

しかも、第3の生(・・・・)の初恋相手であることがさらに上乗せされている。

朱爀は槍を左手で持って、振り翳す。すると、飛びかかってきていた化け物共は再生不可(・・・・)なレベルにまで細切れにされた。

 

「……投影、開始(trace・on)

 

さらに、朱爀が何かを呟いたと思えば喰われた筈の右腕には銀製の義手(アガート・ラム)があり、即席にしろ十分な出来だった。

槍を今の私では視認不可な速さで振るい、化け物共を蹂躙する朱爀。その姿は嘗て大戦で目にしたそれそのもので、私は思わず見入ってしまっていた。

しばらくしたら化け物共は全滅しており、朱爀は気まずそうに私を見続けていた。

………………まさか、私が▪▪▪▪▪(・・・・・)だと気づいたのか?

私と朱爀が見つめ合っていたら、士郎が声をかけた。

 

「ねぇ、いつまでそうしてるのさ!?速くここから離れなきゃ!!また来ちゃうかもしれないでしょ!!」

 

全く士郎の言う通りである。私と朱爀は“あぁ”と異口同音で答え、謎の気まずさで迷いの森を脱出するまでは終始無言であった。

 

無事に家に帰りはしたものの、3人とも両親にドヤしあげられたのは間違いない。

朱爀は、帰りが遅い・右腕の喪失・卑屈な言い分で

私は、帰りが遅い・夜は危険・ある事情(・・・・)

士郎は、帰りが遅い・道場の無断欠席・幼児殺人鬼の噂で

叱られたのであった。

 



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第2話 英雄のスペック

 

燦嘹朱爀side

 

 

あの日帰宅後は本当に忙しなかった。

家に帰ったらドヤしあげられ、俺は今になって迫害されることに恐怖したが、両親はそんなことなく迎え入れてくれた。

次の日に、俺は色々と整理したのだ。

まず、俺がこの世界とは異なる世界から来た転生者であること。

転生特典が英霊としての最速の英雄・アキレウスの全てと魔法使いとしてのエミヤシロウの投影魔術。そしてデメリットの撤廃。

その結果、本来の宝具とはかなり違う宝具があった。

その前に補足しておくと、英霊とサーヴァントは同一人物であれ、存在は違う。

英霊とは英雄その者が逸話を素に精霊に昇華、軽く物理法則を越えるため、英霊の座に招かれる存在。

サーヴァントとは英霊を顕現させる時に、クラスという(抑止力)でギリギリ物理法則に入る範囲で現れる存在。

その抑止力を利用して出来た儀式が聖杯戦争だとか。

では、宝具の状態を語ろう。

 

疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)

アキレウスが戦場で駆った3頭立ての戦車が宝具として昇華したもので対城宝具並の対軍宝具である。

不死の神馬たるクサントスとバリオス、ペーダソスの3頭は、俺が転生時に会った神から話を伺っていたため、すんなりと認めてくれた。

バリオスとペーダソスは無理だが、クサントスは喋れるため、両親が留守中の時によく話し相手となってくれる。記憶としてアキレウスを知っていても第三者観点からのアキレウスは羨望に値する部分と“えぇ”と呆れてしまうところがあった。

 

彗星走法(ドロメウス・コメーテース)

アキレウスの最速という逸話を昇華した宝具。

疾風怒濤の不死戦車が光速を叩き出すとしたら、この宝具は亜光速と言ったところだ。

1度、全力で走ったら、太陽系外縁天体に衝突してしまい、急いで戻ってきた程だ。

本来なら弱点たる踵を晒さなければならないのだが、デメリットの撤廃により、弱点たる踵を隠すことが出来る。

アキレウス本人か師のケイローン、兄弟子のアルケイデスでなくば恐らく弱点をやられることは無いだろう。

 

勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)

アキレウスの母たるテティスがアキレウスに与えた不死の肉体なのだが、父ペーレウスの強い要望により、踵のみ人間となった。

この宝具は不死であるが、神の血を引く者(神性持ち)や神造兵装での攻撃は不死が効かない。

しかし、これまたデメリットの撤廃により、踵を()で穿たない限り、神の血を引く者(神性持ち)や神造兵装だろうといかなる攻撃も受けなくなった。

しかし、踵を()で穿たれた場合は不死性も無くなるし、彗星走法も消滅する。

これは、施しの英雄カルナの日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ・クンダーラ)日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)の関係と同じようなものだ。

 

宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)

アキレウスの師たるケイローンが造った槍。擬似的な世界を上書きという形で創る世界。

この空間の効果は「一対一で敵と公平に戦うこと」、ただそれだけ。この空間内では神の加護は働かず、第三者は無論、幸運すらも介入させず、時間も静止している。「まぐれ」すらも起こり得ない、究極の実力勝負。

この空間内ではあらゆる加護や魔術、宝具に至るまで使用不能となるが、武器の使用は可能。治癒能力があろうとも通常と異なり負傷は治らず、蘇生系のスキルや宝具も効果を発揮せず、敗者は現実に戻っても死亡する。

この効果はアキレウス自身にも適用され、ここでは『勇者の不凋花』の不死は働かなくなる。あくまで相手と「公平」に戦うための領域であり、必ずしもアキレウスにとって有利になるとは限らない。つまるところこの闘技場の効果は、ただ己の培った武技・実力のみで相手を打ち斃す「公平無私の一騎打ち」の強制である。極めて単純でそれゆえに堅牢な空間である。

この空間は文字通り“己が肉体のみでぶつかり合う決戦場”。固有結界1歩手前の宝具である。

しかし、この槍では女性を穿てず、されど最愛の女性を必ず穿つ呪いを持っている。この最愛の女性を必ず穿つという呪いのデメリットしか撤廃出来ないので、女性相手だと使えないのだ。

だが、投槍による対軍宝具としての面もあるし、不治の傷を与えることが出来る。しかも、投げたら戻ってくる機能付き。

 

蒼天囲みし小世界(アキレウス・コスモス)

アキレウスの持つ唯一の神造兵装。彼の生き様を魅せる世界であり、世界を消す攻撃以外の全てを捩じ伏せる力を持つ。

カルナの必滅の槍を完封する程だ。

さらに、極小世界で対象を押し潰すことすら可能なのだ。

1度しか使用できないというデメリットを撤廃しているため、何度も使える代物だ。

 

無限の剣製(unlimited blade works)

エミヤシロウにだけ許された固有結界のため、世界の展開は不可能。その代わり、なんでも本物そのものを投影出来るのだ。宝具であろうと、肉体であろうと、神造兵装であろうと可能なのだ。

その代わり、実物をこの目で見なければならないデメリットがある。これだけは撤廃出来なかった。まぁ、知りもしない物を造れる訳がない。

いや、転生前の世界で見ているものも適応しているため、実質全てできるという事だ。

あぁあ、エアとインドラの槍と黄金の鎧を造れちゃったよ。

てか、俺の固有結界の中有名所の武具防具が散らかっちゃってるよ。

 

俺自身のスペックは異常の一言で済んだ。

Apocryphaでアキレウスが旅客機を手で押すシーンがあるのだが、俺はダンプカーを振り回せちゃう。

Apocryphaでアキレウスがケイローン追って行く時に地面が抉れるシーンがあるのだが、俺は地面が蒸発してしまう。

握力500キロ、持久走24時間、シャトルラン全クリ、長座体前屈50センチ越え、反復横跳び30秒9000回、こんなもんだろう。

ね、異常でしょ?

 

 



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第3話 12年間の出来事

 

燦嘹朱爀side

 

 

俺がアキレウスとエミヤの力を手に入れてから早12年が経った。

この12年間について箇条書きで教えておこう。

 

・千子士郎と会えなくなった。夜遅くまで出ていたからだ。

・俺と澟はあの化け物共を呼び出したキャスター(・・・・・)について探りを入れ始めた。

・俺がアキレウスであり、澟がアタランテだということが発覚。正確には俺はアキレウスの記憶と上方修正された力を継承した転生者だということと、澟はあの大戦直後であることを教えた。

・探る間に柳洞寺の地下に大聖杯がない事が分かった。

・第四次聖杯戦争という亜種聖杯戦争真っ只中だと分かった。

・キャスターが冬木大橋のある川原公園で周りの目を気にせず宝具を使った。

・サーヴァントにバレないように介入してキャスターを討伐した。

・帰りがけに英雄王と対面。結局バレてた口だ。

・一二言言葉を交わしておいた。

・聖杯戦争が終わった。隙を見て令呪を奪っておいた。

・小学生になり、燦嘹家がお引越しすることとなった。行き先はいずれ語ろう。(アタランテも着いてくることになった。)

・8年が経ち、中学生に。どこにでもあるような所に通った。

・中3の冬休み、旅行でルーマニアに行くこととなった。

・言った先が感慨深かった。なんせ、トゥリファスだ。しかも、宿の近くで赤のセイバーがゴーレム相手に無双してる。

・俺とアタランテは遠目で見るために動いた。

・お互いの過去?に遭遇。似たもの同士で済ませることが出来ない案件となった。

・素直に原因不明の転生体とだけ教えておいた。赤のアーチャーは複雑そうだった。

・聖杯大戦の開幕。2人で開戦地を眺めていた。しかし、英雄の名を語る愚者共が妨害しようとしていたので裏で片付けておいた。殺ってはない。

・赤の思惑たる人類救済とそれが危険故に阻止しようとする黒、両者の戦いは熾烈を極め、黒が辛勝した。

・ルーラー同士が戦う前に俺たちは乱入。構築していた転移魔術で大聖杯を誰もいない反転世界に飛ばした。

・赤のルーラー・天草四郎時貞の思惑は潰えたのだ。

・怒り心頭の天草に「何時何処で誰が助けてと宣った?確かに人は争い傷つくだろう。だが、それが人間だ。愚かだから人間だ。愚かでない人間は人間などではない。」この言葉の意味を理解出来たのは聖人だからだろう。

・ジークとジャンヌに蒼崎橙子を紹介し、人間の肉体を手に入れさせた。のだが、ジークは令呪なしで転身。ジャンヌは英霊化できるという前代未聞の状態となった。…………バリ高かった。

・中学から高校生となった。相変わらず充実した暮らしをしている。

・高校2年生となり、教室へ。だがその日、異世界転移にあった。なんでもありだなこの世界。

・異世界の神はクズだった。ついでにクラスメイトの1人、檜山もクズかった。

・あまり目立たないように過ごしていた。ら、魔人族攻めてきた。中村が裏切った。

・南雲変わりすぎてた。神の方も動き出した。勇者(笑)の天之河が南雲の迷宮攻略に同行。面白半分に俺とアタランテも同行。可もなく不可もなく。

・昇華魔法なんてものを手に入れた。正直いらないんだが。アタランテもそう言っている。

・あれ?なんか近くないっすか谷口さん。

・シュネーんとこで己をさらけ出せ!的な影が現れたけど即殺して突破した。

・ゴール地点に近づいたら南雲と天之河が戦ってた。どうやら堕ちたっぽい。

・変成魔法を手に入れた。でも要らない。

・立て篭もった南雲とゆ、ゆ、ユなんたらさんが概念魔法とやらで帰還方法を確立させた。

・帰り際、魔人族達に南雲の知り合いと残ったクラスメイトらが人質として囚われ、いやいや行くハメとなった。

 

ここからは地球に帰還するまでを回想しようか。

 



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12年後と数日前の出来事 第4話 異世界のレベルは地球の神代よりは確実に弱い件 -1-

 

燦嘹朱爀side

 

 

今俺はクラスメイトの一部とシュネー雪原ってとこにいるんだが、見事に囲まれてます。はい。

勇者 天之河光輝(あまのかわみつき)

聖女 白崎香織(しらさきかおり)ver.ノイント

剣士 八重樫雫(やえがししずく)

拳闘士 坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)

結界師 谷口鈴(たにぐちすず)

錬成士 南雲ハジメ(なぐもはじめ)

神子 ユ何とかさん

兎人族 シオさん

竜人族 ティナさん

槍兵 燦嘹朱爀(あきれうすかく)

弓兵 咫藍弖澟(あたらんてりん)

の視界一面を大量の魔物とノイントが覆っていた。そして、そいつらの上司のようにフリーザ・バカダーとなくむなえに(中村恵里)が余裕な表情で軽口を叩いてくる。

そんなことに驚愕する勇者共と殺意だだ漏れの南雲。

そんな状況でさえ俺たちは干渉してない。今までも一切手を出さなかった。

痺れを切らしたのか南雲が傍らの白崎達に一瞬の目配せを行い、先手必勝と殺意を解き放とうとしたとき、その機先を制するようにフリーザが再び口を開いた。

 

「逸るな。今は貴様等と殺し合いに耽るつもりはない。地に這い蹲らせ、許しを乞わせたいのは山々だがな」

「へぇ、じゃあ何をしに来たんだ?駄々を捏ねるしか能のない神に絶望でもして自殺しに来たのかと思ったんだが?」

 

揶揄するような口調の南雲に、フリーザの眉がピクリと反応する。

南雲の言う“能無しの神”とはヘラよりクズな神、エヒト神のことだろう。ノイントがいる時点で、この前、南雲が推測していたこと──エヒトにとっては種族の区別なく、どちらの神であり、両方とも玩具なのだろう。そして、魔人族の崇める神は、エヒト本人の騙りか、あるいは眷属に違いない──は大正解だったようである。

その事実を、フリーザがどこまで理解しているのか……

 

「……挑発には乗らん。これも全ては我が主が私にお与え下さった命めい。私はただ、それを遂行するのみだ」

「そうかい。で?忠犬フリードはどんなご褒美命令を貰ったんだ?」

「……寛容なる我が主は、貴様等の厚顔無恥な言動にも目を瞑り、居城へと招いて下さっている。我等はその迎えだ。あの御方に拝謁できるなど有り得ない幸運。感動に打ち震えるがいい」

「はぁ?」

 

なにを考えているのか今までになく静かな様子のフリーザ。殊更無表情になりながら、抑揚のない声音で告げられたフリーザの言葉に、南雲が思わず気の抜けた声を漏らしてしまっていた。

色んな意味でツッコミどころが満載である。南雲の傍らの白崎達も、フリーザへ訝しそうな眼差しを向けている。

 

「エヒトやら、アルヴやらは神なんだろ?なんで城にいるんだよ」

 

取り敢えずここにいる皆が一番疑問に思ったであろうことを南雲が尋ねた。それに対して、フリーザは淡々とした口調で、しかし、さもそれが極めて栄誉なことであると示すように、舞台の上に立つ俳優の如く両腕を広げながら問いに答えた。

 

「アルヴ様は確かに神──エヒト様の眷属であらせられるが……同時に、我等魔人族の王──魔王様でもあるのだ。神界よりこの汚れた地上へ顕現なされ、長きに渡り、偉大なる目的のため我等魔人族を導いて下さっていたのだよ」

 

どうやら魔王の正体は“アルヴ様”と呼ばれる神本人らしい。

それも魔王=アルヴ様という真相は極一部の限られた者だけが知る秘匿事項らしい。

フリーザが隠しきれない喜悦を漏らしているのは、その極一部に自分が含まれているからだろう。

口ぶりからすると、ごく最近知ったようだが……

 

「……偉大なる目的、ね。さて、魔人族はどこまで踊らされているんだろうな」

「なにか言ったか?」

「いや? 魔王様ご立派ご立派と褒めていたところだよ」

「……」

 

ボソッと何かを呟いた南雲に、耳聡く気がついたフリーザが尋ねるが、肩を竦めて軽口を返されて、流石に苛立ったようにこめかみをピクリと痙攣させた。

と、そこで南雲より更に軽い口調で、なくむなえに(中村恵里)が面倒そうに口を開いた。

 

「ちょっとフリード〜。ペッチャクッチャ喋ってないでさぁ、さっさと済ませてよ〜。ボクは早く光輝くんとあま~い時間を過ごしたいんだからさぁ」

「……分かっている」

 

なくむなえにのことを余り良くは思っていないのか、フリー……ドは舌打ちをしながら気を取り直すように襟元を正した。そして、再び、何事かを口にしようとして今度は谷口の上げた必死な声に遮られることになった。

 

「恵里っ!鈴はっ……恵里とっ、そのっ」

「ん?なぁに、鈴?相変わらず能天気な……って感じでもないかな?なに?恨み辛みでも吐きたいのかな?まぁ、喚きたければ好きに喚けばいいんじゃない?ボクにとってはどうでもいいことだけどぉ」

「ち、違うよっ。鈴はただ、恵里ともう一度話したくて!」

 

嗤いながら谷口を見下し、犬を追い払うように手をシッシッと振るなくむな恵里に、谷口は言葉を詰まらせながら必死に話しかける。しかし、いきなり過ぎる望んだ相手との再会に上手く言葉が出て来ない。

そんな谷口に、興味がないと示すように視線を外してしまったなくむなえにに、ようやく我を取り戻した天之河が掠れる声でなくむな恵里の異様な姿について尋ねた。

 

「え、恵里……その姿は、どうしたんだ」

 

天之河に話しかけられたなくむなえには、谷口の時と異なり満面の笑みを浮かべた。もっとも、どこか薄ら寒さを感じさせる歪な笑みであったが。

 

「光輝くん!どう?素敵でしょう?魔王様にねぇ、新しい力を貰ったんだよぉ。ボクは光輝くんと二人だけで甘く生きたいだけなのに、そんなささやかな願いすら邪魔するクソったれ共が多いからさ。大丈夫!光輝くんを煩わせるゴミは、ぜぇ~んぶ、ボクがお掃除して上げるからねぇ! 二人でずぅ~とずぅぅぅぅぅ~と一緒に生きようねぇ~」

「え、恵里……」

 

ケタケタと嗤いながら、熱に浮かされたような声音と表情を晒し、くるくると空中で回るなくむなえに。その背中から生えた白でも黒でもない、薄汚れた印象を与える灰色の翼が、なくむな恵里の動きに連動してはためき、灰羽を撒き散らす。はらりはらりと舞い散る灰羽は、そのまま地面に落ちると一瞬で触れた部分を分解してしまった。

 

周りのノイント共と同じ分解能力だ。

 

「まさか、香織みたいに……いえ、あれは恵里の体……能力だけ付与した?」

 

静かになくむな……恵里を睨みつけていた雫が、眉間に皺を寄せながら考察する。

だが、その回答が得られる前に、

 

ジャキッ!

 

と何かを構える音が響き渡った。ある程度聞いてきた南雲が相棒を構えた音だ。

 

「取り敢えず、皆殺しでOKだろ?」

「……ん。招きに応じる理由もない」

「ぶっ飛ばして終わりですぅ!」

「……流石に、こんなに同じ顔が揃うと、自分じゃないと分かっていても不気味だね」

「そも、招き方もなっとらんのじゃ。礼儀知らずには、ちと、お灸を据えてやらねばいかんのぅ」

 

同時に、ユ何とかさん、シオさん、白崎、ティナさんの四人も一斉に攻撃の意思を見せた。ユ何とかさんとティナさんが、手を真っ直ぐに掲げ、シオさんがドリュッケンを肩に担ぎ、白崎が銀翼をバサリと展開する。

南雲の殺意はなくむな恵里にも向いている。耳障りな嗤い声と醜く歪んだ表情が癇に障ったのだろうか。とりあえず谷口の願いを頭の片隅にでも残しておいて欲しい。まぁ、少なくとも四肢くらいは木っ端微塵になるのは確定事項だろうが。1つの銃はフリー…………ザに向いている。

そして引き金が引かれる寸前、まるで盾のようになくむな恵里とフリー…………ザの前に鏡のようなものが発生して割り込んだ。訝しむ俺達の前で、それは一瞬ノイズを走らせると、グニャリと歪んで何処かの風景を映し出した。

鏡のようなものに映し出されたのは、荘厳な柱が幾本も立ち、床にはレッドカーペットの敷かれた大きな広間だった。そこからカメラが視点を変えるように映像が動き出す。

見え始めたのは、玉座が置かれている祭壇のような場所。

やはり映っている場所は王城──それもおそらく魔王城の謁見の間なのだろう。高い天井に細部まで作り込まれた美麗な意匠や調度品の数々が魔王の威容を映像越しにも伝えてくる。映像は更に動き、その視点は玉座の脇へと移っていった。

そうして見え始めたのは、鈍色の金属と輝く赤黒い魔力光で包まれた巨大な檻。当然、中には何かを捕えているわけで……

 

「……クソが」

 

南雲の口から汚い言葉が飛び出した。同様に、白崎達も苦虫を百匹は噛み潰したような表情になっている。特に、動揺が酷いのは、やはり天之河達異世界召喚組だった。

 

「みんな……先生っ!」

「リリィまでっ」

 

焦燥の滲む声音で白崎と八重樫が叫ぶ。

そう、二人の言葉通り映像の中の檻に捕われていたのはハイリヒ王国にいるはずのクラスメイト達と畑山教論、そしてリリアーナ姫だったのだ。

畑山教論とリリアーナは、大抵の生徒が膝を抱えて不安に表情を歪めている中で、力なく横たわっている生徒の幾人かを必死に介抱しているようだった。よく見れば、その倒れている生徒は永山のパーティーメンバーっぽい。他にも、玉井淳等愛ちゃん護衛隊のメンバーも永山達ほどではないが、苦痛に歪んだ表情で蹲っていた。

 

「おいおい本当かよ。ハイリヒ王国に誰も居なかったぞ。」

 

思わず零したが、そこまで気にされてなかったようなので。ほっとした。今1度ハイリヒ王国に戻って再びこちらに来たのだ。アタランテは察知していたようだが。

南雲は俺の呟きを気にせず、咄嗟に“導越の羅針盤”を取り出し、畑山教論の居場所を探る。

 

「チッ、本物か……」

「ほぅ、随分と面白い物を持っているな、少年。探査用のアーティファクトにしては、随分と強力な力を感じるぞ?それで大切な仲間の所在は確かめられたか?」

 

覗いたらわかるのだが、羅針盤は南大陸の一点を指し示している。それは、畑山教論が間違いなく魔人領の魔王城にいるということだ。

偽物の映像でないことを確信したであろう南雲が舌打ちを漏らすと、フリーザは羅針盤に興味を持ちながら、ここに来て初めてあからさまに感情を発露させた。

言葉に、たっぷりと優越感が乗せられたのだ。

南雲の態度から、白崎達も映像が本物だと察したようで苦い表情となる。そして、こういうとき真っ先に吼えるのが天之河だ。天之河は憤りもあらわに声を張り上げた。

 

「卑怯だぞっ!仲間を人質に取っておいてなにが招待だっ!今すぐ、みんなを返せっ!」

「アハハッ、流石、光輝くん!真っ直ぐで優しいねぇ~。ゴミ相手にもそんな真剣になっちゃって、惚れ直しちゃったよぉ」

「恵里、ふざけるなっ。こんなことをしたって何にもならない!みんなを返して、君も戻って来るんだ!」

「やぁ~ん、戻って来いとか言われちゃったよぉ。ボクを悶え殺す気だね?」

「恵里っ」

「くふふ、待っててねぇ。すぅ~ぐに、光輝くんをボクだけの光輝くんにしてあげるからねぇ~」

 

天之河の叫びは、なくむな恵里に全く届いていなかった。一見、会話しているように見えて会話になっていない。

なくむな恵里にとって“恵里の中の光輝”は確定しているのだろう。己に都合のいい天之河だけが、彼女の天之河なのだろう。

その歪みは、あの裏切りの日より更に酷くなっているようだった。

自分の言葉が届いていないと理解したのか天之河が歯噛みしながら、その視線をフリーザに送る。そして、更に言い募ろうとした瞬間、

 

ドパンッ! ドパンッ!

 

「ッ!?」

 

聞き慣れた銃声がそれを遮った。二条の紅い閃光が真っ直ぐにフリーザとなくむな恵里へ飛翔する。刹那の内にフリーザの頭蓋となくむな恵里の体の一部を爆砕したであろう閃光は、しかし、近場にいた二体のノイントがかざした大剣によって止められてしまった。

たった一撃で大剣に大きく亀裂が入り、もう一発もあれば砕けそうではあるが止められたことに変わりはなく、鬱陶しそうに眉をしかめた南雲が更に引き金を引こうとした。

 

「ダ、ダメ!待って!お願い、待って、南雲君っ」

 

それを邪魔したのは谷口だ。小さな体で体当たりするように真っ直ぐ伸びた南雲の腕に飛びつく。谷口の体当たりくらいではビクともしない南雲だが、必死な表情と声音で腕にぶら下がる谷口を見て一瞬、気が逸れる。

その隙に、フリーザが冷や汗を流しながらも辛うじて表情は変えずに口を開いた。

 

「……この狂人が。仲間の命が惜しくないのか」

「はっ、前に同じ状況でご自慢の仲間が吹き飛んだのを忘れたのか? 大人しくついて行ったところで、全員まとめて殺されるのがオチだろうが。なにせ、自称神とやらは、俺の苦しみながら死ぬ姿をご所望らしいからな」

「それなら、仲間を見捨てても己だけは生き残ると?」

「何度も言わせるな。あいつらは仲間でもなんでもない。それに……」

 

不敵な笑みと獣のようにギラギラと輝く眼光がフリーザに向けられる。何かを感じ取ったのか、白竜の背で一歩後退ったフリーザに、南雲はこれぞこの世の常識だ、とでも言うように宣言した。

 

「お前等を皆殺しにしてから招かれても、問題はないだろう?」

 

その台詞のついでに、魔王城への招待なら手土産の一つや二つは必要だと、首を掻っ切るジェスチャーをしながら嗤った。フリーザ達の首を手土産にするのだと誰もが理解する。

天之河達が、こいつの発想の方が魔王だと戦慄の表情を浮かべた。

 

「威勢のいいことだ。これだけの使徒様を前にして正気とは思えんが……ここは、もう一枚、カードを切らせてもらおうか」

「あぁ?」

 

訝しむ南雲を尻目に、フリーザは畑山教論達を映す映像の視点を切り替えた。どうやら、畑山教論達を捕えている檻の横に、もう一つ檻があったようだ。同じ作りではあるが、かなり小さなサイズであるそれは、人を一、二人捕えるためのもの。

そして、そこに囚われている者達が映った瞬間、

 

────世界から音が消えた。

 

そう錯覚するほどに、常軌を逸した殺意が辺り一体を覆い尽くしたのだ。

音が消えたと認識できた者は強者の部類だ。なにせ、殺意──あるいは既に鬼気とも言うべきおぞましい気配の奔流に対し生物的本能が精神を保護する為、フリーザ配下の魔物の大半は即座に意識をシャットダウンし地に落ちてしまっているほどなのだ。

南雲の腕に縋り付いていた谷口も意識が遠退くのを感じながら地面にへたり込み、唇の端を噛み切った痛みでどうにか意識を保つ。

まぁそれが一般的な反応だろう。

しかし、南雲と行動を共にしてた奴らは無論耐え切り、俺とアタランテに至ってはそよ風程度にしか感じていない。これ以上の殺意を神代の時代でいつも手玉に取っていたのだから。

 

「っ――っ――き、貴様、あの魚モドキ共がどうなっても、いいのかっ」

 

フリーザが表情を歪めて警告を口にした。冷静さを装う余裕はなさそう。

“魚モドキ共”──フリーザがそう呼び、南雲の気配が激変した理由である二人の人影は……ミュウという子と恐らくその母親であろう魚人族だった。

檻の中央で、お互いの存在を確かめるようにギュッと抱きしめ合っている。不安そうな表情を隠しきれていないが、それでも涙を浮かべることなく気丈に辺りを観察していた。

南雲の非常識なアーティファクトの力とミュウとの絆を知りつつ、そんな発想にいきつき、万全の体制で誘拐した愚者はただ一人。

南雲の視線が、スっと流れてなくむな恵里を貫く。

 

「――ッ」

 

一般人からしてみれば、ぬるりと精神の深奥まで侵食してきそうな気配が恵里の肌を這い回っていた。

人外?の鬼気の発生源であるにもかわらずそれが嘘のように、どこか眠たげですらある静かな瞳をしていた南雲は、そのチグハグで異様な眼差しを再びフリーザに向けた。そして、やはり静かな声音で口を開いた。

 

「……招待を受けてやろう」

「な、なに?」

 

迸る鬼気はそのままに、南雲の口から発せられた言葉にフリーザが戸惑ったような表情になった。

 

「……招待を受けてやると言ったんだ。さっさと案内しろ」

「っ……ふん、最初からそう言えばいいのだ」

 

繰り返された言葉と同時に、鬼気が徐々に収まっていく。フリーザは呼吸を乱しつつも余裕を取り戻したのか、嘲笑を浮かべていた。

そうして、気絶した灰竜の群れを変成魔法の一つで叩き起しながら、魔王城へのゲートを開くための呪文を詠唱し始めた。

フリーザの隣で同じように荒い息を吐きながら大量の汗を流しているなくむな恵里や、体の硬直が解けてふらつく天之河達を尻目に、ユ何とかさんが首を傾げながら南雲を見上げる。

 

「……いいの?」

「……ああ。クリスタルキーを使えば空間を繋げられるだろうが、タイムラグが大き過ぎる。それに、空間転移系の力を保有していることは向こうも承知のはずだ」

「なにか、対策をしてるかもってことですね」

「万が一があっては困るからのぅ。先生殿達と違って、ミュウとレミアでは、そのタイムラグを自力では稼げんからな」

 

ティナが言ったことは正しいだろう。大きなもの程時間がかかる。

概念魔法という大きなもの故に発動まではタイムラグがどうしても生じてしまい、南雲一行が空間魔法を持っていることを知っている敵側が、そのタイムラグという隙を逃すとは思えなかった。

それでもクラスメイト達だけなら、この世界では上位の力だからその隙をスペックで耐えるか凌ぐくらいは出来るかもしれない。しかし、戦闘力皆無のミュウとその母親がご丁寧に別の檻に入れられているとなれば話は変わってくる。

 

「……さぁ、我等が主の元へ案内しよう。なに、粗相をしなければ、あの半端な生物共と今一度触れ合えることもあるだろう。あんな汚れた生き物のなにがいいのか理解に苦しむがな」

 

フリーザのゲートが完成し、繋がった空間の向こう側に大きなテラスと眼下の町並みが見えた。どうやらクラスメイト達のいる場所である謁見の間に直接転移するのではなく、王城の上階にある外部分にゲートを開いたようだ。

王城の内部には侵入を禁ずる結界でも敷いてあるのだろう。味方とて直接的な転移は出来ないようになっているのが感じてわかる。防衛措置なら納得出来る。

フリーザが嘲りの言葉を発してもスルーしてゲートへ歩みを進めようとした南雲に、鼻白んだような表情になったフリーザは、なにかに気がついたように口を開いた。

 

「そうだった。少年、転移の前に武装を解いてもらおうか」

「……」

 

だた無言で静かな眼差しを返す南雲に、フリーザは遂に優位に立った愉悦を隠しもせず、嘲笑を交えて言葉を繰り返す。

 

「聞こえなかったか?さっさと武装を解除しろと言ったのだ。あぁ、それと、この魔力封じの枷も付けてもらおうか」

 

ジャラっと音を立て取り出した手錠のような枷は、かつて俺達が付けられたものによく似ている。招待という建前を持ち出したくせに、扱いは完全に捕虜のそれだった。

人質という強みがあるせいか、嗤うフリーザ。

狂信者の気は以前から持っていたが、ここまで矮小な性格ではなかったように思える。度重なる敗北が、彼の性格を歪めてしまったのか。あるいは、王都侵攻の後に何かがあり狂信の度合いが深まってタガが外れてきているのか……

それでも、南雲の返答は決まっていた。

 

「断る」

「……なんと言った?」

「二度も言わせるな。断ると言ったんだ」

 

一瞬、南雲のなんの気負いもないその言葉に、呆気にとられたような表情となったフリーザだったが、次の瞬間には理解し難いものを見るような眼差しを向けた。

 

「……己の立場を理解できていないのか?貴様等に拒否権などない。黙って従わねば、あの醜い母娘が――『調子に乗るな』っ……なんだと?」

 

従わねばミュウとレミアを害するというありきたりなセリフを、途中で遮られて目を吊り上げるフリーザへ、静かな声音が届く。

 

「ミュウとレミアを人質に取れば、俺の全てを封じたとでも思ったのか?理解しろ。お前たちが切ったカードは、諸刃の剣だってことを」

「諸刃の剣……だと」

 

南雲からは先程の鬼気も殺気も一切出ていない。それどころか魔力の一滴すら出されておらず、当然“威圧”も使ってはいない。

 

「お前達が今生かされている理由もまた、ミュウとレミアのおかげということだ。……二人に傷の一筋でも付けてみろ。……子供、女、老人、生まれも貴賎も区別なく、魔人という種族を……絶滅させてやる」

「――っ」

「なにが目的で招待なんぞしようとしているのか知らないが、敵の本拠地に丸腰で乗り込むつもりはない。それではなにも出来ずに全て終わってしまうかもしれないからな。そんなことになるくらいなら、イチかバチか暴れた方がまだマシだ」

「……あの母娘を見捨てるというのか」

「見捨てないさ。ただ、ここで武器を失う方が、見捨てることに繋がると考えているだけだ」

「……貴様は、やはり狂っている」

「なら、その狂人が、お前の前に、同族の女子供の肉塊を並べない内に、さっさとミュウのもとへ連れて行け」

「っ……」

 

両者の掛け合いに、今の今まで一言も言葉を発しなかった“真の神の使徒”ノイントが割り込んだ。

 

「……フリード。不毛なことは止めなさい。あの御方は、このような些事を気にしません。むしろ良い余興とさえ思うでしょう。また、我等が控えている限り、万が一はありません。イレギュラーへの拘束は我等の存在そのもので足ります」

「むっ、しかし……」

 

なお渋るフリーザを尻目にノイントが以前相対した時と全く同じ声音と表情で南雲に向き直った。

 

「私の名は“アハト”と申します。イレギュラー、あなたとノイントとの戦闘データは既に解析済みです。二度も、我等に勝てるなどとは思わないことです。ついでにそこの緑髪の青年も。」

 

武装したければしていろ、と言外に伝えているようだ。よく見れば、アハトと名乗ったノイントと同じ容姿の“真の神の使徒”は、その瞳を僅かに揺らして南雲を睨む。

俺にもその瞳を向けて来た。敵愾心、あるいは憎悪に似た何かを秘めている。

周りは何?とこちらをチラ見している。アタランテに至っては「また汝は……」と呆れてさえいた。

“二度も勝てると思うな”──その言葉には単なる人形としてではない、もっと強烈な感情が込められているのかもしれない。

だがそんなことは、南雲にとってどうでもいいことらしく、スっと視線を逸らして無機質な瞳をゲートの奥に向ける。さっさと案内しろと言っているのが明白だった。

南雲の不遜な態度にフリーザが顔をしかめるが、アハトからの催促もあって、仕方ないという風に頭を振ると、そのままゲートへ潜って行った。

その後を追う俺たちとその後ろをゾロゾロとノイント達が着いてきていた。

ゲートで繋がれた先の巨大なテラスは学校の屋上くらいの大きさがあり、全員が足を踏み入れても余裕があった。と言っても、灰竜達や神の使徒の大半は空を飛んでいるからというのもあるが。

灰竜達は、そのままどこかに飛び立ち、使徒も十名程残してどこかに行ってしまった。残りは、俺達を取り囲むようにして待機している。

背後でゲートが閉じると同時に、フリーザが無言で顎をしゃくってついてくるように促した。南雲もまた無言でついてく。

 

「光輝く~ん、あの化け物、恐かったよぉ~、ボクを慰めてぇ~」

「え、恵里っ、君はっ」

 

歩き始めて直ぐ、なくむな恵里が天之河の腕を取り、抱きつきながらそんなふざけたことをのたまい始めた。自分達を裏切り、今またクラスメイト達を人質に取ったというのに、まるで悪びれた様子もなくニタニタと嗤いながら天之河に体を摺り寄せる。

周りにいる八重樫達には目もくれない。谷口が声を掛けても完全無視だ。

密着し、天之河の耳元に口を近づけ、息を吹きかけたり何事かを発情したような顔で囁いたりしているなくむな恵里の姿は見るに堪えないものではあったが、天之河自身も、クラスメイト達のことを考えて無理に振り解くことはしなかった。

なので、俺が引き離した。

 

「ちょっ、何すんのよ?あれがどうなってもいいのかなぁ?」

「はん、そう身体を擦り付けて洗脳するとか……反吐が出る。理想なんざ破滅の鍵、何処ぞの狂犬にでも食わせておけ。わりぃが洗脳なんざさせねぇよ。こんな奴でも精神的支柱になるんだからな。」

「ちっ!!!!」

 

なくむな恵里は作戦がバレたからか下手に舌打ちして離れていく。洗脳されそうだったことを知った天之河らは驚愕していたが俺は気にせずに離れ、なくむな恵里が変な事をしないように目を配らせる。無論ほかの連中にもだ。

 



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第5話 異世界のレベルは地球の神代よりは確実に弱い件 -2-

石造りの長い廊下を進み、幾度かの曲がり角と渡し廊下を通って辿り着いた場所には魔王城の謁見の間へ繋がる入口というに相応しい威容を湛えた巨大な扉があった。権威を示しているのか太陽に見立てたと思われる球体と、そこから光の柱が幾筋も降り注いでいる意匠が施されている。

扉の前にいる魔人族にフリーザが視線で合図を送る。すると、その魔人族が扉の一部にスっと手をかざし、その直後、重厚そうな音を響かせて扉が左右に開いていった。

扉の奥は、フリーザが“仙鏡”で見せた光景が広がっており、レッドカーペットの先には祭壇のような場所と豪奢な玉座が見える。映像通りなら、玉座の脇、巨柱の後ろ側に檻が設置されているはずだ。

逸る心を抑え、空の玉座の傍へと近づいていく。そうして見えた映像通りの光景。

向こうからも俺達の姿が見えたのだろう。クラスメイト達が大きく目を見開き、肩を叩かれて気がついた愛子とリリアーナも驚いたように大きく息を呑んだ。あの二人、南雲にぞっこんだしな。

使徒に囲まれていることで表情を曇らせたが、南雲がここに来て始めて唇の端を吊り上げて笑ったのを見て、感極まったように涙ぐみ始める。そして、明らかに特別な感情の伺える乙女な表情で南雲の名を呼ぼうとして……

 

「パパぁーー!!」

「あなた!!」

 

ミュウとその母親?に持って行かれた。そして、ミュウの“パパ”はともかく、その母親?の“あなた”ってのはどういうことだぁ?という剣呑な視線を母親?と南雲に行き交わせる。

そんな状況を弁えない?二人を放置して、南雲は優しげに目元を緩めた。

 

「ミュウ、レミア。すまない、巻き込んじまったな。待ってろ。直ぐに出してやる」

「パパ……ミュウは大丈夫なの。信じて待ってたの。だから、わるものに負けないで!」

「あらあら、ミュウったら……ハジメさん。私達は大丈夫ですから、どうかお気を付けて」

 

不安を隠しきれない様子だったのに、南雲が現れた途端、満面の笑みを浮かべて心底安堵した様子のミュウ。そんなミュウを見て、母親……レミアも落ち着いた雰囲気で逆に南雲を気遣った。

フリーザが、勝手に騒ぐなと忠告しようと口を開きかけたそのとき、玉座の背後から声が響いた。

 

「いつの時代も、いいものだね。親子の絆というものは。私にも経験があるから分かるよ。もっとも、私の場合、姪と叔父という関係だったけれどね」

 

玉座の後ろの壁がスライドして開く。そこから出て来たのは金髪に紅眼の美丈夫だった。年の頃は初老といったところ。漆黒に金の刺繍があしらわれた質のいい衣服とマントを着ており、髪型はオールバックにしている。何筋か前に垂れた金髪や僅かに開いた胸元が妙に色気を漂わせていた。

もっとも漂わせているのは色気だけではない。若々しい力強さと老練した重みも感じさせる。見る者を惹きつけて止まないカリスマがあった。十中八九、彼が魔王だろう。そして、神を名乗る“アルヴ様”とやらだ。

というのは建前で、その歪さに気づいた。目の前の男の魂が偽りなのだ。そしてそれを俺とアタランテはよく知っている。

ヴラド三世(黒のランサー)をダーニックが令呪で乗っ取ったそれと同じなのだ。だから目の前の男の肉体と魂が噛み合ってないことにも気づいた。しかし、肉体の本来の持ち主は既に逝っていた。

俺たちがアイコンタクトで会話している間、穏やかに微笑みながら現れた魔王に南雲はスっと目を細める。そして口を開きかけて、フリーザと同じく機先を制された。但し、それは視線の先の魔王にではなく、傍らの愕然とした声音によって。

 

「……う、そ……どう、して……」

「ユエ?」

 

南雲の呼び掛けにも気がついた様子なく、酷く動揺したような、有り得ないものを見たような掠れた声を漏らしたのはユエさんだった。

(初めて知ったぞ、俺。)

その瞳は大きく見開かれており、真っ直ぐ魔王を貫いている。

 

「やぁ、アレーティア・・・・・・。久しぶりだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい」

 

南雲の思考を遮って、魔王がユエさんに掛けた言葉は、とても初対面とは思えないほど親愛に満ちたものだった。

 

「……叔父、さま……」

 

ユエさんの掠れた声音が響く。その瞳は普段になく大きく見開かれ、小さくたおやかな手は内心の動揺をあらわすが如く小刻みに震えている。

南雲の呼び掛けに気がつかないという、いつもなら有り得ない有様が、その動揺の深さを示していた。

そんなユエさんの様子を見て驚愕をあらわにする南雲達を尻目に、金髪紅眼の魔王は殊更優しく微笑みながら再度、聞き慣れない名でユエさんに呼びかけた。

 

「そうだ、私だよ。アレーティア。驚いているようだね。……無理もない。だが、そんな姿も懐かしく愛らしい。三百年前から変わっていないね」

 

微笑む魔王。ユエさんは、そこに叔父を見て取ったのか一歩後退る。そして、震える唇でなにかを言おうとして、その機先を制するように使徒アハトが口を開いた。

 

「アルヴ様?」

 

能面のような表情で、しかし、疑問の呼びかけとわかる抑揚で魔王の名を呼ぶアハト。その様子からすると、まるでユエさんに対する魔王の態度が予想外の事態であるように見える。それは、使徒だけでなく、フリーザも同様らしく僅かに訝しむ表情になっていた。

そんな呼びかけに対して、魔王は薄らと微笑むと、おもむろにその手をかざした。……アハト達、神の使徒へと。

次の瞬間、ユエさんに似た金色の魔力光が閃光手榴弾の如く爆ぜ、一瞬、光で全てを塗り潰した。その光が、逆再生でもしているかのように魔王……ディンリードの手に吸い込まれて消えた後には、まるで電源が切れた機械のように崩れ落ちている使徒達の姿があった。

更には、ついでとばかりに、フリーザやなくむな恵里も倒れ伏している。何故か傍らの天之河は、いきなりの事態に呆然としているのか、微動だにせず硬直したままなくむな恵里を見つめている。

突然の出来事に唖然とする南雲達の前で魔王は如何にも緊張の瞬間を乗り切ったと言わんばかりに「ふぅ」と息を吐き、次いで、突き出していた手を頭上に掲げるとパチンッと指を鳴らしてなんらかの術を発動させた。

 

「盗聴と監視を誤魔化すための結界だよ。私が用意した別の声と光景を見せるというものだ。これで、外にいる使徒達は、ここで起きていることには気がつかないだろう」

「……なんのつもりだ」

 

まるで使徒と敵対している者であるような言動に、南雲がスっと目を細めながら問い質した。

 

「南雲ハジメ君、といったね。君の警戒心はもっともだ。だから、回りくどいのは無しにして、単刀直入に言おう。私、ガーランド魔王国の現魔王にして、元吸血鬼の国アヴァタール王国の宰相――ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールは……神に反逆する者だ」

 

魔王としての威厳を以て発せられた言葉が、広大な謁見の間に凛と響く。その言葉は、その場にいる者達へ本気で言っていると思わせるだけの力を持っていた。

南雲や俺とアタランテを除くメンバー達が驚愕の事実に息を呑む。まさか、人間族と敵対していた魔人族の王が、神への反逆者だったなど夢にも思わなかったのだ。当然の反応だろう。

そんな中、辛うじて我に返った谷口が、「恵里っ」と叫びつつ駆け寄ろうとするが、それを天之河が手で制した。俯せに倒れているなくむな恵里の首筋に手を当てて脈を図りつつ、心配ないというように微笑みながら頷く。どうやら、なくむな恵里は気を失っているだけのようだ。ホッと胸を撫で下ろす谷口に、ディンリードは「不安にさせてすまない」と謝罪を口にした。

ついでに、使徒については機能の停止を、フリーザ達は生体機能の停止――言い換えれば、仮死状態にしたという。

“魔王の謝罪”も相まって、一連の出来事に誰もが絶句する中、南雲が視線を周囲に巡らせつつ、ディンリードの真意を追及しようとした。と、そのとき、不意に叫ぶような声音が響いた。必死に、なにかを否定しようとしているような声音だ。

 

「うそ……そんなはずはないっ。ディン叔父様は普通の吸血鬼だった!確かに、突出して強かったけれど、私のような先祖返りじゃなかったっ!叔父様が、ディンリードが生きているはずがない!」

「アレーティア……。動揺しているのだね。それも……当然か。必要なことだったとは言え、私は君に酷いことをしてしまった。そんな相手がいきなり目の前に現れれば、動揺しない方がおかしい」

「私をアレーティアと呼ぶなっ!叔父様の振りをするなっ!」

 

南雲ですら見たことがないほど興奮した様子のユエさんに、ディンリードは悲しげに微笑む。

死んでいるはずのその相手が、突然、目の前に現れ、三百年前と変わらない様子で親しげに、愛しげに話しかけてくるのだ。いつも冷静だったユエさんも流石に冷静さを保つことが出来なかった。その心は、台風の直撃を受けた海の如く荒れ狂っている。

ユエさんは心ここに在らずという感じで雷龍を放ち、天之河らは緊張する。

それに対してディンリードは、微笑を浮かべたまま。余裕ともいえる態度で、再び、指をパチンッと鳴らした。その瞬間、玉座が置かれている祭壇の淵に沿って光の壁が立ち上った。雷鳴の咆哮を上げながらディンリードに肉薄した雷龍は、その障壁に激突したものの、余程強固な障壁なのか突破することは敵わない。

雷光が迸る中、障壁の向こう側からディンリードが優しい声音で語りかける。

 

「アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール。歴代でもっとも美しく聡明な女王、私の最愛の姪よ。私は確かに君の叔父だよ。覚えているかな。私が、強力な魔物使いだったことを」

「なにをっ」

「今の君ならわかるはずだ。当時の私がどうしてあれほど強力な使い手だったのか」

「……っ、神代の……変成魔法」

 

まるで、昔、ユエさんの勉強を見て上げていたときのように、「よく出来ました」と微笑むディンリード。既視感が襲っているのか、ユエさんは表情を歪める。

 

「その通りだ。更に言うなら、私は生成魔法も修得していた。生憎、才能に乏しく宝の持ち腐れだったけれどね。代わりに変成魔法については頗る付きで才能があったと自負しているよ。相応の努力もした。その結果、単に魔物を作り出すだけでなく、己の肉体に対しても強化を施すことが出来るようになった。寿命が延びたのはそういうわけだよ」

 

実は雷龍に紛れてさり気なくレールガンを放っていた南雲が、簡単には障壁を突破できないと理解し、ユエさんの肩に手を置く。精神の乱れから普段とは比べるべくもなく効率も収束率も悪い雷龍では無駄に魔力を消費するだけだ。

ユエさんは、肩に置かれた温かな感触にハッと我を取り戻し、剣呑な眼差しでディンリードをひと睨みしてから雷龍を霧散させた。幾分取り戻した冷静さを以て、それでも語気が荒くなるのは隠せず追及する。

 

「……あの白竜使いの魔人族は、お前をアルヴという名の神だって。何百年も魔人族を率いて来たって!」

 

少なくともユエさんが幽閉されるまでの二十数年は吸血鬼の王国アヴァタールで宰相をしていたことと、フリードの発言との矛盾を叩きつけた。

それでも、ディンリードの余裕は崩れない。当然の指摘だとでも言うように、悠然と答える。

 

「フリードの言っていたことは間違ってはいない。アルヴとは確かに私であり、同時に私ではないとも言える」

 

禅問答のようなことを言うディンリードにユエさんの眼差しが険しくなる。ディンリードは、それに苦笑いしながら言葉を続けた。

 

「アルヴという存在は、神代においてエヒト神の眷属神だった。部下のようなものだね。アルヴは最初、エヒト神に対し忠誠を誓ってその手足となっていたのだけれど、ある日、疑問を抱いた。エヒト神の行う非道をこのまま見逃していいのかとね。その疑問を幾百年、幾千年を過ごす内に大きくなり、やがて彼は反逆の意思を抱くようになった」

 

コツコツと靴音を鳴らしながら玉座の周りを歩くディンリード。その落ち着いた声音は、決して大きくはないのに何故かよく響き、されど全く不快感を覚えさせない。

 

「だが、主神であるエヒト神に敵うはずもない。故に、アルヴは一つの策を練った。それが、エヒトの駒として地上に降り人々の戦争を激化させ、混乱に陥れる魔王役を担う――という建前の下、地上にて対抗できる手段と戦力を探すというものだ」

 

一度言葉を切ったディンリードは、自分の手をグッグッと開閉し、その感触を確かめるような仕草をしながら続ける。

 

「だが、肉体を持たない神が地上で十全に活動するには器となる肉体が必要になる。アルヴもまた、己の器となる者を探しては、その者に魂を宿らせた。本来、他人の体に魂を宿らせることは、本人の拒絶が強ければ神といえども容易ではないのだが……神として存在を示せば、拒否する者などいない。自分が消えるわけでもないのだから、むしろ名誉なことだろう」

「……そうして、ディンリードもアルヴに選ばれた?」

「アルヴは狂喜したようだよ。ただの適性者なら、エヒトの眷属神とだけ伝えるところだけれど、私は真実を知っていた。本当の、反逆の同志になり得たのだ。使徒の目がある中、内側から真意を聞かせてくれたよ。今も、私の中にはアルヴがいて、様々な面で助けて貰っている。一つの体に二つの魂。それが、アルヴであってアルヴでないという言葉の意味だよ」

 

玉座に手を掛けながらユエ達の理解が及んでいるか確かめるように一拍おくディンリードに、ユエさんは難しい顔をしながら尋ねる。

 

「……いつから」

「君が王位につく少し前だね。同時に、真実を知っていてもどうすることも出来なかった私にも、できることがあると分かった。使命だと思ったよ」

「……使命」

「そう、神を打倒するという使命だ。エヒト神や使徒達に真意を掴ませないようにするには大変だったけれどね。おかげで、本意でないことも幾度となくさせられたよ」

 

他に聞きたいことは?と微笑むディンリードに、教師役をしていた頃の思い出を呼び起こされたのかユエさんの心が揺らぐ。

 

「……どうして祖国を裏切ったの。どうして、私を……」

「済まなかった」

「っ……謝罪を聞きたいわけじゃないっ! 理由をっ」

 

沈痛な表情で謝罪の言葉を口にするディンリードにユエさんが叫ぶ。傍らの南雲が、肩に置いた手に力を込めて落ち着かせる。他のメンバーも、ユエさんの過去に関わることなのだと口を挟まずに真剣な表情をディンリードに向けていた。

 

「アレーティア。君は天才だった。魔法の分野において、他の追随を許さないほどに。神代魔法の使い手であった私ですら敵わないほどに。その強さは目立ち過ぎたんだ。だから目を付けられた。君の傍らにいる南雲ハジメのように」

「……イレギュラー」

「そうだよ。アレーティア、君は覚えているのではないかな?当時、既にアヴァタールの上層部はエヒト神を信仰する勢力に染められつつあった。それは、君の両親も、だ。その片鱗を端々に感じていたはずだ」

「……覚えてる。叔父様と父上はよく私の教育方針で口論してた。……私の教師役には叔父様が付いていた。だから、私は信仰とはほとんど関わらずに育った」

 

コクリと頷くユエさんに、ディンリードも頷き返す。

 

「真実を知っていたからね。解放者の言葉が真実かどうか確かめる術はなかったけれど、まだ幼い君に無条件に信仰させるのは危険だと考えた。君を守りたかったのだ。だが、そうやって信仰から遠ざけたことが徒となった」

「……思った通りに動かない駒は邪魔?」

「そういうことだ。君に対する暗殺の企みが本格的になった。君の不死性とて絶対ではない。特に、神が相手では尚更……神代魔法を修得していても、神の意思から君を守り切る自信はなかった。それに、アルヴを体に宿し使命に目覚めた私は、君という切り札の一つを失うわけにはいかなかった。だから、暗殺が成される前に、死んだことにして君を隠したんだ。いつか反逆の狼煙を上げることができるその時まで」

「……」

 

ユエさんの表情は行き場を失った感情を持て余しているような、あるいは迷子が浮かべる不安そうなものになっていた。

不安定な気持ちをあらわしているように力なく震える声音が、最後の疑問を投げかける。

 

「……人質は?貴方が本当にディン叔父様なら……私を裏切っていなかったというのなら、どうして」

 

俯くユエさんからの、非難混じりの言葉にディンリードは苦笑いしながら「そうだった」と呟く。そして、再び、指をパチンッと鳴らした。途端、檻を覆っていた輝きがスっと溶けるように消えて行き、檻自体の鍵も音を立てて開いた。

囚われていたクラスメイト達やミュウ達が、キョトンと鍵の外れた扉を見つめる。

 

「こうでもしないと会うことすらしてもらえないと思ってね。それに、いざというときのために彼等を保護するという目的もあった。怪我に関しては許して欲しい。迎えに行ったのが使徒だったことと、彼女達の手前癒して上げることが出来なくてね。一応、死なせないようにと命じてはいたんだ。これからアレーティア共々、仲間になるかもしれないのだしね」

「……なか、ま?」

 

ディンリード曰く、そういう理由らしい。反論らしい反論が尽きてしまったのか、ユエさんはディンリードの言葉を、疑問を含めて繰り返した。その声音に力は既になく、されど荒れ狂う心は更に波を高くしていた。一度に大量の、それもユエさんにとって無視し得ない重要な情報を与えられたせいで整理がつかないのだ。

ユエさんを見守るシオさん達も、どうしたものかと困惑を隠せずにいる。檻に囚われていた者達も、場の雰囲気を感じて動けずにいた。

そんな中、ユエさんの内心を見透かすように目を細めたディンリードが、微笑みを浮かべながら祭壇から降りて来た。ゆったりと歩いていく先はユエさんのもとだ。

 

「アレーティア。どうか信じて欲しい。私は、今も昔も、君を愛している。再び見まみえるこの日をどれだけ待ち侘びたか。この三百年、君を忘れた日はなかったよ」

「……おじ、さま……」

「そうだ。君のディン叔父様だよ。私の可愛いアレーティア。時は来た。どうか、君の力を貸しておくれ。全てを終わらせるために」

「……力を、貸す?」

「共に神を打倒しよう。かつて外敵と背中合わせで戦ったように。エヒト神は既に、この時代を終わらせようとしている。本当に戦わねばならないときまで君を隠しているつもりだったが……僥倖だ。君は昔より遥かに強くなり、そしてこれだけの神代魔法の使い手も揃っている。きっとエヒト神にも届くはずだ」

「……わ、私は……」

 

ディンリードの言葉に動揺するユエさん。そんなユエさんを包み込もうとでもいうのか、そっと両腕を広げるディンリード。

ユエさんの瞳が揺れる。

ディンリードの微笑みは益々深まり、ユエを迎えるための言葉を紡ごうとした。

 

「さぁ、共に行こう。アレーティ――」

 

刹那、

 

ドパンッ!!

 

そんな聞き慣れた乾いた音が響いた。同時に、弾かれたように仰け反ったディンリードが、そのまま後ろに倒れ込んだ。

誰一人、なにが起きたのかを把握できず、目を点にして倒れたディンリードを見つめる。彼はピクリとも動かない。広い謁見の間に静寂が満ちた。

そんな中、ガキリと撃鉄を起こすような、いや、そのまんま撃鉄を起こした音が静寂を壊す。ビクリと体を震わせるその場の者達が一斉に視線を音源へと転じる。

そこには半ば予想していた光景が広がっていた。

すなわち、

 

「ドカスが。挽き肉にしてやろうか」

 

白煙吹き上げるドンナーを構え、チンピラの如き悪態を吐きながら、額に青筋を浮かべた南雲の姿である。

南雲の、誰が聞いても分かるほど不機嫌度MAXの声音が響く。と、同時に、更に引き金を引かれ、炸裂の轟音が鳴り響いた。紅い閃光が四条奔り、倒れるディンリードの手足を撃ち抜いた。ビクンビクンと震えるディンリード。

南雲は“宝物庫”からボーラを取り出してディンリードへと投げつけながら、同時にオルカンを取り出して倒れている使徒に向けて引き金を引いた。

パシュンッパシュンッパシュンッと、連続した発射音が鳴り響き、宙に幾条もの火線が尾を引いた。

一拍の後、盛大な爆炎と衝撃が発生し、その絶大な威力を遺憾無く発揮したミサイル群が使徒達を吹き飛ばしていく。あちこち弾け飛んで壊れた人形のようになる使徒達。南雲は、オルカンを“宝物庫”にしまうと、更に、死んだように倒れているフリーザとなくむな恵里にドンナー&シュラークの銃口を向けた。

そこで、ようやく周囲が我を取り戻した。

まず最初に悲鳴じみた奇声を上げたのは谷口だ。「うわぁああっ!!」と、やけくそとも、パニックとも取れる絶叫を上げながらハジメの腕に飛びつきぶら下がる。そうでもしないと、なくむな恵里を粉微塵にされると思ったのだろう。涙目でハジメを見上げる瞳が、「約束を思い出してぇ~!!」と必死に訴えている。

次いで、シアが「ストップですぅうう!」と叫びながら谷口とは反対側の腕に飛びついた。

 

「ハハハハハハ、ハジメさん!?なにをしているんですかっ! ユエさんの叔父さんですよ!?」

「そ、そうだよ!脈絡がなさすぎるよ!ああ、頭を撃たれちゃってるぅ。は、早く再生魔法で……」

「か、香織ぃ、急いでぇ!超急いでぇ!どう見ても即死級だけど、貴女ならなんとか出来るかもしれないわ!」

「な、南雲。お前は、いつかやらかすと思ってたぜ……」

シオさんを皮切りに、白崎、八重樫が騒ぎ出し、坂上が冷汗を流しながら失礼なことをいう。ティナは唖然とした表情から考え込むように顎に手をやっている。こういうとき、天之河が真っ先に飛び出すかと思われたが、その天之河はなくむな恵里の前に立っている。南雲が銃口を向けた瞬間、割り込んだようだ。

そして、目の前で、恋人に叔父を銃殺されたユエさんは、

 

「……ハジ、メ?」

 

目を大きく見開きなら傍らの南雲を呆然と見上げていた。

その間にアタランテは白崎を止めた。「何故!?」と白崎が言っているのを窘めるのに忙しそうだ。

さらに南雲は物凄く自然に、誰も止める暇がないほど、素早く、視線すら向けずにドンナーでフリーザを撃ち抜き、ボーラをなくむな恵里に投げつけた。頭部がパチュンしたフリードと、体をぐるぐる巻きにされたなくむな恵里を見て、谷口が「ひっ」と短い悲鳴を上げ、「うわぁ」と坂上が引き攣ったような声音をを漏らす。

そんな二人には、やはり視線すら向けず、南雲は苛ついた表情で目元を歪めながら、それでも油断なく銃口を倒れたままのディンリードや使徒達に向けつつ口を開いた。

 

「ユエが自分で区切りをつけるまでは、と思って黙っていたが、どうもユエが動揺しすぎてあの戯言を受け入れそうだったんでな。強制的に終わらせてもらった」

「……戯言? どういうこと?」

 

大切な身内を最愛の恋人に撃ち殺されたかもしれないという衝撃の事実に、ユエさんの瞳が困惑したように彷徨う。そんなユエさんに、ここまで動揺させるくらいなら、さっさと殺っておくべきだったと少々後悔しながら南雲は

 

「いや、どういうこともなにも穴だらけの説明じゃねぇか。ユエだってもう少し冷静であれば気がついただろうけど……まぁ、身内と同じ姿でいきなり登場されちゃあ仕方ないか」

 

そう言って南雲が指摘したのは、ユエさんの存在を隠す必要があったと言っても、生きていたのなら、ディンリードがユエさんに会いに来ることは出来たはずだということだ。最愛の姪だというなら、三百年も暗闇の中に放置するはずがない。

また、ユエさんに対して施された封印処置は、どう考えても自分亡き後のことを考慮したものだ。自分がいなくなっても、決してユエの気配を察知されることなく、また自分の死をもって秘匿を完全なものにする。そういう意図が透けて見える対処なのだ。現存する者が取る方法としては、少なくとも愛情など感じられない。

また、戦力を集めていたというのなら、解放者の話が出なかったのは不自然であるし、アルヴ自身が知らなくとも、少なくともディンリードは【氷雪洞窟】や【オルクス大迷宮】の内部を熟知しているはずで、そうであればフリーザ以外にも使い手がいないのは不自然だった。

つまり、来るべきときのために戦力を集めているようには到底見えないのである。

ユエさんの記憶の断片と、ディンリードの昔語りが一致している部分もあることから、確かに一見すればディンリード本人であるように思える。しかし、南雲一行は、記憶を持った同じような存在と散々相対してきたが故に、そんなものは本人である証拠にはならない。ただ、魔王がディンリード本人でないにしても、記憶を引き継いでいるとすると、三百年前の時点で、力ある存在として神に目をつけられていたであろうユエを確保しに奈落へ来なかったことが疑問だ。

それ故に南雲は、ユエさんが納得するまで邪魔はしないという目的の他、魔王の言葉が真実かどうか、本当にディンリードというユエの叔父なのかどうか、その決定的証拠について注意に注意を重ねて探っていたのである。

その方法とは、本当にディンリードの魂が肉体に宿っているのか、魔眼石で確認するというものだ。昇華魔法により、より多くの能力を付与できるようになったことで、魔眼石には魂魄魔法により、相手の魂魄を見ることが出来る機能が追加で組み込まれていたのである。

結果、南雲の魔眼には、一つの薄汚い魂魄しか見えなかった。まるで、蜘蛛が張り巡らせた巣のように肉体を侵食している魂魄。普通は溶け込むように調和した状態で、体の中心に燦然と輝いているはずなのだ。

そういうわけで、肉体はともかく、中身はディンリード本人であるはずがないと確信した南雲は、祭壇という強力な防壁アーティファクトの範囲から出た瞬間を狙って、ユエさんの大切な叔父を騙った何者かに先制攻撃を仕掛けたというわけらしい。

また、中身が偽物である以上、使徒達を封じたという話も信憑性に欠けるので、そちらにも先制攻撃を仕掛けたというわけである。

もちろん神が絡む話であるから、ディンリードの魂が封じられているという可能性もゼロパーセントではない。が、その場合でも、魂魄魔法でディンリードを語る何者かの記憶を探り、その可能性の有無を確かめることは可能であるし、肉体的損傷も、再生魔法でどうにでも出来る。つまり、相手の真実を更に探るのは、ぶちのめしてからで十分ということだ。

以上のことを手短に纏めて説明した南雲に、ポカンとするメンバー達。怒涛の展開に、そこまで頭が回っていなかったが、言われてみれば、南雲が指摘した部分以外にも矛盾や不自然な点はボロボロと出て来る。

まるで、ユエさんの身内で、魔王で、神に対する反逆者で、というインパクトの強すぎる事実によるゴリ押しで、一時的にでもユエさんを引き込めれば、それでいいとでもいうかのような……

納得顔をし始めたメンバー達に、南雲は、油断のない目つきで周囲を探りつつ結論を述べる。

「そういうわけで、野郎の言葉を信じる理由なんざ、微塵もないってことだ。なにより……」

そして、一度、言葉を切ると、未だ収まらない苛立ちを滲み出しつつ言葉(本音)を続けた。

「なにが“私の可愛いアレーティア”だぁ、ボケェ!こいつは“俺の可愛いユエ”だ!大体、アレーティア、アレーティア連呼してんじゃねぇよ、クソが。“共に行こう”だの抱き締めようだの、誰の許可得てんだ?ア゛ァ゛?勝手に連れて行かせるわけねぇだろうが。四肢切り取って肥溜めに沈めんぞ、ゴラァ!!」

「「「ただの嫉妬じゃない(ですかっ)!」」」

要するにそういうことだった。九割方、嫉妬である。額に青筋を浮かべ、銃をチラつかせながら、メンチを切って悪態を吐くその言動は、完全にチンピラである。

これが本当の叔父との対面だというなら、南雲も襟を正して「はじめまして、恋人のハジメです。お嬢さんを頂きに参りました。反対は認めません」と真面目に挨拶したことだろう。

だが、明らかに偽物のくせに、ユエさんを散々動揺させた挙句、気安く昔の名前を連呼し、更に抱擁しようとしたのだ。自分の目の前で、ユエさんに対し、肉体はともかく中身は見ず知らずの男おそらくが抱きつくなど……万死に値する。ハ南雲的に。

そんなある意味重い愛をこれでもかと撒き散らす南雲に、謁見の間に入ってから揺れ続けていたユエさんの心がピタリと定まる。それを示すように彷徨っていた瞳もピタリと定まった。今はもう、南雲しか見えないというように一心に見つめている。頬は徐々に夢見るような薔薇色に染まっていき、砂漠のように乾いていた瞳はうるうると潤み始めた。

 

「……ハジメが嫉妬。私に嫉妬……ん。嬉しい」

 

ユエさんは、そっと南雲の腕に額を擦りつけながら、甘く濡れた声音を響かせた。

 

「……ハジメ、格好悪いところを見せた。ごめんなさい。もう大丈夫だから」

「謝る必要なんてない。ユエの中で、奈落に幽閉される前の出来事がどれほど大きいものか、俺はよく知っているから」

「……ハジメ。好き。大好き」

 

と、そのとき、パチパチと拍手が響いた。

 

「いや、全く、多少の不自然さがあっても、溺愛する恋人の父親も同然の相手となれば、少しは鈍ると思っていたのだがね。まさか、そんな理由でいきなり攻撃するとは……人間の矮小さというものを読み違えていたようだ」

 

先程までと異なり全く温かみを感じないどころか、むしろ侮蔑と嘲笑をたっぷりと含めた声音でそんなことを言いながら立ち上がったのは、頭部と四肢を穿たれ、ボーラで何重にも拘束されていたはずのディンリードだった。

その身に纏う魔王の衣装に乱れはなく、本当に撃たれていたのか疑わしいほど。足元にボーラの残骸が落ちていなければ、白昼夢を疑うところだ。

 

「せっかく、こちら側に傾きかけた精神まで立て直させてしまいよって。次善策に移らねばならんとは……あの御方に面目が立たないではないか」

「……叔父様じゃない」

「ふん、お前の言う叔父様だとも。但し、この肉体はというべきだがね」

「……それは乗っ取ったということ?」

 

ユエが右手に蒼炎を浮かべながら尋問する。その姿に、ディンリードはニヤーと口元を裂きながら嗤った。

 

「人聞きの悪いことを。有効な再利用と言って欲しいものだ。このエヒト様の眷属神たるアルヴが、死んだ後も肉体を使ってやっているのだ。選ばれたのだぞ? 身に余る栄誉だと感動の一つでもしてはどうかね? 全く、この男も、死ぬ前にお前を隠したときの記憶も神代魔法の知識も消してしまうとは肉体以外は使えない男よ。生きていると知っていれば、なんとしても引きずり出してやったものを」

「……お前が叔父様を殺したの?」

「ふふ、どうだろうな?」

「……答えろ」

 

ユエさんから殺気が噴き出す。紅の瞳が爛々と輝き、手元の蒼炎が煌きを増していく。その青き焔は“神罰之焔”だ。選別した魂のみを焼き滅ぼすことも出来る凶悪なもの。その脅威は、標的にされている魂そのものが感じ取るはずだ。

だが、相対するディンリード──否、その皮を被った悪神は、人を食ったような笑みを浮かべるだけで、なんの威容も感じていないようだった。

 

「ほぅ、いいのかね? 実は、今の言葉も嘘で、ディンリードは生きているかもしれんぞ? この身の内の深奥に隠されてな?」

「っ……」

 

思わず息を呑むユエさん。キッと睨みながらも、惑わされるものかと焔を放とうとする。が、次の言葉で手を止めてしまった。

 

「くくっ、いい顔をする。その滑稽な表情に免じて、一つ教えてやろう。……死ぬ直前のディンリードの言葉だ。お前に宛てた最後の言葉だ」

「……叔父様の……」

 

ユエさんを嬲るような言葉の連続に調子に乗ってんじゃねぇぞと銃口を向けた南雲も、ユエさんが手を止めたことで同じように動きを止めてしまう。

嫌らしい笑みを浮かべながら、たっぷりと勿体振って、アルヴは口を開いた。

 

「ディンリードはな、お前の名を呟きながら、こう言っていた」

 

 

燦嘹朱爀side out

 

────────────────────────

 

南雲ハジメside

 

――苦しんで死んでいればいい

 

「っ……」

 

言葉の矢がユエの胸に突き立った。精神を乱すようなことは無くとも、鋭い痛みを感じずにはいられない。

ちっ、油断した!!止めれた筈だ!!!!

そう思ったその瞬間、それらは全て同時に起きた。

 

「うぉおおおおおっ!!」

 

──アルヴと対峙する俺達の後方で、なくむな恵里の傍らにいた天之河が、雄叫びを上げながら俺に(・・)斬りかかった。

 

「っ」

 

──天から白銀の光が降り注いだ。天井を透過した綺麗な四角柱の光は、頭上から真っ直ぐユエに(・・・)落ちて来る。

 

「――“堕識ぃ”」

 

──そのユエに向かって、倒れたままの恵里の体とは、全く別の方向から、恵里の(・・・)闇系魔法が放たれた。見れば、なにもない空間から、倒れている恵里と寸分違わない無傷の恵里がにじみ出て来るところだった。そして、明滅する闇黒色の球体がユエの眼前へと出現する。

 

「――“震天”!」

 

──恵里と同じく、やはり粉砕された肉体とは別の場所から、フリードが空間を割って出現し、既に詠唱を完了した空間爆砕魔法を、ミュウとレミアに向けて放った。

 

「お返しだ。イレギュラー」

 

──アルヴのフィンガースナップと同時に、俺目掛けて特大の魔弾が飛んだ。

 

「駆逐します」

 

──なにもない空間が波打ち、にじみ出るように現れた数十体の使徒達が、俺達へと一斉に襲いかかった。

 

タイミングを見計らっていたとしか思えない完璧な同時奇襲攻撃。頭部を穿たれたフリードの残骸と、体を拘束されたままの恵里は、まるで役目を終えたとでも言うかのように、サラサラと微塵となって崩れ去っていく。

どうやら、光で視界が埋め尽くされたあの瞬間に、何らかのアーティファクトと入れ替わっていたようだ。俺の魔眼すら欺くなど尋常ではない。

俺は、してやられたことに苦虫を噛み潰したような表情をしつつ、咄嗟に“瞬光”を発動して、刹那を数十秒へと引き伸ばす。時の流れが緩慢となり色褪せた世界で、ゆっくりと襲い来る数多の攻撃。

背後から聖剣の唸りが聞こえる。ユエの頭上から光の柱が落ちて来て、その眼前では明滅する黒い球体が不気味に脈動を打つ。前方から灰色の魔力弾が螺旋を描きながら迫る。ミュウとレミアへ不可視の衝撃が奔り、使徒達が愛子達へと大剣を振りかぶる。

放置すれば、待っている未来は悲惨の一言。

しかし、ハジメ一人では手が足りない。思わず歯噛みするハジメに、ある一言がやけに鮮明に響いた。

 

「…………あぁらよっと」

 

その一言の直後、数多の黄緑色の閃光(・・・・・・・)が閃いた。

 

その閃きは光輝を横に弾き、

螺旋を描きながらミュウとレミアに迫る灰色の魔力弾を呑み込み、

アルヴの放った魔弾が南雲とその周囲にいたシア達に襲いかかり、ユエを除いた全員に当たるよう逃げ場をなくして破裂し、散らばるも、その散らばった全てを飲み込んだ。

 

「させません!」

 

襲撃してきたことを認識したシアは己の為すべきことを理解しているのか、砲撃モードのドリュッケンを愛子達と使徒達との間に照準し、刹那の内に引き金を引いた。飛び出した炸裂スラッグ弾は、愛子達の手前の地面に突き刺さり、淡青色の波紋と共に衝撃を撒き散らした。

 

「きゃぁあああっ」

「うわぁあああ」

 

シアの狙いは時間稼ぎ。数人の使徒を一度に止められるとは思えなかったことから、使徒と愛子達、両方を吹き飛ばして、とにかく距離を取らせようとしたのだ。その目論見は成功して、衝撃に息を詰まらせながらも愛子達は吹き飛び使徒達の大剣から辛うじて逃れることが出来た。

体勢を立て直す使徒へ、シアと我を取り戻した香織が向かおうとする。同時に、ティオがこれ以上好きにさせるものかと、両手を突き出してブレスを放とうとした。目標は、魔王と、全くの無傷で、使徒達と同じように空間のゆらめきから姿を現したフリードだ。

だが、実際に行動を起こせたのはシアだけだった。

 

「はぁあああっ!」

「こ、光輝くん!?」

 

緑閃に弾かれたはずの光輝が、いつの間にか戻ってきて香織に斬りかかり、

 

「――“堕識”」

「っ、あ?」

 

恵里の詠唱と同時にティオが僅かな間、呆けてしまったからだ。

意識が数瞬とはいえ飛んでしまい隙を晒してしまったティオに、素人とは思えない恵里の飛び蹴りが炸裂し、ティオは雫と同じく盛大に吹き飛ばされた。香織の方は、聖剣の一撃を大剣で受け止めながら信じられないといった表情で鍔迫り合いをしている。

ここまでの出来事が、全て刹那の内に起きた。

そうして、ハジメがドンナー&シュラークの銃口をフリードとアルヴへ向け引き金を引こうとし、シアが愛子達を背に庇い使徒達と対峙し、ティオと雫が痛みを堪えながら立ち上がろうとし、香織が光輝へ説明を求めようと口を開きかけ、龍太郎と鈴がようやく我を取り戻したそのとき、

 

「うっ、あ?」

 

小さな呟きが響き、ユエの姿が光の柱に呑み込まれた。

 

 

南雲ハジメside out

 

────────────────────────

 

燦嘹朱爀side

 

 

「ユエっ!」

「ユエさん!」

 

南雲とシオさんが焦燥に駆られた声音で叫んだ。

正体不明の明らかにユエさんを狙っている、嫌な予感しかしない光の柱に呑まれたのだ。焦らないわけがない。

燦然と輝く半透明の光の柱の中で、体を硬直させていたユエさんがようやく拘束を解かれたように動き出した。

ユエさんは破壊しようと魔力を高めた。

 

「っ」

 

しかし、驚いたことに発動した空間の断裂は、光の柱の境界部分だけ効果を及ぼすことができず、亀裂一つ与えることができなかった。それどころか降り注ぐ光は、益々輝きを増し、荘厳さと不気味さを増していく。

ユエさんは次にゲートを開こうとする。

しかし、ユエさんが僅かに焦燥を浮かべた視線の先では、歪みかけては直ぐに何事もなく元に戻る空間があった。ゲートが、発動しかけては、何らかの原因で強制的にキャンセルさせられているのだ。

 

「チッ。ミュウ、レミア、ここを動くなよ」

「はいなの!」

「あなた……」

 

ユエさんの窮状を見て取った南雲は、クロスビットによる結界をミュウとレミアの周囲に張り、光の柱を破壊せんと飛び出す。

 

「ふふ、させるわけがなかろう?」

 

アルヴが、南雲の険しい表情を見て愉悦に表情を歪めながらパチンッと指を鳴らした。

その瞬間、謁見の間におびただし数の魔物と使徒、そして魔人族や人間族が出現した。先程、使徒達が現れたのと同じ、ゆらめく空間から滲み出るように。

人種は一人の例外もなく虚ろな瞳をしているが、その身が放つプレッシャーは魔物にも引けを取らない。おそらくなくむな恵里の傀儡兵──それも相当強化された者達だろう。

ユエさんの救援に向かおうとした南雲に、使徒が一斉に飛びかかった。

 

「邪魔だ、木偶共がっ!」

 

怒声を上げて紅い魔力を噴き上げる南雲。“限界突破”だ。南雲はレールガンで的確に使徒達を穿つ。相手を分析しているのは使徒達だけではなく南雲もまた一日たりとて研鑽を怠ってはいないそうだ。

それでも相手は使徒という逸脱したスペックを持つ正真正銘の神兵なのだ。そう易々と突破されたりはしない。数の有利も利用して南雲をユエのもとへ近づけさせない。

他のメンバーも同じような状況だった。

シオさんはクラスメイト達を守るのに精一杯で、ティナ、八重樫、坂上、谷口も使徒や魔物、傀儡兵に囲まれて身を守るので精一杯だ。

俺やアタランテはまだ力を魅せない。何があるかわからないからだ。

 

「っ、光輝くん、正気に戻って!“万天”!」

 

そして、天之河に襲われている白崎も、同時に襲い来る使徒の攻撃を凌ぎながら、天之河が何か魔法を掛けられているのだと判断し状態異常回復の魔法を掛けたのだが……

 

ギィイイン!!

 

その結果は、聖剣の一撃だった。再び鍔迫り合いになる。香織は動揺の声を上げた。

 

「どうしてっ!」

「正気に戻るのは君の方だよ、香織。いつまでこんなことを続けるんだ?」

「何を言ってっ」

「ディンリードさんの話は聞いただろう? 彼はこの世界を救おうとしているのに、そんな立派な人を南雲は……許せないよ」

 

訳の分からないことをのたまう天之河に、白崎は困惑の表情を浮かべる。そして、闇系魔法で意識に干渉して八重樫達の戦闘を嫌らしく、しかし、的確に妨害するなくむな恵里と眼を合わせてた。途端、ニヤァーと邪悪に嗤うなくむな恵里。

 

「っ、恵里、あなたがっ」

「くふふ、違うよぉ~、ボクはちょ~と意識を誘導しただけ。都合のいい話だけを光輝くんの中に根付かせただけよぉ? あとは光輝くん自身がそう信じただけだも~ん」

 

どうやら、天之河は最初のディンリードの戯言部分だけを信じるように洗脳されたらしい。元々の思い込みの強さとご都合解釈の悪癖、そして度重なった精神への負担が容易になくむな恵里の洗脳を許したのだ。俺の努力は水の泡か。

 

「“縛魂“するんじゃなかったのっ」

 

白崎が自分となくむな恵里の会話など耳に入っていないかのように、そして何故か自分ばかり狙ってくる天之河に疑問を抱きながら、どうしてこの機会に天之河を殺して念願の“縛魂”をしないのかと疑問を飛ばした。

それに対する恵里の返答は、

 

「してるよぉ?」

「え?」

 

白崎は意味が分からず呆け、その隙を突かれて使徒の猛攻を受ける。どうにか回避と受け流しで致命傷を避けるものの、体にいくつもの浅傷を作られてしまった。それを瞬時に治癒しながら、疑問顔をなくむな恵里に向ける白崎。

そんな白崎の様子が心底楽しいらしく、ケラケラと嗤いながらなくむな恵里が答える。

「ボクだって遊んでいたわけじゃないんだよぉ? より良い光輝くんを手に入れるために努力を怠らない“いい女“なのさぁ~」

「それはっ、どういうっ」

「“縛魂”はねぇ、改良して残留思念だけじゃなく、生きている者の思念にも直接作用できるようになったんだよぉ!言ってみれば、生霊を隷属させるようなものだねぇ。生きながらにして、自分でも違和感を抱かずに隷属しちゃうのぉ!意識誘導してぇ、光輝くんにとっての正しさを植え付けてぇ、それを支えてあげる健気なヒロインにボクはなるんだぁ!ギリシャ擬きに邪魔された時はヒヤヒヤしたけどねぇ!」

 

なくむな恵里の話を聞いて、白崎の表情に戦慄が走った。適当にノイントをいなしていた俺でさえ思わず顔を顰めたほどだ。なくむな恵里が、魔王城に到着してからやけにベッタリと天之河に張り付いていたのは、この進化した“縛魂”を掛けるためだったのだ。恐るべきは、呪文の詠唱が詠唱と分からないところ。その者にとって納得し易い言葉がそのまま思念を縛る詠唱となるのだ。

しかも、誘導を終えた後は、魔法の使用を止めても効果が切れない。何せ、自分で考えて決断したと本人が信じ込むのだ。それは時間が経てば経つほど、本人にとって真実となる。天之河のような人間には効果抜群の術だ。

実際、今の天之河は、なくむな恵里やディンリード達こそが世界を救う為に奔走する正義の味方に見えているのだろう。それを邪魔した南雲は悪で、そんな南雲を慕う者達は皆、洗脳でもされてしまった被害者というわけだ。

白崎ばかり狙うのは、なくむな恵里に言われたからだろう。使徒の力で暴れられるのを嫌ったなくむな恵里が、白崎なら問答無用にすぐさま天之河を殺しにかかることはないだろうと推測し、使徒と連携して足止めするよう天之河に指示したのだろう。天之河は、無意識レベルでそれが“正しい”と判断する。どんな理屈を付けてでも。

つまり、天之河は生きながらにしてなくむな恵里の傀儡兵と化してしまったわけだ。殺されさえしなければなくむな恵里の術中に落ちることはないという考えは甘かった。天之河は既になくむな恵里の手中に堕ちていたらしい。

この先、どんな事実や言葉を並べても、なくむな恵里の悪魔の甘言一つで容易に操られることだろう。しかも、それを自分で決断した“正しいこと”だと信じるので、戦闘能力が落ちることはない。奇しくも南雲の指摘した天之河の弱点──意志の弱さによる土壇場での迷いというものが解消されてしまった。

白崎が、そんな天之河と使徒の相手に苦慮している内に、他のメンバーも相当苦境に陥っていた。

そんな中に3人陥ってはいない人物がいた。

一騎当千の如く、ノイントや魔物関係なしにミンチにして前に進む南雲、何千何万もの矢を放って誰も気にしてないのがおかしい程蹂躙している咫藍弖、こんな状況なのに手を抜いているのが自他ともに分かる俺だ。

南雲に至っては、この瞬間にも使徒達の連携を読み取り、新種の魔物の弱点を分析し、傀儡兵の行動パターンを理解しつつあるのだ。

 

「っ、止まりなさいっ。イレギュラー!」

 

使徒の一人が、双大剣をクロスさせながら残像を幾重に生み出して急迫する。以前は互角だったというのに、複数の使徒が同時に仕掛けておいて、完全に機能停止に追い込まれる者は少ないとはいえ一方的に吹き飛ばされ、進撃を止められないという事実に、本人も意図せず声が荒ぶる。

そして、南雲のサイドへと回り込み、荒ぶる声音のまま大剣の暴虐を叩きつけようとして、

 

「邪魔だっ」

 

まるで、最初からそこに出現することが分かっていたかのように南雲の義手が伸び、顔面を鷲掴みされた。思わず息を呑む使徒を南雲は怒声とともに“豪腕”を以て前方へと投げつける。

ついでとばかりに、手離す瞬間、掌から弾丸を放って頭部を粉砕することも忘れない。美しい造形の顔半分を吹き飛ばされた使徒が砲弾の如く空を滑り、迫っていた使徒や魔物を巻き込んで雪崩を打つ。

強制的に作り出した一瞬の道を、南雲もまた残像を引き連れながら突破する。

 

「っぁああああああっ!!」

 

雄叫びを上げ、一秒、一手、生き延びる度に戦闘能力を向上させていく南雲に、余裕の態度を崩して渋い表情となったアルヴとフリーザが南雲に攻撃の意思を見せた。当然、使徒達も、それに合わせて強襲を仕掛ける。

 

『させんぞっ』

 

直後、謁見の間に影が差した。

それは、竜化したティナさんの巨体だった。変成魔法を使ったのか、いつもより一回りサイズが大きい。色合いもより深い黒となった気がする。

いくら謁見の間が広いとはいえ、このような限定された空間で竜化などしても、いい的にしかならない。それはティナ自身も分かっているはずで、それにもかかわらず竜化したのは、その身を以て南雲の盾となるためだ。

南雲とアルヴ達の間に陣取り、その竜鱗によって城壁となす。

 

「小賢しい」

「ふん、以前の返礼とさせて貰おうか」

 

アルヴとフリーザが容赦なく攻撃魔法を放った。周囲の使徒達も、容赦など一切なく分解の能力でティナさんを殺しにかかる。

昇華魔法と変成魔法、そして“痛覚変換”を最大効率で発動させ、竜鱗硬化の技能を極限まで高めた挙句、風の障壁を幾重にも展開して威力の分散を図るが……相手が悪すぎた。ティナさんの美しい黒鱗は、みるみるうちに削り取られていく。

 

『ぐぅ、ぅうう……』

「ティオっ。無茶するな!」

 

衝撃音と共にティナ…………ティオさん自慢の竜鱗が欠片となって飛び散り、あるいはごっそりと抉られていく様を見て、ハジメが堪らず叫んだ。

ブレスと尻尾、周囲へ展開した無数の風刃で反撃しながら、ティオさんが長い首を回して縦に割れた黄金の瞳を、燃え盛るような決意を宿したそれを、南雲に向ける。

 

『今、無茶をせんでいつするのじゃ!さっさと行かんかっ』

「ティオ……」

『あの光は尋常ではない!早く助けよっ。……安心せい。ご主人様に抱いて貰えるまで、妾は絶対に死なん!』

「……ったく、ありがとよ。任せた」

『うむ、任されたっ』

 

そうして数人の使徒を粉砕したハジメは、遂に光の柱へと辿り着いた。

 

「ユエっ!!」

「――ッ!!」

 

人混みから飛び出して来た南雲に、捕われのユエさんが口を開くが声は届かない。ユエさんは肩で息をしており、あらゆる魔法を試した後なのだということが分かる。それでも破れない光の柱は、ティオさんの言う通り尋常ではない。のだろう。

光の中のユエさんは、手で胸元をギュッと握り締めながら、表情に焦燥と苦痛を浮かべており、降り注ぐ豪雨のような光の奔流によって、何かしらの悪影響を受けているようだった。時折、なにかを振り切ろうとしているかのように頭を振る姿も、南雲に焦燥を抱かせる。

 

「ぶち壊してやるっ」

 

南雲は、“宝物庫”からパイルバンカーを取り出し光の柱に当てた。背後から襲って来る使徒達にはクロスビットによる掃射によって時間を稼ぐ。

パイルバンカーの発する特徴のあるチャージ音に焦れながら、やはり昇華魔法でスペックの上がった最大威力の攻撃に期待して、チャージの完了と同時に引き金を引いた。

 

ゴガァアアアアアアアン!!!

 

凄まじい衝撃音が響き渡り、漆黒の巨杭が光の柱を貫通した。

ユエさんの魔法ですら傷一つつかなかった光の柱が、何故、あっさりと貫通を許したのか……その疑問を抱く暇もなく、その貫通痕を中心にビキビキと亀裂が奔っていく光の柱に、南雲は義手の振動粉砕を発動させながら渾身の拳撃を裂帛の気合と共に放った。

 

「らぁっ!!」

 

“豪腕”と“衝撃変換”も合わせて発動された絶大な威力を秘めた拳は、真っ直ぐに光の柱に突き刺さり、パァアアンと破砕音を響かせながら粉微塵に砕いた。地上へと降り注いでいた光は氾濫したように荒れ狂い、光の粒子を撒き散らしながら、一時的に南雲とユエさんの姿を隠してしまう。

 

「っ、ユエ!」

 

纏わりつく不気味な光の粒子を振り払い、ユエさんがいた場所に向かって手を伸ばす南雲。光の柱を破壊して尚、南雲が焦ったようにユエさんへ呼び掛けるのは、光の柱が崩壊する寸前に目の合ったユエさんの表情が悲痛に歪んでいたからだ。嫌な予感が全身を駆け巡る。

 

「ユエっ」

「……ここにいる」

 

何度目かの呼び掛けに、ようやくユエさんが応えた。

 

「よかった。ユエ、なんともないか?」

「……ふふ、平気だ。むしろ、実に清々しい気分だ」

「あ? ユエ? お前――ッ」

 

南雲の胸元に顔を埋めたまま、どこか楽しげな声音で答えたユエさんに、南雲は目を細めた。

そして、再会したというのに止まらない嫌な予感が、悪寒と嫌悪に変わった瞬間、一気に距離を取ろうとした。

が、それは少し遅かったようだ。

 

「ガハッ……てめぇ……」

「ふふふふ、本当にいい気分だよ、イレギュラー。現界したのは一体、いつぶりだろうか……」

 

南雲は距離を取れなかった。

ユエさんの声音、ユエさんの姿、されどユエさんではないと確信させる、どこか怖気を震うような雰囲気を纏う“何者か”によって――腹を貫かれたからだ。

凶器は、ユエさんの細腕。それが、手刀の形になって真っ直ぐに突き出され、背中まで完全に貫通していた。ふだんはたおやかなユエさんの小さな手が、凄惨な赤に彩られて濡れそぼっている。

その直後、乱舞していた光の粒子が逆巻くようにして頭上へと消えていく。いつの間にか動きを止めていた使徒達に、訝しみながらも警戒の眼差しを向けていたシオさん達が、ハッとしたように南雲とユエさんの方へ視線を向けた。そして、理解し難い光景にポカンと口を空けて呆ける。

南雲は、咄嗟に魔力の放出と“衝撃変換”でユエさんを吹き飛ばそうとした。今のユエさんが明らかに普通の状態でなく、自分に対して攻撃の意思を見せている以上、とにかく、距離を取るべきだと判断したのだ。

しかし、それもまた叶わなかった。

「エヒトの名において命ずる――“動くな“」

「ッ!?」

南雲が驚愕に目を見開く。理由は二つ。

ユエさんの口から飛び出した“名”と、その命令に己の体がなす術なく従ってしまったこと。まるで、体中の神経を遮断された挙句、標本のように固定されてしまったかのようだ。

そんな南雲に、ユエさんの姿をした、その言葉通りなら“創世神エヒト”は、艶然と微笑んだ。

エヒトは、動けず脂汗を流す南雲の腹部から腕を引き戻した。途端、南雲の腹部からブシュッと盛大に血が噴き出す。その飛沫を浴びながら凄惨な赤に彩られたエヒトは、手に滴る血にゆるりと舌を這わせる。

 

「ほぅ、これが吸血鬼の感じる甘美さというものか。悪くない。お前を絶望の果てに殺そうと思っていたのだが……なんなら、家畜として飼ってやろうか?うん?」

「ふぅ、ふぅ、ッッアアアアアアッ!!」

 

にこやかに微笑みながら悪意に満ちた言葉を吐き出すエヒトの前で、正体不明の術に拘束されていた南雲が絶叫を上げた。穴の空いた腹部からおびただしい量の血が噴き出すが、気にした様子もなく力を込めていく。“限界突破”の輝きも更に増していく。

そして、バキンッとなにかが壊れるような音が響くと同時に、体の自由を取り戻した南雲が一気に後方へと飛び退いた。同時に、ドンナーがエヒトに向かって咆哮を上げた。

 だが、その弾丸は……

 

「っ」

 

悠然と佇むエヒトの手前の空間でピタリと止まり、触れることすら叶わなかった。

 

「これはこれは、私の“神言”を自力で解くとは。流石、イレギュラーといったところか。――“天灼”」

 

直後、南雲の周囲に十二個の雷球が浮かび雷で出来た壁を形成した。そして、刹那の内に凄絶な雷撃の柱を南雲に奔らせた。

それは、かつて奈落の底で最後の試練であるヒュドラに痛恨のダメージを与えた雷系最上級魔法だ。だが、その威力は桁違い。生じた雷球の数も、展開速度も、そして本命の雷撃も。“瞬光”状態の南雲が雷球の結界から逃れられなかった時点で、その異様さが分かるというものだ。

謁見の間に凄絶な雷光が迸り、その場の者達の視界を真っ白に染め上げ、鼓膜を轟音で埋め尽くした。

 

「ハジメさんっ」

「ハジメくん!」

「ご主人様っ」

 

シオさん、白崎、竜化を解いたティオさんの悲鳴が轟音の中に木霊する。

駆けつける自分達を何故か邪魔しない使徒達を疑問に思う余裕もなく、激しくスパークする雷光の余波に、顔をかばうように腕をかざしながら足踏みするシオさん達。

やがて、絶大な威力の雷撃が収まり、白煙の上がる中心から現れたのは、同じく全身から白煙を上げる南雲だった。どうやら、“金剛”の防御を突破されて直撃を受けたようだ。

見れば、南雲の周囲に展開していたはずのクロスビットが全て地面にめり込んでいる。クロスビットによる結界を張ろうとして、その前に叩き落とされたのだろう。状態から見て、おそらく重力魔法でもかけられたようだ。

しかし、南雲とて“限界突破”を発動しているのだ。全身に火傷を負いながらも意識は飛ばさず、ギリギリと歯を食いしばりながらユエさんにとり憑いたエヒトを睨みつけた。

 

「耐えるだろうな。イレギュラー、お前ならば。だが、電撃をそれだけ浴びれば鈍ることは避けられまい? ――“四方の震天”――“螺旋描く禍天”」

 

南雲が反射的に飛び退こうとして、周囲全ての空間がグニャリと歪む光景に、既に逃げ場がないことを悟り、再度、“金剛”を最大展開すると同時に大盾を取り出した。

直後、空間を爆砕する衝撃波が四方から南雲を襲い、同時に頭上からハリケーンのように渦巻く重力の砲撃が墜落した。

 

「っぁ、ぁああああああっ」

 

大盾が冗談のように粉砕され、展開した“金剛”があっさり貫かれる、絶大な衝撃を伝える途轍もない神代魔法の嵐。明らかに、今のユエさんを軽く超える力の行使だ。

 

「止めやがれですぅ!」

「ハジメくんとユエから離れてっ」

「ユエの身でご主人様を打つとは……万死に値するのじゃ!」

 

ユエさんの言動と、アルヴとディンリードの関係から大体の事情を察したシオさん達がエヒトを取り押さえようと一斉に飛びかかった。

しかし、そんなシオさん達に、放たれたのは言葉一つ。

 

「エヒトの名において命ずる――“平伏せ”」

「あうっ」

「きゃあっ」

「ぬぉ!?」

 

 それだけでシオさん、白崎、ティオさんの三人は、上から巨大な力に押し潰されたかのように地面へ叩き付けられ身動きが取れなくなった。それは致命の隙だ。

 

「――“喰らい尽くす変生の獣”」

 

その言葉と共に、シオさん達の周囲の床が盛り上がり瞬く間に石造りの狼のようになった。そして、その鋭い爪で倒れ伏すシオさん達の背中を突き刺しながら押さえつける。シオさん達から苦悶の声が上がるが、石の大狼は煩わしそうに顎門を開き、黙れと命ずるように首筋へ鋭い牙を当てた。

白崎が分解能力で全てを吹き飛ばそうとする。しかし、それが発動するよりも早く、

 

「エヒトの名において命ずる――“機能を停止せよ”」

「ぁ――」

 

エヒトの命令により、白崎の瞳から光が消えた。まるで唯の人形になってしまったかのように。言葉から判断すれば、使徒の肉体を活動停止状態にしたようだ。創造主の特権というやつかもしれない。

シオさん、白崎、ティオさんが完全に抑えられたと同時に、南雲を襲っていた魔法の嵐がようやく終息する。南雲は、僅かな間佇んでいたが、直ぐにゴパッと口から滝のように吐血し、糸の切れたマリオネットの如く膝を折った。

南雲やシオさん達の有り様に、八重樫達も名を叫びながら駆けつけようとする。

だが、やはり、その前に、

 

「――“捻れる界の聖痕”」

 

膝を折ったものの、両手を地面につけようとしない意地を見せる南雲の頭上で、グニャリと歪んだ空間が十字架の形をとった。空間の歪みそのもので形作られたそれは、まるで極めて透明度の高いガラス細工のようだ。それを、エヒトは視線だけで誘導し南雲の背中に落とした。

 

「ガハッ」

 

強烈な圧迫に、更に吐血する南雲は、そのまま為す術なく押し潰される。南雲の背中からは墓標のように空間が歪んで作られた十字架が突き立った。それはそのまま空間に固定され南雲を地面に縫い付ける。

エヒトは、そのまま流れるように八重樫、坂上、谷口へ指を向け言葉を紡いだ。

 

「――“捕える悪夢の顕現”」

「っ、あ」

「ひっ」

「う、あ」

 

それだけで八重樫達は顔面蒼白となりながら転倒してしまった。そして、まるで自分の首が繋がっていることを確かめるように首筋を撫でたり、足があるのを見て震える手で感触を確かめたりし始める。だが、感覚がないようで青褪めた顔は元に戻らない。立ち上がることも出来そうになかった。

使徒や魔物、傀儡兵の群れ相手にも戦えていたメンバーが、ユエさんに憑依したエヒト一人にあっさりと全滅させられてしまった。その結果に、地面に這い蹲らされているシオさん達が驚愕と同時に歯噛みする。

 

「ふむ。まぁ、こんなものだろう。我が現界すれば全ては塵芥と同じということだ。もっとも、この優秀な肉体がなければ、力の行使などままならんかっただろうがな。聞いているか? イレギュラー」

「ぐっ……」

 

 コツコツと足音を響かせながら地面に磔にされている南雲に、エヒトが悠然と話しかけた。南雲は、クロスビットを操作しようとするが途轍もない重力が掛かっているようで地面にめり込んだままピクリともしない。

 

どうにか首を曲げて視線を向けてみれば、いつの間にかミュウとレミアを守っていたクロスビットも同じような状態だった。ミュウが「パパ」と呟きながら、泣きそうな表情で南雲を見つめている。

クラスメイト達が、南雲達を助けようというのか一歩踏み出そうとするが、それは使徒達によって為す術もなく止められてしまう。

南雲は、“宝物庫”から爆発物の類を取り出して諸共に吹き飛ばしてやろうとした。“金剛”の“集中強化”で急所だけ守れば助かるかもしれないし、神水さえ飲めれば復活できる。

だが、その意図を読んだかのように、南雲が“宝物庫”を起動しようとしたその瞬間、エヒトが、どこか優雅さすら感じさせる所作でパチンと指を鳴らした。

すると、南雲の指に嵌っていた“宝物庫”の指輪がフッと消えて、次の瞬間にはエヒトの掌へと転移してしまった。南雲の“宝物庫”だけではない。その掌には、他にいくつかの指輪が置かれている。シオさん達宛に南雲が造った“宝物庫”だ。ゲートも作らず、ピンポイントで、複数同時に、空間転移させたらしい。

それだけでなく、直後には、エヒトの周囲にドンナー・シュラークやドリュッケン、黒刀など、南雲が手掛けたアーティファクトの数々が転移してクルクルと回りながら浮かんだ。

 

「よいアーティファクトだ。この中に収められているアーティファクトの数々も、中々に興味深かった。イレギュラーの世界は、それなりに愉快な場所のようだ。ふふ、この世界での戯れにも飽いていたところ。魂だけの存在では、異世界への転移は難行であったが……我の器も手に入れたことであるし、今度は異世界で遊んでみようか」

 

クツクツとユエでは絶対しないような邪悪な笑みを浮かべて“宝物庫”を弄ぶエヒトは、おもむろに手を握り締めた。そして、僅かに掌中から光を漏らしたあと開かれた手の中からは、砂のように砕け散った“宝物庫”の慣れの果てが現れた。そのまま、ゆらりと手を傾ければ、光の残滓を纏う砂状の残骸が、サラサラと零れ落ちていく。

まるで絶望を見せつけるかのように南雲の眼前に散らばる“宝物庫”の欠片。それは、纏う光に呑み込まれていくように、遂には塵すら残さず消えていく。

収納されていたものは飛び出して来ない。なんらかの方法で纏めて消滅させられたのだろう。目を見開くジメの眼前で、更に、ドンナー・シュラークを始め、他の武器も粉微塵になった後、光に呑まれて消滅していった。

 

「おっと、忘れるところであった」

 

絶対に忘れていなかったと確信できる笑みを浮かべながら、エヒトの視線が南雲の義手に向く。そして、他のアーティファクトにそうしたように魔力を放ちながらパチンッと指を鳴らした。

それだけで、南雲の義手がゴバッと音を立てて崩壊する。

確か、南雲の義手は魔力による擬似的な神経が通っており触感も温度も感知できる。当然、痛みも、だ。調整は出来るとはいえ、いきなり左腕を粉砕され激痛に苛まれた南雲は怒り混じりの咆哮を上げた。

 

「くそったれがぁああああ!!」

「よく足掻くものだな。もう中身がぐちゃぐちゃであろうに。お前を器とするのも良かったかもしれんな。三百年前に失ったはずの我が器が、生存していたことに心が逸ってしまったか……いや、魔法の才が比較にならんか」

 

紅い魔力がうねりを上げ、空間魔法の拘束すらギチギチと軋ませる中、しかし、エヒトは特に気にした様子もなくユエさん自身の体をじっくりと観察しながら思案顔をする。南雲の足掻きなど取るに足りないと思っているようだ。

それをを見た南雲は……直後、その紅い魔力を脈動させた。ドクンッドクンッと波打ち、“限界突破”の魔力が更に際限なく上昇していく。直後、噴火したかのように紅の魔力が噴き上がった。螺旋を描きながら天を衝く紅い魔力の奔流――“限界突破”の最終派生“覇潰”だ。

今まで、南雲が強すぎて“限界突破”で倒せなかった敵がいなかったため目覚めなかったそれが、創世神の圧倒的な力を前にして、遂に開花したのだ。我が物顔でユエさんの体を使うエヒトに、溜まりに溜まった怒りが導火線に火を点けたとも言えるかもしれない。

少し離れた場所でエヒトの降臨に恍惚の表情を浮かべながら涙していたアルヴが、ハッと我に返り戦慄の表情を浮かべた。それは、南雲の発する力の奔流が、ディンリードという優秀な男に憑依して現界した、神格を持つ自分に匹敵していたからだ。自分の力はエヒトには遠く及ばないとは言え、驚愕せずにはいられない。

 

「我が主!」

「よい、アルヴヘイト。所詮、羽虫の足掻きだ。エヒトルジュエ・・・・の名において命ずる――“鎮まれ”」

 

先程と名が違う。いや、更に付け足された。その効果は、南雲に対し絶大な力を以て作用した。それこそ、先程の“動くな”という命令よりも遥かに。

うねりを上げていた魔力光が徐々にその輝きを収めていく。まるで、南雲自身がエヒトの命令に従ったように、自分の意思で“覇潰”を解除しようとしているのだ。

 

「ぁああああっ!!」

 

南雲が再度絶叫を上げた。紅い魔力が、主の中のせめぎ合いを表すように明滅を繰り返す。それを見て、エヒトは、ユエさんの顔を邪悪に歪めた。心底、面白い余興を見たとでもいうように。あるいは、必死の足掻きを嗤うように。

 

「ほぅ、まさか我が真名を用いた“神言”にすら抗うとはな。……中々、楽しませてくれる。仲間は倒れ、最愛の恋人は奪われ、頼みのアーティファクトも潰えた。これでもまだ、絶望が足りないというか」

「……当たり、前だ。てめぇは……殺すっ。ユエは……取り戻すっ。……それで終わりだっ」

「クックックッ、そうかそうか。ならば、そろそろ仕上げと行こうか。一思いに殲滅しなかった理由を披露できて我も嬉しい限りだ」

 

血反吐を吐きながら殺意を溢れさせる南雲に、エヒトは満面の笑みを浮かべた。そして、敢えて、ユエさんが作り上げたオリジナル魔法を発動する。

 

「――“五天龍”……中々に気品のある魔法だ。我は気に入ったぞ」

 

ユエさんを中心に、五体の魔龍が出現した。だが、その威容はユエさんが行使していたときのそれを遥かに越える。存在の密度が桁違いなのだ。今の五天龍ならば、あの大型のアブソドであっても一体一撃で消滅させることが可能だろう。

五属性の魔龍は鎌首をもたげ、その眼光をそれぞれの標的に向ける。ミュウとレミア、畑山教論やリリアーナ達、八重樫達、シオさん達、俺とアタランテ、そして南雲だ。

何をする気なのかは明白。南雲の目の前で、シオさん達を魔龍達に喰らわせようというのだ。南雲の全てを、最愛の恋人の魔法を以て目の前で奪い、絶望の果てに苦しむ南雲を存分に楽しんで、そして止めを刺そうというのだ。

 

「ユエッ!目を覚ませ!」

「ふふ、遂に恋人頼りか?無駄なこと。これは既に我のものだ。それとも時間稼ぎか?今こうしている間も、お前への戒めは解けてきているからな。全く、大したものだ。……だが、所詮は矮小な人間よ」

「ユエッ!俺の声が聞こえるはずだっ。ユエッ!」

 

南雲の殺意に当てられて近場にいた魔物の数体が意識を喪失し倒れるが、エヒトは心地よいそよ風でも受けたように目を細めると、愉悦と共に、身動き取れない者達へ、ユエさん自身が研鑽を積んできた魔法の牙を剥こうとした。

見せつけるように掲げられたたおやかな指が、命脈を断つように振り下ろされようとした──その時、

 

「ッ!? 何だ……魔力が……体が……まさかっ、有り得んっ」

 

突然、エヒトが大きく目を見開き、その身を震わせた。まるで体の自由が利かないとでもいうようにふらつき、魔力の制御もままならい様子で五天龍が明滅する。動揺するアルヴとフリーザ。シオさん達も絶体絶命の窮地において、エヒトが苦しみ出したことに瞠目する。

そこへ、声が響いた。

 

――させない

 

念話のように謁見の間に響いたそれは、苛立たしげに悪態を吐くエヒトと同じ声音。されど、南雲達からすれば、ずっと可憐で愛らしい声音だ。

 

「ユエっ!」

「ユエさん!」

 

南雲とシオさんが声に喜色を乗せて叫ぶ。白崎達も口々にユエさんの名を叫んだ。俺もアタランテも叫んでる。

南雲が、既に致死量に近い出血をしているにもかかわらず活力を取り戻したかのように肉体と魔力を唸らせる。背中の十字架がビキビキと亀裂を浮かべ始めた。シオさん達も気合いの雄叫びを上げて立ち上がろうとする。

 しかし、

 

「くっ、図に乗るな、人如きが。エヒトルジュエの名において命ずる! ――“苦しめ”!」

 

脂汗を流しながらも、エヒトは真名による強力な“神言”を放った。それにより、体全体に凄まじい激痛が奔り、シオさん達は苦悶に満ちた表情を晒し、悲鳴を上げて身悶えする。

痛みに強い南雲が、表情を歪めながらも声一つ上げずに耐えていたが、それでも直ぐに拘束を破れるという状態ではなくなってしまった。

 

「……アルヴヘイト。我は一度、【神域】へ戻る。お前の騙りで揺らいだ精神の隙を突いたつもりだったが……やはり開心(・・)している場合に比べれば、万全とはいかなかったようだ。我を相手に、信じられんことだが抵抗している。調整が必要だ」

「わ、我が主。申し訳ございません……」

 

恐縮するアルヴヘイトに、エヒトは軽く手を振って答えた。

 

「よい。三、四日もあれば掌握できよう。この場は任せる。フリード、恵里、共に来るがいい。お前達の望み、我が叶えてやろう」

「はっ、主の御心のままに」

「はいはぁ~い。光輝くんと二人っきりの世界をくれるんでしょ? なら、なんでもしちゃいますよぉ~と」

 

苦しみに悶える南雲達を尻目に、エヒトはどうにかユエさんの意識を抑え込んだようで、アルヴ達に指示を出すと手を頭上に掲げた。

すると、その手から先程降り注いだのと似た光の粒子が今度は舞い上がり、謁見の間の天井の一部を円状に消し去って、直接外へと続く吹き抜けを作り出した。

光の粒子はそのまま天へと登って行き、魔王城の上空で波紋を作りながら巨大な円形のゲートを作り出した。天地を繋ぐ光の粒子で出来た強大な門――まさに神話のような光景だ。おそらく、エヒトの言う【神域】という場所へ行くための門なのだろう。

エヒトは、掲げた腕を下ろすとふわりと浮き上がり、天井付近から南雲達を睥睨した。

 

「イレギュラー諸君。我は、ここで失礼させてもらおう。可愛らしい抵抗をしている魂に、身の程というものを分からせてやらねばならんのでね。それと、三日後にはこの世界に花を咲かせようと思う。人で作る真っ赤な花で世界を埋め尽くす。最後の遊戯だ。その後は、是非、異世界で遊んでみようと思っている。もっとも、この場で死ぬお前達には関係のないことだがね」

 

どうやらエヒトは、本気でこの世界を終わらせて、新天地として地球を選ぶ気のようだ。そして、そのタイムリミットが三日。ユエさんの肉体を掌握するのに必要な時間。

 

「ま、てっ、ユエを、返せ……」

 

地の底から響くような声で南雲がユエさんに手を伸ばす。いつの間にか、十字架を破壊し、“神言”の影響すら跳ね飛ばして起き上がっている。足元には文字通り血の海が出来ており、まるで体中の血液が全て流れ落ちてしまったかのようだ。

南雲が、紅い魔力を纏いながら飛び出そうとする。だが、それを使徒達が背後から強襲して組み伏せてしまった。更に、アルヴがなにかしらの術を行使して南雲の体を硬直させる。組み付いた使徒は分解の能力で、纏った魔力や衣服等に仕込まれた錬成の魔法陣を全て霧散させてしまった。

それでも、出血多量で霞む意識を殺意と憎悪で繋ぎ留め、なお足掻き、南雲はユエさんへと手を伸ばす。

完璧に組み伏せて、既にいつ死んでもおかしくない状態なのに、少しずつ前へと進んでいく南雲に、使徒達がどこか畏れを抱いたかのように瞳を揺らした。

それを一瞥したエヒトは口元を歪めて鼻で嗤った。

 

 

 

そして、そのまま天に輝くゲートへと上って行く─────────────────ことが出来なかった。

 

 



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第6話 異世界のレベルが地球の神代よりは確実に弱い件 -3-

前話がコピペのし過ぎで申し訳ございませんでした。


燦嘹朱爀side

 

 

そして、そのまま天に輝くゲートへと上って行く─────────────────ことが出来なかった。

 

なぜなら、1本の槍がエヒトの頬を掠ったのだ。

 

「ッ!?…………まだ反抗する気概ある奴がいるのかね、傷をつけた事は褒めよう。だが、この肉体には再生する力がある。」

 

堂々と治るところを見せびらかそうとしたが、治らず。

 

「…………再生する力が、拒まれているだと?」

「ハハハハハハハハッ!!!!」

 

俺は爆笑した。そりゃもう大胆に。分かったからこそ笑うのだ。

この世界が地球よりは弱い(・・・・・・・)ことが分かったのだ。

今の一撃は俺がこの神擬き(・・・)に何処まで通用するかの確認も込めた一撃なのだ。

 

「先程の攻撃は貴様か。エヒトルジュエの名において命ずる!──“自害しろ”!」

「なぁにが自害しろ、だアホ。その程度で俺が屈するかってんだ。」

 

転移前から今の今まで外見が少女のような青年としか認識してなかった人間が、この状況を楽しんでいるのではないか?と思わせぶりな高笑いをし、神に向かって啖呵切ったことに一同驚愕。

 

「おっと、すまねぇな南雲。大事な彼女さんの頬に傷つけて。っと、そんで……エヒトルジュエっつったな?あとアルブレヒト。」

「アルヴヘイトだ!」

「あぁ、わりぃわりぃ。でだ、テメェら………………何者だ?」

 

この質問に、エヒトとアルヴ、ノイントらやフリーザ、なくむな恵里、果てはクラスメイト達もポカンとしてしまった。

今までの戦いや南雲との掛け合いを1番近くにいた(・・・・・・・)のに聞いてなかったのか?と問いたくなるような質問だった。

エヒトは何故かため息をついて、質問は答えずに天に続くゲートを通って行き、フリーザとなくむな恵里はついて行く。

 

「ちょっ、無視はねぇだろ無視は!フリーザ・バカダーでもなくむな恵里でもいいから何か答えろよ!」

「誰がフリーザ・バカダーだ!馬鹿にしてるのか貴様!!」

「中村よ中村!!なくむなって何よ!!!!」

 

仰向けで寝転がっていたのを立ち上がって追いかける。が、アルブレヒト……アルヴヘイトの妨害を受けて叶わず。

エヒトが天に行ったあとを再び追う2人。

さらに、天之河も続く。中村恵里は再び天之河にしがみつきながら耳元に囁いており、天之河は納得顔で頷いていた。また、天之河にとって都合のいい“正しさ”を植え付けているのだろう。敵であるはずのエヒトを前にして騒ぐことすらせず、それどころか決意したような眼差しを雫八重樫達へと向けているのがいい証拠だ。

谷口が、何かを言おうと口を開きかけるが苦痛がそれを邪魔して声にならない。中村恵里もまた、既に誰のことも見ていなかった。

フリーザと中村恵里、天之河に続いて使徒、魔物、傀儡兵も浮かび上がり、その半数程が天へと上っていく。魔王城の外でもおびただしい数の使徒や魔物、そして魔人族達が天に輝くゲートを目指していく。

吹き抜けの天井から見えるエヒトは、最後にゲートの前で彼等を迎え入れるように手を広げた。かつて見た大聖堂の肖像画のように。全ては自分のものだとでもいうように。

魔人族の大歓声が上がる。きっと、随分前から、この時を知らされていたに違いない。地を離れ、神によって天へと迎え入れられるという至上の瞬間を。

エヒトは、そんな彼等に艶然と微笑むと、そのまま溶けるように光の中へと消えていった。

 

「ユエェエエエエエエエエエッ!!!」

 

南雲の絶叫が虚しく木霊する。

伸ばした手には、何も掴めない。

そこに、いつもの温かく愛しい感触は……もう、なかった。

 

絶叫が木霊する魔王城、謁見の間。

最愛の恋人の名を叫ぶ声音は余りに悲痛で、慟哭のようだった。

その絶叫を上げた本人である南雲は、使徒数人掛りで押さえ込まれ、今は額を床に擦りつける状態となっている。創世神エヒトの寄り代となって去っていったユエさ……ユエを求めて伸ばしていた片腕も、使徒によって関節を極められて背中に押し付けられていた。

シオさん達は、床が変形して出来上がった大狼の爪を背中から押し込まれ、だくだくと血を流しながら床に磔状態となっており、八重樫達もエヒトの魔法によって見せられたのであろう幻覚と“神言”の影響で身動きが取れずにいる。

クラスメイト達も、使徒や魔物に監視された状態で、元々の怪我と合わせて動ける状態ではない。

俺は俺で用意された瓦礫(重力を操作されたのか重い)の下敷き&いきなり頭上に落ちてきたため、半気絶状態。

そして、南雲にとって頼みのアーティファクト類も、今はもうない。

チェスで例えるなら、まさに“チェックメイト”というべき状態だった。だからこそ、エヒトも、俺達に止めを刺すことより、ユエの抵抗により生じた問題の解決を優先したのだろう。

ユエを求める絶叫を上げた南雲に対して、向けられたエヒトの歪んだ笑みは、“南雲の苦しむ姿を存分に見た”という愉悦と快楽に染まった満足げなものだった。それも、後事を眷属であるアルヴヘイトに任せた理由なのだろう。

十人程の使徒と、三十体程の魔物を残し、幾分閑散とした雰囲気となった謁見の間に、コツコツと足音が響く。

 

「ククッ。無様なものだな、イレギュラー。最後に些か問題はあったが、エヒト様はあの器に大変満足されたようだ。それもこれも、お前が“あれ”を見つけ出し、力を与えて連れて来てくれたおかげだ。礼を言うぞ?」

 

たっぷりの愉悦と嘲笑を含んだ声音で、ヘドロのようにドス黒い悪意の言葉を吐き出すアルヴヘイト。

対する南雲は、反論するどころか顔を伏せたままピクリとも動かない。その身からは、先程使徒達でさえ戦慄させた殺意と憎悪、そして止まることのない力の奔流は微塵も感じられない。その怪我の度合いや出血量から、一見すると既に息絶えてしまっているようにも見えた。

アルヴヘイトもそう思ったのか首を傾げて、南雲を拘束している使徒の一人に視線を向けた。使徒は静かに首を振り、険しい眼差しを南雲の後頭部に向ける。どうやらまだしっかりと生きているらしい。

 

「ふむ、最初の威勢はどこにいった?と言いたいところだが、さしものお前も限界というわけか。もっとも、腹に穴を空けられ、あれだけ我が主の魔法を受け、更に何度も限界を超えるような力の行使を体に強いたのだ。まだ息があるだけでも驚異的ではあるな。それとも、最愛の恋人を奪われたことが止めとなったか?うん?」

「……いい加減にしやがれですっ。この三下ァ!遊び足りないなら、私が相手になってやりますっ」

 

嬲るようなアルヴヘイトの言葉に、しかし、南雲は反応せず、その代わりと言わんばかりに違う場所から怒声が上がった。シオさんだ。

叫んだことで、より一層背中に爪が食い込みブシュと血を噴き出したが、そんなことは気にもならないと爪で床を引っ掻きながら前へ進もうとする。

そんなシオさんに、大狼は石造りの眼を器用に細めて、黙れとでも言うように、その顎門をシオさんの肩口に喰い込ませた。再び、生々しい音を立てて血が噴き出す。飛び散った血で首元や横顔を汚すシオさんの姿は凄惨だった。

 

「ッ!?──んぎぎっぎぃ、負けるかぁ!全員っ、纏めてぶっ飛ばしてやりますっ。かかって来やがれですぅ!」

 

それでも悲鳴らしい悲鳴すら上げず、シオさんは怒声を上げながら足掻きを強めていく。何も出来ず、南雲が傷つき、ユエが去って行く姿を見ていることしか出来なかった悔しさに、その間も練り続けた力が合わさって、シオさんの中で爆発的に力が高まっていく。

そして遂に、バキンッと微かに何かが壊れるような音を響かせて、ジリジリとしか動いていなかったシオさんの腕が跳ね上がった。

 

バゴンッ!!

 

そんな轟音を立てて肩口に噛み付いていた大狼の頭部が吹き飛んだ。その際、肩の傷が抉れて更に血が噴き出したが、やはり、シオさんは気にしない。そのまま地面を踏み割る勢いでアルヴヘイトへと急迫した。

 

「うりゃああああっ!」

 

ウサミミをなびかせて、まずは最大の敵を屠ってやると明確な殺意を宿した眼光と共にシオさんの拳がアルヴヘイトへと叩き付けられた。

 

ドゴンッと凄まじい衝撃音が響き渡る。シオさんの拳は、見事な軌道を描いてアルヴヘイトの顔面に突き刺さったかのように思われた。

 

しかし、

 

「ほぅ、イレギュラーに続いて貴様もエヒト様の“神言”を解いたか。……全く、不遜な輩には不遜な女が侍るということか。嘆かわしい」

「くっ、こんな障壁ぐらいっ!」

 

アルヴヘイトは僅かに手をかざしただけで障壁を展開し、シオさんの砲撃じみた拳を止めてしまった。

焦りなど微塵もなく余裕の表情でシオさんを不遜と断じたアルヴヘイトを無視して、シオさんは再度拳を振るった。

何度やっても同じことだと煩わしそうな表情になったアルヴヘイトだったが、シオさんの二撃目は更に唸りを上げる、そして、アルヴヘイトの障壁に亀裂を入れた。

 

「なんだと?」

「ぶっ飛びやがれですぅ!」

 

まさか、イレギュラーと称される南雲以外に、しかも素手で自分の障壁に亀裂を入れられるなど思いもしなかったのか、アルヴヘイトが僅かに瞠目する。

その隙を逃さず、シオさんは二撃目の反動を利用してくるりとその場で回転すると、遠心力がたっぷりと乗った回し蹴りを亀裂が生じている箇所へと放った。引き締まった長い足が、最大に強化されて、これ以上ないほど美しいフォームで繰り出される。

ウサミミがひゅるりと流れる中、パァアアンと破裂音をさせて、シオさんの回し蹴りは障壁を突き破った。そして、そのまま奥にいるアルヴヘイトを強襲する。

アルヴヘイトは咄嗟に、腕をクロスさせてシオさんの蹴りを受けるが、想像以上の重さに踏ん張りきれず、シアの言葉通り、盛大に吹き飛ばされた。

シオさんは、蹴り足をそのまま天頂へと掲げると、踵落としの要領で地面へと打ち下ろす。そして、砕け散り浮き上がった幾つもの床の破片を、独楽のように高速回転しながら足で弾き飛ばした。

弾き飛ばされた石の礫は、銃弾もかくやという高速で空を切り裂き、アルヴヘイトへの追撃となる。

謁見の間の石柱の一つに激突したアルヴヘイトへと、ガトリングの掃射の如き礫が襲い掛かり、砕けた石柱によって粉塵が舞い上がった。

 

「まだで――っ!?」

「沈みなさい」

 

更なる追撃に出ようと、シオさんが踏み込み体勢になった瞬間、残像を引き連れた使徒が左右からシオさんに肉薄した。その手には分解の銀光を纏った大剣が握られている。

使徒や魔物に対する注意はそれなりにしていたが、それでも頭に血が上っていたことは否めない。勢いのままに飛び出してしまい、踏み込みの瞬間を狙われたシオさんは、その表情に「しまったっ」という焦りの感情を浮かべた。

ドリュッケンさえあれば、強引に薙ぎ払うことも出来たのにっと、いつもその手に感じている頼もしい感触がないことに歯噛みする。

そうして、シオさんがダメージ覚悟で切り抜けようとしたそのとき、

 

「それはこちらのセリフじゃ!」

 

黒色の閃光が二条、シオさんを挟撃する使徒二人を吹き飛ばした。

 

「ティオさんっ」

「ぐっ、神言と言ったか。……真、厄介じゃの。シア、お主の根性には脱帽じゃよ」

 

シオさんが振り向いた先には、部分的に竜化した尻尾で大狼を締め上げながら、苦しそうな表情で立ち上がるティオさんの姿があった。どうやら、シオさんのように“神言”の影響を完全に脱したわけではないようだ。

原理までは理解できていないが、それでも恐るべき効果を待つ魔法であることは分かる。故に、その呪縛を意志一つで完全に解いた上に、アルヴヘイトへ一矢報いたシオさんに称賛の言葉を贈らずにはいられなかったのだ。

ティオさんは、尻尾で拘束され暴れている大狼を、白崎を押さえ付けている大狼に叩きつけ吹き飛ばしながら、上空から大剣を振りかぶって急迫してきた使徒にブレスを放って牽制する。その身は既に、透き通った黒色の魔力に覆われており、昇華魔法を使っていることを示していた。

それでもなお、溜めのない一撃では使徒のチャージを止めきれないために、回避行動を取らせるのが咄嗟の対応としては限界だった。

と、そのとき、更に声が響いた。

 

「ティオさん、なんとか香織を起こしてちょうだい!私が護るから!シアは魔王を押えてっ」

 

同時に、ティオの脇を黒い影が走り抜けていった。それは、体に濃紺色の魔力を纏わせた雫と、彼女のトレードマークであるポニーテール。

まさかの八重樫が、そのままティオに背後から迫っていた別の使徒の懐へとぬるりとした独特の歩法で潜り込むと、僅かに瞠目する使徒の手首をとって、その身を反転させ宙に浮かせた。そして、自らの突進力故に(・・・・・・・・)死に体となった使徒の腹へ、掴んだのとは逆の腕で肘打ちを極める。いわゆる合気の技で、八重樫流体術の一つ“鏡雷”という。

通常の八重樫では有り得ないほどの威力が秘められた肘打ちは、その技の鮮やかさと相まって使徒を一時的に吹き飛ばすことに成功した。

彼女もまた、“神言”の呪縛を辛うじて退けたのだろう。魔力を纏っているのは昇華魔法が原因だ。身体能力を一段進化させる。擬似的な“限界突破”である。

先程まで使わなかったのは、幻覚による激痛及び精神的動揺によって使えなかったからだろう。

現に、幻覚による影響を完全には脱していないようで、激痛を堪えているかのように表情を歪め、脂汗を垂らしている。

 

「無茶を言いおるっ」

「りょ、了解ですっ!」

 

ティオさんは、部分竜化の尾によって拘束し、即席のハンマーにしていた石の大狼を、先程ブレスの乱射で回避行動を取らせた使徒に投げ放ちながら白崎のもとへ駆け寄った。同時に、シオさんも追加で襲って来た使徒と魔物をくぐり抜けながら、アルヴヘイトのもとへと駆け出す。

雫は、状況を見て動き出した使徒が、更に三人向かって来るのを見て、迎撃に駆け出しながら途中で拾った床の破片を強化された身体能力で弾き飛ばした。八重樫流投擲術の一つ“穿礫(せんれき)”。その目標は使徒達の眼球だ。

昇華魔法による身体強化がなされているとはいえ、投擲の命中度自体は行使者の技量による。駆けながら動く相手の眼球という極小の標的を寸分違わず狙い撃ちするなど、とんでもない達人技だ。

だが、使徒達は当然の如く、それを、大剣をかざすことであっさりと弾いてしまう。

 

「無駄なことを」

 

迫る使徒の一人が大剣の影から無機質な眼差しを雫へと向ける。そして、銀の翼を展開し、バサリと一度はためかせた。それだけで、その翼から無数の銀羽が散弾の如く飛び出し、八重樫を消滅させんと迫る。

だが、その悉くをたった1本の矢(・・・・・・・)により、全てが八重樫に当たらず、八重樫は地を這うような低い姿勢で肉迫する。

矢が来た方を向けば、アタランテが第4射に取り掛かっていた。

 

「やってみなきゃ分からないでしょう!」

 

反抗的に叫びながら、遂に銀羽の弾幕を掻い潜った雫は、スライディングの要領で使徒達のもとへ滑り込むと、床を叩き割る勢いで手を突きながら、その反動を利用して掬い上げるような蹴りを放った。

八重樫流の体術の一つ“逆鷲爪”。地を這うような下方から相手をかち上げる蹴り技だ。八重樫流は刀を失っても戦えるように、鞘術と体術、投擲術なども組み込まれているのである。

大鷲が獲物を狙って天空からその鋭い爪を伸ばす──その逆再生のような見事な軌跡を描く蹴り。“縮地”の突進力も合わさって相当な破壊力があるだろう。少なくとも、昇華魔法による擬似的限界突破状態の今の八重樫が、カウンターで極めることが出来れば、使徒と言えども吹き飛ばせる程度の威力はありそうだった。

だが、その目論見は、やはり甘かったらしく、

 

「いいえ、無駄です」

「ッ――」

 

あっさり銀の翼で阻まれてしまった。しかも、蹴り足のブーツが接触面から既に霧散していっている。分解能力だ。

八重樫は短い呼気と同時に、蹴り足を軸にして、その場で独楽のように回転した。体を水平にした状態での側宙のような体勢から、逆足で使徒の顔面を狙う。八重樫流体術の一つ“重鷲爪”。

しかし、それもまた、使徒の片翼によって防がれてしまった。そして、使徒は、そのまま薙ぎ払うように翼をはためかせ、八重樫を吹き飛ばした。

 

「ぐっ」

 

地面へ強かに叩きつけられ思わず呻き声を上げる八重樫。そこへ、銀色の羽が豪雨のように降り注ぐ。

しかし、大量の矢が豪雨を押さえ込んだ。ケイローンがアヴィケブロン作のアダムに対して行った連速射を真似たのだ。

抑え込まれている間に八重樫はまた、壊れた床の欠片を拾い、八重樫を素通りして白崎に術を掛けるティオさんへ向かおうとした使徒へ投げつける。

それを見もせず銀の翼で弾く使徒。

八重樫が死に物狂いの表情でアタランテが打ち漏らした死の弾幕を回避しながら大半のノイントを引き付ける。

八重樫の狙いが、ティオの行使する魂魄魔法か再生魔法により、意識を強制的に落とされた白崎を復活させることで、白崎さえ動けるようになれば、卓越した回復魔法で南雲を復活させることが出来、南雲さえ動ければ、現状を打開することは可能なはずだと考えていそう。

八重樫が南雲に対する信頼は、エヒトに敗れた今でもなんら変わって無さそうだ。

八重樫がチラリと、血の海に倒れ伏したまま三人もの使徒に組み伏せられる南雲に視線を向けていた。

八重樫から心の内に湧き上がる圧倒的な熱に反した、小さな声音で詠唱を始める声がした。

アーティファクトの類は大方失われたが、武器以外のものは些事と考えたのか幸いなことに手元にある。

それは“空力”が付与された靴しかり、ハジメから初めて贈られた再生機能付きの髪飾りしかり、そして昇華魔法の魔法陣を縫い付けた衣服しかり。

銀羽の猛威を回避し続けていた八重樫の体から、更に尋常でない濃紺色の魔力が噴き上がった。

昇華魔法の重ね掛け。擬似的な“覇潰”といったところか。当然、ただでさえ限界を超えた力を行使していたのだ。無理に無理を重ねる行為が、何の負担にもならないなど有り得ない。

八重樫の表情が苦痛に歪み、大きな力のうねりに耐えるように唇がギュッと噛み締められる。雫を強化した魔力は燦然と輝きながら彼女の体を覆っていく。

その魔力の輝きに、八重樫を素通りして白崎の回復に集中しているティオさんへ、今まさにその魔手を伸ばそうとしていた使徒が、ピクリと反応し白崎を振り返った。しかし、取るに足りないと判断したのかそのままティオさんに向かって大剣を振り上げる。

そんな使徒に対し、八重樫が怒りと共に咆哮を上げた。

 

「っ、人間を舐めるなっ!」

 

スピードファイターの本領を遺憾無く発揮した八重樫の、しかも限界以上に昇華された速度は、流石の使徒も無関心を貫くことができないレベルだったらしく、八重樫に銀羽の豪雨を降らせアタランテに妨害されていた使徒は予備動作のない緩急自在の歩法と合わせて駆けた八重樫に、脇を一瞬で通り抜けられ驚愕したように目を見開いた。

そして、大剣を振り下ろす寸前の使徒も、突然迫ってきた気配に思わず振り返りかける。が、完全に振り返る暇を八重樫が与えるはずもなく、そのまま空中回し蹴りの要領で強烈な蹴りを放った。狙ったのは後頭部。振り返りかけた使徒は、衝撃で強制的に顔の向きを戻されながら、つんのめるようにティオさんの頭上を吹き飛んでいった。

反動で空中に滞空する八重樫に、もう一人の使徒が大剣を薙ぐ。八重樫が、“空力”で軽く跳躍してその斬撃をかわすと、空中で身を捻りながら使徒の頭上を越えざまに両足でその頭部を挟んだ。そして、そのまま体を更に捻りつつ仰け反るようにして一回転し、使徒を頭部から地面に叩きつけた。

八重樫流体術が一つ“廻月”。相手の頭部を両足で挟んで捻りながら投げを行う技だ。

奇怪で洗練された人の技に、咄嗟に対応しきれなかった使徒は首筋からグギリッと生々しい音を響かせて床に叩きつけられた。小さなクレーターを作りながら頭部を有り得ない角度で埋める。

そこへ、先程、八重樫に対し銀羽をばら撒いてアタランテに妨害されていた使徒から銀色の砲撃が放たれた。

八重樫が、当然回避しようとしたが、

 

「っ、しまっ!?」

 

それは出来なかった。

なぜなら、背後にティオさんと白崎を背負ってしまったから。いつの間にか、八重樫が逃げられないように射線を重ねられてしまったのである。

黒刀さえあれば、空間そのものを断裂させて銀の閃光を切り裂くことも出来たかもしれないだろう。

しかし、今の八重樫は素手。分解という凶悪な能力を宿した閃光を止める手段はなく、回避は仲間を見殺しにすることになる。

その逡巡は致命的だった。死の銀光が目の前に迫る。

その瞬間、

 

「“天絶”!」

「“聖絶”!」

 

二人の声音が響いた。同時に八重樫の眼前に光り輝く障壁が展開される。

一つは幾枚もの障壁を重ねた多重障壁──術者は自らの血で魔法陣を描き八重樫へ向かって必死に手を伸ばすリリアーナ。

もう一つは燦然と輝く強力な障壁──術者は、未だ倒れ伏したまま苦痛に表情を歪め脂汗を流しながらも、同じく血で魔法陣を描き辛うじて手を伸ばす谷口。

滅びをもたらす銀の閃光は、二人が決死の表情で展開した障壁に阻まれ僅かに進撃速度を緩めた。

しかし、放たれたのは魔法も物質も関係なく一切を分解する閃光だ。当然、二人の障壁も数秒と保たず霧散してしまった。

もっともそれは、数秒は時間を稼げたという意味である。そして、その数秒が死の閃光に晒された八重樫の命運を分けた。

 

「雫ちゃんっ、伏せて!」

「っ!」

 

八重樫は、その聞き慣れた声音に振り返ることも聞き返すこともなく反射的に従った。

直後、張り付くように床へ伏せた八重樫の頭上を同じく銀色の閃光が駆け抜けた。使徒が放った銀の閃光に正面からぶつかったそれは、間違いなく八重樫の親友が放った一撃。頭上で恐ろしい力同士がぶつかり合っているというのに、自然と八重樫の頬に笑みが溢れた。

 

「あなた達と同じだと思わないで!」

 

たった今復活した白崎の力強い言葉が銀の光が迸る空間に木霊する。同時に白崎から魔力が噴き上がった。昇華魔法による強化の証だ。その宣言通り、白崎の放つ銀の閃光はドクンッ!と脈打つと同時に一気に勢いを増した。

そして、そのまま使徒の閃光を呑み込んでいく。

 

「我等の肉体で、我等を超えますか……」

 

そんな呟きを漏らしたと同時に、形容し難い表情を浮かべた使徒の一人は、その身を塵より細かく霧散させて消滅した。

 

「どうにかなったのぅ」

「ありがとう、ティオ。直ぐにみんな、回復しっ」

 

魂魄魔法と再生魔法の併用で白崎を復活させたティオさんが、疲労を隠せない様子で額の汗を拭いながら呟く。

白崎は礼を言いつつ回復魔法を行使しようとする。南雲だけでなく、怪我を負っている全員を一度に治癒するつもりだ。

だが、それは、すぐ傍から跳ね上がってきた銀の大剣によって阻まれた。砲撃を放ち終わった白崎を狙って、先程、八重樫が技を極めた二人の使徒が動き出したのだ。

双大剣をもって二人の使徒からの斬撃を防ぐ白崎。弐之大剣を薙ごうとする使徒達を、一方はティオさんが竜の尾を腕に巻きつけて、もう一方は、八重樫が合気で地面へと軌道を逸らして防ぐ。白崎、ティオさん、八重樫の三人と使徒二人が膠着した状態で睨み合う。

そこへ、

 

「きゃあ!」

「あぐぅ!」

 

悲鳴が響いた。思わず、三人が視線を向ければリリアーナと鈴が魔物に組み伏せられているところだった。その背中には、先程のシオさん達と同様に鋭い爪が食い込んでいる。

それを助けようとしているのか、谷口のもとへは坂上が必死の形相で動こうとし、リリアーナのもとでは畑山教論や永山達がもがいていた。だが、それも蛇型の魔物によって締め上げられたり、蜘蛛型の魔物に糸を巻きつけられた挙句、何らかの液体を注入されて痙攣させられたりして叶わない。

更に、

 

「全く、手間を取らせおって。エヒト様の足元にも及ばんとはいえ、神たる私に敵うわけがなかろう?」

 

その声にハッとする八重樫達。自分達の戦闘に必死で意識が向いていなかったが、アルヴヘイトの足止めに向かったシオさんはどうなったのかと視線を巡らせる。

すると、そこには、アルヴヘイトに首を掴まれたまま力なく宙釣りになっているシオさんの姿があった。しかも、まるで幾千もの刃に刻まれたように全身から血を垂れ流し、意識は失っていないようだが、呻く声も弱々しい。

 

「「「シアっ」」」

 

白崎達が目を見開いて叫ぶ。

その一瞬、確実に白崎達の意識が削がれた。その隙を使徒達は逃さない。双大剣を操って白崎達を一纏めに吹き飛ばすと、瞬時に銀羽で作り出した魔法陣から盛大な雷撃を発生させた。

 

「っあ!!」

「ぐぅうう!」

「――ッ!」

 

三者三様の短い悲鳴を上げて痙攣する白崎達。それでも、白崎だけは分解の魔力でどうにかダメージを軽減し、直ぐに回復魔法を唱えようとした。

だが、

 

「聞いていなかったのか?私もまた神であると言っただろう。アルヴヘイトの名において命ずる――“何もするな”」

「――ッ」

 

そう、シオさんが負けた理由もまた、今、白崎達がやられたのと同じ“神言”によって動きを拘束されたからだった。もっとも、本人が言うように、その拘束力はエヒトに比べるとかなり見劣りするもののようだ。

実際、昇華魔法で強化した白崎達は直ぐに解除しようと足掻き出した。エヒトに掛けられたときとは異なって、直ぐに腕が動き始める。

しかし、致命的な隙を晒していることに変わりはなく、ここに使徒や魔獣がいる限り一時の拘束でも十二分だった。

地に伏せる白崎達に向かって再び雷撃が迸る。今度は、“何もするな”という命令通り、白崎も分解することが出来ずまともに食らった。声にならない悲鳴を上げて体から白煙を噴き上げる白崎、ティオさん、八重樫。

一時的な反攻の狼煙は、使徒一人を倒すという戦果はあったものの、あっさりと鎮圧されてしまった。

アルヴヘイトは、手に掲げたシオさんをゴミのように投げ捨てると、倒れ伏すシオさんの背を踏みつけながら周囲を睥睨する。

 

「ふむ、どうかね?イレギュラー以外の愚者共も、少しは絶望というものを味わってくれたかね?」

どうやら一思いに殺さなかったのは、シオさん達の心を折るためだったらしい。

アルヴヘイトは、エヒトの器となるべきユエに対して、エヒトが肉体を奪いやすいように心を開かせるか、次善策として動揺させるという役目を負っていた。それが不完全であったために、エヒトは再調整の手間をかけざるを得なくなった。それ故、敬愛する己の主から与えられた命めいを完遂できなかったばかりか、その手を煩わせてしまったことに精神を波打たせていたのだ。

つまり、シオさん達に対する反抗の許容と、その後の鎮圧は、彼女達に絶望を叩きつけて愉悦に浸ろうという、八つ当たりじみた発想から来ているのである。

アルヴヘイトは、己に楯突く不遜な輩共を更なる絶望へ叩き落とし、失意の内に果てさせるべく、嘲りをたっぷりと含んだ表情で口を開いた。

 

「だが、神に不遜を働いた罰としては、少々、軽すぎるというものだろう。故に、とても素敵なことを教えてやろうではないか」

シオさんの背を踏みにじり、苦悶の声を上げさせながら、アルヴヘイトはリリアーナの方を見た。

「エヒト様も仰られていたように、この世界は、もう間もなく終わる。【神域】より使徒の軍勢を召喚して、この世界の生き物を皆殺しにするのだ。最初の標的はハイリヒ王国。【神山】は【神域】へと通じる【神門】を作り易いのでな。わかるかね? リリアーナ姫。お前の祖国は、数日の内に国民全ての鮮血で赤く染まるのだよ」

「っ、何という恐ろしいことをっ」

「恐ろしいかね?むしろ栄誉だろう?信じて疑わない神が遣わした使徒達に、終わりをもたらして貰えるのだ。揃って首を差し出すべきではないのかね? くっくっくっ」

「狂っています!あなた方、神はみんな狂っている!」

 

リリアーナが魔物に組み伏せられながらも、悲痛さと怒りを滲ませた声音でアルヴヘイトを罵る。それを心地よさそうに受け止めるアルヴヘイトは、その視線を異世界からの来訪者達へと巡らせた。

 

「お前達の故郷は、エヒト様の新たな遊技場となる。光栄に思うがいい。エヒト様の駒として召喚され、その故郷も捧げることが出来るのだ。この場で果てるとしても、誉ほまれと共に逝けることだろう?」

「ふざけっ、ないでっ!」

 

エヒトの言っていた地球への進軍は本当のことらしい。魔法はないものの、遥かに危険な兵器の類も、国も、宗教も、人口も多い地球でエヒトが暗躍すれば、一体どれほどの犠牲が出るのか……

この世界が、歴史は長いにもかかわらず人口という面では地球に遠く及ばない理由が、エヒトに弄ばれていたからであることを考えれば、地球が辿るであろう悲惨な未来は想像もしたくない。

まして、そこには残して来た家族や友人など大切な人々もいるのだ。八重樫や坂上達が鬼の形相でアルヴヘイトを睨む。

だが、そんな射殺さんばかりの眼光は、むしろアルヴヘイトの優越感を更に湧き上がらせるだけのようだった。その表情が、ますます気持ちよさそうな恍惚としたものになっているのが、いい証拠だ。

 

「さて、魔人族の収容もそろそろ終わりそうだ。反抗心も絶望の眼差しも、今しばらく味わっていたいものだが……遊びもこれくらいにしておかなければな」

 

アルヴヘイトが吹き抜けとなった天井を見上げる。その視線の先では、渦巻く黄金の【神門】に、魔人族達が恍惚の表情で吸い込まれているところだった。

 

実を言うと、シオさん達が奮戦している間も、都中の魔人族が【神門】を目指して浮上していき、既にその大半が【神域】へと収容されていたのだ。どうやら、この世界で死滅するのは魔人族以外の全ての人――人間族と亜人族の全て、ということらしい。いったい、どのような理由で魔人族だけを【神域】に招いているのかは分からないが、その理由が碌でもないことだけは確かだろう。

アルヴヘイトは、シオさんを蹴り飛ばすと使徒の一人に目配せをした。コクリと頷いた使徒は、真っ直ぐとミュウとレミアのもとへ向かう。そして、レミアが表情を強ばらせてミュウを胸元に掻き抱くのも無視して、強引に取り上げてしまった。

 

「止めてっ!ミュウを返して下さ――ッあぐ!?」

「ママぁ!」

 

必死に抵抗するレミアを使徒の拳が打ち据える。小さな呻き声を漏らして壁際まで吹き飛んでしまうレミア。シオさん達と異なり、その身は一般人そのもの。使徒の放った衝撃に内臓を痛めたのか血反吐を吐いて蹲ったまま動けなくなった。

幼子の悲鳴が響く中、しかし、それでも動ける者は一人もいない。

使徒が連れて来たミュウを、なんらかの魔法によって空中に磔にしたアルヴヘイトは、未だピクリとも動かず、呻き声一つ上げないまま俯せに倒れている南雲のもとへ歩み寄った。

 

「イレギュラー。いつまでそうしている?エヒト様のご遊戯を色々と邪魔しただけでなく、私に恥までかかせた罪、その程度の絶望で贖えると思っているのかね?そんなわけがなかろう?さぁ、顔を上げるのだ。そして、お前を父と慕う娘の頭が弾け飛ぶ光景を目に焼き付けろ。飛び散った脳髄と血潮に濡れて、泣き叫べ!さぁ!」

「パパぁ!死なないで!起きてぇ!」

 

哄笑を上げるアルヴヘイトは、ミュウを南雲の眼前に移動させた。そして、その小さな後頭部に手を添える。それはさながら死神の鎌の如く。一度ひとたび、それが振るわれれば、僅かな抵抗もなく、ミュウの未来は凄惨な赤に沈み、暗闇の底へと放逐されることになるだろう。

だが、そんな死を突きつけられてなお、ミュウは、自分のことなど気にした様子もなく、大好きなパパの身を案じて叫ぶ。

遠くからシオさん達の必死の声が届く。南雲を呼ぶ声、ミュウを案じる声、アルヴヘイトを制止する声、やるなら自分をと自己犠牲を主張する声――誰もが必死に悲劇を回避しようと足掻く。

――奇妙な光景だった。

こんなとき、いつでも獣のようにギラついた瞳と、敵の喉笛を食い千切らんとしているかのような犬歯を剥き出しにして殺意を撒き散らすはずの南雲は、溺愛するミュウが今にも惨殺されようとしているにもかかわらず……静かだった。

押さえ込む使徒が全く手を抜く様子がないことから、南雲に意識があるのは確かだ。にもかかわらず、酷く恐ろしいほどに静かだった。

それほどまでに、ユエを奪われたことがショックだったのか、それで心が折れてしまったのか……

ユエが奪われた事がショック。そのショック故に動かない南雲を見て最初はそう思い、だからこそ自分達がどうにかしなければと奮戦したわけだが、このときになってようやく違和感を覚えた。

そうして、気が付く。いつの間にか、肌がぷつぷつと粟立っていることに。体中に走る痛みや、絶体絶命の状況に誤魔化されていたが、本能が鳴らす警鐘の対象が、実は敵にではなく、もっと別の何かに向いていることに。

 

「パパ?」

 

それはミュウも同じだったのか、どこか恐る恐るといった様子で南雲に呼び掛ける。

人質として使えるだけの価値があるはずのミュウを前にして、顔すら上げない南雲に痺れを切らしたアルヴヘイトが、使徒に目配せをした。

使徒は、何故か、南雲を拘束したときから全く崩さない険しさを感じさせる眼差しで南雲の後頭部を一瞥する。そして、驚いたことに、僅かに躊躇うような素振りを見せた後、意を決するといった雰囲気で慎重に髪を掴み……その顔を強制的に上げさせた。

 

「ッ――」

 

その瞬間、アルヴヘイトは自分でも自覚できないままに一歩、後退った。

それどころか、もう何千年もしたことのない初歩的なミス――魔法の制御を乱すという無様まで晒してしまった。結果、空中に磔にされていたミュウが南雲の眼前に落ちる。

慌ててミュウに魔法を掛け直そうと腕を向けたアルヴヘイトは、わけの分からぬ光景に目を見開くことになった。何故か、突き出した自分の手がカタカタと小刻みに震えているのだ。

アルヴヘイトの背後に控えていた魔物も、頭を垂れるようにしてジリジリと後退っていく。見る者が見れば、本来は赤黒く凶悪な眼光を放っている魔物の瞳が、小波のように揺れていることに気がついただろう。

――怯え。

魔物、それも神代魔法による強化を受けた怪物級の魔物には全く似つかわしくない、その感情。彼等の瞳に奔る波は、明らかに、それだった。アルヴヘイトの震えもまた、同じ。

その原因は一つ。

 

深淵だ。

 

目の前に広がる深淵が、根源的で本能的な恐怖を呼び起こしているのだ。

闇よりなお暗く、奈落よりもなお深い。神の身でありながら、そのまま呑み込まれ“無”となって消えてしまうのではと錯覚してしまいそうなほどの圧倒的な虚無をたたえる――瞳。

南雲の隻眼。

 

「ッ――こ、ころ――」

 

アルヴヘイトは、自分でも理解のしがたい衝動に駆られて、使徒に対し、ハジメを今すぐ殺すよう命令を下そうとした。死に体で、武器もなく、絶望して心が折れているはず、と思っていても、そうせずにはいられなかった。

ミュウを使って、ユエの開心を邪魔されたことへの意趣返しをする、だとか、手を下すなら自らの手で、だとか、神の矜持として後退ってしまったことへの否定、だとか、そんなことは一瞬脳裏を掠めただけで直ぐに思考の彼方へと飛んでいった。

とにかく、今すぐに、目の前の化け物(・・・)の息の根を止めてしまわなければならない! 

それだけがアルヴヘイトの混乱した頭の中で繰り返し、けたたましい警鐘と共にリピートしていた。

その命令に、南雲を押さえる使徒達は即行で従う。

魔力の一滴すら、それどころか殺意も憎悪も何も感じなかったにもかかわらず、ずっと嫌な予感でもしていたのだろうか。

一刻も早く始末してしまいたい。一瞬でも早く消し去ってしまいたい。

感情などあるはずがないのに、アルヴヘイトの呂律の回っていない不完全な命令を、餌のお預けを食らっていた忠犬の如く実行しようとしている彼女達の姿は、まるでそんな感情をあらわにしているかのようだった。

使徒達の手刀が、銀色の光を帯びる。分解能力を以て、眼前の満身創痍の男を完全に消滅させる!

が、その行動は少し、否、致命的に遅かったようだ。

アルヴヘイト達は、南雲に時間を与えすぎた。

今までの静かさが嘘のように、南雲から怖気を震うような鬼気が溢れ出す。全てを呑み込むが如く血のように赤い(・・)魔力がぬるりと広がっていった。それはさながら、地獄の釜の蓋が開いたかのよう。

そうして、遂に発せられた南雲の声音もまた、地獄の底から響いて来たと錯覚させられるもの。その意味も、ただひたすら煮詰めたような暗く重い……言うなれば、“呪言”だった。

 

「──何もかも、消えちまえ(全ての存在を否定する)

 

その瞬間、世界を否定する概念が解き放たれた。

 



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第7話 異世界のレベルが地球よりは確実に弱い件 -4-

 

「──何もかも、消えちまえ(全ての存在を否定する)

 

その瞬間、世界を否定する概念が解き放たれた。

その瞬間、南雲を組み伏せていた三人の使徒がボバッと音をさせて上下に両断された。そして、その直後には、更に左右、上下、左右と寸断されていき、数秒もかからずに木っ端微塵になってしまった。

刃などなく、あったとしても切断されたというよりは線状に霧散させられたというべき不可解な現象。誰もが絶句し、大きく目を見開いたまま動けずにいる中、轟ッと魔力が噴き上がった。

 

「流石に……此奴は、やべぇ……ッ!!!!」

 

南雲のこの状態には流石の俺も、俺以外が確実に殺される(・・・・・・・・・・・)のを幻視した。が、俺は半気絶状態……身体が弛緩して動かず上手く力を出せない。誰か俺を起こしてくれ。自分のしたいこと(神への問い)アタランテやクラスメイト達(大切なもの)をおざなりにしたくないんだ。今ならまだ間に合うはず。気絶から覚まさせるか、上に乗ってるものを除けてくれ。俺はそう心の中で思った。

 

 

燦嘹朱爀side out

 

────────────────────────

 

第三者side

 

 

その間に南雲ハジメを中心に逆巻く奔流、しかし、いつもの鮮やかな紅くれないとはかけ離れた、血色の如き毒々しい暗赤色。それもまた、尋常ならざる事態であることを、謁見の間にいる全ての者達へ、否応なく伝える。

そんな中、南雲ハジメが、ゆらりと立ち上がった。血の気の失せた幽鬼の如き青白い顔で、使徒よりも余程無機質な表情を晒しながら、ボタリ、ボタリと血を滴らせて……

すぐ傍にいたミュウが、局所的な嵐のような暗赤色の魔力流に対し、手で顔を庇いながら「きゃあっ」と小さく悲鳴を上げる。そのまま、後ろに吹き飛ばされるかと思われたが、直後、足元の床が霧散するように崩れ去りミュウを落とし込んだ。

 

「ふ、ふん、無駄なことを。アルヴヘイトの名において命ずる、“跪――ッ、ぁっ、ィギ、ぁぁあああああああっ!!」

 

アルヴヘイトが、どうにか精神を立て直し、“神言”をもって南雲ハジメを制しようとしたようだが、その命令が言い終わる前に、何の前触れもなく、アルヴヘイトの両腕が肩からすっぱりと切断されてしまった。

額を撃たれても、どういうわけか平然としており、四肢を撃ち抜かれても悲鳴一つ上げないどころか瞬時に回復していたアルヴヘイトが、激痛に表情を歪めながら絶叫を上げる。

その瞳には、苦痛だけでなく強い困惑の色が浮かんでいた。自分が、激痛を感じるようなダメージを負った理由が全く理解できなかったのだ。

切り取られたアルヴヘイトの両腕は、切断された勢いで空中をくるりくるりと舞う。そして、次の瞬間には、先の使徒達と同じようにボバッと音を立てて細切れとなり、そのまま塵も残さず消滅してしまった。

 

「な、なにがっ。なにが起きている!?いったい、これはっ」

「アルヴヘイト様。お下がりください。極細の糸……いえ、鎖のようなものが宙を舞っております。あれに触れると防御を無視して切断、消滅させられるようです」

「な、なんだとっ」

 

そんな冗談のように強力なアーティファクトを持っていたならエヒトが見逃すはずもなく、また、それを以てエヒトと戦えばよかったはずで……だとすれば、なぜ、そんなものが今になって出てくるのか。というアルヴヘイトの混乱は、かつてないほど深くなり、停止しかけている思考は体の硬直を招いた。二の句が継げず、まして指示、あるいは対応などできるはずもなく、ただ目を見開き、口をパクパクと動かすという、神にあるまじき無様を晒す。

使徒の一人がアルヴヘイトを安全圏に下がらせようと更に口を開く。

 

「イレギュラーは我々使徒が。これ以上、御身に傷がつく前に――」

「ひぃっ」

 

が、言い終わる前にアルヴヘイトの前で一センチ角に裁断されあっけなく消滅してしまった。【神域】で作られた自慢の“神の使徒”が瞬殺されるという異常な光景に、思わずアルヴヘイトから情けない悲鳴が上がる。

そうこうしている間にも、使徒が総出で南雲ハジメに飛びかかり、赤い血色の竜巻に紛れて宙を奔る極細の赤い鎖に切り裂かれ、あるいは絡みつかれて、そのまま分解でもされたかのように消滅していった。

赤い鎖がただの鎖であれば、アルヴヘイトに痛痒を与えたり、使徒達の分解能力すら凌駕して消滅させたりなど出来るはずがない。

そんな反則チートをもたらした原因は……明々白々。

概念魔法――“全ての存在を否定する”。

ユエのいなくなったこの世界の、ありとあらゆるものに存在する価値を認めない。存在することを許しはしない。何もかも、一切合切……

――消えてしまえ

ユエを奪われた南雲ハジメの、底無しの憤怒と憎悪、そしてそれらの感情が飽和して行き着いた圧倒的な虚無感。クリスタルキーを作り出したときの、帰郷への渇望から生まれた極限の意志とは真逆。されど、それは確かに感情の極致だった。

効果は文字通り、 “鎖に触れたものの存在を抹消する”という凶悪という言葉でも生温い能力。昇華魔法の“対象の情報に干渉する”力を元に、そこに“存在する”という対象の情報を“存在しない”と書き換える能力なのだ。

“覇潰”の魔力奔流に乗って南雲の周囲を旋回する鎖は、さながら生きとし生けるものへの“呪い”を具現化したかのよう。

恐怖を、畏怖を、絶望を振り払うかのように、雄叫びすら上げて飛びかかる使徒と魔物だったが、その気概も虚しく、一つの例外もなく、あっさりとその存在を抹消されていく。あの使徒が、為す術もなく雲散霧消していく光景の、なんと冗談じみたことか。

謁見の間に残った使徒が全滅するのに、そう長い時間はかからなかった。

また、生き残った魔物の何体かは、神代魔法による命令すら無視して、本能に従い逃げようとしたのだが……

赤い光を纏う鎖が蛇のようにうねりながら飛び出し、一瞬で肉薄すると、刹那の内に彼等の身を幾重にも寸断して消し去ってしまった。

たった一人。

残されたアルヴヘイトが、表情を盛大に引き攣らせながらジリジリと後退る。

アルヴヘイトが両肩の痛みに堪えながら、吹き抜けの天井からの脱出を試みる。その途中で、万が一に備えて盾とするために、倒れた状態で呆然としたまま南雲ハジメを見やるシアへ、魔力と視線を向けた。ミュウにしたように、宙に磔にして運ぶつもりなのだ。

しかし、

 

「……どこへ行く気だ?」

「っ……」

 

その目論見はヒュンヒュンと風を切る音と地を這うような声音に潰される。目を凝らせば、アルヴヘイトとシアの間に極細の鎖が鎌イタチの如く空を切り裂きながら行き交っているのがわかった。

アルヴヘイトは答えず、シアという盾を拾うことを諦めて、南雲に火炎弾による目くらましをしながら飛び立とうとした。

だがそれも、

 

「おのれっ!」

 

既に天井の吹き抜けには格子状に鎖が張り巡らされており、脱出を容易ならざるものとしていた。アルヴヘイトが、にわかに高まる焦燥の感情を紛らわせるかのように悪態を吐く。

そして、今度は畑山愛子達の方へ視線を巡らせた。やはり人質が必要だと思ったのだろう。

しかし、次の瞬間には、その間にもひゅるりと鎖が伸びた。アルヴヘイトが、思わず南雲ハジメに視線を向ければ、そこには、火炎弾の放たれた痕跡など何一つ無く、赤い竜巻の中央で幽鬼のように佇む南雲が、ジッと深淵の瞳を注いでいた。

ぞわりっと、アルヴヘイトの背筋に虫が這いずった。

 

「ふ、ふざけるなっ。神に楯突く愚か者が!貴様等の命など塵芥に等し――」

 

恐怖を誤魔化すためか、いきなり怒声を上げて空間を波打たせたアルヴヘイト。おそらく空間に直接作用する衝撃波でも放とうとしたのだろう。エヒトには及ばないとはいえ、眷属であるならば神代級の魔法の扱いなど容易いはずだ。

だが、混乱した頭では冷静な判断が出来なかったようだ。

アルヴヘイトは、気勢を上げる前に、床を爆砕してでもこの空間から逃げるべきだったのだ。あるいは、自分へのダメージ覚悟で殲滅級の魔法を全方位に放ち、その隙に空間転移でもするか、未だ魔王城の外にいる魔物の何体かを召喚して時間を稼ぐべきだった。

中途半端な神の矜持が、万に一つの生き残る道を閉ざしてしまった。

結果。

 

「あ? ――ッ!!?」

 

四肢を失うことになった。

今度は両足を消滅させられたのだ。達磨となって崩れ落ちるアルヴヘイトは、声にならない絶叫を上げる。体を中途半端に消滅させられると、再生魔法の類による痛覚の遮断などが出来ないようで、この数千年の間に忘れてしまった “痛み”に発狂しそうになる。

それでも、腐っても神というわけか。魔法で体を浮かせて死に物狂いで逃げようと試みた。

しかし、今更、そんなことを南雲が許すはずもなく、気が付けば、アルヴヘイトは赤い光を纏う鎖の檻に閉じ込められていた。逃げ道は既にどこにもない……

球体状の檻がその範囲を徐々に狭めていく。まるでジリジリと消滅させられる恐怖を煽るかのように。アルヴヘイトは、半ば恐慌をきたして、ニワトリのような引き攣った声音を発した。

 

「あ、あっ、ま、待てっ。待ってくれ!の、望みを言えっ。私がどんな望みでも叶えてやる!なんならエヒト様のもとへ取り立ててやってもいい!私が説得すれば、エヒト様も無下にはしないはずっ。世界だっ。世界だぞ!お前にも世界を好きに出来る権利が分け与えられるのだ!だからっ!」

 

謁見の間にいる全ての者達が、赤い竜巻を纏いながら虚無的な表情でゆらりゆらりと歩みを進める南雲ハジメと、必死に交渉という名の命乞いをするアルヴヘイトを呆然と眺める。

そんな中、おもむろに球体状の檻が回転を始めた。縦に伸びた無数の鎖が、そのまま横に移動しボールの指回しの如く回り始めたのだ。触れれば存在を否定され消滅するという能力を考えれば、特殊な掘削機と言えなくもない。

アルヴヘイトは神であるが故に、肉体的な痛みというものは、とうの昔に忘れてしまった感覚だった。故に、四肢を切り取られても発狂しなかった自分を褒めてやりたいくらいの絶望的な苦痛を感じていたのだ。

だからこそ、死滅の鎖で出来た掘削機が徐々に迫り来るという事態は、頭を掻き毟り、意味もなく絶叫を上げたくなるほどの途轍もない恐怖だった。自分を脅かす存在など地上にいるはずがないっ。そう、心の内で叫んでも、忘却の彼方にあった“死の気配”はヒタヒタと確実に這い寄ってくる。アルヴヘイトの精神は、既に崩壊寸前だった。

 

「止せっ、止せと言っているだろう!神の命令だぞ!言うことを聞けぇっ。いや、待て、わかった!ならば、お前の、いや、貴方様の下僕になります!ですからっ。あの吸血鬼を取り返すお手伝いもしますからっ。止めっ、止めてくれぇ!」

 

恐怖と絶望に濡れた絶叫が響く中、アルヴヘイトの身に触れる寸前で鎖の檻の回転が、不意に弱まり収縮が止まった。無様という言葉がぴたりと当てはまる有り様だったアルヴヘイトは、恐る恐る、閉じていた目を開ける。

 

「生きたいか?」

「え、あ?」

「生きたいかと聞いている」

 

南雲ハジメの質問に呆けていたアルヴヘイトだったが、その意味を理解したのか瞳に僅かな希望が浮かぶ。

 

「あ、ああ、生きたいっ。頼む!なんでもするっ」

「そうか……」

 

南雲ハジメは、コクリと頷いた。「生き延びた!」そう思って喜色を浮かべるアルヴヘイトに、南雲ハジメは全く変わっていない瞳(・・・・・・・・・・・・)を向けて口を開いた。

 

「じゃあ、死ね」

「え? ひっ、止めっ、ぎぃいいいいい、ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

わざとゆっくり収縮する鎖の檻が、アルヴヘイトを身の端から削り消していく。同時に、聞くに耐えない断末魔の悲鳴が謁見の間に響き渡った。

……数秒後、絶望と苦痛の果て、この世から一柱、亜神(・・)が消え去った。

南雲ハジメは、アルヴヘイトの末路を見届けると、その視線を吹き抜けから見える空へと向ける。そして、スッと目を細めると足元の床がたわむほど強く踏み締め、爆音を上げる魔力の波動と共に飛び出していった。

 

「ハジ、メさん!」

「ハジメくんっ」

 

シアの苦しげな声音と白崎香織の焦燥の滲んだ声音が響いた。

南雲ハジメは満身創痍という状態なのだ。ユエの細腕とはいえ腹に穴を開けられて、その上、神代級の魔法を何度もその身に受けたのだ。外傷だけでなく、内臓もまた無事な箇所の方が少ない。一刻も早く治療しなければ命に関わるのだ。

だが、南雲は一切を無視して虚無的な眼差しのまま、天に浮かぶ黄金の渦を目指して真っ直ぐに跳躍していく。

黄金のゲート――【神門】を通る魔人族は残り百数十人といったところ。本当に非戦闘員も【神域】に向かうようで、ほとんどは殿しんがりを務めていると思われる兵装の魔人族だが、よく見れば女や子共、老人といった一般人らしき者達も混じっている。

 

「な、なんだっ」

「あれは……」

 

彼等は、突然、魔王城から飛び出してきた赤い竜巻にギョッとしたような表情になった。殿の魔人族達が咄嗟に魔法を放つ。無詠唱に近い初級魔法による炎弾や氷槍、風刃だ。

だが、そんなものが今の南雲に効くはずもなく、鎖を振るうだけで全ての攻撃をあっさり消滅させてしまった。

 

「こ、この止まれっ」

 

数人の魔人族が立ちはだかるように前に出た。南雲ハジメはそのまま魔人族を意識した様子もなく直進し、結果、その進路上にいた魔人族数十人は刹那の内に、回避も出来ずに細切れになって四散することになった。

同胞が目の前で消滅するという特異な現象を目の当たりにした魔人族達が唖然とする中、彼等を置き去りにして、南雲は【神門】へと突撃する。

しかし、

 

「っ、ぁああああああああああっ!!」

 

【神門】は南雲を拒むように波打つだけで【神域】への道を開かない。どれだけ雄叫びを上げようとも、どれだけ魔力を吹き荒そうとも、何度拳と鎖を振るおうとも、南雲ハジメを通すことはなかった。

存在否定の鎖を収束させて、ランスチャージのように体当たりを敢行するも、逆に【神門】そのものが霧散してしまって意味を成さない。

おそらく、限定された者だけが通れるように調整してあるのだろう。

 

「馬鹿めっ!選ばれし民である我ら魔人族以外が、【神域】に迎えられるわけがないだろう!」

「大人しく神罰を受けろ! 異教徒めっ」

 

魔人族達が南雲目掛けて、十分に詠唱した威力の高い魔法を放つ。

しかし、南雲は、そんなこと気にもならない様子で特攻を繰り返した。碌に防御すらしていないので、南雲ハジメの背中はみるみると傷ついていく。

 

「ここを通せェエエえええっ!!!」

 

ひたすらに絶叫を上げながら、狂ったように体当たりを続ける南雲に、魔人族達が幾分気圧されたような表情になる。だが、それも、直後の出来事によって憤怒へと変わった。

なんと、【神門】が縮小し始めたのだ。

 

「おのれ、貴様のせいで門がっ」

「い、急げっ。閉じる前に飛び込むんだ!」

 

魔人族達が焦ったように【神門】へ殺到する。同時に、邪魔な南雲ハジメを排除しようと怒りを湛えた表情で魔法を放った。

特大の火炎が、南雲の背を焼く。それでも南雲は、気にした様子もなく【神門】を破ろうと死に物狂いで突貫を繰り返す。

だが、結局突破することは叶わず、南雲ハジメの目の前で黄金の渦は小さくなっていき、やがて、フッと消えてしまった。

 

「……」

 

無言無表情の南雲は空中でだらんと腕を下げたまま俯いてしまった。その瞳は、やはり虚無的だ。

そこへ、魔人族が絶望と憤怒の表情を浮かべて南雲に襲いかかった。罵詈雑言と共に無数の上級魔法が南雲ハジメを襲うが、南雲ハジメはなんの反応もしない。当然、魔法の直撃を受けた南雲は大きく吹き飛ばされた。

白煙を上げて落下していく南雲。着地姿勢を取ろうという意思も見えない。

 

「ハジメくんっ!」

 

そこへ銀翼をはためかせた白崎香織が、南雲ハジメの名を呼びながら飛んで来た。そして、南雲ハジメを空中でキャッチすると、涙ぐみながら、急いで謁見の間へと降りていく。

怒りのまま南雲ハジメを追撃してきた魔人族達白崎香織の姿を見た途端、希望を見つけたような表情で同じく謁見の間に降りて来た。

 

「ハジメくん、しっかりしてっ。早く魔力を抑えてっ」

「……」

 

白崎香織の焦燥の滲む言葉が響くも、南雲ハジメは“覇潰”を解除しない。ただでさえ、概念魔法の発動で莫大な魔力を消費しているのだ。その上で、限界以上の力の行使を続ければ……枯渇寸前の魔力のせいで体がどんどん衰弱していくのは自明の理だ。

俯いたままの南雲ハジメを見て、己の言葉が届いていないと察した白崎香織が歯噛みする。

と、そんな白崎香織へ、不意に声がかけられた。

 

「使徒様!あぁ、よかった。一時はどうなることかと」

「なんだ?人間に亜人がいる?……まぁ、いい。さぁ、使徒様、こいつらを皆殺しにして、早く我等が神のもとへ向かいましょう」

 

南雲ハジメが【神門】へ特攻している間に、万が一に備えて、白崎香織からある程度の回復魔法を掛けられていたシア達が、南雲ハジメのもとへ駆けつけようとして、魔人族達の不穏な発言にサッと身構えた。

が、その必要はなかったようだ。

次の瞬間には、口を開いた魔人族達が四分割され、そのまま消滅した。更に、謁見の間に降り立った兵士風の装いをした魔人族二十人が、極細の鎖によって断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、まるで最初から存在しなかったかのように消滅していく。

俯いたままだった南雲が、ゆらりと顔を上げる。その視線が、謁見の間に降り立った直後の惨劇に硬直している魔人族達に向けられた。

そして、南雲ハジメの虚無の眼差しに晒されて、思わず短い悲鳴を上げながら退避しようとした魔人族達が――やはり、問答無用に、冗談のように、細切れにされて消え去った。

南雲の血色の魔力と鎖が、残り七十人程となった女子供、老人を含む魔人族達を、アイアンメイデンの如き檻に閉じ込める。

そして、

――死ね

その一言は呟きにも等しい小さなもの。だが、魔人族達は確かにその声を、呪言を、聞き取った。

 

「し、使徒様!どうかお助けをっ」

 

質のいい衣服を纏い、それなりの地位にあることを伺わせる魔人族の老人が、おそらく夫婦なのだろう、上品な装いの老女を背に庇いながら、白崎香織へ必死の声音で助けを求める。

 

白崎香織が、戸惑ったように南雲ハジメに視線を向けようとした、その直後、

 

「いやぁあああああっ!!」

 

女性の悲鳴が上がった。ハッとしたように、白崎香織達が視線を向ければ、白崎香織に助けを求めた老人の魔人族が首を綺麗に寸断されていた。くるくると宙を舞うものは、言わずもがな。それもまた、地に落ちる前に細切れとなって消えてしまう。

 

「ハ、ハジメくん!?」

 

白崎香織が驚愕と動揺を綯交ぜにした声音で制止するが、その間に、悲鳴を上げていた老女の悲鳴が消えた。その存在とともに。

更に、隣にいた妙齢の女が、怯えた表情の少年が、反撃しようとした青年が、まるで見せつけるかのように一人、また一人と細切れになって消えていく。魔人族達の阿鼻叫喚が響き渡った。

明らかに非戦闘員と分かる魔人族すら、皆殺しにするつもりである南雲に、その場の誰もが目を見開いて動けない。

 

「こ、降伏する!だから、もう止めてくれっ。せめて子供だけはっ」

 

父親と思われる男が子供を背中に庇いながら降伏宣言をした。

謁見の間には既に三十人程の魔人族しか残っていない。その全員が、男の宣言に合わせて両膝を付き両手を頭の後ろに組んだ。

残っている者はみな、兵士には見えない。子供を含んだ一般人のようだ。狂信の気はあっても、子供の命が掛かっているとなれば無駄な特攻も出来ないのだろう。あるいは、単に南雲ハジメの虚無に対する恐怖が狂信を吹き飛ばしたのかもしれない。

そうして、全員が跪いた直後、降伏宣言した男の近くにいた初老の男が、見せつけるかのように、縦に割断され霧散した。

 

「!?な、なぜ……」

 

誰かの疑問の声が上がる。更に、その隣の女――割断された男のいた場所を呆然と見やる妻らしき女が縦に割れた。

降伏宣言などで、南雲ハジメは止まらなかった。

当然だった。南雲ハジメが現在発現している感情の極致――それは“全ての存在を否定する”なのだ。

今の南雲ハジメにとって、少なくとも本人が意識するところでは、この世界のものは全て等しく価値がない。捕虜にする意味どころか、その存在そのものが無価値であり、むしろ、いるだけで目障りなのだ。

余りに容赦のない、されど一切の感情がないように見える南雲ハジメの姿に、その有り様に、魔人族達が震え上がって、絶望を表情に浮かべたままへたり込む。

南雲の視線が、先程降伏宣言した男の隣、震える子供に向けられた。それに気がついた男が咄嗟に少年を腕の中に庇う。

シアが、白崎香織が、八重樫雫が、ティオが、畑山愛子が、リリアーナが、咄嗟に南雲ハジメを止めようとした。

が、その誰よりも早く、動いていた者がいた。

その者は己の身丈より大きく、その大きさ以上の重さを発揮する岩盤を片手で持ち上げていた。

その岩盤を南雲ハジメに投げつけるも、赤い鎖に消された。

 

「……どけ」

 

南雲ハジメは目の前に立ち塞がる者にシンプルな言葉を告げる。

しかし、反論をした。

 

「いいや、退かねぇ。魔性に堕ちし者を討つのは英雄の役割だ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。」

 

咫藍弖澟は、唐突に人間でありながらサーヴァント・天草四郎時貞並の領域に至った南雲ハジメに驚愕してフリーズしていたため、子が殺されたことを認識できなかった。

気付き、子殺しに怒りを抱くも、忘れることの出来ない台詞を聞いて怒りを収めた。

南雲ハジメに立ち塞がったのは、先程まで計数千トンの重さの岩盤に胴体を塞がれていた燦嘹朱爀だった。

南雲が【神門】に言っている間、南雲ハジメの暴走中ずっと空気だった朱爀の存在に気付いた遠藤浩介(えんどうこうすけ)が持ち前の影の薄さを活かして南雲ハジメやノイントらに気付かれることなく朱爀のもとにたどり着き、手に持つ全ての回復薬で半気絶状態から復活させたのだ。

岩盤を軽々と持ち上げた所に南雲ハジメが無抵抗な存在を手にかけようとしていたため割り込んだのだ。

 

「テメェはこんな事をして最後のチャンスを棒に振る気か、南雲?」

 

燦嘹朱爀がそう南雲ハジメに尋ねると同時にエヒト(ユエ)の頬を掠った槍が緑閃を迸らせながら遠くより飛来し、柄が燦嘹朱爀の左の義手に収まり、それを1度回して右手に添える。

 

「…………邪魔をするなら─────死ね」

 

南雲ハジメは止まることなく、存在否定の鎖を燦嘹朱爀に放った。

残った魔人族達は無論、南雲ヒロインズやクラスメイト達も燦嘹朱爀が消え去ると確信した。

だが…………

 

「遅せぇよッ!!!!」

 

鎖を認識しているのか、走りながら槍を高速回転させ、鎖を切り刻む。

まぁ、最速を宿すものからしてみたら、鎖が遅く感じる(・・・・・)のだ。しかし、鎖は大量にあり、南雲ハジメと燦嘹朱爀の間は30mも開いた。

南雲ハジメはトドメと言わんばかりに燦嘹朱爀の全方位から同時に存在否定の鎖を放った。

直後、南雲ハジメは脳震盪を起こした。

何が起きたか分からず目を下にやると、南雲ハジメの顎があった位置に槍の石突があり、立っていたら左斜め前の位置に燦嘹朱爀がいた。

知覚できなかったのだ。どうやってかあの鎖の包囲網を突破して知覚範囲外の速度で接近、石突でアッパーしたのだ。

それだけでなく、宙に浮いた状態の南雲ハジメの腹に一回転して威力を付けた膝蹴りを上から受けて、南雲ハジメは背中を地面にぶつけた。其の威力は半径70mのクレーターを作った程だ。

 

「ガパァッ!?グゾオォォォォォッ!!!!!!!!」

 

内蔵の損傷が激しくとも止まらずに立ち上がろうとする。しかし、とある小さな声が止めた。

 

「パパっ、ダメなの! いつものパパに戻って!」

 

ミュウだった。

いつの間にか、立ち尽くす燦嘹朱爀と倒れて尚立ち上がり死の暴力を広げようとする南雲ハジメの間に割って入っていたのだ。そして、両手を広げて立ちはだかり、目の端に涙を浮かべながらも真っ直ぐな眼差しで南雲ハジメを見つめている。

 

「……どけ」

 

憎悪怨恨はあれど燦嘹朱爀に対しての怒りから冷静さ御取り戻したのか、感情を感じさせない声音がミュウを打つ。

ミュウは、ビクリと体を震えさせる。今まで一度も向けられたことのない南雲ハジメの冷たい声。そして、表情。ショックで、そのままへたり込みそうになる。

だが、ダメなのだ。大好きなパパの娘として、ここは引けないのだ。こんな悲しいパパ(・・・・・)を放っておくことなど、絶対に出来ないのだ!

故にミュウは、その瞳をキッと釣り上げ、口元に笑みを浮かべた。ミュウ本人は、強敵を前にした南雲ハジメのギラギラした眼と不敵な笑みを浮かべる口元を真似たつもりなのだが、涙目の目元と、半端に釣り上がって歪んだ口元では不格好なだけだった。

それでも、それがいったい誰を真似た表情なのか、ミュウの行動に機先を制され硬直していたシア達にはよくわかった。絶体絶命を前にしても不倒不屈を示す表情。今の、ミュウの表情を笑える者など誰もいない。むしろ、その気迫に息を呑むほどだ。

 

「どかないの!い、今のパパなら、ミ、ミュウは絶対に負けないの!だって、だって」

「……」

 

必死に言葉を紡ぐミュウ。庇われている魔人族達も、まるで物語に出てくる勇者の如く、恐るべき化け物に挑む小さな女の子に固唾を飲んでいる。

 

「ミュウのパパは、こんなに格好悪くないの!もっともっと格好良いの!そんな眼はしないの!もっと強い眼なの!」

 

ミュウは、怖かった。南雲ハジメのことが、ではない。このまま、あんな空っぽの瞳をしたまま暴れ続ければ、南雲ハジメがどこか取り返しのつかない遠くへ行ってしまうような気がして。もう二度と、大好きなパパは帰って来ない気がして。

もちろん、単純に、無抵抗の魔人族が殺されていく光景が堪え難かったというのもある。だが、やはり一番は、そういうことなのだ。

アルヴヘイトですら直視を忌避した南雲ハジメの虚無的な瞳を、真っ直ぐ正面から睨み返すミュウ。今の今までピクリとも反応しなかった南雲ハジメの表情が、僅かにしかめられた。

 

「……三度目はない。ど――」

 

それでも、何もかも消し去ってしまいたいという極限の感情が、ミュウに冷たい言葉を放つ。

しかし、今回は、最後まで言い切ることが出来なかった。

 

「ハジメくん。ちょっと、歯を食いしばってね」

「――ッ」

 

ドゴッ!

 

という衝撃音と共に、南雲ハジメの顔面が殴打されたからだ。凄まじい威力に体が宙に浮き、ついで床に叩きつけられる。

そんなハジメに、(ビンタ)を突き出していたのは、傍らに来ていた白崎香織だった。使徒の膂力をもって全力のストレートを放ったのだ。南雲ハジメでなければ頭部が弾け飛んでいるところである。

見事に顎を捉えられた衝撃に、異常に蓄積したダメージと、とうの昔に超えた限界、そして現在進行形で衰弱していっている肉体が合わさって、さしもの南雲ハジメも直ぐに起き上がることが出来なかった。

そんな南雲ハジメに、香織が怒りを湛えた表情で口を開いた。

 

「いい加減、目を覚ましてよ、ハジメくん。いつまでそんな無様を晒している気なの?」

「っ……」

「ミュウちゃんに──自分の娘に八つ当たりだなんて、最低に格好悪いよ。今のハジメくんを見たら、ユエはなんて言うかな?あぁ、でも、ユエを諦めたハジメくんには関係ないかな」

 

白崎香織の矢のような言葉に、虚無を湛えた南雲ハジメの眼が見開かれた。その眼は、ユエを諦めたという言葉に対する漠然とした反抗の光が宿っていた。

そんな南雲ハジメの内心を正確に読み取った白崎香織は、更に言葉を紡ぐ。

 

「“何もかも消えちまえ”だっけ?聞こえていたよ。ユエのいない世界なんて、なんの価値もないと思ったのかな?それって、もう二度とユエとは会えないことが前提だよね?燦嘹君の言う最後のチャンスを棒に振るってことだよね?ユエを取り返すことを諦めちゃったってことだよね?」

「……」

 

南雲ハジメの周囲で吹き荒れる赤い竜巻が少しずつ勢いを減じていく。正気を取り戻していくように瞳に光が戻り始めると同時に、血色の魔力も、徐々に鮮やかさを取り戻していく。

 

「私は、ユエを助けるよ。必ず、絶対に取り戻す。……ハジメくんは、どうするの?戦えない人を一人一人処刑するなんて、そんな無駄な時間を過ごしていていいの?本当に諦めたの?諦められるの?」

「……そんなわけないだろう」

 

白崎香織が放った言葉の矢は、確かに南雲ハジメの濁った精神に突き刺さり、浄化するように波紋を広げた。飽和して、暴走状態となっていた感情が理性を取り戻していく。

と、そこへ、シアが歩み寄ってきた。無言で南雲ハジメの傍らに佇むと、おもむろに拳骨を落とす。ゴンッ! と痛そうな音を響かせて南雲ハジメの頭部が揺れる。

 

「私達になら格好悪いところくらい、いくらでも見せてくれていいんですけどね……ミュウちゃんの前でだけは、格好いいパパじゃないとダメですよ。まして、あんなに悲しませて。お仕置きが必要です!」

「……シア」

「全く、ユエさんへの愛が重すぎですよ。一時的に奪われたくらいで、パニックを起こすなんて、精進が足りません!」

「……」

 

ふんすっ!と鼻息を荒くして憤りをあらわにするシア。彼女もまた、南雲ハジメの発現した概念の内容には、いたく不満気な様子だった。ユエがいなければ、シア達にすら価値はないと言われたようなものなのだ。

もちろん、現在、こうしてシア達が無傷であることが、南雲ハジメの内面を何より如実に示しているので、不満は感じてもショックを覚えたりはしないが。

 

「取り敢えず、妾からも仕置じゃ」

「これは私からね」

「っ……ティオ、八重樫」

 

更に、南雲ハジメの頭部に衝撃。ティオによる尻尾の一撃と、八重樫雫の拳骨だった。ティオと八重樫雫は、頭を押さえる南雲ハジメに苦笑いを浮かべる。

 

「とは言え、ご主人様とて我を失うことはあろう。どうやら正気に戻ったようじゃし、このくらいでよいじゃろ。無意識的にか、意識的にかは分からんが、概念を生み出すほど激しい感情に捕われながら、結局、妾達は元より、一番近くにいたミュウに対しても傷一つ付けておらんからな」

「結果的には敵だけ倒してもらって、また救われちゃった形だしね」

 

そう、南雲ハジメは、憎悪と憤怒、ユエが去ったことによる虚無感によって理性を飛ばしたものの、存在を抹消する攻撃に巻き込まないよう、一番にミュウを避難させている。

その後も、使徒や魔獣達との戦闘で鎖を縦横無尽に振るいながら、味方には一切当てなかったし、アルヴヘイトがシア達を人質に取ろうとしたときも確実に防いでいた。

既に、南雲ハジメの魔力はいつもの鮮やかな紅に戻り、その瞳には理性の光が輝いている。そして、暴走したことに対して、物凄くばつが悪そうな表情になっていた。

そんな倒れ込む南雲ハジメの前に白崎香織が座り込む。そして、両手で南雲ハジメの頬を挟んで顔を向けさせると、先程までとは打って変わって酷く優しい表情で語りかけた。

 

「まだ、何も終わってないよ。そうでしょう?」

「……ああ。その通りだ」

「ハジメくんは、一人じゃない。私達がいるし、何よりユエだっている。たとえ、体は離れてしまっても、心は寄り添ってる。きっと、今だって戦ってるよ。ハジメくんの元へ戻るために。だって、ユエだもん。あんな奴に、負けたりしないよ」

「……そうだな。その通りだ。すまん、みんな」

 

優しく包み込むような白崎香織の雰囲気に、南雲ハジメは一気に気が抜けて体から力を抜いた。魔力は霧散し、概念魔法が込められていた鎖は、材質が唯の建築素材の石だったことから負荷に耐えられずボロボロと崩壊していった。

【存在否定】の鎖の塵が拡散して、白崎香織達を傷つけないよう意識しながら、苦い表情で暴走したことへの謝罪をする南雲ハジメに、白崎香織もシアもティオも八重樫雫も、そして、少し離れた場所で事の成り行きを見ていた畑山愛子達も俺や正気に戻ったアタランテも、いつもの南雲ハジメに戻ったと確信して安堵と喜びに頬を緩めた。

そこへ、小さな人影がステテテテーと走り寄って来た。そして、そのまま南雲ハジメの胸元へダイブする。

 

「パパぁーーー!!」

「ミュ――ゲフッ!?」

 

正気に戻ったパパへの喜びのロケットダイブ。それは見事に、南雲ハジメの腹部へと直撃した。そう、風穴が空いており、辛うじて筋肉で絞めていただけの傷口に。そして、小さいとはいえ、十五キロはある塊の助走付き体当たりは、ボロボロの内臓に止めの一撃をプレゼントした。

 

「あ、ダメだ……」

 

ただでさえ限界だった体が、「いい加減にしろや!」と抗議するように意識を強制的にシャットダウンする。“覇潰”を解いた影響で、衰弱しきった体に更なる反動が襲い掛かり、強烈な倦怠感と激痛が南雲ハジメを苛んだ。

どうやら、本日最大のお仕置きはミュウによるものだったらしい。今のパパになら負けない!という宣言は真実だったようだ。

 

「んにゅ?パパ? パパぁーー!!目をあけるの!寝たら死ぬの!」

 

目を回してそのまま倒れ込む南雲ハジメの上に馬乗りになり、往復ビンタをベチンッベチンッと決めて無自覚に追撃を掛けるミュウ。南雲ハジメのライフは既にマイナスだった。

 

「って見てる場合じゃないよ!ハジメくんが重傷なの忘れてたぁ!」

「ひぃいいい!ハジメさんが息をしてません!鼓動も弱くなって……あ、止まった?」

「香織ぃ!急いでぇ!超急いでぇ!早く再生魔法を!」

「こ、これはまずいのじゃ。ご主人様の命が風前の灯火じゃ!仕方あるまい。ここは妾が“まうすとぅまうす”で呼吸の確保を……」

「いえ、それなら私がやります。された経験ありますし」

「ちょっと待って。シア、ティオ。それは応急手当を正式に習ったことのある、わ、私がした方が、い、いいんじゃないかしら?」

「みんなうるさい!集中できないでしょ!キスしたいなら治してから寝込みを襲って!」

「「「はい……」」」

 

謁見の間に緊迫しているのかどうかイマイチよく分からない雰囲気が流れた。

 

「結局、私達はどうすれば……」

 

そんな中、生き残った魔人族達の困惑したような声音が虚しく響くのだった。

 



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第8話 異世界のレベルが地球よりは確実に弱い件 -5-

 

南雲ハジメside

 

 

暗い水底にたゆたうような感覚が、徐々に鮮明になっていく。閉じた目蓋の裏側に淡い光が見え始め、静寂に浸っていた耳はノイズを捉え始めた。

 

「――パ――しな――パ」

「ハジ――っ」

「目を――、ハジメ――」

 

なにやら必死さを感じる複数の声音に、自然と、俺の意識が震え出す。凄まじい倦怠感に、「あと五年」と、定番のセリフを最大拡張して言いたくなった俺だが、その衝動をなんとか呑み込み意識を覚醒させていく。

同時に、体を包み込んでいた温かさがスルリと体の芯にまで浸透していき、倦怠感を払拭しながらエンジンに燃料を投下したが如く活力を生み出した。

それにより、急速に浮上していく意識を感じながら、俺はそっと目を開いた。

途端、その視界にルーレット板の如く円状に幾つもの顔が映り込んだ。世の男が同じ経験をすれば、「ああ、俺死んだんだ。ここは天国なんだ……」と呟かずにはいられないだろう美女、美少女、美幼女が揃い踏みだ。

 

「パパ!」

「ハジメさん!」

「ハジメくん!」

「ご主人様!」

「南雲くん!」

 

それぞれ呼び方で安堵の吐息と共に俺の名を呼ぶミュウ、シア、香織、ティオ、雫。彼女達の目の端には例外なく光るものが溜まっている。余程、心配したのだろう。

 

「……ぁあ。心配かけたな。俺のダメージは……香織だな。ありがとう」

「ううん。そんなのいいよ。本当に良かった。一時は心臓まで止まっちゃって……ぐすっ、本当に、本当に良かった……」

「し、心臓止まったのか。……そりゃ益々、感謝だな」

「全くです。香織さんでなければ、どうなっていたか……本当に、無茶し過ぎです!」

 

感極まって泣き始める香織の言葉と様子から、相当やばかったのだろうということを察して、頬を引き攣らせながら感謝を述べるハジメに、シアがぷりぷりと怒りながらもギュッとその隻腕を握り締めた。

 

「……ホント悪かったよ。もう暴走したりしねぇから」

「パパ、もう大丈夫?」

「ああ。……ミュウもごめんな。格好悪いところを見せた。それに、ありがとな。パパを止めてくれて。もう、パパよりミュウの方がずっと強いな」

「えへへ。パパの娘なの~、だからと~ぜんなの~」

 

ミュウがにへら~と笑みを浮かべながらハジメの胸元に顔をぐりぐりと押し付ける。褒められたことが誇らしくも照れくさいようだ。ハジメは、シアから解放してもらった右手で、優しくミュウの頭を撫で撫でする。

 

「まぁ、なんにせよ。ご主人様が無事でなによりじゃな。“まうすとぅまうす”が出来なんだのは口惜しいが……」

「お前、俺が生死の境を彷徨っている間になにしようとしてくれてんだ……」

「……」

「おい、八重樫。何故、気まずそうな表情をして目を逸らす」

「べ、別に、私はキスしたかったわけじゃ、な、ないわよ?」

 

動揺しまくりの雫。既にキスと言ってしまっている辺り、人工呼吸という建前すら掲げられていないのだが、本人は気がついていないようだ。「大和撫子はどこにいった?」と、俺は、思わずツッコミを入れたくなった。

見れば、先程までの心配顔はどこにいったのか、シアと香織も視線を明後日の方向へ向けている。

どうやら未遂に終わったようではあるが、俺の寝込みを襲いたい気持ちは皆にあったらしい。回復直後に目覚めたことと、魔人族達が未だに困惑しながら跪いていることから、俺が気を失ってから、それほど時間が経っていないのが幸いだった。

もっとも、総じて、どこか冗談じみた、わざとらしい雰囲気が滲んでいることに、俺は気がついていた。本来なら、ここにもう一人、誰もが無視できない存在感を放つ大切な仲間がいるはずだったのだ。

彼女がいない――その事実に傷を負ったのは俺だけではない。それでも、シア達はシア達なりに、俺を気遣い、己の心が寂しさに折れぬように、そうやって道化じみた雰囲気で支えあっているのである。

 

(本当に、我ながら情けねぇ。ユエにつなぎ止められて、こいつらが支えてくれている“俺”を、自分で捨てちまうところだった……)

 

俺だけではない。ユエとて、先の【氷雪洞窟】ではシアに叩き直された。きっと、シアだけでなく、香織達にだって支えられ、救われていたのだ。

奈落の底から、たった二人で、世界を敵に回す覚悟をして始まった旅。いつの間にか、化け物じみた自分達を守ろうとしてくれる者達が、これほどまでに集っていた。

そんな今更なことを、ここに来て改めて強く実感した俺は、苦い敗北の記憶を頼もしい仲間の笑みで塗り替えて、そっと誓いを立てる。天を仰ぎ、その先にいる最愛を想って。

そんな、切なさと決意が綯交ぜになった、形容しがたい表情を見せる俺に、シア達が咄嗟に声を掛けようとして……

しかし、やはり成長著しい幼女が並み居る女性陣の機先をあっさりと制した。

 

「パパ、大丈夫なの」

「ん?ミュウ?」

 

いきなりの言葉に、首を傾げる俺に対し、ミュウは、ほんの少し“お姉さん”っぽい笑みを見せる。何となく既視感を覚えるその笑みは、そう

 

(もしかして、ユエの真似、か?)

 

先程、俺を止めるため危険地帯へと踏み込んだときは、俺の真似をして勇気を振り絞った。短くも濃密な時間の中で、ミュウが得た力の一つだ。そして、ミュウが得たものは、何も俺から与えられたものだけではない。

常に俺の傍に寄り添い、俺の心を繋いできたユエからも、本人達の知らないうちに、ミュウはいろいろなものを吸収していたらしい。俺を励ますなら、“ユエおねえちゃん”みたいにすればいい!と思ったようだ。

何とも、健気な娘の励ましに、俺も思わず表情をゆるりと綻ばす。

どうやら、俺はまだ、ミュウを侮っていたようだ。俺達を見てきたミュウの辞書に、妥協とか半端という言葉はなかったらしい。やるからには徹底的に!と言わんばかりに、真っ直ぐな眼差しを向けながら、その小さなモミジのような手を、むにっと俺の頬に添えた。

そして……

 

「ユエおねえちゃんの代わりに、ミュウがパパを元気にするの!」

「いや、ミュウ、なにをぉおう!?」

 

寝たままの状態なので下がれず、手はミュウの背中に添えられているので押さえることも出来ず、止めきれなかった俺の唇――の端に(辛うじて顔を逸らせた)、ミュウの唇がむちゅううう!と当てられた。子供っぽい、タコさん唇にしたキスだが、キスはキスだ。

 

「「「あぁ~~~!!」」」

「ふむ、妾達どころか、ご主人様の意表まで突くとは……ミュウ、恐ろしい子じゃ!」

 

シア、香織、雫の悲鳴が上がり、ティオのずれた称賛が響き渡る。シア達に密着状態で囲まれていたため俺には見えていなかったのだが、愛子達もシア達の直ぐ後ろ側で人垣を作っていたらしく、そこからも悲鳴が上がった。誰が悲鳴を上げたのかは言わずもがなだ。

どうにか咄嗟の回避により、幼子の、それも娘のファーストキスの相手になるというアブノーマルな事態だけは免れたものの、周囲の者達にとっては余り関係なかったらしい。

傍から見れば、幼子に押し倒されて思いっきりキスされているハジメの図なのだ。

無理もない。恐るべきは、ミュウが真似たユエの再現率か。それともミュウが真似るほど普段から俺を押し倒している吸血姫のエロさか…

と、そのとき、阿鼻叫喚の様相を呈する広間に、状況も場も読まないような、のほほんとした声が響いた。

 

「あらあら、まぁまぁ。私の娘ながら大胆だわ。でもね、ミュウ。ミュウは娘なんだから、唇を狙うのはいけないわ。旦那様の唇はママのものなのよ?」

「誰が“旦那様”で、なにが“ママのもの”ですかっ!どさくさに紛れて夫婦しないで下さい!」

 

いつの間にかシアの隣に体をねじ込んだレミアが、そんなことをのたまい、シアが盛大にツッコミをいれた。

慌てた香織に引き離されたミュウが、不満気に唇を尖らせる。「や~!パパとチュウするの!お口にするの!」と俺の上で駄々を捏ねる。

少し離れた場所で集まっているクラスメイト達から「あんな小さい子まで毒牙に……色魔王」とか「……ロリコン」とか「父娘で、なんて……アブノーマルすぎるっ」とか「南雲さん、マジぱねぇっす」とか聞こえるが、俺は何も聞こえないことにした。魔人族まで、どこか戦慄したような表情を浮かべているが、気にしないと言ったら気にしないのだ。

俺は気を取り直すと真面目な表情を作りながら上半身を起こした。そして、レミアに視線で、何だか精神的にハイブリット化しているミュウの確保を伝える。

ミュウには後ほど、教育が必要だろう。このままでは、不敵に笑いながら戦いに挑み、普段は天真爛漫で、優しさや気遣いを忘れないが、ふとしたときに艶を振りまく、という色んな意味でハイスペックな女の子に成長してしまう。残りの一人、稀代の変態性だけは、絶対に習得しないで欲しいものだ。

俺は、嫌な想像を振り払うように頭を振ると、おもむろに錬成を行い床石から刀風の剣を作り出した。

細身で石造りだが、圧縮錬成により高密度、超重量の一品と化している。また、風爪も付与したようで薄ら刀身の周囲が揺らいでいることから、即席で作り出した石刀としては異常な威圧感がある。

突然の行動にシア達が目を丸くするが、俺の視線が魔人族に向いていることで僅かに緊張したような強ばりを見せる。

 

「ハ、ハジメくん……」

 

心配そうな声音で呼び掛ける香織に、俺は立ち上がりながらチラリと視線を向けた。それから、レミアの腕の中からジッと自分を見つめるミュウに視線を巡らせると、肩を竦めながら軽く笑い、言外に「大丈夫だ」と伝える。

俺の瞳に虚無的なものがなく、いつもの飄々とした雰囲気が漂っていることを認めて、香織達はホッと息を吐いた。ミュウもにへっと笑う。

それを確認して踵を返した俺は、誰もが見守る中、魔人族達の眼前で仁王立ちする。

 

「さて、余り期待はしてないが、お前等に聞かなきゃならないことがある。知らないなら知らないで構わないが、嘘偽りも、黙秘も許さない。もちろん、意地を張るのは個人の自由だが……代償は高くつくと思え。隣にいる者が大切なら素直になることだ」

 

石刀で肩をトントンしながらナチュラルに脅迫するハジメ。後ろで、クラスメイトの誰かから「チンピラみたいだ……」という呟きが聞こえたがスルーだ。

 

「こ、答えれば、生かしてくれるのか?」

「あぁ? 交渉できる立場だと思ってんのか? そんなもん、俺の気分次第に決まってんだろうが。精々、手揉みしながらにこやかな対応を心掛けろよ。こちとら、フリードを筆頭に魔人族には散々殺意を向けられてんだ。今、生かされているだけでもむせび泣きながら感謝しろ」

 

背後から「さっきとあんまり変わってなくね?」という呟きが聞こえたがスルーだ。

黙り込んだ魔人族の生き残り達を睥睨しながら、俺は口を開く。

 

「【神域】について知っていることを吐け。あと、香織……使徒に【神門】を開いて欲しいというようなことを言っていたと思うが、使徒は個人で【神門】を開けるのか?」

 

その質問に、先程子供を庇っていた父親らしき魔人族が躊躇いがちに答えた。

 

「【神域】については、我等魔人族の楽園ということしか聞いていない。そこに迎え入れられれば、我等はより優れた種族になれるのだそうだ。それに、新天地でより繁栄できるとか……【神門】については分からない。ただ、使徒様ならどうにか出来るのではと思っただけで……」

「あぁ?それだけか?誤魔化してんじゃねぇだろうな?信仰と子供、庇えるのは二つに一つだぞ、こら」

俺は少しでも多くの情報を得るために石刀で男の頬をペチペチと叩く。男に抱きつく少年が「ひぃ」と悲鳴をもらしながら恐怖の眼差しを俺に向ける。

 

背後から「どう見てもヤクザ……」という呟きが聞こえたが華麗にスルーだ。更に、「パパ、格好良いの!」というミュウの呟きに、「えっ!?あれはいいの!?」と驚愕の声が上がったが、それも達人スルーだ。

 

「ほ、本当だ!別に、信仰を試されるような質問でもないのに嘘などつかない!まして息子の命がかかっているんだぞ!本当に、これだけしか知らないんだ!」

「チッ、使えねぇ。他の奴らはどうだ?」

「い、いや、それ以上のことは……」

「わ、私も……」

「ど、どうか、子供の命だけはっ」

 

再び、石刀で肩をトントンしながら不機嫌そうに目を細める俺に、魔人族達が戦々恐々とした表情で命乞いをする。背後から「どう見ても悪役は南雲……」という呟きが聞こえてきたが神業スルーだ。

 

「はぁ、しょうがない、か。フリードの側近、あるいは兵士ならともかく、一般人じゃあなぁ」

 

溜息を吐きつつも、そこまで落胆した様子のないハジメは、一度頭を振るとスっと目を細めた。「まさか、このまま斬られるのでは!?」と体をビクッと震わせる魔人族達。

そんな彼等の周囲に紅いスパークが迸った。と、思った直後には、彼等を囲むように床石が変形し、ものの数秒で檻となった。

 

「取り敢えず、そこで大人しくしとけ。下手なことを考えて面倒を掛けたら……分かってるな?」

「あ、ああ……」

 

空間魔法が付与され、空間そのものに固定された檻は、並みの力では脱出不可能だ。それを作って魔人族達を捕虜としたのは、つまり、命までは取らないという意味でもある。それを察して、緊張感は消えないものの安堵の息を吐く魔人族達。

クラスメイト達も、魔人族とはいえ、眼前で怯える子供が惨殺される光景を見ずに済んだことにホッと息を吐いた。

俺としては、正気に戻ったとはいえ、俺達を殺してさっさと【神域】へ行こうなどとのたまった魔人族達などバッサリ斬り捨ててしまいたいところではあったのだが……

流石に、八割方は俺を正気に戻す為だったとはいえ、ミュウが体を張って庇った相手をさくっと殺ってしまうのはいかがなものか。まして「もう、無抵抗な者達を惨殺することはないはず……ないよね?」という空気が漂っている中「え? 普通に皆殺しにするけど、何か問題でも?」などと言って、それを実行してしまえば……間違いなく空気が死ぬ。居た堪れないことこの上ないことになるだろう。

というわけで、下手な動きでもすれば即座に首を刎ねてやるつもりでいつつ、取り敢えず、魔人族達の処遇については保留ということにしたのだ。

 

「うぅ〜ん、【神域】ねぇ。なぁ〜んか引っ掻かんなぁ。」

 

シア達の元に戻ろうとした時に少し前に聞いた声がした。

その声を発するのは、謁見の間の中央に出来た直径140m程のクレーターの中央で座禅を組んで頭を捻らせる緑髪で女顔の青年。

暴走した俺を止めた1人、燦嘹朱爀だった。その背中には朱爀といつも一緒にいた咫藍弖澟もいる。

俺が見ていることに気づいたのか朱爀は座禅からバク転して立ち上がり、此方に歩み寄る。って今のどうやった?

 

「よぉ、寝覚めはどうだ眠り姫?」

「誰が眠り姫だ誰が。…………すまねぇな。変な役押し付けちまってよ。」

 

ミュウに気絶させられたことを皮肉られたが否定、ちゃんと謝るのを忘れない。

 

「別にいいさ。お前さんが魔性に堕ち切る前に正気になったんだからな。………………俺と同じ事をさせたくなかったしな。」

「ん?何か言ったか?」

 

最後に何を言ったか上手く聞こえなかったが、今は【神域】とエヒトらだ。

シア達のもとへと戻り、今までよりも更に際立った錬成を行って瞬く間に人数分の椅子とテーブルを作り出す。

 

「取り敢えず座ってくれ。今後のことを話し合おう」

 

俺の独断じゃ済まされねぇからな。

 

 

南雲ハジメside out

 

────────────────────────

 

第三者side

 

 

「取り敢えず座ってくれ。今後のことを話し合おう」

 

その言葉にシア達は力強く頷き、クラスメイト達は戸惑いながら席に着く。

ちなみに、テーブルセットは二つだ。ハジメ、シア、香織、ティオ、雫、鈴、龍太郎の他、愛子、リリアーナ、レミア、ミュウが集まる側と、それ以外のクラスメイトが座るものである。もっとも、ミュウはハジメの膝の上がいいと駄々を捏ねるので、空気を読んだレミアの腕の中に確保されているが。

不満顔のミュウを余所に、真剣な眼差しで一同を見渡したハジメが口を開く。

 

「まず、情報の整理だ。エヒトと名乗る神がユエの肉体を乗っ取った。だが、エヒトの言葉が正しければ、その肉体を完全に掌握するには最低でも三日はかかる」

 

一度言葉を切ったハジメに、一同が痛ましそうな表情になった。ハジメがどれだけユエを大切にしていたか、先の暴走と相まってよく理解しているので同情せずにはいられない。

もっとも、シアと香織、ティオ、雫、さらに澟は微塵も揺るがず強い眼差しをハジメに返していた。

朱爀は何か考えているのか目を瞑っている。

彼女達の中で、ユエを奪還することは既に決定事項であり、必ず取り戻せると信じているのだ。だから、暗くなる必要もシリアス振る理由もない。先程から妙に冗談じみたやり取りや軽口が多いのも、それを態度で示しているのである。

シアが、ハジメの言葉を引き継いだ。

 

「ユエさんを取り戻すには、彼等の言う【神域】とやらに行かなければなりませんね。でも、あの黄金のゲートはハジメさんを通しませんでした。エヒトによって通れる者が限定されてしまうなら、別の対策が必要です」

「そうね。……こっちで【神域】へ行く手段を別に手に入れるか、あるいは、三日後の大侵攻のときに出現すると予想される【神門】を、突破できる手段が必要だわ」

「ふむ、直接行く方法としては……ご主人様よ。やはり、クリスタルキーは……」

 

ティオがハジメに尋ねる。それに対し、ハジメは溜息を吐きながら首を振った。

 

「ダメだ。宝物庫と一緒に、な。確かに、あれがあれば【神域】へ直接乗り込むことは出来るだろうが……ユエがいなきゃ、精々劣化版を作れるかどうかだろう」

 

クリスタルキーを知らない愛子達が首を傾げているので、傍らの雫が沈痛な面持ちで説明する。実は、ハジメが既に地球へ帰る手段を手に入れていたという話を聞かされた愛子やクラスメイト達は一瞬の静寂の後、謁見の間に響き渡るような驚愕の声を上げた。

 

「うるさいっての。どっちにしろ壊されたんだから意味ねぇよ。騒ぐな」

「でも、でも、せっかく帰れるかも知れなかったのに……」

「そうだよ!なんとかもう一度作れないのか!?」

「頼むよ、南雲!ガッツを見せてくれ!」

 

園部や野村、玉井が懇願するような言葉を送る。他のクラスメイト達も、盛大に騒ぎながらハジメに縋るような眼差しを向けた。

イラっとしたように眉をしかめるハジメの視線が不自然にクラスメイト達のテーブルに向けられて、物凄く嫌な予感がした愛子が慌てて喝を飛ばした。

 

「皆さん、静かに!騒がないで下さい!落ち着いて!」

「で、でも愛ちゃん先生……」

 

ぴょんぴょんと跳ねながら諌める愛子に、生徒達は一応静まる。それでも、目の前に人参をぶら下げられた馬の如き心境の生徒達は、なにか言いたげに口をモゴモゴさせている。

そんな彼等に、愛子は噛んで含めるように話し出した。

 

「いいですか、皆さん。気持ちは凄く分かりますが、落ち着いて南雲君の言葉をちゃんと聞いて下さい。帰るためのアーティファクトは既に失われてしまい、それをもう一度作るにはユエさんの力が必要なのです。ここで騒いでも、その事実は覆りません」

「だけど、南雲が彼女を取り戻すことを優先して嘘吐いている可能性だって……」

「南雲君はそんな嘘をつきません!……つきません。……つきません、よ?……つきま…………せんよね?」

「──あぁ、嘘なんざ吐いてねぇよ。こう言えば分かんだろ。期間用のクリスタルキーが10リットルのタンクだとしたら、南雲ハジメというタンクは5リットルしかねぇって。それも、七大迷宮という浄水場をちゃんと通ったな。七大迷宮を全クリしたのは南雲とユエ嬢だけ。それ以外は中途半端。クリスタルキーという10リットルタンクを満タンにするには2人が揃わねぇと出来ねぇよ。」

 

何故か、強く反論した後、徐々に勢いを失ってハジメに困ったような眼差しを向ける愛子。“豊穣の女神”の名を利用したあれこれを体験しているだけに、嘘をつかないと言い切れないことに途中で気がついて自信が無くなったのだ。

そこは押し切れよ!と内心で愛子に愚痴をこぼしつつも自業自得な面はあるので、ハジメは眉をしかめるに止める。

その上、朱爀が比較的にわかりやすい例えを出したためにクラスメイト達は渋々納得した。

突然の朗報と、直後の失望に落ち着かない様子のクラスメイト達へ、ハジメの容赦ない言葉が放たれる。

 

「嘘じゃないがな。どちらにしろ。お前等だけを帰すために、そんな時間の浪費をするつもりはない。これから俺は、ユエの奪還に全力を注ぐからな。帰還は二の次だ」

 

そんなっ!と再び騒ぎ始めたクラスメイトに、ハジメは“威圧”を放って強制的に黙らせつつ、彼等に現状の再認識をさせる言葉を吐いた。

 

「大体、お前等、今すぐ帰れたとしてその後どうすんだ?クソ神をぶっ殺さなきゃ、次の標的は地球だぞ?意味ないだろうが」

「うっ、そう言えば……」

「確かに、そう言ってたな……」

「ちくしょうぉ……もう、放っておいてくれよぉ」

 

ハジメの言葉に、顔を覆ったり、突っ伏したりして嘆くクラスメイト達。そんな彼等を尻目に、ハジメが話の軌道を戻した。

 

「で、だ。話を戻すが、あるいは劣化版クリスタルキーなら、あの【神門】を突破するくらいはできるかもしれない。口惜しいが……三日後の大侵攻のとき、使徒達が現れる瞬間まで待つしかないだろう」

「アルヴヘイトが戻らないことを気にして、向こうから出て来てくれたら楽なんだけど……」

 

香織が呟くが、その可能性は低いだろう。エヒトは恐らく、完全に肉体を操れるようになるまでは出て来ないだろうし、それが出来たときは、すなわち大侵攻のときだ。それなら、向こうから来るのも、こちらから出向くのも変わらない。

 

「……それ以前に、勝てるのかな?」

 

ポツリと呟いたのは鈴だ。俯いたその表情には濃い影が差している。エヒト相手に、手も足も出なかったときのことを思い出しているのだろう。

誰もが難しい表情になる。そんな中、あっさりと答えたのはハジメだった。

 

「勝つさ」

 

その軽さに、鈴は少しムッとした表情で反論した。

 

「……手も足もでなかったのに?」

「ああ。それでも次は勝つ」

「どうして、そう言い切れるのっ!言葉一つでなんでも出来て、魔法なんか比べ物にならないくらい強力で、おまけに使徒とかフリードとか魔物とか……恵里と……光輝くんまで向こう側に……正真正銘の化け物なんだよ?」

 

どうやら、少し心が折れかけているようだ。再会を願った恵里には全く相手にされず、それどころかいいように引っ掻き回されて何も出来なかった。実は、戦闘中に簡易版ゲートで呼び出していた鈴の魔物も使徒に瞬殺されてしまっていた。

まだ変成魔法には不慣れであることは否定できないとはいえ、せっかく手に入れた神代魔法も不発に終わり、鈴は無力感に歯噛みしていた。

そして何より、エヒトに掛けられた幻術――あの時、鈴達は一瞬の間に自分が細切れになる感覚を現実と見紛うほどリアルに味わったのだ。手足が切断され血飛沫が飛び散り、達磨となって崩れ落ちる間に、上半身と下半身が分かれ、両肩を落とされ、最後に首が飛んだ。

不可視の刃が体を外から内へと撫でる感触を、鈴は今でも思い出せる。思い出せてしまう。それは龍太郎や雫も同じようで不快感もあらわに首や手足を摩っている。自分の手足の感覚もしばらくの間なかったのだ。そんな中で、呪縛まで解いて動き出し、戦闘を行った雫の精神力は称賛に値する。

だが、鈴には、あの生きながらにして自分が死んでいると感じる恐怖を思い出すことは堪え難いものがあった。もう一度やられるかもしれないと思っただけで、自然と体が萎縮してしまう。

そんな鈴を気にした様子もなく、ハジメは言う。

 

「それがどうした?」

「え?」

 

思わず顔を上げる鈴。ハジメは続ける。

 

「相手が化け物?多勢に無勢?そんなことが、何か障碍になるのか?」

「な、なるのかって……そんなの……」

「忘れてないか?俺は、お前等が無能と呼んでいたときに奈落へ落ちて這い上がって来たんだぞ?」

「あ……」

 

思わず呆ける鈴。鈴の言葉で、神になんて勝てるのかと絶望したような表情を浮かべて俯いていたクラスメイト達も顔を上げる。

 

「誰の助けもない、食料もない、周りは化け物で溢れかえっている。おまけに、魔法の才能もなくて、左腕もなかった。……だが、生き残った」

 

シンと静まり返る謁見の間。誰もが自然とハジメの言葉に傾聴した。

 

「同じことだ。相手が神だろうと、その軍勢だろうと、な。……俺は今、生きている。奴は俺を殺し損ねたんだ。それも、自分の情報を与えてな」

 

ハジメの眼がギラギラと輝き殺意に燃え上がった。口の端が釣り上がり、相手を喰い殺そうとでもいうように犬歯を剥き出しにする。獲物を狙う野生の狼を幻視してしまいそうなその荒ぶる姿に、誰かの生唾を呑み込む音が響いた。

 

「ユエは奪い返すし、奴は殺す。攻守どころの交代だ。俺が狩人で、奴が獲物だ。地の果てまでも追いかけて断末魔の悲鳴を上げさせてやる。自分が特別だと信じて疑わない自称神に、俺こそが化け物なのだと教えてやる」

 

ハジメがギラついたままの眼差しを鈴に向けて、ビクッと震えつつも何故か頬を染める鈴にハジメは尋ねた。

 

「谷口。もう無理だってんなら目を閉じて、耳を塞いでいろ。俺が全部、終わらせてやる」

 

それは鈴を気遣っての言葉ではない。逆だ。鈴を試す言葉だ。碌に言いたいことも言えないまま、相手にもされないまま、終わってしまってもいいのかと。鈴が、それでいいというのなら、蹲っている間に全て――恵里を始末することを含めて終わらせてやると。

逆に言えば、鈴が立ち上がる限り恵里のことは好きにさせてやると言っているのだ。

ハジメの視線は、更に龍太郎や雫にも向く。

二人ともその視線に込められた言外の言葉に気がついた。すなわち、光輝のことをハジメに任せるのか、それとも、自分達でどうにかするのか。その選択を委ねているのだと。当然、ハジメに任せた場合は抹殺の一択である。それもまた、正確に二人に伝わった。

しばしの静寂。ハジメの苛烈な言葉と雰囲気に言葉を無くすクラスメイト達。萎縮するように体を縮こまらせる者もいれば、キラキラと輝く眼差しを向ける者やポーと頬を染めて見つめる者、何か決意を秘めた顔つきになった者もいる。

そんな中、最初に口を開いたのは鈴だった。先程までの暗く弱々しい雰囲気を吹き払って、決然とした表情で真っ直ぐにハジメを見返す。

 

「必要ないよ、南雲君。恵里のことも光輝くんのことも鈴に任せて。【神域】でもどこでもカチ込んでやるんだから!」

 

いつものムードメーカーらしい雰囲気を放ちながら、ニッと不敵に笑う鈴。

そんな彼女に触発されたように、大人しかった龍太郎が雄叫びを上げた。

 

「だぁあああああっ!よしっ、くよくよすんのは終わりだ!南雲や鈴にばっか格好はつけさせねぇ!光輝の馬鹿野郎は俺がぶっ叩いて正気に戻してやるぜ!」

 

胸の前で片手の掌に拳を打ち付け、同じく不敵に笑う龍太郎。実はこの脳筋も地味に落ち込んでいたらしい。親友が敵側に回り、鈴でさえ少しは抗って見せた呪縛と幻覚に抵抗できなかった自分が不甲斐なく自信喪失に陥っていたのだが、もう大丈夫のようだ。

それを見て、雫が「ふふふ」と笑った。

 

「そうね。光輝の馬鹿にはキツイ、それはもうキツ~イお仕置きが必要だし、恵里のあのニヤケ面は張り倒さないと気が済まないわ。……そ、それに、南雲君の行くところなら、どこでもついて行くつもりだし……そのずっと、ね……」

 

頬を染めてチラチラとハジメを見ながらそんなことを言う雫に、クラスメイト達が訝しむような眼差しを向ける。彼等は雫の心情を知らないので、まさか、クラスの二大美少女の片割れである雫まで落とされているとは思いもしないのだろう。

いや、永山パーティーや園部達愛ちゃん護衛隊を筆頭に、何人かの生徒――特に女子生徒は敏感に察したようだ。そして、少し驚いたように雫とハジメを交互に凝視した後、何かに納得するように頷いた。

一部の女子が「ドン・ファンだわ。現代のドン・ファンよ。……南雲くん凄すぎるぅ」と頬を染めてハジメをチラ見していたりするが、今は真面目な時間なのでスルーだ。

 

「そうか。なら、【神域】へのカチ込みは、俺達と谷口、坂上……まぁ、最近のメンバーそのままってことだな。向こう側で天之河達が出て来たらお前等の好きにしろ。ただし……半端は許さねぇぞ」

「うん、ありがとう、南雲くん」

「サンキュな、南雲」

 

にこやかに礼を言う鈴と龍太郎に、ハジメは、ヒラヒラと手を振って気にするなと伝えつつ、次の話に移ろうとした。が、そこでリリアーナが待ったを掛ける。

 

「あ、あの~、南雲さん、ちょっといいですか?」

「ん? なんだ、姫さん」

「えっとですね。大侵攻のときに、ハジメさん達、最高戦力が【神域】に乗り込んでしまった場合、その間、攻撃を受ける王都はどうすれば……エヒト達の言葉が正しければ始まりは【神山】から、ですよね? 使徒の力を考えると大結界もそう長く保つとは思えませんし……何か、【神門】を一時的に封じるような手立てはありませんか?」

 

ハイリヒ王国の王女としてもっともな心配だった。分解能力をフルに使われれば、大結界といえど長くは保たないだろう。まして、使徒とまともに戦えるのはハジメ達くらいだ。ハジメ達がエヒトを打倒するのにどれくらい掛かるかは分からないが、その間に少なくともおびただしい数の人々が虐殺されることは火を見るよりも明らかである。

縋るような眼差しを向けられたハジメは一つ頷いた。

 

「今から、その話をしようと思っていたんだ」

「と言いますと?」

「俺は、エヒトが気に食わない。だから、この先、何一つ、奴の思い通りにはさせてやらない。この世界の住人がどうなろうと知ったことじゃないが……だからと言って、今際の際に虐殺された人々を思って高笑いなんてされたら不愉快の極みだ。だから、使徒も眷属も、フリードも、その魔物共も皆殺しコースだ。奴のものも、その思惑も、根こそぎ全部ぶち壊してやる」

 

クックックッと、実にあくどい顔で笑うハジメに、クラスメイト達はドン引きした。尋ねたリリアーナも頬を引き攣らせている。やはり、一部の女子はポーと熱に浮かされたような表情でハジメを見つめていたが。

 

「え、えっと、つまり、侵攻してくる使徒の大軍をどうにか出来るということでしょうか?」

「そうだな。具体的な方法は後で詰めるとして、取り敢えず考えているのは、俺のアーティファクトを大開放することだ。一般兵や冒険者、傭兵共を超強化してやる。全員を兵器で武装させて、対空兵器も充実させるつもりだ。三日しかないからシビアではあるが、その辺は、お前等も協力してくれるだろう?」

 

ハジメが視線を巡らせば、当然だと力強い頷きが返ってくる。意外なことに、心折れて戦闘から手を引いた生徒達の何人かまで力強い眼差しを向けていた。ハジメの闘志に触発されたのかもしれない。

リリアーナが考え込むように瞑目し、一拍の後、口を開いた。

 

「使徒の襲撃で混乱はしていると思いますが、幸い、私達を攫うことに目的を絞っていたようなので一般兵や騎士団には然程被害はないはずです。しかし、それでも、三日以内に動員できる戦力には限りがあると思います。一騎当千の使徒相手に十分と言えるかは……それに、仮に人数を集めたとしても、それだけの数の、それも使徒に対抗できるほど強力なアーティファクトを用意できるのですか?」

「ああ、出来る。人数についてはゲートを利用して各地から集めてもらおう。そのために、俺がアーティファクトを用意している間、お前等には世界各地を飛び回ってもらわなきゃならない」

「ゲート、とな?ご主人様よ。アーティファクトは全て破壊されたのではないのかの?」

 

ティオが首を傾げて質問した。確かに鍵穴型アーティファクト“ゲートホール”は世界各地に設置されているので無事ではあるが、肝心のゲートを開く鍵型アーティファクト“ゲートキー”は“宝物庫”の中に仕舞われていたはずなので、一緒に破壊されたはずである。

確かに、ゲートが使えれば、三日以内に世界各地から戦力を集めることは容易となるが……

 

「実は、替えの利かないものとか、いくつか重要なものはシュネー雪原の境界で、ゲートを潜る前に転送しておいたんだ。地中に」

「なんと!では、ゲートキーも?」

「ああ。何かあったとき、ミュウ達を逃がすためにと応用の利くクリスタルキーは持って来たから裏目に出たが……羅針盤とか攻略の証とか残りの神水とか……もちろんゲートキーも埋まっているはずだ。あ、あと、香織の元の体な。地中だから比較的冷えているだろうし、大丈夫だとは思うが……なるべく早く掘り返さないと氷が溶けて土葬になっちまう」

「か、回収をっ! 回収を急がないとっ! 私の体が……」

 

香織の元の体のことを言われて、全員がハッとした表情になった。もし、ハジメが不測の事態に備えていなければ、今頃、香織の体はピチュンしているのだ。ハジメのファインプレーである。

とはいえ、土葬と言われると焦らずにはいられない香織。わたわたするのをハジメが撫でて落ち着かせる。

 

「なるほど、よく分かりました。……しかし、もう一つ、問題があります。果たして、三日後に世界が終わるかもしれないと言われて、一体、どれだけの人が信じて集まってくれるか……まして、戦うのが使徒となれば、最悪、こちらが悪者になる可能性も……」

 

リリアーナが、難しい表情をしながら更に問題点を指摘する。だが、それに対してもハジメは回答を持ち合わせているようだった。

 

「それについてはなんとか出来ると思う。香織かティオに再生魔法を使って貰うんだよ」

「再生魔法……ですか?」

 

首を傾げるリリアーナ。対して、香織はハジメの言わんとしていることを察してポンと手を叩く。

 

「過去の光景を“再生”するんだね?メルジーネの大迷宮で体験したときみたいに」

「そうだ。ここであったことを再生して、その光景を映像記録用アーティファクトに保存する。それを各地の上役共に見せてやれ。今まで会って話をした奴……ブルックのキャサリン、フューレンのイルワ、ホルアドのロア、アンカジのランズィ、フェアベルゲンのアルフレリック、帝国のガハルド、こいつらなら頭から疑ってはかからないだろうし、戦力も集めやすいだろう」

 

ここに、王国のリリアーナ王女と冒険者ギルドのギルドマスターが当然加わる。この世界でも力ある主要人物ばかりだ。

この世界の人々には興味がないといいながら、縁を繋いだ人々のなんと豪勢なことか。頭の中に浮かんだそうそうたるメンバーに目眩を覚えつつ、リリアーナは確かに、そのメンバーならば本気になってくれるだろうと考えた。

 

「あとは……そうだな。先生に扇動でもやらせればいいだろう」

「えぇ!? わ、私ですか!? っていうか扇動!?」

 

いきなり話を振られた愛子が体をビクンと震わせる。そんな愛子へ、ハジメは高らかに声を張り上げた。

 

「さぁ、立ち上がれ人々よ!善なるエヒト様を騙り、偽使徒を操り、今、この世界を蹂躙せんとする悪しき偽エヒトの野望を打ち砕くのだ!この神の御使い“豊穣の女神”と共に!って感じでな。頑張れ」

「頑張れ、じゃあないですよ!なんですか、その演説!よくそんな言葉がスラスラと……南雲君の方が余程扇動家じゃないですか」

「細かいこと気にするなよ、先生。撒き散らした種が芽吹きそうなんだ。なら、水をやって成長させて、うまうまと刈り取ってやればいいじゃないか。作農師だけに」

「誰が上手いこと言えと……」

 

呆れた表情でハジメにジト目を向ける愛子。ウルの町でもそうだったが、絶対、ハジメには扇動家の才能があると確信する。

それはクラスメイト達も同じらしかった。なんとなく、星を前に操り糸を垂らして、クツクツと嗤いながら香ばしいポーズを決めるハジメを幻視してしまい「あれ? エヒトと変わらなくない?」と首を傾げている。一部の女子が「なぐも……いえ、ハジメ様……」とか呟いてポーとしているが、一刻も早く正気に戻るべきだろう。

ハジメは、効果的だと自覚し、やらねばならないと分かっていながら、なんとなく釈然としない様子の愛子に苦笑いを浮かべる。

 

「人類総力戦となるべき戦いだ。戦力を集めても烏合の衆じゃ意味がない。強力な旗頭が必要なんだ。それには一国の王くらいじゃ格が足りない。出来るのは愛子先生だけなんだ。いっちょ頼むよ」

「……」

 

ハジメの言葉に、一瞬、ビクンと震える愛子。先程から震えっぱなしだ。まるで小動物である。そんな小動物のような愛子は、何故かそわそわしながらハジメをチラ見し始めた。そして、訝しむハジメにおずおずと尋ねる。

 

「な、南雲君。今、最後の方、なんて言いました?」

「ん?いっちょ頼むって……」

「い、いえ、そうではなく……私のこと、あ、愛子先生と呼びませんでした?」

「……なにか、問題が?」

「い、いえ。南雲君は、いつも“先生”とだけ呼ぶので……」

「そうだったか?」

 

首を傾げるハジメに、愛子がそわそわ、というよりモジモジとしながら上目遣いで口を開く。

 

「そうですよ。……その……もう一度、今の言ってくれませんか?」

「……今のって、最後の方を?」

「はい。但し、今度は、“先生”を抜いて……」

 

ハジメの頬が引き攣った。同時に、向かいの席で頬を染めながらチラチラと上目遣いする小動物は、自分の立場と周囲の状況を理解しているのかとツッコミを入れたくなった。

愛子の“おねだり”に、クラスメイト達がざわっとなる。「えっ、どういうこと?」とか「なに、この雰囲気……」とか「う、嘘だろ……」とか「ハジメ様……流石です」とか聞こえる。ついでに愛ちゃん護衛隊の連中から歯軋りが響いてきた。

愛子は、緊張しているのか周囲の声が届いていないようだ。もし、全て分かっていて言っているなら……恐ろしいことである。愛ちゃんが色々とかなぐり捨てて突貫してきたことになるのだから。教師としての自分を放棄するとか、アイデンティティー崩壊の危機である。確信犯でないことを祈るばかりだ。

しかし、最終局面を前に萎えられるのも問題であるし、かと言って今の暴走気味の愛子に誤魔化しは通じそうにない。シアや香織、雫に視線を向けるも、みな苦笑いするだけで助け舟を出してくれない。こんなときに、複雑な乙女心に共感をしないで欲しいものだ。

ハジメは溜息を吐きつつ、刺すような注目が集まる中、意を決して口を開いた。

 

「……愛子、頼む」

「っ!!はい!任せて下さい!もうバンバン扇動しちゃいますよ! 社会科教師の本領発揮です!」

 

社会科教師の本領が扇動とか……全国の社会科教師に謝罪して欲しいところだ。滅茶苦茶張り切っている愛子から視線を外しつつ、再度、溜息を吐くハジメ。

その耳に、「きょ、教師と生徒……エ○ゲじゃないかっ」とか「あ、愛ちゃんが魔王の毒牙に……」とか「カサノヴァよ……あそこにいるのはカサノヴァだわ!目を合わせちゃダメ!妊娠しちゃう!」とか聞こえてくる。頬がピクるのを止められない。

 

「ご、ごほんっ!な、南雲さん……わ、私も頑張りますね!」

 

何故かリリアーナが声を張り上げる。その頬は真っ赤に染まっており、アーモンド型の綺麗な瞳は何かを期待するようにキラキラと輝いている。

 

「……ああ、頑張ってくれ、姫さん」

「……頑張りますね!」

「ああ」

「頑張りますね!」

「……」

「頑張りますね!」

「……」

「が、頑張ります、ね、ぐすっ」

「……………………………頼んだ、リリアーナ」

「……リリィ」

「ぐぅ……頼んだ、リリィ」

「はい!頼まれました!王女の権力と人気を見ていて下さい!民衆なんてイチコロですよ!」

 

なんだか王女として言っちゃいけないことを言った気がするが、きっと気のせいだろう。民衆に愛されて止まない王女様が、民衆を操るなんてチョロイなどと思ってはいないはずだ。

クラスメイト達のざわつきは止まるところを知らない。既にハジメを見る目が、畏怖に満ちたものか、妙に熱の籠ったものの二つになっている。エヒトやアルヴヘイトに向けていた眼差しよりも感情的と言えるかもしれない。

 

「……はぁ。まとめるぞ」

 

ハジメは溜息を一つ吐くと、一気に雰囲気を硬質なものに変えて全員に視線を巡らせた。ハジメが、愛子やリリアーナの言葉に乗ったり、クラスメイトのノリを許容していたのは、多少空気を和ませるという意図もあったのだ。

世界の危機を前にして、まして故郷である地球まで危機に晒されていると言われて、精神的負荷を感じない者などいない。悲観したクラスメイトの誰かに暴走でもされたら敵わないと、空気が張り詰め過ぎないように調整したのである。

ハジメの真剣な表情に、和んだ空気が一気に緊張感あるものに変わる。愛子やリリアーナも、今の今まで晒していた恥じらいやら甘い空気やらはどこに行ったのかと思うほど、きっちり雰囲気を変えてきた。この辺りのメリハリは、流石、教師と王女だ。

“おねだり”は本心からのものだろうが、これが最初から張り詰めた空気なら言い出さなかったに違いない。敏感に空気を読んだのだろう。それが意図的なものか、無意識的なものかは分からないが。

クラスメイト達も、釣られるように、程よく肩の力を抜きつつも緊張感を持つことが出来たようだ。

ハジメはそれを確認すると口を開いた。

 

「俺の最優先目標はユエを取り戻すことだ。そのために三日後の大侵攻の際に開くと考えられる【神門】を通じて【神域】へ踏み込む。中村と天之河については谷口達に任せる。残りは侵攻して来る使徒の迎撃だ」

 

一度言葉を切って、大枠を理解しているか確認する。みな力強く頷いたので、問題ないと判断し、ハジメは言葉を続けた。

 

「今から三日後までの予定を伝える。まず、俺だが、俺はオルクスの深奥に向かうつもりだ。アーティファクトの大量生産をするのに、オルクスの環境は最適だからな。これには、助手として香織とミュウ、レミアについて来て貰いたい」

「うん、わかったよ、ハジメくん」

「はいなの! お手伝いするの!」

「私に出来ることは何でも言って下さい」

 

香織、ミュウ、レミアから心地よい返事が返ってくる。ミュウとレミアを傍に置くのは、再び人質などにされないよう万が一に備えてというのもあるが、採取と錬成に集中するハジメの身の回りの世話をしてもらいたいというのもあるので、建前というわけでもない。

ハジメは香織達に頷き返すと、今度はシアに視線を転じた。

 

「シア、お前はライセン大迷宮に行ってくれ」

「……なるほど。ミレディの協力を仰ぐんですね?」

「そうだ。少しでもエヒトや【神域】の情報があれば儲け物だしな。あのときは強制排除されたからショートカットの方法が分からない。一応、攻略の証は渡しておくが、ブルック近郊の泉で反応しなければ、また中を通らなきゃならないからな」

「多分、それでも通してくれると思いますが……ダメでも、今度は半日でクリアして見せますよ。今の私なら、あの大迷宮は遊技場と変わりません」

「俺もそう思う。頼んだ」

「はいです!」

 

元気に頷くシアにハジメは微笑む。次いで、ハジメはティオに呼びかけた。

 

「ティオ」

「うむ。心得ておる。里帰りせよと言うのじゃろ?」

「流石だ。世界の危機とあれば、竜人族の掟もないだろう。ティオほどではないにしろ、竜人の力に俺のアーティファクトもあれば、使徒とだって戦えるはずだ」

「そうじゃな。流石に、竜人族もこの事態で動かんという選択はない。その強さも保証しようぞ。ただのぅ、隠れ里は……それなりに遠い。とても三日以内でとはいかんのじゃが……」

「その辺りはアーティファクトでどうにかしよう」

 

ハジメは頭の中で優先順位を並べ直しつつ、更に視線を巡らせる。

 

「八重樫は帝国に行ってくれ。ハイリヒ王国と同じで、ゲートで行けるし、王国へのゲートキーも複製して渡しておくから、ガハルドを説得して戦力を王国へ送ってくれ」

「それは……いいけれど、どうして私なの?」

「八重樫はガハルドのお気に入りだからな。念の為、話がスムーズに進むことを考慮して、だ。あちらさんは、制約の首飾りの件で恨んでいる奴もいそうだしな。交渉力と戦闘力を考えれば、他に任せられる奴はいない」

「む。一応、納得だけれど……私の気持ちを知っていて、言い寄る男の元に送られるのは少しショックだわ。まぁ、そんなこと言っている場合じゃないのは分かるからいいのだけれど」

「……悪いな。ガハルドがふざけやがったら俺の名前を出せ。八重樫雫に言い寄ったら、南雲ハジメが黙っていないってな」

「っ……ふ、不意打ちは卑怯だわ」

 

雫が僅かに頬を染めながら了解の意を伝える。

 

「先生とリリアーナは王都だ。戦力を集めて、演説で士気を高めてくれ。使徒相手にも容赦なく戦えるように上手く扇動するんだ。それと、戦う場所は王都前の草原地帯になるだろう。まさか、【神山】という背後から襲ってくることが分かっていて、王都内で戦うわけにはいかないからな」

「そうなると、王都の住民は避難させる必要がありますね。ゲートが使えるとはいえ、三日で全住民の避難……急ぐ必要がありそうです」

「帝国から戦力を引き抜く代わりに一般市民は帝都に送ってしまえばいいだろう」

「でも、南雲くん。空を飛ぶ使徒相手に平原での戦いは不利なのでは……」

「対空兵器と重火器、他にも手立ては講ずるつもりだ。それと、野村っ!」

 

 突然、名を呼ばれた永山パーティーの野村健太郎が、「ぉお!?」と奇怪な声を上げた。このタイミングで名指しされるとは夢にも思わなかったようだ。

 

「お前、土術師だったよな?」

「え? あ、ああ。そうだけど……」

「なら、王都の職人と土系魔法に適性がある奴等を纏めて、平原に簡易でいいから要塞を作れ」

「よ、要塞?」

「遮蔽物はあった方がいいだろう? 詳しいことは王都の専門家に聞け。後でお前専用のアーティファクトも送ってやるから、平原に戦いやすい場を作るんだ」

「わ、わかった。やってみる」

 

更にハジメは、野村に続いてクラスメイト達にもあれこれと指示を出した。勢いに呑まれて素直に頷く。何か具体的な役目を与えた方が、刻一刻と高まっていくであろう緊張感の中でも潰れずに済むだろうという意図だ。

また、重火器は生産でき次第、順次王都に送っていくつもりだが、その取り扱いのレクチャーはクラスメイト達にしてもらうのが効率的だというのもある。詳しい仕組みは知らなくても、そもそも重火器の概念のないこの世界の住人よりは取り扱いが出来るはずだからだ。

 

「谷口、坂上、お前等は樹海に行け。ハウリアとフェアベルゲンの連中に話を通して、戦える連中は王都に送るんだ。それが終わったら連絡してこい。オルクスに迎えてやる。タイムリミットまで奈落の魔物を従えて強化することに費やすといい。せっかくの変成魔法だからな」

「了解だよ!」

「応よ!」

 

数や実力共に申し分ないフェアベルゲンの亜人族の者達やハジメに忠誠を誓ういろんな意味の狂人兎の集団はこの戦いにおいて確実に戦力となる。

 

「それで、燦嘹と咫藍弖なんだが………………何か隠してねぇか?」

「ちょっ、ハジメ君!?」

 

ハジメは魔人族に向けたのと同じくらいの威圧を朱爀と咫藍弖に放ち、香織が窘めようとする。クラスメイト達もいきなり故に固まる。

リリアーナと愛子は士気が下がらないか気が気でなかった。

目を向けられた朱爀と澟の反応はそれぞれだった。

澟は嘆息し、朱爀は未だに目を瞑っている。

 

「はぁ………………汝のせいだぞ、朱爀。朱爀?」

 

澟は朱爀に顔を向けるが未だに目を瞑っている。「寝てんじゃねぇよな?」「さぁ?」とクラスメイトが言う中、朱爀がぽっと呟いた。

 

「あ、繋がった。ついでに分かったわ。」

「何がだよ?」

 

話し合いを始めて以来終始無反応だった朱爀の発言がこの話の題材に何か対応しているのか、気になったのかハジメが訪ねた。

 

「いやさ、【神域】の場所が何処か分かったんだが…………」

「「「はぁ!?!?!?」」」

 

ハジメでさえお手上げだったものをいきなり解決したと言われても、驚くことしか出来ない。

 

「あん?どこにあんだよ?」

「神山の山頂真上。そこから俺が投擲した槍(・・・・・・・)の反応がある。エヒト(ユエ)の頬を掠った槍さ、そのまま【神域】入って放置された状態なんだよなぁ。」

「あの時のか!っつっても正面からじゃ入れねぇから意味ねぇけどよ。んで、繋がったってのはどういう事だ?」

 

朱爀の発言は「あ、繋がった。ついでに分かったわ。」である。分かったことが【神域】の基本場所ならば、繋がったとは何処にだろうか。それすらも気になったのか脱線仕方なし、と思いつつも興味本位で聞くハジメ。

それに対して、朱爀は澟と目を合わせて何か合図している。

 

「はぁ、汝はいつもややこしくしてくれる。世界の沽券に関わる話だが聞くか?あぁ、世界と言ってもここじゃなくて地球のだが。」

 

澟のこの発言にクラスメイト達は様々な表情をする。今は関係ない、地球の裏側か?、帰れるのか?、繋がったって…、と様々だ。

 

「そんなのいいから言え。あんたらだけ配置が出来てねぇんだからな。不確定要素を払うには知らなきゃならねぇからな。」

「分かった。今しがた、この世界と地球を一時的に繋げたのだ………朱爀が。」

「一時的にって、もしかして…」

「いや、帰れるほどのものじゃない。意識体だけで世界の抑止力と接触したらしい。」

「世界の抑止力?」

 

澟の言葉に皆がちんぷんかんぷんになり、クラスメイト達で帰りたい思いが特に大きい奴が希望的観測を抱くが澟はそれを壊す。その中の発言で気になったことがあったからか聞き返す香織。

 

「まずはそこからか。世界の抑止力とは、世界のバランスを撮る概念機関だ。あぁ、概念魔法などでできる代物ゆえに創ろうなどとは思わんことだな。人間が、星そのものに害を与える意思がある場合、災害(・・)が人理に影響をきたす場合、世界に穴が空いた場合、起きる。いつもは先の2つだが、此度は2つ目を除いた2つに該当する。

エヒトが地球を害をなそうとする意思を持ち、地球に吾々という穴が空いたから埋めるために抑止力が働いた。」

「それがお前らとどう関係するんだよ…」

「なぁに、戦力を借りれたのさ。確実に1線級のな。」

「軍隊でも来んのか?」

「もしかしたらティオさん並のドラゴンが沢山来たりして。」

「異世界だからって流石にそれは無いっしょ。」

 

香織の質問に律儀に答える澟。澟が説明したことと朱爀と澟の何が関係するのかを聞くハジメ。朱爀が戦力を得たと豪語して、それに淡い期待を乗せるものや、それはないと切って捨てるものが現れる。

 

「まぁ、改めて名乗るか。案外安易な名前でもバレにくいなこれ。」

「そんなことより手早く済ますぞ。」

「へいへい。……我が名はアキレウス(・・・・・)。英雄ペーレウスが一子。得意分野は殲滅だ。」

「我が真名はアタランテ(・・・・・)。アルゴノーツの船員にして、月女神アルテミスの信奉者だ。」

「アキレウスってあのアキレス腱の語源になった?」

 

「アタランテって誰だ?」「さぁ?狩人じゃね?」「その2人に接点ってあったっけ?」とガヤガヤし出すクラスメイト達。それをコホンっと静かにするよう促してこちらに目をやるハジメ。

 

「仮にあんたらがその御本人だとして何故今頃明かした?」

「「問われたから。」」

 

至極真っ当な答えが返ってきたため、一斉にずっこけた。そこは「弱点突かれたくなかった。」とか「敵味方があやふやだったから」と答えて欲しかったのだろう。

 

「別に手の内を明かさなくていいから戦力については教えてくれ。」

 

自然と元の話に戻すハジメ。誰もそのことを気にしなかった。気づいてなかったという点もあるのだが…

 

「戦力は4人。」

「は?たった5人?」

「だが、1線級なのは絶対だ。特に彼奴(・・)は、な。」

「ふぅん、信じていいんだな?」

「無論だ。2日以内には此方に来るはずだ。1人は【神域】に連れてけ。いろんな意味で地上が危ないし、そっちの方が役に立つ。」

「………………地球ってそんなに化け物揃いだったか?」

「無論だ。逆に化け物じゃなかったら数日で死んでる。」

「そ、そうか。それならあんたらにゃ地上を頼む。」

「あぁ。あ、言い忘れてたがエヒトは神じゃなくて正確には亜神だぜ?」

「「「「はぁ!?!?!?!?」」」」

「神ってのは総じて理不尽の権化だ。だが、エヒトのあれは権化では無い。恐らく、元は人族だったのだろう。亜神というのは信仰を受けて神の領域に至った存在。」

「もしくは神を食べた(・・・)存在だ。エヒトの天職はハズレ職の指揮者だろうな。」

「指揮者…………あ、神言ってもしかして…」

「あぁ、エヒトらは生物の動きを指揮(・・・・・・・・)したんだろうな。まぁ、希望的観測だから絶対とは言えねぇがな。」

「あくまでも予測か。頭の片隅にでも入れておこうか。」

 

ここにいる全員がエヒトの正体がいきなり割れたことに驚愕。しかし、戦力の方が余程気になるのか反応は薄かった。

地上が危なくなる人物とは一体…………

 

兎に角、もう少し細かいことを話して、人生で一番濃密となるであろう三日間を前に不敵な笑みを浮かべながら、ハジメは再度、全員に視線を巡らせた。

そして、一拍の後、その口をゆっくりと開いた。

 

「敵は神を名乗り、それに近しい強大さを誇る。軍勢は全てが一騎当千。常識外の魔物や死を恐れず強化された傀儡兵までいる」

 

静かな声音。されど、やけに明瞭に響く。

 

「だが、それだけだ。奴等は無敵なんかじゃない。俺がそうしたように、神も使徒も殺せるんだ。人は、超常の存在を討てるんだよ」

 

語るハジメの姿は、隻腕隻眼で命でも吸い取られたかのような白髪だ。それは、無能と言われた男が歩いてきた軌跡を示すもの。数多の化け物共を屠り、己の糧として這い上がって来た、その証。そして、実際に、ここにいる者達全員の前で証明して見せた。人は神にだって勝てるということを。

だから自然と納得できてしまう。たとえ一度は敗北し、大切なものを奪われたのだとしても、その事実すら糧にして目の前の傷だらけの少年は、どんな不可能事だって可能にしてしまうのだと。

否応なく、心震わせる言葉が続く。

 

「顔も知らない誰かのためとか、まして世界のためなんて思う必要はない。そんなもの背負う必要なんてない。俺が、俺の最愛を取り戻すために戦うように、ここにいる者全員がそれぞれの理由で戦えばいい。その理由に大小なんてない。重さなんてない。家に帰りたいから。家族に会いたいから、友人のため、恋人のため、ただ生きるため、ただ気に食わないから……なんでもいいんだ」

 

一拍。ハジメの言葉が途切れる。だが、この場の全員が、己の望みを自覚する。胸に湧き上がる衝動そのままに。

それを待っていたかのように、ハジメが言葉を放った。炎のように熱く、されど水のように浸透し、大地のように力強く、けれど風のように包み込む、そんな言葉を。

 

「一生に一度、奮い立つべきときがあるとするのなら、それは今、このときこそがそうだっ。今、このとき、魂を燃やせ!望みのために一歩を踏み込め!そして、全員で生き残れ!それが出来たなら、ご褒美に故郷へのキップをプレゼントしてやる!」

 

息を呑む音が響く。早鐘を打つ鼓動が聞こえる。握り締めた拳が、踏み締めた足元が、食いしばった奥歯が、軋みを上げて唸る。まるで、意志が自然と上げさせた雄叫びの如く。

熱に浮かされたような者達の中で、ハジメは野生の狼の如き眼光と牙を魅せつける。

そして一言。

 

「勝つぞ」

 

返って来たのは当然、無数の咆哮だった。

 



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第9話 異世界のレベルが地球よりは確実に弱い件 -6-

 

燦嘹朱爀side

 

 

異世界トータスにおいて後の英雄となる者達が、世界を賭けた一大決戦に様々な思いを乗せて世界中を飛び回り、駆けている頃、俺、アキレウスこと燦嘹朱爀は1人で歩いていた。

歩いている場所は【神域】の真下である神山だ。神山の元大聖堂があった場所を瓦礫を飛び移るように歩いていた。

ここにいる訳は、この世界で唯一地球と繋がった()があるからだ。

抑止力とはこの穴を通して交信し、戦力を送って貰うこととなったのだ。

ハジメやクラスメイト達には1線級が5人としか言ってないが、それは正しくて正しくない。まぁ、これから来る戦力を紹介したら、なるほど、と思うはずだ。

1人目はジーク。嘗て聖杯大戦にホムンクルスでありながら途中参戦し、勝ち抜いたマスター。マスターとなったわけだが、黒のセイバーでもある事が要因だろう。黒のセイバー・ジークフリートは神代でも高位の戦士。その戦士の力を12分に発揮出来るから助かる。

2人目はアストルフォ。ジークが使役したサーヴァントで黒のライダー。1度宝具を貸した覚えがある。まぁそれは転生者である俺がアキレウスから継承した記憶の中だがな。彼がいれば空中戦も助かる。

3人目はルーラー。いや、今はジャンヌだったか?彼女が戦場にいるだけで士気がぐんと上がる筈。百年戦争という戦いでの功績を見せてもらいたい。

4人目はカルナ(・・・)。彼奴と呼んだのはこいつの事だ。此奴は嘘見抜きは勿論、技量や性能は俺に匹敵する。性格や在り方は違えど同じ英雄と呼ばれる(・・・・・・・)もの同士。仮に試合をしたら、死合となるため、味方である限り決して戦わない相手だ。

此奴が地上にいたら、この世界で集った戦士達が吹き飛ぶし、ハイリヒ王国に被害が出る。だから【神域】に行ってもらう。【神域】なら破壊しまくってもなんら問題はねぇからな。

最後、5人目が今回は重要だな。5人目はイスカンダル(・・・・・・)。イリアスに載る俺を崇高?憧憬?してくれる、オケアノスを求め、世界を征服した王。此奴の宝具は擬似的な英霊召喚。強者共がいたら、この世界の者達も対抗意識を燃やして、士気もある程度は上がるだろう。

抑止力が丁度いいというのだからそうなのだろう。適材適所ってやつをしてるんだろうな。

 

「2日間ここに居るのは暇だしな。型の確認とあれの確認。あとは、クサントス達も呼ぶか。」

 

抑止力により此方に来るだろう5人を待つことにしたが、暇なので今の間にできることを始めた。

 

 

燦嘹朱爀side out

 

────────────────────────

 

第三者side

 

 

ハジメはある部屋の前に立っていた。この部屋には嘗てアレーティア……ユエが閉じ込められていた部屋だ。

ハジメが立ち尽くしていたら、採取に向かっていた香織が戻ってきた。

 

「……ハジメくん」

「香織。もう、採取は終わったのか?」

「うん。羅針盤のおかげで直ぐに、ね。魔物も……やっぱり使徒のスペックは反則だよね」

 

かつてクラスメイト達と【オルクス大迷宮】の表層を苦労して攻略していたときのことを思い出したのか、香織は苦笑いを浮かべる。そして、雰囲気を壊さないよう気を遣うようにしずしずと広間へと入ってきた。

 

「……ここが、ユエと出会った場所なんだね」

 

そう呟いてハジメの隣に立った香織は俺が今まで視線を向けていたもの――半ば溶けたように崩れた鉱物の塊だった。

ハジメは静かに頷く。その瞳は、深い森の中にある泉の如く澄んでいて静謐さを湛えている。憤怒や憎悪といった負の感情が飽和した虚無的な瞳とは正反対の、愛しさや切なさが飽和したかのような眼差しだった。

 

「最初に見たときはホラーかと思ったよ。真っ暗な闇の中で、紅い瞳が金糸で出来た柳の奥から覗いている……そんな感じでさ。ユエが助けを求める声をかけて来たときも、俺、扉を閉めようとしたんだぞ? こいつ、絶対ヤバイ奴だ、って思ってさ」

「ふふ。確かに、こんな奈落の底にただの女の子がいるなんて思わないよね」

「だろ? 特にあのときは、生き残ること以外なんの興味も持てない心境だったからな。今、思い返しても、よく助けようとしたなぁって思うよ」

 

ハジメの物言いに、くすりと笑みを零す香織。ハジメも懐かしむように目を細めながら小さな笑みを浮かべる。

 

「それが今じゃ、我を失うくらい特別な女の子だもんね。人生、なにがどうなるか分からないって、つくづく思うよ」

「全くだ」

 

言葉が途切れて、二人は僅かに瞑目する。ハジメは最愛の恋人を想って、香織は恋敵(親友)を想って。そして、ほぼ同時にスッと目を開いた。そこには決意の炎が宿っている。

 

「必ず、取り戻そうね」

「ああ。必ず取り戻す」

 

ハジメと香織は顔を見合わせて不敵な笑みを浮かべあった。が、直後、言い忘れていたとでも言うように、ハジメはハッとしたような表情になって口を開いた。

ちなみにどうでもいいことだがこの時、朱爀は髪を引っ張られていた。

 

「あ、でも、香織は地上班の方に残ってくれな?」

「へ?どうし……あぁ、もしかして、機能停止のこと?」

「ああ。一応、対策用のアーティファクトは用意するけどな、流石にエヒトを前にしてどれだけ効力を発揮するかは分からない。なにせ、大元は奴の制作だからな、その体」

 

香織は渋い表情になる。

香織だってユエを助けに行きたいわけで、理屈では残るべきだと分かっていても感情は中々納得してくれない。「むぅ」と唇を尖らせる香織に、ハジメは肩を竦めながら言い聞かせるように言葉をかけた。

 

「そんな顔するな。ユエを取り戻しても、他の連中が死に絶えていたら、俺はともかく、香織達には堪え難いだろう? オルクスの深部に匿うつもりではあるけど、ミュウとレミアも地上に残るんだ。一度、人質として有効だと証明しちまった以上、いざってときに守ってくれる奴が必要だ」

「……はぁ、しょうがないね。歯痒いけど、足手まといにはなりたくないし。それに死んで欲しくない人達も沢山いるから……うん、わかったよ。ハジメくん達が帰ってくる場所は私が守るよ。ミュウちゃんにもレミアさんにも手出しはさせない。あと、愛ちゃん先生とリリィも、ね!ねっ!」

「なぜ、二人を強調する……」

 

ジト目をして頬を膨らませる香織に、苦笑いするハジメ。そんなハジメに、プイッとそっぽを向きながら香織が拗ねたような声音を響かせる。

 

「“愛子、リリィ、頼む”とかなんとか言っちゃってたくせに。ハジメくんの女たらし」

「いや、あれは空気を読んで……」

「クラスの他の子達も、何人か熱い視線を送ってたよ。ドン・ファンとかカサノヴァとか、もうあながち否定できないと思うな。ユエが戻って来たら言いつけてやる。私だって、まだただの“大切”止まりなのに、次から次へと……うぅ、不動のユエが羨ましいよ」

「……」

 

わざとらしくいじける香織に、ハジメはポリポリと頬を掻いた。

ハジメは、目の前にあるユエを封印していた魔力を通しづらい鉱石の前にしゃがみ込み、手をかざしながら香織に語りかけた。

 

「あのときの拳。中々効いたぞ。まさに目の覚める一撃だった」

「へ? ……あっ、あれは、えっと、痛かった、よね? 割と全力でやっちゃったし……」

 

唐突な話題転換に一瞬目を丸くする香織だったが、それが謁見の間で暴走したハジメを殴り飛ばしたときのことだと気が付くと、どこかバツの悪そうな顔になって視線を逸らした。

ハジメは、かつて、苦労してユエの封印を解いたときとは比べ物にならないほど鮮やかで洗練された魔力を、意外なほどあっさりと封印石へと浸透させていく。

封印石を変形させブロックに分けながら、ハジメは、チラチラと視線を寄越してくる香織に言葉を続けた。

 

「そりゃもう、文字通り芯まで響いたよ。最低に格好悪いってのも、こうグサリと来たな」

「あ~、うぅ~。え、えっとね……その……」

 

香織は、変な唸り声を上げてオロオロし出す。

 

「これが他の奴なら、そうはいかなかっただろうけどな」

「え?」

「香織と同じことをして、俺の深いところまで響かせることが出来るのは、まぁ、後はシアとティオくらいだって話だ」

「それって……」

「……もう“ただの大切”とは言えないかもなぁ」

「……ハジメくん」

 

ブロックに切り分けた封印石を、オルクスに来てから作り直した新しい“宝物庫”に仕舞いながら独白のように呟くハジメに、香織は大きく目を見開いた。

ハジメは、おもむろに立ち上がると香織に視線を合わせた。

 

「ありがとう、香織。想い続けてくれて。……奴と殺り合う前に、それだけは言っておきたかった」

「……止めてよ。そんなの、なんだか遺言みたいで不吉だよ」

「ははっ、そうだな。悪い、柄じゃなかったか」

 

苦笑いを浮かべるハジメに、香織はふるふると首を振る。

 

「ううん、こっちこそありがとう。嬉しいよ。……ふふ、ユエが帰って来たら言ってあげなきゃ。ハジメくんがデレたって。取り敢えず、シアのポジションには手をかけたぞって」

「くくっ、そしたら、また意地悪されるぞ? ユエは、なんだかんだで香織とじゃれるのが好きだからな」

「うっ、あれって絶対、私の反応を楽しんでるよね。思い出したら腹が立って来たよ。ハジメくん達が向こうに乗り込んでいる間に、お返しプランを考えておかないと」

「倍返しされるオチが見えるようだ」

「もうっ、ハジメくんも楽しんでるでしょ!」

 

ムキーと歯を剥く香織に、クツクツと笑いながらハジメは肩を竦めた。そして、二人同時に口を閉じて、無性にユエに会いたいという気持ちを共感し合う。

ハジメは、改めて香織と微笑み合うと、最後の封印石に手をかけた。そして、次々とブロック状にして“宝物庫”に収納していく。

と、そのとき、封印石が置かれていた場所の床になにやら紋様が刻まれていることに気がついた。

 

「……これは」

「どうしたの、ハジメくん。……紋様? これってヴァンドゥル・シュネーのものじゃ……」

 

しゃがみ込んで、封印石の下の床に刻まれていた紋様に指を這わせていたハジメの背後から覗き込んだ香織が、見覚えのある紋様に首を傾げながら呟く。

ハジメは無言で頷くと、真剣な表情のまま“宝物庫”から【氷雪洞窟】攻略の証である水滴型のペンダントを取り出した。

直後

 

キィイイイイイ

 

そんな甲高い音を立てて、共鳴するようにペンダントと床の紋様が震え出した。

ハジメの掌の上に置かれたペンダントは、そのまま床の紋様へと引き寄せられるようにずりずりと動き出す。薄暗くて分かりにくかったが、よく見れば床の紋様の中央には、ちょうどペンダントがはまりそうな小さな穴が空いていた。

ハジメと香織は顔を見合わせると同時に頷いた。ハジメは、ペンダントをその窪みへとはめ込む。

直後、床の紋様に光が奔ったかと思うと、金属同士が擦れるような音を立てて紋様の描かれた床の周囲がせり出てきた。直径三十センチ程の円柱形の石柱だ。それは、しゃがむハジメの目線くらいまで上がってくるとピタリと動きを止めた。そして、ハジメの眼前で側面をパカリと開いた。

 

「……こんな仕掛けがあったなんてな。【氷雪洞窟】を攻略した奴だけが開けられる仕掛け、か」

「それ、なんだろうね。ユエを封印していたブロックの下にあったってことは、なにかユエに関係しているものって気がするけど……」

 

石柱の中には透明度の高い、一見するとダイヤモンドのようにも見えるピンボールくらいの大きさの鉱石が安置されていた。それを掌に乗せてマジマジと見つめるハジメの隣から、香織が推測を呟く。

そして、その推測が正しかったことは直ぐに証明された。

 

「……これオスカー達が使っていたのと同じタイプの映像記録用のアーティファクトみたいだな」

「それって……こんな場所に、そんなものを残す人なんて一人しか思いつかないよね」

「取り敢えず、起動させてみるか」

 

ハジメは、白い水晶に魔力を流し込んだ。

直後、暗い封印の部屋を白の混じった黄金の光が満たした。そして、目を細めるハジメと香織の前で、映像記録を残した者の語りが始まった。

それは、深い深い愛と、慈しみ、そして途轍もない覚悟と懺悔に満ちたもの。そして、聞く者の魂をどうしようもなく震えさせるほど、温かく優しい、切なる願いだった。

白金の光が収まり、十分程の映像記録がフッと消えた後には、表現の難しい、されど決して嫌なもののない余韻がハジメと香織を満たした。香織は、拭うことも忘れてするりするりと綺麗な涙を流している。

 

「……ユエに見せてあげなきゃ」

「そうだな。これは、ユエが見なきゃならないものだ。……香織、お前が預かっていてくれ。向こうじゃ、なにがあるか分からないしな」

「……うん。わかったよ」

 

ハジメの手から渡されたダイヤモンドの輝きを持つ鉱石を、香織は、宝物を扱うようにそっと受け取る。

 

「にしても、封印石の特性に関する詳細がわかったのは僥倖だったな。道理で“鉱物系鑑定”だけじゃ正体を掴みきれないわけだ。まぁ、サソリモドキを相手にした時点で気が付くべきだったと言えば、それまでだが……」

「ある意味、サイボーグ?みたいなものだね」

「ああ。おかげで、色々と制作意欲が湧いてきた。ミュウ達も待っているだろうし、さっさと戻ってアーティファクトを量産するか」

「アーティファクトの量産……すごい言葉だね」

 

若干引き攣ったような笑みを浮かべる香織に肩を竦めて、ハジメは、もう一度、ユエとの始まりの場所に視線を巡らせた。そして、一拍の瞑目の後、改めた決意を背にくるりと踵を返した。

その後を、香織がしずしずと付いて行く。

二人が振り返らず部屋から出た後、封印の部屋は再び闇に閉ざされた。しかし、そこには、全てを呑み込みそうな冷たい闇だけではなく、どこか包み込むような優しさが漂っているようだった。

 

 

南雲ハジメside out

 

────────────────────────

 

咫藍弖澟side

 

 

「全く、朱爀の奴め。あまり目立ちたくは無いとあれ程言ったでは無いか。お陰で面倒な目線を引くことになったでは無いか。」

 

私はハイリヒ王国の王宮内を歩いていた。決戦まで暇なので散歩気分で歩いているのだ。まぁ、手伝えることは手伝うがな。

 

「ん?汝は…………」

 

歩いていれば後方から走ってくる音がした。そちらに目をやると、この王宮の現所持者であるリリアーナ姫がいた。どうやら誰かを探しているようだな。

 

「あ!澟さん!!つかぬ事をお聞きしますが、朱爀さんは何処にいますか!?」

「朱爀?朱爀は戦力たる5人を迎えに行ったぞ?」

「えぇっ!?朱爀さんにその戦力がどれほどなのかお聞きしておきたかったのですが…………」

「彼奴、説明もせずに行ったのか…………私で良ければ心当たりのある奴が1人だけいるのだが、聞くか?」

「いいんですか!」

「いいも何も、彼奴が説明をしなかったのが悪い。1人はほぼ確定だが、ほかの4人は知らんぞ?」

「もちろん構いません!把握しておけばその分戦略は練れるはずですから!」

 

成程……此奴、絶対ワーカーホリックだ。何かしないと落ち着けない性分のはず。

 

「私の知る戦力はある意味で朱爀……いや、アキレウスと双璧を成すだろうな。欲を持ち、英雄であることを語り語られるのがアキレウスだとすれば、彼奴は無欲で謙虚なのだが、彼の行いから周りは英雄だと語られる奴だ。在り方が高潔過ぎて反感も抱けん。」

「ほえぇー、その人はいろんな人から愛されていたんですね。」

「……愛される、か。彼奴が聞けば愛されて等いない、などと言って素っ気なく返すだろうな。真っ当に過ごせなかった故か、何処か抜けてるところもある。」

「それで、どれほどの強さなんですか?」

「うぅむ、どれほど、か。正直分からんのだが……言えるのは彼奴が駆け回ったら此度集う戦士達が邪魔となるな。文字通り太陽が落ちるが如しだからな。」

「太陽が……落ちる……ですか?」

「あぁ、こちらの世界にいる太陽神の子でな、様々な神々と相見え、師事し、殺り合い、挙句の果てに神々の王の1人とすら言葉を交わしたとか。」

「…………神」

「昨日に朱爀が理不尽の権化と言ったのは確かだ。どんな形であれ、理不尽なのだからな。」

 

あぁ、神は理不尽だとも。ヘラの八つ当たりで死したものがどれ程か。私が信仰するアルテミスはどれ程のスウィーツ(恋愛)脳か。

 

「どちらにしろ地上はほかの4人と吾々だ。彼奴は【神域】に向かう。【神域】ならば別に破壊しても問題あるまい?」

「うへぇ、悪どい顔しちゃってますよこの人。……情報ありがとうございました!【神域】に向かうとてそれ程の力を持つ者が来るのならより一層士気が上がると思います!安心して目の前に集中出来ますしね。」

 

ありがとうございました〜!と、リリアーナ姫はそう言い残してスタタタターと走り去って行った。と、思えば、ダダダダダダッ!!!!と戻ってきた。

 

「り、澟さん!!ハジメさんから送られてくるアーティファクトの運搬を手伝ってくださいぃ!!!!運搬より量産が多いってどういうことなんでしょうか!?!?!?」

「………………私に聞かれても困る。分かったから行こう。」

 

未だに幼い子が代理と言えど王としての責務を果たそうとする。世界はほんと……

 

「…………理不尽塗れだな。」

 

私は、手伝いを頼んで戻って行ったリリアーナ姫の後を追うように歩き出した。はぁ、朱爀は今頃馬にでも食われてるだろう。

───────澟の言う通り、少し前から朱爀は3頭の馬に髪を引っ張られていた。

 

 

咫藍弖澟side out

 

────────────────────────

 

第三者side

 

 

魔王城の謁見の間での話し合いの後、ハジメ達はクラスメイト達を連れて魔王城に乗り込む前に地中へ転送しておいた貴重品を回収に行った。無事に回収できたゲートキーを使って世界各地へと散らばっていった。

もちろん、ゲートホールが設置されていない場所への連絡には直接出向かなければならないので、移動用のアーティファクトが必要になる。

ティオにしても、竜人族の里へ身一つで行くなら、帰る時はゲートを使えばいいが行きの片道だけでも数日は確実にかかってしまうので、高速飛行を可能にするアーティファクトが必要だった。

なので、攻略の証を使い、【ライセン大峡谷】にあるショートカットからオスカーの隠れ家に入ったハジメは、工房に残っていた材料で、優先的に小型版飛行アーティファクト“ミク・フェルニル”を作成した。

これは、言ってみればスカイボードである。サーフィンのボードのような形状で、空気抵抗などを空間魔法で軽減し、重力魔法で空を飛ぶ。操作はもちろん感応石だ。抵抗がないに等しく、使用者の肉体的負担も極めて小さいので、時速五百キロメートルは軽く出るという代物だ。

即席なので魔力消費が大きいという欠点はあるものの、ティオは言わずもがな、クラスメイトの魔力量は誰も彼も基準を大きく逸脱するレベルで保有しているので、片道くらいならどうにでもなる。

これにより、ハジメの扇動で魂に火をくべられたクラスメイト達が世界に散らばり、ゲートホールを通じて世界が急速に繋がり始めていた。

王都の郊外には、既にかなりの戦力が集まり始めており、野村健太郎を筆頭に土系統の適性のある者達や職人連中が急速に簡易的な防衛陣地を構築しているところだった。ここでも、ハジメが優先的に作ったアーティファクトが彼等の力を何倍にも跳ね上げており、作業を超効率化している。

ここまでで約一日。故郷(地球)からの戦力が来るまであと1日、世界の終わりが始まるまで残り2日。

着実に準備が整い始めた。

 

 

第三者side out

 

────────────────────────

 

南雲ハジメside

 

 

「いよいよ、明日ですね……」

「そうだな。明日のいつかは分からないけどな」

 

時刻は深夜の一歩手前の時間帯。エヒトの告げた大侵攻の日まで後一時間といったところ。場合によっては日付の変更と同時に、ということもありうるので、現在ハジメは、シアと共に出発の準備に関する最終チェックをしていた。

 

「ハジメさん」

「うん?」

「“仮に、私になにかあったとしても、必ずハジメやシアがなんとかしてくれる。心配することなんてなにもない”……そう言ってました」

「……ユエか」

「はいです。私は、“当たり前です”と答えました」

 

シアは、工房内の引き伸ばされた時間の中で、ハジメの使い捨て型の新アーティファクトにより半ば無理やり会得した、新たな能力に対する最終確認をしながら、静かな声音で話す。

 

「三日……これは、私達がユエさんを取り戻すための時間ではありますが……同時に、ユエさんの抵抗が尽きる時間でもあります」

「……そうだな」

 

そう、エヒトがユエの体を完全掌握する時間であり、それはユエが抵抗できない状態に追い込まれるタイムリミットでもある。誰も口にしなかったが、そのときのユエの状態がどうなっているのか……少なくとも楽観視できない状態だというのは確かだろう。

 

「それでも、私は信じています。ユエさんは無事であると。必ず取り戻せると。抵抗できなくても、ユエさんは、信じて私達を待ってくれていると」

「当然だ。ユエだぞ?あんな厨二病こじらせたイタイ奴に負けるかってんだ。まして、シアに叩き直されたばかりだからな」

「ふふ、そうですね。……でも、敵が強大であることには変わりません。今までの比ではありません。それこそ死線を越える覚悟が必要でしょう」

「……なにが言いたい?」

 

シアは、そこでくるりと振り返り、真っ直ぐにハジメを見た。その瞳に燃え盛る炎は、親友を奪われた怒りと敵に対する殺意、そして必ず取り戻すという決意がこれでもかと宿っていた。

思わず、ハジメをして息を呑ませるほどの意志を示すシアは、決意を言葉にして響かせた。

 

「私は、無茶をします。無理を押し通します。ユエさんを助けられないくらいなら玉砕する覚悟です。敵を一人でも道連れにして。私の生死はユエさんと共にありたいと思います」

「……なるほど。それで?」

「止めないで下さい。そして、どうかハジメさんも共に」

 

それは、場合によっては共に死んでくれという言葉だ。ユエだけが死んで、自分達だけ生き残るのは嫌だという我が儘だ。その我が儘に、ハジメも付き合ってくれという、どうしようもない言葉だ。もし、シアが物語のヒロインならば、大失格のセリフである。

だが、そんな常識的に考えればとんでもない言葉を贈られたハジメは、

 

「今更、なに言ってんだ?当たり前だろう。共に生きるか、共に死ぬか。二つに一つだ。シア、お前を逃がす気はないからな。直前になってビビるなよ?」

 

不敵な笑みを浮かべながらなんでもないように、もっと酷い我が儘を言うハジメに、しかし、シアはその答えが分かっていたように「くふふ」と嬉しそうな笑みを零した。

 

「はいです。一応、言葉にしておきたかっただけですよ。土壇場で『シア!お前だけでも!』なんてバッキャローなセリフを吐かれたら萎えますからね」

「まぁ、クラスの奴等曰く、俺は魔王より魔王らしいからな。所謂、魔王からは逃げられないってやつだ。そんなクソ寒いセリフは吐かねぇよ。まぁ、玉砕なんてことはないさ。欲しいものは全部手に入れるし、邪魔なものは全て破壊してやる」

「あはは、流石、ハジメさんですぅ。セリフが完全に魔王――悪役まっしぐらですぅ!」

 

ひとしきり可笑しそうに笑ったシアは、意気揚々とヴィレドリュッケンを肩に担ぎ、準備万端を態度で示した。そして、決意の篭った眼差しで口にする。

 

「さっさとユエさんを取り戻して……念願の三人エッチしましょうね!」

「……色々台無しだ、発情ウサギ」

 

楽しみですぅ~と呟きながら工房から出て行くシアの後ろ姿にツッコミと呆れの眼差しを送りつつ、一拍の後、しょうがない奴だと、愛しさと頼もしさを感じながら、ハジメは笑みを浮かべる。

そして、兵器の量産もノルマを達成し、準備万端となったハジメ達は地上組へ合流するため、遂に【オルクス大迷宮】の深部から出陣するのだった。

ゲートを通り抜けた先で、ハジメ達を出迎えたのは雫だった。

 

「ようやく来たわね。みんなが待っているわ。付いて来て」

 

それだけ言うとくるりと踵を返し、ゲートホールが設置されていた広場から眼前の無骨な要塞へと歩を進めていく。

一見して急造と分かる赤レンガ色の要塞は、しかし、その規模、構造からしてたった一日や二日で出来るものとは思えない完成度を誇っていた。チート土術師である野村健太郎を筆頭に王都や帝国の職人達へ、能力を何倍にも引き上げる神代級アーティファクトを大盤振る舞いした結果だろう。

その要塞や、数十万の戦力が野営している王都前の大平原は、深夜にもかかわらず明かりのアーティファクトで煌々と照らされていて、まるで昼間のように明るい。遠くに見える【ハイリヒ王国王都】や【神山】が、普段とは異なり外部からの光に照らされて陰影を晒す光景は、何とも不思議な感慨を覚えさせる。

そんな人工的な光に照らされて先導する雫の後ろ姿はなんだか随分と不機嫌そうだ。

 

「八重樫、なにかあったのか?」

 

思わずそう尋ねたハジメに、ピタリと立ち止まった雫は直後、勢いよく向き直るとツカツカと足音を立てながら歩み寄りグイッとハジメの腕を取った。そのままハジメの腕を胸の谷間に抱え込み、いわゆる“腕を組む”状態で密着しながら先を促す。

シア達が常にない雫の大胆な行動に目をぱちくりとさせる。

 

「おいおい、八重樫。本当にどうした?」

「雫よ。今更感はあるけど、雫と呼んでちょうだい。私も、ハジメって呼ぶから」

「はぁ?」

 

困惑するハジメに、雫は疲れたように溜息を吐きながら、その真意を説明する。

 

「皇帝陛下が鬱陶しいのよ。なにかと理由を付けては私を傍におこうとするし、口説いてくるし……そのくせ、建前は一々的を射ている上に、やることは完璧にこなしているから文句も言えないし」

 

どうやら、ガハルドにちょっかいをかけられて辟易していたらしい。

 

「そういうときは俺の名前を出していいって言っただろう?」

「言ったわよ。私が、す、好きなのは、なぐ、ハ、ハジメだって」

「テレテレじゃねぇか。で?それでも絡んできたなら連絡すれば良かったろ」

 

そこで、雫は不機嫌そうな表情から困ったような表情になった。

 

「……これくらいのことで面倒はかけたくなかったのよ。なにせ、ハ、ハジメは、連合軍の勝利の鍵なんだから。それに、あのエヒトに勝つためには色々と対策を練る必要もあるでしょう?」

「そういう気遣いはしなくていいんだよ。ゲート開いて銃弾しこたまぶち込んだら終わりなんだし」

「ふふ、そうするだろうなって思ったから遠慮したのよ。ゴム弾でも一国のリーダーにダメージ与えるのは、ね?だから代わりに、今、こうして甘えさせてもらってるの。会議室には皇帝陛下もいるから見せつけておくっていう意図もあるのだけどね」

「なるほど」

「そういうわけだから、シア達も少しだけ許してね?」

 

ちょっと申し訳なさそうな表情でそう言う雫に、シア達も気にするなと微笑みを返した。

ちなみに、この場にレミアとミュウはいないが二人が従えるデモンレンジャー達はいる。自分達も要塞内での雑用なら出来ると付いて来ることを望んだミュウ達だったが、ハジメが頑として譲らなかった。だが、世界の危機で、ユエお姉ちゃんの一大事になにも出来ないというのはミュウの心を些か以上に凹ませたらしく、ならばと、ハジメは生体ゴーレム達に遠隔操作機能を付けたのだ。

オスカーの隠れ家という安全地帯から、視覚やら音を共有できる上に、きちんと指示も届く。それでミュウも出来ることがあると納得してくれたわけだ。パパは娘にダダ甘である。

道中、兵士達の「あれが……」といった呟きと共に畏敬の念が篭った眼差しを受けつつ、雫がガハルドに与えられたストレスを、そんな兵士達の視線に恥ずかしそうにしながらもハジメに甘えることで解消し、ある程度回復できたころ、ちょうど要塞内の大きな広間へと到着した。

要塞内の大きな広間には大きなテーブルが置かれ、上座にはリリアーナやランデル、ガハルド、そしてアルフレリック、カムなどが愛子を中心に座っており、愛子は随分と緊張した面持ちでちょこんと座していた。それを見ただけで、“豊穣の女神”が表に立っていると分かる。

更に視線を巡らせば、見知った顔が多くあった。【アンカジ公国】のランズィやビィズ、ギルドマスターのバルス、イルワ、キャサリン、何故か服屋の化けも――クリスタベル。

それぞれの国で見た軍の司令達と、各代表の側近達、それにクラスメイトを代表して永山と園部、澟がいた。

なお、ランデルはリリアーナの隣に座っているものの、体面的な側面が強く、ハイリヒ王国の代表はリリアーナが務めるようだ。

彼等は、ハジメが入って来た途端、「やっと来たか!」といった表情になり、次いで、雫をべったりと張り付かせていることに頬を引き攣らせた。

時間に遅れたわけではないが、世界の重鎮達を待たせておいて、女を侍らせて来るとかどんな神経してんだ……という感じだろう。

もっとも、そんな反応を表情だけで済ませているのは側近達だけであり、重鎮中の重鎮、各勢力の代表達は総じて、椅子をガタッ!とさせた。

 

「おいおいおい、南雲ハジメぇ。雫を侍らすたぁ、俺への当てつけか? あぁ?」

「南雲さん!?なぜ、雫とイチャついているのですか!?」

「や、八重樫さん?せ、先生は、そういうのどうかと思いますよ? あなたはもう少し節度あるお付き合いが出来る人だと思っていたのに……うらやま……じゃなくてハレンチですよ!」

「貴様ぁ、か、香織の前で、その親友にまで手を出すとはっ!香織!やっぱり余はお前を諦めんぞ!その悪魔から必ず引き離してやるぅ!」

「流石ですっ、ボス!最愛の女性をさらわれてなお、新しい女を侍らせて余裕の態度とはっ!決戦前の景気づけに酒池肉林ですかっへぼぁ!?」

「全く、汝も汝で何をしているのだ…………」

 

上から順にガハルド、リリアーナ、愛子、ランデル、カム、澟である。カムが重鎮扱いで上座にいるのは首狩りウサギの名と所業が浸透している証なのだろうが、ハジメに抜き撃ちをされて床をのたうち回る姿を見れば威厳は皆無である。傍らのシアが両手で顔を覆ってぷるぷるしながら羞恥に耐えている。

 

「雫がこうなってんのは全てガハルドのせいだ。文句はそいつに言え。あと、ガハルドは、漢女になるか雫にちょっかいかけるのを止めるか選べ」

「あらあらん♡ハジメちゃんたら、また同胞を増やしてくれるのん?もうっ、私への贈り物を欠かさないなんてぇ!愛してるわん!」

 

魔法少女のようなヒラヒラの格好をした色んな意味できついクリスタベルが、イヤンイヤンと身をくねらせながらハジメに流し目を送る。

ハジメはドンナーを抜きたい衝動を必死に抑えつつ、ガハルドに視線で「これの仲間にするぞ」と訴えた。ガハルドが豪放磊落な皇帝陛下らしくない萎縮した様子ですごすごと引き下がった。彼をして、クリスタベルの異様はキツかったらしい。

そんな人類の滅亡を賭けた決戦前とは思えないトップ陣の姿に、会議室にいる他の者達は何とも微妙な表情だった。余裕がある(ように見える)態度に頼もしいと喜ぶべきか、それとも緊張感に欠けると不安に思うべきか。

ハジメが席に着く。合わせてシア達も席に着いた。ハジメ以外にもきちんと席が設けられているのは、【神域】突入組の重要性がわかっているからだろう。

最終会議を執り行おうとした途端、また広間の扉が開いた。そこから現れたのは6人の男女。

1人は言わずもがな燦嘹朱爀だ。

他は大柄で強面な紅い髪と髭を生やし豪勢なマントを羽織る男や薄桃色の髪をおさげにした腰に少しだけ鎧を付けた白マントを羽織る少女、バーテンダーの様な服を着た童顔の少年、金髪蒼眼で鎧を着込み、身の丈の倍は確実にある旗を片手に持った女性手前の少女、胸元以外を黄金の鎧で身を包みその身の丈程ある黄金の槍を持った白髪赤目の青年。

 

「よぉ、大幅に遅れて悪ぃな!本当なら昨日だったんだがよ、偵察機ぶった斬んのに時間食った。」

「誰だおめぇ?此処が何処か分かってんのかぁ?」

 

朱爀に対して威嚇するガハルド。確かに場違いにも程がある登場の仕方だろう。他の重鎮達も顔を顰めていた。

 

「ありゃ?リリアーナ姫から聞いてなかったか?1線級の戦力5人を連れて来るって。」

「確かに聞いたけどよぉ、一人で出来る事にも限りがあるのは知ってるかぁ?」

「すまんが時間が残り少ない。疾く始めた方がいいのでは?」

「あぁ?……お、おう。」

 

白髪赤目の青年からそう言われ、気を取り直して始まった最終会議は、装備・兵器の配置や分配、習得率、大侵攻時における行動指針、指揮系統の確認など、およそ認識を共通すべきことの確認に終始した。

ハジメが生産に勤しんでいる間に、トップ陣で話は付いていたようだ。元々、対魔人族戦に備えて人間族側は同盟を結び長年に渡って話し合ってきたわけであるから、大きな問題はなかったのだろう。

冒険者や傭兵などの戦力もギルドマスター達が取り纏めを行うものの、きちんと軍と連携できるようである。それもまた、戦争時における冒険者達の義務というやつらしい。

問題は、そこに加入する亜人族達やだが、彼等は彼等で独自の指揮系統があるので、無理に組み込むのは悪手。なので、遊撃や人間族側のサポートなど穴を埋めるように動くことにしたらしい。

現在、クラスメイト達やハウリアが中心となってハジメのアーティファクトの使用方法と効果を伝えているところらしいが、特殊な魔法陣や詠唱がいるわけでもなく、誰でも使える(・・・・・・)という現代兵器の特徴的な気安さもあって特に問題はないようだ。今も、耳を澄ませば遠くで乾いた音や爆発音が断続的に響いている。

要塞は一先ず完成ということにして、現在は塹壕堀りなどフィールド形成に終始しているらしい。要塞は、銃座を置く場所や多様な射線を取れること、相手にとって視界の妨げになるという意味では有用だが、使徒の分解能力に抗する防御能力はないので、あくまで簡易的なものだ。ハジメの新アーティファクトを使用した有利な戦場の形成が一番の力の入れどころなのである。

 

「際どいところだが、どうにか形になったようだな。これも“豊穣の女神”の恩恵か」

 

ハジメが、少し感心したように愛子達へ視線を巡らせる。本当は、今話に聞いた状況の半分も準備は整わないだろうと考えていたのだ。ハジメの予想を上回り準備が進んだのは、ひとえに強力な旗頭が存在したおかげだろう。

人々の意識の中に、明確な危機感と義憤、そして連帯感が生まれた結果なのだ。一人一人が“言われたからやる”のではなく、“自分もやらなければ”と思ったからこそ、ここまで迅速な準備が出来たのだろう。

 

「……そうですね。ある意味、集団心理の怖さを改めて知った気分です。愛子さんコワイ」

「んなっ。リリィさんだって、ノリノリで扇動してたじゃないですか!瞳なんかウルウルさせて、祈るみたいに手を組んで、悲壮感たっぷりに『私は戦います。たとえ一人でも!』なんて言っちゃって。私、見てたんですからね!それを見聞きしてた人達が一緒に戦うと気勢を上げたとき、こっそり笑ってたでしょ!まさに王女コワイ、ですよ!」

「わ、笑ってなんていませんよ。変なこと言わないで下さい。これでハジメさんに褒めてもらえるかも、なんて思ってませんでしたらね?本当ですよ?」

「王女も女神も、どっちも普通にドン引きだったつぅの。皇帝の座に就いてから、一番引いたぜ」

 

王女と女神が低レベルの言い合いをしている隣で、嫌なものを見たという態度を隠しもしない皇帝陛下。

見れば、樹海の長老もギルドのマスターも、砂漠の領主も同じような表情になっている。首狩りの族長だけ、何故かハジメにサムズアップを決めていたが。

そんなこんなで大体の話が終わり、会議も終わりに近づいた頃、しみじとした様子でアンカジ公国のランズィが口を開いた。

 

「それにしても、我が公国の英雄が、遂には世界の英雄か……やはり、あのときの決断は間違いではなかったようだ」

 

それに同調するように、ブルックの町の冒険者ギルド受付嬢・キャサリンが深く頷く。

 

「初めてうちに来たときから、何か大きなことをやらかしそうだとは思っていたけれどねぇ。でも、まさか世界の命運を左右するまでになるなんて……流石のあたしも、予想しきれなかったよ」

「そうですね。フューレンで大暴れしてくれたときは、まだまだ何かやらかすだろうとは思っていましたし、あるいは世界の秘密に関する何らかの騒動に関わるだろうとは思っていましたが……それが世界の存亡をかけた戦いとは。はぁ、胃が痛い。もう“イルワ支部長の懐刀”なんて肩書きは恥ずかしくて使えませんね」

「あらん?私は最初からわかっていたわん。ハジメちゃんならいつか魔王だって倒すって。それに、いつも漢女を贈って来てくれるのは、来るべき日に備えておけっていう意味だって、私、ちゃ~~んと分かっていたわ。いい漢女は、察しもいいのよん!」

 

バチコンッと強烈なウインクをかますクリスタベル。断じて、そんな危なすぎる戦力の拡大を図ったわけではない。ハジメが頬を引き攣らせる。しかし、ランズィ達を始め、他の重鎮達が、同情とも悲愴とも取れる複雑で気遣うような色を瞳に宿しているのを見て、殊更明るく振舞っているように見える理由を察する。

故に、ハジメは何でもないように肩を竦めて、懐かしさすら感じる面子に不敵な笑みを返した。

 

「別に不思議でも何でもないだろう?空気の読めない馬鹿な自称神が、俺の女に手を出した。だから、死ぬ。それだけのことだ。あんたらも、この程度の戦い、余裕で生き残ってくれよ?ユエを連れ帰ったら、もう一度くらいあんたらの町に遊びに行くからよ。今度は冒険なしに、のんびりと観光でな」

 

当然、言葉通りの簡単な戦いではない。死闘に死闘が重なるような、歴史上類を見ない人類総決戦。間違いなく、神話の一ページを飾るであろう聖戦だ。だが、だからこそ、うそぶくハジメの態度に、ランズィ達は揃って「あぁ、そう言われては仕方ない。勝とうじゃないか」と逆に励まされる。それは、会議室にいる全ての者達も同じであった。

と、そのとき、にわかに外が騒がしくなった。会議室の者達が「すわっ、侵攻が始まったかっ」と顔に緊張感を滲ませる。

そこへ、慌てた様子で駆け込んで来た兵士が期待と畏怖の混じった大声で報告した。

 

「ひ、広場の転移陣から多数の竜が出現!助力に来た竜人族とのことです!」

 

どうやら最後の頼れる仲間が帰って来たらしい。

ハジメは唇の端を釣り上げるとスっと立ち上がり、シア達を連れて会議室を出て行った。他の者達も、一瞬、顔を見合わせた後、伝説の竜人一族と聞いて動揺しつつハジメの後を追うのだった。

 

「ご主人様よ!愛しの下僕が帰って来たのじゃ!さぁ愛でてたもう!」

 

黒竜姿から一瞬で人型に戻ったティオが、周囲の竜化した同族や、彼等を見て呆気に取られている人々を華麗に放置してハジメの胸元へダイブした。

なので、当然、ハジメは発砲する。

 

ドパンッ!

 

と、お馴染みの音が響き、特性のゴム弾がハァハァしながら期待の眼差しでルパ〇ダイブを決めてくるティオの額を弾き飛ばした。

 

空中で華麗な後方三回転を決めてから、ハジメの眼前で地面に後頭部を強打するティオ。

場が、虫まで遠慮したかのように静寂に満たされた。誰もが事態を把握できずに絶句する中、撃墜されたティオは恍惚の表情でビクンッビクンッとブリッジしながら体を震わせつつ、そのままぬるりと予備動作なく起き上がった。その気持ち悪い動きと、だらしの無い表情に周囲がドン引きする。

 

「み、三日振りのお仕置き……ハァハァ、あぁん、我慢し過ぎたせいで余計に感じちゃうのじゃ……んっ」

「お帰り、ティオ。間に合ったようで何よりだ。竜化状態で転移して来るなんてな。……いいデモンストレーションだったぞ?」

「ふふ、そうじゃろ? 五百年も引き篭っておった伝説の種族じゃ。どうせなら士気に一役買おうと思っての。……うむ、度肝を抜けたようで何よりじゃ」

 

何事もなかったように会話を進めるハジメとティオに、周囲はやっぱり付いて来られない。度肝を抜かれたのは竜人一族が転移して来たからというより、ハジメとティオのやり取りが主な原因なのだが、ティオは目論見が成功したと胸を張っている。

朱爀と紅い髪と髭を持った大男は笑っているが。

 

「ティオさん、お帰りなさい。でも、一応言わせてもらうなら、この微妙な雰囲気はハジメさんとティオさんのアブノーマルなくせに自然すぎる関係を見せつけられたからだと思いますよ?」

「うん。改めて思うけど、ハジメくんも大概だよね」

「ある意味、ハジメはティオさんの主になるべくしてなったと言う感じかしら?衝撃の光景なのに自然に感じられてしまう自分の慣れが怖いわ」

 

見兼ねた?シア、香織、雫が呆れ顔でツッコミを入れた。ハジメとティオはキョトンとしている。色々と手遅れのようだ。

と、そこで、広場に出現した六体の竜が輝き出し、次の瞬間には六人の人影が現れた。全員が男だ。筋骨隆々の姿で、ティオと同じように和服に酷似した服装をしている。誰も彼もイケメンだ。だが、髪色は竜化時の鱗の色と同じくカラフルだ。緋色、藍色、琥珀色、紺色、灰色、深緑色、とバラバラである。

その内の緋色の髪をした、一際威厳を放つ初老の男がハジメ達の前に進み出て来た。ハジメの後ろには追いかけ来たリリアーナ達――各国の重鎮もいる。彼等に対しても全く気後れする様子のない確かな足取りと、まるで大樹そのものが近寄って来ているかのような“重み”は、ごく自然と“彼は王だ”と理解させられるものだった。

リリアーナやガハルド、アルフレリックなど、各国のリーダーをして僅かにたじろがせる偉丈夫は、しかし、ハジメが己の威圧を柳に風と受け流しているのを見て取るや否やスっと目を細めた。それは剣呑なものではなく、興味深さと感心が入り混じったものだ。

 

「ハイリヒ王国リリアーナ・S・B・ハイリヒ殿、ヘルシャー帝国ガハルド・D・ヘルシャー殿、フェアベルゲンの長老アルフレリック・ハイピスト殿。お初にお目にかかる。私は、竜人族の長、アドゥル・クラルス。此度の危難、我等竜人族も参戦させて頂く。里には未だ同胞が控えておりゲートを通じて何時でも召喚可能だ。使徒との戦いでは役に立てるだろう。宜しく頼む」

 

決して大きな声ではない。むしろ穏やかさすら感じさせるのに、遠巻きに眺めていた兵士達の隅々にまで届いた言葉に、「おぉ」と響めきが響いた。物語の中にしか登場しない伝説の種族が本当に生き残っていて、この危急存亡の秋に共に戦おうというのだ。先に竜化の威容を見せつけられたこともあり、兵士達の士気はかなり上がったようである。

リリアーナ達が口々に返礼し、アドゥルは鷹揚に頷いた。見た目の厳つさに反して気質は穏やからしい。理知的で全てを包み込むような包容力を感じさせる。流石は、ユエがかつて見本とした種族というべきか。彼こそが本来の竜人族というものなのだろう。

ハジメ達は、瞳に全力で残念さを込めてティオに視線を送った。「ん?」と首を捻っている。まるで分かっていなさそうだ。

アドゥル達は侵攻時の行動指針について話し合うべくリリアーナ達と会議室に向かうようだ。無論、朱爀達も向かう。

【神域】突入組には関係ないので、ハジメ達は残る。雫とティオが合流したのでアーティファクトの受け渡しや【神域】での行動について話し合う必要があるのだ。

だが、その前に藍色の髪をした竜人がハジメの方へ歩み寄って来た。実は、ハジメが現れた時点で凄まじい眼光を向けていたのだが、場を弁えてアドゥルの挨拶が終わるまで待っていたらしい。二十代前半くらいの美丈夫だ。というか、やって来た竜人は皆、凄まじいイケメン揃いである。

 

「……貴様。姫に、いったい何をした?」

 

押し殺したような声音で真っ直ぐにハジメを睨み付けながら、そう問う藍色の竜人に、ハジメは珍しくキョトンとした表情を晒して視線をリリアーナの方へと向けた。ハジメに限らず、皆の中で“姫”と言えばリリアーナだ。

表舞台に出ていないはずの竜人族と何か関係でもあるのかとリリアーナに視線が集まるが、リリアーナ自身も心当たりなどなく、ぶんぶんと首を振る。

 

「どこを見ている!竜人が姫と言ったらティオ様のことに決まっているだろう!」

 

その言葉にハジメ達は固まった。ギギギと音が鳴りそうな様子で視線をティオに向ける。するとティオは、まるで家族には“ちゃん付け”で呼ばれていることを同級生に知られた思春期男子の如き恥ずかしげな様子で、頬をポッと染めて視線を逸らした。

ハジメが呟く。

 

「姫?」

 

シアが呟く。

 

「姫?」

 

香織が呟く。

 

「姫?」

 

雫が呟く。

 

「姫?」

 

朱爀が呟く。

 

「は、変態が?」

 

そして、皆で一斉に声を揃えながら呟いた。

 

「「「「「「ないわ~」」」」」」

 

ティオが咆える。

 

「な、なんじゃ!姫と呼ばれとったら悪いか!一応、族長の孫なんじゃから、そう呼ばれてもおかしくなかろう!」

「あ~、うん、そうだな。ティオ姫。何か悪いな。ティオ姫」

「すみません、ティオ姫。何か語呂が悪いけれど、これからはティオ姫って呼ばせて貰いますね? ティオ姫」

「う、うん、おかしくないよ? ティオ姫? うん、いいと思うよ? ティオ姫」

「い、いいと思うわ。たとえ、あれな感じでも姫は姫だものね? ティオ姫」

「箱入りにならないだけマシだと思うぞティオ姫様」

 

羞恥から顔を真っ赤に染めたティオがぷるぷると震えながら涙目で再度咆えた。

 

「ぬがー!止めてたもう!何だか物凄く恥ずかしいのじゃ!お願いじゃから今まで通りに呼んでおくれ!こんな羞恥はちっとも気持ちよくないのじゃ!」

「何だよ、いいじゃねぇかティオ姫。可愛いじゃないかティオ姫。素晴らしい響きだぞティオ姫。もっと早く教えてくれよティオ姫。これからもずっとティオ姫」

「止めてたもうぉ~」

 

顔を覆って身悶えしながら蹲ってしまったティオに近づき、その耳元で更に姫を連呼するハジメ。その表情は嗜虐心と慈しみが見事に調和した絶妙とも言えるドS顔だった。やはり、ティオ変態の主はハジメしかいないと誰もが納得しつつ、ハジメに呆れきった眼差しを向ける。

そこへ、微妙に空気になってしまっていた藍色の竜人が殺人鬼のような眼差しでハジメに声を張り上げた。

 

「貴様ぁ、姫様に対して何という侮辱を……やはり、何か怪しげなアーティファクトでも使って洗脳したのだろう!」

 

何だか、どこぞの勇者(笑)を彷彿とさせる発言だ。

 

「これ、リスタス。余りご主人様に失礼なことを言うでない。何度も言ったが、妾は本心からご主人様をお慕いしておる。いくら弟分とは言え、失礼が過ぎれば妾が黙っておらんぞ」

「っ、姫様!貴女は騙されているのです!目をお覚ましになって下さい!」

「むぅ、お前と言う奴は。何を根拠にそんなことを」

 

ティオにリスタスと呼ばれた藍色の竜人は、駄々を捏ねる子供を見るような眼差しをティオから向けられて、遂に堪忍袋の尾が切れたとでもいうように、心からの、それはもう壮絶なまでに感情の篭った心からの怒声を上げた。

 

「竜人族の姫が、こんなに変態なはずがないでしょうっ!!!」

「「「「「確かに」」」」」

 

その場の全員が一斉に頷いた。確かに、もっともな指摘だった。

 

「里を出る前の姫様は、聡明で情に厚く、その実力も族長と同等以上。誰からも親しみと畏敬の念を抱かれる偉大なお方でした!断じて痛みに恍惚の表情を浮かべることも罵られて身悶えすることもまして羞恥に蹲りながらも微妙に嬉しそうな笑みを浮かべることもありませんでした!そこの人間が何かよからぬことをしたと考えるのが自然でしょう!」

「「「「「確かに」」」」」

 

再度、その場の全員が一斉に頷いた。確かにもっともな指摘だった。

 

「ま、まして、そのような人間の少年を、ご、ご主人様な、ななな、などと!有り得ない!」

 

竜人族の隠れ里にいた頃のティオは、さぞかし族長の孫娘として文句のつけようのない魅力的な女性だったのだろう。今でこそ手のつけようのない変態ではあるが、随所で見せる聡明さや思慮深さ、そして仲間の為なら我が身も顧みない情の厚さと胆力は、ハジメ達にも十分伝わっているティオの魅力だ。

その姿しか知らない彼等からすれば、変態と化したティオは、まるで別人に見えたことだろう。おそらく、帰郷した際、記録映像を見せたりハジメ達のことを説明したりする過程で、その変態性を同族達へ存分に見せつけたのだ。

帰って来たら誰からも愛される姫がド変態になっていた……彼等の心中は察して余りある。

だが、それにしてもリスタスの憤りは少々行き過ぎな気がしないでもない。彼以外の竜人達は、ハジメに対してそれほど非友好的な眼差しは送っていない。むしろ、ティオが選んだ男というのがどういう人間なのか、興味があるといった様子だ。

更にヒートアップして言い募ろうとするリスタスだったが、そこで嗜めるような声が響いた。

 

「リスタス、いい加減にしなさい」

「ぞ、族長……しかし!」

 

アドゥルがリスタスを諌めるものの、リスタスは納得のいかない表情だ。そんなリスタスに、アドゥルは少し面白げに目を細めながら口を開く。

 

「ティオが選んだことだ。もし、本当に洗脳でもされているのなら、私が気がつかないはずがない。ティオは本心から彼を慕っているのだよ。もっとも、私とてティオの変化には度肝を抜かれたが……」

「でしたら!」

「だが、その変化も、ティオ自身が幸せであるなら私は構わない。あの子は隠れ里での生に飽いていた。竜人の矜持と自身の立場から掟を忠実に守ってきたが……やり場のない暗く重いものを抱え続けて、心は乾いていたに違いない。半ば無理やり此度の任務に就いたのも、無意識に“何か”を求めたからだろう。ティオは、その“何か”を見つけたのだ。そして、嬉しそうに笑っている。十分ではないか」

「そ、それは……」

「爺様……」

 

リスタスが言葉に詰まる。そして、ティオもまた慈愛に満ちた眼差しをアドゥルから向けられて頬を綻ばせた。

 

「それにな、リスタス。竜人族ともあろう者が、嫉妬を隠して建前で八つ当たりとは感心せんぞ?」

「な、何をっ」

「何を動揺している。自分より弱い者を伴侶にする気はないというティオの言葉に従って、お前が日々己を鍛えていたことは里中の者が知っていることだ。ティオの婚約者候補達に勝負を挑み続けておいて知られていないと思ったか?」

 

動揺をあらわにするリスタスに、アドゥルは少々呆れた表情になった。ハジメが傍らのティオに視線を向ければ、ティオが困ったような表情をしながら見返してくる。どうやら、ティオも知っていたらしい。しかも小声で、「あやつらも婚約者候補じゃ」と、その視線を他の竜人達に巡らせた。

彼等は興味深そうに、顔を近づけてひそひそと語り合うハジメとティオの姿に目を細めている。リスタスの眼が再び釣り上がった。何と、故郷でのティオは本気でモテる女だったようだ。少なくとも、変態的な姿を見ても、すぐさま幻滅されない程度には慕われているようである。

アドゥルがリリアーナ達に「少し時間を」と断りを入れてから、その視線をハジメに向けた。

 

「初めまして、南雲ハジメ君。君のことはティオから聞いている。魔王城での戦い振りも見せてもらった。神を屠るとは見事だ。我等では束になっても敵うまい」

「初めまして、アドゥル殿。貴方の孫娘の変な扉を開いてしまったのは俺が原因です。決戦前ではありますが、一発くらい殴られる覚悟はありますよ」

 

周囲がざわついた。主にハジメが敬語を使ったことが原因で。そこかしこから「誰か回復魔法をっ!」とか「魔王ご乱心!」とか「人類の切り札がこんなところで……世界はもう終わりだっ!」とか聞こえてくる。

同時にハジメの体が光に包まれた。香織からの回復魔法だ。シアがヴィレドリュッケンを構えている。殴って治す気だろう。雫は顔を覆っていた。まるで取り返しの付かない悲劇でも見てしまったかのようだ。

そして、傍らのティオはドン引きしていた。

ハジメの頬が盛大にピクる。

 

「ふむ。映像や聞いていた話と少し異なるようだが……周囲の反応も普段の君と違うと言っているようだ」

「まぁ、ティオの身内なんで。竜人族の族長ならタメで話しますが、ティオの祖父とあらば、言葉遣いくらいは改めますよ」

「ほぅ!ティオの祖父だから、か。ふふっ、なるほど、なるほど」

 

アドゥルはハジメの言葉に少し嬉しそうに相好を崩した。途端、今までの威厳が霧散し、好々爺とした雰囲気となる。ドン引きしていたティオも、ハジメの異常な態度の理由を聞いて、何だか甘いものでも食べさせられたようなほわっとした表情になった。

 

「では、せっかくだ。ハジメくんと呼ばせて貰おうか。ハジメくん、君を殴るつもりはない。さっきも言ったが、ティオが本心から笑えているならば私はそれで十分だ。むしろ、己の信条のために五百年も独り身を貫く頑固者を受け入れてくれているようで嬉しいくらいだよ」

「そう、ですか?」

「うむ。幸せなら性癖など些細ことだ。それよりも、聞きたいのは君の最愛の姫君についてだ」

 

アドゥルの大物な発言に微妙な表情のハジメは、その言葉に訝しそうな表情になった。最愛の姫君と言われればユエ以外思いつかない。

 

「映像記録は見せてもらった。あの幼い吸血鬼の姫が生きていたとは驚きだ。そして、孫娘と同じ者を愛するとは、真、縁とは不思議なものだ。アレーティア姫……いや、今はユエだったか。彼女が君の最愛なのだろう?」

「ええ、そうです」

 

即答するハジメに、アドゥルは特に表情を変えず頷く。代わりに、他の竜人族は剣呑に目を細めた。リスタスなど今にも怒声を上げそうだ。ティオと親密以上の関係を築きながら、他の女を最愛といったことが気に食わないのだろう。

 

「私も孫娘を思う祖父だ。五百年前の大迫害の際、命を落としたあの子の両親――息子夫婦にも誓いを立てた。必ず守ると。故に、君がティオを愛せないというなら、たとえティオがそれでも構わないと言っても、やはり思うところはある。最愛(・・)の孫娘は、一番に想ってくれる者に任せたいと思うのが親心というものだろう?」

「確かに」

 

アドゥルの眼差しが真っ直ぐにハジメを貫いた。

アドゥルは聞きたいのだろう。ハジメのティオに対する本心を。ティオがハジメと【神域】へ踏み込むと分かっているからこそ、そして、己が使徒達と死闘を演じることになると分かっているからこそ、もしかしたら今生の別れになるかもしれない孫娘が心を寄せた相手のことを知らずにはいられないのだ。

ハジメはゆっくりと視線を巡らせた。リスタス達竜人族、シア達、アドゥル。そして、最後にティオ。

ティオはハジメに真っ直ぐ見つめられて少し頬を染めながらも気圧されたように一歩後退りそうになった。

だが、その前にハジメの腕が伸びる。その腕は下がりそうなティオの腰を捕まえると、そのままグイッと引き寄せた。さも、これは俺のものだとでもいうように。ティオが益々、赤く染まっていく。いつもの変態はどうしたとツッコミたくなるほど何だかしおらしい。

ハジメはティオを抱き寄せたままアドゥルに向き直る。そして、静かではあるが力強い声音で口を開いた。

 

「最近、よく言われるんですが、俺、魔王らしいんで」

「ふむ?」

「だから、欲しいものは全部手に入れますし、邪魔するものは全部ぶっ飛ばします」

 

ざわつく外野。アドゥルは静かに聞いている。そんなアドゥルにハジメははっきりと告げた。

 

「俺はティオが欲しい」

 

ハジメに抱かれるティオがビクンと震えた。目を大きく見開きながら一心にハジメを見つめている。

 

「もう、ティオがどう思うか何て関係ない。今更逃がすつもりはない。確かに、ユエは俺の最愛ですが……それでも、ティオを愛しいと思う。だから――」

「だから?」

 

アドゥルが尋ねる。ハジメは、一度リスタス達へ視線を巡らせた後、アドゥルへ不敵な笑みを浮かべながら言い放った。

 

「ティオはもう、俺のものだ。俺が気に食わないってんなら、力尽くで奪って見せろ。何時でも、何処でも、何度でも、受けて立ってやるよ」

 

その余りに理不尽で自分勝手で滅茶苦茶な言葉に、成り行きを見守っていた竜人族を筆頭に周囲の者達は絶句する。シア達だけは「仕方ないなぁ」みたいな表情をしている。

 

そして、ハジメの本心を聞きたがったアドゥルはというと、

 

「確かに理不尽の権化――御伽噺の中の魔王のようだ。ふふっ、なるほど。私の孫娘は魔王の手に堕ちたわけか。世界を救うかもしれない魔王の手に。くははっ」

 

可笑しそうに笑い声を上げた。そうして一頻り笑った後、その眼差しをティオに向け何かに納得したように頷いた。

 

「良い顔をする。里では終ぞ見なかった表情だ。里で説明してきた通り、お前は皆に愛され、そして愛しているのだな」

「爺様。その通りじゃ。妾はご主人様だけでなく、ユエ達のことも愛しておる。そして今、確信したのじゃ。皆にも愛されておるとな。幸せ過ぎて、今なら一人で神をも弑逆できそうじゃ」

 

ティオの返答に更に深い笑みを浮かべたアドゥルは、スっと居住まいを正すとハジメに視線を向けた。そして、頭を下げた。

 

「では、魔王殿。貴殿の最愛共々、孫娘を宜しく頼む」

「……確かに、頼まれました。この命が果てるその時まで」

 

再び敬語に戻ったハジメの言葉に、アドゥルは何やら肩の荷を下ろしたような、安心した表情で頷くと、くるりと踵を返してリリアーナ達に向き直った。私事で時間を取らせたことを詫びつつ会議室へと促す。

ついでに、ハジメの宣言にたじろいでいたリスタス達にも喝を入れつつ追従を促した。

リリアーナや愛子が滅茶苦茶羨ましそうな、あるいは物欲しそうな表情をハジメに向けていたが、周囲に促されて仕方なく、されど、それはもう未練たらしくチラチラと振り返りながら要塞の中へと戻っていった。

重鎮達の姿が消えて次第にばらけていった野次馬だったが、いつの間にか集まっていたクラスメイト達を筆頭に残った者が「やべぇ、南雲、マジエロゲ主人公」とか「はぁはぁ、魔王様……はぁはぁ」とか「理不尽すぎる……でも、私もそんな理不尽にさらされたい!」とか「ハジメ様のハーレム……さりげなく加われば、あるいは」などと雑音を響かせていた。

 

 

南雲ハジメside out

 

────────────────────────

 

燦嘹朱爀side

 

 

ハジメ達が束の間の休息を取っている時、広間では会議が続いていた。竜人族という強大な戦力を得たからか、皆意気揚々としている。

 

「では、竜人族の皆様には空を飛ぶノイント達の相手をお願いたします。」

「心得た。神の使徒ノイントは空を飛ぶのか。空が我らの領域であることを示してくれよう。」

 

戦場においては粗方決まっていたので、竜人族には人族や亜人族が手を出せない空を担当してもらうことが決まった。しかし…………

 

「これで大方の方針は決まった訳だが……てめぇらはどうすんだ?ってか何もんだ?」

「ふむ、ティオからは1線級が5人としか聞いてないのだが…………我々にも教えてくれぬか?でなくば背中を預けられん。」

 

イマイチ信用仕切れてないのか、若干威圧を込めるガハルドとリリアーナやハジメと違って教えられていないことが気になるのか尋ねるアドゥル。その反応を見た謎の5人組の反応はそれぞれだった。

 

「ガッハッハッハッハッ!!そりゃあこんな反応するわなぁ!!!!あぁすまんな!我が名は征服王イスカンダル!こことは異なる世界を征服した王よ!!此度はこの世界が終焉という名の征服を受けると聞いてな。征服とは何たるかを教えてやろうと思ったまでよ!!」

 

紅い髪と髭を持った大男が高笑いしながらいきなり王、それも世界を統べた王と豪語したしたことに一同目を白黒させた。

 

「世界を征服した王だと?王様が1線級とかどういうこった?」

「おぉ!気になるか?教えてやってもいいが1つ、我が軍門に降る気はあるか?」

「「「「「なっ!」」」」」

 

いきなりこんなことを宣ったイスカンダルに瞠目する一同。金髪蒼眼の旗を持つ少女がどこからか取り出したハリセン(・・・・)でイスカンダルの頭を叩く。スパンっ!といい音がした。

 

「全く、何を言っているのですか貴方は。すいませんほんと。我が名はジャンヌ・ダルク。周りの人々は何故か私を聖女と呼ぶんですが……何故でしょうか?」

「それはあなたの功績だからだろ。すまない、俺の名はジーク。こんなチンケな俺がどこまで出来るかわからないができる限り協力しよう。」

「マスターはチンケなんかじゃないんだからネガティブにならないでよ!あ、僕はシャルルマーニュ十二勇士名をアストルフォ。正直、マスターの付き添いなんだけど騎士の一人として世界の守護は参戦するよ!」

 

個性的な紹介にトータス組は無論、地球出身の勇者組(澟を除く)すら、固まっていた。しかし、固まっていなかった者は声を発した。

 

「はわわわ!征服王イスカンダルに聖女ジャンヌ・ダルク、十二勇士のアストルフォ……有名所が多いぃ!!!!」

 

畑山愛子先生だ。ハジメ達と接するうちにこういったものの耐性ができたのであろう。しかし、ジークについてともう1人が分からず、頭に?を浮かべた。

 

「ある程度は話したらどうだ?口下手でも名乗りは上げるもんだぞ?生憎この世界には俺らの弱点を突ける奴はいねぇからよ。」

「………………そうか。ならば名乗っておこう。俺の名はカルナ。太陽神スーリヤの子にして戦士(クシャトリヤ)だ。一言余計な事を申してしまう故に口は閉ざしておく。」

「か、かかカルナァァァッ!?カルナってあのインド神話のカルナですか!?」

 

社会科担当の教師故に知識はあるのか、異様に驚愕する愛子先生。その反応を訝しむトータス組。

 

「ッ!待て、貴方があの施しの英雄ならばその手に持つ槍はまさか…………」

 

永山も永山で何か思い至ったのかカルナの槍を見て顔をあおざめる。園部は永山のこの反応が新鮮過ぎたからか“え、こんな顔すんの?”と思っていそうな顔をする。

 

「えぇ。彼は施しの英雄と名高き英雄カルナ本人です。」

 

ジャンヌはそれを肯定し、永山と愛子先生は「ぬわああああ!」と慌てている。澟はやはりか、と手で頭を抑えている。

 

「“豊穣の女神”様がご乱心するとは、彼の何が行けないのでしょうか?」

 

何も知らないリリアーナは愛子先生に訪ねた。それはこの場にいるトータス組と園部の総意だった。

 

「カルナさん自信は違うと思いますが、カルナさんの持つ槍………あれって、神殺しの武器なんですよね。」

 

愛子先生が嬉しいが巻き込まれたくないと言いたげな表情で言い、沈黙が漂った。

 

「あぁ、俺と此奴は【神域】突入組だから安心しな。【神域】はぶち壊しても問題ないしな。」

「「はぁぁぁぁ!助かった!」」

 

愛子先生と永山の反応から、カルナの槍がどれほど不味いのか薄らと認識したトータス組であった。

 

「………………カルナさんと朱爀さんが突入組なのは分かったのですが……残りの4人はどうするんですか?」

「俺は中央前線を駆け抜ける!蹂躙して見せようぞ!ガッハッハッハッハッ!!」

「はぁ、私とジーク、アストルフォはノイントの上位個体を撃破します。」

「上位個体……だと?」

「はい。上位個体は全てで20体。あれらは通常のノイントの200倍の力を有しています。アキレウスの話が正しいならば南雲ハジメなる人物が暴走した状態で余裕に倒せるくらいです。この世界で相対出来るとすれば竜人族族長のアドゥルさんとティオさん、シアさんくらいですね。」

「なんでそこまで正確にわかるんだよ?」

「ガハルドさんの言いたいことはわかります。それは遅れた要因でもあるのですが、昨日この世界に着き、此方に向かう途中でその上位個体5人と遭遇。アキレウスが1人で確認も込めて倒したのですが、通常のノイントとは力量が違ったとの事です。」

「そういう事で、上位個体の大半が対突入組として残るだろうから、此方に出てきた上位個体を撃破するのが我々の役目だ。その役目が終え次第、戦線に混ざる。それで問題はないな?」

「あ、あぁ。……日が昇るまであと僅か。配置に着いた方がいいな。」

 

ガハルドの言う通り時間はほぼ無い。皆が会議場から配置に向かい出す。そこに、クリスタべルから純粋な質問があった。

 

「ねぇ、カルナさんとアキレウスさんはどっちが強いのかしらぁ〜ん?さっきから凄く気になってたのよぉん?」

 

この質問が聞こえた未だに残る者達は耳を傾けた。

 

「「正直わからん。」」

「「「「「「はぁ?」」」」」」

 

アキレウスとカルナの反応に皆疑問を抱く。しかし、訳を聞けば納得した。いや、納得せざるを得なかった。

 

「俺と此奴が試合をしたらそれは試合では無く死合だ。どちらかが果てるまで終わらないだろうな。場合によっては国1つ消し飛ぶかも知れねぇ。だが、それだけじゃあ決着は着かねぇだろうよ。お互い違う形だが、不死者(・・・)なんだからな。」

 

不死者同士が殺し合う。死なないやつ同士が殺し合うとは、永遠と殺り合い続けると言っているのだ。それは嫌だろう。皆は聞かなかったことにして配置につき始めた。

 

 

燦嘹朱爀side out

 

────────────────────────

 

第三者side

 

 

やがて訪れた日の出。東の地平線から輝く太陽が顔を覗かせ、西へと大きく影を伸ばす。

温かな日の光で世界を照らしつつ、真っ赤に燃える太陽が完全にその姿を現したそのとき、ハジメが瞑目するように閉じていた眼をスっと開け、そして呟いた。

 

「来たか」

 

その瞬間だった。

世界が赤黒く染まり、鳴動したのは。

そして、ハジメ達が向けた視線の先、【神山】の上空に亀裂が奔り、深淵が顔を覗かせた。

始まったのだ。

神にとっては世界の……

人類にとっては弄ばれた歴史の……

 

終わりの始まりが。

 



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第10話 異世界のレベルが地球よりは確実に弱い件 -7-

 

第三者side

 

 

赤黒く染まった世界。

朝焼けの燃えるようなオレンジ色ではない。もっと人々の不安を掻き立て、恐怖心を煽るような酷く不気味で生理的な嫌悪感を抱かずにはいられない色。言うなれば、魔物の眼だ。まるで、世界全てが魔物の眼の中に押し込められてしまったかのよう。燦然と輝いていた美しい太陽も、今は、ただ東の空に浮かぶ赤黒い星だ。

そして、異様な色の世界には異様な音が鳴り響く。世界そのものが鳴動しているのだ。大地も、大気も、恐れ戦くように震えながら悲鳴を上げている。

人々が、否応なく世界の終わりが始まったのだと理解させられる中、一際大きな破砕音が鳴り響いた。

ビクッとその身を震わせた要塞の兵士、騎士、冒険者、傭兵、亜人達が視線を巡らせる。すると、【神山】の上空に何やら一本の線が見えた。訝しみ、目を凝らしてみれば、歪に歪んだ線は、再度、ビキッバキッと音を立てて四方八方へと広がっていく。

 

「空が……割れる……」

 

誰かがそう呟いた。全く、的を射た呟きだ。空に発生した歪な線は、空間そのものに走った亀裂だったのだ。

その亀裂は、まるで人々の恐怖心を煽るように、破砕音を世界に向けて奏でながら、ゆっくりと広がっていく。

 

「ッ、総員っ!!戦闘態勢っ!」

 

絶句し、呆然としていた兵士達に叱咤を含んだ命令が下る。アーティファクトで声を拡大したガハルドの怒声だ。彼も度肝を抜かれていたようだが、流石は軍事国家の代表。トップ陣の中で一番最初に精神を立て直したようだ。

その命令で、兵士達の呪縛が解かれた。一斉に、自らに与えられた役割をこなすべく動き出す。

その間にも、【神山】上空の亀裂は大きさを増していき、兵士達が配置についた頃、遂に轟音と共に空間が完全に粉砕された。

ガラスのように吹き飛び散らばるキラキラとした空間の破片。大地に空いた裂け目の如く、空の出現したそれは深淵を覗かせた。エヒト達が【神域】に戻る為に使った荘厳さすら感じさせる黄金の渦とは真逆の深く濃い闇。渦の代わりに粘性を感じさせる瘴気のようなものを吹き出している。

そこから、黒い雨が降り出した。否、雨のように見える――おびただしい数の魔物だ。空間の裂け目から【神山】の山頂部分へ降り注いでいるのだ。その数は、数万ではきかないだろう。何せ、地上から仰ぎ見る兵士達が黒い雨として視認できるほどなのだ。優に数百万、あるいは数千万に届くだろう凄まじい数だ。

黒い魔物の豪雨は、瞬く間に【神山】山頂を黒く塗り潰し、そのまま雪崩の如く【神山】を下り始めた。

更に、黒い瘴気に覆われた空間の亀裂から、今度は白い雨が水平に放たれた。赤黒い天にはよく映える白――否、銀の雨。

 

「使徒の数も半端ではない、か」

 

険しい視線で呟いたのはガハルドだ。戦装束に身を固め、連合軍大将として、直属の部隊と共に前面に出る。その彼の耳に連合総司令官であるリリアーナから“念話”が届いた。

 

『ガハルド陛下。余り突出はなさらぬよう。あなたが死んでいいのは、戦いが終わった後だけです』

『ハッ、言ってくれるじゃねぇか。だが、連合軍で一番強い男が一番先頭で戦わなくてどうすんだ。俺が死んだら死んだで、それを怒りにでも変えりゃあいいんだよ。そのための女神様と総司令様だろうが』

『全く……陛下、“女神”と“剣”が出ます。作戦通り、お願いしますね』

『応っ、任せな!』

 

連合軍大将は、言ってみれば現場総指揮官だ。本来なら軍事国家のトップであるガハルドが総司令となるべきなのだが、一番腕の立つ男が奥に篭ってどうすると前面に出ることを頑として譲らなかった。

もっとも、リリアーナが総司令となった点が不相応というわけではない。リリアーナとて王族であり、将来の魔人族との戦いを想定して戦術、戦略というのは学んでいる。むしろ、現場気質のガハルドより、後方から俯瞰して全体を指揮することは“王国の才女”と讃えられる彼女には適任であった。

一人で王都を飛び出す胆力もあれば、冷静に物事を判断し割り切ることの重要性も知っており、更に、自身は結界魔法に関して一角の人物で拠点防衛に優れている。そこに優秀な各国の補佐が付けば、格の面でも、士気向上の面でも、十二分に総司令として適任だと言えた。

そして、大将と総司令の他に、もう一つ、重要な役割を与えられた者がいる。

 

「連合軍の皆さんっ。世界の危機に立ち上がった勇気ある戦士の皆さん!恐れないで下さい!神のご加護は私達にあります!神を騙り、今、まさに人類へと牙を剥いた邪神から、全てを守るのですっ。この場に武器を取って立った時点で、皆さんは既に勇者です!一人一人が、神の戦士です!さぁっ、この“神の使徒”である“豊穣の女神”と共に、叫びましょう!私達は決して悪意に負けはしないっ。私達が掴み取るのは“勝利”のみですっ!!」

 

途端、怯えに震える体を必死に押さえ込みながら悲壮な表情をしていた連合軍の兵士達が、まるで幾日も砂漠を彷徨った後にオアシスを見つけた旅人の如く、その瞳を希望に輝かせた。

 

要塞の天辺から声を降り注がせる“豊穣の女神”、連合軍の盟主にして旗頭――愛子に、力強さと決意を取り戻した眼差しを向けると、一斉に足を踏み鳴らした。

 

ドンドンッ、ドンッ。ドンドンッ、ドンッとリズミカルに大地を揺らした五十万の戦士達は、次の瞬間、練習したわけでもないのに一斉に声を揃えて雄叫びを響かせた。

 

「「「「「「「「「「勝利!勝利!!勝利!!!」」」」」」」」」」

「邪神に滅びを!人類に栄光を!」

「「「「「「「「「「邪神に滅びをっ!!人類に栄光をっ!!」」」」」」」」」」

 

愛子は、あらかじめハジメから渡されていた「なれるっ、扇動家! ケースバイケースで覚える素敵セリフ集」を必死に思い出しながらアーティファクトで拡大された声を戦場へと響かせる。

 

「悪しき神の下僕など恐れるに足りません!“我が剣”よ!その証を見せてやるのです!」

 

愛子がそう叫んだ瞬間、落ち着いた声音が戦場全体に拡大して木霊した。

 

「仰せの通りに、我が女神」

 

直後、愛子を仰ぎ見ていた兵士達は、その愛子の背後より人影が飛び上がるのを見た。

白髪眼帯黒コートの少年――ハジメは、何もない空中で踏み止まると、何処からか取り出したダイヤモンドのような宝珠を頭上に掲げた。すると、その宝珠が太陽の如く燦然と輝き兵士達を照らし出した。彼等から見れば、まるで愛子が後光を背負っているように見えただろう。これもハジメの演出である。

ハジメは、ニヤッと口元に不敵な笑みを浮かべる。

一拍の後、それは起こった。

赤黒い天の一部が、一瞬キラリと光り、刹那、黒い魔物の雪崩に覆われて色を変えつつあった【神山】の山肌の一部が、凄まじい轟音と共にごっそりと吹き飛んだのだ。

更にその直後、天が瞬いたと思えば、次から次へと何かが【神山】へと降り注ぎ、標高八千メートルの山を、まるで海辺で作った砂山で棒倒しのゲームでしているかのように崩していった。

それは正しく天から降り注ぐ爆撃。だが、爆発物を詰んだミサイルというわけではない。ハジメが行ったのは、ただ大質量の金属塊を自由落下に任せて【神山】に降り注がせただけ。

言うなれば、【メテオインパクト】である。

流石に、宇宙空間から落下させると要塞側まで吹き飛びそうなので成層圏内からの落下だが、それでも重量数トン規模の金属の塊が自由落下した際のエネルギーは、並みの爆弾ですら及ばない破壊力がある。

しかもそれが、局所的に、数百発単位で、乱れ撃ち。

鼓膜が破れそうな轟音と共に、世界に誇る最高峰の霊峰が冗談のように崩壊していく。魔物の雨? 使徒の雨? ならこっちは隕石の雨だ! と言わんばかりである。もちろん、ハジメは黄金の渦が出現すると思っていたので全くの偶然ではある。

しかし、彼我の力を対比するように、眼前で【神山】の崩壊と共に数万、数十万の魔物が消し飛んでいく光景を見せつけられた連合軍の兵士達はどうか……

 

「「「「「「「「「「――――ッ」」」」」」」」」」

 

震える。恐怖にではない。歓喜だ。そして胸の内に湧き上がる闘志に、だ。

直後、【神山】が魔物ごと消し飛んだ轟音にも負けない、迫り来る猛烈な粉塵すら吹き飛ばしそうなほどの絶叫が上がった。

 

「「「「「「「「「「ウォオオオオオオオオオオオオッーーー!!!!!!」」」」」」」」」」

 

腹の底から、まさに神話のような光景に身を震わせつつ、腹の底から雄叫びを上げる。ドンドンッと足を踏み鳴らし、際限なく闘志を高めていく!

 

「「「「「「「「「愛子様万歳!女神様万歳!!」」」」」」」」」」

 

――開戦直後の【神山崩し】。

わざわざどこから攻めるか教えてくれたのだ。ならば、出てきたところを丸ごと吹き飛ばせばいいじゃない、というわけである。

【神山】の崩壊に、天空の使徒達も流石に動きを止めていた。しかし、次の瞬間には、まるで鳥の一糸乱れぬ集団飛行のように動きを揃えながら猛スピードで要塞へと迫ってきた。

神山崩壊により半壊状態の王都を、更に迫り来た粉塵が包み込み、そのまま砂嵐の如く要塞へと迫って来る中、ハジメは、更に別の宝珠を取り出し輝かせた。

 

「随分と虚仮にしてくれたんだ。この程度で済ますわけが無いだろう? かのイカロスのように、翼を焼かれて堕ちろ、木偶共」

 

直後、大気を切り裂いて光の豪雨が降り注いだ。

――太陽光集束型レーザー バルスヒュベリオン

復活した殲滅兵器が天空より滅びの光を放つ。一機だけではない。高度一万メートルには、合計七機のバルスヒュベリオンが浮かんでおり、ハジメの持つ宝珠によって制御され光の柱を突き立てた。

バベルの塔の如く、大地と天空を繋げる光の七柱は、空間の亀裂から一直線に連合軍へと迫っていた使徒達を一気に呑み込む。

不意を打たれて消滅した使徒は数知れず。

咄嗟に、銀翼を展開して分解能力により防御を試みた使徒も多くいたが、以前のヒュベリオンとは比べ物にならないほど進化し、熱量、集束率、持続時間などが爆発的に高まった改良版のそれは、使徒の固有能力すら貫いて神造の肉体を消し炭にしてしまった。

どうにか射線から逃れた使徒や、今まさに空間の裂け目から出てきたばかりの使徒が、一瞬の停滞の後、凄まじい勢いで上空へと飛翔した。銀の翼をはためかせ、光の柱に沿いながら向かう先は数百単位で同胞を滅ぼした驚嘆すべき兵器。

 

「遠慮するな。まだまだ、たらふく喰わせてやるよ。それこそ、全身はち切れるくらいになぁっ」

 

バルスヒュベリオンに搭載された“遠透石”により、上昇してくる使徒達の姿を見たハジメは、そう言って獰猛に口元を歪める。同時に、ダイヤモンドのような宝珠を更に輝かせた。

すると、全長五メートル程のバルスヒュベリオンの全機から、幾つもの小型ビット――“ミラービット”が飛び出し、地上へ向けて、あるいは周囲へ散らばっていった。三十センチ程の大きさの二等辺三角形のビットで、表面に紅色の宝石が取り付けられている。

突撃する自分達を避けるように散らばっていくミラービットに、一瞬、訝しむように眉を潜めた使徒達だったが、何を企んでいるにせよ、とにかく元の兵器であるバルスヒュベリオンさえ破壊すれば事足りると判断したようで、無視して突撃を続行する。

そして、銀の魔力を集束し、分解の砲撃を以て天に鎮座する七機の兵器を破壊せんと試みたその瞬間、

 

「ッ!? これはっ――」

 

そう声を漏らし使徒の一人が、全てを言い切る前に頭部を消し飛ばされた。

真後ろからの・・・・・・レーザーによって。

バルスヒュベリオンの照射が一瞬だけ止まる。直後、散弾のように枝分かれしたレーザーが地上へと降り注ぐ……かと思われた刹那には、天空の全てが全方位によるレーザーで埋め尽くされた。

それは、一瞬で作り出されたレーザーによる檻。バルスヒュベリオンの位置とは全く異なる方角から無数のレーザーが立体的な網を張るように空全体に展開しているのだ。

 

「くっ、あの小型のアーティファクトですかっ」

 

銀翼の分解能力を最大にして己を包み込むように展開し防御を図る使徒の一人が、吐き捨てるように確信に近い推測を口にすれば、きっと幻聴なのだろうが、その耳には揶揄するような声音で「ご名答」というイレギュラーの言葉が木霊した。

そう、ミラービットの役割は、母機であるバルスヒュベリオンの太陽光集束レーザーを反射させて、あらゆる角度から敵を撃滅することにある。無数のビットは常に位置を変え、反射されたレーザーを更に反射して、空中を覆うレーザーの檻を作り出し、あるいは不規則で先読の難しい多角的乱撃を実現できるのだ。

ちなみに、“ミラー”と名称がついているが、鏡で反射しているわけではなく空間歪曲を利用している。ほとんど鋭角に曲げることも可能なので、一見すると反射にしか見えないが故の名称だ。

 

「まぁ、こんなもんだろう」

 

間断なき全方位集束レーザー攻撃により、思わず銀翼の防御を展開して進撃を緩めてしまった使徒達を見て、ハジメは鼻で嗤いつつそう呟いた。

そして、心なし表情を憎々しげに歪めているように見える使徒達に向かって、“遠透石”越しにニヤリと不敵に嗤うと、宝珠を操作してバルスヒュベリオンから光り輝く拳大の何かを落とした。

朝露が葉から滴り落ちるが如く、ポタリと落とされた七個の輝く雫は、今まさに、銀翼の防御を展開したままレーザーの檻を突破しようと動き始めたおびただしい数の使徒達のど真ん中まで落ちてくる。

 

「まとめて消えろ」

 

ハジメが小さく呟いた、その瞬間、

 

ドォオオオオオオオオオオオンッ!!!!

 

赤黒い天空に太陽の華が咲いた。

――太陽光集束専用型宝物庫 ロゼ・ヘリオス

ハジメが落としたのは、臨界まで太陽光を集束した特殊な宝物庫そのものだ。レーザーを放つために内蔵されたものとは別の、言ってみれば溜め込んだエネルギーを自壊と共に解放する太陽エネルギーを用いた大型熱量爆弾。

一機につき一個しか搭載できない虎の子ではあるが、その威力はお墨付きだ。集束され続けた熱量が解放され太陽フレアの如き大爆発を起こし、赤黒い空を真昼のように染め上げる。

七つの太陽が同時に生まれたのかと思うような輝きが空を多い、直後、凄まじい威力の衝撃波と熱波が降り注いだ。

それにより、バルスヒュベリオンの破壊を目指していた使徒達はおろか、後続の使徒達や今まさに空間の亀裂から飛び出してきた使徒達も、まとめて木の葉のように吹き飛んだ。それどころか【神山】崩壊により要塞に迫っていた莫大な粉塵も一気に押し流されていく。

当然、要塞にもその威力は襲いかかってきたのだが、それは要塞全体を覆った輝く膜によって辛うじて防がれた。王都から移設した“大結界”のおかげである。ハジメの殲滅級アーティファクトの直撃には耐えられないだろうが、改良が加えられたそれは、余波くらいなら防げたようだ。

想定していたよりも壮絶な破壊を見せてくれたロゼ・ヘリオスに、実は作製者本人であるハジメが一番冷や汗を掻いていたのだが……味方まで吹き飛ばなくて結果オーライである。

 

「うはぁ、すごいことになってますねぇ~」

「完全に自重しなくなったハジメくんは地形も変えちゃうんだね……」

「……地球で例えるなら、エベレストが消滅して、核を乱発したようなものなのよね。戦いが終わったら、全力で自重させないと」

「……どっちにしろ、シズシズは苦労するんだね。鈴も出来る限り協力はするよ。地球の泣き声が聞こえてきそうだもん」

「この世界は既に涙目だな。……俺、向こうに行ったら即行で光輝をぶっ飛ばすわ。俺が真っ先に相手しねぇと……南雲と殺り合ったら、あいつ塵も残らねぇぞ」

「ほう、太陽の加護を使うか。」

「そろそろ整うはずだぜ?」

 

シア達が、口々に感想を漏らす。全員が視線を彼方へと飛ばし、口元は半笑いだ。ハジメが開幕先制攻撃を予定していることは知っていたし、それが“メテオインパクト”と“太陽光集束型レーザー”を用いたものであることも知ってはいたが、まさか八千メートル級の山が消滅し、一時的とはいえ空に幾つもの擬似的な太陽が出現するとは思いもしなかったのである。

更に、そんなシア達の後ろでは、

 

「どうじゃ、爺様よ!あれが妾の伴侶様じゃ!すごいじゃろ!」

「…………ああ、うん、そうだね。超スゴイね」

「ぞ、族長。気持ちは分かりますが、口調が……いえ、何でもありません」

 

ティオが自慢げに胸を張り、アドゥルが一昔前の少女漫画に出てくる驚愕の表情のように白目を剥いていた。側近が、族長の乱れた口調にツッコミを入れるが、途中で諦めたようだ。リスタスに至っては腰を抜かして口から魂を吐き出しかけている。

要塞の下も騒然としていた。特に、ウサミミ集団などはてんやわんやお騒ぎだ。

 

「ヒャッハー!!流石ボスぅ!有り得ないことを平然とやってのける!」

「キタコレ!何もかも木っ端微塵だぜぇ!!」

「あぁああん、ボスぅ!抱いて下さいぃいい!たまんないわぁ!」

「紅き閃光の輪舞曲!!万歳!!」

「白き爪牙の狂飆!!ヒーハー!!」

「いや、今までの二つ名じゃもはや足りない!……何か、もっとボスに相応しい何かを……」

「終焉齎す白夜の魔王はどうだ!」

「いや、それなら死と混沌の極覇帝がいい!」

「紅は外せないだろう!真紅煌天の極破神だ!」

 

どうやら、戦いが終わった後にはハジメの二つ名が入り乱れることになりそうである。

そんな雄叫が響く中、どこか引き攣ったような声音で、されど力強く、愛子が叫ぶ。

 

「こ、これが、我が剣の力!勝利は我等と共にあり!」

「「「「「「「「「「勝利!勝利!勝利!」」」」」」」」」」

 

合わせて半笑いになっていたガハルドが、どうにか気を取り直して指揮を行う。アーティファクトによる拡声など不要なのではないかと想うような大声が響き渡った。

 

「総員、武器構え!!目標上空!女神の剣にばかり武功を与えるな!その言葉通り、我等一人一人が勇者だ!最後の一瞬まで戦い抜け! 敵の尽くを討ち滅ぼしてやれ!我等“人”の強さを証明してやれ!」

「「「「「「「「「「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」」」」」」」」

 

凄まじい雄叫びが上がる。同時に、兵士達がそれぞれ役割ごとに支給された重火器を上空へと向けた。士気は最高潮。もはや誰もが恐怖に震えることはなく、代わりに武者震いによって体を震わせた。

ギリッと歯を食いしばり、その瞳を意志の光で輝かせる。

上空では、辛うじて破壊を免れた使徒達が態勢を整え、更に、空間の裂け目から新たな使徒達が溢れ出てきている。先の攻撃で、数百人単位の使徒を滅殺したはずなのだが、神の使徒は無尽蔵なのかもしれない。

故に、だからこそ、ここからは正真正銘、人類と神の手先との戦争だ。

そんな連合軍の様子を見て、愛子は気がつかれない程度にホッと息を吐いた。

 

「先生、見事な演説だった。流石、豊穣の女神様だな」

「南雲くん……私は、もう、何と言ったらいいのか分かりません」

 

背後からかかった声に、愛子は肩越しに振り返りながら呆れたような笑みを浮かべた。それに肩を竦めながら、ハジメはバルスヒュベリオン操作のための宝珠を愛子へ手渡した。

あの大規模破壊をもたらした要の宝珠だ。愛子は恐る恐るといった様子で受け取る。これからは、バルスヒュベリオンは可能な限り愛子の手によって操作されることになる。太陽の光を扱うのは、“豊穣の女神”こそ相応しいということだ。

戦々恐々としている愛子を尻目に、ハジメは香織に視線を向ける。

 

「顔は使徒だが、髪色一つで香織に見えるな。うん、やっぱ、香織は黒髪の方が似合う」

「えへへ、そうかな? なら早く終わらせて、元の体に戻らなくちゃ」

 

ハジメの言葉通り、今の香織はノイントの体でありながら銀髪ではなく黒髪となっていた。

これは使徒と間違われないようにと、ハジメが用意した変装用アーティファクトが原因である。魔力の色も誤魔化せるので、今、香織が翼を広げると黒銀の翼が現れることになる。衣装も黒を基調にしているので、その姿はさながら堕天使だ。魔王に仕える使徒に相応しい姿と言えるかもしれない。

 

「後は頼んだぞ?」

「うん。こっちは大丈夫。ハジメくんの帰る場所は、私が守るよ。ミュウちゃん達にも、もう手は出させないから。……ユエを、お願いね」

「ああ。楽しみにしとけ。帰って来たら、ユエと一緒に弄り倒してやる」

「もうっ、ハジメくんの意地悪っ!」

 

茶化すようなことを言うハジメに香織はぷんすかと怒ったような表情をする。だが、その眼差しは力強く、そしてとびっきり優しい。それはハジメも同じで、二人が互いに向ける信頼の絶大さがよく分かった。

ハジメの後ろにシア、ティオ、雫、鈴、龍太郎、ランサー(・・・・)、朱爀が歩み寄る。香織と雫が、若干、百合百合しい雰囲気で手を取り合う中、ハジメは、周囲に視線を巡らせた。

周辺には、要塞内部にいながら外部の状況が分かるようにと、無数の水晶ディスプレイが設置されているのだが、今は、逆に要塞内部の司令室と、そこにいるリリアーナ達、そしてカム達など各部隊の隊長格が映っていた。

 

「姫さん。対使徒用のアーティファクト、上手く使えよ。適任だと信じて託したんだからな?」

『プ、プレッシャーかけないで下さいよ。まぁ、こちらはどうにかします。南雲さ――いえ、ハジメさん、ご武運を』

 

ディスプレイ越しのリリアーナと微笑を浮かべながら頷き合ったハジメは、同じくディスプレイに映っているカムへと視線を転じる。

 

「カム。今更、御託はいらないな。……暴れろ」

『クックックッ、痺れる命令、有難うございます。しかと承知しました。ボスの神殺し、ハウリア一同、楽しみにしております』

 

ハジメは、カムと互いに不敵な笑みを交わし合った。そして、更に、その場に見える全員――ランズィやアルフレリック、イルワ等各国のトップ陣達に視線を巡らせると、軽く肩を竦めて宣言した。

 

「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」

 

これから神の領域に踏み込もうというのに、その言葉は酷く軽い。だが、不思議と、その言葉に力を感じさせられた。無条件に、彼なら何もかも遣り遂げると信じさせられる、そんな言葉。

だから、誰も多くは語らない。力強く頷き返し、ただ一言。

 

「「「いってらっしゃい」」」

 

ハジメ達は飛び立とうとしたが……

 

「あ、ちょい待ち。」

 

朱爀が出鼻を折った。

足元にはスカイボード。“空力”を使っても行けないことはないが、目標の場所――空間の裂け目は八千メートル上空だ。物量で押さえ込まれ時間をかけさせられるつもりはない。速度重視で一気に突破する!

そう思った所で折られたのだ。皆が何だよ?と言う様な目を朱爀に向ける。

 

「何だ?早く行きてぇんだが?」

「まぁ見てろって。………………………………汝が王たる所縁を見せてみろ!“豊穣の女神”の名の元に異世界の王の畏敬を示す時だ!!!!!!!!イスカンダル!!!!!!!!!!!!」

 

その声は戦場にいる皆に響いた。朱爀の声が響き渡ったのだ。その声に呼応して1人の大男が前線の前に黒馬に跨って現れ、その場の誰もに聞かせるように豪語した。

 

「見よ、我が無双の軍勢を!!!!肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち!!時空を越えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち!!彼らとの絆こそ我が至宝!我が王道!イスカンダルたる余が誇る最強宝具──王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なり!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

その声と大男を中心に若干赤黒い世界を光が照らし、ハイリヒ王国前の荒野と土術士達が造った城塞、【神山】と真上の入り口を照らし、その場にいる全ての存在の目を一時的に瞑らせた。

再び目を開いた時、全ての存在が驚愕した。

そこは砂漠だった。荒野から砂漠となり、神山後の瓦礫が無くなり、目の前にはかなりの幅が広がって、莫大な量の魔物がいた。

先程より接敵するまでかなりの距離がある。

 

「此処は……【アンカジ公国】なのか?」

「なんか違うぞ。」

「嘘だろ。」

 

あまりの出来事に敵味方問わず立ち止まった。しかし、1人の術士の声がやけに鮮明に響いた。

 

「あ、ありえん!!!!世界の構築(・・・・・)など……人間業ではない!!!!」

 

世界の構築

 

それがどれ程のものか、それを知るのはトータス組のトップ陣やハジメとあった事がある人たちくらいだろう。

ハジメもこれには目を見開いていた。さらに驚くことになるとも思わないだろう。

 

「どうなってんだよこれ…………ん?ッ!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

なにか聞こえたのか、後ろを向いて驚愕するハジメ。ハジメに釣られて城塞背後……本来ならハイリヒ王国のある方を皆が向いて、目を剥いた。

ノイント達はこれが目に入っていたからか、こんな大きな隙に銀の咆哮を放つ事すら忘れてしまったのだろう。

城塞より後ろ側が1面砂漠。それはまだいい。だが、その砂漠を覆う人間がいた(・・・・・・・・・・・・・)。それも、この最終決戦に集った“豊穣の女神”の勇者達よりも圧倒的な数が。女神の勇者達を10としたら、彼らは億を超える。

そんな彼らが女神の勇者達に肩を並べて立ち尽くした。

そこで、イスカンダルはさらに声をかけた。

 

「王とはッ――誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!」

『然り!!!!然り!!!!然り!!!!』

「すべての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが、王。故に――!」

『然り!!!!然り!!!!然り!!!!』

「王は孤高にあらず。その偉志は、すべての臣民の志の総算たるが故に!」

『然り!!!!然り!!!!然り!!!!』

「此度は、邪なる神と合間見えずとも引導を渡してくれようぞ!」

『然り!!!!然り!!!!然り!!!!』

「さぁ!異世界トータスを邪なる神から護らんとする勇者たちよ!その手に剣をとり、共に駆けようぞ!!!!」

「「「「「「ウオォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」

 

これを見届けたハジメ達は今度こそ!と思えど、唐突に朱爀が口笛を吹いたため其方に目をやると、空間が避けて、馬3頭が戦車を引いて現れた。

 

「おいおい、イスカンダルさんだけで腹がいっぱいだっつうのにまだ何かあるのか?」

「………………南雲、全員にロープを括りつけてくれ。速攻で行きてぇんだろ?そこは俺に任せな。あと各自にGがかからないよう防護も頼む。」

 

そそくさと言われて為すがままにしたハジメ達。薄々、何をするのか感じ取り始めた頃には時すでに遅し。

 

「なぁ、これって───」

 

龍太郎が声を掛けるも間に合わず。

 

「クサントス!!バリオス!!ペーダソス!!久しぶりに行くぞ!!命懸けで突っ走れ!!!!我が命は流星の如く!!疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

1条の彗星が緑閃の尾を引きながら天へと登っていくのを見て、連合軍から歓声が上がる。“女神の剣”の出撃だ。人類の希望だ!と喉が張り裂けんばかりに叫ばれた応援の言葉が空を舞う。

そこへ、使徒の第一陣が進路を塞ぐようにして出現した。侵攻直後に、有り得ない方法で本当の第一陣を殲滅させられたせいか、世界の構築という荒業でトータスへの被害を抑えたせいか、無闇に突っ込んでくることはなく、様子見しながら戦おうという意思が透けて見える。

しかし、接敵は一瞬。20体程の使徒が進路上に集まって、双大剣と銀翼を展開しているにもかかわらず、朱爀は速度を緩めずに突っ込み、20体全てがバラバラに引き裂かれた。クサントス達が撥ねる前に槍で切り刻まれたのだ。

 

「ハハハハハハハハッ!!!!!!!!遅い!!!!遅すぎる!!!!そんなんでこの俺を止められると思うな!!!!」

「「「「「「「ぬわあああああぁぁぁぁあ!?!?!?」」」」」」」

 

光速というものを初めて味わう突入組はハジメでさえ、悲鳴をあげる程だった。

 使徒達がまともに足止めすら出来ない内に、とうとう突入組は、ヘドロのようなドス黒い瘴気を吹き出す空間の裂け目に到達した。

 

「チッ、見た目は変わっても、性能は同じか」

 

やっと光速から通常に戻ってのハジメの一言目は舌打ちだった。その言葉通り、黄金の渦と同じく、黒い瘴気がハジメ達を阻んだのだ。

 

「お前等、背後の人形共を足止めしろ!『先生、聞こえるな?ミラービットを回してくれ!』。谷口は俺に障壁だ!」

『りょ、了解です』

「わ、わかった」

 

ハジメは、地上の愛子や鈴、それに他のメンバーに指示を出しながら懐から短剣を取り出した。

それは形こそ短剣の姿をしているものの切れ味は一切なく、また脆そうな水晶で出来ていた。

“劣化版クリスタルキー”だ。本物のクリスタルキーを作ったときの経験をもとに可能な限り再現しながら作成した空間干渉効果を持つ短剣。【神域】へのゲートを開くような力はないが、鍵の掛かった扉をピッキングするくらいの力ならある。

ハジメは、鮮烈な紅を纏う。そして“限界突破”の絶大な魔力を、オルクスの奈落で見つけたなけなしの神結晶の欠片を使った劣化版クリスタルキーの臨界まで注ぎ込み、その能力を発動させた。

 

「今度こそっ、通してもらうぞ!」

 

ハジメが叫び、その短剣を瘴気の壁に突き立てる。

ギチリ、ギチリと音を立て、劣化版クリスタルキーが瘴気の壁を破らんと波紋を広げる。ハジメの紅い魔力も瘴気を吹き飛ばすようにうねりを上げた。

と、そこへ、瘴気の中からズズッと銀に輝く大剣が突き出してきた。使徒の大剣だ。

ハジメが瘴気を突破せんと踏ん張る間も、当然使徒の群れが溢れ出てくるのだ。ハジメ自身は、瘴気の突破に全力を注いでおり、大した行動は起こせない。

 

『させませんよ!!』

「邪魔しないで!」

 

だからこそ愛子と鈴だ。

ハジメ達の周囲に展開したミラービットが、バルスヒュベリオンからのレーザーを誘導して防壁のように使徒の接近を阻む。

そして、鈴もまた戦車の上で鉄扇をふわりと薙いだ。結界師の面目躍如というべきか、刹那の内に発動された三十センチメートル四方の輝く盾は、レーザーの網を掻い潜って突き出してきた使徒の大剣を防ぐのではなく、その表面を滑らせるようにして逸らした。分解能力相手に真っ向からの防御は不利だと分かっているが故だ。

ハジメの背後でも、シア達が倒すことより捌くことに重点を置いて時間を稼ぐ。朱爀は何故か弾いたり蹴飛ばしたりしているが…。

瘴気から出現する使徒は、まるで際限がないとでもいうように溢れ出し、少し離れて客観的に見てみれば、突入組が銀色の繭にでも包まれているように見えただろう。

おびただしい数の使徒が【神域】へと踏み込もうとする不埒者を排除せんと銀の魔力を纏いながら襲いかかる。シア達は今のところどうにか凌いでいるが、今のペースで使徒が増えれば、一分も持たずに単純な物量に呑み込まれることになるだろう。

だからこそ、ハジメは使徒の攻撃全てを無視することにした。己の背を、命を、全てシア達に預け、ただ先へ進むことに全意識を向ける。

 

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

ハジメの口から絶叫が迸った。ハジメの魔力が更に跳ね上がる。劣化版クリスタルキーが鮮やかな紅を凝縮して真紅に染まる。同時に、力の大きさに耐えられないと悲鳴を上げるようにビキリッと亀裂を走らせた。

まるで寿命を知らせるように刻一刻と亀裂を大きくしていく劣化版クリスタルキー。だが、ハジメは更に魔力を注ぎ込む。レーザーに半身を消滅させながらも突破し、鈴の障壁をも分解して飛来した銀の羽が、ハジメの頬を切り裂き手足を穿たんと迫るも、

 

「シっ!!」

 

朱爀が全てを槍で弾く。シア達も、圧倒的な物量の攻撃と限定されすぎた戦闘範囲に手傷を負っていく。

やはり、突破できないのか。神の力には及ばないのか……

ここにいる者が、“並”ならそんな考えが過ぎっただろう。だが、そんなに物分りがいいのなら、そもそも、こんな場所にはいなかっただろう。だから、叫ぶ。傷つきながらも、四面楚歌となりながらも。

 

「出来ます!ハジメさんなら!」

「その通りじゃ、ご主人様よ!」

「大丈夫!あなたを止められるものなんて何もないわ!」

「いけぇ!南雲くん!」

「南雲ぉ!ぶっ壊せぇ!」

 

そんなシア達の叫びに、ハジメは、

 

「当たり前だっ。俺の邪魔をする奴は、一切合切、ぶち壊しだぁあああああっ!!」

 

そこに、思わぬ一手が出た。

 

「俺ぁ防衛よか特攻が向いてんでねぇ………一か八かだ!南雲、こいつを使え!!そいつは………………」

 

朱爀が渡してきたのはドリルのような形をした剣。されど内包された魔力は“劣化版クリスタルキー”に匹敵する。

 

ハジメはなりふり構わずにそれを手に取り、拒むそれに突き刺してその真名を呼んだ。

 

「だあぁぁぁぁぁぁ!虹霓剣(カラドボルグ)!!!!」

 

その剣は高速回転し、拒むそれを切り裂いた。

直後、

ビキリッと音が響いた。

――ユエッ

ハジメは、求める心そのままに、水晶の短剣を捻った。

 

 すると、拒むものがなくなったその場所に突き立ったその中心にグニャリと空間が歪み、楕円形の穴が空いた。

【神域】への道が、開いたのだ。

 

「ッ、お前等!行くぞ!」

「はいです!」

「うむ!」

「了解よ!」

「うん!」

「応よっ!」

「了解した」

「行け!疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)!!!!」

 

ハジメの不敵な笑みと共に放たれた号令に、全員が同じような笑みを浮かべながら頷き、

その直後、使徒の群れが押し寄せた。

だが、使徒達の合間にハジメ達の姿は既になかった。その上、宝具の余波で消し飛んだ。

後には、砕け散った劣化版クリスタルキーの残骸が放つキラキラとした輝きと、今にも閉じようとしているゲート、彗星の残り香だけが残っていた。

 



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第11話 異世界のレベルが地球よりは確実に弱い件 -8-

 

突入組side

 

 

極彩色に彩られた世界。

それが【神域】に踏み込んだ朱爀達の目に飛び込んできた光景だった。

果てというものが認識できない、様々な色が入り乱れた空間。まるでシャボン玉の中の世界に迷い込みでもしたかのようだ。

そんな不思議な色彩の空間には、白亜の通路が一本、真っ直ぐに先へと伸びていた。否、通路というよりは、ダム壁の天辺のように、“巨大な直線状の壁の上”と表現するのが正しいだろう。

朱爀達は、一瞬呆気に取られたものの、直ぐに着地して白亜の通路に降り立った。周囲を見渡しても使徒の姿は見えない。どうやら、ハジメが劣化版クリスタルキーで繋げた空間は、使徒や魔物がいた場所とは違う場所だったらしい。侵入直後、壁の如き大量の使徒や魔物とかち合う覚悟もしていたので僥倖といえる。

 

「不思議な空間ですね。距離感が掴めません」

 

通路の縁から下を覗き込みながら、シアが感想を漏らす。その言葉通り、下を覗き込んでも、壁の根元や地上は、極彩色の空間に呑まれていて判然としなかった。真っ直ぐ伸びた先も、一定距離からは極彩色の空間に呑まれていて距離が認識しづらい。

 

「落ちたら碌なことにならないだろうな。全員、気をつけろよ」

 

ハジメの忠告に、全員、コクリと無言で頷く。そうして、周囲を警戒しつつハジメに続いて一気に走り始めた。

代わり映えのない静寂に満ちた空間を白亜の通路に沿って高速で移動していく。“導越の羅針盤”は、ユエの居場所を白亜の通路の先だと示していた。故に、それを信じて駆けるものの、遠近感を確かめる物が何一つないので、本当に自分達が前へ進んでいるのか疑わしくなってくる。

ユエとの距離が、少しずつではあるが近づいていることを羅針盤が教えてくれていなければ、ハジメも惑わされていたかもしれない。

言葉も少なく、果ての見えない通路を進むこと数十分。

遂に、異変が起きた。

 

「来ますっ。砲撃!」

 

シアのウサミミがピンッ!と立ち上がり、同時に警告が放たれた。警戒していたにもかかわらず、シア以外は完全に不意を打たれた形だ。それはつまり、シアの“未来視”が発動した証であり、同時に殲滅の危険性がある攻撃ということ。

直後、何の前触れもなく、全方位から銀に輝く閃光がハジメ達に襲いかかった。逃げ場など残さないという意思が明確に伝わってくる隙間一つない死の流星群。

 

「集まれ!」

 

ハジメの怒号が飛ぶ。全員が反射的にハジメの傍に寄った。と同時に、ハジメは“宝物庫Ⅱ”から巨大な盾を取り出した。そして、虚空に出現したそれを地面に突き立てながら魔力を注ぎ込む。

すると、ガシュン!ガシュン!と音を立てて、大盾の内側から金属板がスライドしながら飛び出してきた。それは瞬く間にハジメ達を覆ってドームを形成する。鱗のような無数の金属板が連なった可変式の大盾“アイディオン”。

最後の金属板がスライドし、完全に朱爀達を覆った瞬間、遂に、全方位からの閃光が到達した。衝撃はほとんどない。まるでレーザーのように、アイディオンを表面から塵にしていく。明らかに、使徒による分解能力だった。

だが、そんなものは銀の光を見た瞬間に分かりきっていたこと。だからこそ、ハジメは、このアイディオンによる全方位防御を選択したのだろう。

 

「ハッ、突破できるもんならやってみな」

 

ご丁寧に、緑光石まで付与されて照らされたアイディオンの内部でハジメが不敵な笑みを浮かべながら呟いた。それは自信のあらわれだ。改良を施した己の防壁を使徒如きが突破できるはずがないという絶対の自信。

それは、使徒の反則じみた凶悪な固有能力を前にして不遜に過ぎる言葉だ。

普通であれば。

ハジメがそんな不遜な言葉を吐いている間も、アイディオンは分解の砲撃を完璧に受け止めきっていた。否、正確には、分解される端から再生しているのだ。

原因は言わずもがな、再生魔法である。再生魔法が付与された“復元石”が、時間を巻き戻すようにアイディオンを塵にされる端から再生し続けているのである。

もちろん、使徒の分解能力は、一瞬で建物をも塵にしてしまうレベルであるから、いくら再生魔法が付与されていたとしても、それが効果をあらわす前に吹き飛ばされてしまうのがオチではある。

しかし、このアイディオンは“天絶”のように幾枚もの復元石を組み込んだアザンチウム製の複合盾であり、しかも、ハジメの“金剛”による強化もされている。つまり、一枚目が分解されても二枚目、三枚目、四枚目が一瞬でも持ち堪えて、復元石が効果を発揮する時間を稼ぐのである。故に、その分解能力をもってしても突破することは叶わない。

 

「お前等、取り敢えず力は温存しとけ。閃光の数通りの使徒だけなら俺が処理する」

「え? 処理って……」

 

雫が、再び使徒の群れと戦闘だと黒刀を握る手に力を込めていると、その気勢を削ぐようなハジメの言葉が響いた。思わず問い返した雫だったが、淡い緑光石が照らす大盾の中で、盾を支えるハジメの表情――野獣の如きそれを見て言葉を詰まらせる。

直後、アイディオンにかかる圧力がふっと消えた。使徒達の一斉砲撃が終わったのだ。

ハジメがアイディオンを“宝物庫Ⅱ”に転送した直後、極彩色の空間から、にじみ出るようにズズズッと波紋を立てながら姿を見せる使徒達。その全員が、本気を示すように最初から銀色の魔力を纏いながら、自分達の一斉砲撃を凌いだハジメにスっと細めた視線を向けた、刹那……

――蹂躙が始まった。

ドパァアアアンッと、いつもの炸裂音が轟いたと同時に、使徒六人の頭部が冗談のようにあっさりと爆ぜた。

 

「っ!?」

 

神の使徒にあるまじき、速攻の敗北。

登場したその瞬間、六人の同胞を失った使徒が息を呑む音が伝わる。彼女達の頭部を穿った紅き閃光は、確かに銃声より早く強襲したが、銀の光を纏い全力状態の使徒ならば避けることは可能なはずだった。

その使徒達の回避能力を否定した要因、それは、選ばれた六人の犠牲者が、いずれも刹那の間、瞬き(・・)した者達だった、という事実をもってわかるだろう。

ハジメは、使徒達の意識の間隙を突いたのである。空間からせり出すようにあらわれた使徒の数は五十人近い。その全てを一瞬で確認し、瞬きした者だけを同時にピンポントで狙う……

幾度となく対使徒戦を生き残ったハジメだからこその、針の穴を通すような絶技だ。使徒達には理解できようはずもない。

それ故に、彼女達は、何故、同胞が何も出来ずに撃たれたのか分からず、これまた刹那の間、困惑に身を浸してしまった。

 

ドパァァアン

 

それで更に四人。頭部が爆ぜて、羽をもがれた虫の如く地へと落ちていった。

 

「くっ、三人、集束をっ。残りは続きなさい!」

 

使徒の内の一人が、普段の無表情が崩れて歯噛みしながら指示を出した。使徒達の間にも指令を下す纏め役はいるのだろう。残りの使徒達が指示に従って一斉に動き出す。

指示を出した使徒――ゼクストは双大剣を一度切り払うと、銀翼をはためかせて一気に飛翔した。残像を引き連れながらハジメ達に突進する。

 

「ハン、やっぱりいやがったか……上位個体!」

「――ッ」

 

おびただしい数の使徒が飛び交い、無数の残像が空間を埋め尽くす中、朱爀が目の前でゼクストの喉を突くように槍を構えていた。

その瞬間、ゼクストは悟る。今いる時の流れが緩やかになったこの世界は、己の高いスペックが生み出した速度故のものではなく、人が今際の際に見るという走馬灯なのだと。神速の槍が自分に向かって迫ってきているのを認識しながらも、“神の使徒”が行ってきたあらゆる国、人々への暗躍の数々が脳裏を過ぎっていたからだ。

使徒は記憶を共有する。直接、ゼクストがやったことでなくでも、“使徒”がやったことはゼクストがやったことだ。……ゼクストは思った。自分以外の先に破壊された使徒達も、同じような光景を見たのだろうか、と。今までに弄んできた者達が、嘲笑うように自分を見下ろす、そんな光景を。

ゼクストの体は、走馬灯を見ながらも正確に動く。真っ直ぐ突かれた槍を、首を振ってかわそうと勝手に動く。だが、それでもゼクストは不思議と、迫る刃は自分を穿つのだと確信していた。

そして、その確信は、刹那の内に証明される。ゼクストが首を振った瞬間、何と眼前で、突きから横薙ぎに変化したのだ。。その先は正確にゼクストの首に向いている。

ゼクストが墜ちたと同時に、更に七体の使徒が同じく頭部を吹き飛ばされて地に落ちていった。ハジメである。

ハジメは、その光景を尻目に、くるくるとドンナー&シュラークをガンスピンさせながら、更に四方八方へと死の弾丸をばら撒く。

もっとも、腕を振り回し、装填速度が速すぎる為に、傍目にはただ、曲芸じみたガンスピンを繰り返しているだけに見える。ハジメの殺意が実現していることは、ばら撒かれた紅い閃光が狙い違わず使徒の眉間を撃ち抜いているという事実をもってのみ示されていた。

 

「な、なぜっ」

 

堪らず、未だ撃たれていない使徒の一人が声を荒らげて疑問とも現実逃避とも取れる言葉を口にした。

直後、その使徒に向かって閃光が飛んだ。

ノイントは内に湧き上がるえたいの知れない感情のままに、その使徒は輝く大剣を以て、その光を両断してやろうと宙に剣線を描いた。ハジメの衝撃を発生させる弾丸が、以前、一撃で大剣に亀裂を入れたという情報を、この使徒も当然に共有していたが故の、“大剣を盾にする”ではなく“弾丸を切り捨てる”という判断だった。

そうして、美しい銀の軌跡が紅い閃光を断ち切る……はずだった。

代わりに訪れた結末は、使徒の頭部が爆ぜるというものだった。

 

「以前、こう言ったな。“あなたのことは解析済みです”と。 いったい、いつの話をしているんだか。俺を二度も殺し損ねた時点で、お前等の首には死神の鎌が添えられたんだよ」

 

ガンスピンが、余りの高速回転に小さなラウンドシールドのようになっている。すり足でくるりくるり回りながら放射状に閃光を放つ姿は、ダンスでも踊っているかのようだ。

そして、その死のダンスが続く限り、使徒達は一人また一人と眉間を穿たれ、頭を爆ぜさせ、糸の切れた人形のように落ちていくのだ。

大剣を盾にすれば三度の衝撃波が一撃に凝縮されて襲い掛かり、ただの一発で致命的な損傷を大剣に与え、間髪いれず二撃目が大剣ごと額を穿つ。遠距離攻撃も魔法も、撃とうとした瞬間の呼吸を完璧に読まれているので、むしろ隙を晒すだけであり、かといって接近戦を試みれば弾道が曲がる弾丸によって迎撃される。

銀翼や双大剣を重ねて盾にしつつ突貫を試みれば、六発の弾丸が同時にピンポイントで炸裂して、凄絶な衝撃波を発生させながら鉄壁を砕き、あるいは力尽くで吹き飛ばしてしまう。そして、その衝撃に思わず、大剣と翼の防御も綻んでしまい、その隙間を縫うようにして曲がる弾丸が襲ってくるのだ。

 

「俺がお前等の殺し方を考えている間、お前等は何をしていた?戦い方を解析した、か?ハッ、足りねぇよ。己を鍛えろ、武器を変えろ、戦術を練れ、練度を高めろ、二重三重に罠を張り、切り札を量産しろ」

 

ボロボロと、お菓子の食べかすがこぼれ落ちるように、天から地へと消えていく使徒の残骸。

 

「黙りなさいっ」

 

直後、湧き上がる何かを必死に押し殺したような怒声と共に、銀の太陽が出現した。煌々と輝くそれは、分解能力が付与された使徒の魔力が集束されたもの。見れば、銀の太陽の下では、三人の使徒が大剣を重ねるように掲げている。おそらく、使徒複数人で行う大威力の砲撃なのだろう。

それを見て、ハジメは……呆れたように鼻で嗤った。

 

「それが切り札か?いいぜ、来いよ」

「っ……跡形もなく消し飛びなさい! イレギュラー!」

 

三人の使徒が一斉に大剣を振り下ろす。臨界状態までエネルギーを凝縮された銀の太陽は、プロミネンスの如く、その滅びの光を放射した。直径十メートルはありそうな極太のレーザーが、一切合切を塵とすべくハジメ達へと迫る。

ハジメは、“宝物庫Ⅱ”から二枚の円盤――円月輪を二つ取り出し、それを前方に放り投げた。くるくると回った円月輪の一つは、平面部分を迫る極大の砲撃に向けると、次の瞬間、三等分に割れてしまった。

均等な距離で三等分された円月輪は、しかし、バラバラになったわけではなく、細いワイヤーで繋がっており、瞬く間に広がるとハジメの眼前で巨大な円を形作った。

その瞬間、銀の極大レーザーがハジメに到達……せずに、分割した円月輪とワイヤーで出来た円の中に呑み込まれてしまった。そして、その呑み込まれた銀の光は、少し離れた場所で同じように分割し大きな円を作ったもう一つの円月輪から飛び出していく。

――可変式円月輪 オレステス

従来だと、円月輪の小さな内部の円にしかゲートを作れなかったのだが、改良を施した新型円月輪“オレステス”は、分割し内蔵されたワイヤーを広げることで自由に大きさを変えられるゲートを作り出せるのである。場合によっては、ゲートの中に潜らせた上で、大きさを元のサイズに戻せば、それだけで空間切断によるギロチンとしても使える。

使徒達は、まさか切り札とも言える使徒三人による集束砲撃を、そっくりそのまま返されるとも思いもしなかったのか、あるいは砲撃中は動くことが出来なかったのか、反応を鈍らせてしまい自らが放った光に呑み込まれて、文字通り、塵も残さず消し飛んでしまった。

 

「お前等は進歩しない。生存の為に、願いの為に、“大切”の為に、死に物狂いになれない。だから、最初から言ってただろう?この木偶共がってな」

「イレギュラー!否、あなたこそ、本当の化けも――」

 

銃声が木霊する。軌道を捻じ曲げ冗談のように肉薄する弾丸が、最後の使徒達の眉間を穿った。

銀の羽と使徒の残骸が幻想の如く降る中で、ハジメは、白煙を吹き上げるドンナー&シュラークをガンスピンさせて装填を済ませると、静かにホルスターへと仕舞った。

結果を見れば、神の使徒49体を相手に、無傷。完勝。まさに、圧倒的。一体のリーダー格は朱爀が持って行った(殺った)ためノーカン。

その事実に、シアとティオ、そして雫はちょっと恍惚とした表情となり、鈴と龍太郎は乾いた笑い声をもらした。

【神山】を崩壊させた“メテオインパクト”や、太陽光集束レーザー“バルスヒュベリオン”、ガトリングパイルバンカーにリビングバレッド……ハジメに時間を与えてしまうと、それだけで次々ととんでもない兵器が生み出されていく。

なにが非戦系天職だ。なにがありふれた職業だ。確かに、イレギュラーな出来事によって体そのものも化け物じみたスペックを誇っているが、ハジメの真の武器は、その開発力に他ならない。そして、人類を脅かして来たのは、いつだって、新たに生み出された“何か”なのだ。ある意味、ハジメはもっとも恐ろしい才能を持っていたと言えるのかもしれない。

今更ながらに、否応なく、雫達は、それを理解させられていた。

 

「後続に出てこられてもメンドイ。さっさと先へ行くぞ」

 

何事もなかったように号令をかけて走り出すハジメに、ハッと我に返った雫達が後を追う。

 

「あ~。さっきのハジメさん、ユエさんに見せたかったですぅ~」

「ふふ、こんなこともあろうかと。映像記録用アーティファクトを持ち込んでおる。全て終わったら、鑑賞会でも開くのじゃ!」

「ティオさん、ナイスです! 流石、歴史にすら名を残しそうな稀代の変態です!」

「ふははは、褒めるな、褒めるな! 照れるじゃろう?」

 

【神域】という敵の本拠地にありながら、余裕の態度で笑い合うシアとティオ。それに気持ちをほぐされながら、駆けることしばらく。

ハジメ達は遂に、極彩色の壁に突き当たった。波紋を打つ壁に手を当てれば、ズブリッと向こう側へと沈み込む。互いに頷き合い、一行は、波紋の向こう側へと飛び込んだ。

 

✲✲✲

 

「映画に出てくる世紀末の町みたいだよ……」

「本当にな。バイ〇ハザードとかで見た光景だぜ……」

 

ザリッザリッと砂利を踏む音を響かせながら、そんなことを呟いたのは鈴と龍太郎だった。油断なく周囲に視線を巡らせているが、その顔に困惑が張り付いている。

 

「ちょっと、龍太郎。やめなさいよ。本当にゾンビとか出てきたらどうするのよ」

 

雫が嫌そうな顔でそう返した。そして、同じように、困惑を表情に浮かべながら周囲に視線を巡らせる。その雫達の目には、荒廃した都市そのものの光景が広がっていた。

極彩色の空間から出た先は、整備された道路に高層建築が乱立する地球の近代都市のような場所だった。ただし、鈴や龍太郎の言葉通り、もう人が住まなくなって何百年も、あるいは何千年も経ったかのように、どこもかしこも朽ち果てて荒廃しきっていたが。

今にも崩れ落ちそうなビルもあれば、隣の建物に寄りかかって辛うじて立っているものもある。窓ガラスがはまっていたと思われる場所は全て破損し、その残骸が散らばっていた。地面は、アスファルトのようにざらついた硬質な物質が敷き詰められているのだが、無数に亀裂が入り、隆起している場所や逆に陥没してしまっている場所もある。

建物壁や地面に散乱する看板などに薄らと残る文字が地球のものでないことや道路につきものの信号が一切見当たらないこと、更にビルの材質が鉄筋コンクリートでないことから、辛うじて地球の都市ではないことが分かる。

 

「大方、昔、潰した都市でも丸ごと持って来たんだろう。潰した記念にとか、クソ野郎のやりそうなことだ。建築技術一つにも今のこの世界にはない魔法が使われていた形跡があるし、散々発展させてから、トランプタワーでも崩すみたいに滅ぼしたんだろう」

「……悪趣味にもほどがあるのぅ」

「最低ですね……」

 

地球でも、文献も残らない古代の都市は現代技術よりも優れていた、などと言うロマン溢れた話がある。この世界でも、神代には、科学の代わりに魔法を使って現代の地球に近いレベルまで発展した国があったのかもしれない。

そして、そんな人々が積み上げてきたものを、あのエヒトルジュエは、嗤いながら踏み躙ったに違いない。哄笑を上げるエヒトルジュエの姿が目に浮かんで、全員、凄まじく嫌そうな顔になった。

荒廃して見るも無残な状態になっているとはいえ、現代地球の都市部に近い町並みに、若干の郷愁と、エヒトを放っておけば地球もこうなるのだと見せつけられた気がして、朱爀達はより気が引き締まる思いだった。

やがて、羅針盤に従い幾つ目かの交差点を通過した頃、ビルの谷間からロンドンのビッグベンそっくりな時計塔が視界に入った。どうやら、その時計塔に次の空間へ行くための入口があるらしい。

ハジメは、羅針盤を懐に仕舞いながら、巨大な交差点の中央で時計塔に向かって進路を取った。が、直後、スっと目を細めて、踏み出しかけた足を戻した。その剣呑な眼差しに、シア以外のメンバーも敵がいるのだと察して身構える。シアだけは、既に敵の居場所を突き止めているようで、その視線が周囲のビルの一部に一瞬だけ固定されては次々と移動していく。その視線の先に、なにかがいるのだろう。

 

「ハジメさん。囲まれてますけど、どうします?」

 

シアが、ヴィレドリュッケンで肩をトントンしながら尋ねた。

それに対する、ハジメの回答は……

 

「ん?もちろん、檻に入っている獲物がいるなら、檻ごと粉砕するのが常識だろう? 全員、跳ぶ準備しろ」

「「「え?」」」

 

またしても気勢を削がれて呆けた声を上げた雫、鈴、龍太郎の前で、ハジメは“宝物庫Ⅱ”から大型の兵器を取り出した。巨大な十字架の形をしており、片側の側面に翼のような突起物が三枚付いている。

――新ロケット&ミサイルランチャー アグニ・オルカン

それが二機。全長三メートルはある翼付きの十字架を両腕に抱えるハジメの姿は、まるで強化外骨格に纏っているかのような迫力がある。

 

「さて。取り敢えず、面倒だから根こそぎ消し飛べよ」

 

アグニ・オルカンを両脇に挟んで固定したハジメは、悪魔的な笑みを浮かべながら何の躊躇いもなく引き金を引いた。周囲の建築物の奥がにわかに騒がしくなるが、時既に遅し。

 

カシュカシュカシュと音をさせて翼の表面の小さな金属板がスライドすると、その中には無数のペンシルミサイルが搭載されていて、それが一斉に飛び出した。

その数は、優に三百発を超えている。ペンシルミサイルの群れは、オレンジの火線を引きながら、まるでそこに敵がいると分かっているかのように廃墟の窓や入口をするりと通り抜けると中へと飛び込んでいく。

更には、バシュウウウウという気の抜けるような音と共に、十字架の先端の六連砲口から僅か数秒で六十発もの大型ミサイルが廃都市の中心に解き放たれ、それぞれ標的を蹂躙すべく四方八方へと散開していった。

直後、凄絶な爆音と絶大な衝撃・爆炎が廃墟の町の中心を蹂躙した。

ゴゴゴッという鳴動音と共に、ただでさえギリギリのところで立っていた廃墟群が一斉に崩壊を始める。

 

「ちょっ、ま、不味いわよ。全部、こっちに側に倒れ込んで来てるわ!」

「だから、跳べと言ったろ」

「冷静に言わないでよ、この一人軍隊!」

 

ペンシルミサイルの猛撃から辛うじて生き残ったらしい廃墟に潜んでいた人影達が、五体不満足になりながらも、崩壊する廃墟から退避すべく窓から飛び出そうとしている。それを、アグニ・オルカンの全く容赦ない追加の爆撃によって丁重にお帰り頂く中に吹き飛ばすハジメに、雫がツッコミを入れながら靴の“空力”を発動させて上空へと飛び出した。

上空から崩壊したビルの欠片が豪雨のように降り注ぎ、傾く廃墟群によって徐々に空が狭まる中、鈴と龍太郎も慌てて飛び出す。朱爀とランサーは既に上空。朱爀は空気を蹴って反復横跳びしており、ランサーは足から火をロケット噴射していた。

そして、どうにか崩壊に巻き込まれるのを回避すると、少し離れた廃ビルの屋上に着地した。

 

「……鈴ね、テレビのニュースで見たことあるよ。紛争地域の空爆の映像。こんな感じだったなぁ」

「戦いって虚しいよな。……町ごと爆撃されるとか誰も思わないよな。もう、技とか経験とか関係ないもんなぁ」

「二人とも、遠い目をしないで……気持ちは分かるから」

 

粉塵が盛大に舞い上がり、廃都市が一瞬で紛争地域のようになった光景を見て鈴と龍太郎が遠い目をする。雫が、二人の肩を叩きながら、「強さって何だろう?」と心中で思っていると、ガチャという不吉の象徴のような音が響いた。

雫がギギギと音が鳴りそうな様子で顔を向けると、そこには二機の再装填を済ませたアグニ・オルカンを構えたハジメの姿が……

 

「「「まさかの追い討ち!?」」」

「やるなら肉片も残すな。古事記にも載っている日本の文化だ」

 

そんな殺伐とした文化はない!とツッコミを入れそうになった鈴達だったが、口を開くよりも早く引き金が引かれた。再び空を舞う大小のミサイル群。倒壊した廃墟の残骸が散乱する交差点に、死の雨が降り注ぐ。

 

「やることないですねぇ」

「ご主人様も、見た目は平然としておるが相当フラストレーションが溜まっておるじゃうろうしのぅ。仕方なかろう。出番が来るまで温かく見守ろうではないか」

 

爆炎と粉塵を巻き上がる中、ハッーハッハッハと哄笑を上げながら、廃都市と、おそらく数百単位で潜んでいた敵に致命傷の贈り物を続けるハジメに、優しげな眼差しを送るシアとティオ。そんな二人を見て、轟音に指で耳栓しながら雫は、あのレベルに辿り着かないといけないのかと前途の多難さに溜息を吐いた。

「どうして、こんな人を好きになっちゃったのかしらん?」と、実はかつてのシアと同じことを考えていたりすると、不意に、ハジメがぐりんと振り返り、アグニ・オルカンの銃口を味方に向けた。

そして、ギョッとする雫達を前に、やはり躊躇いというものを微塵も感じさせずに引き金を引いた。即座に飛びすミサイル群に、鈴が「ひぃ!」と情けない悲鳴を上げる。

だが、当然、ミサイルは味方を狙ったものではなく、不規則な軌道を描きながら華麗に鈴達を回避してその後ろへと流れていった。

そして、五百メートル程離れた場所の廃ビルに次々と爆炎を撒き散らした。まさに空襲である。

一体、何を攻撃しているんだろう?と鈴達が心臓に悪い攻撃方法に冷や汗を流しながら考えていると、直後、その廃ビルから天に向かって純白の光が噴き上がった。

 

「あれって、もしかしてっ」

「な、南雲っ!止めてくれ!光輝は俺達に任せるって言ったじゃねぇか!」

 

鈴と龍太郎がハジメを振り返りながら叫ぶ。そう、天へと登る光の柱は、紛れもなく光輝の魔力だった。おそらく、突然の空襲に魔力を解放して防御したのだろう。光輝と恵里については雫達に一任するという約束だったはずなので、二人はハジメに焦燥を浮かべた表情を向ける。

 

「だから撃ったんだ。あいつら、どうやら逃げだそうとしたみたいだからな。直撃させずに周囲を囲むように爆破してやったから大丈夫だろ。あくまで足止めだ」

 

周囲の高層ビルが冗談のように倒壊していく光景を見ながら、“足止め”と言い張るハジメ。まるで、刃を向けながら「峰打ちだ」と言っているふざけた奴にしか見えなかった。

しかし、実際、光輝の魔力は爆炎の中から天を衝いたまま全く減じていないので確かに直撃はさせていないのだろう。そうとは分かっていても、やは鈴も龍太郎も表情が引き攣るのは止められない。

 

「どうやら、あの時計塔に向かって逃げ出していたみたいだな。やっぱり、あそこから別の空間にいけるようだ。何でこんな場所にいたのか知らないが……まぁ、存分に語り合えよ」

「う、うん」

「おう……」

 

鈴と龍太郎が頷くと同時にハジメは一気に時計塔へと飛び出した。それに続くシア達。“空力”と“縮地”を利用した移動は、瞬く間に五百メートルの距離をゼロにした。朱爀とランサーはいつの間にやら先に行っていた。

爆炎と衝撃の壁に四方を囲まれ逃げ場をなくしていた光輝と恵里も、逃げようとすれば再びミサイルの標的にされると察したのか廃ビルの屋上から動こうとはしていなかった。

その廃ビルに朱爀達が降り立つ。

 

「あぁ~あ、見つかっちゃった。わざわざ、エヒトのコレクションである空間の一つに隠れてたのに、何でよりによってここに来ちゃうかなぁ~。空間的には【神門】から一番遠い場所なのにぃ」

「恵里。どちらにしろ、俺は南雲から皆を解放しなきゃならなかったんだ。向こうから来てくれたなら、むしろ僥倖だろう?」

 

微妙に噛み合っていない会話を、まるで恋人同士のようにべったりと寄り添い合いながら交わす光輝と恵里。

恵里は、心底ハジメ達と関わり合いになりたくなかったようだが、光輝の意識上ではハジメに洗脳された仲間を助け出さなければならないという思いが消えていないようで、逃げ出そうとした行動と矛盾している。その瞳が濁っているようにも見えることから、もはや矛盾を矛盾と感じることもないほどに“縛魂”によって洗脳されてしまっているのだろう。

相変わらず目に痛い輝きを放つ聖剣と聖なる鎧を装備した光輝の視線が、ハジメを捉える。憎悪、嫉妬、憤怒――そんな負の感情を煮詰めたようなドロリした眼差し。

そして、そんな光輝の肩に頬を擦りつけながら、無意識なのか否か、まるでかつての母親のように、べったりとしなだれかかり甘ったるい猫撫で声を発する恵里。その格好は、胸元や背中が大きく開き、下も深いスリットの入った衣装で、光輝に合わせたように純白だった。言外に、自分こそが光輝のヒロインなのだと主張しているかのようだ。

 

「南雲。お前も一応はクラスメイトだ。本来なら俺が救ってやらなきゃならないんだろうけど……お前はやり過ぎた。クラスメイトを殺し、洗脳までして……俺は、たとえこの手を汚すことになっても、お前を倒す。そして、皆をお前の魔の手から救い出してみせる!」

「やぁ~ん。光輝くん、格好良いぃ~」

 

恍惚の表情で縋り付く恵里に、微笑みを向けてから聖剣を構え直す光輝。

 

「……ハジメ。行ってちょうだい。ここは私達が」

「いいのか?あいつら、妙なことになってるぞ?」

 

雫が黒刀をギリッと音が鳴りそうなほどきつく握り締めながらハジメに先へ進むよう促す。ハジメは、眼帯の奥の魔眼を眇めながら確認した。それは、光輝の言動のことではなく、今までの比ではないほどに充溢した力のことを指していた。

 

「わかってるわ。でも、大丈夫よ。あなたのアーティファクトが一緒だもの。それに、あなたにはユエを助け出すっていう目的があるでしょう? この大馬鹿者は私達がどうにかするべきことよ」

「……まぁ、そうだな」

 

肩を竦めて雫に同意したハジメは、雫のハジメに対する呼び方や信頼感の漂う会話に目を吊り上げて、凄まじい眼光を向けてくる光輝を尻目に、シアとティオに視線で先を促した。

朱爀達が、自分を無視して先へ進もうとしていることを察した光輝が、少し前では考えられない濃密な殺気をハジメに放った。魔力も更にうねりを上げて噴き上がる。

 

「逃げる気かっ!卑怯者めっ!やはり、汚いお前は俺がたお――ッ」

 

そうして斬撃を飛ばそうと聖剣を振りかぶった瞬間、衝撃と共に吹き飛ばされた。引っ付いていた恵里も、いつの間にか間近に展開されていた極小のシールドの爆発により強制的に距離を取らされた。

光輝が一瞬前までいた場所には、拳を突き出した状態で残心する龍太郎の姿があった。

 

「くっ、龍太郎。やっぱり、お前も、南雲に洗脳されて……」

「なに言ってんだ。今のは、むしろお前を助けたんだぜ?南雲に殺気を向けるとか……親友をミンチにさせるわけにはいかねぇからな」

「なにを言って……」

「わかんねぇだろうな。今のお前には。滅茶苦茶ダセェもんな。だからよぉ、いっちょこの親友様が、死ぬほどぶっ叩いて目ぇ覚まさしてやらぁ!」

 

龍太郎が咆える。見るも無惨な光輝の状態に、怒りを募らせる。それは、現実を見ようとしない親友と、そんな有様になるまで何もしてやれなかった無力な自分に対しての激烈な怒りだ。

その強烈な怒りを巌のように握り締めた拳に込めて、龍太郎は光輝に向かって飛びかかった。

 

「あぁ~ん、もうっ、光輝くんと引き離すなんて酷いじゃない。それがし・ん・ゆ・う・のすること?ねぇ、すずぅ?」

「……親友だと思っていたから、今、ここにいるんだよ。南雲くん達には手を出させないから、そんなに怯えなくていいよ。ね、恵里?」

「……へぇ、言うようになったねぇ」

 

鈴の静かな眼差しと言葉に、恵里はスっと表情を消した。それは、天真爛漫を絵に描いたような女の子であり、御しやすく取るに足りない相手という印象が崩れて、もっと大きな存在感を感じたから。そして、内心ではハジメとの想定外の遭遇に頭をフル回転させていたことを見抜かれたからだ。

鈴は、恵里の変化を見て口元に笑みを浮かべる。恵里が、遂に自分を無視できなくなったのだと理解したのだ。

 

「南雲くん。シズシズの言う通り、ここは鈴達に任せて、ね?」

 

腰に下げた双鉄扇を抜き両手に構えながら鈴が言う。

 

「……半端だけはするなよ。後で俺が殺し直すとかメンドイからな」

「うん。わかってる。どんな形でも、きちんと結果は出すから。南雲くん達も、気を付けてね」

 

ハジメは肩を竦めると一度、雫に視線を向けた。雫も、少し微笑んで頷く。

 

「また、後で」

「ああ。後でな」

 

軽い挨拶。されど、必ず再会しようという決意を込めた言葉。信頼の眼差しは確かに交差した。

ハジメは、今度こそ、その身を転じる。振り返ることはなく、シアとティオを伴って時計塔へと駆け出した。その背中に、「待てっ」と光輝の叫ぶ声が聞こえたが、直後に響いた龍太郎の雄叫びと、その拳が奏でた轟音にかき消されて、直ぐに聞こえなくなった。

そして、ランサーとハジメ達(・・・・)は、羅針盤の導きのままに、時計塔の波紋を打つ文字盤から別の空間へと消えていった。

 

 

第三者side out

 

────────────────────────

 

八重樫雫・谷口鈴・坂上龍太郎side

 

 

「あらら~、本当に行っちゃった。意地を張らずに助けてぇ~って言えば良かったのに。はっきり言って、あの化け物がいないなら何の問題もないよぉ?」

 

ニタニタと嗤いながら、恵里は相対する鈴と雫に視線を向けた。

 

「それはどうかしらね。確かに、今のあなた達からは尋常でない気配を感じるわ。でも私達だって以前のままというわけではないのよ?」

「あははっ、コワイコワイ。特に、雫は油断ならないからねぇ~。それじゃあ、僕も心強ぉ~い仲間を呼んじゃおうかなぁ!」

 

恵里がパチンと指を鳴らした。直後、ゴバッと轟音を立てて周囲の倒壊した建物の残骸が爆ぜた。そして、噴き上がる粉塵と飛び散る瓦礫の中から無数の人影が跳躍し、鈴と雫を囲む。

 

「傀儡兵……南雲くんに潰されたんじゃ……」

「ふふふっ、言ったでしょう。化け物がいないなら問題ないって。こいつらはねぇ、特別製の体になってるから、流石にミサイルの直撃は無理だけど、建物の崩壊に巻き込まれたくらいじゃ壊れないんだよぉ」

 

更に、

 

「どわぁああああっ!?」

 

そんな豪快な悲鳴を上げながら雫と鈴に向かって龍太郎が吹き飛ばされてきた。

 

「――“光輪”」

 

咄嗟に、鈴が鉄扇を一振りして光のリングが連なって出来た網を展開し龍太郎を受け止める。

 

「やべぇやべぇ。鈴、助かったぜ」

「どういたしまして、光輝くんはどう?」

「ダメだなぁ、ありゃ。自分の立場も、なにをしているのかも、なんにも分かっちゃいねぇ。矛盾を指摘されても全部“洗脳”で片付けやがる。拳骨の一発や二発じゃ足りなさそうだ」

 

頭を掻きながら龍太郎が溜息を吐くように報告した。雫が、周囲の傀儡兵と、ちょうど恵里の隣に着地した光輝に視線を向けながら質問を重ねる。

 

「強さはどうだった?」

「間違いなく、なんかされてやがるな。“限界突破”みたいな光を纏っていやがるだろ? 実際、強くなってやがるんだが、“限界突破”みてぇに疲れる様子が微塵もねぇ」

「そう……まぁ、前途多難は最初から覚悟の上ね」

 

小声で情報を確認し合う三人に、光輝は、光に包まれながら悲しげな表情を見せて口を開いた。

 

「雫、鈴、龍太郎。降伏してくれないか?俺はお前等と戦いたくないんだ。洗脳されていて、俺の言っていることは戯言にしか聞こえないのかもしれないけど、俺は、皆を救いたいんだ。南雲の呪縛から解放したんだ!」

「光輝くん、可哀想ぉ~。幼馴染達に裏切られてぇ、それでも健気に助けようなんてぇ」

「恵里……いいんだ。俺のことは。皆が、無事ならそれで。悪の権化である南雲さえ倒せば……」

「大丈夫だよぉ!僕はぁ、僕だけはぁ、光輝くんの味方だからねぇ~」

「ありがとう。恵里。昔から、恵里には支えられてばかりだな……」

 

見つめ合う光輝と恵里。光輝の瞳は空虚感を増し、恵里の歪んだ笑みは亀裂を深めていく。

 

「な?会話が通じる段階じゃあねぇだろ?」

「……はぁ、確かに、ね。そうすると、あの馬鹿を元に戻すには、恵里の“縛魂”からの解放と……」

「その上で、光輝くんを完膚無きまでに叩きのめして現実を教えて上げる必要があるってことだね。……取り敢えず、恵里は鈴が担当するよ。光輝くんの突破力に、恵里の闇系魔法のサポートは最悪だから」

 

三人は互いに頷き合う。そんな雫達を見て、光輝は悲しげに頭を降った。

 

「やっぱりダメか……わかった。なら、たとえ恨まれることになっても、まずは三人を無力化しよう。そして南雲を倒して洗脳を解く!」

 

光輝は一人でヒートアップし、ジャキと音を立てて聖剣を大上段に構えた。途端、その身から尋常でない魔力が噴き上がった。“覇潰”よりも尚強力なプレッシャーが大気をチリチリと焦がす。

 

「チッ、なんか知らねぇが、やばそうだなっ!」

 

龍太郎が、光輝の技を止めるべく再度突進しようとした。が、その瞬間、周囲の傀儡兵が一斉に三人へと襲いかかった。

 

「あははははっ、させないよぉ?ヒーローを支える健気なヒロインちゃんを忘れないでねぇ!」

 

恵里が哄笑を上げながら、いつの間にか手に持っていたアーティファクトと思しき西洋剣を指揮棒のように振るっている。細身の赤いラインが入った両刃の剣で、灰色の魔力光を纏っていた。

 

「悪の女幹部にしか見えないよ、恵里。自覚がないなら、鈴が鏡を貸して上げる」

 

鈴はそう言い返しながら双鉄扇を優雅に振るった。扇が開かれ、緩やかな風が吹くと共に、夕焼けのような柔らかな魔力光が広がる。

 

「聖域をここに、“聖絶”」

 

直後、鈴達三人を包む光の障壁が展開された。そこへ、次々と傀儡兵の攻撃――いずれもアーティファクトと思われる魔力を纏った剣が叩きつけられる。ガキンッと硬質な音を立てて、聖なる輝きを持つ結界が無数の剣戟を完璧に阻んだ。

 

更に、

 

「呑み込め、“聖絶・爆”」

 

パチンッと音を立てて双鉄扇が閉じられた瞬間、障壁が極悪な破壊力を以て爆破された。凄まじい衝撃と砕かれた障壁の破片が、組み付いていた傀儡兵達を纏めて吹き飛ばす。

 

「ナイスだぜ、鈴!」

 

龍太郎が飛び出した。その鋭い眼光は真っ直ぐに光輝を射抜いている。

 

「油断しないでね!“聖絶・界”」

 

鈴が、龍太郎の進路に合わせて聖絶の輝きを持つ幾枚もの障壁を三角系のトンネルを作るように並べて援護した。傀儡兵程度の攻撃力では、鈴の聖絶を破れないのは実証済み。

龍太郎は、その中を猛然と突き進んだ。光輝が発動しようとしている何らかの術は、大気を鳴動させる程に強力なようだ。だが、鈴の守りがあれば、発動前に潰せる。龍太郎は確信した。

だが、

 

「舐めすぎぃ~」

 

そんな人の神経を逆撫でするような声音と同時に、一人の傀儡兵が大きく跳躍して躍り出てきた。その傀儡兵は、大上段に構えた大剣を障壁の通路目掛けて一気に振り下ろす。

 

パァアアアアン!!

 

「んなっ!?」

 

破砕音が響く。何と、その傀儡兵の一撃は鈴の障壁に直撃した瞬間、赤黒い波紋を広げて凄絶な衝撃を撒き散らし、そのまま障壁を紙屑のように粉砕してしまった。

驚愕の声を上げながら、進路上に振り落とされた大剣を、身を捻りながら辛うじてかわす龍太郎に完璧なタイミングで別の傀儡兵からの剣戟が迫る。

横薙ぎの一撃。それも首筋と横腹を狙った挟撃。龍太郎は、体勢を崩しながらも両手の籠手で弾き返そうとする。

だが、この二人の傀儡兵も普通ではなかった。振るわれた剣が幻のように揺らめき、龍太郎が認識していた軌道とは別の軌道を辿って本当の剣が迫ってきたのだ。

 

「――ッ」

 

声にならない悲鳴を上げつつ、籠手の防御が間に合わないと悟った龍太郎は、刹那

 

「───立ち止まんな、走り続けろ。」

 

そんな言葉と共に細切れにされた。さらに、赤熱化した大槍ごと3人目の頭を穿ち、地面にバスターソードを叩きつけようとした2人の腕を切って失敗させる。

さらに来た追撃は龍太郎自身で対処して前に進む。

その後ろの方では雫が奮戦していた。しかし、傀儡兵の予想外の力を有していたため、焦燥を浮かべ、新たな手札を切ろうとした。

 

「まずは一番厄介な雫、君からだよ。――“邪纏”」

「うっ、あ?」

 

しかし、それは恵里によって防がれる。黒い明滅する球体が突然眼前に現れ、それが視界に入った瞬間、雫の体が一切動かなくなったのだ。

これにより手札を切り損ねた雫は、致命的な隙を晒すことになった。恵里はニタリと粘着質な笑みを浮かべる。

光輝には“縛魂”により、たとえ致命傷を食らわせても復活できると認識させてある。なので、“雫達を助ける”という認識の光輝が、雫達が傷つくのを邪魔することはないし、自身も躊躇いなく力を振るう。後で生き返らせることが出来るのだから躊躇う必要がないのだ。

もちろん、復活など出来るはずがないし、そもそも恵里がさせるわけない。“縛魂”して傀儡兵に加えるくらいはするだろうが、まともに生かすつもりはなかった。

従って、まずは一人とほくそ笑んだわけだが、

 

「舞い散れ、“聖絶・桜花”」

 

その瞬間、輝く無数の欠片が、まるで桜吹雪の如く戦場を駆け巡った。小さな無数の輝きは、ザァアアアアーーと音を立てながら宙を舞い。雫と第2波にやられかけていた龍太郎を中心に螺旋を描きながら旋風を巻き起こす。

そして、二人を襲った傀儡兵の攻撃を、凝縮するように集まった欠片で柔らかく受け止めて、全ての衝撃を霧散させてしまった。それだけでなく、光の花吹雪が、攻撃直後で死に体を晒す傀儡兵達に、濁流が小魚を呑み込むが如く襲い掛かった。

光の花吹雪が通り過ぎた後には、見るも無残な姿になった傀儡兵達がいた。全身を切り刻まれ、四肢は原型を止めておらず。何より頭部が爆ぜたようにズタボロになっている。

“聖絶・桜花”――文字通り、聖絶という強力な障壁を桜の花びらの如く細かな破片にし、触れれば切れる、集めれば柔能く剛を制す防壁となる、そんな攻防一体の障壁となす魔法だ。

鈴が、まるで日本舞踊のように双鉄扇を振るえば、それに合わせて光の桜花達が流れるように動く。

 

「ふぅ。助かったわ、鈴」

「おう、サンキュな。つぅか、なんなんだ、あの傀儡共」

「どういたしまして。……まるで魔物の固有魔法みたいだね。詠唱も魔法陣も見当たらないよ」

 

鈴が稼いだ時間で態勢を立て直した雫と龍太郎が、鈴の傍に集まる。その眼は険しそうに細められ、周囲を取り囲む傀儡兵に油断なく巡らされていた。

と、その時、遂に光輝の術が完成してしまったようで、天を衝く純白の魔力がビデオの巻き戻しのように光輝の背後へ集束し始めた。その尋常でない魔力は、ゆらりゆらりと揺れながら徐々に形を作っていく。

 

「……最後だ。後で生き返らせることが出来るとはいえ、出来れば雫達を傷付けたくない」

 

光輝が静かな声音を雫達に向ける。

その光輝が発する魔力の塊は、やがて翼のようなものを広げ、太く強靭な尾を伸ばし、鎌首をもたげて鋭い牙を打ち鳴らし、その凶爪でビルの床を刻んだ。

瞠目する雫達に、光輝は言葉を続ける。

 

「“神威・千変万化”――砲撃の形でしか発動できない神威を常時発動状態にして操り続けることが出来る技だよ。このドラゴンは、存在そのものが最大威力の神威と同等の破壊力を秘めいているんだ。それに、【神域】にいる限り、俺の魔力が尽きることはないから、時間稼ぎも無駄だよ。……分かるだろう? 今の俺は南雲よりも強い。皆では絶対に俺には勝てない。だから……降伏してくれ」

 

神威そのもので形作られた光の竜が咆哮を上げる。同時に、その口から砲撃が放たれ、一キロメートル程離れた場所に立っていた高層ビルを一撃で消滅させた。確かに、最大威力の“神威”をノータイムで放てる上に、力の減衰が見られないので無尽蔵の魔力が供給されているようだ。

 

「ちなみにぃ、周りの傀儡兵ちゃん達はねぇ、魔石を組み込んだ、魔物と人間のハイブリッドなんだよぉ? 生前の連携や技量をそのままに、魔物並のスペックと固有魔法を持っているんだぁ。そうだねぇ、差し詰め、“屍獣兵”ってところかなぁ」

 

そう言って、言外に、圧倒的な戦力差があるのだと嫌らしい笑みを浮かべながら伝える恵里。その背中から灰色の翼がバサリと展開される。恵里自身が、使徒を彷彿とさせる力を持っているのだと伝えて、絶望に誘う。

更に周囲では、回復の固有魔法が使える屍獣兵がいるようで、先程、鈴に吹き飛ばされたり、刻まれた屍獣兵も傷を癒して立ち上がっており、それ以外にも念の為待機させていたらしい補充の屍獣兵が続々と集まってきた。

最初に、アグニ・オルカンの爆撃で潰された数百人の屍獣兵を除いても、まだ百五十人近い戦力があるようだ。

絶大な破壊力を秘めた神威を自由自在に操り、しかも時間制限もなく、自身も“覇潰”状態を常時維持できる光輝。そして、おそらく使徒に近い能力と闇系魔法に、百五十人の屍獣兵の群れを十全に操れる恵里。

確かに、中々の難局と言えるだろう。普通のクラスメイト達なら絶望に膝を屈したかもしれない。

だが、ここにいるのは、大迷宮に挑んでは己の弱さを突きつけられ、無力を思い知らされた者達だ。己と向き合い、汚い部分や恥ずべき部分を呑み込んで一歩を踏み出した者達だ。

そして、どんな状況でも、誰が相手でも、ただの一歩も引かない、かの少年を間近で見てきた者達だ。

だから、

 

「ハジメよりも強い?勘違いも甚だしいわね。彼は、彼こそが“世界最強”よ?」

「全くだよ。大体、鈴達を舐めすぎじゃないかな?そんなの“強さ”の内にも入らないよ」

「千変だか、屍獣兵だか知らねぇが……ハッ、全く足りねぇよ」

 

たかが、この程度のこと、難局の内にも入らない。さらに…………

 

「結局の所下衆は下衆か。人を魔性に堕とす奴もまた魔性。なればそこに英雄が立たずしてなんとする?俺は産まれて此方、定められし運命……英雄であることを辞めた事は無い。故に貴様に引導を渡してやる。永く忘れていた戦場をこの俺に思い出させたんだ。覚悟しろよ?」

 

1人の英雄となるべくして産まれた英雄が降り立った。

光輝の眉がピクリと反応する。恵里の表情が嘲笑を浮かべたものから冷ややかなものに変わった。

対して、雫は抜刀術の構えを、鈴は双鉄扇を舞踊のように、龍太郎は空手の構えを、英雄は投擲の構えを取った。その瞳には、緊張も悲愴さもない。ただ静かに、やるべきことをやる、そういう意志を湛えていた。

 

「なんか、すごいムカつくぅ」

「洗脳の影響は深いか……仕方ない。雫、龍太郎、鈴、朱爀……俺が目を覚ませて上げるよ」

 

その言葉を合図に、第二ラウンドのゴングが鳴った。

 

「加減はしないよ。大丈夫、後で、必ず生き返らせて上げるから」

 

そんな言葉と共に、光輝が聖剣を突き出した。その瞬間、光系最上級攻撃魔法“神威”そのもので出来た光の竜――光竜から神威のブレスが放たれた。

大気を焼き焦がす純白の光が螺旋を描きながら雫達へと急迫する。

それを見て、鈴がエネルギーを散らす聖絶を発動しようと鉄扇を振るおうとした。

だが、それを読んでいたように、一歩早く恵里が魔法を発動する。

 

「あはっ、“落識”ぃ!」

「――ッ」

 

闇系魔法“落識”――ほんの数秒前までの記憶を一時的に封じる魔法だ。瞬く間の記憶ではあるが、それでも戦闘中に使われれば致命的な隙を生む厄介極まりない術。高等魔法であるから扱いは難しいはずだが、恵里は難なく扱えているようだ。

 

「チッ」

 

障壁を張り損ねた鈴達に迫る死の光を前に、英雄が前に出て身体を張った。ようするに真正面から受けたのだ。

 

「アハハハハハハハッ!!!!バッカじゃないの!!!!真正面から受けに行くとかマゾですかぁ〜!?」

「残念ながらそんな性癖は皆無ですよ〜だ。」

「はぇ?」

 

返ってこないはずの返事が返ってきたため、惚ける恵里。砲撃が終えた途端、狙い澄ましたように屍獣兵が全方位から飛びかかった。

 

「刻め、――“爪閃”!」

 

雫が、左右から大剣を振るってきた屍獣兵に“風爪”を発動しながら黒刀を抜刀する。一振りで、三つの剣線を刻む一撃は、しかし、屍獣兵の腕を切り裂いたものの、その胴体までは届かなかった。

両断するつもりで放った一撃であっただけに、目を細める雫。その目には屍獣兵が纏っている赤黒い魔力が映っていた。

 

「“金剛”、ね」

 

痛みなど感じていないというように、片腕を失いながらも持ち替えた腕で振るわれた屍獣兵の攻撃を、“空力”で宙を蹴って反転することでかわしながら雫は小さく呟いた。

その近くでは、飛んできた無数の風の刃を自身の“金剛”で受け止める龍太郎の姿と、赤熱化した槍を光の花弁でいなしている鈴の姿があった。英雄は下ろしていた槍を肩に担ぐ動作だけしかしてないのに襲ってきた屍獣兵を細切れにしていた。いや、誰も視認出来ないほどの速さで振るっているのだ。

どうやら、屍獣兵は属性系の攻撃的な固有能力の他、防御系と回復系を使える者と一通り揃っているらしい。実にバリエーション豊かだ。この分だと、かつてのキメラのように姿を眩ませたり、魔法を吸収したり出来る屍獣兵もいるかもしれない。

雫が屍獣兵の能力を警戒していると、突如、全身に悪寒が走った。本能が全力で警鐘を鳴らしている。雫は、咄嗟に“空力”に合わせて“無拍子”を発動し、その場から全力で飛び退いた。

その瞬間、雫が離脱した空間を無数の光刃が通り過ぎた。光刃は、そのまま飛翔すると少し離れた場所にあった廃ビルの中腹を粉々に切り裂き、支えを失った廃ビルを轟音と共に倒壊させる。

更に、雫は鳴り止まない警鐘に従って空中で身を捻ると見ることもせずに背後に向かって抜刀した。鞘走りで加速された黒刀が、ガキッ!と硬質な音と手応えを返してくる。

そこには、聖剣で黒刀を受け止める光輝の姿があった。

 

「流石、雫。強いな」

「あんたは弱くなったわね。八重樫流の名折れだわ」

「……可哀想に。実力差も分からなくされてしまったのか。でも、大丈夫。雫は俺が守るからっ!」

 

背後に背負う光竜のおかげか普通に空を飛べるらしい光輝が、空中で鍔迫り合いをしながら雫に微笑みを向ける。だが、返って来た辛辣な言葉に表情を歪めると見当外れな言葉を呟いた。

同時に、光輝の背後から雫を睥睨していた光竜が、その顎門をガパリと開く。そして、ノータイムの神威が雫目掛けて超至近距離から放たれた。

 

「っ、“焦波”! “引天”!」

 

雫は、鞘を光輝へと叩きつける。それにより発生した衝撃波が二人を強制的に引き離し、雫を僅かに射線から逸らした。だが、極太のレーザーの如き神威のブレスからは完全には逃げきれていない。

なので、ほとんど同時に発動した黒刀の方の能力“引天”により、神威のブレスを刀身に引き寄せた。そして、刀身にブレスが接触した瞬間、手首と体の捻りを利用して圧力と衝撃を後方へと流す。

八重樫流が刀術の一つ――“木葉舞い”。相手の攻撃を、刀身を利用して滑らせることで受け流す技だ。今回は、対象を刀身に引き寄せる能力である“引天”をも利用した応用技だ。ぶっつけ本番の試みだったが、見事に成功である。

背後でまた一つ、神威によって建物が崩壊する音を聞きながら、雫は呆れたような眼差しを光輝へ送った。

 

「守る、ね。昔から、あんたは私にそう言っていたけれど、正直、守られたと思ったことは一度もないわ。今も、守るといいながら随分な攻撃を放ってくれるじゃない?」

「そうか……南雲の奴、記憶まで改竄したのか。雫は覚えていないだろうけど、俺はいつだって雫の隣で、雫を守っていたんだ。と言っても、今の雫には何を言っても無駄だと思うけどね」

「それは、全くもってこっちのセリフよ。その優顔に盛大な傷の一つでも付けたら、少しはマシになるかしらね」

 

イラっときたように雫が額に青筋を浮かべる。その雫の背後に屍獣兵が回り込んだ。見れば、全員背中から赤黒い翼が生えており、空中戦も問題がないようだ。

更に、光輝が聖剣を一振りすると、背後の光竜から無数の光が枝分かれし、小さな光竜を形作った。その数はおよそ三十体。

 

「雫、これで終わらせてもらうよ。流石に、この数の一斉攻撃は凌げないだろう? 痛いだろうけど、ちゃんと俺が介抱するから。安心して眠ってくれ」

 

一方的にそう告げると、光輝は聖剣の鋒を雫へと向けた。直後、三十体の小光竜と屍獣兵が全方位から雫へ襲いかかった。逃げ場はなく、龍太郎は屍獣兵と光竜のブレスで近寄れない。

咄嗟に、鈴が行動を起こそうとしたが、それを雫自身が“念話”で止めた。

その言葉が念話として鈴に届いた直後、雫が人影と光に呑み込まれた。

それを見て光輝は沈痛そうに頭を振った。そして、皆を救うためならこの手を汚すことも、恨まれることも厭わない!とでも言いたげな、まるで悲劇のヒーローを気取るような決然とした表情で、次の標的と定めた龍太郎にその視線を向ける。

その瞬間、

 

「悪いけど、彼以外の男に寝顔を見られるなんて真っ平御免よ。――“閃華”」

「ッ、ぐぁ!?」

 

光輝の胸元が真一文字に切り裂かれ血飛沫が舞った。難攻不落の聖なる鎧のおかげで致命傷には及んでいないが、それでも十分なダメージだ。

光輝は、雫が平然とした声音を発したことと、距離があるのに切り裂かれたことに瞠目しながら胸元を押さえつつ後ろに下がった。そして、それを発見する。

 

「か、刀が、飛んでる?」

 

光輝が思わずといった様子で呟いた。

その言葉通り、光輝の前には雫の黒刀と瓜二つの漆黒の刀が鋒を光輝に向けたまま宙に浮いていたのだ。

では、雫は手ぶらのまま屍獣兵と小光竜に致命傷を与えられたのではないのか……光輝が険しい眼差しで球体状に群がられている雫に視線を向けた。

すると、ズルリっと雫を囲んでいた屍獣兵や小光竜の体が斜めにずれて崩れ落ちていくという衝撃的な光景が目に入った。

そして、ボロボロと地面に落ちるか霧散する敵の隙間から現れたのは……

無数の黒刀を結界のように周囲に展開して、全ての攻撃を受け止めている雫の姿だった。

 

「断ち斬れ、――“全刃・閃華”!」

 

雫が再び声を張り上げる。

刹那、黒刀の結界が濃紺色に輝いたかと思うと、今度こそ全ての屍獣兵と小光竜が両断されてしまった。屍獣兵が地に落ち、小光竜が霧散する中、手に持つ黒刀を真っ直ぐ光輝へと向ける雫。

すると、周囲の抜き身の黒刀が全て雫を中心に剣先を下に向けて整然と整列した。その数は計二十本。

凛と背筋を伸ばして宙に立ち、漆黒の剣群を従えるその姿は、まるで絵物語の英雄のよう。ポニーテールにした美しい黒髪が靡き、強靭な意志の宿った静謐な瞳が光輝を射抜く。

綺麗だ……光輝は、我知らず心の中で呟いた。場違いな、されど心奪われずにはいられない戦乙女の如き雫の姿にゴクリと生唾を呑み込む。

 

「――“意志示す刀群(リビングソードズ)”。この黒刀全てに私の魂を込めるわ。都合のいい夢に逃げ続ける光輝に、凌げるかしら?」

「し、雫……」

 

静かな声音なのに、まるで物理的な衝撃でも叩きつけられたような錯覚に陥って、思わず声を詰まらせる光輝。今の雫には、魔力や身体的スペック差では推し量れない気迫が満ちていた。

 

「……僕の光輝くんに……何て生意気。やっぱり、雫は気に食わないなぁ!」

 

恵里が表情を醜く歪めて雫に魔法を放とうとした。光輝が雫に見蕩れたことを敏感に察知したようだ。洗脳してなお、自分以外に心囚われるなど許せることではない。憎悪と嫉妬を爆発させて、雫の精神を掻き乱す魔法と共に屍獣兵を一斉に差し向けようとした。

だが、そんな恵里の目に、まるで邪魔するように無数のヒラヒラとした影が映った。

訝しみながら視線を巡らせる恵里。そして瞠目する。

 

「な、何? これ、蝶?」

 

呟いた言葉は大正解。いつの間にかおびただしい数の蝶の群れが戦場に飛び交っていたのだ。

その発生源は、双鉄扇を広げた鈴だ。鉄扇の持ち手側に付いた宝珠から次々と蝶の魔物を召喚している。周囲に展開した光の花弁と共に螺旋を描きながら、漆黒の羽に紅い紋様の入った黒紋蝶が天へと吹き上がっていく光景は、普段の鈴にはない妖しさと神秘性が綯交ぜになったような言葉に出来ない美しさがあった。

 

「最初の攻撃は凌いだよ、恵里?今度はこっちのターン。もう鈴を無視させないよ」

「あはは、鈴如きが何を言って――」

 

戦場に光の花弁と黒紋蝶が溢れる中、恵里の言葉を遮って、鈴は腰に下げていた別の召喚用アーティファクト――魔宝珠(モンスター〇ール)の一つに叫んだ。

 

「イナバさん!お願い!」

「きゅきゅう!」

 

その瞬間、鈴の眼前に飛び出した白と紅のウサギは残像を残して姿を消し、刹那、恵里の背後に姿を現した。

その余りの速度に恵里は反応できない。辛うじて、使徒を作り上げた技術を応用して強化された自身の肉体的スペックによって姿を捉えることが出来ただけだ。

故に、大きく目を見開いた直後、

 

「ぁぐっ!?」

 

蹴りウサギ“イナバ”の豪脚を受けて錐揉みしながら廃ビルに激突。そのままその廃ビルを貫通して数百メートルは吹き飛ばされた。攻撃を受ける寸前で、使徒と同様に魔力を纏って身体強化したようなので、今ので終わりということはないだろう。

 

「恵里っ!くそっ、鈴、君は親友に何てことをっ!」

「だからよぉ、いつまでも寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ!」

 

光輝が、吹き飛ばされた恵里を見て声を張り上げる。そして、鈴を糾弾しようとして横合いからの衝撃に声を詰まらせた。

ギリギリと軋む音を響かせながら、聖剣で龍太郎の拳を受け止める光輝。鍔迫り合いのように至近距離で睨み合う。

光輝は、龍太郎から視線を逸らして恵里が吹き飛んだ方向をチラリと見ると、同時に光竜の尾と爪を龍太郎へ放った。

龍太郎は光竜の尾と爪を認識しながら、避けようとはしなかった。代わりに、手に入れた神代の魔法を発動する。

 

「来たれ、鋼の鬼ぃ! “天魔転変”!」

 

直後、龍太郎の体が淡緑色の魔力を帯びて変化する。ベキベキッと音を立てて全身の筋肉が上着をボロボロに引き千切りながら肥大化した。元々百九十センチメートルはあった身長も軽く二メートルを超えて、目元は釣り上がり、犬歯が伸びて剥き出しとなった。

急激な龍太郎の変化に眼前の光輝が瞠目する中、振るわれた光の尾が龍太郎の背中を、爪が肩口を強襲する。

だが、直撃した光竜の攻撃は龍太郎を血濡れにすることなく、ガキンッ!という生身では有り得ない硬質な音を響かせて受け止められてしまった。

 

「なっ、龍太郎、それはっ」

「くぅうう!効くなぁ、おい!だが、耐えたぜ?今度はこっちの番だぁ!“焦波”!!」

「ッ――」

 

流石に、神威の化身である光竜の攻撃をまともに受けてノーダメージとはいかなかったようだが、それでも傷らしい傷もなく、文字通り鬼の形相で不敵に笑った龍太郎は鍔迫り合いをしている拳の籠手から莫大な衝撃波を放った。

それは、魔力が変換された衝撃だけでなく、二回りは肥大化した筋肉の塊のような腕から繰り出された単純な膂力も加わって絶大な威力となり光輝を吹き飛ばした。

声を詰まらせて吹き飛び、先程の恵里同様に反対側の廃ビルへと突っ込む光輝。

屍獣兵が拳を突き出して残心する龍太郎を狙うが、それは高速で飛来した黒刀が蹴散らす。鬼と化した龍太郎の傍らに雫が来て、一通り龍太郎を眺めると口を開いた。

 

「上手く使えているみたいね。凄い迫力だわ」

「へへっ、まぁ、南雲のチートメイトのおかげってのもあるけどな。一人じゃ、ここまで簡単には使えねぇ」

 

龍太郎は油断なく光輝が突っ込んだ廃ビルを睨みながら見た目に反して謙遜する。

変成魔法“天魔転変”――魔石を媒体に自らの肉体を変成させて、使用した魔石の魔物の特性をその身に宿すという変成魔法としては少々特異な魔法である。

龍太郎は変成魔法の適性自体はあったのだが、魔法の行使そのものを苦手としており(脳筋なので基本、殴る蹴るしかしてこなかったため)、奈落の魔物を短時間で従えることは出来なかった。

そこで、色々と考えた龍太郎は、ティオの“竜化”にヒントを得て、脳筋らしくこういう結論に至った。

すなわち、“従えられないなら、自分が従えたい魔物と同じになればいいんじゃね?”と。己の肉体については小さい頃から空手をしていたこともあって熟知していた龍太郎は、早速試してみた。

結果、天魔転変という変成魔法は龍太郎と実に相性がよく、本来は変成魔法の中でも超高等魔法に分類されるのだが割と簡単に成功してしまったのである。

もちろん、修練の時間もなかったので変化していられる時間は酷く短く、その効果もムラがあり変化を解いた後は強烈な反動もあって切り札中の切り札くらいにしか使えないものだったのだが、そこはハジメが解決した。

それが、チートメイト――カルシウムなど人体に有害でない鉱物に変成魔法と昇華魔法を付与し、それを粉末状に錬成したものを混ぜた特殊な効果を持つ固形食料だ。これで肉体を一時的に変成に最適な状態へと変化させ、ついでに“限界突破”に近い強化をほどこして多大な負荷にも耐えられるようにしたのである。

このチートメイト、一度服用すれば半日は効果が持続する上、使用後の副作用もないというハジメ会心の一品で、既に【神域】突入組は全員が服用している。雫が、脳の処理能力でも上げない限り不可能な、二十振りの刀の同時使用という離れ業ができたのも、この使い捨て食料型アーティファクトのおかげである。

ちなみに、ネーミングはカロ〇ーメイトから。メイトの意味が“友”という話を信じるなら……割と酷いネーミングである。

雫と龍太郎が軽口を叩き合いながら周囲の屍獣兵に視線を巡らせていると、不意に“念話”が届いた。

 

『雫、龍太郎くん。このまま二人を分断しよう。恵里は鈴に任せて。二人は光輝くんをお願い』

『鈴……大丈夫なのね?』

『うん。言いたいこと言って、聞きたいこと聞いて、それで、あの馬鹿をぶっ飛ばすよ』

『へっ、そりゃいい。……死ぬんじゃねぇぞ』

『そっちこそ、ね』

 

遠くで、イナバを頭に乗せた鈴がサムズアップする。そして、くるりと踵を返すと屍獣兵の襲撃を捌きながら吹き飛んでいった恵里を追いかけていった。

直後、

 

ドゴォオオオオオンッ!!

 

と、轟音を響かせて雫と龍太郎の眼前の廃ビルが倒壊――否、内側から爆発したように弾け飛んだ。そこには恒星のように燦然と輝き、光竜と無数の小光竜を従えた光輝の姿があった。

光輝は無言無表情だ。そのままスっと音もなく聖剣の鋒を雫達へと向ける。

 

「龍太郎!」

「応よっ!」

 

流石に、ここまで共に戦ってきた戦友。阿吽の呼吸で散開すると示し合わせたように挟撃の態勢に入った。その後を神威の咆哮が通り過ぎる。

余波だけでも凄まじい衝撃が体を叩く中、雫と龍太郎は、飛び出してくる小光竜と周囲から群がってくる屍獣兵を意識しながら大馬鹿者の幼馴染の元へと踏み込むのだった。

 

 

八重樫雫・谷口鈴・坂上龍太郎side out

 

────────────────────────

 

燦嘹朱爀side

 

 

「ありゃりゃ、魔性ばかり討ってたら彼奴らとはぐれちまったか。まぁいいか。彼奴らは彼奴らで成すべきことがあるからな。こっちもこっちでやるか。」

 

─────────ノイント製造機の破壊を

 

今まで疑問に思っていたことがある。ノイントには学習能力はあれど鍛えている事は1度もなかった。それはまぁ神の使徒だからで済む。

絶対的な力を持っているから鍛えなくていいという考えからか鍛えてないのだろう。だが、1から創っているのならば何故同じ顔なのか(・・・・・・・・)だ。もしそうならば何処か1部は確実に違いがある筈だ。しかし、今まで出会った全てのノイントが寸分たがわず同じなのだ。…………まるで機械の設定通りにしているかの如く。

そこで、リューティリス・ハルツィナの樹海で見つけた本の一文を思い出したのだ。

“魔人族は人族を魔力過多にした結果の成れの果てであり、亜人族は人族と魔物の配合の失敗例だ”と。

それならノイントも何かしらの失敗作であるが、天使のそれと似ていたから道具として採用したのではないか?

それで、その場合は製造機があるはずだと確信したのだ。ユエを服従して乗っ取るまで3日かかると言っていた。なのに、決戦開始時には莫大な数いた。抵抗されながら創ったら、必ずどちらかに綻びが生まれる。完全にしたかったらどちらかを疎かにしなければならない。

だから、製造機があると予測したのだ。

兎に角、屍獣兵を討ちながら進む。と、ひとつの門を見つけた。あのビックベン擬きの門とは別のものだ。朱爀は躊躇い無く飛び込んだ。

一瞬の輝きの後に着いた場所は正しく現役の工場であった。

やや警戒して工場の中に入ると、大きな亀裂とそこに躊躇い無く飛び込む大量のノイントがいた。

離れた場所には今完成しました感満載な素っ裸のノイントや鎧や剣、翼の最終点検をしているノイントがワラワラといた。

そして、その全ては唐突に開いた扉……朱爀の方に一斉に目を向けていた。

そして、

 

「侵入者っ!!!!?」

「直ちに討滅せよ!!!!」

「はぁッ!!!!」

「きゃあッ!?見ないで下さい!!!!」

 

様々な反応をしながら朱爀に攻撃を繰り出した。

取り敢えず、朱爀は槍の刃を地面に向けてぶっ刺し、叫んだ。

 

宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)!!!!!!!!」

 

世界を闘技場に上書きした。その結果、空を飛んでいた者や銀の翼を放とうとした者、鎧を展開しようとした者、その全てを驚愕させた。

それもそうだろう。能力が発動しない。たったそれだけでノイントらは窮地に立たされた。

 

「さぁて、アンタらの製造機を潰してぇから場所吐いてもらおうか?」

 

能力無しのノイントは本当に非力で、少女と何ら変わりなかった。しかし、敵と見定めているゆえに容赦なく往復ビンタ(・・・・・)脇腹こちょこちょ(・・・・・・・・)という拷問で色々な情報を吐き出させた。

これを誰かが見ていたら、セクハラだろ?というような状態だった。

地上ならまだしも、【神域】ではノイントらを槍で殺ることが出来なかった。最愛の女性以外は穿てないという呪いが作動したのだろう。デメリットの撤廃が槍だけ意味を成せていなかったのだ。

後に残ったのは死屍累々なノイント達と完全に機能を停止した製造機しか無かった。

確実に殺さなかったこの甘さを朱爀は後に後悔をするのであった。

 

 

燦嘹朱爀side out

 

────────────────────────

 

谷口鈴side

 

 

廃ビルの谷間を、光の花弁と黒紋蝶、そしてイナバを従えて進む。

恵里が吹き飛んでいった射線上のどこにも既に気配がないことを、敏感なウサミミを持つイナバが教えてくれたのだ。

一瞬、光輝の救援に向かったのかとも思った鈴だったが、何となく恵里は自分を放置せずに向かってくると直感が囁いていた。

なので、油断なく廃都市の廃ビルに囲まれた宙を移動しているのだが……屍獣兵もいつの間にか周囲から姿を消し、遠くで雫達の戦闘音が聞こえる以外は不気味な静けさに包まれた異様な空間に、鈴は知らず緊張の汗を垂らした。

 

「きゅう、きゅ」

「イナバさん……ありがとう。ちょっと緊張し過ぎだね」

 

イナバから「鈴はん、緊張し過ぎや。ワイがおるんやから大船に乗ったつもりでドンと構えときぃ」と前足で額をペシペシされた鈴が少し頬を緩めて肩から力を抜いた。頭の上にモフっと乗っているイナバが、「それでええんや」と、腕を組みながらうむうむと頷いている。

コミカルな仕草に鈴は更に頬を緩めた。

その瞬間、鈴の頭上でイナバが上下反転する。そして、逆立ちの要領で鈴の髪をグシャっとしながら回転し、背後に向かって強烈な蹴りを放った。

ズガンッ!と衝撃音を響かせて、イナバが受け止めたのは灰色に輝く剣。

 

「……本当、その気持ち悪いウサギは鬱陶しいね」

「恵里っ」

 

そう、背後から鈴の不意を突いて剣を振るったのは恵里本人だった。肩越しに鈴が振り返れば、恵里の氷のように冷たく無機質な眼差しと目が合う。

振るわれた剣はハジメ特製のアーティファクトである脚甲を装着したイナバの足に止められていたが、それがなければ鈴の頭に直撃コースだ。ギチギチと鍔迫り合う脚甲と剣の力強さを見れば、明らかに不意打ちで鈴を殺す気だったと分かる。

イナバが更に体を捻った。鈴の頭の上でブレイクダンスのように回転し、逆の足で衝撃波を放つ。固有魔法“天歩”の派生“旋破”――蹴りから衝撃波を放つ能力だ。

恵里は背中の灰翼をはためかせると空中で宙返りしながら、その衝撃波をかわした。

 

「変成魔法で魔物を進化させるには、それなりに時間がかかるって聞いてたんだけどなぁ。その魔物、ちょっと異常すぎない?」

 

目を眇めながら恵里が不機嫌そうに尋ねる。

 

「まぁ、イナバさんは色々と特別だから。ほとんど素の能力だし」

「なにそれ、反則臭いなぁ~。でも、数の暴力には敵わないでしょ? 流石に、そのレベルの魔物を何匹も抱えているとは思えないしねぇ! ――“邪纏”!」

 

恵里が暗黒球をイナバの眼前に出現させる。それにより、咄嗟に動こうとしたイナバの動きが一瞬だけ阻害された。

そのタイミングで恵里が灰色の砲撃を放つ。分解能力が付与された凶悪な砲撃だ。更に、退路を塞ぐようにして廃ビルの中に潜んでいた屍獣兵が一斉に飛び出してきた。

 

「皆、お願い! ――“聖絶・界”!」

 

鈴の号令で腰につけた魔宝珠から従魔達が飛び出す。体長十メートルはあるムカデが二体、黒に赤の縞模様がある体長一メートルのハチが十体、六本の鎌を持つカマキリが四体、赤黒い眼が八つも付いている体長四メートルはある蜘蛛が一体。鈴自慢(?)の虫軍団!

眼前から迫る灰色の閃光を五十枚重ね掛けした聖絶で分解される端から補充しながら防ぎつつ、更に、光の花弁――“聖絶・桜花”を鉄扇の一つで操りながら従魔達を援護する。

赤熱化する槍を振るった屍獣兵をミサイルバチが弾幕で迎え撃つ。秒間五発という連射を十体で一斉に行い、着弾する傍から爆炎の華を咲かせる。

吹き飛ばされた屍獣兵は、廃ビルの壁に取り付いた鋼糸蜘蛛が廃ビルの谷間に張り巡らせた鋼糸の網にその身をバラバラに切り裂かれて止めを刺された。

更に、ミサイル針の弾幕を潜り抜けて迫った屍兵達を風刃カマキリ達が、六本の鎌から繰り出す風の刃で切り刻む。

防御の固有魔法を所持した屍獣兵が大盾で防ぎながら突進し、その影から“魔衝波”の能力を持った大剣使いが飛び出し、鈴の背後をとぐろを巻くようにして守っていた硫酸ムカデに振り下ろした。

赤黒い波紋が広がると同時に凄絶な衝撃波が発生。その大剣を受けた溶解ムカデはあっさりと四散する。

大剣と衝撃使いの屍獣兵が、飛び散るムカデの隙間を縫って鈴に肉薄しようとした。が、その瞬間、全方位から――正確には、周囲に飛び散ったムカデの欠片である体節から怒涛の溶解液が噴射される。

全くの不意打ちで、スコールにでも遭遇したように全身を溶解液で濡らした大剣と衝撃使いの屍獣兵は盛大に白煙を上げて瞬く間に人から人体模型、スケルトンと転身していき、最後には塵も残さず溶けて消えてしまった。

体節を十個に分裂させた溶解ムカデが仲間の従魔や主である鈴には掛からないように、まるでビット兵器の如く溶解液の噴射を行う。

廃ビルの影から援軍が更に湧いてくる。しかし、飛び出そうとした瞬間、波打つ地面や壁から体長一メートル程の発達した顎門をギチギチと鳴らした土中アリが飛び出し、屍獣兵を噛み砕いては土中や壁の中へと引き込んでしまう。

爆発するミサイルと恐ろしいまでの切れ味を誇る風刃の弾幕、それらの隙間を縫って的確に敵へと降り注ぐ溶解液の豪雨、徐々に包囲を狭める死線で編まれた蜘蛛の巣、近づいた瞬間、土中から奇襲を仕掛けてくるアリの群れ。

人としての練度と技術に、魔物の強靭さと固有魔法を組み合わせて超人と化したはずの屍獣兵が冗談のように次々と殺られていく。

 

「ちょっ、冗談だよね!? なにその魔物っ! フリードだってそこまで進化させてるのは少ないのに!」

 

思わず怒声を上げた恵里。灰色の砲撃も鈴の守りを突破できず、自分は強大な力を得たはずなのに!と苛立ちを募らせる。

そして、砲撃を維持しながら灰色の羽を鈴の従魔達に、闇系魔法“落識”を鈴に仕掛けようとした。

 

 そこへ、

 

「きゅう!」

「っ!?」

 

白いウサギが出現する。その真紅の瞳は、「よくもやってくれたなぁ、われぇ! どつき回したらぁ!」と言っているように剣呑に細められている。余りの速度に発生した残像がズララララーとイナバに重なると同時に、その豪脚が恵里に向かって放たれた。

恵里は咄嗟に灰翼で防御するものの、凄まじい破壊力に堪えきることが出来ず吹き飛ばされる。

 

「きゅうぅうううう!!」

「このっ、獣の分際で、調子にっ」

 

イナバが追撃を仕掛けた。ウサミミをなびかせ、空を蹴り付け、洗練された怒涛の脚撃が縦横無尽に振るわれる。上中下、高速の三段蹴りが閃光の如く襲ったかと思うと、側宙の要領で回転して遠心力をたっぷりと乗せた連続回し蹴りが炸裂する。

パンッ! という乾いた音と共にイナバの蹴り足を中心として空気の壁と衝撃が発生した。能力によるものではなく、単純な蹴りの速度が音速を超えているのだ。

その脚撃の嵐を剣技と使徒のスペックで辛うじて凌いでいく恵里。そう、恵里は卓越した剣技で直撃を辛うじて避けているのである。そのことに驚愕をあらわにする鈴の視線の先で、恵里が全身から分解の魔力を噴き上げた。

堪らず、イナバが空中を蹴りながら鈴の傍らに戻ってくる。

 

「なんなの? 何で僕が押されているの? 使徒の体に変質させて、能力も手に入れて、屍獣兵も揃えて、王国最高の剣士を憑依させているのに、何で? 何で、僕がやられ役みたいに追い詰められなくちゃならないの? 相手はあの化け物じゃないんだよ? それなのに、何で? ねぇ、何で? 何で? 何で!?」

 

イナバの攻撃を凌ぎ切ったというのに恵里の表情は醜く歪み、ヒステリックに「何で?」と繰り返しながら、片手で千切れるのではないかと思うほど髪を掻き毟っている。その姿は、思い通りにいかない現実に駄々を捏ねる子供と片付けるには少々、狂気的な色を纏い過ぎているようだった。

そんな狂ったように「何で?」と叫び続ける恵里に、鈴は凪いだ水面のように静かな瞳と声音を向けた。

 

「決まってるよ。鈴が、恵里とお話したかったから」

「は?」

 

鈴の言葉に、言葉を止めて間抜けな声を漏らす恵里。その表情は、意味がわからないというように呆けている。

 

「恵里は鈴を取るに足りない相手と思っていたからね。頑張って鍛えて来たんだよ。無視できないようにするために。まぁ、南雲くんの手助けがあってこそって感じだったから情けないけどね」

「……へぇ。で? 罵倒でもしたいわけ? 今度は僕を這い蹲らせて、嘲笑いながら罵りたいんだ? 鈴ってば、そんなことの為に必死になっちゃったんだ? 随分といい感じに歪んできてるねぇ~。いいよぉ? 好きに罵ってみればぁ? 聞いてあげるよぉ?」

 

鈴の心の内を推測し、嘲笑を浮かべる恵里。復讐の為という浅ましい行為に、鈴の底を見た気がして余裕を取り戻したようだ。

だが、そんな恵里に鈴の表情は少しも揺らがない。真っ直ぐに恵里を見たまま、やはり静かに話し出す。

 

「罵倒? 嘲笑う? まさか。そんなこと出来るわけないよ。だって……恵里を利用していたのは鈴も同じだから」

「……どういう意味ぃ?」

 

恵里が片目を眇めて首を傾げる。どうやら鈴の話に興味を持ったらしい。屍獣兵達も今は、鈴を取り囲むだけで襲う気はないようだ。

 

「恵里の言う通り、鈴はヘラヘラ笑って馬鹿丸出しにして、広く浅い、だけど誰にも嫌われない――そんな生き方をしてきたよ。一人は嫌だったから。寂しいのには耐えられないから。いつだって人の輪の中にいたかったから」

「まぁ、鈴はそうだよねぇ」

「うん。そんな鈴だから、“親友”という存在は必要だったし、有り難かった。だって、誰にも嫌われない子って、言い方を変えればただの八方美人だもんね。誰にでも公平で平等だなんて、それだけで異端だよ。だから、鈴には贔屓をする存在が必要だった。鈴も、そんな異端じゃなくて、特別仲の良い子がいる普通の子なんだって周囲に知らせる為に」

「ふぅ~ん。で? それが僕だったってこと?」

「うん。もちろん、そんな考えを意識して恵里と親友していたわけじゃないけどね。今、振り返ればそうだったんだって思う。……オルクスでピンチになった時、雫と香織が最後を共にしようとしたでしょ? あの時、確信したんだ。あぁ、鈴と恵里は違うなぁって。必死に気がつかないふりをしていたけどね」

「……で? 何が言いたいの?」

 

独白じみた鈴の言葉に、恵里が少々苛立ったような声音で尋ねた。それに対し、鈴は恵里を真っ直ぐに見たあとスっと頭を下げた。

 

「……なに?」

「ごめんなさい、恵里。恵里は鈴を便利な道具だって言ったけど、鈴はそれにショックを受ける資格すら無かった。鈴も恵里と変わらない。恵里を便利な道具扱いしてたから」

「……あのねぇ。そんなクソどうでもいいことを言いにここまで来たわけ? 僕が、そんなこと気にしているとでも思ったの? だとしたら、君の頭は虫が沸いていると言わざるを得ないねぇ。光輝くんを手に入れた以上、鈴なんて路傍の石程にも価値がないんだけどぉ?」

 

心底くだらないことを聞いたと言いたげに目元を歪める恵里に、しかし、鈴はニッコリと笑いながら返した。

 

「うん、知ってる。これはただの自己満足。鈴が謝ってスッキリしたかっただけ」

「随分とふてぶてしくなったねぇ。話ってこれだけ?」

「ううん。まだ聞きたいことがあるよ。ねぇ、恵里。恵里はどうして光輝くんを好きなったの?」

「はぁ?」

 

場違いにも程があるガールズトークを向けられて恵里が素っ頓狂な声を上げる。そんな恵里にはお構いなしに鈴は質問を重ねた。

 

「昔から恵里に何となくシンパシーを感じていたんだけど、やっぱりお家に問題あったりする? 鈴の家にはよく遊びに来てたけど、恵里の家には一度もお邪魔させてもらえなかったから家に居づらかったのかなって。お父さんとお母さんの話もさり気なく避けてたよね? ご両親とは仲が悪い? もしかして、光輝くんとはその辺りのことで悩んでいる時に助けて貰ったとか?」

 

怒涛の如く押し寄せる地雷原の上でタップダンスを踊るかのような質問の嵐。恵里の心の原風景とも言うべき暗がりへ土足でズカズカと踏み込む。しかも、質問が微妙に的を射ているから質が悪い。

ついさっきまで己の過去を振り返っていた恵里からすれば、まるでそれを知っていて敢えてぐりぐりと記憶をほじくり返されるような気分だった。

なので、恵里の返答は無言の砲撃だった。灰色の閃光が容赦なく最短距離で鈴を襲う。それを、ニッコリと笑いながら“聖絶・界”によって正面から防ぐ鈴。屍獣兵も再度動き出すが、それは従魔達が完璧に対応する。

 

「ねぇ、教えてよ、恵里。鈴は恵里のことが知りたいんだ。今まで、親友って言いながら何一つ踏み込まなかった分、今、知りたい」

「これまた随分と性格が悪くなったねぇ、鈴ぅ? 僕に裏切られたショックで歪んじゃったぁ?」

「誤魔化さないでよ。ほら、教えて? 恵里のこと。何があったの? どうして歪んじゃったの? どんな気持ちで光輝くんを見てたの? お願い、教えて?」

「あぁ、もうっ、ウザったいなぁ!」

 

分解速度と同等の速度で次々と障壁を張り続ける鈴が、障壁と閃光の隙間から真っ直ぐに恵里へと視線を突き刺す。その瞳には嘲笑も侮蔑もなく、ただただ恵里を知りたいという誠意が宿っていた。

そんな眼差しを向けられて、更に苛立つ恵里。自分でも意外なほどに心を掻き乱される。その苛立ちのままに魔法を行使する。

 

「――“無法”!」

 

分解能力と拮抗するほどの障壁展開速度を保てていたのは、鈴のイメージ補完による魔法発動の省略があったから。従って、それに干渉を受ければ、当然、障壁の展開速度は落ちる――はずだった。

 

「なんでっ!?」

 

恵里の驚愕の声が響き渡る。その大きく見開かられた視線の先では、相変わらず鈴が障壁を張り続けていた。先程と同等の速度で。

 

「っ、イメージ補完に干渉しているんだね。おかげで余裕がなくなっちゃったよ」

「まさか……さっきまでの障壁展開も本気じゃなかったって言うのぉ!?」

「うん。鈴は結界師だからね。守りに関しては誰にも負けない。といっても、南雲くんのアーティファクトの助けがあるからだし、これが本当の使徒の砲撃だったら、こうも言っていられないけどね」

鈴は目を眇めて「カオリンの砲撃は受け止めきれなかったからね」と呟きながら恵里を見る。

 

「恵里の体。確かに使徒の力を使えるみたいだけど、香織みたいに完全とはいかないんじゃないかな? 二割……ううん、三割はスペックが落ちてるみたい。経験トレースも使えないんだね。さっきの剣技は、降霊術でメルドさんを降ろしたのかな? 騎士の剣術で最高峰と言えば、あの人しか思いつかないもんね」

「っ、調子に乗るな!」

 

次々と分析した結果を告げられた挙句、それが全て的を射ていたことから何もかも見透かされている気がして怒声をあげる恵里。その表情には既に当初の余裕と嘲笑に満ちた色はなく、ただ気に食わない相手を一刻でも早く消し飛ばしたいという余裕のなさがあらわれていた。

 

「恵里、鈴はもう目を逸らさないよ。もう、大事なことを見逃して何も出来ないまま失うのは嫌だから。何も知らないままは嫌だから。だから、お願い。恵里のことを教えて」

「さっきから教えて、教えて、うるさいよ!そんなもん今更知ってどうする気かなぁ!?弱みでも握った気になって精神的に攻めようってことぉ!?」

 

恵里が灰翼からおびただしい数の灰羽を放った。砲撃を迂回して上下左右から攻撃を仕掛け均衡を崩すつもりなのだ。屍獣兵が鈴の従魔による鉄壁の布陣に阻まれて鈴に近寄れない以上、自分で何とかするしかない。攻撃力に勝る光輝と引き離されたのが悔やまれる。

だが、その恵里の目論見はやはり、鈴によって潰されてしまった。障壁の向こう側で、鈴が鉄扇を優雅に振るう。すると、周囲からザァアアアアと音を立てて光の花弁が集まり、鈴の周りで螺旋を描いた。

そして、飛来する灰羽の尽くを巻き込んで相殺していく。消された花弁は、しかし、直ぐさま補充されて一向に減る気配がない。

鈴は何事もなかったかのように恵里へ言葉を送る。

 

「違うよ。鈴はね。恵里のことを知りたい。知って、ちゃんと見て、感じて、考えて………………もう一度、友達になりたいんだ」

「――なに言ってんの?」

 

恵里の砲撃が思わず弱まる。灰羽の攻撃もあらぬ方向へ飛んでいってしまった。それくらい、恵里にとって鈴の言葉は意味不明で予想の斜め上を行くぶっ飛んだものだった。

それもそうだろう。あれだけこっぴどく裏切って、大勢の人間を殺して、その後も、今も殺そうとしている相手に、“友達になりたい”など頭がどうかしているとしか思えない。これが鈴流の精神攻撃なら、ある意味効果的であったと言えるだろう。あくまで、意表を突くという意味でだが。

そんな恵里に鈴は続ける。声音は力強く、見つめる瞳はどこまでも澄んでいる。

 

「おかしいかな?うん、おかしいね。恵里は酷いことしたわけだし。今も鈴を殺そうとしているわけだし」

「……なに、やっぱりおかしくなったの?」

「ううん、正気だよ。自分でもおかしいかなって思うけど、偽らざる本心なんだ。だって、鈴は覚えてるから」

「覚えてる?」

「うん。恵里の笑顔」

 

その言葉に、恵里は益々わけが分からないといった表情になった。

 

「恵里はいつも控えめに一歩引いて微笑んでる子だったけど、今ならそれが偽りの笑みだったってわかる。でも、でもね。恵里が鈴の家にお泊りに来たときとか、放課後の帰り道をおしゃべりしながら二人でのんびり帰っているときとか、休日に特に何もすることがなくて近くの公園で二人してダレているときにね、ふと見せる気怠そうな笑みとか、ちょっと皮肉気な笑みとか、鈴に向ける呆れたような、でもちょっと楽しそうな笑みとか、そういうのも覚えてるんだ」

「……」

「あれはきっと、“演じてる恵里”が見せちゃいけない笑顔だったんじゃないかな? 他の人には見せない、あの笑顔が本当の恵里の欠片じゃなかったのかな? 恵里は鈴といるときだけ、ほんのちょっぴり心を休めてくれてたんじゃないかな? 鈴はね、そう思うんだ」

 

恵里は無言だ。その瞳は前髪に隠れて見えない。閃光が作り出す陰影が恵里の表情をも隠している。

鈴の言葉が響く。嫌われることを恐れて踏み込まない鈴はもういない。たとえ、欲したものが遠ざかる危険を犯してでも、一歩を踏み込む。いつだってリスクの先にこそ、本当に欲しいものはあるのだと学んだから。

 

「恵里、戻って来て。光輝くんと一緒に。世界に二人だけなんて悲しいよ。鈴は、恵里と一緒にいたい。これからもずっと一緒がいい。今度こそ、本当の親友になりたい」

「……」

 

鈴は鉄扇の一つをパチンッと閉じて腰に戻した。いつの間にか、灰羽の攻撃は止んでおり、光の花弁を操る必要がなかったのだ。そして、そのまま空いた手を真っ直ぐに恵里へ差し伸べた。

 

「この手を取ってくれるなら、誰にも恵里を傷つけさせない。誰に何を言われても、たとえ南雲くんが相手でも、恵里は鈴が守ってみせる!」

 

灰色の砲撃が徐々に勢いを失っていく。やがて、か細い糸のようになって、そのまま虚空へと溶けるように消えていった。

鈴もまた障壁を消す。その周囲では従魔達が大人しく待機していた。屍獣兵も動きを止めているのだ。

話が通じた。もしかしたら心も……そう思って鈴の頬が僅かに綻ぶ。

その鈴の視線の先で、恵里がスっと顔を上げた。その瞳に映るのは熱と喜びの色――などではなく、どこまでも侮蔑に満ちた氷の如き冷たさだった。

そして、その言葉も。

 

「ばっかじゃないの?」

「――っ」

 

鈴の緩みかけた頬が一瞬で強張る。直後、天空に灰色に輝く巨大な魔法陣が出現した。

恵里の灰羽の攻撃は、ただ鈴の障壁を迂回して攻撃する為だけの意図で出されたものではなかったのだ。こっそり、どさくさに紛れて灰羽を上空に飛ばし、鈴の話に付き合って時間稼ぎまでして灰羽による巨大な魔法陣を作り出したのである。

その魔法陣は灰色に輝きながらも内からドス黒い瘴気を吹き出した。その有様は、【神山】上空に出現した空間の亀裂そっくりだ。

鈴が抱いた、その既視感が正解だったことは直ぐに示された。やはり、空間の亀裂と同様に大量の魔物が現れたのだ。恵里が作り出したのは召喚の魔法陣だったらしい。

 

「戯言はもういいよね? 一体何を話すのかと思えば……鈴って本当に馬鹿丸出しだねぇ? たっぷり時間稼ぎしてくれてありがとうぉ~。それじゃあ、魔物の波に呑まれて死んじゃおっか?」

「……」

 

今度は鈴が無言となる側だった。空からは、飛行系や空中戦が可能な魔物が続々と現れている。まだ屍獣兵の数も七十人程残っている。

対して、鈴の従魔はミサイルハチが三体、風刃カマキリが一体、死んではいないものの戦闘続行は不可能な程の重傷を負っており僅かとはいえ戦力を低下させている。

イナバがいくら強くても数の暴力の前では時間の問題だろう。

そして、遠くでは未だに激しい戦闘音が響いており、雫と龍太郎が鈴の救援に来られる可能性は著しく低かった。

なので、恵里は愉悦に表情を歪める。確かに、鈴の実力には冷や汗を掻いたが蓋を開けてみれば自分の説得という無駄な時間を過ごして逆転の手を打たせてしまっていることに嗤いが込み上げてしまう。「本当に馬鹿な奴」と、口の中でもう一度呟く。

 

「一応? し・ん・ゆ・う・だし?遺言くらいは聞いてあげるよ?」

 

おびただしい数の魔物が上空を覆い、曇天のように戦場を暗闇に落とす中、恵里が剣を振り上げて、そんなことを言った。おそらく、その剣が振り下ろされたとき、一斉攻撃が始まるのだろう。

対して、心は通じず、絶体絶命へと陥った鈴はというと、

 

「恵里。鈴を舐めすぎだよ。――イナバさん!魔法陣をお願い!」

「きゅきゅう!」

 

一度は腰に収めた鉄扇を引き抜くと、全て覚悟していたことだとでも言うように、焦燥も動揺もなく立ち向かう意志を瞳に込めて恵里を真っ直ぐに見返した。

その余りに強い眼差しに思わず一歩後退った恵里は、そんな自分に気が付いて歯噛みする。そして、もう下らないやり取りは御免だと、死神の鎌に等しい己の剣を振り下ろした。

その瞬間、上空の魔物と屍獣兵が一斉に襲いかかる。

ただし、屍獣兵は魔物に向かって。

 

「なっ、何がっ。命令はちゃんと届いてるのにっ!」

 

突然同士打ちを始めた屍獣兵と魔物達に、恵里が混乱を声音に乗せて怒声を上げる。恵里の命令は確かに阻害されることもなくきちんと屍獣兵に届いていた。なのに、彼等は標的だけを違えて魔物に襲いかかっているのだ。

混乱する恵里に答えをもたらしたのは鈴本人だった。

 

「鈴の黒紋蝶――何の為に飛ばしていたと思ってるの?」

「ま、まさか……」

「やっと気がついた?この子達はね、いろんな特性の鱗粉を撒くことが出来るんだよ。屍獣兵も十分に浴びたみたいだね。今、彼等は魔物が鈴や鈴の従魔達に見えているはずだよ」

 

恵里は舌打ちしたい気分だった。どうやら、鈴の方が遥かに用意周到だったらしい。

更に、その時、ダメ押しのように破砕音が響き渡った。上空を見れば、召喚陣の一部が吹き飛ばされている。そこにいるのは、蹴り足を振り抜いた姿勢のイナバだ。上空を埋め尽くす魔物の隙間を高速で潜り抜け魔法陣を破壊したのである。

元は対魔物戦のエキスパートでもある王国の騎士・兵士達である屍獣兵が、更にスペックを冗談のように上げているので召喚された魔物達は次々と討ち取られていった。

そこには、当然、鈴の従魔達もおり、負傷した従魔達も、黒紋蝶の幻覚により彼等が味方に見えている回復能力持ちの屍獣兵が癒して戦列に復帰させた為、もはや上空の魔物は完全に狩られる側に成り果てた。

恵里は歯噛みしながら、魔物達に黒紋蝶の始末を優先させる。忠実な魔物達は戦場をヒラヒラと舞う黒紋蝶へ向かって一斉に飛びかかった。

その瞬間、

 

ドォオオン!! ドォオオン!! ドォオオン!!

 

と、廃都市の空に次々と爆炎の華が咲いた。黒紋蝶に触れた瞬間、それらが一斉に爆発したのだ。

唖然とする恵里に鈴の声が響く。

 

「合計百匹近い蝶の魔物を本当に全部従えていると思ったの? たった三日程度なのに?」

「……偽物でもいるってことかな?」

「うん。半分以上は南雲くんお手製の蝶型ゴーレムだよ。鱗粉の代わりに燃焼粉を大量に抱え込んでいる、ね。極小の宝物庫とはいえ、ダイナマイトなんて比じゃないくらいの火薬が詰め込まれているらしいよ。怖いよね」

 

恵里が目を細める。見れば、いつの間にか屍獣兵の全ての頭部や背中に黒紋蝶がへばりついていた。それが何の為かなど誰にでも分かる。屍獣兵が魔物を駆逐し魔物が数を減らせば、それが同時に屍獣兵達の死のカウントダウンになるのだ。

 

「……詰んだってこと? こんなところで? あははっ、おかしいぃねぇ~。僕の計画を壊すのが、まさか鈴だなんて。あのまま這い蹲っていれば良かったのに。これも、あの化け物のせいかなぁ」

「南雲くんの影響がないとは言えないかな。でも、ここにいるのは紛れもなく鈴の意志だよ。放っておけば恵里は南雲くんに殺されちゃうと思ったからね」

「なに? 助けてあげたとでも言うつもりかな?」

「うん。恵里を助ける為に来たんだよ。恵里ともう一度やり直したいから」

「……もう、いい」

 

恵里は再び押し黙った。だが、先程までと異なり、それは一瞬。直後、闇系魔法“落識”を鈴に発動すると同時に鈴へと飛びかかった。一直線に、その瞳に殺意を乗せて。

まるで、殺すか殺されるか、二つに一つしかないのだと言うように。鈴の言葉など戯言だと切って捨てるかのように。今更、その手を取るなど有り得ないのだと明言するかのように。

 

「あぁあああああああっ!! 死ねよぉおおおおおおっ!!」

 

普段にない絶叫を響かせて特攻してくる恵里に、鈴はギュッと唇を噛んだ。伝わらない。伝えきれない。もどかしい。悔しい。伸ばしたこの手が――届かない。

 

「どうして、こんなことになったんだろう……なんて言葉は、きっと言っちゃダメなんだよね」

 

泣き笑いのような表情になった鈴は、唇を噛み切り血を滴らせながら鉄扇を薙いだ。

その瞬間、突進してきた恵里を包み込むように障壁が展開される。当然、恵里は分解能力をもって直ぐに切り裂くが一瞬の停滞を余儀なくされた。それは、強制的に作られた致命の隙だ。

恵里が障壁を破壊した瞬間、もう一方の鉄扇に操られた光の花弁が恵里に殺到し包み込んだ。恵里は、灰翼や砲撃、剣で振り払おうとするが、光の花弁は風にそよぐ木の葉のように、あるいはゆるりと流れる川の水のように、宙を泳いでかわしてしてしまう。

 

そして、その直後、

 

「全てを光の中に、――“聖絶・光散華”」

 

光が爆ぜた。

光の花弁が全て連鎖的に爆発したのだ。“聖絶・桜花”と“聖絶・爆”の合わせ技。逃げ場のない花吹雪で包囲して、余すことのない衝撃を内側へと解き放つ。

それに合わせたかのようなタイミングで、戦場に更なる轟音が連続して鳴り響いた。その爆音と共に、盛大な炎と衝撃の華がいくつも廃都市の空に咲き誇る。魔物を倒し終えた屍獣兵達が、黒紋蝶のダミーゴーレムの自爆に巻き込まれて爆殺されたのだ。

いくつもの爆炎に彩られてオレンジに染まる鈴。その頭に、モフッとイナバが落ちてきた。イナバは、そのもふもふの前足で鈴の額を労わるようにペシペシと叩く。

光の焔の中から、ボバッと音を立てて人影が落ちてきた。全身から白煙を上げて地に落ちるのは恵里だ。四肢はおかしな方向に折れ曲がり、灰翼は既に散っている。魔力的衝撃波も合わせた爆発なので魔力も根こそぎ吹き飛ばされたはずだ。

 

 鈴は、さっと鉄扇を一振りする。

 

「――“光輪”」

 

すると、恵里の落下ポイントに光の輪が無数に連なった網が出現した。それに恵里は受け止められて地面に降ろされる。

鈴はイナバを伴って恵里の傍らへと降り立った。

 

「かはっ、ごほっ……………殺し、なよ」

 

どうやら辛うじて意識を保ったようだ。恵里は空虚な瞳を鈴に向けることもなく、遠くを見つめるようにして止めを要求した。

 

「恵里……」

「とも、だち?ありえ、ない……死んだ、方が……まし」

「……」

 

嘲笑も侮蔑もない。鈴など見えていないかのように話す恵里に、鈴はギュッと唇を噛み締めた。

 

「何もかも、最低、だよ。……僕は、ただ……」

「恵里? ただ……なに?教えて」

「……」

 

途中で止められた言葉は、恵里にとっても思わず零れ落ちた言葉だったのか。鈴が尋ねても、もう口を開こうとはしなかった。恵里の体から命が零れ落ちていく様が分かる。使徒創造の技術を応用された肉体とはいえ、鈴の切り札でもある“聖絶・光散華”の威力は半端ではない。何もしなければ、このまま果てるだけだろう。

鈴は、“宝物庫Ⅱ”から試験管型の容器を取り出した。中身は回復薬。ハジメの変成魔法により効果を劇的に高められたもので、最高級回復薬の十倍近い効果がある。神水のように直ぐに全快となることはないが、たとえ瀕死状態でも命を繋ぐことくらいは可能だ。

だが、鈴が取り出したそれを見て何であるかを察した恵里は、果てる寸前と思えないほど苛烈な眼差しで鈴を貫く。言葉はない。だが、その瞳が何より雄弁に物語っていた。鈴からの情けなど死んでも御免だ、と。

回復薬を握り締めて、これが自分達の結末なのかと歯噛みする鈴。半ば分かっていたことではある。それでも、やはり心は締め付けられる。

だが、半端はできない。心を届けられなかったのだ。自分は届かなかったのだ。ここで半端に生かすことは出来ない。恵里を生かして連れ帰る道は力尽くではなく、あくまで心を繋げて、その手を引いてやらなければならないことだ。ここで鈴が半端をすれば、あの日の惨劇が再び繰り返されることになる。

それだけは、もう絶対に出来ない。都合のいい未来の盲信、現実から目を逸らした願い、それがどんな結末に繋がるのか鈴は骨身に染みて理解したのだから。

ならば、せめて誰の手でもなく、自分の手で。

それが鈴の覚悟。

かつて歪で不完全だったとはいえ親友だったから。そして今も、親友になりたいと願えているから、だから……

鈴が回復薬を仕舞う。そして、代わりにその手に鉄扇を握り締めた。

鈴と恵里の視線が交差する。

と、その時、不意に、いくつかの廃ビルの谷間を挟んだ離れた場所から凄まじい魔力が噴き上がった。天を衝く純白の魔力は、やがて形を体長十メートルはある人型に変え、その巨人の腕を眼下に振り下ろした。

凄まじい衝撃が鈴達のいる場所まで伝播してくる。

 

「……光輝、くん」

 

恵里が目を見開いて呟いた。

その直後、光の巨人が霧散した。それはまるで、術者の末路を示しているようで……

 

「光輝、くん……光輝くん!!」

「え、恵里っ!?」

 

死に体だったはずの恵里の体が一瞬、灰色に輝く。

そして、次の瞬間には、明滅する翼とボロボロの体をそのままに、光の巨人が見えた場所目掛けて凄まじい勢いで飛んでいってしまった。

唖然としてしまい咄嗟に動けなかった鈴も、ハッと我に返ると急いで恵里を追いかけた。

 



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第12話 異世界のレベルが地球よりは確実に弱い件 -9-

 

 

第三者side

 

 

直径十数キロメートルはありそうな巨大な浮遊島。

 

 草原と森林、その合間に枝分かれする小川、その上流は緑豊かな山へと繋がっている。周りの浮遊島に比べて最大規模の浮遊島は、その自然もまた一際美しかった。

その浮遊島の草原地帯には白亜のオベリスクが鎮座していた。五十メートルはありそうな巨大な塔は、雄大な自然の中にあっては異質だ。その人工的な白と相まって、妙に浮き出て見えるほど。

だが、それよりも更に異質なのは、そのオベリスクの更に上で、輝く魔法陣の上にあぐらをかいて座る銀色の男だ。風になびく銀の髪と翼。肌は透けるように白く、瞳の色まで銀に輝いて見える。

服装は、純白の神父服といったところ。泰然自若とした有様と相まって、どこか神々しさを感じさせる。何も知らない者が見れば、天界からの使者が降臨したのかと思うだろう。

その男、フリード・バグアーの第一声に、相対したハジメは鼻で嗤いながら軽口を叩いた。

 

「新手のファッションか?だとしたらセンスがないとしか言いようがないな。その年になっても親神が用意したもんをそのまま受け入れるから、そんな恥ずかしいことになるんだよ。元の赤髪と浅黒い肌の方が、男前だったぞ?」

 

その物言いに、傍らのシアとティオが「ぶふっ」と吹き出した。親の用意した衣服は大抵恥ずかしい、という経験が二人にもあるのかもしれない。カムやアドゥルが、娘にどんな衣服をプレゼントしたのか、そして、そのときのシアとティオのきっと浮かべたであろう微妙そうな表情……割と気なるところだ。

もっとも、明らかに馬鹿にされたフリードは、僅かに眉をピクリと反応させただけで、泰然とした態度を崩さなかった。そして、ハジメの軽口に付き合うつもりはないと言うように、冷めた声音で話し出した。

 

「……よもや、本当に生きていたとはな。アルヴヘイト様が戻らず、主からお前がやって来るだろうと告げられたときは、なんの冗談かと思ったが……どこまでもしぶとい男だ。潔く果てればいいものを」

「へぇ、エヒトのクソ野郎は予測してたか。まぁ、そうだろうな。俺のユエに対する想いくらい分かっているだろうし。で? お前は? 俺達を倒してこいとでも言われたわけか? 自殺してこいなんて、酷い命令をしたもんだ。そりゃあ、ストレスで真っ白になるわけだよ」

 

再び、ハジメの傍らから「ぶほっ」と吹き出す音が聞こえた。

自分に向けられる「フリードくん、マジ苦労人」といった同情混じりの眼差しを無視してフリードは続ける。

 

「どこまでもふざけた奴だ。とても、最愛の女を取られた男には見えんな」

「ユエは最高にいい女だからな。モテるのは仕方ない。俺が、手を出した奴を片っ端から片付ければいいだけだ。お前のご自慢のご主人様も、たっぷり苦痛と後悔を刻みつけてから殺してやるよ」

「その傲慢、直ぐに打ち砕かれることになるだろう。主は既に、あの肉体を完全に掌握なさっている。万に一つも、お前の女が戻って来ることはない」

 

絶望を叩きつけるように、それが事実なのだと示すように、フリードは感情を高ぶらせることもないまま、淡々と告げた。

しかし、対するハジメの顔に動揺の色は皆無。むしろ、不敵な笑みを浮かべて返す。

 

「俺をイレギュラーと呼んだのはそっちだぞ? お前等が用意したつまらないシナリオなんざ、滅茶苦茶にぶち壊してやんよ」

「……」

 

しばらく無言で視線を交わすハジメとフリード。にわかに殺意の風が吹き始める。ぬるり、ぬるりと肌を撫で纏わり付くようなそれ。まさに一触即発。

ハジメの指がドンナーに触れる、その瞬間、機先を制するように、フリードが口を開いた。

 

「先程の質問」

「あ?」

「“倒してこいと言われたか”という質問――半分は正解だ」

「半分?」

 

手はドンナーに触れたまま、いつでも抜き撃ち出来る状態で、ハジメは訝しむように目を眇めた。

フリードは、胡座をかいて座っていた状態から、おもむろに立ち上がると銀翼をはためかせて宙に浮き、口を開く。

 

「主――エヒトルジュエ様からは、貴様がここまで来たときは、そのまま通せとの命を賜っている。この手で、貴様をくびり殺せないことは口惜しいことこの上ないが、命とあっては是非もない」

「ほぅ。で? その間、お前はシアとティオを相手にするってか?」

「その通りだ。貴様が主から神罰を受けている間に、貴様を慕う女は根こそぎ嬲り殺しにしてやろう」

 

フリードがそう言った直後、オベリスクが燦然と輝きだした。

ハジメは、問答は終わりだとドンナーを抜き撃ちする。放たれた弾丸は、紅い閃光となってフリードの眉間に迫った。しかし、

 

ギィン!

 

と、硬質な音を響かせて、その一撃は塞き止められてしまった。見れば、フリードの眼前で弾丸が見えない壁にでもぶつかったように潰れて空中に留まっている。

 

「私の空間魔法が以前と同じだと思ったら大間違いだ」

 

どうやら、フリードはあらかじめ自分の周りに空間遮断型の障壁を張っていたらしい。ハジメの魔眼石では察知できなかったことからも、フリードの言葉通り、そのレベルは上がっているようだ。

初撃が防がれ、僅かに時間が稼がれたその瞬間、強い輝きを放っていたオベリスクが爆発したように輝いた。

白い光が視界の全てを染め上げる。だが、光量など関係ないハジメの魔眼石は、それが何を意図した現象なのかを正確に捉えていた。

やがて、光が収まり開けた視界には、視界の全てを覆う程の魔物の大群がひしめき合っているという光景が飛び込んできた。確実に四桁はいる。ざっと二千体といったところだろうか。

どれもこれも、最低でも(・・・・)奈落の最下層レベルの力を感じる。今まで見たことのある魔物もいるが、そのどれもが、見た目からして進化していた。

赤黒い四つの眼を持つ黒狼は、地獄の番犬の如く頭を二つ増やしていた。触手を持つ黒豹は、キメラと合わせたのか竜種の爪と蛇の尾を持ちつつ周囲の空間を揺らめかせているし、馬頭の魔物アハトドは、腕を更に二本増やし、更に“金剛”らしき赤黒い魔力を纏っていた。

特に、空を覆う灰竜の群れは、一体一体が、【グリューエン大火山】で相対したときの白竜と同等レベルの力を保有しているようだ。

そして、その親玉であり、フリードの相棒でもある白竜は、全ての魔物を軽く凌駕する尋常でないプレッシャーを放っていた。体格は、既に二十メートル近い巨体となり、純白の鱗は鋼鉄の輝きを放っている。背中の翼は二対四枚となっており、息を吐く度に純白のスパークが口元から迸っている。

胸元の傷が猛々しさと貫禄を醸し出し、燦然と輝く壮麗な体躯が神々しさを放っていた。神話に出てくる白竜――白色の神竜、白神竜と言うべきか。いずれにしろ、先に遭遇した神獣リヴァイアサンをも軽く凌駕する力がありそうだ。

ハジメ達が、幾百、幾千という尋常でない魔物に取り囲まれ、激烈な殺気を全方位から浴びせかけられている中、フリードが悠然と白神竜の直ぐ傍らに銀翼をはためかせながら並び立った。

 

「さぁ、南雲ハジメ。この絶望の中に、貴様を慕う女共をおいて先へ進むがいい」

 

最愛の女に会いたければ、シアとティオを、この群れの中においていかなければならないという嫌らしい趣向を凝らすフリードに、ハジメは嘲笑を向けた。

 

「馬鹿か?何故、俺がお前等の言うことを聞かなきゃならないんだ?全員でお前を瞬殺してから、悠々と進めばいいじゃねぇか」

 

わざわざ敵を前に戦力を分散する必要はなく、全員でやった方が早いと語るハジメに、フリードは冷めた眼差しを送る。

そして、宣言した。

 

「いいや、お前は先へ進むのだ。一人で、絶望に向かって、な」

「はっ、勝手に言ってろ――ッ!?」

 

刹那、ハジメに向かって黄金の光が降り注いだ。雲の合間から突如現れた“天使の梯子”は、かつてユエを捉えたあの光の奔流とよく似ている。

 

「ハジメさん!」

「ご主人様っ」

 

シアとティオも、あのときのことを思い出したのか少し焦ったような声音でハジメに手を伸ばした。案の定、弾かれる二人の手。

ハジメは、二度も同じ手を喰らうかと、パイルバンカーを取り出そうとする。しかし、それより早く、フリードが口を開いた。

 

「その光は転移の光。貴様の“最愛”のもとへ通じている」

 

それで一瞬、ハジメの手が止まった。確かに、今、降り注いでいる光には自分を害する類の影響は一切なく、どこかの空間と繋げようとしているようだった。

だが、直ぐに気を取り直して光の奔流を破ろうとする。シア達と共にフリードと魔物共を駆逐して、一緒にユエの元に行けばいいのだ。流石に、二人だけを、この空間においていくのは気が進まない。

だが、そんなハジメを止めたのは、突入して以来なんの音沙汰もかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)ランサーだった。

 

「最愛か。ならばシア・ハウリアとティオ・クラルスも共に向かうべきであろうな。故に────」

「うぉっ!?」

「キャッ!?」

 

ランサーは黄金の槍でシアとティオが手出しできなかった光の奔流を引き裂き、中に押し込んだ。

 

「ここは俺に任せて先に行け。……それと、フリードと言ったか?もし合っているのなら貴様は白龍と共に2歩下がった方がいい。巻き込まれるぞ(・・・・・・・)?」

「ふっ、エヒトルジュエ様のそれを突破できたからと意気揚々とするのは悪手だぞ?図に乗ったら死ッ!?どうしたウラノス!?」

 

フリードはランサーの忠告を聞かず、逆に上から目線で忠告し返そうとしたが、白神竜へと進化したウラノスがいきなりフリードの服の襟を咥えてその場から3歩分下がった。

その0.01秒後に彗星が先程までウラノスとフリードのいる場所を突っ切って行った。

 

「ッ!?……助かったぞウラノス。…………あれは一体……」

 

あの彗星を初めて見たフリードは狙われたこともあり、警戒する。そして、彗星はUターンをして、ランサーの隣に降り立った。

 

「よぉ、また会ったなぁ……フリーザ。」

「ッ!?貴様はあの時の!!!!」

 

彗星の奔流が払われたそこには、30センチ程宙に浮いた3頭の馬とそれに引かれる戦車、その上には朱爀がいた。

それだけではなく雫、龍太郎、鈴、光輝もグロッキー状態でいた。

 

「……うぅ……あれが光速……」

「……二度と味わいたくねぇ」

「……うへぇ」

「……ウプっ……は、吐きそう……」

 

この4人の惨状を見たハジメ達やフリードは不憫そうな目を向けていた。

 

「ほら、立った立った。対エヒト用の兵装は渡したんだ。上手く殺れってやつだよ。丁度お迎えに間に合った様だしな。」

「…………いえ、間に合わせた、の間違えではないですか?ぶヒヒヒッ」

「う、馬が喋った!?今馬が喋りませんでしたかハジメさん!?」

 

なんとか立ち上がった4人をハジメ達が入っている光の奔流に押し込む朱爀。朱爀の4人に対しての言い分を、戦車を引く馬達のうち1匹が訂正。シアが思わず驚愕する程だ。

 

「おや?貴方は兎でしょう?兎が喋れるのなら馬も喋れるでしょう?もう少しはその頭を使うことですね。この鈍感ウサギ。」

「クッ、懐かしい言い方をするのです!?てか、兎は兎でも人の兎です!!!!」

 

喋る馬…………クサントスとシアがいがみ合っている間にこっちはこっちで話しておく。

 

「あぁ、そろそろ飛ぶようだから言っておく。あっちに行ったらエヒトは確実にいるだろう。だが、てめぇらなら出来る。あの嬢ちゃんを無事に連れ戻して来い。」

「当たり前だ。なに主人公面してんだこの野郎。」

「ハン、俺ぁイリアスの主人公なんでね。だが、此処はそのイリアスに載るトロイアじゃねぇんだ。今回は脇役に徹してやるってな。」

「んじゃ、ちょっと行ってくるわ。」

「おぉ、行ってこい!と、此奴を渡さなきゃなぁ。ほれ、真に迫る贋作っつう奴だ。切り札としてとっておきな。」

「っとと、こいつは──────」

 

ハジメは朱爀に何かを投げ渡されると同時に転移して行った。

 

 

第三者side out

 

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燦嘹朱爀side

 

 

ハジメ達の姿が完全に消えた。別の場所へ転移したのだ。存在を無かったかのように扱われたフリードは青筋を立てながらも待ってくれていたようだ。

 

「悪ぃなフリーザ。あんたに取っちゃあとんだ茶番だったろ?だが、こういったもんは大体が勝利の(まじな)いになるんでねぇ。」

「しぼうふらぐ?と同じようなものだろう。エヒトルジュエ様が完璧な勝利を齎す。それまで精々貴様で遊んでやる。」

「おおっと、そういやあんたにゃ名乗り忘れてたな!改めて名乗ってやるよ。」

「ふん、エヒトルジュエ様相手にあのような態度を取ったのはイレギュラーと貴様だけだ。胸に刻んでおいてやる。」

「そぉかい。んじゃまぁ名乗りますか。…………我が名は燦嘹朱爀。そして、真名はアキレウス。英雄ペーレウスの子にして、大海の女神テティスの子。此度は新たな英雄の誕生の補佐に参った。」

「…………大海の女神……だと?」

「正確には俺の爺ちゃんが海とそれに纏わる天候を統べる神でな。テティスはその娘さ。……んで、ランサーはどっちを攻めたい?」

 

名乗り上げ、出自を軽く語った燦嘹朱爀……アキレウスは静観していたランサーに声を掛けた。

 

「俺はお前と違って出しゃばる気はない。故に周りの露払いでもしておこう。」

「フリーザはお眼鏡にかからなかったか。まぁいいさ。さて、そろそろ始めようか!!!!」

「ッ!?ウラノス飛べ!!!!」

 

アキレウスの開始宣言と共にアキレウスがフリード目掛けて槍を投擲し、それが躱せないことを悟ったフリードは白神竜に咥えられて空に逃げる。空中に浮いたら、フリードは白神竜の背に乗った。

 

「ほう、騎乗対決か。面白い!クサントス!!バリオス!!ペーダソス!!命懸けで突っ走れ!!!!其は流星の如く!!!!疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)!!!!!!!!」

 

それを見届けたアキレウスは凄みのある笑顔となり、宝具の開帳をした。投擲した槍は飛び出すと同時に戻ってきて、掴んでいるから問題ない。

不死戦車は地上から一直線に白神竜目掛けて突っ切り、それが目に入ったフリードは

 

「ウラノス!!!!俺の事はいいから旋回しろ!!!!あれに当たると不味い!!!!!!!!」

 

ガアァァァァァアアッ!!!!

 

そこから、フリードと白神竜にとっては決死のドッグファイトが始まった。

ちなみにアキレウスの宝具の魔力源は抑止力の協力もあり、無尽蔵である。

 

 

燦嘹朱爀side out

 

────────────────────────

 

ランサーside

 

 

「……不服です」

「?何が不服なのだ?」

 

俺はライダーが突撃したのを見届けた後、周りに犇めく魔物共を見やると、上から声がかかった。そこには、ノイントと呼ばれる神の使いがいた。

それにしても、感情を持ち始めている……自律し始めているのが見て取れる。

 

「あの英雄には恥を欠かされました。我々を生み出す装置を壊す為だけにあのような仕打ちをしたのです。倍返ししたいではありませんか。」

「ならばフリードとやらと共に挑めばいいだろう。何故そうしない?貴様等は学習能力があると聞き及んでいる。対策は寝れるのではないか?」

「痛いところを突きますね。彼と接敵した時、彼がディアトレコーンどうてらこうてらと呟いて地面に突き刺した途端全機能が停止してしまったため、練れていないのです。仮に出来たとして……あの速度には追いつけません。」

「そうか。…………戦車から降りた方が倍以上に速いことは伏せておいた方がいいか。」

「丸聞こえですよ。ってえ?あの乗り物より素の方が速いのですか?」

「………………あぁ。言葉の掛け合いはここまでにしてこちらも始めようか。」

 

俺が棒立ち状態でいても、ノイントらは警戒しているか。ならば先手必勝だな。

 

「我が名はカルナ。太陽神スーリヤの子にして、戦士(クシャトリヤ)だ。」

「っ……太陽神…………私の名はツェーン。…………殺れ!!!!!!!!」

 

名乗り合い、始める。ツェーンはまず自分や他のノイント共や魔物共を嗾けるか。

 

天より極光の豪雨が降り注ぎ、三頭狼から絶大な火炎が吐き出され、六本腕の馬頭から凄絶な衝撃波が迸り、正面からは銀の閃光とおびただしい数の羽が殺到する。

全方位からの致死攻撃。

 

「真の英雄は目で殺す!」

 

初手から梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)を放つ。

それは、俺の右目から放たれ、視界を埋め尽くす致死攻撃を全て溶かし、海上を通り、海の向こう側の大陸すら両断する。

 

「…………うっそぉだぁ」

 

おい、ツェーンよ。口調が崩れていまいか?ただ大陸を両断しただけなのにな。」

「声が出てますよカルナ。それに、我々は降伏します。流石にこれは次元が違いすぎますので。」

 

彼女がそういうのならばそうなのだろう。よく見たら、俺を囲っていた魔物達が我先に俺から離れているではないか。やや消化不良だ。

まぁ、敵が減るのならばそれでも構わんがな。

ライダー、貴殿が第3の生を得て、新たな術技を得ている事は心得ている。何より、気づいたのであろう。

 

──────────トータス外の物質はエヒトに壊せない事を(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「…………また、貴殿が創り上げたものもそれに該当していることも。」

「「「「「「何か言いましたか?」」」」」」

「………………いや、なんでもない。」

 

降伏したノイント達が隅に纏まって体育座りをしているこの光景を地球の者達が見たらどう感じるのだろうか?

 

ランサー・カルナside out

 

────────────────────────

 

地上side

 

 

空が魔物の眼の如く赤黒い色に侵食され、地上が荒野から砂漠に一変した地上の世界。そして、そんな異様な世界の天に現れた深淵を晒す空間の亀裂。

ドス黒い瘴気を撒き散らすその空間の亀裂──【神域】へのゲートへ朱爀達が無事に飛び込んで行った後、その場所に群がっていた神の使徒達は無表情のままくるりと踵を返した。

遥か高みから見下ろす無機質な瞳に映るのは、神の意思に逆らおうと不遜を示す人の群れ。

 

「「「「「神の裁きを」」」」」

 

異口同音に呟かれた言葉。

地上の人々が聞けば、きっと、「裁かれる理由など微塵もない!」と声高に反論したことだろう。

だが、そんな反論に耳を貸すはずもない神の人形達は、一度双大剣を切り払うと、銀翼をはためかせて一斉に降下し始めた。銀翼で軌道だけ修正して、後はほとんど自由落下に任せて急速に連合軍へと迫るおびただしい数の使徒達は、さながら銀の尾を引く流星群だ。

そのスペックを考えれば、ハジメ達バグキャラのいないこの戦場で彼女達を止められる者など存在しない。たとえ、ハジメ達の突入を援護した閃光を放つアーティファクト(アンチ・マテリアルライフル)のような物を多数所持していたのだとしても、ただの“人”が敵う道理など皆無である。

故に、使徒達にとってこれから始まるのは戦いなどではなく、正しく、ただの蹂躙であり、雑草を刈り取るような作業だった。

……そうなるはずだと思っていたのだ。

視界の全てが弾幕で埋まるまでは。

 

「撃てぇ!!遠慮容赦一切無用だっ!使い尽くすつもり撃ちまくれぇ!!」

 

拡声された号令が連合軍に響き渡り、同時に間断なき弾幕が全連合軍兵士から放たれる。

兵士の一人一人がライフル銃を上空に向けて引き金を引き、その度に“纏雷”が付与された内部鉱石によって電磁加速されたフルメタルジャケットモドキの弾丸が放たれる。

連合軍全ての兵士に配備されたライフル銃による一斉射撃は、ただの一回で約数十万の閃光となって空を貫くのだ。

更に、要塞や塹壕に設置された備付の大型ガトリングレールガンが一斉に空を閃光で埋め尽くす。その数は計千丁。毎分一万二千発の怪物千体が同時に上げる咆哮だ。

それだけではない。

これまた備付型の大型オルカン千機が、内蔵されたミサイル数百発をほぼ同時に解き放つ。オレンジの火線が一斉に空を駆け上っていく様は圧巻の一言だ。

兵器に関する理解の早かった者を優先的に射手につけ、ギリギリまで扱いの練習をしていたので、手間取ることもなく現代科学の申し子と異世界ファンタジーのハイブリッド兵器達はその猛威を奮った。兵器特有の、“個人的な技量に左右されない”という利点が遺憾無く発揮されている。

一瞬で、空を埋め尽くした閃光とミサイルの群れは、驕ったまま落下して来た使徒達をあっさり呑み込んだ。

既に壁と称すべきレールガンの群れが容赦なく彼女達を穿ち、その体に次々と風穴を空け、ミサイルの群れが盛大に爆炎と衝撃を撒き散らして紅の蓮を咲かせる。その開花に巻き込まれた使徒達は爆撃の嵐に翻弄され、その身を爆散させていった。

しかし、第一陣が油断故にあっさり殺られたとしても、そこは神の使徒。直ぐに警戒し、弾幕を掻い潜り、斬り払い、あるいは銀翼の防御で強引に突破して接敵しようとする。

 

「甘ぇよ」

 

ニヤリと不敵に口元を釣り上げたのは、ハジメ達の突入時にも八面六臂の活躍をしたハウリア族の狙撃手。“必滅のバルドフェルド”君、十歳だ。

“先読”が付与され、相手の未来位置が幻影となって表示されるスコープ越しに、爆炎を抜けてきた使徒を見ながら、スっと息をするように自然と引き金を引いた。

途端、シュラーゲンと同じ貫通特化の砲撃が閃光となって、今まさに攻撃を繰り出そうと動き出した使徒を絶妙なタイミングで襲い、その頭部を綺麗に吹き飛ばした。

それと同様の光景が、要塞や塹壕のあちこちから放たれる極大の閃光によって成し遂げられる。全て改良版シュラーゲンを装備した狙撃チームの手によるものだ。

そんな狙撃手達を危険と見たのか、射線を辿って“必滅のバルドフェルド”達狙撃手に視線を向けた使徒が一斉に飛び出そうとして……

今度は、その狙撃手達の背後に控えた、両腕にガトリング砲を、肩にミサイルポッドを装着されたゴーレム兵達が、狙撃の間隙を守るように一斉掃射を開始した。

 

「――っ」

 

息を呑んだ様子で回避しようとする使徒。

だが遅い。その時には既に、狙撃手達はスコープ越しに獲物を捉えている。意識するより早く、スっと引き金に掛かる指が動く。まるで、体が最高のタイミングを知っているかのように。

結果は当然。また一つ空に真っ赤な花が咲いた。

屠殺するに等しい作業だったはずなのに、この場所には既に化け物達はいないはずなのに、何故か使徒の方ばかりが散っていく。自分達は神の使徒ではなかったのか。人が到底辿り着けない遥か高みにいる、至高の存在に作られた最高戦力ではなかったのか。

自然、使徒達の眼が細められた。

 

「無駄な抵抗と知りなさい」

 

使徒の一人が呟いた。

直後、降下するのを止めて遠距離から一斉に銀の砲撃が地上目掛けて降り注ぐ。

銀色のスコール。

それは幻想的で、とても美しい光景だったが、もたらす結果は悲惨の一言となるであろう凶悪そのものの局地的豪雨。

弾幕と相殺されたものもあったが、体を銀色の魔力で輝かせ強化状態となった使徒の砲撃は、そのほとんどが弾幕を突き抜けて地上へと迫った。

……そして──

 

「ハァッ!!!!」

 

────真エーテルなる黄昏の極光の1薙で全てを駄目にした。

それが行えるのはただ1人。ジークである。彼が、ジークフリート化して、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)の真名を唱えずにブッパして阻止したのだ。

それにより、使徒達は固まる。その隙は大きかった。

 

「聖歌隊へ。あなた達の歌で、御使いを自称する人形共を堕して差し上げて下さい!」

 

拡声されたリリアーナの指令が戦場に響く。

その対象は、要塞の屋上に集まっている女子供を含めた聖職者然とした人々。

戦場には似つかわしくない厳かな雰囲気で、皆、一様に胸の前で手を組んで祈りを捧げるようなポーズをとっている。彼・彼女達は、辺境の教会で聖教教会の教えを広めていた教会の聖職者であり、言わば、聖教教会の生き残りだ。中央から離れていた、あるいは純粋な信仰を持ちすぎて中央から厄介払いされた者達だ。

そんな、ある意味、本物の聖職者達は、彼等の前に陣取る司祭の衣装を纏った初老の男の指揮に従い、スっと口を開いた。

 

「「「「「「「「「「――――♪」」」」」」」」」」

 

響き渡る旋律。

それは、聖歌だ。人々を祝福し、平和と愛を踏みにじる者への咎めの歌。荘厳にして神聖な守護と断罪の調べだ。

聖歌隊の足元に魔法陣が浮かび上がる。それらが、ところどころに置かれている水晶柱を通して、聖歌の力と音そのものを凄まじいレベルで増大させる。

兵器が放つ爆音轟音を押しのけて戦場全体に響き渡るそれは、動き出そうとした使徒達の耳に届いた。

途端、

 

「――ッ、これはっ、力がっ」

 

使徒の一人が思わずといった様子で声を漏らした。

それも仕方ないことだろう。なにせ、その身に纏っていた強化の証である銀の光がフッと霧散したかと思えば、代わりに紅い光が纏わり付き、更に栓の抜けた容器から水が流れ出るように力が抜けていくのだから。

かつて、【神山】上空で使徒ノイントと相対したハジメに、教皇イシュタル達が発動した魔法――“覇堕の聖歌”。相手の動きを阻害する効果と歌が響いている間衰弱させていく効果を合わせ持った凶悪な魔法だ。

これを昇華魔法で効果を増大させた挙句、更に、香織がやられた機能停止の言霊を、水晶柱を介して魂魄魔法で再現し付加してあるのだ。

流石に、機能停止に追い込んだり、完全に弱体化させたりすることは出来ないが、使徒の強化状態を妨害し、更に本来のスペックを六割近く落とすことが出来る。

 

「っ、排除します」

 

使徒達の視線が、自分達の変調の原因である聖歌隊へと向けられる。優先的に排除するつもりなのだ。

使徒達の数人が一つのグループを作って一斉に大剣を掲げ始めた。直後、集束され膨れ上がる銀の太陽。

僅かな時間とは言え、無数の使徒から分解能力を受けた大結界は既に悲鳴を上げている。集束された銀の砲撃を受ければ、今度こそ耐え切れずに崩壊してしまうだろう。

 

「ですが、それも想定済み。動きを止めている使徒を優先して下さい!」

 

リリアーナの号令が三度。それが伝わり、 各部隊の隊長陣が、更に下の者達を指揮して集束に集中している使徒達を優先して標的とする。

大地より天へと伸びる火線の群れは、その密度を決して薄めない。薄めないまま、射撃能力の高い者達が命令に従って一斉に動かない使徒達を狙い撃ちにした。

それを集束砲撃に関わらない使徒達が妨害する。双大剣で、銀の翼で、羽で、迎撃する。しかし、強制的に引き下げられたスペックと、体に纏わりつく紅い光が動きを阻害するので、怒涛の、使い手のステータスに比例しない過剰威力の攻撃に対応しきれない。

一人、また一人と、絶対強者であるはずの使徒が風穴を空けられて屠られていく。

 

「イレギュラーっ、相対せずとも我等の邪魔をするのですかっ」

 

嘲笑うかのように纏わりつく紅い光。それは幾度も自分達を退けてきた化け物の輝き。それに対し、感情などないと宣言したはずの使徒が僅かに声を荒らげた。なんとなく、不敵に笑いながら中指を立てる白髪眼帯の少年を幻視してしまったのだ。

しかし、連合軍も全ての使徒を撃ち落とせたわけではなく、遂に、集束が完了した銀の太陽から滅びの光が放たれた。

ゴゥ!と大気を震わせて、計五十の集束型銀の砲撃が大結界に直撃する。

虹色の波紋が激しく波打ち、バルムンク砲撃後に展開した大結界にピキピキッと亀裂が入っていく。

 

「おめぇら、気合入れやがれぇ!」

 

そんな怒声が、大結界のアーティファクトが設置されている要塞の一角で響いた。それは王国筆頭錬成師であるヴォルペンの怒声だ。苛烈な負荷が掛かり亀裂を広げていくアーティファクトを、リアルタイムでヴォルペン率いる職人達が錬成修復しているのだ。その手には、錬成の能力を底上げする指抜きグローブが装備されている。ハジメ謹製のロマングローブだ。

 

「筆頭っ、もう無理ですっ!保ちません!」

「チッ、仕方ねぇ。大結界は放棄だ!小規模結界を起動後、聖歌隊用の多重結界に集中するぞ!」

「「「「「了解っ」」」」」

 

ヴォルペン達は、大結界が破壊された後、貫通してくるかもしれない砲撃を一時的に防ぐ小規模結界を起動させ、そのまま慌ただしく動き始めた。連合軍を守る結界を放棄して、聖歌隊を集中して守護する結界アーティファクトの管理に全力を注ぐのだ。

しかし、忘れてはいけない存在が此処にはいる。

 

「それならばこの銀の太陽を抑えます。その間に貴方達は結界の展開を。」

 

旗を携えた一人の少女が銀の太陽の目前まで跳躍し、器用に祈りのポーズをとる。そして、

 

「主の御業をここに ……我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)! 」

 

宝具を開帳し、その旗を──────

 

「せりゃあぁッ!!!!!!!!」

 

──────バットの如く振り翳して銀の太陽というボールをホームランで使徒達に打ち返した。

これを見た1部の者達はえ、目の前に翳して守るんじゃなくて打つの?と思ったことだろう。

その本人は

 

「ふぅ。宝具の応用技です。」

 

見蕩れるほどの輝かしい笑顔を振りまく。しかし、その顔の内側には“ケチつけんじゃねぇぞゴラァ”である。これに気付いたものと気付かないものがいたが割愛しておこう。

そして、錬成によるリアルタイムの修復が放棄された途端、円柱形のアーティファクトは一気に亀裂を広げ、一拍後、粉砕音を響かせながら木っ端微塵に砕け散った。

その粉砕音は、要塞の外、虹色の大結界からも響いた。

いつか王都で見たのと同じように、キラキラと破片を撒き散らして霧散していく。

銀の太陽を躱した使徒達が銀翼をはためかせて一斉に飛び込んで来た。目標は一目瞭然。自分達のスペックを六割も削っている聖歌隊だ。

今、彼等のいる屋上は、大結界のように虹色の多重障壁で覆われている。規模を縮小し、多重障壁としたことで、総合的な強度は大結界以上だ。だが、集中して狙われれば数分も保たずに突破されるだろう。

 

「うっ、ぁあああああっ!!」

 

聖歌隊を守る結界の外側で護衛についていた神殿騎士の一人が雄叫びを上げて剣を振りかぶった。迫る使徒の威容に、自然と竦む体を絶叫で振り払う。

だが、そのような固い動きで、弱体化しているとは言え、それでもなお桁違いのスペックを誇る使徒を相手に出来るはずもなく、

 

「邪魔です」

 

横薙ぎに振るわれた大剣によりあっさり胴を切られて吹き飛ばされた(・・・・・・・)

そう、両断されるのではなく、吹き飛ばされたのだ。それも、大剣を振るった使徒の腕に、妙な痺れを残して。

その事実に、思わず使徒が動きを止める。分解能力が付与された大剣の一撃なら、四割の力しか出せなくても人一人を両断するなど容易いこと。なのに、出来なかった。

 

「はぁああああっ!!」

「っ」

 

不可思議な現象に動きを止めた使徒の背後から新手の騎士が、萎縮など微塵もない裂帛の気合と共に唐竹の一撃を放った。それを大剣すら使わずに翼で受け止める使徒だったが分解能力に抗うどころかギィイイイイッと不快な音を響かせて騎士剣がめり込むのを見て瞠目する。

そこで、その騎士から叱咤が飛んだ。

 

「怯むな!我等は騎士だっ。守護こそ本分!守り抜け!」

「デビッド隊長……ぐっ、すみません。助太刀しますっ」

 

先程吹き飛ばされた騎士が胸元の鎧に真一文字の傷を付け咳き込みながらも立ち上がり、猛烈な勢いで使徒へと斬りかかった。

それを合図にしたように、飛来する使徒達へ騎士――元聖教教会神殿騎士にして愛子護衛隊隊長であったデビッド率いる“女神の騎士(自称)”達が、次々と相対する。

そして妙に霞みながら甲高い音を立てるバスタードソードや、装着しているだけで“豪腕”の効果をもたらす籠手、同じく“豪脚”をもたらす脚甲を駆使して攻撃を仕掛け、使徒の攻撃も辛うじて凌いでいる。凌げなかった攻撃も破損させつつもどうにか鎧で防いでいた。

 

「……まさか、全ての戦力にアーティファクトを?」

 

使徒の一人が呟いた。

デビッド達騎士は、皆、一様に、バスタードソードや籠手以外にも、黒い鎧とシンプルな兜を装備していた。

黒い鎧――これは常時発動型の“金剛”と、触れた瞬間に発動する“衝撃変換”が付与されている。使徒の一撃を食らった先程の騎士も、これでどうにか助かったのである。

そしてバスタードソードは所謂“高速振動剣”というやつで、それだけでも相当な切れ味がある上に、魔力そのものを高速振動させて放出しており、ある程度ではあるが分解の魔力を散らしてくれるのだ。そして、兜には“瞬光”を付与させ劣化版ではるが知覚を拡大させる機能が付いていた。

これらの装備は基本一式として、全ての兵士に配備されている。加えて、戦いが始まる前にチートメイトも配備されているので、全員のスペックも底上げされているのだ。

使徒の弱体化と同時に連合軍兵士一人一人の超強化を図る。その結果、辛うじて使徒相手に相対すること(・・・・・・)が出来ていた。

それでも、そこまでして、かつ使徒一人に対し集団戦を仕掛けてようやくと言ったところ。

現に今も、デビッドが斬りかかった使徒は、他の騎士達を吹き飛ばし、デビッドの振動剣も弾いてしまった。

 

「くっ――」

 

死に体となり歯噛みするデビッドに、使徒が容赦なく大剣を振りかぶる。

その瞬間、

 

「まず一人」

「え?」

 

 その呆けた声は、果たしてデビッドが漏らしたものか、それとも宙を舞う使徒の首が(・・)漏らしたものか……

冗談のように、ポンッと飛んだ使徒の首と残された胴体。一拍置いて、ブシャー!と盛大に噴出する血の飛沫の奥に、いつの間にか、そいつはいた。

口元まで覆う黒装束にワンレンズ型のサングラスを身に付け、細く鋭利な短剣――小太刀を逆手に持った男。その頭上にはふぁさりとウサミミがなびいている。

 

「この赤黒い世界と同じく、お前の血色は薄汚い……」

 

小太刀の血糊をビッと払うとサングラスを中指で押し当てながら、ふっと口元をニヒルに歪めた(覆面なので見えないが)そいつは、しかし、「今の自分、めちゃ輝いてる!」という雰囲気を隠しきれずに名乗りを上げた。

 

「使徒の首、この深淵蠢動の闇狩鬼カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリアが確かに貰い受けた」

 

はい、カムである。ただの兎人族ハウリアの族長カム・ハウリアである。

その周りでは、騎士達が死に物狂いで足止めした使徒達の首を、背後からこっそりと忍び寄って、スパッと首を飛ばすハウリア族の姿が多数。

男のウサミミが、小太刀を愛おしげに撫でながら哀れみの眼差しを倒れゆく首無し使徒に向ける。

 

「悪いな。今宵のジュリアは少々大食いなんだ」

 

女のウサミミが、片手で目元を覆いながら呟く。

 

「あなたが悪いのよ?もう一人の私を目覚めさせてしまうから……」

 

十代前半くらいのウサミミ少女が、達観したような眼差しを虚空に向ける。

 

「……これが、世界の意思なのね。なら、私はそれに従うだけ……」

 

同じくらいのウサミミ少年が左腕を抑えながら呻く。

 

「くっ、また勝手にっ、沈まれ!俺の左腕っ!」

 

一拍。

黒装束にサングラスをかけたウサミミ達は、互いに顔を見合わせるととても満足そうな表情で頷き合った。

そして、使徒達がハッとしてウサミミ達に襲いかかろうとした瞬間、その呼吸を読んだように絶妙なタイミングでふっと姿と気配を消して騎士達の合間に紛れていってしまった。

戦場に微妙な空気が流れる。

 

「う、うぉおおおおおおっ!!」

 

デビッドが、何事もなかったように別の使徒へと斬りかかった。中々、空気の読める男になったようだ。本能的に、あれは関わっちゃいけないと悟ったのだろう。

使徒達も警戒心を残しつつ聖歌隊を壊滅させようと結界へ突進する。固まっていても狙い撃ちにされるので、全ての戦力を聖歌隊へ向けているわけではないが、それでも他の場所に比べればかなりの数が殺到している。

上空は、既に使徒で埋め尽くされようとしていた。

と、その時、

 

『飛んじゃダメなの!』

 

何とも可愛らしい幼子の声が響いたかと思うと、次の瞬間、聖歌隊を守る結界の上にいた使徒達が、翼をもがれた鳥の如く、バランスを崩したようによろめいて、そのままバラバラと地面に落とされていった。ご丁寧に、引き寄せられるように結界から離れた場所に落ちていく。

そこには、パラボラアンテナのような形の背面武装を展開した一体のゴーレムの姿が。どうやら、そのゴーレムに取り付けられた念話石スピーカーバージョンから声が響いたらしい。

 

『べるちゃん、がんばって!』

 

再び響いた幼い声――ミュウの声援に、べるちゃんこと生体ゴーレム“べるふぇごーる”は気怠そうに手をヒラヒラ振りながらも、その背中に背負った局所型重力操作アーティファクト“グラヴ・ファレンセン”を使って、空を飛ぶ使徒を次々と引き寄せては落としていった。

数十体の使徒を纏めて地に落とした“べるふぇごーる”の傍らに、更に六体の生体ゴーレムが現れた。

そして、どうやったのか、バーン! と轟音を立てて背後に色とりどりの爆炎を上げながら香ばしいポーズを取った。きっと叫べたのならこう言っていたに違いない。

――大罪戦隊 デモンレンジャー、見参ッッッ!!と。

落とされた使徒達が、無駄に洗練されたポージングと、ゴーレムらしからぬ意思を感じされる行動に、一瞬、動きを止める。

そこへ、彼等のお姫様から命令が下った。

 

『みんな、殺っちゃってなの!』

 

可愛らしい声で、空恐ろしいことをあっさり言ってのけるお姫様。親の顔が見てみたいものだ。小さな司令官の傍にいるであろう片親は「あらあら、うふふ」とスピーカーからおっとりした声を漏らしていたりする。

だが、ともすれば和みそうな声が響く中、始まったデモンレンジャーの攻撃はなんとも苛烈だった。七体のレンジャー達は、それぞれ絶妙な連携を見せつつ、次々と使徒を討ち取っていく。

 

「頃合です。見下ろすことしか知らない人形を、墜として差し上げましょう。全グラヴ・ファレンセン起動!」

 

リリアーナの号令が響き渡った瞬間、戦場の各地に備え付けられていた重力発生装置が一斉起動された。その結果、地上から五百メートルほどの位置にいた使徒の群れが一斉に墜ちてくる。それはあたかも、羽をもがれた哀れな虫の如く。そして……

そこで待ち受けているのは決死の覚悟を決めた連合軍兵士達。

人類の存亡を背負った、勇者達。

異界の王より招かれし猛者達がいた。

地に落とされた数多の使徒達は、しかし、着地に失敗するなどといった無様を晒すようなことはなく、飛びかかってきた連合軍兵士を双大剣でまとめて薙ぎ払った。そこかしこで銀の羽がばらまかれ、あるいは銀の閃光が奔り、兵士達が吹き飛ばされる。

 

「……我等を地に落とそうと、アーティファクトで身を固めようと、所詮はただの人間。我等に勝てる道理などありはしません。大人しく頭を垂れ、神の断罪を受け入れなさい」

 

兵士の一人が、腹に大剣を突き刺されて血反吐を吐く。だが、口元を血で汚し、凄惨な有様になっていながら、その兵士は口元に不敵な笑みを浮かべる。そして、

 

「限界突破ぁあああああっ」

「っ」

 

兵士の体から、いったいどこから湧き出したのかと思うほどの魔力が噴き上がる。そして、腹を貫かれながらも、決して離さなかったアーティファクトの剣で、自分を貫く大剣を持つ使徒の右手を切り飛ばした。

 

「っ、なぜ、その技能を……いえ、それでも、所詮はその程度。希少な技能を持っていても腕一本が――」

「だが、確実に死角は出来たぜ?」

 

人類の中でも、レア中のレア技能を持っていたのであろう戦力が身命を賭した最後の攻撃をしても、使徒の腕一本を奪うのが限界。そう言おうとした使徒の、失った右腕の方から響いた声。

右腕を振るえない使徒は、咄嗟に銀の翼で薙ぎ払おうとしたが、それよりもその人物――ヘルシャー帝国皇帝ガハルド・D・ヘルシャーの一撃が、使徒の胴体を両断する方が早かった。

体を二つに分たれた使徒は、それでも驚異的な生命力で即死はせずガハルドへ視線を向ける。そして、瞠目した。

 

「その、輝きは……」

 

その輝きは――“限界突破”の輝き。

ガハルドは、不敵に笑いながら首から下げられた小石くらいの大きさの紅い宝珠を握り締める。

 

「これは人類の存亡を賭けた戦いだぞ。限界の一つや二つ、越えられなきゃ嘘ってもんだろう? さて、普通の(・・・)限界越えにも慣れたころだ。あの化け物が残した最高の限界超え、クソ神の手下共にみせてやろうじゃねぇか!」

 

そんなことを言いながら、目を見開く使徒の前で、

 

限界突破(覇潰)ッッ!!」

 

ガハルドの纏う魔力が桁違いに跳ね上がる。そのまま、最後に銀の砲撃を放とうとした使徒の頭をかち割り、同時に、

 

「連合軍の全勇者に告げるッ!!限界を超えてっ、戦えッッ!!!」

 

直後、戦場に響いた。その声が。

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」「限界突破ッ!」

「限界突破ッ!」

 

ハジメの残した最後の強化策。それがこれ。

――人類総戦力限界突破

基本装備であるアーティファクトの武装以外に、もう一つ、支給されていた小さな紅い宝珠のついたネックレス。一度発動すれば、チートメイトの服用なしでは体が壊れかねない一般兵士に、“限界突破”を可能にさせるアーティファクト。

――段階式限界突破アーティファクト “ラスト・ゼーレ”

一度目に限界突破をもたらし、急激な強化に体が自壊しないようなじませたところで、限界突破の派生“覇潰”をもたらす。もちろん長時間は保たない諸刃の剣だが、どの道、この戦いに勝たなければ終わりなのだ。次のない戦いならば、最後の一片まで己の魂を使い尽くす。

新たに相対した使徒に、ガハルドは剣を構えながら人類の心を代弁した言葉を叩きつけた。

 

「人間をっ、舐めるなっ!」

 

神の使徒と人類の決戦――その第二幕が、今、上がった。

 

✲✲✲

 

要塞、正面。

そこでは、重力発生装置“グラヴ・ファレンセン”により地に墜とされた使徒達と帝国兵達が死闘と称するに相応しい激烈な戦闘を繰り広げていた。

 

「ぉおおおおおおっ」

 

帝国兵の一人が、雄叫びを上げながら使徒に飛びかかる。

使徒の大剣が銀の光芒を弾きながら流麗に振るわれ、一刀の元に、その帝国兵の首を刎ね飛ばした。そして返す刀で逆サイドの帝国兵の首を刎ねる。鎧は数撃程度なら分解の攻撃も防いでしまうので的確に鎧のない部分を狙っているのだ。

 

「ちくしょうっ、強すぎだろっ!こちとら、二度も限界超えてんだぞっ」

「化け物がっ! いい加減死にやがれっ」

 

使徒のスペックを六割落とし、更には動きを阻害して、なおかつ自分達は神代級のアーティファクトに身を固め、人の限界を二度も超えているというのに、未だ使徒を相手にすれば倒れる味方の方が圧倒的に多い。その事実に、帝国兵達から悪態が飛び交う。

 

「ふんぬらばぁあああああああああっ」

 

兵士達が使徒の猛攻に思わず腰が引けたそのとき、なぜか彼等の背筋をゾクリとさせ、股間をキュッとさせる怒声が響いた。と、思った次の瞬間には、巌のような拳が猛威を振るっていた使徒の後頭部に突き刺さり、そのまま地面へと押したお――押し潰した。

頭部を粉砕された使徒の上の覆いかぶさるようにして出現したのは、全身を支給品の装備一式で固めた、見た目は兵士と変わらない巨漢の男。しかし、兵士達は使徒を倒したことを称賛するでもなく、なぜか自然と後退った。

 

「あらぁ~ん? どうしてみんな、わたしから距離を取るのかしらぁ~ん?」

「ひっ、ごめんなさい!」

 

兜の隙間から覗く、肉厚の唇と獣のような瞳。鎧越しでも分かる人外レベルの筋肉。兜の天辺からは三つ編みにした髪がちょろんと生えていて、その先っぽには可愛らしいピンクのリボンが付けられている。そんなちょっと異様な男が、くねくねとしなを作りながら、オネエ言葉でパチリとウインクなんぞをしてくるのだ。兵士達が更に距離を取りながら、思わず「ごめんなさい」と口にしても仕方ないことだろう。

なにせ、今、まさに飛びかかろうとしていた使徒の一人が、ビクリと震えて足を止めたほどなのだから……

 

「ぬぅりやぁあああああああああああああっ」

「どぉっせぇええええええええええええいっ」

 

更に響いてくる野太い雄叫び。見れば、目の前の巨漢――ブルックの町の服屋に巣くう化け物クリスタベル店長と同じく、鎧なんていらないんじゃねぇの? と言いたくなるような筋肉に包まれ、更に同じ支給品の装備に身を固めつつもどこかに可愛らしいワンポイントアクセサリーをつけた巨漢の軍団が大暴れをしていた。

一人の使徒が正面から抱きつかれ、分解能力を発動する暇もなくサバ折りにされ絶命すれば、別の使徒が芸術的なパイルドライバーを決められて頭部を粉砕されている。

恐ろしいのは、抱きつかれた使徒が、意表をつくためなのか、単なる趣味かは分からないがぶちゅ~と熱いベーゼを受けていて、パイルドライバーを受けた使徒は、変則技なのか向かい合う形で逆さに抱えられていたので、その顔面がまさに股間に埋もれていたことだろう。

 

「味気ないわねぇ~」

「人形遊びじゃあ、ぜんぜん滾らないわぁ~」

 

使徒二人を倒した巨漢二人は、やはりクネクネとしなを作りながらオネエ言葉でそんな感想を漏らした。機能を停止して倒れた使徒二人の表情が、微妙に涙目に見えるのは……きっと気のせいだろう。

遊撃隊として組み込まれた異形の集団――もとい、漢女の軍団。彼女(?)達が次の獲物を探してグリンッと首を回し、それぞれ標的を定めれば、他の兵士達と相対していた使徒達が一斉にビクンッと震えた。そして、キョロキョロと微妙に視線を泳がせて警戒心をあらわにし、何人かはその隙を突かれて倒れる。

ただ(ねっとりとした)視線だけで使徒の動きを阻害し、一瞬の硬直すら強いる。そんな漢女達の異様な活躍は、確実に使徒の数を減らし、味方を援護していた。援護……しているはずである。

戦場において、別種の化け物が大暴れしている最中、少し離れた場所でも激戦が繰り広げられていた。

帝国兵の一人が、支給されたライフルを構えて中距離からフルオートで射撃し、使徒を釘付けにする。使い手のスペックに左右されない過剰威力のハイブリッド兵器だ。流石の使徒も、その閃光の大群を大剣で防げば足を止めざるを得ない。

しかし、そこで終わらないのが使徒だ。お返しと言わんばかりに飛び出しのたはレールガンにも引けを取らない凶悪な弾丸――銀の羽による反撃。

取り囲んでいた帝国兵達が薙ぎ払われる。辛うじて防具と剣で凌いでいる者もいるが、下級の兵士達は的確に露出部分を穿たれてその命を散らしていく。

ガチンッと音を立ててライフルの弾が切れた。射撃で使徒の足止めをしていた帝国兵が、慌ててマガジンを装填しようとする。

その隙を逃さず、使徒が銀の砲撃を放とうとした。帝国兵の顔に絶望が過る。

そのとき、

 

「ゼェアアアアアアッ!!」

 

一般兵士とは明らかに一線を画す、裂帛の気合が迸った。

銀の閃光を放とうとしていた使徒に、大上段から大剣が振り下ろされる。

それを、使徒は煩わしそうに自身の大剣で受け止めようとして……

 

「――ッ」

 

振り下ろされた大剣が鞭のようにしなった腕により途中で軌道を変え、横薙ぎの斬撃に変化したことに瞠目する。そして、防ごとうしてまとわり付く紅い光に動きを阻害され、目を見開いたままその首を刎ねられて血飛沫を撒き散らした。

使徒を一人仕留めた男、途轍もない覇気を発する帝国の皇帝――ガハルド・D・ヘルシャーは、使徒の血を浴びながら、その使徒の猛威に腰が引けてしまった兵士達へ向けて爆撃のような大音声を上げた。

 

「てめぇらっ、ビビってんじゃねぇぞっ。雄叫びを上げろ!塵芥になるまで戦え!この戦場は、神話だ!てめぇら全員が新たな神話の紡ぎ手だ!後世の連中に嗤われてぇのかっ!ってか、征服王の部下共の方が1歩先に行っているぞ!モブ?になりたくなかったら堂々と動け!」

 

この人類の存亡を賭けた戦い――確かに、後の世から見れば神話そのものだ。自分達は、後世で語り継がれる大舞台の当事者なのだ。

さらに、異界の猛者達に負けるなど、プライドが許せるのか?

皇帝の言ったモブに来るものがあったのか、野心豊かな帝国兵や傭兵達が、その言葉で奮い立つ。瞳に獰猛さが宿り、己の存在を歴史に刻み込まんと燃え上がる!

ガハルドの激が戦場を席巻する。

 

「幻視しろ。てめぇらの背に誰の姿が見える!? てめぇらが倒れた後は、そいつが死ぬんだっ! 許容できねぇか? できねぇだろう!? なら殺意を滾らせろ! 使徒だろうが何だろうが、敵の尽くを滅ぼし尽くせぇ!」

 

王国兵や冒険者達が、一瞬、自分の肩越しに背後を見やり、今、この瞬間も猛威を振るう銀色の化け物にギラギラと殺意を滾らせた。この場に立っているのは何の為か。決まっている。友人を、恋人を、家族を、守る為だ!敗北は、許されない戦場なのだ!

そのとき、ガハルドの存在を見咎めた使徒達が、一斉にガハルドへ銀の閃光を放った。

だが、

 

「ゼェリャッ!!!!」

 

真横から来た黄昏の極光に掻き消されてしまった。そして、その黄昏で視界を奪われた使徒達は何も出来ず……

 

「撃てっ!」

 

再度、迸るガハルドの号令。

近衛達が消えかかる黄昏の隙間から膝立ちでアンチマテリアルライフルをぶっ放つ。

銀の閃光を放ったばかりだった使徒は、カウンターのように飛来した閃光に穿たれて崩れ落ちた。

そして、銀の閃光が途切れた瞬間、ガハルドはまた別の使徒に飛びかかり、その自然体から鞭のようにしなりながら振るわれる変幻自在の剣撃をもって使徒と互角の戦いを繰り広げた。

 

「陛下に続けっ」

「囲い込んで殺せっ。勝てない相手じゃないぞ!」

「これ以上、人形共に好きにさせるなっ」

 

それに触発され、気勢を上げた連合軍兵士達が同じように連携しながら使徒と斬り結ぶ。もはや、何人殺られようとも兵士達が萎縮することはなく、その負けられないという気概と決意が、徐々に使徒達のスペックを凌駕していった。

 

✲✲✲

 

要塞の一角。

そこで、開戦してからずっと瞑目していた男がスっと眼を開いた。そして、厳かでありながら燃えるような熱を孕んだ力強い声音で、司令官であるリリアーナに呼びかけた。

 

「リリアーナ姫」

 

それだけで、なにを言いたいのか察したリリアーナは、確かに機だと判断し指令を下す。

 

「はい。アドゥル殿。地上戦へと移行しつつある今、重力結界の上から狙い撃ちにされるのは非常に不味いです。……制空権の奪取を。天空を統べる竜人族の力、全ての者達に見せつけて下さいませ」

「ふふっ、承知した」

 

アドゥルが、威厳と力強さに満ちた足取りで竜人族が整列する中庭に続くテラスへと出る。眼下の同胞達、およそ三百人は、闘志を漲らせて真っ直ぐに族長であるアドゥルを見上げた。

 

「五百年前の迫害。忘れようはずもない。あの時を生き残り、雪辱を誓った者達も、後に生まれ隠れて生きる理不尽に嘆いていた者達も……遠慮容赦一切無用っ! 猛るままに咆哮を上げよ! 空は我等の領域! それを奴等に思い知らせてやれ! 全竜人族……出るぞっ!」

「「「「「オォオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」」」」」

 

一斉に上がる雄叫び。

それは五百年の屈辱と怒りに耐えてきた誇り高き一族が蜂起する合図。全ての竜人族が、風を巻き上げながら一斉に空へと飛び出す。

重力結界の領域はリリアーナによりタイミングよく解かれている。そこを突き抜け、上空へと上がった彼等は、次の瞬間、一斉に光に包まれた。

そして、姿を現すのは天空の覇者たる竜の群れ。威風堂々と翼をはためかせ、縦に割れた竜の瞳で神の人形を睨みつける。その身一つで途轍もないプレッシャーを放つ竜達。それが、今は、ハジメのアーティファクトによって完全武装までしており、その威容を更に跳ね上げている。

その中で、一際巨体を誇る勇壮な緋竜が莫大なプレッシャーと共に咆哮を上げた。地上から七百メートルは離れているにもかかわらず、ビリビリと震える大気の振動が連合軍兵士達にも伝わる。

その直後、先の咆哮が戦闘開始の合図だったかのように、三百体の竜が一斉にブレスを放った。それぞれ得意属性ごとの色とりどりの閃光が、我が物顔で空を舞う使徒達へ殺到する。

使徒達が銀翼で身を包み防御体勢に入った。

しかし、竜人族のブレスは、それらの防御を食い破り使徒達を滅ぼしていく。

 

『ほぅ、流石はティオが認めた伴侶なだけはある。我等の力をここまで引き上げるか』

 

自分のブレスが普段の十数倍の力を発揮したことにアドゥルが愉快そうな声を上げた。ティオの武装黒竜と同じ装備をつけているアドゥル達は、鎧に仕込まれた昇華魔法により、そのスペックを底上げされているのだ。当然、チートメイトと限界突破アーティファクト“ラスト・ゼーレ”の影響もある。

 

『くっ、俺は認めませんっ! あんな小僧の――』

 

藍色の竜――リスタスが、どこか悔しげな声を出した。だが、途中で急迫してきた使徒が振り抜いた大剣を、身につけた鎧が見事に塞き止めた挙句、逆に衝撃波を放って吹き飛ばした光景を見て口を噤んだ。

なにもしていないのに相手が吹き飛んだのだ。ハジメに守られたみたいですごく複雑な気分である。

 

『ならば、奪えばよかろう。彼も受けて立つと言っているのだから』

『うぐっ』

 

出来るわけがない。挑んだ直後、瞬殺されるのが目に見えている。それが分かっているからか、アドゥルの声音は、どこかからかうような響きがあった。

分が悪くなったリスタスは、竜翼をはためかせて一気に加速し使徒に襲いかかった。使徒を倒すことに集中しています! ということにしたようだ。

他の竜人達も、まだ若いリスタスに苦笑いしながら十全に力を振るい始めた。

流石は天空の覇者とうべきか。跳ね上がったスペックと縦横無尽な空中戦闘、そして神代級アーティファクトの恩恵によって、使徒達と互角以上に渡り合っている。制空権を賭けた争いは、竜の咆哮と銀の閃光入り混じる、さながらSFにおける宇宙戦争の様相を呈しながら、神話に相応しい死闘へと突入していった。

 

「ふわあぁぁ!!あんな沢山の竜は初めて見たよ!よぉーし!おいで、ヒポグリフ!あの竜達と共に羽ばたこう!!!!」

 

ピイィィィィイッ!!!!!!!!

 

1人の少女?が1匹の背に乗り、空を駆ける。先程までは前線で魔物の相手をしていたが、竜に触発されたのか空へ飛び出したのだ。

無論、上位個体が空を飛んでいたことを見つけたため、その上位個体に突貫する。

理性蒸発者アストルフォは空の覇者と共に空を駆けることも夢に見ていたのだ。

 

✲✲✲

 

赤黒い空に力強い竜の咆哮が響き渡り、地上の連合軍も、その勇壮さに雄叫びを上げながら士気を上げている。

その一角――聖歌隊に近い位置で、周囲の兵士や神殿騎士とは明らかに一線を画す活躍をしている集団が2つ…………否、1つと1人があった。

 

「うぉおおおおっ!!」

 

雄叫びと共に地面を爆ぜさせて突進し、使徒に体当たりを決めた男――永山重吾は、そのまま組み伏せた使徒が何かをする前に、その巌のような拳を使徒の顔面に突き落とした。

ハジメ特性の籠手型アーティファクトが衝撃を内部に伝播させて中身を破壊する。攪拌された血肉が使徒の端正な顔面から飛び出し、重吾の頬を返り血で汚したが、寡黙な外見そのままに平然とした様子で体勢を立て直した。

その重吾に、使徒が背後から大剣を唐竹に振るう。

しかし、重吾はバックステップでスっと相手の懐に潜り込むと、そのまま見事な背負投を決めて使徒を地面に叩きつけた。余りの威力に、地面が放射状に砕けて小さなクレーターができる。重吾は、衝撃に一瞬身動きを阻害された使徒の、その首を踏み抜いて止めを刺した。

瞬く間に二人の使徒を仕留めた重吾。使徒の弱体化と自身の超強化があるとはいえ、常に鍛錬を怠っていなかったと分かる見事な戦い振りだった。

そこへ、更に使徒が二体、重吾を挟撃しようと迫る。

が、その瞬間、

 

「――地の底より吹きし風、命あるものを白きに染めよ――“白威吹”!!」

 

白煙が、風に乗って蛇のように宙を駆け、重吾の周囲で防壁となるように渦巻いた。重吾に迫っていた二人の使徒は僅かに白煙に巻かれたものの、銀翼を使って吹き飛ばしながら一度退避する。

 

「っ、石化など」

 

白煙に触れた先からビキビキッと石化していく光景に、使徒は小癪だと言いたげな表情をしながら分解の魔力で解呪を試みる。

 

「させるかよ」

 

石化の白煙を吹かせた術者――野村健太郎が指揮棒型アーティファクトを振るった。途端、重吾を守るように逆巻いていた白煙が二手に別れて退避した使徒二人を襲う。

使徒達は、魔耐が下がった状態で受けるのは危険と判断したようで更に退避しようとしたが、いつの間にか地面が盛り上がって足を拘束しており目論見は叶わなかった。ガクンッとつんのめる使徒。それは致命の隙。

次の瞬間、健太郎の操る白煙が二人の使徒を余さず呑み込んだ。

後に残るのは完全に石像化した美術品めいた彫像のみ。

他でも、檜山の裏切りや近藤の死から立ち直った中野信治と斎藤良樹が、鬼気迫る様子で八面六臂の活躍を繰り広げ、その穴を守る形で愛ちゃん護衛隊の玉井淳史、相川昇、仁村明人、が一歩も引かずに使徒と激闘を繰り広げていた。

それらを園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、辻綾子、吉野真央等が完璧にサポートする。

愛ちゃん護衛隊のメンバーが、最初から前線にいた重吾のパーティーや信治達と同じくらい動けているのは、ハジメ達が王都を出発してから、このままではダメだと心を奮い立たせ猛特訓を行ったからだ。

それ以外にも、完全に心折れていた生徒達が、直接戦闘までは出来ないものの能力を底上げする付与系の魔法を後方から放ったり、回復させたり、ライフルや魔法を撃って弾幕を張るなど必死に援護していた。

誰もが、魔王城でのハジメの演説に、折れた心を焼き直されたのだ。それがただの言葉だけであったなら、ハリボテの言葉として使徒を目の当たりにした瞬間あっさり折れただろう。しかし、彼等は皆、ハジメを見ていた。

片腕も片目も失い、髪の色まで変わって、ボロボロになって、最愛の恋人まで奪われた。消えていく恋人に上げた慟哭は、彼等をして心に痛みを感じさせるものだった。それでも、最後には立ち上がり、全てを叩き潰して取り戻すと宣言した。その姿が余りに強烈で、ずっと燻っていた彼等の魂に火をくべたのだ。

世界の為などではない。ただ、家に帰りたいという願い。友人を死なせたくないという想い。たったそれだけのことを叶えるのに、死力を尽くして戦わねばならないのだと、ようやく確信し奮い立ったのだ。

前線組に、たとえ燻っていたとしても異世界チート持ちの集団。

流石に、使徒であってもスペックが下がった状態では、強化された彼等の相手は分が悪かった。次々と駆逐されていく使徒を見て周囲の連合軍兵士達が喝采を上げる。

と、そのとき、前線を突破した使徒の一人が、クラスメイトの女子の一人に急迫した。

 

「ひっ!?」

 

思わず悲鳴を上げる女子生徒。

だが、次の瞬間、死の恐怖は驚愕に変わった。

何故なら瞬いた間に、くすんだ白髪を伸ばして晒している背に菩提樹の葉の後が描かれ胸に薄らと輝く紋様を持ったやや褐色肌の男が己の身丈程の鋼の剣を構えた男が現れ、“ふっ”と軽い声で視認出来ない速さで剣を振るい、その一撃で使徒を真3つに切り裂いたからだ。

 

「ぇあ?あ、貴方は……?」

「俺か?俺の名はジーク。…………ニーベルンゲンの歌に出てくる竜殺しである彼の力を継承(・・)したしがないホムンクルスだ。」

 

褐色肌の男……ジークはそう名乗ったら別の……白金色の髪を持つ使徒達に突っ込んで行った。

ジークが名乗る間に前線組を取り囲もうとしていた使徒が、外側から順に首を刈られて一瞬の内に絶命していく。にもかかわらず、そちらに視線を向けたときには首のない使徒の死体以外、何も、誰もいないのだ。

使徒の一人が、明らかな異常事態に周囲へ険しい視線を巡らせる。

 

「くっ、一体どこから攻撃をっ」

「目の前だよ! くそったれ!」

 

自分の呟きに正面から返答されギョッとしたように視線を正面に戻す使徒。その目に、自分の首へと吸い込まれていく小太刀の影が映った。そしてそれが、その使徒の最後の光景となった。

使徒にすら気づかれない隠密ぶり(影の薄さ)を十全に発揮して、人混みから人混みを渡り、一瞬で首を刈り取っていく。

人型で女の姿である使徒を斬るのは、途轍もない精神的負担だ。救いなのは、使徒が皆同じ姿であり、感情を感じさせない無機質さが人ではなく人形と感じさせてくれることだろう。

最凶の敵にすら「え?そこにいたの!?」みたいな顔をされる切なさと相まって、半ば自棄になりながらではあるが、天職“暗殺者”の少年――遠藤浩介は、クラスメイト一のキルポイントを稼いでいた。

 

「流石だ、浩介っ!どこにいるのか分からんが!」

「すげぇぞ、浩介!どこにいるのか分かんねぇけど!」

「遠藤くん頑張れぇ!頑張ってる姿は見えないけど!」

「えっ、あっ、そっか、遠藤くんも戦ってるんだった!」

 

ホロリと、浩介の眼から光るものが落ちた。どうやら、雨が降り出しているらしい。雨と言ったら雨だ。

そこへ、「うふふ」と少し妖艶さの含まれる声が響いた。

人混みに紛れて使徒の隙を伺っていた浩介は、ゾクリと背筋を震わせてそちらを見る。するとそこには一人の兎人族の女性がおり、浩介を横目に見ていた。

 

「君、気配操作がとっても上手ね。私じゃ敵わないかも」

「へ、あ、そうです、か?」

 

戸惑う遠藤に、ウサミミの女性はにっこりと微笑みを向ける。その笑顔に、思わず浩介の頬が赤くなった。元々、愛玩奴隷としては一番人気があっただけに兎人族は総じて整った容姿をしている。浩介に話しかけた女性も、物凄く美人だった。

そんな美人の、しかも可愛らしいウサミミの付いた女性に微笑まれて、彼女いない歴イコール年齢の童貞少年は心拍が上がるのを止められない。元々、戦場ということで興奮していたというのもあるが。

だが、そのトキメキにも似た胸の高鳴りは、直後、引き攣り顔に取って代わった。

 

「私の名前は疾影のラナインフェリナ・ハウリア。疾風のように駆け、影のように忍び寄り、致命の一撃をプレゼントする、ハウリア族一の忍び手!」

「……そ、そうですか」

「でも、君を見ていたら、この二つ名を名乗るが恥ずかしくなっちゃたわ。だから、悔しいけど“疾影”の二つ名は君に譲る。君の名前は?」

「……遠藤浩介、ですけど」

 

二つ名を名乗っていること自体が恥ずかしい、とは言えない浩介。綺麗なお姉さんは好きですか? 浩介の答えは一択だ。

 

「じゃあ、君は今日から“疾影”……ううん、私を超えているのだから……“疾牙影爪のコウスケ・E・アビスゲート”と名乗るといいわ! 悔しいけどね!」

「いえ、結構――」

「それじゃ、お互い死なないように、でも全力で首刈りしましょ♪ じゃあね! 疾牙影爪のコウスケ・E・アビスゲート!」

「……」

 

可愛らしい笑顔で「首刈りしましょ♪」はねぇだろとか、アビスゲートってどこから出てきたとか、それはもう盛大にツッコミたかった浩介だったが、一番衝撃的なのは技能まで使って気配を殺していた浩介をラナが見つけたこと。見つけてくれたこと。

そして――綺麗なお姉さん、ウサミミ付きは好きですか? 

 

「疾牙影爪のコウスケ・E・アビスゲート、参る!」

 

戦場で芽生える恋というのもあるらしい。

コウスケの爪牙は、何らかの別の強化を受けているのかと疑うほど更に冴え渡り始め、使徒達の尽くを刈り取っていくのだった。

一方、そんなクラスメイト達の近くで、もう一人、目立った活躍をしているのは愛子だった。

後方からハジメお手製の「なれるっ、扇動家!ケースバイケースで覚える素敵セリフ集」をチラ見しながら、連合軍の士気が落ちないよう、時折どこかで聞いたことのあるような言葉を使って鼓舞しつつ、自分自身の戦いのために声を張り上げる。

 

「畑山愛子の名において命じます!仮初の命よ、今一度立ち上がり、敵を討ち滅ぼしなさい!」

 

そう言った直後、倒したはずの使徒の幾人かがゆらりと立ち上がった。そして、制限されていたスペックを取り戻したような勢いで味方であったはずの使徒達に襲いかかった。

天職“作農師”というハジメを除けば唯一非戦闘系天職である愛子は、自分の非力さを自覚し、ハジメ達が旅立ってから生徒達を守る為に戦う手段というものを強く意識するようになった。

そこで唯一のアドバンテージである魂魄魔法をどうにか使えないかと考えた結果、辿り着いたのがこの魔法というわけだ。ヒントになったのが、裏切った恵里の降霊術や縛魂というのは何とも皮肉であり、死体を利用するという点では凄まじい葛藤はあったものの愛子は踏み切った。

もう生徒達ばかりに汚れさせて自分だけ綺麗な場所に居続けることは、あの【神山】の上空で止めたのだ。

それに、

 

「彼が戻って来るまで、絶対に負けませんっ!」

 

そう、ダメだと分かっていながら心を寄せてしまった男の為に、絶対、負けられないのだ。もう一度、会いたいから。

 

「あははっ、愛ちゃんってば、もう隠す気ゼロだね」

「“彼”って言ったら、一人しかいないしね」

 

愛子にチラリと視線を向けながら、園部優花と宮崎奈々が小さく笑い合う。

 

「南雲くん、マジ魔王だわ。教師まで落とすとか有り得ない」

「クラスの女子も落ちてるっぽい子が何人かいたような……リアルハーレムを目の当りにするなんてね。まぁ、だからこそ、“私も”とか思えるんだろうけど」

「普通は、あのユエって子との関係みただけで身を引くと思うんだけどね。それか、あの一途過ぎる女の子を見て、とかさ。これも魔王の吸引力かな。私達も気を付けないと、うっかり惹き寄せられちゃうわよ」

「だね~」

 

今度は二人して苦笑い。そして、揃って空を見上げた。

そこには、この戦場で一番キル数を稼いでいるクラスメイトの女の子の姿があった。空を縦横無尽に駆け巡り、両手の大剣、黒銀の閃光、黒銀の羽、魔法を臨機応変に使って使徒達を圧倒している。

背中に広がる漆黒に銀の煌きが混じった四枚翼に、黒を基調としたドレス甲冑。風にさらわれなびく髪も黒。まさに堕天使というに相応しい姿で天使然とした使徒達を屠っていく姿は、どう見ても魔王の幹部と言うべきもの。

なのに、天使の方が人類を滅ぼそうとする勢力で、堕天使の方が守ろうとする勢力であるというのは何とも皮肉が効いた話である。

その大暴れしている堕天使こと香織は、黒銀の光を纏いながら残像を引き連れて、また一体、使徒を切り捨てた。

その瞬間を狙って二人の使徒が大剣を薙ぐ。それを双大剣と黒銀の翼で受け止め、香織は猛烈な勢いで回転した。途端、弾かれた二人の使徒は、間髪入れずに迫った黒銀の羽に額を貫かれて絶命した。

これで一体、何人の使徒を屠ったのか。

 

「キリがないね……」

 

思わずそう愚痴を零す香織。

 

「ならば、諦めて落ちなさい」

 

返答したのは使徒の一人。気が付けば、香織は球状に完全包囲されており、文字通り全方位を隙間なく埋められていた。

そして、次の瞬間、放たれるのは銀の閃光。正面の同胞に当ててしまう可能性を無視した遠慮容赦のない一斉掃射が、使徒で出来た球体の中心に向かって放たれる。

しかし、香織は揺らがない。

 

「諦めるなんて言葉、知らないよ?」

 

そんな軽口を叩くと、一直線に正面突破を図った。双大剣を盾にして光の奔流へと突っ込んでいく。

視線の合った使徒が、突破されることを確信して双大剣を構えた。

直後、全身から白煙を上げながら、しかし、些かの衰えも見せない眼光を放つ香織が猛烈な勢いで肉迫した。そして、黒銀の羽を撃ち出し、肩先や足先など嫌らしい部分をピンポイントで狙う。

同じく、使徒が銀の羽を撃ち出して相殺しようとした。しかし、その瞬間、その足元から光の鎖が伸びて使徒の動きを一瞬阻害した。

拘束は直ぐに分解されて霧散したが、それで十分。黒銀の羽が使徒の体を捉え、その体勢が大きく崩れる。そこへ、香織が到達する。手に持つ大剣をグッと引き絞り、刹那、神速の突きをお見舞いする。

ギギギッと大剣同士の擦れる音が響くものの、結局、突進の勢いもあって威力を殺せなかった使徒は、そのまま香織の大剣によって串刺しとなった。

だが、使徒としてはそれも狙いの内だったらしい。突き刺さった大剣の柄――それを握る香織の手をガシッと掴むと、その身をもって動きを拘束する。

そこへ、銀の羽が殺到。

香織を捉える使徒ごと葬るつもりだ。

 

「仲間なのに扱いが軽すぎるよ」

 

呆れたような表情をしながらそう呟いた香織は、殺到する銀の羽には頓着せず眼前の使徒に止めを刺すことを優先した。

僅かに、使徒の眼が見開かれる。

いくらスペックを制限されているとは言え、分解能力は健在だ。同じ使徒の肉体であるから分解能力を発動すれば対抗はできるが、それでも物量的に看過できないダメージを負う。それは香織自身も分かっているはずだ。なのに、何故……と。

直後、使徒の体は香織の大剣によって両断され、ほぼ同時に香織は銀の羽に呑み込まれた。

 

「我々の経験をトレースできていたはずですが……所詮は、紛い物ということですか。愚かな真似を」

「そうでもないよ」

 

銀の羽を放った使徒の一人が呟いた言葉に、直ぐ様返答がなされた。

まるで焦燥も動揺も感じさせない声音に使徒がスっと目を細める。

その視線の先、銀の羽が放つ光が収まった場所には体中を傷つけた香織の姿があった。

やはり、ダメージが通っていることにただの痩せ我慢だと判断した使徒は、止めを刺すべく無言で数え切れないほどの銀の羽を展開した。他の使徒達も同時に展開しているので、その中心にいる香織は、まるで星の海に飛び込んでしまったかのようだ。

だが、その銀の羽が掃射される寸前で使徒達は思わず動きを止めてしまった。

何故なら、その使徒達の目の前で瞬く間に香織の傷が癒えていったからだ。ユエの“自動再生”もかくやという速度と鮮やかさで、銀の羽に付けられた傷も開けられた風穴も、それどころか衣服まで何事もなかったように元の状態へと戻っていく。

魔法を使った様子は見えなかった。使徒に自動再生のような機能は付いていない。

困惑する使徒達は、香織を凝視して――吹いた風がさらった前髪の奥、額の部分に、黒銀に輝く十字架の紋章が刻まれていることに気がついた。

 

「それは……」

「“堕天の聖印”――私の魔法だよ。開戦する前に使っておいたの。ユエ程ではないけど、怪我をしても勝手に発動して癒してくれる便利な魔法だよ」

 

変成再生複合魔法“堕天の聖印”――体の一部に魔法陣の役目を負う十字架を刻むことで、一定時間ごとに再生魔法を発動する魔法。強力版オートリジェネとも言うべき魔法である。なお、変成魔法を使うことで刺青のような聖印は消すことが出来る。

 

「……しかし、飽和攻撃を続ければ、いつか回復量をダメージ量が上回るはず。魔力も無限というわけではないでしょう」

 

香織の言葉に、気を取り直すような言葉をわざわざ話す使徒。言い聞かせているのか、それとも本気でそう思っているのか……

香織は不敵な笑みを浮かべる。それは以前の香織なら決してしなかったような挑発的な笑み。どこかの魔王とか、その嫁の影響を受けていることがひしひしと伝わる。

 

「思い違いが二つあるね」

「……なんです?」

 

香織の雰囲気に、警戒を最大限して尋ね返す使徒。

そんな使徒に対し、香織は、双大剣を構えるとバサッと二対四枚の黒銀翼を広げながらポツリと言葉を零す。

 

「一つ――」

「――ッ!?」

 

次の瞬間、その姿が消えて使徒の真後ろに現れた。大剣を振り抜いた姿勢で。

 

「やろうと思えば、どんな飽和攻撃も避けられる」

「は、速すぎ、る――」

 

他の包囲していた使徒が唖然とする中、直前まで会話していた使徒は瞠目しながら、その体を斜めにずらして血飛沫を上げながら絶命した。

血糊を払うように大剣を薙いだ香織に、ハッとしたように使徒達が一斉掃射する。

だが、

 

「――“神速”」

 

掃射された時には既に香織の姿はなく、次の瞬間には、二人の使徒が両断されて地に落ちていった。

ギョッとしたようにその場所へ視線をやるも、やはり、その時には既に香織の姿はなく、また別の場所で使徒が両断される。

 

「く、空間転移?」

 

使徒の一人が疑問の声を上げる。が、直後、その身をふわりと風が撫でたかと思うと視界がズルリと斜めにずれるのを感じ、そのまま意識を闇へ落とした。

 

「まさか。私は空間魔法を習得してないよ。これはただ、速く動いているだけ」

「馬鹿なっ。我々に知覚できないほどの速度などっ」

「出せるよ。正確には時間を短縮しているだけなんだけどね?」

 

そう言って、驚愕に声を上擦らせた使徒を一瞬で切り裂く香織。

再生魔法“神速”――一つ一つの事象において掛かる時間を短縮する魔法だ。攻撃が相手に届くまでの時間を短縮すれば神速の一撃となり、移動時間を短縮すれば瞬間移動と見紛う速度で移動が出来る。

再生魔法は、その根源を辿れば時に干渉する魔法。ただ人の身で扱える限界が“再生”という用途に止まるというだけ。香織は、この再生魔法をメルジーネで手に入れてから、ずっと鍛錬してきた。最初に手に入れた神代魔法というだけでなく、回復役である自分にはピッタリな魔法であったことから愛着も一入だったのだ。

結果、使徒の肉体を手に入れたというのもあるのだろうが、アワークリスタルの生成に成功したように、限定的ではあるが直接時間に干渉することが出来るようになったのだ。

もちろんデメリットはあって、一回使うごとに莫大な魔力を消費してしまう。だから、戦闘が始まっても直ぐには使わなかったわけだが……

手も足も出ない圧倒的な速度で次々と駆逐されていく同胞を見て、使徒が反論の矛先を変えた。少しでも精神的に動揺させる目論見なのかもしれない。

 

「確かに、あなたは強い。あのイレギュラーに侍るだけはあります。ですが、戦争とは一個人で左右できるものではありません」

「何が言いたいの?」

「見なさい。地上を。あなたが我等の相手をしている間にも人は次々と死んでいきます。善戦しているところもあるようですが、所詮は人間。疲労やダメージの蓄積は免れない。彼等も直にただの骸と成り果てるでしょう」

「……」

「【神域】からはまだまだ我等がやって来ますよ? あなたは何も守れはしない。所詮、無駄な足掻きなのです」

 

香織は動きを止めて、言い切った使徒を静かに見返した。そして、死を宣告するように大剣の切っ先を向けてくる使徒へ、ふわりと笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

「思い違いの二つ目。ダメージ量がどうとか、魔力量がどうとか……誰に向かって言ってるの?」

「なにを……」

「たとえ体が変わっても、私は“白崎香織”。天職“治癒師”を持つ、魔王ハジメくんパーティーの“回復役”だよ?」

 

そう言って、香織は大剣を逆手に持ち、その切っ先を地上へと向けた。“治癒師”としての能力を遺憾無く発揮できるようにとハジメによって改良が加えられたそれは、黒銀色に燦然と輝き出す。

そして、

 

「――“回天の威吹”」

 

直後、大剣の切っ先から黒銀の雫が一滴、地上へと落ちていった。

それは、地面から数メートルの高さでカッ! と光を爆ぜさせると戦場全体に黒銀の波紋を広げた。二重、三重と黒銀の波が連合軍の頭上を奔る。

すると、次の瞬間、既に息絶えていたはずの連合軍兵士がパチリと目を覚ました。そして、不思議そうに身を起こすと斬られたはずの胸元をペタペタと触り、何ともないと知って更に首を傾げる。

他にも、銀の羽で穿たれた者や属性魔法に殺られた者達が次々と起き上がった。そして、どうやら生きていて体の傷も治っているらしいと分かると、直ぐ様立ち上がり使徒と戦う仲間に加勢すべく駆け出していく。

一度は死んだものだけではない。当然、生きていて手傷を負っている者達も瞬く間に傷を癒された。

 

「なっ、蘇生させたっ!?」

 

上空から、その様子を確認した使徒が無感情など嘘のように驚愕をあらわにする。

 

 魂魄再生複合魔法“回天の威吹”――魂魄魔法による味方の選別と霧散しかけている魂魄の集束・固定・定着を行い、かつ、再生魔法による回復を行う。流石に、頭部を欠損していたり、両断されて体がバラバラになっていたりするなど原型を止めていない場合や、死後十分以上経っている場合は効力が及ばないものの、黒銀の雫を中心に半径四キロ以内の味方に対し蘇生と完全治癒を行う大軍用回復魔法である。

 

 これだけでも冗談のような魔法だ。しかし、香織の本領発揮は未だ終わらない。

 

「――“襲奪の聖装”」

 

 逆手に持ち切っ先を下に向けた大剣とは別に、もう片方の大剣は胸の前で上に向けて真っ直ぐに構える。そして、その宣言と共に、構えた大剣が黒銀の輝きを纏い出した。

 

 それは銀河を呑み込まんとするブラックホールのようで、その見た目に反しない効果を発揮した。

 

「っ、これは、力が抜けてっ」

 

 ただでさえ聖歌によってスペックが削られているというのに、更に力を削がれていくことに使徒が動揺をあらわにした。

 

 見れば、香織を中心に数百メートル以内の使徒全てから輝く光が漏れ出し、そのまま流星のように香織の大剣へと集っていく。

 

 そして、大剣に吸収された直後、香織の身から魔力が溢れ出した。消費した分の魔力を回復したどころか、更に多くの魔力を保有したようだ。それだけでなく、切っ先を下にした大剣を伝って、再び黒銀の雫が地上へ落ちた。

 

 先と同じく黒銀の波紋を広げる。すると、連合軍兵士達の動きが明らかに良くなった。動きのキレや力強さ、反応速度が上昇している。

 

「あなた達の力、奪わせてもらったよ」

「そんなこと……」

「出来るよ。治癒師だもの。魔力を他者に譲渡するのも本分だからね。あなた達を捕捉するのに少し時間がかかっちゃったけど」

 

 言うは易く行うは難し、だ。

 

 魂魄昇華光属性複合魔法“襲奪の聖装”――魂魄魔法による標的の選別と、他者に魔力を移譲する光系魔法“譲天”に昇華魔法を行使した複合魔法だ。捕捉した相手から強制的に魔力を奪い自己の魔力を回復したり、それを味方の身体強化に流用したりすることも出来る。

 

 もちろん、昇華魔法を使ったとしても、ただの光属性魔法で使徒から触れもせずに魔力を奪うなど普通は出来ない。香織の魔法を助けているのは、その手に持つ双大剣だ。

 

――廻禍の魔剣 アニマ・エルンテ

――福音の聖剣 ベル・レクシオン

 

 魔剣は敵対者の力を奪い己の糧とし、聖剣はその力を味方に分け与えて無限の力とする。二本で最大限の効果を発揮する、香織の“襲奪の聖装”と“回天の威吹”の行使を補助するための専用の魔剣と聖剣だ。

 

「……それでも、それでも、あなた達は勝てません。我等使徒は無限にも等しい。どれだけ小細工を弄そうと、どれだけ足掻こうとも、最後には滅びる運命なのです。それが神の御意志なのですから」

「人は滅びないよ。どんな世界でもきっと同じ。たった一人で、大した力もない男の子が奈落の底から這い上がって来たように、人は困難に呑み込まれても必ず活路を見出す。人はね、滅び方を知らないんだよ。生きたいと、誰かを守りたいと思う人が一人でもいる限り、その意志が“運命”なんてものを捩じ伏せてしまうから」

視線を交わす使徒と香織。

 

「……ならば、それを証明して見せて下さい」

 

その言葉を合図に再び、激闘が再開された。

使徒が集団で香織を襲い、香織はそれを駆逐する。

連合軍が疲弊してきたと見れば回復させ、定期的に蘇生も行う。魔力が減れば使徒から奪い、時折、地上へ援護の砲撃も行う。

他の場所でも、竜人達が獅子奮迅の活躍で使徒を抑え、地上でも各々が死に物狂いで戦い続けていた。

一体、どれほど時間が経ったのか。

赤黒い世界には既に太陽の影すらなく、時間の感覚がなくなりつつある。香織の回復魔法がなければ、とっくに連合軍は瓦解していたかもしれない。それほどまでに使徒の戦力はキリがなかった。

それでも【神域】に踏み込んだハジメが、連合軍の兵士達にとっては“女神の剣”が、全てを終わらせてくれると信じて気力を振り絞る。既に、蘇生が間に合わず事切れてしまった兵士は多数だ。

ジリジリと数の暴力に押されている感覚が連合軍を支配し始めていた。

と、そのとき、ふと【神山】上空を見上げた兵士の一人がポツリと呟いた。

 

「おい、なんだあれ……」

 

その視線の先には、明らかに勢いを増している瘴気が地上へと伸びていく光景があった。

直後、空間の亀裂から溢れ出ていたヘドロのような瘴気が、一気に勢いを増した。

そして、そのまま崩壊した【神山】の上に落ち纏わり付くように要塞へ向かって流れ出した。瘴気の先が、王都があった場所を越えて要塞正面の草原へと触れる。まるで【神山】が崩壊したときに発生した粉塵のように、あるいは雪崩のように凄まじい勢いで迫るドス黒い瘴気。

その瘴気の中に、次々と赤黒い光が出現した。直後、おびただしい数の咆哮が上がり、瘴気の奥から無数の魔物が飛び出して来た。どうやら、魔物の軍勢第二波のようだ。

更に、亀裂からも一気に数千単位の使徒が飛び出してくる。

 

「おいおい、ここに来て戦力増強かよ。上等……って言いてぇところだが……やべぇな」

 

ガハルドが返り血と自身の血で真っ赤に染まりながら、苦虫を噛み潰したような表情になった。他の兵士達などは絶望したような表情になっている。

間断なく襲いかかって来る使徒の相手でも一杯一杯だったというのに、ここに来て万単位の魔物の群れと数千規模の使徒――戦力拮抗状態が崩れかねない。

 

「第一、第二師団は、正面集中! 勢いのまま突っ込まれて乱戦にさせるなっ! 食い止めるぞっ!」

 

ガハルドの号令によって、即座に陣形が組まれていく。

地響きが伝播し、大気が鳴動する。魔物共の進撃の音、咆哮の衝撃だ。

背後に莫大な瘴気の雪崩を引き連れて溢れ出てくる魔物の大群に、ガハルドをしてじっとりとした汗が流れた。竜人も香織も、同じく溢れ出てきた使徒に釘付けにされている。異世界チート組も聖歌隊の守護に掛かりきりだ。

目算で約一キロメートル。

余りの迫力に連合軍兵士達の表情が引き攣る。

ダメかもしれない。誰とも無しに、そんな雰囲気が流れそうなった、その瞬間、

 

「――“壊劫”」

 

大地が消えた。魔物と共に。

 

「――“壊劫”――“ 壊劫”」

 

三度響いた女の声。それは、騒音で満ちた戦場においてもやたら明瞭に響き渡った。

だが、その声よりも、ガハルド達にとっては目の前の光景こそが驚愕の原因。

進軍していた魔物の先頭集団が揃って大地の底へと消えてしまったのだ。断末魔の悲鳴すら上げられずに。

直後、やたらと響くが、やたらイラっと来る声音で、その原因が連合軍の前方の平原に開いたゲートからのっそりと姿を現した。

 

「やほ~☆ピンチになったら現れる、世界のアイドル、ミレディちゃん見参ッ!あはは~、最高のタイミングだったねぇ!流石、わ・た・し♪空気の読める女!連合のみんな~、惚れちゃダ・メ・だ・ぞ♡」

 

巨大なゴーレムと、その肩に乗った乳白色のローブとニコちゃんマークの仮面を付けたちっこい人型。ふざけまくった姿のミレディは、巨大ゴーレムの肩から連合軍に「きゃるるん☆」といった感じでポーズを取りつつテヘペロっとした。どういう原理か、ニコちゃんマークの仮面がそうなったのだ。

ガハルドを含め、連合軍の時が止まった。

誰もが一様に、「なんだ、あれは」という純粋な疑問と同時に、言い様のないイラっとした表情をしている。

そこへ、リリアーナから説明が入った。曰く、ハジメ達の呼んだ助っ人であり、言動のウザさはともかく、それなりに使えるということ。今まで何をしていたのか知らないが、ようやく到着したこと、などだ。

 

「もうぅ~、みんな、ノリが悪いなぁ~。ちょっとダメかもしれない……とか無駄にシリアスしちゃってるみたいだったから盛り上げてあげようとしたのにぃ。ミレディちゃんの好意を無駄にするなんてぇ、ぷんぷん、激おこだぞ!」

 

ガハルド達の苛立ちゲージが振り切れそうになる。

だが、そんなふざけた態度を取りながらも、背後から迫る瘴気に片手を向けたミレディは、一言。

 

「――“絶禍”」

 

瘴気の頭上に生まれた禍星は、直後、凄まじい勢いで瘴気を呑み込み始めた。その中には、瘴気に紛れていた魔物達の姿もある。

 

「もうっ、ミレディちゃんの邪魔するなんて許せなぁ~い! お仕置きだぞぉ。――“崩軛”」

 

ふざけた部分の声音と詠唱の声音とのギャップが凄まじい。

詠唱の一瞬だけ、絶対零度の声音が響くのだ。

その結果、先と異なり魔物達の足が一斉に地面を離れ、とんでもない勢いで空の彼方へと飛んでいった。重力は引力と遠心力の合力。故に、引力を切断して彼方へと飛ばしてしまったのだ。

万単位の魔物が、たった一人に為す術なく蹂躙されている。大規模魔法の範囲から逃れた魔物達も、連合軍へ到達する前に飛び出した騎士ゴーレムと巨大ゴーレムによって次々と駆逐されていった。

連合軍は、彼女が“解放者”の一人であるとは知らないが、それでもハジメが頼んだ助っ人であることを大いに納得した。同じく、化け物級である、と。

地上からの魔物による進行は、ミレディとゴーレム、それを突破してきた魔物は連合軍でどうにでも出来ると僅かに安堵が広がった。

だが、その安堵は直後に崩れることになった。

先程から溢れ出ている使徒達が一塊になったのだ。その数は約千人。

一本の槍のように隊列を組んだ千の使徒は、竜人や香織の攻撃など完全に無視して一直線に降下を始めた。

当然、正面からも対空砲火がなされるが、花が散るように次々と脱落しながらも、その物量に頼って使徒達は躊躇うことなく突き進んだ。……聖歌隊に向かって。

 

「ッ、行かせないっ!」

『総員、あの使徒の群れを止めろっ!』

 

香織とアドゥルが、必死の形相で、使徒で出来た大槍を打ち壊そうと全力を振り絞る。前線を駆けていたジャンヌも急いで戻る。

地上へ落下するまでに幾百人という使徒が吹き飛んだが、それでも完全に己の身をもって塊となった使徒の群れを完全に打ち壊すことは出来ず……

 

「ダメッ、逃げてぇ!」

 

その圧力に抗しきれなかった香織が弾き飛ばされながら悲鳴じみた絶叫を上げた。

直後、使徒の大槍は、神が地上に放った神槍の如く銀の輝きを放ちながら聖歌隊の結界へと突き刺さった。

そして、周囲の者が神槍をどうにかする前に、聖歌隊を守る結界はビキビキと亀裂を広げ……遂に、轟音と共に粉砕されてしまった。

非力な聖歌隊のメンバーが、絶大な威力を前に儚く散っていく。

この瞬間、使徒達を縛っていた楔が打ち壊された。

神の使徒が、その能力を十全に発揮する。

戦場に血風が吹き荒れた。あちこちで銀色の光が噴き上がり、その周辺で拮抗していた連合軍兵士達が、一瞬の内に肉塊へと成り果てていく。勇敢な雄叫びが、ただの悲鳴へと変わっていく。

 

「一時凌ぎだけど――“崩軛”」

 

ミレディが、背後の地獄絵図の様相を呈しつつある戦場に向かって重力から切り離す魔法を行使した。目標はわかりやすい。目立つ銀の魔力。それだけを選別する。

直後、使徒達が一斉に上空へと吹き飛ばされた。錐揉みしながら一瞬で一キロメートル近く地上から離される。

だが、能力を取り戻した強化状態の使徒達にとって、それは本当に一時凌ぎでしかなかった。直ぐに体勢を整える。そこへ神槍と化していた使徒達が集まった。それだけではない。まるで人類を絶望に誘うように、空間の亀裂から更におびただしい数の使徒が出現する。

赤黒い空が星と見紛うほどの使徒で埋め尽くされた。そして、ちまちま戦うのはもう面倒だと言わんばかりに、神の使徒が討ち取られる屈辱も今は忘れようとでもいうかのように、ただ圧倒的な数の暴力に頼って、銀の魔力を集束し始める。

大結界による防御はもうない。対空砲撃や狙撃は、確実に使徒達を撃ち落としている。竜人達も、香織も、集束に集中して動こうとしない使徒達を、羽虫を落とす勢いで駆逐する。

しかし、使徒達は気にしない。矜持を置いて、損害を気にせず、ただ人類を滅ぼすためだけに滅びの光を集束する。破壊しても破壊しても、次々と補充されては集束に加わる使徒達の数が多すぎて、殲滅速度が間に合わない。

今、銀の太陽を放たれれば、連合軍の被害は甚大なんてものでは済まない。訪れるのはどうしようもない“人類の敗北”だ。

 

「させないっ、絶対にっ!」

 

香織が決意で満ちた眼差しで上空を睨みつけながら、両手を掲げた。この事態を想定して、戦場の一定箇所に設置されたクリスタルが香織の意思に反応して光を発する。それらの光は互いの光点を線で結び合い、一つの巨大な魔法陣と化した。

――香織専用 大規模守護結界石 “シュッツエンゲル”

結界師ではない香織の結界魔法を、戦場全体を覆うほどの巨大魔法陣による補助によって大結界以上に大規模展開させるアーティファクトだ。

 

「滅びなさい」

「――“不抜の聖絶”ッッ!!」

 

銀の太陽が放たれたのと、連合軍を覆うような超大規模障壁が展開されたのは同時 。

銀の槍と黒銀の防壁が衝突する。

轟音。閃光。世界が、その二つに満たされる。

 

「ぐっ、うぅうううううぁあああああああっ!!」

 

香織の絶叫が迸った。

彗星を受け止めでもしたかのような衝撃、押し潰さんとする圧力。黒銀の翼が明滅し、徐々に高度が落ちていく。

黒銀の障壁は分解能力を付与された聖絶だ。故に、使徒の分解能力を相殺して、ただの砲撃に変える性質を持っている。だが、それでも、数千人規模の使徒によるフルパワーの砲撃は、単純な威力によって香織の結界に亀裂を生じさせた。香織はそれを、再生魔法で瞬時に再生して対抗していく。

あっという間に流れ出していく魔力。

歯を食いしばり必死に高度と障壁を保つ。

使徒達は、それが神の使徒としての、せめてもの矜持だとでもいうのか、障壁を迂回して攻撃するようなことはなく、ただ、正面から打ち破ろうと次々に銀の砲撃を加えてくる。

 

『総員、障壁を展開しろ! 彼女にだけ背負わせるなっ!』

 

アドゥルの怒声が轟く。香織の背後に集まった竜人達が、それぞれ香織の障壁に重ねるようにして障壁を張っていく。

 

「多少はマシになるはずだよ。――“禍天”」

 

ミレディの重力魔法で、障壁に直撃している部分の砲撃が周囲の重力球に吹き散らされ威力を弱める。

他にも地上から結界系の魔法を使える者達――リリアーナやクラスメイトを筆頭に、全員で障壁を展開して香織を援護した。結界系の魔法を使えない者達は、“シュッツエンゲル”のもう一つの効果、兵士達の魔力を香織へ譲渡するという効果により、自分達の魔力を香織へ送り出して必死に支える。

数秒か、それとも数分か。

永遠にも等しい轟音と閃光の世界は、遂に終わりを告げた。

それも、英雄の継承者によるもので。

 

「出遅れて済まない。だが、貴方達のお陰で間に合った。──もう少しだけ耐えてくれ!」

 

その1人の言葉を信じ、皆耐えた。そこに、詠唱が聞こえた。

 

───────邪悪なる竜は失墜し

 

───────世界は今、洛陽に至る

 

「これで、耐え切れるはずだ……………幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

黄昏の極光が本来の威力を発揮して、銀の槍にぶつかった。

それも、真横からぶつかり、狙いを城塞から逸らすことが目的で。

それは幸をなし、銀の槍はあらぬ方向に落ちた。

 

「はぁはぁ、耐え、きった……」

 

肩で息をしながら、数千人規模の分解砲撃を耐え切った香織。

明らかに疲弊しているとわかる顔色だ。それは周囲の竜人も変わらない。魔力を振り絞った地上のリリアーナ達や連合軍兵士達も同じだった。全員が険しい表情となっている。

それでも守りきったと、香織は笑いながら“襲奪の聖装”を発動しようとして……

銀の太陽が、再び世界を照らし出した。

 

「我等神の使徒は無限――そう言ったでしょう?」

 

数だけでなく魔力も無限である。新たな銀の太陽を作り出しながら、睥睨する使徒の呟き。

魔力の回復は間に合わない。

もう一度撃たれては凌ぎきれない。

香織だけでなく、空を見上げる連合軍の全員がそれを悟った。

絶望が、諦観が、人々の胸中を満たす。

銀の太陽が空から落ちてきた。終わり…誰もがそう思った。だが……

香織は荒い息を吐いたまま、スっと両手を掲げた。諦めなど微塵もない強き眼差しで真っ直ぐに滅びの光を見据えたまま、魂に火をくべて、どこかにこびり付いている魔力の欠片まで掻き集めて――

戦う意志を捨てない。諦めない。

その姿が、いったい、連合軍の兵士達の内、どれだけの人々に見えただろうか。見えていたなら、きっと、その気高く美しい姿に涙したに違いない。直ぐ傍で、その勇姿を見て心震わせるアドゥル達のように。

 

「一秒でもいい。生き残ってみせる!」

 

一秒でも生き延びれば、そのとき、最愛のあの人が全てを終わらせてくれているかもしれない。

いや、きっと終わらせてくれる。

そう、信じている。

だから、死の間際、コンマ数秒だって諦めはしない!

視界の全てが銀色に染まる。

展開できた障壁は、玩具に見えるほど弱々しい。

だが、一秒。

確かに、受け止めた。

次の瞬間、

 

「……ふふっ、ほら、やっぱり!」

 

香織が愛しさと無類の信頼で蕩けたような表情を浮かべる。その視線の先には、フッと霧散していく銀の光と、カクンッと力の抜けた使徒の群れ。

直後、操り糸を失ったマリオネットのように、光のない眼差しを虚空に向けた使徒達がバラバラと地面へ落ちていった。

 

『これは、いや、待て、あれはいったい……まさか、【神域】か?』

 

アドゥルが、落ちていく使徒に困惑しながらも更なる異常事態に声を詰まらせた。

その視線の先、そこには空間そのものが揺らぎ、まるで映像でも映しているかのように様々な光景が現れては消える異常な空があった。まるで、空の上に異なる世界がいくつもあって、今にも崩壊し落ちてこようとしているかのようだ。

その有様は世界崩壊の序曲のようで、更に大気が鳴動を始めたことがその嫌な想像に拍車をかける。

 

「ハジメくん、ユエ、皆……」

 

香織は、感動も束の間、直ぐに心配そうな表情になった。見れば空間の亀裂も揺らいでおり、今にも消えてしまいそうだ。

魔力の枯渇状態で、今にも飛びそうな意識を繋ぎ留めながら、それでも空間の揺らぎへと向かおうと黒銀の翼をはためかせる。

その肩をグッと掴む者がいた。

 

「彼等のことは任せて。みんなに愛されて幾星霜、このミレディちゃんに、ね☆」

 

そう言って、ミレディ・ライセンは、口調に反して酷く優しげな声音で香織を止めたのだった。

 

 

地上side out

 



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第13話 異世界のレベルが地上よりは確実に弱い件 -10-

燦嘹朱爀side

 

 

一人の青年と青年を乗せた白神竜は超高速で空を駆けていた。いや、何かから逃げていると行った方がいいだろうか?

彼らの背後には、彼らが通った0.1秒後に緑の閃光が上から下にかけて通り抜けたり、逆に下から上にかけて通り抜けていた。

そう、彼らは最速相手に数時間逃げ切っていたのだ。しかし、彼らは既にボロボロ。

あと数分後には緑の閃光にピチュんされてもおかしくないだろう。

 

「ちっ、英雄とほざいたと思えばイレギュラー以上の化け物とは……ウラノス、一か八かだが……賭けてみるしかない。いいか…………」

 

彼らは何かをコソコソと話しながらも必死に逃げていた。

追っている方はと言うと、

 

「フハハハハハハハハッ!!!!!!!!!!!!どうした!?貴様等はその程度なのか!?だったらその術技や頭脳はただのお飾りか!?」

 

戦いそのものを楽しんでいる節があった。それと同時に何かを待っている気がする。

 

「ッ………………今だ!!!!」

グルルゥ…………ウガアァァァァァァァァアッ!!!!!!!!!!!!

「ッな!?」

 

4、5回程通り抜け、再びアキレウスが登って来たら、ウラノスはフリードの指示通り直角に曲がり、このまま行けば正面衝突してしまう。そこに、ウラノスはブレスを思い切り吐き、アキレウスは戦車ごと呑み込まれた。

それで、緑の閃光に終止符を打つことができたが、未だに安心出来なかった。

 

「ッ…………舐ァァァめェェるゥゥなアァァァァ!!!!」

「何ッ!?」

ブレスを吐き終わったら、懸念通りなのかはたまた偶然考えが一致していたのか、ブレスの中から無傷の(・・・)アキレウスが飛び出してきたのだ。

よく見たら、ブレスの通り過ぎたあとに空間に軽く亀裂があった。

恐らくブレスにぶつかる前に馬3頭と戦車を異空間に仕舞い、ブレスの中を生身で通り抜けたのだ。しかも無傷で(・・・)、だ。

流石にこれは驚愕ものだろう。

当のアキレウスは槍の穂先をウラノスに向けて構えており、すれ違いざまに浅くだが、腹を切り裂かれた。

羽を数度羽ばたかせて勢いを殺して振り返ると、さらに驚くことがあった。

 

「ッ!?先程より速いだと!?」

 

そう、先程の緑の閃光より倍近い速さで3次元機動をしていたのだ。

しかし、疑問に思う事もある。

 

「……いや待て、ならば何故何も無い空中であの様な動きが出来る!?」

 

その真実を知る事はないが、アキレウスに足場はある。その足場とは、手のひらサイズのストラップ程の大きさをした()を足場に多角機動をしているのだ。しかも、衝撃が強いため1度踏み込まれたそれらは崩壊しているので、足場がないように見えるだけだ。

フリードとウラノスには既にアキレウスの姿は見えず、目の前にはただの衝撃波による波しか見えていない。

逆にその波のお陰でどこにいるのかがわかるだけマシだろう。

 

「そろそろ時間なんでねぇ……トドメを刺してやる!」

 

アキレウスの声がした。そう認識した途端、フリードの目の前には物理法則を越えた速さと威力を持つ拳が見えた。

死、を認識した。そう思ったがフリードは死ななかった。代わりにウラノスが致命傷を負うこととなった。

 

「グッ……ウラノス!?!?!?!?!?」

 

フリードとウラノスはきりも見状態になりながら1つの大陸に落ちた。

その大陸は、先程カルナが目からビームを放った事で真っ二つとなった大陸で、未だに赤熱化した部分が残っていた。

落下してすぐにフリードはウラノスを見やる。

そのウラノスは下半身を吹き飛ばされ、ほとんど胸部と頭部だけになった肉体が大地にドシャリと落下した。

既に、神竜としての威容は欠片もない。その瞳から、光がスっと抜け落ちて、ただの骸と成り果てた。

 

「ウ、ラ…ノス?」

 

フリードが、力のない声音で白神竜を見つめる。

呼びかけても応えることのないその姿に、いいようのない感情が湧き上がってくる。

情報の処理が追いつかない。

宙にありながら、自分の足元がぐらぐらと揺れている気がする。

気が付けば、フリードは絶叫を上げていた。

 

「あぁあああああああああああああああああああっ!!」

 

数百万規模の魔物達が、途轍もない勢いで駆逐されていくのを尻目に、真っ直ぐ多角機動をしているアキレウスだけを睨みつけて銀翼をはためかせる。既に、その瞳には、魔物のことなど映っておらず、憤怒と憎悪の炎のみが燃え盛っていた。

渾身の力で銀の閃光を放つ。空間魔法の衝撃波を、空間の断裂を放つ。

しかし、その姿を捕えられなかった。

届かないのだ。最速が本来の移動速度と落下速度、その他様々な速度を併せ持ったその速さの極地にいる男には。

だから、

 

「がはっ!?」

 

目の前を通過──その余波だけで退けられてしまう。

全身を強かに打たれ麻痺したように硬直するフリードに、拳という落雷が襲いかかった。カッ!と目前が光ったかと思った次の瞬間には、絶大な衝撃が身体中を貫き、フリードは白煙を上げながら地面へと落下した。

大地に叩きつけられ、何度か地面をバウンドした後、ようやく止まり大の字に倒れる。

空を見上げたフリードの目には、自分目掛けて拳を突き出して落ちてくるアキレウスの姿。

否応なく、終わりなのだと理解させられる。

激情は既に消え去り、今は、何故か虚しさだけが募った。

神に迎えられた自分が、何を諦めているのか。最後の瞬間まで、敵を道連れにする覚悟で殉ずる道を行くべきではないのか。

そう言い聞かせてみても、やはり、体はピクリとも動かない。ダメージで動けないのでは……ない。動こうとする気力が、湧き上がらないのだ。

 

「私は……」

 

フリードが何かを呟きかけたそのとき、空から最速の閃光が落ちてきた。

酷く冷静な頭が、止めの一撃なのだと判断する。これで、終わりなのだと。

が、その瞬間、射線上に影が過ぎった。

 

クルァアアアアアアアアアアアッッ!!

 

「なっ!?」

 

絶叫を上げて射線上に割り込み、その身をもってフリードの盾となったのは……

 

「ウラノスっ!!」

 

そう、既に逝ったはずの白神竜だった。

上半身だけとなった体で、どうやったのか動き出し、闇色の閃光の前に飛び込んできたのである。

身の端からホロホロと身を崩していく白神竜は、驚愕に目を見開いているフリードを僅かに振り返りながらその瞳をスっと細めた。

変成魔法を使っても、言葉は聞こえない。

だけれど、そのとき、フリードには白神竜が何を伝えているのか明確に理解することができた。

すなわち、

 

「逃げろ、というのか……」

 

残った肉体そのものから極光を迸らせながら、信じられないことにティオの閃光を食い止める白神竜ウラノス――その意志。それは、主たるフリードを死なせない。

その瞬間、駆け巡る記憶の奔流。

思い出す。自分が未だ、一介の魔人族に過ぎなかった頃、どうして大迷宮に挑もうとしたのか。

(……私はただ、同胞達が何に脅かされることもない、安心できる国にしたかっただけだ。その為に力を求めたはずだった。何よりも同胞達が大切だった。その為なら何だって出来ると思っていた。だというのに……“神の意志なら仕方がない”、か……)

白神竜が押されてくる。

逃げようとしない主に、非難するような眼差しを向ける。

だが、そんな白神竜に対し、フリードはスっと首を振ると、困ったような笑みを浮かべた。

死に物狂いで大迷宮に挑み、実際、何度も死にかけながら手に入れた変成魔法で、最初に従えた竜種の魔物。それからずっと相棒だった。

確かに死んだはずなのに、自分の危機に理を超えて駆けつけた。そこに、確かな絆を感じる。その大切なものさえ、いつの間にか自分は忘れていたというのに。相棒は、死してなお忘れはしなかったのだ。

フリードの身はボロボロで、既に十全に動くことはできない。

ならば、

 

「……すまん。共に逝ってくれ。相棒」

 

――クルァ

 

それはまるで「仕方ないなぁ」とでも言っているようで。

次の瞬間、最速の閃光が放つ拳が白神竜の右横を通り過ぎ、フリードの首かわ一枚逸れた場所に突き穿った。

瞬間、大地に激震が走る。本来ならば大地は砕け、瓦礫が飛び散り、その散弾により身体を撃ち抜かれるはずなのだが、大地には強大な大きさを誇るクレーターができ、海の水が流れ込み始めるほど深かった。

 

「………………ぇあ?」

 

生きてる。

それを認識するのにしばらく時間がかかった。

 

「ッ!?ウラノス!!!!!!!!」

 

生を認識したらすぐさま相棒を気にかけた。だが、相棒は事切れる命、風前の灯だ。

 

──クルルルルッ

 

命途絶える前に訴えかけている。それは、主が生きているからこその安心であった。

 

「ったく、死の目前でンな顔してんじゃねぇよ……フリード。殺るに殺れねぇじゃねぇか。」

「貴様は………………ッ!?」

 

フリードは声のかかった方へ向いて今世最大の驚愕をした。

目の前の、ウラノスの極光ブレスですら一切の傷を負わず無傷であったアキレウスが右腕が折れて全身が血塗れだったのだ。

 

「……流石に傷を負っちまったか。大地壊す一撃を俺の肉体側に逃したらそりゃあこうなるわな。」

 

そう、彼が血塗れだったのは、本来なら大地を穿ち、瓦礫を散弾のように撒き散らすはずだったその質量を己に留めたが故に血塗れだったのだ。

 

「……何故、殺らなかった?」

「あん?その前にこれでもぶっかけな。」

 

フリードの質問に答える前にアキレウスは野球ボール位の丸いフラスコ(・・・・)を取り出して、その中身をウラノスに満遍なくかけていくアキレウス。

一体何を……、フリードがそう言い出す前に変化が起きた。

ウラノスの身体が急速に生えたのだ。再生したと言ってもいい。

再生仕切ったらウラノスは急に動き出して、フリードを咥えてアキレウスから距離を取った。

 

「…………もう一度聞く、何故殺らなかった?ウラノスを甦らせた?貴様になんのメリットがある?」

「んなもんねぇよ。」

「……は?」

「強いて言えば、てめぇが自分の意思を取り戻したからか。てめぇは何の為に力を求め、手に入れ、挙句にその竜を使役した?俺がてめぇと初対面した時に俺はその竜が可愛そうだと思ったさ。その竜は主たるてめぇに尽くしているのにてめぇはただ人形のように言いなりになって動くだけ。そんな人形に何故尽くすのか疑問だったさ。だが、今のお前を見れば何となくわかる。てめぇは魔人族の絶滅を危惧し、同族を守りたかったんだろう。だからその力を手に入れ、その心意気に竜は魅入られ尽くそうとした。そんな所だろう。」

 

見透かされていた。フリードはただそう思った。さらにアキレウスに言われて驚いた。

 

「だが、イレギュラー……南雲ハジメが現れ、ハジメの牙が魔人族に向けられることを恐れた。その恐れから排除しようとした。今までの人族と魔人族の溝からそう思ったんだろう。そして、手を出してしまった。その結果がハイリヒ王国王都襲撃時による天鎚での魔人族の大量消失。それが憎悪となり、益々ハジメに手を出そうと画策する。見事に悪循環に入りだしてるな。そこに、エヒトからの甘い声だ。いいように乗せられたな。」

「……そんな…………じゃあ……」

「てめぇはてめぇ自身でてめぇの首を締めてたっつぅ訳だ。この【神域】に来るんじゃなくて【シュネー雪原】に行きゃあ良かったな。童心に帰れたのによ。あそこの試練は本心をさらけ出し、童心を取り戻すにはうってつけだからな。」

 

この台詞に何故か浄化?みたいな何かを感じるフリード。童心……魔人族の存続がたった一つの出来事で狂い、忘れてしまうとは……自嘲する様に笑い、目の前で自壊して傷ついた英雄を見やる。

 

「俺はどっちかと言うと甘いからなぁ。先生にゃ注意されて治したと思ったんだが…………まだまだだなぁ。」

「もう1つ聞きたい。……あの時、ウラノスの極光ブレスを真正面から受けたのに何故無傷だったのだ?」

「あん?そりゃあ俺は不死だからだよ。テティスに三途の川に頭から浸かされてよ。テティスが掴んでた左踵以外は不死なのさ。それに、この踵は矢以外では傷付けれねぇ。てめぇが矢を用いてない時点で負けは確定してたのさ。」

「…………不死、か。ん?不死だと!?」

「あぁ。あ、因みにあそこで俺らを見てる奴もだからな?」

「は?…………気のせいか?ノイント共が膝抱えて座ってるんだが…………」

「彼奴は1種の兵器みたいなもんだからな。今俺らが立ってる大地も熱いだろ?彼奴の一撃でこの大地もこんなもんさ。逆によく地球は耐えたと言えるか。」

「…………は、はは、勝てん。…………俺は敵運に恵まれてないな。はぁ………………貴様はこれからどうするのだ?」

 

英雄からの軽い言葉が異様さを誇るため、若干壊れたフリード。だが、すぐに立ち直り真面目な顔をする。英雄はウラノスにかけたものを飲みながらも話を聞く体制に入っていた。

 

「…………俺はこの空間にいる魔人族達を迎えに行く。恐らく強いられた暮らししか出来ぬだろう。だが、俺とウラノスは諦めない。必ず魔人族の安定を手に入れる。」

「そうかい。頑張りな。俺は今からこの空間を壊す作業に入る。壊されるまでには逃げとけよ?どうなるか知らんからな。」

「そうか…………さらばだ。行くぞ、ウラノス!!!!」

ガアァァァァアッ!!!!

 

フリードは復活したウラノスに跨り、一直線にどこかへ言ってしまった。それを見届けたアキレウスは一瞬でカルナの元に立ち、そして一言。

 

「これより、神と人を頒つ儀にはいる。結構時間を喰うから抱えててくれねぇか?」

「あいわかった。彼女らが抱えてくれるから問題は無い。“羅針盤”を出してくれ。南雲ハジメ達の元に向かう。」

 

それにカルナは呼応し、彼女らに囁かな復讐する機会を与えるというおちゃめなことをしつつ、先陣を切り、彼を追うようにノイント達がついて行く。

ノイント達に抱えられたアキレウスはこちょこちょされても微動だにしなかったとか。

オベリクスが反応せず、閉じ込められた状況だが、ノイント達の移動術のおかげで難なく移動した。

直後にハイリヒ王国近郊の草原地帯が映っている空間の揺らぎがあり、その向こう側(・・・・)から一本の矢が波紋を広げながら空間そのものに突き立っている光景が飛び込んできた。

その矢を中心に、ぐにゃりと空間が歪み、人一人分程度の穴が出来た。

そして、そこを通って入って来たのは……

 

「やほ~! みぃんな大好き、世界のアイドル、ミレディ・ライセって、誰もいねぇし!?え、さっきまで此処に二人いたはずだよね!?」

 

彼女は英雄(バグキャラ)達のことを知らされていないのだった。

 

 

燦嘹朱爀side out

 

────────────────────────

 

南雲ハジメside

 

 

白金の光が降り注いだ。

煌く光の柱は虚空からスっと地面――白亜の円柱へと伸びる。そして、人が七、八人は余裕で乗れるであろう巨大な円柱の天辺に触れると、次の瞬間にはふっと消えてしまった。

光が消えた後には片膝立ちになった人影達がいた。言わずもがな、ハジメ達だ。

ハジメは、剣呑に細めた眼差しを周囲に巡らせる。

そこは、【神域】に入って最初に辿り着いた極彩色の空間のように、ハジメのいる円柱を起点にして真っ直ぐと白亜の通路が奥へと伸びている場所だった。但し、周囲は極彩色に彩られているわけではなく、深淵のような闇に閉ざされている。

通路が純白なだけに一直線に伸びる道がやけに映える。その白亜の道の先は上へ繋がる階段になっていた。

「んで、なんでお前らも飛ばされたんだ?正直邪魔なんだが?」

「「「「うっ」」」」

(鉱物じゃないんだな……)

 

ハジメは、足元を見ながらついてくることとなった4人に聴きながら内心では別のことをポツリと呟く。

4人は既にボロボロなので、正直、何もでけないのでは?と思いながら、錬成の派生“鉱物系鑑定”を使って白亜の通路を調べるが何の反応も得られなかった。

周囲の闇も感知系能力を走らせるが反応はない。

 

(まぁ、道は一本だ。今更、未知やら罠やらに思考を割いても意味はないな)

「…………確かにもうへとへとで戦えないわね。でも、これだけはしといた方がいいかしら?」

 

雫の意味ありげな台詞に、ん?と感じるハジメ。雫、龍太郎、鈴、光輝が4つの指輪を渡してきた。

 

「この指輪が何か貴方には分かるわよね?この指輪……朱爀君が用意したそうよ。なんでもトータス外の物質ならエヒトは壊せないなら異世界のものならいいってことだよな?ってね。この指輪の中には幾つか神殺しが入っているそうだから使ってだって。私たちの分もガツンとしてやってね。」

 

雫、龍太郎、鈴は全てを託す!と目で語り、光輝は申し訳なさそう、気まずそうにチラチラとハジメを見る。

 

「…………手数が増えるなら越したことはないな。……行くぞ、シア、ティオ!」

「はい!」

「分かった。お主らもここにおれば良い。あ、でも人質にされたら妾が焼き殺すのでな。ご主人様を煩わせるわけにはいかん。」

「……気をつけるわ」

 

雫達4人を置いて静か過ぎるほど静かな空間を、ハジメとシア、ティオは泰然と歩き出した。

元から足音を消すくらい問題のないことだが、今は意識して消してはいない。にもかかわらず、ハジメ達の足音はおろか、衣擦れの音や呼吸音も全く聞こえない。まるで、周囲の闇に根こそぎ吸い込まれてしまっているかのようだ。

そんな音の無い世界を、ハジメは真っ直ぐ前を見つめたまま進んでいく。シアとティオはついて行く。

その先で待っているであろう最愛を想いながら。瞳は、敵への憤怒と最愛への切なさが混じり合って、それこそ周囲の闇の如く深淵を湛えている。

ハジメの足が階段に差し掛かった。下から見上げる階段の上は淡い光で包まれている。ハジメ達は、そのまま躊躇うことなく光の中へ身を投じた。

白に染まる視界。

そこを抜けた先は、どこまでも白かった。上も下も、周囲の全ても、見渡す限りただひたすら白い空間で距離感がまるで掴めない。地面を踏む感触は確かに返ってくるのに、視線を向ければそこに地面があると認識することが困難になる。ともすれば、そのままどこまでも落ちていってしまいそうだ。

 

「ようこそ、我が領域、その最奥へ。埃も混じったようだが少々構わん。」

 

周囲に視線を巡らせていたハジメ達に声がかかった。

可憐で透き通るような声音。川のせせらぎのように耳に心地よい聴き慣れた最愛の声。

だが、今は少し濁っているように感じる。声音に含まれる意思が性根から腐っているからだろう、と思い、ハジメは僅かに眉をひそめた。

同時に、ふっと背後で輝いていた淡い光のベールが消える。そうすれば、黒を基調とした衣服を纏ったハジメの存在は、まるで真っ白なキャンパスにポタリと垂れたインクのようだった。

そのハジメの視線の先が不意にゆらりと揺らぐ。

舞台の幕が上がるように、揺らぐ空間が晴れた先には十メートル近い高さの雛壇。そして、その天辺に備え付けられた玉座には妙齢の美女が座っていた。

波打ち煌く金糸の髪、白く滑らかな剥き出しの肩、大きく開いた胸元から覗く豊かな双丘、スリットから伸びるスラリとした美しい脚線。全体的に細身なのに、妙に肉感的にも見える。足を組み、玉座に頬杖をついて薄らと笑みを浮かべる姿は、“妖艶”という言葉を体現しているかのようだ。

並みの男なら、否、性別の区別なく全ての人間が、流し目の一つでも送られただけで理性を飛ばすか、あるいは信仰にも似た絶大な感情と共に平伏するに違いない。そう無条件に思わせるほど、圧倒的な美がそこにはあった。

だが、ハジメは無表情のまま、真っ直ぐにその美女――何故か、成長した姿のユエを見つめるだけで特に感情を波立たせた様子は見られなかった。

それは、見た目の美しさに反して、その眼や口元に浮かぶ笑みに内面をあらわすかのような“嫌らしさ”“醜さ”を感じさせられたからだろう。

それが分かっているのか、いないのか……ユエ改め、その体を乗っ取ったエヒトルジュエはニヤニヤと嗤いながら、再度、口を開いた。

 

「どうかね?この肉体を掌握したついでに少々成長させてみたのだ。中々のものだと自負しているのだが? うん?」

 

明らかに楽しんでいると分かる口調でそんなことを言うエヒトルジュエに、ハジメはわざとらしく溜息を吐きつつ軽く肩を竦めた。

 

「完璧だとも。内面の薄汚さが滲み出ていなければな。減点百だ。中身がお前というだけで全てが台無しだよ。醜いったらありゃしない。気が付いていないなら鏡を貸してやろうか?」

「ふふふ、減らず口を。だが、我には分かるぞ?お前の内面が見た目ほど穏やかでないことを。最愛の恋人を好き勝手に弄られて腸が煮え繰り返っているのだろう?」

「当然だろ。なにを賢しらに語ってんだ?忠告してやるよ。お前は余り口を開かない方がいい。話せば話すほど程度の低さが露呈するからな」

 

冴え渡る毒舌。この間、ハジメはずっと無表情のままである。何時もポジティブなシアや変態が先に出るティオでさえ、無表情。

その淡々とした語りが嫌味などではなく本心から語っているのだと雄弁に物語っており、エヒトルジュエの目元がピクリと反応した。

そして、誰が見ても仮面だと分かる笑顔を貼り付けたままスっと口を開いた。

 

「エヒトルジュエの名において命ずる――“平伏せ”」

 

極自然に放たれたのは【神言】――問答無用で相手を従わせる神意の発現。かつて、ハジメをして死に物狂いで足掻かせたその“反則”に対し、ハジメはゆらりと揺れて……

 

ドパンッ!!

 

「――ッ」

 

銃撃をもって応えた。

銃弾は、エヒトルジュエの眼前で障壁に阻まれ、空間に波紋を広げている。

 

「……【神言】が僅かにも影響しない?」

「俺の前で何度それを使ったと思ってる。ちゃちな手品なんざ何度も効くかよ」

「……」

ドンナーの銃口を真っ直ぐに向けて来るハジメに、エヒトルジュエの眼が細められる。だが、決して余裕を崩さないまま、頬杖をつく手とは反対の手を誘うように差し出した。

途端、ハジメの持つドンナー&シュラークや“宝物庫Ⅱ”など、アーティファクトの周囲の空間がぐにゃりと歪む。が、直ぐにパシッと何かに弾かれるような音と共に正常な状態へと戻ってしまった。

 

「……なるほど。対策はしてきたというわけか」

「むしろ、していないと思う方がどうかしている」

「調子に乗っているな、イレギュラーの少年。【神言】や【天在】を防いだだけで、随分と不遜を見せる」

「お前からどう見えるかなんてどうでもいい。クソ野郎。あの時の言葉、もう一度言ってやる」

「……」

 

ハジメは、チャキッとドンナーの照準をエヒトルジュエの心臓に合わせながら、朗々と宣言した。

 

「――ユエは取り戻す。お前は殺す。それで終わりだ」

 

白の空間は音を吸収しない。むしろ、凛と言霊を響かせた。

言葉の弾丸を放たれたエヒトルジュエは、その決意を踏み躙るのが楽しみだと表情を邪悪に歪めながら、組んでいた足を解き、頬杖を外して、おもむろに立ち上がった。そして、玉座を背に上段から睥睨しながら莫大なプレッシャーを放ち始める。白金の魔力が白い空間を塗り潰していく。

 

「よかろう。この世界の最後の余興だ。少し、遊んでやろうではないか」

 

エヒトルジュエの体がふわりと浮き上がった。両手を軽く広げながら豊かな金髪を波打たせて、黒いドレスの裾をなびかせる。

同時に、エヒトルジュエを中心に吹き荒れていた白金の魔力光が急激に集束し、その背後で形を作っていく。

燦然と輝きながらエヒトルジュエの背後に現れたのは三重の輪後光。その大きさは、浮き上がったエヒトルジュエを中心に一重目が半径二メートル程で、三重目は半径十メートル以上ある。

その輪後光から、無数の煌めく光球がゆらりと生み出されていく。その数は、まさに星の数と表現すべきか。だが、その壮麗さに反して放たれるプレッシャーは尋常ではない。一つ一つが、容易く人を滅し、地形すら変えかねない威力を秘めているのが分かる。

巨大な輪後光を背負い、数多の星を侍らせ、白金の光を纏うエヒトルジュエの姿は、なるほど、その内面の醜さを知らなければ確かに“神”と称するに相応しい神々しさを放っていた。

対するハジメは、

 

「出し惜しみは無しだ。――全力でいく」

 

鮮麗な紅の光を噴き上げた。荒々しく螺旋を描く魔力の狂飆はハジメの黒いコートをはためかせ、その体を紅色で包んでいく。そのエヒトルジュエの威光を前にしても僅かにも怯んだ様子のない隻眼は、いつしかレッドスピネルの如く澄んだ紅色で輝いていた。

限界突破の終の派生“覇潰”だ。この瞬間、ハジメのスペックは一気に五倍に膨れ上がった。そこに、天歩の終の派生“瞬光”が発動され知覚能力がケタを超えて強化される。

 

「やぁ!ですぅ!」

 

ハジメの宣言と共にバグうさぎが新型ドリュッケンでエヒトに殴りかかった。ティオはブレスのスタンバイに入った。

その間に宙に飛び上がったハジメは背後に無数の十字架が並び立てた。闇色と称すべき黒き機体に、紅の紋様が刻まれた十字架は、その総数、実に七百七機。

――新型多角攻撃機 クロス・ヴェルト

従来のクロスビットよりも二回りはコンパクトでありながら、纏う紅の光は背筋に滑り落ちる氷塊を感じさせるほど禍々しい。その光景は、さながら魔王が屠ってきた敵共の墓標というべきか。

お前も、この葬列に加わるのだと、無言でそう主張しているかのような今のハジメは、静かでありながら、かつてない憤怒と殺意を発し、まさに神殺しをなさんとする者として相応しい威を放っていた。

 

ガコンッ!!!!

 

ハジメのレールガンよろしく謎の壁に拒まれ距離をとるシア。無論、ブレスを発射したティオの攻撃も弾かれた。

絢爛豪華な白金の輪後光と数多の煌めく星。

暴力的で荒々しい紅の暴風と闇色の十字葬列。

それらが互いを呑み込まんと、空間を軋ませながらせめぎ合う。

エヒトルジュエが、指先まで計算され尽くしたような優雅さで片腕を突き出した。

 

「さぁ、遊戯の始まりだ。まずは――踊りたまえ!」

 

直後、数多の光星がハジメ目掛けて殺到した。それどころか、背後の輪後光からおびただしい数の白金の光が、まるで幾何学模様でも描いているかのように飛び出してくる。ある種の芸術性すら感じさせる光の流星群。球体状のものもあれば、刃のように曲線を描くものや、ブーメランのように回転しながら迫ってくるものもある。

 

「てめぇが誘うダンスなんざ、お断りだ。――フルバースト!」

 

ハジメがエヒトの誘いを鼻で笑い、号令を一言。

次の瞬間、一斉に十字架の切っ先を前方へと向けたクロス・ヴェルト七百七機が、一斉に砲火を上げた。その全てが電磁加速され、更に弾頭自体も全てが一点集中で多段衝撃波を放つ特殊弾――バースト・ブレットだ。

白金の流星群と、紅の弾丸が空間を埋め尽くす。その光景はまるで、中世の戦争において、両軍が雄叫びを上げながら激突せんとしているかのよう。死神よりも凶悪なそれらの両軍は、それぞれの指揮官のちょうど中央にて互いに破壊を叩きつけ合った。轟音と、凄絶な衝撃と、恒星が生まれたのかと錯覚するような閃光が迸る。

数多の流星が弾け飛び、紅を纏う弾丸が消滅していく。流星と弾幕は、その破壊力において拮抗しているようだ。

 

「ほぅ、これを凌ぐか。では次の一手といこうか。簡単に死んでくれるなよ?」

 

愉悦をあらわにした笑みを浮かべ、エヒトルジュエが優雅に腕をひと振りする。すると、背後の輪後光が燦然と輝きを強め、その直後、ズズズと人型の光が現れた。光そのもので構成された人のシルエットは、その手に二振りの光で出来た大剣を携えていることもあって使徒を彷彿とさせる。

 

「能力は使徒と同程度だ。しかし、この後光が照らす攻勢の中、果たして自立行動で襲いかかる光の使徒まで、対応できるかな?」

 

そんなことを言っている間にも、光の使徒はおびただしい数が生み出されていく。既にエヒトルジュエを中心に、輪後光を背にして並ぶ光の使徒の数は軽く百を超えるだろう。

だが、そんな絶望的とも言える光景を前にして、ハジメは「ふん」と鼻で嗤うのみ。そして、口にする。自軍召喚の言霊を。

 

「物量戦は錬成師の領分。使い古された木偶人形なんざ、今更だろう? ――来い、“グリムリーパー”」

 

“宝物庫Ⅱ”から紅い魔力が溢れ出る。強烈な閃光と共に膨れ上がった魔力は、まるで爆発四散するかのように飛び散り、一時的とはいえ白金に満ちる空間を紅で染め上げた。そうして、一泊後、閃光が収まった後には、

 

「これは……ゴーレムの軍団、か?」

 

呟きを漏らしたエヒトルジュエの視線の先には、紅い光を纏う数多の魔物の群れがいた。ただし、その体は鋼鉄よりも頑丈そうな鉱石で構成され、鋭い牙の奥には銃口が、背や腹には開閉する扉とミサイルが、爪は触れるだけで全てを切り裂きそうな超振動を起こしているという、異様さで溢れていたが。

――ハジメ専用一人軍隊ワンマン・アーミー グリムリーパーズ

大狼型、大鷲型、蟷螂型、大亀型、大猿型とバリエーション豊かな、生体ゴーレムの軍団。その数は百を優に超え、しかも体内にはハイブリッド兵器を満載している。痛みを知らず、疲れも知らない、魔王の殺戮軍団。

口元を釣り上げたエヒトルジュエと、絶対零度の目を細めたハジメは、同時に命を響かせた。

 

「光の使徒よ、不格好な魔物もどきを駆逐せよ!」

「死神共、木偶人形を喰い殺せ」

 

直後、光の使徒が光芒を弾きながら飛び出し、金属の魔物が咆哮を上げながら突進した。残像を引き連れながら高速移動する光の使徒に、波紋を広げながら空中を疾駆する機械の大狼は、驚いたことに同じく残像を引きながら速度で追従する。そして、背中から小型のガトリングレールガンを展開し、ガパリと開いた口元からは砲撃をぶっぱなした。

スラスターを吹かせて一気に上昇した大鷲は、遥か上空からクラスター爆弾を豪雨の如くバラ撒き戦場を蹂躙する。大亀は背中から大量のミサイルを放ち、固定砲台と化している大亀を狙って接敵してきた光の使徒を、大猿が壁のような大盾を以て防ぎ、隙を突いてソニックヴェーブを発生させる蟷螂が使徒の核を切り裂いていく。

当然、光の使徒にやられるグリムリーパーもいるにはいたが、致命を受ける度に周囲を巻き込んで自爆するので、最低でも必ず相打ちには持ち込んでいた。

 

「我が魔法に、物量で拮抗するとは……とても人間とは思えんな。しかし、逆に言えば、イレギュラーの本領とやらは、我と拮抗する程度が関の山だったということでもあ――」

「おしゃべりな、駄神だ」

 

揶揄するように言葉を放つエヒトルジュエを遮って、ハジメが、ドンナー&シュラークを抜き撃ちする。銃声は二発分。空を切り裂く閃光の数は六条。

それが、凄まじい激突を見せる破壊の嵐の中を、まるで泳ぐように潜り抜けて、術者たるエヒトルジュエを狙い撃ちにする。

ギィイイイイッ

そんな硬質な音を立ててエヒトルジュエの眼前で弾丸が塞き止められた。止められた弾丸の位置は、頭、心臓、四肢の六箇所。針の穴を通すような射撃でありながら、一発たりとてミリ単位のずれすらない。衝撃と弾幕が溢れる中で寸分の狂いもなく放たれた絶技だ。

 

「あ、あのぅ……私達、役目あるんでしょうかティオさん?」

「うぅむ、無いのではなかろうか?まぁ、出来ることは成そうぞ。」

「はいですぅ!」

 

ハジメと共にエヒトを倒すには力不足だと認識した2人はゴーレムと共に光の使徒達の相手をすることにした。

一撃目の弾丸が、刹那の内に連続した衝撃をピンポイントで放った。バースト・ブレットだ。

指向性を持たされた衝撃は、エヒトルジュエの障壁にただの一発で致命的な亀裂を入れた。そして、その真後ろに同軌道で放たれていた二発のバースト・ブレットが一発目を杭打ちするように押し込み、一気に障壁を粉砕する。

パァアアアンッと粉砕音が響くよりも速く六箇所同時攻撃の魔弾がエヒトルジュエを穿たんと迫る。

それにスっと手をかざすエヒトルジュエ。そんなことをしても、電磁加速された弾丸が止められるはずもない。あっさりそのたおやかな掌を食い破り、その奥にある心臓を穿つことは明白だ、と思われたが……

 

「我が障壁を破るとは。しかも、自動再生があるとはいえ恋人の心臓を躊躇いなく狙うその性根……楽しませくれるな、イレギュラー」

 

そんなことを言いながら唇の端を釣り上げるエヒトルジュエの掌や胸は、何のダメージも受けていないようだった。

その原因はかざした掌の先、そこに発生している小さな渦巻く黒い球体だろう。おそらく、重力魔法の“絶禍”だ。弾丸を呑み込み、そのまま超重力で圧壊させてしまったのだ。

それほどまでに微細な制御をすることも、電磁加速された弾丸をしっかり知覚して受け止める反応速度も、やはり尋常ではない。自動再生に頼らないのは遊戯のつもりか、あるいは触れることを不遜と取る神の矜持か。

この数瞬の攻防の間にハジメの方でも、クロス・ヴェルトの弾幕をくぐり抜けた流星群が到達した。拳大の光星がハジメに殺到する。

視界を埋め尽くす光の群れを前に、しかし、ハジメの表情には何の焦りもない。

 

「――ふぅ」

 

短く吐き出された呼気。

次の瞬間、光弾の群れがハジメの体を通過した。僅かにジジジッと奇妙な音を響かせながら、まるで幻影のハジメを攻撃しているかのように致死の弾丸は意味を成さずハジメの背後へと抜けていってしまう。

 

「ほぅ、見事だ」

 

エヒトルジュエが思わずといった様子で称賛の言葉を漏らす。

敵をして思わず感嘆させるすり抜けの原因。それは、どうということもない。単に、高速かつ必要最小限で避けている、それだけだ。ジジジッという音は、光弾がハジメの衣服に掠っている音。それほどまでにギリギリ、ミリ単位の見切りで回避しているのである。

常人であれば動いていないように見えただろうが、エヒトルジュエの知覚上ではハジメの体がまるで分身でもしているかのように何重にもブレては元の位置に戻るという光景が映っていた。

 

「では、これはどうだ?」

 

エヒトルジュエがゆるりと手を払う。

途端、輪後光から蛇のようにうねりながら不規則な動きで伸びる光が幾本も放たれた。それだけでなく、直径二メートルはありそうな巨大な光弾がまるでシャボン玉の如く大量に吹き出されハジメへと迫っていく。

 

「チッ」

 

舌打ち一つ。

ハジメは“縮地”と“空力”を使いながらその場を飛び退く。光鞭が一瞬前までハジメがいた場所をしたたかに打ち据え、バブル光が空間そのものを隙間なく埋め尽くして弾け飛んだ。

クロス・ヴェルトを縦横無尽に飛ばし、グリムリーパーに命じてあらゆる角度からエヒトルジュエを狙い撃ちする。しかし、エヒトルジュエが腕をひと振りするだけで、接近した機体は全て粉砕されてしまった。

 

「……」

 

ハジメはその光景にスッと目を細めつつ、“宝物庫Ⅱ”を輝かせた。

直後、その手に握られる巨大な兵器。一見すれば、六つの回転砲身を持つガトリングレールガン“メツェライ”だ。しかし、その大きさが全く異なる。二回り以上は巨大化しているのだ。しかも、よく見れば、六つの砲身の全てが、それぞれ六つの砲身そのものとなっている。

――超大型電磁加速式ガトリング砲 メツェライ・デザストル

従来のメツェライの砲身そのものを一つの砲身と見立てた六×六回転砲身を持つガトリング砲。毎分七万二千発という怪物という評価を通り越して、発想が馬鹿とさえ言えてしまいそうなとんでも兵器だ。

ハジメが、そんなとんでも兵器の引き金を引いた。

 

ヴォッッ!!

 

と、そんな空気そのものが破裂するような異音を響かせ、一瞬で薬莢のスコールを発生させたメツェライ・デザストルは、射線上の一切――流星群も、バブル光も、光の使徒すらも一寸でボロクズのように粉砕してエヒトルジュエへと迫った。

それはもはや、紅い光の濁流だ。進路上の全てを呑み込む自然災害と同義の破壊の嵐。

 

「凄まじいものだ。だが、当たらなければ意味はあるまい? ――“白き終末の大渦”」

 

水平に伸ばしたエヒトルジュエの両手の先で、まるで白金の光が渦巻いた。煌きながら渦巻くそれは、まるで銀河が生まれたかのよう。

直後、並の障害などものともせず突破するであろう紅い魔弾の濁流は、まるで一刀両断にでもされたかのように、エヒトルジュエの眼前で真っ二つに分たれ、両サイドの銀河へと呑み込まれてしまった。当然、魔弾はただの一発足りとて、エヒトルジュエには届いていない。

 

「……これでも届かない、か。ったく」

 

思わず悪態を吐くハジメに、背後から流星群が殺到した。転移でもさせたのか、いつの間にか背後に回っていた数多の光星がハジメを呑み込まんと迫る。

それらを時に残像すら残さず、時に木の葉のようにゆらりゆらりと揺れながらかわし、ドンナーとメツェライ・デザストル、それにクロス・ヴェルトを駆使して流星群の隙を見つけてはエヒトルジュエに紅き閃光を伸ばすハジメ。光の使徒と激戦を繰り広げる機械式の魔物達も、隙あらばエヒトへ攻撃の手を伸ばしている。

白い空間は美しく乱舞する白金の光と、その間を縫うように駆け巡る紅い閃光で傍から見れば心奪われずにはいられない絶佳というべき様相を見せていた。

そんな中、攻防の手を全く緩めることなく、そしてハジメの銃撃やグリムリーパー達の攻撃を捌きながら、エヒトルジュエは余裕の笑みを浮かべてハジメに話しかけた。

 

「そう言えばイレギュラーよ。アルヴヘイトをどのようにして仕留めたのだ?あれも一応は、神性を持つ我が眷属だ。いくらお前と言えど、そう簡単に討たれるとは思えないのだがな」

 

大きく迂回しながら四方よりハジメを狙う回転光星を、独楽のように回りながらドンナーで迎撃しつつハジメは鼻で嗤いながら返答した。

 

「ハッ、あの俗物が神?笑わせるなよ。無様に命乞いしながらあっさり死んだぞ。あれなら迷宮の魔物の方がまだ根性がある。それに、神の子からその神性とやらが一切なかったと言ってたしな。」

「ほぅ、あっさりとなぁ……デマだろう。」

 

バブル光が空間を埋め尽くす。ハジメはメツェライ・デザストルを仕舞うと、代わりに“アグニ・オルカン”を取り出し前方目掛けてミサイルの群れを発射した。

凄まじい轟音と爆炎が上がりバブル光の檻に穴が出来る。

そこを瞬時に駆け抜けてアグニ・オルカンの照準をエヒトルジュエに合わせて引き金を引く。

が、その瞬間、エヒトルジュエがパチンッと指を鳴らした。同時に何もない虚空から突如、雷が降り注いだ。極限まで集束・圧縮されたそれは、もはや雷で出来た槍だ。名付けるなら、神の放つ雷の槍――“雷神槍”といったところか。

 

「っ」

 

感知系能力に反応する暇もなく、僅か数メートルの死角から雷速で飛来したスパークする白金の槍はあっさりとアグニ・オルカンを貫いた。それだけでフレームが変形し、更に内部のミサイルに詰められた燃焼粉に引火して大爆発を起こす。

咄嗟にアグニ・オルカンを投げ捨ててその場を離脱したものの、一発でも絶大な威力を誇るミサイルが至近距離で何発も爆発した挙句、雷神槍もまた圧縮した雷を四方に撒き散らしながら破裂したこともあって、ハジメはダメージを負うことを避けられなかった。“金剛”や見かけ以上に頑丈な金属糸と魔物の革で作られた衣服を貫いたことから、その威力の高さが分かるだろう。

 

「ぐぅ……(即時発動、ランダム座標からの雷速攻撃……やっぱ、まだまだ手札を持っているか)」

 

思わず呻き声を上げつつ、内心で呟くハジメを尻目に、エヒトは何事もなかったように話を続ける。

 

「隠すことはない。分かっているぞ。概念魔法を発動したのだろう?お前にとってあの時は極限と言える状況だった。まさか、アルヴヘイトを打倒し得るほどに強力な概念を生み出すなど、我にとっても予想外ではあったが……」

「……」

 

アグニ・オルカンを失ったハジメは、一瞬、何かを考えるような様子を見せると、周囲に炸裂手榴弾をばら撒いてバブル光を弾き飛ばしながら再びメツェライ・デザストルを取り出した。そうしてエヒトを牽制しながら、クロス・ヴェルトを操り、その内の一機をエヒトルジュエの頭上に位置させた。

 

「大方、“神殺し”の概念でも作り出したのだろう?そして、その切り札を懐に忍ばせて、これならばと希望を抱きながらここまで来た。ふふふ、可愛いものだ」

 

エヒトルジュエは頭上のクロス・ヴェルトに視線すら向けず、それどころか口を閉じることもなく手を頭上で薙いだ。

それだけで、発砲寸前だったクロス・ヴェルトが不可視の刃に寸断されて爆発する。内蔵された弾丸が破片手榴弾のように周囲を殺傷しようと飛び散るが、それすらエヒトルジュエの手前の空間で弾かれて届かない。

その様子を見て、しかし、ハジメは舌打ちするでもなく、愉悦に浸りながら語るエヒトの様子に注視し、スッと目を細めた。そんなハジメを気にするでもないエヒトは、更に滑らかに舌を滑らせる。

 

「それを使えば、我と吸血姫の魂を切り離すことが出来ると、我だけを殺せると、そう思っているのだろう?」

「……バレバレか。まぁ、誤魔化す気もない。俺の切り札(・・・)は強烈だぞ? その余裕の表情を直ぐに恐怖と後悔に歪めてやる」

「ふはっ、未だこの女の魂が無事でいると信じているのだな。ありもしない幻想に縋りついて吠えるその姿、真、滑稽の極みだ」

 

そう言って、再び鳴らされるフィンガースナップ。

直後、ハジメがガクンッとつんのめるように動きを止める。

 

「――ッ」

 

原因は明白。ハジメの持つメツェライ・デザストルが歪む空間に捉えられていたのだ。その空間の歪みは、ギュッと押し固められたように形を取り正方形のブロックとなった。その中央にメツェライが固定される。

ほぼ同時に、再び何の前触れもなく虚空から雷の槍が飛来した。

 

「くそっ」

 

思わず悪態を吐きながら、ハジメはメツェライ・デザストルを“宝物庫Ⅱ”に格納することで逃れようとする。しかし、それを見越していたかのように、エヒトルジュエから「――“捕える悪夢の顕現”」と呟きが響いた。

ハジメの首が飛ぶ。四肢がもぎ取られ、心臓を穿たれる。

 

「カァッ!!」

 

裂帛の気合が迸った。

発信源は死んだと思われたハジメから。先程の光景はエヒトルジュエが掛けた幻覚だ。下手をすれば、それだけで命を奪いかねないほどリアルな幻覚。それを体内の魔力を爆発させる勢いで活性化させ吹き飛ばした。

だが、一瞬、意識を奪われたことに変わりはない。その代償はメツェライ・デザストルだった。

雷神槍が突き刺さる。メツェライ・デザストルはアグニ・オルカンと同じ末路を辿ることになった。

――強い

ハジメは素直に、そう評する。

術の展開、発動規模、速度、威力、どれをとってもかつてのユエを軽く超えている。魔力が尽きる気配もない。輪後光から放たれるおびただしい数の流星は、ほぼ自動なのか制御に苦心する様子は欠片もなく、光の使徒も無尽蔵に生み出され、その合間に強力極まりない神代級の魔法を連発してくる。

ハジメでなければ瞬殺必至だ。

自慢のアーティファクトを二つも失ってしまったハジメを、更に追い詰めるようにエヒトルジュエは意気揚々と口を開いた。

 

「中々に、甘美な響きであった」

「あ?」

「吸血姫――ユエだったか。お前の女の悲鳴は、甘く蕩けるようであったぞ」

「……」

 

ストンとハジメの表情が抜け落ちる。

 

「肉体の主導権を奪われ、もはや魂魄だけとなった身でよく抗っていた。だが、抗えば抗うほど魂には激痛が走っていただろう。……クックックッ、我には見えていたぞ。身の内で必死に歯を食いしばって耐えている吸血姫の姿がな。それもやがて耐え切れなくなり、悲鳴を上げ出した。そして、己の魂が端から消えゆく様に恐怖し、震えながら……最後の言葉は、『……ハジメ、ごめんなさい』だったか。ふふふ」

「……」

「そうやって消えていったのだよ。恐怖と絶望を存分に味わいながらな。分かるかね? イレギュラー。お前の追って来た希望など、最初からありはしないのだよっ! ふはっ、ふはははははっ」

 

哄笑を上げるエヒトルジュエ。確かに、ハジメの魔眼にはユエの魂が映らず、白銀色の魂が溶け込むように根付いているのが見て取れた。それは、いかにも、エヒトルジュエの言葉が真実であると示しているかのようで……

ハジメは無言でいくつもの手榴弾を上空に投げた。それをドンナーで余さず撃ち抜く。その瞬間、手榴弾を中心に周囲の光星が纏めて地に落とされた。

使ったのは重力手榴弾――発動と同時に超重力地帯を作り出す特殊効果を持つ。その効果によって周囲の光弾が落とされたのだ。

ハジメの手にはシュラーゲン・AAが握られる。一瞬でチャージを完了した貫通特化の八十八ミリ狙撃砲アハト・アハトがその咆哮を上げた。

重力手榴弾により薄くなった弾幕地帯を無人の野を行くが如く、放たれた紅の閃光は真っ直ぐに突き進む。

エヒトルジュエは手をかざす。眼前に可視化した障壁が二重、三重と重ね掛けされる。

シュラーゲン・AAの牙は、一枚目の障壁を爆砕し、二枚目を一瞬の拮抗の後に食い破り、三枚目の障壁すらも砕いてエヒトを強襲した。が、三重の神性障壁は明らかに砲撃の威力を減衰させており、そうなれば、当然、エヒトの両側に控える白き大渦の影響を無視することなどできない。八十八ミリの砲弾は、虚しく軌道を捻じ曲げられ、圧壊の渦へと呑み込まれてしまった。

 

「我は神ぞ。自動再生がある限り貴様の攻撃など何の痛痒も感じはしないが……触れること自体が不遜と心得よ」

 

そして、そんなことを言いつつお返しだとでも言うようにニヤリと嗤いながら優雅な仕草で手を振るう。

 

「――ッ」

 

直後、ハジメの四方上下の空間そのものが弾けた。それにより生まれるのは絶大な衝撃。魔王城で放たれた“四方の震天”を更に強力かつ精密にした空間爆砕だ。更に、その後ろから、転移でもさせたのか、いつの間にか回り込んでいた圧倒的な物量の光星が迫って来ているのが分かる。

これまたノータイムかつ逃げ場のない圧倒的な攻撃に、ハジメは可変式大盾“アイディオン”を取り出した。瞬時にギミックが作動しハジメを覆う球状の盾が展開される。

轟音。

全方位から放たれた空間爆砕の衝撃は、一撃で“アイディオン”の一層目を木っ端微塵に吹き飛ばした。凄まじい衝撃が伝播してきて“アイディオン”を支えるハジメの左腕が悲鳴を上げる。

そこへ追撃の嵐。莫大な量の光星が、復元する間もなく次々と襲いかかった。光の嵐に呑み込まれた“アイディオン”は、まるで恒星のように輝く。

それでも、どうにか突破を許さない強固さは難攻不落の城塞と称するべきか。

だが、その防御力もエヒトルジュエにとっては面白い余興に過ぎないようで、おもむろに手を掲げるとその掌に蒼白い焔を生み出した。そして、そっと息を吹きかけるようにして送り出す。

スっと音もなく飛翔した蒼焔は、未だ集中砲火を受けている“アイディオン”に突撃し――そのまま防壁をあっさりと透過した。

直後、

 

「がぁああああああっ!?」

 

響き渡る絶叫。

“アイディオン”のギミックが解かれて、そこから蒼い焔に巻かれたハジメが飛び出して来た。

間髪入れず迫る転移してきた流星群を、グリムリーパー達が主の身代わりとなって防ぎ、鋼鉄の雨を降らせた。

シアとティオは自分達にも飛来してきたそれの対処でハジメに近づけず。

さらに、周囲に呼び寄せて結界を張ろうとしたクロス・ヴェルトも、数十機単位で雷神槍に貫かれて爆発四散する。そんな周囲の犠牲に歯噛みしつつ強引に包囲を突破して、苦痛に歪んだ表情のまま紅の魔力を収縮。次の瞬間には衝撃に変換して蒼焔と殺到する光星を辛うじて吹き飛ばす。

同時に、後に残された“アイディオン”が、鉄壁を崩して内への隙間を開いた為に内外から攻撃を受けて木っ端微塵に粉砕されてしまった。

 

「はっははははっ、先程までの大言はどうしたのだ?随分と見窄らしい姿になっているではないか」

「ハジメさん!?」

「ご主人様!?」

 

エヒトルジュエが可笑しそうに嗤う。シアとティオには数発だが、ハジメは数百を越える。故に……エヒトの視線の先には、あちこちに火傷を負い服の一部も焼損させて荒い息を吐くハジメの姿があった。

魔力も蒼炎と光星の吹き飛ばすのに相当量を衝撃に変換したようで、かなり目減りしている。“全属性耐性”や“金剛”の護りを気休め程度にしてしまう威力には戦慄せざるを得ない。

 

「はぁはぁ、今のは……ユエの……」

「いや、我のだよ。吸血姫も使えたようだが、元々、我が使っていた魔法だ。あらゆる障害を透過し目標だけを滅ぼす。“神焔”というのだ。どうだ? 中々、美味であっただろう?」

「……」

 

ハジメは答えない。それよりも魔力を回復力に変換して少しでもダメージを治癒することに意識を注ぐ。出来れば回復薬を飲みたいところだが、果たしてそれをエヒトルジュエが許すかどうか……苛烈な攻撃を受けた後とあっては、隙は見せられなかった。

ハジメはユエの体を完全に掌握したというエヒトルジュエの実力に、内心で苦笑いを浮かべずにはいられなかった。

だが、当然、それを表情に出すことはなく、代わりに反抗と不屈の眼光を叩き付ける。

 

「ふむ、最愛の女は既に消えたと言われても、未だ折れる気配すら見せないか……」

「当たり前だ。お前の言葉を、何故、俺が信じてやらなきゃならないんだ?戯言が好きなら一人で好きなだけ語ってな」

 

ハジメの物言いに苦笑いを浮かべるエヒトルジュエ。まるで、ハジメの回復を待ってやっているかのように攻撃の手を緩めて話し出す。

 

「本当に、お前という存在はイレギュラーだ。フリードの出現でバランスが崩れかけた遊戯を更に愉快なものにする為、異世界から力ある者を呼び込んだというのに……本命を歯牙にもかけぬ強者になるとはな」

「……何故、今回に限って召喚なんぞしやがった」

 

人間と魔人の戦争ゲーム。エヒトルジュエが催した最低の遊戯。そのバランスをフリードが崩したのだという言葉に、ハジメは僅かに眉をしかめた。フリードの大迷宮攻略が、神の意図したものではないイレギュラーなことだったと言われたのが少し意外だったのだ。

 

そして、大迷宮攻略者なら、三百年前、ユエの叔父であるディンリードも同じである。しかし、ハジメが学んだ史実において、その時、勇者召喚が行われた記録はないし話を聞いたこともない。

何故、今回だけ、という疑問は巻き込まれた者としては当然に思うところである。単にエヒトルジュエの話に付き合って回復の時間を稼ぐという意図もあったが。

 

「昔と違って、現代にはフリードに対抗できる人材がいなかったのでな。まさか、吸血姫の他に竜人まで生きていたとは思わなかったのだよ。どちらも上手く隠れたものだ。……この世界に良い駒がいないのなら別の世界から調達するしかあるまい」

「……別の世界、ね」

「そうだ。もっとも、お前達の世界に繋がったのは全くの偶然ではある。どうせならと、我の器と成り得る者、親和性の高い者を探した結果だ。神の身なれど、世界の境界を越えることは容易くない。まして、器なき身では【神域】の外で直接干渉することもままならんほどだ。結果として、どうにか上の世界から引き摺り落とすことには成功したわけだが……お前のようなイレギュラーを含む、おまけが多数付いて来てしまった」

 

エヒトルジュエの話からすれば、光輝はユエと同様、器としての可能性も考えて選ばれたようだ。おそらく、導越の羅針盤タイプの魔法を使って探り当てたのだろう。だが、肉体という器がないエヒトルジュエは【神域】の中でしか十全に力を振るうことが出来ず、しかも上位の世界である地球には力の制御も上手く出来なかったようだ。

その結果が、クラスメイト全員の召喚だったということだ。つまり、本当に、光輝以外は神すら意図しない“巻き込まれ”だったらしい。迷惑なことこの上ない話だ。

 

「もっとも、そのおかげで三百年前に失ったと思っていたこの最高の器を見つけることが出来たのだから僥倖だったと言えるだろう。ふふ、これで【神域】の外でも十全に力を発揮できる。異世界へ渡ることも容易い」

 

おそらく、使徒の肉体でも神を降ろす肉体としては不十分なのだろう。そうでなければ、これほど器を手に入れたことに歓喜を見せるはずがない。

己の手を握ったり開いたりしながら悦に浸るエヒトルジュエに、ハジメは、実はずっと疑問に思っていたことを尋ねた。

 

「エヒトルジュエ……お前はなんなんだ?」

「抽象的に過ぎる質問だな。イレギュラー。だが、何と言われれば、当然、答えは決まっている。全てを生み出し支配する神である、と」

 

超然と創造神にして支配神であると名乗るエヒトルジュエ。

だが、それをハジメは鼻で嗤う。

 

「いいや、お前は神なんかじゃない。この世界を創造なんてしていないし、全てを支配してもいない。人が想像する超自然的な存在なんかじゃない。ただ、人より強大な力を持っているだけだ」

「……ほぅ。何を根拠に、そのようなことを?」

 

興味を惹かれたのかエヒトルジュエが尋ね返す。

 

「簡単だろう?お前の知覚は、奈落の底のユエを、そして、この大陸の外に隠れた竜人族を捉えられなかった。お前の力はこの大陸のみ、それも奈落には届かない程度の範囲にしか及ばないんだ。そんなもの創造主にしては矮小すぎるだろう?」

「クックックッ、我を矮小と言うか。それで? 神でないなら何だと言うのだ?」

 

ハジメは、どこか苦虫を噛み潰したような表情で回答を突きつける。

 

「……お前は俺達と同じ“異世界の人間”だ」

「ふむ。神でなく強大な力を持っているから、自分達と同じ外の世界の人間だと……そう言うわけか」

「それだけじゃない。そもそも“外の世界”なんて概念を知っている時点でおかしいんだよ。“この世界にいないから他の世界の人材を”……そんな発想は異世界が存在することを最初から知っていなきゃ出てこない。ファンタジーな娯楽が溢れる俺達の世界ですらただの妄想の類だってのに。これが世界を創造できる程の存在なら知っていることも納得出来るけどな、さっき言った通り、お前が全知全能な超常の存在でない以上、俺達と同じ理由で異世界の存在を知っていたと考えるのが自然だ」

 

その言葉に、エヒトルジュエは「ふむ」と頷いた後、わざとらしくパチパチと拍手を始めた。

 

「見事、と言っておこうか。確かに我は異世界の人間だった。元々は(・・・)、ただ魔法の極みに至っただけの、な。もっとも、幾星霜の時を経て集めた信仰が我の魂を昇華させ神性を与えた以上、神であることに違いはない」

 

そして、おもむろに手を掲げる。直後、虚空に雷鳴が轟き、蒼炎が爆ぜ、暴風が吹き荒れ、空気が凍てつき、白煙が渦巻いた。

ハジメにとって見慣れた光景。しかし、そこに集束される力の大きさは過去に見たそれを遥かに凌駕する。

生まれゆくは五体の天龍。ユエが作り出した重力魔法と最上級魔法が複合された凶悪にして壮麗な蹂躙の権化。それらの天龍が、ギロリと赤黒い双眸を(・・・・・・)ハジメに向けた(・・・・・・・)

ユエの天龍とは明らかに異なる天龍の気配。ハジメの魔眼は魔法で構成された天龍に核以外の物質を捉える。その脈動を打つ赤黒い鉱石は明らかに魔石だ。

どうやら、天龍に変成魔法を使って魔物化させたようだ。素材は空間魔法で取り寄せたのだろう。魔物だけでなく使徒の気配も混じっている。天龍の厄介さを熟知しているだけに、それらに術者の制御を離れ自律的に獲物を襲うというおまけが付いたことに、ハジメは内心冷や汗を流さずにはいられない。

(物量戦で圧倒できない上に、ここに来てまた厄介な新手を……まぁ、楽に行けるとは思ってなかったさ。覚悟なら、出来ている)

内心で独り言ちるハジメの視線の先で、五体の天龍は、エヒトルジュエを中心にしてとぐろを巻くように宙を泳いでいる。

大人の姿になったユエが壮麗な龍を従えるその姿は、まさに神話に出てくる女神のようだ。否、どの神話の女神とて、輪後光を背に天龍を侍らす今のユエの姿を前にしては霞まざるを得ないだろう。きっと、美の女神であるアフロディーテですら裸足で逃げ出すに違いない。

その神々しいまでの美貌を台無しにする中の人が、嫌らしく嗤いながら口を開いた。

 

「さて、イレギュラー。少しは回復したかね? そろそろ、遊戯を再開しようではないか。その間、少し昔話をしてやろう。出来るだけ長く足掻くのだぞ? 自身のことを話すのは随分と久しい。我の興を満たせ」

「言われなくても足掻くさ。俺自身の為になっ」

 

次の瞬間、五天龍から一斉に咆哮が上がり、ハジメに凄絶な殺意と威圧がのしかかる。同時に輪後光の流星群も再開された。白き空間が魔物と化した天龍と光の奔流に埋め尽くされた。

五天龍の咆哮が空間を震わせた。

半魔法体でありながら、魔物と化した天龍達は、術者の制御を離れて自立的に獲物を狙う。放たれるプレッシャーは、かつてユエが行使した天龍を遥かに越えている。その身を構成する五属性の魔法も、進化というに相応しい凶悪さを持っているだろうことは明白だ。

 

「私のいた世界は魔法を基礎とした世界だった。自慢ではないが、その発展具合は相当だったと記憶している。アーティファクトの類も溢れていて、人が自由に空を飛び、遠方と連絡を取り、移動は転移で、寿命さえも魔法医療によって数百年単位で延命が可能だった。魔法やそれに連なる技術によって豊かな世界だったと言える」

 

パシィ!と軽い音を響かせて、雷龍が姿を消した。否、その巨体を一筋の雷に変えて、雷速移動したのだ。次の瞬間、現れたのはハジメの側面。

(速い……が、雷速程度ならっ)

雷鳴の咆哮を上げながらガパリと開かれた顎門が急速に周囲の一切を引き寄せる。光星すら呑み込まれ消滅していく中、同じく引き寄せられそうになったハジメは咄嗟に幾つもの重力手榴弾を虚空に取り出した。

あっさり吸い寄せられる重力手榴弾を、ちょうど雷龍の口内に入った瞬間に撃ち抜き超重力場を発生させる。

あらゆるものを呑み込みながら迫っていた雷龍は、突如発生した下方への圧力に押し潰され“空力”で宙に留まるハジメの下を通過した。

 

「だが、発展し過ぎた世界が末期を迎えるというのは自然なこと。我の世界も、その例に漏れなかった。といっても、資源が尽きたとか、価値観、あるいは経済的、政治的な思想の相違から発生した終末戦争だとか、そういうことが原因ではない。もっと、どうしようもない理由だ。分かるかね? イレギュラー」

「っ」

 

エヒトルジュエの問いかけに、しかし、ハジメは答えない。答える余裕がない。

雷龍を凌いだ後には、真後ろに回り込んでいた蒼龍が莫大な熱量と共に肉迫して来たからだ。

眼前には流星群。下方には雷龍、左右には嵐龍と氷龍がいる。かわせば間違いなく、その直後を狙われて看過し難いダメージを負うことになるだろう。

故に、ハジメは可変式円月輪“オレステス”を虚空に取り出した。

即座にカシュンと音を立てて三分割されワイヤーで形作られた円形ゲートが出現する。そこへ蒼龍は正面から突っ込み、直後、右サイドから迫っていた氷龍の頭上から飛び出した。もう一つ可変式円月輪を“気配遮断”させながら飛ばしておいたのだ。

突然現れた天敵でもある蒼龍に衝突されて氷龍が苦痛の咆哮を上げる。そして、そのまま蒼龍を転移させたオレステスを睨むと氷雪を吐き出した。それによって、オレステスが液体窒素でもぶっ掛けられたようにビキビキッと一瞬で凍てつき、直後、光星に被弾してあっさり砕け散ってしまった。

氷龍の咆哮もオレステスの粉砕音もものともせず、スルリとエヒトルジュエの声が届く。

 

「理に至ってしまったのだよ。世界に満ちる情報そのものに、物質に、生命に、星に、時に、境界に、干渉できるようにまで魔法技術が発展してしまった。そして、研究者とはいつの時代も好奇心を抑えられないものだ。世界に広がった理への干渉技術は玩具のように弄り回され……世界を壊す原因となった。我等の世界は、魔法を扱う者達の好奇心に殺されたのだよ」

 

ハジメがクロス・ヴェルトで光星を相殺する。更には、グリムリーパー達に命じてエヒトルジュエを狙わせる。大鷲型のグリムリーパーがエヒトルジュエの頭上からクラスター爆弾をばら撒いた。しかし、爆弾のスコールは輪後光から放たれた流星群によってあっさり粉砕され、キラキラと粒子を振りまくだけ。ハジメの攻撃は、エヒトルジュエにまるで届いていなかった。

エヒトルジュエの表情には煩わしいという表情すら浮かんではいない。

 

「理が崩れ、徐々に崩壊していく世界……まさに阿鼻叫喚の地獄絵図といった有様だった。もうどうすることも出来ない。星と共に人類は滅びる以外の道がなかった。一部の“到達者”以外はな」

 

制御できる全てのオレステスを取り出し、五天龍に対応しようとするハジメだったが、話しながらエヒトルジュエはパチンッと指を鳴らした。

直後、虚空から数百単位の雷神槍が降り注ぎ、全てのオレステスを塵も残さず焼滅させてしまった。しかも、ご丁寧に圧縮した雷を解放して蜘蛛の巣のように四方八方からハジメを襲う。“金剛”を強化しつつ、急いで離脱するハジメだったがノーダメージとはいかなかった。肉を焼かれ、僅かに神経を侵される。

そこへ、石龍と雷龍が襲い来た。

 

「“到達者”――お前達の言う神代魔法、その真髄を個人で扱える者達のことだ。彼等は、彼等だけは助かる方法を見つけた。それすなわち、異世界への転移だ。ふふっ、笑えるだろう?世界を壊した張本人達だけが滅びから逃れることが出来たというのだから」

 

エヒトルジュエの皮肉を含んだ嗤い声が響く中、両端に鉱石が付けられたワイヤーが虚空を飛翔する。

それが、迫っていた石龍と雷龍に空中でぐるりぐるりと幾重にも巻き付いた。直後、鉱石から猛烈な波紋が広がった。遥かに効果を増した拘束用アーティファクト“ボーラ”だ。

鉱石に連動してワイヤー部分も直接空間に固定される発展型なので、半魔法体である天龍もしっかりと拘束している。

二体の天龍が拘束を解こうと咆哮を上げながら大暴れする。

ハジメはシュラーゲン・AAを再び取り出し、魔眼石が伝えるままに照準を合わせて引き金を引いた。

スパークを迸らせ、咆哮を上げたシュラーゲン・AAは、そのまま雷龍の口内に飛び込み、雷をものともせず突き進んで中の魔石を破壊する。

同時に、ドンナーから撃ち放たれた同軌道の弾丸六発がクロス・ヴェルトの集中砲火によって空けられた石龍の口内の穴を更に穿つ。一瞬で石化し脆いただの石になる弾丸だったが、それでも石龍の中を進撃し、最後の一発は石化することなく魔石を撃ち抜いた。

最後の弾丸は、封印石コーティングの弾丸。シア達の武装や大盾などに惜しみなく使っていたので余り量はなく、使いどころを考えなければならない特殊弾だ。

見事、二体の天龍を打倒したハジメだったが、その為に足を止めた代償は大きかった。

 

「そうして我を含めた“到達者”達はこの世界へとやって来た。当時は驚いたものだ。何せ、我等の世界とは比べるべくもないほどに原始的な世界だったのだから。特殊な力を持った強大な生物が蔓延り、人類は穴蔵のような自然の影に隠れながら細々と生活していたのだ」

 

エヒトルジュエが、思い出すように遠い目をしながら片手間に手を振るう。

途端、ハジメの足元が空間ごと固定されてしまった。話に集中している癖にハジメが足を止めた瞬間をしっかりと把握していたようで、メツェライ・デザストルを捕えた空間の固定化と同じくブロック状に圧縮された空間がハジメを完全に捕えた。

(やべぇっ)

ハジメの表情に焦燥が浮かんだ。直ぐさま魔力を衝撃に変換して空間固定を破壊しようとする。

が、その隙を逃すほど相手も甘くはない。

動けないハジメに嵐龍が咆哮を上げながら襲い掛かった。顎門がハジメを呑み込んでバクンッと閉じられる。体内に内包する風刃と礫が容赦なくハジメを襲う。“金剛”を貫きハジメにダメージが通る。血飛沫が舞い散り、ゴキベキッと生々しい嫌な音が響いた。

拷問にも等しい暴虐の嵐の中で、ハジメは裂帛の気合と共にシュラーゲン・AAの照準を合わせ体内から嵐龍を食い破る。

自らが作り出した魔物が殺られたことなど気にもならない様子で、エヒトルジュエの語りは続く。

 

「そのような世界で、我等“到達者”は開拓を決意した。太古から生きる怪物共を駆逐し、原住民達に叡智を与えた。小さな村はやがて町となり都となって、いつしか国となった。その頃には我等は既に神として崇められていたな。理の秘技を使い信仰心を力に変換し、魂魄の強化・昇華を図りだしたのもこの頃だったか」

 

破裂するように砕け散った嵐龍の中から飛び出したハジメだったが、その身は血塗れとなっており見るからに悲惨な状態だった。

だが、息つく暇もなく氷龍が咆哮を上げる。

ハジメは反対側から迫って来た蒼龍に有りっ丈の“ボーラ”を投げつけ、更にクロス・ヴェルトで牽制しつつ、グリムリーパー達に集中攻撃させ、開いた氷龍の顎門に向かってシュラーゲン・AAを向けた。途端、シュラーゲン・AAが先端から凄まじい勢いで凍てついていく。

 

「座標攻撃かっ」

 

どうやら、対象座標の温度を直接下げることが出来るらしい。ユエの扱う氷龍にはなかった能力だ。

既に引き金を引くことは出来ず、そのまま義手まで凍てつきそうな勢いである。しかも、エヒトルジュエの指揮によってタイミングよく流星群や光の使徒がハジメの左側面に殺到した。

光の使徒だけは、グリムリーパー達の自爆攻撃とクロス・ヴェルトによってどうにか退けることに成功したものの、流星群の全てを相殺することはできず、ハジメは左腕に直撃を受けてしまった。

義手の装甲がダメージ自体は軽微に抑えたものの、衝撃を受けて思わず手放してしまったシュラーゲン・AAは氷龍の顎門へと吸い込まれていく。そうすれば、当然、末路は決まっている。シュラーゲン・AAは、真っ白に凍てつき氷龍が顎門を閉じると同時に木っ端微塵にされてしまった。

 

「それから数千年、この世界はよく発展した。だが、反比例するように“到達者”達は一人、また一人と生きる気力を失い、死の理を超越していたにもかかわらず自らその命を終わらせていった。我には理解できなかったが……最後に延命を止めた者は“もう十分だ”と言っていたな。結局、残った“到達者”は我だけとなった」

 

ハジメは、無数の手榴弾を周囲に投げると、すかさず撃ち抜いた。

直後、爆炎が宙に発生し、氷龍とハジメの間に紅蓮の炎壁を作る。一瞬、氷龍の視界が遮られるが、そんなもの何の意味もないと言うように瞬く間に顎門へと呑み込んでしまった。

だが、その爆炎が晴れた先には、巨大な兵器――ガトリングパイルバンカーを構えるハジメの姿が。

次の瞬間、紅いスパークが迸り、毎秒二十発、重量の二十トンの巨杭が閃光となって放たれた。紅い壁と称すべき巨杭の弾幕が正面から氷龍へと殺到し、重力場による引き寄せと相まって狙い違わず、その大口へと突き刺さった。

氷龍の氷結能力は、巨杭を瞬く間に凍てつかせていくものの、その威力故に抗しきれず、突進の勢いすら止められて穿たれていく。そして、巨杭の一発が体内の魔石に当たり見事破壊に成功した。断末魔の悲鳴を上げながら、氷龍はただの霜へと変わり霧散していく。

 

「最後の一人となり、どれだけの年月が経ったのか……千年か五千年か……もう覚えていないが、日々、我の元へ訪れては祈りと供物を捧げる人間達を見て、ある日、ふと思ったのだ。――壊してしまおうと」

 

ハジメが、ガトリングパイルバンカーの砲塔を蒼龍に向ける。殺到してくる流星群と光の使徒はクロス・ヴェルトとグリムリーパーで全て弾き飛ばす。

そうして、いくつものボーラを今にも燃やし尽くしそうな蒼龍に向かって引き金を引く――寸前、ハジメは不意に悪寒を感じてその場を飛び退いた。

その行動は正しかったようだ。一瞬前までハジメがいた場所を何十本もの雷神槍が貫き、絶大な雷を撒き散らしたのである。

間一髪。冷や汗を血と共に流しながら、ハジメはエヒトルジュエを横目に見た。エヒトルジュエは相変わらず遠い目を虚空に向けて過去の軌跡を語っている。そのくせ、攻撃だけはいたぶるように正確かつ絶妙だというのだから腹立たしいことこの上ない。

ここまで弄ばれていることに、ハジメはエヒトが知覚していることを認識していながら歯噛みするような表情を見せた。同時に、まずは魔物と化している最後の天龍である蒼龍を屠るべくガトリングパイルバンカーを向け直そうとした。

だが、やはり必殺のタイミングは逃してしまっていたらしい。

全てのボーラを使って拘束していた蒼龍が凄まじい咆哮を上げた。その瞬間、紅い波紋が蒼炎に包まれる。一度引火した蒼炎は、そのままボーラのワイヤー部分を伝って全体を駆け巡りその全てを蒼き炎の内へ呑み込んだ。

爆ぜる音が響き蒼い光芒が空間を照らす中、エヒトルジュエは恍惚とした表情を見せる。ユエの美貌であるからして凄まじいまでの色気を放っているが、ハジメとしては腸が煮え繰り返るだけだ。

 

「分かるだろう?男が美しい女を汚したくなるように、新雪を踏み荒らしたくなるように、美しいもの、必死に積み上げられたものというのは、壊したときこそ真の美を放つ。そこで得られる快楽は何物にも代え難い。何千年と守って来た全てを蹂躙したときの快楽は何と甘美であったことか。民が上げる悲鳴、我に救いを求める絶叫……今でも、それだけははっきりと覚えている」

 

塵すら残らず燃やし尽くされたボーラ。進撃を再開する憤怒に燃える蒼龍。

正面からガトリングパイルバンカーの餌食にしてやろうとして、ハジメを中心に全方位の空間が震えた。

 

「――ッ」

 

全方位空間爆砕。

息を詰めながら空間が衝撃波を発生する前にハジメは包囲網から飛び出す。激震。

直撃だけは避けたものの、その余波を食らってハジメの傷口から盛大に血飛沫が撒き散らされる。

 

「ぐぅ」

 

思わず呻き声を上げ表情を歪めるハジメの視界の端に揺らめく蒼き炎。迫る灼熱に反して背筋には氷塊が滑り落ちる。

“金剛”を強化しつつ“空力”で逃れようとするが、それを見越したように流星群が渦を巻くように乱舞してハジメの退路を防いでしまった。

 

「どれだけの時を生きたのか、それは忘れてしまっても、あの時の全てが崩壊する悦楽だけは忘れられなかった。故に、決めたのだ。この世界を我の玩具にしようと」

 

エヒトルジュエの視線が遂に過去から帰って来た。

乱舞する流星群をドンナーとクロス・ヴェルトで突破しようとしているハジメに向かって、指をパチンッと鳴らす。

それは起爆の合図。

渦を巻いてハジメに纏わりついていた全ての流星が一斉に爆発した。発生した衝撃波は、それこそハジメが使う手榴弾並。咄嗟に、ハジメはクロス・ヴェルトで結界を張って、更にはグリムリーパー達が主の危機にその身を盾にして少しでも衝撃を和らげようとする。

爆炎と光華に呑み込まれたハジメを、蒼龍が大口を開けて丸ごと呑み込む。バクンッと閉じられた蒼炎の顎門。触れたもの全てを容赦なく灰燼に帰す最上級魔法の業火。普通に考えるなら、その炎に喰われて生存しているなど有り得ない。

しかし、燃え盛る蒼龍の胴体――蒼き炎の中で輝く紅蓮がハジメの生存を示していた。ハジメの四方にはクロス・ヴェルトがある。各々を魔力の糸で繋ぎ空間遮断型の結界“四点結界”を張ったのだ。

だが、その代償にクロス・ヴェルトの表面が刻一刻と融解していっている。ハジメが直接操作する七機においては、“金剛”は当然のこと、封印石コーティングまで施されているというのに、それでも耐え切れないらしい。分かっていたことだが、やはりユエの使っていた蒼龍より熱量は遥かに上のようだ。

 

「ぐっ、なめ、んなぁっ!!」

 

蒼き天龍の腹の中、途切れがちな、されど強靭な意志の込められた声が響く。驚くべきことに、空間遮断型の結界を張っていながらハジメは少なくない炎に巻かれていた。

どうやらこの蒼龍、神焔と同じ透過型の焔が紛れているらしかった。その焔に炙られ、脂汗を流しながらも前へと踏み込んだハジメは、オレステスを結界の内外に取り出してゲートを繋げる。その先は蒼龍の魔石だ。

ドンナーが炸裂音と共に真紅の閃光を放ち、ゲートを通じて蒼の炎海を突き抜ける。狙い違わず、封印石コーティングの魔弾は蒼龍の魔石を撃ち抜いた。破裂するように木っ端微塵になる魔石と同時に蒼き炎も霧散していく。

 

「そう、全ては我の玩具なのだよ、イレギュラー」

 

エヒトルジュエから、もう何度も聞いた不吉な音が響いてくる。指を鳴らす音だ。

案の定、霧散しかけていた蒼炎が生き物のように蠢き、ハジメを包むクロス・ヴェルト四機の内部へスルリと侵入した。

直後、

 

「がぁっ」

 

ハジメの短い悲鳴と共に盛大な爆炎が上がった。クロス・ヴェルト四機が内部から爆破されたのだ。透過する神焔が内蔵していた炸裂弾に誘爆したのだろう。紅い波紋を伴った絶大かつ無数の衝撃波と飛び散る神焔が四方からハジメを嬲り尽くす。

ハジメは咄嗟に手榴弾をばら撒いた。神水を服用する隙を強引に作る為だ。流石に、己のダメージが看過できないレベルだったのだ。

だが、そこでぬるりと死の風が肌を撫でる。ハジメの本能が全力で警鐘を鳴らす。

直後、手榴弾により周囲に咲き誇る紅蓮の壁を透過して吹き降ろすような風が吹いた。

本能の命ずるまま咄嗟に身を捻ったハジメの直ぐ横をずれた空間(・・・・・)が横切っていく。

同時に、神水を取り出した左手が空間に固定される。ハジメの回避行動の隙を突いた完璧なタイミング。それは次手も同じ。虚空から雷神槍が飛び出し、神水を撃ち落とした。

 

「しまっ――」

 

思わず声を上げるが、時既に遅し。ハジメの手から神水が失われる。ついでに義手も貫かれて掌が溶解してしまっている。

ハジメは、直ぐさま錬成で義手を修復しつつ、殺到する流星群を回避すべくその場を飛び退いた。

 

「くそっ、最後の神水だったってのにっ」

 

悪態が漏れ出す。それを聞いてエヒトルジュエの口元が釣り上がった。

そして、片手を掲げるとそのままスっと振り落としてハジメを指さした。途端、爆発的に光を膨れ上がらせた輪後光からミサイルのように光の尾を引いた光星が山なりに射出された。

ハジメはガトリングパイルバンカーを取り出し、エヒトルジュエに向かって放ちながら真っ直ぐに突進する。

上空から、夜天の星がそのまま落ちて来たかのように輝く星々が降り注ぐが、いつの間にか随分と数を減らしたグリムリーパー達がその身を盾にして、あるいは幾つものクロス・ヴェルトによって通路上の結界を張って、進撃の勢いを止めない。その間にも、まるでカウントダウンのように、ハジメ謹製の自律兵器達は爆散し、その破片を撒き散らしていく。

だが、犠牲を強いたそんなハジメの意思を嘲笑うかのように……

 

「魔人や亜人とは、何だと思う?」

 

そんな問いかけがハジメの直ぐ後ろから(・・・・・・)響いた。

ゾッと背筋を震わせたハジメは義手の激発を利用して高速反転しつつ、確認もせずドンナーで背後へと発砲した。

だが、そこには誰もおらず、代わりにガトリングパイルバンカーを持つ左手側に気配が発生する。ハジメが目を見開きながら視線を向けると同時に、そっとガトリングパイルバンカーに手が添えられた。

そして、魔王城でされたのと同じように、ガトリングパイルバンカーはあっさりと塵へと返されていく。

そこにいたのはエヒトルジュエ。三重の輪後光の内、一重目だけを背負い、ハジメの知覚すら越えて至近距離に姿を現したのだ。

(ゲートなしで転移……やっぱ、それくらいのことはしてくるか)

ハジメは抱いていた懸念の一つが当たったことに、目元を剣呑に細めた。どうやら、虚空に突如出現する雷神槍やアーティファクトを転移させた魔法――“天在”は、術者自身の転移にも使えるらしい。そして、触れさえすればアーティファクトを塵にすることも可能のようだ。

エヒトルジュエの姿が、またしてもフッと消える。

同時に、背後に悪寒。

義手の肘から背後に炸裂散弾を放つが、輪後光から放たれる光が防いでしまう。ハジメの反撃を意にも介さず振り下ろされたエヒトルジュエの腕。

その軌跡に沿って光の剣がハジメを襲う。炸裂散弾を放った衝撃で反転したハジメは、バックステップで距離を取りかわそうとする。超速故に一瞬で十メートル以上の距離をとったが……

 

「ッッ!?」

 

ハジメの肩から脇腹にかけて袈裟懸けに裂傷が刻まれた。剣の間合いは確かに外したはずなのに、と痛みに顔を歪めながら険しい眼差しをエヒトルジュエに送るハジメ。

 

「驚くことではない。これは“神剣”といって、伸縮自在、空間跳躍攻撃可能な魔法剣。お前の防御を貫いたのは“神焔”と同じく透過能力も持っているからだ」

 

荒い息を吐きながら見るも無残な姿に成り果てているハジメに、エヒトルジュエは神剣に手を這わせながら説明をする。

その余裕の表情は、ハジメを歯牙にもかけていないようだった。

対するハジメはボロボロだ。金属繊維を織り込んだ鎧よりも防御力の高い黒コートはボロ雑巾のようになっており、その下の服は見るからに血を吸い込んで重く湿っている。破れた服の隙間から見える肌は真っ赤に染まっており、特に頭部から溢れ出す鮮血が白髪を血色に染め上げて見るからに痛々しい。頬を流れ落ちる血は、まるで血涙のようだ。

物量戦をしている間は拮抗していた戦いも、エヒトが神代の魔法を連発すれば容易く崩れてしまった。ハジメの本領にして最大の特性である数々のアーティファクトも、そのほとんど破壊されてしまっている。

残っているのはドンナー&シュラークと、クロス・ヴェルト、グリムリーパー達、そして雫達から託された5つの指輪(保管庫)……

 

「ふむ、少々、煩わしくなってきたな」

 

エヒトが神剣を振るった。その手の先は残像すら見えない。本当に魔法剣を振るったのかさえ判然としない。だが、その結果は明白だ。五十機近くまで減らされていたクロス・ヴェルトとグリムリーパー達が、無残にも細切れにされて(・・・・・・・・)爆発四散(・・・・)してしまったのだ。

 

「……」

 

残ったのは、ハジメが直接操作するクロス・ヴェルト三機のみ。魔王の軍勢は全滅し、死をあらわす十字架も地に落ちた。後は、各種手榴弾が主だったところ。おそらく、エヒトルジュエは、ハジメに絶望を与える為にわざわざ武器破壊を狙ってきたのだろう。

 

「まぁ、そんなことはいい。それより、魔人と亜人だ。あれは何だと思う?」

 

数百機のアーティファクトを一瞬で細切れにしたことなど特に意識した様子も見せず、先程の質問を繰り返すエヒトルジュエ。どうやら、エヒトルジュエの語りは未だ終わっていないらしい。神剣を弄びながら、今にも崩れ落ちそうなハジメをニヤニヤと嫌らしく嗤い見つめている。

 

「……原住民……はぁはぁ……じゃないのか」

 

訪れた二度目の間隙に、ハジメは少しでも回復を図るため問いかけに答える。

 

「いいや、違う。原住民は“人間”だけだ。魔人も、亜人も、我が作り出した魔法技術の落し子なのだよ」

「……合成でも、ぐっ、したってか?」

「ふふっ、理解が早いな。その通り。魔人や亜人は、我が魔物と人間をかけ合わせて作り出した合成生物だ。正真正銘、我が創造主ということだ」

 

何故、そんなことを?そんなハジメの疑問を汲み取ったのか、エヒトルジュエの舌が滑らかに動く。

 

「信仰と秘技によって魂魄を昇華させようとも、どれだけ肉体を修復・改善しようとも、数千年の年月は我の肉体に限界をもたらした。当然、新たな肉体を探したが……神たるこの身を受け止めることの出来る肉体はなかった」

「無ければ、作ればいい……か?」

「本当に理解が早くて助かる。魔人は魔素と親和性の高さを、亜人は肉体的強度を、それぞれ重要視して原住生物と人間を組み合わせて作り出した。その二つを合わせて竜人なども作ってはみたが……出来損ないだったよ。最強種族が迫害される、そんな余興程度にしか使えない、な」

 

いったい、その人体実験の過程でどれだけの犠牲が出たのか。ハジメをして過去の人々には同情せずにはいられなかった。まして、ティオ達の迫害理由が単なる八つ当たりだったというのだから、ハジメとしては殺意が更に強化される思いだ。

 

「その過程で、現在の魔物や使徒といったものも作り出すことになったのだが、何が原因なのか、結局、我の器と成り得るものは出来なかった。ある程度は耐えられても、直ぐに自壊してしまうのでなぁ」

「……神域は……器がない故か」

「ふふ。そうだ。魂魄のみでも生存し続けられ、かつ力が使える場所。そこで遊戯を楽しみながら待つことにしたのだ。極希にアルヴヘイトや“解放者”共のような“適性者”が生まれることがあったのでな」

 

伝えられた真実からすると、ユエやシアのような“先祖返り”と呼ばれていた者は、正確には“適性者”と言うらしい。もっとも、過去の適正者である解放者達でもエヒトルジュエの器としては足りなかったのだろう

ハジメの目がスっと細められる。

 

「そう、して……はぁはぁ、三百年前……遂に、見つけた、わけか」

「ああ。あの時は数百年ぶりに心が躍ったものだ。もっとも、その後、直ぐに隠されてしまったわけだが……せっかく我自ら“神子”の称号まで与えてやったというのに。激情に駆られて、つい吸血鬼の国を含めて幾つかの国を滅ぼしてしまったよ。後から再び神子が生まれる可能性を考えて、やってしまったと落ち込んだものだ」

 

エヒトルジュエが神剣を切り払った。背負う輪後光と離れた場所に見える玉座の上の輪後光が燦然と輝き出す。

 

「改めて礼を言うぞ、イレギュラー。我の器を見つけ出し、ここまで我を楽しませたこと、真に大義であった。褒美に、最後は我の手で葬ってやろう」

 

白金の魔力が全てを塗り潰す。

ハジメもまた紅色の魔力を噴き上げながら、ドンナー&シュラークを構えてクロス・ヴェルト三機を背後に控えさせた。

一拍。

エヒトルジュエの姿が消えた。

ハジメは、構えたドンナー&シュラークをそのまま発砲する。解き放たれた閃光は銃口の前に設置されていた最後のオレステスを通って背後に出現する。

案の定、そこにはエヒトルジュエがいた。

しかし、エヒトルジュエは特に焦ることもなくオレステスから飛び出して来た弾丸を、驚いたことに神剣で切り裂いてしまった。

ユエは魔法に関して天才であったものの近接戦闘能力は並以下だったが、今の様子を見る限り、どうやらエヒトルジュエの憑依によって身体能力と戦闘技術まで冗談のように向上しているらしい。

眉間に皺を寄せるハジメに透過する神剣が伸びてくる。防御不能の剣閃に、ハジメは大きく仰け反ることでどうにか回避した。同時に、クロス・ヴェルトでバースト・ブレットを乱れ撃ちにする。

それを輪後光から放たれた光星が撃墜した。広がる衝撃の波紋がハジメとエヒトルジュエの間に咲き乱れる。

 

「驚くことではあるまい。手慰みに覚えた我自身の剣術だ。使徒が使う双大剣術も、元は我の剣技。我は魔法だけはないぞ?」

「チッ、だから何だってんだ」

「ふふっ。最初は距離をおいて、必死に足掻くお前から手足をもぐようにアーティファクトを奪った。次は接近戦、というだけのことだ。何をしようとお前に希望などないと、我手ずから教えてやろうというのだ。昔語りをされながら片手間に圧倒されるのはどんな気持ちだ? うん?」

 

そう言ってエヒトルジュエが衝撃波そのものを切り裂いて突っ込んでくる。

ハジメがドンナー&シュラークを連射した。弾丸はリビングブレット。それも封印石コーティングだ。

だが、次の瞬間には、やはりエヒトルジュエの姿が消える。そして、刹那の内にハジメのサイドへと出現する。

それを読んでいたハジメは義手の激発を利用して体を吹き飛ばす。直後、エヒトルジュエの周囲から先程放った弾丸が飛び出してきた。天在で転移されると分かっていたのでオレステスを飛ばしておいたのだ。

転移の瞬間を狙った閃光の嵐。いくらエヒトルジュエと言えど、再度の転移をする前に穿たれるかと思われた。

しかし、弾丸が着弾する瞬間、エヒトルジュエの神剣を持った腕先が消える。否、そう見えるほどの速さで動いたのだ。鞭のようにしならせて、まるで結界でも張ったかのように剣線を駆け巡らせる。

その結果は一つ。バラバラにされた弾丸の残骸だ。リビングブレットの軌道修正すら間に合わない速度で振るわれたのである。ハジメの知覚能力をもってしても、僅かに光の筋が見えるだけだった。恐るべき速度だ。

 

「この短時間で我の動きを読むとは……センスというより経験から来る予想か。大したものだ。だが、我が“神速”の前にはまだまだ遅い」

 

神速――香織が限定的に使ったあの魔法だ。エヒトルジュエの方が更に洗練されている。電磁加速された弾丸を一メートル以内に迫ってから十二発分も撃墜できるなど想像の埒外だ。先程の、一瞬で数百機のクロス・ヴェルトとグリムリーパー達を切り裂いたのも、時間短縮による剣戟だったからだろう。

 

「さて、あといくつのアーティファクトを持っている? それとも万策は尽きたか? そうでないなら、全てを出し切るがいい。その全てを潰して、お前の翳らぬ顔を絶望に染め上げてやろう!」

 

エヒトルジュエが天在を行使する。刹那、出現したのはハジメの懐。

 

「くっ」

 

呻く間に振るわれた剣閃は十。その全てを、ハジメはほとんど勘だけを頼りに回避する。だが、防御が出来ない以上完全とはいかず、体のあちこちを撫で斬りにされ、あるいは薄くスライスされた。

義手の激発が強制的に、普通なら有り得ない角度でハジメの体を吹き飛ばす。独楽のように回転しながら必死に距離を取りつつ、ハジメは無作為に“宝物庫Ⅱ”から大量の手榴弾をばら撒いた。

その幾つかを伸長した神剣が切り裂き、輪後光からの流星が破壊する。爆発することも許されなかった手榴弾は、キラキラと粒子を撒き散らしながら地面へと落ちていく。

時間稼ぎにもならないと嫌らしく嗤いながら、エヒトルジュエが連続転移する。現れては消え、現れては消える。夢幻の如く。ハジメを中心に遍在でもしているかのようだ。

そして距離に関係なく刃の届く神剣が、宙に幾重もの剣線を刻んだ。その度に、辛うじて致命傷は避けているものの確実に手傷が量産されていくハジメの体。ドンナー&シュラークとオレステス、クロス・ヴェルトのコンボで反撃もするが、神出鬼没の天在と神速の前に有効打はただの一つも与えられない。

二重目、三重目の輪後光と、エヒトルジュエが背負う輪後光からの流星群は途切れることなく白い空間を白金に染め上げ、しかし、当然の如くエヒトルジュエ本人に対しては自ら避けて通りハジメにのみに殺到する。

歯を食いしばりながら、ハジメが、時に銃撃で、時に手榴弾で、時にクロス・ヴェルトで、時にオレステスで、それら死の暴風を凌ぎつつどうにかエヒトルジュエの動きを捉えようとするが……

及ばない。

エヒトルジュエの目論見通り近接戦ですら圧倒されている。攻撃される度に血飛沫を上げながら徐々に追い詰められる様子は、まるで詰将棋だ。

 

「どうした? 切り札(神殺し)を使わんのか? 祈りながら使えば、あるいは幸運にもこの身に届くかもしれんぞ?」

「う、るせぇっ!」

 

もはや、気概のみ。エヒトルジュエの挑発に返す言葉も語彙に乏しい。その瞳は、血を流し過ぎたせいか、それとも使い続けている限界突破のせいか、微妙に焦点がずれ始め虚ろになりつつある。

 

「ふむ。新たなアーティファクトを出す様子もなく、その身は壊れる寸前……潮時か」

 

エヒトルジュエが指を鳴らす。放たれるのは虚空から飛来する雷神槍。

標的は当然、満身創痍のハジメ。意識は今にも飛びそうで、体は崩れ落ちそうだ。それでも、直撃だけはどうにか避けるのだから呆れた生存本能である。

だが、抵抗もそこまで。

連続した雷神槍が最後のクロス・ヴェルトとオレステスを纏めて破壊し、ついでに内包する雷をハジメの間近で解放する。

 

「ぐぁああああああああああああっ」

 

凄まじい衝撃と轟音、そして雷に撃たれて、ハジメは絶叫と白煙を上げながら地に落ちた。

白亜の地面に叩きつけられ何度もバウンドしてうつ伏せに倒れたハジメから、ぬるりと血が流れる。切り刻まれ、幾度も打たれ、存分に焼かれた見るも無残な姿は、一見すると既に骸だ。生きていると判断する方が難しい。

エヒトルジュエが正面に音もなく降り立つ。無様に地を舐めるハジメに、これで終わりかと、玩具を取り上げられた子供のような表情をしながら止めを刺すべく神剣を振り上げた。

が、その視線の先でハジメの指がピクリと動く。

 

「ほぅ」

 

思わず感嘆の声を漏らすエヒトルジュエ。その間にもハジメの体は動き、ボタボタと白亜の地面を自身の血で汚しながら体を起こしていく。

 

「神の格というものを骨身に刻まれて、それでもなお立ち上がるか」

 

エヒトルジュエの言葉に、ハジメは途切れがちで今にも鼓動と共に止まってしまいそうな言葉を返す。

 

「何度でも、言って……やる。お前は……神なんかじゃ、ない。むしろ、今、戦って……いる地上の“人”よりも……弱い」

「何をもってそう言う。その満身創痍の姿で。お前の力など何一つ通じぬというのに」

 

この期に及んで強がりかと、呆れた表情をするエヒトルジュエ。

 

「……確かに、その力は、脅威だ。……奈落を、出てから、ここまで死を……身近に、感じたことは……ない」

「ふん、わかって――」

「だが、それだけだ」

 

ハジメがエヒトルジュエの言葉を遮る。焦点を失いつつあった瞳。しかし、間近で見れば分かる。揺れる瞳のずっと奥に、決して消えぬ炎が宿っていることを。それを示すように、少しずつハジメの言葉に力が込められていく。

 

「お前には、他者を……圧倒する意志がない。だから、どれだけ……強大な力を、見せられても、俺の心は……揺るがない。――お前はまるで怖くない」

「……負け惜しみか」

 

挑発じみた言葉に、しかし、今度はハジメの方が遠い目をしながら語る。この世界で出会い、あるいは知った強き人々のことを。

 

「俺は、知っている。……最弱種族のくせに、想い一つで……人外魔境に踏み込める奴を」

 

泣きべそを掻きながら、それでも“共に”と、ただそれだけの願いの為に必死に走り続けたウサミミ少女。

 

「目の前で……絶望を、突きつけられたのに……決して折れず、希望を信じ続けた奴を」

 

想い一つで、誰が信じずとも唯一人、希望を捨てなかった。挙句、体を変えてまで寄り添うことを選んだ一途な少女。

 

「仲間の為……守る為……その身を盾に出来る奴を」

 

いったい、何度助けられたことか。普段はふざけているくせに、いざという時は誰よりも体を張る、情に厚く聡明な彼女。

 

「死の間際でも……親友のことを一番に、想える奴を」

 

きっと、仲間内では一番“女の子”。なのに、誰かの為にと武器を取り、幾度死に瀕しても最後に思うのはいつも親友のこと、誰かのこと。優しすぎるくらい優しい少女。

 

「世界が、変わっても……己の甘さを突きつけられても、己の矜持を捨てない奴を」

 

迷い、怯え、苦悩し、傷ついて、それでも定めた自分を止めない。突き進むだけのハジメに、立ち止まって振り返ることを諭してくれた恩師。

 

「何の力もない幼子のくせに、馬鹿な父親を止めるため体を張れる子を」

 

共に過ごした時間は一ヶ月にも満たない。まだたった四歳の幼子。なのに、傷ついた母親を気遣い、別れを告げる父を自ら迎えにいくと言ってのけ、挙句、暴走する父に一歩も引かず想いを伝えられる子。

 

「他にも、英雄としてあり続けなければならない奴や生まれ間もなく棄てられ、拾われ育てられた。その事だけを感謝し、恩を報いるために他者を施した奴、“己”が定まったのが死後昇華された奴、覇道を死に逝くまで突き通した奴、主の命だけで生命を燃やした奴や仲間を奮起するためだけに姿を偽り定着させた奴だっている。」

 

この世界の窮地と地球に迫る危機を払うためだけにこの世界に飛んできた5人と、定められた運命から逃れれるのに逃れようとしない1人のクラスメイト。

 

そして、

 

「……そして、体を乗っ取られても、今尚、戦い続けている奴を」

 

信じている。そう、信じている。彼女の強さを。

ハジメの眼差しが、死にかけの手も足も出ず圧倒された者の眼差しが、エヒトルジュエを貫く。

その視線を向けられた本人は気がついていない。凪いだ水面のように静かでありながら、その深淵の如き瞳の奥の煌く炎に気圧されて、己が一歩後退ったことを。

 

「奈落の魔物ですら圧倒的な殺意と生存本能を叩きつけてくる。だが、お前には何もない。空っぽだ。きっと、お前が仲間と共に積み上げて来たものを壊した時から、お前は空っぽなんだ」

 

ハジメが完全に立ち上がった。その手にはドンナー&シュラークが力強く握り締められている。

 

「お前の言葉は聞こえていた。要は、過去から何も学ばず、寂しさにも耐え切れず、けれど死ぬことも出来ない……ただの甘ったれたガキだってことだろ?」

 

エヒトルジュエの最後の仲間が「もう十分だ」と言った意味は、きっと、この世界で導いた人々は、自分達の手が離れても、もう十分、豊かに生きていけると確信したからではないだろうか。

壊してしまった故郷の世界を想い、これ以上、自分達のような理に触れてしまえる存在は不要だと、そして、この世界の営みを見て、もう思い残すことはないとそう思ったからではないだろうか。

その想いに気がつかず、共感も出来ず、過去から何も学ばず、理に干渉できても死の恐怖に怯え、そして孤独に耐えられずに暴走した。結局、エヒトルジュエという存在は、どれだけの時を生きようと“幼稚”だったということだ。

 

「……ふっ、そうやって挑発し我の精神を揺さぶる魂胆か? 切り札を切り損なえば終わりだからな。涙ぐましい努力だ。だが、今のままでは到底、“神殺し”は当てられまい」

 

だから、ハジメの言っている意味が分からない。遥か昔、仲間の言葉の意味が分からなかったのと同じく。

ハジメが、スっと片足を引いて構えを取る。死にかけなのに、その身から覇気が溢れ出す。

 

「そうだな」

 

静かな肯定の言葉。だが、直後……

 

「今のままならなぁっ!」

 

ハジメから莫大な力が噴き上がった。今までの“覇潰”の比ではない。更に数倍に匹敵する力の奔流がハジメを中心に渦巻く。それはF5レベルの竜巻の如く。紅はより色を強めて深紅と成り、空間が悲鳴を上げるように鳴動する!

 

「なんだとっ」

 

死にかけだとばかり思っていたハジメの、ここに来て膨れ上がった力の大きさにエヒトルジュエが初めて表情を崩した。それは紛れもない驚愕の表情。

それを尻目にハジメが踏み込む。否、姿を掻き消した。

出現するのはエヒトルジュエの懐。エヒトルジュエが瞠目する。

ただ速いだけはではエヒトルジュエの知覚を超えられない。ハジメがいくら強化したところで、それは土台無理な話。だが、それでも戦う術はいくらでもある。ノータイムの空間転移が、神だけの技などと誰が決めたのか。

 

「はぁっ!!」

「ぬぅ!?」

 

ハジメのドンナーを持つ手が、スっとハジメに向けて突き出されかけていたエヒトルジュエの腕を逸らす。同時に、シュラークから飛び出した弾丸が地面に跳弾して下方からエヒトルジュエの心臓を狙う。

当然、天在をもって離脱するエヒトルジュエ。刹那、背後から吹きつける猛烈な殺気。

 

「っ!? 貴様、やはり、天在を!?」

「さぁ、どうだろうな?」

 

銃声が二発分。しかし、エヒトを強襲した閃光は十二条。その半数を神剣で切り捨てるものの、続くハジメの曲芸じみた連撃までは対応できないと判断し、エヒトルジュエは更に空間転移で逃げ打つ。

が、転移した先で、エヒトルジュエは見た。眼前に浮遊していた一発の弾丸がスッと消えたかと思うと、刹那、そこにハジメが出現したのを。そう、まるで弾丸とハジメの位置が入れ替わったかのように。

――特殊弾 エグズィス・ブレット

空間・昇華複合錬成による特殊弾で、能力は起点と各弾丸の座標位置の交換だ。戦闘が始まってからこの瞬間まで、ばら撒かれた星の数ほどの弾丸。だが、その全てが敵を襲ったわけではなかった。うち幾つかはそのまま空間全体へと散らばっていき、ハジメが転移する座標となって浮遊していたのである。

正面に出現したハジメを、エヒトルジュエは神剣をもって迎撃しようとする。

しかし、

 

「むっ」

 

空振りした。ハジメの僅か手前で刃が通り過ぎたのだ。更に、返す刀でハジメに斬撃を浴びせようとして――気が付けば、再び懐に潜り込まれていた。

意識の間隙を突く。呼吸を読んでタイミングや間合いを外す。気配をわざと乱して実態を捉え難くする。体術を利用して遠近感覚を錯覚させる。相手の感覚が鋭敏であればあるほど、それを利用して認識を狂わせる。更に、

――幻想投影型アーティファクト “ノヴム・イドラ”

使用者に重ねる形で、微妙に位置をずらした映像・気配・魔力等を纏わせ、同時に、相手の認識に干渉して偽装を真実と誤認させるアーティファクトだ。二重三重にぶれるハジメの姿や気配は、ハジメ自身の体術と合わさって夢幻の如き近接戦闘を実現する。

 

「貴様っ、ここにきて、まだ新たな手札を――」

 

エヒトルジュエの波立った声音が遮られた。あれだけボロボロにされて、屈辱的な言葉を浴びて、死に寄り添われていながら、今この時まで手札を温存し続けたことに、さしもの神も予想を越えられたらしい。たとえ、心の内に策を秘めていたのだとしても、いつ死んでもおかしくない状況で、手札をさらさない胆力は、既に人の領域を越えている。

僅かな戦慄に背筋を震わせたエヒトルジュエに、怒涛の攻撃が繰り出された。

 

「おぉおおおおおおっ!!」

 

ハジメの雄叫びが響き渡り、同時に深紅の閃光が太陽フレアの如く撒き散らされる。

神剣を繰り出し輪後光から流星群を飛ばすも、絶妙に狂わされた認識がハジメを捉えさせない。ハジメの攻撃も気が付けば当たりそうになっており、それはもう絶技を超えた神業――否、ハジメに相応しきは魔技というべきだろう。

ここまでの戦闘で分析し体に叩き込んだ全てを駆使して神に牙を剥く!

再び、エヒトルジュエが連続転移する。しかし、転移場所の癖を掴み始めているのか、コンマ数秒の内には肉迫する。座標交換の速度、判断力だけではない。刻一刻と上がり続ける素の速度も、既に、神速の域に入りつつある。

それでも、エヒトルジュエの剣閃は防御不可能であるが故に、ハジメとの近接戦闘においては圧倒的なアドバンテージがある、はずだった。

 

ガキィンッ

 

「なっ!?」

 

今度こそ、エヒトルジュエが響いた硬質な音と共に驚愕の声を漏らした。

無理もない。ハジメ以外の一切を透過するはずの神剣が理想の王を断罪せしめた魔剣(・・・・・・・・・・・・・)によって受け止められていたのだから。

すかさず右のドンナーがエヒトルジュエを狙う。放たれた深紅の閃光を間一髪のところで転移して回避したエヒトルジュエは、やはり驚愕の表情を浮かべたまま。

 

「いったい、なにを――」

「託された想いって奴さ。」

 

皆まで言わせず簡潔に答えるハジメ。

神剣の透過能力を防いだのは、異世界の物質で出来ていることが原因だ。

さらにこんなものもある。

――魂魄魔法無効化アーティファクト “デリスァノース”

魂魄魔法によって目標以外を透過するなら、異世界の物質に宿る魂を“魂魄複製”で作り出した擬似魂魄を付与してやればいい。本来は、選定した魂魄に無意識レベルでの命令を強いる“神言”が、ミレディの対策アーティファクトだけで防げなかった場合を想定して作製された“囮”用のアーティファクトだが、神剣の目標を誤認させるには十分。

そして、デリスァノースが施された囮は、なにもドンナー&シュラークのみではない。

踏み込んだハジメに、エヒトルジュエが神剣を振るい、それをハジメ王剣から持ち替えたシュラークの銃口で受け止めた。同時に、

ドパンッ!!

と、銃声が一発。飛び出した弾丸は、透過能力発動状態のはずの神剣を弾き飛ばした。そう、デリスァノースが付与されているのはシュラークだけではないのだ。弾丸もまた、透過能力を拒絶する!

 

「イレギュラーッ」

「しゃべり過ぎだ。三下」

 

神剣を弾かれた衝撃で、強制的に片手万歳をさせられるという屈辱に顔を歪めるエヒトルジュエが、輪後光から流星を放つ。

が、それを分かっていたようにクロス・ヴェルトとドンナーの弾幕で弾いたハジメは、ぬるりと間合いを詰め強烈な回し蹴りを放った。その一撃は、遂に、触れることも敵わなかった神の鳩尾に突き刺さる! “豪脚”と“衝撃変換”が施された蹴りは強烈極まりない。エヒトルジュエの体がくの字に折れ曲がり吹き飛んだ。

 

「くっ」

 

それを追撃するハジメだったが、流石にそれまで許すつもりはないようでエヒトルジュエは天在で逃げ延びた。

そう、逃げたのだ。神たる身に触れることを許さないという思いから回避していた今までとは異なる、純粋なる逃げ。もちろん、エヒトルジュエには自動再生がある。それでも逃げたのは、エヒトルジュエの内心が動揺に揺らいでいたから。本能的な行動だったのだ。

それ故に、胸中に湧き上がった屈辱は大きい。それを示すようにエヒトルジュエの表情は盛大に歪む。

 

「おのれっ、新たなアーティファクトといい、その力といいっ。貴様、全力ではなかったのか!」

「おいおい、敵の言葉を信じるなんておめでたい奴だな。もちろん、嘘に決まっているだろう?」

 

悪びれずそんなことを言うハジメと攻防を繰り広げながら、ふとエヒトルジュエは気がついた。ハジメの口調が苦しそうな気配もなく滑らかであることに。散々いたぶられた傷がもうほとんど治っていることに。

何故、ハジメが回復しているのか。それは“覇潰”を発動して尚、力が底上げされた理由と同じ。

遂に溶けたのだ。あらかじめ服用しておいた神水とチートメイトが込められたカプセルが、胃の中で。

そんな理由を知らないエヒトルジュエであったが、その急激な治癒に神水以外は有り得ないと察し怒声を上げた。

 

「最後の神水というのも虚言かっ」

「神水と呼ぶに相応しい、とても美味しい水だったんだぞ?」

 

あっけらかんと言うハジメに、近接戦闘にこだわらず距離を取っては空間爆砕や雷神槍なども放とうとするエヒトルジュエ。その表情は欺かれたことへの屈辱が上乗せされて滲み出ている。

その不快さを助長するように、ハジメは常にぬるりと間合いを詰め離れようとしない。

神剣とまた持ち替えた王剣で鍔迫り合いをしながら、至近距離でエヒトルジュエが問う。

 

「何故、今になって」

「当然、確実を期すためだ。俺はお前の力を過小評価していない」

 

たった一撃限り(・・・・・・・)の“神殺し”。ユエの体を完全掌握したエヒトルジュエがどんな力を持っているのか分からない以上、確実にその一撃を与えるためにはまだ見ぬ手札を引き出す必要があった。エヒトルジュエが戯れでハジメにしようとしたことを、理由は異なれどハジメもまた行っていたのである。

想像を上回るエヒトルジュエの強さに、ハジメをして死神の鎌を感じさせるほどだったが、どうにか大量のアーティファクトと苦痛を代償に、ある程度の戦闘力と手札の確認、そして、エヒトルジュエの“癖”を捉えることができるようになった。

エヒトルジュエは驚愕から立ち直ると、打って変わって面白そうな表情になった。そして、自分を巻き込むことを厭わない大規模空間爆砕を瞬時に発動する。

空間が軋み、吹き荒れていた流星群が弾け飛ぶ。その中に顔を歪めたハジメも含まれていた。出力の上がった“金剛”によって凌いだようだが、かなりダメージを負ったようだ。咳き込みながら盛大に吐血する。

だが、直ぐに体勢を立て直しエヒトルジュエを探知する。エヒトルジュエは再び三重の輪後光を背負う場所に戻っていた。自らの攻撃でダメージを負ったようだが“自動再生”により直ぐに修復される。

 

「では、本当に過小評価していないか、真なる神の威をもって確かめてやろう!」

 

直後、光が爆ぜた。そう錯覚する程、輪後光が凄まじい光を放っているのだ。そして、燦然と輝きながら輪後光がそれぞれ逆回転を始めた。

その間にも放たれる今までの倍に比する光星を掻い潜りながら接近するハジメに、直後、輪後光から極太の閃光が放たれる。それは見るものが見れば、まるで光輝の放つ“神威”だと思うだろう。もっとも、その威力・規模共に桁違いだが。

 

「避けられはしないぞ、イレギュラー!お前が死ぬまで永遠に追い続ける滅びの光だ!」

 

高らかに声を張り上げるエヒトルジュエに対し、ハジメは獰猛に犬歯を向いて答えた。

 

「なら、正面突破だ」

 

殺意を研ぎ澄まして紅い閃光が真っ直ぐに奔る。

同時に、己の紅い魔力を王剣に込めた。奇しくも同一系統の魔力故に親和性が意外に高い。

ハジメは空中に強烈な波紋を広げ、直後、凄まじい衝撃と共に “真なる神威”の砲撃に向かって突進した。

 

「ラァァァァァァァァァッ!!!!我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)ァァァァァァァァァ!!!!!!!!」

 

叛逆(・・)を示す一撃が一筋の紅い雷閃と共に滅びの光海を突き進む!

 

「っぁあああああああああああっ!!」

 

散らしきれなかった余波により、治ったばかりの傷口から血が噴き出し、内臓が、肉が、骨が悲鳴を上げる。纏う紅とは別の赤を撒き散らしながら、それでも絶叫を上げて進撃を止めない。ただの一瞬も立ち止まりはしない!圧倒的奔流を圧倒し返す!理不尽を更なる理不尽で押し潰す!今までそうして来たように、全ての障碍を喰い破るっ!

 

「これを突破するというのかっ」

 

エヒトルジュエが、己が放つ神威の中を突き進んで来るハジメを見てその強靭な意志と絶大な殺意を湛えた眼光に貫かれて――再び逃げを打った。

天在でその場を離脱しようとする。ほとんど無意識の行動だった。

だが、そんなことはハジメが許さない。

周囲一体が爆音に包まれた。ハジメが放っていた手榴弾だ。それが爆発した場所を中心に、空間がぐにゃりぐにゃりと歪み、元に戻ろうとする副作用で衝撃波が吹き荒れる。

空間を歪め衝撃波を発生させる空爆手榴弾。本来は、空間を利用した衝撃波で相手を攻撃するものだが、今、この場所では違う効果を発揮する。

すなわち、空間の不安定化。

精密にして繊細なゲートを使用しない直接転移の魔法“天在”を、この場所で使えばどうなるのか……

 

「――ッ。またもアーティファクトかっ」

 

それはエヒトルジュエ自身がよく分かっているようだ。少なくとも、思わず発動を躊躇う程度には危険らしい。そして、次から次へと現れる新たなアーティファクトに、思わず悪態とも取れる言葉を吐き出した。

その隙に、ハジメが遂に真なる神威を突破した。ロブ・レーゲンシルムは砕け散り、ハジメ自身もボロボロではあるが、そのおぞましいほどに鋭く輝く瞳が、すぐ間近でエヒトルジュエを射抜く。

エヒトルジュエは咄嗟に逃亡から迎撃に切り替えた。もう片方の手にも神剣を出現させ神速をもって振るう。刹那の内に描かれた剣線は優に百を越える。本気も本気。エヒトルジュエ全力の剣戟だ。

認識がずらされようが何だろうが、空間を埋め尽くす剣戟を放てば関係ない。故に、さしものハジメも反応できなかったようで、防御する暇もなく全ての剣閃がその体を通過した。何の手応えもなく。

同時に、斬られはずのハジメがふわりと霧散し、その影からハジメが飛び出した。

 

「馬鹿なっ。認識をずらす程度の効果しか――」

「誰がそんなこと言ったよ?」

 

エヒトルジュエが上げた驚愕の声に、ハジメがあっさりと答えた。幻影投射アーティファクト“ノヴム・イドラ”は、基本的に認識を狂わせる効果しか持たない。だが、それが能力の全てなどとは誰も言っていない。たとえ、瀬戸際においてすら、その効果しか見せていなくとも、だ。

エヒトルジュエの視界の端に水晶のように透き通った浮遊する弾丸が映った

――幻想投影補助アーティファクト“ヴィズオン・ブレット”。

“ノヴム・イドラ”と合わせて、弾丸を核にハジメの幻像を完全投影するアーティファクトだ。真なる神威を突破した瞬間、苛烈な迎撃が来ると予想していたハジメは、ヴィズオン・ブレットを前方に放ち、自身はエヒトの剣界から引き下がったのである。

神剣を振り抜いた直後であり、更に驚愕で反応が遅れたエヒトルジュエに、ハジメは凄まじい踏み込みと共にシュラークを投げ捨てて義手の掌を向けた。直後、ギミックが作動し、五指が大きく伸びる。それはまるで巨大な骸骨の手。

ハジメは、広がった機械の掌を、そのままエヒトルジュエに叩きつけた。そして、間髪入れず五指を曲げてその体を拘束し、体当たりしながら一気に輪後光を突き抜ける。

 

「ぁああああああああっ!!」

 

雄叫びを上げて、義手のギミックであるスパイクを出してエヒトルジュエの体をアイアン・メイデンの如く突き刺し、更に掌中限定の空間固定を発動して完全に拘束する。

エヒトルジュエは、咄嗟に魔法を使おうとするが、密着状態の義手から莫大な魔力放射――義手に転換した魔力砲“グレンツェン”による純粋魔力砲撃が行われ体内の魔力を掻き乱された為、瞬時に発動できない。更に、手首の返しだけで神剣を操ろうとするが、それも義手から飛び出したアンカーや鋼糸が巻きついて振動粉砕を発動したせいで敵わなかった。

 

「らぁっ!!」

「っ!?」

 

そうして、コンマ数秒だが濃密な攻防の末、ハジメはエヒトルジュエを地面に叩きつけることに成功した。

地面に組み伏せられたエヒトルジュエと馬乗り状態のハジメの視線が交差する。同時に、カチャという音と共にエヒトルジュエの心臓部分へ、五指の隙間から硬いものが押し付けられた。

ドンナーの銃口だ。

 

「チェックだ。ヤケ酒の果てに生まれたらしい“神殺し”、存分に味わいな」

「まっ――」

 

刹那、

ドパンッ

銃声が一発。

エヒトルジュエの体がビクンッと跳ねる。

放たれたのは、当然、神の魂魄だけを選別して滅する神殺しの弾丸。解放者達の執念が宿った“神越の短剣”を圧縮し、手を加え、弾丸に加工し直したもの。

遂に切り札の一つが、エヒトルジュエに突き立ったのだ。

背後で輪後光がサラサラと風化するように形を崩していく。

静寂が白き空間を満たす。

閉じられたユエの瞼が長いまつ毛と共にふるふると震える。そして、ゆっくりと開いた瞳には、ボロボロな姿のハジメが映り……

 

「残念だったな。イレギュラー」

「ッ――」

 

直後、ハジメの左腕が粉微塵に粉砕され、その体が血飛沫を上げながら吹き飛んだ。

轟音。飛び散る金属片。

バラバラと降り注ぐそれが硬質な音を立てながら地面に落ちた頃には、玉座のある雛壇の一角から呻き声が響いた。ガラガラと崩れ落ちる白亜の雛壇の中央には、背中から埋もれて苦痛に顔を歪めるハジメの姿がある。

その姿は、神水による治癒など無かったかのように血塗れになっており、それどころか左腕の義手まで無くなって見るも無残な有様となっていた。

 

「ぐっ、がはっ」

 

盛大に吐血しながら、ハジメはドンナーを前方に向けようとする。額から流れ落ちた血が目に入り、まるでレッドアラートが点灯しているかのように視界を真っ赤に染め上げていた。

その赤い視界の中で、重力を感じさせずにふわりと起き上がったエヒトルジュエが指を鳴らす仕草をしたのが分かった。

その瞬間、ドンナーを持つ右手に強烈な衝撃。吹き飛ばされた際の衝撃で痛覚が麻痺しているのか痛みはほとんど感じなかったが、何をされたのかは分かる。視界の端で、自身の右手の五指があらぬ方向に曲がり、持っていたはずの相棒が木っ端微塵に粉砕されていたのだから。

バラバラに砕け散ったドンナーの破片が地面に落ちると同時に、右手の中指にはめていた“宝物庫Ⅱ”もカランコロンと場違いに可愛らしい音を立てて地面に転がる。右手に衝撃を受けた際に抜け落ちてしまったようだ。

 

「見事、見事だ、イレギュラー。この我に切り札を当てるとは。称賛に値する。もっとも、切り札が常に切り札足り得るかと問われれば、否と答えるしかあるまい」

「……」

 

悠然と薄笑いを浮かべながら歩み寄ってくるエヒトルジュエ。普段は鳴らすこともないだろうに、ヒタヒタとやたら大きく足音を響かせるのは死へのカウントダウンでもしているつもりか。

しかも、一歩、歩みを進めるごとに粉砕され散らばった義手やドンナー、少し離れた場所に落ちているシュラークが白金の光に包まれていく。ハジメのアーティファクト達は、抵抗するようにふるふると震えたものの、やがて耐え切れなくなったようにその形を崩していき、最後には塵も残さないほど完全に消滅させられていく。

主たるハジメの手から離れ、集中的に消滅の光を浴び続ければ、ハジメの施した対策も保たなかったようだ。

 

「不思議か? “神殺し”の概念が込められた弾丸は確かに我の心臓を穿ったというのに、何故、平然としているのかと。クックックッ」

「……」

 

可笑しそう、あるいは滑稽そうにハジメを見ながら悦に浸る。ハジメは答えない。話す余裕もないのかぐったりとしたまま崩れた雛壇に背を預け瞑目している。眼帯の外れた右目だけは薄らと開いているようだが、魔眼石は通常の視界を得られるようには出来ていないので、実質、エヒトルジュエの表情は見えていない。

だが、そんなハジメを特に気にした様子もなく、エヒトルジュエの舌は滑らかに動く。起死回生、一発逆転の奥の手を潰され無様を晒すハジメの姿が、余程、お気に召したようだ。

 

「確かに、千年も前の我ならば、あるいは滅ばされていたかもしれん。だが、その間も、信仰心を魂魄昇華の為の力に変換する秘技は続けていたのだぞ? 当然、存在の格も上がるというものだ。たかだか、人間の生み出す概念など物ともせん程度にはな。しかも、今はこの吸血姫の肉体がある。人の肉体自体が根付いた魂魄を守る防壁となるのだ」

「……」

 

周囲に散らばっていたハジメのアーティファクトが完全に消滅した。ご丁寧にも、先に潰されたシュラーゲン・AAやクロス・ヴェルトを含めたアーティファクト、弾丸の薬莢、手榴弾の破片に至るまで、完全に消滅させられたらしい。

徹底的に望みを絶つつもりなのだろう。もっとも、ハジメは既に死んだように横たわったまま微動だにしないのだが……お構いなしなところを見ると単なる手慰みなのかもしれない。

 

「もっとも、我とて本当に無事に済むかは確信を持てなかったのでな、食らうつもりはなかったのだ。故に、少々焦ってしまった。これは快挙であるぞ。神に焦燥を感じさせるなど。誇るがいい、イレギュラー」

「……」

 

ギャリッとエヒトルジュエの足が転がり落ちていた“宝物庫Ⅱ”を踏み躙る。そして、わざと音を立てるようにして一気に踏み抜いた。踏みつけた場所から光芒が漏れる。やはり、塵も残さず消滅させているのだろう。

これで、ハジメが所持するアーティファクトは魔眼石のみとなった。薄く開かれた目蓋から覗く蒼い水晶の瞳は何を映しているのか。通常の視界はなくても、当然、魔力の有無や流れは見分けることが出来るので、相棒たるアーティファクト達が消滅していく様は見えていたはずだ。

しかし、大切なものが一つ、また一つと失われていく様を暗示するかのようなその光景を前にしてもハジメの表情は動かない。既に神水の効果はなく、左腕を失くし、右手を砕かれ、内臓に至るまで打ちのめされ、体中に裂傷を刻んで、ピクリとも動かない姿は、死んでいるか、あるいは全てを諦めて絶望してしまっているかのようだ。

少なくとも、エヒトルジュエには遂にハジメの心が折れたのだと、絶望の淵に落ちたのだと、そう見えたようだ。人を堕すことを存在意義とする悪魔の如く、表情を歪めて嗤う。

そして、ハジメの眼前にまで歩み寄ったエヒトルジュエは、その前で膝を折り、ハジメと視線の高さを合わせるとおもむろに手を薙いだ。

 

「――ッ」

 

その瞬間、光星の礫がハジメの両足を穿った。大腿骨が粉砕される。文字通り、風穴を開けられた。

ハジメの抵抗力をまた一つ奪って、エヒトルジュエはそのたおやかで美しい指先をそっとハジメの顎に添えた。そして、有無を言わさず顔を上げさせる。

薄らと左目を開けたハジメに、エヒトルジュエは艶然と微笑むとまるで口付けでもするかのように顔を近付けた。そして、弄ぶように唇の手前で進路を変えると半ば抱きしめる形で密着しながらハジメの耳元に甘く、嫌らしく、ヘドロのように粘ついた声音で囁いた。

 

「お前の大切なものは全て我が壊してやろう。共に【神域】へ踏み込んだ仲間も、地上で抵抗を続ける同胞達も、故郷の家族も、全て踏み躙り、弄び、阿鼻叫喚を上げさせてやろう」

「……」

 

ハジメは答えない。ただ真っ直ぐ、魔眼でどこかを見つめるのみで、感情の発露も見受けられない。本当に抜け殻のようで、心ここにあらずといった様子。

エヒトルジュエは、そんなハジメの横顔を恍惚の表情で眺める。

 

「だが、安心するがいい。この素晴らしき吸血姫の体だけは丁重に扱ってやる。我の大切な器であるからして、隅々まで、存分に、丁寧に、なぁ?」

 

最愛の女を、いいように使われる。その耐え難き言葉に……ハジメが反応した。おもむろに砕けた右手を動かし、求めるようにエヒトルジュエへ、否、ユエの胸元へと手を添える。

 

「……やっと……見つけたぞ」

「ん?」

 

小さな、小さな呟き。しかも掠れていて、間近にいたエヒトルジュエをして聞き逃した。

エヒトルジュエにとってハジメは既に嬲るだけの存在。全ての希望を潰され堕ちた玩具だ。ここから何か出来るはずもなく、それ故にその小さな呟きを、最後の嘆き、あるいは既に存在しない最愛を呼ぶ哀れな鳴き声だと思った。

そうして、最後の絶望という名の甘露を味わおうとハジメの口元に耳を寄せる。

ハジメがスっと口を開いた。それは、本来なら既に唱える必要のない詠唱。されど、ハジメの命を繋いできた最大の武器にして、唯一の才能を示す言葉。

 

「“錬成”」

 

一瞬、片目を眇めて訝しみ、「なにを」と問おうとしたエヒトルジュエだったが、それは敵わなかった。

なぜなら、

 

「――ガァッ、ガハッ!?」

 

突如、エヒトルジュエの胸元から無数の刃が飛び出したから。

内側から肉を食い破り、剣山のように生える血濡れの金属刃。それは、胸元だけでなく瞬く間に体中の至る所から飛び出し、更にはどこからか集まった金属片を媒介にして隣り合う金属と癒着し、エヒトルジュエの体を凄惨に拘束した。

体の内側から刃が飛び出してくるという異常事態に、エヒトルジュエの思考もまた一時停止をしてしまう。それ程までに、勝利を確信していた上でのこの不意打ちは衝撃的だった。

体を突き破る刃に、どこからか現れた金属片が深紅のスパークと共にエヒトルジュエの動きを物理的に阻害し、金属に含まれているらしい封印石の要素が魔法の行使を妨げ、更にその異常性そのものが思考をも停止させる。それにより出来た隙は、ほんの数秒のこと。

だが、価千金。この瞬間こそが、ハジメが待ち望み、狙っていた本当の勝負所。

 

「“錬成ッ”!」

 

再度、己の才覚を叫ぶ。

ただ、金属を加工するだけの魔法。今、この場にある金属は一見するとエヒトルジュエの体から飛び出す刃のみ。“神殺し”ですら歯が立たない相手を、どうにか出来るわけもない。

しかし、ハジメの砕けた右手――魔力の直接操作によって砕けたまま強引に動かしたそれが添えられた場所は……自らの腹。

直後、深紅のスパークが迸ると同時に血濡れの刃がハジメの腹から飛び出した。

 

「――ッ!?」

 

エヒトルジュエが瞠目する。それは、ハジメが胃の中に金属塊を隠し持っていたからでも、それが腹を突き破ってきたからでもない。

その飛び出した刃に込められた尋常でない気配を感じたから。背筋が粟立ち、本能がけたたましく警鐘を鳴らす。それは紛れもなく先に感じたのと同じ――概念魔法の気配。

刹那の世界でエヒトルジュエは咄嗟に天在を使おうとする。しかし、体血管の中を掻き乱す微細な刃の群れが思考と魔法行使を邪魔し、自動再生すら遅らせる。更には、いつの間にか両足を縫い付けている金属の枷が物理的に飛び退くことを妨げる。

そうして晒してしまったコンマの隙は、ハジメの刃を届かせるに十分だった。血に濡れて分かりづらいが、神結晶を含有する玩具の如き小さなナイフは透き通った刀身に深紅の光を纏いながら突き出され……そして、狙い通りエヒトルジュエの体にズブリと埋め込まれた。

途端、膨れ上がる深紅の魔力。その中心はエヒトルジュエの体。同時に響き渡ったのはエヒトルジュエの絶叫。

 

「がぁあああああああああああああっ!!?」

 

ただ、小さなナイフで刺されたにしては有り得ない焦燥と苦痛の悲鳴を響かせる。体から飛び出す刃を白金の光で消滅させ拘束を解き、ふらふらと後退りながら頭を抱えて身悶える。

エヒトルジュエの体がドクンッ、ドクンッ! と脈打ち始めた。

それは目覚めの狼煙。身悶える肉体の本来の持ち主が上げる意志の叫び。

 

「馬鹿なっ、吸血姫は完全に消滅したはずだ!」

 

確かに、消滅していく魂魄を感じていたのだ。エヒトルジュエは内から膨れ上がる自らを押し退けようとする力の奔流に顔を歪めながら困惑もあらわに疑問を叫ぶ。

それに答えたのはハジメだ。未だ起き上がることも出来ない体でありながら、その口元には獰猛な笑みが浮かんでいる。

 

「ユエの方が一枚上手だった、それだけのことだろう?」

「っ――」

 

その言葉で察する。すなわち、ユエの消滅はユエ自身がそう見せかけた策だったのだと。力尽き、消えたように見せかけて、自らの魂魄を隠蔽し身の奥深くへと潜んだのだと。

いつか必ず、助けが来ると信じて。

もしかすると、エヒトルジュエが聞いた悲鳴も演技だったのかもしれない。

 

「だが、だがっ、何故っ!?」

 

身悶え、遂に膝を付いて頭を抱えるエヒトルジュエが言葉にならない疑問を無意識に呟く。

それに対して、ハジメは右手を突き出しスパークを放ちながら答えた。

 

「“神殺し”の弾丸は、お前の魂魄を揺さぶり、ユエの魂魄を覚醒させる。“血盟の刃”は、お前の妄念を断ち切り、ユエに力を与える」

「どういう――ッ、まさかっ」

 

一瞬、意味が分からないと困惑の言葉を漏らしそうなったエヒトルジュエだったが、直ぐに理解したようでハッとした表情となった。

それを見てハジメの口元が更に釣り上がる。

概念魔法“神殺し”――それは、ユエの肉体に影響を及ばさず神性を有する魂魄のみを消滅させる魔法。しかし、ミレディから与えられたこの力を、ハジメは彼女の忠告通り信頼してはいなかった。

故に、その特性のみを利用して本当の切り札を補助する目的で使うことにしたのだ。すなわち、致命傷には程遠かろうと、エヒトルジュエの魂が小さくない影響を受ける隙を突いてユエを覚醒させ、更にユエ自身が力を振るう隙を与えるということ。

そして、もう一つが、第二の刃本当の切り札の為にエヒトルジュエとユエの魂魄を明確に区別すること。魔眼の右目を薄ら開いていたのは、それを確かめるため。小さく呟いた「見つけた」という言葉は、深奥に身を潜ませていたユエの魂を捉えたという意味だったのだ。

アーティファクト【血盟の刃(ブルート・フェア・リェズヴィエ)】――ハジメが丸い鉱石状態で胃の中に隠し持っていたそれに付与された概念は、【汝、触れることを禁ずる(俺の女に触れるな)】。すなわち、ユエの魂魄への干渉禁止と、既にある干渉を断ち切る概念魔法だ。

難点は、ユエの魂魄に直接当てなければ真価を発揮しないという点にあり、それ故に、ハジメは何としても“神殺し”を確実に当てなければならなかったため、随分と苦労したわけだが……

とにかく、これにより、エヒトルジュエの影響から完全に切り離されたユエの魂魄は障壁に守られたかのような状態で、自身は十全に力を振るうことが出来る。しかも、この【血盟の刃】にはわざわざ刀身に溝を掘ってあり、毛細管現象を利用してたっぷりとハジメの血が含まれていた。

ユエの技能――唯一と定めた相手からの吸血による効果を大幅に増大させる“血盟契約”。それが、【血盟の刃(ブルート・フェア・リェズヴィエ)】を通して直接、ユエの魂魄を強化する!

 

「これを、最初からっ、狙っていたというのか!?」

「圧倒的物量で押し切れるなら、それで良かった。だが、かかっているのは最愛の命だ。二手、三手を用意しておくのは当たり前だろう?」

 

刻一刻と力強さを増していくユエの魂の力。自分の中から異物を追い出そうと荒れ狂う。これは私の体だと、触れていいのはハジメだけなのだと。渦巻き吹き荒れる白金の魔力が明滅するように黄金へと輝きを変え、その意志を示すように脈動がエヒトルジュエの魂魄を打ち据える。

エヒトルジュエは幻視した。スっと目を開き、その深紅の瞳で己を射抜く美しき吸血姫の姿を。その瞳には最愛のパートナーへの絶大な信頼が宿っており、今この瞬間を待っていたのだと雄弁に物語っていた。

それはすなわち、ユエも、ハジメも、想いは同じだったということ。意思疎通なくして、互いがどうするか理解し合っていたということ。

エヒトルジュエは思う。あの時、ユエの体を乗っ取ったものの抵抗を受けてハジメを見逃した、その時から、もしかすると自分は二人の絆という名の掌の上で踊っていたのではないかと。

凄まじいまでの屈辱と言い様のない不快さがエヒトルジュエの精神を軋ませる。その荒れ狂う心のままにエヒトルジュエは叫んだ。

 

「舐めるなっ、吸血姫っ。この肉体は我のものだ!後顧の憂いは残さん! 貴様の魂、今度こそ捻り潰してくれるっ。その次は貴様だっ、イレギュラー! ははっ、この程度の概念など我が力の前では――」

 

事実、【血盟の刃(ブルート・フェア・リェズヴィエ)】を受けても、エヒトルジュエとユエの魂魄による肉体の主導権争いは拮抗していた。それ程までに、信仰心変換の秘技により昇華した神の魂魄は絶大なのだろう。

だが、

 

「だろうよ」

 

エヒトルジュエの言葉は、たった一言により遮られた。まるで予想済みだとでもいうような軽い声音によって。

 

「――な、に?」

 

エヒトルジュエの瞳が大きく見開かれる。それは、言葉を遮られたからではない。

視線の先、そこで雛壇に背を預けたまま震える右手をエヒトルジュエに向けるハジメの姿があったから。

そして、信じ難いことに、信じたくないことに、その手に握られた弾丸から――新たな概念魔法の気配が発せられていたから。

いったい、どこから出したのか。血濡れであることからすれば、やはり体内に隠し持っていたのかもしれない。

 

「い、今更、そんなもの! アーティファクトもなく!」

 

ユエとの魂のせめぎ合いで身動きが取れないエヒトルジュエが、焦燥を滲ませつつも嘲笑うように叫んだ。

確かに、弾丸だけあってもドンナーかシュラークが無ければ放つことは出来ない。ハジメの足は穿たれていて、未だ回復はしていないことからすれば、直接叩き込むということも出来ないはずだ。

だが、そんなことは百も承知。

ハジメは王剣が入っていた指輪(保管庫)とは別の指輪から1つの銃を取り出した。その銃は正義の味方が愛用していた1発用の銃。名をトンプソン・コンテンダーという。

 

「“錬成”」

 

鮮麗な紅が広がる。それは周囲の空間に広がっていき、徐々に色を濃くして深紅へと変わっていく。同時に、突き出した弾丸を込めたトンプソンを握る手にキラキラと煌く風が集っていった。それは徐々に小さな何かを形作っていく。

 

「……金属の粉、だと?」

 

呆然と呟くエヒトルジュエ。その呟きは、全くもって大正解。

 

「ユエを確実に(・・・)取り戻すのに最低三工程は必要と踏んだ。……言ったはずだ。確実を期す為だと」

「まさか、あの戦いの最中に……では、これも最初から狙って……」

 

何故、刹那の戦闘を強いられた中で手榴弾などというタイムラグのある武器を使い切るまで多用したのか。何故、クロス・ヴェルトやグリムリーパー達は、斬撃系統の攻撃を受けたときにも爆発四散していたのか。エヒトルジュエの体から飛び出した金属は何だったのか。

その答えがこれ――金属粒子だ。

目に見えず宙に舞うほど錬成によって微細に分解された金属粒子を全ての手榴弾とクロス・ヴェルト、そしてグリムリーパーに詰めて空間全体に爆発四散させた。中には金属粒子しか入っていない手榴弾もあったし、大鷲型グリムリーパーの中にはずっと粒子を散布している個体もあったのだ。

あの戦いの最中、物量戦で押しきれないと察し、更にはエヒトルジュエの頭上で撃墜させた(・・・・・)クロス・ヴェルトが撒き散らした粒子を、エヒトルジュエが吸い込み、そのことに気がついていないということを確認した時点で、ハジメは第二プランへと移行したのである。

すなわち、唯一の切り札である“神殺し”を当てるためだけに、死に物狂いで戦っていると思わせて、その実、錬成の材料となる金属粒子を気づかれないよう周囲に散布し、エヒトルジュエを体内から攻撃・拘束するという第二プランへ。

そして、本来なら触れていなければ使えないはずの錬成で、広範囲の金属を集め錬成できた理由は、錬成の終の派生“集束錬成”だ。あの魔王城で目覚めた錬成の極意“想像構成”と同時に手に入れた二つの内の一つ。

効果は単純。触れずに周囲の金属を集めて錬成できる、それだけだ。ありふれた職業に相応しい地味さである。

だが、それが体内に取り込まれた金属に作用すればどうなるか。宙を舞う金属をたっぷりと吸い込んだエヒトルジュエの肺や胃の中はさぞかし金属粒子に塗れていたことだろう。

そして、あの義手による拘束。固定の為に飛び出しエヒトルジュエに突き刺さったスパイクからも金属粒子を溶かした液体が流し込まれていたのだ。それが血中を流れている間に破片となれば、内側からズタズタにされるのは自明の理だ。

 

「物量戦で圧倒した。近接戦で格の違いを見せつけた。切り札を切らせて、その上をいった。全ての手札アーティファクトを完全に潰した。だから……」

 

――勝ったと思っただろう?

ハジメの悪魔の如く三日月に裂けた口元が、その言葉が、エヒトルジュエの推測を真実である証明する。勝利を確信したからこそ、切り札をも凌いで、己がハジメに対して圧倒的であると確信したからこそ、あれほどまでに無防備に密着したのだ。勝利を確信して、隙を作ったのだ。

それこそが、本当に狙っていたことだと突きつけられて、あの息詰まる戦闘の最中ずっと布石を打っていたと教えられて、しかも乗っ取られているとはいえ恋人の体を内側からズタズタにするという容赦のなさに、エヒトルジュエの精神が揺らぎに揺らぐ。その動揺を、吸血姫が容赦なく突いてくるのだから堪ったものではない。

エヒトルジュエが動揺と、ユエの攻勢に意識を割かれている間に、遂に、集束した金属の粒子はトンプソンをさらに重圧にしたドンナーやシュラークに引けを取らなアーティファクトとなった。込められた弾丸は致命の牙。

ハジメの砕けているはずの指が魔力操作で強引に動き、引き金へと掛かる。

エヒトルジュエが体から飛び出した刃や纏わりつく金属の枷を消滅させつつ雄叫びを上げながら動こうと、あるいは転移をしようとする。だが、途端、時間が数分の一にまで減少したかのように遅くなり、その全てを阻害してしまう。自動再生まで発動を止めてしまっている。

時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ))がコンテンダーに宿されており、その能力が発動したのだ。

まるで、ハジメの一撃を援護するが如く。

きっと、それは気のせいではないのだろう。

血塗れのハジメは、それでも不敵に笑いながら重圧なコンテンダーを深紅の雷でスパークさせた。

そして、

 

「返してもらうぞ。その女は、血の一滴、髪一筋、魂の一片まで、全て俺のものだ」

 

紅い閃光が必死の形相で叫ぶエヒトルジュエを貫いた。

放たれたのはアーティファクト【血盟の弾丸(プルート・フェア・ブレット)】。込められた概念は【紡いだ絆をお前がいないとこの手の中にダメなんだ】――ユエとハジメ、求め合う互いの魂を共鳴させ、ユエの魂魄を爆発的に強化すると共に、体内に巣喰う異物魂魄の結合を強制的に引き剥がしつつ、同時に直接神経を炙るような凄絶な痛みを与える効果を持つ概念魔法だ。

 

「――ッ!!」

 

声にならない叫び。それは果たして、エヒトルジュエが上げた悲鳴か、それともユエが上げた裂帛の気合か。

直後、黄金の光が爆ぜた。

それは、先程まで白金などよりずっと鮮やかで温かい色。ハジメを包み込むように照らし、どうしようもないほど切なくさせる。紛れもなく最愛の光。

光の奔流の中、ユエの体から影のようなものが吹き飛ぶように離れていった。

直後、目覚めるようにスっと開かれた瞳。鮮烈な紅玉は真っ直ぐに最愛を捉える。

そして、蕾が満開に咲き誇るが如く、あるいは暗雲を吹き払い顔を覗かせた太陽の如く、燦然と輝きを放って蕩けるような笑顔を見せた。

ユエの体がふわりと浮かぶ。

血濡れではあるが、そんなものはむしろ、彼女の艶やかさを助長するものでしかない。大人の魅力を携えた姿で、豊かな金糸をふわふわとなびかせて、迎え入れるように、あるいは迎えて欲しいというように、両手を広げてゆらりと飛び込んでくる姿は、いったい、どのような言葉で表現すればいいのか。

女神のようだ――そんな言葉がどうしようもないほど陳腐に思える。

ハジメは、ただ、ひたすら愛しげな表情で、優しく目を細めながら恋人の願いを叶える為にスっと腕を伸ばした。

そこへユエが飛び込む。重さなど全く感じさせずに、まるで真綿のようにぽふっとハジメの上に腰を落とし、そのまま胸元に顔を擦りつける。回した腕はぎゅぅうううっとハジメを拘束し、無言で、一つに溶け合いたいと訴えているかのようだ。

ハジメもまた、片腕を回してユエを抱き締める。腕や腹の痛みなど、彼女と離れていた時の心の痛みに比べれば毛程のこともない。

やがて、ユエが胸元に埋めていた顔を上げた。その瞳は込み上げる感情をあらわすようにうるうると潤み、可憐な桃色の唇から漏れ出す吐息は火傷しそうなほどに熱い。

ハジメは、そっと薔薇色に染まったユエの頬に手を添えながら、愛しさの溢れる声音で言葉を贈った。

 

「迎えに来たぞ、俺の吸血姫」

「……ん、信じてた。私の魔王様」

 

お互いの冗談めかした呼び名に、くすりと微笑みを零し合う。

口付けは、自然だった。互いに触れ合うだけの、されど最大限に想いを乗せた優しい口付け。血の味がするのはご愛嬌。ユエの小さな舌が、チロリとハジメの唇についた血糊を舐め取る。

と、その時、睦み合う二人を再び引き裂こうというのか、凄絶な殺気と共に莫大な光の奔流が襲いかかってきた。

咄嗟に、ユエが半身だけ振り返りながら手を突き出した。一瞬で張り巡らされる光の障壁。

そこへ、空間を軋ませるような衝撃と共に光の砲撃が直撃する。

 

「……んっ」

 

ユエが僅かに声を漏らした。ギュッと眉根と寄せられる。

ユエ自身、エヒトルジュエの魂魄を追い出す際に、かなり消耗してしまっているということもあるが、それ以上に、その砲撃には、ユエの障壁を空間ごと軋ませるほどの威力が込められていたのだ。

神代級の魔法を使う余力は残されていない。ハジメは満身創痍のまま動けない。

故に不退転。その意志で“聖絶”を張り続けるユエと、寄り添うハジメ。そこへ、狂気を孕んだ呪詛の如き言葉が響いた。。

 

『殺すっ、殺すっ、殺すっ、殺してやるぞっ、イレギュラーッッ!』

 

障壁の向こう側、光の砲撃の起点。そこには、光そのもので出来た人型が浮遊していた。その浮遊する光の人型の頭部と思しき場所、その口元が憤怒をあらわしているように歪に歪む。

ぼやけた姿でもよく分かる。声音が違っても、憤怒に彩られていても、その滲み出る下劣さは間違いようもない。

その光の塊は紛れもなくエヒトルジュエだった。

ビキッ、パキッと、ユエが展開した障壁に亀裂が入っていく。

光の砲撃は絶え間なく、一切合切を消滅させんと威力を上げていく。

 

『ここは【神域】。魂魄だけの身となれど、疲弊した貴様等を圧倒するくらいわけのないことだっ! 吸血姫の眼前でイレギュラーを消し飛ばし、今一度、その肉体を奪ってやろう!』

 

空間全体に反響するエヒトルジュエの声。

神剣や神焔といった透過性能を持つ魔法や、雷神槍のような天在を使った空間跳躍攻撃が同時行使されないところを見ると、ユエとの魂魄のせめぎ合いや【血盟の弾丸】によるダメージは、エヒトルジュエに対してそれなりの消耗を強いたようだ。

だが、光の砲撃は、それでもなお絶大。その色は白銀。それが元々のエヒトルジュエの魔力光なのだろう。一見すると、神性を示すような煌きだ。だが、砲撃と同じく絶え間なく続く、憤怒と狂気を孕んだ哄笑が、全てを台無しにしている。

 

『さぁ、無駄な抵抗は止め、懺悔するがいい。最後の望みが絶たれた今、もはや、何をしようとも意味はない!』

 

光が膨れ上がる。“聖絶”の亀裂が次第に大きくなっていく。

ハジメとユエの二人にしてやられたことがエヒトルジュエの矜持をいたく傷つけたようで、ユエの体を慮る様子はない。再憑依した後、“再生”すればいいということなのだろう。それよりも、ユエがハジメを守りきれず、目の前で消し飛ぶという光景を作り出すことが重要なようだ。

そんな悲劇的な未来をエヒトルジュエは確信しているらしい。満身創痍で概念魔法という切り札を二枚も切ったハジメに、もう余力があるとは思えなかったのだろう。かつての解放者達ですら七人掛りで三つしか生み出せなかったのだ。

ユエに対する想いの強さ故の奇跡とすら言える。

だからこそ、

 

「これで終わりだなんて、誰が言ったよ?」

『強がりを――』

 

エヒトルジュエの言葉が途中で止まる。

障壁の奥で、口元を三日月のように裂いた悪魔の如き笑みを浮かべるハジメを見たから。その表情に肉体もないのに悪寒が駆け巡る。

 

「ユエ」

「……ん。任せて」

 

阿吽の呼吸。それだけで手札の詳細など知らずとも、ユエにはハジメの求めることが手に取るように分かる。だから、余計な言葉はいらない。これで最後だと黄金の魔力を唸らせて“聖絶”に力を注ぎ込む。

ハジメの手に金属の粒子が集束した。錬成されたのは一発の弾丸。なんの変哲もない、ただの弾丸だ。

しかし、そこでハジメはガリッと歯を鳴らした。そしてプッと吐き出されたそれは、隠蔽状態で奥歯に仕込んでいた最後の概念魔法――【全ての存在を否定する(何もかも消えちまえ)

鎖の崩壊と共に消えたと思われていたそれを、ハジメはどうにか集束錬成で小指の先程度ではあるが確保し、加工した上で奥歯に仕込んでおいたのだ。この時の為に。

粉微塵になっても集束すれば概念が生きていたことにハジメ自身驚いたが、それだけ、ユエを奪われたときの虚無的な感情は極まっていたのだろう。恐ろしいほどに深い想い。

血盟の刃(ブルート・フェア・リェズヴィエ)】も【血盟の弾丸(ブルート・フェア・ブレット)】も、あくまでユエを助け出す為のものだ。故に、最初から止めは純粋なまでに破壊を願った、この概念の弾丸。小さな、されど今や確かな存在感を放っている奥歯を、錬成で弾丸にコーティングしていく。

 

『それはっ』

「アルヴヘイトは神だから死んだわけじゃない。ただ、ユエに手を出されてキレた俺の暴走に巻き込まれただけさ。俺に神殺しなんて概念、生み出せるわけがないだろう?」

『き、きさま――』

 

ハジメが、エヒトルジュエがしていた勘違いを訂正する。

それは、エヒトルジュエにしろ、アルヴヘイトにしろ、この世界で暴威を振るう“神”だから相対したわけではないということ。

南雲ハジメの逆鱗に触れた。

ただ、それだけが、エヒトルジュエ達が滅ぶ理由なのだ。

そう、言外に告げられ、エヒトルジュエは言葉を失う。ハジメにとって、エヒトルジュエもまた襲い来る魔物と大差はなかったのだということに気がついたから。

その力には圧倒的な差があれど、今までハジメが潰してきた相手とスタンスは何ら変わらない。すなわち、“敵だから殺す”。全くもって特別なことなど何もなかったのである。

 

『ふ、ふざけ、きさまっ』

 

言葉にならないといった様子のエヒトルジュエ。屈辱が大きすぎて、されど、向けられる概念が凶悪すぎて、今すぐ滅ぼしてやりたいという黒い意志と今すぐ逃げろという本能がせめぎ合ってしまう。

その逡巡が命取りとなった。

 

「チェックメイトだ、三下」

 

不敵に歪めた口元に咥えた弾丸をデリンジャーに装填したハジメは、辛辣な言葉と共に躊躇いなく引き金を引いた。装填された【存在否定】の弾丸が深紅の閃光となって放たれる。絶妙のタイミングでユエが障壁を透過させ、光の砲撃をものともせず、当たった端から消滅させていく滅びの一撃。

エヒトルジュエは、今更ながら、焦燥をあらわにして回避を選択するが……

 

「ユエの名において命じるっ、“動くな”!」

『馬鹿なっ』

 

体を乗っ取られた直後から、身の内で何度も力の流れを感じ、その効果を見て、聞いた。その仕組みを、戦乱の時代に僅か十代で当時最強の一角に数えられた魔法の天才がものに出来ないわけがない。

魔力は既に底が尽きかけている。だが、それがどうしたと、ブラックアウトしそうな意識を意志の力で叱咤し、限界を訴える体を強引に捩じ伏せて魔力を搾り出し、“聖絶”に消費していた魔力をも回して発動した魔法――【神言】

まさか、己の魔法を使われるとは思いも寄らなかったのだろう。エヒトルジュエの使う【神言】と比べれば幾分拙さが残るその術は、しかし、見事に対象を拘束した。

 

『我はっ、我は神だぞ!!イレギュラァアアアッ!!!』

 

絶叫。迫る滅びの紅き閃光に、顔はなくても分かる。エヒトルジュエが、恐怖の表情を浮かべていることが。有り得ない光景、信じ難い現実、永劫に続くと信じて疑わなかった己の道が脆くも崩れ去る音が響く。

しかし、どれだけ現実を否定しても、どれだけ己は神であり、絶対であると叫んでも……無情に、非情に、無慈悲に、理不尽に、化け物が上げる殺意の咆哮はこの世の一切合切を破壊する。

それが現実なのだ。

故に、

 

『――ッッッ!!!!!』

 

深紅の閃光は光の奔流を貫き、絶叫を掻き消し、凄惨な未来を砕いて――狂った神の胸を貫いた。

音もなく、深紅の閃光は白き空間の遥か彼方へと消えていく。

光の奔流が霧散し、エヒトルジュエが胸元にぽっかりと空いた穴に手を這わせる。そして、言葉にならない悲鳴を上げながら、胸元を掻き毟るように、あるいは必死に塞ごうとしているかのように、哀れみすら感じさせる有様を晒してもがく。

 

『ぁあ、馬鹿な……そんな……ありえない……』

 

現実を否定する言葉を漏らすものの、胸の穴を中心に光の肉体は崩壊していく。

そして、最後に、もう一度「……ありえない」と呟いて、エヒトルジュエだった人型の光は、虚空に溶け込むようにして消滅した。

同時に“聖絶”の輝きが虚空に溶け、ユエがペタリと女の子座りでへたり込む。

ハジメが、ゆっくりと小さな銃を下ろした。

静寂が辺りを包み込む。

ハジメとユエの、少し荒れた息遣い以外何の音もない空間。

ユエが、今にも閉じてしまいそうな目蓋を懸命に持ち上げながら、微笑みと共にゆっくりと肩越しにハジメを振り返った。

それに対し、ハジメもまた笑みを返そうとして……刹那、

 

「ユエッ!」

「ッ――」

 

ハジメの焦燥が含まれた警告の声が響いた。

それにユエが息を呑んだと同時に、この世のものとは思えない奇怪な絶叫が響き渡った。

――ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!

同時に、不可視にして凄絶な衝撃が暴風となって二人を襲う。

抵抗も出来ずに吹き飛んだユエは、ハジメの胸元へと背中から飛び込んだ。ハジメは咄嗟に、ユエに腕を回して体を捻り、衝撃から自らの体をもって庇う。轟音。

それはハジメが半ば埋もれていた雛壇が木っ端微塵に粉砕された音。衝撃と白亜の壁にプレスされなかったことは僥倖であったが、尋常でない衝撃波の直撃を浴びたことに変わりはない。

ハジメは、胸の中にユエを庇ったまま雛壇の残骸と共に、まるで暴風に翻弄される木の葉の如く吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドしながらようやく止まった。

 

「グッ、がはっ、ユエっ……」

「……んっ、ハ、ジメ……」

 

血反吐を撒き散らしながら、ハジメがユエを呼ぶ。ユエはハジメに庇われたが為にまだダメージは少ないようだったが、それでもまともに動けない程度にはダメージを負ったようだ。

二人して手を繋ぎ合い、支え合いながらどうにか上体を起こす。そして、周囲を見渡して冷や汗を流した。

 

「おいおい、なんだこりゃ……」

「はぁはぁ……【神域】自体に、影響が出てる……みたい」

 

ユエの言葉通り、白い空間は至る所に亀裂が入り、あるいはぐにゃりぐにゃりと歪んでおり、明らかに不安定になっていることを示していた。歪んだ場所には、どことも知れぬ世界、見知った世界、地上の光景などが映っては消え、また映っては消えるということを繰り返している。

そして、奇怪な絶叫と絶大な衝撃波の源は……

 

「……実は、あと二回、変身を残して……いたってか? まぁ、ある意味、テンプレだわな」

「……ん。もう、ただの、怪物……」

 

ハジメとユエが視線を向けた先、そこには歪んだ空間から吹き出すヘドロのようなドス黒い瘴気を纏い、あるいは吸収しながら、尚、奇怪な呻き声を上げるエヒトルジュエだったもの(・・・・・)がいた。

 

『ゥ゛ゥ゛ゥ゛、ア゛ア゛、ァ゛ァ゛ッッ――』

 

その精神を逆撫でするような不快極まりない呻き声に惹かれるように、周囲の歪んだ空間から止めど無く瘴気が集まり、その中には魔物や使徒らしき姿が見て取れる。だが、どれも抵抗する素振りも見せず虚ろな瞳を虚空に向けたままエヒトルジュエへと吸い込まれていった。

そして、更に響き渡る不快な音。ベキッ、ゴキュ、グチャ、ボキッと骨と骨が磨り潰されるような、あるいは肉と肉が潰れ合うような生々しい音が瘴気の中から響いてくる。

同時に、途切れがちな言葉が反響するように広がった。

――死に、たく……ないっ、死にた、く…な……い

――どうし……じゅうぶ、ん…だ、と……わか、らない…しに、た…く、ないっ

――えい、えん……を…すべて……

――か、み……われ、は…かみ…なる、ぞ……なの、に…なぜ……

――まち…がって、な……ど、われ、こそ……

――した、がえ…すべて……こわれ……こわ、す…

――くるし…め、さけ…べ…なげき……わめ、け…

――いや、だ……しに、たく…な、いっ

その言葉は、生への執着であり、他者への怨嗟であり、子供じみた独善であり、俗な自己保身であり、言い訳のしようもないただの八つ当たりであった。

だが、死にたくないという思いも、一人となり何もかも壊したくなる気持ちも……本当は認めたくないし心底嫌になるが、ハジメには理解できてしまう。

奈落の底で他者などどうでもいいと変心し、血肉を啜ってでも生き足掻いた。ユエを奪われたときは、虚無的な感情から極限の破壊をもたらす概念まで生み出し暴走した。

 

「……あれは、もしかすると、ユエ達と……出会えなかった……お――」

 

俺なのかもしれない。そう呟こうとしたハジメの唇をユエのたおやかな人差し指が押さえて遮る。

そして、静かに首を振ると囁くような声で、優しく否定する。

 

「……あれとハジメは違う。……あれにも、きっと想ってくれる者はいた。手を差し伸べるべき相手も、手を差し伸べてくれた者も。それを顧みなかったはあれ。その結果」

 

ユエの深紅の瞳が優しく細められる。

 

「……今まで、ハジメが歩んできた軌跡。それがハジメの全て」

 

変心しても、奈落の底で上げられた悲鳴を聞き届けた。この世界のことなどどうでもいいとそう言いながら、結局、多くの人々を助けてきた。そうやって歩んできた軌跡が、ハジメの暴走を止めた。

だから、似ているように見えても、全然違うのだと。

だから、私のハジメを貶めないで、と。そう伝える。伝わる。

 

「……ユエがそう言うなら、そうなんだな」

「……んっ」

 

絶賛大ピンチだというのに何を感傷に浸っているのかと、そして、この土壇場で何を諭されているのかと、苦笑いを浮かべるハジメにユエはふわり微笑む。

その間にも、エヒトルジュエだったものは、聞くに耐えない身勝手な心情を吐き出し続け、逆に魂魄には瘴気や魔物、使徒の残骸を凄まじい勢いで吸収していく。

エヒトルジュエは明らかに正気を失っている。空間の不安定さを考えれば、先の衝撃波だけが原因ではなく、明らかにエヒトルジュエの異常が作用していると分かる。つまり、【存在否定】の弾丸は、確かにエヒトルジュエに対して致命傷級のダメージを与えたということだ。

それでも消滅せず、否定され消滅した己の存在を補うように瘴気と魔物達を取り込んでいるのは、ひとえにエヒトルジュエの生存欲、支配欲に対する執着の強さ故だろう。

そんな今にも消滅しそうな己を執念だけで保っているエヒトルジュエに、しかし、ハジメ達は止めを刺す術を持っていない。

魔力は枯渇し、体は満身創痍でまともに立ち上がることすらできない。

用意した切り札は使い切った。その事実に、ハジメはもう苦笑いするしかない。本当に、ファンタジーという夢と希望が詰まった言葉で表すには些かハード過ぎる世界である。

と、その時、エヒトルジュエの周囲を覆っていた瘴気が破裂するように吹き飛んだ。

未だ、渦巻くような黒霧を纏ってはいるが、その全貌ははっきりと見える。

 

「マジで怪物だな」

「……ん。いっそ哀れ」

 

二人の感想は率直だ。

そこにいたのは肉の塊。何種類もの肉を骨や皮と一緒に適当にこね合わせて、そこに手足を突き刺した蠢く肉塊。幾本もの触手がうねり、グロテスク極まりない。ただ、そこにいるだけで人の正気を奪っていくような吐き気を催す姿だった。

その肉塊と成り果てたエヒトルジュエだったものが、不意に絶叫を上げた。

――ギィィァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!

 

途端、吹き荒れる暴風。黒い瘴気が渦を巻き、不可視の衝撃波が肉塊を中心に白亜の地面を吹き飛ばす。

指向性を持たない、放射状に放たれたものではあるが、それでも既にそれなりの距離を吹き飛ばされていたハジメ達を、更に吹き飛ばす程度の威力は秘めていた。

苦悶の声を漏らしながら吹き飛ばされ、それでも繋いだ手を決して離さないまま地面に叩きつけられた二人。ハジメは、苦痛に顔を歪めながらも、やれやれといった様子で肩をすくめて、ユエに指示を出した。

 

「ユエ、血を吸え」

「……っ、でも」

「大丈夫だ」

 

ハジメの言葉に、ユエは逡巡する。ハジメは大丈夫だと言うが、そんなわけがない。既に致死量ギリギリか、あるいは既に越えているのではと思うほど出血をしているのだ。腹部の傷も、両足の傷も、塞がってなどいない。筋肉を締めて流血を抑えてはいるが、いつ出血多量で鼓動を止めてもおかしくない状態である。

意識を保ち、今尚、生きる為に、敵を殺す為に、思考を働かせていられるのは、ひとえに化け物と称されるほど強靭な肉体のおかげだ。それでも本当にギリギリ。ここでユエが吸血すれば、止めを刺すことになりかねない。

遠くで、再びエヒトルジュエが正気を削るような咆哮を上げる。その度に空間は激しく歪み、衝撃波が白亜の世界を破壊していく。更に、うねる触手が獲物を探すように彷徨う姿も見える。このままでは、何もせずと死ぬのは明白だった。それでも、逡巡してしまうユエに、ハジメは、笑みを見せる。

それは、いつもの、ユエの胸の奥をキュッとさせる大胆不敵な笑み。犬歯を剥き、瞳をギラつかせ、味方には絶大な信頼を、敵にはトラウマ級の戦慄を与える、吸血姫を虜にする悪魔の笑顔。

 

「言っただろう? テンプレだって。俺が、この事態を想定していなかったと思うか?」

「ハジメ……」

「確かに、切り札は使い切った。ただし、用意した完成品は(・・・・)、な?」

 

もはや、ユエに言葉はなかった。あぁ、本当に、私の愛した人は何て……悪魔的なのだろう。そんな想いで胸を高鳴らせながら、ユエは熱の篭った吐息を漏らし、コクリと頷いた。

そして、ハジメの自分を抱き締める腕の感触を感じながら首筋に噛み付く。流れ込む血が、ほんの僅かにユエの魔力を回復させる――否、次の瞬間、凄まじい脈動が生じた。ドクンッドクンッと、通常であれば何の効果も得られないほどに微量の血が、“血盟契約”の効果など遥かに凌ぐ勢いでユエを回復させていく。

その原因は一つ。

――ユエ専用アーティファクト 南雲ハジメ

ユエの“血盟契約”を数段昇華させる効果と、“限界突破”を可能にする効果、そして、チートメイトの成分を付与した血中鉄分を豊富に含んだ血液。それがハジメの体には流れている。

自分がアーティファクトを失い、取り戻したユエが疲弊し、更に【存在否定の弾丸】で殺しきれなかった事態を想定して、自分自身をユエ専用のアーティファクトに見立てたのだ。その名称通り、今のハジメは、ユエに限って言えば神水を超える力と回復をもたらす秘宝級アーティファクトなのである。

 

「……んぁ」

 

あまりに甘美で、内から燃え上がるような快楽を感じて、ユエが思わず喘ぎ声を漏らす中、そんなユエの回復を察したように、エヒトルジュエから無数の触手が霞むような速度で射出された。その先端は鋭く、当たれば一撃で体を貫かれるだろう。

ユエは、ハジメの首筋から口を離すと片手を盾にするように向かってくる触手へと向けた。途端、眼前の空間がぐにゃりと歪む。

そこへ殺到する触手。

だが、その全てが二人には届かなかった。歪む空間が全て呑み込んでしまったからだ。否、正確には別の空間へと放逐されているというべきだろう。

ユエは少ない魔力で確実な防御をする為に、不安定になっている空間を利用したのだ。一から空間魔法を発動して空間遮断したりゲートを作ったりするような力はないが、それなら、既に揺らいでいる空間を使って別の世界とのゲートを作ってやろうということだ。既に空いている穴を押し広げるだけなら、それほど力は消費しない。

ユエは空間放逐の結界が確かな効果を発揮しているのを確認すると、再び視線をハジメへと戻した。

ハジメの瞳が、微妙に焦点をずらし始めている。今の微量な吸血だけで、やはり限界がきているのだ。顔からは血の気が引き、今にも目蓋と共に意識を落としてしまいそうである。傷口を意識して、その痛みで辛うじて意識を繋いでいる状態だ。

ハジメの体を支えるユエに、ハジメが掠れた声で、されど何一つ諦めてなどいないと分かる力を秘めた声で話しかけた。

 

「ユエ……ある程度、回復……できたな?」

「……ん」

「手札は…ない。だが……無い、なら――」

「……作ればいい」

 

ハジメに意思を汲み取り、空間を操作しながらユエが言葉を引き継ぐ。それに、薄らと笑みを浮かべながらハジメが続ける。

 

「……奴を、滅ぼす――」

「概念を、今ここで。でも、私一人の魔力だと、まだ足りない」

「変成、魔法……を。俺を――」

「っ……眷属化する。私には血があるから」

 

ニヤリと笑うハジメに、どこまで想定していたのかと、そして随分と無茶な、されど最初から自分への絶大な信頼を前提としたその策に、ユエはもう何とも言えない表情になった。

 

「……材料は」

「俺の、眼を」

 

ハジメの指示に従い、ユエの細い指がハジメの右目に添えられる。そして、ズブリと一気に差し込まれた。ハジメから僅かに呻くような声が漏れるが、ユエは口元を真一文字に引き締めながら躊躇わずに引き抜いた。

その掌には、青白い小さな水晶球がある。魔眼石だ。

 

「ユエ……たの、む」

「……ん。任せて」

 

そうして始まる変成の儀式。

必要な魔力を得る為に、更に吸血されハジメは益々弱っていく。既に鼓動はいつ止まってもおかしくないほどに弱々しい。

だが、ユエの手がハジメの胸元に添えられた途端、まるで電気ショックを浴びたかのように激しい鼓動の音が響いた。ドクンッ、ドクンッ! と脈打つ鼓動は、刻一刻と力強さを増していく。

それは、ハジメをユエと同じ吸血鬼として変成させる魔法。ティオが、他の魔物を眷属に変化させたのと同じ原理だ。魔物と異なり繊細で脆い人間に使えば、普通はただでは済まない。まして、種族を変える変成魔法は最高難度魔法だ。

竜化という、変成魔法を根源に持つ固有魔法の使い手であるティオをして黒隷鞭の補助がなければ成し得ないという時点で、どれだけ難しい大魔法か分かるだろう。それを特に変成魔法については習熟していないユエが、人間相手にぶっつけ本番で使う。

希代の天才であるユエが、心身共に人外の強靭さを持つハジメに使うからこそ成功する可能性のある一手。否、最初からこの方法を想定していたハジメは、成功すると確信していたのだろう。ユエを、心の底から信頼しているが故に。

遠くからエヒトルジュエの肉塊がのそりのそりと近寄ってくるのを感じる。それはきっと死へのカウントダウン。

変成魔法に力を割いた為に空間の制御が甘くなり、幾本かの触手が体を掠り始めている。

だが、そんな極限の状態でも、化け物の愛するパートナーは完璧に応えて魅せるのだ。

 

「ユ、エッ」

「……ん。来て、ハジメ」

 

瞳がユエと同じ深紅に染まり犬歯を伸ばしたハジメが、ユエの触れれば折れてしまいそうな細く滑らかな首筋に噛み付いた。そして、吸血鬼の特性として血を力に変換していく。

 

「……んぁっ」

 

ハジメの喉が鳴る度に、ユエから甘く熱い吐息が漏れる。

体から力が抜けていくのが分かるのに、今はそれどころではないと分かっているのに、“もっと”なんて、そんなことを思ってしまう。

甘美な喘ぎ声が響く中、流れ出る血の量に比例してハジメの魔力が回復していく。

しかし、ユエは焦燥を感じながら思う。

(足りない……)

そう、足りないのだ。概念魔法を創り出すには到底足りない。ハジメの全快にすら程遠い魔力では、今この瞬間も躙り寄ってくる神域の怪物を仕留める概念には届かない。

自分の中に流れる血の限界は、もうすぐそこまで来ている。ハジメの回復量も把握している。このままでは、足りない魔力でイチかバチかの賭けに出るしかなくなってしまう。それも、相当分が悪い賭けだ。

 

「大丈夫だ。お前に捧げたアーティファクト俺が、この程度のはずがないだろう?」

 

焦燥が表情にあらわれていたのか、ユエの首筋から離れたハジメは、そんなことを言いながら今度はユエの唇を奪いにかかった。そして、「んぅ」と小さな声を漏らすユエの唇を犬歯で傷つけ、同時に、自分の唇にも傷を付ける。

そうして、互いにキスを繰り返す内に、それは来た。

轟ッ!!と、凄まじい勢いで魔力が膨れ上がったのだ。

ユエから枯渇寸前だったはずの魔力が噴き上がり黄金が渦を巻く。同時に、ハジメからも先までの回復量からは想像も出来ないほど莫大な魔力が噴き上がった。二人を中心に天を衝くかのような、否、実際に【神域】の空間を貫いて天へと昇る魔力の奔流が吹き荒れる。

黄金と深紅が、まるで二人の関係をあらわしているかのように絡み合い、混じり合い、渾然一体となって荒れ狂う。

――粒子型アーティファクト “連理の契”。

アーティファクト化しているハジメの血液と、ユエが体内に取り込んだ金属の粒子。この金属の粒子、実はこれ自体が一定条件下でのみ発動するアーティファクトだったのだ。その条件と効果とは、血盟契約を結ぶ二人が、アーティファクト化している互いの血を交換し合うことで、連鎖反応的に血力変換を行うことができるというもの。その効果は当人達が自ら血液交換キスを止めるまで際限なく続く。

 

「……ぁん」

 

膨れ上がる力に、最愛と交じり合う喜びに、ユエが喘ぎながら身を震わせる。それはハジメも同じだ。腕の中にいる吸血姫が愛しくて仕方ないといった様子で僅かに血の味のする口付けを繰り返す。

エヒトルジュエの成れの果てが、直ぐそこまで来た。触手と共に絶大な衝撃波を放ってくる。

――ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!

それに対して、ユエは目を向けることすらせずに歪曲空間を解除した。

もう、そんなもの必要ないと分かっていたからだ。それを示すように、黄金と深紅の魔力が防壁のようにそびえ立った。そして、次の瞬間、同じように絶大な衝撃を放って全ての攻撃を相殺する。ハジメによる“衝撃変換”だ。

その間も、二人はただひたすら睦み合っている。

神域の怪物が放置される姿は、はっきり言って哀れであった。

それが許せないというように、益々、不快極まりない奇声を発しながら苛烈な攻撃を放つエヒトルジュエ。

その全てを魔力衝撃で退けながら、もはやこの白き空間を内側から破壊しかねないほど膨れ上がった膨大な魔力を従えたハジメとユエは、ゆっくり唇を離していった。二人の間に掛かる銀の橋が何とも艶かしい。

場違いにもほどがある二人の甘い雰囲気を、しかし、邪魔できる者などこの世のどこにもいはしない。

二人は抱き合ったまま、そっと手を重ねた。その間には神結晶が含まれた魔眼石と、吹き飛ばされても決して離さなかったちっぽけな銃がある。

そして、唱えられるハジメの切り札ありふれた技。

 

「“錬成”!」

 

直後、黄金と深紅が溶け合い、太陽が生み出されたのかと思うような光が発生した。

その美しく、力強い輝きに、エヒトルジュエの怪物は身悶えるように後退った。まるで、その温かさすら感じる光を嫌っているかのように。

光が集束していく。

その向こう側には、エヒトルジュエに向かってギラギラと輝く獰猛な眼光と共に腕を突き出すハジメの姿があった。その手には小さな銃が握られている。

疲弊が激しいようで、カタカタと震えるボロボロの右手は照準を定めきれていない。それを、下から掬うようにそっとたおやかな手が支えた。ユエの手だ。

寄り添い合いながら、二人で一つの小さな銃を構える。迸るスパークは深紅と黄金。全てを終わらせる必殺の弾丸が、今か今かと唸りを上げる。

そこに込められているのは紛れもなく概念魔法。

――ギィイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!

エヒトルジュエが狂ったように触手を放った。己に向けられる力の強大さが本能で理解できたのだろう。

だが、そんな闇雲な攻撃が黄金と深紅を纏う二人に通じるはずもなく、その全てはあっさり魔力の衝撃で払われていく。

そして、

 

「男にキスで勝利を与えるなんて、ヒロインみたいだな、ユエ」

「……ん。最後には必ず勝利をもぎ取っていくところ、ヒーローみたい」

 

二人で軽口を叩きながら燦然と輝く銃をエヒトルジュエのド真ん中に照準する。

 

「まぁ、それはさておき、あれに言いたいことは一つだ」

「……んっ」

 

二人は、一瞬、目を合わせる。互いの顔に浮かんでいるのは不敵な笑み。

放たれる言葉は生まれたての強大な概念にして、散々吹っ掛けられた厄災の数々に対するお返しの言葉。そして、きっと、過去を通してエヒトルジュエに弄ばれた全ての人々の気持ちを代弁した言葉。

 

「「――【撒き散ら(よくも)した苦痛を(やってくれたな)あなたの元へ(このクソ野郎)っ】」」

 

音もなく、空を切り裂く一条の閃光。

それは、狙い違わずエヒトルジュエのド真ん中に突き刺さった。

概念魔法【撒き散らした苦痛をあなたの元へ】――対象が今までに他者へ与えた苦痛や傷の全てをそのまま本人に返すという魔法だ。

かつてゴルゴダの丘で聖槍に貫かれた聖人の如く、神だったのものは傷口からゴボリと血を噴き出した。もっとも、それはかの聖人のように聖なるものなどではなく、ヘドロのように黒く粘性のある不快な物質だったが。

肉の塊が崩壊していく中、膠着していたエヒトルジュエの成れの果ては、一拍後、

――ギィイ゛イ゛イ゛イ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛

と、凄まじい絶叫を上げた。

そして次の瞬間、爆発したように血肉が四散し、ドス黒い瘴気が混ざった白銀の魔力が天を衝いた。

それはまさしく、狂った神の断末魔の絶叫だった。数千年、あるいは万年に及ぶ非道の数々が全て己の身に返って来たのだ。理性なき怪物に成り果てたと言えど、地獄の責め苦すらも生温いというべき苦痛を一瞬にして万年分感じたに違いない。

絶叫を内包した閃光は空間を粉砕し、その向こう側の見覚えのある赤黒い空へと抜けていく。

紛れもなく、エヒトルジュエの、この世界の神の、最後の光景だった。

 

「……」

「……」

 

ハジメとユエ、二人に言葉はない。

ただ、徐々に細くなり虚空へと消えゆくエヒトルジュエ最後の光を眺める。その手に持つ銃は、負荷に耐え切れなかったようでボロボロと崩れて消えていった。

何もなくなった掌を自然と繋ぎ合わせて、二人は顔を見合わせる。既に魔力は霧散し、二人の周りは静かだ。体力も魔力も何もかも使い切った二人は、人の字のように互いの体を支え合い、抱き締め合う。そして、ふわり笑いあった。

場の創造主がいなくなったせいか、白い空間が鳴動を始めた。不安定だった空間は、いよいよ荒れ出し、あちこちで崩壊し始めている。ハジメは、周囲や自分達の状態を確かめたあと、苦い表情で口を開いた。

 

「ヤバイ、な。黄昏れている場合じゃ、なさ……そうだ」

「……ん。ハジメ、立てる?」

「……チッ、足……どころか、体自体、碌に動かせねぇ。ユエ、は?」

「……座っているのが……やっと」

 

二人して顔を見合わせ苦笑いする。どうやら、本当のピンチは神を屠った後に来たらしい。

 

「悪いな、ユエ。……本当は、エヒトを殺ったあと、回復を待って、粒子で……ゲートキーを作成する……つもりだったんだが……」

「……ん。そんな時間はなさそう。もう、交わし合う血の一滴もない」

「ああ。それに……粒子自体も、不安定な……空間に呑まれて、もう残ってない。最悪、腕か足の骨でも使え……ば、使い捨てアーティファクトくらい……作れると踏んで……いたんだが……」

 

【神域】の崩壊が早すぎて魔力の回復が間に合わないと、ハジメは苦虫を噛み潰したような表情になる。予想していなかったわけではないが、エヒトルジュエの余りのしぶとさは、ハジメをして余裕など持てないほどで、倒すことに全力を注がねばならなかった。それ故に、回復薬を残す余地も、血力変換するための血も、もはや残ってはいない。

最後の最後で、本当に手札が尽きたことに「俺の間抜け」と内心で罵りながら、しかし、絶望など微塵もない。

 

「ここまで来て……終わりなんて……認めない。這ってでも、帰るぞっ」

「……んっ」

 

互いに肩を貸しあって、文字通り、崩壊していく白い世界を這うように少しずつ進んでいくハジメとユエ。遅々として進まない歩みだが、二人の目に諦めの色は微塵もない。そこに、声がかかった。

 

「仲睦まじい所に悪いんですが私たちのこと忘れてませんか?」

「今まで気絶してた妾らが言うのもなんだがちと寂しいのう。まぁそれはそれでありなんじゃが。」

「……シア、ティオ」

「…………ん、来てくれてありがと」

 

今まで、エヒトとハジメの戦いの余波で遠くに飛ばされ尚且つ気絶していたシアとティオが気絶前から満身創痍だったのかかなりの傷を負った状態で来た。

 

「さて、急いで出るぞ。誰か抱えてくれ。」

「OKじゃ」

 

しかし、それでも現実はいつだって非情で、周囲の崩壊は益々激しくなり、皆の意志ごと呑み込まんと迫って来る。

ハジメの視線の先には、いつの間にか現れていた光のベールがあった。この空間への出入口だ。そこに急ぐも、その眼前で光のベールが崩壊した。

 

「くそっ」

「……ハジメ」

 

サラサラと崩れて消えていく脱出の道筋に、ハジメの口から思わず悪態が漏れる。それを宥めるようにユエのハジメを掴む手にギュッと力が込められた。

 

「……八方塞がり、だ。後は、賭けるしか……ない」

「……ん。崩壊に、飛び込む」

「確かにそれしかてはありませんね」

「どうなることか………ちと興奮してもうた。」

 

もう、それしか残っていない。シア達は迷うことなく賛同した。

ハジメとユエも、イチかバチか時折見える地上の光景を狙って崩壊する空間そのものに飛び込むのだ。

だが、どう考えても未来があるようには思えない。賭けにすらなっていないような無謀な試みだ。言ってみれば、爆弾を胸に抱えて、その爆発力で上手く遠くまで吹き飛べるかもしれないと言っているのと同じなのだから。吹き飛ぶ以前に、木っ端微塵になること請け合いである。

だが、それでも諦めるつもりだけは毛頭なかった。

 

「……ユエ」

「ん?」

「愛してる」

「んっ、私も……愛してる」

「私もですよ!ハジメさん!」

「妾も忘れんでくれ。」

 

崩壊を前にしているとは思えないほど落ち着いた様子で想いを言葉にして届け合う二人。シアとティオもそれに混ざる。

いよいよ、無事な地面も無くなってきた。皆のいる場所にも亀裂が入っていく。

そうして、ビキリッと嫌な音が足元から響き、二人が覚悟を決めて地上の見える空間に飛び込もうとした、その瞬間、

 

パキャンッ!!!!

 

「どうやらたどり着いたらしいな。」

「はい。門が消えた時には焦りましたが………こじ開けるとは。」

 

2人……否、3人の人物が空間を割って入って来た。ランサーと呼ばれていた者と1人のノイント上位個体、ノイント上位個体がおぶさるアキレウスだ。

 

「ライダー、到着したぞ。準備は出来ているのだろう?」

「…………あぁ。と、降ろしてくれ。」

「了解」

 

アキレウスはノイント上位個体から降りて、そこでハジメ達がいることに気づいた。

 

「ん?よぉ、すげぇボロボロじゃねぇか。そんなんなるまでよく出来たなぁ。」

「……燦嘹……か。見た通りこのザマさ。んで………何か逃げ切るもんでもあるのか?」

「あぁあるとも。」

 

ハジメは本当に最後の賭けで策があるのか朱爀に聞いたがあると聞いて聞こえていた皆が目をランランとする。

しかし、それはある種の地獄谷の始まりだった。朱爀が口笛を吹いたのだ。

その呼びかけに現れるは3頭の馬とそれに引かれる戦車。

朱爀は戦車が着くと共にハジメ作のボーラを投影(・・)し、皆を戦車に括りつけ、命綱とした。

 

「………………はっ、まさかお前─────」

 

何をするか気づいたハジメは止めにかかったがそこでウザさの極みたるKYが口を挟んだ。

 

『ちょあーーー!絶妙なタイミングで現れるぅ、美少女戦士、ミレディ・ライセンたん☆ここに参上!私は呼んだのは君達かなっ?かなっ?』

 

何か出てきた。

 

「「「「「「「……………………」」」」」」」

 

思わず目が点になる一同。

しかし、そんな皆にお構いなく、闖入者はテンションアゲアゲで口を開いた。

 

『なんだよぉ~、せっかくピンチっぽいから助けに来てあげたのにぃ~、ノーリアクションかよぉ~。ミレディちゃん泣いちゃうぞ!シクシク、チラチラッてしちゃうぞぉ?』

「……うぜぇ」

「……ん。確かにミレディ」

 

半端ないウザさに、皆してようやく目の前の光景が現実であると受け入れたようだ。シアは無事だった強化ドリュッケンを構えてさえいる。

そして周囲を見れば、いつの間にか崩壊が食い止められている。

 

「これ……お前、か?」

『ふふん、まぁね。このくらい解放者たるミレディちゃんには容易いことさぁ~。といっても、あと数分も保たないけどね☆』

「……もしかして、脱出、できる?」

『もっちろんだよぉ!流石、私!出来る女だっ!はい、拍手ぅ拍手ぅ!』

 

ニコちゃんマークの仮面を、どういう原理かキラッキラッさせながらそんなことを言うミレディに、言動のウザさはともかく本気で感心と感謝の念を抱く。と同時に、果てしなく悔しい気分になったハジメ達。

だが、次の言葉で1人を除いて半笑いだったハジメ達の表情は崩れ去る。

 

『ほい、これ【劣化版界越の矢】、最後の一本ね。こんな不安定な空間でないと碌に使えない不良品だけど脱出には十分なはずだから。後、サービスで回復薬だ!矢の能力を発動させるくらいには回復するはずだよん!それ飲んだら皆共さっさとゴー!ゴー!あとはお姉さんにまっかせなさ~い☆』

「……お前は?一緒に、出るんじゃないのか」

 

投げ渡された【劣化版界越の矢】をユエが受け取るのを横目に、ハジメが疑問を投げかける。まるでミレディが、この崩壊する空間に残るような言い方をしたからだ。

その推測は、どうやら当たりだったらしい。

 

『うん、残るよぉ~。こんなデタラメな空間を放置したら地上も巻き込んで連鎖崩壊しちゃいそうだからね。私が片付けるよ』

「……まるで、ここで死ぬ……みたいな言い方だな」

 

回復薬のおかげで、確かにアーティファクトを発動させる程度の魔力は回復したハジメが、幾分滑らかになった口調で問う。

ミレディは、それにあっけらかんと答えた。

 

『うん。私の、超奥義☆な魔法で【神域】の崩壊を誘導して圧縮ポンしちゃう予定だから。崩壊寸前だし、私のこの体と魂魄を媒体に魔力を増大させれば十分できる。だから、私はここで終わり』

「自己犠牲か?似合わねぇよ。それより――」

 

諦めたような物言いが癇に障ってハジメが言い募ろうとしたその時、ミレディ・ゴーレムに重なるようにして十四、五歳くらいの金髪美少女が現れた。魂魄を投影しているようで、それがミレディ本来の姿なのだろう。

その少女姿のミレディは、おちゃらけた口調とは裏腹にひどく満足げな、それでいて優しい表情でハジメとユエを見つめた。

 

『自己満足さぁ。仲間との、私の大切な人達との約束――“悪い神を倒して世界を救おう!”な~んて御伽噺みたいな、馬鹿げてるけど本気で交わし合った約束を果たしたいだけだよん』

「……」

『あのとき、なにも出来ずに負けて、みんなバラバラになって、それでもって大迷宮なんて作って……ずっと、この時を待ってた。今、この時、この場所で、人々の為に全力を振るうことが、ここまで私が生き長らえた理由なんだもん』

 

独白じみたミレディの言葉を、ハジメとユエは黙って聞く。ミレディが安い自己犠牲で悦に浸っているわけではなく、自分達など想像も付かないほど昔から胸に秘め続けた想いを、今この時、成就させようとしているのだと理解したから。

そんな二人を見て、ミレディは益々優しげに目を細める。

 

『ありがとうね、南雲ハジメくん、ユエちゃん。私達の悲願を叶えてくれて。私達の魔法を正しく使ってくれて』

「……ん。ミレディ。あなたの魔法は一番役に立った」

『くふふ、当然!なにせ私だからね!前に言ったこともその通りだったでしょ?“君が君である限り、必ず神殺しを為す”って』

「……“思う通りに生きればいい。君の選択が、きっとこの世界にとっての最良だから”とも言っていたな。俺の選択は最良だったか?」

『もっちろん!現に、あのクソ野郎はあの世の彼方までぶっ飛んで、私はここにいるからね!この残りカスみたいな命を誓い通りに人々の為に使える。……やっと、安心して皆のところに逝ける』

 

きっと、生身ならばミレディの目尻には光るものが溢れていただろう。そう思わせるほど、ミレディの言葉に万感の想いが込められていた。

 

『さぁ、二人とも。そろそろ崩壊を抑えるのも限界だよん。君達は待ってくれている人達の所へ戻らなきゃね。私も、待ってくれている人達のところへ行くから』

 

再び、停滞していた空間の鳴動が始まる。

ふらつきながも、回復薬のおかげでどうにか立ち上がったハジメとユエは、ユエの手に握られた【劣化版界越の矢】を発動させながら真っ直ぐにミレディを見つめ返した。

 

「……ミレディ・ライセン。あなたに敬意を。幾星霜の時を経て、尚、傷一つないその意志の強さ、紛れもなく天下一品だ。オスカー・オルクス。ナイズ・グリューエン。メイル・メルジーネ。ラウス・バーン。リューティリス・ハルツィナ。ヴァンドゥル・シュネー。あなたの大切な人達共々、俺は決して忘れない」

「……ん。なに一つ、あなた達が足掻いた軌跡は無駄じゃなかった。必ず、後世に伝える」

『二人共……な、なんだよぉ~。なんか、もうっ、なにも言えないでしょ!そんなこと言われたら!ほら、本当に限界だから!さっさと帰れ、帰れ!』

「だが断る!」

 

どこか照れたような、それでいて感極まったような表情で顔をぷいっと背けるミレディがパタパタと手を振った。が、表情を唯一変えてなかった朱爀が放った一言で固まった。

 

『え、何故に?』

「そりゃあ俺の役目を奪われたくはないからな。それに、エヒトは曲がりなりにも神を名乗り世界を見ていた。」

「あぁ、地球には霊長類(アラヤ)天上類(ガイア)というシステムが見ている。故にエヒト無き今、この世界にも世界を見届ける存在が必要だ。」

「そこに体の良く永き時を生きる者(ミレディ)が現れたんなら押し付けるだろ?少なくとも1人はいなければならないしな。」

『えぇと…………それって……』

「こういうことだ。」

 

1つのボーラをミレディに巻き付けて戦車に繋げた。

 

『ちょっと!?私皆のところ行きたいんだけど!?』

「第2第3のエヒトが現れてもいいってんならそうすりゃいい。空きがあれば世界は埋めようとする。ならば世界が埋める前にてめぇで埋めるだけだ。」

『っ!』

 

思わぬ言葉に反応するミレディ。今の言い方だと世界がエヒトを招いたような言い方なのだ。それに気づきながらも何も言わずに朱爀は仁王立ちして、言葉を紡いだ。

 

投影・開始(trace・on)

 

その手にひとつの剣が現れた。その剣は3つの筒が連なる剣。全員がその威光に圧された。

 

「この世界(【神域】)の破却を持ってして、異世界トータスの神代を完全に終わらせる。次代はミレディ・ライセン見る平和な世界。故にその威光を以て世に知らしめよ!天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)っ!!!!!!!!」

 

その一撃で【神域】は完全に消え、ミレディの用意していた劣化版界越えの矢(ショートカット)で脱出した。

 



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第14話 異世界のレベルが地球よりは確実に弱い件 -11-

 

 

第三者side

 

 

 

第三者side

 

 

銀色の天使達が、まるで流星のように次々と地に堕ちていき、赤黒い世界は絶えず鳴動し、本来空が見えるはずの天には反転した別の世界がゆらゆらと揺れながら見えている。その反転した幾多の世界も、一見して分かるほど崩壊し始めている。

世界の終末。

そんな言葉が、連合軍の人々の脳裏に過ぎった。猛威を振るった使徒達が機能停止をしても素直に喜べないのは世界が上げる悲鳴を感じ取ったからだ。

 

「あぁ、神よ……」

 

誰かが、そう呟いた。

世界の崩壊を前にして、手の中にある剣の何とちっぽけなことか。誰もが、ただ、呆然と壊れゆく天上の世界を眺めることしかできない。

その時、凛とした声が響いた。姿の見えない神などではない。自分達の傍らにいて、共に死線をくぐり抜けた“豊穣の女神”――畑山愛子の声だ。

 

『皆さん、絶望する必要などありません! あそこには、あの人がいるのです! 今、この瞬間も、あそこで悪しき神と戦っているはずです! 使徒が堕ちたのも、空の世界が壊れていくのも、悪しき神が苦しんでいる証拠です! だからっ、祈りましょう! あの人の勝利を! 人の勝利をっ! さぁ、声を揃えて! 私達の意志を示しましょう!』

 

シンと静まり返る戦場。

愛子の言葉は、ハジメに渡されたセリフ集のものではない。その証拠に、ハジメのことを“我が剣”ではなく“あの人”と呼んでいる。紛れもなく、愛子自身の心からの叫びだった。ハジメ達の無事と、その勝利を信じているという愛子の意思を示す言葉。

最初に応えたのはリリアーナ。

 

『勝利をっ!』

 

アーティファクトで拡声された可憐な声が戦場に木霊する。

それに血塗れの姿で、それでも力強く呼応したのはガハルド。

 

『勝利をっ!!』

続いて、カムが、アドゥルが、アルフレリックが叫ぶ。

 

『勝利をっ!!!』

 

さらに、イスカンダルとその門下達が

 

『勝利をっ!!!』

 

そして、地上駆ける竜殺しや空駆ける幻馬跨る少女?と戦場の聖女が

 

『勝利をっ!!!』

 

そうすれば、自然と人々は心を繋げていく。

――勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!勝利をっ!

戦場に勝利の大合唱が響き渡った。鳴動を呑み込み、大地を痺れさせて、天上の世界へ届けと“人”の意志が暗闇を払う陽の光の如く立ち昇っていく。

人間も、亜人も、異世界人も関係なく、自分達の勝利を、そして、天上の世界で戦う者達を信じて、有り得ないほど綺麗に揃った雄叫びを繰り返す。

そんな中、一人、合唱には加わらず一心に空を見つめる黒の天使がいた。ミレディを信じてハジメ達の帰還を心待ちにする香織だ。宙に浮いたまま、他には何も見えないというように崩れゆく【神域】を見つめ続ける。

と、その時、香織の感覚に何かが引っかかった。

場所は、崩壊した【神山】の上空辺り。

ハッとした様子で、そちらに視線を向ければ、【神山】上空八千メートルくらいの空間がぐにゃりと歪み、直後、楕円形の穴をポッカリと空けた。常人には分からないくらい距離があり、穴自体も人が数人通れる程度なので香織以外に気がついた者はいない。

香織は予感に駆られて漆黒の翼をはためかせた。同時に、その穴から4人の影が見えた。

香織は一気に加速した。

 

「香織!」

「カオリ~ン!ただいま!」

「鈴ちゃん。お帰り!」

「よっ、そっちも無事みてぇだな」

「龍太郎くんも、お帰りなさい」

 

落下途中で何とかボードに乗った4人。4人のうち1人は香織の姿を見て香りの元に向かい、香織に抱きついた。

抱きついてきた雫を抱きとめ、鈴も向かい入れて、龍太郎の言葉ににこやかに返す。

そして、少しバツ悪そうにしている光輝にふっと柔らかな笑みを見せた。

 

「光輝くん、お帰り」

「……あぁ、ただいま。全部、沢山、ごめん。本当に、ごめん。それと……ありがとう」

 

魔王城では香織を襲ってしまっただけに、迎えの言葉はもらえないだろうと覚悟していた光輝は目の端に涙を溜めながら頭を下げた。

雫達と同じく見捨てないでいてくれたことに、ただただ感謝する。もちろん、もう勘違いするようなことはない。

さらに、上の穴からヒュポッ!と2人の人影が飛び出してくる。

 

「アーー!!」

「ぬおぉおおおっ!!」

 

白と黒の影。遠目にも一発で分かる仲間の姿。

 

「シアッ、ティオ!」

 

彼女らがただ落下していることに気づいた香織は雫に一言入れてから飛び出し、地上数十メートルの位置で見事に二人纏めてキャッチする。見れば、地面付近に鈴が張ったと思われる輝く障壁が展開していたので大事はなかっただろうが。

 

「シア、ティオ! お帰りなさいっ!」

「ふぇ、あ、香織さん!ただいまです!」

「おぉ、香織。それと、ただいまじゃ」

 

空中で、香織の腕にしがみつきながらシアとティオがホッと息を吐き出す。パタパタと翼を動かして地上に降り立った香織に優しく地面に下ろされた二人はペタンと座り込んだ。

そして、香織は空を見上げた。そして、何かを探すように視線を巡らせる。誰を探しているかなど明白だ。

 

「香織さん……ハジメさんとユエさんは一緒ではありません」

「シア……それって」

「案ずるでない、香織。必要であったが故に、途中ではぐれただけじゃ。ご主人様もユエも、必ず帰ってくる。崩壊前には共にいたんじゃがの…………」

「ティオ……」

 

不安そうな表情の香織にティオが諭すように声をかけた。

彼女達は確かにハジメ達と共に光速を味わっていた。しかし、エヒトの残骸が束になり、襲いかかってきたのだ。その襲撃時にシアとティオのボーラが解け、落下。

つまり、消失した【神域】内でハジメとユエ、ノイント上位個体……ノインとミレディ、カルナはアキレウスの戦車に乗ったままリアル鬼ごっこをしているのだ。

その事を悟った香織は心配しつつ戦場を見る。

戦場では、未だ連合の人々の力強い祈りの言葉が響いている。

どれくらい経ったのか。永遠にも感じるが、きっと数十分も過ぎてはいない。

と、その時、それは起きた。

 

「あっ」

 

それに思わず声を上げたのは香織だった。

シア達の、そして連合軍が見つめる視線の先で黄金と深紅の交じり合った光の柱が、突如、空間を貫いて天を衝いたのだ。

その絶大という言葉ですら足りない魔力の奔流に、そして、そこに込められた圧倒的な意志のうねりに、思わず戦場の雄叫びが止む。誰もが魅せられたように螺旋を描いて天へと昇る二色の魔力を凝視している。

 

「ハジメさん!ユエさん!」

 

シアが叫んだ。歓喜の溢れた声音で。

直後、黄金と深紅の魔力が逆再生のように集束を始めた。

そして、

世界に響く断末魔の悲鳴。直接、鼓膜を震わせたわけではないが、確かに、世界中の誰もが耳にした終わりの声。同時に、今度は白銀にドス黒い瘴気の混じった閃光が噴き上がった。わけもなく、誰もがあれは神から流れ出した血なのだと、そう思った。

やがて、濁った白銀の光も虚空へと霧散していき、世界に静寂が戻る。

どうなったのだと、誰もが固唾を呑む中、空を覆う空間の歪みとその奥に見える崩壊していく天上の世界が、突如、一点を目指して収縮していく。まるで、何かに吸い込まれていくように、あるいは圧縮でもされているかのように。

次の瞬間、一点に集まった天上の世界が四散した。【神域】は対界宝具で消えたがその虚空はあったのだ。まぁ、それが真作と贋作の違いとだけ。

音はない。

ただ静かに、蒼穹の如き鮮やかな色の波紋を幾重にも放っている。いつしか、世界を揺らす鳴動悲鳴は止み、怯えたような大地の震えも止まっていた。

世界に波紋が広がっていく。

蒼穹の色だけでなく、夕日あるいは朝焼けの色、真昼の陽の色、冴え冴えとした月の色、瑞々しい草木の色、力強い大地の色、包み込む夜の色が折り重なる。

七色の美しき波紋は、どこまでも伸びてゆき、やがて、赤黒い世界に亀裂を入れ始めた。それは先程までの崩壊を印象付ける荒々しいものではなく、そっと塗り替えていくような優しい変化で……

 

「あぁ……神よ」

 

誰かが呟いた。それはもう、救いを求めるものではない。ただ、胸を満たす感動が故。

世界が色を取り戻してく。まさしく、神話というべき壮麗な光景。

赤黒い世界はキラキラと煌きながら破片となって砕けていく。

空の波紋は徐々に勢いを弱め、しかし、消えることなく、ホロホロと静かに涙を流す人々を見守るように、虹色のオーロラとなって漂った。

 

「ハジメくん……ユエ……」

 

そんな中、食いしばった歯の隙間から漏れ出したような声音が響いた。香織が、血を流すほどに手を握り締めながら消滅した【神域】を睨みつけている。

 

「ハジメ……」

「南雲くん」

「くそっ、どうなってんだっ、あの馬鹿っ」

「南雲っ」

 

雫が、鈴が、龍太郎が、光輝が、歯噛みしながら険しい眼差しを空へと向ける。ティオもまた、スっと細めた眼差しで空を見上げながら一瞬も逸らそうとはしなかった。

赤黒い世界が消える。

固有結界内の太陽が本来の輝きで世界を照らし始める。

待てど暮らせど、待ち人の姿は見えない。

やがて、その事実に耐え切れなくなったように、鈴が呟いた。

 

「……嘘、だよね」

 

龍太郎が、ギリッと歯を鳴らす。

 

「くそがっ」

 

光輝が、呆然と口を開く。

 

「まさか……二人共……本当に、もど――」

 

そして、半ば無意識に最悪の推測を口にしようとして……

 

「大丈夫ですッ!!」

 

そんなビリビリと響くような大声に遮られた。

ハッとしたように視線を転じる光輝達。そこには、ウサミミをピンッと立てて真っ直ぐに空を見上げるシアの姿が。

シアは、空から目を逸らさずに確信に満ちた声音で言う。

 

「今、ハジメさんとユエさんは一緒なんです。あの深紅と黄金の魔力が寄り添っていたのがその証拠。共にある限り、二人は無敵なんです!」

 

だから、この程度の難局、笑い飛ばして帰ってくる。シアの絶大な信頼が宿った言葉は、言霊となって世界へ響く。

不思議と、不安に駆られていた者達の心が軽くなった。

 

「……うん。そうだね。あの二人が揃っていて、打ち破れない困難なんて想像できないよ」

 

香織が同調する。先程までの不安に濡れたものではなく、シアと同じく確信に満ちた力強い声音。

 

「全くじゃな。きっとあの二人が本気になると、辞書から“しくじる”という言葉が消えるのじゃろう。むしろ、イチャつくのに忙しくて遅れておるのかもしれん」

 

ティオが冗談めかして、そんなことを言う。その表情は、やはり険しさが取れて確信に満ちたものになっていた。

 

「そうね。むしろ、というより、絶対、イチャイチャしているわ。感動の再会だもの。私達のことなんて空の彼方かもしれないわ」

 

苦笑いしながら、然もありなんと頷く雫。その物言いに鈴達の表情も和らぐ。

その直後、シア達の言葉が正しかったといことを示すように……

 

「あ……ふふ、ほらっ」

 

シアが指を差す。

そこには、当然……

 

 

第三者side out

 

────────────────────────

 

南雲ハジメside

 

 

空にかかる虹色のオーロラ。そのベールの合間に小さな穴が空いた。

 

「うおっ」

「……んっ」

 

その穴からピタリと寄り添い合う人影が、驚きの声と共に飛び出した。言わずもがな、ハジメとユエだ。

ハジメは片腕でしっかりユエを抱き締めて、ユエもまた、ハジメの首筋に腕を回してギュッとしがみついている。

そのまま、轟ゥ轟ゥと風の唸りを耳元に感じながら、二人は重力に任せて自由落下を開始する。

高さ的に地上までは三十秒といったところか。

仰向け状態で落ちていくハジメは、急速に離れていく神秘的なオーロラと肩越しに確認した地上までの距離を見てパッと計算する。落ちた場所は、連合軍から少し離れた場所のようだ。

 

「ユエ、飛べるか?」

「……無理。矢の発動に使い切った」

「まぁ、そうだよな。ちょっと乱暴になるから、しっかり掴まっとけよ」

「……ん。捕まえとく。絶対に逃がさない」

「……」

 

パラシュート無しのスカイダイビングを体験しながら、そんな余裕に満ちた会話するハジメとユエ。至近で自分を見つめるユエの妖艶な眼差しと声音に、ハジメが思わず声を詰まらせたのは仕方ないことだろう。

空中で凄まじい風圧に晒されつつ、少し高鳴った鼓動を極力無視して、ハジメはユエを抱えたままくるりと反転した。そして、深紅の魔力を薄らと体に纏う。それで片腕がなくバランスの悪い体が風に翻弄されるのをどうにか制御する。

回復薬を飲んだとは言え、その回復量は微々たるもの。元々、受けていたダメージの深さや概念魔法を創造した影響などもあって魔力の回復も遅い。“空力”を使える回数にも限りがある。

その制限の中で、完璧に速度を落とし地上へ降り立たねばならないのだ。正直に言えば、十数回しか使えず、しかも、十全に効果を発揮するとは言い難い“空力”のみで高度数千メートルからのスカイダイビングを成功させるなど神業以外のなにものでもないのだが……

 

「最後がユエとスカイダイビングか……悪くない」

 

そんなことを言う。この程度、危機にすらならないということだ。

ハジメとユエが崖っぷちの穴からは4名連れ立って落ちる。彼らのうち1人が拾うことを確信しているのだ。

口笛が響き、一瞬。

 

「おぉっと、地上までの片道切符は如何かな?代金はイチャつきとGへの我慢さ!」

 

真横には3頭の馬に引かれた戦車。その戦車の上にはお馴染みの英雄2人と降伏したノイント上位個体達の集合体。

 

「地上まで我慢するか?」

「……ん、ちょっとなら。」

「つぅわけで買った!」

「おしきた!ほれ、ボーラで命綱をしっかりとめな!」

 

ハジメとユエは渡されたボーラで戦車と結びつけて命綱とした。

後は、戦車が彗星が如く飛び出し、戦場を1周。

連合軍の人々も気がついた。彗星が戦場を周り、降り立とうとする姿を。

その瞬間、感極まったような声音が響いた。女神様の声だ。

 

『わ、私達の、勝利ですっ!』

 

一拍。

 

――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!

 

戦場に、否、新たな世界に人々の爆発したような歓声が響いた。

その世界が上げた産声のような勝鬨に応えたように、空を覆う虹色のオーロラからキラキラと光の粒子が降り注いだ。

イスカンダルの世界が消え去り、彼の呼び掛けに応えた猛者共はトータスの民たちを祝福して英霊の座へ帰っていく。

輝きを取り戻した太陽の光が座に帰る彼らの粒子に反射して、まるでダイヤモンドダストのように世界を煌めかせる。それはきっと、新たな世界への紛れもない祝福だ。

光のシャワーが降り注ぐ中、戦車は勢いを殺して地面に着地。

ボーラを解いたハジメはユエに手を貸しながら降りた。

 

といっても、両足の傷は治りきっておらず、“空力”の使用で回復した魔力もとうとう使い切ってしまったので、そのまま仰向けにパタリと倒れることになったが。

 

「ははっ、決まらねぇなぁ」

 

 苦笑いしながらピクリとも動かない体を横たわらせるハジメ。その表情は、どこか清々しい。

 

 ずっと抱かれていたユエは、そのままハジメに馬乗りとなりペタリと張り付くように抱きつくと、今にも触れ合いそうな至近距離でハジメを見つめながら小さく首を振る。

 

「……決まってた。最高に格好良かった」

「そうか?」

「……ん。ハジメ、ありがとう。大好き」

 

 そうして、蕩けるような笑顔を魅せると、ユエはその柔らかで甘やかな唇をハジメに押し付けた。

 

 大の字となり、動けない故に為されるがままたっぷりと堪能されるハジメ。もっとも、たとえ動けたとしてもユエが望む以上、ハジメに抵抗の術などありはしない。

 

 ユエの姿は大人のまま。外見と中身のギャップがもたらす魅力は無くなったものの、全身から匂い立つような色気を発しており、むしろ凶悪さは増しているかもしれない。

 

 大人の外観は、おそらく変成魔法によるものだ。だとすれば、魔力さえ回復すればユエは自在に大人と少女を行き来できるかもしれない。ユエの求めに翻弄される未来が見えるようだ。もっとも、心囚われているのはユエも同じだろうが。

 

 終わらぬ口付けは連合の歓声すら消し去って、二人だけの世界を形成する。

 

 だが、そこへ二人をして無視できない声が響いてきた。

 

「あーー!やっぱりイチャついてますぅ!人の気も知らないで!」

「大人になってるぅううう!ユエが大人の魅力でハジメくんを襲ってるぅ!」

「うぅむ。予想通りじゃな。どれ、妾も参戦しようかの」

「うっ、すごい色気が……で、でも引くわけにはいかないわ!乙女は突撃あるのみよ!」

 

シア、香織、ティオ、雫の四人だ。その後ろから鈴や龍太郎、光輝も駆けてくる。

感動の再会とは思えないほど賑やかな様子でハジメに飛びついていくシア達。口を離して「ただいま」を言うユエを巻き込んで、ハジメは美女、美少女塗れとなった。

そして、口々に伝えられる万感の想いを込めた「お帰りなさい」という言葉に、ユエと同じく「ただいま」を伝える。

空からダイヤモンドダストが降り注ぎ、世界を煌めかせる。周りには、涙ぐみ、歓喜に笑顔の華を咲かせる大切な者達。遠くから、自分の名を呼びながら駆け寄ってくる多くの存在も感じる。

自分を包む温かさと、込み上げる達成感、そして満ち足りた想いに、ハジメは笑みを浮かべた。それは不敵さと優しさが綯交ぜになったような不思議な笑みで……

その“南雲ハジメ”の笑みに女の子達が胸の奥をキュッとさせられている中、ハジメは心地よい疲労に身を委ねて、そっと目を閉じるのだった。

 

 

南雲ハジメside out

 

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第三者side

 

 

神話大戦。

 

人々が自然とそう称した、世界の命運を賭けたあの決戦から一ヶ月が経った。

今日も、ハイリヒ王国が存在した場所からは元気な喧騒が聞こえてくる。鳴り響いているのは職人気質な怒声やカンッカンッという金槌を打つ音などがメイン。復興の音だ。

あの決戦の後、各地に設置されたゲートが再び開かれ、王都前の大草原は多くの人々の再会と勝利を祝う声で満たされた。

その後の数日は、負傷者の治療や死者の確認と弔い、王都が消えてなくなったが為に行き場を失った人々の一時的な住居の仮設などによって多少の混乱があったものの、一致団結していた各代表の尽力により、比較的スムーズに戦後処理がなされていった。

崩壊した【神山】により、巻き込まれる形で破壊されたハイリヒ王国は、神話大戦に参加できなかった非戦闘員――特に職人達が総出で復興に当たり、更にそれを商人達や一般の人々が最大限に支援することで急速に立て直されつつあった。魔法による復興である上に、種族、国の垣根を越えて、世界中の人々が善意かつ積極的に協力しているので、このままいけば半年以内に元の様相を取り戻せるかもしれないと推測されるほどだ。

戦闘の爪痕激しい大草原には、要塞の残骸を利用した仮設住宅が多数建設されており、主に復興に携わる関係者が寝泊りしている。そこには、料理屋や宿屋、雑貨屋なども続々と作られており、あるいはそのまま王都の一部となって都市拡大に繋がるかもしれないほど。きっと、背後に【神山】があったときよりも、活気に満ちた都となることだろう。

その仮設住宅街には、聖教教会の仮施設も作られていた。

かの戦いで、敵はエヒトルジュエの名を語る邪神であるというストーリーにしたため、人々の心の拠り所は、未だエヒトを神とする聖教教会にあるのだ。それを【神山】と聖教教会の本部が消えたからといって、いきなり取り上げては人々が不安になるだけである。

かといって、エヒトルジュエの名をそのまま使って従来通りの聖教教会とするのは、真実を知る者達からすると些か以上の抵抗があった。

そこで“豊穣の女神”たる愛子の演説により、こんなストーリーが世界に向けて発信された。

曰く、エヒト神の本当の名は、エヒクリベレイであり、長らく真名を狂った神――エヒトルジュエに奪われていた。

曰く、エヒトによる世界の危機を知った“反逆者”もとい“解放者”達が、清き信仰を取り戻す為、かつてエヒトに挑んだものの卑劣な手に掛かり討つこと敵わなかった。

曰く、解放者達は、いつかエヒトを倒し得る者に自らの力を授ける為、大迷宮の奥底で眠りについた。そして、異世界から、神によって召喚された選ばれし者に力を授けた。愛子はその代弁者であり、もっとも力を得たのが“女神の剣”だった。

曰く、そうして見事、ハジメ達が【神域】に隠れる狂神エヒトルジュエを打倒した。しかし、狂神エヒトルジュエの最後の抵抗により世界を道連れにする崩壊が起きた。それを、選ばれし者たちの住まう世界にある神話そのもので跳ね除けた。

曰く、エヒクリベレイの巫女にして、解放者達の中で唯一の生き残りであるミレディ・ライセンが“女神の剣”の協力者として肉体を失っても(ゴーレムに宿って)駆けつけてきてくれた。

真っ赤な嘘、というわけでもない。大体のところ、合っている。ちなみに、エヒクリベレイというのは“七人の解放者”という意味を込めた造語である。きっと、エヒトルジュエと協力し合った等と後世に伝えられるのは嫌だろうという配慮だ。誰の配慮かと言えば、この嘘ではないが本当でもないいろんな意味で微妙なストーリーを考えたのと同じ、どこぞの白髪眼帯男である。

この演説により、早速、今回の神話大戦を書に残そうとしている歴史家達によって、ミレディ達の名が、世界を救った偉大な七賢人として再び歴史の表舞台に上がることになった。

ついでだが、異世界よりこの世界の窮地に馳せ参じた5人と5人を呼んだ1人も六英傑として歴史に名を残している。

まぁ、1人実在しているので、信憑性が増すが。

教会の新たなトップ陣に関しては、地方教会の司祭達で構成されている。あの戦場で、聖歌隊に加わっていた者達の内、生き残った者達が中心だ。中央と反りが合わず、地方に飛ばされていた者達がほとんどなので、思考思想も至って常識的であり、人格者が多かったため特に問題はないように思われた。

神話大戦で大盤振る舞いされたハジメ謹製のアーティファクトについては、ハジメが気絶から目覚めた後、全て破壊した。ガハルドなどは、ほとんど縋り付く勢いで「やめろぉー!」と叫んでいたが、その眼前で全てを塵にしてやった。ハジメ印のアーティファクト