兵藤一誠は『異常な普通』です (レッゾ.star)
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CHAPTER1:エントランス・オブ・ジ・アンダーワールド
その1


初めての方は初めまして、知ってる方は本当にごめんなさい。レッドゾーンです。
リハビリのための新作です。


 正直な所、僕の人生は平々凡々のつまらないもので終わると思っていたのだ。生まれだけに関しては、かなり劇的だったらしいのだが……それは僕じゃなくて、父さんと母さんが劇的だっただけの話だと思うんだ。

 とは言え、『だからこそ』僕は平々凡々に過ごしたかった。中々生まれなかった、二人に望まれて生まれた 子供(ぼく)は、極々普通の幸せを得て、その上でその極々普通の幸せを両親にも感じてもらいたかった。まあ別に殊更普通のことに拘ってたわけでもないけどね。何事も程々が1番というだけですよ、うん。

 ……ここまで聞いてくれた、恐らく壁の向こう側にいる諸君。君たちは『ああ、コイツは所謂[自称凡人]というヤツか』と思ってくれたことだろう。半分正解だ。

 

 例えば君は、やることなすこと全てが平均値になってしまう子供を普通と思えるか? 少なくとも僕は思えないね。

 

 テストの点数は小数点まで含めて平均値。

 体力テストは全国の平均ドンピシャ。

 友人の多さはそれなりのウェイ系とオタク系のど真ん中。

 性格や嗜好だって、そりゃあ男の子だもんで猥談もするし、それを表に出さない昨今のデフォルトですよ。

 

 どこをどう切り取っても、僕はまるでよく出来たサンプルの様に平均だった。気持ち悪がられることはないけど、印象には残りづらい。そんな人間。

 

 まあ、こんな風に言うと恨み言みたいだが、実のところ前述の通り、好都合であるし……ぶっちゃけ普通過ぎる普通な自分が、結構好きだったりする。あ、ナルシストではないよ。この環境がって話。『異常な普通』だなんて名前()()()学校に広まってるのも、気分だけは悪くないしね。それなりに仲のいい人の間ではネタになるし、校内で初対面の生徒と話す時に、その取っかかりになってくれるし。

 

 てなわけで、駒王学園高等部2年『異常な普通』などと呼ばれているこの僕、兵藤一誠は。なんども言うけれど、自分の一生が平々凡々で終わると思っていたし……そう在ってくれと思っていた。

 

 ……正直、おかしいとは思ってたんだよ。

 

 僕の俗称だけは有名だ。しかし僕自身はマジで印象に残ってはくれないみたいで、初対面以外の人ですらかなりの頻度で忘れられるんだ。いや本当に。中肉中背の凡顔モブだからね、しょうがないね。

 

 でもそんな僕を名指しで、それも()()()()()()()()()()告白してきた時点でなんかおかしいよね。でも僕だって男の子なわけでして。告白されたら舞い上がるってもんでしょ? 『やっと地道な活動が実を結んだか!』とも思えば一気に恋愛脳にジョブチェンジってね。猥談仲間の松田と元浜には一発キツイの貰ったけど、いろいろアドバイス貰って世話になったなァ……。

 

 そんでもって、その告白してきた女の子は『天野夕麻』ちゃんって言ったんだけど、まぁレベルの高ぇ女の子だったの。艶やかな黒髪の、スレンダー美少女っていうの? 若干この世のものとは思えない類の雰囲気を纏ってたのが印象的。……脳味噌お花畑だったその時は『一生分の運を使い果たしちゃったかな! あっはっは!』と笑ってたけど、こんな美人さんが僕に告白するとか、美人局疑って然るべきだったなぁと思う。現状、美人局よりもやべーことなってるけどさ……。

 

 ……不誠実ではなかったはずだ。そりゃ、誰かを恋愛的な意味で好いたことはなかったから、告白されたって直ぐに天野サンを好きになったわけじゃない。

 それでも、自分のことを好きになった人を好きになりたいとは思うじゃん? 本音を言うと好みから外れていたけど、ぶっちゃけ恋愛の行き着く果てなんて、外見よりも中身が合うかどうかだと思うのです。まあきっかけは外面だろうけどな、イケメンくたばれ。

 まあなので、いろんなことをメールで、電話で話ました。確か同い年のはずなんだけど骨抜きにされた感じで、その時残っていた僅かな警戒心もふにゃふにゃにされてしまった。まあこっちが良いように受け止めようとしてたらそうなるわな。……尤も、実際は恥ずかしいことこの上ない真実だったわけですが。

 

 そんなことはともかく、初めてのデートだった今日、色々真剣に考えたわけですよ。猥談仲間の手も借りて、本気で向き合おうとしたわけですよ。普段あんまり頓着しない服にも気をつかって! 年がら年中私服はパーカー男が成長したもんですよ。……いや、天野さんが『趣味悪い』と言われないようになんだけどね。ほら、どう見ても釣り合わないじゃん?

 

 ……デート自体は楽しかったよ。水族館デートを推してくれた元浜を神と崇めたかった。ショッピングモールは悪い選択肢じゃなかったと松田に頭を下げたかった。お小遣いの関係で、洒落たところでご飯、という訳にはいかなかったけれど。

 

 でも、嫌な予感はしてたんだ。朝っぱらから微かに残った理性が、今まで踏んできた場数が、警鐘を鳴らしていた。『逃げろ』って。『まだ引き返せる』って。それに確信を持てたのは……デートの終着地点であった公園に着いた時。まだ日が沈み切ってない夕方だったのに……人払いがなされたように、僕ら以外誰もいなかったんだ。

 

『今日は楽しかったね』

 

 と彼女は言う。ああ、デートは楽しかったと僕は返した。

 

『ねぇイッセーくん』

『……なんでしょう、天野サン』

『私たちの記念すべき初デートってことで、一つお願いを聞いてくれる?』

 

 目が覚める、警鐘はとうの昔に鳴り終わり『 人生の終わり(ゲームオーバー)』を報せる心臓の動悸に代わっていた。

 

『ええ、なんですか?』

 

 表面上は慌てることなく、聞いた。内心の怯えを隠し、膝の震えを気合いで止める。

 

『今日は本当に楽しかったわ、あなたと過ごした僅かな日々は。初々しい子供のままごとの様で、とても微笑ましかった』

 

 だからね、と続けて、

 

『死んでくれないかな』

 

 それはまるで、夜に奔る雷のように……

 

 

◆◆◆

 

 

 ……と、ここまでがさっきまでの話。只今絶賛、まっちろい非実体系の槍をぶん回して、時折投げてくる少女から逃げてる最中である。あっるぇ、なんか知らんウチに真っ黒い羽まで生えてませんか天野サン? この状況から察するに、僕ってば夢も希望もないファンタジー世界に入り込んでませんか? あの元カノどう考えても堕天使とかそういう生物でしょぉお!?

 

「ちょこまかと……! 大人しく死んでちょうだい!」

「死ねと言われて素直に死ぬ人間がいるとでも……!?」

 

 なお、元カノちゃんかなりオコな模様。死んでくれないかな? と言われた瞬間に砂を目潰しで投げたからかと思われ。最初の一撃を辛うじて致命傷を免れ、今もこうして逃げきれてるのは視界妨害があってのことだろう。ああ、左腕が焼ける様に熱い。あまりにも痛過ぎて痛みを感じないっていうアレかもしれない。二の腕辺りから漏れる緋い液が、白だった服を赤く染めていく様を見ても大したこと思えない位に思考が上手く回ってない。……血が足りてないのかもね、と変なところで冷静だけど。

 

 ……致命傷じゃないけれど、致命傷じゃないけれども、多分ここで僕は死ぬ。その悲しい事実を、なんとか受け止めようとして……『覚悟』をキメた。

 せめて、マトモな一生を送れなくなった分の恨みだけは、晴らしてから逝こうと。

 

 松田、元浜。彼女持ちになったこと自慢して悪かったな、お陰でバチが当たったみたいだ。お前らはこうはなるなよ。

 ……父さん母さん、本当にごめん。親不孝者な息子で本当にごめん。だけど、最後に意地だけは魅せて逝くから。天国で二人の幸せを祈ってます。

 

 勇気を振り絞って、振り返る。その隙を見逃さず、元カノちゃんが僕の腹に光の槍をぶっ刺した。例えようもない痛みで神経を焼かれながら、これ幸いと最期の力を振り絞って、元カノちゃんを抱き締めた。

 

「ちょ、止めてちょうだいよ! この服が汚れるじゃない!」

「へへっ、悪かったね……ごフッ……! で、もさ……折角アン、タの要望通りに、死、んでやるんだから……ごフッ……。コッチの願いだって、通させろ、っての……!」

 

 左腕で抱き寄せ、右腕は後頭部に添えて。そして僕は彼女の唇を奪った……()()()()()()()()()()()()

 

 視界も、意識も朦朧としてきた中で、口の中で彼女の柔らかな唇の感触が、嫌に残る。

 

「 ────、────────!」

 

 へへへっ……、何言ってんのかさっぱりわかんねぇ。でもまあ、そのお高くとまったその面、台無しにしてやれたぜざまぁみろ。

 

「……嗚呼、糞。ここまで、か」

 

 …………意識が、闇の中に堕ちていく。

 

 

◆◆◆

 

 

「……堕天使の気配がしたと思って来てみれば」

「……恐ろしいわね、ここまでぐちゃぐちゃにされて、まだ微かに息の根が残ってる」

「……これも何かの縁、なのかしら?」

「どうせ死ぬなら、私が拾ってあげる。あなたの命、私の為に生きなさい」

 

 

◆◆◆

 

 

 



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その2

 

『ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ!』

「……………………」

 

 ……という、夢だったのサ! ハッハッハ……というオチだったら、どれだけ良かったのか。いや、本当に夢オチだったという可能性は捨てきれないけれど。

 

 ここの所毎日あの時の夢を、妄想彼女に殺される見る。トラウマがそうさせてるのか……いや、ないな。いろんな意味でアレは過去のコトだし。好きになろうと努力はしたけど、それは向こうが好意を持ってくれていたのが前提だ。どうもそうではなさそうな以上、大して傷はついてない。『まあ、そうだよな』ってなもんだ。まあすったもんだの末死んじまったような気もしてるけど、結果的に生きてる以上、さっさと忘れて日常に戻りたいところである。夢オチであることを切に願うよ、ホント。誰も『天野夕麻』の名前を覚えてなかった以上、マジで妄想の類かも。アレだけ突っかかってきたエロコンビがいつもの様に話し掛けてきてるので確信した。だってこいつら、『裏切り者!』って喚いてたからねぇ。

 

 問題はそれよりも、例の死んじゃった事件(もしくは、幻覚妄想事件)以降、明らかに自分の身体が変調をきたしていることだった。

 

 基本、僕は朝6時に起きることにしている。目覚まし時計もその時間にセットしてる。しかし割と優秀な体内時計のおかげで、僕はこれまで目覚ましにお世話になったことがなかった。朝に強いのは、僕のちょっとした自慢だったのだ。

 ……が、今僕は時計のアラームが鳴っている自室の中で、二度寝の欲求と戦っていた。酷く目覚めが悪い。

 これが1日2日のことなら、『病気か……?』で済ませるけど、1週間も続いたら怪しく思う。不思議に思って診療所にもお世話になったけど『至って健康体』と言われて口を噤んだ。

 

 変調は寝起きだけの話じゃない。というかここの所、日中が異様にダルい。したこともない授業中の居眠りのせいで、先生から本気で心配されるというレアな体験をした。一応普段は態度だけ優等生くんなもので。

 家にも連絡が行ったらしくて、父さんが『最近なにかあったのか?』と聞いてくるわ、母さんが『いじめられてない?』と聞いてくるわ……。まるで学校に行きたがらない子供だな、これが自分のことだと思うとマジで泣けてくる。品行方正の兵藤一誠クンは何処にいったのやら。

 ……でも、あながち間違いじゃないんだよなぁ。学校に行きたくない、と言うよりは、『外に出たくない』。もっと言うと、『陽の光を浴びたくない』。最近自分が吸血鬼にでもなった気分だ……太陽光を浴びてるとマジでダメージを受けてる感じがする。日焼けだって黒くならずに赤く腫れる辺り、ダメージを受けてるのは間違いない。基本的にアウトドア人間だった筈なんだけど、そのせいで外に出るのが億劫になってしまった。

 

 逆に、日が沈んでからは日中の怠さが嘘のように復調する。いや、復調どころか前よりも力が漲ってるかもしれない。だって握力とか軽くやって以前の3倍とか出てたし。異常な普通も返上かな、とか思ってしまったね。いろんな意味で夜型人間になったのかもしれない。

 

 ともあれなんとか誘惑に勝ち切り、制服に腕を通して部屋を出て階段を降りる。リビングテーブルには、心配そうな父が僕におはようの挨拶をし、口には出さずとも『無理はするな』と言っているようだった。キッチンで朝ごはんを作っている母も同様。……参ったなぁ、こんなに心配させることになるとは。ちょっと本気で大学病院とか行った方がいいかもしらん、と思いながら、『大丈夫だ!』と伝えるようにおはようと返した。

 

 ……さあ、今日も辛い1日が始まる。

 

 

◆◆◆

 

 

 私立駒王学園、僕の通う学校だ。

 元々は公立の……僕の成績では苦しいところを目指していて、駒王学園はその滑り止めのつもりだった……んだけど、見事に落ちて結果滑り止めで受けてたこの学校に通うことになった。とはいえ駒王学園はかなりの進学校(目指してた難関公立の数倍は進学校)で、ぶっちゃけ難関だ。でも僕の場合中学の時の内申点が頗る良かったので(推薦書いてもらえる程度には)、それを加味すると通りやすい学校だった。

 ……でも、正直この学校に通いたくはなかったんだよねぇ。理由は大きく2つ。

 1つは、単純に学費の問題。私学なもんで、やっぱりかなりの学費ですよ。駒王学園に通い始めてからの食卓からおかずが1品減り、父さんの晩酌のお供であったビールが発泡酒にランクダウンしてるので少なからず家計を圧迫してる、非常に申し訳ない。

 もう1つは……この学校の成り立ちだ。元は女子校……それもつい数年前まで。なので男女比が異様に偏ってるのだ。僕のいる高等部第2学年が、男女で3:7。一個上の第3学年が2:8の時点で察してもらえるだろうさ。

 そんでもって元女子校だからなのか、校風からなのか、人数の問題なのかは分からんけど、少し男子の肩身が狭く女子の発言力が強い。

 ……発言力はともかく、基本ムッツリなので、女子が多いという環境はその……うん、ね? ね?

 

 まあ折角通うことになったのなら頑張るしかあるまい、と僕はせめて態度だけは優等生であろうと努力していた。ちゃんと一定の成績確保してたら、大学部はエスカレーター式だ。就職率も良いし、幸せな未来設計図的にはむしろいい環境だし。実際このままなら、両親に負担はかけることになるが、ちゃんと大学も行けそうなのだ。そこは奨学金とか、バイトとかで補填をしよう……バイトは今もしてるし。

 

 ……だが、その未来設計図に修正を施さないといけないかもしれない。最近の変調のせいで、最近は優等生とは程遠いことになってるし。……はぁ、僕何かしたかな?

 

 もし溜息つくことで幸せが逃げるなら、絶賛不幸のどん底になるぐらいの深い溜息を吐きながら、教室に入り自分の席に着く。もうこの時点で体力の1/3は削られた気分だ、しんどい。

 

「よーイッセー。貸したAVはどうだったよ?」

「…松田。今、凄く眠いし、突っ込む気力もないから昼休みにしてくれないか? あと貸してくれたのただのイメージビデオだったろうが……」

「……お前本当に大丈夫か? ツッコミがないとボケるのも虚しいぞ」

「いや、さっきの普通に素だったでしょ『エロ坊主』」

 

 今にも寝そうな僕に声を掛けてきたのは、猥談仲間の松田。丸刈り頭の爽やかスポーツ青年なのは見た目だけ。いや実際いろんな記録を塗り替えてきたスポーツ万能な奴ではあるんだけど、まあエロな欲求に素直で。日常的にセクハラ発言のオンパレードで、こいつともう1人の変態コンビで生徒からちょっと嫌われているのだ。まあエロなところがなければ気のいい奴なので、道を踏み外さないように適度に誘導してやれば実害はないし面白いやつだ。ただ何故写真部に入ってるのかは未だに謎だ……まさか、女子高生をフィルムに収めたいとか思って……ないよね?

 

「まったく……これでは今朝のパンチラについて語り合えないではないか」

「お前は小学生のガキか、元浜……」

 

 そして続けて声をかけてきたのは変態コンビのもう1人にして猥談仲間の元浜。ちょっとキザっぽくきめているが、発言から分かる通りこっちもエロな欲求に素直なメガネ男子だ。なおメガネを通して女子を見ると、スリーサイズを正確に把握出来るという特技を持っている。……将来服飾関係にでも勤めたら活かせるんじゃないかな、うん。

 

「俺だってその程度では満足したくはないさ。だがな……」

「覗きは犯罪です、もし次やろうとしたらお前らとの友情見直すぞ?」

「「まだ捕まりたくないので勘弁してください」」

「そのまだってところが信用ならないなぁ……」

 

 そこまで言って、口からアクビが漏れた。……本当に、眠いし調子出ないしで、踏んだり蹴ったりだ。

 

「あー、どこかに甘やかしてくれる年上巨乳おねえさんいないかなー」

「包容力ありそうな年上巨乳さんなら、ウチの学校にいるじゃねぇか」

「それも2人も」

「もしそれ駒王二大お姉さまのこと言ってるなら、馬鹿と言っておくぞ? 高嶺の花は観賞用だって何回言えば……」

「そうやって割り切れるの、お前ぐらいだと思うぞイッセー……」

「変なところで枯れてるな、本当。……っと、噂をすればだぞ?」

 

 そう言って教室の窓を指さす元浜に促されて、窓から校庭を覗く。そこには、血を思わせる真紅の髪をたなびかせる女性が、周囲の視線を独り占めしながら歩く姿があった。今ちょうど話題に登った駒王の二大お姉さまの片割れ、この学園のアイドルである『リアス・グレモリー』先輩だ。

 

「(…………やっぱり、ここまでくると『観賞用』だよなぁ本当)」

 

 彼女の美貌を僕の足りない語彙で表現するのなら、『人間離れしてる』といったところか。一流の人形師が精巧に作ったそれみたいに整った顔に、男の欲望でも込めて作られたのかと思いたくなるボンッキュッボンの体型。髪だって腰まで伸びてるし、そもそも紅い。肌も白いし、少なくとも日本人じゃないよね……実際北欧の方の出身だと聞いている。まあ、率直に綺麗だよね。

 

 ()()()()()観賞用だ。

 

 少なくとも僕は、あの人……正確には、あそこまでのレベルの人とどうこうなりたいとは思わない、まあそうなることは万が一、億が一ありえないとは思うけど。いやそりゃ見ててわーきゃーとかするし、恥ずかしいけど夜のお供にその曲線美を思い浮かべて……みたいなことはあるさ。でも、だからこそ現実味薄いって言うか、『身の丈にあった幸せ』を得たいと思う僕としては、あんな向き合うだけで破滅しそうな傾国レベルの方とお付き合いとかマジ勘弁だっての。妄想の天野サンでもギリギリのラインだったってーのに。

 

 …………だから、それは完全に不意打ちだった。

 

「…………ッ!?」

 

 朝から珍しいもの見れたなーって気分で視線を逸らす直前、遠くにあった彼女の透き通る様な碧眼が、射抜くように僕を見つめた。

 僕の錯覚かもしれない…………だけど何故か、その瞬間、心臓を掴まれたかの様に息が詰まった。彼女が微笑んで、視線を逸らすその時まで、まるで蛇に睨まれたカエルの様な気分を味わうこととなった。

 

 ……とりあえず、もし何かの間違いで話すことがあるとすれば礼を言おう。お陰で、今日は居眠りをしそうに無いほど、目が覚めてしまった。



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その3

 グレモリー先輩のお陰で乗り切れた授業。怠さは消えないが眠気は吹っ飛んでくれたので居眠りという醜態は晒さずにすんだ。やったぜ。

 

 まあそんなこんなで放課後。僕は部活をせずに、学費の補填とお小遣いのためにバイトをしている。どこでバイトをしてるのかと言うと……

 

「いらっしゃいませー! 食券お預かりします!」

「平麺、麺かた、背脂かえしマシで」

「かしこまりました、少々お待ちください!」

 

 ラーメン屋である。

 飲食店のバイトは、キツい、ブラック……だと聞くが、実際その通りだと思う。それでも僕はかれこれ2年目に到達してる中堅アルバイターだ。時給は悪くないし、賄いでラーメン食べれるのもあってキツい部分は帳消しになってる。もっとも、賄いのラーメンは何も大盤振る舞いしてくれてるというわけじゃなくて、作り手がラーメンの味を把握するため、という側面が大きいけど。それでも食べ盛りの男子高校生には神からの施しに思える。

 

 さてオーダーは醤油ベースの背脂かえしマシか、麺は平麺だからゆで時間は2分半、硬めなので30秒マイナスってところか。ウチのラーメン、○郎系インスパイアのだから麺の上に野菜をこんもり乗っけるんだけど、焼くのに少し時間かかるからなぁー。まあ今空いてるから焦らず慌てずきっちりと。ワンオペでも10人までなら一度に捌ける自信がある! ……7時まではワンオペなんだよ、なんで混み始める6時台も一人なんすかねぇ……? と、4時を回ったところを指す壁時計を見て、心の中で溜息を零す。あ、落ち込んでる場合じゃねぇ、ラーメンだよラーメン。

 

 まず、コンロに火をかけて、野菜を焼き始める!

 少し放置してゆで麺機のテボ(湯切り)に平麺投入、すこし解して2分のタイマーセット!

 だいたいその辺で野菜がいい感じに焼けてくるので味付けをし、何度か鍋を振って焼き野菜完成、完成した野菜を避けておく皿にもっておく!

 そしてラーメン丼ぶりに味のベースになるかえしダレを多めに入れ、同様に背脂も多めにし、ゆで麺機の上で温める!

 麺の茹で上がる20秒前ぐらいになれば、丼ぶりをゆで麺機のうえからソーサーの上に移し、スープ寸胴からスープを掬って丼ぶりに投入!

 タイマーが鳴ればテボをゆで麺機から上げ、振り下ろしつつ湯切り、スープの中に投入!

 麺をスープの中で解し、野菜を乗っけ、チャーシューを添えたら完成だ!

 

 この間だいたい3分である、ラーメンは速さが大事なのだよ! ほら、伸びると不味いし。

 

「お待たせしました、醤油固め背脂かえしマシです! ごゆっくりどうぞ!」

 

 なお、混雑時には6個あるテボがフル稼働する場合もある。でも基本的には30秒から1分の感覚を開けることで、手際良く、それでいてスープで麺が伸びないようにしていたりする……ウチの店のマニュアルにそう書いてた。ワンオペのマニュアルはなかったけどなーあはは! ……店長は、月の出てない夜道には気をつけろと心の中で言っておく。

 

 とは言え、悪いことばかりでもない。さっきも言ったように給料はいいし、賄いも出る。その上この店は学校から近いので、よくうちの学校の生徒もやってくる。見知った顔から見知らぬ顔、たまに先生や、ビッグネームもやってくるので案外面白かったりする。常連さんは好みの味まで覚えてる程だ(必須技能)。

 

 と、そんな思考に耽っていると、店の入口から次のお客様が入ってきた。

 

「いらっしゃいませー! お客様、1名様でよろしいでしょうか?」

「(こくん)」

「それでは、奥の席へどうぞー!」

 

 噂をすれば、って展開多いな今日は。駒王学園の制服を来た女子生徒がやってきた。白髪のちんまいあの子は、確か有名だったな。ロリコンのケがある元浜が騒いでたな、学園のマスコットだなんだって。えーっと、確か『塔城小猫』ちゃんだったかな? 今年度に入ってから何度か来てるね、彼女。

 

「食券をお預かりします! …………ソフトクリームでよろしいですか?」

「(こくん)」

 

 ……あと、ラーメン頼まないことでも印象深いね。

 

 いや、ウチの店。何故かソフトクリームやってますけど。実はラーメンより評価高かったりするけど。でもソフトクリームだけ食べに来るのは彼女だけだったりする。勇者や、この子……!

 とりあえず、バックヤードに下がって、コーンにマシンから出したソフトクリームを上手いこと乗せていく。これをお客様に出せるレベルのを身につけるのに3週間かかったのは笑い話だったりする。

 

「お待たせしました、ソフトクリームです! ごゆっくりどうぞー!」

 

 さぁて、今お客様少ないし、今のうちに賄い食っておくかなーっと。普通のストレート麺をテボの中に突っ込んで、タイマーを3分でセットする。野菜は……面倒臭いからテボで茹でるか。

 

「ふんふーん♪ ……ん?」

 

 丼にかえしと背脂を適量突っ込んで待ってると、カウンター席に座ってる……えーと、塔城サンか、彼女が若干羨ましそうに、さっきの平麺の常連さんのラーメン見てるような気がした。……本当はラーメン食べたかったんだろうか? まあ、1杯750円だし、ソフトクリームも入れると結構な値段するか。

 

「………………」

 

 ……いつものことだ、いつものお節介だ、いつものことだ、なんてことはない。そう自分に言い聞かせて、丼にスープを注ぎ、麺を入れ、ゆで野菜を乗っける。チャーシューの代わりにサイコロチャーシューと、あと割れて使い物にならなくなった味玉子を。

 そして、その賄いラーメンを塔城サンの前に、デン! と置いた。

 

「……えっ?」

「先輩からのお節介ですよ、後輩さん。その制服、駒王学園のでしょ?」

「…………」

 

 どうしていいのかオロオロしだしたので、トドメを刺すために言葉を続けた。

 

「もし良かったら、次からラーメンも頼んで欲しいっていう先行投資? ……まあバイトの僕がここまですることないんだけど」

「……ありがとうございます」

「いえいえ」

 

 腹は膨れないけど気分はいい。特に美味しく食べてくれてる姿を見ると、作り手としては最高のってやつ。武士は食わねど高楊枝ってこういうこと? ……違うか。

 

 ……余談だけど平麺の常連さんがまた食券を買って、それを僕に押し付けて帰って行ったのは、賄いを上げたように見える僕に『これ食え』ってことなのだろうか? 情けは人の為ならずって本当だね、回収はやすぎだけど。

 

 

◆◆◆

 

 

「おつかれさまでしたー」

 

 そう言って店を出て入口にかかった暖簾をくぐる。時刻は10時、条例の問題で(あと校則の問題で)高校生はそれ以降の時間働けないし。

 ……そう言えば、塔城サン。意味深に『先輩、帰り道に気を付けてください』と言ってたな。夜襲の宣言ってわけでもなさそうだったし、多分僕のことを心配してくれたってことだよね。

 

 まあ夜道に気をつけるのは当然のこと、店先に停めていた自転車の鍵を外し、ライトのスイッチを入れて跨り、走り出した。

 

「ふーん、ふんふふんふ♪ …………」

 

 ……鼻歌なんて歌ってみるが、何故か頭で警鐘が鳴り響いていた。いや、何故ではないか。妄想でのあの夕方の時みたいに、人通りが全くない。この時間なら、とも思うが、それ以上に静かすぎて耳鳴りがしそうな程だ。もしこの状況で、誰かの姿が見えたら、一目散に逃げてやろうと思う。いやマジで。流石にこんなのが続いたら、真相はともかく逃げたくもなる。

 

 ……幸い、夜中なので身体の調子は必要以上にいい。夜目も効くのか、街灯の光がない場所でも鮮明に確認出来る……遠くの方のブロック塀についた傷まで把握できるんだから。

 

「………………………………」

 

 ずっと現実逃避してたけどさ、やっぱあの天野夕麻っての、妄想じゃなかっただろこれ。

 

 同じ感覚を覚え、あの殺された日から僕の身体はまるで別物みたいに夜型になって……視力とか聴力が明らか人間離れしてる。だって、そこの家の中から会話が普通に聞こえちゃってるし。なんなのコレ、単なる夜型にジョブチェンジって表現では追いつかない。

 全てあの日からだ、ここまで来ると、流石のおめでたい僕の脳みそだって、寝ぼけたことは言ってられない。

 

(早く帰ろう、帰って寝よう)

 

 真相の究明はその後だ。僕は今、心の底から怖くて怖くて、自室のベッドで布団に包まりたくて仕方がない!

 

 ドクンドクンと、跳ねる心臓を押さえつけて……ペダルを踏む力が上がる。……だけども、フラグってやつだったのかな? 唐突に後ろから声がかけられちゃったんだ。

 急ブレーキを掛け振り返ると、誰もいなかった所に、スーツを着た男が突っ立っていた。ホラーかな? だなんて茶化すが、全然笑えないしそれどころじゃない。

 

「……ほう? これは数奇なものだ。こんな地方都市の外れで、貴様の様な存在に ──────」

 

 ここまで聞いて僕は自転車のベルを()()()()()、全力で投げつけ、右目にクリーンヒットさせた。

 

 いやだって、この状況で『貴様の様な存在』とか言い出したら、危険度役満級だっての! 対面が白と中をポンして、まだ河に流れてない發を切るような暴挙だろスルーしたら! 実際わなわなと震えだして黒い翼拡げてるからビンゴだし。

 

 くっそう、逃げなきゃ! 鳴り響く警鐘に従って、僕は死ぬ気で自転車を漕いだ!

 

 

◆◆◆

 

 

「(……な、なんとか撒けた、か?)」

 

 家に着いてこられるのも困るので、ひたすら追跡しづらい小道を走りながら県境を目指して走り、なんとか警鐘も収まった。途中右腕に光の槍が刺さったり(その時焼けるように痛かった)、自転車がひしゃげて乗り捨てるしかなかったりと踏んだり蹴ったりだが、生き残れたことを今は喜ぼう。

 

 刺さって抉れた部分は、汗ふきタオルで縛って止血。染みて痛いが、血を垂れ流し続けるよりはマシだし……腹を貫かれたあの痛みを思うと、耐えられないそれではなかった。ここ数日で、痛みに対しての耐性が自分でもおっかなく思う程付いてしまったな。

 

 落ち着くと、泣きたくなった。なんで僕がこんな目に、と悲しくなった。基本的に品行方正だったじゃん、お節介なだけの男子だったじゃん。こんな私的制裁に巻き込まれる程、悪どいことに手を染めたことはなかったじゃん。もうこれ、仮に神様なんて存在がいたとしても、それ信じるに値しない神様だろ。こんなスプラッタファンタジーに巻き込まれてる現状、神様だっているのかも、だけど。

 

 ……ファンタジーと言えば、僕の身体のこともそうだったな。平均、平凡がウリのスペックだった筈なんだけど、さっき明らか乗用車以上のスピードで走ってた気がする、自転車のベルも引きちぎれたし。光の槍が刺さった時なんて、前回と違って蒸発しそうな感覚したし。

 

 ああもうなんてこった。誰にも頼れないし、もうこれ家に帰れないじゃん。これからあの堕天使に見える謎生物の襲撃に怯えながら、逃げ続けなきゃいけないのか?

 本当に、耐えられなくなった。もう一度立ち上がるにしても、泣かないとやってられなかった。熱い液が、目からボロボロと零れて仕方がなかった。

 

「くそっ……くそっ……! なんだよ、なんなんだよこれ……! 僕が、僕が何をしたって言うんだ……!」

 

 先行きが見えない、喩え暗がりが見えてもお先真っ暗だろこれ。どうすればいいんだ、僕は……。

 

 みっともなく、えぐえぐと泣いてへたり込む山の中。

 ガサリ……、と草を掻き分ける音がした。

 

「ッ! 誰だ!?」

 

 また謎生物か? いいだろう、少し泣いてスッキリした。こうなったらトコトン生き抜いて、復讐してやる……!

 

 と息巻いたはいいが、視界に入ってきたのは、紅い髪の……

 

「……怖がらないで。もう大丈夫よ、今まで放っておいて、本当にごめんなさい」

「は…………え…………?」

 

 リアス・グレモリー先輩が、若干肩で息をしながら僕にそんなことを言っていた。今朝方僕の心臓を掴んだ様な、竦む感覚は全くなく。その蒼い目は、慈しむ色を乗せて僕を見ていた。

 

 本当なら、この先輩も謎生物であることを疑うべきだろう。いや、そうでないとおかしい。雰囲気が、人から外れたそれにしか思えない。

 

 だけど、僕は、そのセリフを、どうしても疑えなくて……

 

「あ、あぁ…… ────」

 

 手を握られ、そこから伝わる熱に心底安心しきってしまう。一度緩むと、もう力が抜けてしまい、そのまま一緒に意識まで抜け落ちた。

 

 



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その4

 

『ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ!』

 

 ……久々に、悪い夢見じゃなかったな。なんというか、久々に安心して寝れたというか、目覚めも悪くないっていうか。そう思って、モゾモゾしながら布団から這い出ようとすると、ふにょんと柔らかい何かが僕の手に当たった。

 慌てて転がるようにベッドから転がり落ちた。脳味噌が久しぶりに朝から機能しているからか、今どんな状況なのか一気に把握した。

 直ぐにアラームを止め、何故か素っ裸だった自分に服を着せ、飛び出るように部屋から出た。

 

『イッセー、大丈夫ー? なんだか凄い音したけどー』

「だ、大丈夫ー! 久しぶりに目覚めが良かったからはしゃいだだけー!」

 

 階段下の母さんにそう言って、もう一度部屋に戻る。……待て、色々と落ち着こう。

 

 天野夕麻の件は幻覚じゃなかった、昨日の謎生物襲撃も同様。そして僕は多分一度死んでいて、そのことについて、この人は何かを知っている……。

 痛む頭を抑えながら、未だ僕のベッドで寝息をたてる眠り姫に視線をやる。

 

「すー……すー……」

 

 紅い髪の、目の覚める様な美女。恐らく、昨日僕を助けてくれた人。リアス・グレモリー先輩が、一糸まとわぬ姿で布団にくるまっている。

 

「………………いや、なんで???」

 

 衝撃的なことに直面すると、興奮より先に疑問で頭を埋めつくしてそれどころではなくなる。一般的にはどうか知らないけど、少なくとも僕はそうだ……。

 

 ……このままではいけない、冷静になれ兵藤一誠! この時間だから、父さんと母さんが上に上がってくることはまあないだろうが、変に声がしたら心配に思って部屋に来ることは普通にありえる! 僕も現状をちゃんと把握したいところだし、この先輩には早速起きてもらいたい!

 

「……うぅん、すー……すー……」

 

 ……起こすのが偲びなくなるな、美形は得だよな、けっ。

 まあ急に身体起こされて見えちゃいけないものがご開帳するよりはマシだろ、うん。そう思って書き置きを残し、部屋を出ることにした。

 

 ……変に湿ってたりはしてなかったので、多分僕はまだチェリーのはず……だよな? 絶対そうだ。

 

「……はぁ。これもひっくるめて全部夢だったらなぁ」

 

 それこそが、案外僕にとっての幻想(ファンタジー)なのかもしれないけどね。人の夢と書いて儚いとはよく言ったものだ。……ぶっちゃけ、僕自身に人外疑惑ありますけどね。

 

 

◆◆◆

 

 

「……『昨日はありがとうございます。お礼をしたいので、放課後旧校舎に向かいます』、ね」

「気を遣わせてしまったかしら……?」

 

 

◆◆◆

 

 

 いろんなことに頭を悩ませながら、それでも乗り切った授業。余程変な顔をしてたのか、友達が大丈夫かとか心配してくれたのが心にきた。猥談コンビの2人も、食堂の惣菜パン奢ってくれる程度には心配かけたみたいだ。……おい、これ月一10食限定のイベリコ豚サンドじゃないか?

 

「いつまでもそんなだと張合いないからな」

「そういうディスク借りるよりは安上がりだから気にするな」

 

 正直、エロコンビがエロよりも僕との友情を優先してくれたことが嬉しくてたまらなかった。何があろうとも見捨てないと心に誓った。

 

 ともかく、放課後ですよ。今日はシフト入ってないので、普段なら帰るだけ。だが今日は旧校舎の方にお邪魔しないと。お礼の品は用意できなかったけど、それはまあ仕方ないと大目に見て欲しいところ。

 

 そんな風に思いながら荷物を纏めてると、教室の入口から声をかけられた。僕の名前だった。

 

「はいはい、兵藤一誠は僕だけど」

「ああ、君が。どうも」

 

 僕を呼んだのは、この学校で1番のイケメン……隣のクラスの木場祐斗クンだ。金髪で、日本人とは思えない爽やかなマスクから放たれるスマイルは、この学園の女子達のハートを撃ち抜いているのだ。……ああ、通りで女子が騒がしいわけだ。

 

「んで、君も『異常な普通』の顔を見ようときたクチかい?」

「ううん、伝言と案内かな」

「伝言と案内ィ?」

 

 心当たりはない……と思ってすぐに気がついた。

 この学校には、オカルト研究部という部活がある。部室を旧校舎に構えていて、その部活の部長がリアス・グレモリー先輩なのだ。放課後旧校舎に向かうと書き置きしたのは、それもあっての事である。

 そして確か、木場祐斗クンもオカルト研究部所属だったか。……あの部活、何やってるかは謎だけど、顔面偏差値高いことは有名なんだよなぁ。僕の中では絶賛観賞用対象である。

 

「なるほど、先輩が。……ということは、もしかしてキミも?」

「それも含めて、部長から説明があると思うよ。というわけで、着いてきてもらえるかな?」

「むしろこちらからよろしくお願いするよ」

 

 そう言って纏めたカバンを背負って、木場クンについて行く。……その時聞こえた『木場くん×兵藤くん』とか、そんなおぞましい掛け算は聞かなかったことにしたい。腐女子率高くねぇ……?

 

 

◆◆◆

 

 

 案内された先は、校舎の裏手。木々の中に囲まれた中にある、昔使われていた木造の校舎。実はここに来るのは初めてでワックワクだったりする。

 まあだからといって、特に目新しい何かがある訳ではなく、木造だけど手入れが行き届いた二階建て校舎の中を、案内の下進んでいく。

 

 階段を登り、廊下を進んで目的の教室に辿り着いたのか、木場クンの足が止まった。

 

 ……確かに、『オカルト研究部』って看板が戸にかけられてますけど。ううん、入りたくないって気持ちでいっぱい。おい僕、お礼を言うってのはどうなったし。

 

「部長、兵藤くんを連れてきました」

 

 と、そんな葛藤も知ったことかと木場クンが引き戸を開いて中の先輩に確認を取っていた。くぅ、覚悟キメろってか?

 

『ええ、入ってちょうだい』

 

 先輩の声が返ってきた。若干くぐもってるのは気のせいか? まあいいけど……。

 

 促されてその中に足を踏み入れると……その内装に驚いた。

 

 どこに目線をやっても目に入る、オカルティックな文字、模様、エトセトラ。少しSANチェック入りそうになる。

 中でも目を引くのは、教室の中央に描かれた、魔方陣っぽいなにか。……なるほど、確かにここはオカルト研究部だわ。

 

 とはいえ置いてある机とかソファは普通の物に見えるな、安心安心(明らかに高級品っぽいことはスルー)。

 

「……ん? あ、ソフトクリームの後輩ちゃん?」

 

 とここで、ソファに座っていた見覚えのある女子の姿に思わずセリフが零れた。えっと確か名前は……

 

「……塔城小猫、です。昨日はありがとうございます、先輩」

「いえいえ、こちらこそ。兵藤一誠です、よろしく」

 

 そう言って頭を下げると、塔城サンも軽く頭を下げて、机の上の羊羹を食べ始めた。なるほど、甘い物好きなのね。あと言葉数少ない感じ。

 ……しっかし、塔城サンもオカルト研究部だったのか。もしやここ、謎生物の集いだったりするのかな、まさか……いや、その可能性普通に高いよね。

 

 そうやって、思考を現状分析に没頭させる。断じて、部屋の隅にあるカーテンの向こうから聞こえる水の音と、カーテンに浮かぶシルエットに意識を向けないためではない。これは必要なことなのです。というか部室にシャワーって……運動部が泣いて不公平を訴えてくるぞソレ。

 

 しばらくすると蛇口のしまる音が聞こえ、シルエットにもう1つの影が追加された。思うにもう1人の方はオカルト研究部の副部長で、二大お姉さまのもう1人の方の姫島朱乃先輩じゃなかろうか? 声の感じもそれっぽいし。

 一周まわって冷静になった思考であれこれ考えてると、制服に着替えたグレモリー先輩がカーテンを開けて現れた。

 

「ごめんなさい。昨夜兵藤くんのお家にお泊まりして、シャワーを浴びてなかったから」

 

 ……なるほど、部室にシャワーがある理由はともかく、女子にとってそれは死活問題ですよね。

 

「いえ、大丈夫です。というか気が利かなくて申し訳ないです」

 

 頭を下げると若干先輩が困った顔をした。どうしてだろう、なにか粗相でもしたかな僕は。

 まあそれは一旦置いておいて、先輩の後方に控えていたもう1人の方先輩の方に視線をやる。

 

「初めまして、2年の兵藤一誠です。よろしくお願いします」

「あらあらご丁寧に。私は、姫島朱乃と申します。どうぞ、以後お見知りおきを」

 

 かーっ! 柔らかな印象を与える和風美人の顔と揺れるポニーテールが堪らないね。観賞用観賞用。

 

「さて、これで全員揃ったわね。兵藤一誠くん。いえ、イッセーと呼びましょうか」

「構いません。親しい連中は、皆イッセーと呼ぶので」

 

 そう返すと、ありがとう。と微笑んでグレモリー先輩は言った。

 

「私達、オカルト研究部はあなたを歓迎するわ」

 

 ─────悪魔として、ね。

 

 そうして告げられた言葉に、いろんなことの辻褄が合っていくのを感じた。

 ……そうか、僕は悪魔になっちまったのか。



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その5

 今更、そんなファンタジーがあるかなんて言わない。少なくとも、僕は悪魔、彼女たちも悪魔。

 ……もちろん、なんで早く教えてくれなかったんだといつ気持ちは大いにある。いろんな意味で耐えられなくて、死にそうだった。

 

 それでもこうして助けてくれて、恐らく悪魔になることにはなったけど命まで拾ってもらえて。そう思うと、怒る気どころか感謝しか零れてこない。

 

「…………ありがとうございます。僕の勘違いでなければ、僕はあの時死んで、貴女に生かされてる。そうですね?」

「ええ。あなたがあの天野夕麻と名乗った堕天使に殺されかけて、虫の息だったところを、悪魔に転生させたということなら、私がそうしたわ」

 

 ……若干、自己嫌悪が滲んでるのは何故だろうか? 責めてるように、思われてるのだろうか?

 

「本当にごめんなさいね。本当なら早くにでも伝えるべきだったのに、追い詰めてしまったみたいで」

「あー……いや、まあ精神的に不安定だったとは思いますけど、間違った判断ではないかと思いますヨ? 急に『お前は悪魔になったんだー!』なんて言われても、適応力に定評のある僕だって妄言を疑いますよ。おそらく、自分で別の物になってしまったっていう自覚を促すために、しばらく期間を置いてたのだと推測しますけど」

「その認識で間違いないわ」

 

 なるほど、なるほど……。

 とりあえずお礼を言えてスッキリしたので、頭の中で質問を幾つかまとめる。

 

「悪魔とか、堕天使とか、そんな事情は今はいいです。まず2つ質問があります」

「分かったわ、どうぞ」

「僕の今の扱いはどうなってるんでしょうか? あなたの下僕とか、そんな扱いになってたりするのですか」

「ええ、そういうことになるわ。悪魔に転生した者は、転生させた悪魔の下僕となる。悪魔のルールね」

 

 そんな気はしていた。というか昨日心臓掴まれたような気分になってたのは、上位者が下僕の手綱を握る的それってことか。

 

「分かりました、受け入れましょう。僕はあなたの下僕だ。主人リアス・グレモリー様」

「……即決ね、本当にいいのかしら?」

「ルールなら従うべきですし……死にたくはなかったけど、あの時死んでもいいと思ったんです。捨てた命を拾われたんだ、もうコレは僕のモノではないでしょう」

 

 それに、と言葉を続ける。

 

「僕は貴女に救われた。これは、命を使い潰してでも返すべき恩義だ。誰より何より、()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

「……あれ、もしかして僕要らない子だったりします?」

 

 なんか、そんな微妙な顔をされるとすごく死にたくなるんだけど。観賞用レベルの美貌だけど、この人(悪魔?)僕の好みにどストライクだし。

 

「……いえ、そんなことはないわ。ただ、マッチポンプの様に思えてね」

「マッチポンプも何も、恩人なのは疑いようも無い事実じゃないですか」

 

 少なくとも悪いことはしてないのだし、気に病まれても困るんだがなぁ。そのツケは全部あの元カノちゃんに払わせた。大勝利(勝ってない)。

 

 まあ、僕は気にしちゃダメだよね。これからの頑張りで払拭していこう!

 

「では改めて、新人下僕悪魔の兵藤一誠です。よろしくお願いしますっ!」

 

 さあ、ここから新生兵藤一誠が始まる。

 僕の頑張りが世界を救うと信じて……!【〜完〜】

 

 

◆◆◆

 

 

 ……なーんて打ち切りエンド風のモノローグは置いておいてだよ。まだ質問あるし。

 

「では主人リアス・グレモリー様。もう1つ質問よろしいでしょうか?」

「そんな堅苦しくしないでイッセー。部長でいいわ部長で」

「分かりました、では部長と」

 

 それで、何聞こうと思ったんだか……あ、そうそう。

 

「なんで僕は殺されたんだと思います?」

「直球ね」

「そりゃあ、そうもなりますよ……殺される理由に思い当たるところがまるでないんですから」

 

 品行方正で通ってたと思うよ僕は。恨みを買うようなことは……まあ、ない? ないよね、ないと思いたい。少なくとも堕天使なんていうファンタジー種族には。

 

「あら? でもあなた、かなりの頻度で危ない橋を渡っていたでしょう?」

「……ふへ?」

 

 間抜けな声が漏れたのを、部長は微笑ましいものでも見るようにくすりと笑って、姫島先輩に言った。

 

「朱乃、調査報告書をお願い」

「はい、部長」

 

 そう言って、先輩がどこからかファイルを取り出して、それを部長に渡した。……見間違いじゃなけりゃ、どう見ても『兵藤一誠』って書いてるんですが。

 

「ここに、あなたの調査報告書があるの。それを踏まえて、恨みを買った覚えは本当にないのかしら?」

「少なくとも堕天使なんてファンタジーな連中相手には。あったこともありませんし」

「ふふっ、上手いこというわね。それとも、慣れてるのかしら?」

 

 …………あ、これアカンやつ。僕がこれまでやってきたことバレてるパティーンでは?

 

「最近、この駒王町ではちょっとした噂があって。どうも、素顔を隠したヒーローが出没するそうね」

「そのヒーロー、多分隠してる自覚なんてないと思いますよ」

「あら、そうなの?」

「赤いパーカー着ただけで、フードを被ってるわけでもない。単にその顔が印象に残らないだけです、異様な程に」

 

 そう、まるで僕のような。と観念して吐き捨てた。

 

「そもそも、ヒーローしようと思ってやってるわけじゃないです。ただ、僕の精神的安寧のために、困った誰かを放置できないだけです。心の狭い人間だと思われたくない見栄っ張りとも言います」

 

 バイト帰り、夜も遅いので不穏な場面に出くわすことは稀にある。ひったくりとか、酔っ払いが殴り合いしてたりとか。……見て見ぬふりは出来ないんだよね、モヤモヤするし。

 だからその場面に出くわした時だけ、何かしら自己満足のために身体を張る、自己満足のために。大事なので2回言った。

 そんなことをしてたら、姿のないヒーローとして有名になるんだから、何が起こるか分からないよね。ちなみに、天野夕麻からの告白を受けて突っぱねなかったのは、そうした流れで関わりがあった人かもしれない、という判断もあったからだった。勘違いも良いところだけどさ。

 

「…………もしかして、そのせいだなんて言いませんよね?」

「ええ、言わないわ。違うもの」

「……では何故」

「あなたの人となりを直接把握したかったから……かしら?」

 

 悪戯っぽく笑う様がとても絵になりますね、部長。流石悪魔なだけあります。

 

「真面目な話をすると、貴方は『常人には持ちえない何か』を持っていて、それを危険視されたために狙われたのよ」

「……心当たり、全くないのですが」

 

 だってほら、自他ともに認める平凡オブ平凡ですし。庶民サンプルとして優秀な、どうも僕です。

 

「確かにそうね。どう見ても発現している風には見えなかったし。恐らくあちらも、ギリギリまで判断が付かず、調査のためにあなたに近付いたのでしょうし」

「…………」

 

 まあ、よくわからないけど。僕にはなんかの力が備わっている。目覚めてはいないけれど、危ないから処理をしたい。だから殺された、と。そんな感じなのは分かった。

 

「……驚く程冷静ね」

「ええ、まあ。実際に殺された身としちゃたまったものではありませんが……人間もよくやることですから、なんとも」

 

 ほら、鳥インフルとか豚インフルとかで殺処分をするじゃん。『危険』だからって理由で。納得は出来ないけど理解はできる。

 

「それに結果的に生きてますので、『そうなんだ』ぐらいのことしか。ちゃんと仕返しもしましたし、特にこれと言って何か思うことはありません」

「そ、そう」

 

 まあ、運は悪かったんだろうなと思う。そして悪魔として拾われたので、僕の中では打ち消されてる。生きてりゃめっけもん、だ。これ以上何を望めばいいのやら。

 

「それでその不思議パワー、名前はついてないんですか?」

「私達はその何かのことを、『神器(セイクリッド・ギア)』と呼んでいるわ」

「セイクリッド、ギア……ねぇ」

 

 そんな物が、僕の中に? というか、どういうものなんだろうか?

 という風に首を捻ってると、木場クンが口を開いた。

 

「神器とは、特定の人間の身に宿る、規格外の力。例えば、歴史上に名前を残す人物の多くがその神器所有者だと言われているんだ」

「へぇ……。じゃあナポレオンなんかは、カリスマを得るような神器を持っていた、とか?」

「ありえない話じゃないね」

 

 そうなのか……まるで『才能』みたいだな。

 

「現代でも、神器をその身に宿している人はいるのよ。世界的に活躍している人達の大半は、神器所有者でしょうね」

「い、今明かされる衝撃の真実ゥ……」

 

 姫島先輩が続けて入れた説明に、少し頭がクラっとした。意外と身近なものなのね……。

 

 しかし、だとすると僕の神器って一体……? 危険視されるようなものだとは思わないんだけど、その程度なら。

 と思ってたら、補足を入れるように部長が口を開いた。

 

「大半は、人間社会規模でしか機能しないものばかりよ。ところがその中には私達悪魔や、堕天使の存在を脅かす程の力を持った神器が存在しているわ。おそらくあなたの中にある、まだ目覚めていない神器も」

「……うぇ、いらね」

 

 おっと、思わず本音が。だって現状厄ネタでしかないじゃん。

 しかしその本音がウケたのか、お姉さま方はくすりと笑っている。なお、木場クンは苦笑、塔城サンは無表情だが。

 

「でも、使いこなすことが出来ればこの上なく便利なものよ。特に、これから悪魔の社会で生きるあなたにとっては」

「……なるほど、言われてみれば」

 

 人間社会では持て余すものだが、悪魔を相手にするこれからの生活では、確かに有用なのか。……これのせいで死んだことを考えると、実質±0だな。

 

「ちなみに、発現させるのって何か特別なことをしないといけないとかってあったりするんですか?」

「いいえ、なんなら今からでもできるわ。早速だけれど、手を上にかざして貰えるかしら」

「分かりました」

 

 とりあえず、言われるがままに右腕を上げた。

 

「目を閉じて、あなたの中で一番強いと感じる何かを心の中で想像してみてちょうだい」

 

 一番強い何か、ねぇ。

 まずフィクション系は全て除外。いや、強いんだろうけど、僕が『現実にはいないし……』と思ってしまってるからダメだ。すまんな空孫悟、二次元に生息していたのがダメなんだよ。

 あと強くても、実感が湧かないものは同じ理由でNG。銃火器とか強いと言えるけど、現物見たことないし。

 

 となると、一択だな。僕を殺してくれやがったあのこんちくしょうの元カノ、天野夕麻。

 

「想像出来たら、その存在が一番強く見える姿を思い浮かべるのよ」

 

 …………相手を見下す様に、『死んでくれないかな?』と言って槍を突き出す姿? これ、どうなんだろう、確かに強そうなんだけど。

 

「……では、ゆっくりと腕を下げて、その場で立ち上がって」

 

 右腕を下げて、立ち上がる。さあ、次はなんだろう? まあなんか僕の頭の中で警鐘鳴ってるから、碌でもないことな気はしてるけども!

 

「そして、その姿を真似なさい。強くよ? 適当にしては発現しないわ」

「ウソだろおい」

 

 え、今から僕、『死んでくれないかな?』って言って槍を突き出すモーション取らなきゃいけないってわけ? ……レベル高ぇなぁ。

 まあ、いいや。やるからには本気でやろうか。おままごとでも、振り切って遊ぶ方が楽しいってもんだ。

 

 すぅー……はぁー……。

 

 ……あの日が沈む瞬間の出来事。まだ心に焼き付く、絶望の瞬間。アイツは、まるで消しゴムを貸してくれないかな? みたいな調子で、ニッコリと笑って、言った。

 

「……[死んでくれないかな?]」

 

 誰かの、息を呑む音が聞こえた。

 そしてそのまま、左腕を僕の腹部に突き出すように…………オルァ!

 

「……さあ、目を開けなさい。魔力の漂うこの場所でなら、神器も容易に発現するはずよ」

 

 部長の指示に従って、ゆっくりと目を開く。……何も、起こってないな。と思った瞬間、突き出したままの左腕が、赤く、眩く光りだした。

 

 あ、これアレやっとかないとダメかもしれない!

 

「目がァ、目がァー!?」

 

 実際、目が灼ける様な光だった。赤く、力強い、光だった。この期に及んで信じてなかったわけじゃないけど、確かに僕の中に変なものが入ってたんだな。あと誰も僕のボケに反応してくれなかった、残念。『海底の城アトランティス』のカムス大佐は有名だと思ったんだけど。

 

 光が収まって視界が回復してきて、僕はようやっと『それ』を見た。左腕に装着されていた、それを見た。

 かなり凝った装飾の、赤い籠手。手の甲の部分に、翠の宝玉が埋め込まれている。見た感じ、何某かのコスプレアイテムのようにも見えるが。

 

「それが、あなたの神器よ。……見た感じ、『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』の様に見えるけれど……おかしいわね」

「トゥワイス・クリティカル。なんか、二撃決殺みたいなカッコイイ響きですね!」

 

 でも首を捻ってる部長を見ると、恐らくそう大したものではなさそうだ。

 

「ふふっ、確かに言葉の響きはそうね。でも、その神器は割とありふれたものよ。使用すると、所有者の力を一定時間倍にする力を持っているわ」

「なんぞ、そのチート」

 

 力を倍って、それ普通にヤバくない? と頭を回転させてあれこれ考える。

 

「そ、そう、かしら?」

「『力』の範囲が適用されるのかは不明ですけど、仮に僕にかかる『摩擦力』にも適用されるなら、上手く使えば壁登りにも使えそうですし、そんな凝ったことしなくても視力、聴力を倍化すれば諜報には便利でしょうし、『エネルギー』も力の範疇に収められるなら質量だってエネルギーだし、重さだって上げられる。普通に有能なのでは?」

 

 あーでもどうなんだろ、僕が思い付くようなことって誰でも思い付くような気もするけど。それで微妙評価なのだとしたら……ま、いいか。検証検証。

 

「まあ、でも安心しました」

「それは必要以上に強力な神器ではなかったから、かしら?」

「あれ、顔に出てました?」

「あなたの様子見てたら何となくだけど、分かるわ」

 

 ああ、まあそうかもしれないね。

 変なものが入ってたから殺されてしまった、というのは置いておいて。ほら、悪魔になっちまって普通とは外れてしまって、その上で悪魔社会での普通すら飛び越えてしまうようなものが入ってるんじゃないかってドキドキしていたけれど、実際はありふれた物。やっぱり、身の丈に合ったものが一番なんだって。

 

「ふふっ、まだまだ『異常な普通』の名前は返上しなくて良さそうです」

 

 機嫌良く呟く僕を、4人はおかしなものを見るような目で眺めていた。

 

 

◆◆◆

 

 

「……おかしい」

「危険視されて殺されたイッセーから出てきたのは、龍の手」

「……少し、調べる必要がありそうね」

 

 

◆◆◆

 



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その6

 

『さて、それでは簡単に私達悪魔についての説明を始めるわね』

 

 といって伊達メガネを掛けた部長の姿を脳裏に浮かべ、その後に行われた簡単な説明を思い出した。

 まず、僕が転生したこの『悪魔』という種族の他に『堕天使』『天使』という種族が存在しているらしい。

 

 悪魔は太古の昔から堕天使と、『冥界(人間の認識で言う地獄)』の覇権を巡って争っているらしい。悪魔は人間と契約を結ぶことで得られる代価をもらい、力を蓄え。堕天使は人間を操りながら悪魔を滅ぼそうとする。その外で、神様からの命令を受けて悪魔も堕天使も問答無用で倒そうとする天使を含め、三竦みの状態で今に至るようだ。背中から翼を生やさない限り見てくれは大体人間のそれに近いので、この人間社会にも、彼ら人外は紛れ込んで生活していることもある、らしい。というか僕の主であるリアス・グレモリー部長が実際そうだ。

 

 そしてまあ、そんな永きに渡る戦いを続けていると考えるまでもなく消耗することになり、戦争かなんかで純粋な悪魔もかなり数を減らしたらしい。

 それを補填するための、下僕集め。一応、悪魔にも性別があるので生殖行為で個体を増やすことは可能だが、極端に出生率が低いのだとか。……まあ、寿命が万単位とか聞いて確かに納得したけど。それだけの超寿命なら、種の保存の観点から考えてもお魚みたいにポコポコ生まれはしないだろう。

 でもそれでは堕天使にも天使にも対抗できないため、素質のありそうな人間を僕のように悪魔にして引き込むと。でもそれだけだと反乱とか招きかねんし、増やすだけで勢力を再び盛り上げることはできないし。ということで、転生した悪魔にもチャンスを与える制度を導入したんだって。力あるものには、『爵位』を与えると……。

 

 で、ここまで部長に聞いて僕は頭を抱えた。悪魔、貴族社会なのかと。

 

 貴族ってメンツの生き物だからなぁ……どうせ足の引っ張り合いしてるんだろうなぁ……一生下僕でいいからそういうくろーいやり取りとは無縁でいたいなぁ。

 なお、余談……で済ませるにはあまりにも重要情報だが、リアス・グレモリー様は次期公爵なんだって! ……ドロドロに巻き込まれたくねぇよぉ。

 

 まあそれはともかく、そんな背景もあって悪魔に転生してる人は結構多いのだとか。多分、今までもそういった悪魔達とすれ違ってるだろうと言われて、少し安心した。どうやら目ん玉飛び出る程の異端ではなさそうだと。

 

『まあ、認知できない人もいるんだけれどね』

 

 と部長は言った。欲望に満ちた人間や、魂を売ってでも何とかしたいほど困ってる人間程、悪魔の存在を認知しやすいんだってさ。なるほど、だから今までの僕は特に困ったことがないからのんべんだらりと生きてこられたんだ。

 

『ちなみに悪魔なのに欲望が薄いのは?』

『出世したいなら絶望的ね』

『よっしゃあ!』

 

 ガッツポーズをした僕を許して欲しい。だって根っからの小市民が権力持っちゃいかんよ。そういうのは、意思と欲と才能があるヤツの領分だ。意思も無けりゃ欲もない。才能があればまた話は違ったんだろうけど、僕にあるのはありふれた神器とド平凡サンプルと言うべき本体。それっぽく過ごすだけで充分っての。

 

『ふふふっ、私からすれば欲塗れの様にも見えるわ?』

『んん? 何故です』

『元人間のあなたからして、この状況はとても特異で、抜け出せないことが決まっている。それでも元の環境に戻りたいのがありありと見えるあなたは、欲塗れと言ってもいいのではないかしら?』

『……あっ』

『もっとも、私達悪魔からすれば好ましく映るのだけれど、ね?』

 

 直後にこんなやり取りして、後頭部ぶっ叩かれたような気分になったけど。……これからは、悪魔の基準で『普通(あたりまえ)』を追求していくべきかもね、と思い直した。

 

 適度に上を目指す。適度に物欲に正直になる。まず初めに僕が悪魔として達成すべき目標として、そう設定した。

 

 

◆◆◆

 

 

 というわけで今、下僕として最初に命じられたのは、『魔方陣の描かれたチラシ配布』だった。欲望の持つ人が使えば、部長とその眷属(僕を含めた、部長以外のオカルト研究部の面々)を召喚できるそれを、欲を持つ人間の元に配るという作業だ。所謂下積み、というやつだね。

 

 しかし、これに幾つか問題があった。

 

 まず、この作業に自転車を使うようにと言われていたんだけれど、つい先日自転車は壊れてしまったばかりだ。

 これに対し部長は、『先行投資ね』という名目で、僕にママチャリを買ってくれたのだった。2万円がポンと出るなんて……貯金だと余裕で買えるだけの分はあるが、それでも結構な出費なので僕なら躊躇う。でも黒いカード出てた辺り、端金なのかもしれんね、部長にとって。

 

 次に、この作業は夜中に行うことになっているということ。あんまり遅くに帰ると親に心配される。

 これに対し部長は、両親に説明をしてくれた。……のだが、どう見ても暗示にしか見えんかった。目が怪しく光ってたしね、部長。ともあれ夜間の外出が許されたので、これもクリア。

 

 最後に、バイトが出来なくなってしまうという問題。どっちを優先させるかと言われたら明らかに部長の方なんだけど、バイトはバイトで僕の生活費を稼ぐ手段として必要なものだった。

 これに対し部長は、『すぐにどうにかは難しいわね。でも暫くは、溜まってるはずの有給を使って休んでちょうだい』と言った。え、僕の働いてるラーメン屋『九頭龍亭』にそんなものあったの? と店長に聞いたら、若干バツが悪そうにある、と答えた。なるほど、黙ってたんだな? と溜まっている3週間分の有給の存在を聞いて思った。なお全て使うと言うと『お前がいなくなった穴はどうする?』と若干脅されたので、ボイスレコーダーを突きつけ、ダメ押しで部長に連絡した。この駒王町、学校も含めて部長の支配下にあるようで、この街でならある程度の無茶も何とかできるようだった。顔が青ざめた店長を見て、若干被害者と化していた僕や先輩アルバイターの中村サン、中国人留学生の張サンとで笑ってやった、ざまぁwwww(なお、足りない人手はグレモリー家の方から派遣してくれるんだって)

 ここまで至れり尽くせりだったので、これはもう一生部長には頭が上がらないなと思いながら、お爺さんに救われた鶴の気分で恩返しを改めて誓う。

 

 そんなわけで現在、部長より渡された悪魔製のスマホのようなもので、欲を持つ人間の家を確認し、そのポストにチラシを投函する日々。配る範囲は、部長の縄張り……悪魔ごとに決められた、活動のできる範囲の中で。要は他の悪魔のお仕事盗っちゃダメよってことね、イッセー覚えた。

 

「でも、異様に広くねぇ……?」

 

 明らか駒王町の範囲を超えてるので、流石(次期)公爵……ということなのだろうか? 下積みが終われば、契約の仕事は何とか貰えそうだ、と前向きに考えて只管に投函を続ける。

 

 しかし、仕事、ねぇ。

 基本的に、悪魔のお仕事は『契約』。召喚され、契約を結んで、願いを叶える。代償として、それ相応の代価を貰う。

昔は命を代価に、みたいなこともあったようだけれど、現代だと願いと釣り合わないのでだいたい破談になるのだとか。

 

『人間の価値は平等じゃないわ』

 

 と微笑んだ部長がおっかなかった。

 

 まあそれはともかく、僕にそんな仕事ができるのかという話だよ。大したことが出来るわけでも……あ、そういや願いを叶えるのは別に僕の力が及ばないこともできるのか。なら巧みなトークで契約者を納得させれば勝ち、なのね。騙す、じゃないのはリピーターを作るため。もう一度契約したい、と思わせるのができる悪魔の契約術なんだって。

 

 ……ふっふっふ。これはもう、ここまでアルバイトで培ってきた接客術が活きてくる展開、来るんじゃないんですかね? これはまさかの兵藤一誠クンの時代が来ちゃいます?

 

「よぉし、やる気もっと出てきたァ! 凄腕営業マンに、僕はなる!」

 

 もっとも、今は下積みだけどね、トホホ……。



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その7

原作との違い
→魔力は一般並はある


 慣れ、とは恐ろしいものだ。悪魔になってから聖なるものと光が弱点になって、それでも慣れれば陽の光は克服できるらしかったのだが、2週間位で克服した。もう授業中寝ることは無い、やったぜ!

 なお聖なるものに関してはマジで無理なようで、家に置いてあった清めの塩触ったらジュっていった。めっちゃ痛くて涙が出た上、部長に後で怒られた。

 

『あなた、自殺したいの!?』

 

 ちゃうんです、好奇心には勝てなかったというか。あと最近酷い目に合いすぎて感覚が麻痺ってたというか。

 

「というわけで、これはこの間のお礼だ。……見つからないように、こっそりな?」

「「おおイッセー、心の友よ!」」

 

 そんな頃の昼休み、心配かけたお詫びとお礼として、僕秘蔵のコレクションアイテムを袋に入れて猥談仲間の2人に渡していた。松田はどんな形のエロも好きだが元浜はロリが好きなので、コレクションの中に気に入りそうなのが少なくて困った。僕と趣味がまるで違うからね、殴りあったことも数回では効かない。

 

「にしても、結局アレはなんだったんだ?」

「なんだったと言われたら……軽い鬱?」

 

 肩を竦めて冗談でも言う様に。実際精神的に参っていたので嘘ではないけれど、深刻なものでもなかった。だけどそうとは取らなかったようで、二人とも神妙に顔を歪めた。

 

「……いじめとかだったら、相談乗るからな?」

「あっはっは! もしそうなったらそいつら纏めて地獄に落としてやるよ!」

 

 最近ボイスレコーダーを手放さないようにしている。元々授業を録音するために使っていたものだが、アルバイトの件で反省した僕は、決定的な瞬間を逃さないようにすることにした。あとはカメラでも使えればいいのだけれど、生憎うちの学校、表向きはケータイ持ってきちゃダメなのよね。

 

「……俺、時折お前が極悪人に見えるよ」

「右に同じく」

「あるぇ!? どうしてさ!」

「そりゃお前、『地獄に落としてやるよ!』って言いながら笑顔になられても……」

「過去稀に見る眩い笑顔だった」

 

 その言葉に周りもウンウンと頷くのでぐさり、と傷付いた。慣れと共に若干悪魔っぽく性格変わっていってるのでは……? あ、元からですか? そうですか……。

 いじいじしながら弁当をつついていると、ここ最近で聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「やぁ、兵藤くんはいるかい?」

「……ん? ありゃりゃ、木場クンじゃん。どしたの」

 

 最近では教室の外から、ではなくてわざわざ僕の席まで来るようになったよね、キミ。僕は別に構わないけど、悪友二人が殺気立つからタイミングは配慮してもらいたいかなー。

 

「部長からの伝言を頼まれてね。今日は、部室の方まで来てちょうだい、とのことだよ」

「ほいほい了解。わざわざありがとね」

 

 木場クンとの仲はボチボチ、と言ったところか。同じ部活で唯一の同性同士ってこともあって、好きな小説を勧め合う程度には。見た目に反して意外と渋い趣味しててビックリしたよ。

 

「いやしかし、お前がオカルト研究部になぁ」

「本来なら羨ましがる所なんだが……」

「観賞用の人達に紛れても肩身狭いだけだって」

「「これだからなぁ……」」

 

 これだからな、と言われてもな。実際に美男美女の中に紛れても、場違いたと息苦しいだけだって。いやホント。まあ僕の場合そうも言ってられない事情があるが。

 

 しっかし、まだ下積み中の僕を呼ぶなんて、なんかあったんだろうか……?

 

 

◆◆◆

 

 

「と、言うわけであなたにもこれから悪魔としての仕事を本格的に始めてもらうわ」

「あ、そういうことでしたか」

 

 短いけど下積みはこれで終わりというらしかった。意外と楽しかったんだけどな、夜中に自転車で駆け回るの。音楽プレイヤーがいい仕事してくれたぜ。

 ちなみに、普段あのチラシは部長達の使い魔が人間に扮して昼も夜も配ってるんだって。……いいなぁ使い魔。僕もいつか持てるんだろうか?

 

「もちろん初めてだから、簡単な契約内容なものからだけれど」

 

 まあですよね。それでいいし、それがいい。

 

「それではイッセーくん、魔方陣の中央へ」

「分かりました」

 

 姫島先輩に手招きされ、魔方陣の中央に立つ。……むむ、これはもしや、僕が魔方陣で召喚されちゃうとかそういう夢のあること? いいねぇ、これはワクワクする!

 姫島先輩が何やら詠唱をする傍らで、若干ウキウキの僕。平和平穏大好きとは言え、そういうのに心が踊らないわけじゃないからね、僕も男ですから!

 

「今回は、小猫に予約契約が2件入ったから、その片方を頼むわね」

「……よろしくお願いします」

 

 なるほど、両方行くのは難しいのね。……アレ、これ地味に責任重大じゃなかろうか? コレ、僕がヘマをしたら塔城サンの顧客も失うことに……。

 

「と、塔城パイセンの顔に泥塗らない様に頑張りまっす!」

「……先輩、変なものでも食べましたか?」

「あ、いや、緊張し過ぎてつい。それに悪魔のことなら塔城サンの方が先輩だから間違いではない気もするよ?」

「……気持ち悪い、却下」

 

 ぐっ、割とズケズケものを言うよね。嫌いじゃないけど傷付くわァ……。

 と、落ち込んでる間に、姫島先輩の詠唱が終わったみたいで、魔方陣が妖しく輝いている。

 

「……ふぅ。部長、イッセーくんの刻印を魔方陣に読み込ませました」

「ありがとう朱乃。さあイッセー、手のひらをこちらに」

 

 言われるままに左手を差し出すと、部長は僕の手のひらに指先で何かをなぞっている。……ははーん、コレあれだな? ついこの間説明されたばかりだから覚えてるよ僕。

 

 悪魔が魔力を使うとき、だいたい魔方陣を介して発動させるのだという。使う魔方陣は、今まさに僕が立っている魔方陣を絡めたもの。僕を含めた部長の眷属悪魔にとってこの魔方陣は家紋のようなものであり、契約をしようと悪魔を召喚する人間にとっての記号であり、力を行使する媒介でもある、ということらしい。とりあえず、身分証兼、魔力というエネルギーで回す万能回路って認識で大丈夫だろ。

 そんでもってその魔方陣を身体に書き込んで、魔力を通すことで起動する……と響きはお手軽だが、魔力の扱いが赤ん坊レベルの転生したての悪魔は、まず魔力のコントロールから始めるんだと。

 とはいえ、僕を召喚(もしくは転移?)なんて大掛かりな現象は、魔方陣でもないと使えないってことだろう。

 

 そして僕の予想通り、何らかの模様を描いていた部長の指が離れると、円形の紋様が光ながら僕の手のひらで浮かんでいた。

 

「なるほど、これが転移用の魔方陣ですか?」

「あら、先に勉強でもした……わけないわね、まだ下積みだけしかさせていないし。察しがいい、と言ったところかしら?」

「『魔方陣』『召喚のチラシ』『魔力の使い方』について説明されたこと覚えてたら、大方の想像はつきますよ」

「そういうことね。でもこれは転移だけではなく、契約が終わればこの部屋に帰還するためのものでもあるわ」

「なるほど……」

 

 なお、この察しの良さは勉強などには使えない模様。万年平均点って、一体どうなってんの……?(困惑)

 

「朱乃、準備はいい?」

「はい、部長」

 

 そして部長と姫島先輩が魔方陣から出て、中で突っ立ってるのは僕のみとなった。

 

「さて、イッセー。覚悟はできている?」

「もちろん! 一発目、バシッと決めてやりますよ!」

「いい返事ね、じゃあ行ってきなさい!」

 

 魔方陣が輝きを増して、視界が白い闇で包まれて…………。

 

 

 視界が回復すると、そこは小綺麗なアパートの一室のような……。

 

「……あれ!? 君、九頭龍亭のアルバイトくん!?」

「えっ嘘!? かえし増しストレート固めの常連さん!?」

 

 まさか、顔見知りに会うとは……!

 

 

◆◆◆

 

 

 かえし増しストレート固めの常連さんの名前は、森沢サンと言うらしかった。

 常連なのに名前覚えてないのかよとか言った壁の向こうのお前、仕事中に必要以上の無駄口叩けると思ってるのか。常連さんの中でも僕らに声をかけてくるガチ勢の方は、常連さんの中でもひと握りだっての。

 ちなみに平麺をよく頼むこの間の常連さんは、名前は知らないけど通称『ベル』さん。向こうからそう呼ぶように言われた。あの人マジでガチ勢だよね、食べる前から一目見るだけでスープの背脂の炊き込みの甘さとか見抜くもん。やべぇやべぇ。

 

「ここのところ店にいないなーって思ってたら、そういう事だったのか……」

 

 と、森沢さんがグラスにお茶を入れて僕の前に置いてくれた。あ、お気になさらず。え、知り合いを招くの初めてだから飲んでって? それなら遠慮なく。

 

「いやぁ、それがつい最近堕天使に殺されちゃいましてネ。今の主人がたまたま通りかかって悪魔に転生してくれなきゃ今頃あの世でしたよ! アッハッハッハッハッ!」

「笑い事じゃないと思うよキミ!?」

「でもドラマチックで面白くないですか? 契約営業の掴みにしようと思ってるんですけど」

 

 そう首を傾げて言うと、若干森沢サンが表情を陰らせて言う。

 

「……初対面の相手なら、冗談と受け取って笑い話になるかもだけれど、僕は無理かな。流石に知り合いがいなくなってたかもしれないってのは、ね」

「……なんか、ごめんなさい」

 

 話を聞くと、彼は昼間は公務員の仕事をしていて、真面目にやってきたそうなのだが、人との触れ合いが少なくて、悪魔の召喚をしたのだとか。ついでに九頭龍亭に来るのも、それが理由の半分だとか。

 

「仕事なんだろうけどさ、キミいつも笑顔で話しかけてくれるから、そっちでも救われてたんだよね。僕の好み覚えてくれてるし……」

 

 開幕で殺された話をした数分前の僕を全力でどつき回したい。

 

「とはいえ安心したよ。一応店長は有給で休んでるって言ってたけど、2週間も休むなんて、普通だとなんかあったと思うからさ」

「心配おかけした様で……」

 

 しかし、意外なところで人と人の繋がりはあるものなのだなぁ……あ、僕は悪魔だった。

 

「それで、今日僕は小猫ちゃんに来てもらうようにお願いしたんだけれど……」

「すみません、塔城サン人気みたいで、指名が被ってしまって。ここは一つ、顔見知りということでお目こぼししてくれませんか?」

「うーん……まあ、アルバイトくんだからいっか」

「ありがとうございます!」

 

 立ち上がり、深くお辞儀をする。案外、僕の運は捨てたものではなかったらしい。あ、殺されてることに関してはノーカンで。あんなの事故事故。

 

「ちなみにですけど森沢サン、小猫ちゃんを呼んでどんなお願いするつもりだったんですか?」

「ああ、実はコスプレをしてもらおうと思って……」

 

 そう言って彼が部屋の奥から持ってきたのは、パッと見どっかの女子高生の制服だった。

 

「……あ、それ暑宮シリーズの」

「そう、短門キユの制服……」

 

 ……代わりにできることがあれば、と思ったけど、それは流石に難しいかな。本職のレイヤーさん連れてこないと。

 

「アルバイトくん、短門は好きかい?」

「クールキャラは好きですけど、それ以上に夜水可子が好きです」

「理由は?」

「胸です」

 

 女性のどこに目が向くかと聞かれたら、僕は間違いなく胸、おっぱいだと答える。次点で尻、もしくは脚。

 ちなみに男が胸に目がいく理由は、猿の時の名残りらしいね。オスザルはメスザルのケツを追っ掛けてたけど、立つことによって、代用品として乳房が肥大化したと。つまりオッパイスキーは尻も好きなんだろうな、僕も嫌いじゃないよ!

 

「つまりは巨乳派、と」

「YES.貧乳も可愛いと思いますけど、並ばれたら僕は迷わず巨乳を選びます」

 

 しかし森沢サンのこのノリ……実に猥談コンビとのそれを彷彿とさせる。案外あの2人と合わせると思わぬ化学反応が見れるかもしれない。

 

「そういう森沢サンは貧乳派、と。なるほど、塔城サンにその服を着せようとした理由が分かる。身長足りてないですけど、雰囲気似てますもんね」

「ああ、だからこそ着て欲しかったんだけど、なぁ……」

 

 そうガックリ肩を落とす彼に僕はなんとも言えなくなる。流石に代わりに着る、とは言えないしねぇ。次に塔城サン来るまで我慢してください、としか。

 

「……えっと、僕にできることなら、ある程度は」

「うーん、そういえばアルバイトくん。名前は?」

「兵藤一誠です。親しいヤツはイッセーと呼ぶので、気軽にそう呼んでください」

「そっか、じゃあイッセーくん。僕に、何かご飯作ってくれよ」

 

 ……ご飯? ご飯、ですか。

 

「普通の料理とラーメンは大分毛色が違うけどさ、厨房にいるキミ、手際が良かったから。多分普通に料理も出来るんじゃないのかい?」

「まあ、多分一人暮らしの男よりは凝ったの作れますけど。よし、分かりました。そのお願い、承りましょう!」

「うん、ありがとう。冷蔵庫にある材料は適当に使っていいからね!」

 

 そう言われて、ウキウキ気分で冷蔵庫を開けて……愕然とした。

 

「(……食材、ほとんどなーい!?)」

 

 

◆◆◆

 

 

 ……意地とプライド、あと普段の習慣がそうさせたのか、今ある食材で一つ、作れそうなのを思いついた。

 

 お米、ある。

 卵、ある。

 だし醤油、ある。

 ザラメ……はなかったが、三温糖はある。

 冷凍刻みネギ、ある。

 七味、ある。

 

 手を洗って、それらの素材を取り出して、精神統一。

 

 最初に、コンロに火をかけて鍋で水を沸騰させる。ちゃんと蓋をして、早めに沸騰させよう。

 次に、お米を研いで3合を早炊でセットする。水は少し少な目の方が森沢サンの好みに合いそうだ。

 お湯が沸く前に、卵を4個取り出す。森沢サンから画鋲を借り、ケツの方に穴を空ける。

 そうしている間にお湯は沸いた。そこに穴を空けた卵を投入して、ケータイのアラームで6分セット。

 この6分の間に、隣のコンロで雪平鍋を使い、4倍希釈のだし醤油を水と1:3ぐらいの割合で適量投入。さらに三温糖も大さじ一杯くらい入れて煮立たせ、火を止める。

 これで卵が4分ぐらいか、シンクにボールを用意して水を張る。氷があれば良かったんだが、ないので水でさかっと洗ってから冷凍庫に入ってた保冷剤をその中に入れる。冷えてないと意味が無い。

 ケータイのアラームが鳴った、すぐ様卵をお玉で掬い、先程のボールに入れて冷やす。

 充分に冷えたとおもったら、スプーンを用意して卵をケツからぺちぺちと叩く。先程穴を空けたのは、剥きやすくするためだ。

 全体的にヒビが入ったら、ケツから殻を、薄皮ごと破くようにして取る。慣れてる人なら、そこからスプーンを滑り込ませてつるんと剥ける。

 そうこうしてるうちにご飯が炊けた。……早いな、いい炊飯器使ってるね。

お茶碗を棚から取り出して、適量盛る。そしてその上にさっきのゆで卵をのっけて、スプーンで割ってやる。するといい感じに半熟になった黄身が、トロォ……って白いご飯の上に拡がる。

 さて、ご飯の熱で黄身に火が入ってしまうのでここからはテキパキと。先程煮立たせたタレをカレースプーン3杯分ぐらい掛けて、刻みネギ、七味を掛ける。

 僕特製、半熟玉子飯の完成だ。

 

 さて、残ったタレと卵は……っと。

 

 

◆◆◆

 

 

「うまい、うまいねぇこれ!」

「気に入って貰えたようで何よりです」

 

 かき込むように半熟玉子飯を食べる森沢サンを見て、思わず笑顔になる。やっぱ、作った料理を美味そうに食ってもらえるのは何物にも代えがたい、作り手の幸せだよね。

 

「さて、今回のお代は……普通に300円ですか。なんか普通で店で売ってる気分になりますね」

 

 貸し出された端末を見て、思わずゲンナリである。

 

「そうだよ、これ九頭龍亭で出したら絶対売れるって!」

「いやぁ、ご飯と卵、原価率悪いんで……」

 

 ウチだと小盛ご飯を100円で提供しているんだが、元取れてるとは言い難いんだよなぁ。

 

「さて、そろそろお暇しましょうか」

「あ、そうか。契約が果たされたから。ありがとねイッセーくん。機会があったら、次もよろしく頼むよ!」

「ええ、いつでもお待ちしております! ……あ、後で冷蔵庫見てくださいね?」

 

 そう言って僕は帰還の光に包まれながら、くふふと笑みを浮かべるのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

「冷蔵庫を見てくれ、かぁ。どうしたんだろ?」

「……これは、タッパーと、メモ?」

 

『タレは違うので味は変わってますけど、味玉子を仕込んであります。多分朝ぐらいにはいい感じに浸かってると思うので、朝食に是非。今後ともよろしくお願いします。[兵藤一誠]』

 

「…………これは、ズルいなぁ」

 

 

◆◆◆

 

 

 




感想、批評、ダメだし、よろしくお願いします。


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その8

「…………という感じで、次からも契約して貰えるようにサービスをですね」

 

 翌日の放課後。部長に昨日はどうだったのかと聞かれたので、余すことなくマルっと報告しました、まる。

 そうすると、部長が何故か思案するような顔をしだした。……僕、なんかまずった?

 

「……ん? ああ、ごめんなさい。イッセーは良くやったわ。顔見知りなのを抜きにしても、新人とは思えないくらい」

「いやぁ、そりゃ僕も1年程お客様相手にラーメン作り続けてましたし……」

 

 結局のところ、やってることの本質は変わらないからね。代価を貰って、サービスを提供する。貰うのがお金なのか他のものなのか、提供するのがラーメンなのか他のものなのか、という違いはあるけど。

 ぶっちゃけラーメン食べたければ、近くのコンビニに駆け込んでインスタント買えば食える。手間を惜しまないなら、スーパーで中華麺と中華だしの素、あと好みの具材を買えばそれっぽいのは食える。そして、学食のラーメンでもない限り、間違いなく外で食べるラーメンよりも安上がりだ。まあ、元取るために人件費の他にもサービス料上乗せしてるだろうからね。材料の発注してると、如何にぼってるかが分かる(但し、一部メニューは原価スレスレだったりもするゾ!)。

 ラーメン屋に必要なのは、()()()()ここのラーメンが食べたいんだ、という環境を作ることだ。それが味なのか、提供速度なのか、サイドメニューなのか、店員の態度なのか、内装なのか……上げていけばキリがないが、そういったあらゆる要素を以て代金以上の満足を作り出すことだ。そうすることで、ようやっと店が成り立つんだ。

 

 同じことが、間違いなく僕ら悪魔の契約にも言える。

 頼み事するなら別に悪魔でなくてもいい。コスプレしてもらいたいならレイヤーさん雇えばいい、ご飯食べたいなら出前を取ればいい、出会いが欲しけりゃ出会い系サイトに登録すればいい、それがいやなら結婚相談所いけばいい(まあ余程困った時の願いはそうも言ってられないかもだけど)。そもそも悪魔になんか頼むのって、困っていても、どうしようもなくても、普通の感性してたら怖いはずなんだ。

 ()()()()悪魔に頼みたい、願いを叶えて欲しい、という強みがなくてはならないんだ。

 

 とはいえ現状、僕に『悪魔』としての強みはないも同然。なので『僕個人』の強みを生かすことで、満足させるという方向に持ち込むしかなかった。それも相手が森沢サンだったからなんとかなったようなもんだ。……部長は褒めてくれたが、これはまぐれだ。あるいは部長もそれに気がついて、微妙な顔をしたのかもしれない。

 

「もう、そんなしかめっ面しないの。勝って兜の緒を締めよって、この国のことわざにはあるけれど、誇るべき所はちゃんと誇るべきだわ。どうあれ、あなたは依頼人を満足させたのだから。ほら、これを読んでみなさい?」

 

 紙を渡されたので、読んでみる。これは……アンケート? 『悪魔との契約は如何でしたか?』って……。

 

『誰かが自分のために作ってくれたご飯が美味しいものだったことを思い出させてくれる、最高の時間でした。イッセーくんにはまた、お願いしたいと思います』

 

 率直に、涙腺が緩みそうである。

 

「少なくとも、満足度ならベテランともいい勝負よ。自信持ちなさい」

「はいっ!」

 

 元気よく、返事をする。反省、というか振り返りはちゃんとしたから喜ぶべき所は喜ばないとね!

 

「ところで、イッセー。実際のところ、あなたの……というより、あなたの所のラーメン屋はどれ程のものなのかしら?」

 

 若干目がギラつき始めた部長に少したじろぎつつ、客観的にどうだったかなぁ……? と頭を回す。

 

「……系統でいうなら、味よりも腹で満足させるラーメンですね」

 

 基本的に、ウチの1杯が他所の大盛りに相当するぐらいの量と言えば伝わるのだろうか? スープ自体は豚骨白湯で、こってりだけどもそこまで苦しくはないはず。だがそこにかえしと一緒にいれる背脂がこってり度をガン上げしてくるので、女性はキツいのは間違いないな。実際女性客多くはないし。味も悪くないよ?

 

「……『外食ログ』で★4.2。食後の満腹感は最高、脂の量は店員が聞いてくれるので調整が利く、トッピングとサイドメニューが豊富、ソフトクリーム美味しい、等」

「え、塔城サン?」

 

 なんて言ったものかウンウン唸ってると、隣で塔城サンが『外食ログ』をスマホで検索して表示してた。あれま、意外と人気なのねウチの店。

 

「……低評価意見、店員の目が死んでるのに明るく対応してくるので気持ち悪い、やはり脂っこい、つけ麺がメニューにない、厨房から焦げた匂いがする、焼き餃子がメニューにない、等。基本的に、脂っこい以外では味の面では高評価、です」

 

 ああ、目が死んでるのは多分中村サンだな。次の日も出勤だからって店で一晩明かすとかやってるし。(店長のために)シャワーもトイレも洗濯機も付いてるから、寝る時に横になれない以外はなんとかなるもんねぇ。つけ麺は無茶言うなと言いたい。焼き餃子に関しては焼き野菜とチャーハンでコンロがいっぱいいっぱいなの……水餃子で許して?

 

「……あと、個人的な感想としては、財布には厳しいですが、普通に美味しいです」

 

 あ、そういや塔城サンには賄いラーメン上げたんだっけ? 自分用の味付けしちゃったけど、美味しいと言ってくれて安心した。

 

「ふむ……(新規事業としては悪くないわね)

「え、なんです?」

「なんでもないわ……今は、ね」

 

 ……小声で聞こえた中身は聞かなかったことにしたい。血迷ったと投げ捨ててくれないかなぁ……。

 

 

◆◆◆

 

 

 そしてこの日の夜の依頼者はミルたん……いやマジでそう名乗ったというか、一人称が『ミルたん』だったというか。いやぁ、すこぶる強烈な御仁だった。多分あれを一言で表すなら『漢の娘』だ。世紀末覇者がミルキーのコスをしていたのだから(ミルキーとは、アニメ『魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブ』の主人公である……断じて世紀末覇者のような漢の娘ではない)。

 

 なお、その依頼内容は、

 

『ミルたんを魔法少女にして欲しいにょ』

 

 という内容だった。思わず素で『異世界にでも転移したらいけるのでは?』と言ったが、それはもう試したとの事。……嘘言ってる気配はないから、余程自分を騙すのが上手い方なのか、それとも本当のことなのか。どちらにせよ、現状で僕よりもファンタジーしてるんじゃなかろうか?

 

 しかもその願いを端末で入力すると、この人では無理だっていう。僕の力量云々じゃないところで引っ掛かられるとマジでどうしようもない。

 そこで僕は懇切丁寧にその事を説明した上で、教材なら取り寄せられるという旨を伝えた。あと魔法を使えない原因を、僕の方でも勉強しながら探っていくとも。誠実な対応が功を奏し、定期契約を結ぶことに。やったぜ。

 

 なお教材『スライムでも分かる初級魔法』の取り寄せに対する代価はミルキーのDVDボックス初回限定版だった。視聴用、観賞用、布教用で3つ揃えたのだとか。僕はそのうち布教用で保管していたのを代価として徴収することに。ミルキーは僕もたまに見ていたので(魔法少女とは思えない熱い演出が割と好きである)、どうにかして部長から貰えないかなーと思ったのだが、いつもの如く警鐘が鳴って調べてみると、オークションでウン十万ぐらいのプレミアになってた。しばらくするともっと跳ねるかもしらん。……恐るべし、ミルキー。

 

 しかし僕の召喚者二人とも、サブカル好きだね。僕もその手のはある程度は手を出してるので置いていかれない程度に話はできるが。……なんか、召喚者とあった悪魔が呼び出されるのが基本らしいので、これからの依頼者はサブカル好きで固まってるのかもしれない。……まあ、眷属同士での仕事の奪い合いがないということで、良いように捉えよう。

 

 そんなこんなで次の日の部活で褒められたし、いいスタート切れてるんじゃなかろうか? その事が恐ろしくある。だってこれアレだろ? どっかで心折られるパターンだって。

 

 というわけで、表の部活も終わったので解散! 早く帰って僕も貸し出してもらった『スライムでも分かる初級魔法』読まないと。ついでに『新人転生悪魔でも分かる魔力講座初級編』も。そんな感じで気分だけはルンルンと歩いてると、

 

「きゃう!?」

 

 と背後から声がした。

 振り返ると、どう見てもシスター服を着た女性が、顔を路面に突っ伏して転がっているではないか。今どきにしては奇妙な転け方をしてますな、漫画でもあまり見ないぞ昨今。

 

 これ、助けてもいいものなのだろうか? 悪魔ってバレて殺されそうになるとかないかな? お互いに。

 ……危険な目にあうのと見捨てる後味の悪さを天秤に掛けて、後者に傾いた。まるきり善意と嘯いたら許してくれないだろうか? 悪魔としては失格かな?

 

「大丈夫ですかシスターさん?」

「うぅ……なんで転んでしまうんでしょうか……? ああ、すみません。ありがとうございます……」

 

 ふぅむ、声からして思ってたけど、顔見るとえらい若いな。ついでに観賞用レベルの美少女だった。エメラルドの様な目と、少し溜まっている涙が、並の男ならハートにバキュゥンされてる事だろう。なお現在僕は彼女の胸に輝くロザリオを見て命の危険的にドキドキしております、死にそう()。

 ……というかあかん、嫌な予感が警鐘鳴らし始めた。多分僕らと同じぐらいで、その上でシスターって、僕には『孤児』とか『捨て子』とかチラついてしかたがないんだが。

 とりあえず風が強いので『ヴェール飛ばないように気を付けて』とも添えて、手を引っ張って立たせてあげた。

 

「旅行……には見えないね。こんな辺鄙な街に十字の方と会うのは久しぶりだ。もしかして、今廃教会になってるところに来た方かな?」

 

 そう、この街にも教会があっ『た』。過去形だ。確か、昔お隣に住んでた家族がクリスチャンで、彼らが引っ越してから教会も廃教会になっちゃったみたいな話を母から聞いた気がする。

 

「あ、はい。実はそうなんです。あなたはこの街の方なんですね……これからよろしくお願いします」

「あ、あはは……うん、よろしくお願いします」

 

 教会なんて死んでもお世話になりたくないなぁ今となっては! ……お隣さんに再会したら嫌われちゃう? 厄ネタ転がってて草も生えないよ。

 

 ……しかしおかしいな。人事異動にしたって、普通こういうのって日本支部みたいなところでどうにかするんじゃないのか?このシスターさん、目の色と顔の形からどう考えたって日本の血混じっとらんし。それに、『廃教会』だぜ? ……やーな予感が拭えないよ。

 

「この街に来てから困ってたんです。その、私って日本語上手く喋れないので、道行く人皆さんに言葉が通じなくて……」

「あぁ……」

 

 日本人マジそういうところ冷たいよね。でも昨今ならスマホでなんとかなったりするもんだから、僕は声掛けられたらボディランゲージとスマホ駆使して対応してる。

 しかし、悪魔になってそれも必要なくなった。それが今、恐らく欧州系の顔してるシスターさんと会話できてる理由だろう。

 悪魔になった特典で、悪魔の話す言葉は聞き手の1番馴染みのある言語で聞こえ、僕が耳にする言葉は、僕にとって1番馴染みのある日本語で聞こえるようになると教わった。実際英語の授業では先生の話す英文が日本語に聞こえて戸惑ったものだ。……悪魔の話す言語って、もしかしてバベルの塔が崩壊する前の統一言語だったりするのかな? いやいやまさか……。

 

「……とりあえず、廃教会の場所なら分かるよ。案内しようか?」

 

 とりあえず、廃教会なら行っちゃっても大丈夫だろう、と判断して案内することにした。だってここでバイバイは流石に可愛そうだ。

 

「本当ですか!? ありがとうございます! これも、主のお導きなのですね!」

 

 …………だから、さっきからうるさくて鳴り止まない警鐘は黙っててくれ。僕を怖がらせないでくれ。



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その9

原作と違う点
→兵藤一誠の悪意
→兵藤一誠の場馴れ
→兵藤一誠に対するレイナーレの殺意と怒り
→レイナーレが『聖母の微笑』を手に入れる理由の変化


「(……ああ、やっぱり)」

 

 僕は現在進行形で死地に向かってることを、警鐘以外の面で確信した。

 時間は日が暮れようかというぐらいの時間帯。まだ人通りはあって然るべきだし、気合いの入った小学生が走り回って転んでる位はしていてもおかしくない。

 

 だというのに人通りが全くないって、これ堕天使が現れる予兆だよね? 僕ら2人以外にいたのが、何処かに飛んでく黒い影だけって時点で察して欲しい。それに、酷く息苦しくて仕方がない。シスターさんが僕の様子を訝しんで『大丈夫ですか?』と聞いてくるが、全く大丈夫じゃなかった。

 

 案内を少し遠回りしながら考える。僕の勘が正しいのなら、今僕の後ろを某有名使い魔栽培ゲームのアレみたいに着いてくる彼女は、あまり知らないのだと思う。

 しかし多分、廃教会にいるのってもしかして堕天使一味だったりするんじゃなかろうか? そうなると、不自然な人事も納得がいくんだよ。

 

 ……正直、僕もうここで見捨てて逃げていいと思う。見知らぬ誰かのために命かけるとか、馬鹿みたいだし、そんな義理もない。自分のことが可愛い云々の前に、僕の命はもう僕のものではないんだからね。『シスターの手助けして死にましたー』とか悪魔としてアホもいいところだ、やめやめ。逃げよう逃げよう。

 …………と、ならないのが、僕の阿呆たる所以なんだろう。悪友から『ノータリン』と呼ばれる程度には、脳味噌が足りてなかった。もしかしたら、この状況に酔ってるのかもしれない、お姫様を助ける騎士ムーヴって? ……言っといてアレだけど、ねーわ。

 とはいえ、学校に向かうように歩いていて良かった。あそこにはまだ人がいて、もしかしたら主人と眷属の誰かがいるはず。

 

「……時にシスターさん。君は、堕天使という言葉に耳馴染みはあるか」

「………っ!」

 

 その反応はビンゴか……あーヤダヤダ、警鐘さん仕事し過ぎ。

 

「僕が思うに、君みたいな人畜無害そうな女の子と堕天使と接点があるように思えないし、堕天使達にまともな扱いされるとも思わないんだよ。だから切実に、今から逃げるかお寺か神社に駆け込むことを強くオススメしたいんだけど」

 

 

 

「あら、ダメよそんなこと」

 

 

 

 横切るために通った公園の中。まるであの日の再演か。鳴り止まぬ警鐘とは裏腹に、僕の心臓のドキドキは驚く程治まっていた。

 

 シスターさんを庇うように振り返れば、そこに居たのは口元を包帯でグルグルと巻いている、目付きの鋭い女性で……堕天使。僕の思ってる存在なのだとしたら、随分と寝れない夜を過ごしたらしい。声からも、僕に対する怒気が抑えられていない。いやこれはむしろ……殺気というヤツではなかろうか?

 

「あ……だ、堕天使様……」

「この日を、この日を死ぬ程待ち侘びたわ……。アザゼル様の寵愛を得ることばかり考えてたのが嘘みたいに。最近の私は、もうそれだけしか考えられなかったわ。今の私には、あなたのそれがどうしても、欲しい。あなたなら、言ってる意味が、分かるわね?」

「ひっ…」

 

 背後のシスターさんを睨む、女性堕天使の濁った目は……多分、欲と憤怒で汚れ切ったそれなんだろうなぁって。どこか他人事のように感じてしまう。

 

「だというのに、時間には来ない、グズな子だと聞いていたからなんとか自分を騙せたけど、あまりにも遅かった。待ちきれなくて、探しに出てみれば…………またお前か……また、お前かァ…………兵藤一誠ェェエエ工ッ!!」

 

「ていっ」

 

脚を払って蹴飛ばす。真夜中トラブルで身についた喧嘩殺法の1つだった。不意をつくと人外相手にも有効なのね。イッセー覚えた。

 

「さあ逃げろシスターさん! そこの出口を出て表通りの道を右に走り続けたら、左手に大きな校舎がある! そこで『兵藤一誠を助けて!』とでも叫べば事情を知ってる人が何とかしてくれる!」

「で、ですが……!」

 

 まごつく彼女に、言葉を重ねた。

 

「僕は詳しいことはよー知らん! でも、なんか今の反応からして君の命も無事では済まされる感じではない! 死にたくなければ逃げてくれ!」

「でも、こんな私が……!」

 

 何かに怯える彼女に、また言葉を重ねた。

 

「詳しいこと知らないと言っているッ! いいか、僕は神様なんか信じちゃいねェ! 苦しい時に助けてくれもしなかった、死ぬ間際に手も差し伸べてくれなかったお天道様なんかコレっぽっちもご利益なんてなかった! それでも救ってくれたヒトがいた! だから今度は僕の番だ、僕にお前を救わせてくれ、シスターさん!」

「だからァ、ダメだと言って ──────」

 

 ゆらりと起き上がった気配、着地狩りをするように振り返って、左腕を振り抜いた。いつの間にか装備されていた龍の手が、堕天使の口元を打ち抜いた。

 

「だァってろ堕天使が! 行けよ、行ってくれシスターさん!」

「ぜ、絶対に助けを呼んできますから……!」

 

 ……よーし行ってくれた。途中でまた転げないか心配だけど、多分大丈夫と信じたい。ほら、シスターさんが学校着かないと多分僕もお陀仏だろうし? あ、お陀仏ってそりゃ仏教だったな、イッセーくん反省。

 

 さて、イチバチの賭けではあったが、上手くいったようだった。もし飛んで、シスターさんを追い掛けられたらどうしようかと思ったけど、余程彼女は僕にキレていたらしい、またもゆらりと起き上がったその目は……昏い炎を宿してるかのような、その憤怒に染まった目は、僕をこれでもかと睨みつけていた。

 

 そうそう、僕あなたに会えたら言ってやろうと思ってた言葉があるんですよ。

 

「ところでアンタ、誰?」

「────────────」

 

心底不思議そうに、首を傾げて言ってやった。想定外のことに怒りすぎて、まるで無の様な反応だ。あ、無ではないか。だってケータイのバイブレーションみたいにブルブルブルブル震えてんだもの!

 

「いやぁ、僕悪魔に転生したから、堕天使と会ったら襲われるとは思ったよ? 実際男の堕天使に襲われたし。でも女の堕天使に、昔からの宿敵みたいに名前を呼ばれても、いまひとーつピンと来ないんだよね? いやほんと、アンタ誰です?」

 

 ああ言ってやった、言ってやったぞ! 人間としての僕の命を終わらせてくれやがった、あの天野夕麻と名乗ったアンチクショウに言ってやったぞ!

 今からまた殺されることになったとしても、仕方ないと諦められそうだと思える程度に、スッキリした!

 

「こ、ここここ、ころ、」

「ん? もしかして君、元カノちゃん? あら久しぶり、随分と様変わりしたから気が付かなかったよ。え、なに、イメチェン?」

「殺すッッッ!」

 

 これ以上ない殺気と共に放たれた光の槍は、僕の脇腹をかすり、その一部を抉りとった。多分、また腹を刺すんだろうなって思ったから、なんとか避けようとしたけど、やっぱり持っていかれた。すっげぇ痛い。息もできない様に錯覚する程に痛い。悪魔にとって、光は毒なんだと再認識した。

 

 けれど、けれども、今ここにいるのは、どうしようもなく、僕のカモだった。

 

 今目の前にいるのは、刃物振り回す酔っ払いと大差ない。そりゃあ僕は死に体で、雑魚で、神器もありふれたものでしかないけども。でも、どうしようもなく、カモだ。感情に振り回されて、まともに戦えなくなってるような相手なんて、避けることに徹すれば時間なんて幾らでも稼げる。え、一発くらってるって? そこはまあほら、うん。

 

「ああそうか、僕が元カノちゃんの唇噛みちぎっちゃったからかァ! ぎゃはははは、ざまーみろ! その僕を見下しやがった澄ました顔を歪めてやりたかったんだよ、殺してくれたんだからお互い様だよなァ!」

「ひょぉおどぉぉおいっっせぇぇええええッ!」

 

 あはは、痛い、笑える、あはは、くそ、また刺された、あは、赤いのが漏れてる、見下してた癖に、あは、痛い、あは、力抜ける、あはは、あははははははははははっ!

 痛みと、生命の危機と、愉悦感で笑みが零れて仕方がない! でも、避けて、刺されて、殴っての繰り返しが止まらない!

 

「アンタも残念だったよなァ……危険視して殺した相手から出てきたのは『龍の手』! 掃いて捨てるほどのありふれた神器なんだってなァ! そんな相手に自慢のお顔台無しにされた感想聞かせてくれよ、なァ!?」

「殺す! 殺す殺す殺す殺す、殺すッ!」

「グッ……くく、くはは、あははははっ!」

 

 また腹部に深く、突き刺さった。学習しないねぇ僕も…………お前もッ!

 

「じゃあ、がフッ……僕な、りの慈悲、ってのくれ、てやる……! その口、二度と開かずに済む、ようにして、やるさ!」

『Boost!!』

 

 抱き寄せるために使っている左腕から、力強い音がした。恐らく、倍化する合図。全身に漲る力を、右手に集中させた。

 口から赤が漏れる。鉄の味でいっぱいいっぱいだ。でも、悪くない気分だ……自分を台無しにしてくれた相手を、これから台無しにする気分というのは。

 

 さて、口を使わなくて済むようにさせようと思ったら、何を潰すべきか。そう考えて、僕は右手で元カノちゃんの喉に爪をたてて、掴み、引きちぎった。

 

「 ────────────ッッッ!!!」

 

 音ににならない叫びが響き渡った。突き飛ばされて、僕の身体は無様に公園内を転がって、その跡を赤く染めていく。

 それでも、それでも、笑って、立ち上がる。悪魔になって頑丈になったからなのか、光以外のダメージは、さして大きくはなかった。いや、血はダラダラと垂れ流してるので今にも力が抜けそうなんだけどね。

 

「あはっ……ほら、もうこれで喋らなくていい」

 

 ついでに、頸動脈もやったから致命傷だろう。殴っても傷があんまりついてなかったから、右手の爪の『貫通力』に力を寄せれて本当に助かったし、その判断は正解だった。僕の神器は、ありふれたはずの『龍の手』は、それでも僕に、可能性を掴ませてくれた。

 

 ああで、も……僕ももうダメ、かも、ね……ごめんなさい、ぶ、ちょ………………

 

 

 意識が、また闇へと落ちていく…………。

 

 

 




魔力が原作イッセーよりも多かったからダメージも少なかったし、場馴れしてたから2倍だけで戦えた……と言い訳をしておきます。どうしてこうなったんだろう……予定と違う……。

……神器、覚醒してないけどいいよね!()


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その10

◆◆◆

 

 

『僕はただ、普通(あたりまえ)になりたかったのです』

 

 

◆◆◆

 

 

 奇跡的なことに、僕はまた生き延びることが出来たらしい。身体中穴だらけだったはずなんだが、一部の痣を除いて全部塞がっていた。

 目覚めた場所は病院で、意識が戻ったのと同時に父さんと母さん……あと例のシスターさんが駆け込んできた。おいおいと泣かれて、すごくいたたまれなくなった。申し訳ない。

 どうやら、僕は『シスターさんを守るために暴漢から体を張って、その末で打ちどころが悪くて昏倒したのだ』という設定になってた。多分、そうしたのは部長なんだろうと思う。でも打ちどころが悪くて3日も昏睡ってあるのか……いや、植物状態とかあるしな。

 

『無茶をしないでちょうだい』と、母さんに泣かれた。

『男らしくて誇らしいが、肝が冷えた』と、父さんに怒られた。

『本当に無事でよかった』と、シスターさんに泣かれた。

 

 検査して特に問題がなければ、明後日には退院出来るのだそうだ。……どういうことなんだろう? どんな奇跡が起きたんだろう? 頭が回らない。

 

『心配かけてごめん』とだけ言い残して……力尽きた。まだ、疲れていた。

 

 次に目を覚ますと、窓からは夕日が射していた。

 僕が横たわってるベッドの側で座っていたのは、部長だった。

 

「気がついたかしら?」

 

 顔は微笑んでいたが、目が笑っていない。強ばっていた。

 身体を起こそうとして、止められる。安静にしろとのことだった。

 

「聞きたいことが、沢山あるわ」

「でしょうねー……」

「それでも、最初に言う言葉は決めていたの。…………本当に、無事でよかったわ」

「……腑甲斐無い下僕で、本当に申し訳ないです」

 

 本当に、悪魔として腑甲斐無い。シスターさん助けて死にかけるとか、もう本当に。後悔はしてないけど、反省はしなきゃだろう。もっとも、リストラされなければ、だけど。

 

「僕は、リストラですか……?」

「バカ言わないでちょうだい。あなたは、私の唯一の『兵士(ポーン)』なんだから……」

「……ポーン? チェスですか?」

「そうね、そんなこともまだ教えられてないのよね……ちゃんと教えるから、今にも捨てられそうな仔犬の様な目をしなくても大丈夫よ。でも今回のことは二重の意味でやめて頂戴。私も心配したし、心情的な面を抜きにしても危ない橋を渡っていたのだから」

 

 そんな目をしていたのか……想像以上に不安だったのか? ……不安だったのだろうね、恩人に失望されるのは、怖い。

 しかし危ない橋、とは?

 

「堕天使が何かコソコソと私の領土で何かの準備をしてるのに気がついていたわ。それを踏まえた上で、放置していたの。現在、天使、堕天使、悪魔の三陣営は冷戦中という話はしたかしら?」

「……チラッとだけ」

「ならやっぱり私の落ち度ね。今この三陣営は停戦状態であり、だからこそ迂闊にあの堕天使達を潰すわけにはいかなかった。何かの準備というのが、堕天使全体の計画だった場合、何かの拍子でまた戦争が始まってしまうもの。いずれはそうなる相手とはいえ、今は時期尚早。今回はたまたま一部の堕天使による暴走だったから良かったものの……ってことよ」

「う、うわぁ……」

 

 え、これ一歩間違えてたら大戦犯としてその名前が後世に刻まれてたパターンですか……? 一気に汗がダラダラと吹き出すと同時に、自分の悪運の良さが半端ないことに感動した。

 

「今回のことは実際に問題がなかったことと、私の判断を仰げない状況にあったこと、それと私が説明責任を果たせてなかったことで不問とするけれど、次からはちゃんと私に相談しなさい。そうでない場合は、自分の立場を考えて行動すること。分かった?」

「分かりました、部長」

 

 と、ここで説教フェーズは終了したらしい。少し部長の表情が柔らかくなったことで、僕の強張りも幾分マシになった。

 

「まず、先に現状確認するために説明をするわね。もう聞いているかもしれないけど、兵藤さん達や学校含めた表向きには、女の子を庇い、暴行の末の昏倒ということで処理したわ。実際、外れてはいないみたいだし」

「ありがとうございます。……いや、なんというか、すげぇ恨まれてたみたいで。僕を殺した堕天使から」

 

 そう言うと、微妙な顔をしつつも『納得がいった』と言わんばかりの表情をした。何故に?

 

「……イッセーを悪魔に転生したあの日、あなたは原型をとどめてない程に、ぐちゃぐちゃにされていたわ。……一体、何をすればここまで恨まれるものなの?」

「あー、なるほど。いえ、その日デートという名目で出掛けてたんですけど、その最後で『死んでくれないかな?』なんて言われて、実際腹にぶっ刺されたもんですから、最期に仕返しぐらいはしてやろうと、唇を噛みちぎってやったんですよ」

「………………そう」

 

 幾ら仇敵にあたる堕天使とはいえ、同じ女性として思うところはあるのだろう、少し同情の色を孕んだ返事だった。

 

「あなたの怪我については、あの子が治してくれたわ」

「……そんな力があったんですか、あのシスターさん。そう言えば、よくあのシスターさん追い出してませんよね? 普通に仇敵なのでは?」

「それ、あの子を全力で守ろうとしたあなたが言えたセリフではないわよね。大丈夫よ、取引……というよりは提案をして、受け入れてもらったから」

「提案、ですか」

 

 大丈夫なんだろうか、悪魔に取引持ちかけられるシスターさんって。もっとも、あの子ワケありっぽかったしなぁ……。

 

「その辺の説明は……私が先にするべきではないわね、あの子から聞いた方がいいわ。あの子の名前も」

「分かりました」

 

 次会ったら、まずお礼を言おう。まだ生きていられてるのは、間違いなくあの子のお陰だ。じゃないと、天野夕麻を名乗った元カノ堕天使と相討ちになっていただろうから。

 

「……あ、そう言えば、あの堕天使は?」

「あの子に呼ばれて私が来た時には、既に事切れていたわ」

「そう、で、すか……」

 

 今になって、実感が追いついてくる。僕は、命あるものを、殺した。殺して、しまった……。

 

 仕方ないじゃあないか、と思う。のだが、やはり割り切るには、堕天使が人間に近すぎた。

 

「気に病むことはないわ。それに、いずれは慣れなければいけないことよ」

「……そうですか、なんとかします」

 

 そう、慣れなければならないということは、『普通(あたりまえ)』ということだ。人間にとっての普通でなくとも、悪魔としての普通ならば……耐えられる。

 天使と堕天使を殺すことは『普通(あたりまえ)』、命のやり取りをすることも『普通(あたりまえ)』。

 何度も、暗示をかけるように呟くことで、若干気分がマシになった。まだ慣れないだろうけど、ちゃんと当たり前にしてみせる。甘えは許されない。

 

「……今はこんな所かしらね。まだ疲労も抜け切ってないだろうし、また明日にするわ。ちゃんと、安静にしていること」

「了解です」

 

 そうして部長は立ち上が…………らない。何かを迷った表情で、僕を見ている。な、なんだよう、そんな綺麗な顔で見られても『わーい観賞用だー、眼福眼福』としか思えないぞぅ!

 

「……ねぇイッセー。どうして、あなたはあの子を助けたの?」

「…………?」

 

 しばらく待っていると、投げかけられたのは、そんな問だった。意図が掴めない。

 

「あなたは私に真実を告げられてから、これ以上なく冷静で、自分の立場を理解して、立ち回っていた様に見えるわ。少なくとも、自分から愚かな振る舞いをしようとはしなかった」

「うーん……まあ、そうなるんですか、ね?」

 

 自分から馬鹿なことをするやつは稀だろう、と思うのですけど。少なくとも、そんな馬鹿ではない……と思いたい。

 

「そのうえで、あなたはあまり精神的に強いとは言い難いのも知っている。理不尽と変化に苛まれて、耐えきれなくて泣いたあなたを、私は知っているわ」

「………………」

 

 そう言えばそんなこともありましたね。遠い昔のように思えます。……ぶっちゃけ思い出したくのうございます、ビービー泣くとか黒歴史なので。

 

「だからこそ不思議で、不可解なの。あなたがお人好しなのを加味しても、あなたは自分の行いの危うさに気がついた筈よ。しかも、眼前には格上であろう堕天使。あの子を助けるにしても、一緒に逃げようとは思わなかったのかしら?」

「うーん、どうなんでしょ? なんか随分と部長は僕のことを高く評価してくれてるみたいですけど、友達からは『ノータリン』と言われちゃうような、考えたりてない系の男子ですよ?」

 

 おどけてそう答えると、睨まれる。真面目に答えろと、雰囲気が物語る。……態度はともかく、大真面目なんだけどな。

 

「……分かんないですよ、本当に。ただ、僕はずっと、自分の思う『普通(あたりまえ)』をし続けてきただけですから」

「当たり前……?」

「はい」

 

 本当に、それだけの話なんだ。

 

「恩人に救われたら、その恩に見合ったお返しをするのが『普通(あたりまえ)』です」

「自分の思うかっこいいヒトになりたいという思いも『普通(あたりまえ)』です」

「困ってる誰かの力になりたいと思ってしまうのも『普通(あたりまえ)』です」

「心の狭いヒトに見られたくないのも『普通(あたりまえ)』です」

「ムカつく相手に仕返しをしたいという気持ちも『普通(あたりまえ)』です」

「何をやってもいい相手にやり過ぎてしまうのも『普通(あたりまえ)』です」

「それだけの話です。僕はただ、『普通(あたりまえ)』になりたかったのです。何をやっても『普通(へいきん)』っていう『異常』を塗り潰せる以上の、個性ある『普通(あたりまえ)』になりたいんです」

 

「ああ、だからと言って心情をおいてけぼりにして、当たり前に固執する様なヒトと思われては困ります」

 

「あなたに救われて、恩を返したい思うのは僕の心だ」

「あなたのように、誰かを救いたいと思うのは僕の心だ」

「誰かが困ってたら目をそらすことが出来ないと思うのは僕の心だ」

「少なくとも、出来ることから逃げて心が狭いと思われたくないのは僕の心だ」

「僕を殺してくれやがった女に仕返しをしたいと思ったのは僕の心だ」

「僕を殺したんだから、何されても文句言えないだろって思ったのは僕の心だ」

 

「僕の心に準じて、当たり前と思ったことをやった。本当に、それだけの話です」

 

 そう言い切ると、部長はなんだか泣きそうな顔をしていた。

 

「……あなたの渾名、『異常な普通』って言うらしいわね」

「気に入ってるので、自称もしてます」

「本当に、ピッタリね。……本当に」

 

 そう言って、部長は立ち上がって『また明日来るわね』と病室を後にした。

 

 一人になった病室で、独り言が漏れる。

 

「当たり前、当たり前、当たり前、ねぇ」

 

僕を救ってくれた、あのヒトのことを想うのも…………

 

「……いいや、それは違うな」

 

 そんな気持ちはあってはならない、あのヒトをそんな風に見てはならない。それが、『普通(あたりまえ)』。観賞用、観賞用っと…………。

 

 だけど何故だろう、妙に悲しかった。

 

 



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その11

 色んなヒトにお見舞いしてもらいながら、無事僕は退院。通学も問題なかったのでそのまま学校に……とはならなかった。いや学校行くには行ったんだけど、真夜中の学校……つまり、悪魔の時間ですよ。

 呼び出されて向かったオカルト研究部の部室の引戸を開けると、いろんな意味で全員集合だった。

 

『無事で何よりですわ』と姫島先輩は胸をなでおろしていた。

『こんな無茶をするなんて意外だったよ』と木場クンは何処か呆れ顔だ。

『…………』と、無口な塔城サンは芋羊羹を差し出した(それお見舞いの品にあった気がするぞ……?)。

『退院おめでとう、イッセー』と綺麗に微笑みつつも、部長はあの日から何処か影のある表情で僕と接してくる。

 

 そして、何よりも僕を驚かせたのは…………

 

「あ、あの……お久しぶり、ですぅ……」

「……いや、キミお見舞いに来てたからお久しぶりでもなんでもないじゃん」

「そ、そうですね、えへへ……」

 

 照れたように笑う『元』シスターさんがいた。何故元シスターさんなのかって言うと……シスターさんの背後から、『悪魔』の翼が生えていたから、だ。部長がいう提案とは、こういうことだったらしい。

 …………今、ものすごぉく頭が痛い。

 

 だがそれを無視して聞くべきことと、言うべきことが、僕にはある。

 

「シスターさん、名前を教えてくれないかな?」

「あ、はい! 私はアーシア・アルジェントと言います。アーシアと、呼んでください」

「ありがとうアーシア。僕の名前は兵藤一誠。親しいヤツはイッセーと呼ぶよ」

「では、イッセーさんとお呼びします」

 

 ……なんだろう、この子の背後で尻尾がブンブン振れてるのが幻視できてしまう。嬉しかったのかな? そうなら、まあ悪い気はしない。

 

「本当にありがとうアーシア。キミのお陰で、僕はまだ生きていられる」

「そ、そんな……私の方こそイッセーさんには」

「あ、それはもうお見舞いの時にめっちゃ聞いたからキャンセルで」

「も、もう! いいじゃないですか!」

「ウケケケケケ! お互いに命の恩人ってことでいいじゃんかよ」

 

 本音を言うと、その、恥ずかしいんだよ。美少女が面と向かってお礼言ってくるとか。まるでギャルゲーだね! フラグ建てた気もするが残念、兵藤一誠は主人公ではなかった!

 

「……それで、これは、どういうことです、部長」

 

 一転、僕の口からは自分自身でもビックリするぐらい冷たい声が漏れた。部長を尊敬してる気持ちも、恩を返したい気持ちも何一つ変わってない。だが、コレはどういうことだという憤りが漏れた声だった。

 

「私は、提案とメリットとデメリットを説いただけよ?」

 

 また小悪魔モードですか部長、可愛いですけどそれ僕には通用しませんから。真面目に答えてください。というかそれ、おどけた返事をした僕への意趣返しだったりしますか?

 

「そんなに怒らないの。言った内容に嘘はないし、そうでもしないと、立場の問題もあって私にはアーシアを助けてあげることが出来なかったのよ。アーシアの力……いえ、神器(セイクリッド・ギア)は私としても見逃せないものだったし、私と、アーシアと、あなたの3人が納得するには、アーシアを悪魔にするしかなかった」

 

 誓って無理強いはしてないわ、と言うが……あなた悪魔ですよね? 弁は立つだろうし、無理強いはしてなくても思考誘導してませんか? ……いやまあ、立場というのは確かに考慮してなかった。そりゃそうだよな、反省。むしろ(悪魔としての立場の中で)誠実に対応してくれたみたいだ。それとこれとは別な気もするけど!

 

「あ、あの、イッセーさん……」

「んん? はいはいどったのアーシア?」

「私のために怒ってくれるのは嬉しいのですが……悪魔にしてください、と言ったのは私なんです……」

 

 ウソだろ……!? と言いたくなるが、マジである様だ。でも、あの敬虔そうなシスターさんがどうして……?

 

「……そうさせちゃった様な僕が言うのもアレなんだけどサ。本当に良かったの?」

「ええ、もちろん。神様には顔向けできませんし、まだ信仰を捨てることは難しいですけれど……」

 

 そう言って表情を少し曇らせて……振り払うように綻ぶような笑顔へ変えて、彼女は言った。

 

「悪魔だったイッセーさんが、シスターだった私を、『それでも』と助けようとしてくれたように……私は『どうしても』、イッセーさんを助けたかったんです。後悔は、していません」

「……そう、だったの、ネ」

 

 部長が若干僕に対して影のある表情で対応してくる理由が、朧気ながらわかったかもしらん。

 上手く言葉に出来ないが……なんかこれは、居た堪れない。

 

「と、言うわけで、アーシアはイッセーの家にホームステイすることになったわ。面倒を見てくれるかしらイッセー?」

「…………へ?」

 

 いやあの、え? どうしよう、唐突なことに頭が上手く回らないんだけど、え?

 

「一応設定としては、留学生だったアーシアが、ホームステイ先で暴行を受けそうになって、それをあなたが守ったということになってるの。そういう風に伝えたら、兵藤さんたちが『是非とも私達のところで』と言ってくれたのよ」

「……暗示は?」

「ちょっとしかしてないわ。人をお人好し程度にするぐらいの、ね?」

 

 ……あ、そういやなんか物置になってた部屋が片付いてたような気がしたけど、あれそういうことだったのか!?

 

「か、観賞用レベルと同じ屋根の下…………僕また殺されるんじゃないか…………?」

 

 最近、僕の周りがえらいファンタジーになってる気がする。誰か助けてくれないかな、切実に。

 まぁ、でも…………。

 

「? どうしたんですか、イッセーさん」

「いいや、悪いことばかりでもない気がしてね」

 

 前に(苦)と付くだろうが僕も笑っていて、アーシアも笑ってる。なら、それが真実なんだろうと、この場では思うことにした。

 

 

◆◆◆

 

 

「あ、そうそうイッセー。あなたのアルバイトの件なのだけど」

 

 さあそれでは解散、みんなはお仕事で僕とアーシアはまた明日ー……になる前に、部長がそんなことを言った。

 

「あ、はい。そう言えば、ここの所色々ありすぎて忘れてましたネ」

 

 あと出来れば忘れたかったとも言う。ほら、なんか不穏な発言してらしたじゃないですかン我が主。将来はあんな胡散臭い感じの人になってみたい。あ、今でも充分ですか? そうですか!

 

「あのラーメン屋『九頭龍亭』、買い取ったから」

「……………………………………………………」

 

 そういえば、昔はよく公園で変身ごっこもしたよね。仮面騎士は幼少期の僕達にとってのヒーローだった。一番好きだったのは虫を模した仮面騎士。あの素早く動くのって本当にかっこいい設定だと今でも思うんだ!

 

「イッセー、イッセー。現実に戻ってきなさい。遠い目をしているわ」

「……あっ、部長。ですよね、やっぱり仮面騎士は最高ですよね」

「もう一度言うわね、九頭龍亭は買い取ったから」

「畜生、現実逃避しきれなかった!!」

 

 どうしてそうなったんだろう。正座させて小一時間問い詰めたい。

 

「どうもあなたのその腕前は腐らせるには惜しいものみたいだし、せっかくなら九頭龍亭での業務を私達の方で管理しようってことにしたのよ」

「ちょっと待ってください、いやマジで。話の流れ的に、僕の悪魔としての 契約(しごと)……ラーメン提供専門ってことになるんですか?」

「もちろん、ずっとでは無いわ。将来的にオーナーになってもらうことを視野に、今までと同じように週三での勤務ね。それ以外の日は、他のみんなと同じように契約を取ってもらうわ。ある意味下積みの延長線上みたいなものね」

「う、うそーん……?」

 

 ほ、本気ですのん……? あと確かに店長から任されて店の立ち上げ作業とかワンオペとか新メニュー考案とか売上計算とか発注とか清掃とか後輩指導とかやれるけど! …………あれ、なんだろう僕結構任されてない???

 

「あ、でもしばらくは九頭龍亭の方に顔を出してもらいたいのと、あなたにマニュアルの整理と再編をしてもらいたいわね。あの店の1番のベテランだった中村さんが『そういうことなら、イッセーくんに任せるといいですよ、彼そういうの得意ですし』と言ってたわ」

「まあ中村サンは店回すのは得意だけど後輩指導とか向いてないし……」

 

 指導された僕が言うから間違いない。というか店行ったんですか、部長。

 

「ちなみに、元いた店長は……?」

「従業員の反乱にあった、と言っておくわ。彼が雇われで本当に助かったわ……」

 

 あの店長雇われであんな無茶苦茶しとったんかい……逆に尊敬するわ……。え、バレなかった原因がアルバイトが変に頑張って取り繕われてたから? そんなー。

 

「ちなみに新店長は?」

「イッセーよ」

「馬鹿じゃないの!?」

 

 主とかそんなものを抜きにして叫んでしまった。業務内容を完璧にこなせるだけで店長が務まるかい! あと僕高校生ですが!?

 

「あら、でも従業員の皆さんで投票したらイッセーが圧倒的だったわよ? あなたがこれからどこに票を入れても覆らないわ」

「アイツら僕が2年目突入したばかりのペーペーだってこと忘れてるんじゃないのか!?」

 

 脳裏に浮かぶ戦友達の笑顔が憎たらしくて仕方がない。テメェらマジで覚えとけよ。

 

「もちろん、こちらから補佐となる人員は付けるし、経営の方も専門の方を招聘するつもりよ。あと、これは私がイッセーを店長として雇う契約だから、給料も……」

「…………!?」

 

 こしょこしょと耳元で具体的な金額を告げられる。……こ、これは大卒初任給程とは言わないが、数ヶ月で学費を充分に払える金額だ!

 

「新規の事業開拓として悪いものではないし、適材適所、使える人材をいつまでも遊ばせておく気はサラサラないの。さてイッセー、どうする?」

「乗ったァ! 一生あなたに着いていきます主人リアス・グレモリー様!」

「ええ、ありがとうイッセー! 責任重大よ、頑張ってちょうだい!」

 

 数十分後には勢いを乗せられて頷いたことを、頭を抱えて後悔することになろうとは知らず、僕は陽気に喜んでいたのだった。いやぁ、馬鹿だねぇ……。

 

 

 

 

 

 

(「よろこんでくれたかしら……?」)

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

『………………』

『……今代の相棒は、どうやらいつもとは毛色が違うようだ』

『だが、まだ分からない』

『俺はお前を見定めよう、兵藤一誠』

『真実を知ってなお、俺を『可能性を掴む手』と言うのなら……』

 

 

◆◆◆

 

 

CHAPTER1:エントランス・オブ・ジ・アンダーワールド

 

The End.

 

 




なんでこうなったのか、書いてる自分が訳分からんと思う今日この頃です。

ともあれ旧校舎のディアボロスは終了!
触れなかったはぐれ悪魔退治に悪魔の駒について、アーシアの生い立ちとお出かけは幕間でやる予定です。


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Sub CHAPTER1:ウェルカム・トゥ・アウト・レイジー
その1


「さてアーシア、準備は出来たかな?」

「はい、いつでも!」

 

 今日は日曜日。神様だけじゃなくて悪魔も休んじゃう日ですよ。なお人間は……うん。皆まで言うとダメージ受けそうな人多そうよね。

 いつもなら、朝っぱらから店に行って立ち上げ、営業、閉め作業のフルコースがあるのだが色んな人に無理矢理休まされた。いやでも、僕曲がりなりにも店長ですよ? マニュアルだってまだ完成してないし。

 

『ブラック勤務をさせるつもりはないのだけど!?』

 

 とお怒りの部長(オーナー)からの通達を受けてやむ無く。……まあ部長が連れてきた補佐の立山サンと経理の平野サンが優秀だったしいいか……。

 なお今名前を挙げた2人は部長が悪魔として契約して雇った方々らしい。理不尽なリストラの憂き目にあい、『仕事欲しい』という願いとしてウチの店での業務を提供したのだとか。喜びに喜んで高校生の僕にまで頭下げ出すもんだから肝が冷えた。……いやぁしかし、部長はこういうの上手いのではないだろうか? よく分からんけど、人材を拾って活用するって点だと、うん。

 

 とりあえずマニュアルの整理と最低限の追記事項は纏めたから、新人が一気に増えた状況でもなんとかなる……はず。中村サンと立山サンいてくれたらとりあえず店は回る。明日の発注に関しては客足次第だけど、月曜日だから金曜日程じゃないにしても多目……だけど天気予報だと明日は雨だからその0.8倍ぐらいか。平日は野菜大盛りが意外と出るから、モヤシとキャベツ、ニンジンは多めに……と、平野サンには伝えてあるけども。一応確認はしたいから18時の中間売上と材料ロスを送ってもらった上で判断しなきゃな……。

 

 余談だが、僕の復帰は従業員並びに常連さんに大層喜ばれたことをここに記しておこう。

 

 …………とまあ、とりあえず九頭龍亭のことはいいんだ。せっかく休みを貰えたので、どうせならアーシアと交流を深めておこう! ということにした。

 

 アーシアは留学生として、僕のいるクラスにやってきた。とは言え僕が暴漢相手に大立ち回りをして留学生を守ったって話は結構広まってたので、騒がれたけどそこまで大きくはならなかったかな。あと悪友2人が『美少女と同じ屋根の下とか……どこでフラグを建てた、言えェ!』と叫んでたのが笑えた。おう二人とも、モブ顔が美少女とくっつくとか漫画の世界でしかねーから、と笑顔で言うと肩を叩かれた。うん、その反応は逆に傷付くぞ。

 

 んで、ホームステイ先の生徒ってこともあって、学校での案内も僕が大半を受け持つことになり(女子しか行けない場所の案内は、友人と言ってもいい女子、桐生に任せることにした)、勉強やら何やらで、多分ここ最近で1番の接してるヒトになったね。

 

 夜間は、僕は店の方に顔を出し、彼女は僕の通った道でもあるチラシ配りをしているらしい。大変だけれど、やり甲斐があります! と(うっすらとも見えない)力こぶを作って言うアーシアは、まあ可愛かった。

 ただまあ……まだ慣れてないのか、それともトラウマがあるのか、朝アーシアを起こしに行くと若干目が腫れてたりするし、まだ日本のことについて知らないこともあるだろうから(そもそも世間知らずなところがあるから、それだけに留まらないかもしれない)、ガス抜きも兼ねて連れ出してあげようと思った。

 本当ならグレモリー眷属の女性陣の誰かに頼んだ方がいいと思ったんだけど、助けた責任もあるし、最初は僕が聞いた方がいいんだろうなぁってことで。

 知らない人から見られたらどう見てもデートだが、そんな甘いだけのものではない。いいね?

 

「晩御飯までには帰ってくるのよ二人ともー!」

「あいよー」

「わ、分かりましたお母さま!」

 

 そう返して、意気揚々と玄関を出て……さて。

 

「じゃあ、服買いに行こうか」

「えっ、服ですか?」

 

 だってキミ、ウチの学校の制服きてるジャン。

 

 

◆◆◆

 

 

 学校とはそう遠くない所に、ショッピングモールがある。僕もよく雑貨や服を買うのでお世話になっていたりする。

 

「アーシアは此処に来たばかりなので、無いと困るものがまだ用意できてない事だと思うんだ」

「いえ……机と、筆記用具があれば……」

「あまい、あまいよアーシア! 凍らせたスポーツドリンクの一口目ぐらいあまい!」

 

 そりゃ、シスター時代は質素倹約で暮らしてたのかもしれないよ。そうあるべきなんだろう。

 でもニッポンの花のJKですよ? 部屋をオシャレに飾るとか、メイクとか、服とか、色んなものがいるはずだ!

 

「まあ僕も詳しくは分からんから、それっぽいことしか言えないけど。でもこうやって雰囲気でもつかんでおけば、友達と出かけた時にスムーズだと思うぜ?」

「『友達』、ですか……」

 

 まるで、届かないものを見る子供のような顔で、彼女は呟いた。……ううむ、これは地雷を踏んだかもしれないな。

 だが僕はそんなこと気にしないぞ、ウケケケケ! 畳み掛ける様にセリフを吐く。

 

「だからまあ僕は男だけど、今日は日本での友達1号と来てるってことで、大目に見てくれよん?」

「え、友達、1号…………私の、ですか?」

「他に誰がいるんだよアーシア。いいかい、確かに友達はなろうと言ってなる場合もあるが、そうでない場合もあるんだ。一緒に行動して、一緒に飯食って、一緒に遊んで、それが楽しかったらそいつは友達だよ、多分。少なくとも、僕の方はそう思ってたよ?」

「……あ、わ、私もですイッセーさん!」

「ん、よかった!」

 

 本当によかった、一方通行だったら少なくない傷を負ってたところだったぜ……! 物理ダメージ換算で腹部に光の槍。あ、それもう即死じゃん!?

 

「そういえば、私の服を買うと言ってましたけど……私、そういうことも詳しくなくて……」

「ああ、そこはちょっと調べたんだ。基本的に決まった店で買うから久しぶりだったよ」

「……私、イッセーさんと同じ店の服でよかったのに」

「それは本当にオススメしない、うん」

 

 基本的に僕はパーカーとジーンズ信者なので、アヴェクロの様なところで充分なんだけど、母さん曰く『要らんところに要らんワンポイントさえなければ……』と言ってたので、何かしらまずいんだろう。なお今日の僕は半袖の少し大きめの赤パーカーとジーンズで、超無難に決めている。流石だね『異常な普通』、服装まで個性があまりない!

 

 そんなことはまあいいんだ、いつまでもアーシアが制服だと悪目立ちするし、早いところショッピング、だ!

 

 

◆◆◆

 

 

 ……結局、無難な感じになってしまったなぁと、白のワンピースに、紺のカーディガンを羽織ったアーシアを見て思う。履き替えたヒールに慣れてないのか、時折よろめく姿が不安である。

 

「すみません……こんなに買って貰っちゃって……」

「いーのいーの、お祝いみたいなものだよ。それに、バイトの給料跳ね上がってウッハウハだしね」

 

 とはいえ、白ワンピースを来たアーシアの可愛さは、それはもう目が焼ける程だった。観賞用、此処に極まれり。店員さんも息を飲んでた辺り、僕の感性はそうおかしなものではなかったようだ。

 しかしさっきから若干目立つような……まあ美少女とモブ顔歩いてたら目立つか。おいそこの僕を見て釣り合いが取れてないって言ったお前、安心してくれ荷物持ちだ!

 

「ところでお昼ご飯どうするよ?」

 

 対ショックで有名な腕時計を見て言う。気がつけば時刻は昼を過ぎて1時を回っている。結構服選びに時間かけてしまったな……。

 

「あ、それなら私、食べたいものがあるんですけれど……」

「ほほう?」

「その……イッセーさんが作ってるっていう、ラーメンというものを……」

 

 まさかのまさかの選ばれたのはラーメンでした、である。無難にファミレスかバーガーショップかなと思っていた所にそんな希望を言われて面食らってしまった。

 

「本当にいいの? 言ってはなんだけど、結構な量で女の子には……」

「何事も経験なのです!」

 

 ふんす! と気合を入れる彼女に、仕方ないなぁと苦笑して……じゃあどうしようかと頭を回す。

 

 こってり系やガッツリ系はNGだな。男ならともかく、女性がラーメンの入門としてそれらを食べるのは難易度高いと思う。じゃあ、無難に醤油ラーメンを出す店がいいな。

 

 となると、とカバンからスマホを取り出して、ここのショッピングモールのフードコートには何があったかなーっと検索して……ビンゴ! 大手のチェーンである『峡楽苑』があることを確認する。

 ここの醤油ラーメンはオーソドックスで美味しい。僕にはたまに味が濃いかなーって気もするけど、まあ誤差みてーなもんです。

 

「じゃあ、此処にラーメンあるみたいだし、そこに行こうか」

「はいっ!」

 

 

◆◆◆

 

 

「い、飲食店がこんなに密集して……!?」

 

 初めてのフードコートに、元シスター驚愕。まあ初めて見る人からすれば異様な光景に見えるよね。

 

「こういう形にしておくと、食べたいものが同じにならなくても一緒に食べられるっていう利点があるわけだねぇ。さ、まだお昼どきだから人もごった返している。イス取りをちゃんとしないと!」

 

 とは言え運良くテーブル席に座り込めたので、貴重品だけ抜いてカバンと荷物を置いて、目的の『峡楽苑』へと向かう。

 オーソドックスな醤油ラーメンと、餃子セットを注文。お金を払って、呼び出しベルを貰って席に戻る。

 

「イッセーさん、そのアイテムは?」

「アイテム言うほどのものじゃないよ。これは無線で料理が出来たのを教えてくれるベルだね。こいつがなったら、取りに行くって感じ」

「さ、流石技術大国……!」

「いや、この程度のはどこにでもあるよ!?」

 

 ……いや、呼び出しベルがあるかはわからんけど。でも余程のド田舎でもない限り……ああ、世俗と切り離されてたらそうなるか。

 

 ラーメンだから、用意するのもそんなに掛からない。5分もすればベルが鳴り、テーブルの上に醤油ラーメンと餃子が並んだ。

 

「これがラーメン……」

「和風スープスパゲティとでも思えばいいのかな? 味は醤油だけど」

「確かに近いものがあるかもしれませんね、それでは…………」

 

 と言って、アーシアが固まる。どうしたんだろう? ……と思った時点で答えは出て行動は終わっているっ! 客商売をナメるなよ!

 

「まだ箸が使えないと見た! 丁度僕のカバンの中に使い捨てのプラスチックフォークあるけど、これ使う?」

「ありがとうございます!」

 

 そう言って、彼女は袋から出したフォークで、麺をクルクルと……うん、スープスパゲティみたいなって言ったのは僕だし。それに音を立てて食べるって言うのが通だと思ってる人もいれば、マナーに欠けた食べ方だと思う人もいる。食べやすいように食べる方がいい。

 とはいえ若干苦戦してるようなので、助け舟を出そう。麺長いからスパゲティのようには行かないのよね。

 

「お嬢様、その食べ方ですと、こちらのレンゲなるスプーンを使うとですね」

 

 箸で麺を少量すくって蓮華に入れ、少しスープを入れてやると、プチラーメンっぽくなる。それを口元に持っていって……パクリ! うん、上手い。

 

「なるほど!」

 

 とアーシアも真似をして、フォークで適量を救ってレンゲに乗せて、スープと一緒にパクリ。

 

「……お、美味しい、美味しいです!」

「ふふっ、それはよかった」

 

 では僕も、今度はいつもの様にチュルチュルと頂きましょうかねっと。

 ……うちのと比べて麺の弾力がすげぇな。あわでもウチがこの麺使うとイマイチだからどうしようもない。

 あとこの焼き餃子、野菜も多めで美味い美味い。人によるけど、僕は焼き餃子なら野菜多めで噛みごたえのある方が好きである。

 

「そういえば、前はどんな食事だったの? 食べ慣れてる味の方がいいってこともあるだろうし、ちゃんと母さんに言うんだよ?」

「いえ、お母さまの料理はとても美味しいので全然気になってませんよ、大丈夫です。……そうですねぇ、前はパンや薄味のスープなどが主でした」

 

 やっぱり、そういう質素な感じのものになるのか。なまぐさの入らない精進料理とはまた別物だろうけど、贅沢ではないって所は同じかもね。

 

「って、アーシア!? スープまで全部食べちゃったの!?」

「お残しは『もったいない』って聞いてるので……。うぅ……お腹いっぱいですぅ……」

 

 ……先に言っておけばよかったね、イッセーくん反省。ともあれ、アーシアは文字通りラーメンに満足したようだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 あの後も、ウィンドウショッピングを楽しんだり、ゲーセンに寄って一緒に遊んだりして、十分に休日を満喫した。

 

 二人してヘトヘトの帰り道を歩く中、この辺りかな……と僕は話を切り出すことにした。

 

「アーシア、今日は楽しかった?」

「はい、とても」

 

 満面の笑みを浮かべる彼女に、さらに言葉をかける。

 

「辛さは、マシになった? ほら……起こしにいったとき、泣いて腫れてたりしたから、サ……」

「あ、あはは……恥ずかしいところ、見られちゃってたんですね」

 

 困ったような、少し泣きそうな、そんな笑みに変わった彼女の顔を見て、思い過ごしではなかったと、そう思った。

 

「でも、今はもう大丈夫です。……イッセーさん、もう少しお時間を頂いても、いいですか?」

 

 日はまだ沈んでおらず、茜色の空。そして、通り過ぎるところだった、公園。……どうも、大事な場面ではよくこの公園と関わることになるらしかった。

 

 公園のベンチに座り、彼女の話を聞く。語られたのは、『聖女』と祭り上げられた少女の末路。

 

 創作ならよくある話だ。生まれてすぐ捨てられた少女が、治癒の力を持つ『神器』を発現させ、周りにあれよあれよと祭り上げられる。そしてたった1回、悪魔を癒してしまうことで、掌返しを喰らい、『魔女』の烙印を押されて追放。誰一人、助けてくれることはなかった。誰も、彼女の味方はいなかった。

 

 ああ、創作ならよくある話だ。ただ残念なことに此処は現実であり、現実で聞くには胸糞悪いってレベルじゃない話だってこと。本当に、胸糞悪い。

 

「……きっと、私の祈りが足りなかったのだと、思いました。私、抜けてますから。これも、主の与えた試練なのだと、自分を騙していたんです。そうやって目を逸らして、我慢してたんです」

「……アーシア」

「だから私、あの時イッセーさんに救われたんです。シスターでしたから、敵だったのに、それでも助けてくれようとしたイッセーさんに、救われたんです」

 

 そうだったのか……とその言葉を咀嚼する。確かに色々考えたけど、深く考えた発言ではなかったから、若干の申し訳なさを覚えた。

 

「私、夢だったんですよ。こうしてお友達と一緒に出かけて、おしゃべりして、買い物して……。今、とても幸せです。今までの我慢はこのためにあったんだと思える程に」

 

 だから、とアーシアは一筋の涙を零しながら、言った。

 

「ありがとうございます、イッセーさん」

「…………ったく」

 

 そう言って、カバンからタオル地のハンカチを取り出して、涙を少し乱暴に拭ってやる。まさに友達といった気安さで。

 

「泣くんじゃあない。幸せなら、この世の春を謳歌してる様な顔で笑うんだ。この国のことわざにも、『笑う門には福来る』ってあるくらいだ」

「え、えへへ……そうですね。でも、まだどこか夢の様で……」

「夢じゃ無くなるように頑張れ。僕も、友達として付き合ってあげるから」

「はいっ!」

 

 そう返事した彼女の表情に、もう影は残っていなかった。

 

 



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その2

あまりにもラーメン、とてもラーメン。
……タグにラーメン追加しておこう。


 新体制となって、九頭龍亭は凄く働きやすくなった。まあそれは単純に人手が増えたことで過酷なシフトがなくなったのと、発注などの重要な業務を行える人が増えたことが大きい。あ、前も後ろも結局人が増えたからってことで説明がつくな。

 

「というわけで昨日の売上はこのようになっています店長」

「……ふんふん、平日なのに結構行きましたね。ここ、不自然に売上が伸びてる時間帯は、もしかして団体客でも来ましたか?」

「何やら魔法少女のコスプレをした団体様が。カウンター席とテーブル席を全て埋めたのでてんやわんやでした……」

「あー……それ先に言っておいた方がよかったかもですね。この時期、近くで魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブのイベントやるんですよ。そのときのレイヤーさん達がよく此処に立ち寄ってくれるんです」

 

 しかし変だな……いつもはテーブル席埋まる程度で済むんだけど……。

 

「実は……どう見ても屈強な漢! って感じのレイヤーさんも沢山いまして……」

「………………」

 

 ミルたんか、それともミルたんみたいな方々がまだまだいたのか。まあとりあえず、いろんな意味でお疲れ様だと言いたい。

 

「……中村さんは凄いですね。あの状況でも狼狽えることなくラーメンを提供していたのですから」

「いやぁ、立山サンはまだ研修中みたいなところあるから、団体様の捌き方を知らなくても無理無いですよ。今やってもらいたいのは、きちんとレシピ通りに、丁寧にラーメンを作ってもらうことに尽きます」

「はい、分かりました店長」

「……別に畏まらなくてもいいですよ? 僕高校生でお飾りですし」

 

 この、忠誠心みたいなのは本当になんなんだろうか……?

 

「ウチのオーナーが、徐々に展開していくつもりらしくて、中村サンと立山サンは新店舗の店長候補なんです。だから……店長扱いするにしても、同列ぐらいで大丈夫ですヨ?」

「ですが……」

『5名様御来店です、いらっしゃいませー!』

 

 おっと、今厨房にいる新人達には難しいかもしれない人数だ。

 

「行きましょうか。僕はホールの方行くんで、厨房のヘルプお願いします」

「分かりました」

 

 さぁて、厨房でなくとも忙しいぞぅ! テーブル拭いたり、お冷のピッチャー、グラスは足りてるかの確認も必要だ。調味料で置いてる一味と胡椒、カレー粉もちゃんと確認しないとなー。

 意気揚々と、バックヤードから戦場へと繰り出し……僕と立山サンは思わず固まった。

 

「ぶ、部長!? それにみんな!?」

「お、おお、お、オーナー!?」

 

 なんと、オカルト研究部全員集合だった! え、今部活中だったのではあなた達?

 

「はぁい、イッセー。繁盛してるかしら?」

「あらあら、その格好のイッセーくんは新鮮ですわね」

「あはは……ちょっと、みんなでお邪魔しようって話になって」

「……どうも」

「な、なんというか、イッセーさんが職人さんに見えます……!」

 

 上から部長、姫島先輩、木場クン、塔城サン、アーシア。なんだろう、抜き打ち監査みたいで胃が痛てぇ……。

 というか、そりゃこの格好は珍しいでしょうよ。頭に黒タオル巻いて、灰色の生地に『九頭龍亭』と赤で印字されたユニフォームのTシャツ、紺の前掛けに長靴ですし。

 

「あ、あの店長?」

 

 厨房の西条クンがオロオロしてる新人代表として僕に声を掛ける。うーん……他にお客さんいないし。

 

「あー……キミたち3人はバックヤードで25分ぐらい休んでてください。タイムカードは切らずにお願いします。立山サンはごめん、ホール整備お願いします」

「「「分かりました」」」

「はい、ということは」

 

 ええ、そうです。そういうことです…………。

 

「……この場合、僕が作るのが筋でしょうしねぇ」

 

 そう言って、厨房に設置されてる水道で手洗い、アルコール消毒して、紙ナプキンでちゃんと拭く。

 

「では、食券をお預かりします。麺の硬さや味の濃さ、脂の量のご希望はございますか?」

「じゃあ、私はそのままのを貰おうかしら?」

「私も同じく」

「じゃあ僕は麺硬めの味濃いめで」

「……前のと同じものを」

「お、おまかせで」

「かしこまりました、少々お待ちください!」

 

 さぁて、腕がなるぞォ……!

 

 

◆◆◆

 

 

 今回は全員ストレート麺での注文だ。今日の気温と湿度的に、麺のゆで時間は2分50秒が基準。固めでマイナス30秒ってところか……よし。

 

 まず、いつもの様にコンロに火を入れて中華鍋に油を敷き、温まったら5人前の野菜を突っ込む。

 それが終わったらストレート麺を5玉突っ込む。タイマーは2分50秒と2分20秒でスタート。

 ソーサーと丼を用意して、それぞれに背脂とかえしを入れていく。

 部長と姫島先輩のはそれぞれのレードル(小さいお玉みたいなの)で1杯ずつ。

 木場クンのはかえし増しになるからもう少し多目に入れる。

 塔城サンのは僕のに合わせたのだったから背脂抜きだ、かえしだけ入れる。

 アーシアのは……かえし1杯と、背脂をレードルで半分ぐらいかな。

 丼の量が量なので交互にゆで麺機の上に置くしかないな。先に木場クンと塔城サンのを置く。

 さて中華鍋の方に戻って鍋を煽る。……うん、片面はいい感じに火が通ってるな。

 またゆで麺機の前に移動、温まった丼をソーサーの上に置き、残りの3つを乗っける。

 野菜が焼き上がりそうだ、皿に避けて胡椒などを振って味付け、鍋にチャーシュー漬けるのに使ってる秘伝のタレを引いてそこに焼けた野菜を再投下。よく混ぜるように煽って煽って煽りまくって完成。また皿に戻す。

 2分20秒のタイマーがあと10秒で鳴りそうだ。乗っかってる丼を全てソーサーの上に置き、スープ用のおたまで寸胴から木場クンと塔城サンの丼に注ぐ。

 タイマーが鳴った、テボを2つ上げ……一気に振り下ろす!

 

『『『おお……』』』

 

 と感嘆の声がカウンターから聞こえるが、基本技能ですよコレは、新人クンたちでもできる。

 そして麺を丼に入れ、トングで解すように返し、皿に乗っけた野菜を適量盛ってチャーシューを1枚!

 

「お待たせしました! お先こちらが濃いめ固めです! こちらが背脂抜きです! 残りのお客様、少々お待ちください!」

 

 と提供してる間にまた残り10秒だ。また寸胴からスープを注ぎ、タイマーがなったら、テボを上げて湯切りをする。麺を入れてトングで返し、野菜を盛り付けてチャーシュー1枚。

 

「お待たせしました、こちらが醤油ラーメンですねー」

 

 と同時に部長と姫島先輩の前に置き、

 

「こちらが背脂少なめでございます。ごゆっくりどうぞ!」

 

 あとは、中華鍋を水でゆすいで一連の流れは終了っ! うーむ、我ながら手際良くやれたな。で、

 

「……どうでした?」

『『『どう見てもプロ』』』

「そりゃ、ユニフォーム着てお客様の前に立てば新人だろうがなんだろうがプロですよ」

 

 前店長に教わったうちで数少ない納得したお言葉である。

 制服を着てお客様の前に立てば、彼らから見れば等しくプロなんだ、だからその振る舞いに責任を持て……というのは本当にその通りだと思う。

 

「さっ、冷めて伸びると美味しくないので食べて下さいよ」

 

 しばらくの間、僕はみんなが食べるのを見てニコニコしていた(但し寸胴は焦げ付かないように混ぜつつ)。

 概ね満足して帰っていったようなので、僕としては安心だ。胸をなでおろしたって感じだった。

 

 とりあえず、新人クン達にはちゃんと伝えておかないといけないね……『あの赤い髪の高校生は、この店のオーナーだから、気を付けて対応すること』って。

 

 

◆◆◆

 

 

 一応余程のことがなければ、最近の僕は12時には上がる。店を11時に閉めて清掃と締め作業、明日の仕込みをしているとその位の時間になるのだ。一人でやると……2時間はかかる。

 法律違反に関しては、僕が悪魔なので特例を認めさせてる様だ。夜間働くことはあまり宜しくないのだけど、ぶっちゃけ悪魔の契約業務のことを考えると今更感が強い。むしろ他の皆よりも早く帰れるまである。まあ、それでも清掃が終わった時点でバイトの皆には帰ってもらうので、最後なのは間違いない。

 

「ふんふん、今日も悪くないですね。人件費は増えましたけど、これならプラス収支です」

 

 チュルチュルと、メニューにない汁なしラーメンを啜りながら確認する。なお汁なしなのは洗い物の手間と、作り置きでも十分美味しいからだ。

 

「平野曰く、仕入先の見直しをすればもう少し原価を下げられるかもしれない、ということです」

 

 同じく隣でチュルチュルと汁なしラーメンを啜る立山サン。あ、美味しい? これ、新メニューで出してもいいかもね。

 

「その辺は、本っ当に分かんないから丸投げするしかないっすね……あ、でも麺だけは慎重にやってもらわないと、ですねぇ」

 

 カレー粉を手に取って少し掛ける。ラーメンに入れてもだけど、意外と合うんだよなぁ……カレー粉たっかいけど。

 

「店長、100円出すのでチーズ掛けてもいいですか?」

「お、いいですよ。……なるほど、粉チーズは盲点だった」

 

 じゃあ僕はチーズに加えてコーンも入れてやれ。もちろん、ちゃんとお金を払って、だけど。

 なお、粉チーズにコーン、あとバターはウチでも人気のトッピングである。かえしの代わりに味噌を使う味噌ラーメンだと、よく一緒に頼まれるんだなぁコレ。

 

「しかし、今日のオーナー達の反応から、やはり女性客にはウチのラーメンはキツいみたいですね」

「あー、美味しいのと胃にきついのとは別ですからねぇ……」

 

 と、ここでトッピングが追加された汁なしラーメンを見る。

 いや、汁なしラーメンをすぐ追加するわけではないけど、トッピングてんこ盛りラーメンは、見栄え的に女性ウケしそうだなぁって。もちろん綺麗に盛ることが前提だけど。

 

「……麺半分で、スープの量を少し減らして、トッピングをいっぱい載せたものを、一杯分に近い値段で提供するって案はどうでしょう?」

「背脂の量も減らさないと、それでもきついように思いますが……でも、悪くないと思います」

「今度中村サンと平野サン、あと張サン集めて試食会かな。それで美味ければ、バイトの皆にも試食してもらって。……一応完全に任されてるけど、部長にも話をしておかないと」

「そうですね」

 

 あれやこれやと議論を交わしながら、試作のメニューを考え、ノートに纏めていく。あんまり学生らしくないけれど、とても楽しい時間になった。

 

 




そしてハイスクールDxDでラーメンに触れる意味。
……白いアレが楽しみです。


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その3

お気に入り登録件数がいつの間にか100を越えていた……!?


「というわけで、座学の時間よ」

「「はい、部長!」」

 

 時は放課後、場所はオカルト研究部、ホワイトボードを前に部長がいつかのように伊達メガネと指示棒を装備した状態で立ち、新人である僕とアーシアはノートを広げて机に着く。……なんというか、松田の持ってたエロ本に出てくるエロ教師みたいなナリをしてるな、眼福眼福。

 

「……イッセー?」

「なんです?」

「いえ……何故か不埒な視線を向けられた気がして」

 

 ……やっぱり女性って勘が凄いよね。もう余計なこと考えないようにしよっと。

 

「いや、相変わらず素敵性能高いなぁって」

「素敵性能……?」

「ああ、正しい日本語じゃないから覚えてくれるなよアーシア。単に見た目がいい、綺麗、ロマンがある、とかいうことを遠回しに表現してるだけだから」

 

 なお嘘はついてないんで、部長はそのメガネの奥のジト目をやめてくださいよ。

 

「どうしてなのかしらね、あなたに綺麗だとか言われても、全く褒められてる気がしないのは……」

「褒めてますよ? ただ美貌に誑かされないように予防線張ってるだけです。やったね部長、ハニトラ対策は万全ですよ!」

「イッセーの場合誑かす云々の前に対象外って気もするけれど……まあいいわ」

 

 とりあえずこれ以上追求する意味は薄いと思ったらしい、呆れたようにため息をついて、彼女は黒マーカーを手に取った。

 

「基本的な話はしたから、今日は主となる悪魔が下僕悪魔に与える特性の説明をしようと思うわ」

「特性、ですか」

「あ、それ僕のことを『兵士(ポーン)』って言ったアレですよね」

 

 そう言うと部長は頷いて、黒マーカーの蓋をあけ……

 

「えいっ」

「「!?」」

 

 あ…ありのまま今起こった事を話すよ!

 

『部長がマーカーで何かを描き始めたと思ったら、いつの間にかチェスの駒の絵が描き終わっていた』

 

 な、何を言っているのかわからないと思うが、僕も何をしているのか分からなかった!

 頭がどうにかなりそうだった…催眠術だとか超スピードだとか、そんな手品じゃ断じてない……もっと恐ろしいものの片鱗を味わったよ……!

 

「い、今どうやって……!?」

「全く動きが見えませんでした……!」

「慣れの賜物ね」

 

 ……インク飛ばして描いたとかじゃなくて良かったー。

 

「さて、大昔に我々悪魔と、堕天使、天使の三陣営で戦争をした……というのは覚えてるかしら?」

「はい……確か、勝利者が無いまま終わったとか」

 

 アーシアがそう答える。えっと、数百年前に終わったんだって話だよね。

 

「勿論、悪魔も大打撃を受けたわ。軍団を率いて戦った約三十ぐらいの爵位を持つ悪魔が亡くなり、戦線が維持出来ないほどに」

「え、それだいたい半分ぐらいの悪魔が消えたってことになりませんか? ほら、確かゴエティアの悪魔って72柱って聞いたことが……」

「あら、まだその辺を教えてないのだけれど、博識ね?」

 

 いやぁ、最近は悪魔をモチーフにしたゲームとかもあるから覚えたって感じなんですよねぇ……。

 

「純粋な悪魔はその時に多く亡くなった。しかし戦争が終わったところで睨み合いという冷戦は続いている。神の勢力も、堕天使の勢力も等しく被害を被ったとはいえ、隙は見せられないわ。そこで、悪魔は個体数を増やすことにした。ここまでは分かるわね?」

「「はい、部長」」

 

 この説明は、初めて部室に来た時もうっすら説明されたので覚えている。

 

「そこで悪魔は、あるアイテムを開発し、それを使って個体を増やせるようにした。それが、『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』」

 

 そう言って部長はホワイトボードに描かれた絵を指さして言う。種類がそれぞれ……これ、チェス?

 

「『悪魔の駒』……」

「……なるほど、だから」

 

 僕は噛み締めるようにその名を呟き、アーシアは納得の色をその言葉にのせた。多分、アーシアはその実物を見たんだろう。

 

「『悪魔の駒』は、その特性を人間界のボードゲームである『チェス』に似せて作られたわ、悪魔に転生する大半が人間ということもあってね」

「わかりやすい、または受け入れやすい?」

「だいたいその辺ね」

 

 なるほど。となるとこの制度は『チェス』というゲームが形になってからの話になるということか。

 チェスの起源(実は将棋も)は、古代インドの『チャトランガ』というゲームだと言われている。それが徐々に形を変えて国へ国へと伝わっていく。それが『チェス』となった……。だいたい今のルールに近くなったのは15世紀末っぽいので、500年前ぐらいの発明ってことになるのかな。

 

「……変なところで本当に博識よね、イッセー」

「いやぁ、こういうボードゲームは得意なのでその一環ですよう。相手がコンピューターでもない限り、定石を覚えて早指ししてコツコツと嫌がらせしてやれば勝てますし!」

「単なる盤外戦術じゃないの……」

 

 なお精神的に強い人とその道のプロには勿論勝てるわけもない。あくまで普通の範囲で、強いってことです。

 でも、相手の嫌がることをするのは、どんなゲームに於いても必須の技能だと思っている。あんまりやり過ぎると友達無くすけどな。トレーディングカードゲームでハンデス(手札を捨てさせること)もデッキ破壊もやり過ぎると殴り合いになるからネ! ウケケケケケ!

 

「『悪魔の駒』は15個のセットで下僕を持つ資格を持った悪魔……つまり上級悪魔に渡されるわ」

「チェスで15個ですと、『(キング)』以外の駒ということでしょうか?」

「そうよアーシア。なぜなら『王』は、主である悪魔……私たちの間で言うなら私のことだから。必要ないでしょう?」

 

 まあ、だよね。

 

「説明するまでもないことかもしれないけれど、一応しておくわね。特性は5つ……『女王(クイーン)』が1つ、『騎士(ナイト)』『戦車(ルーク)』『僧侶(ビショップ)』が2つずつ、『兵士(ポーン)』が8つ。軍団を持てなくなった代わりに、下僕に強大な力を与えることで少数精鋭の軍団を、率いることにしたってわけ」

 

 ……『兵士』が強力とは思えないのだけど、とりあえず後にして話を聞いておこう。

 

「そして、この制度が意外にも爵位持ちの悪魔に好評なのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。自分の下僕を他者の下僕と競わせるようになったの。『私の騎士は強いわ!』『僕の女王に勝てる者はいない!』と言ったようにね。その結果、チェスのように実際のゲームを、下僕を使って上級悪魔同士で行うようになったわ。私達はそれを『レーティングゲーム』と呼んでいる」

「なんつー贅沢なチェスだ……。というか、それ無理矢理強い下僕悪魔を揃えようと、『やってはいけないこと』しようとする悪魔が出てくるんじゃないですか? だって、『悪魔』ですし」

「……社会問題になってるわね。このゲームが悪魔の間で大流行。大会も開催され、駒の強さ、ゲームの強さが地位や爵位に直結する。『駒集め』と称して優秀な人間を手駒にするのは良くも悪くも流行してるわ」

 

 ……将来的にそのゲームに駆り出されるのに否はない。けど、被害者をぶん殴るのは覚悟が鈍りそうだ。

 

「あのぅ……部長さんは、そのゲームをしたことはあるんですか?」

「いえ、私はまだ成熟した悪魔ではないからしたことはないわね。公式な大会に参加するには色んな条件をクリアしなければならないし、非公式のゲームも……」

 

 と、そこで言い淀む部長。

 

「……部長さん?」

「大方、家同士のトラブルを解決するための手段といったところですか?」

 

 そんなところかな、と思って冗談交じりで言ってみると、部長の顔が強ばった。おいおいマジかよ……。

 

「…そういうこと。そういったことも含めて、私と私の眷属達はレーティングゲーム未経験よ」

 

 とりあえず、思ったより悪魔は人間に近いけど、やっぱり闇も感じられて怖いなー、なんて思う。いずれは慣れないとねぇ……それが悪魔にとっての『普通(あたりまえ)』だろうし。

 

「ではそれぞれの駒の適性を説明するわね。では、イッセー。あなたの駒である『兵士』は、まあ他の駒と較べて基本的な能力は劣ってるわ」

「ああ、やっぱり」

 

 胸を撫で下ろす。だよね、モブキャラが騎士とか女王とかじゃなくて良かったよイェイ!

 

「嬉しそうな顔をしてる所悪いのだけど、『兵士』には他の駒にはない特殊な能力があるわ」

「実際のチェスで考えると……『プロモーション』ですか? 相手の陣地に突っ込んだ時に『王』以外の駒に成れるルール……」

「その通り。レーティングゲームでなら敵の拠点、通常時でなら私が『敵の陣地』と認めた場所の、1番重要な場所に足を踏み入れたとき、他の駒の特性を獲得できるわ。『可能性』という点では他の駒以上よ」

「なるほど……」

 

 それは素直に便利だと言えた。完全にあてにするワケにはいかないが、それでもいざと言う時に使える可能性が高いというわけだ。……あれ、これ地味にレーティングゲームでも重要な役割だったりするんでは? 今は気にしないようにしよう。

 

「次に、アーシア」

「は、はいっ!」

「あなたの『僧侶』は、眷属の悪魔をフォローする能力を持っているわ。具体的には、魔力の底上げ、魔力の操作技能の向上などね。あなたの神器『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』のこともあったし、あなたは僧侶が適任だと思ったわ」

「が、がんばります!」

 

 確かに、アーシアは僧侶だよね。シスターだったことも考えると、ハマり役と言えよう。

 

「次は『騎士(ナイト)』。ウチだと祐斗がそうね。特性はスピード。『騎士』となった者は速度が増すのよ」

「なるほど、他の駒を飛び越えられるナイトらしい挙動ってわけですね」

 

 イケメンは、駒もイケメンだったということか。うらやますぃー(棒)。

 

「あとは『戦車(ルーク)』。ウチだと小猫がそうよ。『戦車』の特性は、怪力と堅牢な防御力」

「あ、そう言えば小猫ちゃんがこの間車を持ち上げていたのを見ました」

 

 アーシアの言葉にぎょっとする。ロリでマスコットで怪力とか、キャラ盛り込みすぎかよ。

 

「最後に『女王(クイーン)』。悪魔の駒の中では最強の駒よ。ウチだと朱乃が女王ね。駒の特性は、他の駒の特性を全て兼ね備えているというところね」

「つまり、ウチの眷属最強は姫島先輩ということっすか……」

「うぅん、一応その筈なのだけれど……」

 

 と言って、部長は意味深に僕を見る。な、なんだよぅ?

 

「ざっくりとした基準になるのだけど、『女王』の駒価値は9、『兵士』の駒価値は1、とされているわ」

「確か、実際のチェスもそんな感じだったと……」

 

 普通に天と地の差があるじゃないですか……でも、話には続きがあるようだった。

 

「あなたは覚えてるかしらイッセー? 私が、あなたを『私の唯一の兵士』って言ったことを」

「言ってましたね。つまり、名誉ある一人目の兵隊アリなのかなぁと」

「間違ってないけれど、それが全てではないわ。実はねイッセー……」

 

 とここで扉が開く音がした。その方向に身体を向けると、姫島先輩が若干困ったニコニコ顔を披露していた。

 

「お勉強の途中、申し訳ありません。部長、討伐の依頼が大公から届きました」

「ふむ……丁度いいわね。夜の契約業務の指揮はあなたに一任するわ、朱乃」

「承知しました。部長は?」

 

 その問いに部長は僕に1度視線をやってから、こう答えた。

 

「今回は、イッセーの力を見せてもらうことにするわ。私はその監督ね。アーシアには……まだ早そうだから、次回ってことで」

 

 …………何やら、雲行きが怪しくなってきたぞぅ?

 

 

◆◆◆

 

 

『はぐれ悪魔』、そういう存在がいる。

 爵位持ちの悪魔に下僕として転生した者が、主を裏切ったり、主君殺しをするなどして、宙ぶらりんになったならず者悪魔のことを指すらしい。

 

 悪魔の力は強大だ、僕もその恩恵を受けてるからそれがよぉく分かる。そして、その力を欲望の赴くままに使いたいという連中もいる。

 あるいは、無理矢理に悪魔にさせられて、それから逃げるために主を殺す、または去るって連中もいる。

 

 はぐれ悪魔は危険だ、安全装置のついてない銃器に等しい。故にはぐれ悪魔の元主人や、他の悪魔が消滅させることになっている。悪魔だけじゃなく、天使側、堕天使側もはぐれ悪魔を見つけたら、即殺不可避なんだって。……もしかして、スーツの堕天使に殺気ぶつけられたのって、はぐれと勘違いされたからなのでは……? セーフ、セーフ!

 

 ……さて、ここまでの話から、『討伐』というのが、はぐれ悪魔の討伐というのが分かるわけなのだが。

 

「……素人の僕で、なんとかなるものなんですかねぇ?」

「少なくとも自分より遥かに強い堕天使を倒せてるのだから、素養はあるのだと思うわ。それに、倒すことに拘らなくてもいいのよ。今回の目的は、これからの課題を確認したい、というのが大きいもの。恐らく、最終的に私が一撃で吹き飛ばすことになると思うわ」

「お、お強いんですね、部長」

「ええ、才能には恵まれてる自覚はあるわ」

 

 ちょっと自慢げに胸を張る部長、なんかようやっと歳相応の面が見れて可愛いって印象だ。でも、それをこの殺気ビンビンの環境で見たくはなかったかな!

 

 現在僕と部長は、町外れにある廃屋近くにいた。辺りが草木で生い茂って視覚が確保しづらく、精神的な恐怖を助長するロケーションだ。

 

 今回の依頼は、人を喰うはぐれ悪魔が部長の活動拠点でもあるここに逃げ込んだから、その始末をしてくれ、というものだった。

 

「ああ、そうそうイッセー。あなたにとっては敵地も当然だから、プロモーションの許可を出しておくわ。慣れないうちはあまりオススメできないのだけど、どうしてもって場合は遠慮なく使うといいわ。でも、『女王』へのプロモーションは、身体への負担が大きいから注意して」

「了解です」

 

 と、ここでようやく警鐘が鳴った。珍しいね、殺気ビンビンだったのにまだ鳴ってなかったよ。つまり堕天使よりは面倒な相手ではないということか、やったぜ。

 

「不味そうな匂いがするぞ? でも美味そうな匂いもするぞ? 甘いのかな? 苦いのかな?」

 

 腹の底に響くような、ひっくい声音。不気味さだけなら過去一番だ。

 

「はぐれ悪魔バイサー。あなたを消滅しにきたわ」

 

 部長は、まるで確定した未来を告げるように言った。表情を見るに、それは自惚れでもなんでもないらしい、自分の才能から裏打ちされた自負だ。

 とりあえず、このケタケタって笑い声ほんっと怖いんですけど、本当に僕やれるのかな?

 

 とここで暗がりからぬぅってナニカが姿を表した。

 最初は、裸の女性の上半身。そして重い足音と共に見えてきたのは、獣の身体。ケンタウロス系かな? でも尻尾とか蛇っぽいし、脚めっちゃ太い。爪も見てわかるほど鋭そう。

 総評:バケモノ。自分の警鐘信じないわけじゃないけど、ぜってぇ強いだろこれェ!?

 

「主のもとを逃げ、己の欲求を満たすためだけに暴れ回るその暴挙、万死に値する! グレモリー公爵の名において、あなたを消し飛ばしてあげる!」

 

(「そろりそろり」『Boost!』)

 

「こざかしぃぃいい! 小娘ごときがぁあ! その紅の髪のように、おまえの身を鮮血で染め上げて……グギャァア!?」

「えっ?」

 

 怖いので、名乗りの最中に忍び足で駆け寄って、龍の手を装備した左腕で敵の右前脚に貫手どーん! 例によって例の如く、貫通力と、あと腕力と脚力を倍にした。

 

『Boost!!』

 

『龍の手』は、使うと自分の力が倍になるが、文字通り全て倍化しちゃうので、維持が大変難しい。

 故に僕はちょっと訓練をすることで、倍にする力を選択できるようにした。その感覚は元カノ堕天使を斃す際に使ったので身体が覚えていたから、修得自体は実にスムーズだった。

 

 とりあえず骨まで貫通、左腕を骨肉が更に傷付くように抜き、骨を折った。バランスを崩した……えーっと、そうそう。はぐれ悪魔のバイサーさんは、痛みに絶叫しながら横に倒れた。

 

「敵の前でくっちゃべるとか、舐めてますのん? いや、舐めてくれたお陰で脚1本奪えたようなものですけど、ネッ!」

『Boost!!』

「ぎゃぁぁぁぁあああああああ!?」

 

 強化項目を変更、『脚力』と『重量』。倒れたので僕でも攻撃できる位置に来てくれた。ありがたーく、その武器を持った危ない両腕を踏み抜く。ぐちゃり、と肉と骨が潰れる音がした。

 

「うん、確かに堕天使よりはやりやすかったのかな」

『Boost!!』

 

 ……にしてもこれ、うるさいなぁ。音がなる度に力が増していくのはいいんだけど。自己訓練してる間に変な機能ついちゃったなー。

 

「さて、はぐれ悪魔サン? 辞世の句でもよんでみては?」

「殺せ」

 

 では遠慮なく、と強化項目を『腕力』と『握力』に変更。首を掴んで、握り潰した。生首が転がる……うぇっ、殺し方考えれば良かった。

 とりあえずコレで終了。まあ汚かったけど外道相手に配慮する必要もないでしょ、と部長の方に振り返ると、表情が凍り付いていた。

 

「イッセー……その神器、よく見せてちょうだい」

「いいですけど……」

 

 1度戻した『龍の手』を、もう一度展開する。そう言えば、壊れた玩具みたいにブースト! って叫ぶようになってから、翠の宝玉に赤い龍のマーク浮かぶようになったよな。もしかして、故障?

 

「……そう、そういうことなのね。1個の『兵士』で転生できず、全ての駒を使って転生させなければならなかった理由は」

「…………えっ?」

 

 今ものっそい恐ろしいこと言わなかった? 兵士の駒、全部?

 

「よく聞いて、イッセー。あなたの持つこの神器は『龍の手』なんかじゃない。もっと恐ろしいもの……。『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』、『神滅具(ロンギヌス)』の一つ……赤き龍の帝王を宿した、10秒ごとに所有者の力を倍加する、神をも屠れる神器……!」

「……は、」

 

 ハァァァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!!?

 

 

◆◆◆

 

Sub CHAPTER1:ウェルカム・トゥ・アウト・レイジー

 

To be continued.

 

 




真実は残酷である。

というわけで、1巻分の内容はとりあえずコレで終了です。

感想、批評、ダメ出し、評価などございましたら、是非ともよろしくお願いします。


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CHAPTER2:バーニング・アップ・ユア《マイ》・ハート
その1


 暗い暗い夢の中……いや、ここはそもそも夢の中なのか? 身体は休眠状態でも、今見てるのは恐らく違う。

 

『ようやっと、俺の声が届いた様だな』

 

 眼前にいるのは、赤い赤い、ドラゴン。

 

『お前の心が拒んでいた。お前が真実から目を逸らしていた。故に俺の声は届かなかった。しかし、お前は目覚めさせた。そして認識した、この俺を』

「……なるほど、アンタが『赤き龍の帝王(ウェルシュドラゴン)』ア・ドライグ・ゴッホ。ブリテンの守護龍」

『妙なところで博識だな、今代の相棒は』

 

 知ってる人は、知ってると思うけどね。

 

「僕は、アンタにお願いがあって、ここに来た。一か八かだったけど、ここに来れた。受け入れてくれたことに、まずは礼を。ありがとう、ア・ドライグ・ゴッホ」

『礼などいらん、呼び方も『ドライグ』でいい』

「それは、僕がアンタの言うところの『相棒』というヤツだからか? なら、余計に初めては気を使うぞ。コレから多分、僕は長くアンタの世話になる。そしてアンタは意思ある何某だ。親しき間にも礼がいるんだ、初対面の相手に尽くさない道理はない」

『……真面目な男だ』

 

 そりゃあ、真面目が数少ない取り柄ですからネ。

 

『それで、お前は俺に何を望む。力か?』

「偽装」

『……何?』

「偽装。このままだと僕死んじゃうって」

 

 赤い龍が、少し狼狽えたような表情をした……気がする。だってほら、僕ドラゴンの表情とかさすがに分からんよ。

 

「サラッと聞いたよ。よく分からないけど、僕はいずれ訪れる宿敵と殺し合わないといけないんだって。それは仕方がない。本音を言うとすっげぇめんどくせぇし、もっと言うとこの神器を投げ捨てたい。でも、僕はこの神器の恩恵を受けた。僕になかった『可能性』を掴む手になってくれた。だから……少し愛着が湧いた、受け入れようって気になった。問題は、今のままだとさっくり死んでしまうという事なんだよ」

 

 僕は、弱い。それは、堕天使との死闘で分かったことだ。

 

「アレは、中級の堕天使なんだって後で聞いた。そしてこの神器は神をも超えられる力を秘めた神殺しの道具で、対になる宿敵の神器もそうなんだって。つまり、あの程度で手こずってる様では、僕は然るべき時に生き残れない。それは非常に困るし、恐らくライバルに負けるのはアンタも嫌だろう?」

『故に、偽装……ということか?』

 

 そういうこと、と言って僕は頭を搔く。

 

「力を付けるまで、僕は『赤龍帝』であることを隠す。そして時間を稼いで、死なないように気張る。アンタにお願いしたいのは、偽装することの許可と、その手伝いだ」

『それは俺の許可がいるものなのか?』

「ドラゴンはプライドの生き物だと聞いた。誇るべき名を隠すことは、プライドを傷付けることになるかもしれない、と思った」

『……つくづく真面目だな。いいだろう、構わん。所有者が悪魔になることは稀に見る例外だった。それに、もう1つ例外を重ねようと、大差はない』

「ありがたい。感謝する、ドライグ」

『共に戦うことになる相棒が礼を尽くしているのだ、それに応えねば、それはそれで俺のプライドが許さん』

 

 だが、と赤いドラゴンは口の端から炎を漏らして言う。

 

『俺に『名を隠せ』と言った意味を忘れるな、兵藤一誠』

「ああ、分かっている。どんな時でも諦めずに、『可能性』を掴む為に足掻くことを、僕のプライドに掛けて誓おう」

『いいだろう、今はそれで、いい』

 

 どことなく機嫌が良さげな笑い声を聴きながら、意識が遠くなっていき……目が覚める。

 

「…………物分りのいいドラゴンでよかった」

 

 神器を展開する。その宝玉から、赤き龍の紋章は消えていた。

 

「しばらくの間は、この神器を亜種の『龍の手』という扱いにする。名前は……そうだな」

 

決殺の手(トゥワイス・クリティカル・ブレイカー)』とでもしておこうか。

 

 

◆◆◆

 

 

『いいですか部長、これは厄ネタです! これはこれ以上ない厄ネタです! バラしてはいけない……バラしたら狙われる……!』

『え、ええそうね』

『僕は何とか隠せる様に交渉します! だから部長も、眷属と信頼できる上役以外には絶対に漏らさないでください……! これは下手をすれば、部長達も巻き込みかねない爆弾なんです……!』

『わ、分かったわ』

 

 といった話をしたはぐれ討伐から少し経った。

 

 ……いやだってさぁ、ライバルにあたるドラゴンが封じられた神器の所有者と殺し合う運命にあるとか、アホみたいに強いドラゴンなんだとか、歴代所有者の末路とか聞いてるともう嫌な予感しかしないよ。でも無視し続けるワケにもいかないじゃん! 神器って剥がすと死ぬんでしょ! じゃあ受け入れなきゃダメじゃん! それに比べたら、部長の魔力が触れる対象を滅殺する滅びの魔力だってことも『紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)』ってことも大した情報ではなかった!(いや、重要情報ではあるが、それで命狙われるってことはないだろ、多分)

 

 というわけで、神器の中の(ひと)ことドライグにも手伝ってもらって、『龍の手』の亜種(いわゆる同種ではあるけど別バージョンになったソレを、元の神器と比較してそう呼ぶらしい)という風に偽装した。亜種という扱いにしたのは、堕天使に殺された理由から疑われた時にのらりくらりと躱すためだ。『龍の手』でも、亜種ならもしかしたら危険視されるかもしれないなー……みたいな。

 

 ただ隠すだけでは意味が無い。僕は少しでも強くならなければならない。それは来るべき日に備えてのことだ。できればスルーしたいけど……まあ無理だろうとは無慈悲なドライグの言だ。マジで厄ネタ。

 故に、部長に頭を下げて自分を鍛えてください、と言った。部長も同じことを思っていたのか、二つ返事でそれを引き受けてくれた。

 早朝、訓練、部長の為だと思えば……!

 

「……まあ、気合いだけで乗り切れるなら、人類みな勝利者ですよねぇ」

 

 へばりながら、スポーツドリンクをがぶ飲みする。

 まず部長が僕に求めたのは、『忍耐』と『基礎能力』だ。その理屈は確かに分かる。中学時代はバスケ部に入っていたのだけど、その練習は時として効率的なそれではなかったりする。必要以上にしんどいことをすることで、極限の状態に耐えうる精神を養成することが目的なのだと聞いた。でないとコートで倒れちゃうからね。基礎能力の向上は言わずもがなだし、僕の場合神器の関係上、基礎能力が高い程、神器で上げられる能力の上げ幅が大きくなるということなんだ。

 ということで、僕は早朝から訓練をしている。朝日に焼かれ体力を奪われながら、20キロマラソンと100本ダッシュ、バラエティに富んだ筋トレメドレーと、何処のスポーツ選手だ? ってメニューをこなしている。率直に言おう……死ぬ。

 最初は出されたメニューをこなすことすら出来なかった。学校には通わねばならず、久方振りに授業中に居眠りするハメになった。根性が足りてない……。

 でもやって行くうちに適応してきたのか、効果が現れてきたのか、ようやっと出されたメニューを時間内にやりきることが可能になってきた。平々凡々、中肉中背がデフォルトだった僕の身体が、若干筋肉質になってきたのは悪い気はしない。

 でも部長? 『ではもう少しギアを上げましょうか』って言ったのは冗談ですよね?

 

「冗談ではないわよ。慣れてしまっては意味が無いわ」

「……そうですね!」

 

 強くなりたいとは言ったが、その前に心が死にそうな気配がしている。……だが、無視は出来ないんだよな……頑張るしかあるまい。

 

「僕は『普通(あたりまえ)』になりたかっただけで、『異常(こせいてき)』になりたかったわけではないんだけどなぁ……」

 

 呟く言葉は、宙に消えていく。さぁ、運命に流されようか。それが『普通』、それが『普通』……。

 

 

◆◆◆

 

 

 アーシアも下積みのチラシ配りを終えて、契約業務に入ったらしい。気合十分で『私もイッセーさんみたいに!』と言っていたが……僕を参考にするのはどうかと思うよ。部長も妙な表情してたし。

 そういや、部長と言えば最近物憂げな表情をするようになったなぁ。僕には根本的な原因聞き出せないからどうしようもないけど。だって何聞いたって『気にしないで』と言われて追求できないじゃん……。

 

「……ってわけで、僕も色々悩んでるんです。お待たせしました、ストレート固めです」

「どこも大変だね……あ、ありがとうイッセーくん」

 

 いつもの九頭龍亭、時間は10時であと1時間で閉店である。今日は立山サン休みなので、アルバイトの子達を指揮するのは僕の仕事だ。この時間になってくると、寸胴からスープを全て角ポットに移してIHヒーターで温めつつ、寸胴を洗ってもらっている。これを早くやっておくと、早めに背脂が炊けるのだ。明日のスープの仕上がりはこれで決まる。

 

「あ、そうそう森沢サン。新メニューで半熟味玉飯始めましたよ。240円ですけど」

「あれ、結局始めたんだ?」

「新しいオーナーの意向で。米の仕入先も見直しすることで原価も大分抑えられましたしね」

「道理でご飯の量が増えた気がした。んー、じゃあ頼んでもいい?」

 

 そう言って、森沢サンは財布から小銭を出して250円を出した。釣り銭は……っと、あったあった。

 

「はい、10円のお返しです。少々お待ち下さい」

 

 そう言って味玉をつけダレに漬けて少し温めつつ、業務用の炊飯器からご飯をよそい、温めた味玉を匙で割る。ネギを振り、一味を振り、最後にチャーシューのつけダレを掛けてやれば完成。提供速度は格段に早いね、味玉から作らないからなんだけど。

 

「お待たせしました、半熟味玉飯です」

「あー、これだよこれ。いやぁ、自分で作ってみようと思ったけど、半熟ゆで卵が思いの外難しくてさぁ……」

 

 そう言ってラーメンと玉子飯を交互に食べる森沢サンを見て気分が良くなる。ここの所色んなことが有りすぎて心が荒んじまったよ……へへっ。

 

「まあ、そう簡単に作られちゃったら僕らの立つ瀬がありませんって。年季と経験ですよ、お客さん」

「言うねぇイッセー店長」

 

 私語はあまり褒められたものではないが、お客様とのコミュニケーションは必要だ。客も少ない平日夜中だし、コレぐらいはいいだろう。

 

「店長、寸胴洗い終わりました」

「分かりました、ではバックヤードの冷蔵庫から背脂2ケース出して、それを寸胴に入れて水を張って強火に掛けてください。分量は覚えてますね?」

「はい、大丈夫です!」

「よかった、ではお願いします」

 

 そう指示を出すと、田所サン(駒王学園の大学部に通う大学生アルバイターさん)がバックヤードに向かう。いやほんと、高校生が店長やってて本当に申し訳ない。

 

「なんだ、立派に店長やってるじゃないか。お飾りって言ってた癖に」

「後輩指導に関しては、やってることは前と変わりませんからネ」

「そういうものか……ん、ご馳走様イッセーくん。また頼むよ」

「ありがとうございました、またどうぞ!」

 

 そう言って森沢サンが帰り、あと店内はテーブル席が何個か埋まってるって感じか。……この分だとビールがまた出るかな? って感じで麺類やご飯が出そうな気配はない。

 田所サンも背脂を炊き始めた。あとはしばらく放置だろう。

 

 ……うん、ならば。

 

「バイトさん達、タイムカード切らんでいいのでお願いがあるんですけど」

 

 試作メニューの感想を、貰うことにしよう。

 

 

◆◆◆

 

 

「ふぃー、疲れたー」

 

 今日の売上を纏めつつ、チュルチュルと1人でラーメンを啜る。微妙にスープが余っちゃったからね、翌日のに使ってもいいけど1杯分なら角ポット入れるだけ冷蔵庫圧迫するし、賄い食べてなかったから使い切ることにした。うまうま。

 清掃は終わってるので、バイトさん達は上がってる。いずれは閉め作業も覚えてもらいたいけど、まだ先の話だね。

 

「あー、終わった食った。じゃあシャワー浴びて帰るかー」

 

 そう言ってノートを閉じて、カウンター席から立ち上がろうとした時に、店の入口が開いた。

 

「あ、すみません。本日もう閉店で……あれ、部長?」

「こんばんはイッセー。そろそろ終わったかしら?」

「ええ、丁度今からシャワーでも浴びて帰ろうかと」

「そう……なら、一緒に帰りましょう?」

「…………ええ、まあ、いいですけど」

 

 ……警鐘が鳴り始めた。命の危機ではなさそうだけど、相当面倒臭いことが始まる気がしてならない。

 

 




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その2

間開けすぎて書き方を忘れていましたが僕は元気です()


 僕は、ここ最近で普通のパンピーが一生のうちに遭遇するチミドロファンタジー……の5倍程に遭遇したわけだが(※推定)。

 まあ、それでも暫くはのほほんと過ごせるんじゃないかって思ってたんだ。だってライトノベル半分程度のチミドロファンタジーだぞ、心臓ぶっ刺されて、唇奪って(物理)、穴ぼこになって、首噛みちぎって、握り潰してだぞ? 一生に一度あるかないかぐらいのバイオレンスフィーバーを5回も体験してるっておかしくなぁい???

 

 ……だからまあ、そういう理不尽系ファンタジーには遭遇しなかった。ああそうだ、そんなことは起こらなかった。

 

「イッセー……私を、抱いてくれないかしら?」

 

 でも、観賞用美女にベッドで押し倒されるっつーエロゲファンタジーもノーサンキューなんだけどォ! 仕事してください運命の神様!?

 

 

◆◆◆

 

 

 そんなワケの分からない状況に至った流れを、簡潔におさらいしよう、整理するために。

 

 まず、部長と2人で帰ることになった。

 ……脳裏で警鐘鳴っとるし、部長の表情も何処か影があるからヤバい案件でも抱えてるんだろうかと危惧。家に着くまで、適当な話題を振り、探りを入れようとするが鉄壁ガードで躱される。いや、直接的に聞かない僕も僕だけど、そのザマで『なんでもない』は無理がないかな部長?

 

 んで、家に着くと何処か物言いたげな表情になるんで、思わず家に招き入れてしまった。……でもさー、仕方ないでしょう? なんか迷子に見えてしまったんだから。いやほんと、自分の主人にこういう言い方するのどうかと思うけど『人生(悪魔だけど)の迷子』っていうか。店でたまに見かける、進退窮まった人が放つダウナーオーラを若干纏ってたというか。

 

 時間は深夜、父さん母さんはもちろんのこと、仕事を終えて帰ってきてたらしいアーシアも寝てるため、リビングに案内する訳にもいかず、自室へ案内。

 そもそもこんな時間にお客さん招くのどうなんだ……? と悪いことしてる気分になりながら。それはそうと、アーシアがいるからいつ如何なる時も見せて恥ずかしくないように掃除片付けをやっててよかったー……。女性に見られるとまずい雑誌も隠蔽済みである。

 

 とまあ鳴り続ける警鐘もなんのその、人生相談も初めてではないし、じゃあ根気強く語りかけて聞き出すしかねぇな……と覚悟をキメた。

 

 そして押し倒された。おさらい終了。

 

 

◆◆◆

 

 

 心臓がバクバクしてる。いやだってほら、自分の好みドストライクの女性に押し倒されたら、観賞用云々は言ってられんよ。いや、自分の身の丈に合った相手と〜って言葉は本心も本心だけど、自分を傷付けたくないが故の逃避&予防線であることは完全に否定することはできないし。

 

 ……あ、なんか一気に思考が冷えてきた。やばいやばい、魅了とかそんなことをされる前に、なんとかこの状況を打破する一手を打たないと。このままだと考えることするままならない。

 

「とりあえず、お茶と茶菓子の用意がまだなんで、どいて貰っても大丈夫ですか?」

「……そうまで冷静だと、逆に腹が立ってくるわね」

「冷静じゃないです、まともな思考できてないです、一瞬とはいえこの僕が『観賞用(傾国レベルの美人)』相手に流されてました。凄いですね部長、快挙ですよ! あ、待ってごめんなさいその右手に溜めてる滅びの魔力しまってくれませんか? そんなの喰らうと僕死んじゃいます」

 

 マウント取られてる状況だと本当に命の危機しか感じない。余計な嘘をつくんじゃなかった、反省。とはいえ完全にピンクな空気は消えてくれたので計画通りである。部長も苛立ちと呆れの表情になったし、僕の側も今まさに恐怖でチビりそうな程だ。

 

「……いやまぁ本音を言いますと、別に流されてもいいんじゃないか? とは思いましたが。部長なら……とか、命令だし……とか」

「ならどうして?」

「貴女の本意ならいいんですよ、本意なら」

 

 若干力を入れて部長をどかしつつ身体を起こし、心理的アウェー感を消してから、続きを言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……怪しむには充分すぎます」

「……っ」

 

 図星なのか、それとも()()()()()()()()()()なのかは分からないが、息を詰まらせる部長を見て、僕が『(異常な普通)』で本当に良かったと心の中で胸を撫で下ろす。普通なら理由を問う前に理性ブチ切れて然るべき状況だった……。

 

「いいんですよ、本当ならどんな命令を下されても。僕は貴女の為に在る。そう在るべきだと思っている。なんですけど……」

 

 そう言って、胸に手を当てた。緩やかに、心臓が脈動している。喪って、しかしまた与えられた大恩の証明だ。大丈夫、僕は自分の分を見失わない。

 

「なんの為に、部長が自分を抱けと言ったのかは分かりません。ですが先程の表情から、男女の色恋的な感情から来るものでは無いと断言します。そこで部長の立場、抱かれる必要などから1つだけ、推測できることがありました」

 

 部長の立場というのは、『次期公爵』という『貴族』の立場。抱かれる必要がある状況は、昼ドラなんかを想像したら、何個か候補は出てくる。

 

 それを踏まえて、僕が思うに……

 

「部長が結婚してるのなら、離婚の要因に。してないのなら、婚約破棄の要因。なんにせよ、そういう何かを台無しにするために、僕を出汁にする必要があった、なんて思うのですが」

「………………」

「その沈黙は肯定と受け取ります」

 

 まあそうだよね……とショックを受ける。だって僕が好かれる要素なんて……。

 まあそうだよなぁ……と安心する。そんなことになったら天変地異もいいとこだ……。

 

「多分、部長は凄く悩まれて、もうこれしか方法がないと覚悟を決めて行動に移したと思うんです。その覚悟をふいにしてしまって、本当に申し訳ありません」

「……謝ることはないわ。どう考えても、私が」

「据え膳食わぬは男の恥、と言いますし、僕が悪いということにしておいて下さい。それに、本題はここからですし」

「本題?」

「このままだと、部長の計画をご破算にしたという事実しか残らないじゃないですか。恩を礼で返すつもりはあっても、仇で返すつもりはないですよ僕は」

 

 乗りかかった船とも言いますし、と言って口の端を吊り上げる。

 

「死んだ祖母が言ってました、本当に最期まで考え抜いたんなら、暗い顔になんかならないって。結末まで含めて、笑顔で受け止められると。僕はコレが真理なのだと、あの畜生堕天使との殺し合いで確信しました」

 

 実際、心残りはあり過ぎて死んでも死にきれない心情ではあったけど……復讐して、満足して、逝きかけた。仕方がないと苦笑して、受け止められる心境だった。ばあちゃんも孫がこんな風に悟るとは思ってなかっただろうけど。

 

「最期まで、本当に最期まで、手を尽くしましょう。どんな結末を迎えることになったとしても、それは『納得』と『笑顔』と共に在るべきです、我が主。間違っても、先程の様な表情で迎えるものじゃないですよ」

「……その上で、同じ結論になったら?」

「ははは! 人選はちゃんとしてくださいよ?」

「……まったく、らしい返答ね」

 

 おどけて返す僕に、苦笑を向ける部長。思い留まってくれて、本当に良かった。

 

「さて、こんな時間だし帰ることにするわ。本当に、ごめんなさいねイッセー」

「いやまあ、それはいいんですけど。今から策とか練らなくて大丈夫なんです? なんとなーく緊急性のある案件だと思うんですケド……」

 

 ご破算にしといてなんだけどね……。

 

「時間はあまり残されてないわ。けれど、慌ててもいいことはあまり無いし、どうせなら皆を頼ることにするわ。ほとんど独りで悩み続けた様なものだし」

「ならいいんですが……」

 

 なお、現在僕が提示できる助言と言えば、

 

「闇討ち……吊し上げ……社会的死亡……」

「なんで悪魔よりも先に悪魔の様なアイデアがポロッと出るのよ……」

「え? 不祥事でっち上げて社会的に死亡させるってのは、その界隈では割とメジャーな方法なのでは……?」

「……そこまでする程恨みのある相手ではないから、物騒なことは方針から除外するわ。いいわね?」

「はーい」

 

 そう言って、今度こそ別れの挨拶を交わして、部長は魔方陣使って帰っていった。

 

 さてと、

 

「……宿題するか」

 

 現実感のある単語を口にして、僕の意識は急速に現実へと引き戻される。そう、これだよ、僕の吸いたい空気はこれ……!

 

 

◆◆◆

 

 

「お嬢様」

「……まあ、そうよね。大方、何らかの間違いが起こりそうなタイミングで介入するつもりだった……ということかしら、グレイフィア?」

「はい。一夜の過ちは、方々に禍根を残しかねませんから」

「ええそうね、たった今それを諭されたばかりよ。……本当、いい下僕を持ったわ」

 




感想、批評、ダメだしなどありましたらよろしくお願いします。



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その3

原作との相違点
→悪意(大事なので2回言う)
→適応力の方向性
→取引をするタイミング
→取引をする部位


 

「……ねむ」

 

 宿題終えても寝れなかったので、『クロニカ滅殺帳』に色んな対策を書き連ねつつ朝を迎えることとなった。朝4時、薄ら明るくなってきたのが、部屋の窓から見て取れる。

 

「朝修行はないとは言われたけど……うーむ」

 

 1日休めば、その遅れを取り戻すのに3日掛かるとはこれまた亡くなっているじいちゃんの弁だ。幸いこの身体は人間を超えたスペックである悪魔の身体、一徹程度は(肉体的には)屁でもない。気を張ればいけるいける……。

 

『意外や意外、強くなることにも真面目じゃあないか相棒』

「……アンタ、意識が現実にある時でも語りかけられるのか、ドライグ」

『別にそう言った縛りはないからな。気紛れで会話を楽しみたいことだってある』

 

 ……楽しいんだろうか、僕と喋るの。それとも、会話することがあまりないパターン? まあ僕にとってはどっちでもいいことだ。何か変わる訳でもない。

 

「しかしちょうど良かった。アンタに聞きたいことがあったんだ、ドライグ」

『要件は分かっているぞ、俺とお前は繋がっているからな。力を望むか』

 

 そんな、力に溺れようとする闇堕ち騎士を唆すような言い方しなくても……。いや、部長はああは言ったけど最終手段で何人かに不幸な事故に遭わせるだけのスペックが欲しいだけなんだって……。

 

「勘違いするなよ、過ぎた力は望んじゃいない。身を滅ぼすからね。ただ、この神器の鍛え方と、いざと言う時の必殺技が分かればいいなって程度の話だ」

 

 最低限の可能性を掴めるだけで十分だ……これまでも、これからも。

 

『神器の鍛え方に関しては、お前の思うままにやれ。その方がお前にとっていい成長をするだろう。そして必殺技に関しては、今のままでは無理だ』

「まあ、そんなうまい話はないか」

『だが、犠牲を払えば話は別だ』

「ふむ」

 

 その話、詳しく。

 

『どの神器にも、禁じ手というものが存在する。そして俺が封じられたこの籠手も、例外じゃあない』

 

 ドライグがそう言うと、呼び出してもないのに左腕が赤い籠手に覆われる。甲の宝玉は、最近では隠れていたはずの龍の紋章が浮かび上がっている。

 

『本来それは、膨大な経験を重ね、力を高め、その果てに到達()()()()()()()()()領域。特異な才能があれば話は別だが……まあ、お前にそんなものは欠片もない。喜べ相棒、お前は歴代最弱の赤龍帝だ』

「悪かったね、僕がクソザコナメクジで。イヤミか貴様」

 

 そも、僕に種別問わず『才能』なんざないのは分かり切っとるわ畜生。だから『異常な普通』やっとんじゃい。つか平凡系男子高校生にそんなもん備わっとる方がおかしいわ。

 しかし話の流れは分かったぞ。何かを犠牲に払えば、その領域に到達することが可能ってことなんだな?

 

『一時的にな。なに、犠牲を払うだけの価値は与える。何せ、この俺が力を分け与えるのだからな。だが……』

「だが?」

『これをすると、一発で俺とお前の正体がバレる』

「それがもう既に重すぎる犠牲じゃねーか」

 

 少なくとも、すぐに使うかどうかは躊躇われるカードってことだ。それなら地道に鍛えて、神器の扱いを熟していく方が将来的には安全確実だね。まあ、部長が切れと言ったら速攻でこのジョーカー切るけど。

 

「んで、肝心の払う対価は何さ?」

『お前の【存在】だ。魂でもいい、身体でもいい、その一部でもいい。お前の【存在】を、俺に寄越せ』

「……余計に重い対価だ。悪魔を前にした人間はこんな気持ちになるのかねぇ?」

 

 まあ最近の(あくま)は専ら金銭でのやり取りですけどー。

 

「それで、アンタにやればその部分は消えるのかな?」

『消えるだけならまだマシだろう、治す方法があるからな。そんな程度では済まされない、俺に捧げた部分は、(オレ)になるのさ』

「その話詳しく」

 

 ウソだろ、それ捉えようによってはメリットじゃねぇか。

 

『……メリット、だと?』

「いやだってドラゴンってことは、少なくとも下級悪魔よりは強いでしょ? つまりグレードアップ」

 

 ただ、具体的にどんな感じで置き換わるのかが分からないなぁ。

 

「例えば、左腕をアンタにあげるとどうなる?」

『……腕は鱗に覆われ、人であった時のような使い方はできんだろう。……いや、そういうことを聞いてるわけではないのだな。骨、肉、表皮、爪に至るまで龍の其れと化す。辛うじて、指が五本ある程度の名残を残してな』

「いいね、それ」

『まるで忌避感が感じられん』

「だって既に背中から羽生やす悪魔になっちゃってるんだぜ? 龍の腕とか今更感ありすぎて」

『ほう……ならば、やってみるか?』

「はっ、冗談。そんな分かりやすい部分をすげ替えたらバレんじゃねぇか。日常生活にも支障きたすし」

 

 だから、僕が捧げるとしたら、【──】か【─】、もしくはその両方だよ。

 

『…………クク、クハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 正気か貴様!? それでよくもまあ普通などと嘯ける!!』

「……そんなにおかしいかよ?」

『ああおかしい、最高に狂っている! お前は自分で脳味噌が足りてないと言ったが、成程確かにこれは頭のネジが十本単位で飛んでいやがる!』

 

 ……そんな不良品ロボットみたいな言い方せんでも。泣いちゃうぞ、僕。

 

『しかしそうか、それなら今すぐにでも取り掛かるべきだろうな』

「え、いや。今からその噂の禁じ手使うわけじゃないんだけど」

『愚か者、成り立ての悪魔の分際で俺の【——】に耐えられるものか。十分に慣らす必要があるに決まっている。幸い、その対価をお前に与えるタイミングは此方に委ねられている。ストックできる、とでも考えておけ』

 

 そうか、それなら……安い買い物かな?

 

「それじゃあお願いするよ、ドライグ」

『では始めよう。ああ先に言っておくが……()()()()()()()?』

 

 えっ? と思った瞬間にはもう遅かった。

 

「…ぐ、が、あ、」

 

 全身が焼かれる感覚と共に、僕の意識はぷっつりと切れた。ただまぁ、アレをぶち抜かれるよりかはマシだったとだけ。感謝するぜ彼女ちゃん、安心して地獄に堕ちろ(呪詛)。

 

 

◆◆◆

 

 

「お、おいイッセー、お前生きてるか?」

「救急車で呼ばれてもおかしくない様相だが……」

 

 数時間前の自分をぶん殴りたい。何処がメリットだよ、こんなの普通に死ねるじゃん…つかあの後から下手人のドライグはいくら声掛けても返事しねーし、くそう。

 それでもなんとか燃えるように熱い身体を引き摺って登校、力尽きて机の上に突っ伏すと、悪友共が声を掛けてきた。

 

「……ど、道中アーシアの介護がなければ即死だった」

「「どうしよう、急に殺意湧いてきた」」

 

 だろうな、さっきまで心配そうだった周囲の男子の視線も殺気に変わったし、立場が変われば僕だってそうする。女の子からの介護とか裏山けしからんとかいって(まあ観賞用は除くと付け足しておくけど)。

 いやしかし、マジでアーシアいなかったら死んでたかもしらん。『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』のお陰で少しの間痛みが引いたし。朝から迷惑かけてごめんよアーシア、若干泣きそうだった彼女を見てさらにそう思う。

 

「いやでもマジでしんどい……保健室で横になりたい……誰かに甘えたい……膝枕されたい……」

『い、イッセーの口から欲望が垂れ流されてるだとぅ!?』

『合金メンタルのアイツがまさか!?』

「普段からどんな風に思われてるんだよ僕ぁ……」

 

 周囲からの評価にさらにゲンナリする。割と欲望に正直に生きてきたつもりなんだけど僕ちゃん。

 

「まあ、仕方ねぇ。ほら、肩かすから少し起き上がれ」

「その代わり、知り合いの女の子紹介で手を打とう」

「……やだ、授業出ないと皆勤賞消える」

「「…………はぁ」」

 

 ため息つくんじゃねぇよ、それだけが僕を動かしたんだぞ、内申点でしか通知表の点稼ぎ出来ないのに! エスカレーターで大学部に行くために必死なんだぞこっちは! 今日のは自業自得だけどな!

 

「そ、それはそうと、出会いが欲しいのかキミたち。ならつい最近知り合った(心は)美少女がいるけど」

「マジでか!?」

「ちょっとメルアド渡してもいいか聞いてみる」

 

 死に体でよろよろとメールを打って、送る。割と直ぐに返信がいて、その内容がOKだったのでそのメールアドレスを2人に見せた。

 

「おおイッセー、心の友よ!」

「アーシアちゃんの件は相殺してやろう!」

「いやいや、いいんだよ……チャンスは誰にだって与えられるものさ……ごふっ」

 

 いけね、喀血して若干口の中が鉄臭くなった。堪えたのでバレてない……ないよね?

 

「……むー」

 

 いかん、涙目のアーシアがこちらを睨んでいる。見ない振り見ない振り。

 

「しかし、イッセーが美少女って言うってことは、これは期待が持てそうだな」

「ああ……そこは安心してよ。あれはもう紛うことなき(肉体美的に)観賞用だから……」

 

 いやぁ、そんなに『ミルたん』のメールアドレスで喜んでくれるとは。反応が若干楽しみだ。

 それに悪いことばかりでもない、アレでいてミルたんは同じミルキーファンとの繋がりは広いからなー。僕もその繋がりで(普通の)ミルキーレイヤーに会ったことあるし。チャンス、可能性はある。明日か明後日かに詰め寄られそうだけど、その時になったらちゃんと説明しよう……ウケケケケ。

 

 ……あー、死にそう。

 




捧げた場所が分かった方は凄い。
ただよく読めば分かるかも……?


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その4

コソコソ _('ω'_ )_ ))) _('ω'_ )_ )))


 どのような状況にあっても、等しく全ての生徒に放課後は訪れる。たとえそれが望んでいなくとも、だ。ぶっちゃけ死にそうなので帰りとうございます。

だが、昨日のことがある。昨日の今日で『死にかけてるので帰りマース!』は恥ずかし過ぎる。

 

 それはそうと、昼休み辺りからずっと頭の中で警鐘鳴ってるの本当にやめて欲しい。旧校舎の方からどえらい気配がしてるんだけど。

 

「私は何も感じないのですが……」

「んー、僕もあまり。でも、イッセーくんだからなぁ」

「ウソだろおい」

 

 倒れそうな身体を無理矢理取り繕ってオカルト研究部に向かう中、部の同級生組……木場クンとアーシアにどえらい気配について尋ねると、そんなもの感じてないと言う。マジかよ。

 

「い、いや……僕より後輩悪魔なアーシアはともかくとして木場クンは何かしらあると思うんだけど! 僕より先輩なんだからそういうのにも敏感だったりするでしょ普通!?」

「あはは……多少は鍛えてるけど、特別感知に優れてるわけじゃないからね。案外、イッセーくんの方がそういうのは得意なのかもしれないよ」

「そ、そういうものなのか……?」

 

 まあ、そういうものなのかもしれない。臆病がなせる技って? 喧しいわ!(言ってない)

 

「あのぅ……イッセーさんの、その警鐘? というのは、どういうものなのですか?」

「うん、それは僕も前から気になってたんだ。差し支えなければ教えてくれるかい?」

「んー、まあ別に大したことじゃないけど。なんかヤバいこと、面倒なこと、まずいことが起こりそうな時、そうなってしまいそうな時に頭の奥でガンガン音がするんだよ」

 

 案外神器の機能だったりするのかもだけどな。

 

『赤龍帝の籠手にそんな機能は備わってはいない。が、神器所有者の中には神器の能力とは別にそういった第六感を獲得する者は、一応存在する』

 

 解説どうも、ドライグ。

 

「今の鳴らし方だと、生死に関わることはないけど、頗る面倒なことが起こるよー! って喚かれてる感じだ。多分、旧校舎から感じるどえらい気配の主がその面倒事を持ってきたんだろうけど……なんか心当たりある?」

「ふむ……幾つか心当たりはあるんだけれど。そのどれにせよ、イッセーくんの言う通り『面倒事』かもしれない」

 

 木場クンの表情が張りつめたそれになる。空気が重くなって、ただでさえ死にそうなのに余計に死にそうになる。

 

「だとするならば、急いだ方がいいのではないでしょうか?」

「そうだね。少し走ろうか」

「……こんなこと僕が言うのもアレだけど。信じるの?」

「部長からある程度は聞いてるからね」

「この状況でイッセーさんが嘘を吐く理由がありませんから」

「さいでっか……」

 

 なんか凄いできるヤツみたいな扱いされてるけど、僕って主に新規事業任されてるだけの、中級堕天使ぶっ殺せるぐらいの戦闘力しかない下っ端下級ポーンだよ? ……冷静に考えると普通に期待の新人感がすげぇな、意義を申し立てたい。

 

 まあ、昨日のこともあるし十中八九それ絡みだろうと思うし、僕もこの警鐘を疑ってはいない。竦む脚を無理矢理回して走り、旧校舎の前に辿り着く。そこで木場クンが顔を強ばらせた。

 

「……なるほど。この距離でようやっと気付けたよ。これは確かに……」

「うへぇ……マジで当たっちゃったかァ」

 

 暗い面持ちでそのままオカルト研究部の部室まで。扉を開いて恐る恐る部室に入ると、めっちゃ機嫌の悪そうな部長と、笑顔を本来の意味……威嚇で使ってる姫島先輩、部屋の隅で誰にも関わりたくねー! って感じで座ってる塔城チャンがいた。

 …………そして初めてお会いする、銀髪メイドさんがいた。観賞用とか以前に、これがどえらい気配の正体だと思うとマジで関わりを持ちたくないよ、うん。

 

「全員揃ったわね。では、部活をする前に話があるのだけど……」

 

 そう部長が言うと、メイドさんはこちらの方に……多分僕と、アーシアの方に向いて口を開いた。

 

「そちらのお二人はお嬢様の新しい眷属悪魔ですね。初めまして。私は、グレモリー家に使える者、名をグレイフィアと申します。以後、お見知り置きを」

「「あ、はい。ご丁寧にどうも」」

 

 ペコペコと同時に頭を下げる。うぅん、いい感じにアーシアが僕に似てきて、イッセーくんちょぉっと複雑だな!

 

「それでお嬢様。その説明は私の方より……」

「結構よ。実はね——」

 

 そう言って、部長が説明を始めようとした瞬間、部室の床に描かれている魔方陣が光出した。

 

「……え? でも、ウチの眷属揃ってるんだけど」

 

 普通の契約業務してる時によく見る転移のそれだけど、今全員いるから違うのかもしれない。なんだろう……と首を捻っていると、木場クンがコソリと疑問に答えてくれた。

 

「うん、だけどよく見て。グレモリー家の魔方陣が……」

「……どれどれ」

 

 注視すると、確かに紋様が変わっていく……これはつい最近勉強したから覚えているぞ。確か、『フェニックス』の魔方陣……。

 

「———ッ!」

 

 点と点が繋がる感覚。昨日のやり取り、そして別の家の悪魔の登場。つまり、リアス・グレモリー様は、フェニックス家の誰かと婚約しているということだ。それも、恐らく今から現れるだろう悪魔と。

 

 そんな感じで、思考に没頭しているうちに魔方陣から炎が渦巻き、噴き出す。余波で火の粉が飛び、学校指定のカッターシャツが少し焦げ付いた。……これ、高いのに。

 まあそれはそれとして、案の定ガンガン警鐘が鳴り始めた。しかも今度は『場合によっては死に至る危険』を報せてくる。炎の渦の中で佇むシルエットの主は、そういう存在なのだと認識、覚悟。案外早朝にやらかした取引は、して損はなかったのかもしれない。

 

「ふぅ、人間界は久しぶりだ」

 

 そう言って腕を軽く振ることで炎を振り払い、現れたのは赤いスーツを着崩した金髪の男。ちょい不良な感じも相まって、どう見てもホストっぽく見えてしまう。アレも一種の観賞用だな、見てて愉快って意味で。あーいうのが女性にビンタされてるシーンは最高に笑えるはず……いやわかんないけど。

 

「愛しのリアス、会いに来たぜ」

「…………ライザー」

 

 まあ、予想通りの展開だ。そして名前も判明、『ライザー・フェニックス』と。うん、心の中のクロニカ滅殺帳に記入した。

 

「さて、リアス。早速だが式の会場を見に行こう。日取りも決まっているんだ、早め早めがいい」

「あの、少しよろしいでしょうか?」

 

 ライザーさんが部長の腕を掴もうとした瞬間、挙手をして言葉を挟む。全員の視線が僕に集まって少したじろぐが、それは心の中でのことだ。

 

「……誰、お前?」

 

 ライザーさんがまるで路傍の石を見るかのような視線で僕を見下す。その感覚に少し安心。そうだよ、基本的に僕ってば『異常な普通』! 路傍の石もいい所だからライザーさんの反応が正しいんだよ!

 

「リアス・グレモリー様の眷属悪魔、兵士の兵藤一誠です」

「ふーん、それでなに?」

「貴方の登場演出でカッターシャツが焦げたのでその弁償をして貰えませんか?」

「…………は?」

 

 空気が弛緩、全員から『今それを言うか……?』って視線が集まる。

 

「いやだって僕の予想だと、貴方がリアス様の婚約者なのでしょう。知らなかったですけど」

「まあその通りだが……リアス、俺の事話してなかったのか?」

「話す必要がないから話してないだけよ」

「あらら、これは手厳しい。……それで?」

 

 ライザーさんに続きを促されたので、とりあえず咳払いして口を開いた。

 

「ゴホン……いやそれでですね。そうだとするならこれはまずいんじゃないですかね? 婚約者の眷属悪魔に配慮できないって風聞が立つのはよろしくないでしょう?」

 

 とりあえず厭らしく嗤ってみるが、多分これは効果がない。実際、ライザーさんが鼻で笑ってるし。このタイミングで差し込んだのは、皆の肩の力を抜くため。焦げ付いたのは想定外だったが、丁度よく突っかかるネタが出来て良かった良かった。

 

「ふん、まるで当たり屋の理屈だな。まあいい、この程度で五月蝿い蝿が黙ると思えば」

 

 そう言ってライザーさん、懐を探って僕に何かを投げて寄こした。洒落たマネークリップに挟まれた……ドル札。日本円じゃないのかよ。

 

「それごとくれてやる」

「はい、どうもありがとうございます。多大なご配慮、感謝の極み。余計なことはナシにしましょう、お互いに」

 

 しかし上手く行けば気分を害して潰す云々でゴタゴタに持っていくはずだったんだけど……いやはや手強い。この男、存外懐が深いぞ。態度は悪いけど!

 

 

◆◆◆

 

 

 とりあえず、正式な紹介はメイドのグレイフィアさんから。

 彼の名前はライザー・フェニックス。名門フェニックス家の三男である、純血上級悪魔。

 フェニックスといやまさに不死鳥で、不死身かつ強力な炎を扱う一族。古い時代からの名門だったが、昨今レーティングゲームの流行に合わせてその力を拡大させていっている、らしい。

 最も有名なのは『フェニックスの涙』だろうか? いかなる傷もその場で癒すことのできる、某携帯獣でいう『かいふくのくすり』だ。製造方法は分からないけど大量生産はできないらしく、一部の上流階級が購入するのが関の山。しかもレーティングゲームで需要が上がったために値段が天元突破。ふむふむ、100ドル札が何枚か挟まったのをポンと投げて寄越されたけど、それも納得のブルジョワさんだと見た。

 

「ライザー。私は以前にも言ったはずよ、貴方とは結婚しないと」

 

 それはそうと、部室のソファーに並んで座る部長とライザーさん。彼が肩を抱いて馴れ馴れしく触れるのを『いい加減にして』と払い、付け足されたセリフがコレである。めっちゃ嫌われとるやん。まあパッと見た印象だと女にだらしなさそうな感じだけど、実際そうなのかは分からんし。

 

「ああ、そう聞いたよ。だがリアス、そういう訳にはいかないだろう? キミの所の御家事情で、そんな我儘を言っている場合じゃあないと思うんだが?」

「余計なお世話よ。私が次期当主なのだから婿の相手は自分で決めるのが道理でしょう? 共に家を経営していくパートナーだもの、やりやすい相手の方がいいわ。……そもそも、当初の『契約』では、私が人間界の大学を出るまでは、自由にさせてくれるという話だった」

「もちろん、キミは自由だとも。大学に行ってもいいし、下僕も好きにしたらいい。ただ、その前に俺と結婚するだけだ」

「……なるほど、そういう風に穴を突いてきたのね。まあいざと言う時に私を黙らせるためにそうしたのでしょうけど」

 

 悪魔らしいやり口ね、と賞賛と侮蔑を乗せて部長は吐き捨てるが、ライザーさんは何処吹く風だ。

 

「必要だからそうしたんだ。ただでさえ先の戦争で純血悪魔が大勢亡くなったんだ。戦争から脱したとはいえ、堕天使、神陣営とは相変わらず拮抗状態。奴らとの小競り合いで純血悪魔の跡取りが殺されてお家断絶、なんて話も無いわけじゃない。純血であり、上級悪魔の御家同士がくっつくのはこれからの悪魔情勢を思えば当然だ。相性なんてものは二の次だ。もっとも、俺はキミと上手くやれる自信はあるぜ?」

「純血悪魔の新生児が貴重なことは同意するけれど、上手くやれるかは甚だ疑問ね。それに、」

 

 半目で睨みつけて部長は言う。

 

「私個人の意見としては、純血悪魔は『貴重なだけ』よ。この先、どうしたって外からの血に頼らなくてはならなくなる時代が来るわ。だから、それを理由に無理矢理婚姻を結ばされるのは納得がいかないし、ナンセンスと言うしかないわ」

「……正気かリアス?」

「ええ、正気よ」

 

 どうも、古いしきたりと新しい風のぶつかり合い的な話になってきたな……。僕はあんまり関係無さそうだけど。

 

「数を減らしたのなら増やさなければならない。ええ、その通りね。いちいちごもっともだわ。ところでライザー、純血悪魔同士の子供の出生率って、いくら程のものかしら?」

「それは…………だが、」

「昔ながらの風習を守ることは大事なこと。けれども悪習に縛られて種族ごと沈むのは勘弁よ。いずれ立場のある某がそれを示す必要があるわ。場合によっては『現魔王の妹』が、みたいなね」

 

 その為にこの札は残しておきたいのだ、と部長は言う。

 

「私の家も、そちらも、揃いも揃って我儘娘だのなんだのと、腹の底では思ってるのかもしれないけれど、舐めないで頂戴。貴族(責務ある立場)の私が、悪魔の未来のことを考えてないわけがないでしょう」

 

 は、話が大きくなってついて行けない……ついて行けない、が。何となく、嘘だろうなという予感がする。

 多分、悪魔の未来について考えているのはそうだと思う。だが、昨日のアレのことを思い出すと、やっぱり婚約を破棄したいのは部長の我儘が起点な気がする。あれこれ言い連ねたのはそれに説得力を持たせるための後付けであり……このやり口は多分、()()()()()()。無理を徹すやり口だ。

 

 基本的に僕には、何もかもが足りてない。平均で平坦な糞凡人だ。だから僕はいざと言う時に手段は選ばない。そこにあるものを何でもかんでも利用しようとする。()()()()()()()()()()()()()

 分かりやすい例で言うと、『赤龍帝の籠手』の件だ。アレは確かに厄ネタの宝庫であり、バレると面倒事にしかならないものだ。だが、その最初は『異常である事実から目を逸らしたい』という僕の現実逃避があってのこと。説得に使った理由は本心からくるものであれど後付けであり、『こう言えば納得してくれる』という打算があった。

 多分部長はそのことに気が付いていたけど、納得したから触れずにいただけで、僕がやったことを理解していた。だって常日頃から『平凡バンザイ!』とか叫んでたもんね。

 

 ……多分、昨日の夜必死で対策練ってたんだろうな。それで、多分僕のやり口を真似したんだろうさ。

 部長は部長で、他者を言いくるめるのは得意だ。だがそれは意識を誘導するそれであって、その話術は基本格上には通用しない。なるほど、こういう時『逃げ場を塞ぐ』僕のやり方は確かに効果的だ。

 

「……だが、キミがどれだけ声高に叫んだところで、俺とキミの結婚は決定事項だ」

「決定ではないでしょう? 時期を無理矢理早めただけで、本来は大学を出てからの話。契約の穴を突いただけで、そもそもの話は変わってはいないわ」

 

 部長の言葉を受けて、ライザーさんの顔に怒りの色が浮かぶ。

 

「……キミがキミで冥界のことを思っているように、俺も俺で冥界のことを考えている。俺はフェニックス家の看板を背負った悪魔だ、この名前に泥を掛ける訳にはいかない。故にこの婚姻を破棄するわけにはいかない。キミの下僕を全て燃やし尽くしてでも、冥界に連れ帰る覚悟があるぞ、リアス」

 

 ライザーさんが炎を纏う。部長もそれに合わせて滅びの魔力を纏う。ただそれだけで吐きそうな程に息苦しい。

 警鐘(アラート)、まるでいつかの『人生の終わり(ゲームオーバー)』のそれに近い感覚。

 だが、しかし、死にそうだからってだけで膝を着く理由にはならない。少なくとも、主人が意志を示した。故にその為に我が生命を磨り潰すは確定事項。だって、それは僕の意志だ。

 

 左腕を構える、籠手が現れる。『決殺の手(トゥワイス・クリティカル・ブレイカー)』、可能性を掴ませろ。その為なら、この生命をくれてや————

 

「お嬢様、ライザー様、そこまでです。これ以上は私も黙って見ているわけにもいかなくなります」

 

 外からの声に、冷水をぶっ掛けられた様に意識が冷えた。今の台詞は2人に投げ掛けられたと見せかけて、その実僕に向けて放たれた。……バレている。いや、多分部長が真実を伝えた、信頼できるウチの1人ってことなんだろう。

 

 ともあれ僕も、周りも、2人も、殺気立った空気は納めた。多分、この人凄い強いんだろうね。

 

「……最強の女王と称される貴女にそんなことを言われたら、俺も流石に怖いよ。化物揃いと評判のサーゼクス様の眷属を相手にしたくはない」

 

 強いなんてレベルじゃなかった。サーゼクス様と言えば、現魔王ルシファー様じゃないかやべぇよ!?

 

 ……というかちょっと待って。確かこの人グレモリー家のメイドさんで、そして部長にはお兄様がいると聞く。そしてさっき部長から『魔王の妹』とかいう恐ろしい単語が聞こえた気が……うん、僕は何も気が付かなかった!

 

「こうなることは、旦那様もサーゼクス様もフェニックス家の方々も重々承知でした。正直に申し上げますと、これが最後の話し合いの場だったのです。そして、この場で決着が付かない場合を想定し、最終手段を取り入れることとなりました」

「……最終手段。成程、そう来たのね。家同士のいざこざを納める常套手段、我儘娘を黙らせるには都合のいい手、ということ」

 

 ……えっと、それってつまり。

 

「はい。御自身の意志を押し通すのであれば、ライザー様と『レーティングゲーム』で決着をつけるのは如何でしょう?」

 

 こ、これはひっじょーに不味いのではなかろうか……!?

 




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その5

 フェニックス相手にレーティングゲームは自殺行為ではないか?

 不死身で、フェニックスの涙の製造元。そして恐らくライザーさんは公式のレーティングゲームをやってるはずだ。……勝ち目あんの? いや、さっき籠手構えといてなんだけどさ。

 

「いいでしょう、レーティングゲームで決着をつけましょう。それ以外に道は無さそうだわ」

「へぇ、受けちゃうのか。ただ、俺の方は公式ゲームでの経験がある。今のところ勝ち星の方が多い。それでもやるのか、リアス?」

「ええ、せめてこっぴどく負けるぐらいでもしないと納得出来ないわ。納得は全てに優先する、らしいわよ。倒れるなら前のめりって言うじゃない?」

 

 あ、それも昨日僕が言ったの……でも部長風に言い直してる?

 それはともかく、なんだろうこの『諦めてる風の演技』。まさか、過小評価させようとしてたりするわけ?

 

「それもそうだが。でもそれをキミの眷属は納得するかな?」

「私は大丈夫ですわ、部長」

「僕は貴女の剣です、部長」

「……私も、です」

 

 ライザーさんの問いに、僕より先輩の悪魔達が納得している旨を伝えた。

 

「わ、私も大丈夫です、部長さん……!」

 

 アーシアが、若干怯えながら、しかし覚悟の色を目に宿して言う。荒事に慣れてない筈なのに、いいのだろうか。

 

「ありがとう、皆。……イッセーは?」

「今更聞かれるまでもねーですよ、部長。我が命は既に主人のモノ。如何様にも」

 

 覚悟なんざ疾うの昔に出来ている(言う程昔じゃない)。大丈夫です、部長。

 

「ならいいだろう。そちらが勝てば好きにすればいい。だが、俺が勝てばリアスは俺と即結婚してもらおう」

「ええ、それで構わないわ。皆、ありがとう」

 

 ……とりあえずこれ、レーティングゲームをするという方向で話が固まったということなんだよね? となると、ここからすべきなのは……と不安になって部長を見る。

 すると部長、こっそり僕に向かってウィンクをする。考慮済み、ということだろうか?

 

「承知致しました。お二人のご意識は私、グレイフィアが確認させていただきました。ご両家の立会人として、私がゲームの指揮を執らせてもらいます。よろしいですね?」

「ああ」

「構わないけれど、少しいいかしら?」

 

 部長が厭らしく嗤った……あ、それも僕のヤツ!

 

「レーティングゲームで決着をつけることに納得したけれど……これ、あまりにも不公平よね?」

「まあ、そうだな。どうやらキミの眷属はここにいるだけの人数のようだし、そもそも経験値が違う。それで?」

「私の方から頼むのもどうかと思うのだけれど……そうね、準備期間に3週間程くれないかしら? 人数を減らせ、というのは納得出来ないでしょうし」

「猶予を用意するのに否はないが、流石に3週間は長過ぎる。10日、それが限度だ。それぐらいあればキミなら下僕をゲームの体裁が整う程度までは仕上げられるだろう」

「短過ぎるわね。契約破りについて問い質してもいいのよ? それとも後で『婚約者をボコボコにして組み敷いた悪魔』と噂を撒かれてもいいのかしら? 18日」

「…………2週間だ。それ以上はまけられん」

「ふむ……まあ妥当なところかしら。いいわ、ありがとうライザー」

「その代わり、必ず約束は守るんだな」

「ええいいわよ、何処かの誰か達と違って、私は契約を遵守するわ。悪魔ですもの」

 

 二人の間に火花が散る。当然、僕らも倒すべき敵としてライザーさんを睨む。

 

 しかししかし、はてさて……最悪禁じ手とやらを使わなければならないかもしれないし……。

 

「ドライグ」

『ああ分かった、()()()()だな』

 

 その日僕は、二度死線をさまよった。

 

 

◆◆◆

 

 

 身体が思うように動かない。慣れない異物が体内にあるせいだろう、起こすことすらできない。

 全身を駆け巡る焼けるような痛みは更に増していた。……無理矢理作り変えられてる感覚。身体を弄られた改造人間達は、最初はこんな感じだったのかもしれない。

 慣れてきて、ようやっと身体を起こせるようになる。口の中は鉄の味、拭えば手にこびり付く、紅より赤い『赤』。これはもう赫とか言った方がいいかも知れない。少なくとも、これは僕の血の色ではなかった。

 これは見られるとまずい。起き上がり、ベッドのシーツと枕カバーを外して、適当に押し入れの中に突っ込んだ。替えのものを準備しないと。

 

 時刻は早朝4時、誰も起きてないことを確認して自室を出て1階へと降りる。キッチンで水を飲む。鉄の味を無理矢理嚥下して、意識と息を落ち着かせる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 視界が霞んでいる、手が震えている。明らかに重症だった。自己改造の副作用と思えば納得だが。

 

『恐らく、明日にはその【——】も【—】も馴染むだろう。先に【——】を慣らしておいたのはやはり、間違いではなかったな』

「それ本当だろうな……場合によっちゃ、2週間後には僕が不死鳥殺しやらないといけないんだけど」

『……兵藤一誠。無慈悲なことを言うようだが、お前には不可能だ』

 

 聞き分けの悪い駄々っ子を諭すような落ち着いた声で、赤い龍は言う。

 

「正体がバレることを承知の上で禁じ手を切れば?」

『そうするつもりはないのにか?』

「必要とあればするよ、どうなんだ?」

『……五分五分、といった所だろうな』

 

 神をも屠れる力を与える神器の禁じ手を使っても五分五分な辺り、僕の才能……というより、戦闘力の低さはいっその事笑えるレベルだな。まあ、本来普通の男子高校生にそんなもの求められても困るんだけど。

 

「まあ、だからといって最初から諦めるのは趣味じゃない。なんの為に【—】まで置換したと思ってるんだ」

『……底上げが理由ではなかったのか?』

「それが半分。『赤龍帝の籠手』で使うにしろ『決殺の手』で使うにしろ、この神器は元の力が強ければ強い程、効果が上がる。単純に倍になった時の増加量から考えてね」

 

 だが、ぶっちゃけそれは【——】で事足りる。というか無理して死ぬ思いをしてまですることじゃなかった。

 

「結論、僕がその最期まで諦めず、燃え尽きることがなければ大丈夫なんだ。……自分を駒のように使い潰すことができれば、多分フェニックスは倒せる」

『……成程、道連れを狙うということか。()()()()()()()()()

「そゆこと」

 

 もし完璧に恩に報いるとしたら、ここだろう。ここで何も出来なければ、僕に価値は無いとさえ思う。それなら、価値のある内に使い潰すのが正しい駒の使い方だろう。

 

 そうだ、僕はあのヒトになら全てを捧げてもいい。何の間違いか、惚れてしまったのだ、仕方がない。

 

「お前にとっても悪い話じゃないだろうドライグ、僕が早々に死んでくれた方が。今度は才能あるヤツに取り憑けよな」

『……お前は、死にたいのか?』

「まさか。死ぬのは嫌だ、そもそも痛いのも嫌だ、怖いのだって嫌だ……でも、格好がつかないのが1番嫌なだけだ。だって、男の子だからね」

 

 元々死んだ命だ、今度こそカッコ良く最期を飾りたいじゃないか。それで恩人を救えたなら文句無しだろう。……父さんと母さんには申し訳ないけれど。でも、悪魔になってたなんて言えないから、やっぱりそこそこのところで死んでなきゃダメだ。

 

「……まっ、最初から諦めてるわけじゃないよ。それだと約束破りも良いところだしね。『何れ訪れる宿敵と出会うまで、力をつけて、勝ち残る』。忘れてないよ、大丈夫。結果的に死ぬことになる可能性はあるかもしれないけど、生きることを諦めることは絶対にしないから」

『………………』

 

 2杯目の水を呷る。もう、鉄の味はしなくなっていた。

 




これ、前話にくっつけた方が良かったのでは……?

感想、批評、ダメ出し、よろしくお願いします!


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その6

生存報告(二重)


「……で、合宿ですか」

「ええ、決戦までの時間は無駄にはできないわ」

 

 貧血で倒れそうな身体を奮い立たせながら、気合満々な眼前の上司の顔を拝む。

 時間は5:30、そろそろ早朝訓練の時間かな? と準備をしてたらまさかまさかの部屋の扉から現れた部長がそう言った。

 

「いやまあそれはいいんですけど、何も言わずに2週間も店放置するのは流石に」

「そこも含めて根回しは終わっているわ。と言っても立山さんを臨時店長、補佐に中村さん任命するだけだったのだけどね。あなたが店長業務のマニュアルも作ってくれていて助かったわ」

「いえあのそれ多分マニュアルじゃなくて店に置いてた僕のスケジュール表……」

 

 共用スペースに置いてるので誰でも読めるようにはなってたのはそうだし、全然活用してもらっても構わない。だけどマニュアルと言うには足りない物が多い気が……。あそこに書いてあるの売上目標と実績、発注の管理とあと僕用のカンペ(主にクレーム対応)だからなぁ……。

 

「使えればなんでもいいの。そもそもしっかり仕事を見せてたのでしょう? 緊張こそあれ、特に不安げな様子も無く『任せてください!』と豪語していたし大丈夫よ」

 

 前より悪くなることは無いだろうし、と悪い顔で笑う部長を見て、そりゃそうだと思った。発注に関しては若干の不安が残るが、桁さえ間違えなければ後でどうとでもなるし僕がどうとでもする。それにここしばらく新人教育に力を入れていたこともあって、人員も厚い。前みたいな独りでランチタイムをぶん回すような絶望シフトとはおさらば。今から3週間以内で特別大きなイベントもなく、天候も恐らく問題なし。なら問題は無い、か…?

 

「それに例の2号店計画の準備の関係で、近いうちに立山さんに店長業務をやってもらう予定ではあったでしょう? まさに言う渡りに船と言うやつね」

「マジでチェーン展開狙うつもりなんスねぇ……」

「なんならフランチャイズ展開も視野に入れてるわ。売り付ける先は人間じゃなくて悪魔だけれど」

 

 やっぱこのヒトやり手の悪魔だよなぁ……だなんて思いつつ、となれば反対する理由もないのでそのまま合宿の準備をすることに決めた。まあどうせ上司のお願いだからね、逆らえないね。僕ちん下僕悪魔だもの。

 

「ところでアーシアも合宿に連れていくんです?」

「もちろん、先に話を通しておいたわ。そうじゃないと貴方、あの子の参加を渋るでしょう?」

「そりゃあ、よく僕のことをご存知で……」

 

 だから扉から入ってきたんだなぁ、と納得。そして話の流れからしてアーシアも参加表明したっぽくて付け入る隙が恐らくない。ぐぬぬ……まぁ自衛の為の力が着くと考えたら悪いことではないけど、若干心配だよ僕。

 

「じゃあ6時にこの家の玄関前に集合ね。大体の荷物は準備してるから、用意するのは服ぐらいで大丈夫よ」

「分かりました、じゃあ早速準備始めていきます」

 

 さあ時間が無いぞ、ちゃかっと身支度を済ませよう……と思ったところで、部長が怪訝な顔をしているのに気が付いた。

 

「部長、どうされました?」

「……気のせいか、と思っていたのだけれど。妙に血の匂いがするのよね、この部屋」

 

 何か危ないことでもしたのかしら? と睨む部長に対して鼻血が出まくりました、と平常心を保って返せた僕の鋼メンタルを褒めて欲しい。本当にチビるかと思った。

 

 

◆◆◆

 

 

「死ぬ……死ぬぅ……」

 

 で、コレである。

 荷物を準備して家を出たら、こんもりとした荷物の山とグレモリー眷属達勢揃い。じゃあ行くわよ! と部長が魔方陣を使って僕らを転移させた先が山の麓。うへぇ、ここから修行なのかな? と若干げんなりしたところで『コレとコレとコレがイッセーの荷物ね。神器は使わないこと』と荷物の3割を背負い、部長の意図と僕が死にかける未来を悟った。ちなみに残りの5割は塔城サンが背負い、その残りを他の面々が背負っていた。

 朝の眩しい光と荷物の重さ、あと昨晩の後遺症で嫌な汗が止まらない。普通にキッツイんだわ、これ。

 ……だが、荷物自体は思いの外すんなりと持てている。コレには部長も驚きだったようで『早朝の訓練が実を結んだのね』とお褒めの言葉を戴いた。いやでもおかしくねぇ? 数週間でどうこうなる強化じゃないと思うんだけど……。

 

『貴様、どういう意図で俺に自分の一部を投げ売ったのか忘れたのか?』

「(あ、そーゆー……)」

 

 僕にだけ聞こえる呆れたような声で、左腕に眠る相棒がその答えを教えてくれた。単純に生物として強くなっただけのようだ。身体は心底ダルいが、狙った効果が早速現れているようだ。

 

『意図していたのかそうでないのかはともかく、お前の採ったあの選択が思いの外幸をそうしている。だがそれは、お前の身体が人間どころか悪魔からも掛け離れていくということだ。今はまだいいが、何処かで対策を講じなければ解る者には見ただけで正体を看破されるだろう』

「(赤龍帝ってバレなきゃなんでもいいよ……龍の手の亜種ならこんなこともある、って思ってくれたら万々歳だ)」

 

 そう上手く行くかは知らないけどね、と思いつつそこそこに険しい山道を進んでいく。天候も相俟って景観も相当いいはずなのだが、それを見る余裕は無い。舗装されてない地面と、そこに吸われる垂れて落ちる汗の滲みしか見えん。

 何とか顔を上げると、かなり先に自分以上の荷物を背負った塔城サンが割と軽快に進んでいくのが見えて気が滅入る。後輩に負ける先輩って格好が着かねぇなぁオイ。

 

『さて、思いの外負けず嫌いな我が相棒。負けてられるのか?』

 

 嘲るように、煽るように言う憎き左腕の相棒に返す答えは一つだ。

 

「いんや、無いね」

 

 気力を振り絞り、脚に力を入れ、何とかペースを早歩きまで持っていく。疲労が溜まっているからなのか、それともドラゴンパワー的な何かなのかは分からないけど、力を込めた場所が熱を持ち、気持ち軽く足を前に踏み出せるようになる。

 片手で水分補給用の水筒を握りしめ、せめて自分より重い荷物を持っている後輩よりは早く、と無意識にペースがジョギングレベルになり、すぐに塔城サンの横を通り過ぎる。

 だが、負けず嫌いは僕だけではなかったらしい。

 

「……む」

 

 と声が後ろの方から聞こえ、すぐにザッ、ザッ、と荷物がテンポよく揺れる音が大きくなり、すぐに僕の横まで並び、

 

「……お先に」

 

 と過ぎ去っていく。よろしい、ならば競走である! と僕も何とか脚の回転を速くし彼女を抜く。そしてそれを受けて彼女もまた速度を上げ僕を抜く、という繰り返しが始まる。なんかもう途中から脚の感覚無くなってきたけど、僕から始めたもんだから辞められず、不毛な抜かし合いが目的地の建屋に着くまで行われることになった。

 結局無様に負けて地面に倒れ伏した僕を、皆がなにやってんだと呆れた目で見下ろすので、あのドラゴンに乗せられるんじゃ無かったと後悔することになった。トホホ…。

 

 

◆◆◆

 

 

『身体を酷使する結果にはなったが、その分交換したパーツの定着が早く済んだ。訓練には間に合って良かったな』

「そういう意図があるなら先に言えよ……」

 

 脳内で返事を返すという余裕もなく、今僕は目的地の建屋……部長が所有してるらしい木造の別荘、そのリビングで倒れていた。

 

『フン、情けない。それでは白いのには勝てんぞ』

「え、いや今別にそんな未来の宿敵のことなんて考えてる余裕が」

『付き合いは浅いが俺には分かる。お前に近い未来の目標を与えるとロクなことにならん。故に無理矢理未来のことを意識させることにした』

 

 え、何? 僕ってば太く短く星人に見えてたりするワケ?

 

『その通りだ、愚かで度し難い我が相棒。貴様、なるべく普通っぽく見せる立ち回りだけは完全に熟す癖に、目の前の課題に関してはなりふり構わず、文字通りの全身全霊を賭して、考え無しに突っ込むだろう? 凡そお前に理性という物はない。感情で考え動くよく分からん生き物、それがお前だ』

「アレ、これ相当馬鹿にされてますよね僕ちゃん」

 

 事実、自分のしたいことしかしてないのは否定しませんけどね? そんな人格破綻者みたいな言い様はどうかと思いますことよ?

 

『よく言う。事実、自分の立場が悪くなるかもしれないと気付きながらも、自分の命を落とすことになろうとも、貴様は貴様の感情のままに突き進み、我を通した。これを愚かと言わずしてなんと言う!』

「……………」

 

 言い返せなかった。あまり意識したことは無かったけど、多分自分を生まれた時から見てきた中の(ひと)にそう言われると、確かにそうかもしれん、となる。

 

『だが、()()()気に入った』

 

 不死鳥如きに遅れをとることは許さんぞ、そう言い残してクソトカゲの意識は神器の深く深くまで潜った……と思う。気に入った云々の真意を問い質すために何度呼び掛けても反応が帰ってこなかったので、多分睡眠に近いもんに入った、気がする。感覚的なモノなので上手く表現ができなくてもどかしい。

 

「……どの辺りが琴線に引っかかったんだろう?」

「なんの話だい?」

「おわっ!?」

 

 独り言を呟いてたら木場クンに聞かれていたでござるの巻。急に話し掛けられるとキョドるからやめて欲しい。根っこの部分は陰キャなんだよ僕……。

 

「あー、口から心臓出るかと思った」

「ははは、驚き過ぎだよ。別に今は気配を消してたわけじゃないのに」

「サラッと気配消せるって言ったな君?」

 

 なんだコイツ人外かよ? ……人外だったわ(悪魔)。

 

「それで、琴線にっていうのは何の話だったんだい?」

「ん? ああ、なんでか知らんけど、割と部長に目をかけて貰ってるから、なんか琴線に振れる部分あったんかな? って思ってさ」

 

 息するように口から出た嘘。現状僕の神器の中身については、部長と副部長、あと部長の上司にあたる魔王様だけ知ってるトップシークレットだ。まあ近いうちに木場クンや塔城サンにも伝えないとまずいとは思うが、今ではないと思う、多分。

 とはいえ、口をついて出た言葉の内容については僕の偽らざる本音だ。副部長から『グレモリー家は情愛の悪魔の一族』というのは聞いたけれど、それにしたってとは思わないでもない。いやまあそれを言うなら悪魔とは不倶戴天の敵である元教会勢力、堕天使勢力のアーシアに対して、眷属になったとはいえ、ほぼ家族では? みたいな距離の近さだし、やっぱその辺おかしくなかろうか? ということを口にする。

 すると木場クンは苦笑して、そう思うのも無理はないよね、と言った。

 

「でも、確かに兵藤くんに対しては特に目をかけてるとは思うよ」

「あ、僕の自意識過剰とかじゃなかったのね」

「何となく僕もその気持ちが分かるからね。目を離してると兵藤くん死にそうだし。平気で無茶しそうだから不安に思って、若干甘くなるのも仕方ないんじゃないかな?」

「あー……って納得しちゃダメか。程々に反省しますぅーっと」

 

 まあ変える気あんまりないけど、と心の中でだけ呟いて身体を起こす。左腕の中の相棒が言った通り、昨晩感じていた体内の異物感は消え、幾分か身体が軽い。手を握って開いてを繰り返し、特に痺れがないことも確認する。

 その間に、「はいこれ」とさり気にグラスに注いだ水を寄越してくるイケメンムーヴも、僕が要介護者に見えてるからなのだろうか。ありがとう、と受け取りながらそんなことを思ってしまう。

 

「じゃあそれ飲んだらジャージに着替えてくれるかな? そろそろ特訓を始めるって」

 

 え、もう? と思って木場クンをよく見たら、既に彼はジャージに着替えていた。やばい、もしかしたら僕待ちだったかコレは?

 

「急いで着替えてくるわ、30秒も待たせないから」

 

 慌てて荷物を引っ付かみ、階段を駆け上がろうとして、

 

「あ、2階は部長達が使っているから、浴室を使うといいよ」

「……何から何までごめん」

 

 確かにコレは見てて危なっかしいだろうなぁ、と何処か客観的に自分を見ながら浴室の方まで駆けていくのだった。



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その7

筆がノッてるうちに。
感想、評価ありがとうございます。


【①木場クンとの剣術訓練】

 

「割と兵藤くんって、場馴れしてるよね」

 

 軽い準備運動(これっぽっちも軽くは無かった)を経て、僕は木場クンと剣術稽古をすることになった。というかまず僕とアーシアは眷属の面々と1対1で組むことで、皆の戦い方等の理解を深めて欲しい、との事だった。まあレーティングゲームは団体戦だから必要な事だよね。そんでまあ同じ男子ということもあって精神的にやりやすいだろうということで、トップバッターには彼が選出された、という話。

 ……木場クンが俊敏性を大幅に上げる『騎士(ナイト)』の駒を使って転生してるのは知っていたけど、リアル騎士だとは知らなんだ。しかも持ってる神器も魔剣をなんでも、幾らでも創造できる『魔剣創造(ソードバース)』! イケメンは神器もイケメンだった。だってソレ、もうアレじゃん! 身体が剣で出来てるヤツじゃん!!

 

 で、だ。まずは実際に立ち会おう等とふざけたことを言うもんだから、渡された木刀でまあ打たれまくる打たれまくる。その癖こっちの一撃はひょいっと躱すモンだからストレスも溜まる。10回打たれたら一段落、というのを5セット程繰り返して、才能ねぇなぁと逆に開き直っていたら、木場クンがそげなことを言ったのだ。場馴れしている、と。

 

「んー…? 別に木刀を日常的に使ったことはないけど。ただの喧嘩殺法なのよさ」

「まあそれは分かるよ。身体の動かし方に訓練の跡が見えないから、兵藤くんが武術を身につけている、という意味では言ってない」

 

 ただ、と言って木場クンは不意打ち気味に木刀を投げつけて来た。それも頭に。

 

「うわっ!?」

 

 何とか左手で握っていた木刀でガンッ! と叩き落とす。あにすんだよ? と睨み付けると、彼は余計に理解を深めたように、何度も頷いている。

 

「兵藤くん。キミが僕に打たれた箇所は、全部腕や脚等だ。キミは決して、僕に急所にあたる部分を打たせなかったんだ」

「それはまぁ、普通だろ?」

 

 ボッコボコにされても腕と脚なら腫れるか、血が出るか、最悪骨折れるぐらいで済む。ただ一気に継戦不可能になるような頭とか股間とか、そういうところはなるべく守るもんじゃないのか?

 

「うん、だから場馴れしてると思ったんだ。少なくとも僕は何回か、キミを昏倒させるつもりで後頭部を狙いに行ったからね。余程場数を踏んでるに違いない、と思ったのはそういうことだよ」

 

 なんて酷いことをしてるんだこいつ。さわやかに言っても通用しないぞ、ソレ。

 

「もう一つ理由がある。成程、逃げに徹するなら急所ばかりを避け続けるのも不可能じゃないのかもしれない。けれど兵藤くんは果敢に攻めてきたよね?」

「じゃなきゃ訓練になんないでしょうが」

 

 避ける訓練とは言われなかったしな。じゃあ普通に木刀でしばき合うと思うじゃん。

 

「そこなんだよ。キミは打たれることに関しては全く怯んで無かった。普通なら反射行動で身体が退く筈なのに、それがまるで無かった」

 

 キミ、一体今までどんな生活してきたんだい? と言外に聞かれてるようだった。その目をやめて欲しい、笑ってるけど笑ってないだろテメェ。

 

「……あー、その、なんだ。九頭龍亭って駅前にあるじゃん? ンで、(違法な)夜間シフトの時なんかは不良とかのたまり場を横切ったりもするわけだよ」

「ああ、あのですとろい?高校とかいう……」

 

 いやもう本当にマジでアイツら怖ぇっての。あんなテンプレ不良が現代日本に生息してることが最早ファンタジーだよって話!

 で、なんの問題もなく逃げれる日もあればそうでない日もあるし、なんなら見過ごすと後味悪そうだから首突っ込む日もあるわけよ!

 

「そのせいで自然と立ち回りとタフネスだけは身に付いてね……打たれ慣れてるせいで感覚麻痺っちゃってさ……」

「あはは……まあ、そういうことなら納得かな。喧嘩殺法って言ってたのもそういうことだったんだね」

 

 ……まあ、その、まあ。それは高校に入ってからの話で。僕みたいな糞凡人が1年ぐらいで剣士ガチ勢の木場クンからの猛攻をある程度防げるようになるわけもなく。こういう危ない橋を渡るのはここ一年間の話では無かったり。

 んー……元気してるかなぁ小学校ン時のガキ大将。あの傍若無人な僕の相棒、引っ越してったきりまるで連絡が無いからなぁ。

 

「だったらそうだね……兵藤くん、剣術を習う気はないかい?」

「え、いや遠慮します…」

 

 別にお上品な戦い方をしたい訳じゃない。普通に殴る蹴るの暴行、その辺の石を掴んで殴る投げる、鉄パイプぶん回す方が僕には合ってる……気がする。

 

「何も本気で修行しろとは言わないよ。ただ、ある程度の技を覚えてたら、キミなら上手く使いこなせるんじゃないかな」

「それはまあ、確かに?」

 

 ということで、僕は木場クンに乗せられる形で、残りの時間を稽古に当てるのだった。

 

【兵藤一誠は、(そうとは知らず)平正眼と縮地の基礎を身につけた!】

 

 

◆◆◆

 

 

【②塔城サンとの組手】

 

 今度の先生は戦車な後輩塔城サン。最初に木場クンと何をやったのかを聞かれ、それならばとこちらは組手をすることになった。

 『戦車(ルーク)』の駒は腕力と固さを大幅に上げる。それもあってか彼女はヤバい怪力の持ち主。その上殴ったらこっちの腕がひしゃげるんじゃねぇかってレベルで衝撃が徹らないモンだからやってらんない。あと小柄な体型と駒の特性からくる脚力もあって、機動力もハンパない。速さだけなら木場クンの圧勝だが、僕としては彼女の方が圧倒的にやりにくいと感じた。

 何度も何度もぶっ飛ばされ、何度も地面と熱いキスを繰り返しながら、もう起き上がる回数を数えるのも億劫になった頃に、塔城サンは言った。

 

「……先輩って、実はとてもタフなんですか?」

「と、言うと?」

「……手加減はしています。でもそろそろ朝食が口から出てもいいぐらいには殴っているんですが」

「サラッと凄い告白するよねキミ!? 執拗に腹パンされたのはそれか!!」

 

 腕でガードするのも辛かったのに、その威力のボディーブローは普通に死ねますことよ??? それに体格を活かして懐に潜り込んでくるもんだから避けようがない。

 

「……最初はそこまでするつもりはありませんでした。適当なところで根を上げると思っていたので。ただ、いつまで経っても平気そうな顔だったから、つい熱が入り」

「そんな風に見える? もう今立つのも精一杯よ?」

 

 まあ気合いで震えも止めてるんだが! 弱さを見せたら負けである、囲まれるからね! 時としてハッタリも立派な戦略だ。

 

「……私の直感ではありますが、先輩は開始30分ぐらいで限界を越えていましたよね」

「時間感覚麻痺ってたから分からないけど、まあ割と早い段階で『もう無理ぃ!』とは思ってたかな?」

「……だけど、そこからも割と平気そうに立ち上がって構えていたと思います。何度か拳も貰いました。ハッキリ言って気持ち悪いです」

「ねぇ、ねぇ? 僕にも傷付く心はあるんだよ?」

「……7割は褒め言葉です。とりあえず、なりたての転生悪魔としては常軌を逸したタフネス……というよりは精神力が、先輩にはあるんだと思います」

 

 へぇ〜そうなのかぁ〜、と軽く流しながら水を飲んでるとジト目で睨まれた。本当に分かってんのかコイツ? って目だ、よくそんな視線を貰うのでよく分かるぞ!

 

「……とはいえ今のままでは宝の持ち腐れ、です。先輩は、とても軽い」

「んーと、それは物理的に軽いって意味じゃあないよね?」

 

 そう言うと彼女は小さく頷いた。

 

「……先輩は攻めまくるという戦い方をせずに、カウンターをよく狙っていました。先輩のタフさと噛み合う戦い方なので、これ自体は悪くありません。だけど受け主体の戦い方なのに殴り飛ばしやすかった。これは問題だと思います」

「ふむふむ」

「……ひとつ、もしかしたら相性がいいかもしれないものを知ってます。一先ずそれを覚えて、試してみましょう」

 

 と、言うことで少しだけその相性が良いかもらしい構えを教えてもらう。

 

「……では、実際に試してみましょう。今から私は、先輩を少し本気で殴ります。それを防いでみてください」

「お、おうさ!」

 

 変則的な仁王立ちにも思える構え方で、少し距離を取った塔城サンを迎え撃つ。これ本当に役に立つのか……? と思ったのも束の間、ザッッ!! と地面を蹴り、僕の腹目掛けて拳を振りぬこうとする後輩。

 こりゃまずい、と何とか間に合った腕を交差させたクロスガードで何とか防ぐ。先程までならば勢いを殺せずに足が地面とバイバイするところなのだが、今回はなんと後ろにザザッ! っと後退するだけで済んだのだ! ……腕は先程までと比較にならないぐらい痛いけどな!!

 

「……思った通り、です」

「すげぇなこの構え方……確かに吹っ飛ばなかった」

「……ただ、それが1番の正解とは限らないです。それをベースに先輩に合う構え方を、この合宿中に身に付けましょう」

 

 そうして残りの時間を、僕の構え方を試行錯誤するのに費やしたのだった。

 

【兵藤一誠は、(そうとは知らず)三戦立ちを身につけた!】

 

 

◆◆◆

 

 

【③副部長の魔力講座withアーシア】

 

 流石にそのままでは次の訓練には向かわせられない、という塔城サンが見せた慈悲によって急遽予定が変更となり、僕はアーシアと一緒に副部長から魔力を使う訓練をすることになった。ありがとう塔城サン、本当に助かる!

 ということで別荘の一室を借りて、僕達は副部長から魔力の簡単な概要と使い方を習うことになった。

 

 そもそも僕は、魔力の使い方は呪文を唱えたり魔方陣を使ったりするモンだと思っていたのだが、それは違うらしい。近いイメージとしては超能力だろうか? 自分の考えたことを実現する為の力なので、才能さえあれば割となんでもできるのだそう。逆に才能が無ければそもそも魔力を体外に放出することすらも難しいのだとか。世知辛いねぇ……。

 

「魔力は体全体を覆うオーラから流れるように集めるのです。意識を集中させて、魔力の波導を感じるのです」

「ぐ、ぐぬぬぬ……!!」

 

 ただ運がいいことに、魔力を捻り出すこと自体は(気力はかなり使うものの)出来なくはなかった。多分僕が置換させた『──』も関わってるだろうけど、魔力自体もそこそこある……のかもしれない。手のひらの上にできた真っ赤なサッカーボールサイズの玉を見てそう思う。だが……、

 

「ぐあぁ……」

「うぅん…魔力を集めることはできていますが…」

 

 力が抜けて、魔力玉が一気に霧散する。僕はどうも魔力の放出が苦手なのかもしれない。

 一方その隣でアーシアは、

 

「できました!」

 

 と特に力むこともなく、パパっと手のひらにソフトボールサイズの緑の魔力玉を作っていた。僕みたいに直ぐに霧散することも無く安定している。ちょっと羨ましい。

 

「あらあら。アーシアちゃんは魔力を扱う才能があるのかもしれませんね」

「えへへ…褒められちゃいました」

 

 我がことの様に喜ぶ副部長と、褒められて頬を染めながら照れるアーシア。その絵面のあまりの尊さに思わず目を瞑った。流石観賞用レベル美人同士の絡み、ご馳走様です。……って尊さで意識飛ばしてる場合じゃないよ僕。

 

「では、その魔力を炎や水、雷に変化させます。これはイメージで直接生み出すことも出来ます。ですが慣れないうちはまず、実際の火や水を魔力で操作して練習しましょう」

 

 こんな風に、と言いながら副部長が、机の上に置いてある水の入った500mlペットを指さした。

 変化は一瞬、バチン! と弾けるような音と共に中の水がボトルを食い破るように棘だらけの形に変わった。

 

「うぉお……すげぇ……」

「うふふ、この辺りは序の口ですわ。慣れてくると…」

 

 そう言って副部長は右の手のひらを前に出し、先程まで僕らがやっていたように魔力の塊を作り出した……と思ったら、バチバチと黄色い閃光がそこから溢れ出した!

 

「うひゃあ!?」

「大丈夫ですよ、力は抑えているので触っても静電気ぐらいの痛さです。直ぐにこのレベルまで、とは言いませんが、魔力が足りていたらこのぐらいはいずれ誰でもできますわ」

 

 そう言ってくれるとやる気も出るというもの。僕だって男の子、カッコイイことはしたいお年頃。……もしやリアルドラゴン波を撃てるようになるかもと思うとワクワクもしてくる。

 

「ではアーシアちゃんは、先程私がやったみたいにペットボトルの水を使って魔力の操作をする練習に移りましょう。イッセーくんは引き続き、魔力を集め、留める練習を続けましょう。集めるのもイメージなら、留めるのもイメージです。……そうね、普段からイメージしているものなら留めやすいんじゃないかしら?」

 

 普段からイメージしているものかァ……それこそさっき想像したドラゴン波でもいいけど、あれは留めるというより放出だから多分修行内容にはそぐわないんだろうなぁ。

 

「最近イメージしてると言えば……ぐぬぬぬ……おっと!?」

 

 ふと脳裏を過ぎった、僕にこびり付いてる『死』のイメージが、僕の手のひらの中で形を成した。

 長く、細いそれは……赤くはあるが、記憶の中にある『光の槍』だった。あはー、そりゃそうだよなぁ。復讐し終わるまでずっとヤツのこと考え続けてたもんなぁ。

 

 ということで変則的な形ではあるが僕も魔力を留めることに成功したので次の段階に進むことができ、胸を撫で下ろした。

 けれど、副部長もアーシアもなんだか微妙な表情をしていたのが気になった。アーシアは分かるけれど、副部長も何か、天使か堕天使と因縁があったりするのだろうか?

 

【兵藤一誠は、魔力槍を身につけた!】

 



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その8

感想、評価、誤字報告ありがとうございます。
日間ランキングに載ってたみたいで、それもあって急に伸びたお気に入り登録に驚きながら次の話です。


【④部長と2倍重力トレーニング】

 

 修行、特訓と言えば、それはもう『重力トレーニング室』だ。ドラグ・ソボールに触れたことがある人なら真っ先に出る……とは言わずとも、パッと出てくる人も多いはずだ。

 まあ、そんなものは僕は持ってないし、流石の部長も持っていない。作れるヒトに心当たりはあるらしいけど、今ここにいないヒトの話を仕方が無い。

 なので、

 

『Boost!!』

「ッシャア! 僕に掛かる重力を2倍ッ、だァ!! では部長、よろしくお願いします!」

 

 休憩を挟みつつもここまでの訓練で溜まった疲労も合わせて、自分の体重が更に僕に負荷をかける。……ふふふ、今にも倒れそうだけど今から空孫悟もやった重力増加トレーニングをすると思うと気合いも2倍になるってものだ。今度森沢サンに自慢してやろう。

 

「……イッセー。掛かる重力を2倍にする、という発想は素晴らしいものだとは思うわ。けれど、何故今の今までそれを使わなかったのかしら?」

「単純に偽装剥げて身バレしないためですが」

 

 神器は想いの力で強化されたりもするんだとか。一応これでも、命を賭けて臨んでるつもりだからね。何らかの拍子に気合いが入り過ぎて『赤龍帝の籠手』ってバレるとすこぶるマズい。

 

「だから既に話をしてある部長の前だったら使ってもいいかな、と」

「まったく……警戒心があるのか無いのか分からなくなるわ。私だって万能ではないのよ?」

 

 と言いつつも周囲に何かしらの結界を魔力使って張ってくれる辺り、本当にこの方は優しい。……絶対に、絶対に、命に替えてでもこのヒトの願いを叶えてみせる。

 

「では手始めに、そこの岩を背負って山道を往復よ。……でも、ただ負荷をかけるだけなのは芸が無いわね」

 

 そう言って部長は、手のひらにうすーく魔力を表出させ、そのまま直径で2mぐらいはありそうな岩に手を触れた。一体何を? と思ったが、そのまま岩ごと腕を振り上げたことで意図を理解した。

 ドスン! と岩を置いて、特に疲れた様子もなく部長は続けた。

 

「別に方法はコレでなくともいいのだけど、魔力を使ってこの岩を背負ってみなさい」

「え、えー……。そのお恥ずかしい話、僕はまだ魔力を槍状に展開することしか……」

 

 そう言ってブォン! と赤い槍を手元に表出させてみる。アーシアが割とサクサク魔力変換を身につけていたのに対して、僕はこの槍を伸ばしたり太くしたり宙に浮かせるぐらいしかできないのだ。これはコレで便利だと思うけどね……。

 

「あら、そこまで操作できるなら、ちょっとイメージを付け足すだけで解決できるじゃない。後は自由に曲げるイメージがあれば縄の代わりに使えそうよ」

「で、出来ますかね……?」

 

 でも部長が簡単そうに言うから、とりあえず挑戦してみる。表出させた槍を宙に浮かせて……針金を曲げるイメージで……!

 若干額に汗が滲むぐらいに気合いを込め、イメージを練ると、なんとか槍がぐにゃあ…と曲がり、輪っかの形を取る。いや何とかなったけど、これを維持するのすっげぇ疲れるぞ!!

 

「あら、それはそうよ。疲れることをしないと訓練にならないわ」

 

 さも当然の様にニッコリ笑う部長がおっかない。いやまあやりますけどねぇ!

 とりあえず槍を浮かせ、太くし、何とか輪っかにする。霧散しないように魔力の輪を慎重に動かし、僕ごと岩を縛るように縮めた。

 とりあえずは上手くいったので、何とか背負うように背中を丸める。重力倍加の影響もあってえげつない程重く感じるが背負えない程ではない。それよりかは、この負荷が掛かっている状況でかなりの集中力を必要とする魔力操作を並行して行う方がキツい。

 

「では行きましょうイッセー。落としたら往復回数を増やすわよ」

 

 トスン、と背負った岩の上に乗る部長からただの死刑宣告受け顔を青ざめさせながら、僕はいつになったら終わるのか分からない苦行に身を投じることになったのだった。

 

【兵藤一誠は、魔力輪の形成と集中力を身につけた!】

 

 

◆◆◆

 

 

【⑤ドライグと……?】

 

 結局5回目の往復で成功、もう息も絶え絶えの状態で別荘玄関の前で倒れ込む。流石にあと10分ぐらいは動けねぇ……。

 

「お疲れ様、イッセー」

「へぇい……」

 

 もう今日だけでどれだけ地面とコンニチワしたか分かんねぇなコレ。口から虹のエフェクトが出てないことだけが唯一の救いである。いやまあ半分は自業自得だけどな、重力倍加したし。

 

「じゃあ、そろそろ晩御飯にしましょうか。今頃朱乃達が準備をしてくれているはずだわ」

「りょ、りょーかいで、あふんっ」

 

 身体を起こそうとして、力が抜ける。マジで動けない。手足の痺れもあるし、若干水分が足りてないかもしれない。

 

「あ、あとから向かうんで先行っててください……身体起こせねぇですぅ……」

「ふふっ、アレだけ頑張っていたもの。仕方ないわね、私がおぶってあげる」

「やめてください、マジで」

 

 思わずガチめの声が飛び出した。自分自身でも驚く程だったからか、僕を上から覗き込んでいた部長はビクリ、と身体を硬直させていた。

 

「……あ、すんません。別に部長が嫌いだから、というわけじゃなくて、その……流石に無様が過ぎる、と言いますか」

 

 いやでも実際無様ではある。幾ら自分より遥かに強い方ってのが分かっていても、命を賭けると内心で誓った女性に背負われるのは、流石に自死案件。男は見栄の生き物、普通(あたりまえ)普通(あたりまえ)

 

「それに今、僕も汗ダラッダラかつ汚れて汚いワケですし、大丈夫ですよ。10分経ったら無理矢理でも向かうんで、放置してくださいな」

「…………わかった、わ」

 

 何処かしょげた様な……いや違う、ハッキリと傷付いた顔で、部長はこの場を後にした。言葉のチョイスをミスったのか、それともお家の特性の問題か。もしかしなくてもかなり酷いことをしてしまったんじゃないだろうか? …………この間も恥かかせちゃったしなぁ。

 それでも僕は、自分が勘違いしないために予防線を張り続けなければならない。認めてはならない、こんな感情。なんとしても己を騙し続けなければ。

 

「はァ……」

 

 日は沈み、眼前に拡がる空には星が瞬き始めている。ガスの影響が少ないのか、それとも僕の視力が上がったのか、とても綺麗によく見える。

 

「全く、僕ちゃんはすこぶる弱いなぁ……」

 

 誰もいないというのに……いや、誰もいないからこそ弱音が口をついて出る。

 コレでもちょっとした自負はあったのだ。不良相手なら2対1までなら上手に立ち回れてきたし、独力で中級堕天使やはぐれ悪魔を倒したことだってある。だけどどうやら、それだけではまるで全然足りていない。今日の訓練で分かった、僕は眷属の中で1番弱い。同じ新人悪魔のアーシア相手でも、今の感じだと魔力攻撃で早々に沈められる未来図が浮かぶ。

 いや、眷属最弱なのはまあいいんだ、良くはないけどまあいい。問題は、そんな僕よりも強いメンバーが揃って尚、部長が……と言うより、この早期の結婚に持ち込もうとしてる面々が、部長とその眷属ではフェニックスに対して勝ち目がないと考えてることがマズい。現状マジで勝ち目が無いぞ……。

 ……グレモリー眷属の訓練合宿とは銘打たれてるけど、本当のところは、まだ使い物にならない僕とアーシアを仕上げるのが本命なのはノータリンの僕でも分かる。故に皆が僕らの訓練に掛かりっきりだ……多分これは良くない。僕より強いみんなを、より強く仕上げた方が勝ち目がある、ような気がする。

 

「せめて、僕が溜めた倍加を他人に付与することができたら悩まんくて済むんだがなぁ」

『可能ではあるぞ』

『Dragon booster second liberation.』

 

 どうやら僕のボヤキを聞いていたのは僕だけでは無かったようだ。左腕にいる相棒が呼んでもないのに神器を表出させ、光らせていた。

 

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の基本的な能力は、10秒毎に所持者の力を延々と倍加していくことにある。無論、人間が背負える荷物に限界があるように許容量自体はあるがな。だが、それだけでは無い』

「それは一体……」

 

 頭の中が疑問で埋め尽くされる中、左腕の光が収まり、より鋭くなった姿を表した段階で氷解した。使い方が頭の中に流れ込んできたからだ。

 

「……『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』。僕の力を別のモノに移譲する機能」

 

 なるほどコレなら確かに、僕がさっき言ったように、僕が溜めた倍加の力を味方に分配することができる。……だが、

 

『ああ。機能自体は解放してやったから、偽装状態でも使えんことは無い。が、たかが2倍では旨みが無い。それはその通りだ』

「じゃ、じゃあ意味ねぇじゃねぇか。偽装剥げってか?」

『強要はせん。貴様は必要となれば自分の願望に逆らってでも剥ぐだろうから、そこはどうでもいい。重要なのは、貴様の手札が増えたということだ、相棒』

 

 こう言い換えよう、とドライグは続ける。

 

『貴様のよく遊ぶ、トレーディングカードゲームとやらにはこういう言葉があるらしいじゃあないか。手札の数は可能性の数、と』

「!」

『さあ可能性は提示したぞ、兵藤一誠。貴様はこの可能性をどう使う?』

 

 ……思考する。ただ倍加するだけでは弱いが、ポイントを絞ればどうだろう? 僕が『決殺の手』を使う時は維持をしやすいように強化するポイントを絞る。貫通力だったり、今日みたいに重力だったりだ。それを味方に…………

 

「…………いや、()()?」

『……フフ、フハハ! 代価を受け取った時にも思ったが、貴様の着眼点にはいつも笑わせられる!』

 

 機嫌が良さそうな赤い龍の笑い声が、脳内に響く。

 

「でも、なんで。神器は意志力で強化されるって」

『それだけ、貴様がこの戦いに対する意気込みが強いということだ。無自覚では無かろう? 必死に、必死に、自分を騙そうと目を逸らし続けているのだからな』

「……………ちっ」

 

 癪に障るクソトカゲだ。…………だが、本当に、本当に有難い。

 

『俺は神器の偽装をより強固なモノにする。そうすればこれからの訓練でも常に使ってられるだろう。お前は倍加の維持と譲渡、そして魔力の操作により一層の力を入れろ。ギフトが解放したことによって、幾らか操作もしやすくなった筈だ』

「アンタ、なんでそこまで」

『貴様が可能性を掴むことを、足掻くことをやめない限り、俺は力を貸す。そういう契約をしただろう?』

 

 だから強くなることを諦めるな、あとトカゲ言うな殺すぞ……そう言い残してドライグの意識は落ちていった。

 

 正確には、それは偽装の許可だけの話だったはず。それでもこう言ってくれてるのは、それだけ僕のことを応援してくれている、ということだった。打算はあるんだろうけど、なんだか嬉しくて目に涙が滲む。

 

 身体を起こし、目を拭う。疲れているが、妙に気合いが入ってる気がする。いつになく暗くなったメンタルも持ち直した。まだ頑張れる、まだ戦える、腐ってる暇なんて無い。

 

「よし、死んででも勝つぞ!」

『…………ハァ』

 

 また浮上してきたドライグの溜息を無視して、僕は意気揚々と別荘に向かうのだった。

 

【兵藤一誠は、『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』を身につけた!】



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その9

感想、評価ありがとうございます。
評価バーが赤いのが初めてで手が震えてます。

あと皆さん、この主人公のこと一体なんだと……()


【⑥兵藤一誠の心折講座……え、僕!?】

 

 副部長とアーシアが用意してくれた豪華な夕食……食べたことがなかった猪に豊富な山菜を使った料理を涙を流しながら食べ終わり、これはもう僕も負けてられないな! と本職ラーメン屋店員としてのプライドを密かに燃やしていると、夜の訓練に備えて一度汗を流しましょう、という部長の号令により温泉に入ることになった。もう何も驚かんよ僕は。どんだけ金持ってるんだグレモリー家。

 んで、あのドエロコンビならいざ知らず、僕に覗きなんてする理由はないので温泉イベントなのに盛り上がることも無く、死んだよーに湯に浮かぶ僕と背中の流し合いを提案してくる木場クンという誰得な絵面が展開された。木場クン、今誰もいないからいいけど、間違ってもこの話学校でしないでね? ネタにされるから。なんか最近流行ってるらしいんだよ、僕とキミのカップリング。そういう趣味を否定はしたくないけど自分が巻き込まれると話は別である。ナマモノはダメだろナマモノは。

 湯に疲れが溶けたところですぐに訓練再開! ……とは流石にならず、ホワイトボードを活用してのレーティングゲームのお勉強を先に挟むことに。とは言っても僕やアーシアに限らず、全員がレーティングゲームが初めてなので、軽く教本の読み合わせという形になった。

 

「まずこの教本を翻訳するのが大変だったわ……」

 

 とは部長の弁。なんでも教本自体は悪魔の言語で書かれてるらしく、まだそこまでの勉強を進められてない僕とアーシアには読めないだろうということで、わざわざ日本語とイタリア語に翻訳してくれたらしいのだ。そうか、話す聴くだけならあらゆる言語を1番聞き馴染みのある言語で翻訳してくれる悪魔の種族特性も文字では意味が無かったね。いやホント、頭が下がる思いですよ……。

 教本の内容は至ってシンプルで、レーティングゲームの成り立ち、基本的なルール、各種特別ルール、基本的な立ち回りなどが書いてあって、普通に読み物として面白かった。

 

「とまあ、ここまで読んでもらって申し訳ないのだけれど、今回の対ライザー・フェニックス戦ではあまり役には立たないわ」

 

「「ええーっ!?」」

 

 え、意味無いの!? 読み合わせした意味!? と僕とアーシアは驚きの声をあげたのだけど、他の3人は納得、と言った表情だった。

 

「ふむ、意外ね。イッセーなら分かると思ったのだけれど」

「ヤダなぁ、かなり買い被りですよソレは。僕は至って普通なノータリンで……」

 

 と、ここまで言ったところで気が付いた。この教本の中にはほとんど16人フルメンバーでの立ち回りのことしか書いていないのだ。

 

「……そもそも人数の少ない僕達では、この基本的な立ち回り……云わば定石を使うことができない、ということですか」

「そういうことよ。でも、それだけではないわ」

「……?」

 

 まだ何かあるのか? と頭を回転させる。

 

「ライザー・フェニックス氏が16人のフルメンバーではないということですか?」

「違うわ。彼から送り付けられてきたメンバー表は、全て埋まっているわ」

 

 おかしい、16人フルメンバーなら相手の戦略をここから学べるはず。だがそうでないなら、彼のチームはこの戦略を重視しない、特殊なチームということになるが……。

 ここまできて頭上の電球がティン! と点った。

 

「そうか、王がフェニックス……不死だから、王を取らせないことを前提にした戦略の一切合切が無意味なんですね」

「大正解、ハナマルをあげるわ」

 

 となると確かにこの教本はほぼ無意味である。なら何故これを皆で一緒に読み合わせしたのか、という疑問が出てくる。

 

「それは決まっているわ。基礎無くして特別なことはできないもの。貴方は土台の無い家に住みたいかしら?」

「それはまあ、確かに……」

 

 そして思い返すと過去の朝練も含めて、今まで部長が僕に課してきた訓練は、全て基礎を固めるソレだったなと改めて気がつく。派手なように見えてとても真面目で堅実なヒトなんだなぁ、と感心した。

 

「ですがそれではゲームに勝てません。何か策があるんですか?」

 

 そう言うと、部長は困ったように苦笑して首を振った。ダメじゃん!?

 

「もちろん倒す方法が無くはないわ。一撃で諸共吹き飛ばすか、相手の心が折れるまで何度も叩きのめすことよ」

 

 一撃で吹き飛ばせば再生する余地もなく倒せるし、心を折れば精神力が尽き身体の再生も止まる、つまり倒したということになるとのことだ。

 

「ということで、朱乃とイッセーに相談があるのよ」

「なるほど、承知しました」

「え、え?」

 

 何故に僕? あと何でまだ何も言われてないのに分かったように頷いてるんですか副部長? という疑問で頭が埋め尽くされたところで助けを求めるように周りを見渡す。木場クンは苦笑、塔城サンは無表情ながらどこかゲンナリとした様子。あ、アーシアごめんね、こんな視線向けられても困っちゃうよね?

 

「ああ、そういえばイッセーはまだ知らなかったわね。朱乃は、オカルト研究部の中では右に出るものはいない程のドSよ」

「うふふ…♡」

「ひ、ひぇぇぇ……」

 

 特に怒るでもなく、意味深に嗜虐的に微笑む副部長を見て察した。あ、コレはガチなヤツや。

 

「な、ななな、なるほど。そそそういうことなら副部長という人選は分かります。で、でもそれじゃあ何で僕も一緒に選出されてるんです? 僕別にSでもMでもありませんよ」

「あら、最初にライザーの社会的信用を落とすことで婚約破棄を狙おうとしたじゃない」

「そういえばそういうことも言いましたねぇ!!」

 

 完全に過去の自分が今の自分の首を締めに来ている。おかしい、木場クンと塔城サンの僕を見る目が完全にドン引きしてるソレだ。アーシアもなんだか混乱しちゃってるし!

 

「イッセー……私は、貴方のそういう悪魔よりも悪魔な発想に期待しているわ。是非、私に力を貸してくれないかしら?」

「う、ぅぅぅぅ…!」

 

 やめろよそんな上目遣いしないでください思わず絆されるじゃあないですか!!

 

「……分かりましたよ、心を折る案を出せばいい。そういうことですよね?」

「ありがとうイッセー、助かるわ!」

 

 と言っても、今の情報だけだとパッと出せるのは一つしかない。

 

「要は心が折れたらいいんですから、わざわざ再生するまで傷を負わせる必要はないでしょう。再生する以上、死はある意味逃げ道です。となると、精神に作用するような拷問がベストかと思うんですが、どうでしょう副部長?」

「なるほど、それはいい着眼点ですわねイッセーくん。ですがまず相手を拘束しないといけない以上、それはあまりにも非現実的です。ここは痛みに慣れないようにあらゆる手段で1回ずつ痛めつけていくのが、無難ではありますが確実だと思いますわ」

「んー、そうなんですけどねぇ。なんか相手の意識だけをどこかに飛ばす幻術みたいなのがあれば拘束する必要もないんでしょうが、実は副部長、そういうのできたりしません?」

「あら、それはいいですわね! 意識だけの幻術なら、決まりさえすれば相手の抵抗を気にする必要はありませんし。となるとどんなセッティングがいいかしら……?」

「時間の感覚を失わせるのが発狂も狙えていいと思います。時計だらけの部屋とか音が響かない無響室とか」

「うふふ、中々の逸材ですわねイッセーくん。でも気を衒わずに五感を1個ずつ奪っていくのもありかもしれませんわ」

「っ! なるほど確かに、勉強になります」

「あの、待ってちょうだい。拷問談議の時間だったかしら???」

 

 いや別に、拷問の話をしてはいませんよ? と副部長と顔を見合わせる。心を折るという手段が拷問になっただけだ。

 

「これでも性的に辱めさせないって良心はあるんですよ?」

「待って、待ってイッセー。それは良心とは言わないわ、当たり前のことよ」

「恋と戦争は全てが正当化されますわ、部長」

「レーティングゲームは戦争遊戯ではあるけど戦争そのものではないわ、戻ってきてちょうだい朱乃!」

 

 そんなにおかしなこと言ってるかなぁ…。言ってないと思うけどなぁ。

 

「自分の敵は自分が死んででも嫌がらせしたいだけなのに」

「と、とりあえず今日はここまでにするわ! さあ、外に出て準備運動から始めるわよ!」

 

 若干消化不良のまま、僕らはジャージに着替えて次の訓練に備えるのだった。

 

【グレモリー眷属は、外道の心得の基礎を身につけた!】

 

 

◆◆◆

 

 

【⑦そして自己訓練で……】

 

 昼間よりも一層厳しい訓練……それでも昼間よりも動きがいいのは、やはり悪魔が夜の生き物だからなのか、それとも【──】と【─】がさらに身体に馴染んできたからなのか。調子に乗って張り切り過ぎた結果、身体が動かせないギリギリまで疲弊してしまう。

 ここからは自由時間並びに就寝時間である、と聞いた時点で力が抜けかけて倒れそうになった。時間は夜の1時。一日二日寝なくとも問題無い悪魔ボディであるが、今日は寝たい、流石に寝たい。明日の朝もまあまあ早いし、汗を流してさっさと寝たい……。

 

 ……だと言うのに、何故僕は外に残って神器を使う訓練をしてるんだろうか? 別に誰に言われたわけでもなく自主的に、だ。

 

『Transfer!!』

「ぐっ……!」

 

 今やってる訓練はその辺の木に幾つか軽く傷を付けて、その『傷』に譲渡をする訓練だ。だけど中々上手くいかない。自分の身体や、掛かる力などに対して細かく指定を付けて倍加するのは息するようにできるようになったが、他者、自分の影響下にない物に対して倍加を付与すると、途端に難しくなる。細かい指定ができないのだ。

 

「…だが、できんことはない。難しいだけだ」

 

 今のところ、10回に1回の成功。譲渡に成功した傷は、ほぼ2倍の大きさに拡がり、()()()()()()()()()()()()だ。確実に成功できるようにすれば、これはとても使える手札だ。

 

「感覚自体はそう自分でやる時と大きく変わらない……イメージとやることを、より明確に……!」

『Boost!!』

『Transfer!!』

 

 ピシリ、と傷の拡がる音がする……成功。この感覚を覚えて、もう一度……!

 

『Boost!!』

『Transfer!!』

 

 

『Boost!!』

『Transfer!!』

 

 

『Boost!!』

『Transfer!!』

 

 

『Boost!!』

『Transfer!!』

 

 

『Boost!!』

『Transfer!!』

 

 ……で、気がついたら空が青白んでいた。

 

「…………まあでも、モノにした感じではあるな」

 

 少し満足げに、自分の努力の跡を見る。大きくしていった傷は、最早傷ではなくなっていた。塵も積もればなんとやら、雨垂れ石を穿つように、木は伐採されていた。

 

 さて、多分時刻は5時はまわっていない……はず。ならばせめて1時間は睡眠時間を確保するために一刻も早く汗を流しに温泉に向かわねば……!

 せめて寝てる人を起こさないように、こっそりと僕は温泉に向かうのであった!

 

【兵藤一誠は、譲渡のコツを掴んだ!】

 




深い意味はありませんが、血って何処で作られるんでしたっけ?


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その10

感想、評価ありがとうございます。
マジで震えが止まりません、何が起こってるんだ…?

交換したパーツの1つは、実は章題の時点で伏線を張っていましたので、比較的分かりやすかったですよね。
もう1つのパーツは……まあそういうことで(前回後書き)


【⑧職業病とは言うまいが】

 

 合宿2日目、さあ気合を入れて訓練だ!! という僕の意気込みをコケにするかのように、今日の午前中は勉強の時間となった。レーティングゲームとか関係無く。

 

「ちゃんと公欠扱いで休みをもぎ取った代償よ。あなた達の普段の生活も蔑ろにするわけにもいかないし」

 

 とのこと。そのため各教師から集まった課題が積んだか積んだか。合宿の後、これをちゃんと提出することが公欠扱いの条件らしい。12日間分の量を1日分はこれだけ、とちゃんと勉強する習慣を途切れさせない配慮済み。ちょっと変な先生もいるけど、そこは流石の私立進学校駒王学園。ありがたいやらしんどいやら。

 つーかウチのボスの根回しの手早さ半端ねぇな。え、合宿の為にまず公欠申請で教員達に話を付けて、その上で九頭龍亭でも話付けてるんでしょ? しかも半日やそこらで。やばぁ…。

 

「それだけじゃなくて、僕らの契約業務の委託も済ませてるからね」

 

 とこっそり耳打ちする木場クン。ただのやり手じゃねぇか!! なんで学生やってんのか分かんなくなるぜ部長。

 

 しっかし、まあ……なんというか。勉強は得意じゃないんだよなぁ。何やっても気持ち悪いくらい平均点だし。そう思いながら三角関数と格闘する。加法定理とか覚えんのダルいよぉ……。

 課題自体は参考書や辞書片手に問題を解けるので苦労はしないが、後で復習はきっちりしないとなぁ…と思う。したところで平均点っていう事実は見ない振り。

 

「あー……終わったー」

 

 と一息つき、肩を回す。僕以外はみんな成績の方も優秀らしく、早々に今日の分の課題を終わらせて、まだ日本語に明るくないアーシアの先生をしていたり、自習時間に宛てていたり。最初入部する時も思ったけど、中々場違いが過ぎないか僕ちゃん。気にしちゃ負けだが。

 あーあ、神器使って頭良くなったりしないかな? でもそういうズルは趣味じゃねぇな。もっとこう、誰かの度肝を抜くような………………。

 

「……………ねみぃ」

 

 身体に不調をきたさないのと眠くないのは別の話。結局1時間しか寝てないしね。ショートスリーパーではないし、仕方がない。寝ていいかは別だが。

 

 仕方がないので目覚まし代わりにキッチンに立つ。というか厨房に立たないと落ち着かない。一応ラーメン屋店員なのでチャーハンとか餃子とか得意だけど、女性比率高めの空間で許可なくニンニクの匂い充満させるのは申し訳ないから………お好み焼きでも作るか。

 

 まず冷蔵庫からキャベツを出し、あらみじんにする。ひと玉分切り終えたらボウルに避けておく。芯は捨てずに袋に入れて冷蔵庫にしまう。結構だし取れるからねコイツは。

 次に新しくボウルを用意して、そこに薄力粉と水と、木綿豆腐があったのでそれをレンチンして水を飛ばし、それも入れてダマが無くなるまで練るように混ぜる。混ざったら卵を割入れてさらに混ぜる。

 鰹節……は無いね、じゃあ和風の顆粒だしを生地のボウルの方に入れようか。あとはこれは……山芋っぽい根菜だ。多分誰かが採取してくれたヤツ。こいつもすりおろして入れる。

 先に切っておいたキャベツを生地のボウルに投入、よく混ぜる。

 豚肉……はないから、昨日の余りっぽい牡丹肉を使うか、ちぃとばかし贅沢だが。取り出して適当にカットしていく。

 

 ホットプレートは……無いね、関西じゃないと一般家庭では中々お目にかかれないし仕方がない。デカ目のフライパンを用意し、サラダ油をひいて暖める。

 あったまったところで生地をお玉を使ってフライパンに乗せていく。勿体ないので3枚ずつ焼いていくか。この時牡丹肉ものっけることを忘れずに。

 4,5分焼いたらいい感じに焦げ目が着くので、フライ返しで裏返す。もう4,5分焼いてもう一度裏返せば、ちょいふわお好み焼きの完成である。

 

「よし……あっ」

『『『………』』』

 

 と、ここでキッチンの向こうからの視線に気がついた。めっちゃ皆に見られてた。というか勝手に料理してたの実はやばくない?

 

「えっとその……勝手に料理してすみませんでした」

「……いえ、それは別に問題無いわ。元々料理当番はローテーションで回していく予定だったもの」

 

 ただ、想像以上に手馴れてることに驚いたとのこと。いやねぇ皆々様方、一応これでも飲食業やってますのよ? まあ関係あるの包丁さばきぐらいだけど。

 

「じゃあその………コレ、食べます?」

『『『是非』』』

 

 お好み焼きは概ね好評だったが量が少なかったので、さらに生地を作って焼いていくことになるのだった……。次合宿するようなことあったらホットプレートを買って持ってこよう、そう心に誓った。

 

【オカルト研究部は、お好み焼きの基本的なレシピを学んだ!】

 

 

◆◆◆

 

 

【⑨アーシア先生のパーフェクト悪魔祓い(エクソシスト)教室】

 

 昼食後、ふと疑問に思ったことを口にしてしまった。

 

「同陣営とはいえ敵は悪魔だし、もしやアーシアって悪魔に対する有効的な攻撃方法知ってたりしない?」

 

 と。実際に悪魔祓いっているらしいしね。

 そう言うと、思いの外皆の興味を引いてしまい、急遽アーシア先生による悪魔祓い講座が始まることになってしまった。

 

「で、では…僭越ながら私、アーシア・アルジェントが悪魔祓いの基本をお教えします!」

 

 むん! と気合を入れたアーシアがとても可愛い、癒される。

 

「まずは簡単に、どんな悪魔祓いがあるかを説明します。私が属していたところでは2種類の悪魔祓いがありました」

 

 そう言ってアーシアは、持っていたバックから2つほどものを取り出した。1つは水の入ったビン。もう1つは……『The holy bible』、つまり聖書だ。僕含めて若干皆の身体が後ろに引いた。

 

「1つはテレビや映画などでもよく見る悪魔祓いです。神父様が聖書の一節を読み、聖水を使い、人々の体に入り込んだ悪魔を追い払う『表』のエクソシストです。こちらはどちらかと言うと良くないものを祓う、といった面が強い為、皆さんにとってはそこまで驚異ではありません」

 

 もちろん聖書の一節を聞いたり、聖水に触れちゃうと痛んだりしますけどね……と乾いた笑いを浮かべるアーシア。成程、さてはやったな? まあ僕も清めの塩触ってジュっ! とやったから人のことは言えない。

 

「問題はもう1つ、『裏』の悪魔祓い。基本的に人間社会で日の目を見ない、真の意味でのエクソシストが、悪魔の皆さんにとっての驚異となります」

 

 真の意味でのエクソシスト……普段は柔らかほんわかな雰囲気を振り撒いてるアーシアが顔付きを鋭くさせてる時点で脅威度を察した。警鐘もその通りだ、と軽めにリンゴン鳴ってる。

 

「彼らは、神さまや、堕天使さまに祝福されたことで、その光の力を借ります。そうすることで人並み外れた身体能力を持つ悪魔に迫る程の力と、悪魔を祓う力を得ます」

 

 凄腕のエクソシストになると、下手な下級悪魔なんか相手にならない程の強さなのだとか。ひえぇ、おっかねぇ。

 

「……イッセー、まるで他人事みたいに怯えてるけど、あなたは一歩間違えてたら裏のエクソシストと交戦していた可能性があるのよ?」

「…………へ?」

「アーシアの説明を聞いていたでしょう? 裏のエクソシストが力を借りる相手は神だけではなく堕天使も。もっとも堕天使に力を借りるようなエクソシストなんて、教会から破門された真面とは言えないはぐれエクソシストなのだけど」

 

 え、マジで? とアーシアの方を向くと、神妙に頷かれた。ま、マジかよ……。

 

「はい。……私のように、教会から追放された聖職者が頼る先は、ほとんどの場合堕天使の陣営、『神の子を見張る者(グリゴリ)』です」

 

 だからかぁ、と納得する。あの時アーシアは赴任、と言っていたけれど、堕天使のところに身を寄せようとしていたということだったんだな。あの時の僕、超グッジョブ。神器を抜き取るとか言ってた気もするし、スルーしてたらアーシア殺されてたよねコレ。

 

「………………」

「………………」

 

 と、ここで二人ほど様子がおかしい事に気が付く。副部長は悲しげで何処か複雑な表情をしてるし、木場クンは……目に力が篭っているように思う。あの目を、僕は見たことがある。あれは────

 

「さ! それを踏まえた上でどんな対策をすればいいか、教えてもらえるかしらアーシア?」

 

 空気を変えるように、パン! と部長が手を叩いた。様子のおかしい2人に、辛い過去を思い出したのか暗かった表情のアーシア、それと……堕天使に殺された経験のある僕の意識が戻ってくる。

 

「あ、はい。私たちは裏のエクソシストのように光の力を借りることができませんから、1番使いやすいのは、聖水などの物を使った悪魔対策がいいと思います」

 

 そう言ってアーシアは手袋をはめて、カバンの中からさらに物を取り出す。今度は、十字架だ。見てるだけで若干嫌な気持ちになるのは、悪魔だからだろうなぁ。

 

「こういった一般社会でも扱える聖なる力のこもった物は、大きく分けて3つに分けることができます」

 

 そう言って、アーシアは今取り出したばかりの十字架のネックレスをテーブルの上に置いた。

 

「まずこの十字架のような、形に力がこもるものです。形にしっかりと意味がこもっていれば、そこに力が宿ります。像や宗教画などもそうですね」

 

 次に水の入ったビンを示す。話の流れからして、これは聖水なのだろう。

 

「こちらの聖水は、後から聖なる力をこめたものです。形に意味が無いものでも、特殊な工程を踏むことで聖なる力をこめられるのです」

 

 最後に聖書を示す。

 

「最後に、聖書のように読む、口にする、聴くことによって、そこに力が宿るもの、です。ここに書かれた神さまの言葉に力が宿っている、と言い換えてもいいかもしれません。触ったりなぞったりしても特に何もありませんが、読むなどの行為をすると力が宿るようです」

 

 と、ここまで説明したところで、アーシアは聖水の入ったビンを手のひらの上に乗せた。

 

「恐らく1番効果が見込めて、尚且つこちらの被害がほとんどないものは、聖水だと思います。作ること自体は悪魔の私でもできましたし、触れなければ何も痛みはありません」

 

 今からその作り方をお教えします。そう言って彼女はテーブルの上に何かしらの材料と道具を広げ、実演した。

 

 僕は確信した。この情報は、とても使える。

 

【オカルト研究部は、聖水の作り方を身につけた!】




別に料理ガチ勢じゃないので、お好み焼きのレシピは話半分で流していただけると助かります。


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その11

感想ありがとうございます。
本日2回目の更新なので、読んでない方はその10からどうぞ。

訓練合宿ダイジェスト。
そして、彼が命を掛ける理由。


「朱乃サン」

「はい。どうされましたか、イッセーくん?」

「魔力を使ってやりたい技を考えました。1つは、水に魔力を潜り込ませての操作を、完璧に、完全に仕上げたいと思います。これはそのイメージを纏めたノートです」

「……成程、よくできていますわ。それならば……紅茶の淹れ方を教えますので、毎食後に準備して頂いても大丈夫ですか?」

「はい、分かりました。ありがとうございます。それと、もう1つが……」

「………………正気ですか?」

「はい、やると決めました。僕が、ライザー・フェニックスを倒します」

「………私からは、やらない方がいい、と言わざるを得ません。ですが、可能か不可能かで言えば、可能でしょう。……こちらの本が、参考になると思います」

「ありがとうございます」

「ですが約束してください、絶対に死なないでくださいね、イッセーくん。死んだら、私も、皆も悲しみますわ」

「…………考えておきます」

 

 

◆◆◆

 

 

「……先輩、気配を読むのが上手くなりました?」

「元々危ないことが起こりそうになったら第六感が働くタチでね、慣れたらこんなもんよ。超痛いけど」

「……じゃあ、あと教えることは拳の打ち方ぐらいかも知れません」

「お、マジすか小猫チャン?」

「……打撃は、体の中心線を狙って、的確かつ抉り込むように。今のイッセー先輩は、支えがしっかりしています。流石に私程、とは言えない。ですが、戦車や女王にプロモーションすれば、あるいは」

「支え、中心線、抉るように……」

「……格闘技とは、突き詰めていけば力の使い方、それに尽きます。巧ければ巧い程、小さな力であっても大きな敵を討ち倒せます。コレは、弱者の技術なんです。先輩を単なる弱者と評するのは間違ってると思いますが、多分ピッタリだと思います」

「うん……そうだね。ありがとう、小猫チャン」

「……また、ラーメンを奢ってください。では、もう1セットいきましょう」

 

 

◆◆◆

 

 

「フンっ!」

「おっと!?」

「シィッ!!」

「……っと、と。とうとう一本取られたね」

「ふぅ……いやぁ長かったねぇ。いやはや、アンタ速すぎんぜ祐人クンよォ。ちょっとした隠し技切っちゃったじゃねぇか」

「そう、それだよ。いつの間に震脚なんて身につけたんだい?」

「あんまり褒められたもんじゃないよ。ほれコレ。神器で地面の揺れを2倍にしてな」

「ふむ……面白い使い方だね、勉強になるよ」

「ん? でもお前の神器って……」

「うん、普段は手の中に生み出したり、撃つように作ってたんだけれど……ほら」

「わっ!? 驚かすなよビビったじゃんか! ……でも、成程これは考えたね」

「僕もイッセーくんに負けてられないからね」

「よく言うよ、僕よりめちゃくちゃ強いくせに」

 

 

◆◆◆

 

 

「…………これで、どう!?」

「はい、確認しますね……はい、しっかりできてます。成功ですよイッセーさん!」

「良かったァ……もう途中から心折れそうだったもん!!」

「ふふふ、イッセーさんなら必ず出来るって信じてましたよ。……ですがイッセーさん、これはどう使うんですか?」

「ちょっと考えたんだけど、これを魔法瓶の水筒に入れようと思うんだ」

「水筒、ですか?」

「そ。ちょっと考えてることがあってね。あとは普通にぶっ掛けやすいように大小ガラス瓶に詰める予定でもあるけど。ルールだと著しくゲームのバランスを崩すようなアイテムじゃなければ持ち込めるって言うし、使えるものはなんでも使うよ」

「…………あの、イッセーさん」

「ん?」

「無茶は、しないでください。またあの時みたいに、自分の命をかけるんじゃないかって不安で……」

「……んー、まあ、戦うわけだし、無茶はどうしたってすると思う。けど自滅覚悟みたいなことはしない、と思う」

「断言はしてくれないんですね……」

「……すべきことをする。ただそれだけだよ、アーシア。君も、皆も、僕も」

「……そうですね、分かりました。私も、すべきことをします。絶対に、皆さんを死なせません」

 

 

◆◆◆

 

 

 皆とも仲を深め合っての合宿。その最終日、14日目の夜。明日の朝、僕らは駒王町へと帰り……その夜、ライザー・フェニックス氏とその眷属と戦うこととなる。

 やるべきことをやりきった、とは言えない。タラレバを言えばキリが無い。それでも、それでも僕は、やれることは全てやったし、悔いはないと言いきれる。まあ、まだ負けてないから言える台詞なんだけれどね。

 

 明日に備えて今日は軽く模擬戦と連携の練習をしただけ。疲れを残さず、共に食卓を囲み、共に湯に浸かり(流石に男女別)、共に床につき……そして僕は寝れなかった。遠足前日の小学生のような面持ちだ。

 

「〜♪ 〜♪♪ 〜〜♪」

 

 建屋の外に出て、座り込み、夜空を眺める。時刻は12時、人里離れたこの場所で、明かりは月の光と瞬く星のみ。自分で淹れた紅茶の入った水筒を片手に、機嫌良く鼻歌なんて歌いながら。

 こうしている間も、最後の調整は欠かさない。神器を片手に、視界に入った色々な物を2倍にしては元に戻していく。最初はかなりの集中力を使ったが、今では息するようにできる。継続は力なり、なのだ。努力は人を裏切るかもしれないが、身についたものは自分を裏切らない。まあ、僕は悪魔なんだけれど。

 

「随分と機嫌がいいわね。こんな夜中に何をしてるのかしら?」

 

 そして、そんな僕に背後から声を掛けるのは、同じく寝られなかったであろう部長。振り返れば、憂いを帯びた美人の顔が、月明かりに照らされて非常に幻想的であった。眼福眼福、流石観賞用

 

「夜中に何をしてるとは、悪魔の台詞とは思えませんねぇリアス部長」

 

 くつくつと笑い、紅茶を一口含み、口の中を潤す。

 

「そりゃ機嫌だって良くもなりますよ。……この2週間、いや、悪魔に転生したその時から、本当に得難い経験をさせてもらいました。心の底から、楽しかったんです」

「まるで、それまでが楽しくなかったみたいな言い方ね」

「全く楽しくなかった、と言ったら嘘になりますが……まあ、自分で掛けた強迫観念に縛られていましたからね。今思うと息苦しかったのかもしれません」

 

 一呼吸して、空を見上げる。

 

「ごめんなさい、部長。僕はあの病床で、1つ貴女に嘘をつきました」

「……それは、どんな?」

「僕は、僕の思う普通(あたりまえ)のことをしたと言いました。その後にぶちまけた心の動きも含めて、それに関しては、何一つとして嘘はありません。ただ、『分からないですよ』と僕は言いました。その一点のみ嘘です。本当は、どうして僕がこんなことになってるのか……こんな風に生きているのか、自覚はしています」

 

 兵藤一誠は、成長と無縁の存在である。正確には、成長を実感できない存在である。

 

「僕は何やっても平均ド平凡で、どれだけ頑張っても、どれだけ手を抜いても、結局収まるところに収まってしまう、どうしようもない、クソみたいな生き物です」

 

 どれだけ上を目掛けて足掻いても一向に浮きも沈みもしない。身体は大きくなるのに、知識は積み重なっていくのに、なんにも変わらない立ち位置で、どうやって成長を、変化を実感しろというのだ。あの優しさの塊みたいな両親は品行方正だと褒めてくれる。先生もそうだ。周りだって僕が極端に落ちこぼれじゃ無ければ馬鹿にはしないだろう。

 このザマが、何より許せなかったのは自分だ! 何も変わらない自分だ! 誰にも誇れない自分だ! 語る中身が何も無い自分が、自分のことを何よりも無様だと思っていた! 何度も、何度も何度も何度も、腐りかけては踏みとどまるの繰り返しだ! こんなんじゃ…屑に成り果てることすりゃできやしない!

 

「ですが、だからって単純に諦められないじゃないですか。そんなどうしようもない生き物だなんて認められないじゃないですか。だから抗おうとしました。いいじゃないか、そんなに僕が異常な普通(どうしようもなくへいぼん)なら、個性ある普通(いいひと)になってみせるって。必死に、必死に中身を詰めようとしました。誰かに誇れるような自分になりたいと、ずっと足掻いていました。人当たりよく、誰かの力になれるような、良い人に……語る中身のある良い人になりたかったんです」

「…………………」

「お人好しだなんてとんでもない、極めて利己的だ。誰かを助けようと心の底から思ったことは否定できないけど、それだって自分の中の語る中身を増やすためだ。………そう考えると、余計に自分が嫌になって、卑屈になって、どんどん意固地になっていきました。自分で自分を追い込んでおいて、世話がないですよね」

 

 だから、実はうっすら思ったんですよ。堕天使レイナーレに目を付けられて殺されたのは、天罰かもしれないって。生き汚く抗っておいてなんだけど、もしかしたらそうなんじゃないかって。

 

 

 でも、僕は貴女に救われました。

 

 

「救われたのは命だけじゃありません、本当です。堕天使からみっともなく逃げて、怯えていた僕を落ち着かせてくれたあの時の暖かさを、僕は死ぬその時まで忘れません。悪魔に生まれ変わっただけじゃなくて、本当の意味で僕は変われました。忌まわしかった普通(あたりまえ)が、実は本当に得難いモノだと認識出来ました。心の底から、本当の意味で、誰かを救いたいと思いました。そして今、心の底から、誰かの力になりたいと、全力で頑張っている僕がいます」

 

 この合宿で、僕はかなり力がついたと思う。結局それも、大きな括りで見たら平均的なソレなのかもしれない。それでも、僕は自分が成長できたと、胸を張って言える。誰かに誇れる自分に、少しでもなれたんじゃないかと思ってる。語れる中身はまだ無いかもしれないけど、それでも僕は、僕自身に対して胸を張れる。

 

「こんなこと言うと、下僕悪魔として大失格もいいところかもしれないと思うのですが、それでも言わせてください。本当に、本当にありがとうございます、リアス・グレモリーさん。僕を変えてくれたヒト。故に僕は全力を尽くします。主人だからでもなく、悪魔だからでもなく、僕は貴女のために、この戦いに挑み、勝ちます。絶対に、何があろうと、絶対に」

「………イッセー、私は、」

 

 パン! と手を叩き、遮った。

 

「さてさて、夜も遅いですしそろそろ寝ましょう、()()。絶対に明日、勝ちましょうね!」

 

 立ち上がり、その場を後にする。絶対に振り返らない。こんな顔、絶対に見せられない。

 

 時刻は0時を過ぎた。決戦の日だ。

 

「……死ぬには良い日だ」

『本当にか?』

「ああ、本当だとも」

 

 惚れたあのヒトのために、貰ったこの心臓を、命を、心を燃やせるんだ。良い日でなくてなんという?

 

 その問い掛けに左腕の相棒は答えず、ただ心底愉快そうな笑いだけが響いていた。

 




(貴女に貰った)この命を、心を燃やせ


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その12

感想、評価、誤字報告、ありがとうございます。
感想がマジで死ぬ程嬉しい……!と思っていたら、なんかランキングにも載ってたみたいで、一日にお気に入り登録件数が100以上も増えるという貴重な体験をしました。……マジかよ(絶望)

前回、渾身の力を込めて書いたせいで、次の話を中々書き出せなかったのですが、何とか書き上がりました……でもまだまだ長いよ……。


「ふぅ……よし」

 

 時刻は21時、僕は家の自室で最後の準備をしていた。あと1時間後にはゲームが開始するから、もう後20分ぐらいで家を出なければならない。

 

 服装は自由とのことだ、ならいつものように赤いパーカーとジーンズ……にしようかと思って、やめた。だいたい皆制服をユニフォーム代わりにするって言ってたから、空気を読んで……んーでもやはり僕と言えばパーカーだし……と、悩む。結局制服を着る、但しブレザーの下に着るのは赤パーカー。要は折衷案と言うやつだ。

 少し大きめのショルダーバッグを背負う。中には水筒やら水の入った瓶やら10秒メシゼリーやらの小道具。脚にはナイフホルスターを巻き、その中にはウチの騎士が作ってくれたミリタリーナイフ型の魔剣。

 

「ここにあと拳銃かなんかあったら、学生ヒットマンみたいな感じでかっこよかったかもなぁ」

『今の貴様には余分だろう』

「言ってみただけー」

 

 左腕の相棒は相変わらずだ。茶々を入れるのかと思いきや、世話を焼くように助言を残していく。コイツとも会話をするうちに、幾分か打ち解けた……と思う、多分、メイビー。

 

『神器の最終調整もしっかりしておけ。一応偽装は何時でも剥せるようにしておく。切り札を切らない限り劇的に変わるわけではないが、ダメ押しには使えるだろう』

「あいよ。ちなみに切り札はどうやって使えばいい?」

『10秒寄越せ、と俺に言え。そうすれば、お前の全身を鎧が覆うはずだ』

「うぃ。ま、使わんだろうけどね」

 

 あくまで最悪の場合である。そうならないための準備もしてきたわけだしなー。そう思いながらカバンをパンと叩く。

 

「なあ相棒殿よ、僕らは勝てるかね?」

『相棒、お前は勝つのだろう? ならばその問いは無意味、無駄だ。後でどんな風に土下座するのかだけは考えておくんだな』

 

 お前には無理だ、と言われたことを思い出す。そうするとなんだか嬉しくなってしまう。少なくとも、僕の中の相棒は、無理だとは思っていないのだ。

 

 神器を起こし、左手に纏わせる。翠の宝玉がついてるだけの、色以外は質素な籠手。握って、開いてを繰り返し、そして動作確認を行うように、自分の各所を倍加しては戻していく。

 

「思考力…視力…聴力…触覚…腕力…脚力…」

 

 順番に繰り返していき、最後に痛覚を2倍にして、戻す。もう譲渡の感覚も、自分の強化を割り振るようにできるようになったので、最終調整は自分の身体で試すだけでいい。

 

「うん、異常なし! 我が心に一点の曇りなく!」

 

 緊張する段階はとっくの昔に越え、もうあとは雪崩のように崩れるだけだ。ヤケクソとも言う。

 もうどーにでもなーれ! って感じで踊ってたら、コンコンとノックの音が。

 

「イッセーさん、入ってもいいですか?」

「おう、いいよー」

 

 声の主は、アーシア。僕と同じく自室で準備をしていたはずだが、まあ終わったんだろう。ドアを開けて入ってきた彼女も、僕と同じく学校の制服を着ていた。そのことに、若干僕は驚いていた。彼女は部長に、シスター服でも構わないか? という旨の質問をしていたからだ。

 

「あ、制服にしたのね?」

「はい。……情けないことかもしれませんけれど、悪魔になった今なお信仰を忘れたことはありません。でも、私はすべきことをするために、皆と一緒に試練に立ち向かうために、1つの区切りを着けなければならない。そう思ったんです」

 

 服装一つ、とは笑えない。誰にだって笑わせない。その覚悟に、僕は敬意を表する。誰にだってできることじゃないから、今までの自分を乗り越えることなんて。そのことを、僕はよく知っている。

 

「とは言っても、まだちょっと怖くて震えてるんです。情けないですよね……」

 

 それは、そうだろうと思う。怖くない方がどうかしている。僕はそのどうかしてる方だ。それでも、その恐怖を飲み込んで立ち向かおうと気丈に振る舞う姿は、どう表現したって情けない、なんてことは無いはずだ。

 

「いいや、今のアーシアは超カッコイイよ。少なくとも僕なんかよりもね。恐怖を感じないことよりも、恐怖を乗り越えようとすることの方が、何倍も、何十倍もカッコイイに決まってる」

「そう、でしょうか?」

「うん。だってそれは、アーシアが逃げてない証拠なんだから」

 

 そう言って、僕はアーシアの手を握った。……僕には、アーシアを必ず守ると言い切ることはできない。けれど、せめてこうすることで少しでも震えが収まれば。

 

「……ありがとうございます、イッセーさん。えへへ、勇気を貰っちゃいました」

「どういたしまして。さ、そろそろいい時間だし、家を出ようか」

 

 いざ決戦の地、駒王学園へ!

 

 

◆◆◆

 

 

 待機室代わりとなっている旧校舎のオカルト研究部。21時40分頃にはもう皆集まって、始まるその時まで思い思いの準備をしていた。

 まあもっとも、僕はもうやることやっちゃったので椅子に座り、精神統一を図っていた。やることと言えば……

 

「目、鼓膜、鼻、舌、神経、第六感……」

「何物騒な発言しているのよ……」

「あ、部長」

 

 五感+αを潰す練習をしてると部長が呆れたように声を掛けてきた。

 ……あの後から、僕は部長に対して壁を作っている。話し掛けられる隙を一切見せなかったし、作らなかった。が、今まさに自分の手脚をもぐ練習をしていた為に隙ができてしまったようだ。ウカツ!!

 

「結局朱乃サンの幻術で五感を剥ぐところまではいかなかったですけど、それはそれとして現実世界で五感を剥ぐことを諦めたわけじゃないですから」

「何やってるのよ二人とも……」

 

 視界の端で紅茶を嗜んでる朱乃サンが、こちらに気が付いてうふふと笑っている。彼女も彼女で次なる一手を準備していたので期待が持てるところ。心を折るのは僕の方に軍配が上がるが、再起不能という点に於いては、僕は彼女にはまだ勝てない……くっ。

 

「それに相手の三半規管イジれたら割と優位に立てますからね。目標は、恐らく大量に持ち込んであるであろうフェニックスの涙をまともに使えない状況に持っていくことでしょうか。長期戦なんて絶対に許しません、殺す。嫉妬やない」

「思い切り嫉妬じゃないの……」

 

 フェニックスの涙とは、フェニックス家のみが製造できる、どんな傷でも即座に癒すことのできる反則じみた回復アイテムだ。レーティングゲームでも使用が許可されてるらしいけど……えぇ、そんなんアリか? とルールブック読んで思ってから、絶対フェニックス家だったら沢山使ってくるだろ、という考えに至るまで時間は掛からなかった。僕が水……というより魔力による液状の物の操作を完璧にこなそうと思った理由もここにある。まともに使わせたら負けだ。

 そのこと自体は皆にも伝えてあるので、各々対策を講じている。長期戦は僕らにとっては不利だ、長引かせる要因はなんとしても潰さねばなるまい。

 

「もうちょっと聖水の作り方が上手く出来たら、相手のフェニックスの涙を聖水処理して毒殺する、なんてこともできたのですが……現実はままなりませんね」

「まず悪魔が聖水を使おうと思うことに疑問を持ちなさいよ……いえ、今回ばかりは私達も人のことは言えないのだけれど」

 

 そうなのだ。取れる手段はなるべく選ばない、をスローガンになんだかんだで皆アーシアや僕の作った聖水を所持していたりしている。若干複雑そうだけど、まあ僕がデモンストレーションで見せた聖水の使い方を見たら、一応持っておこうって気にもなるよねぇ……我ながらあれば酷い物を作ったと思う。そう思いながら、カバンの中に入った聖水入りの水筒に思いを馳せる。

 

「……あのね、イッセー。昨日の、」

 

 と、ここで21時50分となった。床の魔方陣が光り、そこから2週間前に此処で遭遇したメイドさん……グレイフィアさんが現れた。詰めが甘いですねぇ部長。

 

「皆さん、準備はお済みになられましたか? 開始10分前です」

 

 その場にいた全員が彼女の方を向き、頷く。それを準備完了と受け取ったグレイフィアさんは、これから始まるレーティングゲームの説明を始めた。

 

「開始時間になりましたら、ここの魔法陣から戦闘フィールドへ転送されます。場所は異空間に作られた戦闘用の世界。そこではどんな派手なことをしても構いません。使い捨ての空間ですので、思う存分、全力を尽くしてゲームを行ってください」

 

 それを聞いて、部長の目が光った気がした。多分僕も、副部長も。何やってもいい、という免罪符を貰ったのだ、そうもなろうさ。……若干、アーシアが僕らに怯えてるのは申し訳なく思うけど、それはそれ!

 

「そして今回のレーティングゲームは、両家の皆様も他の場所から中継でフィールドの戦闘をご覧になります」

 

 そしてそんな僕らを咎めるように、続けて彼女が口にした。やだなぁ、そうしたら迂闊なことできねぇじゃん! そうなると、後先考えずに使える駒は僕ぐらいか?

 

「さらに、魔王ルシファー様も今回の一戦を拝見されておられます。それをお忘れなきように」

「お兄様が? ……そう、お兄様が直接見られるのね」

 

 そうかぁ、魔王様も見に来てるのかぁ……実は今回のお家騒動って結構な大事なのかしらん?

 …………………待て、今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。えっと……お兄様??? 震えが止まらなくなり、とりあえず答えてくれそうな祐人クンにすぐ耳打ちする

 

「……オイオイ祐人クンや。今部長が魔王ルシファー様のことをお兄様って言ったけど……」

 

 今、冥界には4人の魔王がいる。魔王ベルゼブブ様、魔王アスモデウス様、魔王レヴィアタン様、そして魔王ルシファー様。悪魔になる前から僕でも知ってる悪魔の中でもビッグネームだ。えっと、もしや血縁とか、そういう……?

 

「うん、部長のお兄様は、魔王ルシファー様で間違いないよ。もっとも、ルシファーの名前を襲名したってことなんだけれど」

 

 そこで軽く説明を聞くと、どうやら先の三大陣営……天使、堕天使、悪魔の三竦みの戦争で、先代の四大魔王様はお亡くなりになられてしまったとか。だから、悪魔を束ねるために新しい魔王が、先代に負けないくらいの強い悪魔が魔王の名前を継ぐ必要が生まれて……

 

「なるほど。四大魔王は、今は襲名制なのか…」

「うん。……正直言うと、今の三大陣営の中で1番衰退しているのは、実は悪魔陣営なんだ。それでも今の魔王様達のお陰でどうにか保ってはいるんだけど」

「それで、魔王ルシファーを襲名したのが部長のお兄様……」

「そう。サーゼクス・ルシファー……『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』、それが部長のお兄様であり、最強の悪魔であり、最強の魔王様」

 

 最強、かぁ。そらなんとも……遠い存在というか。

 

『……フン!』

 

 ちょっと遠い目をしてると、左腕の相棒が機嫌悪そーに鼻を鳴らした。あれか? もしや俺の方がもっと強いとかそんなアレか? 僕お前の生前のことまるで知らないけど、流石にそれはふかしすぎじゃないか?

 

『……今に見ておれ、無知極まりない相棒。後で後悔しても知らんぞ』

 

 そう捨て台詞を残して意識が沈んでいった。ど、どういうこっちゃねん?

 

「イッセーくん、イッセーくん」

「……ん? ああすまん、意識飛んでたわ」

 

 肩を叩かれ、思考の海から意識が現実に戻ってくる。そろそろ時間ということで、魔方陣に集まるように指示される。

 ……戻ってこれるのは、ゲームが終わってから。マトモな状態で戻ってこれるかどうかは分からないけど、もう引き返せないということだ。まあ、どっちにしたってやることは変わらない。

 

 今日だけは、負けられない。例えどんなに現実という名の壁が立ち塞がろうと、今日だけは。

 

「それでは、いってらっしゃいませ」

 

 グレイフィアさんの見送りの言葉と共に、僕らは光に呑まれた。



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その13

感想、評価ありがとうございます。とても励みになっています。

多分、頭が湧いてました(犯行声明)


◆◆◆

 

 

 結論から言ってしまうと、旧校舎は瓦礫の山と化した。

 

 

◆◆◆

 

 

 光がおさまり視界が回復すると、そこはオカルト研究部の部室だった。なんでやねん……と思ったのもつかの間、グレイフィアさんによる校内放送……レーティングゲーム開始前のアナウンスによって、ここが再現された駒王学園だということを知る。確かに窓から外を覗けば、空がまっちろかったので何も無い空間にポツンと駒王学園が乗っかってる状態なんだろうと勝手に解釈した。……これも魔力とかによる産物? 悪魔ってすげぇのな……。

 んで、グレモリー眷属は此処、オカルト研究部の部室が本陣。ライザー・フェニックス眷属は新校舎の生徒会室が本陣。兵士……つまり僕がプロモーションする際は、生徒会室の近くまで行く必要がある。

 

「定石としては、序盤は兵士同士が互いを潰し合うの。少しでも敵の兵士が女王にプロモーションするのを防ぐ為にね」

 

 ウチの眷属の兵士は僕だけ。なんせ僕が8駒分で転生しちゃったからね。なので定石通りに行くなら、僕は8人もいる兵士悪魔を倒さにゃならんのだが……。

 

『開始のお時間となりました。このゲームの制限時間は人間界の夜明け、午前4時までとさせていただきます。それでは、ゲームスタートです』

 

 審判でもあるグレイフィアさんの合図でチャイムが鳴り、開始を知らせる。では、今から作戦会議かなー……というところで、部長が口を開いた。

 

「ではまず本陣、並びに旧校舎は破棄しましょうか」

 

 流石に全員がギョッとした。部長、ご乱心なされました???

 

「……私でもおかしなことを言ってる自覚はあるから、まず説明を聞いてちょうだい」

 

 そう言って部長は、一旦紅茶で口の中を潤した。そして一息ついた後、説明を始める。

 

「まず前提として、私達に本陣を大事に確保しておくメリットはあまり無いわ」

 

 本陣を守るメリットは幾つかある。基本的に敵陣から1番離れた位置に置かれることが多いから、守りを固める準備がし易い。罠、支援、結界、なんでもやり放題だ。要塞を作るのに長けてる王とその眷属ならば、穴蔵を決め込むだけで勝つこともできるんだとか。

 他にも色々とあるが、鉄板の使い方が一つ。王と戦車の駒特性……実際のチェスにもある、動いていない王と戦車を入れ替える技、キャスリングを使っての兵士の着地狩りだ。基本的に本陣までやってくる兵士というのは、途中の障害や兵士同士のぶつかり合いなどで疲弊している。だが女王にプロモーションしてしまえばこっちのものだ……という淡い期待を打ち砕くように、突如として現れた戦車が疲弊した自分達に襲いかかってくるのだ。普通に恐怖である。

 もっとも、キャスリングも何度もポンポン使える訳じゃあない。レーティングゲームに於いては、王が本陣を出ていないという条件があり、一度使ってしまえばそのゲーム中二度と使えなくなってしまう。鉄板戦術ではあるが、使い所は慎重にならざるを得ない。

 

「しかももう1つ欠点があってね。キャスリングを使う時は基本的に、隠密行動をしている戦車と入れ替わるのが定石なのよ。兵士を倒すために王を危険に晒すのは、本末転倒でしょう?」

「……なるほど。私達の場合、戦車は私1人だけ。キャスリングを狙ってまで1人しかいない戦車を宙ぶらりんにするのは、リスクの方が勝る。ということですね」

「その通りよ小猫」

 

 それを踏まえると、僕達が本陣を抱えておくことのメリットは無いように感じる。要塞化をマスターしている悪魔がいるわけでもないし、キャスリングは前述の理由で論外。

 

「しかし、本陣に兵士が立ち入られたら、我々が劣勢になります。本陣に到達する前に食い止めるにしても、複数のルートで狙われる可能性が高い以上、何人かの兵士にはプロモーションを許してしまうことになるでしょう。やはり本陣を破棄するのはリスクが高いように思えます」

「そこはその通りね、祐人。でも、本陣を徹底的に使えなくする……もしくは本陣に辿り着かせなくしたらどうかしら?」

「それは、一体?」

 

 とここで部長がテーブルの上に紙を広げる。これはどうやら……旧校舎の見取り図っぽいぞ。所々に赤丸で印が付けられているが……。

 

「この印をつけた所を爆破して、旧校舎を解体させるわ」

「……あの、あまりこういうこと言いたくないんですけど、何処か頭をやっちまいました?」

「あら失礼ね。この建物を爆破するアイデアの原案は、あなたから出たでしょう、イッセー?」

 

 そう言われて思い出す。そういや合宿中にアイデアを出し合ってる際に『攻城戦だったら、相手の城を発破解体とか面白そうですよね!』とか言った覚えはある。ある……が、そもそも発破解体はかなりの技術を必要とするらしいから僕らには無理だし、あくまで敵陣爆破を想定しての案だ、間違っても自陣を吹き飛ばす発想じゃないんですよ部長。

 

「破壊したところで、元あった本陣の近くまで来られたらプロモーションはされてしまう……。部長は、これを解決するアイデアがある、ということですわね?」

「ええ、もちろん。と言っても、朱乃とイッセーに頑張ってもらわないといけないのだけれど」

 

 そう言って部長は、旧校舎爆破処理作戦の概要を口にした。

 ……うん、ちょっと舐めてたわ。僕のこと悪魔だのなんだの言うけど、部長も大概悪魔みたいな発想をしているじゃないか。ほれみろ、ドSの朱乃サンがめっちゃニコニコしてるもの!!

 

「では指示を出していくわ。あまり時間がないから迅速にね。朱乃は旧校舎を覆う結界を、この指定通りの内容で作ってちょうだい。多少効果は薄まっても構わないから、バレないことを優先して。その後、私達が仮設で本陣を建てる森に幻術を仕掛けて欲しいの。内容は任せるわ」

「承知致しましたわ」

 

「祐人は森全体に罠を仕掛けて欲しいの。殺傷能力よりは、とにかく脚を奪うことに重きを置いてちょうだい。そうね……トラバサミとワイヤートラップ辺りがいいわ」

「分かりました、部長」

 

「小猫は囮をお願いするわ。恐らく重要拠点として使えるであろう、旧校舎と新校舎の間にある体育館に敵を誘導して、その中で足留めを。通信機で合図を出したら、体育館を放棄するように逃走して、それとなく旧校舎に敵を誘導。いけそう?」

「……大丈夫です、任されました」

 

「アーシアは、私と一緒に着いてきてちょうだい。最初はテントの設営ね。それが終わったら、小猫と合流して神器で癒してあげて」

「わ、分かりました。頑張ります!」

 

「イッセーは1番責任重大ね。……印をつけたところに、例のアレをセットして、私が合図を出したら爆破して」

「承知しました、必ず成功させます」

 

「では、華々しく初陣を飾りましょう。私達を舐めてるであろうライザーに、誰を敵にまわしたのか、知らしめてあげなさい! 総員、散開!」

『『『承知!』』』

 

 それじゃあ僕は僕の仕事を……地獄を作る準備を始めないとね……。全く、ウチの王様はおっかねぇや。

 

 

◆◆◆

 

 

 水蒸気爆発、というものがある。

 簡単に言えば、水の温度が急激に上がり、気化して一気に体積が膨張することで起こる現象だ。熱したフライパンに水を垂らすとジュっ! っていうアレのこと。

 

 僕は思った、魔力による水の操作を極めたら、水蒸気爆発を起こせるんではないか、と。基本的に温度とは振動、動き、エネルギーなのだ。つまり水蒸気爆発が起こる温度まで水の分子を一気に動かしてやれば、それはもう見事な水蒸気爆発が起こるんじゃないか、と。

 そう思って僕は朱乃サンに相談した。自分のイメージを補強するための絵図も付けて。そして彼女が僕に課した修行は紅茶を淹れること。正確には、魔力で水を操作し、温度を上げる練習をしろ、ということだった。

 

「いくらイメージができていても、想像通りに操作ができるわけではありませんわ。まずは段階を踏み、温度を上げる操作の感覚を掴むのです」

 

 実際にある物質に魔力を通し、それを操作すること自体は、そこまで魔力を消費しない。無から有を生み出してるわけじゃあないからね。とはいえ最初のうちは水の温度操作は困難をきわめた。まるで超音波洗浄機を水に漬けた時みたいにボコボコ波立ちはするものの、温度はそこまで上がらなかった。魔力を使うにはイメージが大事だが、それだけではダメだというのがよく分かる一例だ。

 行き詰まっていたところ、僕はある家電を目にする。電子レンジだ。アレは確か、マイクロ波を水分子に当てることで、振動、回転させ、温度を上げる……温めるという家電だ。

 

「……波を当てるイメージで、フンっ!」

 

 記念すべき僕の一発目の水蒸気爆発の被害者は僕になった。全身大火傷、水を入れていたケトルも破裂して破片が全身に突き刺さりの大惨事。アーシアがいなかったらまず間違いなく死んでいた。原因は、思いの外魔力を込めたことで急激に水分子が振動してしまったことらしい。いやほんと、ありがとうねぇアーシア。キミも僕の命の恩人だよ…。

 

 まあ、そんな事故を挟みつつ、寝る間も惜しんで水の操作を続けていって、何とか暴発させずに水蒸気爆発を使いこなせる域にまで達した僕は、あるアイデアを思い付いた。

 

「そうだ、聖水で水蒸気爆発すりゃいいじゃん」

 

 後の対悪魔殲滅兵器の産声が上がった瞬間である。

 

 

◆◆◆

 

 

 そして今、その対悪魔殲滅兵器が敵の悪魔に向いて牙を剥いた瞬間を、僕は目の当たりにしている。

 

 指定ポイントに配置された、建物の内側に向かって爆発するように調整された、聖水の入った金属容器。それが都合9箇所、同時爆発。

 それだけだと単に聖水で爆発させただけなのだが、厭らしいのが朱乃サンの敷いた結界だ。旧校舎だったものを覆ってる結界は、中から水分子が飛んでいかず、高熱に保つ効果がある。つまり、仮にこの中に悪魔がいたとしたら……まあ、可愛く言ったら蒸し焼きになる、ということ。中は煙ってて何も見えないけれど瓦礫や木片も吹き飛んで痛いだろうし、小猫チャンが誘導して中に入ってしまった4人の悪魔の皆様に対しては、申し訳ないという気持ちしか湧いてこない。

 

『……ライザー・フェニックス様の兵士3名、戦車1名、戦闘不能』

 

 心做しか、グレイフィアさんのアナウンスの声音からドン引きしてる気配が伝わってくる。いやでもこれは僕だけのせいじゃないよ。

 

『これで本陣には誰も寄って来れないわ。結界の効果も4時までは充分に続く。では、次の指示を与えていくわね』

 

 とりあえず第1段階は終了だ、と息を吐きながら通信に耳を傾けていると……

 

「…………ッ!!」

 

 警鐘の音、咄嗟に鞄の中からただの水が入った瓶を取り出し、握って割る。水が染み出し、そこに魔力を通し、運動を制御! 氷の壁を作る!!

 

 目を焼かれるような光、轟音、衝撃! 腹の底が震え、全身を熱が襲う!!

 

「ぐ、ぐぅ……! 『決殺の手(トゥワイス・クリティカル・ブレイカー)』!!」

『Boost!!』

 

 防御力を2倍に、襲ってくる衝撃を氷の盾を使っていなしながら、何とか地面に踏ん張り、耐える!!

 

「っ、がぁッ!」

 

 何とか耐えきり、地面に膝を着く。そして、下手人であろう、上空に浮かぶ何某に視線を向けた。

 

「……油断も隙もない。完璧に不意を突いたのに、どうして防げたのかしら?」

「お生憎様、こちとら尋常じゃない程のビビりでね…!」

 

 翼を拡げ、空から僕を見下ろす、フードを被った魔導師の姿をした悪魔!

 

「ライザー氏の『女王(クイーン)』、ユーベルーナ……!」

「ご名答、リアス嬢の兵士君。貴方はここで脱落してもらうわ」

 

 爆破を得意とするライザー・フェニックス最強の下僕が、僕の前に立ち塞がった! ちょっと待って、これかなり大ピンチだよ!!?

 



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その14

感想、評価、誤字報告ありがとうございます。

気が付けばお気に入り登録件数が1000を超えて喜んでたら、1100を超えてました。何が起こっていたんでしょう……?
赤ゲージがここまでもってることも含めてなにかの間違いなのでは……?(疑心暗鬼)


 

『イッセー、聞こえてる!? 返事出来そうに無かったら通信機を1回叩いてちょうだい!』

 

 バン! と強めに耳を叩きながら、左腕で爆発をいなしていく。普段はうるさいだけの警鐘が、致命傷を受ける爆撃の選別に役立ってくれる。

 

「くっそ、なんだい大人気も無く!! 余裕無さすぎるんじゃねーのオネーサン!?」

「あの爆発を見て舐めるなんてありえないでしょう!? あの火力とその油断の無さは長期戦に持ち込まれると面倒なのよ!」

 

 くっそ部長のサブプランが若干破綻してやがんな……。仮にライザー氏を倒せないと判断した場合、ライザー氏ともう1人以外を打倒した上で朱乃サンと僕が脱落しないように時間いっぱい部長を守るっていう作戦だ。公式ルールにおいては、制限時間が区切られているゲームの場合、残ってる下僕悪魔の駒価値が多い方が勝利となる。仮にそうなったとして向こうがそれを守るかどうかは不明だが、もう一度、今度は有利な条件でゲームを仕掛けることができるだろう……と部長は考えていた。僕の駒価値は8、朱乃サンの駒価値は9なので、マジで僕は脱落という意味では死ねなかったりする。する……のだが、何故か危機感を抱いてるらしい敵の女王にロックオンされてる。マジでついてねぇよ……!

 

 だが、希望はない訳でもない。相手は舐め腐ってはいないが、舐めてないわけでもない。

 今僕らが場所を変えつつ戦闘しているのは校庭、新校舎から見えやすく、狙い撃ちができる位置にいる。なるべく森から女王を引き離さないといけないと判断し、あえて相手にとって有利なフィールドに移動していったのだ。だが、現状フェニックス側から援軍が来る気配がない。つまり女王ユーベルーナ氏なら(駒8つで転生してるけど)兵士ぐらいけちょんけちょんにしてやれる、と思ってるんだろう。ぶっちゃけ大正解ではあるが、その油断が隙……になるとマジ助かる。

 敵はまるで爆撃機のように僕に襲いかかってくる。しかも飛行が上手いからフェイントを掛けてもすぐ着いてくるんだ、やってらんねぇ!! 僕はまだ悪魔の翼で飛ぶことが難しいため、迂闊に距離を詰めることもできない! 絶対撃墜されるだろうしな!

 

『イッセー、今から援軍を送るわ! それまで耐えきって! 場所は校庭ね!? イエスなら1回、ノーなら2回!』

 

 バン! と叩きながら爆破の魔力を受け止め、振り抜くように新校舎にぶん投げる。減衰したのもあるだろうが、何かに阻まれて霧散した。くそ、惜しかったなアレ!

 

 さて、援軍が来るとなると流石に向こうも援軍を寄越してくるだろう。どのぐらいの速さで来るか分からないが……1回は殺しておかないとマズイだろう。

 

「(1回、1回でいい。マーキングさえ付けられたら、可能性はある!)」

 

 既に満身創痍、籠手の無い右腕は黒焦げ、中から骨がコンニチワ。痛みには慣れてしまってるのと、焼けてるせいで出血が無いのが救いだ。だからこそ、もう1つの魔力ワザが使える……のだが、一旦魔力を纏いながら触れなければ起動できない。どうすれば……!

 

「くそ、タダでは死なんぞここで殺す!!」

「ッ!?」

 

 最初の爆発は、相手に警戒をさせるって意味では失敗だけど、ハッタリに使えるという意味では大成功だった。カバンに手を突っ込むだけで普通なら有り得ないほどに警戒してくれるのだから!

 聖水の瓶を取り出し、それを渾身の力を込めて投げつける。女王もまずいと思ったのか、それを撃墜するために爆破しようとする。が、それは悪手だ。何故なら水蒸気爆発とは、水に対して高温のものをぶつける時に起こるものなのだから!

 僕がすることは、襲い来る聖水の水蒸気から身を守るために、水の壁を自分の周囲に展開することだけだ!

 

「甘いわ! ……何っ!?」

 

 ダガンッ!! と爆ぜる音と同時に、周囲に破片と水蒸気が撒き散らされる。相手はローブを着用してるため水蒸気による被害はあまりない……その剥き出しの翼以外は!

 

「ぐっ…何よこれ、焼けるように痛い……!」

「墜ちろ、カトンボォ!」

『Boost!!』

『Transfer!!』

 

 譲渡、相手にかかるGを2倍。爆風と、聖なる物によるダメージと、穴ボコだらけの翼もあって、重力に逆らえなくなり墜落する!

 このタイミングを逃してはいけない。壁を消し、全ての力を脚力に回す。そのせいで身体が水蒸気に焼かれるが、必要経費だ!

 

「お、おのれっ!」

 

 墜落の衝撃ですぐには動けない様子。だが魔力行使に関しては支障を来たしていないらしい。炎弾が脇腹を掠めて削り取っていく。

 

「ぐあっ……! くっ、効くかよォ!」

 

 だがこちとら腹は焼かれ慣れてんだ、大体光の槍だけどな! サンキュー元カノちゃん、でも地獄に堕ちろ!(呪詛)

 

「格闘技とは、力の使い方! 強く、強く踏み込んで!」

『Boost!!』

 

 足の裏が完全に地面を捉え、倍加も加えることにより、僕の動体視力では追い切れない速度で身体が前に投げ出される!

 

「え、ちょ、待っ」

 

 女王ユーベルーナの顔面に突き刺さる、僕の右膝。つまり、飛び膝蹴り。……胸か腹を狙ったのに顔に当たってしまったのは、素直に悪いと思う。

 

「ぐえっ、がふっ、あうっ!」

 

 蹴られた勢いはそのまま彼女に伝わり、回転しながら三度ほどバウンドを繰り返し、ぶっ飛んだ。……ついでに、僕の右膝も砕かれた。何も防具無かったと思うけど、悪魔……それも女王ってだけで硬いんだろうな、今度はこっちが動けなくなった。

 

 だがま、いい感じにダメージも与えられただろ……と前を見て……泣きそうになった。

 

「よくも……よくもやってくれたわね……!」

 

 憤怒のオーラを撒き散らしながら、ゆらりと女王ユーベルーナが立ち上がる。それも『無傷』で。チクショウ、アイツ早速フェニックスの涙を切りやがったか!

 

「……舐めていたわ。8個とはいえ、プロモーションもしていないただの兵士だと」

「ちっ、そのまま舐め腐ってくれたら良かったのに……」

 

 言葉の通り、彼女から油断の気配は全くと言っていい程感じられない。絶対に、僕を殺す。そんな怒気だけが僕を刺す。たかが僕相手にフェニックスの涙を切ったのがその証拠だ。

 

「全くやってらんないよ……フェニックスの涙の元締めだ、きっとたくさん持ってんでしょ?」

「ええそうよ。……半分享楽のつもりで、リアス嬢達の無駄な足掻きを見る為のゲームだったけれど、今ほどコレを持っていて良かったと思ったことはないわ」

 

 全く、絶体絶命もいいところじゃないか。僕の全身は聖水で焼け爛れ、右腕に至っては骨すら見えている。脚もイカれてもう立つことすらできない。ライザー氏に挑む前に、女王にチェックを掛けられている。もう逃げられない、デッドエンドだ。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 口の端が、弧を描くように吊り上がる。

 

「ふひっ」

「っ!」

 

 喉から、思わず笑いが溢れる。

 

「ふひひひひ、ひははははははっ!」

 

 合図は、右腕を突きつけて、宣告すること。僕はもう触れている。この女に触れている。マーキングは済ませた。

 本能的にまずいことを感じたのだろう。距離を取り、炎弾を何度も何度も打ち出してくる。焼ける、焦げる、欠ける。死ぬほど痛いし、もう逃げたいくらいに力が入らない。

 けれど、それでもとうとう肉が剥げた右腕を突きつけて、宣言した。さあ、不死鳥に試す前の試運転だ。

 

「『循環する苦痛(ペインサーキュレーター)』」

 

 2つ目の魔力技、僕の痛覚だけを、感じる痛みだけをマーキングを付けた相手に転写するだけの、まるで役に立たないクソみたいな技。

 だが、僕が死にかけていれば死にかけている時は効果は覿面だ。そう、僕は今まさに死に瀕している!

 

「かひゅ……!?」

 

 わけがわからないのだろう。ローブ姿の女が、息の詰まるような音と共に倒れ込む姿が見える。

 

「なん、で…! なによ、これ……!」

「こういう時、なんて言うんだっけな……。ああくそ、頭が朦朧として言葉が出てこないな。ああ、この状態で爆破はやめてくださいよ? 痛覚のショックでアンタも死にかねない」

「でも、貴方ももう何もできないじゃない! 単なる時間稼ぎにしかならないじゃない! 直に私たちの援護が来るわ……その行為は無駄よ!」

 

話している間にも、懐から何かを漁っている。フェニックスの涙だろうか? それとも別の薬だろうか。でも力が入らないみたいで、ボロボロと瓶を落としている。

 

「ま、そうですよね。しょーもない時間稼ぎです。が、」

「間に合った以上、無駄ではありませんでしたわね」

 

 表情の焦燥が、ゆっくりと絶望に変わる瞬間を見た。見上げ、震え、逃げようとして、しかし立ち上がれず、地面を這い蹲るしかない姿を見た。

 

「お願いします、朱乃サン」

「ええ、任されました。お手柄ですわ、イッセーくん」

 

 空から降る幾重もの雷光に、女王ユーベルーナは貫かれる。幾らでもいたぶることができたのにそれをしなかったのは、瀕死の僕の為か相手に対する慈悲なのか。まあそんなことはどうでもよくて。

 

『ライザー様の女王、戦闘不能』

 

 何とか大金星を挙げられた、その事実だけが重要だった。

 

 

◆◆◆

 

 

 敵から奪った資源を使うのは戦争のド定番である。僕は朱乃サンに掛けてもらったフェニックスの涙のおかげで何とか息を吹き返した。

 

「ふひぃ、久々に死ぬかと思いましたよ……まあ今日で3回目ですが」

 

 欠損もなし、バックの中身も破損無し。制服がもうボロッボロだけど、それでも気力十分。これであと1週間は戦える。そんな心持ちだった。

 

「……それで、どうでしたか2つ目の技は」

「相手に触れる必要があるので起動するのが面倒ですね。しかもこれでタネが割れたでしょうし、相手は迂闊に自分に近付いて来ないでしょうね。正直痛いです」

 

 本来は、ライザー氏に使って相打ちを狙う為の技だった。相手に再生をさせず、しかし痛みだけを与えて相手の心を折る。そこに痛覚倍加の付与をすれば完璧だ。……まあ、もうまともにこいつは使わせて貰えないだろうね。

 

「……すみません、朱乃サン。アレだけ一緒に訓練に付き合って貰ったのに、こんな形で無駄にしてしまうなんて」

「無駄とは思いませんわ。少なくとも、百戦錬磨の女王をほぼ1人で完封した……それだけでも意味のある成果です。イッセーくんはもっと自分に自信を持って大丈夫なんですよ?」

「……はい」

 

 顔を叩いて気合いを入れる。泣き言なんて言ってられない。

 

「さて、それではイッセーくん……どうしましょうか」

「どうしましょうかね……」

 

 互いにニヤリ、と強がりながら周りを見渡す。いつの間にか5人の悪魔に取り囲まれていたからだ。

 

 メンバー表の写真と、ここにいる悪魔を頭の中で照合させていく。兵士が3人、僧侶が1人、騎士が1人。……戦車がいない。1人は倒したからいないが、もう1人がいるはずだ。強がってみせるが、内心冷や汗が止まらない。

 彼女達は足止めだ。最強戦力である朱乃サンと……多分、想定外を引き起こす僕を足止めするための。これは、間違いなく嵌められた。今の敵の狙いは、仮の本陣に突っ込ませた戦車を使ってのキャスリングだ!

 

「嘘だろ……女王を生贄(サクリファイス)戦術に使うんかよ……!」

「必要とあれば、悪い戦術ではありませんから。王さえ生きていればいい、それがフェニックスの基本戦術でしょうし。……イッセーくん、魔力の効果を倍にする、ということは可能でしょうか」

「いけます、合図だけやっていただけたら完璧にこなしてみせます」

「うふふ、頼もしいですわね」

 

 背中合わせになってるが、見なくても分かる。今、朱乃サンは見るものを不安にさせるような笑顔を浮かべている。

 

「せっかくですし、私も試運転をしましょう。対フェニックス用戦術……『五覚剥奪』を実行します」

 

 白い世界に、黒い帳が降りた──。

 




てめえの自業自得、逆しまに死ね……というヤツです。


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その15

感想、評価、誤字報告ありがとうございました。

ほぼ2週間もお待たせして申し訳ありません。
コロナワクチン2回目摂取の副反応で体力をごっそり削られ、あと純粋に次の展開を悩んでしまい筆がかなり遅くなっていました。

特に関係の無い話ですが、私はフジリュー版封神演義に出てくる空間系宝貝がとても好きです。山河社稷図とかいいですよね。特に関係の無い話ですが。


 

 僕と朱乃サンとの共通見解、『心を折るには変化を認識させないことが基本』。簡単に言い換えると『終わりが見えないようにする』に尽きる。精神を攻めるときだけでの話では無い。責め苦を負わせる拷問も、痛み、苦しみが抜けない状況に置かれることで心が折れるのだから。

 

「しかし基本は基本。状況が刻一刻と変わっていく戦場に於いて、時間を掛けて準備をし、罠にはめるのは良い戦術とは思いません」

「まあ、それはそうですよね」

 

 特に今回は長期戦になればなるほど基本的にフェニックス側が有利だ。不死……というよりは、歴戦のチームだって理由で。悠長に準備してる間にやられてしまう、今回に限り必要なのは奇襲性だ。

 とはいえ、スナック感覚でお手軽に心を折る手段なんて……。

 

「無いわけではありませんわよ?」

「あるんです!?」

「ええ、もちろん。人間、ないし悪魔の心を折るなんて難しいことではありませんもの」

 

 なんなら欲深く、我慢するという感覚が薄い分、悪魔の方が折れるのは早いですわ…なーんて軽い調子で言う朱乃サンにドン引きしたけど許して欲しい。いや普通に怖ぇんだってアンタ。

 

「……イッセーくんは何か勘違いをしてないかしら? 実は私、誰かを虐めることは好きでも、心を折るのは得意ではないわ」

 

 心外そうに、わざとらしく頬を膨らませて抗議する朱乃サンだが、それを誰が信じるのだと言うのだろう。少なくとも僕は信じない。

 

「心が軋み始める瞬間が表情としてとても唆るんですもの。簡単に折ってしまっては楽しめなくなるじゃないですか」

「えぇ……」

 

 だが納得はした。モノを壊すことに興奮する破滅タイプのSなら話は変わってくるとは思うが、簡単に苦しみを終わらせるのは状況によっては勿体ないだろう。再利用できないし。

 

「ちなみにそんな簡単にできるんですか?」

「視覚、聴覚、嗅覚を止めてしまえば割と早く心が軋み始めますわ。ひとりでに話し出した辺りが表情としては唆るから私はそこで止めるのですが、心を折るのなら話は別です」

「まぁ、ですねぇ。せめて錯乱して自害しようとするレベルまでは心が折れてもらわないと……」

「ですが、これでも時間がある程度かかってしまいます。そのため、他の方法を考えなければならないのですが……」

 

 そこで朱乃サン、肉食獣のような目で僕に視線を投げる。な、なんだよぅ……そんな目で見られても逃げる以外の選択肢は取れないゾ。

 

「怯えなくても大丈夫です、イッセーくんにアイデアを出すのを手伝って欲しいだけですわ。相手の心を折るための新技を。あの痛みを押し付け、()()なんていう常人では思いつかないようなアイデアが、今の私には足りていません」

「アレ、これもしかしてすっげぇ貶されてませんか僕???」

「うふふ、褒めていますわよ」

 

 それで僕が苦虫を噛み潰したような顔をすると悪い意味でニッコリしだすからたまったもんじゃない。無敵かよこのヒト。

 

 仕方ない、じゃあ考えるか……となるが、実は僕では実行できなかっただけで、案自体は作っていたモノが何個かあった。その一つ、朱乃サンなら確実にできるであろう、トンデモない案を。

 しかし、まず聞いておかねばなるまい。それによってちょっとやり方が変わる。

 

「朱乃サン、悪魔も人間と同じように、神経を通るのは電気信号ですか?」

 

 ニンマリと、口の端が吊り上がったのが答えだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 電気信号を操り、恐怖体験を押し付ける、という案があった。それ自体は倫理的に問題があるのと、現実的ではないのでボツになった。魔力を操れるようになって分かったけど、電気操作するのってマジ難しい。魔力で属性変換して使うなんて以ての外。もしかしたら属性変換の得手不得手も関係しているかもしれないが、朱乃サンとんでもない才能の持ち主なのだろうと思った。

 しかし、そんな朱乃サンでも電気信号を操って思考を弄る、なんてことは出来なかった。被験者である僕が言うのだから間違いない。それなら普通に幻術使う方が早いじゃん、ということになる。幻術は幻術で神経系含めて感覚を誤認させる効果も内包してるし。

 

 次に、感覚器官からの電気信号を遮断して五感を奪ってみる、という案があった。こっちも倫理的に問題はありそうだけど、洗脳には使えなさそうだしいけるのでは? となった。なった……のだが、これまた問題に直面しボツとなった。

 朱乃サンレベルならもちろん、これなら僕でも使える、簡単で現実的な案だったのだが、視覚が上手く消せなかったのだ。悪魔の目は特殊で電気信号を遮断しても何らかの方法で視覚を確保してしまっていた。僕が実験台になったのでよく覚えてる。

 朱乃サンの考察だと、夜目がきいてしまう種族特性が関係しているのだろうということだ。詳しく調べていけば判明するのかもしれないが、時間は無いということで断念。とはいえ後に続く結界術への応用に使えたので完全無意味ではなかったのだが。

 

 最終的に幻術で感覚器官を誤認させるのが現実的だな、という風に落ち着いた。成り立てかつ才能のない僕には無理だけど、朱乃サンならその程度ちょちょいのちょいだったようで、すぐに五覚剥奪の雛形にあたる、真っ黒な結界が誕生した。

 詳しい仕組みは企業秘密ですわ♡ と簡単な仕組み以外は教えてくれなかったが体験はした。何も見えないし平衡感覚も無くなるしそもそも感覚奪われるせいで何も無い所に浮いてる感じがしてかなり気持ち悪かった。そのくせ心臓の鼓動だけは感じられるので耐性がないとこれはキツいだろうな、というのは感じた。

 だが、ここでも問題にぶち当たる。準備に時間が掛かる欠点は取払ったが、そもそもこれでもかなり時間が掛かるだろう、ということだ。単純に僕に耐性があっただけかもしれないけど、1時間やそこらでは発狂しなかったからね。これはまずいのでは……と頭を悩ませようとしたところで、僕に天啓が降りてきた。いや天啓っていうのを悪魔が使うのは違うか。じゃあ地啓で。

 

『電気信号を加速させて思考も加速させちゃいましょう!』

『……それは、盲点でしたわ!』

 

 ということで、最終的に完成した結界型幻術『五感剥奪』は、1000倍以上に加速した時間の中で、何も無い空間を彷徨わせる幻覚を叩き付けるという、喰らう側に対して多少の申し訳なさを覚える技となった。その効果は絶大的で、実験台の僕も瞬殺されそうになるとんでもないハメ技だ。

 そりゃ、こんな物を不意打ちで決められたら……

 

「コレは……その……」

「見てはいけませんよイッセーくん。彼女達の尊厳の為にも」

 

 色んな液体でグシャグシャに、表情も不思議なことになった。しかも無惨なことになってるのに、肉体的には傷付いても死んでもおらず、逆にそのせいでリタイアしていないという酷いことになっていた。申し訳なさから、朱乃サンの言うように視界に彼女達を入れないようにする。

 ……僕達ごと黒い結界に敵を包んで数十秒後、結界の効果に倍加の付与。それが1000倍に加速して……少なくとも体感5時間は何も無い空間に放り出されたワケで。そりゃこうもなるわ…。

 

「まさにスナック感覚でお手軽心折設計……僕はとんでもない怪物を生み出したのかも……」

「あなたが言いますか、あなたが」

 

 軽口を叩かないとやってられない、そんな心持ち。やっぱ倫理に逆らうとろくなことにならないよね! ……とはいえしかし想像より遥かに早くケリが着いたので、僕らにとっては追い風だ。これはいいことである。

 じゃあ早速森の方に向かいましょうか、と声を掛けようとして、先に朱乃サンに声を掛けられた。

 

「……さて、イッセーくん。少し無理をしてしまったので、先に仮設の本陣に向かってください。私は少し休憩してからでないと動けなさそうです。あまり時間は無いでしょうし、急いでください」

「え、いやでも朱乃サ……」

 

 息を飲む。その様子に息を飲む。

 左目から、赤い液体が。

 

「ッ!? まさか…っ」

「うふふ、思った以上に負荷が掛かってしまったようです。イッセーくんで試し打ちしたときは1人だけでしたので、こうはならなかったのですが……」

 

 そう言って、彼女は力が抜けたようにへたり込んだ。

 ……遅延された上で、疲弊した状態で仮設本陣に2人で向かうよりも、ほぼほぼ無傷の僕を向かわせる方がいい、と思ったのだろう。だから僕に先に行け。そういうことなのだろう。

 

「幸い、フェニックスの涙はもう一本確保しています。だから、安心して早く行きなさい。早く」

 

 ()()()使()()()()時点で、その真偽は明白だ。無視はできない。……だが、その覚悟を無駄にもできない。

 悩むのは、一瞬だった。脚部に倍加を施す。

 

「……分かりました、ありがとうございます」

 

 見ないように、後ろを振り向かずに僕は森の方へと駆け出した。僕の感情だけであのヒトの覚悟を無駄にしてはいけない。決して、決して。

 ……それでも。分かっていて、それでも見捨てる判断をした自分に吐き気がした。

 

 

◆◆◆

 

 

「……まったく、敏いのも考えものですわね」

「約束、ちゃんと守ってくれるかしら……?」

 

『リアス様の女王、戦闘不能』

 

 

◆◆◆




短めですね……


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その16

あけましておめでとうございます(前回の投稿前年の11月)
非常にお待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
ちびちびと書いていくので許してくださいなんでもしますから!(なんでもはしない)


 結局のところ、私達には何もかもが足りていなかった。敵を打ち倒す力も、出し抜く知恵も、何もかも。

 唯一そこにあったのは『なんとしてでも勝ってやる』という意思だけだ。ほんの微かな一筋の光明に、今出せる全てをベットした。それだけだったのだ。

 

 ……今、眼前のライザー・フェニックスが私に王手を掛けている。何時でもトドメは刺せると言わんばかりに余裕綽々な態度で以て私達を見下ろしている。

 ほんの少し心の中で諦めが顔を出して……しかし引っ込んだ。眷属達ならともかく、私にその選択肢を選ぶ権利がない。

 

 心の中で気合いを入れて立ち上がる。ゲームが終わるその時まで、私は倒れることはできない。そうよ、せめて『笑顔』で終われなければ……着いてきた皆に報いることができないのだから。

 

「さあ、行くわよ」

 

 このレーティングゲームは、最終局面に突入した。

 

 

◆◆◆

 

 

 頭が痛い。

 ずっと頭が痛い。

 慣れない処理をし続けた弊害なのか、フェニックスの涙で癒えた筈の痛みや疲労がドッと押し寄せてくる。……ただの幻覚なんだろうけど。

 

『単純に精神がやられているだけだ、気を強く持て相棒』

『阿呆、コレでも僕のメンタルは強い方だぞ人並みに』

 

 必死に走る僕に口を動かす余裕は無い。脚も痛てぇわ肺も痛てぇわ喉も痛てぇわ。長く倍加を維持するために『脚力』だけに絞っているが、それの弊害だ。全く、才能の無さを嘆いたのは初めてだぜ!

 頭の中で軽口を叩き合いながらも、その裏で現在の状況を整理し直す。

 

 まず、こっち側は朱乃サンしかまだリタイアしていない。王を除いた残存兵力は祐人クン(騎士:3点)、アーシア(僧侶:3点)、小猫チャン(戦車:5点)、僕(兵士×8:8点)、合計19点。

 対してライザー・フェニックス氏側は、大半の兵力がリタイアしている。フルメンバーということで、リタイアした人員から計算すると、王を除き残っているのは僧侶1人3点、戦車1人5点の8点だ。

 つまりこのままタイムリミットまで部長がやられず、皆が生き残れば一応判定勝ちということにはなるが……。

 

『楽観視し過ぎるのは良くないぞ相棒』

『だよねぇ……』

 

 願望とは裏腹の、冷静な部分で出た判断と同じ返答が相棒から帰ってくる。そうじゃなきゃ部長があんなに悩んでたワケがねぇんだわ。

 

 間に合いさえすれば、なんとかする方法が無くはない。無くはない……が、成功するかは別だし、本当にどうしたもんか。

 ついでに言うなら朱乃サンと組んで敵の大半をぶっ潰した僕が放置されるとか有り得んし、そうなるとそろそろ第三の刺客が飛んでくるんじゃないかってヒヤヒヤモノだ。アナウンスで連中がリタイアしたのはバレてるだろうし。

 あー、ライザー氏が部長を舐め腐ってると助かるなぁ、もうホント、心の底からそう思う!

 

「そこまでよ」

 

 崩壊した旧校舎の側まで来た辺りで声がした。いやまあ素直に聞いてやる義理なんてないし無視して走り続ける……が、

 

「ちっ……私を無視するんじゃありませんわよ!」

「……ッ!!」

 

 邪魔するように炎が僕の行く手を阻むように爆ぜた。そして目の前に降り立った、金髪縦ロールの如何にも気の強そうな少女だった。

 

「全く、私は観戦するだけだって言ったのに、お兄様ったらすっかり怯えちゃって……」

「ハァ……ハァ……お兄様ァ……?」

 

 息が上がってるから何も言いたくなかったけれど、思わず聞き返しちまった。お兄様???

 

「フン、仕方がないから答えてあげますわ。お兄様曰く『妹をハーレムに加えるのは世間的にも意義がある』ですって。まあ流石に兄も本気で妹に欲情するワケじゃありませんから、眷属として席を置いてるだけですわ」

「あのヒトも大概変なヤツだな……というかハーレムだったのかよ眷属。甲斐性があるのかバカなのかどっちか分からんな……」

「両方ですわね。贔屓目かもしれませんが、アレで中々器が大きいんですのよ?」

 

 円満なようで何よりっと。他人事だけど。

 

「でェ? こーんな人畜無害の転生悪魔捕まえて、何の用だい妹フェニックスさん?」

「レイヴェル・フェニックスと申します。以後お見知り置きを。リアス様の眷属ですもの、今後もお付き合いがありそうですし」

「ライザー氏が勝つからって? そいつは少しばかりウチのボスと仲間を舐め過ぎじゃないか?」

 

 勝つのは無理だろうけど、というか本人がそう思ってそうだけど、様子を見る限り反骨心の方は強そうだもの。そんでもって祐人クンも小猫チャンは僕より強い精鋭だし、回復役のアーシアもいる。耐久戦なら意外と勝ち目があるんじゃないかって僕の見解だ。

 

「兄1人なら、あるいはってところですわね。それでもいいところ1割ってところかしら? ……あなたがいなければ」

 

 気迫と共に射貫かれる。だよなぁ、やらかしたことバレてるよなぁ。クソ、死ぬ程舐め腐って欲しかったのに。

 

「人畜無害だなんて良く言えますわ、グレモリーの兵士(ポーン)さん。こちらの精鋭の半分も削っておいて。ええ成程、1人だけならば大した驚異ではないのかもしれません。ですがあなたの本領はそこじゃないでしょう?」

「あはー……まぁ分かっちゃうよネー……」

「その特殊な『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』、いわゆる亜種というヤツなのでしょう? 自分の力だけじゃなく、周りのものにも倍加ができる特別性。それを効率的に扱うあなた。素直に合流を許せば……そうですわね、3割といったところでしょうか? 決して無視できる数字ではありませんわ」

「そりゃどーも。ここまで過大評価されたのは初めてだ」

 

 『脚力』に回していた倍加を、『思考』へと移していく。不死鳥ってことはまともにやり合って勝てる相手じゃあない。身体能力に回す前に打開策を思いつかなければ。ノータリンでも無いよりはマシだ、少なくともおツムの出来も『平凡並み(異常な普通)』なのだから。

 

「それで、一つ提案なのですけれど」

「あん?」

 

 しかし、問答無用で叩きのめされるつもりでいた僕に、全くの想定外な言葉が投げ掛けられた。

 

「ここで諦めて、私のおしゃべりに付き合う気はありませんか?」

「……は?」

「元々は観戦だけのつもりでしたのよ、私は。兄はレーティングゲームのプロですし、リアス様は将来有望とはいえまだ若く経験が浅い。何の問題もなく勝てる……と油断していました。そのせいで私、なんの準備もしていませんの」

「…それで?」

「戦わずに済むならそれに越したことはない、ということですわ。もっとも、1人だけのあなたに倒されることはありえませんけど。面倒くさいだけです」

 

 これは渡りに船……か? とりあえず頷くだけ頷いておいて、観戦するとか言ってグレモリー眷属の仮設本陣まで行ってもらって裏切る、的な。

 

「ああ、先に言っておきますが、騙そうだなんて考えないことですわね。悪魔の契約(やくそく)、破ると痛い目を見ますわよ?」

「…………ッ」

 

 あーもうどうスっかなァ! こんなに警戒心バリバリで来られるの初めてだからどうすればいいのか分かんないよ! 基本舐められる側だし!

 だからといって部長達を裏切る? 論外だ! 敵に加担するぐらいならいっその事ここでこの不死鳥相手に切り札使って死ぬ方がマシだ! よし決めた、ここでおさらばです、部長!

 

 手元に魔力を広げる準備、バレると速攻で処理されるだろうか準備だけ。握手をするフリをして『循環する苦痛(ペイン・サーキュレーター)』を仕掛ける態勢を……!

 

『待て相棒、早まるな』

『邪魔すんじゃねぇよクソトカゲ、まずはテメェから沈めてやろうか』

『……俺としては正直気が進まんが、打開策を提示してやる。準備をするぞ相棒』

『準備ィ?』

『【心臓】の準備をだ』

 

 その言葉で動きが止まる。遠くの方で聴こえる戦闘音……炎の爆ぜる音と自分の上がった息だけがその場に響く。

 【心臓】、僕がドライグに明け渡したパーツ。心臓と、それにくっ着く血管は、もう悪魔のものではなくドラゴンのものに成り果てている。死ぬかと思ったが、なんだかんだでいい買い物だった。オマケで切り札も付いてきたしな。

 

『この状況でなんか使い道があんのかよ、オイ』

『確かに未だ制限している部分が多いがそうでは無い、本来の【心の臓】の役割を果たさせるだけだ。そのまま向かっても身体の方がお前の精神に追い付かずに自滅するのが目に見えている。同じ自滅するにしてもやりようがあるものだ』

 

 ドライグがそう言うと心臓が徐々に、不自然に速く打ち始める。全身が燃えるように熱くなり、鼓動が『ドッドッドッドッ』と最早エンジンだ。……あ、コレ知ってる、漫画で見たやつだ。赤熱する程じゃあないが肌から吹きでる熱で周囲が歪んで見える。

 

『実際理には適っているからな。強靱な龍の心臓と血管、悪魔の肉体でこの程度の高圧、高温には耐えられる。全身に掛かる負荷と引き換えに意識の加速、身体能力の向上が見込める。何よりだ、イッセー。この状態なら()()も加速する』

『…………ケヒヒ、なんでぇ相棒。テメェもよっぽど悪魔じゃねぇかよ』

 

 強く持ってないと遠くに逝きそうな意識を必死に繋ぎ止めて、ゆらりと眼前の敵を見据える。なんだかより死にそうになってるけれど、身体が熱くて、軽くて、それなのに力が湧いてくる。

 

『完全にかかり切ればより効果は顕著に表れるだろう。今はまだ車で言うところの暖機に過ぎん。急げ相棒、勝つのだろう?』

「もっちろん!!!」

 

 タイムロスしたが、打ち消して余りある銀の弾丸だ! どっちかってーと銀の弾丸に殺られる側だけどね僕!

 

「何が何だか分かりませんが……交渉は決裂、ということでよろしいのでしょうか?」

「ああその通り。僕があのヒトを裏切るとかありえんよ。だって僕は……ってそれはどうでもいいや」

 

 最高にハイな気分のまま、僕は彼女に笑いかけて、言った。明日の晩御飯を聞くような態度で。

 

「ということで、ここで死んでくれよ不死鳥」

 

 

◆◆◆

 

 

 そして宣言通りに、僕は彼女を死の淵に叩き込んだ。

 

「ありえません……ありえませんわ……っ! この結果も……これをやろうと思ったあなた自身も……っ!」

 

 訂正、息はあったか。まあでも、もう終わりだ。必死に再生をしようと燃える彼女だが、最早コレは障害ではない。いわゆるお試し版だが、それでも不死鳥に対して一定の効果があることが分かって良かった良かった。

 

「キヒヒ……正気で戦争ができるかよ。とは言ってもうるせぇな、きっちりリタイアさせとかないとか。後顧の憂いなく仮設本陣向かいたいしねぇ」

 

 そうして僕は、一息入れるように水を飲んだ。

 




感想、ありがとうございました。
じゃなければ続き書けなかったです。


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その17

少し前に『その16』を投稿してるので、読んでない方はそちらから。

これが書きたくて2年くらい前から温めてたって話。


 そして僕は辿り着いた。もう全身ボロッボロで、今にも死にそうで、血も涙も出しちゃいけない液体も垂れ流しっ放しの、本当に無様な姿だけど。僕はようやっと辿り着いた。

 

「……リタイアアナウンスが誤報ではなかったか。まさか本当に倒したとは。油断していたつもりは無かったし、アイツこそがキミは危険だと提言してくれた以上、隙も無かっただろう?」

「勿論不意打ち気味に決めたからこうなったンですよ。やっぱ無傷とはいきませんでしたが」

 

 罠だらけの森の中にあって、なおライザー氏は無傷でそこに立っていた。残り1人の戦車もリタイアしちゃって、本当のチェスならもうほぼ詰みの状況だけど、しかし余裕そうに立っている。油断というよりは、これはもう自負ってヤツだろう。経験と実績に裏打ちされた、絶対に負けないという自信。

 

 対する我々グレモリー眷属チームも、半分が退去している。今残っているのは王の部長と僧侶のアーシアだけ。恐らく継戦の要になるアーシアを守るために2人が立ち回ったんだろう。それでも2人ともボロッボロ。髪も乱れ制服も破れでちょっと目の毒だ。

 

「遅くなりました、部長。兵藤一誠、約束通り不死鳥を殺しに参上しました」

「待ってないわよ、馬鹿。見るからにまた無茶をして……」

「死んでないから大丈夫ってヤツです。死なやす死なやす」

「イッセーさん、今治療を…!」

 

 見るからにボロボロの僕を見かねてか、アーシアが『聖母の微笑』で治そうとしてくるが、それを手で制する。

 

「ごめんアーシア、今治されるとイッセーくんちょっと困っちゃうの」

「それは、その傷の痛みを俺に押し付ける為か?」

「まあ、バレてるわな」

 

 鼻で笑われるようにその理由を看破される。同じことをあの女不死鳥にやったが、ライザー氏にもそのまま効くということは無さそうだ。単純に彼は痛みに慣れる訓練をしてるんじゃないかな?

 

「というかそっちも余裕綽々ですね、攻撃もせず眺めてるだけで。いつでも此方を始末できるって態度、癪に障ります」

「事実余裕だ。それにただ見てただけじゃない。観察は必要だろう、このゲームにおいての1番の不確定要素の動きを」

「…………」

「リアスの能力は割れている、眷属達の力も。分からなかったのは君とそこの僧侶。彼女に俺をどうこうできる力は無い以上意識を割くのは無駄。……問題は君だ、少年」

 

 どう出るか分からない以上、迂闊に手を出せなかった。そういう事か。特に僕は相手に痛みを押し付ける技を抱えている。他にも似たような物がないかを警戒するのも自然、と。実際レイヴェル嬢をリタイアさせてるから必要以上に警戒もするわな。

 

「じゃあさっさとリアス部長をやりゃあ良かったじゃあないですか。何故それをしない。いたぶるためか?」

「適度に希望を見せるためだ。今ここで撤退戦、防衛戦に徹されれば時間切れで俺は負ける。誰の入れ知恵か、リアスの中で意識改革があったのかは知らないが、この山に張り巡らされた罠、結界は侵入者の足を奪い、迷わせ、その間に逃げるように設置されている。オマケに俺の炎でも燃やせないように対策してるんだからどうしようもない。倒せなくともタイムアップでの判定勝ちに持ち込む。……プロリーグでも中々お目にかかれない、素晴らしい戦略だ」

「なぁるほど。僕も含めてマトを1つに固める為の戦略、演技と。レイヴェル嬢や僕に差し向けたのも、始末と当て馬と思考誘導を兼ねた、まさに一石三鳥の一手だったわけだ」

「ああ。やられる、とは欠片も思っていなかったが……逃げる、ぐらいはすると思っていた。レイヴェルがちゃんと仕事を果たしてくれたかは分からないが、少しでも不安を煽るようなことを言えば、王を守るために合流を考えるはずだろう?」

 

 ……言ってたっけ? どうかな? 分からないけど、まあ元々大量に兵力差し向けられたから既に部長が危ない! って思っちゃってたし。いやこりゃ参った、なんだかんだライザーさんの手のひらの上だね僕の動き。

 

「でもそれをここでバラしちゃうのはどうなんです? ほら、ここで僕が盾になって2人を逃がすとかは」

「考えないわけないだろ。逃げれない程度に消耗はしてもらったさ。君が来るのがあと少しでも遅ければ、方針転換で俺は彼女にトドメを指していた。そこは俺の読み違えだ」

「お互い儘なりませんねェ」

「全くだ、素直に負けてくれたら良いものを」

 

 なんだか愉快になって、ライザー氏と一緒になって笑ってしまう。良くは分からないけど、今確かに奇妙な友情を感じたような、感じてないような、そんな不思議な感覚だ。

 

「…………何故、お前はそこまでするんだ」

「おっと、時間稼ぎですか? 乗ってやる理由はありませんし今からもう動き始めますけど」

「それができるならとっくにやっているだろう? お前は相当に頭が回るようだ。俺の思惑も、だいたいはここに着いた時に思い至っているだろう? 一刻も早く動くべきということにも。時間稼ぎをしているのはお前の方だ、兵藤一誠。今までに出会ったことのない、お前という敵に敬意を評して、俺はソレに乗っかろうとしているだけだ」

「……………」

「だからこそ気になる。そこまで馬鹿じゃないはずだ。話の断片からでも、俺とリアスの婚姻が悪魔社会においてどれだけの意味を持つか理解してるんだろう?」

「まあ、分かりますよ。貴族の結婚なんてそんなものだし、特に悪魔陣営はそもそもの頭数大分減らしたって聞きますし。純血悪魔の旗頭、欲しいですよね。次期魔王だったりして?」

「そこまで思い至るのに、何故?」

「…………全く、本当。やになるね、どいつもこいつも」

 

 本当、どいつもこいつも僕を買い被りすぎだ。お陰で平凡とは真逆の生活だっつーの。

 部長は口八丁で僕を店長に抜擢するし、朱乃サンはまるで僕をドS仲間みたいに扱うし。祐人クンと小猫チャンはなーんか僕に一目置いてる風だし、アーシアに至ってはヒーローかなんかを見る目だ。オマケに腕の中のクソトカゲは僕の何を勘違いしたのか死なせようとしないし、今日会った敵の皆々様方はまるで僕が危険人物かのように警戒してくる。

 まるで……そう、僕が凄いやつみたいに思えてくる。気持ち悪くて吐き気がする。僕は『異常な普通』なんだ。凄いわけがあるわけない。

 

 でも、何が1番気持ちが悪いって……それが嬉しいと思っちゃってる自分自身なんだよね。

 

 本当もう、嬉しいことばかりだ。自分に胸を張れるどころか、なんかこう…………言葉にできないけど、胸の辺りがイイ感じなんだ。思わず頬も緩んじまう。

 これなら、うん。もう思い残すことはないネ。

 

「たったひとつ」

「……?」

「たったひとつ、胸に点った小さな熱が全てを救うことだってある。僕はその暖かさを、死んでも忘れない」

 

 そう、死んでも忘れない。ガワだけマトモな屑鉄みたいな僕が、自分に胸を張れる凄いヤツになれてるんだから。これはもう救い以外の何物でもないのさ。

 

「命の恩に報いることは、そんなに不思議なことかな。ライザー氏」

「ああおかしいね、余計におかしい。1度死にかけたのなら、もう二度と失わないように怯えるものだろう? 今のお前のその目は……殉教者の目だ。いつか戦ったことのある、教会の戦士の目そっくりだ。手前の命を投げ出すことを恐れていない、何かに命を捧げる生贄の目だ」

「ひっでぇ言われよう、僕ちゃん泣いちゃう。……だが、大正解だ」

 

 でもそうだな……僕がそんな狂人に間違えられるのは勘弁ならないな。そんなだいそれたモノになった覚えはない。結局、僕は普通の男の子なんだ。

 そう、普通の男の子なんだ。だからさ、仕方がないだろう?

 

「惚れちゃったんだよ」

「……なに?」

「惚れちゃったんだよ、リアス・グレモリーさんに。手を握られて、安心させられて、そこから伝わる熱にやられちゃったンだよ。全く、『異常な普通』が聞いて呆れる! こんな対象外の、ド級の美人に惚れるとか! 情けなくて涙が出るよ!」

「は、え、んん???」

 

 本当、恥ずかしいったらありゃしない。僕の夢はふっつーの会社に就職して、社畜になって、なんかそれっぽい人とイイ感じになって、ふっつーな一生を終えることだったんだ。全く人生設計どうなってやがる、マジであの元カノ許さねぇ、地獄に堕ちろ! いや堕ちてたわ。

 

「でも、惚れちまったんだから仕方がない。困ってるんなら、助けたくなっちゃうモンだろなりふり構わず。例えそれが、僕の命を食い潰すことになったとしても、だ」

「そんな、理由で……?」

「うん、そんなどこにでもありふれた、ちっぽけだけど、死んでも譲れない理由だ。テメェらみんな買い被りすぎなんだよ本当。僕は感情で動くノータリンなんだ」

 

 心臓が早鐘を打つ。エンジンのような音と共に熱と血が全身から噴き出す。

 

「だから僕は命を、魂を燃やす。一切の後悔なく、一切の欠片も遺さずにここで燃やし尽くす。適当なところで死んどかないと後が怖いんだ。てことで、ここで余すことなく有効利用して死んでやる」

『Boost!!』

 

 ボロッボロの身体に鞭打つように、神器が倍加の音を告げる。後先考えない全体倍加だ。2倍だけ……それでも、その2倍は僕にこれ以上ない最期の勇気を与えてくれた。

 

「やろうぜ、ライザー・フェニックス。僕と一緒に、死んでくれよ」

 

 開幕の狼煙代わりに、僕は自分の血を前に飛ばし、爆発させた。

 

 

◆◆◆

 

 

 警戒して距離を取られると思っていたのだが、意外なことに僕らの戦いはシンプルな殴り合いに行き着いた。まあ空を飛ぶには森が邪魔だし、しかも燃えない。それなら直接死にかけの僕に一撃をぶち込む方が良いと思ったんだろう。こっちとしても願ったり叶ったりだ。

 

 でも戦況はあまりよろしくない。僕が一方的にボロボロになってくのに対して、向こうは無傷だ。殴っても殴ってもすぐに燃えて回復される。パッと見どころか、どう見ても僕の方がジリ貧だ。

 

「どうした兵藤一誠!? 俺を殺すんじゃなかったのか!?」

「ガフッ……! ってぇな、そう簡単に出来たらアンタの妹ももうちょい楽に落とせたわクソが!」

『Burst』

 

 苛立ち混じりに顔面ストレートを叩き込むが、手応えが無いままその整ったツラを貫く。よろけて前のめりに倒れ込みそうなるのを、手伝ってやると言わんばかりに背中を蹴り飛ばされる。

 地面で顔が削れ、右頬が完全に剥がれる。痛いし、上手く喋ることができない。

 

あぁふほ(ああクソ)ひぬほろいれぇなひくひょう(死ぬほど痛てぇな畜生)

「……ッ!? 貴様、なんだそれは!?」

 

 ゆらりと立ち上がった僕の顔を見て、表情が青ざめるライザー。心当たりが……いかん、思いつかない。

 

「悪魔の……いや人間の骨ではない! 血よりも赤い、その骨はなんだ!?」

「ああ、ほれは(それか)

『Boost!!』

 

 一度切れた倍加を、回復力に絞ってもう一度使う。シュルルル…という音を立てて、なんとか筋肉と血管は復元できた。空気が染みて死ぬ程痛い。

 

「いいだろこれ、特別性だぜ。ちょっとばかし怪しいナニカと取引しただけさ。僕の【骨】をあげるので、力をくださいってね?」

 

 いやもうホント、ろくでもない取引だったよな。

 

「これ、取引するまで僕は知らなかったんだけどさ。血って【骨】から造られるらしいね。そして血は全身を駆け巡り身体に馴染んでいく」

「な、何が言いたい?」

「まあお察しの通り、僕の【骨】はもう悪魔の骨じゃない。そこで造られる血もそうさ。だからね、これは嬉しい誤算だったんだけど、僕ってば聖なるモノに対して耐性が付いちゃったのさ。身体の半分以上が悪魔じゃなくなっちまったんでね」

 

 そしてポーチから取り出すのは、聖水の入った瓶。それを握り潰して、割る。瓶の破片が手の皮膚を割き、そこから聖水が入って皮膚と肉を焼く。皮膚はまだ全然血の影響が及んでないから簡単に溶けたが、肉は煙が出る程度で収まった。でもすげぇ痛い、光の槍レベル。でも()()()()()()()()()()()()()

 

「馬鹿な! その程度の聖水、蒸発させて消し飛ばしてくれる!」

「おっと、これで殴って聖水パンチだって? 冗談キツイぜ」

「ならば痛みを押し付ける為か? だからそれならば何故最初からそれをしない!? それはできなかったからだろう!!」

 

 まあ、その通りだ。ライザーは攻撃を食らう瞬間に身体を炎に変換するという荒業で以て、僕からの直接攻撃を交わしている。『循環する苦痛(ペイン・サーキュレーター)』の起動条件はバレてる。

 

「うん、ホントもうそれ。お手上げ状態。……なのにライザー、何をそんなに怯えてるんだい?」

「お、怯えてなど!」

「分かるよーうん、すっごい分かる。分からないものが動いて喋ってると、気持ち悪くて怖いよねぇ。……………フヒヒ、ねぇそれ普段のアンタの情動かい?」

「……!?」

「苦痛ってのは何も………()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「な、あ……!!」

 

 お手上げ状態なんて真っ赤なウソ。実は初手でマーキングを済ませてる。血を噴き出して飽和水蒸気爆発させたのは、散布させた血でマーキングするためだったというわけ。

 ただ最初から痛みを回せば警戒されて狙った行動をされなくなる。ライザーが部長達に対してやったことのお返しってやつさ。

 

「だからまずは精神的苦痛を押し付けた。元々これでも普通の高校生なもんでね、死ぬとか色々言ってても本当は心の底から怖いし、あなたに立ち向かうのも怖い。その恐怖、ちゃんと回ってきてるだろう?」

「だが、所詮お前でも飲み込める程度の恐怖だ! 何故、こんなにも足が竦むようなモノになっているんだ!」

 

 事実、ライザーは腰が抜けたかのようにへたりこみ、震え、戦意の色を無くして僕を見上げている。

 

「勘違いしてらっしゃいますけど、『循環する苦痛』って名前から想像つきません? 循環させてるんですよ、僕とアンタの間で」

 

 それこそが真骨頂。僕の痛みを相手に押し付け、その押し付けられた痛みを上乗せした相手の痛みを僕に押し付け返し、それを無限に繰り返す。それこそが『循環する苦痛』。

 増える恐怖を勇気で飲み込み続け、際限なく増していく痛みに根性で耐えなければならない。逆に言えば、それさえできれば相手は勝手に自滅してくれる。飲み込んだところで総量は変わらないのだから。

 

「狂ってる……貴様は、狂っている……!! やろうと思ったことも、それを飲み込む精神性も!!」

「そりゃどうも。……さてと、気を強く持てよ。今から根比べが始まるからさ」

「何だ……ガッ!?」

 

 突如全身から炎を噴き出し、のたうち回るライザー。そりゃそうだ、たった今痛みの押し付け合いを始めたんだから。

 全身から炎が噴き出してるのは、不死鳥の身体が損傷を受けたと誤認して、痛みの箇所を燃やして再生しようとしているからだろう。ちょうどさっきのレイヴェル嬢の反応がそうだったから間違いない、はず。全身燃えてるってことは全身痛いんだな僕。実際痛いし今も雪だるま式に痛みが加速していってる。

 

「残念なことに、『循環する苦痛』は僕の意識がある間じゃないと機能しないんだ。痛みに気をやって失えば、アンタはこの苦痛の無限牢獄から脱出できるってワケ。先に心を折っとかないと苦痛を飲み込んで僕をリタイアさせようとしてくるだろうから、最初からしなかったって話。……聡明なあなたなら気がついてるはずだ。攻撃をすればその痛みが自分に帰ってくることも。それを理解した上で、僕に攻撃する勇気はあるかな?」

 

 何を言っているのか分からない叫びの羅列。痛みに耐える訓練はしてたみたいだけど、文字通り()()()()()痛みには慣れてないようだ。まあそれも仕方の無いことさ。だって死ぬ前に復活するんだから。受けるはずのない痛みってことだ。その辺、僕は経験済み。年季が違うね、1回だけだけど。

 

「どうだい、死に嫌われた鳥よ。死の味は、中々クルだろう?」

 

 …………さて、僕も長々と敵をいたぶる趣味はないし、僕の方もいつまで持つかは分からない。少なくともタイムリミットまでは持たないし、復活したライザーに部長とアーシアがやられる展開は避けたい。

 

 だから、そう。やっぱりこうなるのだ。さっきは()()を飲んでレイヴェル嬢を昏倒させたが、今度はそうはいかない。より確実に、絶対に。

 

「アーシア短い間だったけど本当にありがとう。部長をよろしくね。付き合い短いけどさ、それでもこのヒトが結構溜め込むのは傍から見てても分かるし。アーシアも支えてくれると嬉しいかな」

「い、イッセー、さん……?」

 

 少しでも憂いを断つために、そう言い残す。ああ畜生、怖いな。震えてくるよ。

 

「それでは部長、おさらばです。本当に、ありがとうございました」

「待ちなさい、イッセー!!」

 

 後ろ髪を引かれる気分で、でもどこか悪くない気分で。僕はホルスターに納めてあったウチの騎士から貰った魔剣を抜いて、それを【心臓】に、祈るように突き立て、引き抜いた。

 

 無理に加圧したせいで、どう見ても助からない量の血が、胸から噴き出す。

 

 遠くで聴こえるアナウンス、ライザー・フェニックス脱落、リアス・グレモリーの勝利。そこまで聞き届けて、僕は意識を放り投げた。

 

 

 

 へへへ…………イッセーくん、だい、しょう、りぃ………………───────────

 

 

 

◆◆◆

 

 

『本当に、度し難い』

 

『だがしかしまあ…………悪くない男だった』

 

 

◆◆◆

 




【心臓】を使い潰すというアイデアがあって、そこを補強するように【骨】とか色んなアイデアが出てきて、そこをその場のノリと雰囲気で付け足していった結果がコレでした。

そもそもこの主人公、『気持ち悪い』がコンセプトの1つにあったので、素直に『魂燃やすぜ!』みたいなかっこいいことさせたくなくてこんな感じに。頭の中で『ガチ勢』とか『善属性リゼヴィム』とか罵倒しながら書いてました。主人公にしていい属性じゃないなコレ。

感想ありがとうございました。近いうちに続きをあげるので、お待ちいただけると幸いです。


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その18

死に逃げができるわけがねぇんですよね。
どんなイッセーも死んでからが本番。


『貴様、完全に俺との約束が頭から飛んでたな?』

「いや悪ぃ悪ぃ。その場のノリと雰囲気と終活テンションで突っ走ったわ」

 

 まあ欠片も悪いとは思ってないんだが。こんな僕を宿主にする方が悪い。

 

 今僕は、多分神器の中にいる。死ぬ前の走馬灯的なアレだろう。まだ現世に留まってるっぽいのは、多分ドライグが文句を言うためだけになんやかんやしてるんだろう。

 

「でもさ、本当に死んどかないと本当に不安だったんだ。ドラゴンなんて厄ネタを部長に抱え込んで欲しくなかったんだ」

『俺を前によくそんなことが言えたな』

「だって最期だもん、言いたいこと言っとかないと後悔するぜ」

 

 あとはまあ、父さんと母さんに悪魔だってことがバレる前に死にたかったし。悪魔ってバレて嫌われたら、その……ちょっと死ねる。今もう死んでるけど。

 それと…………

 

『告白まがいの宣言をした故、枷になる前に消したかった、だな?』

「うん。あの場では気合いを入れるためと、ライザー氏をこっちの雰囲気に呑み込ませるために言うしか無かったけど、下僕の元人間の転生悪魔が自分の王に告白って、色々とダメだよね。立場的にも、その後の眷属内での雰囲気的にも。やー、綺麗さっぱり片付いて良かった良かった!」

 

 まあその、なんだ。仮に天地がひっくり返るようなことが起こって、仮にそれが受け入れられたとしよう。その後僕がやって行けるか? って聞かれたら『No!!』と強く答えるよ。部長がOKでも家がダメそうだし、まかり間違って家の方もOKでも貴族的なあれやこれやが僕に向いてるとは思えないしそーゆー勉強耐えられないよ。イッセー小市民だもんにー。

 

「……もう既に結構な迷惑掛けてんだよ。返しきれない恩を受けたのに。だから、もう僕みたいなヤツは嫌いになって、懲り懲りだって心の底から思ってほしいんだ。ほら、さっきの僕ってば、典型的な面倒臭いヤツでしょ? ライザー氏の追い詰め方も色々アレだったと思うし!」

『意図的だったのか?』

「…………いやその、素です」

『何故貴様は悪魔に生を受けなかったのだろうな。いや、悪魔に収まりきるかも怪しいところだ』

 

 ひっでぇ言われようだ。否定できねぇが。

 

「まあでもね、満足だよ。僕は心の底から満足した。胸を張れる、凄いやつにちゃんとなれた。平凡だけど、語る中身のあるヤツに、僕はなれたんだ。その一端に、お前のお陰もある。不甲斐ない相棒だったのに、手を尽くしてくれて本当にありがとうドライグ。心の底から感謝をしてる」

『……フン、感謝をされるようなことはしていない。単なる暇潰しに過ぎん』

「お、照れ隠しか? 照れ隠しかこのこの〜!」

『うるさい、離れろ!』

 

 ウリウリと足の鱗を撫でると思いっきり蹴飛ばされた。痛みはないけれど。

 

『それに、だ。俺は本当に、お前に感謝されるようなことはしていない。もう一度言うぞ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な、なんだよ。へんな含み持たせやがって。一体なんだってんだ」

 

 見上げるようにドライグの顔に視線をやると……どこか笑ってるように見える。なんだろう、ようやっとドラゴンの表情が分かるようになったのにぜんっぜん嬉しくないこの感じ。警鐘も鳴ってるし…………。

 

 ……待て、()()()()()()()()()()()

 

『お前が俺との約束を破ったように、俺もお前との契約(やくそく)を破っている。お前に禁断の力を与える契約だ。既に対価は貰ったが、与える前にお前は死んだ。コレはあまり良くないことだと、そう思ってな』

「思って……なんだよ……?」

『貴様の意識が切れたその瞬間に、1回分の権利を行使させて貰ったということだ。お前の傷を癒し、失った血を補填するには十分過ぎる力をな』

 

 な、ななな、なァーーッ!?

 

「やりやがったなクソトカゲ! 最後の最後までろくなことしねぇなテメェ!!」

『最後、では無い。お前は死の淵から蘇るのだからな。これでお互い、約束の続きを果たせるじゃないか』

 

 く、くそう……どんな面して生き返ればいいか検討もつかねぇ……。『おさらばです(キリッ)』とかやっといて生き返るの恥ずかし過ぎんだろ! 盛大に嫌われムーヴこなした上なのも嫌な要素だ!

 

『簡単には死なせんぞ、兵藤一誠。相棒だからな、当然だろう』

「疫病神とも読むけどな……ったく」

 

 だがまあ、そうなったんならそうなったで仕方がない。約束通り、白いの? を倒すために奮闘してやろうじゃないのさ。

 

「まずははぐれ悪魔になるところから始めないとな……殺されたくないし。そこからは適当な拠点を作るか魔法使いに保護してもらって生活基盤を立てて、それでそれで…………」

『しっかし……成程、自称するだけはあって確かにノータリンだ。考えが足りん』

「なにおぅ、否定はしないけど今必死に考えてるんだゾぅ?」

『逃げ切れる、などと馬鹿なことをほざくのがその証拠だ。言っただろう、後でどんな風に土下座をするのか考えておけ、とな。それは俺に対してではない。お前が愛してやまないあの女に対してだ』

 

 ………………え?

 

『こういう時、なんと言うんだったか。そうだな……お前の罪を数えろ、というヤツだな?』

 

 その姿を神器の中から眺めてやるさ。ヤツがそう言った瞬間、急に意識が遠のく。叩き出されようとしてるのだろう。

 

「い、嫌だ! なんか嫌な予感がする! もう少しここに居させてよドライグさぁん!!」

『断る。クソトカゲと繰り返し言ったこと、俺は覚えてるからな?』

「器ちっちぇなテメェ!! ヤダ、ヤダ! 小生復活したくなぁ……………………」

 

 

◆◆◆

 

 

「なァい! チクショウ、覚えてろよクソトカゲア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッッッ!!! ゴホッゴホッ!」

 

 勢いよく身体を起こす。痛い。痛いってことは、生きてる。生きてる……生きてたかぁ……。走馬灯の夢じゃなかったかぁ。

 クソ、視界がまともに機能してねぇ。これは宜しくない、非常に宜しくない。僕は一刻も早く逃げなきゃいけないのに……!

 

「気が付いたかい?」

 

 そんな、混乱した思考を沈めるように落ち着いた男性の声が聞こえてくる。…………初めて聴く声だ。誰なんだろう?

 

「ええと……どちら様でしょう、か? 僕今視界がやられてて、顔も何も分からなくて……」

「うーん、それは困ったな。今この状況で名乗ると君は心底萎縮してしまいそうだし……」

「あ、なんかもうそれだけでわかりました。超絶お偉いさんですよね……いや、でございますよね?」

「ははは、公の場ではないし、話しやすいようにしてくれて構わないよ。私もその方がありがたいしね」

「は、はァ……ではお言葉に甘えて……」

 

 僕もそういうこと意識しちゃうと何も出来なくなるしね……。うん、なんかもう色々察しがついちゃったけど、言葉にしちゃうと色々震えが来るし、もう何も考えないように。

 

「ここにいるのは、妹の心配をしているただの兄だからね」

「それもう十中八九魔王様じゃないですか!!! 考えないようにしていたのに!!!」

「しーっ。静かに、兵藤一誠くん。今、リアスがここで寝ているからね」

「あっ、ハイ……って、部長が?」

 

 見えてないし感覚も死んでるからなのか、全く気が付かなかった。もしや、相当に精神に負担を掛けたか? うーん、非常に申し訳ない。

 

「それはそうと一誠くん。君を一発殴らせてくれないかな?」

「いやあの、どういう流れ?」

「いやぁ、そのこう……リーアたんを泣かせた君を、何も無しに認めるのは違うというか……」

「リーアたんて……」

 

 僕の中での魔王像が音を立てて崩れていく。それはそれとして結構本気で言ってるらしい、命の危機を知らせる警鐘がガンガン鳴っている。うるせぇ……。

 

「そもそも、こう言っちゃあなんですが、死ぬつもりだったんですよ。お節介な相棒が何やら勝手に延命処置をしちゃったせいで生きてますけど。だからその……ごめんなさい。後先考えないで、持てる全てを出し切って戦ったんです。部長が困ってたから、どうしてもそうしたかったんです。まさか、泣くレベルで悲しんでもらえるほど良く思われていたとも思ってなかったし。今ちょっと青天の霹靂ですよ」

「……一誠くん。君はグレモリー家がどういう家かは知っている、よね?」

 

 どこか呆れたような、怯えてるような声色だ。あまりの無知さに呆れられたのだろうか?

 

「綺麗な紅髪を持つ、眷属をとても大事にしてくれる一族ということは。僕も部長には良くしていただきました」

「知っててこれなのかい……彼女も苦労するだろうね……」

 

 なんだろうこの、理解が足りてないって暗に言われてる感じ。……あー、頭が上手く動いてないな。

 

「とりあえず、殴りたいというのは一旦冗談にしておくとして。私は君にお礼を言いたかったんだ。リアスの力になってくれてありがとう、一誠くん」

「い、いやいや。そんな当たり前のことにお礼を言われても……」

「それでも、だよ。私では立場上、どうにかしてあげることができなかったからね」

「あァ……魔王様ですもんね。身内贔屓すると角が立つ、と」

 

 そうだよなぁ、今軽く話しただけでもこのお方が相当なシスコンなのは分かる。そんなヒトが妹の意にそぐわない結婚を許容するわけがないんだよなぁ。

 

「何も完全に反対というわけじゃなかったのだけどね。為政者としてはそっちの方がありがたい部分もあるし」

「部長に、納得の行く選択をして欲しかったんですよね?」

「うん、そういうことだ」

 

 納得した上でライザー氏とくっ付くならそれでよし。そうでないなら……ってやつか。いやぁ、天上人達は大変だァね。

 

『どちらかと言うと天上人なのはお前の方だがな、二天龍だそ俺たちは』

 

 うるさいぞクソトカゲ、プライド高過ぎくんかよ。いやまあ事実かも知らんが、それでも僕ァ悪魔! 地の底の住人!

 

「なのでお礼として、何か力になれることは無いかな? 私個人だとあまり大したことはしてあげられないんだが……」

「いえいえそんな恐れ多過ぎます!! 現状ですら過分な待遇なのに…………あっ」

「?」

 

 もしやこの状況、使えるのでは? 個人とはいえ魔王になるほどの悪魔、僕一人をはぐれ悪魔にすることぐらいわけないはず!

 

「じゃあお願いします、僕をはぐれ悪魔にしてくれませんか!?」

「一体何がどうしてそうなったんだい!?」

 

 あり? 通らなかったか。ていうかそりゃそうだ、一体どこの誰が『ご褒美に私を追放して犯罪者にしてください!』って言うんだろう。今まさに僕がいったが、非常におかしなことを言ってしまった気がする。

 

「いやちゃうんです、おかしいことを言ってる自覚はありますけど、このまま僕を置いとくのヤバくないですか!? 赤龍帝ですよ、ただの劇物じゃないですか! 嫌ですよ皆がこの籠手由来のゴタゴタに巻き込まれて死ぬの!」

「言わんとしてることは分からないでもないけど、話の流れ的に察するものは無かったのかい!?」

「ハッ、分かった上で逆らってますが何か!?」

 

 なんかこう、自覚が足りないのはわかったよ畜生! 中々に僕は大事に思われてるってのは察したさ!

 

「だからこそダメだ、絶対に巻き込めない。誰かが僕に死んで欲しくないように、僕もそのヒトに死んで欲しくない。…………僕が強ければ、どんなことがあっても跳ね除けられるって言えますけれど。そんな無責任なこと、僕には言えません」

「……例えばそう、私が何とかしてあげようと言っても?」

「自分で自分のケツ拭くのは普通(あたりまえ)のことでは?」

「…………」

 

 なお、片腕に眠る相棒に関しては除外だが。原因こいつだしせいぜい振り回してやる。

 てことで、いろんな意味で僕はこのままリアス・グレモリー眷属に席を置くのはノーセンキュー。死んで諸々処理するつもりだったのにめんどくせぇことになったなぁもう!

 

「どうしてもダメですか? それなら僕は隙を見て自分でどっか行くだけです。たとえ悪魔陣営の全てが敵に回ってもです。なんなら襲われるのは好都合だ、適当なところで死ねるか、強くなって白い龍に立ち向かえるかできますし。それとも魔王様、今ここで、僕を処理しますか?」

 

 そうであってくれるのなら、僕も手間が省けるというものだ。実際殴らせてくれないかなって言ってたくらいだし、どうぞ存分にって感じだ。

 

 そうして変な覚悟を決めて脱力してると、目の前にいるらしい魔王様が、深い深い溜息を吐いた。

 

「君は相当に頑固なようだ。しかし、私は君の胸の内を聴けてよかったよ」

「そりゃどうも。……で、殺るんです殺らないんです?」

「それは私のすることじゃないからね。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 んえぁ?????

 

「では兵藤一誠くん、また会おう。個人的に君のお願いを聞く件は、その時にもう一度。ね?」

「いや待って。ね? じゃない。今猛烈に警鐘がガンガン鳴って怖いんですけど!!! 一人にしないで、お願いします!!!」

「ははは、1人じゃないからそのお願いは聞けないね!」

「鬼! 悪魔! 魔王!!」

 

 ダメだ、どう考えても何処吹く風! しかもさっきまで無かった気配が増えてる気がする、めっちゃ覚えのある気配するぅ!!! 合わせる顔が無さすぎる!!!

 

「あ、そうそう。よく分からないがアジュカがよろしく伝えてくれと言っていたよ。なんでも君のラーメンのファンらしいね。あと20秒とも言ってたが」

「誰だよそのヒト!! 平麺の常連さんなのは分かったけど!!!」

 

 背脂の炊き具合を秒単位で言い当てるのあの人しかいねぇもん!! 悪魔だったんかいあのヒト!! いやそんなことは今はどうでもいい、扉の開く音と閉まる音でもう僕あのヒトと一緒に残されちゃいましたよね!?

 

「じゃ、じゃ僕もう疲れちゃったし寝ちゃおうかなー」

「あなたはいつもそうね、逃げるようにはぐらかそうとする」

「…………逃がしてくれません?」

「ダメよ」

 

 ダメだったかー、あっはっはっはっ。

 猛烈に死にてぇ!!!

 




感想ありがとうございます、とても励みになります。


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その19

というわけでチャプター2、これにて終了です。
長いことお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。


「……………………」

「……………………」

 

 視界は戻らず、ただ沈黙が場を支配する。直に戻るとはドライグの弁だが、見えないせいで余計にこの重苦しい空気を感じちゃうので早く戻って欲しい、切に。

 

 いやもうどの面下げて生き返っちゃったんだろうね僕。冷静に考えなくとも目の前で死ぬとかアレだし、泣いてくれるほどよく思われてるってことはこれもう結構なトラウマになっちまったのではないのだろうか。既に気持ち悪いのに、急速に腹が痛くなって余計に気持ち悪くなってくる。

 

 仕方ない、悪いのは僕だ。意を決して口を開く。

 

「……あー、そのー。どこから聞いてました?」

「全部よ、あなたが起きてから、全部」

「魔王様が寝てるって言ってたのは嘘だったんですね……」

「逆に聞くけれど、あんなことされて寝れると思ってるのかしら? 目を離すといなくなりそうで怖いし、事実そういう話をしていたわよね?」

「うっ…………」

 

 まさにその通りなので反論できねぇ。というか今でも思ってますよ、ええ。ただもう多分……逃げられないよね、僕?

 

「そうよ、逃がすつもりはないわ。こんなに私の心を滅茶苦茶にしてくれたもの、責任を取ってもらわないとやってられないわ」

「それってムカつくからサンドバッグにするみたいな…………あーいえなんでもないです」

 

 突如警鐘がガンガン鳴ったので多分滅びの魔力を出された気がする。ステイステイ、怒るの良くない。

 

「この期に及んでまだ話を逸らそうとするのね? じゃあ逃げられないように直接的に言った方がいいかしら? それで少しは自分のやったことを理解してくれるかもしれないわね?」

「待って、早まらないで!! それされるとどうしたらいいのか分かんなくなりますので!!」

「どうしたらいいのか分からないのは、こっちのセリフよ!!」

 

 涙声混じりの叫びに、流石にマトモな思考が戻ってくる。不誠実でもなんでもいいから逃げようはぐらかそうとしてたけど、これはどう考えても僕がクソ野郎だ。本当に、良くない。

 

「…………よく思われてないと思っていたのよ。あなたにとっては不本意なことばかりだったでしょうから。本当は私のような生徒と交流するのは嫌なんじゃないか、とか。面倒なことに巻き込まれたと思ってるんじゃないか、とか。……だからどこか壁のある対応をされてるんじゃないかって思ってたのよ。いつもあなたの目を見る時、『お前のせいだ』って恨まれてる気がしていたのよ」

「…………そんな馬鹿な。確かに慣れないことばかりでしたが、あの時言ったように僕は、」

「ええ、ええ。そこはもう疑ってないわ。あなたは本気だった。本気で、私のために命を掛けるつもりだった。それを否応なしに理解させられたわ……あんな!! ろくでもない方法で!!」

 

 僕の手が掴まれる。握り潰しそうな強さで、でもどこから縋るような手つきで。それはどこか、迷子のそれを彷彿とさせる。

 

「私のせいだと思ったの……! 私があなたをここまで追い詰めてしまったって……! 私なんかのために、どうして……っ!」

「なんか、なんて言わないでくださいよ。死にかけた僕が馬鹿みたいだ。…………それだけの理由が、僕にはあったんだ」

 

 それはもう存分に、あの場にいた全員の前にぶちまけたワケだが。でもそれをこのヒトの前でもう一度説明するのは気恥しい。代わりに、少しでも安心して欲しくて手を握り返す。

 

「本当に救われて、本当に幸せだったんだ。それだけでもう何も要らないって本当に思っちゃったんだ。でも僕には返せるものが何一つないから。だから僕に何ができることがあれば、それを全力でやり遂げようと、そう思ったんです」

 

 まあ死ぬ云々はいろんな思惑があってそうしようと決めたワケだが……その判断はどうやらいろんな意味でマズかったらしい。

 

「結局、変われなかった部分もあったってことなんですよ。相変わらずのクソ凡人だし、何かと自分の中で抱え込んでグルグルするし。周りを頼るという発想も無くてこうなったワケなので、あなたのせいでは断じてありませんよ部長。100%僕が悪いです。というかそういうことにしてくれないと、今度こそ自分で自分の首括りたくなる」

「次そんなことしてみなさい、今度は首輪付けて監禁するわよ」

「あはは……部長でもそんな冗談言うんですね?」

 

 茶化すように笑うと、何も返事が帰ってこない。おっかしいなぁ、これどういうことなんだろうなぁ。胃が痛くて仕方がない。

 

「だから部長、いいんです。もう流石に死ぬとかは言いませんが、僕のすることで部長が責任感じることは無いです。前にも言いましたよね? 僕は僕の心に殉じて、『普通(あたりまえ)』だと思うことをしただけです。僕は『異常な普通』兵藤一誠、気持ち悪いくらい普通に固執する変なやつなんですから」

 

 だからその、泣かないでくれると嬉しいかなって。いやもう本当、女のヒト泣かせるとか……しかも観賞用レベルの美人とはいえ、僕が惚れちゃった相手ですし。マジでどうしたらいいのか分からない。今度はマジだ。

 

 僕の祈りが通じたのか、少しずつ息から湿り気が取れていく。その間も僕と部長はお互いの存在を確かめるように手を握り合うのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 あれから時間をかけて僕の視界は徐々に徐々に回復し、今ようやっと完全にくっきり見えるまで回復した。原因は分からないがちゃんと見えてるので深く考えないようにする。

 

 僕はどこか病室みたいな所に寝かされてるんじゃないかな? と思っていたが大正解、患者衣を見に纏ってベッドに横たわってたみたい。まあ着てた服はもう着れたモンじゃないだろうしね。

 

 部長は、相変わらずの観賞用美人だったけど、相当に泣き腫らしたのか目が赤い。今はもうほんのり笑顔を見せてくれてるけれど……さっきまで泣いてたことを思うと罪悪感がこれでもかとのしかかってくる。死に…………いや、泣きそう。

 

「どう、大丈夫?」

「ええ大丈夫です、てか近い近い近い」

 

 視界が戻ったことを察した部長が、デコに手を当てて僕の目を覗き込んでくる。心臓に悪いのでその観賞用の面を近付けないで欲しい、切に。

 

「いいですか、付き合ってもない男女の距離じゃないんですよ。前から思ってたんですが距離感バグってます」

「あら、これでも今までは遠慮していた方なのよ?」

「ウソでしょう!?」

 

 だが表情見る限り事実らしい。ああ、眷属愛が深いから距離感もおかしいんだ。なるほどなるほど。……いろんな意味で将来が不安になるなこのヒト。将来の相手がヤキモキする展開が見える見える。

 などと余計なことを考えてると、部長が少し不満げな顔をする。

 

「今余計なこと考えたでしょう?」

「いえ別に」

 

 余計なことではねーでしょう、多分。主の将来を心配するのは眷属の務め、多分。

 

「ところでイッセー、将来のことを前提に私と付き合ってくれないかしら?」

「え、普通に嫌ですけど」

 

 あまりにもサラッと告白されるもんだから、思わず素で返しちまったじゃねーか。しかし部長は想定内の返答だったのか、呆れたように笑うだけだ。

 

「即答ね、理由を聞いていいかしら?」

「観賞用レベルの美人とお付き合いする予定は無いんですよ」

「訂正するわ、私が納得できる理由を聞いていいかしら」

「失礼だったの認めますからその魔力を迸らせる手を下げてください。ビビって話もできません」

 

 あと僕がボケた時に滅びの魔力出してくるの本当にやめて欲しい。そもそもボケるなって? ですよねー。

 

「単純に身分違い、部長はOKでもグレモリー家の方々が認めてくれるのは別の話ですよね? あとは世間体、これも身分ですね。後ろ指さされる生活はごめんです、普通じゃないので。どんなところが琴線に触れたのかは分かりませんが、僕のことは忘れて今度はいい感じに身分の釣り合いが取れた相手に運命感じた方がいいのでは?」

「…………一応確認するのだけど、あなた、私に惚れてるのよね?」

「ええ。ふざけたりおどけたりしますけど、相手を出し抜く以外で虚言は口にしません。何の間違いかは分かりませんが、確かに僕は部長に惚れてますよ」

 

 凄いですね、快挙ですよ! って言うと、呆れながら睨んできた。器用なことしますね部長。

 

「今ほど自分の身分と顔を恨んだことはないわね。普通逆じゃないかしら」

「えー、僕『異常な普通』だからわかんなーい。……待って、いや本当に待って。おどけるのもやめにしますからアイアンクローの構えはやめてください」

「惚れてることは確認できたし、なんかこう……魔力で何とかできないかしら? この期に及んでまだ嫌われようとしてる馬鹿男の脳味噌いじる感じで」

「ば、バレてらー……」

 

 そしてこのヒトなら実際できそうだから困る。されちゃったらそれはそれで諦めるしかない。

 

「そもそもの話、一般論で考えて欲しいのだけど。自分が困ってる時に親身になってくれて、その上で命を掛けて戦ってくれた男の子がいて、しかもその男の子も自分のことを憎からず想ってくれているの。これで諦めろって言う方がどうかしてる(普通じゃない)と思わない?」

「で、ですねー……」

「だから、私に諦めろって言うのを諦めて頂戴。信じて貰えないかもしれないけれど、これでも本気なのよ」

「この流れで信じないはないですよ……信じないふりも流石にどうかと思いますし……」

「それで、身分が問題だというなら、それはどうにかしてみせるわ。家族だって説得してみせる。それでも嫌かしら?」

「嫌ですね。赤龍帝という厄ネタを抱え込ませるつもりはねーですよ」

「あなただって上級悪魔の下僕って立場を呑んでるじゃない。この場合は私の下僕って意味じゃなくて、『関わりたくもない貴族って連中とお近付きにならざるを得ない』って意味だけれど。だからそれぐらい呑めるわ」

「規模が違いますよ」

「私にとってはその程度よ。見くびらないで頂戴」

 

 ぐぬぬぬ……この逃げ道をひたすらに潰されていく感じ……割と逃げ場が無くてどうしようもないぞ……。

 

「…………ま、いいわ。今は逃げないでいてくれるだけで十分。けれど覚えておきなさい、兵藤一誠。私は必ずあなたの首を縦に振らせるわ。たとえどんな手段を使ってもね」

「嫌な処刑宣告だ……勝てる未来が思い浮かばないんですが……」

「ええ、勝つつもりだもの。私の心を滅茶苦茶にした責任は取ってもらわなくちゃ。好きよ、イッセー。絶対に仕留めてみせるわ」

 

 そう言って笑う部長は……悔しいかな、これ以上なく可愛く見えたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 …………というわけで、今回の顛末(オチ)

 部長が兵藤家にホームステイすることになりました。

 

「ホントあの女やべーですよ……なりふり構わないのマジで勘弁して欲しいんですけど」

「どこかの誰かのが移ったんじゃないのか? あ、チャーシュー丼を頼む」

「お釣り出すの面倒だから万札で寄越すのやめてくれませんかね……。はい、9550円のお釣りです。少々お待ちください」

「半分は嫌がらせだ、ザマァ」

 

 そして何故か九頭龍亭に来ているライザー氏。先日閉店間際に来られた時は『復讐か!?』ってビビって仕方がなかったんだが、『次は負けない』っていう宣戦布告だった。折角なんで1杯食っていってと提供したら、思いの外気に入ってくれたらしい。今日もこんな感じで豚骨醤油ラーメンを食いに来てる。

 

「はい、チャーシュー丼です」

「おっ、サンキュー。なぁ、この店チェーン展開する予定なんだよな? リアスに言ってウチの領地にも出してくれないか?」

「人員が足りねーですよ。あとマニュアルは人間向けだし、どんなルートで食材調達したらいいか分からないんで暫くは手を付けられません。人間界に領地持ってんなら、ちょっとは融通効かせられますけど」

「兄貴と相談するか……」

 

 そこまでするか……とげんなりしつつ、スープ寸胴を混ぜる。なんかもう、疲れるなぁこういうの。

 

「それで、リアスがなりふり構わないって話だったか? いいじゃねぇか、そのまま食われれば」

「リアルにハーレム持てるようなヤツと一緒にしないでくれますゥ? いやもう本当にいつ僕の心が折れるか気が気じゃないんですよ……」

 

 家の方はもう両親懐柔しちゃって外堀埋まってるようなもんだし、学校でも部長が僕に告白して返事待ちってことになってるし、逃げ場がねぇ。

 

「お前自身、悪魔の中の悪魔みたいなヤツだが、少々悪魔を舐めすぎだな。その辺の手際の良さは他の追随を許さない種族だ」

「そういえばアンタもそうでしたね……」

 

 手際のいい部長を出し抜いて今回の結婚話進めてたんだから、やっぱこのヒトも相当な悪魔だよ本当に。

 

「まあ本気で何とかしたいなら手が無いわけでもないぞ。ウチの妹とかどうだ?」

「色々言いたいことあるけど、何よりも先にお前自分の妹半殺しにしたヤツを宛がおうとするなよ。狂ってんのか貴様」

「いやなに、将来性はあると思ってな。直に上級悪魔になるだろうし、唾付けとくのも悪くない」

 

 あーヤダヤダ、お貴族様って本当に面倒臭いねぇ。

 

「ていうかそんなホイホイランクアップできるわきゃねぇだろ……こちとら凡人転生悪魔ぞ」

「凡人かはともかく、100年やそこらで上がってそうな気がするがな」

「それって結構長…………ああ、悪魔の尺度でだと短いのか。その辺の価値観の擦り合わせもしていかなくちゃなぁ」

 

 まあ、先のことは先のことだ。今は目の前の問題を何とかしないと。ただでさえ面倒臭いモノ抱えてるわけだし。

 

「ん、ごっそさん、また来るわ。店の話、ちゃんとリアスにしてくれよ?」

「ありがとうございました、またお越しくださいませ。通らなくても文句言わんでくださいよ」

 

 ヒラヒラを手を振って退店するライザー氏を見送って、深い溜息が出る。恨んでくれりゃいいものを、こんなさっぱり対応されちゃ困る。…………やはり結構優良物件だったのではライザー氏。眷属ハーレムに目を瞑れば、器もデカくていい男。

 

『余計なことを考えると、あの女が飛んで来かねんぞ』

「ははは、まさかー……」

 

 相棒に茶化されて乾いた笑いしか出てこない。そこまではないと思うけど、最近余計なこと考えるとすぐに鋭い視線が飛んでくるのでもしかしたら、とは思っちゃうよね。

 

 …………強くならないと。そう思う。強くなれば、こんなことに悩まずに済む。胸を張って、『何があっても守る』って言えるようにならなきゃ。

 

『ああ、そうしろ。だが自分の持ち味は忘れるな。お前は、お前のまま強くなればいい。力に溺れるような末路を迎えたら、それこそ承知せんぞ』

「うん、分かってるよ」

 

 決意を固めるように、僕はそっと自分の心に火を灯した。

 

 

◆◆◆

 

 

CHAPTER2:バーニング・アップ・ユア(マイ)・ハート

 

The End.

 




『バーニング・アップ・ユア(マイ)・ハート』は、文字通り『自分の命を燃やせ』って感じなんですが、この命はリアスさんからの貰い物だったり、ドライグとの契約で貰ったドラゴンの心臓だったので、自分のものでは無いってことで『your』ということでした。
あとはリアスさん視点からだと『あなたは私の心に火を付けた』という意味でも取れるし、イッセーの方もチャプター1で心に点った熱が燃え上がったという風にも取れるしで、結構複数の意味を込めて考えました。

感想、評価、誤字報告ありがとうございます。非常に励みになります。

この後はサブチャプター2を挟んでチャプター3に突入です。
少し時間を置きますが、2週間以内には次のを出す予定なのでよろしくお願いします。


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Sub CHAPTER2:ファンキー・ナイト(メア)・ウォーカーズ
その1


まだ書ききってませんが、そろそろ2週間経つので書いた分を更新します。


 最近ラーメンばっかり作ってるせいで忘れがちになるが、基本的に悪魔は人間の願いを対価を支払ってもらうことで叶える生き物だ。いや本当はそうなんだよ、うん。

 本当ならば僕もそういう普通の契約業務をもっとこなす予定だったのだが……その、思いの外九頭龍亭が繁盛しちまったものだから、結局店長業務に齧り付くことになっちゃったのよね。

 前よりはとても楽! とはいえ、慣れない仕事も増えたので思った以上に大変だ。1番大変だったマニュアル作りが終わったので、後は次のステップ……オーナー業務を少しづつ部長から引き継ぐことだ。あのヒト僕を社長にでもするつもりなのかな……?

 

 ……とまあ話は逸れたが。そう、悪魔は契約する生き物なのだ。そしてやはり悪魔は悪魔というべきか、中には不幸な事件もあると言うもので。

 

 今から語るのは、僕が巻き込まれたとある悪魔の契約……不幸な不幸な悪夢についてのお話。

 

 

◆◆◆

 

 

「というわけで、そろそろ悪魔っぽいことをしたいと思うのですよ」

『…………お前は何を言ってるんだ? もう十分悪魔じゃないか』

「あのねぇクソトカゲ、僕にも傷つく心はあるんだよ?」

『クソトカゲ言うな殺すぞ』

 

 そんな、割といつものやり取りから始まる河川敷での特訓開始。お店は閉めたが素直に帰ると部長が攻勢を掛けてくるので少しでも時間を潰すように、閉店後の訓練が習慣になりつつある。強くなるのは必要だから部長も渋々ゴーサイン出してくれたしね、やったぜ。

 

「なんかこう……アレだよ! 悪魔っぽい技とか身につけたいお年頃なんだよ!」

『洗脳、脅迫、撹乱辺りは自前の口先だけでもできてると思うが』

「洗脳は流石にできねぇよ馬鹿野郎。そうじゃなくて、こう『七つの大罪』みたいなカッチョいいモチーフ使ってなんかしたいんだよ!」

『……これは驚いた。意外に悪くない案だ。もっとこう、人の心を無くしたようなことをするのかと思っていたのだが』

「一応これでもお人好しで通ってるんだけどなァ!?」

 

 まあそんなことは置いといて、確か七つの大罪は『傲慢』、『強欲』、『嫉妬』、『憤怒』、『色欲』、『暴食』、『怠惰』で構成される、『死に至る罪(デッドリー・シン)』ってやつだ。それぞれに対応する悪魔がいるので、転生悪魔の僕が力を借りる相手としてこれ以上ないモチーフと言えるだろう。

 

『しかしだな相棒、貴様に才能は毛程も無いぞ。この間の訓練で身に付けた正気を疑う嫌がらせに僅かにあった才覚を全て注ぎ込んだだろう? これ以上お前に魔力を使った技の習得は不可能と言っていい』

「そこはもちろん理解してますとも。だけどほら、僕にはこの『決殺の手(トゥワイス・クリティカル・ブレイカー)』があるじゃないか」

『全く使ってない故に忘れてるのかもしれんが、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』だからな』

 

 …………んぇ? あ、あぁそうだった。偽装してたんだっけか。すっかり忘れてたよ。

 

『それで、どう解決するんだ?』

「ええと、まあ神器を魔法の杖兼呪文代わりにするんだよ。神器の機能として追加できるならそれに越したことは無いんだけど」

『……あのなぁ相棒。そう簡単に言ってくれるが、神のシステムをそう易々と弄れる訳がないだろう。『譲渡』の件で勘違いしているのかもしれんが、アレはそもそも俺の力、もとい『赤龍帝の籠手』に備わった機能だ。同列に考えるものではない』

「うん、それも把握済み。でもほら、そういうのをブッチする機能だって神器には備わってるじゃん」

 

 ええと確か……『禁手(バランス・ブレイカー)』って言うんだっけか? ドライグと取引してストックしてる力も、確か『赤龍帝の籠手』の禁手だったはず。なんか仰々しく『世界の均衡を崩す力』だの言われてるけど、つまりそういうことだよね?

 

『相棒が真の意味で禁手に目覚めていればそれも可能かもしれん。が、今のお前には足りないものが多過ぎる。……あの壮絶な自殺ですら劇的な経験足り得ないとは、お前の精神はどうなっているんだ』

「僕に言われても知らねぇよ。まあそれはそう、何より才能が無いよね。……でもさ、スケールダウン版とも言える『決殺の手』でやるならどう?」

『続けろ』

 

 何となく言わんとしてることが伝わったらしい。どこか愉しむ様な気配出しながら続きを促してきた。

 

「『決殺の手』の禁手なら、今の僕でもできるんじゃないかってこと。まあ厳密に禁手じゃないような気もするけど。改造に使うリソースは……ちょうどほら、本来の禁手用でストックしてる分を使えばいいじゃないか」

『…………稼働データ、リソース共に十二分。設計さえあれば、やってやれないことは無いな。しばらくの間、俺が神器の奥深くに潜る必要があるが』

「お、マジ? じゃあやってみようよ! 僕ちょっと七つの大罪龍・セブンスドラゴン! みたいなのに憧れてるんだけど!」

『…………ハッ』

「テメェ鼻で笑いやがったなクソトカゲ」

『おう、趣味が幼稚だと笑ってやったのさノータリン』

「………………」

 

 幼稚なのは自覚あるけどそんな言い方ないじゃん……っていうのは置いといて。じゃあどんな名前にすりゃええのん? という話である。名前は大事だぜ、方向性が決まるし言葉には力が宿るからね!

 

『そもそも、ある意味もう一つの名前の方を使わんのか?』

「もう一つって……『異常な普通』?」

『九頭龍亭だ。店長だろう貴様』

 

 ああ、そっち。オーナーこそ部長だけど、今店長僕だもんね……。

 

『七つの大罪に『虚飾』を加え、更にお前自身を含めれば丁度九つだ。名を借りるのにちょうど良かろう?』

「いや、悪くないと思うんだけど、その並びに僕加えられるとなんか負けてない?」

『安心しろ、お前の非道さは中々のものだ。実際死に至ってるわけだからな』

「否定しづらい暴論を振りかざすな」

 

 あの時のは色んな意味でトラウマである。次やったら多分僕は陽の光とおさらば的な意味で。

 

「とりあえず名前は『九頭龍の積層装甲《ナインヘッズ・パラレル・プレート》』にしよう! これでいいよね、答えは聞いてない!」

『……まあ、別にいいが。どういうモノを想像してるんだこれは』

 

 んーと、どう説明したもんか。

 

「装甲の重ねがけ。一つ一つが倍加と大罪に準えた効果のあるうっすい板を、身体のどっかに貼っつけて防具にする、みたいな」

『随分ふんわりとした説明だな……イメージはだいたい分かるが。……9回だけ倍加の重ねがけができるのか』

「9回も、だ。お前忘れてるかもしれんけど、僕ちゃん2倍だけでフェニックスに勝った男だぞ」

『自殺行為だったがな。だが2倍だけで相手を翻弄したというのは確かだ。お前に才能は無いが、戦争の適性はあるのやもしれんな』

「ヤダよそんな適性。物騒じゃん」

 

 とりあえずそれぞれの能力は……まあおいおい考えるとして。素で使っても最大512倍パワーですからね! それだけの効果を譲渡したり嫌がらせに使ったりで夢が広がるなぁ!

 

「だけど今の僕じゃ4回の倍加……16倍が戦闘に耐えうる限界だから、この案ですらフルに活かせるのは随分先の話になりそうだ…」

『努力が足らん。本来ならこんな与太話をしてる間があれば重りのひとつでも抱えて走り込みをしろというものだ。……しかし手札を増やすのは賛成だ。できることがあればある程、お前はその容赦の無さを以て状況を打破するのだから』

 

 そう言ってドライグは少し黙り込んだあと、こう言った。

 

『一週間だ。捧げた骨を対価にその積層装甲とやらを完成させてやる。幸い、この神器の中は禁手の情報には事欠かんからな。その間、お前が使えるのは『決殺の手』だけだ。偽装を剥いでも『赤龍帝の籠手』は使えん。有事の際は死なぬ様、死力を尽くすことだな』

「へいへい、まあ大丈夫だって! じゃ、よろしく頼むぜ相棒!」

『もう一度言うぞ、死なぬ様死力を尽くすんだぞ。貴様に次は無いのだからな』

 

 まるで物わかりの悪い子供に言い聞かせるように繰り返したドライグは、そうして神器の深層の中に潜っていったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

「てなわけで1週間ほどクソトカゲがいません」

「あの赤龍帝をトカゲ呼ばわりできるのは多分あなたぐらいのものね……チェック・メイトよ」

「うげぇ、マジで逃げ場がねぇ。部長お強いですねぇ……。あー負けた負けた! アーシア交代〜」

「は、はい! こ、今度こそ……!」

 

 流石にドライグが遠くに行ってることは伝えとかないといけないよね、ってことで素直に帰宅。まだアーシアも起きてたのでパジャマパーティーが開催されることとなった、僕の部屋で。アーシア起きててくれてありがとう、これで時間潰せるよ……! なんて考えてたら部長が睨んできた。あ、顔に出てましたのねすみません。

 3人それぞれが遊んだことあるゲームがチェスしかなかったもんだから、雑談を挟みながらこうやって負け抜けで対戦を繰り返していくことに。……僕思うんだけど、これは高校生のパジャマパーティーとして正しい絵面か?

 

「それにしても、僕もそこそこやれると思っていたのですが、まさかの全敗とは……」

「悪魔の嗜みの一つね。上級悪魔の家なら教育の一環でするのではないかしら?」

 

 確かにそもそも『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』のモチーフがチェスだからね。

 

「……ふふっ」

 

 さて次はアーシアの番……てところで、思い出し笑いのようにアーシアが微笑む。急にどったの? 負けが混み過ぎて心が砕けたん?

 

「いえ。なんだか……お兄ちゃんとお姉ちゃんがいたら、こんな感じだったのかなって。なんだか嬉しくなっちゃって」

「「うっ……!」」

 

 部長と僕、2人揃って胸を抑える。アーシアの純真な笑みにハートブレイク。砕けたのこっちだったね。

 

「ま、まぁでも部長がお姉さんなのは分かるようん。頼りになるもんねぇ」

「イッセーさんだって頼りになりますよ! ……とても無茶をしますけど」

 

 ジトーっと、それこそまさにダメな兄を見るような感じでアーシアが視線を寄越すので思わず目をそらす。いやぁ本当にごめんよ。部長だけじゃなくてアーシアも泣かせたと後で聞いちゃって暫く頭が上がらなかったよ。1日口を利いてくれないだけで済んだのは奇跡だと思ってる。

 

『命を粗末にするイッセーさんなんて知りません! フンだ!』

 

 とは先日のアーシアの弁である。いや全くもってその通りである。

 

「…お姉ちゃん、と呼ばれるのは新鮮ね。お姉様と呼ばれることはあるけれど」

「部長、弟さんか妹さんがいらっしゃるんですか?」

「ううん、甥っ子が1人いるの。ミリキャスって言うんだけれどね。……近いうちに、絶っ対実家に連れていくから、その時に紹介してあげるわね」

 

 しまった薮蛇だ。つつかないようにしておこう。

 

「まあでも、うん。そんなふうに思ってもらえるのは悪くないもんだ。ウチにいる間は実の兄の如くじゃんじゃん頼っていいぞ!」

「そうね。アーシアはいい子だし、うんと甘やかしてあげる」

「えへへ……」

 

 気分はなんだか兄を名乗る不審者である。どけ!!! 僕がお兄ちゃんだぞ!!!(やりたかっただけ) 実際兄弟姉妹いないので、憧れがないと言えば嘘になる。

 

「でもチェスでは負けてあげられないわ。全力で来なさい、アーシア」

「次こそは負けません! イッセーさんの仇討ちです!」

「仇討ちて……僕は死んでませんわよーっと」

 

 そんなこんなで、寝落ちるまでパジャマパーティー……というよりはチェスパーティーが続く。アーシアが僕の部屋で寝ちゃうこと以外は、割といつものパターンだったとさ。



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その2

本日二話目の更新です


【月曜日】

 

「来たな裏切り者」

「なぁにが観賞用だ裏切り者」

「いや本当に待って欲しい。僕は了承してないぞ、マジで」

「「それはそれで女の敵じゃねぇかこの野郎!!」」

 

 何の変哲もない月曜日、特に問題も無く登校……とはいかなかった。半ば強引に部長と一緒の登校……刺さる視線、美女と野獣。恨まれる要素しか無く、もちろんエロコンビからそんな風に絡まれるわけで……。

 しかも悲しいかな、普段はエロコンビの敵であるところの一般生徒達がこの場に限っては奴らの味方だ。同意するようにウンウンと頷かれると僕だって凹む。まあ奴らの言ってることは一々正しいのだが!

 

「いやお前ら部長のご実家を知らないからそんなことが言えるんだよ……今のままだと家が消されかねん」

「じゃあなんでお前はわざわざリアス先輩のお見合いをぶち壊しにしたと言うんだ!」

「ケッ、メンタルイケメンめ! どこのエロゲ主人公だってんだ」

 

 ……そう、望まない相手とのお見合いを口八丁手八丁、さらには身体を貼って無しにした。何故かそういうことになっている。だいたいあってるので否定も出来ないし、あの憎きやり手女悪魔ははそれを見越してそういう風に吹聴してるに違いない! 部長をどうやったら出し抜けるか、それができそうなハーレム焼き鳥に相談しても『ざまぁwwww』と笑われて終いだし、もう本当に打つ手が無い!

 

「仮に! 仮にだ! 万が一そういうことになろうとも僕一般庶民! 甲斐性のかの字もねぇ! 既に無責任男なのにこれ以上どの面下げて案件増やすつもりは無いんだよ!」

「でもでも、アンタ将来的に九頭龍亭のオーナー店長になるんでしょ? 立派な一経営者じゃん」

 

 ちょっと規模は小さいけど、チェーン展開する予定らしいし、案外もしかしたりして〜、なんて爆弾発言噛ましてくれやがったのは桐生。とある理由で『匠』と呼ばれ、恐れられているクラスメイトの女子だ。多分友人枠。

 

「ていうかオイ、どこから聞いたんだよソレぇ!?」

「ふふん、私の情報網を嘗めてもらっちゃ困るよ」

「少なくとも僕は漏らした覚えねぇし、僕以外の出処無いと思うんだが!」

「まあうん、私も人伝に聞いただけではある。出処はグレモリー先輩らしいんだけど」

「あのヒト本当に手段を選ばねぇな!?」

 

 ウソダドンドコドーン!! と教室の床に盛大な台パンをかます。いや床パンか。表向き平野サンがオーナーやってることになってるのでアレだけど、本当のオーナー部長だからどう考えても盛大なマッチポンプなんだよなぁちくしょう!

 

「でも実際、見た目からは想像できない優良物件なのよね……。普段はアレだけど人助けもするし、なんだかんだ優しいし…………何も無かったらその辺のいい感じの子とフラグ建ててそうな感じよね。よっ、エロゲ主人公! アソコの大きさは普通だけど」

「その呼び名流行らせたら、僕の全力でこの街にいられなくするからな」

 

 なんか否定出来そうも無いけどな! だって毎朝起きたら一糸まとわぬ部長が僕のベッドん中潜り込んでんだもん! 全力で僕の理性を削りに来てるのあのヒト! なーにが寝る時はいつも裸なの、だ! いつ童貞散らすことになるか不安で仕方がねぇ!

 

「ところで兵藤、アーシアは? 普段なら一緒に登校してるでしょ」

「あぁ、アーシアはなんかやることあるから先に行ってください、ってことらしい。何故かは僕にゃ分からん」

「ちっ、役立たずめ」

「今のお前の価値はアーシアちゃんの兄ポジってところしかないのに」

「本気でお前らとの友情見直してやろうか、あァ???」

 

 仮に僕を介してアーシアと付き合おうってんなら、まず趣味をある程度矯正してからにするぞテメェらマジでよォ!

 

 そんなこんなでプンスカしながら席につこうとすると肩を掴まれる。掴んだのは松田と元浜だった。

 

「なんでぇ、まだ恨み言言い足りねぇのか?」

「言い足りないな。だがその件じゃねぇ」

「少し頼みたいことがあってな。HRまで時間あるし、ちょっと面かしてくれ」

「……あーもう、しゃーねーなー」

 

 雰囲気が割とマジだし、無視するのが気が引ける。そう思ってしまうのは単に僕が断れない性格だからなのか。仕方が無いので3人連れ立って屋上に行くことにした。

 

 

◆◆◆

 

 

「社交場に幽霊が出るゥ?」

 

 説明しよう! 社交場……正式名称『健全少年達の社交場』とは、エロ本の廃棄場になってる橋の下のスペースのことだ! 読み終わったエロ本をそこに捨てて置くことで、健全少年の誰かがそこから拾い、読み漁るという…………まぁなんだ、未成年のエロガキ共の救済のためのってヤツだ。あまり褒められたことではないんだが、僕もお世話になってたしで強くは言えない。多分駒王町でお世話になってない男子は、そういうのに免疫のないマジメくんだけなのではなかろうか?

 また社交場というだけあって、困った時にあそこに行くと、年上の誰かに相談出来るかも? っていう一種の駆け込み寺的側面もある。なんなら僕はそういう風に使ってる方が多い。頼まれる側だが。

 

 しっかしココ最近色んなことがあったせいで顔出してなかったが、そんなことになってたのか。

 

「しかもただの幽霊じゃねぇ。エロ本を読み込んでる幽霊なんだ」

「近付くと震えが止まらなくなるし、なんなら気絶するヤツもいるって噂で、最近あそこにエロ本が貯まりづらくなったんだよ」

「なんかのギャグかよ。いや当事者からしたら笑えねぇけどさ」

 

 昨今ではネットでオカズをってのが主流になってきてはいるが、それでも紙をめくるあのドキドキが堪らない、というストロングスタイルの猛者もいる。だからやはり、社交場に本が貯まらないというのは……あまり良くないことだと思う。

 

「でも、だからって僕に何かできると思うなよ。そういうのとは縁遠いぜ僕ァよ」

 

 これは大嘘だが、でも自分が悪魔だってバラすのはちょっと勇気が足りないのでそう言うしかない。まあ幽霊が見えるかどうかは分からないし、そもそも件の幽霊が本物かも分からないけれど。

 

「でもお前だったら、なんか不思議なツテでどうにかできるんじゃないか?」

「頼むぜイッセー、お前だけが頼りなんだ!」

 

 手を合わせ、僕を拝み倒す二人を見てため息が出た。本当に僕なら何とかできると思ってるんだろうか、全く。(人間の時は)松田に身体能力で全く歯が立たなかったし、僕は元浜より頭が良くない。それを知ってて僕に頼むんだから…………ああもう、ここ最近こんなのばっかだ。吐き気がするのに悪くない気分で嫌になるぜ!

 

「……はァ。噂の幽霊は何時ぐらいに出るんだ?」

「おぉ、引き受けてくれるのかイッセー!」

「神様仏様イッセー様!」

「調子良過ぎだ馬鹿共! それにお前らにも付き合って貰うからな! 実際現場見てみねぇと何も出来ないし」

「ああ別に構わねぇぜ、イッセーがいたら百人力ってもんよ」

「深夜徘徊は、それはそれでちょっと面白そうだしな」

 

 エロに偏ってるとはいえ、僕もコイツらもアホな男子高校生だ。悪いことをするとなるとちょっぴりテンションも上がっちまう様な馬鹿共なわけで。

 

「それで、結局いつなんだよ。それとも決まった時間には出てこないんか?」

「聞いた話だと、12時から1時ぐらいに出るらしいな。目撃情報もその辺りが多いってよ」

「他の時間の目撃情報も無いではないが、狙うならその時間だろうな」

「あいあい把握。うーん、バイトのこともあるからどうスっかねぇ」

 

 何も問題なけりゃ、店を12時には出られるし……そうなると…………

 

「12時半、社交場の上の橋で集合でどうよ?」

「分かった、何とか抜け出して来るわ」

「家の勝手口を開ける時がついに…!」

「誘っといてなんだが無理はすんなよ、一報入れてくれりゃそれでいいか」

「「おう!」」

 

 てなわけで、そういうことになった。中身が中身なので……うーん、部長には言えねぇな! 訓練するってことで誤魔化そうと決めた。

 

 

◆◆◆

 

 

【火曜日】

 

「あー終わった終わった! ではバイトの皆さん、お疲れ様でした! 明日は僕いないので、立山サンと中村サンの言うことをしっかり聞いてくださいね!」

「「「お疲れ様でした、店長!」」」

 

 時間通りに締め作業も終了。ちょうど日付が変わる頃に店を出れた。うーん、バイトくん達のやる気があって助かるなぁ。時給1400円は美味しいもんねぇ、分かるよ!

 

「では店長、私もこれで」

「はい、立山サンもありがとうございました。汁無しまぜそばの試食の方、よろしくお願いしますね」

 

 さぁてお仕事も終わったことだし、社交場に向かいますかねぇっと。途中コンビニに立ち寄って翼の生える例のヤツを買ってカシュっと一気飲み! かぁーっ、カフェインが効くなぁ!(プラシーボ効果)

 

 そんなこんなでチリリンチリンと20分、待ち合わせ場所に到着だ。10分も前だというのに既に現地には2人とも揃ってたんだから驚いた。

 

「おっすー、なんだ僕が最後かよ。気合い入ってんなお前ら」

「おー、おせーぞイッセー」

「まぁ時間前だし許してやろうじゃないか」

 

 ……で、だ。あんまり騒ぐと近所迷惑だし、二人を寄せて頭を突きあわせ、小声で会話を始めた。

 

「どうせ二人で先に見たんだろ? どうだったよ」

「少なくとも俺達には見えなかったな」

「背筋が震える感じもない。単に見たやつの勘違いかもしれない」

「何も無いに越したことはないけどな」

「そんなことよりも、今日は久々に新しい恵みが落ちてたぞ」

「絶版になってた『巨乳学園2』だ……まさか生きてアレを拝めるとは……」

「ロリ系はなかった……くっ」

「もしかしてエロ本読みたかっただけか? なぁ?」

 

 ブレないところはコイツらのいいところでもあるが……

 

「じゃあ、お待たせしちゃったけど本題に向かおうか(『巨乳学園2』はどこに置いてある???)

「「お前も読みたいんじゃねぇか」」

「だって巨乳お姉さん大好物なんだもん」

 

 本音を言うなら持って帰って読み耽りたいところだが……その、部屋にあの二人が結構な頻度で来るから置いとけないんだよね。3冊だけ残してあった秘蔵コレクションもコイツらに放流したし……。

 

「お前も苦労してるんだな、同情はしないが」

「ケッ、リア充め」

「充実しなくていいから心の平穏が欲しいぜ……」

 

 毎日が楽しい悪夢みたいなもんだ……。心底残念なのが、これが現実だということだ。都合が良すぎるんで、覚めるなら早いところ覚めてもらいたいもんだ。

 

 それはともかく、いつまでもダラダラしてるわけにもいかないので、階段で堤防に降りて社交場に向おうとする。

 

「…………ッ」

「ん? どうかしたかイッセー?」

 

 警鐘が鳴った。生き死にに関わることでは無いが、頗る厄介事だと頭の奥で控えめにカンカン音が鳴る。僕の変化に気が付いたのか、松田が顔を伺ってくる。

 

「い、いや。なんでも。僕、実は幽霊とか怖くてさ!」

「へぇ? 鬼のイッセー様にも怖いものがあったのか」

「お前なら『生きてる人間の方が怖いだろ?』って笑いながら言いそうなのに」

 

 それなりに付き合いがあるせいか、コイツら僕のことよく理解してやがる……。そうだよ、死んだ人間なんかより今生きてる人間の方が怖いに決まってる。悪辣さって意味でな!

 いやしかし困った、警鐘にハズレはないし十中八九厄介事だ。ここはひとつ、二人が何も見えないことに賭けて『やっぱ噂は噂だったんじゃね?』って風に誘導して返すしかねぇ。万が一の時は、正体バレること込みで聖水噴霧しよう。そうしよう。

 

 …………肝心の社交場、なんかいるぅ。なんか白いモヤモヤがいるぅ。

 

「……うーん、やっぱ何もいないな」

「たまたま今日いないだけってこともあるかもだが……ま、噂は噂ってことだな」

「あ、あははー、何もいなくて本当に良かった……」

 

 よォしセーッフ! コイツらちゃんと見えてねェ!!!

 

「バイト終わりってこともあってなんか疲れたよ……とりあえず念の為明日も確認に来るけど、多分何も無さそうだ。今日のところは引き上げようぜ」

「だな。あー……どうやって家に忍び込もうか」

「出るは容易いが入るは難しい……」

 

 さて、どうやって残る口実を……あっ、そうだ。

 

「……『巨乳学園2』だけ、回収してくる」

「おっ、イッセー氏なかなか勇気あるなぁ」

「そのままエロ本がバレて不潔って嫌われろ」

「アホウ、きっちり完全犯罪達成してやるわ。じゃあ馬鹿共、また明日学校でな」

「おう、寝坊すんなよ」

「じゃあなー」

 

 …………よし、行ったな?

 

 懐にある小さな小瓶を掴む。護身用の聖水だ。効くかどうかは分からないけど、コイツを試してみないことには始まらない。

 気付かれる前に、一瞬でカタをつけてやる!

 

「喰らえ聖水蒸気爆は─────」

 

 

◆◆◆

 

 

 ………………はっ!?

 

「いかん……変な夢を見てたような……」

「すー……すー……」

 

 もうなんだか慣れたように、裸で抱きついてきてる部長からするりと抜け出してスマホの画面を見る。時刻は4:30、昨日二人と別れてからの記憶があやふやだが、多分なんやかんやして帰ってきて……アレ?

 

「チェス盤……? 昨日の朝片付けたはずじゃ」

 

 震えながら、もう一度スマホの画面を見る。日付が、昨日の月曜日に…………嘘でしょ?

 

「………………なんで?」

 

 どうやら僕は、心底大変な厄介事に巻き込まれたらしい。

 

【月曜日(2回目)】

 



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その3

本日更新の三話目です。


【月曜日(2回目)】

 

「イッセー、どうかしたのか? なんか『微妙なアニメの再放送が流れてきた』みたいな顔してるが」

「どんな顔だよ……大丈夫だよ父さん。なんかこう……朝起きる夢を見たせいで起きてるのか起きてないのか微妙なんだよね……」

 

 嘘である、なんなら父さん大正解である。例え方がアレだけど、よう見とるなぁ……。

 そんなわけで、気分としてはまさに月曜日の再放送。昨日の朝の焼き増しを現在進行形で体感しているところである。

 

「それにしてもいい光景だなぁイッセー……父さん、娘が二人できた気分で幸せだよ……」

「ははは……そりゃ何より……」

 

 実際目の保養にはなるよねぇ……。1人は大人系の美人で、もう1人は可愛い系の美人。そんな二人がキッチンで母さんとキャッキャウフフやってんもんなぁ。これが当事者じゃなけりゃ『眼福眼福ゥ!』してる自信があるぜ。……そうなんだよ、当事者なんだよ。これで学校の奴らに『毎朝部長に味噌汁作ってもらってる』なんて言ったら殺される……。

 

 にしても部長、料理本当にお上手ですね。これもグレモリー家の教育の一環なのか、本人が自分で頑張ったのか。……多分後者だよなあのヒト。舐められない為にとかそんな理由だぜ。負けず嫌いだなぁ。

 

「…………」

 

 今日は余計なことじゃねーですよ。キッチンの方から睨まれたけど、今日はジトっとされる謂れは無いよマジで。

 

「…………で、本当のところどうなんだ?」

「どう、とは?」

「お前の本命だよ。どっちなんだ?」

「気持ちは分かるけどどうかと思うよ親父」

 

 片方は僕を狩りに来てるとか言ってみようか……ダメだな、感動の余り赤飯炊いてパーティーになりかねん。

 

「まだお前美人は対象外とかいってるのか? ダメだぞ男がそんなんじゃ。夢は高く持たなきゃな」

「今そんなこと言ったら方々からぶっ殺されるから言わねぇよ……」

 

 実際季節の宝くじ当てるより凄い幸運なのは分かってるよ。一生分の幸福が押し寄せてきてる気はする。素直に受け取るかは別だがなァ!!!(ゲス顔)

 

「……ま、後悔だけはしないようにな」

「わーってるよ」

 

 まあ、今はそれよりも直近の大問題に着手しないといけないわけだが。このやり取りも2回目だし、マジで時間が巻き戻ってやがる。

 これどういうことよドライグ……と呼びかけようとして思い出した、アイツ今いないんだった。

 

(いやまじでどうしたもんか……)

 

 素直に相談すればいいと思うんだが……

 

「……? どうかしたのイッセー。私の顔に何か付いてるかしら?」

「いえ、今日も頗る美人だな、と」

「…褒めてないわよね、それ」

「そんなことは無いですよ、ええ」

 

 どストライクなのは事実ですし、と続く言葉を飲み込みながら、最終手段だなと肩を落とす。多分親身になって助けてくれるとは思うんだが、それはそれとして1人で勝手に危険かもしれないことに頭を突っ込んでることに関しては怒られかねないし……部長も悪魔だから、これ幸いとその弱味につけ込んできそうだし。こういう時、自分のノータリンさが嫌になるぜ。考えが足りてないってヤツだ。

 

 今考えても仕方がない、今はとりあえず洗濯を回すぐらいはしようかな、と洗面所に向う。本来ならキッチンに立つのは僕の仕事でもあったのに、アーシアが来てからそれが減り、部長が来てから完全に締め出された。あの忘れてるかもしれませんが、私一応飲食店従業員なのですが。

 

「あー、これがタチの悪い夢だったら有難いんだがな……」

 

 思わずボヤきながら、これで目が覚めてくれないかなと洗面台で顔を洗う。やっても目は覚めないし、鏡に映るのはいつもより3割増しでやる気が抜けた僕の凡顔だ。うーん、我ながら素晴らしいモブ顔。

 

 なるようになれ、と若干諦めの入った心持ちで

、僕は洗濯機に洗剤を入れた。

 

 

◆◆◆

 

 

「……社交場に幽霊が出るゥ?」

 

 説明しよう! 社交場……正式名称『健全少年達の社交場』とは、エロ本の廃棄場になってる橋の下のスペースのこと……ってこれも2回目だわな。

 

 学校に着いたらほぼ昨日と同じ流れで屋上に誘導され、ほぼ同じ経緯を聞くに至る、まる。

 

「お前だったら、なんか不思議なツテでどうにかできるんじゃないか?」

「頼むぜイッセー、お前だけが頼りなんだ!」

「別に乗っかるのはいいけどさ、お前らは事が済むまで絶対に社交場に近付くなよ」

 

 そう言うと、2人はどこか戸惑ったように僕の顔を見る。な、なんだよう、男にジロジロ見られても嬉しくねぇぞ。

 

「その……危ないのか?」

「下手に手を出すと危ない可能性があるってこった。前にも似たようなことに首突っ込んだことあるけど……まー大変だったぜ。幽霊ってマジ怖い」

「……イッセーにも苦手なモンがあるんだな」

「どういう意味だそれは?」

 

 現在進行形で恐ろしいことに巻き込まれてるからな。これで何もしなけりゃなんにもならないんならいいんだけど、このまま月曜日のループとか気が狂うぞ。嫌だぜそんな悪い意味でのSF時空に取り残されるの。

 

「いやでもお前が何とかしてくれるってんなら助かるぜ」

「よっ、『駒王の赤パーカー』!」

「調子いいなぁてめぇらよぅ。さっき嫉妬であーだこーだ言った口で煽てよって」

「「それとこれとは話が別」」

 

 まあそう言うだろな。誰だってそうする、僕だってそうする。普段の感謝とリア充への恨みは別腹ってな。

 

「つーかイッセー、俺たちに渡したメアドはなんだ一体!! 聞いてねぇぞあんな生物がいるなんて!!」

「あー、ミルたんの? すっごい乙女だったでしょ」

「乙女というか漢女だったわ!! 可愛いコスプレイヤーだと聞いて、期待に胸を膨らませて待ち合わせした俺たちの純情を返せ!!」

「いやでもほら、ミルたんはアレで結構ミルキーのレイヤーとは横の繋がりが広いから、ミルたんと仲良くしとけばあわよくば、って話は普通にあると思うけどな」

「「先にそれを言えっ!!!」」

 

 言ったらつまんないじゃーん、と口笛を吹いて誤魔化すが、奴らの怒りは治まらない。仕方ない、追加で情報を投下するか。

 

「ちなみに可愛いレイヤーさん『も』いることは確認済みだ……ウチの店にも来てくれるしな。ミルたんと一緒にイベントに着いていけば……な?」

「お前、神か?」

「か、カメラの準備が必要だな!!」

 

 おーおーはしゃいどるはしゃいどる。まあ屈強レイヤーさんの割合の方が多いんだけど、それは黙っておきましょうねぇーっと。ミルたんもカメラマン少ないって嘆いていたからこれでwin-winってね。あっはっはっはっ!

 

「ともかく、今日僕がバイト上がったらそれとなく様子を見てきて、それ次第でそういうのが得意な人に相談するから、お前ら絶対来るなよ。呪われたらどうしようもねぇからな」

「お、おう分かった」

「全裸待機ってヤツだな」

「服は着とけアホウ」

 

 さて、これで釘は刺したから来ねぇだろっと。コイツらをそんな事情に巻き込む訳には行かねぇしなぁ。

 

 

◆◆◆

 

 

「こんちゃーっす……ってありゃ、閉まっとるな。珍しいな僕が一番乗りかよ」

 

 シフトまでの時間潰しに部室でできること無いかな、と思って1回目と同じように旧校舎の部室にまで来たが、おかしい。朱乃サンが来てたはずなんだが……まあいいか。僕は鍵を持ってないので、持ってる部長か朱乃サンに借りるか、職員室で借りてくるしかなさそうだ。

 

「…………そうだ」

 

 昼の部活は定例会議の時以外は参加自由なわけだし、今日の僕はおやすみして図書館に行こう。意外と変な本が蔵書としてあるし、もしかしたら何か現状を打破する何かがあるかもしれない。足りない知識は他所から持ってこないとねー!

 

「あら? お早いですわねイッセーくん。お待たせしてごめんなさい」

「あ、どうも朱乃サン」

 

 ルンルンとその場を後にしようとすると、タイミングがいいのか悪いのか、朱乃サンが部室の前まで来ていた。

 

「あとすみません。ちょっと調べたいことがあるので、ここまで来ておいてなんですケド、部活おやすみしようかなって」

「あらあら、そうなんですか……。それは残念ですわ」

 

 頬に手を当てて困ったように眦を下げられると悪いことしてる気分になる。実際、悪いことしてるしな、隠し事。

 

「しかし本当に困りましたわ……どうやらまた、イッセーくんったら隠し事をしているみたいだし」

「速攻でバレてやがる……え、そんなに顔に出てますか?」

「顔からは分かりませんが、少し気が昂ってるみたいなので。イッセーくんが心臓と骨を龍のモノにして以来、結構分かりやすくて」

「隠せる訓練しておきますね」

 

 色んな意味で死活問題な気がする。というかアレか、部長がなんか僕が余計なこと考えると的確にこっち睨んでくるのソレか!!!

 

「まあでも前みたいな命の危機でもないし、個人的なことなので大丈夫ですよ。ちょっと気になることがあって調べたいだけでして」

「嘘……ではなさそうですわね」

 

 僕の目を覗き込むように顔を近づけて、しばらく視線で舐め回したあと朱乃サンは顔を引っ込めた。そうやって顔を近付けられるとビビるからやめて欲しい。観賞用美女がやると余計に心臓止まっちゃ〜う。

 

「本当に困った時は、私でも部長でもいいですから頼ってくださいね? ……約束ですわよ? 今度こそ守ってくださいね? 次破ったら……めっ、ですよ」

「は、はーい」

 

 そういや前の約束は思いっきりブッチしたもんなぁ…………実際すげぇ怒られたし。いやぁ、本当にご心配お掛けして申し訳ありませんでした。

 

「とりあえず、今はイッセーくんのことを信じて部長には内緒にしておきますわね」

「はい、そうしていただけると助かります……いや本当に」

 

 まずい時は素直に頼ろう。そう思った。

 

 

◆◆◆

 

 

【火曜日(2回目)】

 

 そして僕は、詰めが余りにも甘過ぎたことを知る。

 

「松田、元浜!?」

 

 社交場に向かえば、そこにいたのは釘を刺しておいたはずの二人。そして、そんな二人に覆いかぶさらんとする白いモヤだった。

 



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その4

本日更新四話目です。
その1からよろしくお願いします。


「…………でぇ? これはどういうことなんだ?」

 

 仁王立ちする僕の前で正座をする松田、元浜、そして白いモヤ……改めて幽霊少年。

 

 話は少し前に遡る。

 

 

◆◆◆

 

 

「松田、元浜!」

 

 白いモヤが2人を飲み込もうとしてるように見えて、僕は肝が冷えつつも冷静に懐から聖水を取り出して投げる構えをとる。

 またループするならそれでもいい、この二人は、僕の日常の象徴の一つであるこの二人は、何としても守らなければならない!

 

 力を寄越せ、『決殺の手(トゥワイス・クリティカル・ブレイカー)』!

 

「頭ァ下げろ馬鹿共ォ!!」

「っ!? い、イッセー!!」

「待て、早まるな落ち着け!!」

 

 ……………………うん? どういうことなんだろう。何故か推定幽霊を庇うように前に出る2人を見て何とか動きを止め、しかし心底疑問に思ってると、広がっていた白いモヤが人型に収まり……透けてはいるが、ちゃんとした人間に見えるようになった。

 

『はは……随分と喧嘩っ早いダチなんだな』

「すまん、こいつ即断即決なんだよ」

「色々説明してなかった俺たちのせいだ」

 

 うーん、なんだこの状況。やばいと思って聖水構えたの、もしや大失敗かつ身バレに繋がる大失態なのでは。

 

「……えーと、何? 僕の出番ナッシング・ゼロ? 和解してるとかそんな話?」

「「『そうそう、そんな話』」」

 

 3人揃ってそんなふうに言うもんだから、僕の中の何かがキレた。まあそれだけの話だ。

 回想終了、話を現場に戻そう。

 

 

◆◆◆

 

 

「そもそも来るなと僕は言ったよな? しかもお前らループ前の記憶がある素振りも見せなかったし。なんで説明しなかったんだ? アアン?」

「その……すまん。ぶっちゃけかなりヤバいことってのは分かってたんだが」

「イッセーも前のループと違うこと言ってるから、これは何かあるぞって面白くなっちまって」

 

 なんで怖くならずに首を突っ込む方向にシフトするかねぇコイツらは。まあ僕も人のこと言えんし、仲良く揃って皆馬鹿野郎だちくしょう。

 

 とりあえず話を整理すると、僕と同じようにこの2人も仮称1回目の火曜日までの記憶があるらしい。一緒にループしちまったんだな。

 

「イッセーがどんな本を物色するのか気になって」

「そしたらお前、急に小瓶取り出して投げて、驚いたところで……昨日の朝になってたんだよ」

「み、見られとる……」

 

 つまり、結局あの場にいたからループしたって認識でOKっぽい。

 そんでもってどうやら僕は本職っぽくて、しかも自分達と同じくループしてるっぽいぞ。とのことだったようだ。その時に言えなかったのは、僕があまりにも真剣そうな顔だったからのようだ。

 

「ところで昨日はなんも見えてなかったみたいだけど……」

「今日になったらなんか見えるようになってた」

「昨日イッセーがなんかしようとしてたの、コレだったんだなって」

「逃げろよ、そこは逃げろよ。近付くなって言ったじゃん」

『すまん、それは俺のせいだ。昨日と同じ顔ぶれだったから思わず呼び止めた』

 

 とそこで口を挟んできたのは件の幽霊。男子高校生っぽいのだが、どうも記憶がないらしい。自分のことがよく分からないままフラフラと流れてきて、今はエロ本が集まる社交場に根を下ろして今回の噂話に発展したらしい。とんだお騒がせ幽霊だ。

 

「アンタも軽々しく生者を呼び止めるんじゃないよ……というかなんでエロ本を読み漁ってんだよ」

『いやすまん! 本当幽霊ってのはヒマなもんでよ! ちょっと誰か脅かすとかぐらいしかできなかった所に降って湧いた娯楽でな。鼻血出るほど興奮させてもらったわ!出る血ねぇんだけどな! ガハハ!』

「色々と笑えねぇよ……」

 

 頭を抱える僕を許して欲しい。こんなしょうもないことで慌てて、しかも話を聞いてもループする原因は分からないと来たもんだ。どうもループ条件は除霊されるか、成仏するときに起きるらしいんだが。

 

『いや本当に心が死にそうなんで助かったわ。もう途中から何回月曜日が来たか数えるのもやめるくらい長いこと幽霊しててな!』

「楽しそうで何よりだよまったく」

 

 何回目か分からない溜息が口から漏れる。孤独で狂っちまいそうな幽霊を助けられて良かった反面、コイツがド級の厄ネタなのは変わりないのだから。マジでどうしたもんか。

 

「……で、話してみたら意気投合して、今に至ると」

「女の趣味は合わなかったけどな」

『ロリなど邪道! やはりケツがデカい方がいいに決まってる!』

「至極どうでもいい……結局胸が1番なんだから」

 

 っといかん、僕が猥談の流れに呑み込まれたら収拾がつかなくなる。

 

「ともかく、大事に至らなくて本当に良かったよ。でも運が良かっただけだからな? 好奇心で触れるもんじゃない。……こういうの関わりたくないけれど、なんかあったら僕に話してくれたらなんか対処するから」

「そう、それのことだイッセー!」

「なんだその左腕! 超カッコイイんだが!」

「あ、分かる? なんかつい最近出てくるようになった呪いの籠手なんだわ。これが切っ掛けでオカルト研究部入ることになったんだけどね」

 

 あながち間違いでもないが、正しくもない説明でこの2人を誤魔化す。流石になんでもないは信じてもらえなさそうだしなぁ。

 というわけで兵藤一誠クンは、急に呪いの籠手を身に着ける能力に目覚めてしまい、その情報収集をしてる最中にオカルト研究部に目をつけられ、話題を提供&正体を探ってもらう名目で席を置かせてもらってる……ということにした。流石に悪魔だ神器だなんだとかはバラせねーですし。

 

「お前がオカルト研究部に入ったのはそういう理由があったんだな……」

「二重の意味で納得だわ。お前も最初はダルそうだったし、向こうもお前入れる理由が分からんし」

「まあとは言ってもそれで何が進展したってわけじゃないんだけどね。この籠手だって、なんか変なものが見えるようになったのと、力を2倍にする機能がある? くらいだし」

「「『しょっぼ!!』」」

「うっせぇわ! 身の丈にあった力と言え!」

 

 実際は延々と倍加できる物騒な神殺し兵装なのですが、まあそんなことが口にできるはずもなく。折角隠ぺいしてる訳だしね。

 

「そんなワケで眉唾物から本当のものまで、色んなオカルトを調べる中で、幽霊みたいな怪しげな話題にも触れるわけで……まさか本当にいるとは思わんよ」

『なはははは! 俺もそんな奇っ怪な左腕は初めて見たぜ! ショボイけどな。めちゃショボイけどな!』

「強調すんなや」

 

 これで中の人(ドライグ)が聞いていたらブチ切れ不可避だっただろう。今でこそ僕はアレをクソトカゲと煽れるが、最初は心底キレてたし。

 

「つか、そうなるとイッセーは別に幽霊を成仏させる力は無いんだよな? だけど1回目の火曜日の時になんかやってたけど」

「種明かしすると、聖水もってたんよ。オカ研の活動で手に入れた、本当かどうかも分からないパチモン臭プンプンのやつだったんだけど……なんかとりあえず本物だったみたいだなコレ」

「そんなモノまでネタにしてるのかよオカルト研究部。本格的だな」

「プレゼントしてくれた部長も、まさかこれが本物だとは思わねーよ。運の勝利だな」

 

 まあ本当は聖水って分かって投げたんだが。なんなら作ったの僕である。とりあえず何があるか分からないってことで、小瓶に入った聖水を2人に投げて寄越す。

 

「この状況で出し惜しみしてられねーし、お前らもこれ持っとけ」

「お、おう。サンキュー」

「つっても話聞いたらコレをコイツに掛けるの躊躇うよなぁ……」

『頼むからやめろよ、マジでやめろよ』

 

 そう言って僕達から距離を取る幽霊を見て、ようやっと僕は苦笑とはいえ笑うことができた。あー、本当にヤバかった。

 

 

◆◆◆

 

 

「でよ、もう一度詳しく説明してくれないかな?」

『おう。つってもぶっちゃけ記憶がねぇから役に立てねぇんだがな……』

 

 今回の事件の核になってるであろうこの幽霊。学ランのようなものを着ているため、恐らく学生だったのは推測できるが、身元に繋がりそうな情報がそれしかない。過去の記憶、名前すらも無いんだからマジでお手上げだ。

 

『正直、成仏ができるならこのまましたい。多分このままフラフラしてるのもいいことじゃないだろうしな。その……力になってくれると助かるんだが』

「ああ、構わないぜ。同好の士なんだ、水臭いこと言いっ子無しだ」

「ちょっと寂しくもあるが…それも仕方ない」

 

 いつの間にこの3人はこんなに仲良くなったんだろう? 猥談は人を繋げるとでもいうのか。……うん、あるかもね。

 

「……僕も乗り掛かった船だ、君の門出をセッティングしようじゃないか。その為には君の生前? の情報があると助かるんだが」

 

 いや本当なんで成仏しようとするとループするのやら。原因が全くもって不明だし、死に方に特徴があったのではってところなんだが。覚えてないんだよなぁ。

 

「一応カメラ持ってきて撮ってはみたんだが……まあ望み薄だろうな」

「ああ、見た目で身元特定ってか」

 

 松田は中学時代は写真部に所属していたらしく、見るからにお高そうな一眼レフを持っている。今でも(女子の撮影で)活躍の場面があるそうだが……なるほどでかした!

 

「ちょっと効果あるか分からないけど、僕の左腕で強化すれば心霊写真っぽく撮れる……かもしれない」

「そんなこともできんのか。小器用だな…」

 

 そんなわけで記念写真的なノリで4人で肩組んではいチーズ。効果はあるか分からないけど『心霊的なアレ』を2倍にして譲渡したので上手くいく……といいなぁ。

 

「一応明日このフィルム現像と印刷頼んでくるわ。ちょっと値が張るが」

「そこは割り勘でもいいぜ」

「おう、助かるわ」

「あとはその写真使ってそれぞれのツテでコイツの生前探すってことだが……」

「そこはイッセー、任せた」

「えぇ……まぁいいけどさ」

 

 顔が1番広いの僕だからね……でもコイツらも中学時代の友達とかには当たって欲しいかなぁ。

 

「あとはループするかもしれねぇけど、成仏とか昇天させる方法を試してみるとか」

「それなら知ってるヒトに心当たりあるから、それは僕に任せておくれよ」

「オカルト研究部がオカルト研究部してる……」

「美形ぞろいだが活動内容謎だったもんな……というか本当にそういう活動してたのさっき初めて知った」

 

 実際はちゃんと活動してるみたいだけどね。なんか妖怪の生態を記録してるような活動報告があったような無かったような……。そもそも悪魔が妖怪みたいなモノって言われたらその通りだが。

 

「行方不明者だった可能性も追うか。そこは俺がやる」

「え、元浜。お前にそんな体力あったっけ?」

「失礼なやつだな。いやまあそうなんだが……。何も聞き込みしなくても行方不明者捜索掲示板ってのがあるんだよ、今スマホで調べた。そっちの方で探ってみる」

 

 特徴もある程度掴めたしよ、といつの間にかメモ帳を取り出していて何事かを書いている。覗いて見ると幽霊クンのだいたいの身長と学ランとボタンの特徴、簡単な似顔絵が。普段は女子のスリーサイズを見抜くことに使ってる眼力がこんなところで生かされるとは!

 

『お、お前ら……マジで良い奴だな!』

「べっつにー。困ってたらできる範囲で助けになってやりたいってのは普通(あたりまえ)でしょうが」

「当たり前かはともかく、別に俺ら悪事をやってるわけじゃないしな」

「まあエロいことで周りに迷惑は掛けるが」

 

 まるで僕まで同じ穴の狢みたいに言わないでくれ……別に僕の性癖のせいで周りに迷惑はかけてない……よね? そうよね?

 

 まあでもそういうことなのだ。進んで悪いことをしたがるヤツはそう居ない。このエロコンビも根は良い奴なのだ。

 

「じゃあ気合入れて行くぞお前ら!」

「「『おーう!』」」

 

 あんまり褒められた感じではないし、若干の後ろめたさもあるけれど、何故か僕らは今この瞬間、最高に青春していた。

 




多分これでこの章の1/3……先が長い。
次も四話くらい更新するので2週間ぐらい空けます。


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その5

かなり遅れて本当に申し訳ありません。
体調不良等で仕事するぐらいで精一杯でした。
前みたいに1年も放置とかはしないので許してください……。


【火曜日(2回目)】

 

「……このヒトも懲りないなぁ」

「すー……」

 

 もはや僕も慣れたもんで、抱き枕状態の僕はするりと抱擁から抜け出す。なんか色々当たるが鋼の意思で気にしないことにする。

 初めて迎えた今日の朝、やることはいっぱいだがそれはそれとして朝の訓練は欠かさない。時刻は午前5時である。

 

「んんっ……もう起きたのイッセー……?」

「あ、ごめんなさい。起こしてしまいましたか」

 

 起こさない抜け出し方を考えにゃならんな……と思ってると、部長が身体を起こそうとするので急いで背を向ける。見えちゃいけないものがボロンするのでね!

 

「ふふっ、別に見てもいいのに…。責任は取ってもらうだけよ」

「覚悟も何も無いので遠慮しますぅ〜。いやほんと勘弁してくださいよ……何度も言ってますが、理性がちぎれ飛ばないか不安で仕方ないんですって」

「私の知ったことではないわ」

 

 いたずらっぽく笑う部長の声を背に受けて、ガックリ来ながらも部屋の中を確認する。とりあえずチェス盤とか出てないから、おそらくループはしていない。スマホの日付からも確認できた。

 ……写真を印刷してもらって方々に確認をする以上、ループを一日二日で起こすのはまずいはず。となると成仏ないし昇天させるようなことは暫くは控えていた方がいいだろう。何するにしても準備は必要だろうし、それも踏まえて三日四日は期間を開けようかって感じだな。……ドライグが戻るまで待つって手もあるか。ヤツならなんか知ってることがあるかもだし。

 

「何を考え込んでるのかしら?」

「ひぁっ!?」

 

 背後から抱き着かれて思わず変な声が出た。この先の件について思考が没頭していたのでかなり油断していた。

 まあありがてぇことに部長はちゃんと部屋着を着てくれているので、イッセー君のイッセーがイッセーすることは無かったが。なんだよイッセー君のイッセーって。

 

「べ、別に変なことは考えてねーですよ……。新しい悩みの種が増えましたからね、強くなってもっと自信持てるようになりたいんです。これでもね」

「あら意外。そこまで強さに執着しない質だと思ってたのだけど」

「あのハーレム焼き鳥がまさか冥界だとぼちぼちレベルって聞いて背筋凍ったんですよ……ちょっとこの界隈、魔境が過ぎません?」

 

 ちなみにぼちぼちと表現したのは本人である。つってもフェニックスの特性、不死の魔力を抜きにしての話だから総合力は上の方らしいけどね。

 

「………。随分と仲がいいのね、ライザーと」

「うん? ライザー氏、中々器大きくていい男ですから。僕下級悪魔ですけどフランクに接してくれて話しやすいんですよね。九頭龍亭にも結構来てますし、いい感じのお客さんですよ」

 

 なんならメッセージも投げ合う仲ですよ、とスマホの無料通話アプリを立ち上げてその画面を部長に見せる。……なんか徐々に機嫌悪くなってんな。また僕なんかスイッチ押したか?

 

「…もしや、こういう他所のところと繋がり持つのご法度とかそういうヤツです?」

「いいえ、特にこれといった決まりはないわ。……本当、ライザー『とは』随分仲がいいのね?」

「んん? 特別仲良くしてる感じはないですよ。普通のやり取りですって。つか部長、それ部長とこういったコトしてないって理由でスネてるんならちょっち的外れではありませんかね?」

 

 これでもかなりマシにはなったが、僕は陰キャなので異性と話すとキョドるのである。仮に悪魔になる前部長と関わりが出来てメッセージ投げ合うことになったら一個送るのに5分は悩む位にビビるぜ。そんな僕なのだ、男との仲の詰め方が早いことを拗ねられても、ねぇ?

 

「……私だって頭では理解してるわ。でもその……こうやって気安く話せるようになるまでそこそこ時間が掛かったのに、ライザー相手にはこうも早いと率直にムカつくのよね」

「…………はぁ。僕は貴女に特別嫌われたく無かっただけですよ。惚れた女性相手なんですよ? 慎重にもなりますって」

「ちゃんと聞こえなかったわ。もう一度お願いできるかしら?」

「ICレコーダー突きつけて言うセリフではありませんね、やりませんよ」

 

 弱みを見せるとすぐこれである。やはり悪魔、抜け目ない。まあでも目に見えて機嫌が良くなったので安心である。眼福眼福、観賞用が笑顔だと本当にサマになるね。

 

「まあ私の心情を抜きにすればコネクションを作っておくのはいいことよ。特にフェニックス家は。婚約破棄の件も有耶無耶になってくれれば最高ね」

「あー……」

 

 ライザー氏が器デカいだけで、その他のフェニックス家の方々が僕や部長をどう思ってるかは別ってのはその通りだろうなぁ。約束は遵守する悪魔じゃなかったら殺されてるだろ僕。

 

「でもそれは私の責任よ。イッセーがそれを意識してライザーと仲良くなる必要はないわ」

「うっす」

 

 流石に部長の責任まで掠めとる程傲慢じゃあありませぬ。僕は僕の責任の範疇で頑張りますよっと。

 

「じゃあ、せっかく目も覚めたことだし、久しぶりに一緒に訓練しましょうか?」

「マジすか? では、お言葉に甘えて」

 

 

◆◆◆

 

 

(意外と見つかんねぇな…)

 

 そらそうだ、と肩を落とす放課後。昨日も思ったけど、死とあからさまに関係しそうな本は意外と無いみたい。まあ自殺幇助になっても困るし妥当っちゃ妥当か。

 現状分かったことと言えば幽霊は現世に未練や遺恨があって昇天、ないし成仏できてないってのが和洋共通の解釈、らしい。実際はどうか分からんのだけどね。

 

(あの幽霊、未練や遺恨の類はなさそうだったけどな……)

 

 なんというか『快活』という単語がしっくりと来る、明るい野郎だった。記憶が無いからそうかもと思わないでもないが、少なくとも怨みの線で幽霊やってそうには思えねぇ。

 となると、未練の方向で見当つけた方が良さげだな。その旨を元浜に連絡する。

 

「さて、どうスっかな……」

「何をだい?」

「わっ!?」

 

 本棚を前に漏れた独り言に問いが投げ掛けられて、イッセー君小便がチビりそうな程ビックリした件。下手人は我らオカルト研究部が誇るイケメン騎士、木場祐斗クンである。

 

「ゆ、祐斗クンかよ……脅かすなよな。僕のミジンコハートが破裂したらどうしてくれるんだ」

「いやぁ、イッセー君そんな小心者ではないと思うよ。思い切りが良過ぎるし」

 

 相変わらずの優男スマイル。脅かされたことを許しそうになっちゃうぜ。面のいいヤツはお得だよな、けっ!

 

「で、何の用だい優男。これでもかなり忙しくてね」

「僕は借りてた本を返しに。そしたら珍しくイッセー君がいたから気になってね」

「なーるほど」

 

 いや成程ではないが。どーせ朱乃サン辺りの差し金だろうぜ。ちったぁ信じて貰いたいものだよ、無理もないけどな!

 腹を探り合うような沈黙が数瞬、でもそういうの趣味じゃねぇので諦めて口を開く。

 

「……幽霊について調べてんだよ」

「幽霊?」

「そ。友達からの噂で幽霊が出たって言うもんだから、ちょっと調べてやろうかなって。そこまで大したことじゃないよ、見栄張ったせいで困ってるだけサ」

「そうだったんだね」

 

 話してないことがあるだけで、本当のことしか話していない。これで信じて貰えないならそれまでだが……果たして。

 

「……本当に杞憂だったみたいだ。部長がかなり怪しんでいたみたいだから気になったんだけど」

「あり? 朱乃サンじゃなくて部長?」

 

 朱乃サンがチクったか……いやそれは無い。あのヒトはドSだけど性根は良い方だから余程のことがないと約束破りはしない。となると、今朝から態度に出てたンか? 意外とバレやすいのね僕。

 

「なんでも『いつもより素直だったから多分後ろめたいことがあるに違いないわ』とのことだったけど」

「あのヒトも大概失礼だな……たまには素直になることだってあるわい」

 

 いやぁあのヒトもよう見とるなあはは…………実はホラー的な? ヤダよ僕なんかに病まれるの。

 

「まあ大正解ではあるかな。大した感じじゃないけど警鐘が控えめに鳴ってるから、なんかあるとは思ってんだよ……相談すると部長は無駄に大事にしそうだし、あとあの二人を部長に会わせたくない(真顔)」

「あはは……成程そういうことなら納得かな」

 

 あながち嘘では無い。いやまぁ若干独占欲が混じってなくもないが! それを見透かされたのか可愛いものを見る目で笑われている、畜生!

 

「じゃあ僕の方からそれとなく誤魔化しておくよ。ただあまり危ないことに首を突っ込むのは良くないと思う」

「助かるよ、いやマジで」

 

 と、ホッとしてると祐斗氏がチョイチョイと図書室の机の方を指さす。いや、どういうこっちゃねん?

 

「アリバイ工作は必要じゃないかな? 一緒に勉強でもしておけば何か聞かれても困らなくて済むと思うよ」

「……キミ、天才って言われない?」

「買い被りすぎだよイッセーくん」

 

 いやいや本当にいいアイデアだぜ。なんせこの男は本当に目立つので、わざわざ部長に言わなくても誰かが適当に『木場くんが〜』って話をしてくれるに違いない。積極的に嘘をつかなくて済むのだからありがたい誘いだ。

 

「じゃあついでだから対数について簡単に教えておくれよ、授業聞いただけだとチンプンカンプンなんだ」

「分かった、じゃあまずは指数の基本的な計算からおさらいしようか」

 

 教科書を傍らに今日の授業の復習。意外とこういうのも、ありきたりな日常の一コマって感じで悪い気はしないのだった。数学はそんな好きじゃないケド!

 

 

◆◆◆

 

 

「結局のところ、大した成果はなかったよ……」

「「ダメじゃねーか」」

 

 適当に勉強した後、部長が外出中だったのでこれ幸いとオカルト研究部の方の蔵書も漁ってはみた。みたが……眉唾物のオカルト雑誌しかない。ゲロっちゃってるので祐斗クンに聞いてみると、そういうのは部長の実家にあるんだってさ。ガッデム。

 とは言え火のないところに煙は立たぬと読み漁ってはみたものの、やっぱり結論は大差ないって話。この分だとアーシアに聞いた方がボロボロ新情報拾えそうである。ほら、エクソシストは何も悪魔だけを祓うものじゃないし。

 

 つーわけで早々に部室を撤退して学校に程よく近いバーガーショップで2人と落ち合い、今に至る。正直なんも言い返せねぇ。

 

「怪しげなブツが沢山あるからいけると思ったんだよ……そういう蔵書が無いと思わなかったんだよ……」

「何でもかんでも上手くいくわけじゃないってこったな。まあ元気出せよ」

「なんだかんだ言って現状進展があるの松田だけだしな」

 

 元浜に視線で促されて松田が出した写真は、バッチリくっきり半透明のあの男が写った心霊写真だった。

 

「イッセーの左腕が効いたのか効いてないのか分からんが、この通り。これなら上手いこと使えるんじゃないか?」

「「さっすがー」」

 

 これを掲示板に上げたり聞き込みに使ったり…………

 

「いや待て、これを掲示板に上げるのはまあいいとして、聞き込みに心霊写真使うのダメでは?」

「でもどうしようもなくね? 俺も出来ねぇし…」

「右に同じく」

「仕方ないか……」

 

 揃って肩を落とすが、まあ細かく顔の造形確認できるぐらいハッキリ取れてるからまあいいかと一旦流す。問題があったらその都度対応、つまり行き当たりばったり。

 

「とりあえず1人5枚ずつありゃどうとでもなるだろ、ほらよ」

「どうも。じゃあ僕は配ったり貼ったりする用のビラ作るわ」

 

 軽く言うと信じられないものを見る目で2人がこっちに視線を寄越してくる。なんだよう、僕にだってちゃちい技能の1つや2つぐらいあるわ。

 

「つーか九頭龍亭の店内ポップ広告は全部僕が作ったやつだが???」

 

 期間限定のメニューが出る度に写真を撮って券売機に付ける広告を作り、前店長がモヤシを誤発注して何とかしろと無茶振りされた際に野菜増しや単品の肉野菜炒めを推す広告を作り……蛍光ペンと画用紙、あとラミネーターは僕のお友達だ。くたばれ前店長。いやまぁ社会的にくたばったか、僕の上司最高だな!!

 

「あの可愛らしいポップお前だったん? 意外な特技来たなコレ」

「専用のホームページも作るつもりなんだが、そのレイアウトも相談していいか?」

「いいよジャンジャン任せな! 汚名返上、名誉挽回ってな」

 

 気分も乗ってガハハとハンバーガーをバクンと頬張る。どうも僕、語れる中身増やすこと以上に頼られることが嫌いじゃないのかも!

 

「となると、今日顔出すつもり無かったけど店に行かなきゃな。パソコンとスキャナー店に持ち込んじゃってさ」

「お、じゃあ今日はお開きだな。俺はお供え物持って社交場行くわ」

「俺は掲示板に情報を上げよう。何かしら有用な反応があったらグループトークで共有する」

「オケオケ。じゃあまた明日とか!」

 

 やることは山積みだァね、さー頑張るか!

 



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その6

あけましておめでとうございます。今年は1月中に新年一発目を投稿できて感無量です。

先月はまともな休みが2日だけというクソみたいな勤務をこなして復活です、よろしくお願いします。


【水曜日(1回目)】

 

「……できた」

 

 と独り呟く深夜。バイト達と立山サンを帰し、自主的にお店に籠って何とかできたビラの出来栄えに、静かに悦に入る。ついでに作られた新メニューの『汁無しラーメン』のポップ広告も中々の出来だろう。カモフラージュは大事よね。

 

「…くぁぁー」

 

 事務スペースで椅子の背もたれに思いっ切り体重を預け、腕を上げ背をのばす。ボキボキと小気味のいい音が背の芯から弾ける。ふと時計を見ると、既に夜の2時を回ったところ。僕以外の皆も契約業務を終えて家に帰っている時間帯だ。

 

 スマホを覗くと、『例の幽霊にお供えしたら、あいつ普通にハンバーガー食べたぞ』というメッセージと宙に浮いた食べかけハンバーガーの写真が送られていた。マジかよ、謎な生態してやがるな。死んでそうなので生態と言っていいかは微妙だが。……死態?

 まあしかしなんだ、この時間に食べ物を見てるとなんだか……

 

「お腹すいた……」

 

 となる。ということでなんか食えるものはねーかな? と事務所の冷蔵庫を開く。前はあの思い出したくもない悪徳店長だけが使える専用の冷蔵庫(しかも冷凍庫もチルド室も野菜室も付いた中々いいやつ)だったが、今では誰でも使えるようにルールを決めて解放している。まあ、中に入れるものは誰のものか分かるようにしておけってだけなんだけど。物に罪はねぇのでな。社会的に死んだ前店長も浮かばれるだろう、浮かばれろ(圧)。

 

 で、淡い期待を胸に開いてみたが、何もなし。試作品を作るための調味料の類以外は従業員とバイト達のものだけ。提供用のラーメンの材料を使うのは論外だ。賄いの範疇ならいざ知らず、それを越えて勝手に食べるのはルール違反だ。僕も雇われ店長の身なのでそこは絶対に守る。ここを捻じ曲げていいのは試作品を食べてもらう時だけだな。その分は別途予算が組まれてるし。

 道義的な観点を抜きにしても、もうゆで麺機は止めて掃除してるから使えないし、今日はスープのあまりも無し。汁なし麺のかえしは余ってるけど、それだけで食べるのはなんかこう……終わってる気がする。最早絶望メシの類だ。トッピングは原価も高ぇし懐からお金出すならもうちょいなんかあると思う。それにそうでなくとも味の確認の為に出勤したら絶対食べてるし、こういう時まで食べなくてもいいと思う、切に。まあだから2つの理由で店の在庫からなんか作るのは論外だな。

 

 帰って冷蔵庫を漁…………ダメだ、ガサガサしてたら親起こしそうだ。そもそも多分すぐに食べれるものはない。備蓄してるカップ麺やお菓子も今は切らしている。そもそもあったとしてもソレを自室で食べれる図が思い浮かばない。具体的には僕の帰りを待っているであろう部長のせいで。巡り巡って自業自得とも言う。なんで僕ちゃんあんな公開告白かましちゃったかなァ!!! あれさえ無ければ弱味を見せなくて済んだと思うの。

 

「…………」

 

 財布を見る。ユで始まる偉人が2人もいるので余裕はある。次の給料日までちょうど折り返しだし、たまには贅沢をしてもいいかもしれない。

 というわけで、行くかコンビニ。シャワーを浴びて軽く身支度を済ませ、火元等の最終確認の後に施錠して退店。店の駐輪場から自転車を回収して押して歩き、徒歩1分もしないところにあるコンビニを目指す。

 

「いらっしゃいませー」

 

 少し気だるげな声をした店員の声と共に自動ドアをくぐる。気持ちは分かるよ、この時間帯死ぬほど眠いもんね。なお悪魔なので今の僕は目が冴えてる模様。

 おにぎりコーナー目指して歩くついでにレジ横ホットスナックケースをチラリ。むぅ、流石にこの時間帯だとなんにも残っちゃいねぇわな。フライドチキンとかめちゃくちゃ食べたいんだが。

 

「…………」

 

 おにぎりコーナーのラインナップもしょっぱい。売れ残りのデカくて高いおにぎりと昆布しかない。……ふむ、たまにはお高いおにぎり買ってみるか。鮭といくらのおにぎりに……これはなんだ、豚のしょうが焼き? 美味そうだな、両方ともカゴにぶち込め。

 

 すぐ隣の弁当エリアを見ると、悲しく1つ残っていた焼肉弁当がポツリ。普段なら上げ底だの肉がちゃちいだの450円は高過ぎるだの言って買わないけど、今無性に腹が空いている。遠慮なくカゴにイン。

 

 お次にパンコーナー。甘いものが欲しい。お、このホイップクリームが挟まったパンはいいな。溢れるほど、とはいかないのが残念だがそういうものだろう。お、チョココロネもある。チョコは好きだ、最高だ。入れとけ入れとけ。

 

 お菓子コーナーではポテチの青のりをチョイス。青のりは食べると歯についてしまうのがアレだが、普通にうすしおで食べるより風味がいい。2袋入れる。ポテチを食べるとなれば飲み物はコーラだ。それもカロリーゼロじゃない方がいい。好き嫌いの前に外せない組み合わせだ、500mlボトルを2本カゴに入れる。

 

 コンビニで買い物するにしては重いカゴをレジに持っていき、お会計なんと1635円。大豪遊である。

 

「ありがとうございましたー」

 

 店員の気の抜けた声を背中にコンビニを出て、停めてある自転車のカゴにレジ袋に詰め込まれたカロリーモンスター共を入れる。

 これで素直に家に帰る…………わけが無い。わしゃわしゃとしたレジ袋の音で絶対にバレる。なのでどこかでこの中身を胃に詰め込みたいところだ。

 まあ行く宛ては適当に考えようかと、自転車に跨ってチリンチリリンと夜の町を行く。いつも以上に町は静かで、殆ど街灯だけが夜道を照らす。

 

 …………何も考えずに自転車を漕ぐのは好きだ。特別自転車が好きなわけじゃないけれど、歩くよりも速く、しかし速すぎる程では無い速度で流れる景色を眺めながら、ただ目指すアテもなく走るのは僕の密かな気分転換の方法だ。悪魔になってからはそういう風に自転車を漕ぐことはなくなったけれど。

 

 顔に受ける風が気持ちいい。夏に変わりつつあるこの季節、それでも陽の光が無いため涼しい風が通り抜ける。なんかもう心が穏やかになってきたし、このまま全部ブッチしてどこか遠いところへ逝っちまうのも……

 

『ぐぅ〜』

「……………………」

 

 そんな破滅願望を遮るかのように腹が鳴った。若干警鐘も鳴りかけてたので生存本能が僕を救ってくれたのかもしれない。おかしいね? 死ににいく流れで何故助かったと感じるんだろうね? まあ原因は僕の思考の大半を埋める紅いヒトなのだろうが。

 

「はぁ……生きてるのがツラい……」

『お前それよく俺の前で言えたな』

「死にたいと思えるのも、生きてる人間だけができる贅沢だからね。いいじゃあないか」

 

 …………んん? ここでするはずのない声がしたと思って視線だけ横にやると、能天気そうな顔した幽霊が並走……走ってはないな、僕の自転車に並びながら飛んでいた。

 

『よっすー』

「お前、地縛霊の類じゃなかったんか」

『なんなら多分隣町から流れてきてるぞ』

 

 急に沸いた重要な情報である。それもうちょい早めに聞きたかったんだが……。

 

「まあいいや。ちょうどお前に用があったんだよ」

『ん、そうなん?』

「イエスイエス」

 

 とりあえず、そこの公園に行こうぜ。

 

 

◆◆◆

 

 

「というわけで、ほれ。お供え物だ」

『何がというわけなんだよ。つーか買いすぎじゃね?』

 

 僕が一乙した例の公園のベンチに腰掛け、買ってきたブツをご開帳。あまりの多さに幽霊くんが怪訝な顔をするが、しかし目の奥の物欲しそうな目は誤魔化せてはいないようだな? ウケケケケ!

 

『そ、そりゃそうだろうがよ。試そうとも思わなかったせいもあるが、モノ食えるなんざ知らなかったんだ』

「自分1人だけだと中々発想に限界があるものねぇ……。ま、差し入れみたいなものだから遠慮なく食えよ。僕一人じゃ食いきれそうに無いし、証拠は隠滅しておきたいし」

『……じゃあ、ありがたく。いただきます』

 

 そう言っておずおずと幽霊はおにぎりに手を伸ばす。……あ、それ僕が狙ってたやつ。というセリフを飲み込みながら食事姿を眺める。特に変な感じは無い。普通に咀嚼して消えてるな。変じゃねぇことが変だな、コイツ幽霊なのにヒトみたいに食べてるぞ。身体は透けてるのに実体のある米粒が口や食道を通る様子が見えるなんてこともねぇ。

 

「………………むぅ」

『な、なんだよ。食えって言ったんだからいいだろうが』

「いや、そこじゃない。キミの何気無い挙動に何か、キミの記憶に繋がる要素が無いか探ってるだけだよ。意外と真面目なんだぜ、僕ァよ」

『真面目なのは最初から重々承知してる。……会って数日程度なのに、本当ありがとうな』

「本当だよ、感謝し倒してくれ」

 

 照れ隠しのセリフを吐きながらチョココロネの袋に手を伸ばす。袋を開け、チョコクリームの見える方から大きく口を開けてガブリ。ん〜! チョコクリームが口の中いっぱいに広がってくのがたまらんねぇ……。

 

『で、生きてるのがツラいってなんだよ』

「あ、それ蒸し返す感じ?」

『当たり前だろ。絶賛俺が悩みの種だろうが、それ以外のところでグチ聞くぐらいはできるかもと思ってよ』

「んー…………」

 

 深い意味は無いんだけどね。いや無いのが問題か。

 

「実は最近、命を投げ捨ててでもやりたい何かがあって。実際投げ捨てたんだよね、命。死ぬつもりで進めてたらなんか生きてたんだよ。笑えるよね」

『いや笑えねぇが』

「死ぬ前提で色々組み立ててたのにソイツが全部おじゃんになって、割と今どう生きていこうかって感じでマジで悩んでるんだよ。人生の目標も既に達成率1000%みたいなとこあるし」

 

 そう、1000%である。まず自分に対して胸を張れるようになったし、いい感じの職に着けそう……と言うか現在進行形だ。残念なことにいい感じのヒトといい雰囲気になることは無かったけど、べらぼうな別嬪さんといい雰囲気通り越してちょっとアレな関係になっちまってるので自分の設定してた目標を大幅に超えたという意味で達成率1000%。胸焼けし過ぎてなんかもう気分はボーナスステージだ。

 

「だからなんて言うの? もうやり切った感がすげぇのなんの。どんなウルトラCカマしても『こうはならんやろ!』ってことの連続で、もう目標がほぼ無いんだよ。やりたいこと、やらなきゃいけないことは山程あるけど、ソレとコレとは別なんだよね」

『………………』

 

 言葉を失った様子の幽霊くんを尻目にペットボトルのコーラに口をつける。思った以上に自分にとって深刻な悩みだったのか、炭酸の刺激はあるはずなのに爽快感がまるで感じられなかった。

 

「一過性のものだと思いたいけどね。ここ数ヶ月で一生分の波乱万丈イベントをこなしたから気疲れしてるだけなんだってさ。…………本当、なんなんだろうね今の僕」

 

 そう考えるとさ、やっぱり身の丈に合った何かであるべきなんだよどんなことでも。なんか今、幸せの海にぶち込まれて溺れそうだもの。いくら頑張ったからって、その頑張りに釣り合ってるわけもなし。よくもまあこんな愉快な悪夢があったモンだ。

 

「だからまぁ、死にたいとかじゃないから安心してね。若いヤツ特有の若気の至り的サムシンの筈だから。どうせすぐに次の目標が、次の次の目標ができるよ」

『…………すまん、なんかなんも言えねぇ』

「いいんだよ、聞いてくれることに意味がある。ありがとうね」

 

 そう、こんな弱音を家や学校でなんか言えやしないので、本当にありがてぇのだ。特にあの紅いヒトには聴かせられねぇし。

 

『まあでもお前はアレだな。放っておくと勝手に自分で自分を追い詰めて自殺するタイプってのは分かった。胸の内をさらけ出せる相手を見つけた方がいいんじゃないか?』

「いるにはいるんだけど、今ソイツ昏睡中でさ」

 

 いるといないでは大違いである、あの偉大な赤トカゲ。早く1週間経たないものか……アレと軽口叩き合うの好きなんだよね。籠手要らねぇからアイツの背後霊だけ付いてこないかな、いやマジで。

 

「そうでなくとも何かとストレスに晒される現代社会だぜ。僕の事情抜きにしても、生きるのってツラいと思わないかね幽霊クン?」

『でもお前所詮学生じゃねぇか。人生語るにはまだ早ぇだろ』

「かはーっ! ご最も過ぎて反論もできないねえ!」

 

 笑ってると気分も上向き、買ってきたご馳走の山にも手が伸びるってもんだ。ポテチうまうま!

 

『………ん?』

「おいおい余所見すんなよ。ほらこれ食えよ焼肉弁当! チャちい肉が乗っかってるだけの上げ底弁当だけど、たまに食べるとなんか美味いんだよコレ!」

『いやいや、おいちょっとなんかこっちに』

「それともあれか、喉潤したいってか? しゃーねーな、そこの自販機で追加コーラ買ってくんべ」

『いやだからなんかやべえって! ()()()()()()()()()()!!』

「そんな奴あの馬鹿共以外いるわきゃねぇだろ、僕みたいな悪魔でもあるまい……し」

 

 指さされた方向に視線をやり……固まる。そこに居たのは悪魔だ。多分僕が知る限りで1番厄介な。

 

「……ぶ、部長?」

「こんばんは、イッセー。随分と愉快なことをしているみたいね?」

 

 その悪魔はニッコリと、これ以上ない程ニッコリと笑って近付いてきていた。しかも右手に滅びの魔力を迸らせながら。……僕には怒っているけど、いつもの折檻用の見せ魔力じゃねぇな。意識は幽霊くんに向いている? いやまあ怪しげな存在だよねぇ彼。

 

 ………………いや待てこの状況は色んな意味でまずい!!

 

「部長待ってこの幽霊悪いヤツじゃ────」

 

 止めようと身を投げ出したその瞬間に、意識が薄く伸びていく感覚に襲われる。ヤバい、これタイムリープだ! しかも驚いた表情見るに今度は部長も巻き込まれてそう!

 

 クソ、こうなるなら迂闊なことしなきゃ良かったなと思いながら、部長になんて説明しようかと薄れゆく意識の中で悩んだ。こんなワケの分からない状況になってるんだもの、やっぱり生きてるのってツラいよなぁ!?



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その7

1ヶ月以内に何とか更新……いつも感想等ありがとうございます。

この章は特にミステリーとかそういう感じで書いてないので、なんか本当にごめんなさい。


【月曜日(3回目)】

 

「…………そういうことだったのね」

「はい……すんませんでした部長」

 

 何言い訳しても仕方ねぇなということで、起床と同時に問い詰めてきた部長に土下座。そのまま洗いざらいゲロって今に至る。勢い余って余計なことを口走った気もするが、まあ今更だろ!(公開告白済み)

 

「全く……頭をあげなさいイッセー」

「うっす……」

 

 この勢いで解雇通知とか叩き付けてくれねぇかなとかアホみたいなこと考えながら顔を上げると、仁王立ちしてた部長が目線を合わせるように床に座った。

 

「今回は私にも多分に非があるから、手打ちにしないかしら?」

「…………んん? 部長に非?」

「単純に迂闊過ぎたわ。実力行使に出る前に貴方を問い質すべき場面だった。単なる幽霊程度なら貴方でも問題無く消し飛ばせることを、私は理解していたはずなのよ。その時点で緊急性は無いと判断するべきだった。実際はどうあれ、私のせいで状況は振り出しに戻ってしまった以上、とんでもない大失態よ」

「ですけど、どう考えても僕が報連相を怠ったのがそもそもの原因では……」

 

 部長に怒られるやっべ、と本来なら話すべき案件を隠したのだからそうなっても仕方ないんじゃねぇかなと思うのです。若干取り返しのつかないことになってるので、僕の方こそとんでもない大失態のハズなのだが……。

 

「そこはその通りね。だからお互い手打ちよ」

「はぁ……部長がいいならそれでも構わねぇのですが」

 

 弱みの一つや二つぐらい握られるのかと思ってたのだが、結構寛大な処置に収まりそうである。思うところでもあったんだろうか?

 

「別に大したことは思ってないわ。存外貴方も普通の男の子だったのね、と」

「サラッとモノローグ読まんでくださいよ。というか失礼ですね、僕は終始普通の男の子ですが」

「普通の男の子は死を覚悟して戦うなんてできないわよ、自覚なさい」

 

 グゥの音も出ない反論をどうもありがとう、畜生これが悪友共だったらその頭はつってやるのに。

 

「……んで、そんな非凡だと思ってるらしい僕のどこが普通に見えたんです?」

「もう、そんな拗ねた顔しないの。貴方にもバカを一緒にやれる友達がいたってことよ。それって貴方の言う、ありきたりだけど大切なことなんじゃない?」

「…………まァ、はい」

「コトがコトだけに素直に喜べないけど、なんだか安心したの。それだけ」

 

 安心できる要素があったんだろうか……? でも部長が妙に生暖かい笑顔を見せるもんだからとりあえず納得はするけど。

 

「さ、あまりダラダラもしていられないし、イッセーは松田くんと元浜くんと連絡を取ってちょうだい。今もソレ、鳴っているでしょう?」

 

 促されてスマホを見ると、確かに慌てたような文面が通知欄に並んでいる。……つまり連中は記憶を持ち越したのだろう。その場にいなくともタイムリープが起これば記憶は引き継ぐ。イッセー把握した。

 

『すまん、ドジった』

『やっぱお前か!!』

『どうしてくれる、せっかくホームページも完成したのに』

『いやほんとごめん。幽霊がいることバレそうだったから咄嗟に対応しちまった』

『バレるとまずいのかよ?』

『ループするやつ増やしていいのかよ』

『あー……それはまずいな』

『ちょっとその辺の対策も考えないとな』

『そこも含めてヤツと相談しようと思う。とりあえず学校では話すのはやめて放課後社交場で集合な。事態が事態だしバイトも休むわ』

『OK』

『OK』

 

 と、とりあえず出たとこ勝負でメッセージを飛ばし、コレでいいか? と部長に目線を送る。

 

「ええ、それでいいと思うわ。では私たちは先に口止めをしなくちゃね」

「口止め? 何を」

 

 ポケっと考え無しにその意味を問うと、部長は呆れたようにこう言った。

 

「貴方が昨日、ついうっかり口にした悪魔って単語についてよ」

「あっ」

 

 本当、うっかりですみません……。

 

 

◆◆◆

 

 

『まあそんなこったろーとは思ったけどさ』

 

 また外でこっそり見られたらかなわねぇと、ちょいちょいと誘導して我が家にご招待した幽霊くん。軽い説明と身の上話をしたら返ってきた反応がコレである。なんか薄くねぇ?

 

『そりゃおめぇ、俺自身がこんな愉快なことになってんだから悪魔も天使もいるだろうよ。知らんけど』

「思考放棄してない? 大丈夫?」

『大丈夫なワケあるかい、がははは!』

「だよねぇ、あははは」

「揃って現実逃避しないでちょうだい。時間も押してるのよ?」

 

 部長の鶴の一声で再起動。まあふざけ合っただけだしそこまで深刻じゃないしすぐに意識を切り替える。

 

「……ともかく、迂闊なことをしてごめんなさいね」

『いやいや、慣れてっから気にしねえっすよ! それに女が謝ったなら、それを許すのが男の甲斐性ってモンでさ!』

 

 幽霊の超男前なセリフに部長は安心して息をつき、人好きのする笑顔を浮かべた。交渉に使う営業用の笑顔じゃない辺り多分こりゃ素だな。うっわぁ、見てると心持ってかれそうになるよ。

 というか聞きまして上司様? 人が惚れるようなカッコイイ男ってこういう奴のことを言うんですよ、考え直しません?

 

「…………」

「待ってください、何も言ってないじゃないですか。だから滅びの魔力しまってください。びーくーるびーくーる」

 

 さっきもサラッとモノローグ読まれたし、多分読心系のなんかが仕込まれてんなこりゃ。愛されてますわねイッセーくん! …………震えが止まらねぇよ。

 

『それで、お姉さんはその……イッセーの彼女か何かで?』

「まあそんなところね」

「待ちねぇ上司様。誤解を招くようなことを言うんじゃねーですよ」

『いやお前、誤解も何も夫婦漫才やってるようにしか……』

 

 心の距離も狭まったしやり取りが近いのは認めるけどそういうこと言うの止めてよ! ほら、部長が悪い意味でニッコリスマイル!

 

「イッセー、真実は周囲の目が照らすものよ」

「現状一人しかいねぇしコイツ正しいけど一応節穴だし真実じゃねぇし」

「じゃあ一人一人聞いて周りましょう? きっと面白い答えを貰えると思うわ」

「やめときましょう、僕が圧倒的に不利です」

『うーんこの』

 

 酷く誤解が深まった気がする……いや普通に考えておかしいのは僕の方なのだが。両想いで、告白みたいなこともしてて、なんかもう屈した方が…………いかん、早まるな兵藤一誠。部長が僕の事情に付き合うことになっていいのか。

 

「さて、大まかな情報共有は済んだわね」

 

 これ以上は踏み込めないと判断したのか、パン! と手を叩いて自ら軌道修正をする部長。

 

「そしてあなた達の基本方針としては、あなたの生前を調べることで成仏してもらうということ。そうよね?」

「『はい』」

「その上で、私の見解を述べさせて貰うのだけど……」

 

 そう言って何かを続けようとして、しかし言いづらそうに部長は口篭らせた。

 

「…部長?」

「えっと、あなた。本当に記憶は無いのよね?」

『ええ、無いっすね。覚えてることといや、女子の趣味ぐらいのモンでさ』

「一瞬ケツ好き男子の噂も集めようとは思ったけどさ。流石に死者の尊厳的にそんな惨いことできないんで触れなかったンですが」

 

 そして黙り込む部長。どうしたんだろう、何かマジモンのヤバいことでも起きてるのだろうか?

 

「…………正直、松田くんや元浜くんが関わるのは良くても、イッセーと私が首を突っ込んでいいのか悩むわね。少しデリケートな問題になってるみたい」

『てぇ言いますと?』

「我々が『悪魔』なのが問題ね。……遠回りしてごめんなさい、今度こそ私の見解を述べさせて貰うわね」

「『ゴクリ……』」

 

 そして放たれたのは、想定外の言葉だった。まるで、前からのボールを警戒してたら頭上からペンチが落ちてくるような。そんな驚き。

 

 

 

「言いづらいのだけど……多分あなたが幽霊になってる……いえ、『身体を失った』のは、悪魔の契約が絡んでいる可能性が高いわ。記憶が奪われてることも含めてね」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 部長がまず疑問に思ったのは、この幽霊くんが『物を食べた』という点だったらしい。僕もおかしいよなって思ったので目の付け所は間違ってなかったみたい。

 

「基本的に、幽霊が現世に存在を維持するために食事は必要ないの。お供えの文化がある日本でなら無くはないのだけど、それは食べると言うより供えられた物に宿った何かを吸収してる、位のものよ。必要無いものを取り込む機能は普通の霊体には備わっていないわ。まずこの時点で異端極まれりってところかしら?」

『ま、まあ確かに』

「一つ質問するのだけど。あなた、何もせずにループしたことがあるんじゃないかしら?」

『………言われてみれば。というか大体のループがそんなんっすわ』

 

 そう聞いて部長は、ただの想像だけれどと前置きして続ける。

 

「ループの条件は成仏……ではなくて、あなたが存在しなくなるってことなのだと思うの。そしてあなたは自分を維持するために食べ物を摂取する必要がある。そうね、大体人間が何も飲み食いしないで生きられるのが3日間程だったかしら。ループは3日程度の周期だったのではなくて?」

『へぇ、だいたいそんな感じです。……そうか、なんかだるい時にループしてたのそういうことか』

「いや気が付けよ。というか教えてくれよ」

『必要なことだと思わんだろうが。……いやまあループの周期を教えてなかったのは素直にすまんと思うが』

 

 まあ部長も言ってる通り想像での話なのだが。でもかなり信憑性のある想像だ。

 

「つまりあなたは現在進行形で『生きている』。霊体を維持するために物理的な食事が消費されているとは思えないから、その食べた物の行先が気になるところね」

「でもそれって全く手掛かり無いじゃないですか。もしや部長ってそういう力の流れ的なモノも追えるタイプのデビルだったりします?」

「できなくはないけれど、見た感じ私でも判別できないわね。残念だわ」

 

 じゃあダメじゃん、とはならない。少なくとも僕らだけでは到底辿り着けなかったであろう観点から助言を貰えたのは本当にありがたい話だ。やっぱ専門家には素直に頼るべきだわな!

 

「それに全く手掛かりが無いわけでもないの。悪魔の契約が絡んでる可能性があると私は言ったけれど、それはどうしてか分かるかしら?」

「それは、こんな趣味の悪い状況を作るような性格の悪いヤツは悪魔ぐらいしかいないからってことでは?」

「うーん……なくはないけれど、感覚的な話で説得力を強く持たせるには一つ足りないわね」

 

 そらそうだ、と納得する。多分世界に溢れる神器の中にはこういうこともできる物もあるかもしれないし、教会勢力や堕天使勢力、他の神話勢力にもそういうことができる力があるかもしれない。

 

「ええ、身体を失わせるだけならどこだって可能性だけはありそうよね。ただ……時間を操作するとなると話は変わってくるわ」

「と言いますと?」

「私の魔力が『滅び』の属性を持っているように、『時間』の属性の魔力も存在しているのよ。……持ってるところが持ってるところだから、明言は避けておくけれど」

 

 特に聖なる気配の残滓も無く、なんなら魔力の残滓を感じ取れるので、部長はそこからほぼ間違いなく悪魔が絡んでると見ているようだ。

 

「……もしや部長、そっちの方面であたってくれたり、とか?」

「何言ってるの当たり前じゃない。これは私の仕事よ。首を突っ込むのは他所の悪魔の仕事の邪魔になるかもしれないけれど、調べるだけなら無罪よ」

「部長、好き! 愛してます!」

「知ってるわ、でも何度だって言って頂戴。やる気出るから」

 

 今なら抱きついてキスしても……あ、ダメだなそのまま喰われるわ。

 

「ともあれあなた達は継続して彼の出自を調べてもらっていいかしら? ご丁寧に記憶が消されてる以上、こっちでも何らかの情報操作がされている可能性が高いわ」

「了解っす!」

「私はそうね……まず、『身体を代価にした悪魔契約』『身体を消すことを願った悪魔契約』の2つで調べてみるわ」

『俺そんなことしねぇと思うんだけどなぁ……うーむ』

「記憶が無い以上、申し訳ないけれどその発言の信憑性は皆無ね」

 

 そりゃそうだ、とガックリ肩を落とす幽霊を見て、思わず肩ポン……のフリだけする。触れねぇし。

 

「元気出せよ。僕だって叶えたい願いのために命賭けたことあるし、良くあるって」

『余計傷付いたわ』

「あるぇー!?」

 

 ……ンまアともかく、なんだか解決に向けて大きく一歩前進したみたいだ。よっしゃ、気合い入れてくぜ!




リピートアフターミー、リアス部長は優秀。


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その8

3月中に更新できたので許してください(1ヶ月1回更新)


「と、言うわけで今日の店長業務は小猫に頼むわね」

「……頑張ります」

「いやいやいやいやいや、話が数段飛んでますよオーナー」

 

 月曜日(3回目)にあたる今日の放課後。僕が独自に動くってことを共有するために急遽オカ研緊急集会。僕と部長が野暮用で出掛けないといけなくなつた旨を周知する。その関係で契約業務の仕事の引き継ぎなどを指示していた最中に、急に爆弾が投げ込まれた。マジで何言ってんのさこの上司。というか小猫チャンもむん! って気合い入れてる場合じゃないと思うの。

 

「というか僕がいなくても店は普通に回りますよ。というか2号店3号店の準備に向けて立山サンと中村サンに店長業務の講習やったじゃないですか! 監視する必要なんて無いくらい彼ら優秀ですよ、僕なんかと違って!」

「ことある事に自虐する癖辞めないと、次は褒め殺しにするわよ」

「斬新な脅し文句ですねェ!?」

 

 それされると吐きそうになるのでマジ勘弁。自分に胸を張れるようになったとて、平凡であるスタンスは変えないつもりの僕なのである。

 

「とはいえ実際にその通り、彼らがいれば何事もなく営業できるでしょうね。……問題は、我々悪魔の目が無くなるということよ」

「ああ、成程」

 

 つまり小猫チャンは用心棒ということか。実際腕っぷしは立つし、成程納得の人選である。

 

「あとはちょっとしたデータ収集ね。イッセー、貴方の成績……というより、九頭龍亭の事業が私達グレモリー眷属の中で一二を争う成績になってるのよ」

「……わぁーお」

 

 朱乃サン達先輩方ともう肩を並べるような事業になってるの。すげぇなラーメン。

 

「将来的に九頭龍亭をフランチャイズチェーンとして悪魔相手に売る商品にしたい、ということは伝えていたと思うのだけど。思いの外順調だから話を少し進めて、実際に未経験でも操業ができるかどうかのテストってところかしら?」

 

 多分これからしばらく誰かが研修で店長をする機会が増えるわ、などと続けるもんだから背筋が冷えてくる。話が大きくなって着いていけないのに、おもっくそ僕ちゃん当事者なんだよなァ!

 

「……となると、最初の1日でできることなんて限りがありますし、マニュアルに不自然なところが無いかを見てもらう、辺りですかね」

「イッセーがそう思うならそうなのだと思うわ。少なくとも九頭龍亭の実際の営業に関しては貴方の方が詳しいでしょう?」

「はい、そこは確かに」

 

 1日目から新人を麺場、焼き場を任すのはあの憎き元店長だけで十分だ。現場OJTはある程度事前知識を頭に入れてからじゃねぇと効率悪いってのにあの野郎…………!(再燃する怒り)

 

「……少し残念」

「残念がるところじゃねーですよ後輩殿。なんでそんなにやる気に満ちてるんだ」

「……常連さん程じゃないけれど、結構行ってたので九頭龍亭の裏側にとても興味がありました。感無量、です」

 

 つってもキミ、ソフトクリームぐらいしか食べてなかったジャン……お節介で賄い麺出してからは麺も食べるようになったけど。先行投資大成功。

 

「ンまぁ、ありがたいけどサ。慣れてるヒトじゃ気が付けないことも、外から来たヒトなら気付くこともザラだし。気負わず適当によろしくね、ホントにマニュアル読み込んだりちょっと店の中確認する位でいいから」

「はい、任されました」

 

 シュッシュッ! とシャドーボクシングをするが、それは間違いなくウチの店では活きない動きだぞ……大丈夫かな? 大丈夫か……。

 

「ところで、イッセー先輩の用事というのは? 部長も関係のありそうな話みたいですけど」

 

 そう言われると答えないワケにはいかない。事前に擦り合わせた方便が、僕の口から吐き出された。

 

「…………九頭龍亭2号店の候補地巡りだよ」

 

 もう僕、普通を名乗れないかもしれない。強くそう思った。

 

 

◆◆◆

 

 

「てなわけで、ここが候補地……というかウチの部長殿が私的に買ってた牛丼屋の跡地だとよ」

「そんなところ一般人連れてくるんじゃねえよビビるわ!!」

「変な顔で見られてたぞ……そうだよな、学生服の3人組が跡地に入っていってるもんな……」

『(あのネーサン本当にとんでもないんだな……)』

 

 吐いた言葉を嘘にも出来ねぇ、てなワケで部長が抑えてる場所からまだ建屋が残ってるヤツを1つピック。そこを今後の話し合い等で使おうってことで2人と幽霊1人ご招待、というわけである。隣町かつ川の堤防に近くで幽霊くんも来やすい立地だ。中もキッチンはともかくテーブル等の内装がそのまんま残ってるのでちっとリフォームすればほぼそのままで店やれるな。まあ詳しいことは丸投げするとしてよ。

 

「というかお前、グレモリー先輩に話したのかよ」

「大丈夫なのか? その……色々と」

「いいんじゃない? ループしなければ(大嘘)。学園祭用の展示物増やせるってウッキウキだったし」

 

 まあ、表向きはそういうことである。一応オカルト研究部としてもちゃんと研究というテイで色々調べてますよ風はしてるみたいで、今回の件も可能であればネタの1つとしてプールしておきたいし、嘘では無い。無い……んだが、なんか恋人陣営で人狼してる気分になってくるな。ループに巻き込まないために部長にも嘘つかせてるし本当に良くない流れである。

 

 んで、席についてこれからの方針を話し合おうとするが……

 

「とりあえず、ループに合わせて消えた写真はさっき撮ったからこっちで印刷までやってもらうけどよ。毎回これするのダルくないか?」

「徒労に終わるのが1番ツラい……」

「ループ先に諸々持ち込めねぇし、そこに関しちゃお手上げだわなぁ……」

 

 結局これに尽きる。なるべくループしない様に立ち回り、一刻も早く名前を割るというのが目標だ。名前さえ割ってしまえばループ毎に調べる準備をする手間が無くなるからな。

 

『そればっかりは俺自身でもなんともし難いな……極力人目の付かないところで息を潜めようとは思うが……』

「それがどこまで持つか……」

「……なんか思い出せることはないのか? 的を絞れば多少効率的になると思うんだが」

『すまん、さっぱりだ……』

 

 揃って頭を抱える3人を見て、まずいな……と思い始めてきた。僕もそうだが、終わりが見えず同じ時間をやり直ししてると気も滅入るというものだ。2回目までは楽しめても、3回あれば億劫にもなってくる。これが何度も続けば…………こういう表現はキライだが、『心が腐る』様になるのだろう。

 この2人をファンタジーな事情に巻き込んだ判断事態は、まあ放置しててもこんな状況になっただろうって想像ができるんで間違っちゃないと思うが、それでも思うところはある。嫌なら抜けてもいいぞ、という準備だけはしておかないといけないかもしれない。

 

「……まっ、そもそも掲示物作っただけで情報入るのはこれからって話だったしな。せめてその様子だけ確認して悩もうぜ」

 

 そんな陰鬱な空気を振り切って、松田が明るい声でそう言った。その声に若干救われた僕達の表情から、少し陰りが取れた。

 

「だな。とりあえず幽霊くんにはここでヒソヒソしてもらって、なんか作業する時はここ使おう。電気は適当に使っていいってよ」

「じゃあ俺はここにパソコン持ってくる。……ビラの印刷はコンビニでするしかないか。ネット回線は?」

「流石にないねぇ……」

「分かった、デザリングで対応する」

『俺になんかできることはあるか? 俺のことなのに本当に役立たずで……』

 

 幽霊くんにそう言われて、でもどうしようもなくね……? と首を捻ったところで思い出す。早朝、部長の見解ではコイツは霊体なだけでまだ生きているとのことだったではないか。つまり記憶が無いのは、生前の記憶を思い出せないというよりは、記憶障害という線も無くはない。悪魔との契約で記憶も奪われてるってパターンなら何とも言えんが……。

 

「……ふむ。君、ストレスに感じてることはないかい?」

『ストレスぅ?』

「うん。幽霊にそれが当てはまるかは分からないんだけど、記憶障害って線も追った方がいい気がしてね」

 

 そう言って目配せすると、今朝の部長の発言を思い出したらしい。得心がいったような顔をして……そしてすぐ眉の間にシワが寄った。

 

『それがなんでストレスだってんだ?』

「まだ若いから老化とか衰えから来る記憶の障害とは思わない。んで、素人のうろ覚えなんだけど、記憶障害ってストレスで発生することもあるんだと。ほら、あまりにもショックな出来事から自分を守る為に忘れてしまうって聞いたことはない?」

「あー……なんかそれ聞いたことあんな」

「調べたら、確かにそれっぽい記事もあったぞ」

 

 そう言って元浜がスマホを、その記事を表示させて机の上に置いた。……ふむふむ、大きくは外れてなさそうだ。

 

『んァー……そもそもその心当たりもねえんだが……。ストレスって、今のストレスもあんのかね?』

「分からない。けれど精神的に安定した状態ってのは大事かもしれない。なんで遠慮無く今感じてることを言って欲しい、切に」

『うーむ……1番感じてるストレスが、気が狂いそうになるほどループしてるっつーことだからどうしようもねえっつうか……』

「「「ああー……」」」

 

 思わず同意の声がハモった。3回程度で根をあげそうな僕らならとっくに狂ってる程のストレスを感じてるに違いない。

 

『……だからその、この状況は結構救われてるんだよ。ループはしてるが、こうやって変化がある。それが今の俺にとって、死ぬ程ありがたい』

 

 あらためてありがとうよ、と言われて僕らは言葉を無くした。そりゃそうもなるでしょ? 軽い気持ちで首を突っ込んだことで、分からないなりに盛大に感謝されちまってんだから。こんな重い『ありがとう』に、一体どう言葉を返せばいいってんだ、畜生。

 

(……ああ。これ、ブーメランか)

 

 あの日の夜、僕にクソみたいな独白と感謝を伝えられた部長もこんな気分だったのかもしれない。まさに因果応報、上に向かって吐いた唾が自分に掛かる見事なオチだった。笑えないけれど。

 

 

◆◆◆

 

 

 なりふり構ってられない、ということで死者の尊厳を踏みにじるような『尻フェチ』という文言が行方不明者捜索掲示板やビラに追加され、ついでにストレスの軽減になるかもとゲーム機の類を持ち込む。気分は秘密基地を作ってる小学生だ。久しぶりに大乱闘的なゲームをやって逆に僕はストレス溜めたがね。復帰狙ってメテオするとか人の心がねぇなアイツらァ……!!

 

『あまり順調とは言えないわね……』

「ですねぇ……八方塞がりというかなんというか……。手当り次第に倍加を譲渡したカメラで撮って貰ったりとかしてますけど」

 

 そしてその日の夜、自室で自分のノーパソとにらめっこしながら部長とのお電話。今日はこんな感じの進捗でしたよー、と報告したが声音が芳しくない。多分こっちがというよりは、部長の方があまり良い結果にならなかったのだと思う。

 

『こちらも、()()()()何も見つからなかったわ』

「何事もそう簡単に上手くはいかな……え、予想通りだったんですか?」

 

 何それ僕ちゃん聞いてないんだけれど。

 

『人間と上手いことやっていこうという時勢に逆らってるもの。人間の命を対価に願いを叶えるなんて、本人が納得してたとしても角が立つわ。だから少なくとも記録には残してないのは察していたの』

「じゃあなんの為に……」

『記録から何かを消したら、僅かでもその痕跡が残るものよ。私が確認したかったのはソレ』

「ははぁ、成程……」

 

 しかし、どうも声の調子から確認したかった痕跡は見つからなかった模様。

 

『そうなのよ……まあ見つからなくて良かった、とも思ってるのよ。もしあの家がこんなことに関わってたのなら……スキャンダル、という言葉では済まなかったでしょうから』

「じゃあ、あんまり遠慮せず動いちゃってもいいことが分かった、ということですね?」

『それだけじゃないわ。見当をつけるためにそのまま他の契約業務の記録も見るに決まってるじゃない。貴方と違って1つの目標に向かって突進するしかない猪武者じゃないのよ私は』

「サラッと凄く貶されましたね僕」

『褒めてもいるわ、覚悟を決めた貴方の目的遂行能力は大したものよ。忌々しい程に』

「その節は本当に申し訳なかったのでいじめるのやめてくださいよ」

 

 随分と根に持たれてるようで何よりですわよ本当に! 全部僕が悪いんだけどね!

 しかしともあれ、『あまり順調ではない』と言っていたところから察するに、そちらの方もあまり芳しい結果ではなかったと思うンだけど…………それともややこしい情報でも掴んだのかな?

 

『…………全くと言っていい程、無かったのよ』

「んぇ?」

『ここ1ヶ月の駒王町並びにその近辺での契約の記録に、命を代価にするような願いの記録も、消した痕跡も、何一つ無かったのよ』

「…………マジですか」

 

 それって、どういうことなんでしょう?

 

『彼から漂っていた魔力の残滓から、間違いなく悪魔か、あまり考えられないけれど堕天使が関わっていることは間違いないわ。そして堕天使に関してはレイナーレの一件からそう時間も経ってないから、駒王町近辺で何かをするというのも考えづらい。9割9分悪魔の仕業と考えていいわ。その上で記録に残っていないということは…………彼の件は現在進行形で契約を履行している最中である可能性が高い』

 

 えーと、とりあえず現状は理解できた。そうなると……今、どういうことが起こってるんだろう? パニックになって頭が回らなくなっている。

 

「で、でもおかしいじゃないですか! それだと僕らはその悪魔契約の邪魔をしていることになる、だったら妨害なりなんなりがある筈でしょう!?」

『その妨害がこの状況(タイムリープ)なのだと思うけれど…………貴方の考えていることを当てるわ。あまりにも手緩すぎる、でしょう?』

「はい、あの幽霊に近付けさせない為ならもっと方法がある筈。これではまるで僕らが巻き込まれてくれた方が都合がいいみたいだ……」

 

 ああもう、ワケが分からない。一体全体、どういうこった……?お互いに言葉が出ず、沈黙だけが耳を貫く。部長も部長で、この状況が掴めずにいるんだろう。

 

『……一度、分かっている情報と推測できる情報を纏めましょう』

 

 沈黙を破った部長の提案。そして部長は箇条書きにするように簡潔に今の状況を纏めていった。

 

『まず、あの幽霊には魔力の残滓が漂っていた。ほぼ間違いなく悪魔が関わっていると見ていい』

『次にあの幽霊の正体について、自然に飲み食いをしている点で少なくともただの霊体ではないわ。恐らく、生きたまま霊体になってると見ていいわ』

『後はタイムリープした状況、貴方が聖水を掛けた時と私が滅びの魔力をぶつけた時。あと何もせずに3日間が過ぎた時。あの幽霊が死んだ時にタイムリープしてるのは今朝も言った通りね』

『最後にただの推測ではあるけれど……彼のこの状況は、現在進行形で契約を履行している最中であること。本来余所者が手を出すなと警告をされてもおかしくない状況で、妨害らしい妨害がタイムリープしかない』

 

 そこまで言って、部長は続けてこう言った。

 

『私が思うに、恐らくこの契約を担当している悪魔は時間稼ぎをしているように見えるわ。契約が履行できなくなった段階でリセットボタンでも押しているみたい。……あの家の関係者なのか、あるいはそういう神器を持っているのか』

「…………僕らがタイムリープに巻き込まれただけで何も妨害らしい妨害を受けていないのは、その方が履行できる可能性が高まるから」

『そう考えるしかないわね。推測に想像を重ねているから正しいかどうかは分からないけれど』

 

 そうなるとやはりアイツの記憶を取り戻すか、正体を割り出すかしか思いつかない。それもちゃんと飲み食いしてもらって生命維持して貰った上で。

 

『あと、間違いなく彼が死ぬことでタイムリープするというのは重要よ。彼が死ぬ事と、契約が履行できない事はイコールと見て良さそうだわ』

 

 そう言われて、僕は1つ閃いた。もしかしたら、もしかしたらだけど……

 

「…………部長、ヤツが口にした飲食物は何処に行ってると思います?」

『イッセー……?』

 

 

 

 

 

「ヤツが食べた物が、他の誰かの命を維持するのに使われてる可能性は、無いでしょうか?」

 

 

 

 




いつも感想等ありがとうございます。

あと3話位で終わればいいな……本当はこの章4話で完結させる予定だったのですが!


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