最後にその手が掴むもの (zhk)
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ロクでなしとの邂逅
出会いというのは、必ずしも良い物とは限らない


懲りずになんと新作を投稿する残念作者です...

なんかね...テスト期間中無性に書きたくなったから書きました。魔法科高校の常識はずれとは交互に投稿しようと思っていますので、その辺は悪しからず!!

それでは本編をどうぞ!!


爽やかな朝。鳥がさえずり、空には雲一つ無い気持ちの良い快晴。そんな日ならば、普通ならば気分が上がるものだろう。

 

だが、今彼らはそんな余裕は無かった。

 

「全く!何で昨日の内に用意しとかないのよ!」

 

「だから悪かったってシス姉!今日錬金術の授業があるなんて聞いてなかったし...」

 

「それはアンタが寝てたからでしょうが!!」

 

まだあまり人が出ていないような時間に、そんな喧騒を撒き散らしながら石畳を蹴る人影が二つ。

 

一人は銀髪のロングヘアーに少しつり目のエメラルドのような色の瞳の少女。少し勝ち気な印象が目立つ。

 

その横を走るのは、彼女と同じ銀髪だがこちらは耳にかかる程度の長さで少女とは違い、少し癖っけのあるような髪型の少年。目は少女より暗い織部色の瞳で、その目を焦りからなのか大きく見開きながら走っていた。

 

「アンタのせいでルミアまで待たせちゃってるんだからね!ちゃんと謝んなさいよ!」

 

「も少しシス姉はルミ姉の優しさを真似た方が良いと思う...」

 

「何か言ったかしら...?」

 

「ヒッ!わかった!わかったからその笑顔で握りこぶし作んないで!怖い怖い!!」

 

そのまま二人が走っていくと、街灯の方に一人の少女が見え始める。髪は鮮やかな金髪で、青い目の清楚な雰囲気を醸し出している少女だった。

 

「ルミアーーー!遅くなってごめんーーー!」

 

銀髪の少女は、その視線の先の清楚な少女、ルミア=ティンジェルに声をかける。

 

「悪いルミ姉、待たせちまって。」

 

「いいよそんなの。シン君忘れ物は持ってこれた?」

 

「おう!ばっちし!」

 

シン君と呼ばれた少年、シンシア=フィーベルは明るい笑みでそう返した。

 

「何で自慢げなのよ...」

 

そして彼の実の姉、システィーナ=フィーベルはあきれたように首を横にふってそう呟く。

 

「ま、まぁ忘れ物に気付けたわけだし、今からでも十分間に合うから大丈夫だよ。」

 

「あーやっぱりルミ姉は優しい!どこかの説教ばっかの姉とは違う...」

 

「あなたは本当に痛い目みたいのかしら!?」

 

「あぁ!だから笑顔でグー作るなって!殴られるって結構痛いんグホッ!」

 

シンシアが最後まで言う前に、システィーナの鉄拳が顔にクリティカルヒットする。

 

朝方の静かな町並みも、三人が話始めればそれだけで十二分に騒がしくなる。もはやこの光景は、この近隣にすむ住民にとって朝を告げるものになりつつあるのは彼らの知る話ではない。

 

「さ!このバカはほっておいていきましょうルミア」

 

「誰がバカだ誰が!一応ペーパーテストの点はそんな変わらねぇだろう!」

 

「ハハハ...」

 

未だに続く二人の会話に、ルミアは苦笑いを溢しながら三人一緒に魔術学院へと向かっていった。

 

ーーー

 

ここ、北セルフォード大陸の北西にある帝政国家、アルザーノ帝国の南部に位置する都市フェジテ。

 

ここの最大の特徴は、なんと言ってもアルザーノ帝国魔術学院が置かれる学究都市であるという点だ。

 

アルザーノ帝国魔術学院とは、四百年前に設立された国営の魔術師育成の専門学校だ。この学校の存在こそがアルザーノ帝国が魔導大国として恐れられる理由であり、帝国の名高い魔術師達は、大概この学校を出るといういわば魔術師の登竜門である。

 

そこへルミア、システィーナ、そしてシンシアの三人が向かっている訳だか、システィーナの表情は優れなかった。

 

「でも何で急にいなくなったんだろうなヒューイ先生。何の連絡もないなんておかしくないか?」

 

「仕方ないよ。先生にだって色々都合があるもの」

 

そう、システィーナが憂鬱になっているのはこれが原因だった。

 

最近、シンシア達の担任であった教師が急に講師をやめてしまったのだ。授業は分かりやすく、親しみやすい先生だったため、生徒からの人気は高かったのだ。

 

「ああ惜しいな~。ヒューイ先生の授業は凄くためになってたのに...」

 

「そうそう。あの先生実技の点数おまけしてくれたからなぁ~。」

 

「アンタのは違うでしょ...」

 

システィーナの思うこととは全く違うベクトルの方向の考えを持っていたシンシアをジロッとシスティーナが睨む。

 

「だってしゃーないだろ?俺は筆記は良いんだけど実技はからっきしだし...」

 

「確かにそうね。シンはいつになったらまともに魔法が使えるのかしら...」

 

「返す言葉もございません...」

 

シンシアは筆記に関しては文句なしの実力者だ。しかし、何故か実技に置いては学年でも下から数えた方が早いのである。その理由としては、彼が得意とする魔法は自分の身体強化を図る物が大半であり、それはこの学校ではあまり評価されないのだ。

 

まぁその理由としては、『使えて当たり前』の魔法だからというものなのだが...

 

「でもシン君は得意魔法だけなら他の人よりも数段上なんだから、自信持って?」

 

「ありがとールミ姉。でさ、今日来る代わりの講師ってどんな人なんだ?」

 

シンシアは手持ち鞄を手で持ち、肩から背負うように持ち直しながら尋ねた。

 

「アルフォネア教授が太鼓判を押すぐらいなんだから相当な実力者何じゃないかな?」

 

アルフォネア教授とは、大陸でも数人しかいない魔術師の最高峰の階級、第七階梯(セブンデ)に到達した人物だ。その人物が先日教室にやって来て、そう発表したのだ。

 

「まあそれも今日わかるでしょう。とりあえずヒューイ先生の半分くらいは良い授業をしてくれればいいけど」

 

「俺は面白い先生がいいなー。なんかこう、型破りな感じの。」

 

シンシアとシスティーナ。この双子の兄妹のすれ違う意見は今に始まったことではない。何かと意見が対立するこの二人だが、意外と兄妹仲は良いのだ。

 

そんな登校中の他愛ない会話をしながら、十字路に入った時だった。

 

「うおおおおおお!?遅刻、遅刻ぅううううう!!」

 

「え?」

 

「きゃあっ!?」

 

「なんだなんだ!?」

 

目をかっと見開きながら、口にはパンを咥え全力ダッシュでこちらに向かう男が現れた。かなりのスピードで走っているため、このままではぶつかるだろう。

 

「おいガキども!!!そこを退けぇぇぇぇ!!」

 

どうやら相手も自分が止まれない事を理解したのか、シンシア達にその場から退くことを要求する。

 

「お、《大いなる風よ》!!」

 

その瞬間、システィーナがとっさに黒魔である【ゲイル・ブロウ】を発動し、現れた風が走ってくる男性へと当たり、吹き飛ばしていく。

 

「うおおおああああ!!」

 

走ってきた男性は何か叫びながら宙を舞い、そして近くの噴水へと落ちていった。

 

大きな音をたてながら、噴水へと落ちていく様を三人は呆然と見ていた。

 

「うおっ!!飛んだとんだ!!大丈夫かあの兄ちゃん」

 

「システィ...さすがにやりすぎだと思う」

 

「そ、そうね...あはは...ついやっちゃった。どうしよう...」

 

三人が噴水をジッと見ていると、男はなにも言わずにそのまま立ち上がり、そして噴水から出た後三人の前に歩み寄ってきた。

 

「ふっ、大丈夫かい?君たち」

 

「イヤ、貴方が大丈夫?」

 

システィーナが相手の心配をしている中、シンシアはというと

 

「スッゲェ!!あんだけ吹っ飛ばされたのにあっさり復活した!!スッゲェ!なんかスッゲェ!!」

 

その絶望的な語彙力の無さを発揮しながら目を輝かせていた。その真反対の光景に苦笑いを浮かべるルミア。

 

「ふふっ!そうだろう少年!!俺じゃなかったら絶対ケガしてたね!!これは俺だからこそ出来た事だ!!」

 

シンシアの純粋な好奇心による誉めに、あっさりと鼻を伸ばしたのか自信満々なご様子の男性だが、残念なほどに決まっていないとシスティーナとルミアは感じた。

 

「ていうかさー!一体どういうわけ!?いきなり人様に魔術を撃つなんてさー?えー?」

 

「う、ごめんなさい...」

 

システィーナもぐうの音も出ないのか何も言い返せない。

 

「本当に申し訳ありませんでした。私からも謝りますから許してくださいませんか?」

 

「あー、もう仕方ないなー!俺はちっとも悪くなくて、お前らが一方的に悪かったのは明確だけど、そこまで言うなら許してやらんでも...ん?」

 

そこで男は何かに気づいたのか、ルミアを食い入るように見始めた。

 

「ん?ん?」

 

「あ、あの...私の顔に何かついてますか?」

 

そんなルミアなどお構い無しに、男はどんどん距離を縮めていく。そして遂に目と鼻の先というような所までやって来た。

 

「いや...お前...どっかで...」

 

そして男はルミアの頬をつつき、引っ張り、体に触り始めーー

 

「アンタ、何やっとるかぁあああああああああ!!!」

 

「ギョエエエエエエエエエエエエ!!!!」

 

システィーナの全力回し蹴りが、男に直撃した。

 

「うわ痛そー」

 

シンシアは顔をしかめながら飛んでいった男性を哀れむように見ていた。システィーナとはよく喧嘩をするため、その度にあの強烈な暴力が火を吹くのでその恐ろしさは見に染みてわかっていた。

 

「不注意でぶつかってくるのはまだいいとして、何なのよ今のは!!女の子の身体に無遠慮に触るなんて信じられない!最ッ低!!」

 

「ちょっと待て、落ち着け!?俺はただ、学者の端くれとして純然たる好奇心と探求心でだな!?やましい考えは多分、ちょっとしかない!」

 

「なお悪いわ!?」

 

「ぐぼぉ!!」

 

今度はシスティーナのボディブローが華麗に男の腹に突き刺さった。

 

「シン!早く警備員を呼んできて!こいつやっぱりただの変態だわ!!」

 

「ちょいちょいシス姉、この人からはそんな感じはしなかったから本当に悪意があってやったんじゃーー」

 

「呼んできて!!」

 

「はい直ちに!!」

 

やはり姉には勝てない...と内心自分の立場の弱さに哀しみながら、シンシアは鬼の形相をした自分の姉に敬礼する。

 

「あの...反省しているみたいだし許してあげようよ」

 

「はぁ?本気?貴女は本当に甘いわね、ルミア...」

 

「ありがとうございます!!このご恩は一生忘れません!!ありがとうございます!!」

 

と、男は少し涙目になりながら感謝の辞をルミアに述べていた。それを見てシンシアとシスティーナは半ば引きながらそれを見る。

 

「なぁシス姉、あの人にはプライドとかねぇのか?」

 

「あるわけ無いじゃない。あんな虫みたいなろくでなしにプライドを語るのも烏滸がましいわよ。」

 

「おいお前ら二人!全部丸聞こえだぞ!!」

 

そんなこんはで許してもらった男性はその場からスッと立ち上がり、胸を張って言った。

 

「さてお前ら、その制服着てるってことは魔術学院の生徒だろ?こんなところで何やってんだ?」

 

「許してもらったらすぐこれよ...何なのこの人達?」

 

「切り替えが早いというか、成長しないというか...」

 

「は、ははは...」

 

この男の態度に、三人で呆れるほかなかった。

 

「今何時だとおもってんだ?急がないと遅刻だぞ?ヤッベェ...今の俺すごい教師っぽくね?」

 

「まぁアンタが教師なら学校生活楽しそうだな!」

 

「わかってんじゃねぇかお前!」

 

そこで男とシンシアは固い握手を交わした。それを冷たく軽蔑するような目で見ていたシスティーナが口を開く。

 

「嘘よそんなの。まだ余裕で間に合う時間じゃない?」

 

「んなわけねーだろ!!もう、8時半過ぎてるじゃねぇーか!!!」

 

そう言って男は三人に時計を見せる。その時計が指す時間は8時35分。しかし、シンシア達が持つ時計はまだ8時ちょうどだった。

 

「その時計針が進んでませんか?ほら」

 

そう言ってシスティーナが男に時計を見せる。授業開始は40分なので、今からゆっくり行っても十分間に合うだろう。

 

「..........」

 

「..........」

 

そして四人の間に、謎の沈黙が始まる。

 

「撤収!!」

 

「「逃げたーー!」」

 

シンシアとシスティーナの声がシンクロするが、そんな事を今は気にしている状況ではない。あの男は来たときと同様の速さで駆け抜けて行った。

 

「なんか...嵐のような人だったな...」

 

「な、何なのあの人?」

 

「うん、でもなんだか面白い人だったね?」

 

「確かに。あの人がいるとなんか面白いことが起きそうだ。」

 

色々感覚のおかしい親友と弟を見てシスティーナは頭を抱えていた。もはやこれでは自分がおかしいのか二人がおかしいのかわからないといった感じのようだ。

 

「私はああいう手合はもう二度と会いたくないわね!!見ててイライラする。それにあんな感じの奴ならシンだけでお腹一杯よ!!」

 

「ちょっと待て!今なんでさらっと俺ディスられたの?さすがにあそこまで俺ひどくはないと思うんだけど...」

 

「あはは...」

 

乾いた笑いをルミアが溢しながら、再度三人は学校へと向かう。全員の頭にさっきの男は強く印象付けられたが、システィーナのみそれを記憶から完全に除去した。

 

やがてふたりの前に、いつも通りの魔術学院の壮大な姿が見えてくる。彼らはそのまま、その重い門をくぐり、学舎へと入っていくのだった。

 

ーーー

 

「遅い!!」

 

学院の二階最奥の教室、三人のいる二年次生二組の教室にはいつも通りとはまた違う空気が広がっていた。

 

「どういうことなのよ!もうとっくに開始時刻を過ぎているじゃない!!」

 

「確かにへんだね...」

 

システィーナの左隣に座るルミアが少し心配そうにそう返す。しかし、システィーナの右隣ではーー

 

「Zzz...Zzz...」

 

完全に熟睡モードに入ってしまっているシンシアの姿があった。

 

「アンタも起きろ!!」

 

「あべし!!」

 

システィーナによる教科書を使った一撃によって、シンシアの意識が現実の物へと覚醒する。

 

「痛ってー。何すんだよシス姉。」

 

「何すんだよじゃあないわよ!一応授業中なのよ!自習しときなさい自習!!」

 

システィーナの説教に心底嫌な顔を浮かべるシンシア。

 

「いやだってさ、俺一応教科書の内容もう全部覚えてるしさ、それに俺が練習すべきは筆記ではなくて実技な訳であって。」

 

「知ってるわよアンタの瞬間記憶がスゴいのは昔からじゃない」

 

シンシアは人の数倍の記憶力を持っている。彼は一度見たものなら忘れず、その内容を頭にずっと維持できる。これは昔からそうで、勉強などは教科書をパラパラとめくるだけで覚えられてしまう。

 

「でもシンは応用の問題には弱いんだから、そこら辺をもっと重点的にやれってヒューイ先生も言ってたじゃない。」

 

「うっ...」

 

そう、彼の瞬間記憶は完璧ではない。彼の瞬間記憶はただすぐに覚えるだけなので、覚えた物を応用して使っていくのには本人の技量が必要不可欠なのだ。

 

それが、姉であるシスティーナに追い付けない理由なのである。

 

「シン君もがんばろ?わからない所は私やシスティが教えるから」

 

「よし勉強するかー!」

 

「ちょっと!?何で私に言われたら屁理屈こねるくせにルミアの時は素直に聞くのよ!」

 

「当たり前だろう?」

 

「なんですって!?」

 

既に今日何度目かの口論が始まった。まぁ結局いつも通りシスティーナの暴力(今回はチョークスリーパー)によってシンシアが沈没して終わった。

 

「全く...あのアルフォネア教授が推す人だから少しは期待してみれば...これはダメそうね...」

 

「そ、そんな、評価するのはまだ早いんじゃないかな?何か理由があって遅れてるのかもしれないし...」

 

「そうだぞシス姉。そうやってすぐ決めつけるからシス姉は友達が少なーー」

 

システィーナが再度シンシアの頭に教科書を振りかざし、ガンッ!という野太い音が響き、シンシアは完全に机に突っ伏してダウンしてしまった。その頭には赤く大きなタンコブが出来そうだ。

 

「余計なお世話よ...」

 

周りのクラスメイトからシンシアに同情の視線が送られるそんな時だった。

 

「あー、悪ぃ悪ぃ、遅れたわー」

 

教室の扉が開き、つい最近聞いたような声が聞こえる。やっとここに着いたようだが、既に授業時間の半分以上が終わってしまっており、真面目なシスティーナが激怒するには十分な条件が揃ってしまっていた。

 

「やっと来たわね!ちょっとあなた、一体どういうことなの!?あなたはこの学院の講師であるという自覚はーーー」

 

だが、システィーナの説教は驚きによって塗りつぶされる。それもそうだろう、何故ならば

 

「あ、あ、あああ、あなたは!?」

 

それは今朝の変人もとい突っ込んできた男性だった。

 

「違います。人違いです。」

 

「そんなわけないでしょーー!!」

 

そうして出会ったロクデナシ教師、グレン=レーダスと生徒達。ここから様々な物語が幕を上げる!!

 

しかし、その物語の中心人物はというとーーー

 

「ああ、お星さまだー。頭の周りを回ってるー。」

 

少し、いやかなり残念な出会いであった...

 

 

 

 

 

 

 




思ったより進まねぇなぁ...

まぁこんな感じですすんでいきます。今丁度長期休暇なので結構な頻度で投稿できると思うので、ぜひ楽しみに待って頂けたらなと思います!!

ではまた次回お会いしましょう!!



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やはりグレンはロクでなしのようだ

「一体なんなのよ!あの男は!!!」

 

騒がしい食堂では、システィーナが怒りの叫びをあげていた。その机には向かいにルミア、システィーナの隣にシンシアという席の並びになっている。

 

「大体!!講師としてあの態度は一体何なの!?やる気の一つも感じられないわ!それに来て行きなり自習ぅ?自分が眠いからぁ?ふざけるじゃないわよ!!」

 

「ははは...」

 

ひたすら叫び続けるシスティーナに、苦笑いを浮かべて聞き続けるルミア。どうにか話を違う方向へと持っていきたいところなのだが、もう一人はただひたすらに食堂で大量に頼んだ地鶏の香草焼きを無言で食べ続けているため、実質システィーナの話を聞いているのはルミアただ一人だけだった。

 

「ちょっと!?シンもそう思わない!?」

 

何も反応しないシンシアにしびれを切らしたのか、システィーナはかなり機嫌が悪そうにシンシアへと語りかける。

 

「ああそうだな。確かにここの香草焼きは絶品だがやらねぇぞシス姉。」

 

「そんな事一言も言ってないわよ!あの非常勤講師の事を言っているのよ!アイツ今日女子更衣室にも入ってきたのよ!!もう信じらんない!!」

 

確かに今日1日、というよりまだ半日足らずでグレンの印章は最悪だった。

 

全くやる気の感じられない態度に、テキトーな授業、そして生徒の質問に対して『わからない』と返す先生としてあるまじき行為まで堂々と引き起こすのだから当たり前だろう。ルミアもこれはさすがにフォローしきれなかった。

 

「グレン先生?確かにろくでもない人ではあったけど...」

 

「あったけど何よ」

 

そこでシンシアにしては珍しく言葉を濁す。彼はかなりざっくばらんとした性格のため、思ったことや感じた事はざっくりそのまま伝える。

 

そんな彼が言葉を濁した事が気になったシスティーナはシンシアに尋ねるが、シンシアは首を傾げている。

 

「なんだかなぁー。わざと無能を演じてる?ような気がする。それになんかただ者じゃねぇような気もする。」

 

「はぁ?あの男がそんな器用な真似できるわけないでしょう。」

 

「うーん...」

 

シンシアはそれでも納得していないのか、まだ首を傾げたままならな元に戻さない。その状況で香草焼きにフォークを突き立てて、そのままかじりついているのだからなかなかにシュールな光景である。

 

「シン君はどうしてそう感じたの?」

 

「へ?勘だけど?」

 

ルミアの最もな疑問に返した答えは、まさかのフィーリングだった。

 

「でもアンタの勘ってすごい当たるのよね...今回は外れそうだけど」

 

「ま、まだ1日目だしわからないよシスティ...」

 

とそんな会話をしていると、その世界に突然乱入者が現れる。

 

「ちょっと失礼」

 

そう言って三人の隣に座ったのは、話題の非常勤講師、グレン=レーダスその人だった。

 

「あ、あ、貴方は!?」

 

「違います人違いです。」

 

どこかで見たようなくだりでグレンはシスティーナの言葉を華麗に無視して、食事にありつき始める。

 

「美味ぇ。なんつーか、この大雑把さがいいんだよな~」

 

「お、先生わかってるじゃないですか!!美味いっすよねーこれ!!」

 

「おお!!やっぱお前とは話が合うと思ったぜ!!」

 

シンシアとグレンが拳をつきあわせるのを、ルミアは微笑ましく、システィーナは不機嫌そうに見ていた。

 

「先生って、ずいぶん食べるんですね。ひょっとして食べるのはお好きなんですか?」

 

「ああ、食事は数少ない俺の娯楽の1つだからな」

 

ルミアとシンシアがグレンと和やかな雰囲気で会話する中、システィーナだけはそれをイライラしながら見ていた。

 

「ところで、そっちのお前はそんだけで足りるのか?成長期なんだから食わないと育たないぞ?」

 

「余計なお世話です。私は午後の授業が眠くなるから、昼はそこまで食べないだけです。」

 

「ほら、シス姉はそうやって少食だからいつまでたっても胸が板のままーー」

 

その言葉が最後まで紡がれるよりも早く、システィーナは指二本を使ってシンシアの目へと突っ込む。

 

「うがぁぁぁぁぁ!?目が!?目がぁ!??」

 

「アンタも余計なお世話よ!!」

 

「なぁ...あれは止めなくていいのか?」

 

「いつもの事ですから...」

 

少し気まずそうにグレンがルミアに聞くも、ルミアからすれば家で毎日見る光景なので、驚く事はなにもないような顔をする。

 

「まぁでも、先生の授業であれはそんな事は関係ないでしょうがね...」

 

未だに床の上で転がりながら叫んでいるシンシアをほっておいて、システィーナは悪意たっぷりにグレンにそういい放つ。

 

「回りくどいな...言いたい事があるならはっきり言ったらどうだ?てかお前うるさい!」

 

「いやだって!いきなり目をついてくるなんて誰が予想しますか!?」

 

「アンタは黙ってなさい!」

 

「うっす...」

 

姉の一喝が相当怖かったのか、それとも二人の間に広がる重い空気をかんじとったのか、シンシアはそこでふざけるのを止める。

 

「わかりました。この際はっきり言わせてもらいます!私はーー」

 

「わかった、わかったよ。降参だ。そんな必死な顔すんなって」

 

「え?」

 

そこでグレンは降参と姿で表すように両手を上げる。

 

「そこまでお前が腹を空かしているとは思わなかったわ。全く、素直じゃねぇなー。はっきり欲しいなら欲しいと言えばいいだろ?」

 

グレンはそう言うと、自分のトレイにある煮豆をスプーンで一掬いすると、システィーナの皿の上にのせた。システィーナの思う事と的外れなその回答に、システィーナは怒りのあまり身を震わす。

 

「ち、違います!?私が言いたいのはそんな事ではなくてーー」

 

「代わりにそっちの貰うな。」

 

「あー!私のスコーン!!」

 

グレンはシスティーナの皿に煮豆をのせた拍子に、システィーナの皿にあった二つあるスコーンの内一つをかっさらい、直ぐ様自分の口に放り込んだ。

 

「うんうん。久しぶりに食べるスコーンは美味いな...」

 

「もう許さない!?貴方ちょっとそこに直りなさい!

!」

 

「うおっ!?危な!!ちょ、食事は静かにお願いしまーす!!」

 

さすがに沸点が限界に達したのか、システィーナは怒りに身を任せるままナイフで突き始める。それを防御するようにグレンはナイフを振るうので、まるでそれはじゃれあっているようだった。

 

「案外この二人仲がいいんじゃねぇの?」

 

「そうかもね...」

 

集まり始めた人混みに紛れて、シンシアとルミアがそんな事を呟くが、それがシスティーナの耳に入ることはなかった。

 

ーーー

 

グレンが講師として魔術学院にやって来て、はや一週間が経った。しかし、グレンはその態度を一向に変える素振りすら見せなかった。最初はきちんと書いていた自習の文字すら、今ではぐちゃぐちゃで何を書いているのかすらわからない。

 

さらには教科書を黒板に釘で叩きつけるという暴挙に出ていた。

 

遂に限界に達したのか、事件はその日の最後の授業で起きた。

 

「いい加減にしてください!?」

 

堪忍袋の尾が切れたのはシスティーナだった。システィーナは机をバンっと強く叩きながら、グレンへと抗議した。しかしそのシスティーナの隣ではシンシアがぐっすりと眠っているため、あまり締まらない。

 

「む?だからお望み通りいい加減にやってるだろう?」

 

「そんな子供みたいな屁理屈をこねないで!貴方がこれ以上授業態度を変えないと言うのなら、こちらにも考えがあります!」

 

さすがに隣でそこまで騒がれては眠ってはいられなかったのか、シンシアは眠たげに目を擦りながら起き上がる。

 

「え?ちょっとルミ姉、これどういう状況?」

 

「さすがにシスティも限界だったみたいで...」

 

そう答えるルミアの顔は暗い、さすがのルミアでもこの状況はよしとしていないようだ。

 

「私はこの学院にそれなりの影響力を持つ魔術の名門フィーベル家の娘です。私がお父様に進言すれば、貴女の進退を決することもできるでしょう。本当はこんな事したくありませんが、貴方がその態度を改めないというのならーーー」

 

「お父様に期待してますと、よろしくお伝えください!」

 

そのシスティーナの言葉への反応は、クラス全員の予想を超えたものだった。

 

システィーナとシンシアは共にフィーベル家の嫡子であり、先程のシスティーナの言葉通り教師一人の今後も簡単に左右出来てしまうだろう。

 

しかしそんな事知らないとでも言いたげに、グレンの態度はあっけらかんとしたものだった。

 

「いやーよかったよかった!!これで1ヶ月待たずに辞められる!!白髪のお嬢さん、俺のために本当にありがとう!!」

 

どうやらグレンは本当にこの仕事を辞めたかったようで、教卓の前で諸手を挙げて喜んでいる。その態度にシスティーナの中で、何かがプツンと切れた。グレンのその態度に、自分が愛する魔術と時分が誇るフィーベルの名をバカにされたと感じたシスティーナは、感情の赴くまま自分の左手の手袋を投げつける。

 

「貴方に、それが受け取れますか?」

 

「お前...マジか?」

 

さっきまでふざけたようなグレンの態度が一変して真剣な物になる。システィーナがしたその行為はそれほどまでに意味がある物だったのだ。

 

古来より、魔術師が相手に向かって手袋を投げるという行いは、決闘を申し込む事を意味する。この決闘は勝者は敗者に一つだけ、願いを通す事ができるのだ。

 

それにこれは受託者にルールを決める権利があるため、決闘を申し込んだ側が不利なのだ。

 

そうとわかっていてもシスティーナはそれをせざるを得なかった。それは自分の誇る物をバカにされたというのもあるが、ただ単に若気のいたりというのも理由に含まれるだろう。

 

「私は本気です。」

 

システィーナの瞳には確固たる意志があった。その意志がどれ程強い物なのか、それがわからないほどグレンも落ちぶれてはいなかった。

 

「システィ!」

 

「ルミ姉止めちゃダメだ。」

 

直ぐ様飛び出そうとしたルミアをシンシアが手で制する。

 

「でも、このままじゃシスティが!」

 

「大丈夫だ。この勝負、シス姉が勝つ。」

 

そのシンシアの言葉に、ルミアは困惑する。確かにシスティーナはこの学校でも天才の部類に入る人間だろう。しかし、相手は腐っても魔術の教師。それにこの勝負は元からシスティーナが不利だ。

 

それでもシンシアは、システィーナが勝つと明言したのだ。何かその言葉に意味があると感じたルミアはその言葉を信じて、その場に座った。

 

(ま、多分先生は本気でやらないだろう。勘だけど...)

 

ルミアの信頼とは裏腹に、シンシアの予想は全て勘によるものなのが少し残念だが、そんな事をしている内にも前での会話は進んでいく。

 

「ほらさっさと中庭行くぞ?」

 

「ま、待ちなさい!もう、貴方だけは絶対許さないんだから!」

 

と言って二人して中庭へと向かっていく。

 

「さて俺も行くか...」

 

シンシアは気だるげに席から立ち上がり、その二人の後をついていくべく、教室から出ていった。

 

ーーー

 

中庭にはクラスの生徒だけでなく、他のクラスの生徒や講師など野次馬が山のように集まっており、かなりの人の量となっていた。

 

「さて、いつでもいいぜ?」

 

グレンは余裕綽々とした態度で、システィーナへと挑発する。この決闘で使える魔術は【ショック・ボルト】という初級魔術のみ。これによって怪我をすることなんてまずない。せいぜい少し体が痺れる程度だ。

 

その魔術のみの決闘において、勝敗をわけるのは詠唱の速さだ。その状況において相手に魔術の発動を促す行為は、辺りの生徒を驚かせるようにするには十分だった。

 

「ね、ねぇシン君、本当に大丈夫?」

 

「だ、大丈夫だと思う。多分...」

 

少し不安げになりながらシンシアは応える。その回答にルミアはより不安になる。

 

「おいおい、何もとって食おうって訳じゃないんだぞ?胸かしてやっから気楽にかかってきな?」

 

そしてグレンは余裕の笑みを浮かべながら、システィーナへと語りかける。その言葉に少しだけ歯噛みしながらも覚悟を決めたのか、システィーナは詠唱するために口を動かす。

 

《雷精の紫電よ!》

 

その言葉が紡がれると、システィーナの指から紫の稲妻が真っ直ぐグレンへと放たれる。それをグレンは笑顔を崩さないまましっかりと見ながらーーー

 

「ひぎゃぁぁぁ!!」

 

その電撃が直撃した。

 

「...あ、あれ?」

 

そのままグレンは魔法のダメージによってその場に倒れ伏す。

 

システィーナが困惑の声を漏らしたが、それはこの場にいる全員が言いたいことだろう。

 

「これって...システィの勝ち、なの?」

 

ルミアは困ったようにそう独り言として呟く。

 

「ぐ...卑怯な!」

 

「いやでもいつでもかかってきなさいって言い出したのは先生で...」

 

「だがしかし!これは三本勝負だ!いくぞ二回戦!《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ーー》」

 

「《雷精の紫電よ》!」

 

何かいちゃもんをつけ、グレンが奇襲をかけようとするが、グレンの詠唱が終わるよりも早くシスティーナの魔法が完成する。

 

「うぎょうあああああああああ!!」

 

そして予想通りその魔法はグレンへと当たり、また地面へと這いつくばった。

 

その後もグレンの空しい言い訳の末、四十七本勝負と言い張った仕合が終わると完全に折れてしまった。

 

「これで決闘は私の勝ちです!だから要求通り、先生は明日からーー」

 

「え?なんの事だっけ?」

 

「え?」

 

グレンからの予想外の返答に、システィーナは硬直する。

 

「俺達約束なんてしたっけ?覚えてないなぁー?誰かさんのせいでいっぱい電撃食らったしなー?」

 

グレンは誰かさんという所を強く強調しながらそう言う。最早その言葉に、誰もが口を開けるしかなかった。

 

「先生...まさか魔術師同士で交わされた約束を反故にするって言うんですか!?貴方はそれでも魔術師ですか!?」

 

「だって俺魔術師じゃねぇし!」

 

「...は?」

 

システィーナはそのグレンの一言に固まってしまう。他の生徒も、講師も同じような状態だった。

 

「とにかく!今日の所は超ギリギリで引き分けということにしといてやるが、次はないと思え!!さらばだ!」

 

そう言うとグレンは高笑いをしながら、受けたダメージの反動で何度かこけつつもその場から走り去っていった。

 

「なんだよあの馬鹿」

 

「まさか【ショック・ボルト】みたいな初等呪文すら一節詠唱できないなんてね」

 

「ふん、見苦しい人ですわね」

 

「魔術師の決め事を反故にするなんて、最低...」

 

そしてグレンがいなくなると、その場でほぼ全ての人達がグレンへ軽蔑の念を込めた言葉を投げ掛ける。

 

そんな中、ルミアは心配げにシスティーナの元へと歩み寄る。

 

「システィ大丈夫?怪我はない?」

 

「私は大丈夫、だけど、心底見損なったわ...」

 

システィーナはグレンが行った先を睨むように見ながらそう答えた。それを見るルミアは途方に暮れるしかない。

 

だからこの状況で誰も気付かなかった。

 

ただ一人、その周りとは全く違う目をしながらグレンの行った方向を見る者がいることに、誰も気づくことが出来なかった。

 

ーーー

 

あの事件から三日が経った。あの事件のせいでグレンの評判は地に落ちてしまった。

 

しかし、当の本人は全く気にしていないのかいつも通り気だるげに授業を進めていく。その態度についていけなくなっていったのか、生徒達は次第にグレンの授業を聞かなくなっており、それぞれがそれぞれ自分のやりたい勉強を行うようになっていった。

 

それに対してグレンも何か言うわけでもなく、今も教卓の前でやる気の無い授業が続いている。

 

「あ、あの先生。今の説明に対して質問があるんですけど...」

 

こんなひどい授業でも聞いていた生徒がいるようで、グレンへ質問をする生徒が現れた。

 

その子の名はリンと言って、一番初めの授業でもグレンへと質問していた生徒だった。

 

「無駄よリン。その男に何を聞いても無駄だわ」

 

「あ、システィ」

 

そこで彼女を止めたのはシスティーナだった。システィーナはグレンへと侮蔑の念を込めた視線を送りながら、話すことをやめない。

 

「その男は魔術の崇高さを何一つ理解していないわ。そんな男に教えてもらう事なんて何もないわ」

 

「で、でも...」

 

「大丈夫、私が教えてあげるから。一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう。」

 

そう言ってシスティーナはリンに微笑む。ただ、そのあとはいつもとは違った。

 

「魔術って、そんなに偉大なもんかねぇ?」

 

ふと、グレンがそう呟いたのだ。魔術を重いと思えるほど信奉しているシスティーナが、それを聞き流せるはずもなかった。

 

「何を言うかと思えば、偉大で崇高な物に決まっているでしょう?もっとも、貴方には理解できないでしょうけどね。」

 

システィーナは鼻で笑いながら、そう返す。その討論が気になったのか、他の生徒までが自習からそちらに意識を向け始めた。そんな時だった。

 

「何が偉大でどこが崇高なんだ?」

 

「え?」

 

いつもならふーんとか言って聞き流すだけの筈が、今日に至っては何故かその問いに食い下がってきた。

 

「魔術ってのは何が偉大で、どこが崇高なんだ?それを聞いている。」

 

「それは...」

 

システィーナは言葉に詰まってしまう。が、それも一瞬ですぐに答えを返した。

 

「魔術はこの世界の真理を追及する学問よ」

 

「ほう?」

 

「この世界の起源、構造、法則、魔術はそれらを解き明かし、自分と世界が何のためにあるのかという永遠の疑問を解きあかし、私たちをより高次元の存在へと引き立ててくれる。だから魔術は偉大で崇高な物なのよ。」

 

それはまさに満点の回答。普通ならその答えに拍手が送られるだろう。

 

「それが何の役にたつんだ?」

 

「...え?」

 

だが彼、グレン=レーダスは普通ではなかった。それに対してさらに問いを重ねてくる。

 

「そもそも、魔術って何の役に立つんだ?この世界で術とつく物は大概何か人の役にたっている。だがな、魔術だけは何の役にもたっていない。違うか?」

 

確かにそうだ。魔術の恩恵を受けられるのは一部の人間だけ。下手をすれば魔術を見ずに一生を終える人だっているだろう。

 

それでも、システィーナは弱々しげにもそれに反抗していく。

 

「魔術は...人の役に立つとか、立たないとかそんな次元の話ではないわ。人と世界の本当の意味を探し求める...」

 

「でも何の役にも立たないのなら、それはもうただの趣味とかわんねぇんじゃねえのか?」

 

その言葉に、遂にシスティーナも返す言葉がなくなり何も話せなくなる。そしてシスティーナは悔しそうに唇を震わせているとーー

 

「悪かった。嘘だよ。魔術は立派に人の役にたってるさ」

 

「え?」

 

そのいきなりの手の平返しに、クラス中が目を見開きながら驚いた。がーーー

 

「あぁ。魔術はすげぇ役にたつさ。人殺しのな」

 

最後にのべられたその一言で、教室中に寒気が響いた。

 

それを言うグレンの顔は、ひどく歪んだ物だった。

 

「実際、魔術ほど人殺しの役にたってる術は無いんだぜ?剣術が一人を殺す間に、魔術は何十人も殺せる。戦術で統率された一個師団の部隊を、魔導師の一個小隊は戦術ごと焼き尽くす。ほら、立派に役に立ってるだろ?」

 

「ふざけないで!?」

 

さすがに聞き捨てならなかったのだろう。システィーナ

は先程までの弱々しさを消し去り、半ば憤りながらグレンに食ってかかる。

 

しかし、その程度ではグレンの熱演は止まらなかった。

 

「全く、俺はお前らの気が知れねーよ。こんな人殺し以外何の役にも立たない術をせこせこ勉強するなんてなぁ。こんな下らんことに人生費やすなら、もっとましなーーー」

 

その時、パンっと乾いた音が、教室に響いた。それはシスティーナがグレンの頬をひっぱたいた音だった。

 

「いってぇな!テメェ!!」

 

グレンもさすがに切れたのか、システィーナに対して怒ろうとするがそれはすぐに止めることになる。

 

そのシスティーナの涙を見て。

 

「なんで...そんな事言うの?...大嫌い、貴方なんか...」

 

そう言ってそのままシスティーナは教室を後にした。

 

「システィ!!」

 

それを心配に思ったのか、ルミアがシスティーナの後を追う。教室には、重苦しい空気だけが取り残されていた。

 

「あーなんかやる気でねぇから、今日は自習にするわ」

 

そう言ってグレンも教室から出ていく。

 

その姿を、寝るために組んだ腕の隙間から、シンシアはまるで値踏みするようにじっくりと見ていた。

 

 

 

 

 

 




結構進んだけれどほぼ原作通り...

もう少し!もう少ししたらシンシアが活躍するから!!


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シンシアの夢とグレンの本気

今回シンシアの力がちょっとわかる!

そしてシンシアが学校に通う理由とは?

さて第3話スタート!!


放課後の学校の屋上で、柵によりかかりながらグレンはボケーっと辺りを見ていた。

 

システィーナの一件以来今日は教室には顔を出していない。

 

「あーあ、俺もガキだな-。あんな言葉に噛みつくとは...」

 

グレンは頭をかきながら一人そんな事を呟く。しかし、グレンは食い下がるしかなかったのだ。システィーナは魔術の裏を知らなさすぎる。それに彼女はその黒い一面から、目を背けている。それがグレンには許せなかったのだ。

 

「まぁこのままクビが妥当だろうな。セリカには悪いけど、土下座すれば許してくれるだろう...」

 

そう言ってグレンは屋上から降りようと後ろを振り向いて階段へと向かおうとするが、途中で足を止める。

 

「おい、怒んねぇから出てこい。そこにいるんだろ?」

 

そう言ってグレンは階段の方へと語りかける。そうすると、階段の影からスラッと人影が現れる。

 

「いやーすみません。立ち聞きするつもりはなかったんすよ?少しグレン先生を探していたらここにいるのを見つけてきただけっすよ。」

 

そう明るい声で話しかけてきたのは、深い緑の瞳に銀髪の少年だった。

 

「お前か。えっと名前は...」

 

「シンシア。シンシア=フィーベルっす。呼び方はシンでいいっすよ」

 

シンシアはそう笑顔で話す。

 

「それで?ろくでなしの俺に何のようだ?姉貴を泣かせた事を怒りに来たのか?」

 

グレンはまだ生徒全員の名前は覚えていなくとも、今日泣かせた相手の弟が目の前のシンシアであることぐらいは知っていた。

 

「いえいえ。むしろシス姉にはいい薬になったんじゃないっすか?シス姉は少し魔術を神聖視しすぎるような喜来があるんで、そういう自分が見たくないとこは蓋してるんでしょう...」

 

グレンは少し目を見張る。グレン自身、シンシアの事はただの馬鹿なお坊っちゃまぐらいにしか考えていなかったので、シンシアからかなりまともな事を言われたため、少し驚いたのだ。

 

「じゃあ何のようなんだよ?」

 

「一つ、尋ねたい事があるんす。」

 

「尋ねたいこと?」

 

グレンは怪訝そうに聞き返す。しかし、シンシアは依然ニコニコとした笑みを壊さない。

 

「はい。先生ーーー」

 

「あんたいつまで道化を演じるんだ?」

 

シンシアは笑みを消し、真剣な表情を見せてそう聞く。

 

確信を突いた質問に意表を突かれたからなのか、グレンの注意が一瞬違う方向へと向く。

 

その瞬間、シンシアがグレンの視界から消える。

 

「なっ!?」

 

グレンは直ぐ様臨戦体制をとるが、シンシアの方がワンテンポ早い。

 

シンシアは既に、グレンの懐に潜り混んでいた。

 

「セイッ!」

 

その掛け声と共に、シンシアはグレンの鳩尾へとナックルを叩き込もうとするが、グレンはそれを片手で防御し、その勢いを利用して後ろに飛ぶ。

 

「あぶねぇ!お前何すんだよ!!」

 

グレンは完全にシンシアを敵視しながら、再度臨戦体制をとった。が、シンシアにはもうその気が無いのか先程までの柔らかな雰囲気へと戻っていた。

 

「やっぱりただ者じゃなかった。これは後でシス姉に自慢できるな!」

 

何故かガッツポーズをするシンシアを見て、グレンは自分がシンシアを敵視するのが馬鹿らしくなり、ファイティングポーズを解く。

 

「今のは...魔闘術(ブラック・アーツ)?」

 

「ご名答!さすがはグレン先生、このぐらいならわかるか」

 

魔闘術(ブラック・アーツ)

 

自身の拳や足に魔力をのせて、インパクトの瞬間相手の体内で直接その魔力を爆発させるという異色の近接戦闘術。ほとんど使うものはおらず、さらに学生というくくりになればその人数はゼロに近いはずだった。

 

しかし、シンシアがグレンに行った物はまさにそれであり、それもかなり威力を調整されていた物だった。そこまで緻密な魔力操作ができる人物はグレンは今まで見たことがなかった。

 

「まさか学生でこれを使うやつがいるとはな...正直俺お前の事なめてたわ。」

 

「これで少し印象が変わればいいんですけどね。さて、本題に入るんですが、どうして今の攻撃が対処出来たのに、シス姉の【ショック・ボルト】に反応しなかったんですか?」

 

シンシアの言うことはもっともだった。普通なら、いつどこから、どのように攻撃されるかわからない近接戦の方が、来るとわかっている魔術に対処するよりも格段に難しいはずだ。

 

だがグレンはこの攻撃に対処して見せたにも関わらず、システィーナとの決闘では何もせずにされるがままだった。

 

「お前...そんな事を確認するためにわざわざ殴りに来たのか?」

 

「?はい。」

 

まるでさも当然といった感じに、シンシアは大きくうなずいた。その反応にグレンは頭が痛くなってくる。

 

「あのなぁ、それは俺だからどうにかなっただろうが、他の人じゃそのまま殴られて吹っ飛ばされるぞ?」

 

「ま、その時はその時です。気合いか根性あれば殴られた方も大丈夫でしょう。」

 

「根性論の話じゃねぇんだよ!?」

 

まさに脳筋思考のシンシアにグレンが勢いよく突っ込む。

 

(あの姉貴がいるのにこの弟なのか...まさに真逆だな)

 

システィーナは真面目を体現したような人だが、比べてシンシアはまさに脊髄反射で生きてるような人だ。

 

(きっとこいつは思い付いたらその場ですぐに行動するタイプだ。後先考えずに...)

 

「確かにあのシスティーナ?の魔術には確かに反応出来た。だが俺としても?さすがに大人げないかな~と思ってな!手を抜いてやったんだよ。」

 

「嘘っすね」

 

それをシンシアはあっさりと嘘だと見破る。

 

「はぁ?根拠はあんのか?」

 

「いえ、勘です。」

 

シンシアは自分の頭を指でツンツンとつきながら応える。

 

(こ、こいつ...あいつに似てて怖いな...)

 

グレンは青髪の大剣をブンブン振り回す、自分の元同僚とシンシアを重ねがらそう感じる。

 

破天荒な所なんてもはやそっくりだ。

 

「まあ何故真剣にやらないかは別に聞かないっすよ。人には聞かれたくないことの一つや二つはあるらしいので。」

 

「へー。お前もそんな気遣いが出来るんだな...」

 

「家でシス姉達の体重聞いた時に、殴られながら教えられたっす」

 

「そ、そうか...」

 

(一瞬でも、こいつ意外とまともじゃね?と思った自分がバカだった!!)

 

グレンは自分の中でシンシア=フィーベルという人物がコロコロと変わっていくのがよくわかった。

 

「ただ、シス姉だけじゃない。ルミ姉も他のみんなもここには魔術を学びに来てるんスよ。確かに魔術は人を簡単に殺せる物っすよ、それは俺も魔闘術(ブラック・アーツ)を覚える時に知りました。けど、魔術もきっとそれだけじゃないでしょ?それは魔術の裏をよく知ってる先生だからこそ、よくわかってんじゃないっすか?」

 

シンシアは屋上の柵に腰をかけながらそう話す。

 

「だから、グレン先生が百パー合ってるとは言えないし、シス姉が百パー合ってるとも言えないっす。両方の側面があるのが魔術なんじゃないっすか?

 

夕日に当たりながら話すシンシアの顔は赤く光っていた。

 

「なぁ、お前は何のために魔術を学ぶんだ?」

 

グレンがシンシアの横に立ちながら尋ねる。

 

「俺っすか?そんな大層な事じゃないっすよ?」

 

「いいんだよ。生徒の事を知っとくのは教師の役目だ。」

 

「うわっ。こういう時だけ教師ずらっすか?」

 

少し小バカにするようにシンシアが返す。が、シンシアはすぐに真剣な表情へと変わった。

 

「まぁ、少し恥ずかしいんすけど...」

 

「お?なんだ?ここに好きな人がいるから入ったのか?」

 

「残ねーん!俺は恋愛に関してはかなり疎いしそこまで興味も無いっす!」

 

「んだよ面白くねぇな...」

 

グレンが残念そうに項垂れる。

 

「誰にも言わないってんなら言いますけど?」

 

「言わねーよ。そんな事吹聴して何になんだよ。」

 

「まぁそれもそうっすね。」

 

はははと笑いながら、シンシアは静かに話し始めた。

 

「正義の魔法使いになりたいんすよ。」

 

「ッ!?」

 

その一言に、グレンの体に緊張が走る。

 

「絵本に出てくるような、正義の魔術師。悪をよしとせず、正義を体現する。そんな物に俺は憧れたんすよ。そんなガキみたいな理由で、俺はここにいる。」

 

グレンは強張った顔でシンシアを見ていた。だがシンシアの顔は真剣そのものだった。

 

「正義の魔法使いなんていねぇよ」

 

だからこそ止めなければならない。自分の二の舞を生まないために。

 

「あるのは悲痛な現実だけだ。それを願う者に甘い液だけを吸わせて地獄をみせる。それが現実だ。正義なんてものはこの世には存在しねぇんだよ。だから、お前もそんなふざけた事抜かしてないで、もっとまともなものを目指せよ」

 

その道だけは進んでは行けない。自分の生徒から、あの地獄を見せることだけは、グレンは許せなかった。

 

「そうっすよね。普通ならその反応だと思います。」

 

しかしシンシアはその反応を予想していたかのように落ち着いた物だった。

 

「でもよ先生、憧れちまったんすよ。この憧れは、そう簡単に潰えるもんじゃねぇんですよ」

 

「それが、自分の身を滅ぼすとしてもか?」

 

そこでグレンは、今まで見せた事の無いような真剣な顔つきになる。それに伴い、シンシアの表情も厳しくなる。

 

「誰かの味方になるってことは、誰かと敵対するって事だ。自分が語る正義は自分でしか証明できねぇし、それが本当に正しい事なのかすら自分でもわからねぇ。その思想はきっと、自分自身を食い尽くすぞ」

 

それはシンシアには、グレンが自分の体験から基づいた事を話しているように感じた。それを経験したからこそ放てるオーラのような物を纏っているのが、シンシアにはわかった。

 

「それが自分の身を滅ぼすとしても、俺はその道を進み続けるっすよ。」

 

シンシアにはそれを変えるつもりはもとよりなかった。その道がどんな茨道であろうと、シンシアは誰かのためにはその力を使う覚悟がある。

 

「はぁ...筋金入りだな...」

 

「よく言われます。」

 

「何がお前をそこまで突き進ませる?確かお前は実技の成績はあんま良くないんじゃなかったか?」

 

「おりょ?よくご存知で」

 

「その程度ならセリカから聞いた。」

 

「教授に名前を覚えてもらえてるとか、光栄っすね!」

 

シンシアはサムズアップをグレンに見せながら、笑顔をみせる。だがグレンからすれば不思議で仕方ないのだ。

 

シンシアはほとんどの魔法を使う事ができない。それは先天的なもので、後からどうにかなるわけではない。おおよそ魔力調整の能力にはかなり長けているのだろうが

、それは魔術を使えて初めて機能する才能だ。

 

「まぁ俺自身全部魔法が使えないってわけじゃ無いっすよ?錬金術なら少しだけなら使えるし、【フィジカル・ブースト】ぐらいなら安定して発動できます。まぁそれでも実技は赤点なんすけどね...」

 

またシンシアが笑うが、それは明るいものではなく、どこか自嘲気味な笑みだった。

 

「だけど俺としては、誰かが泣いてるのを見るのは我慢ならないんすわ!」

 

そう言うとシンシアは柵から飛び降り、屋上の床へと足をつける。その動きには淀みはなく、鍛えていることを証明するかのような動きだった。

 

「魔法がロクに使えなくても、俺には魔闘術(ブラック・アーツ)もあるし、何より一番大事なもんもありますしね!」

 

「大事なもん?」

 

グレンは怪訝そうに尋ねると、シンシアは今日一番の笑顔を向けながら自分の胸を指で指した。

 

「気合いっすよ気合い!俺の最高にして!最強の武器!不屈の闘志って奴っす!」

 

そう言うシンシアの姿は、夕日の後光によってとても輝いて見えた。グレンはその姿が昔の自分と重なり、自分の昔の忌々しい願いを思い出してしまう。

 

(ああくそ。なんでこういう奴が俺のクラスにいるんだよ

。まるで昔の俺の鏡写しじゃねぇか...)

 

「それじゃ俺はそろそろ帰りますわ。帰ってシス姉を宥めないといけないんで」

 

そう言うと、シンシアは階段の影へと消えていった。屋上にはコツコツと階段を下る音が少しだけ響いたが、それも少しの間だけで、すぐにグレンの周りを静寂が支配していた。

 

「ああ、やっぱやめようかな。あいつを見てると昔を思い出しちまうしな...ん?」

 

また一人でぶつぶつとグレンは文句を垂れ始めると、ある教室に人影が見えた。

 

「何やってんだ?」

 

グレンはそこで遠見の魔術を使ってその光景を見る。そこにはルミアが一人で実験室を使っていた。

 

「ばーか。そんなんで上手くいくかよ。」

 

しかしそのできはあまり良くなく、グレンからのダメ出しが入るが、この距離では彼女に聞こえるはずもなかった。

 

「しゃーねーな。やめる前に、少しだけ見てやるか。」

 

そう言ってグレンは屋上を後にした。

 

この直後、グレンのその辞めるという決意を崩されるなんて、この時グレンは思いもしていなかった。

 

ーーー

 

翌日

 

相も変わらず、今日も全ての生徒が一日を自主につぎ込む予定の筈だった。しかし、そんな予想は朝一番から叩き崩される事になった。

 

「昨日はすまなかった」

 

朝の授業一発目で、なんとグレンがシスティーナに謝罪したのだ。その光景に、クラスメイト達は唖然とするしかなかった。シンシアとルミアを除いて。

 

「ふふふ。グレン先生もやっと素直になったね」

 

「だな。全く、今日は遂に先生の化けの皮が剥がれるかな?」

 

隣にはシスティーナがいるのにも関わらずシンシアとルミアがこんな会話をするのは、システィーナが先生のこの行動に大きな衝撃を受けて硬直しているため、二人の声なんて聞こえていないのだろう。

 

「じゃ、授業を始める。」

 

そう言ってグレンは教科書を手にとってページをめくっていくが、何か飽きたのか教科書を閉じて、近くの窓を開ける。

 

「そぉい!」

 

そしてグレンは勢いよく教科書を投げ捨てた。その奇行にクラス中から失望の意味を込めたため息がとんだ。

 

「さてと、授業を始める前にお前らに言っておくことがある。」

 

いつもならそのままグダグダと授業を始めるのだが、今日のグレンは一味違った。そしてグレンは一呼吸をおいてーー

 

「お前らって本当にバカだよな」

 

唐突に暴言を吐き出したのだ。

 

「昨日までの十一日間お前たちを見てきた訳だが、お前らって魔術のことなんもわかってねぇんだな?」

 

「【ショック・ボルト】程度も一節詠唱できない三流魔術師に言われたくないね」

 

その声を引き金に、クラスのあちらこちらから笑い声が聞こえる。ルミアはそれを少し嫌そうに、シンシアはこれからおこることにわくわくした顔つきでそれを見ていた。

 

「ほう?【ショック・ボルト】程度ねぇ。じゃあそう言ったお前に質問だ。この魔術の詠唱は《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》で機能する。ならば、」

 

そう言うとグレンは黒板にすらすらと文字を書いていく。それは先程説明した【ショック・ボルト】の詠唱だが、ある部分が違った。

 

「このように、《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》という風に三節の詠唱を四節に区切れば、魔法はどのように発動されるでしょう?」

 

グレンを嘲笑うかのようにバカにしたメガネの男子生徒にグレンは質問する。その男子生徒はメガネをかきあげながら答えた。

 

「そんなものはまともに起動しません。何らかの形で失敗しますね」

 

「はぁ?そんなの当たり前だ。俺が聞いてるのは、それがどういう風に失敗するかって聞いてんだよ。」

 

「なーー」

 

この問いにはさすがにメガネの男子生徒、ギイブルも予想外だったのか、何も答えられなくなる。

 

「何が起きるかなんてわかりませんわ!そんなのランダムに決まってます!」

 

そこでツインテールの少女、ウェンディがそれに反論する。

 

「ランダム!?お前らこの術式極めたんじゃねぇのかよ!!もういいや、答えはーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「右に曲がるだ。」

 

そう言ってグレンは呪文を黒板に向けて唱えると、雷閃は黒板に当たる直前に右に曲がっていった。

 

「極めたって言うならこれぐらいやってくれないとなぁ。という訳で、今日は初歩の初歩、【ショック・ボルト】について教えてやる。興味が無い奴は寝てな。」

 

そう言うが、この教室にいる者達の目は眠気など感じさせなかった

 

「面白くなってきた!!」

 

その光景を見たシンシアは、おもちゃを与えられた子供のような目をしながら、前のめりに授業を聞く体制を取っていた。

 

ロクでなしの本気の授業が、いまここに始まったのだ。

 

 

 




次回はもっと戦闘シーンが増えるぜ!!

では次回をお楽しみに!!


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テロリスト襲撃


魔法科高校の常識はずれとは真逆の主人公だから、こっち書いてるときとあっち書いてるときとで、なかなか違った楽しさがあるね。

まぁそんな事は置いといて第4話、始まるよ!!


グレン覚醒。

 

それは全生徒を震撼させる大ニュースとなった。生徒だけではない。グレンの事を甘く見ていた教師陣にも与えたダメージは計り知れない。

 

今までとは全く違う授業方針、さらにはその質の高さ。それは他クラスの生徒がグレンの授業を聞きたいがために、立ってまで聞きにくるほどだった。

 

つい最近までグレンの事を見下していた人間が大半のはずだったが、今ではこの学院で最も親しまれる教師へと早変わりしていった。

 

そして普通なら休日である今日、学院には生徒は誰一人といない筈なのだがーー

 

「なんで休みの日にまでここに来なきゃなんねぇんだよ...」

 

「仕方ないじゃない。ヒューイ先生が突然居なくなったせいで、私達二組だけ授業が遅れてるんだから。」

 

教室にはいつも通り、二年次生二組の生徒達が集まっていた。そのなかで、際立てて気だるそうに机に突っ伏すシンシアの姿がそこにはあった。

 

シンシアの周りにはいつも通りシスティーナとルミアが陣取っている。

 

「あー!せっかくの休みなんだから動きまわりたいんだけど!!」

 

「アンタは犬か!授業が遅れてるってのが聞こえなかったの!?」

 

他の生徒からすれば『また始まったよ...』位にしか感じないいつも通りの喧騒が始まる。それをルミアはまた苦笑いして見るしかなかった。

 

「あー動きてぇ...体動かしてぇ...じっとしていたくねぇ...」

 

「アンタ本当に魔術師目指してるの...?」

 

最早魔術師見習いとは思えないシンシアの発言に、姉としてシスティーナはため息を溢すしかなかった。

 

「ま、まぁシン君、グレン先生の授業だから頑張ろ?」

 

「でもさルミ姉、そのグレン先生はどこにいんのよ?」

 

シンシアは教卓を指差しながらそう尋ねる。今の時刻は既に授業開始をとうに過ぎており、普通ならこのように騒ぐことなんて出来ないはずだった。

 

しかし教卓には未だにグレンの姿は無い。つまりは遅刻なのだ。

 

「あいつったら...最近は凄く良い授業をしてくれるから、少しは見直してやったのに、これなんだから、もう!」

 

システィーナが苛立ちを込めながら呟く。

 

「もしかして今日学院休みだと勘違いしてんじゃねぇの?」

 

「そんな...さすがにグレン先生でもそんなことは...ないよね?」

 

シンシアの予想に、さすがにルミアも否定しきれなかった。

 

「あーあ!やっぱりあいつはダメダメね!今日という今日は一言言ってやる!」

 

「いつもいってんじゃん...」

 

シンシアもシスティーナの態度に呆れながらそうぼやく。周りには二組の生徒だけではなく、他クラスの生徒までいるため席は全て埋まってしまっていた。

 

「なんか...あいつ最近凄い人気よね...」

 

ふと、システィーナがそんな事を呟く。それを見たシンシアとルミアは顔をあわせて、悪そうな笑みを浮かべる。

 

「おいおいルミ姉?シス姉が愛しのグレン先生を他の生徒に取られて嫉妬してんぜ?」

 

「へ!?!」

 

「そうだねシン君。きっとシスティは先生がどんどん人気者になっていくのが寂しいんだよ。」

 

「ちょっとルミアまで!?」

 

システィーナの顔が赤くなっていくが、シンシアはそんな事関係無しに話続ける。

 

「いやー嫉妬深い女は怖いねぇ。もしかして、シス姉は愛が重いタイプだったのか!!」

 

「だからそんなんじゃないわよ!!!私は、あいつがどんな女子と話そうが別にーー!」

 

「あれ?シン君は一言も女子なんて言ってないよ?」

 

「ぐーー」

 

シンシアとルミアはさらに悪そうな顔をしながらシスティーナを面白そうに見る。

 

「し、シンはどうなのよ!?」

 

「は?俺?」

 

いきなり話の方向を向けられたシンシアは戸惑いながら自分を指差す。

 

「そうよ!あなたも学生の端くれなんだからす、好きな人とかいないわけ!?」

 

「ごめんそういう事にはあんま興味ないわ。」

 

システィーナがかなり勇気を出して聞いた質問を、シンシアは真顔で否定する。

 

「俺は恋愛より友情とかの方が感覚的に感じるかな。そういう恋愛とかはよくわからん。」

 

シンシアはそう言いながら首を横に振る。確かに昔から女子の事も普通に名前で呼ぶし、何の苦もなく話しかけられるシンシアを小さい頃から見てきたシンシアやルミアからすれば、それも納得できる話だった。

 

「じゃあシン君はどんな子が好みなの?」

 

「好み...一緒にいて楽しいとか?」

 

「それ友達と変わらないじゃない...」

 

まだシンシアには恋愛は早いとシスティーナとルミアが感じた時、急に教室の扉が開かれた。

 

「あ、先生ったら、なに考えてるんですか!?また遅刻ですよ!?もう.....え?」

 

誰もがグレンの入室を考えたが、そこに現れたのはチンピラ風の男とダークコートの男の二人組だった。

 

「お、ここか?皆勉強熱心だねー。あ、君達の先生はちょっと取り込んでてさ、だからオレらが代わりに来たってことでよろしく!」

 

「ちょっと、貴方達、一体何者何ですか?」

 

そこでシスティーナが席から立ち上がり抗議する。そしてそのまま二人の前に立ちふさがった。

 

「ここは部外者立ち入り禁止ですよ?どうやって入ったんですか?」

 

「おいおい質問は一つずつにしてくれよ?オレは君らみたいに学は深くないなからサー。」

 

システィーナの真剣な言葉も響いていないのか、ニット帽を被ったチャラチャラした男はそのふざけた態度を崩さない。

 

「まず、オレたちはテロリストでーす!」

 

「は?」

 

男の唐突な宣言に、クラス中が困惑する。

 

「ふざけないでください!そのような態度をとるなら、こちらも貴方方を気絶させてーーー!」

 

「《ズドン》」

 

たったその一言。その一言が紡がれた時、システィーナの耳元を雷が走った。

 

「え?」

 

「《ズドン》《ズドン》《ズドン》」

 

さらに三つ、システィーナの首、腰、肩を雷閃が通りすぎる。その後ろには、その一撃によって開けられた穴がいくつも出来ており、穴の向こうが見えるほどだった。

 

「【ライトニング・ピアス】?」

 

「へー?知ってんだ。ま、なら信じてくれるよね?」

 

軍用魔術【ライトニング・ピアス】

 

重装甲の鎧すら簡単に貫く程の貫通力を誇る魔法。似たような物で【ショック・ボルト】があるが、アレとは比べる事すらおこがましい程射程距離も弾速も威力も違い過ぎる。

 

それをこの男はいとも簡単に連射したのだ。その実力は、この学院に通う生徒であれば理解できるだろう。

 

「という訳で、君達人質でーす。あと、逆らったらぶっ殺すから」

 

そう言う男の目は全く笑っていなかった。もはやパニックすら起こせない。

 

「じゃあ質問なんだけどー、この中にルミアちゃんって女の子いるかなー?」

 

その質問に全員がシンと静まりかえるが、何人かがルミアのいる方向を見てしまった。

 

「なるほどー。ルミアちゃんはこの辺にいるのかー?君がルミアちゃん?」

 

「ち.....違います....」

 

尋ねられたのはリンだった。リンは既に泣きそうな顔をしながら震えていた。

 

「じゃあさ、誰がルミアちゃん?」

 

「し、知りません...」

 

「あっそう。俺さ...嘘つきは嫌いなんだよね...」

 

そう言うと男は指をリンへと向ける。先程の魔法を見れば、男が何をしようとしているのかなんて誰もがわかってしまう。

 

「私がルミアです」

 

そこでルミアが席をたった。

 

男はルミアへと寄っていく。

 

「君がルミアちゃん?まぁ、知ってた。」

 

「え?」

 

「だってほらー、さすがに事前に調べるでしょー?そのときにねもう知ってたんだ!」

 

「じゃあどうして最初から...」

 

「ルミアちゃんが名乗り出るまで、関係ないやつを一人ずつズドンしていくゲームだったから!」

 

男はそれを笑顔で口にした。クラスの全員がこの時思った。

 

こいつは狂っていると。

 

「ハハ!でももうやんないから安心して?だってこのまま殺すと一方的な蹂躙じゃん?それじゃ面白くないんだよ。」

 

「外道!」

 

ルミアはいつも見せないような怒りを顔に見せながら、男を睨んだ。

 

「まぁ良いけどね、じゃいこうか?」

 

そう言って男はルミアへと手を伸ばす。

 

しかし、その手はルミアを掴むことはなかった。

 

「あ?」

 

「え?」

 

逆にその手を掴んだのは、シンシアだった。

 

「なにお前?もしかしてこの子の事好きなの?いやぁごめんねとっちゃって。でも君も自分の命の方が大事でしょ?」

 

「......」

 

男は笑顔でそう語るが、シンシアは一向に手を離さない。

 

「シン君ダメ!?離さないとシン君が!」

 

「ほらー?ルミアちゃんも言ってるよ?ここは潔く離した方がーーー」

 

「ーーるな」

 

「へ?」

 

シンシアが何かを呟くが、それは男の耳には聞こえない。

 

「なんて?聞こえないんだけど?」

 

男がシンシアへの詰め寄る。そしてシンシアの頭に指を指す。

 

「悪いけど、もっかい言ってくんない?この状況で言えるなら」

 

男は下卑た笑みを浮かべながら、シンシアへと向く。そしてシンシアはゆっくりと口を開け、

 

「その汚ねぇ手で、ルミ姉に触るなって言ったんだよこの屑が。」

 

はっきりと、教室中に聞こえるようにそうシンシアは言った。

 

「あー。うんわかった。じゃ死ね。」

 

男から笑みが無くなり、無感情な顔になる。

 

その光景を全員が固唾を飲んでいた。最早あの距離からでは避けられない。横のシスティーナは恐怖のあまり目を瞑っており、ルミアは顔を青ざめて口を抑えていた。

 

そしてーーー

 

「《ズドン》!」

 

と声が響いた。

 

 

が、雷閃は現れない。

 

「へ?え?」

 

クラス中がその光景を見た。だがそれは信じられなかった。

 

目の前にではシンシアに向けられていた指が、あらぬ方向へと曲がっていたからだ。

 

「い、痛ってぇぇぇぇ!!オレの、オレの指がぁぁぁ!!」

 

男はそう言いながら後ろに後ずさっていく。それをシンシアは見逃さなかった。

 

シンシアはすぐに机に上に立ちあがる。

 

「うらっ!」

 

「ぐぼぉ!」

 

そのままシンシアは未だに痛がっている男の顔に、全力で回し蹴りを食らわせる。それは当たった瞬間男の顔で足に纏った魔力が爆発したことでさらに威力をあげる。

 

男はその勢いで黒板にぶつかり、壁には大きな溝ができる。

 

「てめぇらがどこの誰だかはしんねぇけどな...」

 

シンシアはその瞳をギラギラと闘志に揺るがせながら、テロリスト二人へと睨み付ける。

 

「てめぇらの外道っぷりは見てて吐き気がするんだよ!ここでその貧曲がった精神を、叩き直してやる。」

 

「このぉ、ガキが!!」

 

男は起き上がり、指をシンシアへと向けて【ライトニング・ピアス】を発動させる。しかし、

 

「当たらねぇだと!?」

 

シンシアはすべての【ライトニング・ピアス】をすんでの所で回避する。

 

「なんであたんねぇんだよ!?」

 

そしてシンシアは、一気に教室の床を蹴り男と距離を詰める。

 

「くそ!《ズーー」

 

「遅ぇわ!」

 

シンシアはそこで向けられた指に向かって全力で右手の握り拳を振りかざす。その瞬間、貯めた魔力が一気に男の腕でインパクトを起こし、男の腕の骨をボロボロに砕いた。

 

「ぎぃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

男は痛みのあまりその場に倒れ込むが、シンシアはそれを見下すように見る。

 

「どうだ?追い詰められる気分は?」

 

「ヒィッ!?」

 

シンシアは右手を握り、魔力を全快まで貯める。

 

「寝ながら自分の罪を悔い改めろ!!」

 

シンシアは右手を全力で振りかぶり、男の顔へと叩きこむ。だがこの時、シンシアは怒りのあまりあることを忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、敵は一人ではないのだ。

 

「がぁ!!」

 

シンシアのストレートはチンピラ風の男に入る前に、シンシアの体に激痛が走る。

 

シンシアはその時、自分の背中を見ると、自分の体に五本の剣が刺さっていた。

 

「見事な魔闘術(ブラック・アーツ)だ。だが、まだまだだな。」

 

そうダークコートの男が言い、指を少し動かした。それをトリガーに、シンシアの体に突き刺さっていた剣が無造作に引き抜かれる。

 

「あぐっ!?」

 

神経を直接引き裂かれる痛みに耐えきれず、シンシアはその場に倒れ込んだ。シンシアが倒れた場所には、赤い血が広がっていく。

 

「さすがだぜレイクの兄貴!このクソガキなんてさっさと殺してーーーえ?」

 

チンピラ風の男の言葉が語られるよりも先に、剣はチンピラ風の男の頭へと突き刺された。

 

「貴様は使い物にならん」

 

そしてチンピラ風の男は、シンシアの隣に横たわるように倒れた。

 

「きゃあああああああああ!!!」

 

教室中が大パニックになる。それもそうだ。自分のクラスメイトが目の前で大ケガを負っており、目の前で人が殺されたのだから。

 

「騒ぐと、この場の全員を殺すぞ」

 

その騒ぎに耐えかねたのか、ダークコートの男は静かに殺気を放った。それは確実に人を殺していなければ出せない物だった。

 

「貴様、来てもらおうか。」

 

「でもシン君が!?」

 

「今この場で貴様が動かないのであれば、この場の全員を殺すことになるぞ?」

 

「ッ!?...わかりました」

 

ルミアは苦虫を噛むような表情をしながらダークコートの男へと着いていった。

 

「システィ、シン君をお願い」

 

ルミアはそう静かに親友に頼みながら、教室から出ていった。そしてダークコートの男は教室に魔術によって鍵をかけ、生徒を出られないようにし、その場から離れていった。

 

その場に残ったのは静寂だけだった。

 

「ぐ...あぁ...いてぇ...」

 

そこで静寂を破ったのは、シンシアの呻き声だった。

 

「シン!?」

 

やっと恐怖から解放されたシスティーナがシンシアの元へ向かう。それをきっかけに、教室にいる生徒全員がシンシアの元へと走り寄っていく。

 

「あぁ...シス...姉...無事か?」

 

「アンタ!私の事より自分の心配しなさい!!」

 

システィーナやウェンディ、ギイブルなどクラスでも成績優秀者がシンシアへと治癒魔術、【ライフ・アップ】をかけるが、シンシアの顔色はあまり良くならない。

 

シンシアの傷はかなり深く、さらには大きな血管の部分が的確に切られているため、出血量は半端ではなく多い。

 

「ルミ...姉は?」

 

「っ!?」

 

シンシアが息絶え絶えに声を出しながら聞いた質問に、その場にいる全員が顔をしかめる。

 

「そういう...ことか...くそ...完全に...失敗...じゃんか...だっせぇな...俺...」

 

「そんな事ない!」

 

シンシアが自嘲気味に言ったその一言にシスティーナが反論する。

 

「アンタはよくやったの!だから今は何も喋らないで!!」

 

「そうだぜシンシア!お前格好よかったぜ!」

 

「テロリスト相手に立ち向かうなんて...全く呆れた人ですわ...」

 

「最早無謀だよ。全く...」

 

さらにクラスメイトや他の生徒からも賛辞の声が飛んだ。その声に苦笑を溢しながら、シンシアは全員に向けてサムズアップをした。

 

そしてシンシアへとかかる【ライフ・アップ】が増え始める。シンシアのクラスメイト全員がシンシアへと魔法をかけているのだ。

 

「俺は...正義の...魔法使いに....なれたの...か...」

 

徐々に痛みが無くなっていく感覚の中、ふとシンシアが呟いた。シンシアの視界が一気に暗くなる。遠くでクラスメイトがシンシアを呼ぶ声が聞こえる。だが、その声が聞こえなくなり、シンシアの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 




死んでないよ!!

ちゃんと生きてるからね!!まだヒロインともあってないのに...


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競技祭と廃棄王女の本音
競技祭はやっぱり楽しい方が良いに決まってる


話の展開がかなりポンポンと進んでいきますが、気にするな!!

という訳で第5話です。どうぞ!!


重たい瞼を開けると、そこには見慣れない天井がシンシアの目に写った。

 

「え?俺死んだ?」

 

「生きてるよ。ちゃんとな」

 

ふと溢した疑問に、隣から答えが返ってくる。どうやらシンシアはベットで寝ていたようで、顔だけをそちら側に向ける。

 

「なーんで先生がベットで横になってんすか...」

 

シンシアの隣でベットに寝ていたのは紛れもないグレン本人だった。その体は傷だらけで顔は青白くなっている。

 

「お前が倒しきらなかった奴と戦ってこの様だよ。というかお前も無茶し過ぎだろ!テロリストに立ち向かうとかよ...」

 

「一介の教師が立ち向かう事もどうかと思いますけどね...」

 

「ハッ、違いねぇ」

 

シンシアとグレンは共に苦笑を漏らした。

 

「あいつら心配してたぜ?お前が死んだらどうしようって。」

 

「あれ?俺ってそんな好感度高かったっけ?」

 

「意外と皆お前の事は良い奴だと思ってんじゃね?だって家族のために、テロリストに挑むなんてどこの物語の主人公だっての。」

 

グレンがバカにするように笑うが、シンシアの顔はあまり優れない。

 

「でも、俺はルミ姉は救えなかった。」

 

「そこは俺がなんとかしたから大丈夫だ。お前が気にする話じゃねぇよ。お前はよくやったよ。」

 

グレンの慰めも全く意味をなさないように、シンシアの表情は変わらない。

 

「自分の感情に身を任せて、周りを全く見れてなかった。まだまだ俺もガキですね...」

 

「シン...」

 

シンシアはまだ痛む体に鞭を打って体を起こす。

 

「さてと、てことは先生がもう全部終わらせてくれたって事でいいんすか?」

 

「おお。もうほんと大変だった。セリカに時間外労働の特別給与が欲しいってねだっとこ...」

 

「その金で、俺に飯を奢ってくれるんすか?」

 

「んなわけねぇだろ!?。」

 

そんな軽口を交わしていると、部屋の扉が勢いよく開く。

 

「先生、体調もうーー」

 

「お、ルミ姉無事だったか!」

 

入ってきたのはルミアだった。シンシアはルミアの無事を確認して安堵するが、ルミアの方は全く違う心情だった。

 

「シン君!?もう大丈夫なの?」

 

「おう!まだ痛いけどそこまで酷くない。ま、大丈夫でしょ。」

 

そこでやっと不安げだったルミアの顔に安堵が見え始める。が、それも一瞬で今度は怒りの方が強くなっていた。

 

「シン君のバカ!なんであんな事したの!!」

 

「え?い、いやなんでって...見てられなかったし。それにあのままじゃルミ姉だって連れてかれそうだったじゃんか。ま、結局連れてかれたわけだけど」

 

「そうじゃないの!私はなんで自分の命を簡単に捨てようとしたか聞いているの!!」

 

ルミアの言いたい事はそういうことだった。

 

シンシアはあの時、敵を倒すことだけを考えており、自分の命が助かる事を勘定にいれてはいなかった。それはシンシアがそう考えた訳ではない。シンシアが無意識にそうしたのだ。

 

「...ごめん。あの時は怒りに身を任せてたから...以後気を付けます...多分...」

 

シンシアはひっそりと最後に何か言ったが、それはルミアの耳には入らなかった。その最後の言葉を聞いていたグレンは、深いため息を溢すしかなかった。

 

ーーー

 

アルザーノ帝国魔術学院で起きた自爆テロ未遂の事件は、一人の非常勤講師と一人の生徒によって最悪の危機を逃れることとなった。

 

しかし、この事件は社会的な不安を煽るとして内密に隠蔽。帝国宮廷魔導士団が総力をあげて情報を徹底統制したことで、この事件の真相を知るものはほんの一部となった。

 

しかし、ただこれだけならばよかったのだが、ある情報が密かに問題となった。

 

「学生がテロリストの一人を撃破、ね...」

 

うす暗い部屋の中で、真っ赤な髪の女性はその調査資料を見ながら一人呟いた。その資料に書かれているのはこの事件の顛末と、功労者の写真。

 

その写真は二枚あり、一つに写るのは濁った目をした青年。この青年は彼女も知り合いのため今回の騒動で活躍した事については理解できた。だが問題はもう一人だ。

 

その写真、真っ白な銀髪に深緑色の瞳の少年が写った物を片手で持ちながら彼女はひっそりとぼやく。

 

「マークしとくべきかしらね...」

 

そう言うと彼女はその少年の資料に赤いペンで何か文字を書き、その部屋から出ていった。

 

誰も居なくなった部屋に、ただ一つ残された資料には赤い文字でこう書いてあった。

 

『特務分室候補』とーーー

 

ーーー

 

そして、学院には平穏が帰って来た。ルミアが少しの間休学するというトラブルがあったが、そのルミアも今では普通に学校に通っている。

 

で、今はというとーー

 

「はーい、『飛行競争』に出たい人、いませんかー?」

 

教室は驚くほど盛り下がっていた。全員が全員暗い顔になっており、教卓で話しているシスティーナの話をただ聞くだけとなっていた。

 

「じゃあ、『変身』の種目に出たい人ー?」

 

これもまた無反応。教室にはどんよりとした雰囲気が広がっていく。

 

今ここ二年次生二組が決めているのは、一週間後に迫った魔術競技祭に向けての種目決めだった。

 

教卓ではシスティーナがこの議長のような役割を担っており、その後ろでルミアが書記として黒板に書こうとしているが、一向に決まらない以上書くこともないので黒板にはまだ何も書かれていない。

 

「ちょっとシン!?アンタも少しは話し合いに参加しなさい!!」

 

そこでシスティーナは、この中で唯一寝ている生徒であり自分の弟であるシンシアへと声をかけた。が、シンシアは未だにいびきをかきながら眠っている。

 

「起きろって!いってんのよ!!」

 

「ふがっ!?」

 

システィーナの鉄拳が、シンシアの頭部へと決まる。そしてゆっくりとシンシアはその重たい頭をあげる。

 

「いってぇ...ちょいシス姉!最近まで体ボロボロだった人間に対しての態度か!?」

 

「朝からランニングとかいってフェジテ一周してきた人間が怪我人なわけあるか!!」

 

システィーナの突っ込みに、シンシアは少し苦い顔をする。シンシアはあの事件で大きな怪我を負ったが、そこはクラスメイトの尽力によって事なきを得ることが出来た。しかし、その後家でシスティーナと母親から二重で説教を食らうはめになったのが一番シンシアにはこらえたのだった。

 

(しっかし、ルミ姉があの『廃棄王女』だったとはね...)

 

前でぷりぷりと怒るシスティーナの後ろで苦笑いを浮かべるルミアをシンシアは見ながらふと考える。

 

あの事件の後、この事件の功労者としてシンシアとシスティーナ、そしてグレンの三人が帝国の上層部へと呼び出された。そこで告げられたのは、ルミアの素性だった。

 

実はルミアは異能者で、その力を持ちながら王室に生まれてしまったのだ。この国では異能はあまりよく思われない。その政治的事情から、ルミアは公的には死んだこととされフィーベル家へと名を変えてやって来た、という事だったのだ。

 

(まぁだからと言って何が変わるわけでもないか...)

 

だが、シンシアからしたらその程度の事“ふーん、凄いなー”ぐらいにしか考えていなかった。出自がどうであれ、今目の前にいるのは家族であるルミ姉だ。その事実はシンシアの中では変わらない。

 

その考え方で、ルミアはかなり救われているのだがシンシアはそんな事知るよしもなかった。

 

「えーとねぇ、『大乱闘』。」

 

「は?」

 

シンシアがいきなりそう答えたが、それは主語も述語もないためシスティーナには何がなんだかわからなかった。

 

「いやだから、『大乱闘』に出たい。それが一番楽しそうだし」

 

その一言に、クラスがどよめき始める。この大会には各クラスから魔法技能の高い者を使い回す兆しがある。その中で恐らくシンシアは最も実技の成績が悪い方に入るだろう。勝てる可能性はゼロに等しかった。

 

「ふふ、面白い冗談だね。実技の落ちこぼれがこの競技祭に出場する?笑わずにはいられないよ」

 

「ああ?」

 

そのシンシアに皮肉を咬ましたのは、シンシアの斜め後ろの席のギイブルだった。

 

「『大乱闘』はこの競技祭で最も激しい競技だ。大量の魔法が飛び交い、その中で最後までステージに立っていた人が勝利だ。ろくに魔法も使えない君が出ても、的にされるだけだよ。」

 

「ちょっとギイブル!?」

 

その嫌味な言い方に、システィーナが怒声をあげる。

 

「どうしたんだいシスティーナ。僕は事実を言ったまでだよ。」

 

「事実にしても言い方があるでしょう!!」

 

「おいこらシス姉」

 

シンシアが苦い顔をしながらシスティーナを睨み付ける。さすがにシスティーナも言い過ぎたと思ったのかシンシアから目を背けた。

 

「全く、システィーナもそろそろ現実を見たらどうだ?足手まといをいくら参加させた所で意味はないよ。いつも通り成績上位者で埋めるのが必然だろう。」

 

「それじゃ意味無いじゃない!せっかく先生が『自由に決めろ』って言ってくださったんだから、皆ででましょうよ!!それに成績上位者で埋めた去年は、なんだか面白くなかったし...」

 

「これは面白い面白くないは問題じゃないんだよ。この競技祭には魔導省に勤める官僚や、帝国宮廷魔導士団の団員も大勢いらっしゃる。これはそれらを目指す僕らにとっては絶好のチャンスだ。」

 

ギイブルは一息つき、そしてまた話続ける。

 

「それに今回競技の優勝者、及び優勝クラスにはご来賓としていらっしゃる女王陛下から直々に勲章を与えられる。これがどれ程価値があるものか、君にもわかっているだろう?なら、大人しく成績上位陣で固めるんだ。」

 

「貴方ねえいい加減に!?」

 

システィーナもさすがに堪忍袋の尾が切れたのか、ギイブルへと食ってかかろうとする。その時、バンっと大きな音をたてながら教室のドアが開いた。

 

「話は聞いたッ!ここは俺に任せろ、このグレン=レーダス大先生様になー!」

 

そこで教室に入ってきたのは、グレンだった。グレンは非常勤から完全にここの講師となった証のローブを肩から羽織り、胸を大きく張りながら教室の中央へと進む。

 

「喧嘩はやめるんだお前達、争いは何も生まない。なにより、俺達は優勝という一つの目標を目指し共に戦う同士じゃないか!!」

 

と、とても爽やかな笑みを生徒達に向けながらそう話す。だが、

 

((((キモいーー))))

 

ほとんどの生徒がグレンに対して同じ感情を抱いた。しかし、シンシアはというとーー

 

(あのグレン先生が本気!?これは面白くなるんじゃね!?)

 

いつも通り、グレンの予想を越える行動にわくわくしていた。

 

「お前ら種目決めに難航してるんだって?ったく何やってんだよやる気あんのか?他のクラスはとっくに種目を決めて、来週に向けて特訓してんだぞ?」

 

「やる気のなかったのは先生でしょう!?先生がこの前、『お前らの好きにしろ』って言ったんじゃないですか!!今さらなんでそんな事を言うんですか!?」

 

そのシスティーナの反論に、グレンはきょとんとしている。

 

「俺そんな事言ったっけ?マジで覚えが無いんだけど...」

 

「ああ、やっぱり面倒臭がって人の話全然聞いてなかったんですね!」

 

システィーナは教卓に突っ伏すように倒れていった。しかしグレンはそんな事気にしないといった具合に話を進める。

 

「さて、お前らで決まらない以上、このクラスを率いる総監督であるこの俺が、超カリスマ魔術的英断力を駆使し、お前らが出場する競技を決めてやろう!!ただ言っておくが、俺が指揮をとるからには勝ちにいくぞ?遊びは無しだ。覚悟しろ。」

 

そのいつもは全く見せない、熱血なグレンにクラスのメンバーは驚きを隠せなかった。

 

そしてグレンはその勢いで、どんどん種目を決めていく。それにその種目決めは、近年主流となっていた成績上位者の使い回しではなく、クラス全員を使った物であり、それぞれの得意分野を最大限発揮できる物であった。

 

「さてあとはシンシアか...」

 

「はい!!」

 

シンシアは目を爛々と輝かせながらグレンを見る。もうその顔は『大乱闘』に出たいと書いてあるようだ。

 

「わーってるよ。それにお前が合うのはこれしなねぇ。シンシアは『大乱闘』に出ろ。」

 

「うっしゃぁー!」

 

シンシアはその場に立ち上がり、ガッツポーズをする。そして自分の後ろにいるギイブルに勝ち誇った顔を見せた。それを向けられたギイブルは苦虫を潰したような顔になり、シンシアから視線をグレンへと移した。

 

「先生、いい加減にしてくださいませんかね?そんな編成で、勝てるわけ無いじゃないですか?」

 

「ほう?ギイブル。ということはお前、俺が考えた以上に勝てる編成が出来るのか?」

 

グレンはその言葉に純粋な感心だけをのせてギイブルに尋ねる。それをギイブルは呆れたように見下しながら吐き捨てるように返した。

 

「そんなの決まっているじゃないですか!成績上位者だけで全種目埋めるんですよ!!」

 

「...え?」

 

そのギイブルの発言に、グレンは間抜けな声を出してしまう。

 

(ちょ、ちょいちょい先生?もしかして知らなかったのか?)

 

シンシアは内心焦っていた。もし、これでグレンが競技を成績上位者のみで埋めてしまえば、シンシアは『大乱闘』に出られなくなる。それはまた、去年のように観客席で暇をもて余さなければいけなくなるということだった。

 

(あの時は暇で暇でおかしくなりそうだったのに、今年もそれを味わうとかマジで勘弁だ!)

 

シンシアはどうにか先生の考えを戻そうとした時、

 

「何言ってるのギイブル!せっかく先生が考えた編成にケチつける気!?」

 

システィーナがギイブルの意見に真っ向から反論していく。

 

「そうだぜギイブル!先生が真剣に考えてくれたんだぞ!これに乗らねぇ手はないだろ!」

 

シンシアはシスティーナの反論を好機と感じ、システィーナに便乗してさらに流れを後押しする。

 

「先生がここまで考えたんだぞ!あのグレン先生がだぞ!これは絶対優勝できるね!!それこそ女王陛下の御前で叙勲されるなんて当たり前ぐれぇにな!!」

 

「あのーちょっと?シンシア?」

 

「そうよ!大体成績上位者だけで競わせての勝利なんて、何の意味があるの?先生は私達を優勝へ導いてくれると言ってくれたわ!それは、皆でやるからこそ意味があるのよ!!」

 

「「ですよね先生!?」」

 

珍しく、本当に珍しくシンシアとシスティーナの思いが一致する。二人の考える目的は全く違う物だが、今ここではお互いの目的は同じだった。

 

「お、おう...」

 

二人の物凄い剣幕に圧されたのか、グレンはただ頷く事しか出来なかった。

 

「確かにシンの言うとおりだな...」

 

「システィがそこまでいうのなら...」

 

そしてクラスの雰囲気はどんどんシンシア達の望む方へと流れていく。それをグレンは脂汗を流しながら見ていた。

 

(なんて事してくれんだこの二人!!俺は生きるか死ぬかがかかってんだぞ!!このままじゃ俺餓死するぞ!?)

 

そう、グレンがここまでやる気を出したにはやはり裏があった。グレンの目的は優勝する事で貰える特別賞与だった。今グレンは給料としてもらった金を全てギャンブルにつぎ込んで飛ばしてしまい、今月の食費も無いほどなのだ。まさに呆れるほどの屑っぷりである。

 

つまり、今回の競技祭がグレンの首を繋ぐかどうかを決めるのだ。

 

(お願いだギイブル!!どうにか反論してみんなを黙らせてーー)

 

「ふん、やれやれ。君達はそういうところだけそっくりなんだな。まぁ、それがクラスの総意なら好きにすればいいさ。」

 

そう言ってギイブルはグレンの願いとは裏腹に、その場に静かに座ってしまった。

 

「ま、せいぜいお手並み拝見させて頂きますよ先生?」

 

(黙らっしゃい!!あっさり下がりやがって、こっちには見せれるお手並みなんてねぇよ!?)

 

最早グレンは心の中で泣くしか出来なかった。

 

「先生良かったですね。先生の目論見通りに行きそうですよ?」

 

「そうっすよグレン先生!全員で優勝目指しましょ!!」

 

システィーナが微笑みながら、シンシアは殺りきったような顔をしながらグレンへと声をかける。

 

(こいつらぁ!!シンシアに限っては絶対『大乱闘』に出たいだけだろ!!それに白猫の奴、俺を嘲笑いやがッた!!まさかこいつ、俺の思惑を知っててこの行動に出たのか?ならなんて質の悪い奴なんだよこいつ!!)

 

シンシアの考えはグレンには読まれていたが、純粋なシスティーナの思いにはグレンは全く気づかず、よく分からない勘違いだけが二人の間に広がる。

 

「先生がやる気を出したんだから、私達も精一杯頑張るわ。だから期待しててね、先生?」

 

「お、おう...もちろんだ...」

 

勘違いはそのまま直る事なく、システィーナの純粋な微笑みに、グレンは震えながら引き吊った笑みを浮かべている。

 

「なんだか、噛み合ってないような...」

 

その状況を唯一正しく見ていたルミアは、その光景を苦笑いしながら見るほかなかった。

 

 

 

 




これちゃんとシンシア脳筋で書けてるかな?

不安になってくる...


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劣等生は意外な実力者


ワオ!原作数ページしか進んでない...

という訳で第6話です!!どうぞ!!


 

時は進んで今は放課後。二組の生徒達は一同揃って中庭に集まり、競技祭へ向けて特訓に励んでいた。

 

「シン、お前は何の魔術なら使えるんだ?」

 

他の生徒達は各々自分の練習をするなか、シンシアはグレンに呼ばれグレンの元へと来ていた。

 

「えーと、【フィジカル・ブースト】と【グラビティ・コントロール】とあと錬金術が少しと...あと一つありますけど秘密です。俺の秘奥義なんで!」

 

「バカなこと言ってないで早く言え」

 

「ノリが悪いっすね...まいいや、多分見た方が早いっすよ。」

 

そう言うとシンシアはグレンから距離を離して、足を後ろに少し下げる。

 

「?なにするつもりだ?」

 

「まぁ見ててくださいよ。」

 

シンシアの行動に周りも興味を持ったのか、クラスメイトのほぼ全員がシンシアへと注目していた。

 

「ねぇシスティ、シン君の秘奥義ってあれかな?」

 

「でしょうね。確かにあれを使える奴なんてシンだけでしょうね。」

 

既にシンシアの秘奥義に目星がついているシスティーナとルミアは、簡単に予想をたてていた。

 

「システィ、シンさんは今から何をするのかしら?」

 

「見てればわかるわよウェンディ。きっと度肝抜かれるわよ。」

 

「え!?そこまでなのですの!?」

 

ウェンディが驚愕を顔に浮かべていると、もうシンシアが準備を終えていた。

 

「じゃあ先生に走って殴りかかるので、先生はそれをどんな手を使ってもいいから止めてください。」

 

「おうわかった。じゃあ来い!」

 

「行きます!」

 

シンシアはそれを掛け声に、一気に駆け出す。グレンはそれをファイティングポーズをとって待機する。

 

(やっぱこいつ鍛えてるだけあって早い!)

 

かなりのスピードで接近するシンシアに焦りながらも、グレンはそれに対応する最善手を考え出す。そしてシンシアがもうすぐ懐に入るというところで、グレンは右手を全力で放つ。

 

もちろん寸止めにするつもりだが、シンシアは近距離での【ライトニング・ピアス】さえも避けるのだ。グレンも全力で対応しなければ勝てない。

 

そのグレンの拳がシンシアの顔に当たると思われた瞬間ーーー

 

シンシアは消えた。

 

「な!?どこに...」

 

消えたシンシアにグレンは呆然としていると、後ろから急激に殺気が上昇するのを感じる。

 

「後ろか!」

 

「遅いッ!」

 

グレンはどうにかシンシアを視界に納めるがもう遅い。シンシアの拳は、もう既にグレンの目の前で止まっていた。

 

「ま、こんなもんです」

 

そこでシンシアは拳を下ろし、胸を張りながら自慢げにそう語る。

 

「マジかよ...今のは【タイム・アクセラレイト】だろ...お前本当に使える魔術偏り過ぎじゃね?」

 

グレンはただただシンシアが使う魔法に唖然とするしかなかったが、それ以上に唖然としていた生徒達が山のようにいる。

 

「あ、あの先生...いまシンは何をしたんすか?」

 

その人混みの中の一人の男子生徒、カッシュがグレンに尋ねた。グレンでさえ目で追えなかったのだ。ただの一般生徒に今のシンシアの動きを理解しろという方が無茶な話である。

 

「...今のは【タイム・アクセラレイト】って魔術だ。自身に流れる時間を加速させることによって、一定時間爆発的に加速することが出来るんだが、その加速した分後から自分は減速するんだよ。今シンシアはそれを使って加速して俺の後ろに回った。そうだろ?」

 

「大正解です先生。これが俺の切り札でありながら、俺の最強の魔術です。」

 

そのシンシアの魔術に、クラスの生徒から驚きの声があがるが、グレンにはそれよりも聞きたいことがあった。

 

「というかお前さ、いつのまに詠唱したんだよ。全くそんな素振り見えなかったぞ?」

 

「え?詠唱なんてしてませんよ?」

 

 

「「「「「「「は?」」」」」」」

 

その場の全員が、大きく口を揚げて閉まらなくなった。

 

本来魔術は、自分が詠唱しそれを自己暗示のようにする事で発動される物だ。それを無詠唱で発動出来るのは、一握りの超一流だけだ。

 

「え?し、シン?アンタいつの間にそんな事出来たのよ...」

 

「ああ一年前ぐらいかな?【タイム・アクセラレイト】はそれぐらい前から無詠唱で出来たぜ?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。今君は【タイム・アクセラレイト】()と言ったね。ということは他の魔法も無詠唱で使えるのか?」

 

そのギイブルの発言に、全員がシンシアの方向へと向く。だがそのシンシアはいつも通り飄々としながら、

 

「おう。さっき言った二つは無詠唱で出来るぜ。ほら」

 

そう言ってシンシアはその場でジャンプし、無詠唱で【グラビティ・コントロール】を起動させる。そのままシンシアは高く飛び上がり、屋根へと飛び乗った。

 

「本当だわ...」

 

「まじかよ...」

 

シンシアが屋根の上から飛び降りる中、シンシアの特異性にそれぞれがそれぞれの反応をするが、全員の共通としては今まで一番下だと思っていた奴が、実は凄腕だったという驚きだけだった。

 

「でも、先生。俺その代わり【ショック・ボルト】もまともに撃てないんすよ。」

 

「は?【ショック・ボルト】も?そりゃねえだろ。俺でも撃てるんだから。まぁ試しに撃ってみろ」

 

「了解っす」

 

そしてシンシアは近くの木へと右手を向ける。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》!!」

 

勢いよく唱えられたその式句に、通常ならば雷の一閃が木に向かって飛ぶはずだった。しかし、起こったのはシンシアの右手の手のひらで、バチっと音をたてながら一瞬輝いただけだった。

 

「ね?言った通りでしょ?」

 

シンシアは悲しげにグレンへと語る。

 

(なるほどな。こいつは相当魔術特性(パーソナリティー)が偏ってんだな。身体の強化に対してはかなりのアドバンテージを持つ代わりに、他の魔法が使えないってわけか...)

 

魔術特性(パーソナリティー)とは、その本人が使える魔術に深く関わってくるもので、それによって本人の

得意な魔術が分かれてくるのだ。

 

「よし、一番の不明要素のお前の底が見えたからOKだ。今からお前には特訓をしてもらう!」

 

「おお!!特訓!!なんかテンションあがるなぁ!!」

 

もうそろそろシンシアの扱いが解ってきたのか、グレンはすぐにシンシアのやる気を最大に引き出す。いくら身体強化の魔術の天才であろうと、いくら筆記の成績がよかろうと、シンシアの根本は単純なバカなのだ。

 

「ダメだわ...もうあいつにうまく扱われてる...」

 

「ははは...でもあの純粋さがシン君の良いところだと思うよ?」

 

「でもあれはいつか悪い人に騙されそうですわね...」

 

ウェンディの指摘に、その回りの女子が首を縦にうんうんと頷くように振る。

 

シンシアは明るく社交的で、無邪気で子供のような感じなのでクラスメイトの女子達からは手のかかる弟のように思われている節がある。それは常時システィーナがシンシアを叱っているのを、間近で見ているのも理由の一つなのだが...

 

「お前は今から『決闘戦』に出る奴等が放つ魔術を避けるんだ。これが完全に出来るなら十分試合でも貢献出来るだろ。」

 

「了解っす!!じゃあ早速やろーぜシス姉!!」

 

「わかったわかったから叫ぶな!うるさいのよ!!」

 

そう言いながらシンシアはグレンの元を離れ、クラスメイトの輪の中へと入っていった。それをグレンは静かに見ていた。

 

(全く人の気も知らないでのうのうと...こちとら今後の飯がかかってるってのによ...)

 

だがそんな事を思うグレンの心には、それほど彼らに苛立ち等は感じなかった。競技を決めるまで死んだような顔をしていた彼らは、今やいきいきと特訓に励んでいた。

 

その中でも一際目立つのは、やはりシンシアだろう。

 

下心ありとは言え、全員の心を動かすカリスマ性にそれをさらに加速させるリーダーシップ。まぁ恐らく彼自身は後先何も考えてないのだろうが...

 

「ちょ!?なんで当たらないのよ!!」

 

「ふははははははは!!その程度造作もないなシス姉!!あ、ちょっとまってギイブルもカッシュも加わるとか聞いてないって!!」

 

「『大乱闘』は三人なんて甘い人数の攻撃じゃないんだよ。」

 

「悪いなシン!そこでくたばれ!」

 

「卑怯ものぉぉぉぉぉおお!!」

 

三つの紫電がシンシアへと直撃する。それを見るグレンの顔は綻んでいた。

 

(あいつなら...もしかしたらなれるのかもな...正義の魔法使いってやつに)

 

それはグレンが一度夢見、そして破れた物。その時グレンは、現実にはそんな物は存在しないと痛感させられた。だが、今目の前のシンシアを見ていると、彼ならばと考えてしまう。

 

(なんてな。こんなのただの押し付けだ。あいつのその夢もすぐに終わるだろ...)

 

そしてグレンは負けたときのために、学院内にある食べれる木や葉を探しに、その場を離れていった。

 

「いってぇぇ。この...人でなし!」

 

「はいはい。そこまで叫べる元気があるなら大丈夫よ」

 

その頃シンシアは、【ショック・ボルト】を三発も食らったため、まだ体の痺れが残っておりその場に倒れていた。

 

「でもこれならなれそうだな。よし!続きと行こうぜ!」

 

「本当に回復が早いな...一体君の体はなにで出来ているんだい?」

 

「?骨と筋肉」

 

「...聞いた僕がバカだったよ」

 

ギイブルの皮肉の意味がわかっていないシンシアは的外れな答えを返す。その対応に、ギイブルは頭を抱えるしかなかった。

 

「さてどんどん行こうぜ!!時間はそんなねぇしな!!」

 

シンシアは体の痺れが完全に無くなった事を確認すると、すぐに再戦を促す。そしてシスティーナ、ギイブル、カッシュの三人がシンシアへと魔術を放とうとしたその時だった。

 

「さっきから勝手なことばかり言って、いい加減にしろよお前ら!!」

 

「ん?」

 

突然中庭の端からとんだ怒声に、その場にいた四人とも動きが止まる。

 

「なんだ?どうかしたのか?」

 

「ああシン...こいつらが練習するからここをどけって言い出したんだよ...」

 

さすがにシンシアも無視できなかったため、その場に駆け寄るとそこではシンシアのクラスメイトと一組の生徒が口論になっていた。

 

「どうしますーグレン先生ー」

 

「まぁ確かに俺らちょっと場所とりすぎか...全体的にもちっと端に寄らせるから、それで手打ちにしてくんね?」

 

「場所をあけてくれるなら...それで...」

 

シンシアの後からやって来たグレンによって、その場はうまくまとまるかに思えた。が、現実はそう甘くはなかった。

 

「何をしているクライス!さっさと場所を取っておけといっただろう!まだとれないのか!!」

 

そこで奥から眼鏡をかけた理知的な講師が、怒鳴りながらその輪の中に加わった。

 

「あ、ハーレス先生」

 

「ちげぇよシン。確かハーレム先生だよ。名前間違えるのは相手に失礼だろうが。」

 

「ハーレイだ!全く貴様ら私の名前をきちんと覚えろ!!」

 

シンシアとグレンの息のあった囃し立てに、ハーレイの怒声が飛ぶが、二人ともそんなもの全く痛くも痒くもないように話を続ける。

 

「グレン=レーダス、私は貴様のように最初からこの競技祭を捨てていないのだ。我々は貴様らのように遊んでいるわけではないのだ。それがわかったらさっさと場所を空けろ!!」

 

その一方的な発言に、誰もが顔をしかめるがグレンはそのまま道化を演じる。

 

「いやーすいませんね。場所はあの木ぐらいでいいですかね?」

 

そう言ってグレンは区切りとなりそうな木を指差しながら答える。だがーーー

 

「何を言っている。お前達二組のクラスは全員、とっととこの中庭から出ていけと言っているのだ。」

 

その言葉に、二組のクラスの全員が凍りついた。グレンでさえも、さすがに聞き流すことは出来なかった。

 

「ちょっと先輩、それはいくらなんでも横暴じゃないすかね...」

 

「そうだぜ。俺らは真剣にやってんだよ。そんな事を言われる筋合いはねぇはずだ。」

 

グレンの答えにシンシアも便乗して返す。その顔は分かりやすく怒りが浮かべられており、拳を固く握っていた。

 

「ふん!成績下位者という使えない雑魚同士群れるなど見ていて迷惑なのだ!!わかったらさっさと失せろ!!」

 

その言葉が終わるや否や、グレンの横にヒュンと風が吹く。そして気づけば、シンシアが両手をハーレイへと向け、そしてハーレイの目の前で両手を勢いよく合わせた。

 

「うわっ!?」

 

ハーレイはそんな間抜けな声をあげながらその場に腰をおろしてしまう。それを見下ろすようにシンシアが見ていた。

 

「あっれれー?おっかしいなー?成績優秀なクラスの講師が、実技成績最下位レベルの生徒に恐れて尻餅ついちゃったー?」

 

「な!?貴様!!」

 

シンシアは完全に相手の事をバカにしたような顔で、ハーレイにそう告げる。

 

「き、貴様!!それが教師にとる態度か?」

 

「あれ?アンタって教師だっけ?」

 

さらにシンシアは小バカにすることをやめることなく、嘲笑を浮かべながらハーレイの前に立ちはだかる。

 

「親の七光りが!貴様ごとき、競技祭で直ぐ様潰してやる!!」

 

「出来るならどーぞ?俺は強いぜ?ねぇ先生?」

 

そうシンシアはグレンに話の矛先を向けると、グレンも同じように不敵な笑みを浮かべていた。

 

「もちろんだシン!お言葉ですが先輩、うちのクラスはこれが最高の布陣なんですよ。精々寝首をかかれないよう気をつけてくださいね!?」

 

「く、口ではいくらでも法螺は吹け「給料三ヶ月分だ」なに?」

 

ハーレイの言葉を遮るように、グレンは語る。

 

「俺の生徒が勝つに、俺は給料三ヶ月分をかけるぜ?アンタにそれが出来るか?」

 

そのグレンの問いかけに、クラス一同騒ぎ始める。ハーレイはと言うと、豆鉄砲を食らったかのような顔になっていた。

 

「どうします?給料が三ヶ月分となると、先輩の研究はかなり滞っちゃいますけど?」

 

「...いいだろう、その勝負受けてたつ!」

 

ハーレイも引くに引けなかったのか、その勝負を受け入れた。

 

「今さら後悔してもしんねぐぼっ!!」

 

「アンタ少し騒ぎ過ぎ。そこまでですハーレイ先生、これ以上グレン先生を愚弄するなら私が許しません」

 

「ちょっとー?俺も馬鹿にされたんだけどー?」

 

シンシアの言葉は空しくも誰も聞こえなかったかのように無視され、会話はさらに進んでいく。

 

「今ここで低俗な争いをせずとも、グレン先生は逃げも隠れもしません。一週間後の競技祭で、正々堂々とハーレイ先生のクラスと戦うでしょう。ですよね?先生?」

 

「お、おう...」

 

何やら思い違いがあるようにも感じるが、グレンはそのシスティーナの笑みを見て、何も言えなくなってしまった。

 

「覚えていろグレン=レーダス!集団競技になれば、真っ先にお前のクラスを潰してやる。そしてシンシア=フィーベル!!貴様は私を怒らせた!!競技祭では恥をかかないよう努力するんだな!」

 

「おととい来やがれ」

 

「圧勝してその薄ら頭きれいに光らせてやるよ!」

 

システィーナに分厚い教科書の角で殴られたのにも関わらず、シンシアはすぐに復活しこの場を去るハーレイに向かってあげつらっていく。

 

「先生はやっぱり私達の事を信じてくれているんですね!私達は絶対に負けないんだから!ね、みんなそうでしょ!!」

 

そのシスティーナの一声に、クラス全員が力強く頷く。

 

(あれー?何かかっとなってあのハゲを馬鹿にしたら一致団結した...でもま、いっか♪)

 

終わりよければすべてよし、とそんな考えでシンシアはその場から離れ、特訓の続きを再開した。

 

 





次はもう一つの作品の投稿に取りかかるので、こっちは少し先になりそうです。それでは次回をお楽しみに!


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破天荒と破天荒の遭遇


遂に!遂に!!ヒロイン登場!!

やっとだよ、ほんとやっと...

それでは第7話です!どうぞ!


 

日が経つのは意外にも早く、既に明日は競技祭の日となっていた。それぞれが心に緊張や興奮を持つなか、全ての生徒が明日の準備のため、グレンの声かけでその日の特訓は早めに切り上げられた。

 

「なーシス姉、俺はいつまで毒味をすればいいんだ?」

 

「うっさいわね!うまくできるまでに決まってるでしょ!」

 

「いや...十分うまいと思うけど...」

 

しかし、ここフィーベル家邸宅では全く違う緊張が走っていた。邸宅のキッチンではシスティーナとルミアが世話しなく動いており、近くの椅子に腰かけているシンシアは、その光景をあくびしながら見ていた。

 

「シン、システィも乙女なのよ。好きな男性にあげるものだから一番いいのをあげたいのよ」

 

「そんなもんなの母さん?」

 

そしてルミアとシスティーナの指導をしながらシンシアの隣に座るシンシアとシスティーナ、そしてルミアの母はそう微笑みながら話す。

 

「何!!システィが好きな男だと!!一体どんなやつなのだ!?私がこの目で直々にーーー」

 

「はいはい黙りましょうねあなた?」

 

そう言って、突然介入してきた父を簡単に沈める母親を見ながら、シンシアは額に冷や汗を浮かべるしかできなかった。

 

「ルミ姉はどんな感じなんだ?」

 

「うーん。卵がうまい具合に作れないの」

 

「別にいいんじゃねぇの?俺から見たら十分きれいに出来てるんだけど...」

 

「ううん、やっぱり作るなら一番良いのがいいから」

 

「そっか」

 

さっきから二人が作るものの試食をさせられているシンシアからすれば、出来れば早く終わっい欲しいというのが本音なのだが、二人の真剣な表情からそんな事は言えるはずもなく、さらにそれを言えば自分の隣に座る鬼に火をつけそうだったので言うことは憚れていた。

 

「ごめん、悪いけど少し走ってくるわ」

 

「こんな時間に?もう八時過ぎよ?」

 

辺りは既に日は暮れて該当が灯っており、人通りもあまり多いとも言えない。母親である彼女が心配するのももっともな話だった。

 

「出来ればすぐに寝れるようにしたいから、ちょっと体を疲れさせたいんだよ。すぐ帰ってくるから」

 

「わかったわ。九時までには帰ってきなさい。じゃないとシンもこうなるわよ?」

 

そう言いながら母親は魂が抜かれたようにそこに横になる父を指差しながらそう言う。

 

シンシアはそれに対して震えながら首をブンブンと振りながら家から出た。

 

外は涼しげな風が吹き、オレンジに光る街灯が石畳を照らしている。まだ人は何人か通ってはいるが、朝や昼に比べればかなり少ない。

 

シンシアは少しストレッチとして屈伸やアキレス腱を伸ばしたあと、その場から駆け出した。

 

特に目的地があるわけではない。時間としては一時間自由に走り回れるので、三十分でどこかに行って、残りの三十分で帰ってくればちょうどいいだろう。

 

時間が時間のため、シンシアの足音が辺りに響く。すれ違った何人かがシンシアの方を向くが、そんな事を気にせずに走り抜けていく。

 

シンシアは小さい頃から、魔術を使うセンスはまったくといって良いほどなかった。今使える魔術は、小さい頃から自分が使えた数少ないものを極めた結果なのだ。

 

そしてそこから派生させ、自分のスタイルを考えた結果『魔術がうまく使えないなら、それを知識と体で補えばいいじゃないか』という考えに至ったのだ。

 

そこからシンシアの肉体強化の日々が始まった。今から数えるともう八年か九年も前の話だ。それもこれも、シンシア自身の夢のためだ。

 

(俺だってわかってるんだけどな...魔術がろくに使えないのに魔術師になりたいなんて...そんなの夢物語ですらないってのは...)

 

シンシアは走りながら、ふとそんな事を考える。シンシアの魔術センスでは、シンシアの夢である『正義の魔法使い』になどなれる確率はほぼゼロだ。

 

だが、彼は諦められなかった。だからそのために、魔術を補うためにあらゆる事をした。

 

魔力調節のセンスには長けていたので、魔闘術(ブラック・アーツ)を独学で覚え、使える魔術は無詠唱で使えるまでに仕上げた。まだ自分でも使える魔術があるかもしれないが、今自分が知るなかで自分が使える魔術はすべて極めたつもりだ。

 

それほどに、シンシアは自分の夢を諦められない。

 

何故そこまで目指すのか?と聞かれれば、憧れたからとしかシンシアにとっても言いようがない。憧れや尊敬、恋などの感情は、言葉ではあまりあらわせられないのが世の常だ。

 

シンシアがそんな思いに耽りながら、自分の右手に着けた懐中時計を見る。時刻は八時二十分、もう少し走ればちょうどいいだろう。と、時計に意識が向いた時だった。

 

「あだっ!?」

 

「痛い」

 

シンシアに何かがぶつかったような衝撃が走る。時計に意識を向けるあまり、前への注意をおろそかにしていたシンシアの完全な不注意だ。

 

「あっ!ごめん、大丈夫か?」

 

そう言いながら前を見ると、そこには少し小柄な少女がそこに倒れていた。髪は水色で、延び放題となっており、それを後ろで一つにまとめてある。目は眠たそうに半開きになっており、体には藍色のローブを羽織っていた。

 

「ん。大丈夫、問題ない。」

 

そう返すも、その少女は一向にそこから起き上がらない。

 

「ほんとか?まぁ手を貸すからとりあえず起き上がろうぜ?」

 

シンシアがそこで手を伸ばすと、少女はその手をつかんでその場から起き上がる。やはり身長は低く、シンシアの肩ほどまでしかない。

 

「悪いなぶつかって。じゃあな」

 

そこでその場からシンシアが離れ、すべてが終わるはずだった。だが、彼女はそこで終わらなかった。少女はシンシアの服の袖をいきなりつかみ、シンシアの動きを止める。

 

「え?どうした?」

 

シンシアは怪訝そうに尋ねると、少女は表情を全く変えずに答えた。

 

「私、道がわからない。」

 

「へ?迷子なのか?」

 

「違う、道がわからないだけ」

 

「いや、それを一般的には迷子と言うんだぞ...」

 

少女は違いがわからないのか、首を傾げる。

 

「うし!ぶつかったお詫びもかねて俺がそこに連れてってやるよ。どこに行きたいんだ?」

 

シンシアも、さすがに迷子の少女をこんな夜中にほっておく事なんて出来ない。それに彼女はなんだか、ほっておいたら危険なような気が、シンシアの中にあった。

 

「ほんとに?」

 

「おう!男に二言はねぇよ!」

 

シンシアは胸にドンと手を当てながらそう答える。ここまでくれば乗り掛かった船だ。最後まで面倒を見るのが筋というものだろう。

 

「じゃあここに行きたい」

 

「ん?どれどれ...」

 

シンシアはその少女から渡された紙を見る。そこに書いてある場所は、魔術学院の敷地内にある魔術競技場を指していた。

 

「競技場?ここに行きたいのか?」

 

「うん」

 

シンシアにそう答える少女に、シンシアは困惑してしまう。

 

(どういうことだ?今行ったところで開いてねぇしな...)

 

「なぁもしかして、明日の競技祭に行くのか?」

 

少女はまたも、シンシアの問いにゆっくりと首を縦に振る。

 

「つっても今は開いてねぇぞ?こんな時間だし、先生も誰もいないと思う」

 

「大丈夫、そこで待ってる人と合流するから」

 

「なるほど...」

 

シンシアは少し思案するようなしぐさをとり、もう一度少女へと向き直る。

 

「わかった、そこまで連れてってやるよ。」

 

「ありがとう」

 

少女は簡単に礼を言うと、シンシアの後ろに着いてくるように歩く。

 

「そう言えば名前聞いてなかったな、俺はシンシア=フィーベル。シンでいいぜ。お前は?」

 

「リィエル、リィエル=レイフォード。」

 

「ふーん。リィエルか。わかった」

 

そう簡単な自己紹介をして、シンシアは学院へと向かう。こんな夜に学校へ向かう事なんてなかなか無いので、少しシンシアはワクワクしていた。

 

暗がりを歩く男女、それは周りから見ればなかなかに特殊な光景であったが、夜の時間ということもあって辺りには人はいなかったし、それを気にするシンシアでもなかった。

 

「競技祭を見るためにここに来たのか?」

 

シンシアが素朴な疑問を、リィエルに投げ掛けたのだがリィエルから返ってきたのは予想だにしない返答だった。

 

「任務」

 

「へ?今なんて?」

 

「私は任務のためにここに来た」

 

リィエルは表情を変えずにこちらを見ながらそう答える。

 

(ん?ちょっと待って...任務?任務??こんな子が?俺とそんな年が変わらないような子が?まさかな...)

 

内心出来た一番あり得ない予想を頭の端に押しやり、リィエルの寝惚けた発言なのだと強引にシンシアは決定した。

 

「待ち人はどんな人なんだ?」

 

「アルベルトは、シンより大きな男」

 

「...もうちょっとなんかなかったのか」

 

「?」

 

リィエルに聞いても思う答えは返ってこないと判断したシンシアは、何かを尋ねるのではなく談笑に切り替えようとしたときだった。

 

「おいおい坊主、なかなかかわいい子つれてんじゃねぇか?」

 

シンシアとリィエルの前に、所謂ゴロツキという名が一番合うような男達だった。人数は四人。

 

「ちょっとそこの嬢ちゃん貸してくんない?少しだけ遊ぶだけだから、なぁ?」

 

男達は下卑た笑みを浮かべながらリィエルへと近づいてくる。

 

「なぁリィエル、確認だがあの中にお前の待ち人のアルベルトとやらはいるのか?」

 

「いない」

 

「わかった」

 

シンシアはそれだけ確認すると、リィエルを庇うように前に出る。

 

「ああ?なんだよ坊主、俺らとやろうってのか?あん?」

 

男の一人がシンシアへと近づき、指をポキポキとならして威嚇し始めるがシンシアは動揺すら見せない。

 

「先に言っとく。ケガしても自己責任な」

 

「はは!!このガキ、俺らに勝つつもりでいやがるぜ!!」

 

四人の男達が腹を抱えて笑い出すが、シンシアは気にしない。

 

「俺は言ったからな」

 

それだけ呟くと、シンシアは構えをとり四人と相対する。

 

「邪魔なんだよ!うら!!」

 

シンシアに近づいて行った男がシンシアへと拳を奮う。だが、シンシアはそれを難なく受け流し、代わりに相手の顔に自分の膝を打ち込む。

 

「ぐぼぉ!?」

 

痛みに呻きながら、蹴られた男はその勢いのまま倒れていった。

 

「はい、次」

 

そう言うと、シンシアはその場で立って止まっている二人に近づく。そして一人の鳩尾にストレートを入れて行動不能にしたあと、直ぐ様もう一人の顎にアッパーを食らわせる。

 

二人とも今度はうめき声すらあげずに倒れ込んだ。

 

「あと一人か...」

 

そう思ってシンシアが残り一人に視線を向けると、遅かった。その男は既に手にナイフを握ってこちらに突撃していた。この状態では相手の攻撃を止めるのは難しい。かといって避けるのはよりダメだ。

 

(避けるとリィエルに当たるし、これは甘んじて受けるしかないかな...)

 

そう考えたシンシアは、後に来る痛みを恐れて目をつぶろうとしたが、それは徒労に終わる。

 

何故なら、シンシアの目の前でその男は吹っ飛んでいったからだ。

 

「は???」

 

シンシアは全く状況が掴めなかった。自分はなにもしていないのだ、だからこの男が吹き飛んだ理由がシンシアにはわからない。

 

「ん、これで終わり」

 

そうシンシアの隣から声が聞こえた。シンシアはそちらを見ると、一体どこから出したのか、リィエルが自分の身の丈ほどの大剣を片手に持っていた。

 

「え、今のリィエルがやったの?」

 

「うん」

 

「その大剣で?」

 

「うん」

 

「......」

 

シンシアは、これほどまでに相手に同情したことはなかった。

 

(というか、相手生きてる?これ...)

 

シンシアは飛ばされた男へ駆け寄ると、どうやら打撲だけのようで体に大きな傷はなかった。大方剣の腹で殴ったのだろう。

 

(あの小さな体のどこにそんなパワーが...)

 

半ば呆れていると、それよりも聞かねばならないことに気がついた。

 

「なぁリィエル、お前なにもんだ?」

 

普通の少女にこんな芸当出来るはずない。さらにシンシアにはそれに加えて疑う理由があった。それは、リィエルが持つ大剣だった。

 

(恐らく錬金術、だよな?にしては早すぎる。どれもこれも人間離れしてるし、ふつうじゃねぇ...)

 

シンシアの真剣な表情を、リィエルの半開きの瞳がじっと見つめる。そして彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「私は帝国軍が一翼、帝国宮廷魔導士団、特務分室所属のリィエル=レイフォード。軍階は従騎士長。コードネームは『戦車』。」

 

「..........へ?????????」

 

それを聞いたのはシンシアだが、シンシアはその予想の斜め上を行く発言に唖然とするしかなかった。

 

「えっと...リィエルが?帝国の魔導士団?」

 

「そう」

 

「それで?特務分室所属と...」

 

「そう」

 

その肯定の言葉に、シンシアは頭が痛くなってくる。きっとシスティーナがいつも感じてるのはこんな感じなのだろうという感慨深いものが、あるにはあったが今はそれよりもこっちの方が何倍も重要だ。

 

(特務分室ってあの特務分室だよな?親父がよく言ってた所だよな...)

 

宮廷魔導士団特務分室

 

アルザーノ帝国国軍省管轄の、帝国宮廷魔導士団の中でも魔術がらみの案件を専門に対処する部署。最大人員は22名で、それぞれに大アルカナにちなんだコードネームが付けられる。

 

(それもかなり凄腕ばかりの精鋭揃いじゃなかったっけ?え?こんな簡単に一般人に名乗っちゃっていいの??)

 

シンシアは困惑に困惑を重ねる。

 

「な、なぁリィエル、そう言うことはさ、簡単に口にして良いのか?」

 

「シンが私が何者かと聞いたから」

 

「え!?これ俺のせいなの!?」

シンシアは心外だと言わんばかりに目を見開き抗議するが、リィエルはそんな事素知らぬふりですたすたと歩いていく。

 

「シン急いで、アルベルトが多分待ってる。」

 

「え?これはほっといていいのか?」

 

シンシアは自分の周りに広がる惨状を指差しながらリィエルに聞いた。なんせその周りにはいかつい男が四人大の字で倒れているのだ。シンシア一人ならほっておくのもやぶさかではないが、今は状況が状況だ。

 

「大丈夫、アルベルトがなんとかしてくれる。」

 

「すげぇなアルベルトさん...その人も特務分室なーーッ!?」

 

まだたずねたい事が山ほどあったが、それは後ろから広がる猛烈な殺気によって遮られる。

 

シンシアがすぐに後ろに振り向くと、その後ろには一人の男が立っていた。リィエルの髪より濃い青髪、まるでナイフのように鋭いその雰囲気を携えた男は、こちらに指を向けていた。

 

そしてそちらを見た瞬間、その男の指が一瞬紫に光り、そこから雷の一閃が駆け抜ける。それをシンシアは、ほぼ反射的に体を動かして避けようとする。しかし、その光線はシンシアには向けられておらず、

 

「ぎゃん!?」

 

シンシアの後ろには立っていたリィエルの頭へと直撃した。当たったリィエルはピクピクと体を動かしながら、痙攣したようにその場に倒れた。

 

「リィエル!?」

 

シンシアは直ぐ様倒れたリィエルの元へと走り寄る。

 

「うう...痛いよアルベルト...」

 

「アルベルト?あの人が!?」

 

シンシアはそのままその男の方を向く。

 

「リィエル、何故一般人に素性を明かした。」

 

「シンは信じられると思った」

 

「根拠は?」

 

「勘?」

 

「......」

 

アルベルトは額をおさえながら大きなため息をついた。そして視線をリィエルから、アルベルトの方を見るシンシアへと向ける。

 

「悪いが、少し話がある。お前も来い」

 

「え?俺ですか?」

 

シンシアは自分を指差しながらそう問う。

 

「お前以外誰がいる?さっさと来い。ついでにそこのバカも連れてきてくれ」

 

そう言うと、アルベルトは二人に背を向けて歩いていく。

 

「リィエル、歩けるか?」

 

「まだ痺れる...」

 

うつ伏せになりながらリィエルは顔だけをあげてそう返した。

 

「しゃーねぇか。悪いが我慢してくれよ」

 

シンシアはすっとリィエルを持ち上げる。世に言うお姫様抱っこだが、シンシアは別にその程度で気にするような人物ではない。リィエルもまた同じである。

 

それに、シンシアはそれよりも気がかりなことがある。

シンシアはリィエルを持ち上げながら、自分の懐中時計を見る。針が指す時刻は、九時。

 

(帰る前に、遺書書いた方がいいかもしんねぇ...)

 

恐らく、家で頭から角を生やした母親の姿を想像しながら、シンシアはリィエルを抱き上げアルベルトを追うのだった。

 

 

 

 





次回から競技祭開幕!

出来れば近々すぐに投稿するので、お楽しみに!


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男子は至って単純な生き物


なんか結構強引ですが、許してください...


『おっーーーと!!これはどういうことだぁ!?まさかの!まさかの二組が三位でラストスパートをかけていくぅぅぅぅぅ!!』

 

「いっけーロッド!!」

 

「うっそーん...」

 

競技祭の会場は、歓声に満ち溢れていた。そのほぼすべてを今、グレン率いる二組がかっさらっていた。

 

開始時から、二組はかなりの注目を浴びていた。それもそうだろう、今まで慣例となりつつあった成績上位者の使い回しをやめ、クラス全員で挑むという端から見れば勝負を捨てたと感じられても仕方のない戦略で挑んだのだから。

 

だが、その作戦は今功を出していた。現在行われている『飛行競争』では、ロッドが他の生徒を抑え三位でゴールした。

 

「おっしゃぁぁぁ!!ナイスだカイ、ロッド!!」

 

「やった!先生ロッド君とカイ君、三位ですよ!?」

 

「お、おう...さすがだな。」

 

諸手をあげて喜ぶシンシアとルミアに、少し引き気味になりながらもどうにか肯定するグレン。しかし、グレンはこれほどまで自分の生徒がやるとは思っていなかった。

 

(確かにペース配分だけ考えろとは言ったが...ここまでうまくはまるとはな...)

 

他のクラスは二組と違い、出場する生徒は他の競技にも出場するため、必然的に一つの競技にかける練習時間が短くなる。

 

それに比べ、この競技だけを練習してきたカイやロッドとはやはりペース配分の差がついてしまう。この競技は会場を魔導器により、飛行魔法である【レビテート・フライ】を使って二十周する。

 

つまり、持久戦なのだ。そうなればどれだけコースを走っていたが顕著に現れるのは明らかだろう。

 

「幸先いいですね先生!ひょっとして、この展開、先生の計算済みですか?」

 

「と、当然だな...」

 

たじたじと不自然に答えるが、その問いを投げかけたシスティーナも会場の熱気と、先程の試合の興奮によってそれほど気にしてもいなかった。

 

「俺達このまま行けば優勝出来るんじゃないか!?」

 

「やっぱりグレン先生についていくのは正解だったんだ!」

 

(やめろお前ら!!そんな、そんな純粋な瞳で汚れきった大人を見ないで!!)

 

生徒達はグレンの策略(笑)がうまくはまった事に対して尊敬と信頼の念を込めた瞳を向けるが、グレンはそんな事何にも予想していなかったので、グレンのその態度は見ていて滑稽である。

 

「くそ!たまたま勝ったからって調子にのるなよ!」

 

「おいおい?たまたまなんかじゃねえよ。これがグレン先生の本領なんだよ!!」

 

「そうだそうだ!お前らの動きなんて、先生にはお見通しなんだよ!!」

 

他クラスが絡みに来るが、それをシンシアを筆頭に退けていく。グレン先生を理由にして。

 

(シン!?!?これ以上傷口を広げないで!!お前の場合それを素でやってるから余計厄介!!)

 

と、グレンは内心冷や冷やどころか凍りつきそうな勢いだったが、そんな事をシンシア達が知るわけもなく、話はどんどん大きくなっていく。

 

「なんだって?あの先生、爪を隠していたのか?」

 

「俺達はヤバい人を相手にしてるんじゃ...」

 

シンシアの言葉に強い力が籠っていたからなのか、他クラスの生徒達も、シンシア達の言うことをそのまま鵜呑みにしていく。

 

「今年の優勝は俺達二組が頂くんだよ!!そうだろ、てめぇら!!」

 

「「「「「おおおおおおお!!」」」」」

 

(もうやめろ!これ以上クラスの士気をあげるなシン!?俺の心が絶対零度に達しちゃう!?)

 

ここでまさかのグレンが評価した、シンシアのリーダーシップが機能してしまう。それにより、シンシアの妄言(本人は信じきっているが)を他の生徒達は完全に信じてしまった。クラスの士気は一気に最高潮に達していた。

 

「先生?大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」

 

「ああ、ルミア...お前だけが俺のオアシスだよ...」

 

「...?」

 

グレンの謎の発言に、ルミアはきょとんと首を傾げていた。

 

「さてと、俺はそろそろ競技の準備行ってくるわ」

 

「もう行くのか?『大乱闘』はまだ先だぞ?」

 

カッシュが疑問に思いそう尋ねる。

 

シンシアが出場する『大乱闘』は午前の競技の中でもかなり後の方の物だ。どれぐらい後かというと、午前中最後の競技である『精神防御』の前なので、今いかずとももう少しあとでも十分間に合う。

 

「少しアップしときたいんだよ。お前ら俺の勇姿見とけよ!!」

 

「そういうのは優勝してから言いなよ。」

 

シンシアの暑苦しい発言を、ギイブルが冷たくあしらう。

 

「まぁそういうなってギイブル!せっかくの祭りなんだか騒ごうぜ!!」

 

「うるさいな。アップならさっさと行ってきたらどうだい?」

 

「ちぇ、連れねぇな...」

 

そう言うと、シンシアは会場の奥へと向かう。

 

「頑張ってください!!応援してますわよ!!」

 

「ぜってぇ優勝しろよな!」

 

「シン君、無理しないでね!」

 

「フィーベル家の名前に、泥を塗るんじゃないわよ!!」

 

クラスメイトからの多大な声援に笑顔で手を振ることで答えながら、シンシアはそのまま会場の奥へと消えていった。

 

ーーー

 

「さてと、ここら辺でいいか...」

 

シンシアは周りに誰もいないことを確認すると、制服の

ポケットから、割れた宝石のが埋め込まれた魔導器を取り出す。そして簡単な詠唱をして、その魔導器を耳に着けた。

 

『俺だ』

 

その魔導器から聞こえるのは、低めの渋い男の声。

 

「シンです。こちらから見て異常は感じません。」

 

『了解した。本当にお前にはすまないと思っている。こんなことに一般人を巻き込んで...』

 

「気にしないでくださいアルベルトさん。人助けになるなら、俺も率先してやりますよ」

 

通話の相手はアルベルトだった。なぜ、こんなことになっているのかを説明するのは、昨日の夜まで時間を遡らなければいけない。

 

ーーー

 

リィエルを抱えてアルベルトに着いていったシンシアは、裏路地のような場所へと案内された。

 

そこで回復したリィエルを下ろし、話は始まる。

 

「俺は宮廷魔導士団特務分室所属、アルベルト=フレイザーだ。今回は同僚が失礼した。」

 

「そんな!頭をあげてください!そんな俺は頭を下げられるような事は何もしてませんよ。」

 

いきなり頭を下げたアルベルトに、シンシアは驚きのあまり声を少し上擦らせながらそう答える。

 

「うん、アルベルトが私から目を離さなかったらこんなことにはなってなかった。」

 

「リィエルはもう少し空気を読もうな...お前が迷子になったのが原因だろ?」

 

「私は迷子じゃない。ただ道がわからなかっただけ。」

 

「いや、それを一般的には迷子って言うんだよ...」

 

シンシアとリィエルの会話を聞きながら、アルベルトは頭をあげる。

 

「リィエル、お前は一体彼にどこまで話した?」

 

「所属とコードネーム、階級と名前」

 

「やはりそこまで話していたのか...」

 

アルベルトは苦い顔をしながら空を仰ぐ。それはまるで諦めたかのような態度だった。

 

「君、名前は?」

 

「俺ですか?俺はシンシア、シンシア=フィーベルです。」

 

その自己紹介に、アルベルトが一瞬驚いたような顔になるが、それはすぐに消えたのでシンシアは気が付かなかった。

 

「なるほど...お前がか...」

 

「?どうかしましたか?」

 

「いや、何でもない。一応俺達はコードネーム等はあまり明かしてはいけない。というよりはトップシークレットだ。それは本名も、なのだが...」

 

アルベルトはリィエルを流し見るが、リィエルは近くの木箱に座り眠たげな目をさらに眠たげに細めていた。

 

「リィエルが一般人である俺に、それをばらしてしまったと...」

 

「本当に申し訳ないが、そういうことだ...」

 

アルベルトは顔をしかめながらそう話す。

 

「俺はどうしたらいいんですか?他言無用ぐらいで済むならいいですけど、記憶とか弄ります?」

 

「いや、そんな急にそこまでの高等魔法を使うほど俺に技術はない。普通なら、お前の言うとおり他言無用で終わるのだが...シンシア、お前に折り入って頼みがある。」

 

「いいですよ」

 

先程からあまり表情の変化が乏しかったアルベルトの顔に、明らかな驚きが浮かべられる。

 

「そんな二つ返事でいいのか?俺がどんな頼みをするかも言っていないのに...」

 

「人の頼みは断れないんですよ。それに、一学生にそこまで無理なことを強要させるほど、アルベルトさんも鬼ではないでしょう?」

 

シンシア自身、完全とは言えないにしろアルベルトという男を、この少しの会話と纏う雰囲気、そして行動からなんとなくだが把握していた。

 

それはかなりの観察力があることを示しているのだか、本人には全くそんな気は一切ない。

 

「なら、一つ頼みを聞いてくれ。お前はアルザーノ帝国魔術学院の生徒だな?」

 

「はい。」

 

シンシアに、何故それを知っているのかという疑問が生じたが軍の人間ならばそれぐらい知っているだろうと、あっさり考える事をやめて、アルベルトの話に聞き入った。

 

「明日の競技祭中、王室親衛隊の行動を監視して俺に報告してほしい。」

 

「王室親衛隊?なんでですか?」

 

「ここ最近、王室親衛隊に不穏な動きがあるとの情報が入った。それも、異能者差別に対する法案が円卓会で閣議されるようになって特に顕著にな」

 

「????」

 

シンシアは小首を傾げる。残念ながら、シンシアにはそういう政治や法律といった話にはかなり疎く、アルベルトが言っている事の半分も理解できていなかった。

 

「...わかった。理解できないようだから何故かは省く。王室親衛隊が今回の陛下の学院訪問に際して、何か行動を起こすかもしれない。一応俺とリィエルも監視につくが、それでも人員は足りていないのが現状だ。そこでお前に頼みたい」

 

噛み砕いて説明された内容で、やっと理解できたシンシアは、その話を首を縦に振りながら聞いていた。

 

「やることはわかりました。けれど、なんでそんな機密情報を俺に明かすんですか?」

 

普通、そんな国の裏事情なんてシンシアが聞けるものではない。それを、いくらリィエルがコードネームを明かしてしまっているからと言っても軽々しく話していいものではないだろう。

 

「普通ならば、こんなことは話さないし頼まないのだがな...すまないが理由は言えない。」

 

「...わかりました、ならもう聞きません」

 

シンシアも何か裏事情があると理解したのか、渋々引き下がった。

 

「恐らく何もないとは思うが、この魔導器から定期的に連絡を入れてくれ。」

 

「了解です」

 

「こんな遅くに引き留めてすまなかったな。俺の用件は終わりだ。」

 

「それじゃ失礼します。また連絡は入れます」

 

そう言いながら、シンシアは憂鬱な面持ちで家路へと着いていった。

 

ーーー

 

『そうか...シンシアは今から競技か』

 

「はい。その間は監視できないので、よろしくお願いします。」

 

『そこはお前がそんな事を言う必要はない。これは我々がお前に押し付けているような物だからな...』

 

そんな昨日の事を振り返りながら、シンシアは周りに気を配りつつアルベルトに連絡を入れているのだ。

 

『ところでシンシア...』

 

「シンでいいですよ。シンシアだと女子みたいなんで」

 

『そうか、わかった。ならばシン...』

 

『そちらにリィエルはいるか?』

 

「......え?」

 

アルベルトの問いに、シンシアはすっとんきょうな声をあげる。

 

「も、もしかしてアルベルトさん...そっちにいないんですか?」

 

『少し目を離した隙にいなくなった。まったく、どこで油を売っているんだ...』

 

魔導器から、深いため息がシンシアの耳に入る。

 

「ま、まぁこっちで見つけたらすぐ連絡入れます」

 

『本当にすまない。礼は必ずする』

 

そう言って、アルベルトは通話を切った。シンシアは魔導器をもとの場所に戻して、会場の外の広場に行くべく通路を曲がると、

 

そこにはリィエルがいた

 

「......」

 

「......」

 

お互いに沈黙が広がる。その雰囲気を壊して話しかけたのはシンシアだった。

 

「リィエル、お前なんでこんなところにいるんだ?」

 

「アルベルトの所は暇だから、シンのところに来た。」

 

リィエルはさも当然のようにシンシアにそう答える。

 

「いや、任務はどうすんだよ...」

 

「大丈夫、何かあったら私も行くから」

 

「そういう問題なのか?」

 

そのままシンシアはリィエルを置いて広場へと向かう。歩き始めると、その後ろをリィエルがついてくる。

 

シンシアがその場で止まると、リィエルも止まる。

 

またシンシアが歩き始めると、リィエルもまた歩き始める。

 

シンシアがまたも止まると、リィエルもそこで止まった。

 

「なぁ...ホントについてくるのか?」

 

「うん」

 

「俺競技のためのアップするだけなんだけど...」

 

「なら私が相手になる」

 

そう言うと、リィエルは両手を合わせて口にしだす。

 

「《万象に(こいねが)う・我が腕手(かいなで)に・十字の(つるぎ)を》」

 

そこで詠唱を終えると、リィエルは床に手をつける。

 

次の瞬間、リィエルの右手には十字の剣が持たれており、リィエルの足元は十字型の窪みが出来ていた。

 

「す、す...」

 

シンシアはその魔法を目の当たりにすると、

 

「すっげぇぇぇぇぇぇぇ!!!カッコいい!!今のどうやったんだ!?」

 

目を爛々と輝かし、興奮を露にしながらリィエルに詰め寄った。詰め寄られたリィエルも、自慢気に小さな胸を張りながら堂々としていた。

 

「それ教えてくれよ!!な!な!!」

 

「ん。いいよ。暇だし」

 

「よっしゃ!じゃ広場に行こうぜ!」

 

今の魔法を見ていてもたってもいられなくなったのか、シンシアはリィエルの手をとって走り出した。この時、シンシアの頭にアルベルトに連絡を入れるということは片隅にもなかった。

 

ーーー

 

「...こうやって霊素(エテリオ)根源素(オリジン)

属性値の各戻り値を....こっちにこんな感じで根源素(オリジン)再配列して......物質を再構築する。こんな感じ」

 

「なるほどな。すげぇことやってんだな...」

 

広場の木陰で、シンシアは地面に座りながらリィエルの魔術解説を聞いていた。リィエルは、近くの木の棒で地面に魔術式を書いていき、それをシンシアは見ながら理解していた。

 

シンシアは錬金術の知識に置いては、他には負けないと自負している。魔術の中でも自分がまともに使える種類の魔術だったため、事あるごとに錬金術関連の文献を読んでは、自分の記憶能力で覚え実践しようと試みているからだ。だからこそ、シンシアは錬金術に置いては他の生徒よりも実力は高い方に位置する。錬金術のみだが...

 

(にしてもこれ...下手したら廃人ものだぞ?俺の魔術容量で出来るか?)

 

これは一歩間違えれば、脳内で演算処理が追い付かずオーバーフローしてしまい、最悪廃人となり得るだろう。それをなんの躊躇いもなく行えるリィエルに、シンシアは感服していた。

 

「シンなら出来る。多分...」

 

「いやいや...脳が焼ききれてさようならだな。その未来しかみえねぇ。せめてもう少しキャパシティに余裕があればなんとか...」

 

シンシアはどうにかそれを実践するために試行錯誤する。その理由はーー

 

(あれ使えたらかっこよくね?かっこいいよね?武器術なら独学とはいえそれなりに納めてるからなんとかなるだろうし...)

 

下心満載だった。その辺りはやはり年頃の男子なのだ。

 

「けど、まあ覚えた。ありがとうなリィエル」

 

シンシアがリィエルに礼をすると、リィエルは不思議そうにこちらを見ていた。

 

「シンは、怖くないの?」

 

「ん?何が?」

 

リィエルは相変わらず表情を変えずに、シンシアの隣に座る。

 

「私があれを見せると、大抵みんな変な目で見る。でもシンは違ったから。」

 

「別に変じゃねぇだろ。逆にすごいことだと思うぜ?」

 

「すごい?」

 

リィエルは首を傾げながら、シンシアの方へと顔を向ける。

 

「だってみんなが出来ない事が出来るんだぜ?それは誇って良いことだと俺は思う。逆に俺なんて周りが平然と出来る事すら出来ないからな...」

 

シンシアは頭をかきながら恥ずかしそうに告げる。

 

「でもシンは強い。それはアルベルトも言ってた。」

 

「俺が?なんでまた?」

 

「わからない。ただそんな気がするだけ」

 

「そ、そっか...」

 

いつも自分が言っていることと同じようなことを言われて、シンシアただただ頷いた。

 

そこで、魔術による音量拡大で声が響く。

 

『シンシア、シンシア=フィーベル君!早く会場に来て下さい!!もう始まりますよ!!』

 

「え?マジで!?」

 

シンシアはあわてふためきながら懐中時計で時間を確認すると、時刻はもう既に競技開始の五分前となっていた。シンシアも話に夢中になるあまり、時間を全く気にしていなかった。

 

「ごめんリィエル!俺もう行くわ!じゃあな!!」

 

そう言ってシンシアはリィエルに手を振りながらもうダッシュで会場へと走っていく。それをリィエルは、手を振り返しながら、ぼんやりと見ていた。

 

ーーー

 

「ヤバいな...アップなんてなんもできてねぇんだけど...まぁ面白い話聞けたからいっか!!」

 

シンシアは急ぎ目で走ったことによって、どうにか会場まで間に合うことが出来た。

 

他の生徒は一クラス一人が出場するので、総勢十人。しかもそれぞれが成績トップクラスの猛者達だ。その全員がシンシアを狙うかのように見ていた。

 

「いいね、いいねぇ燃えてきた!!」

 

周りが真剣な表情の中、シンシアだけは不敵な笑みを浮かべながら指を鳴らす。絶対絶命であろうと、シンシアの心持ちは変わらない。

 

逆に、このような逆行こそシンシアの本領が発揮される。

 

「さて!暴れようじゃねぇか!!!」

 

そして試合開始のゴングが鳴り響き、戦いの火蓋が切って落とされる。

 

最後までこの会場で立っていられるかは、誰にもわからなかった。

 

 

 

 

 





次回はシンシアの競技開始!シンシアの持つ秘策とは一体!?


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大乱闘

シンシアの戦い!特とご覧あれ!!


 

『大乱闘』

 

それは、この魔術競技祭で最も場が盛り上がる物だ。十人の魔術師見習いによるバトル・ロワイアルで、ルールは簡単。

 

相手に接触せずに、魔術を使って自分以外の九人を場外に落とす、または気絶させればいいのだ。

 

つまり、この競技はどれ程魔術を扱う技能が高いかが雌雄を決する大きな要因となりうるのだ。ということは...

 

魔術がろくに使えない人間は、ただの的となりうるのだ。

 

「「「「「《雷精の紫電よ》!!」」」」」

 

シンシア以外の全員が、試合開始のゴングと共に【ショック・ボルト】をシンシアへと向けて放つ。

 

「予想通りだ!!」

 

それを見たシンシアは、無詠唱で【グラビティ・コントロール】を起動し、その場で少しだけ飛ぶ。シンシアの足元をすれすれで【ショック・ボルト】が通るのを見送ると、すぐさま【グラビティ・コントロール】を止め、地面へと降り立つ。

 

そして他の生徒が詠唱を始めるよりも早く、シンシアは【フィジカル・ブースト】をまたも無詠唱で足にかけ、口を押さえながら自分から最も近い位置にいる生徒へと飛びよる。

 

魔術の恩恵は凄まじく、相手の生徒に近づくまで数秒とかからない。

 

「なん!?」

 

「ごめんな」

 

シンシアは一言謝ると、片手を目の前の生徒に向ける。すると、魔術式が展開されその場で生徒は倒れた。

 

ーーー

 

「な、なんだ今の!!」

 

「シンは魔術はろくに使えなかったはずだろ!?」

 

その光景を見ていた二組の観客席はどよめいていた。シンシア=フィーベルの事をよく理解しているからこその反応だった。

 

シンシアは【ショック・ボルト】すらまともに撃てないほど実技の成績が悪い。そのため今シンシアが魔術を使って相手を気絶させたという事実が、クラスメイトには信じられなかった。

 

しかし、彼らが驚いている間にも試合は進んでいく。またもシンシアに向けて放たれる大量の魔術を、シンシアは難なく回避しながら、先程と同じように生徒に近づき、気絶させていく。

 

「ああ、そう言うことか...」

 

そこで声をあげたのはギイブルだった。

 

「ギイブル?シンは何をしてるの?」

 

「簡単な事だよシスティ。シンは、錬金術を使ってるんだよ」

 

そのギイブルの発言に、全員が目を剥いた。

 

「れ、錬金術?でもどうやって...」

 

「そうだよ。錬金術にそんな技は...」

 

「あるわ!」

 

周りの考えを切るように、システィーナが口を開いた。

 

「【痺霧陣(ひむじん)】を使った。そうよね、ギイブル。」

 

「正解だシスティ。」

 

ギイブルはメガネを少しだけ上にあげながら、解説を始める。

 

「【痺霧陣】は、相手を行動不能に出来る変わった錬金術だ。シンは確かに他の魔術は、ほとんど使えないが錬金術なら話は別だ。それならばかなり使える。もっとも

、僕よりは下だがね...」

 

「そこは言わなくていいだろ...」

 

カッシュの突っ込みが入ったが、ギイブルはそれを鼻で笑いながら一蹴し、試合へと視線を移した。

 

全員がフィールドへと視線を向ける頃には、フィールドに立っているのはたったの二人だけだった。

 

ーーー

 

「くそ!《大いなる風よ》!!」

 

「おっと」

 

フィールドに残るのは、シンシアと一組の生徒。一組の生徒が巧みに魔術による攻撃を仕掛けるが、それをシンシアはギリギリの所で回避していく。

 

(やっぱ一組の奴は強いな...全然近づけねぇ...)

 

先程からシンシアはどうにか相手の懐へと潜り込もうと試みるのだが、その度に一組の生徒の魔術によって阻まれる。隙をほとんど見せない相手の技能に、シンシアも辟易としていた。

 

(さてどうする?多分【痺霧陣】は警戒されてるから効かねぇよな...近づくってだけなら【タイム・アクセラレイト】で行けるけど、その後の遅くなる奴がダメだよな...)

 

シンシアは一組の生徒の周りをぐるぐると走り回りながら策を練るが、一向にいい案は思い付かない。

 

「そろそろ!くたばれ!《虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮》!」

 

相手の生徒がしびれを切らしたのか、シンシアの移動する方向へと向けて、【スタン・ボール】が放たれる。着弾した場所を中心に、激しい音と振動をもたらすこの魔術は、この競技において当たれば即敗退を意味する。

 

「うお!やべぇ!!」

 

シンシアはそれを急な方向転換でどうにか回避する。

 

(あっぶなー。ギリギリだった...)

 

反対の方向に周りながらシンシアは冷や汗をかいた。本当にすれすれの所での回避だった。もし、少しでも反応が遅れれば当たっていただろう。

 

(ヤバい!そろそろ決めないと...ん?)

 

シンシアはそこで、あることに気がついた。

 

こちらを狙う相手の生徒の顔色が、少し悪いように見えたのだ。それに足もどこかおぼつかない。

 

(もしかしてマナ欠乏症なりかけか?ならこのまま逃げてても勝てるけど...やっぱそれは違うよな。)

 

確かにこのまま逃げていても勝てるだろう。だがシンシアはそれは納得出来なかった。勝負に勝っても、戦いに負けたような物だ。

 

そこでシンシアは足を止め、相手に向き直る。

 

会場がいきなり騒がしくなるが、シンシアはそんな事気にしない。

 

「次で決着つけよう、お前もあんま余裕ねぇだろ?」

 

「ふざけるな!お前の...お前のような雑魚に...心配される事なんてない!!」

 

相手は肩で息をしながら、シンシアの問いかけに強く答える。シンシアの純粋な親切からの声かけも、相手の高いプライドがそれを許さなかった。

 

「ま、お前の言うことは関係ねぇよ。これで終わらせる」

 

そう言ってシンシアは真っ直ぐ相手の生徒へと向かっていく。距離にして、およそ十五メトラ。

 

相手の生徒はシンシアへと掌を向けて、構える。

 

シンシアは、それを真っ直ぐ見据えながら離さない。

 

残り十メトラ。

 

(考えるな...目の前のあの手にだけ集中...)

 

シンシアから、外界の情報がほぼカットされる。そしてすべての集中をその向けられた掌に向ける。

 

残り七メトラ。

 

「《雷精のーー》」

 

そこで遂に相手の生徒が詠唱を始めるが、シンシアにはそれは聞こえない。いや、わざと聞いていない。今のシンシアには、その手のひらしか見えていない。

 

残り五メトラ。

 

「《ーー紫電よ》!!」

 

そこで詠唱を終えた【ショック・ボルト】の魔術式がその手のひらに広がる。だが、まだシンシアは動かない。ただひたすら距離を詰め続ける。

 

残り三メトラ。

 

そこで、相手の生徒の掌が一瞬紫に輝いた。

 

(今ッ!!!)

 

シンシアはそこで、【タイム・アクセラレイト】を起動する。すべてを置いていくような感覚になるなか、【ショック・ボルト】がゆっくりとシンシアへと飛んでくる。それをシンシアは、それをコンマ何ミリメトラという所で避ける。

 

そして【タイム・アクセラレイト】の効果が切れ、時間が元に戻り始める。

 

そしてシンシアの耳元で、甲高い音を響かせながら【ショック・ボルト】が通過する。シンシアの見える世界はゆっくりとなり始めるが、それでも強引に体を動かし、相手の生徒の前へと立つ。距離にして、約一メトラ。

 

相手の生徒も驚きのあまり動かないし、シンシアも【タイム・アクセラレイト】の反動で動く事が出来ない。

 

会場は、その異様な光景に静謐な雰囲気が漂っていた。

 

誰もがこの後の事を、固唾を飲んで見守る。

 

(動くな動くな動くな!あと二秒動くな!!)

 

シンシアが【タイム・アクセラレイト】を使って、反動で時間が遅く感じるのは三秒間。今は既に一秒経過しており、あと二秒相手の生徒が動かなければシンシアが動く事が出来るようになる。

 

相手の生徒も、目の前で【ショック・ボルト】を避けられた事の動揺がそれほど大きかったのか、それとも未だに動かないシンシアに不審に思って動かないのかシンシアにはわからないが、この状態が続けばシンシアの勝ちなのだ。

 

(あと一秒!頼む!!)

 

シンシアは祈る。だが、それは叶わない。

 

「さっさと撃て!!」

 

「!?は、はい!!」

 

そこで、観客席から一組の担任であるハーレイが怒声を飛ばす。それによって、相手生徒の止まった時間が動き出した。

 

「《雷精のーー》」

 

(三秒!動く!!!)

 

この状況では詠唱した所で間に合わないし、避けることも不可能だ。だが、シンシアにはこの状況で何が最善かすぐに頭によぎった。

 

三秒が終わった後、すぐさまもう一度【タイム・アクセラレイト】を起動する。そして両手を広げる。

 

そしてーーー

 

「《ーー紫電よ》!!!!」

 

「間に合えぇぇぇぇ!!!!」

 

相手生徒が詠唱が終わり、【ショック・ボルト】が飛ぶのと同時に、シンシアは両手を相手の顔の前で合わせた。

 

俗に言う猫だましだ。

 

紫の一撃がシンシアに入り、相手生徒の顔の前から大きな音が響く。

 

そこからどちらも動かない。

 

会場は静寂に支配されていた。

 

その静寂を破るように、一人の生徒がフィールドに倒れた。

 

倒れたのはーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一組の生徒だった。

 

『し、試合終了!!!優勝はなんと!なんと二組のシンシア選手だぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

その実況の掛け声の瞬間、会場はまるで爆発したかのような興奮にまみれていった。会場が揺れるほどの大歓声に、ほぼすべての人が立ち上がってその興奮を周りの人間と分かち合っている。

 

シンシアはそこで緊張の糸がほどけたのか、その場に倒れ伏した。

 

「よっしゃぁ...勝ったけど...痺れて動けねぇ...」

 

そのままシンシアは爽やかなほど晴れた青空を眺めながら、そう呟く。これははっきり言って、最後は偶然と言っても過言ではなかった。

 

シンシアが猫だましによって相手を気絶できる事を知っていた訳ではない。これは、シンシアの鋭すぎる動物的勘が、そうさせただけなのだ。だが、そんな事はシンシアですらわかっていないのに、他の生徒がわかるわけがなかった。

 

入り口からドタドタと足音が聞こえ始める。シンシアは顔だけをそちらに向けると、そこにいたのはシンシアのクラスメイトだった。

 

「さすがだぜシン!!熱い戦いだったぜ!!」

 

「すごいよシン君!一組の生徒に勝っちゃうなんて!」

 

「ふん。もう少し余裕のある戦いをすればいいものを...」

 

上から順に、カッシュ、セシル、ギイブルと男子クラスメイト達が声をかけていく。

 

「おお...さんきゅ...」

 

「よしお前ら!勝ったシンシアを胴上げするぞ!」

 

「「「「おおおう!!」」」」

 

「...え?」

 

シンシア以外の生徒全員が、シンシアを持ち上げて一気に高くあげる。

 

「「「「ワッショイ!ワッショイ!!」」」」

 

「ええ!?ちょいちょい!!」

 

シンシアは焦ったような声をあげるが、満更でもないような顔をしていた。

 

(やっぱ楽しいな...全員でひとつの目標に向かうのは...)

 

そんな年寄り臭い事に考え耽りながら、シンシアはその流れに身を任せていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからシンシアは気がつかない。自分に向けられていた、好奇とはまた違う、狂喜じみた視線があることにシンシアは全くと言っていいほど気がついていなかった。

 

 

 

 

 



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予想する最悪は、予想すればするだけ起こる確率は上がる


やっと最近ろくでなし十一巻読みました!

イブが可愛かったです!でもこのヒロインは変えないぜ!!


どうにか勝利を手に入れたシンシアは、現在観客席ではなく先程までいた広場にいた。さすがにあれだけ動いた後に、あれほどの歓声が飛ぶ観客席にいては休憩したくても出来ない。

 

シンシアはちょうどいい木を見つけ、それに登って一休みしていた。

 

(今頃ルミ姉の『精神防御』か...)

 

ふと今行われているであろう競技へと意識を向けた。ルミアは今回『精神防御』に出場する選手の中でも、唯一の女子だ。そのため注目度も高いのか、会場からは大きな声が聞こえてくる。

 

(ルミ姉なら大丈夫だろ...すんげぇ肝座ってるし...)

 

ルミアはテロリストが校内にやってこようと、動揺一つ見せずに行動する精神力の持ち主であるし、小さい頃からルミアを見ているシンシアから言わせてもらっても、十分いい成績を残せるだろう。

 

(やべ...これだけ暖かいと眠くなるな...)

 

ちょうどよい気温に、いい具合に疲れた体がシンシアのまぶたを重くしていく。

 

(シス姉にも休んで良いって言われてるし...ちょっと位寝てもいっか...)

 

そう思いながら、シンシアは重くなる瞼になにか抵抗するわけでもなく、流されるがままに瞳を閉じる。

 

そこから薄れていく意識に身を任せ、シンシアは眠り始めた。

 

ーーー

 

シンシアが目を覚ましたのは、シンシアが登る木の下辺りが騒がしくなり始めたからだった。

 

シンシアはどうにか目を開け、木の下へと視線を移す。

 

(は!?!?)

 

そこで見た光景は、この国アルザーノ帝国女王であるアリシア七世が王室親衛隊に囲まれている所だった。

 

(どうして!?いや、アルベルトさんの予想が当たっちまったって事か...)

 

シンシアは声をあげそうになるのを必死にこらえて、その光景をじっと見つめる。

 

(全員が相当手練れだな...しかもあの顔に傷が入ったおっちゃんだけ桁違いだ...化け物かよ)

 

アリシア七世を囲む全員を、値踏みするように見るシンシアは、ただ一人レベルが違いすぎる者がいるのに気がつく。

 

それもそのはず。シンシアが見る彼は王室親衛隊総隊長であるゼーロス本人だ。精鋭揃いの親衛隊のトップが、弱い筈がない。

 

そのままゼーロスは、自分の部下と共にアリシア七世を連れていく。幸い、シンシアの存在には気が付かなかったようだ。

 

(どうする!そうだ、とにかく今何時だ!)

 

時計を見ると、時刻は既に昼休みの終わりに差し掛かっている。もうそろそろ午後の部が始まろうとする時間だった。

 

(俺こんなに寝てたの!?いやいやそんな事より!!)

 

シンシアは木から飛び降り、ポケットから通信用の魔導器を使ってアルベルトへと連絡を入れようと試みる。

 

『俺だ』

 

「アルベルトさん!今親衛隊が!!」

 

『わかっている。こちらも遠見の魔術で確認した。まさか本当に動くとはな...』

 

アルベルトの声音にも、驚きが少し含まれていた。

 

「俺はどうしたらいいんです!?」

 

『慌てるな、それにお前は一般人だ。これ以上巻き込む訳にはいかん。』

 

「くっ...」

 

シンシアは歯噛みする。そうだ、今の自分はただの学生だ。こんな大事に関わるような身分ではない。

 

『...お前には十分感謝している。その魔導器は後日俺に渡しに来い。』

 

「.......わかりました」

 

そこで通信は切れた。シンシアは魔導器をポケットに直しながら、近くの木を殴り付けた。

 

(クソ!!わかってるのに、何も出来ないのか...)

 

危険な事が起こっている事がわかっているのに、それに対して動けないその歯痒さに、シンシアはイライラとするしかなかった。

 

「しゃーない。会場に戻るか...」

 

苛立ちを抱えながら、シンシアは会場へと向かうために入り口へと足を向ける。その時だった。

 

シンシアから少し離れた所で、強い光が灯ったのだ。

 

「なんだ!?」

 

シンシアは考えるよりも早く、その光源へと走っていく。

 

そこでシンシアが見たのは、王室親衛隊を倒すグレンの姿だった。

 

(どういうことだ?)

 

シンシアはその光景を見ながら、近くの木に隠れる。どうにも状況が読めない。

 

(グレン先生が親衛隊を倒した?でも、あの近くにいるのはルミ姉??なんで?ああもう!!わけわかんねぇ!!)

 

困惑するシンシアが求める答えは、予想だにしない方向から聞こえてくる。

 

「いたぞ!!奴だ!」

 

「おのれ陛下を手にかけようとした大罪人、ルミア=ティンジェル!!この剣の錆びにしてくれる!!」

 

そう叫びながら、王室親衛隊の二人がルミアとグレンの元へと走っていく。

 

(は?ルミ姉が、陛下の暗殺!?んなバカな!!)

 

シンシアはその言葉に目を見張るが、グレン達に近づく男たちの気迫は、真剣そのものだった。

 

シンシアはそのまま視線をルミアへと移した。そこに写るのは...

 

とても悲しげな面持ちをした、ルミアの姿だった。

 

それを見た瞬間、シンシアの行動は決まった。いや、思考よりも体が勝手に動いたような、そんな感覚。

 

シンシアは、直ぐ様地面を蹴りルミアへと近づく男達二人へと踏み寄る。

 

「うらっ!!」

 

親衛隊がこちらに反応するよりも早く、一人の顔に拳を叩き入れる。

 

そのままシンシアに殴られた親衛隊の一人は、近くの草むらにふっとんでいった。

 

「な!?シン!!」

 

「シン君!?」

 

シンシアの後ろでグレンとルミアが驚いたような声をあげているが、シンシアはそれを無視して、自分の目の前のもう一人の親衛隊を睨み付ける。

 

「貴様!?その後ろの女は大罪人だ!それにその隣の男は我ら親衛隊に牙を向けた反逆者だぞ!貴様がどこの馬の骨か知らないが、その行いが国家反逆罪になると...」

 

「うるさい」

 

親衛隊の男の言葉を遮るように、シンシアは無詠唱で【フィジカル・ブースト】を全身に発動させて、かなりの速さでその親衛隊の男を殴り飛ばす。

 

親衛隊の男は延びてしまったのか、もうその場からピクリとも動かなかった。

 

「さてと、どういうことっすかグレン先生?」

 

「いやお前何もわからずに突っ込んで来たのか!?」

 

「はい」

 

グレンの突っ込みに、シンシアは真顔のまま首を縦に振る。

 

「お前...今や国に反逆した大罪人だぞ...」

 

「いや、それは先生もでしょ。見てましたよ、先生が親衛隊倒すところ。」

 

「いや確かにそうだが...」

 

グレンは苦虫を潰したような顔をしながら、頭をボリボリとかきはじめる。

 

「シン君!!なんで、なんでこんなことを!?」

 

「え?そんなの簡単だよ」

 

シンシアは真顔のまま答える。

 

「ルミ姉は家族だからな。家族の味方をするのは当然だ。」

 

さらっと答えたその答えに、グレンもルミアもポカンとした顔になった後、グレンが笑い始めた。

 

「え?ちょ、ちょっとグレン先生?俺変な事言った?」

 

「いや...お前はかわんねぇなと思ってな。」

 

「?」

 

そのグレンの意味不明な言葉に、シンシアは怪訝な顔をするしかなかった。そこで、ルミアがシンシアの手を取る。そのルミアの顔には、一筋の涙がつたっていた。

 

「ありがとう...ありがとうシン君...」

 

そう言うルミアの顔は、さっきとは違い少し安心したような顔になっていた。

 

「奴ら!同士達を...」

 

「許さん...許さんぞ貴様ら!!」

 

そんな会話をしている暇はない。シンシア達三人を目の敵のように見ながら、さらに親衛隊が近づいてくる。

 

「ちょ先生、あの人数はさすがにきつくないっすか?」

 

「とりあえず逃げるぞシン!!」

 

そうグレンは言うと、ルミアを横抱きで抱える。

 

「《三界の(ことわり)・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》!」

 

そしてグレンは呪文、【グラビティ・コントロール】を使って飛び上がる。

 

「え!?そっちに逃げんすか!!」

 

「逃がすか!!」

 

グレンの行動に驚きいていると、シンシアへと親衛隊が近づいてくる。

 

「ほんとすんません!!」

 

シンシアは【フィジカル・ブースト】を足にかけ、地面を蹴りあげる。それにより砂が目の前の親衛隊へと降りかかる。そこで出来た隙に、【グラビティ・コントロール】を無詠唱で起動してグレンを追う。

 

「飛ぶなら飛ぶって言ってくださいよ!!」

 

「そんな余裕あるわけねぇだろ!!」

 

シンシアとグレンは並走しながら、口々に文句を言い合うが後ろからは続々と親衛隊がやってくる。

 

「ああもう!!なんで俺ばっかり厄介事に巻き込まれるんだーーーー!!!」

 

グレンの悲痛な叫びが、フェジテの町にこだましていった。

 

ーーー

 

どうにか逃げおおせたシンシア達は、一般住宅がある区域で一休みしていた。

 

「それにしてもこっからどうするんすか?」

 

「目的は案外簡単なもんだ。女王陛下に会えればこっちの勝ちだ。陛下に会えれば誤解はどうにか解けるだろ」

 

「でも先生、親衛隊はどうするんですか?」

 

そこが今、この状況で最も邪魔な存在だった。親衛隊はそれぞれがかなりの能力をもち、その人数もかなり多い。その全てが今、シンシア達の敵なのだ。その親衛隊の目を掻い潜りなから、女王陛下に会うのはなかなか至難の技だろう。

 

「大丈夫だルミ姉。親衛隊は全員ぶっ倒していきゃあいいんだよ!」

 

「いやそれが出来たら苦労しねぇよ...」

 

グレンは深いため息をつきながら、笑顔でルミアに語るシンシアに冷たい視線を送る。

 

「あ、待てよ...俺らが直接会わなくても!」

 

そこでグレンはおもむろに、ポケットからシンシアも見たことがある半割れの宝石を出した。

 

(あ、そっか。この状況をアルベルトさんに言って来てもらったらいいんだ!!)

 

完全にグレンがそれを出すまで、シンシアもその存在を忘れていたのだ。

 

シンシアは会話を始めたグレンと、その会話を集中して聞いているルミアから少し距離をとって、ポケットから魔導器を取り出してかける。

 

『なんだ。今俺達も忙しいんだぞ、シン。』

 

タンタンとどこか硬い物の上を走るような音を背景に、アルベルトは通話に出た。その声音は、どこか怒気を孕んでいた。

 

「アルベルトさん。今どこにいます?」

 

『シン、俺は忙しいといってるんだ。切るぞ』

 

「ちょっと待ってください!もしかして今、逃げたルミア=ティンジェルと、その逃げる手伝いをしたグレン先生を追ってたり...」

 

『!お前、なぜそれを知っている...』

 

どうやら、案外事はうまく進みそうだとシンシアは内心ガッツポーズする。

 

「実は俺...その二人と行動を共にしてます...」

 

『何?』

 

そこでシンシアは一通りの事をアルベルトに話す。全て話終えると、アルベルトは通話越しに深いため息をついた。

 

『お前はトラブルに自分から突っ込んでいくんだな...』

 

「すみません...」

 

『もういい。詳しい話は後だ。もうすぐそちらに着く。切るぞ』

 

そう言ってアルベルトは通話を切った。シンシアはそれを確認すると、ルミアとグレンの方へと戻っていく。

 

「ったく...セリカの奴訳わかんねぇ事言いやがって!俺とシンだけでどうやって陛下のとこまでたどり着けってんだよ...」

 

「あ、そこは大丈夫ですよ。今助っ人呼びましたから。」

 

「助っ人?そういやお前、今何してーーッ!?」

 

グレンの言葉が紡がれる前に事は起きた。シンシアとグレンの背中に悪寒が走る。

 

それは、シンシアが昨日感じた物と同じ。

 

「リィエル!?それにアルベルトまで!?」

 

グレンは驚いているが、シンシアは来てくれた事にほっと安堵する。が、それも直ぐに裏切られる事となる。

 

リィエルが急に何か口を動かしながら、地面に手を着ける。すると、地面から十字の剣が現れた。

 

「え?」

 

シンシアの額から、冷や汗が流れ始める。昨日の夜リィエルの大剣による一撃の強さを知ったため、リィエルのその行動に嫌な予感が絶えない。

 

そしてリィエルは、作り出した大剣を構えながらこちらに向かってくる。

 

「ちょ、ちょいちょいちょいちょい!!!」

 

「いいいいいいやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

リィエルの大剣の大振りが、グレンへと叩きつけられようとするのを、シンシアはギリギリの所でそれを挟んで止める。

 

「ちょっと待てリィエル!?落ち着けって!!」

 

「止めないでシン!私はグレンと決着をつける!」

 

「いや今それどころじゃねぇよ!!だからとりあえず剣を引けって!!」

 

シンシアがリィエルの大剣を挟みながら、リィエルとの対話を試みるが、リィエルは全く聞く耳を持たない。

 

「邪魔するなら、シンも切る!」

 

「ああもう利かん坊め!」

 

シンシアは大剣を蹴り飛ばすと、両手に握り拳を作り構えをとる。そのシンシアの対応に、リィエルも大剣を構え直して少し距離を取った。

 

「いいいいいいやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

シンシアとリィエルは同時に地面を蹴り、遂に拳と剣が激突する。と、思われた時だった。

 

シンシアとリィエルに一閃の雷が飛び、それは寸分違わずそれぞれの額へと直撃する。

 

「きゃん!?」

 

「うげ!?」

 

その一撃に小さな悲鳴を二人同時にあげると、二人共々石畳へと倒れていった。

 

「久しぶりだな、グレン。場所を変える。俺についてこい」

 

アルベルトはグレンにそれだけ告げると、地面に倒れているリィエルとシンシアを引きずりながら、路地裏へと進んでいった。

 

「なんだったんだ今の...」

 

「私にもわかりません。ただ、シン君には色々聞かないといけない事はわかりました。」

 

「...だな」

 

グレンとルミアはそう簡単に話すと、アルベルトの後ろをついていった。

 

 

 

 

 

 





さてあと2話ぐらいで競技祭編も終わりかな?


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共闘


はい嘘つきました。

今回で競技祭編終わりです



「で、こっちの猪バカが自分の素性を全部ばらしたせいでこっちの白髪バカがお前らを手伝うはめになり、それにこっちの白髪バカもそのお願いに二つ返事でOKしたと...」

 

「グレン痛い」

 

「痛い痛い痛い痛い!!これまじでヤバいって先生!頭!頭割れるって!!」

 

グレンは額に青筋を浮かべながら、右手にリィエル、左手にシンシアの頭を掴んで持ち上げていた。リィエルは無表情を崩さないが、それと正反対にシンシアはギャアギャアと喚きながらグレンの腕を離そうと必死にもがいている。

 

「すんません!すんません!!でも頼まれたら断れないんで、先にOKしたんすよ!!」

 

「お前の場合はお人好しが過ぎるんだよ!!その性格なんとかしろ!!リィエル!!お前コードネームとかは安易に言うなって帝国軍時代にあれほど言ったよな!?」

 

「言った」

 

「ならそれを実践しろぉぉぉぉ!!!」

 

グレンの怒声が辺りに響く。それをルミアのアルベルトは呆れたように見ていた。

 

「そろそろいいか?事態は思ったいるよりも深刻なんだぞ?」

 

「わ、悪い...」

 

そうアルベルトから冷たく言われて、グレンは両手に持つリィエルとシンシアを離した。

 

「痛ぇ...マジで頭割れるかと思った。」

 

シンシアはまだ痛む頭を押さえながら、アルベルトへと向き直った。

 

「今現在ここ、フェジテでは『廃棄王女』であるそこのルミア=ティンジェルを狙って親衛隊が独自に動いている。さらにその親衛隊に楯突いたシンとグレンも、今現在お尋ね者状態だ。」

 

「それはわかってるよ。王室がルミアを狙う理由は?」

 

「詳細はわかっていない。だが、親衛隊が独断で王室の名誉を守るために動いたとも考えられるが...」

 

「それは無理がありすぎるぞ。女王陛下がいる今、不敬罪を犯してまで起こす意味は無いだろう。」

 

と、言うような感じでグレンとアルベルトが現状況のすりあわせを行っているが、それを真摯に聞くルミアと対照的に、リィエルとシンシアはーー

 

「ここでグレンが突っ込んで...」

 

「いやリィエル。ここは俺の方がよくないか?俺の方が接近戦なら強いぞ?」

 

「ならシンが突っ込む。その後ろをグレンが突っ込んで...」

 

全く意味を成しそうに無い作戦会議を行っていた。リィエルもシンシアも頭を使うようなタイプではなく、むしろ前線で暴れるタイプなのでこのような作戦を練ることに関しては全くと言っていいほど役に立たない。

 

「その後ろからアルベルトさんが突っ込むと!うし、完璧だな!!」

 

「どこがだぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

その緊張感の無さに、嫌気が差したのかグレンがまたも二人の頭を鷲掴みにして持ち上げる。またギャアギャアと叫ぶシンシアと、無表情なリィエルが対照的な絵面が出来上がる。

 

「お前はここを抜けても大変だな...」

 

「俺にはこういう手の奴がついてくる呪いでもついてんのか...」

 

アルベルトの哀れむような視線に、グレンは本気で落ち込んでいくがリィエルもシンシアもどこふく風といった感じのようだ。

 

「まぁいい。とりあえず女王陛下に面会出来れば、この状況を突破出来る。それはセリカが言っていたから信頼出来る情報だ。」

 

「なら、お前達二人を陛下の前に立たせるとして...俺達はどうする?」

 

アルベルトは自分とリィエル、そしてシンシアを指しながら尋ねる。

 

「そうだな...ならこうするか...」

 

そして、グレンは自分が考えた策を話始めた。

 

ーーー

 

「グレン先生も!なかなかにきつい策を言いますね!!」

 

「だが、この状況ではそれが最善だろう。」

 

路地裏での会議から数時間後の今、シンシアはフェジテの町中を駆けていた。

 

隣にはグレンと、グレンに抱き抱えられるようにルミアがいるが、本物ではない。

 

シンシアの隣を走っているのは、実はアルベルトとリィエルだ。

 

グレンの考えた策はこうだった。

 

アルベルトとリィエルがグレンとルミアに黒魔【セルフ・イリュージョン】で変身して囮になる。そしてグレンとルミアが、アルベルトとリィエルに【セルフ・イリュージョン】で変身し、会場にグレンの代役として赴くというものだった。

 

しかしシンシアは【セルフ・イリュージョン】なんて使えるわけもなく、またシンシアが会場に戻れば一瞬で親衛隊に蜂の巣にされるのは間違いないため、シンシアはアルベルト達と行動を共にすることとなったのだ。

 

これに対してはルミアが大反対したが、アルベルトが必ず無事で帰すと約束したため、渋々納得してくれたのだ。

 

「帰ってからが怖いです...」

 

「それはお前の自業自得だ。」

 

シンシアもアルベルトもかなりの距離を走っているが、どちらも息は切れていない。それもそうだ、アルベルトは軍人であり体は相当鍛えている。それにシンシアはほぼ毎朝フェジテを一周するように走り込んでいるため、問題なく着いていけるのだ。

 

「アルベルト、グレンから連絡は?」

 

「まだだ。恐らくもう少しかかるだろう、優勝はしたらしいがな」

 

「マジですか!!よっしゃ!」

 

後ろには親衛隊が迫ってきているというのに、シンシアは恐れる素振りも見せず優勝を喜ぶ。

 

「お前には恐怖心というものは無いのか...?」

 

「え?何にビビるんですか?」

 

シンシアからすれば、親衛隊というのもあまり怖くはない。自身の体術や魔闘術(ブラック・アーツ)を使えば親衛隊とも対等に戦えると考えているからだ。それにそれは自惚れではない。シンシアには、自分の技能に絶対的な自信をつけられる程の努力量がある。

 

そこでふと後ろから爆発音が轟いた。アルベルトが仕掛けた罠、黒魔【バーン・フロア】が起動したのだ。

 

「うわぁ...熱そう...あれ大丈夫なんですか?」

 

「死なない程度に加減してある。少し動けなくなるぐらいだろう」

 

シンシアはアルベルトの恐るべき魔術技能に舌を巻く。

 

その時、アルベルトのポケットから鈴の音が響く。それは通信用の魔導器に連絡が入ったことを示すものだ。

 

「俺だ。ああ、ああ。わかった。」

 

端的にアルベルトは返し、すぐに魔導器をなおした。

 

「グレン達が陛下との接触に成功したようだ。」

 

「お?てことは...」

 

「やっていいの?」

 

シンシアとリィエルが目を爛々と輝かせながらアルベルトに尋ねる。その瞳は、『反撃してもいいか?』と強く言うかのようだ。

 

ちょうど目の前は路地の行き止まり、アルベルトとシンシアは立ち止まり、リィエルはアルベルトから降りる。そしてリィエルとアルベルトは変身を解き、もとの姿へと戻った。

 

「宮廷魔導士...道理でか!!では貴様もか!!」

 

シンシア達を囲むように動く親衛隊の隊長各が、シンシアを指差しながら問う。

 

「いやいや、俺はただの学生だわ。あんたらより強いけどな!」

 

「小僧!!調子に乗るのもいい加減にしろよ...我々に勝てると思っているのか?」

 

「もちろん」

 

シンシアは間髪いれずに、そう答えた。その問答に、アルベルトは今日何度めかの頭痛に苛まれるが、それはシンシアの知る話ではない。シンシアのその答えが、親衛隊達の怒りに火を着けたようだ。

 

「貴様のその舐めた態度、後悔させてやる!!

 

「やってみろよ!!返り討ちにしてぶっ倒ーー」

 

「さなくていい」

 

「私が全員切り倒ーー」

 

「さなくていい...」

 

シンシアとリィエルの二人をあしらいながら、アルベルトは二人に告げる。

 

「奴らの方が人数は多い。それに俺達は奴らを足止め出来ればそれでいい。それよりシン、本当に戦えるのか?」

 

「任してください!!楽勝ですよ楽勝!!」

 

「.........」

 

アルベルトは少し不安になるも、視線をリィエルへと移す。

 

「リィエル、せめて殺すな。派閥は違えど仲間だ、死んでは目覚めが悪い。」

 

「ん」

 

リィエルはわかっているのかわかっていないのかよく分からない返事をアルベルトに返した。

 

「じゃいきますか!ルミ姉を泣かした罪は重いぞてめぇら!!」

 

その声と共に、シンシアは一気に【フィジカル・ブースト】を足にかけて加速し、敵陣へと突っ込む。そして手始めに最前列にいた隊長各に魔力を込めた右腕で殴る。

 

「ぐおっ!?」

 

「隊長!?貴様!!」

 

他の騎士達もシンシアに攻撃しようとするが、シンシアにはそれがきちんと見えている。シンシアは【タイム・アクセラレイト】を無詠唱で発動し、最大限まで加速する。そしてその速さのまま、自分の周りに集まる親衛隊全員を殴り飛ばした。

 

シンシアに殴られた親衛隊のメンバーは、魔闘術(ブラック・アーツ)の破壊力に耐えきれずその場で悶絶するように倒れ混んだ。

 

しかしそこで【タイム・アクセラレイト】の効果が切れ、シンシアの動きがノロノロとした物になる。それを親衛隊は見逃さなかった。

 

「今だ!!そのガキを捕らえろ!!」

 

シンシアに出来た大きな隙を狙い、親衛隊が接近する。

 

だがそれは、シンシアの後ろから飛ぶ大剣によって遮られた。

 

「な、なんだ!?」

 

「いいいいいいやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

そのまま後ろから現れたリィエルは、大きな掛け声を伴いながら新しく作った大剣を親衛隊へと振りかざす。その場にできた大きな衝撃によって親衛隊は吹き飛ばされ、各々が周りの壁へと体を打ち付ける。

 

「サンキューリィエル。助かった」

 

「ん、問題ない」

 

やっと【タイム・アクセラレイト】の反動から解放されて元のように動けるようになったため、シンシアはリィエルに礼を言うが、それをリィエルは相変わらず素っ気なく返した。

 

「油断するな二人とも、まだ終わっていないぞ。」

 

「わかってますよ!」

 

「うん!」

 

そしてリィエルとシンシアが飛び込む後ろから、アルベルトの威力を弱めた【ライトニング・ピアス】が飛ぶ。

 

「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「いいいいいいやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

誰が示し合わせた訳でもないのに、リィエルとシンシアは背中合わせになるような形で戦い始める。どちらかが危なくなれば、片方が救援に入る。それを繰り返しながら、ひたすら拳と剣を奮う二人。そこには、まるで長年の相棒のような雰囲気さえも醸し出していた。

 

(驚いたな...まさかリィエルに並ぶ戦闘センスとはな...)

 

アルベルトは遠距離から魔術で援護しながら、そのシンシアの戦いっぷりにただただ驚愕していた。普通ならば、リィエルの突拍子もない動きにほぼ初対面の人間が合わせる事など不可能だろう。だが、シンシアはリィエルの動きに合わせてきているし、その動きについてきている。

 

(これがシンシア=フィーベルか、あいつが目をつけるのも頷けるな...)

 

アルベルトが一人納得しているうちにも、親衛隊の人数はどんどん減っていく。

 

リィエルの剣術とシンシアの武闘術のコンビネーションは、もうすでに親衛隊の手に負える物ではなかったのだ。いや、二人の相性が良すぎるのだ。

 

二人の間に会話はない。ただすべてアイコンタクトで伝え合うだけ。それですべてを悟り、相手の動きに合わせていく。

 

山のようにいた親衛隊も、もう数人という所でも減っていった。

 

親衛隊の目には戦意はなく、足を震わせながら眼前で暴れまわる怪物二人を見ていた。

 

「ば、化物め!!」

 

「化物で結構!!大切なもん守れるなら、怪物でもなんでもなってやらぁ!!」

 

「敵は切るだけ」

 

シンシアとリィエルは互いに一歩引き下げた。

 

「さぁ殴られる覚悟だけ持っとけ!歯ぁ食いしばれよ!!」

 

そして二人同時に残りの親衛隊の元へと駆けていく。

 

その後、裏路地には親衛隊の叫び声だけが木霊した。

 

 

 

「おしまいっと...」

 

地べたに転がる気絶した親衛隊を尻目に、シンシアは大きな伸びをした。

 

「あれほどの実力者だったとはな...俺は少しお前を過小評価していたようだ。」

 

「俺なんてまだまだですよ。リィエルのヘルプがあっての戦果です。」

 

「だが、お前一人でもかなりの数の親衛隊を屠ったのもまた事実だ。もう少し、自分の事をよく知るんだな」

 

「あー...善処します。」

 

シンシアはお世辞抜きにアルベルトに誉められ、照れ隠しに目を背けた。その向けた視線の先では、リィエルが黒魔【マジック・ロープ】で作った紐で、親衛隊を拘束していた。

 

「リィエル、さっきはサンキューな。色々助かった。」

 

「私も助けてもらったからお会い子。それにシンとは戦いやすかった。」

 

リィエルは相も変わらず無表情だが、その顔は少し上機嫌のようにも見える。

 

「そう言ってもらえると、俺としても嬉しい限りだな。所でアルベルトさん、俺はもう戻ってもいいんですか?」

 

もうこの騒動は方がついており、それはグレン自身からついさっきアルベルトに連絡が入っている。シンシアもさすがにこれ以上システィーナやルミアをほっておくと、後々が怖いのだ。

 

「ああ。戻ってもいいが、俺達も同行する」

 

「なんでですか?」

 

「お前が勲章されるからだ。」

 

「あ、そうなんですか。」

 

そう返してシンシアはアルベルトから視線を外す。

 

(へぇー。俺が勲章ねぇ.........ん?俺が!?勲章!?)

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!俺勲章されるんすか!?」

 

やっと事の大きさに気がついたのか、シンシアは目を大きく見開きながらフェジテ中に響くほどの声で叫んだ。

 

「当たり前だ。間接的にとはいえ、この事件の解決に手を貸しているんだ。ちなみにグレンもだぞ?」

 

「え、いやちょっと待ってくださいよ!!俺ただ親衛隊相手に暴れただけですよ!?」

 

「それは普通出来ない事なんだよ」

 

アルベルトは当たり前のように話すが、シンシアがそれで落ち着ける筈もなかった。

 

勲章を受けるということは、競技祭で優勝して女王陛下から貰う勲章ではない。国として一人の人間に与える物だ。そう簡単に、ましてや学生が貰える物ではない。

 

「という訳で今から戻るぞ。ちなみに、お前が勲章されることは会場にいるすべての人間は衆知済みだ。それも女王陛下から直々に語られている。」

 

「いや待って!?これ戻ったらわちゃわちゃになるやつじゃないんすか!?俺戻りたくないっすよ!!」

 

どうにか連れていこうとするアルベルトに必死に抵抗するシンシア。だが、それは徒労となる。

 

「リィエル」

 

「わかった」

 

「え?ちょ、リィエル?無言で俺を持ち上げるな!!やめい!!余計目立つ!!わかったわかりました行きます行きますから下ろしてぇぇぇぇぇ!!」

 

シンシアの叫びを完全に無視しながら、リィエルは会場へと走っていく。

 

会場に着くまで持ち上げられ、そのまま会場中の視線をかっさらったのは、最早笑い話にもならないだろう...

 

ーーー

 

「散々だ!!リィエルの奴!!」

 

「あれはマジで面白かったぞシン!!叫びながらリィエルに連れてこられて、最後は会場に投げ飛ばされて...ダメだ..思い出したらまた笑っちまう!」

 

苛立ちを近くの壁にぶつけるシンシアの後ろでは、グレンが腹を抱えながら笑っている。もう辺りは暗くなっており、街灯がポツポツと明るく輝いている。

 

「あー笑った笑った。にしても俺がこんなボロボロなのにお前はそんな平然なんだよ!?」

 

「いやだって親衛隊の相手してただけですもん」

 

「そんなあっさり!?」

 

夜の街路に、男二人の騒がしい掛け合いが響く。それを隣では、ルミアが微笑ましく見ていた。

 

「で、ルミ姉は陛下と話せたわけ?」

 

「うん!お母さんといっぱい色々話せてよかったよ!!」

 

「なら良かった良かった。頑張った甲斐があったてもんだ。」

 

シンシアの顔は達成感に満ち溢れていたが、そこには少し陰りが見える。だがルミアもグレンも、それに気がつく事はなかった。

 

「あそこか?うちの連中が騒いでるのは?」

 

「ええ、システィーナがそう言ってましたよ」

 

「うし、ちょっと覗いてみるか」

 

そう言ってグレンとルミアは店に入ろうとするが、シンシアはそこで足を止めた。

 

「ごめん先生にルミ姉、俺はちょっと疲れたから帰るわ」

 

「え、でも...」

 

「じゃ先生さよーなら!!ルミ姉はまた後で!!」

 

それだけ言うと、シンシアは二人を置いて走っていった。

 

「なんだあいつ...こういう時は、いの一番に騒ぎそうなのに...」

 

「きっと疲れたんじゃないですか?王室親衛隊と戦ってたんですし、競技でもあれだけ活躍してましたから」

 

「ま、それもそうだな」

 

グレンとルミアは納得したような顔をして、店へと入っていった。

 

ーーー

 

シンシアが向かったのは家、ではなく薄暗い路地の一角。

 

「おい、俺に何のようだ?」

 

シンシアが語りかけるその先には、場所にそぐわないメイド服の女性。普通ならばおしとやかな印象を受けるが、シンシアにはそんな印象は全く受けない。

 

受けるのは強烈な死の気配。まるで、ついこの間のテロリスト達が纏うものと同じもの。

 

「あらまぁ、私に気がついておられましたか...一体いつから?」

 

「先生とルミ姉と一緒に会場を出たところからだよ。そこからずっと俺を見てただろお前」

 

シンシアの目付きが鋭くなる。それは、明らかな敵対を表す視線を送るため。だが相手はそんな事気にしないように不敵な笑みを浮かべるだけだ。

 

「さすがですわシンシア様。私が見込んだお方ですわ」

 

「御託はいい。何のようだ。事によってはーー」

 

シンシアはそこで構えを取る。

 

「物騒ですわね...私はあなたに刃を向けるつもりはありません。ただ私はあなたを御誘いに来たのです。」

 

「誘い?」

 

シンシアが困惑しながらおうむ返しのようにメイドの女性へと尋ね返す。

 

「申し遅れました。私、天の智恵研究会所属の魔術師エレノア=シャーロットと申します。」

 

「ッ!?天の智恵、研究会だと!!」

 

シンシアはエレノアが名乗ったその団体の名前に驚きを隠せない。

 

それは政府と敵対する組織であり、魔術を極めるためならどんな手も使う外道の集まり。そして、今回の騒動と学院襲撃事件を首謀した団体だ。

 

「ええ。私はあなたをスカウトしに来たのです。私達と共に、魔術を極めてーー」

 

「断る」

 

シンシアははっきりとそう告げる。エレノアはそのシンシアの答えに意外そうな顔をしながらシンシアを見た。

 

「おやおや...何故断るのです?」

 

「逆になんで俺が断らないと思った?てめぇらみてぇに外道に落ちる気は更々ないんでな。それに俺が天の智恵研究会に入って手に入るメリットはなんだ?」

 

シンシアの淡々とした受け答えに、エレノアは未だにその笑みをさずシンシアに対応する。

 

「あなたの持つ劣等感を払拭して差し上げる、と言ったら?」

 

「あ?」

 

「あなた自身思ったことはあるでしょう?どれ程頑張ってもうまく使えない魔術への苛立ち、優秀な姉と比べられる日々へと憎しみ、出来損ないな自分へと自己嫌悪、一度は感じた事があるのでは?」

 

「...だからなんだって言うんだよ」

 

より声に怒気を込めながら、シンシアはエレノアへと向かう。

 

「私達がそれを払拭して差し上げましょう、自分をバカにしてきた者への復讐が叶いますよ?」

 

「あいにく誰の事も恨んでねぇよ。だがてめぇの言うことを感じた事があるのは事実だ。ただな、それがどうした?それがてめぇら屑と馴れ合う理由にはなんねぇな!!」

 

エレノアのその誘いは、シンシアの願いを、夢をばかにする発言だ。それがシンシアには最も許せない。

 

そこでエレノアは、少し考えたような素振りをとりまた口を開いた。

 

「ならば...大切な物を守れるほどの強さ、ならば?」

 

「っ!!」

 

一瞬、ほんの一瞬シンシアの心に動揺が走る。あの時、テロリストからルミアを救えなかった自分の弱さ。それがシンシアの心に揺らぎを与えていく。

 

「あなた様の持つ力は確かに強い。しかし、それは精々自衛が精一杯でしょう。だからこそ、私達がお手伝いいたしますわよ?」

 

「...ふざけるな。俺はルミ姉も、シス姉も、クラスの皆も守って見せる。もうお前らに、俺の大切な人達を泣かせねぇ!!」

 

シンシアは【フィジカル・ブースト】を発動し、エレノアへと接近する。そしてエレノアを蹴ろうとするが、それはいとも簡単に避けられてしまう。

 

「はて?それは叶うのでしょうかね?」

 

「何が言いたい!?」

 

もうシンシアは冷静では無い。さっきのエレノアの一言で心に与えた波が、シンシアから冷静な部分を全て奪い去った。

 

「あなた様はきっと近日中に思いしるでしょう。自分の無力さに。その時、私の問いに同じように答えられるでしょうか?」

 

エレノアは不敵な笑みをさらに狂喜に染め、シンシアを見つめる。

 

「私はこの辺りで失礼します。あなた様のその考えが、揺らがぬ事を祈って...」

 

「待ちやがれ!!」

 

シンシアはどうにかエレノアを捕獲しようと右手を伸ばすも、それは宙を切るだけで何も掴まない。

 

もう薄暗い路地にいるのは、シンシアただ一人。

 

「守る、守るんだ...俺が、必ず!!」

 

シンシアは一人、宣言する。だがその声に、いつものような力強さは無い。

 

月明かりだけが、そのシンシアの歪みかけの顔を照らしていた。

 

 

 

 





遂に次回から、ヒロインメインのお話です!

これが書きたかったんだよ!!


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大切な物のためならば
こんにちは転校生(バーサーカー)



ホントおかしなところが多くて毎度申し訳ございません...ご指摘等言ってくださった方々、誠にありがとうございました!!

では新章スタート!!


 

まだ日も指さないような時間、シンシアはもぞもぞとベッドから起き上がった。時計で時刻を確認すると、今はまだ朝の五時。家族の誰も起きていないこの時間が、シンシアの起床時間だ。

 

「早く着替えよ...」

 

掛け布団を綺麗にたたみ、タンスから運動用の服を取り出してパジャマから着替える。

 

シンシアは毎日このように朝早くに起きるのには理由がある。それは朝のジョギングのためだ。

 

もう初めてかなりの時間が経つため、これをしなければ一日の調子が上がらない。

 

片手に脱いだパジャマを持ち、自室から出る。まだ家族は熟睡中なので、シンシアはひっそりと歩きながら洗面所へと向かう。

 

洗面所で顔を洗い、完全に意識を覚醒させる。そして自分の脱いだパジャマを洗濯籠にいれようとした時、

 

「ん?」

 

シンシアの動きが止まった。その籠には、もう既に誰かの寝巻きが入れられている。

 

「これって...シス姉の?」

 

寝巻きの持ち主を思い出していると、玄関のドアが開き、誰かが家から出ていく音が聞こえる。シンシアは自分のパジャマを乱雑に籠に入れ、静かに玄関の扉をあける。

 

そこから見たのは、自分と同じような格好をして走っていくシスティーナの姿だった。

 

「何やってんだ?シス姉の奴...」

 

いつもならこんな時間にシスティーナが起きることはまずない。いつもならシンシアがジョギングを終えるぐらいにシンシア達の父と母が起き、その後でシスティーナ、最後にルミアといった感じのはずだった。

 

それにシスティーナの顔は、どこか楽しげな物だった。

 

「...怪しいですなぁ」

 

シンシアは意地の悪い顔をしながら、この後の予定を変更する。

 

(シス姉がなんかおもしれぇ事してたら、それをネタにしていじってやろ!)

 

そしてシンシアはシスティーナを尾行していく。システィーナはそれほど早く走っていないため、シンシアがゆっくり走っても十分追いかけられる。

 

システィーナを追いかけて数分、シンシアがたどり着いたのは、

 

「公園?なんでこんなとこに...」

 

そこはフェジテの色々な場所にある自然公園の一つだった。朝早い時間のため、その場には誰もいないはずだったが、そこにはシスティーナ以外の人物がいた。

 

「グレン先生!?なして?」

 

自然公園にいたのは、グレンだった。二人は何か会話を始めるが、シンシアからではなにも聞こえない。

 

(え?なんて言ってんの?もうちと近づくか...)

 

シンシアは近くの木を伝いながら、徐々に二人へと近づいていく。そうすると少しずつシンシアの耳に二人の会話が聞こえ始める。

 

「せ、先生...私もう...限界です...」

 

「おいおい大丈夫か?まだまだこれで終わると思うなよ?」

 

「だ、ダメですって...もう腰が...」

 

聞こえるのはシスティーナのどこか艶かしい声に、グレンの意地の悪そうな声だった。

 

(何やってんだ?ここからじゃよく見えねぇ...)

 

シンシアはより近づくために、さらに二人に近い木へと飛び移る。

 

(次のとこへ、よっと!)

 

シンシアが静かに木から木へと伝って行くなか、シンシアはグレン達のすぐ近くの木に飛び移ろうとする。

 

(うし!ここなら!!)

 

ぼきっ

 

シンシアの足元で嫌な音が鳴る。

 

「へぁ?」

 

何が起きたか確認するよりも早く、体に浮遊感が襲う。

つまり、足場にした木がシンシアに耐えきれず、折れたのだ。

 

「おぉぉちぃぃるぅぅぅ!!」

 

いきなりの事にシンシアは対応出来ず、そのまま重力に引かれるがままに落ちていく。

 

「うぎゃあ!!」

 

「へ!?」

 

「なんだ!?」

 

シンシアが無様な悲鳴をあげながら落ちた先は、運が悪いことに硬い石畳。そこに顔面から地面に直撃したシンシアは、その場でピクピクと震えている。

 

「痛ってー。あんな簡単に折れるなんて聞いてないっての...」

 

だが何もなかったかのようにシンシアは起き上がる。その光景にグレンもシスティーナもポカンとしていた。

 

「し、シン?アンタ一体なんでここに...」

 

「う、うっすシス姉に先生。いやぁただ朝早くから家を出たシス姉が気になって見に来たんだけど...まさか二人がそんな関係だったとは...」

 

「「は?」」

 

シンシアの的外れな言葉に、システィーナとグレンは二人してすっとんきょうな声をあげる。

 

「いや、だってシス姉グレン先生に抱きついてんじゃん。そういう関係なんでしょ?」

 

シンシアは二人の体制を指差しながら、もう片方の手で小指を立てる。

 

今システィーナとグレンは、シンシアが急に落ちてきた事に驚いたシスティーナがグレンに飛び付いている状態なのだ。それにやっと気がついたシスティーナは、顔を急に赤く染めた。

 

「な!?違っ!?これは事故であって!?私と先生はそ、そんな関係じゃ!?」

 

「あーわかったわかったって。でも先生、これだけは言わしてください。」

 

そう言うと、シンシアは真剣な顔つきになると。

 

「シス姉はやめたほうがいい。絶対彼女にするには向かない。」

 

シンシアはシスティーナを指差しながら、そんな事を口走る。

 

「だって説教臭いし、家庭的でもないし、優しくないし、包容力もない。もはや残念物件です。弟としても、姉を彼女にするのはおすすめ出来ないっすね。」

 

「大丈夫だシン。俺もこいつを恋人にするのはイヤだ。恋人にするならルミア一択だな!」

 

「さっすがグレン先生!わかってらっしゃるぅ!」

 

隣に本人がいるにも関わらず、シンシアとグレンは仲良くシスティーナを貶し始める。

 

「シス姉は結婚出来るのか...もう俺はシス姉の将来が心配で心配でーーー」

 

「遺言はそれでいいかしら?シン?」

 

後ろから感じる強烈な殺意に、シンシアはカクカクと固い動きのまま後ろを振り向く。そこには般若の如くオーラを纏ったシスティーナが笑顔で立っていた。

 

「いや、俺まだ死にたくーー」

 

「《問答無用だこのバカ弟ぉぉぉぉぉぉ》!!」

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁ私は鳥よぉぉぉぉ!!!」

 

システィーナが放った全力【ゲイル・ブロウ】でシンシアは、公園の端へと吹っ飛んでいった。

 

今日も一日が、何気なく始まる。

 

ーーー

 

「痛い...もうね、全身が痛い...」

 

「ど、どうしたのシン君...」

 

「いや大丈夫ルミ姉、ちょっと嵐にあってな。」

 

「え?嵐?」

 

朝の通学で、シンシアは節々痛む体に渇をいれどうにか登校する。その隣で朝の一場面を知らないルミアは心配気にシンシアを見るが、さらにその隣のシスティーナはシンシアを睨み付けるように見ている。

 

システィーナは実はグレンに拳闘を習っていたのだ。先の事件で何も出来なかった自分に嫌気が差したシスティーナは、ルミアを護れるほど強くなるために、グレンに魔術戦のレクチャーをして貰うはずが、何故か今は拳闘になっている。

 

(で、それはルミ姉に言うなって...シス姉がつけたキズの説明がキツい...)

 

その事実を知らされていないルミアは、シンシアのその少し無理のある言い分を少し不思議そうに見ながら、そのまま話を切った。

 

そして三人はいつもの道を歩いていると、見慣れた十字路にある人物が最近待っている。

 

「お、先生!今日も遅刻してないっすね!」

 

「朝からお前のテンションについてくのはキツいぜシン...」

 

そこにいたのは、眠たげな表情でこちらを見るグレンだった。

 

「先生、私に構わずにもっとゆっくりしててもいいんですよ?」

 

「別に、お前のためじゃねぇし。俺は朝散歩するのが趣味なんだよ。」

 

「男のツンデレは需要ねぇっすよ」

 

「ツンデレじゃねぇ!!」

 

グレンは最近、ルミアの登校についているのには理由がある。最近行動が活発化してきた天の智恵研究会が何時何時襲ってくるかわからないため、登校の時間だけでもというグレンの心配から来る行動なのだか、周りの生徒にはそうは見えていない。

 

その護衛をするルミアは、学院内でも屈指の人気を誇る少女だ。容姿端麗、誰にでも優しい、まるで天使のようなルミアのファンは多い。そのルミアについて回るかのようなグレンは、他の生徒からは誹謗中傷が絶えない。

 

だがグレンはそんな事気にする事もなく、今日も飄々と登校している。本人からすれば、本当にどうでも良いことなのだろう。

 

「あ、そういえば転入生が今日来るんですよね?」

 

「へ?そうなの!?」

 

シンシアが驚いたように声をあげると、それをシスティーナが冷たい視線を送りながら話す。

 

「昨日のホームルームで先生が言ってたでしょ!?アンタは何をしてたのよ!!」

 

「香草焼きに囲まれる夢のような世界に居たな」

 

「それは本当に夢なのよ!!だいたいシンは人の話をねぇーー!!」

 

システィーナの長くなる説明を聞きながら、シンシアはグレンに尋ねる。

 

「で、先生。転入生ってどんな奴なんすか?」

 

「お前のその鋼のメンタルには感嘆するよ俺は...」

 

横で怒鳴られているのにも関わらず、いつも通りのシンシアにグレンは呆れ半分でそう返した。

 

「転入生はなぁ~、お前も知ってる奴だよ...」

 

「俺が?」

 

「ちょっとシン!?聞いてるの!!」

 

まだ聞きたい事がシンシアにもあったが、それをシスティーナが遮る。

 

「聞いてるように見せかけて実は聞いてないと思わせて実は聞いてるように見せてた。」

 

「結局聞いてないんじゃない!?」

 

システィーナがまたギャンギャンと叫ぼうとするが、それを前に走って逃げる。

 

「ちょっと待ちなさい!!」

 

「待ちませーん。待って欲しかったら追いかけてーー」

 

ある程度前に進んだ所で後ろに振り向いたシンシアはそこであることに気がつき、言葉を詰まらせる。

 

シンシアの目の前の三人の後ろから、大剣を持ちながら走る少女が一人。

 

「三人ともしゃがんで!!」

 

「は?」

 

シンシアの言葉にそのままグレン達はしゃがみ、そしてそちらに走り寄る。

 

大剣を持った少女は走る勢いを殺さずに、グレンへとその華奢な手に握られる大剣を振りかざそうとする。

 

「ごめん先生!!」

 

「え?うがっ!?」

 

シンシアはしゃがんだグレンを踏み台にして飛ぶ。

 

「せりゃ!」

 

振りかざされた大剣はシンシアの目の前にある。それをシンシアは空中で【タイム・アクセラレイト】を起動し、最小限の動きで大剣の軌道を変え、誰にも当たらずに地面に当たるよう仕向ける。

 

大剣はシンシアの思惑通り、石畳へと叩きつけられる。シンシアはそのまま着地するが、【タイム・アクセラレイト】ので三秒間動きが遅くなる。

 

そして三秒が経つと、シンシアの目の前の少女は口を開いた。

 

「久しぶり、シン」

 

「久しぶりだな、リィエル。とりあえず大剣直してくれないか?」

 

大剣を握る少女、リィエル=レイフォードは無表情のまま首を横に振る。

 

「だめ、これは挨拶。だからシンにもする」

 

そう言うとリィエルはまたも大剣を振り上げて、今度はシンシアに叩き付ける。だがそれをシンシアは【フィジカル・ブースト】を使って地面を蹴り、ギリギリの所で避ける。シンシアが元いた場所には、大きなクレーターが出来上がった。

 

「リィエル、この挨拶誰から教わった?」

 

「ん、アルベルトから。久々に会う戦友にはこうするって」

 

「アルベルトさんかよ...とりあえず俺を戦友と思ってくれてる事はありがたいけど...」

 

「ちょっと待て!!なんでお前ら平然とこの状況で会話してんだよ!!」

 

「「ん?」」

 

シンシアとリィエルは二人してグレンの方を向くが、その二人の周りはかなりひどい有り様だ。

 

リィエルが大剣を振り回したために各所にクレーターが出来ており、さらにはシンシアが【フィジカル・ブースト】を全力で使ったため、石畳が幾つか剥げている。

 

その状況で普通に仲良く談笑を始めるのだ。これをおかしいと言わずしてなんと言おう。

 

「いや...二人して『なに言ってんの?』みたいな顔をするな。」

 

「だって先生、リィエルっすよ?これぐらいあるでしょう?」

 

「うん。シンの言うとおり。」

 

「お前は胸を張るな!!」

 

グレンは叫びながらリィエルの頭をグリグリと押さえる。その横で石畳を拾い集めるシンシア。この異常な光景に、ルミアもシスティーナも置いてけぼりを食らっている。

 

「せ、先生?その子は...」

 

システィーナがおどおどとしながらも、グレンにリィエルについて尋ねた。

 

「ああ、こいつは俺が魔導師時代の同僚。ルミアとシンは直接会ってるけどお前は初めてだったな」

 

「良かった...刺客かと思った」

 

システィーナは安堵の息を漏らした。確かにシスティーナからすればいきなり自分たちにそんな物騒な物を振り回しながら近づかれれば、また天の智恵研究会の連中だと思うのも無理は無いだろう。

 

「ま、予想はついてるとは思うが、転入生はこいつだ」

 

「え?リィエルが学院に来んの?」

 

「うん。私もまじゅつがくいん?ってとこに行く。」

 

「おおじゃあ今日からクラスメイトじゃん!よろしくな!!」

 

「ん、よろしく」

 

シンシアとリィエルの会話の後ろでは、リィエルについてグレンが説明している。

 

「つまり、彼女はルミアの護衛ってことですか?」

 

「ま、そう言うことだな。だろ?リィエル」

 

「ん、任せて」

 

そしてリィエルは少し胸を張りながら、

 

「グレンは私が守る」

 

と、突拍子も無いことを口にする。これにはさすがにシンシアも呆けたように口を開けている。

 

「俺じゃねぇ!こっちの金髪の子、ルミアを守るんだよ!!」

 

「私はルミア?よりグレンを守りたい。」

 

「んな事が通るかアホ!!」

 

グレンはまたリィエルの頭をグリグリとしながら、今度は振るがリィエルは無表情のままボーッとした顔のまま変わらない。

 

「だ、大丈夫なのあの子...」

 

「大丈夫だろ、リィエル強いから」

 

そう何故か自信満々に答えるシンシアに、システィーナは今後の不安を隠す事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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仲良くなるのは難しい

ウェンディの口調が難しいな...ですわよとか普段使わないし...


 

「つーわけで、今日からこのクラスの一員になるリィエル=レイフォードだ。仲良くしろよお前ら」

 

朝のホームルームでは、グレンが教卓の前でリィエルの説明をしている。そのグレンの横ではちょこんとリィエルがたっている。

 

「すっげぇ可愛いな!」

 

「お人形みたい!」

 

転入生の登場に浮き足立つ生徒達だが、ルミアとシスティーナはそれとは全く違う反応をしていた。

 

「ねぇルミア...本当にあの子大丈夫かしら?」

 

「だ、大丈夫だよシスティ。リィエルも宮廷魔導士なんだよ?」

 

「そうだけど...」

 

ルミアの説得を聞くも、システィーナは今日の朝の出来事のせいであまり良い印象は得られていない。

 

「シン君だってそう言ってたし、ね?シン君?」

 

そう言ってルミアはシンシアの方を向く。だがシンシアはいつも通り机に体を預けながら、夢の世界へと飛び立っていた。

 

「シン君、シン君!」

 

「zzz...zzz...」

 

「ルミア、そんなんじゃこのバカは起きないわよ。」

 

システィーナは片手にルーン語辞典を持ちながら、それをシンシアの頭に叩き付ける。

 

「起きなさいこのバカ!!」

 

「うがぁ!!」

 

ガンっと言う鈍い音と共に、シンシアがむくりと起き上がる。

 

「ヤバい...頭殴られ過ぎてバカになりそう...」

 

「もうアンタは十分にバカよ」

 

シンシアは目を擦りながら、教卓の前で行われている自己紹介へと意識を向けた。

 

「ほらリィエル、自己紹介だ。」

 

「ん、わかった」

 

グレンに促され、リィエルはその場から一歩前に出る。

 

「リィエル=レイフォード」

 

「.........」

 

リィエルはただそれだけ言うと、ペコッと頭を下げる。

 

「グレン終わった」

 

「終わったじゃねぇぇぇ!!趣味とか特技とか!お前自身の事を話せばいいんだよ!!」

 

「わかった」

 

それだけ返すと、リィエルはまたクラスメイトの方へと向き直った。

 

(なんか...デジャブを感じる...)

 

シンシアの額から冷たい汗が流れ、嫌な予感が頭から離れない。

 

「リィエル=レイフォード。帝国軍が一翼、帝国宮廷mーー」

 

「あー!手が滑ったー!!」

 

シンシアは勢いよく自分の手元にあった教科書をリィエルに投げつける。リィエルは自己紹介を一時的にとめ、自分へと向かってくる教科書を避ける。

 

「シン危ない」

 

「いや今のお前の行動の方が危ないだろ!?自分が宮廷魔導士団だってーー」

 

「お前も黙っとれぇぇぇぇ!!」

 

「あが!?」

 

シンシアの言葉を遮るように、グレンはシンシアが投げた教科書をシンシアに投げ返す。それをシンシアは避けきれず、顔に直撃する。

 

「ああもうちょっと来い!シンもだ!!」

 

グレンはリィエルとシンシアを引き連れながら、一時的に教室から出ていった。

 

「...ホントに大丈夫なの?」

 

「多分...」

 

システィーナの怪しげな視線に、ルミアも苦笑いを浮かべていた。

 

ーーー

 

「お前らはバカなのか!?いやバカだな!!」

 

「痛い痛い痛い!!」

 

「グレン痛い」

 

教室の外では、シンシアとリィエルがまた仲良く二人でアイアンクローを食らっていた。

 

「先生おかしくないっすか!!俺は止めに入ったっすよ?」

 

「それでお前が口走りそうになってどうする!?」

 

「うっ...すんません...」

 

グレン怒声に、シンシアはシュンと小さくなった。シンシアは善意でやっているのはグレンにもわかっているが、それでバレては全く意味がない。

 

「リィエルは何考えてんだ!!自分の素性を晒すなってあんだけ言っただろうが!!」

 

「でも自己紹介って...」

 

「限度を考えろ限度を!!」

 

グレンはもう朝から疲れはてる。シンシア一人でも捌くのが大変なのに、そこにそれ以上のリィエルまで加わるのだ。グレンの心労は計り知れない。

 

(特務分室の奴らめ!!なんでリィエルなんだよ!?『法皇』のクリストフで良かっただろ!!)

 

ここにはいない特務分室の元同僚達を心底恨みながら、グレンはどうにかこの場を収める方法を考える。

 

「しゃーない。リィエル、俺が横で言うことを復唱していけ。わかったな?」

 

「わかった」

 

「シンはもうなんも喋るな。話が拗れる。」

 

「了解っす」

 

二人の確認がとれると、三人はまた教室へと入っていった。

 

ーーー

 

どうにか朝のホームルームを切り抜け、シンシア達二組は今魔術の実践授業となっていた。

 

「すげぇなシス姉。六分の六かよ」

 

「姉を舐めないでもらいたいわね!」

 

授業の内容は、二百メトラ先の人形の人形につけられた六つの的を、魔術で射抜くというものだ。システィーナはそれを【ショック・ボルト】で全ての的を射抜き、パーフェクトを達成していた。

 

「シンはどうするつもり?このままじゃまたゼロよ。」

 

「わかってるよ。でもこればっかりはどうしようもないからな...」

 

学生が使える魔術で、二百メトラもの射程距離を持つのは【ショック・ボルト】ぐらいしかない。そのためほかの生徒も【ショック・ボルト】を使ってテストを実施しているのだが、その【ショック・ボルト】もうまく使えないシンシアにとっては、的に攻撃を届けることすら出来ない。

 

他の生徒はほとんど終わり始め、残りはリィエルとシンシアの二人だけとなっていた。

 

「リィエル、お前の番だ」

 

「......ん」

 

リィエルは人形の前に立ち、片手を構える。

 

「やっぱりリィエルちゃんすごいのかな?」

 

「集中力すごそうだしな...」

 

「ま、お手並み拝見といこうか」

 

各々がリィエルに注目するなか、リィエルは詠唱を始める。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

淡々と告げられたその言葉によって構えた腕から【ショック・ボルト】が飛ぶ。そしてその【ショック・ボルト】はーー

 

的には当たらず、的外れな場所に着弾する。

 

「「「「え??」」」」

 

クラスの全員が困惑により、そんな声をあげた。そのままリィエルは【ショック・ボルト】を撃ち続けるが、どれも的に当たることはなく、遂に最後の一射を残すのみとなった。

 

「ねぇグレン...これって【ショック・ボルト】じゃなきゃダメなの?」

 

「ダメじゃねぇーけど、他の呪文だと届かないんだよ」

 

「つまり、呪文は何でもいい?」

 

「まぁ...そうなるな...」

 

「ん、わかった」

 

するとリィエルは、先程とは全く違う呪文を唱え始める。

 

「《万象に(こいねが)う・我が腕手(かいなで)に・十字の剣を》」

 

それを唱え終わるのと同時に、リィエルは指先を地面につける。すると、地面から大きな大剣が姿を現す。

 

「おいリィエル?お前何を...」

 

「いいいいいやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

グレンの声に聞く耳も持たずに、リィエルは自分の持つ大剣をフルスイングでゴーレムに向けて投げ飛ばした。

 

そして大剣は風を切り裂くような速さで飛んで行き、人形に直撃。人形はバラバラに散っていった。

 

「ん。六分の六」

 

そしてそれを終えたリィエルは、グレンに向かって胸を張った。他の生徒はあんぐり口を開けながら、その光景を見るしかなかった。

 

「え!?あれってアリなのシス姉!?」

 

「へ?あ、いや、どうなんだろ...アリ...なのかな?」

 

まさかのこの状況でも平常運転のシンシアに少し驚きながらも、システィーナは答える。

 

「あれアリだったら俺も錬金術でなんか作って投げようかな?そしたら絶対百発百中なのに...」

 

リィエルの鮮烈なデビューも、シンシアには特に驚く事はないようだ。

 

ーーー

 

リィエルは先程の授業のイメージのせいで、二組の生徒達から怯えられる事になってしまった。最初は友好的に接していた生徒達も、今では誰もリィエルに寄り付かない。

 

そのため、昼休みとなった今もリィエルは一人ポツンと椅子に座っていた。

 

「ったく...何やってんだあいつ...」

 

「先生もなかなか過保護なんすね」

 

リィエルを教室のドアから見守るグレンに、シンシアは意外そうに話しかけた。

 

「でもこのままじゃ任務にも支障きたすし、リィエルにはもうちょい成長して欲しいんだよ...」

 

「なるほど...」

 

シンシアは納得したような声を出すと、そのまま教室へと入っていく。

 

「おいシン!?何するつもりだ!?」

 

「大丈夫ですって!!任せてくださいよ!!」

 

シンシアは何の迷いもなくリィエルの前まで歩いていく。それを教室に残る生徒達は、驚くようにチラチラとシンシアの方を見始めた。

 

「リィエル、飯ってもう食った?食ってないなら食堂行こうぜ?ちょうどシス姉とルミ姉も来るしさ」

 

「食堂?何それ?」

 

「旨いもんがいっぱいあるとこ。」

 

リィエルは少し悩むような仕草をとったあと、視線だけでなく首ごとシンシアへと向ける。

 

「みんながいいなら...」

 

「いいに決まってんだろ!なぁルミ姉!」

 

「うん。リィエルも一緒に食べよう?」

 

シンシアの後ろには、話し合わせたようにルミアとシスティーナが立っており、ルミアは笑顔でリィエルに接する。

 

「さぁいくぞ!香草焼きが、俺を待っている!!」

 

「ちょ、シン!待ちなさいって」

 

シンシアはリィエルの手をとって食堂へと走っていった。その後ろをシスティーナとルミアが着いていく。

 

「やっぱすげぇなシンの奴...」

 

その一部始終を見ていたグレンは、そのシンシアの高過ぎる社交性に目を見開いていた。

 

「ま、リィエルと一緒にシンシアが問題を起こさねぇとも限らないし、俺も着いていくか...」

 

グレンは誰に言うわけでもなく、一人何かボソッと呟きながらシンシア達に続いて食堂へと向かっていくのだった。

 

ーーー

 

「大きい...」

 

食堂に着いたリィエルは、その食堂の広さに驚いていた。たくさん生徒達が賑やかに食事を楽しむ光景は、リィエルにとっては初めて見る光景だった。

 

「おばさん!!香草焼き十五個!!」

 

「またかいシス坊。あんたはもう少しバランスってもんをねぇ...」

 

「肉食っときゃあとはなんとかなるもんなの!早く早く!!」

 

「ったく...いつになってもあんたは成長しないねぇ。ちっとは姉を見習いな!」

 

そう言いながら、その女性はシンシアに山のように香草焼きが乗せられた皿を渡す。すると、シンシアは目を輝かせながら席を探していった。

 

「あのバカは...まるで犬みたいね。」

 

「ハハハ...リィエルは何を頼む?」

 

リィエルを誘った張本人は席を探しにどこかに行ってしまったため、ルミアがリィエルの相手をしている。リィエルは、近くのテーブルにあったイチゴのタルトを一心不乱に見続けている。

 

「あれがいいの?」

 

そのルミアの問いに、リィエルはゆっくりと頷いた。そしてルミアはリィエルをカウンターまで連れていく。

 

「おや?見ない子だね。この子が転入生かい?」

 

ついさっきまでシンシアも漫才のような物を繰り広げていた老齢の女性はリィエルを見るとそうルミアに聞いた。

 

「はい。ここのシステムがあんまりよくわかってないみたいで...」

 

「ああそう言うことかい。あたしはバーバラ=ウェストン、ここの料理長をしてる。ここのもんなら自由に頼みな!でも香草焼きは無いね。どこかのバカが全部持っていきよったからね」

 

「...すみませんうちの弟が」

 

今この場にいないシンシアに変わってシスティーナがその女性に謝る。しかしその女性は気さくな笑いを浮かべていた。

 

「いいってことよ!若い内はいっぱい食わなきゃ育たないしね!!その点は嬢ちゃんも見習いなよ!!」

 

バーバラはシスティーナのスコーン二つしかない皿を指差す。

 

「これは!私はただ!?午後からの授業で眠くならないように!!」

 

システィーナが何か捲し立てるが、バーバラはそれを無視してリィエルへと向く。

 

「んで嬢ちゃんは何が欲しいんだい?」

 

「あれをいっぱい」

 

リィエルは机の上におかれていたイチゴのタルトを指差しながら、バーバラにそう答える。すると、バーバラは大笑いをし始めた。

 

「まさか嬢ちゃんもシン坊と同じ類いとはね!!いいよ、ちょい待ちな!!」

 

バーバラはイチゴのタルトを皿に積み上げてリィエルに渡した。それはシンシアの香草焼きの山に勝るとも劣らない量だ。

 

「ありがと」

 

「ありがとうございますバーバラさん。」

 

「良いってことよ!残すんじゃないわよ!!」

 

バーバラはそれだけ伝えると、厨房の奥へと消えていった。

 

「さてシンはどこにいったのかしら...」

 

システィーナは辺りを見渡すが、時間が時間のため人がかなり多い。その中からシンシア一人を見つけるのはなかなか難しーーー

 

「おーいシス姉!ルミ姉!リィエル!こっちこっち!!」

 

いことは無かった。シンシアがこちらを発見するなり、大声で呼びながらシスティーナ達に手を振っていたのですぐにわかった。

 

システィーナ達がそちらに近づいていくと、そこにいるのはシンシアだけではなかった。

 

「カッシュにセシル、リンにウェンディまでどうしたの?」

 

そこにいたのはクラスメイト達だった。各々が既に料理を運んでおり、あとはシスティーナ達を待つだけとなっていた。

 

「いやー俺達はシンシアに誘われてな。可愛い子ちゃんと話せる機会を無駄にするわけにはいかないからな!!」

 

「僕はリィエルと色々話したかったんだ」

 

「私は一人で食べるのが嫌だっただけです!」

 

「わ、わたしも...」

 

上からカッシュ、セシル、ウェンディ、リンと言う具合で話始める。

 

「せっかく食うんだから、人数は多い方が楽しいだろ?」

 

「それもそうね」

 

シンシアの隣にリィエル、そしてリィエルの隣にルミアとシスティーナと言う風に席につく。

 

「にしてもリィエルのあの魔術は凄かったな!どうやったらあんな速攻で錬成できんだ?」

 

「確かに。今度僕達にも教えてよ。」

 

「.........」

 

リィエルはまた何か考えてから、

 

「ん。暇なときなら...」

 

「よし!ウェンディ達もどうだ?」

 

ガッツポーズを取りながら、カッシュは隣の女子二人に話しかける。

 

「それもいいですが、あなた【ショック・ボルト】をまともに撃てないのはなかなかに大変ですわよ。あなたの隣の人は特殊なだけですけど、ここで【ショック・ボルト】が使えなければ、後々苦労します。よかったら、私が教えて差し上げますわよ」

 

「わ、わたしも今度、教えて貰うから、一緒にどうかな?」

 

ウェンディの誘いに加えて、リンがおどおどしながらリィエルを誘う。リィエルは少し困惑したような顔をすると、何故かシンシアの顔を見た。

 

「ん?教えて貰えよ。ウェンディ、ついでに俺もお願いしていい?」

 

「あなたは一向に成長の兆しが見えないので嫌です。」

 

「そこをなんとかお願いします!!俺もバーンて撃ってみたいわけよ!!シス姉に頭下げるのは死んでもゴメンなんだ!頼れるのはウェンディだけなんすよ!!」

 

「アンタは一言多いのよ!!」

 

わちゃわちゃと賑やかな空間が広がるその一角、それを遠目に見ながら、グレンは昼食に舌鼓をうっていた。

 

「シンシアもやるなぁ。あいつらのリィエルへの第一印象をあっさり変えやがった。」

 

実はシンシアは、先に席を見つけるだけでなく食堂にいた同じクラスの面子を、一ヶ所に集めていたのだ。そしてリィエルは勘違いされやすいだの、中身はいい奴だの言って固くなった考えをほぐしたのだ。

 

だから今一緒に食べているカッシュやウェンディには、リィエルへの怯えや恐怖は無い。

 

(にしても、あんなセリフをよく言えるわ...)

 

グレンはキルア豆のスープを飲みながら、さっき見たシンシアの言葉を思い出す。

 

『なぜ、なぜあなたは今日きたばかりの転入生のために、そこまで動くんですか?あなたには何のメリットも無いではないですか。』

 

それは話の途中で、シンシアの行動に不審に思ったウェンディから飛んだ質問への返答。それにシンシアは、笑顔のままこう返したのだ。

 

『え?なんでって...クラスメイトだからだろ。クラスメイトみんなで仲良くした方が良いに決まってんじゃん』

 

シンシアはさも当然と言うように答えたが、それは普通ではない。集団というのは、ほぼ確実に一つに纏まることはない。必ずはみ出し者が出来たり、分裂したりするのが常だ。

 

だが、シンシアはそれを真っ向から否定していったのだ。学院時代はみ出し者だったグレンから見れば子供の戯言、それも今時そんな事を思う子供なんてほぼいないと感じる。

 

(あいつは将来化けそうだな...楽しみだ)

 

システィーナに首を捕まれて、意識が飛びそうになるシンシアを見ながら、グレンは少し微笑んだ。そこで、その隣のリィエルが視野に入る。

 

リィエルはいつも通り無表情だが、その顔には少し楽しげな何かをグレンは感じた。

 

(あいつも、満更じゃねぇってことか)

 

グレンは自分の妹分の成長に少し喜びながら、食堂をあとにした。

 

 

 

 

 

 



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遠征学習


少しずつシリアスになってきますよ!!


 

リィエルはシンシアの陰ながらの助力により、どうにかクラスに馴染むことに成功した。もうほとんどの生徒はリィエルに対して、怯えや恐怖を覚えておらず、むしろ友好的なまでになっていた。

 

そしてリィエルが魔術学院にやって来て、はや数週間がたった今、二組ではある行事についてで盛り上がっていた。

 

それは『遠征学習』だ。フェジテ郊外にある魔術研究所を見学し、魔術に対しての見聞を広めるという目的の下行われる、アルザーノ魔術学院でも重要な行事だ。

 

それについて、放課後のホームルームで説明が行われているのだかーー

 

「ぶっちゃけていい?行きたくないです...」

 

「単位落としたいのシン?」

 

驚くほどにシンシアにはやる気がなかった。シンシアはいつものように机に伏せながら、まるでこの学院に来た当初のグレンのような目をしながら、教卓で進む説明をダラダラと聞いていた。

 

「だってよぉ!どうせ長い講義聞くだけだろ!!ならこっちに来いっての!!」

 

シンシアは『遠征学習』自体が嫌な訳ではない。シンシアが嫌なのは、その行った場所で行われる講義だった。

 

シンシアは魔術を学ぶのはあくまで夢への手段のひとつなのであって、何かを極めたいだとか何かを知りたいというような物ではない。そのため、シンシアのような特殊な人間からすれば暇でしょうがないのだ。

 

「あとレポート!なんで!なんで十枚も書かなきゃならんの!?ほんと嫌になるな!!」

 

「で、でも行かないと単位落としちゃうよ?シン君実技があんまりだから、こういうところで点とっとかないと...」

 

「そこなんだよな...」

 

先程までの勢いはどこに行ったのか、シンシアは悲痛な顔になる。

 

この『遠征学習』は必修単位の一つであり、ほぼ筆記の成績のみでこの学院にいるシンシアからすれば、それを落とすのはデッドラインを踏み越えることなのだ。つまり、どれだけ喚こうが行かねばならないのが現実なのだ。

 

「研究所の近くまで行って何すんだよ...自由時間って...特にやることもねぇのに...」

 

「ふっふっふ...本当にそうかな?シン君。」

 

憂鬱な面持ちのシンシアに、グレンが不敵な笑みを浮かべながら近づく。

 

「へ?どしたグレン先生?」

 

「今回俺達が行くのはどこか知ってるか?」

 

「知りません」

 

「マジかよ...」

 

シンシアの堂々とした宣言に、グレンは芝居じみた演技をやめて生徒全員に語りかける。

 

「いいかお前ら、お前らは他の所が良かっただの言ってるがな...今回お前らは最高の場所を引き当てた事に気がついてないのか?特に男子ども」

 

「「「「「?」」」」」

 

シンシアを含めた男子は、グレンが言いたい事の真意がわからなかった。だが、グレンはそのヒントを与えていく。

 

「今回俺達が行くのは白金魔導研究所があるサイネリア島、そこは一体どういう場所だ?」

 

グレンの与えたヒントに、ほとんどの生徒はグレンの言わんとする事を理解した。

 

「あそこはリゾートビーチとしても有名!?」

 

「まさか先生!!」

 

「どういうことだシス姉?」

 

「アンタはこれだけ言われても理解できないのか...」

 

他の男子が着々とその真意を理解するなか、シンシアは未だに何が言いたいのかわからない。

 

「あのね、サイネリア島はリゾートビーチとして有名なの」

 

「ほうほう」

 

「それで、今回の『遠征学習』は自由時間が多いのよ」

 

「ほうほう」

 

「ということは...?」

 

「ということは!?」

 

シンシアはガバッと高速で立ち上がる。

 

「海で泳ぎ放題って事ですか!?」

 

「おう!なんかお前だけ違うけどそう言うことだ」

 

「グレン先生!!俺はあんたを神と崇めたい衝動に駆られてるぞ!!」

 

「ふっ、わかったな野郎共。ならーー」

 

そう言いながら、グレンはここ一番のキメ顔をしながら、

 

「黙って俺についてこい」

 

「「「「「「はい!!!」」」」」」

 

男達の熱い返事に、女子達の冷たい視線が飛ぶがそんな事は彼らには関係なかった。

 

「うっしゃ!!これで暇はしねぇ!!先生万歳!!」

 

「シンなんか噛み合ってないわよ...」

 

他の男子の思惑とは少し違う思いを込めるシンシアを、システィーナとルミアは呆れながら見ていた。ただひとり、リィエルは何の話をしているのかわからないのか、不思議そうな顔をしながら首を傾げていた。

 

ーーー

 

騒がしい学園生活は、日を早く感じさせるのか、すぐに『遠征学習』の日となった。サイネリア島へは船で行かねばならないため、港町へと向かわねばならない。そのためフェジテから馬車にのって港町へと向かうのだ。

 

「おっしゃあがり!」

 

「あ!おいカッシュずりぃぞ!」

 

「いやずるなんもしてないんだけど...」

 

そして今移動中の馬車の中では、シンシアとカッシュ、ギイブルとセシルが馬車の中でトランプに興じていた。

 

「まーた俺の敗けかよ...これはあれか?俺に何か呪いでもかかってんじゃ...」

 

「君が分かりやすすぎるだけだよ。全く、ジョーカーを触られたときに瞬きする癖を直さない限り、君は勝てない」

 

「え!?俺そんな癖あんの!?」

 

「あるな...」

 

「うん。絶対一回はするよね...」

 

「マジかよ...無意識だったわ」

 

シンシアは驚愕を顔に埋めつくしながら、トランプをきっていく。

 

「次何やんの?神経衰弱?」

 

「それはお前には絶対勝てない」

 

「ある場所全部シン君覚えるのに勝てるわけないよ...」

 

「もう一度ババ抜きでいいんじゃないか?」

 

珍しくギイブルが積極的なのは、シンシアが煽りに煽った結果なのだがそれは割愛する。

 

「じゃあさ、次は賭けをしようぜ?」

 

「賭け?明日の朝の飯代でも賭けるか?」

 

「いやいやこんな学生の旅で、賭けといったらあれでしょう!」

 

「?」

 

カッシュのいきなりの提案に、三人とも状況が読み込めない。

 

「最後に負けた奴は、自分の好きな女子の名前を言う!」

 

「俺いない」

 

「僕もいないかな...」

 

「興味ないね」

 

「え!?みんな素っ気ないな!!」

 

シンシアは恋愛よりも自己鍛練の方が好きなタイプ。ギイブルは恋愛よりも勉学に重きを置くタイプ。セシルはただ単純に好きな女子がいないのだ。

 

「シンはどうなんだよ!!リィエルちゃんと仲良いじゃねぇか!」

 

「はぁ?俺とリィエル?」

 

カッシュの発言にシンシアはハテナマークを頭上に浮かべる。確かに男子の中でリィエルと最も会話をするのはシンシアだろう。だが、それはクラスのメンバーよりも前から知り合っていると言うだけで、特に深い関係ではない。

 

「仲はいいけど、それだけだぞ?」

 

「ほんとか?」

 

「マジマジ」

 

カッシュの尋問も、シンシアは素っ気なく返すのでカッシュは興味を無くしたのか話をやめる。

 

「でもシンなら絶対彼女とかすぐ出来そうだけどな!」

 

「そうだね。誰にでも優しくて、気さくだし。」

 

「おいおいやめろむず痒い。俺はそんなすげぇ奴じゃねぇよ...」

 

シンシアは少し恥じらうように顔を背けながら頬をかく。

 

「だいたい恋愛とか言われてもわっかんねぇよ俺。それにこんな俺を好きになる奴なんているか?」

 

「それこそわかんねぇぜ?意外に今回の遠征で告白されるかもよ?」

 

「いや...無いだろ」

 

シンシアは自分が告白されるシーンを想像しようとするが、まったくといっていいほど想像出来ない。というより、シンシアにとって彼氏彼女という関係と友人の違いすらよくわからないのだ。

 

「ふん。そんなくだらないことに構ってる暇があるならカードを配ってくれ。」

 

三人で話し込むのを見ていたギイブルがついに口を挟んだ。ギイブルはトランプを繰りながら既に次のゲームの準備をしていた。

 

「なんだよ、グダグダ文句言ってた癖にギイブルが一番やる気があるじゃねぇか」

 

「な!?違っ!?」

 

「なら付き合わない訳にはいかねぇよな!カッシュ!!」

 

シンシアはギイブルの肩を組みながら、カッシュを力強く呼ぶ。

 

「そらそうだろシン!さあやるか!ギイブルもやりたくてウズウズしてるみたいだし」

 

「だから違うと言っているだろ!!」

 

そしてまたトランプ大戦が始まるのだが、その日シンシアが勝利する事は一度もなく、本気でポーカーフェイスの練習をしようかシンシアは悩むのだった。

 

ーーー

 

馬車の中で一夜を過ごし、次の日の正午には港町シーホークへと着いていた。ここで馬車から降り船に乗るのだが、間に挟んだ休憩時間で各々が昼食を取りに行く。

 

そして集合時間になり、生徒全員が既に揃っているのだがら約一名この場にいない人物が一人。

 

「何やってんだグレン先生...」

 

「遅い!社会人が時間に遅れるなんて!」

 

呆れるシンシアの隣で、システィーナはイライラとしていた。

 

「しゃあないな...ちょっと探してくるわ」

 

シンシアはそこで集合場所から離れ、グレンを探すために繁華街へと駆けていく。

 

「私も行く」

 

「ダメだ。後々二人ともいなくなった時に先生が来たらそれはそれで探すのが面倒だ。」

 

「でも...」

 

リィエルは少し不安げな表情を浮かべながら繁華街の方へと向く。リィエルがグレンがいなくて不安なのは、シンシアにはすぐに理解できた。

 

「大丈夫だって!!俺が連れてくるから!!」

 

シンシアはポンとリィエルの頭に手を置き、そのまま繁華街へと走り出す。

 

「あんまり遠くに行くんじゃないわよ~!」

 

「わかってるよシス姉!」

 

後ろから聞こえたシスティーナの忠告に身振り手振りて返しながら、シンシアは繁華街へと繰り出していった。

 

「つってもどこにいるんだか...」

 

繁華街の周りを探すが、どうにもみつからない。何せここは港町だ、たくさんの人が行き交う場所のため街路はごった換えっている。

 

「せめてどの辺かってのが分かればな...」

 

シンシアはまた街路を歩き出すが、これ以上行けば逆に自分が迷うだろう。

 

「どうしよ...一旦戻って...ん?」

 

この後どう動くか考えていると、目の端で見慣れた男性を見つける。

 

「先生だよな?隣の人誰だ?」

 

どうにかグレンを見つける事に成功したが、グレンの隣には見慣れないシルクハットの男性が一人。そのまま二人は路地裏へと入っていく。

 

「ここで見失ったらヤバいな」

 

そう考えたシンシアは人の間を抜けながら、グレン達が入っていった路地裏へと入る。薄暗いそこは、まるで競技祭の夜を思い出させる。

 

シンシアは心のなかで舌打ちをしたくなる気分になる。あの時のエレノアの言葉は、まだ自分の心に深く残っている。

 

『あなた様の持つ力は確かに強い。しかし、それは精々自衛が精一杯でしょう。』

 

『あなた様はきっと近日中に思いしるでしょう。自分の無力さに。』

 

それが頭によぎった瞬間、シンシアは近くの壁を殴り付ける。その人の神経を逆撫でするような声を頭から排除するために。

 

「守る...守るんだ。そうだろシンシア=フィーベル、正義の魔法使いになるんだろ?」

 

弱々しい声で、シンシアは自分に言い聞かせる。殴った手がジンジンと痛むが、そんな事は気にしない。シンシアはまた、グレン達のあとを追うために路地を進んでいく。

 

(あっいた。でもあれってアルベルトさん?どうしてここに...)

 

ようやく追い付いたシンシアは、路地の壁に背を預けながら二人の話に耳を傾ける。

 

「グレン、リィエルに気を付けろ。あの女は危険だ」

 

「っ!?」

 

アルベルトの言葉に、シンシアは息を飲む。そのアルベルトの声音は真剣そのもの、冗談を言っているようには聞こえない。

 

「おいおい何言ってんだよアルベルト、あいつは仲間だろうが」

 

「お前と俺は知っているだろう、あいつの危険性を」

 

(リィエルの危険性?一体何のことだ?)

 

シンシアがより話を聞こうと足を一歩踏み出した時、不覚にも近くの石を蹴ってしまう。

 

「誰だ!?」

 

「やっべ!」

 

シンシアはとっさに【フィジカル・ブースト】を使ってその場から離れる。そのまま走り続け、路地から出る。特に逃げる必要は無かったが、アルベルトの気迫に気後れしてしまった。

 

「あ、危なかった...俺がいたってバレたか?それより...」

 

気がかりなのはあの言葉。

 

「リィエルが危険って、どう言うことなんだ?」

 

ーーー

 

「シンか...まったく面倒ごとに首を突っ込みたがるな...」

 

「悪いな、後でそれとなく注意しとくわ」

 

もちろんこの二人はシンシアがいたことに気がついていた。

 

「グレン、自分の生徒はちゃんと面倒をみろ。特にシンのな」

 

「それを言われると返す言葉もない。だけど、なんでシンなんだ?」

 

アルベルトがそこで名を上げたのは、何故かシンシアの名前だった。確かにシンシアはトラブルメイカーだが、そこまで危険な生徒でもない。

 

「お前になら話してもいいか。だが、これは他言無用だぞ?」

 

「お、おう...」

 

アルベルトは辺りを少し確認してから、声を潜めてグレンへと話した。

 

「上は、シンを特務分室に入れたがっている。」

 

「なんだと!?」

 

グレンは目を見開き、声を上擦らせながら叫んだ。

 

「なんであいつなんだ!確かに今特務分室は人員不足に悩まされているのは知ってるが、それでもなんで!?」

 

「テロリストを単独で撃破、それに親衛隊と対等に戦える戦闘能力、そして数は少ないが魔術の無詠唱発動が出来る。これだけでも十分過ぎる理由だと思うが?」

 

「だけど!それでもまだあいつは学生だぞ!!」

 

「年はクリストフやリィエルと大差ない。」

 

グレンの反論も、アルベルトの正論によってすべて論破されていく。

 

「俺は断固反対だ!あいつがあんな血生臭い所に行けば、間違いなく俺のようになる!!」

 

シンシアはまるで昔のグレンの鏡写しだ。そんな彼が特務分室に入れば、グレンが辿った地獄を見るのを予想するのは簡単だった。

 

「俺としても反対している。それにまだシンに声がかからないのには理由がある。」

 

「理由?」

 

「それはシンが魔術をうまく使えないことだ」

 

グレンはハッとしたような顔になる。特務分室に入れる条件は何かに秀でたオールラウンダーだ。シンシアは確かにその接近戦での戦闘能力は規格外だが、遠距離になるとまるで使い物にならない。

 

「それを理由にして、どうにか上層部の首を縦に振らせない様俺も努力しているが、あいつが遠距離魔術を使えるようになれば、すぐにでもスカウトに来るぞ。それにあいつの性格なら、あっさり了承するだろう。」

 

「なんだよそれ!?あいつが成長すれば地獄を見るってのか?そんな理不尽があってたまるかよ!」

 

シンシアは努力して、周りのように魔術を使えるようになろうとしている。だがそれが叶えば血生臭い道が待つというあまりにも理不尽な仕打ちに、グレンは憤る。

 

「だからこれ以上シンを事件に絡ませるな。でなければ

、本当に奴は引き抜かれるぞ?」

 

「あぁ、わかってる」

 

「ならいい。俺は警告したからな?」

 

それだけ告げると、アルベルトは路地の闇へと消えていく。

 

進んでいく歯車、それが徐々に狂い始めている事に、この時はまだ、誰も気がついてていない。

 

 

 

 



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海辺の戦い

 

港町を出ること数時間、シンシア達二組一行はサイネリア島に到着する。

 

「おおー!!すっげぇ!!」

 

シンシアは誰よりも早く船から降り、大きなカバンを振り回しながら既に街路で騒いでいる。

 

「先生!めっちゃ綺麗な海っすよ!!」

 

「ちょっと待ってくれ...いま...それ所じゃねぇ...」

 

目を爛々と輝かせるシンシアとは対照的に、グレンは顔を真っ青にし近くの街灯に体を預けている。

 

「ったく先生ひ弱っすね~?たかが船に乗るだけじゃないっすか。」

 

「誰もがお前みたいに、強靭な体を持ってる訳じゃねぇんだよ...うぅ...」

 

「グレン、大丈夫?」

 

リィエルが心配そうにグレンに問いかけた。グレンはそれに苦し気な声で返すが、どうみても大丈夫ではない。

 

「仕方ないから先生の荷物持ちますわ。先いっときますよー。」

 

「ああ、わりぃな」

 

そう言うとシンシアはグレンの荷物をひょいっと抱えると、既に前を歩くカッシュ達の下へと走っていく。

 

「あれだけいきたくないっていっておいて、一番楽しんでんじゃない...」

 

「シン君もきっと、みんなで行くのが楽しいんだよ。」

 

「あの元気を...少しは分けて欲しいんだがな...」

 

シンシアの相変わらずなその態度に、三人は呆れたり微笑んだりと忙しく表情を変えながら見守る。だが、リィエルだけはシンシアを、どこか懐かしいものを見るような目で見ている事に、三人とも気がつかなかった。

 

ーーー

 

「うわ!!カッシュ!ベッドが!ベッドが柔らかい!スッゴい柔らかい!!」

 

「ホントだなんだこれ!!俺の借りてる所のベッドとは大違いだぜ!?」

 

「二人とも!!ベッドの上で跳び跳ねるな!?壊れるだろう!!」

 

宿の一部屋は四人から三人部屋で、馬車のメンバーと同じギイブルにシンシア、カッシュにセシルが部屋のメンバーとなっていた。

 

部屋に入って早々ベッドに飛び込んだシンシアとカッシュを尻目に、ギイブルが説教しているが、それもあまり効果はなくシンシアとカッシュは止まらずに騒ぎ続ける。それをセシルはギイブルの後ろから乾いた笑いを浮かべていた。

 

「明日って何すんの?」

 

「さぁ?俺日記帳家に忘れたし...」

 

「日記帳?なんだそれ?」

 

「まったく君たちは...」

 

とりあえず落ち着いた二人は、明日の予定を知ろうとするが二人のその計画性の無さにギイブルはため息をつく。

 

「今日は何もないよ。あとは食事をして、風呂に入って寝るだけだ」

 

「飯は何が出るんだ?」

 

「僕が知るわけないだろ!?」

 

「んだよ...それぐらい知っとけよ...優等生だろお前」

 

「そこは優等生かどうかは関係無いだろう!?」

 

ギイブルが顔を真っ赤にしながら叫ぶが、シンシアはベッドの上でゴロゴロと回りながらギイブルの抗議を右から左へ聞き流す。

 

「ついでに言うと、本格的に始まるのは四日目からだ。その日に研究所を見学、五日目は終日講義、六日目で自由行動で七日目でフェジテに帰る。」

 

「ふーん。なんかもう最初らへん忘れたけどわかった。」

 

「君に真剣に説明した僕がバカだったよ...」

 

ギイブルは額を押さえながらシンシアから視線を外す。そしてギイブルがカッシュを見ると、カッシュはどこか悪そうな笑みをしている。

 

「じゃ飯の時間になったら起こして。俺寝とくわ...」

 

そう言うシンシアは布団に身をくるみ、瞼を閉じる。そのまま意識を深いところに置いてこようとーー

 

「なぁシン、折り入って頼みがあるんだが...俺達の夢がかかった、シンにしかできない事なんだ!」

 

「いいぜ!親友の頼みだ、何でも言ってみろ!!」

 

するのを中断し、ガバッと飛び起きてカッシュの話を聞き入る。

 

「と、言うわけなんだが...」

 

「それはいいけど...その間お前らは何しに行くんだ?」

 

「夢を叶えにいくんだ!深くは聞くな!!」

 

「なら無理には聞かねぇ。この俺に任せとけ!!お前らの夢が何であれ、そこには俺が架け橋になってやるよ!!!」

 

「さすがだぜシンの兄貴!!」

 

シンシアはベッドの上に立ち上がりながら胸を張る。それをカッシュは神を崇めるような視線を送る。

 

「シンがいいように利用されてると感じるのは、

僕だけか?」

 

「僕もそう思うよ...」

 

その二人の掛け合いを見る二人は、シンシアの純粋さが少し心配になるのであった...

 

ーーー

 

大広間で食事を終えて、全員が風呂に入り終わり、今はもう就寝の時間。

 

「うし、行くぞお前ら!」

 

中庭の茂みには、クラスの男子達が集まっていた。そしてカッシュを中心に輪を作り、何かを話し合っている。

 

「作戦会議は終わったか?」

 

「おう!用心棒は頼むぜシン!」

 

「何が目的かは知らんけどわかった」

 

そう言ってシンシアはカッシュ率いる男子軍団のあとに続く。よほどしっかり調べたのだろう、かなり入り組んでいるはずの雑木林をすいすいと踏破していく。

 

そして遂に、カッシュ達が女子塔を視界に収めた、その時だった。

 

「甘いぜお前ら!!」

 

その女子塔の前に、一人の男が立ちふさがった。

 

「ぐ、グレン先生だと!?」

 

「バカな!?このルートは完璧のはず!?」

 

「甘い甘い甘すぎるぞお前ら、俺がお前らならこのタイミングで来るのは簡単に予測できたんでな!!」

 

グレンは悪びれる事もなく堂々も叫んだ。後ろでは女子の軽蔑するような視線がグレンと男子達に飛ぶが、彼等にとってそれは今関係ない。

 

「さあとっとと戻った戻った、別に学院に報告したりしねぇからさっさと戻れ」

 

「くっ!?どうする?」

 

「こんなところで引いてたまるか!!」

 

「でもグレン先生相手に勝てるのか?」

 

突然のグレンの登場に、男子軍団の考えは大きく別れる。そしてそれぞれが言い合いになるなか、シンシアがグレンの前へと現れる。

 

「あれ?お前がこういうことに参加するのは予想外だな、シン」

 

「親友の頼みなんで、俺も引けないんすわ」

 

そしてシンシアは構えをとり、グレンと相対する。

 

「な!?シン、お前...」

 

「お前らがこの後何がしたいのかは大体把握してる。俺が先生を押さえるからお前らは行け」

 

「し、シン...!?」

 

全員がシンシアを涙を流しながら見る。

 

「お前らが目指す場所のためなら、俺は進んで犠牲になろう!さぁ行けお前ら!!」

 

「シン!俺はお前の事を忘れないぞ!!」

 

「お前は英雄だ!!」

 

「あいつの死を無駄にするな!!行くぞみんな!!」

 

「「「「おう!」」」」

 

シンシアを除く男子軍団は、グレンの横を通って女子塔へと向かっていった。

 

「さて、茶番はこれくらいにして一戦お願いします。先生。」

 

「やっぱなんか目的があったか...ま、じゃなきゃお前がこんなことに手を貸す分けないか」

 

この一連の動きはすべてシンシアの演技だ。すべてはグレンと一騎討ちのため、そしてあの事を聞き出すためだ。

 

「俺が勝ったら、昼間アルベルトさんと話していた事の真相を教えて下さい」

 

「ふーんなるほど、それがお前の狙いって訳か」

 

シンシアの真意を把握すると、グレンもファイティングポーズを取る。

 

「いいぜ、お前が勝ったら教えてやるよ。来い!」

 

「行きます!!」

 

シンシアは地面を蹴り、グレンに近づく。そして右足でグレンの顔に蹴りを入れようとするがそれはグレンの手によって捌かれる。

 

グレンはシンシアの足を掴み、シンシアを投げ飛ばすがシンシアは綺麗に受け身を取り、ダメージをゼロにする。

 

「お前のその体術にはびびるわ...ホントに学生か?」

 

「ゼロ距離だけなら、この学院の誰にも負けませんよ!!」

 

シンシアは自分の体全身に【フィジカル・ブースト】をかけて殴りかかる。それは凄まじい速さで、普通ならば目で追えないほどのものだ。

 

(いける!!入った!!)

 

シンシアは感覚的にもうグレンは自分の一撃を避けられないと確信した。もうグレンとの距離は目と鼻の先、このままシンシアがグレンの顔に一発叩き込めば終わる。

 

「うらぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 

大きな掛け声と共に振りかざされた拳はーーー

 

 

 

 

グレンに当たる前に宙を切った。理由は、シンシアが何かに足を引っ掻けたからだ。

 

「え?うそ!?」

 

シンシアはどうにか体勢を整えようとするがもう遅い。かなりのスピードで加速していた体は思うように止まらず、グレンの足下で鈍い音をたてながら転ぶ。

 

「あはははは!!いや、中々面白かったぜシン!綺麗に罠にはまって...やべ笑いが止まんねぇ!!」

 

「...くそ!!」

 

グレンは元からそこに罠をはっていたのだ。それにみすみすはまっていく浅はかな自分が、シンシアに苦汁を飲ませる。

 

「もうちょい成長しろシン。周りをよく見て動け」

 

「うう...それを言われると返す言葉もないっす」

 

シンシアは服についた土や草を払いながら立ち上がる。

 

「という事で、あの話をするのは無しだ。ま、お前が勝とうが話す気は無かったがな」

 

「!?なんで!!」

 

「これ以上事件に関わるな、シン。」

 

そう言うグレンの目は、とても冷たいようにシンシアは感じた。

 

「お前はお前が出来ることだけをやればいい。無理に体

張る必要もねぇんだよ。お前が正義を重んじて、周りを大切に思ってるのもわかるが、それでもお前が関わりすぎるのは元々ダメなんだよ。悪いがわかってくれ」

 

そこまで言うと、女子塔から叫び声が聞こえる。聞こえたのは女子特有の高い声ではなく、男子の野太い声だ。

グレンはそれが聞こえると、シンシアに背を向けて声が聞こえた方へと向かう。

 

「じゃあ俺はあいつらを見てくるわ。だからお前も早く部屋に戻れよ。」

 

グレンらそれだけ言うと、女子塔へと走っていった。その場に残されたのはシンシアただ一人。

 

「まただ。また俺が弱いからなのかよ...!」

 

シンシアは苛立ちのまま近くの木を蹴って、きびすを返して部屋へと戻っていった。

 

ーーー

 

次の日、一日自由時間のためたくさんの生徒がビーチに来ていた。

 

ビーチでは楽しく海で泳ぐもの、砂浜で戯れる者など色々だ。

 

「せりぁぁぁぁぁあ!!」

 

バシンっという気持ちのいい音と共に、ボールが九の字に曲がり砂浜を抉るように地面につく。

 

「おっしゃぁぁぁこれで勝ち!!」

 

「シンの奴強すぎねぇか!?」

 

砂浜で行われているのは、魔術の使用ありのビーチバレー。ちょうど今シンシアが力強いアタックを決め、試合を終わらせた所だった。

 

チームはシンシアとグレン、そしてカッシュという肉弾戦になればかなり強い者が集まった、なんとも大人げない組み合わせ。

 

「シン魔術まだ使ってないのに...ホントにあきれた身体能力ね...」

 

「ははは!俺の強さに恐れをなしたかシス姉!」

 

高笑いをしながらシスティーナを指差し挑発する。しかし今のところシンシアのチームは一度も負けておらず、また本命のシンシアがそこを見せていないという強力なチームだ、だがシスティーナのチームも負けてはいない。

 

「これは...中々に面倒だな...」

 

グレンがそう呟く。次の相手は魔術成績トップクラスのシスティーナ、そしてこの魔術ありの戦いにおいて最も効果の強いサイキック系の白魔術を得意とするテレサ。そしてこのチーム最も強力なカードはーーー

 

「ん」

 

人間離れした身体能力のリィエルである。グレンからすれば相手にするチームで最強の敵といっても過言ではないだろう。

 

「試合開始ー。」

 

暑さで疲れたのか、少し気だるげな声でセシルが試合開始を告げる。サーブ権はシンシアのチーム。

 

「カッシュ!いいとこにほれよ!!」

 

「わかってるシン!行くぜ!!」

 

とそんな掛け声と同様に強力なサーブが飛ぶ。

 

「《見えざる手よ》」

 

だがそれをテレサの【サイ・キネシス】によって止められ、ボールは地面につく直前で止まり、そのまま高くあげられる。

 

「リィエル!!」

 

システィーナが綺麗にトスを返し、そのタイミングに合わせてリィエルか飛んでーーー

 

「えい」

 

そんな貧弱な掛け声と共に、砲弾のようなボールが地面を貫く。三人がその着弾地点を見ると、ボールは砂浜に半分以上埋まっていた。

 

「あ、あんなんどうするんすか先生!?」

 

「俺にどうにか出来るわけないだろカッシュ!!」

 

カッシュとグレンはそのリィエルの殺人スパイクに、驚愕を露に騒ぎ出す。だがただ一人、シンシアだけは特に何の反応もしない。

 

「おいシン!?あんなの勝てっこねえよ!!」

 

「......」

 

カッシュの言葉にも、シンシアは反応しない。だがその代わり、相手の生徒達はシンシアを見て表情を強ばらせる。

 

「これは...厄介なのに火をつけちゃったわね...」

 

システィーナは少し引き気味になりながらシンシアを見ると、シンシアの顔には先程までの遊び感覚は無い。そこにあるのはただ純粋な勝利だけを狙う目。

 

(ああなると、あいつは常人離れした動きするからなぁ...)

 

「先生、カッシュ。」

 

そこでやっとシンシアが口を開く。

 

「ボール全部俺にまわしてください。相手からのは俺が拾います。」

 

「「お、おう...」」

 

その声に含まれていた凄みに、カッシュもグレンも首を縦に振るしか出来ない。

 

そしてシスティーナ側からサーブが飛ぶ、それをグレンがレシーブで上げ、すぐにトスのためにカッシュがボールの落下地点へと走る。

 

「行け!シン!!」

 

そしてカッシュがトスを飛ばす。それが飛んだ瞬間、シンシアは足に【フィジカル・ブースト】を加速しながら大きく飛ぶ。さらにからだを大きく弓なりにそる。

 

そこから強力なアタックが飛ぶと誰もが思ったその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボールが一瞬で地面に着いていた。

 

「「「「え?」」」」

 

リィエルとシンシアを除いた全員がその光景に目を見張る。そしてそれを行った張本人は、地面に着地して動かない。

 

 

「おし一点...」

 

少し経ったあと、シンシアのその一言で周りの止まった時間が動き始めた。

 

「えええええええええ!!!お前今どうやったんだよ!?」

 

「速すぎて見えなかった...あんなの拾えっこないわ...」

 

「詠唱する暇もないわね...」

 

それぞれが口々に今の感想を言うなか、シンシアはチームに今何をやったのかを説明し始める。

 

「【タイム・アクセラレイト】を使って全力でスピードを上げた」

 

「にしても速すぎんだろ!?俺ですら目で追えなかったぞ!!」

 

「もうこいつ人間じゃねぇ...」

 

カッシュが頬を引き吊りながらそう言う中、リィエルはシンシアを睨むように見たあと、

 

「私にそれもっとまわして。」

 

と一言だけ言って、シンシアと同じような雰囲気を醸し出し始める。

 

「こ、こっちもこっちで火が着いた?」

 

「これは面白くなりそうね...」

 

コートに現れてしまった二体の獣に、両チームともに恐れおののくのだった。

 

ーーー

 

「あ~疲れた」

 

シンシアは砂浜の上で体を倒しながら、空を仰ぐ。試合はリィエルとシンシアの拮抗勝負となっていたが、長期戦になるに連れてリィエルとシンシアの体力差が露になっていき、最後はシンシアが折れリィエル達の勝利となった。

 

「というかマジできつい...【フィジカル・ブースト】と【タイム・アクセラレイト】を連発で死ぬかと思った。最後なんて気力しか残ってなかったし...大体なんだあの体力量!?チートだ!チート!!」

 

グチグチと文句を言い続けるが、シンシアの胸のうちはスッキリとしていた。昨日のグレンからの宣言がずっと胸のなかをぐるぐると回っていた時よりは、少しは冷静に考えられるようになった。

 

(先生の言うことがもっともだな、俺はただのしがない学生、さらに言えば魔術もろくに使えない落ちこぼれだ。こんな体で事件の渦中に入り込んでも邪魔なだけ...か...)

 

冷静になった事で、そう考えられるようにはなった。しかし、それでも納得できない自分がどこかにいる。

 

もし、自分以外に誰も動ける者がおらず、誰かが危険な目にあっているなら、自分はその理由で動かずに助けを待ってられるだろうか?

 

(無理だな...また勝手に動きそうだ)

 

自嘲気味に笑いながら、瞼を閉じる。他はまだ海で遊び回っているが、その中に入れるほど体力は回復していない。少し眠るくらいはいいだろう。

 

だが、そこで瞼の間から入っていた光が突如消え暗くなる。奇妙に思って目を開くと、そこにはこちらを覗き込むようにリィエルが立っていた。

 

「どした?シス姉達ならあっちだぞ。」

 

「私も疲れたから休憩」

 

そう言うとリィエルは、シンシアの隣にちょこんと座る。そこから少しの間無言の時間が続くが、意外と居心地は悪くなかった。その沈黙を破ったのはシンシアだった。

 

「二人と過ごしてどうだ?」

 

「二人って?」

 

「シス姉とルミ姉だよ。」

 

シンシアは海辺で他の生徒と遊ぶ二人を指差しながら話す。

 

「いや、リィエルはどう思ってんのかなと思ってな。二人の事」

 

「......わからない」

 

リィエルは少し俯きながらそう答えた。その顔には困惑が少しだけ含まれているようにシンシアは感じた。

 

「でも、みんなともっといたいって思う」

 

「...そっか」

 

(危険なんかねぇじゃねぇか...今回ばかりはアルベルトさんの勘違いって事か...)

 

隣から感じる雰囲気には、つい最近連続して起こったテロリスト達が纏う空気は無い。リィエルの纏うそれは、どこかまだ楽しさというものが掴めていないような、そんな感じだった。

 

「悪いけどちょっと寝るわ...お休み...」

 

「ん」

 

シンシアはそう言ってリィエルから視線を外し、体を横に向けながら眠りに落ちていった。

 

 

 

シンシアが眠ってからも、リィエルはじっとシンシアを見続けた。

 

彼の言った問いがどういう理由で言われた物なのかはわからない。だが、確かにシスティーナやルミア、他の生徒ともっと過ごしたいと思う感情は、リィエルにはあった。だが、シンシアに向ける感情はどちらかというとグレンに向ける物に似ている気がする。

 

どこか彼の仕草や行動が、兄に似ている。諦めない精神や優しげな声、それが兄に通ずるところがあるようにリィエルは感じていた。

 

(私は...どうしたらいいの?グレン...)

 

特務分室にいたときには感じなかったたくさんの事を、学院に入ってから感じるようになった。それが良いことなのか、それとも悪いことなのかは精神的に幼いリィエルには判断がつかない。

 

リィエルは、そのぐちゃぐちゃと織り混ざるような感情を整理できぬまま、ただたださざ波の音に耳を澄ましていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして遂に、シンシアのすべてを変える一日が始まる。

 

 



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最悪の事態


すみませんちょっと私用で遠出していたので投稿遅れました。では本編どうぞ!


遠征学習も四日目、遂に本命の研究所見学の日がやって来た。向かうはサイネリア島中心部にある白金魔導研究所だが、そこへ行くのはなかなかに骨の折れる作業だ。

 

「遂に、ついにこの日が来てしまった...」

 

「なんで...あんたはそんな...余裕なのよ!」

 

汗一つかかずにすいすいと舗装されていない山道を歩きながら憂鬱な雰囲気を醸し出すシンシアに、システィーナが肩で息をしながらそう返す。

 

この島、サイネリア島は未だに未知の領域が多数存在しており、そこはまだ手付かずでうっそうとした森や山が広がっている。その中心部に白金魔導研究所は位置しているので、必然的に生徒達は山登りを強いられるのだ。

 

「俺は鍛えてるからな。ルミ姉は大丈夫?」

 

「うん...結構...キツいかな...シン君は?」

 

「大丈夫!ここから宿に戻ってもっかいこれるぐらいには大丈夫。」

 

「その体力は恐ろしいわ...」

 

システィーナも最近になってトレーニングを始めたが、シンシアとは年単位で期間が違うので比べるまでもない。

 

「リィエルは大丈夫か?ま、多分大丈夫だろうけど...」

 

「......」

 

シンシアは振り向き、後ろを歩くリィエルにそう聞くがリィエルはなにも答えない。

 

「なぁシス姉、リィエルなんかあったのか?」

 

「それが私もわからないのよ。朝も部屋にいなかったし...」

 

システィーナも困惑気味にそう話すなか、それは起こった。

 

「!?あぶねぇ!」

 

後ろのリィエルが、崩れかかっていた石畳を踏んで転びそうになる。シンシアは持ち前の反射神経で直ぐ様反応し、リィエルの手を掴みどうにか支えた。

 

「どうしたんだ?お前らしくもない...なんかあったんなら話ぐらいならーー」

 

「触らないで」

 

シンシアの純粋な心配からの言葉を、リィエルは強く拒絶しながら掴まれた手を強く離す。

 

「ちょっとリィエル、シンはあなたの事を心配してー」

 

「うるさい!」

 

「「「っ!!」」」

 

システィーナが少しリィエルの行動にもの申そうとしたその時、リィエルの中で何かが爆発した。その叫びに、シンシアもシスティーナもルミアも、誰もが唖然となった。

 

「うるさいうるさいうるさい!!あなた達と関わるとイライラする!!もう関わらないで!!」

 

「リィエル...」

 

リィエルはそれだけ言うと、そのまま何も言わずに坂道を登っていく。

 

「ちょっと待てよリィエルーー」

 

「待てシン」

 

シンシアがリィエルを追いかけようとするが、その肩を誰かが掴む。振り返ると、そこにいるのはグレンだった。

 

「あいつは今は一人にさせてやってくれ。ああなってるのは俺のせいなんだ。」

 

「先生...」

 

グレンのいつもの飄々とした態度とは違う、真剣な表情にシンシアも表情を引き締めた。

 

「だからあいつの事は愛想つかさずにいてほしいんだよ。難しいとは思うが...」

 

「何が難しいんすか?」

 

シンシアは即座にそう返す。その返しに、グレンもルミア達も驚きながら見ていた。

 

「あいつは悪いやつじゃないのは知ってますよ。そんな一回程度で愛想を尽かすわけ無いじゃないですか。」

 

シンシアは当たり前の事を言うように、真顔のままそう言った。

 

「そうです先生、私達もリィエルの事を嫌いになったりしません。ね?システィ?」

 

「もちろんよ。少し驚いただけだわ!先生も、早くリィエルと仲直りしてくださいよ!」

 

そう言うと、ルミアとシスティーナはまた山登りを再開していくがシンシアはまだグレンの下に残っていた。

 

「先生...今回のは...」

 

「言ったろ、深く関わるなって。俺に任せてとけ」

 

グレンは何も言わずに、システィーナ達の後ろに続くように歩き始める。

 

「わかってます。ただーー」

 

シンシアは静かに、そして強い意思を込めながら呟く。

 

「何かあったら、俺は動きますからね」

 

その言葉に、グレンは振り向くがシンシアは何もなかったかのようにグレンを追い抜いてまたシスティーナやルミアと話ながら坂を登っていく。

 

「ったく...そんな事起こさせるか...」

 

グレンは思い通りにならない生徒二人にやきもきとしながら、黙々と坂を登っていくのだった。

 

ーーー

 

それから二時間ほどで白金魔導研究所には着いたが、それまでにシンシア達とリィエルの間に会話はなかった。

 

「ようこそ皆様、長旅お疲れ様です。」

 

生徒達が肩で息をするなか、研究所から五十代位の老人が現れる。その顔には柔和な笑顔が浮かばれており、その纏う雰囲気は親しみやすさがにじみ出ていた。

 

「私はバークス=ブラウモン、この研究所の所長を務めています。では早速参りましょうか。」

 

「へー。所長自ら案内してくれるんすか?」

 

「ちょっとシン!?」

 

バークスの声に対して、生徒の集まる塊から声が飛んだ。もちろんシンシアなのだが、それをシスティーナが驚きながら止めにはいる。

 

「ええ。私も研究だけでは気が滅入りますしね。」

 

「なるほど、すんません不躾な質問しちゃって...」

 

「いえいえ構いませんよ。それでは参りましょうか、私の後についてきてください。」

 

そう言ってバークスは研究所へと入っていく。それに合わせてグレン率いる二組の生徒がぞろぞろと中に入っていった。

 

「シン、なんで急にあんなこと聞いたのよ」

 

「いやだって気になってよ。所長っていったら一番忙しい人じゃんか。その人が数少ない暇な時間切り詰めて、俺ら生徒を連れて回るなんてさ...確かに研究なんかしてりゃ気が滅入るわな...俺じゃ耐えれん」

 

「あんたのそれと一緒にするのはバークスさんに失礼だと思うわよ...」

 

呆れながらシスティーナが見るが、シンシアはそんな事関係無しに歩いていく。

 

「ん?どうしたのルミア。」

 

だがそこでシスティーナが、少しルミアが強張った表情をしているのに気がつき後ろを振り向き、それに合わせてシンシアも同じように後ろを向いた。

 

「ちょっとね...バークスさんが私の事見てたから気になって。」

 

「バークスさんが?あの子かわいいなとか思ってたんじゃね?」

 

「ううん、そんな感じじゃなくて、凄い冷たい感じ」

 

「冷たい?」

 

ルミアの言葉に、システィーナがおうむ返しのように聞き返すとルミアは静かに首を縦に振った。

 

「う~ん...なら少し気を付けとくわ。シス姉も一応ってことで」

 

「わ、わかったわ。じゃあ行きましょルミア」

 

「うん」

 

そして三人はまた歩き始めるが、シンシアは列の後ろの方で一人歩くリィエルに目を向ける。そのリィエルの顔は、どこか思い詰めているようにシンシアには受け取れた。

 

ーーー

 

「すっげぇな...」

 

シンシアはシスティーナ達と別れ、カッシュやセシル達と研究所内を見ていた。

 

シンシア達の目の前には、複数の生き物を掛け合わせて作る合成獣、通称キメラが円柱の形をしたガラスの入れ物の中に入った物が幾つも並んでいる。

 

「うん、こんなの出来るなんて...やっぱりすごいよね」

 

「にしてもグロいのもあんだな、俺こういうのはちょっと無理かな...」

 

カッシュがそう言いながら指差すのは、キメラに成りきれなかったのであろう失敗作。どこか形がおかしく、それはもはや生き物の形を成してはいない。

 

「俺も見てて気持ちのいいもんじゃない。命を勝手に弄ってる訳だからな。」

 

「でもその成果として、他のキメラが出来ているのも事実だ。」

 

シンシアの独り言に反応したのは、後ろからやって来たギイブルだった。ギイブルはメガネを軽くあげながら話を続ける。

 

「こういう実験をする以上、失敗作が出来るのは当たり前だが、そうしなければ成功しない。」

 

「ならこうやって弄られて死んだ生き物達の命は、必要経費だって言いたいのか?」

 

シンシアは少し苛立ちを込めながら、ギイブルにそう言い放つ。

 

「そんな綺麗事じゃ、研究も何も進まないんだよ。君も知識は豊富なんだからわかるだろう?」

 

「だけどよ...」

 

それでも渋るシンシアに、ギイブルは大きなため息をついた。

 

「君は色々な事に関して甘過ぎるんだよ。今のキメラの事もそう、転校生の事もそう、競技祭の一件だってそうだ。君はもう少し、切り捨てるという考えを持った方がいいんじゃないか?」

 

「......」

 

その言葉に、シンシアは押し黙ってしまう。ギイブルの言うことはもっともだった。だけどシンシアの中に切り捨てるという考えはない。

 

「......まったく、君は成長しないね。早く現実を見れるようになることを祈ってるよ」

 

ギイブルはそのままシンシアの横を通りすぎ、他の部屋へと向かっていった。

 

「シン君...」

 

「わりぃ二人とも、先に行っといてくれ。後から追い付くわ」

 

「でも...」

 

「わかった!セシル、早く行こうぜ!!」

 

セシルの言葉を遮って、カッシュはセシルを連れて部屋から出ていった。大方カッシュも何かを察したのだろう。

 

「はぁ...俺の考え方が幼稚なのはわかってるけどな...」

 

シンシアは自嘲気味に笑いながら、部屋の奥へと進んでいく。そこには進むにつれて、徐々に生き物の形をなさなくなった物が並んでいる。

 

ギイブルから突きつけられた事は、シンシアの胸に深く刺さっていた。自分が持つ甘さ、それはもう既に色々な所で露呈している。

 

色々な事件があったが、それに関わってしまったのもそれが少しは原因として絡んでいるだろう。

 

「現実を見ろ、か......ん?」

 

ギイブルからの言葉を噛み締めながら歩いていると、いつの間にか部屋の一番奥まで来ていたのか、部屋は行き止まりとなっていた。だが、そこにあった生き物にシンシアは困惑を露にした。

 

「これって...」

 

そこにあるのはほかのケースよりも二まわりほど大きなもの。そのなかにいる生き物は獰猛な牙を持ち、鋭い爪に鋼のような鱗。そして何より、その背中には大きな翼があり、それは今は畳まれている。

 

十人が見て、十人が同じ名を呼ぶであろう魔獣の中でも最強の生物。

 

「ドラゴン?」

 

「ええ。作り物(・・・)の、ですがね...」

 

後ろから聞こえた声に、シンシアは振り向くとそこにはバークスがにこやかな笑みを溢しながらこちらに近づいてきていた。

 

「すみません、こんな奥まで来てしまって」

 

「いえいえ構いませんよ。あなた方はこの国の未来の宝なのですから、そのあなた達のためになるのならば、私としても嬉しい限りです」

 

その言葉に、シンシアも自然と顔が綻んだ。

 

(やっぱりルミ姉の考えすぎだな。それよりも...)

 

「これが気になりますかな?」

 

バークスに自分の考えを読まれ、シンシアは恥ずかしがるように頬をかいた。

 

「このドラゴンはなんなんですか?」

 

「これは竜であって竜ではないのです。さしずめ私達の呼び名を使うならば、模造竜(ファクティスドラゴ)ですかね。」

 

模造竜(ファクティスドラゴ)...『紛い物の竜』ですか...」

 

シンシアは目の前のドラゴンから目を離さず、そう答えた。

 

「この竜を作った理由は何ですか?もしかして軍事目的?」

 

「正解です。理由を聞いてもよろしいですかな?」

 

「ドラゴンは、単体でもかなりの戦闘能力を保有します。それを人工的に作るなら、理由は自ずと見えてきますよ」

 

「さすがですね。」

 

バークスが感嘆の声をこぼすが、シンシアにそれは響かない。そのお世辞よりも、シンシアにとっては目の前の竜の方が気になる。

 

「これは軍の新戦力として、我々が作り上げた実験体の一つ。その実験体の中でも特にうまく出来た物です。もう死んでいますがね...」

 

「完成はしたんですか?」

 

「いや、完成を前にして計画は頓挫。資金がままならなくなりましてね...」

 

なるほど...とシンシアは一人納得するように呟いた。

 

「しかし、最近になってある噂を聞くようになりましてね...」

 

「噂?」

 

ええとバークスは答えながら、ケースに触るために竜へと近づいていく。

 

「ある魔術結社が、計画のために密かに未だに竜を作っている、という他愛ない都市伝説ですよ。まぁそう簡単に作れる物でも無いですし、所詮噂でしょうね。」

 

「魔術結社ね...」

 

その魔術結社に一つ予想はついたが、それを口にはしなかった。

 

「それでは皆さんの所に戻りましょう、グレン先生が君が戻ってこないと怒ってましたよ?」

 

「マジっすか!?やべ急がないと!!」

 

シンシアは焦るようにその部屋から出ていき、それに続くようにバークスも部屋から出ていった。

 

ーーー

 

研究所の見学も終わり、自由時間となった。それぞれが食事をとるために町に繰り出ていった。

 

そして夜も深まっていき、街中にはぞろぞろと宿に戻る生徒の姿があった。

 

「マジで損した!!あの部屋の奥にドラゴンがいたなんてよ!!」

 

「僕もだよ!!シン君と一緒にもっと見てればよかった!!」

 

「俺も運がよかっただけだからな。」

 

食事のためにシンシアとカッシュ、セシルはオレンジの街灯が灯す道を歩きながら、今日の研究所見学についての話で花を咲かせていた。

 

シンシアが二人と合流したあと見たものを二人に言うと、二人ともかなり驚いたようで目を輝かせながら質問していた。

 

そのためシンシアも、それに答えるのに必死で後半の見学をまともに出来ていないのだ。

 

「けど、レポートのネタにはいいのが出来た訳だし!あとは遊ぶだけだな!!」

 

「でも明日は終日講義だよ?」

 

「そうだった...どうするシン、フケるか?」

 

「俺はそれサボると進級できねぇんだよ...悲しいことに」

 

暗い顔をしながらそう答えるシンシアに、カッシュもセシルも苦笑いを浮かべるしかない。

 

「それよりも、シス姉もルミ姉も来ればよかったのにな...」

 

先程まで一緒にいた自分の姉に思いを更けながら、そう一人呟いた。ルミアとシスティーナは、未だに宿に戻らないリィエルを心配して宿に残るようで、システィーナはそのための軽食を買いにいくといって先程別れたのだ。

 

「二人とも友達思いだからね」

 

「さすが聖女ルミアだな。システィーナはちょっと残念だけど...」

 

「カッシュ俺はその意見にすごい賛成するわ...」

 

カッシュの一言に苦笑を漏らしたその時、シンシアの耳に何かを叩き壊すような音が聞こえる。それはかなり微かな音だが、シンシア以外の二人には聞こえていない。

 

(方向は宿の方!?まさか!!)

 

その時シンシアの頭に過るのはアルベルトの言葉。

 

『リィエル...あの女は危険だ。』

 

(違う!俺の考えすぎだ!!あいつがそんな事するわけ...)

 

どうにか自分で納得しようとするが、頭の中でアルベルトの言葉と最悪のシーンがずっと残り続ける。

 

「シン?」

 

「どうかしたの?」

 

いきなり立ち止まったシンシアを不審に思ったのか、カッシュとセシルがシンシアを覗き込むようにこちらを見た。

 

「ああくそが!!悪い二人とも!!」

 

「ちょ、ちょいシン!!」

 

二人に謝ると、シンシアは脚にお得意の無詠唱で【フィジカル・ブースト】を全力でかけて走り出す。その衝撃で地面が少し抉れるが今はそんな事を気にしている時ではない。

 

(頼む!頼むから当たるなよ俺の勘!!)

 

シンシアはいつも頼りにしているフィーリングが外れる事を祈りながらひたすらに走る。

 

かなりの速さで走ったためか、もう宿が見えてくる。だがその宿の一部屋のバルコニーは見るも無残な程に破壊されている。それを見たシンシアの心は、より焦燥に駆られていく。

 

何故ならその部屋は、システィーナとルミアの泊まる部屋なのだ。

 

(くそっ!!間に合え!!)

 

シンシアは勢いよく入り口の扉を蹴破ると、その勢いのまま階段をかけ登り二人の泊まる部屋の前まで走っていく。

 

「二人とも!!」

 

そして足に魔力を込めた魔闘術(ブラック・アーツ)で蹴り壊して中に入る。そこに広がるのは...

 

「なんだよ...これ...」

 

そこに広がるのは、破壊の数々。部屋の壺は割れ、バルコニーの扉の破片がその辺りに散らばっている。

 

そして血に濡れた床の上で、泣きじゃくる自分の姉。

 

「シス姉!!大丈夫か!?どこか痛むか!?」

 

ほぼ半狂乱で泣くシスティーナに、シンシアは寄る。

 

「私は大丈夫!けど、ルミアが!ルミアが!!」

 

「ルミ姉がどうした!?」

 

「リィエルに、リィエルに連れていかれた!!」

 

その言葉に、シンシアは絶句した。この一騒動を起こしたのがリィエルだとするならば、それは最悪の状態としか言うことが出来ない。

 

「リィエルは、自分が天の智恵研究会の者だって...先生も殺したって...」

 

「まじかよ...」

 

嗚咽を響かせながらそう話したシスティーナの背中をさすりながら、現状の大変さに目を剥いた。

 

(グレン先生が、死んだ?そんな...あの殺しても死ななそうな先生が?だとすれば、誰がルミ姉を助けに行く?リィエルを連れ戻す?...)

 

ぐるぐると渦を巻きながら混濁する思考の中、自分がすべき事を考える。

 

「いや、決まってるな...」

 

「え?」

 

シンシアは立ち上がり、システィーナに笑顔を向けた。

 

「大丈夫だ!二人とも俺が連れて帰ってくる!だから泣くなよ!」

 

「でもっ!?」

 

反論しようとするシスティーナの頭に手をのせる。そのまま表情を変えずに語りかける。

 

「俺を信じてくれ。頼むシスティ(・・・・)

 

「!!」

 

いつものシス姉というような呼び方ではなく、シンシアが真剣な事を言うときの呼び方にシスティーナも驚く。

 

「じゃあ行ってくる」

 

「待って!!」

 

壊れたバルコニーから出ていこうとするシンシアを、システィーナは呼び止める。シンシアはゆっくりとシスティーナの方へと振り向くと、

 

「絶対二人を無事に帰して!絶対よ!!」

 

「言ったろ?信じろって!!」

 

シンシアはニカッと笑うと、そのままバルコニーから飛び降りた。

 

「どうして...どうして貴方達はそんなに強いの?シン...」

 

システィーナは自身の無力を痛感していると、また目から雫が溢れ落ちる。ルミアも、シンシアもそれぞれが強い心を持つ。だけれど自分には何もない。

 

「私も...!!私も強くなりたい!!」

 

涙を流しながら、痛々しい部屋の中で悲痛な叫びが響いた。

 

ーーー

 

暗い森を気絶するルミアを担ぎながら、リィエルは走る。

 

自分のしている事は正しい、間違えていない。

 

何故なら自分は兄を守るために生きると決めた。

 

ならばこの行いは正しきこと、その筈なのに...

 

『二人と過ごしてどうだ?』

 

(やめて...)

 

頭に海辺でのシンシアとの会話がこだまする。それはまるでリィエルに制止を促すように続く。

 

『いや、リィエルは二人の事をどう思ってんのかなと思ってさ』

 

(うるさい...私は兄さんのために、兄さんのため活きる。そのためにグレンも殺して、ルミアも捕まえて兄さんのところへ連れていく。それが私の役目、私の望むこと。なのに...)

 

「なんで...こんなに辛いの?」

 

リィエルは一人走りながらそんな事を呟いた。その頬に、一筋の光が流れたその時、

 

「っ!?」

 

リィエルの後ろから、何かがかなりの速さでリィエルを追い抜いた。リィエルは後ろから来た何かに驚きながら急停止する。

 

「よぉ、リィエル...」

 

その高速移動した物体はリィエルの少し前で止まり、リィエルに話しかける。その声は聞き覚えのある声、目の前に映るのは輝かしい銀髪に、深緑の瞳を鋭くしながらリィエルを睨み付ける人の姿。

 

「ここでお前を止める」

 

「シン...」

 

シンシアの強い意思の込めた言葉に、リィエルは静かにその名を呼んだ。

 

その声は、少しだけ震えていた。

 

 

 

 



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激突

リィエル対シンシアが書きたくてすぐに書き初めました!!それではどうぞ!!


相対する二人の雰囲気は、昨日までの和やかな物ではなく、まるで刃物のような冷たい雰囲気が広がっている。

 

「戻るぞリィエル、ルミ姉も一緒に宿にな。」

 

「嫌だ、私は兄さんのために生きる。ルミアを連れていくのは兄さんの願い。だから私はそれをかなえる。」

 

「兄さん?」

 

リィエルはゆっくりとルミアを下ろして近くの木に凭れかからせた。そして自分は少し前を歩き、シンシアと完全に相対する。

 

「その意志はお前の意志か?」

 

「私の意志は関係ない。私は兄さんのために生きる。兄さんの邪魔をするなら...」

 

リィエルはそのまま無言で地面に触れると、そこからリィエルが愛用する大剣が姿を現しそれをシンシアに向けて構える。

 

「だから退いて」

 

「いいや、今の言葉を聞いたらなおさら退けないね」

 

シンシアも合わせて構えをとり姿勢を低くする。

 

「俺は約束したんだよ。ルミアとリィエルを連れ戻すってな。いつもは説教臭い姉だけど、泣き顔はやっぱ見たくねぇからな」

 

「警告はした...」

 

リィエルはそう告げると、地面を蹴ってシンシアへと近づく。その速さはもとの場所に残像ができるほどだ。その速さで振りかぶられる大剣を、シンシアはギリギリの所で避ける。

 

「せりゃ!」

 

かけ声と共にシンシアが右手に魔力を込めながら右手で殴りかかるが、それをリィエルは横にステップすることで回避する。

 

リィエルはそのまま距離を取ろうとするがシンシアはそれを許さない。【フィジカル・ブースト】を使って加速しまたリィエルに肉薄する。

 

「おらっ!!」

 

「ぐっ!!」

 

魔力を込めた掌底を、リィエルはどうにか大剣で防御するがそこで込めた魔力が爆発し大剣はくの字に折れ曲がる。

 

「そこっ!」

 

シンシアは出来た隙を逃さず、戦闘しながら詠唱していた【痺霧陣】を発動する。

 

「ん!」

 

だがそれも空しく、リィエルが掌底の威力を利用して後ろに飛んだためそれは当たらない。

 

(くそ!これでケリをつけたかったんだがな...出来れば傷つけないようにしてるけど相手はあのリィエルだ)

 

戦闘センスはシンシアよりも格段に上で、さらには場数も違いすぎる。比べることすらおこがましいほどだ。

 

(魔闘術(ブラック・アーツ)と【フィジカル・ブースト】でどうにか対応出来てる...【タイム・アクセラレイト】を使えばなんとかなるかも知れないけど論外だ。どうにか出来なかった時の三秒が痛すぎる!!)

 

シンシアは必死に策を練る。本来シンシアの戦闘スタイルは本能に任せるがまま全力で殴りつけるものだが、今はそれが行えない。

 

シンシアの当初の計画は話し合いでどうにかしようと考えていたが、それは簡単に失敗してしまった。そのために自分が使える唯一相手の動きを完全に止められる【痺霧陣】で麻痺させて、強引に連れていこうとしたのだが...

 

「読まれた、よな...当たる気がしない」

 

少し距離を離した所で、リィエルはまたお得意の高速錬成で大剣を錬成している。そしてそれを担ぎながら一気に距離を詰めてくる。

 

「くそ!考える暇もなしか!!」

 

リィエルの重い一撃を、どうにか回避。そしてシンシアが元いた場所には轟音とともに大きな溝が出来る。

 

「なんちゅー威力...」

 

その一撃に当たった所を一瞬想像して、シンシアは身震いする。あんな物を食らえばほぼ一撃で逝ってしまう。

 

(マジで手抜きじゃ勝てない!ならアレ(・・)を使う?俺の魔術特性(パーソナリティー)なら相性がいいから使えると思うけど、失敗すれば...)

 

と、そこまで考えるとリィエルは問答無用と言いたげに大剣をシンシアに向けて投げつける。それは風を切りながらかなりの速度でシンシアへと飛ぶ。

 

「失敗なんて考える時間すら惜しいな!!《ーーー・」

 

口を片手で隠しながらシンシアは詠唱を初め、そして大剣を空いている手で殴りどうにか方向を変える。だが、

 

「!?やべぇ!!」

 

リィエルがもう目と鼻の先という距離にいる。投げつけられた大剣にシンシアの意識が向きすぎて、近づいてくるリィエルへの注意が完璧にそれてしまっていた。

 

「いいいいいいやぁぁぁああああああ!!」

 

大きなかけ声と共にリィエルの大剣が無慈悲に振るわれる。

 

「頼む!発動してくれ!!」

 

シンシアは詠唱を終えて手を地面につけた。

 

(入った!!)

 

リィエルはその一撃が確実にシンシアに当たることを確信しながら剣を真っ直ぐ迷いなく振った。

 

だがそこで聞こえた音は肉を断つような、鈍い音ではなかった。

 

代わりに聞こえたのは、カンっという高音質の音で。

 

「え??」

 

リィエルは目の前の光景に驚きを隠せなかった。

 

何故なら、シンシアの手には剣が握られているのだから。

 

「うらっ!!」

 

シンシアはそのまま力任せに剣を振り上げてリィエルの大剣を弾き返した。リィエルは後ろに数歩下がりながら、驚きのあまり大剣を少し下げた。

 

「うし!!なんとかいったけど...頭痛ぇなこれ...お前こんなのホイホイやってんの?マジですげぇな...」

 

シンシアはその額から流れる玉の汗を制服の袖で拭きながら、その手に握られている剣をリィエルへと向けた。

 

それはリィエルの大剣のように身の丈に合わない長さではなく、シンシアの体に合った長剣。だが、ただのロングソードとは違う。

 

通常とは違い、刀身には刃ががついておらず、刀身部分は美しい輝きを放っていた。それが東洋で使われている『刀』だと理解するのに、リィエルは少し時間を要した。

 

「それをどこから...」

 

「ああ?お前お得意の高速錬成術だよ。お前が教えてくれたろ?」

 

シンシアは自信満々に言いながら刀を地面に刺す。シンシアはこの魔術、【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】が自分向きであることは、リィエルから教えてもらった時に既にわかっていた。

 

シンシアの魔術特性(パーソナリティー)は『物体の生成・強化』だ。そのために錬金術においては大きなアドバンテージを持ち、さらにはこの【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】のような錬成の魔術とも相性は良い。

 

だがこの魔術は、失敗すれば脳がオーバーヒートして焼ききれる。そのためにシンシアは使わなかったのだ。

 

(一応成功したけど...頭がむっちゃ痛いし、視界が安定しねぇ...反動がキツすぎるだろ...)

 

無理に使ったせいで体へのダメージはかなり大きい。体の節々が悲鳴を上げており、ふらふらと立ちくらみもしている。

 

「さて...続きと行こうぜリィエル?」

 

それでもシンシアはボロボロの体に鞭を打ち、リィエルへと刀の先を向ける。

 

「どうして...」

 

「あ?」

 

「どうしてそこまでするの!?」

 

そう叫びながらリィエルは大剣を横に薙ぐ。それをシンシアは刀で防御するが威力を完全には殺しきれずに横に飛ばされる。

 

「私はシンシアやルミア、システィーナに悪いことをしたのに!!なんで!!」

 

叫びながらリィエルはひたすらに剣を振るい続ける。それをシンシアはどうにか受け流し、防御するが【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】の反動の影響もあり、どうにか防御するのが精一杯。

 

「簡単だ!!お前がいる場所はそこじゃねぇ!!」

 

「違う!!!」

 

そう言い放ちながら、リィエルは大剣を全力で振るう。その一撃に刀は耐えきれずに折れ、シンシアに重い一撃が入る。その衝撃を受けたまま、近くの木を吹き飛ばす勢いでシンシアは飛ばされる。

 

「私は兄さんの!兄さんのために生きると決めた!!だから、そのために!!」

 

「うるせぇ!!!」

 

地面に叩きつけられ、地を這うような姿勢のまま折れた刀の先の部分をリィエルへと投げつけたがリィエルはそれを大剣で簡単にはたき落とす。

 

「はぁ...はぁ...」

 

どうにか立ち上がったが、もう満身創痍だ。

 

体の至る所に打撲や大剣による裂傷。さらには【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】の反動でろくに頭も回らないし、視界もぐらついてうまく見えない。

 

それでも止まれない。止まれない理由がそこにある。

 

「お前は言ったよな...ルミ姉やシス姉、クラスの連中と過ごす時間は...楽しいって...」

 

折れた刀を片手に、どうにか膝をおらないように立ちリィエルに語りかれる。

 

「なら...今お前がやってる事は...自分の大切なもん壊してまでやるものなのか?」

 

「っ!?...そう」

 

「嘘つけ」

 

シンシアは一歩、また一歩と歩みながら話し続ける。

 

「そうなら...そんな辛そうな顔...してるわけねぇだろうが!」

 

もうろくに回らない頭に浮かぶ、自分が伝いたい事を言葉にし続ける。それがリィエルに響くかはシンシア自身にもわからない。それでも、言葉を紡ぎ続ける。

 

「お前はこんなこと...望んでないんだろ!!シス姉やルミ姉達と過ごした時間は無駄だったってのか!?違うだろ!!」

 

「あ、あぁ...」

 

「お前自身も...あの学園の日々が楽しかったんだろう?新鮮な一つ一つに目を輝かせてたじゃねえか!!」

 

「わ、私は...」

 

リィエルの中で、二つの感情がぶつかり合う。兄のために生きなければならないという使命感と、ルミアやシスティーナ、シンシア達に抱いていた感情がぐちゃぐちゃと混ざり合っていくかのように...

 

「私は、私はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

もうわからない自分自身の感情に自暴自棄になり、リィエルは無我夢中でシンシアへと突貫していく。

 

「悪いなリィエル...」

 

それを静かに見るシンシアは、とても落ち着いていた。そしてーーー

 

「俺の...勝ちだ!」

 

「いいいいいいやぁぁぁああああああ!!!」

 

リィエルが大剣を全力で振るために飛び上がったその瞬間、シンシアは【タイム・アクセラレイト】を起動する。そして超高速で動きリィエルの攻撃をギリギリで避けて、そのまま折れた刀の短い刀身をリィエルの首もとへと突き付けた。

 

そこから二人は動かない。そしてきっちり三秒後、シンシアがゆっくりと動いた。

 

「リィエル...帰ってこい」

 

「うう...わ、私...」

 

シンシアが差し出した手を、リィエルは涙目になりながら見る。

 

「お前は...どう...したいんだ?お前のしたいようにしろ。この手をとって...ルミ姉と一緒に宿に戻るのも良い、俺をここで...殺して兄さんとやらの所に...行くのも良し。どうせもう俺は動けないしな...お前が...自分の意志で...選べ...」

 

「私は...私...は...」

 

リィエルは悩む。悩み悩みに悩んだ。そして意を決したかのように手を伸ばそうと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だめじゃないかリィエル。敵の言葉に耳を傾けちゃ」

 

その声と共に、シンシアは横殴りの衝撃によってリィエルの前から飛ばされていく。

 

「がっ!ゲホっ!!」

 

その一撃によって肋骨が折れたのか、シンシアは膝をつきながら地面に血を吐いた。

 

「リィエル、あいつは敵なんだ。僕の邪魔をする、ね。」

 

「兄さん...」

 

そこに現れたのは優しげな面持ちの青年。シンシアよりも年は上ぐらいだろうか、リィエルと同じ青い髪に詰め襟ローブを羽織った青年は笑顔でリィエルに話した。

 

「てめぇが...てめぇがリィエルをたぶらかしたのか!!」

 

「たぶらかしたのは君の方だろう?リィエルは僕のために働いてくれただけだ。そうだろ?リィエル」

 

「私...私は...」

 

「また、僕を見捨てるのかい?」

 

「っ!?違う!!私は!!」

 

その男が悲しげな表情でそう言うと、リィエルは焦るように言葉を紡ごうとするがいいものが思い付かない。

 

「そうだよね、リィエルは僕のために、僕を助けるために働いてーーー」

 

「その口を閉じろ!外道が!!!」

 

シンシアは痛む体なんて気にせずに、全身に【フィジカル・ブースト】をかけてその男へと走り出す。

 

そして男との距離がもう一挙手というところまでになり、握り拳を作った右腕で殴り飛ばそうとした。が、

 

「うっ!あがっ!!」

 

視界が一気に揺らぎ、そこで【フィジカル・ブースト】の効果は切れ、シンシアはその男の前で倒れ伏す。全身にひどい痛みが走り、口から血を吐き、顔は青白くなっている。

 

「【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】の反動に、リィエルとの戦闘でのダメージ。そして極めつけはマナ欠乏症、と言った所かな?もう動く事も出来ないだろう?」

 

「くっ!!ち...くしょう!」

 

地べたを舐めながら、シンシアは睨むようにその男を見るがもう視界が歪みすぎて顔もうまく見ることが出来ない。

 

(ここまで...かよ...すまねぇシス姉...ルミ姉...リィ...エル)

 

シンシアは徐々に重くなる瞼に抵抗しながら、それぞれに謝った後、完全に意識を手放した。

 

 

「さて気を失った事だし...」

 

シンシアが気を失った事を確認すると、その男はシンシアへと手を向けて詠唱を始めようとする。

 

「待って兄さん!!」

 

「ん?どうしたんだいリィエル?」

 

いきなりその男とシンシアの間にリィエルが立つ。それはまるで、シンシアを庇うかのように...

 

「シンは...シンは殺さないで。お願い...」

 

「そうは言っても、ん?待てよ?」

 

男はシンシアの顔をまじまじと見た後、またリィエルに向き直る。

 

「わかった、彼は殺さない。だけどこのままじゃ死んでしまうから、一度研究所に連れていくよ。リィエルは先にルミア=ティンジェルを連れていってくれ。」

 

「わかった。ありがとう兄さん」

 

それだけ言うと、リィエルは踵を返してまたルミアを担いで走り去った。

 

それを見送ると、男は通信用の魔導器を取り出して通話を始める。

 

「僕です。ええ、予定通りルミア=ティンジェルは捕獲、リィエルがそちらに運んでいます。そして、面白い実験体も一緒に捕まえましたよ。どうします?バークスさん?」

 

その通話をする男の顔は、先程のような柔和な笑みではなく下卑た笑みを浮かべていた。

 

夜はまだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 



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どんな凶悪な魔術よりも、人間の方がよっぽど恐ろしい


今回は今後の展開にも関する重要な回です。

それではどうぞ!!


「...ここは...」

 

鈍い思考のなか、グレンは目を覚ました。そこは宿の一室で、自分はベッドに横になっていた。その後自分が気を失うまでの事をどうにか思い出そうとする。

 

「確かリィエルを探しにいって...んで俺はあいつに刺されて...」

 

「やっと起きたか、相変わらずしぶとい奴だ。」

 

いきなり横からかけられた声に、緩慢な動きで反応する。そこには目付きの悪い昔の同僚の姿がそこにはあった。

 

「アルベルト...お前が助けてくれたのか。ありがとうな」

 

「礼は俺ではなく、そこのフィーベルに言え。その娘がいなければ、お前は助からなかった。」

 

「白猫?」

 

グレンは横を見ると、システィーナがグレンの寝るベッドに寄りかかりながら眠っている。

 

「その娘のお陰で、【リヴァイヴァー】が成功したんでな」

 

「【リヴァイヴァー】だと!?」

 

白魔儀【リヴァイヴァー】

 

施術者の生命力を相手に移植する高等魔術。それにはかなりの魔力が必要になる。グレンの負った致命傷を直すとなれば、アルベルトの持つ魔力量では賄いきれないはずだった。

 

「こいつそんな凄い奴だったんだな...」

 

通常複数人で行う魔術を、たった一人で行ったシスティーナの潜在能力にグレンは感嘆の声を漏らしながら、グレンはどうにかベッドから起き上がる。

 

「今状況はどうなってる?」

 

「リィエルが帝国宮廷魔導士団を裏切りお前を攻撃。そして俺がそこに駆けつけようとしたときに、天の智恵研究会の魔術師であるエレノア=シャーレットに足止めを食らった。」

 

アルベルトは淡々と事実だけを告げていく。

 

「そして俺が足止めを受けている間に、リィエルはルミアを誘拐して行方知れずというわけだ。」

 

「くそ...大体予想はしてたが、まさか本当に裏切るかあのバカ...」

 

グレンは顔を歪めながら毒づいた。それは気がつけなかった自分へ向けたものなのか、それともリィエルをたぶらかした天の智恵研究会に向けたものなのか、アルベルトにはわからなかった。

 

「それともうひとつ面倒な事が起きている。」

 

「あ?なんだよ面倒な事って...」

 

「シンシアがルミアを誘拐したリィエルと接触し、戦闘となった。」

 

「はぁ!?」

 

グレンは胸の痛みも忘れて大きく叫んだ。

 

「ちょっと待て!!なんでシンがそこで出てくる!!あいつは確かカッシュ達と飯を食いに行ったのを俺は見たぞ!!」

 

「そうなった過程は知らんが、戦闘になったのは事実だ。」

 

「それであいつはどうなったんだ!まさか...リィエルの奴が...」

 

そこでグレンの頭に思い浮かぶのは、シンシアにあの大きな大剣を突き刺すリィエルの姿。それが事実ならば、リィエルをこちらに引き戻すのはほぼ困難になってくる。

 

「シンシアはリィエルと戦い、引き分けた」

 

「引き分け?あのリィエルが!?」

 

「ああ、俺も見ていて驚いた。まさかあのリィエルと互角に渡り合うとはな...」

 

アルベルトの声には少なからず驚愕が込められていた。それも無理はないだろう。リィエルは腕の立つ魔術師が集まる特務分室でもエースであったのだ。その彼女の強さは、よくコンビを組んでいたアルベルトはグレンはよくわかっている。

 

それをただの学生であるシンシアが対等レベルで戦った事は驚くしかない。

 

「結局無事なのか!?」

 

「わからない」

 

「は?どういうことだ?」

 

アルベルトが顔をしかめながら答えたその言葉に、グレンは食いついた。

 

「シンシアがリィエルとの戦闘を終えた後、何者かが二人に接触。その後シンシアはリィエルとのダメージが災いして気を失った。そしてその男が、リィエルと共にシンシアを連れ去った。そこまでしか俺にはわからん。今あいつが生きている保証は何処にもない。」

 

「男!?あいつか!!」

 

「心当たりがあるのか?」

 

「...あいつの『兄貴』だ。それだけ言えばわかるだろ?」

 

グレンが押し黙るように呟いたその言葉に、アルベルトはゆっくりと口を開いた。

 

「なるほど、そういうことか。まぁ情報が少ないが仕方がない」

 

「おい、どこに行く気だ?」

 

アルベルトはグレンに背を向けて、扉のあった(シンシアが蹴破ったので今はなにもない)場所へと歩き始めるのを、グレンは呼び止めた。

 

「連中の潜伏先は既に目星がついている。俺はこれから王女と先走ったお前の生徒を助けに行くだけだ。その障害としてリィエルが現れるのなら、俺はリィエルを殺す」

 

アルベルトは静かに、だがその瞳に明確な意志を持ってそう言った。それはもう覚悟を固めているかのようにグレンには見てとれた。

 

「待てよ、俺も連れていけ。あいつと話をさせろ」

 

「あの女が聞くと思うか?クラスメイトを手にかけようとしたんだぞ?」

 

「それでもだ!!」

 

グレンは頭に浮かぶ、リィエルがクラスの者達であるシスティーナやルミア、シンシアと楽しく過ごしていた光景。それが壊されるのは、グレンは我慢ならない。

 

「俺はあいつの教師だ!!自分の生徒が道を踏み外しそうになるんなら、俺はそれを正しに行く!!んでもって突っ込んでいったバカも助ける!!」

 

すべてを話終えると、両者の間に沈黙が流れる。その沈黙を破ったのはアルベルトだった。

 

「お前は変わらんな...だからこそ、俺はお前に期待するのかもしれん(・・・・・・・・・・・・・・)

 

それだけ言うと、アルベルトはいきなり動き出しグレンを殴り付けた。その勢いのまま、グレンは壁に叩きつけられた。

 

「帝国宮廷魔導士団を何も言わずに去った落とし前は、これで勘弁してやる。」

 

アルベルトは懐から何かを取り出し、それを床に倒れているグレンの下へと投げた。

 

「な!?これは...《ペネトレイター》!?」

 

それはグレンが宮廷魔導士団に所属していた時に愛用していた魔銃。銃身には幾つかルーン文字が刻まれており、月明かりによってより黒く輝きを放つ。

 

「条件は二つ。一つは、俺はあくまでも王女とシンシアの救出を最優先する。二つは、状況がリィエルの排除を余儀なくした場合、俺はリィエルを討つ。以下の二点を邪魔しない限り、リィエルはお前に任せる。」

 

未だにアルベルトから渡されたそれに驚いているグレンを無視しながら、アルベルトは話初め、それが終わるとそそくさと部屋から出ていった。その内容は普通に聞けば、無慈悲な言葉だろうが、長年の付き合いであるグレンには違う。

 

「ははっ!そういえば、お前はそういう奴だったな」

 

グレンは自分の足元にある愛銃を拾いあげ、講師用のローブを羽織った。そして近くで眠るシスティーナを一瞥する。

 

「サンキューなシスティーナ。お前のお陰で助かった。三人連れて絶対に帰ってくる。」

 

そしてグレンはシスティーナに背を向けて、部屋を出ていく。その部屋の近くの壁に、アルベルトは背中を預けながら待っていた。

 

「さてと、行くか相棒!」

 

「俺はお前が相棒なのは心底ごめんなのだがな...」

 

二人で軽口を叩きながら、ルミア、シンシア、リィエルの救出に動き始めるのだった。

 

ーーー

 

グレン達が動き始めた少し後、シンシアはゆっくりと目を覚ました。

 

「どこだここ?」

 

シンシアはどうにか動こうとするが、ジャリンという音と共に動きが遮られる。

 

「鎖で拘束か...」

 

意外にも冷静な自分の頭に驚きながら、自分の状況を確認する。

 

(多分ここは、天の智恵研究会の奴等の拠点か...てことはリィエルもルミアももしかしたらここにいる?)

 

少し気を失っていたのが災いしたのか、今はリィエルと戦っていた時ほど体に痛みはなく、視界も明瞭だ。だが周りは明かりひとつついていないので、周りがどうなっているのかはわからない。

 

「とにかくここから出てーー」

 

「出れると思っとるのか?坊主が!」

 

シンシアの独り言に返す言葉が、暗い闇から聞こえた。かつかつという音を響かせながら、何者かがシンシアの下へと近づいてくる。それは徐々に人の形をとりーー

 

「な!?バークス...さん?なんで!!」

 

「ふん!貴様のようなバカは扱いが簡単で楽でいい!!」

 

つい数時間前に会ったときのような親しみやすい雰囲気はなく、そこにあるのは目を野心と欲にギラギラとさせる獣のような男の姿だった。

 

「全く、あの男がいいサンプルが見つかったというから見てみれば貴様だとはな。模造竜(ファクティスドラゴ)を食い入るように見ていた貴様は傑作だったぞ?あんな不良品を面白がる者がいるとはな...」

 

「不良品、だと...?」

 

シンシアの中で、バークス=ブラウモンの人物像がどんどん変わっていく。そしてシンシアは、そのバークスの発言に怒りを覚えた。

 

「そうとも!もともとはあの計画のための実験だったが、まともな物が生まれない。本当に資金の無駄だったよ!!あんなものはゴミ屑と変わらんな」

 

「あんた...それ本気で言ってんのか?」

 

「ん?」

 

バークスは奇妙な事を聞いたように首を傾げながら、シンシアを見る。

 

「てめぇは命を、命をなんだと思ってやがる!!」

 

「偉大な成功のために役にたつかもしれんのだぞ?逆にありがたいと感謝して貰いたいほどだ、まぁ結局なんの役にもたたんかったがな」

 

バークスは下卑た笑みを溢しながら高らかにそう叫んだ。

 

(こいつ...狂ってる。本物の屑だ...!!)

 

あの時一瞬でもバークスをいい人だと思った自分を殴ってやりたくなるが、今は両手を鎖で拘束されているため動けない。

 

シンシアがバークスへの嫌悪感を露にするなか、バークスはまだ一人語りをやめない。

 

「貴様もあの女と同じだな。現実を何も知らん、魔術の進歩には犠牲が付き物だ。それはあのルミアとか言う女も例外ではないがな...」

 

そのバークスが呼んだ名前に、シンシアの体は強張った。

 

「ちょっと待て、ルミ姉が犠牲ってどういうことだよ!!」

 

鎖の伸びる限界まで引き延ばし、シンシアはバークスへと肉薄するがバークスは余裕の表情でそれを見下しながら嘲笑うかのように口角を上げる。

 

「彼女は私の計画『Project:Revive Life(プロジェクト リヴァイヴ ライフ)』のために異能を使ってもらっていてね。強引にだが、それももう少しで完成する!!」

 

「『Project:Revive Life(プロジェクト リヴァイヴ ライフ)』だと!!」

 

魔術知識が豊富なシンシアにとって、その計画の名がここで出るのは予想外だった。

 

それは簡単に言えば、死者を蘇らせる計画。復活させたい人間の精神情報を違うものに変換し、代替精神を作り、肉体の代わりに錬金術で元の遺伝情報から作る。そして初期化した霊魂の三つを合成して一人の人間を蘇らせる、というものだ。

 

「あの計画は、通常のルーンじゃ無理なはず...そうか!!だから代わりに竜を作ったのか!?」

 

「ほう?ただのバカかと思えば、知識だけはあるようだな。その通り、この計画を実行しようとするには確実にルーンの機能限界にたどり着いてしまう。そのため、最初の魂が発したとされる『原初の音』に近い物が必要になる。そこで私たちが目をつけたのが、竜言語という訳だよ」

 

通常魔術を使うときに詠唱をするが、その時に使われる魔術言葉をルーンという。だがこれは万能ではなく、行えることに限界がある。そのルーンの上を行く魔術言語が、竜言語である。

 

「あれならば私はこの計画を成功できると思ったが、それもあんなゴミを作るだけだった。だが今回は違う!!ルミア=ティンジェルの異能、『感応増幅』があれば成功する!!」

 

そのバークスの言葉にはかなりの熱がこもっていた。目は狂気じみたように見開きながら高らかに語り終えた。

 

「そしてそれが終われば、あの気丈な態度の娘を『教育』してやるのだ。それも楽しみで仕方がない」

 

「『教育』?」

 

「そうとも!!あの凛とした目、何者にも屈しないという強い意志!!それを見るとイライラする。徹底的に締め上げて屈服させてやろう!!!あの小娘の心が折れるのを見るのが楽しみだ!!」

 

狂ったように笑いながら、バークスは話し続ける。その狂気染みた叫びを聞いた時、シンシアの中で何かがキレた。

 

「お前は...」

 

「おん?なんだ?」

 

シンシアが何かを囁いたが、バークスは聞こえなかったのか聞き返す。すると、シンシアは俯いていた顔を上げてーー

 

「お前は!!お前は生きてちゃいけない人間だ!!!」

 

そう叫ぶとシンシアは両手を抑える鎖を触り、詠唱していた錬金術で鎖を壊す。そしてそのままバークスへと近づき、魔力を全力で込めた拳をバークスへと叩き込もうとする。リィエルとの戦闘でのダメージや、【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】の使用による反動はまだ体に残っているが、今はそんな事関係ない。

 

シンシアの中には、自分の家族を、大切な命を弄ぶバークスを倒すことしか頭になかった。

 

そして岩をも砕くシンシアの一撃が、バークスへと入ると思われたその時、

 

「な!?止めた!?」

 

シンシアの攻撃を、バークスは意図も簡単に受け止めたのだ。シンシアは得意の『魔闘術(ブラック・アーツ)』は当たった場所に溜め込んだ魔力を流して爆発させる物だ。

 

だがまるでダメージが通っていないかのように、バークスはその場に佇んだままシンシアの握り拳を掴んでいる。

 

「このバカが!!」

 

バークスはそのままシンシアを投げ飛ばす。常人に出せる力を優に越えたその投げは、シンシアを部屋の壁にへと叩きつける。

 

「がっ!!ちっ!!」

 

「ほれほれ逃げてみろ!!」

 

そう言いながら、膝に手をおいてどうにか立ち上がったシンシアに向けてバークスは右手を掲げる。すると、その手から炎が舞い上がりシンシアに襲い掛かる。

 

「やべ!」

 

シンシアはとっさに【タイム・アクセラレイト】を使い火の手から逃れるが、前の戦闘の影響でうまく維持できずにすぐに体の動きが遅くなる。

 

「しまっ!?」

 

「とろいのぉ!!」

 

今度は左手を振るうと、辺り一面の温度が急激に下がり始める。そして徐々にシンシアの足が凍りついていく。

 

「くそ!!《万象に(こいねが)う・我が腕手(かいなで)に・剛毅なる刃よ》っ!!!」

 

詠唱を終えるとシンシアは地面に触れる。そして地面に稲妻が走り、地面からリィエルが使うものと同じ大剣が姿を現す。大剣を出す間に激しい頭痛が起きたがそれを気合いで沈め込み、大剣をバークスへと投げつける。

 

「その程度!!」

 

しかしバークスは余裕綽々と大剣を避ける。

 

「お前は少し静かにしていろ!!《雷精の紫電よ》!」

 

「ぐっ...」

 

バークスが発動した【ショック・ボルト】を足を凍りつかされたシンシアが避けられる訳もなく、それはそのままシンシアへと直撃する。

 

バークスはシンシアの足の氷を溶かすと、痺れによって立てなくなりシンシアはその場に倒れ伏せた。

 

「小うるさいハエだな。力も無いのにししゃり出てくるとは、無謀としか言えんぞ?」

 

「くっ!!」

 

嘲笑を浮かべるバークスをシンシアが睨むが、もうシンシアには立ち上がる余力も残っていない。気を失っている間に少しは魔力も体力も回復していたが、あれだけの攻撃をくらい、さらには【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】まで使えばそんなものはあっさりと消えていく。

 

その時、部屋に大きな振動が伝わる。

 

「な、なんだ!?何が起こっている!!」

 

バークスは焦りながら、通信用の魔導器から連絡を入れる。それに返すのは若い女の声だった。

 

『侵入者ですわバークス様。敵戦力は二人、帝国軍宮廷魔導士団、特務分室所属の《星》のアルベルト様と帝国魔術学院魔術講師のグレン様ですわね』

 

「なに!?グレンだと!!奴はあの小娘が殺したのではないのか!?」

 

「...ふふっ」

 

そこで聞こえた微笑に、バークスは後ろを向いた。そこには、絶対絶命の状況であるにも関わらず笑みを溢すシンシアの姿だった。

 

「貴様!何がおかしい!!」

 

「あの先生が、そう簡単にくたばるわけねぇだろうが。それに今度はアルベルトさんもご一緒か、なら安心だな。お前らの負けだよ屑ども」

 

「くぅ...軍の犬が!!もういい、私が手を下す!!」

 

そう言うとバークスは通信用の魔導器を投げ捨てた。そしてシンシアへと相対する。

 

「さっさと諦めたらどうだ?それとも、俺とまだやるか?」

 

シンシアは地面に伏せながら顔だけをバークスへと向ける。

 

(先生達が来てるなら、俺がこいつを少しでもここで足止めすれば先生達がより早くルミ姉の所に行ける!!だから少しでも時間を...)

 

とそこまで考えた時、バークスの顔が大きく歪む。そしてゆっくりと口を開いて話初めた。

 

「奴等も殺すが、先に貴様をいたぶるか...」

 

「へ...そんな暇があるのか?」

 

軽い調子で返すが、シンシアの額には冷や汗が流れていく。バークスのその歪んだ顔からは、何か恐ろしい物、非人間的な何かをシンシアは感じたのだ。

 

そして、それは現実となる。

 

バークスは懐から小さな金属製の注射器を取り出した。

 

「これを受けても、まだそのふざけた笑いを浮かべられるか?」

 

注射器の中身は赤黒い液体。その色に、シンシアの本能が危険信号を全力で鳴らし続ける。

 

「なんだ...それ...」

 

「やはり貴様のようなゴミには、ゴミを与えるのが一番だと思ってな。これは、お前も見た模造竜(ファクティスドラゴ)の血だ。」

 

「っ!?!?」

 

そこでついに、シンシアの顔から余裕が無くなる。それを見たバークスは歪めた顔をさらに歪めながら笑い出す。

 

「これを人間であるお前に打てば、どうなるだろうな?」

 

シンシアの顔が恐怖にまみれるが、バークスはシンシアへと徐々に近づいていき、シンシアの首もとに注射器を着けた。

 

「『Project:Revive Life(プロジェクト リヴァイヴ ライフ)や竜言語も知っているほど博識な貴様なら、こんなものを打たれればどうなるかはわかっているだろう?」

 

「......」

 

シンシアは無言を貫くが、シンシア自身もそれの結果は分かりきっていた。

 

竜は人知を越えた強大な力を持つ。そんな魔獣の血を体に入れられれば確実にシンシアの体は持たない。それにその血は竜は竜でも人口的に作られた竜の血。下手をすれば精神にも害を及ぼし兼ねない。

 

万が一、その血が体に順応するかもしれないが、その確率は0,1パーセントにも満たない。

 

つまり、打たれれば確実な死がシンシアを待つということだ。

 

「ここで最後に聞こう、貴様が我々に協力するというのなら打たずにおいてやろう。さぁどうーー」

 

「嫌だね」

 

「なに?」

 

それでもシンシアはバークスからの誘いを一蹴する。不敵に笑い、そして目に強い意志を込めながらバークスを睨み付けた。

 

「貴様はわかっているのか?死ぬのだぞ?」

 

バークスの驚きの表情を面白そうに見ながら、シンシアはこう言った。

 

「死なねぇよ、順応してやる。確率がどれだけ低かろうも関係ねぇ!!てめぇら屑の思惑で死んでたまるかボケが!!」

 

恐怖はある。死ぬのはもちろんシンシアであろうと怖い。だが、それ以上にシンシアの中の正義感が悪に屈する事を許さなかったのだ。

 

「ならば望み通りくれてやる!そして死ね!!」

 

バークスは注射器の針をシンシアの首に差し、打ち子をぐっと押し込んだ。

 

その瞬間、シンシアの全身に電撃が走った。

 

「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

体の至るところが、まるで剣に刺されたかのように痛み出す。体が入り込んだ異物を拒絶する、それと共に竜の血が体を破壊していくのが自分でもよく分かる。その痛みは先程ついたリィエルの攻撃によるダメージなど比ではない。

 

痛みに耐えきれず、シンシアはその場をのたうち回る。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

痛みのあまり叫び続けるシンシアを、バークスは愉快そうに見る。右目からは大量の血涙を流し、口からは血反吐を吐き、床は真っ赤に濡れていく。その血の海の上で、シンシアは体に入った異物による痛みに泣き叫ぶ。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁああああ!!あぁぁぁぁ...」

 

最後に大きく叫びながら仰け反ると、シンシアはゆっくりとその血の海へと倒れ伏し動かなくなる。

 

「死んだか...成功などするはずが無い。ただの道化が」

 

バークスは興味を無くしたのか、シンシアをもう見ずに部屋から出てグレン達を迎え撃ちに行く。

 

 

部屋には、ただただ静寂が動かないシンシアを包んでいた...

 

 

 

 

 



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リィエル=レイフォード

 

《其は摂理の円環へと帰還せよ・ー》

 

バークスの隠れ家である地下へと続く道のなか、アルベルトとグレンはキメラが蔓延る道を、キメラを撃破しつつ進んでいく。

 

今目の前には宝石獣と呼ばれる亀型キメラが立ちふさがっている。その体は魔鉱石によって作られており、大抵の攻撃ではダメージは通らない。

 

ならばどうするか?それならば、その防御力を越える一撃を叩き込めばいい。簡単な話だ。

 

「ォォォォォ....」

 

宝石獣が唸り声をあげながらグレンに襲い掛かろうとするが、それをアルベルトが遮る。

 

「《鋭く・吠えよ炎獅子》、《吠えよ》《吠えよ》!」

 

そうアルベルトが唱えると、宝石獣の足元で三度の爆発が起こり、宝石獣の足を止める。それを確認し終えるとアルベルトは自分の後ろに立つグレンへと視線を移す。

 

「《五素より成りし物は五素に・(しょう)(ことわり)を紡ぐ(えにし)は乖離すべし・ー》

 

グレンは宝石獣を見ながら、ゆっくりと、だが確実に詠唱を進めていく。それはこの圧倒的な強度を誇る魔獣すら打ち破る一撃を放つ、グレンの持つ最高威力の魔術。

 

「ォォォォォ!!」

 

それを宝石獣も感じ取ったのか、目の前のアルベルトではなく狙いをグレンへと定めて吠えると、グレン目掛けて稲妻が飛ぶ。

 

「《光の障壁よ》」

 

だがそれで焦るアルベルトではない。アルベルトは冷静に障壁を張り、稲妻を断つ。その間にも、グレンの詠唱は続き遂には終わりへと近づいていく。

 

《いざ森羅の万象は(すべから)く散滅せよ・ー》」

 

グレンの左手の前には三段の魔方陣が高速で回転し始める。

 

「《遥かなる虚無の果てに》っ!!」

 

そして詠唱を終えると、グレンは左手を突き出し三段の魔方陣を前面に展開する。そしてーー

 

「ぶっ飛べ有象無象!!黒魔改【イクステンション・レイ】!!!」

 

グレンの左手から三つの魔方陣を貫き、光の衝撃が宝石獣を襲う。その光は圧倒的で、宝石獣はその光に飲まれ見えなくなる。

 

そして残ったのは、体の大半を抉られた無惨な宝石獣の姿のみだった。

 

「はぁ...はぁ...きっついな...」

 

グレンは肩で息をしながら、両手を膝についた。グレンではまだこの魔術、【イクステンション・レイ】を放つには技量が足りない。元々これは『神殺し』の異名を持つグレンの師であるセリカ=アルフォネアが作り出した魔術。グレンはそれを裏技を使い、本物の少しの威力を使っているに過ぎない。

 

それでもグレンには相当に厳しい事で、今もマナ欠乏症一歩手前だ。

 

「ご苦労だった。これを使え」

 

そこでいつの間に後ろに移動したのか、アルベルトがグレンに何かを投げる。

 

「こいつは、魔晶石?」

 

「使え、そうすれば少しは楽になるだろう」

 

魔晶石は、魔力が無くなったりした時などの非常事態に自分の魔力を補給するための物だ。自分の魔力を少しずつ貯蓄していき、それを非常時になれば使うのだが、この動作は一流でもなかなか難しい技術なのだ。そのため魔晶石とはかなり高価な物なのだ。

 

「へっ...甘いのはお前も一緒なんじゃねぇのか?」

 

「知らん、先に進むぞ。もう少しで敵の本陣だ。」

 

そこで話を終わらせ、アルベルトはグレンに一瞥もくれずに進んでいく。それをグレンはふらふらと歩き着いていく。そして二人は通路の奥にある扉を開いた。

 

「ここは!?」

 

そこで二人が見たのは、おぞましい物だった。部屋には大量の円筒ガラスが並ぶ部屋だった。だがそれだけならまだいい、問題はその中身だ。その中にあるのは、人間の脳髄だった。

 

「な、なんなんだよ...これ...」

 

グレンが唖然とするなか、アルベルトは一つ一つ円筒ガラスを見ていく。

 

「...全ての円筒に異能力名がラベルされているな、これは恐らく『異能者』の成れの果てと言ったところか。

確か内定調査によると、バークスは相当の『異能嫌い』だったようだ。恐らく奴は、異能者を人間だと思っていないのだろう」

 

「これが人間のやることなのかよ!!」

 

ガンと鈍い音をたてながら、グレンは近くの壁を殴り付けた。アルベルトもその表情をいつも以上に険しくしながら怒りを露にしている。

 

「!?まてアルベルト!!こいつはまだ生きてる!!早く助けー」

 

「やめろグレン、そいつはもう...」

 

アルベルトは悲痛な面持ちで首を横に振る。グレンが見つけたのは、他の円筒ガラスの中にいる少女だ。まだ年齢はグレンの生徒達となんら変わらないその少女はまだ息をしていた。

 

だが、両手両足を切除され全身を多数のチューブに繋がれている彼女は最早生物として生きてはいない。正確には生かされている状態だ。

 

そこで彼女はグレンの目を見ながら、ゆっくり口を動かした。

 

コ、ロ、シ、テと。

 

その一言に絶望しそうになった、その時だった。アルベルトがグレンの前に出て、聖句を述べ始める。グレンには、アルベルトが何をしようとしているのか理解出来た。だがそれを止められない。

 

止めたところでグレンには何も出来ない。少女はもう、どれだけ願おうと救うことは出来ないのだ。

 

真に、かくあれし(ファー・ラン)

 

最後の聖句を唱え終わると、詠唱済み(スペル・ストック)していた【ライトニング・ピアス】を少女の胸へと放った。その雷は正確に少女の胸を貫き、少女の命を刈り取った。

 

「悪いな...嫌な役目を押し付けちまって」

 

「気にするな、お前では出来ないのは理解していた」

 

二人の間に重苦しい空気が漂う。

 

「貴様らぁ!!自分が何をしたのかわかっているのか!!」

 

そこで望まぬ乱入者が現れる。それはこの目の前の惨状の元凶、バークス=ブラウモンその人だった。

 

「なぁ、お前聞くだけ無駄だろうが。少しは罪の意識とかはねぇのか?」

 

「はぁ?罪の意識?何をふざけた事を。全く、貴様のような教師だから、生徒も生徒なのだな。」

 

「なんだと?」

 

いきなり引き合いに出された自分の生徒に、グレンは眉を潜める。

 

「あのガキ、白髪のガキも同じ事をいっとったわ。命をなんだと思ってるんだとな。実に下らん」

 

「おいテメェ!!シンをどこにやった!あいつは無事なんだろうな!!!」

 

グレンはここ一番の怒りを、バークスへと向けた。

 

「ふふ、それは自分で確かめるがいい。まぁたどり着ければの話だがな」

 

「いいぜ!ここでテメェをぶっ倒してーー」

 

「待てグレン、この男は俺が相手しよう」

 

今にも殴りかかりそうなグレンをアルベルトが制す。その瞳には、明らかにいつもよりも鋭さを宿した意志が籠っていた。

 

「お前は早くリィエルを説得に行け。シンの生存が不確かな今、一分一秒も時間が惜しい。それに、今この瞬間にも、王女があのような姿にされつつある可能性を否定出来ない。だから行け。」

 

「......援護頼むぞ」

 

それだけ告げると、グレンは走り出す。目指すはバークスの背後の出入口。

 

「馬鹿が!《猛き雷帝ー》

 

「《気高く・吠えよ炎獅子》!」

 

バークスの詠唱よりも早く、アルベルトの【ブレイズ・バースト】が放たれる。その炎はグレンだけを避けるように放たれ、バークスのみを包み込む。

 

そのままグレンは何の障害もなく、出入口から出ていった。

 

「さて、お前はここで俺が裁く。異論は認めんぞ」

 

「たかが帝国の犬が!!吠えずらをかかせてやろう!!」

 

そして両者が魔術を放ち、戦いの火蓋がきって落とされた。

 

ーーー

 

「おりゃぁぁぁあああ!!」

 

勢いよくグレンは最後の扉を蹴破った。その大きな音に、その場にいる全員が驚愕の表情を浮かべる。

 

「先生...!」

 

「悪いなルミア遅くなって。」

 

「本当に...無事でよかった...」

 

そこで気丈に振る舞っていたルミアが涙を流した。その姿にグレンは笑みを返して目の前の二人に目を向ける。

 

グレンを見て驚くリィエルの兄を名乗る少年と、その少年を守るように剣を構えるリィエルに。

 

「おいリィエル、いい加減にしろよ。さっさとこっちに戻ってこい、今なら頭グリグリするだけで許してやる。」

 

「嫌。私は兄さんのために戦う、それが私の存在する理由」

 

そのリィエルの目には光がない。何か、目を向けるべき何かから目を背け、機械的になっているようにグレンには感じた。

 

「おいおいどうした?俺をブッ刺した時はそんな暗い顔じゃなかったじゃねーか。なんかあったのか?」

 

「...うるさい。グレンには関係無い」

 

「なら当ててやるよ。シンになんか言われたんだろ?」

 

「っ!?」

 

一瞬、リィエルの大剣の剣先が震える。それが動揺の証だとグレンはすぐに理解した。

 

「お前がシンと戦ってたのは知ってんだぜ?あいつはあいつで後で叱らなきゃならんが、とりあえず今はお前だ。お前もわかってんじゃないのか、自分はそんな事をしたくないんだって」

 

「ち、違う...私は...」

 

リィエルが少し後ずさりながら、目を背ける。

 

『お前はこんなこと...望んでないんだろ!!シス姉やルミ姉達と過ごした時間は無駄だったってのか!?違うだろ!!』

 

リィエルの頭の中で、シンシアの言葉が反響する。その度に、リィエルの心の芯が大きく揺らぎ続ける。

 

「お前がいるべきはそこじゃない。お前には陽向がお似合いだ。」

 

「リィエル!!あいつの言葉に気を向けるな!!」

 

グレンとリィエルの兄が、リィエルを間に声をかける。それにリィエルはさらに心が揺らぐ。

 

「私は...兄さんのために生きる...そう決めた...」

 

「ああそうか。なら、俺に一つ教えてくれよリィエル」

 

リィエルの呟きに、グレンはそう問いた。

 

「お前の兄さんの名前ってなんだ?」

 

「......え?」

 

その瞬間、リィエルの動きが完全に止まりグレンの方へとゆっくり顔を向けた。

 

「そんな大好きなら、名前教えてくれよ?ほら、さぁ。」

 

「名前...兄さんの名前...」

 

「おいおい早く教えてくれよ。」

 

「兄さんの名前、名前は!....うっ、頭が痛い...なんで?」

 

何故かリィエルの頭に兄の名前が浮かばない。それを思いだそうとすると、その名前が消えていくように思い出せなくなる。

 

「兄さん...兄さんの名前は...なんだっけ?」

 

「僕は僕だ!今そんなことはどうでもいい!!」

 

「でも!わたし!!うぅ!!」

 

リィエルがさらに名前を思いだそうとするが、あまりの頭の痛みにその場に座り込む。

 

「グレン=レーダス!僕の妹に何を!」

 

「うるせぇ!このニセモノが!!お前はリィエルの兄じゃない。だろ、ライネル!!」

 

「っ!!」

 

リィエルの兄、ライネルは顔を驚きで埋めつくしながらグレンを見た。

 

「リィエル、お前の兄さんの本当の名前は、シオン」

 

「シオン...シオン...」

 

その名前を口にした瞬間、リィエルの中で空白だった物が埋まっていく。

 

(そうだ。思い出した)

 

そこでリィエルの頭に浮かぶのは、今まで頭の奥底で眠らせていた記憶。

 

だが、その記憶にはおかしな部分があった。それは...

 

「私が...イルシア?私はリィエルの筈なのに...」

 

そこで呼ばれる自分の名前はリィエルではなくイルシア。その事がリィエルには疑問でならない。

 

「二年前、俺とアルベルトは天の智恵研究会が運営する研究所を強襲した。その支部に居たシオンという名の内通者と突然連絡が取れなくなったからだ。」

 

グレンはゆっくりと真実を語り始める。それをその場にいる誰もが息を飲んで聞き入っている。

 

「その道中、俺達はシオンの妹であるイルシアを発見した。だが彼女は何者かに受けた傷で...すぐに息を引き取った。」

 

「そしてその後、その研究所でシオンの遺体を発見。同時にある少女を保護した。その少女はイルシアの記憶を受け継いでいて...名を『リィエル』と言った。」

 

「それって...」

 

全てを理解したのか、ルミアは声を震わせながら呟いた。

 

「リィエル、お前は世界初の『Project:Revive Life』の成功例。イルシアの記憶を受け継ぎ、錬金術で体を作られ生まれた魔造人間だ」

 

「そんな...嘘...嘘だ...」

 

絶望したように首を横に振りながら、リィエルは『兄』の方を向いた。

 

「兄さん...嘘だよね...」

 

リィエルは乾いた笑みを浮かべながら、『兄』へと向く。それはまるで最後の希望をみるかのように。

 

だがーー

 

「ちっ。やっぱりがらくたはがらくたか...」

 

いきなりその男の口調が変わる。優しげな雰囲気はもう無く。そこには非情で冷淡な声だけが響く。

 

「お前をどうにか手駒にしようと色々手を尽くしたんだが、それもこれも全部グレン=レーダスに潰されたよ!!」

 

「そんな...嘘...だ...」

 

リィエルの目に写る物を、絶望が黒く塗りつぶしていく。

 

「全く、これには失望したよ。こんなコロコロ自分の意志を変えるなんて。本当にがらくただね。」

 

「お前...黙れよ」

 

グレンは腰からペネトレイターを引き抜き、ライネルへと向ける。だが、それでもライネルには焦る様子はない。

 

「怖い怖い。それを少し下げてくれよ」

 

逆に余裕のその態度に、グレンは不審に思った。

 

「兄さん...全部嘘だよね?...兄さんは私の兄さんで...昔も...今もそうだよね...?」

 

まだ現実を見れないリィエルは、これだけの事を言われても兄にすがり付く。だが...

 

「もちろん君は大切な妹だ。けど...」

 

そしてライネルは歪んだ笑みを浮かべながらーー

 

「もう要らないや」

 

「てめぇぇぇぇぇ!!」

 

グレンは直ぐ様ペネトレイターの引き金を引く。鉛玉が狂い無くライネルの頭へと飛んでいく。だが、それは横から現れた何かに遮られた。

 

「なんだと!?」

 

ライネルを守るように現れたのは、三人のリィエル。服装は違うが、それぞれが同じように錬金術で大剣を作り出し構えている。

 

「馬鹿な!!『Project:Revive Life』が成功してるのか!?」

 

「お前には出来ないとでも思っていたのか?今回は感情や人格は削除した、完全な僕の人形だ!!」

 

「あぁ...ああ...」

 

リィエルが考えることを放棄するように、その三体を見ないように視界から外し頭を地面へと伏せた。

 

「くそ!!リィエル三人とか洒落になんねぇ!!」

 

グレン一人でも、リィエルは手に余る相手だ。それを同時に三人など出来るわけがない。

 

「ふふ!これでお前らを殺して計画は完璧だ!!全く、これじゃこの娘とそこのがらくたのために死んだあのガキは無駄死にだったな!!」

 

「......え?」

 

ライネルの放ったその一言に、リィエルも、グレンも、ルミアも凍りついた。それは最も考えたくなかった事実で、最も恐れていた事だ。

 

「ちょっと待て、誰が死んだってんだよ...」

 

「ああ、銀髪で深緑の目の色をした少年だよ。確か、名前はシンだっけな...?」

 

「「「っ!!!」」」

 

三人が同時に息を飲んだ。現実逃避していたリィエルも、床から頭をあげてライネルの方を見る。

 

「そんな...兄さんは言ったよね?...シンは殺さないって...」

 

「ああそうさ。僕は殺していない、殺したのはバークスだけどね。気になるなら奥の地下牢に行けばいいよ。血みどろの彼が転がっているだろうからね。」

 

「そんな...」

 

「嘘だろ...」

 

ルミアは悲痛な面持ちに、先ほど流した安堵の涙とは真逆の悲しみの涙を流し、グレンはその言葉に途方にくれていた。

 

「でも、君が悪いんだよリィエル」

 

「私...が...?」

 

いきなり呼ばれた自分の名前に、リィエルは緩慢に動きながら反応する。

 

「そうさ、君が彼と関わらなかったら、君が彼と戦った時に気絶で済ませれば、彼は死ななかっただろうね。これは、君が殺したのと同じだよ」

 

「私が?私がシンを...殺した?」

 

小さな声を震わせながら、ぼそりと呟いた。それが感情のダムを決壊させていく。

 

「ああ、ああ...ああああああああああ!!」

 

リィエルが感情の爆発から叫び声をあげる。それをライネルは高笑いをしながら見ていた。

 

「これは傑作だな!!がらくたの人形の最後にはふさわしい!!行け木偶人形ども、奴等を殺せ!!」

 

その声とともに、リィエル・レプリカ達がグレンとリィエルへと襲い掛かる。

 

「リィエル!ちっ!?」

 

どうにかリィエルを助けに行こうとするが、グレンへと二人のリィエル・レプリカが大剣を振るっていくので自分の事で精一杯になる。今のグレンに、絶望に打ちひしがれ動かないリィエルに向けられた、リィエル・レプリカの攻撃を止める術はない。

 

「リィエル!!避けろ!!」

 

「リィエル避けて!!」

 

そして遂にリィエル・レプリカはリィエルへと肉薄し、大剣を掲げて振り下ろそうとする。

 

(ああ、私死ぬんだ...)

 

目の前で自分が剣を振るうのを、光の灯らない目で見ながら、リィエルはゆっくりと考えた。

 

(でも...兄さんに会えるなら...いいや...)

 

リィエルは目を閉じ、凶刃が自分へ振るわれるのを甘んじながら受け入れようとした。

 

その時だった。

 

リィエルの顔の横を、何かが通り過ぎた。目で見た訳ではない。だが、何かが通ったような風が吹いたのだ。

 

そして自分の前からガンっと言う金属音が響き渡った。そしてリィエルは目を開く。

 

そこで見たのは、リィエル・レプリカの持つ大剣に何かが突き刺さっている。それはーーー

 

「刀...?」

 

「ビンゴだ」

 

後ろから聞こえた声に振り向く間もなく、目の前のリィエル・レプリカが何者かに殴り飛ばされた。そのままリィエル・レプリカはライネルの足元まで飛ばされ、そして動かなくなる。

 

「間に合ったのかな?これ?」

 

そしてリィエルの前に影が出来た。それはまるで誰かがリィエルの前にたったように。

 

ゆっくりと、リィエルは顔をあげる。するとそこには見覚えのある人影。

 

輝くような銀髪は、少し血がついており所々が赤く染まっている。見慣れた魔術学院の制服にも血がついており、白いシャツは真っ赤に染まっている。さらにその白いシャツもボロボロで、右肩から先がきれいに破かれている。破いた部分は右目を怪我しているのか、包帯代わりに目に巻き付けていた。

 

「ま、ギリギリセーフだよな!うんきっとそう!!」

 

その声は優しく、だがどこかしっかりとした強さのある声。その声はリィエルも、グレンも、ルミアももう聞くことが出来ないと思った声だった。

 

そして彼は、ゆっくりとリィエルへと振り向きーー

 

「大丈夫かリィエル?」

 

明るい笑みを溢す、シンシア=フィーベルの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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居たい場所


感想とかどんどん送ってくださいね!!

一つ一つが励みになるので...


 

「何故だ!何故お前が生きている!? 」

 

「あ?」

 

全員が呆けている中、最初に動いたのはライネルだった。ライネルは驚きから目を見開きながらシンシアを指差す。

 

「お前はバークスが殺したはずだ!それはバークス本人が言っていたんだぞ!!」

 

「じゃあお前は俺が死んでんの確認したのかよ?」

 

「い、いや確認していないが...」

 

「ならめんどくせぇ法螺吹くな、ったく...」

 

シンシアはボリボリと頭をかきながら、めんどくさそうにライネルへと向き直った。

 

「なぁおいお前」

 

「なんだ、この俺をお前とはーー!」

 

「ルミ姉にあんなことしたの、お前か?」

 

苛立ちを顔に浮かべながら、シンシアはルミアの服装を指差しながらそう尋ねた。ルミアは今服を破られ鎖に縛られている。

 

「いや、これは俺じゃ...」

 

「えなんて?お前が?やった?あ、そう。」

 

シンシアは勝手に納得したように返事をすると、満面の笑みをライネルに向けた。

 

「とりあえず、殴る量を倍にするなお前」

 

「は?」

 

「いや、元々百回殴ろうと思ってたけど二倍だがら二百回か...まぁ死なないように頑張って歯食いしばれよ?」

 

ポケットに手を突っ込み、明らかに舐めているとしか取れない態度でライネルにそう言った。それは明らかな宣戦布告、状況はライネルの圧倒的有利なのにも関わらずだ。

 

「お前わかってるのか?この木偶人形三体に勝つつもりか?」

 

「え?当たり前じゃん。何普通の事をおかしいみたいに言うんだお前?」

 

いぶかしむようにライネルを見るその態度が限界だったのか、ライネルの堪忍袋は簡単に限界を越えた。

 

「いいだろう!!ならばその減らず口を叩き切ってやる!!行け、僕の人形達!!」

 

その声と共にリィエル・レプリカが二体シンシアへと向かってくる。その手には大剣が握られており、スピードもかなりの物だ。

 

「さて、やりますか」

 

そう言いながら、シンシアは両手を合わせた。

 

「《万象に(こいねが)う・ーー》」

 

「おいシン!?その魔術は!!」

 

グレンが制止させようとするが、詠唱を始めてしまった物は止められない。

 

「《我が腕手(かいなで)に・不殺の刃よ》っ!」

 

詠唱を終えるとシンシアば右手を地面につける。すると地面に電撃が走り、シンシアの手に刀が握られる。

 

「そらっ!」

 

そして接近するリィエル・レプリカの大剣を華麗に避けて、その頭へと作り出した模造刀を振り下ろす。するとスパンという気持ちのよい音と共にリィエル・レプリカは気を失い、その場に倒れた。

 

「ほいおしまいっと...」

 

刀を投げ捨てながら、ライネルのいる方向へと歩き出す。

 

「な、何故、何故そうも簡単にレプリカ達を倒せる!?こいつらはリィエルと同じスペックなんだぞ!!」

 

目の前の事実を受け入れられないのか、半狂乱になりながらライネルがまくし立てるが、それをシンシアは不敵に笑って答えた。

 

「何故か知りたいか?」

 

腕を組みながら、シンシアは口を開いた。

 

「正義は必ず勝つ!!それが常識だからだ!!」

 

堂々と胸を張りながら、大きな声でそうシンシアは叫んだ。その声は部屋にこだまし、三々五々と響き渡った。

 

「やっぱこいつバカだわ...」

 

グレンが大きなため息とともに呆れるように、シンシアを見るがそんな事はシンシアは気にしない。

 

「そんな、そんな非合理な!?」

 

「ああもうお前うっさいな...理論とかそんなのどうでもいいんだよ!!ガッツと根性と気合いがありゃ大抵の事はどうにかなんだよ!!」

 

「それはどれも一緒だと思う...」

 

吊るされるルミアも、緊張感なく呆れるように笑う。

 

「と、とにかく!!お前は殴る!!それだけだ!!」

 

シンシアは指の骨をポキポキと鳴らしながら、一歩、また一歩とライネルへと近づいていく。

 

「さて...二百回。耐えろよ?」

 

「ヒィ!!《猛き雷帝よ・極光の閃光以て・ーー》」

 

「えちょっと待ってそれは聞いてないって!!」

 

ライネルが始めた詠唱に驚きながら、シンシアは焦りによって動きが止まってしまう。

 

「《指し穿て》!!」

 

だが、呪文は起動しない。

 

「あれ?なんで?」

 

「俺の固有魔術だよ。」

 

グレンが片手に愚者のアルカナを握りながら、シンシアの隣へと立った。

 

「術者を中心とした、一定両石内における魔術起動の完全封殺ができんだよ。」

 

「え?それ勝ちじゃないっすか!?」

 

「お前みたいな奴にはあんま効果ないけどな」

 

ライネルが近くにいながら、二人してもう二人の世界に入っていく。

 

「じゃ、こいつとりあえず殴りますね。」

 

「おいおい、俺にも殴らせろよ?」

 

「じゃ俺と先生で一発ってことで」

 

そう言うとシンシアは腰を抜かして座り込んでいるライネルの胸元を掴みそのままあげる。ライネルの顔には既に余裕はなく、ただ恐怖がそこにはあった。

 

「じゃ三、二、一でいくから」

 

「ヒィ!!」

 

「行きまーす。三~、あれ?三の次ってなんだっけ?まぁいいやオラァ!!」

 

「うごぉ!!!」

 

シンシアの全力を込めた一撃を受け、ライネルはぶっ飛び壁に頭をぶつけ倒れた。

 

「おい、俺がやる前に伸びてないか?」

 

「やり過ぎましたかね...」

 

完全に白目を向いているライネルをグレンが眺めると、シンシアは罰が悪そうに目をそらした。

 

「さて...先生はルミ姉を頼みます。俺はあいつと少し話を...」

 

シンシアは緩慢な動きで後ろのリィエルへと向き直る。そこでシンシアが見たのは、部屋から出ていくリィエルの姿だった。

 

「あいつ!!」

 

直ぐ様リィエルを追いかけようとなけなしの残りの魔力を振り絞って、無詠唱で【フィジカル・ブースト】を使い扉の方まで一気に飛ぼうとする。しかし、何故か魔術は発動しない。

 

「は?くそっ!なんでだよ!!」

 

何度も何度も行使しようとする。今まで何千何万と繰り返した行為なのだ、それがいきなり出来なくなれば戸惑うのが当然だろう。だが今はそんな悠長な事は言ってられない。

 

「ちっ!!【我・秘めたる力を・解放せん】っ!!」

 

どうにか詠唱することで発動した【フィジカル・ブースト】を脚にかけて、その場から飛び出した。

 

「シン!」

 

「俺が止めてきます!!こんな所で終わってたまるか!!」

 

痛みふらつく体に鞭を打ちながら、シンシアはリィエルのあとを追っていった。

 

「あいつ大丈夫なのか?顔も青かったし、傷だらけだったぞ。やっぱり俺がーー」

 

「大丈夫ですよ」

 

グレンもリィエルを追うために走りだそうとするのを、鎖をほどかれたルミアが遮る。

 

「シン君は、やると言ったら必ずやりきりますから。絶対にリィエルを連れて帰って来てくれますよ」

 

笑顔でそう話すルミアには、絶対的な自信があるのにグレンは見て取れた。

 

「信頼してんだな」

 

「はい!自慢の弟ですから」

 

満面の笑みをグレンに向ける。その顔に、グレンは優しく微笑んだ。

 

ーーー

 

リィエルside

 

ただ走る、ひたすら走る。

 

どこか宛があるあるわけではない。というより無くなったと言う方が正しいだろう。

 

自分で選んだのだ。兄に着いていくのも、グレンに刃を向けるのも、システィーナやルミア、シンに酷いことをしたのも全て自分が選んだこと。

 

だからこの様は自業自得だ。誰も悪くない、ただ自分が悪いのだ。

 

何も無い、人間ですらない、生きる理由もいる場所も何もかも失った私には、一人きりがお似合いだろう。

 

そう、これが正しい、正しいのだ。それなのに目から流れる涙は止まらない。胸が痛い。

 

「リィィィィィエルゥゥゥ!!」

 

いきなり呼ばれた自分の名前に驚き、私は足を止めて振り向いた。そこにはこちらを追いかけるシンシアの姿があった。

 

ーーー

 

シンシアside

 

「やっと...追い付いた...」

 

【フィジカル・ブースト】を解き、俺はリィエルの目の前で止まる。ふさがりかけていた傷は開き、手や足には血が滴り落ちる。マナも限界を軽く超えているため寒気がする。マナ欠乏症の典型的な例だが、今はそんなことは気にしない。

 

今ここで止めなければ、もう手は届かない。ならば、俺が手を伸ばすだけだ。そうでなければ、俺が人を辞めた(・・・・・)意味がない。

 

「お前どこ行くつもりだ?今から宿舎に戻るぞ」

 

「......」

 

俺の声に反応せずに、涙で濡れる顔をこちらに向ける。

 

「どうして...助けてくれたの?」

 

ゆっくりと言葉をリィエルは紡ぎ出した。

 

「どうして?私は...人間じゃないのに...」

 

「いやいや人間だろ、どっからどう見ても」

 

「違う、私は人形。」

 

「んなわけねぇだろ、人形が涙流すかよ...」

 

リィエルの泣き面を指差しながら反論する。だが、それだけではリィエルは止まらない。

 

「みんなに、システィーナやルミアにも酷いことをしたし、私はシンを、シンを殺そうとしたのに...」

 

「そんな事気にしねぇよ。シス姉やルミ姉にはきちんと謝ればいいんだよ。なんなら一緒に俺も謝ってやる」

 

いや待てよ...あの暴力姉に頭下げるのはなんか癪だな...まぁそこはどうにか飲み込むか。

 

「私には...生まれた意味も、何のために生きるのかも、いるべき場所もない。そんな私がーーー」

 

「あー!!もう!!めんどくせぇ!!」

 

「っ!?」

 

俺がいきなり叫んだ事に驚いたのか、少しリィエルが体をビクつかせる。けれどもうこれ以上、ややこしい話は面倒だ。本音で語り合った方が早いし俺好みだ、腹を探り会うようなやり方は俺のやり方じゃない。

 

「生まれた意味?んなこと俺も知るかよ!!誰も知らねぇよ!!お前が知ってんなら逆に俺が聞きたいね!!何のために生きるか?そんなの自分で決めろ!!人に聞くんじゃねぇ!!」

 

俺の思うことを、リィエルに全て話す。そしてリィエルの本音を聞き出す。至って簡単だろう?

 

「居場所がない?それはお前が探せ!!お前がいて、楽しくて、それを守りたいと思うものを!!自分が『いるべき』じゃない、自分が『いたい』場所を!!」

 

「私が...いたい場所...」

 

リィエルが考え込み始めた。もう少し、もう少しだ。

 

「私は...ルミアや、システィーナと一緒にいたい...クラスのみんなと...一緒にいたい...」

 

「なら、そこをお前の場所にしろよ」

 

「ダメなの...」

 

「は??」

 

リィエルの言葉に俺は首をかしげた。何故だめなんだ?

理由が検討もつかない。

 

「私はもうみんなの所には居られない。みんな私の事を怖がってる、私がいたら、きっとみんなが笑顔じゃなくなる。だから...だから私は...」

 

嗚咽を鳴らし、涙で顔を腫らしながら言葉を紡ぐ。最後の方はもう小さくて聞こえない。

 

「ふざけんなよ...」

 

それは俺の口からふと出た。何か考えた訳ではない、衝動的に口からこぼれた。

 

「ふざけんな!!お前が居なくなったら、みんな悲しむんだよ!お前もみんなといられなくて悲しむんだよ!!んな終わり方があるか!!俺は全員が笑って終われるハッピーエンドじゃなきゃ認めねぇよ!!!」

 

「でも私は...私には何もない。そこにいる権利も何も...」

 

「ああわかったよ!!ならなーー」

 

俺はリィエルへと近づき肩を掴んだ。そしてーー

 

「俺の隣を居場所にしてやる!!」

 

「...え?」

 

衝動的に出たその言葉に、リィエルは驚きのあまり固まる。

 

「そこならシス姉やルミ姉、クラスの奴等とも一緒にいられる!!はいこれで権利ゲット万事解決!!」

 

「いいの...?」

 

リィエルは不安げにこちらを見ながら、そう問いた。それに返す言葉なんて決まっている。

 

「いいに決まってんだろ。」

 

そして俺はリィエルの頭に手をのせ、視線を合わせるために少し屈む。

 

「お前をどれだけの人が否定しようと、どれだけの人が拒絶しようと、俺だけはお前の側にいてやる。」

 

誰も泣かせない、それが俺の目指す正義の魔法使いならば、ここでリィエルを泣かせたままではいられない。誰が否定しようと、俺は、俺だけは最後まで彼女の味方であろう。そうでなければ悲しいすぎるじゃないか。

 

「だから泣くな、泣き顔は見たかねぇよ」

 

俺は今出来る最高の笑顔で、リィエルにそう言った。

するとリィエルは、より涙を流し始めた。

 

「え!?えっと...俺はどうしたらぁ!!」

 

「シン!!」

 

いきなり泣き出したリィエルに戸惑っていると、リィエルが俺に向かって飛び込んでくる。その勢いで後ろに尻餅をつく。

 

「ぐすっ...ひっく...ごめんなさい...ありがとう...」

 

「バカ、気にすんなよ。」

 

俺はリィエルの頭を優しく撫でながら、近くの壁にもたれ掛かった。

 

これがハッピーエンド。ルミ姉も助けることができ、リィエルも連れ戻せた。シス姉との約束もこれで守れそうだ。

 

「よし、先生と合流するか...」

 

「...ん」

 

リィエルを少し離して俺は立ち上がる。大分落ち着いたのか、目を腫らしているがいつも通りの眠たげな目をしていた。少し物欲しそうにこちらを見ていたのは俺の気のせいだろう。

 

「んじゃ行くーー」

 

そこまで言って、俺の視界が大きく歪みそしてそのまま力なく床へと倒れ伏した。なんの受け身もしなかったため身体中に衝撃が走る。

 

(あー、限界なのね...まぁ逆によく動けた方だよな...)

 

気がついてから直ぐ様リィエルやルミ姉がいるところまで走っていって、ほぼゼロに近い量しかなかった魔力を強引に絞り出して『隠す爪(ハイドゥン・クロウ)』や【フィジカル・ブースト】を使ったのだ。そりゃ倒れるだろう。

 

それにリィエルやバークスとの戦闘の傷も、気がついた時には何故か少し治っていたが激しく動いたせいで開き血を流したため、貧血状態のようだ。

 

よくよく考えたら俺ってなかなか無茶していないこれ?

 

(まぁ...あとは先生にお願いしよ...うんそうしよ...)

 

朦朧とする意識の中、ぼやける思考でどうにか考え大丈夫だと確認し終えると俺は意識を落とそうとする。

 

「ーーン!?シン!!シン!!!」

 

遠くで声が聞こえる、多分リィエルだろう...その声には明らかに焦りが込められているのがシンシアでもわかった。

 

(なんか...しまらねぇな...ハハッ...最後まで...かっこよく終わらせたかった...な...)

 

そしてそのリィエルの声さえも聞こえなくなり、俺の視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 



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願ったハッピーエンド


今回からは誰かの一人称視点で話が進みます。~sideと書かれている所はその人の視点、何も書かれていない所からは三人称となります。


シンシアside

 

ひどく重く閉じられた瞼の間から、強い光が差し込む。それは俺の意識を呼び起こすには十分すぎる強さだった。

 

「うぅ...ここは...」

 

見たことがある天井が目の前に映る。そこで少し考えて、ここが宿である事に気がついた。恐らく先生が俺をここまで連れてきてくれたのだろう。

 

(でもカッシュとかギイブルとかはいないな...一人部屋に移されたのか?)

 

俺はカッシュとギイブル、そしてセシルの三人で一つの部屋だったはずだ。それが今では誰もいない部屋にただ一人。ということは俺の怪我を考慮して、部屋を分けてくれたのだろう。

 

「とりあえず...起きるーーん?」

 

至るところに巻かれた包帯を痛々しく見ながら、俺はベッドから起き上がろうとした時、俺はふと自分の布団に違和感を感じた。

 

右手に何か、柔らかい物が当たっている。その部分だけ布団が不自然に盛り上がっているのだ。

 

「クッションか何かか?別にいらないのに...」

 

俺はよく分からない宿の気遣いに首を傾げながら、布団をはがした。するとそこには...

 

「すぅ...すぅ...」

 

「............」

 

そこには気持ち良さそうに寝るリィエルの姿があった。俺はゆっくりと布団を戻し、ベッドから降りる。

 

「うん、俺きっと疲れてんだよな?だってここ男子塔だしな...まさか女子がいるわけない...」

 

そう自分に言い聞かせながら、俺は静かにもう一度布団を剥ぐ。そこにはやはりリィエルの姿が。

 

「いやいや待て待て落ち着けシンシア=フィーベル。そうだこれは幻覚だそうじゃなきゃおかしいだろうだってここ男子塔だぞ?女子がいるなんてあり得ないこんなカッシュが喜びそうなイベントなんてーー」

 

「んんっ...」

 

早口で自分を納得させるために自己暗示させようとしている矢先、ベッドから声が聞こえる。俺はまるで壊れかけの人形のような固い動きでベッドへと首を回す。

 

「ん、おはようシン...」

 

そこには眠たげにいつもよりも目を細めるリィエルがベッドの上で座っていた。

 

「えっとリィエルさん?ここ男子塔、だよね...?」

 

「?そうなの?」

 

「いや俺が聞きたいんだけど...」

 

え?なんで?なんでいらっしゃるの?俺ちょっとわからないんだけど...

 

ふとそこで俺は入り口に目を向け唖然とする。扉があるはずのそこには何もなく、入り口の床にはボロボロのドアであった物が転がっている。

 

「リ、リィエル...あれはお前がやったの...?」

 

「うん、鍵がかかってて邪魔だったから壊した」

 

「あ...そう...」

 

もう何がなんだがさっぱりだ。とりあえず深呼吸して...

 

「いやなんでぇぇぇぇぇえ!?!?」

 

思考放棄して、現実逃避しましょ...

 

俺の叫びが、朝の宿に響き渡った。

 

ーーー

 

「とりあえず聞くけど、なんでここにいるんだ?」

 

少し時間を置いて、俺はどうにか落ち着く事が出来た。いや、落ち着かなきゃ話が進まない。

 

「シンが心配だったから、昨日の夜に見に来た」

 

「うん...」

 

「その時邪魔だったから、扉を壊した」

 

「リィエルならやりそうだからもうそこには触れない...」

 

これはもうリィエルだからといって諦めよう。弁償はグレン先生辺りに押し付ければなんとかなるかな?

 

「それで部屋に入って、シンが寝てるのを見つけた」

 

「ほう...」

 

「そのままシンのベッドに入って...」

 

「いやちょっと待て!?どうやったらそこに話が飛ぶ!?」

 

いきなりの話の飛躍のしように、俺は突っ込まざる終えない。

 

「なんでそこで俺のベッドに潜り込むように思考が動くんだよ!?」

 

「む、シンが気持ち良さそうに寝てるから」

 

「え?これ俺が悪いの...?」

 

明らかにお門違いだ。その理論では俺はもう気持ちよく寝れないじゃんか、嫌だよそれ。

 

「とりあえず!部屋に戻れリィエル。確か同じ部屋だったのはシス姉とルミ姉だろ?なら女子塔にーー」

 

「リィエル、一体どこに行ったのかしら...?」

 

「また朝起きたら部屋にいなかったよね。」

 

そこまで話した時、通路から聞き慣れた声が聞こえてくる。それは聞き間違えるはずがない、何年と聞いてきた声。

 

(待て、待て待て待て。もしかしてここって...)

 

俺は背中に嫌な汗を流しながら、直ぐ様バルコニーの窓を開けて外を見る。

 

「嘘だろ...」

 

そこから見えたのは、男子塔。つまりーー

 

(ここ女子塔!?)

 

俺から余裕が完全に消える(元からほとんど無かったが)

のが自分でもよくわかった。何故女子塔にいるのか?という素朴な疑問が頭をよぎったが、今はそんなことよりも重要な事がある。

 

リィエルが俺の部屋にいるという事実を、誰にも知られないようにせねば!!俺の今後の学校での生活が地獄へと変わっちまう!!

 

「リィエルいいか、絶対に誰にもばれずに自分の部屋に戻ってくれ。お願いだから...」

 

「シンと一緒にいちゃダメなの?」

 

「あとでいくらでも一緒にいてやるから!だから今はお願いだから自分の部屋に戻ってくれ、な?」

 

「...わかった」

 

少し不貞腐れるような顔をリィエルはしたが、渋々といった感じで了承してもらえた。リィエルはあんな感じでも宮廷魔導士団のエースだ。一般の生徒にばれずに移動なんて容易いだろう。これでどうにか俺の学校生活は守らーー

 

「シンー?怪我は大丈夫...」

 

「どうしたのシスティ。いきなり言葉を詰まらせ...」

 

リィエルが出入口から出ようとした瞬間、通路からシス姉とルミ姉がこちらに顔を出し、二人揃って驚きにより目を見張っているのが、包帯が巻かれていない左目だけでも十分にわかる。

 

「おはようルミア、システィーナ。」

 

「リ、リィエル...なんでここにいるのかな?」

 

ルミ姉が引きった笑みを浮かべながらリィエルに尋ねた。するとリィエルは表情を変えずに...

 

「シンと一緒に寝てたから」

 

そんな爆弾を叩き落とした。

 

「ちょ!?シ、シシシシシン!?アンタ女の子を自分の部屋に連れ込んで!!」

 

「ちょい待てシス姉!!これには、これには深い訳があるの!!ルミ姉、ルミ姉ならわかってーー」

 

「ハハハ...ハハハ...」

 

シス姉は顔を真っ赤にしながら捲し立てるように叫び、ルミ姉は壊れたように笑いながら、すーっとその場から立ち去っていく。

 

「リィエル!お前も少しは否定しろ!!」

 

「ん、シンの隣は寝心地がよかった」

 

「感想を言えって言ったんじゃねぇ!!お願いだシス姉、どうか話を...」

 

「《問答無用だこのけだものぉぉぉぉ!!》」

 

「うぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

シス姉の放つ【ゲイル・ブロウ】が俺に直撃し、俺はその勢いのまま開けっぱなしの窓から外へ放り出された。

 

その間も、リィエルはいつも通り眠たげに目を細めてその一連を見ていた。

 

ーーー

 

「おかしい...これは絶対におかしいって...」

 

「今回ばかりは私が悪いわ...」

 

顔にさらに傷を増やして、俺はシス姉とルミ姉、そしてリィエルと共にみんなが集まる講堂へと向かっている。どうにかシス姉とルミ姉には誤解を解くことは成功し、さらには近くに他に女子生徒がいなかった事が幸いして他の生徒にはこの話は知られていない。

 

ちなみに俺が気絶した後の事についてもルミ姉から詳しく聞くことが出来た。

 

あの後俺が倒れているのをグレン先生とルミ姉が発見し、そのまま俺の予想通りグレン先生が俺を宿まで連れてきてくれたそうだ。

 

そして他の生徒の元に帰った後、俺のボロボロの体を治療し、寝かせようとしたようだがそこで問題が発生した。

 

空き部屋が男子塔に無かったのだ。

 

さすがに重傷の俺を他のメンバーと同じところに泊めるわけにはいかない。だが空いている部屋が無いのもまた事実だ。そこでグレン先生が出した案が...

 

『こいつ女子塔で寝かせろよ?その方が面白そうだし?』

 

と、ニヤニヤと人の悪そうな顔をしながら言ったそうだ。

 

「あの野郎、一発殴ってやろ...」

 

「でもシン君を治療してくれたのはグレン先生なんだよ?そこは感謝しないと」

 

「いやそうだけどよぉ...」

 

あのロクデナシが要らぬことをしなきゃ朝から俺の寿命を大幅に削るようなイベントに追われる事も無かったのだ。やはり一発、いや二発は殴らなければ気がすまない。

 

「にしても他の女子はよくOKしたよな。俺も一応男なんだけど...」

 

「別にシンならいいんじゃないって事で」

 

「これは俺が男として見られていないと悲しむべきなのか...?」

 

もう少しうちのクラスの女子達はそういうところに気を使うべきだと思うが、今は信頼されているとして受け取っておこう。

 

そんなこんなしているうちに、講堂の入り口へとたどり着く。俺は扉に手をかけノブを回して押し出す。重々しい音と共に扉が開き、そこには既に俺達四人以外の生徒は全員集まっていた。

 

「お、来た来た。遅か「死ねい!!」うおっ!!」

 

グレン先生を視界に入れた瞬間、俺はグレン先生へと飛び蹴りをかます。それはグレン先生の顔のギリギリを通り抜けていく。

 

「おいこらてめぇ!教師に向かってなんて事しやがる!!」

 

「俺を女子塔に押し込んだロクデナシに言われたかないね!!」

 

「んだと!?俺が直々に楽園(エデン)へと送ってやったというのに不満があるのか?」

 

「あんたにとっては楽園(エデン)でも、俺はそこで地獄(ゲヘナ)を見たわ!!」

 

もうあんな心臓に悪い出来事はごめんだ。

 

「おいシン君?俺達が目指した楽園(エデン)はよかったかな?」

 

「俺達もあの場に行きたかったというのに!!」

 

「知るか!!俺はあそこでな...」

 

「?あそこで?」

 

カッシュやロッドのやっかみに、俺は先程の出来事を口を滑らせて言いそうになるのをギリギリで押さえた。けれどセシルが興味本意で俺に尋ねてくる。

 

「な、何もなか「私がシンと一緒に寝ただけ」おい言うなって!!」

 

第二の爆弾を、それもクラス中が集まる中でこいつは落としやがった。もうその瞬間、全員がフリーズした後...

 

「「「おいシィィィィィイン!!てめぇこの裏切り者がぁぁぁぁああ!!」」」

 

「誤解だお前ら!!お前はなんでそう言うことをペラペラ喋るかな!!」

 

「言っちゃダメなの?」

 

「色々と誤解を招くから駄目なの!!」

 

男子達は阿鼻叫喚の渦に、女子からは好奇の目で見られる。もうやだ帰りたい...

 

「シン、君のやった事犯罪だぞ?」

 

「なに冷静に言ってんだギイブル!?俺が連れ込んだんじゃないリィエルが勝手に入り込んで来たんだ!!」

 

「「「「え?」」」」

 

そして全員が、後ろにいたグレンでさえも驚きの表情を浮かべながらリィエルを見た。

 

リィエルは依然として無表情のまま、自分に視線が集中してることにすら気がついているのか怪しい。

 

「リィエル、シンさんが言ってることは本当ですか?」

 

「ん、私が勝手にベッドに入ったけど許可は取った」

 

「は?俺お前にそんな許可なんて...」

 

全くと言っていいほど無い心当たりに、俺が怪訝な顔をしていると、リィエルは俺の方を向いて口を開いた。

 

「シンは言った、自分の隣を私の居場所にしてやるって。だから私はシンの隣にいていい。」

 

自信満々に、そして少し嬉しそうに、

 

そんな超破壊力を持った爆弾が、リィエルの口から講堂に落ちていった。

 

「「「きゃああああ!!愛の告白だわぁぁぁあ!!」」」

 

「シン...あんた...」

 

「うわぁ...これってプロポー...」

 

女子がキャアキャアと黄色い大歓声を飛ばし、シス姉とルミ姉が顔を赤く染めながらこちらを見る。

 

「なっ!?違っ!!」

 

「違うの?」

 

「いや...違く...はない...けど...」

 

俺もその自分の発言に恥ずかしくなり顔が熱くなってきた。どうにかこのカオスな状態を押さえようと否定しようとすると、リィエルが悲しな声で俺に聞いてくる。それも目をうるうるとさせながら、上目遣いで聞いてくるのだ。そんなの否定できる訳がない。

 

「あいつあんな事を...」

 

「男らしいぜシン。これはもう仕方ないな...」

 

「あぁ、とりあえず...」

 

「「「夜道に気を付けろよシィィィン!!」」」

 

カッシュを先頭にその目に怨嗟の念を込めた男子達が俺を睨むように見てくる。いやだからこれ俺が悪いんじゃないんだって...

 

「お前俺の妹分に手を出した意味、わかってんだろうな...」

 

「へ?待って先生話を聞いてーー」

 

「《我は神を斬獲(ざんかく)せし者・我は始原の祖と(つい)を知る者ーー》」

 

「くれそうにないねこの親バカ!!」

 

顔は笑っているが目が全く笑っていない。確実に俺のこと殺しに来ちゃってるってあの人!?あんな攻撃食らったらひと溜まりもない、俺は近くの窓から外に出て逃げる。

 

「逃げた!追うぞお前ら!!」

 

「「「はいグレン先生!!」」」

 

「そういうとこだけ結託しやがって!!」

 

謎の統率力を発揮して、グレンと男子生徒達は俺を追うために講堂から出ていく。

 

追いかけてくるみんなから逃げながら、俺は笑みを溢した。

 

誰一人かけることなく進めた、俺がこの日常を守れたのだ。それが、俺はとても誇らしい。暖かな日常があることに、俺はどこか嬉しさを覚えた。

 

騒がしくも楽しい生活を、俺は守りたいと強く思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

薄暗い地下を、たくさんの人が忙しなく動く。そこにいる人達は皆同じ格好をしており、それはこの国に住むものならば誰もが知るであろう、宮廷魔導士団の制服だ。

 

「隊長!『Project:Revive Life』の研究資料、全て押収出来ました。」

 

「うむ、ご苦労」

 

その中でも一人服装が少し違う人物がいる。他の物と比べて派手な装飾が施されているそれは、この場にいる誰よりも地位が高いことを表していた。

 

「そちら側は終わったのなら、残りは『模造竜(ファクティスドラゴ)』の研究資料のみ。急いで回収せよ」

 

「その研究資料なのですが...」

 

隊長と呼ばれる男の下にやって来ていた若い男は、少し言葉を濁した。

 

「どうした、申してみよ」

 

「それが...研究資料については全て押収出来たのですが、あるものが無いのです」

 

「無いだと?何がないのだ」

 

若い男は少し間を開けてから、ゆっくりと話始めた。

 

「実験サンプルとして残されていた、『模造竜|ファクティスドラゴ》』の血液が見当たりません」

 

「なんだと!?」

 

余裕の態度が崩れ、その顔に焦りが浮かぶ。

 

「あれはあの研究の付属品と言えど竜の血。それを基盤にすれば、竜の生態などがよりわかるやもしれんというのに!!あのバカ者は、それもわからずに破棄したというのか!!」

 

「いえ、ですが彼、バークス=ブラウモンは死ぬ前にあの竜の血を持ち出した形跡は残っています。ですが、死体からはそれは発見されていません。」

 

「貴様、何が言いたいのだ?」

 

どこか既に答えを知っているかのような、若い男の回答に隊長は怪訝な面持ちで尋ねる。すると、若い男は重い表情のまま答える。

 

「さらに研究所からは注射器が一つ無くなっており、それは奥の牢のような場所で割れているのが発見されました。そしてそこには大量の血が広がっておりました」

 

「......」

 

その若い男の言葉に、隊長のみならず他の団員もその話に耳を傾ける。

 

「これは仮説ですが...バークスは、竜の血を何者かに打ち込み、さらにその打ち込まれた者は適応したのではないでしょうか」

 

ザワザワと周りが騒がしくなる。隊長も驚きのあまり言葉がでないのか、唖然としていた。

 

「当時、その注射器が発見されている場所には一人の生徒が拘束されていたのが確認出来ています。もし、彼が竜の血と適応したのなら...」

 

「...バークスも恐ろしい物を置いて逝きよったの...」

 

竜の血と適応した。それが何を指し示すのか、帝国の中でも実力者が集まるこの部隊の者であるならわかるだろう。

 

「その生徒の名前は?」

 

「アルザーノ帝国魔術学院二年次生二組、シンシア=フィーベルです。」

 

「二年次生二組だと!?」

 

「それって王女のいるところじゃ!!」

 

「もし暴走でもしたら...」

 

全員の頭の中で、最悪の光景が思い浮かぶ。それを想像するなか誰もが沈黙しているのを破ったのは隊長だった。

 

「その生徒を隠密に監視しろ。暴走を確認しだい、直ぐ様捕縛する。よいな」

 

「し、しかし相手は一生徒、まだ年端もいかない子供です。手荒な真似はーー」

 

「理解しておるのか?」

 

隊長が鋭い目付きで若い男を睨み付けた。

 

「ここで言う暴走は生易しい物ではない。それは帝国の脅威となりうる可能性を秘めるということだ。子供と言えども容赦は出来んぞ。わかったなら今の命令を私の隊の全員に伝えよ、他言無用であるぞ?」

 

「っ!?はっ!!」

 

そして若い男は、また地下の闇へと消えていった。

 

完全に狂った歯車は、ゆっくりとその歪みを露にし始める。その歪みはシンシアにとって何を成すのか、それはまだわからない。

 

 

 



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代償と正義 怪物の目覚め
婚約者現る!?


遂に五巻に突入!!この刊の内容は少し重めになりますのでご了承ください!ではどうぞ!!


「そちらに居たか!?」

 

「いえ、こちらでは発見出来ませんでした」

 

「急げ!!急がなければ、フェジテが地図から消えるぞ!!」

 

「は、はい!直ちに!!」

 

そう言いながらおどおどと走っていく男を、険しい面持ちで見る男達がそこにいる。

 

宮廷魔導士団のローブを羽織ったその男達はある一人の少年を探すためにフェジテ中を駆ける。

 

それは正義を目指した青年。

 

人よりも強い正義感持ち、輝きを放つ銀髪の青年。

 

それを、国家のエリート集団が血眼になってまで探している。その少年にはそれほどの価値があるのだ。

 

「どうしますか?このままでは...」

 

「わかっておる!しかし場所が...」

 

その集団の中で最も年老いた男性が焦りを声に乗せたまま話そうと口を開いた、その瞬間ーー

 

轟音とともに、黒雷が彼方に迸った。それはあまりの衝撃に、雷が落ちた地点から少し離れているこの場所まで衝撃の波が届くほどだった。

 

「団長!今のは...」

 

「そのようじゃな。行くぞ」

 

その一声とともに、男達は動き出す。

 

たった一人の青年。いや、怪物を仕留めるために...

 

ーーー

 

シ□□アside

 

わかっていた。こうなることはきちんと理解していた。

 

これが俺の代償。身の丈に合わない事を為そうとした俺の罪。そうなんだろうな、きっと。

 

もう上手く考えも纏まらない。頭に靄がかかったみたいだ。

 

さっきから鬱陶しく俺の周りをくるくると飛ぶ何かも、叫べば消えていく。粉々に、清々しいほどに。

 

ああだめだ、まだのまれちゃだめだ。

 

甲高い音とともに、俺の上空に白き何かが現れる。

 

それはまるで、俺を裁く天使のようで...

 

「うせろゴミが...」

 

でもそれは、空から降り注いだ黒雷によって跡形もなくなる。

 

それを使う度に、俺がコワレていく。

 

使えば、俺カら何かがナクナッテ変ワってイク。

 

デモ、キモチがイい。

 

コワス、コワス、コワス。

 

ツブス、ツブス、ツブス。

 

このチカラにノマレタナラ...オレは...

 

「だめ、だ!!」

 

頭を壁に叩きつけて正気に戻す。あれを使ったらどんどんおかしくなっていく。

 

「ふっ、なんでこうなったんだろうな...」

 

近くの壁に手をつきながら、ゆっくり歩む。

 

自嘲気味に笑い、その一歩一歩に、この状況になった所以を思い出しながら...それは今から十日ほど遡らなければならない...

 

 

シ□□アsideout

 

ーーー

 

シンシアside

 

「頼むリィエル!!この通りだ!!」

 

魔術学院のアプローチに、グレン先生の悲痛な声が響く。グレン先生が頭を下げる先にいるのは青髪の小柄な少女、リィエルだった。リィエルは眠たげに開かれた目でグレンを見る。そして...

 

「わかった。グレンのお願いなら」

 

そう言って地面に落ちている石の一つを拾い上げ、詠唱をし始める。すると、ただの石が金色の輝きを放ち始めた。

 

そしてそれは全てを金に染め上げるーーー

 

「《何考えてるのよ・この・お馬鹿》ー!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

前に、グレン先生に横殴りの風が吹きグレンは吹き飛ばされる。そしてそのまま勢いよく、アプローチにある池へと飛び込んでいった。

 

「いってぇな...おい白猫何しやがる!!」

 

「何しやがるじゃ無いですよ!犯罪ですよ!!」

 

グレンの下に駆け寄ったシス姉は、つり目をさらにきりっと上げながら叫ぶ。その後ろには心配そうにグレン先生を見るルミアと、先程から表情を変えないリィエル、そして俺といった並びになっている。

 

「先生さすがにそれは俺も擁護できないっすよ。また食費をギャンブルに賭けたんすか?」

 

「違うわ!いつもはそうだが今回は違う!!」

 

「いつもはそうなんだ...」

 

ルミ姉が苦笑をこぼしながらボソッと呟いた。

 

「リィエルのせいで俺の給料はバリバリカット!!そのせいで俺は餓死寸前なんだよ!!」

 

「それでも犯罪は犯罪です!仮にもあなたは教師なんですから、生徒の見本になるようにですねーー!」

 

シス姉がグレン先生に説教を始めるが、グレン先生はどこ吹く風といったように話を聞かずに俺の方へと向いた。

 

「大体!彼女の面倒ぐらい彼氏のお前が見やがれシン!!」

 

「だから違うって言ってんでしょうが!!あんた一体何回言えば気がすむんだよ!!」

 

「ふんだ!俺は認めないからな!!」

 

「いや、だから!!」

 

もう何度めかわからないこの掛け合いに、俺はため息が出そうだ。あの遠征学習以来、変な勘違いのせいでグレン先生から俺への当たりがかなり強くなった。

 

俺としてはそんなつもり全くなかった発言だったのだが、それを言ったら言ったで違う方向でキレるので余計にめんどくさい。

 

「こうなったらお前とリィエルの事をもっと学院内に流してやる!!」

 

「変な噂の元凶はあんたか!もうなんだよあれ!!俺とリィエルが将来を誓いあった仲とか広めやがって!!」

 

「あれ~?僕間違ってるかな~?お前の隣がリィエルの居場所なんだろ~?なぁリィエル?」

 

その気持ち悪く間延びした問いかけに、リィエルはゆっくりと首を縦に振る。

 

「グレンの言ってることはあってる」

 

「いや否定して!?お前がそうやって肯定するから俺クラスの男子から扱いが最近酷くなってんだけど!!」

 

このグレン先生の噂と、リィエルのせいでカッシュ率いるモテない男子軍団(自分たちで名乗っていた)からの視線が痛い...女子からは好奇の目で見られるしもう勘弁してほしい...

 

「ちょっと先生!?私の話聞いてます!?」

 

「んあ?ごめん白猫まったく聞いてなかったわ」

 

「...ねぇシン、私こういう類いには荒療治よね?」

 

「さすが我が姉、考えてることは一緒だな。俺もそれをしようと思ってたんだよ」

 

俺とシス姉は笑顔のまま話し合う。目はまったく聞いてなかった笑ってないが...

 

「えっと?君たち?ちょっと先生怖いんですけど...」

 

「なに怖くないですよ。ちょっと痛むだけです。シス姉?」

 

「《その剣に光在れ》」

 

シス姉が笑顔のまま俺に【ウェポン・エンチャント】をかける。そして俺は徐々にグレン先生へと近づいていく。

 

「あの...シン君?それ絶対痛いよね?お前のパンチにそんなのかけたら絶対ヤバイことに...」

 

「先生、遺言は?」

 

俺はにこやかに微笑みかけながら、だらだらと冷や汗をかくグレン先生に問いかける。

 

「最後に腹一杯飯をーー」

 

「しねぇ!!」

 

グレン先生の言葉を最後まで聞く前に殴り飛ばす。するとグレン先生は面白いように回転しながら校門の外へと飛んでいった。遺言は聞いたけど、最後まで聞いてやるとは言ってない。

 

「スッキリ~!!」

 

「大丈夫かな先生...」

 

「大丈夫よルミア。先生ならあの程度屁でもーー」

 

シス姉が言うよりも早く、目の前の光景に俺達は目を見開く。何故なら、転がるグレン先生へ今まさに馬車が突っ込もうとしているのだから。

 

「どわぁぁぁぁぁぁ危ねぇ!!」

 

どうにか寸での所で馬車はどうにか止まる。俺達は直ぐ様グレン先生の下に走り寄る。

 

「大丈夫すか先生!?すみませんここまで殺る気は無さそうであったんです」

 

「あるんじゃねえか!!」

 

グレン先生とのバカ騒ぎをシス姉は呆れるように見た後、馬車の御者に頭を下げた。

 

「すみません、この二人には私からきつく言っておくのでーー」

 

シス姉が謝るのを見て、俺も頭を下げようとしたその時、馬車から誰かが降り立つ。

 

「来て早々君たちに会えるとはね。僕は嬉しいよ」

 

その男は片眼鏡に少し波打った金髪。それは俺もシス姉も見覚えのあるもので...

 

「貴方は...」

 

シス姉はその男性を見ながら目を丸くする。それをしたいのは俺もなのだが...

 

「久しぶりですね、システィーナにシンシア。」

 

「レオ兄、なのか?」

 

俺はその男、レオス=クライトスのあだ名を口にする。するとレオ兄は嬉しそうに俺に微笑み返した。

 

「え?誰?」

 

そこで空気を読まないグレンが尋ねた。するとレオ兄はゆっくり口を開き...

 

「紹介が遅れましたね。私はレオス=クライトス、この度この学院に招かれた特別講師で、システィーナの婚約者(フィアンセ)です。」

 

その一言に、俺もグレン先生も口をあんぐりと開け、そして....

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

二人で同時に驚きのあまり、素っ頓狂な叫び声を上げた。

 

ーーー

 

驚愕の宣言から少し日が経ち、今この教室ではレオ兄が教壇に立ち授業を進めている。

 

レオ兄がこの魔術学院に来たとき、周りはとにかく沸きに沸いた。それもそうだろう、レオ兄はそれほどの人物だ。

 

レオス=クライトス。貴族クライトス家の御曹司であり、クライトス魔術学院の名講師。さらに魔術総会の期待の新星なのだ。注目されないわけは無いだろう。

 

そして彼が行う授業は...

 

「すげぇな...」

 

俺はその講義を聞きながら、ただただ感心する他なかった。レオ兄が担当した授業は『軍用魔術概論』。軍用魔術を研究するその学問なのだが、それは普通学生が理解できる物ではない。

 

俺も知ってはいるけど説明できないというレベルなのだ。それなのに、それをレオ兄はあっさりと生徒全員に理解させた。

 

「レオス=クライトス...噂通りのすげぇやつだな」

 

「本当にすごい授業でした...」

 

俺の後ろの席に座っているグレン先生とルミ姉が感嘆の声を漏らした。

 

「お前も理解したか?」

 

「まぁあれだけ分かりやすく言われれば理解できますよ。今まで理解できなかったのがわからないぐらいですね...」

 

顔だけを後ろに向けてグレンへと言葉を返す。

 

「お前ならやっぱり理解できるだろうな...あと隣のバカをそろそろ起こせ」

 

俺はそこで右に視線を移す。そこには寝息をたてながら俺の肩にもたれ掛かっているリィエル。開始して数分で寝始めたため、俺は一時間ほどずっと同じ姿勢なので少し体が痛い。

 

「起きろリィエル、もう終わったぞ」

 

「んん...」

 

緩慢な動きでリィエルは現実に覚醒する。最近ずっとリィエルは俺のとなりで授業を受け、俺の肩に頭を置いて眠る。最初は戸惑ったが慣れとは恐ろしいもので、もうこれが普通になりつつある。

 

リィエルが俺から離れたのを確認すると、俺は表情を険しくしてグレンへと向き直った。

 

「でも先生、これ【ショック・ボルト】でも人を殺せるって事じゃないんですか?」

 

「やっぱお前なら気がつくか...そうだよ。お前の予想通りだ」

 

レオ兄の授業は確かに凄い、それは俺も納得だ。だがこの授業自体はあまり肯定できない。

 

レオ兄の授業はどれだけ効率よく魔術の威力を上げるかというところに重きを置いていた。それは言い換えれば、どれだけ楽に人を殺せるようにするかということだ。

 

そこをうまい具合に隠して説明するその姿勢に、俺は少し嫌悪を覚えてしまう。

 

「ま、だからといってそれに溺れる訳じゃないんすけどね。」

 

「そう言うなら、俺も安心だよ...」

 

ぼそりとグレンが呟いたが、それを俺は聞き逃さなかったが聞かない事にした。それを見るルミ姉もにこやかに笑みを浮かべていたけど

 

「というか白猫!お前いい男捕まえたよな!!」

 

「そうだシス姉!なんでレオ兄がシス姉の婚約者になってんの?そんな話しあったっけ?」

 

「違うって!あれはーー」

 

シス姉が何かをまくし立てるように話そうとした時、こちらにレオ兄が近づいてくる。

 

「やぁシスティーナ。僕の授業はどうだったかな?」

 

「レ、レオス...」

 

レオ兄がこちらに来たことで教室中の視線が二人に向く。シス姉は少し戸惑ったような様子だ。

 

「と、とても素晴らしい講義だったわ」

 

「それは良かった。将来の伴侶を納得させられない授業しか出来なければ、貴方の夫にふさわしく無いでしょう。ねぇシン君?」

 

「そこで俺に振られてもわからんとしか言えねぇよレオ兄」

 

いきなり話を降られたことに驚きながら、俺はレオ兄にそう返す。レオ兄は女子受けがよさそうな柔和な笑みを俺に向けていた。

 

「あなたもガールフレンドが出来たのであればわかるんじゃないかな?」

 

「いや違う、ホントに違うのレオ兄。お願いだから勘違いしないでくれよ...」

 

「そう照れずとも良いんだよシン君。」

 

「ホントに違うんだけどなぁ...」

 

もう憂鬱になってくる。いつになったらこの誤解はきちんと解けるのだろうか?

 

そしてレオ兄は柔らかな笑みを解き、真剣な表情でシス姉へと体を向ける。

 

「システィーナ、少し外に出ませんか?大事な話があります。」

 

「うぅ...それは今でないとダメなの?」

 

「今でなくても構いませんが、いずれ話さなければいけません」

 

「......」

 

シス姉は少し考えたあと、俺達の方を向き

 

「ごめん、私ちょっと行ってくるね」

 

そう言ってレオ兄とともに教室から出ていった。

 

「どうなると思います?」

 

「逆にお前はどうなってほしいんだよ」

 

「俺から言わせて貰うなら、シス姉の好きなようにってだけっすね。外野が何を言おうが決めるのは本人ですし、止めなきゃいけないような人じゃないでしょう?レオ兄は」

 

「それもそうだな...」

 

そこで俺もグレン先生も興味を無くした。そこで話は終わりになるはずだったが、

 

「先生、一つお願いがあるんですが...シン君も...」

 

「「ん?」」

 

どうやらまだ続きそうだ。

 

ーーー

 

学院内にある散策用の庭園、そこではシス姉とレオ兄が何かを話ながら歩いている。それだけ見ればなかなかに絵になる光景に見える。シス姉の中身を見ればそれも変わるだろうが...

 

と、何故それがわかるのかというと...

 

現在進行形で覗き見しているからだ。

 

「ルミ姉、さすがにこれはダメじゃないか?」

 

「あいつの恋路なんてどーでもいいんだけど...」

 

どこか悪いことをしているような背徳感に苛まれる俺と、隣でグチグチと文句を言うグレン先生、その隣でルミ姉とリィエルの四人で草むらに隠れて逢い引き現場を覗いている。

 

「ごめんなさい二人とも、変なことを頼んでしまって...」

 

「俺は別にいいけど、眠い...」

 

「俺、こういうのに興味ないんだよな~」

 

と二人同時にあくびをしながら俺達はシス姉達を見る。

そこでレオ兄が動いた。

 

「私と...結婚してください」

 

「言ったぁぁぁぁあ!プロポーズ!!シン、プロポーズってのはああやってやるんだぞ!!」

 

「おいこら俺はやってねぇって言ってんだろギャンブラー」

 

なんだかんだで興味津々じゃねぇか。ていうか流れで俺を弄るな!

 

「システィーナ顔真っ赤」

 

「照れてんだろ」

 

隣でいまいち状況がわかっていないリィエルに相槌だけをうち、目の前に集中する。はてさてなんて返答するのやら...

 

「ごめんなさい、私は貴方の申し出は受けられない。」

 

きっぱりとそう応えた。その声にはしっかりとした意志が込められているのが俺にもわかった。

 

「私はお祖父様が憧れたメルガリウスの天空城の謎を解くと誓ったの。そのためにまだまだ学ばなければいけないことがたくさんある。だからその誘いは受けられないわ」

 

その答えに、俺はふと笑みが浮かんだ。シス姉も夢があるのだ。そのシス姉の真意を知れたような気がしてどこか喜ばしかった。

 

もう終わりだろうと俺は判断し、そこから静かに離れようと...

 

「まだそんな夢物語を語っているんですか?」

 

レオ兄の言葉が耳に入った瞬間、俺の足が止まった。

 

「魔導考古学、あなたの目指すそれは無意味で不可能な物だ。それは貴女を幸せにはしない」

 

淡々と語る。そこに嘲りや馬鹿にするような意思はなく、ただ相手を思う気持ちが籠っている。

 

けれど、それはシス姉の夢を真っ向から否定するものだ。そして、それはまるで俺を嘲笑うかのように聞こえる。何度も聞いた、俺の夢を否定する声のように。

 

「私は、貴女の人生を無駄にしてほしくは無いのです」

 

黙れ、お前にシス姉の何がわかる。シス姉の夢へ向ける意志の強さの何がわかる。

 

「貴女には、女性としての幸せをきちんと掴んでほしいのです」

 

それはお前の押し付けだ。ただシス姉の夢を否定しているだけ。

 

レオ兄の言葉を聞くたびに、俺のなかに何かどす黒い物が積まれていく。それは今まで感じた事のない、重く醜い物。

 

「これは、貴女のためなんですよ?」

 

ダマレダマレダマレダマレダマレ。

 

うるさい、鬱陶しい。ならどうする。

 

ツブセバイイ

 

ツブス、レオスヲツブス

 

ソウスレバイイ

 

その三言が頭に何故か浮かぶ。それをすることが最善というかのように...何故かそれに対する疑問が浮かばない。それが正しいと、頭のどこかが語りかけてくるようだ。

 

俺はその考えのまま、二人のもとへと足を進めた。

 

シンシアsideout

 

ーーー

 

リィエルside

 

見ていて、あまり面白くない。何をしているのかいまいちわからないので見ていても仕方がないだろう。

 

ちょうどシンもどこかに行こうと立ち上がったので、私もそれに合わせて移動しようとシンのあとを追うと、何故かシンが立ち止まった。

 

「シン?」

 

話しかけるが反応はない。後ろのグレンもルミアもこちらを見ていないため気がついていないのだろう。少しおかしい...

 

「シン、どうしたの?」

 

そこでシンの肩に触れようとしたその時、

 

背筋に強烈な悪寒が走った。

 

「っ!?」

 

私は反射的に後ろに飛ぶ。いきなり動いたため、さすがにグレンがこちらに気づいて不審げに問いかける。

 

「どうした?なんかあったのか?」

 

グレンとルミアを見るが、どうやら二人は気がついていない。私だけが気がつけたのか?わからないけれど、ただ一つわかるのは...

 

(シン、なの?)

 

この強烈な圧が、シンから放たれているということだ。いつもシンが纏う優しげな物でも、戦闘の時とも違う、おぞましい気配。

 

私が立ちすくんでいると、シンはきびすを返してシスティーナ達のもとへと歩み出した。

 

「ちょ、おいおいシン!?」

 

「シン君?」

 

二人がシンを呼ぶが反応しない。そのまま歩き続け、システィーナとレオスの間に立ち、レオスへと向き直った。

 

「シン君?どうしたんだい?今システィーナと大事な話をしているからーー」

 

レオスが何かを話そうとした次の瞬間、

 

シンがレオスの首をつかんだ。

 

「「「「!?!?」」」」

 

全員が驚愕する。だがそのままシンは止まらない。首を掴んだままレオスを上に掲げるように上げる。必然的にレオスの首が締まっていく。

 

「あっ!?...がっ!?」

 

苦しげなうめき声をレオスがあげているが、シンはそれでもやめない。それはもう明らかにいつものシンではない。

 

「おいシン!!」

 

そこでグレンが飛び出していきシンの腕を掴んでレオスから離させる。レオスは肩で息をしながら地面で横になった。

 

「お前なにやってんだ!!危うく人を殺すところだったんだぞ!!」

 

「え?俺は...一体何を...」

 

シンの下に行くと、もうシンからはあのおぞましい気配はなくいつも通りのシンへと戻っていた。だが何をしたのかわかっていないのか、一人あたふたとしている。

 

「シン君レオス先生の首を掴んで締め上げてたんだよ!」

 

「へ!?俺が!!」

 

「記憶がないのか?」

 

グレンが不審げに見るが、シンはきょとんとした顔で見るだけだった。

 

「お前大丈夫か?なんかおかしいぞ」

 

「体は大丈夫です。ごめんレオ兄、俺ちょっとおかしかったみたいだわ...」

 

そういいながら、シンはレオスへと手を伸ばす。それはもういつも通りのシンそのものだった。

 

「え、えぇ。きっと疲れているんでしょう。保険室で休んでおいてはどうかな?」

 

「そうさせてもらう。ごめん皆」

 

そう言ってシンは一人、保険室へと歩いていく。

 

「先生、シンはなんで...」

 

「わかんねぇ、気の迷い、なのか...?」

 

システィーナが心配気にグレンに尋ねるが、グレンもわかっていないため曖昧な返事しか出来ない。

 

けれど、けれど私には、

 

あの一瞬だけ、あれはシンではない何かであると、本能的に理解した。

 

リィエルsideout

 

ーーー

 

シンシアside

 

「うっ...うぇぇぇ...」

 

近くのトイレで胃の中の物を吐き出しながら、俺は肩で息をする。

 

「なんで、なんであのとき...」

 

記憶がないと言ったのは嘘だ、自分が何をしたのかはきちんと理解していた。

 

「なんでレオ兄の首を絞めたとき、なんで、なんで...」

 

「『楽しい』って感じたんだよ!」

 

あの苦悶に歪む顔頭から離れない。それを見た時、何故か幸福感と充実感を味わった。それはまさに『楽しい』と思うときと同じように...

 

「ハハっ、なるほどな。変わり始めてるのか...」

 

人ではないなにかに。

 

あの時、牢の中で目を覚ました時に理解はした。あの血を飲んで生き延びていると言うことは、あれがレプリカであったのか、それかあの血が体に馴染んだのか。

 

前者であってほしいとどれだけ願った事かわからない。だがもう答えは出た。

 

俺は人間では無くなりつつある。それも着実に。

 

心のなかで蠢くこのどす黒い何かがきっとそうなのだろう。

 

ならば抵抗するまでだ。飲まれずに、俺が俺でいられるようにし続けるだけ。

 

「【マインド・アップ】...」

 

白魔【マインド・アップ】を発動し、強引に精神力を強化する。すると、心のそこにあったどす黒い何かが徐々に薄れていく。

 

「俺が選んだんだ。なら、俺が責任を負わないとな...」

 

壁に寄りかかり、一人ぼそりと呟く。

 

体はゆっくりと、だが確実に俺の体を蝕んでいく。それを絶対に周りに悟られてはいけない。俺一人で耐えるんだ。そうすれば誰も不幸にならない。

 

「抑えてみせるさ...」

 

俺のうちなる何かとの戦いが、始まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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予兆

 

 

シンシアside

 

「つー訳で、俺が白猫とくっついて逆玉で引きこもれるようにするために!今から魔導兵団戦の特別授業を行う!!」

 

「いやどしてそうなった!?」

 

いや本当にどうして?どうしてそうなるの?

 

俺があの場を去ったあとも話し合いは続いたようだが、内容は深くは聞かなかった。そしたら結果がこうだ。

 

なんか、グレン先生がシス姉の彼氏になった。それでそれを認めないレオ兄とグレン先生とで自分のクラスの生徒を使った魔導戦術演習で決着をつけることになったらしい。

 

なんか展開がすごすぎてついていけないんですけど...

 

「えー先生、勝ったらマジでシス姉と結婚すんの?」

 

「シン!俺の事をお義兄さんとよびな!!」

 

「こんな金にルーズなお義兄さんは嫌だなぁ。まぁ面白そうだからいいけど」

 

「ちょっとシン!否定しなさいよ!!」

 

隣からシス姉が顔を真っ赤にしながら何か叫ぶが、華麗にスルーする。一つ一つに付き合っていては時間がいくらあっても足りない。

 

「お前らには巻き込んで悪いとは思うが、実戦形式の良い経験が積めると思って頑張れ。戦いかたとかは俺がみっちり教えてやる。」

 

「先生、一ついいですか?」

 

そこで一人の生徒が手を上げた。

 

「どしたギイブル?」

 

「シンやリィエルはどうするんですか?彼らはろくに魔術を使えませんよ?」

 

「ほんとだ。先生俺どうすんの?」

 

この模擬戦では使える魔術が決まっている。その中に俺が使える物はほとんど無い。せめて錬金術が使えるなら、最近大分うまく使えるようになった隠す爪(ハイドゥン・クロウ)を使って暴れられるんだけどな...

 

「そこは大丈夫だ、この天才魔術講師グレン=レーダスが最強の策を考えているから安心しろ!」

 

「なんでだろう、すっげぇ不安になるな...」

 

もうこの教師が有能なのは知っているが、こういうときは限ってろくなことがない。

 

(それよりも魔導兵団戦か...大丈夫か...?)

 

俺が心配するのはこの戦いの勝敗(やるならもちろん勝ちたいが)ではなく、俺の体の問題だ。

 

魔導兵団戦は、分かりやすくいうと魔術師同士による団体戦。そこでまたこの前のように我を忘れるかもしれない。

 

(でもそこで【マインド・アップ】を使えばなんとかなるか?いや、でも次も【マインド・アップ】がうまく機能してくれるとも限らないからな...それに何度も使いすぎると体が慣れてきちまう。)

 

本来このような魔術は頻繁に使うものではない。やはり使いすぎれば、その魔術に体が慣れてしまいうまく機能しなくなっていく。現にあの最初の発作から今日に至るまでに、もう三回使ってしまっている。効果が薄まっていってるのが嫌がおうにもわかってしまう。

 

(でもここで出れないとか言ったら怪しまれるしな...どうにか誤魔化しながらやるか...)

 

前でグレン先生が魔導兵団戦の心得を教えるなか、俺は肩肘をつきながら考えを頭の隅に追いやり、グレン先生の話に聞き入った。

 

その時、リィエルがこちらをじっと見ていた事になんて、俺はまったく気が付かなかった。

 

ーーー

 

そして日はあっさりと流れていき、今日は魔導兵団戦の日となった。フェジテから東に少し出た所にある、湖のほとりの周りは魔術学院の保有する演習場となっているようだ。

 

「はてさて始まるわけだけど、シス姉ホントにどーすんの?これ先生が勝ったら...」

 

「結婚するわけないでしょ!!あれは、先生が勝手に言い出したことで...」

 

顔に怒りの表情を浮かべながら、シス姉は必死になって反論する。

 

そこで、俺は少し悪戯心がくすぐられシス姉にこんな言葉を投げ掛けた。

 

「でも先生って面倒事は絶対やらない主義だし、案外本当にシス姉に惚れてるのかもよ?」

 

「な!?」

 

徐々に顔を真っ赤に染め上がる。まるで茹で蛸だな、言わないけど。

 

「あああああー!もう、変な想像しちゃったじゃない!!」

 

「あれ?もしかしてシス姉が脈あり?」

 

「んなわけあるかぁぁぁぁぁ!!」

 

これぐらいが潮時だと考え、俺はシス姉のもとから離れルミ姉とリィエルの所に行く。後ろからまだきゃんきゃんとシス姉が何かを喚く音が聞こえたが、まぁ聞こえなかった事にしよう。

 

「シン君、あんまりシスティをからかっちゃダメだよ?」

 

「悪い悪い、つい面白くて」

 

ルミ姉が頬を膨らませながらそう言うが、さっきまでこっちを見ながらニコニコしていたのは知っているぞ?案外、ルミ姉もシス姉を弄るのは楽しんでたりするようだ。

 

そこでふとリィエルに視線を向けると、どこか不安そうに俺の方を見ていた。

 

「どうしたリィエル、俺になんかついてるか?」

 

「もう大丈夫なの?」

 

俺の質問を完全に無視しながら、リィエルは俺に聞き返してくる。俺は少し首を傾げたが、リィエルが何を言いたいのかはすぐに理解できた。

 

「ああ。もうあんなことにはならないから安心しろ、体調はバッチシだ!!」

 

「......そう」

 

まだ納得してなさそうだが、悪いがここは嘘をつかせてもらう。これは俺の問題だ。周りのみんなに言うつもりはない、特にリィエルには。

 

これが知られてしまえば、リィエルはきっと自責の念に刈られてしまう。そうなるのは絶対に避けなければならない。

 

「今回二人一組(エレメント)の相手はリィエルなんだから、背中は任せたぞ」

 

「ん、任せて」

 

強引に話の方向を変え、リィエルに笑みを返す。

 

そうだ、俺が、俺さえがこらえられればいいのだ。

 

それでいい、それでいいんだ。

 

シンシアsideout

 

ーーー

 

「よいしょ!」

 

「ん」

 

フィールドにある丘の上で、シンシアとリィエルはふらふらと動き回る。そしてその二人の間やすれすれを、【ショック・ボルト】がむなしく飛んで行く。

 

「くそっ!なんで当たらないんだよ!!」

 

レオスの陣営で、この丘の制圧を任された隊の隊長であるリトは額から玉のような汗を流しながら【ショック・ボルト】を放ち続ける。だが、それらはすべて簡単に避けられていく。

 

距離にして約二十メトラ、リトの隊は総勢十二人、通常ならばこの人数相手に放たれる攻撃を避けることなんて不可能に近い話だ。

 

だが相手はかたや宮廷魔導士団特務分室のエース、かたや近接戦闘ではこの学院にも敵無しとまで噂されるシンシアだ。この二人相手に一般の考えで対処する方が難しいだろう。

 

「余裕余裕!お前らそんなもんか?ぜんっぜん当たってませんよー?」

 

「くっ!!」

 

両手をポケットに突っ込みながら、シンシアはリト達を小バカにするような発言をする。いつも通りならばそんな発言聞き流せるリト達だったが、今彼らには余裕がなくなっている。リィエルは何も言わずに半目でリト達を見る。リト達はそれが、自分達を嘲笑っているようにしか見えなくなっている。(実際は特に何も考えていない)

 

「なら、これはどうだ!!《虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮》!」

 

「《大いなる風よ》!」

 

「《白き冬の嵐よ》!」

 

全員が一点を狙う攻撃をやめ、より広範囲を攻撃する魔法である【スタン・ボール】や【ゲイル・ブロウ】、【ホワイト・アウト】を飛ばす。

 

「リィエル!」

 

「ん」

 

シンシアの呼び掛けに応じるようにリィエルはシンシアの背後に飛ぶ。それを見ずにシンシアは両手を地面に着けると、その地点に稲妻が走る。

 

そして面を張り叩くかのように飛んだ呪文はシンシアの目の前まで飛びーー

 

突如現れた壁に防がれた。

 

「「「なっ!?」」」

 

リト達一同は驚愕を表すように目を見開き口をあんぐり開けたまま、その光景を見入る。

 

シンシアが何をしたのか、それは至って簡単なこと。

 

今回使える魔術がないとグレンが言ったが、そこは少しざっくりと言い過ぎなのだ。

 

問題は、殺傷力が低い物のみが使えるという点だ。裏を返せば、殺傷力が低ければ大抵の魔術の使用は許可されているということだ。

 

つまり、即興改変したただ壁を作るだけの錬金術ならば使用は何ら問題ないのである。

 

(ルール上は際どいみたいだけど、まぁ裏技的な感じってことだろうな。グレン先生もなかなかな事をする!)

 

これがグレンの編み出した策の一つなのだ。リィエルとシンシアのみを丘に置き、敵を完全に串刺しにする。二人とも相手を倒せる呪文を使えない事は相手はわからないため、戦いは相手が気づくまで終わらない。

 

(というかやっぱ頭痛がしない。これを使うのに上手くなったってことなのか?それとも、あの血を飲んだからなのか。考えてもわからないんだけど)

 

【フィジカル・ブースト】をかけた足で地面を蹴りながら後ろに下がりふとそんな事を考える。

 

遠征学習後、何度か隠す爪(ハイドゥン・クロウ)を使ったが、リィエルと戦った時のように頭に激痛が走ることはなかった。深く考えるべき事なのだろうが、シンシアからすれば使えればそれでいいのだ。

 

(うし、結構いい感じに敵の気は引けてるな。本戦の方はシス姉やギイブルに任せればいいし、俺達はこのままーー)

 

リィエルと共に丘の上を駆けながらこの後の戦況を予想していたその時、シンシアの視界が大きく揺れ動いた。

 

「や、ば...」

 

足にかかっていた【フィジカル・ブースト】は途切れ、シンシアはその場に膝をつく。

 

(ツブセ...コワセ...)

 

「黙れ...【マインド・アップ】」

 

【マインド・アップ】を発動するが、一度では収まらない。頭に声が響く。それはノイズがかったような声で、シンシアの心のそこからどす黒いものを引っ張り出してくる。

 

(ツブシ、コワシ、クダキ、コロス。ソレガ、オマエノ、ノゾミ)

 

(違う...俺はみんなを守る、正義の魔法使いになることが俺の望み)

 

すぐ近くで行われている喧騒が、とても遠くに感じてしまう。

 

(だから、お前は黙って俺に従え!【マインド・アップ】!)

 

もう一度【マインド・アップ】を使うと、その声もどんどんと小さくなっていき、遠くに聞こえていた喧騒もシンシアの耳へと入っていく。

 

「シン!大丈夫!?」

 

「リィエル...ああ、大丈夫だ」

 

リィエルがいつもは見せないような焦りを顔に浮かべながらシンシアに詰め寄る。それにシンシアは無理に笑顔を作って返した。

 

リト達はまだシンシアが作った壁に四苦八苦しているため、そこにはシンシアとリィエル二人だけだ。

 

「シン、本当に大丈夫?前の時も...」

 

「大丈夫だって。俺がそんな柔な奴だと思うか?」

 

どうにか平気そうに振る舞うシンシアだが、見ているリィエルからはまったくと言っていいほど大丈夫には見えなかった。

 

顔は青白く、息は荒い。手が少し震えているし、今にも倒れそうだ。

 

シンシアに気を向けた一瞬、リィエルの注意が周りに向かなくなる。その瞬間を狙った訳ではないのだろうが、二人に向けて【ショック・ボルト】が放たれる。

 

「リィエル!」

 

「え?」

 

このままでは当たると瞬時に理解したシンシアは、反射的にリィエルを押し飛ばす。それにより紫電の一閃の射線にいるのは、シンシアただ一人となった。

 

【ショック・ボルト】が飛んでくるのを横目に見ながら、来るであろう痺れを待っていると、

 

シンシアの頭に、聞いたこともないような言葉が聞こえる。

 

(は?なんだこれ...)

 

それはどう聞いても人の言葉ではないし、ましてや意味もよくわからない。発音すらよくわからないはずなのに、シンシアの口からそれは勝手に紡がれる。

 

「■■■━━」

 

獣の唸り声のようなその言葉を呟くと、

 

シンシアの目の前で、【ショック・ボルト】は儚く霧散していった。

 

「なんだ...今の...」

 

自分自身でも何が起きたのか、自分が何をしたのか理解出来なかった。シンシアにこんな対抗呪文(カウンター・スペル)を使えるほどの技量はない。

 

もうシンシアの頭に、よくわからない言語は聞こえない。シンシアはもうただ呆然とするしかなかった。

 

だが、リト達がそんな事情を知るわけもなくまた【ショック・ボルト】の追撃が、シンシアに直撃する。

 

「あばばばばばば!!」

 

奇声をあげながら、シンシアは体に走った痺れと共に地面に倒れ伏し、シンシアの耳に審判からの戦死判定が下るのだった。

 

ーーー

 

シンシアside

 

結果論だけ語ろう。引き分けた。

 

レオ兄のクラス相手にここまで出来たならば本当に良くできた方だろう。いや本当に。

 

で、俺はというと...

 

「二階級特進しちゃったぜ...俺」

 

「シン!俺はお前の事は忘れないぜ!!」

 

「なんでお前は生き残ってんだよカッシュ...」

 

現在進行形でカッシュにバカにされてます。

 

なんかこいつ生き残ってるし、俺はただドジったんだけどさぁ...なんかカッシュに負けたようで悔しい。

 

「ていうかなんで負けたんだよ。シンなら生き残れると思ったんだけど...」

 

「途中で体調が悪くなってな...」

 

まぁ嘘は言ってない。後ろからこちらを見るリィエルの視線が痛いが、今は無視させてもらおう。

 

あの時俺が使った魔術、あれは一体なんなのか?俺にあんな対抗魔術(カウンター・スペル)を使える技量はないし、ましてや対抗魔術(カウンター・スペル)にあのようなよくわからない言葉を使うなんて聞いたこともない。

 

(本当になんなんだ?あの言葉はマジでいつも使うルーン語じゃなかった。もっとなんていうか、より強い力があるような...)

 

「再戦です!こんな結果は認めない、今度は私があなたに決闘を申し込みます!!」

 

俺の考えは、レオ兄の叫びによって断ち切られた。そして次に俺を襲ったのは、そのレオ兄の発言だった。レオ兄はグレン先生へ手袋を投げつけ、肩で息をしながらグレン先生を睨み付けていた。

 

「ちょ、レオス先生マジかよ...」

 

隣のカッシュもどうやら同じ心持ちのようで、驚きの表情をしていた。そんな中でも会話は進んでいく。

 

「お前まだ白猫を諦めねぇのかよ...」

 

「当然です!システィーナに魔導考古学を諦めさせ、私の妻とするまでは━━」

 

「二人とも!もういい加減にして!!」

 

グレン先生とレオ兄のやり取りに、シス姉が割り込んでいく。

 

「レオスはまだ私の事を考えているからいいですが、先生はなんなんですか!?卑怯な手も使ってまでレオスに勝って、そんなに逆玉の輿がいいんですか!!」

 

「......」

 

シス姉の呼び掛けに、グレン先生はなにも答えない。その仕草に、俺は少し違和感を覚えているとグレン先生は手袋を拾い上げた。それは、グレン先生がレオ兄からの決闘を受諾したということになる。

 

「日時は明日の放課後、場所は学院の中庭。ルールは致死性の魔術の使用禁止で、それ以外はなんでもありだ。これで決着をつける」

 

「いいんですか?」

 

「これで勝ちゃあ俺は一生遊んで暮らせる勝ち組だぜ?そんなの乗るに決まって━━━」

 

そこまでグレン先生が話すと、シス姉がグレン先生の頬を勢いよく叩いた。湖畔にパシンと気持ちのよい音が響きわたる。そして━━

 

「最低...」

 

「システィ!ちょっと、待って!!」

 

そう吐き捨てて、シス姉はフェジテへ帰るために用意されていた馬車の方へと足早に去っていった。そのあとをルミ姉が焦りながら追いかけていった。

 

ほとんどの生徒がはらはらとその光景を見守るなか、グレンは他の生徒達に帰るよう促すと、皆蜘蛛の子を散らすようにその場から離れていった。

 

「なんかやベー事になってきたな...」

 

「そだな」

 

カッシュがそんな事を呟くが、俺はそれに愛想のないような返事で返した。

 

「俺先に馬車に戻っとくぞ。シンも早く来いよ」

 

「おう、もうちょい休んでからいくわ」

 

そしてカッシュは馬車の方へと走り出す。とは言っても俺の体調は大分マシになっているので、すぐに立ち上がりカッシュを追おうと━━

 

「シン」

 

するが、それは後ろから自分を呼ぶ声によって遮られる。

 

「どしたリィエル。ルミ姉行っちゃったし、お前も早く二人の所に...」

 

「本当の事を話して」

 

はっきりと告げられたその言葉に、俺は一瞬動揺してしまう。だがそれを直ぐ様押し隠し、いつも通りを演じていく。

 

「本当の事?なんの事だ?」

 

「本当に大丈夫なの?最近のシン、どこかおかしいから...」

 

リィエルは悲しげな目をしながら俺を見る。

 

「私バカだからよくわからないけど、今のシンはなんだか苦しそう。」

 

その声には、少し罪悪感が含まれているように俺は感じてしまった。

 

やめてくれ、俺は、お前にそんな顔をさせるために━━

 

「だから、私に何か力になれることがあったら━━」

 

「大丈夫だって言ってるだろ!!」

 

「っ!!」

 

咄嗟に怒鳴ってしまった。はっとしてリィエルの方を見ると、驚いたようにこちらを見ていた。

 

「大丈夫だ、ちょっと体調が悪いだけだから...それよりも今大変なのはシス姉なんだよ。だからリィエルは、シス姉の側に居てやってくれ」

 

「でも━!!」

 

どうにか心を落ち着かせ、リィエルに優しい口調で話しかけるが、リィエルはまだ納得しないようだ。だがこれ以上話していても、意味は成さないだろう。話は終わりと言わんばかりにリィエルに背中を向けて、馬車の方へと走り出す。

 

「頼んだぞリィエル!」

 

まだ何か言いたげなリィエルを置いておきながら、俺はさらに速く走る。

 

もっとだ。もっと隠さなきゃ。

 

気がつかれちゃいけない。みんなに心配されちゃいけない。

 

「これは...俺が選んだ選択なんだから...」

 

独り言のように呟きながら、俺は馬車へと向かっていった。

 

哀愁漂う表情の、リィエルをその場に残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして後日、決闘の刻限になってもグレン先生は現れず、シス姉とレオ兄との正式な婚約が発表される事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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始まる結婚式

二話連続投稿!!きついぜ...


シンシアside

 

シス姉の結婚報道は、瞬く間に学院中に広まっていった。その急すぎる展開に、誰もが一度は何かの間違いなのではと疑うが、本人がそう公言してしまっている以上、外野もそれをそうなのかと聞くしかない。

 

そして今は休み時間、俺から少し離れた所でシス姉にウェンディ達何人かの生徒が詰めよっていた。

 

どうやら何人かの生徒は、その不自然さに気がついたらしい。

 

一つ、親の同意がまだ得られていないのにも関わらず結婚が認められたこと。今親父と母さんは何かの事件を追っているため、1ヶ月ほど家を空けている。それに色んなところを転々としているためか、正確な場所もわからない状況だ。

 

二つ、シス姉のその笑顔は、どこか影が差しているように見えること。

 

(ったく...いったい何があったんだよ...)

 

何故ここまで話が急展開を見せたのか、それは遡ること魔導兵団戦の日の事だった━━

 

━━━

 

「は?おいシス姉、今なんて言った?」

 

「だから、私はレオスと結婚する」

 

三人しかいない大きな豪邸のリビングで、ホットココアに舌鼓をうっているときに、その話になった。グレン先生と仲直りをしに行ったとルミ姉から聞いていたため、シス姉のいきなりの告白に俺は驚きを隠せず、その場にいたルミ姉も目を白黒している。

 

「ちょ、ちょっと待て。シス姉は魔導考古学を目指すから結婚の話は断る、最初はそう言ってたよな?それがなんで...」

 

「うん、でもやっぱり結婚することにしたわ。やっぱり女性の幸せって家庭を持つことだと思うし━━」

 

「待ってよシスティ!」

 

さすがに黙っていられなかったのか、ルミ姉は珍しく声を荒げながらシス姉に食って掛かった。

 

そこからはもう泥仕合だった。ルミ姉や俺の話も、シス姉はレオスと結婚するという事で頑なにその姿勢を変えない。

 

けれど、途中からシス姉の表情が悲痛な物に変わっていくのを俺は見逃さなかった。それはどこか無理をしているような、なにか隠しているような仕草だった。

 

(まさか、レオ兄がなにかしたのか?)

 

俺のなかで一つの仮定が生まれる。グレン先生はろくでなしであれど、悪い人ではない。だから、今さっきシス姉とグレン先生との間になにかがあったとは考えにくい。ならば考えられるのは、その二人の間にレオ兄が介入したという考えだ。

 

(けどあのレオ兄だぞ?温厚で優しい、まるで本に出てくる姫を助ける王子を具現化したみたいなあの人が、シス姉になにかするとは考えられない...)

 

昔からの付き合いである俺にとって、レオ兄は憧れの存在だった。その人が、実の姉に危害を加えているなんて誰が考えるだろう。

 

「私の事は放っておいて!別にいいでしょ!?私はレオスが昔から好きなの!レオスのお嫁さんになることが、私の夢なんだから!!」

 

「システィ...」

 

「シス姉...」

 

文字だけを見れば、それは固い意思をもって言われた言葉だろう。だが、俺の目の前にいるシス姉は今にも泣きそうな顔をしながらこちらを見る。それが本意ではないなんて、何年も共に過ごしている兄弟が理解するのはいとも簡単だ。

 

「!先生...!!」

 

ルミ姉は何か思い付いたように家から出ていく。おそらく先生本人に話を聞きに行ったのだろう。リビングには、俺とシス姉の二人だけが残される。

 

「なぁシス姉、いったい何があったんだよ。少しぐらい話してくれたって...」

 

「なによ!隠し事があるのはシンの方でしょ!!」

 

「っ!?」

 

いきなりのシス姉の反撃に、俺は一歩後ずさる。そのままシス姉は話すのをやめない。

 

「リィエルから聞いたわよ、あなた魔導兵団戦の模擬戦の時も体調を崩したらしいじゃない。私からすれば、あなたの方が変よ!いきなりレオスの首を絞めるし、最近顔色も悪いし...人のことを聞く前にまず自分の事を話なさいよ!!」

 

そう俺にいい放ち、シス姉はリビングから出て自室へと戻ってしまった。リビングには先程までの喧騒が嘘のように、しんとした空気が広がっていた。

 

「確かに、俺が言える話でもないな...」

 

自嘲気味に笑いながら、俺は今自分がやろうしたことについて考える。それは、自分が否定した方法だ。それを自分はせずに、人には強要するとはなんと傲慢なのだろうか。

 

そしてルミ姉が帰ってくるまで、俺は一人で冷めきったココアがどこか心に染みるような気がした。

 

━━━

 

そんなひと悶着があったのは三日前。今週末に迫ったシス姉の結婚式までほとんど時間はない。

 

ルミ姉はグレン先生に何かを頼んだようだけれど、その肝心のグレン先生もあの約束の決闘の日以来、学院にすら姿を見せていない。

 

一度は俺がレオ兄に直に聞きに行くことも考えたが、恐らくあしらわれるのが落ちだろう。

 

(頼むグレン先生!シス姉を、システィーナを救ってくれ!!)

 

目の前で陰りのある笑みを浮かべる姉を見ながら、自分の非力さに悔しくなり手のひらを強く握る。

 

この状況では、俺に出来ることはなにもない。ただ戦うことしか脳のない俺では、今のシス姉の力になんてなれるはずもない。だからこそ、今は救世主(グレン)を待つしかないのだ。

 

(頼む...先生、シス姉を...)

 

俺はただ、我らが教師の帰還を待つのだった。

 

━━━

 

けれど俺の願いも儚く、結婚式の当日は無慈悲にやってくる。そこにグレン先生の姿はない。

 

「グレン、来なかった...」

 

「まだわかんねぇよ...まだ...」

 

「うん、今は先生を信じよ?」

 

結婚式が執り行われる教会の控え室で、俺とルミ姉、そしてリィエルは結婚式には向かない重い面持ちで話していた。

 

今シス姉は奥の着付け室で、ウェディングドレスに着替えている真っ最中だ。会場には既にクラスのみんなを含めたくさんの人が集まっている。もうすぐにでも結婚式は始まってしまうだろう。

 

(くそっ!先生はなにしてんだよ...もう式がはじまっちまう...)

 

落ち着かないように貧乏ゆすりをし、苦虫を潰したような顔をしながら俺は未だ来ない救世主に苛立ちを隠せない。

 

そこで着付け室の扉が開く。三人揃ってその方へと目を向けると、全員が息を飲んだ。

 

純白の鮮やかなドレスを身に纏うシス姉の姿は、まさに女性として一番輝いているように見えた。そういうことに関して、まったくと言っていいほどないに等しい知識でもそれがすごいものだと理解出来た。

 

いつもの説教臭さや幼さは見られず、そこには大人びだ淑女のような雰囲気を醸し出している。

 

「どう...かな」

 

「なんか、すごい...」

 

「...システィーナ、すごい綺麗」

 

リィエルと揃って語彙力の無さを露呈しながらそんな事を述べる。いやだって本当になにも浮かばなかったんですもん...

 

「ねぇシスティ、本当にこれでいいの?」

 

「いいの。心配しないで。私は貴女達のためなら...」

 

最後にシス姉が何かを呟いたように見えたが、それがなんなのかはわからなかった。

 

「それよりも!三人共もうすぐ式が始まるから、参列席に行っててよ!!」

 

そう言って俺達を部屋から追い出す。それはどう見たって空元気だ。

 

俺達になにも言わせないと言わんばかりに部屋を閉じるシス姉のその瞳は、涙で潤んでいるような気がした。

 

━━━

 

厳かな雰囲気の中、結婚式は進んでいく。中央の赤い絨毯のヴァージンロードを、シス姉とレオ兄が歩いていく。

 

そのシス姉の顔はヴェールで見えないが、暗い表情であるのは確かだった。

 

そのまま歩き続け、二人が聖堂奥の前にたつ。そして二人の前に居た神父が、ゆっくりと聖書を朗読していく。

 

(先生!頼むから早く!このままじゃ━━)

 

必死に心のなかで祈るが、無慈悲に聖書の朗読は進んでいき、遂に誓約の儀の時となる。

 

「レオス=クライトス。汝は愛を魂の闘争と理解し、それでも尚、神の導きによって今、システィーナ=フィーベルを妻とし、夫婦となる。汝、その健やかなる時も、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、共に支え合い、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「誓います」

 

レオ兄さんが宣誓し、神父の視線がシス姉へと向く。

 

「システィーナ=フィーベル。汝は愛を魂の闘争と理解し、それでも尚、神の導きによって今、レオス=クライトスを夫とし、夫婦となる。汝、その健やかなる時も、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、共に支え合い、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「...誓います」

 

少し間を空けて、シス姉は震える声でそう宣誓した。

 

そして神父が二人から視線を参列者へ向け問う。

 

「この式に参列するものに今一度、問い質さん。汝らはこの婚姻に讃するか?祝福せし者は沈黙を以てそれに答えよ...」

 

隣でリィエルが動こうとするのをどうにか制して、俺達は無言を貫き通す。教会に響くパイプオルガンの音は、まるで残りの時間をカウントダウンしているようで俺の心に焦りを持ってくる。

 

「今日という佳き日、大いなる主と、愛する隣人の立ち会いの下、今、此処に二人の誓約は為された。神の祝福があらんことを━━━」

 

誓約の儀が終わり、神父が締めの言葉を口にしようとしたその時、

 

「━━異議ありッ!」

 

扉を蹴破る音と共に待ちに待った声が、パイプオルガンの音をかきけすかのように響き渡った。

 

参列者達が一斉に扉の方へと見る。

 

そこには一人の男がいた。普段着崩している講師用ローブを今日はきっちりと着るのその男は、俺が、リィエルが、ルミ姉が待ちに待った救世主。

 

「異議あり!俺はこの結婚に大反対!!お前に白猫は渡さねーよ」

 

救世主、グレン=レーダスはレオ兄と相対しながらそう宣言したのだった。

 

シンシアsideout

 

━━━

 

「グレン!」

 

「たくっ...遅いぜ先生!!」

 

リィエルとシンシアが共に笑みをこぼし、ルミアが目を見開きながら驚き、そして信じていましたと小さく呟いた。それと同時にこの結婚式に参列していた二年次生二組の生徒達が口々と騒ぎ始める。

 

「てことで、レオス!白猫はもらってくわ」

 

「きゃあ!」

 

そう言いながらグレンは懐から何かを取り出すと、それを床に叩きつける。すると、猛烈な光が辺りを覆い視界を遮る。その隙にグレンはシスティーナを持ち上げ、そのまま出口へと駆け出していく。

 

「じゃあなー!花嫁はもらっていくぜぇぇ!!」

 

そんな捨て台詞を吐いて、グレンはすたこらと教会から出ていった。

 

会場は大パニックになり、グレンの行動を咎める者、グレンの行動を称える者等が入り交じり大混雑する。が、その喧騒は教会の中心から聞こえた甲高い金属音によって沈められる。

 

「なぁレオ兄、追わないのか?」

 

中心にいるのは、隠す爪(ハイドゥン・クロウ)によって錬成した刀を床に突き立て、レオスを睨むシンシアの姿があった。

 

「シス姉は大事な花嫁なんだろ?なら、どうしてそこで立ち尽くして動かないんだ?」

 

「......」

 

シンシアの問いかけに、レオスは反応しない。

 

「ふーん。なら、質問を変えるか...」

 

刀を引き抜き、刃をレオスに向けながら、シンシアは尋ねた。

 

「お前、誰だ?レオ兄じゃないだろ」

 

その一言に、静かだった会場が騒がしくなり始める。

 

「...くっくっく、やはり君が一番に気がつくと思っていたよ。シンシア=フィーベル。」

 

そこでレオスから飛ぶ声は、レオスの物ではない。そしてそれに驚く暇もなく、レオスの姿が変わっていく。リボンタイに手袋をつけ、フロックコートを羽織ったグレンと同い年ぐらいの青年。

 

切れ長の目に髪は灰色、色白い肌に、冷酷さを感じされるその美貌を持つその男はくつくつと笑いながら、シンシアを見た。

 

「やはり君は僕が見込んだ通りだ。」

 

「誰だお前、まず自分から名乗ったらどうだ?」

 

刀を向けたまま、シンシアは強い口調で話すが相手はそれに動じる素振りすら見せない。

 

「ああ、名乗るのを忘れていたよ。僕の名はジャスティス=ロゥファン。君と同じ、正義を目指すものだよ」

 

「正義、だと?」

 

ジャスティスが口にした言葉に、怪訝な顔をしながら尋ね返す。

 

「ここで深くは語れない、僕はすぐにでもグレンを追わなきゃならないんだ。それでは━━」

 

「逃がすと思ってんのかよ!!」

 

足に【フィジカル・ブースト】をかけ、数瞬の間にシンシアはジャスティスへと肉薄し刀を振るうが、それをジャスティスは意図も簡単に避ける。

 

「残念だけど、()君の相手はしていられない。だから君、いや君たちの相手は彼らにしてもらおうかな?」

 

不敵な笑みをジャスティスがシンシアに向けたその時、参列者が並ぶ席からうめき声が聞こえ始める。

 

そこには、シンシアのクラスメイト以外の参列者(全てレオスの関係者)が虚ろな目をしながら、土気色に顔を染める姿があった。

 

「なんだよ!?これ!!」

 

シンシアは目の前のあり得ない光景に、驚きを隠せない。なぜならさっきまで彼らはシンシア達と同じように話したりしていたはずなのだ。それなのに一瞬でゾンビのように慣れ果ててしまっている。

 

「それでは僕は行くとするよ。それじゃあ見せてもらうよ、君の正義をね...」

 

ジャスティスはそう言い、その場から立ち去っていった。それをシンシアはどうにか追おうとするが、それをゾンビ達が道を塞ぐように遮る。

 

「ちっ!!リィエル!みんなを一ヶ所に集めろ!」

 

「わかった!」

 

シンシアの的確な指示により、散り散りになっていたクラスメイト達を一ヶ所に集め守りやすくする。そして彼らを守るように、シンシアは刀を、リィエルは大剣を構える。ゾンビのような人々は、手にナイフや鋏、鉈などを手に握りながらじりじりとシンシア達へと近寄っていく。

 

「絶対守り切る!俺が、必ず!!」

 

シンシアのその叫びと共に、ゾンビ達とシンシア達の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

徐々に進む狂った運命という名の歯車は、その狂いを精算するために、歪んだ部分を現し始めていく。

 

その歪みが現れるまで、あと僅かだ。

 

 

 



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崩壊する少年、暴走する龍


覚醒とは、必ずしもいいものとは限らない


 

教会の中は混迷を極めていた。一角に固まる生徒達に向かって、肌を土気色に染めた人擬きが近づこうとするが、それを二つの剣閃が阻む。

 

一つは大胆に周りの敵を薙ぎ払う一撃、もう一つは無駄のない動きで敵を切り裂く華麗な一撃、リィエルとシンシアだ。

 

シンシアが前に出て戦い、シンシアを抜いた者をリィエルが次々に屠っていく。

 

「せりゃ!」

 

ヒュンという風を切る音と共に、接近する敵を切り払う。それと同時に切り口から輝くような鮮血が迸る。

 

一見シンシア達が優勢のように見えるが、シンシアの顔は優れない。むしろ苦痛に歪んでいるようにすら見える。

 

「【マインド・アップ】...」

 

小さく呟き、自分の精神力を強化する。すると心で響く声やどす黒い何かは少しだけ安らいだように感じる。だがそれは気休め程度であり、また敵に刀を振るえばそれらはシンシアへと襲いかかる。

 

(くそ!お願いだから持ってくれ!!)

 

既にここ数日で何度も何度も【マインド・アップ】を使用しているため、体がそれに慣れてしまい十全に効果が発揮できない。

 

そんな事相手が理解してくれるはずはなく、無慈悲にシンシアへと肉薄していく。

 

「ぐっ!」

 

さすがに捌ききれず、相手のナイフがシンシアの腕に突き刺さる。その拍子に、シンシアは刀を落としてしまうが、とっさに無傷のもう片方の手に魔力を込めて殴り飛ばす。

 

「シン君!」

 

「大丈夫!そこから動くなよルミ姉!」

 

心配げに声をかけたルミアに、シンシアはどうにか気さくに返す。

 

(あともうちょい...頼むから持ってくれ...)

 

頭にはガンガンと声が響き、胸のうちがどんどん黒く染まっていくのがわかるが敵の残りもあと少し。シンシアは再度両手に魔力を込め直した。

 

「来やがれ!全部俺がぶっ倒してやる!!」

 

仁王立ちのように構えながら、大声で叫び敵の注意をすべて自分へと向ける。するとシンシアの狙い通り残り四人となった人擬きはシンシア目掛けて、人の限界を越えた動きで近づいてくる。

 

シンシアは教会床を蹴り、自分から一番近い一体を殴る。相手の鼻が潰れたのか鈍い音がなり、自分の顔に血が飛ぶが気にしない。

 

次にシンシアへと鉈を振りかざそうとしている者の腕を蹴り、鉈を吹き飛ばす。そのまま怯んだ所を見逃さず、相手の襟を掴み他の動こうとしている三体目に投げつける。

 

身体強化の魔術である【フィジカル・ブースト】をかけた投げはよほど強烈だったのか、投げられた者とぶつかった者はその勢いのまま壁にぶつかり動かなくなる。

 

「《我・時の頸木より・解放されたし》━!」

 

最後の一体を仕留めるべく、シンシアは【タイム・アクセラレイト】を体に付与し一気に加速。そして拳を顔に叩きつけた。

 

すべての敵を倒したことによって、教会から騒がしさは無くなり、うってかわって閑散とした空気が漂った。

 

━━━

 

シンシアside

 

(間に合ったか...結構ギリギリだなこれ...)

 

手を膝につき、肩で息をしながら今の自分の現状にそう考えた。肉体的な疲労はないが、精神的にかなりきつい。さっきからずっと頭に囁くように声が聞こえるし、少しでも気を緩めれば飲まれそうだ。

 

「シン!」

 

「リィエル...みんな無事か?」

 

刺された所を押さえ、俺はみんなの元へと戻った。見たところ誰も怪我はしていなさそうだ。俺の次に一番敵と接触していたリィエルも無傷だし、大丈夫だろう。

 

「シン君その腕!」

 

「大丈夫だってルミ姉。こうしときゃ治るから」

 

手早くポケットからハンカチを取り出して傷の上から巻き付ける。これで少し安静にしておけば血は止まるだろう。

 

「ダメだよ!!今治癒魔術で━━」

 

「大丈夫大丈夫!!こんくらいなんて事ないって!!」

 

本音を言うと、最近【マインド・アップ】をかなり頻繁に使ってしまっているため、治癒魔術があまり効かない事を隠したいからなのだが、そんな事は奥目にも出さずに隠し通す。

 

ルミ姉は白魔術に関してはプロ並みの腕前だから、俺の違和感にもすぐ気づくだろう。それは絶対に避けなければいけない。

 

「さてと...これからどうする?」

 

俺が皆に問いかけるように聞くと、それに答えたのは以外にもギイブルだった。

 

「とりあえず軍の者に任せるしかないだろう。こんな奴等がフェジテに跋扈しているんだ。無理に動くのも危険だろう」

 

「それもそうだね。ならとりあえず入り口を閉めて━━━」

 

ルミ姉が何かを言おうとした瞬間、大きな音をたてながらこの教会のすべての扉と窓が次々に閉まり始める。

 

「な、なんなんですの!?」

 

「誰も触ってねぇのに勝手に!!」

 

「リィエル!」

 

「ん!」

 

口々にみんながその光景に対して何かを口にするなか、俺とリィエルはすぐにみんなを守るように前にたつ。

 

全身に緊張がめぐるが、特に何も起こらない。教会にはステンドグラスから灯るカラフルな光が差し込み、辺りを照らしている。

 

「どういう事だ?特に何も━━」

 

そこまで喋って俺はやっと辺りの違和感に気がついた。

 

「なんだあれ?粉?」

 

ステンドグラスから差し込み光に、何か粉末状の物体が宙を舞っている。最初はただのゴミかと思ったが、それにしては大きいような気がするし、この辺りはすべて石畳だから砂が入ったというのも考えにくい。

 

それが一体なんなのか、その答えを考えるよりも早く目の前の光景に変化が起きた。

 

先程までただ宙を舞っていただけの粉末は、いつしか一ヶ所に集まり何かを形どっていく。

 

それに、俺達は唖然とするしかなかった。

 

粉は徐々に人形を作り、ある一つの存在を作り上げた。

 

「め、女神...」

 

誰かがふとそう呟いたが、俺もまさにそうだと思った。

 

左手には黄金の剣を、右手には銀の吊り天秤を持ち、目元は目隠しがされている。大きさは俺の背の高さの三倍は下らない巨大さで、眩い輝きを放ちながら、俺達の前に女神は顕現した。

 

「おいおい...冗談が過ぎるぜ...」

 

全体像が把握できた時、俺はその姿に見覚えがあった。それはよくある聖画集の一片で、俺もさして興味もなかったが無駄にいい記憶力があれの正体を告げている。

 

「正義の女神...ユースティアだと!?」

 

これほどまでじぶんの記憶力のよさを恨んだことはない。そうでなければ少しは俺も絶望しなくてもよかったのだから。

 

ユースティアはゆっくりと黄金の剣を振り上げ、こちらに狙いを定めた。

 

「っ!!全員しゃがめ!!!」

 

直ぐ様俺は地面に手を触れ、大きな壁を作る。ユースティアはそのまま黄金の剣を振り下ろし━━

 

刹那、強すぎる衝撃と共に壁はあっさりと切り裂かれた。

 

「がぁ!!」

 

勢いのあまり俺達は四方八方に吹き飛ばされる。それは俺も等しく同じだが、唯一違うのはどうにか受け身ぐらいは取れた事だろうか。

 

(くそ!考えろシンシア=フィーベル!あれが女神な訳がないだろ!!ならあれはなんだ?その前に何があった?)

 

優雅に佇む女神を睨み付けるように見ながら、俺は足りない頭で必死に考える。そしてふと、一つの可能性が過った。

 

「まさか、人工精霊(タルパ)だってのか!?」

 

人工精霊(タルパ)とは、錬金術の奥義であり人工的に神や悪魔、精霊を生み出す秘術だ。錬金術で合成された特殊な薬品を使い自身をトランス状態に陥れる事によって、その存在があたかもそこにいるかのように暗示させ、周囲に事前に撒いておいた疑似霊素粒子(パラ・エテリオン)に自分が思い描いた存在を写し出して現出させるという超高難易度の術だ。

 

(なら疑似霊素粒子(パラ・エテリオン)はどっから用意した?あのジャスティスとか言うやつが撒くには時間がないはず...)

 

いや待て...あの粉に気がついたのはあの人擬きをほぼ倒し終えた後だった。てことは...

 

「あの人擬きに紛れ込ませてた物を、起動したってのか!?」

 

あり得ない。そこにどれだけの濃度で広がっているかによって成功するかどうかが大きく関わってくるのに、それをその場に居ずに、発動させたというのか?

 

こんなの...まるでそうなるのだと解っていないと出来る事じゃない。

 

ユースティアは今度は天秤を空に掲げるようにすると、天秤は何か怪しく光輝き始める。

 

「なんかやばそうだな!!」

 

もう一度瞬間錬成で、クラスメイト各々がいる場所に壁を作りどうにか防御は出来るようにし終わると、天秤は一際光を放ち...

 

閃光が全面に無差別に放たれた。

 

「きゃああああああああ!!!」

 

至るところから聞こえる悲鳴に破砕音。吹き荒れる風圧に俺は顔を遮ってしまう。

 

(レベルが...違いすぎる!!)

 

その圧倒的な力に、俺の心は折れかけていた。

 

重すぎる一撃。無差別に放たれる強烈な魔術攻撃。それに俺は完全に萎縮し動きが止まってしまう。

 

そんな俺に、ユースティアはゆっくりとその巨体を俺へと向ける。そして天秤を俺に向けて掲げ、天秤はまた怪しげな光を放ち始めた。

 

(だめだ...避けなきゃ...)

 

頭ではわかっているが、体が言うことを聞いてくれない。震える膝には力が入らず、一歩たりとも動くことが敵わない。

 

王国親衛隊と戦ったときにも、リィエルと対峙したときも、こんな震えは感じなかった。

 

俺はただただ恐怖している。目の前の、人ならざる存在に━━━

 

遂に光は最高潮に達し、目を痛める程の強烈な光が俺を射ぬかんと飛ぶ。

 

(あ...死んだ...)

 

瞬間的にわかってしまった。もう避けることは出来ないし、あの一撃を防御する術もない。俺はこの閃光に穿たれるのが目に見えてしまった。

 

そして閃光が俺の目の前まで来たとき...

 

何かが俺の前に現れ━━━━

 

ドンっという腹に響く振動と共に、俺は壁へと叩きつけられた。苦悶の声をあげ、床をのたうちまわる。教会は既に半壊状態になっており、いたる所に皹が入っている。

 

「い...生きてる...?」

 

何故かまだこの世から離れていない自分に困惑しながら、俺は立ち上がる。身体中の骨がきしむように痛むがそれよりも何故という考えが頭を占めた。

 

あれほどの一撃を食らえば、まともに立てるはずもないのに...

 

「あ...あぁ...」

 

そこで俺は目の前の惨状を見て、すべてを理解した。俺の視線の先には未だに俺を狙うユースティアと、

 

ボロボロの状態で横たわるリィエルの姿だった。

 

「リィエル!!!」

 

俺はすぐにリィエルのもとへ駆け寄り体を起こす。華奢な体には傷が大量についており、口からは血が流れている。それでもいつものように眠たげに彼女は目を開き、いつもは見せないような笑みを俺に向けた。

 

「よかっ...た。シンが...無事で...」

 

「なんで、なんでこんな事を!!」

 

あの一瞬俺の目の前に現れたのは、リィエルだったのだ。そしてリィエルは錬成した大剣と共に俺の盾になって、あの一撃をもろに食らったのだ。

 

「だって...シンが...いなくなるのは...嫌...だから」

 

「リィエル...」

 

「シンには...助けてもらった...だから...今度は私が助ける番...」

 

そしてリィエルはよろよろと立ち上がろうとするが、そのまま力なく俺によりかかるように倒れる。

 

「もう動くな!お前死ぬぞ!!」

 

「構わない...ルミアや...みんな...シンを守れるなら...」

 

リィエルのその言葉には、確固たる意志が込められているのがわかった。

 

俺は一体何をしているのだ?こんな少女が勇敢にも立ち向かっているのに、俺は恐怖のあまりただ木偶の坊のように動けなかった。

 

(あまりにも情けない!何が正義の魔法使いだ!!)

 

何がすべてを守る者だ。たった一人守れずに何を俺はほざいているんだ。

 

そしてリィエルを抱き抱えたまま、ユースティアへと睨む。

 

ユースティアはまたゆっくりと黄金の刃を俺とリィエルに向けながら、構えをとった。その凶刃はあと数瞬もすれば俺達に振りかかるだろう。

 

(倒す、あのデカブツを、俺が倒す!!!)

 

そうだ、何を恐怖する必要がある。

 

たかが女神の偽物ではないか。

 

人ならざるもの?ならば━━━

 

 

 

 

 

それは俺も同じ事だろう。

 

(壊す...潰す...ユースティアを...)

 

それを心のなかで言うに連れて、心がどす黒く染まっていくのがわかるが今はそれでいい。

 

(お前も龍の端くれだろうが。なら、俺に力を寄越せ!!)

 

すべてを受け入れる。心のすべてが黒に染まった瞬間...

 

ブチンと、俺のなかでなにかが切れる音がした。

 

 

 

シンシアsideout

 

━━━

 

ルミアside

 

女神のようななにかが、どんどんシン君へと近づいていく。私は痛むからだに鞭をうちどうにか立ち上がった。

 

「ルミア!?だめですわよ!!死ぬ気ですか!!」

 

「でも、このままじゃリィエルとシン君が!!」

 

ウェンディが私の手を取って止めに入るけど、このままじゃあ本当に二人が死んでしまう。あの黄金の剣の一撃が一体どれ程の物なのかは、さっき十分味わった。それがまた二人にぶつかれば、確実に無事ではすまない。

 

それにリィエルはシン君を庇ってあの光に当たってしまったのは私のいるところからも見えた。いくらリィエルと言っても無傷ではいられないはずだ。

 

「おいギイブル!お前どうにか出来ないのか!」

 

「無理だ!!あんなの、どうにか出来る訳がない!!あれは勝利の女神ユースティアを模した人工精霊(タルパ)だぞ?そんなの勝てるわけがない!!二人は運が悪かったとしか言いようがないんだよ!!」

 

ギイブル君の言葉に、全員が現実を見てしまった。もう二人は助けられないのだという事に。

 

そして遂に黄金の剣は最高点まで振り上げられ、

 

「...いや」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

無慈悲に振り下ろされた。

 

私の悲鳴はむなしく教会に響く事はなく、代わりに尋常じゃない風圧が私たちを襲う。

 

「そんな...」

 

「嘘だろ...」

 

ウェンディとカッシュ君が、息を飲むようにそんな事を呟き、私の頬には雫が流れた。

 

私の大事な友達が、家族が死んでしまった。

 

「シン君!!リィエル!!」

 

二人の名前を呼ぶが、返事は返ってこない。そして、狙いを返るようにユースティアはこちらを向こうと━━━

 

「待て。何かおかしいぞ?」

 

ギイブル君がそう言った。そして絶望から思考を現実に戻し、ユースティアを見ると何故か剣を振り下ろした状態から動かない。

 

私を含めた全員がその光景に見入っていた、その時。

 

ユースティアの頭上に、黒い稲妻が轟音と共に落ちた。

 

「きゃああああああああ!!」

 

「なんだよこれ!!」

 

轟雷はユースティアを穿ち、計り知れない威力によって地面が揺れ動く。それはユースティアの放った光とは比べる事すらおこがましい程の破壊力だった。

 

黒雷が止むと、すぐにユースティアは後ろに下がる。すると、瓦礫の山の頂点に、一人の青年が居るのが私の目に写った。

 

「シン君!!」

 

「無事だったのか!!」

 

ユースティアが後ろに下がったのをきっかけに、私達はシン君の元へと歩み出す。

 

だが、そこで私達は気がついた。どこかがおかしいと。

 

確かにシン君であるのは確かだ。だが、その手には傷だらけのリィエルが抱えられており、その目はじっとユースティアを睨んでいる。それに...

 

「シン君...なの?」

 

その纏う雰囲気は、レオス先生の首を締めた時と同じものだった。

 

シン君は私達に目もくれず、リィエルを片手で抱きもう片方の手をユースティアへと掲げる。そして...

 

「ツブス...」

 

短く、そう呟いた。その直後、彼のその手の周りに大きな黒い魔方陣が三つ現れる。

 

その魔方陣はゆっくりと回り始め、どんどんスピードをあげていく。

 

「なんだあれは...あんな魔方陣見たことない...」

 

ギイブル君は呆然としながらそう語る。だがシン君の手の周りを回る魔方陣はなお速度をあげつつ回り続ける。

 

そしてシン君は少し腕を後ろに下げ、そのまま勢いよく前に突き出した。すると、回転していた魔方陣がすべて前方に拡大拡散しながら重なる。そして━━

 

「《消し飛べ》━━!」

 

そう唱えると、大きな魔方陣から赤黒い巨大な光の衝撃波が放たれた。それは光を飲み込むような暗い黒の光。さっきユースティアに落ちた雷とほぼ同等、いやそれ以上の一撃がユースティアへと直撃する。

 

黒の光の奔流はユースティアを飲み込み、徐々にその形を壊していく。そしてその黒の一撃はユースティアを貫き教会に大きな穴を開け、空を切り裂いた。

 

赤黒い衝撃波が収まると、そこには中心を抉りとられたように宙に浮くユースティアが消えていく姿のみだった。

 

「......」

 

「......」

 

この場にいるクラスのみんなは総じて、今の光景に驚愕を示して何も言葉に出ない。

 

だけど、シン君はゆっくりと私に近づいてきた。そこで私はあることに気がついた。

 

私がいた場所からは顔の左側しか見えなかったから気がつかなかったが、シン君の顔の右側に黒い紋様が浮かびあがっていた。

 

「シン君それ━━!!」

 

「ルミア、リィエルの怪我が酷い。すぐ治療してくれ。頼む」

 

いつものような呼び方ではなく、真剣な話の時の呼び方に、私の体に緊張が走った。そして彼は私の話は聞く気がないとでも言いたげに、そう言いながら傷だらけのリィエルを私に預け踵を返す。

 

「待ってシン君!どこにいくの!!」

 

「これの犯人を潰しにいく。システィーナも先生もあいつに狙われてるから、俺が行かなきゃ」

 

シン君はボロボロになった入り口から外に出ていく。

 

「シン!!」

 

「シン君!!」

 

「シンさん!!」

 

みんなが彼の名を呼ぶが、ついぞ彼はそれに反応することはなくどこかに行ってしまった。

 

その彼の背中は、どこか哀しそうに私には見えた。

 

 

 

 

ルミアsideout

 

 

━━━

 

シ□□□side

 

長い長い回想を終える頃には、もうなん十体もの邪魔な白い何かを屠っていた。けれど、それらも思い出す度に、泡沫のようにわれて消えていく。

 

もともと頬にしかなかった黒の紋様も、今では顔の半分まで埋め尽くしている。

 

(あア...ナンでオれハ...アルいてるんだ?俺ノ...ナマエは...なんダっけナ?)

 

もう記憶も曖昧になってきた。何故回想なんてしてたかすら思い出せない。叫んで黒い稲妻を落とす度に、俺として何かを失っていく。もう何を失ったのか、何が残っているのかすら俺もわからない。

 

(そうだ...思い出した...コロスンダ...)

 

(誰ヲころスンダッケ...?まァイいヤ...)

 

もうおれの周りに白い何かは飛ばなくなっている。あれは鬱陶しいから嫌いだな...

 

その時、少し遠くで爆発音が響いた。

 

(もうスコしだ...モウスコしでツく。ソシタラ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテツブシテ尽くして。

 

コワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテ尽くして。

 

コロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテ尽くすんだ。

 

ああ...タノシミだ...)

 

俺は狂った笑みを浮かべながら、足早に爆心地へと進んで行った。

 

 

 

 

 

━━━━

 

グレンside

 

 

「はぁ...はぁ...」

 

とある裏路地で、俺は右の二の腕の傷を左手で押さえながら建物の壁に座り込んでいた。隣で白猫が必死に治癒魔術を使っているが、本人も顔が青白く足元も於保ついていない。

 

「白猫...やっぱお前だけでも逃げろ...お前が戻ってきてくれた事だけで、俺は十分だ」

 

「嫌です!!先生は一緒に帰るんです!!こんなところで死なないでください!!」

 

白猫は涙を流しそう言うが、それは恐らく叶わないだろう。

 

最初はジャスティスとも白猫との協力によって戦うことが出来ていた。だが、ジャスティスが本気を出し始めた途端、俺達は手も足も出なくなった。

 

元々俺は魔導士としては三流だ。固有魔術(オリジナル)の『愚者の世界』と周到な準備があって俺はやっと格上と戦える事が出来る。

 

しかし今はもう使える手はほとんど使いきり、あるのは弾のない銃も、『愚者の世界』の魔術式が埋め込まれたタロットカードのみ。それに俺も白猫もろくに魔術を使えるほどマナも残っていない。

 

こんな状態では、二人仲良くジャスティスに殺されるのは明白だ。

 

「さて...グレン、僕達の宿命に決着をつけようじゃないか?」

 

ジャスティスはそう言いながら指をならすと、ジャスティスの周りに四体の人工精霊《タルパ》、【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・銃刑】を呼び出した。

 

その四体はマスケット銃を構えており、それらの狙いはすべて俺へと向いていた。

 

「ジャスティス...俺を殺すのは構わねぇ...ただ一つ頼む。こいつは生かしてくれないか?」

 

「っ!?先生!!」

 

白猫が俺の体を揺するようにするが、俺は無視してジャスティスを見つめる。

 

「わかった。君の最後の願いだ、聞き入れよう。」

 

ジャスティスは指を少し動かすと、【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・銃刑】の一体が白猫を俺から引き離す。

 

「やめて!離して!!先生!!」

 

「...ごめんな」

 

一言だけ謝って、俺は一度深く深呼吸した。

 

(悪いセラ...案外早くそっちに行くことになりそうだ...)

 

もうこの世にはいない少女に思いを更けながら、俺は覚悟を決めた。

 

「さぁこの時をどれだけ待ち焦がれたか!僕はここで、君を殺して真の正義を得る!!」

 

「せんせぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

白猫の叫びのなか、【彼女の御使い《ハーズ・エンジェル》・銃刑】がゆっくり引き金を引こうとしたその時━━━

 

目の前で、三体の人工精霊(タルパ)が無惨にも黒い雷によって打ち砕かれた。

 

「は?」

 

「え?」

 

俺と白猫は、それに何が起きたのかわからない。そして俺達はほぼ同時に、その黒い稲妻が飛んできた方向を見た。

 

そこには....

 

 

「シン...なのか?」

 

顔の半分は真っ黒の紋様が埋め尽くしており、猟奇的な笑みを溢した、変わり果てたシンシア=フィーベルの姿がそこにはあった。

 

「ふふふふふふ...ははははははははははははははははははははははは!!!!」

 

そして、シンの狂ったような笑い声が裏路地に響き渡った。俺はただ、それを呆然と見ながら恐怖するしかなかった。

 

 



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惨烈

なんとこの作品が日間ランキング29位に乗りました!!

これも皆様の応援があってこそだと思っています。

ここで皆様に感謝を。

本当にありがとうございます!!




裏路地に佇むのは二人の青年。一人はシルクハットに燕尾服という場違いななりのジャティス=ロウファン。ジャスティスは自分に相対する、もはや青年とすら言っていいのかわからないそれを見て、顔を歪めた。

 

「遂に目覚めたようだね!僕の好敵手となりうる者よ!!」

 

興奮が込められた声音で、ジャスティスは叫ぶように言い放つ。それに対して、目の前の青年はケタケタと嗤い続けるのみ。

 

「シン...どうしちまったんだよ...」

 

「シン...」

 

その場で完全に置いてけぼりを食らってしまったシスティーナとグレンは、突如として現れたシンシアにそう言葉を投げ掛ける。それにシンシアはゆっくりと目を向ける。

 

その目に、二人は背筋がなぞられるような悪寒を感じた。まるで、獲物を見るかのようなその瞳にはいつものような優しさは感じない。

 

「オマエラハ...アとでだ...」

 

シンシアの口から出たはずのそれを聞いた二人は、直感的に理解した。

 

これは、シンシアではないと。

 

そのままシンシアの皮を被ったなにかは、もうグレンたちに興味を無くしたのか、視線をジャスティスへと向け直す。そして━━

 

それはグレン達の目の前から消えた。

 

「え?」

 

「は?」

 

二人が驚きを声に乗せるのと、

 

ジャティスが壁に吹き飛ばされるのはほほ同時だった。

 

「がっ!...は...」

 

ジャティスは自分の体に痛みが走ることで、やっと自分が攻撃されたのだと理解した。それほどまでにそれの動きは常軌を異していた。

 

だがジャティスはそれに、顔をより笑顔に歪める。

 

「くくく...それが!それが君の正義かシンシア=フィーベル!!歪み狂ったその自己犠牲、その極致がその姿ということか!!良いだろう!やはり君は僕が見込んだ通りだった!!!」

 

それを言い終わると同時に、ジャティスは手を振りかざす。

 

手袋から舞い散る疑似霊素粒子(パラ・エテリオン)は、ジャティスの深層意識に介入し偽りの天使達を呼び出す。

 

ジャティスの背後に並ぶように、人工精霊(タルパ)彼女の左手(ハーズ・レフト)】が複数現れる。それらはすべて左手の形をしており、手にはユースティアと同じく黄金の剣を握っていた。

 

奇怪な姿をした精霊達は、狭い路地のなか高速で移動しながそれを貫こうとする。

 

「ヤバい!避けろシン!!」

 

それの脅威がどれだけの物かを理解しているグレンは、それに呼び掛ける。

 

だがそれは動じるような素振りも見せず、ニタニタと嗤いながら、

 

「《━━■■■》!!」

 

人には理解出来ない言葉を紡ぐ。すると、急激にグレン達の周りの温度が下がり始める。

 

「なんかやべぇ!!」

 

長年培ってきたグレンの戦闘勘が、異常な危機を察知したためシスティーナを抱きながら横に転がるように動く。すると、変化はすぐさま起きた。

 

シンシアを中心に、地面が凍り始める。そして【彼女の左手(ハーズ・レフト)】がシンシアを貫く瞬間、それを黒い氷柱が貫き動きを止めた。

 

その色は、まるでたくさんの絵の具を混ぜ合わせた濁った水を凍らせたかのような色をしており、シンシアへと近づく【彼女の左手(ハーズ・レフト)】をすべて穿ち、精霊達は霧散していく。

 

「ははは...あははははははは!!」

 

そしてシンシアは狂声をあげなからジャティスへと近寄っていく。そのスピードはさっきのような超高速ではなく、グレンの目でも追える速度だ。

 

近づくにつれてシンシアの両手に黒い稲妻が迸り、それは彼の両手にまとわり着くように流れ始めた。

 

だがそれを許すジャティスではない。直ぐさま再度疑似霊素粒子(パラ・エテリオン)を撒き散らし、巨大な処刑剣を持った【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・斬刑】が八体現れシンシアの道を塞ぐ。

 

「あははははははは!コワレロ!コワレロ!!!」

 

それでもシンシアは止められない。もはや人の域を出た動きをしながら、【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・斬刑】を黒い雷を灯した両手で殴り潰していく。

 

それもただ倒すだけでは飽き足りないのか、徹底的に粉砕し原型すら残さない。それはまさに破壊の権現そのものだった。

 

さらにジャティスは【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・銃刑】を呼び出し、マスケット銃がシンシアに向けて放たれた。それをシンシアは最低限の動きだけで避け、また唸るように声をあげた。

 

強く風が吹き始めたかと思うと、それは渦を巻き始め巨大な竜巻を作り上げた。【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・銃刑】は吸い込まれるかのように竜巻に飲まれ、バキバキと音をたてながら粉々となっていく。

 

「くっ...!」

 

「きゃああああああああ!!」

 

飛びそうになるシスティーナをどうにか抱きながら、グレンはボロボロの体に鞭を打って堪えようとするがそれすら叶わないほど、裏路地に吹き荒れる暴風は強力だった。

 

そのまま飲まれると思った瞬間、グレンの体を何かが持ち上げ竜巻の発生地から遠ざけていった。

 

「ふう...どうにか無事のようだねグレン」

 

「なんで俺を助けた...」

 

グレンとシスティーナを助けたのは、なんとジャティスの人工精霊(タルパ)だった。ジャティスもどうやら同じように人工精霊(タルパ)に身を預けながら、少し離れた建物の屋上に着地する。

 

「君を倒すのはこの僕だ。それ以外に君は殺させないよ。それよりも...」

 

ジャティスはニヤニヤとした笑みを消し、真剣な表情になると収まっていく竜巻の中心地を見る。

 

辺りにあった家々は見る影もなく、石畳は剥がれ割れた窓ガラスが散乱している。そこに、最初見たよりも顔の黒の紋様がさらに広がったシンシアが、じっとこちらを見る姿が。

 

「彼をどうにかしないと、フェジテは消えてなくなるよ?」

 

「待て!あいつに何があった!!」

 

「聞きたいかい?彼の身に何が起きたのか...」

 

シンシアはまた獣のような咆哮を轟かせると、晴れやかだった空がどんよりとした灰色の雲に覆われていく。

 

そして、空から無差別に黒い雷が降り注いだ。

 

「ぐおっ!?なんちゅー火力だ!!」

 

「さすがは古き竜の言葉だ。まさかこれほどの威力とはね...僕の予想以上だよ」

 

「...ちょっと待て、お前今なんて言った?」

 

グレンはその時、ジャティスの口から出た言葉が信じられずもう一度聞き直す。聞き間違いであってほしいとグレンは切に願ったが、現実はそう甘くはなかった。

 

「彼が使っているのは、竜の使う言語による竜言語魔術(ドラグイッシュ)だと言ったんだよ。」

 

「そんな事あるわけねぇだろうが!!あいつは人間だぞ!?人に竜言語魔術(ドラグイッシュ)が使える訳がない!!」

 

竜言語魔術(ドラグイッシュ)

 

竜が唱える事が出来る特殊な言語によって放たれる魔術で、生息地一帯の自然現象と天変地異をも支配することが出来、この特性があるからこそ、竜は自然の王者として恐れられている。

 

それは人間には絶対に使えないはずなのた。そう、人間には━━━

 

「彼、シンシア=フィーベルはもう人間を辞めてるよ?」

 

「え?」

 

そこで素っ頓狂な声をあげたのは、先程から沈黙を貫いていたシスティーナだった。

 

「し、シンが人を辞めたって...」

 

「彼はついこの前あった遠征学習で起こった事件の中、敵側に拉致されていたそうだね?」

 

いきなりの脈絡のない話に、グレンもシスティーナも呆けたままジャティスの話に聞き入る。それを見たジャスティスは気にする事もなく、話を続けた。

 

「あの白金魔導研究所では、キマイラの製造も行っていてね。その一つとして、ある実験が行われていたんだよ。その名も...『模造竜(ファクティスドラゴ)』計画。」

 

「なんだと!?」

 

その計画に、グレンは聞き覚えがあった。それは二年前、帝国宮廷魔導士団に所属しているときに資料を見たのだ。

 

「けどあれはもう何年も前に失敗してるはずじゃ...」

 

「話はここで終わらないんだよ。後日、宮廷魔導士団が白金魔導研究所を調べたところ、あるはずの物が一つ無かった。それは、たった一体だけの成功例の血が入ったサンプル。それが見つからなかったんだ。」

 

グレンの中で、最も想像したくない事が頭に過り始める。

 

「そして不審な事に、そのサンプルは最後に白金魔導研究所の前所長であるバークス=ブラウモンが持ち出していた痕跡が残っていた。注射器にいれてね...そしてその注射器は、ある牢の中で壊れた状態で発見された。その牢は、彼シンシア=フィーベルが拘束されていた牢だ」

 

「まさか...」

 

「そう、そのまさかだよ...」

 

グレンの顔からどんどん血の気が引いていく。一体シンシアに何があったのか、それを理解した。理解してしまったのだ。

 

「先生...一体どういう事ですか...?」

 

「......『模造竜(ファクティスドラゴ)』計画。それは人工的に竜を作り上げ、その圧倒的な破壊力を国の軍事力に転用しようとして組まれた計画だ。」

 

ぼそりぼそりと、グレンは告げたくない真実を告げていく。

 

「結局成功例はたったの一体、それにろくに生きる事も叶わずに死んじまった。けど、そのサンプルだけはあの時あの研究所に残っていた。そして......」

 

そこでグレンは言い澱んでしまう。言うべきなのか言わざるべきなのか悩むがそれは杞憂になってしまう。

 

「シンシア=フィーベルは、それを体に取り込んで半竜人となったということだよ」

 

ジャティスが無慈悲に、システィーナに真実を告げたからだ。

 

「え?シンが...竜人?そんな、嘘ですよね先生...」

 

「悪いけど、これはもう本当だろうね。そうでなきゃこんな天変地異は起こせないよ」

 

今も目の前で荒れ狂うように落雷が響き、暴風が吹き荒れ、絶対零度の黒い氷柱が至るところに作り上げられている。

 

その発生源であるシンシアは、先程からジャティスが話ながら放っている人工精霊(タルパ)を破壊し尽くしている。嬉々として、狂ったように。

 

「さてどうするグレン?このままほっておくと、本当にフェジテは跡形もなくなるよ?」

 

「わかってる!けど━━━」

 

グレンの言葉が最後まで言われるよりも早く、グレンは自分に向けられた強烈な殺気に即座に後ろに飛んだ。するとグレンが元いた場所に、黒い雷を全身から迸るシンシアが拳によってクレーターを作り上げる。

 

(こいつ...!!俺との距離は数十メトラはあったぞ!?それを一瞬で詰めたってのか!?)

 

あり得ないその動きに目を見張ると、グレンはあることに気がついた。シンシアの足や腕から、ボトボトと血が流れているのだ。だが、今のところシンシアに自分達がダメージを与えた覚えはない。

 

(まさかあの動きに、体が耐えれてないのか?)

 

よくよく考えればわかることだった。いくら竜の血をのみ、擬似的な竜人になったとしても肉体はただの人間であるのだし、これからそうなるのだとしても完全に馴染むほど時間は無かったのだろう。

 

「ちっ!こうするしかねぇのか!!」

 

グレンは懐から愚者のアルカナを取り出し、『愚者の世界』を起動する。それによってシンシアは竜言語魔術(ドラグイッシュ)を使うことは出来ない。

 

「ジャティス!今回だけだ、手を貸せ!!」

 

「元よりそのつもりだよ!!」

 

グレンの言葉に呼応するかのように、ジャティスは手袋から粉末を撒き散らす。

 

ジャティスが使う人工精霊(タルパ)は、呪文詠唱による現実介入ではない。そのためグレンの使う『愚者の世界』では止めることは不可能なのだ。

 

だからこそ、今この状況では完全な優位をとることが出来るのだ。

 

ジャティスが呼び出した【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・斬刑】は、魔術が使えなくなったことに当惑する隙だらけのシンシアへと斬りかかる。一瞬のシンシアの判断ミスだが、人工精霊(タルパ)が攻撃を成功させるには十分だった。

 

「あがぁぁぁぁ!!」

 

背中を大きく切り裂かれ、シンシアは弾かれたように距離を離す。だがジャティスの【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・斬刑】は止まらない。そのままシンシアを囲い込み、処刑剣を振るい続ける。

 

「先生やめさせて!このままじゃシンが!!」

 

「わかってる!けどこうするしかねぇんだ...」

 

システィーナはそこでやっと、グレンが拳を強く握るあまり手から血が流れているのがわかった。グレンも本当ならばこんな手は使いたくはない。

 

自分の教え子を救えないばかりか、その教え子を傷つける自分に罪の意識が襲う。

 

「がぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

奇声をあげながら、シンシアは素手で【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・斬刑】へと殴りかかる。だが、精霊達の身軽な動きに狙いが定まらず、また魔術も撃つことが叶わないためそのすべては空ぶっていき、その度に【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・斬刑】がカウンターとばかりに彼を攻撃していく。

 

まさに一方的な戦闘は、先程とうって変わってシンシアの劣勢となった。グレンもシスティーナも、予知に近い行動予測が出来るジャティスですらこのまま終わると思っていた。

 

だが、竜の血はそう甘い物ではなかった。

 

「がぁぁぁぁあああああああああ!!!!」

 

シンシアが大きく叫んだその瞬間、シンシアの背中からどす黒い色の粒子が溢れ出た。そしてそれは徐々に形を作っていき、やがて真っ黒な翼となった。

 

その黒い翼をはためかせ、シンシアは空を飛ぶ。その勢いでジャティスが呼んだ人工精霊(タルパ)はすべて破壊された。

 

「まさか...自分のマナを具現化したとでも言うのか?」

 

ジャティスが感嘆の声を漏らしながら、今の現状を冷静に判断した。

 

今シンシアが行ったのは、自分の体内にあるすべての魔術のエネルギー源となるマナを強引に引っ張りだし、自分の好きなように形作ったのだ。

 

それは錬金術を極めたと言っても過言ではないジャスティスですら出来ない芸当。自分のマナ自体を操るなんて事は、まさに神業に等しい行為なのだ。

 

だがシンシアはそのまま飛び続けると、遂に『愚者の世界』の範囲から抜ける。抜けた瞬間、両手に黒の雷を宿し急降下する。

 

そしてその急降下でついた加速力が加わった一撃が、

 

ジャティスに叩きつけられた。

 

勢いのあまりジャティスがいた建物は崩壊し、瓦礫の山とかした。だがそれだけでは終わらず、再度浮遊すると今度は狙いをグレンへと変え、その翼をあおいで肉薄する。

 

もう既にジャティスとの一戦で満身創痍だったグレンに、それが避けられるはずもなく重い一撃がもろに体に加わる。

 

「先生っ!!」

 

システィーナの悲痛な叫びも意味は成さず、グレンはぼろ雑巾のように屋根の上をごろごろと転がっていく。肋骨が折れ肺に刺さったのか呼吸が上手く出来ず、口からは血反吐を吐く。

 

(くそ...体が...痺れて動かねぇ...)

 

シンシアの一撃によるダメージと、込められていた電撃による効果がグレンの動きを完全に止めてしまう。

 

そこへ、シンシアは最後のとどめを刺そうと近づいていく。一歩、また一歩とグレンにかけられた死神の鎌は着々とその命を刈り取ろうとしていく。

 

もうあと数歩で届くという所で、シンシアの足は止まった。システィーナがグレンの壁になるように立ちふさがったからだ。

 

「もうやめて...シン」

 

「......」

 

「もうこれ以上先生を傷つけないで!あなたはそんな人じゃないでしょ!!」

 

真っ黒な翼をはやし、顔を黒い紋様で埋め尽くした異形の存在となりつつあるシンシアはシスティーナの話を無表情で聞き続ける。

 

「あなたはもっと優しかったじゃない!無差別に暴力を振るったり、破壊を楽しんだりする人じゃない!!バカで、能天気で、軽口が多くて、困っている人をほっておけないぐらいお人好しで、努力家な人だった!だからお願い、戻ってきて!シンシア!シンシア=フィーベル!!」

 

「......」

 

シンシアはシスティーナの話を聞き終えると、またゆっくりと歩を進めながら殴るように腕を後ろに下げる。

 

「逃げろ白猫!!」

 

グレンがそう叫ぶがシスティーナは逃げることが出来ず、ぎゅっとその場で目をつむった。

 

そして振り下ろした拳は━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンシア本人へと叩きつけられた。

 

「「え??」」

 

困惑のあまり、二人はそんな声をあげた。シンシアは殴ったダメージで少しふらふらと歩きながら声をあげた。

 

「オレハ...オレハ...シンシア...ソうだ、オれはシンだ!ノまれて、たまるか!」

 

狂喜に歪んでいた目の片方だけが、いつものシンシアの物へと戻った。顔の黒い紋様も、少しだけ消えている。

 

シンシアの中で、消えかけていた自分自身がシスティーナの真摯な呼び掛けによって蘇り始めた。心の中で、どす黒いなにかと復活したシンシアの意識が激突する。

 

取り込んだ竜にほぼ飲み込まれていた彼の内面を、少しずつシンシアが取り戻していく。

 

(なんで忘れていた...こんな大切な事を!もう、もう俺はお前に飲まれない!!)

 

(コワセ!ツブセ!コロセ!!)

 

(断る!俺は、俺は!!正義の魔法使いになるんだ!だから━━━)

 

「「シン!!!」」

 

「飲まれて、たまるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

先程までの唸り声ではなく、シンシア自身の言葉が口から出た。それと同時にシンシアの背中からはえていた黒い翼がシンシアの中へと戻っていき、顔の黒い紋様も頬に残るだけとなった。

 

すべてが収まると、シンシアは力なく膝をついた。

 

「シン!」

 

そこへシスティーナが歩み寄る。すると、

 

「へへっ。ただいま」

 

ぼろぼろの体にニカッとした笑顔を浮かべて、シンシアがシスティーナにそう応えた。

 

「もう...ホントに馬鹿なんだから...」

 

そしてシスティーナがシンシアに触れようと手を伸ばして━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンシアの体に強烈な重圧が乗り掛かった。

 

「がぁ!!ぐっ...重い...」

 

あまりの重みに、シンシアはそのまま屋根の上で横になる。いきなり起こったことに思考が追い付かないシスティーナとグレンに、しわがれた声が響いた。

 

「やれやれ。やっと押さえられたか...」

 

「だ、誰!?」

 

システィーナがそう叫ぶ。すると、辺りから魔導士のローブを羽織った者達が複数現れた。彼らは右手をシンシアへと向けており、全員がシンシアへと【グラヴィティ・コントロール】を使って拘束している。

 

「あのローブ、宮廷魔導士団だと!?」

 

グレンは彼らの服装に見覚えがあった。それはまさに帝国に忠誠を誓う魔術軍隊、宮廷魔導士団のローブそのものだったのだ。

 

「いったいなんで今さら...」

 

「それは簡単な事じゃ。」

 

その一団の中で、最も老齢の男性がシンシア達の前へと現れる。そしてシンシアを指差しながら、こう言った。

 

「帝国の脅威となりうる存在を、我々が放置しておくわけなかろう」

 

「脅威だと...?まさか...」

 

グレンがなにかを言おうとするよりも早く、その老齢の魔導士は口を開いた。

 

「シンシア=フィーベル。竜人であり、その力はアルザーノ帝国の多大なる脅威になりうるとして、貴様をここで捕縛する!!」

 

力強い言葉で宣言されたそれは、システィーナとグレンに大きな衝撃を与えるには、十分だった。

 

 

 

 

 

 



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伝えたかった事 伝えられなかった事


とりあえずこれで5巻は終了です。
なかなか強引だと思いますが、私の文才ではこう終えるしか出来ませんでした。許して...


リィエルside

 

私が目を覚ました時、周りは真っ暗な空間だった。

 

なにもない、ただただ暗い場所。そこに私は一人佇んでいた。

 

「ここはどこ?」

 

私が漏らした声は、反響しながら小さくなっていく。けれど、その呟きに誰かが返してくれる事はなく、静寂が辺りを支配していた。

 

「グレン...システィーナ...ルミア...シン...みんな...」

 

たった一人という状況に、私はとても不安になる。また一人ぼっちになってしまったのではないか、また皆居なくなってしまうのではないかという恐怖が私に襲いかかる。

 

それに耐えきれず、私は走り出した。どこかに宛があるわけではないが、これ以上一人でいるのは嫌だった。

 

誰か、誰かいないか。

 

ひたすら走り続ける。タンタンと軽い私の足音だけが響く暗い空間は、どこまで走っても変わることはない。

 

目頭が熱くなり、頬を涙が伝う。

 

(嫌だ!もう一人は嫌だ!)

 

がむしゃらに走り続け、もうどれだけ走ったかわからないというところまで走った所で、遠くに人影が見えた。

 

「っ!!皆...」

 

そこにいるのはグレンやシスティーナ、そしてルミアなどの大切なクラスメイト達だ。彼らを視界に納めた時、心にあった不安がゆっくりと溶けていくのが私自身もよくわかった。

 

皆のもとへ走りより、もう一度皆の顔を見た。だが、何故か彼らの顔は優れない。

 

そこで私は、あることに気がついた。

 

「グレン、シンは...シンはどこ?」

 

ここにたった一人、シンだけがいないのだ。尋ねられたグレンも、重い面持ちのままなにも答えない。

 

「システィーナ、ルミア...シンはどこなの?」

 

尋ねる相手を変えたが、システィーナもルミアも顔を背けるだけでなにも答えない。

 

周りの皆にも目を向けるが、大抵が同じように目を背けるだけでなにも答えない。私にまた不安が押し寄せてくる。

 

そこで皆の後ろを見ると、そこには皆に背を向けるように奥へと歩いていく青年が一人いた。

 

「シン!!」

 

それが誰なのかはすぐにわかった。綺麗な銀髪に私や皆と同じ魔術学院の制服に身を包み、ゆったりとした歩みで前に進んでいく。私がいくらここから呼んでも、彼は反応すらせずにただ歩いていく。

 

「待って...待ってシン!」

 

追いかけるために走り出そうとするが、その時私の足に何かが絡み付く。見ると、それは地面から生えてきた腕だった。その腕は私の足をガッチリと掴んで離さない。

 

「邪魔!離れて!!」

 

どうにか払おうとするが、その力は強く一向に離してはくれない。シンはその間にも着々と進んでいき、徐々に彼の姿が小さくなっていく。

 

「待って...待ってよシン!お願いだから、どこかに行かないで!!」

 

そう言って呼び掛けると、彼はゆっくりとこちらに振り向いた。そして━━━

 

「ごめんな...」

 

辛そうな顔をしながら、シンはそう答えた。

 

━━━━

 

重かった瞼が徐々に上がり、私が今誰かにおぶられているのだと理解するのに少し時間が必要だった。

 

「リィエル!!よかった...無事で本当によかった...」

 

そこで私が起きた事に気がついたのか、私をおぶっていたルミアはこちらを見て涙を流した。

 

「ルミア...私は...」

 

「ちょっと気絶してたみたいなの。傷はとりあえず全部治療したけど、痛かったらすぐに言ってね!」

 

私はそこで辺りを見渡すと、クラスメイトの皆もどこかに走っている。後ろを見るとさっきまでその形を維持していた教会が、跡形もなく崩れていた。

 

「今グレン先生の所に向かってるから」

 

「グレンの?なんで?」

 

「さっきから街中は死体だらけで、警備隊も上手く機能していない。だからこの状況で最もいい判断が出来るであろう先生と合流するんだよ。」

 

私の問いにギイブルはぶっきらぼうに答えた。

 

(あれは夢...?でも、なんだか嫌な感じがする)

 

さっきまで見ていた物が全て夢だとわかっていても、何故か胸騒ぎがやまない。

 

私が心の中で不安に駆られている、その時だった。

 

轟音と共に、遠くの建物が崩れ落ちたのが見えた。その建物の周りは、どこか黒く放電しているように見える。

 

「また、もうなんですの一体...黒い雷は鳴るわ、竜巻は起こるわで。もう天変地異ですわよこんなの...」

 

「ホントだよな。訳わかんねぇよマジで...」

 

皆がそれぞれこの状況に愚痴の一つや二つを吐く。確かにこれはおかしな状況だ。グレンにあんな魔術は使えない筈だし、ジャティスもそうだ。

 

あまり深くは考えられないが、確かに変だ。

 

「あっ!先生!」

 

そこからさらに走った後、先頭を走っていた人がグレンを見つけたのか声を飛ばす。私もそこを見ようとするが、なにぶん小柄なので皆が邪魔で見えない。

 

そこでルミアが足を止め、息を飲んだのがわかった。

 

「ルミア?どうしたの?」

 

ルミアは答えずに、その先の光景を見ている。私はどうにか隙間からその光景を見た。

 

「...え?」

 

そして私の口から素っ頓狂な声が出た。そこには...

 

縄で縛られ身動きを封じられながら、連行されているシンの姿があったのだから。

 

 

リィエルsideout

 

━━━

 

シンシアside

 

「シン!!!!」

 

いきなり呼び掛けられた声に、俺は顔をそちらに向ける。

 

「リィエル!?それに皆も!なんでここに...」

 

「そんな事より、なんでシンが捕まってんだよ!!おかしいだろ!?」

 

カッシュが言うのも最もだ。皆は俺が竜の血を飲んだなんて知らないのだから。

 

「控えろ。この男は国家に反逆した大罪人だ。」

 

「大罪人...?シン君が...?」

 

ルミ姉が目を見張りながらこちらを見るが、俺はそれに答えられない。本当の事を言う事は出来ないのだ。元々俺が飲んでしまった竜を作る実験自体を宮廷魔導士団は揉み消したいようで、箝口令が敷かれたのだ。

 

俺のとなりにいるシス姉とグレン先生もこの場に皆がいることに驚いているのか、あんぐりと口を開けていた。

 

「この男は我々宮廷魔導士団が身柄を預かる。異論は認めん。この者を擁護するというならば、国家反逆罪と見なしてその者も捕らえるぞ?」

 

「無茶苦茶ですわ!シンさんが一体何をしたというんですか!?」

 

「それには答えられない。」

 

一辺倒な意見で貫き通そうとする宮廷魔導士団に、皆が反論していく。

 

「もうやめろ!」

 

その騒ぎを止めたのは、意外にもボロボロの状態のグレン先生だった。

 

「今は抵抗するなお前ら。それ以上すれば、本当に国家反逆罪が適応されちまう。」

 

「でもっ!!」

 

「ルミ姉」

 

ルミ姉が反論しようとするのを、俺が遮る。その時全員の視線が俺に集まったのがわかった。

 

「みんな、俺を擁護してくれるのは嬉しい。けどこれは俺が悪いんだ。それは変わらない。だからこうされるのが正しいんだよ。」

 

優しい口調で、俺はそう言う。それを皆が静かに聞き入っている。

 

「時間が惜しい。早く行くぞ」

 

「すみません、最後にもう少し皆と話させてくれませんか?これを最後にします。」

 

「...五分だけだぞ」

 

そう言って俺に付いていた魔導士は、席を外して路地から出ていった。

 

「というわけだ。皆に一言一言言ってる時間は無いから手短にいく。俺は絶対戻ってくるから、その時まで待っててくれ。絶対にまた皆と一緒に授業が受けたり出来るように帰ってくるから...」

 

俺が話始めるが、何人かは状況すら読み込めていないようで唖然としている。ルミ姉に関しては涙を流していた。

 

「グレン先生、皆を頼みます...」

 

「......すまねぇ」

 

「先生謝らないでくださいよ。これは俺が選んだ道なんですから。」

 

グレン先生の苦い顔で述べた謝罪の言葉にそう返し、俺は今度はシス姉に向き直る。

 

「こんな事になって悪いと思ってる。親父と母さんには、どうにか言っておいてくれ。」

 

「こんなの...こんなのおかしいわよ!!だって━━」

 

「シス姉。それは言っても今は意味がない。」

 

次にルミ姉の方を向く。

 

「ルミ姉、リィエルの事頼むな。」

 

「シン君...」

 

何か言いたげな様子だったが、ルミ姉はそれを飲み込んで押し黙った。

 

「リィエル...」

 

この中で最も衝撃を受けているであろう少女の名を呼ぶ。リィエルはルミ姉の背中で呆然としながらこちらを見ていた。

 

「ごめんな。側に居られなくなった。」

 

「あ...」

 

「でも...」

 

そしてリィエルの頭に俺は手をのせて、その頭を優しく撫でた。

 

「絶対戻ってくるから。約束だ」

 

彼女に対する罪悪感がやっぱり拭えない。あれだけ強く一緒に居ると言ったのに、それをこんなに早く破ってしまうことになってしまった。

 

「行かないで...行かないでシン...」

 

涙を流しながらそう言うリィエルを見るたびに、胸がきつく苦しめられる。けれど、もう行かないといけない。

 

「じゃ、またな(・・・)。」

 

それだけ告げて、俺は皆に背中を向ける。まだ言いたいことは山のようにあるけど、そんな時間は無い。

 

後悔はない。してはならない。これは俺が選んだ選択なのだから。だから、後悔するのは筋違いだ。

 

後ろで皆が俺に言葉を投げ掛けるが、俺は振り返らずに俺を待つ魔導士のもとに歩んでいく。

 

「もういいのか?まだ少しだけなら時間はあるぞ」

 

「大丈夫です」

 

「そうか...ならば来い」

 

そのまま無言で、俺はその男へと付いていくのだった。

 

それが今生の別れになるかもしれないと、した約束が守れる保証なんて無いに等しいのだと、心の奥底で理解しながら。

 

 

シンシアsideout

 

 

━━━

 

リィエルside

 

行ってしまった。止められなかった。

 

もうシンの姿は見えない。周りではグレンが悔しそうに壁を殴り付け、システィーナはせせり泣き、クラスの皆は驚きのあまり言葉も出ないようだ。

 

私に居場所をくれた人。優しく、強い芯を持っていて、崖っぷちで落ちそうになった私の手をとって、救いあげてくれた人。

 

一緒に居てくれると、どんな時も側に居るといってくれた人は、私から離れていってしまった。

 

「嘘つき...」

 

ぼそりと私の口から無意識に言葉が出た。留めていた想いが、その言葉をきっかけに溢れでてくる。

 

「ずっと一緒に居てくれるって言ったのに!なんで!なんで!!シンの嘘つき!!!」

 

「リィエル...」

 

「なんでシンが捕まらなきゃいけないの?シンは何にも悪いことはしてないのに!!うぅ...」

 

ポロポロと涙が流れる。

 

「シン...シン!!うわぁぁぁぁぁん!!」

 

救ってくれてありがとうとか、まだシンに伝えてないことはたくさんある。けれど、それは伝えられずに終わってしまった。

 

難しい事はよく分からない。けど、シンがもう戻ってこれないと思っているのは、少し話してなんとなくわかってしまった。

 

きっと、もう彼と会うことは出来ないのだろう。

 

それが、何よりも辛かった。その事実が私の胸に突き刺り、抉るように痛めつけてくる。

 

その事実を前に、私は泣き叫ぶしか出来なかった。

 

 

 



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運命に吊られる者
主人公のいない日常



遅くなってしまいました。

だが私は謝らない!(嘘ですごめんなさい)

それでは六巻の内容です。どうぞ!


 

システィーナの結婚騒動から、はや数週間が経った。

 

アルザーノ帝国魔術学院には今久しぶりの平穏が帰ってきている。

 

だが、平穏なのにも関わらず二年次生二組の教室はどこか暗い雰囲気だった。

 

それぞれが笑って会話はしている。しているのだが、その笑顔は少し固い。まるで、取り繕っているかのような笑みを皆が浮かべていた。

 

それは一重に、教室の中にポツンと空いてしまった席にある。

 

そこにいつも座って授業を受けていた級友は、もう教室にはいない。

 

結婚騒動の終わりと同時に宮廷魔導士団に捕縛されたその青年、シンシア=フィーベルはこの数週間まったく姿を見せていない。

 

あの後、彼らには宮廷魔導士団から直々に箝口令が敷かれ、シンシアについての事はすべて口止めされている。黒い雷や暴風が起きたことは、ジャティスとグレンによる戦闘の影響だと言うことに表向きはなっていた。

 

クラスの中でも中心人物であり、ムードメーカーであった彼の消失は、クラスの者達からすれば大きな物だろう。

 

だが、そのクラスメイトよりも彼の消失に心を痛める者達がいた。

 

空席になったシンシアの席の隣で、システィーナとルミアは悲しい面持ちで教科書を握っていた。

 

「もう数週間も経つのね。」

 

「そうだね...」

 

暗い声音で話すその内容はやはりシンシアについてだ。家族同然だったルミアと、実の弟が居なくなった事に二人は心を痛めていた。特にシスティーナはなぜ彼が宮廷魔導士団に捕縛されたのかを、身をもって理解しているため余計だ。

 

「私が、私が気がついてれば...私が自分の事ばっかりになってたから...」

 

「そんな風に言っちゃダメだよ!気がつかなかったのは私も同じだもん」

 

教科書を握る手を震わせながら、そう言うシスティーナをルミアが遮る。あのときから、システィーナはシンシアへの罪悪感で一杯だった。

 

あの時自分の事だけでなく、もっと周りが見えていれば。

 

あの時もっとシンシアに詰めよって、抱えている物を話させれば。

 

もうありもしないたらればの話だが、それがシスティーナを苦しめていく。それはルミアだって同じ話だった。

 

だが、そんな二人すらも越えるほど影響が出た少女はルミアの隣で光が灯っていない目で虚空を見ていた。

 

「リィエル大丈夫?」

 

「うん...大丈夫...」

 

そんな上の空で返すリィエルだが、彼女心中はまったく大丈夫ではなかった。

 

リィエルにとっての大きな柱となっていたシンシアが居なくなった事で元々少なかった口数がさらに減り、いつもよりも輪をかけて無表情となっていた。

 

リィエルはその特殊な過去から、何かに依存する癖がある。それは最初はグレンに向けてだったが、遠征学習の後からはその対象がシンシアへと変わっていたのだ。

 

その対象が消えてしまった、もう会うことが出来ないかもしれないという事実がリィエルに与えたダメージは計り知れない。

 

そんな重い空気が流れる教室のドアが勢いよく開かれるのは、ルミアとリィエルの会話のすぐ後だった。

 

「おーし授業始めんぞ~」

 

空気を読まないような声が教室にとどろいたと思うと、グレンが講師用のローブを翻しながら教卓の前に躍り出た。それによって喋っていた生徒達も各々が自分の席へと戻っていく。全員が席に座ったのを確認し終えると、グレンは話始めた。

 

「授業が始まる前に、お前らに一つ言いたいことがある」

 

と、教卓を叩きながら話すグレンに生徒達は真剣に耳を傾けている。

 

「お前らってそうやって教科書読みふけって満足するのか?」

 

いきなりのその発言に、教室はざわめき立つがそれを無視してグレンは話続ける。

 

「魔術師ってのは世界の真理を探求するんだろ?そんなちゃちな教科書にのってるもんで事足りん分けないんだよ!」

 

いつもの気だるげなグレンから一変、そこには魔術を熱く語る一人の男の姿があった。

 

「俺はお前達にもっと世界の広さを教えたい、お前達の魔術師としての未来のために!と、言うことで今度俺が行く遺跡調査にお前らを連れていくことにした。」

 

「「「!?!?」」」

 

クラス中がその言葉に驚きを隠せない。遺跡調査とはその名の通り、魔術的に何かしらが眠っているとされる古代の遺跡の調査の事だ。ここアルザーノ魔術学院でも度々メンバーを募集しているが、行けるのはほんの一握り。

 

それを連れていってもらえるのだから、生徒達が色めき立つのも仕方がないだろう。

 

「因みに今回行くのは有名な『タウムの天文神殿』だ。危険度は最低のFクラス、お前らが危険な目に合う可能性はほぼゼロだ。さぁ先着8名!行きたい奴は手をあげろ!!」

 

ザワザワと騒ぐ生徒達。そんななか、ギイブルがため息混じりに立ち上がった。

 

「おかしな人ですね、遺跡調査は第三階梯(トレデ)の魔術師を選ぶのが慣例です。それなのに、僕達はまだ第一階梯(ウンデ)ですし、最高のシスティーナでさえ第二階梯(デュオエ)です。そんな僕らを連れていく理由はなんですか?」

 

「だから言ってるだろ?お前らの見聞を広めるためだって━━」

 

「定期報告論文のネタがなく、首のかわをどうにか繋げようとしているけれど、そんな上位の魔術師を雇う金はないから生徒を使う、ではなくてですか?」

 

「ぎくっ!!」

 

グレンはあからさまにギイブルから目を背ける。その額には冷たい汗が流れており、動揺しているのはまるわかりだった。

 

「せ、先生!?本当に論文を執筆してなかったんですか!?」

 

「あんた何やってるのよ!!」

 

「ななななななんの事だか僕は知らないなぁ~」

 

裏返るその声は、それが真実ですと暗に告げているのとほぼ同義だったため、生徒達はすぐにそれを理解した。

 

「と、とにかく!遺跡調査に行きたい奴は手をあげろ!というか挙げてくださいほんとマジで...」

 

もう半分涙声になって懇願する我らが教師のあられもない姿に少し引き気味になるなか、二人の生徒が手をあげた。

 

「先生、その遺跡調査、私達にお手伝いさせてください」

 

「か、勘違いしないでよね!私はただ『タウムの天文神殿』の調査に興味があるだけだから!!」

 

「お前ら...」

 

そこで上げたのはシスティーナとルミアだった。二人の正反対な態度に、グレンは少し笑みが溢れた。

 

「サンキューな。お前らが行くなら...リィエル!お前も行くか?」

 

二人のとなりに座るリィエルにグレンは呼び掛ける。すると、緩慢な動きでリィエルはグレンの方向を見た。

 

「二人が行くなら...私も行く」

 

「わかった」

 

いつもよりも力のない声に、グレンは心配そうな目で見たが参加者のリストにリィエルの名前を書き加え視線をはずした。

 

その後メンバーは順調に決まっていき、メンバーはシスティーナ、ルミア、リィエル、ギイブル、カッシュ、セシル、リン、テレサ、ウェンディとなった。グレンの予定よりも人数が一人増えたが、それはグレンのポケットマネーでどうにかする事になった。

 

そんな慌ただしさのホームルームが終わり、今から授業を始めるというときだった。

 

「ちょっとリィエル来い。お前ら俺が戻るまで自習にしといてくれ。」

 

グレンはそのまま教室から出ていく。名を呼ばれたリィエルはゆっくりとした動きで席をたつ。

 

「ちょっと行ってくる」

 

システィーナとルミアにそう言って、リィエルはグレンのあとをおって教室から出ていった。

 

━━━

 

グレンがリィエルを連れていったのは、学院の屋上。爽やかな風が気持ちよく吹くが、二人の気持ちは爽やかではない。

 

「リィエル、大丈夫かお前...」

 

「......」

 

屋上に着くなり告げられたその質問に、リィエルは答えない。無言を貫きながら、その光が灯っていない目をグレンに向けるのみ。

 

「私は大丈━━」

 

「嘘つけ。毎日毎日そんな泣きそうな顔してて、大丈夫な訳ねぇだろうが。白猫やルミアの前で強がってるのはわかってんだよ。」

 

そう吐き捨てるように言うグレンの顔は、やるせなさが満ちていた。グレン自身も感じているのだ。自分の生徒を守れなかったこと、自分の無力さを。

 

今回、生徒達はグレンが論文を書き終えていないがために起こったと思っているが現実は違う。

 

実はグレン、もう既に魔術論文は書き終え学院側に提出してあるのだ。今回のこの遺跡調査自体、グレンが学院長であるリックに頼んで行かせてもらうことになったのだ。

 

目的は最初述べたような生徒の見聞を広めること。そしてもう一つは...

 

生徒の精神的な部分の回復だ。

 

グレンも今のクラスの重く苦しい雰囲気を察知しており、それが数週間前の事件によってシンシアがいなくなった事が深く関わっていることも理解していた。そんな生徒の気分転換に少しでもなればという、グレンの思いやりから始まったものだったのだ。

 

「俺の方でも、あいつについては調べてる。わかり次第お前や白猫達には伝えてやる。だから、今は待ってやれ。あいつは俺達に帰ってくるって言ったんだから」

 

手すりに体を預け、空をあおぎながらグレンは呟いた。それは後ろで少し涙を流すリィエルを見ないようにした、グレンの小さな配慮だった。

 

「けど、今ぐらいは泣いてもいい。ここには俺しかいないんだから...」

 

「うん...!うぅ...」

 

ポロポロと流れる涙は、止まることがない。

 

リィエルは悩んでいたのだ。

 

彼女はルミアの護衛としてこの学院に送り込まれたのだ。そんな自分が弱々しくしていてはいけないという感情と、シンシアという心の支柱がなくなった悲しみがせめぎあっていた。

 

それが今、グレンからの温かな言葉で少し溶けていくのがリィエルもわかった。

 

(会いたい...会いたいよぉ...)

 

リィエルはそう強く願うが、それは叶わない。

 

彼は今や国家に対する脅威と見なされ拘束中。下手をすればその拘束は一生外れることはないかもしれない。

 

わかっていても、グレンはリィエルに帰ってくると優しく言うしかない。それが嘘になるかもしれないとわかっていても、今目の前で泣く少女にそんな現実を突きつけるのは良心が許さなかった。

 

(早く...早く帰ってこいシン!いつまでこいつらを悲しませるつもりだよ!!)

 

その怒りが無力な自分への苛立ちを込めた八つ当たりであると理解していても、グレンはそう思わざるを得なかった。

 

━━━

 

それから一週間が経ち、ついに遺跡調査の前日となった。

 

この一週間山のようにあった仕事をどうにかすべてこなしたグレンは、フェジテの南にある小さなバーで一息をついていた。今日来たのはここである人物と待ち合わせをしていたからである。

 

「すまない、遅くなったな」

 

「そんな待ってないから問題ねぇよ」

 

「そうか」

 

バーの扉を開けてグレンの隣に座ったのは、グレンが帝国軍の宮廷魔導士だった時の同僚であるアルベルトだった。今日アルベルトをここに呼んだのはグレンだ。

 

「しかし、お前も変わったものだ。あれほど教師として仕事をするのを嫌がっていたのに、今ではその生徒のために仕事を増やすとはな」

 

「言ってろ...」

 

アルベルトは頼んだブランデーで喉を潤し、グレンの方へと向き直った。

 

「それで、俺をここに呼んだ用件はなんだ」

 

「お前もわかってるだろ、シンの事だ。あいつは今どうなってる?」

 

真剣な表情で、グレンはアルベルトを睨むように尋ねた。この数週間、グレンは講師としての仕事の傍ら、魔導士時代の知り合いを伝にシンの所在や現状を調べていたのだ。

 

だがこれと言っていい情報を得ることは出来ず、地団駄を踏んでいるときに有力株であるアルベルトに接触出来たということだった。

 

グレンの質問に唸るような声を出しながら、アルベルトは答えた。

 

「悪いが答えられない。」

 

「は?」

 

「聞こえなかったのか?それについては話せないと言ったのだ。お前らの生徒と同様に俺にも箝口令が敷かれている。だから答えられない」

 

「知ってはいるってことか!」

 

怒気を込めたグレンの声に、アルベルトは目を積むって答えない。それは暗にグレンのその問いかけを肯定しているのだと、グレンは即座に理解した。

 

「どこにいるかだけでも...」

 

「上の命令だ。悪いが答えられない」

 

そこには固い意志があった。これ以上は意味がないとグレンは悟り、苦い表情のまま手元の酒を一気に飲み干した。

 

「生きてはいるんだな...?」

 

「それは保証する」

 

「今はそれで十分だ」

 

その情報さえグレンにとっては大きな収穫だった。

 

「ついでだ。今天の智恵研究会は大きな動きは見られない。しばらくの間は安全だと言えるだろう」

 

「そうか...」

 

「だが今はそちらよりもジャティスの方が気になる。先日未明、宮廷魔導士団の討伐隊がジャティスを補足したが、返り討ちにあい全滅だ」

 

「あいつは一体何がしたいんだ!?帝国も天の智恵研究会も敵にまわして!!」

 

今最も帝国が警戒しているのは、つい最近あったフェジテでの騒動での容疑者であるジャティス=ロウファンだ。元宮廷魔導士団の所属で、凄腕の錬金術師。

 

そしてその予知とも思えるほどの正確無比な行動予測は、意図も簡単に帝国を手の上で踊らすことが出来るほどだ。

 

だが帝国だけでなく、天の智恵研究会の集まりですら攻撃の手を緩めないジャティスに、その目的は誰にもわからない。

 

「隣国のレザリアとの統治正統性を巡る緊張も高まりつつあるし、聖キャロル修道会の動向も気になる。今軍が懸念しなければいけないことは非常に多い。」

 

そう語り、アルベルトはグレンに切り出した。

 

「帝国軍は現状を鑑みて、俺を一時的に中央に戻すこととなった。」

 

「ちょ、ちょっと待てよ!!」

 

その無視できない発言に、グレンは席を勢いよく立ち上がった。二人以外誰もいない店のなかで、その音は気持ちいいほど響いていく。

 

「今のリィエルにルミアの護衛を一任するつもりか!?あいつは今精神的にも大変だってのに!!」

 

「お前の言うこともわかる。だがまだ俺も話を終えていない。少し落ち着け」

 

激昂するグレンをアルベルトが沈めると、グレンは納得してない表情のまま座った。

 

「こちらも今のリィエルの状態も理解している。そのため、王女の護衛に新しく人を寄越す事になった。」

 

「人?特務分室か?」

 

その問いにアルベルトは首をたてに振る。だがグレンには寄越される人に覚えがなかった。

 

ルミアの護衛となれば、学院に潜り込めるような年齢の人物と限られてくる。だがグレンが所属した登場、学院に入れるような年齢の者はリィエルと《法皇》のクリストフだが、クリストフは天の智恵研究会の方の仕事で追われていると聞く。

 

「てことは新人か?」

 

「ああ、お前もサポートしてやってくれ。」

 

そう言うと、アルベルトは代金だけを置いてバーから出ていった。

 

「新人か...また大変な奴じゃなきゃいいんだが...」

 

また増えるであろう心労に、少しため息がグレンの口から溢れるのだった。

 

そして、遺跡調査の日がやって来るのだった。

 

 

 

 

 





六巻は四話ぐらいで終わると思います。

次の投稿をお待ち下さい!


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したいこと すべきこと


あんまし進まなかったぜ...

感想どんどんお待ちしてます!励みになります!!




 

『タウムの天文神殿』への道のりであるアールグ街道には、一台の馬車がその緩やかな道のりを歩んでいた。

 

街道の周りには小高い丘がいくつかと、うっそうとする茂みがあるだけでそれ以外はきれいな更地となっており、気持ちのいいほどの快晴がよく映えた。

 

「勝てない...何故...?」

 

そんな晴天の空とは反対に鬱屈とした面持ちで馬車の中でグレンは横たわっていた。その理由はというと...

 

「あら♪また私の勝ちですね」

 

「あり得ない...こんなのあってはならない...」

 

「テレサ運強すぎないか?」

 

「僕も勝てる気がしないよ...」

 

満面の笑みでカードを握るテレサに、唖然とした表情でそれを見るカッシュとギイブル、そしてセシル。

 

最初はグレンが賭けとしていい始めたこのポーカーだったが、元々グレンはあっさり勝てるものだと疑っていなかった。これは自信過剰や見栄などではなく、経験としての話だった。

 

グレン自身、よくギャンブルと称してカジノに入り浸ってる訳なのだし、また同僚である《隠者》のバーナードから直伝でイカサマも教えてもらっている。

 

そんなグレンが負けるはずがなかったのだが、それをテレサの剛運が全て塗り替えていく。

 

いざやってみるといくらグレンがイカサマを仕掛けようと、テレサはあっと言う間にデカい手を打ち込んでくる。最早神に好かれているとしなか思えないほどだった。

 

「まじでこれ現金賭けてなくてよかった...賭けてたらすっからかんだったわ...」

 

ついさっきポーカー最強の手であるロイヤルストレートフラッシュをされたグレンやカッシュ達の戦意は完全に折られ、悲しく空を仰いでいる。

 

そこでグレンは自分のいる馬車の一階から、上の女子がたむろしている二階へと目を向けた。

 

「聖歴前古代史は、創世記、神代、パンデモニアム紀、旧古代紀、中・後期、新古代前期・後期──...と何紀にも分類されているんだけど、このいわゆる今、アルザーノ帝国がある場所にかつて存在したという超魔法文明は───(略)。古代人が使用していた魔術は今の私達にとっての魔法であって、私達では理解できないものなの。だから────」

 

二階では考古学マニアであるシスティーナが目を爛々と輝かせながら熱弁を振るっており、それ以外の者はそれを苦笑いしながら見ていた。

 

「御愁傷様だな...」

 

生け贄となった何人かに合掌して視線を外そうとするが、そこでグレンは遠くを見るような目で座っているリィエルが目についた。

 

(やっぱ不安だな...今のあいつは遠征学習の時なみに不安定になっちまってる。あんなんじゃルミアの護衛もうまく勤まらねぇぞ...)

 

今のリィエルは少し目を離せば簡単に壊れてしまいそうな危うさを内包している。そこにグレンは不安を感じざるを得なかった。

 

(新しく増援が来るとは聞かされたが、情報が少なすぎねぇか?)

 

昨日の夜アルベルトと別れたグレンが家に戻ると、軍から正式にルミアの護衛に増援を寄越すとの書状が来ていた。そこに書かれていたのは以下の通り。

 

一つ、その者のコードネームは《吊られた男》。

 

二つ、その者はつい最近特務分室に入った者。

 

三つ、その者の情報は超重要機密のため情報公開は最低限となる。

 

(超重要機密って...特務分室自体が機密部隊なのに、それに輪をかけて秘密にする奴ってどんな奴だよ...)

 

半ば呆れながら考えるが、そこまですると言うことはかなりの腕利きなのだろう。グレンがいた当時は《吊られた男》の席は元から空席となっていたのでどんな者なのかは知らない。

 

(まぁ出来れば早く来てほしいもんだ。そうしてもらわないとこっちも色々と困る━━)

 

と、そこまで考えた時グレンは思考を止めざるを得なくなった。

 

乗っていた馬車が急に動きを止め、馬車を引いていた馬がけたたましく嘶いたのだ。

 

「なんだ!?」

 

驚いて外を見ると、辺りはさっきまでいた街道ではなくなり薄暗い森のなかに入っていた。

 

(ちっ!少し物思いに耽って辺りへの警戒が緩んでいた!いつの間にこんな所に...)

 

そこでグレンの視界の端に黒い影が動いた。そちらに視線を移すと、そこには何体もの狼型の魔獣の姿があった。

 

「シャドウ・ウルフか!また面倒な!!」

 

シャドウ・ウルフとは、真っ黒な毛並みに鋭い爪と牙が特徴的な魔獣だ。その鋭い牙や爪も厄介だが、それよりも脅威なのはそのスピード。シャドウ・ウルフの速さは、並みの魔術師でも狙うのは至難の技だ。

 

「俺が行くしかないか!」

 

腰に差していた愛銃であるペネトレイターを引き抜きながら馬車から飛び降り、とりあえず目の前の二体の眉間を、寸分違わず撃ち抜く。

 

「リィエル!手伝ってくれ!俺一人じゃ結構キツイ!!」

 

馬車に近づこうとするシャドウ・ウルフの三体をファニングという拳銃の操作技術で素早く撃ち抜いた。普通ならその高等技能を少しは周りに誉めてもらいたいところだが、現状それは叶わないとグレンは悲しくなってくる。

 

「リィエル!リィエル?」

 

いくら呼んでも来ないリィエルに不審に思ったグレンが馬車の上を見ると、リィエルは呆然とシャドウ・ウルフが迫ってくるのを見ていた。

 

「何やってんだあいつ!」

 

「先生!」

 

なぜか動かないリィエルに歯噛みしていると、上からルミアがグレンを呼ぶ声が聞こえ注意をこちらに向けたがもう遅い。

 

自分へと迫り来る二体のシャドウ・ウルフの姿が目に入ってしまう。

 

(ヤバい!!)

 

グレンは本能的に死を悟った。グレンの愛銃であるペネトレイターに入る弾丸の数は六発。最初の二体に二発、そのあとの三体で三発使ってしまっているため、今手元のペネトレイターの残弾は一発。

 

今が現役の魔導士の時ならば直ぐ様一体を撃ち抜いた後、一瞬でリロードして二体目を狙う事もできるだろうが残念ながら一年というブランクは重く、グレンは動くことが出来ない。

 

「!?グレン!!」

 

そこでやっと動けるようになったリィエルがグレンの名を叫ぶのだが、グレンはもう両手を前で交差し防御の姿勢になるしか出来ない。

 

来るであろう痛みに目をつぶる。だが、来たのは痛みではなく魔獣の悲鳴だった。

 

「は?」

 

グレンは目を開けると、自分の目の前には馬車を引いていたはずの御者が立っており、その手には一世代前の主流武器である片手半剣(バスタードソード)が握られていた。

 

その剣は生徒の目から見ても十分過ぎるほどの業物だった。空から降り注ぐ太陽の光を鮮やかに反射するその剣は現在この世界で最高の素材、ミスリルで出来ている物だった。

 

「お前居たのかよ...」

 

鮮やかすぎるその剣に惚れ惚れとするシスティーナやルミアを尻目に、グレンはその剣を見るなりペネトレイターに弾丸を再送点して腰に収めた。

 

「後は任せたぞ?」

 

御者の方を見ずにグレンは馬車へと戻っていく。すると、御者の姿が消えた。

 

「え?」

 

システィーナが驚きからそんな声をあげる頃には、馬車を取り囲んでいた何体かのシャドウ・ウルフが屠られた後だった。瞬きする内にシャドウ・ウルフはどんどん数を減らしていく。その御者の剣技は、まさに神業に等しい物だった。

 

「なんですのあの剣技は...?」

 

「すげぇ剣士なんだなあの人」

 

「ばーか。あれは剣技じゃねーよ。白魔改【ロード・エクスペリエンス】だよ。」

 

「あれが...魔術...?」

 

システィーナは目を見張りながらグレンのその発言をアタマで反芻する。圧倒的な蹂躙を見ながら、グレンはその魔術の説明を始めた。

 

「物に蓄積された思念や記憶情報を読み取って、自分にそれを一時的に憑依させるもんだ。あの剣はかつて帝国最強の剣士と謳われた女の物だよ」

 

グレンは淡々と告げていくが、それがいかに凄いことなのかはその場の誰もがわかった。

 

他人の経験記憶を自身に憑依させる。それはとても大掛かりな準備が必要な物だ。それをこんな意図も簡単にやってのけるなんて、普通ならあり得ない。

 

その者が、普通であるのなら。

 

最後の一体を御者が屠ると、御者は身に纏っていた長い外套が脱ぎ捨てられる。

 

現れたのはシャドウ・ウルフと同じ黒のゴシックドレス。そしてそれに相反するような白い肌に、金色の髪が輝きを放つ。

 

「まったく、もっとかっこよく現れたかったんだがな...」

 

残念そうにそう呟くその人物を、誰もがあんぐりと口を開けて見た。それは大陸最強の魔術師でありグレンの師である...

 

「「「アルフォネア教授!?」」」

 

「よ。皆元気か?」

 

セリカ=アルフォネアは不敵に笑いながら、生徒達に手を降った。

 

━━━

 

遺跡に到着したのは、日がくれた頃だった。

 

「すごい作りですね先生...」

 

「俺も来るのは始めてだが、やっぱ生で見るのはまた違うなぁ。」

 

ルミアとグレンが感慨深く見る視線の先には、巨大な半球状の本殿に無数の柱、さらには意味がよくわからない模様が至るところに描かれているなんとも不思議な光景だった。

 

もう既に周りでは各各がテントを張ったり、夕飯の準備に取りかかるなか、神殿の近くを通る生徒達もその光景に興味津々と言わんばかりにそこへ視線が誘導されているのがグレンにもわかった。

 

「あれ?そういえばリィエルはどこに行ったんですか?」

 

「あいつならセリカと一緒に周りの哨戒を頼んだ。今頃森の辺りをウロウロしてんじゃないのか?」

 

「アルフォネア教授が一緒なら安心ですね」

 

ルミアが胸を撫で下ろすようにそう言うと、グレンは少し渋い顔になった。

 

「やっぱり心配だったのか...」

 

「はい。リィエル、シン君がいなくなってからどこかおかしかったですし」

 

悲痛な面持ちで話すルミアは、手を強く握っていた。

 

「先生...シン君は帰ってきますよね?」

 

「......生きてはいる。俺はまだそこしかわからない。けど、俺はあいつが戻ってくると信じている。それしか出来ないんだけどな...」

 

自嘲気味にグレンは笑って見せた。もう一番の有望株だったアルベルトがそこまでしか話せなかったのだ、グレンに出来ることはもうなにもないと言っても過言ではない。

 

グレンも、シンシアの無事の帰還を祈る他ないのだ。

 

「だから、気長に待とうぜ?」

 

「はい...」

 

苦し気な二人の声に、月はもうしなさげにだけ光を照らしていた。

 

━━━

 

森のなか、リィエルとセリカが剣を振るいながら魔獣を退けているが、二人の様子は正反対だ。

 

セリカは片手で余裕そうに魔獣を払い除けているのに対して、リィエルの動きはぎこちなくミスが多い。それに珍しくもう息が上がっている。

 

「ええいやめだやめ!」

 

「?」

 

一通り片付けたとき、セリカは大きな声を出して剣を地面に刺した。それにリィエルは不審げにセリカを見やる。

 

「動きも雑だし注意も散漫!だめっだめだぞリィエル。」

 

「ん...」

 

少ししゅんとした感じでリィエルは答えた。その表情には陰りがあるのをセリカは見逃さなかった。

 

「シャドウ・ウルフに襲われた時もお前動けなかっただろう?何を迷ってるんだ?」

 

「......」

 

両手で持つ大剣の先が少し震える。リィエル自身もわかっているのだ、シンシアがいなくなったことで自分の中に迷いが生まれていることを。

 

咄嗟の判断が前までのようにうまくできなくなった。いや、それが本当に正しいのかわからなくなったと言った方が正しいのかも知れない。

 

「私は何をするのがいいのか、わからなくなった。今まではそんなの考えてこなかったけど、そのせいでシンに迷惑をかけてた。だからシンは捕まる事になった...」

 

リィエルはシンシアが何故捕まったのかというのを、グレンからかいつまんでだけ話されている。難しい事はリィエルにはわからなかったが、ただ一つ、自分の勝手な行動がこの結果を生んだということは理解していた。

 

「だから、また私のせいで誰かに迷惑をかけるんじゃないかって...それが、私には怖い...」

 

グレンには吐露できなかったその言葉を、セリカは静かに聞いていた。そしてすべて聞き終えると、彼女は話始めた。

 

「シンはな、よく私の所に来てたんだよ。」

 

「?」

 

いきなりの発言に、リィエルは意図がわからず首をかしげた。

 

「あいつはなかなか向上心があるやつでな、やれこんな魔術を教えてほしいだのやれこの文献の意味はなんなんだだのもうかなり質問されたよ。まるで昔のグレンを見てるみたいだった。」

 

楽しげに話すセリカは近くの木に背中を預けながら、話を続ける。

 

「そこである日あいつが私の部屋で質問している時、たまにはこっちから質問してみようと思ってな、なんでそんな必死になって魔術を覚えるんだって聞いたんだよ。そしたらあいつ、なんて答えたと思う?」

 

「......わかんない」

 

首を横に降りながら、リィエルはそう答えた。

 

するとセリカはニヤリと笑いながら、こう答えた。

 

「『正義の魔法使い』になるんだと、もう本当に昔のグレンの写し見だと思ったよ」

 

クックッと笑いながら話すセリカを、リィエルはまだその話の意味を理解できずに首をかしげている。

 

「お前達三人組やクラスの奴ら、困っている人や泣いている人を助けられるような人になりたいって言ってたよ。」

 

そこまで話すとセリカは体を木から離し、リィエルの方へ笑顔で向き直った。

 

「自分が何をすべきなのかわからなくなるときは確かにある。それは私にだってだ。そんな時は、誰かの願いや思いを借りるのが良いと、私は思うぞ?」

 

「誰かの...思い...」

 

ぼそりと呟くその言葉に、リィエルは思考を巡らせる。誰の願いを借りるのか、それはもうわかりきっていることだろう。

 

「私は、ルミアやシスティーナ、みんなを守りたい。シンがしていたみたいに。ここが、シンの居場所だから。私が守りたい場所だから」

 

そういつも通りの無表情でリィエルが言うが、そこにはもう暗さはなく固い意志が込められていた。

 

それを見たセリカはどこか安心したように微笑んだ。

 

「なんだ、そうやって自分の意志が言えるんじゃないか。成長したな、リィエル。」

 

セリカは地面に刺した剣を抜いて、グレン達がいるテントの方へと戻っていった。

 

二人が戻ったあと、いつも通りに戻ったリィエルを見てルミアとグレン、システィーナにクラスメイトがほっと胸を撫で下ろしたのはまた別の話だ。

 

━━━

 

ほぼ同時刻、帝都オルランドの特務分室室長室には室長である深紅の髪の女性とは別の人物が訪ねていた。

 

「もうそろそろ出発ね。あなたの任務はわかっているわね?王女エルミアナの護衛を《戦車》、そしてあちらにいるグレン=レーダスと協力して行うこと」

 

月明かりが窓から入り込む部屋のなかでは、大きなデスクの前にある椅子に座る室長のイヴ=イグナイト。特務分室で《魔術師》のコードネームを持つ彼女が話す相手は、なかなかに奇妙は格好だった。

 

服は特務分室用の対魔術戦用の黒を基調としたローブに黒のスーツを着込む全身真っ黒と言った具合の見た目。顔には真っ白の仮面がつけられており顔は見えず、髪も服と同じく漆黒で肩までの長髪。

 

イヴの前で立つ青年は言葉を話さず、変わりにポコポコという音と共に、つけている真っ白の仮面に文字が浮かび上がってきた。

 

『フェジテに向かえばいいのか?』

 

「いいえ、今二年次生二組はグレンの先導のもと『タウムの天文神殿』に向かっているわ。あなたにはそこへ向かってグレンに接触しなさい。」

 

『了解』

 

響くのはイヴの声のみだが、その青年のつける仮面のお陰で会話は成り立っている。

 

『今から向かっていいのか?』

 

「ええ構わないわ。精々私の駒として働きなさい、あなたはそのために私が直々に引き入れたんだから。」

 

『確かにあなたには感謝している。あなたのお陰で色々助かっている。』

 

きれいな姿勢のまま、男は微動だにせずに仮面の奥からイヴを見る。仮面の特殊な作りにより、仮面には視界を開けるための穴は空いていないが、魔術によって男からはイヴが見えているのだ。

 

「なら行きなさい。私も暇ではないのよ。ここから『タウムの天文神殿』まで五日程度ね。それまで馬車で過ごすことになるわ」

 

『問題ない。』

 

そう言うと、仮面の男は踵を返して部屋から出ていった。それを確認すると、イヴは窓から見える月を眺めながら呟く。

 

「お手並み拝見といこうかしらね。コードネーム、《吊られた男》」

 

さっきまで自分の目の前にいた仮面の男のコードネームを口にしながら、まるで新しいおもちゃを手に入れたかのようにイヴは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 





次回!天文神殿の本当の姿が露になります!!

お楽しみに!!


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遺跡の正体


眠いぜ...

こんなに書いたのは初めてです。指が死にそう...


その後リィエルはいつもの調子を取り戻し、遺跡調査は順調に進んでいった。途中、グレンの夕食がリィエルに食べられたりグレンが何の間違いか女子と風呂で鉢合わせになるなどアクシデントはあったが、調査自体は順調そのものだった。

 

そしてついに、彼らは遺跡の最深部である大天象儀(プラネタリウム)場へとやって来た。

 

「すごい...これ一体どうなってるのかな...?」

 

ルミアが感嘆の声とともに視線を向けるのは、半球状の大部屋の中心に鎮座する巨大な魔導装置だった。それはまるで天秤のような作りで、両端には大きな結晶があり、魔導装置を覆うように黒い石板のモノリスが立っている。

 

「これは確か古代魔術(エインシャント)で動くはずよ。でもそれ以外はなにもわかってないのよ。さすがは魔法遺産(アーティファクト)って所ね」

 

ルミアの一言に反応するように、システィーナが目を爛々と輝かせて話始める。

 

ここアルザーノ帝国があった場所には、もともと超魔法文明があったとされている。その名残として、『タウムの天文神殿』のような遺跡が帝国内には五万とある。

 

なぜ超魔術ではなく、超魔法なのか。それは魔法と魔術が根本的にまったく違うものだからである。

 

魔術とは今現在、人間が行使できる理論上説明がつくものの事を指す。だが魔法は、簡単に言えば不思議な力全般だ。その古代の魔法を古代魔術(エインシャント)と呼ぶのだ。

 

魔法は現代では説明がつかないが、それは古代の時代では今の魔術のように簡単に使われていたのである。その魔法によって作られ、今もそれの説明が出来ない物の事を、魔法遺産(アーティファクト)と言う。いまシスティーナ達の目の前にある大天象儀(プラネタリウム)装置もその一つである。

 

「今先生が弄ってくれてるから、もう少しでこの装置で星空が見れるはずよ。それよりも...」

 

そこで明るい表情からどこか納得しない表情に変化したシスティーナは、ジト目でグレンの方を見る。

 

グレンの横にはセリカがベッタリとくっついている。そこで行われるにこやかな掛け合いに、システィーナは少し不機嫌になっていた。

 

「先生はわかってるのかしら?今は遺跡の調査というとても重要な事をしているのに、アルフォネア教授に鼻の下を伸ばして!大体━━━」

 

ああだこうだと文句をつけるシスティーナを、ルミアは苦笑気味に見守る。ルミアはシスティーナがセリカとグレンが仲良くしているのに嫉妬しているのだとわかっているが、あえてそこは言わない。ただ、素直じゃないなぁと心のそこで思うのみである。

 

「うし!やっと出来たわ...起動するぞお前ら」

 

だが二人の考えは、グレンの気だるげな声とともに書き消された。辺りは一気に暗くなり、魔導装置が動き始める。そして━━━

 

「わぁっ!!」

 

「すげぇ~!!」

 

「綺麗ですわね!!」

 

真っ暗な屋根に、まるで宝石をちりばめたかのような星明かりに生徒達全員が息をのみ感声をあげた。それはグレンも同じことだった。

 

そんな光景を生徒の中で見ていたリィエルも、いつもの無表情ではなく驚きがその顔に見てとれた。

 

(凄い...凄くきれい...)

 

いつもは星空なんて特に気にしてもいないが、今度から見てみようかとリィエルは内心思うほどその光景は圧巻の一言に尽きた。

 

(シンにも見てもらいたかったな...)

 

ふと思うのはここに居ないシンシアの事、少しは吹っ切れたといってもまだ心にしこりは残っている。けれど、今はやるべき事がリィエルにはある。

 

(また来て見れるように、私が皆を守る)

 

そうまた心のなかで決心し、リィエルは手に力を込めたのだった。

 

「さあさあさっさと調査を始めんぞ。これはまた後でいくらでも見れるから、今はこっちに集中しろ」

 

グレンはそう告げながら魔導装置を止める。クラカッタ周りは明るくなり、それにともない生徒からブーイング飛ぶがグレンは気にも止めた様子はなかった。

 

各々が動き出すのに合わせ、リィエルは自分の仕事へと移り出す。

 

「リィエル!お互い頑張ろう!」

 

「ん。ルミアとシスティーナも頑張って」

 

ルミアからかけられた声にそう返し、リィエルはその場を離れていった。

 

そして彼女がそこに戻ってきたとき、和やかな雰囲気などはなくなっているなど、リィエルは微塵も予想はしていなかった。

 

━━━

 

グレンの予想を遥かに越える緊急事態に、調査隊一向は一時的に野営場へと戻っていた。

 

その緊急事態とは、本当に突然起きた。一通りの調査を終えて戻ろうとしたとき、いきなり天象儀(プラネタリウム)装置が今まで見ないような動きで動き始めたのだ。

 

そして両端の水晶体がある一部を照らしたかと思うと、そこに三次元的な扉が出現したのだ。それは明らかに、空間同士をつなぐワープゲートそのものだった。

 

新たな発見に沸く生徒達の中グレンは呆然としていると、そこでセリカが奇妙な行動に出たのだ。何か意味不明な事を口にしたかと思うと、グレンやシスティーナの制止も聞かずに扉へと進んでいき━━━

 

そのまま開いた空間の先へと行ってしまったのだ。

 

そして話は巻き戻り現在、グレンの天幕にはあの時天象儀(プラネタリウム)装置を動かしていたシスティーナとルミア、そしてはなしを聞いておいた方がいいというグレンの判断により、リィエルの四人が神妙な面持ちで顔を合わせていた。

 

「あの時、お前らは一体何をしたんだ?」

 

グレンのその質問を皮切りに、システィーナとルミアはポツリポツリと話始めた。

 

セリカの調査によってなにも見つからなかった結果に納得がいかなかったシスティーナは、隠れてルミアの異能である『感応増幅能力』を借りて黒魔【ファンクション・アナライズ】によって天象儀(プラネタリウム)装置を魔術分析したのだ。

 

ルミアの能力によって魔力を大きく増幅させ魔術を強化すれば、生徒のかでも見つけられなかった物が見つけられるかもしれないという軽い気持ちから始まったこの行い。だが、そこでシスティーナは見つけてしまったのだ。この装置の本性を。

 

システィーナが見たのは装置の裏にある得体の知れない術式だった。それにシスティーナは動揺してしまい、つい操作モノリスに触れてしまったのだ。

 

この結果が、扉を発現させる引き金となってしまったのだ。

 

「ごめんなさい先生!私が勝手にあんな事をしたから...!」

 

「先生!システィのせいじゃありません、私が無闇に力を使ったから...」

 

二人はそれぞれ反省と後悔の念を顔に浮かべながらグレンに謝る。だがグレンはそこを気にしてはいなかった。

 

「別にお前らは悪くねぇ。元々俺達は遺跡の謎を解きに来たんだ。あれを見つけた事はなにも悪いことじゃない。それよりも、問題はセリカだ。」

 

明らかに様子がおかしかったセリカに、グレンは嫌な予感が絶えない。このままでは取り返しのつかない事になりそうな、そんな予感が。

 

「俺は今からセリカを連れ戻しに行ってくる。白猫とルミアは扉の開閉を、リィエルは俺がいない間残っている奴らを守ってくれ」

 

グレンは鞄の中から銃や弾丸を取り出していく。あの扉の先はまさに未知の世界。どれだけ用心しても足りないほどだ。そんな所に行く覚悟をグレンが決めると、その覚悟に横やりが刺さった。

 

「グレン、私も行く」

 

「は?」

 

そこでグレンにそう言ったのは、天象儀(プラネタリウム)装置を動かしたシスティーナでも、それに力を貸したルミアでもなく、リィエルだった。

 

「私もグレンについていく」

 

「だめだ!その間誰があいつらを守るんだよ、それにな━━━」

 

「もういやだから」

 

グレンの言葉を遮って、リィエルは力強くグレンにそう告げた。その目には覚悟を決めた光があった。

 

「もう、誰かがいなくなるのは嫌だから。それに、誰かいなくなるとシンが安心して帰ってこれないから。私バカだから、難しい事はわからないけど、私は今そうするべきだと思う。」

 

「リィエル...」

 

今までこんな風に自分の意思を言うことなんて滅多になかったリィエルに、グレンは驚きのあまり言葉を失った。もう今のリィエルに、前までの弱さは感じない。

 

「先生!私も連れていってください!必ず力になってみせます!」

 

「私も行きます!あいつが帰ってきたとき、姉として胸を張れるようにいたいんです!!」

 

「お前ら...けどだめだ。今回ばかりは聞けねぇ。だから...」

 

「話は聞きましたよ先生!」

 

天幕の入り口が翻ったと思うと、そこからカッシュやウェンディ、ギイブルにセシルなど今回の遺跡調査に参加したメンバーが全員集まっていた。

 

「先生俺達なら大丈夫だから、ルミア達を連れてってやれよ!」

 

「いつまでもだっこにおんぶじゃ、僕らも納得できません」

 

「私達だって、やる時はやるんですわよ!」

 

「なんで...お前らそこまで...」

 

「決まってんだろ!」

 

カッシュは一歩進んでグレンへと叫ぶようにいい放った。

 

「俺達も成長しなきゃいけないんだよ!いつまでもあいつの背中は追ってられないんだよ!!」

 

その言葉に、全員が大きく頷いた。カッシュが言うあいつとは一体だれなのか、それは言わずもがなだろう。

 

(シン...お前はこいつらにとってこんだけでけぇ存在の奴だったんだな。)

 

思い出すのはあの爽やかな笑顔、何の根拠もないのに、それをみれば何故かどうにかなるんじゃないかも思ってしまう、そんな笑顔を。

 

「わかった。ルミア達を借りてくぜ。こいつらは絶対に俺が無事に連れて帰ってくる。」

 

そしてグレンは後ろにいる三人へと向き直り、言った。

 

「頼む、力を貸してくれ。あいつは俺の唯一の家族なんだ。だから...頼む...」

 

そんなグレンの懇願に、

 

三人は頷き返すのだった。

 

━━━

 

四人が扉を進んでやって来た場所は、まさに地獄絵図だった。至るところに転がる大量の干からびた死体、そのすべてが顔を苦痛に歪ませた表情でそれを見るなりシスティーナは小さな悲鳴を上げてグレンの腕をとったが、そんなシスティーナに構うほどグレンにも余裕はない。

 

おどおどとしたまま、グレンは足元にも転がる死体を調べ始める。

 

(こいつら全員魔術師か?けどこの傷は...)

 

その死体についている傷はなかなかに酷いものだった。腕を切り落とされていたり、焼け焦げたりと明らかに穏やかではない。

 

殺されたと判断するのが正しいだろう。

 

リィエルを除く三人はそこに広がる圧倒的な死の気配に顔をしかめる。ここは明らかに生きている人間が居るべき場所ではない。

 

「さっさと進むぞ。一秒たりともこんなとこに長居したかねぇ...」

 

そのグレンの言葉を切れ目に四人はまた歩み始める。途中ミイラとなった亡者の悪霊が襲いかかったが、それは四人のうまくとれた連携の前ではあまり脅威ではなかった。

 

リィエルがミイラを吹き飛ばし、システィーナが魔術によって、グレンが拳銃によってミイラを牽制し最後にルミアの浄化呪文がミイラを消していく。

 

それを繰り返しながら進み、グレンは歩いているのが塔のような物であると理解した。そんな塔のなかをかなり歩いた所で、グレン達の耳にゴォォと腹に響くような轟音が入ってきた。

 

「今のって...!」

 

「ああ。十中八九セリカだろうな。急ぐぞお前ら」

 

一斉に走り出したグレン達は奥に見えるアーチをくぐり、音のなる方へと向かっていく。

 

「なっ!んだよこれ...」

 

そこでグレン達が見たのは、闘技場のような大広間だった。それは競技祭のフィールドよりも遥かに広く、そして年期を感じるものだった。そのフィールドの最奥には黒い巨大な門が立っており、門の前ではセリカが豪快に魔術を繰り出していた。

 

セリカにまとわりつく亡霊の数は、グレン達がここに来るまでに倒した数とほぼ同じなのではないかと思えるほどの量だった。まるで山のように積み上がりながらセリカへと襲いかかるミイラは━━━

 

()()()()》!!」

 

たったその一言で粉々に粉砕されていく。たったその一言で三つの魔術を発動した絶技に、リィエルもシスティーナもルミアも目を見張った。だが、そんなセリカの戦い方にグレンは一抹の不安を覚えた。

 

(あいつ、何を焦ってんだ?)

 

今のセリカには、ただ力にものを言わせて暴れているようにしか見えない。長年セリカを見てきたグレンには、それに違和感を感じざるを得なかった。

 

すべての亡霊をセリカが仕留め終えたのを確認すると、四人はセリカの元へと歩み寄っていく。

 

「セリカ!」

 

「グレン...か?」

 

ゆっくりとした動きで、セリカは四人の方を見る。

 

「なんでここに...」

 

「そりゃこっちのセリフだ!勝手に一人で行きやがって!とっと帰るぞ?こんなとこ早くおさらばして...」

 

「グレン聞いてくれ!やっと、やっと見つけたんだ!!」

 

さっきまでの覇気のなさはどこかに消え、今度は無邪気に笑みを浮かべながらグレンにセリカはそう言った。

 

「私の失われた過去の手がかりだよ!」

 

「は?お前なにいって...」

 

「私はここに来たことがある!それにグレン、ここが一体どこかわかるか?」

 

「いや、なんか塔っぽい建物なのはわかるがそれ以上は...」

 

すばやくまくし立てられるセリカの話にどうにかついていきながら、グレンは答えたがセリカは胸を張りながらその質問の答えを言う。

 

「ここはアルザーノ帝国魔術学院の地下迷宮なんだよ!」

 

「......は?」

 

ついにグレンもセリカの話についていけなくなり、そんな素っ頓狂な声を出した。

 

魔術学院には、超巨大な地下迷宮が存在する。それは今まで誰も踏破することは叶わず、大陸最高の魔術師の名で有名なセリカでさえもそれは成功出来ないものだった。現につい最近もそこへセリカは攻略に行ったが、残念ながら途中で断念せざるをえなくなったほどだ。

 

完全に置いてけぼりを食らったグレンを差し置いて、セリカの興奮度合いは止まらない。

 

「やっとだ、あの扉の先へ行けば...すべてがわかる!」

 

「ちょっ、おいセリカ!?」

 

グレンの呼び掛けにも答えず、セリカはすたすたと巨大な門へと歩いていき詠唱を始める。

 

「《其は摂理の円環へと帰還せよ・━━》」

 

セリカはずっと探し続けていた。自分の過去の手掛かりを、この終わらない生に終わりをもたらすものを。

 

四百年という人間にとっては長すぎるそんな時は、セリカにとっては苦痛そのものだったのだ。

 

自分のなかで響く『内なる声』に従って地下迷宮を攻略しようとしていたのも、そのためだ。

 

けれど、

 

「象と理を紡ぐ縁は乖離せよ》!!」

 

もう彼女もわかっているのだ。

 

そんな物は必要ないのではないかと。

 

一人は辛いが、それも今は隣にグレンがいる。

 

セリカにとって、それでもう十分なのかもしれない。

 

「消し飛べ!!」

 

セリカが右手をかざし、黒魔改【イクステンション・レイ】が発動し、光の奔流が黒い門を包み込んでいく。

 

そしてその光が消えたとき、

 

黒き門は傷ひとつないままたたずんでいた。

 

「なんで...なんでなんだよ!!」

 

「無駄だ。古代人の建造物は物理的には破壊できないのはお前も知ってるだろ?」

 

そうグレンが諭すが、それでもセリカは黒い門を睨むように見ながら叩き続ける。

 

グレンはそんなセリカの手を取り、壁にセリカを押さえつけた。

 

「諦めろ。何がそんなにお前を駆り立てるんだよ...」

 

「私は...」

 

いつもの豪胆な態度からは想像出来ないほどの弱々しい声が、フィールドに響いたその時。

 

『その門から離れろ、無礼者』

 

そんな声が、グレン達の耳に入った。

 

すぐにグレンは反応し、声の聞こえた方向を見るとそれはフィールドの中央にいた。

 

緋色のローブで身を包み、両手に剣を構えるそれは闇が人の形となったような魔人だった。

 

(あれはやべぇ!!!!)

 

それを見た瞬間、グレンの脳内で警鐘が全力で鳴り響く。それはシスティーナやルミアも感じたようで、リィエルでさえもそれに向ける剣が少し震えている。

 

愚者(・・)門番(・・)がこの門を通ることは叶わず。地の民と天人のみが叶う、貴様らにその資格無し』

 

重くのし掛かるような声音に、グレンの冷や汗が止まらない。だがそんなグレン達を関係ないと言わんばかりに、セリカは堂々とそれの前へと出た。

 

「はっ!!誰だお前!」

 

『貴女は...』

 

それはセリカを認識すると、纏っていた重い雰囲気を緩めた。

 

『ついに戻られたか。我が主にふさわしい者よ。だが、今の貴女には、この門をくぐる資格は無し。お引き取り願おう』

 

「なっ!?貴様、私の事を知って...」

 

そんなセリカの言葉を無視し、魔人はグレン達の方を向く。だが、それをセリカは許さなかった。

 

「《人の話を聞け》!!」

 

セリカは左手を振りかざすと、魔人の周りを炎の柱が包み込んでいく。だが、それは魔人が左手に持つ剣を振るといとも容易く消えていった。

 

『この程度の児戯、なんの情もわかん。どうやら、昔の汝は死んだらしい』

 

「はっ!対抗呪文(カウンタースペル)の腕はなかなかだな!!」

 

セリカはそう判断したが、グレンはそうは思わなかった。なぜなら、ある一定の威力をこえた魔術は打ち消す事が出来ない。今セリカが使ったものは、その一定を軽々と越えている。

 

けれど、頭に血が登ったセリカには冷静な判断が出来なかった。

 

今度は手に握られた、かつて『剣の姫』とまで呼ばれた者の剣に【ロード・エクスペリエンス】をかけて震う。

 

その素早すぎる一撃に、魔人は左手の剣で受け止めると、

 

セリカの動きが変わった。

 

「な!?なぜ、私の魔術が...」

 

『ここまで落ちたか...フン!!』

 

魔人は失望の意味を込めたため息の後、左手の剣でセリカを吹き飛ばすと、今度は右手の剣で切りつけようとする。それをセリカはギリギリで避けるが、微かな傷がついてしまう。

 

だが、それが決定打となってしまう。

 

「力が...」

 

体に踏ん張りが効かなくなり、その場に力なく倒れ伏す。なぜそうなったのかもわからないまま、セリカは魔人を見る。魔人は無慈悲に剣をセリカへと向けていた。

 

『最早慈悲も与えん。神妙に逝くがいい』

 

「やべ!セリカ!!」

 

グレンが動こうとするがもう遅い。魔人は剣を振り下ろし、セリカを真っ二つに切ろうと肉薄して━━

 

そこで、不思議な事が起こった。

 

魔人の剣が、セリカの目の前で止まったのだ。

 

それも、まるで時が止まったかのように。

 

「一体なにが起こって...」

 

『こっちよ』

 

そこで聞こえるのはまた違う声。それはシスティーナやルミア、グレン達の後ろから聞こえてくる。グレン達は振り替えると、そこにいた者に目を見張った。

 

『早くしなさい。あいつはここに足を踏み入れた者を許さない。地獄まで追ってくるわ。だから━━』

 

「ちょっと待って...」

 

そこで制止を促したのはシスティーナだったが、今は誰もがとりあえず制止を求めるだろう。

 

目の前に現れたのは少女だった。真っ白な髪に、淀んだ赤い瞳。纏うのは薄い衣で、背中には謎の翼が生えている。そして...

 

「貴女...どうしてルミアと同じ顔なのよ!?」

 

システィーナの言うとおり。

 

彼女は、ルミアと瓜二つだったのだ。

 

━━━

 

地上では、カッシュ達が全神経を張り巡らせて警戒に当たっていた。幸いグレンがその場を離れてから魔獣などは姿を現していない。

 

「先生今頃アルフォネア教授と合流できましたかね...」

 

と、そんな吐露をしたのは警戒に当たっていたウェンディだった。

 

その顔には、少しの不安が見え隠れしている。

 

「大丈夫だって!先生にルミアやシスティーナ、リィエルまでついてるんだぜ!大丈夫に決まってるだろ!!」

 

「それもそうですわね...」

 

カッシュが元気にそう返したが、カッシュ自身不安が拭えない。だが、今は自分がしっかりしなければいけない。そんな強迫観念に突き動かされ、カッシュは警戒に当たる。

 

だからこそ、最初に気がついたのはカッシュだった。

 

「全員気を付けろ!なにか来る!!」

 

少し遠くから聞こえる足音、それに反応して全員に呼び掛け魔術の起動の準備をする。カッシュがその音の方向をじっとにらみ続ける。

 

そしてそこから現れたのは、一台の馬車だった。

 

「へ?」

 

警戒度に対して、現れるはずがないそれの登場に警戒班の全員があんぐりと口を開けるはめになった。

 

馬車の迎えが来るのは明日だ。だから今日こんな辺境の遺跡に馬車が来ること事態がおかしな事なのだ。

 

そんなカッシュ達をほっておいて、馬車から人影が現れる。

 

真っ黒のローブに対して白の仮面をかぶり、長い黒髪をたなびかせてその人物は地面に降り立った。

 

「な、なんだよあの人...」

 

「僕がわかるわけないだろう...」

 

その異様な見た目に、カッシュもギイブルも引き気味になっているとその男はカッシュの元へと歩いてくる。そしてポコポコという音と共に、男の顔につける面に文字が浮かび上がってきた。

 

『私は宮廷魔導士です。任務の途中でここで騒ぎを聞きつけてやって来ました。なにかありましたか?』

 

「宮廷魔導士団!?」

 

カッシュのその驚きを込めた言葉に、ギイブルやウェンディがざわざわと騒ぎ始めるが、ここでカッシュは冷静だった。

 

「あ、貴方が宮廷魔導士である証拠を見せてください!」

 

『...』

 

カッシュのその一言に少しだけ間を開けた男は、懐から一枚の紙を出した。そこには宮廷魔導士の証である鷲の紋章がつけられていた。

 

『これでよろしいですか?』

 

「はいありがとうございます!それじゃあ状況を説明します!!」

 

そしてカッシュは現状起こっている事をすべて男に伝えると、男はゆったりとした歩みで遺跡へと歩いていく。

 

「え!?ちょっと!!」

 

男の行動が読めず、カッシュはその男に着いていく。そして男は勢いよく遺跡の扉を開け、最深部にある天象儀(プラネタリウム)装置のもとへと進んでいく。

 

「カッシュ君!?その人は...」

 

「えっと...あ、あの...」

 

最深部で待機していたセシルとリンは、いきなりの男の登場に困惑しているが、男はそんな事お構い無しにカッシュに告げる。

 

『今から彼らの救出に向かいます。』

 

「え?さっき言ったじゃないですか!?ここの開け方はルミアとシスティーナしか知らないって...」

 

『問題ありません』

 

男は天象儀(プラネタリウム)装置に体を向けると、懐から札を取りだし地面に置く。すると、札を中心に魔術式が展開され、驚くことに天象儀(プラネタリウム)装置が動き始めたのだ。

 

「嘘っ!?」

 

「なんで...!?」

 

驚きの声を出したのもつかの間、三次元的な扉がカッシュやリンにセシル、そして仮面の男の前に現れる。

 

『それではここの防衛をよろしく頼みます。それでは』

 

「ま、待ってください!!」

 

カッシュは今にも扉の先に足を踏み込もうとする仮面の男を呼び止める。

 

「あの、みんなを、よろしくお願いします。」

 

そう言ってカッシュは頭を下げる。カッシュに合わせて、リンやセシルも同じように頭を下げた。

 

そんな三人を仮面の男はじっくりと見渡すと、仮面を少しだけずらした。そして、

 

「必ず連れて帰ってくる」

 

と肉声で三人にそう答えた。カッシュが頭をあげる頃には、もう仮面の男は扉の奥へと消えていった。

 

「すごいね...宮廷魔導士だよ!これならきっと大丈夫だよ!!」

 

「あ、ああ。そうだな...」

 

そう答えるカッシュは、今の仮面の男の声がどこかで聞いた物であるような気がしてならなかった。優しげだが、どこか力強く、安心するその声はまるで━━

 

(まさかな...)

 

カッシュはそんな妄想をやめて、警戒班の元へと戻るのだった。

 

 

 

 

 



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英雄(ヒーロー)は遅れてやって来る

四話で終わらなかったです。次には終わらせます。



『私はそうね...ナムルスとでも名乗っておくわ』

 

そんなあからさまな偽名を名乗りながら、ルミアに瓜二つの少女は話した。

 

既に闘技場からは脱出し、魔人ともかなりの距離を空けることに成功したため今はひとまず一息をついていた。あの時気絶してしまったセリカをグレンは背負いながら、訝しげにナムルスを見やる。

 

「お前は何者なんだ?その変な翼はなんだ?なんで俺達を助ける?あのバカみたいに強い魔人はなんだ?」

 

『......』

 

グレンは矢継ぎ早にナムルスに問いを投げ掛けるが、それをナムルスは徹底的に黙秘を続けるため答えを聞くことは叶わない。

 

「んだよ、答えてくれないとわからないんだが」

 

『悪いけれど、答えたくても答えられないのよ。答えてしまったら、後々が大変だから』

 

「ちっ...可愛くない奴だな。そっくりでもルミアとは大違いだな。」

 

不機嫌にそう言うグレンに、反論したのはルミアだった。

 

「先生ダメですよ。ナムルスさんは私達を助けてくださったですから」

 

「けどなぁ...」

 

納得出来ないとばかりにグレンは苦い顔をするが、そこはルミアに免じて引き下がることにした。すると、ルミアはナムルスににこやかに笑いかけた。

 

「ナムルスさん、さっきは私達を助けてくださってありがとうございました。なんで貴女が私と同じ姿をしているかはわからないけど、私は━━━」

 

『馴れ馴れしく話さないでちょうだい』

 

ナムルスはいきなりルミアに敵意むき出しの強い口調で、そう返した。その突然の悪意に、ルミアでさえも少し驚きで動きが固まった。その場に緊張が走り、それぞれが臨戦体勢になる。

 

『大丈夫よ。私はあなた達に危害は加えられない。今の私は実体のない思念みたいなものだから。これはただの八つ当たりよ。それでも言わずにはいられない...貴女さえいなければ...!!」

 

ルミアにいい放ったナムルスはグレン達に背を向けて、また先導するように歩き出す。その言葉には、深い憎悪と敵意と、底知れぬ悪意が籠っていた。

 

「あなたは優しいんですね」

 

だが、そんな彼女にもルミアは優しく話していく。

 

「貴女は私の事をそれだけ憎んでいながら、私達を助けてくれた。なぜナムルスさんが私をそこまで恨んでいるのかはわかりません。けれど、せめてお礼だけは言わせてください」

 

ルミアはしっかりとナムルスの背を見ながら言う。

 

「私達を助けてくれて、ありがとう」

 

『......』

 

ルミアの感謝を聞くと、ナムルスが遺跡の闇にぐらりと消えていく。

 

「お、おい!?」

 

『少しも頭を冷やしてくる。私はこの遺跡のどこにでもいるわ。このまま私が教えて通りに進んでいきなさい。それじゃあね...』

 

そしてナムルスは完全に消えてしまった。

 

「なんだよ...もうわけがわかんねぇ」

 

偽ルミアに謎の強力過ぎる魔人、よく分からないこの遺跡。わからないことが多すぎる。

 

だがそこで、グレンの背中でセリカが少し動いた。

 

「セリカ...眼が覚めたか...」

 

それに気がつき、グレンは安堵の息を漏らした。システィーナやルミア、リィエルも同じような反応をする。

「どうだ?動けそうか?」

 

「残念だが無理そうだ」

 

苦しげな声でセリカは答える。その顔は少し苦痛に歪んでいるように見えた。

 

「あの魔人の魔刀は、斬った相手の魂を吸収し自分の力に転用するようだ。私はエーテル体をかなり食われてしまった。これでは、もう魔術は使えないかもな。は、はは...一人突っ込んでこの様だ」

 

「笑えねぇよ...」

 

魔術師にとって霊的な物を扱う霊魂、エーテル体はとても重要な物だ。魔術を完全に使えないとまではならないかもしれないが、何かしらの後遺症が体に残る可能性はとても高い。

 

「グレン...私を置いていけ」

 

「は?お前なにいってんだよ...」

 

セリカの突然の独白に、一同は足を止めた。全員がセリカの方を見るがセリカは話続ける。

 

「今や私は完全な足手まといだ。まともに一人で動くことすらできん。だから私を━━」

 

「っざけんな!!!」

 

大きな叫びが、迷宮にこだました。その叫びは、グレン以外が肩をビクッと震わせるほどの迫力があった。

 

「足手まとい?ああそうだな、俺の忠告や止めを全部無視した挙げ句こんな様とか、マジで笑うしかないわ。ほんと耄碌ばばあのおもりは面倒だよ。けどな、家族をこんなとこにほっておけるかよ!!!」

 

「グレン...」

 

「お前だってそうするだろうが!家族って、そう言うもんだろうが...」

 

グレンにとって、セリカはかけがえのないたった一人の家族だ。いつもは面倒くさそうにあしらったりしてはいるが、セリカをとても大切に思っていることは事実なのだ。

 

そんなセリカを、グレンが見捨てるわけがなかった。

 

「私は...お前の、家族なのか...?」

 

「なにいってんだよ。当たり前だろ?」

 

「そう...か...ひっく...ぐすっ...」

 

するとセリカは急に嗚咽とともに、その美しい瞳から涙を流し始めた。

 

「なに泣いてんだよ」

 

「私は、ずっと怖かった!家族だと思ってるのは、私だけなんじゃないかって...」

 

「なんでそうなるんだよ...!」

 

「だって、私はどう考えても人間じゃないじゃないか!!」

 

「はぁ??」

 

セリカはポツリポツリと四百年重ねてきたその感情をゆっくりと話していく。

 

戦いと不安と、絶望に満ちた暗い四百年間。

 

その薄暗い道のりに、一筋の明かりが差し込んだのだ。それは紛れもない、グレンだった。

 

グレンと過ごす日々は、戦いに明け暮れたセリカにとって癒しそのものだったのだ。少しずつ成長していくグレンを見ていくのが、セリカの中で一つの楽しみにすらなるほどに。

 

もう内に聞こえる声も、自分に課せられた使命すらもどうでもよかったのだ。

 

ただ、グレンと一緒に過ごしていたかっただけなのだ。

 

だが、彼女の中でグレンと自分を比較してしまう部分があった。それは彼女が『永遠者(イモータリスト)』であるということだ。

 

四百年も生きる自分は人間ではない。ならば、グレンもどこかで私の事を恐れているのではないか?そんな疑心暗鬼は心に住み込んで離れなかった。

 

だからセリカは地下迷宮の踏破に没頭した。

 

永遠者(イモータリスト)』から『人間』になるために。

 

「馬鹿野郎だな...そんな事で悩むお前も、それに気がつけなかった俺も...」

 

セリカの心をすべて聞いたグレンが最初に出した言葉はそんな物だった。

 

「俺とお前は家族だ、それは絶対だ」

 

けれど、けれどその言葉は、

 

「誰がどれだけ否定したって、俺はお前の家族なんだよ。永遠者(イモータリスト)?だからなんだよ。んなの関係ねぇよ!お前は俺の、たった一人の家族なんだからな」

 

暖かく、セリカの不安をゆったりと溶かしていった。

 

「そうか...私...は...そんな簡単なこと....も...」

 

「セリカ?」

 

ふとグレンはセリカの方を見ると、セリカはまた深い眠りについた。

 

「グレン。今のって...」

 

後ろで殿を務めていたリィエルが、グレンの隣までやって来るとそんな事を尋ねた。

 

「あいつがお前に言った事の受け売りだよ。ったく...お前らだけじゃなくて、俺まであいつに毒されてきたのかね...」

 

恥ずかしくなったのか、リィエルから目を背けてまた歩いていく。

 

そして、

 

『ありがとうグレン』

 

「うおっ!?」

 

いきなりグレンの隣に現れたナムルスが、不意にそんな事を言った。

 

「いきなり出てくんなよ...てかなんでありがとうって...」

 

「別に...」

 

ナムルスはそれ以上答えないと意思表示し、また先導しながら歩いていった。

 

━━━

 

そのまま迷宮を何語もなく抜けられれば、どれだけハッピーエンドだっただろうか。だが、かの魔人はそうも容易くグレン達を逃してはくれない。

 

「来たな...」

 

後ろから徐々に近づいてくる気配に、グレン達は足を止めた。恐らく魔人はもう既にグレン達の目と鼻の先にまでやって来ているであろう。

 

「ナムルス、このまま逃げ切れそうか?」

 

『無理ね。まだ目的地までかなりあるし...』

 

ナムルスのその答えを聞くと、セリカを近くの壁にもたれ掛からせて腰から銃を抜く。

 

「俺がここに残る。お前達はセリカを連れて先に行け」

 

「ダメです先生!先生も一緒に...」

 

「無理だルミア。このままじゃ時期に魔人に追い付かれて全員仲良くあの世行きだ。だからここは━━」

 

『駄目よ』

 

グレンの言葉を遮ったのは、意外にもナムルスだった。

 

『貴方はここで死ぬわけにはいかないのよ』

 

「ならどうすんだよ!?追い付かれるのは時間の問題だぞ!」

 

『それは...』

 

ナムルスがいい淀んだのをいいことに、グレンが攻め立てていく。

 

「あいつへの対抗策がなにもないんだからな。だから俺が少しでもここで足止めして...」

 

『駄目よ!貴方とセリカだけは生き延びなきゃ行けないのよ!お願いだからっ!』

 

「あんなバカみたいに強い奴にどうやって勝つって言うんだよ!」

 

『それは...』

 

いい淀んだナムルスを良いことに、グレンは強く言うがグレンの言うことはもっともな話だ。

 

『あいつさえ...あいつさえここに居てくれればあんな魔人なんて...!!』

 

「は?あいつって誰だよ?」

 

『こっちの話よ。それよりも、貴方だけは生き延びなきゃいけないのよ』

 

「まだんな事をほざいてんのか!」

 

「あ、あの...」

 

そんな一触即発の空気の中で、声をあげたのはシスティーナだった。

 

「あの魔人の倒し方なら、私に考えがあります」

 

「『え?』」

 

システィーナの一言に、グレンとナムルスは二人して素っ頓狂な声を出した。

 

━━━━

 

結局全員で魔人を戦うことになったグレン達は、迷宮内に作られていた空中庭園にいた。場所はあの闘技場までとはいかないにしても、かなり広い。そんな場所に、グレン達は臨戦体制で待ち構えていた。

 

そしてそんな緊張のなか、遂に魔人が姿を現したのだ。

 

『ほう?我に立ち向かうか、その心意気は評価しよう。愚者の民よ』

 

「けっ!なーに余裕ぶってんだよ!お前の倒す方法なんて、もうこっちとらわかってんだよ!!」

 

グレンは不敵に笑みをこぼして、魔人をにらむように見ながらまた口を開く。

 

「お前を四回殺せりゃ俺達の勝ちなんだからな...?」

 

『っ!?なぜそれを...』

 

かかった。グレンは内心ガッツポーズをしながら口角が自然にあがるのが自分でもわかった。

 

システィーナの見解は、あの魔人が『メルガリウスの魔法使い』に登場する魔王が従える魔将星アール=カーンだと言うものだった。

 

彼の最大の特徴は、二振りの魔刀と十三の命。

 

一つは魂を喰らう黒の魔刀魂喰らい(ソ・ルート)。もう一つはすべての魔術を無効化させる赤い魔刀魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)。それは明らかに程の魔人が使っていたものと酷似していた。

 

(物語では、アール=カーンは魔王を主と認めるために戦い四度殺され、正義の魔法使いとの戦いで三度殺された。それであとは確か...謎の死、だったか?)

 

その残りの二つだけが、物語では曖昧なのだ。この物語は、まるで伝記物のようにこと細かく書かれている事で有名なのだが、いくつかの部分だけがなぜか曖昧なのだ。このアール=カーンの死もその一つだ。

 

(最後だけアール=カーンが言った残りの命の数が合わないのは俺も昔気になったが、今は好都合だぜ!)

 

この戦い、あの魔人から四度命を奪えばこちらの勝ちだ。それに相手のタネさえわかってしまえば対応のしようなどいくらでもある。

 

格上の敵でこそ、グレンの本領は発揮される。

 

『いいだろう...汝らが何故それを知ったのかはわからぬが...我の残り四つの命、見事刈り取ってみせよ』

 

目の前の存在がアール=カーンだとしたら、疑問に思うことは山のようにある。だが、それもこれもアール=カーンを倒してからの話だ。

 

「さぁいくぞお前ら!」

 

「ん!」

 

「援護するわよ!」

 

「うん!」

 

グレンの掛け声とともにリィエルとグレンは魔人へと突撃、システィーナとルミアは魔人へ左手を構えた。

 

そしてアール=カーンの目の前まで二人がやって来ると、グレンは右から、リィエルは左から攻撃を仕掛けていく。グレンの手には、ルミアの『感応増幅力』を載せた付与がされており、光る拳が魔人に振りかかる。

 

それを魔人が防御すると、今度はセリカの剣を借りたリィエルがそのミスリルの剣を振るうが、その二つの攻撃を魔人は意図も容易く防御していく。

 

これも一つの作戦のうちだった。魂喰らい(ソ・ルート)に対しては手数の多いグレンが、魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)にはセリカから借りたミスリルの剣でその魔刀の効果をいけないのよリィエルが最適。

 

そして特筆すべきは、この二人の連携だ。

 

長年共に魔導師時代、修羅場を潜り抜けてきたその息のあったコンビネーションがあって初めてこの圧倒的な魔人と戦うことが叶うのだ。

 

だがこの作戦は、魔人が武器を持ち替えてしまえば簡単に打ち破られる。けれど、魔人にはその気配はない。

 

『ッ!!』

 

「持ち替えてみろよ!ほら?どうした!!」

 

実はグレン達は、魔人がこの二刀の魔刀を持ち替えてこない事はわかっていたのだ。

 

システィーナ曰く、伝承の中でアール=カーンは持つべき手が決まっているのだ。つまり、一度武器を持ち替えてしまえばその武器の本領である能力は、無効化されてしまう。

 

(けど、あしらわれてるな!くそっ!!)

 

二人による阿吽の呼吸の連携も、魔人は冷静に対処していく。その動きには余裕が満ちていることに、グレンは歯噛みするしかない。

 

そこで一瞬隙が出来てしまい、魔人は両手の剣の柄で二人を殴り付けた。

 

「ぐぁぁぁぁ!!」

 

「あぐぅ!」

 

勢いのあまり派手に吹き飛ぶ二人。魔人は重い剣擊を放つリィエルを厄介だと考えたのか、リィエルへと目で追えないほどの速さで踏み込んでいく。だが、

 

「《猛き雷帝よ・極光の閃光以て・刺し穿て》!!」

 

接近する魔人に向けて、システィーナは【ライトニング・ピアス】を撃つ。それはルミアの異能によって強化されたため、威力スピードともに圧巻の一言。だが、それを魔人はリィエルに近づくのを途中でやめ、後ろに飛ぶことで回避する。

 

「《慈悲の天使よ・遠き彼の地に・汝の威光を》!」

 

そこでルミアによる高等法医魔術(ヒーラー・スペル)、白魔【ライフ・ウェイブ】の光がリィエルとグレンを包み込み痛みを和らげた。

 

「ナイスだルミア!いくぞリィエル!」

 

「ん!いいいいいいいいいやぁああああああ!!」

 

体がまた動くようになると、二人は再度魔人へと攻撃を開始する。

 

『小賢しい真似を!』

 

魔人はそこで二人同時に相手をすることをやめ、狙いをリィエル一択に絞った。両手の刀がリィエルの白い肌に向けられたその瞬間━━

 

魔人の心臓は、グレンが一瞬で引き抜いた銃によって射抜かれた。

 

『なぬっ!!』

 

いきなり自分のストックが一つ奪われた事に心底驚きながら、魔人はグレンの方へと意識を向ける。

 

そこに隙が生まれたのを、リィエルは即座に見切った。

 

「いいいいいいいいいやぁああああああ!!」

 

両手で持つミスリルの剣を、力一杯に横凪ぎにふった。その素早い一撃にグレンに意識が完全に向いていた魔人が避けられるはずもなく、二つ目の命を魔人は落とすはめになった。

 

『くっ...猪口才な...っ!?』

 

この一瞬、魔人は二つのミスを犯したのだ。

 

一つは、グレンの銃を必要以上に警戒してしまったこと。魔人は銃と言う存在を知らず、さらにはグレンが銃を使う瞬間を見ていなかったため、それがどういう作りで自分の心臓を穿ったのかがわからなかったのだ。そのため魔人は必要以上にグレンのそれに意識を割かねばならなくなった。

 

そしてもう一つは、この目の前で短時間で自分から二つの命を奪った二人にしか魔人は注意が向かなかった事だ。

 

だから、システィーナの二射目への対応が確実に遅れてしまう。

 

『ぬぅうん!!』

 

システィーナの【ライトニング・ピアス】を魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)で切り払おうとするが、それもリィエルが弾いたため叶わず...

 

『ぐぉぉ...』

 

寸分違わず、閃光は魔人の頭部を撃ち抜いた。

 

「うっし!連続三つだぜ!」

 

一瞬の内に窮地に立たされたアール=カーンが後ろに下がるのを見ながら、グレンは作戦が成功した事にニヤリと笑みをこぼした。

 

『見事だ...愚者の民よ...これほどの絶技、かのお方と合間見えたあの時に匹敵する。少し汝らを嘗めてかかっていたようだ。』

 

そしてその言葉と共に、アール=カーンから強者の余裕が消え、完全な戦士の雰囲気が現れた。

 

ただ敵を倒す、そんな意志が込められたように。

 

『ここまで興奮したのは久しぶりだ。良いだろう、汝等を障害と認めよう』

 

その本気度を醸し出した魔人に、グレンは冷たい汗が流れ震える足に力を込めた。

 

「奴さん本気出しやがった...てめぇら!こっからが本番だぞ!!」

 

全員に叱咤激励を送ったあと、また四人は攻撃を再開した。

 

━━━

 

「うっ...ここは...」

 

セリカの重い意識が覚醒したのは、自分の真下から聞こえてくる騒音によってだった。

 

(一体なにが...)

 

まだ痛むからだを起こして、階下を覗きこんだ。

 

そこにあったのは圧倒的な蹂躙爪痕だった。

 

満身創痍で膝をつくグレンとリィエル、その後ろには真っ青な顔になりながら手を膝につき、肩で息をするルミアとシスティーナ。そして彼らの御前には、

 

平然と立つ、魔人の姿。

 

『ここまでやるとは...正直恐れ入った。だが、これが愚者の限界のようだな』

 

魔人は片手を掲げると、なにかを唱え始めた。すると、その手には膨大な熱量を帯びた巨大な球体が姿を現した。それはまるで、そこに第二の太陽が現れたかのような熱量を孕んでいるのがひしひしと伝わってくる。

 

『せめてもの救いだ。痛みなく逝かせてやろう...』

 

詠唱を完全に終えた魔人は、今にもその熱球をグレン達に解き放とうとしていた。

 

「くっ!駄目だ私が━━」

 

『やめなさいセリカ!』

 

セリカが奥の手を使おうとしたのを、ナムルスが呼び止めた。

 

「お前がナムルスって奴か!いくらグレン達の命の恩人だといっても、邪魔をするならお前も潰すぞ!!」

 

『ダメなのよ!貴方はここで倒れては...っ!?!?!?』

 

その時、ナムルスは今までグレン達にも見せていない驚愕の表情になった。

 

『な...なんで...』

 

「なんだ!?どうかしたのか!!今は時間が無いんだぞ!!」

 

セリカの怒りを込めた言葉とは裏腹に、ナムルスはその驚きが大きすぎたのか一人呆然とする。そして、一言呟いた。

 

『あいつが...あいつがなんでここに...!?』

 

━━━

 

リィエルside

 

もう全身が痛い。いつもは軽く感じる剣ですら、今では鉛のような重みを感じる。

 

けど、あの魔人はそんな私達をお構い無しに熱球を飛ばそうとしてくる。

 

このままじゃ、システィーナやルミア、セリカにグレンは死んでしまう。

 

(いやだ......そんなのはいやだ!)

 

強引に体を起こして、痛む体に鞭をうちながら私は皆の盾になるように立ちふさがった。

 

「リィエル!駄目だ!」

 

「リィエル!逃げて!!」

 

後ろからシスティーナとグレンの声が聞こえたけれど、私はどかない。

 

みんなを守るんだ。シンのように、シンがまた笑顔で帰ってこられるように!!

 

それが、私がしたいと思った事なんだから!!!

 

『この炎に怯えず、後ろの者達を守ろうとするその心。感服する。であるからこそ、この炎を受けるに相応しい!!いざ、神妙に逝ね!!』

 

そして、魔人は私に向かって炎の球を投げつけた。それはゆっくりと私へと近づいてくる。

 

どんどん周りが熱くなるのがわかる。けれど、私は引かない。これに意味が無かったとしても、私は最後まで皆を守りたい!!

 

「ダメ!!リィエル!!!」

 

最後にルミアの泣きそうな声が聞こえたけれど、それに答える前に炎は私の目の前までやって来た。

 

あまりの眩しさに、私は目を閉じた。

 

(バイバイ、皆...シン...)

 

最後にあの銀髪の、会いたいと願いに願った青年の顔を思い浮かべた。もし、まだ叶うのなら...

 

叶うのなら、またシンに会いたい━━

 

そして、来るであろう強い熱さに強く目をつむった。

 

だが、痛みも熱さもやってこない。

 

私はゆっくり目を開けると、そこには...

 

「え?」

 

私の眼前で、火の玉は凍りつき止まっていたのだ。

 

そして火の玉は音もなく崩れ、私の足元にガラガラと落ちていった。そこには、もう氷の屑しか残っていない。

 

何故そうなったのか、そんな事を考えるよりも先に━━

 

私の顔の横を黒い風が吹き抜けた。

 

いや、それは風じゃない。黒いなにか。

 

『ぬうお!!』

 

ガンっという甲高い音と共に、魔人は大きく後ろに吹き飛ばされた。そして魔人が元いた場所に、その黒いなにかはいた。

 

私やアルベルトが着ているローブと同じものに、黒い長い髪。そしてそんな黒髪とは正反対の、真っ白な仮面。その手にはその男の体の大きさに見合ったサイズの刀が握られている。

 

「リィエル!大丈夫か!?」

 

グレンが私を呼び掛けるが、私はそれよりも目の前の仮面の男に視線が釘付けになる。

 

「あれは特務分室のローブ!まさか、あいつが《吊られた男》なのか!?」

 

グレンは声を荒げてそう言った。すると、吹き飛ばされた魔人がむくりと起き上がり、睨むようにその男を見た。

 

『我が晩節を穢す愚か者が!何者だ!!』

 

その大きな叫びを聞くと、仮面の男は何も喋らない。代わりに、ポコポコとした音と共に仮面に文字が浮かび上がった。

 

『私は帝国宮廷魔導士団しょぞぞぞ■○□■_■□○◎▲※□◆●!!!』

 

途中までは言葉になっていたのに、最後はよく分からない物を綴ったかと思うと、

 

「あーもう鬱陶しい!!こんな面倒くさい事するより口で喋った方が絶対早いっての!!」

 

男はつけていた仮面を投げ捨てた。

 

すると、姿が少しだけ変わっていく。

 

「あ?誰だって質問か?なら答えてやるよ!!」

 

長かった黒髪は消え、代わりに現れるのは輝くような短めの銀の髪。仮面の下の顔には頬に黒の紋様があり、瞳はきれいな緑色。

 

「ああ...ああ!!」

 

それは会いたかった、会いたくて仕方がなかった人。

 

「帝国軍宮廷魔導士団特務分室所属!執行官No.12!《吊られた男》のシンシア=フィーベル!今からお前を倒す男の名前だ、覚えとけ!!」

 

黒のローブを翻しながら、シンは意気揚々と魔人に宣戦布告を告げていった。

 

 

 




遂に登場我らが主人公!まさかの特務分室入りして帰還です!!え?だいたいわかってた?そう...( ・_・)

これはこの作品を書きはじめた時から考えてたんですよ!!いやー書けてよかった!!

感想どんどんお待ちしてまーす!


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吊られた男


今回で六巻最終回です!お楽しみに!!


「シン!?なんでお前が...!!」

 

「あー先生、積もる話は後で頼みます。とりあえず...」

 

視線をグレンから魔人へと向け直し、片手で持っていた刀を構える。

 

「こいつ倒すんで」

 

堂々と余裕の表情でシンシアは宣言した。

 

『ほう?汝が我を殺してみせると言うのか?』

 

「今のがそれ以外の何に聞こえんだよ。ちゃっちゃと終わらせたいから...行くぜ?」

 

そう言うと、シンシアは地面を蹴りアール=カーンへと肉薄する。かぶと割りの要領で縦に振られた刀は、ビュンと風を切る音と共に魔人へと振りかかるが、それを魔人は難なく二刀の刀を交差して止める。

 

『そんな単調な攻撃が何度も━━━』

 

「《黒き雷精よ・虚の赴くまま・━━》」

 

『っ!?』

 

両手で持った刀から片手だけを離すと、シンシアはその手を魔人へとかざして詠唱を始める。それに反応するように魔人は後ろに飛ぶと...

 

「撃ち抜け》!!」

 

シンシアの詠唱が終わり、その手から真っ黒の閃光が飛んだ。

 

『ふんっ!』

 

だがそれは魔人が振るう魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)によってかき消された。

 

「はぁ!?そんなのありかよ!!」

 

相手の剣の性質を知らないシンシアからすれば、魔術の無効化なんて驚く以外出来ないのも仕方ないだろう。だが、それよりも驚きたいのはシンシアの後ろに居たグレン達だった。

 

「シンが...魔術を使った...?でも、今のって...【ライトニング・ピアス】?」

 

「いや、【ライトニング・ピアス】は黒くなんかねぇ。あれはなんだ?」

 

元宮廷魔導士団にいたグレンでさえ、今の魔術がどういうものかはわからなかったが、今するべきはそれではないと即座に判断する。

 

「シン!そいつは魔将星のアール=カーンだ!」

 

「はぁ!?あの魔煌刃将アール=カーンですか!?まじで!!じゃあ今のって魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)なんすか!!すっげぇ俺もほしい!!」

 

「んな事いってる場合か!俺ら四人がかりでも勝てなかったんだ!お前一人じゃどうにもなんねぇよ!!」

 

シンシアがなかなかの実力者なのはグレンだって認める。シンシアは数少ない、グレンが全力で奇襲を試みても勝てるかわからない相手だ。ただのシンプルな接近戦であれば、グレンは手も足も出ずに負けるだろう。

 

だが、今回は相手が悪すぎる。

 

「まじでアール=カーンなのかよ...てことは余力なんて残してたらこっちがやられるよな...さっきは奇襲だったからうまく入っただけってことか...なら、」

 

シンシアは不敵に笑いながら懐に手を入れ、あるものを取り出した。

 

それは、吊られた男のアルカナのカード。

 

「やってやろうじゃねぇか!!《我を縛る業の鎖よ・━》」

 

吊られた男のアルカナを片手に持ちながら、シンシアは詠唱を始める。すると、アルカナは黒く鈍い光を放ちはじめた。

 

『させん!!』

 

変わった雰囲気に危機感を覚えたのか、アール=カーンは両手の刀を構えシンシアへと突っ込んでくる。

 

「今その拘束を解き・━━》」

 

それでもシンシアは動じずに詠唱を続ける。吊られた男のアルカナにのみ光っていた黒の光は、第二節を言い終える頃にはシンシアの体すら覆っていく。

 

そして、アール=カーンがもう目の前まで来たとき、

 

「我を解放せよ》!!」

 

詠唱が完全に終わる。すると、シンシアの体から黒の粒子が雪崩れるように現れると魔人を吹き飛ばす。

 

魔人はすぐに姿勢を元に戻し視線をシンシアに向けると、シンシアの姿は変貌していた。

 

顔の黒い紋様は顔の半分を覆うまで広がり、背中には先ほど出てきた黒の粒子が集まり一対の翼を作り上げている。それは最早人間というよりも、異形の者という方が正しいような気がする。

 

その姿にシスティーナとグレンは見覚えがあった。それは紛れもない、あの結婚騒動の時の暴走したシンシアの姿そのものだったのだから。

 

「さて...続けようぜ魔人さんよぉ...」

 

唸るような声を出しながら、シンシアは魔人を睨み付ける。すると、魔人の足元に黒い氷柱が姿を現し魔人の左腕をはねた。

 

『ぐおっ!!!これは、竜言語魔術(ドラグイッシュ)だと!?汝は人間では...』

 

「残念!俺は人工竜人だ!!」

 

刀を魔人に投げつけ、シンシアはそれと同時に走り出す。両手を強く握ると、その手には黒い稲妻が迸った。

 

『くっ!!』

 

魔人は片手だけで飛んできた刀を弾き、こちらに飛び込んでくるシンシアへと注意を向ける。だが、そこで魔人は気がついた。

 

自分が弾いた刀の柄に、何か札が巻き付けられていることに。

 

『なん!?』

 

魔人が何か言うよりも早く、その札が光り札から白い縄が現れ魔人を拘束する。

 

『ぬぅ!!小賢しい真似を!!!』

 

いつもならば魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)でこの程度の魔術は簡単に無効化できるのだが、その剣はシンシアの竜言語魔術(ドラグイッシュ)によって腕ごと飛ばされてしまっている。

 

だから、シンシアの一撃を避けるすべがない。

 

「これで!」

 

大股で助走をつけ、魔人へと飛ぶ。右手を後ろにさげ全力で殴り付ける姿勢をとる。

 

「終わりだぁぁぁぁぁ!!」

 

そして、黒い稲妻を纏ったシンシアの拳は否応なしに魔人の胸にぶち当たり、あっさりとその胸を貫いた。

 

同時に、魔人に異常なほどの電撃が走る。

 

『がぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!』

 

体内を走り去った黒い稲妻は、魔人に絶大なダメージを与え...

 

最後の一つを破壊した。

 

シンシアは魔人から腕を引き抜くと、魔人から距離を空ける。それに合わせ、魔人はゆっくり後ずさっていった。その体から、黒い霧を上げながら。

 

『まさか...まさか最後にあなた様にお会いできるとは...』

 

「は?俺?」

 

シンシアを見ながら、魔人はそんな事を言い始めたがシンシアには身に覚えがない。

 

あの力(・・・)すら引き出せないとは...我もまだまだ未熟のようだ...」

 

「いやお前一体なんの話を...」

 

わけのわからないその話に、シンシアは頭にクエッションマークが頭に浮かぶが、魔人は何故か歓喜に肩を震わせている。

 

『見事だったぞ愚者の民草の子らよ!!よくぞ我を殺して見せた!汝等に最大の賛辞を送ろうッ!!』

 

そう言って両手を広げると、魔人から出る黒い霧はさらに勢いを増す。そして、最後にまたシンシアを見ると、

 

『さらば、我が求めた主(・・・・・)よ!!』

 

そう告げると魔人はきれいに跡形もなく消えていった。ただ、場には沈黙だけが残っていく。

 

「あの魔人、何が言いたかったんだ?よくわかんねぇ奴だな...それよりも、」

 

まだ困惑顔のシンシアは、表情を柔らかい物に変えると振り向いてグレン達を見た。

 

「えっと...まぁ、ただいま」

 

いつもの明るい笑みで、シンシアは四人にそう言ったのだった。

 

「シン...シン!!!」

 

痛む体の事も忘れ、リィエルはシンシアの下へと走っていきその勢いのまま抱きついた。

 

どれだけ会いたいと願ったかわからない。

 

どれだけ会えないと絶望したかわからない。

 

だから、もう離したくないという一心で、リィエルはシンシアにしがみついた。

 

「なんで!なんでどこかいっちゃったの!!私、私寂しくて...!!」

 

「それは...ごめん。でもまぁ...」

 

そしてシンシアはリィエルの頭を優しく撫でながら、話す。

 

「皆無事でよかった。」

 

「ううっ...!!ぐっす...!!」

 

そんな感動の再開を、システィーナとルミア、セリカは涙を流しながら見、グレンは空気を読んでその場を離れた。

 

ここに、魔人との戦いは幕を下ろした。

 

━━━

 

「んで?色々聞きたいことがあるんだが...とりあえずさぁ...」

 

夕焼けの緋色が草原を染め上げるなか、馬車の御者台でグレンはとなりに座るシンシアへと言葉を投げ掛けた。

 

「お前その仮面なんなの?」

 

訝しげに見るグレンの視線の先には、またあの真っ白な仮面で顔を隠すシンシアだった。髪も銀髪から長い黒髪に変わっており、シンシアはグレンの方を向くのと同時にポコポコと仮面に文字が浮き上がる。

 

『一応皆がいるって事で顔は隠さなければいけません。これは室長からの命令です』

 

「イヴの?てかその仮面だとそんな話し方になるんだな」

 

『普通に喋っているのだけれど、何故か語調がおかしいのです。』

 

表情は見えないが、肩をすくめる動作を見る限りシンシアも嫌々のようだ。

 

「まぁ今は他の奴らは全員寝てるから、その面は外していいぞ?」

 

「ならお言葉に甘えて」

 

シンシアは仮面を外して圧縮冷凍を施すと、それを懐に直した。

 

「じゃあ教えてもらおうか、お前がなんで特務分室(そこ)にいるのか」

 

「やっぱそこですよね...まぁ話しますけど。」

 

視線を目の前の夕日へと向けながら、シンシアはゆっくりとした形で話始めた。

 

「宮廷魔導士団に捕まった後、本当なら俺はすぐに処刑されるはずでした。」

 

「っ!?」

 

絶句するグレンをよそに、シンシアは話続ける。

 

「まぁあっち側も俺みたいな予測できないものは置いておきたくなかったんでしょうね。そして秘密裏に処刑されようとしたその時、止めに入った人がいたんですよ。

それが特務分室室長、イヴ=イグナイトでした」

 

「そこでイヴが出てくるのか...ちっ、思い出したくもない顔だぜ。」

 

グレンはそこで因縁の女の顔を頭に思い浮かべ、苦い顔をした。

 

「室長は他の宮廷魔導士を丸め込んで俺にこう聞いたんですよ。」

 

『ここで死ぬか、私の駒となって生きることを選ぶか、貴方はどうする?』

 

「んで、その質問に答えて俺は晴れて特務分室入り。諸々の罪状はすべてカット、代わりに室長の駒となりました。」

 

「あの野郎...!」

 

グレンはその話で、これがイヴの策略だったのだと理解した。元々特務分室にシンシアを引き入れようとする動きは確かにあったが、それはアルベルトによって水面下で止められていたのだ。

 

だが、状況は変わった。シンシアが竜人となった事ですべてが一変。イヴはそこをついたのだ。命を盾に強引にシンシアを特務分室の椅子に座らせるために。

 

「先生の思うこともわかります、けどこれは俺が選んだ事です。俺は後悔してませんよ」

 

あっけらかんとシンシアは御者台の背もたれにもたれ掛かりながらそう言った。

 

「それと俺の任務はルミ姉の護衛の補佐です。だからまた学院に戻りますよ」

 

「てことはまた面倒な生徒が帰ってくるのかよ。ったく、まとめる俺の事も考えて欲しいもんだ...」

 

「ああその件なんですけど、実は━━━━なんですよ」

 

「はぁ!!!!マジでか!!!」

 

「はい。マジです、じゃあ今後ともよろしくお願いしますね?グレン先生」

 

悪そうに笑いながら、仮面をまた自分の顔につけるとシンシアは馬車の中へと戻っていった。

 

馬車の中ではもう全員が深い眠りについていた。そんな無防備な友人達を微笑ましく思いながら、シンシアも近くに座る。

 

(にしても...あの魔人は何が言いたかったんだ?)

 

帰って来た感慨にふけるよりも、気になるのはあの魔人の言葉。

 

(あんな魔人の主になった覚えはないっての。それに...)

 

もう一つ、思い出すのは遺跡を出る直前のナムルスとの会話だった。

 

 

━━

 

『ねぇ』

 

「ん?」

 

それはグレン達が戦いの傷を癒している時だった。ナムルスはシンシアの下へとやって来るとそう言葉を投げ掛けた。

 

「あんたがナムルス?皆を守ってくれてありがとうな。本当に助かったわ。」

 

『......』

 

明るい口調でそう語るシンシアを、痛ましげに見るナムルスはそこで口を開いた。

 

『貴方はそれでいいの?』

 

「......」

 

ナムルスの問いかけに、シンシアから笑みが消え沈黙が返ってくる。まるでナムルスは何かを見抜いているように話していく。

 

『グレンとセリカを守ってくれた事は私からも礼を言うわ。けど、あの力を使っていれば貴方は確実に━━』

 

「それ以上は言うな」

 

静かに、そして強くシンシアはナムルスにただ一言告げた。そこには明確な強い意志が込められていた。

 

「お前がなんでそれについてわかったのかは知らないけど、これを使うのに俺は躊躇いはない。それが例え、色々削っていくとしてもな」

 

これで話は終わりと言わんばかりに、シンシアはナムルスに背を向けてグレン達の下へと歩んでいった。

 

『なんで...なんであんたはいつもそうなのよ...!!』

 

だから、そんなナムルスの言葉はシンシアの耳には入らなかった。

 

━━━

 

ナムルスの言葉を思いだしながら、馬車の隙間から差す夕焼けを見やる。

 

(そうだ、力は得た。だからあとは、それを皆を守るために使うだけ。そこに躊躇いも不満もなにもない。あのきな臭い室長に顎で使われる事だって構いやしない。だって...)

 

シンシアは自分の隣で肩を寄せあって眠るシスティーナとルミア、そしてリィエルの三人を見た。

 

(こんな暖かな日常を守れるんだから...)

 

仮面の底で一人静かに微笑んだ。それが少し悲痛な物だったことは、仮面に隠れて誰にも見えなかった。

 

━━━

 

遺跡調査から数日がたった。

 

いつもの教室ではいつも以上に騒がしくなっている。その理由は、あの遺跡調査での出来事が大きい。

 

「は!?宮廷魔導士に会ったぁ!?」

 

「マジかよカッシュ!どんな奴だった?」

 

「なんか変な格好だったけど、凄そうだったぜ!なんか歴戦の覇者って感じで!!」

 

「やっぱスゲェな宮廷魔導士って!!」

 

と、そんな身内の噂話を苦笑いでシスティーナは聞いていた。あの事件の全容を知るものとしては聞いていてどう反応していいか困るものだ。

 

「そう言えばリィエル、シン君から何か連絡はあったの?」

 

「ううん、近々ここに戻ってくるってだけ」

 

「なら待ちましょう?どうせけろっと帰ってくるわよ。」

 

小声で会話するのは一応シンシアがあの仮面の魔導士であるという事実は秘密のためだ。だが一応この三人にはすべてを明かしてどこかに行った本人も、ここ数日音沙汰無しだ。

 

「ういお前ら静かにしろー。授業始めんぞ」

 

そんな朝の一時に終わりを告げるように、グレンが教室の中に入ってくる。それに合わせ騒がしかった生徒達も各々の席へと座る。

 

だがそこで生徒達は気がついた。いつもだるそうなグレンの顔が、どこか今日はにやにやといたずら好きの子供のような顔をしていることに。

 

「さて授業を始めていくんだが、急だがこのクラスに副担任の講師がつくことになった。」

 

そのグレンの言葉を切り目に、教室がまたもざわざわと騒がしくなる。

 

「先生副担任なんて他のクラスにはいませんが、何故うちのクラスだけなんですか?」

 

「元々副担任としてどこかのクラスにつくことになってたんだが、なにぶん本人の強い希望でな。このクラスの副担任じゃなきゃいやなんだと」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべながら、質問したギイブルにそう返した。その態度に全員が不審気になる。

 

「ま、俺から話すよりも会った方が早いな。おい!さっさと入ってこい!!」

 

グレンの呼び掛けと共に、教室のドアが勢いよく開かれる。そしてそこから講師用のローブを羽織った人が現れるのだが、

 

その人を見た瞬間、教室中の生徒が息を飲んだ。

 

「えーと紹介に預かりました、今日からこのクラスの副担任を務めさせていただきます、」

 

講師用のローブに片腕だけを通し、もう片方の手を服の内側から出しただらしない格好に、グレンと同じようにニヤニヤとした笑いを浮かべる青年。

 

「シンシア=フィーベルです。久しぶり、皆。これからまたよろしく♪」

 

いきなり登場したシンシアに、全員が口をあんぐりと開けて数秒。その後、

 

「「「えええええええええ!!!」」」

 

驚愕の意味を込めた叫びが、教室内でこだました。

 

クラスに波乱が帰って来た、そんな瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





まさかの講師として学院に戻ってくるとは誰が予想したでしょう?

次回から七巻の内容に入りますが、少しもう片方に力を入れるので投稿が少し遅くなると思います。

気長に待ってくれればと思います。それではまた次回、お楽しみに♪



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暗き夜に龍は踊る
帰還と遭遇


一旦テストが一段落ついたので七巻スタートです!

どうぞ!

今回はちょっと短めです...


 

生徒はほとんど帰りいなくなった夕刻、職員室の傍らには打って変わって仕事で忙しなく動く講師達の姿があった。

 

あるものは生徒の成績の確認を、またあるものは近々開かれる『社交舞踏会』への前準備を。

 

そしてそんな職員室の中で、今日ここに配属となった新人講師であるこの俺シンシア=フィーベルはというと...

 

大きな欠伸をしながら眠そうにその光景を見てます。

 

本当に眠い、いつも学院でしてた睡眠タイム(別名居眠り)がすべて仕事の時間に今日から変わったので睡眠が足りん...

 

帰ろうにもまだ俺には一つだけやることがあるのでそれをするまで帰れないのだが、それも後は書類を提出するだけなのだ。だがその提出する人物が待てど暮らせど職員室にやってこない。

 

(ねよ...)

 

大きく体を伸ばしたあと、俺は机に突っ伏して眠る体制を整えた。まったくこの机というのは布団の次に眠気を誘う危険物だと思う。ここまで寝心地がいいものを置くとは、寝てくださいと言っているような物だ。

 

そんな下らない事を考えながら深い眠りにつこうとしたその時、

 

「おいこら寝るな新人」

 

「あいてっ!?」

 

俺の頭になにかが叩きつけられた。伏せていた頭をあげると、そこには待ち人であったグレン先生が目の前にたっていた。

 

「後輩を教科書で殴るのは先輩としてどうなんすか?」

 

「職員室で寝てるお前が悪い」

 

「先生だって来てすぐの時はこんなんだったじゃないっすか」

 

「それはそれ、これはこれ。」

 

そんな暴論を振りかざしながら、グレン先生は俺のとなりに腰を掛けた。

 

「お前の登場のあれはマジで笑えたな。あいつらのビックリした顔は本当に笑いもんだったわ」

 

「あのためにルミ姉やシス姉にも言わなかったんですから、いやーあれは笑いを堪えるのが大変だったっす」

 

二人して意地の悪そうな笑みを浮かべながら朝の光景を思い出す。皆俺を見てあんぐりと口を開けているんだ、そんな滑稽な光景見て笑うなという方が無理な話だ。

 

もちろんなぜ講師なのかという質問は飛んで来た。そこは元から用意していた嘘でどうにかなった。

 

「宮廷魔導士団に教えを受けてたなんて嘘がよく通ったな。俺なら真っ先に疑うんだが...」

 

「これが人望の差って奴ですかね」

 

「どや顔するなうっとうしい」

 

グレン先生の言うとおりギイブルやウェンディは疑わしげな視線を俺に向けていたが、正式な講師としての証明書を全員に提示して黙らせた。あの面子を黙らせられるほど俺は舌は立ちません...

 

「しっかしまさか講師でくるとはな...俺も予想外だわ...」

 

「この方が色々と動きやすいらしいっすよ?あの人曰く」

 

何がとは明言しなかったが、グレン先生はすぐに俺の言葉の意味を理解してくれたようだ。

 

ここに俺を講師として送り込んだのは特務分室室長であるイヴ=イグナイトだ。あの女には文句の一つや二つは言いたいのだが、一応俺の上司であり命を救った奴だ。逆らうのは少し忍びない。

 

「一通り仕事は教えたけど、出来そうか?」

 

「あ、それなんですけど...」

 

自分の机をごそごそと漁りながら、一つの書類の山を無言のままグレン先生の机においた。

 

「えっと...これは...?」

 

「とりあえず今月分の仕事は全部終わりましたよ。」

 

「マジで!?」

 

驚愕の表情で書類を確認していくが、それは全てグレンの指示通りきっちりと完璧に行われていた。

 

「案外これって楽なんですね。あそこで修行してる方がよっぽど地獄でしたよ?あと仕事って楽しい!!」

 

「お前の瞬間記憶半端ねぇ...あとお前社畜に片足突っ込んでるぞ?」

 

そうは言われてもこれが楽しいのだから仕方がない。考えずに言われた通りに書類を作る仕事とか楽すぎる。あと授業を受けなくていいってのも評価高いね、眠いし。

 

「てことはさぁお前、今月することないんじゃない?」

 

「そゆことです」

 

「ふざけんな!!俺なんてまだ山のようにあるんだぞ!!てことで手伝え助手」

 

「えー嫌ですよ。俺は定時に帰りたいです。久しぶりに我が家に戻るのだ!」

 

そう言って俺は立ち上がり、職員室をあとにしようとするが驚くほどの早さでグレン先生が俺の足を掴んできた。

 

「お願いします助けてください!!まじでこのままじゃ俺学校の良い出汁になっちゃう!!」

 

「うわっ!?ちょ、離してください!大体年下にそんな頭下げて悲しくないんすか!!」

 

「ふふっ。プライドじゃ飯は食えないんだよ」

 

「いや自慢気に言うことじゃない...」

 

なんでこの人はそんなキメ顔でそんな台詞を言えるのだろうか...

 

あと俺の足を持ってくねくねしないで欲しい。

 

「オブラートに包んで気持ち悪い」

 

「包めてねぇよ!本音が完全に漏れてる漏れてる!!」

 

「ああもう離してください!!」

 

周りも仕事を一時中断して俺とグレン先生のバカな行いを冷たい目で見ている。そんな中で後輩の足にしがみつく先輩教師、一体なんの絵だよこれ...

 

「わかったわかりましたよ!今度手伝いますから!だから今日は離してください!!」

 

「サンキュー!言質とったからな!!絶対だぞ!!」

 

小躍りしながら喜ぶグレン先生にため息が出ながら、俺は職員室をあとにするのだった。

 

 

 

━━━

 

グレンside

 

シンが職員室から出るのを見たあと、俺は机に締まっておいたある書類を取り出した。そこに書いてあるのは今日この学院に配属になったシンの事が書かれている物だった。

 

「あいつが固有魔術(オリジナル)ねぇ...あの黒い【ライトニング・ピアス】もその一つなのかねぇ...」

 

その書類に書かれているのはシンが講師になった経緯と年齢や階梯、そして彼の魔術に関してだ。そこで俺が目をつけたのはその魔術の部分。

 

『錬金術、及び身体強化の魔術を得意としており、固有魔術(オリジナル)である漆黒魔術(ブラック・スペル)を使用。

 

漆黒魔術(ブラック・スペル)

 

シンシア=フィーベルの固有魔術であり、三属の魔術の色がすべて漆黒であることが由来。本来の黒魔術を昇華した物であり、汎用性が高く、三属の魔術とほぼ同じ効果だが火力は二回りほど高い。』

 

細かい説明がほとんど記載されてなく、詳しい理論などはまったくわからない。だが俺はあれが何を元にしているかぐらいは想像がついていた。

 

(多分シンの竜言語魔術(ドラグイッシュ)の応用なんだろうな。じゃなきゃあいつが魔術がいきなり使えるようになった理由に説明がつかねぇ。)

 

シンの新しく得た力。それは確かに強力な物だ。何せあの魔将星の一人を手負いとはいえ、あっさりと倒すほどなのだから。

 

(けど、あんなのをただの人間がホイホイ使っていいものなのか?強すぎない?チートだチート。)

 

内心で新しく出来た後輩に毒づきながら、その資料を鞄の中に押し込んだ。

 

その強すぎる力に、一抹の不安を感じながら。

 

━━━

 

シンシアside

 

大きな鞄を肩に背負いながら夜道を歩く。久しぶりに歩く我が家への道筋に、俺は心を踊らせていた。

 

何せこの一ヶ月ほどはずっと帝都オルランドの薄暗い部屋で過ごしていたのだ。久しぶりに住み慣れた部屋に戻れ、ふかふかのベッドで眠れるのだ。テンションがあがるのも許して欲しい。

 

「おー帰って来た帰って来た」

 

家の扉の前で感慨深く呟いた。もう帰ってこないとも思った我が家にまた来れた事はやはり嬉しい物だ。

 

そして扉に手をかけ、勢いよく開けようと扉を前に押すと━━━

 

「あれ?開かない」

 

何度押しても扉はガチャガチャと音をならすだけで一向に開くことはない。

 

もしかして、鍵閉めてる?

 

その事実に気がついた瞬間、背中から冷たい汗が流れ始めた。

 

今俺はこの家の鍵を持っていない。加えて家のなかにいるであろうシス姉やルミ姉への連絡手段も持ち合わせていない。

 

つまり、家に入る手段が無いのである。

 

「うわぁ...どうしたらいいんだよこれ...」

 

普段使わない頭をフル回転させながら策を練る。ついにここまで来たのだ。ここで回れ右は出来ない。ふかふかのベッドのために!!

 

「窓どっか開いてるか?」

 

ふとそう思い、少し家から離れて全体を見るとちょうど俺の部屋の窓が開いていた。

 

「あそこから入るしかないか...」

 

宮廷魔導士でありながら魔術学院の講師である俺が、家に窓から入るのもどうかとは思うが背に腹は代えられない。

 

鍛え上げた脚力にものを言わせて大きく飛び、家の屋根に足をのせる。そしてそのまま出来るだけ早く開いている窓の元へと走る。こんな光景をご近所に見られたら、俺は盗人と思われても仕方がない。出来ればそれだけは避けたい所だ。

 

(うし、あとはここにいるシス姉かルミ姉を呼んで入れてもらえれば...)

 

これで万事解決と思いながら、俺が窓の冊子に手を伸ばすと━━

 

急に背中に悪寒が走った。

 

「っ!?」

 

反射的に後ろに飛ぶと開いた窓から何かが現れた。辺りが薄暗いせいでよくは見えないが、きらりと一瞬光ったのを見てそれが刃物であると即座に理解した。

 

少し距離窓から距離を置いて屋根に手を触れ、使いなれた刀をすぐに錬成して構える。

 

(天の智恵研究会の輩か!?くそっ!こんな簡単に家に入られてるなんて...とりあえず窓の近くのやつを倒してすぐにルミ姉達の元へ━━)

 

そこまで考えたそのとき、月明かりが窓の辺りを照らした。

 

「へ?」

 

薄暗い場所に光が灯った事によって窓から出ていた刃物の全容が把握できるようになると、俺はさっきまでの緊張が体から抜けた。

 

何故なら、それは見慣れた青色のミスリルの大剣。それを使う人に俺は大いに心当たりがあった。

 

少しボケッとしていると、予想通りの人物が窓から顔を出した。

 

「なんだ、シンだったんだ。ビックリした」

 

「それはこっちのセリフなんだけどリィエル。」

 

ひょっこりと顔を出したリィエルは、いつものように眠たげな目でこちらを見ていた。本当に危なかったぞ?その大剣刺さるところだったんですけど...いやそれより...

 

「なんでリィエルが俺の部屋にいるんだ?」

 

「ん、私が今ここに住んでるから」

 

・・・・・・・・・・・・?????

 

おかしいな、俺の耳がおかしくなったのか?なんだか今リィエルが俺の部屋に住んでいるって聞こえた気がしたんだけど...

 

「それで、なんでリィエルは俺の部屋にいるんだ?」

 

「だから、私が今ここで住んでいるから」

 

聞き間違いでもなんでもなく、リィエルの口からそうはっきりと告げられた。

 

俺はそれを聞くとフッと微笑み、リィエルから視線を外して空に出る月を見た。

 

そうか...リィエルは今俺の部屋で住んでるのか...そうかそういうことか...

 

「ってなるわけないだろぉぉぉぉぉぉぉお!!!!」

 

俺のそんな驚愕の思いを込めた叫びが、フェジテの町にこだました。

 

そんな俺の悲痛な叫びを、リィエル首をかしげて見ていた。

 

 

 

 





七巻と言いながら内容には一切触れない駄作者を許して...


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人の悪い上司って嫌われるよね


前回は短かったですが、今回は長めです。

それではどうぞ。


歩く。ただ歩く。

 

そこは何もない空間。人も、物も何もない、真っ黒な空間を俺はただひたすらに歩く。

 

いや、何もないというのは撤回しよう。

 

『シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネしシネシネシネシネシネシネシネ』

 

『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』

 

俺と、この醜悪な罵詈雑言だけがある空間というのが正解だろうか。

 

その声は酷く割れており、まるで幾人もの声を掛け合わせているかのような声だったが、そんな事を気にせずに歩き続ける。

 

これは夢だ。

 

現実に起こっていることではない。これはただ、今の俺を表したかのような夢なだけだ。

 

この声の主は、俺がこの体に秘めた龍としての因子。絶対に適合するはずのないそれらは、何故か俺の体には馴染んだのだが、その代わりにこんな頭がおかしくなりそうな声を夢で聞くはめになった。

 

(ま、慣れればこんなの別にって感じなんだけど)

 

一ヶ月もこんなのを聞き続ければ嫌でも慣れてくる。慣れるのも異常なのかもしれないけど、そこは俺が元からおかしいのだろう。

 

(それにこの程度なら、あの一ヶ月の方が地獄だったからどうってことないな。)

 

自嘲気味な笑みを浮かべながら、響き渡る罵詈雑言を聞き流しながら歩み続ける。

 

すると、目の前に突然扉が現れた。木製と思われるその扉は酷く傷んでおり、少し力をかければ壊れてしまいそうな程だ。

 

その扉が現れたことを確認すると、俺は迷いなしにドアノブに手をかけて扉を開いた。

 

扉を開けたのをトリガーに、目に見える景色が変わる。黒い空間であるのは変わりないのだが、目の前には大きな砂時計が一つ。

 

見た目は至って普通の砂時計なのだが、それはもうきちんと時を計れていない。上部は至るところにヒビが入っており、そこから砂が流れてしまっている。下部に見える砂の量と上部にある砂の量は同じぐらいで、それ以上の量の砂が砂時計の周りに広がっていた。

 

「おーまだこんぐらいあるのか。」

 

砂時計の残りの量を見ながら、俺は一人そう呟いた。そんな事を呟くと、砂時計からピキっと嫌な音が聞こえたと思うとまた小さなヒビが増えた。

 

「あんま余裕ぶってもられないってわけか...」

 

神妙な面持ちになると、砂時計の周りに広がる砂の山に手を伸ばす。

 

金色に輝く砂達は、俺が手を伸ばすとその輝きを一層強くしほんの少し、本当にほんの少しだけ消えて代わりに俺の体が一瞬金に光った。

 

「これでよしっと...」

 

やることを終えると、俺の視界がグニャリと歪み始めた。目が覚め始めているのだ。

 

「出来れば......」

 

そんな消えかかる意識の中、

 

「少しでも長く...」

 

呟いたその言葉は、最後まで紡がれる事はなく━━

 

新しく体の横から感じた違和感に眉を潜めた。

 

「ん?」

 

閉じた瞼を開くと、そこに燦々と光る太陽の一閃が俺の眼球を貫く。その光に少し顔をしかめるが、それよりも気になるのは俺の体の横から感じる違和感。

 

その違和感の方向へと目を向けると...

 

「すぅ...すぅ...」

 

気持ちよさげに眠る無防備なリィエルの姿。

 

それを確認すると俺は一度目を背けて体を起こし、大きく息を吸い込んで━━━

 

「なに人のベッドに潜り込んでんだぁぁぁぁ!!」

 

「あいたっ!?」

 

作った握り拳をリィエルに振りかざしながら、自分の心から思うことを猛々しく叫んだ。

 

日常が、また騒がしくスタートを切った。

 

━━━━

 

「なぁリィエルさんや、俺ここ最近ずっと言ってるよね?俺のベッドに無断で入ってくるなって」

 

「むぅ、シンの隣がよく寝れるのが悪い」

 

「ちょっと待て、それは俺が悪いのか?」

 

並びながら歩くリィエルとそんな会話をしながら、俺達はテーブルを抱えて歩いていた。

 

今学院内は、三日後にまで迫った伝統行事である『社交舞踏会』のためたくさんの生徒や講師が忙しく働いていた。そんな中リィエルと俺は荷物運びの係として、テーブルを運んでいる。

 

それをタワーのように積み上げながら。

 

「大体お前は俺の部屋を占領したんだから十分だろ?それなのに俺がこっちに戻ってきてから毎回毎回俺のベッドに潜り込んで来やがって...」

 

「だってシンの隣が私の居場所だから」

 

「それ意味少し間違ってる...いや少しじゃないのか?」

 

俺はそういう物理的な場所を作った訳じゃなくて...いや言ってもリィエルが理解しなさそうだ。

 

二人揃って山となった抱えられたテーブルを微動だにせずに歩く俺達を、周りは驚いた風に見ているが別段気にしない。

 

だってこれくらい鍛えたら誰にでも出来るんだから。これをさっきグレン先生に言ったら、何故かアホ認定されてしまった。解せない...

 

ここで、何故リィエルが俺の家に居候していたのかという事について言及しておこう。

 

リィエルは元々アパート住まいだったのだが、どうやら結婚騒動のゴタゴタや精神的に参っていたりとしていたことが重なり、なんと家賃を払っていなかったのだ。

 

そのため案の定アパートを追い出されたのが遺跡調査のすぐあと。家が無くなったリィエルをあわれに思ったのか、シス姉とルミ姉がフィーベル家の居候として引き入れたという事らしい。

 

うん、色々突っ込みたい所はあるけれどし始めたらきりがないのでそこは割愛。精々『やっぱりリィエルだな』ぐらいだ。

 

まぁそこは俺としても別によかったのだ。三人から四人になって家もより活気がつくだろうし、リィエルも仲のいいシス姉やルミ姉と一緒にいたいだろう。そこは素直に納得する。

 

だが問題は今朝のような事がここ最近毎日あることだ。

 

俺が起きるといつも隣にリィエルがグースカと寝てる。何度注意しても『シンの隣が私の居場所』の一点張り。それもそれを言ったのが俺なのだから、そこまで強く言えず...

 

(今度扉に鍵を閉めとくか?いや、遠征学習の時扉壊してたよな...甘んじて受けるしかないかぁ...)

 

これがカッシュとかなら役得だぜ!とか言って喜べるのだろうが、残念ながらその手の類いの話で俺はあまり喜べない。むしろ恥ずかしい。

 

(しっかし一応俺今この学院の講師だよな?その講師が学院の生徒と同じベッドで寝てるって...文字にすると犯罪臭がすごいな...)

 

そんな一人で自問自答していると、机を運ぶ場所にたどり着いたので俺達はそこに大量の机を置いた。ドンっ!とかなり大きな腹に響くような音がなったが、まぁ問題ないだろう。多分。

 

「シン、次はどうするの?」

 

「そうだな、この後は確かシャンデリアを運ぶから大講堂の方に行くぞ」

 

「ん、わかった」

 

今日の職員会議で渡された準備の行程表を講師用のローブの懐に直し、俺は大講堂へと歩き出す。その後ろをついてくるようにリィエルが歩く形だ。

 

周りがそんな俺達を好奇の目で見る輩が結構いるが、そこは気にしない。大体俺達はそんな関係じゃないし、今は前までのように級友ではなく講師と生徒の関係だ。そんな恋愛ごとがあっては俺は即解雇、任務なんてやれなくなる。

 

「なんでこう、人って色恋沙汰には敏感なのかね?」

 

「なんのこと?」

 

「いんや。なんでもない」

 

リィエルに何か言ってまた口を滑らせてはたまったもんじゃない。ここでリィエルに深く言うのはやめておこうと決意した時、周りから好奇の視線とは違った物を感じた。

 

その視線の発生原に目をやると、そこには俺達のように荷物運びを行っている作業員の姿。だが少し目を凝らしてみると━━━

 

(アルベルトさん!?)

 

目深に被る帽子の下からギラギラとした目をこちらに向けていたのは、俺の同僚となってしまったアルベルトさんだった。用務員の服装には少し笑いそうになるが、それをどうにか堪えて少し体を動かし会釈する。

 

するとアルベルトさんは顎で俺についてくるように促した。さらによく見ると、アルベルトさんの先をグレン先生が歩いている。

 

どうやら何か話があるようだ。

 

「悪いリィエル、俺ちょっと仕事があるのを思い出したわ。だから大講堂には一人で行ってくれ」

 

「わかった」

 

リィエルの返事を聞くと、俺はアルベルトさん達が歩いていった先へ小走りしていった。

 

(ていうかアルベルトさん、あの格好は恥ずかしくなかったのか...?)

 

本人に聞けばまた睨まれそうな事を内心考えながら、俺は足を止めずに走っていくのだった。

 

━━━

 

合流を終えたあと、アルベルトさんから伝えられた事は俺とグレン先生の目を見張らせるには十分過ぎた。

 

「『社交舞踏会』に乗じた、『ルミア暗殺計画』だと!?」

 

「ちょっと待ってください!?あいつらはルミアから手を引いたんじゃないんですか!?」

 

「落ち着け、状況が変わったんだ」

 

かなりの剣幕でアルベルトさんに問い詰める俺とグレン先生だが、それをアルベルトさんは冷たくあしらう。そしてその理由を説明していった。

 

このルミ姉暗殺計画を考えているのは、やたらとルミ姉を狙ってきた天の智恵研究会だ。だが、それも今ではほとんど鳴りを潜めておりルミ姉を狙うのをやめたのだと判断していた。だがアルベルトさんが言うように、状況が変わった。

 

元々天の智恵研究会は二つの派閥に割れている。古参のメンバーを主とした『現状肯定派』、そして新参のメンバーを主とした『急進派』の二つだ。

 

この『急進派』と『現状肯定派』ではルミ姉に関して目的が違う。『急進派』は殺害を、『現状肯定派』は確保だ。派閥内でも抗争を繰り広げていた両者だが、先の白金魔導研究所の一件の影響でその派閥争いも収束していたのだが、それを『急進派』は否定した。

 

そして、ルミ姉を暗殺する等という暴走に出たということだったのだ。

 

「んな派閥争いのせいで、ルミ姉は命を狙われるって訳ですか...糞だなあいつら」

 

「あんな奴等を理解しようとする方が無理な話だ。」

 

吐き捨てるように言った俺の言葉にグレン先生も同調したかと思うと、アルベルトさんに背を向けた。

 

「待て、何処へ行くつもりだ」

 

「決まってんだろ。この事実を学院に伝えて『社交舞踏会』を中止にしてもらう。人の命が狙われてるってのに悠長にんなことしてられるか!」

 

と言ってグレン先生が足を一歩踏み出したその時、

 

グレン先生の目の前に巨大な円柱が吹き出したのだ。

 

「「なっ!」」

 

グレン先生は直ぐ様後ろに飛び、俺は臨戦体勢を取ろうとするが今目の前で起きた魔術に見覚えがあった。

 

「駄目よグレン」

 

だからこそ、そこに現れた第三者にはさほど驚かなかった。

 

グレン先生と同じ年くらいの女性で、真紅の髪を三つ編みに束ねてサイドテールにしている。その顔は美しいが、どこか人を愚弄するような笑みと目をしていた。

 

帝国宮廷魔導士団の礼服を身に纏ったその女性は、俺を特務分室へと引き入れた張本人であり俺が嫌いなタイプの人間。

 

「てめぇ...イヴ!」

 

「久しぶりね、グレン。会えて嬉しいわ」

 

「俺は顔すら見たくなかったがな!!」

 

そこに現れたのはグレン先生の元上司であり、俺の現上司である特務分室室長、執行官No.1の《魔術師》のイヴ=イグナイト。イヴはその高飛車な態度を崩さずに、グレン先生と視線を交わす。

 

特務分室に入り、この二人の間に一体何があったのかは知ることが出来た。

 

昔のグレン先生の大切な人であった、特務分室のメンバーを囮に使ったのだ。その采配の影響でそのメンバーの女性は死亡したのだという。これを機にグレン先生は特務分室を辞め、講師となったそうだ。

 

「確かに私も采配ミスをしたことは事実だわ。優秀な手駒であるセラを失い、あまつさえジャティスを取り逃がしたのだから。まぁ別に構わないわ、より強力な手駒は手に入ったのだから。ねぇ?」

 

俺に視線を向けてそう聞いてくるが、俺としてはこの女とは会話もあまりしたくないので目を背けるだけ。

 

それを見ると、イヴは嘲笑うかのような微笑を浮かべたあと話を進めていく。

 

「そんな事は今はどうでもいいわ。この度私達は『社交舞踏会』の裏で、密かに連中を迎え撃つわ」

 

「ふざけんな!」

 

さすがに聞き逃す事が出来なかったのか、グレン先生は食って掛かる勢いでイヴに怒鳴り付けた。

 

「学院には無関係の人間が大勢いるんだぞ!そんな奴等を巻き込んじまう事はどうとも思わねぇのか!?」

 

「それがどうしたというのよ」

 

平然とそんな事を口にするイヴに、俺は嫌悪感を隠しきれなかった。

 

こいつは人を道具としか見ていない。どんな人間も、自分の成功のためならば平気で切り捨てごみのように捨てられる。そんな女だ。

 

その考え方は、俺の目指す正義とは完全な真逆。だからこそ、俺はこの女が命の恩人といっても好きになれない。

 

「ごく最近この組織は動きを変えたわ。奴等の狙いである禁忌教典(アカシックレコード)とやらに関わる計画のフェーズが次の段階に移ったことは間違いないわね。だからこそ、これ以上奴等の好き勝手にさせるわけにはいかないのよ」

 

さも当たり前と言わんばかりに語るその話は確かに正しいだろう。それが他にたくさんの人の命を掛け金として差し出さなければ。

 

「確かに天の智恵研究会をほっておく気はねぇ。だがお前らの話を聞く気もない。俺は今からでも━━」」

 

「学院に話をつけるとでも?悪いけどこの話を部外者にするというなら、私はあなたをここで始末しなければならないわ」

 

「へっ。やれるもんなら...」

 

グレン先生は懐から愚者のアルカナのカードを取り出して【愚者の世界】を起動した。

 

「やってみろ!!」

 

その掛け声と共にイヴへと殴りかかる。だがそれは悪手だと理解出来るほどグレン先生は冷静ではなかった。

 

イヴが策にかかったグレン先生に冷ややかな笑みを浮かべたのが、俺の目に入った。

 

━━━

 

グレンはこの時勝ちを確信していた。

 

グレンの固有魔術(オリジナル)である【愚者の世界】は、一定範囲内の魔術の起動を完全に封じる。その先手必勝を常としてきたグレンの奥の手が発動した以上、イヴには抵抗する術はないからだ。

 

だがその慢心が、グレンの身を食らうこととなる。

 

突貫するグレンの前と左右に炎壁が立ちふさがった。

 

(しまった!?眷族秘呪(シークレット)【第七圏】か!!)

 

眷族秘呪(シークレット)とは、固有魔術(オリジナル)の一つでありその血族が先祖代々伝えて強めていく事が可能な物の事を指す。

 

そしてイヴの眷族秘呪(シークレット)である【第七圏】とは予め指定した領域内であれば、魔術行使に必要である過程の『五工程(クイント・アクション)』を完全省略出来るという物。使える魔術は炎熱系のみになるが、それでもその強さは尋常ではない。

 

さらにこの【第七圏】はこの領域に張った時点で魔術として完成する。そのため魔術の起動を封じるグレンの【愚者の世界】は機能しない。

 

(くそっ!避けられねぇ...)

 

突如として現れた炎壁に勢いをつけたグレンが避けられる筈もなく、身を焼く炎に少し怯んだその時、

 

一つの銃声と共に、グレンの目の前の炎が消え去った。

 

「なんのつもりかしら...シンシア」

 

グレンが驚愕を口にするよりも早く動いたのは、グレンの隣を睨むように見るイヴだった。グレンはその視線の先を見ると、そこには拳銃を構えるシンシアの姿。

 

その銃はグレンの愛用するリボルバー型のペネトレイターと違い、弾を一発しか込められない猟銃型の拳銃。その銃口から上がる硝煙から、今の銃声がシンシアによる物なのだと理解するのにさほど時間は必要なかった。

 

「学院で暴れるな。これ以上は看過出来ない。」

 

「私に逆らって勝つつもり?」

 

「この弾丸があんたにとって天敵なのはあんたも理解してるだろ。それにグレン先生の【愚者の世界】も起動済みであんたは魔術を発動出来ない。勝算は十分にあるんじゃないか?」

 

その言葉にイヴが少しだけ眉をしかめるのがグレンにはわかった。理解すると共に驚愕もした。

 

(まさか、今の一発で【第七圏】が無効化されたってことか!?)

 

この領域内であれば、シンシアと言えどイヴに太刀打ち出来ないだろう。だがそのイヴに反撃する素振りはなく、逆に劣勢に追い込まれたようにも見えた。

 

その理由として、グレンには【第七圏】が無効化されたと予想するには十分過ぎるほどだった。

 

「この作戦は聞けない。俺はこのまま先生と一緒にこの情報を学院に知らせる。俺の事をおおっぴらにするならしてもいい。それでも俺はこの考えを改める気はない」

 

少し拙い動きでリロードを完了させると、シンシアはイヴに強い口調でいい放った。第三者から見れば、完全にシンシアの有利な状況にしか見えない。

 

だが、そこでイヴがしたのは呆れるようなため息だった。

 

「まったく、面倒な駒ね。ならこちらもカードを切ろうかしら」

 

「カードだと?」

 

未だに臨戦体勢を解かないグレンが、息吹かしむように聞き返した。

 

「学院に入ってから、リィエルは随分と楽しそうね?少し見ないうちに人間らしくなったじゃない...作られた人形のくせに(・・・・・・・・・・)、ね」

 

「「っ!?」」

 

そのイヴの言葉に、グレンとシンシアは動揺を隠せなかった。その言葉は、イヴがリィエルの真実を知っている事を意味するからだ。リィエルの事は帝国政府側の人間ではシンシアとアルベルトしか知らないはずなのに、だ。

 

「私の情報網を使えばこの程度造作もない、と言いたいけれど残念ながらこれでも骨が折れたわ。アルベルトの隠蔽工作は確かに完璧だったわ。けれどグレン、貴方には穴があった。そこをつかせてもらったわ」

 

「くそっ...俺のミスか...っ!」

 

自分の失態にグレンが歯噛みするも現状はするか変わらない。さっきまでの優勢ムードが一変、シンシア達は一気に窮地に貶められたのだ。

 

「さて、貴方達が学院にこの作戦を流すのなら、リィエルの正体を上に報告するのもやぶさかではないわ」

 

「てめぇ...!!」

 

グリップを握る力を強めながら、シンシアは怒りに顔をしかめる。今にでも殴りかかりたいが、そんな事をしてしまえばリィエルの正体がおおっぴらになってしまう。

 

「『Project:Revive Life』の世界初の成功例。そんな彼女を標本にでもして献上するのは、それはそれで戦果になると思わない?」

 

シンシアは怒りの形相で拳銃をイヴに突きつけるが、引き金を引くことは出来ない。決壊しそうな怒りを、残る理性が強引に押さえ込んでいたのだ。それを理解しているイヴは、余裕の表情のまましっかりとシンシアを見る。

 

「ちっ!!」

 

諦めたのか拳銃を圧縮冷凍して懐に直した。どうにかこの作戦を止めたいグレンとシンシアだが、リィエルを人質にとられた時点でどうしようもない。

 

「そうよ、犬は犬らしく主の言うことを聞いていればいいのよ。それと、残り少ないのだから(・・・・・・・・・)行動には気を付けることね」

 

「......」

 

シンシアはイヴを一瞥すると、ふんっと鼻を鳴らして壁にもたれ掛かった。グレンももう抵抗の意思はないのか、イヴを射ぬかんとばかりに睨むのみ。そんな二人の態度に満足なのか、イヴはくすりと笑う。

 

「さて本題に入ろうかしら。『社交舞踏会』に参加する王女の暗殺を狙う敵組織外道魔術師を押さえる策をね。」

 

不敵に笑うイヴに、シンシアもグレンも何も返す事が出来なかった。

 

 

 





シンが使った弾丸ですが、あれはこの章でしっかりと説明するので今はばらしません。

それでは次回をお楽しみに。


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一応名家の長男ですから


ちょっと間が開いたのは許してください。ゆゆゆの方が区切りまで進めたかったんです...

あんまり進みませんでしたが、とりあえずどうぞ!!


 

『社交舞踏会』とは、本来狭いコミュニティに納まりがちな生徒達の交流のために企画された物なのである。他校生徒や来賓、果ては学院の卒業生までもが顔を出す事を鑑みると、その狙いは自ずとわかってくるであろう。

 

だからこそ、この行事は軟派なイベントではないのだが...

 

「ルミア、今度のダンス・コンペで俺と踊れ」

 

まだたくさんの生徒がいるなか、グレンがルミアに俗に言う壁ドンをしながら語りかけている光景がその場にいる生徒のほとんどの目に入っていた。

 

もう一度ここに書いておこう。このイベントは軟派な物ではない。だがそれでも思春期真っ盛りの生徒達からすれば、女子と手を取りながらダンスを踊れるこの機会に胸を踊らせないはずもなく、たくさんのカップルがダンスへ向けて練習するのが実態だ。

 

だがそれでも、講師が生徒をダンスのパートナーに誘うなどは異例中の異例なのだ。それを絶賛グレンは行っているのだが。

 

「えっ...あの...先生?」

 

いつもはどんな状況でも冷静に、落ち着いて対応するルミアでもさすがにこれは困惑を隠せないようで、視線を色んな所へ向けている。

 

ルミアの周りにはその二人の光景に驚きを隠せないと言わんばかりにあんぐりと口を開けるシスティーナ、眠そうに見るリィエル、グレンの行動の意図が読めない生徒達だ。

 

たった今グレンとルミアにすべての視線が集まっているのは最早言わずもがなだろう。

 

「お前の意思は知らん。お前はただ俺の申し出を受け入れるだけでいい」

 

耳元で囁かれるように言う吐息にビクッと肩を震わせ、頬が蒸気していくのがルミア自身もわかってしまう。なぜこうも今日のグレンが強引なのかはルミアにはわからなかったが、どうにかこの状況から逃げたい一心だ。

 

「シ、システィ...」

 

「よ、よよよよよかったじゃないルミア!せ、先生と踊りたかったんでしょ!はは、ははははははは...」

 

まるで壊れたレコードのような笑い声を出しているシスティーナはルミアに助け船など出せるはずもなく、ただその光景をぼけーと見ているリィエルは話にもならない。唯一こんな状況を打開してくれそうな銀髪の弟分は、今この場にはいない。

 

「別にお前も問題ないだろ?あの曰く付きの魔法のドレス、『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』を着させてやるからさ」

 

妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)

 

それはこの『社交舞踏会』に行われるダンス・コンペの優勝者にのみ着ることが許されるドレス。あまりの美しさに、着たものを妖精と思わせるそんな幻想的なドレス。

 

この学院に通う乙女であれば、誰もが着たいと願うそのドレスをルミアも着てみたいとは昔から思っていた。だが、このドレスにはあるジンクスがある。

 

曰く、『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』を勝ち取った男女は、将来幸せに結ばれるという。

 

システィーナがグレンの事を少なからず思っていることを察知しているルミアにとって、それは親友に少し悪いとは思いつつも、心のどこかで子供の頃から憧れていたドレスを着てみたいという思いがせめぎ合う。

 

だが心が答えを出すのを、グレンは待ってはくれなかった。

 

「言っておくが、逃がすつもりはねぇぞ?」

 

少し強い口調で荒々しく言うグレンの迫りに、ついに混乱してまともに思考が出来なくなる。システィーナへの遠慮も、グレンを拒むことも出来ずに、

 

こくんとその真っ赤になった頭を縦に振るしか出来なかった。

 

この学院でもトップのガードの固さを誇っていた天使ルミア=ティンジェルが落ちた瞬間であった。

 

「うし!じゃあよろしくなルミア!まぁ元から俺とルミアのペアで申請しちまってるんで、拒否権はなかったんだけどな!」

 

朗らかにそう言うグレンを、まだ顔の熱が収まらないルミアは少し申し訳なさげにシスティーナへと謝った。

 

「ご、ごめんシスティ...」

 

「な、なんでルミアが謝るのよ!わ、わわ私は別に気にしてないし!そ、そそそそもそも元からあなたと先生をペアにしようと考えてたんだから!ほんとよ!!」

 

早口でまくし立てるシスティーナに、さらに申し訳なさが込み上げてくる。

 

「そ、それより!なんでルミアなんですか!?それにこんな強引...まさか、先生本気でルミアの事を!」

 

「......ふっ、んなの決まってんだろ?」

 

システィーナが今度は顔を赤くしながら詰問したのに、グレンはにやりと笑うと、

 

「金だよ金!!優勝すりゃ出るんだよ賞金がな!!そのために俺は是が非でもこのダンス・コンペで優勝しなきゃならねぇんだよ!!!」

 

そんなド屑な発言を講堂に響かせた。

 

「やっぱりそんな事だと思った...最低ですね!」

 

「おやおやぁ?自分にパートナーが出来ないからってひがん出るのかぁ白猫ちゃんよぉ?仕方ないな、俺が誰かクラスの奴に声をかけて━━」

 

システィーナの本人すら知らない真意をグレンが知るはずもなく、いつものように小馬鹿にするような発言をすると、

 

システィーナの額に青筋がたった。

 

そして左手に膨大の魔力を込めて。

 

「この《バカ》ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「うげぇぇぇぇぇ!!」

 

全力のシスティーナによる風の魔術がグレンを襲い、宙に浮いたかと思うとすぐに固い床へとその体を打ち付けた。

 

「あが!?背中痛っ!!!」

 

「ホンット最低ですね!!軽蔑します!!」

 

指を指しながらギャーギャーと叫ぶシスティーナを、ルミアは先ほどとはうって変わってとても冷静に苦笑をこぼすしかない。システィーナが焦った分、自分が冷静になれたのだろう。

 

と、そんな二人に注意を引かれていたルミアに、まったく予想していない方向から声が聞こえた。

 

「リィエルちゃん、俺とダンス・コンペで一緒に踊ってくれないかな?」

 

それは眠たげにグレンとルミアを見ていたリィエルの方向から。リィエルに視線を戻すと、そこには何人かの男子生徒が彼女に詰め寄っていた。

 

彼らの目的も勿論、ダンス・コンペのお相手探しである。

 

(およ?リィエルにもお誘いが来てたのか...まぁあいつも結構可愛いそれもそうか)

 

痛むからだを起こしてその光景を見たグレンはしみじみとそう思った。そして彼女の答えに気になっていると...

 

「嫌」

 

興味もなさげに目の前にやって来ていた数人に、そう告げた。

 

「え、えっと...理由を聞いてもいいかな?」

 

リィエルに寄ってきた男子生徒はどれも顔は整っているが、なかでも特にイケメンの部類に入るであろう青年はリィエルに笑顔で尋ねた。それがグレンには、『なんで俺を選ばないんだよ!』と内心思っているとしか聞こえないので、少し顔をしかめる。

 

「もう決めてるから」

 

「「「は?」」」

 

そのリィエルの言葉に、周りは色んな意味が籠った『は?』を言った。

 

一つはダンス・コンペに参加する気だったんだということ。

 

もう一つは...

 

「「「えええええええええ!!誰!?誰!?」」」

 

そのリィエルのお相手だった。辺りにいる生徒、それこそさっきまでグレンに罵声を飛ばしていたシスティーナも意識が完全にそっちに向く。いつもは理論づくしなのだが、内心は乙女なのだ。人の恋愛模様にはやはり興味がある。特に親友のものならばなお一層だろう。

 

「誰だと思う?」

 

「あの人をふったって事はきっと相当カッコいい人なんじゃない?」

 

「そんな...リィエルちゃんも落ちてただなんて...」

 

「一体どこのどいつだ!リィエルちゃんのハートを盗んだ輩は!!」

 

講堂内がある種のカオスと成り代わり、学院でもそれなりに名前が知られているリィエルの狙うダンスのお相手について話に花が咲き始める。そんな講堂の中には二年次生二組の生徒達も混ざっている。

 

「誰だと思うセシル?」

 

「そうだね...僕もわからないよ」

 

「同じクラス?はたまた学年も違うとか?」

 

カッシュやセシル、カイにロッドという男子陣もその話で持ちきり。最早準備なんて二の次である。

 

講堂内がある種のカオスと化し、収集がつかなくなるんじゃないかとグレンが思ったその時、講堂の扉が勢いよく開かれた。

 

「すんませーん遅れましたってあれ?全然進んでなくない?」

 

そこから現れたのは、グレンが今は着ていない講師用のローブに片腕だけを入れ、反対側を服の内側から出したようなテキトーな格好をしたシンシアだった。

 

「おっかしいな、準備はそろそろ終わる頃だと思ったんだけどなぁ...」

 

自分が来る前に何が起きたなんて知らないシンシアはのんきに懐から準備の手順が事細かに書かれた書類を取り出し、それに目を通し始めた。

 

そんなシンシアの姿を見るなり、数人の男子生徒に囲まれていたリィエルは、その間を縫ってシンシアの方へと歩いていく。

 

「ん?リィエル?どしたんだ一体━━」

 

シンシアが書類から視線を上げて怪訝な目になりながらリィエルに何かを尋ねようとするが、それよりも先に...

 

リィエルが両手をシンシアへと突き出し、シンシアの後ろの壁に当てた。

 

それは文字だけにすれば、グレンがルミアに行った壁ドンなのだが今回は色々と決定的に違う。

 

やる側の性別が逆である事も一つだが、なによりリィエルよりも十センチほどシンシアの方が身長が高いためまったく動きを封じられていない。

 

だがいきなりのリィエルの奇行に、シンシアは困惑して動きが止まる。そんなシンシアにリィエルは言う。

 

「シン、今度のしゃこうぶとーかい?で私と踊ろう?」

 

「へ?別にいいけど...」

 

反射的にシンシアはそれを了承すると、リィエルは静かにシンシアに背を向けてまた元の場所に戻ろうと歩き出す。

 

その位置は丁度シンシアからリィエルの表情が見えない。だがその代わり、シンシア以外のその場にいる者は見たのだ。

 

満足げにほんの少しだけ口角をあげて、喜んでいるような表情になっているリィエルを。

 

そんなリィエルと、未だに状況がよくわかってないシンシアを周りの者達は交互に見たあと、

 

「「「「お前かーーーい!!!!」」」」

 

「いや何が?」

 

全員のそんな叫びも、シンシアは首をかしげて困惑するしかなかった。

 

━━━

 

シンシアside

 

と、言う出来事があったのが昨日のこと。

 

授業がすべて終わった放課後に、俺とルミ姉、シス姉とリィエルは学院の中庭に来ていた。

 

ここに来た目的は、ダンス・コンペに向けてのダンスの練習である。元より俺は参加する気はなかったのだが、何故かリィエルがかなり乗り気になっているようなので、俺もその流れに乗って参加する事となったのだ。

 

「いいですか?『社交舞踏会』のダンスはシルフ・ワルツの一番から七番で、これはとある遊牧民の戦舞踊を宮廷用にアレンジしたもので━━━」

 

参加しないシス姉がグレン先生に熱弁を奮っているが、グレン先生はどっからどう見ても話を聞いていない。

 

(けど確かにこれはいい策だよな...)

 

グレン先生の本意を理解している俺からすれば、この策が最も目的を達成するのに適しているだろう。

 

社交舞踏会に乗じた、ルミ姉の暗殺。グレン先生はそれからルミ姉を守るためにルミ姉とダンス・コンペに参加するという手に出た。これをすれば、当日はグレン先生以外の男性はルミ姉に近づきにくく、さらに自然に護衛の仕事もこなすことができる。

 

さらに二人が目立てば天の智恵研究会の暗殺はより困難になり、こちらが有利に働く。まさにこの状況下での最善策なのだが、俺はあまり釈然としなかった。

 

(結局はあの高飛車の想定通りになってるのが気に食わねーな。ほんとああいうタイプの人間マジで嫌い)

 

内心で自分の上司に毒づいた。それも貴重なあれを一発使わなきゃならなくなるなんて割りに合わない。本当にあれは貴重なのに...

 

(ま、考えてもしゃーないか。)

 

暗い思考を振り切ると、丁度シス姉がグレン先生が全然話を聞いていない事に気がついたようだ。

 

「ちょっと先生!聞いてるんですか?」

 

「はいはい聞いてますよ~。でも学生のお遊びレベルだろ?その程度で俺が負けるはずねーよ」

 

珍しくいつものテキトーな自信ではなく、心からの自信を言ったグレン先生に俺が目を見張るがシス姉はそうとは気がつかなかったのか、逆にそんなグレン先生の態度が気に入らなかったらしく...

 

「なら、私をエスコートしてもらおうじゃない」

 

「別にいいぜ?やってやるよ」

 

と売り言葉に買い言葉で二人が踊ることが決定した。

 

「なぁルミ姉、シス姉はただグレン先生と踊りたかっただけじゃ...」

 

「ははは...多分そうだね...」

 

相変わらず素直じゃないな、どうせ内心先生を見返せるとでも思ってるんだろうなぁー。

 

我が姉ながら、なかなかに面倒な奴である。

 

だけどまぁ...

 

鼻を明かされるのはシス姉の方になりそうだけど。

 

 

━━━

 

結果から言って、グレン先生のダンスはかなり凄かった。いつものだらけきった姿からは想像出来ないほどの力強いリードに、シス姉はただただ翻弄されていくのみ。

 

優雅とは言えないが、とても情熱的だと俺は感じた。そのダンスは周りの生徒達の注目の的となるほど。

 

「どーだ!俺もなかなか出来るだろ?」

 

「凄いです!先生がここまでダンスが出来るなんて!」

 

「昔やってたんですか?」

 

ルミ姉が感嘆の声を、俺が純粋な質問を言うとグレン先生はダンスを踊って気分が良くなったのか上機嫌に答えた。

 

「同僚にダンスにうるさい奴がいてな、そいつにしごかれたんだよ。あれに比べりゃこんなの楽勝だわ」

 

よほど余裕があるのか欠伸をしながら、腰に手を当てて近くの草むらに腰を下ろした。

 

「さーて、今度はシンが踊ってみろよ。俺がここまで踊ったあとでやれるならな!!」

 

「えー、まぁやりますけど...」

 

あんな物を見せられた後はやりにくくて仕方がない。でもまぁ周りもそれをご所望なのは視線で大体わかったので、俺はリィエルを連れて中庭の中央へと足を進める。

 

「リィエル、さっきのシス姉とおんなじような感じで頼めるか?」

 

「ん、わかった」

 

リィエルに手を差し出し、それをリィエルが取ると音楽が流れ始める。

 

さてと...ほんじゃやりますか。

 

俺はスイッチを切り替えて、耳を研ぎ澄ました。

 

━━━

 

周りにいた生徒やグレンは、皆シンシアはあまりこういう類いの物は苦手としていると予想していた。

 

シンシアの性格は社交会よりも闘技場を好むようなタイプなので、ダンスの経験はほとんどないのではないかというのがこの場にいる者の総意だった。

 

そしてそんな風に皆が見ている中、曲に合わせてダンスが始まり...

 

シンシアが優雅に、そして優しくリィエルをリードした。

 

「「「え!?」」」

 

全員が目をひんむき、そのダンスに驚いた。

 

それはグレンの物とは対照的な、優雅で品のある物だった。一つ一つのステップが完璧に踏まれ、ほんの少しの所作にさえ品格を漂わせていた。

 

(なんじゃこりゃ!?潜入任務で社交界には行ったことあるけど、ここまで綺麗なダンスは見たことねぇぞ!!)

 

鮮やかすぎるそのダンスに、グレンでさえも舌を巻く。

 

そんなシンシアの動きに、リィエルも遅れずついてくる。まだリィエルの方には固さがあるが、それをシンシアがフォローする事でその固さも消え、持ち前の運動神経と類い稀なセンスでシンシアと肩を並べている。

 

シンシアも自覚はないが、システィーナの双子の弟と言うだけあってなかなかの整った顔立ちだ。それに対してリィエルも負けず劣らずの美少女。

 

そこに加わるこの優美なダンスは、例えるならば高位の貴族の舞踏会を思わせる。

 

ダンスは終盤に進んでいき、シンシアがゆったりとした動きでリィエルを引き寄せる。それに体を預けるように自然な動きでシンシアに合わせながら...

 

ただ一度のミスもなく、華麗なフィニッシュが決まった。

 

「「「......」」」

 

全員が呆然とするなか、シンシアはリィエルの手を離して恥ずかしがるように頭をかいた。

 

「こんなもんか」

 

「あんな感じでいいの?」

 

「ああ、バッチシだったぜ。本番もあんな感じでよろしくな」

 

「ん」

 

力強くリィエルが頷いたのを切り目に、グレンは現実に引き戻された。

 

「お前こんなに出来たの!?これプロのレベルじゃねぇか!!」

 

「え?いやだって、俺一応フィーベル家の長男ですよ?ダンスは仕込まれたんですよ。でも面倒臭かったんで、どうにか楽にやろうと考えたらこうなったんです」

 

平然と、今のを自己流と言いはなったシンシアにグレンは思った。

 

(こいつ進む道絶対間違えてる...魔術師よりダンサーになった方が絶対いいと思う...)

 

渇いた笑いを浮かべながら、グレンはそう思うしかなかった。

 

中庭に練習に来ていた生徒の胸に、グレン・システィーナペアとシンシア・リィエルペアが二大優勝候補という事が刻まれたのは説明するまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





シン君意外にもダンスが上手かったという回でした。

次回から社交舞踏会に入れるかな?多分...


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社交舞踏会の始まり


やっと社交舞踏会にはいれたぁ...

これ出して俺は寝る!異論は認めん!

ではどうぞ!!



薄暗い町並みの中、俺とグレン先生は並ぶように南地区にある倉庫街へと向かっていた。

 

グレン先生は学院のローブだが、俺は今は特務分室のロングコートにあの色々と面倒くさい仮面をつけている。一応今回俺は特務分室の一員として呼ばれているため、身分を隠すために仮面をつけなければならない。

 

会話をするのはかなり手間がかかるためグレン先生と何か言葉を交わすわけでもなく着いていくと、たどり着いたのは木造倉庫の一つ。

 

グレン先生はそこにたどり着くなり、自分の血で扉にルーンを刻むと扉は誰に押された訳でもなく勝手に開いた。

 

扉が開いたことを確認すると、俺とグレン先生は音をたてずにその倉庫の中へと入っていく。後ろの扉が閉まると、俺は仮面をはずして圧縮冷凍し懐に直す。

 

「お前それ絶対つけなきゃだめなの?」

 

「俺は現在特務分室でもトップレベルの戦力らしいんで、あんまり情報が漏洩するのは避けたいらしいですよ。それでもこの仮面はつけたいとは思いませんがね」

 

「それは同感だ」

 

簡単な掛け合いをしながら前に足を進めていくと、倉庫の奥の小さな小部屋にたどり着いた。

 

「おう!やっと来おったか」

 

小部屋にはもう何人かが待機しており、そのうちの一人が俺達に声をかけた。周りよりも二回りほど年老いている年齢のはずなのに、老いている感じが微塵もせず逆に若々しさすら感じる男性、執行官ナンバー9《隠者》のバーナードは活発そうな笑顔をこちらに向けながら近づいてくる。

 

「やっとって間に合ってない爺?」

 

「後輩なんじゃからもっと早く来るべきではないかの?うん?」

 

「ここの場所を知らなかったんだから仕方ないでしょ」

 

そんな爺のパワハラを聞き流し、俺は他の人へと視線を向ける。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「大丈夫だよ。僕らが少し早かっただけだから」

 

俺が声をかけたのは倉庫ないの木箱に腰を掛けた美少年で、俺とさほど年が変わらないであろう人物、執行官ナンバー《法皇》のクリストフ先輩だ。

 

「お前、二人と知り合いだったのか?」

 

と、そんな気さくな挨拶に置いておかれたグレン先生が俺にそう尋ねた。

 

「知り合いもなにも、クリストフ先輩は俺が『漆黒魔術(ブラック・スペル)』を作るとき手伝ってもらいましたし、爺はこの数週間はずっと組み手してもらってましたよ」

 

「いやーお主ほど若いのにあれほどの魔闘術(ブラック・アーツ)を使えるものはおらんからの。それよりクリストフと儂との扱いの唆酷くない?」

 

「爺が軽い感じでいいって言ったんじゃん」

 

「それもそうなんじゃがの...」

 

うーんと唸る爺をほっておきながら、俺は視線を前に向ける。アルベルトさんは壁にもたれ掛かりながら瞑想をしており、リィエルが瞑っていた目を開いてこちらを見た。

 

「シン遅い」

 

「悪いけどその下りの話は終わったからなし。あと寝るなよリィエル」

 

「ん...」

 

今にも寝そうな感じだが、まぁ話が始まれば起こせばいいだろう。後ろではグレン先生も爺、クリストフ先輩がなにやら談笑しているので俺はアルベルトさんの隣に立つ。この暇な時間にイヴと何か話す気は毛頭ない。

 

「シン」

 

瞑想をしながら話しかけてきた信頼できる上司の呼び掛けに、視線だけで答えるとアルベルトさんは俺にしか聞こえないような声で話始める。

 

「あの事は話していないのか?」

 

「...はい。話す必要も感じませんしね」

 

アルベルトさんは片目だけを開いてこちらを睨み付けるように見るが、それを俺は自嘲するかのような笑みを浮かべて受け流す。

 

「お前がどういう考えで言わないのかは知らない。だが、その行動に責任は持てよ」

 

「わかっています」

 

アルベルトさんが何を伝えたいのか、それは俺が一番よく理解していた。理解しているからこそ俺はこれを誰にも言わないのだ。

 

そんな意思を感じ取ったのか、アルベルトさんはまた目を閉じて瞑想に戻った。

 

「さて、そろそろ始めたいのだけれどいいかしら?」

 

パンと手を叩き、全員にそうイヴが促した。

 

「何をするの?」

 

「あなたは知らなくていいの。あなたはいつも通り何も考えなくていいわ。どうせ言っても理解できないのだから」

 

「ん。わかった」

 

今のイヴの発言に、一言物申したかったがそれよりも今は優先事項がある。不満を噛み殺して俺はイヴの話に耳を傾けた。

 

「まず今回の任務の概要を説明するわ。今回の任務は明後日に行われるアルザーノ帝国魔術学院での社交舞踏会に乗じて、王女の暗殺を狙う輩の捕縛よ。これに質問はあるかしら?」

 

「大有りだよ」

 

不貞腐れるように言いはなったのは、他でもないグレン先生だった。

 

「連中がなりふり構わなくなったらどうするつもりだ。そうなりゃここにいるメンバーをフル稼働させても守りきれないぞ」

 

グレン先生の言うことはもっともだ。敵が暗殺は難しいと判断し、学院ごと爆発させるなどしたらいくらなんでも対応のしようがない。

 

「それは問題ないわ。今回、奴らは暗殺に拘らなければいけないのだから」

 

「どういうことだ?」

 

この問いは俺が発した物だった。それにイヴは自信満々と言わんばかりに俺を見ながら説明していく。

 

「今回のこの一連の動きは、あくまで『急進派』の独断。つまりこれは組織全体の意思ではないのよ。これが組織に知られれば、『急進派』自体が組織の粛清対象になる。それは奴らも避けたいでしょうからね」

 

「...まぁ、わかった」

 

いまいちどういう事かよくわからなかったが、イヴにわからんと言うのが癪だったのでわかった風を装っていく。

 

「敵の戦力は?」

 

第二団(アデプダス)地位(オーダー)》が一人、それと第一団(ポータルス)(オーダー)》が三人の計四人。私達七人でも過剰戦力と言えるわ」

 

イヴが言うのだから間違いはないのだろう。それはグレン先生も理解しているのか、無駄に突っかかることはなかった。

 

「今回もっとも警戒すべきは第二団(アデプダス)地位(オーダー)》。この騒動の首謀者で二つ名と名前は判明しているわ。《魔の右手》のザイード、それが今回の相手よ」

 

「「「っ!」」」

 

グレン先生とアルベルトさん、そして爺に緊張が走るが俺はそれが誰かわからない。

 

「また厄介な奴が来たのぉ...」

 

「《魔の右手》のザイード、主に大勢の人間の前で標的を仕留めるという暗殺特化の魔術師。奴に帝国の要人は何人も殺されていますしね。それに暗殺方法は未だにわかっていません」

 

なるほど...結構位が高いのは聞いてわかったが、相当厄介だな。相手の暗殺方法がわからなければ対応のしようがない。

 

「問題ないわ。なぜなら、私がいるんだから」

 

「策があるんだろうな?」

 

その高飛車な態度がさすがに気に入らなかったので野次を入れると、イヴは鼻で俺を笑う。

 

「私の眷属秘呪(シークレット)【イーラの炎】。一定領域内の人間の負の感情を揺らぎとして視覚化し、特定する魔術。これを私の【第七圏】と|多重起動《マルチ・タスク】して会場に仕掛ける。暗殺者が王女に殺意を抱いた瞬間、私の炎が確実に相手を仕留めるわ」

 

「んな簡単に行くのかよ」

 

「あら?私がこの作戦でミスを犯した事があったかしら?」

 

「......」

 

先生が押し黙ったということは、そういうことなんだろう。まったく生まれ持った才能というのは羨ましい限りだ、俺なんてほとんど魔術が使えなかったってのに。

 

「私の魔術で会場は完全にカバー出来るけれど、相手もバカではないわ。恐らく今回の一件に私が噛んでいると調べて来るでしょうね。なら相手がとる行動は、王女をこの私の領域の外に出し、そこで殺すこと。それを遮るために...」

 

そこからイヴが言う作戦は文句の付け所がなかった。ルミ姉を完全にイヴの魔術の領域に置き、保険として俺とグレン先生、そしてリィエルをルミ姉の近くに置いて備える。

 

会場の外にアルベルトさん、クリストフ先輩、爺が待機し外部からやってくる相手に対応する。まさに隙がない、完璧な作戦。

 

(けど...なんだ?なにか嫌な予感がする。こう、言葉には出来ないんだけれど...なにか致命的ななにかを見過ごしてるようなこの不安は...)

 

そんな不安を感じるが、それに決定的な証拠はない。単純な俺の直感だ。今言葉にして出すわけにはいかない。

 

(何事もなければいいんだけどな...)

 

今にも殴り合いしそうなアルベルトさんとグレン先生の口論を目の端に捉えながら、俺は不安を押しととどめた。

 

━━━━

 

「あー動きにくい...この服まじで嫌い...」

 

学院校舎西館の廊下に佇まうのは俺とグレン先生。どちらも普段なら絶対着ないであろう燕尾服に身を包み、愚痴を口から溢していた。

 

「ほんとこの服嫌いですわ...あれですよ、今度から社交舞踏会はジャージ参加オッケーにしません?」

 

「それがまかり通るなら俺は万々歳だよ」

 

学院の講師の会話とは思えない物だが、俺もグレン先生も元来こういう手のイベントが似合うタイプではない。辟易とするのも少しくらいは許してほしいものだ。

 

今日は遂に社交舞踏会の当日となった。開催の時刻はもう目とはなの先であり、窓から見える外では馬車が矢継ぎ早に学院へと入っている。大方卒業生や来賓の人が来ているのだろうが、この舞台の裏を知るものから言わせてもらえば、来たことは後悔するだろう。

 

「大丈夫なんですかね...イヴはああ言ってましたけど、あいつらが他の生徒達を狙わないなんて確証はどこにもないですよ」

 

そんな平和ボケした空気に嫌気が差したのか、俺の口から出たのは愚痴ではなく不安だった。

 

「それでも俺らはやれることをするしかねぇだろ。それがあの女の手のひらで踊る結果になろうとな」

 

「違いないですね」

 

二人して苦笑を漏らした。結局は俺もグレン先生も、この策をひっくり返せるような事は出来ない。イヴの命令にはいはいと首をたてに振ってきくしかないのだ。

 

あとは、俺達が最善の結末へと持っていくしかない。

 

「お待たせしました先生」

 

考えに耽っていると、グレン先生の方から聞きなれた声が聞こえたのでそちらに目を向けると━━━

 

俺は天使を見た。

 

別段特別ではないドレスを身に纏っているが、丁寧に結った髪に化粧、つけているアクセサリーのすべてが俺の目の前の少女を引き立てている。

 

いつもの少しの子供っぽさを感じさせず、大人びた雰囲気を醸し出すルミ姉に、俺は目を完全に奪われた。

 

「先生、襟とタイが乱れてますよ?失礼しますね」

 

そう言ってルミ姉はグレン先生に近づいて服の乱れを直すが、いつもなら冷やかしの一つや二つを入れるグレン先生も見とれているのか、気返事しか返せていない。

 

(えぇ...ルミ姉だよな...あんなに美人だったんだ...こんなに変わるもんなんだな...)

 

語彙力が喪失したみたいな感想しかでないが、そこは許してほしい。だって本当に今のルミ姉なら、後ろから後光が差していたって俺は違和感を感じないだろう。

 

「それじゃあ先生、行きましょうか」

 

「あ、ああ...」

 

まだボケーとしたグレン先生を引き連れて、ルミ姉は会場へと向かう。と思ったら、何を思ったのかルミ姉はグレン先生から離れて俺の方へと近づいてきた。

 

「かなり真剣に選んでたから、感想言ってあげてね」

 

「へ?ルミ姉、一体何を...」

 

ルミ姉は意味深にウインクすると、グレン先生の手を取って会場へと向かっていった。

 

「感想って一体なんのだ?...ていうかリィエル遅いな」

 

一応ルミ姉の護衛なんだから、ルミ姉と一緒に来るものだと思っていたのだが、ルミ姉は先に行ってしまったし、一体何をしてるのやら...

 

「シン。」

 

「ん?リィエルか。遅かっ━━━」

 

後ろから聞こえた待ち人の声に振り向くと、その姿に俺はまた言葉を失った。

 

いつもはボサボサの髪は綺麗に纏められ、ドレスは髪の色に合うような淡いブルー。そこにリィエルの元々の人形のような美貌が合わさり、本当に高価な人形のようだ。

 

「どう?」

 

「お、おう...すげぇ似合ってる、ぞ?」

 

あまりの衝撃に声が上ずってしまったが、それほどまでに衝撃的だったのだ。

 

「ん、なら良かった」

 

俺が誉めたのが嬉しかったのか、リィエルは頬を少し赤くして微笑んだ。そんな表情に俺は恥ずかしさから目を背けたくなるが、今のリィエルには俺の視線を固定させるには十分すぎるほどの魅力があった。

 

「あらシン、リィエルに見惚れるんじゃないの?」

 

「ふぁ!?シス姉!!」

 

どこから見てたのか、シス姉が意地の悪そうな笑みを浮かべてこちらを見てくる。

 

「ほれほれ、白状しなさいよ~」

 

「うっ...見惚れて、ました...」

 

ここまで来るともう白状するしかない。俺は潔くそう言うと、シス姉は満足したようにニヤニヤと笑いだした。イラつく、むっちゃイラつく。

 

「良かったわねリィエル」

 

「うん...」

 

リィエルも恥ずかしかったのか、さっきよりも顔を赤らめ視線を俺から窓へと移した。

 

「ああもうこの話は終わり!リィエル行くぞ、ルミ姉も待ってるし」

 

「ん、わかった」

 

俺が差し出した手を、リィエルはゆっくり握る。小さく、柔らかなその手はいつもあの大剣を振っているとは思えない物だった。

 

(て俺は何を考えてるんだ!?今から大事な護衛なんだぞ!?平常心...平常心...)

 

何とか深呼吸をしたあと、やっと落ち着く事が出来たので俺はゆっくり歩き出す。

 

「ちょっとシン、あなた私にはなんの感想もないわけ?」

 

「え?ああ、やっぱり相変わらず平らなんだなと再認識しまし━━」

 

「うっさい!」

 

「痛っ!!」

 

どこがとは言っていないのに、全力で背中を叩かれた。そんなんだから踊る相手がいないんだよとは、さすがに俺も言えなかった。

 

━━━

 

会場では既に何人か踊っている人もおり、雰囲気はなかなか良い感じになっていた。俺とリィエルが会場に入った瞬間、オオーという歓声が聞こえたがほとんどがリィエルに向けてだろう。これ絶対俺釣り合ってない...

 

「よう先生!調子はどうよ?え?」

 

「カッシュ...お願いだから先生はやめてくれ。それで呼ばれるのは背中がむずむずする」

 

「嫌がるのわかって言ってんだよこのリア充め!」

 

絡んできたのはカッシュだったが、その後ろには見知ったメンバーが何人もいる。そんなに参加してたのか...

 

「俺は見たからな!シンがリィエルちゃんに迫られてダンスに誘われたのを!お前も今グレン先生と同じで『夜、背後から刺すべき男リスト』に載ってるからな!」

 

「お前なんちゅーもん作ってんだよ...」

 

近々俺が暗殺されるのか?それが俺が教える生徒の手によってなんて意味がわからない。

 

「大体リィエルと俺はそんな関係じゃないって何度も言って━━」

 

「ふん」

 

「痛った!!ちょ、なんで今リィエルいきなり足踏んだ!?」

 

履いているハイヒールの踵の部分で俺の足を狙い撃ちしたリィエルは、何故か拗ねたようにそっぽを向いた。そんなリィエルの態度に困惑すると周りからため息が。

 

「相変わらずこいつは...」

 

「絶対あいつの頭のなかでは魔術がうまくなることか動く事しかないぞ。」

 

「リア充死すべし!死すべし!!」

 

なんかどんどん私怨が当てられてるような気がするのは俺だけだろうか...?リィエルも機嫌を直したのかこちらを向くようになったのを見ると、俺はカッシュに尋ねた。

 

「そう言えば、なんでこんなに二組の生徒がいるんだ?」

 

「ああ、俺達は少し考えてな。二組全員で参加して、グレン先生の邪魔をしようと思ってな!!」

 

「はぁ!?」

 

まさにはぁ!?としか言いようがない。もっと言ってよいならば、いらんことをとか言いたいがそれはさすがに言えない。とはいえこれは本当に面倒なことになった...

 

(ルミ姉は絶対優勝しなきゃなんねーんだぞ!?お前らマジでなにやってんだよぉ...)

 

あきれてため息が出るが、この中に俺のため息の意味を理解する者はいなかった。

 

「ま、お前も簡単には優勝させねーからな!覚悟しろやシン!!」

 

「ははは...もういいや...」

 

半ば現実逃避して、俺は遠くに行くカッシュ達を見送る。

 

これは何がなんでもルミ姉に優勝してもらわねば...

 

でも...

 

「ん?どうしたのシン」

 

「あ、いや、なんでもない」

 

少しだけ、リィエルの『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』を見てみたいと思ってしまうのはやはりダメだろうな。そんな一時の気の迷いを思考の海に擲ち、俺はリィエルに真剣な表情でこう言った。

 

「リィエル、気張っていくぞ!」

 

「ん!」

 

何をとは言わない。ダンスも、護衛も、すべてを最善で終わらせてハッピーエンドな結末を迎えてやる。

 

それが、俺のすべき事であるはずなのだから。

 

 

 

 

 

 





次回から本格的にダンス・コンペが始まります!この社交舞踏会、一体誰に軍配が上がるのか。それはまだ誰にもわからない...


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ダンス・コンペの激闘


むっちゃ原作進めた...これでいいんだろうか?

けど気にしないのがZhkくおりてぃです!

それではどうぞ!!


ダンス・コンペは、予選と本戦の二つが行われる。

 

予選は複数のカップルが同時に踊り、審査員がそのカップルに規定数のチェックを入れていく。そしてそのチェック数が多い組から、本戦への出場権を手に入れられるという訳だ。

 

そして現在、その予選が会場では行われている訳なのだが...

 

「「「おお~!!」」」

 

会場からはそんな歓声が漏れでていた。それも無理はない。今現在踊っているのはグレンとルミアのカップル、そしてシンシアとリィエルのカップルが含まれるグループだ。学院内でも、社交舞踏会前から優勝候補と名高いこの両カップルのダンスに、来賓も生徒も舌を巻いた。

 

片やグレンの荒々しさにルミアの可憐さが相成った調和の取れたダンス。片やシンシアの絶技とも言えるほどの美しさに、リィエルの完璧な動き。同じグループのカップルも、さすがにこれは相手が悪い。

 

そしてその両カップルとも一つのミスもせず、華麗にフィニッシュを決め会場はさらに盛り上がる。それはもう学生のイベントとは思えないほどに。

 

そんな熱が籠る会場を、不躾にも黒魔【アキュレイト・スコープ】で眺める男の姿があった。

 

「くぅ~いいのお...儂も可愛い子ちゃんの手を取ってダンスに興じてみたいわい」

 

「バーナードさん、任務中ですよ」

 

ため息を出すように言うバーナードを、クリストフは注意した。アルベルトはバーナードとは違う意味でため息が出たくなるが、肩をすくめるまでに留めた。

 

「というかグレ坊はわかるが、シン坊もあんなに踊れるとは以外だったのー。」

 

「シン君は一応魔術の名門であるフィーベル家の長男ですからね。踊れても不思議ではありませんでしたが、僕もここまでとは思いませんでした」

 

クリストフが感嘆の声を漏らすなか、バーナードはふざけた表情から一変、どこか悲しげな物になった。

 

「楽しそうで何よりじゃ」

 

「それは任務としてはどうかと思うぞ」

 

「なんじゃい。ちょっと孫を見るような感じで思っただけじゃわい!それぐらい別に良いじゃろう...」

 

年に合わないように拗ねると、さすがに堪えられなかったのかアルベルトは飲み込んだはずの息を吐き出した。

 

と、そこでバーナードの視界に動きがあった。今回の護衛対象であるルミアに、何者かが接近したのだ。ルミアやシンシアと同じ年くらいのその少年は、にこやかな表情でルミアに話しかける。

 

普通なら別におかしな風景ではないが、三人には緊張が走った。

 

「奴じゃの」

 

「ええ、彼が《魔の右手》のザイードです。情報通りで間違いありません。」

 

そう、今ルミアに近づいた少年こそ今回の一番注意すべき敵である《魔の右手》のザイードその人なのだ。ルミアの近くにいたグレンもイヴから情報を受けたのか、緊張したように動きが固くなった。

 

「自分から近づいてくるとは、一体何が目的でしょうか?」

 

「恐らく宣戦布告の意味が強いのだろうな。それほどまでに今回の暗殺自信があるのだろう」

 

「けっ!なめた真似しよって」

 

毒づくバーナードを目の端で見ていたアルベルトの耳に着けた通信用の魔術宝石から声が聞こえた。

 

『こちらシン、敵を目視で確認しました。どうします?やりますか?』

 

それはシンシアからの連絡だったが、内容は簡単な物だった。

 

ここで奴を仕留めるかどうか、という事だ。

 

グレンとルミア、そしてザイードの三人からシンシアは少し離れた場所にて待機している。それにシンシアが彼らの味方である事は、ザイードでさえも知らないことだ。今シンシアが不意討ちをすれば、確実に勝負にもならずに決まるだろう。

 

「駄目だ。今回の目的は王女の安全もだが、その過程でお前の正体を世間にさらす訳にはいかん。今は堪えろ」

 

『......了解』

 

納得はしていないというのがよく分かるほど間が空いたが、それでもシンシアはそれに従順に従った。この状況下で自分が相手側のイレギュラーとなり得るのはシンシア自身もわかっている。だからこそここは身が引けたのだろう。

 

通信はそこで途絶えたが、アルベルトは顔をしかめた。

 

「やはり、お主もなんだかんだ言ってこの作戦には否定的か。安心せい、儂もクリストフも同じじゃよ」

 

「ええ。今回の作戦はあまりにも無謀です。それがわからないイヴさんではないでしょうに...」

 

それぞれが不満を口にした、その時だった。

 

「っ!?来ました!」

 

元からクリストフが張っていた結界に、侵入者の反応が感知された。それを聞いた瞬間、アルベルトもバーナードも顔を引き締める。

 

「敵影は三、どうします?」

 

「出来れば各個撃破していきたいが、そうは言ってもられないだろうな。俺は北の敵を、翁は西、クリストフは東を頼む」

 

「それが妥当じゃろうな」

 

バーナードの肯定を切り目に、三人は各々が相手をする敵の元へと散っていく。

 

楽しげな社交界の裏の戦闘が、今始まる。

 

━━━

 

「とりあえず本戦は出場か、結構疲れるなこれ...」

 

「私は大丈夫、楽しいから。」

 

「ならいいか...」

 

予選をノーミスで乗り切り、一応同率で一位出場となった。相手はもちろんグレン先生とルミ姉のカップルだ。

 

「あっこ強すぎない?まじでグレン先生侮れんわ...」

 

これでもリィエルとのペアなら巻負けはまずないだろうとは自負していたが、そんな事では足元を掬われる可能性は充分にあり得る。一応任務中ではあるのだが、俺の負けず嫌いに火がつきそうだ。

 

「おーこれはこれは、俺達と同率のシン君じゃあないですかぁ?」

 

そんな俺のもとへ、人を煽るかのような声のかけ方でグレン先生が話しかけてくる。その後ろではルミ姉は苦笑いしているが、そんな安い挑発でも買うのが俺の流儀だ。

 

「あれ?ルミ姉がいなきゃただの獣のダンスなグレン先生じゃないですか?どうしたんです?早々に敗けを認めに来たんですか?」

 

「あ?てめぇ喧嘩売ってるのか?表出るか?」

 

「いいですよ?遠征学習の屈辱、今日ここで晴らそうじゃありませんか」

 

笑顔のまま額に青筋を浮かべる先生に、それに笑顔で答えながら指をならす俺。端から見れば一触即発な雰囲気だが、俺もグレン先生もただじゃれているだけなのは理解している。

 

「もう駄目ですよ先生、こんな所で暴れちゃ。でもシン君とリィエルには悪いけど━━━」

 

ルミ姉は楽しげに笑って、グレン先生の腕にしがみついた。そのいきなりの動きに、俺は目を白黒とさせざるを得ない。それはされたグレン先生も同じ事。

 

「私と先生は負けないよ?ね、先生♪」

 

「お、おう...そうだな」

 

「はい!」

 

いつもは見ないルミ姉の姿にあっけにとられた。いつもならもっと周りを優先するようなルミ姉が、こうやって自分がしたいようにしているのがなんだか少し嬉しかったのだろう。ふっと笑みがこぼれた。が...

 

ドンっという隣から加わった衝撃に、そんな余裕の笑みは簡単に崩された。

 

「ん、私も負けない。勝つのはシンと私」

 

「へ?ちょリィエル?」

 

いつもの眠たげな目をギラリと光らせルミ姉を見るその姿は、まさに本気そのものだった。そんなにダンスにはまったのだろうか...

 

「うん、お互い頑張ろうリィエル!」

 

「うん」

 

「リィエル?あの~ちょっと離れて欲しいんだけど...」

 

火花を散らすリィエルとルミ姉を隣に、俺は必死に引き釣り恥ずかしさから赤くなった顔を背ける。今のリィエルにこんな事をされるのは、正直身が持たない。この手の事に関してはてんで初心なのに加え、今は衆人環視の真っ只中。周りの視線が俺に集中してるのが嫌でもわかる。

 

だから俺はどうにかリィエルを引き剥がそうとするのだが...

 

「ダメなの?」

 

「うっ...そう、いうわけじゃなくて...」

 

少し涙目でトロンとした目に加えて上目遣いでそんな事を言われればさすがの俺も弱い。というか本当にやめて欲しい...心臓がバクバクとかなりうるさい。

 

「わかった...いいよ...」

 

「ん」

 

どこが喜んでいるような表情をしている気がしたが、残念ながら今はそちらを見る余裕はない。辺りの男子が俺を見て聞こえるくらいの大きさの舌打ちをしているが言わせて欲しい。

 

(こっちも恥ずかしくて死にそうなんだよ...)

 

小さく吐いたため息は、きっと誰にも聞こえずにホールに響く演奏に流されていった。

 

━━━

 

決勝も着々と進んでいくなか、遂に最終の決勝戦でのカードが出揃った。それはもちろん...

 

「結局決勝の相手はお前らかよ...」

 

「予想通りと言ったら予想通りなんですけどね...」

 

向かい合うグレン先生は苦笑いを浮かべ、それを鏡写しにするかのように俺も同じ表情を作った。俺とグレン先生の隣では絶賛火花を散らすリィエルとルミ姉。

 

シス姉?さぁ、どっかで自棄食いでもしてんじゃない?

 

「で、さっきの話はやっぱり...」

 

「こんな状況でんな下らない冗談なんて言うかよ。さっき会場にエレノアが居たのはマジだ」

 

隣に聞こえないくらいの声で話す内容はついさっきグレン先生が通信用の魔術宝石で連絡した物だった。

 

グレン先生曰く、ついさっきグレン先生の前にエレノアが現れよく分からない事とヒントのような物だけを告げてどこかに消えたという。

 

(イヴはなにやってんだよ!ザイード以外の三人はアルベルトさん達が撃退したってのは連絡で来たけど...)

 

三人のうち、捕縛出来たのは一人だけで他の二人には逃げられたようだが、これで実質相手は《魔の右手》のザイードただ一人だ。だが、それでもグレン先生の話を聞いた今では欠片も安心出来ない。

 

(本当にこれでいいのか?何か重大な事を見落としてないか?)

 

順調に敵は排除できており、ザイードもイヴが展開している【イーラの炎】でろくには動けないはず。それでもエレノアはこの会場に現れ、それに加えてグレン先生に接触してきたのだからイヴには一言物申したい物だ。

 

と、そんな事を考えていたときグレン先生が驚愕の表情を俺に見せた。それに俺は怪訝な顔をしてグレン先生に話しかける。

 

「どうしました?」

 

「イヴが、ザイードとその裏にいる黒幕を捕らえたらしい」

 

「っ!?!?」

 

俺はその驚きの発言に大声をあげて驚きそうになるが、それをどうにか堪える。

 

「ということは、これで本当に終わり?」

 

「てことだな...認めるのは癪だがイヴはあれでも優秀な奴だ...どうやらこの心配は、俺達の取り越し苦労みたいだな」

 

自重気味に笑うその姿は、納得がいかないと体現しているかのようだった。それはもちろん俺も同じ事。

 

(こんな...こんなあっさりいくのか?イヴが優秀なのは確かだ。これでルミ姉を狙う脅威がなくなったのも事実だ。けどなんだ?この腑に落ちない違和感...)

 

イヴの情報を聞いても、俺の中で不信感はまったくと言って良いほど消えず、それは逆に傘をましたようにも俺は思った。

 

しかし、俺がどれだけ不信に思おうと、安心感に浸れなくとも。

 

ダンス・コンペ決勝戦は、すぐそこまで来ているのだ。

 

━━━━

 

だだっ広いホールの中で、踊るのはたった二組のカップル。

 

流れるオーケストラに、見るものの息を飲む音、そして目の前の優雅と言う言葉が最も似合うであろうダンスがホールでは繰り広げられる。

 

交響曲シルフィード第六番、シルフ・ワルツの音楽と共に彼ら彼女らは踊る。

 

男性の真剣な表情でのリードに、うっとりと見とれるような表情の女性が見るものすべての視線を奪っていく。

 

元来黙っていればかなりカッコいい部類に入るシンシアもグレンも、今はステップの一つ一つに意識を割いている。その表情が、元の彼らのロクでなさとバカさを完全に消し去ることで、まるで社交界に現れた貴公子のよう。

 

(すごい...すごい楽しい...)

 

シンシアに手を引かれ、それに追従するように動くリィエルはふとそんな事を感じた。

 

今まで他の事にほとんど興味もわかなかった自分が、このダンスを踊ると言うことを楽しんでいるという事実が、リィエル本人にとっては大きな変化だった。

 

それもこれもすべて学院に入ってから、いや、シンシアと出会ってからがトリガーとなっているのだとリィエルは気がついてはいない。

 

(シンといると楽しい。ルミアやシスティーナ、グレン

といるときとは違う。なんだか、胸の奥があったかくなるみたい。)

 

目の前で、グレンに勝つと本来の目的とは大きく逸れた思いでこのホールに立つ青年を見て、リィエルには色んな感情が涌き出てくる。

 

グレンに向けるような、家族を慕う親愛ではない。

 

ルミアやシスティーナ、クラスの皆に向けるような大切に思う友愛でもない。

 

ならば、この彼女の胸にある仄かな思いはなんなのか。それは彼女自身が知りたい事だ。

 

(ん...私は馬鹿だから、よくわからないけど...)

 

わからないことは深くは考えないリィエルの思考が、面倒な悩みをぶん投げて見つめるのは、握られた自分の手。

 

(シンとは...もう離れたくない...)

 

確固たる意思の元、リィエルが誓願するかのように思うと...

 

穏やかに流れていた楽曲は止まり、それに合わせ二つのカップルは華麗にフィニッシュを決めた。

 

止んでいた歓声は、ホールを壊さんとばかりに響き渡る。見ていた生徒と来賓、卒業生に講師までもが、この一生に一度と言っても過言ではない名勝負の結果を今か今かと待ちわびている。

 

会場の視線が集まっている審査員席では、審査員が忙しなく動き議論を続ける。そして未だに反響を続ける歓声の中、ゆっくりあげられたボードに書かれた点数は...

 

本当の僅差で...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルミアとグレンのカップルに軍羽が上がった。

 

「「「うぉおおおおおおおおお!!!」」」

 

興奮止まらぬ勢いで、会場がびしびしと震える。それほどまでの名勝負だったのだ。この先彼らがこれほどまでの勝負をまみえる事はない、そう言いきれるほどの戦いだったのだから。

 

「かぁー負けた!勝ちたかったんだけど、まぁ勝負だし仕方ないか...」

 

本当に悔しそうに着ている燕尾服なんて気にしないで、シンシアはホールに大の字に横になる。シンシアの性格と、この会場の熱気のお陰で彼を注意する者はいなかった。

 

「でも、リィエルナイスだったぜ!まさか決勝まで来れるとは俺も思ってなかったし」

 

「うん、すごい楽しかった」

 

「だな!俺もだ」

 

いつもの無垢な笑顔を向けられ、リィエルの胸はまたきゅっと締め付けられるように痛む。

 

ずっと、この笑顔を見ていたいとリィエルは思いながら、シンシアの顔を穴が空くほど見つめるのだった。

 

━━━

 

「なーんで俺達はこうやって待機なんだよ...」

 

つい数分前にしていた明るい表情はどこにもなく、俺はふて腐れるような面持ちで会場近くの建物の屋根に座り込む。

 

俺の服はさっきまでの燕尾服ではなく、特務分室用の対魔術戦仕様コート。隣に座るリィエルもドレスではなく俺と同じコートを羽織り、後ろでは哀れむようにクリストフ先輩が立つ。

 

「仕方ないよ。僕達は一応王女の護衛の任務があるんだから。それにここまで来ればグレン先輩もいるし大丈夫だよ」

 

「それもそうですけど、俺はルミ姉の『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』が見たかったんですよ!リィエルもそうだよな!?」

 

「うん...私も見たかった」

 

二人してふて腐れる中、クリストフ先輩はため息を漏らすが爺は比較的肯定的だ。

 

「儂も同感じゃ。あんなべっぴんな子の『妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)』じゃぞ!?クリ坊は興味がないというのか!?」

 

「いえそう言うわけではなくてですね...今は一応任務中なので...」

 

後ろでクリストフ先輩が嫌そうに説明するが、多分爺なら最後までグチグチと文句を言い続けるだろう。

 

因みに今アルベルトさんはこの場にいない。一応俺と交代という形で今会場へと向かっているはずだ。あの人の色んな意味でびっくりする変装術なら、バレる事はまずないだろう。

 

(ほーらクリストフ先輩も見ればいいんだよ。こっからなら皆楽しそうにダンスを踊って━━━)

 

ちょうど俺からの場所なら今行われているフィナーレのダンスが見えるので、それをクリストフ先輩におすすめしようとしたその時だった。

 

「あ?」

 

変な声を出しながら、俺は無意識に立ち上がる。周りから俺を不審がる声が聞こえるが今はそれよりも気になる事があった。

 

それは会場を抜け、遠くから見たからこそ気がつけたこと。そしてダンスにそれなりの教養を持ち、ある意味感覚的な事に優れていた俺だから気がつけた事。それは...

 

(なんであんな踊らされている(・・・・・・・)みたいに踊ってんだ?)

 

小さなコテージの空いた扉から見える男女は、誰もが笑顔で踊っているのだが、まるで操り人形のようだ。

 

(会場に居たときはそんな感覚一切なかった...ここと会場で何が違う...なにが...)

 

その瞬間、俺の頭に電撃が走ったような衝撃が走り、嵌まらなかった一つのピースが組上がって俺の違和感を完全に消し去った。

 

「ちっ!!そういうことかよ!!」

 

俺はすぐさまその場から飛び、さっきまで見ていたコテージへと着地する。そして迷うことなく会場へと入ると曲は止まっており、会場にいるグレン先生、ルミ姉、シス姉、そしてアルベルトさん以外の動きは完全に止まっている。まるで硬直しているかのように...

 

会場にあって、俺がいた遠く離れていた屋根にはなかった物。

 

それは音楽。

 

俺がさっきまでいた場所では自慢のオーケストラはまったく聞こえない。そしてそのオーケストラが聞こえなくなった途端、強く感じた違和感。

 

前情報も、今までの順調な流れなんて関係ない。

 

俺は自分が思うがままに歩き、一人の男に相対するように止まった。

 

「あんたが《魔の右手》のザイードだな、指揮者さんよぉ!!」

 

ホールに響き渡った俺の声は、この場で動ける全員が見つめる相手へと投げつけられた。

 

その男、指揮者は指揮棒を持った右手(・・)を下ろしてこちらを見た。

 

「よくぞ気がついた、その通り。我こそが《魔の右手》のザイードであるっ!!」

 

指揮者、いや《魔の右手》のザイードは高らかにそう言いはなった。

 

まだ夜は終わらない。夜はさらに深まっていくのみ...

 

 

 

 

 

 





眠いよぉ...

だから俺は寝る!お休み!!

友「明日課題あるぞ?」

ウソダドンドコドーン!!!

深夜にzhkは、家の枕を叩きながらそう叫んだ。

徹夜確定である。


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悪くないものは悪くない





シンシアらが睨み付けるように見るザイードは、自分が圧倒的振りな状況であるにも関わらずその顔に余裕の笑みを浮かべた。

 

「やっと繋がったぜ...。リゼが言ってたアレンジってのはてめぇの仕業だな!それに魔術的な仕込みを加えて、この状況を作った。一体何を━━━」

 

「先生!その正体は恐らく『魔曲』です!」

 

グレンの言葉を遮って、システィーナはそう言った。

 

魔曲?とシンシアとグレンがほぼ同時に首をかしげるなか、アルベルトだけは納得したように頷く。

 

「なるほど、音楽に変換した魔術式か。本来魔術は原初の音に近い響きの音で深層意識に介入する。ならば、それが音楽であっても問題はない、という事か」

 

「その通り。そしてその音楽に変換した魔術式で、他人を操る。それこそが『魔曲』だ。そこの少女はよく勉強しているようだが、気がつくのが少し遅かったようだ。何故なら、貴様らは既に逃げられないのだから」

 

自分の魔術のたねが知られたというのに、ザイードは高らかに笑い始める。それを不快に感じたのか、アルベルトは無言で人差し指をザイードの頭へと向けて指す。

 

「貴様のその余裕がどこから来ているのかは知らんが、自分の不利がわからないほど愚かではないだろう?さっさと投降しろ。さもなくば撃つ。」

 

その言葉に躊躇いはなく、ただ機械のような冷徹さを持ったそれは単純な殺意のみをザイードへと指し貫くように放つ。

 

「言ったはずだ。貴様らは既に━━」

 

ザイードは右手に持つ指揮棒を一振りし、

 

「逃げられないのだと」

 

ザイードの率いる楽団が突然演奏を開始する。それに反応しアルベルトが予唱呪文(ストック・スペル)の【ライトニング・ピアス】を発動しようとするが━━

 

「っ!?」

 

途中でアルベルトは発動をキャンセルする。その行動にザイードは薄ら笑いを浮かべていた。

 

「おい!なんで撃たないんだよ!!」

 

「無理だ。今の一瞬で魔術制御に関わる深層意識野を完全に支配された。今魔術を振るえば間違いなく失敗する。俺だけの被害ならばいいが、それが周囲にも被害を与えないと言い切れん」

 

「なんだと!?あの一瞬でか」

 

「そうだ」

 

グレンの問いに肯定の意を示したのは、他でもないザイードだ。指揮台に立つザイードは、自分に相対する者達を見下ろしながら宣言する。

 

「貴様らは社交舞踏会が始まってからずっとこの私の『魔曲』を聞き続けていた。いくらこの支配を脱したと言っても、それは表層意識のみ。根底の深層意識は完全に私の支配下だ!!」

 

高らかに指揮棒を掲げ、堂々とした口調で話すザイードにグレンやアルベルトは苦虫を噛む面持ちで聞くしかない。アルベルトも魔術が使えないということは、グレンやシスティーナも使えないということだ。

 

さらにはザイードは、この会場中の人間すべてを操る事が出来る。魔術が使えない状況でこれでは、グレン達が圧倒的に不利だ。

 

ザイードはもう一度指揮棒を振る。すると会場の人々はジリジリと詰めよって来、完全に囲まれてしまう。そのなかにはグレンの生徒達の姿も。

 

「ああ...そ、そんな...!?私の...私のせいで皆が...!!」

 

ルミアは呆然とするかのように、グレンにすがり付く。あれほどまでに楽しかった社交舞踏会はもうここにはない。ここはもう、可憐な少女らがいるべきではない戦場へと変貌している。その要因が自分であることが、ルミアにとって大きなショックとなったのだ。

 

だがそんなルミアの悲しみなど相手が理解してくれる訳もなく、ジリジリと操られた人々は近づいてくる。

 

「さぁ!自分が守ろうとした者に殺されるがいい!!」

 

その発言を切り目に、操られた人々は一斉にグレン達に飛びかかる。それに反応しようとグレンは動くが、その一瞬ルミアのガードが甘くなった。

 

「あ...」

 

「しまっ!?」

 

呆然とするルミアに、食事用のナイフを持った男性がそのナイフを振り上げてルミアへと突きつけようとする。それにグレンが対処しようとするが、グレンの周りも操られた人々がうじゃうじゃといるため動けない。

 

辞世の句を唱える間もなく、ルミアへとキラリと輝きを放つナイフは突きつけられ━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

「《黒白の凍氷(とうひょう)・拒むは諸悪の権化なり》っ!」

 

ガンっと響く音が床から聞こえたかと思うと、グレン達の目の前で操られた人々は動きを止めた。否、動きを封じられたというのが正しいだろう。

 

彼ら彼女らの足や手には、黒く凍りついていた。それは半径数メトラのみの範囲だが、動けない者達がその後ろの者達の動きを遮ったため操られた人々の動きは一時的だが止まる。

 

「あっぶねぇ...ギリギリをねらったら本当にギリギリになっちまった...」

 

呟きながら白い息を吐くはシンシア。足元には黒の魔術陣が展開され、その表情には安堵が浮く。

 

「貴様は最初から我が『魔曲』を聞いていたはずだ!そのはずなのになぜ魔術が使える!?」

 

シンシアとは対照的に、ザイードは驚愕のあまり声を荒げながらシンシアに問いただす。確かにシンシアはルミアの護衛のため、かなり早くから会場入りを果たしていた。

 

その時点でザイードの『魔曲』は既に始まっていたのだ。本来ならグレン達と同様に魔術は使うことは出来ないはずなのだ。

 

「ああそれ?あんたの『魔曲』って強力だよな。人間(・・)には」

 

してやったりと言った感じのにやっとした笑みで、シンシアはそう言い放った。

 

「な!?貴様人間ではないというのか?」

 

「おん。龍人ですが?魔術もちょっとラグがあるくらいで、問題なく使えるぞ」

 

ほれと言わんばかりにシンシアは指をたてると、そこでは火花を散らしながら黒い稲妻が迸っている。

 

「さて、ここまでは予想してたか?《魔の右手》のザイード」

 

「くっ...!」

 

ザイードがシンシアに一瞬たじろいだのをアルベルトは見逃さず、アルベルトが即座にナイフを空に投げる。そのナイフの柄には笛の効果がある。ならばそれを勢いよく投げればどうなるか。

 

ピュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!

 

ホールに笛の音が響き渡った次の瞬間、次に聞こえるのは四発の銃声。火薬の炸裂音とともに撃たれた銃弾は重力による結界を発生させホール内の全員の動きを止める。

 

「ちょいとアル坊!合図が遅いんじゃないのかの!!」

 

「それは今言っても仕方ないでしょう!!」

 

ホールの入り口から聞こえる声に四人が目を向けると、バーナードとクリストフ、そしてリィエルがそれぞれ臨戦体勢で待機していた。

 

「今だ!逃げるぞ!」

 

アルベルトの音頭と共に全員がホールの入り口へと走り出す。

 

重力結果下での動きはかなり大変な物で、アルベルトやグレン、シンシアのような重力下での訓練を行っていない者でなければ難しいのだが、システィーナはこれに備え事前に重力操作の魔術で体重を軽くしており、ルミアはグレンが抱えて走っている。

 

「ちっ!逃がすか!」

 

いきなりの逃走劇に焦りを感じたザイードは、懐から拳銃を取り出しルミアへと向ける。

 

そして引き金を引き弾丸がルミアへと吸い込まれるように飛ぶが、それは途中で突然現れた壁によって遮られた。

 

「残念でした!てことで俺らは逃げる!!」

 

錬金術で作り出した壁での防御に成功したシンシアは小馬鹿にするようにザイードに吐き捨て、シンシア達は会場を脱出した。

 

「面倒な...まぁ問題ない。この空間は私の支配領域なのは間違いないのだ。ハエが一匹混じった程度造作もない。」

 

ザイードはまたも指揮棒を振ると、ザイードに付き従う楽団は後ろを歩き始め、呪いの演奏を展開していくのだった。

 

━━━

 

「逃げ切った~」

 

学院の東端の茂みの影で、シンシアはどっさりと座り込んだ。

 

一応追っ手からは逃げ切る事は出来たのだが、今シンシア達が隠れる茂みの裏手にはザイードによって操られた学院の関係者がうろうろしている。彼らに見つかれば、またいつ終わるかわからないチェイスをすることになる。

 

「かなりじり貧ですね。町の方に逃げますか?」

 

「いや、それでは恐らく町の人間も奴の手によって操られてしまう。この学院内で決着をつけるしかないだろう」

 

「かー!かなり大変じゃの。それにこのままじゃ儂らまで完全に意識を乗っ取られるぞ。手っ取り早く片付けんとな」

 

嘆息を漏らすバーナードに誰もが同意する。そんな空間には、一人の少女が咽びなく声が聞こえてくる。

 

「ぐすっ...ひっく...うぅ...」

 

「な、泣くなって...」

 

「ルミア...」

 

「......」

 

声を殺して泣くルミアに、グレンが宥めシスティーナは当惑、シンシアは無表情でそれを見ているという謎の状況が出来上がっていた。ちなみにリィエルは単独で突っ込もうとして、アルベルトが拘束中だ。

 

「ずっと楽しみだった...小さな頃から憧れてたんです...私なんかが...捨てられた王女が参加なんてすべきじゃないのはわかってるんです...けど...けど!!それも私は許されないんです!!」

 

ルミアの悲痛な吐露に、誰もが無言で聞き続ける。

 

「皆がおかしくなったのも...社交舞踏会がぐちゃぐちゃになったのも...全部私がわがままをしたから...私のせいで...私のせいで!!」

 

ただ泣き崩れていくルミアに、誰も声をかけないと思われていた。が、そこで動いたのはシンシアだった。

 

忍び足でルミアに近づき、ルミアが手のひらで覆っていた顔を強引に自分へと向ける。

 

「え、シン?」

 

シンシアのよく分からないの意図を確かめあぐねるグレンをほっておいて、シンシアは頭をゆっくりと後ろに下げ...

 

「フンッ!!」

 

「痛っ!!」

 

全力で頭突きを叩き込んだ。いきなり頭に響いた痛みに、ルミアはその場で悶えるようにもがく。

 

「ちょ!おま、何やってんだよ!!」

 

「もしかしてシンも操られたんじゃ...!」

 

「シン!美少女の顔に傷をつけるとはどういう事じゃ!!!」

 

「バーナードさん今論点そこじゃないです!」

 

「シンも...敵?」

 

「......」

 

上から順にグレン、システィーナ、バーナード、クリストフ、リィエル、アルベルトというように三者三様の困惑っぷりを見せるがシンシアはそちらに一瞥もしない。

 

そのままシンシアは、悶えるルミアへと駆け寄り声をかける。

 

「なぁルミ姉...ルミ姉ってさ、バカなの?」

 

「へ?」

 

いきなりの質問に、ルミアは痛みも忘れてすっとんきょうな声を出したがそれに構わずシンシアは話を続ける。

 

「ルミ姉はもう王女じゃないじゃん。今はただのルミア=ティンジェルな訳で、エルミアナ王女ではないわけよ。これはわかる?」

 

「う、うん。そうだけど...」

 

「ならなんでわからないかな...」

 

焦れったいと言わんばかりに頭をガリガリと掻くシンシアに、周りの者も何が言いたいのか理解出来ない。

 

「ならさ、最早ただの女の子な訳でしょ?てことは、ただの女の子が舞踏会で優勝して綺麗なドレスを着たいって言うのの、どこがおかしいんだよ」

 

さも当然と言わんばかりのその主張に、ルミアは全力で否定をしようと言葉を出そうとする。

 

私は棄てられたけれど、それでも王家の血を引いているのだから。

 

私一人のために、楽しい舞踏会を台無しになんてしたくないから。

 

理由なんてすぐに出てくるのに、それが口からは出ない。それを見て、シンシアは優しく微笑んだ。

 

「だからルミ姉は悪くないんだよ。悪いのはルミ姉の安全を事前に守れなかった特務分室だから」

 

「ちょい待てシン、それならお前もそこに入るのじゃぞ?」

 

「あそっか。なら一人で勝手に行動した室長が悪いって事で」

 

「それなら納得じゃな」

 

アハハハハハハハハハハハハハハと笑うシンシアとバーナード、それを見て呆れるようにため息を吐くグレンとクリストフとアルベルト。どういう状況かわからないシスティーナとリィエルは、ただただぼけーとするしかなかった。

 

「ま、そゆことだから。それでもまだ罪悪感があるなら仕方ない、グレン先生の胸を借りて泣いとけ!」

 

「は?ちょシぐほ!!」

 

有無を言わさないとばかりにシンシアはまだ泣き止まないルミアを突き飛ばし、グレンへと飛ばす。いきなりの事にグレンも戸惑ったが、すぐに自分のやるべき事を察知し、ルミアの頭をゆっくりなで始めた。

 

「はい完了!」

 

「えらく強引だけどな...でもまぁ結果オーライか」

 

サムズアップするシンシアに苦笑が漏れるグレンだったが、今はシンシアの行いはファインプレーなのでなにも言わない。

 

「さぁてと!いっちょやるぞお前ら!!我ら姫君にハッピーエンドを持ってきてやんぞ!!」

 

「おー!!」

 

「おー」

 

グレンの掛け声にシンシアがやる気一杯に、リィエルはただシンシアを真似て同じ事をするが、そこにクリストフが口を挟む。

 

「そうは言っても、策はあるんですか?僕らは既に敵の術中ですよ」

 

「策はある。だろ?アルベルト」

 

「誰に物を言っている」

 

その不思議なやり取りに、訳を知るバーナードとクリストフは頷き、リィエルとシンシアはきょとんと頷いた。

 

━━━

 

シンシアside

 

「しっかし、グレン先生もなかなかきつい策を出しますね」

 

「あいつら二人はいつもあんな感じじゃわい」

 

「ですね」

 

俺、バーナード、クリストフ、リィエルの四人はグレン達四人と別れ別の方向へと向かう。今ルミ姉を狙うのはこの学院内の操られた人だけではない。

 

「目視で確認しました!奴等です!!」

 

「早速おいでなすったな!!」

 

先輩の言葉で全員が足を止め、臨戦体勢を取る。目の前に現れるのは場に合わないゴスロリな女性に片腕が義手になっている筋骨隆々な男。そして...

 

「あっさり相手側になってるし...」

 

目から光が消え、完全に操られている我らが室長イヴ=イグナイトの三人。勝手に突っ込んでやられてるとかどうなのそれ。

 

「あらあら♪あの青髪の少女はきっと《戦車》なのでしょうけど、銀髪の子は知らないわ♪」

 

「大方ザイードのが言っていた隠し玉という奴だろう。」

 

「......」

 

人気者は辛いなぁ...全っ然嬉しくないけど。

 

「ていうかどうします?こちらは四人ですがあちらにはイヴさんがいます。あまり数で優位に立っていると考えるべきではないですし...」

 

そりゃそうだ。敵の手に落ちようとイグナイト家の魔術士。相当厄介なのには変わらない。

 

「ま、やることは決まってるんですけどね」

 

他の三人を置いて、俺は少し前に出ながら懐から吊られた男のタロットを引き抜く。

 

「爺とリィエルはあの義手のおっさん、先輩はゴスロリの方頼みます」

 

「シンはどうするの?」

 

後ろから聞こえたリィエルの問いに、俺は手元にあるタロットを見せながら答えた。

 

「簡単に罠にひっかかった室長にお灸を据えに行くんだよ。《我を縛る業の鎖よ・━━」

 

タロットを後ろに見せると、先輩と爺は驚いた表情で止めようとしたがそれよりも先に詠唱を始める。

 

「今その拘束を解き・我を解放せよ》!!」

 

唱え終えた瞬間、体から何かがごっそりと無くなる感覚が襲い、俺の背に黒き羽が現れる。顔に蠢く紋様はさらに顔を侵食する面積を広げ、額の方にまで広がるが気にしない。

 

「さてと、んじゃ言った通りで頼みます」

 

「待てシン坊!お主━━」

 

「シン君だめだ!その力は━━━」

 

言うだけいって地面に手をつき、さっき言った組み合わせで戦えるように大きな壁を錬成し場所を区切る。爺と先輩が何か言ってた気がするけど問題ない。

 

「はぁー...リィエルのあれは...」

 

壁を作る時、一瞬だけリィエルと目があった。その時に口を動かして何かを言っていたがそれは聞こえなかった。代わりに、口の動きで何を言っていたかは理解していた。

 

「『けがはしないで』...ね、それは守れるかね...」

 

真っ黒になった頬をポリポリとかきながら、俺は目の前のイヴへと目を向ける。

 

イヴの周りは既に炎を地獄と化しており、光のない目で無感情にこちらを見ていた。

 

「それじゃ行くか...執行官ナンバー12、《吊られた男》シンシア=フィーベル」

 

足を一歩下げて腰をおろして構える。

 

「正気に戻してやるよ、あんたの犬が直々にな!感謝しやがれ!!」

 

その掛け声は作り出した壁に反響し、学院に響き渡った。

 

黒と赤が、今激突する。

 

 

 

 

 

 

 





まさかのヒロインのセリフがほとんどないというね...

次回で社交舞踏会編終了なのですが、次回の短期留学編で他作品のキャラを出そうと思います。

ヒントはfateのキャラで、頭おかしい火力が出せるツンデレアヴェンジャーです。誰だろうなー(棒読み)。

違和感なく登場させられるよう頑張りますので、お楽しみください。

それでは次回もお楽しみに!


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天高く、舞え竜よ





燃え上がる炎は狙いをすましたかのように収束して俺へと向かってくる。それを俺は唸るように竜言語魔術(ドラグイッシュ)を発動し、大きな氷柱で炎を遮る。

 

「やっぱ威力がたけぇなおい!」

 

だが作り上げた氷柱で防御できるのはほんの数秒。それを過ぎれば氷はあっさりと溶け、炎は俺へと牙を向く。

 

「よっと!!」

 

横に飛び壁を足台にしてイヴの背後へと飛びながら炎を回避、そして着地したタイミングで俺はまた後ろに飛ぶ。

 

すると俺が着地していた場所が大きな音をたてて爆発する。

 

「【バーン・フロア】...予想通りっちゃそうなんだけど...まだこれを使うタイミングじゃないな」

 

右手に握る猟銃型の拳銃、ハングドマンに視線を一瞬だけ向けて考える。

 

状況は圧倒的に俺が不利。イヴは確実に俺を殺す気でやるだろうが、俺の目的は時間稼ぎ。グレン先生達がザイードを仕留めるまで、こいつらをここで足止めすることだ。

 

(やり過ぎるとイヴを殺しちまうし...かといって緩くやってるとあの炎に焼かれておしまいだよな。)

 

ならば取るべきは、イヴを行動不能に陥れる事。言葉にするだけならば簡単だが、行動に移すにはなかなか大変な話だ。

 

(動きを止めるなら、【痺霧陣】があるけどあれはほぼゼロ距離までいかなきゃ無理。漆黒魔術(ブラック・スペル)でやるのが最善...

 

そう考えていると、俺へまた炎の波がやってくる。

 

「考える暇もなしかよ!?」

 

体から流れ出るマナを意識し形を作り替える事を想像する。すると俺の背中に出ていた黒の羽は四つに別れ、尾のような形を取り始める。

 

「《虚の黒よ・宿せ・氷の刃》!!」

 

漆黒魔術(ブラック・スペル) エンチャント・アイス】

 

通常よりも効力の高い氷の属性を武器などに付与する魔術を、四つに分けたマナの奔流に付与すると先端部が凍りついた。

 

四つの黒い尾を器用に振り、イヴの炎をいなしていく。拮抗しているうちに今度は竜言語魔術(ドラグイッシュ)を唱え、簡単な突風を引き起こし火を沈静化。

 

それを確認すると、俺は力一杯地面を蹴り後方に下がる。

 

(うし!いい感じに時間は稼げてるな...このまま行けば━━)

 

順調な流れに安堵したその時、グラッと視界が揺らぐ。

 

「ちっ!!もう時間切れかよ!」

 

背中の黒の尾は空気に馴染むように消え、顔の紋様も収まり狭まっていく。そして体に襲いかかる大きな疲労感。

 

俺がこの状態、『疑似竜化』を使えるのは約五分。それを過ぎれば強制的に解除されてしまう。解除されれば竜言語魔術(ドラグイッシュ)も、マナを利用した攻撃も行えない。

 

いきなり重くなった俺の動きを狙ったのか、イヴはさっきよりも火力を上げた火を俺へと飛ばしてくる。

 

「《万象に希う・我が前方に・我を守る盾を》!」

 

瞬間錬成の応用ですぐさま壁を作り上げ火を遮るが完全に遮断することは叶わず、熱気がこちらまで回ってきた。

 

「熱っ!?」

 

それに怯み、俺は一歩だけ後ろに後ずさってしまう。すると俺の足元で、カチッと嫌な音がした。

 

「しまっ!?」

 

下げた足元には、魔術陣が発動しておりすぐに体を動かすが間に合わない。魔術陣から吹き出た炎は俺の片足を強すぎる熱量で炙り上げた。

 

「があああああ!!」

 

一気に足から全身に電気が流れるような痛みが走り、焼かれた右足を押さえながらゴロゴロと転がる。

 

痛い、痛い、痛い!

 

視界がチカチカと揺らめき、頭が上手く回らない。

 

(足は...やべ、まともに動かねぇ...)

 

魔術礼服のお陰でひどくはないだろうが、とりあえず動けるような状態ではないのは確かだ。

 

地面に這いつくばっている間にも、イヴは一歩、また一歩と俺へとジリジリと近づいてくる。そして魔術を発動しようと右手を俺に向けた。

 

「させるか!!」

 

懐から起爆符をいくつか取り出し、自分の周りに手首のスナップをきかせて投げる。地面に起爆符がつくと符は音をたてて爆発し、俺を後ろへと吹き飛ばす。その勢いでイヴも少し後ろに下がったため幸いにも距離が空いた。

 

俺はさらにもう一枚符を取り出し足に張り付ける。すると足に魔術陣が展開され、気休め程度だが俺の足の痛みが和らいでいく。

 

「回復符でもこの程度かよ...後遺症になったらどうしてくれんだこの高飛車野郎...」

 

痛みは和らいだが、立つことも難しい。絶体絶命とはまさにこの状況の事を言うんじゃないかと思えるほどのこの状況に、俺は少し笑ってしまう。

 

「いいね、燃えてくるわ」

 

俺は握っていたハングドマンをイヴへと向けた。

 

出来ればこれを使うのは避けたかったが、使わなければ恐らく俺が死ぬ。それはまだ(・・)だめだ。

 

引き金に指をかけて、銃口はしっかりとイヴを見据えている。イヴはそれを気にしないと言わんばかりに魔術を起動する準備に取りかかる。

 

イヴが詠唱しているのは【プロミネンス・ピラー】。B級軍用魔術の指定を受けているそれは、今の俺を仕留めるには十分な火力だろう。

 

足はまともに動かないため逃げられず、俺の真下には絶賛俺を殺さんとする魔術が構築され始めている。

 

まさに背水の陣。だが、それも越えて見せようじゃないか。

 

だって、俺は━━━

 

「正義の魔法使いなんだからなぁ!!!」

 

イヴに向けていたハングドマンを自分の足元に向けるが、地面の魔術陣はもう完成間近。

 

「《0の専心(セット)》」

 

俺が一言そう告げると、ハングドマンは青白い光りを放った。そして光が最高潮に達したその時、

 

俺が引き金を引いたのと、イヴの【フレイム・ピラー】が発動するのは同時だった。

 

━━━

 

「ふっ...やはりこの程度か。気にするほどでもなかったな」

 

操るイヴとシンシアとの戦闘を、魔術によって見ていたザイードに微笑が生まれる。

 

今ちょうどザイードの視点から、シンシアが炎の渦に飲まれたのが見えたのだ。最後に何か悪あがきをしようとしていたが、それはどうやら無益に終わったらしい。

 

「もうすぐルミア=ティンジェルの捕縛も終わる。そして私の暗殺は完全な物として終わるのだ!!」

 

高らかに、それこそ勝利を確信したようにザイードは笑って見せたが、余裕の笑みはすぐに驚愕の物へと変えられた。何故なら━━

 

「なぜ!?なぜ生きている!!!」

 

イヴの近くから見える光景は黒焦げになったシンシアの死体ではなく、地面に力なく横たわるイヴの姿。そして...

 

やりきったような表情で、足に負った怪我の治療を行うシンシアの姿だった。

 

「あり得ない...あの状況から巻き返すなど...あの男は一体何者なんだ...」

 

と、そこでザイードの視点に他の特務分室のメンバーが見えた。どうやらザイードの仲間達もまんまと特務分室に敗北したようだ。

 

徐々に狂い出すザイードの予定に、苛立ちを込めた舌打ちを漏らした。

 

「どいつもこいつも使えん!!あのような雑魚に早々にやられおって...!!」

 

手に持つ指揮棒を折らんとばかりに力を込めて、ザイードはポケットから一つの宝石を取り出した。

 

それは薄気味の悪い紫の宝石で、ザイードが魔力を込めれば鈍く光り輝きを放った。

 

「このままでは奴等はこちらに向かってきてしまう。それはどうしても止めねばならぬ。なれば...」

 

ザイードは狂喜に染まったような笑みで宝石を見る。宝石に写るその顔は不気味そのもので、ついさっきまであった優しげな指揮者の顔ではない。どちらかと言えば、それは地獄から来た悪魔のような、そんな表情。

 

「大義のためなら、その身を捧げることすら彼らなら許すだろう。さて、貴様らにこれが乗り越えられるか?ふふふ...ハハハハハハハハハ!!」

 

狂喜に歪んだザイードの背後から、合わせるかのようにオーケストラは鳴り響いた。

 

━━━

 

「シン、私はけがしないでって言ったよね?」

 

「聞こえなかったかな...」

 

いつも眠たげな目をさらに細めてこちらを睨むリィエルから視線を反らし、俺は口笛を吹いた。

 

一応イヴには勝った。辛勝という言葉が一番似合う勝利だったとは思うが、まぁ勝ちは勝ちだ。文句ないだろう。

 

イヴ以外にいたゴスロリと義手は爺達があっさりと倒し拘束してその辺に転がっている。さすがですね...俺こんなボロボロなのに...

 

「どうじゃクリ坊、シンの足は」

 

「酷いやけどですが、魔術礼服を着ているのが幸いしましたね。少し後遺症が残る程度で大丈夫だと思いますよ」

 

「良かったわい...シン坊も無茶しすぎじゃ。イヴちゃん相手に一人で向かうなど自殺行為じゃというのに」

 

「でもあれが最善だったんだから仕方ないだろ?」

 

おどけるような態度で爺にそう答えるが、爺は睨むようにこちらを見る。まぁ爺が言いたい事もわかるが許してほしい。俺にはこれくらいしか出来ないんだから...

 

「無茶はしないで。シンが傷つくのは悲しい」

 

「わかってるよ。俺もそんなほいほいけがしない━━」

 

俺が言葉を最後まで紡ぐよりも先に、全身を刺すような殺気が俺の背中に走った。

 

「なんじゃ!?!?」

 

爺もそれに気がついたのか、両手に魔術強化が施されたマスケット銃を向け、リィエルは先輩を守るように大剣を構え、先輩もスクロールを持って戦闘体勢だ。

 

全員が視線を向けるのは気絶して倒れているはずの二人のテロリスト。だが様子がおかしい。

 

バタバタとおかしくなったかのように暴れているかと思うと、変化はすぐに目に見えて出てきた。

 

二人の背中に魔術陣が現れ、二人の体がそこに吸い込まれたのだ。

 

「なんですかこれ!?」

 

「わしにわかるか!とりあえず下がるぞい!!」

 

どうにか距離を開けている間に、魔術陣はさらに大きくなる。

 

そしてその魔術陣を中心に、何かが姿を現し始めた。

 

それは全身真っ白の体に巨大な人形の化け物。ドロドロと粘土質の体は俺の身長の二倍はあるんじゃないかと思えるほど。ギョロりと赤い巨大な目をこちらに向けるそれは、明らかに友好的な雰囲気ではない。

 

「おいおい...こんな奴が出るなんて聞いてないわい!!!」

 

爺がすぐに怪物の眉間に銃弾を撃ち込む。が...

 

「効いとらんのか!?」

 

「というより飲み込んだ、という方が正しいでしょうか?物理攻撃はすべて吸収するのか?」

 

銃弾は怪物の体にうめり込むと、そのまま消えてしまった。怪物はいたって平然としている辺りダメージは本当にないのだろう。

 

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

勢いのある掛け声と共にリィエルが大剣を投げつけるが、それも意味をなさずに飲み込まれていく。すると怪物は俺達を敵対対象と認めたのか、大きな腕をこちらに振りかざしてきた。

 

「避けてください!!」

 

先輩の言葉に、俺も反射的に力の入る左足を使って飛ぶ。他の三人も避けたようで、誰もいない空間を怪物が叩きつけた。だが衝撃音などは何もない。

 

その代わり、怪物が触れた場所は大きなクレーターのような物が出来上がっていた。

 

「どうやら触れた物体を吸収するようですね。恐らく先の二人を生け贄に呼んだ悪魔でしょうか...」

 

「確かにアル坊が倒した奴は悪魔召喚師じゃったの。しっかしこれは厄介じゃなぁ...」

 

物理攻撃が効かない、つまりそれはほとんど対応する手がないということだ。

 

現状ザイードの『魔曲』の影響で俺以外は魔術は行使できない。物理攻撃をまったく通さないのがあの怪物の特徴なのであれば、本当に打つ手なしだ。

 

 

「先輩、魔術上の悪魔ってどんな存在でしたっけ?」

 

「え?たしか強大な概念存在で、炎熱、冷気、電撃といった三属呪文は通用しないはずだよ!それがどうしたの?」

 

「いえ、それさえわかれば十分です」

 

俺は懐から吊られた男のタロットを引き抜き、詠唱を始める。

 

「!?やめいシン!!それはお主の...」

 

「わかってるよ」

 

後ろから俺の肩を持って止めに入った爺に優しく微笑んだ。

 

「けど、これは俺がすべき事だからな。やらせてくれよ」

 

何のための力なのか、それは俺が守りたい物を脅かす物を排除するためだ。だからこそ、この力を使うべきなんだ。

 

タロットを横に振り、『疑似竜化』を発動する。辺りに吹き荒れる黒の粒子が翼を作り上げる頃には、怪物は俺を脅威と認めたのか低い唸り声を上げた。

 

「なんだビビったか?安心しろよ、さっさと終わらせてやるからさぁ!!」

 

高ぶる戦意に身を任せ、背の羽を奮って高く飛び上がる。怪物は俺をはたき落とそうと手を振るが、それをギリギリで回避しながらハングドマンを折って弾薬を詰め込む。

 

チョロチョロと飛び回ると、簡単に怪物の攻撃対象が俺だけになり俺を追うように動き出した。

 

「《■■■■━━》!!」

 

獣の声のような叫びと共に、薄暗い夜空から真っ黒の雷が降り注ぐ。轟音と共に降った稲妻は怪物へと直撃するがダメージはほとんどないようだ。

 

「やっぱ効かねぇか、なら使うしかねぇよな!」

 

顔の紋様を歪めるほどに口角を上げ、俺は怪物が絶対に届かない位置からハングドマンを向ける。

 

「《0の専心(セット)》」

 

そうぼそりと呟くと、ハングドマンは青白い光を放ち始める。

 

怪物は俺へと攻撃しようと手を振るが、それは学院を傷つけるだけで俺へはなんの害もない。

 

「うるせぇな。学院で...俺の居場所で暴れんじゃねぇよ。」

 

引き金に指をかけ、ハングドマンの光は最高潮に達する。

 

「行くぜ...滅魔弾(めつまだん)、起動!!!」

 

瞬間、引き金を引き銃弾が飛ぶ。

 

それは風を切るように怪物へと近づき、近づき、近づき━━

 

残り数メトラという所で、パキンと割れた。

 

怪物は怪訝に赤い目をこちらに見せるが、それに俺は不敵に笑って見せる。そして━━

 

怪物の体が揺るぎ始めた。

 

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」

 

怪物は理解したようだ。自分の体が消え始めていることに。それこそが、俺の切り札である滅魔弾の効果だ。

 

竜言語魔術(ドラグイッシュ)の一つに、凍てつく波動(バニシング・フォース)という物がある。それは一定範囲内のエネルギー操作系の魔術を無効化するという物だ。

 

この滅魔弾は、その凍てつく波動(バニシング・フォース)の効力を込め、さらに改良を加えた物だ。

 

この弾丸はある程度進むと勝手に壊れ、内部に仕込んだ魔術を壊れた場所を中心に起動する。

 

範囲内の魔術を強引に消し飛ばすという魔術を。

 

元より魔術の支えがあってやっと存在出来る悪魔だ。その支えを俺が無理矢理ぶち壊したのだから、その存在が現界し続けることは出来ない。

 

「うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

そして揺らぎはさらに大きくなり、遂に悪魔は一際大きく叫ぶと、跡形もなく消え去った。

 

それと同時に、耳障りな楽団の演奏も聴こえなくなった。

 

「任務完了って事かね...」

 

ハングドマンを器用にくるくると回りしながら、俺は月を背後にそう呟いた。

 

地獄の演奏会は、ここに幕を閉じた。

 

━━━

 

グレン先生とアルベルトさんの作戦はこうだった。

 

グレン先生とルミ姉が囮となりザイードを誘き出す。そこをアルベルトさんが魔術狙撃で射抜くというものだ。

 

シス姉の話によるとアルベルトさんは四千メトラもの距離の狙撃を成功させたらしい。あの人ホントに人間か?

 

作戦はきっちり成功し、ザイードの捕縛には成功。この帝国と天の智恵研究会との戦いの歴史から考えれば大きな成果を得ることとなった。

 

それなのに...

 

「これは納得できん...」

 

俺は未だに屋根の上で一人待機中。真下の屋内では正気を戻した楽団の演奏に合わせ、グレン先生やルミ姉がフィナーレのダンスを踊っているというのにだ。

 

この状況の理由としてはいくつかある。一つは俺の足。イヴによる火傷によってうまい具合に動けないし、クリストフ先輩からは安静にするよう言われたためだ。

 

もう一つは辺りの偵察。既にアルベルトさん達は事後処理のために動き始めたのでこの場にはいない。そのため遠距離の攻撃手段を持つ俺がこうやって辺りの偵察を行う事になったのだが...

 

「結局ルミ姉の晴れ姿は見れずじまいかぁ...残念」

 

今頃ルミ姉は妖精の羽衣(ローベ・デ・ラ・フェ)を着て楽しく踊っているというのに...悲しいかなこれも仕事なのだ。きっちりするほかない。

 

一人悲観的になっていると、俺の隣に無言で誰かが座った。

 

「どした?」

 

「特に意味はない」

 

「そうか...」

 

リィエルは素っ気なく返すが、その表情は明るいものであるのは理解しているので俺は特に何も言わない。

 

こてんと俺の肩に顔を乗せるリィエルに、少し苦笑が漏れるがそれと同時に誇らしくなる。

 

俺がここを守ったのだと。

 

俺がルミ姉の夢を守ったのだと。

 

夢に見た正義の魔法使いになれたみたいに思えて、自然に顔が綻んだ。

 

俺とリィエルの見る先には、申し訳なさげに輝く月がいた。丸く欠けることのない月は、まるで今のこの状態を表しているようだ。

 

だが、月はやがて欠けていく物だ。

 

それすらも今に合っているため、なんだか風刺されているような複雑な気分だ。けれど...

 

「月が綺麗だな...」

 

「うん...」

 

その汚れを知らない月の輝きは、とても美しかった。

 

二人しかいない空間を、月は朧気に照らし続けるのだった。

 

━━━

 

「で、こんな所に俺を呼んでなんのようだ?クリストフ」

 

フィナーレのダンスを終え、ほとんどの生徒が帰路についた夜遅くの学院の裏手に呼び出されたグレンは呼んだ張本人に尋ねた。

 

呼ばれた青年は片方だけ出した片目でグレンを確認すると、静かな足取りで近づいた。

 

「こんな夜更けにすみません。先輩には知っておいてもらった方がいいと思いましてね」

 

「なんだ?出来れば手短にしてくれ。社交舞踏会の片付けをせにゃならねぇんだよ。シンも待たせちまってるし。」

 

ボリボリと頭をかきながら話すグレンは、とても面倒臭そうだがクリストフは思いを理解しつつも話始める。

 

「では単刀直入に言います。━━━━━━━━」

 

「...は?」

 

クリストフが言いはなったその言葉に、グレンの表情は一変。その顔は驚愕という感情に塗りつぶされた。

 

「お前、それどんな質の悪い冗談だ?さすがに笑え━━」

 

「僕がこんな冗談を言うと思いますか?」

 

「......」

 

その真剣な眼差しと声音に、グレンは信じざるを得なくなる。クリストフが彼に教えた、驚愕の事実を。

 

「なんでだよ!!なんであいつばっかりなんだよ!!」

 

ガンっと強く壁を殴り付ける。そこにはただの八つ当たりと、辛すぎる現実への逃避の二つの意味が込められているのだと長い付き合いのクリストフは勘づいた。

 

「僕が話したい事はこれだけです。どうか、彼をよろしく頼みます。先輩」

 

クリストフは悲痛な面持ちでグレンにそう言うと、その場から音もなく去っていった。

 

「これじゃ...これじゃあいつが救われねぇじゃねえか!!」

 

苦し紛れに叫ぶその声を、グレンの他に聞くものはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





七巻終幕!次回からはあれですよあれ!



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そして竜の巫女はヒーローと出会う
女子校行くの?マジで...?



今回から七巻突入!!

新キャラのあの子は次回から登場です


それはまさに突然だった。

 

━━━━━━━━━

 

緊急通知

 

アルザーノ帝国魔術学院 学院教育委員会

 

以下、一に該当する者を、二の通りの処分とすることを決定し、ここに通達する。

 

一.対象者:リィエル=レイフォード

 

二.処分内容:落第退学

 

━━━━━━━━━━

 

「いやいやいやいや!!!どういうことですかこれ!?」

 

ダンと学院長の机を力強く叩きながら学院長に詰め寄る。俺のとなりには俺と同じような状態のグレン先生、そしてそんなグレン先生に吊られるように持たれるリィエル。

 

事のはじまりは掲示板に書かれていた通達だ。

 

「リィエルは成績わるいですけど!!これはさすがにいきなり過ぎませんか!?」

 

「そうですよ!!だってまだ前期末試験も終わってないのに!!」

 

掲示板に書かれていた事を簡略化して纏めると、リィエルは成績がこの学院を通うのに満たしてないから退学ということだ。

 

ここは完全実力主義の場所だ。能力、意欲のあるもの以外はどんどんと切り捨てられる。俺もよく実技のテストが赤点で崖っぷちに立っていたが、それでも落第退学まではならなかった。

 

本来落第退学の前に、指導や補修、追試に留年などがあるはずなのだ。それらを成績に一番関わってくる前期末試験もしていないのに決定するのはさすがに理不尽だ。

 

「そうです学院長!きっと何かの間違いです!!」

 

「お願いです...もう一度よく確認してくださいませんか?」

 

同じように学院室へと来ていたシス姉とルミ姉も、必死に嘆願するなか学院長はため息を吐いた。

 

「君たちの言うとおり、これが普通なら何かの間違いなんじゃろうな...」

 

学院長は俺達を一瞥すると、この理不尽な話の真相を話始めた。

 

「リィエルちゃんは、元王女のルミアちゃんの護衛として帝国宮廷魔導士団の特務分室から派遣された執行官。それはシンシア君も同じ。そうじゃな?」

 

「まぁ俺は訳ありですけど、それがどうしたんですか?」

 

学院長の言葉を肯定しながら俺は首をかしげる。

 

「ここ、アルザーノ魔術学院は様々な帝国政府の思惑や利権、縄張り争いが絡んでくる場所なんじゃよ」

 

「え?そうなんすか?」

 

「お前知っとけよ...」

 

グレン先生が呆れるように俺をジト目で見てくるが許してほしい。大体政治とか興味ないし。

 

「リィエルちゃんが王女の護衛としてこの学院に入るとき、国軍省の横やりをおもしろく思わん輩がいたのじゃよ。奴等は王女の護衛という媚を売るために、リィエルちゃんを学院から排除に動いたんじゃ」

 

「そんな...」

 

うん...だからつまり、国軍省の息がかかったリィエルが邪魔だってこと?あってるかな...まぁ細かい事はいいや。

 

「それよりもどうにかならないんですか!?」

 

声を荒げながら学院長に尋ねる。そんな俺に、リィエルは俺よりもわかってないような表情でこちらを見た。

 

「ねぇシン、らくだいたいがくってなに?」

 

「え?えっと...」

 

これははっきり言うべきだと頭は理解しているが、それをすぐに口に出来るほど俺も安直じゃない。言い淀んでいる間に、俺よりも先にルミ姉が動いた。

 

「リィエル、落ち着いて聞いてね。落第退学っていうのは...強制的に学院をやめさせられることなの」

 

「...え?」

 

ぼけーとして表情が一変、そこに動揺という感情が現れ始める。

 

「それって...もうシンやグレン、ルミアやシスティーナ、クラスの皆と一緒にいれないってこと?...やだ...それはいやだ...」

 

「っ!お願いします学院長!!何とかしてください!!」

 

いつものだらけた態度からは感じられないほど真摯にグレン先生は学院長に頭を下げた。それを見るなり俺も同じように頭を下げる。

 

そんな俺達二人に、学院長は不敵な笑みを見せた。

 

「いやはや、本当に君たちはついているのう」

 

「へ?ついてるって...」

 

「実はな、ちょうどリィエルちゃんに名指しで短期留学のオファーが来てるのじゃ。聖リリィ女学院から」

 

「「聖リリィ女学院!?」」

 

学院長の言葉に、俺とグレン先生が同時に驚愕の意を込めた言葉を口にする。

 

聖リリィ女学院

 

帝都オルランドより北西の湖水地リスタニアにある私立の魔術学院で、その名の通り女子校である。そしてそこは上流貴族の子女が集まるお嬢様学校だ。

 

「今回の反国軍省派のリィエルちゃんに対する攻撃点は成績不振による学院在籍の疑問、そんな彼女が留学を成功させれば?」

 

「成績評価に大きな点数が加わって...」

 

「落第退学は回避出来る!」

 

ルミ姉とシス姉の言葉に、学院長は優しく頷いた。

 

「うっしゃ!やったなリィエル!これで退学せずに済むぞ!!」

 

俺やグレン先生、シス姉にルミ姉が歓喜の表情を浮かべるなか、リィエルはキョトンとした表情で俺に尋ねた。

 

「ねぇシン、タンキリューガクってなに?おいしいの?」

 

「えっとな...簡単に言うと、ここと違う学院に通うんだよ。まぁ三週間くらいかな?」

 

「え...?別の学校...?」

 

いきなり暗くなるリィエルに俺は怪訝に思うのも束の間、リィエルは驚きの一言を口にした。

 

「やだ。...わたし、リューガク?したくない...」

 

「いやでも、それじゃお前退学になるぞ?」

 

「それもやだ」

 

「なら留学を...」

 

「リューガクも、やだ...」

 

リィエルは激しい拒絶を露にするが、現状そんなわがままは言ってられない。

 

「リィエル、やだやだ言ってても仕方ねぇぞ!」

 

文句を言うリィエルにイライラし、少し強い口調で言い放つ。だが...

 

「うるさい...いやだ、リューガクも、タイガクもどっちもやだ...」

 

体を震わしながら言うリィエルに俺が困惑するのも束の間、

 

「絶対いやだ!!!シンのバカ!!」

 

と叫んで俺の足を全力で踏みつけた。

 

一応言っておくと、俺がこの前受けた火傷はまだ完治してない。

 

サポートに杖を使ってるし、走ったりはあんまり出来ない。出来るには出来るのだけれど、医者からは安静にしとくようにとのお達しが出ている。

 

そんな足を踏まれればどうなるか。

 

「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」

 

悶絶するほど痛くなるのだ。

 

痛みのあまり学院長室の床でのたうち回ってる内にリィエルは持ち前の運動神経を使い、全力でこの部屋から去っていった。

 

「おいリィエル!?くそ!世話が焼けるなおい!!」

 

グレン先生は頭をガリガリとかきながらリィエルの跡を追う。

 

「学院長!短期留学は前向きに検討します!!白猫!ルミア!リィエルを追うぞ!!お前もさっさと起きろ!!」

 

「まじで痛かったです...」

 

杖を支えに立ち上がるが、まだ足がじんじん痛む。もうちょいで完全に直るのに...酷くなったらどうしてくれんだあいつ!

 

「もう怒った!絶対一発ぶん殴る!!逃がすかおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

怒り心頭の俺の叫びが、学院中に木霊した。

 

━━━

 

脱兎の如く部屋から出たリィエルを追ったのだが、怪我のせいで最近ほとんど動けていない俺は体が大分鈍っておりあっさり逃げられ、俺達は追いかけることから捜索する方向へとシフトしたのだが...

 

「いねぇ...」

 

「どこ行ったんだよあいつ...」

 

学院をくまなく探し回ったが、リィエルは見つからず、走り回ったすえにたどり着いた学院内の礼拝施設で一休みをしていた。

 

「ひょっとして、リィエルはもう学院外に行ったんじゃ...」

 

「だとしたらもう手がつけられないな。フェジテは広いし」

 

グレン先生がため息をこぼすが、俺も同じような心境だ。

 

この学院内ならまだしも、フェジテ中からリィエル一人を探し当てるなんて無理に等しい。はてさてどうしたものか...

 

頭を抱えながら考えていたその時、俺に黒い影がさした。ふと顔をあげると、そこにはついさっきまで少し遠くで説法をしていた牧師が俺の前に立っていた。

 

(あれ?でもこの人どっかで...)

 

僧服を着込み、鍔広帽を被る鋭い眼差しの男性に俺は少し既視感を覚えた。頭を捻りながら思い出そうとしたその時、

 

「お前アルベルトか!?」

 

「「え!?」」

 

「あそれだ」

 

グレン先生の声に反応しルミ姉とシス姉がアルベルトさんを見ると、アルベルトさんは一瞬でいつもの魔術礼服へと切り替わった。この人ホントに多才だよね...

 

「久しぶり、でもないか。社交舞踏会以来だな。シン、足の怪我の方はどうだ?」

 

「ぼちぼちですかね。もう治りますよ。」

 

「そうか...」

 

怪しげな視線を俺に向けてきたが今はスルーする。

 

「お前達に話がある。少し待っていろ...」

 

「「「「???」」」」

 

俺達が疑問に思うのを無視し、アルベルトさんはさっきまでいた講壇へと向かう。そして講壇の裏へと手を伸ばし、なにかを引っ張り出した。

 

その何かとは...

 

「「「ええええー!!!」」」

 

それを見て、俺とシス姉、ルミ姉は素っ頓狂な声をあげざるを得なかった。なぜなら...

 

「んーーー!んんーーー!!」

 

それは、腕と胴と足を完全に固定されたリィエルだったのだから。

 

いやていうか今講壇の裏から出したよね?一応神父なのにそれを躊躇いなくするって...

 

アルベルトさんの宗教感に少し疑問を浮かべつつも、アルベルトさんはリィエルの拘束を解く。

 

「少しは頭は冷えたか?リィエル」

 

「むぅ...」

 

落ち着いたが、まだふて腐れているようでリィエルはその場に座り込んだ。

 

「それでは話そうか。内容はもちろん、リィエルの今後についてだ。先に言っておくが、これを俺達の方で揉み消すのは無理だ。よほど政治家どもは女王陛下に媚を売りたいらしい」

 

「ったくくそ面倒くせぇな!うぜってぇ!!」

 

「てことは、リィエルが退学を回避するには短期留学を成功させて実績を作るしかないってことですか?」

 

「そういうことになるな」

 

その答えを聞き、俺は地面に座り込むリィエルの方へと歩いていきしゃがんで視線を合わせる。

 

「だそうだリィエル。背に腹はかえらんねぇぞ?」

 

「...いやだ。行きたくない」

 

涙目でそう言われればこちらも強く言えないのだが、残念ながら今回ばかりはそうも言ってられない。難しい表情をしていると、声を発したのはアルベルトさんだった。

 

「グレンもお前も、少しは察してやれ。確かにこの短期留学の話は、リィエルにとって酷な話だとは思う」

 

「はぁ?何言ってんだよお前」

 

「忘れたのか?リィエルは見た目以上に幼いんだぞ?」

 

「「っ!?」」

 

そこで俺はやっとアルベルトさんがなにを伝えたいのか理解した。

 

リィエルは天の智恵研究会の暗殺者であったイルシアという少女の精神を複製して作った魔造人間だ。見た目は俺達と変わらない十四、五歳だが、この世に生まれた年数はもっと短いだろう。

 

なら、精神はもっと幼いはずだ。

 

「わ、わたしは...」

 

ぼそりと呟くように話始めたリィエルに、全員が集中する。

 

「シンや、グレン...ルミアやシスティーナと離れたくない...一人になるのが...怖い...だから...」

 

「リィエル...」

 

俺は何もわかってなかった。

 

リィエルもわがままで駄々を捏ねていたのではない。特に依存心が強いリィエルにとって、グレン先生やルミ姉にシス姉、クラスの皆の存在は大きな物だろう。それからいきなり離れろというのは、やはり酷だ。

 

「ごめんリィエル、無理強いしちまって。」

 

「ん...」

 

「けどどうするんだよ?短期留学しなきゃこいつはこのまま落第退学だぞ?」

 

グレン先生の言うことももっともだ。けど今の話を聞いてまだリィエルに行くように促すには...

 

「あの先生...私に考えがあるんですけど...」

 

そこでルミ姉がおずおずと進言する。

 

「私とシスティも、一緒に短期留学する...というのはどうでしょうか?」

 

「あっ!それは良い案じゃない?これならリィエルも安心できるだろうし」

 

ルミ姉の意見にシス姉が賛成する。

 

なるほど。離れたくないのなら、一緒についていけばいいのだ。これならなんの問題もないし、リィエルも安心して短期留学を成功させられるだろう。

 

「それでいけますかアルベルトさん」

 

「可能だ。それが効率的だと上層部も判断し既に動いている。実は今回俺がお前達に姿を見せたのは、それが理由だ」

 

「とか言って、ホントはリィエルの事が心配だったんじゃ━━━」

 

「その頭に風穴を開けたいらしいな?」

 

「すみません嘘です冗談ですよあはは...」

 

さすがに殺気を出しながら頭に指を突きつけながら凄まれたら、俺も平謝りするしかない。だって怖いんだもん。この人ならそれくらいやりかねないし...

 

「良かったなリィエル!ルミアもシスティーナも一緒だってよ!これで安心だろ?」

 

グレン先生は上機嫌と言わんばかりにリィエルへと話しかける。これで万事解決だろうと俺もそれをにこやかに見ていると...

 

「シンとグレンは来ないの...?」

 

「「へ?」」

 

リィエルがまだ涙目でそう聞いてくるが、俺達は変な声を出すしかない。

 

「い、いやいや俺も先生も男だし...ねぇ?」

 

「そ、そうだな。あっこは男は敷地内にすら入れない訳だし...」

 

「いや、お前ら二人にも今回は同行してもらう。アルザーノ帝国魔術学院から来た臨時講師としてな」

 

「「はぁ!?!?」」

アルベルトさんがさも当然かのように言うが、それは絶対無理な話だ。

 

「いやいや!いやいやいや!!俺達男ですよ!!」

 

「案ずるな。それにお前は相手方のご指名だ。」

 

「俺が?」

 

アルベルトさんが俺を指差しながら言うが何故?

 

「この話を相手方にした時、臨時講師が来るならぜひお前にも来てほしいらしい。なんでも生徒達とほとんど変わらない年で、固有魔術(オリジナル)を修めて学院の講師にまで上り詰めたお前に興味があるらしい。」

 

「いやだから俺男って...」

 

「その点も了承済みだ。」

 

「ええ...」

 

女子校とは一体...これでいいのか?

 

「シンはいいとして、俺はどうなるんだよ!?俺はこいつみたいに誉められるようなもんなんもないぞ!?」

 

「案ずるな。もう手はうって━━」

 

アルベルトさんの言葉が最後まで言われるよりも前に、爆音と共に礼拝堂の壁が爆破され━━

 

「ふはははは!私を呼んだな!!」

 

現れたのは、遺跡調査の怪我の療養中だったセリカ=アルフォネア教授その人だった。

 

「いや呼んでねーよ!!てかなにしてんの!?ここ礼拝堂だぞ!?」

 

「知らんな!!」

 

さすがは神殺し。意図も簡単に神様に喧嘩を売っていく。その剛胆さは見習いたいものだ。

 

「話は聞かせてもらった!私に任せろ!!」

 

そう言ってアルフォネア教授は手に持っていた小瓶に入った液体を飲み、それを口に含んだままグレン先生を抱き締めた。そして━━━

 

大胆にも俺達の目の前で、グレン先生に向けてキスをした。

 

「え、えええええええ!!」(俺)

 

「な、な、な、なぁああああ!!」(シス姉)

 

「うわぁ...」(ルミ姉)

 

三者三様の反応をする中、約三秒間の接吻を終えるとグレン先生はアルフォネア教授を振り払った。

 

「おまっ!いきなりなにすんだよ!!」

 

「安心しろ痛くないから。《陰陽の理は我に在り・万物の創造主に弓引きて・其の躰を造り替えん》!」

 

なにか大層な詠唱をしたかと思うと、異変はすぐに起きた。

 

「あがっ!?なんだ?体が...熱い...うがぁぁぁぁぁ!!」

 

「先生!?」

 

グレン先生の体から煙が上がり、それは一面に立ち込めて先生の姿は見えなくなる。そして一際大きな声でグレン先生が叫んだかと思うと、煙は少しずつだが晴れていく。

 

「げほっ...ごほっ...セリカ、一体お前なにを...」

 

煙の中から声が聞こえるが、それは少し違和感を感じさせるものだった。

 

(あれ?先生ってこんな声高かったっけ?)

 

その違和感を口にしようとしたその時、俺は見た。

 

煙の中から現れたのは、グレン先生だ。けど...

 

「女?」

 

出るとこが出ており、しなやかや髪になったその姿は女性そのものだった。ルミ姉やシス姉、さらにはリィエルまでもが唖然とするなか、そこでグレン先生は自分の体に起きた変化に気がついた。

 

「へ!?え!?俺女になってる!?セリカてめぇ何しやがった!!」

 

「白魔【セルフ・ポリモルフ】を応用してお前を女にした。これで聖リリィ女学院の臨時講師として行けるな!!」

 

明るい笑顔をアルフォネア教授が見せるが、そこにはバカにするような意志がよく伝わってくる。

 

もしかして固有魔術(オリジナル)持ってなかったら俺もああなってた?作っててよかったぁ...

 

「とにかく、今回の短期留学にはグレンとシンも同行する。それで良いな?リィエル。」

 

「ん。皆が来るなら」

 

リィエルは暗かった表情を安堵の物に変えてアルベルトさんへと答えた。

 

「こ、こんなの問題ですよ!?せ、せ、先生が女性だったら、わ、私困ります!?大体許せません!!私よりも、む、胸が━━━」

 

「あ、確かにシス姉よりも胸でかいですね先生」

 

「うるさい!!」

「あがっ!!」

 

ただ指摘しただけなのに、俺の顎に強烈なアッパーが飛んだ。自分で言おうとしてたんだからいいだろう別に...

 

(それにしても変だな...)

 

この短期留学の話、なにかきな臭い。こういうのは大概成績優秀な者が選ばれるはず。リィエルはその辺はあまりよくなかった、だからこうして退学の危機にさらされているのだ。

 

(それに俺を指定してきた事も引っ掛かるな...)

 

女子校という男子禁制の場所に、俺を招く理由。それが本当に固有魔術(オリジナル)があるからならばいいのだが...

 

「ま、なんかあってもなんとかすればいいか」

 

懐から取り出した吊られた男のタロットを見ながらそう呟いた。

 

そんな俺を、不審に見つめるグレン先生の視線になんて気がつかずに。

 

 

 

 

 





今回はほとんど説明会でしたね...

感想や評価お願いします!励みになるので!!


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列車に乗るのは一苦労


やっと出るよ!あの子ですよあの子!!

そう、自分を型どったチョコをあげて自爆するあの子ですよ!!


グレンが女体化するという事件もあったが、無事にルミアとシスティーナ、リィエルの留学も決まりシンシアとグレンの二人も臨時講師として聖リリィ女学院へと行くことが正式に通達された。

 

一応二人が抜ける間二組はセリカが見るということで決まったが、それよりもクラスの男子がシンシアとグレンに向ける憎悪と羨望の視線が強かったがそれはここでは割愛。

 

決まることが決まればあとは向かうだけ。シンシア達一行はフェジテを出発し、馬車に乗って移動していた。

 

馬車は二階式の物で、上は吹き抜けになっており、そこではルミアとシスティーナが楽しげな会話を繰り広げている。

 

二人ともいつものアルザーノ帝国魔術学院の制服ではなく、聖リリィ女学院の修道服に似た制服に身を包んでおり普段とは違う雰囲気を醸し出す。

 

それに比べて下の階は...

 

「......」

 

「......」

 

向かい合うように配置されている席にグレンとリィエルは座っているが、グレンは手元の資料を何やら真剣な表情で読んでおりリィエルも何も喋らないため閑静な空間が広がる。

 

ちょこんと座るリィエルはグレンの方を何度か見るが、グレンは資料にしか目がいっておらずこちらを見ていないし、その資料も自分が見たところでわからないのでする事はない。

 

リィエル本人に、居ずらさや気まずさは感じない。ただ代わりに、自分のために着いてきてくれた四人にある罪悪感のみ。

 

(誰かに甘えるのは...駄目なのに...)

 

本来この留学も、リィエル一人で行くべきものを無理言ってこのような形になっている。深く考えることをあまりしないリィエルにも、それはなんとなく察する事は出来た。

 

(でも...一人になるのは...怖い...)

 

いくらわがままだと言われても、リィエルにとってまた孤独を味わうことは何に変えても嫌だった。前まではそんな事感じることもなかったが、シンシアやシスティーナ、ルミアやクラスの皆と出会った事で成長した心に、周りへの申し訳なさが蔓延る。

 

もう、前までのように一人ぼっちは彼女は耐えられないのだ。

 

(皆...怒ってるかな...)

 

自分のせいでシスティーナやルミアは、元々ウェンディ達と約束していた歌劇鑑賞をキャンセルする事になり、グレンも女になることになってしまった。これらもすべて、リィエルが文句を言わなければならなかった事だろう。

 

それを皆は怒ってるのではないのか。私の事を疎ましく思っているのではないだろうか。そんな考えがリィエルの頭の中で反芻し続ける。目尻が少しだけ熱くなり、キュッとスカートの裾を強く握ると...

 

「謝ろうとか思ってんなら、そりゃ筋違いだぞリィエル」

 

「え?」

 

まるで自分の胸のうちを見透かされたように言ったグレンの言葉に、リィエルは驚きを隠せない。その表情を見たグレンは、少しため息をつくと手に持っていた資料を鞄に直してリィエルへと向き直った。

 

「大方お前の事を俺らが嫌うんじゃないかって思ってんだろ?ここ最近ずっとそんな暗い顔してりゃわかるっての」

 

どうやら無意識の内に、心の重々しさが顔に出ていたようだ。リィエルはそんな事実を今更ながらに理解するも、それを気にする様子はない。

 

「俺らはただお前が心配なだけだ。嫌いになんてなるかよ。特にそこで寝てるやつはな」

 

そう言ってグレンが顎で指す先には、寝息をたてながら気持ち良さそうに眠るシンシア。

 

馬車の壁に体を預け、ぐっすりと眠る彼は二人が会話していようと起きる気配はない。

 

「聖リリィ女学院つったらプライドの高いお嬢様の集まりだ。そんな中に男一人で行くのはかなり抵抗があるはずなのに、こいつ一切愚痴言わないんだよ。」

 

そう言うと、グレンはニヤリと笑って見せた。それを怪訝にリィエルは思うが、その笑みの意味はすぐに伝えられた。

 

「なんでも、お前の助けになりたいんだってさ。やー愛されてるねぇー。お兄ちゃん嬉しいわ!」

 

「シンが...」

 

そこでリィエルはシンシアの方を向くが、自分の話をされていてもシンシアは関係ないと言わんばかりに爆睡しており、それに少しだけ笑みが浮く。

 

(なんでだろう...シンにそう思われて嬉しい...なんだか、胸の奥が暖かくなるみたいな感じがする)

 

自分でもよくわかっていない感情。けれど、リィエルはそれを意図も簡単に受け入れていた。それがなんなのか、リィエルが気がつくにはまだ幼いらしい。

 

「リィエル」

 

そこでグレンが彼女の名を呼ぶが、そこにはさっきまであったおちゃらけた物ではなく、グレンにしては珍しい真剣な声音であった。それをリィエルも察知し、視線をグレンへと戻す。

 

「シンが大切なら、絶対にそいつから手を離すなよ」

 

「?ん、わかった...」

 

何の事かはさっぱりわからなかったがとりあえず返事をすると、グレンは納得したのかまた資料を読みふけり始めた。

 

そのグレンの言葉の真意に、リィエルは気がつくことはなかった。

 

━━━━

 

シンシアside

 

フェジテを出て早三日、俺達は帝都オルランドへと辿り着いていた。ここからは馬車ではなく鉄道列車に乗って、聖リリィ女学院があるリリタニアへと向かうことになる。

 

「ひえー!あんなでっけぇの魔術なしで動くんだな!!」

 

「きっと人間の叡智の結晶だよ。魔術がなくてもここまで出来るんだって...すごいね...」

 

俺とルミ姉が目を奪われているのは、目の前の大型の蒸気機関車。

 

十を越える車両を連ね、悠然としたその巨体からはモクモクと白い煙が棚引き時折甲高い汽笛を駅全体に鳴り響かせる。

 

(オルランドには居たけど見るのは初めてだな...なんだかんだオルランドに居たときはほとんど街には出てなかったしそれもそうか...)

 

ものすごい近くにこれほどの物があったにも関わらず、俺はこれを見るのは初見だ。まぁ見たくても見れなかっただろうけど。

 

でもこれは凄い。原理はよくわからないが、魔術を見慣れている者からしてみれば、魔術なしでこれほどの事をする事に感嘆の声しか漏れない。

 

とまぁ感動的な事を考える俺達の横では...

 

「煙たい...ったくこんな面倒くさいもん作りやがって...絶対これ環境に悪いわそうに違いねぇ」

 

「ちょっと先生!?これは現代の技術を駆使して作り上げられた物ですよ!それなのに先生ったら━━━!?」

 

といつも通りといっても過言ではない光景にルミ姉と揃って苦笑が溢れる。いつも通り...いつも通り...

 

あれ?

 

「なぁルミ姉」

 

「どうしたのシン君?」

 

ふと覚えた疑問を、俺はルミ姉に投げ掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リィエルどこ行ったん?」

 

「「「えっ?」」」

 

俺の声に三人は揃って素っ頓狂な声をあげ辺りを見渡すが、そこにはあの青髪の少女の姿はない。

 

「もしかしてリィエル...」

 

「迷った!?」

 

シス姉がそんな叫びをあげるが、そうならばかなり事は重大だ。

 

もうあと十数分すれば列車は出る。恐らくこの駅構内にはいるだろうが、ここは人が多い。人一人探すのは少し骨がおれる。

 

「そうも言ってられないか!先生俺リィエル探してきます!!」

 

「俺も行く!白猫とルミアはここで待ってろ!」

 

そう言って俺とグレン先生は走り、二手に別れてリィエルを探し始めた。

 

「最近人探してばっかだな...」

 

呆れるような俺の声は、人混みの中に薄れていくように消えていくのだった。

 

━━━━

 

「いねぇ...」

 

走り回って五分、リィエルの姿を見つけることも出来ずに俺は呆然と立ち止まる。

 

行き交う人に聞いたりはしたが、残念ながら有力な情報はなくただ時間だけがゆっくりと過ぎていく。列車の出発まで本当に時間がない。

 

「でもどうする...?」

 

なにか、何か手掛かりは...あまり使わない頭をフル回転させながら考えていると、すっと俺の横を見覚えのある制服が通り過ぎる。

 

そちらに目を向けると、俺の横を通ったのは聖リリィ女学院の制服を着た俺と同い年くらいの少女。

 

(そう言えば、聖リリィ女学院の生徒には聞いてなかったな。何か知ってたらいいんだけど...)

 

考えていても仕方ない。善は急げと言うので、俺はすぐにホームへと歩いていく少女へと声をかけた。

 

「すみませーん!」

 

俺の呼び掛けに反応したのか、少女は立ち止まりこちらに振り向く。

 

白っぽいグレーの髪を耳くらいまで伸ばし、金色の瞳をしたその少女は俺を見た。

 

「なんでしょうか?」

 

「あのさ、君と同じ服装をした奴を探してるんだけど。青い髪で俺の肩くらいの身長の、だるそうな目をしてやつ」

 

出来るだけリィエルの特徴をピックアップしながら説明しながら思ったが、この子むっちゃ美人だわ。

 

端正な顔立ちに髪と同じ絹のような肌の色。少し冷たいような印象を受けるが、間違いなくシス姉やルミ姉とも並ぶくらいの美人だ。

 

「ああ、その子なら見ましたよ」

 

「え!?マジで!!」

 

その少女はにこやかな笑顔でそう答えたのに対し、俺は興奮ぎみに返す。

 

「確か今貴方が向かっている方向に歩いていきました」

 

「こっち?何やってんだよあいつ...ホームと逆じゃんか。」

 

どう間違えたら移動してた方向と反対に進めるんだよ。俺は少しため息を漏らしながら、そちらへと走り出す。

 

「おっとそうだ、教えてくれてサンキューな!」

 

手を振りながらそう言うと、彼女も同じように微笑んで手を振り返した。それを確認すると、俺は走り出す。

 

(優しい奴で助かった。さて探さないとな!!)

 

心のなかで意気込んで、俺はさらに歩調を早めた。

 

しかし...

 

「いないんだけど!!」

 

走り回って探したが、リィエルはどこにもいない。

 

「あの子の話だとこの辺にはいるはずなんだけどな...」

 

もう大分ホームから離れてしまってる。そろそろ戻らないと列車が出てしまうなと思ったその時、

 

甲高い汽笛が俺の耳に入った。

 

「っ!?やべ!!」

 

今の汽笛が何を意味するか。それは至って単純な事。

 

今から列車が出るのだという合図だ。

 

「ああもう!お願いだからグレン先生が見つけてますように!!」

 

内心そうやって祈り、人混みの間を縫うように走りながらホームへと向かう。ホームまで辿り着くと、もう既に列車は入り口の扉を閉め動き始めていた。

 

「うっそだろおい!!」

 

このままでは列車に置いてかれる。もし先生やリィエル、ルミ姉にシス姉も乗っているのだとすればここで俺だけが残される訳にはいかない。

 

だって俺の荷物全部シス姉が持ってるから俺は今無一文。置いていかれれば、俺はもう聖リリィ女学院へと向かう手はない。

 

「ええい背に腹は変えれねぇな!!」

 

もう方法なんて度外視だ。なにがなんでも乗らなければならない。

 

そして俺は走りながら詠唱を始めるのだった。

 

━━━

 

「ふふっ...」

 

優雅にも列車の後方にある個室席の一つで、一人の少女は席に腰掛けながら愉悦の表情を浮かべていた。

 

(あんな簡単な嘘に引っ掛かって...単純な奴)

 

嗜虐的な笑みを浮かべるのは先程シンシアにリィエルの目撃情報を与えた少女だ。だがそれは真っ赤な嘘。

 

(すぐに人を信じるなんて、とんだバカもいたものね。ま、今頃まだ駅のホームであくせくいない連れを探してるのでしょうけど)

 

その光景を想像すると、また笑みが溢れていく。そして暇潰しのための本を鞄から取り出し読もうとしたその時━━

 

「うらぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

「きゃあああ!!!」

 

勇ましい掛け声と共に、誰かが列車の窓を叩き輪って飛び込んできた。それまで余裕の表情だった彼女もこれはさすがに予想外だったようで、驚きの叫びをあげた。

 

「やばこれ止まらグエッ!?」

 

飛び込んできたその人は勢いを殺しきれなかったのか、そのまま個室の扉へと直撃。ガンッという鈍い音が鳴ったかと思うと、その人は扉の前でバタリと倒れた。

 

「え?え???」

 

彼女は意味がわからなかった。窓から人が飛び込んで来るなんて普通はあり得ない。それに電車は既に出発しており、それなりの速さが出ていたはずだ。そこに飛び込んでくるとは、一体どれほど命知らずなのだ。

 

「痛っ~!さすがに【タイム・アクセラレイト】で突っ込めばなんとかなるか...いやぁ乗れてよかったよかった!」

 

目の前で自分の存在なんて気がついていないかのように安堵の息を漏らす者を見ると、少女はその飛び込んできた者に見覚えがあった。

 

太陽の光に映える銀髪を短く切り、深緑の瞳を持つ青年。そしてなにより目立つのは、右頬にある黒い紋様。

 

間違いない。今しがた自分が嘘の情報を流した本人だったのだ。

 

「あっ!!!すみません!!!ケガなかったです...ああさっきの」

 

やっと彼女の存在に気がついたのか、飛び込んできたきた謝罪をしたかと思うと、青年は彼女が誰かに気がついた。それを見ると、彼女は冷ややかに嗤って見せた。

 

なにせ嘘の情報に踊らせれていたのだ。自分に怒りを覚えていても仕方ないだろう。だが騙され、愚かに怒る青年に嘲笑を向けてやろうとしたが...

 

「情報ありがとな!なんかそいつ移動してていなかったけど、教えてくれて助かったぜ!」

 

「......は?」

 

飛んだのは罵声や怒声ではなく、純粋な感謝だった。それに少女は困惑の表情になる。

 

(騙されたのよ?いや、こいつそれにすら気がついてないの?どれだけおめでたい頭してるのよ!?)

 

最早彼女には、目の前の青年がある種の異物のように思えた。底なしの明るい笑みを見せられているのに、彼女の表情はひきつったままだ。

 

「そだ、お前って聖リリィ女学院の生徒だよな?今から俺もそこに行くんだよ。聞いてない?短期留学生が来るって話」

 

「は?あなた何をいってるの?頭打っておかしくなったのかしら?」

 

なんだかこんな奴の前で良い子ちゃんぶるのが面倒に感じたのか、少女は嫌悪感を露にしながらバカにするように答える。

 

「聖リリィ女学院は女子校よ。男が入れる訳が━━」

 

「え?それも聞いてないの?臨時講師で女の講師に加えて、男の講師も来るって話」

 

「はぁ!?あんた講師なの!?」

 

あんな奇々怪々な事を見せられたあとでは、講師と言われて驚愕の声しか出ないが、何故か青年は自信ありげに胸を張る。

 

「んじゃ先に自己紹介しとくか。アルザーノ帝国魔術学院から来た臨時講師、シンシア=フィーベルだ。年は16。そんな変わんないと思うからタメ語でいいぞ」

 

「16って...私と変わらないじゃない...」

 

もうなんなんだこの男は。ここまで意味不明な者は彼女の人生において出会ったことがない。

 

すると、彼女はシンシアがこちらをじっと見つめていることに気がついた。

 

「...なによ」

 

「いや、自己紹介」

 

「私が?何であなたにしなければいけないのよ」

 

「人の名を聞くにはまず自分からって言うだろ?それに今後また関わるかもしんないし」

 

気さくに笑いながら、そんな事を言ってくる。その顔に下心などなく、言葉通りの事しか思ってないのだろう。

 

「なんでわたしが...」

 

断ろうとするが、シンシアの曇りのない瞳がじっと彼女を貫く。それを見て、彼女は察した。

 

これは言わない限り引き下がらないと。

 

「...オルタンシア。オルタンシア=ベーテンよ」

 

半ば彼女、オルタンシアが折れる形で自己紹介するが、

そこには嫌々やっているというのがひしひしと伝わってくる。

 

「オルタンシアか。よろしくな!」

 

だがそんな事も気にならないのか、単に相手の名を知れて満足なのか、シンシアはにこやかな笑みを崩さない。

 

それに対してオルタンシアは、嫌悪感を隠す気もなく顔の全面に張り出すのだった。

 

 

 

 

 

 





一応今回からfate要素ありのタグをいれます。

あとどんな物でもいいので感想をください!!

作者は感想に餓えてます...

それでは次回もお楽しみに!


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聖リリィ女学院ってお嬢様学校だよね?


やっとテスト終わったらー!!

どんどん書きますよぉ!!


ガタガタという音と共に、高らかな汽笛の音が聞こえてくる。

 

(いいな...なんかこういうの...)

 

列車の窓から見える景色を見ながら、俺はふとそんな事を思った。

 

今まで馬車や船などは乗ってどこかに行くというのは経験したが、何気に列車に乗るというのは初めてだ。

 

馬車よりも景色がどんどん変わっていき飽きることはなく、多種多様な景色が楽しめる。それにこの汽笛の音も、なんだか物新しくていい。

 

(こうやって落ち着いた感じもいいなぁ...日の光も心地いいし、また一眠りと━━━)

 

「ちょっと」

 

意識が深く沈もうとするのを、右斜めから飛んだ不機嫌な声に遮られた。

 

「ん?どしたよオルタンシア」

 

「いやどしたよじゃなくて...あんたなんでまだここにいるのよ」

 

オルタンシアはこの個室部屋を指差しながら、俺にそうやって言ってくる。その表情は、まさにイライラしてるという感じだ。

 

「まぁいいじゃんか。窓も直しただろ?」

 

「それはあんたが壊したんでしょうが。ていうかここは個室席なのよ。だからあんたは出ていってくれないかしら」

 

「冷たい奴だな...」

 

飛び込んだときに割れた窓は、俺がしっかり錬金術で直しときました。

 

「まあその話は置いといて」

 

「ちょっと!?まだ終わってないんだけど!!」

 

「気にしない気にしない。それより聞きたい事があるんだけど...」

 

「はんっ!私が答えるとでも?」

 

なーんでこの子はこんなに面倒なんだろうか?最初に見せたあの聖女の如き笑顔はどこに行ったのだ。いや、これが素なのか。

 

「一つだけでいいから!答えてくれたらもう出るから!な?」

 

「......一つだけよ」

 

オルタンシアは視線を逸らしながらぼそりと呟いた。

 

「今回来る留学生がどんな奴って話で聞いてる?どんな些細な事でもいいんだよ。教えてくれないか?」

 

「留学生の事?そんなの同じ学校のあなた達の方がよく知ってるんじゃないの?」

 

「それもそうなんだけど...なんていうの?...相手方の印象はどうなのかと思いまして...」

 

厳しい言い訳だが、残念なことに俺の頭ではこれぐらいが限界だ。ほんっとこういうのは性に合わない。

 

「そうね、優秀な人だというのは聞いてるわよ。なんでも事務局が事前調査しての結果なのだから」

 

「ふーん。なるほどね」

 

表向きは納得したような態度をとったが。内心は疑問ばかりだ。

 

成績はからっきし。物は壊すわ授業は寝るわとリィエルの学院での評価は散々だ。そんなのはきちんと調べればわかるはずなのに...

 

(胡散臭いなぁ...わざとリィエルを呼び寄せたのか?だとしたら何が目的なんだ?)

 

ルミ姉が対象ではないことから、天の智恵研究会が関わっているということはないだろう。だがこれにはグレン先生曰く、国の政治家の思惑が絡んでいるようなので安心は出来ない。

 

まあ政治家が絡んでどうなるのかなんて俺にはわからないのだけれど。

 

「話すことは話したわ。さっさと出ていってくれないかしら。私、あなたといるのが不愉快で仕方ないの」

 

「ひっでぇ言われようだな。大丈夫だよ。言われずとも出ていく━━」

 

と、そこまで言った時俺の耳なにか小さな爆発音のような物が聞こえた。

 

(なんだ今の。前方車両の方から聞こえたけど...)

 

俺は個室の扉を開けて、耳を澄ませる。

 

「あなた一体何を...」

 

「しっ。静かに」

 

俺の口に指をたててオルタンシアに黙るようにジェスチャーして、俺は耳をたてる。

 

聞こえてくるのは、小さな爆発音となにか金属を叩き合うような音。

 

(戦闘が起こってる!?)

 

恐らく爆発音は魔術、金属音は剣激の音だろう。こんな列車のなかでそんな事が起こるなんてあり得ないかもしれないが、この短期間の経験上こういうのは無視してると大抵ろくな事にならない。

 

「ちっ!!」

 

俺は弾けるように駆け出した。後ろからオルタンシアがなにか言っているような気がするが、残念ながら今は相手にしてられない。

 

(間に合え!頼むから皆無事でいろ!!)

 

勢いよく車両との間の扉を開き、前方車両へと近づいていく。それにつれて、聞こえてくる音はより鮮明に、より大きくなっていった。

 

そして最後の扉へとたどり着き、それを壊すぐらいの強さで開いた。

 

「誰だ!」

 

高らかに叫びながら右手を前に突き出してスペリングの準備をした体勢で、その車両に乗り込んだ。

 

完全な臨戦態勢で臨んだ俺は、どんな状況にでも対応しうるという確信はあった。すぐにでも戦闘を始められる覚悟もあった。のだが...

 

「今日こそは決着をつけてやるぜ!!」

 

「望むところですわ!!貴女方の野蛮なその態度、今ここで改正してさしあげましょう!!」

 

俺も、さすがに聖リリィ女学院の生徒が束になって言い争いながらドッタンバッタン暴れてるなんて想像するだろうか?

 

「えぇ...なにこれ?」

 

緊張していた体から呆れるようなため息とともに力が抜ける。

 

今目の前では二つの集まりが対立するように並んでいる。一つは黒い髪の粗野な言葉遣いの少女を筆頭に、もう一つはクリーム色の髪のおしとやか(に見える)少女を筆頭に。いやそんなことよりも...

 

「なにこの状況?」

 

「俺だって知りたいところだよ」

 

俺の独白に答えたのは、同じように頭を抱えるグレン先生だった。その後ろにはルミ姉にシス姉、行方不明になっていたリィエルと見知らぬ女子が一人。

 

「乗れてたんですね。安心しました」

 

「俺はギリギリだったっての。この子がリィエル見つけてなかったらマジでやばかった。」

 

そう言ってグレン先生は後ろの見知らぬ少女を指差すと、彼女は俺に向かってペコッと頭を下げた。

 

「リィエルのことあんがとな。俺はシンシア=フィーベル。そこのグ...じゃなかった、レーン先生と一緒に送られたアルザーノ魔術学院の講師。よろしくな」

 

危うくグレン先生と言おうとしてしまったのでギリギリで誤魔化す。一応今グレン先生は女体化しているので、名をレーン=グレダスと偽っているのだ。これがバレると後々面倒なので、公の場で先生の名を呼ぶのはNGなのだ。

 

「私はエルザと申します。見ての通り聖リリィ女学院の生徒です。シンシア先生でよろしいですか?」

 

「ああ、多分年変わんないからタメ語でいいよ。あと先生もいらない。そんな偉くないし」

 

「そんなことありませんよ。16歳で固有魔術(オリジナル)を生み出し、学院の講師に上り詰めるなんてそう簡単に出来る事ではないですよ。」

 

と、そんな風に純粋な善意での誉めを惜しげもなく俺に言ってくるので背中がむず痒くなってくる。

 

いやホントにそんな凄い奴じゃないのに。ただヘマして龍の血飲まされてたまたま適合して龍人になっただけなのに...その過程で固有魔術(オリジナル)も出来たんだけど、そんな事は口が割けても言えない。

 

「で、シス姉。これはどういう状況なの?」

 

「それがね...」

 

シス姉の話によると、どうやらグレン先生達一行はリィエルを連れてきてくれたエルザと共に列車に乗り席を探していたようだ。

 

そして席に座ろうとしたとき、あの今絶賛口論をしているおしとやか女子が取り巻きを引き連れて絡んできたらしい。

 

なんでもこの車両は自分達の派閥の物だとかなんとか。

 

「なんじゃそりゃ!?ただの横暴じゃねぇか!」

 

「それは私だってそう思うわよ。でもそれを言う前にもう一つの集団が来て、一触即発状態になっちゃったってわけ」

 

いや一触即発ってもう爆発してるんですが...

 

「すみません...うちの学校ではああやって喧嘩がよく起こるんです。白百合会と黒百合会というあそこで相対してる二人がリーダー各なんですけど...迷惑かけてしまって申し訳ないです」

 

「そんな、エルザさんは何も悪くないよ」

 

ルミ姉が笑顔でフォローするが、まったくもってその通りだ。

 

聖リリィ女学院っておしとやかなお嬢様学校なんじゃなかったっけ?こんな派閥争いで荒々しかったり、むっちゃ毒を吐く奴がいたりするなんて聞いてないんだけど...

 

これは女子目当てだったグレン先生は御愁傷様としか言えんな...

 

「と、とりあえず後方車両なら巻き込まれないのでそちらにいきますか?」

 

「だな。こんな面倒事はたくさんだ」

 

「ん、うるさい」

 

グレン先生が辟易とした表情で、リィエルも眉を潜めながらエルザに同意する。そんな二人に、エルザも苦笑を漏らさざるを得なかった。

 

━━━━

 

確かに後方車両は派閥争いには捲き込まれない。それは確かだった。だが...

 

「席がねぇ...」

 

グレン先生がぼそりと呟くように言った通り、空いている席がほとんどないのだ。

 

この列車はアルザーノ帝国の帝都であるオルランドから出ている。ならば必然的に乗車している人の人数も多いわけで、それも列車が出てからかなり時間が経っている。席が埋まるのも仕方ないだろう。

 

「にしてもあんな事やってる暇があったら席を譲ったりしなさいよね!人としてどうかと思うわ!」

 

「それは俺も思った。てか列車で暴れるってどうなのよそこんとこ」

 

「あそこにいる人のほとんどがどこかの有力貴族の跡取りだったりで、大人も注意したくても出来ない状態なんです」

 

「権力が怖くてなんも出来ないってか。軟弱な大人達だぜまったく」

 

長いものには巻かれろなグレン先生からよくそんな言葉が出るものだとシス姉と二人して冷たい視線を送るが、グレン先生は気にしていないのか気づいていないのかそのまま席を探し続ける。

 

「つってもな~、聖リリィ女学院まで数時間かかるし、その間ずっと立っとくのもなぁ。俺やシン、リィエルは良いにしても白猫とルミアにエルザには酷だからな...」

 

「先生!いい方法がありますよ!」

 

「ほう?なんだ、シン言ってみろよ」

 

グレン先生が怪訝な視線をこちらに向けるのと同時に、他の四人も同じように俺を見る。

 

「簡単なことですよ。俺たちは座る席が欲しい。けれど他の席は埋まっており、前方車両はなんかよくわからん派閥争いのせいで占領中。ならすることは一つ!」

 

「だからなんなのよ?」

 

「フッフッフッ...」

 

シス姉の問いに、俺は不敵に笑ってみせる。

 

「簡単じゃねえか、前で暴れている奴全員ボコって黙らせて前方車両を解放!で、俺らはそこに座る。女学院の生徒とコミュニケーション(物理)も出来るし一石二鳥ですよ!!」

 

「っ!...確かに」

 

「いやいや納得するんじゃねぇーよ!?それ問題だから!あとコミュニケーションのあとのカッコはなんだよ!?」

 

グレン先生が全否定するが、そうでもしないと座れないのだ。相手がルールを守らないのなら、こちらも律儀に守る必要はない。

 

「てなわけで行くぞリィエル。無双の時間だ」

 

「ん、敵は狩る」

 

「だめだってんだろうがぁぁぁぁぁあ!!」

 

「「あがっ!?」」

 

一際大きな声で怒鳴りながら、グレン先生が俺ら二人に拳骨を振りかざした。何故だ...解せぬ。

 

「でもどうしますか?」

 

「あ~手短なのは誰かが席を退くのを待つしかねぇな」

 

「ねぇ先生、やっぱりボコって黙らせるのは━━」

 

「無しだあほが」

 

ちぇ...結構いい策だと思ったんだけどなぁ。

 

けどそれじゃ次の駅まで待たないといけないんだけど、確か次の駅って結構先だよな...こりゃキツそうだな。

 

「あ、あの...席ならどうにかなるかもしれません」

 

「「「え?」」」

 

エルザの唐突な発言に、リィエルを除く俺達三人はそんなまぬけな声を出した。

 

「え、どうにかなるってどうやって...」

 

「多分もっと奥にある個室席に、私の友達がいるはずなんです。彼女はいつも個室席を一人で使ってるから、お願いすれば入れてくれるかもしれません」

 

「マジでか!?やったなお前ら!!」

 

一人でヤッターと子供のようにはしゃぐグレン先生に、シス姉がため息を吐く。なんだか大人げないな、学生の席を喜んで借りる教師の図って。あれ?それもしかして俺も入る?

 

「あ、でも...」

 

「ん?どした?」

 

エルザは何故かそこで言い淀む。それに俺が尋ねると、エルザは少し間を開けて話し出した。

 

「その子、ちょっと気難しい子で。ちょっと口が悪いというか...」

 

「大丈夫大丈夫!こっちにも口も悪いすぐに手を出すし、胸とかその他もろもろ気難しい奴がいる痛い痛い痛い痛い!?」

 

「あなたは一体誰の事を指して言ってるのかしら?」

 

シス姉が俺の頭を全力で握りながら笑顔で聞いてくるが、俄然目が笑ってないのでその表情には恐怖しかない。

 

「誰もシス姉の事なんて言ってないだろ!?」

 

「あんなにこっちガン見しながら言ってたじゃない」

 

いやだって...ねぇ?

 

こうやってすぐに暴力に出るし、素直じゃないし、いつまでも胸は板のままだし、もう救いようがないというか...

 

「へぇ...シンはそんなに死にたいのね。今この列車から投げ下ろしたら簡単に行けるわよ?あの世」

 

「後生ですからお助けくださいお姉様」

 

シス姉のやつ、自然に俺の心を読んできやがった!さすがにシス姉の声音が氷点下を軽く越えてきそうなので、全力で謝っておく。

 

本気で怒ったシス姉は手がつけられないんだよ。これは体験談です。

 

「姉弟なかがいいんですね?」

 

「仲良くなんてないわよ!?」

 

「そんなばっさり否定しなくてもいいんじゃないですかね...」

 

さすがにそんなきつく言われると心に来るものがある。

 

「さてと、んじゃまぁそのエルザの友達の所に連れてってくれないか?」

 

「わかりました。断られたらすみません」

 

申し訳なさげに謝れるが、こっちはお願いしている側だ。そんな下に出られると何だかえもいわれぬ罪悪感があるな...

 

とそんな事を考えながらエルザ先頭で歩いていると、どうやら個室席のある車両へとたどり着く。

 

そしてエルザは迷うことなく一つの個室席の扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

返事が返ってきたのを確認すると、エルザはこちらの方を向く。

 

「確認してくるので、少しだけ待ってもらっていいですか?」

 

その問いに全員で首を縦に振る。そしてエルザは部屋へと入っていった。

 

なにか話す声は聞こえるが、声が聞こえるだけで何を話しているのかまではわからない。この扉結構遮音性いいんだな。これ閉めてたら多分あの爆発音聞こえなかったわ。

 

「でもいいんでしょうか?こんなにお邪魔して」

 

「相手が良いって言うならいいんじゃねぇのか?ま、良いって言えばの話だけどな」

 

「ですね...」

 

俺らが座れるかどうかは、この扉一枚奥にいる少女の意見一つで大きく変わるのだ。出来ればOKでありますように。

 

そこで部屋から少し騒がしい声が聞こえたかと思うと、エルザが扉を開けた。

 

「ちょっと無理やりですけど大丈夫です」

 

「マジ!じゃお邪魔しまーす」

 

「ちょ、シン!?」

 

シス姉が制止を促すように言うが聞く気はない。とりあえず扉を大きく開くと━━━

 

「「あっ」」

 

俺は思わずそんな声を出してしまった。だって仕方ないだろう?

 

扉の奥に居たのは、優雅に紅茶を飲みながら俺と同じように呆けた顔になっているオルタンシアがいたのだから。

 

「な、な...」

 

そんな硬直を先に解いたのはオルタンシアだった。

 

「なんであんたがここにいるのよ!?」

 

「エルザに誘われて」

 

「ここに来るってあんたの事だったの!?」

 

最悪!!と言いながらキリッと睨んでくるが、俺の後ろではグレン先生やエルザ達が驚いたような表情になっている。

 

「シン...知り合い?」

 

「ああ、これに乗るとき間に合いそうになかったから窓割って飛び込んだんだよ。その時に入ったのがこの部屋で、その経緯で仲良くなった」

 

リィエルが何故か不機嫌そうな声音で尋ねたのにそう返すと、オルタンシアはふんっと鼻をならした。

 

「仲良く?何を寝惚けた事を言ってるのかしら?こっちはあんたと仲良くなる気なんてさらさらないんですけど」

 

「んな酷いこと言うなよ。」

 

俺はやれやれと首を振ると、左側にどすっと衝撃が乗った。その覚えのある衝撃を受けた方を見ると...

 

「......」

 

無言でリィエルが俺の腕に自分の腕を絡ませ、むすーとした表情でオルタンシアを見ていた。

 

え?なにこの状況...

 

「リィエル?どした?」

 

「なんだか、こうしたい気分」

 

「ああ、そう...」

 

よく分からない態度をとるリィエルに、敵意と嫌悪感を丸出しにするオルタンシア。そんな俺達を苦笑いしながら見るシス姉とルミ姉、そしてエルザ。加えてこれを面白そうにニヤニヤと眺めるグレン先生。

 

(カオスだ...むっちゃカオスだ...)

 

そんなよく分からない空気に、俺はそう思うしかなかった。

 

俺をあわれむように、列車は汽笛を響き渡らせた。

 

 

 

 





邪ンヌの口調ってこれであってるかな...少し不安になってくる。

感想お待ちしてまーす。


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素直じゃない奴は煽ると簡単に怒る


1ヶ月も放置してすみませんでした・・・

テストとかその他諸々があったんです。許して?

因みにどうでもいい話として、今日俺の誕生日です。

祝え!俺の誕生を!!

あと今回今までで一番長いかも


何度も説明しているが、聖リリィ女学院に通う生徒達のほとんどはいいとこでのお嬢様である。

 

それに伴って普通なら礼儀作法にかなり精通しているはずなのだ。

 

きっと普通ならそうなんだろう。けど・・・

 

「こりゃないぞ普通・・・」

 

黒板に背中を預けながら、今目の前の光景に頬をひきつらせている。俺とグレン先生が受け持つのは大体四十人くらいのクラス。

 

そこにシス姉やルミ姉、リィエルが一緒になって学問に励むはずなのだが、今目の前のそれはそんな考えとは天と地ほどの差があった。

 

四十人近い人数はぱっくり半分に割れ、それぞれでグレン先生の授業も聞かずにやりたい放題。

 

片方は電車内で遭遇した黒百合会。こっちは賭けチェスや賭けトランプで勝手に盛り上がり、白百合会の連中はというと優雅にティータイムに興じながら雑談中。

 

一回聞くけどここ学校だよね?それにお嬢様が通う聖リリィ女学院だよね?

 

「思ってたのと全然違うんですけど・・・」

 

「そりゃ俺だって言ってやりてーよ・・・」

 

一人呟いた事に、隣のグレン先生が答えてくれるがそれはなかなかボロボロな有り様だ。

 

ついさっき先生は勇敢にもあいつらに授業を聞けと怒鳴りにいったのだが、まさかの反抗にあい全身に魔法を受けてこの様だ。御愁傷様と合掌を送ってやりたい。

 

「くっそー、んだよこれ。これじゃひねくれた奴が多いけどアルザーノ帝国魔術学院の方が何倍もましだぜ・・・」

 

「でもこれ端から見てたら学院に来た当初の先生そのものですよ」

 

「うっ・・・それを言われたら痛い・・・」

 

居心地の悪さを感じたのか、俺からさーと視線を逸らしていく。が、残念ながら向けた先にはさらにうるさい奴が。

 

「そうですよ先生、これで真面目に授業をしてもらえない生徒の気持ちをわかりました?大体先生は不真面目すぎるんですよ!それにですね━━━」

 

くどくどと始まったシス姉の説教に、グレン先生は面倒臭そうな顔になるが、悪いがこればかりは俺にどうにか出来る話じゃない。それにシス姉もなんだかんだ楽しそうだし。

 

「にしてもどうしますこれ?このままじゃ留学もくそもないですよ」

 

「そーなんだよなぁ・・・ったく誰だよこんなクラスにした奴。今からそいつシバき倒しに行きたい」

 

「同感です」

 

学級崩壊と言うことすら生ぬるいような有り得ないこの様子に、俺は深いため息をつくほかない。

 

この学校にある二つの派閥白百合会と黒百合会。この二つのリーダーであるフランシーヌとコレットを筆頭とした派閥の有力者をこれでもかと詰め込んだクラス。それが俺達が受け持つ事になったクラスの実態である。

 

(てかこれ完全に面倒事押し付けられてるよな・・・授業もなんも出来ねぇじゃんか)

 

さてどうしたもんかとグレン先生と二人で悩んでいると、俺達に誰かが声を投げ掛けた。

 

「本当にすみません・・・はるばる遠くから来てくださったのに、こんな事になって・・・」

 

「んな事言ったって仕方ないってエルザ。それにこれはエルザのせいな訳でもないし」

 

声をかけてきたのは、電車であったエルザ。なんとエルザもこのクラスの所属だという。このクラス唯一のまとも枠だ。いやホントにマジで。

 

「けどよエルザ、お前は呑気に授業受けてていいのか?あの下らないお遊びに付き合わなかったら、お前孤立すんぞ?」

 

「そこは大丈夫です。わ、私は黒百合会にも白百合にも所属してないんですよ・・・」

 

グレン先生の問いに、エルザが少し寂しげに答えた。

 

「私は、魔術師としては落ちこぼれなんです」

 

「へー。なんか意外だな。なんかこう・・・ザ優等生って感じだったから」

 

「確かにな。」

 

グレン先生が納得するなか、エルザは苦笑を浮かべながら話を続ける。

 

「それなので、皆の輪の中に入るのは少し悪い気がして・・・」

 

「別に気にしなくていいだろんな事。それともなんだ?別の理由でも━━━」

 

「あまり詮索するのは野暮ではないですか?シンシア先生。」

 

今度は別の方向から聞こえた声の方向に顔を向けると、そちらには片目を髪で確実少し変わった髪型の女子がこちらを見ていた。

 

「えっと・・・誰?」

 

「これは名乗るのが遅れました。あそこでバカやってるフランシーヌ様の侍女をしているジニー=キサラギです。」

 

ペコッと下げられた頭に合わせるように俺とグレン先生も頭を下げる。てかいまこいつ自分の主の事バカにしなかった?それでいいのか侍女よ。

 

でもこの中じゃエルザに次いでまともそうだ。

 

「ジニーだっけか?この状況はどうにかならないわけ?」

 

「無理ですね、私が言って聞くならとっくの昔にやってますよ」

 

ジニーも諦めているのか、気にしたら負けだとでも言いたげに騒がしい方向を見向きもしない。

 

「でもよ、ヤンキーみたいな黒百合会はわかるが白百合会もあんな暴挙に出てるのはなんでだ?最初に聞いた話だと、白百合会は伝統を重んじる派閥じゃなかったのか?」

 

グレン先生の質問ももっともな話だろう。

 

最初に聞いた話によると、この学院は白百合会と黒百合会の二つが存在しており秩序と規律を重んじる伝統派閥が白百合会。それに打って変わって今頭角を伸ばしてきているのが自由を尊ぶ黒百合会。

 

この二つがせめぎあっているという糞ほどどうでもいい話なんだけど、これを信じるなら伝統と規律を重んじる白百合会の連中はきちんと授業を聞くはずなのだが、そんな素振りは一切見えない。

 

「重んじるは重んじてますよ。代々白百合会はこの朝の時間をお茶会の時間として伝統としているんですから。だからそれを邪魔する輩は誰であろうと敵なんですよ」

 

「なんだその暴論!?んな事が通るのかよ!?」

 

「それが通るんですよ。ここの生徒達がそれを学院側に認めさせていますから」

 

「うっそだろ・・・」

 

これじゃ学校なんて言えない。ただの自由広場だ。向上心のあるジニーやエルザからすればいい迷惑以外なんでもない。

 

呆れるように辺りを見ていると、エルザのとなりの席が不自然に空いているのに気がついた。

 

「エルザ、そこの席の奴もあの輪の中にいるのか?」

 

「あっいえ、ここは・・・」

 

さっきと違い少し躊躇いを見せたが、間をおいてエルザは話し始めた。

 

「この席はオルちゃんのなんです・・・」

 

「オルちゃん?え!オルタンシアもこのクラスなの!?」

 

こくりと頷くエルザに、俺は内心面倒臭さでいっぱいになった。

 

何故かオルタンシアに異常なほど嫌われてしまっているのにそいつがこのクラスにいて、それに加えて派閥争いの最前線。もう胃が痛い・・・

 

「しっかしオルタンシア=ベーテンねぇ・・・もしかしてあのベーテン家か?」

 

「ええそうです。よくご存知ですねレーン先生」

 

「まぁこの名前は結構有名だからな」

 

「オルタンシアさんの名字は有名なんですか?」

 

グレン先生に質問を投げ掛けたのはルミ姉だ。その隣でシス姉も興味を持ったのかこちらに体を向けている。因みにリィエルはエルザの肩に頭をのせて熟睡中だ。お前のための留学なのにお前が寝てどうすんだよ・・・

 

「シンとルミアがわからないのはなんとなくわかってたが、白猫が知らないのは意外だな。あれだよ、メルガリウスの魔法使いに出てくる龍の巫女。」

 

「?確かにそれの名前はベーテンですけど、それは偶然なんじゃ・・・」

 

「その元になった本当の龍の巫女の一族の名前だよ」

 

「ええっ!?」

 

「マジで!?」

 

オルタンシアが龍の巫女!?すげー!!

 

「スノリア地方ではまだ龍を崇拝する文化があってな。そこにはベーテンの名を持つ龍の巫女が代々継承されてんだよ。まさかその家系の人間に会うとは思ってなかったがな」

 

「レーン先生の言うとおりです。」

 

なるほど、ならオルタンシアもなかなかの名家の生まれってこった。まぁそれはともかく・・・

 

「なんでこいついないんだ?」

 

「それは・・・」

 

言いにくそうな表情になったエルザに、俺はすぐに断りを入れようとしたがそれよりも先にジニーが俺の問いに答えた。

 

「簡単な話です。受ける必要がないからですよ」

 

「は?どうゆうことだ?」

 

「オルタンシアさんはこのクラス、ひいては学年でトップの成績を納めるんですよ」

 

「へぇ、あいつそんなに出来る奴だったんだ」

 

ただの皮肉やじゃないって訳か。

 

「でも教室はこんな状態で授業もろくに成り立たない事に腹をたてたのか、それとも黒百合会だの白百合会だの下らない事に必死になる周りがバカらしくなったのか、最近はほとんど授業にも顔を出さないんです。でもテストも実技も文句なしなので何の問題もないわけですが。」

 

「まぁこんな惨状を見れば、呆れ返るのも仕方ないわね・・・」

 

「あはは・・・」

 

ジト目で隣でばか騒ぎに興じる彼女らを見るシス姉に、ルミ姉も乾いた笑いしか浮かべない。こればっかりはルミ姉も擁護出来ないんだろう。

 

「にしても授業にも出ないのかそいつ・・・せっかくわかりやすく授業やってやってんのに。」

 

「そうですよね。この質の高さは驚きました」

 

「本当ですよ!こんな授業を毎日受けられている皆さんが羨ましいです!!」

 

「えへへ・・・そ、そう?」

 

シス姉よ、そこは照れるところではないんじゃないか?

 

にしてもこの空気は面倒くさいよな・・・実力行使で黙らせていいんならやるけど、それは後々がうるさそうだし・・・

 

あっ、そうだ♪

 

「先生!やっぱり授業を聞かないのは俺ダメだと思うんですよ」

 

「うん急にどうした?」

 

怪しげに俺を見てくる先生を無視して、俺は自分が思うことを口にする。

 

「先生のレベルの高い授業は皆に共有すべきですよ。だよなシス姉、ルミ姉!!」

 

「え、ええ・・・」

 

「うん。そう思うけど・・・」

 

うしっ二人の言質とったぞ!!

 

「てなわけで・・・」

 

くるりと体の向きを変え、入り口の扉の方を向く。

 

「俺は授業に出ない不良生徒を連れ戻してくるんで!!あとはよろしく!!」

 

「はぁ!?おま、お前この状況俺に丸投げすんな!!」

 

「適材適所っすよ!んじゃ!!」

 

これ以上モタモタしてたら強引に先生やシス姉に捕まると思い、床を蹴って一気に教室から飛び出る。

 

後ろでまだ何かを言っているような気がするが無視だ無視。気にしたら負けである。

 

(学生が授業をサボってる時どこにいるか・・・そんなの一個しかねぇな!!)

 

走りながらオルタンシアがいるところに目星をつけ、俺はさらに加速していくのだった。

 

シンシアsideout

 

━━━

 

オルタンシアside

 

『あれが今代の龍の巫女?』

 

『なんで姉の方じゃないのかしら?』

 

やめて。

 

『お姉さんの方は、この街の歴史でもトップレベルの魔術師らしいわよ。』

 

『それに比べたらあの娘はねぇ・・・それに目付きも悪いし・・・』

 

『だめよ、先代が選んだのは彼女なんだから』

 

私だってなりたくてなったんじゃない。あいつが選ばれたら私も諸手を挙げて喜んだわよ。それなのに━━━

 

『次代の龍の巫女は、オルタンシアとする。以後励むように』

 

嫌だ。そんなことやりたくない。私はもう比べれるなんてたくさんなの・・・

 

『凄いですね!!お姉ちゃん、応援してますからね!!』

 

やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて。

 

『頑張ってくださいね!どんと胸を張ってください!!じゃなきゃ皆に笑われます、論破です!!』

 

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!

 

『私はお前に期待している。頑張ってくれ』

 

「うるさいっ!!!」

 

かばっと勢いよく体を起こすと、聞こえてきた声も見えていた映像も見えず、そこには綺麗な晴天が目に入るだけ。

 

どうやら夢を見ていたみたいだ。それもかなり悪い夢。

 

「はぁ・・・気分悪っ・・・」

 

せっかく下らない授業をサボっているというのに、こんな気持ちになるなんて本当に最悪だ。あんなこと、考えたくもないというのに。

 

どうせ今頃、臨時で来たあのアホみたいなやつとレーンとか言う二人があの幼稚なクラスに手を焼いているのだろう。その様子を想像すると、少しだけ醜い笑みが浮かんでしまう。

 

「すぐにあのクラスを受け持つのも諦めるでしょう。あんな大人になりきれない子供の相手なんて、誰もしたくないでしょうしね。」

 

まったく、私はここに魔術を勉強しに来たはずなのに・・・こんな惨状だなんて誰が想像するだろうか?これでは向上心を持つことすら馬鹿馬鹿しくなってくる。

 

(さてと、もう一眠りでもしましょうか。二度もあんな夢を見ることもないでしょうし、それにもう少しであんな夢なんて見なくてよくなるんだから・・・)

 

自分にそう言い聞かせて、また瞼を閉じたとき、

 

ガチャリと空気の読まない音が、屋上に響き渡った。

 

「おっ」

 

「は?」

 

扉から現れたのは、今頃問題児達に手を焼いているはずの臨時講師の片割れ。それも私が一番嫌いなタイプの奴だ。

 

「やっぱここにいたか。サボりっつったら屋上が妥当だよな」

 

「・・・なんです?私を呼び戻しにでも来ましたか?あいにくながら、あそこで授業を受けるなんて時間の無駄です」

 

「おいおいグレ・・・じゃなかったレーン先生の授業まだ一回も受けてないじゃねーか。あの人ひととしては残念だけど、授業はマジですごいから」

 

この男が言うことをふんと鼻をならして一蹴する。だが彼にはそれに対して嫌な思いをしていないようにけろんとしていた。

 

これが嫌なのだ。誰でも信じる、疑うことを知らないような奴。

 

まるで、あいつみたいだからこいつは嫌いだ。

 

「というかお前ってすごい家系の奴だったんだな!!」

 

「っ!?」

 

いきなり飛んだ言葉に、私は自分の耳を疑った。だがそんな私の驚いた表情に気がつかないのか、この男はすらすらと喋るのをやめない。

 

「龍の巫女の家系だっけ?なんかカッコいいよな!俺なんて魔術師の名家とか言われてるけど俺は━━━」

 

「それを言うのをやめなさい!!!」

 

反射的に怒鳴ってしまった。唐突な私の行動にこの男は少し驚いたようになったが、すぐに申し訳なさそうな顔になった。

 

「悪い・・・皆が皆家を誇ってるわけじゃないよな。不粋な真似して申し訳ない」

 

きっと彼は本当に心のそこからそう思ってその謝罪を口にしているのだろう。だが、それが余計に勘に触る。

 

こいつに何がわかるんだろう?私の何がわかるんだろう?何もわかっていないくせに、少しでも知ったような口振りで。聞いていて腹が立つ。

 

「まぁとりあえず戻ろうぜ。先生も授業してるし少しは━━━」

 

「くどい!何度も言っているでしょう?私はそんな無駄な事に時間を割きたくないと・・・」

 

そこまで言って、下から何か騒がしい声が聞こえてきた。そちらへ目を向けると、見慣れた輩が見覚えのある輩と魔術を撃ち合っている。

 

「あり?シス姉とルミ姉?リィエルまで・・・それに相手は黒百合会のリーダーのコレット?とあの縦ロールは白百合会のフランシーヌだっけ。あ、ジニーまで出てんじゃん・・・どうしてこうなった・・・」

 

困惑ぎみにこの男が言うのなら、この模擬戦がなぜ行われたのかはこいつも知らないのだろう。

 

「ま、どうせ勝つのはシス姉達だろうけど・・・そだ!!」

 

手をポンと叩いて、こいつは何か思い付いたみたいに私を見た。

 

「なぁ、俺らも模擬戦しない?それで、オルタンシアが負けたら俺に付いてきてきっちり授業を受ける。俺が負けたらもう絡まない。これでどうだ?」

 

「はぁ?なんで私がそんな面倒な事をしなきゃいけないのよ。そういう下らないことはあんた達で勝手にやってなさい」

 

「ふーん・・・」

 

本当になんなんだいきなり、なんで私がこんな奴と模擬戦をしなければ行けないんだ。合理性に欠ける。本当にこいつはよくわから━━

 

「なんだ、負けるのが怖いならそう言えよー」

 

「・・・は?」

 

少しだけ眉をひくつかせながら、どすの聞かせた声でこいつに聞き返した。

 

「それも仕方ないよな、俺は一応講師だし?いくらここの学年トップの実力者っても勝てないわな。うんうん納得納得、俺だって負けるってわかってて勝負は挑みたくはないな。ごめんなフェアじゃなかったわ」

 

軽薄そうに言うこいつ。

 

私が?こいつに勝てない?こんな常識知らずのお人好しのバカに、私が勝てない?

 

冗談じゃない。冗談じゃない!!!

 

「いいわ、やってやろうじゃない!地べたを這いずり回させてやるわ!私に挑んだ事を後悔させてやる!!」

 

「チョロいな・・・」

 

あいつが何かボソッと呟いたのが聞こえたが今はそんな事は関係ない。そんな事よりも重要なのは、こいつの鼻を明かす事だ。

 

腰に刺さった細めの十字剣を引き抜き、剣先をこいつに向ける。

 

「俺も最近あんま体動かせてなかったんだわ。だから、リハビリとしてよろしく」

 

「なめるんじゃ、ないわよ!!」

 

無我夢中で、私は固い床を蹴った。

 

このバカに、一泡吹かせるために。

 

そんな私の内心には、もう寝起きに感じた気持ちの悪い感覚はどこにもなかった。

 

━━━

 

「はーいそこまで。勝者は白猫、ルミア、リィエルのチーム。まぁそりゃそうなるわな」

 

模擬戦終了の音頭を取りながら、グレンは結果に満足するようににやりと笑いながらそんなことを口にする。

 

はっきり言って、模擬戦の内容は終始留学生の三人が優勢だった。

 

システィーナの的確でキレのある魔術行使、ルミアの丁寧なサポート。そして言うまでもなくリィエルの戦闘技術、これらに敵うようなハイスペックなお嬢様はここには存在しなかったのだ。

 

「さてと、負けたお前らに質問だが、なんで負けたかは理解してるか?」

 

「「「・・・」」」

 

質問を投げ掛けられたコレット、フランシーヌ、ジニーは口を一文字に結んでなにも答えない。あれだけこてんぱんにやられれば心が折れるのも仕方がないだろう。それほどまでに、彼女らとの差は大きかったのだ。

 

「まずフランシーヌ、お前は感情が顔と動作に出過ぎだ。そんなんだからあっさり次の動きを読まれて攻撃されんだよ。」

 

「うっ・・・」

 

「次はコレット、魔術師失格。あんな見え透いた罠に引っ掛かってどーすんだよ。そんなんじゃ戦場ですぐに死ぬぞ?もっと頭を使え頭を」

 

「ぬぐっ・・・はい・・・」

 

「最後にジニー、お前は戦況判断が最悪だ。リィエルに一人で太刀打ち出来ないのは、お前ならすぐにわかっただろうに」

 

この戦い、リィエルとジニーは一対一で戦っていたのだが、結局ジニーはリィエルに一撃も与えることは出来なかった。因みにリィエルは攻撃は禁止(やり過ぎる可能性大だから)。

 

「魔術師として力が足りないのは恥ずかしいことじゃない。ただな、実力が届かないのにがむしゃらにやるだけならそれは恥ずべき行為だ。よく覚えとけ」

 

「・・・ご高説、痛み入ります」

 

余程その言葉が身にしみたのだろう。ジニーは強く頷きながらそう答えた。

 

三人に言いたい事を言ったあと、グレンは辺りにいる他の生徒に目を向けながら言った。

 

「お前らは魔術を勘違いしてんだよ。魔術はただの戦いの中の一手ってだけだ。それをいかに工夫し、知恵を振り絞るかが大事なんだよ。お前らみたいにただ力をそのまま振り回すのは、そこらのチンピラと変わらん」

 

それが的を射ているから、彼女らはなにも言えない。今まで自分達が見てきた常識をぶち壊されたのを目の前で見たからこそ、グレンの言葉がよく突き刺さる。

 

「さてと、んで俺が何を言いたいかだけど。今のお前らは魔術師じゃない。ただの魔術使いだ。だけどな・・・」

 

「俺なら、お前達を魔術師にしてやれる」

 

絶対的な自信が含められたその笑みに、全員が見いってしまう。グレンには、それを言わしめるほどの自信が確かにあるのだ。

 

「ほんの少しでも俺の授業を聞きたいなら歓迎してやる。本当の魔術ってのをその胸に刻んでやるよ」

 

尊大な物言いと男らしい(本当に男なのだが)態度に、周りの生徒が侮辱とは違うベクトルの騒がしさを醸し始めた。

 

「すごい御方。今までとは全然違う・・・」

 

「器が違いすぎる・・・」

 

「あれだけ傍若無人な態度をとっていたのに、それを水に流すなんて・・・」

 

「この先公凄すぎる・・・」

 

尊敬の畏怖の敬を込めた視線を送る生徒達。さっきまでの態度はどこへやら、今彼女らにとってグレンはカリスマそのものだ。

 

(チョロい・・・チョロい過ぎるぜこいつら!!これだから箱入り娘は。ちょっと落としてあげてやればこんなに俺に釘付け、本当にチョロ過ぎて心配になってくるぜ)

 

自分のずる賢さと、彼女らのチョロさに怖くなっていたグレンの袖を、誰かがクイクイと引っ張った。

 

「ん?どした?」

 

「グレン、シンはどこ?」

 

「あ」

 

今の今まで完璧に頭から抜け落ちていた。そんな感じの不抜けた声を出したグレンに、システィーナがため息をついた。

 

「にしても遅いわね・・・」

 

「もしかしてまだ校内を探し回ってたりして・・・」

 

「あいつに限ってそんな・・・いやあり得るかも」

 

姉として少し悲しくなるシスティーナだが、だとしたらなかなかに面倒な事になる。

 

「シンってあれ?顔に黒い気持ち悪い模様が入った・・・」

 

「ああ、固有魔術(オリジナル)を持った男の人よね?レーン先生ほど凄い人なのかしら?」

 

「んな事ないだろ。どうせレーン先生のおまけだろ。じゃなきゃ私達と同い年で講師としてくるなんておかしいじゃんか」

 

シンシアのあられもない話が飛び交い始めると、システィーナとルミアとリィエルが眉を潜める。そしてリィエルが一言言ってやろうと足を一歩踏み出したその時、

 

彼女らの上方から、大きな爆音が轟いた。

 

「きゃあ!!」

 

「なんだ!?」

 

グレンが上を見ると、屋上からこちらに向かって飛び降りてくる人影が一つ。それは器用に黒魔【グラビティ・コントロール】を使って綺麗に地面に着地した。

 

「オルタンシアさん?」

 

「なんであんな所から・・・」

 

屋上から来たのは、シンシアが探しに行く理由となったオルタンシア。だが様子がおかしい。

 

何か焦るような表情に、手には十字の剣が持たれている。まるで今何かと戦っているかのように。

 

「おい、これはどういう事だ?」

 

グレンが疑問を口にしたと思うと、屋上からやってくる人影がもう一つ。

 

人影は【グラビティ・コントロール】も使わずに着地すると、講師用のローブを翻しながら焦りを浮かべるオルタンシアへと不敵に笑って見せた。

 

「おいおいそんなもんか?学年トップ。」

 

「うっさいわね!!」

 

飛び降りてきたシンシアは、煽るようにオルタンシアに言うと打てば響くようにオルタンシアが返した。

 

「おいシン、こりゃ一体・・・」

 

「模擬戦ですよ。俺が勝ったらオルタンシアは授業を受けるって話で。てかオルタンシアって長いな・・・」

 

シンシアは余程余裕があるのか、戦闘中にも関わらずグレンの問いかけにすらすらと答えていく。それが勘に触ったのかオルタンシアは剣先をシンシアへと向けて詠唱を始めた。

 

「《穿て・貫け・大気の一撃》っ!!」

 

「よっと」

 

オルタンシアが発動した風の魔術、【ストライク・エア】。空気を槍のような形状にして放つその魔術も、シンシアは焦る事もなく回避。

 

「《白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆け抜けよ》っ!」

 

「それはさっき見た!!」

 

黒魔【アイス・ブリザード】によって飛んでくる氷弾を気にせずに前へ飛ぶシンシア。前へ飛ぶが、氷弾には掠りもしない。

 

一歩、また一歩とシンシアがオルタンシアへと距離を詰めていく。だが、ある程度進んだ時シンシアの足元で魔術陣が展開された。

 

「これで終わりよ!!」

 

罠魔術【バーン・フロア】の爆発がシンシアを襲う。直撃すれば死亡判定が入り、模擬戦の勝利が確実になる一撃が入ったのを見てオルタンシアは満足げだ。

 

「なんだ呆気ないな・・・」

 

「リィエルさんやシスティーナさんを見たあとだと、なんだか弱い気がしますね」

 

「バーカ」

 

コレットとフランシーヌの率直な疑問に、グレンは小バカにするように返す。

 

「あいつはその程度じゃねぇよ」

 

グレンの言葉の意味がわからず、二人はまだ爆煙の上がる場所を見つめる。すると・・・

 

「「ええっ!?」」

 

煙の中から現れたのは、巨大な盾。それは彼女らの倍はあろうかというサイズのそれは、爆発前には存在しなかったものだ。

 

「防御完了!」

 

大盾をその辺に投げ捨てながら、シンシアはそう言い放った。その通り、シンシアには傷一つない。

 

「さすがにこのままじゃ終わりそうにないし、そろそろ攻撃開始といきますか。」

 

右手を前に突き出し、狙いを定めたシンシアは、ここで始めて攻撃のための魔術の詠唱を開始する。

 

「《黒雷よ・導け・我に勝利を》っ!!」

 

詠唱と共に現れた黒い魔術陣から、6つの黒い稲島が迸る。それらは寸分違わない狙いでオルタンシアを射ぬかんと飛ぶ。

 

「くっ!」

 

それを回避するために横に飛ぶオルタンシア。だが、それを追いかけるように黒い稲妻は進行方向を変えてオルタンシアへ襲いかかる。

 

「なんなのよっ!これっ!!」

 

飛んでくる稲妻を手に持つ剣で防御する。オルタンシアも予想外なこの攻撃に、目を見開きながら驚いた。

 

「あいつの固有魔術(オリジナル)の一つ、【ホーミング・ライトニング】。対象となる物を先に狙って、それを自動的に追尾する稲妻を放つ魔術だ。」

 

わかっていない他の生徒に解説するグレンに、全員が舌を巻く。この高レベルな魔術を自分で作ったのが自分達と同い年という事が彼女らに大きな衝撃を与えたのだ。

 

「《我・時の頸木より・解放されたし》!」

 

隙が出来たのを見逃さず、シンシアはすぐさま【タイム・アクセラレイト】を発動。それによる超高速移動によってオルタンシアに肉薄する。そしてまだ効果が切れぬ内にオルタンシアの剣を奪い、剣先を喉元に突きつける。

 

わずか数秒。その間に、勝負は決まってしまった。

 

「これで俺の勝ち!」

 

「あり得ない・・・私が・・・こんな奴に・・・!!」

 

「これからは授業をちゃんと聞けよ?オルタ」

 

「はぁ!?オルタ!?ちょっと!?私の名前勝手に略さないでくれる!?」

 

「だって長いんだもん」

 

負けてギャーギャーとわめくオルタンシアを他所に、全生徒は唖然とする他なかった。

 

オルタンシアは、コレットやフランシーヌというクラスの実力者でも勝てないほどの猛者だ。それをこうまでシンシアが一方的な試合運びで圧勝するなど、誰が予想しようか。

 

「罠に錬金術で作り出した大盾で確実に防御する知恵。相手に次の動きを読ませない行動。威力の低い【ホーミング・ライトニング】で相手に隙を作り、そこを高速で動けるようになる【タイム・アクセラレイト】で勝負を畳み掛ける状況判断。これだけ揃ってて、まだあいつをバカに出来るか?」

 

全員が被るように首を横にブンブンと振ってその質問に答えた。

 

「これが、シンシア=フィーベルという魔術師だ。今のお前らに無いものは、あいつが全部持ってる。確実にお前らの見本になれる奴だ。しっかり見て覚えるよーに」

 

「「「はいっ!!」」」

 

シンシアに向けられていた軽蔑の視線は、いつの間にかグレンに向けられる尊敬の視線と同じものに変わっていた。

 

その手のひら返しの早さにジニーとシスティーナは呆れ、ルミアは苦笑を漏らし、リィエルはシンシアの実力を周りが理解したことに満足していた。

 

だから、模擬戦を行うグレンの顔にどこか哀しさが漂っていた事に、誰も気がつくことはなかった。

 

 

 

 

 

 





どうでしか?

感想や批評待ってます。気兼ねなく送ってください。


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何故か始まる修羅場


評価バーが、赤い!だと・・・

ランキングに乗って怒涛のお気に入りの増える量に若干引き気味なzhkです。

みなさんありがとうございます!

前座はこれくらいにして、本編どうぞ!!


さて、なんやかんやありまして一応生徒の信頼と尊敬はゲットしました。シンシア=フィーベルです。

 

グレン先生は何かしたみたいだけど、俺からすればあいつらの目の前でちょっと暴れただけ。それだけで他の奴等から信頼が貰えるなら御の字だ。

 

「御の字、なんだよな?」

 

「おまえ首かしげてる暇があるなら俺を助けろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「「「レーン先生ぇぇぇぇぇぇ!!」

 

俺の眼前を余裕のない表情でグレン先生が駆けていくのを、俺達のクラスの女生徒達が羨望の視線を向けながら追いかけていく。

 

確かに信頼は手に入れられた。が、グレン先生に関してはそれがなかなか面倒な事になっている。

 

暇な時間になれば女生徒から追いかけ回され、質問攻め(私的な事について)を受け、さらには黒百合会と白百合会でグレン先生を取り合う始末。そこに嫉妬の意を込めてシス姉とルミ姉も参加するのだからなおのこと質が悪い。

 

「ありゃ大変だな・・・」

 

「グレンの敵・・・?」

 

「んや、先生もあれで内心楽しんでるからいいんじゃない?多分・・・」

 

「ん、シンがそう言うなら」

 

グレン先生も、花も恥じらう女子達に追いかけ回されて嫌な思いはしてないはずだ。それにグレン先生はここに来る前にあんな状況に夢見ていたから大丈夫だろう。まぁ、その夢が予想と同じかどうかはまた別の話なのだが。

 

あ、爆音と叫び声が聞こえる。また先生シス姉達の暴走で飛んで来た魔術に当たったな。南無三・・・

 

目をつむりながら合掌をしてると、チョンチョンとリィエルが俺をつついた。

 

「シン、この本すごい。読んでたら、なんだか力がついてくるみたい。勉強って面白いかも」

 

「そっか・・・よかったな・・・」

 

今まで教科書すらろくに読まず、教室は昼寝の場所くらいにしか考えてなかったリィエルからすれば、自主的に勉強を始めたのは大きな成長だ。そこはとても嬉しく思う。けれど・・・

 

「リィエル、それ本が上下逆だぞ」

 

「・・・・・・あっ」

 

やっと今気がついたみたいな声をあげて、リィエルは本を元に戻した。その様子に、遠くで起きてる騒動に参加していないエルザも苦笑い。

 

「内容はわかってたのか?」

 

「ちゃんと目は通した。グレンが言ってたから間違いない」

 

「それただ眺めましただけなんじゃ・・・」

 

エルザの言うとおりだ。こいつ先生が言った事を文面通りに受け取ったな?

 

「それは一番だめな勉強だよ・・・勉強した気になってるだけで、リィエルの力にはなってないと思う・・・」

 

「そうなの・・・困った・・・」

 

リィエルは本当に困ったように、がっくりと肩を落とした。今のままじゃこの短期留学を成功させるのは難しいし、勉強するしかないんだが・・・

 

「ブンポー?こーぶん?表意ルーンと・・・表音ルーン・・・くー・・・くー・・・」

 

不安だ。猛烈に不安だ・・・

 

「リィエル起きろ。寝てる場合じゃないぞ」

 

「はっ!これ、読んでると眠くなる」

 

「でもこれ読まないと勉強になんないぞ」

 

「むぅ・・・困った」

 

しかしどうしたものか。このままじゃリィエルは本当に落第してしまう。それはリィエルのためにもシス姉やルミ姉のためにも避けたいところだ。でもいかんせん手段がなぁ・・・

 

「な、なら私が勉強教えてあげようか?私がわかる範囲なら教えてあげるよ」

 

「本当?」

 

「うん!」

 

屈託のない笑みでそう返すエルザを、リィエルはじっと見つめる。そして少し迷ったあと、ゆっくりと口を開いた。

 

「わかった・・・教えて、エルザ」

 

「!うん!一緒に勉強しよう!!」

 

エルザはリィエルの手をとって、しっかりと答えた。

 

リィエルの大きな成長に、俺は微笑ましくなってくる。前はグレン先生に依存しそれ以外の事柄にまったくと言っていいほど関心がなかった彼女が、自分から一歩歩み寄ったのだ。

 

目の前で生まれた友情に感慨深くなる。さて、それじゃ俺も二人の勉強のサポートを━━━

 

「ここにいたわねっ!!」

 

ガンっというドアを壊すくらいの勢いで開かれた扉から、そんな叫び声が聞こえた。途端、俺の中に暖かさが全部抜かれ、気だるさだけが支配していく。

 

「なんだよオルタ、今いいとこだったのに」

 

「そのオルタって呼び方やめなさい!!」

 

「だから、お前名前長いんだって。親愛の証だと思っとけよ」

 

「そ、れ、が!嫌だと言ってるのよ!!!」

 

腰から抜いた剣をひっきりなしに俺に向けながら怒声を繰り返すオルタンシア、改めオルタ。

 

何故こうなったか、それはあの模擬戦あとからだ。

 

しっかりと授業には出るようになった。なのだが、俺にずっと絡んできてやれ『再戦だ』だの『リベンジだ』だのと、何度も俺に模擬戦を挑んでくるようになったのだ。

 

「私が勝ったらオルタ呼びをやめなさい!さぁやるわよ今すぐに!!」

 

「いやだ!俺は今からリィエルとエルザの勉強を見んの!素行の悪い優等生は屋上で惰眠でも貪ってろ!!」

 

「それもこれもあんたに雪辱を晴らしてからゆっくりさせてもらうわ!!」

 

ああもうこいつ話を全然聞かない奴だな!!なんか怒った時のシス姉みたいに面倒くさい。

 

「オルちゃん、先生も困ってるからそれくらいに・・・」

 

「先生!?エルザ、こいつを先生なんて呼ばなくていいわよ!こんなお人好しのバカに敬うところなんて一つもないわ!!」

 

「エルザ、俺にはため口でいいって言ってるだろ?あとお前そこまで言う?」

 

というかお人好しは悪いことじゃないんじゃない?

 

「うるさい、騒がしいからどこか違う所に行って。邪魔」

 

「はぁ?なによあんた」

 

「留学生のリィエルだよ。自己紹介で言ってたでしょ?」

 

「あんなのろくに聞いてないわよ」

 

「聞けよそこは・・・」

 

呆れていると、オルタンシアは咳払いをして話題を強引に戻す。

 

「それより私はこいつが借りれればいいの。それじゃ私はこれで━━━」

 

「だめ」

 

俺の襟首を掴んで力ずくに連れていこうとするリィエルを、いつもより低めの声音で止める。なんでこいつ怒ってんだ?さっきまで普通だったのに・・・

 

「シンには今から勉強教えてもらうの。だからあなたが邪魔」

 

「勉強ならエルザに教えてもらえばいいでしょ。別にこいつじゃなくても問題ないわ」

 

「シンとエルザ二人いれば、もっと捗る。だからうるさいだけのあなたは邪魔」

 

二人の視線が交錯する。それはまるで、二人の間に電撃が流れているような、一触即発な雰囲気。

 

「ふーん言うじゃない。この青髪のチビ」

 

「うるさい白髪頭」

 

「なっ!?これは白髪じゃないわよ!!」

 

睨み合う二人に、俺とエルザはオロオロとするしかない。というかなんでリィエルもそんな好戦的なんだよ!?そんなにオルタが気に入らなかったのか!?

 

「し、シンさん・・・これはどうしたら・・・」

 

「えっ?どうしたらって・・・」

 

俺にどうしろとエルザさん。ここ二人を俺一人で抑えるなんてほぼ無理に等しいよ?

 

でもこれどうにかしないとリィエルの勉強も進まないよなぁ・・・うーん・・・

 

「そうだ、いいぜオルタ。模擬戦受けてやるよ」

 

「言ったわね!!」

 

「え・・・」

 

嬉々とするオルタに反して、絶望したみたいな顔を向けるリィエル。待って最後まで話を聞いてその顔向けられると罪悪感すごいから。

 

「ただし、お前がふたりおしえるのを手伝ってくれたらな」

 

「は?なんで私がそんな事を・・・」

 

「じゃあやらない」

 

「わかったわよ!やればいいんでしょやれば!!」

 

やっぱりこいつチョロい。ちょっと煽ったりしてやったらすぐに乗るんだから扱いは簡単だ。

 

これでリィエルに勉強も教えられ、うるさいオルタも黙らせられる。加えて教える人が増えるのでエルザの勉強も捗る。まさに完璧だ!!

 

「じゃあ私がエルザを教えるわ。こんは生意気なチビ見たくもないし」

 

「私もこんな老けて白髪が生えたやつに見られるよりもシンの方が何百万倍もいい」

 

「「ふんっ・・・」」

 

完璧だけれど、何故か仲の悪いお二人だった。

 

仲良くしてくれないかな・・・ははは、胃が痛いや・・・

 

 

シンシアside

 

━━━

 

グレンside

 

大勢の人でにぎわう食堂で、俺は絶賛白猫、ルミア、フランシーヌ、コレット、ジニーの六人で昼食中だ。

 

前の俺なら『やったぜハーレムだやっほぉぉぉぉぉ!!』とか言ってたかもしれない。いや絶対言ってた断言出来る。けど、今の状態はそんなのんきな事は言ってられない・・・

 

「争うよりも、皆さんで一緒に食事をとった方が早いですわね」

 

「そうだな。これなら皆楽しく食べられるし!!」

 

「うん、皆で食べる方が美味しいしなんでこれが思い付かなかったのかしら?」

 

「こうしたら皆との距離が縮まったみたいで嬉しいな」

 

今の会話を文面だけに表せば、きっと見目麗しい女子達が仲良さげに昼食をとりながら談笑ているように感じる。だが考えてみろ。

 

これで、全員目が笑ってなかったらどう感じるだろうか?

 

白猫、ルミア、フランシーヌにコレットの四人はお互いに牽制し合うように視線で火花を散らし合う。全然和やかじゃない。俺が思ってたのと全然違う。

 

「嬉しくない・・・こんなの嬉しくねぇよ・・・」

 

「良かったじゃないですか。これで人気者ですよ」

 

「お前完全に他人事だな」

 

「私は関係ありませんから」

 

このなかで唯一まともなジニーも冷たくあしらわれ、俺は深く項垂れる。

 

「でも先生には感謝してますよ。学院史上最悪とまで言われたこのクラスをまともにするだけじゃなく、くっだらない派閥争いもなくなりそうですし」

 

「なんでそうなるんだ?」

 

出来れば今目の前の険悪な空気から現実逃避したいがために、俺はジニーの話に聞き入ることにする。じゃなきゃ身が持たん。

 

「結局ここの派閥というのは、この閉鎖された学院の中で自由を求めた結果なんです」

 

「ほう」

 

「ほとんどが家のしきたりやしがらみで自由を制限されている身。加えて家から離れているこの学院でもこの始末。先生なら気がついてるんじゃありませんか?」

 

「ああ、ここまで息苦しそうな場所は久しぶりだ」

 

ジニーが何を告げたいのか、それはなんとなく理解できる。

 

この学院、端から見ればかなり設備の整った学院に見えるが、その実周囲は深い森に囲まれ湖や山が隣立している。つまり、自然の檻のような物なのだ。

 

世俗の穢れを一切排除した無菌室の世界。そんな所にいれば居心地の悪さを感じるものが少なからず出てくるだろう。それに貴族のお嬢様となれば、面倒な事柄がかなり絡んでくるはず。そのストレスは計り知れないだろう。

 

そのストレスを吐き出し、自分という存在をきちんと固定するために出来たのが、今のこの派閥のシステムというわけか。

 

「まぁ先生にプライド叩き折られて、色々気がついたんじゃないですか?ここから皆も成長していくでしょうし、派閥間の争いも少しずつ緩和されていく事でしょう」

 

「達観してんな・・・お前ホントに15か?」

 

「年齢は偽ってませんよ」

 

いやでも・・・なんだかすごい大人びてるというかなんというか・・・彼女も彼女なりにそう言い黒い部分をたくさん見てきたのだろう。

 

それにあのお転婆お嬢様に振り回されるのが日常だったと考えたら、こう成長するのも仕方ないか。

 

「それにしてもリィエルとシンはどこに行ったのかしら・・・」

 

ぼそっと白猫が呟いた事に、目の前で豪快にライ麦のパンをかぶりついたコレットがそれに答えた。

 

「リィエルとシンさん?あの二人ならあそこじゃねーの?」

 

コレットが指差した方向は、食堂の一角。そこには・・・

 

「シンとリィエル。」

 

「それにエルザと、オルタンシアさん?」

 

四人が並んで昼食をとっているのが見えた。

 

 

「本当にこれ食べたら模擬戦するんでしょうね?」

 

「ちゃんとするって。けど腹減ったってお腹鳴らしたのをお前だからな」

 

「なっ!?それについては言わないでよ!!」

 

「白髪頭は大食い」

 

「なによ青チビ、文句でもあるの?」

 

「私は事実を言っただけ」

 

「上等じゃない!あんたとの模擬戦はキャンセル。先にこいつをぐうの音も出ないくらい痛め付けてやるわ」

 

「やってもいいけど勝つのは私」

 

「はわわ・・・シンさん・・・」

 

「ちょっとお前ら、飯の時くらい仲良く━━」

 

「「シン(アンタ)は黙ってて!!」」」

 

「すいませんでした・・・」

 

 

遠くて何の会話をしているのかはわからないが、とりあえずなんだかあちらもあちらでリィエルとオルタンシアで険悪な空気が流れてる。ご愁傷様だな、お互いに。

 

「にしてもなんであの二人はお前らに関係なしに一人なんだ?ハブいてんのか?だとしたら俺さすがに許せないんだけど・・・」

 

「ご、誤解だ先生!!」

 

「そうですよ!!私達から自分で距離をとっているんです!!」

 

ぱっと向けた矛先に、二人はあわてふためいた。それが逆に怪しく感じるがそれよりも先に二人が弁明し始めた。

 

「エルザは前期の途中から私達のクラスに転入して来たのですが、どちらの派閥の誘いも断っていて・・・」

 

「それでクラスでも浮いていたオルタンシアと二人でよく居るのが多くなったんだよ」

 

「それじゃ、なんでオルタンシアさんはクラスで浮いてるの?」

 

そこでまた浮かんだ質問を飛ばしたのはルミアだ。だがその質問に、コレットもフランシーヌも苦い顔をして、言いにくそうにするだけ。それに見かねたのか、ジニーが口を出した。

 

「彼女は周りにとても冷たいんですよ。関わるなと言わんばかりに。それと彼女の実力、そして次代の龍の巫女という肩書きが声をかけるのを憚らせているんですよ」

 

「えっ!?オルタンシアさんて次の龍の巫女なの!?」

 

「ええ」

 

ガタンっと机から身を乗り出して、白猫の考古学マニアに火がついたがそれに対して冷たいジニーの反応。

 

「でも指名されてからですね。あんな卑屈になったのは。前まではただ素直じゃないってだけでしたが・・・何かあったのでしょうね」

 

「それに私達も首を突っ込むわけにはいかないだろ?私達が勝手に介入していいような問題じゃないんだからさ」

 

「それもそうだな・・・」

 

これはベーテン家の大きな問題だ。何の関係もない輩が横やりをいれるのは、不躾と言わざるを得ないだろう。

 

「にしてもあのオルタンシアがあそこまで激情するとはな・・・シンさんのお陰?」

 

「それをお陰と言っていいのかわかりませんが、少し前に戻ったような気がしますね。」

 

やっぱりこういう時、シンは何らかのいい薬になるんだな。リィエルの時もしかり、あいつは人に内心を引き出すのが得意なんだろうな。本人無自覚だけど・・・

 

「というかあのシンさんは何者ですの!?私達と同い年であそこまで戦いなれてらっしゃいますし・・・」

 

「だよな!私とコレット、システィーナとルミアの四人がかりでも勝てないなんて強すぎるわあれ」

 

「あいつに負けたのだけは・・・それもこっちは団体なのに・・・!!」

 

「システィ落ち着きなよ」

 

そうだ、こいつらはシンの強さを直に体験したいと言って四人で挑んだのだがシンの圧勝。巧みな漆黒魔術(ブラック・スペル)に高い身体能力、鋭い先読みに翻弄された彼女らは手も足も出てなかった。

 

「どうやったらあんな強くなるんだ?なぁ先生教えて━━━」

 

「それは教えられない。」

 

コレットの問いに、無意識に口調が強くなってしまった。それに気がついた俺ははっと顔をあげると、全員が困惑したような顔つきをしていた。

 

「あ、あいつはどうやったかを秘匿しててな!それを俺も知りたいんだけど、いっくら聞いても教えてくれないんだよ!!いやー困ったもんだよまったく」

 

「そ、そうなのか・・・それよりもさ!━━」

 

納得したのかコレットは違う話題を白猫に投げ掛け、そこからまた話が進んでいく。

 

(言えるわけねぇだろ。そうしたらどうなるかわかってんのに・・・)

 

何の代償もなしに、人の域を越えた力をほいっと手に入れるなんて出来ない。彼女らには、もっときちんと順序よく力をつけさせないといけない。

 

シンの()()がわかっているからこそ、余計にそう感じた。

 

 

 





いかがだったでしょうか?

感想と批評待ってます。

気軽にどんどん送ってください。

一応メンタルに関しては頑丈なのでお気になさらず。


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亀裂走る友情






「で、風呂場で男の姿に戻るってなにやってんすか先生・・・」

 

「こればっかりは俺の運が悪いとしか言いようがねぇよ・・・」

 

目の前で男に戻っているグレン先生に冷たい視線を浴びせながら、俺は深いため息をついた。

 

グレン先生は、アルフォネア教授からもたらされた特殊な薬品によって女体化していたのだが、それはかなり高度で繊細な魔術だ。そのため変身を維持するためには、教授が作った専用の変身維持薬品を飲まなければならないのだが・・・

 

「ついさっきそれ飲んでましたよね?薬吐きでもしたんですか?」

 

「ちゃんと飲んだよ。どうせあのババアの事だから時間もテキトーだったんだろうよ」

 

「ええ・・・教授に限ってそんな事は・・・ないとは言えない・・・」

 

「だろ?」

 

うん言えない。面白かったらなんでもオッケーしそうなフリーダムなあの教授の事だ。グレン先生の言い分もなんとなく理解できる。

 

「くっそぉ・・・せっかくの楽園(エデン)だったのにこんな事に邪魔されるとは思わなかったぜ。これがなかったら今頃俺はキャッキャッウフフな体験が出来たのに・・・」

 

「教師としてそれはどうなんですか・・・」

 

「役得なんだからいいんだよ!!このために俺はここに来たと言っても過言じゃねーんだから!!」

 

「いやそこはリィエルのためって言いましょうよ」

 

大丈夫かこの兄貴分。下心が完全に丸出しだぞ。よくこれであのクラスの生徒達は心酔してるもんだ、シス姉辺りなら軽蔑の視線を向けてそうだ。

 

「というか他にも生徒がいたんでしょ?よく通りましたね」

 

「昔の魔術実験の後遺症で、水を浴びたら男の体になるって言ったら信じた」

 

「よくそれで信じるな・・・」

 

憧れとは恐ろしいものである。人間をこれほどまでに盲目的にさせるんだから。いや、どうやら話に聞く限りその場にいたのはフランシーヌやコレット、その取り巻きだった事を考えるとただ馬鹿なだけ?

 

後者の方が強いような気がする。

 

「まぁあと短期留学も残すとこあと少しですし、その間は男として頑張って下さい。レーン先生」

 

「よくお前これで持ったな・・・」

 

「姉二人とずっと家で過ごしてたら女子と過ごすなんて普通になれますよ」

 

それもどっちもかなりの美少女。さらに言えばルミ姉に言えば天使なんだ。そりゃ慣れるでしょ。待てよ?シス姉が美人なのは顔だけだから実質残念は残念だな。

 

「それにしても・・・あいつ頑張ったな・・・0点常習犯が65点まではね上がってるし。お前なんかしたのか?」

 

「いえ、俺は聞かれたことを答えただけですよ。ここで出来た友人が大きな影響なんじゃないですか?」

 

「友人?エルザとオルタンシアか?」

 

「オルタをリィエルの友人と言っていいかはわからないですけど・・・まぁ悪友という感じなら間違っちゃないか」

 

この短期留学で、リィエルは一回りも二回りも成長を見せた。自発的に勉強し、クラスメイトとも自分から話しかけに行くなど、前の彼女からは考えられないほどの成長ぶりだ。

 

そこには確実に、エルザとオルタンシアが関わってきている。

 

シス姉やルミ姉、俺とはまた違う友人という関係になれたエルザ。それに敵対するも負けたくないというオルタンシアにむける負けず嫌いも、この点数の向上に勢いをつけている。

 

なぜリィエルがオルタンシアに負けず嫌いを発動しているのかはわからないが・・・

 

「これは俺としては嬉しい限りだわまったく。若いもんは成長がはやいねぇ」

 

「なーに年寄りぶってんですか」

 

「それもそだな」

 

苦笑を漏らすも、先生もなかなかに嬉しそうだ。ずっと気にかけていた妹分が大きな一歩を踏み出し兄離れしていくのが感慨深い物を感じてるんだろう。

 

「これなら・・・大丈夫そうだな・・・」

 

小さく呟いた言葉には、色んな意味がある。

 

短期留学の成功、リィエルの落第退学の回避。そして━━━

 

これからの事について。

 

「なぁシ━━」

 

「少し外の空気を吸ってきますわ。デスクワークばっかじゃ体が凝り固まるし。」

 

「そ、そっか。そうだな」

 

なにか先生が言おうとしたみたいだが、タイミング悪く俺が言葉を被せてしまったので途中で先生の話を切ってしまった。が、先生もその先を言う気はなくなったのか、もう俺になにかを言うこともなく肯定だけをした。

 

「その代わり、あとで俺の仕事手伝ってくれ!これは終わりそうにない!!」

 

「へいへい手伝いますよ。んじゃいってきまーす」

 

先生の必死の懇願を軽く流しながら、俺は部屋を出た。

 

━━━

 

特に向かう先もこれといってなかったので、とりあえず一人で落ち着けそうな屋上へと向かう。

 

思った通りそこには誰もおらず、夜空に浮かぶ月の光だけが俺を照らしている。

 

「落ち着くわ・・・最近忙しいというか騒がしいというかそんな事ばっかだったからこうやって一人の時間は珍しいような気がするし」

 

授業が終わればオルタに模擬戦だと追いかけられ、リィエルとエルザに勉強を教え、オルタとリィエルの喧嘩の仲裁に入ったり・・・なかなかに忙しいなよく考えると。

 

「でも楽しいからいっか」

 

楽観視と言われればそれまでかもしれないが、この忙しさも今の俺には楽しく感じられる。だから苦でもなんでもない。

 

「これが続いていけば、いいんだけどな・・・」

 

少し口うるさいけど本当は人一倍メンタルが弱いシス姉がいて。

 

みんなの事をよく考えてくれる優しいルミ姉がいて。

 

天然で振り回してくるけど楽しいリィエルもいて。

 

人でなしだけどここぞというときに力になってくれる先生もいて。

 

こんな日常が、ずっと終わることなく続けばいいのに。そんなありもしない事を思ってしまう。

 

「ん?」

 

空に浮かぶ月をじっと見つめていたその時、ふと階下から小さな話し声が聞こえてきた。屋上から身を乗り出して見てみると、そこにはオルタともう一人女性の姿が。

 

「あれは・・・マリアンヌ学院長?なんでこんなとこに・・・」

 

もう一人の女性は、聖リリィ女学院の学院長を務めているマリアンヌさんだった彼女はここに初めて来たときに会話しただけだが、別段怪しいようなものは感じなかった。

 

だが、こんな夜更けに生徒と密会をしている時点で怪しさ全開だ。

 

「くそ、遠くて聞こえねぇ・・・」

 

耳はいいほうだが、さすがにぼそぼそとした話し声を遠くから聞き分けるほどよくはない。そんなのができたらもはや人間じゃないし。あ、俺人間じゃなかったな。

 

一人ブラックジョークを言っていると、話は終わったのか二人は別れ校舎へと戻っていく。

 

「なにかあるのか?いや、先生からのアドバイスって事も考えられるけど・・・」

 

この留学自体に感じる胡散臭さからも、今の密会はとても気になることだ。何かしら、この留学の裏にはあるのかもしれない。

 

「オルタをあんま疑いたくはないけど、警戒だけはしとこう。マリアンヌ学院長は要注意だな。」

 

注意しておくべき事柄を口にして頭に残し、屋上から降りるために階段の方へと向かう。グレン先生から頼まれた仕事もかなりあったことだし、出来れば徹夜だけは勘弁願いたい・・・

 

そして階段へと繋がる扉のドアノブに手をかけて━━━

 

「っ!?ごほっ!ごほっ!!」

 

急になにかがむせ上がってくるような感覚に襲われ、俺は咳き込んだ。まるで喘息を患った時のようなそれは何度か連続して訪れ、呼吸が難しくなる。

 

「かはっ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

少し収まったのを機に、口を押さえていた手をどける。すると、その手は赤く滲んでいた。

 

「ははは・・・わーってるよ。ずっと続くなんてあり得ないなんて。そんなのは俺が一番理解してるわ」

 

自嘲するように笑って、血がついた手袋をポケットにしまう。これを先生や他の生徒に見られれば言い訳するのが面倒だ。

 

「ま、だから今を楽しむんだけどな」

 

少し体に倦怠感を感じつつも、扉を開いて階段を降りていく。

 

「もう少し・・・もう少しだけ頼みたいんだけどなぁ・・・そこは神のみぞ知るってとこか」

 

小さく呟いた俺の言葉は、響くこともなく静かに消えていった。

 

━━━━

 

短期留学もついに最終日。日も沈んだ時間に、学院内の敷地の一角のオープンカフェにて、俺達の簡単な送別パーティーが行われていた。

 

簡単と言っても、並んでいるのはフィッシュ&チップスやソーセージ、ケーキにクッキー。さらにはワインなど俺達の考える普通とはかけ離れたパーティーだ。さすがお嬢様学校・・・やることのレベルが違う・・・

 

「シン君もお疲れ様。色々大変だったけどあっという間だったね」

 

「ま、その分楽しめたって事だからいいんじゃない?結果は成功で終わったんだし」

 

話しかけてきたルミ姉にそう返す。フランシーヌやコレットが真面目に授業を受け、そこに俺に負けたことが相当頭に来たのかオルタも加わり授業がきちんと成立した。

 

リィエルもエルザの援助のお陰もあり、無事に単位を習得。晴れて退学を免れたというわけだ。

 

「で、その主賓はどこいったんだよ?」

 

「ついさっきエルザさんとどこか散歩に生きましたよ」

 

俺の問いに答えたのは、ケーキを美味しそうにパクつくジニー。そのケーキどこにあったんだろう、俺もほしい。

 

「散歩?」

 

「ええ、このクラスでもかなり仲が良かったので帰る前に積もる話もあるんじゃないですか?」

 

「それもそだな」

 

ここで出来た新しい友人と言っても、俺たちは明日の朝にはフェジテに帰らなきゃいけない。ゆっくり話せるのは今日くらいだろう。

 

「ルミア!ちょっとこっち来て!!この二人にギャフンと言わせてやるわ!!」

 

「ふふふ、わかったよシスティ。それじゃ私はあっちに行くね」

 

不敵に笑って見せながら、ルミ姉がシス姉やコレット達がいる方向へ走っていく。するとすぐにもう見慣れたシス姉&ルミ姉VSコレット&フランシーヌの魔術戦が幕をあげた。

 

「強かですねぇ」

 

「ルミ姉もあんな積極的に戦うようなタイプじゃなかったような・・・何があったんだ?」

 

ルミ姉好戦的になる。うんなにも嬉しくない。ルミ姉には出来ればずっと慈愛の天使でいてほしいですね・・・

 

「てかオルタは?全然見かけないんだけど」

 

「そういえばオルタンシアさんなら今日は体調が悪いそうで、朝から寮でお休みになってるらしいです」

 

「そっか。あとでなんかお見舞いで持ってってやるか」

 

あ、グレン先生が吹っ飛んだ。美少女が先生を巡って争ってますよ。よかったですね先生(棒読み)。

 

「あれ?どこか行くんですか?」

 

「いや、積もる話も話があるのもわかるがさすがに長時間主賓がパーティーを抜けるのはまずいだろ。ちょっくら探してくるわ」

 

「なら私も行きますよ。二人の方が効率がいいですし、何よりここから離れればあのバカお嬢様の相手もしなくていいですしね」

 

「苦労してんだな・・・」

 

よほど大変なんだろう。その顔にははっきりと面倒くささが浮かんでいた。

 

ジニーがケーキを置いたのを機に、俺達はリィエルとエルザの二人を探して歩き始める。

 

なんだかんだで仲はよくなったので会話はそれなりに弾む。やれシス姉がこんなヘマをしただの昔はもっとフランシーヌはまともだったなどそんな感じだ。

 

本人達がいる前では絶対に出来ないのでちょうどいい。

 

「しっかしいませんね・・・」

 

「どこに行ったんだよまったく・・・」

 

いくら探しても一向に見つからない。すぐに見つかるだろうと腹をくくっていたが、これは結構骨がおれそうだ。

 

「どうします?戻りますか?」

 

「そうするか。あの二人も戻ってるだろうし・・・」

 

「シンさんも勘違いされたら困りますもんね」

 

「勘違い?なにが?」

 

答えるとジニーが冷たい視線を俺に浴びせ、なんでもないですと吐き捨てるように答えた。なんでだ?解せぬ。

 

そしてパーティー会場へと戻ろうとしたその時、俺の耳にカンと甲高い音が鳴り響いた。

 

「ん?なんだ今の音」

 

「えっ、なにか聞こえました?私にはなんにも・・・」

 

するのまた音が聞こえる。今度は甲高い音ではなく、なにかがずり落ちるような音。

 

まるで、なにかを切って切られた物が落ちたみたいな音。

 

「なにか・・・嫌な予感がする」

 

「えっ、ちょっと!!」

 

ふと過る直感に胸騒ぎを覚えながら、俺はジニーを置いて音のなる方向へと走り出す。向かう方向にあるのは鉄道列車駅の駅前広場。

 

なにもなければいいんだけど。心の中で俺は走りながらそう祈るしかなかった。

 

 

シンシアsideout

 

━━━

 

夜の駅前広場。終電も出た人っ子一人いないはずの場所に、きらびやかな刃物が月の光を反射して煌めく。

 

「せりゃ!!」

 

「っ!!」

 

煌めく刃は風を切り裂きながら、リィエルへと襲いかかる。その凶刃を振るのは、眼鏡を外し優しき雰囲気を消したエルザその人。

 

「あなたが!あなたが父を殺したのでしょう!!イルシア=レイフォード!!」

 

「違う・・・イルシアは私じゃなくて・・・でもイルシアは私でもあって・・・お願いだから話を聞いて」

 

「くどい!!」

 

ビュン!という音と共に目にも止まらぬ剣閃が轟く。それをギリギリで回避しながら、リィエルは後ろに飛んで距離をあける。

 

「二年前、私の家を襲い、そして私の誇る父を殺した暗殺者。目の色と髪の色を変えて周りを騙せても私は騙されない。なぜなら私はあなたの喉元にこの刃を突き立てることを夢見たのだから!!」

 

「・・・っ」

 

これは突然起こった。

 

最初は普通に仲良く話しながら歩いていたのだ。だがそれは途中でエルザが切り出した過去の話によって一変した。

 

エルザの父が、とある暗殺者に殺された事。

 

その暗殺者が天の智恵研究会に所属していたイルシアだということ。そして・・・

 

今までリィエルと仲良くしていたのは、すべてこの時のためだということを。

 

リィエルは否定したかった。自分はイルシアではなく、その天の智恵研究会との話は事実ではないと。

 

だがリィエル自身も大きく動揺していた。ついさっきまで友人だと思っていた人に裏切られ、殺されようとしているんだから気が動転するのも無理はない。

 

「私はあなたを許さない。あなたを倒して狂った私の人生を取り戻す!それでやっと私は進めるの!!」

 

あの日すべてが変わってしまった。

 

敬愛する父を喪い、共に火への多大なトラウマを背負ってしまった。

 

それでもエルザが折れなかったのは、一重に復讐という二言が胸にあったからだ。

 

自分の父を無惨に殺した彼女を。自分の人生を狂わせた彼女を。

 

この手で打ち倒すと。ただそれだけを支えに生きてきたのだ。

 

だからこそ、今の彼女の剣激は冴えきっている。

 

「さて、そろそろ本気を出して。病を患ってさえなければあなたのような外道な暗殺者に父の技が劣っていないということを、ここで証明して見せる!!」

 

「・・・・・・」

 

動揺が流れていた瞳が、エルザの話を聞き終えいつもの眠たげな物に戻った。

 

「エルザは私を殺すの?」

 

だが、そこには大きな悲しみが見てとれた。

 

「殺す気はありません。ですがあなたを待つのは正当な法の裁きによる死。ここで私の剣で倒れても同じ事です」

 

「そう・・・エルザ、わたしはあなたを傷つけたくない」

 

「っ!!」

 

その一言は、エルザを驚愕させるには十分すぎた。

 

ここまで殺意をみせているのに、彼女は自分を傷つけたくないなどぬかしたのだ。

 

「そして死ねない。皆に約束したから、生きるって。何のために生まれたかはわからないけど、私は生きてその意味を探すんだって。それに━━━」

 

一際強い意志を瞳に宿させて、リィエルは告げる。

 

「私はまだ、シンと一緒にいたい」

 

自分を救ってくれた恩人。どん底にいた自分を引っ張りあげ、今のみんながいるところに連れてきてくれた、リィエルの大切な人。

 

まだ彼へ向けるこの気持ちがなにかはわからないけれど、それを知るためにも、まだ死ぬわけにはいかない。

 

「でもエルザも傷つけたくない。けど私バカだからどう伝えたらいいかわからない。だから━━━」

 

地面に手を置き、お得意の高速錬成で大剣を作り出し構える。

 

「ごめん、エルザ、ぼこる」

 

そう言った瞬間、

 

全身のバネを使い、リィエルがエルザに肉薄する。

 

「なっ!?」

 

いきなりの動きにエルザはどうにか迎撃する。が、それでリィエルの攻撃は終わらない。

 

「いいいいやぁあああああああ!!」

 

猪の如く前へ、前へと出てその大きな大剣を振り続ける。エルザの攻撃の基本スタイルは居合い。刀を一度鞘に戻してから攻撃する特殊なスタイル。そこから放たれる一撃は素早く、そして一瞬が命取りになる。

 

それは今まで見たリィエルは理解していた。

 

それならば鞘に納めさせなければいい。それがリィエルが思い付いたエルザへと対策だった。

 

「ぐぅ!!」

 

何度下がろうとしても、その度にリィエルは食らいつく。フェイントも小技も、すべて単純な力業によって一蹴され、エルザは徐々に劣勢へと立たされていった。

 

(勝てない・・・)

 

今の今までイメージしなかった敗北が、鮮明に頭に浮かんでしまう。それが、自分の大きな隙になるとわかっていながら。

 

「エルザァァァァァ!!」

 

大きく上段に振り上げられた大剣を、リィエルがエルザへと振り下ろす。それを防御するには、動こうとするのが遅すぎた。剣を極めたからこそエルザにはわかる。

 

これは、死ぬと。

 

(ごめんなさい・・・母さん・・・父さん・・・!!)

 

最期を悟り、ギュッと目を瞑って両親へ懺悔する。が、自分を襲うであろう衝撃は一向に来ない。

 

ゆっくりと目をあけると、眼前にはリィエルの大剣がエルザに当たる直前で止められていた。

 

「やめようエルザ・・・私は・・・エルザを傷つけたくない。だから・・・話を聞いて?」

 

目尻に涙を浮かべながら、リィエルは懇願するようにエルザに言った。と同時に、エルザの中で『炎の記憶』が蘇る。

 

あのときもそうだった。

 

燃え盛る我が家を前に、私へと剣を振りかざそうとしたイルシアは━━━

 

最後にリィエルと同じ体勢で剣を止め、泣いていたのだ。

 

「・・・ぁ。ああ!!!」

 

静まりかけていた怒りが、憎しみが、そのリィエルの涙を見てまた膨れ上がった。

 

ふざけるな。人殺しが。

 

何を泣いてるんだ!

 

泣きたいのは、泣くべきなのは・・・

 

愛する父をお前に殺された私だろうが!!

 

そんな・・・

 

人でなしが人のような泣くな!!!

 

「あああああああああああああ!!!」

 

獣のような雄叫びをあげるエルザに、リィエルは一瞬たじろいでしまう。そこへエルザは手に持つ刀を反射的に跳ね上げ切りかかるがそれをリィエルは後ろに飛んで回避。

 

「イルシアァァァァァァァ!!」

 

刀を納め、怒りを込めた一撃をそこに装填する。そして自分のすべてをそこに乗せ、彼女は飛ぶ。

 

「え、エルザ・・・」

 

向けられる強すぎる負の感情に、完全にリィエルはたじろぎ大剣すら下ろしてしまう。

 

守るものもなく呆然とするリィエルへ、エルザが距離を詰める。その距離、もはや彼女の一太刀が軽く届く距離。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 

そんな叫びと共に刀を抜き、一気に斜めにリィエルへ切り裂いた。

 

エルザの手に柔らかい物を切ったような感覚と赤い血飛沫が飛んで来たのを感じた。

 

入った、確実に一撃を入れられた。

 

達成感に溺れそうになった次の瞬間、エルザはあることに気がついた。

 

今エルザは下を向きながら、刀を斜めに振り上げた状態なのだが・・・

 

今自分の目の前に、影が二つ写っているのだ(・・・・・・・・・・・)

 

自分の影じゃない。リィエルの物でもない。それに、リィエルやエルザよりも少し大きな影が、エルザとリィエルの間にのびているのだ。

 

それじゃこの影は誰の?

 

重い顔を上げると、そこには━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにしてんだよ・・・エルザ・・・」

 

胸を斜めに切り裂かれ、ダクダクと血を流すシンシアが、そこには立っていた。

 

 

 





どうでしたか?ほとんど原作垂れ流しだったぜ・・・

次回はこうならないはず!

感想や批評待ってます。


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裏切りの親友





袈裟斬りされた胸から、足元に赤い血が流れていく。

 

傷は幸いそこまで深くないのはありがたいが、今は俺の事なんてどうでもいい。

 

「なにしてんだよ・・・エルザ・・・」

 

目の前で驚きを露にしながら刀を握るエルザに、そう呼び掛ける。

 

嫌な予感がして走ってきてみれば、あれだけ仲が良かったリィエルとエルザが駅構内で切りあっていた。さすがにそれには俺も驚きを隠せなかったが、たどり着いたらエルザが叫びながらリィエルと切りかかっていた。

 

いつものリィエルなら避けられただろうが、何故か呆然としていたリィエルは微動だにしていなかった。確実に一撃が入ってしまうと理解してすぐに、俺は地面を駆けて二人の間に入ったのだ。

 

だが本当に状況がわからない。一体どういうことなんだ?

 

「シン!?大丈夫!?」

 

「リィエル・・・ああ、結構痛むけど大丈夫だ。」

 

さすがは東洋の刀、切れ味はなかなか物だった。

 

とりあえずリィエルも見たところ大きな怪我もないしそれはエルザも同じ。ひとまず安心だ。

 

「どうして・・・」

 

「ん?」

 

息を吐くような小さな声を発するエルザに、俺は痛む胸を押さえながら目を向ける。

 

「どうしてこんな人殺しを守るんですかシンさん!!」

 

「っ!!」

 

いつもの見慣れたエルザとは違う、必死さというかそういうよく分からない雰囲気を纏ったエルザに引き気味になるが、そんな俺をほっておいてエルザは泣き叫ぶように口を動かす。

 

「そいつは、私の父を殺して、それなのに名前を偽って帝国軍に居座るような外道ですよ!!」

 

「エルザ・・・お前何を言って・・・」

 

「彼女はリィエルなんかじゃない!!邪悪な魔術結社の暗殺者、イルシア=レイフォードですよ!!あなたも騙されてるんです。早く目を覚ましてください!!」

 

イルシアの名前を聞いて、俺は目を見開きながらリィエルの方を向くと、リィエルも悲しそうな瞳で俯いていた。

 

なるほど。そういうことか・・・

 

リィエルの元となったと言ったら言い方が悪いかもしれないが、イルシアはもともと天の智恵研究会に所属する暗殺者だった。そんな彼女の遺伝子から作られたのがリィエルだ。

 

イルシアが暗殺者の時、暗殺の対象の中にエルザの父親がいたんだろう。それをエルザはリィエルがやったと勘違いしている。なんとも面倒な事になってるもんだ・・・

 

「エルザ・・・とりあえず言っておく・・・リィエルは・・・イルシアじゃねぇ・・・」

 

「っ!?そんな事、あるはずが━━━」

 

「実際そうなんだよ。説明するのは難しいけどな」

 

リィエルの素性を説明するには、天の智恵研究会が行った『Project:Revive Life』について説明する必要がある。けどそれは国家機密レベルの話だ。俺も成り行きで知るはめになったが、普通に生活していれば知ってはいけない事柄。ほいほいと言うことが出来ない。

 

「そ、そんなの納得が出来ません!!なら、彼女の魔術も、剣術も、あの時見たそれとまったく同じなのはどう説明するんですか!?信じられません!!」

 

エルザも普通じゃないのか怒りによって我を忘れているのか、矢継ぎ早に言葉を被せてくる。その度に、俺の背後でリィエルが泣きそうな顔になる。

 

駄目だ・・・これじゃ駄目だ。

 

「これ以上私の邪魔をするなら、切りたくはありませんがあなたも━━━」

 

「いいよやりな。」

 

「・・・え?」

 

大体彼女が何を言いたいのか理解はしたので、先にそれを言わせないように俺が先手を撃った。

 

「俺ならいくらでも好きにすればいい。それでリィエルの話をエルザが聞く気になるならな。」

 

両手を広げてご自由にどうぞと言わんばかりな俺の態度に、エルザは困惑ぎみだ。

 

「どうして・・・どうしてそこまで出来るんですか?リィエルのためなら、自分の身なんてどうでもいいんですか?」

 

「別にそこまでは言ってねぇよ。」

 

本当はその通りだ。だが、それをここで明かせば確実にリィエルが悲しむので口にはできない。けれど、

 

「ただな・・・」

 

この真実だけは告げられる。

 

「俺はどんな時もこいつの味方でいるって決めたんだ。だからリィエルが泣きそうなくらい悲しんでんなら、助けにはいる。それだけの事だ」

 

あの時リィエルに誓った。

 

リィエルをどれだけの人が否定しようと、どれだけの人が拒絶しようと俺だけはリィエルの味方でい続けると。

 

「エルザもこんな事、本当はしたくないんじゃないのか?今日まで俺たちに見せていた笑顔は、全部嘘っぱちだってのか?」

 

「わ、私は・・・」

 

エルザの手に持つ刀の剣先が震える。

 

「洗いざらい口に出してみろよ。お前の本心をさ」

 

「私の・・・本心・・・」

 

ゆっくりと、ゆっくりと刀を下ろしていくエルザ。それに俺は優しく微笑みかけ、胸を押さえながら近づくと━━

 

「駄目じゃないエルザ。戦意をなくしちゃ」

 

突如として聞こえた第三者の声が、俺の足を強引に止めて視線をそちらに向けさせた。

 

聞こえた方向はエルザの真後ろ、そこにはこの短期留学でエルザと同じかそれ以上に言葉を交わした少女がいた。

 

「オル・・・ちゃん?なん、で・・・」

 

「はぁ、なんでと聞くのね。それがわからないなら、あなたはそこでおしまいよ。本当に使えないわね」

 

酷く冷淡な口調と冷ややかな笑みと共に投げ掛けられる刃物のような言葉に、俺は不信感を最大限まで引き上げエルザを背にオルタに立ち塞がる。

 

「どうしたんだオルタ?お前今日は体調が悪いとかで寮で寝てるんじゃなかったのか」

 

「ええ、体調は悪いわ。けど、それも今から治るから問題ないわ」

 

「治る?一体なんの話を━━━」

 

俺が最後まで言葉を紡ぐよりも先に、オルタは腰から剣を抜きその剣先に魔術で小さな火を灯した。

 

それは本当に基礎の基礎の魔術。それこそ魔術の才能がある子供ならば、誰からも教えられなくとも出来るようなそんな魔術。

 

「大層な事を抜かしてこれで終わりか?お前の病気ってのは低体温症かなにかか?」

 

「胸を綺麗に切られてガンガン血流してるのにまだジョークが言えるのには心から尊敬してあげるわ。けど、これでいいのよ。」

 

「なに?」

 

不可解に思ったが、その答えはすぐに出た。

 

「あ、あ・・・ああっ!!」

 

「エルザ?」

 

ガタンと刀を手から溢れ落とし、顔をどんどんと青ざめ震えさせ始めるエルザ明らかに普通じゃない。

 

「エルザっ!?」

 

「大丈夫か!?おいしっかりしろ!!」

 

「いやぁァァァァァァァぁ!嫌だ、嫌だ!!」

 

泣きわめくように叫び散らすエルザに、俺もリィエルも慌てふためくしかない。だがその一瞬、俺もリィエルもオルタから完全に視線を外してしまった。

 

そのつけなのか、俺の横腹に槍で突かれたような衝撃な走りその勢いのまま吹き飛ばされた。

 

「がっ!!ぐぅ・・・」

 

視界が明滅する。口から血が溢れているのを見る限り、どうやら肋骨が折れて内臓に突き刺さったみたいだ。痛みは想像以上に酷く、起き上がることすら難しい。

 

「シンっ!?」

 

「動かないことね。私はすぐにでもまたあのバカに向けて魔術を撃てる。それこそ、あなたがなにか行動を起こすよりも早く、ね。」

 

剣を向けるオルタの瞳には、これが嘘ではないとはっきりと告げる力強さが籠っている。

 

(予唱呪文(スペル・ストック)か・・・それで、大方【ストライク・エア】でも俺に飛ばしたんだろうけど・・・こいつ・・・ここまで出来るとはな・・・)

 

辺りに胸の傷から溢れる血と、口から流れ出る血で沼が出来始めるなか、自分の予想を遥かに上回るオルタの実力に舌を巻く。

 

「さてチビ、ここで私と取引しないかしら?」

 

「・・・なに?」

 

警戒を露にし、臨戦態勢をとるリィエルにも怖じ気づかずにオルタは優雅に嗤いながら話す。

 

「このまま私は、すぐにでもあのバカを殺せる。けど私の目的はそれじゃない。私の目的はあなたの捕縛。だから、今あなたがここで降伏し素直に捕まってくれるなら、あいつを狙うのをやめるわ」

 

「降伏しなかったら?」

 

「そうね・・・手始めにあのバカを、次にそこでえずいてる能無しをやろうかしら?私が指を動かせば一瞬よ」

 

「っ!?」

 

リィエルが動揺しながら、俺とエルザの間を視線を行き来させる。

 

「だ・・・めだ・・・リィエル・・・」

 

このままじゃ、リィエルはオルタに拘束される。オルタの後ろに誰がいるのかは正直わからないが、なんのためらいもなく俺に攻撃魔術を撃ってくる時点で、平和な話じゃないのは明白。

 

痛む体に鞭をうち、どうにか立ち上がる。

 

「エルザを連れて・・・逃げろ・・・こいつは・・・俺が・・・」

 

「うるさい」

 

「あがっ!!」

 

鳩尾に風の槍が突き刺さり、思わず膝をつき口から血を吐く。ヤバい・・・呼吸する度に胸が痛む。肺にがっちり肋骨が刺さってるみたいだ・・・

 

「ほら、あなたがどもってるからどんどんあいつが傷つくわよ?次は能無しの方にしようかしらねぇ・・・」

 

「やめて・・・」

 

「なら私に、いえ私達についてきなさい」

 

よく目を凝らすと、オルタの後ろの方に何人もの女生徒の姿。さらにそのなかには見覚えのある人物も。

 

(マリアンヌ学院長!?これにあいつが一枚噛んでるのか・・・)

 

あの時の密会には、こんな意味があったのか・・・自分の警戒心のなさに無力感を感じざるを得ない。

 

「それでどうするの?来るの来ないの?」

 

「・・・行く。それでシン達を傷つけないのなら」

 

「っ!?やめ・・・ろ・・・ゴフッ」

 

一際大きく血反吐を吐き、俺はそこに横たわる。見える景色が歪み、意識が徐々に遠退いていく。

 

(リィ・・・エル・・・)

 

顔をどうにか上げると、寂しげな目でこちらを見る。そしてリィエルはこう言った。

 

ありがとう、ごめんなさいと。

 

ふざけるな、謝るんじゃない。

 

俺は、俺がお前を、お前達みんなを守るって決めたのに・・・

 

また守れないのかよ・・・

 

込み上げる悔しさを胸に秘めながら、俺はそこで意識を手放した。

 

シンシアsideout

 

━━━

 

オルタンシアside

 

「これでいいのね?」

 

「ええ完璧な手腕です。さすがは学年トップの実力、もはや大人の魔術師と大差ないわね」

 

「御託はいいわ。さっさと進みましょう。私はそのためにあなたの話に乗ったのだから。」

 

青髪のチビを気絶させ、未だに震えているエルザと二人仲良く【スペル・シール】にかけながら、私はこの女にぞんざいな返しをする。

 

「これで、私は蒼天十字団(ヘヴンス・クロイツ)に戻れる。これで、これで私は遂に━━!!」

 

なにかかしましく言っているが、あの女の目的など私にとってはどうでもいい。

 

これでもう、あのくだらない『龍の巫女』という肩書きを捨て、ベーテンという呪いのような姓から逃れられる。もう誰かと比べられバカにされる必要はないのだ。

 

遂に自分があれだけ願った世界が手にはいるのだ。

 

それなのに・・・それなのに私はなぜ・・・

 

自分の行いに納得がいかないの?

 

「しかし良かったのかしら?エルザはあなたにとって親友のような人ではなかったの?それにシンシア=フィーベルとはそれなりに仲もよかったようですし」

 

「問題ないわ、私は目的のためにどんなことでもする。それだけの話よ。その過程で二人はいらなくなっただけよ」

 

「ふふっ、つくづくあなたは私と同じ思考パターンをしている。面白いわ。」

 

くつくつと笑うマリアンヌに嫌悪感がぬぐえないが、私は目の前で倒れ伏す男に視線を向ける。

 

第一印象は本当に最悪だった。

 

不躾に物を聞いてきて、簡単な嘘に乗るような単純な奴。それだけだ。

 

だが、彼の私の肩書きを聞いても接し方を変えない事にどこか居心地のよさでも感じてたのかしら?

 

くだらない。そんなのは一時の気の迷いなのに。どうせこいつもそこの能無しも心のそこでは私を貶してるに違いない。人間なんて皆そうだ。

 

「さて行きましょう。ここがゴールじゃない。これが私達のスタートなのだから」

 

「それもそうね。さぁ出立するわよ」

 

「「「はいっ!!」」」

 

他の女生徒達が、気絶した青チビとエルザを列車に乗せていく。その間も、私は血だまりに倒れ伏すあの男から目が離せない。

 

「救ってくれるヒーローなんて、この世にはいないのよ・・・」

 

それは事実の確認か、はたまた自分に言い聞かせるためかはわからないが、流れるように口からこぼれた。

 

そして私は動かない彼から目を離し、列車へと乗り込んでいった。

 

オルタンシアsideout

 

━━━

 

薄暗い辺りに、足音だけが響き渡る。

 

「急げ急げ急げ!!」

 

必死の形相で暗闇を駆けるのはシンシア。その足取りに迷いはなく、ただひたすら一直線に進み続ける。

 

「着いた!」

 

目の前に現れた扉を勢いよく蹴り飛ばすように開け、転がり込むようにその中へと入る。

 

そこにあるのは巨大な砂時計。けれどそれはボロボロで、中の砂は至るところについたヒビや割れた部分から流れ出ている。

 

「前に見たのは社交舞踏会前だっけか?にしちゃ減りが尋常じゃなく早いな・・・短期間に三回も使えばこうなるのはわかってたけど。」

 

顔を少し歪ませて、呟く独白には自嘲が少し込められていた。

 

「けど時間がないんだ。迷ってられるか!」

 

躊躇いなくシンシアは、その手を砂時計の割れた部分に腕を突っ込み中の金の砂を握る。

 

すると金の砂はたちまち輝きを放ち、シンシアの体へと消えていく。その状態を数秒維持したあと、シンシアは砂時計から腕を抜く。

 

「これで肋骨はなんとかなるんだが、胸の傷は足りない。そこは根性でなんとかするしかないか。」

 

徐々に微睡んでくる意識の中、決心を決めたようにシンシアは目をつむり意識を投げ捨てた。

 

その時最後に見たのは、もうほとんど砂の残っていない壊れかけの砂時計だけだった。

 

━━━━

 

シンシアside

 

「━━さん!シンさん!!」

 

「くっ・・・」

 

重たい瞼を強引に持ち上げると、目の前では焦りの表情を浮かべながら俺を揺するジニーの姿があった。

 

「起きたっ!大丈夫ですか!!血がこんなに出て━━━」

 

「リィエルは!?エルザとリィエルはどこに行った?」

 

半分怒鳴り込むように問うた質問に、ジニーは目を伏せながら小さな声で話し始めた。

 

「リィエルさんと、エルザさんは・・・マリアンヌ学院長と何人かの生徒に拘束されて、今さっき列車に乗って行きました・・・」

 

「なっ!?」

 

もうすでに出たあとなのか。だとしたら本当に急がないと間に合わなくなる!!

 

「私はそれを・・・ただ見てるだけしか出来ませんでした・・・ごめんなさい・・・私が少しでも時間を稼いでいれば・・・」

 

「ジニー!!」

 

「はいっ!?」

 

ビクッと体を震わせたジニーの肩を掴んで、じっとジニーの瞳を見つめる。

 

「そこについてはお前は悪くない。それよりもナイスだ。ジニーが居なかったら、俺もすぐに状況がわからなかった」

 

「シンさん・・・」

 

「お叱りならあとでいくらでもしてやる。けど今はそれよりもやることがある。」

 

軋む体を立たせ血が大量についたローブについた埃を払って、列車が向かったであろう方向を見据えた。

 

「お前はすぐに先生のとこに行って状況を説明しろ。そうすれば先生がすぐに動いてくれるはずだ」

 

「シンさんはどうするんですか?」

 

「俺か?俺は・・・一足先にリィエル達を追う」

 

「そんなっ!?無茶です!列車の速度に追い付くこともそうですが、相手はコレットさんやお嬢様にも匹敵するような実力者がたくさんいました。それに・・・」

 

「オルタンシアが筆頭だった。言いたいのはそれだろ?」

 

コクりと、ジニーは頷いた。

 

あいつ、どうやら実力を隠していたようだ。あそこまで出来るとは俺も予想してなかったし。

 

それに他の生徒もオルタンシア程ではないしろ、それに近しい実力者揃い。加えてマリアンヌまで相手にしなければいけないと考えると、無謀だと言われても反論できない。

 

「大丈夫だ、なんとか出来るのが俺にはある」

 

けど、それは普通の人間で考えたときの話だ。

 

「《我を縛る業の鎖よ・今その拘束を解き・我を解放せよ》!!」

 

血濡れのタロットを握りしめながら詠唱を終える。それをすれば、俺はただの人間という皮を引き剥がす。

 

顔の紋様は大きくなり、体から黒いマナがあふれでる。そして変わった俺の雰囲気に察したのか、ジニーがその場から一歩下がった。

 

「ただのあまちゃん学生だろ?俺一人でどうとでもならぁ」

 

「え・・・それは・・・一体・・・」

 

「悪い。それは言えない」

 

溢れた黒のマナを形取り、自分の背中に羽を作る。羽をはためかせ少し浮いたあと、最後にジニーの方を向いた。

 

「伝達頼む。ジニーだけが頼りだ。頼むぞ!」

 

「ちょ、ちょっと!!」

 

ジニーの答えを待たずに、俺は一気に空中に飛び列車が行った方向へと飛翔する。

 

「さてと!道踏み外した奴をひっぱたきにいきますか!!」

 

夜の帳に、俺の叫びがこだまする。

 

長い夜が、今始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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わたしを優しく包んだのは


水着沖田早く来ないかな~

石の貯蔵は十分だ!!

さぁ来い!!絶対お迎えしてやる!!

まぁ関係ない話はさておき、本編どうぞ


オルタンシアside

 

最初はただの憧れからだった。

 

皆の前で先導するように立つ、母の凛々しい姿に惚れ惚れしたのがすべての始まりだった。

 

『お母さん!私もそんな風になれるかな?』

 

『ふふっ、オルタンシアもなれるわよ。でもそのためにいっぱい勉強しなきゃいけないの。出来るかしら?』

 

『出来るもん!私もうお姉ちゃんだし!』

 

『頼もしいわね』

 

微笑みかける母に、私は尊敬と憧憬の瞳を向けていた。

 

数年経って、私は魔術を使うことが出来るのがわかった。

 

最初はほんの小さな火を起こすくらいしか出来なかったのに、私にとってはとても嬉しく感じた。

 

巫女になる最低条件は、魔術師であること。一先ず第一関門を突破出来た事が、まだ幼い私には十分喜ばしいことだったのだ。

 

『お姉ちゃん!私も魔術が使えたの!!』

 

『そうなの!?よかったですね!!お姉ちゃんも負けないように頑張らないと!!』

 

当時、私よりも先に魔術が使えていた姉は、まるで自分のようにそれを喜んだ。そんな姉を越えて、私が龍の巫女になるんだとその時は意気込んでいた。

 

が、地獄はそこからだった。

 

『あそこのお姉さん、学院で首席だったんですって!!』

 

『聖リリィ女学院始まって以来の天才って呼ばれてるらしいわよ!!』

 

『さすがは聖女様だわな。』

 

『それに万人に優しいんだもん。あそこまで出来た人はなかなかいないよ』

 

姉は天才だった。

 

入学試験はトップで合格し、他の追髄を許さない圧倒的な実力は、すぐに町すべてに広まった。

 

それと合わせ、どんな人に対しても分け隔てなく接する優しさを兼ね備えた姉は、その実力のせいで敬遠されることもなく、皆に愛されるようになった。

 

『でもそれに比べて・・・』

 

『オルタンシアちゃんも頑張ってるんだけどねぇ・・・やっぱりぱっとしないというか・・・』

 

『必死すぎて周りが見えてないし、この前も上手くいかなくて周りに当たってたらしいぞ?』

 

『マジかよ・・・お姉さんとは大違いだな・・・』

 

私には、姉のような才能はなかった。

 

一を聞いて姉が百出来るなら、私が出きるのは十に満たない。そんな私と姉を比較するような声がよく飛んだ。

 

貶すように、バカにするように。

 

『リリィちゃんは偉いねぇ、まだ小さいのに物知りで。』

 

『私は魔術が使えないので、皆の役にたつような知識を蓄えておいた方がなにかといいのです!論破です!』

 

『すごい子よね、まだ十歳にもなってないのに・・・』

 

『秀才なんだろうな。将来が楽しみだ』

 

少し時間が経つと、今度は妹が皆の注目の的になっていった。私や姉と違い生まれつき魔術が使えなかった妹は、姉や私よりもたくさんの本を読み、たくさんの知識を蓄えていった。

 

そんな健気な姿勢がよかったのか、妹も姉と同じように町の人気者になっていった。

 

私だけが、日陰者だった。

 

町を歩けばひそひそと陰口を叩かれ、後ろ指を刺されることなんて何度あったかわからない。

 

けれど、それでも諦められなかった。

 

あの時見た母の凛々しい姿が、私の頭から離れることは一度たりともなかったのだ。

 

だから私は、周りがなんと言おうと努力をやめなかった。がむしゃらに、ただひたすら走り続けた。そして━━━

 

『次代の龍の巫女は、オルタンシアです。より精進するように』

 

遂に私は龍の巫女に指名された。本当に嬉しかった。今まで夢にまで見た者に、私が遂になれたんだという達成感が心を占めていった。

 

姉も、妹も、母も父も祝福してくれた。これからさらに私も頑張っていこうと思った。

 

だが、周りはそうではなかった。

 

『なんで 龍の巫女があいつなんだよ・・・』

 

『実力ならお姉さんの方が高いのにな・・・』

 

『あの人も見誤ったか・・・』

 

『でもお姉さんは元から体があまりよくはなかったから、消去方なんじゃない?』

 

『あーあ・・・リリィちゃんが魔術を使えればなぁ・・・』

 

『しっ!!滅多な事言わないの!!聞かれてたらどうするのよ!!』

 

町中の人々が、私に向かって冷たい視線と言葉を送ってきた。やれ姉の体が丈夫だったら、やれ妹に魔術が使えたら。誰一人として私の次代龍の巫女の継承を喜ぶものなどいなかった。

 

私がこれになるためにどれだけ努力したか、こいつらにわかるのか?私がどれだけ血の滲むような思いをしてきたわかっているのか?

 

『周りの言葉なんて気にしないでください。あなたはお母様が選んだんですから、もっと胸を張っていいんですよ?』

 

姉はそう言って私をよく励ました。

 

けどそれはあんたに実力があるからだろう?あんたも他と同じように思ってるんだろう?

 

『シャンとしてください!それじゃベーテン家の名折れですよ!!もっと頑張ってくださいね!!』

 

妹はそうやって、私に激励を送った。

 

けど私はこれ以上何をがんばったら皆は認めてくれるの?もっと具体的に教えなさいよ。

 

日に日に増えていくストレスによって、私は姉や妹に八つ当たりをする日々が続いた。それによってさらに周りの視線の温度が下がっていき、それに苛立ちまた力を奮う。最悪の悪循環だ。

 

もう、龍の巫女なんて肩書きすら私には重荷になってしまった。あれだけ望んで焦がれた物を手に入れた結果がこれなんて、悲しすぎやしないだろうか。

 

その時くらいからだろうか。授業をサボるようになっていったのは。

 

もう今さら頑張ったところで何も得るものはないし、得たいものもない。したところでどうにもならないのなら、やらない方がマシだ。

 

そんな惰弱な日々を過ごしている時だった。あの女が私に声をかけてきたのは。

 

『私と来るなら、あなたを嗤うすべてを焼かせてあげるわ。あなたの実力を十二分に評価してあげる場所に連れて行ってあげる。どう?魅力的じゃなくて?』

 

魅力的なんて言葉では片付けられなかった。私の弱い部分を優しく包み込むような甘い甘い言葉。

 

息苦しかった場所から解放され、今まで自分をバカにしてきた奴等への復讐が出来るのだ。断る理由がない。

 

私はその誘いに、二の句を言わせずに了承した。

 

そこに、幼い頃の純粋な憧れに満ちたオルタンシア=ベーテンはおらず、ただ嫉妬と憎悪の炎に焼かれた、哀れな女が佇んでいるだけだった。

 

━━━━

 

夜の暗闇の中を走る列車から外の景色を眺める。どんどんと移り変わる景色は、まるで昔の自分の思いのようで反吐が出る。

 

「オルちゃん・・・なんで・・・」

 

「無様ねエルザ、それが利用され続けた人形の終わりよ。」

 

自分の足元で黒魔【スペル・シール】によって拘束されたエルザが涙目でこちらを困惑げに見つめる。

 

「なんでって聞いたわね?復讐よ。私を認めない、私を卑下する奴等すべてへの復讐よ。それはあなたもよエルザ」

 

「っ!?そんな、私はそんな事一度も・・・」

 

「口ではなんとでも言えるわ。」

 

エルザの言い訳を切り捨て、腰に差した剣を握りながら席を立つ。

 

エルザのとなりには同じように拘束されている青髪のチビの姿もある。だがここまで拘束されている状態ならば、いくら優秀な特務分室の執行官といってもなにも出来まい。

 

「ここまで外道だとは思わなかった。白髪頭」

 

「何を言っても、負け犬の遠吠えにしか聞こえないわね。あなたは今捕虜なのだから無駄口はあまり叩かないことね。」

 

「・・・・・・」

 

じっと睨み付ける青髪のチビを見て、私は心底歓喜する。

 

今まで自分を見下してきた奴等をこうやって地べたに這いずらせるのは楽しくて仕方がない。だがこれはまだ始まりだ。復讐はまだまだ続くのだ。

 

(もう誰にも私を嗤わせたりしない!私を嗤ったすべてを、私が━━━)

 

ニタリと笑みを浮かべたその時、ガンっという大きな衝撃が列車に走った。

 

「っ!?なに!?」

 

「どうやら侵入者のようね」

 

マリアンヌが何事もないようにそういってきた。その顔には微笑が貼り付けられている。

 

「大方グレン=レーダス、いや、それにしては早すぎるわね。ならシンシア=フィーベルかしら?あれだけの大怪我でこちらに来るなんて自殺行為に等しいのだけれど」

 

「あの死に損ないがここに来たの・・・なら、私は止めを刺しに行くわ」

 

「ええ、頼んでいいかしら。私はもう少しゆっくりしていたいし」

 

「それが私の目的への一歩なのだもの」

 

冷酷な笑みを見せつけると、マリアンヌは満足したような顔になった。そんな彼女に背を向けて後方車両へと歩を進めようと━━━

 

「あなたはシンに勝てない」

 

「・・・なに?」

 

後ろから、青髪のチビがそう呟いた。

 

「あなたじゃ、シンに勝てない」

 

「はっ!あんなボロボロの能天気に私が勝てないですって?今までは力を見せてなかっただせで、もう敵ですらない」

 

「・・・・・・」

 

変わらぬ表情でじっと見つめる青髪のチビへそう返しながら、もう振り向かずに私は侵入者のもとへと歩いていくのだった。

 

オルタンシアsideout

 

━━━

 

「《雷精の紫電よ》っ!!」

 

「《白き冬の嵐よ》っ!!」

 

「《大いなる風よ》っ!!」

 

数多の波動が一車両の中で吹き荒れる。それらはすべて一点を狙って放たれたのだが、衝撃の中にはなんともなさげな人の姿。

 

「な、なんなのよこいつ・・・」

 

「バケモノっ!」

 

「 バケモノ?結構結構。てかバケモノで合ってるからな」

 

恐れ戦く少女達の眼前に現れたのは、人ならざる何か。

 

顔のほとんどを黒に染め、背中からどす黒い色の粒子を翼のような形で形成しながら固定し、光の灯っていない目でじっと彼女らを見つめるシンシアがいる。

 

「もう終わりか?呆気ねぇなぁ・・・シス姉くらいはやってくれるって期待してたんだけど、期待外れか・・・おもんな・・・」

 

両手を横に広げ、呆れるようなしぐさをとるシンシア。だが、彼女らからすればシンシアの方が異常なのだ。

 

何十発と撃たれた魔術を何らかの方法で防御しながら、それでも平然としているその態度。それに加えて彼から放たれる強烈なプレッシャー。ただの学生が浴びるには大きすぎるのだ。

 

だが種を明かせば、シンシアが背中のマナを巧みに向かって盾にし、魔術を防御しているだけなのたがそんな事彼女らが知るよしもない。

 

「時間の無駄だな。俺も急いでるし。んじゃ・・・《■■■━━》!!」

 

獣の叫び声が、車両内に響き渡る。それと同時に、その車両に居合わせた女生徒達は白目を向きながら力なく倒れていく。

 

「これ便利だよな。確か打ちのめす叫び(スタン・ローター)だっけ。叫ぶだけで行動不能に出来るんだからありがたいもんだよ」

 

床に倒れる生徒達を歯牙にもかけずに、頭をかきながらぼやく。

 

「もっと強い奴来いよ・・・俺を殺してみせられるくらいのさぁ・・・」

 

と、そこまで喋ると背中のマナが一気に体に戻っていく。顔の黒の紋様もいつもの頬へと移動し、おぞましげなプレッシャーが消えていく。

 

それと同時に、シンシアはカクンと膝をついた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・やっぱこんな体でこれを使うのは反動がきついな・・・」

 

肩で息をし、たらたらと流れる血を踏みしめながら立ち上がる。そしてふらつく足元に力を入れ直して、シンシアは次の車両へ行くために扉を開く。

 

「あら、やっと来たのね。その辺りで野垂れ死ぬんじゃないかと思ってたわ」

 

「お気遣いどーも。目的達成まで俺は倒れられないんだけどな」

 

次の車両にいたのは他と違いただ一人、だがこの列車内にいる敵の中で一二位を争うレベルの強さの相手。

 

オルタンシア=ベーテン。

 

「私はあなたの骨を折るくらいの勢いで【ストライク・エア】を撃ったつもりなのだけど、どんな体をしてるわけ?」

 

「ちょっとした裏技があるんだよ。まあどっちにしろ満身創痍にゃ変わりないんだが」

 

「それもそうね。それに━━━」

 

すっと黒い剣をシンシアへと向けながら、冷酷な微笑を見せて告げる。

 

「今からあなたは、ここで私に殺されるんだから。」

 

その宣言通り、黒い剣には炎が灯り初めオルタンシアの戦意を表している。

 

が、それにも関わらずシンシアは不敵に笑って見せた。

 

「なによ、なにがおかしいわけ?」

 

「いんや。ただ少しだけ、俺の話を聞いてくれないか?」

 

「死ぬ前の遺言かしら?」

 

「いいや違うね」

 

真剣な目でしっかりとオルタンシアの瞳を見つめながら、はっきりそれを口にした。

 

「ヒーローによる、救出宣言だ。」

 

「・・・は?あなた頭でも打った?」

 

本当に心配するような口振りのオルタンシアだが、シンシアはいたって真剣である。

 

「洗脳されて裏切った仲間と、囚われた仲間の三人をヒーローが救いに来たって話をするんだよ。それとついでに、お前の魔術についてのネタバラシかな?」

 

「洗脳?あいにく私は自分の意志でこちら側に━━━」

 

「嘘だな」

 

オルタンシアの言葉をぶったぎってシンシアがそう宣告する。それにオルタンシアは目を見張って驚いた。

 

「なんでわかったって顔だな?簡単だよ、お前なんさ俺に似てるんだよ。昔の」

 

「私が、あなたと?」

 

「そう。」

 

近くの壁に背を預け、まるで寛ぐような態度でシンシアはオルタンシアへと話し初める。

 

「誰かに認められたくて必死になってる。けど誰も自分を見てくれないから、いじけて拗ねて周りから目を背けてる。そんな感じ」

 

「っ!?」

 

的の中心を綺麗に射抜いたシンシアの発言に、オルタンシアは内心動揺のあまり剣先が震える。

 

「そうだろ?オルタ。合ってるから、そんな表情を歪ませてるんだろ?」

 

「黙れ・・・」

 

「もっと落ち着いて周りを見ろよ。誰も見てないなんてそれはお前の思い込みだ」

 

「黙れぇ!!!」

 

オルタンシアが怒りの咆哮と共に剣を前に突き出すのと同時に、炎が一直線にシンシア目掛けて飛んでいく。それを横に転がりながら回避するシンシアはどこか余裕そうだ。

 

「あんたに何がわかる!わたしの苦労が、わたしの思いが、私の辛さの何かわかる!!あんたのように誰からも認められる天才には、わたしの事なんて━━━」

 

「わかるよ。だって、俺も一緒だから」

 

淡々と、静かな口調のまま話す。その自分も一緒だという発言に、オルタンシアの動きは止まった。

 

「確かにお前らから見れば、漆黒魔術(ブラック・スペル)は天才の証なんだろうな。こんなの15で作ったなんて言われりゃそりゃそうだ」

 

言葉だけならまるで自慢のように聞こえるそれは、今オルタンシアの耳にはまるで後悔と哀しみに似た何かを込めた独白にしか聞こえなかった。

 

「けど、これは俺の力じゃない。足掻いてもがいた結果、色々捨てて手に入ってしまったもんだ。こんなの俺の力なんて言わねぇよ」

 

手から迸る黒い稲妻を握りつぶして、片手をポケットに突っ込んだ。

 

「実は俺、身体強化と錬金術以外ろくに魔術なんて使えなくてな!【ショック・ボルト】も撃てないんだぜ?」

 

「な・・・」

 

シンシアの宣言に、オルタンシアは絶句した。が、それと同時に納得もした。

 

この十五日間、彼は一度たりとも自分から黒魔術などを使用しなかった。そこにオルタンシアも不審に思っていたが、まさか使えないとは思わなかった。

 

「俺にも夢があったから真剣に頑張ったよ。でもシス姉が超がつくくらい優秀だからさ、俺比較される訳よ。姉貴はあんなに出来るのにって感じで」

 

「・・・・・・」

 

どこかで聞いたような話だ。いや、自分が感じてきた事と彼は同じ事を感じてきたんだ。

 

「だから似てるんだよ。俺とお前。」

 

「ならわかるでしょう?わたしがしようとしている事の意味を。だからあなたは回れ右して━━━」

 

「わかるからこそ、俺はお前を止める」

 

ポケットから手を抜き、手のひらを開けながらシンシアは言った。

 

「お前は努力の意味をわかる奴だ。諦めずに夢を追いかけられる奴だ。そんな奴を、暗い闇になんか落とさせるかよ」

 

「なにあなた、英雄でも気取るつもり?生憎わたしはそんな事を願ってなんかいないわよ」

 

「ならなんでお前はそんな泣きそうなんだよ」

 

はっとした表情になってオルタンシアは車窓から自分を見る。そこに映るのは、まるで大切なおもちゃを壊してしまった子供のような顔。今にもその目から雫を溢しそうな、そんな顔。

 

「お前の努力が誰も認められない?んなことねぇよ。」

 

「いいえそうよ!誰もわたしを認めなかった、誰もわたしを見なかった!!見るのはいつも姉や妹ばかりでわたしはただの比較対象!!」

 

泣き叫ぶような言葉が、オルタンシアの口から溢れた。もう自分の顔を見て、抑えていた感情が爆発してしまったのだ。

 

「皆がそろってわたしをバカにする!あの残念な無能だって!わたしが今までしてきたことも知らないで!!だからわたしの努力なんて誰も認めないのよ!!!」

 

「俺が認めてんだよ!!!」

 

そこで初めて怒鳴ったシンシアにピクッと体を震わせてオルタンシアはシンシアを見る。

 

「あそこまで魔術戦が出来るのはなかなかいねぇよ。うちの学院でもお前を相手出きるのは多分シス姉か俺だけだ。そこには、何度も何度も繰り返さなきゃ出来ないような物がたくさんあった」

 

「それはわたしが龍の巫女になりたかったから・・・」

 

「自分がやって来た事を卑下するなよ。もっと自分を誇れ。そこまで出来る自分自身を」

 

「誇る?そんな事出来るわけないじゃない・・・こんなベーテン家の恥さらしを」

 

「ああもうわっかんない奴だなおい!!」

 

苛立ったように荒い口調でそう言うと、シンシアはガンと床を強く踏んだ。

 

「俺は今!オルタンシア=ベーテンに話してんだよ!ベーテン家だとか、龍の巫女だとか!!そんな外聞どーだっていいんだよ!!俺は、ただ一人の女の子、オルタンシア=ベーテンに話してんだからな!!」

 

「っ・・・」

 

オルタンシアが一歩下がる。

 

シンシアが一歩前に出す。

 

「お前は誰よりも称えられるべき人間だ。俺が誰よりも称えてやるよ。お前はすごいんだって、ここまで頑張れる奴なんだって。他の奴に知らしめてやる」

 

(やめて・・・)

 

「夢のためにひたすらがむしゃらになれることのどこが誇らしくないんだよ。そこまで一途に頑張れる奴なんてそういねーよ」

 

(お願いだから・・・)

 

私に希望を見せないで。

 

これ以上聞けば、きっとわたしはおかしくなってしまう。

 

固かった決意も、すべて砂の山みたいに簡単に崩れ去ってしまう。

 

だからこれ以上・・・

 

(わたしのヒーローにならないで!!)

 

「あああああああああ!!」

 

慟哭に似た叫びと共に、オルタンシアが剣を振り上げる。すると周りに空気の槍が何本も姿を表した。

 

「最後にお前の魔術のネタバラシだ。妙だと思ったんだよ。お前が(予唱呪文(スペル・ストック)なんて高等技術を、俺との一戦で使わなかった事が」

 

無我夢中なオルタンシアには、そのシンシアの声はもう聞こえない。そうわかっていても、シンシアは話すをやめることはなかった。

 

「ならなぜか?答えは簡単だ。(予唱呪文(スペル・ストック)はお前自身の技術ではなく、なんらかの補助によるもんだ」

 

オルタンシアから放たれる風の槍をすんでの所で避け続ける。ある時はしゃがみ、ある時横に飛び、相手に読まれないように多種多様に動きながら。

 

「んで話は変わるんだけど、シス姉って考古学マニアなんだよな。そのシス姉が前に言ってたんだよ。あのメルガリウスの天空城の話のなかで、龍の巫女は無詠唱の武具っていう物を使うって」

 

風の槍を再装填するオルタンシアの顔が、驚愕に満ちていく。

 

「そいつは、使用者の魔術発動を補助して、ほぼ無詠唱で思うがままに魔術を使えるって代物なんだと。そのお前が持ってる剣が、無詠唱の武具なんじゃないのか?」

 

「っ!?」

 

「ビンゴだな!」

 

オルタンシアの反応でわかったのか、シンシアは満足げに笑って見せた。

 

「だ、だからなんだと言うのよ!?あなたに出来ることなにもないわ!!大人しく死になさい!!」

 

「出来ることならある。俺の持つ最強の魔術がな!!」

 

そう叫び、シンシアは走る。それに合わせ、周りに準備していた風の槍を、オルタンシアは一斉にシンシアに解き放つ。その数およそ七本。

 

一つ一つが致命傷になりかねない威力をほこるそれらを見ても、シンシアは焦らない。それどころか、悠長に詠唱し初める。

 

「《乖離せよ・遊離せよ・━━━」

 

それは、オルタンシアも聞いたことのない魔術。けれど迷っている暇はない。ひたすら風の槍を撃ち続ける。

 

そして最初の一発がシンシアの目前に迫ったとき、

 

「我が腕手(かいなで)に・崩壊の兆しあれ》!!」

 

詠唱を終えたシンシアが右手を風の槍に突き出した。すると・・・

 

風の槍が、跡形もなく消え知った。

 

「なっ!?」

 

驚くのもつかの間、シンシアは一気に距離を詰める。その間にも飛んでくる風の槍を片手で遮り消滅させていく。

 

「くっ!!」

 

咄嗟にオルタンシアは無詠唱の武具である黒い剣を突き出すも、シンシアはそれを回避。そして、

 

手を黒の剣に添えた。

 

パリンという気持ちのよい破砕音と共に、無詠唱の武具は跡形もなく砕け散った。

 

「な・・・なんなのよ今のは・・・」

 

「錬金改【マテリアル・クラッシュ】。俺の人生15年をかけて作り上げた、俺だけの切り札だ。」

 

青い光を灯らせる腕を見せながら、シンシアは自慢気に答えた。

 

通常、錬金術とは元となる物質を一度分解し違う物に作り替える技術だ。これから剣を作ったり、壁を作ったりとなにかと応用がよくきく魔術でもある。

 

ならば、この錬金術の過程の一つである物質を分解するというところで止めればどうなるのか。

 

その魔術が触れたあらゆる物質は粉々となり、最強の矛となり得るのだ。

 

この魔術をエンチャント風に腕に宿し、その腕で敵を殴るこれこそがシンシアの切り札、【マテリアル・クラッシュ】である。

 

【マテリアル・クラッシュ】を無効化させ、シンシアはオルタンシアを見つめる。その目は、何かに絶望したようだった。

 

なにも言わず、シンシアは静かにオルタンシアを抱き締めた。

 

「っ!?!?!?ち、ちょ、ちょっと!!」

 

「つらかったな。もう大丈夫だ、お前が頑張ったのは俺がよく知ってる。だから・・・」

 

「もう素直になっていいんだぞ」

 

その言葉を切り目に、オルタンシアの視界は歪む。

 

怒りや憎悪、哀しみからではない。

 

純粋な嬉しさが、彼女の目から水を溢れさせたのだ。

 

「ううっ・・・わたし・・・わたし・・・!!」

 

「よく頑張った」

 

「誰も・・・誰も見てくれなくて・・・でもわたし頑張って・・・みんなに認めてほしくて・・・!!」

 

「わかってる。だから安心しろ」

 

優しく声をかけながら、背中をさするシンシアの胸に顔を押し付けながら嗚咽を鳴らして涙を流すオルタンシア。

 

今日という日まで、誰も理解してくれなかった自分の心を、理解してくれる人が現れてくれた。

 

自分のヒーローが、やっと来てくれたのだ。

 

籠らせていた感情を吐き出し、涙に濡れるオルタンシアが顔をあげようとしたその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルタンシアの体が、シンシアに横に突き飛ばされた。

 

「え?」

 

何が起こったかわからずに呆然とするのもつかの間、彼女の顔に何かがかかった。

 

それは赤く、暑く、鉄の臭いのする液体。

 

血だ。

 

飛んできた方向をすぐ見て、オルタンシアは絶句した。なぜなら・・・

 

「ごっ・・・かはっ・・・」

 

「あなたなら最後まで自分の意志を通してくれると思ったのだけど。残念ね」

 

自分に優しい声をかけてくれていたシンシアの胸へ、マリアンヌが持つ剣が深々と刺さっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 





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その手で闇を裂け

お、お久しぶりです・・・

3ヶ月完全放置、本っとうに申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!

ネタが完全に思い浮かばなかったり、違う作品書いてたりしてましたはい・・・

ホントにごめんなさい。反省してます。

てなわけでどうぞ


 最初に感じたのは、胸の違和感だった。

 

 なにかいつもと違うような、そんな感覚。

 

 それに合わせて目の前でオルタンシアがその絹のような白い肌に赤い斑点をつけているのに気付き、やっと俺は自分の胸に視線を下ろした。

 

 そこにあるのは、俺の胸から生え出た剣の刃だった。

 

 ああ、俺刺されたんだ。

 

 そう理解した途端、

 

 俺の体中に激痛が、胸から電流が流れたように走った。

 

「かっ・・・ごほっ・・・」

 

 せりあがってきた血塊を口から吐き、痛みに耐えながら俺は自分を貫いた犯人へと目を向ける。

 

「マリ・・・アンヌ!!」

 

「あら、まだ元気なのね」

 

 マリアンヌはそう至って平淡や口調でそう言うと、

 

 俺に刺さった剣を一気に引き抜いた。

 

「あああああああっ!!」

 

 胸から血が飛び散り、辺りを赤に染め上げて俺は力なく揺れ動く列車の床にバタリと倒れた。

 

 痛い、痛い、痛い。

 

 胸がまるでやけどをした時のような熱さを帯びている。視界も激痛からなのかぼやけ始めた。

 

 だが、それでも、俺はこの一連の事件の首謀者から目だけは反らさなかった。

 

「怖い怖い。視線だけで人を殺せそうだわ。まぁそうやって地べたに這いつくばっていては、何も出来ないのだけれど。」

 

 侮蔑を込めた言葉を俺へと吐き捨てると、マリアンヌは剣についた俺の血を払うように剣を横凪ぎに振った。

 

「さて、どう料理するの?オルタンシア」

 

「・・・え?」

 

 と、そこで今の今まで沈黙を保ち列車の端に座り込んでいたオルタンシアへマリアンヌは話題の矛先を向けた。

 

 が、オルタンシアもそこで自分に話しかけられるとは思っていなかったのか、それともいきなり俺が刺された事で動揺したのか、すっとんきょうなこえを漏らす。

 

「あなたがこいつを殺したいと言ったのでしょう?まぁ殺すのはダメだけれど、腕の一本や二本なら切り捨てても構わないわ。どうする?」

 

「わ、私は・・・」

 

 教職員が言っていいはずがないような残忍な事を羅列するなか、オルタンシアはついさっきまでの突っぱねるような強さが消え失せたように弱々しい。

 

「はぁ・・・駄目ね。あなたも使えないわ。」

 

 そんなオルタンシアに嫌気が刺したのか、もう見切ったと言わんばかりにマリアンヌは彼女へ冷たすぎる視線を向けた。そして、俺を刺した剣の刀身をオルタンシアへと向ける。

 

「このままうろちょろされて、邪魔でもされたらそれこそ面倒だわ。今のうちに、面倒事は処理しておいた方がよさそうね」

 

「ああ・・・ああ・・・」

 

 初めて自分に向けられる殺意に、オルタンシアは恐怖のあまり後退る。が、ここは列車内。マリアンヌから逃げ切ることなんて不可能だ。

 

「さよなら、哀れなお人形さん。最後も今までのように一人で行きなさい」

 

「嫌・・・嫌よ・・・私はっ!!」

 

 その金色の瞳から一筋の雫をオルタンシアが流すも、マリアンヌは無情に鋭利な剣の刃を彼女へ振りかざさんとしている。

 

 また、俺は見てるしかできないのか。

 

 あんなデカイ口を叩いた癖に、また俺はなにも出来ずに終わりになるのか。

 

(違う・・・違うだろっ!!)

 

 なんのために俺はこの力を得た!!

 

 なんのために大きな代償を払った!!

 

 身近の人達を守りきるためだろう!!

 

 なら、今俺がやるべきことは、

 

 こんなところで寝そべっていることじゃねぇ!!

 

 そう思えば、体はバネのように動いた。

 

 痛む体も、胸から流れる血も無視して、

 

 マリアンヌを俺は全力で蹴り飛ばした。

 

「ぐっ!?」

 

 一瞬マリアンヌは苦悶の声を漏らすも、すぐに受け身をとって距離をとり、俺に刃先を向ける。

 

 それに合わせ、俺はマリアンヌとオルタンシアの間に入った。

 

「おかしいわね。普通動けるような怪我じゃないはずなのだけど・・・」

 

「あいにく・・・まだくたばっては・・・られないんでね・・・」

 

 精一杯のやせ我慢と、やれるだけの気力を振り絞って、俺はマリアンヌへ向けて不敵に笑って見せた。

 

「にしても理解できないわ。あなたが今背を見せているその子は、あなたを殺そうとしたのよ?それもあなたが大事にしている友人達も裏切って。」

 

 背後でピクリとオルタンシアが肩を震わせたのがわかった。それをマリアンヌも理解しているからこそ、彼女は独白をやめない。

 

「そんな彼女を、あなたがそこまでして守る理由はあるのかしら?」

 

「あるさ」

 

 迷いなく、躊躇いもなく、俺はマリアンヌの問いにそう答えた。

 

「なんたって・・・俺は・・・」

 

 懐から血の滲んだ吊られた男のタロットを取り出し、俺ははっきりとマリアンヌへ言ってのけた。

 

「正義の魔法使いになる男なんだからな!!」

 

 目の前で、泣いている奴がいる。

 

 なら、そいつを助ける。

 

 理由なんて、そんな簡単な物でいい。

 

 難しい事は考える必要すらない。

 

 ただ、自分の信条を貫く。それだけだ。

 

 その叫びと同時に、俺は疑似龍化を発動。背中から黒のマナの奔流が溢れで、俺の胸の傷が徐々に消えていく。

 

「これが人工龍人の本領・・・さすがの一言ね」

 

 禍々しさが列車内を支配していくなかでも、マリアンヌは俺の変貌っぷりに余裕げな反応だ。

 

「なるほど、これには既に知ってたか。てことは俺をここに呼んだのも実験動物にでもしようって算段だったってことか」

 

「ご名答。本来なら捕縛したリィエル=レイフォードを餌にしてあなたも捕縛、仲良く二人揃って私の研究材料としたかったところよ。まぁ結果は変わらないと思うけれどね」

 

「は?何いってんだお前」

 

 俺はさっきマリアンヌが俺へと向けたような嘲笑を顔に張り、マリアンヌへ指を指す。

 

「計画は変更だ。お前は俺がしっかりお縄につけてやるからよ、行き先は牢獄だ!!」

 

「ふふっ、その減らず口を今ここで折ってあげるわ」

 

 売り言葉に買い言葉と言った具合に、マリアンヌが俺の言葉に乗ってきたのを確認すると、俺は後ろで恐怖で縮こまっているオルタンシアを見る。

 

 そして、

 

「大丈夫だ。俺がなんとかする」

 

 精一杯の笑顔で、俺は彼女にそう言った。

 

「さあやるか!こんなばか騒ぎ、ちゃっちゃとしまいにしようぜ!!」

 

 俺はそう声高らかに叫ぶと、列車の床を蹴った。

 

 体の中で鳴る警鐘なんて、完全に無視しながら。

 

 ーーー

 

 

 

 姉ほどとはいかないにしても、オルタンシアはそれなりに魔術が使える方だと自負している。

 

 学院でもシンシア達が来るまでは上級生相手でも負けなかったし、成績だって一位だった。

 

 母は町でも高名な魔術師だったし、凄い魔術だって何度も見たことがある。

 

 だが、

 

「なんなの・・・これ・・・」

 

 今私の目の前で行われているそれは、オルタンシアが知るような物とはまるで違う。

 

 マリアンヌとシンシアによる魔術戦。それは正しい。

 

 が、レベルが違いすぎる。

 

 マリアンヌが剣を振れば、列車のなかの気温を一気に跳ねあげるのではないかと思えるほどの熱量の炎がシンシアへと飛ばされる。

 

 だがそれをシンシアは体から溢れる黒いマナを巧みに具現化し、炎を完全に防衛。

 

 それが終わると、今度はシンシアが黒い稲妻を両手からマリアンヌへとかなりの速さで放つが、それもマリアンヌはオルタンシアがギリギリ目で追えるかどうかという速さで避ける。

 

 ただ、先ほどからこれの繰り返し。だがこれだけでも、両者のレベル、加えて人の道を外れた力がどれ程の物なのかを彼女が理解するのは、さほど難しい事ではないだろう。

 

「ちっ!!鬱陶しいな・・・・」

 

「ふふっ、さすがに一筋縄ではいかないわね・・・」

 

 二人の超戦闘によって、半壊しかけている車両で二人がひとまず距離をとる。今のところ戦況は拮抗状態。

 

「その剣・・・ただのもんじゃないな?さっきからその炎、魔術を起動しているようにはみえねぇ・・・」

 

「あら?よく気がついたわね。特別に教えてあげようかしら」

 

 マリアンヌが嗤う。

 

「これは炎を操る魔術遺産(アーティファクト)炎の剣(フレイ・ヴード)。かのメルガリウスの魔法使いに登場する魔剣、そのレプリカよ」

 

「炎魔帝将ヴィーア=ドォルの百の炎の一つってか・・・なんだか最近魔将星に縁があるのは嬉しいやら悲しいやら・・・」

 

 自嘲ぎみに笑いつつ、シンシアは黒いマナを一つに集めて槍を作り上げると迷わずにマリアンヌへそれを突き刺す。

 

「無駄よっ!!」

 

 マリアンヌがまた剣を一閃。すると業炎がシンシアのマナの塊をそのまま飲み込んだ。

 

「ちっ、やっぱただ単に力押しじゃ無理があるわな・・・それにさっきからあいつの身体能力がおかしい」

 

 大方あの剣の効果なんだろうなと簡単に予想をつけるが、シンシアのその予想は的を得ている。

 

 今マリアンヌは、炎の剣(フレイ・ヴード)から使用者だったヴィーア=ドォルの経験をその体に憑依させている。そのため今の彼女の力は、魔将星の力をそのままその身に宿しているという事になる。

 

 だが、それはデメリットなしにどうにかなるものではない。

 

「あはははははっ!!あははははははは!!燃えなさい!!私の邪魔をするものは、全部!!」

 

 シンシアは攻撃していない。にもかかわらず、マリアンヌはブンブンと剣を振るい出す。それによって、強すぎる炎が列車内を吹き荒れ始めた。

 

(こいつっ!?このままじゃ自分ごと燃やすってわかってんのか!?剣に正気を完全にのまれたって訳か)

 

 豪火をギリギリのところで回避しつつ、後ろのオルタンシアへ当たらないように注意しながら対応策を考えるが、なにぶん状況がシンシアに不利すぎる。

 

 本来、シンシアの戦闘スタイルとして狭い場所はNGなのだ。こんなところでは竜言語魔術(ドラゴイッシュ)は使えない。

 

 さらに列車内も半壊状態。こんなところで強力な漆黒魔術(ブラック・スペル)を使ってしまえば、列車ごと崩壊しかねない。

 

 加えてマリアンヌの炎で動きにくい列車内でさらに動きが制限されてしまっている。まさにシンシアが最も忌避する状況が、今ここに出来上がってしまったのだ。

 

「こりゃきつ━━ぐっ!?」

 

 急に体に感じた違和感に、シンシアはたまらず足を止め、膝をつく。

 

『ツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセツブセ』

 

『コワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセ』

 

『コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ』

 

 沸き上がってくる負の感情、頭に響く悪魔の声に、シンシアはその表情を苦しげに歪ませた。

 

「さすがに短時間連発は危険だったな・・・計画変更・・・」

 

「あははははははは!!」

 

 狂喜染みた高笑いをあげながら剣を振るうマリアンヌに対し、シンシアは両手を列車の床にパンとつけた。

 

 途端、床に紫電が走ったかと思うとマリアンヌとシンシアとを隔てる壁が現れ、シンシアへの炎を遠退ける。

 

「オルタンシアっ!!」

 

「っ!?なに!?」

 

 内心パニックに陥っていたオルタンシアは、声が上擦っているのも気にせずに勢い任せに答える。いつもの彼女なら、高いプライドが邪魔してそんな事出来ないのだろうが、今はそんな事すら考える余裕もない。

 

「結構キツいから強行手段でいく!!だからオルタンシアへの防御は無理だ!!だから今から三秒間は自力であの炎を止めろ!!」

 

「止めろって・・・あれを!?無理よそんなの!!」

 

 オルタンシアが指差す先には、今にも壁を溶かさんとばかりに熱く燃えたぎる炎。作り上げた壁がもう既に半分溶けかかってる辺り、マリアンヌが出す炎がどれだけの火力を生み出しているかよくわかるだろう。

 

 わかるからこそ、オルタンシアは尻ずぼんでしまう。

 

「私なんかにあんなの無理よっ!?私になんか出きるわけないでしょ!?無理よ!出来っこないわ!!」

 

 頭を抱えて、弱気になるオルタンシア。それを見てシンシアも頭を抱えたくなってくる。

 

「けど現状策はこれしかない。」

 

「無理よ!!このまま私達は灰みたいに燃え尽きるしかないのよ!!ハハハ・・・私みたいな女にはちょうどいい最後かもしれないわね・・・」

 

 もう、すべての現実から逃避したような声で、オルタンシアは言う。

 

「勝手に嫉妬して、勝手に憧れて・・・」

 

 弱々しく、儚げに、なにもかも諦めたように。

 

「友達も裏切って、悪に手を染めた、醜い私にはお似合いの━━━」

 

「ふざけんな!!!」

 

 だが、そんな事をシンシアは許さなかった。

 

 へたりこむオルタンシアの胸ぐらを掴みあげ、壁に彼女の背を叩きながらシンシアは鬼の形相で言い放った。

 

「そんな簡単に諦めんじゃねぇよ!!足掻け!!最後の最後まで足掻き続けろ!!お前にはそれが出来るだろうが!!」

 

「知ったような口を聞かないで!!足掻く?そんな事出来っこないわ!!そもそもなぜあなたは私がさも出来る事が前提みたいに━━━!!」

 

「お前が諦めずに足掻けないやつなら!お前は今ここにはいないだろうが!!」

 

 オルタンシアはその言葉に、はっと目を見開いた。

 

「夢捨てられず、一度諦めかけたけど、それでもまだ願ったからお前は今ここにいるんだろうが!!お前は、自分が思ってるよりも凄いやつなんだよ!!」

 

「でも・・・私なんて・・・」

 

「違う!!」

 

 すうっと深く息を吸うと、カムイはさっきまでの怒声を潜めてオルタンシアに語りかけた。

 

「努力をひたむきに続けられる、それだけでお前は充分凄いやつなんだよ。それは俺が肯定してやる。否定する奴なんて俺がぶん殴ってやる。だからよ・・・」

 

「俺に、お前の力を見せてくれ。今、お前の力が必要だオルタンシア」

 

 真剣な、真っ直ぐな瞳。

 

 それはまさに、オルタンシアがあの時、母へ向けた目と同じもの。

 

(そっか・・・私は間違ってなかったんだ・・・)

 

 憧れも、羨望も、

 

 なにも無駄じゃない。

 

 無駄になんてならない。

 

 きっと、目の前の彼はそうさせてはくれないのだと、オルタンシアはこんな状況にそぐわず微笑を浮かべてしまう。

 

(ホントに・・・こいつは面倒なんだから・・・せっかく諦めようとしてたのに・・・)

 

 頭ではネガティブな事を思いつつも、その表情は明るげだ。

 

「いいわ。やってやる、こんなところでまるこげなんてごめんよ!!」

 

 折れていた膝を立たせ、力強い視線を壁へと向けるオルタンシアに、前までの弱さは、もう微塵もなかった。

 

「さーてと!オルタンシア、自力で自分の周りを・・・」

 

「突っ込むのにそれでいいの?」

 

「・・・あ?」

 

 シンシアが考えていた策を話そうとすると、オルタンシアは鼻で笑うようにシンシアに言う。

 

「私の身は私が守るわ。けど、今だけあんたも守ってあげる。」

 

「・・・出来るの?」

 

「はぁ!?なめるんじゃないわよ!!私は━━━」

 

 今度は、オルタンシアが不敵に笑いながら、

 

「私は、次期龍の巫女よ!その程度、簡単にやってのけてみせるわ!!」

 

 高らかにそう宣言して見せた。

 

 その宣言に、少しだけ驚いたようなそぶりを見せるシンシアだったが、すぐに納得したような顔つきになり、

 

「なら頼むぜ!火傷したらお前のせいな」

 

「はぁ?そんな事、万に一つもあり得ないわよ!」

 

 簡単な軽口を、となりにいる相棒へと言ってみせた。

 

 状況は最悪、絶対絶命。

 

 だが、自然と、

 

 オルタンシアのなかで、負ける気はさらさらなかった。

 

「なら・・・行くぞ!」

 

「ええ!《大気の壁よ・二重となりて━━》」

 

 掛け声と時を同じくして、シンシアは列車の床を蹴る。

 

 同時にシンシアが作り出した壁は崩壊し、おびただしい熱量の炎がシンシアへと肉薄していく。

 

 シンシアをその炎が飲み込もうとせんとしたその時、

 

「《我らを守れ》っ!!」

 

 炎を、二重の空気の障壁が遮った。

 

 黒魔改【ダブル・スクリーン】

 

 通常一重しか出ない【エア・スクリーン】の改変。対象を選択し、対象の前方に空気の壁を二重で張るその魔術は、マリアンヌの炎を遮る。

 

 が、

 

「うっ・・・だめ!もたない!!」

 

 それでもマリアンヌの熱量の方が強い。このままでは発動した【ダブル・スクリーン】は、数秒と堪えずに火の渦に飲まれるだろう。

 

 だが、たった数秒、それだけあればシンシアには充分だ。

 

「《乖離せよ・遊離せよ━━━」

 

 一歩、シンシアの右手に青の光が灯る。

 

「我が腕手(かいなで)に━━━」

 

 一歩、炎の海を裂き、力強く踏み出す。

 

「崩壊の兆しあれ》っ!!!」

 

 一歩、手の閃光は瞬き、一筋の軌跡を描き、

 

 シンシアの右手が、マリアンヌの剣に触れた。

 

「なっ!?」

 

 マリアンヌが驚愕の声を出すももう遅く、

 

 マリアンヌの剣は、パリンと音を経てて跡形もなくなった。

 

 それと同時に、列車内に充満していた炎も消え失せ、ほんの一瞬だけ辺りを静寂が支配する。

 

 だが、そんな静寂をシンシアは破り捨てる。

 

「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 腹の底から声をだし、シンシアは左手を握って前につきだした。

 

 その拳は綺麗なルートを進み、そして、

 

 マリアンヌの呆けた顔へと叩き込まれた。

 

 マリアンヌはその一撃に対応も反応もすることが出来ずに、勢いのまま壁へと吹き飛び、白目を向いてそのまま意識を投げ売った。

 

「や、やったの・・・?」

 

 あまりに一瞬の出来事に、オルタンシアがそんなか細い声を漏らした次の瞬間、

 

「うっしゃああああああ!!勝ったああああああ!!」

 

 シンシアが、歓喜の声を上げた。

 

「オルタンシアまじナイス!いやー俺はやってくれるって信じてたぜ!!」

 

「え、ええもちろんよ!なめないでくれる?」

 

 お世辞なしの褒めになれてないのか、オルタンシアは頬を赤く染めながら、目をシンシアから反らした。

 

「いよぉし!このままリィエルとエルザを救出してとんずらとしますか」

 

 そう意気込んで、シンシアは一歩踏み出すと、

 

 ぐらりと視界が歪んだ。

 

「あり?」

 

 体勢を戻す時間もなく、シンシアはそのまま緩慢な動きで床に倒れた。

 

「え?ちょっと?ちょっとあんた!?」

 

 オルタンシアがシンシアに呼び掛けるが、シンシアにはその声もなんだかかなり遠くから呼ばれているように感じる。

 

(あれぇ?もしかして・・・マナ切れ??)

 

 駅からここまで疑似龍化を使用し、さらにオルタンシアとの戦闘、極めつけにマリアンヌとの戦いで二度目疑似龍化が決定だになったのだろう。

 

 逆に今まで動けたのが不思議なくらいだ。まぁほとんど根性なのだが。

 

(なんかデジャブ・・・あとは・・・先生達に任せるしかないか・・・)

 

 また、やりきれなかった。

 

 そんな後悔と悔しさを胸に秘めながら、

 

 シンシアの意識は、深い深い底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここからポンポンと投稿していくので、お待たせさせた分しっかりするので許してください(-_-;)

というか待ってくれてた人いるかな・・・

不安だ・・・

感想や批評、待ってます。


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現実は、時に冷たく心を貫く


さて、今回で八巻はシューりょ~でーす。

長かった・・・まぁ長かった理由の大半は僕にあるんですけどねはいすみません・・・

そんな訳で、どうぞ。


 とりあえず、リィエルを襲ったこの一連の騒動はどうにか収まった。

 

 俺が気絶したあと、すぐにグレン先生達がオルタンシアに合流。加えて仲たがいをどうにか解消したリィエルとエルザともなんとか出会えたのだとか。

 

 マリアンヌは列車の強盗と営利誘拐の罪で緊急逮捕。ざまぁ見やがれと言った感じだが、どうやら発狂したせいで自白の魔術を使ってもろくに今回の事件の全貌が把握できないらしい。

 

 他のメンバー、もっとわかりやすく言うとマリアンヌ側についていた女子生徒達はマリアンヌから洗脳を受けていた痕跡が残っていたため、一時的な停学と謹慎処分でどうにかなると言うのをグレン先生が言ってた。

 

 リィエルの傷もあまりたいした事はなく、俺も実質マナ切れだけだったので大事なし。

 

 そしてリィエルの短期留学も、上層部を強引にでも首を縦に振らせる結果をリィエルが残したので無理矢理だった落第退学も取り下げ。

 

 晴れてリィエルはルミ姉の護衛を続けることが出来る運びとなった。

 

 まぁ色んな事があったけれど、とにかくハッピーエンドで終われたのは終われた。

 

 終われたんだけど……

 

「ちょっとチビッ子、さっきから言ってるでしょ。そこの銀髪平和ボケを少し貸しなさい」

 

「いや。シンはあなたには貸さない」

 

 ちょーっと今は平和じゃないかもしんない……

 

 俺がいるのは聖リリィ女学院敷地内の駅構内。後ろでは蒸気機関車がガッタンゴットンと音をたてるなか、俺は額から冷や汗を流してます。

 

 だって、なんか目の前でオルタンシアとリィエルがピリピリとした状態なんだもん。その原因の一因が俺にもあるのだけど……

 

 元々、今日は俺達がアルザーノ帝国魔術学院に帰る日だ。俺とグレン先生が担当した月組は総出で俺達を見送りに来てくれたのだけれど、そこでオルタンシアは俺に面を貸せと言ってきた。

 

 俺としては別に断る理由もなにもなかったので、いいよの一言で答えようとしたその時、リィエルがそれを遮ってきたのだ。

 

 で、今に至る。

 

「いやなんでこうなるんだよ……」

 

 状況をもう一度確認し直しても、なぜこうなったのかまるでわからない。

 

 なぜリィエルはそこまで怒る? 別にちょっと話を聞くだけだろ? 

 

 なぜ二人してお互いに敵意マックスなんだよ……もう少し平和に行こうぜ平和にさぁ……

 

「なんて口にしたらこっちにまで火の粉が飛びそうだ……」

 

「ハハハ……最後まであの二人はあんな感じみたいですね……」

 

 隣から俺の声に反応したのは、苦笑を見せているエルザだった。

 

 エルザも今回、マリアンヌ側についた人間として停学処分を受けている。俺達とは違う列車でひとまず故郷へ戻るとさっき話で聞いた。

 

 残念だけど、俺はそこまでは助けられない。やはりやってはいけないことをしたわけだし、罰を受けるのは仕方のないことだ。

 

 そこについては、彼女も、加えてあそこでリィエルと口論を繰り広げているオルタンシアもきちんと理解しているだろう。

 

「あっ、そういえばさ」

 

「はい?」

 

 ふと、俺はそこで疑問が頭に浮かんだので、それをエルザへと投げ掛ける。

 

「エルザとリィエルは、どうやって仲直りしたんだ? なんか話によると炎のトラウマも克服したみたいじゃん」

 

「ああ、それですか」

 

 苦笑から微笑みに表情を変えると、エルザが俺に話し始める。

 

「リィエルが私に言ったんです。私がエルザを守るって……ついでにオルちゃんを一発殴って正気に戻すって。それが凄い心に来たんですよね……」

 

 何故かポワンポワンという効果音を後ろにつけてもいいような表情で言うエルザに、俺はそうかと言うしかない。

 

 これはなんと言うのだろう……コメントしにくいけれど……まぁいいや、しにくいならしなくていっか。

 

「それに……」

 

「うん?」

 

 そこで、エルザは俺に向けて何か視線をぶつけてくるが、その真意がわからない俺は小首を傾げた。

 

「いえ、何でもありませんよ。ただ、負けませんから」

 

「へ? 何に?」

 

「ほら、そろそろ仲裁しないとあそこの喧嘩も終わりませんよ?」

 

「えっ、あっちょっと押すなってエルザ!?」

 

 エルザの意味深な発言がすごく気になるが、確かにリィエルとオルタンシアの喧嘩もそろそろ止めなきゃマズイ。もうすぐ列車も出る頃だし、行きも帰りも列車に飛び込んで乗るなんて芸当はしたかない。

 

「なぁお前ら……そろそろ……」

 

「だーかーら!! 私はただこいつに話があるだけなの!! 邪魔しないでくれるかしら」

 

「うおっ!?」

 

 仲裁に入ろうとしたその時、オルタンシアが勢いよく俺の腕を掴んで自分の方へ引っ張っていく。

 

 そのまま話が進んでいくのかと思ったが、そうは簡単にリィエルは許さない。

 

 少し眉を潜めると、今度はリィエルが力強く俺を引っ張って寄せて、俺の腕へと抱きついてきた。

 

「話したい事があるならここで言えばいい。とりあえず、シンは渡さない」

 

「寄越しなさいっての!!」

 

「やだ」

 

 俺をまるで物のように引っ張り会うオルタンシアとリィエル。二人とも自分がそれなりに力がある方だと自覚はあるんでしょうか? 腕がみしみし言ってますよー痛いんですけどー。

 

「修羅場じゃないあれ!!」

 

「頑張れオルタンシアさん!!」

 

「いや、私はリィエルちゃんを応援するわ!!」

 

「それだときっとエルザが黙ってないわよ!?」

 

 おーい皆さん? なぜそんな楽しそうに話してるんです? こっち結構大変な状況なんですけど……痛い痛いリィエル全力で引っ張るなマジで腕千切れる。

 

「なぁオルタンシア、悪いけど今から違うとこへ動いてる時間はなさそうだからさ、ここで言ってくれないか?」

 

「はぁ!? なんでなのよ!」

 

 いや九割九分九厘あなたと未だに俺の腕から離れようもしないリィエルが悪いのだけどね。

 

「もうちょいで列車も出るし、俺らも悠長してられないからさ。出来ればここでがいいかなーって……」

 

「うぬぬ……いいわよわかったわよ! やってやろうじゃない!!」

 

 うーむなぜ喧嘩腰? 話したい事があるだけなんじゃないのか……

 

「た、た、た……」

 

「た?」

 

 少し、いやかなり頬を赤く染めながら、オルタンシアはどもり始めた。それにオルタンシアが話そうとしたとたんに、辺りで騒がしかった月組メンバーも静かになる。

 

 ちなみにグレン先生達は俺達より少し先に列車に乗って、窓からこっちを見てる。グレン先生のニヤニヤした顔がかなり鬱陶しいけど、その話しはまた後で。

 

「すぅー……はぁー……言うわよ! 一度しか言わないから、絶対に聞き逃さないことね!!」

 

「お、おう……」

 

 鬼気迫る勢いで言うオルタンシアに少し気圧されつつも答えると、オルタンシアはゆっくりと口を開いた。

 

「た、助けてくれて、あ、ありがと……そ、それと……す、少し……かっ、かっこよかったわよ……

 

 さっきまでガッツリ目を合わせていたのに、話が進むにつれて目をどんどんと反らしていき、加えてゴニョゴニョと消え入るような声で言い終えると、オルタンシアはついに俯いてしまった。

 

「ああ、その事か。別に気にすんなって。俺は俺がやりたいようにやっただけなんだし」

 

「そ、そう!? まぁ、まぁ!? あなたがそういうならそういうことに━━━」

 

「いやーでもこうやってカッコいいなんて言われるのは少しこっぱずかしいよな」

 

「……へ?」

 

「ん?」

 

 いきなりロボットみたいな動きになったオルタンシアに、俺は怪訝な声を出す。

 

「あんた……今なんて……」

 

「え? いや、こっぱずかしいなって

 

「そっちじゃない!! その前よ!!」

 

「え? カッコいいなんて言われるなんて……」

 

「~~~っ!!」

 

 俺がそう一言言うと、オルタンシアはまるで茹でたタコみたいに顔を真っ赤にすると辺りでのたうち回り始めた。えぇ……俺は言われた事を言っただけなんだけど……

 

「あんた聞こえてたの!?」

 

「いや耳はいいからさ。にしてもカッコいいっていいよな! なんかヒーローみたいでさ! オルタンシアもそう思ってくれ━━━」

 

 と、そこで俺の言葉は途切れた。

 

 否、途切れざるを得なかった。

 

 何故って? 

 

 全力でオルタンシアに蹴り飛ばされたからです。

 

「あがっ!?」

 

 俺はそのまま開いていた列車のドアから飛んで行き、壁へきれいに頭を打ち付けた。ガツンという衝撃が頭に走る。痛い。

 

「バッカじゃないの!? ヒーローなんてそんな妄想、次に会った時にバッキバキに!! もうバッキバキに折ってやるんだからぁぁぁぁぁ!!!」

 

 真っ赤な顔して早口で捲し立てていくと、オルタンシアはそのまま全力疾走して駅構内から立ち去っていった。

 

「なんだったんだ一体……」

 

「人気者は辛いな? シン」

 

「蹴っ飛ばされる人気者なんていたら、俺が見てみたいっすよ……」

 

 まだ打った頭がジンジン痛む……あいつ全力で蹴りやがったな! まったく、なに考えてるんだか……

 

 そこで、蒸気機関車の汽笛が鳴り響き、和やかな時間に終わりを告げてきた。

 

「そろそろ出発だな……じゃあなお前ら!!」

 

 グレン先生がそう言って、窓から身を乗り出し月組のメンバーに手を振った。

 

「またいつか会いましょう!」

 

「ええ、お達者で!!」

 

「元気でな!!」

 

 ジニー、フランシーヌ、コレットが代表してグレンの声に答えると、ついに列車が動き始めた。

 

 先生がそのまま列車の窓を閉めようとしたその時、エルザがそれを制した。

 

「リィエル!」

 

 呼ぶのは、きっと彼女を救った者の名前。リィエルはちょこんと窓から顔を覗かせると、エルザは少し泣きながら叫ぶ。

 

「私、もっともっと強くなる! そして、いつか貴女と肩を並べて戦えるようになるから……私も誰かを守れるようになるから……だからっ!!」

 

 必死に訴えるエルザに対して、リィエルは少し微笑んで、

 

「うん、待ってる。またね、エルザ」

 

 そう返すのだった。

 

 列車はどんどんと、スピードを上げて進んでいく。

 

 そのなかでも、最後のエルザの花のような笑顔だけは、俺達の目にしっかりと焼き付いていた。

 

 シンシアside out

 

 ━━━━

 

 エルザside

 

 行った、行ってしまった。

 

 私の中の闇を壊し、そして新たな道を見せてくれた人達は、元の居場所へと戻って行ったのだ。

 

(リィエル……私頑張るからね! そして、きっといつか……)

 

 この胸の気持ちを、彼女へ告げて見せる。

 

 そう強く決めた。

 

(それに……)

 

 自分の気持ちとともに思い出すのは、あの列車のなかでの出来事だ。

 

 

 列車のなか、私はもう完全に諦めていた。

 

 このまま列車のから出れずに終わるものだと、私はそう考えていた。

 

 けど、リィエルは違った。

 

 どうにかここから出てやろうと、

 

 どうにか助かってやろうと、

 

 そんな心情を全面に見せ、諦めるなんて選択肢を奥目にも出さなかった。

 

 そんな彼女に、私は聞いたのだ。

 

 なぜ、そこまで強くいられるのかと。

 

 そしたら、リィエルは言ったのだ。

 

 きっと、シンさんなら諦めないと。

 

『シンは……なにがなんでも諦めないから。どんな状況でも、どれだけ難しくても、絶対に。私はバカだから、難しい事はわからないから、シンのやり方が一番合うし、きっと出られる。それに……』

 

『私は、知りたい。私がシンの事をどう思ってるのか、なんでシンと一緒にいると心がポカポカするのか、システィーナやルミア、グレンやエルザと一緒にいるときとは違う、この気持ちがなんなのか、私はそれが知りたい。だからまだ、こんな所で倒れられない。それに……』

 

「まだシンさんと一緒にいたいから……か……」

 

「? どうかなさいましたか、エルザさん」

 

「ううん、なんでもないよ」

 

 フランシーヌさんの声かけに、私はなんでもないと答えた。

 

(シンさん……私は負けませんからね!!)

 

 今この場にいないヒーローに宣戦布告を胸のなかでして、私はそのまま皆と一緒に駅をあとにしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか濃い短期留学になりましたね」

 

「ったく……濃すぎるのも大概だっての」

 

 揺れ動く列車のなか、シンシアとグレンはそんな軽口を交わしながら通路を歩く。

 

 列車内は閑散とした空気が広がっており、蒸気機関の汽笛と、ガタガタという車輪の音だけが辺りを支配しきっている。

 

 そんななか、グレンに付き従うように歩いていたシンシアを背に、一室のドアを開けるグレン

 。

 

 そこへ二人は入っていくと、グレンは用心深く扉を閉め、シンシアは椅子に腰かけることなく、静かに壁へもたれかかった。

 

「で、なんのようですか? いきなり呼び出して、それも皆が疲れるのを待ってからなんて……」

 

 システィーナやルミア、リィエルの三人は元からグレンがとっていた席ですやすやと眠っている最中。そんな時にシンシアをここへ呼び出したのは、他でもないグレンだ。

 

「それも個室席を他に予約するなんて手の込んだ事までする……なにかあったんですか?」

 

 あの面倒臭いことは一切やらないグレンが、ここまで動いた事自体がシンシアにとっては目新しい。よほどの大事があったのか、シンシアのなかでそんな予想が浮かび始める。

 

 が、それに対して、グレンはふっと笑って見せた。

 

「なーに、ちょっとお前に聞きたい事があるだけだ。それが終わったら戻ってくれていい」

 

「なんだ、ビックリさせないでくださいよ。てっきり俺はまたなにか大事が起こるのかと━━━」

 

 一度安堵したシンシアはそう言うが、それは途中で絶ちきられた。

 

 グレンがなにかを、シンシアの前に投げたからだ。

 

 それを見て、シンシアの目は余裕そうな物から変貌し、驚愕で見開かれる。

 

「お前、それ知ってるよな。知らないわけないよな?」

 

「…………」

 

 シンシアはその投げられた物を凝視するだけで、なにも言わない。

 

 グレンが投げた物、それはある実験の内容が書かれたレポートだ。

 

 シンシアがそれを知らない。そんなことは絶対にあり得ないのだ。

 

 だって、それは……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。俺がわからないわけないじゃないですか」

 

 そう、そこにえがかれているのは人工龍人についての実験データ。能力、魔力、耐久力、すべてが事細かく記されているそれが一体誰からとったものなのか、

 

 そんな条件に合うものなど、このアルザーノ帝国においてシンシア=フィーベルただひとりだけだ。

 

「よく見つけましたねこれ。いや、クリストフ先輩辺りですかね。あの人はこの実験の間ずっと辛そうな顔してましたし……」

 

「んなことは今どーでもいいんだよ」

 

 ゆったりと落ち着いた口調のシンシアに対して、グレンが怒気を孕む声音でシンシアへ言う。

 

「俺の質問は簡単だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、あとどれだけ生きられるんだ?」

 

 はっきりと言われたその質問は、静かに列車の部屋で木霊することなく消えていき、完全に消えた頃、シンシアはふっと笑ってみせた。

 

「やっぱり、そこまで知ってましたか。まぁこの資料をクリストフ先輩が渡した時点で、なんとなく予想はしてましたけどね……」

 

 自嘲するように、哀れな自分を貶すように、冷たすぎる笑みをその顔に張り付けたままシンシアは言った。

 

「お前は俺達の前に現れたあと、俺に言ったよな? 処刑を免れるために、特務分室に入ったと。それは嘘だった。特務分室に入ったのは、本当に成り行きだった」

 

「…………」

 

 グレンの言葉に対して、シンシアはなにも言わない。それは暗に、グレン言葉に対して肯定しているのと同じ事だ。

 

「処刑を免れるための本当の条件、それはお前の体を使った人工龍人の実験だ。見て驚いたわこのデータ、一体どんだけ被験者の安全を考慮せずにやればここまでのデータがとれるのやら……」

 

 呆れるような言葉遣いだが、彼の内心には隠しきれない大きな怒りがあった。

 

 データには、非人道的な内容がわんさかと書かれており、被験者をまるで道具のようにしか扱っていなかったのだと如実に表している。

 

「なかなかキツかったですよ? マナが完全になくなるで竜言語魔術(ドラゴイッシュ)を撃ち続けたりするのは本当に死ぬかと思いましたよ」

 

 シンシアは意図も簡単に言うが、それが一体どれ程危険な事なのか、グレンは身に染みてよくわかっている。

 

 本来、魔術師にとってマナ切れというのはあってはならない状態だ。この状態が何度も起きれば、それこそ魔術師として再起不能になる可能性もあり、もっと言えばそのまま死ぬことすら珍しくない。

 

 だが、シンシアはそれを何度もやっていた。

 

 何度も、何度も、それこそ彼のマナが空っぽになるまで。

 

 この一連の事を、彼は一体何度繰り返したのだろうか。もはや今グレンの目の前でシンシアが立っていることすら、グレンには奇跡のように思えてならない。

 

「それで、ある程度、いや完全にデータが取れたお前は晴れて解放とはならなかった。そらそだわな、たった一人で町一個を簡単に壊滅させられるのが実験でよーくわかったんだから」

 

「けど上の人は俺という特殊な存在を捨てる事を拒んだ。なんせ今後同じような事例が出る可能性なんてゼロに等しいですらかね。だから……」

 

「特務分室という首輪を、お前につけた」

 

 免罪符としてシンシアは特務分室入りしたのではない。

 

 強すぎるその力が暴走した時、止める人間がすぐ近くにいる状況下が簡単に出来上がるから、シンシアは特務分室へと投げ入れられたのだ。

 

 否、止めるという表現は適切ではないだろう。

 

 殺す、これがきっと上層部が願う最高のシナリオだ。

 

「クリストフ先輩、そこまであっさり話したんですか。一応軍事機密で他言無用な事なんですけどね……」

 

「きっちり結界魔術を何重にもしてたわあいつ」

 

「わお、さすがですね」

 

 自分の先輩の実力の高さに今更ながら驚きつつも、シンシアは向ける視線を現実へと引き戻した。

 

「で、先生は俺の寿命がどれだけあるかという話でしたよね。はっきり言います」

 

 シンシアは少しだけ間を開けて目を閉じ、おもむろに瞳を開くと、落ち着き払った口調で言った。

 

「持って、あと半年が限界ですかね……」

 

「っ……」

 

 突きつけられた現実、非情な現実に、グレンはついに顔を歪めた。

 

「なんで……なんでなんだよ……」

 

「そりゃ仕方ないですよ。龍の力なんて本来人間が使える物じゃないわけですし、それを強引に使おう物なら何かしら代償は出るもんでしょう?」

 

 疑似龍化、そこから使える竜言語魔術(ドラゴイッシュ)、これらを使う度に、彼の残りの時間はどんどんと龍の因子に喰われていった。

 

 その喰い尽くしていくスピードは、ここ数ヶ月でたった一人の寿命を消すには十分すぎたのだ。

 

「いやー、どうにか隠し通して最後は他の仕事で遠くに行ったって事にして静かに消えるつもりだったんですけどねぇ。計画が丸つぶれですよ、まったく」

 

 頭をガシガシとかきながらシンシアが言った。

 

 まるで、なんでもないことのように。

 

 それこそ、明日の予定が急にキャンセルになって残念だとか、そんなレベルで。

 

「んじゃ、質問は以上ですね。俺も眠いんすよ……先に戻って一眠りさせてくだ━━━」

 

 グレンの横を通り過ぎ、そのまま元の席へと戻ろうとするシンシアだったが、

 

 それをグレンがシンシアの胸ぐらを掴んで強引に押し止めた。

 

 そのままグレンは勢いよくシンシアを壁へと押し付けるが、シンシアの表情は変わらない。

 

「お前わかってんのか!! 自分がそれを使って寿命が減ってくって!!」

 

「ええ、もちろんですよ」

 

「じゃあなんでお前はそんな躊躇いなくそれが使えるんだよ!!」

 

 防音設備が整った個室のなかで、グレンの言葉が反響する。

 

「死ぬんだぞ? 本当にわかってるのか? それをお前はほいほいと何度も!!」

 

「使わなきゃヤバかったじゃないですか」

 

「それは……」

 

 シンシアの一言に、グレンはぐうの音も出ない。

 

 遺跡調査の時も、シンシアが疑似龍化を使わなければグレン達はアール=カーンに惨殺されてしまっていただろう。

 

 社交舞踏会の時も、シンシアが疑似龍化を使わなければ、ルミアは天の智恵研究会に暗殺され、グレンの生徒達も皆無事ではすまなかったであろう。

 

 今回の短期留学でも、シンシアが疑似龍化を使わなければ、事態はさらに深刻になり、下手をすればマリアンヌの野望を阻止できなかったかもしれない。

 

 すべてが、すべてがシンシアのお陰で、シンシアが新たに得た力でどうにかなったとお世辞抜きに言えるであろう。

 

 だが、だがそれでも、

 

 代償があまりにも大きすぎる。

 

「お前……後悔はしてないのか?」

 

「後悔?」

 

 おうむ返しのようにシンシアはグレンへと聞き返すと、グレンは力なくああと答えた。

 

「自分の命を削って戦って、残りがほんのちょっとだけになって、お前は後悔━━━」

 

「するわけないじゃないですか」

 

 冷たくはっきりとシンシアはそう返すと、自分の襟を掴むグレンを突き飛ばした。

 

「後悔? なんでするんですか。だって俺は、俺はヒーローになれたんですよ? こんな出来損ないで才能なしの、ただ頑張るしか出来ないゴミにでも。感謝しかありませんよ!」

 

「この力のお陰で! シス姉が! ルミ姉が! リィエルが! カッシュが! ギイブルが! セシルが! ウェンディが! リンが! エルザが! オルタンシアが! 救えたんですよ!!」

 

 にたりと、狂ったように笑って見せるシンシアが、グレンには恐ろしく思えた。

 

 狂っている。そうとしか思えない。

 

 壊れたような自己犠牲、自己欺瞞、そんな物が、今のシンシアを作り上げていたのだ。

 

「後悔なんてするわけがない! この力があったからこそ、俺は戦えた! 正義の魔法使いになんてなれなかったとしても、身近な人達を泣かせないように守る事は出来たんだ! これのどこに! どこに後悔する要素があるっていうんだ!!」

 

「やめろ……」

 

「誰一人傷つく事なく、誰一人欠ける事なく、皆が笑っていられる、そんなハッピーエンドを! 俺はこの手で引っ張ってこれたんですよ!!」

 

「やめろよ……」

 

「皆が、笑顔で生きてられるなら、俺の命なんて安いもん━━━」

 

「もうやめろぉ!!!」

 

 悲痛な叫びが、部屋の中で響き渡る。

 

 もうグレンは聞きたくなかった。

 

 彼の言うことは合っている。だが、根本的なところが決定的に壊れてしまっている。

 

 なぜ、自分は彼のその部分に気がつけなかったのだろうか。

 

 自分は教師として、彼の、シンシア=フィーベルの何を見ていたのだろうか。

 

 それらの感情が、グレンに現実からの逃避を強制させたのだ。

 

「もっと……もっと自分を大切にしてくれよ……」

 

 だがら、もう彼にはそんな事しか言うことが出来なかった。

 

 何かを救うために、犠牲が必要になることはグレンもよくわかっている。

 

 わかってしまっている。

 

 だから、彼にはシンシアを言葉で止めることは不可能だったのだ。

 

 グレンの心のどこかで、

 

 彼の考えが正しいと、思ってしまっているから。

 

「先生……我が身大事じゃ、人は救えないんですよ。誰かが、誰かが人柱にならないといけないなら、そこには俺が立つ」

 

 もう話は終わりと言わんばかりに、シンシアは項垂れるグレンの脇を通っていく。

 

「あっ、そうそう、この事は皆には言わないでくださいよ? すべてを隠して、俺は消えていくつもりなんで。それじゃ……」

 

 個室の扉を開き、部屋を出る。

 

 部屋の奥からグレンがシンシアへ向けて哀れむような、哀しむような目で見ていたが、彼はそれを無視して扉を閉める。

 

「そうだ……俺は間違ってない……間違っちゃないんだ……」

 

 暗示のように、自分に言い聞かせるように、歩きながら彼はそんな事を口にしていく。

 

 今自分の手が震えている事は理解して。

 

 今自分の背中が弱く虚しい物だと気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 





いかがだったでしょうか。

何事も、完璧には進みません。誰かが笑ってる裏では、きっと誰かが泣いてるのですよ?

感想や評価、お待ちしてます。


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死の彼方へ 思いを置いて
終わりの始まり


ついに9巻スタートです。

特に語ることはないですねはい。

ネタ切れとかじゃないのよ?本当マジで。

てなわけで本編どうぞ


「ではこれより!」

 

「本日の『黒魔術学』の授業、ドッジボールを始めまーす!!」

 

 学院の中庭に生徒達を集めたシンシアとグレンは、唐突に大きな声でそう宣言した。

 

「シン!コートの準備は?」

 

「完璧であります!!やろうと思えばいつでも!!」

 

「仕事が早くて助かるぜ!さぁお前ら、じゃんけんで二チームに別れやがれ!負けたチームは、1日勝ったチームの奴隷じゃー!!」

 

「ちょ!?ちょっと待ってください!」

 

 テンションマックスな二人に待ったをかけたのはシスティーナ。彼女はシンが珍しく丁寧に芝生の上に書いたコートを踏みしめながら近づいてくる。

 

「なんでドッジボールなんて遊びを授業でやるんですか!?私達は近々前期末試験が控えてるんですよ!?」

 

「だってさぁシス姉、俺達最近テスト作りでずーっとデスクワークなんだぜ?」

 

「そうそう。だからちょっとくらい遊んだっていいじゃんかよ」

 

「二人はいいかも知れませんが、私達は━━」

 

「甘いな白猫!!」

 

 グレンはシスティーナの言葉を遮り、ビシッと指をシスティーナの鼻先へ突き付けた。

 

「お前はドッジボールを舐めすぎだ。ドッジボールは魔術の運用に必要な物がすべて詰まってるんだぞ!?」

 

「えぇ!?」

 

「ボールを投げることで『肩の強さ』が鍛えられ、ボールの軌道を見ることで『動体視力』も培われる。そしてボールを避ける『反射神経』!!どうだ!これでもドッジボールは魔術に関係ないといえるか!!」

 

「《言えるわ・この・アホ》ーー!!」

 

 グレンの妄言にシスティーナが騙されるなんてことはなく、システィーナの放った【ゲイル・ブロウ】で空高く吹き飛ばされるグレン。もはや恒例行事のこの光景を目の当たりにして、生徒達も呆れるようなため息を吐いた。

 

「まったく、先生は何を考えてるんだ。僕達は寝る間も惜しんで勉強してるというのに・・・」

 

「だからこそ、なんじゃないかな?」

 

 軽蔑するような口調で言うギイブルに、優しく諭すような声音で声が飛んだ。

 

 その声の発声者に皆が目をむけると、そこには笑顔で佇むルミアの姿があった。

 

「先生はきっと、皆の息抜きのためにこの時間を作ってくれたんだよ。皆根を詰めすぎて、ちょっと疲れてるみたいだから。だよね?シン君」

 

「へ?ああうんうん、そうそう。もちろんそうに決まってんじゃんかよ!!」

 

(((絶対にドッジボールやりたかっただけだな?)))

 

 シンシアに冷たい視線を生徒達が送るが、ルミアが言うこともまた事実。それに少しくらいの息抜きも、たまにはいいだろう。

 

 そう根負けした生徒達は、顔に苦笑いを浮かべながらコートへと向かっていった。

 

 そして・・・

 

「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ滅殺!!」

 

「ぬおっ!?おまっ!シン!!自分に【フィジカル・ブースト】かけてやがんな!?」

 

「魔術を使っちゃいけないなんて言ってないもんね!!死ねぇいカッシュ!!」

 

「うばぶっ!!!」

 

「カッシュがやられた!!」

 

「先生どうするんですか!?劣勢ですよ!!」

 

 なんだかんだ楽しんでいるのである。

 

「ふはは!!俺を倒してみたくば倒して見せよ!!」

 

「えい」

 

「えっ待ってリィエルにボールを渡るのは聞いてなぐぼぉ!!」

 

「シンもやられた!!」

 

「油断するからですわ・・・」

 

「こればっかりは、自業自得だね・・・」

 

 リィエルの超豪速球に当てられぶっ飛ぶシンシアに対して、なんとも冷たいクラスメイト達。でも今回ばかりはシンシアが悪いので仕方がないだろう。

 

 後方へ飛んだシンシアは特に起き上がることもなく、静かに空を仰ぐ。

 

(ああ・・・楽しい・・・これがずっと続きゃ文句ないんだけどなぁ・・・)

 

 乾いた笑みを顔に張り付かせながら、シンシアは叶いもしない事に思いを馳せた。

 

 ずっと続くなんてあり得ない。

 

 システィーナやルミア、リィエルやグレン、カッシュ達とは違い、

 

 シンシアの道はもう少しで途切れるのだから。

 

(でも仕方ない・・・それは俺が選んだんだから・・・)

 

 力が欲しいから、

 

 たくさんは守れなくても、

 

 身近な人達を守れるくらいの力が欲しかったから、シンシアはこの修羅の道を選んだ。

 

 だからそれに後悔はしていない。

 

 してはいけないのだ。

 

「シン!さっさと起きてくれ!リィエル無双が止まんねぇんだよ!!」

 

「うっしゃあ任せろ!!遠征学習のリベンジしてやるぜ!!」

 

 だから彼は今日も、固く虚しい仮面を被る。

 

 今という儚く一瞬で平和な夢に、その体を揺蕩わせながら。

 

 ━━━━

 

 シンシアside

 

 もうとっくに日も暮れたころ。

 

 家に帰って来た俺達は夕食の時を過ごしていた。

 

「うっま!!むっちゃうまいこれルミ姉!!」

 

「お、美味しい・・・ルミアいつのまにここまで・・・」

 

「・・・・・・」

 

 今日の料理当番はルミ姉、その料理の感想を俺とシス姉、リィエルが目を輝かせながら口にした。なおリィエルはなにも言っていないが、さっきから一心不乱に料理を口に運んでいる。よっぽど気に入ったのだろう。

 

 俺達の両親は仕事でオルランドにいることが多い。そのため家での料理は基本シス姉とルミ姉が行っているのだ。

 

 俺とリィエル?俺は始めて料理した時全力で包丁をまな板に叩きつけて折った時点でシス姉から首宣言。リィエルは火加減を最大で鍋に水を沸かそうとしたので首。

 

 俺達二人は仲良く料理に関しては小指ほども力になれないようです。ま、いいや、ルミ姉とかの方が絶対美味しいし。

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 自分の作った料理に舌鼓を打つ俺達を見て、ルミ姉はふふっと笑った。

 

「にしてもルミア、本当に最近料理うまくなったわね」

 

「最初の時は酷かったもんな」

 

「あんたが言えたことじゃないでしょーが」

 

 ごもっともです・・・シス姉の正論に返す言葉がなにも浮かばないので、俺はリィエルに並んでひたすら料理に手をつける。うん旨い。

 

「それに、ルミアって最近になって料理に本腰入れ始めたよね?何か心境の変化でもあったの?」

 

 と、そこでシス姉が俺も気になる質問をルミ姉に投げ掛けた。

 

 確かにルミ姉の料理は前から旨かったけど、最近特に料理の練習をしてるのを見る気がする。この前もシス姉に料理の当番変わってくれって頼んでたし。

 

「それは・・・」

 

 ルミ姉は少し言い淀んだあと、

 

「後悔しないように、かな?」

 

 そう言った。

 

 その言葉を聞いた途端、俺はまるで自分の核心を突かれたような気分になった。

 

「え?どうゆうこと?」

 

「だから、色んなことを一生懸命やってみよう・・・なんてね」

 

「えーと・・・それってどういう意味?」

 

「ふふっ、秘密」

 

 なんて言う会話を二人がしているが、今の俺にはその言葉は欠片も耳に入ってこない。

 

(後悔・・・しない・・・ように・・・)

 

 ずっと俺の頭のなかで、ルミ姉が言った言葉が反響してくる。

 

『お前……後悔はしてないのか?』

 

 それと同時に、短期留学の帰りでグレン先生から言われた言葉も浮かび上がってくる。

 

 後悔、後悔なんてするはずがない。

 

 だって本望じゃないか。正義の魔術師に憧れて、それに

 近づけて、たくさんの人を救えた。

 

(そうだ・・・後悔する要素なんてどこにも・・・)

 

 そこで、ふと想像してしまった。

 

 俺だけがいない家のなか。

 

 俺だけがいない教室。

 

 そして・・・襲ってくる、

 

 死への恐怖。

 

(違う!違う違う違う違う!!俺は・・・俺は!!)

 

「シン?」

 

 そこで、俺の意志は現実へと引き戻された。俺の名前を呼んだのは、隣で口元を食べたもので汚すリィエルだった。

 

「あ、ああ。どうした?」

 

「ん、少し変だったから。大丈夫?」

 

 見抜かれたのか、そう動揺するよりも先に俺の口から嘘が零れる。

 

「大丈夫大丈夫、俺もテスト作りで疲れたのかね・・・」

 

「あんた本当に仕事してるんでしょうね?」

 

「もっちろん!下手すりゃ先生よりも働いてんぜ?」

 

「それは・・・否定できないかも」

 

 シス姉の言葉に、皆が笑った。

 

 そうだ、それでいい。これでいい。

 

 隠し通すんだ。そのためなら俺は、何度でもこの重い仮面を被ろう。そうすれば、

 

 もうきっと、誰も泣かないから。

 

 意気消沈しかけた心も元に戻ったとは言い難いが少しはましになったので、また俺は料理にフォークを向けたその時、

 

 俺の背筋に悪寒が走った。

 

「「っ!?」」

 

 反射的に俺は椅子から立ち上がり、辺りを警戒する。俺と同じような物をリィエルも感じたのか、眠たげな表情が鋭く引き締められている。

 

「リィエル!?シンも一体どうした━━」

 

 俺とリィエルの行動をいぶかしんだシス姉が俺達に声をかけようとしたその瞬間に、辺りに硝子が割れたような音が鳴り響いた。

 

 それと同時に、この家に働く力が消えてしまったのを、シンシアは見逃さなかった。

 

「防御結界が破られた・・・」

 

「えっ!?それって・・・」

 

「多分、敵が来た」

 

 迷いないリィエルの一言に、シス姉の顔が真っ青になる。この家にやってくる侵入者、その素性と目的はここまでの経験上いやでも想像がついてしまう。

 

 天の智恵研究会。目的はルミ姉だ。

 

 うっとうしくまた絡んできたのか。そろそろしつこいし諦めをつけて欲しいところだったんだけど・・・

 

「そうは問屋は下ろしてくれない、か・・・」

 

「な、なんで・・・今はお父様も先生もいないのに・・・」

 

 恐怖からか、ガタガタと震え始めるシス姉。そんな姉に声をかけてやろうとしたその時、さっとリィエルがシス姉の前に出た。

 

「大丈夫、安心して。わたしが行く」

 

 そう言うとリィエルは床に手をつき得意の高速錬成で大剣を生成。そしてすたすたと食堂の入り口へと向かっていってしまう。

 

「待って」

 

 だがその動きに、ルミ姉が待ったをかけた。

 

「リィエルが強いのは知ってる。でも、一人じゃ危険だよ」

 

「そうよ!ルミアの言うとおりよ!ここは早く皆で逃げ━━」

 

「だめ」

 

 シス姉が早口で捲し立てるのを、リィエルはばっさりと切り捨てた。

 

「この家の結界を、こんな簡単に破るやつ・・・たぶん、すごく頭がいい。きっと逃げられないから、迎え撃つしかない・・・」

 

「そんな・・・シンは━━━」

 

「リィエルに同感だ。けど、」

 

 この家の結界は相当強い物だ。それなのに、結界を壊すのにかけられた時間はほぼ一瞬。でなければ結界に手をつけた時点で、俺かリィエルが気がつくはず。

 

 かなりの手練れ。それこそ、シス姉やルミ姉が居ては足手まといなほどに。

 

 だから━━

 

「俺が行く」

 

「「「っ!?」」」

 

 俺ははっきりと、皆にそう告げた。

 

「ちょっ!?あんた何言ってんの!?」

 

「そんままの意味だよ。俺が相手を迎え撃つ。その間にルミ姉とシス姉はリィエルに護衛してもらいながら裏口から出て」

 

「だめっ!!」

 

 俺がシス姉を言いくるめていると、予想外の方向から横槍が入った。

 

「だめ・・・シンが一人でいっちゃだめ・・・」

 

「リィエル・・・」

 

 リィエルは泣きそうな顔をしながら俺を見る。が、それに対して俺は驚きのあまりぽかんとした顔のままだ。

 

「シンが一人で行ったら・・・また帰ってこないかもしれない・・・それはわたし・・・絶対にやだ!!」

 

 まるで駄々をこねる子供のような言葉だが、その言葉は綺麗に俺の胸を貫いた。

 

 相手がどれだけの者かわからない。下手をすれば、俺が疑似龍化を使わざるを得ないほどかもしれない。

 

 そうなれば・・・俺は・・・

 

「大丈夫だって」

 

 優しく言った俺の言葉に、リィエルはっと顔を上げた。

 

「ひとまずルミ姉達が逃げる時間を確保するだけ。時間稼ぎだ。それが終わったら俺も脱出する。」

 

「でもっ!!」

 

「このままじゃ、もしかしたら全員死ぬかもしれない。だから、今は全員が生き残れる確率が一番高い方法をとるしかないんだ」

 

 俺の言葉に、リィエルは悩むようにうなり出す。俺が言うことも正しい、けど俺を一人危ない状況に置きたくないという葛藤をしているんだろう。

 

 けど時間がない。

 

「安心しろ。必ずあとで合流する。だからリィエルは、二人を頼む」

 

「・・・わかった。絶対に合流して」

 

「ああ、約束するよ」

 

 この約束に、どれだけの意味があるんだろうか?

 

 今俺がこんな約束をするべきなのだろうか?

 

 そんな考えが頭に過ったが、それをどうにか頭の隅に追いやって俺は食堂の扉を開けた。

 

「それじゃ、その手はずで」

 

「無事じゃなかったら承知しないわよ!」

 

「危なくなったらすぐに逃げてねシン君」

 

「わっーてるよ、三人とも早く逃げろよ」

 

 それだけ言って、俺は廊下を駆ける。

 

 最後まで、リィエルは泣きそうな顔だった。

 

 けれど、目はしっかりしていた。あの分ならきっとしっかりシス姉とルミ姉を守ってくれると信じている。

 

 しかし・・・

 

「俺は一体、何度嘘を塗ればいいんだろうな・・・」

 

 リィエルに言った全員が生き残れる一番可能性が高いものを取ったという話。

 

 あれは嘘だ。

 

 正確には、シス姉、ルミ姉、リィエルの三人の生存確率が最も高い選択が正しい。

 

 全員が生き残りたければ、それこそやって来た侵入者を俺とリィエルの二人で倒せばいい。

 

 だが、それは本当に賭けだ。もし俺とリィエルが突破されればそのまま侵入者はルミ姉を連れ去っていくだろう。

 

 シス姉は確かに強い。けれど、今のような突発的な状況にはとても弱い。ここで戦力と数えるのは少し無理がある。

 

 だから俺は嘘をついた。

 

「ま、今さらか」

 

 ずっと皆に嘘の仮面を見せ、

 

 自分の実情を何も話さずに、嘘八百で隠し通している俺にとって、もはや何を今さらという話だ。

 

 嘘の山に、また塵が一つのっただけの話。罪悪感はそんな簡単な話ではないけれど、今気にすべきはそっちじゃない。

 

(侵入者の撃破、それだけを考えろ・・・)

 

 気配がするのはエントランス。俺はそこへ一心に走る。

 

 そしてエントランスへと続く階段までやって来て、俺は驚きによって目を見開いた。

 

 結構豪華なエントランスの灯りは消え、薄暗い闇のなかランプの炎だけが辺りを照らしている。

 

 だが、たったそれだけの灯りでも、エントランスに立つ侵入者が一体誰なのかを把握するには充分だった。

 

「くっくっく・・・久しぶりだねシンシア=フィーベル。息災かな?」

 

「なんで・・・」

 

 驚きから敵意に変わった瞳をぎらつかせ、俺は叫んだ。

 

「なんでてめぇがここにいる!!ジャティス=ロウファン!!!」

 

 そう俺に名前を呼ばれた侵入者、元特務分室所属、ジャティス=ロウファンはほの暗い笑みを俺に見せるのだった。

 

 

 

 

 




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折れる心、奮起する思い


1ヶ月放置・・・なんだか定番になってきたぜ・・・

気長に待ってくれると、俺としても嬉しいです・・・

では本編です!どうぞ!!


「なぜ、とは悲しいな。同じ志しを持つ同士の下を訪れるのが、そんなに可笑しいことかい?」

 

「すくなくとも、俺はお前の事を同志だとは思ったことたぁねぇよ」

 

 かなりキツい口調でシンシアがジャティスへと言い放つが、それにジャティスは怯えることも恐れることもする事なく、ただ人の悪いニヤニヤとした笑みをその顔に張り付けるのみ。

 

「冗談はいい。」

 

 そう言うと、シンシアは片手を地面につけ直剣を錬成しジャティスへと構える。いつものような刃なしの物ではなく、しっかりと人を傷つけられる本物の剣を。

 

 ジャティスの実力は、正気ではなかったとはいえシンシアは一度戦っているのでその高さはよくわかっている。

 

 手を抜けば、こちらがやられる。

 

 だからシンシアがそう判断するのもまた当然の事であった。

 

「要件は、なんだ」

 

 はっきりとした言葉が、閑散とした玄関に響く。そしてその問いに、ジャティスはシンシアの声と同じような強さを込めて、

 

「エルミアナ王女、いや、ルミア=ティンジェルを迎えに来たんだよ。」

 

 そう答えた。

 

「そうか・・・」

 

 シンシアはジャティスの答えに対しそう小さく呟く。

 

 問答なんてその程度で構わない。

 

 だってそれだけで、

 

 シンシアがジャティスへ牙を向ける理由としては、十分なのだから。

 

 呟きが終わった途端、

 

 彼の姿が揺らいだ。

 

 瞬間、シンシアはジャティスの目の前、それこそ彼が持つ直剣のリーチまでほんの一瞬で肉薄した。

 

 身体強化も使っていない。もちろん魔術も今さっき直剣を錬成した【隠す爪(ハイドゥン・クロウ)】のみ。

 

 ただ単純な、彼の身体能力のみ。

 

 ジャティスとの距離はそれなりの距離があった。それをほんの一瞬で縮めたという事実は、彼がどれだけの力を持つかを表現するのに十分すぎる。

 

(切るっ!!)

 

 自身が出せる全速力のスピード、加えてその勢いから放たれる剣激だ。避けられるはずがない。シンシアがそう内心で確信しながら剣を振りかざそうとしたその時、

 

 シンシアの目に、何かが写った。

 

「っ!?」

 

 それを認識した途端、シンシアは片足で出ていた勢いを殺し、すぐさま後ろに飛んだ。

 

 そして手に持つ剣を床に刺してスピードを緩め、もう一度ジャティスへ向けて剣を構える。

 

「ははっ!さすがだよ、君なら避けるだろうと思っていた。これがリィエルなら避けられなかっただろう」

 

 感心するかのようにジャティスがシンシアへ言う。その表情は実に楽しそうだ。

 

 シンシアが見たもの、それは一瞬だけシンシアとジャティスの間で光った何かだ。

 

 何か、と書くがそれはシンシアですら何かはわからない。

 

 けれど、それが何かしら危険な物であるというのは、彼の研ぎ澄まされた第六感が告げていた。

 

(見えない刃物?それを置ける魔術か・・・いや、ジャティスが使うなら人工精霊(タルパ)か。どっちにしたって厄介なのには変わらない。けど・・・)

 

「罠みたいに仕掛けてるんなら、全部焼けばいい話っ!!《夕闇に()ね・猛き業火は全てを焼く》っ!」

 

 シンシアが詠唱を終えると、シンシアを中心に黒の業火が竜巻のように蠢いて辺りにあった物なにもかもを焼き尽くしていく。

 

 漆黒魔術(ブラック・スペル)【フルフェイスフレア】

 

 自分を中心とした一定距離に炎を発動させ、全体を一掃するなんともシンシアらしい魔術。

 

 だが、今この状況下においてその効果は絶大だ。

 

「なるほど、確かに君のような高速戦闘を得意とするならば、この空間に罠が仕掛けられていては戦いにくい。まったく、僕が仕掛けた【見えざる神の剣(スコトーマ・セイバー)】は全部粉々だ。」

 

 黒炎が蠢く度、辺りからパリンパリンとジャティスが張っていた透明の刃達は破壊されていく。

 

 罠の心配はなくなった。ならば・・・

 

「突っ込むのみ!!」

 

「だろうね!!」

 

 シンシアが再度突貫するのと、ジャティスが疑似霊素粒子(パラ・エテリオン)を撒くのはほぼ同時。

 

 左右にステップしながら相手に軌道を読ませないように動きつつシンシアはジャティスの背後を取るも、彼が剣を振るより先にジャティスが生み出した人工精霊(タルパ)、【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・斬刑】が受け止める。

 

「ちっ!!」

 

 だがその程度ではシンシアは止められない。

 

 受け止められた剣を起点に足に魔力を込めると、【彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・斬刑】へと蹴りを叩き込む。

 

 現れた天使は、いとも簡単にシンシアの魔闘術(ブラック・アーツ)で砕け散った。

 

「さすがだよ!!それじゃあ、これならどうかな?」

 

 ジャティスはまたも疑似霊素粒子(パラ・エテリオン)を撒くと、今度はそれらが二体の天使を生み出す。だがそれは先ほどの物と違い、手に持つのは剣ではなくマスケット銃。

 

「撃て」

 

 ジャティスが冷酷にそう告げると、がちゃりと言う音と共に人工精霊(タルパ)はシンシアへと銃口を突きつける。

 

「あのさぁ・・・」

 

 だがそんな状況にも関わらず、シンシアは至って冷静に、

 

「ワンパターンなんだよ。《吹き飛べ》っ!!」

 

 そう口にしながら右手をジャティス達へ向けた。

 

 すると、彼の右手から黒雷が乱れ飛んだ。

 

 狙いなんて関係ない。たたひたすらに、前方にいる敵を破壊することにのみ重点が置かれた一撃は人工精霊(タルパ)と共にジャティスをも玄関の壁へと吹き飛ばした。

 

 館が一撃の重みに揺れ動く。それをシンシアは気にした素振りも見せずに剣を一振りしながら、吹き飛んだジャティスへと歩み寄っていく。

 

「うっ・・・まさか即興改変でここまでとはね・・・さすがの成長力だ・・・」

 

 屋敷を揺るがすほどの威力の雷撃を受けたと言うのに、ジャティスの余裕そうな笑みが崩れることはない。それどころか、本当にダメージが入っているのかすら怪しくなってくる。

 

 だからこそ、手が抜けられない。

 

 シンシアは床に横になるジャティスの目前まで来ると、静かに剣の刃先をジャティスの首もとへ突きつけた。

 

「チェックメイトだ。洗いざらいはいてもらうぞ、狂信者が」

 

 軽蔑、否、これは侮蔑だろうか。はっきりとはわからないがとりあえず良い感情ではない物をジャティスへ向けるシンシア。

 

 だが、そんな時でさえ・・・

 

 ジャティスは嗤っていた。

 

「くっくっくっくっ・・・狂信者、それは僕の事かい?」

 

「お前以外に誰がいるって言うんだよ?」

 

「ふふっ、本当に心外だよ。だって・・・」

 

 そこでジャティスは俯いていた瞳をシンシアへ向けて、

 

「君と僕は同じなんだから」

 

 愛を囁くような優しささえ感じる声音で語った。

 

 そこに、シンシアは謎の恐怖感を覚える。

 

 状況は完全にシンシアが有利。万が一、今シンシアが突きつけている剣を弾かれてもシンシアにはさらにそこからジャティスを追い詰める策がある。

 

 圧倒的にシンシアが有利、そのはずなのに・・・

 

(なんだ・・・なんでこいつはこんなに笑ってられるんだよっ!?)

 

 刃先が、ほんの少しだけ震える。

 

 その一瞬の動きをジャティスはしっかりと見ていたが、そこを話題には上げない。

 

 代わりに言葉を投げたのはシンシアの方だった。

 

「・・・お前と俺が一緒?下らない冗談はやめろ、吐き気がする」

 

「冗談なんかじゃない。君にはある、僕と同じ、自分が信じる正義のためなら犠牲を厭わないというところがね」

 

「犠牲?俺はなにも━━━」

 

「我が身を削ることを、君は犠牲とは言わないのかい?」

 

「っ!?」

 

 たった一言、言うのにほんの数秒とかからない言葉に、

 

 シンシアは大きく動揺を見せてしまった。

 

「人間とは、必ず第一優先とするのは我が身だ。他人なんて二の次。それなのに、君はその二の次の他人が最優先事項だ」

 

「やめろ・・・」

 

「自己犠牲の精神、君のそれはそんな生易しい物じゃない。僕と同じ、ただひたすらに、正義を求める使徒の物だ」

 

「黙れ・・・」

 

「だから君と僕は似てるのさ。同じ正義という道標へと向かっていく信徒。正義のために、家族、友人、恩師、全てを欺き、切り捨てる事が出来る人間━━━」

 

「黙れって言ってるだろっ!!!!」

 

 核心を抉ってくるジャティスの言葉に耐えきれず、シンシアは手に持つ剣をジャティスへ振りかざした。

 

 その剣はしっかりとジャティスへ向けて風を切り、

 

 ジャティスの顔の真横の壁に突き刺さった。

 

「けど、まだ甘い」

 

 にたりと、嘗め回すような笑みを見せジャティスは言う。反面、シンシアはまるで全力疾走したかのように息を切らしていた。

 

「違うっ!俺はっ!皆を騙してなんていない!!皆が笑顔でいられるように!!俺はぁ!!」

 

「それが異常だと、僕は言ってるんだよ。けれど、まだ君は僕のところまで来れていない」

 

 剣の刃がすぐそこまであると言うのに、ジャティスはその場を立ち上がるとすたすたと怯えるようなシンシアへと近づいてくる。

 

「一つ教えてあげるよ、君がなぜ、毎度毎度の戦いでぼろぼろにならなければいけないのか。それはとても簡単な事なんだよ」

 

 一歩、また一歩と距離を詰め、そしてジャティスはシンシアの耳元まで近づくと、

 

「君には、人を殺す覚悟がないんだよ」

 

 ぼそりとそう口にした。

 

「僕との戦いも、もっと火力は出せたはずだ。それなのに、君はそうしなかった。僕をどうにか生け捕りにしようとしたというならそうなんだろうけど、相手が殺しにかかっていたら?ここで君が倒れたら?そしたら、君の後ろにいる大切な人達はお仕舞いだ。なら・・・」

 

「なぜ、そんな甘い戦いをしてるんだい?」

 

 手が震える、唇が震える。

 

 どうにか避けてきた。なんとかして逃げていた事に、今ここで、敵であるジャティスからシンシアは突きつけられてしまった。

 

「俺は・・・俺は誰も殺したく・・・」

 

「けど、そんなエゴで皆を守れるのかい?君が助けた人間が、君の大切な人を殺すかもしれないんだよ?」

 

「そ、それは・・・」

 

 否定できない。否定しきれない。

 

 ジャティスが告げるのはすべてがこの冷たい現実に即した正論だ。対してシンシアが口にするのは、単純な願い、それこそ子供の駄々のような物でしかない。

 

 殺すか殺されるか、戦いとは、必然的にそういうものなのだ。

 

「きっと、君もそうしなければいけない時がすぐ来る。それこそ本当にすぐに。その時、君にその決断が出来るかな?」

 

「うるさいっ!!」

 

 堪えきれなくなったシンシアが、溢れきった感情に身を任せて剣を横凪ぎに振った。が、単調過ぎるその動きは簡単にジャティスの身のこなしの前に無力にも避けられてしまう。

 

「俺は誰も殺さない!!誰も死なせない!!皆が笑ってられるような、そんなハッピーエンドを俺が作り出すんだ!!誰かじゃない!俺が、俺がやらなきゃいけないんだ!!!」

 

 歪み、脆い、そんなシンシアの幻想。

 

 けれども、叫ばずにはいられなかった。

 

 だって、ジャティスの言うことをそうだと肯定してしまえば、

 

 きっと、シンシアは、

 

 もう彼の目指す正義の魔法使いにはなれないと感じたから。

 

 シンシアの独白をすべて聞き終えると、ジャティスはふーんと納得したような声を出すと、

 

「なるほど、なら、きっと体験した方が早いだろうね」

 

「なに?」

 

 ジャティスの怪しげな一言に、シンシアは及び腰ながらも剣を構える。

 

「君も可笑しいとは思わないのかい?僕は君やグレンとは違い感情の赴くままに行動しない頭脳派な人間だ。であれば、屋敷に突入した時点で君が僕に襲いかかってくると、なぜ読んでいなかったのだろう(・・・・・・・・・・・)って」

 

「お前・・・一体何を言って・・・」

 

 シンシアがジャティスへそう尋ねたその時、ガンっ!!という爆音が屋敷奥手から響き渡った。

 

「なっ!?お前何を━━っ!?」

 

 いきなりの出来事に驚きつつまたジャティスを見ると、シンシアにさらなる驚きが襲いかかった。

 

 ジャティスの姿が歪んだのだ。

 

 さっきシンシアが出した超高速による残像ではない。ただ単純にジャティスの姿が歪んでいく。

 

 そして現れたのは、

 

 なんの変哲もない一体の人工精霊(タルパ)だった。

 

「なっ!?」

 

 それがどういう事を示すのか、ジャティスが言った最後の言葉、そして屋敷奥手からの爆音。

 

「まさかっ!!くそっ!!」

 

 それらの要素は、シンシアに最悪を連想させるには十分だった。

 

 屋敷の中を駆ける、駆ける、駆ける。

 

(ヤバいっ!!お願いだから間に合ってくれ!!)

 

 焦燥に刈られるように、必死に足を動かす。

 

 そして裏口に出る扉を勢いのまま蹴り飛ばすと、

 

「はっ━━」

 

 その光景は広がっていた。

 

 血の海に倒れ伏すリィエル。

 

 目を閉じ辺りに項垂れるシスティーナ。

 

 そして、ルミアの手を引く、ジャティスの姿。

 

「これが、君の甘さの結果だよ。シンシア=フィーベル。これで、一体誰が守れたんだろうね?」

 

「お前・・・どこまで人をバカにすれば!!」

 

「バカに?そんな事はしていないさ。」

 

 ジャティスのタルパが、ジャティスとルミアをつれていくように空へと運ぶ。

 

 そんな彼らを、シンシアは見ることしかできない。今ジャティスに魔術を放とう物なら、確実にルミアにも当たってしまう。そこまでの精度での魔術の発動は、シンシアには無理だ。

 

 いや、これはきっと、彼の言い訳に過ぎないのかもしれない。

 

「僕は導くだけだよ。君を、君達選ばれた人間を、僕が倒すためにね」

 

 今のシンシアに、ジャティスの言葉は響かない。

 

「さぁ頑張りたまえ同志よ。まだ、すべては始まったばかりだよ」

 

 ジャティスがそう告げると、ジャティスとルミアを連れて人工精霊(タルパ)は遥か彼方へと飛んでいった。

 

 そんな中、シンシアは、ただ呆然とするしかなかった。

 

 自分の無力と、覚悟のなさをひたすらに、痛感しながら。

 

 ━━━

 

 システィーナside

 

 どこかからか射してきたオレンジの光が閉じた瞼の間から瞳を指し、私は目を覚ました。

 

「うっ・・・ここは・・・」

 

「シス姉!?起きたか!!」

 

 小さく呟いた言葉に、誰かが反応して視界に入ってくる。それは見慣れた白髪に、バカそうな面の青年で。

 

「シン・・・私は・・・」

 

「痛い所とか、変な所とかないか?」

 

「私は大丈夫・・・っ!?」

 

 弱々しくシンの問いに答えたその時、私はそんな事よりももっと重要な事を思い出した。

 

「シンっ!?ルミアは!?リィエルは!?二人は無事なの!?」

 

 そうだ、私よりも二人の安否の方が心配だ。

 

 シンが私達を逃がしてくれたあと、裏口から屋敷を出たとき、

 

 その男、ジャティスはまるでこの流れを読んでいたかのように待ち構えていたのだ。

 

 ジャティスは狙いはルミアだと言い、ルミアに自分に着いてくるように促してきたがそれをリィエルが大剣をジャティスへ振りかざす事で拒否。

 

 そのままジャティスとリィエルの一騎討ちになったのだが、結末は一瞬でついてしまったのだ。

 

 リィエルが、なにもないところで切られたように血を流して倒れてしまったのだ。

 

 どこか抜けているといっても、彼女はあの特務分室のエース。そんな彼女を、ジャティスはいとも容易く倒したのだ。

 

 怖かった。今すぐにでも逃げたかった。

 

 けれど、私はどうにか抗った。そうしなきゃルミアが誰が守るのだと強く意思を持って。

 

 それなのに、私は何をされたのかすらわからずに気を失ってしまったのだ。

 

 早く知りたい。親友達の安否が早く知りたい。その一心でシンへと問いを投げると、シンは厳しそうな表情になり、その重たい口を開いた。

 

「ルミ姉は・・・ジャティスに誘拐された・・・リィエルはどうにか応急処置はしたけど、俺じゃ限界がある。今そこで寝てるよ」

 

 そう言ってシンが指差す先には、苦しそうに息をしながら体の至るところに傷がつき、ベッドに寝込むリィエルの姿があった。

 

「ごめん・・・俺の責任だ・・・」

 

 そこで、唐突にシンがそう言った。

 

「ジャティスの狙いに気がついてたのに、それに対して対処がきちんと出来なかった・・・あの時、あの時俺がっ!!」

 

「シンっ!!」

 

「っ!」

 

 一人責任に押し潰されそうになる弟の名前を、私はしっかりと呼んだ。

 

「あなたは悪くないわ。あなたはしっかりやってくれた。きっとシンがいなかったら、私達全員死んでてもおかしくなかったもの。」

 

 そうだ、策にはまってしまったといっても、シンがどうにか私達の所に来るのが間に合ったからこそ、ジャティスに殺されずにすんだのだ。

 

 誰も彼を責めることなんて出来ない。むしろよくやったと言われるべきなのだ。

 

 なのに・・・

 

「違う・・・違うんだ・・・俺が・・・俺がしっかり覚悟を決めとけば・・・」

 

 泣きそうな顔になりながら、シンは一人呟き続ける。

 

 駄目だ。このままじゃ、駄目だ。

 

 そうわかっていても、どうしていいかわからない。

 

 どうすることが正解なのか、なにをするのが最善なのか、まったくと言っていいほど頭に登ってこない。

 

(何か・・・何か声をかけてあげなさいよ私っ!?弟が悩んでるのよ!?)

 

 何度助けられたかわからない。

 

 何度助けられたところを助けられなかったかわからない。

 

 だからこそ、今シンになにか言わなければと頭を巡らせてるうちに、

 

 シンはおもむろに立ち上がった。

 

「ごめんシス姉、リィエルの治療を頼む」

 

 それだけ言うと、シンは懐から小さななにかを出したかと思うと、それは大きく広がりダークブルーのコートとなった。

 

 見覚えがある。特務分室所属の魔術師が着る対魔術戦用ローブだ。

 

「治療って・・・どこへ行く気よ・・・」

 

「決まってる。シス姉を取り戻す」

 

「無茶よ!?」

 

 痛む体なんて気にせずに、私は今にもこの部屋を飛び出して行きそうなシンの肩を掴んだ。

 

「わかってるの!?相手はあのジャティスなのよ!?グレン先生や、他の特務分室の人達でも手を焼く程の実力者の!!」

 

「うるさいな・・・」

 

「ここはまずは先生に助けを求めましょう!?きっと先生もアルフォネア教授も力を貸して━━━」

 

「うるさいって言ってるだろ!!」

 

 そう叫び、シンは私を押し飛ばした。

 

 あまりに突然の事だった。けれど、私は見てしまった。

 

 シンの、とても悲しそうな瞳を。

 

 いつものシンじゃない。なにかを迷うような、絶望したような、そんな瞳。

 

 ただ、一言言えるのは、

 

 こんなシンの、シンシア=フィーベルの表情は、今まで最も長い時を共に過ごした姉の私でさえ、見たことのない物だと言うことだった。

 

「時間が・・・時間がないんだ・・・リィエルの治療が終わったら、シス姉はグレン先生のとこへ行って。とりあえずこの家の結界は魔術具で張り直してるからリィエルは寝かしてて大丈夫だ。」

 

 早口で捲し立てるように言うシンに、私はぼけっと見るしか出来ない。

 

「それじゃ俺は行くから、あとは頼むよシス姉」

 

 そう言って踵を返すシン。そんな彼を呼び止めようとしたその時、

 

「シン・・・」

 

 私の後ろから、か細い声が聞こえた。シン共々振り返って見ると、リィエルが弱々しく目を開いて、シンを見ていた。

 

「どこ・・・行くの・・・嫌だ・・・また・・・私を・・・置いてかないで・・・」

 

 リィエルが、懇願するように言う。それを聞いたシンは少しだけ動揺した。

 

 理由はない。ただ、なんとなくわかってしまった。

 

 けれどわかっただけ。私はなにも出来ない。

 

「ごめん・・・」

 

 だから、そう言って部屋を出るシンを、もう呼び止める事すら出来なかった。

 

 部屋に沈黙が溢れる。

 

「ねぇ、システィーナ・・・」

 

 その沈黙を破るように、リィエルが私の名を呼ぶ。

 

「・・・なに?」

 

 今は少し考えさせて欲しかった。頭の中で、自分自身が事態を整理しきれていない。

 

 けれど、私は、リィエルの呼び声に反応してしまった。

 

「シンは・・・もどって・・・来るよね?」

 

 だから、そんな問いを投げられてしまう。

 

「も、もちろん帰ってくるわよ!あのバカが、そんな簡単にやられるわけ・・・」

 

「でも」

 

 リィエルは私の言葉を遮って、こう言った。

 

「今のシン・・・なんだか、システィーナが、結婚しそうになった時・・・みたいだった。」

 

 その言葉に、私はガツンと殴られたような感覚に陥った。

 

 まだ覚えている。というか、忘れるわけがない。

 

 あの結婚騒動、その最中で起きた、シンの暴走。

 

 その時とシンの雰囲気が似ていたと、リィエルは言う。

 

(それを前にして・・・私はなにもしなかった・・・なにも出来なかった・・・)

 

 あの時からなにも成長していない。

 

 なにも知らずにシンに強い言葉を投げ、

 

 なにも出来ずに暴れるシンを見てて、

 

 ただ捕らえられるシンに、なにも出来ずに終わってしまった。

 

「ねぇ・・・怖いよ。また、シンはいなくなるの?」

 

 悲しげ瞳が、一心に私を貫く。

 

(私に何が出来るの・・・こんな、こんな非力な私に一体何が・・・)

 

 諦めるように自問自答する。そんな時、

 

『後悔しないように、かな?』

 

 ふと、ルミアがついさっき話していた言葉が頭に過った。

 

(後悔・・・後悔しない。私はいつも後悔ばかり・・・また、私は後悔して終わるの?)

 

 嫌だ。

 

 嫌だ。

 

 嫌だ。

 

 もう、後悔したくない。

 

 なにも出来なかったと、一人嘆きたくない。

 

 後悔するなら・・・

 

(私は・・・やれるだけやって後悔したい!!)

 

 そうだ、いつも、あいつは諦めなかった。

 

 魔術の才がないと告げられた時も、

 

 魔術学院に入るのが絶望的だと言われた時も、

 

 テロリストに相対した時も、

 

 競技祭の時も、

 

 遠征学習の時も、

 

 社交舞踏会の時も、

 

 シンは、どんな逆行でさえ諦めずに乗り越えて見せた。

 

 なら、その姉である私が、そんな簡単に諦めるなんて、

 

 あっちゃならないんだ。

 

「大丈夫」

 

 だから私は言うんだ。

 

「あいつがどこかに行っちゃいそうなら、皆で繋ぎ止めましょう?いざとなったら、私が引っ張って戻してやるわよ!!」

 

 強く、堂々と、

 

 シンのように、

 

 あの何にも折れないような、私達のヒーローのように。

 

 弱さを蹴り飛ばして言ってやるんだ。

 

「だから、私達もやれることをやりましょう」

 

「ん、わかった」

 

 そう答えるリィエルの瞳は、さっきとは違い少し不安が抜けたようにも感じた。

 

 まずはリィエルの治療からだ。やることはまだまだごまんとある。

 

(シンには・・・一度ちゃんと礼を言わなくちゃね)

 

 ここにはいない私達の英雄を頭に浮かべながらそう考える。

 

 助けられてばっかりじゃいられない。

 

 なぜなら、今度は私達が、シンを助ける番なのだから。

 

 

 

 

 

 





シス姉、奮起の時でした!

それに打って変わって、弱さをジャティスに悉く撃ち抜かれたシンシア。はてさてどうなるのやら。

次回をお楽しみに。

出来れば感想!感想送ってください更新ペースがきっと上がりますお願いします!!

露骨な感想稼ぎでした・・・


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