幸せですか、異世界で普通に暮らすアラサー女 (木桜 春雨)
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落ちぶれた元勇者とヒロインが出合う、だけ

今日も空は晴れている、以前ならバイトに行き、夜遅くまで働いて、疲れたら近所の温泉施設に行って、そんな日々が繰り返し続く筈だった。

 ところが、今は違う、最近、本屋で何気なく手にしたライトノベルの小説、主人公は死んで異世界転生、チート、日本の国ごと転移したとか。

 マンガ、映画、小説のような出来事が自分の身に起こってしまったのだ。

 

 周りは山、草原、川、池、自然が溢れている。

 そして自分は生きるのに必死になっている、死んでから転生とか、神や女神の手違いで自分は、知らない世界に来てしまったなどという説明があればいいのだが、それはなかった。

 もしかして、何か特別な力があるのでは、それなら勇者、冒険者になって無双したりとか、特別な力で賢者や女神、美女になって、教会や城から迎えが来るかもなんて思ったけど、世の中はそんなに甘くない。

 自分の顔は普通で、しかも相応の年、決して若い二十歳ピチピチとはいえない、でも、腰の曲がった婆様でもない、ただのアラサーだ。

 

「おはよう、ハル」

 街の市場に行くと仲良くなった野菜売りのおばさんに声をかけられた。

 籠一杯の野菜、といっても育ちの悪い間引きしたくず野菜を買い、次は肉屋で骨を買ってスープを作る。

 この国は潤っているのか格安で泊まれる宿舎があって、そこに寝泊まりしているのだが、現金のないときは野宿をする。

 でも、正直言って野宿はきつい、それにガラ野悪い連中も街にはいるから安

心はできない。

 

 宿舎の裏でスープを作っていると犬や猫が寄ってきた、煮込んでだしを取った後の骨を犬に、スープに浸して泥度に浸したパンを猫にわけてやる。

 最初に見たとき、日本で見かける犬猫と変わらないので、もしかして自分と同じように知らない間に、こちらに来てしまったのかもしれない。

 そんな事を考えると何故か構ってしまいたくなる、というか、たまにわけて

あげるのだ。

 こういうことをすると周りの人間は変わっているとか、不思議そうに見るのだが、こういうことができるのは自分に、まだ少し余裕があるのでは思ってしまうのだ。

 

 

 男は自分に声をかけてきた相手を見上げて一瞬、言葉を失った、まるで、物乞いといってもおかしくない、着ているものは破けて、所々血と泥の塊が付着している、腰に下げていた剣はとっくの昔に売ってしまった。

 オーガの群れに追われて逃げ出してきたのだ、それも仲間を見捨てて、誰も声をかける者などいない、パーティの仲間を見捨てて逃げ出してきたことを知っているからだ、それなのに。

「今から朝食なんだけど、食べない」

 数日前、声をかけてきた女がいた、よく見ると顔立ちからして、この国の人間でないことは明らかだ。

 宿舎に泊まっている女は庭で火をおこしはじめた。

 野菜や肉を鍋に入れて煮はじめると匂いにつられてきたのか、子供達が集まってきた。

「はい、どうぞ」

 スープだけ、だが、久しぶりのまともな温かい食事に男は夢中になって食べ始めた。

「よかったらこれ、お腹の足しにして」

 食事が済むと女は紙包みを手渡してきた、焼き菓子と言われて男は戸惑ったが、女は自分の両手を取りしっかりと握らせてくるので寝その間受け取った。

 だが、その日。

 夕方近くにナリ空腹を感じた男は貰った菓子の包みを広げた。

「何だ、これ」

 小さな包みが菓子の下に入っていたのだ中を開けると小さな石が入っていた、いや、よく見ると、これは男自身、宝石、鉱物には詳しくない野で価値がわからない、鑑定して貰うべきかと迷った。

 だが、今の自分が持ち込んだところで、店側が相手にしてくれるかどうかわ

からない。

 

「よおっ、アルバン、久しぶりだ、元気そうじゃないか」

 噂を聞いたぜと声をかけてくるのは魔法使いだ、頭からすっぽりとフードを頭と顔をいつも隠している、性別さえはっきりしないのか声が男と女の声色、年寄り、時には子供の様な声色を使うからだ。

 そして、正規の魔法使いではない、国にもギルドにも所属していない。

 「入ってもいいか、魔法使い」

 「何を、あんたらしくない」

 噂では仲間を見捨てて逃げたらしいね、笑いながら魔法使いは男をしげしげと眺めた。

 「何だか、いやに、こざっぱりしてるじゃないか、新しい仕事でも始めたのかい、あんた」

「薬草採取をしてるんだ」

 もう、自分は冒険者でもないという、その言葉に、ふーんと気のなさそうな

声で答えながら、それで何の用だいと相手は言葉を続けた。

「これを見てくれ」

 男はズボンのポケットから取り出した紙包みを開いた。

「これは、また、どうしたんだい」

「わからないから持ってきた」

 小さな粒は初めは黒っぽい色だったのに、今では青色に変わっていると男は説明した。

「言っておくが盗んだとかじゃないからな」

「当たり前だよ、これは願石だよ」

「なんだ、それ」

「異端の者が生み出す石さ、願いを叶えてくれる、例えばだね、今、やってる研究にオリハルコンが必要でね、この掌に乗るだけの純度の高いオリハルコンが欲しいと思うんだが、この石に願うと、出てくる」

「まさか」

 伝説だよと魔法使いが笑った、古い言い伝えだよと言葉を続けた、ところが。

 

「おい、これ、まさか」

「本物なのかい、いや、よかった、研究が続けられるよ」

 

 掌の上に置いた石の塊を前にして魔法使いの声は震えていた、だが、男はというと、小さな真っ二つに割れた石を、ただ見ているしかできない。

 「アルバン、この石、どこで手に入れたんだい」

 「貰ったんだ、女に、俺が腹を減ってボロボロになってるのを見て、その」

 魔法使いは男の顔をじっと見た。

 「願石は普通の人間が手に入れられる様なものじゃない、半分、伝説というか、おとぎ話みたいなものだ、その女、どこにいる」

 魔法使いは身支度を始めた。

 「こんな貴重な石、どうやって手に入れたのか、他の奴らが知ったら、抜け駆

けはされたら」

 魔法使いはブツブツと呟くだけで男の呼びかけなど聞こえてもいない様だった、男の胸に不安がよぎった。

 何故、これほどの価値のある石が菓子包みの中に、女がわざと入れたのか。

 いや、価値を知っていたら、わからない事だらけだ。

 

 

 冒険者パーティは突然現れた二匹のドラゴンに驚いた、体格はそれほど大きくはない、人間の大男ぐらいの大きさなのだ。

 ところが、火を吐いたのだ、サラマンダーとも呼ばれる種族なら赤い鱗が特徴だ、ところが、このドラゴンは違った、全身が黒い鱗で覆われていた、それに額に角があるのだ。

 

「ハルちゃん、森に行ったよ、勇者パーティに頼まれて御飯を作るって」

 子供の言葉にアルバンは頷く、そして魔法使いは空を見上げると、死臭がするなと呟いた。

 

 

 その頃、森の一部は黒く焼け焦げた野原となっていた。

 

  

 

 

 



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取引 代価はオリハルコン

ギルドの掲示板を見て、ヒロイン、薬草採取をしてみました。


ギルド内は大騒ぎだった、パーティ全滅に近いという報告は、ここ最近ではなかったことだ。

 しかも、場所は街から最も近い普段、冒険者という立場にない者達も立ち入る場所だったからだ。

 紅蓮のパーティは経験も決して浅くはないメンバーで、腕の立つ剣、槍を使う者だけではない回復魔法が使え

る術者もいた、ところが、二人の死者、残り三人もかなりの深手を負った。

 委員に運ばれ、ポーションを飲んだが、傷が塞がらず、治癒魔法の効果も薄い、というか、効き目がなかった

といってもいい、こんなことは初めてで治療に当たった者は当惑の表情を浮かべた。

 

「どういうことだ」

「はい、このパーティに料理番の女が同行していたのですが、その女だけが無傷なのです」

「無傷だと、遭遇しなかったのか」

「詳しくはわかりません、ですが、怪しくありませんか」

「確かにな、だが」

「その女性ですが、聞くところによると異界の迷い人のようです、尋問や呼び出しはやめたよろしいのでは」

 そう言ったのは最近、ギルドに入ってきた若い女だった。

 その言葉に室内の者が不思議そうな顔をした。

 別の世界から迷い混んで来た人の事を言います、だが自分も詳しい事は知らないのだと言葉を続けた。

「迷い人には国の法律を当てはめてはいけないと聞いたことがあります」

「どういう意味だ」

 尋ねたのはギルドマスターのエヴァンだった。

「わかりません、長生きできないからだと聞いた事がありますが、どうなんでしょう」

 

 

 数日前のパーティの依頼、ただ食事を作るだけと言われて引き受けたのはよかった。

 皆が森の奥へと入っていった後、森の入り口で自分は食事を作っていた、それだけだ。

 だから、中で何が起こったのかわからなかった、ドラゴンに襲われたらしいが、冒険者をやっていると、い

つ、何が起こっても不思議はない、それなのに。

 ドラゴンの吐いた炎は森の一部を黒焦げに焼き払ったらしい、だが、自分が料理をしていた場所まで炎は届か

なかった、それなのにパーティの仲間達、全員ではないが、おかしいと言い出したのだ。

 気配には敏感なドラゴンが自分たちだけ襲って、森の入り口にいた自分を見逃すなんてあり得ないといいだし

たのだ。

 そんなこと、ドラゴンにだって理由があるだろう、感の鈍いドラゴンだっているだろうし、森の中には他の人

間、もしかして勇者のような力のある人間がいたのかもしれない。

 見舞いに行ったとき、暴言、否、半ば八つ当たりの様な言葉を吐かれて彼女は辟易とした。

 気の毒だとは思うが、自分には何もできないのだ、だから今日は森の入り口で草の採取、それも初めてギルド

の掲示板を見て、やっているのだか、正直、草の種類の区別がなかなかできない。

 

 初めてギルドの建物の中に入ったときは緊張して掲示板を見るだけで精一杯だった、昼を少し回った頃によう

やく、籠に一杯の草を取ってギルドに着くと正直、足は棒の様に疲れてしまった。

 掲示板を見ながら採取した草の情報がないかと調べていると、ふと気配を感じて振り返る。

 頭から黒いフードをすっぽりとかぶった相手が、すぐ後ろに立っていた。

「失礼だが、あなたは金色の麦の宿舎に泊まっている、ハル」

「は、はい、そうです」

相手は、よかった、よかったと頷きながら、下げていた籠を覗きこんだ。

「その草だが私に売ってくれないか、ギルドの買値よりは、いいと思うがね」

「えっ、でも」

「別に、正規の依頼を受けたわけじゃないんだろう」

 受付を見ると住人ほど並んでいる時間がかかるだろう、疲れているし早く帰りたい迷っていると相手が手を出

した。

「代金はオリハルコンでは」

 その言葉にギルドの中がしんとなった、だが、それは言われた彼女自身もだ。

「そ、それって、凄く価値のある石ですよね」

「原石だからね、どうだい」

採取した草の中には価値のない草だってあるかもしれないと言いかけたとき、相手はフードの下から取り出した

ものを相手の目の前に差し出した。

 

 

「おい、オリハルコンって」

「本物か、だとしても」

 周りの人間が注目したのも無理はない。

「原石だ、本物だぞ」

「いいんですか」

頷くフード相手に彼女は籠を渡そうとしたときだった。

 

「おい、待ってくれ」

 遮る様に声をかけてきた男がいた。

「なんだい、ギルドマスター、取引の邪魔かい」

 



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魔法使いとギルドマスター

魔法使いとギルドマスター、いくらオヤジでも魔法使いには勝てません


 どう考えてもおかしい、たかが薬草の採取で、その支払いにオリハルコンを、何か裏があってもおかしくないと思うのは当然だろう、周りの連中だった、そう思っている筈だ。

 ギルドマスターのフランクは魔法使いを何か裏があるのではといぶかしむような目で、まるで睨みつけるような視線で見た。

 というのも、この魔法使いはギルドには登録もせず、自称魔法使いと名乗っているだけで普段、何をしているのかわからない人物だ、その素顔を見た者もいない。

 だが、多少、腕に覚えがあるのか、頼まれれば薬を作ったりしてする、はっきりいって何をしているのかわからない人間だった。

「あ、あの、本当に買ってくれるんですか」

 それは魔法使いに向けての言葉だった、自分は頼まれて薬草を採取したわけではないし、薬草を売るために採取というの初めてだと言葉を続けると魔法使いは頷いた。

「ギルドは制約も厳しい、都合のいいときに採取した薬草を、これから先、私に売ってくれるというのはどうだい」

「独占契約ということですか」

「察しがよくて助かる」

 突然、魔法使いは女の足下置かれた籠に手を伸ばし、薬草の束の中からごそごそと、一束の草を取りだした。

 「これだけで十分な価値がある」

 「なんだ、それは」

 尋ねたのはフランクだ、普段から強面の顔つきなのが、一層険しくなるのは、それが何かわからなかったからだが、魔法使いは大事そうに、その一束を自分の胸元、ローブの中にしまいこんだ。

 「エリクサーの原料といえばいいかな、香りが薄くて見つけるのは難しい」

 その言葉にフランクだけでなく周りも、しんとなった。

 どんな病気も治せる、万能薬と言ってもいい、しかも、この国で作れるのは高位、王宮に属する魔術師ぐらいだと言われている。

「薬の材料ですか、それ少し、しなびてません、新鮮な方が」

「植物にも知恵がある、擬態だよ、よく見つけられたものだ」

「それ香りがよくて、料理に使おうかと」

 笑いながら、魔法使いは背を向けると入ってきたドアに向かって歩き出した。

「おい、あんた」

 女が魔法使いの後を着いて行こうとする、咄嗟にフランクは手を伸ばすと、その腕を掴んだ、しっかりと。

 

 

「おい、聞いたか、オリハルコンの剣を、あいつが持ってたって」

「信じられんが、見たよ、ギルドマスター慌ててたな」

「当たり前だ、戦士として仲間を見捨てた奴が」

「ああ、ギルド登録しようと思ってたけど、なんか馬鹿らしくなってきたぜ」

 

 街の噂が王宮に届くのに、それほどの時間はかからなかった、無理もない、そして、元、冒険者だつたアルバンが城へ来る様にと通達を受けた、だが。

「行く必要はない」

 魔法使いの言葉に男が難しい顔になったのも無理はない。

「連中の目的は元、冒険者のおまえではない、オリハルコンの剣だ、城の騎士団でさえ所有している者は少ないだろう、興味があるのはわかるが、構う事はない、しつこいようなら、これを見せろ」

 手渡されたのは一枚の紙だが、書かれてある文字がなんなのか、男にはわからない、契約書だと言われたら納得するしかなかった。

「ところで、おまえ、家は見つかったのか」

「んっ、まだだ」

「金がないのか、だったら出してやるぞ」

 怖いなと思ったのも無理はない、魔法使いが親切にするときには絶対に裏があるからだ、女と一緒に暮らすんだろうと、読みかけの本から目をそらすことなく呟いた。

 

 

 あれは勘違いしている、魔法使いの家を出たアルバンは説明した筈なのにと思いながら、その足で自宅ではなく宿舎へと向かった。

 

「ハルならキノコを干してるよ」

宿舎に行くと、顔見知りになった老女が声をかけてきた。

「あんた一緒に暮らすんだろ、さっき、客が来てね」

 声が低くなった。

「顔を隠してたけど上流の人間だよ」

 そう言って老女は肩を竦めた。

 

 

 

 



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二人の男と魔法使い

 ギルドマスターという職に就いて以来だ、こんな気分になったのは。

 気になる噂を耳にしたからだ、オリハルコンの剣を所持している男がいるという、それも仲間達を見捨てた、アルバン・ガーラントだという、何故、あの男がと思わずにはいられない。

 オリハルコンの剣を持っているのは城の人間、あるいは限られた貴族ぐらいしかいない。

 世界でもっとも堅い鉱物、鉱石、そのものが簡単に見つかるものではなく、手に入れる為には、どんなことでも、そう持ち主を殺してでも手に入れたい、それほどの価値のあるものだ。

 アルバン・ガーラントがオリハルコンの剣を、魔法使いがオリハルコンを持っている

 そんな価値あるオリハルコンを魔法使いが持っていたことが驚きだった、自分の家からあまり出ることもなく、他人とはあまり関わりを持たないので人を雇って手に入れたというのは考えにくい。

 仮にそうだとしても探した相手にも報酬を払わなければいけない。

 もしかしたら、魔法や錬金術でオリハルコンを造ったのかと思ったが、あまりにも荒唐無稽だ。

 【エリクサーの材料に】

 あの言葉が気になる、それほど力のある者なら、城の王や貴族が黙っていないだろう。

 できることなら、オリハルコンはギルドでも所有したい、何かあれば取引の材料に使えるし、入手経路を知る事ができれば、これから先、役に立つ事あるだろう。

 

 その日の午後、フランク・アスガーは宿舎の付近を、まるでクマの様にうろうろと歩き回っていた。

 ここにいると聞いてやって来たのだが、目当ての人物は見つからない。

 仕方ない出直すか、帰ろうとしたときだ。

 

「大丈夫、ハル」

「籠、持ってあげる」

 

 子供達の声が聞こえてきた。

 ハル、確か、名前だ、声のする方へと建物の角を曲がると子供と女が、こちらへ向かってくる。

「君」

 声をかけ、近寄ろうとしたときだ、女が抱えていた籠を地面に落とした、同時に屈みこむように女の体が小さくなる、そのまま地面に倒れ込むように。

 だが、その前にフランクの体が動いた。

 

 

「薬は使えない」

「何故だ、そうだエリクサーが有るんじゃないか」

 フランクの言葉に魔法使いは、駄目だと一言で片付けた。

「薬もエリクサーガがあっても使えない、死んでも構わないかね」

 あちらから来た人間だからだよと言われて、フランクは黙りこんだ。

「随分、顔色が悪い、大丈夫なのか、魔法使い」

 大丈夫、その台詞をこの男、アルバンは何度口にした、どうして、この男まで、ここにいるのかと思ったが、それを口には出さず、フランクは魔法使いを見た。

「森へ連れて行け、入り口の木の根元に、このローブで体を包んで寝かせて、そしたら、おまえは帰ってこい」

「なっ、置いたままにしろというのか」

 二人の男は反対したが、結局のところ魔法使いの言うとおりに行動したのはいうまてもない。

 

 



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数日後、城へ

ヒロイン復活、そして思いも寄らぬ方向へと


 心配する事はない、森の入り口に布でくるんだ女性を置き去りにしたものの、二人の男は落ち着かない日々を過ごしていた、魔法使いを信用していないわけではない。

 様子を見に行くだけでもギルドマスターのフランク・アスガーは翌朝、森の入り口に様子を見に行った。

 ところが、女は消えていたのだ。

 魔法使いの元を訪れて、どういうことだと責める様に問い詰めた、だが、それはいいことだと言われてしまい、会話が途切れてしまった。

 「死んだのか」

 その言葉に魔法使いは、何故と問いかけた。

 「長生きできないと、聞いたんだ」

 帰って来たのは一言、昔ならという答えだった。

 「北の土地では異界や国から来た者が多いと聞く、ここに迷い混んで来たのは運が悪かったとしかいいようがないが、その為に証書を持たしたのだ、オリハルコンの剣に」

 「どういうことだ」

 城の権力者がオリハルコンの剣を、ただの平民が持っているのはおかしい、見聞の為に城に来いとアルバン・ガーラントに声がかかったことを魔法使いは笑いながら話し始めた。

 どういうことだ、それが関係あるのかと不思議に思ったのは無無理もない。

「あれは、元々、彼女が受け取るはずのものだと言ったら、まあ、これは忠告だと思っておくれ」

 魔法使いというというのは何故、こんなもったいぶった言い方をするのだろうかと、わかりづらくて困るとアルバンは渋い顔で、どういう意味だと半ば脅す様に声をかけた。

 だが、相手が答える事はなかった。

 それから数日、彼女が戻って来たと連絡があったのは。

 

 何故、この男がと思ったが、それは向こうも同じ気持ちなのだろう。

 アルバン・ガーラントは数日前に有ったときとは違う、服も伸びかけていた髭もそり上げた随分と、こざっぱりとした姿だった。

「ほう、よくなったようだ、それに」

 魔法使いは近寄るとベッドの橋に腰掛けて手を伸ばした。

 「髪が伸びたのは時間の流れのせいだな、肌の色もだが、顔つきが少し変わった」

 「顔が変わった、ですか」

 魔法使いの言葉に女が不安そうな顔をした、すると相手は笑いながら伸ばした手で女の頬に触れ顔を寄せた。

 「ハーブ、魔物、血、ドラゴンの血か、何があったか覚えているか」

 「いいえ、ずっと眠っていて何も」

 「それは残念だ、しかし、これで誓約は確実なものとなった、私も少しは認められたというわけだ」

 まるで独り言の様な呟きだった。

 「ところで、また城から来るようにと言われたそうだな」

 「ああ、今度ばかりは断れそうにはない」

 浮かない表情で答える男に魔法使いは行けばいいと言葉を続けた。

 「ただし、彼女もだ」

 その言葉にアルバンは驚いた、何故と聞き返したのも無理はない。

 「しかし、一人では心許ないな、もう一人、護衛が必要だな」

 そう言って魔法使いは部屋の中にいる、もう人の男にそっと視線を向けた。

 「ギルドマスターは、お忙しいようだ」

 

 

 女が元気になったのはいいことだ、魔法使いの顔が変わったという言葉にフランク・アスガーは無言だった。

 確かに変わっていた。

 黒い髪は男の様に短かったのに肩口まで伸びていた、それに肌の色は白く、顔つきもだ、以前、気晴らしに大金を出して買った娼館の、いや、比べるのはいかがなものか。

 じっと、見ることができなかったのは。

 ギルドに戻り受付の女性に三日後の予定を確認する、その日の予定は全て断ってくれ、城に行くことになったとアスガーは伝えた。

 

 

 どうして城にとアルバン・ガーラントは魔法使いに問いかけた、前は行く必要はないと言っていたのに、気が変わったのか、それとも何かあるのか。

 「オリハルコンの剣の事、城の事を聞いておらんのか」

 「何かあったのか」

 「剣が暴走を始めたぞ」

 意味がわからず男は自分の腰の剣を見た、だが、何を言えばいいのかわからず無言になった。

 

 



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剣とプライド

「こりゃあ、ヒビだな」

 騎士の剣を見た小男は、一言、あっさりと呟いた。

 朝一番で店に来た客は城の騎士だが、その表情は明らかに普通ではなかった。

「これはオリハルコンの剣なんだ」

「俺のところに来たのはお門違いというもんだぜ、お偉い騎士様」

「皆驚いている、今までこんなことはなかった」

 騎士は昨日の事を話し始めた、森の中で魔物に遭遇し、いつもの様に戦ったことを。

 オリハルコンの剣は特別、いや。別格だ、高位の魔物などは危険を察して剣を拭いた瞬間に逃げ出すこともあ

る、ところが今回は違っていた、魔物は向かってきたのだ、最初から。

 鋭い爪を持つ巨大な熊、最初の一撃で伸びてきた爪を切り落とすつもりだった。

 ところが、それはできなかった。

「オリハルコンの剣が全て同じだと思っていないか、騎士さん」

 自分はドワーフの血が混じっているが、普通のドワーフと同じような鍛冶師の腕を持っているわけではないと答えた。

「元のオリハルコンはどこで手に入れたかわかるか、ダンジョン、魔物が隠し持っていたものなら無理もないけどな」

 宝石、鉱石だって質の良さってものがあるだろうと小男は皮肉めいた笑いを漏らした。

 

 自分の使っていたオリハルコンの剣はたいしたことがないということか、そんな馬鹿な、これはギルドから城へと献上された中で。

 騎士は落胆した、店を出て城の宿舎へ戻る間も心は晴れなかった。

 というのも剣を元通りにする事はできないだろうといわれたからだ、たとえ、腕のいい、人間ではないドワーフの鍛冶師でもだ。

 いや、それ以前にドワーフのところに持っていったところで、見てくれるどころか、会ってもくれないだろう、三年前の災害以来ドワーフたちは森の奥に隠れ住んでしまったからだ。

 もともと人間に対して好意的ではない種のドワーフだったので当然といえばそれまでだが、困ったのは彼らが貴金属の目利きで細工を得意とする腕前を持っていた。

 それで貴族達の間に問題が起きた、貴金属の値段が跳ね上がったのだ、そして、これは未だに解決していないのだ。

 オリハルコンの剣を所有している者は自分くらいなものだ、城の中、王の権威として何本かあるらしいが、城の式典や行事出ない限り、見る事は叶わない。

 ところが城に戻ると早急に追うから呼び出しがあった、一体何事かと思えばオリハルコンの剣だ。

 部屋には王と側近の者しか入れないように魔法で鍵がかけられていた、にもかかわらずだ。

 

「オリハルコンの剣にヒビが、本当ですか」

 騎士は驚いた、そして自分の剣を見せた、王は落胆した、すると側近一人の魔術師がオリハルコンの剣を持つ者がいると、その者を城に呼んで調べてみればどうか提言した。

 

 城に行くなら少しは見栄を張ってもいいだろうと魔法使いは女の身支度の用意を始めた。

 古い木箱から取り出したのは見た事のない衣装だった。

「これは着物、でしょう」

女は驚いた、着物と言っても自分が知っているものと同じではない、魔法使いは楽しそうな笑いを漏らし、これは北の国の職人が作ったものだと説明した。

 黒い布地には銀色の刺繍で花や動物の刺繍が施されているが、とても細かい。

 驚く女に、魔法使いは、髪飾り等の装飾品をつけるようにとすすめた。

 

 その姿を見たとき二人の男は驚いた。

 古い色あせたズボンやシャツを着た姿しか見た事しかなかった女は、まるで別人だ。

 魔法使いが貸してくれたというか、付き合いのあるアルバン・ズーラントが不可解に思ったの無理もない。

 自分の知っている魔法使いの普段の生活というものは決して裕福ではないのだ、どうしてと不思議に思ったのは無理もないだろう。

 だが、そんな二人の男の心情など知るよしもなく、三人は城へと出向いた。

 

 

 城の広間、王宮に集まった貴族達は驚いた。

 特に女性達の視線は女の衣装と装飾品に、否、男達もだ。

 女の黒髪を飾る銀細工が光に反射し不思議な輝きを放っている、細かな宝石が組み込まれているのだ、その輝きに、オリハルコンじゃないのかと誰かが囁く様な声を漏らした。

 「まさか、装飾、髪飾りなどに、人間では」

 人の技ではどんな熟練者でもあってもできるわけがない、もしできるとしたら、ドワーフだ、それも熟練の腕を持っている者だ。

 だが、この国では。

 

 「よく来た、オリハルコンの剣を持つ者、そして」

 王は興味深げに三人を見た。

 「まだ、公にはされておらぬが」

 王は個々数日の城にあるオリハルコンの剣に起きた異変を説明した。

 アルバンは驚いた、だが、自分の剣は異変はないと告げると王は首を傾げた。

「王よ、その者の剣を調べて見てはどうでしょう、原因がわかるかもしれません」

 一人の側近が進み出たが、それに意義を唱える者がいた。

 



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これは茶番だ

ギャグで進めていくつもりだったのですが、色々と思う事あの、ここでいったん、締めようと思います。




 「お断りします」

 広間中に響く声だった、それを発したのはアルバン・ガーラントの隣に立つ女だ。

 緊張しているのか、その顔は強ばっていたが、女は言葉を続けた。

「彼の持っている剣は私のものです」

 この言葉に王だけでなく、周りの貴族達も顔を強ばらせた、生意気だと言わんばかりの視線が女に向けられたのは当然のことだが、女は言葉を続けた。

 最初の呼び出しを受けたときにアルバン・ガーラントは証書を見せた、なのに何故、二度目の呼び出しを受けたのか。

「私は、この国の人間ではありません、こことは違う世界、国からやってきました、彼の剣は私がオリハルコンを提供したものです」

 女の言葉を王は黙って聞いていた、若くして王位を引き継いだ王は今年で三十路半ばだが、その顔立ちはなかなかで愛妾も数人いる。

「では、あなたに直接頼もう、オリハルコンの剣を調べたいのだ、しばらく貸してもらえないだろうか」

 だが、女は即答で答えた、お断りしますと。

 王の表情が一瞬、固まったが、すぐにそれはにこやかな笑みに変わった。

「理由をいてもいいかね」

「私は、この国を出ようと思うからです、勿論、彼も一緒にです」

 

 魔法使いは、この様子を水晶球を通して見ていた、女の会話は教えた通りだ、多少アドリブが混じっているが、そこは予想、いや、許容範囲だ。

 王は彼女を取り込もうとするだろうが、城に住む事になれば、どうなるかという事を事前に教えておいたのだ、いや、子供ではないのだ、異なる世界から来た彼女にはわかる筈だ。

 

 王と女の会話を聞いていた周りの貴族、家臣達の顔色がだんだんと険しくなってきた。

 遂にガマンできなくなったのか、王の側にいた一人の臣下が王に頭を下げ、女の前に進み出た、そして男を見ると手を伸ばし、剣を渡せと声を上げた。

 だが、男は身動き一つしない、戸惑っているのかもしれなかった。

「渡せというのがわからんのか」

 強引に男は剣の塚に手をかけて引き抜くと、王に渡そうと歩きただした。

 

 あっと男は声を上げた、剣を持った手がだらんと下がる、まるで、その重さに耐えきれないというように、だが、それだけではない。

 剣を持っていた腕が青い炎に包まれ、男が悲鳴を上げた、突然の事に周りの人間は驚き慌てて、日を消そうと魔術師が呪文を唱え始めた。

 剣が男の手から離れても炎は消えないまま燃え続けている、床に落ちた剣を拾い上げた女は、それをアスガーに手渡すと、ギルドマスターに声をかけた。

 帰りましょうと。

 

「茶番にしてはなかなかのものだ」

 水晶球を覗きこんで傷む魔法使いはフードは取った、そこにあるのは人の顔ではなかった。

 

 

 

 

    

 



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