科学少女は幻想郷の夢を見るか【リレー企画】 (こまるん)
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第一話

記念すべき第1回、リレー小説企画。
ランナーは、私こまるん、月見肉団子先生、あざらし先生、べあるべあ先生、トルビス先生 です。
*マークで走者が変わっています。
文字数制限は、初回ということで500前後でした。

……さて、余計な口上は不要。『混ぜるな危険』をごゆるりとお楽しみくださいませ──


〇 

『トンネルを抜けると、そこは雪国だった』

 

 皆も一度は聞いたことがあるんじゃないだろうか。

 そう、かの有名な小説、『雪国』での一説である。

 

 私の今置かれている状況を、それになぞらえて言ってみようと思う。いわゆる、おまーじゅ ってやつだ。

 

 

「目が覚めると、そこは宇宙だった」

 

 え?何言っているのかわからない? 奇遇だね。私もだよ。

 宇宙というのは、語弊があるかもしれない。

 正確に言えば、宇宙のような空間……と言ったところだろうか。

 

 足元に地面のようなものは見当たらない。上も、下も、右も、左も。全方位が、どこまでも続いていくような黒色に染まっている。

 自分がこうして二本の足で立てていることから、確かに地面としては存在するのだろうけど……完全に透明なのか、全く目で見ることができない。

 

 足元には今も変わらず、底知れない闇が私を呑み込まんとするように広がっている。

 

 本当に訳が分からない。確かに、私はいつもの通り、就寝したはずだ。

 それが、どうしてこうなっているのか。

 夢なら覚めてほしい。 ここまでそう切実に思ったのは初めてかもしれない。

 

 だけど。

 当然と言うべきか、そんな訳にはいかないもので……

 

 ん?夢?

 

 ああ、そうじゃん──これ、夢だわ

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 さて、私にもやりたいことがあるんだけど、まずは落ち着こう。

 

 ここは夢の中。大人にも子供にもなれる。そんな空間。

 

 いつも始まりは緊張してしまう、夢の中で寝ぼけているから。いや、起きぼけているのかしら? なので、取り乱したりとかではない。ないったらない。

 

 はっきりと覚醒、もとい睡眠した私。何をやろうかは決まってる。わたしが誰よりも願ったこと、それは「理想郷の発見」。

 

 今回は能力が強制的に発動してしまったみたいだけど、問題ないわ。これは明晰夢、焦ることも戸惑うこともない。

 

 いつからか、私は夢を自在に操れることに気づいた。私だけの特別な能力、これを「夢渡り」と読んでいるわ。ふふ、かっこいいでしょ?

 

 さて、覚めてほしい夢こそ、見えるものもあるわ。何が見えるのかしら。

 

 現実において、人は私のことを天才と誉めそやす。僅か十歳であらゆる言語を使いこなし、論文を読む私。それを人達は何故か天才と呼ぶ。

 

 気味が悪いともいわれる。周りに馴染めない浮いた子。そんなことをいわれても、それをわたしは気にしないし、興味もない。

 

 私の興味の直下は「非統一性魔法理論」それと、それを提唱したあの人。

 

 オカザキの名前はもうないけれど、その血はきっと流れてる。

 

 これは私の挑戦。あの人が言っていた理想郷とやらにたどり着けるのか、否か。「夢渡り」は科学なのか否か、それを証明するために、私は夢へと潜る。

 

 真っ黒い空間が水のような感触を持ち始め、私はそれに向かって飛び込んでいく。

 

 ちゃぽん、という音が夢の中に響いた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ──非統一魔法世界論。科学が大手を振って世間を跋扈する中で、とある比較物理学の申し子によって学会にて提唱された、オブラートに包んで言うならば非常に目新しい理論である。

 重力・電磁気力・原子間力。これら全ての力について、人間は統一的な原理を設定し説明する能力を得た。ここに科学は、数多伸ばした枝の1本に一種の終結を見さえしたのだが、やはりいつの時代においても異端と呼ばれるべき者は存在している。世の学者達が統一原理の支配下にある「世界」に目を向けていたなら、あの異端児はその外側──さしずめ「宇宙」を観測しようとしていたのかも知れない。今にして少女はそう思う。

 

 非統一性魔法理論は、この荒唐無稽で皮相浅薄とお偉い学者様が一笑に付した理論を元として、彼女が新たに構築した考え方だ。世界を牛耳る統一原理、その強固で因果的な戒めに囚われないものが、この次元にはある。少女はそう信じて疑わなかった。星の数程の論文を読み漁り、彼女は自身の考えに対する堅牢な支柱を得るに至った。

 

 そして今、少女は夢を渡る。推論を確信に変えるために。誰のためかと問われれば、非常に難しい。かの麒麟児の仇討ちか、単なる己の知的好奇心の発露か。尤も、いずれにせよ夢を駆け理想郷を目指すのに変わりはない。

 

 見渡す限りの暗闇の中に、うっすらと白い明かりが見えた。或いはあそこが、理想郷への入り口なのかも知れない。だとすれば、辿り着く先はアヴァロンかアガルタか、はたまた蓬莱か。言い知れぬ高揚に身を包み、少女は人知れず暗黒から薄明かりへと消えていった──

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 暗闇を抜けた薄明りの向こうは、雪のように白い世界だった。

 でも、雪というには無機質で、それは空間全面に広がっていた。

 いや、広がっているかすら分からない。分かるのは、ちょっと歩いた程度じゃ見える景色は何も変わらないだろうということくらい。

 正直、私は途方に暮れた。

 やっぱり危険な賭けだったんだと思う。

 それでも半分は叶った。

 だって、ここは少なくとも現実なんていうつまらない世界じゃないことは確かなのだから。

 

「――元気そうね」

 

 背筋が浮いた。

 

「え?」

 

 慌てて周りを見渡したけれど、誰もいない。

 

「ねえ、まだ気づかないの?」

 

 もう一度見回してみても、やっぱり誰もいなかった。でも声はすごく聞き覚えがある。

 

「貴女、何のためにここに来たの?」

 

 はっとした。

 論証の為? それとも仇討ち?

 いや違う、私は……。

 目的を思い出すと、ふと目の前の白いだけの空間に人型の枠があるのに気づいた。

 

「自分の夢の中に飛び込むなんて、正気じゃないわよね」

「だって私は――」

「理想を思い求めたから」

 

 目の前の人型、いやくっきりと見える。

 そう、間違いなく私だ。

 

「研究の結果は」

「非情だった」

「分かったこと、それは――」

「このままでは私は理想の地へとは行けない」

「だから私は――」

「私と会った」

 

 私が右手をつき出すと、私も合わせて手を出してきてくれた。手を合わせ、握り合う。そう、これは間違いなく私。

 

「人々から忘れられていないと訪れることが出来ない秘境」

「人である私が忘れられることは難しい」

「でも『夢渡り』という、とうに忘れられた存在でもある私」

「だったら――」

 

 合わさってしまえばいい。

 私を半分ずつ消して、混ざり合う。

 人としての私も、『夢渡り』としての私も、どちらも私を欲している。『夢渡り』としての私は、生身の肉体が無い限り人の夢をさ迷い続けるしかない。人としての私もまた現実という檻では生きていられない。

 全ては理想の為に──

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「いやー死ぬかと思ったわ。あんな思いはもう懲り懲り……だけど、今回の試みはどうやら大成功だったみたいね。やったやった」

 

 初の理想郷探訪の為に常備していたぶかぶかのマント(オカザキリスペクト)を春風に靡かせながら、私は何処までも続く山道を意気揚々と歩いていた。

 私が元いた世界とこの世界……存在している場所は違えど、根本的な構造までは変わっていない。空は青く、草木は茂り、こうして風も吹く。

 

 本当に私の望みは叶ったのかと疑問に思う気持ちもあるが、それについては先程の私の体験が証明してくれている。

 静寂、虚無――そして激痛。

 狂い澱む精神の中、私はなんとか壊れずに済んだ。

 

 認めよう。早計であった事を。

 夢と現を隔てる境には瑕疵がない。故に、それぞれの世界に住む者達は半ば別個として確立され、本体の裏の意思を持つケースがある。

 『オカザキ教授』のレポートなどから確認されていることであり、そんな夢人格を統合してしまったのが、今の私である。

 

『夢を操る』なんて大それた能力を持っている私だ。自らの夢人格の存在なんて気にも留めていなかった。寧ろ私にも一丁前にそんなのが居たのかとびっくりした。

 まあ居たなら居たで丁度いい。あっちも何故か乗り気だったので思い切って統合しちゃった。その結果、私はこうして理想郷に爆誕できた。

 ただ激痛は予想外だった……そこは反省! なので賢い私は些細な反省も次に活かす! 天才の中の天才とはそうして形成されてゆくのだよ!(ドヤァ)

 

 

 何はともあれ、こうして夢の理想郷に脚を踏み入れることができたのだ。私はこの喜びを噛み締めるべく大股で歩みを進め――

 

 ――ぶかぶかのマント(オカザキリスペクト)を踏み付けダダ滑り。山道から転げ落ち、理想郷の大地に揉みくちゃにされることとなった。

 

「あば、あばばっ」

 

 嗚呼、聞こえてますか? 敬愛なるオカザキ教授。そしてついでにチユリ助教授。

 

 私いま、理想郷で転がってます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





目印として、各員に記号を割り振っています。
〇こまるん
☆月見肉団子
★海のあざらし
□べあるべあ
■東方兎流陽寿


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第二話

二周目。一人千文字以内になりました。順番は変わりません。
三週目。シャッフルを行っています。今話ではトップバッターの月見肉団子さんのみ。

〇→☆→★→□→■→☆


 表でも裏でもない。幻想郷の何処にあるのかも定かではない。

 狭間の世界とでも称しておこうか。

 並大抵の生物では、知覚することすら出来ない空間。

 そんな場所に、一軒の家がポツリと建っていた。

 木で作られた、質素な一軒家。そこには、住人がいる。

 

 ──八雲紫。 妖怪の頂点の一角にして、幻想郷を造った張本人。

 自他ともに認める、この世界の支配者である彼女は、今……

 

 

 のっぴきならない表情で頭を抱えていた。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ハッキリ言って、何が起こっているのか訳が分からない。

 

 それが、私の嘘偽りのない心境。

 原因は、今まさに目の前に映し出されている、一人の少女。

 一見ただの人間……の筈なんだけれど、どうも、普通じゃない。

 存在が安定していないというか、まるで二つの相反するものを無理矢理に合成して、反発も何もかも全て抑え込んでいるような、そんな感じ。

 それが意図されたものなのか、彼女の能力によるものなのか、それはまだ分からない、けれど、あの娘、気付いているのかしら。

 あのまま放っておけば、何かの拍子に魂が拒否反応を起こして、そのままポックリ逝ってしまう……ということに。

 

 ……まあ、それはこの際いいわ。まだあの娘が敵か味方かハッキリしない以上、この件は保留で良いでしょう。

 敵なら勝手に死んでくれれば良いし、味方だとしても、わざわざ伝えてあげる義理はないわね。

 

 ──問題は、別。

 

 この娘が、どうやってこの世界に入り込んできたか……ということよ。

 いえ、その表現は正確ではないわね。

 

 そう、『どうやって博麗大結界を破って入ってきたのか』

 

 そもそも、この世界には、博麗大結界というものが張ってある。

 幻想を受け入れ、護るこの世界に置いて、余計な外のモノが流れてこないよう、外の世界で忘れられた存在のみを誘い込み、他は弾き出す、そんな優れもの。

 勿論、外からこの世界を探知しようとしても出来ないようになっているし、入ってくるなんて以ての外。

 それを、この娘は…………

 

 いえ、今は原因究明よりも先に、結界の修復をしなきゃね。

 あの少女が半ば無理矢理に入ってきたことで、一部綻びが生じている。それを治さなきゃ。

 

 並行しつつ、スキマ越しに監視ね。私のカンは、とくにこの少女に悪意は感じられないと言っているのだけど…………油断大敵。万一があっては困るわ。

 

 今は……どうやら妖怪の山にいるようね。やたら浮かれているみたいだけど……

 

『あば、あばばっ』

 

 ……うん、結界の修復を最優先でいいわね。

 

 自らのマントを踏みすっ転びながらも、何処か晴れやかな表情を見せる少女の姿に、紫は何も言わず視線を結界に向けた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 土だ、風だ。

 

 転がる度に体の端々が痛い。土にまみれて葉が服にまとまりつく。鼻につく湿った土の匂いと、むせかえりそうな緑の香り。あまりにも新鮮かつ鮮烈な刺激に、脳が歓喜の叫びを上げている。

 笑い声と悲鳴が半々な声をあげつつ、舗装の一切ない坂を転がっていく。

 

「あば、あばばば」

 

 夢だけど夢じゃない!! それは、頭上を通りすぎる烏羽の生えた人間が居たことで確認出来た。

 土の味はどうだろう、構成する物質は? 木の年代はいくつなんだろう? 興味が泉のように溢れては私を突き動かす。

 

 ……ん? そもそも人間は擬似的に浮くことは出来るけど、翼というのはどうなのだろう?

 

「あぁ、話しておけばよかったかぁ、もったいない」

 

 後悔が漏れる。ただ、夢中な私はそんなことなど次の瞬間には忘れてしまう。それだけこの空間が、幻想染みた理想郷なのだから。

 

 ──ひとしきり楽しんだあと、ふと我に返る。

 

「そう言えば私の能力って、どうなっているのだろう?」

 

 仮にここが夢の中であるのなら、()()()()()()()も不可能じゃない。それが出来ないということは間違いなく現実ではある。

 ただ、今の私は現実と非現実が夢によって結合した存在。ノットリアリティな私が現実に触れたとして、果たして何がおきるのか? 

 まぁ、やってみれば分かるか。と、「夢渡り」時の感覚を強く意識する。

 

──ぐにゃり、と私の体が飴細工のようにたわむ。

 

「なるほど……キモいね、これ」

 

 色々と自身の体を弄くった後、だいたいの感覚は掴む。お次は、と手近な木に触れてイメージを発露させる。

 

「おぉ」

 

 出来た。というより、元よりこうなっていた。という感覚に近いか。既存の常識をまるで、「侵食」したかのように、 触った木は液体金属へと形を変える。

 

「なるほど……お次は」

「そこで何をしている」

 

 警告染みたその声に神経が凍りつく。喉元に牙を突き立てられたような感覚のままに、振り向くと……

 

「犬耳?? いや、狼?」

「動くな。ここは天狗の領域だ」 

 

 狼耳をおったてた女性が私に剣を向けている。耳がピコピコ動いて可愛い。

 あまりに、現実離れした光景に興味の炎が舞い上がる。

 

「その耳は本物? その剣は何で出来ているの?」

 

 ──その時、私は興奮のあまり失念していた。

 

 いくら天才と持て囃されようと、いくら計算が早かろうと、齢十歳あまりの世間知らずであったことを。

 

「動くな、と警告したはずだ」

 

 本日、刃物が体を通った感覚を初めて味わうこととなった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ”

 哨戒任務のさなか、侵入者を発見した。ならば、白狼天狗として見逃すわけにはいかない。極力気配を殺して、私はそいつの背後を取った。

 それは、見たところ人間の少女だった。年の頃は凡そ10かそこらで、思わず目を引くような蒼い外套を身に纏っている。私を見て、一瞬ぎくりとしたものの、すぐにこちらへ強い関心を向けてきた。

 

 故に斬った。丁寧に天狗の領域だと教え、動くなと警告までして、その上でそれは全てを無視した。上が定めたルールに従い、私は人間の少女を斬った。

 造作もなかった。非力な人間、その中でもとびきり弱い未成熟な雌など、適当に太刀を振るうだけでいとも簡単に胴体を切断できる。決して驕りでも傲慢でもなく、事実私は愚かな童女の腰骨から臓物まで、すっと斬った。感覚としては、家で豆腐を切っている時に近かっただろうか。

 

 故に全身が総毛立った。剣術の才能が開花した喜びにでもなく、仕事を終えた達成感にでもない。斬った手応えが、私に強烈な()()を齎した。

 全力で飛び退き、距離を離す。不気味に蠢く人間()()()()()()から、1寸たりとも視線を外せなかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あっっっぶな。あっっっっぶな。あっっっっっぶなッ!!

 今、体を液体金属にしてなかったら、上半身と下半身とが今生の別れに咽び泣いていた。流すというか流れるのは、涙ではないけれど。

 警戒されているのは、分かっていた。だからちょっと、あの狼少女の気を解そうと思った。ぷるぷる、わたし悪いスライムじゃないよ、みたいな感じの小粋なジョークで。

 

 結果、私は三文芝居にも劣るジョークに命を助けられた。痛みはないが、体の中を刃物が通った感覚はある。不思議で奇妙で、そして背筋にドライアイスを当てられたような感触だった。

 

こ、これはちょっと不味いわ

 

 死ななきゃ安い、それ即ち死んだら高く付くということに他ならない。払い切れない負債を抱えるのは趣味ではないので、ここは大人しく撤退しよう。一旦離れてくれた狼さんに内心感謝しながらそろーり、そろーりと後退りをして。

 

「……あっ」

 

 私は、マントの裾を踏んだ。デジャヴと硬直感が、再びの出番に狂喜乱舞しながら私の周りを巡る。

 

 第2次人間転がし祭り、開幕。もうかなり土で汚れてしまったが、どうやらまだ足りないらしい。倒れゆく中で、悪戯な神の囁きが聞こえた気がする。

*

 

 背中から伝わる衝撃。

 でも私はそんなことに構っている余裕なんてない。

 だって今殺されかけた。もし私が見た目通りのただの美少女だったら、間違いなく死んでいた。

 まぁ、今この時点でもやばいんだけど。

 とにかくこの体勢はまずい。

 斬りかかってきた相手に対して、尻餅付いて見上げてる状況。

 せっかく理想の地に来たのに何も分かってない。このまま死ぬだなんて嫌だ。

 

「……目的は何だ?」

 

 そんなのここに来ることそれ自体なんだけど、多分そんなこと言ったって『はい分かりました』とはならないよね。知ってる。私頭良いし。

 で、どうやって伝えようか。それで立ち上がろうと─―

 

「っ警告を忘れたか!?」

 

 天狗が飛び掛かってきた。

 剣が降ってくる。

 死。

 嫌だ。

 まだ私は─―。

 

「っ!?」

 

 音が二つ。

 高くも鈍い音。驚きと怯えが混じった声。

 水のように柔らかく出来るなら、鉄のように硬くだって出来る。つまり全身を硬化させて防いだ。ふふ、そこまで驚くことかしら? 前情報は充分にあったと思うのだけど? あ、私が天才科学者だから?

 てかこの状況、最強じゃない?

 ふふ。やった。このまま天狗に近づけば、私の勝ち決定じゃない。

 ―─って、体が動かなっ!

 関節も何もかも硬くなってる!!

 ……幸い天狗はさっきよりさらに離れてくれたし、通常状態に戻そう。

 あ、やば。

 

「っひぃ」

 

 顔がドロった。

 元ってどんなだっけ。……とりあえず崩れない程度に抑えておこう。

 びっくりする度に身体が硬化するのも面倒だし、能力の使い方に慣れとかないといけないわね。

 ということで、命の危険は薄れた。

 なら後は目の前の存在から情報を聞きださなきゃ。

 

「ねえ、聞いていい?」

 

 返事なし。なんか牙出してグルグルいってる。

 

「もういいわ。直接聞くから」

 

 分からなさそうな顔をしてるけど―─。

 

「検体は何も知らなくていいわ。意識が無くなった貴女に直接乗り込んで調べるから」

 

 後退る天狗。逃がすわけがない。

 右腕を変質させ、剣を形取ると硬化させる。

 さっきのお返しとばかりに飛び掛かり、右腕を振り下ろす。

 剣と剣がぶつかる瞬間。硬化を解いて、軟化させる。そうすれば―─。

 

「っ!?」

 

 天狗の剣を私の右腕が飲み込む。そのまま硬化させれば―─。

 

「おやすみなさい。次は夢の中で会いましょ?」

 

 その瞬間、天狗が消えた。

 違う。黒い影が目の前を横切った。

 右上、木の上に天狗が増えていた。

 睨まれてる。

 

「あら、検体が増えたわ。降りてきて?」

 

 あ、逃げそう。追わなきゃ。

 その時、なぜか青空が見えた。

 泣きそうなくらいに綺麗だった。

 

 ……うん、このマント大きいのかもしれない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「何をしているんでしょうあの妖怪は」

「先ほどの私達を見る目といいあの態度といい、天狗を愚弄しているとしか思えない。それに奴は危険すぎる!」

 

 射命丸文は興味深げに、犬走椛は憎々しげに地面で悶絶する少女を見遣る。パッと見ではそこらの外来人と大差ない風貌だが、彼女が内包している"異能"の強さは初見の二人をして容易く感じ取る事ができるほどだ。

 山への脅威となり得る危険度は確実に備えている。強制退去か、或いは処分か……。ただ、まだ彼女の目的や思想が見えてこない。

 今後の対応はそれで分かれてくる。

 

「……聞き出してみましょうかね」

「その必要はありません。ここで仕留めねば!」

「椛とアレの戦闘相性の悪さは先程の攻防から見て取れるでしょう? ここは大人しく私に任せときなさいって」

「ぐぬぬ……!」

 

 椛は悔しそうに唸るが、文は妖怪の山有数の実力者だ。荒事に関しては彼女に任せておけば万事オッケーだろう。

 痛みから復帰した侵入者へと声を投げかける。

 

「こんにちは侵入者さん。そろそろ我々との対話に応じてもらえますかね?」

「ちょっとちょっと! 聞く耳を持たなかったのはそっちの癖にー。……まあいいけどね、天才は寛大なの。そのくらいじゃオコラナイ」

 

 少女は余裕がある風を装いながら肩を竦める。そして晴れやかな笑顔を浮かべると、勢いよくマントを翻した。

 いちいち仕草が大袈裟だ。

 

「理想郷在住の検体諸君ごきげんよう! 色々と話したい事はあるけどまず自己紹介からね! 私の名前は一見月(ひとみつき)椪子(ぽんこ)、最果ての幻想を追い求める探求者である!! ……完っっ璧だわ!」

 

 感極まって拳を握る。おそらくこの瞬間を何度も頭の中でデモンストレーションしていたのだろう。正真正銘のおバカである。

 椛は呆れ返り、文は「ほうほう」と頷きながら文花帖に『ぽんこつ現る!!』と文々。新聞の将来の見出しを書き連ねた。

 

(うーん、危険度は少なそう? ならひとまず警戒は解いてもいいかしら)

 

 文は肩の力を抜いた。

 これで一安心――

 

「うわぁこれ本物の羽なの?」

 

 背後から声――

 むずむずとしたこそばゆさ――

 

「もしかして天狗ってヤツ? 初の未知との遭遇にして凄い大物だわ! やったやった」

「ッ旋符『紅葉扇風』!」

「うわ、どひゃあ〜〜!?」

 

 咄嗟に抜きはなったスペルカードが大竜巻を発生させ、椪子を大空へと吹き飛ばした。

 流石は理想郷、竜巻に飲まれるという稀有な体験に遭遇することができた。椪子は感激していた。ありがとう理想郷! ありがとうオカザキ教授!

 

 雲の彼方へと消えていった椪子を見送った文は、苦々しい表情で額の汗を拭い、目を伏せた。文を長く見てきたから椛だからこそ分かる、その珍しい『焦燥』に椛は困惑する。

 

「大丈夫ですか文さん!?」

「……私が易々と背後を取られるとは」

 

 油断、軽視。

 それらがあったことは否定しない。だがそれでもなお、射命丸文の背後を取ることは困難を極める。なにせ文は『幻想郷最速』である。

 その彼女が背後を許し、挙句には羽を弄ばれた。しかも椪子が椛に見せたあの能力から鑑みるに、あの時、椪子に()()()()()()()()……。

 

「……!」

 

 流石に肝が冷えた。

 やはり、あの少女を野放しにしておくのは危険すぎる。

 

 射命丸文の、長きの年月により培われた勘がこそばゆく囁いているのだ。

­­­­少女が幻想郷に齎すであろう、不吉な予感を──

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

──平行世界(パラレルワールド)という概念をご存知だろうか。

 

 数多の世界に内包される可能性。それを含んだ世界のおとぎ話。

 もし、博霊の巫女が紅白でなかったとしたら? もし、普通の魔法使いが、ただの魔法使いであったとしたら。そんな異なる世界を観測し、確定するのはいつだって自分自身の感覚である。

 

 しかし、世の中には必ず例外というものは存在する。例えば、船に乗り可能性を旅した科学者がいた。彼女は平行世界への到達を可能にしていた、といっても過言ではないだろう。

 

 その背中を追い続け、理想郷を夢見て、白昼夢の中を漂白し続けた少女がいるとしたら?

 夢は常に不安定なもの。夢の持ち主によって形を変化させ続ける。ある意味人間の最奥であり、最大級の神秘。剥き出しにされた狂気ともいえる。そんな最奥の神秘を幾千、幾億の夢を観測し続けた少女。果たしてそれが正気を保っていられるのか?

 

 ──果たして、その少女が夢見て止まぬ理想郷を偶然観測してしまったら? その観測結果というのはいかほどなものなのか?

 

 幻想郷の賢者は、ある小さな見落しをしていた。しかして、これが致命的な見落としでもある。

 

 彼女は結界を破って侵入してきたのではない。彼女はただ、幻想郷に居る「自分」を観測したのだ。観測による事象の確定化。彼女は幾度の可能性を渡り理想郷を観測した。

 自分の夢の中に存在する理想郷と現実の幻想郷を夢で繋ぎ、自身を顕現させる。まるで現実が夢を見ているかのように、そして、現実を食い破るかのように、幻想郷へと辿り着いたのである。

 

 彼女の本質とはすなわち観測すること。事象を見て、感じて、自分の中に落とし込む。どんな可能性であれ観測さえしてしまえば、自身へと取り込める。

 しかし、ここである懸念が発生する。

 

 科学を知り尽くした彼女がもし、妖怪達を別の現象として観測してしまったら?

 天才的な頭脳を持つ彼女がもし、人間を脅かす妖怪達を科学によって退けてしまったら?

 

 人間と妖怪。その関係が表面張力によって押さえつけられた水の様に、すんでのところで形を留める幻想の国。

 天才の落とす波紋は、決して小さいものでは無い。

 

 狂喜によって観測された理想郷。

 幻想の名をもつ、妖怪と人間の最後の楽園。

 

 もし、観測される事自体に重要な意味を持つ妖怪達がこの少女に出会ってしまうとしたら、どのような化学反応をもたらすのか。

 

 夢の中の少女。夢見た理想郷。

 可能性の揺り籠の中、彼女は静かに夢を見る。

 

 

 




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第三話

三週目の続き。消費税までは誤差だから!!ってことで字数制限が1080になっております


「私は、文花帖に気を取られていました」

 

 竜巻で一見月 椪子と名乗った不可思議な少女を吹き飛ばしたが、それでも私の気は晴れなかった。それ程に彼女に対する怒りが蓄積していたわけではない。心に黒い靄がかかったままで、それを払うに至らなかった。

 苦々しさや焦りが、顔にも出ていたのだろう、こちらを窺う椛の表情は硬い。直前に私が背後を取られたということもあり、かなり警戒の度合いを引き上げているようだ。

 

「危険度もそこまでだから、良い感じのネタにできると思って。それでもおかしいんです、椛は()()()()()()()一見月 椪子なる少女を見ていた」

 

 一瞬の出来事だった。ほんの少しの間、人間なら指を軽く振る程度の動きしかできない程に僅かな時間だけ椪子から意識が逸れた。次の瞬間に、私は翼を弄られていた。

 椛の動体視力でも追い切れない程の、爆発的な速度。もしそれが彼女の有する状態変化能力の恩恵の1つで、尚且つさしたる代償を払うこともなく行使できる安易な技術(スキル)なら。

 

「これは、中々どうして洒落にならない」

 

「上に報告してきます。あれを野放しにしておくのは、我々天狗にとっても良くないことですから」

 

 急ぎ飛び立とうとした椛。自分では対処が困難であると判断し、すぐ大天狗へ情報を伝えに向かう姿勢は評価に値するが、私はそれを制止した。そして、瞳に訝しげな色を浮かべた彼女にある1つの案を提示する。その案が、彼女にとって受け入れ難いことは私も承知の上であった。

 

「いえ。もう少し、様子を見ましょう」

 

「なっ、文様。こんな時にまで新聞のネタの確保に動かないで……ッ」

 

 皆まで言いかけて、椛は咄嗟に口を噤んだ。どうやら私が伊達や酔狂で静観を決め込んでいるわけではないと理解してくれたらしい。普段は私の顔を見るなりわんわんきゃんきゃんと吠え突っかかってくる喧しい犬っころだけど、ここぞという時ではちゃんと私の考えを読み取ってくれる。案外椛とは仲良くやれるかも……いや、彼女の平時の態度が軟化しない限りは望み薄か。

 

「彼女の危険度、その底が見えないんです。泳がせても良いかどうかすら判別がつかない現状では、少しでも多くの情報を得るために、『泳がせておかざるを得ない』」

 

 例えそれが、結果として幻想郷に損害を与えたとしても、だ。あの異能が完全なる未知のベールに包まれている間に矛を交えたら、どんな想定外(イレギュラー)が発生するか想像もつかないから。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 正直ひどいと思った。

 私がいったい何をしたと言うんだろう。そこに山があったから登る、そこに羽があったから触る。この自然の摂理に怒るだなんて人とじゃない。羽生えてても、見た目が人っぽいんだったら、中身もそれっぽくてくれないと困る。

 だいたいこう見えても私、実は臆病。飛行機の類には乗れない。でも今、私はこの身一つでお空の旅をしています。どうしてでしょう。しかも高速回転中です。私は人です。駒ではありません。ていうかそろそろ限界。吐く――。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 夢を見ていた。とても幸せ、――じゃない夢。私が洗濯機の中で洗濯されているような、およそ普通に生きている限り体験し得ないような夢。自分が夢を見ていることくらい、私くらいになれば分かるんだけど、どうしてか中々醒めてくれないの。

 いつもなら覚めろと念じれば起きれるのに……。

 

「――大丈夫? ほら、あんた、生きてるんでしょ?」

 

 ゆっさゆっさ。

 

「んー、妖怪にでも襲われたのかしら……」

 

 ゆっさゆっさ。

 っは!

 

「こ、ここはっ――」

「っわ」

 

 目覚めたらそこは、温もりの世界でした。

 

「ちょっと離れなさい。急に飛び起きるからびっくりしたじゃない」

「え?」

 

 周りを見渡すと、純和風な部屋が見えた。

 そして目の前には、紅と白の巫女服を着たお姉さんが。

 

「なんだか分からないけど、大丈夫そうね。あんた、神社の境内で倒れてたのよ? 大方荒っぽい妖怪にでも襲われたんでしょうけど。特徴言ってくれれば、私がこらめしとくから」

「え、あの、はい」

 

 話が見えない。

 

「とにかくまずは元気にならなきゃね。そのためには食べるのが一番! あんたも食べるでしょ? 魔理沙が帰ってきたらお昼ご飯にしましょ」

 

 なんだか分からないけどいい人そう。思えば私、初めて優しくされたかもしれない。

 

「おっす! 戻ったぜ!」

「お、帰ってきたわね」

 

 開いた扉の方には、黒と白の魔法使いのような恰好した人がいた。

 

「お、なんだそいつ」

「ああ、それはね――」

 

 とっても仲が良さそう。少し、羨ましい。

 

「なるほどな。まあ食ってけよ。今日は大量だしな!」

 

 活発に笑うのを見てると、なんだか私も笑ってしまう。

 

「で、お前の名前は? 何て呼んでいいか分からんのもな?」

「えっと、私の名前は椪子」

「そうかそうか、私は魔理沙。そしてこっちのぐうたらが霊夢だ」

「ちょっと、魔理沙。そういうことを初対面の子に言うんじゃないの」

「でも本当のことだろ?」

「……まったく」

 

 温かい。本当に、温かい。

 

「お、おい、なんで泣いてるんだ?」

「え、ちょっと、あんたのせいじゃ」

「私かよ!?」

 

 めいいっぱいに首を振る。

 

「お腹が空いただけなの!」

 

 私はめいいっぱいの笑顔を作った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ご飯ありがとう! こんな美味しい物食べたの始めて……研究室の保存食とは比べ物にならないわ。霊夢さんウチの専属コックにどうです?」

「褒められて悪い気はしないけど、その申し出は無しよ。まあ取り敢えず、お粗末様でした」

「はは、照れてやんの」

 

 椪子は感動していた。

 人間からの温情など、真の意味で存在するはずがないと考えていた。13歳で大学院を卒業するような椪子の世界でも、彼女の頭脳と思想は異端だった。

 故に同業からの嫉妬や悪意、更には世論からの排斥に生涯晒されて続けており、それが椪子が夢の世界に傾倒する一端にもなった。

 

 だから椪子は改めて再確認したのだ。

『理想郷マジドリームパラダイス』――と。

 

「それにしてもその風貌……お前外の世界の人間だろ? 時々来るんだよ」

「そうそう。そんな痛々しいなりの奴はあんまり居ないけど、菫子の例もあるし。そのマントといいアンタもオカルトがどうとかって類かしら?」

 

 オカルト――椪子からすれば子供騙し。

 不可解な現象とは夢の中において全てが成り立つもの。そしてその夢は自分によってメカニズムがほぼほぼ解析されている。

 所詮は凡人が幻想から生み出した空想だ。

 

「そんな化石みたいなもん研究しても仕方ないよ。それにこのマントは私の敬愛する『オカザキ』をリスペクトしたもの。変なのと一緒くたにしないで欲しいね!」

「そ、それは悪かったな。ただその事は菫子の前では言うなよ? いいな?」

 

 このヤケにアホっぽい少女は菫子とあまり相性がよろしくないかもしれないという、魔理沙の直感だった。

 一方で霊夢は興味なさげにお茶を啜り――『オカザキ』というワードに若干眉を顰める。どこかで聞いた事があるような気がする。

 

「そうだ」

 

 椪子がポン、と手を叩く。

 

「お礼しなきゃいけないね。何か渡せればいいんだけど……私このマント以外には何も持ってないし……」

「別に気持ちだけでいいわよ。幻想郷にやってきたばかりの無一文から施しを受けるほど、私は落ちぶれてないわ」

「そうは言っても――――あ、忘れてた。ここ夢の世界だったわね!」

 

 不可解な言葉に霊夢と魔理沙は首を傾げる。

 そんな二人を尻目に椪子は境内から小石を拾うと、手に包み念を送る。数秒後、掌の上には――小粒の金。

 霊夢の目の色が変わった。

 

「どうかな? もしよければ――」

「私と手を組みましょう椪子。貴女と私が組めば幻想郷に敵はないわ!」

 

 霊夢の悪癖だ。

 困惑する椪子を他所に霊夢は彼女の手をがっちり掴む。一方の魔理沙は「敵って誰だよ」なんて思いながら面白そうにその光景を眺めた。

 

 そして――

 

(幻想郷っていうの? ここ)

 

 椪子は理想郷の正式名称を知った。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 場面変わって、此処は狭間の世界。

 鮮やかな手並みで結界の修復を終え、再び例の人物に目を戻した紫は、またも頭を抱える羽目になっていた。

 

 これはまずい。一瞬でも気を抜いた私が愚かだった。

 取るに足らないドジっ子?有り得ない。

 

 そもそも、隔絶されている筈の世界に割り込んで来るような輩が、マトモなはずが無かったのだ。

 

 椛は、確かにあの娘を処分しようとした。少々性急に過ぎる気がしないでも無いが、ソレはまぁ良い。きっちり警告はしていたみたいだし、そもそも外来人を保護する規則など存在しない。

 

 問題は、その後。

 

 私には、視えた。

 何の抵抗もできずに切断されるかのようにみえた少女は、斬られる瞬間に身体を軟体化させた。そして、斬撃を何事も無かったかのように素通しさせたのだ。

 

 それだけには留まらない。続く頭上からの剣戟に対し、今度は頭部を硬化。あの椛の刀を、弾き返した。

 

 恐らく、あの娘の能力は形態変化と言ったところでしょう。状況に応じ、瞬時に身体の状態を変えることが出来る。

 これは、椛には荷が重いわね。表情にも、無自覚でしょうけど恐れが混じり始めている。

 及び腰になった犬っころほど呆気ないものはない。

 斬撃をすり抜けたそのままに腕に絡みつかれ、呑み込まれていく…………

 

 え?助けないのか?

 何言っているの。椛のヒーローは私じゃないわ。

 ほら──

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 正直に言おう。私はまだあの娘を甘く見ていたみたい。

 椛の手に負えないのはすぐに分かっていた。けれど、相棒の危機を察し、跳ぶような勢いで駆けつけようとしている存在がいる以上、あの場は問題ないと思っていた。

 

 実際、最初は良かったのだ。

 間一髪、助けに入った文は、椛と共に飛翔。そして、油断なく眼下を見据える。

 

 そして、ここは流石というべきなのでしょう。状況を優位とみるや、あの娘との会話を試みてくれた。

 私としても、少しでも情報が欲しいところだったので非常にありがたい。

 

 ──そして、一言半句漏らさぬよう全神経を集中させていた私の耳に、身の毛もよだつ発言が届く。

 

『理想郷の検体諸君──』

 

「……藍」

 

 想像以上に、硬い声が出てしまった。

 いけない、落ち着かなければ。私は統率者。ブレイン。常に余裕の振る舞いを見せ、皆を導かなければならない。

 

「ここに」

 

 数秒の間も無く顕現し、膝を付くのは、私の式にして、最高の部下。

 誰よりも信頼できる配下だからこそ下す、危険度未知数、高難度の指令。

 

「……この娘を洗いなさい。出来る手は全て使っていいわ」

 

 藍に隙間からの映像を見せる。かの少女の異常性には直ぐに気づいてくれたようで、小さく目を見開いた。

 

「……この者は」

 

 絞り出すように藍が呟く。

 私は一瞬悩んだ末……言葉を紡いだ。

 

「……侵略者の可能性があるわ」

 

 その言葉は、静かな空間にはっきりと響き渡った──

 

 



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4話

四週目でございます。私どもデンマークに引越し致しまして、消費税が上がり文字数制限は1250までと相成りました。

とるびす先生→べあべあ先生→あざらし先生→つきみー先生→私(こまるん) となっております


 

 

 

 幻想郷に来て約一日が経った。

 霊夢と魔理沙に少しばかりの別れを告げて、私は参道とは思えない林道を揚々と闊歩する。二人からは危険だと止められたけど、それでも私は行く。

 

 これから先、この地で何処を拠点とするのか……それを決めなければならない。昨日こそ霊夢の居る博麗神社で一晩寝泊まりしたけど、このまま居候させてもらうわけにもいかないしね!

 幻想郷のあらかたの地理は教えてもらったが、これがなかなか興味深い。各地で独自のバイオームが形成されており、その土地に合わせた多種多様な妖怪や妖精が生息しているという。

 また人間の住むエリアもあるらしく、聞き及んだ限り文化レベルは明治初期あたりと推測される。

 

 拠点探しのついでに色々と見て回りたいな。

 

「お花畑でも見に行こうかな? もう一度山に行くのもいいなぁ。うーん、楽しそうな場所が多すぎる〜」

 

 選択肢が多過ぎて参っちゃうわ。

 次から次へと興味が湧いてきて、目と頭がぐるぐるしちゃう。

 

 だけど中でも興味深いのは……。

 

「――人里、か」

 

 私が思い浮かべていた理想郷の中で、もっとも不要だと考えていた存在だ。

 人間は検体と成り得ない。あんな単純で愚劣な生き物を幻想郷に来てまで観察する必要があるのか、今でもそう思っている私がいる。

 ただ霊夢と魔理沙の二人を見てその限りではないのかもしれないと考え直すようになった。そもそも夢の中に住んでいる存在が普通なわけがない。

 

 ……だから私を悩ませるのだ。

 幻想郷に住む人間を、私は――有益な検体として扱うべきか、否か。

 

 いやそもそも私はこの世界でどう振る舞っていけばよいのだろう? まずはそこから。山であった検体一号ちゃんと二号さんには警戒されてしまってたみたいだし、気を付けないと。

 ていうか人間と始めて接する時ってどうすればいいんだっけ? 霊夢と魔理沙の時はあっちから話しかけてくれたからなぁ。

 えっと、まず軽く挨拶して……それから、それから……それでコミュニケーション終わってしまうぞ私。それでいいのか私。

 

 ぬぬぬ……『幻想郷の歩き方』みたいな本がどっかで売られてないかしら?

 それも兼ねて一度人里を訪れた方が良さそうだ。

 

「よし! それじゃ目的地は……」

 

「あら、見慣れない顔がいるね」

 

 私の歩みを遮る声。

 ふと前方を見ると、簡素な林道に似つかわしくない派手派手しい人物が近付いてきている。考え込んでて接近に気が付かなかった。

 見たところ人間……っぽいがなんか違うような気もする。要観察。

 

 なに乗っけてるんだろアレ。桃かな?

 ていうか侮蔑されてるっぽい? なんかやけに高圧的だし……。

 

「神社の方から来たみたいだけど、幻想郷の妖怪?」

「違うよ。人間!それもとびっきり天才の」

「ふぅんそれにしては格好が馬鹿らしいわね」

「むっ」

 

 初対面でこの言い方はむっとなるわ。しかも私のマントを見ながら言ったわね?

 私の大事なマント(オカザキリスペクト)を……!

 

 お、怒らないわ。

 天才はオコラナイ……。

 

「はっはっは! 似合わないねぇ。幻想郷でも浮くからやめといた方がいいよそれ。ダサいし」

「んだとテメー!!」

 

 天才も怒る時は怒る。

 

 

 力には力を、言葉には言葉を。

 天才たる私はその全てにおいて勝たなければいけない。

 すなわち――。

 

「頭に桃なんてもの乗せてるあなたの方がよっぽどだと思うけど?」

 

 口撃である。

 

「かー、やっぱ地上に住んでるような卑しいやつには分からないのね。可哀想に」

「可哀想なのはそっちの頭じゃなくて?」

「ああん?」

 

 効いてる効いてる。

 

「天人たる私に良い度胸ね。そこだけは褒めてあげるわ。そう、ちんちんくりんな見た目のわりにはね」

「あ? やるか?」

「かかってきなさいよ」

 

 ……どうやら命を賭してでも倒さねばいけない敵が現れたらしい。ちょっと本気を出すか。天才の本気ってやつを教えてあげないと。

 こういうのは先に仕掛けて大打撃を与えるのが良い。狼狽え崩れた相手をさらに叩き込むことが出来たら、私の勝ち!

 ってことで、先手必勝!

 

「ちびぃ!!」

「はぁ!? そんなのあんたもでしょ!!」

「ってことは自覚あるんじゃん! やーいやーい」

「むきぃぃぃぃぃ。生意気なガキが調子乗ってんじゃないわよ!!」

「っんだと……?」

「あららら? もう一度言ってあげようか? それともお子様には難しかったかしら?」

「ぶっ殺!」

「あ、怒っちゃった? ねえ、怒っちゃった?? あらー嫌だわー、卑しさが出てるわー」

 

 っこの、こいつ! こいつ!! もうっ、こいつぅ!!!

 

「あ、あなた、ちょーーーーっとだけ偉いのかもしれないのかもしれないけど!? 中身がともなってないんじゃないの?」

「はぁ!?」

「ぷぷぷー! いくら装飾したって騙せないものってあるのよ!」

「い、言ってくれるじゃないっ」

「あれ? もしかして心当たりでもあった? もしかして心の傷、えぐっちゃった?」

 

 やったやった! この勝負私の勝ちぃ!! 畳み掛けるぞぉぉぉ!

 

「ちょっと身なりを整えただけじゃあねぇ? 何なら私が貰って有効活用してあげようか?」

「は?やるわけないでしょ?」

「いやね、私もそんな趣味の悪いものいらないんだけどさ。でも装飾品の方が可哀想じゃん? だからせめて使い道のありそうなやつだけでも貰ってげようかなって。例えばその変な剣とか」

「ふぅーーーん? そうなんだそうなんだ」

 

 なんかにやにやし始めたけど、何なん。

 

「っま、見る目皆無のあんたでも、この剣の凄さくらいは分かるんだねぇ。これは緋想の剣っていって、気質を――」

 

 なんか聞いたことある名前だ。何だっけ。――あ、本当にかなりすごいやつじゃん。何? 自慢してんの? うざっ! うざっっっ!!

 

「べ、別にそんなの興味ないけど? なんか友達の家でお箸代わりにしてたの見たことあったし?」

「なわけないでしょ!!」

「あったもん」

「大体あんた友達居なさそうじゃん!」

「は、はぁ!? それを言うならあんたもでしょ!」

「っ!?」

「っ!?」

 

 もーいくつ寝ーるとお正月ー。お正月には餅食べてー友達百人出来るかなー!!

 かなぁーー!?

 ぐすん。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 緋想の剣。相手の気質を霧から天候へと移ろわせる剣だ。勿論それだけなら何てことはない、誰かの気質が天気で知れるだけの宴会芸的アイテムに過ぎない。この剣の恐ろしさは、読み取った気質が苦手とする性質を自動的に纏うというところにある。

 早い話が、あらゆる相手の弱点を突ける剣ということだ。扱うには厳格な条件をクリアせねばならず、常人がおいそれと使えるものではないが、相応しい者が振るえば無敵、まさに非想非非想天にさえ到達でき得る。そう、まさにこの私のためにあるような剣だ。

 

「このっ!」

 

「甘い!ちょこれ……ちょ、ちょっこ?こほん、『おちょこれいと』並みに甘いわ!」

 

 私こと比那名居(ひなない) 天子(てんし)は、この剣に自己流の改造を加えている。ただでさえ強力な武器なのだが、私が使用すればそれは『物の気質』までも対応の範囲内に組み込んでしまう。文字通り、万物に対して優位に立つことができるのだ。

 いきなり目の前に現れて無礼な物言いをしてのけた小娘が、想定外であろう展開に驚き憤慨している。嗚呼愉悦愉悦、思い上がった童女の鼻っ柱をへし折るのがこうも快感を与えてくれようとは。全く、病みつきになってしまいそうだ。

 

「何よそれ、腹立つわね!」

 

 この小娘も、中々面白い力を持っているらしい。触れたもの、及び自身を変形させている。成程、この私に大口を叩くだけのことはある。それは評価してあげよう、物の価値まで認めない程に私は狭量ではないから。

 だが、相手を選ぶ眼は養育不足だったようだ。もう少しだけ思い知らせて差し上げよう、如何に多くの攻撃手段があろうとも、この剣の前には無力なのだと。

 

「だけどこれまでよ、ロンズデーライトってご存知?」

 

「ろんず……?」

 

 何だそれ、食べ物か。彼女曰く、当たらずとも遠からずなんだとか。食べ物みたいなものということか、本当に何だそれは。彼女の手元に作られた透明な棒は、太陽の光を反射してきらきらと煌めいている。

 

「これは世界で最も硬い物質でねぇ」

 

 食べ物じゃないじゃあないか。騙したな、卑小な人間の分際で。

 

「今からあんたに食らわせてやるわ!たーんとお食べ、そのカルシウムビタミンCその他諸々の不足で弱っちそうな前歯と奥歯で!」

 

「あー、そういう」

 

 これは報復が必要だ。駆け寄ってくるのを敢えて見逃し、上段から思い切り振り抜いてきた結晶体のような塊に、無造作に緋想の剣をぶつける。左手など添える必要すらない、所詮は人間の未成熟個体の攻撃だ。片手で受け止めて余りある。

 

「ぅえっ……お、折れたァ!?」

 

「あら、残念ね」

 

 ばぎぃん、と甲高い音を立てて、彼女の振り下ろした世界一硬い棒とやらはへし折れた。前歯どころか、顔にすら届かなかったのだから、さぞかし悔しい思いをしているだろう。

 そもそもの話、硬さなどこの剣の前には関係ない。豆腐だろうが鋼鉄だろうが、気質を有している時点で等しく餌でしかない。

 

 はー、愉快痛快。

 

 ◇◇◇◇◇◇­­◇◇

 

 おおおおおお、落ち着け! 一月見椪子は天才! 天才は焦らないぃぃぃぃ!!

 

 ぱっきりと折れたローンズデライト。ダイヤモンドよりも約50%も固い物質を折るって凄すぎないかしら!? 強度不足? いえ、そんなものではないはず! 何故なら私は天才だから!!

 あわわわわ、としながら桃頭に応対する。

 

「や、やるじゃない! でもこんにゃも……こんなものじゃないわ!」

「あーはいはい、底が知れたからもういいわ」

「む、なんだとぅ!!」

 

 カチンときた。カチンときた。あの青ピンク言うこと欠いて天才に底が知れるなんてぇぇ!!

 

「底が知れたかどうか、試してみるといいじゃない!」

 

 折れた根本からもう一度生やし、もう一度上段から殴り掛かる。

 呆れたような青桃は、無造作に剣で受け止める。結果同じシーンが繰り返される。

 

「それ、もう飽きた」

「研究はトライ&エラー。結論出すまで飽きないわ」

 

 そして見た。ローンズデライトがぶつかった部分から霧状に変化していくのを。理由はどうだかはわからないけど、私と同じで物体の性質に語りかけるタイプ。なんて簡易レポートを頭に纏める。

 

「で? 結果というのは出たのかしら?」

「うーん、まだ不明瞭ね。あと千くらいは考えられるけど」

「あら、左様でございますか。死ぬほど気長で反吐が出るわ」

 

 なんか、独り言に反応してる検体が約一名。とりあえず炭素系が駄目なのはわかったので、次の実験へ。

 有機物が駄目なら、無機物は。と水銀を精製し鞭を形取る。……これ、中毒にとかならないわよね?

 鞭を振り上げ、検体へ。するとまたもや検体は、剣で水銀を裂いていく。液体なのに。

 

「ねぇ、つまらないんだけど」

「うーん? なんだろう? 霧になるのはわかるだどなぁ、天気? いやまさか」

「ねぇ、私の話聞いてる?」

「うーん? あ、次はこうしようかしら!」

「……この私を無視とはいい度胸ね」

 

 なんか、怒ってるなぁ。これも水銀の鞭の効果かなぁ。とりあえず、思考の邪魔なのでうるさい黙れって言っておく。

 さて、お次は……

 

「死ね」

 

 なんか、向こうから剣が近寄ってくる。あ、違った。検体が動いてる。もう、マウスが動いたら実験にならないじゃない! そこら辺分かってほしいわ!

 とりあえず、即席で鉄の壁を作ってみるも見事に霧散。やっぱり霧なのかしら?

 霧だとしたら、こんなものもありね。じめじめしてきたし。

 

 というわけで、ちょっとの間沢山応戦しつつ逃げ回る。

 

「ぜぇー、はぁ。ぜぇー、はぁ」

「……体力ないわね」

 

 すぐに息が切れた。やっぱり、夢でもなんでも普段から出来ないことはイメージしづらいわ。要実験ね。

 ともかく、色んなものを変化させて応戦しただけあって辺りの湿度が高くなる。……ククク、待っていたわ!

 

「ねぇ、純粋な酸素って人体に毒なの知ってるかしら?」

「何をする気?」

「気を集めるの!」

 

 酸素は助燃性、水素は可燃性。それがお手軽に含まれているものがある。水だ。霧ももちろんその仲間。

 湿気が晴れる。今までよくわからない変換レートで作られた霧(H2O)は、酸素と水素に。

 まだまだぁ! と、私達周辺の空気を全て水に。するとどうなるか。空気にぽっかりとした穴ができ、それを埋めるように、先程精製した濃度の高い酸素と水素が殺到する。ごぼぼぼぼ。

 ちょっと真空と水没と言う二大窒息の危機に晒されつつもう一度水を酸素と水素に。

 

 簡易空気爆弾の完成ね、やったやった。

 立ち続けの変化に、向こうも目を白黒させてる。

 

 そして、満を辞して。私はローンズデライトを融解させる。その融点実に3000度以上。

 急激な高温にさらされた過密な空気達。ぐにゃりと空間が縮退する。

 

「あ、私の防御手段……」

 

 そんな呟きを掻き消すように、空間が炸裂した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 少しの間があって、ゆっくりと視界が晴れていく。周りを見渡した私は、思わず息を飲んだ。

 

 周囲の木々は軒並み薙ぎ倒され、私たちの居場所を中心としてぽっかり大きな広場になっている。

 地面にはどでかいクレーター。まるで隕石でも落ちたかのよう。

 

 正直に言おう。

 やりすぎた。

 

 いやいやいやほんとだって!わざとじゃないの!そりゃあ、水素と酸素を高濃度で凝縮させて、温度を一気に上昇させたら、水素爆発っていうものが起こるのは知ってたよ。

 

 でも、まさかここまでの威力になるとは思わなかったというか……ほ、ほら?天才にもたまーの計算ミスくらいあるって訳よ。うん。

 

 ……まあ、流石にこれだけやればもう人溜りも無いでしょ。

 私の勝ち。ま、トーゼンね!!

 

 ムカつく奴だったけど、天才の私にここまでさせるなんてなかなかやるわね。

 好敵手一号に任命してやっても良いわ。もう会うことはないと思うけど!

 

 なにはともあれ、非常にスッキリとした。思わぬ道草になっちゃったけど、人里に向かうとしましょうか。

 

 

 晴れ晴れとした気持ちで歩きだそうとした私。

 しかし、ここで天才の脳が、不思議な気配を感知する。

 同時に今立っている地面がグラりと揺れ、思わずその場に転んでしまいそうになった……が、既のところで両手を付き、難を逃れる。

 

 流石、天才は受け身も上手いわけよ。

 それにしても、地震かしら?結構大きかったわね。

 やれやれ、夢の中でも地震とは。理想郷でも自然災害は起こりうるってことか……

 

 

 ぶつぶつ呟きながらも起き上がろうと両手に力を込めたその時。

 不意に、椪子の足下が爆発する。

 

「え、なに!?噴火ッ!?」

 

 自身の理解を越えた超常現象に、動きを止めてしまった椪子。

 砕けた地面から弾丸のような速度で何かが飛び出し──

 

 ──ゴンッ

 

 鈍い音が響き渡る。一瞬遅れて、頭を鈍器で殴られたかのような凄まじい衝撃が走った。

 意識が遠のくのを感じながら見上げた彼女の目に飛び込んできたのは、腕を組んでこちらを見下ろす桃頭の姿。

 何をどうやったのかは知らないが、全身薄汚れてこそはいるものの、傷一つ見当たらない。

 

 ……ちくしょう。負けた……のね

 

 不思議と、苛立ちは湧いてこなかった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「…………まさか、一瞬たりとはいえこの私に逃げを取らせるとはね」

 

 比那名居 天子はそう独りごちながら、眼下を鋭く見据える。

 その目の先には、何処か晴れやかな顔で気を失う少女の姿があった。

 

 天子としても、ここまでの事になるとは思っていなかった。

 ただ、見慣れない顔をみつけたから、ちょっと興味本位で声をかけてみただけ。

 その後の戦闘も、愚かにも天人たる自分に楯突いてきた愚かな人間に鉄槌をくだそうとしたにすぎない。

 ちょっとだけ。ほんとちょっっとだけムカついたけど。まぁそれは些事だ。

 

 おかしな能力を持ってはいるようだが、所詮は人間。やはり面白い存在ではなかったかと半ば諦めた時。それは起きた。

 

 正直、今振り返っても、あの場で何が起きたのかは理解できない。

 しかし、一つだけ、確かなことがある。

 この少女が、アレだけの大爆発を引き起こした……ということ。

 あの時、尋常ならぬエネルギーの膨大を感じ取った天子は、咄嗟に自らの能力で持って足元を陥没させ、一時的なシェルターとして退避した。

 

 そう、この天人たる自分が、退避させられたのだ。

 実際、その判断は間違っていなかったと思われることは、周囲の地形が物語っている。至近距離であの爆発を受けては、いかに天上の身といえどもただでは済まなかっただろう。

 爆心にいたはずのこの少女が無傷であるのは甚だ疑問であるが……なにか、特別な仕掛けでもあるのだろうか。

 

 まあそれはこの際置いておこう。この少女は、天人にさえ脅威たりうる大爆発を引き起こした。それは確固たる事実。

 認めよう。ただのちんちくりんでは無いことを。 ただのダサい女では無いことを。

 

 天子は薄く笑って、少女を抱き上げる。

 その身体は、驚くほどに軽かった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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