エースとキングの恋愛魔法 (ダラー)
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初恋相手は英雄王

※この小説には戦闘シーンなどが殆ど登場しません。
日常系魔法ラブコメ路線で行きますので、バトル系がお好きな方は注意してください。
あと、時系列的にはvividに入る直前ぐらいです。







 ────高町なのはには好きな人が居る。

 

 それは友達としてだとか家族としてなどでは断じて無い。一人の異性として好きな人が居るのだ。

 その人物となのはが出会ったのは今からもう十数年も前のこと。まだなのはが小学生になるよりも前のことだった。

 

 当時のことはよく覚えている。父が交通事故に遭ったことで意識不明の重体になって入院し、母や兄達が必死になって父が抜けた穴を埋めようと実家のお店で忙しなく動き続ける姿は瞼を閉じれば鮮明に思い出すことが出来る。

 

 今ではともかく、あの時の幼かったなのはでは母達の手伝いをすることが出来なかった。

 母のように料理を作ることも、兄のように沢山の料理を運ぶことも、姉のようにお会計をすることも、なのはには無理だった。

 

 ────でも、自分も母達の役に立ちたかった。

 

 一人ぼっちでただ黙って見ているのは嫌だったから、母達の手伝いをすることで自分も家族の一員として居られる実感が欲しくて────

 

「お願いだから、大人しくいい子にしていてね」

 

 けれど、母はそれを許してはくれなかった。

 

 ……いや、分かるのだ。まだ幼い自分だと料理を乗せた皿を落として割ってしまって怪我でもするかもしれないから手伝わさせる訳にはいかなかったのは、愛する我が子のような義娘を持った今でこそ充分理解出来るのだが、しかし当時のなのはにはそれが理解出来なかった。

 

 ────なんで私だけ一人ぼっちにするの?なんでお母さん達の手伝いをさせてくれないの?なんで私を遠ざけようとするの?同じ家族なのに親と子なのになんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんで……。

 

 壊れたラジオテープのように何度も何度も頭の中でなんでと繰り返し再生されたが、その明確な答えは誰も教えてくれなかった。

 ただ「いい子にしてて」と告げられて、頭を優しく撫でた後に自分を遠くに置いて離れた所へ皆行ってしまった。

 一人取り残され、誰からも答えを貰えなかったなのははたった一人で頭の中で渦巻く疑問符に対する答えを出すしか無かった。

 

 母達はどうして自分を遠ざけた?どうして手伝いをさせてくれなかった?どうして家族なのに自分だけ仲間外れにした?

 どうして、どうして、と。狂ってしまいそうになる思考の中で、幼いなのはは懸命になって考え続けた。

 誰にも相談せず、誰にも迷惑をかけず、母達に言われた通りにいい子として一人で考え────その果てになのはは答えを見出した。

 

「わたしがいい子(・・・)じゃないからだ」

 

 母達は言っていたじゃないか、「いい子にしていてね」と。それはつまり、自分はまだいい子にはなっていないということだ。

 では、母達にとっていい子とは何なのか。その答えは割と直ぐに出た。

 

 母達にとってのいい子、それは人形(・・)だ。

 

 誰にも話しかけない、自分から行動しない、言われたことに逆らわない、誰かが触れてくれるまでジッと置いてあるだけのお人形さん。

 母達にとってはそれが『いい子』なのだ。仕事の邪魔にならない、お客様の迷惑にもならない、ただそこに居るだけの存在。

 それが母達の求める物。自分がなるべき物。それを理解した時から、なのはは人間を辞めた(・・・・・・)

 

 口を閉じ、感情を無くし、動きを無くし、存在感を無くし、店の隅っこに自分をひっそりと置いた(・・・)

 これが母達の求めるもの。こうすることでいつかまた自分が高町家の家族の一員として迎え入れられるというのであれば、自分はいつまでも人形で居続けよう。

 

 だって、それが『いい子』なのだから────

 

「まるで人形みたいで気持ち悪いね、キミ」

 

 そう思っていたある日。店の隅っこの影に隠れるようにして座っていたことで誰も気付こうともしなかった人形に話し掛けた1人の少年が居た。

 

「人形になればいつか家族が気付いてくれるって?バカ言っちゃいけないよ。キミみたいな不気味な人形に触れようとする人間なんて誰も居やしないよ」

 

 見たことも無いぐらいに透き通った金色の髪。宝石みたいな輝きを放つ深紅の瞳。幼児特有のあどけなさはあるものの大分整っている顔立ち。

 明らかに日本人じゃない。ここら辺では見たことも無いような少年だが、人形は少年に対して興味を抱くことは無かった。

 

「ボクの言ってることが分からないかい?なら、じっくりと周りを見渡してごらんよ」

 

 人形には少年の言いたいことが理解出来ない。けれど、命じられたのであればそれ通りに動くのが『いい子』だ。

 だから、人形は周りに目を向ける。母達は相変わらず忙しそうに動き回っていて、こっちの方なんてちっぽもみてはいなかった。

 

「キミが人形になっていたところで、彼らはキミに触れようとしないよ。だって、仕事をしてる最中に人形遊びに興じてられる暇なんて彼らには無いんだから」

 

 少年の言う通り母達はこちらへと一瞥も向けない。自分の娘よりも仕事の方がよっぽど大事なのだろう。

 そんなことは前から分かり切っていた。だから、今更そんなことを知ったところでどうってことは────

 

「じゃあ、どうしてキミは泣いているの?」

 

 一瞬、人形は何を言われたのか理解出来なかった。

 自分が泣いている?そんな筈は無い。自分には感情なんて存在しない。泣いて誰かに迷惑をかけるような『悪い子』ではないのだ。

 だから、その少年の言葉は単なるまやかしでしかなく……けれど、目から何か暖かい物が頬を伝って零れ落ちたのを人形は自覚した。

 

「人形は涙なんて見せないよ。呼吸をすることも、瞬きをすることも、食事を取ることもしない。なんせ無機物だからね、生きてはいないのさ」

 

 だけど、キミは違うだろう?と。そう問い掛けられた人形は激しい動揺を覚えた。

 自分は人形、完璧な人形。誰にも迷惑をかけない自分から動きもしない言われたことには逆らわない完璧な『いい子』の筈で────

 

「ハッ!これは傑作だ!世界の広さも碌に知らない癖して、その歳でもう完璧だなんて!アハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 突如として腹を抱えて爆笑し始めた少年に、人形は困惑する。いったい何がそんなに面白いのか理解出来なかったからだ。

 

「そりゃ面白いさ!完璧な人形になれたと自称する幼女とか、バカバカしくて笑えてしまうよ!」

 

 アハハ、アハハ、と。狂ったように一人で笑い続けた後、少年は笑みを浮かべたまま人形に視線を合わせた。

 

「キミは不完全な紛い物だよ。どれだけやったところで人形にはなれないし、『いい子』には決してなれない」

「……そんなこと、ない」

 

 久しぶりに出した声は思いの外震えて掠れていたが、それでも人形は少年の言葉を否定しなければならなかった。

 だって、そうじゃなきゃ、自分は、ずっと一人ぼっちで────

 

「ほら、もうダメだ。そう思える時点でキミは不完全な紛い物だよ」

 

 コツン、と。少年の人差し指が優しく人形の額を小突いた。

 

「いいかい?キミは人形なんかじゃない、人間(・・)だ。家族とのコミュニケーションを上手く取れないだけで、ちゃんとした意志を持つ人間なんだ。だから、そんなお人形ごっこはもうやめた方がいい」

 

 くしゃりと優しく微笑んで、少年は手を動かして人形の頬を伝う涙を親指でそっと拭う。

 

「誰かに気付いてもらえるのを待っているだけじゃダメだ。人間ってのは自分から話し掛けたりして目立たないと誰にも相手にされないし、そもそも気付いてさえくれないんだよ」

 

 優しく、優しく、まるで愛しい子へと語り掛けるように少年は言葉を紡ぐ。

 

「キミだって嫌だろう?誰かに気付いてもらえるまで誰にも相手にされず、部屋の隅っこの影に隠れながらずっと一人ぼっちで居るなんて」

「……うん」

 

 少年の問いに、人形は頷きを返す。

 

「家族に迷惑をかけたくない?相手にされないのが怖い?家族じゃなくなるのが嫌だ?ハンッ、そんなのはただの言い訳さ。たった1度拒否されたぐらいで諦めるぐらいだったら所詮キミの想いはその程度さ。家族から離されるのが絶対に嫌なら決して諦めちゃいけない」

「うん……!」

 

 大粒の涙をとめどなく流し、震える声で必死に頷く。

 

「さぁ、キミがするべきことは何か。もう分かったよね?」

「うん!!」

 

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を服の袖で拭き、暫くしていなかったせいで若干ぎこちなくはあるがしっかりとした笑みを浮かべる。

 

「────キミは何をしたい?」

 

 少年からの問いに────少女(・・)は胸を張ってこう答えた。

 

「私は、お母さん達とお話をしたい!!」

 

 自分が感じた苦痛や寂しさ、それら全てを踏まえた上で少女は────高町なのはは大切な家族との話し合いを望んだ。

 もう決して諦めない。自分の話を家族の皆がちゃんと聞いてくれるまで、絶対に何度でも語り掛ける。

 その決意を宿した瞳を見た少年は、満足そうに笑った。

 

 思えばそれが切っ掛け。少年のおかげでなのはは家族との対話をもう一度試みるようになり、そして見事に家族と和解した。

 母達はなのはに辛い思いをさせてしまったことに対し深く反省し、もう一人ぼっちにはさせないことをなのはを抱きしめながら固く決心してくれた。

 こうしてなのはは再び高町家の一員に戻り、以前までの天真爛漫な女の子としての姿を取り戻した。

 

 それだけでなく、なのはは店の手伝いも母達から任されるようになった。

 流石に料理を作るとか重たい料理を運ぶとかは無理なので、お客様におしぼりを渡しに行ったりするような簡単な仕事を手伝うようになったのだ。

 

 当然ではあるが仕事は忙しく、途中で転けてしまったり持ってくるおしぼりの数を間違えたりと何度かミスをしてしまうこともあったが、なのはは懸命になって働いた。

 その姿がとても愛嬌満載らしく、店に来た殆どの客はなのはのたどたどしい姿に和やかな気持ちを抱き、まるで自分の子や孫に接するかのように優しく応援してくれた。

 

 その気持ちはなのはにとってとても嬉しいものだったが、しかしそれよりももっと嬉しいことが彼女にはあった。

 

「こんにちは、なのはちゃん」

「ギル君、こんにちは!」

 

 自分を救ってくれた少年────ギル君ことギルガメッシュが定期的に店へと来てくれるようになったことがなのはにとって何よりも嬉しいことであった。

 

 会う度になのはは自分からギルガメッシュに話し掛けた。昨日あったことや今日あったこと、もしくは明日の予定なんかを包み隠さず自分の感情を剥き出しにして話した。

 時に笑い合い、時に悲しみ合い、時に怒り合い、時に喜び合って、とにかく色んなことを毎日飽きもせずに話したものだ。

 

 子供の頃は、それが新しく出来た友達と話せることに対しての喜びだと思っていた。

 けれど、大人になった今なら分かる。あの頃から自分はきっとあの少年に“恋“をしていたのだ。

 

 それも、そんじょそこらの恋とは違う。人が一生に1度だけしか経験できない“初恋“だ。

 あの優しくて、カッコよくて、私に語り掛けて救い上げてくれた男の子に、高町なのははどうしようもなく恋心を抱いていた。

 

 そして、それは今でも変わることなく────

 

「わぁ、懐かしいなぁ!」

 

 久しぶりに帰ってきた故郷。前にこの土地を出てから何年も経っているというのに、久しぶりに見た故郷の町並みは自分の記憶にある昔の物と殆ど変わっていなかった。

 

「ギル君、元気にしてるかな……」

 

 思い出すのは好きな人のこと。中学を卒業した時に管理局へと入隊したことで、それ以来ずっと機会が巡って来ないせいで今でも会えずに居る大切な男の子。

 もうかれこれ十年近くだろうか。それだけの年月が経っていれば、きっと昔よりもかなりカッコよくなっていることだろう。

 

 となれば、必然的に気になることはただ一つ。

 

「彼女とか、居るのかな……」

 

 昔から優しくてカッコよかったのだ。ならば、成長してイケメンへと変貌したに違いないギルガメッシュを世の女子達が放っておく筈がない。

 もし既に誰かの物になっていたとしたら……。

 

「うぐっ……」

 

 痛む。心が凄く痛む。

 初恋は実らないとはよく言われているが、なのはとてまだ恋愛に夢を見る年頃。可能性が0ではないのであれば、まだ希望を捨てる訳にはいかない。

 

「頑張れ私……諦めるな私……!!」

 

 自分に気合を入れ、なのはは力強い歩みで故郷の街を歩く。

 何年も見ていない久しぶりの街だが、まるで変わっていない街並みになのははまるでタイムスリップしたかのような錯覚を覚える。

 

「あ、ここは……」

 

 ふと、前方に人の居ない小さな公園が見えてくると、なのはの記憶が刺激され昔の記憶を思い出した。

 

「ギル君とよくここで遊んだっけ……」

 

 遠い遠い昔の記憶。まだ心が純粋だった頃に大好きな人と遊んだ記憶。

 ブランコで遊んだり砂場で遊んだり、内容としては他愛のないことではあるが、それでも大切な記憶の一つだ。

 

「他にも色んな所で遊んだなぁ」

 

 その記憶が呼び水となったのか、なのはの中で昔の記憶が一気に蘇ってきた。

 どれもこれも全部ギルガメッシュと一緒に遊んだ記憶ばかりで、やっぱり自分は昔から彼のことが好きだったんだと自覚して少し恥ずかしくなる。

 

「それで、遊び疲れたら私の家に寄って休憩して……」

 

 思い出された記憶に沿って街中を歩くと、暫くしてなのはは実家へと辿り着いた。

 

「あはは、全然変わってないや」

 

 建物の外見も、中から漂ってくる美味しそうな匂いも、外まで聞こえてくる人々の楽しそうな声も。

 何一つとして変わっていない。自分が知っているままの実家がちゃんとそこにはあった。

 

「なんか緊張しちゃうなぁ……」

 

 実家に帰ってきたというのに、まるで知らない場所へと来てしまったような謎の感覚を感じ、なのはは思わず緊張する。

 

「すぅ……よし!」

 

 深呼吸して覚悟完了。ドアノブに手を掛け、勢いよく扉を開ける。

 

「ただい────」

 

 店の中だけでなく店の奥に居る両親にも聞こえるようになのはは元気よく帰ってきた挨拶をしようとしたが、その言葉は途中で止まった。

 平日の朝にも関わらず沢山居る客達。ウェイターとして働いている兄と姉。珈琲を入れている父と料理を作っている母。

 それら全てで遮ったとしても、決して覆い隠せない輝きを放つ金髪の男性が店の隅っこに居るのが目に留まり、なのはは驚きのあまり言葉を失った。

 

「うそ……」

 

 口からポツリと零れた言葉は虚空へと消える。これは夢でもなければ錯覚でも無い。

 金髪の男性が座る席。それは幼い頃、なのはが両親に頼んで絶対に彼以外には座らせないようにした特別の席だ。

 自分と彼が出会った思い出の場所。そこに座れるのはたった一人しか居ない。

 

 つまり、今その席に座っている男性は────

 

「ギル、君……?」

 

 呆然と呟いた名前に反応し、金髪の男性はなのはの方へとゆっくりと振り返る。

 

 そして────

 

「ほう、久しいな。雑種」

 

 完全なる俺様系へと変貌していた初恋の相手を見て、なのはは自分の中にあったイメージがガラガラと崩れ落ちるのが確かに聞こえた。



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時の流れは残酷·····?

恋愛物って主人公の女の子が自分の本当の思いに確信を抱けるようになるまでが重要だと思う。








 ミッドチルダにある、とある一軒家。そこは絶対に喧嘩を売ってはいけない人達が住んでることで有名な家である。

 不屈のエース・オブ・エースとして多くの魔法世界に名を轟かせている高町なのは。

 心優しき金の閃光と呼ばれ、数多くの難事件を解決してきたフェイト・T・ハラオウン。

 古代ベルカにて名を馳せた聖王のクローンとして生み出された高町ヴィヴィオ。

 

 実力で見れば管理局のトップ魔導師が二人も居て、さらに聖王の実力を引き継いだ娘まで居るのだ。もしも泥棒なんかが誤って家に入った日には決して生きては帰って来れないレベルの過剰戦力が揃っている。

 正に難攻不落の城。どんなことがあろうとも、決して破られることの無い無敵の家だが────

 

「うぅ……フェイトちゃん、お酒持ってきてぇ〜」

 

 今、その家はエース・オブ・エースが酒に溺れていることで崩落しかけていた。

 

「ダメだよなのは。もう10本以上も開けちゃってるんだから、これ以上は身体に悪いよ?」

「いいからぁ!今日は飲むの〜!!」

 

 子供のように駄々をこね、顔を真っ赤にしながら高町なのははテーブルに手を叩き付ける。

 その拍子にテーブルに置かれていた十数本もの空き缶の内の何本かがテーブルの下へと落ち、カンッという甲高い音を奏でたがなのはは気にもしなかった。

 

「もう……これで最後だからね?」

「やったー!フェイトちゃん大好き!」

 

 呆れた顔をしながらフェイトが酒の入った缶を差し出せば、なのははひったくるようにしてフェイトから酒を奪い取り、そのまま直ぐにフタを開けると口を付けて直接飲み始めた。

 普段のなのはならこんなおっさんみたいな飲み方は決してしないのだが、今はそんなことさえ気にならない程に出来上がってしまっているのだろう。

 

「にゃははははははーーーー!!」

 

 何がそんなに面白いのか、腕を振り回して1人で豪快に笑いまくっているなのはを見て、思わず息を吐いてしまったフェイトはテーブルの下に落ちている空き缶を拾ってキッチンの方へと運ぶ。

 そして流し台に持ってきた空き缶を置いた後、テーブルの上に置かれている空き缶も回収するためにキッチンから出ようとしたが、不意に後ろから服を引っ張られフェイトは思わず足を止めて振り返る。

 

「フェイトママ……」

 

 そこに居たのは1人の幼い少女。フェイトとなのはにとって大事な家族の1人である高町ヴィヴィオだ。

 いつもは天真爛漫としていて周りの人々に元気を振り撒く太陽のように明るい雰囲気を出しているのだが、今はその様子が微塵もなく、大きくクリクリとした瞳に涙を溜めて怯えた表情を浮かべていた。

 

「ヴィヴィオ!?どうしたの怪我でもしたの!?」

 

 愛娘の異変に気付いたフェイトは狼狽し、ヴィヴィオの身体を確かめるようにペタペタと全身を触る。

 ヴィヴィオは少し擽ったそうに身を捩りながら、そうではないと首を横に振った。

 

「フェイトママ、なのはママどうしちゃったの?あんななのはママ見たことないよ……」

「あぁ……」

 

 ヴィヴィオの言葉を聞き、フェイトはヴィヴィオが怯えた表情を浮かべている理由に合点がいった。

 なのはとヴィヴィオは親子というより歳の離れた姉妹のように接し合ってる親しい仲だ。その分だけ、自分の知らないなのはの姿を見るのが少し怖かったのだろう。

 

 少し厳しい時もあるが基本的には優しい大人の女性としてヴィヴィオに接しているなのはと、今の子供みたいななのはとのギャップ差は確かに凄い。というか酷い。

 長年親友として付き添い、既に大人へと成長しているフェイトだからこそ今の状況に対して冷静でいられるが、ヴィヴィオはまだ子供。不安になるのも仕方がない。

 

(だけど……)

 

 フェイトは言葉に詰まる。ヴィヴィオの質問に対してどう回答すればいいか分からなかったからだ。

 勿論、なのはがあぁなった原因が何なのかフェイトは知っているが、しかし知っているからこそ素直に話すことが出来なかった。

 

 何故なら────

 

(い、言えない!初恋に破れたから酒に溺れてるだなんて!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう。久しいな、雑種」

 

 久しぶりに聞いた彼の声はとても大人びたものになっていて、その見た目も子供の時と比べて凄く……それはもう凄く成長していた。

 獅子の鬣の如く逆立っている黄金の髪に、血よりも真っ赤に染まった赤い瞳。そしてイケメン俳優も顔なしになる程の整った顔立ち。

 正に人体の黄金比。完成し切っている彼の姿はただそこに居るだけで1枚の絵画にでもなってしまいそうな程に美しいのだが、しかし身に纏っている服が完全にそれを台無しにしていた。

 

 黒のズボンと黒のワイシャツはまだいい。首に着けている黄金のネックレスと両耳に着けている南京錠みたいな黄金のイヤリングもまだ許せる。

 だが、どうして虎柄のジャケットなのだ。それでは完全にホスト関係の人間としか見えないし、完璧な見た目と相俟って夜の帝王と言われても過言ではないじゃないか。

 

「えっと……本当にギル君、なんだよね……?」

 

 もしかしたら夢ではないか。というか夢であってほしいというなのはの切なる願いとは裏腹に、現実は容赦なく迫った。

 

「……よもや貴様、久しぶりすぎてこの(オレ)の顔を忘れているのではあるまいな?もし仮にそうだとすれば、王たる我を忘れるような不埒者は万死に値する。我自らの手で今すぐその首を切り落としてやろう」

「き、切り落と……!?」

 

 心底不快そうに眉を顰め、睨めつけるようにして鋭い目を向けてくるギルガメッシュになのはは意識を失いそうになる程の衝撃を受けた。

 あまりにも想像していたイメージと違いすぎる。昔の優しかったお前は何処へ行ったと言わんばかりに傲岸不遜な態度をしている今のギルガメッシュに、なのははフラフラとにじり寄る。

 

「ギ、ギル君?どうしたの?ギル君はそんな酷いことを言ったりするような人じゃないでしょ?」

 

 現実を上手く認識することが出来ず、ぎこちない笑みを浮かべながら縋るようにして伸ばすなのはの手を────

 

「触るな、雑種めが」

 

 パシン、と。ギルガメッシュは蝿でも追い払うかのようにして叩き落とした。

 

「え……ギル、君……?」

 

 まさか払い除けられるとは思ってもおらず、呆然と立ち尽くすなのはの前でギルガメッシュは席から立ち上がった。

 昔は同じぐらいの身長だったのに、今では女性のなのはよりも男性のギルガメッシュの方が遥かに身長が高く、まるで天から見下ろすようにしてなのはを見るギルガメッシュの瞳には優しさや温かさといったものが欠如していた。

 

 敢えてその瞳を言葉で言い表すとしたら氷の瞳。取るに足らない虫けらへと向けるものよりも冷淡な眼差しをしていた。

 

「王であるこの我の許可を得ようともせずに、近付くどころかあまつさえ触れようとしてくるとはな。その愚行、貴様の命で以て償うといい」

 

 そう言うや否や、ギルガメッシュはゆっくりとした動作で右手を上げようとして────

 

「すまない、ギルガメッシュ。妹が迷惑をかけた」

 

 その刹那、なのはの隣にはコーヒーとシュークリームが別々に乗っている皿を持っている1人の男性が立っていた。

 その人物はなのはの兄であり、そしてなのはの父の家系から代々伝わる古武術、永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術の現師範代でもある高町恭也であった。

 

「お詫びに父さんと母さんから最高級のコーヒーとシュークリームを貰ってきた。これを渡すから、どうかなのはのことは許してやってほしい」

 

 そう言うと恭也はギルガメッシュの座っていたテーブルにコーヒーとシュークリームを置き、そして頭を下げた。

 

「私からもお願いします!」

 

 それと同時に、眼鏡を掛けている三つ編みの女性がやって来て恭也の隣で頭を下げた。

 言わずもがな彼女は高町美由希。なのはの実の姉である。

 

「え、お兄ちゃん、お姉ちゃん……?」

 

 突然やって来るやギルガメッシュに頭を下げる二人になのはが困惑していると、ギルガメッシュは途中まで上げかけていた右手を下げてドカッと席に座った。

 

「1度だけ許す。2度目は無いと思え」

「あぁ、ありがとう」

「ありがとうございます!」

 

 完全に興味を無くしたのか、シュークリームを食べながらどうでもよさそうにギルガメッシュがそう言うと、二人は深く頭を下げてから状況についていけないなのはを連れてギルガメッシュから離れた。

 そして、バックヤードまで連れていかれるとなのははいきなり美由希に肩を強く掴まれた。

 

「もう、なにやってるのなのは!もう少しで危ないところだったよ!」

「え?え?」

 

 危ないところだったとはいったいどういうことなのか。さっきまでのどこに危ない要素があったのかさっぱり分からない。

 美由希の言ってることが理解出来ずなのはが困惑していると、美由希の隣に恭也が並んだ。

 

「なのは、あまりもうギルガメッシュに関わるな。アイツの機嫌を損ねる訳にはいかない」

「は……?」

 

 兄の口からまさかそんな言葉が出てくるとは思わず、なのはの思考は一瞬だが停止した。

 

「お兄ちゃん、なに、言ってるの……?」

 

 恭也はなのはがギルガメッシュに初恋を抱いているのを昔から知っているメンバーの1人だ。

 他にはそこに居る美由希とキッチンに居るなのはの両親、あとは1部の親友達が知っているが、皆揃ってなのはの初恋が叶うように応援してくれた人達だ。

 

 その中でも特に応援してくれていたのは間違いなく恭也だ。妹の幸せは自分の幸せと公言するぐらいにはシスコンである恭也だからこそ、先程の言葉はあまりにも彼らしくなかった。

 

「ギル君もだけどさ。お兄ちゃん達もどうしちゃったの?今まではそんなこと一言も……」

 

 自分の記憶にある兄達と、今目の前に居る兄達が違いすぎてなのはは薄気味悪い何かを感じた。

 やっぱりこれは夢なんじゃないかと思いたくて────

 

「なのは、よく聞いて。もうギルガメッシュ君に近寄っちゃダメよ」

「アイツへの恋は諦めた方がいい」

 

 でも目の前にあるのは紛れもなく現実で。

 

「なんなのそれ……!意味わかんない!!」

 

 目の前の現実を認めたくなくて、なのはは勢いに身を任せて家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上までが家に帰ってくるや否やフェイトに抱き着いて泣き喚いたなのはの証言である。

 フェイトとしてはその話を聞いて確かに不可思議に思うところもあったが、1人の親としてはなのはの兄達に少しばかり賛同していた。

 

 彼らの立場になって考えてもみてほしい。自分の大切な妹が明らかにホストじみた男に恋をしているのだ。そりゃ止めたくもなるだろう。フェイトなら確実に考え直すように諭すに違いない。

 

 だが、なのはにとってしてみればそれは行く手を阻む敵になったのと同義。受け入れることなんて断じて出来ないだろう。

 ……と言っても、なのはとしてはそっちよりも肝心の初恋相手が大きく変わりすぎてることの方がショックを受けたに違いないが。

 

 さて、そんなことを素直にヴィヴィオに言えば、間違いなくなのはの母親としての威厳が無くなるし、後で自分が怒られる可能性が高い。

 真実は時として多くの人を傷付ける。だから、フェイトは当たり障りのない返事をすることに決めた。

 

「大丈夫だよ。暫くしたらいつものなのはに戻るから、それまでは少し1人っきりにしてあげようね」

「本当……?」

「うん、本当」

 

 ヴィヴィオの不安を少しでも払拭する為に、フェイトは優しくヴィヴィオの頭を撫でた。

 

「さぁ、明日も学校でしょ?そろそろ寝ないと寝坊しちゃうよ」

「うん……」

 

 どこか釈然としていないものの、フェイトの言葉に一応の安心感を得たのかヴィヴィオの表情が少しだけ和らいだ。

 

「ねぇ、フェイトママ。今日は一緒に寝てもいい?」

「うん、いいよ」

「本当!?」

 

 わーい!久しぶりにフェイトママと同じベッドだー!と。無邪気にはしゃぐヴィヴィオの姿にフェイトは思わず微笑んでしまう。

 性別や年齢に関係無く、子供というのはいつ見ても可愛らしいものなのだ。

 

「あははははははははははははは!!」

 

 そして、子供のように無邪気に笑う大人(なのは)もまた可愛らしくはあるが、フェイトはそれを見ても微笑ましい気分にはなれなかった。

 むしろ見ていて痛々しくて、悲しい訳でもないのに涙が零れてしまいそうだった。

 

「フェイトママ?どうしたの?」

「な、なんでもないよ!?」

 

 そんなフェイトの様子に気付いたのだろう。首を傾げて不思議そうにしているヴィヴィオにフェイトは少し慌てる。

 

「さぁ、早く行こ!」

「ちょ、フェイトママ!?」

 

 背中を押され、強引に部屋の外へと連れ出されそうになったヴィヴィオが驚きの声を上げるも、フェイトはそれを無視してヴィヴィオの背中を押す。

 大人と子供。その体格差と筋力差は言うまでもなく大人であるフェイトの方が高く、ヴィヴィオは押されるがままに部屋の外へと押し出された。

 そして、ヴィヴィオの後に部屋の外へと出ようとしたフェイトだったが、出る直前に立ち止まってなのはの方へと振り返る。

 

(大丈夫、なのはの母親としての威厳は私が守るよ!)

 

 グッとサムズアップして、部屋の外へと出ていくフェイト。

 

 その後ろからは泣くようにして笑い続ける女の声がいつまでも聞こえ続けた。



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