DIOの幻想憑依奇譚 (Pazz bet)
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Prologue

 「DIOがあのメイドになっちゃったようです。」を読んでいらっしゃった方、本当に申し訳ございませんでした
...。



 意識が徐々に消えていく。

 

 そうか...。私は死ぬのか...。

 

 二つに割れた頭で、そんなことを考える。

 

 思えば、一度とて勝ったことはなかった。百年前、つまりすべてが始まった少年時代、青年時代、そして、今さえも。

 

 次々と力を渇望した。そして手に入れた。しかし、奴らは決まってそれを上回ってきた。

 

 私では、あの血統を立ちきることは不可能なのだろうか。こうして無様に消えることが、運命だったとでもいうのか。

 

 このような歯がゆい結果を、受け入れるしかないというのか...?

 

 わからぬ。私はどうすればよかったというのだ...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 見慣れぬ闇の中で再び目が覚めた。さて、ここは何処だろう?あの世か、はたまたそれとは違う別の何かか。

 

 螺旋階段。かぶと虫。廃墟の町。イチジクのタルト。かぶと虫。ドロローサへの道。かぶと虫。特異点。ジョット。天使。紫陽花。かぶと虫。特異点。...秘密の皇帝。

 

 14の言葉。これを唱えることで今更どうなると言うわけではないが、願わくは私が少しでも天国に近づきたらんことを。

 

 それにしても、ああ、あともう少しだったというのに。これが私に定められた運命だというのなら、さぞ神は、ほくそえんでいることだろう。まあ、こうなるかもしれないという「可能性」を想定していないわけではなかったが...。不本意ながら、私の他にもう一つ現世に希望の種を撒いておいたのは、今思えば最良の判断であった。

 

 その名は、「エンリコ・プッチ」。アメリカの神父で、私の知る限りもっとも純粋な信仰心を持つ。彼はまだ若いが、あれほどの逸材ならば、私の後を継いでくれるに違いない。きっと神は、この想いが一時の戯れだと思っておられるのだ。だから、私の覚悟を示すしかない。近い未来、彼がしっかりやってくれることを祈ろう...。

 

 

 さて、私の今の所在を知ろう。

 

 私は今、ベッドの上に腰かけている。意識が覚醒した時は、ベッドの中で布団にくるまり横たわっていた。

 

 暗闇の中で大分目が慣れてきたのでわかったことだが、どうも、この部屋はVIPルームのようだ。嗜好品があちこちにおかれており、それでいて整然としている。そして、床にしかれた赤い毛皮の絨毯。天井からぶら下がった豪奢なシャンデリア。

 

 ふむ、他人からすればただの死人である私が、特待客扱いか?しかもそこで堂々と眠っていたと。そもそも、古来からの言い伝えと私の経験則から考えると、人間は死ねば魂になり、実体を持たないはずだ。しかし、今の私はどう考えても肉体がある。吸血鬼といえど、元のボディは人間だ。これは少しおかしい。

 

 ...もしかして、私はまだ死んでおらず、忠実な部下たちによってここへ運ばれただけなのではないか?

 

 いやいや、それもおかしい。あの傷で助かるなどということはいくらこのボディであってもあり得んし、致命傷を直す、というスタンド能力を持った部下も居た覚えはない。

 

 ...どうやら、色々と調べてみることが必要のようだな。

 

 よし。そうと決まればまずは身だしなみを整えねば。

帝王たるもの、何時でも不潔な様相を醸し出してはならん。ここがどこであろうと、鏡くらいはあるだろう。

 

 私はベッドから立ち上がり...

 

 

 っと、あったあった。これだな。

 

 

 さてと、まずは髪だ...。私は自分の頭部を鏡に写し出した。

 

 

 ん?

 

 

 ちょっと待て。

 

 

 なぜ鏡に私ではなく、女の顔が映っているのだ?

 



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再び回りだした歯車

 

 ところで、諸君は憑依というものを知っているだろうか。心が肉体より抜け出し、別の体に宿り操るという末恐ろしい業である。

 

 なぜ私がこのようなことをいきなり言い出したのかと、疑問に思う者もいるだろう。理由は...至極簡単。それが、現在の私の状況だからだ。

 

 ...正直信じられないが、実際に起こってしまったのだからどうしようもない。それにしても新しいボディが女だとは...生前、女は吸うだけの血袋だと考えていたのだから、当然扱いなど分かるわけがない。...もちろん、ずっとこのままでいるつもりはないが、当分、本人になるべく近づける努力をしなくてはならないことは確かだ。

 

 皮肉にも、今の私はメイド...。全てを従えてきた私が、今さら仕えるだなどと...。自嘲の笑いが込み上げてくる。敗者にはこのような末路がふさわしいとでもいうのだろうか...。

 

 腕時計を見る。おっと、もう午後六時だ。そろそろ、

 

 

 あの吸血鬼を起こしにいかなくてはな。

 

 

 

 

 

 「お嬢様。お目覚めの時間ですよ。」

 

 コンコン、とドアをノックし、中に入り、館の主人に目覚めのコールをかける。言い忘れていたが、今私は、「お嬢様」という言葉を使っただろう?

 

 そう、この女が仕えている主人というのは、「少女」なのだ。名を、レミリア・スカーレット、という。

 

 しかし、普通、未成年が家の主人というのは余程の事情があって成り立つものだ。例えば育ての親が両方死んだ、というようなな。まあ、このおなごに関して、深く詮索する気はないのだが。

 

 ところでレミリアは、布団を抱き締め、離そうとしない。もう少し寝かせてくれ、ということなのだろう。

 

 仮にも最高位という立場で、これは少しはしたない振る舞いだ。ううむ、この女は日頃、こういうときにどうしていたのだろうか。

 

 起きるまで寝かせておくか?それとも無理矢理起こすのか?...いやはや、このようなところで早速躓くとはな。ええと、メイドマニュアルには...。うん?

 

 ...いやいや、冗談だろう。これは決して...。

 

 ちらりと自分のポケットを見る。...嘘だろ。あった。

 

 私は件のものを取り出した。それはー純銀のナイフだった。

 

 いや、だが、本当にやれと?

 

 「お嬢様が起きなければ銀のナイフで額を刺して無理矢理起こせ」を?

 

 ...無理だな。私は、静かにナイフをポケットにしまった。

 

 よし、起こさなければならないことはわかったのだから、普通に起こすとしよう。

 

 私は、できるだけ笑顔で夜ですよー、と言いながらレミリアの体をユサユサと揺らした。

 

 しばらくそうしていると、彼女の口からだんだんむにゃむにゃという音が聞こえてきた。

 

 うむ、もう少しだろうか。そしていっそう強く揺らすと、ついに、

 

 「もう!分かってるって言ってるでしょ!」

 

 起きた。とにもかくにも、普通に起きたな。

 

 私は、彼女に時計を見せた。すると、彼女の怒りの表情はみるみる収まっていく。

 

 「...。ああ、もうこんな時間だったのね。」

 

 「ええ。ところで、イブニングティーはいかがでしょうか?」

 

 完全に頭が起きたところで、寝起きのティーの準備をする。

 

 レミリアは...。ミルクと紅茶が7対3のものが好きであるようだ。これは簡単だな。

 

 「いえ、今日はいいわ。それより、着替えさせて。」

 

 なんだ、いらないのか。ならば後で自分で飲むとしよう。

 

 それにしても、着替えも従者にやらせているのか...。まあ、よくあることだな。

 

 「承知いたしました。」

 

 女の着替えは...、確か、こうだったか。

 

 

 

 「ねえ、咲夜。」

 

 手順に沿って、衣服を脱がせていると、話しかけられた。何だろう。

 

 「はい、何でしょうか。」

 

 「普通に起こせるのならそうしてくれないかしら。いつもいつも額に刺さるナイフがものすごく痛いのだけれど」

 

 ...あれはジョークではなかったのか。



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紅き館でくるくると


 お久しぶりです!

 早からギャグ要素無しの話


 メイドは、主から与えられた様々な執務をこなすにあたって、複数人で分担するのが当然のことである。それはメイド「長」であっても例外ではなく、ただ現場を指揮するだけであってはならないということだ。

 

 そもそもこの館ー「紅魔館」ーは、尋常ではなく大きい。何せ、外縁の廊下の1つにつけても天井がゆうに10メートルを超し、幅は私の今の身長3人分以上はあるのだ。全体として見れば、その規模、ロンドンの大富豪もかくやというものである。そのような館を管理しようというものなら、使用人同士での非常に高度な連係は欠かせないものだろう。

 

 今も、おびただしい数のメイドが、はるか上まで飛んでいって窓を懸命に拭いている。ん?「飛んでいって」とはどういう意味だと?

 

 ああ、どうもここ紅魔館は主人が人外なら、使用人も人外らしい。もっとも、こいつらは吸血鬼ではないのだがな。いわゆる妖精というやつだ。ファンタジーやメルヘンの世界でもあるまいし、思いっきり人型の生物が羽でぶんぶん飛び回るものだから、最初は私も割りと度胆を抜いたが。とまあ、そんなことはどうでもいい。

 

 さてと、ここからは私個人のことだが、私はこれから面倒な仕事に赴かなくてはならん。

 

 あの吸血鬼に夕飯(吸血鬼にとっては朝飯)を食わせた時、友人にも持っていってもらいたいと命令を受けて今に至ると言うわけだが、今回はそれだけではなく、どうも話があるということらしい。

 

 私視点で初めてレミリアと会った日からしばらくは経ったが、そういった数多の仕事をこなした中で、彼女と会うことは少し、な。

 

 

 

 「そこに置いといて」

 

 本から顔を動かさず、私に食事を催促する。言われた通り、机の横にそれをおいてやった。

 

「それで、話と言うのは?」

 

 無言で私の前に何かを突き出した。...緑色の布包み?何だこれは。

 

 「開けてみて頂戴」

 

 彼女の言うとおり、結び目を解いてみると、

 

 そこには銀色のジャックナイフが入っていた。ナイフだと?こんなものを渡したかったというのか?

 

 怪訝に思い持ち上げてじっと見ていると、彼女が大きくため息を吐いて本を閉じた。

 

 「あのね、そういうのは使用人やご主人の頭に使うんじゃなくて、もっと、こう、大事な時の為に置いておいた方が良いと思うんだけど。何も今回のことだけじゃなくてね」

 

 「....はあ、助言ありがとうございます」

 

 「あとこの際だからいっとくけど、私はレミィの計画なんかに巻き込まれる気は毛頭ないから。録な結果にならないのが目に見えてるわ」

 

 そう言うと、彼女は何事も無かったように本を開いて読み始めた。

 

 ぬう....。相も変わらず愛想の悪い女だ。しかも一日中寝巻き姿で過ごしているなどと、外見に無頓着にも程がある。なかなか整った顔をしているだけに惜しいものだ。こういう女は子孫を残す素材でもなければ、かといって苛めがいのあるわけでもなし、つまり縁無しというわけだ。

 

 彼女の名前はパチュリー・ノーレッジ。レミリアの談によると、かつては名うての魔術師だったらしい....。確かに魔術には興味は無いこともないが、そんなつまらん女と顔を合わせるということ自体どれ程苦痛であるのか、男ならば当然わかるだろう?そういうことだ。

 

 ところで、だ。渡されたナイフだが、それは鏡のように私を照らし出し、そして一点の曇りもなく輝いている。それは別に良いのだが、何かこの底冷えするような感覚は何だろう?

 

 ナイフ自体が意思を持っていて、心の隙に付け入ろうとするような...そう、まるで純粋な悪意が私に向かってきているような気がするのだが。

 

 大方、あの女が何かしら仕掛けを施したのだろう。咲夜は一体何を頼んだのだろうか?当然パチュリーの言っていた「レミィの計画」なるものに関係していることなのだろうが。

 

 「承知しました。お嬢様にもそう伝えておきます」

 

 私は簡単に会釈をし、扉を開けて図書館を出た。

 

 

 続く廊下は、地下であることと夜の暗さもあって不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

 私は壁によりかかると、懐から煙草を取りだし、口にくわえて先に火をつける。そして、フーッとため息をつくように息を吐き出した。

 

 苦い味が口の中に広がり、煙が先の見えない天井にぷわぷわと浮かんでいく。

 

 ...チッ、相変わらずの不味さだ。こんなものを好んで使うやつの気がしれんな。

 

 しかし不思議と悪い気はせず、ストレスがガスのように抜けていく気がした。

 

 咲夜は部屋にこれを結構な数収納していた。確かに、あれだけのメイドを抱えているとはいえ、本来自由奔放な気質であるというその妖精共を束ねているのはこの女であったし、そもそも..."毎日"の全員の食事を担当しているのはほぼほぼこいつ一人である。そして受け持つ仕事はもちろんそれだけではない。...あまりにも一人に対しての負担が大きすぎる。いくら有能超人であろうと、かかる心労は相当なものだろう。

 

 悔しいことだが、こういったことに全くなれていなかった私も同じだ。

 

 やれやれ、たった数週間程度でこうなるとはな...。

 

 早くこの状況を脱さなくてはならん。そのためにすべきことは今はわからないが、努力する価値はあるだろう。

 

 ん?努力、ねえ。人間時代以来のことだったか?本当に、久しい響きだ。

 

 「おやおや咲夜さん、こんなところで何をやっていらっしゃるんですか?」

 

 鈴のなるような声に振り向くと、私より背が一回り低い、コウモリの羽を頭と背に着けた少女がいた。

 

 こいつは確か、小悪魔と言ったか。パチュリーの秘書と名目はそうだが、その実ただの腰巾着の女悪魔だ。そんな奴が何の用だ?

 

 「何って、見れば分かるでしょ」

 

 私がそういうと、彼女は突如ニタニタと笑いだし、私に顔を近づけた。

 

 「感心しませんねえ...。紅先代メイド長をして完全で瀟洒な従者とまでいわせしめた人がこんな体に悪い物を....」 

 

 ....そうか、こいつは人を煽るのが得意な奴だったな。そうか、ただの冷やかしというわけだな。

 

 「言いたいことはそれだけかしら?」

 

 「重要なことですよぉ」

 

 「貴方は周りには完璧を装っておきながら、その実自分に対しては全くそうでない...昔っからそういうお人ですからねぇ」

 

 こんなことが続いていれば当然そうなるだろう。不思議でも何でもない。

 

 「ま、自己管理なんて誰でもちょっとは杜撰になるものよ。貴方が私に言えたタチなのかしら」

 

 「もちろん!」

 

 そう言うとこいつはニィ、と満面の笑顔を顔に浮かべた。...一体何だ?気持ち悪い。

 

 「咲夜さん、貴方には重大な欠点があるのです!それは何でしょーか!」

 

 何?

 

 

 

 

 ああ 、そうか。

 

 私はため息を付き、小悪魔を押しのけた。

 

 「つまらない遊戯ね」

 

 ガキの相手をしてやる程私は悠長ではないからな。私は小悪魔に背を向け、廊下を歩き出した。

 

 「これを遊戯だと思っている時点で貴方の負けですよ。

 

 言ってるじゃないですか、これは重要なことだって。そしてそれは自分で見つけなくてはならない。

 

 

 

 

 

 本当に、いつも言ってますよねぇ?クキキキキ!」

 

 

 狭い廊下で後ろから小悪魔の嘲る声が響き渡る。なんだこの笑い方は。汚らわしいことこの上ない。

 

 ただ、意外なことだな....。

 

 残念ながらこれは単なる冷やかしだけではなかったようだ。実は私は奴の言っていることの答えとやらには大きく心当たりがあった。おそらくそれは、「他人を信頼する」ということだ。

 

 少しでも咲夜が他人に愚痴の一つでもこぼせる性格であったならば回避できた出来事が多々あるということだろう。しかしこいつはいらんプライドが邪魔をして、そういった誰もが当たり前にできることをすることさえもかなわない。

 

 小悪魔の言う通り、これは確かに重要なことだ。これが無くては人は人足り得ない。

 

 まあ、それがいくら可哀想に見えたからと言って私がこの状況をどうこうしてやるつもりは全くないがな。ハイリスクノーリターンとはまさにこの事だ。お節介をやいたところで、この女がそれに見合うだけの礼を返してくれるとは思えんのでな。

 

 薄暗い廊下に私の足音がコツコツと響いた。

 

 

 

 



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