平凡少年が進む道 (スリー)
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第一話 変な名前の部活
いつもと同じ自分の部屋
いつもと同じ制服
いつもと同じ通学路
いつもと同じ学校
いつもと同じ教室
いつもと同じクラスメイト
どれもこれもいつも通り。何ら代わり映えしない、いつもの日常。そんな日常に俺は途轍もない違和感を感じていた。何故かは自分でもわからない。ある日を境に突然やってきた違和感は日に日に自分の中で大きくなり、最近ではそのことばかり考えている始末。クラスメイトにも相談したが納得のいく答えは得られず、喉に小骨が引っ掛かったような気持ち悪い状態に頭を抱える日々である。
そんなある日、相談したクラスメイト(名前は田中。下の名前は知らん。)からある部活に相談してはと提案された。その部活は世のため人のためになることを率先して行う、言わばボランティア活動を行う部活だ。具体的に何をしているかは知らない(興味ない)俺でも部活の名前くらいは知っている。それくらいに有名な部活である。
その部活の名前は『勇者部』という。
……改めて聞くと変な名前な部活だと思うのは俺だけだろうか。
******
「じゃあ今日も張り切っていくわよ!」
『おー!』
ここは讃州中学校の家庭科準備室。だがここは本来の役割果たしておらず、その代わりにある部活の活動拠点となっている。部の名前は『勇者部』という聞いただけでは何をしているか分からない部活。そんな勇者部の部員は本来6人のはずなのだが、とある
−−−−−突如教室に警告音が響き渡る
「全く、空気の読めない奴らだにゃ~。」
「しょうがないわよ。アイツらにそんなこと関係ないもの。」
「それじゃあチャッチャと片付けちゃいましょう!」
「そうだね銀ちゃん!今日も依頼いっぱい来てるからね。頑張らなきゃ!」
「私も、頑張ります!」
「うん、気合い十分」
ここにいる全員がこの状況に対して動じずに各々会話をしている。因みにその手に持っているスマホは鳴り止まっておらず、画面には『樹海化警報』と出ている。少しシュールな光景である。
「皆さん、いつも通り気をつけて頑張ってきてくださいね」
「皆〜いってらっしゃ〜い」
「ああ、行ってくる」
「行ってきます、そのっち」
−−−−−世界は光に包まれる
先程までいた教室は姿を消し、彼女たちの目の前には樹々が生い茂る森が広がっている。そんな非日常を目の当たりにしてなお動揺せず、それどころか此処にいる彼女らはこの状況を受け入れている。それもその筈、彼女達にとってこれは日常の一幕であるのだから。
「さあ、気合い入れていくわよ!」
『おー!』
彼女たちが手に持っているスマホのボタンを押した瞬間光に包まれ洋装が変わる。その姿こそ彼女たちのもう一つの姿。世界を滅亡の危機から救う正しく『勇者』である。そんな彼女たちは今日も日常と非日常を両立している。
---------そして今回も非日常は突然やってくる。
「あれ?」
「どうした杏。忘れ物か?あ!タマ分かったぞ。トイレ行き忘れたんだろ~」
「な、何言ってるのタマっち先輩!そんなわけないでしょ!」
「それじゃあどうしたの?まさか新種のバーテックスが」
「い、いいえ違います。それがですね、端末を見たら小型のバーテックスに近くに人の反応があるんです。」
「え、それって新しい勇者が来たってこと?」
「それじゃあ、また新しい友達が出来るんだね!やったあ!」
「でもひなたさんたちはそんなこと言ってませんでしたよ」
「そうね、ここは慎重に----」
「そうも言ってられないみたいですよ。これを見てください」
そう言ってスマホを全員に向かって見せる数少ない小学生組の一人鷲尾須美。そのスマホの画面には複数の赤く小さい点が一つの黒い点に向かって移動している。それと同時に黒い点はその場から離れていく。
「バーテックスから、逃げている?」
「はい、私もそう思います」
「では急ごう。歌野のように勇者への変身の仕方が分からなくて戦えないのかもしれない。」
「ええッ!大変だ、早くいかないと…」
「そうだな、皆行くぞ!」
『おう!』
------勇者と平凡な少年の会合は近い。
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第二話 逃げるだけの腰抜け
何故こんな事になってるのだろうか。
「はあ……はあ……」
俺はいつも通り授業を受けて、放課後にチラホラ教室に残って話しているクラスメイトを眺めながら帰る準備をしていたはずだ。
「はあ……はあ……はあ………」
そんな日常の一幕にいたはずの俺はいま現在見知らぬ場所を一心不乱に走っている。体育の時間でもこんなに必死に走ったことはないだろう。
「はあ……はあ……ッ!……はあ……」
走りすぎて横っ腹が痛い。しかし走るのを止めるわけにはいかない。胃液が込み上げてくるのを堪えながら腕を振り足を動かす。後ろから迫ってくる
「はあ……はあ……うおッ!」
何時もなら何もない場所で転ぶなんてドジはかまさないのだが、知らない場所に対しての混乱と日頃の運動不足が相まって、足が縺れて転倒してしまう。それはもう勢いのある良い転びっぷりである。
「ああ、クソッ……」
すぐさま立とう試みるが足は産まれたての子鹿のようにガタガタ震えていて上手く立てない。恐る恐る振り返れば
「もう、無理……」
足は恐怖と筋肉の痙攣で動かない。這いつくばって逃げたとしても追いつかれるだろう。声を張り上げて助けを呼ぶことも考えたが、息切れしているため上手く声が出せないうえに走っている最中に人っ子一人見かけなかった。助けは絶望的だろう。
「…死ぬ、のか……?」
思わず口から零れ出た言葉に答えるものはいない。
「…く、喰われる……なら……丸飲みが、いいなあ……」
噛まれたら痛いし、と、こんな時にまで無駄口を叩いている自分に飽きれながら目を強く閉じる。
次に目を開けた時はいつも通りの日常に戻っていると願って。
「……届けえええぇぇぇぇえええッッッ!!!」
そんな声が聞こえた
それと同時に爆風が巻き起こり体が吹っ飛ばされる。自分がさっきまでいた場所は砂煙で何も見えない。何が起こったのか?さっきの声の正体は?そんな疑問が頭の中を駆け巡るが全くわからない。せめて何が起こったかを目に焼き付けようと砂煙の方を見ると、人型のシルエットが見える。一瞬安堵仕掛けたが、正体が分からないため気を引き締めなおす。逃げる準備も忘れない。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!」
砂煙から慌てたような声が聞こえてきた。その声の主は走ってこちらに近づいてくるようで、砂煙で分からなかった声の主のシルエットが明らかになる。
「本ッ当にごめんなさい!勢い着けすぎちゃって……ケガはない、ですか?」
目の前には自分と同い年くらいの変わった格好をした女の子が心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。女の子の恰好は全体的に桜色を基調とした服、両腕に無骨な籠手、下はスパッツを履いていて目のやり場に困る。正直こんな場所でこんな格好をしている彼女は怪しさ満点だが、彼女が目に涙を溜め始めたので即急に返事を返そう。うん、そうしよう。
「う、うん大丈夫、です………」
「ホント!良かった~せっかくバーテックスから助けられたのにケガしたらどうしようかと思った……」
今彼女が言ったことが本当なら俺に襲い掛かってきた
「友奈ちゃーん!」
「友ー奈ー!」
「友奈さーん!」
声のした方へ向くと、彼女の仲間?がこちらに手を振ってやってくる。それも全員が全員同じく変わった格好をしていて、一人一人が武器を持っている。あれかな彼女たちもバーテックスとやらを倒せるのだろうか。というか全員多色多様過ぎませんかね。目がチカチカするんだが。
「みんなー!こっちこっち!」
「友奈ちゃん、あんまり先行しちゃだめよ。友奈ちゃんに何かあったら私……」
「東郷さんの結城さん過保護は相変わらずですね」
「まあ、仲が良いことに越したことはないだろ」
やばい。何がやばいってこの和気藹々とした雰囲気で俺が空気になり始めている。どうするのが正解だろうか。話しかけるか?いやでもこの人たちが安全な人たちかわからんし、ここは一端距離をおいて様子を見るのが得策か?でも桜色の子は俺の命の恩人かもしれない人だし、逃げるのは失礼か?いやでも……
「ところでそこでシットしているボーイは?」
ひと昔前に流行っていた芸人を彷彿とさせる口調で話す女の子の発言により、視線が一気にこちらに向く。ヤベえよ視線で蜂の巣にされそう。取り合えず立って話を……ん?
「えーと、あなたはいったい……」
「……あのですね、お話をする前に一つだけお願いがあるんですけど、聞いてもらえますか……」
「え?うん良いよ。何でも言って!」
友奈ちゃんとやらと瓜二つの女の子が元気よく返事を返してくれる。それではお言葉に甘えて……
「あの、ですね……」
「うん」
「腰が、抜けてしまったので……その、立たせてもらえませんか……」
生暖かい視線をこちらに向けながら無言で手を差し伸べてくれた彼女たちに対して心の中で涙を流したことは言うまでもない。
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第三話 対女子会話能力平均以下
「なあ鈴木、どうだったんだ?」
「は?何が?」
「だから、どうだったんだよ。」
「分かんねえよ。主語をつけろ。」
昨日の不思議体験から日を跨いで現在昼飯時。クラスメイトは各々友人と机を繋げて弁当を食べながら談笑している。俺もクラスでよくつるんでいる田中と購買で買った菓子パンを食べている。そんな中、田中が訳の分からないことを聞いてくる。こういう突拍子もないことを言い出すのは何時もの事なのだが正直今は返事を返すのも億劫なので勘弁して欲しい。因みに鈴木とは俺の事である。
「あれだよ、お前昨日行ったんだろ、勇者部。」
「……はあ~」
「え?なんでため息?」
こいつ今一番触れられたくないことをあっけらかんと聞いてきやがった。俺が昨日どれだけ自分の部屋のベットで悶えたと思ってんだよ。おかげで昨日はほとんど寝ていない。ああ、というか、ちょっと待って、ああ……
「おいどうした。頭抱えて呻きだしたりして、頭痛いのか?」
「お前ホントそういうところだぞ。」
「?何言ってんだお前。」
「……何でもない、もう治まった。心配かけて悪い。」
「そうか?ならいいけど……無理すんなよ。」
「おう……」
心配そうにこちらを見てくる田中。こういった友達思いな部分を前面に出せば彼女の一人や二人出来そうなものだが、当の本人はというと……
「それよりもさ、どうだったんだよ勇者部は?あの部活は美人美少女のオンパレードだからな!それに何より巨乳率高い!霊峰チョモランマ、一度でいいから近くで拝んで見たいものだ。あっ、でも山だけじゃなく平野も好きだぞ!ちっぱいはステータスだからな!」
「お前マジ口閉じろ。」
これである。こいつ自身顔もまあまあ良いし、成績も上位に入っていて勉強もできる、運動もそつなくこなす。モテる要素をこんなにも揃ってるのに口を開いてしまうばっかりに評価が急降下して今では地面にめり込んでマントル付近まで行ってしまっいる始末。今も周りを見れば、女子の冷ややかな視線がこれでもかと突き刺さってくる。当然一緒にいる俺も対象である。マジで勘弁してくれ……
「まあこの話は置いといて、それでどうだったんだよ。悩みは解決したのか?」
「……その、なんというか……結果的には解決した。」
「結果的には?」
ああ、と返事をして昨日のことを思い出す。勇者部の話を聞く限りでは、俺が違和感を覚え始めた時期と神樹様が内部に特別な世界を作り、結界内の生物を召喚した時期はほぼ一致しているため、多分そういうことなんだろう。ただ何故勇者でも巫女でもない自分が違和感を覚えたのかは分からないそうだ。
「それじゃあさ、悩みも解決した事だし今日の放課後にでも飯食いに行こうぜ!」
「ああスマン、今日は無理。というか多分これから放課後遊べなくなるかもだ。」
「どうした、何かあるのか?」
俺の言葉に眉をひそめる田中。俺だって別に好きでこんなこと言ってるんじゃないんだ。これは自分を守るためなんだ。
「部活に入ることになったんだよ。」
「おおマジか!万年帰宅部なお前が部活に入るとかどういう風の吹き回しだ?」
「帰宅部歴まだ一年ちょっとなんだけど……」
「言葉の綾だよ。それで何部に入ったんだ?」
「勇者部。」
「……ん?何て?」
「勇者部。」
「……はあああああぁぁぁッ!!」
この後、昼休みが終わるまで質問攻めにあったのは言うまでもない。
「鈴木くーん、迎えに来たよ!」
「……鈴木さんはいつから美少女に迎えに来てもらえる程偉くなったんでしょうね~、あ~羨ましいなぁ~。鈴木さんや、ちょっと君の左の頬を貸してくれないかい?なぁに大丈夫、すぐに楽にして殺るから。」
「落ち着け田中、拳を収めるんだ。暴力は何も生まないって死んだじっちゃんも言ってた。」
「……そうだな、俺も頭に血が上ってたみたいだ。あとお前のじいちゃんこの前ゲートボールで大活躍してたぞ。」
「お、おう。ずいぶん物分かりがいいな。あと何で知ってんだよ。」
「この前俺も参加してたからな。それよりもごめんな。」
「は?何が?」
「お前の好みを理解してやれなくてだよ。そうだよなぁ、お前は拳で殴られるよりビンタの方が良いんだもんな。」
「全く分かってなかった!」
時間は放課後、荷物をまとめて勇者部の部室に行く準備をしていたところ、勇者部の部員の一人である結城友奈が教室に飛び込んできた。その後ろには結城と同じクラスの勇者部メンバーも控えている。因みに迎えを頼んだ覚えはない。田中の怒りは完全に思い違いである。そして田中ほどではないがこちらを注目しているクラスメイト。完全に注目の的である。
「という訳だ、俺は行く。また明日な。」
「あッおい!」
バックを背負い田中の横をすり抜け扉まで一直線に駆け抜ける。後ろから「裏切り者ッ!」や「どんな手を使った!」や「モブ顔のくせにッ…!」など聞こえてくる。最後の奴は後で絞める。
「ええと、お待たせしました?」
「ううん、ぜーんぜんッ待ってないよ。じゃあ出発しんこーッ!」
「ちょっと友奈!教室の前であんまりはしゃぐんじゃないわよ!目立ってしかたないわ……」
「ゆーゆはいつも通り元気もりもりだね~」
「ええ、さすが友奈ちゃんだわ。」
「いや、何がさすがなのよ……」
いつまでも教室の前にいるわけにもいかないため結城を先頭に歩き始める。道中彼女達が他愛もない会話をしているのを静かについていく。そんな俺にも会話を振ってくる彼女たちだが無難に返答しかできない。彼女達が友好的に接してくれるのはありがたいが俺自身女子とはほとんど会話しないため仕方ない。仕方ないったら仕方ない。小学生の時は案外話してた気がするんだがなあ。小学生男子が安い下ネタで盛り上がっている間に女子は精神的に成長しているのだろう。ため息が出てくる。
「どうしたの?」
「んあ?」
どうやら考え事をしている間にいつの間にか前にいた結城が俺のとなりに来ていた。普通にびっくりしたがなんとか答える。その結果間抜けな声になってしまったが。
「大丈夫?ため息ついてたみたいだけど、何か困ったことがあるなら聞くよ。鈴木君も勇者部の部員なんだから。勇者部五箇条!悩んだら相談!だよ!」
「お、おう…」
まだ入部届出してないから正確な部員ではないが彼女の中ではすでに俺は勇者部の部員らしい。自分から昨日入ると言ったのだから当然と言えば当然である。まあ入部する理由が近くにいれば守ってもらえるという打算とただで守ってもらうのは気が引けるという後ろめたさから来るものだが…
「それで~、なんですずむーはため息をついたのかな~」
「いや、大したことじゃ……ちょっと待ってください。」
「ん~?」
間延びした口調で小首を傾げるのは
「すずむーって何ですか?」
ここで誰?なんて馬鹿なことは聞かない。明らかにそれは俺に言っているのだから。
「すずむーの名字が鈴木だからすずむー。どう~可愛いでしょ~」
「……むーは何処から来たんですか?」
「ん~、頭の中からボワーッと出てきたんよ~」
「……分からん。」
全く分からんが彼女の感性は少々独特であることが分かった。しかしすずむー、すずむーか……
「鈴虫みたいですね。」
「おお!つまり人を惹きつける美声の持ち主ということだね~」
「俺を鈴虫に寄せるのはよしてください。」
「どうしたんですか?」
「いや~、もしかしたらあだ名をつけられるのいやだったかなあ~って。」
不安そうな顔から少し悲しそうな顔をする中乃木。あれかな、俺の顔を見て嫌がっていると思ったのかな?ならここでちゃんと訂正しておかなければ。後々気まずい雰囲気になるのは嫌だしな。
「ごめんね~次からちゃんと…」
「中乃木さん。」
「…え?なかのぎさん?」
おっと急ぐあまり脳内でのあだ名を言ってしまった。まあいいや、このまま続けよう。
「別にあだ名は嫌じゃないですよ。」
「えっ、でも……」
「さっき顔をしかめたのは鈴虫を口いっぱい頬張っている自分を想像してただけなので気にしないでください。」
この発言を皮切りに他の三人も会話に交じってくる。
「いや、何想像してんのよ!気持ち悪ッ…」
「ねえ三好さん、それは鈴虫がってことですよね?俺が気持ち悪いってことじゃないですよね?」
「何で鈴木君は鈴虫を食べたの?」
「結城さん、それだと俺が実際に鈴虫を食べたことになってますよ。」
「鈴木さんがそれを想像したのは鈴虫が共食いをするからではないかしら?」
「ああ、はい。その通りです。東郷さんよく知ってますね。」
「おお!東郷さんは相変わらず物知りだね。さすが東郷さん!」
「もう友奈ちゃんたら、褒めても何もでないわよ。」
いや少なからず何かは出てるよ。だってあっという間に百合空間が形成されてるし。
「まあそういうことだから。別に気にしてないので好きに呼んでもらって大丈夫ですよ。」
これで大丈夫でしょ…と思ったのだが表情は依然変わってない中乃木。むしろ何かを覚悟した表情になったんだけど。えっまだ続くの?
「すずむーは私にあだ名で呼ばれるの、嫌じゃないの?」
今度は真剣な表情で質問してくる中乃木。そのためか間延びしていた話し方は鳴りを潜めている。あれ?何この空気?あだ名で呼ぶ呼ばないでこんなシリアスな雰囲気になるもんなの。これが女子との会話というやつなのか!くそッ!なんて答えるのが正解なんだッ!……ん?
(手が震えてる?)
彼女の胸の前で握っている手が僅かだが震えていることに気づく。まるで何かに怯えているようだ。そうだとすれば彼女は一体何に怯えているのだろうか?
(……ッ!まさか……)
まさか昔何かあったのか?男子に同じようにあだ名をつけて拒絶されたとか?ありえない話ではないか。人によっては悪口に受け取る人もいるだろう。勇者部の面々は気にしなさそうだが。さて、そうならばここは慎重に答えなければいかんな。変にトラウマを刺激しかないし。
「さっきも言ったけど別に気にしませんよ。」
「……でも私は『乃木』だよ?」
「?ええ、そうですね。」
何言ってんだこの人。昨日自己紹介してもらっただろ。ちゃんと全部憶えましたよ。あっあれかな、中乃木って呼んだから名前を憶えていないと思ったのかな?普通に乃木さんって呼ぶか。
「せっかく乃木さんが考えてくれたあだ名ですから、無下にはしませんよ。」
「それは私が『乃木』だから?」
さっきからすげえ乃木の名字を強調されるのだが、あだ名で呼んだのがそんなに嫌だったのか。自信はあったのだが少しショックだ……よし、こうなりゃあやけくそだ!意地でもあだ名で呼んでもらおう。
「あなただからですよ。」
「私…だから?」
「そうです。俺は乃木園子にあだ名をつけてもらえて、少し…うれしかったんですよ。」
けっこう恥ずかしいことを言っている自覚はあるが今は我慢だ。おいお前ら顔赤くしてこっち向くなよ。こっちまで顔が赤くなっちまうだろうが!しょうがないだろ、あっちがまじめに聞いてきたんだ。なら俺もまじめに本音で答えるのが筋というものだろう。現にあだ名を呼ばれて困惑したがそれと同時に少々浮かれたのも事実だしな。これだけ言えばこの場は収まるだろ。一件落ちゃk
「少し?」
「ん?」
「少しだけなの~」
……ええと、これはどう答えれば良いんだ?多分あれだよね。俺の言ったことだよな?最後恥ずかしくなって少しってつけたのが不満だったのかな?これ返答しなきゃ駄目ですか?さっきのは勢いで言ったものであり、今同じセリフを言えと言われたら間違いなく顔を赤くして声が小さくなる自信がある。このまま突き通すか?でも中乃木がこちらをじっと見て離さないのだが。気のせいか少しソワソワしているように見える。ぐッ、覚悟を決めるしかないかッ!
「…普通に嬉しかったです。」
「普通~?」
「……とても嬉しかったです。」
「もう一声~!」
「ッ!すッごく嬉しかったです!」
「もっと激しく~!」
「滅茶苦茶嬉しかったです!内心浮かれてるのを隠すために必死で表情が動かないように我慢してましたッ!これからもそのあだ名呼んでください!よろしくお願いします!」
はい言い切った、言い切ってやったぞ!これでどうだ満足だろ!満足してくれ!頼む満足してくださいお願いします!これ以上は人が死ぬぞ。主に俺が。
「…うん、こちらこそよろしくね~すずむー!」
どうやら満足してもらえたようだ。それと一様釘をさしておかなければ。
「あと、一ついいですか?」
「ん~、何かな~?」
「その、クラスの奴らの前では控えてもらえますか?あいつら全力でいじってくると思うから……」
絶対に田中を筆頭にいじってくるのが想像に容易い。何なら今想像してイラッきたよ。明日殴ろう。
「……う~ん、どうしようかな~」
「え」
てっきりあっさりOKしてもらえると思ったのだが。何か要求してくるのだろうか。お兄さん今金欠だから奢れないよ。
「そこを何とか…」
「え~どうしようかな?」
「俺に出来ることなら何でもします。」
「今何でもするって言った~?
「あ」
目の前には俺の言葉を聞いて不敵に笑う中乃木。やべえやらかした。これが狙いだったのか!中乃木マジ汚え。
「あの、今のは言葉の綾で…」
「敬語。」
「え?」
俺の言葉は中乃木の一言で遮られる。
「今からすずむーは敬語禁止で~す。あと~他の子に敬語じゃなくていいって言われたら素直にそうすること~」
「ええ……」
腰に手をあて、指をビシッとこちらに向けてくる中乃木。こらっ人に指を向けるんじゃありません。というか何で敬語駄目なんだよ。正直女子と話すときはなるべく敬語が良い。恥ずかしさを隠すのにうってつけなのだ。こればっかりは譲らんぞ!
「何でもするんでしょ~?」
「いや、でもさあ……」
「あ~何だか急にすずむ~のこと呼びながら学内を回りたくなってきたなあ~」
「おう!これからよろしくな乃木!」
俺弱ぇぇぇぇ。もうちょっと粘れよ。するとさっきまで外野にいた三人も俺に話しかけてくる。
「それじゃあ私も敬語なくしてほしいなあ。鈴木君ともっと仲良くなりたいもん!」
「敬語を使うのは良いけどれど慣れないと大変でしょ。私も敬語は外してもらって構わないわ。」
「あたしも調子狂うから外してちょうだい。それと名字じゃなくて名前で呼んでくれる?名字はあんまり好きじゃないのよ。」
マジか、一気に敬語禁止勢が増えたよ。というか三好よ、ハードル上げるなよ。何こいつら俺の事辱めたいの?だったら大成功だよこの野郎ッ!と言ってもいうこと聞かなきゃ進まないだろうなこれ。…はあ~
「分かったよ。これからよろしくな。」
この後中乃木に言ったセリフを勇者部全員に知られてしまい黒歴史が出来てしまったのはまた別の話。
【おまけ】
「そういえばすずむー。」
「なんだ。」
「さっき私のことを中乃木って言ってたよね?」
「…ああ、うん。言ったね。」
「それって私のあだ名~?」
「そうだが…嫌だったか?」
「ううん、そうじゃないけど~、もうちょっと可愛いのがいいなあ~って。」
「…分かった、考えておく。」
「ホント?やった~!」
「おう、任せとけ。」
「出来れば、下の名前を主体にしてほしいな~」
「…………善処する。」
「うん!楽しみにしてるね、すずむー!」
こんな会話があったとかなかったとか。
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第四話 褐色少女は責任感が強い
どうにかこうにか今月中に投稿する事が出来ました。それじゃあどうぞ!
樹海
四国を守る結界を創り、勇者に力を与える存在である神樹がバーテックスが攻め込んできた時に発動する防御結界。この結界が発動している時は勇者以外の時間が止まるため勇者以外は認識できなかった。出来なかったはずなのだ。
何の因果か俺は樹海の中で動くことができる。本来なら生物・非生物問わず樹海化した瞬間に神樹と同化するはずなのにだ。何故かは分かっておらず、大赦も原因を探るため丸一日使って検査したのだが結果は芳しくなかったようでお手上げ状態。勇者の適正は当然あるわけもなく、完全に足手まとい。まあそこは仕方ない。女の子の後ろにガタガタ震えながら隠れることに思うことがないわけではないが仕方ない。仕方ないったら仕方ない。まあソノ(中乃木の新しいあだ名)のおかげで勇者部とは
「なんで!俺だけ!みんなと違う場所に
何度となく時間が止まり、何度となく樹海に来ているが一度たりとも勇者部メンバーの傍に転移されないのだ。しかも転移される場所はだいたい
(マジで何なの?神樹様俺の事嫌いなの?あれかな、今日の朝の挨拶で拝をせずに漫画を読んでいたこととか、神棚を掃除しなかったことに怒ってんのか。もしそれが原因だったら器小さすぎませんかね神樹さm…クソウッド!もうお前なんてクソウッドで十分だ!まあ口に出しては言わんがな。そんなこと言ったら大赦の人達に消されかねんし。というその前に
「おーい!みんな何処だーッ!マジで助けt…うわッ!ッぶな!いきなり突っ込んでくるなよ白饅頭!あ、嘘です。ごめんなさい。歯をカチカチ鳴らしながら迫ってこないでください。死んでしまいます。」
横から突然出てきた白饅頭を間一髪しゃがんで避ける。今の避けることができなかったらと思うとゾッとする。後ろを振り向けば最初より量が増えている。集合体恐怖症の人が見たら卒倒するだろうなこれ……
(……まだ二分くらいしか経ってないのに息が上がってきた。やはり運動不足は否めないなあ。体力付けないと…でも一人じゃ絶対続かないしなあ、どうしたものか……)
息を切らしながら今後のことを考えていると視界の端で何かが動いた。また追加かと思いそちらに振り返 る前に後ろから轟音が鳴り響き、走っていた方向に吹っ飛ばされる。あれ?これデジャブ?
「ぐぼへッ!」
ゴロゴロと数回転がったのちに背中から壁にぶつかり止まる。身体の節々が痛い。背中は多分痣が出来てるなこれ。
「大丈夫か?」
声のした方を向けば俺に向かっていたバーテックスをなぎ倒したであろうヌンチャクを片手に携えた白い勇者が一人。
「ええ、なんとか…今日はあなたですか棗先輩。」
彼女は
『…古波蔵棗だ……よろしく頼む。』
この人俺のご同類だ(不名誉極まりない)。
一見素っ気なく聞こえる自己紹介だったが、俺には分かる。その声には優しさが含まれて降り、こちらを気遣う気持ちがひしひしと伝わってきた。彼女は見た目で勘違いされる系の口下手リアン(口下手な人達の総称)なのだろう。系統は違うが俺のご同類だ。めっちゃ親近感。そんなこんなで今は問題なく会話出来ている。え?敬語を外す約束は良いのかって?先輩を敬うのは当然でしょ(すっとぼけ)。
「……すまない鈴木。私のせいで…」
普段からあまり動かない彼女の表情に影が差す。いったいどうした…ああ、俺が吹っ飛ばされたことかな?まいったな、確かに体中痛いがあいつらにカムカムされるよりましだし、彼女もわざとやったわけではないだろう。強いて言えば俺を彼女達のちかくに転移させないクソウッドが悪い。そうだよクソウッドが諸悪の根源じゃないか!あんにゃろうッ、マジ許さねえ!
「大丈夫ですよ棗先輩。大して怪我もしていませんし、問題ないでッ!」
立ち上がった瞬間、背中に痛みが走り思わず顔を歪めてしまう。それを見て彼女は一層心配そうに見てくる。
「やはり怪我を…すまない。私がもっと速く、もっと上手く助けられていれば怪我を負わずに済んだかもしれない……」
そう言って下を向いてしまう棗先輩。出会って数日しか経っておらず、接した回数だってそこまで多くはないが、それでも彼女が心優しい女の子だということはわかる。現に彼女は今自分を責めている。俺に怪我をさせたと心の底から自分責めているのだ。その優しさは彼女の美徳なのだろう。でもだからってこのまま引きずられても困る。シリアスな空気はホントに勘弁して欲しいのだ。息が詰まってしかたない。どうしたものか…あっそうだ。
「あの棗先輩。」
「……なんだ?」
「あのですね、棗先輩に頼みたいことがありまして…」
「分かった。」
「はやッ!」
めっちゃ即答された。食いつきは上々と言ったところだ。
「いやまだ何も言ってないですけど…」
「私は鈴木に怪我を負わせてしまった……だから償いたい。私のできることなら何でもしよう。」
何でもするというパワーワードがとても魅力的だが、今はふざけている時ではない。とても、とても!惜しいがちゃっちゃと本題に入ろう。
「いや大した事じゃないですよ。ただ俺の体力作りを手伝って欲しくて。」
「体力作り?」
「そうなんですよ。バーテックスに追われて思ったんですけど俺には圧倒的に体力が不足していると思ったんですよ。」
「確かに鈴木の体力の無さは壊滅的だからな。」
「お、おう……」
さっきまで落ち込んでいたのにかなりズバズバ言ってくれるじゃないか。
「んんッ!なので運動が得意な棗先輩に頼みたいのですが、駄目ですか?」
「いや、そのくらいなら構わないが…そんなことで良いのか?」
「いやいや結構大切ですよ。体力がないとすぐに息切れしてしまいますし、身体だって悲鳴上げます。運良く助かっているからこれからも大丈夫なんて楽観視してたら死にかねませんからね。俺にとってこれは死活問題なんですよ。それに一人だとサボるかもしれないので監視的な意味でもお願いしたいなあと。」
あっけらかんと言ってはいるが実際マジでやばいのだ。もしもバーテックスが大量に攻めてきたら?それにより救援が不可能な状態になったら?これからどうなるか分からないため体力には余裕が欲しい。
「……分かった。役に立つかは分からないが全力で頑張らせてもらう。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
どうやら無事シリアスパートを回避できたようだ。フハハハ!さす俺!
「それじゃあまた敵が来るかもしれないからそろそろ移動しましょう。」
「そうだな。」
俺の提案に棗先輩は同意し、淡々と右腕を腰より少し高い位置に、左腕を腿の裏にまわして持ち上げた…ん?
「あ、あの…棗先輩?」
「何だ?」
「これお姫様抱っこ……」
「この方が早く運べる。」
「あ、いやそうじゃなくて単純恥ずかしいいいいいぃぃぃぃぃッ!」
「あまり喋らないほうがいい、舌を噛むぞ。」
「それならもっとゆっくりいいいいいぃぃぃぃぃッ!」
「まだ敵が残っている、急がなければ。」
「 ッ!」
棗先輩に運ばれている俺は終始羞恥と空気抵抗に悶え苦しむことになる。その時棗先輩が俺をお姫様抱っこしている姿をみんなに見られたのは言うまでもない。
「走りに行くぞ鈴木。」
「棗先輩説明求ム。」
時刻は午前5時。普段ならまだ掛け布団に包まっているはずの時間なのだが、今日はこんな時間に親に叩き起こされた。そして何事かと親に言われて玄関に行ってみたところいきなり冒頭の棗先輩のセリフである。わけが分からん。
「良いからさっさと準備しなさい。」
「そうだぞ鈴木、時間は有限だ。」
「いやいやいやいやいや…」
この空間には俺と棗先輩以外にあと2人いる。勇者部随一の脳筋勇者である
「ちょっと誰が脳筋よ!」
「私のどこが天然だと言うんだ!」
「鈴木の家の場所は園子から聞いたんだ。」
「ちょっと、人の思考を勝手に読まないでもらえます。」
「全部口に出てんのよ!」
どうやら寝起きのため頭が回っておらず、思考が駄々漏れだったようだ。というかソノはどうやって俺の家を知ったんだ?少なからず勇者部の面々には教えていないはずなのだが…この件は後で本人聞くとしよう。今は目の前の案件が先だ。
「それで家に何ようですか?」
「走りに行くぞ鈴木。」
「それはさっき聞きました。俺が聞きたいのは何で急に…あっ、もしかして昨日のですか?」
「そうだ。」
「…もしかしなくても今日から?」
「?そうだぞ。」
そう言って頷く棗先輩。どうやら冗談とかではなく真面目に今日から走るらしい。マジか…確かに走る気ではいたが早くて明日からだと思っていた。だってこういうのって計画立てたりするものじゃないの?いやまあでも百歩譲って今日走るのは良い。良いのだが……
「何で二人までいるの?」
「何よ、私達がいちゃ悪いわけ?」
そう言ってこちらを睨んでくる夏凜。ええい、何故一々突っかかってくるだこの脳筋ツインテールは!あと質問を質問で返すなって先生に教わらなかったのかねぇ。
「それは私達が棗の相談相手だからだ。」
俺の質問に答える若葉。何でも棗先輩が部室で珍しく悩んでいるようだったので相談に乗ったらしい。俺が納得していると夏凜が話に入ってきた。
「アンタ私達に感謝する事ね。」
「ええ、何故急に上から目線…」
「もし私達が棗の相談に乗ってなかったら、アンタ時間が許す限り延々と遠泳させられることになってたわよ。」
「格別のご配慮をいただき、誠に痛みいりまする。夏凜様と若葉様には足を向けて寝られませぬ。このご恩は一生忘れぬ所存でござる。」
「はやッ!いつ土下座したのよ!」
「というか語尾が変わっているぞ…」
「何故鈴木は夏凜と若葉に土下座をしているんだ?」
棗先輩も天然ではあるとは思っていたがまさかここまでとは。天然は人を殺すんだな…また一つ賢くなったぜ☆あれ?でも棗先輩が相談したことによって天然がもう一人追加されちゃってるんだが…これ俺の死傷率が上がったのでは?
「夏凜様!貴方様だけが頼りでございます!どうか御身の寛大なお心で私めをお救い下さい!」
「ああもうッ!良いから動きやすい格好に着替えてきなさい!」
「イエスッ、マムッ!」
そんなコントじみたやり取りをしながらジャージに着替えるために部屋にダッシュする。
「どうやら夏凜とは既に打ち解けているようだな。」
「ああ、さすが夏凜だ。」
「は、はあッ!べ、別に打ち解けてなんかいないわよ!ただ、アイツが怪我したら私達の戦闘に支障が出るかもしれないからしょうがなく協力してるだけなんだから!」
「…これが風の言っていたツンデレか?」
「違うわよ!」
そんな会話が行われていることを鈴木本人は知る由もない。
「全く世話が焼けるわね。」
「面目ねえ…」
「まさかここまで体力がなかったとはな…よくこれでバーテックスから逃げられていたものだな。」
「大丈夫か、鈴木。」
場所は夏凜と若葉が鍛錬をしているらしい海辺。家からかなり離れていたがなんとか走りきれた。まあその後気を抜いてしまい膝から崩れ落ち、座れる場所まで運んでもらってしまったが。
「それじゃあ私達は何時も通り稽古してくるわ。あんたはさっき渡した鍛錬メニューに目を通しておきなさい。」
「はい…はあ…行って、らっしゃい…」
「ああ行ってくる。棗お前はどうする?」
「…私は遠慮しておく。二人で行ってきてくれ。」
棗先輩の返答にそうかと返した若葉は木刀を持って夏凜と共に稽古を始める。その木刀はどこから出したんだ?というか全然目で追えないのだが…えっちょっと待って、あの二人本当に人間か?俺も頑張ればああなれるのかねぇ…無理だな。
「鈴木。」
「はい何ですか?」
凄まじい二人の攻防にわかぼし引いていると棗先輩が話しかけてきた。
「すまないな。」
「…ん?何がですか?」
「…本当なら私が鈴木の鍛錬メニューを考えなければいけないのに、ほとんど夏凜と若葉に任せっきりになってしまった。」
「えっいや…え?」
「私は償うためにお前の申し出を受けた。だから私は…」
「……」
ええと…先輩は何でそんなに思い詰めてんの?あれ、これそんなに重い話だったか。何なの、棗先輩はシリアス大好きなの?シリアスな空気にしないと死んじゃうの?俺に関わってなかったら放っておくのに…
「あのですね棗先輩。不本意ですが俺はこれから大なり小なり怪我しますから、一々気にしてても仕方ありませんよ。」
「…それでもお前は痛がっていた。」
「そりゃあ痛いですよ、怪我をしたんですから。昨日なんて寝る前に背中の痣に塗り薬塗ったせいで塗った部分がヒリヒリしてあんまり眠れませんでしたし。」
「……」
「でも、」
「?」
「俺は棗先輩に命を救われました。だから感謝こそすれ責めることなんてしませんよ。」
「そう、か……」
んん…あともう一押しと言ったところか?さてどうしよう…ああ、ヤバい。火照ってた身体が冷め始めたせいで途端に睡魔が襲ってきた。早く考えないとこのままだと眠ってしまいそうだ。頑張れ、頑張れ俺!
「そういえば俺のために練習メニューを色々と考えてくれていたんですね。」
「ああ、だがそれも夏凜と若葉が…」
「何言ってるんですか。棗先輩俺なんかのために考えてくれた、その過程が嬉しいんですよ。」
「そんなものか…」
「そんなものです。それにさっきもキツくて息切れして正直途中でやめたくなりましたが、夏凜と若葉、それと棗先輩と一緒に走れて楽しかったです。棗先輩はどうでした?」
「私は……うん、私も楽しかった。」
「そうですか…ならこれからもお願いしてもいいですか?」
「…私でいいのか?」
「はい、俺は棗先輩にお願いしたいんです。」
「…ああ、わかった。お前がサボらないよう、しっかり監視させてもらう。」
「アハハ…お手柔らかに。」
なんかとても恥ずかしい事を言っていた気がしないでもないが、眠くてそれどころじゃない。まあ棗先輩も笑顔になってるみたいだし大丈夫だろ。さて夏凜と若葉には悪いが少し寝よう。それじゃあ、おやすm…
トンッ
…何故か急に右肩が重くなった。何だろう走っている時に腕を振りすぎたかな?後で湿布貼らないトナーアハハ……現実逃避はここまでにしよう。
「あの、棗先輩?」
「……ああ、すまん。昨日は私に出来ることを考えていてあまり眠れなかったんだ。」
「へ、へえ…」
やばい…ッ!何がやばいって目と鼻の先に棗先輩の頭が…あっ、綺麗な髪だな…いや何じっくり観察してるんだよ俺は!一旦落ち着け俺、深呼吸をするんだ。スー…ああいい匂い、仄かに潮の香りも…って違うだろ!何じっくり匂い嗅いでるんだよ!これじゃあまるで俺が変態みたいじゃないか!
「…なあ、鈴木。」
「え、あ、はい。なななんでせうか?」
こちらがパニックに陥っていると知ってか知らずか棗先輩が話しかけてくる。肩に頭を乗せたまま。何だろう肩に頭乗せながら話されるととてもこそばゆい。
「……俺なんかなんて言うな。」
「……」
「お前は私達の仲間なのだから。」
「 。」
「…スースー」
どうやら眠ってしまったようだ。全くこの先輩は人の肩で気持ち良さそうに寝おって。はあ…
「……もう少し頑張るか。」
この後夏凜と若葉の訓練が終わるまで練習メニューに目を通すのであった。
【おまけ】
「なあ鈴木。」
「何ですか棗先輩。」
「…お前は海が好きか?」
「海ですか?」
「ああ。」
「…まあ嫌いじゃないです。」
「…そうか。」
「はい。」
「……」
「……」
「鈴木。」
「は、はい。」
「今日、暇か?」
「は、はい暇です、はい。」
「そうか、なら鈴木に海の素晴らしさを教えたいと思う。」
「は、はい……え?」
「それじゃあ、また後で。」
「え、ええ?は、はい。」
スタスタ
「……これってデートのお誘い?」
その後ガッツポーズをしながら校庭を駆け回る男子生徒が目撃されたのは別の話。
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第五話 雨の日の姉妹
投稿遅れてすいません…
そして一言、キャラの口調が分からない…ッ!(切実)
雨の日は好きではない。むしろ嫌いだ。外に出るときは傘を差すため片手が塞がる、湿気で部屋の中は蒸す、夜になるとカエルがうるさいなど挙げればきりがない。そんな嫌いな雨の日が何日も続けば憂鬱になるのは仕方ない話だ。いっその事休んでしまいたいが、当然親が許してくれるわけもない。百歩譲って休めたとしても、勇者部連中にバレたらそれこそ面倒なことになる。最悪ひなたさんにつるされた挙句に、東郷や須美ちゃん辺りに説教されかねない。そんな訳で今日も泣く泣く通学路を歩き学校に向かう。
アラ、アレスズキジャナイ
エ、ドコオネエチャン
雨の日ってだけで憂鬱なのに、その上この時期は期末試験もある。赤点取らないようにしないとな。そういえば勇者部のメンバーはテスト大丈夫なのだろうか?主に結城とか高嶋とか球子とか、あと
ヤッホースズキー
オ、オネエチャンコエガオオキイヨ
テストを越えれば次は夏休み。去年は家でゴロゴロしていることが多かったが、今年はどうだろうか。勇者部は夏休み中も活動するだろうし、バーテックスの件もあるから必然的に忙しくなるだろう。勇者部もバーテックスも夏休みくらい休めよ。バーテックスに夏休みがあるかは知らんが。
アラ、キコエテナイミタイ、オーイスズキー
ア、マッテヨーオネエチャーン
というか夏にあんな狭い部屋に大人数集まったら熱中症になるのでは?なんなら部屋にたどり着けずに途中でぶっ倒れるまである。もしも夏休みまで部活をやるとなれば、断固抗議することもやぶさかではない!……負ける未来しか見えない。
「いや、諦めるな俺!夏休み入る前に何とか、」
「何を諦めないのよ。」
「うあっしょいッ!」
「うわッ!ちょっと、いきなり大きい声出さないでよ。ビックリするじゃない。」
驚いて後ろを向けば、我らが勇者部の部長にして、自称女子力マイスターの
「ハア…ハア…ふう、おはようございます。鈴木先輩…」
「お、おう…おはよう樹ちゃん。」
「は、はい…」
「………」
「………」
沈黙ッ!圧倒的沈黙ッ!気まずい空気が流れる。勇者部は基本フレンドリーなのだが、集団にいる以上無論そうではない人だっているのは当たり前だ。その中でも樹ちゃんは人一倍引っ込み思案の人見知りで尚且つ男子と話すことにあまり態勢がないとのこと。対して俺も後輩の女の子という未知の存在にどう接すればいいか分からず、戸惑うばかりである。その結果今の状態である。俺の方が先輩なのに情けない。そんな俺達を見かねてか犬部長が俺たちの間に入ってくる。
「ちょっと部長であるアタシに挨拶がないわよ。」
「あ、犬部長。おはようございます。」
「うむ、おはよう…って、誰が犬部長よ!」
「あ、すいません。ついうっかり…」
「うっかりってあんたねえ…」
「あはは、やっぱり朝は駄目すっね。頭が回りませぬ。」
「…ませぬ?」
俺の語尾に対して首を傾げる樹ちゃん。その仕草は小動物のようで、こう……庇護欲をそそられる。口には決して出さんがな。そんなことしたらこの
「それよりも、早く学校行かないと、遅刻しちゃいますよ。」
「…そうね、時間に余裕があるとはいえ、雨の中で立ち話ってのも可笑しいわよね。それじゃあ行くわよ樹、鈴木。」
「え、俺も?」
「当たり前じゃない。それとも他に待ち合わせしている人でもいるの?」
「いや、いませんけどね…」
「ならいいじゃない。」
「いや、でも……」
たしかに俺としては美少女姉妹と登校なんてシチュエーション、最高にテンション上がる展開だが、ギャルゲーしかやったことない恋愛マスター(失笑)ではどう足掻いても太刀打ちできない。女の子だらけの部活に入ってるくせに何言ってんだこの童貞とか思ってるやつがいるのなら考えを改めろ。
それに一緒に登校している姿を誰かに見られた場合、少々めんどくさいことになるかもしれない。この前だって棗先輩達と毎朝走っていることを何処からか聴き付けた奴らに追い回されたのだ。「私たちのお姉様に近づく悪い虫!」と言いながら追いかっけて来たのは記憶に新しい。なんなら最近夢に出てくるまである。
今回も同じようなことが起こらないか気が気ではないのだ。やはりここは丁重にお断りをして、ん?
「あ、あの……」
…可愛い生き物が俺の袖の端を遠慮がちに引っ張ってきているのだが、俺は一体どうすればいいんだ?
「…一緒に、登校しましょう。」
「え?」
「ダメ、ですか?」
「あ、いや、そういう訳じゃ…ッ!」
「ど、どうかしましたか?」
「……な、何でもないよ。あと全然駄目じゃない。一緒に行こう。」
「え?いいんですか?」
「うん、それじゃあ行こっか。」
「は、はい!行こうお姉ちゃん。」
「はいはい、分かったわよ。」
そう言って歩き出す樹ちゃんと犬部長の後ろを付いていく俺。まあ、あれだ。樹ちゃんが勇気を振り絞って声を掛けてくれたのだ。そんな誘いを断るのは先輩が廃るというものだ。決して「アタシの妹の誘いを断ろうっての?お?」と
「あッ!」
「ピャッ!どうしたのお姉ちゃん!」
他愛のない会話しながら三人で歩いていると、もう少しで学校に着くといったところで急に大声を上げた犬部長。そのせいで声を上げて驚く樹ちゃん。そして樹ちゃんの驚いた声が可愛すぎて心臓が止まりかける俺。大惨事である。
「アタシ今日日直だったのすっかり忘れてた!ゴメン樹、アタシ先に行くわね。鈴木アンタは樹をキチンと送り届けるのよ。これは部長命令だから!」
「え、ちょ、待っ…」
「お、お姉ちゃん!」
口早で捲し立て走り去って行く犬部長。そして再び訪れる沈黙。当たり前だ、さっきまでの他愛のない会話は犬部長がいたからこそ成り立っていたのだ。こうなるのは必然である。やべぇ…どうしよ、先輩として声かけたほうがいいのか?さすがにこのまま立ちっぱなしってわけにもいかんでしょ。よし、話しかけるぞ…話しかけるゾッ!せ、せーの!
「な、なあ…」「あ、あのッ!」
「「………」」
「…俺からで良い?」
「は、はい何でしょう。」
「いや、大したことじゃないよ。ただ先に進もうって言おうとしただけ。ここで立ち止まってるのも変だしさ。」
「そ、そうなんですか?実は私も同じことを言おうと思ってて…」
「あ、そうなんだ。同じこと考えてたなんて俺たち気が合うね。」
「え?」
「……あ」
何言ってんだよ俺はああぁぁぁぁああッ!!そんなこと言ったら引かれるだろうがあああアァァァァッ!…終わった、もう終わりだ。これから俺は樹ちゃんに白い目で見られ、勇者部メンバーにも陰口叩かれるんだ。そして最後には犬部長権限で退部させられて、樹海で路頭に迷い、バーテックスに踊り食いされるんだッ!お義母さん、今まだ育ててくれてありがとう…さようなら俺の人生…
「…フフッ」
「……え?」
「あ、いえ、すいません。鈴木先輩を見てたら緊張が解けちゃって。」
「え?それは一体…」
「だって鈴木先輩、私よりもアタフタしてるじゃないですか。それが可笑しくて…フフッ」
どうやら引かれてはいないらしい。それどころか俺の慌てふためく姿を見て笑っていらっしゃるようだ。成程…樹ちゃんってもしやS…?
「それじゃあ行きましょうか鈴木先輩。」
「あ、うん。」
一頻り笑い終えた樹ちゃんの言葉に生返事を返して歩き出す。お互いの間に会話はないがさっきまでの気まずい雰囲気は流れていない。何というかこの沈黙は心地いい。
「あの鈴木先輩。」
「ん?何?」
「何で一緒に登校することオーケーしてくれたんですか。」
「魔王が怖かったから。」
「え?それってどういう…」
「あ、いや、その……そ、そんなことより樹ちゃんはどうして俺を誘ったの?」
「え?どうしてですか?」
「うん。樹ちゃんってさ、その…あんまり僕と話すの得意じゃないでしょ?」
「………」
その問いに黙り込んでしまう樹ちゃん。さすが切り込みすぎたか。出来る限り言葉は選んだけど、やっぱり女子との会話は難しい。ここはやはり聞き役に徹するのが一番だろう。
「……私のお姉ちゃんはすごいんです。」
「うん……うん?」
「しっかり者で行動力があって、家事全般何でもできて、勇者部の皆も引っ張れる、私の自慢のお姉ちゃんなんです。」
「あ、うん…そうなんだ。」
駄目だ聞き役に徹しても難しい。何故いきなりお姉ちゃん自慢し始めたのこの子。俺の質問無視されたってことか?おめぇの質問になんて答えねえよってことですかね。…うん、まあいいや。心折れそうだけど、ここはグッとこらえて会話を続けよう。
「樹ちゃんはホントに部長のこと好きなんだね。」
「はい!自慢のお姉ちゃんなんです。」
「お、おう(何で二回言ったんだ?)」
「……私はそんなお姉ちゃんの隣を歩いていけるようになりたいんです。」
…つまり樹ちゃんは部長のようになりたいという事だろうか?樹ちゃんが部長みたいに…そのままでいいと思うんだけどなぁ。でもここは彼女の事を否定せず、尚且つユーモアを取り入れて会話を繋げよう。
「…さっきまで隣同士で歩いてなかったっけ?」
「あ、いや、そういうことじゃなくて、えーと…えーと……」
頭を左右に振りながらうんうん唸っている樹ちゃんは可愛いのだが頭を左右に振るのにつられて揺れる傘が正直危ない。ボケにも真面目に答えようとする樹ちゃん可愛いのう…
「ごめんごめん、言いたいことは大体わかるから。だから落ち着いて。」
「は、はいすいません……待ってください、分かってたってことは揶揄ったんですか?」
「………」
「鈴木先輩、こっち向いてください。」
「…はい。」
「揶揄ったんですか?」
「……すいませんでした。」
「………」
どうやら俺のユーモアは届かなかったらしい…そんな俺を頬膨らませてジト目でこちらを睨んでくる樹ちゃん。正直全く怖くない、むしろ可愛い。頼んだら膨らませている頬を突かせてもらえないだろうか。
「…反省していますか?」
「あ、はい(適当)。」
「本当ですか?」
「もちろんです(真顔)。」
「…分かりました許します。」
どうやら許してもらえたようだ。樹ちゃんの表情はいつも通りに戻る。ああ、プニプニの頬っぺたプニプニしたかった……そんなことしたら女子力魔人の手で〇されるだろうなぁ…
「でも良かったです。」
「え、何が?」
「私ちゃんと鈴木先輩と話せました。」
「…それってどういう事?」
「…私男の人と話すのが苦手で、だから鈴木先輩と話す時いつもぎこちなくなってしまって、それで鈴木先輩にも迷惑かけてしまって…」
「……」
「でも今日こうして勇気を振り絞って、ちゃんと一人でもお話出来ました。だから、その…ありがとうございました。」
…本当にいい子だな樹ちゃんは、お礼を言わなきゃいけないのはこっちなのに。
「…俺は樹ちゃんに言っておきたいことがある。」
「ふぇ、何ですか?」
「まず一つ俺も女子と話すのがあまり得意じゃないこと。日々四苦八苦してるし、家では毎日反省会だよ。変な事言ってなかったかなとか、あの時の言葉で相手はどう思ったのかなとかさ。」
「…鈴木先輩もだったんですね。」
「うんそうなんだ。二つ目は俺もお礼が言いたいってこと。」
「え、お礼って何のことですか?」
「樹ちゃんが振り絞ってくれた勇気のおかげで俺も勇気を持てたからね。だからありがとう。」
「そ、そんな…私大した事してないですよ。」
そう言って照れながら笑う樹ちゃん。ああ"あ"あ"あ"可愛いんじゃあ~(錯乱)。おっといけない、少しばかり気が触れてしまったようだ。煩悩退散煩悩退散ッ!
「んんッ!最後に樹ちゃんさっき言ってたよね。部長はすごいって、そんな部長の隣を歩いていきたいって。」
「は、はい言いました。」
「でも樹ちゃんもすごいと思うよ。」
「え?」
「確かに部長はすごいと思うよ。なんてったってあのクセのある人達を束ねて勇者部の部長やってるわけだしね。でも樹ちゃんだって小学生組を引っ張ってるじゃないか。」
「そ、そんなこと…」
「それに部長が言ってたよ。樹ちゃんはここぞという時に頼りになるんだって。」
「え!?お姉ちゃんそんなことを…」
勇者や大赦、新樹、この世界の成り立ちを犬部長が話してくれた時に嬉しそうに言っていたのをよく憶えている。何でも「私も一緒に行く!ついて行くよ、何があっても…」と言ったとか。何でも犬部長は最初、お役目のことを勇者部の皆に黙っていたみたいなのだ。その時の犬部長の心境は俺には分からないが少なくとも樹ちゃんの言葉が犬部長を救ったのだろう。じゃなきゃあんなに嬉しそうには語らないだろう。
「まあ何が言いたいかって言うと、部長にも樹ちゃんにも自慢し合えるものがキチンとあるってこと。だから自信もっていいと思うよ。まあ俺なんかに言われなくてもわかってると思うけど…」
「……」
「ああごめん、偉そうなこと言って…」
「い、いえ!そんなことないです。むしろ、その…嬉しいです。」
「お、おうそうか。」
「は、はい…」
「………」
「………」
「よ、よし!この話はここで終わり!違う話をしよう!」
「そ、そうですね!そうしましょう!」
お互い顔を赤くしながら話を逸らす。最後はグダってしまったが、少しは先輩らしくできただろうか?俺の言葉が少しでも樹ちゃんの自信に繋がれば良いなと思う。それにしても勢いでまた小っ恥ずかしいことを言ってしまった。これは家に帰ったら反省会だな。
その後しばらく二人だけの他愛のない会話が続くのであった。
【おまけ】
『え、勇者部って部長が作ったんですか?』
『そうよ、つまり私は初代勇者部部長ってわけよ!どう?かっこいいでしょ!』
『初代勇者がいるのにその肩書はいいんですか?』
『うっ、それを言われると痛いわね…若葉たちに許可取ったほうがいいのかしら?』
『そんなことより話を戻しましょうよ。』
『そんなことって何よ!重要なことでしょ!』
『はいはいその話は後で聞きますから、続きをお願いします。』
『ぶー、分かったわよ。それでどこまで話したっけ?』
『あれですよ、勇者部誕生秘話までですよ。』
『ああそうそう、そうだったわね。まあと言っても表向きはボランティアに勤しんで、裏ではお役目でバーテックスを倒すってだけなんだけどね。』
『ざっくりしてますね。』
『細かく言うならもっとあるけど、今は大まかに知ってればいいわ。』
『はあ、分かりました。』
『よし、じゃあここまでで質問はある?』
『…一ついいですか?』
『何かしら?』
『結城や東郷、樹ちゃんって最初どんな反応だったんですか?』
『……』
『あ、いや、すいません。ちょっと気になっただけです。言いたくないなら大丈夫です…』
『…あの子たちは最初混乱してたわ。東郷には何で言ってくれないんだって怒られちゃってね…』
『……』
『友奈はあの性格だから、怖かったとは思うけどそれを表には出さなかったわ。それどころか私が励まされちゃったわよ。まったく、部長のメンツ丸つぶれよ。』
『…樹ちゃんはどうだったんですか。』
『…樹はあの時真っ先に私と一緒に戦ってくれたわ。』
『樹ちゃんが、ですか?』
『信じられない?』
『あ、いえ、そんなことは…』
『樹は確かに憶病で引っ込み思案な性格だけど、いざって時は私なんかよりよっぽど頼りになるのよ。』
『そうなんですか…』
『あの時の樹はホントにカッコよかったのよ。「私も一緒に行く!ついて行くよ、何があっても…」って言ってくれてね……』
『………はは。』
『…何よ、なんで笑ってるのよ?』
『あ、いや、部長って樹ちゃんの事大好きなんだなあと思って。』
『当ったり前じゃない!なんたって樹は私の自慢の妹なんだから!』
『…羨ましいっすね。俺も欲しいっす可愛い妹。』
『欲しいって言うだけならいいけど、うちの妹に手出したらぶっ飛ばすわよ。』
『出しません、出しませんからスマホ取り出さないでください、お願いします。』
『うむよろしい!じゃあ続き話すわよ。』
『へーい。』
鈴木が勇者部に入部してすぐの出来事である。
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第六話 真面目少女の向き合い方
呼んでいただいた方たちは今もこのサイト利用してるのかな…
まさか続きを投稿できる日が来るなんて思わなんだ…
それではどうぞ!
「はい、みんなお疲れ様。今日の活動はこれで終しまいよ。」
「よっしゃー!じゃあさ、みんなでうどん食いに行こうぜ!」
「おおッ!いいスッね、お供します球子さん。」
「私も行きたい!ぐんちゃんも一緒に行こう!」
「ええ、高嶋さんが行くなら私も行くわ。」
「私たちはもちろん蕎麦よ!なんたって蕎麦私たちのソウルフードッですもの!」
「そうだねうたのん。」
「ねぇねぇ、アッキーはどうする?」
「うーん、せっかくだし私も参加しようかなぁ。」
部活も終わり各々会話を始める中、俺はそそくさ帰る準備を行う。俺の状態はというと、今日もセコセコと馬車馬のように働きヘトヘトである。因みに今回俺に課された依頼は依頼主のペットの猫が行方不明になったためその捜索であり、今日は残念ながら成果なし。
多分だが普段勇者部が受けてる依頼の中で1、2を争う難易度だと思う。聞き込みで情報を収集し、目撃証言があった場所を手あたり次第捜索の繰り返し。捜査は足で稼げとはよく言ったものである。
「ねえ、鈴木くんも行こうよ!」
「え、行くって何処に?」
「何アンタ聞いてなかったの?みんなでご飯食べに行くのよ。」
「あぁ…」
正直このまま家に帰りたいが、今までの経験から断っても理詰めされて結局行く羽目になるのだから今日は大人しくついて行こう…帰りたいけどな(切実)
「分かりました、それじゃあお供させていただきm…何ですか?その珍しいもの見るような目は?」
俺が返事をした途端部室内いた全員の視線がこちらに向けられる。俺なんかおかしなこと言ったかな?
「いや、アンタならもっと駄々こねると思ってたから…」
「すずむーはいつも否定から入るもんね~」
「少し残念ですね、今日はどうやって言い包めようか考えてたのですが…」
「まぁいざとなれば部長命令で強制連行だけどね!」
「お姉ちゃん、それはちょっと…」
事実なので何も言えない…というか上里さんはやっぱり楽しんでたのね。道理で生き生きと外堀を埋めてくるわけだ。それと犬部長は相変わらず犬部長だなぁ…
「よーし!それじゃあ皆でレッツゴー!」
『おおッ!』
ホント元気だな勇者部は…
「…銀、そのっち。早くしないと置いてかれちゃうわ。」
「分かってるって。鈴木さんも!早く行きましょうよ!」
「すずむーセンパーイ!置いてかれちゃいますよ~」
バカ騒ぎしながら部室を後にする彼女達の背中を眺めていると、小学生三人組に声を掛けられる。思えばこの三人にも最初は警戒されていたが、年少組のリーダー的存在である樹ちゃんが間に入ってくれたおかげで今では
俺もなんだかんだで新しい場所で上手くやれてるという事なのだろうか…
…まぁ
そんなことを思いながら彼女達の背中を追いかけるのであった。
「前言撤回、来るんじゃなかった…」
「鈴木!何故うどんを食べないんだ!」
「これを期に蕎麦党に入りなさい鈴木!私たちはいつでもウェルカムよ!」
「雪花さん的にはラーメンをオススメだにゃあ~」
「…沖縄そばはいいぞ」
私、鷲尾須美の視線の先には鈴木さんを中心に麺類論争を繰り広げている勇者部上級生の皆さん。いえ、鈴木さんはどちらかと言うと巻き込まれている感じではあるが…
コトの発端は勇者部一同が今いるお食事処での出来事。このお食事処は値段もお手頃で学生である私たちの財布にも優しく、料理の種類も豊富であるため、勇者部でもよく利用している。
今日も学校帰りに立ち寄ることになり、皆さんが思い思いの
最初に声を上げたのはもちろん初代勇者にして勇者部最大派閥うどん派筆頭の若葉さん。ここに来店してうどん以外はありえない!と豪語し、鈴木さんにうどんの素晴らしさについて語りだした。
そこに待ったを掛けたのが諏訪の勇者にして所属二名の蕎麦党筆頭の歌野さん。このお食事処では蕎麦がナンバーワンよ!と若葉さんの力説を遮り、鈴木さんに対して蕎麦の歴史に語りだした。
それに割り込んできたのは北海道の勇者にして所属一人で派閥という矛盾を抱えたラーメン党筆頭の雪花さん。なんの!このお店はラーメンも負けてませんよ!とラーメンの味について解説し始めた。
そこにさり気無く入り込んできたのは沖縄の勇者にして麺類派閥論争には消極的な沖縄そば党筆頭の棗さん。先程から沖縄そばはいいぞと繰り返し呟いている。
「鈴木さん人気者だな!」
「わあ~、すずむーセンパイモテモテだぁ~」
そんな光景を近くで見ている銀とそのっちは呑気に眺めるだけ。助けなくていいのでしょうか…
「大丈夫だよ須美ちゃん」
「あ、樹さん!」
困っていた私を見かねてか、近くの席にいた樹さんが声を掛けてくれました。
「鈴木先輩なら大丈夫だよ。自分で何とか出来ると思うから。」
「え、でも…」
私が反論しようとしたその時、事態は動き出した。
「お待たせしました、きつねうどんとざる蕎麦のお客様~」
店員さんが若葉さんと歌野さんの注文した料理を運んできてたのを合図に鈴木さんは熱論している二人の話に被せるように口を開く
「ほら若葉に歌野!おまえらの注文したのが届いたぞ!俺の事は気にしなくていいからさっさと食べちまえ!」
「むっ、まだ話したりないが仕方ないか…」
「あとで鈴木には蕎麦のヒステリーについてじっくりティーチングしましょう!」
「私もそろそろ席に戻ろっと、頼んだ料理もうすぐ来ると思うし。」
「…また、あとでな。」
鈴木さんの一言で周りに集まってた先輩方が離れていき、それを確認した鈴木さんは安堵の表情を浮かべています。樹さんが言ってたのはこういう事だったのですね。
「ほらね?大丈夫だったでしょ。」
「はい、でもどうして分かったのですか?」
「鈴木先輩が言ってたの。追い詰められた時にこそ冷静に物事に対処してチャンスをものにするんだって。」
「鈴木さんがそんなことを…」
「でもあれ、鈴木先輩が読んでる漫画に出てきた悪役のセリフなんだって。」
「盗用したんですね…」
勇者部の黒一点であり、讃州中学の二年生鈴木さん。ある日何の前触れもなく樹海に現れ、私たちと共に勇者部に入部し活動していて、『神樹様の結界内に入ることが出来る』、『勇者に変身することが出来ない』等、多くの謎に包まれている人物。
現在は勇者部で私たちと一緒に奉仕活動に勤しんでいて、部活中は文句を言いながらもキッチリ行っています。それに加えて若葉さんや夏凜さん、棗さんと毎日欠かさず朝練を行ったり、歌野さんの畑を手伝ったりと様々な先輩方と交流を深めているらしく、最近では千景さんと一緒にゲームをしていたようで、そのことを高嶋さんが嬉しそうに話していたのは記憶に新しく、私も失礼ながら少し驚いてしまった。
そんな鈴木さんに
実を言うと鈴木さんが樹海に現れた日に勇者部では緊急会議が行われた。議題は主に鈴木さんが何者なのか、そして鈴木さんの処遇についてだ。
会議中には様々な意見が上がり、味方か敵か、味方であれば新たな勇者や巫女、敵であれば造反神が寄越した新種のバーテックスの可能性。あらゆる可能性が挙がった。
その結果、現状鈴木さんが何者かは分かっておらず、処遇についても勇者部に入部してもらい、私たちの目の届く範囲居てもらう、何人かの察しのいい先輩は暗に口には出さなかったが所謂監視という形になった。もちろん鈴木さんはこの事を知らない。隠し事をしているようで気が引けてしまうが、万が一ということもある。
「樹さん!さっきのセリフ、あの人気漫画のセリフですよね!アタシも読んでるんですよ!」
「ミノさんは鈴木先輩に勧められたんですよ~私もハマっちゃって~」
「へぇそうなんだ、私も気になるかも…」
鈴木さんはいつの間にか銀とそのっちとも仲が良くなっており、2人の口から鈴木さんの名前が出てくる頻度も増えた気がする。
…なんだか私だけ仲間外れにされているような…帰ったら銀とそのっちが話している漫画について調べる必要があるわね。べ、別に私だけ仲間外れになっているのが寂しいのでは断じてありません!こ、これは鈴木さんの情報を少しでも集めるために必要なことであって…その…
「………美?…須美!」
「…ッ!あ、銀…」
「わっしー大丈夫ぅ?もしかして具合悪いのぉ~?」
「そうなの須美ちゃん?」
「い、いえ大丈夫です。そのっち、銀も大丈夫よ。少し考え事をしてただけだから。」
「…わっしーの考え事ってすずむー先輩の事?」
…ッ!流石そのっちね、こういう時は鋭いんだから。
「…なぁ須美、まだ鈴木さんの事警戒してるのか?」
銀の問いかけに私は押し黙ることしかできず、肯定も否定もしない。
「…須美がアタシ達や勇者部のために色々考えてくれてるのは分かるし、それはアタシも嬉しいよ。でもさ、鈴木さんは須美が思うような人じゃないと思うんだよ。」
「右に同じくなんよ~」
…私だって鈴木さんが悪い人だとは思っていない。むしろ友奈さんや高嶋さんのように誰とでもすぐに打ち解けることができる鈴木さんに好印象を持っているまである。
けれど不確定な要素が多いのもまた事実。何か予期せぬ事態に陥ってしまうかもしれない。そうなった時に即座に動けるように警戒をしておくに越したことはない。
だから私は…
「…うん分かってるわ。ありがとう銀、それにそのっちも。」
和やかな空気の中、注文したざるうどんが運ばれてきたのはそのすぐ後であった。
「えぇと、今日はこの周辺を探索します!」
『はーい!』
勇者部での夕飯の一件から一夜明けた今日。昨日の依頼の続きということで猫の飼い主さんが住んでいる家からほど近い公園にやって来た。
今回飼い猫捜索を任されたのは樹さんを筆頭に、私、銀、そのっち、棗さん、そして鈴木さんの計6名である。
「この公園は少し広いので、二人一組で手分けして捜索してください。」
樹さんの説明を聞きながら、私は同じく説明を聞いている鈴木さんを横目で見る。いつもと変わらず覇気の無い雰囲気を纏った彼は視線を真っ直ぐと樹さんの方に向けて説明を聞いている様子。
今回は樹さんの説明通り二人一組での捜索。であれば鈴木さんはこの中で一番仲の良い棗さんと一緒になるでしょう。さて自分は誰と組もうかと辺りを見回すと、樹さんはそのっちと、銀は棗さんと話している。
あれ?これは一体…
「あの…鷲尾さん?」
「わひゃっ!?」
突然後ろから声を掛けられたため振り返ると、私と視線を合わせるために中腰になっている鈴木さんが少々困った顔をしながらそこにいた。
この状況は一体どういう事であろうか?何故棗さんと組むはずの鈴木さんが私の傍にいるのだろうか?
訳が分からずアタフタしていると視線を感じたため、視線の先を追ってみればそのっちと銀が私に向けてそれぞれ目配せをしてきた。
そこで私は全てを理解した。この状況は親友二人が作り出したものだと。そして今回の依頼は鈴木さんと二人で行動することになったのだと。おそらくは鈴木さんとの関係の良好のために根回ししてくれたのだろうが、それならそれで先に相談してほしかった…
「それでは見つかったら連絡してください!見つからなくても指定した時間までには戻ってきてくださいね!」
『はーい!』
樹さんの号令と共に私と鈴木さん以外が返事をして、各自割り振られた場所へ歩みを進める。そんな中足り残される私と鈴木さん。どどどうしよう…いきなりこんな…心の準備が…
「ねぇ、鷲尾さん」
「ッ!は、はい!何でしょうか?」
「俺達も移動しないか?」
「…あ、はい!すいません…」
「謝る必要ないよ、さぁ行こう」
そう言って私の前を歩き出す鈴木さんの背中を追いかける。彼が私に歩幅を合わせているためか、簡単に追いつけた。こういったさり気無い気遣いができるのも彼の長所であるのだろう。
「…ごめんね鷲尾さん」
「…え?どうしたんですか鈴木さん」
私の方に振り返ってきた鈴木さんは口を開いたかと思えば謝ってきた。急なことであったため返事が少し遅れてしまった。
思わず身構えてしまう私を見て、鈴木さんは先程私に話しかけてくれた時のように困ったような顔をしていた。
「…鷲尾さんってさ、俺の事良く思ってないでしょ?」
「 」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
いつからだ…いつから鈴木さんは私が疑念を抱いていることに気づいたの?いや、それよりもだ…自分の置かれた状況はあまり良くないのではないだろうか?今この場にいるのは監視していた私と監視されていた鈴木さん。彼が悪い人であればこの時点で一巻の終わり。彼が悪い人ではなかったとしても、監視されていた事実は相手に不快な思いしかさせていないはずだから、どの道弁明の余地はない。
…ごめんなさい、銀、そのっち…せっかく貴方達が作ってくれた場なのに…
「…やっぱり嫌だよね、男と二人きりなんて…」
「………えっ?」
鈴木さんの口からこぼれた言葉に私の口からは間抜けな声が漏れる。鈴木さんは一体何を言っているのだろう?
「鷲尾さんが男の俺を苦手だってことは知ってた。だから今回は棗先輩と組もうと思ったんだけど…やっぱり今から銀ちゃんに頼んで…」
「えっ、あの…その…」
どうやら、鈴木さんは私が男性に対して苦手意識を持っていると勘違いしているようだ。ひとまず監視の件については気づいていないようで良かった。
でもこの状況はどうしよう…とりあえず自分は大丈夫であることを伝えないと。
「あの!私は大丈夫ですので…」
「…本当に大丈夫?さっき俺が話しかけたら一瞬だけど顔色悪くなったし、無理しなくていいんだよ?」
…この人は何故そんなに心配そうにこちらを見ているのだろうか?
私が彼に対していい感情を向けていないことは理解しているはず。それなのに何故この人は…
「…なんで、ですか」
「ん?どうしたの鷲尾さ…」
「どうして、私に優しくするんですかッ!」
口が勝手に動いた。鈴木さんが向けてくる優しさに耐えきれなかった。
「私は別に男性が苦手なのではありません!私は貴方を監視していたんです!」
「ちょ、鷲尾さん?一体何を…」
「貴方はッ!突然樹海に現れた!大赦は貴方が何故樹海に存在できるのか解析出来ませんでした…ひなたさんや水都さんにも貴方に関する神託が下りてきていない…どう考えても怪しすぎます…」
こんなことを言いたいわけじゃない、でも口からこぼれてしまった言葉は止まらない…
「だから貴方の動向を観察していました…貴方が皆さんに危害を与えるかもしれないと考えたからです…」
だが彼を…鈴木さんを観察するたびに自分の疑念が正しいものなのかと迷いが生じる。彼が男性だから、不明な点が多いから、それだけの理由で根拠もなしに疑ってしまっている状況に罪悪感を感じずにはいられない。
心の何処かで分かっている。銀とそのっちが言っていることは正しい。鈴木さんは悪い人ではないと
「鈴木さん、貴方は…敵なんですか、それとも味方なんですか…」
言葉を紡ぐたびに涙が地面を打つ。頭の中がぐちゃぐちゃになりながら、ぼやけた視界で彼を見る。
「貴方は…何者なんですか?」
言ってしまった、もう後戻りはできない
鈴木さんは黙って私の話を聞いていた。私の問いに下を向き、目を閉じ、熟考する。
どれくらい時間が経っただろうか。
十秒か、一分か、もしかしたら一時間かもしれない
そう錯覚してしまうほどに長い時間が流れる中、沈黙は突然破られた
「分からない」
たった五文字、たった五文字のその言葉で私の中の感情がひどく揺さぶられるのを感じた。
「…分からないって、貴方はッ!」
「俺は、君が求めてる答えを提示できない」
ぐちゃぐちゃになった感情をそのままぶつけようと口を開き、糾弾しようとして吐き出された言葉は、静かな声で遮られる。
「君の言った通り、俺は突然君たちの前に現れた。原因も目的も不明のまま。怪しまれて当然だと思う。」
私は口を紡ぎ、彼の目を見ながら、彼の言葉を聞く。一言一句聞き逃さないために
「樹海に存在できる理由も大赦が俺について何も分からなかった意味も何もかも分からない…でも一つだけ確かなことがあるんだ」
彼は一度言葉を区切り、一呼吸置いて口を開く
「俺が…とても弱い人間なんだ」
「…どういうこと、ですか?」
「そのまんまの意味だよ。知っての通り、俺はバーテックスと闘うすべを持たない。君たちに守ってもらわないと生きていけない人間ってことだ。」
「…ッ!」
言われてみればその通りだった。怪しい点はあれど、彼が樹海で自身を守るすべがないではないか。現に初めて出会った時は友奈さんが助けなければ間に合わない状態であったのだ。その後だって幾度となく鈴木さんは命の危機に直面していた。
私は失念していた。鈴木さんの素上は特異でも彼本人は勇者の力を持たない一般人であることを。
私は見てしまった。困ったように笑いながら私を見る彼の手が小刻みに震えているのを。
「勇者の力があれば、また違うんだろうけどね…」
俯きながらも口の端から言葉を零す姿はとても痛々しい。
「鷲尾さんもごめんね、俺のせいで変に警戒させちゃって。でも…」
一度言葉を切ったかと思うと、膝を曲げて私の目を見ながら口を開く
「俺には、これしか選択肢がないから」
「……ッ!」
彼との視線が交わった先に見たものは、”執念“だった
彼の目の奥に、私は足掻き苦しみ這いつくばってでも生きようとする意志を見た
「…さて、じゃあそろそろ猫ちゃん探さないとね!」
そう言って立ち上がり私に背中を向ける鈴木さん。この話はここで終わりという事であろう。
…私はどうすればいいのか?このことを皆さんに報告したほうがいいのであろうか?いや、それよりも彼をこのまま行かせて良いのだろうか…
…いや、行かせてはいけない
なぜならまだ鈴木さんの口から重要なことを聞けていない!
「鈴木さんッ!待ってください!」
私の呼びかけに鈴木さんは歩みを止め、こちらに振り返る。彼は私たちと接する時と同じように微笑んでいるが、心成しかいつもより無理をしているような微笑みだった
「どうしたの鷲尾さん、早く行かないと、」
「鈴木さん、私はまだ貴方に聞いていないことがあります」
「………」
鈴木さんの言葉を遮り、彼の目を見据える。
「正直に答えてください。鈴木さんは、勇者部に入ってからの生活はどうでしたか?」
「……どういう意味かな?」
鈴木さんは私の質問の意図が分からないようで、困ったような顔をしながらこちらの意図を汲み取るために口を開く。そんな彼に私はより言葉をぶつける。
「そのままの意味です。勇者部に入部してから皆さんと接してこられてどう思っていたのか、勇者部で過ごしてきた日々をどう感じていたのか、聞かせてください」
私の言葉に鈴木さんは目を見開き下を向く。
鈴木さんは私たち勇者に守ってもらうために勇者部に入部した。彼が積極的に私たちに接していたのはそう言った部分が関係しているのだろうとは想像できる。
であれば彼は無理に私たちと接していたのだろうか?
私はずっと彼を観察していた。勇者部の皆さんと会話をする鈴木さんはとても無理をしているようには見えなかった。少なくとも最近の彼は…
あれは全て演技なのかもしれない、勇者部の皆さんのご機嫌を取るために仮面を被っているかもしれない、銀やそのっちが語った彼は嘘なのかもしれない
もしもこれらが事実であるならば、
「答えてください、鈴木さん」
あまりにも悲しいと思ってしまった
「………」
長い沈黙が続く。下を向いてしまった彼を一時も見逃すまいと視界に収める。やがて彼は一度深呼吸をして顔を上げ、私と視線を真っ直ぐ合わせる。
「…俺は君たちに守ってもらうために近づいた。」
「………」
「より確実に守ってもらえるように、勇者部の皆と仲良くなろうした。」
鈴木さんの口からこぼれる言葉を聞き逃さないように彼を次の言葉をじっと待つ。
「……
「最初は、ですか?」
「…信じられないかもしれないけど、皆と接していくうちに時々目的を忘れちゃう時があるんだ。只々皆と接する時間がとても、楽しいんだ。」
………。
「勇者部で過ごす日々はとても充実してると思うし、この日々がずっと続けばいいなって思うこともある…それでも俺が皆を利用しようとしたのは確かな事実なんだ…だからっ」
「もういいです」
「…え?」
「貴方が勇者部の皆さんに悪意を持って近づいたのではない事は分かりました。だからもう大丈夫です。」
「え、いやでも…」
「それと一つ言っておくことがあります!」
そう言って私は困惑している鈴木さんに歩み寄り、自分より背の高い彼を見上げながら口を開く。
「知っての通り勇者部の皆さんは優しい人たちばかりです。だから皆さんはきっとあなたを守ってくれます。そして、」
そこでいったん言葉を区切る。
「私も貴方を守ります、だから安心してください!」
「ッ!」
今日何度目か分からない彼の表情の変わりように思わず頬が緩む。聞きたいことも聞けた、伝えたいことも伝えた。そのおかげで彼の、鈴木さんは悪い人じゃないと分かった。すべて私の思い過ごしだった。
「…鷲尾さん、」
「はい、何ですか?」
「俺はみんなと一緒に、居ていいのかな?」
「…ふふっ、それは皆さんに聞いてみればいいんじゃないですか?」
「それはちょっと、いやかなり恥ずかしいな…」
頭を掻きながらそっぽを向いてしまう鈴木さん。今の彼を見れば私でも分かる。きっと
「さぁ、そろそろ割り当てられた場所に行きましょう。樹さんに怒られてしまいます。」
「…そうだね、じゃあ行こうか鷲尾さん。」
「須美」
「え?」
「須美でいいですよ。銀やそのっちは名前なのに私だけ名字だと、その…仲間外れみたいじゃないですか。」
「…うん分かった、これからよろしくね須美ちゃん。」
「ッ!…はい!よろしくお願いします鈴木さん!」
鈴木さんの隣に並び、目的地を目指す。お互いの間に先程までの重苦しい雰囲気はない。
「ねえ須美ちゃん。」
「何ですか鈴木さん。」
「君に言ったこと、皆にもしっかり言うよ。」
「…いいんですか?」
「うん、須美ちゃんと話してみて分かったんだ。このままじゃダメだって…だからしっかり自分の言葉で伝えるよ。」
「…鈴木さんが決めたのなら止めません、それにきっと大丈夫だと思いますので。」
「…怒られたら骨は拾ってね」
「ふふっ、頑張ってくださいね♪」
銀、そのっち…ありがとう。
おかげで鈴木さんに一歩歩み寄れたよ。
自分でも分かるくらいの上機嫌で歩を進める。
これからの彼と勇者部との時間に想いを馳せながら。
【おまけ】
「…ねぇ須美ちゃん、」
「何ですか鈴木さん」
「皆めっちゃあっさりしてたね」
「思った通りでしたね」
「あそこまであっさり受け止められると、あの時の決意がちょっと恥ずかしい…」
「友奈さんと高嶋さんなんて、『気づいてあげられなくてごめんね』って逆に謝ってましたもんね。あれは予想外でした…」
「何だろ…納得いかない…」
「あはは…いいじゃないですか、これで心着なく皆さんと関われるんですから。」
「…改めてありがとね須美ちゃん。」
「そんな、私は何もしてないですよ!」
「須美ちゃんがくれたきっかけで一歩前進できたんだから。何度でも言うよ、ありがとう。」
「…では素直に受け取っておきます、どういたしましてです。」
「ふふっ」「あははっ」
「…どう思います奥さん、なんかお二人いい雰囲気でなくて?」
「そうですわね奥様!おかげでメモが進みますわ!ビュォォォォオオオ!」
「うわッ!園子!あんまり大声出すと見つかるって…ッ!」
「聞こえてるわよ銀、そのっち!」
「やべっ!見つかった!逃げるぞ園子!」
「わぁ~逃げるんだよ~」
「あっ!待ちなさい銀!そのっち!」
「…ホントに仲良いな」
この後なし崩し的に勇者部のメンツと鬼ごっこをすることになり、立てなくなるまで走り続けたのであった。
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