ああっ時の女神さまっ (れいのやつ Lv40)
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ああっ時の女神さまっ

 ──魔導世界。人間から魔物に至るまで多種多用な種族が繁栄し、『ぷよ』なる謎の生物を用いた勝負事が日常の光景になっている不思議な世界。そんな世界の天空には、神々が住まう神殿があった。

 

 神殿にずらりと整列するのは、神の御使いであるところの天使たちだ。そして、その天使たちが集う神殿の中心に住まうは、月の装飾がついた杖を携えた、まさしく神の美しさを持つ赤髪の女性──時の女神である。

 

 ──しかし、そんな偉大なる女神の瞳は、とてつもなく濁っていた。

 

「──■■■■、──■■■■、──■■■■、──■■■■、──■■■■」

 

 死んだ魚のような目をしながら機械的なリズムを以て本人以外には理解不能な言語で唱えられた呪文は、しかし正しく作用し、同じ色同士でくっつく謎の生物──『ぷよ』を時空間へと送り込む。そう、彼女は同色のぷよが4匹以上くっつくと発動する呪文、『オワニモ』の処理を行っているのだ。

 容易く時空間へと次元を繋げるその力はまさしく神と言うに相応しいが、しかしそれを起こしている当人は腐敗した水死体の如き瞳をしていた。

 

 ──やがて、呪文が唐突に途切れる。

 

「きいいいいいいっ!! やってられるかぁーーーー!! 毎日毎日毎日毎日、めんどくさいのよボケがぁ!! 一日にぷよ勝負する連中がどれだけいると思ってんのよっ!! あいつら簡単に大連鎖組みやがるし、かと思えば相殺ばっかで中々決着つかないし!! 大体なによオワニモって!! 私の力を借りるから魔力はいらないって、はぁ? 私最高神なんですけど? そんな気軽に力借りれる存在じゃないんですけどぉ!? きいいいいいーっ!!」

 

 突然であった。愛用の月の杖を地面に叩きつけ、次々と不満をぶちまけるその様は控え目に言ってもヒステリー女である。髪を振り乱し頭を掻きむしるその姿を下界の信者が見たら卒倒するかもしれない。

 

「め、女神様!?」

「お止めしろ!!」

 

 最高神の狂乱に、周囲の天使たちが慌てて取り押さえる。しかし神と天使では存在の格が違いすぎるのか、女神が手を振るう度に天使が吹き飛ばされる。

 

「私は神よ!? アイ・アム・ゴッド!! それがなんで毎日毎日こんな単純作業をしなきゃならないのよ!!」

 

 女神の不満はつまるところそれであった。ぷよ勝負が日常の下界、それが行われる度に彼女はぷよの処理をしなければならない。

 

「で、ですが、オワニモの発動ができるのは女神様だけですし……」

「そもそもそれがおかしいのよっ!! 責任者を呼べ、責任者をっ!!」

 

 そう女神は言うが、しかし天使にはどうにもできない。

 

「め、女神様。責任者と言いましてもこの件は世界の流れで、誰に責任があるわけでは」

「開発者がいるでしょうが!? こめびつとかいうナスグレイブが!! 初代ぷよぷよの説明書に私がぷよを消しているとかいう設定を書いた奴よ!!」

 

 女神は全ての元凶が誰なのかを把握している。しかし、それは天使たちには理解できぬ領域のことであった。

 

「も、申し訳ありません。私どもではその『こめびつ』なる人物が何者なのかわかりません」

「きいいっ! 役立たずどもめ!! だいたい、各媒体で設定がブレブレなのよ!! 私が青い髪で描かれてる場合もあるし!! 私の髪は赤よ赤!! 私がオワニモを作った設定のやつまであるし! 誰がそんなクソ面倒なもん作るか!!」

 

 天使たちには理解不能な不満をぶちまけ続ける女神だったが──

 

「大体あなたたち、さっきからなんなの?」

「え?」

 

 ──しかし、今度はその不満の矛先は天使たちへと向かう。

 

「どいつもこいつも女神様女神様って……そんな抽象的な呼び方じゃなくて名前で呼びなさいよ」

「はっ!? そ、それは……」

「それは……何? まさか、私の名前を知らないとか言うんじゃないでしょうね?」

 

 図星である。天使たちは時の女神の名前を知らない。いや、天使たちに限らずどの世界の誰も彼女の名は知らないだろう。

 当然だ。何しろ、彼女には名前が設定されていないのだから。

 そう、魔導世界における最高神のような存在でありながら、あろうことか彼女は『名無し』であった。名無しという点では、ゲームで村の名前を教えてくれるだけの村人Aと同列の存在でしかなかった。むしろ表舞台に出ない分、下手をすると村人Aより存在感が無いかもしれない。

 

 そんな訳で、彼女の名を知る者はこの場にいない訳だが、長年仕えた上司に『私の名を知ってるか』と聞かれて『知りません』と答えられる部下がいるだろうか。少なくともこの場にはいなかった。

 

「勿論知っています!」

「そう。なら、私の名を言ってみなさい」

「えっ!? え、ええと……」

 

 思わず『知っている』と口走った女性天使に、ここぞとばかりに時の女神の『言ってみろ』攻撃が襲い掛かり、問われた女性天使の脳裏にはなぜか『リリス カノン エルドラ』という高次元的存在の名前が並んだ謎の三択が浮かぶ。

 

「本当に私の名前がわからないの?」

「い、いえっ!!」

 

 問い掛けから3秒と経っていないが、どうやら回答時間オーバーで不正解になったようである。件の女性天使は既に涙目だ。

 

「もう一度だけチャンスをあげるわ」

 

 私の名を言ってみろ、と時の女神は女性天使の額に三日月の杖を突き付ける。その杖がショットガンのように見えるのは気のせいだと思いたい。

 そして女性天使の脳裏に浮かぶのはやはり例の三択だった。

 

「リ、リリス様!」

「私は嘘が大嫌いなのよ!!」

 

 一番それらしい名前を答えた女性天使だったが、当然ながら不正解に終わる。何度も言うようだが時の女神に名前は設定されていないのだ。

 提示された選択肢に正解が存在しないという理不尽な択一問題を強制された女性天使の末路は、三日月の杖から銃弾の如く放たれる魔法に撃ち抜かれる事だった。

 

「ひぐぅ!?」

 

 軽い爆発音が響くと同時に女性天使は妙な悲鳴をあげて地面に崩れ落ちる。

 

「アイシスー!?」

「しっかりしてアイシス!」

 

 どうやら件の女性天使の名前はアイシスというらしい。周りの天使たちがアイシスの介抱に向かうが、アイシスという名が呼ばれる度に時の女神が不機嫌になっていくように見えるのは気のせいではないだろう。

 

「ちっ、どいつもこいつも……。そもそも元を辿ればシルドラだかエルドラだか言う金髪脳内お花畑女のせいなのよ。ガイアースが崩壊しそうになったからって、ぷよを魔導世界(うち)に送り込んできやがって。不法投棄が犯罪だって知らないわけ? それと同時期にあのアルル・ナジャとかいうちんちくりんがオワニモを解放してくれやがるし。サタンのアホがぷよぷよ地獄なんてのを流行らすし。そもそもオワニモ作った偉大な魔導師とやらは何考えてたのよ。使い道が無いから封印したって、それぐらい開発する前に気付きなさいよ。そして最初から作んな。中途半端に封印とかするから発見されて解放されるんじゃない。だいたい効果が限定的すぎでしょ。同種の魔物が四匹以上連なった時しか効果がないとか何なの? そしてなんで私の力を借りるようにしたの? 何こんな誰特呪文の為に神たる私の手を煩わせてるわけ? そもそもそんな魔物存在するの? ああそうだったわね、存在するから私はこうして毎日毎日ぷよを時空の彼方へ送り込んでるんだったわね、あははははははは……ダボがぁ!!」

 

 ここぞとばかりに常日頃から抱いていた不満をぶちまける時の女神。しかし、いくら不満を吐き出したところで解決策がない。

 時の女神である彼女なら、過去の時間軸でオワニモを生み出した魔導師を抹殺する事も可能ではある。しかし、そんな事をすれば因果律に多大な影響が出てしまう──いや。

 

「そうだわ……要は、過去にも未来にも影響を及ぼさなければいいんじゃないの……!」

 

 それはまさしく電流が走ったかのようだった。思い付いたのだ。因果律に歪みをもたらさずに自身の望みを叶える方法。自身になら……否、自身にしかできない方法。

 

「あはははははは!! 完璧な発想だわ! さすが私! そうと決まれば……」

 

 彼女は自画自賛すると、今までの狂乱ぶりが嘘のように嬉々として日々を過ごした。あれほど嫌っていたオワニモを唱える作業も、笑顔で行うほど機嫌が良かった。

 彼女には確信があったからだ。『その日』が来れば、このつまらない日々から永遠に解放されると。だから、待った。待ち続けた。そして来た。

 

 ──『その日』、世界のどこにもぷよ勝負を行った者はいなかった。

 

 ──────────────────

 

「なんだろう……何か変だなぁ……」

 

 アルルは、今日という日に違和感を抱いていた。別に、何かおかしなことがあったわけではなかった。むしろ、いつもと変わらない一日だった。ご飯を食べて、買い物をして、友達と話して、家に帰ってくる。

 長い人生を過ごしていればありふれた、特に何も起こらなかった日。普段なら、別に気にしなかっただろう。明日は何か面白い事があるかな、そんな風に考えて、眠って一日を終えたはずだ。

 

「なんなんだろ……別におかしな事はないよね……」

 

 そう、何も不安に思う事などなかったはずだ。なのに、違和感が拭えなかった。

 

「いつもと変わらない……変わら……な……い……?」

 

 その時アルルは違和感の正体に気付いた。そう、今日はいつもと変わらない。『変わらなさ過ぎた』。

 

(まさか……)

 

 アルルは弾かれるように振り返ってそれを見た。何故か、今の今まで見ようという考えがかけらも浮かばなかったそれ──カレンダーを。

 そして悟った。自分が──否、世界がとんでもない事態に巻き込まれている事に。

 

 この後、アルルを始めとした一部の者たちは繰り返される現在(いま)の中で明日を取り戻すべく奔走し、その果てに一柱の神と対峙することになるのだが……それはまた、別の物語である。

 



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