AFTER LORD (フリーマスタード)
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序章
日出ずる国の陽光①


 かつて絶大な人気を誇ったオンラインゲーム『ユグドラシル』のサービスが終了してから10年。この一人の男もかつてのギルドメンバー達の例に漏れず、生活が10年前とは様変わりしていた。

 昔の様な『嫉妬マスク』を持つ同志達と共に『ヒャッハー!!リア充狩りだぜー!!』とPKしまくってたり、『クルシミマスツリー』なんてやっていた頃の面影は全くなかった。

 ウルベルト・アレイン・オードルと名乗って悪の美学を極めたロールプレイに勤しんでいた彼も今や30代後半で所帯持ちである。そして近々新しい家族が増える予定もある。

 そんなこんなで今思い返せばいろいろ馬鹿な事やって騒いでいた『ユグドラシル』は独身時代の輝かしい思い出だった。『たっち・みー』や『ペロロンチーノ』など一部の友人とは今も会ったりしているが、ペロロンチーノに10歳年下の身長150センチ程の若妻を紹介された時はたっち・みーと共にずっこけた。

 

 ……やはりあやつは天地がひっくり返ろうとも揺らぐことの無い生粋のロリコンなのだろう。

 

 ちなみに今ペロロンチーノは幼稚園の園長に出世していて職場結婚したそうだ。

 というか、奴が幼稚園で働いていた事を初めて知った。適材なのか人選ミスなのか非常に際どいが、子供に良く懐かれて保護者からの評判も良いらしい。

 

 話変わって最近では『テラフォーミング計画』が運用され始めて、完全回復にはまだ数百年懸かるだろうが徐々に環境が復活し始め、未来に希望が持てる様になってから景気も上向きになりつつある。

 本来は火星を住める環境にするために百年前の科学者が考案していた物らしいが、まさか地球でそれを使う事になるとは思わなかっただろう。

 路上で発芽した若葉を見つけたとブルー・プラネットさんが大はしゃぎしていたり、10年前のあの頃とは違いリアルも良い物だと思える世界に成りつつある。

 

「しっかし、意外ですねー。俺はてっきりたっちさんは刑事さんを目指すと思ったんですがね、まさか政治家に靴替えとはねぇ。地方選のポスター二度見しちゃったじゃないですか」

「ははは!それを言ったらウルベルトさんだって、公安ですか?一体どういう風の吹き回しなんですか?そもそも、私以上に大出世じゃないですか!はぁ……まあ、確かに意外とあなたには向いているのかもしれませんね。それはさておき、ほら、ウルベルトさんが昔言った事をいろいろ考えてね。世の中を良くするためには内部から変えていくしかないと思ったんですよ」

「そりゃあ頼もしい限りで。まあ、俺も似たようなもんですよ。妻を持ってから少したっちさんの事が理解できてね。それに子供の為にも良い世界を残してやりたいじゃないですか。まあ最初は恥ずかしながら経済面を妻に支えてもらいながら細々と探偵をしていたんですがある事件をきっかけにカウラウ課長にスカウトされてね」

「”ある事件”って例の?」

 

 たっち・みーの表情が急に険しくなるとウルベルトも目で『そう、それ』と返す。

 それもそうだろう。かつてのギルドメンバーだった『ベルリバー』が何者かに殺害され、当時たっち・みーはその事件の捜査を担当していたのだから。

 悪の美学を謳っていたウルベルトもたっち・みーとは違う角度から世の腐敗を正そうとしていたに過ぎず、目指す場所は同じであった故に、再び二人の運命が交わったのだろう。たっち・みーは政治の世界で、ウルベルトは公安で巨大複合企業の腐敗や政治家の汚職と戦う。

 件のベルリバーさん殺害事件を捜査しているうちに、パトロンである巨大複合企業連合からの組織票で当選している事で有名な大物政治家(いわゆる企業の傀儡政治家)からの政治的圧力が掛かり捜査を打ち切らざるを得なかった苦い思いをして、たっち・みーも政治家の道を歩む決意をして今に至るのだ。

 

 ちなみにカウラウ課長はウルベルトさんを『公安第一特務課』にスカウトした上司であり、やたらと顔が広い謎多きスーパーお婆ちゃんだったりする。

 また、公安第一特務課とはカウラウ課長が巨大複合企業などによる非人道的な組織的反社会行為に対抗するべく特設した非公開組織だ。まさにウルベルトさんが泣いて喜ぶような組織である。

 察した人も多いと思われるがカウラウ課長は『リグリット・ベルスー・カウラウ』その人本人である。彼女も伊達に『十三英雄』や『蒼の薔薇』はやってない。何故こちらにいるのかは後ほど判明していくだろう。

 

「ウルベルトさんなら買収される事も無いでしょうし、私も安心して政治家に専念できますね。頼りにしていますよ?でも、私が言うのもなんですが茶釜さんや生まれてくる娘さんの為にも無茶はしないでくださいね。ところで御出産はいつ頃の予定で?」

「4月頭ぐらいですかね。まあ、あれですよ。今は俺にもたっちさんと同じ世界が見えると言えばいいのか、いろいろとお巡りさんだった頃のたっちさんに噛みついてすみませんでした」

「いえいえ、良いんですよ!しかし、本当に感慨深いですね。そうかぁ、ウルベルトさんが一児の父親で公安かぁ」

 

 ウルベルトは当時同じギルドメンバーだった『ぶくぶく茶釜』と結婚して、ペロロンチーノから膝をついて『義兄上』と呼ばれたり『職権使って枠空けておきますので娘さんを是非我が幼稚園に』と言われたり茶釜さんも『保活しなくていいから助かるわ』と案外乗り気だったり。

 『大物声優の娘、幼稚園不正入園疑惑』なんてスキャンダルになりかねない事案が発生しているのだが、夫が天下の公安様で働いているから大丈夫だろう。

 それはしばし置いておいて、実は他にもかつてのギルドメンバー同士での結婚があったりする。

 

「そうえばたっちさん、ヘロヘロさん覚えてます?やまいこさんと結婚したそうですよ。今話題のあの会社の傘下になってから福利厚生もしっかりしていてホワイトな職場になったって泣いて喜んでいましたよ」

「そうですか、集団消失事件の時にモモンガさんを無理やりでもログアウトするように説得するべきだったと後悔していましたが、立ち直ってくれたようで良かったです……ここだけの話、結局あれって何かわかったんですか?」

「いや、俺んとこも最初は企業による組織的集団拉致の線であの懐かしい糞運営の本社が臓器密売のブラックマーケットとの繋がりが無いかを洗ったり、国内に潜伏している北の工作員の活動をマークしていたんですがね。今のところ何も成果無しですね……まあたっちさんだから話せますが、実はあの会社がプロバイダを買収して隠蔽させていた通信記録を脅して開示させたんですが、最後までログインしていた当時のプレイヤー全員の体内ナノマシンから何かしらフィードバックされるはずのバイタルデータや何もかもが0時丁度に消失していたんですよ」

「はぁ、それは普通じゃないですね……」

 

 本来、ネットワーク接続中に突然体調が急変した場合に備えて体内ナノマシンからバイタルデータ等の情報が常に契約しているプロバイダにフィードバックされる様に法で定められており、エンドユーザーが死亡した場合も体内ナノマシンはしばらくの間は活動を続けて『生命活動停止』なり信号を送り続けるはずなのだ。

 

「流石にウチもお手上げですね。アメさんのドラマみたいな超常現象を追うFBI捜査官なんていませんし。まあ、国民の血税を使ってUFOやら幽霊やらなんて追いかけていたら怒られますから……まだまだ飲み明かしたいのも山々なんですが茶釜さんを放置すると怖いのでそろそろ」

「はっはっは!茶釜さんも相変わらず元気そうで何よりです。彼女にもよろしく伝えてください。今日はお話しできて楽しかったですよ。きっとモモンガさんがお二人の事を聞いたら喜ぶでしょうね」

 

 きっと、現在違う世界で『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』を統治しているモモンガさんが10年後のこちらの世界を知ったら仰天し、守護者達も歓喜の涙を流すだろう。

 これはそんな世界は違えど同じく時を歩んでいく、もう一つの世界の物語。

 

 ……ちなみに件のペロロンチーノさんの結婚相手はやまいこさんの妹『あけみちゃん』だったりする。

 

 なんとも複雑な親戚関係になってしまった物である。

 

 

 

 

「ただいまー。遅くなってごめん、今日は久しぶりにたっちさんと会っててね」

「おかえりなさい☆ダーリン!ご飯にする?お風呂にする?それともやっぱりご飯にする?」

 

 笑顔でウルベルトを出迎えるが、目が笑っていない。

 かれこれ、もう夜の11時半。

 暗に『ご飯作って待ってたんだから飲んでくるなら連絡よこせや』と言っているのである。

 

「じゃあご飯を先に頂きます。ちょっと明日はエイトフィンガー・グローバル・ホールディングのラナー会長が来日するから早朝から警護任務でね、申し訳ないけど明日は早く出るよ」

「マジで!?超有名人じゃん!ねぇダーリ~ン、ラナー会長に頼んでイケメン秘書クライムさんのサイン貰ってきてヨ~、オネガイ☆。お礼に3日間好きなアニメキャラの声で会話してあげるからっ!」

「えー、なんかあの人、底が知れないところあるから苦手なんだけどなぁ。まあ、約束はできないけど頼んでみますよ」

「ワーイ!やったぁ☆」

 

 エイトフィンガー・グローバル・ホールディング。

 略してEGHのラナー・T・ヴァイセルフ会長は日本語・英語・ロシア語・中国語など40カ国語を流暢に操る語学堪能で天才的な理解力と洞察力を持つ投資家として有名だ。

 ちなみにホールディングとは各企業の株を保有し複数の企業群を一つのグループとして統制していく親会社の事で『持株会社』とも呼ばれる。

 要は宗主国と属国の関係で成り立っている魔導国みたいなものである。

 10年前に稲妻の如く突如頭角を現し、ブラックホールの如く次々と世界中の有名企業を飲み込んで巨大化した超弩級巨大複合企業で『まるで異次元から現れた化け物みたいだ』と世界中の巨大複合企業達が蒼褪め恐れおののいている。

 

 ……実は大当たりだったりするのだが。

 

 向こう側は『リアル』よりも時の流れが速く、既に魔導国が大陸全てを支配する超大国になって千年ぐらい経っており、ナザリック地下大墳墓の新階層守護者となったラナーやリグリット含む数名が『至高の40人救済計画』の極秘任務の命を魔導王陛下から受け片道切符で派遣されたのだ。

 それでヘロヘロさんが勤めているIT企業もここの傘下に組み込まれてホワイト企業になったという話である。

 

 製薬部門・金融部門・流通部門・民間軍事部門・民間宇宙航空部門など複数の巨大企業を傘下に持ち、アメリカの民間宇宙航空事業の『イカロス・スターシップ社』や電気自動車の第一人者である『ユピテルパワーモーターズ社』、100年間トップシェアの座を守り続けたOSで有名な『ワールドアプリケーション社』に世界的検索エンジンで有名な『オーバーウォッチ社』をも傘下に収めている。

 そしてNASAと提携して進めている件の『テラフォーミング計画』では荒廃した自然環境が徐々に回復し始めるなどの成果が世界中に広く知れ渡り一躍有名人となった。

 さらに地球規模の自然環境再生事業が大量の仕事と雇用を生み出し、世間では『黄金のラナー好景気到来!』『日出ずる国に陽が昇る!』なんて言われている。

 当然今まで社会的弱者を食い物にして医療関係や人工肺などの利権で骨の髄までしゃぶり尽して良い思いをしてきた国家や巨大複合企業は好く思っていないし、いかなる手段を使ってでも消えて欲しいと思っている。

 まるでいつの日かの王国貴族達の様に。

 

 ……もっとも、ラナー本人からは古巣を思い出す懐かしい連中程度にしか思われていないだろうが。

 

 ともあれ、そういう事情もあってウルベルトさんが所属する公安第一特務課にラナー会長警護の任務が来たというわけである。

 

 

 

 

 話をさらに進める前に一旦10年前まで遡る。

 現実世界では『モモンガ』が消失してから数秒しか経っていないが、アインズ・ウール・ゴウン魔導国では千年が経過していた。

 六大神や八欲王と呼ばれたかつてのプレイヤー達が現実世界から消失したコンマ数秒の僅かな違いが百年単位の差となって出現するタイミングが大きくずれた事から察しがつくように時の流れる速さが違うのだ。

 今やかつてのリ・エスティーゼ王国を始めとして、スレイン法国やアーグランド評議国も魔導国の属国となっていた。

 千年の時が経過したとはとても思えない不朽の栄華を体現した玉座の間では新しく加わった僕達がアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下その人の前に並んでいる。

 

「第十階層守護者ラナー及び以下4名、御身の前に」

「階層守護者ラナーと魔導国漆黒聖典第一席次と番外席次、そしてリグリットにクライムよ。面を上げよ」

 

 千年後の魔導国ではラナーはデミウルゴスやアルベド級の頭脳を買われて第十階層の守護者になり、見かけは20代半ばの容姿で固定され不老不死になっていた。クライムもまた同じく……まあ、理由はお察しの通り。

 第十階層守護者とは言っても別に戦闘行為を行うわけではなく主な役割はアルベドの業務の補佐であり実質的には守護者副統括。

 ちなみにアウラやマーレも同じく成長しており、シャルティアが大人の女性の気品が漂うアウラを見て悔しがっていたりするがそれはまた別のお話。

 そしてスレイン法国とは最初こそ不幸な出会い方をしたが今では魔導国に欠かせない国になっており、特殊部隊としての様々な優れたノウハウを持つ六色聖典はそのまま宗主国である魔導国の特殊部隊として運用されていた。

 ニグンさんも蘇り魔導国陽光聖典隊長として現場復帰し、神である魔導王に逆らう不信心な別大陸の国々で活躍中だったり。

 

「さて、忙しい中呼び出してすまないが今日は大事な話が……こら駄目でしょ!?……えー、大事な話があって君達を……ちょっと!……ごめん、ちょっと待ってて……メッ!モモちゃん!今パパはね、お仕事の大事なお話をしてるの!ママの所へ行って遊んでおいで」

「ふぇーん!やだやだー!パパと一緒が良いー!」

「うぉ!?ア、アルベド!誰か!アルベドが何処にいるか知らないか!?……え、法国?あっ……」

「僭越ながら、ここは私にお任せくださいアインズ様……ほーらモモちゃ~ん、狼のルプスレギナお姉ちゃんっすよー!今日はぁ、お姉ちゃん達と一緒に第六階層で遊びましょうね~。ハムちゃんやフェンちゃん達も寂しがってましゅよー?」

「わーい!ワンワンだー!」

「ルプーはお利口さんなワンワンですねー!ヨシヨシ!パパはまだお仕事があるから、モモちゃんはルプーと一緒にお散歩に行っておいで!」

「うん!いってきまーす!パパお仕事がんばって!」

「うん!パパ頑張るからねー!……ゴホンッ。さて、話の腰を途中で折って申し訳ない。それで今日は君たちに大事な話がある。これから話す内容は全階層守護者を含め誰にも知らせていない。ツアーなど極一部の者しか知らない最重要機密に深く関わる物になる。だから心して聞いて欲しい」

「「「「…………」」」」

 

 笑ってはいけないナザリック24時みたいな状態で現地採用された人達も大変である。

 魔導国はここ数世紀の間こんな感じで特に何事も無く平穏な日々が続いている。子育てに奔走する魔導王陛下は最近レエブン候に似てきたと言われていたり。

 いつの日かの『漆黒のモモン』のイメージが崩壊してしまったとイビルアイが騒いでいたりするが、まあ彼女も評議国の方でツアーと一緒に元気にやっている。

 

「君達を私達プレイヤーが来た滅びゆく世界を救済する少数精鋭の特派部隊として派遣したい。君達ならば向こうの世界で何も怪しまれず上手く溶け込めるだろう。そこでラナーよ。詳しい事はその資料に全て記載しているので後ほど確認して欲しいのだが、まず君には向こうの世界で『巨大複合企業』を立ち上げて欲しい。そこを起点として、次にそのリストに載っている私の友人達の労働環境の改善……特にヘロヘロさんを最優先にお願いしたい。端的にはかつての王国と同じ問題を抱えているのでそれを救って欲しいのだ。そしてこれが一番重要なのだが、『巨大複合企業』が軌道に乗ったら傘下企業や外部提携を上手く使い、壊滅状態の自然環境を再生させる事業を展開してもらいたい……そして最後に、妻と娘が写っている、この写真を私の母が眠る墓に届けて欲しいのだ」

 

 だいたいここまでの話を聞いてラナーは向こうの世界の状況が『王国が辿ったかもしれない成れの果ての姿』が世界規模で広がっていると予想した。

 彼らを止める敵がいない故に王国貴族の様な連中が八欲王の如く自分たちが自滅するまで世界を食らい尽くしているのだろう。そしてほとんど食べ尽くした自滅一歩手前の世界であると。

 

「なるほど……確かにこれは私に向いている仕事ですね。大体理解しました。彼らが私達の力欲しさに争い合う混乱を避ける為に、向こうの世界の住人に成りすまして現地の手段だけで解決すれば良いのですね?」

「うむ。君のその頭脳は今回の任務の成功の可否を決める要となる。そしてクライムよ、向こうでは『武技』や『魔法』が存在せず君でも対人戦では最強の部類に入るだろうが決して奢らず油断はするな。常に最悪の可能性を想定して動くのだ。特に向こうの世界の人間が操る空や陸を駆ける鋼鉄のゴーレムは第一席次や番外席次でしか相手ができない強力な兵器だ。万が一敵性組織が投入してきた場合は躊躇せずにラナーを連れて逃げるのだ」

「はい!例えこの命に代えてでもラナー様をお守り致します!」

「うむ。ストロノーフを思い出す立派な漢となったな……だからこそ、向こうの世界ではかつての王国の比ではない程荒んでいる民や都市を目のあたりにして心を痛めるだろうが、どうか心を強く持ち、ラナーと共にあの世界を希望の光で照らして欲しい」

 

 この現実世界を再生させる任務ではラナーとクライムのどちらかが欠けた時点で失敗となる。

 クライムはかつてのガゼフ・ストロノーフの様な立派な人物に成長し、彼が持つ曇りなき純粋な善意と決して諦めない不屈の心が現実世界を救う鍵となる。

 平凡であるというのは一種の能力である。尖っていないからこそ、いろんなタイプの人間を繋ぎとめる要と成り、その人間関係の組み合わせが生み出す無限の可能性を秘めているのだから。

 

 きっと、彼を中心に頭脳に優れるラナー、戦闘能力や隠密任務に優れる第一席次と番外席次、そして対応力に優れ機転が利くリグリットを上手く纏めてくれるだろう。

 十三英雄のリーダーの様に。

 




猫缶ささみ様、244様、誤字報告大変有り難うございます。


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日出ずる国の陽光②

 場所は現実世界に戻り2148年の成田国際空港。

 今話題の時の人が来日するという事もあり空港のロビーには各メディアの報道関係者やファンが殺到していて早朝から非常に騒が―――賑やかである。

 

『今、成田国際空港前から中継しています。本日はあのNASAと提携して自然環境を蘇らせている事で有名なEGHのラナー会長来日で朝早くから一目見ようと彼女に希望を与えられた多くのファンの方々が集まっているのですが、ご覧ください!凄い人だかりです!あ、今ラナー会長が乗っていると思われる大型プライベートジェット機が見えてきましたが、何という事でしょう!今の時代ではほとんど見かけない物凄く巨大な飛行機です!』

 

 ラナー会長程の大物の人物が一般の航空便に乗って来るわけもなく、万が一、空で犯罪に巻き込まれたら逃げ場がないので保安的な意味合いも兼ねて重要人物がプライベート機を使うのは当たり前なのではあるのだが、これがまた非常にデカい。

 なんと250t(安全基準値であり実際には300t以上)の積載能力を持つ6基もの大型ジェットエンジンを積んだ『アントノフ An-225』超大型輸送機をベースにプライベート機仕様及び近代化改修して魔改造された『エアフォースワン』も顔負けの『空飛ぶ宮殿』でド派手なご登場である。

 これではアメリカ合衆国の面目が丸潰れなのだが、今は巨大複合企業が国家よりも力を持つ時代なので問題ないだろう。

 この無駄にでか―――英気を養う為の快適さが隈無く追求されたラナー専用超大型プライベート機は王国のロ・レンテ城にちなんだ『EGH-1 ロ・レンテ』という名前である。ラナー会長は意外と遊び心のあるお茶目さんだったりする。

 まるでとある派出所のお巡りさんと愉快な仲間達に出てくるあの人並みの経済力である。

 

 この時代では燃料価格の高騰で一般の旅客機ですらアーコロジーで暮らす様な一部上場企業のエリートでなければ乗れず、唯一この世界で『夜空』を堪能できる手段でもある。

 当然利用者も限られているのでこの時代に運用されている旅客機は小型から中型が主流で大型機は姿を消している。

 比較的安い料金(ジェット機に比べれば)で利用できる電気プロペラ旅客機も存在しているが、こちらは速度と航続距離に難があり国内線のみである。

 

 ちなみに先程出てきた『一部上場企業』の『上場』とは証券取引所で株式の売買が出来る様になる事であり、『上場企業』は厳しい審査を通ってその株式を発行できるようになった企業の事を言う。さらにランクが『一部』『二部』などあり、『一部』はとても審査基準が厳しい為、それだけ社会的信用のある企業であり知名度も必然的に高くなるわけである。

 要は『一部上場企業』とは高い信用と責任が生じる『アダマンタイト級冒険者チーム』みたいな物であり、株式を購入して投資してくれる投資家=難度の高いクエストを指名依頼してくれる依頼者と同じような物である。

 3か月毎にやってくる『四半期決算リレー耐久マラソン』を延々と走り続けながら、株主総会では株主の我がま―――大変有難い貴重なご意見を頂いて運営方針を決めて行ったりと色々大変なのだが。

 ちなみにこのマラソン中に力尽きる事を通称『倒産』と呼ぶ。

 

 ともあれ、そんな限られた一部の上流階級しか一般の航空便が利用できないこのご時世にエアフォースワンよりも巨大な個人所有のプライベートジェット機を持つとは、上流階級を突き破って最早『天上の人』である。

 それでも、全く違和感が無くそれが自然体に見えてしまうのだから流石は元王族さんである。さらにその容姿も相まって非常にファンも多い。

 

 ……のだが、今まで散々人々から搾取して好き放題やってきた巨大複合企業の悪事の黒幕である『株主』達は当然、四半期決算の配当金額よりも投資額の方が一方的に遥かに上回っている今の状態、所謂(いわゆる)『超大赤字』を現在進行形でもたらす原因となっているEGHのラナー会長に対してそれはもう、秘密を知ってしまったベルリバーさんの時の比ではない程、ものすごーく大変に怒っていらっしゃるのである。

 

 そしてまさに今、ラナーが10年間経済界で派手に無双したおかげで、今まで陰から巨大複合企業や傀儡政治家を通して間接的に世界や歴史を思い通りに操り、この世界の全てを貪り食ってきた黒幕、公安第一特務課では便宜上『ワールドイーター』と呼んでいる投資家集団であること以外は謎に包まれている世界の歴史の裏で暗躍してきた超巨大組織が動き出し、『陰と陽』の本格的な長い戦いが始まろうとしていたのである。

 

 ……当然、早朝からの警護任務で黒塗りセダン2台を滑走路敷地内に停めて只今すごーく眠そうに缶コーヒーを飲みながら車内で待機中のウルベルトさんはカウラウ課長とラナー会長が裏で繋がっている事を知る由もなく。

 ……むしろ公安第一特務課の中でその事を知らないのはウルベルトさんだけであったりする。

 

 なぜならば、公安第一特務課のメンバーはカウラウ課長、ウルベルトさん、漆黒聖典第一席次『隊長』、漆黒聖典番外席次『絶死絶命』の4名しかいない故。

 人手不足に悩んでいて絶賛入隊希望者募集中である。

 

「ふぁあ~。あー眠い……イテッ」

「今、寝ようとしたでしょ?ただでさえウチは人手不足なんだから。ほら、もう飛行機が滑走路に入ってきてる」

 

 運転席に座っている番外席次こと『番外ちゃん』に肘で小突かれているウルベルトさん。

 ちなみに番外ちゃんは3か月前に教習所で普通自動車免許を取ってきたばかりである。

 担当教官が気を失うような素晴らしい運転を披露してきたとか。そしてその担当教官は番外ちゃんに職務中の居眠りで訴えられて減給処分を受けたそうだ。

 ……何ともはやである。

 

「は?なんじゃありゃ!?マジかよ!?資源が無いこのご時世にアントノフで飛んでくるとかどんだけ金があるんだよ!?」

 

 流石に生で初めて見たAn-225の迫力ですっかり目が覚めたウルベルト。

 この時代では化石燃料がほとんど枯渇しているのでAn-225を一回飛ばすのに掛かる燃料費は高級車が何台も買えるような金額になる。

 当然、電気プロペラ機や電気自動車みたいに電気でジェット機を飛ばすわけにも行かず、ラナー会長は海洋上に点在する複数の石油プラットフォーム(海上油田採掘施設)を所有する企業ごと買い取って自社専用の燃料をしっかり確保しているのだが。

 

「さあ、飛行機が止まったら直接近くまで迎えに行くんだから早くシートベルト締めて。もう車出すよ」

「はいはい。解ってますって。それじゃあ、今日のお勤めと行きましょうかね」

 

 なんだか物凄くこちらの世界に馴染んで板に付いている番外ちゃん。

 本日はテロ行為を警戒してロビーを通らず直接滑走路上でラナー会長を拾う事になっている。後続のもう一台の黒塗りセダンの方に乗っているのはカウラウ課長と第一席次。

 

 滑走路上に堂々と鎮座するAn-225の前に公安の黒塗りセダン2台がやってくると、機首の部分が油圧の力で折れる様に持ち上がりハッチが開くと同時に続いてスロープも降りてくる。この光景がこれはまた凄く圧巻なのである。

 貨物室だった部分は魔改造されて中世ヨーロッパに出てくる王室の様な内装になっており、所謂リ・エスティーゼ王国のヴァイセルフ宮殿の様な内装になっている。

 ラナー専用のこの『EGH-1 ロ・レンテ』の機体は貨物室が王室の様になっているが、もしも仮に座席を敷き詰めて『旅客仕様』に改造した場合は2000人は収容できる広さである。

 

 当然、今まで映画やネットでしか見たことが無かったあまりにも規格外過ぎる巨大な飛行機に一人だけ感動しているウルベルトさん。いつの時代も巨大な物は男のロマンなのである。

 

「ほぇー。こりゃあまた、近くで見ると一段とデカいねー」

「はい、マスク。これが無いと息ができないんでしょ?……いい加減にそろそろ人工肺にしたらどうなの?」

「お、悪いね。いやぁー、体の一部を機械にするのって、どうもね。やっぱり生身の身体が一番ですわ」

「ふーん……まあ、別に良いけど」

 

 魔導国勢の皆様方はこっそりと毒無効の魔法道具(マジックアイテム)やら疲労無効の魔法道具(マジックアイテム)やら色々と身に着けていらっしゃるのだが。

 誰にも悟られてはいけないとはいえ、何も知らないウルベルトさんが少し可哀そうである。

 

 An-225からラナー会長とクライムが降りて来ると、公安第一特務課の皆様で出迎える。カウラウ課長がラナー会長と挨拶を交わしている間、残りのメンバーは後方で周囲を警戒しながら待機中だ。

 

「久方ぶりじゃのう!ラナー会長。合衆国の方はどうじゃった?」

「あら、カウラウ課長もお元気そうで何よりです。自然環境再生事業も軌道に乗ってきましたので、今度はエネルギー開発事業の方にも本腰を入れて行こうと思い月面資源開発計画の打ち合わせをしてきました。月には”ヘリウム3”という資源がいっぱい眠っているんですよ?これからは宇宙の時代ですね」

 

 ウフフ(*´艸`*)と可愛らしい笑顔でスケールの違い過ぎる世界をお話になられるラナー様。

 

「はっはっは!この世界ではお主が”プレイヤー”みたいなもんじゃのう」

「ええ、こちらの世界は素晴らしいですね。大変気に入りました。特に”インターネット”があればこの世界の全てが手に取るように解りますからね。そうは思いませんか、クライム?」

「は、はぁ……流石はラナー様ですね。私はどうしても未だに慣れませんが」

 

 ラナー会長は王国時代にメイド達の噂話から情報を組み立てて点と点を線で繋いで正解を導き出してしまう様な規格外の洞察力を発揮していたわけであるからして、彼女にインターネットを与えるのは火薬に火を着ける様な物である。

 

「最近はクライムにパソコンの使い方を教えるのが一日の楽しみなんですよ?この世界では情報が”剣”に成りますからね。私がクライムの先生になって訓練ができるのでとても幸せです」

「それは充実した生活を送っている様で何よりじゃ。インベルンの嬢ちゃんにもこの世界を見せてやりたかったわ!きっと借りてきた猫の様に怯えて縮こまるじゃろうからのう、はっはっは!さ、あまりここで長話するのも後ろで待っている彼らに悪いからのう」

「彼のお友達も元気そうですね。そうそう、これを欲しがるだろうと思って用意しておきましたので後で彼に渡しておいてくださいね」

 

 ラナー会長がリグリットに手渡したのは『クライムのサインが書かれた写真』である。彼女も『ぶくぶく茶釜』さんが声優をやっている事は知っており、見事に思考パターンを見抜かれているので恐ろしい物である。

 

「ほぉう、あれだけ独占欲の強かった主が随分と丸くなったもんじゃのう」

「彼のお友達には色々とお世話になりましたからね。これぐらいならお安い御用ですよ?」

「はっはっは!王国でメイドを事故死に見せかけて手に掛けたお主が良く言うわ」

「あら、そんな事もありましたね。忘れてました。でも、千年も昔の事なんて流石にもう時効ですよ?」

「お主も相変わらずじゃのう。話しとると楽しいわ!」

 

 だんだん話の流れがどす黒くなっていくお二人方。

 ちなみに『リ・エスティーゼ王国語』で話しているので後ろにいるウルベルトさんは頭の上に『?』と浮かんでいたり。バイリンガル(二言語を使い分ける事)は便利である。

 

 そして、ウルベルトさん達にエスコートされながらラナー会長とクライムはカウラウ課長と第一席次の乗る後続車両に乗り込み、ウルベルトさんと番外ちゃんは先頭車両に乗り込み空港から出発する。

 早速、車内に入ると本題の話に入るラナー会長達。

 

「……それで、モモンガさん、いえ、鈴木悟さんの御友人であるベルリバーさんを殺害したと思われる黒幕の『ワールドイーター』達の動きが早ければ今日中にも何かしらあるでしょうね。彼らが厄介なのは私やデミウルゴス並みに知恵が回る事です」

 

 普段は笑顔でいるラナーが珍しく、本性を出した時の歪んだ表情とも違う真剣な表情になる。

 ワールドイーターと呼んでいる世界を陰から操ってきた投資家集団はラナーやデミウルゴス並みの頭脳と王国貴族達の欲深さを足した様な集団で、流石のラナー達も今回ばかりは分が悪い。

 ラナーやデミウルゴスの様な知恵が回る連中が大量に居るわけであるからして、流石のラナーも想定外の事態で少し焦っている。何せラナーでさえ今まで存在に気付かなかったのだ。

 

「恐らく、最初の一手はいきなり直接的な手段では来ず、何かしらの”ポーン”でこちらの反応を見ようとしてくるはずです。一応、こちらには鬼札としてワールドアイテム『傾城傾国』がありますが、人工知能に使用した実験に成果はありましたか?」

「はい、通常の機械には効果がありませんでしたが『人工知能』を持つ機械には無人自動車など種類を問わずに効果がありました」

 

 第一席次の報告を聞いて『ふむ』と考えるラナー会長。

 

「……とすると、どうやらこの世界の人工知能はシズ・デルタさんと同じ『自動人形(オートマトン)』として認識される様ですね。良い結果です」

「しかし、ラナー様。こちらの世界の住人の目の前でユグドラシルのアイテムを堂々と使うわけに行きません。一体どうなさるおつもりなのですか?」

「あら、クライム。あなたはもう少し『映画』を観た方が良いですよ?今夜は一緒に未来からやってきた殺人ロボットの映画を観ましょうね」

 

 そして『ああ、なるほど、あれね』と頷いている第一席次。彼は最近洋画に嵌っている。

 

「私の読みが正しければそのうち活躍する機会もあるでしょう。敵もきっとビックリするでしょうね……それでベルリバーさんがなぜ殺されてしまったのか色々と考えたのですが、まず一つ目の仮説は巨大複合企業の悪事を調べているうちに背後にいるワールドイーターの存在に辿り着いてしまった為に消された可能性。2つ目の仮説は私達も知らないワールドイーター内部の情報を何かしら掴んだ為に消された可能性ですね」

「……しかしのお、ラナーよ。ウチには『管轄』という物があってな。連中が国外にいた場合は手が出せんぞ?」

「あら、それぐらい私が知り合いのコネを使ってどうにでもするので大丈夫ですよ?それにいざという時はロシアとイスラエルにPMC(民間傭兵会社)を持っているので手が足りなかったら遠慮なく言ってくださいね。精鋭部隊をいくらでも貸しますよ?」

「やれやれ、”八本指”も随分とデカくなったわ。よもや国と変わらんの」

 

 流石に少し呆れるカウラウ課長。戦争が始められる様な軍事力を持っていればそれもそうだろう。

 

「それで先の仮説じゃが、もしも後者だった場合が気になるの……連中が必死に隠そうとする程じゃ。良い物ではないじゃろうな、当然」

「ええ、そして、後者の場合はそもそも何故ベルリバーさんが秘密を探ろうとしていたのかの動機が非常に気がかりです。どちらにしても今の段階では偶然ワールドイーターの存在に辿り着いて消された可能性も捨てきれませんので、まだなんとも言えませんが」

「うーむ、それは困ったのう。ベルリバーの件は奴らが傀儡政治家を使って政治的圧力を掛けてきおるからウチらも手が出せんし……」

「私達には時間なんていくらでもあるのですから、根気よく気長に行きましょう。時には何もしないで相手が動くまで待ってみるのも一つの手ですからね」

 




氷餅様、猫缶ささみ様、244様、誤字報告大変有り難うございます。


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日出ずる国の陽光③

 時は数時間程進み、首都高速道路湾岸線 横浜臨海アーコロジー方面。

 窓を開けて1960~80年代の古き良き時代のアメリカンロックを流しながら大気汚染で霞んでいる夕日に向かい高速道路を制限速度20キロ越えで飛ばしている第一席次。

 彼は最近洋画を切っ掛けにアメリカンポップカルチャーに嵌っている。

 彼の飛ばしている愛車はラナー会長がアメリカのお土産でAn-225で運んできた1966年製のアメ車を電気自動車仕様に改造したもので、幽霊や悪魔を退治する兄弟を描いた海外ドラマで有名になった草食動物の名を冠するあの車である。当然、色は黒だ。

 古き良き時代のアメ車を電気自動車にしてしまうのは神を冒涜するのに等しい邪道であるのは承知だが、この時代ではラナー並みの経済力が無ければ内燃機関で動く自動車を楽しむのは困難である。

 ともあれ、憧れていたアメ車を手に入れて慣らし運転を楽しんでいる第一席次だが別に遊んでいるわけでは無く一応公務中。

 

 やまいこさんこと『山瀬舞子』さんと同じ横浜臨海アーコロジー内の小学校で第6学年の授業をしていた男性が突然窓を突き破って落下死して学校は一時騒然となり、現場の警察の情報では死因は胸に12.7mm弾(対物ライフル弾)を受けて即死という事で流石に普通では無いので組織的武装集団或いは反社会組織による犯行の線で公安第一特務課が動いたのである。

 この2148年の日本においても鉄砲刀剣類所持等取締法は健在しており、『対物ライフル』が国内で使われたとなると当然、出所も限られてくる。

 この付近には香港を拠点とするアジア系マフィアグループの支部がアーコロジー外にある荒廃してスラム街化している『旧横浜中華街跡』に存在しており、ワールドイーター達との関連性の有無を含めてウルベルトさんと番外ちゃんはそちらの方で調査中だ。

 

 第一席次の車がベイブリッジに差し掛かると、すぐ隣には海上で煌びやかな明かりを灯し、赤い航空障害灯をチカチカと点滅させている巨大な『横浜臨海アーコロジー』が見える。『赤レンガ倉庫』や『みなとみらい』に隣接している湾内をベイブリッジ付近まで埋め立てた場所に建っており、非常に広大な敷地面積を有している。またアーコロジーの高さは300m程で平べったいドームの様な形状をしている。

 日が沈むにつれて明かりが灯り始める都市の景色を横目で堪能しつつ『仕事が終わったら今日は何の映画を観ようか?』と考えていると番外席次から電話が掛かってきたので車内スピーカーに出す。

 

『今、何処にいるの?』

「今ちょうどベイブリッジを走っている所ですよ。どうしましたか?」

『そう……私達は今からガサ入れしてくるから、山瀬舞子さんの聞き込みと護衛は頼んだよ……一体今日はどんな奴が楽しませてくれるのかしら?』

 

 電話の向こうで不敵な笑みを『ニタァ~』と浮かべている番外ちゃんを想像して、少し蒼褪める第一席次。これから番外ちゃんとウルベルトさんの『ガサ入れ』を受けるマフィアの人達が哀れである。なにせ、あの二人の取り調べを受けた凶悪犯の9割が精神的に再起不能になる事で有名だ。

 ウルベルトさんもデミウルゴスの如く尋問を楽しんでいる節があったり。まさにこの親にしてデミウルゴス在り。

 

「はぁ……くれぐれも武技やスキルを使わないでくださいね。あなたが本気を出すと建物が倒壊しますから程々に加減をしてくださいよ。前もあなたが全壊させた建物を”ガス爆発”として処理するのに苦労したのですから」

『適当にその辺の物を使うから大丈夫。今日は”縛りプレイ”でウルベルトさんと一緒に遊ぶから』

 

 ガサ入れなのに戦う事が前提になっている番外ちゃんに『はぁ……やれやれ』と深い溜息をつく。これはまた始末書だな、と。

 最近は主に番外ちゃんとウルベルトさんの後始末のお陰で書類作成やら事務仕事に熟達してきている。ウルベルトさん、止めるどころか『お、祭りか?』と喜々として番外ちゃんに混ざって撃ちまくって来るので困ったものなのである。

 普通、たっちさん等の一般的な良いお巡りさんは引き金を引くのを躊躇う物なのだが、あの二人は『待ってました!』と言わんばかりに喜んで撃ちまくる。時々どっちが悪い人達なのか分からなくなる程に。

 

『じゃあ、聞き込みしてくるからまた後でね』

 

 いやいや、『殴り込み』の間違いではありませんか?と思うが口には出さない。

 

「……わかりました。相手を必要以上に惨殺するのは控えてくださいね。現場がグロテスク過ぎて辞めていく警察の方が最近多いようですから」

『大丈夫、ウルベルトさんに合わせるから。じゃ―――プツ』

「……これはまたしばらく書類仕事になりそうですね、はぁ……」

 

 第一席次はこちらの世界で戦闘になっても基本的に銃しか使っていない。せいぜいアクション映画の主人公レベルの身のこなしに抑えて戦っている。番外ちゃんみたいに壁を突き破ったり道路標識を引っこ抜いて振り回したりはしていない。

 本人は『武技もスキルも使ってないですけど何か?』という様な顔をして反省の様子が皆無である。

 この世界に来て初めてブラックな職場を身を持って体験している最近溜息をつく回数が増えた第一席次であった。

 

 

 

 

 と、言う事で場面は変わり番外ちゃんとウルベルトさんの2人組。

 長い年月放置されて酸性雨などで風化して朽ち果てている古い商業ビルの前に車を止めて監視中だ。

 

「放置されている割には随分と人の出入りが多いな。どうもあの建物がきな臭いねぇ。ほんじゃあ、いっちょう行きますか、番ちゃん?」

 

 懐から銃を取り出して弾を装填させながら番外ちゃんに尋ねるウルベルトさん。物凄くノリノリである。

 ちなみに番外ちゃんはこちらの世界では『番 命子』という偽名を使っている。

 

「うん、私は後から援護に回るから先に始めてて良いよ。少し電話する」

「ほいほい。じゃあ世の為に正義の鉄槌を下しに行くとしますかね」

 

 首を鳴らし、『ククク』と不敵な笑みを浮かべながら車を出て行くヤる気に満ち溢れている仕事熱心なウルベルトさん。2ボタンのフォーマルスーツの上から来ている紺色のトレンチコートが『公安』っぽくて良く似合っている。

 そしてスーツの裏地は特殊な合成繊維と合成ジェルで仕立てられた防弾仕様(でも当たれば凄く痛い)。防弾チョッキ等にも言える事だが、あくまでも致命傷を防ぐだけで、銃弾が当たった衝撃による激痛自体は防げない。

 

 ウルベルトさんがしばらく歩くと、100年前は中華料理の店か土産屋か何かであったのだろう、錆びだらけのシャッターが閉じられている建物に辿り着く。この正面のシャッターは朽ち果てていて何十年も使われた形跡が無い。所々に錆びて穴が空いている部分もあるが内部は真っ暗で何も見えない。

 どうやらシャッターは使えそうに無いので路地に入り裏口の方に回る。裏口の扉は鉄製で先程のシャッターに比べれば比較的錆びによる被害が少なく、人がまだ使っていると判断できる。何時でも銃が取り出せる様に懐に手を伸ばしつつドアをノックする。

 

「公安の者ですが、どなたかいらっしゃいますかー?居るのは分かってるんですよー。今日使われた対物ライフルの弾、あれってお宅の物ですよねぇ?」

 

 全く反応が無いので『ふむ』と少し考える。ドアは錆びているし思いっきり蹴れば開くかな、と。そう思ったものの、やはり鍵を開けるには銃で撃ち抜くが手っ取り早いかと思い直して早速撃つ。

 ドアを開けて内部に入るや否や、銃声に気付いたマフィア達が地下から中国語で何か大声を発して階段を上がって来る音が聞こえるので近くにあったテーブルを倒して身を隠し、いつでも撃てる様に階段の方に狙いを定める。

 

「こりゃあ、当たりだな。それじゃあ遠慮なく行かせてもらいますよ?」

 

 作業着やスーツを着て呼吸マスクを着けているアジア系マフィアの一人がウルベルトが隠れているテーブルに近づいてくると、そいつの膝に一発撃ち込んでから顔面に拳をお見舞いし、首を絞める様にしながら哀れなマフィアを肉壁にして敵を撃ちまくっていく。

 さらに物凄い轟音と共に外から錆びたシャッターを突き破って飛んできた『自動販売機』にマフィア数人が巻き込まれて挽肉と化すと澄ました顔で『道路標識』を持った番外ちゃんが入って来る。

 

「いやはや、相変わらず超人みたいな力だねぇ。何度も見てるハズなんだけど未だに自分の目を疑うよ……ククク。そうは思わないかね、君?」

 

 現在肉壁に使わせて頂いている哀れなマフィアにウルベルトが話しかけると、どんどん顔が蒼褪めていく。どうやらまだ生きている上に日本語が通じる様だ。

 ウルベルトさんも最初はビックリしたが、最近はそういう物だと思って深く考えない事にしている。

 

「ごめん、待たせたわね。怪我はしなかった?……それで、これは始末しても大丈夫?」

 

 ウルベルトが『うん』と頷くと、自動販売機に間一髪で巻き込まれなかった腰を抜かしてガタガタ震えている生き残りを道路標識で突き刺していく。

 その光景を見て逃亡を図ろうとしたマフィア達に気付くと、ぐしゃぐしゃに潰れた自動販売機から転がっていた缶コーヒーを拾い上げ、マフィアに目掛けて全力で投げつけて行く。番外ちゃんが本気で投げた缶コーヒーの直撃を受けたマフィア達は悲鳴を上げる事さえ許されず次々と即死していき、ウルベルトさんも負けじと逃亡するマフィアに鉛玉をお見舞いする。

 ここまで1分足らず。戦闘というよりは掃除である。

 

「それじゃあ下の階に聞き込みに行くよ。ほら、これを使って」

 

 床に転がっているマフィアの死体が手にしていた自動小銃をウルベルトさんの方に投げると、番外ちゃんも流石に道路標識をそのまま室内で振り回すのは使い勝手が悪いので半分に折って短くする。

 

「お、これは良い武器だねぇ。ドイツの最新モデルじゃん。本当に君たちは何処でこんなものを仕入れたのかな?後でゆっくりとお話を聞かせてもらうから眠ってて貰おうか」

 

 素手で道路標識を真っ二つに折った番外ちゃんを見て『あわわ』状態なマフィアさんに構わず後頭部を銃のグリップで殴って気絶させると、念の為に適当な場所に手錠で繋いでおく。そして、番外ちゃんに惨殺された死体から自動小銃の予備弾薬を補充すると番外ちゃんの後に続いて階段を下りていくのであった。

 

 

 

 

 場面は変わり、アメリカ合衆国バージニア州。

 マウント・ウェザー・アンダーグランドアーコロジー。

 

 元は米ソ冷戦時代に政府存続計画の一環でマウント・ウェザー緊急事態指揮センターとしてロッキー山中に建てられた核シェルター。政府機能を核戦争後の世界でも存続させる目的で建設されたある種の地下都市だったのだが、より下へ下へと拡張工事がされていき巨大なアーコロジーとなっていた。

 他にもコロラド州シャイアン・マウンテン・軍事要塞アーコロジーもあったりする。環境破壊が進もうとも今尚お家芸が健在のアメリカ合衆国は流石である。

 話は逸れるが当然、ネバダ州にあるグルーム・レイク空軍基地。別名『エリア51』として全世界のソッチ系の人達からある意味で『聖地』として親しまれているポピュラーなあの場所も健在である。柵を超えてしまう熱心な巡礼者が何処かに連れて行かれたり、いろいろと噂が多く映画等の物語のネタとして使うと便利な事で一般的にも有名である。

 しかしながら、割と出尽くした感があり、喜んで乱用するとB級映画になってしまうので扱いは難しい物だったりする。

 

 マウント・ウェザーの地下では現在、緑豊かな人工自然公園の中で暮らすキリンや象など()()()()()()()()()()()を未来的なデザインの強化ガラス製バルコニーから見下ろしながら贅を凝らした料理やシャンパンなどを楽しんでいる男女達が何やら会話をしている様子。

 非常に先進的な端末を操作している人が目立ち、地上の世界よりも更に1世紀は技術が進んでいる様に見受けられる。

 

「それにしても彼女が進める自然環境再生事業は我々の計画の邪魔になる。そんな事をしても長い目で見れば人口が増えて再び地球が駄目になるという事が解らないのかね、全く」

「然り。所詮は地上に暮らす雑多な遺伝子しか持たない劣性人類故に目先の事しか考えられないのでしょうな。遡る事18世紀より才ある者同士で何世代にも渡って優秀な遺伝子を残してきた我々に任せておけばいいものを」

 

 この不穏な会話をしている選民思想の強い彼らは所謂『優性人類』である。現在では最先端の医療技術で様々な遺伝子強化を施しており通常の人間よりも細胞の老化が遅かったり、免疫機能に優れていたりする。

 

「せっかく私の財閥が地上の不要な人間を減らすついでに稼がせて貰ってたプランもあの女が格安で呼吸マスクや人工肺を売り出したせいでパーじゃない。今の時代、労働力なんてロボットがあれば良いのだからこの星に生きる人間は私達だけで十分なのよ!もう!……いっその事、核戦争でも起こして地上を綺麗に掃除すればいいんじゃないかしら?」

「そんな事をしてしまったら、それこそ何十万年も地上が住めない世界になるではないかエリザベス。それはそうと、件のグリーンワールドの開拓状況はどうかね?」

「より大規模な部隊を送れる様に超大型転送ポータルの開発を急いでいるのですが、第一陣は緊急転送で撤退しました。資源開発の為に大森林近辺に暮らす先住民族を駆除していたところ、ツァインドルクス=ヴァイシオンと名乗ったドラゴンに酷似した知的生命体の攻撃を受け、多脚戦車やVTOL地上攻撃機に多数の被害が出ています。これが破壊された多脚戦車のドライブレコーダーから回収した映像になります」

 

 男が半透明なガラスの板の様な端末から映像を掴んで空中に投げるような仕草をすると、空中にホログラム映像が映し出される。

 

『おい!何だあれは!?……おいおい、ちょっと待った嘘だろう?ドラゴン!?メーデーこちらブラヴォーワン、未確認巨大生物と接敵!応答を願う!』

『やあ、こんにちは。私の名前はツァインドルクス=ヴァイシオン、ツアーで良いよ。君たちは向こうの世界から来たみたいだね。罪の無い民を虐殺するのは止めてもらえないかな?イテッ……人の話は最後まで聞くものだよ。とは言っても人じゃなくてドラゴンなんだけどね』

『ば、馬鹿な!戦車の主砲が直撃したのに無傷だと!?ええい!出し惜しみは無しだ!何としてもあのデカい蜥蜴を叩き落とせ!全VTOL機はありったけのミサイルを発射しろ!』

『こちらワルキューレ6了解。これよりドラゴンへの攻撃を開始す―――うわぁああ!』

 

 ツアーが白金の翼を広げて大きく羽ばたくと、地上から自動小銃を撃ってきている歩兵達を風圧で吹き飛ばし、凄まじい飛行速度で突進してVTOL機を1機捕まえる。

 

『お、俺を食っても美味くねえぞ怪獣め!』

『……別に食べたりはしないよ』

『よ、よせ!やめろ!ぎゃあああ!』

 

 何か調子が狂うなぁ、と思いつつコックピットのキャノピーを突き破りパイロットを爪で摘まんで『ポイッ』と捨てるとまじまじとVTOL機を観察する。

 

『うーん、どうやら君達はプレイヤーとは別種の存在みたいだね……ひょっとして、リアルの世界から直接やってきたのかな?今までとは違うみたいだね……君たちが歪みの原因か。これはかなり不味い。申し訳ないけど君たちの乗り物はナザリック地下大墳墓に持ち帰らせてもらうよ……ごめんねエンリ。君の愛した村は必ず評議国が責任を持って復興させるから許して欲しい……始原の魔法(ワイルド・マジック)

『なんだあの光は?……水爆?……Oh my god。不味い!今すぐ緊急転送だ!急げ!!』

『全機緊急転移ドライブ起動!歩兵は見捨てて直ぐに離脱しろ!!急げぇええ!!早く早く早く!!』

 

 激しい閃光と衝撃波で前方に展開していた多脚戦車やVTOL機が都市に成長した元カルネ村ごと吹き飛ばされていく映像を最後に途切れる。

 

「ふむ、16世紀程度の原始的な文明だからと油断したのは早計だったか。どうやら陸は危険な生物が溢れているようだな。それでは近海に空母や巡洋艦をポータルで送り込んだらどうかね?所詮は空飛ぶ蜥蜴。音速で飛ぶ戦闘機や巡行ミサイルの前では手も足も出まい」

「然り。そもそも向こうの世界で神だか王だか知らないが魔導王を名乗っている先住民族の長を我々が多額な投資をして開発する土地を不法に占拠するテロリストとして連行し、法廷に立たせるべきだ!」

「それでは、いっその事この情報を世界各国の首脳に公開して、大量破壊兵器(ツアー)を持っている危険な先住民族に国際的な制裁を加えるのはどうでしょう?断定的に向こうの世界の扱いを”地球の一部”とし、国際条約違反という大義名分を野蛮な未開人に付きつけてやれば良いのではないでしょうか?その後アインズ・ウール・ゴウン魔導国と呼ばれる独裁国家を解体し、国連のG7各国主導の元、支配者層を拘束して然るべき代償を払わせ、先住民族には最低限の教育を施し植民地として運用していくのが現実的かと思います」

 

 もはや昔のシャルティアを洗脳して怒りを買ってしまったスレイン法国の比ではない程の『核地雷』を踏み抜いてしまっている事なんて知る由も無く。後からやってきて”自分達の土地だ”とは一方的過ぎて余りにも理不尽な話である。そもそも彼らは魔導王を普通の人間だと思い込んでいるわけであるからして、夢にも時間を止めたりできる魔王だなんて思っていない。

 もしも、モモンガさんがベルリバーさんを殺害した挙句に都市に成長した元カルネ村を蹂躙した上、”土地を不法に占拠するテロリスト”扱いされていると知った日にはどれほど怒り狂うかは想像に絶する。

 ある意味ではモモンガさんの母親を過労死させた親の仇でもあるからして、彼が真実を知った日には大変な事が起きるだろう。当然、仮に彼が許そうとも全階層守護者やナザリックの全僕達がガチギレする程の『核地雷』を踏み抜いている事は言うまでも無く。

 

「うーむ、しかしそうなると我々の転送ポータルも世界に公表する事になるぞ?」

「それはやむを得ないでしょう。あの白金のドラゴンの戦闘能力は現代の兵器を以てしても危険な相手。我々の限られた戦力ではアレが多数いた場合に対処できません。それにたかがポータルの技術ぐらい、新しい世界が手に入る事に比べれば安い物です。違いますか?」

「それではその様に取り計らうとしますかな。しかし、あの黄金とか呼ばれているラナーが陰で日本国の公安第一特務課という諜報組織を動かしてこちらを嗅ぎまわっている様だが、アレの始末はどうするのだ?」

「確か私たちの事をワールドイーターって呼んでいるのよね。ホント良い当てつけだわ。私たちが第二次世界大戦を起こしたり、HAARPで人工地震を起こしたり気象を操って世界人口を調節していなかったら、とっくの昔にこの世界は害虫の如く増え続ける劣性人類に食い尽くされて滅びていたわ。どっちが世界を喰らう者なのかしらね。それにあの女には臓器密売や麻薬密売ルートを潰されてウンザリしていたのよ……きっと今頃は香港のマフィアを餌として動かしたから、手痛くやられてるんじゃないかしら?」

 

 そのマフィアさん達は現在、番外ちゃんとウルベルトさんの手によりリアルでも魔導国側でもない『あの世』と呼ばれる別世界に送られてしまっているのだが。まるで八本指の時の蒼の薔薇のデジャブである。

 先ほど出てきたHAARPとは別名『高周波活性オーロラ調査プログラム』と言われているのだが、ソッチ系の陰謀論が大好きな人達の間では人工地震を起こしたり、気象を操って集中豪雨や干ばつを引き起こしている等の黒い噂で親しまれている。

 彼らが使う『転送ポータル』も1943年のエルドリッジ号が消失したという都市伝説でソッチ系の人達ならば皆が知っている『フィラデルフィア計画』が200年の時を経て更に進歩した物である。

 

「それでは早速、G7サミットの議題で魔導国の件を公表して、アインズ・ウール・ゴウン魔導王とか呼ばれている人物を証人喚問し独裁国家の解体と生物兵器(ツアー)の破棄を要求、拒否するようならば国際条約違反で国連軍を向こう側に送り出して強制執行権の行使という事で良いのだな?」

 

 この2148年の世界では条約を守らない国家に対して強制執行権を行使できる最も強力な権限を持つ物になっている。21世紀の時代ではあくまでも注意ぐらいの効力しか無かったのだが、複雑化していく国際情勢の中でアメリカ合衆国が世界の警察を辞めてから、国連が代わって世界の警察としての力を持つようになった。

 ある意味、事実上の世界統一政府の様な物が22世紀の国連である。

 




リリマル様、猫缶ささみ様、誤字報告大変有り難うございます。


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ファーストコンタクト①

 社会の変化とは徐々に時と共に変容していくものと、ある日を境に突如として変わってしまう物の2種類がある。

 例えば良い例は幕末の日本にふらりと黒船に乗ったペリーさんが現れ『Hi! What's up?(やあ、最近調子どう?) :D』と鎖国をしていた江戸幕府を無理やり開国させて、明治維新と言う急激なイノベーションが起こり着物を着た人々が歩く街の中を鉄道が走ったりと一足飛びに産業時代に突入した事が想像しやすいだろう。

 この場合は技術が進んでいる国と技術が遅れている国が出会った事により起こるべくして必然的に発生した変化だったのだが、もしも、全く異なる体系で進歩した国同士が出会った場合は何が起こるのだろう?

 水と油の様に相容れぬ物として反発し合うのか、それとも、互いに混ざり合って一つの物へと収束していくのか。

 まさに今の世界は歴史上類を観ない程の劇的な変化の岐路に立っているのであった。

 

 たっち・みーと呼ばれた嘗てはユグドラシルでワールドチャンピオンの座に就き、リアルでは警察をしていた彼は今では地方議員から政治家を始めて外務大臣にまで出世していた。

 ライバルでもあるウルベルトさんが公安第一特務課で次々とマフィアや巨大複合企業の悪事を暴いて逮捕していく快挙を挙げているので『これは頑張らなくては』と一心不乱に努力した成果でもある。

 あのウルベルトさんが悪をガンガン倒しまくってネットの記事に載りまくっている中で、今のポジションを必死に守ろうとする保守的な政治家になってしまったら合わせる顔が無いと必死に彼との約束を守る為に頑張ってきたのだ。

 

 現在高校への進学を控え日夜受験勉強で寝不足気味の娘を『こら!早く起きないと遅刻するわよ!』と起こしに行っている妻や、『あと5分だけ~。ふぁあ~』なんてやり取りをしているミノムシ状態の娘のいつもの会話に苦笑しつつ、湯気の出てるホットコーヒーを『ズズズ』と啜りながらタブレット端末で今日のニュースの記事を読んでいるたっちさん。

 現在は世田谷区にある国会議員専用のアーコロジーに家族で住んでいるので、職場の外務省も目と鼻の先でゆっくりと家族の時間を大切にできるのだ。

 

「おー、またウルベルトさんが海外マフィアの拠点を検挙したのか。どれどれ……逮捕者1名、死傷者43名……これは内外で揉めそうですね。頑張らなくては」

 

 この公安第一特務課。わりと内閣でも賛否両論であり、特に日本国籍を持たない外国人をマフィアとは言え拘束尋問したり、ましてや殺傷してしまうと国際問題にも時として発展する非常にセンセーショナルで扱いが難しい物なのだ。

 野党やリベラル派議員から戦時中の秘密警察だの、軍国主義への回帰だのと色々ブーイングが出るのは22世紀になっても変わらない。とはいえ、それは建前であり、詰まるところは背後にいる巨大複合企業の()()()()()()()()()に取って都合が悪いから止めさせたいというのが本音である。

 本音を『建前』という『外装』で綺麗に包んでリボンを付けたりし、てんやわんやとするのが政治の世界である。こればっかりは何処の世界や時代でも変わらないし、未来になっても変わらない。

 

 だからこそ、そんな事お構いなしにガンガン容赦なく悪に裁きを下しまくっている『誰かが困っていたら助けるのは当たり前!』を地で行く正義のヒーローを体現しているウルベルトさんを見て、嬉しく思っていたりする。

 

 ……流石に『ヒャッハー!正当防衛だぜぇー!』とPKKのノリで派手に暴れているとは知らないが。

 

「ほら!あなたもニュースばかり見てないで未来にガツンと言ってください!」

 

 たっちさん、流れ弾に当たる。家庭は無慈悲な戦場なのだ。年頃の気が難しい娘にどう接すればいいのか判らず遠くから見守る姿勢を貫いていたりする。風呂場からブツブツとウルベルトさんを思い出すような独り言が聞こえてきたりして最近困っている。

 娘が毎日何やらせっせと書き込んでいる禁断のノートを見てしまい、そっと閉じたりなど。

 

「そろそろ起きなさい未来。勉強を頑張るのは良いけど、ちゃんと生活リズムは守らないと」

「わかった、わかったからぁ。もう起きるよぉ」

 

 橘 未来(たちばな みらい)。たっち・みーさんの娘であり、見た目はラキュースを黒髪にしたような感じで非常に顔立ちが整っている。なんだか凄くルーズに見えるかもしれないが、これでも中学で連続して委員長や生徒会長を務めている。父親のたっちさんに似て責任感が強く、優しくて強い子だったりする。

 普通の人は小学校を卒業するだけでも経済的に大変なのだが、そこはたっちさん達が夫婦で頑張って働いて大学までは進学させて良い人生を歩んでほしいという親の愛に支えられている。

 

 彼女が中学一年の時にウルベルトさんが遊びに来て『いいかい未来ちゃん。数学ってのはなぁ、弾が6発。悪党は20人。これをどうやって全員殺すかってのをよぉ、計算するのが数学なんだ』なんて実銃や実弾やナイフを見せながら変な事を教えたりするもんだから『ウルベルトおじさんカッケー!』と目を星にして禁断の病に目覚めてしまい、たっちさんは少し怒である。

 未来ちゃんの将来の夢は警察になって刑事か公安に出世する事で、その日の為に日夜決めセリフを考えて禁断のノートに書き記している。

 カウラウ課長なら『ラキュースを思い出して懐かしい』と即採用すると思われるので公安第一特務課ならいつでも門が開かれている。最早内定を手に入れた様な物で彼女の人生は安泰だ。

 

「お父さんはそろそろ仕事に行ってくるから、ちゃんと着替えて早く朝ごはんを食べなさい。それじゃあ少し早いけど行ってきます」

「いってらっしゃーい」

 

 寝起きでボサボサの頭をボリボリと掻きつつ手をピラピラ振る未来ちゃんに見送られて家を出るたっちさんだが、逃げた訳では無い。戦術的後退である。妻と娘の板挟みになっている全国のお父さんが唯一安らげる安息の地は職場だけなのだ。

 

 

 

 

 たっちさんが外務省に辿り着くや否や、派手に転んでいる人がいたり、何だか凄く早朝から慌ただしい感じだ。

 で、早速部下の秘書が大慌てでたっちさんの方に走って来るので『これは只事じゃないな』と覚悟を決めて身構える。外務省がここまで大荒れになるのは余程の国際情勢で大きな事件があった時だけである。

 というか、恐らく初めてである。まさか戦争じゃないよな?と危惧するが、ロシアや中国は最近静かなのであり得ない。

 

「橘外務大臣!良かった、今ちょうど電話をしようと思っていたところなので来てくれて助かりました!」

「一体何があったんだ?まさかどこかの国が宣戦布告してきたとかじゃないよな?」

「いえ、たぶんそれよりもっと酷い前代未聞の大事件なんですよ!詳しいことは磯野(いその)総理から伺うと思いますが、国連で主要国首脳会議を開いて別世界のアインズ・ウール・ゴウン魔導国に国連軍を派遣して開戦する可能性があるとか、転送ポータルだとか映画みたいな白金のドラゴンとの戦闘シーンとか情報がいきなり開示されて全部署が朝から大パニックなんですよ!」

「はっ?ちょっと待ってくれ、今なんて言った?」

 

 流石のたっちさんも破壊力の半端ない名前が出て来て耳を疑う。もう完全に目が覚めた。

 

「ですから、もう映画みたいな凄い迫力のドラゴンとの戦闘シーンとか―――」

「いやいや、それより前の奴」

「別世界のアインズ・ウール・ゴウン魔導国ですか?」

 

 まさかとは思うが、偶然同じ名前の国が異世界にありました!なんてことも流石に無いだろう。

 と、言うよりも色々と他にもツッコミどころ満載な情報が一度に雪崩の様に押し寄せて来る所為で理解が追い付かない。

 流石に外務省全部署挙げてのドッキリ企画なんてことはあり得ないし、ノリの良いアメリカですら流石にそんな事はやらない。本当なのは確かなのだろう、と諦めて受け入れる。

 これがまだ、異世界の知らない国だったら多少はマシなのだろう。きっと他のメンバーがニュースで見たら一人ぐらいショック死する人が出るかもしれん、と心の中で乾いた笑いをあげる。

 

 他国は実際には日本程はパニックになっていなかったりする。特に日本との関係が薄いところ程。

 日本側がどうしてここまで大パニックになっているのか?

 詰まるところ、まあ、言ってみれば一時は日本のポップカルチャーとして有名な程流行っていた『ユグドラシル』であるわけであるからして、当然、知っている人は知っているのである。

 やっぱり政府で働く若手職員の中にも十数年前にプレイしていて『アインズ・ウール・ゴウン』を知っている人は少なくない。

 本来ならば無かった事にして世間には一切公表せずに内輪で解決できれば良いのだが、世界で勝手に事態が進んでいるので、例え日本政府が公表しなくても、いずれ海外のメディアを通して国民は知る事になるだろう。

 記者会見でこんな奇天烈な事を報道関係者に説明しないといけない磯野総理が可哀そうである。

 それを記事にしないといけない報道関係者も可哀そうなのだが。こうなれば旅は道連れ。

 こういう時に外部からの全情報をシャットアウトできる中国を羨ましく思うたっちさんであった。

 

「それが橘外務大臣、それだけでは無いのです」

「……あー、なんとなく、予想は出来るけど、まだあるの?」

「そのアインズ・ウール・ゴウン魔導国から先程、アルベド守護者統括兼特命全権大使が異世界から来日しました……なんでも日本国と正式に国交を樹立したいとの事です。また、工業製品と引き換えに食料や資源を提供する用意があると申し出ています……」

「……」

 

(紛れもなくウチのギルドのNPC来ちゃってる。モモンガさん、お元気そうで何よりです。私はついさっきあなたの所為で仕事への自信を失いました)

 

 と、現実逃避し始めるたっちさん。

 流石に光速を超えてワープしちゃってる急展開についていけない。

 なるほど、それは流石に外務省も大パニックになるわなと。モモンガさんに会ったら一言苦情を言うと心に決めるのであった。

 

「……それで、その、アルベド守護者統括兼特命全権大使はどうやって来日を?」

「それが、東京湾上に、彼らが『浮遊都市エリュエンティウ』と呼ぶ天空都市みたいな物が突如現れまして、そのまま魔導国大使館として使いたい様です」

 

 もうこれ、隠すの不可能である。これはメディアも大パニックになってますわ、と。

 ちなみにこの『浮遊都市エリュエンティウ』は大陸中央部の砂漠にあった八欲王の嘗ての首都である。

 

「……で、大使殿は今どちらに?」

「……あの、それが、今ウチの外務省にお越しになられています」

「ハハハ……」

 

 もう、成る様に成れば良いやと投げやりになるたっちさんこと橘外務大臣。厳密には魔導国の皆様方、領空侵犯や不法入国やらになるのだが、政府の皆様方は衝撃が強すぎて頭からすっかり抜け落ちているのであった。

 

 外務省の控室に入ると一際目立っているアルベド。対応している外務省職員が凄く困惑していて可哀そうである。

 他にセバス・チャン、ユリ・アルファ、ルプスレギナ・ベータ、ソリュシャン・イプシロン。

 そして漆黒聖典のクアイエッセや占星千里、陽光聖典のニグン。

 

 アルベドは落ち着いた余裕のある態度をしているが、セバスやプレアデス達がたっちさんに気付くや否や、凄く嬉しそうである。かれこれ千年ぶりの再会だ。

 

「たっち・みー様、いえ、橘外務大臣。お会いできて光栄でございます。初めての方もいらっしゃいますので、改めまして、私が魔導王夫人兼守護者統括兼特命全権大使のアルベドと申します。お噂の方は僕達からの報告で存じておりますが、とても素晴らしい吉報に我々一同大変喜んでおります」

 

 つまりこれ、元ギルドメンバー同士の結婚を知ってモモンガさんやナザリックはお祭り騒ぎの様に皆喜んでいるのだ。日本の外務大臣になっているたっちさんを見てセバスは嬉しさの余り男泣きしそうになっている。

 

「私達の暮らす世界にナザリック地下大墳墓がユグドラシルの終焉と共に転移し、既に千年の時が経過しました。今まで私達はその世界で平和に暮らしていたのですが、先日、あなた方の世界からやってきた強力な兵器により、私の愛しい夫である魔導王陛下を信仰する数千の罪の無い民が虐殺されました。そして、その侵略者達が使用した世界を引き裂く道具の影響で、我々の世界とあなた方の世界が部分的に繋り、時の流れが同じになってしまったのです」

 

 NPC達に生命が宿り、自我を持ちこうやって目の前で喋っている事に度肝を抜かれるが、後で総理に報告する為に事の詳細を静かに聞き続ける。たっちさんの後ろでは部下の秘書が必死にメモしている。

 

「私達はあなた方の事情を存じておりますので驚く気持ちは理解できますが、折り入って我々魔導国から日本国の皆様方にお願いがございます。どうか、我々の世界を侵略者から守る為に手を貸して頂けないでしょうか?正式に国交が樹立した際には日本国の工業製品やノウハウと引き換えに、我々の世界の食料や各種資源を日本国に提供させて頂きます」

「……」

「また、日本国の民が望んだ場合は我々の世界に移住者として受け入れる事も可能です。私達の世界では科学ではなく魔法が発達しておりますので生活様式や文化の違いで戸惑われる方も出てくると思いますが、緑豊かで自然と調和した世界です。もちろん、我々の魔法で日本国の自然を数年で蘇らせる事も可能ですので、その件も踏まえて日本国の総理大臣殿にお伝えください。あなた方日本国の皆様と手を取り合い、共に良き世界を築き上げていく事を魔導王陛下はお望みになっておられます」

 

(魔導王陛下って、たぶんモモンガさんだよね?アルベドと結婚したんですね。おめでとうございます。ついに本物の魔王になりましたか。凄い大出世した様で何よりです。今日はもう帰っても良いですか?そうだ、帰ったら朝から一日中飲んで深酒でもしよう。明日には普通の日常に戻っているはず)

 

「あの……橘外務大臣?たっち・みー様?如何なされましたか?」

「ハッ……ゴホンッ。いえ、あまりにも急な話で少し意識が遠くに行っていまして、ハハハ。モモンガさんとのご結婚おめでとうございます。もしよろしければ、お飲み物でも如何ですか?……そこの君、彼等に人数分のお飲み物を」

「橘外務大臣、お気遣い恐れ入ります。敬語を使われてしまうと私達も何分と話し辛いので昔の様に接して頂いて構いません」

「流石に一国のファーストレディ相手に外務大臣の立場でそうするわけにも行きませんので、そこは何卒ご勘弁を。正直に申しますと、恥ずかしながらしばらく国が大パニックになると思われますので手続きに色々と遅れが生じると思いますが、私の外務大臣の立場としましては、貴国の提案は大変魅力的であり、是非国交を結ぶ事を前向きに検討したいと思います。しかしながら……」

「国際連合が主要国首脳会議を開き、我々の世界に本格的に侵攻しようとしている事……でしょうか?その件でしたら既に存じています。ですので参加国である日本国には反対を表明して頂きたいのです」

 

 主要国首脳会議、またはG7サミットとも呼ばれG7参加国は日本・アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・イタリア・カナダ。昔はロシアも参加していたのだが活動停止中である。

 

「しかし、日本国には国連加盟国と対立した場合に自国を守る手段が無く……」

 

 たっちさんが『どうしたものか』と悩んでいると、勢いよくドアを開けて息を切らしている職員が入って来る。

 

「橘外務大臣大変です!ロシアと中国とイスラエルが国連から脱退しました!」

「……は?」

 

 アルベドが『ウフフ』と不敵な笑みを浮かべている。実はこれ、魔導国が来たことに気付いたEGHのラナー会長がコネを使ってロシアと中国とイスラエルを動かしたのである。特にロシアやイスラエルはラナー会長がPMCを持っている事もあり、大統領と仲が良かったりする。

 

「あら、これは大変ですわね。きっと何かを企んでいるのではないか?と国連加盟国の国々も気が気でないでしょうね。このような不安定な国際情勢に巻き込まれてしまった我々としましては、自国を守る為に日本国が持つ『イージスシステム』と呼ばれる物を輸入したいのです」

「つまり、イージス艦やイージス・アショア等でしょうか?」

「はい、もしもご提供して頂けるのなら、魔導国からはルーン魔法で量産された『毒無効の指輪』など日本国民の生活に役立つ魔法道具(マジック・アイテム)をご提供します」

「……わかりました。一度話を持ち帰り検討させて頂きます。しかしながら、日本国としましても魔導国の一般市民を虐殺した行為は容認できる物では無く、我々日本国で力になれるのであれば、自衛隊を派遣して復興活動に手を貸すことも出来ますが如何でしょうか?」

「それはきっと魔導王陛下もお喜びになるでしょう。早速私達の方でもご提案を検討致します」

 




244様、誤字報告大変有り難うございます。


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ファーストコンタクト②

 早速、アルベドの提案や事の詳細を伝える為に急いで国会議事堂に向かっているたっちさんだが、こりゃあ大変なことになったわと。

 今後の日本の在り方が明治維新以上に大きく変化し、世界のパワーバランスも変化するだろう。

 まず、異世界の膨大な食料や資源が日本に入って来るのであれば、変な話が『今までお世話になりました』と他国との関係を捨てようが、経済制裁を受けようが関係ないのである。

 もちろん、たっちさんは元ユグドラシルプレイヤーであるわけであるからして、魔導国が日本に提供する魔法道具(マジック・アイテム)にどんな物があるかは大体見当が付いている。

 これはきっと日本国民の生活を一変させるだろう。魔法と科学が共存する社会になった時、日本がどう変わっていくのか?そして、世界各国は日本と魔導国をどう思うのか?歴史上、全く前例の無い未知の領域に足を踏み入れようとしていた。

 

(そもそも、イージスシステムが交換条件とは……あなたはナザリック地下大墳墓にイージス弾道ミサイル防衛システムを取り入れるつもりなんですか?)

 

 難攻不落だったナザリック地下大墳墓がイージス弾道ミサイル防衛システムでさらに強固になった姿を想像するたっちさん。

 異世界の大魔王を倒すために核ミサイルを発射したら、VLSから迎撃ミサイルが飛んでくるとか何処のチートな魔王の城なんですか?と心の中でツッコミを入れる。

 

 たっちさんの車が国会議事堂に着くと、やはりここでもパニックが起きているのか駐車場に凹んだりバンパーが外れかかっている車がやたらと目立つ。余程慌てて駐車したのだろう。

 この22世紀の国会議事堂は少しパワーアップしており、地下に某人型決戦兵器の本部みたいな感じの内閣総理大臣直轄の中央情報統括指令センターが存在する。主に外務省中央情報統括官組織と防衛省が共同で活動を行っている。

 

 この外務省中央情報統括官組織とは集団的自衛権の一環として拡大解釈され22世紀初頭に外務省に設立された日本版CIAである。21世紀に存在した外務省国際情報統括官組織という国際情勢に関する情報の収集・分析をして政策に反映していく組織が元になっている。ウルベルトさん達の公安第一特務課との違いは、海外で諜報活動や秘密工作活動を行い危機を未然に防ぐことである。

 要はスレイン法国の六色聖典みたいな物だ。

 当然、内閣や世間で擦った揉んだと大荒れしたのは言うまでもないが、それはまた別のお話。

 

 つまり、この国会議事堂の地下にある『中央情報統括指令センター』とは、言ってしまえば防衛省と外務省中央情報統括官組織が内閣総理大臣の元で共同で防衛や諜報活動を総合的に行う日本版ペンタゴンみたいな場所である。

 21世紀の複雑化していく国際情勢の中でアメリカ合衆国に頼る事が出来なくなり、日本にもアメリカ合衆国にあるような組織の必要性が生じて誕生したのだ。

 

 で、当然ここはここでロシアと中国とイスラエルが国連から脱退したもんだから『遂に第三次世界大戦が始まるのでは?』と防衛大臣や中央情報統括官が顔面蒼白になって各国の動向について情報を集めているのである。

 

 たっちさんが中央情報統括指令センターに降りて来ると部下でもある外務省中央情報統括官組織のトップである佐藤中央情報統括官が慌てた様子で話しかけて来る。

 

「橘外務大臣!って……あの、部外者の方をここに入れるの、不味いと思うのですが……」

「はい?」

「あなたの後ろにいるメイド服や魔女みたいなコスプレをした人達です」

 

 え?……まさか、と思い後ろを振り返ると目を輝かせてキョロキョロと中央情報統括指令センターを見回しているルプスレギナと慌てている占星千里。

 

「うひゃー。超凄いっす!流石は至高の御方々の住まわれている国っすねー!」

「ちょっと!ルプスレギナさん!不味いです!周りの人に見えてますよ!」

「ありゃりゃ。うっかり不可視化の魔法解いちゃったっす」

 

 一体、出入りするのに指紋認証や虹彩認証が必要な日本一セキュリティが厳重なこの場所から、どうやって帰るつもりなのだろうか?

 なんか付いて来ちゃったルプスレギナの大胆不敵で少し天然な所に獣王メコン川さんを思い出すたっちさん。

 どうやらNPCは製作者に似た性格になるらしいと一人ごちる。

 

 ……後でウルベルトさん達公安に頼んで飼い主(メコン川さん)を国会に呼ぼうと心に決める。

 

 磯野総理大臣にどうやって魔導国の事を説明しようか悩んでいたので、この際、総理や官房長官の目の前で魔法を実演してもらう事にする。

 

「佐藤さん、御存じかと思いますが、この人達が件のアインズ・ウール・ゴウン魔導国から来た方々なんですよ。あそこのメイド服を着ている女性は人間じゃなくて人狼です」

「え!?……あ、そうなんですか……人狼……」

 

 百聞は一見に如かず。ルプスレギナの帽子を取って髪と同じ色のケモ耳を佐藤中央情報統括官に見せるたっちさん。

 ルプスレギナは頭の上に『?』と浮かべている。

 

「おぉ……本物のケモ耳娘を生きているうちに拝めるとは……もしかして東京湾に現れたアレって魔法で浮いてるんですか?」

「はい。私達の世界で1800年前に『八欲王』と呼ばれた邪神が建てた結界に護られた都市で、魔導国と法国と評議国が合同で陥落させてからは宗主国である魔導国の管理下に置かれています」

 

 と、漆黒聖典第十一席次の占星千里。

 

「……と、言う事は、ウチの国の護衛艦もアレと同じように浮遊させたり、魔法の結界とか張れるんですね?これは直ぐに防衛大臣に知らせなくては……フフフ」

「え、ええ……魔導国でも木造船をルーン魔法で浮遊させたりしているので、できるとは思いますが……ルーン魔法の力で日本国の重そうな鉄の船が浮くかどうかまでは解らないですよ?」

 

 不敵な笑みを浮かべてメガネが光っている佐藤中央情報統括官に引いている占星千里。

 この人、防衛省と共同で某宇宙戦艦でも勝手に開発する気じゃないよな?と思うたっちさん。そんなものを造ったら世界各国が黙っているわけが無いし、流石に野党やリベラル派議員が揃って反対して予算が降りないだろう。

 

「佐藤さん、流石にそんな超兵器を造るのは色々と不味いと思いますよ……絶対世界各国からブーイングが出ます。特にお隣の国とかが絶対にまた難癖をつけて嫌がらせをして来るので止めてください」

「え!?……駄目なんですか?……ウチが情報操作して勝手に造っちゃえばバレませんよ。きっと国民も空飛ぶ戦艦を待ち望んでいる筈です。名前は大和にしましょう。ね?」

「はぁ……佐藤さん、趣味に国家予算を注ぎ込んだり職権乱用するの止めてください。わざわざ世界を敵に回してまで空飛ぶ護衛艦を造るのよりも、戦闘機を運用した方が現実的です。却下です却下」

 

 大きく落胆している佐藤さん。造る気満々だったらしい。この人に好きにさせるとゴーレムを利用して某白い悪魔なロボットとか造りそうである。下手に魔法を組み合わせると日本の珍兵器大百科が出来上がりそうで恐ろしい。

 

「……ところで、橘外務大臣。ウチの諜報員からの情報が入ってきたのですが、ロシアと中国とイスラエル、EGHのラナー会長が何かを話した影響で国連を脱退した様です。何を話したのかまでは解りませんが、少なくてもG7参加国が異世界の土地を占領するのを間接的に妨害するのが目的の様です」

「なるほど、『敵の敵は味方』ですか。確かにロシアと中国が何をするか解らない以上、アメリカは魔導国に構ってる暇が無くなりそうですね……おかげで助かりました」

「ええ、是非ウチに欲しいぐらいです。彼女にだったら喜んで自分のポストを譲りますよ、ハハハ。ま、安月給ですけど」

「……こちらの話ですが、これで魔導国との外交に集中できそうで良かったです。引き続き各国の動向に目を光らせておいてください。日本と魔導国が国交を持った場合に彼等がどう動くか未知数なので」

「任せて下さい。ウチはそれが仕事ですから」

 

 さて、そろそろルプスレギナの飼い主(メコン川さん)をウルベルトさんに連れて来て貰いますか、と歩きながら()()()()()を掛ける。

 

『もしもし、たっちさん?どうしたの?映像付きで電話なんかして』

「あー、ウルベルトさん。申し訳ないんですけど、獣王メコン川さんの所在地を公安の方で調べて国会議事堂に連れて来て貰えます?」

『うぇ!?別に良いけど、あの人今度は何やったの!?』

「今、目の前にルプスレギナがいるんですけど、手綱を握ってて貰おうと思いまして」

『あー、はいはい、了解しました……え?』

「え!獣王メコン川様に会えるんすか!?超楽しみっすー!」

「……というわけで、彼女は凄く楽しみにして待っているので、よろしくお願いします」

『……』

 

 自分の苦しみを友にも分かち合ってもらおうと、敢えて何も説明しないたっちさん鬼である。

 ルプスレギナは『パァ』とキラキラ輝いていて、ふんふんと鼻歌を歌っていたり凄く御機嫌だ。

 

 この時、精神的に疲れていてルプスレギナが駄目犬になった原因である獣王メコン川さんを呼んだら、どんな騒動が発生するかまで頭が回っていなかった。駄目犬x2になった時の破壊力はモモンガさんでさえ経験が無い未知の領域だ。

 ちなみに獣王メコン川さんはうっかり『ほうれんそう』を忘れて上司に怒られたり、怒られても3分後には忘れる強靭なメンタルの持ち主である。まさにこの親してルプスレギナ在り。

 

 他にもペロロンチーノさんとシャルティアで変態×2になってしまったり、出会うと大変な事が発生しそうな組み合わせが多数あり、今後の行く末が心配である。

 

「さて、じゃあ、ルプスレギナと、えーと、あなたは……」

「遅れました。私は魔導国漆黒聖典第十一席次の占星千里と申します」

「占ちゃんは予知能力のタレントを持ってて凄く便利っす」

「とは言いましても、意図的に予知できるわけではなく、見える物も断片的なのでアルベド様やデミウルゴス様の考察力が無いと、余り使い勝手の良い物ではありませんが」

「察するに、タレントは個人の特技、特殊能力みたいな物と解釈すれば良いのですね?」

「はい、その様な御理解で差し支えありません」

 

 占星千里が予知したビジョンをアルベドやデミウルゴスが推理・考察して、そこから対応策を練っていくとは驚異的な組み合わせである。

 確かに話した感じアルベドには深い叡智が感じられ、『頭が良い』と設定されているNPCにはそれが反映されているのだろうと理解する。

 これでもたっちさんは警察をしていたから観察眼は職業柄鋭いのだ。さらに外務大臣と言う仕事上、各国の重鎮との腹の探り合いは日常茶飯事だ。

 

 そこでたっちさんは、頭の中でパズルのピースが揃ってある仮説に辿り着く。

 そもそも、魔導国が侵略された事がこちらに来た真の理由なのか?そもそも何故イージスシステムを欲する上に日本と手を組もうとするのか?

 そして、予知能力を持った占星千里という存在……

 

(……ナザリック地下大墳墓が未来に核攻撃を受けて壊滅する?)

 

 確かにナザリックのLv100NPC達はこちらの世界ではそれこそ、『個』としては最強の存在だろう。

 しかしながら、国と国の全面戦争になった場合は、正直どちらが優勢かは不明瞭だ。

 

 そして、物凄くタイミングよく、()()()()()()()()()()()()()()()()フォローを入れてロシアと中国とイスラエルを国連側にぶつけてヘイト稼ぎをしてきたEGHのラナー会長って、もしかして魔導国側の人間では?と。

 もしも、そうだった場合、魔導国側が日本に現れただけで国連が魔導国を侵略しようとしている事を見抜く底の知れない智謀は恐ろしい物がある。

 

 言われてみれば10年前、突然現れて経済界で無双し、次々と傘下企業を増やしていき、言い方は悪いが、あまり旨味の無いヘロヘロさんが勤めている会社を吸収してホワイト企業に変えた事も全て繋がる。

 そして、ラナー会長が進めている自然環境再生事業……

 

(なるほど、モモンガさん。あなたでしたか。フフフ、あなたは相変わらず律儀な人ですね)

 

 ルプスレギナの方を見ると、製作者の獣王メコン川さんに会える事を心の底から凄く嬉しそうにしており、まるで無邪気な子供が親に会えるのを楽しみに待っている様だ。今や、NPC達は魂を持ち、生きている存在なんだな、と思う。

 彼等にとっては、親でもある製作者と一緒に居られることが一番の幸せなのだろう。

 

「今度、セバスを我が家に呼んで妻と娘を紹介するのも良いかもしれないですね」

「おー!たっち・みー様、きっとセバス様も喜ぶっす!」

 

 そして、モモンガさんが千年も守ってくれた子供達を―――この2つの世界を守る為に一緒になって戦おうと固く決意する。

 いずれにしても、今はまず、魔導国との国交を結び様々な種族と共存する世界に日本を馴染ませなければならない。

 内閣総理大臣と内閣官房長官に全ての事の詳細を説明して、何者かが魔導国で暮らす一般人を大量虐殺し、国連を使って魔導国を本格的に軍事力により侵略しようとしている事を伝えなければ、と。

 

「それでは、ルプスレギナと占星千里さん。申し訳ないんですけど磯野内閣総理大臣と春日内閣官房長官に会ってもらえますか?魔導国がどの様な国で、今どういった事態に直面しているのかをあなた方から直接説明して頂きたいのです」

「スレイン法国にとって聖地である日本国の指導者にお会いできるなんて!とても光栄です!」

「占ちゃん良かったっすねー!」

「うん!こっそり付いて来て良かった!」

 

 宗教国家であるスレイン法国では魔導王や六大神の故郷である『日本国』は聖地として認定されており、占星千里も含めて多くの人々に取って憧れの地なのだ。

 

 磯野総理大臣や春日官房長官達がいる緊急対策本部に入ると、目を丸くして『おぉ……』とルプスレギナの方を見て来る。今は帽子を被っていて耳は隠れているのに、何故にこんなに驚くのだろうかと思うたっちさん。

 そして『まさか……もしかして……』と嫌な予感が脳裏を過る。

 

「いやぁ……橘さんにどうやって『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』の事を伝えればいいのか悩んでいたのですがね。特にあなたが一番驚くでしょうから。まさか、生きている()()()()()を見る事が出来るとは……」

「あの……磯野総理。何故ご存知なのですか……」

「橘君。磯野総理はね、これでも『ネコさま大王国』のギルドメンバーだったんだよ」

「……」

 

 如何にも総理大臣って感じの貫禄が漂っている磯野総理(56)がユグドラシルにログインしてネコを愛でている姿がイメージ出来ず困惑するたっちさん。プレアデスを知っているとは、かなりやり込んだプレイヤーだったのだろうと戦慄する。

 

(……これなら、エントマとかコキュートスを日本に連れて来ても問題なさそうですね。ハハハ……)

 

「私も最後まで残っていれば、橘さんの所のギルド長さんみたいにNPC達(ネコ達)と暮らせたのですかね?実は私ね、猫が凄く好きなんですよ」

「知ってます。というか総理大臣が日本を放り出して異世界に行くのは不味いです。行政が混乱します」

「ハハハ!まあまあ、橘君。磯野総理だって別に10年前は唯の一介の政治家に過ぎなかったんだから別に良いじゃねえか。ワシもよお、孫がユグドラシルやってたから知ってるよ」

「……」

「とりあえず、魔導国との国交が樹立したら両国間でそのまま定住希望者が出たり色々あるでしょうから、法務省の方に帰化申請手続き等を色々出来る様に伝えておいてもらえますか?」

「いいよいいよ、法務大臣に伝えておきますわ」

「後は魔導国大使を選ばないといけないですが、できれば元ユグドラシルプレイヤーの方が良いですよね?」

「アインズ・ウール・ゴウンの元メンバーだと話が円滑に進むよねぇ?」

「……でしたら、丁度ここにいるルプスレギナの製作者を国会議事堂に連れてくるように公安に頼んだので、彼はどうでしょう……」

「お!橘くーん。仕事が早いねぇ。じゃあそれで決まりと」

 

 たっちさん、面倒な仕事を獣王メコン川さんに押し付ける。彼は一般人から日本政府を代表する魔導国大使に大出世する事が約束(強制)された。

 話が勝手に国交を結ぶ方向で進んでいるようなので、とりあえずアルベドの提案の要点と、魔導国を侵略しようとする謎の勢力について伝える事にする。

 

「……ゴホンッ、で、先ほどアルベド特命全権大使と対談してきたのですが、まず、国交が樹立した際に我々の工業製品やノウハウと引き換えに、食料・資源を提供する事、並びに日本の移民を彼らの土地に受け入れるとの事です。また希望する場合は日本の自然環境を数年で蘇らせる事も可能だそうです。で、一つ問題があるのですが、占星千里さん宜しいですか?」

 

 今まで緊張してそわそわしていた占星千里さんは『キリッ』と急にお仕事モードの顔つきになる。流石は漆黒聖典だ。

 

「はい。この度はお会いできてとても光栄です。私はスレイン法国出身の魔導国漆黒聖典第十一席次”占星千里”と申します。魔導国は人間種を含み様々な種族が共存共栄している平和な理想郷とも呼べる国なのですが、私達の世界にこの世界の軍隊が攻めて来て『農耕都市カルネ』は壊滅し、数千の犠牲者が出ました。そして―――」

 

 淡々と説明を続ける占星千里の話を静かに聞く磯野総理と春日官房長官。

 まさに今、日本の新たな歴史が始まっているのである。

 




ルプスレギナ製作者の獣王メコン川さんは某オバロのスマホゲームより。
また、ルプスレギナの耳につきましては『シュレディンガーの耳』という事ですので、当二次小説におきましては、便宜上『ある』という解釈で進めております。

pp2061様、誤字報告有り難うございます。


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ファーストコンタクト③

 場面は変わり、徹夜で文明を育てて利権やイデオロギーの違いで争い合いながら楽しく過ごす某ストラテジーゲームで遊んでいる獣王メコン川さん。当然、最高難易度の一番広いマップである。

 ぷにっと萌えさんのお勧めで7割引きセール中にDLC込みで購入してダウンロードしたのだが、やり始めてから久しぶりに時間を忘れる程嵌っている。21世紀から続いているゲームで、この手の物が好きな人には生活に支障を来すレベルで嵌るゲームとして有名だ。

 彼はユグドラシル以外にも弐式炎雷さんとアーベラージという自作パワーアーマーで戦うゲームで遊んだ事があったり、色々と幅広く手を出している所謂ハードコアゲーマーだ。

 最近はこの二人からアインズ・ウール・ゴウンの元ギルメン達が出世したり、結婚したり、子供が出来た等の話を聞き『そんな!ウルベルトさんとペロロンチーノさんの事を信じてたのに!』と流石に焦っていた。

 

「うーん、かと言って、探そうにも野郎しかいないし、まあ男なら選り取り見取り……あれ?……これって詰んでないっすか?あぁー、俺も結婚してぇー」

 

 獣王メコン川さんは元から体を動かしたりするのが好きで体力には自信があったので、EGHが進めている自然環境再生事業関連の仕事の給料の良さと待遇の良さで直ぐに飛びついて今に至る。

 『一日中ゲームで遊べる日があるなんて……きっとこれが最高の人生に違いない!』と信じて疑わなかった……そう、周りの話を知るまでは……

 

 やはり、人間という生き物は良い方向にも悪い方向にも慣れていく生き物で有る故に、10年前には想像できなかった生活も、いずれは『普通』となり、より良い生活を送っている人を羨ましく思ってしまうのだ。

 当然、結婚すれば幸せなのか?と言えば、一概に『はい』と言えるものでは無い。互いに自分の時間を犠牲にして支え合ったりしていく中で育まれていく『絆』の様な物が相手への信頼や愛情になっていく、所謂『結婚した後にどういった生活を送って行くのか?』次第であり、結婚すれば幸せになるわけでは無い。

 世間でも似たような話で『就職がゴールでは無い』なんて言われているが、それと同じである。

 

 獣王メコン川さんはそんな事を考えて悟りの境地を開くわけでも無く、まるでエデンで蛇に化けたサタンに誘惑されて知恵の実を食べてしまったアダムとイブが『やべえ、素っ裸で野原に寝そべって歌ってる場合じゃねぇ』と現実を知ってしまったが如く、偽りの楽園の真実が見えてしまって焦っているのだ。

 

「あぁ、もう朝か。いやぁ徹夜で遊んじゃったなあ。寝る前にビール一本飲んで、昼に起きればいいかな」

 

 一人暮らしの男性にとって、冷蔵庫とはビールとおつまみを冷やす為だけに存在すると言っても過言では無い。案の定、獣王メコン川さんの冷蔵庫の中身は某人型決戦兵器に出て来るペンギンを飼ってるあの人並みにビールしか入っていない。

 せっかく『黄金のラナー好景気』でお金にゆとりが出来たのに、全て自作PCや酒に消えて行ってしまうメコン川さん。彼にとっての貯金とはハイスペックな最新モデルのグラフィックボードに乗り換えたり、それに伴いマザーボードやCPU諸々を交換する為に貯めている物であり、決して老後やら結婚の為に貯めているわけでは無い。

 

 冷蔵庫からビールを取り出して『プシュッ』と音と共に開けると、一気に3分の1程豪快に飲み干す。

 

「カハアァ!朝に飲むビールは格別っすなー!まさにこの瞬間の為に生きてるって感じだよねえ」

 

 世の極楽を堪能しているメコン川さんだが、容赦なく運命の魔の手が彼の元に訪れた事を告げる様に『ピンポン』と鳴り、『なんじゃらほい?』とドア開けると、修羅場を潜ってきた独自の雰囲気のある男性と長髪の若い男性、そしてオッドアイで髪が左右で白黒に別れている女性のスーツ姿の3人組が立っていてビビるメコン川さん。

 

「獣王メコン川さんで宜しいでしょうか?申し訳ありませんが、御同行をお願いします」

 

 言うまでもなく、公安第一特務課の皆様方なのだが、公安は基本的には自分の身分を明かさない。第一席次や番外ちゃんにとっても漆黒聖典とそこは同じなので慣れたものである……もっとも、ウルベルトさんは殺す予定の相手には特例で名乗ったりしているが。

 

 慌ててドアを閉めようとするが、番外ちゃんがドアの内側に足を突っ込んでいてドアを閉めれない。良く刑事さんなんかがドラマでやるあの技である。メコン川さんも直ぐに気付き『やべえ、こいつらモノホンかよ……』と大いに焦る。出しているオーラが半端ないので相当ヤバい奴に違いないと野生の感が警報を鳴らす。

 この三人組、人を殺し慣れてそう。特に白黒ヘアーの女性とか絶対に楽しんで人を殺してそうと思うメコン川さん。

 細やかにゲームをして平和に過ごしていただけなのに、何処で人生が狂ってしまったのだろうか?と走馬灯の様に過去を振り返るが特に思い当たる所は無い。

 こんなトラウマになりそうな方法で連行したのを知ったら、ルプスレギナが怒りそうである。

 

 ……まあ、ウルベルトさんの細やかな悪ふざけなのだが。

 

 第一席次と番外ちゃんを部下に持ち、茶釜さんと結婚して子供がもうすぐ産まれる人生大逆転して勝ち組になったウルベルトさんは自信に満ち溢れてイケイケである。

 ルプスレギナの件でカウラウ課長にカミングアウトされて魔法道具(マジックアイテム)で身を固めている彼は呼吸用マスク不要になったり調子に乗っている。

 

「あ、あの……せめてパソコンの電源を消してからでも良いですか?」

「別に構いませんよ……ククク。こちらは特に急いでいるわけでもありませんので」

「あ、ありがとうございます。直ぐに消してきます」

 

 当然、ここで大人しくどう見ても危なそうな人達に黙って付いて行く獣王メコン川さんではなく。総合格闘技やジムに通っていて運動神経に自信のある彼は『ベランダから逃げれば行けるんじゃね?』と無茶な発想が浮かぶ。

 一応、メコン川さんの部屋は2階にあるので、下手な着地さえしなければ死にはしないだろうが無茶である。

 

「よし、丁度届きそうな所に車が止まってるな。痛いだろうけどクッション代わりになって死にはしないだろう」

 

 そうと決めれば即行動。届きそうな距離に止まってる人様の自動車目掛けて飛び降りるとメコン川さんが落下した衝撃で『ガシャーン!』と天井が凹むと共にガラスが割れ、防犯ブザーの音が鳴り響く。

 

「グハッ……痛ッテー……やっぱり映画みたいには行かないか。でも骨は折れてない」

 

 普通の人なら大怪我待ったなしなのに、軽傷で済む彼は伊達に総合格闘技はやってない。超頑丈な体である。しかしながら、マスクを着用せずに外気が肺に入ると流石に激痛と共に激しく咳き込む。

 長時間生身の肺で外気を吸うのは危険だが、この際仕方ないので短時間なら大丈夫だろうと肺の痛みを堪えながらなるべく狭い路地裏伝いに逃げる。

 

 そして、路地を抜けた先の大通りで大勢の人達が立ち尽くして空を見上げたり、写真を撮っているので『なんだ?』と思った矢先、爆音と共にヘリコプターが頭上を低空で通り過ぎていく。

 通り過ぎたヘリコプター追う様に空を見上げた時、信じ難い光景が視界に入る。

 

「そ、そんな……マジか……」

 

 300から500頭近くのドラゴンが飛んでおり、一際目立っている白金のドラゴンが飛んで来ると近くに建っているスカイツリーの第一展望台の上に着地する。

 よく見ると他にも複数のドラゴンがまるで鳥の様に超高層ビル頂上の淵に止まって翼を休めている。

 普通なら、こんな状況になったら自衛隊の戦闘機が飛んできそうな物だが、上空を飛んでいるのは報道関係のヘリコプターのみ。なぜ自衛隊が居ないのか違和感を覚える。

 よく観察してみるとドラゴン達は知能が高いのか、ヘリコプターに接触しないように気を遣って飛んでいる様に見える。

 

 ……もっとも、一部のヘリコプターはそんな気遣い関係なしに良い画を撮ろうと無茶して接近し過ぎた結果、ドラゴンが羽ばたいた時の気流の乱れに巻き込まれてふらついたりしていて危なっかしい。

 

 このドラゴン達は言うまでも無く、評議国から日本にやってきたツアーを始め他の竜王(ドラゴンロード)や通常のドラゴンの皆さん達である。エリュエンティウは大使館とは名ばかりの事実上、前哨基地になっており、評議国と法国が主体の大規模な部隊でやってきたのだ。

 今回ばかりは評議国のドラゴン達は流石にお怒りで、リアル世界に『今度はこちらが攻め込む番だ!』と言わんばかりにやってきたのである。

 ちなみにツアーは国連のサミットで各国首脳と平和的に『お話』するために日本に来た。一応、フールーダやパンドラズ・アクターが開発した翻訳アイテムがあるので問題ないらしい。

 

「どうよ、メコン川さん。驚いたでしょ?それにしても無茶するねぇ……マスクいる?」

「あれ?もしかして……ウルベルトさん?」

「そうだよ。上を飛んでるアレは観光を楽しんでるだけだから気にしないで。しっかし、良い運動神経してるねぇー!まさか飛び降りるとは思わなかったよ」

「え、観光?ってどういう事?」

「まあ……話せば長い話になるからさ、取り合えず国会議事堂でたっちさんとルプスレギナが待ってるから付いてきてくれない?」

 

 と、言いつつ公安の手帳を見せるウルベルトさん。

 

「あー、公安さんね。道理で。もう、絶対マフィアとかヤバい人達だと思ったじゃないっすか……」

「いやぁ、わりいわりい。まさか、あんなに驚くとは思ってなくてさ」

「……あれ?……今、ルプスレギナって言った?」

「うん、他のプレアデスやアルベド達も来てるってさ。そうそう、アルベドと言えば、モモンガさんアルベドと結婚したらしいよ?メコン川さんも良い機会だし、ルプスレギナをデートに誘えば?モモンガさんっていう先駆者がいるんだしさ……ククク」

 

 獣王メコン川さんは10年経ったとは言え、ルプスレギナは良く覚えている。流石にペロロンチーノさんのシャルティア程では無いが、理想を詰め込んで作成したNPCだった故に。

 

「マジすか……モモンガさん未来に生きてるなぁ……ところで、なんでウルベルトさん、そんなにあっけらかんとしてるの……」

「いやぁ、まあね、ウチの仕事仲間がね。全員アレでさ。前から約一名ほど凄まじい人(番外ちゃん)がいて不思議だったんだけど、今回ので腑に落ちたというか……ね?まあ、今後はこういうのが当たり前になるから、早い所慣れちまった方が良いよ」

「いやいや……早い所も何も、今初めて知ったんすけど……あなた、悪魔ですか?」

「世の為人の為に悪と戦う、清く正しい正義の味方ですけど?」

「……あなた、10年前は悪を極めるとか散々言ってましたよね?」

「結婚して子供が出来れば誰でも変わるって」

 

 どこ吹く風と言わんばかりなウルベルトさんに『クッ、リア充め』と内心ごちる。

 

「そうそう、メコン川さん。あなたが飛び降りた時に壊した自動車。あれって器物破損の現行犯になるんですけどね?まあ、今回はウチが伝手を使ってどうにでもしてやるから、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の大使を引き受けて貰えないかな?……でも、断るなら器物破損で現行犯逮捕ね……ククク」

「……やっぱり悪魔だ」

 

 ウルベルトさんは懐から手錠とスクロールを出すとそれぞれ右手と左手に持って獣王メコン川に見せる。もしかしてこの人、こうなる事を計算して嵌めたな?と脳裏を過る。

 

「さあ、孤独に豚小屋で臭い飯を食う生活をするか、それとも、異世界で魔導国大使として働きながらルプスレギナと幸せに暮らすか、好きな方を選びたまえ」

「……はあ、わかりました。大使やりますよ……というか、いつの間にこの国は異世界と自由に行き来できるようになったんすか……」

「今朝だね」

「……」

 

 まるで近所に新しい駅が出来た様な軽い感じで答えるウルベルトさん。

 

「おーい、番ちゃん!OKだって!……じゃあ、今から国会に行こうか。ルプスレギナも楽しみに待ってるよ?良かったじゃん、モテモテでさ?この色男め……ククク。心配しなくても週末は日本に帰って来られるから大丈夫」

 

 歩道に寄せて停車している2台の黒塗りセダンの一台に獣王メコン川さんが乗ると、ウルベルトさんも同じ車に乗り込みスクロールを広げる。

 

「じゃあ、ちょっと渋滞を避ける為に()()するから心の準備する間も無く着いちゃうけど、悪いね。〈異界門(ゲート)〉」

「ふぁっ!?」

 

 道路上に暗黒の空間の裂け目ができると、周りにいる通行人がギョッとして見て来るが、構わずに発進して異界門(ゲート)を通り抜けて消えていく2台の黒塗りセダン。

 これはリグリットやラナーが持ち込んだ緊急用のアイテムなのだが、今までリアル世界では補充不可能だったので使わずに温存していたのだ。

 

 実はこれ、ナザリックで現地の人間や亜人種でも上位の魔法が込められたスクロールを使用できるようにと開発された盗賊クラスを一時的に付与する指輪を付けており、この方法なら盗賊クラスを持つソリュシャンの様にリアル世界の人間でも全てのスクロールが使用可能である。

 もっとも、あくまで『クラス』を付与するだけでスキル等が使えるわけでは無いが。単なるスクロールの使用制限を誤魔化す為だけの指輪である。

 

 ……ちなみにこの第10位階まで込められるスクロールはエリュエンティウを奪い取る時に捕獲した八欲王の(NPC)や海上都市で眠っていた(プレイヤー)をデミウルゴス牧場に送って大量生産しているのだが、今まで第3位階魔法までしか込められなかった原因が、スクロールの材料になった羊が潜在的に使用できる位階魔法に依存している事が判明し、レベル100NPCやプレイヤーの皮を材料にすれば第10位階魔法まで込められることが判明したのだ。

 

 ……将来、異界門(ゲート)を利用して月や火星行き放題になったり、人工衛星をロケットを使わずに直接宇宙空間に放出したり日本の宇宙開発に革命が起きる事になる、このスクロール一つで世界が一気に変わってしまうとんでもない代物なのだが、ウルベルトさんは知る由も無く。

 

「ほい着いた」

「……なんでスクロールとか魔法が使えるんですか、ウルベルトさん」

「ほらこれ、盗賊クラス付与の指輪。ユグドラシルには無い向こうの世界で独自に開発したアイテムだってさ。魔法に関してはMPの燃費が悪くなるけど、こっちでも使えるって課長から聞いた」

「マジすか……」

「ルプスレギナと結婚すれば医療費掛からないじゃんメコン川さん。良かったね」

「いやぁ、流石に自分で作ったNPCと結婚するのって……」

「朝から酒を飲むようなメコン川さんを喜んで受け入れてくれる女性なんてルプスレギナしかいないんだからさ。彼女に感謝しないと駄目だよ?贅沢を言える歳じゃないんだから」

「グフッ」

「今から彼女と会うけど、優しくね?その後はたっちさん、橘外務大臣に会ってもらうから」

「どうしよう、心の準備が……ところで、大使って給料どれくらい?」

「うーん、詳しくは知らんけど、正規公務員だし悪くは無いでしょ?俺は年収700万になったよ。妻の茶釜さんの分も合わせると世帯収入1500万だね」

 

 給料が良い事を聞いた瞬間に目が輝く年収200万のメコン川さん。何だかんだ言って、高額化した所得税・受信料・国民健康保険等諸々を強制的に取られて細やかな楽しみが精一杯なのだ。特に後者の2つは例え無職でも支払い義務があるので理不尽な話である。

 理不尽ではあるのだが、皆でそう言った制度を支えなければアメリカの様に大怪我した日には超高額な医療費を請求されて破産なんて事にもなるので難しい問題である。

 当然、誰も好き好んで無職になるわけではなく、失業や災害に病気だったり事故だったり様々な理由があるのだが、残念ながら22世紀では国自体に余裕が無いのが現状である。ちなみに少子高齢化に伴い年金制度や生活保護制度は破綻して日本から無くなっている。

 ラナーが頑張っているとは言え、働けなくなったら人生終了と言う根本的な問題はモモンガさんが日本にいた10年前と同じである。

 

 ……もっとも、それらは改善されて今後大きく変わり、貧困も飢えも無くなり誰もが幸福に暮らせる国になるのだが、それはまだ少し先の話。

 

「というか、メコン川さん。ウチで経歴調べたけど、良くもまあ、自然環境再生事業のアルバイトの身で一本3000円もするビール買うよね」

「いやぁ、他を切り詰めてますから。気合っすよ、気合!」

「まあ、ルプスレギナとの結婚が決まったら、結婚祝いでダブルベッドと生ビール1ダース贈りますよ」

「有り難いけどベッドは結構です」

「良い歳して恥ずかしがらなくても良いだろ?……ククク」

 

 30代半ばの獣王メコン川さんが20前後ぐらいの見た目のルプスレギナと結婚するのは犯罪臭がしない事も無いが、一応ルプスレギナは1300歳弱なので問題ない。最早、鎌倉時代の文化遺産よりも年上である。

 

 和気あいあいとした雑談を終えると車から降りて国会に入っていく一同だが、上質なフォーマルスーツを着ている政治家や職員達ばかりな場に裸足でジーパンとタンクトップ一枚のワイルド過ぎる獣王メコン川さん浮きまくりである。

 




氷餅様、誤字報告有り難うございます。


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第一章「日本国と魔導国」
公安第一特務課①


 かれこれ、1936年に国会議事堂が建設されてから212年。

 この長い歴史の中で、裸足でジーパンとタンクトップ一枚で足を踏み入れたのは、一般市民でも無料見学できるとは言え、流石に獣王メコン川さんが初めての人物だろう。

 

 しかしながら、一般人から一足飛びに大使とは凄まじいワープである。普通はハードルが非常に高いのだが、世の中は努力以上に運や出会いと言った不確定要素も必要であり、何の縁で急に話が舞い込んで来るか分からないので、人との繋がりを持っている事は大事なのだ。

 

 この何が起こるか予測できない不確定要素の事を人はこう呼ぶ―――『運命』と。

 

 時にそれは突然舞い込んで来た幸運にもなれば、不条理で耐え難い現実にもなる。

 ある意味では、歴史に登場する偉人達も、彼等の意思には関係なく『運命』という物語の役者を演じさせられていただけなのかもしれない。

 

 そして、物語の歯車が動き出し、変わり行く世界で再び嘗ての仲間達の運命が交わる時、世界の境界を越えてNPC達と再会する時、その先にはどんな『運命』が待ち受けているのだろう?

 

 しかし、決して悪い運命では無い筈だ。途中で困難が待ち受けていようとも、それらが彼等の絆を深めて本当の意味で掛け替えの無い仲間や家族になって行くのだから。

 

「うぅ、ぐすん。獣王メコン川様ぁ、ずっと会いたかったっすー!」

「ルプ―――ガハッ」

 

 レベル60台のダイレクトアタックを喰らってからの大好きホールドでガッチリ決められて白目を剥いて泡を吹いているメコン川さん。肋骨が数本折れただけで済むとは一体どんな体をしているのだろうか。

 

「……わ、我が人生に一遍の悔いな―――グホァ!」

「そ、そんな……ようやく会えたのに御隠れにならないでくださいっす!」

 

 ルプスレギナも異変に気付き『あわわ』と顔面蒼白になり慌てて大治癒(ヒール)を掛ける。

 流石に嬉しさの余り、力加減が必要な事を何度も言われていたのだが失念していた。

 

「メコン川さん、お熱いのも良いけど程々にな。それじゃあたっちさん、ウチらは帰りますんで後はよろしくお願いします」

 

 この調子だとベッドはチタン製にした方だ良さそうだな、と一人ごちるウルベルトさん。

 

 彼はこの後、公安第一特務課にインターンシップに来る予定のプルチネッラとニューロニスト、ソリュシャンとエントマに仕事のやり方の実演を含め『旧横浜中華街跡』で逮捕した香港マフィアを尋問して武器の出所や犯行の動機等を調べないといけないので、『今日は水責めか爪剥ぎかどちらにしようかな?』なんて仕事の事を熱心に考えながら、取り合えず帰る前にホームセンターに寄って歯を抜く為のペンチかスパナでも買っていこうと決める。

 この世から悪を根絶せんと一切妥協を許さないウルベルトさんは正に正義の鑑である。

 

 ……もっとも、所謂この非人道的とされる拷問は国際社会では『拷問等禁止条約』で禁止されているのだが、CIA等の表舞台に出てこない組織では過去にもイスラム系テロ組織の構成員に尋問・拷問を行っては揉み消して無かった事にしていたりするので、当然、公安第一特務課や中央情報統括官組織でもその辺りの裏事情は一緒である。

 

 家族、愛する茶釜さんや生まれて来る娘が安心して暮らせる平和な社会を実現する為にはいくらでも泥を被ってやると決意したウルベルトさんの戦いは続くのだ。

 

 話は逸れるが、番外ちゃんがテロリストを尋問する時にトイレの便器に顔面を叩きつけて、便器と共にテロリストの顔面も割れるという事態になったりしてウルベルトさんしか尋問を熟せる人がいないので、インターンで情報担当としてニューロニストやプルチネッラが来るのは助け船である。

 

 ……エリュエンティウがヘドロの海と化した東京湾上に浮いていたり、ドラゴン達がビザ無しで勝手に浅草観光を満喫している時点で今更隠すのも不可能故。ニューロニストやエントマ等、明らかに人間じゃないNPCが公安第一特務課の新メンバーになっても問題ないだろうと思うウルベルトさん。

 

 番外ちゃんは夏場になると能力向上や能力超向上等の武技をいくつも重ね掛けして全力で『蚊』を叩いた衝撃波で窓ガラスが割れたり規格外過ぎて困っていたのだ。

 寝ている時や仕事中に耳元に『プ~ン』とやって来る『蚊』は、難度300の番外ちゃんでも苦戦する地球最強の恐ろしい敵である。彼女は強過ぎる力の所為で人並み以上に叩く時に風圧が発生するので、一般人なら簡単に倒せる様な小さな敵程苦手である事が初めて露呈した……力を加減するだけで解決する問題なのだが……

 

 彼女は公安第一特務課においては『人間戦車』的なポジションであり、尋問等の繊細な仕事には向いていない。

 ちなみに、地球世界の危険生物ランキングのトップはマラリア等の病気を媒介する蚊であり、蚊が地球で最も恐ろしい生物である点は間違っていなかったりする。

 蚊は今までの人類同士の戦争犠牲者など可愛く思える程の人数を殺戮してきた恐ろしい敵である。

 WHO等の統計では蛇が年間5万人、人間が年間47万5千人、蚊が年間72万人の人間を殺戮しておりダントツで一位の座に輝いている危険生物だ。

 

 毎年、モモンガさんが王国との戦争で召喚した山羊の3倍の犠牲者を安定して叩き出している『蚊』が如何に恐ろしい生物かわかるだろう。スレイン法国の人が知ったら卒倒しそうな数字で、間違いなく人類の敵に認定される。

 例え自然が破壊され多くの生物が絶滅しようとも、人類にとって都合の悪い生物ほど突然変異したりして中々滅んでくれないのが『悪いヤツほど長生きする』という世の理である。

 

 

 

 

 署に戻り、今日は朝から色々と起こる日だなと思いつつもラウンジの自動販売機でコーヒーを買って一息つくウルベルトさん……缶コーヒー1本で1500円もするので一般人は中々おいそれと購入できない贅沢品である。

 例えばピザはMサイズで3万円~5万円だったり、鰻重は20万円前後ぐらいで固形栄養食以外の飲食物は非常に高価なのだ。一般的には固形栄養食か、少し贅沢してタンパク質を再合成した人工肉等が主流だ。

 

「それにしても、NPCに命が宿るとは……やっぱり実際に目にすると腰を抜かすな。絶対にタブラさんが作ったNPC大変な事になってそうだ……いや、待てよ……ペロロンチーノさんが作ったNPCも相当ヤバいんじゃないか……」

 

 設定魔なタブラさんに引けを取らない程の膨大な設定(ペロロンチーノの業)の数々が盛り込まれたシャルティアを思い出す。

 

「そうえば、デミウルゴスってどんな感じになっているんだろうか?……ルプスレギナを見た限りは大丈夫だとは思うけど……あ、そういや、ベルリバーさんを殺した連中にメコン川さんも狙われるかも知れないから警護付けないとな」

「それなら彼女一人で大丈夫だと思いますよ。影の悪魔(シャドウデーモン)も護衛に付いている様ですからね……あなたの影の中にも潜んでいますよ?」

 

 休憩にやってきた第一席次も自動販売機でコーヒーを買い、ウルベルトさんと同じテーブルに着く。彼は今まで番外ちゃんが旧横浜中華街跡で壊した自動販売機と道路標識の後始末の為に書類を書いていたのだ。

 

「え!……はぁ、慣れたつもりだったんだけどねぇ。現実になると影の悪魔(シャドウデーモン)って完全にホラーだな……ところで、例の奴らは動くと思うかい?なんでもナザリックに喧嘩を売ったらしいじゃないか」

「ええ、日本と魔導国が国交を結ぶのを妨害、或いは日本が世界の敵に仕立て上げられる可能性も覚悟した方がいいでしょう」

「……とすると、やはり魔導国大使をやるメコン川さんや賛成派の磯野総理達も危険か。流石に影の悪魔(シャドウデーモン)が警護に付いていても自動車に爆弾が仕掛けられていたら不味いな」

 

 これは相当厄介な事になったなと思うウルベルトさん。毎日暗殺を警戒しながら生活しないといけなくなるし、何よりも妻の茶釜さんの事が心配になる。

 まるで中東の紛争地帯の様に何処に仕掛けられていて、何時爆発するかわからない爆弾を毎日警戒しながら茶釜さんに生活してもらうのは無理がある。

 

「俺が狙われる分には職業柄慣れてるから良いんだけどね……妻が心配だな」

「それなら、ソリュシャンやエントマに相談してみてはどうでしょうか?あなたのお願いならきっと喜んで聞いてくれる筈ですよ……今の内に伝えておきますが、向こうではあなた達は神として扱われているので覚悟しておいてくださいね。特にスレイン法国に観光に行くのは止めておいた方が無難です」

「げ!マジですか……それにしてもよぉ()()()()、今回のが無かったらずっと黙ってるつもりだったんだろう?何年も一緒に働いて来た仲なのに酷くないかい?……番ちゃんが超人みてぇだし、歳を取らねぇから薄々勘付いてはいたけどな。俺以外全員が超人とか肩身が狭いねぇ」

 

 ワザとらしく『やれやれ』と両手を広げるウルベルトさん。

 

「この世界では私達はイレギュラーですから、気にしなくても良いですよ。あなたは銃の腕前も一流で良くやっていると思います。では、そろそろ新メンバーが来る時間なので戻りましょう」

「これで8人か。なんで突然来る事になったのか知らんけど有り難いな。超人でも手の数には限りがあるしよ」

「はい、これで私も現場に出られるので嬉しいですね」

 

 この時、ウルベルトさんと第一席次は同じ事を考えていた。ニューロニストとプルチネッラを情報担当の後方支援にして残りのメンバーが現場に出れば同時に複数の事件を扱えると。取り合えず、4人にパソコンの使い方を教えるのが急務である。

 

 そんな事を考えつつ公安第一特務課のオフィスに戻ると、既にソリュシャンやエントマにニューロニストやプルチネッラがシャルティアの異界門(ゲート)で直接やってきていた。

 

「これわこれわ!ウルベルト様!再びまたお会いする事が出来てこのわたしわ、感極まる思いで御座います!あぁ……なんて素晴らしいのでしょう。悪の頂点を極められたウルベルト様が正義の御心にお目覚めになられて人々を幸せにする……デミウルゴス様も感動して泣いておられました。ぶくぶく茶釜様とのご結婚、心よりお祝い申し上げます!」

「ありがとうプルチネッラ。デミウルゴスも元気な様で良かったよ……ところで、やまいこさんが働いている小学校にバレットM82という対物ライフルで狙撃して子供達の目の前で教師を殺害した一味を捕えていてね……ベルリバーさんを殺害した連中が裏で手を引いている可能性が高いんだけど証拠がないんだ。連中は俺やたっちさん、メコン川さんに茶釜さんも狙うかもしれない。そこで、情報を引き出す為に尋問するから今日はそれを見て公安第一特務課の仕事を覚えて欲しい」

 

 ウルベルトさんは『あれ?』と4人の雰囲気が急に変わったのに気付く。エントマなんかは表情こそ解らないがプルプル震えている。怒ったりショックは受けたりするだろうけど、まさか特大の地雷だったとは知る由も無く。

 何故ならばウルベルトさんはナザリックの僕達の忠誠心メーターがいくつあっても足りない程天井知らずだなんて知らない故に。

 いずれにしても、遅かれ早かれ知る事になるだろうから仕方ないのだが。

 

「で、そういった事情があるから申し訳ないけど……メコン川さんはワイルドな上にルプスレギナがいるから別に良いとして、たっちさんの娘の未来ちゃんや俺の妻の茶釜さんがテロに遭わないように警護を魔導国の方で付けて欲しい」

「……至高の御方々のぉ、御命を狙うなんてぇ!余りにも罪深過ぎて言葉も出ないですぅ!」

「エントマ、耐え難いけど今はウルベルト様を信じて我慢するのよ……はい、直ちに連絡して手配致します」

「連中以外にも、欧州でアーコロジー戦争をやらかしたネオナチ親衛隊や中東のイスラム過激派組織も心配だな。特にネオナチに至っては異世界の富を独占する日本に裁きを下すとかなんか言って絶対に騒ぎを起こすぞ……」

 

 このネオナチ親衛隊はモモンガさんがパンドラズ・アクターを作る時に参考にした連中で、パンドラと同じような服装をしている。ネオナチなんて名乗ってはいるが、全くナチズムとは関係が無いアーコロジーに住めない搾取に苦しんでいる人達が集まった集団である。

 欧州方面は歴史的にも難民問題で間接的に滅びたローマ帝国を始めとしてフランス革命などの様々問題が起きてきた場所だ。移民や格差社会の問題で今までもテロやストライキと言った様々な問題が発生してきたのだが、22世紀に入るといよいよ国内紛争にまで発展するようになった。

 

 一度連鎖反応が起きてしまえば、例えワールドイーターの雁首を倒しても暴走は決して止まらない。何故ならば、日本だけが魔導国と交流するのが気に入らない者、異世界の利権を独占したい者、宗教上の理由で異世界の存在自体が気に入らない者など様々な思惑のある連中が同じ方向に動き出すからだ。

 ある意味では人類の『嫉妬・欲望・傲慢・虚栄心』など負の側面そのもの自体が敵と言っても良く、誰かを倒せば終わりという状態では無くなるのだ。イスラム過激派組織の様に例え組織を潰しても、また別の組織が誕生して再びテロを起こすのと同じように終わりが無い。

 

 では、世界で仲良く異世界の富を分ければ良いかと言えば、そうでも無いし、むしろ異世界の住人の事なんてお構いなしで奪い合いになり余計に混沌とした状態になる。異世界の資源を巡って第三次世界大戦なんて起きたら本末転倒である。

 

 そう言った点も踏まえて、そもそも日本自体が世界では特殊な国と言っても良く、正月は神社に初詣に行ったり、親戚や家族が亡くなればお坊さんを呼んでお経を上げて貰ったり、クリスマスを祝ったりなど、神道や仏教にキリスト教等の全く異なる宗教的な行事が混在して無意識下に『文化』として根付いていたり、全く異なる文化や価値観を受け入れて自分達の物にしてしまう事に長けている国なのだ。

 歴史を振り返っても、日本は異国の文化を積極的に取り入れており、奈良時代や平安時代では中国の進んだ文明や文化を取り入れる為に『留学僧』を何人も送り、その過程で中国からもたらされた『お茶』という飲み物がこの頃の日本に初めて定着した事等、古くから違う文化を取り込んで自らの文化と融合させる事で発展してきた国なのだ。

 もちろん、明治維新は言うまでもなく。

 

 日本には『和』という言葉がある様に、日本人は元々周りの人に合わせて協調しようとする傾向が強い。例えば、身近な所では学校のクラスだったり世間の流行に合わせる事で安心感や一体感を覚える人も多いだろう。国家という規模でもやはり、禁煙の場所を増やしたりキャッシュレスの導入を急いだりなど世界の標準に合わせようとする傾向が強い。一時はサマータイムの導入まで検討していた程に。

 端的に言えば、受容的な国民気質なのだ。

 

 これが未だに肌の色の違いで人種差別が起こっている国だったり、宗派の違いで紛争や戦争を続けているイスラム原理主義な国だった場合、異世界と平和的に交流できるだろうか?

 日本にもそういった問題が完全に無いとは言わないが、少なくてもそれが原因でテロが発生する事は無い。町中を人間に混ざってエルフやビーストマンに蜥蜴人(リザードマン)が歩いていても、最初こそ混乱はあれど時間と共にそれが当たり前の光景として受け入れられる国は恐らく日本だけである。

 これが西洋だったら必ず嘗てのスレイン法国の様に人類至上主義を唱える排他集団が発生してテロに発展する。ましてや吸血鬼が町中を堂々と歩いていたら大パニックになり自警団を組織して魔女狩り紛いな事も発生しかねない。

 

 ……一方で日本は……シャルティアやイビルアイに自ら率先して献血(噛まれ)に行く人達が出そうだが、平和なので別に問題無いだろう。むしろ、イビルアイみたいな吸血鬼は西洋とは異なる理由でペロロンチーノさんみたいな人達に襲われそうではあるが……

 

 結局、世界が『日本が異世界の富を独占している』と騒ぎ立てた所で、そもそも魔導王をやっているモモンガさんがギルドメンバー達が暮らす日本としか交流する気が無いので意味が無いのだが、世界はそれで納得しないので難しい物なのだ。

 ましてやナザリックの僕目線で見れば至高の41人が暮らしている日本以外は別にどうでも良く、嘗ての王国や帝国と同じような有象無象の国に見られている。

 そもそも、ワールドイーター達が魔導国に攻め込んだり、ベルリバーさんを暗殺してしまった時点で第一印象が最悪からのスタートなのだ。

 それを理解できずに上から目線で世界各国が魔導国や日本に要求をすればどうなるかは言わずもがな。その点は至高の41人に関心が無いアルベドが大使を務めているのが唯一の救いである。

 その上、アルベドは()()を理解した上でモモンガさんと結婚した故に。ナザリックのNPCで唯一モモンガさんが凡人だと知っているNPCはアルベドだけだ。事実上、今の魔導国を陰で動かしている『女帝』はアルベドなのだ。

 

「……こりゃあ完全に鎖国して魔導国とだけ交流して身内同士でしっぽりとやるってのが一番良いんだろうけど、それをやるには世界全てに宣戦布告されても防衛できる力が無いと無理だからな。これから当分休み無しで忙しくなるから皆覚悟するように」

「はい、頑張りますですぅ」

「あらん、ウルベルト様の元で休み無しで働けるだなんて楽しみだわん!」

 

 休み無しと聞いて目が輝いている僕達を見て『ナザリックってそんなにブラックなのか……』とNPC達の為に今度モモンガさんを労働基準法違反の疑いで注意処分しようと決める。

 




244様、誤字報告大変有り難うございます。


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公安第一特務課②

 時間は10分程進み、薄暗く、コンクリートが剥き出しでマジックミラーが付いている部屋の真ん中に拘束具付きの椅子が鎮座しているだけのそっけない場所に響き渡る悲鳴。

 

「お、おねがいじましゅう。なんでもはなじまず。たすけてくだしゃいぃぃ」

「え……もう吐いちゃうの?……まあまあ、そんなに焦らなくても良いから……ね?一度頭を冷やしてから冷静になってゆっくり考えようよ。そこは弁護士を呼ばないと何も話さないとか言うべきだよ、君」

 

 ニューロニストを見た瞬間に叫び声を上げて泣きじゃくり、まだ何もやっていないのに全てを白状しようとしている香港マフィアに拍子抜けしているウルベルトさん。

 

「あらやだん、バッチイ。失礼な奴ね、人の顔を見て叫び声を上げるだなんて。嫌になっちゃうわん」

 

 涙やら鼻水やら体中のあらゆる液体が出ていて見るに堪えない状態な上、アンモニアの臭いまで漂ってきたので流石に距離を取る。

 

「……あー、ま、こうなるのも仕方ないか。いやぁ、悪いねソリュシャンにエントマ。見苦しい物を見せちまって。普段はもっとCIAみたいな感じでカッコよく事が進むんだけどね」

「そんな!ウルベルト様が謝る事はございません。この不肖な輩が全ていけないのです」

 

 流石に白状すると言っている相手を尋問するわけにも行かず、少し悲しそうな顔をしているウルベルトさん。NPC達の前で良い所を見せたかったという節があったりなかったり。

 

「そういえば、お聞きしたいのですが、我々が日本に来てから魔導国では何年経ちましたか?」

「大体300年ですぅ。モモ様も成長してご立派になられてますよぉ」

 

 普段は冷静な第一席次も、予想していたとは言え驚きを隠せない。ある意味では相対性理論の『ウラシマ効果』と同じような疑似的なタイムトラベルを経験したとも言えるのだから。

 近年はマルチバース或いは多元宇宙論と呼ばれ、我々の住む宇宙以外にも複数の宇宙が存在するという説が注目されるようになってきているが、別宇宙において物理法則や時間の流れる速さが同じとは限らないのだ。

 変な話が仮にもしも、ナザリックの転移した世界が『物質が存在できない宇宙』だった場合、転移と同時に素粒子レベルで分解されて蒸発していたかもしれないのだ。

 当然、日本の生中継を見ている世界中の物理学者達は異世界から来た魔導国の存在=多元宇宙論の説が正しいと立証されて量子力学の分野、とりわけヒュー・エヴェレットの多世界解釈において革命が起きたと、ハチの巣を突いた様なてんやわんやの大騒ぎになっていたりするのだが……

 

「つまり、モモンガさんは1300年も魔王をやってるのか……でも、ちょっとおかしくないかい?モモンガさんが消えた数秒間で千年経って番ちゃん達がこっちの世界に来たんだろ?あれから10年も経っているんだから、魔導国の方ではそれこそ何十億年、何十兆年も時間が過ぎている筈じゃないか」

「うーん、ちょっと私には難しくてわからないですぅ」

 

 触覚が『しゅん……』と垂れ下がっているエントマを見て、そうか表情の代わりにこれで感情表現しているのかと理解する。

 ウルベルトさんも映画や小説などで素人ながらも多少は知識が有る故に、まだ異世界、所謂『別宇宙』が存在してもおかしくは無い事は理解できる……のだが、ただの二進法の数字が集まっているに過ぎないデータだった物が、何故異世界で物質化したのだろうか?と疑問が残る。

 他にも明らかに物理法則を無視している魔法の存在に然り。

 

(もしかして、向こう側の物理法則に浸食されてる?)

 

 ウルベルトさんはデミウルゴス程では無いが、それなりに頭の回転が良く勘は鋭かったりする。

 しかしながら、今回の件は仕事には関係が無いので、都内某有名国立大学で物理学の教授をしている死獣天朱雀さんに頼んでみようと決める。

 

(それにしても……)

 

 彼は思う。一度も戦争や内戦も無く1300年も存在した国家など、この地球世界の歴史において一度も無い。そんな誰も成し遂げた事の無い偉業をやってのけたモモンガさんの手腕に『なんて計り知れない智謀の持ち主なんだ……』と戦慄する。

 確かにモモンガさんがギルド長を務めていなければアインズ・ウール・ゴウンは二つに割れていたと言われる程だったが、まさかこれ程のカリスマ性と内政手腕を隠し持っていたとは、と。

 能ある鷹は爪を隠すと言うコトワザがある様に、言われてみればPVPで二度目は負けなかったり『実は頭が良いのでは?』と思われる事が多々あったし、そもそも、凡人にナザリックのNPC達を纏め上げたり、国家の内政などできないだろう。凡人が身の丈に合わない力を手にした場合は墓穴を掘って自滅すると大体相場は決まっている。

 きっと生まれた時代が悪かっただけで、実は自分では足元にも及ばない様な凄い人であり、ローマ帝国を築き上げたガイウス・ユリウス・カエサルやフランス革命で有名なナポレオンでも成し遂げる事が出来なかった『千年王国』を実現させたモモンガさんに対する脳内評価を超上方修正する。

 

(……あの頃の俺が、ウルベルト・アレイン・オードルとして異世界に転移していたら、力に酔いしれて好き放題暴れて最後は自滅していただろうからな……モモンガさん、あんたはすげぇよ)

 

 あのアドルフ・ヒトラーも最初は冴えない画家だった様に、人間どんな才能を隠し持っていて、いつ化けるか分からないものである。

 千年王国を築き上げたカリスマ性と智謀に溢れるモモンガさんには敵わないが、自分もあの頃よりは少しは成長したかな?とノスタルジックな気分になる。

 NPC達が尊敬の眼差しでこちらを見つめて来るのも、きっとモモンガさんの求心力が桁外れに凄過ぎる所為でギルドメンバー全員が凄い人だと誤解しているからなんだろうなと察する。

 

(やれやれ、モモンガさんには分らんかもしれんが、NPC達の期待を裏切らないようにするの大変だぞ、こりゃ。ハードルを爆上げしやがって……下手をしてモモンガさんの面子を汚すのもアレだしよ……参ったな……)

 

 彼自身、10年前カウラウ課長に拾われてなければ、日の目を見る事無く今も底辺で彷徨っていた人間だと自覚しているので自分には荷が重過ぎると溜息をつく。

 カウラウ課長を日本に送ったのはモモンガさんであり、すなわち、モモンガさんのお陰で今の人生があると言っても良く、恩を仇で返すような事は彼としても避けたいのだ。

 

「……って、しまった、やっちまった」

 

 深く考えている内に拘束椅子に座っているマフィアが恐怖の余り失神しまっていた。というよりも、むしろ息をしていないし口から変な色の液体が出ている。ニューロニストやエントマを見たショックでパニック性の心臓発作を起こして死亡したらしい。

 

「心肺停止しても5分程は脳の活動が続いていると海外ドラマで聞きましたから、ニューロニストに脳を吸って記憶を抽出してもらうのは如何でしょう?」

「よし、時間との勝負だ。じゃあそれで早速頼めるかい?申し訳ないけど隊長さんは検死解剖の事務手続きをやっておいてもらえないかな。この際後出しでいいから」

「死因はどうしますか?」

「うーん、薬物中毒の幻覚に伴うパニック発作により死亡ってところかな?どうせLSDやコカインでもやってるだろうから誤魔化しが利くでしょ」

 

 番外ちゃんが仲間を惨殺する地獄絵図を見て、ニューロニストやエントマと言ったこの世の物とは思えない怪物に囲まれた恐怖でショック死した挙句に、薬物中毒で死亡した事にされ『検死解剖』で脳を吸われるマフィアが哀れである。

 毎回ショック死される度に脳を吸ってもらうのも流石に無理があるので、これは一度考えないといけないとごちる。

 

 

 

 

 オフィスに戻りネット配信されているニュースの中継を見守っているウルベルトさんだが、やはり世界中で多かれ少なかれ混乱が発生している。歴史上、地球で最も長い一日となるだろう。

 

 バチカン市国では終末の世界に再臨したイエス・キリストだと大騒ぎになり、遂に聖書の『ヨハネの黙示録』に書かれている最後の予言が成熟する時が来たとローマ教皇や国民が一丸となりモモンガさんに祈りを捧げていたり。

 当然、エルサレムでも同じような状況になっており、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教の人々が混在した状態で一心不乱に祈りを捧げていたり珍しい光景を生み出している。

 サウジアラビアのメッカは言うまでもなく。

 モモンガさんが骨だと知ったらどうするのだろうか?それでも歯止めが外れて濁流の如く溢れ出る信仰心の力で前向きに解釈しそうではあるが……

 

 この状況には流石のたっちさんも今頃頭を抱えて悩んでるだろうなと思うウルベルトさん。

 これは完全にモモンガさんを神として信仰する一派と、偽りの神とする一派に2分されて『聖戦』とか起こりそうである……特に中東方面が。外国人労働者が増えて国際的な国となった日本でも他人事とは言えない問題なので要注意しなければいけない。

 東京湾上に浮いているエリュエンティウは神々しく、知らない人が見ればそれこそ神の居城に見えるだろうし、カウラウ課長達が不老不死化して永遠の命を与えられている事なんて神の御業として映るだろう。

 それに誰もが多元宇宙論の概念、所謂『異世界』を知っているわけでは無く、それこそ緑豊かな魔導国は『天にある神の国』そのものだろう。

 

『ニュースの途中ですが只今入った情報によりますと、アインズ・ウール・ゴウン魔導国のアルベド魔導王夫人が記者会見の場で日本国民に向けた公式声明を発表するとの事です……国内でも各地で突如大量発生したゴキブリにより死者・行方不明者が1500人出るなど大混乱が続いており、パニックになった人々がドラッグストアに押し寄せて全国的に殺虫剤が不足する事態となっています。一体、今この世界で何が起こっているのでしょうか?』

 

「ブーッ!ゲホッゲホッ……ちょっと待って。それは不味い。お願いですから俺達の仕事をこれ以上増やさないでモモンガさん。これは絶対に俺を過労死に見せかけて暗殺するつもりだろ」

 

 このままでは40代になる前に白髪になってしまうと危機感を覚える。

 もうこれ、茶釜さんやヘロヘロさんにペロロンチーノさんも今頃大パニックになってるわと思うウルベルトさん。お願いだから妊婦の茶釜さんに多大なストレスを与えないでくれと冷や汗を滝の様に流す。

 

「ねえ……もしかして、あの1500人って……やっぱりアレだよね?」

「はい。以前愚かにもナザリックに侵攻した不肖な輩は我々の手で全て始末致しましたので、どうぞご安心ください。ウルベルト様」

 

 もの凄く良い顔をして、さも当然の事をしたまでと言わんばかりのソリュシャン。

 

(やっぱり確信犯だったー!これバレたら外交問題に発展するぞ!)

 

 これ、注意しないといけないのがユグドラシルプレイヤー達にとっては唯の遊びであった事も、生命が宿ったNPC達にとってはリアルなのである。当然あの時に殺されたシャルティア、アウラ、マーレ、コキュートス、デミウルゴスは全て現実の出来事として覚えているわけで……

 

 額の冷や汗をハンカチで拭いているウルベルトさんの横では、ソリュシャンとエントマが『至高の御方のお役に立つことが出来た』と満足そうな顔をしている。

 

 まだこの時のウルベルトさんは知る由も無いのだが、支配者層が意図的に被支配者層に余計な知恵を与えない為に義務教育制度を取っ払った事が今後日本も含めて世界規模で思わぬ副作用を生むことになる。

 ちゃんとした教育を受けてしっかりとした教養を身に着けた人々ならば物事を冷静にかつ客観的に捉えようとするのだが、教育を受けられなかった人々は事実上、中世時代の村人とメンタリティ(心の在り方)の面で然程変わりが無く、これが中東で何時までも宗教戦争やテロが続いている要因の一つでもある。

 21世紀の時代に『子供たちに教育を受けさせる事が世界から紛争や内戦を無くす唯一の方法』と言われていた物を何故、巨大複合企業が取っ払ってしまったのかと言えば、その巨大複合企業を操っているのはワールドイーター達であり、彼等はそもそも120億まで膨れ上がった世界人口を自足可能なレベルまで減らす事を目的として意図的にそうしている。

 

 故にこの時代では日本国内にも当然、誘拐や殺人に人身売買と言った犯罪が多発する貧困街が数多く存在しており、ウルベルトさんも元は貧困街出身で若い頃に散々社会の闇を見てきた人間だ。当然、子供時代はその日を生きる為に万引きや窃盗で食い繋ぐストリートだった。彼が昔たっちさんと犬猿の仲だったり富裕層を憎んでいたのはこれが所以(ゆえん)である。

 とはいえ、ウルベルトさんの暗い過去も今では彼ならではの『長所』として、貧困街にいる裏の世界の情報屋などと言った知り合いのコネが公安第一特務課の仕事で役に立っており決して無駄では無かったのだ。

 

「……隊長さんよ。ちょいとソリュシャンとエントマを連れて貧困街に出かけて来るから、プルチネッラとニューロニストにパソコンの使い方を教えておいて欲しい」

「わかりました……しかし、彼女達の服装では幾分と目立ち過ぎると思うのですが……」

「ん?それが狙いだから気にしなくても良いよ」

 

 

 

 

「ウ、ウルベルト様……大変申し訳ございません。本来ならば私達シモベが運転するべき所を至高の御方に……」

「まあ、とは言っても運転の仕方が分からないだろうし、免許も無いから仕方ないでしょ?……()()()()も3カ月前に免許取ったばかりだし。それに民間用は無人自動車が主流だから気にしなくていいよ。ウチらは何時でも不測の事態に対応できる様に手動運転してるだけだから」

「あのぉ、ウルベルト様。無人自動車って何ですかぁ?」

 

 まだこちらの世界に慣れてなくてポカンと頭の上に『?』と浮かべているエントマちゃん。10年間こちらで過ごして株式市場を銀行と勘違いしている節のあるラナーや映画オタクになってしまった第一席次など、すっかりと板に付いている彼等とは圧倒的な差がある。

 

「人工知能、機械が一人で考えて走る車って言えば分かるかな?」

「そんな!まさか……この国の馬車は全てシズと同じ自動人形(オートマトン)なのですか!?」

「ん?うん、そう……だね?」

「流石は至高の御方々の住まわれている国ですねぇ。凄いですぅ!それに乗り心地もナザリックの馬車より快適ですよぉ」

 

 うむ、と少し考え込む。どうやらNPC達の忠誠心が半端ない程高い事が解ってきて、第一席次が『あなた達は向こうでは神として扱われているので覚悟しておいてくださいね』と言った言葉の真意がようやく理解できてきた。

 親と子という関係よりも、神と創造物という関係の方が近いらしいと。これはこれで色々と問題が起こりそうであり、よくもまあモモンガさん一人で頑張ったわと感心する。

 

「よし、じゃあこの辺から歩くから付いてきて」

「ウルベルト様!外は毒の霧で満ち溢れており、大変申し上げ難いのですが今の御身では危険です!」

 

 さっとカウラウ課長から貰った毒無効の指輪をソリュシャン達に見せるとそそくさと車から降りる。

 

 ここはウルベルトさんが子供時代を過ごした貧困街で、放置された超高層ビル群は立体的な巨大スラムと化している。大昔は『新宿副都心』と呼ばれた煌びやかな大都市だったのだが、2060年に発生した首都直下地震で昭和後期から平成前半に建築された超高層ビルは地殻変動などが原因で耐震構造を超える修復不可能なダメージを受け、解体作業するのも危険な状態でそのまま放置された。

 

 21世紀半ばを過ぎた頃から北欧方面で政治にAIが活用される様になり、日本も完全にAIに任せっきりというわけでは無いが、方針を決める上でシステムが弾き出した予測モデルは参考にしている。

 AIが政治を行うなんて聞くと摩訶不思議な未来世界のイメージを抱くかも知れないが、そんな大層な物では無く、単に入力されたデータと統計を照らし合わせて量子演算を行い予測モデルを導き出しているだけであり、株を自動取引しているAIに毛が生えた程度の物である。

 

 つまり、その性質上『最も多くの利益を生み出す選択はどれか?』を論理的かつ自動的に選択しているだけであり、人間と言う存在は『国家』という『システム』の構成要素の一部であると同時に単にデータ上の数値でしかなく、この様な大災害が起きた場合に必要によっては簡単に切り捨ててしまうのが問題になっている。

 その結果として完全にシステムから見捨てられた人々が集まる『貧困街』が世界各地で発生しているのだ。

 彼等に待っている未来は死後に富裕層向けの野菜を育てる為の肥料だったり、一般人向けのタンパク質を再合成した人工肉として処理されたり、犯罪組織に拉致されて再利用可能な臓器や眼球といった生体パーツをブラックマーケットに流されると言った結末しか待っていない。

 

 そんな『この世界は残酷である』という光景を嫌になる程見てきた彼は、絵空事でしかない何の役にも立たない『正義』という理想が腹立たしく嫌いだった。

 そんな彼を変えたのは、10年前に経済的な格差を気にせずに接して支えてくれた茶釜さんの存在であり、正義なんて理想はどうでも良いが、少なくても大切な人を守る為に何かをしようと私立探偵で生計を立て始めた頃にリグリットに拾われて今に至るのだ。

 

 今の彼は『正義の味方』でも無ければ『悪の頂点を極めた山羊』でも無い。大切な家族を守る為に生きる一人の人間である。

 

「ここがウルベルト様が生まれ育った場所……リ・エスティーゼ王国よりも酷い場所だっただなんて……」

 

 辺りを見渡せば財布を狙って集団リンチしている者や遠くで鳴り響く銃声など殺伐とした空気が漂っている。新宿区一帯は完全に見捨てられた無法地帯で殺人や誘拐があっても警察は一切関与しない。混乱に収拾がつかない事態になった時は自衛隊が出動し無差別発砲して鎮圧するのみである。とりわけウルベルトさん達が今歩いている旧歌舞伎町エリアは自衛隊による爆撃の傷跡が残っていたり最も危険な場所だ。

 皮肉な事に戦後、自衛隊が初めて実戦を行ったのは国内であり、殺した相手は同じ日本人である。

 

「いいかい、ソリュシャンとエントマ。何があっても一切関与せずにただ黙って見ていろ。全て俺が対処するから」

 

 良い仕立てのスーツを着ているウルベルトさんやメイド服を着ていて顔立ちが良いソリュシャン達は場所が場所なだけに圧倒的に目立っており、歩き始めて僅か数分で早速人相の悪い人達に囲まれる。

 

「おいおい、オッサン。随分と良いスーツを着てるじゃねえか、おい?それに後ろに随分高く売れそうな上物を2人も連れてよぉ。ナメてんのかぁゴルァ!お前みたいなオッサンには勿体ねぇよなぁ?俺達が代わりに楽しんでやるよ」

 

 まるで未来の殺人ロボットの映画で最初に犠牲になったパンクな格好をした3人組の様な感じのモヒカンヘアーのチンピラがゾロゾロ集まって来る。オマケにご丁寧に棘付きの肩パッドを付けた革ジャン姿で完全に『絵に描いた様なやられ役』である。

 

「オッサンじゃねえ。まだ37だ」

「あん?テメェ!今なんて言った?しゃしゃってんじゃねぇぞゴルァ!」

 

 後ろではソリュシャンとエントマから凄まじい殺気が出ており、これ以上ウルベルト様に不敬な発言をするならば絶対に楽には殺してやらないし、第七階層に送ったうえでデミウルゴス様に全て報告してやろうと決めていた。

 ソリュシャンは生かさず殺さず体内で永遠とじっくり溶かして苦しめてやると考えており、エントマも同じように回復させながら永遠に生きたまま肉を貪り喰ってやると脳内でどうやって苦しめてやろうか想像していた。

 もしも、この場にいたのがナーベラルだったら今頃青筋を浮かべて最大威力で魔法を放って相手を消し炭にしていただろう。

 

「エントマ、ちょっと上着とネクタイを預かってくれないか?シワになったり肩が崩れたら困る」

「はい、お預かり致しますぅ」

 

 ウルベルトさんの上着を丁寧に受け取ると、細心の注意を払って大切に扱うその姿は流石は本業がメイドなだけあり、その無駄のない流れるような仕草はプロである。

 

「……じゃあ、10年ぶりのP()V()P()と行こうか」

「オメェ、頭逝ってんじゃねえか?こっちは20人だぞ?数も数えられねえの―――ヒデブッ!」

 

 スクロールで補助魔法を自らに掛けて、()()()()()()をモヒカンの右目に突き刺してから、込められていた炎の魔法を発動させるとモヒカンの首から上が瞬く間に炭化し、肉だった物がボロボロ崩れ落ちて頭蓋骨が剥き出しになる。

 

「スッと行ってドスッて行ってやんよ。死にたい奴はどっからでも掛かってきな」

 

 奇しくも、スティレットの元の持ち主と同じようなセリフを言い放っているウルベルトさん。もしかすると似ている部分があるのかもしれない。

 

「アイツをぶっ殺すぞ!」

 

 モヒカン達が金属バットやパイプだったり拳銃を取り出して一斉に襲い掛かって来ると、ウルベルトさんも右手にワルサーP5、左手にスティレットを持ちクロース・クォーターズ・コンバット(近接格闘)のスタイルで刺したり撃ったりで応戦する。

 

「ぐっ!」

 

 モヒカンの撃ってきた銃弾を避けれずに胸に当たるが、防弾シャツを着ているので致命傷は免れる。身体能力が補助魔法で上がっているとは言え、やはり銃弾が当たると凄く痛くポーションを砕いて回復させる。

 

(ああ、ウルベルト様。愛する茶釜様の為に世から悪を消し去らんと人の御姿にも関わらず戦うのですね……これがウルベルト様の正義……)

 

 ウルベルトさんは目の前にいる敵にスティレットを投げナイフの様に投げつけると、後ろから迫ってきているモヒカンに銃弾を撃ち込み、スティレットが額に刺さって痙攣しているモヒカンから引き抜くと更に3人目を突き刺す。

 

 ワルサーP5の弾薬が切れると腰にぶら下げていた2本目のスティレットを取り出して、相手の金属バットを2本のスティレットでクロスするように受け止める。

 

「お、もう弾切れか?残念だったなぁ。頭をカチ割ってヤラァ」

「お前はもう死んでいる」

「は?オメェ何を言って―――グギャアア」

 

 2本目のスティレットに込められていた雷の魔法を解放すると、相手は手に持っていた金属バットを伝わってきた超高電圧の電流で感電死する。

 

「ふう、さてこれで全員片付いたか。悪いね二人共、待たせちゃって。俺の育った地元ってこんな感じで物騒な場所でね」

 

 ウルベルトさんは最初、シモベ達の忠誠心が高過ぎる所為で『自分達の身に危険が迫ったら、言う事を聞かずに暴走するのでは?』と懸念していたが、大人しく待機していたソリュシャンとエントマを見てこれなら一緒に仕事をしても大丈夫そうだと安心する。

 




244様、誤字報告大変有り難うございます。


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公安第一特務課③

 今やニューヨークや香港を超える規模で200~500m級の超高層ビルや超高層マンションが立ち並ぶ東京湾周辺並びに臨海副都心。温暖化の影響で水位が30メートル程上昇しているのだが、東京を含むニューヨークのマンハッタン等の沿岸都市は巨大な堤防で覆われている。

 

 今では名物であった東京タワーも背の高い巨大建造物に囲まれて見えなくなってしまっていた。ネオンが輝く超高層ビルの直上には巨大なホログラムが空中投影されており、その光景は霧の様な大気汚染や荒涼とした大地も相まって、まるで人類の虚栄心を象徴しているかの様である。

 搾取されるだけの未来に絶望しながら生きる者、自分が生きている間だけ大丈夫なら関係ないと退廃的に生きる者などが混沌とした歪んだ空気を生み出している。

 

 そんな東京湾の夜景を見渡す事が出来るレインボーブリッジの主塔のてっぺんに『ちょこん』と佇んでいる赤いローブと仮面が印象的な謎の人物―――というかイビルアイがいた。

 

「これがサトル達が暮らしていたプレイヤーの国……なんて巨大な建造物なんだ。それにしても、この都市は一体何処まで続いているのだ?流石にプレイヤーの国でも地上全てが都市で覆われている事は無いだろうが……これに比べたら王都なんて村みたいな物だな」

 

 見慣れない異世界の巨大都市の夜景を眺めながら、嘗て『蒼の薔薇』として活動していた頃の仲間達の事を思い浮かべる。魔導国の冒険者としていろんな未知の場所を探検したが、きっとラキュース達が見たら驚いただろうなと。

 メンバーが歳を取って冒険者を引退した後も、ガガーランは冒険者組合で新人冒険者を訓練する鬼教官として『ガガーラン・ブートキャンプ』なんて呼ばれる地獄の訓練で鼻水を垂らした新人冒険者を一人前のソルジャーに叩き上げて送り出したりしていた。

 

 ……ちなみに何人か童貞の新人冒険者が食われたらしいが。

 

 ともあれ、色んな意味で一人前の漢にして送り出した冒険者達はやがて大陸の全てを探検し尽くして、魔導国が大陸全てを支配した後は治安も安定しており、存在意義を失うと共に冒険者組合は解体された。

 モモンガさんが凡人だと知ってから戦略を180度変えてきたアルベドとの正妻戦争にも敗れ、当然、情報的に優位な立場となったアルベドの進撃は止まらずシャルティアにも圧勝した。

 モモンガさんの人間の心を女性として支え、魔導国の運営を的確にアドバイスする事ができる『綺麗なアルベド』に成り切ってしまう恐るべき執念(愛の力)の前には流石にイビルアイも勝ち目が無かった。特にやる事が無くなったイビルアイは評議国に行きツアーと共に数世紀という長い年月を暮らしていたのだ。

 

 遥か遠い昔の事を思い出していると伝言(メッセージ)がリグリットから届く。

 

『久方ぶりじゃのうインベルンの嬢ちゃんよ!この世界では魔力の消耗が激しいからお主も早くスマホを持つとええわ』

『む。相変わらずの様だなリグリット……「すまほ」とは何だ?』

『ほう、そんな事も知らんのか?それぐらいウェブで検索するとええわ。ハッハッハ!』

『むぅ……(何を言ってるのかよくわからん……)』

 

 相変わらずなリグリットに仮面の下で少し青筋を浮かべているイビルアイ。

 

『……それで、一体何の用だ?今、サトルやナーベラル達と悪党を追っていて忙しいんだぞ』

『何を言っとる。景色を眺めて油を売ってる癖によく言うわ』

『何!?まさか私が見えているのか!?』

『監視衛星で丸見えじゃわ』

『ぐぬぬ……(こいつには勝てん……)』

 

 大気汚染が酷くて軌道上から何も見えないのでは?と思うかも知れないが、この監視衛星は量子レーダーカメラが使われており、『もつれ合い光子対』と呼ばれる所謂『量子もつれ』を利用しているので光学式や電波式と異なり、量子効果によって対象にヒットした光子と対になった光子の変化を画像として記録する。故に大気汚染も不可視化や不可知化の魔法も無視して軌道上から地表の様子を監視する事が可能だ。

 要は対象に物理的に触れる事が出来る物なら全て見えるのだ。

 日本の大学がDARPAの開発した量子計測器を基にして2016年に実験装置を完成させ、2148年では政府や軍にとっては一般的な物として普及していた。

 実験装置の段階では有効射程距離が10キロメートルだったが、1世紀以上に及ぶ改良が加えられて現在は400キロメートル先まで観測可能な精度を誇っている。

 

 当然、まだ日本に来たばかりでそんな技術が存在している事など知る由も無いイビルアイは脳内で『未知の超凄いアイテムでこちらを監視しているリグリット』を思い浮かべるが、実際の所はパソコンモニターの前で『ズズズ』とお茶を啜りながら眺めているだけである。

 というか、スマホを使いこなすどころか防衛省の監視衛星にも簡単にアクセスできるリグリットは唯ならぬスーパーお婆ちゃんだ。

 

『それでちょっと頼みがあるんじゃが……ウチらでは手が出せん法に触れる案件をやってもらいたくてな。トライセンデンス社という表向きは製薬会社じゃが、裏では麻薬密輸や誘拐して人体実験を行っている巨大複合企業の支社で派手に暴れて潰して欲しいんじゃわ……警備は始末しても構わん。証拠を確保すれば後はウチらでフォローするから心配はいらん』

『……まるで八本指だな……面白い。わかった。それで何処に向かえばいいのだ?』

『今、ラナーのヘリがそっちに向かっておるから暫く待っとれ。サトルとナーベラルもハムスケに乗って現場に向い首都高を移動しておる』

 

 後に首都高を颯爽と走り抜ける巨大ハムスターがSNSにアップされてハッシュタグが付く程の話題となるのだが、それは少し先の話である。

 

『……へりとは何だ?』

『回転する翼の浮力で空を飛ぶ乗り物じゃわ。お主ぐらいの子供なら誰でも知っとるぞ』

『……(誰かこのババアに死に方を教えてやってくれ)』

 

 どうやらリグリットとラナーはかなりプレイヤーの国に馴染んでいる様だが、まあ、ある意味彼女達らしいと言えば彼女達らしいな、と一人ごちる。

 取り合えず、後でサトルに『すまほ』の意味を聞こうと思うイビルアイであった。

 

『それにしても、この巨大都市……「とうきょう」だったか?眺めていると色々と考えさせられるな』

『ほう、どうしたんじゃ?柄にも無い』

『ああ、我々には想像もできない程遥かに発展しているのに、滅びかけていると思うとな』

『……まあ、これが限界まで成長した文明が辿り着く最後の姿なのかも知れんな。ウチらとて他人事ではないかも知れんぞ?』

『そうだな。何故サトルが世界征服を行ったのか、この異世界を見て少しだけ理解できたぞ』

『ほう、お主はまだヤルダバオトの件を根に持っておるのか?……しかしのお、随分と大所帯で来たようじゃが、向こうは大丈夫か?ツアーの奴まで日本に来るとは流石に思わなかったわ』

『それなら心配には及ばん。サトルの娘が爺のコキュートスと共に魔導国を統治している。フールーダも駆り出されてシズと共に守護者代理をやっているからな。法国と評議国の主戦力が抜けた穴埋めは王国軍と帝国軍が主導で亜人部隊も混合して合同で行っている』

『儂が最後にモモちゃんを見た時はまだお主と同じぐらいじゃったが、今はどうじゃ?』

『ぐぬぬ……ああ、アルベドの様な頭脳とサトルの様な優しい性格をした立派な女性に成長したぞ』

『ほう、それは向こうも安泰じゃな』

 

 モモンガさんとアルベドの娘のモモちゃんは人間とサキュバスのハーフで、モモンガさんの優しさとアルベドの頭脳を兼ね備えている。爺コキュートスとの修行により近接戦闘が得意で、爺から受け継いだ『斬神刀皇』を愛用の武器として使いこなす刀の名人であり、シャルティアとも互角に渡り合う実力を持っている。向こうでは番外席次と並んで武技が使用できる二人目の難度300クラスでもある。

 爺コキュートスの事を今でも『お師匠様』と呼んでおり、彼女の右腕として信頼されている。ちなみにパンドラズ・アクターも妹思いな兄として面倒見が良かったりする。母アルベドと兄パンドラズ・アクターの教育もあって、非常に頭が良い。当然、家庭教師のユリ・アルファによって基本的な知識は全て教育されている。

 しかしながら、ナザリックのNPCと違い非常に人間的な感性が強い故に無益な争いを好まず、農耕都市カルネが壊滅した件では涙を流し心を痛めた程で有る故に、魔導国の民からは『女神』として親しまれており、王国軍、帝国軍、聖王国軍、竜王国軍、亜人軍が死を覚悟してワールドイーターとの戦いに率先して参加する程の求心力を持った有望な女性である。

 

 ……モモンガさんの『流れ星の指輪』は残り1回分しか残っていなかったりするが、その理由は言わずもがな。

 

 

 

 

『そこの巨大ハムスターに乗った二人組!今すぐハムスターの速度を落として脇に寄せて止まりなさい!』

 

 首都高を『ウゥーン!』とサイレンを響かせながらハムスケを追って来る覆面パトカー。理由は当然、ハムスターに乗って高速道路を走るのは道路交通法違反である故に。

 

「クッ!……下等生物(ガガンポ)の分際でしつこいわね。モモンさ―――ん、今すぐあの輩を始末してもよろしいでしょうか?」

「ま、待つのだナーベよ。彼等は生活の為に自分達の仕事をしているだけで悪意があるわけでは無い。警察を殺してしまったら、たっち・みーさんに会わせる顔が無くなってしまう……そうだ、あの車の車輪を狙うのだ」

「ハッ!畏まりました―――〈雷撃(ライトニング)〉」

 

 青い閃光が走り、直撃を受けた覆面パトカーのタイヤは高熱で内部の空気が急激に膨張した圧力に耐えきれなくなりバーストを起こすと、煙と火花を出しながら失速していき停車する。

 

「クソ!異世界人め!今のは一体なんだ!……おい、今すぐ署に連絡して応援を呼ぶんだ!」

「あの……それがEGHのラナー会長が賄賂を流したらしく、この件には手を出すなと上層部からの圧力が……」

「ちくしょう、巨大複合企業はどいつもこいつも……この国の法律は一体何の為にあるんだ!」

 

 この場合、『同じ土俵で戦っても、善は悪に勝つことはできない』という言葉があるが、法律を賄賂で捻じ曲げて何でもありの相手に法を守りながら戦っても身動きが取れず勝てないのである。

 当然、ラナーは巨大複合企業の常套手段を『目には目を、歯には歯を』で利用して本気で追い詰めていくつもりである。

 

 例え世の中に絶大な影響力を持っている巨大複合企業とは言えども所詮は企業であり、恐怖政治が通用する『独裁国家』では無い。裏で行っている非人道的な行いが表沙汰になれば社会的な『信用』が墜落して瞬く間に崩壊する。特に企業とは内外の信用があって初めて成り立つ物である故に。

 これが10年前ならアーコロジーや人工心肺や呼吸マスク等の生存に必要不可欠な技術を独占していたので王国貴族達の様な強引な方法が通用したかもしれないが、今はEGHが新規参入して投げ売りの様な原価ギリギリで攻めているので彼等が居なくっても誰も困らないのだ。

 当然EGHにとっては赤字になるのだが、他で儲けた利益を大衆に還元する一種の慈善活動である。他にも学校に多額の寄付を行ったりしており、ウルベルトさんからも『もっとこういう富裕層が増えたら良いのにな』と尊敬されている程。

 

 ラナーの最終目的―――それは彼等の手足を削ぎ落して行き現実世界の支配権をワールドイーターから横取りし、クライムが望む全ての民が幸福に暮らす理想郷をこの地に築き上げる事であり、その為にクライムが望む慈悲深き支配者を演じ続けているのだ。

 ある意味では、ワールドイーター達の方が遥かにマシと思える様なデミウルゴス公認の悪魔の様な本性が暴走しないで済んでいるのはクライムが手綱を握っているお陰である。

 

 そう言った点では、今のアルベドとモモンガさんの関係はラナーとクライムの関係と全く同じだ。

 モモンガさんが凡人だと知ってからのアルベドは超が付くほど献身的であり、『鈴木悟』としての『優しさ』を守ろうと全力でサポートしている―――まるで『守護天使』だと言わんばかりに……角があったり翼が黒い事は気にしてはいけない。

 そんな事情もあり、友人達が暮らす故郷をきっと救いたがるだろうとアルベドが気を利かせて提案した事もあり、漆黒のモモン・美姫ナーベ・ハムスケ・イビルアイのメンバーで『漆黒』が再結成されたのである。

 

 非正規社員に残業手当を出さない悪しきブラック企業や法外な手数料を請求する悪質業者、逮捕しても保釈金を払って外に出てきてしまう企業の経営者と戦う正義のスーパーヒーロー『モモン・ザ・ダークウォリアー』として。

 

 久しぶりに嘗ての様な活躍が出来る事もあり、ナーベラルとハムスケは凄く御機嫌でウキウキしていたりする。平和になってから活躍の機会が全く無かった故に。ハムスケも武技を複数習得してレベルで言えば5~10程は上がっていると思われ、なんやかんや言ってペットとして愛着が沸いた事もあり不老不死化していた。

 しかしながら、まだ同族は見つかっていない。恐らく可能性があるなら別大陸だと思われる。

 

 首都高速都心環状線を走っているとリグリットから伝言(メッセージ)が届く。

 

『久方ぶりじゃなサトル。ウルベルトはウチら公安第一特務課で元気にやっておるぞ』

『あ、お久しぶりですリグリットさん。アルベドから全て聞いています。もう、本当に色々と有り難うございました。ラナーにもヘロヘロさんの件を感謝していると伝えてください』

『何を言っとる。お主のお陰でワシらの故郷は平和になったからのう。その恩返しじゃ。それにお主のお陰でワシも千歳越えにしてはピチピチじゃからのう』

『ハハハ……』

『うむ、そういえばな、さっき夜のバラエティ番組にアルベドが出演しておったのだが、お主、最初にアルベドの胸を揉んだのは本当かのう?それに夜の営みも随分と激しかったようではないか?』

『ホワッツ!?』

 

(ちょっと待て!違うんです!あれは状況確認で……そもそもアルベドに何度も襲われたんです!アルベドは番組で一体ナニを話したんだ!?というか、そもそもバラエティ番組に出演する話なんて聞いて無いんですけど!?ど、どうしよう、タブラさんに何て言い訳をすれば……女性陣に会わせる顔が……)

 

『それに「モモンガを愛している」と設定を書き換えたらしいではないか?ウルベルトが「うわぁ……」と言っておったぞ』

 

(うわぁああ!?嘘だぁああ!?)

 

 リグリットの『モモンガさん弄り』で沈静化が追い付かず、パンドラズ・アクターなど可愛く思える程の超ド級の黒歴史が全国に流れたショックで心のHPが0になるモモンガさん。完全に燃え尽きて残っているのは骨だけである。

 イビルアイが何時まで経っても『泣き虫の嬢ちゃん』と弄られている様に、これからモモンガさんもこのネタでリグリットから弄られるのだろう。

 まだこの時、ウルベルトさんがデミウルゴスの様な深読みをして勘違いしていってる事や一部の宗教で神扱いされている事をまだ何も知らない。ちなみに日本ではアルベドの所為で風評被害が広がり『エロ魔王』と呼ばれる事になる。

 基本的にアルベドは凄く優秀な女性なのだが、モモンガさんの話題になるとポンコツになってしまう欠点がある事をすっかりと失念していたのだ。

 

 心の中のペロロンチーノさんが『モモンガさん見直しましたよ!GJです!安心してください、私は味方ですから!』と涼しい顔で歯(クチバシ)を光らせてサムズアップしていた。

 

『どうしたのじゃサトル?生きておるか?そういえばアンデッドじゃったな、ハッハッハ!』

『……ほ、放送事故だ……違うんです。誤解なんです』

『恥ずかしいなら当分は正体を隠すしかなかろうて。お主がヒーローとして活躍しておれば友人からの評価も回復するかも知れんしの。ナーベを見れば漆黒のモモンの正体を察するじゃろうからな』

『はぁ……』

『ま、アルベドの事じゃからな。放送事故を装ってサトルを他の友人から遠ざけて独占する腹積もりだったのかも知れんぞ?完全に妻に出し抜かれて尻に轢かれておるのぉ。ラナーと同じで独占欲が強いから気を付けるんじゃな、ハッハッハ!』

『……(お、おのれアルベドめ!)』

 

 縦に割れた瞳孔をギラりと光らせて『ウフフ……全ては計画通り』と不敵な笑みを浮かべているアルベドを想像して身震いするモモンガさん。物凄くあり得そうだから困るのである。

 

『ところで聞きたいのじゃが……大体察しは付いておるがな、何故お主自らモモンに扮してヒーロー活動をやろうと思い至ったのか?』

『ええ、あのウルベルトさんが公安で社会の腐敗と戦っていたり、たっち・みーさんが外務大臣になって国を良くしようと皆それぞれ信念を持って戦っているのを知って、私もリアルの世界を良くする為に自分にできる事をやろうと思ったんですよ。それに、ギルド長としてベルリバーさんが安らかに眠れる様に必ず真相を解明してやりたいんです』

『よしよし、その言葉が聞きたかったわ。まあしかし、怒りで我を見失わぬように気を付けるのじゃぞ?復讐は麻薬みたいな物じゃからな……それで本題じゃがなサトル。お主はトライセンデンス社は知っておるか?』

 

 トライセンデンス社。先ほども出てきたが、真っ先に映画のタイトルでは?と思い浮かんだ人も多いだろうが、トライセンデンスとは『超越』という意味の単語である。表向きは薬品や遺伝子治療に人工心肺と言った医療方面で名高い巨大複合企業なのだが、裏では細菌兵器やVX兵器に誘拐した貧困層の人間モルモットを使用した遺伝子実験を行っている。

 ゾンビで有名な某傘な巨大複合企業と似たような会社ではあるが、ウイルスが漏れてゾンビが大発生する事態は一度も起きていない。

 

『ずっと昔の事なのであまり覚えてはいませんが、確か人工心肺のメーカーでしたよね?』

『今はラナーのEGH製の人工心肺がトップシェアを誇っておるがな。今回の件、もしかするとベルリバーとも関係しておるかも知れんのだ……ニューロニストが吸った脳から得られた情報じゃが、マフィアと思っておった輩は実は「N17」と呼ばれる民間諜報組織の工作員でな。雇い主が誰なのか調べる為に手の甲のマイクロチップを解析してみたら、このトライセンデンス社からのビットコインの入金記録が見つかったのじゃ。やまいこの小学校で狙撃事件があった日にな』

 

 N17。正式名称は『Naixatloz 17』であり、民間諜報組織である事以外は謎に包まれている。22世紀に入ってから昔ケネディ大統領を暗殺したのはこいつらでは?と噂されている事以外は一切謎に包まれた組織だ。少なくとも、ケネディ大統領の件に関与しているならば最低でも20世紀から存在する組織である。

 

『つまり、ベルリバーさんを殺したのはN17の工作員の可能性が高いという事ですね?』

『うむ、そうじゃ。あくまで憶測じゃがな。恐らくトライセンデンス社が裏で行っている非合法な行いの証拠を掴んで消された可能性が濃厚じゃな。そしてこのトライセンデンス社は魔導国を襲撃したワールドイーターと繋がっておる可能性が高い……そして、ラナーの推測では今回魔導国が評議国のドラゴンを500頭も引き連れてエリュエンティウで派手に現れおったから、日本と魔導国の交流の様子をしばらく見て観察する可能性が高いらしいわ……魔導国との交流に賛成派の日本の政治家のトップ、磯野総理と春日官房長官はワールドイーターの息が掛かっている可能性が高いとな』

 

 そう、彼らはラナーやデミウルゴスと同等の頭脳を持っている故に、武力行使の方針を転換して魔導国と独占的に交流する日本に便乗してしばらく様子を見て来る可能性が高い。

 

『ラナーの話ではお主らプレイヤー達が遊んでおった「ユグドラシル」と言った仮想空間にダイブする技術を開発したアーク・インダストリー社という巨大複合企業も怪しいらしいわ』

『え……アーコロジーやナノマシンで有名なあの巨大複合企業がですか!?』

『うむ、そうじゃ。でも心配はいらん。ここだけの話じゃがな、ロシアと中国は魔導国の味方じゃ……条件付きではあるがな。イスラエルは無条件で魔導国の属国になる事を望んでおる。ラナーに感謝するんじゃぞ?支配者ロールは忘れておらんよな?』

『まさか……ロシアの大統領と中国の国家主席相手に魔導王として対談しないといけないんですか?』

『そうじゃな』

 

 流石に超ド級のハードルの高さに今から無い筈の胃が痛くなってくるモモンガさん。しかしながら、ベルリバーさんの仇を討つためにもギルド長として一矢報いてやらねばと心に鞭を打つ。

 

『まあ、当面先の話じゃから今は「漆黒のモモン」として目の前の事に集中すればよい。国連サミットにはツアーが出席するから当面は大丈夫じゃろうて。ツアーの奴も一応あれでも評議国の永久議員だからのう……お主には日本のトライセンデンスの支社で派手に暴れて潰して欲しくての、警備は皆殺しにしても構わん。お主もベルリバーの件で色々と思うところがあろうしな……お主なら強固な壁も突き破れるじゃろうから、誘拐されて人間モルモットにされておる市民の救出と証拠を確保して欲しいのじゃ……タイミングを見てウチからも第一席次と番外席次を送る。恐らく戦車ぐらいは出て来るじゃろうからな』

『わかりました』

 




244様、誤字報告大変有り難うございます。


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最後の薔薇の夜明け①

「なっ!?なんだこの凄まじい風は……!?こんな馬鹿げた力業で金属の塊を浮かせていると言うのか!?」

 

 そう狼狽えているのはイビルアイ。彼女の動体視力でもヘリの高速で回転するローターを捕えきる事は出来ず、魔法を使わずに力業で風圧を発生させて浮いているその姿に驚愕していた。

 小さな体格故に風圧で飛ばされそうになりながらも、なんとか飛行(フライ)でヘリの後部座席に乗り込む。

 

「おい!……むぅ、音が煩くて声が届かないか」

 

 大声で叫んでは見るが機内に響く騒音に掻き消されて『不便な乗り物だな』と不貞腐れていると、クライムが何やら風変りな物を渡して来て頭に着ける様にジェスチャーする。

 

『お久しぶりです!イビルアイ様!声は聞こえていますか?』

 

 と、顔馴染みの知人との再会を喜ぶクライム。

 

『ああ、聞こえているぞ。久しぶりだなクライム。成る程、この「へり」とか呼ばれる乗り物に乗る時はこの魔法道具(マジックアイテム)を使って会話するのか。それにしても風変りな造形だな。それに使われている素材も初めて見る物だ』

 

 不思議そうにヘッドセットをまじまじと観察しているとクライムが答える。

 

『いえ、これは魔法では無く水車や粉ひき機と同じカラクリ仕掛けで動いている道具です。仕組みが複雑なので原理までは解りませんが』

 

 思いもよらぬ答えが返ってきて呆然とするイビルアイだが、それも致し方無いだろう。まだ、ヘリコプターなら翼が凄まじい速度で回転する時に発生する風の力で空を飛ぶと理解は出来ても、無線などの電子機器の類は中世水準の人間から見れば完全に魔法にしか見えない。

 幕末の侍が現代の日本にタイムスリップしてしまうドラマがあったが、3Dプリンターはカラクリ仕掛けで物を作っていると理解は出来ても、スピーカーが妖術にしか見えなかったのと同じである。

 

『まさか、この世界の道具は全てカラクリ仕掛けで動いているのか?あの巨大建造物の上で動いている幻影も?』

『そうですよ、イビルアイ。お久しぶりですわね。うふふ、魔法に見えるかも知れませんが「ホログラム」と呼ばれている技術で、空気中の塵に光を当てて描いているだけなんですよ?』

『ラナーか。久しぶりだな。一体前の席で何をやっているのだ?』

『何って、このヘリの操縦ですよ?私のヘリですからね。少し操縦してみますか?』

『良いのか?』

 

 少しワクワクしながら副操縦士の席に移動して座ってみるものの、足がぶらーんとなっておりラダーペダルに全く届かない。

 

『あら?いけませんね。あなたではラダーペダルに足が届かない事をうっかり忘れていましたわ』

『ぐぬぬ……ラナー、お前まで私をそんな風に扱うのか……別に好きで小さい体をしているわけじゃないんだぞ!?』

『うふふ。蒼の薔薇のお友達が居なくて寂しいだろうと思いましてね。元気が出ましたか?』

『だからってガガーランやティアやティナみたいな絡み方をしてくるな!』

 

 そうは言いつつも在りし日の仲間達との日々を思い出して少し気持ちがほっこりとするイビルアイ。本当にあの頃は楽しかったなと。彼女達にも不老不死になって欲しかったのだが、彼女達は人間としての限られた生を全うする事を選んだ為、意思を尊重して最後を見送ったのだ。

 

 もしも、今は再会を喜んでいるシモベ達だが、彼等の創造者が不老不死化を拒否してラキュース達と同じ限られた生を全うする道を選んだ時、彼等はどうなるのだろう?と考える。

 生身の人間である以上、歳を取りやがては必ず別れがやって来る。

 

 彼等にとっては不老不死化して永遠に傍にいてくれるのなら、それに越した事は無いのだが、当然もう一つの可能性はデミウルゴスも考慮している。

 魔導国がリアルに来た本当の目的……それはこの件と深く関わる物なのは間違いないのだが、デミウルゴスが主導で進めているので全容は謎に包まれている。

 

 当然、置いて行かないでと親を必死に止めようとする子供の如く、まだ独身の獣王メコン川さんや弐式炎雷さんならばプロポーズして結婚すれば、永遠に傍にいてくれるだろうとルプスレギナとナーベラルは血眼になって彼等の趣味やデートの方法を勉強して日本に来ていたりする。

 他にも源次郎さんを狙うエントマや、日本に行ってガーネットさんに会いたがっているシズなど。

 既にベルリバーさんという死者が一人出ている以上『もしも自分の創造者に何かあったら……』と気が気では無いシモベ達が大勢いるのだ。

 

『……ところでラナー。さっきから気になっていたのだが、その変な仮面の様な物は何だ?前はちゃんと見えているのか?』

 

 と、ラナーが装着しているVR・AR兼用ゴーグルについて尋ねるイビルアイ。

 

『あら、それを言ったらあなたこそ、その仮面でちゃんと前は見えているのですか?これは色んな情報や同時に複数の場所が見れる物で、生身の肉眼よりも遥かに優れているんですよ。今回は私も戦いに参加しますからね』

 

 思わぬ発言を聞いて『ちょって待て』となるイビルアイを他所に、髪を上げてうなじの部分のインプラントに刺さっているプラグを見せる。

 

『これは……ラナー、お前は自分の身体に何をやったんだ?』

『うふふ、インプラントを埋め込む手術を行っただけですよ?ですので、今回は私もドローンを遠隔操作して戦いに加わりますわ。イビルアイが警備を相手に無駄な魔力を浪費するのも何ですから、前衛をお願いできますかクライム?』

『はい!私はラナー様の剣。お任せください!』

 

 仕える主人の為ならば、地獄にでも行かんと言わんばかりのその覚悟と忠誠心は嘗てのガゼフ・ストロノーフの如く。

 

『……クライム、余り会わなかった私が悪いのだが、その……大丈夫か?』

『大丈夫ですわ。セバスやコキュートスからモモちゃんと一緒に稽古を受けていますので、武技〈四光連斬〉も使えますわ』

『……そうか。今やお前もアダマンタイト級ぐらいの実力は持っているのだな……しかしラナー、ドローンが何なのか知らないが本当に大丈夫なのか?』

 

 嘗て黄金の輝き亭でガガーラン達と交えて会話した時の事をよく覚えている。才能が無いのにも関わらず、不老不死になり手に入れた悠久の時を武器に努力を重ねてアダマンタイト級の実力を身に着ける、その不屈の心こそある意味では才能なのかもしれないな、と内心ごちる。

 

『時が来れば分かりますわ。この世界では「超金持ち」というのは立派な強さのステータスなんですよ?そうですね、六腕やギガントバジリスクぐらいなら私でも倒せますからね。トライセンデンス社の細菌兵器の流出事故に見せかけてリグリットが死霊術でゾンビを発生させますから、その混乱に乗じて私達は会社の警備を始末。死体はソリュシャンとエントマが処理するので殺し方は問いません。防犯カメラは私が管理システムをクラッキングして映像をループさせますから、30分以内に誘拐された人々の救出を完了させてください。その後、公安第一特務課が動いて証拠を確保し、万が一戦車や生物兵器が出てきた場合は第一席次と番外席次とサトルさんの3人で対処。その後、私が賄賂を渡しているロシアと中国がウイルス流出事故を起こしたトライセンデンス社及びアメリカ合衆国に「国際条約違反」で直訴する手筈になっていますわ』

『……余り私はヤルダバオトの様なマッチポンプは好きでは無いのだがな』

 

 ツアーやリグリットは全ての事実を知っても『時には劇薬が必要な時もある』と、後続でナザリックの後に現れたプレイヤーから世界を守った成果もあり受け入れてしまっているが、きっとラキュース達が真実を知ったならば、犠牲となった王国の民の件を許すことは無いだろう。

 

 そんな彼女達とは裏腹に、世界の指導者達はワールドイーターの件をきっかけに情報が開示されても魔導国へ従順な姿勢を崩さない。

 聖王国の『教皇ネイア・バラハ』に至っては神が人類に与えた試練だったと解釈する始末でスレイン法国の神官長達も彼女の意見に賛同している。帝国と王国のジルクニフ皇帝及びザナック陛下も『そんな事だろうと思った』と言わんばかりに悟ったような笑みを浮かべるだけで魔導国に従順だ。

 竜王国のドラウディロン女王もビーストマンとの経済的交流で王国や帝国に負けない程の大国となった件もあり、魔導国を全面的に支持している。

 評議国も現実問題として『世界の歪み』から世界を守れる国が魔導国しかない事を認識している件もあり、犬猿の仲だったスレイン法国と共同で対プレイヤーの防衛軍を編成している程、魔導国とは深い関係の国になってしまっている。

 エリュエンティウ鹵獲作戦では魔導国・法国・評議国の最強戦力で八欲王の従属神の残党と戦った事も有る故に。

 

 有史以来初めて千年以上平和が続いているという実績がある為に各国の指導者は今更とやかく言う気は毛頭無いのだ。特に各国上層部は全員不老不死になっている為に、魔導国を信じるしか道は無いと完全に悟ってしまっている。

 もしも、魔導国が突然消えたら再び各国同士でいがみ合い、そうした混乱の最中にプレイヤーが現れたら確実に世界は滅びると知っている故に。

 

 やはり、地球世界と全面的に戦争になる危険がある以上、デミウルゴスを全面的に表に出す必要が生じる為に『ヤルダバオト=デミウルゴス』という事実をカミングアウトせざるを得なかったのだ。

 最も各国上層部しか知らない極秘情報の扱いではあるが。

 

 結局のところ魔導国、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は世界を一つに纏める楔でもあるのだ。

 

『綺麗ごとだけでは悪は倒せませんよ?悪を倒せるのは、より強い悪なのですからね?うふふ』

『イビルアイ様。お気持ちは理解できますが、ラナー様は理不尽な悪行で苦しんでいる人々を救う為に自ら泥を被っておられるのです。この世界は嘗ての王国など細事に思える程業が深いのです。私は、誰も救えない善人よりも、一人でも多くの民を救える悪人の方がずっと良いと思います!』

『……』

 

 やはり、色々と思うところがあり不貞腐れているイビルアイ。

 

『……しかし、しかしだな。これを容認すれば、()()()()()()と同じことをすれば私はラキュースに会わせる顔が無い……ガガーランやティアやティナにもな。何故なのだクライム?何故、あれ程真っすぐだったお前が平気でサトルと同じことが出来るのだ!ガゼフやブレインが知ったら悲しむのでは無いのか!?』

『イビルアイ様。先程も申しましたが、私はこの世界に来てから10年の間に色々と見て参りました……きっと、ラキュース様もこの世界を知れば私と同じ事を思うでしょう……』

『何が言いたいのだクライム!』

 

 流石にラキュースの事を出されて『お前に何がわかるのだ!』と怒りの余りに食って掛かる。

 

『人類の敵は人類自身なのですよイビルアイ。何故、彼らがこれ程にまで高度に発展したか分かりますか?平和を求める為では無く、より相手を圧倒できる兵器を開発する競争を繰り返した過程でここまで発達したのですよ?魔法も無く武技も存在しない彼等はより効率的に敵を倒せる兵器を開発し、中には()()()()()()など可愛く思える程の非常に残酷な兵器も存在します。火と共に発展し、火と共に滅びるのが彼等の文明です。時に人間は悪魔よりも冷酷な生物になるのですよ。だからこそ、嘗ての様な思い切った手段で管理する必要があるのです。あなたも王国貴族達を見ていますよね?』

『……すまないが、協力はするが同意はしない』

『それも仕方ありません。私も最初はイビルアイ様と同じでしたから。しかしながら、悪夢の様な()()が待っているので覚悟をしておいてください。怒りに我を忘れる事が無いようにお願いします』

『……ああ、わかってる』

 

 イビルアイがどうやらヤルダバオトの件を引きずっているみたいなので、モモンガさんの為に少しフォローしておくかと思うラナー。個人的に『モモン様ぁ~』なイビルアイの方が見ていて面白かったというトンデモない動機で親切心では無い。三角関係で苦しむモモンガさんを見てみたい等の碌でも無い理由だ。

 

 内部に不信感を抱いた人物がいる事により全体の歩調が乱れるのよりも、この方が自身も楽しめるし最も合理的な選択であると人工知能並の速さで決断を下す。

 そして、イビルアイの性格的にどういった言葉を選択すれば最も効果があるか脳内で数パターン程シミュレーションして、ラキュースの人格を真似るのが一番効果が高いだろうと結論を出す。

 

『ねえ、イビルアイ……いえ、キーノ。あなたが守りたいのは「建前」なの?それとも「人命」なのかしら?』

『……!それは……人命に決まっているだろう』

 

 不意にラキュースを思い出すような口調に変わったラナーに意表を突かれる。

 

『何が善で、何が悪か、それはあなたでは無く、あなたに助けられた人々が決める事じゃないかしら?困っている人を助けるのが蒼の薔薇でしょう?……とラキュースなら言うでしょうね』

 

 

 

 

「うりゃぁああっす!」

「ルプーってゲーム上手いね」

 

 獣王メコン川さんと『ユグドラシル2』で遊んでいるルプスレギナ。

 さり気なく、メコン川さんと一緒に遊ぶ為に体内ナノマシンやその他諸々を使っていたりする。

 ちなみにプレイヤーネームは『ルプー』で登録しており、ぷにっと萌えさんがリーダーを務める『ニューナザリック』という冒険者チームに入って彼等と一緒にレベリングを楽しんでいる最中である。

 元祖ユグドラシルの終了と共に消えたと思っていたNPCが異世界経由で生命と自我を持ち現実世界に帰ってきて、一緒にユグドラシル2で遊んでいる姿はなんとも奇妙そのものなのだが、誰も敢えてそこには触れようとしない。

 

「……獣王メコン川様」

「……はい、なんでしょう?」

「……このゲームのNPCみたいに飽きても私を捨てないでくださいっすね。私を作った責任を持ってくださいっす。これからは秘密無しっすよ?報連相っす」

「……はい」

 

 誰も敢えて触れないのはこれが原因である。ルプスレギナも『ユグドラシル2』がきっかけで流石に自分達の立場を理解してしまい、目の光が消えて少し怖いオーラが出ていたり。

 ゴゴゴという音が聞こえてきそうなルプスレギナを他所に『マジパネェっす』とドキドキして満更でも無い様子の少しドМなメコン川さん。空気が読めない駄目な人だったりする。

 

 現在では異世界に転移するかも知れないから、サービス終了時は最後まで残ってログインし続けようと変な野望を抱いたプレイヤーが続出しており、転移する事を前提として『作成者を愛している』というやたらと長い設定を書き込んだNPCを作成する者が溢れて混沌としている……主にアルベドの爆弾発言がネットに拡散されたのがきっかけで。

 新規登録を希望するプレイヤーが余りにも増え過ぎてしまった所為で、既に登録している1年以上遊んだプレイヤーからの招待が無ければ登録できない様になっている有様である……主に魔導国の所為で。

 

 旧運営会社からフランチャイズ権を購入したEGHのラナー会長により大幅リニューアルされており、バランスが狂っていたワールドアイテム等の要素は全て削除されている。

 ゲームシステムもかなり一新されており、新たに『武技』と呼ばれる戦士職が使える魔法の様なスキルが追加されてリ・エスティーゼ王国の王都やエ・ランテルで冒険者になるもよし、イジャニーヤに加入して暗殺者になるのも良し、ズーラーノーンや八本指に入るのも良しな幅広い自由度はそのまま。

 

 ナザリックが現れる前の向こうの世界を再現したゲームが『ユグドラシル2』である。

 

 ニューナザリックのメンバーは、ぷにっと萌え・弐式炎雷・獣王メコン川・ルプスレギナ・未来ちゃんの5名だけで小さかったりする。ウルベルトさんやペロロンチーノさんやヘロヘロさんはリアルが忙しい為、参加していない。

 

「ルプーさんって元はゲームのNPCだったのに、今こうやってプレイヤーとしてログインしているの、なんだか不思議ですよね。NPCだった時の記憶とかあるんですか?」

 

 と、ルプスレギナを気遣って誰も触れていなかった事に触れてしまう未来ちゃん。やはりこの年頃だと好奇心旺盛なので仕方が無い。

 

「みーちゃん酷いっすねー。その事で私も悩んでるっすよ?獣王メコン川様が責任を持って私と結婚してくれれば文句はないっす」

 

 色んな意味で肉食女子なルプスレギナは狙った獲物は逃がさんとばかりにメコン川さんの家に住み着いてせっせと家事を行ったりしている。ルプスレギナが部屋を掃除した際、男の聖書(バイブル)が紐で結ばれて纏めてゴミに出されているの見たメコン川さんが自爆したそうだ。

 彼女と同棲するとあるあるの洗礼を体験しているリア充なメコン川さん。

 

「ふふふ、春が来て良かったじゃん獣やん。ルプスレギナを大切にするんですよ。カップルでゲームとか羨ましい限りで。モモンガさんみたいに変態な事をしたら駄目だよ?」

 

 目を『へ』の字にしたアイコンをピコンと浮かべる弐式炎雷さん。

 今のギルドメンバー達にとって『変態』といえばモモンガさんであり、ペロロンチーノさんは追い抜かれてしまい非常に悔しがっていたとかなんとか。

 人様の娘の設定を書き換えて寝取り、あんな事やこんな事をしたり、シャルティアを椅子にしたり、ソリュシャンとお風呂に入ったり、日替わりで『アインズ様当番』をメイド達にさせているエロの深淵を極めたモモンガさんに『これこそ長年求めてきたエロの奥深き深淵……!』と膝を突いて歓喜したペロロンチーノさん。モモンガさんを『師』として教えを乞う事を決意したそうだ。

 ……言っておくが一応、既婚者である。

 

「……それにしても、獣やん来週から異世界に出張かぁ。何かお土産で美味しい物買って来てくださいね」

「え、そっちですか弐式さん」

「え、だって週末は帰って来るんでしょ?それにそのうち向こうともネット回線繋がりますって。そうえば、ブループラネットさんも大学教授を休職して、しばらく研究設備を満載したトレーラーハウスで向こうに行くから連絡できなくなるって言ってましたね。なんでも全財産、家まで売って最先端の研究設備につぎ込んだらしいですよ」

「うわぁ……」

 

 当たり前の様にこんな会話をしているが、早々一部の人達は今の状況に慣れて来てしまっている様子。流石に嘗てのプレアデスの一人が『プレイヤー』としてユグドラシル2を一緒に遊んでいる今の状況では受け入れざるを得ないわけであるからして。

 

「安心してくださいっす。弐式炎雷様。ナーちゃんも今日本に来ているっすから、愛の告白があるかも知れないっす」

「……え?そうなの?」

「ふふふ、覚悟してください弐式さん。俺も一日中ルプーが犬みたいにべったりと引っ付いて来て大変なんですから」

「犬じゃないっす、狼っす。後ナーちゃんを泣かせたら弐式炎雷様とは口を利かないっす」

「女の子を泣かせたら駄目ですよ!弐式炎雷さん!女の子から告白するのって凄く勇気がいるんですよ!」

「みーちゃんの言う通りっす!」

「……はい」

 

 姉妹のナーベラルの為に一言添えておくルプスレギナと援護射撃をする未来ちゃん。

 

「……それじゃあ、今日は獣やんとルプーのレベリングデートという事で、何処か適当なダンジョンに行きますか?」

「八本指の娼館を攻略しに行くのはどうでしょう?確かラスボスのサキュロントはウィキによればアダマンタイト級でも最弱なので、幻影魔法対策していけば楽に勝てる相手ですよ」

 

 と弐式さんの提案に乗るぷにっと萌さん。レベルのシステムが大幅に変更されており、プレイヤーのレベル上限は『難度100』でありアダマンタイト級がカンストレベルとして設定されている。ゲヘナの炎イベントに登場する『ヤルダバオト』と言うワールドエネミーは『難度300』であり、大人数でチームを組まなけれな攻略困難な敵である。

 

 昔の超位階魔法が飛び交うユグドラシルと違って随分とリアルなゲームバランスになっており、ポーションも時間と共に劣化するシステムになっている。元祖ユグドラシルから遊んでいる古参プレイヤーからは『完全に別ゲーじゃねぇか!』と賛否両論ではあるが、グラフィックや没入感が一新されており、現実的なバランスも相まって概ね新規プレイヤーからは高い評価を得ている。

 

 プレイヤーのレベル上限が33.3ぐらいに設定されているのは、万が一、転移が起きた時に向こう側が大変な事にならない様にとラナーが配慮した所が大きいのだが。

 ちなみに運営会社のトップであるラナー会長もクライムと一緒にお忍びでプレイして遊んでいたりする。リアルではヘリのライセンスまで持っており、ユグドラシル2では有り余る財力で重課金しまくって、気まぐれで社員に指示してイベントを開催したり、まるで某デュエリストの社長みたいだが気にしてはいけない。

 個人資産でアントノフや石油プラットフォームを購入できる様な人が本気で課金したらどうなるかはお察しである。そもそも、フランチャイズ権を旧運営会社から買い取ってユグドラシル2の開発に深く関わった創始者である。

 全年齢対象からR-15に変更されており、軽いスキンシップまでは自由である。主にラナーがユグドラシル2でクライムとイチャイチャしたかった故に。

 

 そう言った大人の事情でシステムが大きく変更されている事もあり、ログイン中もずっとメコン川さんの腕に絡んでべったりなルプー。まるで久しぶりに飼い主に会う事が出来た犬の如く。

 

「それじゃあ、殴り込みに行きましょうか。俺が先に忍び込んで偵察してくるから、獣やんはまだレベルが低いルプーの護衛で未来ちゃんは俺の支援を頼む」

「はい、わかりました!……射出!」

 

 未来ちゃんがそう叫ぶと背中に装備している浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)が飛び出して臨戦態勢に入る。未来ちゃんのアタッカーとヒーラーを器用に熟すその姿はラキュースさながら。

 余談ではあるが『正義降臨』エフェクトを知ってか知らずか再現している辺り、流石はたっち・みーさんの娘である。

 

「正義降臨!喰らえ悪党め!超技!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレード・メガ・インパクト)!」

 




244様、誤字報告大変有り難うございます。


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最後の薔薇の夜明け②

 東京都渋谷区 トライセンデンス社日本支部。

 

「相変わらず巨大な建物だな。サ―――モモンはまだ来ていない様だが何をやっているんだ?」

『帰宅ラッシュの渋滞に捉まって遅れると連絡がありましたわ。仕方が無いので先に騒ぎを起こしましょう』

 

 警察からは逃げ切ったものの、今度は渋滞に捉まった漆黒のモモン。

 

 イビルアイの横で『ブーン』と飛んでいるクワッドコプターのドローンからラナーの音声が響く。基本的には市販の物と大差が無いのだが、サブマシンガンが搭載されている軍用モデルだ。

 他にも消防や警察に民間の流通業に至るまで幅広く普及して使われており、この時代では外を歩けば必ず目にする程、自動車並みにメジャーな道具である。

 そんな物をユグドラシルにダイブする時と近い感覚で同時に10機程操っている。ラナー本人は上空でヘリをオートパイロットにしてホバリング中だ。

 

 トライセンデンス社のエントランスに近づくと、働いていた社員達が泣き叫びながら退()()しており、全速力で走って来るゾンビの大群に捕まって貪り食われる犠牲者や自動小銃を『ズガガガ』と撃ちまくって応戦する警備員も相まって地獄絵図になっていた。

 大企業に勤めているからと言って人生安泰とは限らないなんて言われてはいるが、上層部はともかく何も知らない末端社員が哀れである。

 

 この陸上選手の如く全速力で走って追いかけて来るゾンビはリグリットが映画や海外ドラマを基にパ―――インスパイアを受けて開発したオリジナル魔法だ。

 

「……おい、リグリットの奴、少し派手にやり過ぎでは無いのか?」

『あらあら。コンプライアンスを疎かにして社員や市民に犠牲者を出すなんて、とんだブラック企業ですわね。これはきっと社会も黙っていないでしょう』

 

 嫌な予感的中と言わんばかりに『やっぱりな。やっぱりこうなるよな』と若干ジルクニフと同じ様な悟りの境地に達しつつあるイビルアイ。

 ちなみにジルクニフ本人は千年以上悩まされた末に仙人の様な悟りの境地に到達している。

 

「だから私は気が進まなかったのだ……市民の犠牲は本当に必要なのか?これではゲヘナの炎と同じでは無いか。死の螺旋でも起こす気か?」

『ワールドイーター達でも、ゾンビ騒ぎが発生して犠牲者が出れば世界中でニュースになり誤魔化しようが無くなりますからね。彼等はこの会社を切り捨てるしか無いでしょう……言ってしまえば、これは二つの世界同士の戦争ですから割り切るしかありません』

 

 そんな会話をしていると『うわぁああ!』と叫び声を上げながら社員が空から降ってきて『ぐちゃり』と嫌な音を立てて血肉がアスファルトに飛び散り、遅れて数体のゾンビも降ってきて同じように潰れる。

 どうやら、屋上に追い詰められた社員が400mの高さがあるにも関わらず飛び降りたらしい。

 

「……」

「……さあ、参りましょうイビルアイ様……こう言ってしまうのは何ですが、世界がここまで荒廃するまで見て見ぬふりをしてきた彼等にも非があるのです……それにラナー様が目指す二つの世界の民が共に繁栄する未来を叶える為には必要な事なのです」

 

 クライムとて、本音では自分達自らが『ゲヘナの炎』と同じ事を行うのには抵抗がある。しかしながら、この世界の歴史を勉強して『大を救うには小を犠牲にする必要がある』事を理解している。

 それを受け入れる事が出来ずに自滅の道を辿ったレメディオスと違い、クライムはその事を受け入れている。彼自身が王国の貧困層出身で、ラナーに拾われた後も王国貴族達の腐敗を散々見てきた故に、時に致し方ない事があるのは重々承知している。

 実はラナーが王国の民を長い目で見て救う為にゲヘナに一枚噛んでいた事を知った時に、きっと自分に罪を背負わせない為に黙っていたに違いないと、たかが家臣の為に一人で全てを背負う彼女の器の大きさを知り泣き崩れた程。

 

 そして、ラナーという『希望』を信じているからこそ、全ての罪を家臣として共に背負うと覚悟したのだ。

 それが例え血塗られた修羅の道であったとしても、その先にはきっと誰も悲しまない世界がある筈だから。

 ガゼフ・ストロノーフが最後まで王への忠誠を貫いた様に、自らもラナーの剣として忠誠を貫こうと決めた彼の心は揺らがない。

 

「そこのコスプレしたお前達!何をやっている!早くここから逃げろ!」

「……武技……〈四光連斬〉!」

 

 警備を4人同時に斬り捨てると、続いてラナーの操るドローン10機が室内を飛び回り次々と警備を撃ち殺していきクライムが撃たれないように援護射撃する。

 クライムとラナーの息はピッタリで見事なコンビネーションで次々と警備達を倒している。

 

『クライム!伏せて!』

 

 慌てて身を屈めると、前方を飛んでいたドローン一機がクライムを後ろから狙っていた敵に『ズガガガ』と弾幕をお見舞いしてハチの巣にする。

 

「申し訳ありませんラナー様。助かりました」

『うふふ。私達息がピッタリですわね』

 

 クライムとラナーが警備を倒しまくっている一方で、イビルアイは後方で悩んでいた。既にゾンビが外に広がり周辺の市街地では大パニックが発生しており、彼等を助けるべきか、それとも任務に集中するべきか決めかねていた。

 

「武技〈領域〉」

 

(剣に迷いがあってはラナー様の足を引っ張ってしまう……それではラナー様の剣として失格)

 

 目を閉じると脳裏に『俺はあのシャルティア・ブラッドフォールンの爪を切ったんだ!俺の剣が遥かなる頂に少しでも届いたんだ!』と満面の笑みを浮かべていたブレイン・アングラウスが思い浮かぶ。

 第一席次や番外席次みたいに生まれながらにして神人の血が覚醒して従属神とも渡り合える才能を持っている彼等と違い、普通の人間で在りながら従属神にほんの僅かに少しでも届いた彼の存在はクライムにとって大いなる励みになっており、日々絶え間ない修行を積み重ねてきたのだ。

 

(考える事はラナー様を信じてお任せし、私はただアングラウス様のように剣の高みを目指すのみ)

 

 目をカッと開くとブレイン・アングラウスから教わった究極奥義を使う。

 

「秘儀!〈爪切り〉!」

 

 飛来してくる弾丸を次々と凄まじい速度で真っ二つに両断していく。

 実際にブレイン本人が立ち会いシャルティアにも協力してもらった事もあり、シャルティアの爪をも斬る事が出来る、この究極奥義の前では弾丸など止まって見えるも同然である。

 しかも、今の彼の装備は王族であるラナーがクライムの為に現実世界に持ち込んだ、ガゼフが嘗て身に着けていた王国の秘宝重装備で、使用している剣は師であるブレインから受け継いだ『神刀』である為に、かなり能力が底上げされている。

 ブレインは生涯を掛けて編み出した集大成である究極奥義『爪切り』をクライムが受け継いでくれた事に真底満足し、幸せそうな穏やかな表情で安らかに晩年を迎えた。

 きっと、従属神のセバスが本気で放った殺気に耐え切った心の強さを持つクライムならば、更なる高みを叶えてくれるだろうと信じて彼は全ての技をクライムに託したのだ。実際にコキュートスを相手にも10秒は善戦をした事で彼からも『武人の輝き』を認められており、ナザリックのバーで共に飲む程仲が良かったりする。

 

 コキュートスやセバスがクライムを気に入っている理由は、言わずもがな、主の為ならば限界をも突破して成長して行く姿に、彼等は彼等でクライムにシモベとしての在るべき姿を教えられているのだ。

 

『助かりましたわクライム。危うくドローンを一機失う所でした。帰ったらご褒美をあげないといけないですね』

「い、いえ……その……私等にそのお気持ちは大変有難いのですが、その……」

『うふふ。あらあら可愛いですわね。私達は「夫婦」なのですから気にする事は無いのですよ、クライム?』

「は、はぁ……」

 

 仕えるべき主であると同時に『妻』でもあるラナーに全く頭が上がらず、どのように接すれば良いか分からずに未だに困惑しているクライムと、それを楽しんでいるラナー。

 

「……〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉!」

 

 一方で悩みながらも折り合いを付けて警備に魔法で攻撃しているイビルアイ。

 散弾の如く広範囲に広がった結晶にハチの巣にされてバタバタと警備達が倒れていく。オマケに水晶盾(クリスタルシールド)を展開しているので彼等の銃弾は全て手前で弾かれてイビルアイには届かない。

 農耕都市カルネを蹂躙したワールドイーター達を倒す為に、この世界に乗り込んで来たので多少の犠牲は仕方が無いと承知しているのだが、『今度は自分達がプレイヤーと同じ事をしているだけでは無いのか?』とモヤモヤしていた。

 

 しかしながら、ラナーやクライムの言い分も理解は出来て結果論的に言えば、『ゲヘナ』が引き金となり王国は以前とは見違える程に良くなった。多少は千年経った今でも一部で馬鹿な事を考えるフィリップ家の子孫の貴族等がいたりするが、それらは極少数である。

 今ではジルクニフ皇帝とザナック陛下が『同じ問題で思い悩む同志』として互いの国に出向いては食事をする程に仲が良く、帝国と王国は親密な関係になっている。

 

 もしも、()()()が無ければ、当時のラナーの予測通りに数年で王国は滅びて帝国に吸収されていただろう。もしかすると、それを薄々と感じていたからこそ、ガゼフは何も出来なかった事への償いの意味を兼ねて最後まで責任を持ち()()()()と運命を共にしようとサトルに一騎打ちを挑んだのかも知れないと思うイビルアイ。()()()()()をサトルに託す思いで。

 

 ある意味、聖王国の教皇ネイア・バラハやスレイン法国の神官長達の言う『神が人類に与えた試練だった』という解釈は的を射てるかもしれないなと思う。

 

(フッ……何も出来ずに王国みたいに腐って行くよりはマシか。良いだろう。英雄とは程遠いが、お前の故郷を救う為に、私はもう一度「国堕とし」になってやろう……恨むなよ、サトル?)

 

 もしも、ラキュースが聞いたら喜びそうなのだが、『禁断の病』に罹っていた事を何も知らない故に『すまない、ラキュース。私はこの世界を救う為にもう一度、国堕としになる』と決死の思いで覚悟を決めていた。

 

 今のイビルアイは『蒼の薔薇』では無く『漆黒』のメンバーだ。だから漆黒のやり方に合わせようと覚悟が決まる。

 再び『国堕とし』としてナザリックのシモベ達と共にこの異世界で暴れてやろうと決意して本気を出したイビルアイは飛行(フライ)で浮かび上がるとジグザグに移動しつつ、時に転移魔法も駆使しながら驚異的な機動力で次々と警備を倒していく。

 

「流石ですイビルアイ様」

「ああ、先程は悪かったな。私も覚悟が決まった。だがな、クライム。余り無理はするなよ?私も一緒に背負おう」

「はい!」

『それでは、エントランスホールは片付きましたからエレベーターに乗って地下の研究施設に侵入しましょう』

 

 

 

 

「……随分と深いですね」

「……ああ、これでは何かあっても私達だけで対処するしかないぞ」

『地下500mの深さに広がっている巨大施設の様ですから、何があるかは分かりません。いざという時はクライムを連れて転移で脱出してください』

「わかった」

「そういえば、もし宜しければこれをお飲みください」

 

 と、クライムがイビルアイに渡すのは『輸血パック』。

 

「む、これは……人の血か?」

『ええ。この世界では医療用の輸血パックがありますから、こっそりと動物の血を吸わなくても大丈夫ですよ?ウチの会社にはたっぷりとストックがありますので。今度、新しく開発している人工血液も試食してみますか?……色は白いですけど』

「よくわからんが、吸血鬼でも随分と住みやすい世界の様だな」

 

 と、言いつつも『チュー』と輸血パックをジュースの様に吸っているイビルアイ。なんやかんや言って物凄く久しぶりに吸った人の血は凄く美味しく、全身に魔力が漲ってきてシャキっとする。

 

『この世界では「献血」と呼ばれる、怪我や治療の過程で大量出血した人に輸血する為に善意で血を提供してくれる人々がいますので、何も心配する事はありませんよ?味も大凡A型・B型・O型・AB型の4種類あります。厳密に言えば、もう少し細かく分類されていますが……そうですね、SNSのアカウントを開設して異世界から来た吸血鬼という事を明かしてクラウドファンディングを行えば、進んで血液を提供してくれるファンが出来るかも知れませんね』

 

 ラナーの冗談を聞いて『おお』と少し感動するイビルアイ。吸血鬼の自分を受け入れて血を提供してくれる人々がいるなんて、なんて他者に優しい世界なのだと。

 

「宜しければ、どの様な物かご覧になりますか?」

 

 クライムがスマートフォンを取り出すとイビルアイに見せる。ちなみにこの時代のスマートフォンは曲げれるのが標準で腕に巻いてスマートウォッチとして兼用して使う事が出来る。他にも『デジタルペーパー』と呼ばれる紙の様に折りたたんで使用できるタブレット端末も存在する。

 

「おぉ……絵や文字を触ると動くぞ。これが昔リーダーが言っていた『ねっと』か……む、これは……ルプスレギナか?もうこの世界の道具を使いこなしているとは……」

 

 SNSでルプスレギナと思われるアカウントを見つけて適応力の凄さに驚愕するイビルアイ。『今夜はデートで焼肉っす(*´ω`*)』とか書かれていた。

 

(なんだ、この顔の様に見える文字の組み合わせは……!?いや、まさかな。たぶん何かの暗号だろう。それにしても、こっちは仕事しているのに随分と楽しそうだな……)

 

 

 

 

 一方で、ユグドラシル2を切り上げてスマホを弄りつつ、晩飯兼ねデートを楽しんでいるルプスレギナ。

 

「お?なんだか面白そうな動画がUPされてるっすねー。どれどれ……にっしっし、良い顔して逃げてるっす。ソーちゃんとエンちゃんにも転送っと」

 

 なんだか渋谷で()()()()()事件が起きている様だが、別に関係ないかと直ぐに無関心になる。獣王メコン川さんと一緒に暮らせる事が何よりの幸せであり、その為に必要ならば多少は自分の()()を我慢するのも致し方無いと妥協する。

 それに鮫やら恐竜やらから人々が逃げ惑う映画を観ているのも面白いので、当面はモンスター映画やパニック映画で我慢しようと思うルプスレギナ。

 

 遠くでは他の応援の警察車両も渋谷に向かっているのか、サイレンが鳴り響きかなり騒がしい。しかしながら、店内にいる若者のグループは『本物のゾンビだってよ?ヤバくね?』や『うわっ!グロッ!……食べながら見るんじゃなかった』という感じであり、ルプーと余り大差無かったりする。ドラゴンの大群を見て感覚が麻痺しているのと、渋谷からかなり離れていて他人事なのが大きいのだが。

 

「人が焼肉している時に騒々しい奴らっすね。それにしても、獣王メコン川様遅いっす」

 

 ルプーがガッツリと肉を食うので顔を青くさせながらATMに向かったメコン川さんを待っているのだが、帰って来るのが遅いので『犬がお座りしているスタンプ』を送信してみる。日本政府から貸し出された物なのだが、一日足らずでスマホを使いこなす驚異の適応能力である。

 

 ちなみに日本は毎年地震やら台風やら災害が多発する国なので、完全にキャッシュレス化してしまうと停電時に困る事もあり現金は未だに使用されている。

 スリや強盗が多くて治安の宜しくない国では完全キャッシュレス化していたり、そこの所は国の事情によってケースバイケースだ。

 

「既読が付いたっす」

 

 既読は付いたけど返信が来ないなと思っているとメコン川さんが戻って来る。

 

「ごめんごめん。お待たせ。いやぁ、なんだか大変な事になってるけど……魔導国が居れば大丈夫か。あ、すみませーん!ノンアルコールビール2つください!」

「あいよー」

 

 焼肉と言えばビールが飲みたくなるが、デート中は意識をはっきりさせておきたいのでノンアルコールを注文する。折角の思い出を飲み過ぎて忘れてしまったら本末転倒だ。

 流石に室内でゲームをして過ごすだけで終わるデートというのも申し訳ないので、今日は特別と言う事で大奮発している。それにこれから給料も良くなるし今月さえ乗り越えれば大丈夫だろうと深く考えない事にする。

 

「他に行きたい場所とかある?」

 

 デートなんてした事が無いので、成功はしなくても良いが失敗は避けようと、取り合えず友人と遊ぶ様な感じで無理はせずに無難な道を選び続ける。変に無理をしてハードルを上げても後で自分が苦しむだけなので、自分が楽をする為にも常に自然体を目指す。

 

「うーん、ちょっと待ってくださいね……あ!下町のB級グルメを食べ歩きしたいっす!」

 

 と、スマホでもんじゃ焼きの画像を『キリッ』とした表情で見せて来るルプスレギナ。彼女は彼女でデートのついでに美味しい物を腹一杯食べようという魂胆だったりする。自らの創造主に甘えてガッツリと奢りで食べまくる姿がユリ・アルファにバレたら怒られそうである。

 

(うわぁ……凄い食欲……一応中身は人狼だし、これが普通なのかなぁ?あぁ、お金が……)

 

 お金に羽が生えて次々と飛んでいく姿が思い浮かぶ。しかしながら、デートで味気ない固形栄養食というのも面目無いしガッツを入れるしかないと覚悟を決める。でも、普段は固形栄養食で我慢してもらおうと思う。

 

(うーん、向こうでナザリックに頼んで何か食べ物を分けて貰えないだろうか?)

 

 毎日こんな勢いで食われては、流石に破産してしまうと危機感を覚えるメコン川さん。この時、彼女が『リング・オブ・サステナンス』を使えば別に食べる必要が無い事を忘れていた。流石に10年経っているのでどんな装備を持たせていたかの詳細までは覚えていない。

 

 メコン川さんが悩んでいるとスマホを弄っていたルプスレギナがネットで何かを見つけたのか急に話しかけて来る。

 

「獣王メコン川様、クイズっす!私は嘘しか言わない。本当でしょうか?嘘でしょうか?」

「それは簡単だよ。嘘だね。それが本当なら矛盾しているし、嘘なら矛盾は無いから」

「えー、なんでそんなに一瞬で解かるっすか」

「……いや、割と有名なパラドクスだよ?それ、絶対にネットで見つけただけだよね?」

 

 デミウルゴスみたいな感じで答えを解説してルプーって頭良いね!と褒めて欲しくてクイズを出してみたのだが、一瞬で正解を答えられて『ぶー』と不貞腐れている。

 一緒にいるだけでも幸せなのだが、やはり獣王メコン川さんに褒めて欲しいという犬が飼い主に抱くような承認欲求が芽生えて来ていた。

 

 一体、ルプスレギナはSNSで何を書いているんだ?と気になって探してみると、アルベドのアカウントを発見するのだが……

 

(ふぁっ!?な、なんだこれは!?やべぇ、見てはいけない物を見てしまったぜ……モモンガさん、業が深すぎる……俺は何も見ていない)

 

 そっとブラウザバックで戻るメコン川さんであった。

 




リリマル様、氷餅様、誤字報告有り難うございます。


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最後の薔薇の夜明け③

「ふう、ちょっと遊び過ぎちゃったかなぁ?」

 

 ユグドラシル2からログアウトし、ずっと同じ姿勢を続けていた為に凝り固まった体を解しつつVRゴーグルを外す未来ちゃん。自室から出てリビングの方に行ってみるが父親のたっちさんはまだ帰って来ていない様子だ。

 獣王メコン川さんとルプスレギナが先にログアウトした後も、しばらくぷにっと萌さんと弐式炎雷さんの3人で遊び続けてすっかりと遅くなってしまっていた。

 

 かなり遅めの夕食ではあるがビーフ味の固形栄養食料を取り出すとボリボリと食べる。固形栄養食は味のバリエーションが豊富で他にも『カレー味』『サラダ味』等あるが、あくまで『それっぽい味』であり本物を食べた事がある未来ちゃんにとっては名称詐欺なゲテモノで正直に言えば余り宜しくない味である。

 栄養バランスはとても良いのだが言ってしまえば人間用固形ペットフードと言う所だ。

 そして、使われている材料も21世紀頃からこのまま人口が増加して行けば将来的に食料供給が追い付かなくなり、その問題を回避する為には『昆虫食』にシフトして行く事が必要とヨーロッパ辺りで提唱されていた事もあり、何が使われているかはお察しである。当然、自然が完全に消えて人工物と岩と砂しか無い様な環境でも繁殖できる奴らが材料に使われている。

 

 とはいえ、自然が完全に消えたとは言えども厳密に言えば『緑』が消えただけで、水分さえあれば成長できる菌類等はこの汚染された世界でも元気よく健やかに育っている。よって、それを食べる昆虫(害虫)も生き残り生態系が完全に消滅したわけでは無い。

 余談ではあるが、メルトダウンを起こしたチェルノブイリ原子力発電所で放射線に耐性があるどころか糧にして成長する新種の黒カビが1991年に発見された事もあり、生命の適応能力には侮れない物がある。

 元は酸素も生命には有毒な物質であった様に人間が汚染物質を大気や土壌や海に垂れ流しても、その環境に順応する生物が出てくるのだ。

 

 当然、この新種の黒カビに目を付けたラナーは『自然環境再生事業』の一環としてチェルノブイリや福島原発をカビを使って完全に除染する計画を考えている。

 もっとも、この『チェルノブイリの黒カビ』は超高濃度のメラニン色素で放射線(ガンマ線)を利用して養分を生み出して成長しているだけで、すなわち、植物が葉緑体で光を利用して養分を生み出して成長するのと同じである為に放射性物質そのものを分解する事は出来ない。

 ちなみに名称は『放射線養分化菌』というのだが、覚え難いので便宜上『チェルノブイリの黒カビ』と呼称する。

 ラナーはこの黒カビの遺伝子の謎を解明して応用すれば、遺伝子操作によって『放射性物質を分解及び無害化できるバクテリアや菌類が作れるのでは?』と多額な研究資金を投資している。

 正に、飛行機を船と呼んでいる某崩壊後の世界を描いた漫画と似た様なカビが現実にあるのだから恐ろしい物である。

 

 ともあれ、外部の人間には『自然環境再生事業』の具体的な内容は伏せられているので、まさか自分が遊んでいるユグドラシル2の運営会社がそんな壮大なプロジェクトを進めている事など知る由も無く。

 スマホでニュースを見ながら夕食を食べていると、渋谷で発生している『ゾンビに襲われ被害者続出!』『スクランブル交差点が地獄に!』等のトピックが目に入り『ふえ!?』と度肝を抜かれている未来ちゃん。

 

「どどど、どうしよう!?避難した方が良いのかな!?」

 

 慌ててたっちさんや母親に電話を掛けるが、回線が込み合ってて繋がらない。仕方が無いのでシェルターに自主非難する趣旨を両親にメッセージで送ると直ぐに荷物を纏める。

 政府関係者用のアーコロジーとは言えども安全とは限らないし、万が一、空気感染するウイルスが原因だった場合は地下鉄経由であっと言う間に感染が拡大するだろうと考えて呼吸マスクを装着する。『まさか浅草までは来ないでしょ』と呑気にルプーとデート中のメコン川さんよりも、余程かしっかり者な未来ちゃん。

 ちなみにルプーは浅草の雷門でデート中にメコン川さんに『良かったら、親に会ってくれないかな?』と言う思わぬ発言を受けて人生で初めて大パニックに陥っているのだが……

 

 いざという時は何よりも優先される自身の創造主。その『親』という存在に会う事になるとはルプスレギナは全く考えていなかったので大いに『あやや、ヤバいっす!』と青ざめてパニックになっている。

 

「水良し。食料良し。後は……予備のフィルターも良し」

 

 防災リュックに一通り必要な物を詰め込むと、呼吸用マスクの交換用フィルターの予備が充分に有るかも確認する。そして、ベッドの下のケースのダイヤルをカリカリと回してカチャンとロックを外すと護身用のテーザーガンを取り出してジーンズの腰の部分に引っ掛けて隠す。

 この貧富の差が激しいご時世、政府関係者の家族は恨みだったり身代金目当てだったり犯罪やテロに巻き込まれやすい事もあり、アメリカ等の警察機関で使用されていたテーザーガンは申請して認可が下りれば所持する事が出来る。

 ちなみにテーザーガンとは日本ではお目に掛からないが、ワイヤーで繋がった電極を発射して電流を流す事で相手を無力化するスタンガンみたいな物である。その構造上、射程距離が短く1発しか撃てない欠点もあるが……

 

「よし、行こう」

 

 事態が待ってくれるわけも無いので、善は急げとばかりに直ぐにドアを開けて外に飛び出そうとしたその時、不意に『ピンポン』とチャイムが鳴る。

 ドアの覗き穴をそーっと覗いてみると、身なりのしっかりした老人が綺麗な姿勢で立っていた。その隣にはメガネを掛けたメイド服姿の女性が立っており、『もしかして、ルプーさんのお友達かな?』と思い至り、意を決してドアを開けてみる。

 

「あの……もしかして、ルプーさんのお知り合いですか?」

 

 若干、恐る恐るという感じの未来ちゃんに対して、『たっち・みー様の御息女を御守りしなければ』と使命感に溢れて少し感極まっている老執事。

 

「然様でございます。私はお父上様からの命により、本日よりお嬢様の身辺警護を務めさせて頂く事になりましたセバス・チャンと申します。こちらは……」

「ユリ・アルファと申します。お仕え出来る事を嬉しく思います」

「えーっと……あの、よろしくお願いします」

 

(うわぁ……凄い硬いよ、この人達……挨拶の仕方も「ちわーっす」って感じで砕けてるルプーさんの方が親しみやすいなぁ)

 

 やはりこの年頃だと自分の事は自分で決めて生きて行きたいと自立心が芽生えて大人への階段を登り始める故に、あれやこれやと監視されて横から口出しされるのでは無いか?と危機感を覚える。

 未来ちゃんにとっては自由が憧れであり恋人である。可能ならば、どこぞのアインドラ家の御令嬢の如く家を飛び出して、未知と可能性が溢れる魔導国で暮らしてみたいと思っていたり。

 セバスへの第一印象は父親のたっちさんと同じ『真面目過ぎてつまらなそうなお爺さん』であり、きっと本人が知ったらショックを受ける。

 

 しかしながら、旧ユグドラシルでワールドチャンピオンだった父親の作成したNPCだから多分強いだろうと一先ず安心する未来ちゃんだった。

 

 

 

 

 場所は変わり、渋谷駅付近。

 

「そこの下等生物(カマドウマ)。助けてやったんだから感謝して早く逃げなさい」

「有り難うございます!」

 

 エ・ランテルでは度々トラブルの原因となった彼女の性格も、日本では一部の人達に人気がある様で、既に『漆黒のモモン』よりも『ナーベ』の方がネット上に情報が拡散されて人気者になっていた。

 彼女のSNSには『踏んでください』とか『もっと罵倒してください』等、助けられてファンになった人々から数多くのエールが届くことになるのだが……

 

「次から次へとキリが無いわね……」

 

 両手がバチバチと帯電し始めると、眩い閃光と共に一気に集まった膨大な魔力をゾンビの群れに向けて解放する。

 

「喰らいなさい〈連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉!」

 

 ドガーン!という爆発の様な音と共に超高温のプラズマに触れた空気が急速に膨張して発生した衝撃波で付近の自動車の窓ガラスが割れ、ゾンビの群れは一瞬にして炭化しボロボロと崩れて行き、雷よりも桁違いなエネルギーを持っている為に発生した電磁波の余波で自動車やスマホ等の電子機器が全て故障する。辺りには、雷が至近距離に落ちた直後と同じ様に大気中の酸素と化学反応を起こしてオゾンの臭いが漂っていた。

 

 もしかすると、自分の活躍を弐式炎雷様がご覧になるかも知れないからと、いつもよりも張り切っているのだが、王国では全く問題にならなかった雷系の魔法が地球世界では電子機器に悪影響を及ぼす二次被害が出るなんて知る由も無く。

 雷対策がされている航空機や戦闘機でも、流石に第七位階魔法の連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)のエネルギー量は想定外だろう。

 要は雷対策されている航空機でも当たれば墜落する威力なのだ。しかも、性質的には雷と言うよりも、どちらかと言えば指向性エネルギー兵器に近い挙動をするので避雷針の効果は無く。

 

 多くの人々のスマホが電磁波で故障並びに再起動を繰り返す誤作動を起こして『ナーベさんの写真が撮れねえ』と焦っているのだが、中には自力で現像するのにやたらと手間暇が掛かるフィルム式カメラというビンテージ品を使っているコアな人もおり、その人達は『アナログがデジタルに勝った』と言わんばかりに勝ち誇った顔でナーベの写真を撮っていた。

 彼等は彼等で何やら熱い戦いを繰り広げており、避難する気ゼロである。

 

 ちなみに2148年では何もかもがネットに繋がったiot機器が当たり前なので、専門的な知識が求められるアナログな道具は使う事自体を楽しむ為の嗜好品であり、入手も困難である為にビンテージカーや乗馬と同じ様な『金持ちの道楽』的な要素が強い。

 

 後に、フィルム式カメラを持っている人しかナーベの活躍を撮れなかった事から、ファン達の間では『アナログの逆襲』と呼ばれる事になる。

 

「流石は姫でござるなぁ、某も負けてられないでござるよ。武技〈能力向上〉〈流水加速〉〈要塞〉でござる!」

 

 一方で、レベルが5~10程上がっていると思われる、友達のデスナイト君と共に訓練に励み念願の武技を習得した『アーマード・ハムスター』なハムスケ。漆黒のモモンとお揃いのデザインの防具を身に着けており『ふふん!』と鼻を鳴らしてご満悦の様子。馬用の防具と同じ様に部分的に装備しているだけだったり。

 

「良し!行くぞハムスケ!〈完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉!」

 

 漆黒のモモンが路上に放置された市バスを蹴ると、横転し火花をまき散らしながら凄まじい勢いでゾンビの群れにスライディングして突っ込んで行き、ゾンビ共々市バスが高層ビルに突っ込んだ衝撃でぺしゃんこに潰れる。

 

「ここは我々が対応するので、警察の皆さんは市民を避難誘導してください」

 

 空を飛んだり目からレーザーを出す某アメコミヒーローの如く、恐るべき怪力で市バスを蹴っただけで吹っ飛ばせる謎の男『漆黒のモモン』を見てゾンビと応戦していた警察や機動隊の人達はあんぐりと口を開けて呆然としていた。

 

「ハムスケ・ローリング・アタックでござる!」

 

 ハムスケも丸くなると武技でパワーアップしている事もあり、アルマジロの様な凄い勢いで転がりゾンビをなぎ倒して行く。また、ただでさえ、金属の様に固かった毛が要塞の効果でさらに硬質化しており、巻き込まれたら無事では済まない。

 

「俺達は……伝説を目にしているのかも知れないな」

 

 ゾンビと巨大ハムスターと騎士と魔法使いが渋谷のスクランブル交差点で戦っているカオスな状況を見て一人の警察がボソッと呟く。

 

 そもそも、何故、彼がここで戦っているのかと言うと、全て妻のアルベドに任せにしていたら案の定、日本一の人口密集地である渋谷で容赦無く一般市民に犠牲者出まくりの事態となっていた為に『いやいやいや、流石に不味いでしょ!?』と急遽スクランブル交差点付近でゾンビ退治を行っているのだ。もしも、ギルメンの知り合い等に犠牲者が出れば目も当てられず、大いに焦っているモモンガさん。

 やはり、アンデッド化してから長いこともあり、例え嘗ての故郷の同じ日本人が巻き込まれて死亡しても、虫が死んだ程度にしか感じないが、万が一、その犠牲者の中にギルメンの知り合いだったり親族や恋人等が混ざっていたら一生後悔し続ける事になるだろう。

 改めて、転移したばかりの頃と同じように例え無い筈の胃が痛くなろうとも、アルベド達の手綱を握らなければと思うのであった。

 まだ、王国だったり帝国だったら、うっかりNPCがミスを犯して重要人物を殺してしまっても叱るだけ済んだのだが、日本では『うっかり』は許されない。

 このまま放置すると聖王国の二の舞になりそうなので、『どうすれば、アルベドやデミウルゴス相手に主導権を握られるだろうか?でも、アルベドには凡人という事がバレてるしなぁ……』と及び腰になり、早速無い筈の胃が痛くなっていた。実質的に妻に全主導権を握られている『象徴』と化した魔王のモモンガさん。

 

(あの二人には理屈じゃ勝てないからな……よし、こうなれば潔く情に訴えるしかない。デミウルゴスもウルベルトさんに頼めば何とか説得できるだろう)

 

 ゾンビ騒ぎが済んだらウルベルトさんと茶釜さんの家に直接顔を出してお願いしようと心のメモ帳に書く。遅れながら、ギルド長として結婚祝いと出産予定の娘さんの為に何か贈り物をしなければと思っていたので丁度タイミングも良い。ベルリバーさんは残念だったが、ギルメン同士が結婚して嘗ての仲間達の絆が今も残っていると知ったのは救われる思いだった。ウルベルトさんも公安で働いていると聞いたので、きっとカルマが極悪過ぎるデミウルゴスに『善の心』を教えてくれるだろうと期待していた。

 ちなみに、ウルベルトさんと茶釜さんが暮らすマンションの部屋の両隣にはそれぞれ第一席次と番外ちゃんが住んでおり、万が一何かがあればコンクリートの壁を突き破って隣の部屋から第一席次なり番外ちゃんが駆けつけてくれる為、セキュリティ面も安心だ。

 

(贈り物は何が良いかな?やっぱり養育費とか大学まで進学できるような金額を送るのが一番喜んでくれるかな?取り潰した王国の貴族派閥から没収した貴金属や宝石類を全部渡せば良いか。エクスチェンジボックスでも大したユグドラシル金貨にならないゴミだったけど、こっちの世界なら高額で換金出来ると思うし)

 

 貴族派閥から取り上げた財産は全く利用価値が無くて長年放置されていたが、これならギルメン達も喜んでくれるだろうし良いアイデアを思い付いたと少し気を持ち直す。ちなみに彼等の持っていた美術品の壺だったり家具だったりは炭素年代測定で約1300年前の物として、凄まじい値が付くことになるのだが。

 

 正に総額にして基礎控除額110万円を遥かに超えた数百億円という金額になる為に『贈与税』の税率は55%となり半分以上税金として国に取られる事になる。しかもウルベルトさんと茶釜さんの娘が遺産相続する際にはさらに『相続税』を取られるシステムを知り『アインズ様がウルベルト様とぶくぶく茶釜様の御息女の為に贈った物を横領するとは、なんと不敬な!』とデミウルゴスとアウラとマーレが激怒して大騒動が発生する原因になるとはいざ知らず。

 

 なんやかんやで敵が弱い事もあり、狩場で行う単調作業の様な感じで他事を考えながらゾンビを次々と凄まじい肉体能力で処理していく漆黒のモモン。

 ふと、ナーベとハムスケの方を見るとギャラリーが集まっており『おかしい。なぜ一番活躍している俺を応援してくれる人が誰もいないのだ?』と少し居た堪れない気持ちになる。

 ナーベは男性から、ハムスケは女性から大人気になっておりモモンは警察ぐらいしか応援してくれる人がいないので『解せぬ』となっていた。

 

「ナーベとハムスケよ。大方片付いたから発生源のトライセンデンス社の地下研究施設に侵入するぞ。イビルアイ達が先に入っている筈だ」

「は!畏まりましたモモンさ――ん」

「承知したでござるよ、殿!」

 

 千年ぶりにモモンガさんと一緒に最前線で活躍出来る事もあり、今日のハムスケは凄く張り切っているし、シズ程では無いが普段澄ましているナーベラルも嬉しそうなのが表情で判る。

 とはいえ、もちろん、この騒ぎが発生した原因はリグリットの死霊術という事は知っているので、ベルリバーさんを殺害した犯人に罪を擦り付ける為に警察や機動隊の人達に聞こえる大きさで嘘をつく。

 

「おい、トライセンデンス社って医療方面で有名な巨大複合企業だよな?」

「だとしたら、あのゾンビはウイルス流出事故か?おいおい、だとしたら、万が一空気感染だったら映画みたいに大変な事になるぞ!?」

「くそ!やっぱりな。巨大複合企業は絶対に裏で碌でも無い事を行っていると思ってたんだ。すぐに上層部に連絡しろ!渋谷一帯を封鎖して除染しないとヤバいぞ、こりゃあ……」

 

 機動隊の人達がガヤガヤと騒ぎ始める中、遅れて陸上自衛隊の軽装甲車や輸送車両が到着するのだが、ゾンビがほとんど全滅しているのと、明らかに目立っている巨大ハムスターを見て『何があったんだ!?』と言わんばかりな感じで現場指揮官と思われる人物が警察の人達に事の顛末を聞いており、聞き終えるとその人物は漆黒のモモンの方に向かって歩いてくる。

 

「ご協力頂き有り難うございました。恐らくあなた無しではもっと多くの市民に犠牲が出ていたでしょう。国民を代表して感謝致します」

 

(馬鹿な!?この男、凄くガゼフ・ストロノーフに似ているぞ!?)

 

 見た目は勿論の事、声や雰囲気もガゼフにそっくりだったので思わず一瞬思考が停止するが、『ゴホンッ』と咳払いをして誤魔化す。

 

「いえ、困っている人がいたら助けるのは当たり前ですので」

「おぉ!それはなんとも心強い!そこの巨大なハムスターを御見受けするに、魔導国からお越しになられたのでしょうか?」

「はい。こちらはハムスケと言い私の騎獣です。そして、こちらの女性がナーベという魔法詠唱者(マジックキャスター)でパートナーです」

「ほう、ハムスケですか……恐れながら、我々日本人とアイデンティティが似ている様ですな。その……ネーミングセンスが。あなたのお名前をお聞きしても?」

 

 流石に『漆黒のモモン』では芸が無いかと考えて、昔から温めてきた通り名を使う事にし、マントをカッコよく『バサッ!』とやり名乗る。

 

「私の名はモモン・ザ・ダークウォリアーと言います」

「ダークウォリアー殿ですか、成る程。ヒーローは正体を明かさないという相場はどこの世界も同じようですな。私は陸上自衛隊第一師団第一普通科連隊所属の風間三等陸佐であります」

 

 やはり、ガゼフに似ているのが気になるので意を決して聞いてみる事にする。

 

「……あの、恐縮ながら、ガゼフ・ストロノーフやリ・エスティーゼ王国に聞き覚えはありませんか?」

「はぁ……いえ、全く存じませんな。申し訳ない」

 

(うーむ、他人の空似という奴なのだろうか?ギルメン達に何時でも会えるのに、ガゼフの事が懐かしくなるなんて想像もしなかったなあ)

 

 やはり、あの時、ガゼフとの決闘を断るべきだったと後悔し始めていた。

 




イビルアイが出せなかったけど一旦ここで区切ります。次回はパート4に続く。


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最後の薔薇の夜明け④

 一方で地下研究施設に侵入したイビルアイ一行。

 余りにも想定外な景色が広がっており、ラナーとクライムも流石に唖然としている。大方、拉致された貧困層の人間が実験に使用されて惨い事になっているのだろうと想像していたのだが……

 

「これは……トロール……だと?そうか、あの時に!」

 

 そう、巨大な研究所に無数に並んでいる何等かの液体が入った水槽には、なんと人間以外にもトロールやゴブリンにオーガ等が保存されているのだ。

 

『イビルアイの言う通り、ワールドイーターが魔導国に侵入した時にトブの大森林で捕獲して研究の為に持ち帰ったのでしょうね……成る程、何を企んでいるのか大体予想は出来ました』

「まさか……ラナー様。もしや彼等はトロールの再生能力を持った人間を造ろうとしていると?」

『あら、良く出来ましたねクライム。その通りです。強いて言えば、彼等の事ですから既に何体か試作品が出来上がっていても不思議ではありません。どこぞの貴族達と違って仕事が早い様ですからね。王国みたいに内部で対立していて足の引っ張り合いをしてくれればこちらも楽になるのですが』

 

 ラナーとクライムの会話を静かに聞いていると、段々と遺伝子操作だとかDNAの塩基配列やらヌクレオチド等の専門用語が飛び交い始めて、頭の上に『???』とたくさん並び始めているイビルアイ。

 

(うむ、全くわからん。サトルもデミウルゴス相手に良くブラフで乗り切ってきた物だ)

 

 そして若干、モモンガさんへの脳内評価を改めるイビルアイ。モモンガさんも決して唯の凡人では無く、デミウルゴスやラナーみたいに先を読んで奇策を考える事は出来なくても、『今』の状況を把握する能力には長けているからこそギルド長としてのまとめ役だったり、ギルドの運営と管理と言ったマネージメントも出来、洗脳されたシャルティア相手でも単騎で倒すことが出来たのだ。

 そもそも、多少はデミウルゴス達の先入観だったり精神の沈静化の助けがあったとは言え、ポーカーの達人の如くブラフとハッタリで乗り切るのは常人には不可能である。

 ある意味、デミウルゴスとジルクニフ陛下をポーカーで負かす事が出来るのはモモンガさんだけであり、それは立派な才能なのだ。

 

 現に魔導国歴10年という初期の頃に開かれた親睦会ではモモンガさんがポーカーで一人勝ちしてデミウルゴスとジルクニフから大金を巻き上げている。

 デミウルゴスがツーペア、ジルクニフがフラッシュ、モモンガさんがノーペアだったのにも関わらず『くそ!全て奴に見透かされている気がする……ここは降りた方が良さそうだな』とジルクニフは粘れば勝てたのに関わらず深読みし過ぎて降りてしまったり、モモンガさんは意外とロールプレイと言う名のハッタリの達人なのだ。

 

 ……もっとも、その本人には全く自覚が無いのだが。

 

「それにしても何故、彼等はこれ程の数百人規模でバレずに一般市民を誘拐する事ができたのだ?問題にはならないのか?」

 

 改めて冷静に考えてみると、王国よりも遥かに発展しているだろうこの世界で、誰にも知られずここまで大規模に誘拐できる事に疑問が浮かぶイビルアイ。流石にこの規模では騒ぎになるだろうと。

 

『それは王国の娼館と本質的には似た様な物で、この世界では学歴・職歴・購買記録・クレジットカードの決済情報・SNSの投稿・ネットの閲覧履歴・思想・交友関係等に基づき「社会的信用度」が数値化されてAIに管理されているのですが、その数値が低くて公共サービスを受けれない、或いは面接以前にAIに落とされて就職が出来ない「バーチャル・スラム」と呼ばれる貧困層の人々を誘拐しているので誰も関心を抱かないのです』

 

 これは21世紀に中国共産党が国有企業と組んでやり始めた『理想的な全体主義』のシステムだったのだが、中国企業を通して日本を含むアメリカやEU等の民主主義国家にも導入されて、巨大複合企業が支配する『自由が失われた民主主義』という今の世界の雛型が出来上がったという過去があるのだ。

 当然、この社会的信用度の数値が低い人と関われば、自分の点数も下がるかも知れないと恐れて離れていく為に、一度嵌ると二度と抜け出せない負のスパイラルに入ってしまう。

 故に、失踪しても誰も気にしないので巨大複合企業がやりたい放題なのだ。彼等に情を掛けて今の体制に異議を唱えれば、『反社会的な思想を持った潜在的危険人物』として社会的な死が待っているので見て見ないふりをする。

 こういった経済的カースト制度とAIによる監視社会という最悪の組み合わせが融合した様な状態になってしまった日本を変えるべく、たっちさんやウルベルトさんは頑張っているのだ。古き良き時代の『夢を描くことが出来た』正常だった頃の日本に戻す為に。

 

 ちなみに、この数値が低そうなウルベルトさんは公安第一特務課に就職するにあたってラナーがマイナンバーに関連付けされた個人情報が記録されている厚生労働省のサーバーにクラッキングをしてデータを改竄していたりする。当然、これも善意では無くモモンガさんとデミウルゴスに貸しを作る為の打算があっての事なのだが……

 

「しかし、ラナー様。王国よりも酷い状況を作り出す切っ掛けとなった中国という国家が何故、日本と魔導国の味方をしてくるのですか?」

『それは1世紀前にアメリカに代わって、経済やAIの技術を牛耳り世界の覇権を握る為に投資して来たIT企業やノウハウを無計画な都市開発で溜まった地方債務の弱みを握られてそっくりそのままワールドイーター達に横取りされたからでしょうね。もちろん、そう言った関係で彼等にも思惑があっての事だろうと思いますので信用はしていませんが、少なくともワールドイーターを倒すのには役に立ってくれるでしょう』

 

 やはり、流石は野心や思惑が渦巻く血塗られていた『蛇の巣穴』状態だった王国で王族さんをやっていただけはあり、手慣れている様子のラナー。基本的に中国の国家主席はバハルス帝国のジルクニフ皇帝陛下みたいな覇権を狙う野心家故に、彼の如く『策士、策に溺れる』底なし沼に嵌ってもらおうと考えている。

 あわよくば、ワールドイーター達と潰し合いをさせて両方の国力を落とした所で魔導国の属国として中国とアメリカを吸収出来れば良しと。多少は局地的な核戦争が起きて北京や上海並びにワシントンDCやニューヨークが壊滅するだろう事も許容範囲内で想定している。

 ラナーにしてみれば、地球側の人間が億単位で死んでも『異世界の出来事』或いは『対岸の火事』なので関係無い。そうなった場合は悲劇に見舞われた中国とアメリカに救いの手を差し伸べる『黄金のラナー』をクライムの前で演じれば良いだろう、なんて考えている程度なのだ。

 

 ラナーも長い付き合いなので、アルベドやデミウルゴスがモモンガさんを『神』としてこの地球世界の日本を含む全ての国家を征服して魔導国の属国にするべく動くと言う事は分かっている。

 スレイン法国とローブル聖王国から派遣された陽光聖典率いるニグン隊長や聖騎士団から聖地でありながら、暗闇の中で彷徨う日本の民を真実の教えで救う為に伝道活動を行いたいと相談があり、宗教法人として申請する手続きやらウェブサイト開設を手伝ったりしている故に。

 

 モモンガさんはスレイン法国とローブル聖王国のナザリックのシモベ並にメーターを振り切った信仰心の所為で『怪しい新興宗教の教祖』としてギルメン達に誤解される事になる。

 日本は勿論の事、世界の主要国間でも宗教はある事にはあるが、ほとんど『行事』或いは『ルール』として形骸化しており本当に信じている人々は少ないので余計に異様な物に映るだろう。これは企業に従順な労働者を育てるべく、企業側に都合が悪い思想を排他する為に人為的な思想教育及びメディアを活用した誘導が巨大複合企業により行われた結果ではあるのだが……

 

 その様な背景もある中で、貧困層を救う為の純粋な善意に溢れたスレイン法国とローブル聖王国は膨大な量の食料を聖地日本に提供する準備まで整えており、この二カ国はかなり本気なのだ。主に日本人の移民・難民大歓迎の体制を整えているのはこの二カ国であり、『バーチャル・スラム』と呼ばれる社会的に弱い立場にいる人達への仕事の斡旋体制も完璧なのだ。

 今回、トライセンデンス社から救出した拉致被害者達はこの二カ国に送って社会復帰並びに自立支援する手筈になっている。

 

 一方では、やはり聞き慣れない単語が多くて理解は出来ないが、大方『えーあい』という謎の存在がワールドイーター達の手先で民を苦しめる悪い奴らだろうと当たりを付けるイビルアイ。

 

「まるで人を家畜程度にしか見ていない『えーあい』という奴らは許せないな。奴らに心は無いのか?」

「いえ、あの……イビルアイ様。AIと言うのはこの世界の人類が『脳』を模倣して作った道具なので、心は持っておりません……」

「何!?カラクリ仕掛けで脳が作れるというか!?……なんという事だ」

 

 完全に自分の常識の範疇を凌駕するこの世界に驚きを隠せず『むぅ』と考え込んでいる。カラクリ仕掛けも高度に発達すれば魔法並、或いは魔法以上に色んな事が可能になるだなんて想像もしていなかったのだ。

 イビルアイの脳内にあるカラクリ仕掛けの道具と言えば、馬車や鋳造器具やら粉ひき機であり、ギリギリ、空を飛ぶヘリコプターの漠然とした原理は理解できる程度。

 とはいえ、現代人もパソコンやら液晶画面の細かい原理を理解して使っている人は少ないので全く問題は無いのだが。生まれた時から当たり前の様に使われている道具だから慣れているだけであり、そう言った意味ではイビルアイ達と大きくは変わらない。

 しかしながら、この世界の機械が人の手無しで勝手に自立して動いている仕組みはなんとなく理解する。

 

「それにしても、トロールと人間を組み合わせて新しい生物を作れるとはな……こんな奴らが神の領域に足を踏み入れて好き放題しているとは、確かに世界を荒廃させてしまうのにも納得が行く」

『それに中身が一般人だった八欲王とは違って、彼等は富も権力も知恵も使()()()()()いるので……いずれにしても2つの世界を巻き込んだ大規模な戦争が起こる可能性は相当高いでしょうね……重たい腰を上げてこちら側に出向く辺りツアーさんも勘が鋭いドラゴンの様ですから、こちらとしては助かりますが』

「ああ、ツアーとは長い付き合いだが、本人直々に来ると知った時は流石の私も驚いた……それで、どうする?何にも動きが無くて静かなのは不気味だが、早い所済ましてしまった方が良いのではないか?」

 

 こんな地下深くの閉所で気味の悪い出来損ないの生物兵器と戦闘になっても困るので、早い所終わらせて帰りたいイビルアイ。生理的に受け付けないだけであり、決して怖いわけでは無い。

 

『そうですねわね。それでは連絡するので暫くしたら、彼等を魔導国で匿う為の助っ人が来るかと思います』

 

 そして、『至高の御方の為に働くことが最高の幸せ』という勤労の美学を体現したナザリック側の対応はお役所とは天地の差がある凄まじい速さであり、僅か30秒後に異界門(ゲート)が開く。

 

「あ」

 

 そう思わず声を出したのはクライム。

 まあ、それも当然だろう。異界門(ゲート)から出てきたのは、なんと北朝鮮の国旗が描かれた輸送車両であり、助手席に座っているシャルティアの隣には噛まれて眷属化したと思わしき顔色の悪い総書記が運転している異様な光景なのだから。

 指導者がシャルティアに噛まれた=北朝鮮が魔導国に乗っ取られた=魔導国が核兵器を保有したと言う構図になるわけであるからして。

 大凡、テロとも無縁でワールドイーターの影響も全く受けていないバリバリの独裁国家かつ情報統制されて神秘のベールに包まれた国故に、使い捨ての駒にするのに都合が良いからとデミウルゴス辺りに狙われたのだろうと察する。民主国家では指導者が度々交代するし大胆に動けばマスコミからの批判が殺到するので、という所だろう。

 当然、軍部からの反発や不満を武力で抑える為に上層部は丸ごと眷属化、或いはドッペルゲンガーと入れ替わっていると思われる。

 

 ……日頃の情報統制が仇となり、人知れず国を乗っ取られるとはなんともはやである。

 

 クライムも核兵器の破壊力は知っているので、そんな物が平然とゲヘナを何度も行うデミウルゴスの手に渡るだろう事を想像して蒼褪めていた。

 核兵器が独裁者から本物の悪魔の手に渡るなんて、ライオンに食われるか虎に食われるかの違いよりも酷い悪夢そのものである。

 これで魔導国は異界門(ゲート)を使って何時でも好きな場所を直接核攻撃できるわけで、他国が持っている従来の弾道ミサイル防衛システムは、最早全く意味を成さない。

 

「お待たせいたしんした……これは妾の仕事でありんす!眷属の分際ででしゃばるな!……さあ、どうぞウルベルト様、お降りくださいでありんす」

 

 ウルベルトさんの為にドアを開けようとした眷属化した総書記を鬼の様な形相で蹴り飛ばすと、『パァ』とニッコリとした花の様な笑顔を咲かせて輸送車両のドアを外から開けるシャルティア。

 

「あー、大変ですね。良かったらこれを飲んで元気を出してください」

 

 ミサイルやら拉致やら色々とやらかしている国の指導者とは言え、僅か数十分で国を奪われて少し可哀そうだなと思い飲みかけのコーヒーを渡すウルベルトさん。吸血鬼がコーヒーを飲めるのかは知らないが。

 

「いやぁ、それにしても参ったねぇ。新宿行ったり北朝鮮に行ったり、今度は怪しい研究施設ですかい」

「疲労無効の指輪を付けてるでしょ?……敵も居ないみたいだし、さっさと終わらせようよ」

「仕事が大好きな小人さん達が羨ましいねぇ。この指輪、ヘロヘロさんにプレゼントしたら24時間仕事が出来て喜びそうだ。『ヘロヘロさんは眠らない』ってタイトルにしたら、一流のエリート社員みたいでカッコいいじゃないか」

「それでは、仕事が終わったら今夜一杯飲みに行きませんか?」

「お、隊長さんノリが良いねえ。番ちゃんも来る?ちょっと妻には遅くなるって連絡入れておくかな」

「あのウルベルト様……私も参加しても宜しいでありんしょうか?」

 

 なんだか残業中のサラリーマンの如く和気あいあいと会話をしているが、一応これでも公安である。今まで彼等が何をしていたかと言えば、ウルベルトさんと第一席次と番外ちゃんの面子にシャルティアを加えて電撃的に北朝鮮の中枢部に乗り込んで暴れていたのである。

 とはいえ、公安が他国に乗り込んで暴れまわるのは色々と不味いので、あくまでも『漆黒聖典』としての活動だが。

 

「ん?シャルティアも来る?そう言えば、日帰りで行けるならナザリックのバーでも良いかもな。タダ酒が飲めるし、ちょっとデミウルゴスにも会いたいからね……あ、温泉も確かあったよな。良し、かぜっちも誘って今日は()()()()()で宿泊と行こうか」

「あのぉ……」

 

 肉体的な疲労は指輪のお陰で無いとは言え、精神的な疲労は貯まるんだなと思っていると、蚊が鳴くような小さな声で話しかけて来てモジモジとしているシャルティアに不思議がるウルベルトさん。

 

「どうしたんだい、シャルティア?」

「恐れながら、ぶくぶく茶釜様がお越しになられるのなら、ペロロンチーノ様も誘って頂けないでしょうか?」

 

 急に改まって敬語になるシャルティア。

 

「んー、良いよ。ちょっと待ってね、彼を()()させるから……あ、もしもし?ペロロンチーノさん?茶釜さんを誘ってナザリック地下大墳墓で一泊二日で泊まって行くんだけ来る?タダで酒が飲めるし、温泉や俺達の豪華な個室もあるしさ。41人のメイドも好きなだけ使ってルームサービス付け放題だよ?え?首都高でハムスターが走ってた?……まあ、そんな日も偶にはあるわさ。疲れてるんだよ、一日ぐらい休めば良いじゃん。いやいや、誘った以上、クビになっても仕事紹介してやるから大丈夫だって。え?職歴の傷ぐらいコッチで改竄してやるよ。ちょっと待ってね、今ビデオ通話にしてシャルティアと代わるから」

 

 その一方で神人二人にシャルティアと言う桁違いの戦力3人が来てガクブル状態になっているイビルアイ。借りてきた猫の様に縮こまって大人しくなっている。

 

(こいつが至高の41人の一人でヤルダバオトの生みの親……サトルよりも遥かに強い魔法詠唱者(マジックキャスター)だったとは信じられん……と言うよりも、精々銀級の強さで良くこの戦力に混ざって戦っているな……何者なのだ、一体)

 

 イビルアイには知る由も無いが、今のウルベルトさんは散々自分を苦しめてきた政府や巨大複合企業を裏で操る秘密結社を潰せるので『ようやく仕返しが出来るぜ……』と言わんばかりにノリノリなだけであり、余り深いことは考えていない。周りがめちゃくちゃ強いから便乗しているだけである。

 とは言え、元はと言えば、所謂支配者層にあたる人間達は偉そうにしている割には中身は大した事の無い愚かな奴が多いという事を見抜いており、自社の利益を追求するばかりに外国人研修生が結婚したらクビだったり社外の人間と交流を持つ事禁止などめちゃくちゃなルールを『ウチの伝統だから』という言葉で押し通す会社が普通に存在しており、それを容認し誰も声を上げない社会に不満を抱いていた。

 そして、そんな社会を壊す事が出来るチャンスと力が目の前に転がっているのである。自分だけならまだしも、娘にまでそんな世界で苦労して捻じ曲がって欲しく無く、世を恨む事無く笑って幸せに生活して欲しいのだ。

 

(モモンガさん、悪いけどあんたの世界征服計画を利用させてもらうぞ……俺達の世代で終わらせよう。全てを。彼の事だから俺の企みなんて見抜いてるだろうが、それなら話は早い)

 

 当然、ウルベルトさんは魔導国が北朝鮮を乗っ取った理由を日頃からめちゃくちゃやってる国故に、彼等お得意のサイバー攻撃で情報を盗んだり核兵器の増産を始めても『またか』と言った感じで怪しまれないからと推測していた。

 まさか裏で魔導国の傀儡国家として操られているなんて誰も思わないだろう。半場鎖国状態に近い国故に乗っ取られた事に誰も気付かない。

 表向きは日本に良い顔をしつつ、ロシア・中国・イスラエル・北朝鮮を裏から直接、或いは間接的に操りワールドイーターの支配下にある民主国家への包囲網をまるでストラテジーゲームの如く着々と水面下で形成していく恐るべき智謀を持った魔導王に改めて『味方で良かったわ』と恐怖を抱く。

 

「あぁ、ペロロンチーノ様ぁ~!今夜お会いできるのを楽しみにしているでありんす!……おい、お前達。さっさと囚われた人々を荷車に乗せて魔導国に運べ!」

 

 朝鮮人民軍の人達は、戦車を簡単に破壊するフル装備のシャルティアや番外席次だったり、ゴキブリの大群に同胞を生きたまま食われたりしてPTSDに陥っている為、死にたくない一心でテキパキと手際良く拉致された人々をトラックに詰め込んでいる。

 数万単位で黒い津波となって押し寄せて来る恐怖公の眷属の前には銃など無力に等しく、奇襲する側だったシャルティアや番外ちゃんでさえトラウマになった恐ろしい攻撃だったのだ。

 

 ともあれ、ウルベルトさん・ぶくぶく茶釜さん・ペロロンチーノさんが『ちょっと外食に行こうか』的なノリでナザリック地下大墳墓にシャルティア航空東京発ナザリック行で訪問する事になり、向こうは可能な限り歓迎の準備を整えようと大慌てになるのだが……

 

 そもそも、それ以前に何故手軽に行き来出来るかと言えば、地球側と魔導国側は世界間に裂け目、所謂ワームホール的な物が出来て宇宙同士が繋がっている為に、普通にそこを経由して異界門(ゲート)で行き来出来るようになっているわけである。

 その亀裂は荒れ狂う時空の渦の様であり、しかも顕微鏡じゃないと見えないぐらいの小さな亀裂の為、宇宙船で通過する事は出来ない。のだが、世界同士が繋がっている事には変わりなく『二つ合わせて一つの世界』として認識されるので異界門(ゲート)を利用して通過できるのだ。

 

『それではクライム。あなたはUSBを差してサーバーのデータをダウンロードしてください。操作は私が指示します』

「はい、わかりました」

 

 ラナーの操るクワッドコプターとクライムが宜しくやっている中で、ウルベルトさんの事が気になりジーッと凝視しているイビルアイだった。

 

 ……というか、皆に忘れられて登場する事無く終わってしまいそうな感じで、折角張り切っていたモモンガさんとナーベラルとハムスケが可哀そうである。何故か研究施設に敵が誰も居なかったのだから仕方がない。

 




リリマル様、S(人格16人)様、誤字報告有り難うございます。


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悠久の国の女王①

「ねえ……爺様。今お母様が御進めになられている、日本国総理大臣との対談やラナー率いる先発隊の漆黒聖典が進めている工作活動の進展はどうなっているのかしら?……お父様の故郷、リアルワールドが保有する核兵器は魔導国に取って大いなる脅威であり、広島や長崎の悲劇をこの魔導国内で繰り返さない為にも、貪欲な悪魔達から純朴なる民を守る為に、一亥も早く核による抑止力を持つ事が何を置いても優先されるべき課題です」

 

 ナザリック地下大墳墓の玉座に座ってワイングラスを片手に優雅に振舞うサキュバスと人間のハーフの神人。

 セクシーな母親のアルベドとは違ってスラっとしたスタイリッシュな体つきだが高級ブランドのモデルに成れそうな、黒髪ショートヘアと縦に割れた瞳孔が特徴的でアルベドに近い整った顔立ちである。

 男女を問わずに思わず見入ってしまいそうなクールな感じのパリコレビューティー的な、アルベドやシャルティアとは違うベクトルの美しさを持っている。

 

「ハッ!御嬢様!既ニ、ウルベルト様率イル先発隊ノ漆黒聖典ガ『北朝鮮』ト呼バレル国ヲ支配下ニ置イタトノ報告ヲ受ケテオリマス。オ母上様ニヨレバ、自衛隊ト呼バレル日本国ノ軍隊ガ『農耕都市カルネ』ノ復興作業ニ派遣サレル様デゴザイマス』

「……そう。お父様に悪いから言いたくは無いけど、膨大な軍事力を持った国家が複数存在する中で、日本国を()()で守らないといけないのは骨が折れるわね……こっちだって、農耕都市カルネの罪の無い民を何千人も死なせてしまって、魔導国の統治だけで精一杯だと言うのに……お父様と違って出来損ないの私には荷が重いわ……一体どうすればいいのかしら?」

 

 魔導国の次期支配者としての練習も兼ねて『お留守番』をしているモモちゃんだが、アルベドの様な頭脳は持ちつつも、メンタルは父親のモモンガさんと同じ小市民なのでキャパシティオーバーで半泣き状態になっている。偉大なる智謀を持った父親の『アインズ様』と比べたら、余りにも小市民的な発想しかできない自分を『出来損ない』だと卑下してしまっている節がある。

 恐るべき智謀で世界を統一して千年以上の平和を築いた父親が、如何に偉大な存在かモモちゃんは理解している。幼い頃はルプスレギナ(狼形態)やハムスケと一緒に遊んでくれた優しい父でもあり、その後もユリ・アルファから教わったリアルワールドの歴史に登場する偉人達と比較して、父親が如何に偉大なる支配者であるのかを理解したのだ。

 

「僭越ながら、その様な憂慮は必要ございませんので、どうぞご安心ください。モモ様」

 

 怪しい笑みを浮かべる悪魔――デミウルゴスが落ち込みつつあるモモちゃんを宥める。

 

「……そう。いつも悪いわねデミウルゴス。あなたが居なければ私には務まりそうにないもの。感謝しているわ……それで、今の段階の物で構わないので聞かせて貰えないかしら?」

「そんな御謙遜を。モモ様はお父上様と同じ素質があり、いずれ私等超えてしまう事でしょう。ワールドイーターと呼ばれる支配者勢力がどのような手段で世界を掌握しているのか既に判明しており、魔導国及び各属国にも導入する事を前提に深く調べてみたのですが、要点だけを申し上げれば各国に通貨を発行する『中央銀行』なる金融機関を完全に私物化する事で彼等は経済を牛耳り、世界を意のままに操っております。正に人間の業の集大成とも呼べるべき物で深く関心致しました」

 

 つまりこれ、通貨発行権を持つ中央銀行に借りに来る客は『国家』であり、その中央銀行は株式市場に上場している『ワールドイーターが経営する財閥』であるが故に、彼等が貴族だとすれば国家が領地と言ったような具合で王国みたいな構図になっているのだ。

 すなわち、国家がワールドイーターから借りた借金を返す為に国民が税金を払っているという事なのだ。この『借金的奴隷制度』で国民が夢どころか、先さえも見えない暗闇の中でひたすら今日を生きる為に働き続けるしか無い状況になっているのが、この22世紀の世界。その上、AIによる監視社会となっているのだから世も末である。

 

「……その様な関係でロシア大統領や中国国家主席は世界の覇権を握るワールドイーター達を敵対視しており、『敵の敵は味方』という言葉もございます様に、既にそちら方はラナーが手を回しております。後はお母上が日本国をこちら側に引き入れる事が出来れば計画を次の段階に進められる事でしょう」

 

 顎に手を当てて『ふむ』と考え込んでいるモモちゃん。アルベド並の頭脳は持っているのだが、流石にアルベドには劣るので後でじっくりと情報の整理をして纏める為にメモ帖にスラスラと報告内容を書いて行く。

 モモンガさんにとってナザリックのシモベ達が大切な子供達である様に、魔導国の民は大切な家族である。

 その家族を守る為の責任感から出来る限りの努力はしなくてはと、支配者としての振舞い方を優しい兄のパンドラズ・アクターから陰でこっそり教わりながら練習していたりする。

 同業者で友人でもあるジルクニフ皇帝も親切に悩みの相談に乗ってくれており、人望の厚い彼を参考にしながら試行錯誤しているのだ。

 

 ジルクニフも、モモちゃんが支配者としては自分達と然程変わらない弱みに付け込んで策を練る気など今さら毛頭も無く、あの魔導王の娘であるが為に周りから期待の目で見られて大変だろうと心中を察して『同じ被害者』として同情してくれていたりする。多少は人類の安泰を願ってモモちゃんに優しくしている部分もあったりはするが……

 

「歓迎の準備で忙しい中、時間を取らせてしまって申し訳ないわね」

「いえいえ、そんなとんでもございません。モモ様をサポートする事こそ私の役目でございます」

「結構。そのまま計画を進めて頂戴」

 

 

 

 

 ドサッと自室のベッドに飛び込んで、そのまま『うわー』と言いながら、黒い羽を撒き散らしてゴロゴロとベッドの上でローリング中のモモちゃん。

 

「……どうしよう、お父様が何を計画しているのかイマイチ全容が掴めないわ。デミウルゴスには一体何が見えているのかしら?」

 

 彼女が悩む理由も仕方が無く、モモンガさんを凡人だと知っているのはアルベド・ツアー・リグリット・イビルアイ・ラナー・クライム・第一席次・番外席次の8名だけである。

 母親であるアルベドが魔導国を維持する為に『深淵なる叡智を持った魔導王』のイメージを支えている事など知る由も無く。

 

「ふう。少し気分転換しなきゃ駄目みたいね」

 

 溜息をつくと、デフォルメされた『ハムスケのぬいぐるみ』の編み物を取り出して続きを始める。母親と同じく裁縫は得意であったり。

 

「……ハムちゃん、喜んでくれるかしら?」

 

 何故か昔から『魔獣』と言うよりは、つぶらな瞳の小動物が大きくなっただけの様に見えて、眺めているだけで癒される憎めない独特の愛着が沸いてくるのだ。

 

「騒がしい、静かにせよ……うーん、何か今一迫力が足りないかしら?面をあげなさい……うーん」

 

 編み物をやりながらブツブツと支配者らしいロールプレイの練習に励んでいるモモちゃん。

 ジルクニフから貸してもらった『バハルス帝国の帝王学』の本も読みつつ、今一父親みたいな威厳のある雰囲気を再現出来ずに悩んでいると『コンコン』と自室の扉をノックする音が聞こえ、頭を素早く切り替える。

 

「どうぞ」

 

 扉を開けて入ってきたのはシズ・デルタ。

 オーレオール以外の姉妹全員が日本国で活躍している中で、ナザリックにお留守番で少し拗ねていたのだが、突然のウルベルトさん達の来訪で嬉しそうだ。

 

「……モモ様。至高の御方々が御到着致しました。着陸の許可を求めています」

「もちろん許可するわ。お父様の御友人にくれぐれも失礼が無いように気を付けてね、シズ」

「……はい」

 

 

 

 

「ふう。お姉ちゃん、何とか間に合ったね。こんな感じで大丈夫かな?」

「お疲れ様マーレ!たぶん大丈夫だと思うよ。本に載ってる写真通りに造ったし」

 

 大人に成長したアウラとマーレの二人組が地上で何を造っているのかと言えば、それはラナー達が乗った飛行機を受け入れる為の『滑走路』である。

 今後、日本国と交流するにあたって必要になるだろうと造っていた物を急ピッチで完成させたのだ。

 滑走路には夜間でも視認出来るように魔法による照明が規則正しく並んでおり、本物の滑走路にも劣らぬ完成度だ。

 

 上空に軍隊を送り込む時の様な大きさの異界門(ゲート)が開くと、『ギュイィーン』という空気を引き裂く轟音と共に航空灯をチカチカと光らせるアントノフAn-225が現れる。

 300年ぶりに会う妹のラナーの為に王国軍を率いて工事に参加していたザナック国王陛下も巨大な鉄の塊が夜空を飛ぶ雄姿を見て『日本国は魔導国と同じくらい敵に回してはいけない』と直感し、過去の失態を繰り返さぬ為にも、新参の日本国に舐めた態度を取るであろう、1300年前の悲劇を知らぬ若い貴族達を暗殺してでも釘を刺さなければと密かに決意していた。

 

 これは、地球製のハイテク機器を大量にナザリックへのお土産で運ぶのと同時に、歴史を直接経験していない、不老不死では無い若い世代が人の身であるウルベルトさん達に舐めた態度を取らない様、格の違いを見せつける目的でラナーが気を利かせてアントノフAn-225でワザとド派手に王国上空を凱旋しているのだが。

 夜空を見たことが無いウルベルトさん・茶釜さん・ペロロンチーノさんへのサービスも含んでいる。

 

 当然、低空で遊覧飛行するアントノフのジェットエンジンの騒音で『何事か!?』と目を覚ました王国の住民や貴族達は、航空灯やストロボをチカチカと点滅させながら飛んでいるガルガンチュアよりもデカい超巨大な飛行機に戦慄していた。

 

『管制。こちらシャルティア航空東京発ナザリック行便。着陸の許可を求めるでありんす』

「うわー……随分派手な物で来たねシャルティア。流石は至高の御方々が住まわれている国」

『これは「くうきり()がく」で空を飛ぶ乗り物で原始人なお主と違って、わらわは文明人でありんすぇ。タブレットのアプリでペロロンチーノ様から「エロゲー」も教えてもらいんした』

「それは空気力学でしょ!それぐらいアタシだって巨大図書館(アッシュールバニパル)の死獣天朱雀様の本で勉強したから概要ぐらいは知ってるわよ偽乳!」

『ぐぬぬ……』

 

 大人に成長してもシャルティアとのやり取りは相変わらずである。アウラはボーイッシュ系のクールビューティーに成長しており、マーレは女性受けが良さそうな中性的な美男子に成長していた。もちろん、マーレは性別に合った服装をしている。

 昔ならアウラを『おチビ』と呼んだのだが、今は背の高さもスタイルでも負けており言い返せない。

 

 凄まじい轟音を響かせながらランディングギアを下したアントノフが滑走路にタッチダウンすると、王国兵達が滑走路上で松明を振りながら機体を誘導する。地球側では一番最大規模の航空機なので、今後普通の旅客機を受け入れる場合でも問題ないだろう。

 

 ……まあ、当然、ラナーに雇われているEGH専属のアントノフのパイロットにしろ、松明を振ってアントノフを誘導している王国兵にしろ、互いに『こんな事があるなんて……』と腰を抜かしているのだが。

 

 そして、完全に停止したアントノフからウルベルトさん達が降りて来ると、日本とは全然違う『自然の匂い』がする澄んだ空気と頭上に広がる満点の星空を見て童心に帰って興奮していた。ブループラネットさんなら間違いなく発狂するだろうと確信もしていたり。

 

「うわおう!こりゃあブループラネットさん、二度と日本に帰ってこねぇわ……」

「うわぁあ……凄い綺麗だね……おい、愚弟。シャルティアとイチャコラしてないで少しは上を見ろ!」

「なんだよ姉ちゃん。今シャルティアに()()()のやり方を教えてるのに……うわ、マジか」

 

 まるで猫の様に『ゴロゴロ』聞こえてきそうな感じでべったりとペロロンチーノさんにしがみ付いて、目を細めて頭をスリスリしている幸せそうなシャルティア。

 やまいこさんの妹のあけみちゃんと結婚している事もあるのだが、シャルティアに対して健容で良い奥様である。

 今のシャルティアが狙っているのは『ペロロンチーノ様のペット』のポジションであり、ハムスケ的に愛される立ち位置にならんと必死であったりする。

 もっとも、シャルティア的には妻よりもペットのポジションの方がペロロンチーノ様から一日中可愛がってもらえるのでは?と、まんざらでもなかったりするのだが……

 

 それはさておき、アントノフのハッチから続々と荷物が降ろされている脇では、ラナーとクライムがザナック国王陛下と水入らずで何やら話している様子であり、ザナック陛下は超巨大な飛行機におっかなびっくりしながら内部の見学をしていた。ラナーとクライムはこの後ナザリックには寄らずにリ・エスティーゼ王国の王都に行く事になっている。

 

「お元気そうで何よりです。私の時間軸では10年しか経っておりませんが、300年経った割には元気そうですねお兄様」

「何と言うのか、噂では聞いているが化け物のお前でも苦戦する相手とは私は関わりたくないな。お前が持ってきた異国の道具を見れば少なくとも碌な相手ではない事だけは想像できる……まあ、それとは別に今後の日本国との本格的な国交に備えて貴族達に関しては粛清してでも釘を刺すから心配する必要は無い」

「ウフフ、万が一にでも、人間の身である彼等に何か不祥事が起これば王国の歴史は幕を閉じるでしょうからね」

「……ああ、言われなくても分かっている。特級の扱いで迎え入れたいのだが、何時の時代も相変わらず馬鹿な事を考える奴等が存在していてな……」

「王国に限らず、それは何処の世界でも同じですので気に病む必要はありません。既にリアルワールドは至高の41人の一人を殺害する失態を犯していますからね」

 

 その言葉を聞いて『ご愁傷様』とリアル側の国家の指導者に哀悼の意を捧げるザナック国王陛下。完全に向こうの異世界は外交以前に詰んでますわと。改めて無知は罪であるという言葉をヒシヒシと感じていた。

 

「それはさておき、向こうは1300年前の王国よりも腐敗していて多かれ少なかれ慣れていますから、余程の事が無い限りは何も心配は要りません。護衛で漆黒聖典の神人2人とシャルティアとアウラとマーレもいるので返り討ちでしょう。特にヤルダバオトの創造主であるウルベルトさんはそう言ったトラブルを楽しめるタイプの人間ですから。私も10年暮らしましたが、空気も水も不味く、肉と野菜の質もこちらより遥かに劣る物でした。王国の料理でもてなせば点数を()()()稼げると思いますよ?」

 

 あの、ヤルダバオトを生み出したウルベルトという人物は絶対に敵に回してはいけない。魔導王と同等の待遇で迎えるべき国賓リストに加える。例え、人の身だからと足元を見て来るであろう王派閥の身内を公開処刑してでもと固く決意しつつ、引きつった笑顔で会話を続ける。

 

「おお!それは良い情報を聞いた!明日も直ぐには帰らずにしばらくは滞在するのだろう?早速、王宮の専属料理人に王国の威信を賭けて出し惜しみ無しの料理を作らせよう。これは王国の命運に関わるからな」

「そうそう、これはお兄様へのお土産です。必要な情報は全て入れてありますので、これで勉強すればお兄様も貴族達を出し抜けるでしょう。後これはソーラー充電器で……」

「……ん?この板みたいな道具は……待て、もしや、日本国の?」

「タブレットと呼ばれる向こうの世界の『持ち運べる図書館』ですわ」

 

 画面をスライドしながら感動に震えているザナック陛下。中に入っているのは『孫氏の兵法』やらビジネス書等のラナーが厳選した数千冊にも及ぶ膨大な電子書籍の数々。ザナック陛下も魔導国の公用語である日本語は仕事上必要な為に読み書き出来る。

 

「おお!これがあれば、書斎など要らぬではないか!我が国、せめて王宮だけにでも早く導入したいな……この様な道具を向こうは大量生産できるのだろう?改めて国力の次元が違う国だとわかった」

「あら、意外とイビルアイよりも理解が早いですね」

「今更だ。どうせお前が乗ってきた巨大な鉄の鳥も向こうでは馬車並に普及している一般的な乗り物である事は想像に容易い。そしてお前の事だから向こうの世界で上位に君臨しているだろう事も想像できる。これだけ長く生きていれば流石に慣れて来るからな」

 

 ルプーによる()()()を遂げたバルブロ第一王子と違って、1300年生きている事もあり流石に話の理解が早い。

 

「……でしたら、日本国は食料を輸入に依存している国家なので、王国の余剰食糧や家畜が交渉材料になるかもしれませんね。土地が豊かな王国はその点の貿易競争では他国よりも有利でしょう」

「あぁ、妹よ。感謝する」

 

 王国の数百年先の未来の展望を初めて思い描くことが出来てテンションが上がって来ているザナック陛下。例え、ラナーの手の平の上で踊らされていると分かっていても、いつもの事なので今更気にしない。

 

 

 

 

 場面は変わり、ナザリック地下大墳墓で豪華極まる熱烈な歓迎を受けて若干引き気味の茶釜さんとペロロンチーノさん。

 ウルベルトさんは『俺はこう言うのは性に合わねぇから、偶には弟と水入らずでゆっくりすると良いよ』と第一席次と番外ちゃんと一緒にショットバーに逃げて任務成功の打ち上げ中だ。

 

「おい……愚弟。さっきからシャルティアとお熱いのは良いけど、奥さんのあけみちゃんがいるんだから……一線は越えるなよ?」

「ちょっとシャルティア!あんたは何時までペロロンチーノ様にベッタリ甘えているのよ!」

 

 やはり本業が現役声優なだけあって、特に最後の一言は虎が唸る様なドスが利いている声で器用な物である。

 

「わ、わかってるって姉ちゃん。もう少しぐらい信用してくれよ……」

「ぐぬぬ……わかったでありんす」

 

 ともあれ、案の定、茶釜さんとアウラにそれぞれ怒られているペロロンチーノさんとシャルティア。

 そんなやり取りを見て『ウフフ』と上品に笑っているのはモモちゃん。

 

「失礼しました。お父様から聞いたお話通り大変が仲が宜しいのですね」

「あなたは……アルベド……じゃない。もしかして、娘さんかな?」

 

 一瞬、アルベドと見間違える茶釜さんだが、髪が短いし、以前テレビでアルベドが娘の誕生の経緯を事細かに話していたので直ぐに誰なのか思い当たる。モモンガさんがナザリックに帰って来たら、()()()()をしなければとも思っていたり。

 

「はい、その通りです。自己紹介が遅れましたね、改めまして私は魔導王と守護者統括の娘のモモと申します。今はお父様とお母様が不在の為に臨時で女王を務めております」

 

 幼い頃に父親のモモンガさんから聞いた『至高の41人の話』通りで、物語の登場人物に実際に会えた様な感じで嬉しくて腰の翼を少しバサバサさせているモモちゃん。

 

「ところで……ウルベルト様はどちらに?」

 

 見当たらないなと思いつつキョロキョロと探してみるが、歓迎の式典の会場には影も形も無い。

 

「ああ……ごめんね。旦那なら今ショットバーで飲んでると思うよ。彼は余りこう言った場には慣れてなくて」

「そうですか……実は子供の頃からファンだったのでお会い出来るのを楽しみにしていたのですが、残念です」

 

 ちょっとショボンと翼が垂れているのを見て『犬のしっぽみたいに感情表現に使ってるのかな?』と思いつつもフォローを入れる茶釜さん。

 

「そう言えば、モモちゃんはモモンガさんからユグドラシルの話を聞いて育ったのかな?」

「はい、お父様の御友人の方々と未知を求めて様々な冒険をしたり、色んなワールドエネミー達や悪しきプレイヤー達と戦ってきた冒険譚を聞いて育ちました」

「……(どうしよう、もしかしてゲームって事を知らない?)」

 

 モモちゃんの憧れになっているだろう物語を壊してしまうのもあれだし、どうした物かと悩んでいると、意外にも茶釜さんの心中を察して『ウフフ』と女神の様な包容力がある優しい笑みを送って来る。

 

「あ、そんなに困らなくても大丈夫ですよ。『DMMO-RPG』と呼ばれる仮想空間にダイブするゲームである事は存じておりますので。一応、魔導国の指導者として、お父様程ではありませんが日本国のテクノロジーや歴史と文化、経済や政治に国際問題はほぼ把握していますから」

 

 優しくて、包容力があり、頭が良い子なんだなと言う印象を受ける茶釜さん。こんな良い子に育つなんて、モモンガさんって実は凄い人なのでは?と同時に思うのであった。若干、女性関係に関しては欲望剥き出しで悪印象な所もあるのだが……

 

 しかしながら、どうしてこんなに知っているのだろうか?そして、自分達がゲームのNPCに過ぎなかった事を知っても何故平然としているのか?と疑問に思う。

 

 ……モモちゃんに関しては半分は人間の血が流れているが。

 

 これは茶釜さんには知る由も無いのだが、モモンガさんがNPC達を子供の様に大切にしてきた日頃の行いもあり、実はリアルの世界で作られたゲームのキャラクターに過ぎなかった事を知ったとしても忠誠心が揺らぐ事は無かった。

 むしろ、そんな『玩具』に過ぎない自分達を大切にしてくれたモモンガさんの深い愛を知り、深い感謝の念と共に感動の涙に打ち震えて忠誠心がさらに限界を突破したのである。

 アルベドが献身的にモモンガさんを支えているのも、こう言った裏事情があっての事なのだ。

 



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悠久の国の女王②

 さて、ショットバーに逃げたウルベルトさんはと言うと、何処からどう見ても幼女にしか見えない先客がオッサンの如く焼酎のビンを片手に思いっきり泥酔している、色んな意味で異世界過ぎる光景に大いに困惑していた。

 

「ぐえー。ひっく。やってられんわー。くそう、誰が合法ロリじゃっ!誰かセラブライトの奴に死に方を教えてやってくれ。あいつは後何百年生きるつもりなんだ!もう充分過ぎる程生きただろう!死地に送り出しても『愛の力です!』とか言って生還するし、私は何時になったらアイツのねっとりと舐める様な視線から解放されるのだ!?」

 

 竜王国の重要人物だとモモンガさんが勘違いし、セラブライトが永遠の命を手に入れてしまった事に対して、悲痛な心の叫びをあげて深酒している彼女は竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルスである。

 まあ、確かに1300年間もねっとりとした熱い視線を向けられていたら、それはそれでビーストマンの侵攻よりも大変かもしれない……少なくとも当事者にとっては。

 しかも、不幸な事に千年以上も『幼女形態』を取り続けたが為に、リハビリをしない事には本来の姿へ戻れなくなってしまっていたりと受難が続いているのだ。

 ウルベルトさんは直感的に関わるとヤバいと感じて、カウンターの席3つ分程距離を置くのだが……

 

「おい!こんなに愛らしい少女からなんで距離を置く!?……ええい、酒じゃ酒じゃあ!世知辛い現実を遠ざけて置くには飲むしか無いわ!」

「あ、いえ、お気になさらず」

 

 まさか、ナザリックでべろんべろんに酔い潰れたオッサンみたいな幼女に絡まれるとは夢にも思っていなかったウルベルトさんの困惑は更に深まって行く。

 そもそも『この人誰?なんで此処にいるの?……それ以前に幼女が酒瓶を何本も飲み干してるこの状況ってどういう事!?』と、リアルでは考えられない常識を覆す未知との遭遇に色々とツッコミたい気持ちがありつつも抑える。

 ウルベルトさんも酒は好きだが、彼女はロシアの酒飲み大会で勝てそうなぐらい飲んでおり、どう見ても飲み過ぎである。

 

「うぇ。ひっく。フンム……お主はセラブライトの変態と違ってロリコンでは無い様だな……なあ、可哀そうな私の悩みを聞いておくれ。宰相の奴からも『いっその事、結婚されてはどうでしょう?』なんて適当に受け流されて話せる相手がおらぬのだ。女王なのに扱われ方が酷いんじゃ!国民も兵士もロリコンばかりでウチの国はブラック過ぎる!どうしてこうなった!?このままでは冗談抜きで近い将来に変態の巣窟になってしまう!もう竜王国はお終いじゃあ!……ええい、もう、いっその事『竜王国』と名乗るのは止めて『ロリコン王国』に改名してやろうか!こうなればヤケ酒じゃ!」

 

 適当に聞き流しながら相槌を打ちつつ、カランッと音を立ててウイスキーのロックを飲んでいる渋い男なウルベルトさん。

 

「ま……まあ、ウチの国でも指導者という立場の人って大変だなーと思う時も偶にはありますけどね……俺の友人に丁度良い人がいますよ。紹介しましょうか?」

 

 会話のキャッチボールならぬ、会話の()()()()()()状態で面倒くさいのでペロロンチーノさんに投げる。

 

「おぉ!分かってくれるのか!誰なのか知らぬが、竜王国に来て是非私を支えてくれぬか?我が民はロリコンしかおらぬから駄目じゃ!役職は女王の権限で超高い待遇で迎え入れるぞ!努力次第では次期宰相の地位も考慮してな!もちろん、協力するぞ!アイツは優秀だが女王の扱いが酷過ぎるのだ。クビじゃ!クビ!ひっく……何処の国出身なのだ?私が直々に口添えするぞ?」

「えーっと、分かるのかな?日本なんですけど……」

「……」

 

 酔い潰れた『のじゃロリ』に生まれて初めて遭遇したなぁとも思いつつも、改めて異世界に来ている実感を感じるウルベルトさん。理由はよくわからないが、何故か急に顔が真っ青になって『こてんっ』と倒れたので『飲み過ぎで気分が悪くなったのかな?』と一人納得する。

 

 それはさておき、改めてゆっくりと感慨深げにバーを見渡す。とてもでは無いが1300年も経過したとは思えない真新しさだ。いくら手入れしても、それだけの年月が経過すれば名実ともに本物の墳墓の様に風化してもおかしくないのだが。

 とはいえ、魔法が存在する世界を現実世界の物差しで測るのもおかしな話かと思い『そういう物なのだろう』と考える事を止める。

 

「いやー、疲れてると酔いが回るの早いな。余計な事を考えちまう。次の一杯で最後にしようかな」

「それでしたら、是非ウルベルト様に飲んで頂きたいカクテルがございまして、10種類のリキュールを混ぜました『ナザリック』という数世紀掛けて完成させた自信作でございます」

「おー、有り難うピッキー。じゃあそれを頂こうかな」

「畏まりました」

 

 ショットバーのマスターをやっているキノコの様な頭の副料理長、ピッキーは表情こそ読み取れないが、何処と無く嬉しそうである。自身の最高傑作を至高の御方に飲んでもらえるからというは言うまでもなく。

 人間にとって毒になりかねない物は手早く代用品でアレンジしつつ、テキパキと作っている。

 

「……それにしても、少々面倒な事態になりましたね。香港マフィアの背後にいたN17という民間諜報組織……恐らくワールドイーター配下の組織だと思いますが」

 

 と、隊長さんこと第一席次。

 

「……ああ、そうだな。茶釜さん達には危険な情報だから内緒にしてるけど、たぶん、俺の勘だとベルリバーさんをやったのはこいつ等だ」

「うん?N17?……弱いのに興味無いから覚えてない」

 

 と、興味無さげに会話に参加している番外ちゃん。

 

「はあ……ほら、あの、あなたが横浜中華街跡で暴れた時に捕らえた香港マフィアの脳をニューロニストに吸わせたじゃないですか。あの時のですよ」

「ああ。そう言えば、いたね。そんな奴……ま、私はこれ飲み終わったらコキュートスと戦って来るかな。リアルの人間は弱くて最近腕が鈍ってるから。期待していた戦車も装甲が柔らかいし、アダマンタイトくらいは使うべきだよ」

 

 こんな相変わらずな調子で良くもまあ、10年も日本に溶け込んで生活している物だと改めて思う隊長さん。

 

「アダマンタイトで戦車を造ったら、重くなり過ぎて燃費や機動性が悪くなると思いますよ……そもそも、彼等は現代戦において、あなたみたいに真正面から殴り合う戦い方は想定していないですから……」

 

 そりゃあ、まあ言ってしまえば、オリハルコンやアダマンタイトの様な鉄よりも硬い金属がごろごろ転がっている世界において、戦車が柔らかく感じるのは仕方が無い。

 それ以前に、そんなアダマンタイトでも凹む様な人外の力を持った存在に至近距離から殴られる事なんて想定して造られていない。インファイトなんてやられたら、近過ぎる所為で為す術も無くサンドバックの如く殴られ続けるしかないのだ。

 その上、恐怖公の眷属がエンジンに詰まって故障したり、砲門から内部に侵入してきた眷属達に操縦者が食われたりで、戦う相手が悪かったとしか言えない。

 ある意味、シャルティアや番外ちゃん並の強さが無ければ倒せない戦車を一方的に蹂躙できる恐怖公の眷属達は実は強いのかもしれない。

 

「はあ……やれやれ。隊長さんや番ちゃん達が羨ましいねぇ……リグリットやラナーが居なければ、強いて言えばモモンガさんが居なければ、今みたいに有意義な仕事に在り付けなかったからな。たっちさんだって、ラナーの巨大複合企業からの組織票か何かで裏に付いてるから政治家になれたんだろ?実際の所は」

 

 そう、よくよく考えてみたら、たっちさんが外務大臣になる前。まだ地方選に出馬したばかりの頃の街頭演説では、巨大複合企業が実質的に支配する今の体制を作り直そうとする革命派的な内容だった故に良くもまあ、このご時世で当選した物だと驚いた事は記憶に新しい。

 

「国民による、国民の為の民主主義を取り戻そうではありませんか!巨大複合企業の!家畜として!生かされているのが今の日本の社会なんです!一体、これの何処が民主主義と呼べるのでしょうか?私は以前、警察で働いておりました。巨大複合企業の何らかの秘密を知った友人が殺害されても上からの圧力が掛かり捜査は打ち切られました。司法機関も彼等の手によって腐敗しているのが現実なんです!……なんて堂々と街頭演説したら潰されると思っていたんだけどね」

 

 正々堂々と真正面から今の腐敗した体制と戦わんとする姿勢はたっちさんらしいと言えばらしいが、流石のウルベルトさんでも『いやいやいや、家族がいるんだからもう少し冷静になろうよ』と心配したものだった。その姿は正義の味方と言うよりも、義憤に駆られた革命家に近かったのだ。

 まさか、たっちさんが支配者層に怒りの炎を燃やしていた嘗ての自分の様になるとは完全に予想外である。

 間違いなく、理想とはかけ離れていた警察を自分を騙しながらでも続けていたあの男に火を着けたのはベルリバーさんの件だろう。

 

「……まあ、馬鹿正直で実直なアイツなら日本を悪くはしねぇと思うから、俺としては大歓迎だけどな。あの頑固な野郎と国会討論しないといけない政治家達が可哀そうだ」

「お待たせ致しましたウルベルト様。こちらがナザリックになります」

「おお、ありがとう」

 

 ピッキーからカクテルを受け取ると、10種類のリキュールが層の様になっており『なるほどね』と納得する。

 しばらく日本に売ってる酒が不味くて飲めなくなりそうだな、なんて思いながら飲んでいるとデミウルゴスとモモちゃんの二人が来店してくる。

 

「もぉ、ドラウさん。まーた飲み過ぎてこんな所で寝ているんですか……後で竜王国の宰相にナザリックで泊って行くと連絡しないといけないですね」

 

 額に手を置いて『やれやれ』となっているモモちゃんの隣では、ウルベルトさんに再会出来た喜びでデミウルゴスがプルプル震えている。

 

「ウルベルト様……お会い出来て感極まる思いでございます。もし宜しければ後ほど第七階層にお越しください。きっとシモベ達も喜ぶ事でしょう……ピッキー、私も同じ物を貰おうかな」

 

 モモちゃんとデミウルゴスの二人がカウンターに座ると、番外ちゃんは『じゃあね』と手をピラピラ振りながらショットバーを後にする。

 ウルベルトさんとデミウルゴスは言葉を交わすことも無く、モモちゃんは『男の人って何で素直に喜べないのかしら?』と困りつつも、シンミリと静かに飲んでいる場の空気を変えようと話題を振る。

 

「……えーっと、ウルベルト様。初めまして。私はモモと申します。お父様からお話を聞いて育ちまして――」

「……なあ、デミウルゴス。もしかして……日本を政権交代させて、たっちさんを総理大臣にするつもりなんじゃないか?『世界征服』の前段階として。ワールドイーター達から世界を盗むのか……愉快だな。アイツが政治家に成れたのも、俺が今の職に就いているのも全てモモンガさんがラナー達を送り込んだからなんだろう?俺の勘だけどな、モモンガさんは1300年前に転移した直後から『今日』と言う日を想定して魔導国を建国したんじゃないか?」

「流石はウルベルト様……!その通りでございます!アインズ様――いえ、モモンガ様は転移した直後に夜空をご覧になられて、こう仰られました。()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 モモンガさんが凡人だと知っている隊長さんは横で『あちゃー……全然勘が当たってないですよ』と思いつつも、言えない空気なので黙って見守っている。

 

「なんてこった……話が全て繋がったよ。それで地球側の技術やインフラが必要だからラナー達を送り出したのか。自然環境再生事業も、地球が自滅して滅んだら計画を進める上で困るからという事かい」

 

 いやいやいや、違いますよ。モモンガさんはあなた達に幸せに暮らして欲しかっただけで、そんな事は考えていません、と冷静に脳内ツッコミを入れる隊長さん。

 

「はい。私も当初は『世界征服』の比喩だと思っておりましたが、まさか言葉通りの壮大な万年単位の御計画だったとは思いにもよりませんでした。一番最初の時点で壮大な御計画の最終目的をお話になられていたのに、ウルベルト様に知者としてご創造されたにも関わらず、思い込みによる狭い視野の所為で千年以上も気付かなかった私はなんと愚かなのでしょう……」

 

 横では『えっ!そうなの!?』とモモちゃんが驚いた表情をしている。まさか、父親が万年単位の視野で宇宙に本格的に進出して行く世界を創造する一環としてリアルワールドを征服しようと考えていたとは、と。

 確かに魔導国で独自に研究したり開発するよりも、リアルワールドを利用した方が圧倒的に早い。

 

「そんな事は無いさデミウルゴス。1300年も安定した国家を築き上げた人物なんて地球の歴史上誰もいない。キリスト教の聖書で『千年王国』なんて表現されるレベルで実現困難な事をやってのける恐ろしい深淵な智謀を持ったモモンガさんを相手に今まで良く頑張ってきたよ」

「あぁ……ウルベルト様。そのお言葉だけで全ての苦労が報われる思いでございます……!」

 

 全くの的外れな方向に行っているのにデミウルゴスと会話が成立しているウルベルトさんは何者なんだ……と、違う意味で隊長さんは驚いていた。

 

「成る程ねぇ……それで先を見越してEGH――ラナーの企業がアメリカの民間宇宙航空会社を傘下に収めたり、NASAと提携しているのか。月面資源開発は『宝石箱の様な星空』を手に入れる為の第一歩と言う事かい。未来の世界が楽しみに思えるなんて……古き良き時代の夢物語だと思っていたよ」

「ご安心くださいウルベルト様。御息女の為にも必ずやモモンガ様が御計画する壮大な未来を実現致します……その為にはまず――」

「分かってる。トライセンデンス社のウイルス漏れをでっちあげて、彼等からの組織票で当選していた政治家達を失脚させるんだろ?北朝鮮を乗っ取ったのも、魔導国と日本を守る為の核兵器を手に入れる事だけじゃなくて、あの国を隠れ蓑にしてサイバー攻撃を日本に仕掛ける事で政治家や総理大臣の汚職や賄賂の証拠を世に露わにして、前代未聞の一大スキャンダルで衆議院解散と政権交代を狙う。おまけに世界各国からのヘイトが全て北朝鮮に集中するから魔導国はお咎め無しと……モモンガさんすげぇな。一体、どんな景色が見えているんだろう?」

 

 言おうとした事を先にウルベルトさんに言われてしまって、『流石はウルベルト様』と喜んでいるデミウルゴス。

 

「そんな……!ウルベルト様もモモンガ様に引けを取らない叡智をお持ちになっておられます」

「いやいや、過大評価し過ぎだって。俺にはモモンガさんみたいに『千年王国』なんて絶対無理だから。なんとなく勘で言ってみただけで深くは考えてねえよ。点と点を線で繋ぐ辻褄合わせするだけの唯の職業病だから。一応これでも公安だし」

 

 ウルベルトさんとデミウルゴスは斜め上にモモンガさんを深読みする話に花を咲かせながら酒を飲み、平和に夜が更けて行くのであった。

 

 

 

 

 一方、竜王国では……

 

『夜分遅くに申し訳ございません。ドラウさんがナザリックのショットバーで泥酔してしまって、今日()ナザリックに泊って行く事になりそうです……』

「はぁ……ウチの陛下がいつもご迷惑をお掛けしてしまって、こちらこそ大変申し訳ございません。貴国にはビーストマンの侵攻から助けて頂いたと言うのに恩を仇で返すような事を……スレイン法国と聖王国から神を冒涜する行為だと抗議文章が届いているのに陛下は何をやっておられるのか……せめて、お詫びと言っては何ですが、農耕都市カルネの復興作業は竜王国が自腹で……」

 

 モモちゃんから伝言(メッセージ)が届いて頭を抱えているのは竜王国の宰相。

 

『お気持ちは大変有難いのですが、日本国の自衛隊と呼ばれる軍が異世界から派遣されて復興に手を貸してもらえる事になっていますので……』

「は!?プレイヤーの国の軍隊がですか!?」

 

 宰相も彼等が生身の人間である事は知っているのだが、プレイヤーの国は天にも届く様な超巨大建造物が(ひし)めき合い、音よりも早い速度で空を飛ぶ乗り物や月に行ける乗り物が存在する、魔導国よりも高度に発達した文明である事は知っている。

 魔導国の首都エ・ランテルでは『熱鉱石』を利用した蒸気機関車や『ルーン魔法』を利用した飛行船が存在するが、それよりも遥かに進んだ物だと聞いているのだ。

 何よりも、あの魔導国の都市であるデス・ナイトに厳重に警備された農耕都市カルネを一日で落とした軍事力が只者では無い事ぐらい誰にでも理解できる。あの評議国の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)始原の魔法(ワイルド・マジック)を使わなければ勝てない様な相手だったのだ。

 

 もしも、ワールドイーターの機械兵団が竜王国に現れていたら、半日も持たずに国が陥落していた事だろう。あのデス・ナイトが全滅する様な『多脚戦車』や『VTOL』と呼ばれる兵器を作れる文明に勝てる筈が無い。従属神や竜王(ドラゴンロード)或いは神人で無ければ勝てない相手だ。

 そんな代物を剣や弓と同じ様に大量生産できるのだから恐ろしい。こうなれば、魔導王を信じる他道は無いと改めて覚悟する宰相だった。

 

 

 

 

 その頃、バハルス帝国では……

 

「陛下。こちらが先程ラナーが転移魔法で送ってきた日本国の『育毛剤』と呼ばれる霊薬でございます」

「すまないな、バジウッド。魔導国でも作れない霊薬を作る事が出来るとは、流石はプレイヤーの世界だ。直ぐに魔法省へ送り成分を分析させろ」

「はぁ……しかし、陛下。ワールドイーターへの対策は宜しいので?」

「何、我々に出来る事は何も無いさ。魔導王に全て任せておけば良い。一応、軍だけは何時でも動かせるようにしておけ。レイナースは何処だ?追加の人員が必要ならば帝国からは彼女を日本国に送ろう」

「彼女なら今、神殿で魔導王に祈りを捧げていますぜ……」

 

 色んな意味で悟りの境地に到達して頭が輝いているジルクニフは日本国の霊薬に一筋の希望を託していた。

 何せ、髪を再生させる為には超位階魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉及び『強欲と無欲』のワールドアイテムも併用して100万もの民の魂を犠牲にしなければいけないと魔導王から聞いていたからだ。

 

「呪いを解いてもらった上に、永遠の若さと命まで与えられれば、彼女が魔導王の信仰者になるのも仕方が無いか……しかし、不老不死よりも髪の再生の方が困難と言うのは解せぬな」

「そりゃあ仕方が無いですぜ陛下。不老不死と言ったって、フールーダ殿やリグリット殿も独自に禁術を使って延命していた程で俺達でも到達できる方法なんですから……ほら、従属神のオーレオール・オメガ殿も人間で在りながら不老不死じゃないですか。たぶん、魔導国では簡単な事なんですよ」

 

 六大神や十三英雄ですら寿命で亡くなったと言うのに、今や彼等よりも圧倒的に長生きしているので不思議な物である。

 スレイン法国の改訂版の教義では、六大神や邪神の八欲王達よりも上位の万物を司る『最高神』としてモモンガさんは崇められている。

 ちなみに不老不死化した者達は『神に選ばれた使徒』として信仰の対象にもなっており、地球で言うところのイエス・キリストとかイスラム教のムハンマド的な感じである。

 



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悠久の国の女王③

 さて、ウルベルトさんはデミウルゴスと飲んでから温泉に入った後に、ナザリック地上部に出て満天の夜空を眺めながら風呂上りの火照った体に吹き付けて来る心地の良い風を満喫していた。

 

「……」

 

 最早、何と言葉で表現すれば良いのか分からない、感動という二文字では到底正確に表現する事が出来ない生まれて初めての気持ちを感じていた。

 まるで邪気が抜けて行くような、自然との一体感を感じさせる風。星々に手が届きそうな、広大な宇宙のド真ん中にいるような錯覚さえ覚える星空。

 リアル世界では、例え光化学スモッグやPM2.5等による複合的大気汚染が無かったとしても、都市による光害で星空は見えない。

 

「……大昔の人々が天に神々の住む世界があると想像したのも納得が行く、神秘的な美しさだ」

 

 本当に何時間でも眺めていられそうな美しさで、眺めていると『他の星にも人間の様な生物はいるのだろうか?』とか『何処まで続いているのだろう?』と考えずにはいられない。

 この引き込まれそうな広大な世界の前では自身が悩んだり憤怒していた事が取るに足りない些細な事に思えてしまう。

 宇宙と言う広大な世界の中の、点にも満たない極僅かな世界しか知らないのだから。

 

「……そう言えば、この世界って俺達の地球が存在する宇宙とは別の宇宙だったか。この異世界にも人がいるんだから他の星にだって生物ぐらいたぶんいるよな、ハハハ……」

 

 ふと、かの月面着陸したアームストロングも真っ青なパラレル宇宙に存在する未知の惑星に今現在いると言う事実を思い出して乾いた笑いをあげる。

 何せ、何十光年とか何億光年というレベルどころか、法則が異なる別の宇宙にいるわけであるからして。

 色んな意味で次元が違うのだから。

 

 しかし改めて考えてみると、今まで深く考えない様にしていたのだが、やはりユグドラシルの魔法がこの世界どころかリアル世界でも使える事に疑問を感じる……例え燃費が悪くなろうとも。

 

 しかしながら、ウルベルトさんは余り学ぶ機会に恵まれなかったので物理学がどんな物かは漠然とした概要しか知らないが、あくまで法則の細かい原理を体系化する事は出来ても、そもそも根本的に『では何故、その法則が存在しているのか?』という理由については物理学でも全く解らないのは知っている。

 

 何故、魔法が存在するのか?と言う事をいくら考えても結局のところは『何故、光の速さは秒速30万kmなのか?60万でも良いのではないか?』と思うのと一緒である。

 リアル世界の物理法則ですら何故存在しているのかは誰にも解らないのだから、魔法が何故存在しているのかも同じく解らないだろう。

 

「……そういう事か」

「如何なされましたか?ウルベルト様」

 

 突如、稲妻が落ちた様な衝撃を感じるウルベルトさん。

 きっとモモンガさんも初めてこの夜空を見た時に同じ事を感じ、考えたのだろう。

 

「デミウルゴス、どうしてモモンガさんが『宝石箱の様な星空』を手に入れようと思ったのか判った気がする」

 

 これは恐らく、人間的な視点で見るからこそ理解できる物であり、デミウルゴスから聞いた『未知を求める冒険者』に改革して大陸中を調べさせた話からも正しいと確信を持つ。

 

「恐らくモモンガさんは知的好奇心や探求心から世界の理の深淵を覗きたいと思ったんじゃないかな?そもそも何故、リアル世界やこの世界が存在しているのか、とかさ?」

 

 ウルベルトさんの言葉を聞いて、同じく稲妻が落ちた様な衝撃を感じているデミウルゴス。

 確かに深淵なる叡智を持つアインズ様ならば、フールーダが魔法の深淵を覗く事を望んでいるのと同じ様に、理の深淵を覗く事を御望みになられても不思議では無い、と。

 

「確かにモモンガ様は『私にも解らない事はあるのだ』と仰られておりましたが……まさか、この事だったとは……!」

 

 万年単位、下手をすれば億年単位と言うシモベ達からしても気が遠くなる様な時間が掛かるだろう、星空を手に入れる計画でさえゴールでは無く、あくまで世界の理の深淵を覗く為の手段であり、通過地点でしか無いのだ。

 そして、その理の深淵の向こう側に何があるのか、或いは何も存在しない虚無なのかは誰にも解らない『神の領域』である。

 

「……なあ、デミウルゴス。俺にはモモンガさんがこの広大の星空の向こうに何を見ているのかは分からねぇ。そんな大層な計画を立てる頭も持ち合わせていねぇ。若い頃はその日食い繋ぐだけで精一杯の貧困層だったからな。世の中は残酷だと知って、行き場の無い怒りや絶望から『悪魔』に成れば地獄でも快適に感じるのでは?と思ってウルベルトを演じていたし、お前を作ったんだ……ごめんな、弱い人間で」

「ッ……!ウルベルト様……」

「我が儘を言ってすまねえが、これ、ソリュシャンとエントマと新宿に行った時に掘り起こして来た両親の遺骨でな。この地に埋葬し直してやってくれないか?あんな汚い場所よりも、星が綺麗なこの場所の方が喜んでくれるだろうさ。俺に親孝行させてくれないか、デミウルゴス?」

「恐れ入ますが、最上位の蘇生魔法が込められている魔法道具(マジックアイテム)を使用すれば――」

 

 デミウルゴスが言いかけた提案に対して静かに首を振るウルベルトさん。

 

「両親は散々地獄を見て来た。どうか休ませてやって欲しい。それにユグドラシル産の消費アイテムは補給出来ないだろ?」

「……畏まりました。全身全霊を持って丁重に葬らせて頂きます」

 

 

 

 

 薄っすらと意識が戻り、随分と長い間眠っていた気がしていた。物凄く長い夢を見ていた様な、そう、イビルアイが一人でずっと寂しがっている夢を見ていた気がする。

 眠る前の日の事を全く思い出せ無いし、体が重い。手を伸ばして呼んでいる人はアルベドにも似ているが、彼女とは違って純粋な光を感じる。

 

(この全ての存在を愛で包み込むような光……それにあの翼は天使なのかしら?でも、私の中の闇が光に抵抗しているわ……でも、イビルアイの為に起きなければ。大切な仲間ですもの)

 

 まるで自分の中に存在する闇をも受け入れてくれる純粋な愛とも呼べる未知の存在……これが神なのだろうか?と思いつつも伸ばされた手を掴む。

 

「初めまして、()()()()()さん」

「あなたは……此処は一体……」

 

 確か、眠る前は80歳を超えていた筈なのに全盛期の肉体年齢に戻っている事と、目の前の見知らぬサキュバスに困惑しているラキュース。

 

「私は魔導王と守護者統括の娘のモモと申します。申し訳ございませんが、少々事情が変わりましたので、()()()()にはもう一度生きて頂きたいのです。何分、今の魔導国はプレイヤーの世界と戦っておりまして、人手不足故に眠っていた所をこちらの都合で起こしてしまって本当に申し訳ございません」

 

 目の前の女性が魔導王の娘である事や、プレイヤーの世界と戦っていると言う事に困惑するばかりで頭が追い付かない。そして、自身が確か寿命で死んだ筈だという事を思い出す。

 

「……私が死んでから何年経ったの?」

「大凡、1240年は経っていますよ」

 

 伝承ですら色褪せて忘れ去られていくであろう、恐ろしい程の長い年月が経っている事を知って、目を見開くラキュース。

 

「そんなに!?……ごめんなさい、イビルアイ。あれは夢では無かったのね……彼女は今何処にいるの?」

「今、この世界には居ないので直ぐにお会いする事は出来ませんが……」

「そんな……!お願い、彼女を生き返らせて!千年も経ってから私を生き返らせる事が出来たんだからやれるでしょ!?」

 

 泣き始めてしまったラキュースに慌てて説明するモモちゃん。それと同時に、やはり英雄譚通りの人物だと改めて安心する。

 

「ご安心ください。彼女は今、異世界に存在する『日本国』と呼ばれる国家にリグリットさんやツアーさんと共におりますので」

 

 そして、順を追ってラキュースの死後1240年間に起きた出来事や、今現在プレイヤーの世界を支配するワールドイーターと呼ばれる勢力と戦争中である事等を全て説明する。

 大陸の全てを探索し尽くして存在意義を失った冒険者組合が遥か昔に自然消滅した事や、そんな中でもワーカーは今現在も傭兵として残っていたりと細かい事まで。

 

 とりわけ、ラキュースが最も驚いたのはラナーとクライムが健在である事だ。

 そして、ラナーがスレイン法国の神人とリグリットを率いて、嘗ての王国よりも酷い状況の日本国を救う為に戦っている事。

 更には、クライムが今やアダマンタイト級の実力を持っている事。

 

「ラキュースさん、少し私に着いて来て下さい。お見せしたい物があります」

「……ねえ!ところで他の皆は!?」

「アハハ!実はあなたが一番最後なんですよ?なかなか起きてくれなくて苦労したのですから。皆待ってますよ?ティアさんに至っては『美人に呼ばれたから』なんて、私を認識するなり直ぐに蘇りましたからね」

「……」

 

 どうやら皆は先に蘇生していた事を知って胸を撫で下ろすも、ティアの相変わらずな様子に素直に喜べない複雑な感情が渦巻いていた。

 

 そして、モモちゃんとナザリックの廊下を歩きながらラキュースは改めて考える。何故、難度300を誇る神人である彼女が蒼の薔薇を必要としているのか?と。

 さらに彼女から聞いたリアル世界の歴史。元々は人間の天敵となるモンスターが存在しない楽園とも呼べる世界だったのだが、それ故に人間同士の争いと共に歴史を歩んできた事。そして蒸気機関の発明による産業革命が起きてからは急激に世界が変容し、遂には世界全てを支配するまでの強大な力を手に入れた事。

 やがて世界を全て食い尽くし、生命をも都合良く作り変えて神の如く振舞う彼等は、遂には世界の壁をも超える技まで身に着けて、理不尽にもこの世界を植民地化する為に領有権を一方的に彼等の作った法で主張している事。

 

(酷いわ……王国貴族よりも酷いじゃない……蛮族と何も変わらないわ。プレイヤー達はそんな世界で暮らしていたのね……)

 

 そして、そんな世界を見て育ってきた故に、魔導王は全ての民が種族の違いを乗り越えて幸福に暮らす完璧な理想郷を築き上げたのだろう。

 嘗てのゲヘナもリアル世界と同じ状態になる事を防ぐ為の苦肉の策だったと理解する。恐らく、王国がリアル世界に近い状況だった為に、あそこまでやる必要があったのだ。

 モモちゃんから()()()()()()()を聞いて、無実の民を救う為ならば、正義の為には闇を背負う必要がある事を痛感するラキュース。

 何よりも結果論的に言ってしまえば、あの犠牲があったからこそ今の王国は1300年も繁栄しているのだ。そう認めざるを得ない。

 

「よお、ラキュース。ようやく起きたか!」

「鬼リーダー、寝坊」

「鬼ボスが地獄から帰ってきた」

「ッ……!皆……!」

 

 部屋に入るなり、在りし日の姿に若返っているガガーランとティナとティアが昔と同じように暖かく迎え入れてくれて、溢れそうになる涙を堪える。

 

「さて、全員揃いましたね。まず、本題に入る前にこちらをご覧ください。これが現在の魔導国です」

 

 モモちゃんが遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を操作すると、王国・帝国・聖王国・法国・竜王国・評議国・都市国家連合、更には神秘的な海上都市や風変りな木造建築が特徴的な南方の国が次々と映し出されていく。

 

「おいおい、マジかよ。あれだけ亜人嫌いだったスレイン法国の市場で蜥蜴人(リザードマン)が魚を売ってるぞ!?」

「ええ、それに王国も道がしっかりと整備されていて見違える様に変わっているわ……」

 

 そして、バハルス帝国はジルクニフの卓越した内政手腕で最も先進的な国家になっており、帝都アーウェンタールの真下には地下都市が広がり、クアゴア達も暮らしている。

 また、試験的に運用し始めた熱鉱石を利用した蒸気機関車がアーウェンタールとエ・ランテルの間を走っていたり、一部の裕福な商人や貴族達が山高帽を被りパイプを吹かしながら馬車に乗っていたり。

 町の一角では山積みされた『新聞』が売られており、購入した新聞を広げて最近の出来事を読んでいる人々。

 やはり、活版印刷が普及したことにより、新聞だったり書物を安価に大量生産出来る様になった事が魔導国の発展に大きく貢献しているのだ。

 

 更にはビーストマンと人間の夫婦が仲良く歩いている光景を見て、千年以上の時が経った事をヒシヒシと感じずにはいられなかった。世界は良い方向に様変わりしていたのだ。

 大凡、地球で言う所の18世紀後期のロンドン、産業革命初期の都市へとアーウェンタールとエ・ランテルは成長していた。オマケに石炭では無く、ドワーフ国で採れる熱鉱石を使用しているので水蒸気を排出するだけのクリーンな蒸気機関である。

 

「あの王国兵達が使っている黒い筒みたいな物は何かしら?」

「あれは黒色火薬を使用した大砲と呼ばれる攻城兵器です。カタパルトやバリスタから進化した武器だと思って頂ければ幸いです」

「……成る程な。デスナイトがいる上に、あんな兵器まであれば、確かに冒険者組合が必要なくなるのも理解できるけどよ……時代から取り残されたみたいでちょっと寂しいな」

「ハハハ……まあ、私の立場でこれを言ってしまうのは何ですが、これでもプレイヤーの世界に比べたら圧倒的に魔導国は遅れているのですけどね。正直に申しますと、彼等と真正面から戦ったら魔導国が負けます……魔導国の支配者の立場もありますので、今の発言は内密にして頂けると幸いです……では、こちらをご覧ください」

 

 何やら見た事が無い道具をシズ・デルタがガラガラ荷台を引いて運んで来ると、大きな白い布みたいな物。所謂プロジェクターとスクリーンの設置を始める。

 モモちゃんが風変りな道具をカタカタと音を立てて叩いている様子をラキュース達は黙って見守る。まあ、ノートパソコンとプロジェクターを無線で繋いで動画ファイルを探しているのだが。

 ちなみに電源はシズ・デルタから得ている。『……私はバッテリーじゃない』と少し怒だったり……

 

「えーっと、何処のディレクトリに入れてあったかしら?すみません、お父様から教わっただけで、まだリアル世界の道具の操作には慣れていなくて……あ、これこれっと」

 

 難度300級がゴロゴロしている上にスレイン法国やアーグランド評議国までいるにも関わらず、大陸全てで束になっても勝てない相手ってどんな化け物だよ!?とラキュース達は血の気が引いていた。

 スレイン法国や聖王国の皆さんは『これは聖戦なり!我等、神と共に戦わん!信仰を捧げよ!』と士気が相変わらず飛び抜けて高いのだが……

 

「なんだこりゃ……これが六大神や八欲王の故郷かよ……」

「彼等が人間だって事は聞いていたけど、まるで別世界ね……」

「自然が無いけど、街の夜景は綺麗」

「肌の露出が多い服気に入った」

 

 スクリーンに映し出せれているのはニューヨークや香港やドバイ等のリアル世界で最も繁栄している主要都市。

 

「このドバイと呼ばれている都市に建つ、えーっと『シティ・オブ・ドバイ』と言うアーコロジーは高さ2400mですね」

「は!?山と同じ高さの建造物を造れるのかよ!?」

「流石はプレイヤーの世界」

 

 そして、次は東京の景色へと変わり……

 

「こちらがお父様の故郷であり、イビルアイさんが活動している東京と呼ばれる都市です」

「なんて広大な都市なんだ……地平線の彼方まで続いてやがる……」

「本当にごめんなさい……イビルアイ……あなたがあそこまで寂しがるなら不老不死化するべきだったわ……きっと、今も異世界の地で心細い想いをしているのね……」

「うん?ラキュースさん。死んでいる間に彼女が見えていたのですか?」

「あ、いえ、何と言うのか、彼女がずっと一人で寂しがっている夢を長い間見ていた気がするんです……」

「……そうですか。もしかしたら、そう言う事もあるのかも知れないですね。これを言ったらお母様に怒られてしまいますが、私達は神ではありません。あなた方と同じ様に笑ったり、悲しんだりする、命を落とす事もある同じ生命です……実は解らない事の方が多いんですよ?私なんか、次期支配者らしく振舞えるように陰で練習してますから!アハハ!もう、ぶっちゃけて言っちゃいますけど、お父様がハードルを上げた所為で大変なんですよ?」

 

 ラキュース達は思う。魔導王と違って人間に近い視点で考えている彼女には親近感が湧いて来るし、現実を客観的に捉えている謙虚な人物であると。

 そして、彼女が統治する魔導国は更に良い世界になるだろうと確信を持てる。何故ならば、難度300と言う強さを誇りながらも、弱い人の立場に立って考えられる人格者であり、彼女とて完璧な存在では無いからこそ、何か役に立ちたいとも思っていた。

 

「……さて、一つお願いがあるのですが、その前に謝らなくてはなりません。1300年前にゲヘナを王国で行って本当に申し訳ございませんでした。あなた方の善意を弄ぶような事を行い、父上に代わって謝らせてください」

 

 ナザリックのド真ん中で魔導王の娘に土下座される構図に流石に慌てる蒼の薔薇。蘇る事が出来るとは言え、そう簡単にホイホイと死ぬのは御免被ると。

 バッテリー役になってるシズ・デルタからの視線が怖かったり。

 

「あ、頭を上げてください……お気持ちは充分伝わりましたので……」

 

 冷や汗をかきながらも、やはり魔導王とは違う、全ての民を心の底から愛してくれているのだと改めて感じていた。王どころか、神と言う身分で人間に過ぎない自分達に対して土下座をする指導者など聞いた事が無い。正直、今は亡くなっているのだろう嘗ての貴族達にも見習って欲しい物だと思っていたり。

 

「……申し上げ難いのですが、あなた方『蒼の薔薇』の皆さんには今後汚れ仕事をして頂かなければなりません。ゲヘナをリアル世界、ニューヨークと呼ばれる都市で再び行う予定もあります……残念ながら、ナザリックのシモベ達の多くは人間を虫程度にしか思っていない故に、あなた方が必要なのです。ツアーさんが出席する国連サミットの成り行き次第ではありますが……そこで、私も魔導国の代表者として国連に同席して、可能な限り各国指導者と対話による和平を模索したいと思っているのですが、皆様には私の護衛として同行して頂きたいのです。もちろん、あなた方の経験やチームワークが必要だからです」

 

 王国や聖王国で多大な犠牲者を出したゲヘナをプレイヤーの都市で再び行う事に動揺するラキュース達。頭では理解しているのだが、どうしても加担する事に抵抗を感じてしまう。

 

「強制ではありません……断る場合はプラチナ金貨を千枚ずつ、及びあなた方の武器と装備をお渡し致しますので、第二の人生を魔導国で楽しんでください。介入する事はございません……ですが、私は魔導国の民だけでは無く、リアル世界で搾取に苦しんでいる無実の民も救いたいのです。私の祖母、魔導王の母上は劣悪な労働環境の中、彼を育てる為に過労死したと聞いております。魔導王と呼ばれている父上も貧困層出身なのです。確かに人間は悪魔の様な暴力的な側面も本質的に持ち合わせているでしょう。しかしながら、他者を慈しむ光の面もまた人間の本性であると私は信じています。百年、千年と言う長い視野で見てリアル世界も救いたいのです。それをご理解頂く為に今の魔導国をお見せしました」

 

 やはり、このモモと言う人物は魔導王とは圧倒的に違うと感じるラキュース達。どこか、魔導王は効率重視で気持ちが入っていない所があったが、彼女は光か闇かで言えば、限りなく光に近い存在だと確信できる。

 

「……おうよ。俺は話に乗るぜ。あんたなら良い神様に成れるさ」

「元々暗殺者だし、問題ない」

「得点を稼いで将来結婚する」

「私も、正義の為には闇だって喜んで背負うわ。フフフ……ダーク・ラキュース……」

 




すたた様、誤字報告大変有り難うございます。


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Dark Angel's Tragedy①

 時は数時間程進み翌日の朝。場所は王都リ・エスティーゼ。魔導国歴1300年。

 

「号外!号外!我らの慈悲深き神で在られるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下がスレイン法国とアーグランド評議国で編成された救世軍を霧の世界(ミスト・ワールド)に派遣!さらに皇女モモ様と永久議員の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)が魔導国を代表して、霧の民の代表者達と対談予定だ!詳しい事を知りたきゃ値段は銅貨1枚だ!さあ、買った買ったぁ!」

 

 早朝から王都の市場では新聞売りのゴブリンが威勢よく声を上げており、情勢に敏感な商人や市民、或いは熱心な信仰者だったり貴族の使いが新聞売りに銅貨を渡して新聞を購入している光景が目に入る。

 当然、ワールドイーターが農耕都市カルネを壊滅させた件で、市民の間では義憤が高まっており、一番の関心の的となっている。

 魔導国に暮らす市民にとっては大虐殺など1300年前の創世記神話に過ぎない程平和だった故に、現実離れしたショッキングな出来事だったのだ。

 

「そんな……本当に別の世界が存在するなんて……ああ、神よ。どうか私達を御導き下さい」

「この先、一体どうなるんだ?本当に俺達は大丈夫なのか?」

「アルベド様が魔導王陛下の故郷である聖地を属国に加えようと交渉しているらしいぞ!」

 

 一般市民は事の詳細をほとんど知らないので、正式に指導者達が知っているのと同じレベルの情報が開示された事により各所で動揺が走り、多くの市民が不安から魔導王に祈りを捧げていた。

 とはいえ、核兵器を手に入れた事などの魔導国の安全保障に関わる機密情報は当然、デミウルゴス・アルベド・パンドラ・ラナー・リグリット・ツアー・モモちゃん及び各階層守護者しか知らない。

 後は直接作戦に関わったウルベルトさん・隊長さん・番外ちゃんのみ。

 

 で、自分達が知っている物が何も残っていない孤独感と不安を感じながらも、見違える程変わった王都を散策しているラキュース達。

 

「今の時代ではプレイヤーでは無くて、『霧の民』と呼ばれているのね。あれ?……ねえ、あれってもしかして、私達がよく使っていた宿屋じゃないかしら?」

「ほんとだ。まだ残っていたのかよ……景色が変わっていて気が付かなかったぜ。折角だし何か飯でも食って行かねえか?」

「ガガーランに賛成」

 

 嘗て、八本指の黒粉畑を焼く時の打ち合わせなんかに使ったりしていた懐かしの宿屋が残っていた事に、なんとも言い難い感情を覚える。

 

「まさか、普段なんとなく使っていた宿屋を我が家の様に感じるだなんて夢にも思わなかったわ……」

「ああ、同感だ」

 

 宿屋に入ると、給仕のラビットマンの娘が愛想よく『いらっしゃいませ!宿屋「蒼の薔薇」へようこそ!』と迎えてくれる。創世期に活躍した英雄達が使っていた歴史ある宿屋である事をニコニコと元気に説明してくれる彼女を見て、流石に『本人です』とも言えずに苦笑いである。

 

「それにしてもよぉ……随分と、その……多種多様になったんだな」

「ええ、人間が5割、残りは各種亜人と言った割合かしら?評議国を思い出すわ」

「あら、あなた達が望んでいた平和に何か不満があるのですか?」

「ラナー!?」

 

 王宮に住んでいるイメージのあったラナーが澄ました顔で葡萄酒を宿屋で飲んでいる姿に困惑するラキュース。さらにリアル世界のパンツスーツ姿で一段と浮いている。

 

「おいおい、御姫様がこんな所で飲んでいて良いのか?しかも朝から……」

「私が離れていた間にこちらでは300年経っていますから、私が王族である事を知っているのはお兄様ぐらいしかいませんからね。それに、向こうの世界で自由に暮らしていましたら、昔の堅苦しい生活に戻る事は今更出来ないですね」

 

 ウフフ(*´艸`*)と相変わらずな感じで余裕たっぷりなラナー。クライムと結婚してから少し丸くなった所があったりなかったり。ラキュース達が蘇っても全て想定内と言わんばかりに動揺しない彼女は流石である。

 

「すみません、彼女達にエールを。後、私はピニャ・コラーダで」

「はい!直ぐにお持ちします!」

 

 ちなみにピニャ・コラーダとはライト・ラムとココナッツ・ミルクとパイナップル・ジュースを混ぜた甘くて美味しいカクテルである。グラスの縁にはパイナップルを飾っているのが一般的。パイナップルやチェリーが飾り付けられてストローが刺さっている、所謂『南国っぽい』イメージがある飲み物はたぶんこれ。地球に存在する飲み物であるのだが、巨大図書館(アッシュールバニパル)やスレイン法国の神殿最奥部に蓄えられた知識を有効活用して、かなりリアル世界由来の物が魔導国内で再現されている。

 

「私が日本国に旅立つ前の時代でも海上都市から来た人魚(マーマン)やシー・リザードマン、アベリオン山岳から来た山羊人(バフォルク)は王都にもいましたよ?……それにしても、どうですか?今や十三英雄と同じ神話の英雄に仲間入りした気分は?」

「別に悪くはねえけどよ……あんた、意外と飲むんだな」

 

 朝から大衆の宿屋で堂々と飲んでいるラナーの姿を見て『御姫様』のイメージが音を立てて崩壊して行くラキュースとガガーラン。

 今のラナーの家はロサンゼルスにあるビバリーヒルズ・アーコロジー内の豪邸だったりするので、休日は庭のプールで夫のクライムとまったりと飲んだり、バーベキューを楽しんだりするのは当たり前の生活である。

 

「はぁ……昔ここで八本指の事で話し合ったりしていた頃が嘘みたいね」

「ああ、あの時はチビさんとクライムもいたよな。まさか、クライムがアダマンタイト級の実力になるなんて思わなかったぜ。一度手合わせをしてみたいもんだ……あいつはどうしたんだ?」

「クライムなら王宮で貴族達が客人に無礼を働かない様に目を光らせていますよ。お兄様一人ではストレスで痩せてしまいますからね。一人で王都をぶらぶらと散策するのも新鮮で良いものです」

「客人と言うのは例の彼等の事ね……あなたは応対しなくても良いの?」

 

 一瞬だけ、アルベドから『そこまで至高の御方々に気を遣わなくても良いから、気負わずに適当にやって頂戴』と言われている事を伝えようか迷ったが、いずれ向こうに行けばイビルアイなりリグリットからプレイヤーについて真相を聞くことになるだろうと考えて彼女達に任せる事にする。

 いずれにしても、昔とは違って同じ次元で考えて話せる相手がいるのは良い物だと思うラナー。夫のクライムを喜ばせる為に仕事に精を出す充実した生活に満足しており、心にかなり余裕がある。

 クライムが手料理を作って家で待ってくれている『一般人』の生活が真底気に入ってしまっていた。

 

「もぉ、ラキュース。私は王国の関係者では無いのですよ?」

 

 人差し指を立ててエッヘンと説明するラナー。向こうの世界で『エイトフィンガー・グローバル・ホールディング』と呼ばれる商会の会長をしていて、王国とは何の関わりも持っていない事を話す。

 

 将来的にトウモロコシを原料にした『エタノール』で走る日本車を魔導国向けに輸出する事業展開を考えている事や、前世紀の『産業の空洞化』を防ぐ為に工場は日本国内に集中させて雇用も増やし、魔導国からは『熱鉱石』を輸入して『熱鉱石発電』を新たな次世代再生可能エネルギーとして日本国内に展開して、日本国と魔導国が互いに成長できる貿易関係を築くために根回ししている事等。

 

 ラナーが構想している熱鉱石発電は『減らない石油を使った火力発電』の様であり、熱鉱石で蒸発した水蒸気を利用して発電タービンを回転させるだけなので、魔導国の蒸気機関と同じくクリーンである。

 原子力発電にしたって、ウランは地球上にマンハッタン2つ分の体積しか無かったりするので、いずれ枯渇するだろう。その点、熱鉱石は使い勝手が良い上に消耗もしないので千年でも万年でも使えるのだ。

 もちろん、魔導国の資源だけで地球の国家全てのエネルギーや食糧需要を賄うのは不可能である為、月に眠っている膨大な『ヘリウム3』を利用した核融合発電への着手も視野に入れている。

 

「インサイダー取引になってしまいますけど、ウチの株を買うなら今がチャンスですよ?うふふ……そうそう、これ、ウチの傘下の民間宇宙航空会社がやっている『宇宙旅行』のチケットなのですが、良ければイビルアイさんも誘って楽しんで来てください。私からのプレゼントです。プレイベート機を会社で用意していますので、アメリカへの旅をゆっくりと楽しんでください。その時はロサンゼルスのビバリーヒルズにある我が家に泊って行ってくださいね。プールで映画でも観ながらバーベキューをしましょう」

 

 映画のチケットでも渡すような感覚でチケットを5人分渡すラナー。ISS-IV(4代目国際宇宙ステーション)で宿泊して月面に半日滞在する、富裕層でも手に入らないプレミアムコースのチケットである。

 

「あ、ありがとう、ラナー。良く分からないけど楽しみにしてるわ……」

「でもよぉ……宿屋の名前が『蒼の薔薇』って言うのは、なんか恥ずかしいな」

「まあ、気持ちは理解できますよ。それよりも、あなた達は知っておいた方が良いでしょう。恐らく、モモちゃんからは聞いていないと思いますので……」

 

 急にラナーがラキュース達に見せた事が無い深刻な表情になり、『これは只事では無い』と息を飲むガガーラン。

 

「実はアルベドが魔導王を苦しめ、彼の母親を過労死させたリアル世界を叩き潰す為にナザリックの最終兵器である『ルベド』を起動させたのです。私もクライムの為ならば同じ事をするでしょう。愛の為に。私自身、クライムを侮った相手は葬って来ましたので……八欲王の首都であったエリュエンティウにいた難度300の従属神20体を魔導国と法国と評議国が合同で倒した事に表向きはなっていますが、実際の所はルベドが単騎で全滅させました。100年毎に現れたプレイヤー達をギルド拠点ごと単騎で滅ぼして来た史上最強の存在でしょう。新たに現れたプレイヤーの存在を魔導王が知る前にアルベドによって闇に葬られて来たのが平和の裏にある歴史の真実です。当然、評議国の竜王達はこの事を知っては居ますが、世界の安定の為に黙認しています」

 

 ちょっと待て!となるラキュース達。自分達の死後に『100年の揺り返し』で現れたプレイヤーを殺しまくってきた神殺しの化け物に真っ青になる。

 

「ね、ねえ、ラナー?それって本当なの?」

「残念ながら本当です。強さは私でも測りかねますが、ナザリックの全戦力を単騎で相手にしても勝てるでしょうね。『至高の41人が全員揃っていて倒せる強さ』特にたっちー・みーさんとウルベルトさんの二人が居ないと倒せない強さと聞いておりますので。当然、ワールドチャンピオンやワールドディザスター不在のナザリックでは無理でしょう」

 

 

 

 

「お姉様……?」

「久しぶりね、ルベド。実はあなたに倒して貰いたい悪しき悪魔達がいるの。その人達は無実の民を苦しめている悪い人達なのよ」

「うん、わかった。誰を助ければ良いの?」

「そうね、あなたには違う世界に行ってもらう事になるけど、中東と呼ばれている地域で『イスラム過激派組織』を根こそぎ地上から消し去って欲しいの。土地ごと消しても構わないわ。後、彼等を支援する国家も地図から消して貰って構わないから、正義を成し遂げて頂戴」

「わかった。正義の為に悪魔を倒してくる」

 

 そう、自分達が『ゲームのキャラクター』に過ぎないのに愛してくれた夫であるモモンガさんの為に、この理不尽なリアル世界を作り変える決意をしたアルベド。

 娘のモモちゃんを一緒に育てて家族の絆でモモンガさんと繋がる事が出来て、今のアルベドは凄く幸せを噛み締めている。

 しかしながら、母親が過労死したと言う壮絶な過去をベッドで打ち明けてくれた時は涙を流し、モモンガさんを優しく抱いて慰めた事もあり、NPCでは無く『家族』として支え合っているのだ。

 

「……私は許さないわ。例え凡人でもモモンガ様はナザリックのシモベ達をずっと愛して期待に応えようと頑張ってくれていたのよ。そんな優しいモモンガ様が何をしたって言うの!?あんまりの仕打ちだわ!全てを破壊して作り直す。首を洗って待っていなさい」

「お姉ちゃんの旦那さん可哀そう。リアル世界は好きじゃない」

「そうね、酷い所よ。だからこそ、私達が導いて誰も悲しまない世界にしないといけないの。出来るわよね?」

「うん、誰も悲しまない世界を作る為に戦うよ。だからお姉ちゃん、安心して。私頑張るから」

 

 アルベドはプレイヤーと同じレベルで全てを知っている。夫である鈴木悟がナザリックを維持する為に奴隷の様な待遇の会社で碌な睡眠時間も取れずに働いて得たなけなしの給料を課金したりして、一人で支えていた全ての真実を。

 故に、アルベドは愛する夫がそんな過酷な環境にいたにも関わらず、貫いた愛の尊さとリアルに対する義憤が爆発しているのだ。

 

「後、悪しきテロリスト達に利用されている子供や女性は殺さずに無力化しなさい。夫が悲しむから」

「うふふ、大丈夫だよ、お姉ちゃん。私は最上位天使だから、そんな残酷な事はしないよ?」

「……良いルベド?向こうは私達から見ても残酷な世界よ?ちゃんと覚悟しなさい」

 

 

 

 

 ダーン、ドドドと響いている中東某国の市街地に白い翼を羽ばたかせて舞い降りた最上位天使ルベド。

 

「……惨過ぎるよ。この子が何をしたって言うの?お姉さまが言う通り、この世界は間違っている。正さなければいけない」

 

 想定を上回る悲惨な光景に、守れなかった子を抱えて静かに涙を流す。

 

「ごめんね……必ずあなたの世界を誰も泣かない場所にするから」

 

 戦車の砲弾の直撃を受けて腕の中で死んでしまった子供に涙を流して謝る。

 

「ねえ、どうして人間同士で殺し合うの?私はあなた達を許さない……」

 

 AK-47やピックアップトラックの荷台に設置された固定銃座を撃ちまくりながら『アッラーバクハル!』と叫んでいる人間を一掃する為に魔法を使用する。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズ・マジック)〉〈究極の善なる極撃(アルティメット・ホーリースマイト)〉」

 

 射線上に存在する戦車や建築物や人が光に吹き飛ばされれて消滅する凄まじい威力を発揮しても尚、生き残りが叫び声を上げて撃って来るので俊足の速さで殺して最後の一人の首を掴んで問いかける。

 

「ねえ……なんでこんな事をするの?あなたが信じている正義を説明して貰えないかしら?天使の私にも理解出来る様に。あなたの祖国に天罰を下さないといけないから話して頂戴」

「悪魔め!お前に話す――グギャ」

「理解した。あなたを許すかどうかは神が決める事。でも、神の元に送るかどうかは私が決める」

 

 喉を握りつぶして放り投げるルベド。その白い翼は血で染まって赤くなっている。第十位階魔法を使用して生命が息絶えて更地になった元市街地を眺めながら、アルベドが言う通りトンデモ無い世界だと実感していた。

 そんな中、無実の民を救わなければという強い想いが沸いていた。天使である自分を受け入れてくれた無垢なる子供の為にも。

 

「さあ、御婆さん。もう大丈夫ですよ。あなた達は悪から解放されました。敵は滅びたのであなた方は自由です」

 

 ルベドが老人に手を差し伸べるも、石を投げられる。

 

「悪魔め!こっちに来るな!ほって置いてくれ!何てことをしてくれんたんだ!」

「そうだ!お前の所為で俺達はお終いだ!報復を受けるに決まってる!」

 

 助けた相手に憎まれる想定外の事態に『え……?』となり戸惑うルベド。お姉様のアルベドから聞いた通りの顛末になってはいるが、そんな事は無いと聞き流していたのだ。

 

(もしかして、これがお姉ちゃんが言っていた『世界は残酷』と言う事なの?だとすれば、一度壊してゼロから作り直す必要があるね。意図が分かったよ)

 

「超位階魔法〈天地改変(ザ・クリエイション)〉」

 

 神々しく光る魔法陣が弾けると共に、潜伏する反政府軍や市民を問答無用で都市ごと地殻変動に巻き込んで数分で虐殺する。世界では中東でマグニチュード9.9を記録した史上最大の大災害が起きて大パニックになる。

 

 

 

 

「あら、ルベド。悲しい顔をしてどうしたのかしら?」

「うん、お姉ちゃんが言う通り、人間達は愚かだった」

「そうね、私も彼等は生きるに値しない害虫と変わらないと思うわ。だからこそ、私達が管理してあげる必要があるのよ?彼等が殺し合わない様に。それが愛と言う物よ。ルベド?そうね、ペットを世話するのと同じ感じかしら?」

「……彼等の可能性を信じていた私は間違っていたの?怒りで中東を一掃してから何を信じれば良いか分からなくなった。惨過ぎるよ……正義って何なの?」

 

 ぐすんと泣いている妹のルベドをよしよしと慰めるアルベド。

 

「良い?ルベド?中にはモモンガ様の様な素晴らしい人間がいる事も確かよ。その少数を救う為にあなたは戦わないといけないの。わかる?彼等にも確かに可能性は在るわ。思う事があれば話して」

「うん、実はね、助けた子供が腕の中で鋼鉄の象の攻撃を受けて死んじゃったの……大丈夫だよって約束したのに……」

 

 大方、全て計画通りに事が運んで満足するアルベド。正義感が強く単騎で八欲王の首都を制圧した彼女をコントロール出来ればリアル世界が相手でも負ける事は無いだろう。

 アルベドは絶対にモモンガさんを苦しめて見て見ぬふりをして来た世界を許す気など無いのだ。中東を単騎で壊滅させた性能からもルベドの桁違いの強さはリアル世界でも通用すると判断する。

 今頃、向こうは中東が丸ごと消滅して大パニックだろうとほくそ笑む。特に石油に頼っていた国家は絶望のどん底にいる事だろう。石油が無ければ飛行機や戦闘機を飛ばせないのだ。今あるストックが無くなれば戦闘機や爆撃機はいずれ鉄屑になるだろう。

 

(これで、彼等の燃料補給先は潰したわね。制空権は魔導国が手に入れたも同然)

 

「あなたにはとても辛い現実かも知れないけど、人間達はそんな地獄を直面しながらも希望を失わずに生きているのよ。天使であるあなたが絶望に負けてしまってはダメじゃない。良い?暗闇に負けては駄目よ?あなたはカルマ善の数少ない存在なんだから……でも、私はあなたが堕ちても見捨てないわ。姉妹だから。自由に生きなさい」

「ありがとう、お姉ちゃん。私頑張るよ」

「……でも、あなたは怒りに任せて無実の人間を殺した罪を一生背負わないといけない。きっとモモンガ様が知ったら動揺するでしょうね……私達には覚悟と信念があるから耐えているけど、娘のモモちゃんだってそうよ。あなたには覚悟や信念があるのかしら?」

「それは……よくわからない。ごめんなさい」

「ちゃんと私の目を見なさいルベド?あなたは守れなかったその子供の為に、リアル世界を変える為に最後まで頑張れば良いのよ。娘が蘇らせたラキュース達と行動して人間の良い面を学びなさい。私達を纏めて倒せるあなたからすれば難度90程度の存在は弱いでしょうけど、人間には強さでは測れない部分が存在するのも確かよ。私の夫の様に。それを学ぶといいわ……それと同時にそんな彼等が敵でもある事を忘れないで」

 

 目がウルウルしてぐすんと半泣き状態なルベドはコクリと頷く。そう、物理的な強さはシャルティアでも足元にも及ばない最強な存在なのだが、メンタルが弱かったりするのがルベドでもある。ちなみにナザリックでは珍しい最上位天使の種族レベルを持っている。

 

(良いわね。全ては計画通りに進んでいるわ……ルベドを上手く操れば地球国家全てが相手でも負けないでしょう。それに核兵器を手に入れたモモは流石は私の子ね。ラナーは先を見越して準備を整えているし)

 

「ねえ、お姉ちゃん。私はラキュースさん達と一緒に何をすれば良いの?」

「そうね。彼女達はあなたに似ているから気に入ると思うわ。時に悪夢の様な真実を見て絶望する事もあるでしょうけど、彼女達と支え合いながら勉強しなさい」

「うん、わかった」

 



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Dark Angel's Tragedy②

「これは流石にやり過ぎだ……」

 

 テレビのニュースでは、早朝から中東で発生した『地殻変動』でイランやイラク、シリア付近が壊滅状態で、平地だった場所に山脈が出来上がっていたり、沈没して海になっていたりで地形が完全に変わってしまっている。

 

 日本政府も含めて世界では魔導国どころでは無く、災害で運良く生き残った難民がヨーロッパ等に押し寄せたり、数少ない石油の産地が壊滅した事で事態を重く見た石油輸出国でもアメリカがタンカーを全て自国に呼び戻して石油の確保に走ったりで混乱が発生している。

 

 壊滅状態の元市街地だった場所に降り立ち、手の中の『流れ星の指輪(シューティング・スター)』を眺めるモモンガさん。

 

「これを使ったら、後はやまいこさんの指輪のみになるのか……」

 

 しかしながら、死者数億人を出したルベドによる大災厄を放置すれば世界は混乱して第三次世界大戦が起きてしまうかもしれないし、そうなれば当然ギルメン達も戦争に巻き込まれる。それだけは避けなければと『最後の一回分』を使う決意をする。

 

「I wish――我は願う!ルベドがこの地で起こした事を全て無かった事にしろ!」

 

 瓦礫の山となった市街地で生き残った人々は『神の御業』を目撃して、膝から崩れ落ちて唯々、涙を流す事しか出来なかった。

 変わってしまった地形や破壊された市街地は見る見るうちに元通りに修復されて、地殻変動に巻き込まれて命を落としたテロリストや一般市民も全て元通りに蘇る信じ難い光景が目の前に広がっているのだから。

 

 生き返ったテロリスト達も、目の前で起きている奇跡に嗚咽を漏らしながら武器を落とし、この地に降臨した神に平服して許しを請う様に祈りを捧げている。

 政府軍も反政府軍も一般市民も皆一つとなり、モモンガさんの周りに集まってメッカの様な感じで、蘇った人々が感動に打ち震えて涙を流しながら祈りを捧げている異様な光景に『え……?』と戸惑う。

 中東で行われてきた宗派の違いによる紛争は、神の奇跡により幕を閉じたのだ。

 

 

 

 

「た、た、大変です!」

「はぁ……今度はどうしましたか?」

 

 このままだと日本ヤバいかも知れないと、額の冷や汗をハンカチで拭いている磯野総理。任期が終わったら政治家を引退して孫達と平穏に暮らそうと考えていたり。

 この数日の間に急に老けた様な感じがしており、このままでは過労死するかも知れないと感じていた。

 

「中東の死者数億人が全て蘇りました!全て元通りなんです!」

「は?……何を言っているのですか?」

 

 中央情報統括官組織では、突如発生した地殻変動で壊滅した筈の中東諸国が全て元通りに復活して、死者が全員蘇ったと言う、神話か何かの様な信じ難い情報が入って来て大騒ぎになっている。

 磯野総理はそれで首相官邸の前に『神と和解せよ』と書かれたプラカードを持ってる人達が集まっているのかと納得する。

 

「はぁ……それで、アメリカやEUの反応はどうなっています?……想像は出来ますが」

「向こうもかなり混乱している様ですね。ホワイトハウスも大騒ぎになっている様で回線が繋がりません。EUに押し寄せていた難民達も『神が降臨した奇跡の地』に引き返しています」

 

 報告を聞いて、絶対に任期が終わったら政治家を引退すると決心する磯野総理。

 

「更に、復活した中東諸国全てが連合を組んで一つに纏まり、『神への冒涜を止めよ。我々は宗派の違いを越えて神の奇跡の元、一つに結束した。我々は神の戦士として聖戦を行う事も吝かでは無い』と、魔導国を独裁国家認定しているG7加盟国へ声明を出しています」

 

 当然、各国はあの中東諸国がテロリストも含めて、全て一つに結束した前代未聞の事態に度肝を抜かれていた。『神聖中東連合』と言うエジプトとインドに隣接している、面積的にはEUよりも広い新勢力が突然誕生したのだから今までのパワーバランスも変化するだろう。

 

(これは、次期総理に橘さんを推薦した方が良さそうですね。()()からいくら金を積まれても割に合わないですよ……もう、身内同士で勝手にやってください)

 

「あとエリュエンティウが存在する臨海副都心に巡礼者を受け入れるよう、中東連合長老議会から要請が届いていますが……神に選ばれた日本国にも加盟して欲しいとも……」

「もう知りません。全て責任を取るので許可してください……観光収益で潤うでしょうから、財務省も喜ぶでしょう」

 

 今後、日本はスレイン法国・ローブル聖王国・中東連合の巡礼者達が溢れて賑やかになるだろう。当然、オリンピックや万博並の経済効果が予想されるが、政治家達は胃潰瘍で入院したりゲッソリとしていた。

 日本で最も人気が無いブラックな仕事第1位に政治家がランクインする事になるのであった。

 結果的に、富や権力が目当ての人達は揃って『胃がいくつあっても足りない』と辞退していき、スレイン法国みたいにやる気のある人達だけが残る事になる。

 

 

 

 

「あぁ……疲れた。どうしよう……中東がスレイン法国みたいになってしまった……」

「あら、お帰りなさい。アナタ」

「お帰りなさいお父様!」

 

 火消しを行った結果、リアル世界でも『神』として扱われて散々な目に遭い、ようやく帰ってきたモモンガさんを妻と娘の二人のサキュバスが迎える。

 

「ただいま、モモちゃん。ウルベルトさん達の事ありがとう。あとアルベド、話があるんだけど……ルベドの件で」

「え!?お母様……リアルで発生した大災害って……」

 

 これは確実にアルベドがルベドを騙して行ったと見当が付いていた。と言うか、妻は中東を壊滅させるし、娘は北朝鮮を乗っ取るし、『家庭を持つ事が、こんなに大変だったなんて……』と独身時代を懐かしく思うモモンガさん。

 その姿には疲れた中年のサラリーマンの様な哀愁が漂っていたり。精神的な疲労を癒すためにハムスケを撫でながら話す。

 

「ねえ、アルベド?別に復讐なんて望んでいないんだ。皆が幸せに暮らしてくれたら、それ以上の物は何も望んでいないんだよ?」

「でも……私は……彼等が許せないわ。それに……私達を捨てて御隠れになったギルメ――至高の御方達も許せないの……何日も、何年も、必ず帰って来ると信じて待ち続けたのよ……せめて、仕事が忙しいなら『さようなら』ぐらい言ってくれても良いじゃない。そんな彼等が今更現れてモモンガ様やナザリックのシモベ達がバラバラになって行く事が耐えられないのよ……」

 

 翼が『シュン……』となり、涙を浮かべるアルベドを抱き寄せて背中をさする。

 その様子を眺めながら、ハムスケの鼻を突いたり顎をモフったりしているモモちゃん。

 

「姫、くすぐったいでござるよー」

「私達は向こうに行きましょ、ハムちゃん?」

 

 空気を読んでそそくさと退場するモモちゃん。流石に両親が抱き合ってる姿を見るのに抵抗があったりなかったり。

 そんな我が娘を横目で見送りつつ、アルベドが抱えてる心の闇にちゃんと向き合ってやらねばと思うモモンガさん。

 

「……確かに昔はギルメン達が何処かに、もしくは後から転移してくる可能性を信じたり他のプレイヤーを探す事に夢中だったけど、今は家族が一番大事だから大丈夫だよアルベド。ただ……シモベ達がギルメン達と暮らす事を望んだのなら引き留めるつもりは無いから……そこは理解してやって欲しい」

 

 ナザリックの戦力が減る事は痛いし、何よりも千年も共にした仲間が居なくなるのは耐え難い辛さや寂しさがある。

 しかしながら、シモベ達にとっては創造主と一緒にいる事が一番の幸せだと分かっているので、無理に引き留めるつもりは無いのだ。

 嘗てギルメン達が引退した時と同じ様に。

 

 そして、その時は魔導国を全て娘に任せようと考えている。現地住民からの信頼が厚い娘ならば、魔導国を新しく再編出来るだろうと。

 今の時点でも階層守護者からはシャルティアが抜ける可能性が高く、プレアデスでも既にルプスレギナは獣王メコン川さんのアパートに同居していたり(事後報告)、今後ギルメン達と暮らす事を選んだシモベ達の穴埋め、或いは抜本的に組織体制を変えるかは全てモモちゃんの裁量に任せるつもりでいる。

 

(シャルティアに日本の法律をちゃんと勉強させないと、ハハハ……)

 

 アルベドとシャルティアの喧嘩が見れなくなると思うと急に寂しさが込み上げて来るが、この1300年の間にシモベ達を家族であり一人の個人として尊重しなければと強く思うようになったのだ。

 特にアルベドと対等な関係になってからは強くその様に感じている。

 もっとも、最初の内はアルベドが嬉しさの余りに大暴走して大変ではあったが……

 

(本当に、あの頃は大変だったけど楽しかったな)

 

 アルベドやシャルティア達が女子風呂で、るし☆ふぁーさんが作ったゴーレムと戦闘沙汰になって大騒動になった時などのシモベ達との思い出を振り返るモモンガさん。

 ルプスレギナも目を離すとトンデモナイ事を仕出かす破天荒な性格で、『自由研究っす』と言ってジルクニフの髪が薄くなって行く様子を観察して記録していたり、冒険者組合が解体されてからハムスケがアウラに毛皮を剥がれそうになったり、フールーダに根負けして巨大図書館(アッシュールバニパル)を自由に使わせたら2世紀ぐらい引きこもった上に司書J達やヘジンマールと仲良くなっていたり、色々とトラブルもあったが今を思えば全て良い思い出である。

 

 ちなみにリアル世界の物理学や機械工学に最も精通しているのはシズとヘジンマール。特にヘジンマールはフロスト・ドラゴンとしては残念な体形でどちらかと言えばデブゴンではあるのだが、リアル世界の宇宙の図鑑に目を輝かせてからは死獣天朱雀さんが選んだ大学院レベルの専門書や論文を全て読破してしまっており、蒸気機関を再現したのも彼であり、魔導国内で唯一相対性理論や量子力学を理解しているドラゴンでもある。

 特定の分野、とりわけ科学の分野においてはデミウルゴスやラナーをも凌駕している程。

 ヘジンマールはリアル世界のニュートンやアインシュタインを心から尊敬しており、いつか凄い発明をする事が夢であるそうだ。

 魔法こそが真理としているフールーダとはよく口論しているらしい。ちなみにヘジンマールは某光る剣を振り回す『私はお前の父だ』『嘘だぁああ』で有名な銀河帝国な映画の大ファンでもある。リアル世界の人間が持つ卓越した想像力に憧れているのだ。

 

 今は個性豊かな仲間達に囲まれてはいるが最初こそ、しがない営業職の端くれで人生を悲観していた物が、千年に渡り共に暮らして行く中で本当の仲間や家族と思える様になって充実した人生を過ごして来たと思っているのだ。

 実際にアルベドとはリアルに家族になってしまったわけではあるのだが……

 

 兎にも角にも、これからの魔導国に必要なのは”物理的な強さ”では無く”組織としての強さ”である。いずれリアル世界の技術が更に進歩すれば守護者レベルでも勝てない兵器が登場するだろう。

 今の自分に出来るのは『ユグドラシル』の経験が通用する範囲までであり、リアル世界と事を構えた今は娘のモモちゃんやヘジンマールにリグリットやラナー等の適応能力が高いメンバーに主導権を譲る時が来たと思っている。

 

「……そんなわけで、本当は静かに暮らせれば良かったんだけどね。そうも行かないみたいだからモモちゃんに全てを委ねようと思っているんだよ。百年後を見据えた大局を見て欲しいのだアルベドよ……なんて言える立場でも無いけどね」

「ウフフ、懐かしいですわねモモンガ様。でも、サトルとしての優しくて頼りないあなたの方が好きよ……ごめんなさい。あなたが離れてしまうのではと不安で仕方が無くて……あなたがそれで良いのなら私は一切手を引くわ。娘に全てを任せて私達は隠居生活で一日中一緒なのですね!?もちろん覚悟は出来ております」

「いや待て、アルベド。確かにお前の方が頭は良いが、お前が今考えている事は手に取る様に判る」

 

 蛇の様に縦に割れた瞳孔をギロリと鋭く光らせる妻を見て身構えるモモンガさん。

 

「冗談ですよアナタ……少なくとも今はですけどね。抵抗は無意味だ……なんて宇宙を舞台にしたドラマの名台詞があったわね……実はあなたに言わなければいけない事があるのよ」

 

 アルベドは過去に現れたプレイヤーを全てルベドを使用して滅ぼして来た事実をモモンガさんに打ち明ける。さらにリアル世界も滅ぼすつもりであった事も。

 やはり、『ゲーム感覚』或いは『第二の人生を』と野心を抱いている、メンタルと力が釣り合っていないアンバランスな者達にモモンガさんと暮らす幸せな生活をめちゃくちゃに破壊されては堪らないので評議国と密かに組んで水面下で処理して無かった事にしてきたのだ。

 仮に彼等を仲間にした所で、支配者面して意見を図々しく言ってくる事は明白であり、転移直後で混乱している隙にルベドを送って抹消した後にユグドラシル産の消耗品を回収した方が合理的であると判断したのだ。

 

 その真実を打ち明けてくれた妻のアルベドに、しばらく沈黙した後に口を開くモモンガさん。

 

「昔なら怒ったかも知れないけど、実はもしもプレイヤーが現れたら消そうと前々から考えていたんだよ。今は大切な娘もいる。もしも娘が転移直後のゲーム感覚が抜け切っていないプレイヤーの所為で傷つけられたらとずっと考えていたんだ。もちろん言える立場では無いけど、だからと言って娘を危険に晒す気は無いし、娘を守る為なら喜んで手を汚す。せめてそれぐらいは親としても背負わないといけない。そもそも正解なんてないんだ……それに他人よりも家族が大切だし。だから気にしなくても良いよアルベド」

 

 大切な娘もいる中で、折角安定した世界を実現したのにプレイヤーと言う巨大な力を持つ第三者を迎え入れる行為は良くて現状維持、控えめに言ってもかなりの確率でわざわざ安定した体制を崩す事になる。ならば、初めから問答無用で排除した方が論理的選択である。

 

「俺も冒険者を続けて理解したんだ。英雄と言うのは人に言えないような事を一人で背負うから英雄なんだとね。時にやむを得ない事もあるし周りの人達には決してその決断の重さを理解してもらえない。現に英雄と聞けば華々しい物だと思っている人が大半だからね……だから、普段何にも役に立ってないし、せめてアルベドの重荷を俺にも背負わせて欲しい」

「あぁ、モモンガ様……」

 

 

 

 

 一方で時が進んでリアル世界に旅立ちイビルアイと合流したラキュース達とルベド。

 

「ラ、ラキュース!?それに皆……ぐすん、うわぁああ!」

「ごめんなさいイビルアイ。ずっと寂しかったのよね?もう一人にはしないから」

 

 イビルアイはこれが夢であるなら覚めないでくれと願いながらも、ラキュースにしがみ付いて泣きじゃくっていた。

 そして、そんなイビルアイの首根っこを猫の様に掴んでぶらーんと持ち上げ観察するルベド。

 

「お、おい……嘘だろ……まさか……こいつは……」

「どうしたの?続けて。私は蒼の薔薇の人間性を学習しなければいけないの」

 

 流石にツアーとも関わりの深いイビルアイは『神殺し』のルベドを知っており、恐怖のあまりに硬直していた。

 蒼の薔薇で束になるのは愚か、あのナザリックの階層守護者が束になっても勝てない相手が目の前にいるわけであるからして。

 要はスレイン法国秘蔵の秘密兵器が番外席次ならば、ナザリック秘蔵の秘密兵器がルベドなのだ。現地勢でツアーに匹敵する強さを持ちリアルで敵無しの番外席次ですら、模擬戦の1v1では一瞬で敗れている。

 その光景を見て隊長さんは何かを悟ったらしく、更に謙虚な性格に変わったらしい。そういう経緯もあってウルベルトさんと親しいのだが。

 

「おう、悪いなイビルアイ。ルベドは俺達の新しいメンバーなんだ。お前も吸血鬼だしよ、天使が一人ぐらいいても良いじゃねえか。それに随分と世界が様変わりしてるしよ。別に良いんじゃねえか?」

「待て……ガガーラン。こいつは……次元が……違い過ぎる……ヤルダバオトの10倍以上は強いぞ……」

「ん?じゃあ難度3000?」

「蒼の薔薇は敵無し。魔導国にも勝てる」

「ねえ、あれに登りたい。人間って凄い物を作るんだね。あの光ってる丸い奴が綺麗。人間の未来への可能性を感じるよ」

 

 イビルアイがガクブルな中、呑気に『みなとみらい』の横浜ランドマークタワーや大観覧車を指差して登りたいと言うルベド。いつの間にやら観光用のパンフレットを手にしており、8枚の天使の翼をバサバサさせながらマリーンタワーで鳥に餌をあげるのも良いかな?と悩んでいたり。ちなみにルベドは光り輝く物と無垢な動物が大好きである。

 

「ま、まあ、特に今の所目的も無いし、私達も初めてだから異文化を勉強すると言う事でどうかしら?」

「鬼ボスに賛成」

「デートスポットに使えそうな町だから異議なし」

 

 なにやらモモちゃんから大量に変なオジサンもとい、日本国の皇帝か王族と思われる人物が描かれた”紙幣”と呼ばれる紙を一人数百枚単位で渡されているが、唯の紙なので価値が本当にあるのかは今一不安ではある。描かれている絵は精巧で芸術的な価値は少なくともありそうではあるが……

 

 で、とりあえず横浜ランドマークタワーに登る為にクイーンズタワーC棟からクイーンズスクエアに入る蒼の薔薇一同だが、見た事も無い規模の立体的な市場が広がっており唖然とするしか無かった。

 

「うぉー。すっげーな……巨大建造物の中って一つの街みたいになってるのか。俺は王宮に入った事はねえけどよ、ぜってーこっちの方が凄いって確信を持って言えるぜ。おお!階段が動いてるぞ!ちょっと乗ってみようぜ!」

「え、ええ……実際に目にすると凄いわね。しかも、皆貴族では無くて一般市民が自由にここで買い物を楽しんでいるんでしょう?いつか王国もこんな風になるのかしら?硝子で造られた壁が凄く綺麗だわ。それにしても、いろんな服が売ってるのね……ってティアとティナ!?」

 

 ラキュースとガガーランが話してる間に既にファッショナブルな服を買って着替えているティアとティナ。行動が早い。

 

「このオッサンが描かれてる紙を3枚渡したら、2枚の違うオッサンが描かれた紙と知らない金属の硬貨が帰ってきた。たぶん、この紙は王国で言う金貨と同じ様な物だと思う。この違うオッサンが描かれた紙は銅貨みたいな物」

「この国の衣服のデザインは凄く良いし機能的。向こうに帰ったらエンチャントしてもらう」

 

 大体2万8千円相当の露出度高めの(機能的らしい)セクシーな服をセットで購入して着こなしている忍者姉妹。要はモモちゃんから一人数百万円単位で渡されているので、余程馬鹿な豪遊でもしない限り当面は大丈夫な金額である。

 実はナザリックに有り余ってるダイヤモンドやエメラルドなどの価値が無い宝石類を日本で現金化していたりする。

 

「わー!可愛いイルカさんですね!ヨシヨシ」

 

 一方ではお腹を押すと鳴くイルカのぬいぐるみを買ってご満悦なルベド。8枚の天使の翼が凄まじく目立っているのだが、ルベドに気付いた人達は3秒ほど凝視した後に何事も無かったように過ぎ去っていく。

 ラキュース達は知らないが、これが日本である。厳密言えば、ゴスロリやメイド服のコスプレをした人達もいるので同類と思われているのだ。ラキュース達も蒼の薔薇の装備で歩いているわけであるからしてルベドの事を言える立場でも無かったり。

 

「ところでよ、俺はあの動く階段に乗ってみたいんだが……」

「それなら、一人で行ってくれば良いだろう?私達は何処にも行かないぞ?……おお!この兎と言う動物は可愛いのだな!私もこの筆を土産に買って行こうか」

 

 そうイビルアイに言われて『シュン……』とするガガーラン。一方で某国民的人気を誇る兎のキャラクターが付いているボールペンが気になるイビルアイ。

 そんなウサギグッズに『はわぁ』となってるイビルアイを見て内心クスクスと笑っているラキュース。

 

(イビルアイにもこんな側面があったのね。この世界は凄く良いわ……でも、私は恨まれようともこの世界を変えないといけない。例え私に眠る闇を解放してでも)

 

「ほら鬼ボス。展望台に登るチケット購入してきた」

「ありがとうティナ。それじゃあ、また後で戻ってくれば良いから先に行きましょう」

「凄く楽しみ!ね?イルカちゃんもそう思うでしょ?」

 

 空中に浮かんでいて流石に目立っているルベドだが、魔導国の件があるのでそこまで周りの人は驚いてはいない。

 



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Dark Angel's Tragedy③

「クソッ!なんて事だっ!あの、化け物め!」

 

 テーブルをガシャン!と怒りに任せて叩いているのはマウントウェザー・アンダーグランドアーコロジーで定期集会中の世界を陰から支配する者達――ワールドイーターである。

 

「我々は喧嘩を売る相手を間違えたのかも知れませんね。死者を数億人蘇らせた上に地形まで変える様な相手に戦争をした所で勝てる見込みは極めて薄いでしょう。ここは一つ、取り返しがつかなくなる前に適当な国に責任を押し付けて手を引くのが賢い選択であるかと」

「しかし、どの国に責任を押し付けるのだ?既に都合が良いロシアと中国は魔導国に抑えられておるしのぉ……しかも、石油の産地である中東まで抑えられて……これも全て奴の思惑通りという事か。何と言う恐ろしい智謀じゃ。見余ったワシ等の完敗だわ」

 

 ワールドイーター達の意見は2つに分かれており、何としても異世界の土地と資源を独占したい”タカ派”と神を相手に喧嘩を売って勝てる筈が無いから手を引こうと言う”講和派”に分裂していた。

 

「ちょっと待ってください。私が手に入れた日本政府からの情報によりますと、魔導王と呼ばれる人物はユグドラシルと呼ばれたゲームのプレイヤーで、鈴木悟と言う小学校卒業後に営業職で働いていた凡人との事なのですが……」

「は?何を寝ぼけた事を言っている?あんな化け物がサラリーマンなわけが無いだろう!くそう、日本め。適当な事を言いおって。今後、我々に手を貸すつもりは無いという事か」

「これは不味いですね……これ以上、魔導国に国を奪われる前に手を打たねば。正直、レアメタルの産地である中国が寝返ったのはかなりの痛手です。日本の半導体と中国のレアメタルを同時に失うとなると、ハイテク産業への大打撃は不可避です」

「どうつもこいつも負け方ばかり話し合ってふざけるな!」

 

 ガタン!と勢いよく立ち上がるのは件のトライセンデンス社――巨大財閥の娘で、アメリカ合衆国大統領を兼任しているエリザベス会長。以前にも『核戦争でも起こして地上の劣性人類を綺麗に掃除すれば良いのに』と発言したり、民間諜報組織N17を経由して香港マフィアを動かし暗殺を企んだり、内部でもかなりのタカ派として悪名が高い。

 当然、彼女はトライセンデンス社日本支部をラナー達に潰され、信用と株もガタ落ちでワールドイーター達の中で最も被害を受けている。

 

「裏切った日本に制裁を加える必要がある様ね。当然、あの国はテロ支援国家としてG7加盟国から除名する。日米安保条約の破棄をチラつかせて、禁輸措置をした上で海軍を動かし全ての航路を塞いでやれば、アメリカとの経済的・軍事的衝突を恐れて日本国民の世論は反魔導国に動くでしょう」

 

 ここで中国やロシアに対する前哨基地でもあり、天然の壁ともなっている日本がアメリカから離れて魔導国寄りになってしまうのは困るエリザベス会長。ほとんど脅迫に近い強引な方法ではあるが、中露が魔導国に接近している今のタイミングで日本まで失うのは、アメリカとしても相当に痛いのだ。

 仮に日本が中露と同じく魔導国側になった場合、一番最寄りの米軍基地がハワイまで後退してしまい、アジア圏における優位性が損なわれてしまう。

 それにただでさえ、魔導国から大量の資源を得て大幅に国力が増大する恐れがある中露の太平洋進出を許す事になりかねない。

 

「……フン、魔導王が何を企んでいるかは明白じゃない。中露を合衆国にぶつけて私達の身動きを封じるつもりなんでしょうけど、そんな事を許して堪るか!それにこんな小賢しい手を討って来る事自体が、神では無い事の証明よ。恐らく、真正面から戦えば私達に勝てない故に中露を利用している筈。数億人蘇生させた『神の御業』とやらも、何度も行使出来ない可能性が高い。あのレベルの技を何度も使えるのなら、力ずくで征服してしまえば良い。それを”行わない”のでは無く”出来ない”のよ」

「いや、しかしな。それを考慮したとしても、たったの数日で我々の世界の政治や経済や文化を把握して効果的な手を討って来る、底の知れない智謀を持った相手だぞ……?」

 

 意見が対立している中、黙して聞いていたリーダー格と思われる雰囲気の男性が口を開く。

 

「ところで、ポータルで向こう側に第二陣として送った米国の巡洋艦や空母の艦隊はどうなったのだエリザベス」

「……残念ながら、ジェラルド・R・フォード級航空母艦のエンタープライズを含む20隻とも通信が途絶えて行方不明になりました。捜索に送った哨戒機も『天使は本当にいた。我々は天国を侵略しようとしたのか……』の一言を最後に通信途絶した為に詳しい事は何も分りません」

「そうか……奥の手を隠し持っている可能性が高い。そして、お前の財閥に損害を与えたラナーと呼ばれる人物だが、魔導国側の人間と考えて良いだろう……恐らく、ネズミだ」

「は?……いえ、申し訳ございません。つまり、我々が異世界を発見する()()()()から既に魔導国からの刺客が送られていたと?」

「そうだ」

 

 彼は財界や政界の著名人やイギリスで貴族位を持つ大物が揃っているワールドイーターの総裁とも呼べる人物であり、各国の通貨発行権を握る全ての中央銀行を束ね、スイスに本部を持つBIS(Bank for International Settlements、国際決済銀行)の理事会会長である。

 22世紀現在、世界中の国家がどれだけ紙幣を印刷するかを決められる、世界に流通する『お金の総量』をコントロール出来るが故に全ての資本主義国家や巨大複合企業を束ねている地球の支配者とも呼べる人物で、流石のエリザベスも大きくは出れなかった。アメリカでさえ、彼に首根っこを掴まれているのだから。

 

「ま、待ってください……それでは、初めから彼等は我々の文明に精通していたという事ですか!?つまり、EGHは魔導国……なんと言う事……」

「待て。そもそも、我々がポータルを起動する前から、どうやって此方に送ったのだ?……まあ、それは良い。問題なのはEGHの創始者であるラナーが魔導国の人間ならば、合衆国の主要な企業が奴の支配下にあるという事ではないのか?」

「ああ、そうだ……そして、東京湾に現れた”エリュエンティウ”とやらは、我々の世界を侵略する為の前哨基地として見て良いだろう」

 

 と、冷静に答えるワールドイーターの総裁。

 

「日本政府の内通者によれば、魔導国のルプスレギナと呼ばれる人物が貧困層のアパートで生活をしている。彼女を拉致して徹底的に尋問しろ。同居人の一般人男性は口封じで殺せ。我々は既に出遅れており、情報を得る事が先決だ……彼女は人狼で”銀”が弱点であるそうだ」

「人狼ですか……わかりました。直ちにCIAに通達致します。して、国連サミットはどの様に?」

「お前が先程述べた通りに進めれば良い……そして、次は無いぞ。エリザベス大統領」

「ならば、我が英国からもMI6を派遣してCIAに協力させよう。人狼(ライカン)に現代文明の恐ろしさを見せてやろうぞ」

 

 頬を引き攣らせながらも、了承するエリザベス。こいつを必ず支配者の座から引きずり降ろす為に謀反を起こすと心に決めて。そして、名案を思い付く。

 

(そうだ、魔導国を逆に利用してぶつけてやれば良い。どうせ、中国とロシアも同じ腹積もりでしょうし、目には目を、だ。世界の王者だった古き良き『強いアメリカ』を取り戻す。一つの楽園に蛇は二匹も必要ない)

 

 ワールドイーターを裏切り、彼等を壊滅させる事で通貨発行権をアメリカ政府に取り戻して世界の覇権を再び握る計画を思い付いたエリザベス大統領は心の中でほくそ笑む。

 

(EGHのラナーに連絡を送ろう。敵ながらも奴の手法は嫌いでは無い。それに彼女は理性で動く人物だからこそ信用できる。敵の敵は味方と言う奴だ)

 

 

 

 

「……と、言う様な具合で彼等は内部分裂するでしょう。アインズ様にお仕えする喜びを知る私達からすれば哀れにも思いますが、彼等の弱点を見抜き、私が10年程慎重に時間を掛けるつもりでいた計画をたったの一日で進めてしまったアインズ様の一手には恐縮するばかりです。本当に彼等には相手が悪かったと心から同情致します」

 

 と、凄く嬉しそうにウルベルトさん達に説明するデミウルゴス。

 

「うわー。モモンガさんってそんなに凄い人だったんだ……でも、酷いし許せないよね。一生懸命に働いて生きてるアタシ達を何だと思ってるのさ。虫か?容赦なくやっちゃってデミウルゴス。うん、全面的に許可する」

 

 と、ワールドイーターの存在を知って怒な茶釜さん。暗にそいつ等を殺せと言っている様な物で、隣のペロロンチーノさんが蒼褪めていたり。

 

「ご安心ください!ぶくぶく茶釜様!アタシがこてんぱんにしてやります!」

「ボ、ボクも……ぶくぶく茶釜様を虫扱いする人達を許せないので一人残らず殺します」

 

 アウラとマーレがそう言うや否や、世話係のエルフ王国の側近達の目付きが変わる。アウラとマーレは1300年前にスレイン法国にゲリラ戦を仕掛けていたエルフ王国の王を兼任しているのだ。

 ちなみに本来のエルフ王は娘である番外ちゃんにズタズタにされる家族間のトラブルに巻き込まれて死亡した。

 

「アウラ、マーレ。そんなに無理をしなくて良いからね……私が今更言える事では無いけど、出来れば……いえ、気にしないで。何でもない」

 

 首を傾げるアウラとマーレを見て、出来れば平穏に生活して欲しいのだが、自分にはとやかく言う権利は無いだろうと心の奥にしまう茶釜さん。

 1300年の長い時を生きて、最早自分以上の人生経験を積んだ立派な個人なのだから。

 

 最早、立派に自立しているアウラやマーレよりも、今一番心配なのがこれから生まれて来る子供の為にどうするべきか?と言う事である。

 一見、華々しく見える声優業は多忙を極めてヘロヘロさん並にブラックだったりするのだ。事務所やプロダクションの『商品』として扱われて奴隷と変わらなかったり。

 番組なんかを下で支えるアニメ―ションやCGのクリエイター達等の制作人は『エンドクレジットに名前が載るから』と入社当時は仕事量の割にアルバイトよりも給料が低かったりするので、もっと過酷な環境ではあるが。

 

 とはいえ、好きだからこそ辛くても今まで頑張って来たのだが、今のこのご時世では前世紀の様に長期休養なぞ事務所が二つ返事で許してくれる筈もなく、相当に揉めた上で茶釜さんは休養を取っていたりする。

 子供が生まれるからと言っているのに、事務所のマネージャーが勝手に仕事を取ってきた時は『は?』とキレた茶釜さん。

 で、休むのなら番組制作が遅れる事によって生じる損失額を賠償しろと言ってくるもんで揉めたところである。

 これに関しては最終的にウルベルトさんが『訴訟を起こすつもりなら、御宅の社長が左翼団体から接待を受けた事を白日の元に晒しますけど、どうします?』と公安から圧力を掛けてくれたので丸く収まった次第ではある。

 後はフル装備の番外ちゃんが茶釜さんのマネージャーが営業回りで運転中の自動車を真っ二つに切断した脅しも効果があり……

 番外ちゃん曰く『私の親みたいに妊婦を相手にパワハラをする奴は許さない。もしもここが魔導国なら殺していた……そして、階層守護者では無く、私が相手である事を感謝するべき』との事。

 そのマネージャーは真っ二つに割れた自動車の中で、外れたハンドルを握りしめて鼻水を垂らしてガタガタ震えながら番外ちゃんの説教を1時間程聞いたらしい。

 彼女も日本の社会を良くするために、弱い立場の人を守る為に公安第一特務課で仕事に勤しんでいたりする。そして、この件は日本の事情を知っているのでアウラやマーレに黙ってくれていたり。

 

 しかしながら、今後の育児を考えると収録やら出演依頼やらイベントやら色々と多忙を極めてスケジュールが常に埋まっている状態で子育てが出来るのだろうか?と不安になる茶釜さん。

 ウルベルトさんは『もしあれだったら職場に連れて行ってソリュシャンやエントマ達と一緒に面倒をみるよ。カウラウ課長もその辺は融通利かせてくれるし』と言ってくれてはいるが、捕らえたテロリストや犯罪者やらニューロニストの拷問器具が溢れかえってる職場なだけに色々と不安があったりする。

 何度かウルベルトさんの上司であるリグリットが遊びに来たりして、気さくで話しやすく部下思いな良い人だから、子供を職場に預けても大丈夫だろうとは思うのだが……

 

 それに、今はもう一つの選択肢が存在するのだ。仕事を辞めて、自然が綺麗な魔導国で子供を育てると言う選択肢が。子供の為を思えば、それがきっと最善の選択であると思う茶釜さん。

 大気汚染の霧や(もや)で年中どんよりとしている灰色の世界よりも、青空や緑が広がっているこの世界で生きる喜びを謳歌して欲しいと親としては思うのだ。

 もちろん、それには問題点もあり、日本の学校で教育を受けないとなると色々と問題が生じるだろう。日本人でありながら日本の文化に馴染めないと言う。完全に魔導国の人間として育つことになるのだ。

 しかし、今の日本で育つことが子供にとって幸せであるか?と問われれば首を捻らざるを得ない。

 子供を育てると言う事は母親にとっては人生の一大プロジェクトであり、日本か魔導国か、で悩んでいる茶釜さん。子供の為ならば声優を辞めて魔導国で暮らす事も吝かでは無いのだが、ウルベルトさんと家族会議をして慎重に決めるべきだろうと、後で時間を取ってもらう事にする。

 

 そんな事を考えている茶釜さんの顔を見て察したデミウルゴスが口を開く。

 

「……恐れながら、ぶくぶく茶釜様。もしも、魔導国に移住する事をお考えになられているのでしたら、基礎的な教育はユリ・アルファが担当し、更に発展的な政治や経済等に関する学問はこの私が責任を持って教育致します。ですので、ナザリック内はもちろんの事、お気に召された土地で自由に暮らして頂ければと思います。至高の御方に仕える事が私達シモベの役目であり、金銭的な問題は何もご心配には及びません。日本よりも良い暮らしを命に掛けてお約束致します……お望みの場合は永遠の命や種族の変更及び専属のメイドを派遣する事も可能でございます」

 

 デミウルゴスも私情は表には出さないが、実はモモちゃんの爺となったコキュートスみたいに、妹とも呼べる存在に自分が持つ全ての知識を教える事を楽しみに想像していたりする。

 ウルベルトさんの娘でもある妹と、政治的な戦略を語り合ったり、木工大工をしたり色々と将来のビジョンを想像して楽しみにしているのだ。その点はアウラとマーレも同じく楽しみにして待っている。

 

「あ、ありがとう……旦那と相談してから決めるよ……」

「うーん、でもなぁ。通勤の度に異界門(ゲート)を開いてもらうのも悪いし……」

 

 と、割と今の仕事が好きではあるが、毎日二つの世界を次元の壁を越えて通勤するのも抵抗がありーので悩むウルベルトさん。まるでエリートビジネスマンみたく、毎日飛行機に乗って世界を飛び回るイメージ或いは、リニア新幹線で毎日大阪や名古屋から東京に通勤する金持ちみたいで抵抗を感じるのだ。

 

「いや、でもね。これは一度真剣に考えるべき問題だと思う。私が今の仕事を続けていたら子供の世話がほとんど出来ないし……この子の為に仕事を辞めようか考えていたんだ。ちゃんと母親として育ててあげたい……ファンよりも我が子の方が大事だから」

「わかった、今度は俺が支えるよ」

 

 

 

 

「ズドラーストビチェ、コワルスキー大統領」

『ズドラーストビチェ!ラナー会長。今日はどの様な御用ですかな?……背後の景色から察するに、魔導国ですかな?美しい世界だ』

「ええ、私の故郷であるリ・エスティーゼ王国ですわ。一度お越しになられてはどうでしょう?歓迎いたしますよ?……さて、実はご存知のG7サミットですが、急遽G20サミットも並行して行われる可能性が高く……その理由は説明せずともあなたならばご理解頂けると存じます」

『なるほど……つまり、魔導国への包囲網を築く為のG7サミットでは上手くいかないので、G20サミットで我がロシアや中国に追従する国家をこれ以上出さない為に釘を刺すと』

 

 ラナーがタブレットパソコンをスタンドで立てている画面の向こうでは、スキンヘッドの厳ついコワルスキー大統領が映っている。ちなみに異界門(ゲート)を開きっぱなしにすることでインターネット回線を王国からロシアに繋げている。

 

「そして、ロシアや中国に日本をテロ支援国家として非難する事で各国の世論を動かすのが目的でしょう」

『月面資源開発事業をNASAでは無く、ロシアと契約してもらえるのであれば、軍事力で黙らせますぞ?SNSに文字を打つよりも、ミサイルを撃ち込んだ方がメッセージが伝わりますからな!魔導国とて一つの惑星である以上、資源には限りがある。我がロシアはその点は愚かなワールドイーターと違い大局を見ている』

 

 コミュニケーションツールとしてはSNSよりもミサイルの方が優れていると言いたいコワルスキー大統領。

 

「ウフフ、ロシアンジョークが御上手ですね。しかしながら、必要があればお願いするかも知れません。私も前々から拠点をロシアに移す事を考えていましたので。何より、宇宙の分野においてはスプートニクと呼ばれる世界初の人工衛星を打ち上げたり、ミールと呼ばれる世界初の宇宙ステーションを打ち上げたロシアの科学技術に着目しておりましたので……私の()()もAn-225アントノフなんですよ?あれは素晴らしい機体です」

『それは素晴らしい!EGHの本社をロシアに構えて頂けるのなら、我がロシアは魔導国を全面的に支援致しましょう』

「ええ、有り難うございます。それでは、ダスヴィダーニャ。大統領殿」

 

 

 

 

 各地で物騒な会話が行われている中、そんな事を知らずに時速45キロの速度で登る事で有名な横浜ランドマークタワーのエレベーターで耳が痛くなって困惑しているラキュース達。

 ちなみに東京スカイツリーのエレベーターは時速35キロの速度で上昇するので、高さでは倍以上負けていても、日本で一番速いエレベーターの地位は保持している。

 ドバイにある高さ838mのブルジュ・ハリファよりも、297mの高さしか無いのにも関わずエレベーターが世界で2番目に速い高層ビルでもある。世界のエレベーターが速いランキング一位は台湾の台北(タイペイ)101と呼ばれる501mの高層ビルである。

 

 とはいえ、純粋に高さで言えば、ドバイの『シティ・オブ・ドバイ』と呼ばれる2400mのアーコロジーが建っていたりするので、もはや333mしか無い東京タワーはその辺の田園に建つ鉄塔みたいな物である。

 当然、都内には1000m級の高層ビルもぽつぽつと建っているので、完全に街に埋もれている。

 

『100年以上の歴史がある横浜ランドマークタワーにお越しいただき誠に有り難うございます。当展望台では最新の量子カメラを使用した360度のパノラマビューで霧が無いクリアな景色をお楽しみいただけます……南東側のベイブリッジの方向に見えますのは、日本が誇る最大のアーコロジー『横浜臨海アーコロジー』でございます。環境汚染にも負けず、人類が火星やタイタン等の大気を有する星に植民する際にも転用できる最先端の科学の結晶であり、アーコロジーの技術により豊かな未来と可能性が人類に約束された希望の象徴とも言える建築物でございます』

「わー!凄い!ねえねえお父さん。日本の未来ってどうなってるの?」

「ん?宇宙船とか飛んでいて明るい未来になってるよ」

「わー!楽しみだなー!」

 

 そんな都合の良い事ばかりを並べているアナウンスや周りの客の声を聞いて、かなりムッとするラキュース。

 

「たしかに、霧を無視して見る事が出来る技術は凄いわ……でも、置かれている現実を無視するのはどうなのかしら?絶望的な未来しか無いのに、未来が輝いているかの様に子供達に説明するのが許せないわ……例え絶望的ではあっても、むしろ、だからこそ、その真実を受け入れた上で立ち向かう事が必要なのに……」

「ああ、そうだな。目を背けていては何も解決しない……確かに、子供にとって酷な現実である事は理解できるが、私達だって痛みを伴って成長してきたのだ……魔導国があっても、彼等の意識が変わらない限りは同じ過ちを繰り返すだけだ。根本的な問題を解決できるのは魔法では無く、彼等自身だ」

 



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プレアデスの恩返し①

 さて、各国の政界やら財界では色々とハチの巣を突いた様な大騒ぎになっていたりする中で、一般市民は日本政府に対して無関心であったりする。

 一番原因として大きいのは、支配者層が1世紀以上に渡りバラエティ番組やらゲーム等の娯楽を利用して政治に無関心である様に仕向けてしまった事もあるのだが、巨大複合企業が義務教育を廃止した事が最も大きいだろう。学歴が高い富裕層とは違い働けども努力が認めらる事は無く、大半の人々は自身の生活に手一杯であり、そこまで考える余裕が無いのだ。

 休み無く働き続けて、ようやく久しぶりに得た休日は楽しい事に時間を使いたいのが人間という物である。

 

 で、この22世紀の世界においても政治を動かすのは国民の世論であり、世論を動かすのはメディアであり、その各メディアにスポンサーとして資金を提供しているのが巨大複合企業であるわけだが、その巨大複合企業を支配するワールドイーター達が内部分裂してしまっている事により、魔導国を徹底的に非難するメディアもあれば、肯定的な見解ばかりを流すメディアもあったりと二極化しているのだった。

 

 それを逆手に取ってモモちゃんはテレビ番組やSNSを駆使して日本国民に対して属国になる様に勧告したのだが、属国になった際には所得税以外全ての税制度が廃止される上に、魔導国からの食糧支援で貧困層でも生野菜や肉を食べる事が出来る様になり、義務教育制度の復活及び教育無償化や全企業ホワイト化計画まで約束したもんだから、今まで苦しんできた国民達は大歓喜して『魔導国の属国になるべき!』『無能な政治家は必要ない!』『ナーベさんは俺の嫁!』とプラカードを掲げた抗議デモが発生して日本の支配者層は『そんな無茶な……』と頭を抱えていた。

 支配者層からすれば、魔導王は所得税だけで国家運営できるのか?と思う物であるが、いかんせん魔導国は日本とは土台が違うのだ。24時間働き続ける仕事熱心なシモベ達や狂信的な変――敬虔な信仰者達による無償の奉仕や御布施で成り立っているので金が掛からないのである。

 また、魔導国の貴族達にとっても『どれだけ神に貢献した高貴なる一族であるか?』というのが一種のアドバンテージにもなっているのだ。

 商人も同じ様な物であり、がっぽり稼いでいるのに神への御布施を出し惜しむと『金に溺れた不信仰な者』として世間から白い目で見られて商売が出来なくなってしまうし、余りにも酷い様ならばスレイン法国からマークされる。

 

 そして、日本がアメリカから離れる事を快く思わない報道メディアは徹底的に『日本は食料と引き換えに国民の自由を独裁者に売ろうとしている』とか色々と言いたい放題叩いているのである。

 また、日本が魔導国の属国になる事を快く思っていない韓国は過去の歴史を掘り起こして『日本が過去に行ってきた悪行』というのを魔導国に対して必死に訴えているのだが、次期支配者のモモちゃんに『異世界から来た我々にとっては、地球における大昔の歴史は関係ありません』と回答されてしまい困っていた。

 反日思想に扇動する行為は国内の問題から目を背けさせ、大統領の支持率を上げる為の政治的パフォーマンスの側面もあったのだが、日本が魔導国の属国になってしまえば、国内に溜まった怒りを外に向けさせる方法が使えなくなる上に、万が一でも属国になった日本を非難しようものならば、魔導国と同盟関係にある中国・ロシア・中東連合を敵に回す事になり、魔導国側に回れば日本嫌いな市民達が暴動を起こすしアメリカとEU等の国連加盟国を敵に回す事にもなり、ライオンに食われるか虎に食われるかな状態で韓国政府は八方塞がりとなっていた。

 ちなみに彼等は北朝鮮の指導者がシャルティアに噛まれて眷属化している事を何も知らない。

 

 

 

 

『――続いて次のニュースです。今話題になっている巨大ハムスターに乗った謎のスーパーヒーローが暴力団のアジトを壊滅させました。現場では人身売買が行われており、暴力団に拉致された被害者は全員保護されたとの事です。また、暴力団の構成員に多数の死傷者が出ており、警視庁は殺人の容疑で謎のスーパーヒーローに対して逮捕状を出すと発表していますが、渋谷事件で彼に助けられた市民の間では反対の声が上がっており、各地で署名運動や抗議デモが発生している模様です』

 

 そして、そんなテレビを観て『うへぇー』となっている獣王メコン川さん。

 仲良くソファーも兼ねているベッドでゴロゴロしながらテレビを観ているメコン川さんとルプーだが、最近のメコン川さんは一人用のベッドでルプーと密着状態で寝るもんだから、緊張して寝不足気味だったりする。年齢=彼女いない歴のメコン川さんにとってはルプスレギナとの同居生活はハードルが高かったり。おまけに家事とかは全てルプーが率先して行ってくれるので駄目人間になりつつある。

 とはいえ、掃除や洗濯やゴミ出しを一人暮らしの癖で全て自分で行ってしまうと、メイドとしての仕事が無くなったルプスレギナがウルウルして悲しそうな顔をしてくるので彼女に任せたわけではあるのだが……

 

 その様な中『ピンポン』とドアベルが鳴ると、そそくさとルプスレギナは誰が来たのか確認しに行く。

 

「おっ!この気配はナーちゃんとソーちゃんとエンちゃんっすね!」

「あら、お久しぶりねルプー。今日はご不在のウルベルト様に代わって公安の警護任務で来たのよ」

「差し入れで料理長が作ったお菓子と紅茶を持ってきましたですぅ」

「獣王メコン川様、再びお会いする事が出来て光栄でございます」

「うぉ!超美味そうっす!日本の料理不味くてずっと恋しかったっすよー!」

 

 一人暮らし用の狭いワンルームアパートに戦闘メイド(プレアデス)が4人もいれば相当に狭くわけで、申し訳なくて『どうしよう……』と焦っているメコン川さんとは裏腹に、彼女達は全く気にしていなかったりする。強いて言うならば……

 

「至高の御方である獣王メコン川様に、こんな窮屈な暮らしをさせている下等生物(ウジムシ)はなんと不敬な……まさか、弐式炎雷様も!?」

 

 と、青筋を浮かべているのはナーベラルだけであり、比較的ソリュシャンとエントマはウルベルトさんから説明を受けているので日本を理解していたり。

 

「弐式炎雷様なら、このあいだゲームで一緒に遊んだっすねえ。ぷにっと萌様やたっち・みー様の御息女も一緒で楽しかったっすよ!」

「うぅ、羨ましいですわぁ……」

「そうそう、獣王メコン川様と『浅草』でデートしてきたっす。人工肉はビミョーっすけど綿飴はなかなか美味しかったっすよ」

 

 雷門の前で着物姿で写っている写真を姉妹に披露するルプスレギナ。プレアデスの女子トークで肩身を狭く感じているメコン川さんをよそにヒートアップしていく。

 

「ところで、公安の警護任務ってさっき聞こえたんだけど……」

「実は……不敬にもCIAとMI6が獣王メコン川様の御命を狙い、ルプスレギナを拉致しようとしている情報が入りましたので……」

「でも、ご安心くださいですぅ。至高の御方の盾として作られた私達プレアデスが必ずお守りしますぅ!」

「え……CIAとMI6が家にやってくるの?」

「はい、その通りでございます」

 

 それを聞いて一番カチンと来ているのはルプスレギナ。自身の創造主を殺そうとする相手がいる事を知って目付きが変わる。

 

「……良い度胸ね。()()()()()()()である獣王メコン川様を殺害しようと企むなんて。死んだ方がマシと思える様な地獄を味合わせてあげるわ……一体、どんな表情を見せてくれるのかしら?」

 

 急に目付きが悪くなり口調も変わるが、こちらが本来のルプスレギナであり、いつもの明るい性格は演技である。何よりソリュシャンと並ぶカルマ値極悪なのだから。

 そして、また『ピンポーン』とドアベルが鳴ると、今度は家電量販店のロゴが描かれた袋を持っているシズが入って来る。

 

「……少し秋葉原で買い物をしていて遅くなった」

「あら、シズ。一体何を買って来たの?」

 

 シズが何やら袋からごそごそと箱を取り出すと、最新式2148年春モデルの量子タブレットパソコンを『ん』と見せて来る。それを見て凄く羨ましがるメコン川さん。彼の5年分の年収に匹敵する、有名デザイナーが手掛けた高級ブランドモデル故に。

 量子タブレットパソコンは名前の通り量子演算装置を積んでいるので、タブレットで在りながらも旧式のデスクトップを遥かに凌駕する性能を誇っており、グラボ無しでもユグドラシルを始めとした仮想空間系のゲームがサクサクと動くのだ。21世紀初頭のビルの一室に並べられたスーパーコンピュータと同じぐらいの処理性能を持つタブレットである。

 それに比べて、メコン川さんのデスクトップはジャンクや中古品を寄せ集めて組み立てたPCで、空冷装置やキーボードに至っては曽々お爺さんが2020年頃に使っていた128年前の代物である。

 とはいえ、若き日の曽お爺さんや、祖父に父親がエロ画像を検索する為に代々使って来た歴史が詰まった一族に伝わるアーティファクトであり、感慨深く思うメコン川さん。

 

「うわぁ……すげえ、実物初めて見た……シズ……なんでそんなに高い物が買えるの?」

「……アインズ様から頂いた給料が1300年分溜まっているので、日本円に換金して貰いました」

 

 と、言いつつ量子タブレットを箱から出して背面に1円シールを貼っているシズ。自身の身体をバッテリー代わりに充電出来るので半永久的に量子タブレットを使用できる。

 

「……人型アンドロイドが店頭で販売されていたけど、古くても私の方がずっと高性能。彼等は自我を持っていない。私は楽しむ事も悲しむ事も出来る……もしも、私の創造主であるガーネット様が偽物の人形に心を奪われているかも知れないと思うと……凄く不安。私はガーネット様に恋をしている……この愛は本物」

「ま、まあ、そうですよね……はい」

 

 そして、一連の会話を聞いて『はっ!』とするルプスレギナ。そういえば全く使っていなかったお給料が1300年分溜まっていた事を思い出して、自身の創造主の為に何かプレゼントしようと思いつく。メコン川さんが道端で高級スーパーカーを見て『一度で良いから、あんな車を運転してみたいなぁ……』と言っていた事を思い出し、その車をプレゼントしたら獣王メコン川様がお喜びになるに違いないっす!と考える。それにこんな狭いアパートでは無く、至高の御方に相応しい家を買わなければと、自分の給料の使い道を発見したルプスレギナだった。

 そして、またもや『ピンポーン』と鳴るので『一体あと何人来るんだ!?』となるメコン川さん。流石にこれ以上来たら物理的に入らない。

 

「おぉ!オーちゃんじゃないっすか!久しぶりっすねー!桜花聖域から離れて大丈夫なんすか?」

「本当は良くないんですけど、主戦力が出払っているので急遽私が派遣されました。事が済んだら直ぐに帰る予定ですが、今日は宜しくお願いします……あとこれ、桜花聖域の桜の木の種なのですが、日本では絶滅したと聞いていましたので宜しければ日本で育ててあげてください」

 

 オーレオール・オメガはプレイアデスの末っ子のレベル100NPCで指揮・支援系統が得意であり、神社の巫女の様な外見をしている。絶滅した桜の種なんて渡されたら、ブループラネットさんが発狂するだろうなと思うメコン川さん。

 プレアデス5名にレベル100のオーレオールまでいればCIAとMI6が来ても大丈夫だろうと思い、彼女達と一緒にお菓子を食べる事にするのであった。

 

「どうぞ獣王メコン川様。紅茶とお菓子になります」

「ありがとう、ソリュシャン。おぉ!クッキーってこんなに美味かったのか!?……生まれて初めて食べた……」

 

 その言葉を聞いて嬉しくもあり、同時に複雑な感情が芽生えて来るプレアデス一同。クッキーですら食べた事が無いなんて、至高の御方達は普段、どんな生活をしているのだろうか?と。

 

「そういえば、ユリ・アルファは?」

「ユリお姉様はぁ、たっち・みー様の御息女の為にセバス様と一緒に働いていますぅ」

「へぇー、未来ちゃんも大変だなぁ……折角だから皆でドライブでもしない?ウチでドンパチやったらお世話になった近所に迷惑が掛かるからさ、首都高を適当に流し運転するよ……夜景は綺麗だよ?」

「良いですね!実は桜花聖域の元になった日本がどんな国なのか気になっていたのです!」

 

 と、オーレオール。

 

「いや、あの場所の景色は今の日本には存在していないよ……まあ、それを再現したくて皆で造った場所だったけどね。大昔の日本に存在した神社を参考にして作った場所だからさ……」

「つまり、桜花聖域は至高の御方の世界が荒廃する前の最盛期を再現した場所なのですか?」

「そうだね……機械が無い時代の日本を再現した場所だよ。ずーっと昔のね」

 

 そして、またまた『ピンポーン』と鳴って『いい加減にしろ!』と思うメコン川さん。

 

「お!占ちゃんじゃないっすか!……どうしたんすか?」

「あ、ルプスレギナさん。実はスレイン法国から至高の御方と従属神様のサポートをする様に言われまして……そして、こちらが――」

「漆黒聖典第五席次のクアイエッセと申します。至高の41人である獣王メコン川様にお会いでき、一生の喜びでございます。アインズ様にご迷惑をお掛けした一族の面汚しである不信心な妹に代わり、神の為に最大限にお仕えする所存であります。どうぞ、この私の曇りなき信仰をお受け取りください」

「私はバハルス帝国から派遣された()()()のレイナースでございます。呪いを解いて頂いた上に、永遠の若さと命まで頂いた恩義を返すべく、どうぞ何なりとお申し付けください」

 

 と、漆黒聖典第十一席次『占星千里』と第五席次『一人師団』と帝国三騎士『重爆』のレイナース。

 スレイン法国も生身である神が命を落としかねないリスクに気が気では無く、プレイアデスに協力する為に主戦力を派遣してきたのだ。バハルス帝国からも何としても魔導国をも超える驚異的な技術力を持つ日本と友好関係を結びたいジルクニフ陛下の命でレイナースが派遣されたのだ。彼は新参者として甘く見ている王国と違い、属国同士での経済戦争において日本国が評議国でさえ赤子の手を捻るが如くに一切他者を寄せ付けない無双状態になる事を読んでいた。魔法や錬金術とは異なる未知の方法で製造された『育毛剤』と呼ばれる神秘の霊薬を大量生産できる国力から根本的に次元が異なると予想したのだ。

 

「良いっすねえ。エンちゃんとクーちゃんが眷属を召喚すれば数でもこっちが優位っす……フフフ、ギガントバジリスク10体と私達プレイアデスを相手にして絶望する表情が思い浮かぶわ。彼等を楽に死なせる事は禁止よ?私が愛する獣王メコン川様の御命を不敬にも狙う罪は決して許されない」

「はっ。必ずや神に抗う不信仰な異端者どもに正義の鉄槌を下すとスレイン法国を代表してお約束致します。従属神様」

 

 一方では、自分に感動泣きして嗚咽を漏らしながら祈りを捧げている3人組を見て『俺はいつの間にカルト宗教の教祖になったんだ?』と困惑しているメコン川さん。そして、宗教を利用して魔導国を1300年に渡り束ねているモモンガさんの卓越したカリスマ性に『あのギルド長、まじパネェ』と思うのであった。

 余り深く関わる事は少なかったが、アインズ・ウール・ゴウンを国にしてしまう上に米中ロを相手に互角に渡り合っているモモンガさんは、恐らく切れ者であり、異世界で才能を開花させたに違いないと確信する。ぷにっと萌さんやウルベルトさんとも仲が良かったし、相当に頭の回転が良いのだろうと思う。

 ボーナスを全額ガチャに注ぎ込む事が出来たのも、リアルでは出世コースのレールに乗った勝ち組だったからなのだろうと納得する。

 

「あぁ……俺もお金があったらなぁ……」

「ご安心ください!私が獣王メコン川様の欲しい物をシモベとして何でも買うっす!」

「ハハハ……有り難うルプー。まあ、気持ちだけでも嬉しいよ……」

 

 この時、メコン川さんは『狼の恩返し』とでも言うべきなのか、本当にルプスレギナが家から車までなんでも買ってくれるとは夢にも思っていなかった。

 そして、愛車のミニバンに9人乗るのはキツイかも知れないと思うが、体格が小さいシズとエントマを誰かの膝の上に乗せて貰えばギリギリ行けるかな?と思うメコン川さん。近所でドンパチやられて大家さんに追い出されては堪らないので、申し訳ないが首都高でドンパチをやってもらおうと考えていた。

 

 その一方で、ルプスレギナは『獣の勘』のスキルで敵意を察知する。

 

「危ないっす!」

 

 彼女が慌ててメコン川さんの盾になるや否や、ベランダの窓ガラスに『パシッ、パシッ』と穴が空き、ソリュシャンに弾が当たるが、スライムに対して弾丸は無意味であり直ぐに元通りになる。

 

「安全の為に私の中にお入りください獣王メコン川様」

「え……マジで?……溶けたりしない?」

 

 そんなやり取りが行われている中でオーレオールは全員にバフを掛け、エントマとクアイエッセは外に出て巨大ムカデやギガントバジリスクやらクリムゾンオウルをありったけ召喚し、シズは窓ガラス越しに『ズガガガ!』と魔導弾を連射して応戦し、ナーベラルとレイナースは前線に向かう。

 

 

 

 

「ターゲットを確認した。予定よりも人が多い様だがどうする?」

『構わない。目撃者は全員始末だ。日本政府にバレる前にさっさと済ませて夕食までには帰るぞ』

「了解した」

 

 CIAの工作員はビルの屋上でDARPA製の誘導ライフル弾EXACTOを使用するスナイパーライフルやら、最新式のサーモグラフィーを使用して狙いを定めていた。

 この誘導ライフル弾は弾薬自体にスラスターや制御機構が備わった超小型の誘導ミサイルみたいな物である。

 さらに地上には光学迷彩を使用したMI6の工作員やCIAのステルス多脚戦車が待機しており、完璧な布陣である。何よりも今回の任務では対ルプスレギナ用に急遽用意した”水銀弾”を使用しており、弾が一発でも当たれば体内でカプセルが破裂し水銀が拡散するので人狼にはひとたまりも無いだろうと読んでいた。

 しかしながら、弾が外れてソリュシャンの頭部に当たるのだが、信じがたい光景を目にした工作員の一人がスコープ越しにあんぐりと口を開ける。

 

「オウ、マイ……ゴッド……あれは一体なんだ?未来の殺人ロボットか何かか?」

「クソ!青いエネルギー弾みたいな物を撃ち返して来たぞ!こんなの話に聞いて無いぞ!……なんてこった。巨大な爬虫類の化け物が10体出現!ステルス戦車は光学迷彩を解除して応戦しろ!」

『魔女と騎士から攻撃を受けている!仲間の半数が石化してかなり不味い!戦争になるなんて聞いて無いぞ!』

 

 CIAのステルス多脚戦車15台が光学迷彩を解除して姿を現すと、召喚された無数の眷属に対処する為に上部のペイロードをパカッと開き、小型の武装クアッドコプターを大量に発進させる。

 さらにブォオオン!という轟音を立ててバルカン砲でギガントバジリスクを次々とミンチに変えていくステルス多脚戦車。

 しかしながら、多脚戦車15台を相手に正攻法では不利と見たナーベラルは戦法を変えて、転移魔法を多用しCIAとMI6の工作員を直接殺していく。

 流石に戦車15台相手ではプレイアデス側が不利であり『何か打開策は無いか?』と考えているオーレオール。彼女は支援に特化しているので、レベル100でも戦闘能力はあまり高く無いのだ。倒すのは困難と諦めるや否や、すぐに頭を切り替えて全員に伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

『獣王メコン川様を守るのが最優先任務です。あの兵器を私達だけで倒すのは困難ですので、転移門で魔導国に撤退してください』

 

 オーレオールが制御する転移門を通って撤退していくのだが、アパートがボロボロになって全財産を失ったメコン川さんにとってはいい迷惑である。

 



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