五等分の証拠 (N・E・O)
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五等分の証拠 プロローグ

「アンタ私たちのことをいやらしい目で見てない?」

 

「はっ…?」

 

いつものようにリビングでの勉強会の最中、あまりにも突拍子もない二乃の発言に俺は言葉を詰まらせた。

…俺をからかっているのか?

 

「小テストに私たちが問題に夢中になってる間にアンタからのいやらしい視線を感じるのよ」

 

「あーそれ私も思ってた、まぁ私が上杉君の立場でもこんな美少女5人に囲まれたら意識しちゃうよね~」

 

二乃に乗っかる形で一花がニヤニヤと笑いながらからかってくる。当然ではあるが俺とこいつらは家庭教師という仕事上、先生と生徒という関係だ。

やましい気持ちなど一切ない…が、それは俺の一方的な解釈でしかない。もしかしたら俺が何気なく行う目配せや普段の行動がこいつらにとっては不快に感じている可能性もある。

家庭教師において大事なのは信頼関係を構築することだ。こんな下らないいいがかりでこれまで築き上げてきた信頼を壊してなるものか、ここはムキになって感情的に否定するよりも引き下がりつつ取り繕った方が良いだろう。

 

「そんなつもりは無かったんだがお前らがそう感じているなら本当にすまなかった。これからは誤解を招かないように態度を改める」

 

こう言っておけば角が立たないだろう、さて次の課題に取り組ませるとするか…と思った矢先に四葉が口を開いた

 

「上杉さん…私たちをそういう目で見ていたんですか!?」

 

「おい四葉!だから違うって言ってるだろ!」

 

自分の中で既に終わった話を直後に掘り返されたことでつい感情的に否定をしてしまった、しかし後悔するにはもう遅い。

 

「何ムキになってるのよ、やっぱりそうだったの?アンタってどうしようもない変態ね」

 

「フータロー…」

 

「取り乱して否定するなんて何か怪しいですね」

 

さすが五つ子といったところだろうか、二乃から始まった疑心暗鬼が瞬く間に三玖と五月にも伝播してしまった。

今日の勉強会はお開きにしよう。時間が空けば次に会う時までにはみんながこのことを完全に忘れるとはいかないまでも改めて掘り返す可能性は低くなるだろう。

 

「…あー、変な流れになっちまったな。今日はここら辺にして切り上げるか、みんなお疲れ様。課題は後でメールで送っとくからな。ちゃんとやっておくように」

 

五人の疑惑の視線を感じながらそう言って荷物をまとめてそそくさと立ち去ろうとする。しかし…

 

「ちょっと待ちなさいよ!さっき小テストの時に机の下でケータイを弄ってたわよね?」

 

「もしかして二乃のスカートの中を盗撮…?お姉さん流石にそれはよくないと思うな」

 

確かに俺は小テスト中にケータイを操作していた。しかしそれは妹のらいはにメールを送信するためだった。

小テスト中はこいつらが解き終わって俺が採点するまでは手持ち無沙汰になるからってケータイを操作したのがまずかったな…

しかも気を使って机の下で使っていたのが運の尽きだった。そうか、俺の対面に座っていた二乃はこのことで俺に突っかかって来たワケか。なら話は早い。

 

「おいおい、誤解しないでくれ。俺はらいはにメールを送るためにケータイを使用していたんだ。証拠はここにある」

 

そう言ってメールの送信ボックスを見せようとした刹那、二乃が俺のケータイをひったくってきた。

 

「お前らに気を使って俺に目移りしないように机の下でケータイを使ってたんだ。とはいえ誤解を招く行動をしたことは変わりない、本当にすまなかった。これからケータイは休憩中のみ使用することにするからそれで許してくれ」

 

「ふーん、メールを送ってただけね…ふふっ」

 

二乃は疑惑に満ちた瞳で俺のケータイを調べている。しかしなんだ…?こいつ一瞬笑った気がしたぞ…?

 

「もちろんこれが偽装だと思うなららいはに確認してもいいぞ。俺としてはそうして貰った方が潔白を証明できて助かるしな」

 

「まああなたがそこまで言うならきっと二乃の勘違いでしょう。【決定的な証拠】があるわけではないですし…」

 

「ふん、じゃあそう言うなら五月はこいつの妹に裏を取っておいてよね。私はそれを確認するまでは許さないんだから!」

 

ふう、これで一件落着だな。らいはには少し迷惑をかけてしまうが致し方無い。手痛い出費ではあるが迷惑料として後でアイスでも買っていこう…

 

「じゃあまたな」

 

これ以上何かを言われる前に俺はダッシュで玄関を目指す。

変な言いがかりで無駄に疲れちまったぜ…二乃のやつまだ風呂上がりの姿を見られたことを根に持っているのか?

あっ、ケータイを二乃から返してもらってなかったな…まあ状況が状況だ、また今度会う時に返してもらえばよいか…

 

 

_______________________________________

 

 

 

 

「決定的な証拠…」

 

 

 

風太郎の去った部屋で誰かがそう呟いた。

 

この時の俺はまだこいつらの【決定的な証拠】に振り回されるなんて想像していなかったんだ…

 

 



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中野三玖の決定的な証拠

「フータロー、ここ座っていい?」

 

いつものように昼休みに焼肉定食焼肉抜きを全速力で胃に流し込んでいるとサンドウィッチと抹茶ソーダをトレイに載せた三玖が話しかけてきた。

 

「おう、別にいいが…勉強のことを質問しに来たのか?」

 

「ううん、内緒の話をしにきた」

 

「内緒って言ったってここは学生でごった返しの食堂だぞ、こんなとこで内緒の話なんかできるかよ」

 

「食堂の方が都合の良いことがあるんだよ」

 

…いつも何を考えているか分からない三玖だが今日は本当に意図が読めない。

 

「まあ静かな図書館で話すと意外と話し声って周囲に聞こえてしまうこともあるしな。かえってこういう騒がしい場所の方が内緒の話をするには適しているのかもな…で、用件はなんだ」

 

「フータローは私たちをいやらしい目で見てるの?」

 

「ぶはっ!!!!」

 

三玖の発言に反射的に口に含んでいた味噌汁を吹き出してしまった。

幸い周りの学生たちの中に俺のような異端者を気に掛けるヤツはいないので俺がどれだけ取り乱しても目立つことはなかった。

…それはそれで悲しいのだが。

 

俺は呼吸を整えながら三玖に諭すように口を開いた。

 

「…昨日も言ったがそれは誤解だ。俺はお前ら五人を卒業させることしか眼中にない」

 

「本当?」

 

三玖は澄んだ瞳で俺を見つめてくる。

…大丈夫だ、俺には何もやましいことはない。

 

「本当だ、俺はお前らに信頼してもらえるようにこれまで以上に全力で向き合っていくつもりだ」

 

「そっか…じゃあこれはどういうことなの?」

 

三玖がおもむろにポケットからスマホを取り出し俺に画面を向ける。

 

「おい、これって…」

 

俺は一気に青ざめる。

そこに写っていたのはいつかの中間試験、中野家に泊まり込みで勉強の教えに行った時…

三玖のベッドに眠っている三玖…これは普通のことだ。

しかしその横には俺も一緒に写っている。しかも合成を疑うくらいすごいスケベな顔をしている。

 

(おいおい、俺あの時自分でも気づいていなかったがこんなにスケベな顔してたのか…?いや、この写真はいったい誰が撮ったんだ!?そして何故三玖が持っている!?)

 

「私たちのこといやらしい目で見てないなんて言ってたけどやっぱこんなもんなんだ」

 

足元が不安定になる感覚に陥る、そして視界が歪む。

そんな中俺は必死に弁解の言葉を紡ぐ。

 

「三玖…俺は…信じて…くれ、何かの間違いなんだ…」

 

俺は息を切らしながら三玖へ手を伸ばす。

俺は無意識のうちに黒い感情に身を任せ体力の無い三玖から力づくでスマホを奪ってデータを消去するという強行手段に出ようとしていた。

しかし…

 

「頭の良いフータローならなんでこの場所でこの話をしようとしたのかもう分かるよね?」

 

そこでハッと我に返る。

そうか…この食堂では俺が強行手段に出ようとしても周りの目がある。

いくら俺が取り乱しても誰も気にしないとはいえ流石に女子生徒に襲い掛かったら誰か止めに入るだろう。

周りの学生たちは抑止力ということか…クソッ!

 

「…静かなること林のごとく」

 

良く分からない三玖の歴史例えに突っ込む気力も起きない。

だが俺と二人きりでこの話を振ってくるということは何か目的があるはずだ。

俺を糾弾するのが目的ならば家庭教師の時に他の姉妹の前で俺を告発するはずだろうし…

とにかく、一方的な要求だろうと飲むしかない。俺の生き残る道はそれだけだ。

 

「何が望みだ、三玖…」

 

「授業終わったら下駄箱前で待っててね…絶対に逃げちゃだめだよ」

 

そういって三玖は俺の前から去って行った。

 

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「まっ、待たせたな」

 

「じゃあ行こっか」

 

いったい俺をどこに連れて行く気だ…?

とっ、とにかく今は従うしかない。三玖の機嫌を損なわないように慎重に…

 

「フータロー、私に何か言うことは?」

 

「えっ、えーっと…今日も三玖さんは可愛いなあ!!僕とっても尊敬しちゃう!!」

 

「…ふんっ」

 

ヤバい、見え見えの太鼓持ちでいきなり三玖の期限を損ねちまった…

 

「まあいいよ、じゃあ私と勝負ね。家に帰るまでにフータローが私の本心を当てられたら写真のことはみんなに内緒にしてあげる」

 

さっき俺は食堂で三玖からスマホを奪おうとしたがここまで堂々としているところを見ると

間違いなくバックアップを取ってるはずだよな…ここは素直に勝負を受けるしかない。

 

「タイムリミットは帰宅までか…家って三玖の家でいいんだよな」

 

三玖はコクリと頷く。

ということは普通に歩いたら20分くらいの猶予ということか。

それにしても本心って…取り付く島もないぞ。まずは情報を引き出さなくては…

 

「三玖は俺に不満がある…んだよな?」

 

…コクリ

 

「そしてその不満はあの夜の出来事に関係している…?」

 

…コクリ

 

「…一つ心にずっと引っかかっていることがあったんだ。俺が五月と和解するためにマンションに向かった際に三玖とすれ違った時だ」

 

「その時俺は三玖にベッドではなく床で寝たと嘘をついた。お前に気を使っての嘘だったがそれに対して怒ってるんだよな?まさか写真を撮られているとは思わなかった。五月が撮ったのか?」

 

…三玖は頷かない

 

「嘘をついて本当にすまなかった。俺が嘘をついたことに対しての怒り…それがお前の本心だ」

 

「…おしいけどブー、あとチャンスは一回だけだよ」

 

ちょっ、違うのかよ…!

しかもあとチャンスは一回だって!?

もうこれ以上心当たりなんか無いぞ…

 

「三玖!お前パフェ食いたくないか?…良い店を知ってるんだが」

 

…コクリ

時間稼ぎのための買収はOKなんだな…

 

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パフェ代金は手痛い出費だが俺の未来のためだ、致し方がない。

三玖が抹茶パフェを食べている間に考えを巡らせないとな…

 

「フータロー、もっと時間欲しい?」

 

「あっ、ああ…正直まだ考えがまとまってなくてな。できることなら欲しいが…」

 

「じゃあこのパフェ私に食べさせて」

 

「…勝手に自分で食えば良いだろ。そのつもりで注文したんだし」

 

「違う。フータローが私にあーんして食べさせる」

 

何を考えているんだ…?

普段ならそんな恥ずかしいことできるかって一蹴したいところだが弱みを握られている今俺は指示に従うしかない。

 

「…分かったよ」

 

俺はアイスクリーム部分を掬って三玖の口元に運ぶ。

それを三玖は口に含む。傍から見たら俺たちは恋人に勘違いするだろうな…

 

「フータロー、顔赤くなってるよ」

 

「はっ、恥ずかしいに決まってるからだろ!…らいは以外にこうやって食べさせるの初めてだし…」

 

「私も家族以外でこうやって食べるの初めて。じゃあお返し」

 

今度は三玖がパフェをスプーンで掬い俺の口元へ…

これって間接キスじゃ…と思ったがこいつはそういうの気にしない奴だったな。

恥ずかしいと思うから恥ずかしいんだ、さっさと食べてしまおう。

 

「…あの時と同じ顔だね」

 

あの時?あの写真のスケベ顔のことじゃないよな…

 

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結局パフェで稼いだ時間はアイスクリームの様に溶けて行った…

しかし謎は解けないままだ。

三玖の本心に迫れる様なヒントは一向に得られないし心当たりがない。

 

「あと家までもう少ししかないよ」

 

ヤバいぞ…あの曲がり角を曲がったらもうマンションだ…

なんでも良い…何か閃きを…!

三玖の仕草に何かヒントはないか!?

 

…サスサス

 

そういえば三玖のヤツさっきからしきりに腹をさすっているのが気になるな。

腹が痛いのか?…と聞きたいところだがノーデリカシー野郎だと思われてまた怒らせてしまうかもしれない。

もしかしたら何か俺にヒントを与えているのかもしれないが…

 

ここまで考えて俺の脳内に電撃が走る。

えっ、マジで…そんなワケが…だって記憶に無いし…でも三玖が俺に不満を持つと言えばこれしか…

 

「三玖、これから俺が言うことが間違っていたら秒で指摘してくれ、そうしたら俺は潔くペナルティを受け敗北を認める」

 

…コクリ

 

「俺は…俺は三玖とあの夜…内なる欲望を解放させてお前を襲ってしまった…」

 

「…」

 

「そしてそのことを何事も無かったように振舞う俺の態度にお前は怒っているんだ…よな」

 

頼む、違うと言ってくれ。違わないと俺は生徒と一線を越えたことになる。

しかもそれが記憶に全くないなんてとんだクズ野郎だ。

違うなら俺はこいつらの家庭教師を辞めれば良いだけだが…そうじゃなきゃ色んな意味でヤバい。

そして…

 

 

 

「…責任取ってよね」

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間に俺は行く当てもなく走り出した。

これは夢だ…悪い夢だ…と自分に言い聞かせながら…

 

 

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中野四葉の決定的な証拠

「はぁ、はぁ…嘘だ…こんなことがあって良いはずがない…!」

 

俺は全力で走りながら自分に言い聞かせる。

…全力にしては遅いって?これでも本気だ。

 

「俺が三玖を…!うぉっ!!」

 

足がもつれて盛大に転んでしまった。

しかしもう立ち上がる気力もない。

このまま地面に還りたい…

 

「上杉さん!!なんでこんなところで寝ているのですか!?」

 

俺の名前を呼ぶのは誰だ…

最後の力を振り絞り地面に這いつくばりながら声の主へ顔を向ける。

おっ、お前は…

 

「みっ、三玖!?違うんだ!!俺は決してやっていない!!げほっげほっ!!」

 

いつの間に俺に追いついたんだ…?

俺と同程度の体力しかない三玖が何故俺を先回りできる…?

そんなことを考えたのも束の間、息切れを起こしているというのに叫んでしまい思い切り咳込んでかなり苦しい。

 

「違います!よく見てください、私は四葉ですよ!!」

 

四葉だと…確かによく見たら特徴的なカチューシャを付けている。

それに俺が下から見上げる体制のためにスカートの中のお子様パンツが…

 

「なんだ四葉か、驚かせやがって…」

 

「別に驚かしてないですよ、それよりどうして地面に倒れてるんですか?」

 

「見れば分かるだろ、転んだんだ。転んだから地面に倒れているんだ」

 

普段の俺の知的なイメージとはかけ離れた発言だ。

それくらいに疲弊している。

 

「何言ってるんですか、お顔とか腕とか擦り剝いて血が出てますよ…手当してあげますので家に行きましょう」

 

そう言って俺の肩を組み、強制的に立ち上がらせてくる。

おいおい、家ってまさかお前の家じゃないだろうな…

こんな状況三玖に見られたらただでさえ面倒くさいことがさらに面倒くさくなってしまう。

だがしかし全力疾走して体力が底を尽きた俺に四葉を振り切れるほどの気力は残っていない。

なんとか会話で四葉を説得するんだ…!

 

「四葉、俺の家に連れて行ってくれ…」

 

「えっ、でも私たちの家の方が近くにありますよ?それに上杉さんに勉強で教えてもらいたい所があるのでついでにお願いしますね!」

 

なんでこういう時に限って勉強の意欲が湧いているのだろうか…

普段なら喜び勇んで教えてやる所だが今回は素直に喜べない。

どうしたものか…

 

「なぁ、少しだけでいいんだ。そこのベンチで休んで自分で歩けるまで体力を回復させてくれ、ついでに今教科書持ってるならここでその分からないところを教えてやるよ」

 

「分かりました!しっかり掴まっててください!」

 

そう言って四葉は俺をお姫様抱っこでベンチまで運ぶ。

まさか男の俺を軽々と運ぶことのできる筋力があるとは…

誰かに見られたら恥ずかしいが今は少しでも時間を稼げたことを喜ぶか。

 

「ありがとよ…でもなんで膝枕なんだ。この状態じゃ教えにくいぞ」

 

「病人は絶対安静です、カバンを枕にするよりこっちの方が良いかと思いまして」

 

「知り合いが近くを通らないことを全力で祈る…」

 

「ところでどうして軽くジョギングをされていたんですか?」

 

運動の得意な四葉から見たら俺の全力の走りは軽めのジョギングにしか見えないのか…

少し傷ついたが本当のことを言うわけにもいかない。ここは誤解に乗じて話を合わせるか。

 

「最近気づいたんだ、勉強も大事だがそれと同じくらいに健康も重要だとな。それで走り込み…いや、ジョギングをしていたんだ」

 

「そうだったんですか…何事も無理はダメですからね!まず制服ではなく動きやすい服装に着替えてから始めた方が良いですよ」

 

確かに制服で運動するなんておかしい話だな。そこまで気が回らなかった。

でも四葉がバカで助かった、なんとか誤魔化せそうだ。

体力さえ戻れば自分で歩いて帰れる。あとはこのまま会話で時間を稼げば…

 

「それに上杉さん、おそらく準備運動もせずに始めるからそんな風に足がもつれて転んじゃうんです。基礎問題集も解けないのに応用問題に挑戦するようなものですよ。気持ちだけが先走りすぎです」

 

まさか四葉に勉強の例えで諭される日が来るとはな…

悲しい。俺もここまで落ちぶれたか…

だがだいぶ呼吸も落ち着いてきた。

あとは四葉に勉強の分からないところを教えれば俺に用は無くなり解放されるだろう。

 

「…上杉さんが私たちに勉強でお手伝いしてくれるように私も上杉さんを私にできることで応援したいです。私に上杉さんの体力アップのお手伝いをさせて下さい!」

 

「……」

 

___________________________________________________

 

 

「はい、深呼吸をしながら身体を曲げて…そうです。ゆっくり背中を押しますので痛かったら言ってください」

 

「あいてて…でもなんだか気持ち良いな」

 

結局俺は体力が戻っても四葉の熱意に絆されて家にお邪魔してしまった。

四葉にそれとなく三玖の所在を確認したところ今日はバイトで帰りが遅いということが分かったというのが大きいが…ちなみに他の3人は一花の撮影の見学とかでそれよりさらに遅く帰ってくるらしい。

 

「うーん、上杉さんかなり身体が固いですね。でも継続してストレッチをすれば怪我しにくい身体に必ずなれますよ!今度はもうすこし強くいきます!!」

 

あいててて…でも体のダルさが抜けていく気がする。

なんだかやけに身体を密着してくるのはこういうストレッチだからだよな?

まあ三玖と同じくらい四葉も羞恥心無さそうだし気にすることでもないか。

 

「どうですか、身体が軽くなるのを感じませんか?」

 

「確かに軽い…!これなら長時間ぶっ続けで勉強しても大丈夫そうだ!!」

 

ストレッチのおかげか三玖に関しての悩みが薄れ落ち着きを取り戻した。

その上予想以上の効果でテンションが上がる。

これからは家庭教師の前にストレッチを取り入れるのも良いかもな。

 

「では身体が出来上がったところでスクワット行きますよ!」

 

えっ…まだやるの…?

 

______________________________________________

 

「あー死ぬ…これ以上やったら間違いなく死ぬ…」

 

「上杉さんお疲れ様でした!よく頑張りましたね!!これ水です!」

 

「サンキュ…」

 

どうやら運動大好きな四葉のスイッチを踏んでしまった様だ。

ストレッチだけでなく本格的な運動まで付き合ってくれるとは…

まあでも汗と一緒に悩みも流れ出たってことで良しとするか…

 

「悪いな、汗かいたからこのジャージ洗濯して返す」

 

制服では動きづらいからと四葉が俺に上下のジャージのセットを貸してくれた。

しかし今気づいたけどたぶんこれこいつらの父親のジャージだよな…

あの厳格な父親も普段着でジャージを着ることあるんだな。少しサイズが小さいような気もするが。

だが色んな意味で気まずい。どうか使ったことがバレませんように…

 

「いえ、お気になさらず!そのまま置いておいて下さい。それより運動後のストレッチをしますよ、そこにうつ伏せになって寝てください!」

 

「げっ、まだ続くのかよ…」

 

「運動後のストレッチも運動前のストレッチと同じくらい大事なんです。身体が冷える前に早く!」

 

そういうものなのか…

俺は言われるがままにうつ伏せになる。

その上に四葉が馬乗りをしてきた。

…こいつ制服のスカートのままなのにこの状態になるって色々と大丈夫なのか?

 

「筋肉をほぐしていきますよ~力を抜いてくださいね!」

 

両手を使って背中をマッサージをしてくれるのか。

…めっちゃ気持ち良い。疲れた体に癒しが染み渡る。

あれ、眠気が…もしかしてさっき飲んだ水に薬…?

 

「あれ?上杉さん寝ちゃった…まあいいや、まだ約束まで時間あるし続けよっと」

 

___________________________________________________

 

「…はっ!」

 

「あっ、上杉さん起きましたね。私のマッサージがとっても気持ちよかった様ですね、ししし」

 

俺が寝た後もずっとマッサージを続けていてくれていたのか。

身体や衣服には特に何も変化は無い様で薬で眠らせて何かされたということは無さそうだ。

本当に疲れて眠っちまったんだな…

 

「俺はどれだけ眠って…って、もうこんな時間だと!?」

 

ヤバい、四葉の言う通りならあと10分もしたら三玖がバイトから帰ってくる時間だ…!

早くこの家を出なければ…!

 

「四葉、今日は色々ありがとうな。俺そろそろ帰らないとらいはが心配するからそこをどいてくれないか?」

 

「えーっ!あともう少しで三玖も帰ってきますしそれまでマッサージしますよ!あと10分くらい…」

 

おいおい、これはヤバいぞ…

多少強引だが力づくでも脱出しなくては。

…だが俺の力ではびくともしない。

 

「上杉さんどうしたんですか?…逃がしませんよ」

 

普段の明るい口調ではなく落ち着いた声で俺の耳元で囁く。

そして俺の両腕を四葉の両腿で挟まれ拘束されてしまった。

俺の力になりたいならそこからどいてくれ…

 

「こんな状態を三玖に見られたら変な勘違い起こされるかもしれないし…とにかく早くどいてくれ!」

 

「それが良いんじゃないですか、目撃者が居れば【決定的な証拠】になるんですから」

 

「おい、何を言ってるんだ!!もう十分マッサージはできただろ!」

 

四葉のやつ本当にどうしたんだ…

だが今は四葉の心配をするよりもここからの脱出だ!

しかしこのフィジカルお化けである四葉を馬乗りになられている状態の俺が振りほどけるか…?

 

「上杉さん、大人しくしてて下さい」

 

俺が身体をよじらせると四葉はそれに合わせて重心を移動させ俺を逃がさない。

なんとか仰向けの体制になることはできたが状況はあまり変わらない…

くそっ、無駄な体力を使ってしまった…馬乗りから逃れるってこんなに難しいのか!

なんとか隙を作らなくては…

 

「はぁ…はぁ…」

 

「ただでさえ運動で疲れてるんですからそんなに動いたらもう抵抗する力も残ってないんじゃないですか?」

 

隙を作るにはこうするしかない…

できればこの手は使いたくないが…!

 

「くらえ!!!」

 

不意を突き右手を四葉の両腿による拘束から抜け出させ

その勢いで四葉の胸を揉む。

急に痴漢行為をしたら誰だって驚き取り乱すだろう。仮に好意を向けている人物に急にされても嫌だと思う人がほとんどだろう。

よっぽど羞恥心が無い限りはな!…あれ?

 

「…何をしているのですか?」

 

そういえばこいつに羞恥心無かった。

この作戦は失敗だ。

 

「まあでもこの状態で発見された方が説得力ありそうですし…このまま固定させてもらいますね」

 

四葉は胸を掴む俺の右手を両手で掴み返した。

隙を作るどころか余計に悪い状況になってしまっただけだった…

もうこんな状態になってしまったら四葉に運動後のマッサージをして貰っただけという言い訳も使えない。

 

「やっぱり上杉さんは私たちのことをいやらしい目で見ていたんですね…急に胸を揉んでくるなんて…ししし、でも私はずっと上杉さんの味方ですよ」

 

…!

四葉はまだあの時の俺の態度に不信感を抱いていたのか!?

最初の協力的な態度は俺を油断させて家まで連れて行きこの状況を作り出すため…

そしてそれを他の姉妹に見せつけることで【決定的な証拠】として俺に家庭教師を辞めさせようと…!

 

「こんな状況見られたら言い逃れできませんね。そうすればこれからは2人で…」

 

「ぐっ、うおおおおおおおお!!!!!!」

 

なんとか左手を脱出させ四葉の脇腹を全力でくすぐる。

どんなに鍛えてもくすぐりには耐えられないだろ…!

 

「あはははは!!!くすぐったいです!!」

 

よし、チャンスだ!

四葉には悪いが持てる力の限りを尽くし身をよじって振り落とす!!!

 

「きゃぁ!!」

 

早く逃げるんだ…!時計を見る余裕はないが急げ…!!!

四葉には目もくれず玄関まで一直線に駆け抜ける。

よし、このままなら…!

 

ガチャッ

 

「……」

 

「あっ…三玖…」

 

最悪だ。鉢合わせてしまった…

 

「そのジャージ…そのポケット…」

 

俺がこの場に居るよりも俺の服装に関して驚いているようだ。

これが一体どうしたっていうんだ…ん?何かポケットからはみ出して…これは…パンツ!?

 

「ちっ、違う!!!俺は盗んでいない!!うわああああああああ!!!!!」

 

そう叫びながら三玖を跳ね除け本日二回目の全力疾走。

皮肉なものでストレッチを入念に行ったおかげで最初よりも速く走れている。

 

 

 

ししし。と俺の背後で笑い声が聞こえた気がした。

 



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中野一花の決定的な証拠

「……」

 

違うんだ三玖、俺はそんな不誠実な男じゃない!

何かの間違いだ、何か言ってくれ…三玖…

 

「……」

 

四葉、信じてくれ…俺は決してそんなことは…

お前は俺に最初から心を開いてくれていたじゃないか…

どうして…どうしてこんなことに…

 

 

どうして……

 

 

「うわぁ!!」

 

「お兄ちゃんうなされてたけど大丈夫…?」

 

俺は寝ていたのか…ということは今までの出来事は夢…?

ということはもちろん無く服装は忌まわしいあのジャージだ。

思い出したとたんに脂汗が大量ににじみ出る。

 

「お兄ちゃん夜遅くに帰ってきたと思ったら急に倒れこむんだもん、びっくりしちゃったよ」

 

家に着いたとたん安心して気を失ってしまったようだ。

思い出したかのように両足に筋肉痛が襲ってくる。

 

「いつつ…」

 

「顔色悪いけれど大丈夫?学校お休みする?」

 

「いや、心配しないでくれ。学校にはちゃんと行く…」

 

重い体を起こしシャワーを浴びて準備をする。

今日は土曜日の特別授業で午後からの登校だったので助かった。

平日だったら間違いなく遅刻の時間に目を覚ましてしまったからな…

それにしてもあの夢は…いや、今は考えないでおこう。

 

「らいは、すまないがこのジャージを早急に洗濯しておいてくれないか?借り物なんだ…」

 

「分かったよ!」

 

…何か大事なことを忘れている気もするがまあいいか。

学校に向かおう。

 

________________________________________________________

 

 

筋肉痛のせいで学校までの道のりが遠く感じる。

今三玖か四葉に見つかったら間違いなく逃げ切れない。

…だがどちらにせよ三玖も四葉との問題も向き合わなければいけない課題だ。

俺は五人を笑顔で卒業させると決めた。その気持ちは本心だ。

とにかく全ては誤解だと信じて解決に向かって行くしかない。

そのためには他の三人の協力を得ることが先決だ。

そしていつも通りならその内の一人がここに…

 

「フータロー君おはよう…って時間じゃないか。このサンドイッチ一人で食べるには多いから食べる?」

 

「一花…」

 

中野一花、五つ子の長女で彼女たちのリーダー的存在だ。

俺も妹を持つ身として共感できることが多く個人的には信頼を置いている。

勉強と女優を両立できていることから五つ子の中で一番要領が良いと思う。

何故かいつも一人でコンビニの前で俺の登校を待っている…

普段なら煩わしく感じてしまうが今は一対一で会話できるという絶好のチャンスだ。

まず長女である一花から事情を説明すれば三玖と四葉の問題も解決に向かうはず…

 

「フータロー君どうしたの?思いつめた表情してるけど…」

 

「一花…お前に話したいことがある。とても大事な話だ、人目に付かない場所に移動しても良いか?」

 

「えっ…いっ、いいけど…急にどうしたの?」

 

やはり突然こんなこと言われたら警戒するよな…

だが多少強引でもここは引くワケにはいかない。

 

「すまない、デリケートな問題なんだ。お前と二人で話したい」

 

「それって…」

 

一花の手を引っ張り裏路地に連れて行く。

前もこんなことあったな…夏祭りの時だったかな。

一花を壁側に誘導し大通りにつながる道からは俺の背で見えないように気を遣う。

 

「一花…!俺は…」

 

そこで言葉が詰まってしまう。

顔を近くで見ると本当に彼女たちは似ている…

一花の顔に三玖と四葉が重なって心臓が締め付けられる。

一花を説得できれば上手く行くと思っていたが…

逆に考えるとここでの説明でまた誤解が生じれば事態はさらに悪化してしまう。

この土壇場に来て急に気持ちがもたげてしまった。

 

「フータロー…君…?」

 

一花も不思議そうに俺を見ている。

やばいな、これ以上不信感を抱かれる前にここは一時撤退だ。

 

「…いやすまない、今日のことは忘れてくれ。また決心が着いたら話させてくれ…うぉっ!」

 

一花を隠すためにやや不安定な姿勢だったことと両足の筋肉痛が災いし体制を崩す。

そしてあろうことか一花の胸の中へ飛び込んでしまった。

 

「ちょっと…誰も見てないからってこんな…!」

 

「すっ、すまない!!!この償いは必ずする!!何でも言ってくれ!!お前のためならできることならなんでもしてやる…!」

 

「じゃあ授業終わったらまたこの場所に来てね、約束だから…」

 

___________________________________________________

 

授業が終わり全速力で約束の場所を目指す。

 

「…一花?」

 

一花の姿はまだ見えない。

早く到着してしまった様だ、まあその方が誠実さをアピールできて良いだろう。

授業中に一花への誤解の無いような説明の筋道を立ててきた。そして想定されるであろう質問の応対もシミュレートしてきた。

今度こそ本当のことを伝えるんだ…そして長女の協力を仰ぐ…

 

「お待たせ」

 

「一花…今度こそ話させてくれ」

 

「その前に場所移動しよっか、秘密の話をするのに良い場所知ってるの」

 

「えっ、あぁ…分かった」

 

この場所でまた落ち合うと決めていたのに移動をするのか…

どういうことなんだ?まあいいか。今は下手に出るしかない。

 

_______________________________________________________________

 

「よいしょっと、ここなら二人きりで話せるね」

 

「わざわざマイクを使って話さないでくれ…耳が痛い」

 

カラオケボックスか、これなら外で誰かに気を遣うより気兼ねなく密談ができる。

なるほど、俺は普段カラオケなんか行くことが無いから思いもよらなかった。

 

 

 

「それで話したいことって?最近三玖と上手く行ってないこと?それとも四葉に無理矢理押さえつけられたこと?」

 

 

 

…!!!!

知っていたのか…!?というか姉妹で話を共有しているのか…?

そうだとしたらもう何もかも手遅れだ…俺は…俺は…

 

「あはは、そんなに絶望した顔しないでよ。まだ二乃と五月ちゃんには話してないから」

 

「一花…お前どこまで知って…!?」

 

「私は三玖と四葉に相談されたの、みんなのお姉ちゃんとしてね…四葉にはきつく叱っておいたから安心して」

 

「そっ、それで三玖は…?」

 

「それに関しては自分から三玖に聞いてみないとね~ほら、デリケートな問題なんでしょ?」

 

俺を小馬鹿にした態度で一花はおちょくってくる。

…不安な反面なんだか無性に腹が立ってきた。

 

「おい!頼むから教えてくれ!!俺はやったのか!?やってないのか!?」

 

「フータロー君、人に物をお願いするときはどういう態度を取るんだっけ…?これを見てよ」

 

一花はカバンからスマホを取り出し俺に画面を突き出す。

そこに写っていたのは…

 

「んな…!?それは裏路地の…!」

 

「たまたま私のファンの同級生が通りかかったみたいでね~撮影してくれたんだ。私の胸に顔を埋める瞬間のフータロー君の写真をね。【決定的な証拠】だよね」

 

そんな馬鹿な…一花に気を取られて通行人に気づかなかっただと…!?

表通りに背を向けていたのが運の尽きだったということか…

 

「その同級生に今は黙っているように指示しているけど私のメール一本でこの事実はバラまかれるんだよ?態度には気を付けた方が良いね~」

 

「ぐっ…!すっ、すまなかった…」

 

「ん~?」

 

「…すみませんでした」

 

俺はもう一花の言いなりになるしかないのか…

ただでさえ三玖と四葉に頭を悩ませているのにさらに一花との問題まで抱えるなんて!

 

「ふふふ。私からの要求はね…今後何があっても家庭教師を辞めないってこととあと…三玖を泣かせたら絶対に許さないから」

 

普段の柔和な態度からは想像できない剣幕で俺を見つめながら話す。

…前までは五つ子と俺だけの問題だったのがいつの間にか俺の社会的な死をかけた問題にまで発展してしまった。

駆け出しとは言え女優に手を出したとなれば学校に居場所はない…最悪退学だろうな。

そしたら親父…はどうでもいいが、らいはが学校で犯罪者の妹として疎外されてしまうかもしれない。

 

「分かった…いや、分かりました…お願いですから写真をばらまくのは辞めてください…」

 

「うんうん、だんだん君も自分の立場が分かってきたようだね!…いつでも君を見ているからね」

 

一花は不敵に笑う。

いつでも俺を見てるってどういうことだ…?

 

 

 

「このあと時間あるよね?…まあ無いって言っても来てもらうんだけどさ。二乃と五月が話したい事があるんだって」

 

 

 

俺は今自分のいる場所を地獄の底だと思っていた。

だが、さらに底の底に突き落とされるなんてこの時は思っていなかったんだ…

 

 



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